* 開幕七連勝していた阪神タイガースがヤクルトにやっと一つ土をつけられた。
2002 4/7 13
* サッカーのワールドカップが開幕、早々に王者フランスをアフリカの初出場セネガルが、しぶとく一対零で降す大番狂わせ。後半をテレビで観ていたが、いい攻防で、惹きつけた。ワールドカップ自体にはさして関心はなく、日韓の双方主催国で事変が生じないのを祈る思いでいる。無事に済んでほしい。 2002 5・31 13
* アルゼンチンとナイジェリヤのサッカーはたいそう見応えがした。イギリスとスウェーデンもいい展開であったが、仕事の方へ席をかえてきた。あれこれ、時間は逼迫している。のんびりした顔はしていられない。
2002 6・2 13
* 帰宅してから、韓国とポーランドのサッカー。ビデオに取っておいて貰った日本とベルギーのサッカーを全部観た。日本は善戦し惜しい勝ち試合を引き分けたが、勝ち点1を手にした。面白かった。
2002 6・4 13
* 世は、サッカーのワールドカップ一色。関心のあまりなかったわたしも力戦の期待にテレビ特等席につい心惹かれる。今夜はイギリスとアルゼンチンの遺恨試合だという。テレビの前でいくらか手作業ができるだろう。九日の芹沢記念館での講演も遅くも四時には済むから、八時半のキックオフにはらくらく帰宅できる。激しいゲームになりそうだ。
2002 6・7 13
* イングランドとアルゼンチンの熱闘は、前評判に背かない一戦で、堪能した。
2002 6・7 13
* イタリアとクロワチアのすばらしいサッカー試合に釘付けにされた。イタリアが押し気味で、このぶんではクロワチアの勝ち点は無理ではないかと思いかけていた頃からの見事な逆転劇と、押し返そうとするイタリアの最期の猛攻また猛攻、きわどい判定の幻のゴール、すべてがドラマであった。昨日のイギリスのベッカムといい、今日のイタリアのトッティといい、男、であった。
2002 6・8 13
* やはり真っ先に、ロシアに勝った日本サッカーチームを褒めたい。終始優勢を保ちながら集中力をとぎらせなかった選手たちに、脱帽して拍手を送った。フーン、強くなっているなあと、ドーハに泣いたあの悲劇の一瞬を思い出しながら、すかっとした佳い気持ち。フェアな試合であった。中山ゴンを送り出してくれたトルシェ監督にも感謝。
2002 6・9 13
* 湿度の少ない晴天で、庭の草花が風に揺れている様は、気持ちを和ませます。モンシロやアゲハ、蜂もよく止まります。ヤモリ、トカゲ、ミミズ、去年は手のひら程のカエルが住み着いていました。
そう言えば、昨日、里帰りの娘が、マンションのベランダにあるレモンの木に大きな青虫が居座って、気持ちが悪くて駆除出来ず、鳥肌が立つなんて、話をしていましたが、いい歳をして情けない主婦です。それでもご贔屓イタリアのサポーターになって、男性並の応援を送っていました。終盤きびしく鋭い審判で、惜敗でしたネ。さすがW杯の主審です。今晩の対ロシア戦、勝てればいいけれど。いいゲームを期待して、楽しみます。
* 興奮 マイナーな世の中、あまりにも落ち込んでいる日本を明るく興奮させた勝ち点でした。もし、決勝リーグに出られれば開催国としては、熱狂のルツボでしょう。W杯二度目の出場とは思えない程、経験のあるヨーロッパに互するこんな若者達に大拍手です。中でも中田の統率力は素晴らしい。
