ぜんぶ秦恒平文学の話

湖の本 2014年

 

 

* なんとなしウロウロしドキドキしている。選集造本の最初の打ち合わせが、明日午後に。湖の本レベルなら自前の編輯力でほぼ問題なくやれてきたが、造本・装幀となると体験的には未知の畑。助けてもらわねばならない。この打ち合わせが済めば、息をついで念入りの校正に励まねばならない。次の湖の本に何をとも手がけて行かねば。

明後日は、新春の歌舞伎座。昼開幕には我當の「時平の七笑」があり、夜の開幕には藤十郎、幸四郎、吉右衛門、梅玉、魁春らの「山科閑居」が期待のお目当て。小浪役に誰が福助の代役で出るか。七之助か。

幸四郎の「石切梶原」 吉右衛門の「松浦の太鼓」という兄弟での競演も楽しめる。染五郎ら若手の演目も楽しめそう。

2014 1/7 147

 

 

* 最新の日録整理が届けられている。有難いこと。これなくしては湖の本の何冊かは、仮に編輯できたとしても何十倍もの煩瑣な作業で立ち往生していただろう。この御蔭で、いつでも創りたい本が創りたいように出来る。書き手(小説家・批評家・随筆家・研究者・歌人等)として何よりの活動のかたちであり、多くの多くの書き手にはこういうことはほぼ不可能なのだから。感謝に堪えない。

2014 1・8 147

 

 

* 「みごもりの湖」を慎重に慎重に校正し、仕掛かりの小説を書き継ぎ、新しい「湖の本」の仕事をし、そして「私語」もする。眼を使いに使うので、一仕事の果ては絶対的に休息するしかない。寝るのがよいが、ぼんやりと映画を観る程度でも細字を読み書きするよりは休まる。食べてもうまく腹に収まらず、呑めば寝入ってしまい仕事に障る。とにもかくにも仕事から仕事へ体力と視力とを継走させねばならない。ひどくなると殆どモノが見えないか滲んでしまっている。

それでも仕事していると元気であり、生気が湧いている。

2014 1・11 147

 

 

* 生活の歯車がいくらかチグハグしている。医院、病院通いが頻繁で、わたしの「仕事」も多岐に頻繁になっていて、迂路つきもし捗りもしないのが気に障るのだろう。「湖の本」と「選集」の進行の併走になるのへ慎重に立ち向かいたいとおもうからでもある。口先まで出ている歌にしても纏まってこない。

妻は循環の診察に地元病院へ出かけ、わたしも昨日行けなかった歯科へ出かけねばならない。

2014 1・21 147

 

 

* ところでわたしが此処にこういう具合に、思いついたことを先後もとくに省みも顧みもせず書きとめている、これを「闇に言い置く 私語の刻」と称しているが、やや難しくいえばこういう筆記を「箚記」(さっき、とうき)という。大塩平八郎に「洗心洞箚記」がある。荷風に有名な「日乗」がある。日記であり、わたしも日記・日乗感覚で十七年も書いてきたが、有難い読者の整理してくださったように細かく分ければ三十五、六項にも分けられる多彩な、しかしまた断想でこそあれ完結した著述形式はとらない雑纂になっている。「文藝連鎖」と自称もしてきた。感想、着想ないしは癇癪の落としどころとして用い、しかも隠した陰口ではなく電子ネットの闇へ放った私語になっている。この筆述形式が、つまり「箚記」であり中国では「册記」とも書かれている。

このところ続けて試みてきた『湖の本』の何冊かはまさに「箚記」なのである。「有即斎箚記」(うそくさいとうき)と呼ばれても差し支えない。

2014 1・24 147

 

 

*「湖の本」119を入稿した。終日、勤しんだ。へとへと、もう眼が開かない。

* 「選集」が加わって、もう余力というモノが無い。意欲ではしたい遂げたい「仕事」が幾つも幾つも有るのに、そこへ手がまわせない。失明するわけに行かない。なによりも仕掛かりの小説をし遂げねば。

わたしよりも若い、惜しい人たちが亡くなっている。それを思うと、安易には死ねない。しかし生き延びることも容易でない。生きてあるうちに出来る仕事はしたいという、それに尽きている。

恐ろしい天災地変が来るだろう、もの凄い侵略戦が襲うだろう、それらには幸いにわたしも妻も、もう余命が無い。それは実感しつつい゛っかんしつつ、そんなことにならぬようにと願っている。敢然、「堪え、起ち、生きる」ことを願っている、日本と日本人のために。

2014 1・26 147

 

 

* 俳句の金子兜太さんから、「湖の本」では『梁塵秘抄』『閑吟集』に最も注目しましたと、賀詞に添えてハガキを戴いた。

2014 1・28 147

 

 

* 「選集」の仕事、本文を「読む」以外なにもかも初めてのことで「前例」を持てていない。ひとつひとつ「選集のための定まり」を作りながら仕事を進めねば成らず、印刷所から事実上追いまくられる。ここで平静に急がない仕事をしないと悔いに落ちるおそれもある。

真実実感しているが、したい仕事、しておくべき仕事、済ませておくべき用事へなかなか手が出せない。たくさんな車の走る車道のまんなかで渡れず戻れず立ち往生している感じさえ。慌てるな。

 

* とにかくも一巻の本文初校を要再校で送り終え、ツキモノの大方を組指定して入稿し終えた。案の定、戻してあった「みごもりの湖」分の再校ゲラがどさっと届いた。追いかけて次は「湖の本」119が組み上がって届くだろう。どれも、これも、大事に、ゆっくり遣る。ゆっくり遣る。

来週には二度に分けて聖路加での検査と診察が三科もある。

2014 1・29 147

 

 

* 「選集」①再校に入っている。②の入稿用意にも、「清経入水」「初恋」「風の奏で」「絵巻」の原稿づくりと、ルビ打ち。

一方「湖の本119 」初校進み、併行して発送の用意にももうかからねば。「120 」の心づもりも。

なによりも、新たな小説二つの進行も。

ゆりはじめさんはじめ、挨拶の御無礼もいろいろ重なっていて気になるが。

2014 2・3 148

 

 

* 「 湖の本119 」初校終えた。「選集①」の再校、営々と。

2014 2・11 148

 

 

* 「湖の本119」要再校で本紙を返送した。どこかしこ、残雪。

 

* 大事件。妻が自身の機械に造りだし、自身のプリンターで「湖の本」刊行前には宛名印刷してくれていた読者、寄贈者、大学高校等の名簿をすべて機械から見失ってしまった。見失った時点、引き出せなくなった時点が、いつであるか、昨日建日子が来て妻に頼まれ機械を操作するより「以前」か「以後」か。機械に自信のないわたしが今しがた観てみた限りでは、妻がそのために使用していたという「筆ぐるめ」とか云うアプリからは記録されていた内容はすでに「削除されている」と有る。そう見えるがわたしには確たる判断は、また捜索もできない。

はっきりしているのは、それら宛名住所録が無い限り、宛名印刷が出来ない。手書きするにしても正確な住所を確認しつつ済ませるには途方もない時間と労力とが要り、とくに高校大学宛の手書きの住所記録が無い。本の発送に多大の支障が起きたということ。

以前にワープロに保存していてワープロが働かなくなったときも、たいへんな時間と労力とで妻が自分のコンピュータに余儀なく書き写した。せっかくのそれも、今回の消滅前にバックアップしてなかった。

なぜ記録されていた内容が消滅したのか、分からない。困った。一種の錯覚で、簡単に機械の奥からまた見つかるのだとどんなにいいか。個人情報に属する名簿なので、商売で修繕などしてくれるよく知らない人に安直には頼みたくない。建日子に自信があって昨日来て点検していたのなら、データが「削除」されてしまっているなど、ワケが分からない。弱った。

 

* いかんとも為す術無く疲労す。妻は明日は医科歯科で診療予約。わたしは夕刻歯科へ。いろいろに緊張する。

2014 2・16 148

 

 

* 帰ってみると六時前に建日子が来てくれていて、懸命に妻の機械と格闘に格闘を、ということは思案という思案の限りを試み尽くして、十時半過ぎてとうどう削除・消去されていた必要なデータを掘り起こすように回復していってくれた。ウン。ありがとう。感謝に堪えない。十一時前に、今夜は車でなくて徒歩で駅まで帰っていった。幸い、副都心線を巧く使うと保谷から一本で中目黒へ帰れるのだそうだ。有難いことだ。

昔、昔、西武池袋線へ地下鉄が乗りいれると予告されていたとき、そんなはるかな未来まで生きちやいないよとわらっていたが、今では聖路加へも渋谷へも横浜中華街までても、一本の電車で行ける。

2014 2・17 148

 

 

* さて宛名印刷がうまく出来るか。苦戦中。

やっぱり、出来そうにない。宛名印刷は湖の本という刊行仕事の「脚」に当たっている。脚が使えなくては、モノが届かない。

2014 2・18 148

 

 

* 湖の本119の跋文初校が届いている。「選集①」巻頭長編「みごもりの湖」の再校読み上げが、もう少し。校正は、読んでは洩れ零れる。しかし作者としてはどうしても読んでしまう。厳密に校正に集中しながら作の品や質を読み取ることはとても出来ない。そして途方もなく疲れる。

 

* 一時間ほども機械用の眼鏡で機械の前にいて、もう目の前が白むくらい眩しく読み書きが出来ない。余儀なく休むことに。

2014 2・19 148

 

 

* 「みごもりの湖」三校出を頼んで返送し、「選集①」前付け、後付けの、原稿の出来たところから入稿した。じりじりと進行。

昨日には「湖の本 箚記119」の再校が届いている。

2014 2・23 148

 

 

* 四月から消費税アップになると、「湖の本」の出血はさらに大きくなる。ま、余儀ないこととともあれ出る血は洗ったり拭いたり、なんとか堪えるしかない。もう二十八年も続いてきた事実こそがこの「仕事」の勝ち的な稼ぎであると思うしかない、それでよいと。幸いにも遺産を遺して死なねばならぬ負担は「無い」と勝手に思いこんでいる。就職以来五十五年の細々とした稼ぎであっても、なんとか暮らせている。湖の本も出し続けられよう、「選集」も、わるい戦争が始まらないでいてくれれば、そこそこ巻数を積めるだろう。それもこれも、やはり堪えて、起って、生きるのである。奈良の意味も価値もないと人がわらう前にわたし自身が面白く笑えている。そんなふうに老いられる、それもこれも生みの育ての四人五人の親たちの情けだとわたしは、思い至っている。

 

* 選集② のために、『清経入水』の本文はもう読み返した。いまは『風の奏で』を読み返している、おもしろく。おもしろがって書いたのも読んでいるのもわたしであって、文藝春秋から出した頃、あまりのことに本を壁に投げつけたという読者もいたし、はじめのうちビックリするほど読みにくかったのが、すうっとまるで阿片を吸ったように文体の味わいに魅されて感服しましたという読み巧者の評論家の賛辞も聴かせて貰った。壁に本を投げた人も、そのまま熱狂的に愛読して行ってくれた。平家物語研究の専門家達が数人で此の作を座談会で鑑賞してくれたりもした。

しかしまあ何といっても、やはりわたしが第一の愛読者だった。読みたくて堪らないから自分で書いた作と謂うのがいちばん当たっている。この巻に他にも予定している『初恋=雲居寺跡』も『絵巻』も『月の定家』も、どれもみな他でもない第一自分のために書いた小説と言い切れる。

2014 2・28 148

 

 

* 校正にも追われているが、たぶん明日には責了へのメドが立つだろう。消費税のアップ前に119巻を仕上げておきたい。

十一時前。もう眼が霞みに霞んでいて、休む以外にない。昼間は休むと云うて寝てもいられず、録画映画をきれぎれに観ている。このところはシュワルツネッガーの「レッドブル」やイーストウッドとチャーリー・シーンの「新米」とか、観た。今はダンスとタップとの「白夜」を、途中まで。

2014 3・2 149

 

 

* 明日には、選集①の巻頭作「みごもりの湖」三校が届く。これで校正は終えねばならない。入稿までを含めて何度も何度も読んだが校正に絶対の自信は持てない。じつに厳しいのが校正だ、三校ゲラもまた二度読むだろう。「秘色」も「三輪山」もまだ再校中。

いよいよ本としての仕上げの段階へ進む。目の覚めるような美本にはならない、実直で堅実な限定本になりますようにと願っている。

そのまえに、「湖の本」119を責了にし終え、発送の準備を進めねば。送り封筒に版元印などを捺すのもけっこう労働量としてきつい。しかし今回本も、内容はすこぶる濃い。いささかも手を抜きも緩めてもいない。「湖の本」はわたしの実質を吐露した創作であり、それ以外のなにものでもない。大事に感じている。

2014 3・3 149

 

 

* 「湖の本119」を責了で送った。入れ替わりに選集①の「みごもりの湖」三校ゲラがどさっと届いている。超忙しい毎日が四月上旬までひしひしと続きそう。

2014 3・4 149

 

 

* 昨日処方された薬をひとやま地元の薬局で受け取り、黒いマゴの欠かさぬ輸液十日分も受け取ってきた。

選集①の校正を、日に50頁ノルマで読んでいて二日、あと200頁は慎重に慎重に(ミスがまだ残っているので)読まねばならず、湖の本119発送の用意も。峻険の桟道を気をつけ気をつけ渡って行くよう。大丈夫。出来ることを出来る限り遂げるまで。今週これからも、来週の前半も予定がツンでいて、次の歯科予約は再来週に延ばしてもらった。からだを歩いて、動かして。そうした外出のさなかにも合間合間を利して選集①責了のための校正はつづける、時間のある限り。腹はきまっていて、アタフタはしていない。成るように必ず成る。

 

* 十八日に循環器の検査を久々に受ける。その翌日には「選集①」のほぼ最終の打ち合わせがある。さらに翌日には新刊の「湖の本119」が出来てくる。すぐ発送作業に入る。その週明けには歯医者へまた通って、さ、その頃から一息つけるかも知れない、とてもつけないかもしれない。

2014 3・12 149

 

 

* 読んでいる本からの感想など「箚記」らしくいろいろ書きたいが、いまは控えて所要のために時間も視力もまわしたい。

階下で今日半分の25頁分を校正し、二階の機械の前で「選集②」のために長編『風の奏で』の原稿を読み込んでいった。ああ、これも、文字どおりに私自身が読みたくて堪らなくて書き上げた小説だったと真実思い当たる。平家物語研究の先生方には此の作のために座談会で議論されたほど、ま、好評だったが、或る読者には本を壁に投げつけたという笑い話が遺った。だがその人は静かにじっくりと読み返して、その後も熱烈な愛読者を通してくれた。読み飛ばして味わえるような雑な書き方はしていない。『みごもりの湖』もそうだが、登場することに女性への愛と敬意とはなみでないのだ、文章が奏でる静かな音楽に耳を澄まして目で読んで下さる人がわたしの「いい読者」なのである。そんな読者の何人もからわたしは作中の女性たちへの嫉妬をさえ何度も聴いた覚えがある。そういう読者がありがたい読者なのだ、わたしには。

2014 3・12 149

 

 

* 階下で「湖119}発送用意、そして「選集①」責了用意に懸命。二階では、「選集②」のための長編「風の奏で」読み返し入稿原稿づくりに没頭。「清経入水」はもう読み返した。いまは此の「風の奏で」を読み返すのが嬉しくて叶わない。この作、こう書きたかったというより、こう読みたかった、誰も書いてくれないので自分で書いたという気持ちが、文字どおり実感だ。「平家物語」そのものをさも「主人公」に見立てながら成立を論策し検討し追及しつつ懐かしい現代の物語が出来て行く。これぞ、わたしの、わたし作風。もう以前、この作の女主人公である建礼門院徳子そして祇園の茶屋間垣の女将徳子にむかい、びっくりするような嫉妬のメールを寄越した読者がいた。作者冥利であった。「選集②」には、少なくももう一作「雲居寺跡 初恋」を入れる。小林秀雄の盟友で、太宰賞の選者でもあった河上徹太郎先生が読まれて、「こういう仕事をしてくれていたら安心だ」と人づてに言ってきて下さった。会津八一の一のお弟子だった宮川寅雄先生もこの作を「有難いと思いました」と褒めて下さった。みんな亡くなられたが、わたしは先生方に答案を書くような気で今も「書いて」いる。

2014 3・15 149

 

 

* 明日、明後日と病院通いがつづき、十九日には印刷所で「選集①」の最終段階への煮詰めの打ち合わせ。そして二十日からはまた数日掛けての「湖の本119」の発送になる。二十四日月曜の夕刻にはまた江古田の歯医者通いがあり、五時過ぎには、すこし寛いで酒が飲めるか。この一週間余は汗をかかねばならない。

まだ発送の用意も万全でなく、選集①の絶対欠かせない三校がまだ百頁しっかり残っている。責了へ、ま、いいやとは言ってはならない、三校にしてけっこう誤記が、それも主には濁点や半濁点や拗音促音にミスが残っている。「一期一巻」の紙碑・紙の墓と覚悟している。能うかぎり丁寧に仕上げたい。よほどうまく行けば四月中に本になるかも知れず、しかし少しも焦らず、ただ途中の故障が無いのを願っている。

書き掛かりの長い小説ふたつもじりじりと押して行っている。

2014 3・16 149

 

 

* 「湖の本119」の刷り出しが届いた。明後日には製本分が届くが、今回はついに搬入前の発送用意が間に合わなかった。集中して送り出せず、作業日数も時間も増えてしまう。疲れも加わる。ま、仕方がない。

今日は、地元病院の循環器科で心電図や撮影の診察を受けてくる。「病気」をもらってくる結果に成らねば良いが。

2014 3・18 149

 

 

* 疲れて少し寝ていた。

明日午後から夕刻へかけ、印刷所で、「選集①」の事実上最後の打ち合わせ。年がいなく緊張している。

明後日早朝には「湖の本119」が届くが、発送用意は不十分で、いつもより何日もかかってしまいそう。仕方ない。

とにかくも疲れないように。ではでは。

2014 3・18 149

 

 

* これから水道の印刷所へ出向く。いよいよ煮詰まってきた。ぐっと腹帯を締め直さねばならない。昨日の晩から今朝のうち、懸命に思い定めようと集中していた。大きなホールでも何度も講演してきたし、テレビの本番も二十数回も経験してきたが、あれらの直前ほど身が引き締まっている。

それだけで終わらない。いい形で責了にし、同時に新しい「湖の本119」発送にも努めねばならない。通院し検査や診察もまだまだ度重なる。

 

* 強風の中、凸版印刷まで。製本上の諒解点を煮詰める。消費税アップまえの業界的に慌ただしいなかで、慎重を欠く必要は何もないので、製作刊行時期も今となってはあえて慌てない。幸い「湖の本」は三月中の刊行になる。明日来る製本か上出来であるようにと願う。

強風の中、江戸川橋から直通の電車に乗ったが、ふらりと池袋で途中下車し、デパチカの「寿司政」で食べたいだけを美味く食べてきた。ひとまず肩の荷を下ろしたので、明日からの発送作業を慌てずに日延べしてでもしっかり送り出したい。来週水曜にはかたづくだろう。

2014 3・19 149

 

 

* 十時、「湖の本119」搬入、すぐ発送作業にかかる。夕食まで、懸命に。晩も続行。

2014 3・20 149

 

 

* 発送順調に。

2014 3・21 149

 

 

* 夜遅くまで発送作業をつづけたが、明日で中途の一段落があり、その先へもう一つ大きな一山を越さねばならない。ま、慌てることはない。作業しながら、中国映画「この子をさがして」という佳い作を観た(聴いていた。)

輸液も済ませた。

発送の作業だけでも著しく眼の不調が加わり、しまいには半分失明に近い曖昧な視野をまるで游いでいるみたい。困惑。

 

* 十時半を過ぎた。すこし早いがやすんだ方がいい。

2014 3・21 149

 

 

* 午前中に発送の用意分を終え、用意できてなかった後半分を用意し始める。もう二三日かかる。

2014 3・22 149

 

 

* 重い本を扱う過剰にきつい力仕事が続いて、今日は幾らかぐったりした。まだ終えていない。やはり何より終えてしまうこと。それがラクになる一のクスリだ。

2014 3・22 149

 

 

* 予定のあらましを送り終えた。もう一踏ん張りを残している。月曜は歯科、火曜は厚生病院で心電図での生活反応検査、翌日に取り外し、四月八日に結果診察を受ける。四月三日も通院、五日は歌舞伎座、九日はまたも聖路加通院と、なにかとせわしない。しかし「湖の本119」の作業は済んでいて、「選集①」の責了を遂げたいところ。

2014 3・23 149

 

 

* 桐生の読者から電話で、ここのところの「箚記」式の筆述ものが「好きで愉しみ」と。作家がどんなことを思ったりどんなことに関心を持ってたりするかが、具体的に端的に読み取れるからであろうか。「闇に言い置く 私語の刻」ほど書き継がれて密度の高い日録をわたしも一例も聞いたことがない、大概は暫くしてすっかり途絶えたり書かれなくなったりしている。書き継ぐには意識も筆力も欠かせないが、その持続はそうそう容易くはない。

 

* 発送は九割がたできたが、もう少しは頑張って作業を尽くさねばいけない。「選集①」の責了も必要、②の入稿用意も必要。手をつけたい仕事が他にいろいろ有る。目の前にいつもつむじ風が巻いているように感じる。

夕方には歯医者へ。明朝はやくにはからだに心電図計測のなにかをくっつけられ、マル一日、その時間に何をしているか等の記録も書かねばならない。それが無ければ、夜の街を歩いてきてもみたかったが。

2014 3・24 149

 

 

☆ 湖のご本届きました

こんばんは!

いつもありがとうございます。

お眼の不調の中でのいろいろな作業、お疲れのことと思っています。

今日は春本番のぽかぽかとした陽気で、お墓参りに行ってきました。

常林寺では、副住職さんにお目にかかりました。昨日東京から本が届いたとおっしゃってました。

新門前のラジオ店や、叔母さんのお眼が悪かったことなど、よくご存知でした。

お墓は草一本なくきれいでした。

また京都にお花見においでになれますよう願っています。

お大切にお過ごしください。    みち 母方従妹

 

* 墓参までしてもらい、感謝に堪えません。京都の花が観たいです。

2014 3・24 149

 

 

☆ 御本ありがとう。

近著有り難うございます。その後体調はいかがですか。

私は昨秋医師のミスで左耳の鼓膜に開いた孔も塞いだものの、音がひずんで聴力も以前の70% 位で趣味の音楽を心から愉しむまでには至っておりません。ただ有難いことに呼吸器以外の臓器は順調で、相変わらず酒だけは休肝日なしに愉しんでおります。

最近はどの同窓会とも沈滞気味で、貴兄とも滅多に会う機会がありませんが、毎秋大学のクラス会で上京しておりますのでそんな折に連絡を、と思いながらもトンボ返りで失礼しています。団、西村明男、藤江孝夫、箕中君らにも何時も同様なことを言いつつ今日に至っている次第です。

耳の調子が良くなれば亦、手持ち音源を掻き回して、面白いCDでも作り、ご本のお礼にでもさせて頂くつもりでおります。

どうか充分ご自愛の上 存分にご活躍ください。ほんとうに有り難うございました。 京都  辰

2014 3・25 149

 

 

* 「湖の本119」 『堪え・起ち・生きる 流雲吐月 2』発送分はほぼ届いたように思われ、近藤富枝さん、高田芳夫さん、小和田哲男さん、並木浩一さん、関口忠男さんら作家、批評家、大学教授がたの懇篤なお手紙が届いており、文学観や大学や図書館、文化資料センターの礼状も続々届き始めている。

疲労つよく、それらの転載は今日の所は控える。昨日から睡眠が足りていない。

近藤富枝さんからは、お手紙と倶に、美しい限りの粘葉本『三十六人家集』平成版を頂戴したし、卆壽の高田芳夫さんからも長文切々のお手紙に添えて、『文芸へのいざない』と題された目配り広やかなエッセイ集を頂戴している。

2014 3・25 149

 

 

* 「選集①」のツキモノや、装本最終案が届いた。さ、どんなふうに出来上がるのか。第一巻は大判460頁、本文は「湖の本」より少し字を大きくした。わたしの、ことに古代・古典取材物では余儀なくルビが多くなる。読みやすく読みやすくと心を用いねば。

製本するのは、非売の限定記番本150部、おおかたは研究施設や図書館・文学館へ入れる。別に著者用をほんの少し造る。稼ぐということをふっつりやめて暮らしている身の程ではたいへんな贅沢だが、わたしは、家も別荘もいらない、自動車も高価な機械もいらない、遠くへ旅もしないし玩物喪志の物蒐めもしない。自分の読みたい小説や文章を、五十年、自分で書いてきたのを、恰好の本で読みながら遠からずこの世にさよならする。騒壇余人のわたしに出来る道楽はそれぐらいなもの。

 

* 「湖の本」出血と疲労とを察して下さってか、ご喜捨の方も少なからず、感謝に堪えない。

名大名誉教授山下宏明先生、白寿にせまる歌人清水房雄さん、瀬戸内寂聴さん、講談社出版部長だった天野啓子さん、墨画家島田正治さん、多くの大学等から、懇切なご挨拶を頂戴している。

 

☆ 春らしい日々となりました。

わが家の狭い庭の野草たちは気温の変化に敏感で、イカリソウもヤマシャクヤクも芽を立ち上げてきました。0;0れも何度でも芽を立ち上げなければなりません。本日、「湖の本」119 堪え・起ち・生きる 流雲吐月2 をいただき、忝のう存じます。早速に頁をくり、驚いたり(明治十三年頃の東京の多数店の種類と数)、怒りに共振(私語の刻)しております。御健在にてこのようなご本を世に出し続けておられることを心からおよろこび申し上げます。戦いの日々を生き抜かれますように。平安  基督教大学名誉教授

 

☆ ご厚意を

いただくのは心苦しく、それでも、秦さんの「現在」を知り、内外へのぶれぬお考えに襟を正す気持になれることを幸せと思っています。どうぞご自愛下さり「湖の本」をお続け下さいますように。

厚くお礼申し上げます。  荒川区  ペン会員

 

☆ 大病を

すっかり剋服されました。

現状へのお怒りを同感いたします。あきれるばかりです。

能、狂言から太平記へ戻ります。

御自愛下さい。  国文学者

 

☆ 広い視野を以て

自由に御書きの事、羨望の至りです。これから楽しく拝読仕ります。 さいたま市 歌人

 

☆ 「箚記」として

書き継がれて来られました文言。過去即現在の感を強く持ちました。文学者こそ世の指針を常に明示すべきだとも思います。

ご闘病の中でも、更なるご活躍、感動しております。ご自愛も念じ上げます。  日高市  国文学者

 

☆ 毎回 励まされています。

本当にありがとうございます。

力強い先生の筆の勢いに先生のお体への不安が、まったくうかがえず、喜びです。 府中市 ペン会員

 

☆ 「私語の刻」は

いつも読ませられる。なるほどと思わせるところ多く共感もします。ほぼ同じ世代に京都に生まれ,京都で育った秦さんと共通したものがあります。

それにしても体が弱っているのに、これだけのもの書くのはえらいもんです。

その深さには驚かされます。  川崎市  画家

 

☆ 秦さん

春になったら、また、この絵はがきを出そうと思っていました。

湖の本119 「堪え 起ち 生きる」をうれしくき読み始めました。十年の月日を、もう一度、どかんとお送り頂いた心持ちです。

何とか元気を思い起こして、「e-OLD 」を頑張っていきたいと気持ちを奮い立たせています。

秦さん ほんとうにありがとうございます。どうかくれぐれもお大切にされてください。敬白  千葉市 貞

old

 

☆ いつも

「闇に言い置く」を読みながら、私も頑張らねばとムチ打っています。福島、沖縄にも心を寄せて己の務めを果たして行きたいと。

益々のご活躍を!  金沢市  作家

 

☆ 有難うございました。

浅田氏ばかりでなく、NHK会長しかり、なさけない時代になりました。

「蝶の皿」から「みごもりの湖」を再読了し、昔の感興を新たにしております。「牛は牛づれ」が最初のお出会いでしたが、今度田舎に帰り持ち出してこようと思っています。

お大事にしてください。  八潮市  作家

 

☆ 拙著

お読みいただきありがとうございます。

No119 浅田氏への質疑、お説のとおりと思います。

最近戦争を知らない、歴史を無省みようともしないおエライさんが多くて困りものです。  越谷市 ペン会員

 

☆ 10年前の

「箚記」がそっくり今日にあてはまっていることに、敬服。

お揃いでお大事に。   神戸市  名誉教授 国文学

 

☆ 秦先生

一日も早くおいしい食事の実感が味わえますよう 祈っております。  桐生市  江

 

☆ 感謝しながら

拝読しております。  調布市 ペン会員

 

☆ 隠れていた

もの・ことが表にあらわれてイヤな思いをさせられることが多いです。

「堪え・起ち・生きる」ことで浄化の時代へ流れていくと思いたい。  狛江市  樹

2014 3・26 149

 

 

☆ 前略「湖の本」第百十九巻拝受

有難く御礼申し上げます。巻頭の浅田ペン会長批判を拝読して驚いてしまいました。浅田氏は、私たち戦前の学生が、突然下宿の部屋に入り込んで来た警官に本棚の本を調べられたり、同人雑誌の相談を無届け集会と弾圧されたことなどは勿論、戦前の文士がペンクラブといふ国際組織に入って、何とか言論の自由を守ろうとしたことなど、全然知らないらしいのがわかりました。私は三十年ほど前、気に入らぬ人がペン会長になったのを機にペンを脱会したのはあまり間違ったことではないといふ気がしました。

葉書で失礼いたしました。  元ペンクラブ理事 作家

 

☆ 御本頂きました。

ありがとうございます。御病気になられても健筆を揮っておられることに頭が下ります。小生もがんばらねば……と思います。

「脱原発文学者の会」を立ち上げました。まずはブログを見ていただければ幸いです。とりあえず。

くれぐれも御身大切に。不一   ペンクラブ理事  作家

 

☆ 拝復

ご健勝にてのご活躍をお喜び申し上げます。

「湖の本119 堪え 起ち 生きる」誠にありがとうございました。

日々のご研鑽の結実に深く敬意を表します。 敬具  元内閣総理大臣

 

☆ 御礼申し上げます。

秦恒平先生の快活で鋭い筆致に毎回たくさんの励ましをいただいております。

梅の花の盛りが過ぎ 櫻の季節を迎えようとしております ご健康をお祈り申し上げます。 山梨県立文学館

 

☆ 浅田氏のコラムへのご不審

同感です。コラムを読んだ時のゾッとする違和感を思い出しました。  文京区 編集者  安

 

☆ いろんなこと

気にしています。いろんなこと、願っています。いろんなことが、永く続くように。 石川県 元文学館長

 

☆ 暗愚の長のために

ますます、いやな時代になりつつあります。若者の右傾化も気になります。 中野区 歌人・教育者

 

☆ 今年の私の目標は

部屋の整理をして湖の本のバックナンバーをそろえることです。  京都市  大学図書館司書

 

☆ 選集の『みごもりの湖』お待ちしています。

お妣様の歌碑へご報告に参ります。

古典、旧約、新約 なぜかユダ周辺のことにはまりこんでいます。マルコ福音書にも涙しました。 東近江市 ペン会員 作家

 

☆ 気力みなぎり

おからだ よろしいように拝見いたしました。

どうぞお大切に。  八王子市 ペン会員 歌人

 

* 早大図書館、親鸞仏教センター、川村学園女子大 中京大、東海学園大 神奈川近代文学館、ノートルダム清心女子大、広島大、皇學館大等々からの挨拶も届いている。

 

* こういう記録をあえて此処に残しているのは、わたしの仕事が騒壇の外で為されていようとも、孤独・孤立の自己満足ではなく、まこと、不徳ナレドモ孤でなく、大勢の人たちに励まされたり関心を持たれたりしながらの活動だと、だれよりも自身を励ましたいからである。

 

* ところで今回湖の本119の巻頭でわたしは所属している日本ペンクラブ会長浅田次郎氏の正月三日東京新聞コラム一文への不審を明らかにし、大方のご思案をも請うた。幾らかの反響が既に上のように見られるが、それには触れない。ただ一つ、言い添えておいていいと思うのは、明治から昭和初期へかけて日本國と日本国民に苦汁を飲ませた点で、象徴的にも代表的にも迷惑した法は「欽定明治憲法」であると確言しておいた真意である。わたしは明治憲法に関わる莫大な学者その他の研究や発言や議論に触れながら上のことを確言したのではない、そんな仔細に関してはわたしは門外の一私民に過ぎない。しかもなお上のように確言し断定した根拠は、明治憲法の第一条が天皇の神聖と大権について明記していること、その天皇という「玉」を政治家達や軍人達が恣にころがしながら、国民を弾圧し支配し、結果として不幸な戦争へ國と国民を導いて原爆の被害をはじめとする言語に絶した不幸を実現してしまったその思想的・政治的基盤にあったという事実だけは、絶対にごまかせないと肌身に覚えて知っているからである。民主主義・主権在民・基本的人権、好戦思想の放棄を旨とした敗戦後の日本憲法とは、絶対的に根本で相容れないのを確信の上で、さきのように明瞭に確言したのである。わたしの立場からの発言としてはそれで明瞭に足りている。

明治憲法に関して仔細にわたしに教えようとして下さる人もあろう、それはそれで知識として頂戴はするが、そういう憲法学の知識からものを言う必要はわたしには無い。「天皇神聖」を絶対とした国民支配に道をつけてしまったような憲法は容認しないという、一私民の直観を、認識を、わたしは翻す気はない。軍国主義、好戦政治、開戦、敗戦、厖大な国内外の人間の死。その基として悪用された憲法こそ最悪の非道法だと言いきることにわたしは憚らない。これだけは言っておく。

2014 3・27 149

 

 

* こんどの「湖の本」を送る際、例の献辞に「穆穆良朝」の四字を陶淵明に借りた。「穆」「穆穆」という字義には「やわらかい」意味が添っている。「やわらかい春の雨が朝からひとしきり降って、止んだところです。お元気ですか」とすぐさま読者の挨拶があったのが愉快だった。呼応とはこういうことか。

時代のせいにするばかりではいけないが、この険しい時代に日々を迎えて「穆穆」とは容易なことでない。とはいえ、人の「穆穆」は努めて演ずる姿勢でなく、本然備わっていたい性質なのであり、だからこそこの「穆穆」のまえに身を詰むほどの恥ずかしさを感じる。

2014 3・28 149

 

 

☆ (前略)本日

「私語の刻」から拝読を始めましたが、通院されながらも「十年まえと気力は変わらない」と記していらっしゃる事に深く感銘いたしました。時局論、読書感想、「ビットコイン」論まで多種多様に洞察され、「勇気が大事で、勇気は結局は自己批評の傷み堪えて正すこと」との御感慨には非常に教えられるところがありました。やっと春になったようですが、申すまでもないことながら、呉々も御身お大切にされ、さらなる御健筆を心からお祈り申し上げます。草々不一   元文藝誌編集長 評論家

 

☆ 略敬

御健勝の事と存じます。「湖の本一一九」有難く頂戴致しました。

混沌とした世の中ですが、しつかりと眼をあけてゐるつもりです。

御自愛を祈りあげます。  文藝春秋 役員

 

☆ 「湖の本119」拝受。

感謝。

巻頭「(日本ペンクラブ)会長に質す」、(浅田)次郎氏はずいぶんとザツな文を書く人です。 ペン名誉会員

 

☆ 貴重な「湖の本」

ご健筆 敬服します。  ペン会員  俳誌主宰

 

☆ 暗くて重たい

この世の中を ビシバシと腑分けして歯切れ良い名文は私の元気の素です。

行動して行かねば、行きたいと思っております。   大阪市  祥

 

☆ 仕事上の

責任を終え、幸せな満足感一杯の春を迎えております。学びたいことが残っております。

お元気で 沢山のメッセージの発信をきたいしております。  那珂市  司

 

☆ だんだん

希望の消えていくような日本になっていきます。せめて、体を大事にと。  さいたま市 元出版社役員 駒

 

☆ 先生の

気迫に圧倒され 元気を身に浴びました。どうぞお元気で!!  群馬県 都

 

☆ 浅学菲才な

ペン会長の退任を求めます。  鹿児島市  作家

 

☆ 「湖の本」119

ありがとうございました。

たまたま開いた頁に「中西(進 ペンクラブ)副会長の二つの意見」があって、「ヒドイ」と思いました。ペンの意味を考えさせられました。書いて下さって、本当に良かったです。  元学長 文学者 ペン会員

 

☆ 湖の本

頂戴いたしました。ありがとうございます。『堪え・起ち・生きる』という題名──読む前から正直胸のふさがる思いがしています。みづうみの私語を読み、みづうみと共に生きてきた読者ですから、重さをわかっています。覚悟をもって再読し「堪え、起ち、生きる」力を少しでも分けていただくつもりです。

最初の「それがあなたの『常識』か?」浅田次郎ペンクラブ会長への文章をまず読みました。(私語で読んでいましたから再読ですが)これほど正鵠を得た批判もないと共感いたします。

この東京新聞の記事はすでに読んでいましたし、「国のためにならないと思うことは、書かなかったり表現を曖昧にしている。われわれ国民は、そのくらいの常識は持ち合わせている。」という箇所を読んだ時には思わず目眩(めまい)がしました。

