* 帳面に書き付ける日記は、まず自分のへたくそな字をみることからイヤになったのを思い出す。うっかり違うことを書いても書き直しにくくて、それが奇妙な自己不信のタネにもなった。その点、機械は、想いようで、自分の書く文字列を対象化してくれる。ウソでも書こうならそれはウソだと、機械の文字が怒ってくる。まして、それが「闇」の底や彼方で人目に触れているとなると、性質にもより逆がありうるかも知れないが、わたしはかえって厳しく律しられ、それが書いている安心感になる。
2003 1・4 16
* すこぅし退屈したので、久々に囲碁のソフトをインストールして、白番で一局。快勝。もっとも、このソフトとは六目まで置かせた実績があり、実はタダの一番もこれまで負けていない。わたしのようなヘタクソにもそれでは、よほど弱いソフトなのでしようがない。おいおい、ちがうだろと教えてやりたいほど終盤へ来るほど緩手をやる。麻雀は性に会わない。
2003 1・7 16
* これだけ機械に触っていても、不勉強や怠惰でテンと頭に入っていない、それで損をしていることが、幾つもある。随分昔に田中孝介君から、「WZEditor」というソフトは優れものですよと教わり、すぐ買い、インストールしながら、何が優れているのか、何に使うのか、意識も勉強も、しないまま棚上げされていた。そのうちに全く何ものかとも分からなくなった。マニュアルを読まないという傲慢な悪習が身に付いたからだ。
気まぐれに今日、手に触れたマニュアルをパラパラ開いてゆくと、(早呑み込みの読み違いかも知れないが、)気持ち悪いほど愛用し慣用している「一太郎」と同じような、これはワープロソフトなのではないかなと、思い当たった。違うかも知れないが、そうなら、「一太郎」と併用がきく。
どういうわけか、ワードというワープロソフトを殆ど毛嫌いしてきた。厖大な文章をめったやたら「一太郎」で書いて「一太郎」に保存し、このごろは「一太郎」でファィルほ送っている。あんまり過度に使っていて、壊れたら困るなあと思いつつ。「一太郎」と、昔の「一太郎lite」とを混用しているのかも知れない。その辺もアイマイだ。
他のワープロソフトが利用できるなら、ちょっと、仕事の仕方に別の展望がもてそうだ。
2003 1・12 16
* 神戸の芝田さんに教えてもらった。WZEditor は、やはりワープロソフトであった。いつも邪魔にし、削除しちまおうかとばかり考えていた。なんだかファイルを開くときに役立つようなので、恩を着せ置いてやっていた。
こういうところ、モノを知らないというのは強いのか怖いのか、滑稽を平気で演じている。しかし、分かった以上は役立てたい。使い分けの基本線を引いて。使い用はやたら難しそうだが。
パソコンや携帯電話だけでなく、家電、自動販売機、自動車など、身の回りのあらゆるものにコンピューターチップが組み込まれ、いつどこにいてもアクセスできる「ユビキタス」環境が出来つつあるとも芝田さんに教わった。便利なような、怖いような。
2003 1・13 16
* これで当分はまた、東京の生活。週末には久々の電子メディア委員会。少し大事な議案で、この委員会にも一つの区切りを迎えたいと思っている。留守の間に、つまり二日間に二十八本のメールが入っていた。中にはしつこいウイルス性の妨害モノが混じっている。妨害モノの中には、なんと亡き兄「kitazawa」の勤務大学でのアドレスのままという手の込んだのも混じっている。メールは、すべていきなり受信はしないようにしてあるので、撃退可能だが、無防備に受信設定にしていれば悪質のメールで機械は壊されてしまうだろう。
すべてメールの始末もつけた。仕事の用が多かった。心待ちのも有った。
2003 1・21 16
* 話は別。パソコンに使われている用語が、機種によりソフトのバージョンにより、同義異語多く、融通の利く知識をもってないと、齟齬して通じない。「編集」とあればどんな場合でも同じ内容の語彙で展開しているとは限らない。それはツールでも表示でもそうだ。われわれとかれらとが平気で同じ語彙で別義を意味し、別の語彙で同義を示唆している。日本人はこれに比較的つよい方だろうか、なにしろ何でも「アケオメ」「コトヨロ」にしてしまうのだから。
2003 1・22 16
* 明日の電子メディア委員会では、かねての考えである「電メ研」と「文藝館」の分離案を委員長提案する。諒解されれば二月理事会に提議し、今期中に制度化して置いて欲しいと思う。
2003 1・23 16
* 相当量書いた記事が、なぜか、一瞬に消失した。書き直す元気がなくなった。
* 電子メディア委員会では、正式に、「ペン電子文藝館」を分離したいという委員長提案が了承された。これで、来期は電子メディア委員長の席をより適切な誰かに譲り渡すことが出来る。「ペン電子文藝館」からも、可能ならば引退したいと希望。白内障はすすんでいて、何れの手術を予告されているし、緑内障はもう後退することも治癒することも無いのだから。なすべき或る程度は、なしとげてある。
* 同僚委員の一人に頼まれて、委員会後に、彼の事業としての「新雑誌創刊」の相談に乗った。家を出掛ける前に電話で頼まれ、プランをファックスで手に入れていた。
だが、それは到底企画とも計画とも謂える段階ではなかった。新雑誌創刊はわたしも昔の勤務時代に複数回体験がある。それはもう大変なもので、安易にやれば企業の自爆になりかねない。
魅力的な誌名と表紙のデザイン。少なくも三ヶ月から半年分の理想的な目次構成案。各層からの筆者の確保とその原稿料等のペイの対策。そして読者層の入念な設定からする予想部数と雑誌規模との適正なバランス。資金対策。それらのどれ一つも欠くことが出来ない。
ところが、見た限り、そのどれ一つとして出来ていないのには呆れてものが言えなかった。肴と酒と稲庭うどんとをご馳走になった。美しい人の優しい笑顔で、お酌をしてもらえたのが、何よりであった。
2003 1・24 16
* 次ぎに、志賀島の金印をめぐり、だれもが放り出したまま適切に解釈も説明もしてこなかった、たぶん言及し論及して一説を成したのがわたし一人ではないかと思われる、金印の「蛇紐」について縷々書いていたのが消え失せたのである。もう繰り返す元気が今夜はない。それよりも、はやく邪馬台国論争を読みに本の傍へ戻りたい。
* せっかく苦心して文字の大小や太い細いその他を指定したファイルを入稿したのに、もののみごとに全部フラットにし、オマケに指定もしないことを現場で勝手にやってのけた初校ゲラが出てきて、委員会に家を出る前に、落胆した。これは湖の本の凸版印刷の話。どうして、こうなるのか、電子原稿の入稿が、なんでこんなに難しいことになるのか、癇癪が起きてしまう。ずいぶん、あとの二度手間が負担になる。
2003 1・24 16
* チャットとか掲示板の類に興味がない。たまに、偶然の成り行きで覗いても、ロクなものはない。ドイツ語に無意味な「おしゃべり」を意味する単語がある。顔を合わせ、しかも心知った同士の「おしゃべり」は楽しいが、そうでないモノが紙くずのようにインターネットではヒラヒラしている。むしろ「ひとりごと」を、「私語」を、と、わたしは想ってきた。インターネットでの「ひとりごと=私語」は理論的には成り立たない。それを成り立たせるのが「闇」だと前提して、そこへ「言い置く」のである。根気と誠意を自身につなぎ、せいいっぱいの「言葉」を闇に発信する。それを誰かが聴く・読むは、二の次にすることで、なによりも自分に自分の言葉の責任をもつ。あくまで署名記事である責任を自分と「闇」に対して持つ。他者は、闇の向こうにいてもいなくても良いという建前である。
* わたしのこの日録は、誰にも語りかけていない。「闇に言い置」くだけ。聴いている他者は勘定に入っていない。ひょっとして、だからこそ、存外に此処に「世界」が出来ている。インターネットのおもしろさである。双方向性を殺した気で活かすのである。
2003 1・26 16
* かねがね迷惑に感じていたことがある。メールがテキストでなく、HTMLで送られてくること。かりに保存するにしても、余分なお添えものを一々削除しなくてはならない。それだけではない。其処のところを我々の同僚委員の加藤弘一氏が指摘してこられた。これは何方にも、ことに無意識の初心の方には参考になるので、ともあれ転用させて戴く。HTMLでメールを出されている方は、テキストに換えてほしい。
わたしもうまく説明できないが、HTMLメールを受け取ると、メール本文のうしろに、いろんな記号が附属した「同文」がくっついてくる。そういうメールの送り主には、あなたのは「HTMLメール」ですと指摘してあげた方がいいようだ。
以下の加藤さんの注意を読んで欲しい。ウイルス時代である。サイバーテロも、こういう簡単なところから攻撃の道を押し開いてくるのかも知れない。
* 加藤@ほら貝です。 事務局出のメールが、一部環境で読めなかった件ですが、HTMLメールで出していたからではないかと思います。ひょっとしたら違うかもしれませんが、このML(メーリングリスト)では参加者の半数近くがHTMLメールで送ってくるという異常な状況ですし、先日はアンケートを HTML形式で添付して会員に送るという、非常識きわまりない事件があったばかりなので、この機会にHTMLメールの解除法と弊害を説明しようと思います。
まず、解除法ですが、以下のページをご覧ください。
http://homepage1.nifty.com/ritea/byehtmlmail.html
http://arena.nikkeibp.co.jp/tec/begin/gaz/007/
多くのMLではHTMLメールは禁止されていて、新人がうっかりHTMLメールで出そうものなら、厳しく注意されますし、二度、三度送ろうものなら罵倒されたり、除名されるのが普通です。
HTMLメールなんてはじめて聞くぞとか、そんなものどう出すのか知らないという方は、実は知らずにHTMLメールを出している可能性が高いです。
なぜHTMLメールがまずいかというと、環境によって読めないということもありますが、最近はそれ以上にウィルスの問題があります。
多くのウィルスはHTMLメール形式で感染メールをばらまきます。
通常のメールはなにも操作を加えなくても読めますが、HTMLメールはカップラーメンにお湯を注ぐような操作を加えます。お湯を注ぐ過程で、うまくラーメンにもどらない(読めない)場合があるわけです。
ウィルスは乾麺のような状態でメールに潜んでいるので、ウィルスが感染するためには、どうしてもお湯をかける操作が必要です。
通常のメールで送って来ている人が、突然、HTMLメールで送ってきたら、これは怪しいなと思い、防護措置を講じてからメールを開きます。
しかし、普段からHTMLメールで送ってくる人がウィルスに感染した場合、受けとった人はウィルスが送り出したHTMLメールを、その人が送ったメールと勘違いして開き、感染してしまうわけです。
始末の悪いことに、HTMLメールを送ってくる人は初心者ばかりなので、ウィルスに感染する確率が高いのです。
うちのサイトもそうですが、多くのサイトでは、未知の人からのHTMLメールは読まないと宣言しています。
未知の人からHTMLメールが来たら、ウィルスである可能性がきわめて高いので、読まずに削除することをお勧めします。
これはネットで広く認められた、ごく当たり前の措置で、HTMLメールで出しながら、読んでもらえなかったなどと文句をいっても、誰も相手にしません。
HTMLメールを出すというのは、それだけで迷惑行為なのです。 加藤弘一
2003 1・29 16
* 「関連づけるアプリケーションの設定エラー」という警告が出る。「PROGRAMが見つかりません。このプログラムは、種類が、URL:Hyper Text転用プロトコル(HTTP)のファイルを実行するために必要です」として、
PROGRAMの場所 C:\ とだけ出ている。更に問うてゆくと、たとえば、こんなふうになる。
C:\WINDOWS\デスクトップ\BIGLOBEホームページ.url アクセスは拒否されました。 と。こは何事ぞ。こんな風に出て役に立たないロゴが幾つかある。大勢に影響はないので放ってあるが、それらも暫く前までは何の問題もなかった記憶がある。
機械は、あいかわらずヤヤコシイ。いまのところ、何が難しいかというと、メールの設定がいちばん出来ない。ニフティは最初から使っていて異常ないが、じつはビッグローブも使えるはずだし、マイクロソフトアウトルックも使えるはずだし、ネットスケープも使えるはずなのに、どれ一つとしてこれらのメールが正確に設定できない。わたしは、よっぽど頭わるいんだと、呆れてしまう。
2003 2・1 17
* 「電メ研」山田座長苦心のアンケートがやっと出来た。高等そうな技術を駆使して出来ているようで、勇躍書き込んだ。書き込みやすい。素晴らしいなと思いつつ、さて「送信」の段で、機械に拒まれ送れず、綿密に書き込んだ回答も全部消失。落胆とは、これ。気が萎えた。
2003 2・4 17
* 注文してあった一太郎13と花子13が届いてインストールした。どう使えるかはこれからの話。
2003 2・7 17
* 今朝も、文藝館のドメインを悪用したいたずらメールが入っていたが、開かず削除した。「ペン電子文藝館」へのまっとうな感想や批評なら、署名者による普通のメールが届くはず。これは悪意のウイルス含みメールと判断し、排除した。うかとウイルスをのみこむことは出来ない。
2003 2・11 17
* 情報元は伏せておくが、こんな情報が入っている。
* イラク攻撃は確定のようですが、
>米国のイラク攻撃の可能性がささやかれる中、ブッシュ大統領が昨年、他国にサイバー攻撃を仕掛けるためのガイドライン作りを指示していたことが明らかになった(ロイター)
そうです。詳しくは
http://www.zdnet.co.jp/news/0302/10/xert_bush.html
どんなことをやるかというと、
>米国の軍事計画立案者は、コンピュータ端末の前に座った兵士が、密かに他国のネットワークに侵入してレーダーを停止させ、電気施設の機能を止め、電話サービスを中断させるといった攻撃を想定しているという。
アメリカのことだから、平時にも侵入して情報収集していそうですね。その関連で、「米国防総省、「個人データマイニング」計画に監視委員会」
http://www.zdnet.co.jp/news/0302/10/xert_tia.html
も必読です。
個人データマイニングというのは、特定個人に関するデータを収集することで、それに歯止めをかけようというわけです。
* 予期していたこと。テロリズムへの戦闘を公然自認してきたアメリカが、こういうサイバーテロを率先実行しよう、または既に実現実行していることは、誰も疑わない。ブッシュ政権の言動が、いかに欺瞞かつ自分勝手であるかをしかと見詰めていたい。サイバーテロは核攻撃に匹敵する悲惨な場面を来たしかねないのである。映画のなかでだけの白昼夢ではない。