* オリンピックとまた違った刺激に、国を挙げて湧いている。冷淡だったわたしでも、悦んでテレビの試合を見て拍手している。昔は、サッカーってなんと退屈なゲームなんだろうと呆れていた。とろとろとろとろとボールを蹴転がしていた、日本での話である。外国との差が有りすぎた。それが三浦選手が海外に出ていった頃から、ドーハでの惜しい惜しい暗転を経て、目を見はる面白い技とガッツと組織プレーを見せてくれるようになった。ゴールが有ろうと無かろうと、目が離せないほど中味が熟してきた。たいしたものだ、敬意すら覚える。トルシエ監督の不屈の姿勢が感化している。日本人のわるいところで、外人いじめでさんざんトルシエ叩きが続いたのは苦々しいことであったが、よくやってくれたと感謝する。正直の所ベルギーにもロシアにも負けるだろうと思っていた。引き分けたり勝ったりしてみると、ゲームそのものからその自然さがリアルに納得できる。此処まで来たらチュニジア戦にも引き締まって突貫して欲しい。
小泉首相の観戦の昂奮ぶりはそれでよろしい、が、政治は、断然よろしくない。苦々しいかぎり。サッカー熱のかげで、政治改革、景気回復のもともと低い熱が冷え切らないよう、日本の舵をしっかり握って貰いたい。「感動した!!」と、あなたが選手や力士に叫ぶのと同様のことを、あなたに対して国民が叫べる政治をしてもらいたい。
2002 6・10 13
* 土砂降りの中のポーランド対ポルトガルのサッカー前半が過ぎたので、機械の前に戻ってきた。夕方のチュニジアとベルギーの引き分けも見た。雨の中のゲーム、凄かった。 2002 6・10 13
* また試合に戻って、四対零でポルトガルの圧勝したのを見終えた。見ながら、ずいぶん手作業が出来て両得であった。
2002 6・10 13
* フランスが、アルゼンチンが、南アフリカが、カメルーンが、ワールドカップから敗退して行った。劇的な逆転がみられ面白くはある、が、ドーハの悲劇を経験している日本人の一人として、敗者への思いは複雑。そして日本はまだ安心は出来ない。
2002 6・12 13
* イタリアとメキシコのサッカー試合は、引き分けた。上位トーナメントへの進出をかけたイタリアの猛攻が期待されていながら、メキシコが幸運に先行し、イタリアは苦渋の試合であったが、もうダメかという時に同点に追いついて、双方合意のような痛み分けで終えた。この二チームが上位に進むことになった。メンタルなゲームで、ちょっとした集中力のとぎれをついて、得点される。何が起こるか分からない目が離せない意味で、野球よりよほどスピーディーであり昂奮する。
明日は日本がチュニジアと下位リーグ戦の最終試合。勝ってこのグループの一位でトーナメントに進出して欲しいが、うかうかしていると途方もない悲劇に見舞われかねない。「炒り豆にも芽がでる」ことがあるから凄い。油断は禁物で、ドーハでは、最後の最後のロスタイムに一発のコーナーキックをヘディングで得点されて、日本選手たちは泣き崩れた。絶対の優位がひっくり返された。あれは、もうご免だ。
2002 6・13 13
* 日本はチュニジアに快勝、グループ一位でサッカーワールドカップ決勝トーナメントに進出、十八日にはトルコと対戦する。韓国も強国ポルトガルに勝ち、やはり上に上がる。主催国として役割を果たせて、めでたい。
昼間、日本の試合は、後半に早く一点先取してからは安心して見ていられた。むしろ晩の韓国戦は、人数を二人も退場で欠いたポルトガルの再三の惜しい惜しいシュートに呻いた。よほど肩に力が入った。
2002 6・14 13
* 昼のセネガルがスウェーデンを破った試合もよかったが、晩の、スペインがかろうじてアイルランドに勝った、延長三十分からPK戦までの熱闘には、ただただ感嘆した。みものであった。
2002 6・16 13
* サッカー、ブラジルとベルギーとが激戦中
2002 6・17 13
* ブラジルが二対零でベルギーを降した。熱戦で、ベルギーの健闘を称えたいが、順当の実力差とも見た。明日は、日本がトルコと闘う。勝って欲しい。
2002 6・17 13