国のためにならないと思うことを書かないということは、自分はその時々の政権の意向に添うという告白にひとしい。トーマス・マンが日記中で、ナチスに迎合した御用文学者を罵倒していましたけれど、当時「国のためにならないと思うこと」を書かなかった彼らの作品は今となってはあとはかもありません。

浅田次郎さんはあの記事で、自分は御用文学者予備軍であると語るに落ちてしまったわけで、ペンクラブ会長もついにここまで来たかと愕然とした次第です。あるいは浅田さんはペンクラブ会長として何かの圧力を受けて腰がひけてしまっているのでしょうか。

それでも、ペンクラブの会長として、秘密保護法に一応反対の立場を明らかにしただけ、まだましかと思い直しました。もともと現在のペンクラブに期待はなかったからです。最近は憲法九条に賛成の人間は戦争に行けとツイッターしていた売れっ子作家もいて、この程度のことでは嘆かなくなりました。(ちなみに憲法九条に反対の人間が戦争に行くのが筋だと思いますが、如何でしょう)

浅田次郎さんを、物語を構成することにおいてほんとうに大した才能の持ち主だと評価していました。『蒼穹の昴』などの作品はとても面白いし、心地よく泣かせてくれます。よく売れる質のいい娯楽作品を量産できる、出版社にとってはこの上なくありがたい小説家です。だから文壇という場所での権力も絶大になり、ペンクラブ会長にのぼったのではないかと想像します。ですが、惜しいのです。宝の持ち腐れなのです。才能の濫費なのです。これは私が渡辺淳一さんや宮本輝さんの小説についても感じることと同じなのですが、あれほどのストーリーテリングの才能があるのにどうして安易な結末に流してしまうのかと不満なのです。どこまでいっても、読書で傷一つ受けることのない、そこそこの作品で終わってしまっています。

読み終えるとああ面白かったでおわり。そのうち内容の記憶をなくしてしまいます。もっともエンタテインメント作家というのは面白い時間を読者に提供するのが目的かもしれませんので、それで充分といえば充分なのでしょう。出版社としては、名作であってもなくても新刊本は一度しか売れませんから、再読されるかどうかは関係ないわけです。

本来金儲けの道具にしてはならないものを売り買いしている出版業界や文壇の行き着く先というのは、こんなところなのでしょうか。藝術の高みなどを目指さないで、職業として成り立つための作家や利益第一の出版がこれほど幅を利かせる世相をみていると、日本文化の凄まじい劣化に鳥肌がたちます。何のためのペンクラブだったのか。権力と無縁の文学者たちが、死に物狂いで言論の自由を守るための場所がペンクラブだったのではないか。

百年前には森鴎外や島崎藤村や谷崎潤一郎や永井荷風が文学者として生きていたのに、ずいぶん遠い場所にきてしまいました。

 

ひとが苦悩すべきものを深刻に懊悩する、そんな作品たとえば『堪え・起ち・生きる』でなければ到達できないもの、安易な解決のない苦しみを読むことは、らくに楽しめる世界ではありませんが、その世界がなければ人間の生きる意味なんて何もないと、少なくとも私という読者は感じています。

 

ところで、桜バージョンのお嫌いなみづうみは夫婦花見のご予定なのですね。良く「堪え・起ち・生きる」ためにも、そのような幸せの一日をどうぞ楽しんでいらしてください。ホルター心電図は不整脈の検査でわたくしもつけたことがあります。くれぐれもご無理なさいませんように。

今日は春らしいうららかなお天気で、少し幸せを感じています。  芹  薄曇る芹動かずよ芹の中  芥川龍之介

* 大学・高校からも次々に反響がある。

2014 3・28 149

 

 

* 「三田文学」や「明治学院大学白金図書館」等々からも収蔵の挨拶があった。

 

☆ 拝復

御高著「湖の本」次々御執筆になり本にされ、御造詣の深さにただただ感嘆敬服して拝読させていただいています。私一人のものにしてはと近くの大阪府立中央図書館へ既刊分揃えて寄託しました。ほんとうに有難うございます。今後ともお元気に御健筆下さいますように。敬具   ペン会員 詩人 文藝評論家

 

☆ 櫻の開花が

待ち遠しいこの頃でございます。

いつも貴重な御本をありがとうございます。

この度は 映画「写楽」の事を御書き下さいまして御礼申し上げます。篠田(監督)も喜んでおりました。

時節柄 御自愛下さいませ。 御礼まで    岩下志麻

 

☆ 「湖の本119」

寔に有難く感謝申し上げます。拝読していて、ミステリーなどで逸楽をむさぼっている我が身を叱咤されているような心持ちになりました。でも時々は日本の古代史関係の本などを興味深く読んでいます。

どうぞお健やかに過ごされますようお祈り申し上げます。  岩波書店もと「世界」編集者

 

☆ 湖の本119 拝受

冒頭から浅田次郎さんへの告発状。苛烈な文章ですね。

これだけエネルギーがおありなら…お元気な証拠と思うことにします。  東大名誉教授 社会学

 

☆ 拝復「湖の本119」

たしかに拝受いたしました。厚くお礼を申し上げます。

病と闘いながら喜怒哀楽の日々、「惑い惑い斯くありたい」 勇気をもらっています。 詩人 神戸大名誉教授 ペン会員

 

☆ 京都でも

櫻が咲きはじめました。観光の人々が又増える事でしょう。密かに守ってきた「すいば(=好きな場所)」は無くなりました。

此の度の御本 ありがとうぞんじました。「気」を頂いた気分です。が、ご体調はマイナス材料一杯の御様子にてお案じするばかりです。思い切って我が社の「飴」お届けさせて頂きました。のどあめ(黒糖と梅・きんかん・かりん・だいこん)医療関係の先生からもOKが出ている品です。  文

 

☆ 御不調との

闘いの中での貴重な御著書 本当に有り難うございます。

どうぞ御身お大切に。いつもお祈り申し上げます。   岡崎市 枝

 

☆ 湖の本、拝受致しました。

いつもご配慮賜り、ありがとうございます。

ご指摘のように、形だけの言論の自由主張の今の執行部には、もう、うんざりです。

ともあれ、大兄の健康と筆の冴えを祈念かつ待望しております。  ペン会員

2014 3・29 149

 

 

☆ 拝啓

御健康のこと案じておりましたが、「湖の本」をまた拝見し、これだけ現代の政治や文学についての御元気な批評精神を発揮されることで安心致しました。

私も長いこと御世話になりました「ペンクラブ」を老いた年齢ゆえに退会致しましたのが昨年で、はや、九十歳に近く 生きてゆくことでせい一杯の現実です。

「湖の本」も随分沢山な册数で私の書斎を飾っておりますが、長い年月ですね。先日は、前々から愛読していました『死なれて・死なせて』弘文堂、平成四年、先生が、未だ五十四歳の時の書を再読し感動を新たにしました。

とくに第二章の「ひとりッ子というのは、寒いくらい淋しいものだ」という箇所に、私と同じ運命をたどられました姿に思はず共鳴致しました。私も「貰い子」というののしりの言葉を受けながらの一生だったからです。

年をとるに従い、まだ私はこの自分の運命を悟ることできず、九十にして今、前以上にこの意識の解釈になやんで居ります。

(中略)

先生のさまざまな書物を読むたびに、貰いッ子の運命に共鳴し、親しみさえ感じたものです。

(中略)

目も弱くなり、小さな活字の書物は読めませんし、情けない毎日ですが、なんとか妻なきあとを一日でも多く生ききろうと一応、読書だけは心がけております。先生も身体御不自由のうえ、お歳も重ねられておられると思いますので、どうか日々を大切にお過し下さい、御健康になられることを祈念致しております。

観音の面ざしのごと妻なりぬ      文藝批評家

2014 3・30 149

 

 

* 梅原猛さん、聖路加の林田先生、画家の烏頭尾精さん、東大法学部長だった亡き福田歓一さんの奥さん、一茶研究家の黄色瑞華さん、京都橘大学の辻本千鶴さん、その他、関西学院大、武庫川女子大、立命館大、梅花女子大、作新学院大などからの「湖の本119」への便りが届いていたけれど、今日はもうほっこり疲れていて、払い込みの読者の皆さんのおたよりも同じく、有難くそのまま頂戴しておく。

2014 3・31 149

 

 

☆ 青山墓地

じつは、昨日わたくしも青山墓地にお花見に出かけていました。姉は長い距離歩けないので、タクシーで花のトンネルを往復する花見です。

 

青山墓地はわたくしたちの毎年の花見の場所です。親戚のお墓もあります。姉が元気な頃は、青山墓地を存分に散策したあとに、青山斎場の前にあるウエストという喫茶店によく行きました。

椅子がゆったりして、クラッシック音楽が静かに流れ、化粧室には藤田嗣治の版画があり、長い時間いても大丈夫な、今では珍しい昔ながらの喫茶店でした。卵のサンドイッチや、メニューにはない生クリームがはちきれそうなシュークリームを注文したり、気前よくお替りのあるコーヒーなどでささやかな楽しい時間を過ごしていました。改装してからは殆ど行っていませんが。

墓地には桜がよく似合います。

 

最後に、教えてください。

 

「穆穆良朝」の正しい読み方がわかりません。漢文を素養として学んでいない致命的欠陥があるのです。(文科省を恨みます)門玲子さんのように江戸時代の漢詩を復権させてくださった方には感謝あるのみです。  世田谷  杉

 

☆ 陶淵明 「時運」第一節

邁邁時運  邁邁たる時運         移り行く四季

穆穆良朝  穆穆(ぼくぼく)たる良朝   うららかな季節

襲我春服  我が春服を襲ね        仕立てた春着を着て

薄言東郊  いささか東郊にす       ちょっと東の野辺に遊べば

山滌餘靄  山は餘靄に滌はれ      山は靄にあらわれ

宇曖微霄  宇には微霄くもる       空にあわい虹がかかり

有風日南  風有り 南よりし        そよ風が南より吹いて

翼彼新苗  かの新苗をたすく       わが田の新苗をはぐくんでくれる

 

* 「湖の本」裏表紙のヘソにわたしは、時に「念々死去」印を、時に「帰去来」印を用いている。「帰りなんいざ」と光孝の漢文教室で初めて習い覚えて以来、陶淵明は胸中つねに一点の灯であった。理屈ではなかった。

 

☆ 秦さんの馬力に

敬服しています。圧巻です。どうぞ御自愛されお仕事をお続け下さい。 前聖路加病院副院長

 

☆ ことしはお寒さの厳しい冬でした。

また春先も変りやすいお天気でございますが 先生にはご不自由なおからだにも拘らず精力的にご活動、執筆を続けておられるご様子、なによりと存じ、また勇気と力を頂いております。

私など さきの見えた無力な老人の一人ですけれども、これから日本はどうなっていくのか心配しております なによりも政治家やその他要職についている人たちの言葉の軽さ、前言を感嘆に取り消して平気なのや、私たち日本人が本当にものを考えなくなったのではないかと思うことが多くなりました。 想田和弘氏が書かれているようにいつの間にか「熱狂なきファシズム」が社会に蔓延していきつゝあるのではないかとさへ思うようになりました。 過去の歴史を知らない人が増えているのは案じておりましたものゝ 浅田次郎氏の発言ーー先生がご本の四頁で引用されているーーには大変驚き、ショックさへ覚えました。 八宗兼学でいらっしゃる先生のご本からまたいろいろ学ばせて頂きます。

どうぞおからだご自愛なさいまして執筆活動をお続け下さいますよう心から願っております。

一筆 御礼まで  かしこ    故福田歓一先生夫人

 

☆ お送り下さいました御本

昨日拝受致しました。ありがとうございます。時世への洞察がちりばめられた文章にふれ、興趣をかきたてられる思いでおります。

学生たちのの目にも触れる所に架蔵させて頂きます。  京都橘大学日本語日本文学科

 

☆ 最近は毎日

ホームページ「闇に言い置く 私語の刻」を拝読し、同感納得しております。『選集①』待っております。

くれぐれも お体を大切に。  愛知県知多郡 則

 

☆ 桜前線北上中

淡紅色の霞みがかった様子に、強風や雨に打たれないで! と願いながら楽しんでおります。

『堪え・起ち・生きる』も興味深く、得心しながら拝読しております。

どうぞ、ますますご自愛くださいますようお祈りいたします。 静岡市  鳥

 

☆ 「堪え」(特に肉体的な)の

少ない日々を祈ります。いつぞや「待つ」あいだ歴代天皇名を暗誦すると書かれていましたが、私は「桐壺」から「夢の浮橋」までをくり返します。   藤沢市  澄

 

* 源氏物語五十四帖の題を性格に順にいえれば、ほとんど物語を読み返したのと同じほどの興趣に浴しうる。与謝野・谷崎の現代語訳をふくめ、わたしは少年このかたこの物語をおよそ二十度の余は読んでいて、叙述や情景や人物の言葉や涙まで記憶しているが、桐壺から夢の浮橋まで巻の名を順に唱えれば絵巻のように物語そのものが脳裏に再現・再映される。おなじ事は平家物語の流布本についても言える。

 

* 歌集「少年」や「センスdeポエム」の注文が来ている。ふと嬉しく、第二歌集「光塵」についでまた歌集が作りたくなってくる。題は「亂聲(らんじょう)」でどうかと予定している。王朝の頃、宮廷その他での舞踏などの、幕へ去るひけぎわにひときわ賑やかに演奏される音曲をいうが、わたしのはさように優雅でも華麗でもない、、例によって汗水を散らしているような、ま、乱れ歌である。乱れすぎているかも知れぬと首をすくめて遠慮している。

 

* 四月一日、べつにウソも楽しまなかった。

2014 4・1 150

 

 

☆ 『湖の本119』を拝受しました。

御著冒頭で知ったコラムを書くような(日本ペンクラブ=)会長では困ります。

ご意見を(会員の一人として)支持します。 日本ペンが折々発表するリベラルな声明(私はこれに支えられてきた)とのあいだの大きな落差をどうすればいいのでしょう。  詩人

2014 4・2 150

 

 

☆ 「湖の本119」

有り難うございました。「ペン会長に質す」には 拍手、快哉を叫びました。ヘッピリ腰の男供には、後ろからケリを入れたい(わァ・ゲヒン!) 今日この頃ですので、久しぶりにスッキリしました。

P .90のL.9  アンネ・フランクに関し、「語られるべき歴史が知識化している」のご指摘には、サスガ先生の鋭い舌鋒と感じ入りました。  練馬区  裕

 

☆ 今日から4月

消費税アップアップといいながら、自分も含め日本人の鈍重な対質に情けない思い。せめて買い溜めした品物が無くなるまでは財布のひもを開かないぞと、独り抵抗。  京都市 桐

 

* そう言いながら、この人もそうだが、払込金額をだまって足してくださっている読者が多く、恐縮です。感謝。

 

☆ 中公版「日本の歴史」(初版)

折に触れて読んできたものには、ご意見うれしい限り。  杉並区  江

2014 4・3 150

 

 

☆ 自宅の一部を使って

小さな美術館を始めて四年目に入りました。ささやかな事業ではありますが、新しい出会いがたくさんあり楽しんでいます。秦先生との長いおつき合いに心から感謝しております。  千葉県山武市  春

 

* ご主人は佳い画家であられた。「湖の本」をだいじに迎えて下さる方だったが、創刊してほどもなく急逝され、奥さんがずうっとアトを守ってこられた。遺作の佳い一点をわたしたちも購めて大事にしている。

 

☆ 何かあっても

お変わりなく生活のご様子、その意思の力に敬服いたします。

昨年から今年 我が家も変化が起き、三月に私は退職、それを待たず 私の新生活を介護から解放するかのように母が亡くなりました。きょうから私の新年度が始まります。  世田谷  恵

 

* 久しく久しい読者。介護のかたわらジャーナリストとしても健闘されてきた。新たないい日々をと願います。

2014 4・4 150

 

 

* お元気ですか

秦先生 ご無沙汰しております。

いつも「湖の本」をありがとうございます。

その後、お身体は如何ですか? ちゃんと執筆活動はなさっていて、感心しています。

私は元気ですが、制作活動は全然していません。制作以外のことで、とても忙しくしています。

とは言っても、年齢のせいか大分気力が薄れてきています。

とうぞ、御自愛くださいませ。  北海道  彩

2014 4・5 150

 

 

☆ <四月馬鹿>

というのは完全に死語になってしまったようです。なにしろ毎日のように、エイプリルフールとしか想えないような出来事のニュースをきかされているので、当然の結果でしょうね。

ご自愛のほどを祈っております。   府中市  仏文学者

 

☆ 拝啓

花の季節となりました。

先生にはますますご清祥のこととお喜び申しあげます。

「湖の本」 たいへんありがとうございます。興味深く拝見させて戴いております。また勉強もさせて戴いております。

今後ともよろしくご指導下さいませ。ありがとうございました。 敬具  日本ペンクラブ理事

2014 4・7 150

 

 

☆ 佳いお誕生日

お二人様。

5日には優雅なそして温かいお誕生日を過ごされたご様子。HPで読ませていただきました。

お身体の調子が優れられないなか、宝物のような時間を過ごされているようで、嬉しかったです。

選集も立派に心ゆくまでにできあがっていってるとか。おめでとうございます。私まで嬉しく誇らしげに思えます。

湖の本119巻を送付いただきありがとうございます。届きまして以来ボチボチと読んでいます。難しくて理解できなかったり、考え考えしながら読み進めています。

先日のHPで誉めておられました歴史学者の小和田哲男先生ですが、日本城郭協会の理事長をなさっています。

私はこの教会の事務局で、2・3年來すこしですがお手伝いをしています。

小和田先生は先月30日には、奈良大の千田哲夫先生方と一緒に「信長の城」のシンポジュームをしていただきました。武蔵野大学で大勢の城郭フアンに優しく、そしてお城好きになってもらえるように熱心に優しく話していただきました。

私も協会の事務員の一員として、その準備や後始末などに大わらわの毎日でしたが、先生のお人柄に触れることもできて良かったです。

明日から、メルボルンの娘の家族のもとへ一〇日ほど出かけます。「湖の本」は機中でもせっせと読み、あちらに何冊か置いてきたいと思っています。娘は日本にいるときよりはよく本が読めると喜んでいます。ロンドンの息子も同感していました。

今年は花が散る前から新芽の緑が初々しく出てきています。木の芽時は変調をきたしやすいとか、どうぞお二人におかれましてもくれぐれもご自愛くださいますように。 練馬区 晴

 

* 浴室でゆっくり読書。いま、嬉しくなるほど佳い本を手元に沢山置いていて、読み始めるとやめられない。浴室での読書は危険ですと、よく叱られている、読者からも。やめられない。妻の親友が小和田さんの学殖に惹かれているとのこと、嬉しいことだ。小和田さんも私も、中公新書を出している。担当編集者の青田吉正さんに感謝しようと、同じような著者の十数人で「青田会」を持った。そのときに小和田さんと始めて会った。それ以来著書の贈答が続いてきた。

こんど貰った自伝も戦国大名の読書体験もすてきに佳い著書である。

2014 4・7 150

 

 

メール嬉しく

HPによると今朝は循環器系統の診察とか。良い結果でありますように。

桜の季節、花に嵐の喩のごとく、今年は殊に寒くなったり激しい風が吹いたりしましたね。灰色の空を背景に桜はしらしら冷めて寂しい感じがしました。

今日は暖か、春うららになりそうです。私の家の桜はようやく蕾が開きかけたところ。

椿が盛りです。

家人が昨日腹部大動脈瘤とその下部の動脈瘤の手術を終えました。血栓症を避けるための前処置で先週から入院しており、以来三日に二日ほどの割合で病院に出かけています。片道二時間近くは遠いけれど、地下鉄ではもっぱら読書、バスの車窓からは桜を眺めています。

今年に入ってからの私は、失語症?に近いほど「書く」ことを避け拒んできたような状態が続いています。それはさまざまな状況に原因があると思いますが、書けないことはあくまで自分の問題ですから今は流れに任せています。鴉に「お叱り」をいただくことは十分に予測しているのですが。

確実に押し寄せてくるものの気配を感じ、書かずにいられない時間もまた到来しつつある、それも感じています。

今回の湖の本、私語の刻はすぐに読んだのですが、ようやく熟読し、本人が忘れかけていた十年近く前の中国に関する文章に驚きました。大筋では現時点でも間違いは少ないと思います。補足するならエネルギー問題に関わること、大気汚染の問題などでしょうか。

これから出かける支度をします。駅までの20分を歩くのもダイエット、ダイエット!

帰ってくると足から疲れが這い上がってきますが。

どうぞくれぐれもお体大切に。

校正、お役に立つには不足かもしれませんが、遠慮なく声かけてください。

 

* 2005.9.5だった、鳶の「中国」観を聴いたのは。わたしより十ほど若いが、豊富な読書量、繰り返し広く世界を尋ね歩いてきたこと、そして詩人として画家としての創作力等が、この人の見解を偏頗でなく相対化しえており、わたしのように激語しないことからも、安心し信頼して聴ける。

ご家族の病状の平安を心より願います。わたしの心臓、健全でした。安心して下さい。

2014 4・8 150

 

 

☆ 先生の「箚紀」は

一言一句、その通り。「國中を『ドイツの強制収容所』なみにしていた」ことも同感。この國の宿痾、「和の全体主義」は明治以来どころか、はるかにその以前から、そして現在も、未来も、変らず

、あらゆる社会現象を規定し続けていると見ております。くやしさ、無念さ、残念さは、言いようもありません。そして恥ずかしい限りです(現代人として)。  神戸市  大学名誉教授

2014 4・9 150

 

 

☆ 御本(=湖の本119 )の内容

10年まえより、いっそう迫力を増して怖いです。

『台所太平記』が六条院物語の戯画化とは 目から鱗でした。

どうぞくれぐれもお身体大切に。   京 美学教授  清

 

☆ 「秘密保護法」の

廃止を求める署名に取りくんでいるところです。

まともな意見がメディアに取り上げられません。

草の根だけでは、間に合わないあせりを感じています。 広島 庄原市  知

 

* 東横女子短大にたった一年「漫談」で責を塞いでいた大昔、それは愛らしい学生だった。故郷へ帰ってから熱心に熱心に活動しているようすを、「湖の本」支持の便りに添えてきて呉れる。こっちの方が励まされる。

たしかに草の根だけで闘いきれる相手でない。その実感を国民自身が「組織化」して行かない限り、悪辣なノウハウに長けた権力構造に対抗できない。「起て」とあえて言う、わたしは。

2014 4・10 150

 

 

* 創作中の小説二つをかわるがわる少しずつ前へ進め、そして「選集②」の入稿用意もしんぼうよく進め、さらに、新しい「湖の本120」の原稿もしっかり用意している。度の仕事も、むろん苦しくても楽しい。ただ、「湖の本」なにかと出費が増し、出血の度も増してくる。さりとて値上げもならない、仕方がない、ここ二十巻ほど少なくも200頁を守ってきたのを、いくらか「減頁」するしかない、か。

忘れかけていた、めったになく引き受けてしまった原稿依頼の〆切が来週火曜。以来の手紙も見失っている、こりゃ、イカン。

2014 4・10 150

 

 

☆ 湖の本、ありがとうございます。  バルセロナ  京

恒平さん

恒平さん、ご無沙汰しております。

しばらく書かないと、書くのがすっかり億劫になっていけませんね。

今日は、どうか「送信」まで辿り着きますように。

スペインの財政難の話、日本にも届いているかもしれませんが、我家には、話だけでなく、火の粉が実際舞い込んできました。

カタロニア州のラジオ局に勤めていた夫が、去年9 月に職を失いました。四、五年前から、労働時間は増し、給与は5 %、15%とカットが続いていたので、いつか来ることとは思っていましたが、去年の夏を前に、財政難によるテレビ・ラジオ局の一斉解雇が提示されました。交渉交渉交渉の結果、的になったのは《一番影響の少ないだろう》年配者たちです。夫はラジオで2 番目に年寄りでしたから、免れません。

語学に長けた夫は、欧州放送連合との窓口役を一手に引き受け、その仕事を随分楽しんでいましたから、えっ、と言う思いはあったと思います。それでも気持ちの切り替え早く、リタイア生活を楽しみに辞めていきました。

私は、迷いなく歓迎しました。

夫の歳になると、老いは年々加速しますから、夫と、それも体も頭も元気なうちに、共有できる時間が増えるのは、願ってもないことです。有り難いことに、住む家あり、私に職あり、特段贅沢にも興味はないので、十分暮らしてゆけます。

こうして始まった夫のリタイア生活ですが、いいですね。夫は、プール、英文学、仏文学、独逸語のクラスに通うほか、とりわけ読書に耽っています。楽しくて堪らないようです。時折、音読もしています。おかげで、映画を見る頻度が減りましたが。私は、週末を待ち侘び週単位で飛んでいっていた時間が、毎日ゆったり流れるようになりました。

「秋」、秋が来た、と感じています。私の年齢で「秋」は、ちょっと早いかもしれません。昔は、秋を「落ち目」と感じる気持ちが強く、人生は夏が長いほどよい気がしていました。恒平さんの(=教室での)問い掛けに、当時大学生であった私は、自分は人生の「初夏」にいる、と答え、私の夏は長いぞ、と秘かに誓った覚えがあります。

秋もいいじゃない、と思います。実りの秋なら、尚さらです。   京

自分の話だけで終わる失礼を、お許しください。でも、これで「送信」を押せます。

 

* すばらしいメール。東工大の卒業生もみな大人になり、力闘し苦闘もしているなかで、「京」は卒業してすぐドイツへ勉強にゆき、まる一年間「恒平さん」への約束通り週一回の便りを寄越し続けるうちにスペインの男性と恋をし結婚してバルセロナに暮らして今日に達している。この人だけが一貫して学生時代からわたしを「恒平さん」と呼んでくれる。「秦さん」と呼んでくれる学生はたくさんいたが。わたしに会いに来るときは、季節の花を一輪持ってきてくれた。そうそう、大教室で、いま、あなたは人生的に観て「一年」のどの辺を歩んで生きている気持ちかと皆に問うたことがある。仰天するほど千差万別だった。ゴールデンウィークの前と答えた学生が比較的多かったのは自然だったが、「京」は「初夏」と。かなり深い悩みもジレンマも抱いている人だった、恒平さんの授業に出てなかったら中途退学も考えていましたと話していたこともある。すべてを乗り切り、酷暑ものりきって新秋を迎えたならよかったねと祝福してあげたい。はるばるバルセロナから欠かさず「湖の本」も支援してくれている。教授冥利である。

先日は、建築大手で大きなマンションや研究施設などを設計施工している「天才」卒業生君が、こんどは「自邸」を建てましたので見に来てくださいと招待状をくれたし、同じ建築出の仲良しで国交省勤務の中堅君は、作家もおどろくみごとな筆致で、日々の行政活動の努力と成果、その機微と苦心とを、昔のママ教授宛に「挨拶」してきてくれた。的確な筆致と中味とにわたしは舌を巻いた。嬉しかった。

いったいいつごろ東工大にいたっけと忘れそうになるほど、教授就任は一九九一年十月だった。おかげで今こうして機械で文章が書けている。もう四半世紀ちかくも以前のとても貴重でありがたい「道草」であったが、おかげで今も昔のママにつきあっている若い諸君がすくなくも十数人はいる。嬉しいことにみな「湖の本」を応援して支えてきてくれた。少なくも十余人の結婚式に招かれたが、みな、お父さんになりお母さんになっている。年賀状には家族の写真がきまって届く。幸せ者である。

 

☆ 秦恒平様    2014・4 ・8

いつまでも寒い春ですが、お元気でお過ごしのことと存じます。

過日はたくさんの御本と心のこもったお便りを頂戴しましてまことにうれしい事でありました。半世紀前の自分が茫漠とした霧の中から姿を現したようでまことに驚きでした。それにしてもそれほど昔の取るに足らぬ私の名をご記憶願えたのはまことに恐縮でありました。

お送りいただいた「湖(うみ)の本」を読み進めておりますが、改めて貴兄が文学に対する正確な対峙の姿勢を貫いておいでである事を賛嘆とともに感得します。文学作品自体もまた文化論的な認識としてもまさに正論を構築しておられるのを実感しました。

学生たちとの対話もご自身の文学を深める要因となっておられたようで素晴らしいことです。

おそらく多くの蔵書に囲まれておいでで、ご迷惑とは思いますが本日はテーマを私がかかわった「大きい本」「小さい本」とを謹呈します。

横浜市の学童疎開では集団疎開が県内に行われたことが特色でそのためか該当者には疎開に対する反応が強かった経緯があります。教育委員会に談じ込み、われわれ体験者が横浜市から疎開したすべての当時の国民学校の体験談を網羅して編集するという方針でそれを実現しました。

戦後五○年記念ということでしてもうかなり以前のことになりました。

「小さい本(=笑いについて)」は私の唯一の小説集からの豆本です。その他もただただお恥かしいものですがお暇なおりにお目通しいただければ幸いです。

さてお手紙では何やら薬を飲んでおられるとのこと、どうかくれぐれもお大事になさって下さい。お元気で良いお仕事をしてくださることを願っています。

「湖の本」第119 号で「堪え・起ち・生きる」とタイトルをつけておいでのように残念ながら時代は最悪の状況を呈しておりますがここは堪えどころと感じています。

いろいろと書き連ねお時間を取らせてしまいました。

どうかくれぐれもご自愛されますよう念じます。    ゆりはじめ

 

* この年になって、なお新たな知己にまみえうるということ、喜ばしい。

ゆりさんはわたしより二三歳年上、もっと上の方もいくらもご健在。歌人の清水房雄さんは百歳に近く、九十歳に手の届く人届いた人も何人も。まだわたしは若い方と思うことにしている。

 

☆ 大空に

ゆったりと咲いていた木蓮も

はや春風のいたずらで

大きな花びらを 一枚また一枚と……

そして今日は、

散り落ちる直前に 筆をとることができました  (繪 木蓮の花)

秦先生

先日は、失礼いたしました。お便りも添えずお品物を、お贈りさせていただき、恐縮に存じます。

先生も、お体を痛めなさっている中で 次々と巻を重ねてのご出版、「大丈夫?」と案じております。 でも私のところへもお届けいただけ本当にうれしく拝見させていただいております。

ご子息さまも小説家におなり とか、「すごい」と、うれしくなりました。

先生のような 純文学の方は、少なく、尊いご存在と 遠くより誇らしく思っています。

先日「炭屋で一泊し、京の春をたのしんでまいりましたが、お迎えのお茶菓子は「末富」の  夜のデザートは「老松」の「夏柑糖」でございました。

いずれも私の好物ばかり、とてもうれしくなりました。

やっぱり 京都はいいですね。

夜の清水寺も「ご招待」していただき、

妖艶なさくらを愛でることが できました。  (繪 木蓮の花後)

どうぞ 先生 お体をお大切になさって下さいませ。 合掌    高石市  東

 

* 巧みな花の繪に、切り紙の櫻を散らし、大小の筆の散らし書きがきれいで、そのまま写真にしたいほど。祇園町で育った、わたしの母校中学での後輩。わたしが高校生から大学への頃、中学の茶道部へ先輩として教えに行っていた。文化祭には教室を茶室に仕立てて佳い茶会ができた。そんなとき、この人は頼りになる中心の生徒だった。祇園をあえて出て大阪府で高校へすすみ、いい学校の先生になった。絵手紙の美しい本など出し、歌も詠む。根はたしかな京おんなである。

2014 4・11 150

 

 

☆  天候不順の日が

長く続きました。体調 如何おすごしでしょうか。

生きて八十八年 生理的 そして身体のうごきに困難を感じる年齢になりました。 長い間お世話になりました「湖の本」 このあたりで辞したい と、お願いいたします。

深い内容の小説に 作者の学問の深さに 大変な学恩を受けましたこと あらためて感謝しお礼申し上げる次第です

種堂なお身体の不調に負けずご活躍の先生に感銘を深めつつ ここに長い間の佳き刻を頂戴したことのお礼 あらためて申上げる次第です。 四月九日  江戸川区  俳人  冽

 

* まだわたしは七十代の七十八歳。わたしの久しい読者にはこの方のようになお十歳も年輩の方々が大勢おられて、余儀ない心身の老境を抱きかかえておられる。わたしはそもそもデビューの頃から自分より年輩の先進たちの支持と愛読を受けてきた。支持者も読者も当然のことに減りに減ってきた。自然の理というしかない。多いときは三千人も送り届けた「湖の本」が、今日只今の少数に減っているのはどう考えてもあたりまえの成り行きでわたしは微塵もそれ自体は悲しんでいない。まあよく二十八年間も刊行し続けられている事よと感謝しているし、刊行に特別の不自由や失望など感じていない。二十八年も支えて頂いた実績が、なお今日から明日への継続を精神的に支えていてくれる。

2014 4・12 150

 

 

* 次の「湖の本120」は区切りの記念号になる。内容の充実した佳い物を送り出したい、出せるだろう。ずんずん用意している。 2014 4・13 150

 

 

☆ 湖の本119

堪え・起ち・生きる  に元気づけられました。

お誕生日祝いを兼ねて 塩蒸し桜鯛をお届けします。 四月  毅

 

* 妻の誕生祝いを兼ね添えて吉備人からりっぱな鯛一尾を頂戴した。夜、ウイスキーの「富士山麓」オンザロックで頂戴した。愛しんで大きな半身を明日に残した。美味かった。いつもいつも頂戴し、有り難う存じます。元気にならねばと気を励ます。

2014 4・15 150

 

 

*  小松の井口さんに、「選集①」の函、表紙、総扉等に使わせて頂いた刻字金圧し等の見本を速達で送った。久しい親交の一つの「形」が成ったのをよろこんでいる。ほかにも幾つか使わせて頂いた。神戸の木山蕃さんに頂戴した「湖の本」印も大事なところへ使わせていただいた。細川弘司君の描いてくれた肖像もきれいに収まった。

予定どおりだと、明後日出来てくる。

2014 4・23 150

 

 

* 生憎か幸いか連休にはいると郵便局から本が送り出せない。ま、ゆっくりと荷造りに専念しておく。そうはいえ、「選集②」も「湖の本120」も、そして小説も進めなくては。五月八日から十五日まで、なにやかやと用事がかたまっている。

建日子が来ると言うている。豊島園で妻の友だち夫婦と出会おうかという話も出来ている。「選集①」は、手渡し可能な人には手渡したいと思うが、飛び回っていては身が保たないかも。

2014 4・26 150

 

 

* 「湖の本119」へも、今も、たよりが有る。

 

☆ 拝啓

不安定な春は、不安定なまま夏に向かうようです。

いつもお心に掛けていただき、ありがとうございます。秦さんの鋭い眼差しにいつも学ばせていただいています。

また、石の森章太郎の「家畜人ヤプー」も持っていて読んでいます。秦さんのアンテナの広さにも感服しています。

ゆっくり大切に

読ませていただきます。

拙詩誌「ERA」三次二号を送らせていただきます。

私も身近にいくつもの死を抱え作風も少し変化しています。  埼玉新座  詩人

 

* 故福田歓一(元東大法学部長)さんの夫人からもいつもの鄭重なご挨拶と静岡の新茶を頂戴している。恐れ入ります。

またロサンゼルスの池宮宗千さんからも、平安神宮のしだれ櫻をなつかしみ、差し上げた圓能斎筆・淡々斎極め書簡つき「四海皆茶人」の軸を掛けての初釜その他茶の湯の楽しみを伝え聴いている。チョコちゃんももう八十過ぎ。ご主人をなくされて一年と。時を同じくして花小金井に住む中高一年後輩・茶の湯の手ほどきもしことのある人も、ご主人の一周忌を迎えましたと。

だれもだれも生きてある人、人の平安を願う。

2014 4・30 150

 

 

* 久しく「いい読者」であって戴いた方が、病魔に遭われることも多くなった。わたしよりも年輩の方がもともと多かった。自然の数というしかなく、お一人お一人のご平安を心より願っています。

* 四月が、信じられないはやさで過ぎゆく。

2014 4・30 150

 

 

☆ あっという間に、

五月です。七十過ぎの旅を、京都や東北の春満喫の四月でした。

『湖の本119』御礼遅くなり失礼申し上げました。

2005年の小泉政権が、今のアベ内閣につづくことに唖然、恐ろしささえ感じます。

お変わりない読書に感嘆しつつ、ペンクラブの品格の希薄さを歎かざるを得ません。大岡信、竹西寛子、中村真一郎、山本健吉氏等々の理事会不在、良い意味での文壇がなくなったこと、淋しい限りです。

新潟・村上の「町起し」の市民だけの粘りある活動の興深さを知り、元気づけられました。

御健勝をお祈りいたします。   元出版部長  義

2014 5・1 151

 

 

* 新しい「湖の本120」の入稿用意をすすめていて、十一時をまわっている。眼はすっかり霞んでいる。

2014 5・1 151

 

 

☆ 秦恒平様

拝啓 新緑の候、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。

『湖の本119 堪え・起ち・生きる』をお送りいただき、ありがとうございます。いつもペンを持つ人の思いの深さに感銘をうけております。

「少年の昔から信仰心をもって『不思議』をうけいれてきたが、神は観なかった。」「それでもなお、わたしの内で強い『信仰心』は生きている。自覚も実感もある。『抱き柱』にしないだけ。」このあたり、わたしの心にすっと入ってきます。信仰心を抱き柱にしないという思いが、秦様の生きる力なのでしょうか。