いま同僚委員の高橋さんからメールが入った。これはぜひ闇の深くへも届けたい。
* 1月28日にアメリカの詩人サム・ハミルがあげた反戦の声に呼応して5000人を越える詩人たちが賛同を表明し、サイトを開きました。
http://www.poetsagainstthewar.org/
これによると明日2月12日を「反戦詩人の日」とし、アメリカやそのほかの国の各地で詩の朗読会を開き、2月15日の反戦デーには積極的に参加し、2月17日のアメリカ主要新聞にブッシュ大統領あての反戦メッセージを載せるとのことで、いま、広告料の募金をしています。
サイトを開いてカバーの左側にある目次から READINGS をクリックすると、この数日に行われる朗読会のスケジュールが出てきます。ぜひご覧下さい。
* 縄を綯うように、関連のことがわき上がってくる。わたしは今、電メ研の山田健太座長肝いりの「電子メディア」アンケートに、詳細に答えて、メールで事務局宛て回答した。実に答えやすく、書き込んだ内容も送りやすく作られていたのに、わたしの機械では何故か指定の儘では電送できなかった。仕方なく、自分のメールから書き送った。機械的な便利には機械的な不便・不都合もくっついているということだ。それが機械だ、万能ではない。過信してはいけない。
2003 2・11 17
* せいぜい原稿用紙で十五枚か二十枚ほどの原稿が、メールで送られてきたのはいい、が、尋常な本文のうしろに、なんと507072サイズもの英数字や記号やちぎれちぎれの日本語を含んだ、まるで乱数文が厖大な量くっついてきた。ダウンロードにも手ひどく時間が掛かった。そのまま送り返そうとしても、3000行以上は送れないと機械は拒否。で、削除に削除に削除を延々と重ねて、こんなふうにと、せめて送り主に一部を送り返したが、全体では数万行もあったようだ。
何故こういうことになるか。実は先日にも同じことが起きていた。この頃、メール事情は甚だ物騒に荒れている気配である。何かが間違っている。
2003 2・13 17
* あっちでもこっちでも、若い人は若い同士の交感があり、年寄りは年寄り同士で、ほそぼそと励まし合いがある。手紙はがきの時代にはなかった賑わいを、いま、大勢が分かち持っている事実は、決して小さいことではない。
見も知らぬ人と手探りの賭のようなアイマイな人付き合いに興味はない。まして、いたずらや悪意のウイルスメールがウェブ世界にはびこっている時、よほど明快な確信の持てるものでないかぎり、安易には着信を開いたりしない。なにしろ、とうに死んだ兄の使っていたドメイン・アドレスのまま相変わらずメールの届くコワイ時節である。とはいえ、電子メールのおかげで、知己友人とますます親しみを増すことが出来る。電子の杖は老境をこそ有り難く元気づけてくれる。あの人も、あの人も、メールを使ってくれたらいいのにと思う懐かしい人達が、六十余年の人生にはいっぱいある。まだ十人に一人ともとてもとても達していない。
20003 2・20 17
* 仮面列島 顔は見なくても、むろん久しい読者であるからどこのどなたと分かっていて交信している。何処の誰とも分からない相手をえらんで、(それしか無いのだろうし、それがそもそもの問題だが。)出会い系サイトの何のと危ない淵にすり足で近寄っているのは、此の世の地獄のさまとも想われる。自分も自分を仮装し、向こうも向こうで仮装しながら、それでいて近寄りも、そこに仄かな信頼をすらおいて危険に陥っている。報道は再三再四警告しているけれど。昨日も街の横断歩道待ちの間にみまわすと、たちどころに携帯電話の若い人を十人以上見つけた。むろん知った仲間と話し受発信しているのだろうが、じつは、そうでもない例があまりに多いとも伝えられる。異様。それは譬えて云えば「仮面舞踏会」に等しい。日本中が巨大な仮面舞踏に湧いている図かのように、街中で携帯電話を握りしめた姿をイヤほど見かける。そして郊外の静かな路上でも、まだ大声で、いい大人までが電話しながら歩いている。
2003 2・22 17
* 電メ研は、六人と、閑散。おまけに山田座長が一時間半ちかくも遅刻。文藝館はもう、軌道に載っていて特別の議題なく、山田氏の到着後、実施したアンケートの検討が少し出来た程度。五百人ほどメールの使える会員がいる中から、九十人ほどが詳細な質問によく答えてくれていた。書き込みの意見陳述も多く、アンケート結果を適切に纏めるのはなかなかの作業であったが、事務局で下ごしらえをよくやってくれた。
さて電子メディア委員会も、五月以降の新体制でどんなふうに形作られ、どんな風に活動して行けるか。期待も大きく、運営は極めて難しいと予測される。新執行部が、新しい委員長をだれと指名するかで多くが決まる。山田健太氏が本格的に取り組んでくれるのを期待したい。
2003 2・28 17
* 今日は機械が再三再四フリーズして、そのつどとても面倒な思いをした。あるアドレスで大量の文章が届くと、そのあとにフリーズが頻発し、同時に大サイズの不明メールがひんぴんと来る。受信せず削除を重ね続けているが、去年の暮れから絶えない。インターネットの世界はややこしい。とにかくフリーズは困る。
2003 3・4 18
* 一昨日来の機械のフリーズ頻発がなおらず、ソフトリセットも利かず、いちいち強制終了しているが、不安多し。汚染された不良メールを受けてしまった感触。だが原因は分からない。いつ何時、全体に停頓無いし破損するか分からない。メール交信も安定しない。更新がとまったら、そういうこと。
2003 3・5 18
* 総務省と内閣官房からの、局長・参事官・官僚を三人迎えて、言論表現・人権・電子メディア三委員会合同で話を聴き、質疑・討議があった。総務省の局長が話し、内閣官房の参事官が話したところで、わたしは、もう話の底は、割れた・読めた、と感じた。質疑に入り、それこそプロ級の人である弁護士や評論家が条文細部の解釈に関して烈しく挑み、しかし官僚は余裕綽々、解説し解答し、寄せ付けない。
まる二年前にもこういう機会があり、立法・省庁側の彼らは、じつに熱心に立法趣旨を説いて倦まず、すごい熱意だと少なくもそれには感じ入った、が、その際に縷々語られたなかで、彼らはほとんど一言も「電子メディア」に触れようとせず、討議に加わろうとした我々の側からも、ひたすら「報道」「著述」「出版」のすべてに、単純に過去百余年の「紙の本・活字型」発想でのみ、発言していた。わたしは、あのとき、政府与党のこの法律を強行したい本音は、じつは「インターネット上の個人情報」をこそ管理し将来にわたり抑え込みたいのであろうと指摘したが、返答ももらえないほどに話をかわされ、わたしの仲間達も、わたしの指摘に何の共鳴も見せなかったのである。
ところが、今日の官僚の発言と説明は、実は、はなから、ちらちらと「IT政府」の意向をかかげた、「電子メディア問題での法的運営」を語ろうとしていた。だが巧妙にそれは表に出さずに、じつにお添えモノのように、しかしハッキリとチラツカセつづけていた。
質疑はそういう点にお構いなく、法文の理解や解釈や運用の細部にいかにも専門家風に集中し、役人達は余裕たっぷりだった。議論にもならないし、どう斬り込まれても「勝手に云うとい」といった感じで、つまり、わたしの実感で云うと、まるで土俵の外で相撲を取っているか、城攻めで云えば、攻め手はただばんばんとお濠の水に矢を射ているようだった。その限りでは、官僚は痛くも痒くもない。彼らの狙いは、(我々からすれば攻めるべき本丸は、本能寺は、)なにやらかにやらのドサクサまぎれに、インターネット個人情報を管理できる法的枠組みを、今の内に包括的に造っておくことにあるのではないか、と、わたしはしびれをきらして、そう発言した。それは「誤解」ですと答えたモノの、官僚の顔には「本音はそれ」とベッタリ書かれていた。わたしは、そう睨んで動かなかった。
* 常日頃は特別会話のない日弁連の梓沢弁護士が、隣席にいて、紅潮した顔付きで「秦さんが、正解ですよ」と頷いてくれていた。
個人情報保護法のターゲットは、電子個人情報の包括的管理法へと向かっている。だから、なるべく基本的なことは解説も定義もしないでいるのだと思う。
梓沢氏も定義を示せとつっかかっていたが、「著述」の定義といっても、今や、原稿用紙にペンで書く著述と、機械的に電子化する著述があり、性質を全く異にしている。それを前者の慣習のママに法的に包括して、何でも出来るような法律を造られては、電子化社会の未来を法の施行者の好き勝手に、著述者が無制約に縛られかねなくなるのである。
おなじことは、「出版」にも言えるし「言論表現」にも言えるのである。
ところが、発想の根は古いタイプの伝統的出版や言論表現に置き、しかしターゲットとしては、二十一世紀以降のウエブサイトにおける電子化された「著述・報道・出版・表現」の全部を緩やかに包括的に一網打尽に管理できるように狙い定めているのだ、と、これがわたしの根本の「理解」なのである。
だが、今回もまた、こういうことをハッキリ公言し指摘したのは、結局、わたしが独りだけであった。
今後の経過がこれを明らかにして行くだろう。役人達が、現在までの多くのトラヴルや係争の事例を挙げてきた九割近くが、すべて電子メディア上のトラブルであること、いろいろ議論されていた細部とは気遠いほど、まさに問題は「電子メディア」でこそ起きているのである。
* 当然ながら、困ったことに、電子メディア上のトラブルに、的確に法的に対応するだけの技術面からの用意が、政府省庁にもてんで出来ていない。判例もまだ無いに等しい。だから、そんなわたしの指摘するような「意図」は無い、持てないと、ニゲるのは簡単なのである。現に、電子メディアの問題には「個別法がべつに必要」だとまで、とほうもない重大な発言を参事官はわたしのつっこみに対し口走っていたが、それだから逆に、この「個人情報保護法」では電子メディアに関するトラヴルを枠外に置いておくわけになど、行かないのである。むしろ、いまのうちに、漠然と網を掛けておいて、のちのちの取り締まりや管理に便宜をはかる狙いで、包括的に曖昧立法を完遂しておきたいのである。
たいへんな陽動作戦を「公」が策している、従来型の報道や表現ではない、最後の狙いは個人や団体の発するインターネット情報だとは、そもそもこれらの法律が問題になり出したときから、わたしは、言い続けてきた。二年前の「言論」シンポジウムでも、フロアから指摘した。
なかなか、今今の文化人達はそういうことを云わない。「活字基盤」の出版・著述・表現・報道に縋り付いた発想でしか、ものが云えない。「電子化型」の出版・著述・表現・報道と、前者とが、性質も技法もメディアも全く違うことに気が付かない顔でしゃべっている。なんという遅れた硬い頭だろうと、わたしはいつも呆れるのである。
* ま、うまくカタヅケテヤッタと官僚達は悠々と引き揚げたろう。われわれとしては云うだけは云ったぞとなど、とても云えたものではない、どこか本質的に問題の中心からズレているのである。「包括」法はいけないと抗議しながら、本当の包括は、活字型と電子化型の性質の違いを無視して、この法が、一つっきりの「出版・著述・表現・報道」として法制度をどさくさに急いでいる点にあるのに、気付こうとしないで居る、それこそが問題なのに。
* 電子メディア委員会が、こういう難しい時代へ向けて、どう、アクティヴに進んでくれるか、正直のところ、心配でならない。
2003 3・5 18
* 今夜、この機械はかつてないほど画面がめまぐるしく制御不能に迷走し、三度も連続で凍り付いて冷や汗をかいた。しかし長く書いていた私語も消え失せていなくて、助かった。どうなってんだろう。
2003 3・5 18
* 深夜まで、スキャンなどして。そして、ちいさな「私語」を闇に聴いて。一日が終わる。フリーズは、ファイル数が厖大なために起きるかも知れないと教わったので、一太郎の八百数十抱えていたファィルをMOに移しておいて、三分の一ほどに減らしてみた。
2003 3・6 18
* 眼が冴え、一睡も出来ず朝の七時に床を出た。機械が三度四度と凍り付き、ソフトリセットも利かず繰り返し強制的にリセットをつづけていて、不安、不安。画面が開くところまでは行くので、開いたところで機械から一時間ほど離れ、レジューム状態から再開させて、とりあえず今、稼働中。不安、不安。矢印が凍結するだけでなく、矢印が縦棒になり、ビクともしない。そうなると万策尽きて強制的にリセットするしかないが、じれったい。組み立てた機械だけにこういうとき、何か指示してくれる手引きがない。途方に暮れる。ノートンもマカフィーも別段ウイルス汚染の警告はしていない。わたしの展開にたとえ問題があるにしても見当がつかない。
* 眠れぬママにも、暗闇の中に静かにしていた。そして何か、わかってきた。今頃そんなことをと、嗤われようが。
澄んでムラのない「闇」が在った。「私」を指摘できる何一つも闇に見いだせない。比喩的には途方もない「空=闇」だけ。だが、何も「無い」のではなかった。そういう私の「意識」が在った。意識を可能にしているのであろう私の「呼吸」もまぎれもなかった。闇にも在るのはつまり「呼吸している、意識」それが「生・命」なのだ。空なる闇に「私の生命」が呼吸し意識しているが、同化できる肉体は一切感じられない。このまま呼吸が止まり意識が果てれば「死ぬ」のだ。呼吸と意識とでは、呼吸がより起原の「生・命」なのだろう、意識の失せた時は「半死ないし仮死」なのだろう。
この意識とは、思考のことではない。ただ「命」に気付いている、「生」を感触している。闇の中では、空の中では、私はただ透明な無垢の実存である。自己同一化の便宜のために肉体を感じ思考を受け容れているのは、いわば投影された虚の像影なのだろう。肉体も思考もなんら「私」ではなく、そういう意味の「私」など無いのである。
「命」のシンボルまたは源基は「呼吸」だといえば、分かり切ったことをと誰もが嗤うかも知れないが、無限の闇に溶け込んでなお意識を持して在る、とは、つまり「呼吸している」ということだと、明瞭に、やっとわたしは実感できてきた。「命とは呼吸している意識」なんだ……。もう一度確認しておくが、意識とは思考ではない。生を感触している無垢の「実存」のことだ。
* そんなことを思っていて、眠りを失したのだろうか。眠れなくても少しも不安ではない。機械が凍るともっと困る。迷惑する。さしあたり機械的に進んでいる仕事が多いからだ。
DELLか何ぞに買い換えるべき時期ではないかと声が届いている。馴染んだディスプレイで、操作的に慣れてきた組み立て機械だけに、できれば仲良く付き合って行きたいが。 2003 3・9 18
