* 終夜、尿意と便意とになやまされ、床を立つこと四度。便座の傍へ、もちこんで備前焼の勉強をしている。茶の湯を叔母の稽古場で習いかけた少学校頃から、一井戸、二楽はもとよりとして、三の唐津にならび備前焼に心惹かれていた。
あれは、医学書員での岡山大へ出張の折りか、それとも出雲への旅の往きか帰りか乗り換え「駅売り場」ではじめて備前の堅い徳利を買った。のちに人から火襷きの大きな徳利と盃とを貰って、人にあげた。また備前の佳い花器や碗を戴いたこともあり、叔母のもちものにも佳い茶器が三、四も在って、やはり焼き物としては楽とともに一等備前に馴染んでいるのかも。友にの縁は永久荼毘のから戸朝
唐津となるとちょっと地理的に遠いが、幸い九州中の焼き物を探訪して本にする平凡社企画で編集の出田興生さんと二人旅の折り、繪唐津の可憐な壺なりの花生けなど買って帰った。あの旅では、「おんた」でも薩摩でも、諸方の窯で、大皿や酒器や、日用陶器など佳い買い物がたくさん楽しめた。本は沢山は売れないが、体と筆とは猛烈なほどに売れて稼いでいた。
2022 2/7
* 目近にならべた杉本吉二郎描く祇園町「ろーじの風」のすがすがしさ、木田泰彦が創るはんがの「コンコンチキチン 祇園祭」の版画のなつかさ。広い世の中には,美しい心地よいものがたくさんある、それを自身で見つけること。あくどい人たちらの口車に乗ってはいけない。
2022 7/15
* 谷崎先生の松子奥さんとの愉快な夢をかなり長時間多彩にみていたが、キリの消えるように今しも失せて行く。それにしても夢の松子夫人、多彩に愉快にお茶目であった。それはあの、衆目、しとやかに優しい、雅の極みのようであられた人の「また一面」であろう、谷崎先生はその両面ゆえにあれほどあの三人目の奥さんを愛されたのであろうと、いまにしても、夢でまでも、私は理解し親愛して懐かしく想う。多くの忘れ得ぬ長上との出会いがあった。学校でも大学でも職場や勤務先ででも、そして作家としてはや半世紀を超えた経歴ででも。谷崎松子夫人との出逢いは、作家として世に出てまこと間もなく作品『蝶の皿』を介して成っていた。以降、亡くなれるまでの親交を、長勺の巻紙に流麗の艶で書いて戴いている數多の御状をはじめ、色々の(お手作りの見事にふかふかと美しい座布団など)頂き物が懐かしく明かしてくれている。それらを「どうしたものか」と、老い先無い今しも私は案じている。特に巻紙の書状はさながらの美術なのであるが。
2022 9/7
* やや高めに画面の大きめの機械、一段下に、機械と繋げてない横長のキイボード。これの向こうにやや上段に凭れて二枚の絵はがきが立っている、左に、2020日展に杉本吉二郎が出した彩色「ろーじの風」が京の川ひがし、祇園町も北側街に覗き見かける「ろーじ」の風情で風の動くさまもさながら克明の筆遣い。半開きの扉そとに藍染めに白い〇が風にそよぐ暖簾の様も、部分的に赤のきいたちいさな子供乗り自転車も、さりけなく奥のみぎへ逸れて行く「ろーじ」の息づかいも、左右の塀も奥の屋根瓦も敷石の路も、すこしもうるさくなく克明に描かれてあって、つい今し方自分も通ってきた抜けロージのように実感される。
もう一枚はわが友の洋画家池田良則クンの手になって独特濃淡の墨が美しい、これもやや奥深い「ろーじ」の覗けるいりくち、の繪、京都では珍しくない造り独特の入り口が描いてある。わたくしなどひとしお見慣れ遊び慣れていた瓦屋根天井の「ろーじ」入り口が懐かしくも描いてある。
こういう「ろーじ」入り口は、雨降りの日も子どもらのかたまって、めんこでも、おはじきでも出来て遊べる安全に嬉しい世界であった。屋根天井のその上は左右へ渡った民家の二階になっている。屋
入り口屋根の下、「ろーじ」の軒には奥何軒かの住人の表札が並び架けてあって、ズーンと「のぞきこめる」ろじ奥は青天井、左右に奥にまた奥にまで小家が建ち並んで、もし「抜けろーじ」でもあるならもっと家は多く存外に陰気ではない。
* こんな京の「ろーじ」二枚の絵葉書の間は、むかしもむかし、まだ建日子記せいぜい中学生、姉の朝日子は院へも進んでいた頃か、そしてわれわれ両親も横並びに、にこやかに、なんとバー「ベレ」のカウターで、ままに写真に撮られているのが立ててある。わが家の親子四人の一等和やかに幸せであった頃の写真一枚。私はいつもいつも京の「ろーじの風」をなつかしみながら、家族の幸せを想い想い、手したのキイを叩いては文章を書き私語の刻を重ねている。誰にも干渉されない、私の「場所」である。
2022 9/14
〇 秦恒平さま
ご無沙汰しております。シアターナインスの今野です。
暮れのお忙しい時期かと思いますが、お変わりございませんでしょうか。
先だって白鸚へ頂戴致しましたお軸を
1月公演の歌舞伎座楽屋に掛けましたので
是非先生にご覧戴きたくお写真を添付致します。
白鸚はしばらく舞台を休演しておりましたが
一昨日の12月公演千穐楽に、口上を無事勤めることができました。
休養も充分に取りましたので、来月は充実の舞台をお目にかけられるかと思います。
寒さ厳しい折から、呉々もお身体をお大切に
どうぞよいおとしをお迎え下さい。
来年はどうか明るい話題が増えることを願いつつ。
2022/12/28
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株式会社シアターナインス 今野博子(いまの)
〒106-0047 東京都港区南麻布 3-3-10
TEL:03-3455-7188 / FAX:03-3455-7145
e-mail: kouraiya@dream.com
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* 私の久しく愛し正月を飾ってきた「吉祥松樹 旭日と双鶴」の長軸が、文化勲章のお祝いにさしあげた松本白鸚丈の新年の楽屋に美しく架けて戴けた、なんと嬉しいお目出度いことか。 感謝 感謝 幾久しくと。
* まさしく歳末のめでたい朗報を戴いた。
さきには、京舞の 井上八千代さんへ、「月 雪 花」字に小堀遠州和歌を副えた三本の長軸を貰って戴き、まさしく場を得て嬉しかった。
今回は高麗屋さんの楽屋の床に美々しく架けて戴いた。嬉しい仕儀に定まって、何より歳末の嘉治と成った。
治まるべきトコロへ物の美しく治まるほど目出度く嬉しいことは無い。感謝。
2022 12/28