また、「なんとわれら日本の蓄えてきた文化力はすばらしいか。そのすばらしい文化が、「我私 われわたくし」に溺れた悪政の毒で、活気を奪われて行く。なんとおぞましい時代か。」というところ、大変共感します。

今は私も悩み多いときですが、どこかでお会いできることを楽しみにしています。

時節柄ご自愛ください。  敬具    滋賀県知事

 

* 多忙の中からのおたよりに感謝します。響き合うものを覚えます。

 

* 文藝春秋の寺田英視さんから選集「発行人」秦建日子の留守中へ電話が入ったと。寺田さんは、「湖の本」制作のために、二十八年前、凸版印刷をご厚意から紹介して下さった恩人である。

2014 5・3 151

 

 

* 「湖の本120」を入稿した。気がついた、連休中だったが。ま、いいか。

2014 5・3 151

 

 

☆ 高雅な

『秦恒平選』、御出版おめでとうございます。

貴重な私家蔵本を御割愛御恵贈下さいまして 恐縮、厚く御礼申しあげます。

「湖の本」が秦様の哲学の発顕なら、今回の「選集」は秦様の美学の結実かと掌上に拝見いたしております。

奥付発行秦建日子様の御名にも、篤い父子のご縁を感じました。

何より小生は拙刻印を今回も御使用いただき至上の喜びと励ましでございます。この四月 小事雑件のうち傘壽になり、印刀を握りましたが任意に動かせず気儘に「八十」を彫りました。

ペンに、カメラにもこれが老、病いと自覚いたしましたが、その時々の力一杯の表現を心掛けたいと思っております。

秦様のお仕事には、いつも感激と感動を頂戴いたしております。

新境地に入られる御健筆を祈念申しあげます。  神戸市 八十  木山蕃 拝

 

* 歌人で、民俗信仰や鬼の研究者、みごとな印を刻される。ずうっと使わせて戴いている奥付「湖の本」の印を、発兌の頁でも使わせて戴いた。御志も頂戴し、恐れ入ります。

「八十」は妻にもわたしにも一つの目標。「その時々の力一杯の表現を心掛けたい」とあやかり、願っている。

2014 5・5 151

 

 

* 明日から、平常の五月になる。小説も書きたいし、あっというまに「湖の本120」の初校が出てくるだろう、「選集②」も入稿したい。慌てず騒がず、手を抜かずに仕事をつづけるだけ。「帰去来」をとうに遂げた「騒壇余人」にも躬耕すべき田畑は在るのだ。 2014 5・6 151

 

 

☆ 前略『湖の本』119

興味深く拝読。当初は幅広い読書歴に感心。やがては数册の書物を、つねに並行して読み進めることに感服。近頃では読む端から忘れて行く我が身の劣化に比し、五歳程年長の貴先生の記憶力に驚嘆。そして読後には、読書が「はんなり」と「幸せ」と言い切り、通院・闘病の中にも、気力は衰えず、「書き」「読み」読けていこうというお言葉に畏敬。

ありがとうございました。  敬具    歴史学  二木謙一  名誉教授

 

* 小和田哲男さんと同じに、やはり編集者青田吉正さんに感謝の青田会で知り合った。大和田さんも二木さんも、戦国歴史劇の考証支援などよくされている。

2014 5・8 151

 

 

☆ 謹啓

立派な御本をお贈りくださいまして 誠にありがとうございます。

五月三日は私の誕生日でした。その日に大きな大きなプレゼントを頂戴し 早速 主人にも報告いたしました。

夫と別れて二十五年の間 彼の残してくれたものを大切にしながら生きてきたつもりです。まるでその御褒美のように思いました。

本当にありがとうございます。

先生と奥様がいて下さいます事が大きな励みになっています。

どうぞ御自愛下さいまして、一日でも長くいらして下さいませ。

御本はこれからゆっくりと心の糧にさせていただきます。 ありがとうございました。 敬具  滋賀湖南市  小田敬美

 

* ご主人は『湖の本』創刊以来熱烈な愛読者で、またみごとな趣味の人であった。ことに、漬け物の名人。亡くなられてからも奥さんはご主人の思いをついで熱心に応援して下さり、加えて毎年丹精のじつに美味しい梅干しなどを送ってきてくださる。近江の湖国は生母の故国。滋賀の酒は美味いのである。小田さんは、こころにくく見つくろって美酒もとどけて下さる。一度もお目にかからないが懐かしいありがたい読者である。

 

☆ 前略

ゴールデンウィークに十日も続けて店をお休みいたしました。 主人の故郷の富士宮で休みの大半を過ごし 帰宅いたしましたら御本が届いておりました 非売本 特装限定本の貴重な一冊を賜るにはあまりに資格不足まことに到らない読者です

走り書より長く書きますとボロが出てしまうので日頃失礼しておりますが 今回は拙くてもと心を決めました。

形容しがたい御本 品位と存在感のひしひしと迫ってくる外函 人の温もりを感じさせる表紙の手触り 何度もさすってしまいました

心より御礼申し上げます

どうぞ御身御大切にお過ごし下さい  村上開新堂主人  山本道子

 

* 「湖の本」を創刊したのは二十八年前の桜桃忌。三巻ともつまいと嗤う人多く、わたし自身もせめて十巻もと薄氷を踏む思いだったとき、この「志」を応援しないでいることは出来ませんと言ってきて下さったのが、大きな励ましになり前途へ立ち向かう気力を戴いた。忘れられない。病気の間も、本を出すつど此の有名な老舗のクッキーがびっしり詰まった御見舞を戴き続けていた。半蔵門まえに「ドーカン」という洋食の小粋な店を出してられた時期もあり、じつは、雑誌等にもよく登場されていた海外料理のシェフでもある。根は京都にあったお店で、一度ゆっくりお話ししたいと思うお一人である。

 

* 図書館、大学、文学館等々からも「選集①」受領の挨拶が日々に重なっている。

 

☆ 「湖の本119}

最大に共感、感銘、敬意をもって一行一句 拝読いたしました。

ありがとうございました。  元「展望」「文藝展望」編集長  原田奈翁雄

2014 5・10 151

 

 

* 井口哲郎さんとともに数々のご厚意を戴いてきた。金沢市で、国語の先生方に平家物語から「院と女院」の講演をしたときだったか、講演ひとつではもったいないと、金沢大付属高校千人の生徒のあつまる大講堂での講演会を松田さんがご用意してくださった。その講演が、「手・私・外」の三点からあえて若い人たちにぶつけた「私の私」であった。「湖の本エッセイ25」に入っている。講演の晩には市内でご馳走にもなった。

松田さんは大学高校の先生であると同時に多年歴戦の劇作家としても活躍されてきた。「湖の本」にもずうっとお力を添えてきて頂いた。「これからだ」の信条でまだまだご奮発願いたい。

金沢や小松には知己が多い。それだけで限定本の大半がなくなるだろう、涙をのんでご辛抱願っている。

☆ 秦先生

新緑が眩しい日々、お元気のことと存じます

先日は夜分お電話で失礼致しました。

嬉しくて、ついお声を聞きたくて。ありがとうございました。

改めて 選集のご出版おめでとうございます。

思いがけず、私にまでお贈りいただき、本当に夢のようで厚く御礼申し上げ伸す。近くに置いて、ながめては読める幸せを噛みしめております。

早いもので、私が二十代半ばで先生の作品を手にしてからもう四十年がたちました。明日五月十日で六十五歳になりますが、その間の学恩、書恩の深さに心から感謝して、でも大して良い読者ではなかったなーと反省しきり、冷や汗がでます。子育てや仕事に追われ、今も市民活動に肩入れして文学の方はお留守になっています。反原発、沖縄支援と問題山積の日本ですが、その思想を形成する源になったのは、やはり先生の強固な政治への批判に育てられたのだと思っています。人間として動かねばならないとの一念で頑張っています。幸い仲間に恵まれ、沖縄への連帯ツアーにも行き目を開かされました。読書会や政策研究など多忙な日を送っていますが、これが私の性に合っているようで、健康に留意して今後も活動していきます。

先生も少しづつ、お元気になられて安堵しておりますが、あまり無理なさらず、お仕事を楽しまれますように、小説の方も心待ちにしております。

積ん読なりがちですが、時間を見付けて読み進めていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願い致します。

和菓子がお口に合うかわかりませんが、奥様と二人 お茶をたてられる時にでもご賞味をと、こちらの干菓子をお送りします。京都にはかないませんが…。

そしてお祝い 些少、是非ご嘉納下さいませ。今回は決して「湖の本」の書籍代にあてないでとお願い致します。

では私の誕生祝いとして先生の本をありがたくいただき、もう一度お禮申し上げてご挨拶とします。

どうぞ奥様にもよろしくお伝え下さいませ。    金沢市   金田小夜子  作家・市民活動家

 

* 金沢の和菓子は京菓子とならんで天下一品、それが一日に二箱も戴けて、酒と同じほど和菓子好きのわたしはほくほくと喜んでいる。感謝、感謝。久しく久しい「いい読者」にも感謝。

2014 5・11 151

 

 

 

* そういううちにも「湖の本120」の初校ゲラが出そろうだろう。

もう目がまったく「花 ホア=ゆらゆらと水中で目をあいているよう」で。なにともハヤ情けない。

2014 5・11 151

 

 

☆ 秦恒平様

緑の鮮やかな季節になってまいりました。

ところでこんなにすばらしい布装函入りの少数限定本を私が戴いていいのでしょうか ただただ恐縮しております。

『みごもりの湖』は冒頭の部分を読むだけで胸がキュンとしてしまいます。やはり私にとっても原点だったと思います。病をかかえてもなおこんなにすばらしいお仕事をされるとは ただただ尊敬するばかりです。

何かお礼にと考えまして 主人と相談して 我が家でも愛用している国産ハチミツにしました。郡上の古今伝授の里で買い求めたものです。 毎朝ヨーグルトに入れて食べています。

御本は 大切に 石井家のお宝にさせていただきます。

本当に 心よりお礼申し上げます。   岐阜各務原市  石井真知子

 

* 湖の本創刊のずっと以前からの久しい有難い「いい読者」で、湖の本は欠かさず三册ずつ買い上げて頂いてきた。感謝しきれない。酒だけでなく甘みのいつも恋しいわたしは、いいハチミツをいつも頼みにしている。有り難う存じます。

上越市の光明寺さんから、りっぱな筍を二本、頂戴した。筍は子供の頃から大好き、ことに出汁のきいた筍飯、大好き。嬉しく頂戴します。

2014 5・12 151

 

 

* 東大大学院文学部から、「選集①」受領の挨拶があった。毎週火曜日は郵便物がほとんど無い。

凸版からは「湖の本120」の組上初校ゲラが届いた。

2014 5・13 151

 

 

* 眼科診療の流れを読んで、検査を診療予約より二時間はやく受けた。散瞳されるとそれだけで五十分ほども待たされる。幸い「湖の本120」の校正を持ち出していて、どんなに待たされてもそっちに打ち込める。

検査技師は視力が戻っていると云い、処方通りに眼鏡も出来ていると云う、が、現実その眼鏡をかけてもちっともクリアでない。見えないときは眼を近づけて見てください、疲れるとみえないだろうと思いますなどと、眼鏡屋とおなじ事を検査技師も医師も言う。フルメトロンという点眼薬が出ているが、検査技師も、保谷の地元眼科医もやめた方がよいと。しかし主治医はたっぷり処方してくれる。なんともはや難しいことである。三時からの診察予約だったが、三時には支払いも済み解放されてきた。

明日も出かけることゆえ、池袋まで帰り、西武地下の「寿司政」で暫くぶりにたっぷり食べて帰った。処方薬局に立ち寄ったので、その脚で歩いて帰ったのが疲れた。

筍と若布、それに筍飯もすこしだけ、美味しく食べた。

2014 5・14 151

 

 

☆ 秦恒平様

お元気でいらっしゃいますか。

大分以前に、編集室宛に、ペン会長浅田次郎氏宛の御文章、「それがあなたの常識か?」をいただきました。

大変きびしくまっとうな御批判、全面的に共感いたすところでありました。

よろしければ、ぜひこの御文章を、次号(六月刊)『ひとりから』に掲載させていただきたく存じております。

さらに欲を出しまして、「湖の本」119、「死後の刻」195頁4行目以下、196頁末行に至るまでを、併せ御紹介させていただきたいと願っております。

実を申せば、今回の御本『湖の本119 堪え・起ち・生きる』は、全巻貴重な御文章に溢れており、いたく感銘を受けました。

小誌の読者にも、ぜひこの巻を手にするよう、おすすめしたいと願い、そのための御紹介に資したいと願ってのことでございます。

なにとぞお許しをいただけますよう、心からお願い申し上げます。大病たくさんなされたにもかかわらず、秦さんのものすごいお仕事ぶりには、全く頭が下がります。   編集室ふたりから  原田奈翁雄

* 恐れ入ります。お申し越しの拙文、宜しいようにお使い下さいませ。日々お大切に。  秦恒平

 

☆ 有り難うございます。

呼鈴が鳴って

「宛先名前に間違いないですか?入らなかったので」と言われました

もう一時間近く経ちます

仏様の前で包みを開き あとはため息ばかり

うっとりと 眺めて あぁ と 思わず声が出て

ありがとうございます

ただ ただ 感謝です

どうぞ迪子さんもお大事に

 

* アドレスブックに該当のメールアドレスが無くなっていて、見当はすぐついたが、クリスチャンの筈だがと、返信メールで問い合わせた。返事が直ぐあり、見当はむろん逸れていなかった。

その前に、妻の方へもメールが来ていて転送してくれていた。

 

☆ ごめんなさい。

(下関の)大庭緑です

以前も、この携帯から発信したことがありましたので、ついそのままになりました

改めて、ありがとうございました

 

☆ 感謝  (=妻に宛てて)

選集をお送り下さいまして、ありがとうございます。

思いがけないことで、本当にもったいないことと、感謝です。

受け取って、「どうしよう、どうしよう」と言いながら仏間に駆け込みました。クリスチャンですのに。

あとはもう、ためいきばかり。

『みごもりの湖』は、夏に仏間で読む、のが習いになっています。

今年はこの立派な本を、いつもより一層うっとりしながら読むのです。

お身体の痛み、少しは軽快されたでしょうか。どうぞ、お大事に養生なさってください。

どんな言葉も追いつかないと思いながら、この感謝の気持ちをおふたりにお伝えしたくて。

ありがとうございました。  下関市 大庭緑

 

 

* 湖の本全巻購読はもとより、もっともっと以前から有難い読者のお一人で、われわれが不幸な悲しみにひしがれていたときにも、遙々と、たびたびよく励まして下さった。筑摩書房の日比幸一さんが、秦さんにはこういう読者もいらっしゃいますよと、社からの出張先から帰って、知らせて下さったのをよく覚えている。「いい読者」こそは「身内」という気持ち、変わらない。

2014 5・16 151

 

 

* 湖の本の校正、選集②の原稿読みは『繪巻』 そして、小説。日録。目づかいは荒い。十時半。もう休まないと。

2014 5・17 151

 

 

* 信太周先生のご紹介を戴いて、今日平家物語研究の第一線にある研究者に、『風の奏で』上下巻を謹呈し批評を仰ぐ事にした。明日にも発送できる。在庫の湖の本を、惜しまず、然るべき研究者・研究機関に贈ることにしている。読者に向けた「湖の本」活動は峠を越した。在庫を最も効果的に諸方に送り出したい。研究者、また学生で卒論や院の卒論に利用したい人たちには、可能な限り在庫を提供したい。

読者には、まだお持ちでない単行本を、ご希望に副って適宜にお頒けしたい。残部少なく要望に応えきれないものもあるが、百種にあまる単行本の手持ちに余裕有る本もかなり取りそろえている。お申し越しくださらばご相談に応じたい。

2014 5・18 151

 

 

* こんどの「湖の本120」は、楽しんでもらえるだろう。単行本で読まれた作や文章を「湖の本」で再読して下さる人は大勢おられても、わたしが新聞や各種の雑誌に書いていたたくさんな原稿は、講演や対談・座談会もふくめ、ごくまれにしか読者の目に入っていない。ところがそういう初出稿が単行本にまだ収録されなかったまま、わたし自身がおどろくほど沢山プリントのまま積んである。新聞雑誌に連載のものもある。

たぶん、今度の「随筆選(一)」は、へえっ、こんなのも有ったのと気楽に楽しんで下さるだろう。けっして書き殴ったのでも書き飛ばしたのでもなく、私なりに工夫もし来も入れて、しかも雑談の域に低迷はしていないと思っている。ゲラで校正していて、わたし自身も楽しんでいる。

2014 5・20 151

 

 

* 家中に起きた不幸な事故や発病を告げる便りがつづけざま届く。いずこも同じかと歎かれる。ことに転倒の怪我は高齢者にはことに厳しい。

わが家では妻の左腕動脈に血瘤が認められ、昼過ぎのいまから埼玉国立病院へ入院と決した。

 

* 入院。六時四十五分ころから八時四十分ほどかけて手術終了。予後と後遺症に関してはハキとした見通しは立っていないが、手術は全身麻酔して順調に終えた由。

冠動脈の検査手技を受けたとき、穿刺の針が動脈を突き抜いていたらしい、左腕の全面に紫がかったまるで黒雲が覆い、目を覆うようであった。地元病院では一泊入院と聞いてきたが、紹介先緊急入院した埼玉国立病院では、早くも週明けまでは退院はムリと。病院はかなり遠く、タクシーの片道がほぼ三千二、三百円という距離。

二時頃に入院し、手術終了後に医師の説明を聴き、帰宅したのは十時過ぎ。

* ま、妻にも黒いマゴにもわたしにも、試練。黒いマゴの輸液を医院へ運んでしてもらうより無い。

今日は手術の済むのを待ちながら集中治療室で「雲居寺跡 初恋」および「絵巻」のルビ打ちに打ちこんでいた。だいぶはかどった。

湖の本は、停滞し遅れる。やむを得ない。

2014 5・23 151

 

 

* 結局、五時には起きて二階へ上がり、「湖の本120」のために一頁ずつ二つの埋め草原稿、そして長いあとがき「私語の刻」原稿を用意しきった。

2014 5・24 151

 

 

* 腹の張るものを食べる気がしない。字が読めない以上は、寝るか、なにか録画した映画を観て、はやめに眠るか。

 

* そんなことを思いながら、「湖の本120」あとがき、二本の埋め草原稿、ファイルで電送した。本紙の初校はもう終えていて「要再校」で、明日朝のうちにも送りたいもの。ずいぶん肩の荷がおりる。

2014 5・24 151

 

 

* 黒いマゴに付き合ってやり早起き。「湖の本120」要再校戻しの用意を終えた。朝食は、卵納豆。九時になったら黒いマゴの輸液に獣医院へかけつける。可能なら午前中にすこし寝ておく。病院で、ルビ打ちをと心づもりしている。

2014 5・25 151

 

 

* 午前のほぼ二時間ほどを家で寝入っていた。眠気もとばし、なにより視力を助けねばと。いま十一時半。「要再校」送る。

2014 5・25 151

 

 

* 「湖の本120}発送用意に、もうかかっている。この疲れを、うまく捌かねば。

2014 5・27 151

 

 

☆ 選集第一巻を

ありがたく ちょうだいしました。

豪華な(今の時代 函入りの本はめったにありません)、それでいて瀟洒で すっきりとした装幀に しばらく見惚れておりました。勿体ない贈り物です。活字も大きく読みやすく至れり尽せりの一冊です。

大切に「永久保存」いたします。ありがとうございました。心より暑く御礼申し上げます。

ご自愛 一層のご活躍を願っております。   出久根達郎  (直木賞作家)

秦恒平様 玉案下

 

* 出久根さんは、いわば「本」のプロ。創刊いらい「湖の本」も継続購読して下さっている。今回の選集刊行が、念入りの美意識の所産でもあることを大勢が証言して下さっている。「本」は紙屑ではない、文化なのだ、出版文化。「紙の本」時代の最期を飾る光芒と、それを終始願っていた。

 

* {選集②」のルビ打ち稿つくりに閉口していたが、折衝の結果、「湖の本」原本を利用してもらうことになった。これで肩の重荷が半ばおろせる。有難い。

 

* 疲労が溜まってであろう、今日は、何度もよく横になり、横になると熟睡した。いいことだ、小説創作の仕事を抱いて、二三日旅でもしたいぐらいだが、黒いマゴの輸液、利き手の使えない今の妻一人では、むり。ま、せいぜいのんびりしたいもの。などと言う内に「湖の本120」再校が出てくれば、たちまち発送の準備にかからねば。手早く、すでに幾らかは用意が進んでいる。

2014 5・28 151

 

 

* 「選集②」に収録の四作電子化データ原稿を電送入稿した。ルビ打ちプリント稿や湖の本原本は、別途宅急便で送った。「選集②」がこれで、進水、出発進行。造本その他は、第一巻で固めてあり、順調に進むだろうと期待している。重い肩の荷をおろした安堵感がある。

2014 5・29 151

 

 

☆ 拝啓

このたびはご高著『風の奏で』をお送り下さりまことにありがとうございました。現代と平家の世界がせ不思議に交差した世界を楽しみながら、ご造詣の深さに感服させられました。

『古典遺産』で梶原先生たちが座談會をされたというのにも納得した次第です。(その頃はまだ大学院に進んだばかりの頃で、「古典遺産」も購読しておりませんでした。)他のご著書についてもぜひ読ませていただきたく存じます。

なお今後ともよろしくご高配をたまわりますようお願い申し上げます。まずは御礼まで。  敬具  秋田大学教授 志立正知

 

* 神戸の信太周さんに十数人をご紹介願って「風の奏で」をお送りした、ご返礼で、有難い。一般の読者には正直言って難しいのかも知れないが、その分、平家研究の専門家には文藝春秋からの初版以来かなり深くうったえてきた。学者も世代交代があろうかと、信太さんに若い勝れた研究者をご紹介願った。信太さんとの久しい御縁も『風の奏で』いらいのことである。

2014 5・31 151

 

 

☆ 秦先生 奥様

このように遅くなりましたことお許し下さい。

大へん立派な先生のご本が届き、しかも非売品で一五〇部限定ということを知りおどろいています。ほんの気持ちばかりですか、一緒に送らせていただきます。

小包の中には今話題の「ラスク」が入っています。ご賞味下さい。又、一冊書籍が入っていますが、ほんの数頁ですが都澤が担当した箇所があり、生まれて初めての体験をしました。ご笑納下さい。

現在、義母は93歳で、介護2から介護1に認定され、ますます元気です。

マーガレット幼稚園では、学校法人玉村学園理事長の交替で大へん忙しい思いをいたしました。私は(園長に加え=)園の経理も兼ねていますので、よく自分でも頑張れたと思っています。

来年度から「新子ども子育て支援」で、何やら子どもが置き去りにされ、「公定価格」導入で私立幼稚園は徳に地方の弱小園では、先が見えず、悔しい思いをしています。いつも笑顔で園児とともに、共感し、父母の信頼を得ることしかありません。

何やらまとまりがつかない文章ですが、また都澤は元気で活動していることを先生にお伝へしたいと思いました。

便箋も手許に無いありさまでほんとうに申し訳けございません。

五月三十一日        お元気で  都澤しづ子   幼稚園園長

 

* 都澤さんからは、湖の本で刊行をつげたとき、いちはやく欲しいと注文があった。いつも元気に闊達なおたよりの絶えない園長先生で、「湖の本」をずうっと購読し、お知り合いにもひろげて戴いている。ありがとう存じます。お気を遣わせて申し訳ありません。 2014 6・1 152

 

 

☆ 秦恒平様

突然のメールをお許し下さい。

一人の脳神経外科医です。

秦さんが編集者の時代に医学論文の受付順が、雑誌掲載時に故意に入れ替わっていたことがあり、

小説にお書きになったと思います。たぶん 「疑惑」というような漢字2文字でした・・・。投稿者の大学講師***先生の論文が筆頭になるべきところ、、

細工した相手は***大学教授でした。

その大学講師だった方は 最終的には***大学脳神経外科教授から 学長にもなられました。

25年以上前に 他大学の者として、初めてお目にかかったときに、秦さんのその小説のコピーをいただきました。(***先生は

よその大学の教授から、君の話が掲載されているよと聞いて、知ったそうです)

その***先生が4月末に亡くなられ、家族だけでお別れ会があったそうです。

先生の業績や日常を懐かし思い出しつつ、ご連絡したいと思った次第です。

秦さんの短編小説のリストの中に見つけ出せませんでしたので、ご教示いただければ幸いです。

不躾なお願いですみません。   原

 

* ちょっと驚いた。それらしいことのあったとは朧に覚えていたが、わたしの課での出来事ではなく、社内の見聞に属していた。

医学書院の頃の編集者生活をストレートに小説にした例は実はたいへん少なく、「文藝展望」に三部作として四回連載した『迷走』ぐらいなもの。「亀裂」「凍結」「迷走上下」と分かれている。筑摩書房から出版した。本流の作風とは大いに異なっていて吃驚した人が多かった。縁の無かった小中陽太郎などが書評してくれた。いまは、「湖(うみ)の本」の第40・41巻になっている。

その他「清経入水」「秘色」「三輪山」や、長編「慈子(あつこ)」「風の奏で=寂光平家」なども、語り手はみな医書編集者だが、物語は古典の世界と密接して、医学書院はダシに使われたに過ぎない。

お尋ねの問題に触れていたのは上の三部作冒頭の「亀裂」であろう、むろん小説として作ってある。そもそもこの三部作も、医学というより当時本郷台で有名だったほど激しい我が社の労使闘争を描いて、中間管理職という存在を批評したのだった。退社した1974年の歳末から翌春への連載だった、四十年も大昔の作だ。明らかに作風からすると当時は異物かのように観た読者もいた。書いて置いて、だが、よかったと思っている。たしかに一つのそれはステップであったと思う。

2014 6ー1 152

 

 

* 永栄啓伸さん平成二十年の『秦恒平「初恋」論 連鎖する面影のなかで』を、浴室で、全編読了。感謝。「初恋」論は原善くんのを昔に読んでいる。永栄さんの注記によれば、桶谷秀昭、進藤純孝、笠原伸夫、上田三四二さんらが当時論じて下さっていたらしい。有難い。「初恋」は今回選集②のために読み直してひとしお懐かしくまた必然の作、自分自身こういう小説をこそ読んでみたくて、誰も書いてはくれないから、自分で書いたのだなあと思い知った。どんな作も、そうなのだ。そういう作を幾つも持っていることをわたしは今にして新ためて幸せに感じる。「清経入水」「雲居寺跡 初恋」「風の奏で」もそうなら、「秘色」「みごもりの湖」もそう、「或る雲隠れ考」「慈子」もそう。それら全部の原点に処女作といえるほどの「畜生塚」が、ヒロイン町子が在る。おもしろい人生であった。そして今しも締めくくりになるであろう三通りほどの新作を書き進めて投げ出していない。楽しんで苦しんでいる。

2014 6・1 152

 

 

この度は御著を賜り、誠にありがとうございました。貴重な選集にて、恐縮しております。

函入り、布装、かっちりした存在感のある御造本にて、どこかなつかしい香りがしているように思いました。

このところ身辺あわただしく御礼を申し上げるのも遅くなり大変失礼いたしました。

改めて じっくり読ませていただきたいと思います。

どうぞ御身大切にお過ごし下さいませ。  かしこ   横浜  稲垣みゆき  元中央公論社編集者

 

* わたしり殊に気に入りの単行小説集『閨秀』出版を担当してもらった。昭和四十八年(一九七三)暮れだった、四十一年も昔だが、お互いに若かったなあと感慨深い。賞をえた筑摩から本が出るのは自然だが、できれば中央公論社、新潮社、講談社、文藝春秋からも創作を出版したいと、念頭に置いていた。谷崎先生ゆかりの濃い中央公論社には憧れもあった。嬉しかった。すばらしい装幀だった。念願は着々と果たしていった。

稲垣さんは退社されてからも、いちはやく『湖の本』を応援してくださり、今日に至っている。

ふしぎなことだが、もともと私には母なる港であって自然な筑摩書房とは、今、全く縁が絶えている。

今晩は、文藝春秋の寺田さんが「選集」創刊のお祝いにと、わたしと発行人の建日子とをご馳走して下さる。思えば、みな久しく久しいご縁が絶えないでいる。秦建日子も各社のお世話になって活躍している。

2014 6・2 152

 

 

* 「湖の本120」の再校が出そろった。これでもう休みが無くなった。真夏へかけ、多忙と緊張がつづく。

今日午後には妻の埼玉病院への退院後診察に、同伴する。

2014 6・3 152

 

 

☆  拝復

すっかり夏らしくなりました。ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。

さて、このたびは、御高著『風の奏で 上・下』(湖の本)、ご恵送賜り、誠に有り難ぅございました。以前、大変話題になり、私もまだ大学院生だった頃に拝読して感銘を受けた御高著の再刊、うれしく拝見しました。

改めて拝読して、自分がこの小説に強く影響を受けていたことに思い当たりました。同封した拙著の『建礼門院という悲劇』の末尾に 「女院は『平家物語』を知っていたか」の節を立てたのは、(自分でも明確に意識してはいなかったのですが) あるいは御高著の影響だったのかもしれません (その他、もし御高著に通うところがあるとすれば、おそらく「T 博士」 ならぬ角田文衛氏の影響も大きいと思いますが。)

昨今の出版不況や社会全体の古典離れはいうまでもなく、さらに、文学研究の 「文学」離れと申しますか、文化研究へのシフトなどによる創作との乖離も、動かしがたい状況ですが、それ故にこそ、古典研究と現代をつなぐ試みは、多様になされねばならないと存じ

ております。私も、及ばずながら、それなりに試みを続けているつもりではあります。同封のものなど、こちらこそ、ご叱正いただくことがあれば、誠に幸いに存じます(但し、これはお礼ですので、重ねての返礼などはご放念ください)。

とりあえずお礼までにて失礼いたします。 草々

六月一日

秦 恒平様          佐伯真一   青山学院大学教授

 

* 編著・人生をひもとく「日本の古典」四『たたかう』(岩波書店)、佐伯さんの著『建礼門院という悲劇』(角川書店)を頂戴した。さっそく読みたい。

そうさくという名での著書が、専攻の研究者からも顧みてもらえる、そういうことにもわたしの喜びはある。ことに「風の奏で」は、もし一点に絞って謂うなら「わたしの建礼門院徳子」を産んだことに、意義も喜悦もある。「清経入水」では「わたしの清経」を、「雲居寺跡」では「わたしの源資時」を、「絵巻」では「わたしの待賢門院」をまさしく産んだ。小説家として新たに産んだ。創作とはそんな仕事だ。                       2014 6・3 152

 

 

* 埼玉病院で妻の手術をして下さった先生の最終の予後判定を受けに行き、お礼を申し上げてきた。大丈夫、「卒業」ですと。

成増駅から池袋へ戻り、久しぶり東武の懐かしい「美濃吉」で、妻の奢り、京料理と名酒「桃の雫」を堪能してきた。美味かった。

東武の中で、夏向きに妻のいい漢字のアンサンブルを見つけて買ってきた。電車では「湖の本120」の再校を読んでいた。

暑くなってくると、そうそう出歩けない。わたしは熱中症で痛い目に遭っている。

2014 6・3 152

 

 

* 「湖の本120」発送の用意を、責了用意と併行して進めねば。桜桃忌にはむりだけれど六月の内に発送できるかも。そのうちには「選集②」の初稿がどさっと届くことだろう。時間を繋いで繋いで片づけ仕事を一つ一つ片づけておかないと、そんなのが山積みになったら手に負えない。実感として忙しいなあと感じている。だから、気持ち、静かに在りたいと願っている。

 

かほ伏せてほたる袋のものおもひうるほふ雨に白うしづかに

2014 6・4 152

 

 

* 「畜生塚」の四、「羽衣の人」を読んでいた。母校の日吉ヶ丘へ行き、博物館で畜生塚の女達の遺品を「町子と私」は観ていた。秀次妻妾子女の辞世の歌を読みながら、今日只今のわたしもまた泣かされた。「羽衣」を読み替えて行く「町子」の言葉にも、胸をしめつけられた。ふしぎなことだ、まったくわたしの創りだした女なのに、「町子」は生きていた。いまも生きている。姿形を変え思いや言葉も変えながら「町子」はわたしの世界へ繰り返し繰り返し生まれ変わってくる。いまもまた新たに生まれてきているのをわたしは同時に二つの小説に書き表そうとし続けている。夢とも絵空事ともいうがいい。現実ではない。わたしにとって現実とは妻だけで、すべての「町子」は絵空事の不壊の値を生きている。それを生きられるものだけが生きている。

おっかなびっくりにおそるおそる発表したこの小説に桶谷秀昭さんがまるまる一頁をさいて「一頁批評」で賞賛して下さったとき、正直の所わたしはむしろ信じ切れなくてきょとんとしていた。やがては人づてに、ベストセラー作家の立原正秋さんがとても褒めてられましたよと聞いたりした。鴎外研究等で知られた国文学者で上司でもあった長谷川泉さんも、わたしに直に、「畜生塚は良質の作品だと思う、入念に手を入れるといいね」と言ってくださったし、「新潮」で担当編集者だった小島喜久江さんも最初から「畜生塚」は採れますねという意見だった。

ところが、書いた本人のわたしには、だからとも言えようか、まだ「畜生塚」という一編の小説の、わたしの文学における意味も意義もとうてい掴めていなかったのだ、わたしには、わたし自身がまだ見えていなかった。

つくづくと、いま、それを思い全身に汗する気がする。

2014 6・4 152

 

 

* 発送用意は着々進んでいる。明日は歯医者に。来週は早々に歌舞伎座を楽しみ、木曜には劇団昴の「リア王」を期待している。そして金曜午後には久しぶり聖路加腫瘍内科の診察を受けてくる。桜桃忌も来る。日帰りでいいからちょっと遠出などもしてみたい。妻と行った亀戸天神境内の和食の料亭などどうか、藤には遅れてしまったが。いやいや、眼鏡をさらに新調したいとも願っている。

2014 6・5 152

 

 

* 歯医者への道中には、濡れては困る「湖の本120」のゲラでなく、文庫本の「拾遺和歌集」とブルフィンチの「中世騎士物語」を

持って出た。アーサー王、騎士ラーンスロット、ガウェイン、その他多数の騎士と貴婦人達とのロマンそのものの説話の面白さに出先も雨も忘れがちだった、わが朝十一世紀の恋の和歌もしみじみと。いやな現代から次元を超えて遊ぶことは、身に付いた得手である。絵空事の不壊の値を現じ体しきれなくて、何が文学だろう、藝術だろう。                            2014 6・6 152

 

 

* 帰路、「中華家族」でいつものマオタイをもらい、冷やし中華蕎麦を半皿だけ食べてきた。食べ物、ちっとも欲しくない、これは宜しくないと思うが、どうも空腹時を工合良しと感じやすくなっている。マオタイを愛飲しながら、「湖の本」の校正をせっせと。午後、出かけたかったのだが、機先を制されて諦め、帰宅。なんとなく疲れていて、食欲がない。酒がどんなのも美味いが、家で飲むとたちまち寝入ってしまう。目のためには良いのかもしれないが。

 

 

* 発送用意を進めながら、「湖の本129」責了を目指している。もうすぐ、「選集②」の初校が来るという。真夏の陣構えがたいへんですが、励みもある。もし今、こういう仕事が無かったら気楽で身体もラクにきまっているが、気合いはひどく陰気だろう、耐え難いだろう。なら、泣き言は言うまい。

2014 6・10 152

 

 

* 「湖の本120」を責了で送った。入れ替わりに「選集②」の半分量、初校ゲラが届いた。露のさなかだが、夏の陣、もう始まった。気負いなく、シッカリ仕事したい。

だが、さしあたり午後は「リア王」を観に行く。福田恆存翻訳全集」第七巻の帯背に、「トルストイには『リア王』が観えなかった。」と書かれてある。福田先生の論を、観てきたあとでぜひ読み返したい。

2014 6・12 152

 

 

* あすには組み上がりの「選集②」が出そろい、二十五日には「湖の本120」が出来てくる。来週は、一息つきながら態勢を整えておきたい。

2014 6・13 152

 

 

* 来週水曜までの発送用意には、もう五日しかゆとりなく、月曜夕刻には歯医者へ、火曜午後には聖路加へ行かねばならない。腹をくくってもうゆっくりするしかない。妻の左腕はまだ力仕事にも、痺れで細かな用事にも堪えない。ま、なんとかするさ。

晩、おそくから送り封筒に宛名書きを六十人ほど。これだけでも、やや前に用事が進んだ。雨の音が強まって、風も吹いている。

2014 6・19 152

 

 

* 体調の宜しさが実感できない。胃袋の無いことにまだ慣れないまま、始終腹部不穏にともなう頼りない不快感に見舞われている。歯の悪さ、眼の悪さ、加えて運動不足で、脚の筋肉が弱ったまま強まってこない。階段の上がり下りに膝に痛みに近い負担を感じている。