* ペン事務局宛にメールが入って、いわゆる誤植・誤記・脱漏等を機械的に処理できるソフトを心がけているが、「ペン電子文藝館」にも該当する誤記等を散見すると報せて下さった。思いの外に数少なくほっとしたが、指摘された一々を点検しはじめて、すぐ、大事なことに気が付いた。
明らかな「間違い」は少なく、例えば、谷崎や織田作之助の作品に「応待」とあるのは「応対」の誤記であるとしてある。これは「接待」「歓待」が「接対」「歓対」では、それこそ誤記であるように、もともと「応対」の方が「応待」の誤記に近かったのである。谷崎潤一郎も織田作之助も正しく書いている。わたしも応対と応待は使い分けるか、どちらかなら「応待」でないと気持ちが良くない。
これに類する指摘が幾つもしてあり、「文藝の表現」を歴史的に扱っている「ペン電子文藝館」としては機械的には従いかねる。
またこういう例もあった。或る歌人がこう歌っている。
桜花あるかなきかの風に散る孤立無縁<孤立無援>をかがやきながら
カッコ内が正しいと訂正してあり、普通はそうであるが、一首の理解からすれば、作者はことさらに「無縁」としているのが、よく分かる。文学・文藝という表現の場では、必ずしも世上の通用通りに行かない特殊な例も、また伝統に基づいた正確な知識も、意図的な誤用や工夫すらも現れるのである。この語彙はこうと作者の気持ちを無視して機械的に一律に統一できない、してはならない場合が少なくないのである。文学の表現や表記は、時代と作者の「原作」になるべく従うのが当然だ。機械上の例えば「置換」機能などで、一律に、ばっと換えてしまえない表現の微妙に、あらためて気付かせて貰った有り難いメールであった。「ペン電子文藝館」としてはこういう人に、中で手伝って欲しいものだ。
2003 3・11 18
* すばらしいお天気だが、機械の機嫌はわるく、異常な事態。
まずバックアップ頼みの綱の子機が、突如「Invalid system disk」となり、OSに繋がらない。「Replace the disk, and then press key」というから、起動ディスクを1と2と指定通りに入れて、それでも回復しない。普通の、なにでもないディスクを入れよと謂うのでもない。また、ディスククラッシュか。機械はあまりに古く、容量小さく、買い換えも考えていたが、当面是に附属しているスキャナーと外付けディスクとプリンターが、配線上、使用できない。スキャナーが使えないと、「ペン電子文藝館」は仕事にならない。
一方親機の方、ダマシダマシやっているが、例えばデスクトップのバックの色が勝手に翠色から濃紺に変わってしまった。しかも上の方に、前はなかった横書き英字で「マイクロソフトウインドウズ」のロゴが細く出て、クリックするとUPDATE-MICROSOFT INTERNET EXPLORERの画面が出る。これを半端にわたしがいじくったのがイタズラしているのだろうか。昨夜機械を仕舞おうとしたが、セットプログラムを終了してくださいと繰り返し言われ、何事とも知れず、途中のアプリケーションは一つもなかったので、リセットしてしまった。
子機が危ないとなると、薄氷をふむ心地。「これが機械さ」といささか匙をなげている。ホームページの更新が途絶え、メールもお互いに届かぬようであれば、機械が全面不能と推定されたい。
2003 3・12 18
* 子機が破損し、子機に繋がっているスキャナーもプリンターも使えない。不便この上ない。明日の会議・会合と発送を無事終えてから対策したい。
2003 3・16 18
* 高史明さんが原稿を下さった。「e-文庫・湖(umi)」へ掲載したつもりがうまく出来ない。少し間を開けると、手順手続きを忘れてしまう。書いておけばいいのに、今に今にと思ううち忘れてしまい、困惑。やれやれ。
それにしても、プリンタもスキャナも利かないのでは、話にならない。模様替えをして、外付けのハードを親機に付け直したいが配線がいろいろで、先ず模様替えをしっかり考えてから機械会の移動をしなくては。
すべて発送を終えてからか。今週は、何も予定がない。来週は京都行きをはじめ、おお忙しである。
2003 3・17 18
* プリンタが使えないと、とてつもなく不便で動きが取れない。で、子機から切り離して親機に繋いだ。インストールは正しく完了して、さてテスト印刷を試みると、「LPT1:への書き込みエラー。プリンタ(HP Desk Jet 970Cシリーズ)。プリンタの準備が出来ていません。電源が入ってオンラインになっているか確認して下さい」と来る。プリンタには通電の青ランプが付いている。子機とは断絶しているが、もともと親子がネットワークで、その子機にプリンタは附属していた。切り離したのが悪いのか。親機に接続した際に、なにか新たな設定手順が必要なのか。コードの挿し方が間違っているのか、電源を入れる順番が間違っているのか。大騒ぎで模様替えなどした揚げ句なので、なんとか、成功させたいが。文藝館の仕事がストップしてしまう。
* その後を心配していた卒業生が、昔のまま晴れやかな声音で電話をくれた。ほっと一安心。向こうでもコンピュータの具合がうまくなく、「秦さんの声が聴きたくて」と電話がきたのだ。しばらく話した。湖の本はまだ届いていなかった。
2003 3・18 18
* 布谷君電話をくれて、しかし、リモートコントロールでは、プリンタの親機への付け替えも成功せず、ただ、子機のハードディスクは壊れていないらしいと分かった。これもその段階どまりで、真っ黒い画面に「Invalid System disk Replace the disk and then press any key」と出たまま、CD-ROMでも、起動ディスクを入れてみても快方に向かわない。「ペン電子文藝館」の起稿作業がストップしたまま。また子機を買い換え、親機にフィットする新しいプリンタを買い込まねばならないか。買うのはいいが、ハードは場所を取るのでほとほと困る。
2003 3・19 18
* 布谷君来訪、午後いっぱいかけて親機にプリンタを接続稼働可能に、また子機のCドライブを通して部分的な不具合に対しOSという「命」を吹き込んでくれた。Cドライブが刷新されて失ったのは、ニフティサーブぐらいもので、主要なDドライブのそのままが生き残った。外付けもスキャナも新たに子機に設定した。おかげで新しい機械を買いに秋葉原まで行かずに済んだ。夕飯に一緒に出たかったが、布谷君は秋葉原で買い物したいと、帰っていった。休みの日に遠方まで、有り難いことであった。ほんとに有り難いことである。
2003 3・21 18
* いろんなことの渦巻いたように感じた一日だが、機械を良くしてもらったのでそう思うのだろう、自分ではさしたることもしていない。ほっこりと疲労感がある。少し興奮したのだろうか。
2003 3・21 18
* ホームページの転送が途中でストップし、昨夜深夜にだいぶ苦労した。おそらく、アップロードの「量」的な限界に触れているのであろう、わずかだが入っていた写真図像類の殆どを削除して、パス。急遽40MBのところを60MBまで増量申請した。実際に37から8ほども使っていた。機械がやたら重かったのも、そのせいか。
さし当たり「私語」が転送できて、よかった。やはりホームページは、開けば少しでも更新されていて新しい記事の読める方が、つい、気も向かうというもの。
2003 3・23 18
* よく晴れて暖かいが、花粉が家の中にいても鼻へ眼へ押し寄せてくる。クスクス・カユカユで、堪らない。妻が聖路加、わたしも早くに出て街をうろつく気がないではなかったが、これでは叶わない。それでも今夕は五時から電メ研がある。
* 電子メディア委員会、今日で最後とした。五時の会議に三時半に家を出て、七時まで。少し疲労する。昨日帰宅したら、アーシュラ・ル・グゥインの『ゲド戦記』新たな第五巻が届いていたのを鞄に入れていた。
最愛の本の一つで、わたしに西欧のこの手の本の扉をひらいてくれた。この本の第一巻を手にした頃、建日子がまだ小学生ではなかったか。彼は生まれて初めてか二番目ぐらいに、原稿と原稿料体験で「ゲド戦記」の感想を書いている。掲載されたのは「思想の科学」であった。
ゲドに久しぶりに早く逢いたくて、大判の本を持って出た。会議の後、ひとり、和食の店に入り、ゆっくり読み始めて、堂々とした押し出しの発端に、わくわくしている。「アースシー」の世界がなにやら不気味に、底というか、芯というか、内奥から脅かされている。もう魔力を持たない大賢人ゲドが、どのように働くのだろう。
今夜の店には美しい人もおらず、料理も少し量が味に勝っていて、胃にもたれたものの、店が静かで、本を読むのに明るく、むだに構われないのが有り難かった。
あすは、わたしが聖路加の番で、昼過ぎの診察。もし大過がなければ、花とも思うものの、兜町界隈の今日は、僅か一分咲き程度。風ばかりしたたかに吹いた。暖かかった。
2003 3・27 18
* 携帯電話は持ちたくないが、デジカメという機械には好奇心が湧いている。息子のお古をもらって妻が盛んに写真を自分の機械に入れている。大きく綺麗に入っている。フィルムや現像なしにあれが出来るのはいいなあと、映像好きのわたしは気が動いている。同じなら最新の高機能のがいい。となると、それが分からない。店頭でウロウロ迷うのはいやだ。何を基準に選択するのだろう、そういうことは何一つ知らないのである。
2003 4・6 19
* 機械の碁で、四子おかせて三番勝っている。五子はしんどいが、一度負かされれば勝ち続けの重圧が失せてラクになるかも。勝ったり負けたりの方が面白いから。ソフトを買って以来負けたことがなく、こういうのは気軽に次が楽しめない。
2003 4・8 19
* 同僚委員の加藤弘一氏が流してくれるウエブ・ニューズに、時にめざましく興味深いものがある。
中国政府は、他国からの反中国情報等を遮断する「万里の長城」なるいわば障壁バリアをウエブ世界に掛けているが、これを迂回ないしは通過する新たなサイバー攻勢が開発され、始動するという。開発したのが「ヴォイス・オブ・アメリカ」というからきなくさい話であるが、こういうサイバー戦争は、国家間であれ企業間であれ、もうとうから熾烈に拡大していて、愕きはしない。映画の中でだけ可能な空想と思われていたようなことは、原理が生きて働く以上は、みな実現して行く道をもっている。この問題を、たとえば「グローバリズム」といったむやみな拡大概念の中へ希釈しないで、正当に「サイバー戦争」と呼べばいい、それが二十一世紀少なくも最初の五十年を支配するだろうと、わたしは、この間の向丘の寺院境内のテントのなかで、ちらりと洩らしてきた見解である。
イラク戦争の最前線へアメリカが運び込んだ師団の中軸は、最新のハイテクをもって整備された、サイバー戦争能力であった。アメリカが世界を支配し得ている根源はエシュロン等に結集された超弩級の情報収集能力であることは明白を極めている。
中国は児童等の為に愚劣なと政府の目するインターネット映像等の暗躍をも、かなり強制的に排除してきたが、例の迂回ないし透過ソフトをもってすると、それらもみな通過出来るというから、戦争は隠微にキタナイ攻防にこそなれ、馬上の勇士の一騎打ちのようなロマンチックな戦争は完全に此の世からは削除されたと言える。
* さ、今夜ももうやすもう。
2003 4・18 19
* さて、今夜で電子メディア委員会の委員長職から離れる。とても、わたしでは、これからの電子メディア問題には対応できない。この一年間、辞任を希望しつづけて、山田健太氏を後継に推し「電メ研」座長を引き受けてもらってきた。理事会も、現委員会から「ペン電子文藝館」を別部局として分離することを正式決定してくれた。だいたい、わたしの能力や判断でも出来る程度のことは、みな、なんとか、してきた。もう力及ばない。ほっと一息をついている。
* あすはペン総会。井上ひさし氏の会長就任が承認される。かなりサマがわりの執行部ができるだろう。
なんとか、一時から夜までの四連続会合を体力的にこなしたい。まだ十分とは言えないのだが、だいぶわたしはラクになった。妻にもはやく元気になってもらいたい。来週の週末には歌舞伎「近松座」公演だ、元気に出掛けられるように。
2003 4・24 19
* 東大の西垣通、坂村健という二教授に、ながく電子メディア委員会の蔭のハシラになってもらってきた。謝辞を送り、挨拶があった。一つの区切りがついた。
2003 4・29 19
* 同僚委員の森氏に、こんなことを教わった。
* 5月10日付けのThe Japan Times Weeklyに、The Associated Press 紙からの転載記事がありました。まだ日本では言葉としてなじみのうすい「e-mailハラスメント」の記事です。以下、要旨。
「米国では新手のいやがらせが横行。ネット上で他人になりすます「スプーフィング」(spoof:ふざける、だまくらかす、の意味)による攻撃。たとえば、アラブ系米人、その関連組織になりすまし、そのアドレスを用いた捏造メールを、本人が知らぬ間に大量に送りつける。本人は知らぬ間に立場を危うくし、抗議、反撃の返事のメールを受け混乱する、、、。いまのところ有効な取りしまり対策はないようです。」。
日本でも、まだ流行はないが、「いやがらせ」をやっている輩はいるでしょう。米国関連で、「e-mailハラスメント」である事件の顛末が詳しく紹介(日本語)されていましたので、興味ある方は:
http://www.zdnet.co.jp/news/9803/13/stalker.html を。ある女流作家が、「e-mailハラスメント」→サイバースト-カーに遭い訴訟まで持ち込んだ経緯が書かれています。同類の言葉に、「コンピューターハラスメント」「オンラインハラスメント」があります。
2003 5・12 20
* 東京の小闇のようなまさにプロの機械にでも、ときどき故障が起きたりするらしく、ニコニコしてなんだか安心してしまう。滞っていた「闇に言い置く」の五本もが一気に公開で、一つ一つ楽しんだ。昨日来ていた息子ともそれで話し合ったりした。
息子がなぜかわたしにデジカメが使いたいかと聞く。わたしはその「概念」すら実は頭になく、だから、息子にどういうのが欲しいんだと聞かれても、「どういうの」の答えようがない。買うなら「そりゃ、いいのがいい」と言うと「いい」の意味がいろいろ有るんだそうだ。お手上げ。で、べつに欲しくなんか無いよ、で、話は落ち着いてしまう。
* 一太郎の16を買ったとき、ついでに余計な花子というのまで買ってしまった。使いようもよく分からないので、粗大ゴミなみにインストールされたまま顧みもしないが、「自在眼フライト」とやらは重宝している。いつのまにかかなりの写真館を機械の中にもっているが、その一つ一つが、このソフトで、大きさなど自由に替えて見られる、それだけを嬉しがっている。
以前はホームページの中に写真が何枚か入っていたのに、いつのまにか、消え失せてしまったり、ワケ分からずにやたらサイズが増しに増してしまったり、辟易している。新たに入れようとしても、入れ方もとうに忘れてしまった。