* トルコに一点先取されたあと、ノーゴールで日本は負けた。試合を見ていて順当負けであった。決勝トーナメントに予選リーグ一位で進出、ベスト十六に入ったのは望外の上出来で、日本選手はよくやった。トルシエ監督にも心から感謝する。ご苦労でした。
2002 6・18 13
* 韓国が死闘してイタリアに勝った。熱闘は幾度もあったがこんな凄い試合は無かった。韓国一丸のプレーに拍手を送る。脱帽。
2002 6・18 13
* 発送作業は一応終えた。疲労がある。それでも、イングランドが逆転されて破れたブラジルとの試合をみた。ブラジルは十分にうまく、優勝候補一の貫禄たった。ベッカム人気のイングランドは疲れ負けのようであった。晩にはアメリカとドイツの激しい好試合をみた。ドイツが一点を守りきった。
2002 6・21 13
* 韓国が、PK戦も勝ち抜いた、スペインに。こういうことが、有るのだ。
晩八時半からの試合では、セネガルが健闘むなしくトルコに延長戦前半で負けた。息子の芝居を失礼して、この稀に見る速さの試合を観た。感心した。感心しながら疲れた。
2002 6・22 13
* 韓国が負けた。ドイツは強かった。
2002 6・25 13
* いまトルコとブラジルが準決勝を争っている。どっちが勝っても負けてもいい。
2002 6・26 13
* ホテルに預けた荷物を受け取り、四条烏丸から阪急の特急で、梅田へ。大阪駅から新大阪へ。五時五十三分発、妻は会場で合流した妹と新幹線のホームに現れた。東京までわたしはぐっすり寝て帰り、妹とは東京駅で別れて大急ぎで家に帰った。もうインジュリータイムに入って三対一でトルコに負けていた韓国が、一点を取り返す最後の場面に間に合った。八時半キックオフだと思いこんでいて、三十分ほど観られるぞとせっせと帰宅したが。だが韓国は最後まで健闘、いい幕切れであった。
2002 6・29 13
* 昨日の朝、永観堂の辺で、あ、変だなと感じ、すぐ持っていた風邪薬を飲んだ。この風邪気は二三日前から持っていたのかも知れない、ときどき胃へ来て、予防的に胃薬をのんでかわしていた。妻を大阪へ送りだして置いて、さて独りで京都の何処へ行こうという元気がなく、ゆっくりゆっくり散歩の果てに、メル・ギブソンの映画を観た。幸か不幸か刺激の強いコンバットで固唾を飲んでいたから、映画館を出たときは軽快していた。
帰りの新幹線は、幸い、妻は妹との久々のおしゃべりを楽しんでいたから、一つウシロの席で、殆ど寝ていた。鼾もかいていた。
サッカーの三位決定戦が八時半キックオフだと思いこんでいたので、一途に帰宅を急ぎ、保谷から家まで、これぐらいの小雨はと傘もささなかった。おかげで、最後のインジュリータイムのうちの韓国ゴールが観られたものの、二三分で試合は終えた。郵便物の山を始末し、湖の本の払い込みをきちんと始末し、床についたのは一時半頃か。夜中にひどい悪寒に襲われて、発熱し発汗し、一夜寒気と熱気とで輾転反側、全身、罅が入ったように痛い。いま熱気はさほどでないが、汗ばんで気持ち悪く、身体が痛い。
ま、さほど心配もしていないし、通り過ぎるのは早いだろうが、夜の、ブラジルとドイツとの決勝戦までやすんでいようと思う。
2002 6・30 13
* 2002サッカーワールドカップは、ブラジルが、予想通り二対零でドイツを降し、優勝。ほんもののサッカーをこの開催期間中、堪能した。思っていた以上に刺激的に楽しめた一ヶ月であった。四年後はドイツが開催国となる。
2002 6・30 13
* 膝に大怪我のあとをかえた貴乃花が、久しぶりの本場所で武蔵丸と、横綱同士千秋楽に優勝をかけて取り組んだ。こう書くだけで、気分がいい。武蔵丸が大きな借りを返した。それもいい。貴乃花の黙々と意地を徹した気概にも共感した。
名月や貴乃花負け武蔵丸 遠
2002 9・23 14