強い日射しのなかを自転車で走り熱中症で潰れた往時の記憶があり、また戸外が眩しくもあり、自転車を走らせる程度のことも出来ていない。歩くのを極端にイヤがっている自分に気づいている。体力がつかずに疲労ばかり溜めている。愚かしい。

「湖の本120」を送り終えてしまうまで、スッキリしないだろう、明日、なにか美味そうな物を食べに街へ出かけようか。

2014 6・20 152

 

 

* 明日は、昼前から聖路加へ行き、内分泌内科で諸検査を受ける。何時に終わるか、三時半かどうか。うまくすれば、むろん体力と時間とが残っていればだが、出光美術館などへ行ってみたい。東博の東洋館もいが。だが、正直な話、明後日に出来てくる「湖の本120」発送用意がぼかッと出来ていない。急いで帰ってすこしでも用意するか、忘れ果てて何と無く楽しんでくるか。なにもかも疲労の程によります。いっそ珈琲でも飲みながら明るい街の店で「絵巻」の初校に励んでくるのも悪くない。

2014 6・23 152

 

 

* 終日、発送に余念なかった。よく働いた。今回は、準備不足で、もう数日掛けねばならないかも。

十時。疲れを溜めないように、作業切り上げた。小一時間でも仕事して、やすもうと思っている。晩、シャブシャブ用の牛肉で実に久しぶりにカレーをつくってもらったのが口にあって良かった。冷えた西瓜も。赤ワインを、薬とおもってぽっちり。ビール一缶。清酒を180

ml。発送の仕事は、終始、妻との共同作業だが、まだ利き手の左手に、ことに手先に痛みを残しているので、そのぶん、わたしが奮励。本は重いです。

2014 6・25 152

 

 

* 「誘惑」を読み進んでいた。論じて下さる研究者に恵まれているが、脱稿までは永いあいだ苦労した。自筆にっ年譜でしきりに「鱗の眼」と題しながら苦悶していたのが此の作の前身で、こう纏まる以前に、短篇の「底冷え」としても独立させていた。なかなか一作が一作として成るにも難儀な隘路があったのだ。それだけに愛着もあるのだが。

2014 6・25 152

 

 

* 午前の発送作業を予定通り終えた。午後も。

 

* 夕方、用意の出来ていた分の全部を発送ないし発送前にまで、し終えた。あとは何の用意も出来ていない分を、手を掛け手を掛け明日以降に送り出す。作業しながら、録画してあるう映画を二本、観た。ひとつは潜水艦もの「U-571 戦艦シュベー号の最后」。ひとつは教育ものケビン・クライン主演の「卒業の朝」。両方とも、凡百のテレビドラマに比して十倍二十倍の秀作だった。作品も豊かに優れていた。何といっても創作の出来不出来は、作の「品」格のよろしさに極まる。

2014 6・26 152

 

 

* 手順わるく能率あがらず疲れてしまう。やれやれ。

2014 6・27 152

 

 

* 発送作業、遅々とはしているが、停滞なく。がまんして、辛抱して進めるだけ。

 

* 夕食後に機械の前へ来ていたらしいが、ぐっすり居眠りしていた。だからどうしようとも思いつかない。

 

* 八時半には、疲れて、作業を明日に見送り、村上開新堂の山本道子さんに頂戴のクッキーをお茶で楽しみながら、テレビの映像をいろいろ眺めていた。なつかしい黄檗山万福寺や、アメリカのショウや、スリリングなDlifeドラマなど。染五郎と木村佳乃の「蝉しぐれ」は見逃した。

2014 6・27 152

 

 

* 機械の前へ戻ったら、追っかけるように妻から転送されてきたメールが有った。筆者の藤原正樹さんは、妻の従姉の子、と謂っても(会った記憶がないので顔かたちも分からないが)おそらく六十前の男性。どこにどういう形で文章を書き込んでいるのか、ブログでもあるのか、妻はそれを読んでいるようだがわたしは全く見知ったこともなく、ときどき妻から噂を聞く程度だが、今日は、当人のわたしへの直接話法的「文面」のためか転送されてきた。全文なのかどうかも確かめていないが、箇条のようにも読めるので、番号を附しておいて、若干コメントしておこう。

 

☆ 目に触れた、藤原正樹さんの記事ないし質問。

① 文芸誌の形になった「太宰賞」というのをはじめてみた。そういえば、なぜ岩城ケイについて秦恒平氏は言及されないのだろうか。

② 秦氏といえば、隠し味的な読書については絶対言及されない。たとえば、「親指のマリア」のあとがきでも加賀乙彦には言及しても、遠藤周作や矢代静一には触れられない。もちろん、尋問する側が「沈黙」と「親指」ではだいぶ違う。白石という人物は井上筑後のルサンチマンとは無縁である。

③ シドッティその人についていえば・・・・・・カトリック作家からは当然批判が出てくるかもしれない。ただ、作者がカトリックと直接に衝突せずに済んでいるせいか、えらく好青年なのだ。まるで同志社に留学に来るアメリカ人青年じゃないか、と思ったことがある。こんな感想は見当はずれかしら。

④ 秦氏の作品発表の舞台でもあった「展望」には矢代静一が「あらい・はくせき」という戯曲を書いたことがある。これなど、どう摂取されたのか。あるいはまったくノー・カウントなのか。

 

* 上記に、わたしの感想ないし返事

① 「文芸誌の形になった「太宰賞」というのをはじめてみた。」という事が分からない。わたしが受賞したのは45年も以前で当時は「展望」に発表された。文藝誌ではなかった。現在の筑摩書房に「文藝誌」が在るのかどうか全然知らない。「岩城ケイ」という女性らしい人名についても何一つ知らない。もしかして今年の受賞者なのか、しかしもう何年も筑摩書房から「太宰賞」「受賞者」「受賞作」「授賞式案内」など知らされたことも、受け取ったことも無く、何も分からない。社の役員人事の変更だけが時折届くだけで、PR誌「ちくま」も近年は届いていない。わたし自身は筑摩書房をいわば「母港」と今も思っているけれど。

② 「隠し味的な読書」の意味が取りにくい。創作や執筆の参考にした書籍の意味か。それなら「「絶対言及されない」どころか、むしろ言い過ぎるほどで。「親指のマリア」に触れて遠藤周作や矢代静一の名が出ているが、わたしは遠藤さんの「沈黙」さえ読んでいない。ペン電子文藝館に頂戴した芥川賞作のほかに遠藤さんの作は短篇を一二読んだかなと謂う程度。矢代さんの著書も仕事も知らない。概して、わたしは、自分が書きたい人物について書かれている先行後発の創作物には「接触しない」ことにしている。

③ 強いて露わにいえば「シドッチは私」である。「作者がカトリックと直接に衝突せずに済んでいるせいか」は憶測であろう、わたしのキリスト教との「接触」は単に知識からだけでなく浅くも間接的でもない。「親指のマリア」は白石にだけ関心があったのでないことはハッキリしている。その「白石も(やはり)私」である。

④ まったく「カスリ」もしていない。わたしの創作以前の矢代作で噂でも聞いていたら読んでいたか、読まない。以後ならば。読まない。時代小説の人が白石を書いた噂は聞いたが、むろん読まなかった。

ついでながら、わたしは日本浪漫主義にもヤスダ・ヨジュウロウにも、少年の昔から関心よりも、不感心に徹してきたのを付け加えておく。

 

* 筆致から察して、この親戚でもある藤原さんはわたしのホームページ「私語」を読んでいるかと窺い知れる。「湖の本」も差し上げていて、ホームページもメールアドレスも御存じと思う。(わたしは知らない。)直接に率直にわたしあてにメールを寄越して下さればことはもっと明瞭になるのにと思う。「短歌」に関心深く歌誌「地中海」に属していたとも妻から聞かされている。わたしの歌集や詩歌感想も差し上げてある。

 

* 準備の調わなかったままの発送残り作業、明日一杯かけても少し明後日へ残りそう。それでも階下の廊下や玄関や、仕事場のキッチンがかなり片づいて明るくなった。いつもそれを楽しみに送り出している。この次は、「選集②」の仕上げとまた発送が迫ってくる。楽しい励みでもあり、されど妻にもわたしにもからだに重い仕事ではある。

2014 6・27 152

 

 

*  発送作業を好調に進めた。

2014 6・28 152

 

 

* 「獺祭」に嬉しく酔って、ほっこりしているまに、九時に。さ、今度はまた選集②の初校了と選集③の入稿を進めながら、小説を書き進める。ツイッターもフェイスブックもまったく放棄している。「mixi」も、もう戻すに戻せない過去の闇に沈没したまま。すべて、わたしには、まったく無用の時間つぶしでしかない。

夕食後、入浴後にも残り作業があり、疲労。ぐっすり寝たい。

2014 6・28 152

 

 

☆ 秦先生、

ご無沙汰ばかりで恐縮です。健康のほうはいかがですか。梅雨時でもありますので一層ご自愛のほどお願い申し上げます。

私のほうは例年にないほど海外が多く、それも一番安い方法での出張ですのでひどいときは10日の日程のうち6日間は飛行場での待機、それも深夜便と早朝便とのつなぎが多く、体力的にはもはや限界状態です。あと2年の任期と口癖のように言いつつ自分を奮起させるこの頃でもあります。

前回帰国した折、大変立派な装丁( もちろん内容についてはページを繰るごとに目から鱗の状態で感激することしばしでした) にもビックリしました。ただ、お祝いとお礼を早々に申し上げることができず申し訳ございませんでした。

現在はスペインのジローナを訪問中で、(国際ペン)言語・表現委員会に新規会長選出という極めて政治的な交渉に巻き込まれています。ただ、いろいろな翻訳者と話していると、京都弁、琉球語などの同翻訳するのかなあ、といつもながら素人なりに考えさせられます。YesとNoの間を英語でどういう風に表現していけばいいのか、またその逆をどう説明すればいいのか、純粋科学の専門書を京都弁で満足に表現できるのか、主語なしで自分の前に座っている7人の京都人に時間系列を勘案しながらそれぞれの退席を促すことができるそうですが、それなら、その感情の伝達をどのようにして英語に直すのか、まああまりに幼稚な考えにはまってしまい抜け出せません。

そんな折、秦先生に一度こうしたことに関して講演なりをしていただけたらなあ、と勝手な夢を見てみたりしています・・・・・。

裏声で歌え、日本国家なども、もっと広く海外に広めるべきでしょうか。

いずれにしましても先生の「選集」出版を、心からお祝い申し上げるとともに、少なくなりつつある純文学の系譜を維持するためにも先生のご健勝を心から祈るばかりです。

今週から再度ロンドンに立ち寄り、7月上旬にはいったん日本に戻る予定です。  国際ペンクラブ理事 堀武昭

 

* 海外で連絡の飛行場での飛行機待ち、わたしですら、ソ連の招待旅行のおり、トビリシへ飛ぶために当時のレニングラードで九時間もひたすら待ちに待った体験がある。こんなこと、普通にあるんですよと案内役のエレーナさんは笑っていたし、旅行慣れした同行の作家高橋たか子さんも観念したという顔でじいっと堪えていた。日本文学にくわしいエレーナさんに訊ねられていろんな問答をしたものだ、なかで辟易したのは「チャンポン」という日本語のいわれを聞かれたこと。むちゃくちゃな迷答を敢えてコジつけたのが今でも恥ずかしい。しかし正解はいまも知らない。辞書も引いていない。わたしが、なんと答えたか、わかりますか。

 

* 堀さんのメール、「湖の本」120も届いたという最初のものか。

22014 6・29 152

 

 

☆  秦先生

「日乗」を拝読するだけで、ご無沙汰いたしております。

『櫻の時代』、拝受。

香道でも「難波津」の歌は覚えなさいということなのか、「難波津香」があり、「難波津」歌の五句をそれぞれ一つの匂いとして覚え(「此花」は二度でてきますから、四種の匂いですね)当てる「難波津香」、「難波津」の歌「浅香山」の歌を主題にした「鳥跡香」があります。

「難波津」の歌は、「千字文」をもたらした王仁が梅の開花にことよせて弟と位を譲り合っていた仁徳天皇に即位を促した歌であり、連綿の字の練習にはまずこの二つの歌を手始めに勉強したということ。さらに文字は三つ目の天才、蒼頡が砂浜の鳥の足跡をみて考えたものという伝承も織り交ぜ、主題にして遊びます。

「いにしえの奈良のみやこの八重桜~」伊勢大輔の歌、関わりで、「古今香」という遊びがあって、これは参加する人が、それぞれ古今集の歌人の札名をもらい、答を紙に書いて出すのではなく、札を打って聞き当てっこをするのですが、その中になぜか「伊勢大輔」の名が入っているのです。大輔は古今集成立以降の人。これはあきらかに「伊勢」と「伊勢大輔」を混同してしまったのでしょうが、何時の時点でこんな間違いが発生したのか、私の様な素人では調べようもありません。百人一首で親しんでいる歌の作者の名がつい出てしまったということなのかしら。古今香に上げられている歌人が、それぞれ、四季・雑の各巻の巻頭、巻尾を飾っている人々というところまで拘っていることを思えば、原初からの間違いとは到底思えません。

宇多帝や敦慶親王、仲平、時平とそうそうたる男達と戀におちた伊勢。紫式部に替わって奈良の八重桜を受け取った折りの当意即妙の歌の評判と、これらの要素が混同を招いたのか・・・こんなことを発見すると、伝統芸能が、それに遊び興じた古人たちの笑い声が、何より考案した人々の拘りを肌で感じ、これもまた楽しみの一つになっています。

『櫻の時代』を読みながら、私の夢想はまた拡がっていきます。

時節柄、御身大切に。  桔梗

2014 6・30 152

 

 

☆ お変わりありませんか。

 

秦君 しばらくご無沙汰していますが、その後体調はいかがですか。きょうは又新著を送って頂き有り難うございました。ゆるゆると読ませて頂きます。去年の暮れ近くに耳鼻医院で耳垢除去中に左鼓膜に孔を空けられ、それ以後通院を続けていますが、孔は塞がったものの元の聴力には未だに戻らず、音楽がステレオで愉しめない情けない日々を過ごしております。二十才台に纏めて内科と外科医のご厄介になったせいか、ここ四十年近くも内科医とは無縁でいますが、首から上は予防の仕様もなく、時折眼と耳医者の世話になっています。脳もいずれはアル中ハイマー ? に罹るかも知れません。何しろ365 日休肝日がありませんので。特に数少ない愉しみの読書や音楽が満足に楽しめない近頃は、酒への依存度が余計に高くなりつつあります。

ところで、あなたは、今も美空ひばりの歌を愉しんでおられますか。私の妣もひばりの熱烈なファンでしたので、生前は親孝行のつもりでせつせと音源を集めたりテープに取込んで聞かせていましたが、逝ってからはその音源も未整理のままだったのを、今年の年忌を機に少しずつCD化しようと整理を始めました。お馴染みの薄そうな曲があれば、お送り頂いたご本のお礼にお聞き頂きたいと考えております。今までに二、三枚はお送りしたと思いますが、さてどんな曲であったかメモも取ってありませんので、ダブるかもしれません。テープはカビが生えたり伸びたりしていますので中々捗りませんが気長にお付合いください。

それでなくても梅雨時で鬱陶しいのに、政治家の先生方の行状にもうんざりですし、ボール蹴りもご贔屓早々の敗退で興ざめですが、適当に暑気払いをしながらお互いに自愛して日々を過ごしましょう。ほんとうに有り難うございました。   洛北 辰

 

 

* 音楽大好きの君が耳を損じたとは。何と言うていいやら。年齢のせいには、ばかれ、お互い、したくないが。

☆ 秦 恒平様

「湖(うみ)の本 120 櫻の時代 秦 恒平随筆選(一)」を拝受しました。

作家としてのご活躍に加え、世情にも鋭敏に、深くコミットされてきた軌跡を、まことに興味深く拝読しております。 練馬  靖 2014 7・1 153

 

 

☆ 湖の本 届きました。

 

「櫻の時代 秦恒平随筆選」 このような一冊の編まれることを待っていました。まだ読んだことのないものがありますから、毎日読み進むのが楽しみ。嬉しいです。

それにしても、みづうみが書いて書いて書きまくっていらしたことがよくわかります。優れた藝術家は夭折しない限り、仕事量が恐ろしいほど多く、しかも質と量が比例するところが共通しています。

今日から七月です。今年の後半に入って、予定していたことの何も出来ていない自分に焦ります。みづうみは湖の本二冊発行、選集第一巻創刊なのに……。

わたくしはメールだけは、みづうみに読んでいただきたい一心で大量に書いているかもしれません。まるでメールが創作物かのようです。あとでまた長めのメール送らせていただく予定です。読まされるみづうみには申しわけなくて先にお詫びを申し上げておきます。 お元気ですか、みづうみ。  紙魚  月明の書を出で遊ぶ紙魚ひとつ   林火

2014 7・1 153

 

 

☆ 天候の

厳しい変調が続いておりますが、お身体の方 如何でしょうか。くれぐれもお大事におすごし下さいますよう。

小説への対い方の新しい眼 歴史を読み取る正しい姿勢 詩歌の読み取りを那辺に求めるか尊うご教示頂いた恩恵を 今更のように肝に銘じて感謝している次第です。

大きな病いをものともせずご活躍の姿 まことに美事と申すほかありません  鏡として 小生も余年を楽しむことにいたします 有難うございました。   江戸川   俳人 冽

 

☆ 拝復

先日は又 御鄭重にも「湖の本」を御恵送下さいまして誠に有難うございました。いつものようにまず「私語の刻」から拝読致しました。御体調如何と気になっておりましたが、歌舞伎座、能楽堂、国技館と積極的に足を運ばれていることに感銘いたしました。

殊に「今日はウイスキーを美味く呑んだ勢いで、大声で盛んに声援を送った」の一文には同世代者として思わず笑いを誘われ、かつ励まされました。相も変わらず色々な小説を読まれておりますが、最期のグレアム・グリーンの言葉の深遠さには頷き、感銘致しました。

異常気象の日々が続いておりますが、奥様御一緒に呉々も御体調には留意されますよう、御自愛の日々、お祈り申し上げます。 敬具    元「新潮」編集長

☆ 本日は

『湖の本』120 櫻の時代 お送りいただき有難うございました。

(東工大生を書いた)「青春有情」のところから読ませていただいています。 恐々謹言  静岡大教授  歴史学  和

 

* 久保田淳さんには、いつも新刊のご著書を頂戴していて、あれもあれもと数え切れないほど。「無名抄」や「西行全歌集」についで、いま「富士山の文学」を興味深く楽しんで耽読している。

また、このところ、へええと驚きながら、かつて耳にも目にもしたことのなかった「マビノジョン」というのを、吃驚しながら、面白く読まされている。ブルフィンチ(野上弥生子訳)『中世騎士物語』の前半は「アーサー王とその騎士たち」であり、ともあれ「アーサー王」の名や王妃グネヴィアだの騎士ランスロットだのの名によって、ま、お馴染みではあるが、この本のちょうど後半分を成している「まびのじョン」という言葉も意味も、恥ずかしいというか当然ともいうか、まったく未知であった。これは「ものがたり」という言葉の複数形というか集合名詞とでも謂うものらしい。日本語でなら「お伽噺」だの「昔話」だのの類で、やはり「アーサー王」の名や彼の騎士達の名も頻出するものの史実を踏んだものとはまるで思われない。アラビアンナイトの「ウエールズ版」みたいなものか、それらがけっこう面白いのである。わたしは、この手の物語や語り口をやすやすと受け容れる素地を性格的に持っている。「マビノジョン」なるものの存在が知れてよかったと思っている。

2014 7・1 153

 

 

☆ 今日は娘と、

久し振りにランチに出ました。

フレンチは満席だったので、北欧料理へ。( メインは少なめでも、オードブルやデザートが色々あるのが好きです)

アミューズからデザート( さっぱりとライチのソルベ) までしっかり食べたのに、帰りに寄った新しく出来た駅ビル内のケーキ屋さんのケーキが美味しそうだったので買いました。

娘が予約していた本を受け取りに図書館にも回り道。借りてきたのは、『憲法学の世界』『行政法概説』等。

奇しくも今日、集団的自衛権の行使を認める閣議決定案が遂に了承されてしまいました。( 打っているさ中に届いたメール、同じ思いです。)

帰宅したら、『櫻の時代』が届いていました。

私語の刻だけ読みました。後は、明日からの通勤時の楽しみにとっておきます。  澤

2014 7・1 153

 

 

☆ 「櫻の時代」が届きました。

ありがとうございます。

述懐歌の、「天の川を越えて ……」の歌をよみ、ご夫妻の哀しみの7 月を思います。

年が経っても、一層の事痛いほどのお辛さが襲ってくるのでしょうね。

秦さんも奥さんもお加減が悪い折に、ご本の発送にお手数をおかけして恐縮です。

たくさんの新聞紙上に掲載された随筆を古今を問わず一度に読ませていただけること、感謝です。

以前に「私語の刻」で読ませていただいた文も、また違って迫ってくるものもあったりして、読みついでいます。

今日はこの一文 「親に頼るか、子を頼むか」

年数が経った今この言葉がしみてきます。、

「子を頼む」ことのできなかった私の母の哀しさ。

親に頼らせなかった子の自分の醜さが見えてきます。

素直に申し訳なかったと10年近くなっても過去にまだできないのです。

「湖のほん」が手に軽く馴染んで、電車の中で読ませていただけるのが楽しみです。

天候の突然の異変に戸惑われる様な日々でしょうが、

お二人ともどうぞお身体お大切にお過ごしください。   高松  美

 

* この読者のお便り、身にしみる。昨夜おそく、自作「誘惑」を入稿の必要あって読み返していて、苦痛と不快を覚えて五体の違和に悩んだのが、この方のこのお便りと同類の慚愧であった。起きていられず、安定剤を服して寝入った。

夢に、めずらしく亡き唐木順三先生のために世界地図をしらべまわすという妙な夢をみた。亡き医学書院社長金原一郎さんの夢も見た。

 

* 濃厚に暗く粘った空気を蜘蛛の巣を掻き払うようにして毎日生きて行かねばならぬ。どう苦しくても。

 

☆ 御高著「湖の本」

有り難く拝受仕りました。慎んで御礼申し上げます。

種々の随筆篇、心楽しく拝読仕ります。   白壽歌人 房

 

☆ 前略ご免下さい。

今度は「湖の本」120 櫻の時代 のご恵投に与り、まことにありがとうございました。毎巻、愉しみに拝読しておりますが、今巻は花と歌についてのご感想が多く、ことに愉しく拝読しております。

また「源氏物語」の書かれた時代の社会的現実は、筆舌に尽し難いほど暗く悲惨であったというご年来のご指摘、改めて想像を刺激されました。私は晶子源氏を読みましてから、漸く源氏の本文を読了したのが五十代、何ともおく手な読者ですが、言辞の時代背景はまことに興味深く、これから勉強しようと存じております。

秦様の「湖の本」は、現在の私の怠惰を鞭打って下さる貴重な冊子です。

今月、作品社からホフマン「ウイーン」を刊行いたします。お送りいたしますので、笑覧いただけたら幸いです。 草々  歌人・翻訳家  鋼

 

☆ 梅雨らしい日々です。

昨日は「湖の本」120『櫻の時代』の御恵贈にあずかり、早速に魅せられつつ読みはじめました。

日本語という象徴言語を築き駆使し磨いてきた古人の努力と美意識に接して驚いております。

読み切るまでに時間が相当かかりそうです。まずは御礼まで。

平安をお祈り致します。  国際基督教大学名誉教授  浩

 

☆ ご本を

ありがとうございます。どこをめくっても 思わず読み始めてしまいます。

今日 ちょっと使っていたゞけたらと思う物を見つけ お届けしたいと思います。ご笑納いたゞけたら嬉しいです。

暑さに向って お二人様とも くれぐれもご自愛下さいますように。  秦野  明  妻の従妹

 

☆ 疲れた

と云うところに陥らないように お願い申します。  山形県 又

 

☆ 御活躍

うれしく拝読しています。

一昨日は、盛岡で、啄木の講演をしました。  現代文学教授 ペン会員  紀

 

☆ Vol 120以降も

継続して購読致したく、申し込みます。

秦先生のご健康をお祈り致します。   横浜  蓑

 

☆ 秦恒平選集

第一巻 一部  第二巻一部 ご送付宜しくお願い致します。  八千代  実

 

☆ このところ

ご本を手にすると『私語の刻』から読み始めます。そして、秦先生が どんな風に過ごしていらっしゃるかに思いを馳せます。

向暑の砌、ご自愛の程お祈り申し上げます。  高槻  厚

 

☆ いつもありがとうございます。

雨や暑さで関東はたいへんですね。お出かけも難儀でしょう。

どうぞ おふたりともおだいじに。痛み 和らぎますように。  下関  碧

 

* 元都立墨東病院で脳神経外科医長をされていた藤原さんから、わたしの旧作『迷走』三部作の内最初の「亀裂」にもこまかにふれたエッセイの「薬事日報」に載ったのを送ってきて下さった。医学論文のオリジナリティに関わるある不正事件をも書かれている。「医師像を紡ぐもの 脳神経外科医・木下和夫先生を偲んで」とあり、木下先生は不正の被害を受けられた。往時とはいえ、今更に感慨を覚えた。

2014 7・2 153

 

 

☆ 湖の本120「櫻の時代」を

拝受いたしました。当方の三十代以降のそれぞれの時代の<不易>と<流行>が随筆という文藝の形で表現されていて、変らざる秦さんの芯と新しいものもいち早く受容される柔軟な有り様の併存しているのが魅力的です。お宅への訪問を許されたような、小説・評論とはまた違った楽しさです。

それにしても、けんのんな時代になりました。こういう時こそ書き続けていただきたいと心から願っています。

どうぞお身体お大切になさって下さい。   元講談社出版部長  野

 

☆ 庭の草取りをしていますと

早やきりぎりすの鳴き声。今年も夏がやってきました。

「湖の本」120 熱くお礼を申し上げます。たのしんで随筆集を読ませて頂きます。

「集団的自衛権行使・容認」のニュースを聴き悶々としています。

ご子息様にしきし「 啄」を贈られた文を拝読して、私が子供に遺せる物は何か、考えさせられました。御礼まで。  神戸  市

 

☆ 「私語の刻」に

ございました「 啄」のおことば 深く心に刻まれました。

長雨の季節 ご自愛のうえお過ごしくださいますようお祈り申し上げます。  山梨県立文学館

 

☆ 本日(七月二日)

「湖の本」120の振り込みとともに、「秦恒平選集」の第一巻・第二巻を戴きたく申し入れました。「選集」は全巻いただきたく、よろしくお取り扱い下さい。  三鷹  唐

 

☆ 「秦恒平選集」

制作実費負担で申し込みます。  池上  正

 

☆ 今年の梅雨は

東京は烈しい雨の様子、ナゴヤ方面はほとんど降らず、どちらも心配しています。

いつも湖の本をありがとうございます。今回は120巻めとのこと、おめでとうございます。随筆のさいごの年月日を確認しながら、あのころこのころと思いをはせております。

どうぞお身体無理なく。益々楽しませていただけることに感謝致します。  愛西  逵 ペン会員

 

☆ ご体調如何かと

お案じするなか、御本お届け頂けるのは唯々嬉しゅうございます。どうぞ御自愛の日々をとお祈り申し上げています。

半年が過ぎました。

「茅の輪」も「水無月」も縁無く過ぎましたが、「ノーベル平和賞」署名集めに頑張っております。お礼まで  下鴨  文

 

☆ 前略

その後先生にはお変りなくお元気でいられますでしょうか。「櫻の時代」ありがとう存じました。

エッセイしりーず17「漱石 心の問題」から永らく読ませて頂いていましたが、去年は体をこわしてしまいやはり入院したり、いろいろありまして終りにさせて頂きました。

買い物から帰りましたらテーブルの上に御本がありましたので、ビックリしたり懐かしかったり致しました。

多分先生と私は同年だと思います。お互いさまに、お体には充分お気をつけて下さいます様念じさせて頂きます。ありがとうございました。

TBSテレビにご子息さん作の作品をよく観られ とても嬉しく存じております。  かしこ  赤羽  岸

 

* 文藝春秋専務寺田英視さんの退任ご挨拶があった。われわれの大きな久しい時代に、コンマが打たれた。寺田さんのご紹介がなければいまの「秦恒平・湖の本」はあり得なかったのである。大恩の有り難い優秀な編集者であった。なおひとしおの新乾坤が真実期待される。ご健闘とご健康を祈る。

 

☆ 早速に随筆集送付いただき

拝読させていただきました。

「自殺」という言葉が使われていますが、モーリス・バンゲの著作の邦訳「自死の日本史」(筑摩書房、1986 竹内一夫訳)において竹内さんは  mort volon taire を自死と訳されました。 suicide  という言葉は18世紀ごろにフランスで生まれ、もともと無色のものであったが、キリスト教の断罪と西洋を風靡した近代精神医学の許し難い偏見が結びついてネガティブな色合いをもつようになった由です。

私はほとんど本を読まずに医師としての時期をすごしましたが、ただ一冊、心をゆさぶられたのが、深沢七郎氏の「楢山節考」で、何の縁かこの本が上述の自死の日本史を出版したガリマール社から仏訳されているのを後に知りました。秦さんの「笛吹川の母の声」を拝読して、きっと私も少数派なのではないと思うことができそうです。  品川  逸  元国立小児科病院医長

 

* 今日も 10校 大学高校等からの「湖の本」への挨拶が届いていた。

2014 7・3 153

 

 

☆ 庭の百日紅が咲き始め、

今朝は蝉の鳴き声も耳にしました。

通勤電車では「孤・病・兵・貧の何が」の辺りを読みました。

活字の向こうから、先生の声が聞こえてきます。    眸

 

☆ 湖の本

ありがとうございました。私もなまけていてはいけないなと思いました。

最近の不穏な情勢といい、声を出さねばと、新聞紙上の働きバチと化した我家の長女さん、どうなりますやら。それに比べて子を持った次女さんの落ちつき振り。親になるという事は大変なのですね。

お身体 ご自愛下さいます様。   保谷  眞

 

☆ 櫻の時代

ありがとうございました。拝見し、刻々の情勢と併せて、日本の将来を考えさせられました。心に沁み、迫ってくる重いご著書、さらにじっくり拝見いたします。

お暑さも加わって参ります。くれぐれも御体お大切にお過ごし下さいませ。御礼まで申し上げます。  堺  歌人

 

* 鎌倉の粂川光樹さん(明治学院大名誉教授・上代学  昔、医学書院で同年同僚)が、「『明暗』を継ぐ」と題したおもしろいエッセイを送ってこられた。すでに彼は漱石絶筆「明暗」のその後を書いた創作がある。それへ到るこもごもの情熱的実践を整理的に追懐されている。「いつも『湖の本』お送りいただき、ありがとうございます。120巻、ほんとに驚異の達成です。ますますのご健筆をお祈りします。」とも。感謝。

 

* 立教大名誉教授の平山城児さんからも、興味深い論攷「『陰翳礼讃』の陰翳」「『細雪』を読み直す」を戴いた。地道に追究して下さる。こうした踏み込んで力ある、かつ肩肘を張らずに真率な谷崎論が、ないし創作であれ学術論文であれ、望ましい。

 

☆ メール、

ありがとう。感謝、です。気づかっていただくだけで感謝です。

差し迫って悪いことは起きていません。

姑の衰え、新しい施設への不満、夫の黄斑変性症、娘のヘルペス、などなど続いていますが、わたし自身は時折鬱になる以外は元気です。

暮らしは工夫してやりくりし、それはどこの家庭でも同じことでしょう・・。

一日三食、自分でもよく作っているなあと、これは苦い思いも含めて。ただし不味いものは誰だって食べたくないですね。

家事のために他のことに集中するのが困難になる場合も確かにあり、用事を済ませる間にいろいろなものが消失します。消えていくものは消えていくに任せるしかありません。勿論懸命に「追跡」することも忘れてはいません。

それにしても無力に近いわたしの状況です。

湖の本、届いてすぐに読みました。

選集の方も着実に進んでいる御様子、納得いく形で、愛着ある作品を纏められるのは鴉本人の渾身の力あってのことです。

同時に大変な負担かもしれませんが、現在進行形の小説が健やかに形整えられることを切に願っています。

HPでは志村ふくみさんのテレビ番組に触れていらっしゃいました。彼女は何冊も味わい深い随筆集を出版されています。わたしが傾倒するリルケについても、彼の書簡集から感じ取ったものを『晩祷:リルケを読む』という本に纏めています。リルケの膨大な書簡は否応なく彼の生きたリアルを炙り出しており、彼の生きる術なさ、不如意に苦しむ足掻き、時に悲哀も感じとらずにはいられません。

 

今週の世の中の動きは実に嗟嘆の極みです。閣議決定の後いくつもの法案がむくむくと頭を擡げてくるでしょう。恐ろしいことです。

安倍総理の顔も、兵庫県議員の顔も見たくありません。嘆かわしいことばかり!

来週は姑の世話、下旬には再びシンガポールに行くことになるかもしれません。

取り急ぎ書きました。

どうぞ元気にお過ごしください。

・・体重70キロを超えたのは糖尿病にとって良くないのでしょうか? とにかく大事に、大切に。  尾張の鳶

2014 7・4 153

 

 

☆ 随筆選(一)櫻の時代

ありがとうございました。私共(夫妻)は今大学の合唱団のOB会で信時潔作曲の「いろはうた」を練習しております。

また、長女の名は まゆみ と申します。立春の生れなので春の枕ことば 白まゆみ 張るまゆみ から名付けました。もちろん蓼科のまゆみの実も大好きです。  神奈川二宮  城

2014 7・4 153

 

 

☆ 毎日

暑い日が続いていますが、お元気ですか?

先日は本をありがとうございました。

私ももう67歳、足腰が弱らないようにと、できるだけ歩くようにしています。

今日は京都にウオーキングに行ってきました。

蒸し暑い日が続いています、お体大切にご活躍ください。  大津  治 母方甥

2014 7・4 153

 

 

* 島尾伸三さんから、「『湖の本/落手。ありがとうございます。暑い日が続きます。ご自愛のほど」と書き添えて送られてきた、神戸の文学同人誌「タクラマカン」創刊号、二号、三号の復刻。昭和二十五年の創刊でいまも続いている。伸三さんの父君島尾敏雄さんをかこむように成った同人だったが、島尾さんが東京へ去ったあと、「島尾の残党」といわれながら仲間たちがあたかも死守してきた。いまは伸三さんも参加している。かつては母堂島尾ミホさんも参加されていた。

わたしは、こういうグループでの文学活動に全く無縁で今日まで来た。短歌会にも入らず、同人誌とも無縁だった。

どの世間の人とも(伸三さんも然り)想像以上に大勢の方々と懇意にしているけれど、わたしが文藝家協会やペンクラブの会員であるという以外の、特定の仲間内というものは持たないし、一度も持とうとしなかった。ま、強いて謂うなら「妻との二人三脚」でずうっとやってきた。いまは秦建日子も身近にいる。「選集」刊行にも力を添えてくれている。

それでよかったと謂うのも可笑しい。それで悪かった不味かったとは、ゆめ、思っていない。

 

☆ 梅雨に入っても

全然雨が降りません。やっと今日の午後くらいから降るらしくホッとしています。

今週末、孫と京都へ行きます。とても楽しみにしています。

今回の本、楽しそうで 一気に読めそうです。

お体 お大事に。   各務原  真

 

☆ 政治に絶望してますが

あきらめたら終わりなので 動ける限りはデモや署名や会合や…小さな一歩を集めてつなげていくしかないと思っています。やれることをやっていきます!  名古屋  智

 

☆ いつもありがとうございます。

先日梅を漬けました。

今年はとても良い梅でいつもよりも多目にしました。お盆頃にはお送りできればと願っています。  湖南市  敬

 

☆ ありがとうございます。

HPを読みつつ、保谷のお二人に心を馳せています。どうぞお元気で大切なお仕事をなされますよう祈念しております。

私も平和憲法を守るため頑張っています、希望を捨てずに!

又、金沢の品 お送りしますね。   金沢  小夜

 

☆ お疲れのところ

色々とお心づかい下され ありがとうございます。

まだ見ぬ御作 次々とたのしみに拝読申し上げます。  館林  久

 

☆ いつも湖の本

ありがとうございます。ラッキョウを洗った手の匂いを気にしながら 私語の刻 読み終わりました。 歌人も病気と付き合いながら 五月に79歳を迎えました。先生と同年うまれです。  桐生  吉

 

☆ 過日は

立派な御本の御恵送をいただき有り難く存じました。

私もまもなく満90歳。持病の緑内障が進み盲目に近くなりました。  横須賀  幹  父方従兄

 

☆ 「穆穆良朝」を

ありがとうございます。いつものどかな春が来たと思って過ごしたいです。

陶淵明を読んでいます。

「どうぞ、お元気で!」の励ましが こだまのように還って行きます。  狛江  秀

 

☆ 湖の本120

ありがとうございました。お身お大切に、湖の本お続け下さいませ。  杉並  藤

 

☆ 今年の梅雨は

関東の方が大変のようです。こちらは、カラ梅雨の様子、でもまだ油断はできませんが…。そろりと気温が高くなりました。ご無理なさいませんように。お二人どうぞご自愛下さいませ。   新潟  鶴

 

☆ こんにちは。

**です。湖の本120 号いただきました。メモ拝見しました。本当に久しくなりましたね。

**が倒れてから丸11年余りですから、おそらく12、3 年になると思います。ぼくも、お目にかかれたらとても嬉しいです!

火曜日の午後であれば、ご自宅へでも、どこへでも出向けますが…お身体に差し障りのない程度の短い時間をご一緒できれば幸い です。   元筑摩書房編集者  幸

 

* 懐かしい限り。はやく会いたい。

 

☆ ありがとうございます。

上野、浅草、根岸、池袋のどちらでも、時間的にそんなに変わりなく行けます!