しかし、秘蔵の美智子皇后さんの成婚直後の「取材接近」写真や、沢口靖子とのツーショットとか、愛蔵の朝日子や建日子の小さい頃の写真とか、ことに秦の両親が建日子を抱いて嬉しそうなのや、また祇園界隈の四季の風景や、さらには、当尾吉岡の実の父方の大きな屋敷の遠望など、これがわたしの煙草がわりであり、そのときに「自在眼」は役立っている。
こういう秘蔵写真館の拡充ににデジカメが役立つよと息子は言うのだろう。要するに眼うつりするほど種類があるのなら、そこで迷うのはイヤだから、ま、いいよとなる。機械を買うときは、たいがい困惑する。
それよりも、手を使ってものを書くのを、忘れまいとしている。
2003 5・21 20
* ワープロの昔から、変換ミスには手を焼いたが、パソコンになってからのワープロ機能でも同じことに小うるさく悩んでいる。なみの原稿では注意してそのつど直し直ししているが、この「私語」は、読み直していると掻き消して仕舞いかねないので、ずいぶん放埒なままになっている。他のファイルに日付順にかえて保管する際に、ざっと変換ミス程度は直している。
2003 5・26 20
* 終日、眼配りして用事をあれこれと片づけたり前に進めたり。二階と階下とを交互にくるくると動いて、時間を一つことに固めないようにした。
新電子メディア委員会のメーリングリストが稼働し始めた。
2003 5・30 20
* ペンの電子メディア委員会(今後、電メ研と書く。語彙登録してあり簡単なので。)委員として、いま、気になり気になり何とかしたい急務だと感じているのは、住基ネットのことである。今朝も同僚委員の加藤弘一さんから適切な示唆に富む情報が委員会MLに届いていた。また呼応するように、東京の小闇も、この問題に触れていた。触れ方は鋭い、そのためにわたしらのような素人には今少し言葉を添えて欲しいほどだが、闇を超えてさらに遠くへ広く転送していいものと思う。
小闇たちのおかげで、わたしのこのサイトが、ある種の単調を免れていることを嬉しく感謝している。わたしは教授室の頃から、学生たちのわたしのとても手も出ない耳も及ばない「研究余話」を聴くのが、楽しみで好きであった。今でも、なお、それを期待しているのである。
* 電波暗室 2003.5.30 小闇@TOKYO
電波暗室。実験などのため、外界からの一切の電磁波の進入を防いだ部屋。またの名をシールドルーム。
昔、物理の教官が校舎の一部を電波暗室にしようとしたことがあった。出来合いのものを買うと、高い。教官は出入りの業者にいちから造ってもらうことにした。
工事が始まって暫くは忙しさにかまけて工事を業者任せにしていた。ある日現場を見に行って唖然としたという。電波暗室になるわけがない、と。
可視光は遮蔽するけれどそれより波長の長い電磁波に関しては何の威力もない建材を指摘しても、業者の理解はまるで得られない。業者はこう言ったという。「大丈夫です、壁はものすごく厚くします」。そういうことじゃなくて、と、膝から力が抜けたそうだ。
住民基本台帳ネットワークは総務省と役所の間の閉じたネットワークである。そのネットワークの端末は、限られた人しか触れなくてしかるべきで、インターネットにつながっていてはならない。端末が文字通りコンソールとしての機能しか持たないなら問題ない。しかし現世のOSには必ずバグがある。不特定多数のアクセスできるインターネットから、その端末を踏み台にして、住基ネットにつながってしまう可能性はゼロではない。
役所の方々、その納入にかかわった業者の方々のどれだけがそれを認識しているか。見えないものを見えないものから守ることの難しさをどれだけ理解しているか。
このまま日本にSARSが上陸しないままだとしたら、それは潔癖気味の国民性でも運でもなく、その意識が水際にあったということだ。
電波暗室になるはずだった部屋は、校舎のどこよりもラジオが鮮明に聞こえる部屋になったという。素通りしたのが公共の電波なくて私のパーソナルな情報だったら。もはや笑い話ではない。
* 加藤さんの情報は「現場」に即して具体的である。今こそこういう情報がひろく「私民」世界に浸透しなければならないと思うので、転写させて頂く。
* 加藤@ほら貝です。住基ネット関係の最近の動向をまとめた文章です。
◇ May28
長野県本人確認情報保護審議会は、県下の27自治体で、住基ネットとインターネットが物理的に接続しており、早急に分離することは困難として、住基ネットからの離脱を勧告する中間報告を発表した。
この問題はかねてから指摘されいたことだが、実地調査によって確認された意味は大きい。総務省の住基ネットシステム調査委員会の12日の報告でも、全国の自治体の一割は「セキュリティに不安」をもっていることが明らかになっている。
しかし、本当に危ないのは不安を自覚していない自治体である。
中でもOS管理については不十分な自治体が目立った。ログオン失敗履歴を記録しているかは56.6%、パスワードの有効期限を設定しているかは51. 4%が不十分と答えた。また、数が少ないとはいえ、システム管理者を任命しているで4.3%、アクセス管理規定を作成しているで15.0%が「不十分」と答え、セキュリティー意識の低い市町村のあることが浮き彫りとなった。
多少とも知識のある人は、上の一節を読んで嘆息するだろう。長野県だけの問題ではないのである。総務省側は「いたずらに不安をあおることは極めて遺憾だ。住基ネットは極めて安全なシステムであり、これまでも何も問題は生じていない」と言い訳しているが、12日の報告を忘れたのだろうか。
日弁連住基ネット自治体アンケート結果を見ると(特に「トラブルの内容」と「自由な意見」の項)、いかに危なっかしいか、よくわかる。
8月に公布がはじまる住基カードにしても、22日の報道によると、売物の多機能を盛りこむのは群馬県では二つの市だけで、それ以外の自治体は住民票番号しかいれないそうである。他の都道府県でも似たようなものだろう。
◇ May29
住基ネット接続を見あわせている杉並区では、区長の諮問機関、「住民基本台帳ネットワークシステム調査会議」が、住基ネット参加を住民自身が判断する選択制の導入も視野にいれるように答申している。
今月12~23日に杉並区が実施した区民アンケートによると、参加した方がよいが9%、参加しない方がよいが67%、選択制にした方がよいが14%だった。杉並区は住基ネットで本人確認をおこなうパスポートや年金の申請では、住民票を無料で発行するなど、区民の不利益にならないような対策をとっているが、9%にせよ、参加を希望する住民がいる以上、選択制は一応考慮に値するだろう。
「選択制」は、横浜市が粘り強い交渉の末に総務省に認めさせた方式であるが、自治体は依然として住基ネット維持費を負担しつづけなければならず、住基ネット利権が生き残る点は忘れないようにしよう。
総務省側は不完全ながら、アクセスログの開示を準備しているそうである。
地方自治情報センターは、新たなアクセスログが生成されるごとに、住民の居住地の都道府県に、そのログを住基ネットで送信する。同センターは、ログを送信後、そのログを直ちに消去する。都道府県は、送信されたログを
一定期間保存し、各々の個人情報保護条例に従って開示する。
住基情報は市町村サーバー、都道府県サーバー、全国サーバー(なぜか一財団法人にすぎない地方自治情報センターが管理)の三つに重複して保存されているが、上でいうアクセスログは全国サーバーのアクセスログであろう。
驚いたことに、セキュリティ上の理由から、開示されるのが「総務省」「○○県」など、検索した省庁名と「恩給事務」のような利用目的に限られるという。不正利用の疑いがある場合は、都道府県は操作した人間のIDをふくむ、より詳細なアクセスログの開示をもとめることができるというが、どの部署かわからければ、疑わしいアクセスだという根拠にはなりにくいのではないか。根拠薄弱という理由で、詳細なログの開示が拒否される事例が起きそうである。部署を開示したからといって、セキュリティが危うくなるとは思えないのだが。
そもそも住民票を管理する責任は市町村にある。管理責任をもつ市町村が、住民票にどんなアクセスがあったかを知ることができず、都道府県に問い合せなければならなかったり、詳細なログを見せてもらうために、都道府県を通じて、地方自治情報センターにお伺いをたてなければならないというのはどういうことか。全国サーバーなどという、本来あってはならないものを作るから、こういうことになるのである。
また、住基ネットには過剰な検索機能が組みこまれていて、ワイルドカード検索と同じことができるのだが(「不明」という選択肢まである)、住民票の中をのぞかなくても、検索画面に出てきただけで、同居家族がいるかなど、かなりのことがわかる。検索に引っかかっただけの場合も開示すべきだと思うが、そのあたりはどうなっているのだろうか。
* これだけの情報でも、適切に読み取ることは、なみの「私民」には難しいけれど、重要な指摘に満ちている。「他人ごと」だと「他人任せ」にしていると、いつか、自分の首がにっちもさっちも行かないまで締め上げられているだろう。間違いなく。今、何に向かい何を見据えて行為すべきかを、示唆し教導して欲しい、識者に。
2003 5・31 20
* いよいよ新電子メディア委員会が山田健太氏のもとで動き始めた。わたしも初対面の何人か新委員があり、初顔合わせ、楽しみだ。こう動いてゆきたいと願いながらわたしの力不足で成らなかった方角へ、堅実に動いて行って欲しい。期待は大きい。
2003 6・1 21
* 電メ研と文藝館とで同僚委員である加藤弘一さんの、極く刺激的で警戒すべき情報が入った。電子メディアに手を触れているこの「私語」の読者の一人残らずが関心をもたれていいことと思い、転載させていただく。あなたの「機械」あなたの「データ」のすべてがたやすく「没収」されるかも知れない。
わたしは、かねがね個人情報保護法、人権擁護法の意図し目指している「本能寺」とは、われわれ「私民」インターネットの管理と規制だと言い続けてきたが、そうなりかけようとした衣の下の鎧が、露骨に見えてきたのだ。
*「出会い系サイト規制法案」に緊急アピールを。 加藤@ほら貝です。
皆さん、ご存知とは思いますが、「出会い系サイト規制法案」という無茶苦茶な法律が可決されようとしています。
http://www.mainichi.co.jp/digital/coverstory/today/index.html
「出会い系サイト」に売買春を誘引するような書きこみをしたら、それだけで捜査の対象になり、端末やログを押収されたり、処罰されるというのです。
(此処まで読めば、ああ良いことだ、当然だと思う人が多いに違いない。が、そこが電子メディアの恐ろしく危ないところで。以下を御覧願う。 秦)
当然、「なりすまし」の危険性があります。
> 「自分の携帯端末やパソコンから、第三者が児童を誘引する書き込みをしたら、本人の全く知らないうちに捜査対象となり、通信記録が調べられていることになる。これは通信の秘密保護に抵触しないのか。「なりすまし」によるえん罪の発生をどのように排除するのか」。3日の参院内閣委で行われた岡崎トミ子委員(民主)の質問に対して、谷垣国家公安委員長自らが答弁したが、明確な防止策は示されなかった。
> 谷垣国家公安委員長は3日、岡崎委員の質問に対し、「なりすましは他の犯罪でもありうるが、インターネットの場合は(なりすましが)より想定され、また捜査もなかなか難しい」と懸念を表明した。その上で、捜査の手順について「不正誘引の書き込みについて、サーバーを特定し、通信記録を差し押さえ、端末を特定する。端末を実際に利用した者を特定するために、端末の契約者や利用時間を特定することになる」と説明。さらに「被疑者の特定に困難さが有ることについては、配慮が必要だ。他人になりすまして書き込みをするケースに対して、より慎重な捜査手法を確立していかなければならない」と述べ、えん罪の防止に現状では「慎重な捜査」しか手立てがないことを明らかにした。
絶句、ただ絶句です。
(会社でも役所でもどこででも、)席を立っている隙に、普段使っているパソコンでその種の(悪意の)書きこみをされただけで、処罰されてしまうオソレがあるわけです。その機械を使われた以上、「冤罪の証明」は不可能に近いでしょう。
自分の機械を使われなかったとしても、極端な話、秦さんが政府に批判的な活動をしていると思ったら、警察側が秦さんのメールアドレスで援助交際募集の書きこみをするだけで、有罪にはならないとしても、秦さんがお使いの携帯やパソコンを押収し、内部のデータをそっくりコピーすることが可能になります。
> 法案については、今なお、人権問題に詳しい法律関係者らから批判の声が上がっている。「誰のための人権か~人権擁護法案の本当のねらいは何か~」などの著書がある梓澤和幸弁護士は「第6条に定められた犯罪を構成する要件が余りにもあいまいで、たった一度の書き込みも「捜査対象」になる。ネット上に児童を誘う書き込みがあるだけで現行犯と認定されれば、令状なしに逮捕される可能性もあるのではないか。警察当局は、そのようなことはしないと主張するかもしれないが、法案を見る限り、法律上可能だ」と力説する。
> さらに「『どこかのサイトに、特定の人物のメールアドレスや携帯電話番号と児童買春の誘いかけがあった』ということを口実にした、公権力による通信ののぞき込みもないとは限らない。このような法案が簡単に国会を通過してしまうのは、権力に対する警戒感の欠如の現れだ」と厳しく指摘している。
> しかし、同法案は5日の審議を経て、同日にも採決・可決され、早々に成立する見通しだ。国会の会期延長が未定で日程にゆとりがないうえ、出会い系サイトをきっかけにした事件の急増という現実を受けて、同法案を批判する世論が高まらないことが背景にある。
こんな狂った法律が成立するなんて、マスコミは何をやっていた!? 加藤弘一
* パソコンとは、極めて毒性の高い機械だとも、わたしは、何度か書いた。パソコン人種の平和ボケこそが、いちばん恐ろしいコトになって来つつあるのを自覚したい。人権保護の人権擁護のと美しい法律の名前も、それは「国民のための」ものでなく、国民を縛るためのものだと、どんなに口を酸くして言ってきたことか。だが現実は着々と日本国の復活「内務省=総務省」の強権志向により、基本的人権はせばまりつつある。
これからはこういう類の猛攻が始まるだろう。
2003 6・5 21
* 物故会員名簿の作成をしていて、やはり今だに、内田百「ケン」が出せないし里見「トン」が出せない。困ったものだ。この分だと森「オウ」外もやはりダメである。こんなことをいつまでも続けている。むろん文字セットでは簡単に出せる。受発信がきかないのである。出せますよと簡単に言ってくれた人達は、「自分の手元だけでなら」と正確に言うべきだった。しかも手元でなら「手書き」で補っていいのである。インターネットは「双方向」で受発信効果をあげないと何の意味もないのだ。文字皿に百万の漢字が入っていようと、受発信できないなら「絵に描いた餅」だとさんざ言ってきたが、相変わらずである。図版として貼り付けるのは可能だが、そのかわり表示を変えればヒラの字は大きくも小さくもなるけれど、図版文字は元の大きさのママで、見苦しい原稿になってしまう。
2003 6・9 21
* ほら貝@加藤弘一氏の、有り難い情報を、中継ぎさせて欲しい。
* サイバー著作権問題の専門家として有名なローレンス・レッシグ教授が、著作権の更新を有料化する法律のキャンペーンをはじめたという記事です。
http://www.zdnet.co.jp/news/0306/09/ne00_lessig.html
> この運動の目的は、米連邦議会に、「著作権保有者が著作権の有効期限を延長するには、50年ごとに 1 ドル支払わなくてはならない」という法案を承認させるこ とにある。
> レッシグ教授によると、現行の更新方法では、著作権保有者が存命中かどうか、 保有者が自分の作品を著作権で保護したいと望んでいるかどうかにかかわらず、 著作権が自動的に延長されるという。 このため、著作権が消滅すると思われてい たのに新たに延長されてしまった映画など、莫大な情報をインターネットアーカイブに格納できなくなっている。
アメリカではディズニーが運動して、著作権保護期間が延長されましたが、レッシング氏によると商売になる著作物は2%にすぎず、その2%を保護するために98%の著作物をパブリックドメインにできないのはおかしい、だから更新を申告制&有料にして、商売にならない著作物のパブリックドメイン化を可能にしようというわけです。
* 加藤さん いつもながら、感謝。 秦
レッシグ教授の提言は意味深いですね。わたしは、ずっとこれを感じていた。没後に五十年も七十年も保護して、それが実の「売り上げ」にどれだけ結びつくかと疑問に感じていました。九十八パーセントは、パブリックドメインとして時代に寄与してこそ、また、例えば「読まれる」機会ももてるのに、と。われわれの「ペン電子文藝館」招待席作品には、そういう忘れ果てられた秀作や作家が、何人も何作も新たに顔を出しています。没後著作権は、アメリカでの初制定時の考え方(伴侶生存推定の十七年間保護)に基盤をおいて、「パブリックドメイン=公共資産」という思想と提携しつつ、適切に設定されるべきです。五十年なんて、大方の仕事には、長すぎる。調節のシステムが望ましい。
2003 6・10 21
*「湖の本」の久しい読者でもある東洋学園大教授の北田敬子さんから、同僚教授神田由美子さんの著書を贈られた。英京倫敦膝栗毛『二十一世紀ロンドン幻視行』とある。神田さんは漱石学者である。と書くと作品「倫敦塔」などと結びつけてあらましを推察してしまう人もあろうが、この本のユニークなのは、全部が、彼の地から北田さんらへ送られつづけた「メール」で編まれてあること。横組みの、メールそのままに仕上がっていて、そしてそこに著者の才気や知性のもたらすまこと「趣向と自然」が結実している。読んで楽しく、大いに啓発もされる。倫敦のことでも漱石のことでも、著者自身のことでも。
こういう「メール文藝書」が必ず成るであろうと予測してきた。一つ一つ書き下ろされたエッセイ・随筆と、メールとは、言うまでもなく性質がちがう。そのメールならではの性質が文藝書としての新しいジャンルを(紙の書簡文藝とはまた別に)成りたち得ることを予感しつつ、わたしは、この「私語」にも、意図していろんな方たちのメールを厚かましくも再録させてもらいつづけた。名張在住の「囀雀」さんの短いメールを莫大にわたしは保存しているが、また一つの文藝をなすであろうがなと見てきたのである。
神田さんの本は、一つのとても優れて佳い先魁である。こういうものが、また次々に生まれくるとき、わたしは、また新しい別の角度から推薦される「ペンクラブ会員」たちの可能を想うのである。神田さんにも北田さんにもわたしは日本ペンクラブに入って欲しいと願っている。北田さん等はかねてパソコンによる言説表現の問題を学問的に追究してきた学問的な実績もある。大きな刺激を与えて欲しいし、示唆もほしい。アップ・トゥー・デートな学者である。
2003 6・18 21
* 家の電圧が異様に下がると機械が凍り付くのでは無かろうか。昨日はこの機械部屋のクーラーが利かず、がんがん冷やしていたのが響いていたようだ。クーラーのフロンガスが漏れきっていて、買い換えだとさ。今日はクーラーがなくて、すさまじい暑さ。しかし機械は不調を忘れたように働いてくれる。暑くても、その方が今は有り難い。
2003 6・20 21
* 少し宵寝した。そのあと、コンピュータの中の莫大に保存されているコンテンツの大整理をした。一連の原稿であるのに、あちこちに別名で保存されていたファイルを、なるべく一カ所に取りまとめ、分散し或いは重複していたファィルは削除した。機械を少しでも身軽にしてやった方がいいような気がして。
2003 6・22 21
* あさっては、山田健太氏に委員長を託した電子メディア委員会の初顔合わせ。初対面の人たちとも会う。前の委員会からは山田氏のほかは牧野二郎弁護士、加藤弘一委員、中川五郎委員と私とが残った。
加藤委員の今朝のメールも、これは「闇」の奥の方へも云い拡げておかねばならない。
* 加藤@ほら貝です。
ホット・ワイアードによると、米国防総省は「隣人を見張る」ためのデータベースを作ろうとしているそうです。
http://www.hotwired.co.jp/news/news/20030627203.html
国防総省のある覚書によると、『タロン』(Talon)と呼ばれるこのシステム は、「不審な事例を憂慮する市民や軍人から寄せられる」報告を集め、迅速に共有できるようにするという。
要するに、アラブ系らしい男が引っ越してきたとか、あの家はいつもカーテンを締切にしていて怪しいとかいった
噂話の類をデータベース化し、テロリストの発見につなげようというわけです。
電子フロンティア財団のティエン氏はこう批判しています。
「噂を加速させるだけのものに、どんな価値があると言うのだろうか」とティ エン氏。「非常に根拠の薄いデータが、こういったシステムを通って広がってしまうという例はいくらでもある。人々の記録が汚されてしまう可能性は決してないと、どうやって保証するのだろう?」
閑話休題。
ご存知かもしれませんが、このところ、ネットでは倒産した出版社から古書店に、漫画家の原稿4千ページ分が流出した事件でもちきりなので拙サイトに書いた記事を転載します。
——-
このところ、「さくら出版原稿流出事件」もしくは「まんだらけ原稿流出事件」でネットは大騒ぎだが、とうとう新聞やラジオでもとりあげられるようになった(たとえば、asahi.com)。
事件の経緯は「羊羹記」がよくまとまっているが、事件発覚のきっかけとなった渡辺やよい氏の日記と、その要約版が臨場感があってお勧めである。主要サイトを網羅したリンク集もありがたい。
簡単に紹介すると、絶版漫画の復刻版を出していたさくら出版が昨年末倒産し、その直後、さくら出版に預けられていた大量の漫画原稿がまんだらけに持ちこまれ、販売されたというもの。
倒産した出版社に対して、漫画家は債権者になるが、破産の通告はなかったという。印税の未払いの上に、原稿まで流出されてしまったのだから、怒るのは当然だが、現時点では原稿流出が経営者の詐取なのか、社員の横領なのか、それとも第三者による盗難なのかは判明していないという。
まんだらけに対して不信感が生まれているのは、古川社長の発言もさることながら、まんだらけでは過去にも類似の事件が起きており、不自然な量の原稿がもちこまれた場合は、マンガジャパンという漫画家の団体に連絡するという約束ができていたのに、今回、まったく連絡がなかったことが大きいようである(弘兼憲史氏分だけで2600ページもあったというのだから、常識的に考えれば、約束がなくても連絡すべきだったろう)。
本が売れなくなっているのに、お宝市場ばかりが繁盛しているという状況は文学も同じである。いや、文学の方が本の売れない度合がひどいから、お宝市場の突出ぶりは一層際立っている。
作品を愛するあまり、お宝がほしいというコアな読者しかいなくなったのか、作品そっちのけで、お宝収集を自己目的化したファンが増えたのかはわからない。お宝探しにエネルギーを使うくらいなら、同時代作品や、影響をあたえた作品に関心をもってもらいたいのだが。
* これと帯同する大問題に、下記のようなメールガ届いている。広く知られ広く深く対策が必要な、それもパソコンでメールを用い幾らかでもモノを書いたり送受信している誰彼の別なく関わってくる、被害を受ける大問題である。
* 現在、政府・法務省は、秋の臨時国会で欧州評議会のサイバー犯罪条約(2001年11月に採択。日本政府も署名済み)の批准をするため、法制審議会に「ハイテク犯罪に対処するための刑事法の整備に関する諮問」を行っています。
サイバー犯罪条約は、インターネットを利用して行われるサイバー犯罪の取り締まりを主眼とし、国際的にどのような行為が犯罪になるのかの基準(構成要件)を定めるとともに、サイバー犯罪についての捜査方法を国際的に共通化して捜査の援助を求めるための手続を定めるものですが、特に刑事手続法の分野で多くの問題がはらまれていると指摘されています。
条約では刑事手続法の分野で、
記憶されたコンピュータデーターの応急保全(16条、17条)/コンピュータデーター、「加入者情報」の提出命令(18条)/記憶されたコンピュータデーターの捜索および押収(19条)/通信記録のリアルタイム収集(20条)/通信内容のリアルタイム収集(21条)などの立法化を義務づけています。
また条約は、国際協力の分野では、捜査要請受けた場合、ある国の法律でも別の国の法律でも、いずれも犯罪とされる行為についてのみ捜査共助する双罰性の要件を緩和しています。
これらは国内法と大きな矛盾があります。
それゆえに今回法制審議会に諮問された要綱骨子案は、サイバー犯罪条約批准のための国内法整備のためとされていますが、極めて最小限の法整備しかなされていない内容となっています。条約にそって国内法の整備をすれば大幅なものになり、強い反対の声がおきるのではないかと危惧したため、最小限の法整備しかなされないのではないかといわれています。
私たちは、改めてサイバー犯罪条約につき、我が国の憲法秩序に照らして、そもそも批准する必要があるのか否かも含めて、検討していかなくてはならないのではないかと考えています。
* 官憲と行政は、いろんな名目を立てて陽動作戦を用いているが、めざす本能寺は、個々人の電子個人情報の徹底した管理と監視と、収奪自由自在の体勢づくりだという、かねてのわたしの予測は、遺憾ながら、あまりにも着々と進行しているのである。
2003 6・28 21
* 明日は兜町で新電子メディア委員会の初会議。そして六月尽。晦日である、少し息抜きしてきたいものだが。人形町も近いし、日比谷も近いし。
2003 6・29 21
* 午後、兜町の日本ペンクラブへ。
山田健太委員長による新電子メディア委員会の初顔合わせ。フレッシュで、議論もかみ合い話題も途切れずに続いて、変わり映え十分。ほら貝の加藤弘一氏が副委員長の一人にあげられ、これは最良の働き場を得られて、何よりであった。
新委員会に対し、旧委員会からわたしが推薦したのは此の加藤氏と牧野二郎弁護士。初対面の新委員が四人参加され、いずれも適任だと思う。安心した。
今日話し合ったいろいろもそれぞれに大事なことばかりで、本当に大事なのは多岐にわたる話題をよく絞って、なにより理事会世論と理解の水準をリードして欲しいこと。われわれの勉強もむろん大切だが、それだけでは只の小人数の勉強会になってしまい、ペンクラブ引いては社会への働きかけはできない。
大事な話題のいろいろを山田氏がうまくとりまとめ整理して、いいペーパーにして理事会に挙げてくれるよう期待する。
とにかく気持ちよく和やかに会議も出来たし話し合いも出来、新鮮に興味深かった。わたしも肩の荷をおろせ、ずいぶんリラックスした。
* たくさんなメールの処置で、もう午前一時に。休息したい。
2003 6・30 21
* ADSLが普及してきて、電話代を気にせずたとえばわたしと「碁」の対局を望んでくる人もある。二日か三日に一局ぐらいなら、実現すればさぞ楽しかろうとわたしも少しウキウキする。ただ、そんなことがどうすれば可能なのかは知らない。その方の用意は、やむなくお任せしている。実現するのかな。
2003 7・12 22
* パソコン日本語での数詞・数字の乱脈に苦情を述べたついでに、メールで気付いている技術上の迷惑に、一つ触れておく。どういう設定なのか分からない知らないが、HTML文書というのだろうか、ひどいのになると、日本語の本文が一行しかないのに、そのあとへ延々と記号や何かの全く余計な羅列が加わってくる、あれはヤメテもらえないものか。何のトクがあるのか分からない。必要有って保存したいときに、いちいち余計な余分を削除する手間がかかる。
* お久しぶりです。今日は雨、甲子園の阪神巨人戦は中止となり、どちらに恵みの雨になったことでしょう。
「闇に言い置く」を拝見しました。以下は、何も知らない方への説明として書いてみました。問題点をよくご存知の秦先生に講釈するつもりではありません。念のため申し添えます。
執筆における数字の使い方については、未來社の社長である西谷能英氏が、その著書「出版のためのテキスト実戦技法(執筆編)」のなかで、詳しく述べていますので、原稿を書く立場にある方にはお勧めの一冊です。
氏は、たとえば、第一、一種、一人などに漢字が使われていないと、なんともだらしないものになってしまうと指摘しています。
さて、もう一点、
>>HTML文書というのだろうか、ひどいのになると、日本語の本文が一行しかないのに、そのあとへ延々と記号や何かの全く余計な羅列が加わってくる、あれはヤメテもらえないものか。
この現象が起こる原因は、世界最大のパソコンソフトメーカーであるマイクロソフト社にも責任があることはある。と言いますのは、大抵の人が使用しているメールソフトは、無料の、マイクロソフト社のアウトルックエクスプレスです。
このソフトでは、メールに使う文章をテキストに限定せずに、HTMLとなるように初期設定がなされています。設定を変えることにより、テキストに限定することができます。メール送信形式をテキスト形式に変更するだけで、どれだけ多くの迷惑が減少することでしょう。
ところが、ほとんどのユーザーは、この設定を変えないままで使用しているのですね。マイクロソフト社がメールソフトの初期設定をテキストにしておくだけで済む話ではありますが、マイクロソフト社はメールで多彩な表現のできるHTMLを推奨している風なところがあります。