奥様にもお目にかかれたら嬉しいですね。

120 巻分の在庫! 目に浮かぶようです。ここまで続けてこられたことに、本当に敬服いたします!  幸

 

* もし佳い表題がつくなら、書いてきた小説の一つは、脱稿へ近づけていいところへ来ている。いまのところ絶好題が見つからない。慌てずに思案している。どうにもせよ、この作は、安易に公表しかねる。性愛一致の極を書いているのだから、たいていの読者は卒倒されかねない。湖の本での公表をトバして、いきなり150部限定の選集にいれることも考えている。ともあれ、仕上げてしまわねばならぬ。

2014 7・5 153

 

 

☆ 『秦恒平選集』ありがとうございました。

この度は ゆるりと音読させていただいております。

『みごもりの湖』からは、最初に読ませていただいたころ、同志社大学で「デザイン論」を講義し、終ってから図書館で本を読み帰るのを楽しみにしていた昔を想いだしました。

小説に触発されてはじめたお茶のお稽古は、茶名をいただくほど精進したのですが、今では、すっかり忘れて 米寿を迎えた先生とのおしゃべりを楽しんでいます。

二度目の読書から、奥さまが何人もの女性に変身して登場されるさまなど、容易ではない小説創作の秘密を探り 小説もどきづくりを遊んでみたい……などといっているうちに 人生が終ってしまうようです。 七十になってなお、講義やレポート添削に追われているとは思いませんでした。

「日本」という国が失せてしまう可能性について考えました折、「S」という名が「H」になり、新潟の言葉や文化が否定され怒り悲しみ、けれど少しづつ新しい習慣を学びはじめた過去を想いだし、異国の文化、その火の粉の中を生きてみるのも悪いことばかりではないかもしれないと空想し、そんな時間は私に残されていないだろうと気づいてほっとしたりいたしました。

何かと不穏な世の中、でも、どうぞ

奥さまと お元気で楽しい毎日をおすごし下さいますように    美大名誉教授  羽生清

 

* 母校でのすこし大きめのハーティー会場ではじめて羽生さんを見た。どこのどういう方とも知らず、言葉も、たぶん会釈すらかわさなかったろう、しかも、すばらしく感じのいい、品のいいひとやなあと一目惚れしていた。かなりの後に、京都から東京までわたしをインタビューに行きたいという申し入れが或る大学からあった。その当日に初対面のつもりで会ったら、なんと「あのひと」だった。記事は湖の本27の「誘惑」の後ろに出ている。羽生さんとは、以来一度も会わないが、いつも懐かしい、また逢いたいお一人である。

上のお手紙も控えめなしかし佳い紙の封筒・便箋を使われて、文面もホンワカと柔らかい。

これも懐かしい永楽屋のご馳走を送っても戴いた。

 

☆ 秦先生

ご無沙汰してます.

御本お送りいただきありがとうございました.

ご家族で病と闘われる中で編まれお送りいただき,頭が下がります.

昔の授業を思い出しました.

とても辛い毎日を送っています.

昨日ようやく一休みでき,久しぶりにアメリカ人の知人と会ったのですが,先日の官邸デモの写真を見せてくれました.参加の理由を聞くと,このままではアメリカのような国になると思っていたところ,( 前日の)29 日に新宿で60代の男性が集団的自衛権の反対を唱えて焼身自殺を図った事件に憤って参加したとのこと

<http://matome.naver.jp/odai/2140402135341516201>

私はこの事件,昨日初めて知りました.新宿駅前の事件をほとんど全く報道せず,くだらない嘘泣き議員を追及するバランス感覚って何なんでしょう.(建前上は,自殺報道にガイドラインがあるとのこと・・・規制に従う報道は,もはや報道ではない.)

幼い息子は集団的自衛権の閣議決定後,朝のニュースかなにかを見て,これから戦争が始まるの?と真っ青になって聞いてきました.英語を勉強しろとしかいえない自分も情けない.  東工大卒業生  丈

 

* Re: とても気になる「とてもつらい毎日」とは。

遠慮しないで、わたしを聞き役に用いなさい、活路があるでしょう。

とにかくも情けながってないで、堪え、起ち、生きなさい。

わたしたちは、年相応にバテテはいますが、成る限り、自殺などしないで、なにもかも見届けてやろうと思っていますよ。

遠慮しないで、顔をお見せなさい。どこへでも出かけて行くよ。  湖

2014 7・6 153

 

 

☆ 第120巻 随筆選(一)

最近のあってほしくない政治の動きに不安でいっぱいのところへ、一つひとつホッとする随筆を拝読して、心の中から温かくなっていく感じがしました。ありがたかったです。

選集第二巻も楽しみにお待ちしております。お大事に!  静岡市  鳥

2014 7・7 153

 

 

☆ 「桜の時代」有り難く。

『牛は牛づれ』 田舎から持ち帰り再読致しました。掌説かのように読んだ昔を懐かしく思い出しました。

どうぞ日々お大事にお過ごしください。「四度の瀧」「風の奏で」再読了致しました。  八潮市  瀧

 

☆ お身体が大へんなのに

直筆のおことばいただき申し訳けありません。

先生どうぞお心を強くもって下さい。

私の義母は車イス返上で、杖をついて歩いています。(98歳!)  群馬佐波郡  都

 

☆ 『湖の本』120j巻刊行は

お体の回復と相俟って大きな節目ですね。どうぞお元気で。  我孫子  倉田茂  詩人

 

☆ いつも一言

はげましのおことば、 嬉しうございます。   東久留米  可部美智子 陶藝家

 

☆ 七月

ギオン祭の行事が始まりました。今年も暑い夏が始ります。

体調悪い中 大変だったと敬意を表します。御大切にして下さい。 京・今熊野  華

 

☆ 日頃のご無沙汰を

お詫び申し上げます。

その後、お身体の方は如何でしょうか こうしてお便りを拝受しますと安堵致しております。

呉々もお大切にお過ごし頂きますよう念じ上げております。  平安仏所  江里康慧

2014 7・7 153

 

 

☆ なんとなく

台風が心掛かりな毎日です。

お蔭様で7、8、9月とおやすみをいただき、連日家の片付けやら、軽井沢にいったり、ぶらぶら過ごしています

先日戴いた「湖の本」 主人が何度も繰り返し読ませていただいてます。九段目をお誉め戴いて嬉しかったとお伝えしてと横で申しています。休み続きでボーッとしないように、せいぜい体を動かさねばと話しています。

奥様に呉々もよろしく。  高麗屋夫人

 

* 九月の歌舞伎座は秀山(初世吉右衛門)祭。染五郎が昼一役、夜二役。「御所五郎蔵」を演る。当番の吉右衛門奮戦は当然として、仁左衛門と孫千之助の「連獅子」がある。秀太郎もなにかと応援。「通し」はしんどいが、ま、坐っているだけであり、眼が見えさえすれば楽しめる。

 

☆ 雨もようの

七夕から一転、昨日は強い日差しが照りつけましたね。

「櫻の時代」読了。

「青春有情」、東工大生の感想も興味深く、同じ大学生の息子にも読ませてみたいと思いました。

「櫻の時代」、第一随筆集の巻頭も飾った表題作は、再読なれどやはり面白く、作家として立って以来、変わらぬ( 変わりようのない) 秦さんの姿勢が既に明確に打ち出されていたことを改めて思いました。

「風は道をもち、~しかもいつか尽きるちからである」という言葉が、胸に響きます。

3日続けての外出、お疲れの出ませんように。   眸

2014 7・9 153

 

 

☆ 選集ご出版おめでとう存じます。

非売品の由。「みごもりの湖」の入った第一巻も「清経入水」などの第二巻も、なんとか、と願っております。

別に、湖の本「みごもりの湖」上中下(14 15 16巻)を6セット お手数ですがお送り下さいませ、送金させていただきます。

日々、どうぞお大切になさって下さいませ。  高松市  弥

 

* ありがたいことです。心より感謝申し上げます。 湖

2014 7・9 153

 

 

☆ いつも湖の本を

有り難うございます。

本を受け取るとお元気なのだと嬉しく思います。

夏に向けて、どうぞお体大切になさって下さい。  琉  義妹

 

☆ しばらく留守を

しておりまして送金が遅くなりました。申し訳ございません。

先生のご病気をご案じ申し上げております。  相模原  壽

 

☆ 季節はずれの暑い日

大雨などの続く日ですが、お元気にお過ごしのことと存じます。

(出張先の)郡山で三ヶ月過ごしましたが、何かと疲れが残ることはありますが、新しい環境になれようと頑張っています。

選集も 湖の本も 今後の刊行に期待しています。  横須賀  敏  妻の従弟

 

☆ 「櫻の時代」

ありがとうございます。楽しく読ませて頂いています。

雨も上がり 又 晴れ間がのぞいています。

お大切にお元気でお過ごし下さい。  秦方従妹  道

 

☆ 国民の「最大不幸」は

確実に 日毎に身に迫っています。実感です。  千駄ヶ谷  肇  ペン会員

☆ 「湖の本」第120巻出版され

嬉しいです。有り難うございます。

義父母の悔悟のあき時間に、***公民館図書室の電算化(予定)らより、除籍本の指導をボランティアでしております。

亡き尾崎秀樹氏に贈呈された先生のサイン入りの『牛は牛づれ』を見つけとても嬉しかったです。

呉々もご自愛下さいませ。  渋川  路  元図書館長

 

* 感謝しながら購読者のみなさん通信欄のおたよりを敢えて引かせて頂いている。「秦恒平・湖の本」は三十年近くも、ただわたしのコケの一念だけで成ってきたのではないことを、喜びまた誇りにしているということ。

こういう文学活動、これほど永く多く刊行し続けている読者と作者との「世界」は、日本はおろか世界にも類があるまいと思っている。幸せなさくしゃなのである。

2014 7・9 153

 

 

* 梅原猛さんから「桜の時代」受け取ったと、独特の自筆で礼状が来ていた。

 

☆ 秦 恒 乎 様

暑さのお見舞い申しあげます。

異常気象に加えて、政界の異常とも言うべき暴挙、不安定な国際情勢など、いろんなところで怪しげな空気がながれています。

その後お身体の調子はいかがでしょうか。

「湖の本」をお送りいただきましてありがとうございます。拝受するたびに、逆に、お元気でいらしゃるのだと安堵している次第ですが、あまりご無理をなさるとよくないのではないかと心配もしています。

それにしても120 号とは、出版され続ける情熱もさることながら それの出来る作品の量のあることに驚かされます。

いつもながら、先生の文学に対する執念に似た強い気持ちを感じます。今後、少しでも見習って頑張りたいと思います。

さて、お礼が遅くなりましたが、5 月には豪華本『秦恒平選集第一巻』を小生のような者にまでお贈り下さいましてありがとうございま

した。「湖の本」の中から、特別に精選されたものを、このような豪華限定版として残されることには格別の思いがございます。装丁、活字、製本などへの気配り、先生の書物への愛着、こだわりが伝わってきます。

大切に大切に所蔵させていただきます。

早くに頂戴しながらお礼が遅くなり申し訳ございません。正直なところ、ご厚意にどのようにお礼を申しあげたらよいのかわからず戸惑っておりました。

天候不順の折り、くれぐれもお身体ご自愛くださいますように、心からお祈り申し上げます。

平成26年7 月6 日    五条市   永栄啓伸  研究家

 

* この篤実の研究者に手持ち多くの関連資料を託したい気ももっている。会ったことのないひとだが、大学の後輩に当たっていた気がする。何点かのわたしの作品論も、また事典の記事も書いてもらっている。

2014 7・10 153

 

 

☆ 季節の巡りとともに

相変らず、能仕舞発表会のお稽古にあけくれており、御無礼をしております。

このたびは「秦恒平選集」創刊おめでとうございます。第一巻ございましたらよろしくお願いいたします。

気候が不順です。お気をつけてお過ごし下さいませ。  小松  啓

 

☆ 「湖の本」120

有り難うございます。以降もお願い致します。

「秦恒平選集」も希望します。第一巻はまだ在庫ございますか。是非お頒け頂きたいと存じます。入手可能でしたら、すぐに必要なだけ振り込みますのでお知らせ下さい。よろしくお願い致します。

どうかくれくせれもご自愛くださいますように。  中野区  恭

 

☆ 「湖の本」次回も

継続して配本して下さいますようお願いします。

「秦恒平選集」第一巻 有り難うございました。第二巻以降もぜひお送り下されば幸いです。  世田谷  定

2014 7・10 153

 

 

☆ 暑中お見舞い申し上げます。

過日は 「湖の本」 120  「櫻の時代」 の御恵投にあずかり、ありがとうございました。

幾つもの新聞御連載は、ほとんど拝読しておりませず、楽しみです。

「私語の刻」を拝読しますと、観世能楽堂や国技館などへお越しになつておられるよし、ご健康大慶に存じます。

先頃、館蔵の古い狂言絵を影印本として刊行いたしましたので、お送り申し上げます。能狂言には暗い私ですが、専門家の言によると、貴重な資料のようです。楽しみいただければ幸いです。

暑くかつ不規則な気候の時節、何とぞご自愛ください。

御礼かたがた一言申し上げます。 敬具

七月十日

秦恒平先生         国文学研究資料館(館長)  今西祐一郎

 

* 館の影印叢書、これまでもいつも頂戴してきた。今回はその「6」にあたり、函入り大判『狂言繪 彩色やまと繪』と題されてある。

今西さんの序を読むと、この館の二代館長が小山弘志さん、三代目が佐竹昭広さんだったと思い出せる。小山さんとは能楽堂での顔なじみで『湖の本』を購読もして下さっていた。偉い先生だが「仲良し」というほどの親しさでいつもお目にかかっていた。初対面は館の招待で講演に出向いたあとの会食だった。そのときお呼び戴いた初代館長さんは、たしか同じ保谷の泉町にお住まいだった碩学小西先生であった。佐竹さんとは岩波書店の「文学」で、亡き恩師岡見正雄先生と三人で「洛中洛外図」をめぐる鼎談でお目にかかっている。そして今西さんとは、おもえば久しい、九大助教授教授時代を通しての有り難い先生であり読者でもあって頂いた。今西さんに戴いてきた貴重な研究書や論攷は数え切れない。あらためて、こころより御礼申し上げます。

で、その影印本ですが。いやもう、涎の垂れるような貴重な繪と解説とデータに満たされていて、頁を繰りながら唸っている。近所で狂言の稽古をし舞台にも立つ趣味人堀上謙さんが観れば嘆声を漏らすだろう。勉誠出版が制作している。

2014 7・11 153

 

 

☆ 台風一過の

猛暑日、コタえます。

このたびは『湖の本120』(櫻の時代)を御恵送いただき、有難うございました。お躯のことがあるのに、絶ゆまぬない御発刊に頭が下がります。

「東京」「朝日」「産経」「日経」まで、性格変る各紙に、性格変らぬ一貫した姿勢でのエッセイ、読み易く考え深いものでした。

それにしても、(渋谷松濤の)観世能楽堂→「まつ川」日本橋高島屋での「四人展(小生も皆、好きです)。更に浅草まで足を伸ばす予定とは!吃驚。脊椎間狭窄症とやらで、散歩もキツくなった身には素晴らしい行動です。とはいえ、これからの季節を考え、お互いに無理は禁物。ご自愛を。   元講談社出版部長  義

 

☆ 社会に、お仕事に、

心魅かれる藝術・藝能に、そして日々の生活に 常に真摯に向き合い続けるエネルギー ただただ敬服……退職して3ヶ月「淀んでいる」自らに比しても……   世田谷  米

 

* なんの。日照りに懼れて外へも出られず、狭い場所での仕事に疲れて数時間も寝入ってしまったテイタラク。そしてまた「風の奏で」の初校に励み、仙台への旅、現代と平家との二人の徳子、後白河院の凄み、そして阿波内侍と源資時らの時空を超えた語らいに我ながら吸い込まれていた。原善君がこの作を論じていた抜き刷りをみつけた。どう読んでくれていたか、読んでみたくなった。今度の「選集」第二巻で大きくひとまとめに括った小説が、あらためてどう読まれるか。「秦さんの小説は、むずかしい。むずかしい。むずかしい」と言われ続けたその焦点に固まっているのが「雲居寺跡」と「風の奏で」だろう。しかし、もしどれかを自分で代表作とえらべと云われたら容易に承諾しないけれども、胸の奥ではこのへんを想うのではふるまいか。

見つけ出した「原稿・雲居寺跡」の手書き原稿を電子化しているまだ先の見えぬ徒中だが、「風の奏で」にはやはりその先を窺わせる物語が書かれていた。この「原稿」を傍らに、わたしの創作世界の展開や手法や祈願のようなモノを適確に解析してくれる若い力有る読者・研究者が欲しい。原作『斎王譜』を『慈子』と改題したのは結果的にこの作がひろく愛される理由ともなった。それからすれば『風の奏で』の副題を「寂光平家」としてきたのを、はっきりと「徳子」にしてもよかった。それほどにわたしは建礼門院を書きたかったのだが、その副題では後白河院はじめ他の大きな存在の影を隠してしまいかねないのをわたしは惜しんだ。

2014 7・12 153

 

 

☆ 湖の本「随筆選(一)」

読ませていただきました。p123-125「もっと大事なこと」では、「センチメンタルに過ぎないか」と、「総じて<時代>が、甘ったれていないか」に共感(極!)しました。又、p184. の「 啄同機」を、オコガマシクも私の場合は、今年二月に孫(高二・男)のーーと言ってもババの片想い?ーー一通の手紙が運んでくれました。

建日子氏のご活躍をウレシクは意見しております。  練馬  裕

2014 7・15 153

 

* 十時過ぎ。歯の痛みの疼き出す前に今夜はもう機械を伏せよう。校正しながら、睡くなれば寝てしまおう。「選集②」の責了、「湖の本121」の編輯と入稿、「選集④」原稿読み。それらに勤しむ一方で、新しい小説を仕上げて行き、また草稿段階で放置されている過去の小説の電子データ化をもすすめておきたい。しておきたい仕事がせめぎあうように目のすぐ先へ波立ってきている。生き急いでいるなあと危うい気がする。

2014 7・15 153

 

 

* 「選集」に署名や識字を望まれる方があるが、これはご勘弁願う、折角美しく出来た本をかな釘流でただ汚すようなもの。講演に呼ばれるようなときも、字は書きませんよと先に断っている。湖の本にぜひと頼まれても、ボールペンで済ませている。「選集」造本時の打ち合わせでも、署名用和紙一丁を巻頭に入れるのはわたしから断ってわざと省いた。

識字印なら、好みの幾つもをもっている。それで宜しければ、「生涯在酒」とでも「念々死去」とでも「宗遠」とでも「有即齋」とでも、捺しましょう。

2014 7・16 153

 

 

* ドッカーンと「選集③」が組み上がってきた。これで今年内刊行の大仕事がみな軌道に乗った。拙速に流れず心籠めて刊行して行きたい。「選集②」の装幀・造本の用意も今朝届いた。一心に校正し校了あるのみ。

「湖の本121」の入稿用意も着々進めて行く。

かかっている新作少なくも二つのうち一つの表題は、はなからズバリと決めてある。もう一つの方は仮題のまま運んできたが、爆発的な好い表題が欲しいと思案に暮れている。

2014 7・17 153

 

 

☆ きびしい暑さになりました。

八十歳を過ぎてからは年ごとに衰えというかきびしさを毎日感ずるようになりました。

病で大変な毎日と思いますのにますますお元気にお過ごしの様子、うれしく思います。どうぞ御大切になさって下さい。

少しずつしか読めなくなりましたが 楽しみです。  桐生  君

2014 7・17 153

 

 

* 今晩は、仕掛かりの、「も一つ」の方のやはりややこしい小説にしんみりと「手」を掛けて過ごした。二百頁の「湖の本」一巻はわたしの電子化原稿でほぼ95頁ほどで出来ている。その勘定で、この小説はもう131頁になっていて、まだ数十頁ほども書き足さねばならないだろう。何をどんなふうに書き足すのか狙いはついている。しかしチョコマカとは書いてはならない。場合によってはバッサリ切り取らねばならないかも知れない。いまのところは、仮題のまま、「ある寓話 または猥褻という無意味」となっている。この題のままで行くか、思案し切れていない。この吉野東作と名乗る喜寿すぎた男の「ヰタセクスアリス」は、あるいは作家・秦恒平の文学生涯にまんまと泥を被せてしまうのかも知れない。ままよ、と、居直る気持ちは出来てある。何と云っても仕上げてしまいたい。ただ焦りたくはない。

2014 7・17 153

 

 

* 「雲居寺跡」再校終える。明朝には大作「風の奏で」再校出。今夜から「絵巻」を先に再校する。寸時のヒマもなく次から次へ追われる。いい仕事の場合は、それが何よりだ。それにしても、助っ人はいないものか。

 

* 「原稿・雲居寺跡」 文字どおり承久の変を書こうとしていたらしく見えてきた。後鳥羽院の帷幄に参じた綾小路有雅の名が現れてきた。「雲居寺物語 平曲秘聞」というような表題めく走り書きも見える。

 

* 探しに探していた「随筆選(二)」の原稿が見つかった。仕事の山からこれぞというモノを苦心惨憺見つけ出すのも、仕事。

2014 7・18 153

 

 

* はや昼を済ませ、再校ゲラをかかえて家を飛び出した。

さすがに疲れた。白鵬の相撲に間に合うように帰宅。

妻のスキャンしてくれた原稿をひたすら読んで「湖の本121」入稿に備えた。明日にはほぼ一冊分にちかい原稿を読み終えるだろう。それへ書きためてあるエッセイをえらんで差し込んで行く。「櫻の時代」につづいて、またひときわ「はんなり」した一巻が出来るだろう。

2014 7・21 153

 

 

* 豊中の大学友だちから、「いちど きいてみて下さい。お大事に 大切に おすごしくださいますように。」と書き添えて、アルヴォ・ペルトの「アリーナ 鏡の中の鏡 アリーナのために」CDを送ってもらった。「黙考する音楽詩人ペルトの70年代重要作品の新解釈」とある。何だろう。安原さんは、美学にいた妻の同期生のなかでとびぬけた知性と感性の人。ピアノを弾き繪を描く。湖の本も最初からずうっと応援してくれている。「アリーナ」 何だろう。機械に入れて、聴いてみる。

2014 7・22 153

 

 

☆ 梅雨も

終りに近づいて、むし暑さが増してまいりました。過日は「櫻の時代」ありがとうございました。

かつて、東工大で教えておられたことは、存じておりましたが、今回は(青春有情で)学生さん達のいろいろな言葉を聞き、改めて、自信のその頃を思いだしておりました。

私も理系出身(同志社の工学部を昭和46年卒業)でしたので、彼らのまっすぐ悩んだり、尖った気持ちで理屈が先行したり… の様子に「わかるわぁ…」と思いながら読ませて頂きました。

その次に、とても嬉しく、楽しかったのは先生の沢口靖子さんの好きっぷりでした。私も大好きで、関西ではときに木曜日の八時から放送される科捜研シリーズを楽しみにしております。生れ変ったら、私も科捜研に就職したいと言っては、娘に笑われております。

梅雨が明ければ さらに暑い日々がまいります。先生も どうかお体に気をつけられて、お元気でお過ごし下さいますようお祈り申し上げます。   大阪 淀川   能

 

* 雑誌「ミマン」での連載で知り合えた人だが、大学の後輩で、沢口靖子がお好きで未来は科捜研に就職と。こういう嬉しい風も吹いてくる。それにしても科捜研のマリコさん、じつにいい人柄の優しさ品のよさ行儀の明るさで、申し分なくなっている。身についた品と知性。それもわざとらしくなく静かに明るい。声音もいい。騒がしいモノの微塵もないところ、こころより惚れ込んでいる。

2014 7・22 153

 

 

* 今日は終日「湖の本121」のために原稿を読み整えていた。もう眼は、ひどい状態。まだ八時半だが、とにかくも休憩するしかない。などと言いながらまた一時間経っている。

2014 7・22 153

 

 

* 「湖の本121」 一気に入稿した。 「選集②」の半量を責了にし、のこり半量を今日から読みに読み込む。

 

* 殺人的に暑い。遊び半分にも戸外に立ってみたいという気がしない。近くのスーパーや酒屋へ自転車で走ろうという気も出ない。

仕方がない、校正する、読む、書くのほかは無い。相撲も横綱の三番しか観る気にならない。暑さに当たってか腹具合もキリッとしない。幸い「風の奏で」には惹き込まれる。「蝶の皿」も原稿づくり、読み終えた。よくまあこんなのが書けていたと不思議な気がした。

2014 7・24 153

 

 

☆ 先日は

「湖の本120」をありがとうございました。

先生のご健康を願い「老松」より「夏柑糖」をお届けさせていただきます。ご笑納下さいませ。  高石市 東

 

☆ 月様

湖の本120 送金が遅くなりまして申し訳ありません。

二月に、わが家にとって、はじめての女の孫が生まれました。三ヶ月の産休明けに仕事に復帰した娘( 嫁) のかわりに しばらくは孫育てをしていました。三月末に仕事を退職したのも都合のよいじきだったと思っています。

暑さ厳しき折り 御身ご大切に御無理なさいませぬように くれぐれもご自愛下さいませ  花籠  徳島市

 

* 今日は、もう一通、嬉しい手紙が届いた。娘がひさしぶりに帰ってきたような思いで、夫婦して喜んだ。

 

☆ 大変ご無沙汰して申し訳ございません。

このたびは「湖の本」に記事(「憲法九条にノーベル賞を」)の引用をいただき身に余るお言葉までおかけくださり、うれしく もったいなく、本当にありがとうございました。

これまでの不調法をどうおわびしてお礼を申しあげようかとうろうろしておりましたら 今度は「ひとりから」をお送りいただきまして もう何と御礼申しあげてよいやらです。  幼少時からお宅におじゃまし かあいがっていただいたことは片時も忘れたことがございません その大恩人のご夫妻に娘のようとおっしゃっていただいて、こんなにうれしいことはありません 私などには過分なお言葉ですが 新聞記者になってよかったとしみじみ思いました

思い返してみれば、その新聞という仕事に就いたのも 高校生のときにいただき、お話をしてくださった中世の藝能民のところに原点があると感じております

秦先生が、「彼とか彼女・あの人たちと言った時点で 自分とはちがう人間として遠ざけているともいえる」というご趣旨のお話があり、自分の中の差別や偏見の心に気付かされました。

学生のときも 社会に出てからもずっとその問題を考え続けている気がいたします。

今 自分がここにおりますのも、お二人があたたかなまなざしで見守ってくださり、育んでくださった賜物と、どれほど感謝してもしきれない気持でいっぱいです。

本当に ありがとうございます。

来月から現在の部署を異動となり、文化部に配属されることになりました 少しは落ちつけるだろうかと (単純に深夜勤が減るという物理的な意味ですが) 新しい仕事に不安もありますが がんばりたいです この社会の問題をどうやって切りとて伝えていくか 貴社の仕事は「イタコ」」と信じているのですが…。

湖の本を拝読しながら お体の具合がいつも心配で お健やかであられますようにと お二方のことほお祈りする日々です  またお目にかかれますのを切望しております

つたない文で 申し訳ございません どうぞお元気でいらしてくださいませ 御礼をこめて

二○一四年 七月二十一日    堀船   阿

 

* 新聞社に受かりましたと伝えに玄関までかけつけてくれた時、アオは同じ保谷でお母さんと二人の妹たちと暮らしていた。早稲田のキャンパスで健闘していた。それは聡い、たくましい、いい子だった。あの日も、家まで送ってやるよと自転車の尻にのっけて走った。思えばあれから会っていない。新聞紙面で記者としての名乗りをばかりをみてきた。ああ、娘が帰ってきたよと、喜んでいる。

2014 7・25 153

 

 

☆ 秦先生

御著「湖の本」(光塵 櫻の時代) ありがたく拝受いたしました。 先般 拙歌集をお送り申し上げる時 よほど

先生への日頃の感謝をつづろうかと想いましたが  それも憚られまして お許し下さいませ。  戦前 戦後を通じまして 苦しい事もありましたが、「うた」に、先生の御本に救われたことも多々ございました。

老い先みじかい身ながら、 なお承けつづけてゆきたいと思いつつ ひと言 御礼のべさせて頂きます。

先生の御健勝 祈り上げつつ   かしこ   鎌倉長谷  利根

 

☆ お暑うございます。

御本とうに頂き 今 夢の浮橋に入りました。ニュースで祇園祭もみました。

今日は葉ぶたのおけいこをいたしました。上手に露も雫さず、涼しそうに。

冬に埋めておいたおいもが 今年はきれいな葉が出てうれしい事です。  ロス  千代

2014 7・28 153

 

 

* 「風の奏で=寂光平家」十二巻を再校し終えた。明日、「選集②」跋の再校が出て、諒承できれば「風の奏で」とともに、どう遅くても三十日には送り返せるだろう。「清経入水 雲居寺跡=初恋 風の奏で=寂光平家 繪巻」の四編、「いい読者」には喜んでもらえるだろう。

すぐさま、既に組み上がっている「選集③」の初校を始める。「畜生塚 慈子=齋王譜 隠水の 誘惑」で纏まる。四編ともに語りが「私」がらみになる。

さらに入稿用意の「選集④」には、「蝶の皿 廬山 青井戸 閨秀 墨牡丹」で頁が合ってほしい。これは四編ともに「私」が関わらない。

そのうちに、「湖の本121」が組み上がってくるだろう。じつは十年ほども書いていた匿名コラム原稿もスキャンして、すでに校正し掛けている。うちかえす津浪のように「仕事」が押し寄せる。こんな晩年を予想していなかった。病気をしたセイかもしれぬ。

「e -文藝館・湖(umi )」ももっと拡充したいと思っている。そういう意欲が小説創作への推力になっていると信じている。

2014 7・28 153

 

 

* 「湖の本121」組み上がってきた。もう最初の章を初校した。きもちよく、ずんずん読める。「選集③」の初校と並走している。

「選集②」は八月二十日頃に出来て届いてくる予定と、印刷所から報せあり。

2014 7・30 153

 

 

☆ 長い梅雨も

明けたようでございますが、お元気にお過ごしでしょうか。

私も大分老化しまして脊椎をいためコルセットをつけながらも京都まではどうにか出かけております。

いつも御著作を拝受いたしありがたく存じます。

心ばかりの品 別便にて送らせましたのでお納め下さいませ。益々御健勝にご活躍をと念じて居ります。

主人がなくなりましてからもう二十年余にもなりますが、私が長命なのを不思議に感じて居ります。このホームに温泉があるおかげかと存じます。曾孫も三名となりました。それぞれが幸せなのを感謝しつつ老を楽しんでおります。

お大切にと念じ上げます。  大津雄琴  典

2014 7・30 153

 

 

* 「湖の本121」一気に初校終え、ツキモノや、あとがき、埋め草、表紙などもみな添えて、うまくすると明日にも「要再校」で印刷所へ戻せるかも。そうなれば、「選集③」の初校に集中できる。

2014 8・3 154

 

 

☆ 秦恒平様

今年の夏はとくに厳しい暑さの毎日が続きます。以前からお身体の調子が優れないとお伺いいたしておりますが、如何お過しでしょうか。

いつも「湖の本」 御礼申し上げます。

七月の京都は祇園祭一色で、とくに150年ぶりの大船鉾の復帰が大きな話題となり、また、後祭が49年ぶりに復活したことで街中が終始賑わっていました。

近年、入洛する外国人観光客が著しく増加、清水寺や金閣寺はもちろん、私がときどき散歩のコースにしている伏見稲荷大社界隈でも、擦れちがう人達の異国の言語にたびたび驚かされています。

小生も京都市を退職後20年になりますが、3年前は大腸がん、昨年は前立腺がんと、病と闘いながらの終盤の人生です。毎日体調管理に気遣いの生活ですが 最近は何とか元気に過しています。

今後とも、お身体を大切に 益々ご活躍されますようご祈念いたしております。(別添の粗品ご笑納下されば幸甚に存じます。)

平成26年8月2日   富松賢三    (元京都市下京区長)

追伸  次回「湖の本」ご送付の際は、購読料の振込用紙をご同封下さるようお願いします。

* 国民学校(小学校)から大学までいっしょだった最も年久しい今では唯一の友。遠くはるかに顧み顧みて夢かと思う。想うもなつかしい永楽屋の柚の名菓といろんな酒肴とを頂戴した。これが、みな、美味い。ありがとう。元気でいて下さい。こんどの「湖の本」随筆選(二)は、題して「京のひる寝」です。お気遣いなくご笑覧を。

 

* 「珠」さんからも、食のすすまないわたしを想って涼しげな美味しそうなご馳走が贈られてきた。ありがとう。

 

* 「湖の本121」要再校の初校ゲラに、表紙、埋め草、あとがき、あと付け、みな揃えて返送した。

さて。暑いさなかだが、夕過ぎてからでも江古田へ眼鏡を受け取りに行ってこなくては。

2014 8・5 154

 

 

* 遠い用普通の眼鏡と、同じくサングラスを受け取ってきた。このところのギラギラ照りにサングラス無しでは危険すら感じる。

最近用の修正眼鏡をもう一つ頼んできた。七日の十一時以降には出来ていると。

眼鏡の用を済ませたあと、「中華家族」へ寄り、灯りの良い席をもらって、マオタイと酢豚とで、『畜生塚』の校正を楽しんできた。此の作はわたしの私家版本第一册『畜生塚・此の世」の表題作として書かれた。昭和三十八年(一九六三)十二月に脱稿し、B5判8ポ二段組みの本は、勤務先で取引のあった(株)科学図書印刷につくってもらい、翌昭和三十九年(一九六四)十一月二十三日に出来ている。さらに五年、太宰治賞受賞後に徹底的に大幅に改稿し、「新潮」編集室の小島喜久江さんに認められて発表できた。処女作ではないが最も早い時機のわたしの作であり、桶谷秀昭さんらに作品を賞賛された。気持ちの上では次いで長編『齋王譜=慈子』が生まれた。「秦恒平選集」の第一巻に置いていい文壇的な処女作はこの『畜生塚』であった。わがヒロイン創作の真っ先の一人、原点に立つ女性が「町子」であった。

2014 8・5 154

 

 

* 「選集②」刷了。すでに製本にかかっているはず。「湖の本121」の追加稿の初稿ゲラが出てきた。本紙の再校出は来週の火曜にと。わたしの仕事も速いが、お相手からの仕事進行も小気味よく速い。医学書院時代にも、そんなに沢山、いつのまに仕事するのとよく聞かれた。適切な手順、うちこむこと。それに尽きる。

 

* 台風接近のせいでか、天気は陰っている。外へ出やすいので、昼飯かたがた校正をもって出ようかなとも思いながら新作の小説に手を掛け、引き込まれていた。

2014 8・9 154

 

 

* 久保田淳さんに戴いた「富士山の文学」をかるい気分でひもとき始めたのが、いまや愛読している。万葉の昔から、いまは子規や漱石をすぎて鏡花に手が届いている。

「南総里見八犬伝」は、いよいよ新兵衛仁の、絵を抜け出た猛き霊虎との都での出会いになり、もう関東では両管領軍と里見軍との大会戦が始まろうとする。ゆっくりゆっくりを厭わず読んでいる。最初の入院からだもの、優に二年半。この二年半に「指輪物語」は二度読んでおり、「ゲド戦記」も「イルスの竪琴」も、「国家」も「ファウスト」も「戦争と平和」「アンナカレーニナ」「復活」も、そのた百册もを楽しんで読み通してきた。いままた「イルスの竪琴」でモルゴンは狼王ハールとの出会いをとげて極北の荒原をヴェスタに身をかえ彷徨している。

「陶淵明全集」フローベールの「紋切り型辞典」ミルトンの「失楽園」そして「源氏物語」や何冊もの勅撰和歌集。

こういう読書世界が在ればこそ「ペンと政治」三巻も本に出来た。「湖の本」は、手術いらい十一巻出し続け、いましも五百頁の「秦恒平選集」を第二巻まで仕遂げた。まだまだ、まだまだと思いつ願いつ、歩一歩、問一問を進められれば幸いとしたい。人として不徳ではあるが孤独ではないのを感謝している。

2014 8・11 154

 

 

* 「湖の本121」の再校ゲラが届いたので、建て頁を確認しながら跋文と奥付の要再校ゲラと表紙の責了紙とを、今、送り出してきた。発送用意がまたしても大変だけれど、本紙責了自体は八月中にも可能かも知れない。九月十二日はやす香の誕生日。生きていてくれれば幾つになるのかなあ。俳優座公演の「心-わが愛」開幕の頃にやす香は生まれたのだった、戯曲「こころ」が「湖の本」第二巻として出来たのだ、とすると、あれから二十八年、思えば「湖の本」はやすかと同い年なのだ。死なせたくなかった。