それにしても、メーカーもユーザーも相手の立場を考えなくなってしまいましたね。
* 神戸からの、すばやいご親切に、オウと声を上げて、感謝。よく分かった。
2003 7・13 22
* そんなところへ、またも会いたいという申し入れが、電子メディア関係の新興会社から来た。長いメールを詳しく読んでも、それだけでは意味が分からない。わたしへの何か「提案」すらその社は用意していると言うのだが、見当は少しもつかない。しかし、電子メディアで、どんな新事業が動き出そうとするのかは、電子メディアで駈け出した秦さんとしては、やはり関心も興味もある。
明日の夕方、というより三時半、池袋へ出て、責任者と面談。済んだら、そのままメトロポリタンの喫茶室で校正をしてもいい。久しぶりに東武の地下バア「楽」もいいし、パルコの上でお馴染みの天麩羅もある。明日は金曜、また日比谷へいって、窓の外に珍しい鳥がくるかを見ててもいい。人形町辺まで遠足して「玉ひで」など覗くのもいい。
このところ、実は体調も大事に考えねばいけない不良患者なのであるが、せっかく外へ出た機会には、すこしでも息をついてきたい、と、つまりこんな風に想像しているだけでも、少しくつろぐ。何といっても機械の前に少なくも十数時間いるのは、度が過ぎている。ストレスも疲労も来ていて、当然だろう。
* なんだか、ヘバッているように思われるかも知れないが、実は逆。まったく逆。わたしは今、かなりアクディヴに生き生きしている。分かっている。
2003 7・17 22
* 池袋で二時間も話し合ってきた。
いわば電子版のカルチャーセンターのようなことを企画しているらしい。マスタープランは盛大に出来ている、が、実現には、まだ夥しく知恵を注ぎ、時間も人手も掛けねばならないだろう。関係者は、もう企画出来たように気は逸っているだろうが、ただの設計図らしきものが出来ているだけで、人の住める家など、一間分も建っていない、まだまだ。
わたしには「文学教室」を預けたい申し出のようであったが、わたしの実務感覚ではすべてはまだいわばゼロ段階。「一」を起立させるまでに、無限大の尽力が必要と見た。ここまでの企画なら、ちょっと数字と紙とを用いれば誰にでも出来る。その先が問題だ。
わたしには、この申し出を受ける気がない。わたしの文学教室は、「ペン電子文藝館」であり「e-文庫・湖(umi)」であり、そっちは軌道にのっている。この上、酬いられない時間を捻出する余裕も無く、かりに有ったとてわたしでなければならない仕事ではない。
* そのあと、一人でパルコの「船橋屋」にあがり天麩羅で夕食。甲州の「笹一」をコップに二杯。枡にコップを入れてきて、瓶から注いでくれる。店員によっては、だぶだぶとコップから溢れさせてくれる。意地汚いが、この溢れる分が酒飲みには嬉しいのである。まっさきに枡に溢れた酒をキューとのどへ引く。
天麩羅は申し分なく、しかし、祇園祭だなあと思いつつべつに頼んだ鱧の落としは、ま、仕方ないが京の鱧とは同じ肴と思われないシロモノ。それでも、機嫌良く食事してさっさと西武線に乗った。
しばらくぶりに「ぺると」に寄り、コーヒー。マスターの森中君としばらく電子メディア談義。わたしの「e-文庫・湖(umi)」システムは、この人の作品である。
2003 7・18 22
* 人と人とがまともに、正面衝突するようにぶつかり合うことは、ありそうでなかなか無い。ときとき大相撲でオデコが鳴り響くほど立ち会いの瞬間、ぶつかっている。真剣勝負であり、あれには勝ちと負けとが結果として出る。
ふつうの人間の出逢いは勝ち負けではない、が、それなりに押しそれなりに退くということは生じ、それが微妙に交替して、世界中にひとつしか無い色模様を織り上げてゆく。そういう体験のまるでないまま生涯を終える人すらあるらしい、が、「孤立」という本当の意味かもしれない。
こういう烈しい正面衝突は、得ようとしても得られるものでなかった、まして男女となると昔はほんとうに大変な難事の一つであった。そもそも出逢いのきっかけも掴めなかったろう、なかなか。
現代日本では、おどろくことに、すさまじい携帯電話とメールの氾濫。擬似的な出逢いは松島湾の牡蠣の殻のように山と積まれている、が、中身は容易に入ってこない。「いま、真実、何を愛しているか」と学生達につっこんで行くと、ここに此の「真実(心の底から)」という二字が入っているので答えられない、自分には「真実心」が枯れていた失せていた必要としなかったことだけが事実ですという、嘆きの声が、紙になって山と積まれた、目の前に。
メールは「恋文」であると、たしか「ミマン」に請われて書いたことがある。そのつもりで書かないとメールの言葉は破綻を誘う。冷たいし硬いし。だから若い人達は盛んに泣いたり笑ったりしている安いマークを書き込むらしいが、あれが頻発するに連れて、ますます「真実」に遠ざかって、髪の毛より軽い言葉が、ほこりのように舞ってしまう。そこからは「真実」は生まれない。生身を傷つけ合うほどこすりあわせる衝突の勇気は、現代人からはうすれ、機械の闇という安全なスクリーンの陰から、影だけを送り出してしまう。意図してそれをやってしまう。
現代の「付き合い」の最も危険な軽薄さが、メールという手段には混じる。その険悪な犯罪的結末が、出会い系サイトなどを介したメール文明の滓のように、新聞雑誌に溢れて、それも氷山の一角。
メールを介してでもいい、正面から火花の散るほどの真実の衝突が生まれるなら、現代人は、昔の人達よりは何層倍も幸福ではないだろうか。
だが、電子の影をおもちやにし過ぎると、或いは甘んじていると、自身がひどく蝕まれることも承知していないと。
つまり、それだけでは、生身の人と人との出逢いは本当には実現しない、ありえない、からだ。
「闇に言い置く」のは、あくまでも独語である。私語である。創作である。
そして実は盛んに語り合っているようであっても、メールも電話もまた質的には私語の域を、独語の域を容易に出られない、またはいわゆる類型のアイサツを出られない。風花よりもはかない消える言葉をまき散らしながら、まんまと闇の「幕」で自身を保守し、さも大胆になっている気なのだ、だがそれは小心な行為に過ぎない。
わたしが、若い人ほど電子メディアを恐れて欲しいと願うのは、電子メディアを安易に使いこなしている内に、いつも己れに対し、ただの「影を演じさせ」てしまうのに狎れるからだ。それではあまりに若い「時」が惜しまれる、二度とは戻って来ないのに。
「電子の杖」は、むしろ「e-OLD」に有益だ。それなりに年寄りはながく言葉とも世間とも付き合ってきているから。硬い殻に押し込められていたかも知れない言葉と生彩とを、年配の人が取り戻して行ける。その佳い証跡にはいくらも出逢っている気がする。わたしも、その気持ちで「私語」を紡いでいる。
だが、それだけで生きてはいないのである、それが肝心だ。
私語は真実の会話へと繋がってゆかねば意味を半減するのである。
2003 7・20 22
* 田原総一朗の番組がかなり燃えていた。警察が辻元清美に取引を申し出た、その一つが、「総選挙に出ない」なら逮捕はしない、と。田原はそれを確実な情報、常識ともなっている情報と断言して、われわれに伝えた。こういう「敵」と、われわれ私民はほぼ素手で向き合っている。
こういうときにこそ、電子メディアを私民たちよ、若者達よ、駆使せよと言いたい。批判の監視の抗議の抵抗の網の目を率先押しひろげよと言いたい。
そのような闘いの有力な手段となりうる、私民の、個人の「電子メディア」の力をこそ政府与党は最もおそれ、総力で潰すか奪うかしたいがために、前総理、現内閣、澄ました顔で、ここ数年、いろんな曖昧模糊として悪辣な立法行為を積み重ねてきた。あなたのパソコン情報、個人情報の羽をもぐのを、秘めた狙いにねらい打ちし続けてきたのであることを、どうか、眼をみひらいて識りたい。
人よ、もう政治的不正との戦いの武器は、あなたの自由そうな機械の中にしか無くなりかけている、しかも自由なんかではもう無くなりかけている。そこを深く弁えて必死に押し返さないと、民主主義の、主権在民の、基本的人権の「自分の力」がもう大切に守れなくなる。たとえば住基カードのことも、今や問題点も忘れようとすらしているが、とんでもない未来支配へのきつい権力のプランであることを、洞察し想像したい。あなたの情報を満載した機械のハードディスクは、簡単に官憲に持ち去られる時代がすぐそこへ来ていると想う力が、力になる。
2003 7・20 22
* 明後日は茅場町で二度目の新・電メ研。真夏。どれほど人が寄るか。そして七月が尽きる。八月は、まちがいなく、息苦しいほど気ぜわしいプレッシャーのきつい一月になる。夏休みどころの騒ぎではないだろう。夏痩せするぐらいが楽しみだが、これがそう甘くない。食べないと疲れるし食べると減らない。やいやいやい、と云いたい。
2003 7・29 22
* 日記のようなメールも、届く。ビタミンに。一服もできる。
日本列島は長い。しかし電子メディアは、みな、「すぐ・そこ」のように錯覚させる。眼をとじ、闇に入れば、距離というものは無いと気が付く。何も無いと気が付く。
2003 7・29 22
* 「電子の杖」を買い求めた「E-OLD」が日々に増えて行く。うまく付き合えば空飛ぶ絨毯にもなるし、贅沢なただのゲーム遊び器にすぎないまま、飽きられもする。若い人達でなく、老境に入っていく人たちにこそ、パソコンが「謙虚に杖」になって欲しい。学校へ通って、などわたしは奨めない。強いられた技術の知識は、人間が機械に使われてしまう悪しきプレッシャーを生みかねない。機械も傲慢になり人間は卑屈になる。機械に詳しいなど、行き過ぎるとヘンに下卑てしまう。分からないことをタップリ余しながら大人しく付き合っていれば、人それぞれ程の佳いいい友達づきあいが生まれる。大事なのは技術の知識であるより、それとも共に、どう暮らしている、生きている、か、だ。
2003 7・30 22
* 文藝家協会から、電子本の出版契約に関して質問してきた。かつて電子メディア委員会でわたしが起草し製作した「電子出版契約の要点・注意点」は、今も有効な小冊子であり、この問題での先魁の文献資料である。手元に電子化しておいたファイルがあり、協会事務局に今、送って置いた。少しずつ動こうという気配になっているようだ。
2003 7・30 22
* さ、電メ研=電子メディア委員会に出掛ける。真夏で人の寄りはすくないだろう、こんな日は一人でも参加してあげないと委員長は気の毒。
兜町のペンは、乃木坂時代ほどではないが例会のある東京會舘より遠い。けれど足場はよく、地下鉄は東西線と日比谷線とが交叉していて、秋葉原から新宿へ、御徒町から上野の街へ、大手町や高田馬場へ、人形町へ、日比谷・有楽町へと、かなり自在。帰りにはどっちへ行こうかと、こういう楽しみもある。兜町・茅場町の地元にも日本橋らしい店はいくらも見つかる。
乱歩など読みたいものが溜まっている。プリントなので、重くもない。今夜は明かりのいいところが有り難い。体重や血糖値のためにも、あまり食べずあまり飲まずが良い。
2003 7・31 22
* 会議時間の四時に一分前、着。珍しい。たいてい二三十分早くに会議室入りしてきた。六人。広い円卓にうまく散開して、雑談めきながら、かなりっつこんだいい討議が出来たと思う。われわれの、いや、わたしの情報交換・意見交換としてはほぼ申し分ない展開、勉強になるが、だが、それらから何をどう整備して会員に手渡して行くか、そういう電子メディア委員会でもあるので、ときどきブレーキもかけて少し立ち止まり、思案に緩急や軽重をはからねばならない。
電子著作権、その出版契約書の試案をつくってみることなど、特に大切だと思う。今なら、ある種の「理想」を憲章的に盛り込んで行けると思う。電子出版の「胴元」を誰がとるかといった議論は、評論的に過ぎて、危ない藪をつついてしまうことにならないか。どうしても経済原理や技術原理に主導されて、著作物の「質的」な擁護や人格権の擁護があとまわしになる。興味がもっぱら社会学の方へ行ってしまうが、それも必要だが、電子メディアには根から弱い著作者のための指針や支えの杖が、必要なのである、ペンとしては。その意味では、純然の書き手が委員に少ない。作家はわたし一人で、わたしは少し特殊な存在であるだろう。あれは別、と観られている。
普通の作家感覚から電子メディア上の権益や主張がされねばならないだろう。出版と技術のための著作権ではないだろう。著作視野の著作権を考えて行かないと、評論に終わってしまう。
いい会議で、済んだときはかなりの時間超過。
2003 7・31 22
* 中学・高校の頃の友人で、「湖の本」を久しく支援してくれている、その夫人から、時折、メールをもらう。メールでなく「作品」も来て、感心することもある。
今夜も、かなり長い「実話」というものがメールに添えて送られてきた。京都大学のころの仲間内の再会などが書かれている、のかも知れない、長いのでまだトバグチをちらりと見ただけだが、「電子メール」というものが機縁として働いているように思われる。
* 電子メールは、なみの郵便の手紙・ハガキとかなり性質の異なるもので、慣れれば慣れるほど、特殊な性質に利用者自身が「おどろいて」いることがある。手書きのハガキや郵便では決して書かないことが書けるし、ふつう書くようなことが平気で省けたりする。
わたしは、メール往来の繁多な特定例は、我ながら気をつけ意識してフォローしているが、不思議な「虚実皮膜の間」にスパークする火花のような創作性を感じていることがある。虚でもなく実でもなく、しかし現実に推移して「ドラマ」が成ってゆく、とでもいえるのだろうか。わたしが若ければ、嬉しがって小説にも物語にでも仕立てたがるであろうが、そういう動機には流石に動かされない。ただ、静かに眺めているに過ぎない。
2003 8・3 23
* 黒い少年に起こされたのが、六時半になってなかった、四時間と寝ていない。二階にあがって、ずいぶん沢山此処へ書き込んだところで、フリーズ。この頃ソフトリセットが利かず、強制的にリセットを強いられる。おかげで書いた総てが消えた。やれやれ。
2003 8・6 23
* 建日子が、盛んにフラッシュメモリーなるものが「便利だよ」と演説してまた自動車で仕事場に戻っていったが、コトが機械関連になると、いくら雄弁に説かれてもなかなか頭にうまく収まらない。あんなもの持ち歩いてて紛失したらコトだなあと怖じ気づいた。しかし、新しそうな面白そうなツールには、何によらずいたく好奇心は誘われる。
2003 8・8 23
* 京では大文字とも想えないほどの涼しさ、冷えこみよう。
『ゲド戦記』の終巻「アースシーの風」が示唆していたように、地球が、根底のところで傷ましく病んできたような不気味さ。アメリカ、カナダの広域大停電が、二昼夜に及んで原因すら掴めず、復旧にも手間取っているおそろしさも、肌に伝わってくる。科学的には理由は簡単につけられるのだろうが、テロでなかったとも断定できていないし、たとえテロでなくても、そうする気なら出来てしまうのが、サイバーテロの恐ろしさである。映画「ザ・インターネット」のように政治的経済的に迫るテロもあれば、停電やダム破壊や列車妨害のような生活線から侵してくるテロもありうる。
だが、どこかで人の内側が侵されている、ともいえる。安易にお題目や空念仏のように「心」に頼んで、その心が軽薄で実のない要するに分別心でしかないとなれば、いまの世、人の分別心は利害の利の方にばかり働いてしまうのだから、「心」を振り回せば振り回すほど、現代の蟻地獄は深く凄くなってくる。わたしだとて、何の例外であろうや。
* 絶やさず来ていた人のメールが、ひたと止まることがある。機械の故障も待ったなしに突如起きる。起きてしまえば、どうにもこうにもならないのが機械というヤツの傲慢さ、お手上げになる。回復には金と時間がかかる。よくよく考えれば傲慢なのは機械でなく、人間の無神経さにある。わたしだとて何の例外であろうや。
2003 8・16 23
* もし「手書きの郵便」時代なら、だれもこんな「思い出の記」を、書きも、まして送って来もしなかったろう。小説家に手紙をだすなんてイヤと、男も女もよく云ったものだが、メールの時代になり、むしろ隠れていた鉱脈を掘り進むかのように、だんだん滑らかにモノを書いてきて呉れる。そうなると逆にこっちが物書きであるのがメリットにさえなり、読み慣れない相手に送るよりも送りやすくなるらしい。
わたしは「物書き」という立場をやや中性的中立感覚で守っているから、こういうメールにも深くは関わろうとしない、送られてきたら読むだけである。昔なら失敬して「小説」にと考えたに違いないが、そういう色気はもう無用と考えている。「小説」を書くなら、私自身の根からだけ掘り起こしてきたい。
しかるべき人なら、こういうメール文化の情況を、時代の批評としても解析するだろう、が、わたしは、それは意識して楽しんでいるけれども、厄介な議論の議題にまで深追いする気は少しもない。
この人の、この親族間の過去層へ亘って行く関心や追憶のうごきは、もう少し踏み込んで行くと、もっと纏まった回顧録へ繋がって行くだろう。これも歳、かも知れない。出来ることはしたらいいだろうと思う。
2003 8・20 23
* 湖の本の刷りだしはまだ届いていない。趣旨送本したり依頼送本したり新寄贈したりの宛名書きがのこっているけれども。
さ、本が運び込まれるまでに何日有るか、それまでは、すこしそわそわするものの夏休み気分の日々になる。何のアテもない、が、暫く街へ出ていない、漫々的に出歩いてみようと思ったり。
この頃、いわゆる郵便物に目を通すのが遅れがちになる。ものが積み上がるからだが、つい電子メールが捌きやすく読みやすく返事もしやすくて、そういう面からも余儀なくディジタルデバイドは起きている。
2003 8・24 23
* 郡虎彦、江戸川乱歩と校正が相次ぎ、校正作業は手が抜けず息も抜けず、一つ間違えて機械が凍り付くと、ゼロから、またやり直しになる。ウンウン唸る。
* さ、明日午前中には通算七十六巻め「湖の本」の新刊が出来て来る。即座に発送作業に入る。九月三日中にほぼ片づけば、四日は、久しぶりに我當の舞台が楽しめる。
なぜだか、ふつッとメールの途切れる人がある。ああ、また機械のトラブルかと同情する。機械の故障にだけは勝てない。物騒な一団から目を逸らし頭をさげるような按配で、ひたすら低姿勢に、機械の「お気持ち」に逆らうまいとつとめている。なるほど「お機械様に使われ始めている」らしいぞ、要心、要心。
2003 8・28 23
* フラナガンという人の「モダン・アート」(原書)は学生の頃からの愛読書だった、図版多く記述は具体的であった。中にマチスのデッサンがあり、大好きだった。袖無しのブラウス姿で安楽椅子に身を傾けてこっちを見ている女性であった、二の腕、スカートのお尻のまるみ、そして瞳。魅惑の線の味わい。豊麗の印象は、また清潔でもあった。
全くの白地に黒い線で描かれているので複写は簡単だった。だが、やはり本の中でいちばん綺麗な線が出ていた。昔の「写真」版だから、大きくコピーすると写真版独特の線があらわれ印象を濁す。
スキャナーで再現した写真で、時に再現が出来なくなってしまうものがあり、今まで諦めていたが、「自在眼フライト」というソフトで扱うと写真が現れてくれる。気が付かなかった。一つずつ覚えて行くものだなあと思う。わたしなど、パソコン教室風のところへ行ってみても、一日と辛抱できないだろう。
むかしむかし父に強制されて夏休みいっぱい大阪門真のナショナル(松下)工場へ出掛けテレビジョンの講習を受けたが、徹底して何も頭に入らなかった。ひたすら苦行であった。
2003 9・2 24
* あすは、電子メディア委員会だが。この残暑厳しい中で、関西からもわざわざの参加は、ま、ムリなはなし。遠方の人は、メーリングリストを有効に用いて討議に加わって貰えれば、可。そうではなかろうか。そのためにも、東京近県の委員を増員して、少なくともいつも五人から七人での会議が成り立つようにした方がいい、と、山田健太委員長に進言してある。
2003 9・11 24
* あまりの残暑厳しさに電子メディア委員会は人が寄らず、流会となった。今日の戸外のギラギラと眩しいこと暑いことは、言語道断。
暑さのせいではないが、昨夜は三時間余を眠っただけで、六時には物音で目が覚めてしまった。もう一度寝入るのも面倒で起きて、妻と赤飯を祝ったのである。私の留守に、妻は十余年来、初めて娘と電話でしばらく話すことができたという。二人のためにとても良いことであった。母と娘とのあいだに、表向きであれ裏側でであれストレスが緩和されるなら、まちがいなく良いことである。「親不孝をしていて申し訳ありません」とすぐに朝日子は母にアイサツしたという。
2003 9・12 24
* 玄関外への訪問者との対話に、新しい音声と写真のツールを用いるらしく、階下で電器屋さんが工事しているようだ。
同業の誰に聴いても、いたずら・無言電話がくると聞く。我が家でもひところよく有ったが、最近でもたまに有る。だが新しいツールでは、掛けてきた相手の電話番号が分かる(ことが多い)。同時に録音できる装置も出来ている。ま、いたちごっこのようになりがちらしいが、便利が頼もしいか、アテにならないか。機械のおもしろい時代とも、機械がコトをややこしくしているとも、謂える。
2003 9・19 24
* この「私語」を十四日分まで文意や表記を整えて、「私語の刻24」に移した。それから、意を決して本の一冊分をぜんぶスキャンした、これは自分の用に。以前、一冊をまるまるプリントにとっておいたので、スキャナーへ一頁ずつ差し替えるのがラクだった。それでもほぼ一日を要した。単行本から直か置きのスキャンならもっと手間がかかり、歪みも多く不正確になる。まるまる打ち直す頁も出る。面倒でも先ずプリントコピーを作るのが、急がば回れだ。それでも完全な校正を要することは同じで、現在のスキャナーの能力では百パーセント正確な識字印字など不可能。それが九十九・九パーセント正確であったとて、残る ○・一パーセントの校正を省いていい訳でない。そこが、きつい。そこは守らねばならない。
* 御陰で今日わたしの機械部屋ではベートベンの三大ピアノコンチェルトが四壁にしみいるほど鳴り続けていた。月光・熱情・悲愴は、それほど聴いていても、飽きない。名曲はすばらしい。グレン・グールドで聴き、ホロヴィッツで聴き、アシュケナージで聴き、浅井奈穂子で聴き続けた。これが同じ曲かと思うほど演奏者により印象が変わるのにも、今更に、おどろく。
スキャン作業は全く機械的な作業なのだが、途切れ目なく流れ続けてちっとも手の抜けない作業であり、手順を間違えるとたいへん難儀なやり直しを強いられる。四十回から五十回繰り返すのが限度で、少し中休みして手を止めないと、疲れて集中力を欠きミスが出かねない。一度ミスすると厄介千万。積み重ねた作業分の全部をうっかり消去して泣いたことも何度もある。懲りてずいぶん慎重になったが、疲労には勝てない。
いま私の手元でスキャンの必要な作業が、なお十件ほど溜まっている。苛立つとそれが負担になるので、なるべく軽く忘れている。肩凝り。バンザイすると骨がきしんで、鳴る。
2003 9・23 24
* 朝一仕事して、念のため長大なファイル一つをフロッピーディスクに保存しておいた。それからマウスを掃除したところ、中のこまかな装置をはじき飛ばしてしまい、修復不可能。まいった。
* 病院に行き、帰りに「さくらや」に寄り、教えられたマウスを買って帰った。これまではマウスの腹にゴムマリのようなものが廻転していたが、いまはちがうらしい。なんだか異界から侵入してきた宇宙船のように、腹に赤い電光が。すこしきもちわるい。しかもなかなかうまく繋がらなかった。布谷君にメールで泣きを入れておいたりし、あれこれやっていたら、にっちもさっちも動かなかったのが、ふと動き出した。マウスのポインターが動かないかぎり、自作機械は全くにっちもさっちも行かないのである。
どうして動きだし、どうしなくて動かなかったのか、今も分からない。今動いているのが、また電源を切ると次はダメかも知れぬと心配だが、今のうちに出来ることを手早くしておく
2003 9・26 24
* わたしの面白くないゴタクより、やはり小闇に、少し「私語の刻」を賑わわせて貰うほうがいい。小闇のホームページをわたしの他にどれほどの人数が見ているか知らないが、カウントのかなりの割合はわたしであるかも知れない。とにかく読者は多い方がよかろうし、わたしの「私語」に「角度」もつくので、宣伝のつもりであつかましく転載させて貰っている、ゆるせ。
* 定型 2003.9.25 小闇@tokyo
会社で十二時間くらい働いてまっすぐ帰ってさっとシャワーを浴び、パソコンの前に座ってビールを飲みながらあちこち覗くのが、好きだ。どれかひとつでも条件が欠けると、爽快感は目減りする。
労働時間は十二時間くらいがちょうど良い。会議は嫌いだが、日に二回くらい短い打ち合わせがあると、それまでに手元の仕事にけりをつけようとするので、結果として効率が上がる。それでも十時間くらいすると集中力が落ちてくるのが分かって、お腹が空いてきて、ゆっくりとクールダウンする。
平日は湯船につからない。シャワーだけ。風呂につかるとリラックスしすぎてしまう。さっと浴びて「脱いだ」気持ちになるくらいでいい。
パソコンの電源を入れ、メールを確認し、いったん机から離れて新聞を読む。で、捨てる。
テレビはつけない。すぐ横にあるのでつけても良いし、むしろ情報収集のためにはつけたほうがいいと思うのだが、習慣である。
ゆるゆるとサイトを巡回することもあるし、その前に自分の書き物をすることもある。仕事が忙しいときはたいてい、書き物が先。仕事の途中で、ああ、あれを書こう、こんな風に、と、だいたいできあがっているからだ。
そうでないときはあちこちを読みながら、なんとなく考えている。ビールは既にプルトップを起こしているが、ほとんど減っていない。
で、帰宅して2時間くらい経つと、明日も俺はやるぜ、とか言いながら10メートル歩いてベッドにうつぶせてそのまま朝。
* おじいちゃん 2003.9.26 小闇@tokyo
職場に、私が密かに必殺仕事人と呼ぶ上司がいる。仕事がはやくて優秀。私がこの仕事を続けるなら、ああなりたいと心底思う。ちょっと口べたなところも職人っぽさを際だたせる。見ていると、特に女が苦手なようで奇妙なシンパシー。これで酒癖さえあそこまで悪くなければ、一生着いて行きたいと思うほどだ。
今日、書いた文章をその仕事人にチェックして貰った。すぐに反応。私の職場では珍しいことだ。
「あのさあ、最初の七十行、書き直して」。曰く、簡単なことを難しく書きすぎているという。なるほど、その通り。「もっとさあ、ちゃーっと、ぱぱぱっと書いていいんだよ」。ちゃーっと、ぱぱぱっと。困る私。もっと困る仕事人。見つめ合うふたり。
「だからさあ、話しかけるように書けばいいんだよ、ほら、おじいちゃんに説明するみたいにさあ」。
バラバラバラバラっと、焼夷弾もかくやという勢いで目から鱗が落ちた。話しかけるように、おじいちゃんに説明するみたいに。「ああ、それならできるような気がします。すぐやります」。
子供に説明するみたいに、と言わないあたりに好感が持てる。さすが不惑の独身男。と、思ったのだが。
いざパソコンに向かうと、おじいちゃん、という言葉に触発され、父方の祖父でも母方の祖父でもなく、ごま塩頭でいつもニコニコしている、この手の話題にはちょっと疎い先生の顔が浮かぶ。茶化すつもりは毛頭なけれど、同軸ケーブル=光ファイバだったり、光学式マウスが「異界から侵入してきた宇宙船」だったりだもんなぁ。あの人に理解して貰えるように書くのか・・・。
それは、例えば経済や文学を、私に判るように書けというのに等しく、ちゃーっとより書くよりも、ぱぱぱっとより書くよりも、ずっと難しい。というわけで書き直しの手は止まったまま。本人はきっと気付いていないけれど、あの発言は、仕事人本日唯一の不覚。
* ついに「おじいちゃん」にされてしまった。
2003 9・27 24
* どこへ寄る気もなく池袋に戻り、「さくらや」で昨日と同じ光学マウスをもう一つ買って帰った。
2003 9・27 24
* サイズのばかに大きい正体不明のメールがこのところまた盛んに飛び込んでくる。そんなのは正体不明のファイルを送り込んでくる不良メールに相違ないと、すべて水際で削除している。おかげで、真面目な、まともな、新しい知人のものも混じってしまうかも知れないが、機械が傷むのは避けたくそのリスクは諦めている。題名できちんと伝わるよう配慮してあれば、むげに間違うことはない。
2003 9・28 24
* 少し不安が。つい今し方、まったく原因不明で画面が消失し、二回それが続いて、セーフフモードを指定し、立ち上げて直ぐまた再起動して、辛うじてという感じで復帰した。一度は書いていたモノが消え失せた。機械の故障・不調、そしてウイルスを心配しているユーザーが多くなっている。いつこの機械も不通になるか知れない。
2003 10・2 25
* 七時に起き、一時間ほどサーフィン、あちこち、いいところやよろしからぬところを覗いてまわった。底知れず機械世界は無際涯。いいとこ取りをしないと、時間を空費する。
2003 10・3 25
* 電メ研のメーリングリストがほとんど稼働しないので、住基問題はどうする気かと、小石を投げ込んでみた。やっと、弁護士の牧野委員らから三、四意見が交わされ始め、ほっとしている。電子メディアの問題は、膝に手をおいたままでいると、ただたた過ぎ去り流れ去り、そして問題は垂れ流し気味に増してゆく。やはり適切にタイムリーに反応して行けるようでありたい。