2014 8・12 154

 

 

* 山も川もない湯の中で、一時間余り校正ゲラを読んでいた。散髪したいが、行くヒマがない。ものを出迎えるために、玄関を片づけて床をアケテ置かなくては。つまり積んである重いものを西の家へとにかく運ばねば。本というのは重い。力仕事に耐えねば本など扱えない。

 

* なんだかだ言いながら、結局はやってしまう。からだをラクにするそれが最良の道なのだ。休めるときには休んでおく。所詮はいまは、いつもいつも台風(選集)と豪雨(湖の本)とに間断なく見舞われる暮らしに自分から持ちこんだのであり、愚痴は言わない。かなりの運動になるとのみこんでいる。

2014 8・12 154

 

 

* 出来本受け入れの、とにかくも場所をあけた。20册の本包みを二包みは普通に持ち運んでいたが、今は一包みずつが限度。それだけ作業時間が何倍にも増えてしまう。暑さに、ふうふう。

「仕事」も、あれこれ、きっちり進める。食欲が無いのではないが、飯も麺類もパンも、また堅いものも食べにくい。酒、ワインはうまい。ビールはいまいち。アルコールが切れると、もっぱら果物や甘味の小菓子や飴などをばかり口にしている。腹が頼りなく、夏ばてか。脱水には気をつけているが、体力が落ちて行くのと、ときおりの低血糖気味に警戒している。

2014 8・13 154

 

 

* 夕暮れ前、あおむけに体を伸ばして湖の本を再校し、「慈子」を初校し、何冊も本を読んだ。「書く」仕事もした。「書き起こす」仕事もした。妻につきあい、Dfileの映画も観た。わたしはわたしの録画から「プライドと偏見」についでデカプリオの「ロミオとジュリエット」を機械に入れてある。黒いマゴに輸液の時、マゴを膝に載せたまま15分か20分、好きに映画を観ることにしている。

今夜は、新しく運んできたどれかから読みだそう。もう眼は水に浮いているが。

2014 8・13 154

 

 

*  億劫にしてきた気がかりの大仕事を、眼を酷使しながら、とにかく一段落させた。

二十日には大きな箱でいくつもの大荷物が運び込まれる。受け取っておいて午後には忘れぬように聖路加の眼科へ出向かねば。  二十一日からは気の張る限定特装本の手抜きのならぬ発送に集中する十日間ほどが続くだろうが、すぐさま二十二日夜分には、国立劇場で坂田藤十郎の会。好きな「吉田屋」などを楽しんではやばや一息をつく。

明日と明後日は、とにもかくにも気楽に過ごしたいが、この内に早くも「湖の本121」が責了に出来るかも知れない。その発送用意は半ばはしてあるが、「選集」についで「湖の本」発送にも連続しそうな初秋になる。秋は、秋。それなりの期待も楽しみもある。十一日は「秀山祭」の歌舞伎座にずっぽり終日。昼の「隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)=法界坊」に浄瑠璃「双面水照月」がついて吉右衛門。当時勘九郎の勘三郎が「平成中村座」旗揚げの浅草舞台の面白くて面白くて堪らなかった懐かしさを、播磨屋がどう様変わりに再現・表現してくれるだろう。夜には、仁左衛門が孫千之助と「連獅子」を颯爽と舞うだろう。

2014 8・17 154

 

 

*  今日は、とにもかくにも食べに出た、校正ゲラを二種類持って。そして食べ、そして読んだ。昼過ぎには西武で肴で八海山を、夕刻前には上野公園のフレンチ精養軒にはいり、つまみ、添え物はなにも口にしなかったが、フィレのステーキも、スープも、食前酒のシェリーも美味かった。わたしが独り占めのように店は静かで見晴らしよく、ひさびさにうっとりと佳い休養になった。元気になり、思い切って、手許で無くなっては困ると気がかりだったヒューレットパカードのプリンタインクを有楽町まで買いに行き、その足で日比谷のクラブに入り、ここでも独り占めの静かさで若いお嬢さんと愉快に話しながらヘネシーと竹鶴を、エスカルゴとブルーチーズとで愛飲。持って出た校正も、期待していた以上にここで静かに読み進んだ。さすがに食べて効いたか元気に歩いて保谷まで帰ったのが十時過ぎ。疲れていないのが、有り難い。いい休養になった。

 

* あすには「湖の本121」責了の作業へ入れる。「選集②」を送り出す用意もまた一段と進められるだろう。「選集①」から通してぜひ欲しいという希望者がぐんぐん数増えてきて、手放しに広く贈呈してられなくなってきた。せめて「①」は著者用本をもっと多く創っておくべきだった。

 

* 信太周さんの紹介で湖の本の「風の奏で」を読んでもらった研究者からまた一人懇切なお手紙を戴いた。

「風の奏で」は研究者の関心をえた長編であったが、論攷では全くなく、純然虚構の小説である。わたしは小説家である。できうれば、研究者には手の届かない虚構の他界を創作したい、それが作家であるわたしの全く不動の念願であり方法であり甲斐性であった。 2014 8・18 154

 

 

*  「湖の本121」を全紙責了にした。「選集②」は明日朝に出来てくる。受け取ったら、その足で暫くぶりの眼科受診に築地へ。「選集③」はわたしの頁数読み違えで予定の二作を組置きにあとへ廻さねばならぬかと思っていたが、調べてみれば印刷所出校時の意味不明の間違いがあり、わたしの頁数読みに間違いなかったことが判明した。

さて明日明後日から、「秦恒平選集」第二巻の贈呈ないし希望者への郵送作業にまた相当な日数を要する。本を傷めないように荷造りするのが容易でなく、それは妻が一手にしてくれるが、宅急便でなく郵便局へ運ばねばならない、これが炎天下の大変な労作になる。思いやられる。ま、幸いそれへ気持ちも集中できる。べつだん慌てる必要はないし、約束事もない。僅少の限定本であり希望者の熱意は高い。手作業を叮嚀に叮嚀にと心するばかりである。寄贈も思い切って数を減らさざるを得ないだろう。

2014 8・19 154

 

 

* あすは、夕刻から出かけるので、早い時間にすこしでも送り出せるようにと用意はしておいた。慌てることでは少しもない、その点売り本をお届けする「湖の本」とはとがうので、ただ作業を叮嚀にと思うだけ。土曜日曜は郵便局が働かないので、その間に用は進められるだろう。むしろ相次いで「湖の本121」が遅くも九月十日頃にはもう出来るかも知れない。

「湖の本」を創刊して今年の桜桃忌に二十八年になった。いま七十八歳だが八十歳の桜桃忌には創刊三十年になる。手許の未収録原稿や新たな創作の進行から見れば、もうその辺で打ち止めなど思いもよらず、健康と体力のゆるす限りだが、少なくももう五年は出を待っている文章が、それなりの文章が順番を待っている。思わず笑ってしまうほど先が賑わいげに見える。「いま・ここ」「いま・ここ」を積み重ねて何を急ぎ慌てることはない。しかも元気でさえあれば、そして資金が続く限りは、「選集」も着々遺してゆける。

こんな心豊かな老境を迎えるとは夢にも思ってなかった。

2014 8・21 154

 

 

* まだ送り残しがあるが、ほぼ贈呈等の作業を終え、一息ついている。

すぐさま「選集③」の要再校、ツキモノ、跋等の用意をすすめながら、興の乗っている新創作等の進行、またもうそこにさし迫っている「湖の本121」を送り出す用意、また新しい「湖の本122」の原稿揃えに取りかかる。奔っているから倒れない、ゆるゆるになれば自転車だと転倒する。愉しんではしるように躯に指令している。

2014 8・26 154

 

 

☆ こんにちは。

今日は涼しくなり、過ごしやすくなりました、またぶり返してくるとは思いますが。

保谷駅の近くの何処かで、軽くビールでも呑みながらというのはいかがでしょうか。

もし、お酒がのめないようでしたら、私が車でお迎えにいき何処かでランチでもたべながらとしたいと思います。

私は、土曜日の午後ならたいがいあいています。

ご都合の良い日をお知らせください。

直近ですと8 月30日土曜日となります。

9 月27日は出勤日となっています。(完全な週休2 日にはなりません)

母は晩年お茶を再開し、道具一式が残されたので、少しはお茶もと思っています。  直

 

* 1959年に上京・結婚して入居した新宿河田町、女子医大裏のアパート「みすず莊」大家さんちの少年だった。六畳の一部屋でこの少年がわたしにお茶を習いたいというので、保谷の社宅へ転居するまで手ほどきしていた。思えば不思議なように感じられるが、この「みすず莊」へも、遠い社宅へ転居してからも、会社の同僚の何人もがわたしに茶の湯の作法を習いに通ってきた。そのうちの一人だった後輩の遠藤恵子さんは、のちに東北学院大の教授になり、米沢女子短大の学長になった。今も「湖の本」購読を続けてくれている。上京・結婚いらいやがて55年半になる。その大家さんちの生真面目な小学生だった直樹君が、もう六十過ぎに相違ない、わたしに会いたいと。

2014 8・27 154

 

 

* 「選集③」の要再校ゲラを送ってきた。すぐさま「湖の本121」発送用意にかかる。

2014 8・31 154

 

 

* うかうかしていたが「湖の本121」発送の用意が俄然遅れているのに気がついた。遅れても差し支えないが、作業が溜まれば他の仕事に差し支える。手は老齢の不充分な四本しかない。古いものを片づけ積み上げて、新しい荷のために場所をつくらねばならない、なによりもそれが難儀。本という荷は石のように重い。

 

* 連絡有り 「湖の本121」は九月九日朝に出来てくる、と。おおっ。

夕刻には、歯医者へ。十一日は、秀山祭。吉右衛門の奮闘はもとよりのこと。仁左衛門と千之助の連獅子が成功して欲しい。楽しみ。

2014 9・2 155

 

 

☆ 拝復

初秋の候 お健やかにおすごしの御事何よりのことと大慶に存じ上げます。

いつも『湖の本』御恵送賜り忝く存じております。

今巻の「櫻の時代」楽しく拝読仕りました。「源氏物語はまた『櫻』の物語とすら読める」とする見方 なるほどと感心したり 作者の目ざしたものはやはり櫻の物語としての創作かと考えたりしてしまい、それが花の下の死へと続き、結局「櫻」が好きというのは、西行適なのかとも考えてしまいました。

全て拝読了。

とにかく右御礼まで。遅くなりましてすみません。 不一   志木市  高城功夫  歴史学者

2014 9・2 155

 

 

* ロスから帰国の池宮さん、すでに京都入りしていて、電話があった。次の日曜か月曜ころに東京で会いたい、と。いつものように妻も一緒に、街で夕食したい。酒の美味いおでんの店がみつかればいいが。火曜日夕刻には歯科の予約があり、午前には「湖の本121」が出来てきて受け容れねばならない。発送で身動きならない。十一日は終日歌舞伎座、十四の日曜頃には発送も終えられるだろうが、火曜水曜と聖路加で検査と診察、木曜は秋場所、金曜は俳優座稽古場公演。体を動かす機会として歩き回らねば。その勢いで新幹線に乗り込めるほどだと頼もしいのだが。

梅若の橘香会から、十月二十六日に万三郎の「通小町」小書き「雨夜の伝」新演出で演じるのでと招待が来た。狂言は右近の「呂蓮」そして万三郎監修、小林保治作の新作能「将門」を加藤眞吾が、と。長丁場、身がもつかしらん。

2014 9・3 155

 

 

* 「湖の本121」の刷りだしがもう届いた。八パーセント分減頁はしたが、楽しんでいただける「随筆選(二)」が出来たと思っている。

2014 9・4 155

 

 

* 「湖の本121」発送の用意を大幅に進めた。あと四日の余裕。慌てなくて済むところまで用意したい。

2014 9・4 155

 

 

* 「湖の本」発送用意をぐんと進めた。封筒に宛名を貼れば、もう七割は送り出せる。あと四日ある。

2014 9・4 155

 

 

☆ 実り多い仕事

となるよう、寸暇を惜しんで励んでいます。

今は通勤中、駅到着までに打てたところまで送信します。

電車での読書は、「千載和歌集と女文化」の下に入ったところです。

やはり恋歌、特に三の辺りに心惹かれます。

俊成のような「有明の空」の思い出はありませんが、あぁそうだなぁと身にしみる歌が、幾つもありました。

授業は中三が枕草子、高二が「こころ」、学研の「日本の古典」を教室でも回覧しました。  澤

2014 9・6 155

 

 

* 明日明後日の二日の余裕を生かして、「湖の本121」発送用意をつめておきたい。九割の余は用意できるだろう。

もう十一時。ヤ 済むとしよう。

2014 9・6 155

 

 

* 「湖の本121」発送用意はぎりぎり、よく進んだ。明日一日の余裕で、ま、能う限りまで出来そう。よく此処まで滑り込んだ。

早めに「選集④」を入稿したい。何となく残命に追われている心地でいる。最低四巻、願わくは十巻まで仕遂げたい。もう三年、欲しい。

2014 9・7 155

 

 

*  まったく十分とはいえないが、ともあれ明日出来てくる「湖の本121」を送り出せる用意が、ま、出来たとしよう。

2014 9・8 155

 

 

* 藤野眞功小説第一作『犠牲(いけにえ)にあらず』を読み終えた。なまじいに会釈無く、ほぼ無心に読み進んで読み終えた。

つづいて第二作の長編にうつるが、明日からは「湖の本121」発送が始まる。そのあとへ持ち越さざるを得ない。

2014 9・8 155

 

 

*  体重等を量り、黒いマゴの輸液を済ませた九時前に、新刊「湖の本121」到着、玄関に積み上げる。

軽い朝食(蜜柑ジュース少し 桃 バナナ)後、輸液分の補充に医院へ。途中数軒のポストに新刊を入れる。

立川さんのポストの前で、下の郵便局方面から坂を上ってきて左折したおばあさんの自転車に、同じく下から来た青年の自転車が追い越しざま左折して前のおばあさんに接触、烈しく左へ転倒させた。

青年は茫然と立っていたので、痛がっているおばあさんを起こしてあげるように青年に言い、駆け寄ってわたしは自転車を起こした。老人は大泉の医者へ行くといういうが無理だろう、一度「近い」という家へ帰るように、青年に送ってあげてと言い置いてわたしは医院へ出向いた。おばあさんは腰が痛むと顔をしかめていた。ことばはハッキリしていた。青年は二十代半ば過ぎか、スマートで日焼けした屈強の若者と見えたが対応はためらいがちに鈍くみえた。真後ろから来て、近接したまま同方角へ追い越しザマ左折したのだから、咎は明らかに青年にあると道の向かい側から、よく見えた。青年がお祖母さんを起こし、老人は起って痛みと不服とを話すことが出来ていたし、家も近いと話していた。もういちど、家へせめて送ってあげるよう青年にすすめ、わたしは急ぎの医者へ向かった。帰りはその道を通らなかったので、その後は知らない。

2014 9・9 155

 

 

☆ 『秦恒平選集第二巻』を

拝受いたしました。

見事な出来映えに、しばし見とれてしまいました。

こんなに貴重なものを頂戴してよいものだろうかと戸惑っておりましたが、ちょうど9月9日(重陽)は私の誕生日なので、弥栄中学以来の先輩からの誕生日の贈り物だと考えることにしました。

本当にありがとうございました。   石川布美   エッセイスト 翻訳家

 

* 弥栄中学の一年下へ転入してきた、おっさそろしくよく出来る人と評判だった。卒業して、偶然再会したのは東大構内、わたしは近くの出版社に勤めていて、彼女は東大の院にでもいたかと。それがまったく不思議でも何でもない再会で、不思議なのは双方でパッタリ出会って互いを忘れてなかったことであった。以来、久しい。「湖の本」もずうっと支え続けてもらっている。フランス語の全然出来ないわたしのあやしげな引用など有ると、すばやく訂正してくれる。お父上は京大仏文の有名な先生であり、著名な翻訳の多い方であった。布美さんにも翻訳が何冊もある。いいエッセイもある。

 

* 「湖の本121」発送開始。

 

* 歯医者へ。帰り、江古田の「中華家族」で、わたしはマオタイ、妻は梅酒。酢豚と肉韮炒めで夕食に。

帰ってからも十時まで発送作業。明日、終日頑張る。明後日から、来週いっぱい、病院がよいなどの連続になる。

2014 9・9 155

 

 

*  「選集③」本文の再校ゲラが届いた。「選集④」入稿用意と併行して進める。「湖の本121」の発送は、明日もう一日で終えられる。本格的に秋になる。

昨日戴いていたお手紙。

2014 9・12 155

 

 

* まず間違いなく明日土曜中には「湖の本122」発送を終える。晩には建日子が来るという。日曜、月曜の連休、わたしも連休。

今朝、捻ったように右のうしろ腰が痛んだが、どうやら軽快した。作業の疲れで歯が浮いている。かみ合わせに痛みが来る。もう、やすもう、何ということもない、もう十一時半だ。視野がまっしろに眩しい。なんともはや至る所、故障。だからどうというワケではない。

2014 9・12 155

 

 

* これで、踏み込んで次の展開に身を預け仕事を進められる。目の前に「選集③」の再校ゲラがどっさり積み上がっている。「選集④」の原稿づくりも待っている。長編新作の推敲も、次の「湖の本122」の編輯も、すでに喫緊の要。幸い腰の痛み軽減している。

* 元新潮の坂本忠雄さん、元総理の菅直人さん、親鸞仏教センターの本多弘之さん、日本文化資料センターの今井康雄さんらの「湖の本121」へのご挨拶など、あまりに疲れているのでお名をのみ挙げてお礼申し上げる。

凸版からは「選集③」の跋文初校、また芸術至上主義文藝学会の例会案内、奈良市あやめ池の中の美術館から「華岳・波光」特別展の招待状、日本近代文学館の月報、京の星野画廊からは日仏画家の競艶「憧れの女性像」展案内、丸善の月刊誌「學鐙」、JR西日本の「Blue Signal 」等々が舞い込んでいた。とにかくも、片づけることから次へ次へと。

もうすぐ建日子が帰って来る。今朝、仙台の遠藤恵子さんから戴いた「三段」のご馳走を、「湖の本」発送打ち上げ、「選集②」刊行の心祝いに戴くことに。

2014 9・13 155

 

 

* 建日子が帰ってきて、仙台の遠藤さんに戴いためずらかな蒲鉾料理をさかなに食事し、三人で小津安二郎の「秋刀魚の味」を観た。建日子は小津作品との初対面だという、いささか惘れた。岩下志麻の、柳智衆、佐田啓二らのよろしさに心底惚れた。

建日子がいると、しんからくつろぐ。黒いマゴと二人だけの日々は、やはりどこか寂しいのだと分かる。

とにかくも、発送を終えて、寛ぐことが出来た。

2014 9・13 155

 

 

☆ 秦 恒平 様

「湖(うみ)の本 121 京のひる寝 秦恒平随筆選(二)」を拝受しました。

懐かしい京の町、それぞれにまつわる思考の数々、少しずつ楽しみながら読み進めています。

お元気のご様子、益々のご活躍をお祈りします。2014/09/14  靖  妻の従兄

2014 9・14 155

 

 

* 連休のあとで、来信の山。とても記録保存していられない、書斎温度も蒸し暑くなって、さすがに疲労している。朝から帰宅まで、水分以外になにも食べていなかった。

京、岩倉の森下君、「湖の本121」へのお返しにに、また手作りの音盤二枚「流行歌(うた)は心の日記帳」第一集と、ライブ盤「島津亞矢ベスト20」。ありがとう。

 

☆ 秦兄

ご本ありがとうございました。時限爆弾? を抱えたお体での精力的なご活躍に感服しています。終身刑の囚人さながらの怠惰な

日々を過している私とちがい、たとえは悪いが執行日に怯える死刑囚の心境の貴兄なればこそ、日々を充実したものにされるのでしよう。

いつものご厚情に対して他愛のない手製CDでのお礼で恐縮ですがご笑聴ください。ひばりに心酔とかの島津亜矢の歌唱力はすばらしいと思いますが、如何。日記帳のひばりはダブっているかもしれません。箱崎や三浦や女子プロレスラーのマッハ文朱もなじみのうすい曲ですが、作曲者自身の歌う「さらば昭和よ」は非常に珍しい音源だろうと思います。

自然界も人間界も狂ってしまったようですが、ドンマイとは云わないまでも、鈍毎の体で音楽を聴いています。ありがとうございました。  森下辰男 同窓

 

* 「たとえは悪いが執行日に怯える死刑囚の心境」かも知れんなあ、ま、出来る限りのことは、性格としても、するでしょう。

 

☆ 一天

俄かにかき曇り、ということは昔はお話の世界のことと思っていたのに、毎日のようにどこかで起こる現実の世となってきました。いよいよ末世なのでしょうか。

先日立派な秦恒平撰集第二巻をお送りいただき、高名の 「清経入水」 を拝読し、ついで「雲居寺跡=初恋」 を読んでいる途中で、これが面白くもう少し読んでからお礼をと思っているところへ、また 「湖の本」121 を送っていただきました。拾い読みをしていると、すみません、私は本が届くと読む前に拾い読みをする癖があるのです。五月に奥様がご入院なさったよし、もうよくなられているのでしょうか。お見舞い申し上げます。

「京の魅惑」 以下の話、「京のひる寝」 とはこういう意だったのですね。「広辞苑」 はあまり見ませんが、「京へ筑紫に坂東さ」 が出ているのですか。『実隆公記』 で、たしか宗祇が言っている言葉だったと思います。本当にそうなのかと方言学者に聞いてみたことがあるのですが、今は、必ずしもその通りではないようですね。

「そういう 「京」 を、わたしは身に浴びるように学んできたのである」 とあるのに感心しています。そうでなければ、「雲居寺跡=初恋」 のような作品は書けないと思います。逆にいうと江戸文学を専攻される中村幸彦先生から、自分は淡路の生まれだから、江戸の草双紙を浴びるほど読んだと言われたことを思い出しています。私などは、上方に長く住んでいながら、京都は学生時代に過ごしただけで、その中に浸っていなかったことを、いま 『源氏物語』 を書いていて、残念に思っています。それでも齢八十八を迎えて、いつまでも独居老人でいることもできず、二年後には娘のいる所沢の近くに住むことになり、「東下り」 などとあちこちで話しています。

「はんなり」 は、さすがに感じはよくわかるのですが、「花あり」 または 「花なり」 なのですか。寿岳(章子)さんの名前久しぶりになつかしく、学生時代を思い出しました。いまはどうしているのでしょうか。

日吉丘高校の話は、岡見正雄先生よりよく聞いたので、これも昔を思い出しています。

そうした、いかにもおだやかな京都の話の中に、現在の政局の詰も出てきて、これはいつもなるほどと思って同感しています。原発の 「吉田調書」 のことで、朝日の社長が会見し謝罪しましたが、それはそれとして、もとはといえばそんな調書を必要とする「原発の安全神話が問題」なわけで、「この責任は誰も取っていない」のにと思っていた所でした。それは「河野談話にも同様のこと」を感じています。鬼の頸を取ったように官房長官が話すのをにがにがしく思っています。そんな今日のことだったので、「私語の刻」 を一気に読みました。

まずは御礼まで。     平成二十六年九月十三日   島津忠夫  京都歴史博物館館長

2014 9・16 155

 

 

☆ 秦先生、『京のひる寝』拝受。

鉢植の紫式部の実が日一日と、季節の色に染まってゆきます。

暑さから逃れ、ようやく秋風に身を委ねられる今頃、『櫻の時代』を取り出して読み返そうとしていました。

読書の内容も季節感に縛られる方なのに。

でも先生のお話は、櫻の春に限らず、風の如く、秋の紅葉にも、春から青春へ、色香へと限りなく拡がって行くのが楽しい。

この頃、年に数回京都へ行っても、所用ばかりで、ゆっくり散策することもできません。御著書で、京を堪能するのを、愉しみに。

昨日、郵便局の口座より振り込ませていただきました。

有り難うございました。  名古屋  珊

 

* まだ十時前だが、余力が尽きている。それでも中編の二篇を責了出来るまで一日に読み終えたのだから、仕事量としては十分。ヘトヘトに疲れただけが宜しくない。

お手紙戴いたのは、梅原猛さん、ドナルド・キーンさん、講談社の天野敬子さん、新潮社の小島喜久江さん、京・宝蔵館社主、静岡大の小和田哲男教授、翻訳家の持田鋼一郎さん、エッセイストの榊弘子さん、妻の従弟の濱敏夫さん山梨県立文学館、昭和女子大、多摩美大図書館などなど、ご鄭重にご挨拶頂いた。キーンさんの、石川啄木にもふれた文面がおもしろかった。

これ以上なにもしないで、もう休みたい。

2014 9・17 155

 

☆ お彼岸も近づき、

朝夕、凌ぎよくなって参りました。

この度、ご丁寧にも「湖の本121」をお送り下さり、暑くお礼を申し上げます。

いつも一番に「私語の刻」を。驚きました。迪子様のご入院の事。丁度、今年の蘭の會の頃だったのですね。その後経過如何でございますか。先生のご体調と共に案じ申し上げております。長く生きているといろんな事があります。

「湖の本」手近かな所に置いて、好きな巻を読み返させてもらっています。思う事、多くありますが、それをお伝えする文才無きをお許し下さいませ。神戸からお二人のご健康を祈りつつ。お礼まで。  澄  妻の同窓

 

☆ 拝啓

秋とは思えない程の暑い日が続いていますが、如何お過ごしでしょうか。

朝日新聞の誤報問題で保守派が勢いづいていて不愉快な思いをしています。何処かにおごりかあせりがあったのでしょう。

この度は「湖の本121」まことにありがとうございました。京都を知悉している先生の京都論は安心して受け容れられます。

くれぐれも御自愛下さい。敬具   岩波書店  邦

2014 9・18 155

 

 

☆ 息子の嫁が

来る度に「湖の本」を二、三册ずつ借りていきます。失礼なことばを使えば、「読み出したらはまってしまった」とのことです。

奥様ともどもご息災を祈っています。  能美市  哲

 

☆ 涼しくなって

助かっています。どうかお元気で。  神田神保町  岩

 

☆ 久しぶりの晴天つづき

ひと月遅れで法師蝉も賑やかです。

朝は冷え込んでくしゃみが出ます。「幸せ」に暮らしています。

季節の変わり目 どうぞお大事に。  下関  緑

 

☆ いつもありがとうございます。

私の作ったもの(梅干しやお漬け物=)が先生に喜ばれていることは幸でございます。

お元気でお過ごし下さい。 近江湖南  敬

 

☆ 御快癒

願っております。  朝霞市  恩

 

☆ 京のひる寝 秦恒平随筆選(二)

拝掌しました。

いつもお心遣いをいただき丹にありがとうございます。

お会いできること 大々たのしみにしております。   千葉若葉区  貞

 

☆ 秦先生の

ご健康が守られますよう お祈り申し上げます。  国分寺市  河

 

☆ 湖の本121「京のひる寝」代金と、予約金です。(20000円)

縁あって京都で結婚し、日吉ヶ丘高校の教員となってからでも四十数年たちます。

秦さんの本は「清経入水」を「展望」で 友人といいねといいあって以来、読んでいます。

どうぞお体大切に。   西京 大原野  則

 

☆ やつぎばやの

ご刊行、敬服。

周回遅れの走者の態です。

お揃いで、くれぐれもお大事に。  神戸須磨  周

 

☆ 「湖の本」

いつもありがとうございます。

くれぐれも ご自愛下さい。   目白  幸

 

☆ 勢いを

取りもどした筆跡と私語。

安心しました。   花巻市  照

 

☆ 172Pの

政・経観 同感です。

これを指弾する者なきを、とても危惧します。

28日は川内原発反対デモです。  鹿児島市  忠

 

☆ 体の不調と

闘いながらの史上類を見ない刊行。勇気付けられます。

時々 観劇 撮りだめた映画をご覧になっておられるのも素晴らしい。

湖の本は、これから先、刊行のためなら、値上げもあっていい。  藤沢市  永

 

* お茶の水女子大図書館、大正大学国文学研究室等からも、受領挨拶あり。

2014 9・19 155

 

 

☆ 湖の本121巻とは

快挙です。

京都の人とすっかり思いこんでいて、お礼状を出す住所を見る度に、「西東京市」とありビックリしてしまう(笑)。

上野千鶴子   東大名誉教授

 

☆ 京都つくしの随筆選

「あんじょうに」は「味善うに」と。京都の言葉の奥の深さを 又 ひとつ教わりました。いつも有り難く思っています。

どうかお健やかにお過ごし下さいませ。御禮まで。 かしこ   堺市  郁  歌人

 

☆ 急速に秋がやってまいりました。

その後お体の御具合はいかがかと心配いたしております。

この度の「湖の本121」 京都のことがいろいろ書かれてあり、信州生まれの私は「やっぱり京都は雅」だと思って読まして頂いております。

先生のこの やりぬく御力に私も力をいただいております。

どうぞくれぐれもお大事におすごし下さいませ。ありがとうございました。  西東京市  玲  歌人

 

* ご高著 ご恵与下さり

まことにありがとうございました。かつて旅した京都の町並の様子が、季節の風景もともなって思い起こされるような数々の御文章を楽しませていただきました。ご厚情にこころより御礼申し上げます。

なお、時節柄ご自愛のほどお祈り申し上げます。敬具   志立正知  秋田大学教授

 

☆ あの暑い中

体調悪い中 無理をしたのではないかと心配しています。

私は何とか無事で暑さを越えました。

ご両人とも 呉々も御大事に。 京今熊野  華  高校同窓

 

☆ 左90度

買いたてPCの机があるのですが、どうしても正面の机上で本を読んでしまいます。

しっとりと雨の降る休日にゆっくりとメールします。  東近江五箇荘  民  作家

 

☆ 秦さんは

全身 京のひとです。

奥様は手術など大変でしたね、どうぞくれぐれも御大事に。

秦さんも(仕事で)あまり無理なさらずに。  千葉我孫子  茂  詩人

 

☆  いつも湖の本

有り難うございます。ご活躍で嬉しく思っています。  藤沢  琉  義妹

 

☆ 京都シリーズは

単行本は全て揃えて拝読致しました。

秦文学に欠かせぬ資料と感じております。

添書 有り難く身にしみます。100 枚程のものを三作つくりましたが、文学(小説)の勝ちとは何か。好きで書くのとは違うのではないかと思って迷っております。  埼玉八潮  瀧  読者

 

☆ 禮しらずの

読者にも関わらず、慈しみをもって接して下さる先生に感謝の念が絶えません。

いつも有難うございます。  横浜青葉  理  読者

 

☆ 暑かった今夏から一転

朝晩 涼しくしのぎやすくなりました。 周りの田んぼも黄金色に染まり 赤トンボが飛び交いめっきり秋の風情です。しよしよ食欲の秋到来で、生涯で再校の体重更新中です。

先生 奥さま どうぞくれぐれもご自愛下さいませ。  静岡駿河  鳥  読者

 

☆ 京のひる寝

おもしろく読ませていただいています。

お彼岸には 萩の寺(=秦の菩提寺)お参りしてきます。

お大切にお過ごし下さい。  京衣笠  道  母方従妹

 

☆ 朝、晩の風が

ゆっくりと冷たく感じるようになりました。

日々お忙しいご様子に、夏の疲れが出はせぬかと、心配しております。

お二人共、御無事でありますように。   新潟中央  鶴  読者

 

☆ 七月末

青島の中国海洋大学で太宰治の講演をして来ました。

孔子のふる里を訪ね 泰山に登りました。  岩手下閉伊  芳  大学教授 ペン会員

 

☆ 本当に久しぶりに

お声を聞きました。お電話、有り難うございました。「詩稿」お届けしました。

どうぞ 日々ご無理なさいませんように。

私も腰痛と、結論のでない目の衰えと 逃走中です。  襄  藤村研究家 詩人

 

* 神奈川県立文学館、山梨県立文学館等から、「湖の本121」受領の挨拶があった。

2014 9・22 155

 

 

☆   「墨牡丹」

はじめは友人が貸してくれて、つぎは「湖の本」で読みました。

新しいのは、現実のうちに、主人公が、死ぬのがはっきり描かれている、と読みました。

「絵空事の不壊の値い」とは、作品の意味でしょうか。

三作とりかかっている、との新作がたのしみです。

繰り返し語るのでなく、ご両親のことを描かれても、いままでに数あるものとくらべて、稀有の書き手を得た、すぐれた作になるものと期待しています。

体力、気力ともととのわず、一日のうちに何度も、気分がゆれています。昔からこんなものだったかも。    和泉のとまと

 

* 今夜も機械の中の好きな音楽を聴いて疲れためをその間やすめていた。もう十一時。今度は階下で「慈子」第二章の校正を進めねば。

2014 9・22 155

 

 

☆ お元気ですか、みづうみ。

九月十二日の岡田教授のメールを拝読し、みづうみに書きたいことが色々ありまして、どのように書こうかと悩んでいるうちに、「湖の本121」の御礼もまだ申し上げていなかったことお詫びいたします。振込もすませておりますが、ご連絡遅れ申し訳ございませんでした。老人も私自身もちょこちょこと具合が悪くて、病院通いもあり忙しく過ごしていました。

昨夜のメールでは、もったいないお言葉いただきました。ありがとうございます。

もしご本いただけますなら、湖の本の小説全冊はすでにいただいておりますので、ゆくゆくはエッセイを全冊いただければと思います。湖の本を広めるために使いたいので、将来的にはわたくしの手許には残らないでしょう。なかなか大胆な厚かましいお願いしていますね。すでにお嫁入りした湖の本についても、いずれ補充したいと考えています。

新刊選集は保存のための美術品のような本、湖の本は線をひいたり、書き込んだりして徹底して読みこむための本、そしてもう一冊の湖の本は秦恒平という文学者を世界に紹介するために誰かにプレゼントする一冊と考えています。

わたくしはすべての作品について三冊ずつほしいという欲張りな読者です。舌切り雀の欲張りばあさんのように、地震で逃げ出すときに大風呂敷にみづうみの本ばかり運ぼうとして腰を抜かしかねません。というわけで、じつはみづうみの全作品を保存したディスク、あるいはメモリもほしいと目論んでいます。こちらについても是非製作頒布をお願いいたしたく存じます。

「校異」という作業がどのようなものか無知ですが、もしみづうみの原点ともいえる『畜生塚』をやらせていただけるとしたら身に余る光栄です。

校異は、唯一みづうみご自身の手による『清経入水』のそれを拝見した経験しかありません。一字一句追いかけて決定稿までの変移を私家版、推敲版と比較しながら地道に調べ、丹念に記録するという理解でよろしいでしょうか。わたくしなら、この作業を楽しんでできるでしょう。みづうみにご満足いただけるほど完成度の高い、ミスのないものができるかどうか、まして業績になるような立派なものができるのかは甚だ疑問ではありますけれど……。せっかくみづうみからご提案いただいたお仕事を、わたくしが受けないはずはありません。喜んでお手伝いさせていただきます。自分にみづうみのお役に立てる力のありますことを祈るばかりでございます。

岡田教授のメールを読んで考えたことなどについては、そのうち別便にてお送りしたいと思います。

どうかどうかご無理なさいませんように。健康第一です。

袷   秋袷身を引締めて稽古事  虚子

* 自分では、したくても出来ない。それ以上の「仕事」で時間も体力もとても足りない。しかし、欲しい、在れば有り難いという課題も気が遠くなるほど沢山ある。もしや頼めるなら頼みたいと思い、頼んでみた。何万枚にも多岐にわたる十数年の「全私語」をともあれ科目別に分類して「箚記」に手がかりを付けて頂いたこの人に、とりあえず一つ頼んでみた。最初の私家版、その推敲版、「新潮」版、「筑摩」文学大系版、湖の本版、今度の選集本版。少なくもこれだけの版本での変移を経過を追って対照的に表覧に仕上げるのは、たとえ興味深くても、なかなか気骨の折れる時間も掛かる難行になる。句読点一つの変移すら、誤植すら見逃せない。もしも幸いに清書以前の「草稿・原稿」妻の「清書稿」までが見つかればもっと徹底する。「畜生塚」は少なくもわたくし自身にとってそれに値する「原点」であるに相違ない。

手許に在る自著や湖の本が、愛読して下さる読者のためにすこしでも役立つなら、惜しみなく手渡して行きたい、もうそういう時機にさしかかっている。

 

☆ 湖へ

おはようございます。

美しい秋の青空ですね。

夜中に降った雨のお蔭か、葉の色が輝いています。

先日は、「湖の本121 」を送って頂き、ありがとうございました。

読んでいると、つい惹きこまれて時間を忘れるので、ここまで、と決め自分を抑えながら読み進めています。

今日はこれから仕覆(しふく)の稽古へ。

縫っている間は、それしか考えないので有難いです。

お茶一服さし上げられる機会あればと、思っています。気候のよい季節なれば、野点などよいかもしれません。

今、小さな品一式を組もうとしています。楽しみに作ります。

お大事に、湖。くれぐれも。  珠

追伸

お願いするものではないと思いつつ、可能であれば「選集②」もと願っています。

待ち焦がれて、、。あしからず。

2014 9・23 155

 

 

☆ 「京のひる寝」

拝受仕りました。慎んで御礼申し上げます。

関東下総の田舎育ちの小生にとっては羨ましい様な少年期をすごされましたことを想像してやみません。  歌人 房

 

☆ お二方の御恢復を心からお祈り申し上げます。

祇園花街のまんなかに、多感な小中高校生活を過ごされたこと、東海の漁港で、それも戦災を受けた日々を送ってきた身には、実に羨望極まりないものがありました。

「私語の刻」にある、ベンクラブでの「ペン電子文藝館」の館長 「キャリアも実績もあり信頼性強き人」「文学の優れた編輯経験会員で高水準を」の二点、全く賛成です。   文藝出版社役員  義

2014 9・26 155

 

 

☆ 秦恒平先生 拝啓

昨年の残暑とは打って変わつて.、今年は夏の終わりが早いように感じられますが、先生にはお変わりなくお過ごしのことと存じます。

過日は豪華版選集の第二巻を頂戴し、あらためて御礼の言葉もなく恐縮いたすのみです。海外出張などが重なり、御礼が遅くなりました非礼をお許しください。このたびいただきました「海の本」121号とあわせ、心より御礼申し上げます。

国文学研究資料館では、目下、日本古典籍のうちの三〇万点ほどの画像を作成し、『国書総目録』 の電子版に併載するプロジェクトを開始したところで、一〇年間で八八億円の経費が、財務省によって昨年認められたのですが、年度ごとの予算要求では厳しい査定の連続で、その実現にはほど遠い情勢に右往左往させられる日々でございます。

館では、十月から十一月にかけて、「中原中也」 の展示を開催いたします。ご参考までにチラシを同封させていただきます。

ご自愛をお祈り申し上げつつ、御礼まで一言申し上げます。  国文学研究資料館館長

 

☆ 拝啓

ことしは 残暑はほとんどなく 秋の気配が早くやってきました。

手術後、精力的にご活動のこと、アタマさがります。

秦恒平選集 第二巻 ご恵贈賜りましたこと 厚く御礼申し上げます。

拝読して御礼と思っておりますうち お礼状が大層遅くなりましたこと ご容赦下さいませ。

「清経入水」は以前読ませて頂きましたが「雲居寺跡」「風の奏で 寂光平家』「絵巻」は未読にて、楽しみに致しております。

これからは寒さも早い様です。

御身ご自愛の程 祈念申し上げます。 敬具   喜多流シテ方  友

 

☆ 正しい物の見方としたい

美しいものを観る眼を養いたいと先生の本を読んでいる私です。

明日より 松本、安曇野の旅に出掛けます。楽しみです。  岐阜各務原  真

 

☆ 京についての

こまやかなあれこれ。いつも乍らの絶品の味。京は、「丈高い『現代人』の巣くう世界最先端の都(p16 )。小生はすせうっとそう思い、アタマから京都と京都人に降参しておりました。それゆえ、先生の存在の貴重さをも、深く思っている次第。先生からの「努めます」との力強いお言葉もうれしく、これで病魔も退散かと存じております。何卒何卒ご大切に。

御内室様にもよろしくご鳳声の程を。  神戸  昌  歌人

 

☆ 精力的なお仕事に

いつも尊敬しつつ頁をめくっています。どうぞお元気で良い本を沢山出して下さいますよう。先生は私の鑑です。

不゛どう喜んでもらえて嬉しかったです。  金澤  小夜  作家

 

☆ 気持ちよい青空です。

雲を追いながらカートを引っぱって買い物に行ってきました。ところ所で曼珠沙華も秋を迎えています。

お身体、おいとい下さいませ。(払込用紙が入っていませんでしたので。)  京 有栖川  桐

 

* 今回は、このようなミスや間違いが例になく多かった。例にならぬようにありたいが、まだらボケも始まっているか。御免あれ。

☆ 暗い不快なニュースが

いっぱいです。自治会の仕事をしていても 老老ン悔悟などの話題が多くなってきました。

孔子も言わなかった「八十にして筋トレ」を始めました。  埼玉越谷  光 エッセイスト

 

☆ 湖の本121

ありがとうございました。通院の途中 小田急線の車窓から彼岸花を(やはり間違いなくばっちりお彼岸に咲いています。)楽しんでおります。  神奈川二宮町  眞・由夫妻

 

☆ 益々お元気で、

同志社の偉大な先輩として尊敬の念しきりです。両手のしびれ快方されるよう祈っています。  愛知新城  貞

 

☆ 天、地、人災

何がいつ起こっても不思議ではない時代です。

嘆いたり、悲しんだり、憤ったり、高齢者にとって心臓によくありません。

ご自愛の程お祈り申し上げます。    玉野市  國

 

☆ 湖の本121

ありがとうございました。

お茶のお稽古に夢中になっていた頃出逢った「茶ノ道廃ルベシ」が、秦さんの世界へ私を導いてくれました。以来湖の本が少しずつ増え、今では本棚の一段を占めています。

私も平点前が一番好きです。流れるような美しい手前をいつも目標にしていました。

ご健康をお祈りしております。乱筆お許し下さい。  沖縄  香

 

* 十月には出来る出る「秦恒平選集」③は、巻頭の「蝶の皿」から「慈子」「隠水の」「月皓く」など、茶の湯の場面がたくさん取り込まれて物語と深く関わっています。④の「青井戸」とともに、茶の湯に思いの深い方はぜひ楽しんで下さい。湖の本版にも廉価で在庫があります。選集③には、ちとめずらかな写真が入ってわらっても戴けます。

 

☆ 朝夕冷たくなりました

奥様のお体の具合は如何でしょうか ご無理なさいません様にとお願い致します。

湖の本121 京都の話は田の新読み進んでいます。

平和が続きますよう念じて過ごします。  桐生市  君

 

☆ お体お大切になさってください。

私語の刻を楽しみに読んでおります。母の介護のあいまの小さなひとときです。  横浜鶴見  孝

 

☆ 三度の

関西勤務時代に通った京都をなつかしく思い起こしました。北山の山々もよく登りました。 千葉鎌ヶ谷  仁

 

☆ ようやく

涼風が立つようになりました。季節の変わり目 残暑もしばらくと思われます。

御身 御大切にお過ごし下さいませ。   千葉美浜  松

 

☆ お手の痺れが

一日も早くなくなりますように。

お元気になられますよう、心よりお祈り申し上げております。  神戸東灘  章

 

☆ 東大大学院文学部、山梨県立文学館、皇學館大、いわき明星大、大東文化大、國學院大等々から湖の本受領の挨拶が来ていた。大学、短大、高校には、かなりよく浸透してきている。

2014 9・26 155

 

 

* 疲れて。

で、ふと昔、東工大でわたしの教室にも教授室にもよく来ていた学生の名を検索してみた。本名で何かしら記事は見えるが、同姓同名記事も混じるか、はかばかしい様子は知れなかった。ひところ院の研究室から短歌を送ってきたし、小説らしきも書きたげで、但し自分は「エンターテーメント」を書きますと言っていたが、その方面から名前が聞こえてきたことは、まだ、ない。エッセイもたっぷり書いて、その方面にはなかなか才があると観て、「佐和」という希望の筆名で電子文藝館にも載せていたが、コンピュータ関係の雑誌編集者をしながら(と思うが)、そのご著書でも出しただろうか。もうよほど久しく音沙汰がない。早稲田での角田光代のような書き手になって出てくると嬉しいが。

さすがに東工大が遠くなった。ありがたいことに湖の本を支えてくれている男子卒業生がまだ十人あまり、女子卒業生も四、五人ほど今も続いているが、肉声を聴く機会はめっきり減って遠のいた。自然の勢いで、まだそんなに連絡が取れているという方が嬉しい有難いことである。

不公平になってはいけないので、東工大卒業の諸君には新、しい「秦恒平選集」は誰にも送っていない。みな、病気していないといいがなと願っている。

 

* わたしはもう「残年・残日」を胸の内で数えながら、どこまで自分の仕事が追いついて行けるだろうかと、もう、それのみを思い願って暮らしている。人手を頼むことは、所詮はむりであろう、となると、仕事を選別するしか無い瀬戸際に来ている。

2014 9・28 155

 

 

* 湖の本新刊にいま三案あって、編輯に大わらわ。大雨被害のかたづけや以降の対策にも苦慮。立ち向かうしかない。

2014 10・6 156

 

 

☆ お二方様

お元気なお姿にお会い出来て嬉しく思いました

湖の本「京のひる寝」届きました ありがとうございました

此の頃つくづく感じて居ります きょうとを案内して上げたともだちが こんな処に育ったから今の池宮さんがあるのねと言われました ほんとにそう思います 京都に生れてよかったと感謝して居ります

今度もまた きれいなお茶器を頂きありがとうございました 来年の初釜に使わせて頂きます

秋の野を使って来月位ちょっと小寄せをしようと思って居ります

あれこれと考えると愉しいです。

どうぞ呉々もお身体お大切にお過ごし下さいませ

「やす幸」のおでん おいしかったです ごちそう様でした   ロサンゼルス 千代子

 

* 湖の本へ変わりないご支援 感謝します。

2014 10・7 156

 

 

* 「冬祭り」第六章「雨のモスクワ」を読み終えた。あの旅は予期した不安よりも遙かに楽しめた。楽しんだ感じが叙事・叙景にすなおに出ていて芋でも愉しい。ついで第七章「ルサールカ」に入り、ロシアの民俗や土着の信仰などに触れて行くのだろう、もうヒロインとは電話で声を交わしている。

だが、「冬祭り」にばかり時間を使っていられない、「選集④」の初校を、さしあたり「蝶の皿」「廬山」など読んで行かなくては。さらに明日には「選集③」の刷りだしが、造本、装幀部分も含めて届くことになっている。十七日の出来本搬入までにまたもやってくる猛烈な颱風が通り過ぎててくれますように。

いつもになく、「湖の本122」を決めかねている。いま三通りの案を持って用意しているので、べらぼうに忙しくなっている。ここでも、心当てにしていた初出のブリントが見当たらなくて焦れている。ものを棄てることをもっと効率よく、欲を棄てて捨て去ることを覚えないと。

2014 10・8 156

 

 

* 新刊「湖の本122」 の入港用意がほぼ出来た。電送終えれば、選集③の発送、④の初校、⑤の入港に暫く集中できる。

「選集④」 全巻今日組み上がってきた。 「蝶の皿・廬山・閨秀・青井戸・墨牡丹・華厳」の六篇。ほぼ460頁ほどで纏まっている。新年には仕上がるだろう。そして「選集⑤」には長編『冬祭り』さて何頁ほどに成るだろう。ただただ健康を保って一巻でも多く仕上げて起きたい。

「湖の本エッセイ」全巻を欲しいという方に今日荷物を作ったが、よくまあこんなに書いたものだと量に驚いた。エッセイの代表的な作も「選集」に何巻かでも作りたいが、先ずは、小説。病気も怪我もしたくない。謙遜に命を惜しんで元気に巻を重ねたい。新しい作もぜひ加えたい。さ。資金が先に尽きてしまうだろうが、それも天命。なによりも体力と視力と。

2014 10・11 156

 

 

* 選集④の「蝶の皿」「廬山」初校。清朝の精磁、虎渓三笑や来迎図、朝鮮の青井戸、上村松園、村上華岳、そして明の遺臣による大同華厳寺の大壁画など、みな忘れがたい渾身の作。丁寧にかつ楽しんで校正したい。

しかし情けない眼のわるさ、「湖の本121」にも誤植の見落としがたくさん有るのでは。魯魚の誤りだけでなく、ひらかなの濁音、半濁音、促音、拗音などの誤りが見苦しくはないかと気がかり。

ことに「選集」には、一つでもそういう誤りを無くしたいのだが。

この「私語」「箚記」にも、数え切れないほどの誤記がある。妻の指摘してくれた分は努めて直すようにしているが、もう、なかば気に掛けずにただ「書く」に徹している、言い訳めくが。

 

* 「湖の本122」の原稿づくりは眼にきつかった。入稿できて、一息つけた。創作の方へ時間をより多く掛けたい、少しも慌ててはいないけれども。

 

* 『冬祭り』を読み進んで、もう眼がダメ。やがて日付が変わる。

2014 10・12 156

 

 

☆ : 雨の音を聴くのは

私も好きです。殊に夜。明るい月夜も佳いけれど、雨音を一人で聴けば心も静まってくるようですし、闇の中に二人いて、柔らかな雨を遠く聞くのも、打ち付けるような音に掻き立てられていくのも、また。

『京のひる寝』、文字の上ではあるけれど、あなたの「好い場」をゆっくりと案内して下さって有難うございました。

「あやつり春風馬堤曲」の朋子が屋上から鴨東の町を見たのもホテルフジタだったのかなぁ、なんて思いながら読みました。

雨音も次第に強まってきました。

嵐の夜ですね。    蕪

 

* 熟睡が、眼には何より。熟睡したい。

2014 10・13 156

 

 

* 「湖の本」で、わたしはまだ「美術」や「美術家」に多く触れていない。近代以前の美術史や画家たちには、古代や中世を語るに連れて取り纏めては来たけれど、近代現代には、まだ。一つには書いてきた、語ってきた量が多いのと、写真を取り扱うか割愛するかに迷うのである。いまも「画家たち」そして「美術を語る」二巻分を想定してみた、が、論攷も随想も対談、講演もたくさん積まれている。執着するのではないが、はっきり、わたしの「仕事」に成っていて、放っては置けない。紙質の劣化していく初出資料をなんとかして早く電子化データにしておきたい、が、時間がない。あいかわらず妻の手を借りている。昔々は原稿の清書でさんざ苦労を掛け、今はもの凄い量の原稿の各種電子化を頼み続けている。申し訳ない、ありがとう。

こんな、ものすごいような晩年を迎えるとは思わなかった。退屈な日々が来るのだろうかと想っていた。もう七十九に手が届いているが、現況、退屈どころか働き盛りの昔と同じに沢山な仕事を二人三脚で一心に手がけている。いいことか、よくないのか、そんな斟酌は棄てている。

 

* 『冬祭り』の旅はすばらしかったグルジアにさようならして、再びモスクワへ。最高級のホテルが用意されていた。

さ、もう『冬祭り』に話題を求めるのは、よそうと思う。

2014 10・14 156

 

 

* 今朝には「選集③」の出来本搬入を受け容れる。とにもかくにも無事に受け取りたい。

 

* 「選集③」無事着。各界への送り出しを開始。自転車に本を載せて何度も運ぶのはかなりの労働、ふうふう言う。

 

* そしてもう明日朝には「湖の本122」が組み上がって来るという。「選集④」初校、「湖の本」初校、大波がわあっと顔へ落ちてくるよう。どっちもお金にはまるで成らないが、仕事の質と量とは大賑わいという気分。

 

* 懸命に荷造りし、ダンボール箱に僅かずつ詰めて何度も郵便局へ走った。幸か不幸か明日から土、日で郵便局が使えない。ま、土曜日は、ゆっくりしましょ。第三巻も、佳い本が出来た。巻頭の写真は、思い切ってかなり照れくさいものを入れた。第三巻は、「畜生塚」「慈子」「隠水の」「月皓く」「誘惑」などほぼ一貫して「茶の湯」との縁の濃い作が並んだ。つづく第四巻巻頭の「蝶の皿」や「青井戸」に到るまでそれが続く。わたしが茶の湯にもっとも熱心だったのは中学から大学まで。丸坊主で学生服を着て稽古もし人にも教えていた。妙な少年だった。

2014 10・17 156

 

 

* 創作していた最初の私家版原本「畜生塚・此の世」が見つかった。六七册、抜き刷りの歌集「少年」数十部と一つ箱に入っていた。記憶通りだった。

見つけたい失せモノは、まだ幾つか在る。むかし建日子ときゃっちボールしていたグラブ・キャッチャーミット・硬球の一式。一度何処かで見つけて懐かしみながらそのままにして、そのそのままの場所が分からなくなった。

永井龍男先生に戴いた「廬山」を褒めて下さった自筆原稿を今必要あって探索している。必ず在るはず。湖の本や単行本に使用した写真の原板も何種類か見つけ出しておかないと。これは、途方に暮れる。

最重要の文書・写真資料などは、一箱へとにかくも蒐めて手近に置いておかねば、もうモノは忘れ放題になってゆく。

2014 10・18 156

 

 

* 「湖の本」122組み上がってきた。「選集④」の初校前半を「閨秀」まで終え、次いで長編「墨牡丹」「華厳」が残っている。 2014 10・18 156

 

 

* 川崎の近藤さんから電話で、実費と送料を支払うから、「選集①②」に残部があればぜひ欲しいと。「湖の本購読申込み第一番」の久しいありがたい読者。感謝。

2014 10・22 156

 

 

* しばらくぶりに歯医者へ。湖の本121『京のひる寝』が面白かったと娘のような女先生。お土産に、長野小布施産特級、みごとな大粒の栗を一キロも袋に入れて頂いた。去年も戴いた。感謝。

帰りに「リヨン」で晩餐、二種類の赤ワインが美味く、フレンチをしみじみ前菜からデザート・珈琲まで楽しんだ。

家に帰ったら、留守に、どさっといろんな郵便物や頂き物がきていた。岡山のすばらしい葡萄、瀬戸ジャイアンツ。また有元さんからいつもお心入れのじつに味良い近江の特製「鮒鮨」も。有り難う存じます。

2014 10・27 156

 

 

* しかし、もう、今夜は書ききれない。

わたしは、「いい読者」「ありがたい読者」こそ「身内」と感じつづけて創作や批評の生活をしてきた。「湖の本」という類例のない営みの意味するものが何なのかを後々まで証言しうる一つの大きなよすがとして、わたしは、敢えて上のような通信を記録している。おそらく、私の最大の「創作」は、もし評価してくれる人が後のちにあるとしたら、たぶん「湖の本」という営為にあると読んでくれるのでは無かろうか。浅々しい自慢や自賛の気でこのような「記録」をしているのでは、全く無い。

2014 10・27 156

 

 

* 選集③の始末、選集④の初校中、選集⑤の組み上げ待ち、湖の本122の初校中、湖の本続刊のために対談・座談会集上下、匿名原稿集上下、新作書き下ろし長編小説で増頁上下巻ないし状中下三巻のものを二作、同じく新作の歴史現代ロマンス一巻を、のっぴきならず轡をならべて走らせている。肚をくくる楽しさをむしろ満喫の機会が来ている。怪我したくない。事故にも遭いたくない。

2014 10・30 156

 

 

* 機械の前でキイを叩き文章を読みつづけていると、とてものことに眼がもたない。それでも、少しずつ少しずつ、やめられない。

今は、機械の気儘にまかせて、いろんな音楽を聴いている。歌も器楽も。じつにいろんな歌が去来する。誰の何のという聞きわけには気が無い。ただ耳にいろいろ楽しんで何時間も。ときどきじっと目を閉じてやすむ。寝入ってしまうこともある。

明日は日曜だが、もしも雨もよいならばむしろ好都合に街へ出てみよう。「墨牡丹」と「湖の本122」の校正を捗らせたい。電車が空いていて座れさえすれば、苦にならない。

おやおや、「蛍の光」を歌いだした。今度はなにかのアリアだ、トスカかしら。

2014 10・31 156

 

 

☆ 黄葉 紅葉の

美しい季となってまいりました。

何時も「湖の本」楽しく拝読いたしております。京の町 祇園界隈の話など 懐かしい思い出ばかりです。

ご体調 如何でいらっしゃいますか? 気にかかりながら失礼しています、申訳けございません。

先日は美術館のご案内状をお送り頂き有難うございました。十一月久し振りに訪ねてみたいと思っています。

傘寿の節目の坂は厳しいとか? どうぞくれぐれもお大切にお過ごしくださいませ。

ご令室様にも およろしく。 かしこ   奈良あやめ池  絹

 

*  お兄さんが高校でわたしと同級生、秀才だった。この人は二つ下、茶道部に。卒業後は銀行につとめ、南座東の支店窓口にいた。にこにこしていた。女優の安達祐実に似ていたなあ。

 

* ぐいぐいと自分の書いたた小説『生きたかりしに』の文章に引っ張られる。必然の力を持てている。よかった、書いてよかった。

どうしようかと思う。引き絞っても湖の本で優に二巻になる。いっそ、先に「選集」一巻できんなり本にし、そのあとで「湖の本」にしようか、わずか150限定本なのだし、寄贈は主な施設や大学等に限ればよい。製本した半分ほどは手元に残したい。そんな気がしている。

いま、第三章を読み終えた。第五章まで。もう二章分の電子化に妻ががんばってくれている。

手書き原稿はそれなりに趣も意味もあるが、本になって行く手順・手続きでは大幅に遅れる。『生きたかりしに』も電子化データに替え得なければそのままのたれ死にになるところだった。まだパソコンに誰もが不慣れでペンクラブでも詳しい人を呼んでなにかし指導を仰いだが、そのときわたしは質問して、書き手として何が大事になるかと。講師役の人は言下に、書いた物はとにもかくにも電子化データにしておくといい、と。わたしは即。合点した。湖の本をはじめ、初出原稿のブリントの電子化の手間を掛けに掛けた。わたしのバソコンには「湖の本」全巻はもとより、夥しい量の「仕事」がデータになっている。数万枚をこす日記もむろん電子化してある。それでも、実のところ『生きたかりしに』何百枚をはじめまだ手書き原稿やコピーブリントのままのものが山ほど残っている。棄てるに忍びない断片やメモの類も信じられないほど保存してある。とてもとてもヒマにはならない。が、それが、それで良い。わたしは生きるのに飽きるという心配がない、眼が見えて、酒が飲めて、甘いモノも食べられて、手足が動く間は。

2014 11・1 157

 

 

☆ その後

おからだ いかがでしょうか? いつも「湖の本」を御恵贈いただきましてありがとうございます。以前「柳原白蓮の百首」の英訳などを送らせていただきまして 御丁寧にお手紙をいただき、ありがとうございました。この度、第六歌集を出しました。御健康のことを案じつつ、もしも御高覧いただければ幸いです。   三鷹   青木春枝  歌人・ペンクラブ会員

 

* 雑誌「春秋」歌誌「綱手」來送。

2014 11・4 157

 

 

☆ おじい様 おばあ様

ご無沙汰しております、馨です。( 中略)

 

先日、高校時代のクラスメート3人とやす香(=亡き孫)に会いに行ってきました。

3人ともやす香と仲が良く、久しぶりのプチ同窓会でした。

3人のうちの1人のために、やす香はいつも相談に乗ってあげていました。高校2年で行った修学旅行でも、班の人とうまく行かなかったその子のために修学旅行中は少しでも時間があると、話を聞いてあげていました。

「楽しみにしていた修学旅行だったけど、その子にだいぶ時間を割いてしまった」と、帰りのバスの中でグチをこぼしていた、やす香。

「私だったら、その子の悪いところを指摘して終わりにするけど」と、高校時代の優しさのない私。

「できたらそうしたかったけど、かわいそうでできなかったよ」と、やす香。

修学旅行の写真を見返して、やす香との写真が少ないと感じては、何となく覚えている、この会話を思い出します。

3人のうちのもう1 人は、大学時代にやす香と随分飲み歩いていました。

私はアルバイトが忙しかったため、やす香とお酒を飲んだのは数回だけです。

「飲んでる時に、その子の英語の宿題を、なぜか私がやらなきゃいけない」と、これまたやす香がグチをこぼしていたのを思い出しました。そんなことを言いながら、困っている友人がいると、どんな状況でも放っておけないのが、やす香のかわいいところです。

何だかやす香のグチ話ばかりになってしまいましたが、これもやす香ですよね。

他の人は口を揃えて、やす香は頑張り屋さんで優しい子だといいます。それもやす香ですが、その一面だけが一人歩きするのは、私の知らないやす香が出来上がるようで、少し寂しいです。

写真は、7月にやす香に会いに行った時のお花です。ゴッホという名前のひまわりだそうです。一目ぼれしたので、お土産に渡しました。

これまた随分前の話ですが、8月に姉の子が産まれました。女の子です。

2ヶ月がたち、首がすわり始め、笑うようになりました。

私にとっては、まだよく分からない存在ですが、ムチムチ元気に育っていて、ただただかわいいです。

久しぶりのメールだったので、伝えたいことも多く、長くてまとまりのない文章になってしまいました。

どうか、おばあちゃまの痺れている腕がつらくありませんように。

遠くからですが、お祈りしています。

 

* 建日子の仕事ともどかで接点のありげな忙しいテレビ系の仕事に奮励のようす。その中でやす香を今も愛してくれ、変わらず慰めてくれる人。

それにつけても、もう一人の孫娘 押村みゆ希は元気なのだろうか。立命館大をもうそろそろ卒業するのではなかろうか、何を勉強しているのだろう。立命館の図書館には「湖の本」もあたらしい選集も送ってある。目にでも触れる機会が有れば嬉しいが。

 

* 妻が懸命に頑張ってくれて、「生きたかりしに」第四章の電子化が出来てきた。関連して手に入れている関係資料がたっぷりあるのを、どう抑制して援用するか、難しいが大事な選択になる。加えて緊急「湖の本122」に「跋」を急がねばならない。

2014 11・4 157

 

 

* 「湖の本122」の初校戻し、そして跋などアトヅケの用意も出来た。

 

* 明日は朝に歯医者、夕方にも歯医者と、二度通う。土日は家におれるが、どちらかで、散髪。月曜は昼過ぎに聖路加で前立腺検査、そのあと顔見世歌舞伎座夜の部で、染五郎弁慶を、父幸四郎の富樫、叔父吉右衛門の義経という趣向の豪華版で楽しむ。昼の部は一週間後に楽しむ。十三日木曜には昼に俳優座招待期待の新劇を観てのあと、京都からみえる来客を迎える。さらに聖路加眼科もあり歯科治療もあって、その間にも「湖の本」の再校「選集④」の要再校も、そろそろ「選集⑤」の初校も出てくるだろう。慌てず狂わず、息抜きもしながら創作もむろん進める。おっそろしく忙しい爺ではある。

 

* 「湖の本」122を要再校、そしてあとづけ。表紙を添えて送った。このヒマに、「選集④」の初校も終えたい。いま「墨牡丹」五章を読み終えようとしている。

2014 11・6 157

 

 

☆ 秦先生

「湖の本121 京のひる寝」ほを誠に有難うございました。

京都にまつわる多くの事どもが味わい深く、香り高く、また鋭くも述べられていて、たっぶりと教えて頂いた思い出おります。重ねて御礼申しあげます。  日進市  博  大学教授

 

☆ 拝啓

立冬の候となり今年も名残りおしい季節となってまいりました。お元気で御過ごしのこと何よりの御事と拝察申しあげます。

『湖の本』いつも忝なく 「京のひる寝」楽しく拝読仕りました。秦先生ならではの京の都三昧 種々御學恩に浴することができました。御礼申しあげます。 匆々  志木市   功  大学名誉教授

2014 11・11 157

 

 

☆ 秦恒平様

寒くなってまいりましたが

皆様お変わりなくお過ごしのことと思います。

赴任地郡山の百貨店をひやかしていましたせ「葛ぜんざい」なるものが 季節柄もあり おいしそうでしたので、思わず御礼がわりにお送りざていただきました。お口に合えばよろしくと存じますが、ご笑納いただければ幸いです。

これからも、お身体お大切にされて、

「湖の本」の出版を続けていただければと存じます。  横須賀  敏  妻の従弟

☆ 拝復

先日は「湖の本」をお送り頂き この度は 素晴らしい選集の御本をご恵贈賜り、有り難さでいっぱいでございます。

「湖の本」では奥様のご病気の事を拝読しとても心配しておりながらも、私も体調不良の中の義父母の介護等で、お手紙も書けず、大変申し訳ございませんでした。

日本ペンクラブと伊香保町との関係で、故尾崎秀樹氏ご寄贈本を約五万冊の除籍や公開本の整理を依頼され、先日まで係わりましたが、秦先生の選集ほどの個人全集はありませんでした。美術品を手にしましたような嬉しさでございます。美学藝術学を学ばれた先生の選集であるとつよく思いました。

又、先生の高校生の時のお写真を拝見出来まして、その写真の*男子に恋したような気持ちになりました。

先生も奥様も いつもお優しいお言葉に、本当に感謝致しております。

本日、奥様からのお葉書を頂戴し、申し訳なさでいっぱいでございます。ありがとうございます。

心を明るくしてくれますような、お言葉とお葉書の繪に励まされました。(中略)

どうか、先生、奥様 呉々もお体おいとい下さいませ。ご多幸をお祈り申し上げております。 敬具

  1. 三ヶ月に一度、視角障害者の方に市の広報を音読します会に入りました。

福祉バザー出品の手づくり花ふきんを同封致しました。会員会員が一人三枚作りました。初めて作りましたので、大きいだけですが、お使い下さいませ。  渋川市  森  群馬県職員 前図書館長

2014 11・11 157

 

 

*  朝一番にドッカーンと凸版から「湖の本122」再校出そろい、「選集④」も再校出そろった。おそるべき嵩の高さも重さ。折しも安倍政権は私利私略のみの「解散」に踏み切ると。歳末の、年始のいろんな切迫を思えばもはや躊躇ならないと、今日一日で「湖の本」責了へ持って運びたく、朝から脇目もふらず責了紙を読みに読んできた。たぶん今夜中に責了用意が成り、師走の上旬に刊行、発送へ持ち込めるだろう。そして心静かに「選集④」を責了まで読み込み同調して「選集⑤ 冬祭り」の初校を戻して行く。

なんとなくわたしに今、健康感覚が無く、どうもよろしくないという弱気が生じていて、快眠もなく寝起きもわるく、痛切な胸焼けにギョッとするほど苦しいときがある。「静かな心」へ落ち着くためには、気を病んでいてはならず、集中して「仕事」へ没頭してゆこうとしている。気弱もいけない、騒がしい気持ちもいけない。閑静、閑靖。しかし、へこむことなく仕事へ向き合って行きたい。何かしらと競走している気がしないでもないが、それならそれでよい。

2014 11・15 157

 

 

* さ、「湖の本122」責了へと踏ん張ってこよう。視力がどうぞ保ってくれますように。一つ片付けると肩へ掛かる重圧がすこしは変わる。しんどいときは頑張って突貫するのが最良の道。うまくすれば、明日日曜に気晴らしが利くかも。

2014 11・15 157

 

 

* まるまる一冊を一日掛けて読み通したで、さすがに眼が腫れたように感じる。それでも二つの肩に同時に二つの重荷では潰れるとと思い、他の何を措いてもと、片方の荷を一気に片付けた。仕事の上の視野がさすがに明るんだ。気も楽になった、すこしだけ。

2014 11・16 157

 

 

* 校正は、選集④「蝶の皿」の再校と、選集④「冬祭り」の第十、十一章の初校。

湖の本122は十二月五日に出来てくる。

2014 11・18 157

 

 

* 「湖の本122」は師走早々の五日に出来てくる。素早く発送したい、用意を手早くしたい。今回、手書きの挨拶は容赦願おうとおもう。

 

* 新たな創作、少なくも四作から手が放せない。選集④の責了、選集⑤の初校了、選集⑥の入稿用意、「湖の本122」発送用意、「湖の本123」入稿用意、なんとしても「e-文庫・湖(umi )」への新稿掲載復旧 新創作のための文献や参考書の精査、また関連の私資料の整備。

少なくともこれらは、日々併行して前へ前へ進めねばならない。

こんなに多忙な時がかつて有ったろうか。わたしとしては、どれからも手を抜く気は無い。心閑かにしかし疾走し続けたい。

2014 11・21 157

 

 

☆ 今、

我が家の床に、貴方にいただいた「紅葉舞秋風」を掛けています。この時季を楽しんでいます。

久し振りの「ちりめん山椒」お送りします。ご賞味下さい。

昨日、(京都=)国立博物館へ行ってきました。

帰途、買求めたお干菓子も同封しました。

(展覧会は)24日までなので、混んでいるだろうとも思ってましたが、入場まで2時間20分……並んで順番を待ちました。

(高山寺国宝展か。)次の機会は私にはないと思い、元気出して行って来ました。高山寺の鳥獣戯画は、わたくし、好きでした。蛙とうさぎのなんともユーモラスな動きを楽しんできました。

(此の紅葉の一筆箋に書いた手紙を入れた鳥獣戯画の)ファイル 何かに使って下さい。小さなおみやげです。

どうぞ お体大切にお過し下さいます様に……大阪府  宗富

 

* 秦の叔母宗陽・玉月に最後まで久しく茶の湯・生け花を習った人で、もう九十に近いはず。この気概・気風、敬愛する。佳いご馳走、佳いお土産を貰った。以前に差し上げた軸は、圓能斎の一行もので、叔母もわたしもその筆勢の美しさをさながら散る紅葉と愛していた。床に掛けて下さっている風情が眼に見える。この人、「湖の本」の創刊以来のありがたい継続読者でもある。感謝。

2014 11・22 157

 

 

* 永井先生は亡くなるまで、終始わたしへ激励やお心づかいをして下さり、「湖の本」を始めたときも、永井先生から伺いましてと購読しはじめて下さった読者がたくさんおられた。瀧井先生も、亡くなるまで終始目をかけていろいろ推薦もして下さり、またお宅へも電話で呼んで下さった。

わたしは決して孤独に文壇生活をしていたのでなく、ずいぶん大勢の大先輩や大先生に引き立てて頂いた。大方は、やむなく次々に亡くなられたけれど、そういう先生方の想い出を書けば優に一冊二冊の本ができるだろう。

2014 11・24 157

 

 

* 湖の本122の発送用意に重点の一日を過ごした。追加分の宛名書きが残り、そして読者への挨拶宛名書きも残っている。まだ少しく用事が残っているけれど、十二月五日までには多少余裕が出来、小説の方へ重点を掛けられよう。

2014 11・26 157

 

 

☆ 秦恒平先生

外は冷たい雨が降り続いています。ご無沙汰ばかりですのに、お気にかけていただき恐縮に存じます。久々にパソコンを開きましたところ、お気持ちのこもったメールが届いていて、びっくりいたしました。心からありがたく、御礼申し上げます。

退職後の大きな変化の一つが頻繁にメールをチェックしなくなったことで、お返事が遅れ申し訳ありません。選集第三巻のお礼もきちんと差し上げないまま日々を重ねておりました。

多くの皆様同様『慈子』は千や生の世界と出会った特別のもの。それ以後ほかのご著書も入手したくて書店や神保町や古書店を巡り、また職業上の特権を利用して私家版等の国会図書館からの借り出しやコピー、そして豪華本の愛蔵……その当時はたまたま関わっていた仕事が時流に乗って多忙を極め、12時前に帰宅することがないような生活かつ各地を飛び回るような日々でもありました。

先日家の整理をしていたところ、先生の世界に関連してその頃書いた感想や批評? がまだ大量に残っていて我ながら驚きました。たとえば『清経入水』の原本との比較、量と内容そして整然とした文字……退職を機に仕事上の執筆原稿や掲載誌も処分しましたので、それらも処分いたしましたが、忙しい時期のほうが「勉強」していたなあと思った次第です。

先生が次の選集に『冬祭り』を思案されていた同じ頃、久々に先生の小説を読み返してみようかしらと思い、偶然にもまず『冬祭り』を選択。堪能して読み終え『みごもりの湖』を読み始めたところで、父が急逝いたしました。実は父がお世話になっていた療養型病院訪問の往復を利用しての電車内読書で、読み出すと止まらなくなり時折病室でも続きを読むようになった矢先のことでした。二月に母を見送り父に支えられておりましたので、喪失感は予想を超えて日々深まるばかり。『慈子』の入った選集をお送りいただいたのはその直後、穏やかで温かく確かな手触りでした。

先生のご境涯を思いますとあまりに「贅沢」なことではありますが、この年齢になってしみじみつくづく「天涯孤独」をかみしめております。両親は最晩年まで豊かな趣味を持ち続けて素質と努力で生活を楽しみ、私も忙しく働いていたため、お互い自立して暮らしていました。介護のまねごとに携わるようになったときには、あらためて自分はこの両親を見送るために生をうけたと感じ、私自身が大いに救われました。

自分のことばかりあまりに長く勝手に書き連ねましたこと、ご容赦ください。最近ようやく先生の日誌への安定した回路が見つかり、ご様子を拝読しやすくなりました。ご不調のなかでも自らを励まし前向きに取り組まれるお気持ちの強さと行動に、敬意を超えて憧憬を感じます。

「湖の本」のスタート時、反射的に浮かんだ言葉がありました。「湖のしずく」。その思いは今も変わりませんが、それはまたの機会に。

メールの文字をご覧いただくのもご苦労なことと拝察いたします。差し障り少なく年齢を重ねられますよう、ご無理なさいませんように。 2014.11.26    世田谷  滴

 

* いたましい状況のなかからの、述懐、さこそとお察しする。死なれて 死なせて 人は生きる。強く豊かに生きて下さい。

育ててくれた父も母も叔母も九十過ぎまで生きてくれた。生みの母は生涯奮闘のはてにおそらくは自死し、実の父はおそらく失意の老齢に崩れて果てた。実の兄また、雄々しい敢闘の半ばに、病んで自ら生母を追った。わたしの妻は青春のさなかに病んだ母に死なれ、父は妻のあとを追った。

『冬祭り』で、ヒロインは、自分は、死んでから生きるのと言っている。わたしは……死なれて 死なせて 生き恥を生きている。 2014 11・28 157

 

 

* 「湖の本122」発送用意の九割がたを終えた。本の到来に五日を余している。この間に、他の仕事を前へ前へ進めておける。  2014 11・29 157

 

 

* 師走上旬には「湖の本122」を発送し終え、中旬には選挙を見守りながら選集④のうちの長編「墨牡丹」と「華厳」を読み上げて全編責了し、年内には選集⑤の「冬祭り」を再校して新年には責了し、その頃には同時に選集⑥を入稿する。「湖の本123」の編成と入稿も要務。仕事に励まされて元気におもうさまの来年を生きて行かねば。

2014 11・30 157

 

 

* 「生きたかりしに」を読み進んだ。「糸瓜と木魚」も。「華厳」も。

明日には「湖の本122」が刷り上がってくるし、「選集④」の装幀用意が届いていくる。

 

* もし天気があまりにひどくなければ、発送前の半日を、街へ出て「校正」したり繪を観たりしてきたいが。有楽町の「レバンテ」でまた生牡蛎の美味いのでワインでも飲んでくるか。

2014 12・1 158

 

 

* 好天のようだったが外出せず、仕事と、休息の居眠り。「湖の本122」刷りだしが届いた。気になる私語の刻だけを読み返した。思い通り書けてはいたが、沙翁の「四大悲劇」が「四代悲劇」になっていたのは、わたしの迂闊な見落とし。

「選集④」の函装幀や別刷り前付が届いた。口絵写真、まずは遺憾なく入った。、

 

* 「選集⑦」には、岩波書店の「世界」に連載した『最上徳内=北の時代』を予定に入れ、原稿を上中下巻、揃えて機械画面へ用意した。「mixi」に再掲しながらこうせいしておいた原稿だと、そのまま形だけ調えて、第六巻に引き続いて入稿できる。

万一わたしに何かが起きても、わたしなりの「選集編成案」を書いて置いてくれればも必ず建日子が形にしてくれると妻は言う。「編集」「校正往来」「責了」という一連は練達していないとじつに容易ではないのだが、姿形は出来てあり、凸版印刷ならきっちりした仕事で援けてくれるだろう。ま、力の及ぶ限りは自身の努力で前進させ、死んでしまえば、ま、それまでだ。立ち向かうまで手のこと、それは執念とか執着とか煩悩のたぐいでなく、生きてある自分自身を楽しむだけのこと。

 

* 九時半。階下へおりて、凸版への必要な郵便物を用意し、六日から始める「湖の本122」発送の予備作業に、明日・明後日の二日をうまく使いたい。

もう機械画面の文字は霞んで読めていない。キイを敲いているだけ。、

2014 12・2 158

 

 

* とても疲れた。明日一日を休み、明後日新刊「湖の本」を受け容れる。今夜もリーゼ服して熟睡したい。「華厳」をとにかくも校正し終えたい。もう機械のキーが読めない。

2014 12・3 158

 

 

* つづく「湖の本」のために、たてつづけ妻が多くの原稿をスキャンして電送してくれた。どれを取り上げようかと贅沢に迷えるほど手元に電子データ化された原稿、校正の必要な原稿が山盛りになっている。感謝しながら、箸惑いしているほどで、みな機械によるじつに便利な恩恵である。

単行本に成っている原稿もあり、雑誌に初出のままプリントにしたもののスキャン原稿もある。

さらに機械の中に多年に何と無く書きためたままフォルダまたはファイルとして貯蔵された書き置き原稿が何百も保管されている。それらをどのように汲み上げてどのように編成するか、気が遠くなりそう。

おそらくは、わたしのように著述・著作・草稿類を網羅的に機械の中へ電子化して保有している書き手(小説家・批評家)はめったにいないだろう。生来ものを棄てない性質がもたらした功も罪も表裏のまるで「物置」のようにわたしの機械は働いてくれている。機械はいつどう故障するか知れず、従って最低二台新旧の機械で連携させ、またディスクやUSB保存もせいぜい怠らぬようにしている。

2014 12・4 158

 

 

* 「糸瓜と木魚」を読みなから「明治」という時代を遠くから眺め返している。明治初年の画家たちが思い出される。おもしろい。

しかし、もう機械の字が読めず、機械に字が書けない。十一時過ぎ。

明日には「湖の本」新刊が出来てきて、もう試薬も「選集⑤ 冬祭り」再校ゲラが届いてくる。

もう建日子が渾身の劇作・演出の舞台も開幕している。

2014 12・4 158

 

 

* 朝一番に「湖の本122」が届いた。同時に「選集⑤ 冬祭り」の再校ゲラが届いた。再校ゲラで初校赤字合わせを済ませた。「選集④」の跋文再校ゲラも届いた。よく読んだ。

2014 12・5 158

 

 

* 今夜は「湖の本」発送には手を付けず、五百数十頁分の赤字合わせしながら、昨日の「ドクターX」と、Dfileでの「クルーザー」観て過ごした。

 

* 今夜は早く休み、心気一新あすからの湖の本発送の姿勢をかためたい。

2014 12・5 158

 

 

* 黒いマゴの輸液を済ませると、すぐ「湖の本122」発送の作業にかかり、午後と夜十時とに送り出した。明日も。

2014 12・6 158

 

 

* 本を一日扱って荷にし送り出すのは、まことに「重い」労働である。それだけの重量仕事ができるということに張り合いも元気も涌いてくる。

2014 12・6 158

 

 

* 夕食まで、発送の作業。残余を、あえてして明日に持ち越す。「浦霞」ひとえに美味。烏賊素麺を肴に。

 

* 晩も、残る作業をつづけながら、観るともなく松本清張原作のドラマ「霧の旗」を見聞きしていたが、出だしは良かったが進むにしたがいウソくささばかり目立って光る感銘を喪いきって行った。堀北真希( といったか) の柄に合わなかった。昨日も同じ清張原作のドラマをやっていて、ガラのわるさに辟易して半分も見なかったが、凄みは昨日の方が優っていた。清張文学の存在感をわたしは買っている、が、わたしの所謂「作品」は感じにくく、文豪とはやはり言えない。

清張とは比較にならない人だが、正岡子規の生涯などは文豪とたたえるに相応しい品質に富んでいる。品質という批評のポイントをもっともっと大事に確保したいものだ。

 

* 力仕事で根気仕事、それが「湖の本」発送作業。疲れもきつい。明日も、つづける。明日中には、一応了というところまで行く。 2014 12・7 158

 

 

* 今日も午後の遅くまで発送の作業、予定していた全部を送り出した。体調を崩しかねないほど疲れ切った。

二階の機械の前へきても、居眠りし、はっと目覚め、しかし次に気付いたときはまた居眠りしていた。それが三度も続いて、仕方なく機械の前を退散した。

夕食も食欲無く、ほとんど食べられなかった。床について寝ようとしたが今度は眠れず、仰臥の姿勢で「墨牡丹」を何十頁か再校した。「糸瓜と木魚」も読み進めた。

2014 12・8 158

 

 

☆ お疲れ様でした。

よく頑張られたのですね。

一仕事終えて心地良い眠りを得、疲れも少し癒えていらっしゃればと願います。( 暖かいお部屋でも、うたた寝してお風邪を召しませんようお気をつけ下さい。)

はや今年も、年の瀬です。一つ一つ、済ますべきを済ませ、越えるべきを越えていきたいと思っています。

元気でさえあればと思います。では。  朝

 

* おお昔、「湖の本」小説の二十巻まで購読して下さった方からお手紙を戴いてビックリした。「秘色」の在庫があるかと。嬉しく。

2014 12・8 158

 

 

* 近世文学泰斗高田衛先生、翻訳家の持田鋼一郎氏から「湖の本」へ便りを戴いた。政情への慨嘆の声しきり。慨嘆だけでなくと心より願う。

むかし、楠木正成が 指一本で根気よくついに大釣鐘を揺すったという逸話に共感したのを、わたしは忘れない。まして一本ではない無数の指一本ずつが慨嘆負けしないで揺すり続ければ、悪政権も必ず崩れる。根気とは、持続のこと。持続する意志のこと。

2014 12・10 158

 

 

☆ 秦 恒平 様

「湖(うみ)の本 122 9年前の安倍政権と私 流雲吐月(三)」を拝受しました。

このところ足元不如意のため引き籠もり状態です。が、投票には頑張って行こうと思います。  靖  妻の従兄

 

☆ 湖の本122 ありがとうございます。

「ノー」と期日前の選挙を済まして帰宅しましたら、湖の本が届いていました。

9年前から、主張され続けておられる平和の大切さを、今、また声を大きくして皆で突きつけられる選挙でありたいものです。

どのページからも秦様の真摯な声が響いてきます。

大勢の若い人たちが、「命を大切に」と歌っていながら、平然と選挙には行かないなどと。

この政治に対する無関心さ。悲しく思え憤りすら感じます。

戦争へと向かっていく政治を何とか阻止したいものです。

日ごろの秦様のHPを読ませていただき、ご健康の優れない中、真摯に創作に励まれているご様子、また迪子様の真摯なお手伝いに感服しています。

12月はお誕生月。たくさんの良いことがありますように。お二人の平安を祈っています。    晴  妻の親友

 

* 同感。大学と大学(卆)生が、情けないことに、まるで、國と国土と国民(子や孫世代)の近未来・未来の安寧また生き甲斐のために、機能していない。

 

* 上記の歎きとすぐに結びつく事ではないが、久しく敬遠していた、二十世紀の壁をこじ開けたジョイスの文学、長編「若い藝術家の肖像」や端ー゜ン集「ダブリン市民」に取り付いている。なぜと説明しにくいけれどロッパにおける「アイルランド」への関心がわたしを動かそうとしているのだ。

同時に、二十一世紀文学のためにどういう人や作が動いているのか、恥ずかしいがわたしは、ほとんど何も知らない。フワフワのポンのような村上春樹型の文章にそんな起爆力が有るとは思いにくい。翻訳すれば分からないかも知れないが、日本語としては悪文でしかない痙攣して引き攣ったような文章を持てはやす気もしない。

2014 12・10 158

 

 

*  今日中にもと、頑張って追加の発送を終えた。明日、もう少し、可能な限りを頑張ってみる。

 

* 岩手大、大正大、親鸞仏教センター、お茶の水女子大、川村学園女子大、国学院大、三田文学、水田記念図書館からの受贈の来信、歴史学の小和田哲男教授の受贈来信があった。

京都の澤田文子さんからも受贈来信があった。

2014 12・11 158

 

 

* 東大大学院文学部、国立国語研、早大図書館、広島経大、東海学園大、常磐大、天理大、花園大、岐阜聖徳学園大など、「湖の本122」受領の来信。

 

* 今回の「湖の本122」への反響はことに力強い。坂本忠雄さん、天野敬子さん、並木浩一さん、瀬戸内寂聴さん、松野陽一さん、山下宏明さん、信太周さんら、各界知名の人達また読者から、まことに励まされる強い来信が飛びこんできている。体調がととのわず一々此処へ書き出す生気に欠けるのが残念である。

 

* 松野陽一さんからは選集③のことに昔から愛読頂いた「畜生塚」を中心にした有り難い共感のお便りをいただいた。

2014 12・12 158

 

 

* この師走はめったになく歌舞伎を観なかった。明けて正月も、どうやら席が難しいらしい、わたしの今の視力では好席とされる「とちり」席ですら視線が届かないので、予約した十五日をキャンセルし、成り行きに任せることにした。

じつは、いまも機械の画面はあまりに薄霞んで、とても疲れる。疲れはするが、ずうっと「あやつり春風馬堤曲」のおもしろさに惹かれて読み続けていた。此の作は雑誌にも載せず、書き下ろしの単行本にもせぬまま、創刊十年を記念の「湖の本」35巻にして読者へ贈った。その意味からもこれは読んだ方の人数はすくない。やがたの選集⑥で「糸瓜と木魚」「秋萩帖」と並んで、明治期、えどの天明期そして平安初期を書いた藝術家小説の競演になるのは、とても嬉しい。

2014 12・12 158

 

 

☆ 湖の本122

『九年前の安倍政権と私』を拝受いたしました。時宜を得たご上梓と嬉しくなりました。「「自由」の高みにおいて(芹沢光治良と)遜色ない自由」を行使なさっての言論活動に、いつも敬意をいだいています。それにしても安倍政権 なんとかならないものか。寒気を感じ、国民性に絶望感がつのります。お元気で 発信しつづけて下さい。  K社出版部長

 

☆ 拝啓

押し詰まって参ります。ますます強い御主張に感服いたします。 戦争そのもののイメージが激変していることを忘れがちであることを喚起されるのには、瞠目して拝読いたします。「湖の本」一二二巻を有り難く御礼申し上げます。

寒気が厳しくなって参ります。御自愛の上、新年をお迎えください。 敬具   弘  名大名誉教授

 

☆ 「湖の本」122

『九年前の安倍政権と私』を拝受 この二日間、実にたんねんに、心底から共感をもって読了いたしました。御恵贈に深く感謝します。これは言っておかなければ、という気魄のこもった言葉の連鎖です。九年前の安倍政権の本質を見抜く眼力には脱帽です。現政権は益々露骨です。マモン(金銭の神)に仕えるこの國の人々は、この人物と一党をさらに舞い上がらせたいと……。そして「積極的平和主義」なる「憲法蹂躙」を目論もうと……。生きて反対を続けねば成りません。御平安を。  浩  国際基督教大名誉教授

 

☆ 前略

先日は御鄭重にも「湖の本」122を御恵送下さいまして洵に有り難うございました。いつものように「私語の刻」から拝読致しましたが。この闊達な自由連想を大いに楽しませていただきました。殊に私には非常に不案内な歌舞伎を十分楽しまれている御様子には羨望さえ覚えました。それぞれの役者への忌憚のない御感想が躍動していて、「しっかり休んで欲しい」と思われる慮りまで完璧に描かれていました。感銘致しました。同年齢の私には「この集中力・編集力」には感嘆の他ありません。どうぞ呉々も恩体調には留意され、さらなる御健筆、御発展をお祈りして止みません。

右、意を尽しませんが、御礼まで申し述べました。草々不一  S社文藝誌編集長

 

☆ お元気ですか。

みづうみ、お元気ですか。今日、湖の本届きました。ありがとうございます。

どんどん寒くなってきています。発送作業のお疲れでしょうか、ご体調すぐれないご様子をとても心配しています。

選集刊行をお始めになってからのみづうみの烈しいお仕事ぶりを拝見していますと、もうとっくにお覚悟して動いていらっしゃるのだとわかります。瀬戸内寂聴さんがホリエモンとの対談で、日本はこのままいくと必ず戦争になるから自分は一日も早く死にたいと思っている、そう仰っていらしたお気持ちと通じるものを感じています。

目前に迫る選挙で、瀬戸内寂聴さんが憂慮しているこの流れを、みづうみの仰る国民「最大不幸」を阻止する力強い動きはなく、益々この状況の加速していくことを絶望の思いとともに眺めています。歴史に対する責任として必ず投票にはまいりますが、一庶民のなんと無力なことでしょう。

今回の湖の本『九年前の安倍政権と私』は、昭和十年代「何から何までほとほとイヤな時代」が再現しつつある現在への、一文学者の命がけの闘いの記録として、心して読ませていただきたいと思います。

ガンジーの言葉のように「世界を変えるためではなく」「世界によって変えられないようにするため」に、みづうみはこの重い一冊を世に問うたのでございましょう。

みづうみのことをほんの少しはわかっているつもりですが、どうか充分ご休養くださいませ。これ以上ご無理なさらず、ご自愛くださいますようお願い申し上げます。一日でも永くわたくしと、多くのお身内と、ご一緒にいらしてくださることをお祈りしているのです。

『あやつり春風馬堤曲』はわたくしの偏愛しているみづうみ作品です。厚かましくも自分がヒロインの立場にいるような錯覚にとらわれるのがふしぎです。続編の『先生の遺書』をみづうみが書くおつもりのないのが残念でなりません。

選集での再会はゆっくり待っています。   葛  うすめても花の匂ひの葛湯かな  渡辺水巴

 

* 思いを分かち持てる嬉しさをいつも感じさせてもらう。

 

☆ 冬ざれの狭庭では

仙寥の纔かな点灯が眼に染みます。

心房細動の進行でまた病院を離れられず、やっと先週末帰宅し、二階の寝室の窓から庭を見遣っています。

格別の御厚情で『秦恒平選集第三巻』を拝受して居りましたのに 直ぐに禮状も出さず失禮をしてしまいました こころからの御侘びを申しあげます。

畜生塚 久しぶりになつかしく読みました。

昭和の終りまでいた仙台から東京に戻って自宅を改築した時、四十年代の「秦作品」は別室の棚に別置していたのですが、本の整理に来てくれている東北大でのゼミ出身の者が順次借り出していった中、畜生塚だけはその後も返してくれずそのままになっていたのです、信頼できる私の「身内」ですので、町子の真情に寄せる共有する思いを慮り、私が読めない状態をこらえていた次第です、

久しぶりにこの世界に戻って、感じとり方に変りがなく蘇ってきたことを嬉しく思いました。これでも多少は深読みをするようにはなっていますので、大抵の作品は異質の評価をしてしまうのですが、原郷に戻る思いが嬉しく感じるのでしょう。

これから「慈子」 順に従って読んで行きます。

御好意に感謝します。   松   東北大名誉教授

 

* なんという作者冥利か。

 

☆ 冬ざれの狭庭では

仙寥の纔かな点灯が眼に染みます。

心房細動の進行でまた病院を離れられず、やっと先週末帰宅し、二階の寝室の窓から庭を見遣っています。

格別の御厚情で『秦恒平選集第三巻』を拝受して居りましたのに 直ぐに禮状も出さず失禮をしてしまいました こころからの御侘びを申しあげます。

畜生塚 久しぶりになつかしく読みました。

昭和の終りまでいた仙台から東京に戻って自宅を改築した時、四十年代の「秦作品」は別室の棚に別置していたのですが、本の整理に来てくれている東北大でのゼミ出身の者が順次借り出していった中、畜生塚だけはその後も返してくれずそのままになっていたのです、信頼できる私の「身内」ですので、町子の真情に寄せる共有する思いを慮り、私が読めない状態をこらえていた次第です、

久しぶりにこの世界に戻って、感じとり方に変りがなく蘇ってきたことを嬉しく思いました。これでも多少は深読みをするようにはなっていますので、大抵の作品は異質の評価をしてしまうのですが、原郷に戻る思いが嬉しく感じるのでしょう。

これから「慈子」 順に従って読んで行きます。

御好意に感謝します。   松   東北大名誉教授

 

* なんという作者冥利か。

 

☆ 拝復

師走もはや中旬に入りました。過日は「湖の本」122 を賜わりありがとうございました。精力的にお仕事を進められている由 大慶に存じます。 別便にて、当館の来年のカレンダーをお送りいたしました。

よき年を、お迎え下さい。  国文学研究資料館館長

 

☆ 御本 謹んで拝受

前略 叔父上様叔母上様

実は大変に困り果てております。

選集の第3 巻を拝受しながら、これだけはもう一度読み直してから、感想とともにお礼のメールを書こうと、腰を落ち着けて読み進めていた「秘色」でした。

いったい自分は40年前、なにを読みなにを考えていたのか・・・

久しぶりに手に取った叔父上の御本、ルビがなければ読み進むこともできぬこと、いえたとえ、ルビがふられていたとしても、日本史に疎い自分には到底理解できぬようなことごと・・・

にもかかわらず、過去と現在、夢と現がめまぐるしくも、ほっと腑に落ちるかたちで、言の葉のなまめかしくもそうであるべきかたちに紡がれていること、それだけは確かに感じていたはず。

それはちょうど、長い絵巻物に描かれた、この世とあの世とを繋ぐ物語のようでもあり、未だ聞いたことのない香木の薫りのようでもあって、知らぬうちに平城や平安の時代に彷徨いこんでしまって「えぇいままよ!」と徘徊する気分・・・多分、それもとても気に入っていたのだと思うのです。

生意気に、ハタコウヘイ論でも、ものす気でいたのかと、苦笑いしきり。

これじゃぁいかん! もう少し叔父上の気持ちに近づけぬものかと、何度か書き始めたメールを出しもせず悶々としておりました。

そこへ家内の一言。

「東博で国宝展やっているから観にいかない?」

今にも泣き出しそうな空でした。上野公園は往時の居心地の良い場所ではなくなって、あの噴水も埋め立てられ、なにやら小洒落たレストハウスのようなものまで林立する、すっかりつまらない都会の公園になっておりました。40年前とは空気が変わってしまった公園を抜けて、車道を渡ればすぐに博物館。平日なのにけっこうな人の数。

会場でいきなり目に飛び込んできたのは、あの玉虫厨子。中学校の修学旅行で、たしか遠目に眺めて以来ですから、かれこれ半世紀。

叔父上もお出かけになっておられましたね、あの国宝展。

一箇所にあんなに集めて良いものなのでしょうか? 日本史の教科書の写真でしか見たことのない国宝が、所狭しと並べられては、圧倒されるのを通り越して、なにやら息が詰まる思いがいたしましたよ。

「あぁ、これよ、ほら」と家内。

叔母上の財布の奥に潜んでいるという、無紋銀銭12枚だか11枚だかがはいっていた黄金の小さな箱。絶対にありそうにない、でもそうあっても少しも不思議ではない、そう思わせる、それこそが ハタコウヘイという作家が紡ぎだす言葉の世界なんだなぁ・・・

18年前に亡くなった母が 「読んでごらん」と手渡してくれたのが「慈子」だったか、それ以来の読者で、そう、たとえばその母が亡くなったとき、「死なれる」という抗えない完全な受身の想いのこと、叔父上の御本のどこにあっただろか、と考えたのだっけ。

 

これらの思いが行きつ戻りつするまま、とうとう「湖の本」が届いてしまいました。

かさねがさねありがとうございます。御本、しっかりと頂戴いたしました。

お礼にさて何を贈ろう、京の方に和菓子もあるまいし、コーヒーではお酒ほどには喜んではいただけまいし、私はまったくの下戸だしなぁ・・・家内と話すのはそんなことばかり。それも困ったことのひとつ。わたしも業界では一応そこそこの物書きなのだけど、文学とは程遠いこと、拙著贈るなんて、これまた噴飯もの。はてさて、ほんとうに困った困った。

思わず愚痴のようなことを書き連ねてしまいました。

叔父上様、叔母上様

またしても寒波襲来とか、どうぞくれぐれもご自愛くださいますように。   靜・美  鎌倉

 

 

 

* 世のつねの叔父叔母でも甥姪でもない、ただ一度も会っていないが、「身内」の思いのみが成しうる真情。幸せを覚える。

 

* 文は人 と謂われてきた。そのとおり。

 

☆ つい昨日

はいじゅした「湖の本」 ぶったまげました。まだ十数十ぺいじを拝読したばかりですけれど、共感 敬服 止むことがありません。

先日は選集第三巻を拝受。後日ごあいさつさせていただきます。恐縮至極。  翁  径書房主人

2014 12・13 158

 

 

☆ 前略

どうして多くの人は、都合の良い見当違いの言葉に騙されていると感じないのでしょうか。間違った騙しの説明を繰り返すだけを「丁寧な説明」と受け取ってしまうのがあんまりに思われます。自分の都合だけで選挙(解散)をし、マスコミに圧力を掛けていくやり方に、何故反発しないのでしょう。

ご自愛下さいませ。  鳥  静岡

 

* 自分の意見・言葉と姿勢とで身の回りの人達とつよく向き合うことが何よりと思います。

 

☆ 日本の政治は

どこに向っていくのでしょうか。湖の本122 有難うございました。

ますますのご活躍 お祈りいたします。  慈   川崎

 

☆ 「湖の本」のためにも

「選集」のためにも 御身 御自愛下さい。

政治は「冬の時代」です。  永   藤沢市

 

☆ いよいよ明後日は

日本の運命、歴史的にも大切な日になります。

「湖の本122」流雲吐月(三)拝受致しました。時流を危惧されて来た先生のこの間の、特に政治に対する文学者としての姿勢がはっきりしっかりとうかがえ、心強い限りです。最悪体調の中、ご奮闘に感服致しております。

いつもありがとうございます。ご自愛下さいますように。   利  作家 府中市

 

☆ 「あやつり春風馬堤曲」は

とても興味がそそられる作、引かれている文献も全て読み、絵も見た上で論じたいと初読で感じた作です。

秦版「こころ」とも言えるような結構の三部作をあれこれ思い描いています。

湖の本は、昨日届きました。早速「私語の刻」を読みました。

お体を、くれぐれも大切になさって下さい。 淺

 

* 歌人ご高齢の清水房雄さん、読者の榊弘子さん、山岸洋子さんのお手紙も。また神奈川近代文学館 立命館大図書館 奈良女子大日本近代文学館 いわき明星大からの受領アイサツも。

2014 12・13 158

 

 

* 上越光明寺さんから、作家近藤富枝さんから、読者山岸洋子さんから、異母妹芳賀昭子から、それぞれに選集や湖の本への返礼が届いた。恐縮です。

 

* わたしには、わたしでなくては出来ない恥ずかしくない仕事が、まだ山のようにある。仕事を続ける。

2014 12・14 158

 

 

☆ 転地の気が塞がる

「閉塞成冬」となりました。いつも「湖の本」をご恵投頂き、有難うございます。心して読ませていただいております。

今巻の「私語の刻」にあります「安倍違憲内閣」の暴走・狂奔はまったくご指弾に同感です。なんとか阻止しなくてはいけません。次の世代へ贈る「老人の責務」です。

どうぞ病を超克され、新しい年をお迎え下さい。ご多幸をお祈りしております。   敦  エッセイスト

 

☆ まさにタイムリーな刊行と

共鳴しますが、成り行き、つい幻滅の気にもなります。三年前の東日本大震災の悲劇はどこへ行ったのか。

講談社版『日本現代文学全集』の年譜を熟読された由も感服しました。歌舞伎観劇の脇役への目配りも素晴らしく、三時間坐りでも大変かとおもいますが、昼夜通しても御覧の由。御自愛を切に祈り上げます。  義  K社出版部長

2014 12・15 158

 

 

* 俳人清沢冽太さん、版画家金守世士夫さん、青山学院大教授新保邦寛さん、画家江藤利雄さん、歌人堀江玲子さん、詩人あきとしじゅんさん、秋田大教授志立正知さん、恩師夫人金田典子さん、医学書院同僚加藤雅美さん、中学同窓安藤節子さん、また、大阪藝大、中京大、南山大などからこまごまとお便りを戴いている。

 

☆ 湖様

師走になったとたんに寒い冬も駆け足でやってきました。お元気でいらっしゃいますか。

遅くなりましたが郵便局に寄ることが叶ったので、今回の「湖の本」そして心待ちの選集にも送金させて頂きます。よろしくお願い致します。  珠

 

☆ 各務原の

いちょう通りのいちょうの木も葉がすっかり落ちて、凩の冬景色になってきました。

今年は何冊も本を出されてすばらしい一年でしたね。来年も期待しています。

よいお年をお迎へ下さいませ。  岐阜県  真知

 

☆ 「湖の本」が

少しでも長く続きますように。

良い年をお迎え下さい。  山武市  春美

 

☆ かすみ目、指先不如意て

傘寿を過ぎ やれるだけやる心境です。

秦様のたゆまぬ御活動に敬服いたします。  神戸  蕃  歌人・彫刻家

 

☆ 歳も

押し詰まってきました。

ひどい國になっていきます。

くれぐれもおからだ大切に。   大宮  敏  H社役員

 

☆ 本格的に

寒くなってまいりました。

どうぞ お身体御大切になさって下さい。

良いお年をお迎え下さい。  葛飾  典

 

☆ 浮き沈みあっても

市民は辛抱強く 意思表示。  多摩  丈

 

* 京山科の親戚鵜飼和子さん、詩人あきとしじゅんさんから、叶匠壽庵などと京和菓子を戴いた。

2014 12・15 158

 

 

☆ 師走半ば

例年になく早い寒波襲来や総選挙。慌ただしいのは気持ちばかりで、それも何かしら実感は伴わず、ややフワフワした感じで師走半ばになりました。

鴉の胸に去来するさまざまなこと、HPの記述から感じ察します。「湖の本122号」は時宜を得たものでした。

「九年前」とあり、(=八年前だが、すぐ年が新たまるので。「はちねん」より「くねんまえ」の方が音勢がいいので。秦)そしてわたし自身が書いた2006,2007年のメールも改めて読みました。こんなことも書いていたのだなと思い、同時にその状況と思いは今現在も基本的に変わっていないと痛感しました。

選挙の結果は繰り返すまでもありません、但ししっかり見据えていく眼だけは失うわけにはいきません。

お身体の不調に関してしばしば書かれていますが、「読書」の記載があまりなかった期間があり、最近少し本の名前があげられてあって、やや、ホッとします。ご自身の選集の校正に骨身削られて精一杯の、その合間の少しであれ余裕だろうかと勝手に解釈しています。

アベノミクスなどではない、創作世界こそ大事、それこそ鴉の世界です。

わたしの日常は変わりなく、幾らか沈潜したものです。絵はゆっくりゆっくり、それでも描けばそれだけ進みます。描くことと書くことは自分の中で混戦しています、少なくとも時間的に。エネルギーも・・。

姑は車椅子に頼らざるを得なくなりました。今月に入って一週間余り滞在、暮れから正月にかけて滞在予定。

明後日、関西に用事で出かけます。友人と、恐らく最期になるかもしれない友人にも会います。

どうぞくれぐれも風邪など引かぬよう、大切に大切に   尾張の鳶

 

* お姑さんと夫君と。繪に描いたような老老介護に加え、海外のマゴちゃんの世話にも行く。大忙しの鳶さんは、それでも詩を書き繪を描き、わたしにメールまで呉れる。元気に怪我も事故もなく過ごして欲しい。

2014 12・16 158

 

 

☆ 「美しい日本を取り戻そう」と

いうような見せかけの言葉の裏で、日本の真の姿や文化が如説に崩れつつあることを感じております。御本にて更に深く学ばせて頂きます。  豊島区  出版社主

 

* 寺田英視さん、堀江玲子さん、明治学院大、現代短歌社などから、昨日。

 

* 今日も出掛けている内に、大勢のかたの深切なご挨拶を頂戴していた。作新学院大、多摩美大、皇學館大など大学毬にも私信をたくさん頂いているが、明日、ゆっくり拝見します。

上村淳之さんと書家が競艶の美しいカレンダーも。趣向のカレンダーも他に幾つも。

近江の川島民親さんからは、いろいろのお酒を。家でも、肝臓を気にされていた、が、幸い、今日の両内科の検査や診察でも肝臓も前立腺も問題ないと。図に乗らない程度に「生涯在酒」を奉じたいもの。少しずつ、少しずつ。

2014 12・17 158

 

 

☆ 年末の

せわしない時期に行われた迷惑な総選挙が終わりました。安倍首相の謀略が成功したということでしょう。彼(安倍総理)は自らフエイスブックで菅直人とか枝野議員に誹謗中傷を浴びせ、選挙中も相手の落選を謀って有力議員を選挙区に送り込んだりしています。まさに「日本版のヒトラー」です。  総合誌編集者

2014 12・17 158

 

 

* 径書房主の原田奈翁雄さん、妻の従弟田所嗣朗さんから受領のむご挨拶、、昭和女子大などからも。また「湖の本122」払い込みのお便りも数多く。

2014 12・18 158

 

 

☆ 今年も押し詰まってきました。

去年と同じですがく甲州の枯露柿を送ってもらいましたので、又、召し上がって下さい。甲州の盆地も今年は一段と寒いと思います。

「湖の本」を有難うございます。いつも変わらぬ旺盛なお仕事、どうぞご健康に障らぬよう祈っております。

当方は緑内障と ちょっと手強い脊柱管狭窄症と格闘しています。 字もゆがみ、本を読めないには弱りますが、でも大丈夫です。

どうぞよいお歳をお迎え下さい。

奥様にもよろしくお伝え下さい。

詩は ただただ読んでいただければ それで十分に幸せだと思っていますので、どうぞご放念下さい。

余裕があったら 小さな私家版とか 自製の本にしておこうかな等、 考えてはいます。

藤村の研究会で発表した テーヌやペイターと藤村、 何とかまとめる時間だけはほしいです。  横浜  襄  詩人

 

☆ 拝啓

このたびの 政権へのご批判 重々しく受けとめています。

また「私語の刻」にございます 歌舞伎からシエイクスピアなどにいたるお話にはたくさんのご示唆をいただき想像をかきたてられております。

先月末まで開催しておりました 谷崎潤一郎展図録を同封いたします。ご高覧いただけましたら幸いに存じます。

南アルブスや八ヶ岳の山々が雪を冠し清々しい姿を見せております。

時節柄ご自愛くださいますようお祈り申し上げます。  山梨県立文学館

 

* 桐生り阿部君江さん、岡山市の竹内俊祐さん、京都の田野村咏さん、青龍社の野口昌則さん、また東海大日本文学科等々からもこまごまとお便りがあった。もう視力が切れているのでお礼のみ申し上げる。

2014 12・23 158

 

 

* 嵯峨の田村由美子さんから牛肉のしぐれ煮いただく。平安神宮道の星野画廊に例年わたしの好きな白河煎餅をいただく。

 

* 島尾伸三さんから娘のまほさんの新刊エッセイ集をいただき、作家の稲垣信子さんから著書いただく。湖の本122へも手紙、「美女の表紙とはうってかわり、言いたくてもなかなか言えない私たちの気持ちをズバリと仰言って下さって ありがとうではすまない心地ちです」と。

そんなに難しいことをわたしは政権に向けて言ってはいない、その気なら何方でも言えるし、ほんとうに言いたいなら言わねばならないだろう。

ドラマの外科医大門未知子の決定的な科白は「いたしません」の一語だった。「いたしません」とよう言わぬまま迎合する気でなくても迎合し阿諛追従してあしき現実を受け容れてしまっている人が多すぎる。なんでも「いたします」という人間を権力は便利に飼育し追い使おうとしている。「いたしません」と言い切れる視野と視線とを確保していたい。わたしはそう思っている。

2014 12・24 158

 

 

* 心ゆるめて、階段を上がったり降りたり、上で下で好きな仕事をしたり居眠りしたり酒を飲んだりして過ごしている。機械ではもう何時間もピアノ曲や管弦楽や,かと思うと好き勝手に演歌や唱歌や同様が聞こえる。仕事の邪魔はすこしもしない。

それにしてもよほど衰えてきたものだ、漢字が正確に思い出せなかったり、書き間違いもいっぱいする。

困ったことに、先日送り出した「湖の本122」をお届けしますという挨拶のつもりが「122册」分、折り返しご送金下さい等と書いてしまっていたりしている。恐縮だけで相済まない。やれやれ。

2014 12・25 158

 

 

☆ 秦 恒平先生

いつも「湖の本」を楽しみにしております。

また、先日は選集3をお送りいただきまして、ありがとうございました。

両親が少し弱ってきており北陸の実家にちょくちょく参っております。

ご本をお送りいただきながら、何のお礼も申し上げないままで、まことに失礼いたしました。

選集3は、「畜生塚」「慈子」など、秦先生の作品に惹かれるきっかけの小説がたくさん収められており、懐かしく拝読いたしました。

「京都を栄養分」にして、とありましたが、栄養が十分回った小説も随筆も楽しみながら勉強させていただいております。

お体をおたいせつになさって、素晴らしい作品をこれからもお届けくださいますようお祈りしております。

今年も残りわずかとなりました。

来年こそはいきあたりばったりではない生活をして、自分を磨きたいものと思っております。

来年もよろしくお願いいたします。    一関市  万

2014 12・27 158

 

 

* 湖の本123の為の編輯作業にも気を入れて、ここしばらく重みのあるエッセイ集を数冊も用意したくなっている。

2014 12・27 158

 

 

* 今朝いちばんに、選集⑤『冬祭り』を「黄金の秋(ザラターヤ・オホセニ」)」の章まで読み終えた。一月の内に責了にする。

選集⑥も、収録予定の全作を読み終えており、挿図等の用意をして、これも一月の内に入稿する。

「湖の本123」入稿へもしっかり仕事が捗っていて、一月前半に入稿できるだろう。

正月は、食べて飲んで体をこわしたり体重を増やしたりせぬよう、謹みながら、二三創作の進行や脱稿を心がける。

 

* 夜十一時。今晩も、湖の本123 入稿原稿を編輯・編成していた。ほかにも、いろんなことを。

例年 壽 の題字を「たま」で囲った横ものの軸をかけてきたが、この新春のために幕末の岸連山描く「富士と三保松原」横ものの大軸を居間正面に掛け、脇へ、構わず、昨日まで正面にかけていた、ビュフェの「薔薇」リトグラフを移した。なかなか、似合っている。

玄関の、秋石手だれの「蓬莱山」長軸にも、あえて美しい瓶花を描いた額をはんなり並べてみた。これも気持ちよく似合っている。   家中に、真新しいカレンダーが幾つも。新しい凸版印刷の大カレンダーは安田靫彦集。この機械のすぐ上には「万葉に遊ぶ」上村敦之と十二人の書家の競艶。北川美術館の「壺」特輯も井上隆雄さんの藝術的な風景写真集も、市川染五郎君の気の入った舞台写真集も。

2014 12・31 158

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