明日の会議は、めったになく六時から八時という晩景。疲れずに帰りたいが。
2003 10・9 25
* さ、今日は久しぶり、電メ研。まだまだわたしは枯れ木も山の賑わいを努めてあげねばならない。人が寄らねば委員会が成り立たない。電子メディア委員会はよくぞ創立したと誇らしいけれども、維持と運営とは苦しかった。苦しかった。山田委員長は支援しないといけない。
2003 10・10 25
* 電子メディア委員会は、「住基ネット」の問題に最も多く時間をさいて議論したものの、なにも決められなかった。なにも具体的に進みそうになかった。
せめて何がなお未だ大きな問題であり、それに対し、せめて國と行政との暴走や、未来における恣意的な拡大悪用の恐れに対する歯止め請求などはしたいと、わたしは強く願うのだが、委員長以下、さまでの熱意は感じられなかった。落胆した。
* 電子メディア委員会は、どういう活動が望ましいのか。
幾つもの問題や課題を列挙し、その一つ一つを委員が分担して報告し討議するという委員長試案には、疑問をもつ。ダイナミックではないからだ。
電子メディアの世界では、今日明日にもまるで予測しなかったような事態や問題が突発するおそれがある。委員会は、そういう事に対して日本ペンとしてはどんな姿勢で対応するかを理事会に素早く具申して行けること、それが最大の使命だと思う。それをメインにしながら、他方継続して特定課題への学修や検討や試案を出してゆく。その両翼を拡げていないと、この時代のトピックスに対し対応できず、いつも冷えた問題の蒸し返しにかかることになる。火花のちるような咄嗟の適切な対応が出来なければ、「電子メディア」時代の電子メディア委員会に成らないではないかと思う。
2003 10・10 25
* ひやりとする初体験をした。キーボードが利かず、一字といえどもどのアプリケーションでも書き込めなくなった。カーソルが動かないし、パスワードも打てないのである。レジューム状態からすんなり起動しなくなり、機械と画面との連携が働かなくなったので、あちこちキーをむやみに叩いているうち、画面は出たが、キーボードが働いていないらしいと分かった。ホームページも一太郎もメールも完全に使用不可能状態。ネットワークが利かなくなっているという。青くなった。これはまたしても布谷君に懇願しなくてはならせないかと胸が痛んだ。
そこから回復しえたのは、機械本体裏の何だか分からないスウィッチをオフにしオンにし直したら、再起動し、そして不正電源オフによりエラーを生じているおそれがあるからと、機械が何だか調整か試験かを始め、その結果元へ戻してくれたのである。
理屈は何も分からない。途方に暮れてヤミクモに試みたことが、たまたま当たったらしいだけの結果で、冷や汗をかいている。
どんなことで、わたしの電子メディア活動は全面停止してしまうか知れない。それは覚悟しておきたい。わたしから急にメールが届かなくなったからといって、「病気」と疑うよりももっと普通に「機械環境の不如意ないし潰滅」と想像し、寛大であってほしい。前もって「闇」のかなたへお願いしておく。
2003 10・12 25
* アイピローのAさんから、ホームページに写真アルバムをつくる方法を懇切にメールで教わったが、まだ難しい。わたしは、写真を扱う関連のソフトでは、「自在眼フライト」「花子フォトレタッチ」「アークソフト フォトスタジオ」「シャープスキャナー」などを機械に入れているが、自在眼フライト以外は触っていない。写真はマイドキュメントのマイピクチュアに纏めてあり、JPG が数多く、GIFがまじり、PSDも少し、BMP、JTD、HTMというのも一つずつある。自在眼を使うと写真の拡大縮小が出来るので楽しんでいるが、ホームページに送り出せない。
2003 11・1 26
* メールの調子がわるい。ルーターと同調し接続しない。そのオプションを外して接続しているが、その場合もADSLが働いているのかいないのか不安であり、わるいことにこれだと、電話を繋ぎっぱなしに出来ず、メールソフトを使っていないと自然に切れている。また使おうとすると一々新たにダイアルしなくてはならない。前にもこんなことがあった。どう調整したのか記憶していないのが困りもの。
*まだ写真をホームページに入れる手だてが掴めない。そのかわり、いろんな写真関連のアプリケーションが機械に入っているのを見つけ、順繰りに触っているうち、写真に加工が出来そうなことなどを少しずつ覚えている。へえ、こんなこと出来るんだということが、まだまだ無数に此の機械に隠れている。おもしろい。
2003 11・5 26
* むやみとルビをふる必要のあった校正を終え、あとがきも書き終えて、送った。心持ち風邪気味か頭痛がある。おととい所沢を歩いたときから微かにあった。妻が聖路加通院で、少し気分をわるくし一時間ほどベッドを借りて寝てきたというのも風ぎみなのではないか。こういうとき、つい酒は百薬の長と称えたくなるのがわたしの病気かも知れない。しかし気にかかっていた仕事を前へ押し流したので、気は楽になった。楽にならないのは電子メールの不調である。放りっぱなしにしておいても直ぐ切れてしまう。いちいちやり直すのが面倒くさい。
* ニフティの問い合わせ窓口でも専門でないので答えられない、明日改めてかけてくれと言い出すので、ならばと、あれこれ独りで以前のことも思い出し出し、ルータの設定を変えることを思いついて、無謀かなあと思いつつやっつけたら、幸い(なぜだか分からないが)しつこかった不調が綺麗に元へ戻った。ありがたい。
2003 11・6 26
* 電子メールがこう普及しなかったら、日記も書かなかった、手紙も書かなかった夥しい人数が、いつしかに消息を告げあったり、感想を伝えたり、意見を述べあったりという機会は殆ど無かったろう。おどおどと手探りでキーを叩き始めた人達が、いつのまにか達者なE-OLDにもなり、自在に日々の思いを「文章」に託してソツなく、だんだん上手になる。
これは新しい文化と認定できるのではないか。
わたしのこの「闇に言い置く」サイトを覗き込まれている人達は、私のセッカチに騒がしい転換ミスだらけの文章にまじって、いろんな「表出」が織り交ぜられてあるのを、むしろ今では楽しまれているであろうと想像する。小さいながら此処に「世間」が浮かび上がり、ま、似た者同士にはなっているけれど、バラエティが無いとも言えない。
いわゆる「掲示板」はそれに当たるという人も有ろう。わたしはそう思わない。あれらの絶対大多数は無責任な落書きであり、垂れ流しの放言であり、有名な誰かが、いみじくも譬えたように、ときには「公衆便所」なみの臭気に満ちている。社会は普通の人の普通の言葉で基盤を形作られていなければ、壮大なものをその上に築き重ねることが出来ない。電子メディアのなかで、電子メディアなるが故に突飛で軽躁で浮薄な無責任言説だけが泡立つのでは、インフラ(社会構造の基盤機能)とは成り得ない。そういう飛び跳ねた現象はしかしまた社会の全体から見れば、極微少量でしか無い事実もぜひ分かっていたい。普通にまともに、少し遠慮がちに暮らしている普通人で、此の世は成っている。そういう人達の普通の言語生活を電子メディアが少し活溌に可能にしつつあればこそ、電子メディアはいよいよ、漸く、インフラたりうるのである。
2003 11・10 26
* ちょくちょく、来たメールを開くつもりで消してしまっている。慌ててその人にもう一度送ってと頼むことになる。同僚委員の村山精二氏に、申し訳ないもう一度お願いと頼んだら、送っていないと言われてしまった。手の込んだイタズラではないかと、そういう例を自分も体験していますと。やれやれ。何にしても私のタガがゆるんできているということか。やれやれ。
2003 11・13 26
* メールで送ったつもりの原稿が、べつの方角へ送られていたらしく、また送り直すという情けない失敗をちょくちょく重ねている。
そんな中で、機械故障をうったえてくる人もある。たしかに機械というのは故障する。直して貰わないと困る。
2003 11・17 26
* 電メ研、どうか、うまく働いて行って欲しい。
2003 11・18 26
* 西垣脩詩作品のなかに傍点のふられた箇所があり、PDF版では傍点が付き、本版=普通版では行間に影響しないようにはふれないらしいと分かった。しかし下線は問題なく引けることを、わたしは今頃知った。なんというドンなことだろう。しかし、日一日と進むにつれいろんなことを覚えて行く。今宵ではない、今夜おそくにも、やたらもたもたと試行錯誤している内に、どうかしてこうしたいと思っていた写真の処理が、思いがけない遠回しなところから手をつけてみたら可能になって、深夜に気分が浮かれている。まことに無邪気なのか有邪気なのか分からない、へんなE-OLDである。
2003 11・29 26
* デジタルテレビが開局した。いいことなのかどうかはまだ判断できない。しない。
2003 12・1 27
* 「ペン電子文藝館」を別サイトに取り込んで発信させて欲しいという要望が寄せられたが、明確に、お断りした。著作権が切れた作品でも「ペン電子文藝館」では受発信と作品のことを考慮し、万般の工夫と苦心を重ね「編集権」が既に発生している。そもそも、たんなる読み物ではなく、文筆家団体であるペンクラブの歴史的な文化事業として、多くわれわれの先達への敬意と感謝をこめて、人も作も、選んでいる。ただ読んで貰えば済むのでなく、電子文藝館という一つしかない施設、記念館保存館としての固有の意図を持っている。
まして著作権の切れていない人達の作品は著作権者の日本ペンクラブ電子文藝館なればこそという約束で作品を寄託寄附してもらっており、いわゆるリンクを「承諾」した場合を除いて「転用・転載」はどんな形ででもお断りするのである。背後に大勢の著作権者をかかえた文筆団体として当然の姿勢。
2003 12・4 27
* 加藤@ほら貝です。秦さんのご推薦ということなので、毎日新聞の記者に電子書籍についての感想をあれこれ話してきました。
話した内容をまとめて、拙サイトに載せましたので、転載します。
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Dec03
電子書籍について某紙から取材を受け、普段、ここに書いているようなことを話してきた。
今、話題の松下v.s.ソニーの電子書籍専用端末は、どちらも読者の支持をうるのは難しいだろう。Book Offと図書館で満足している読者に4万円は高すぎる(一桁違う)。マニアックな読者なら4万円出すかもしれないが、彼らは本や雑誌というモノに引かれているのであって、中味だけではそそられないだろう。
研究者や物書きはパソコンと連携しないシステムでは納得しない。専用端末を携帯電話のようにただ同然で配るなら別だが、出版の産業規模は豆腐産業と同じくらいしかないそうなので、無理ではないか。
紙の浪費と資源保護をうたう人がいるが、それをいうなら本よりもオフィスの書類の方が問題だ。本はまがりなりにも残るが、大半の書類は作られるそばから捨てられてしまう。
長期的に見た場合、電子書籍に移っていくのは間違いないが、10年、20年というスパンで見た場合の話だ。
新しい動きとしては、オンラインで発表する原稿の方が多いというジャーナリストが出てきているし、携帯電話向け小説というジャンルも生まれている。携帯電話向け小説は通常の小説よりも、ゲームに近い独立したジャンルかもしれない。
ゲームは設定と粗筋しかなく、描写にあたる部分はゲームをやる人間が空想で補うが、携帯電話向けの小説の読者も同じような享受の仕方をしている可能性がある。そうなると、小説の概念事態が変わってしまい、通常の小説は伝統芸能化してしまうかもしれない。
おおよそこのような話をしたのだが、記者氏からオンライン・ジャーナリストの間に分けもたれている不安の話を聞いた。
紙媒体に書いた記事なら自分の仕事が残るが、オンライン・ジャーナリストの場合、一定期間がすぎて記事がサーバーから削除されたら、仕事が消えてしまうというのだ。記事のバックアップはとってあるにしても、一般読者に読めなければ、世の中に存在しないのと同じである。
自分のホームページに転載すればいいではないかという人がいるかもしれないが、記事の著作権はメディア側にある。社員記者はもとより契約記者であっても、勝手に転載するわけにはいかないのだ。
archive.orgに記事が保存されていれば、そのメディアに書いたという証が残るが、archive.orgはすべての記事を網羅しているわけではない。
記事自体が残っていても、内容が改変される場合があるという。たとえば、執行猶予期間を満了した被告から、過去の記事から自分の名前を消してくれという申しいれがある場合などだ。紙媒体なら消すことは不可能だが、電子媒体では跡形もなく消えてしまう。
人権の見地からいえばやむをえないケースもあるだろうが、過去の事件を再検証する必要が生じた場合、固有名詞が消されていると再検証が困難になるし、不可能という場合だってなくはないだろう。
オンライン・ジャーナリズムがそういう問題をかかえているとは気がつかなかった。過去の記事の改変にはいろいろが議論があるだろうが、すくなくともオンライン・ジャーナリストの仕事が消えるという問題は、執筆者だけでなく、読者にとっても大きな損失である。
国会図書館が日本のWWWサイトを保存しようというプロジェクトを準備しているという話があったが、著作権がネックになって進んでいないと聞く。著作権はいつかは消滅するのだから、とりあえずWWWページの収集・保存を先行して進めるわけにはいかないだろうか。そうでないと、日本のWWWとオンライン・ジャーナリズムの歴史に空白期間ができてしまう。ことは急を要する。言論団体はただちに声をあげるべきだ。
* およそ同感。そして興味深い。
この話題なら、同僚委員の加藤弘一氏が適任だと思い、かなり強引に推薦した。つまりわたしはニゲた。わたしには適切に話せる話題とは感じられなかった。
2003 12・4 27
* 「e-文庫・湖(umi)」の転送手順を<ころっと忘れて、いくらやっても成功しない。手順を控えておけばよいのにと、いつも悔い、しかし成功するとそんなことは忘れている。愚なはなしだ。
2003 12・5 27
* ググる 2003.12.11 小闇@TOKYO
インターネットの素晴らしさをひとつ挙げろと言われたら、私は電子メールよりも検索エンジンを挙げたい。
アレってなんだっけ、あの歴史上の人物は何したヒトだっけ、となると大抵、検索エンジンに尋ねる。使うのはGoogle。まず答えはみつかるし、時間が許せばいくらでもそこからリンクの枝葉を辿れ、そこで意外な知識を得られることは多い。辞書代わりと言っていい。もちろん辞書ほど情報に確からしさはないが、それが楽しい。
けれど辞書も楽しい。仕事用の鞄に電子辞書を入れるようになってからは、中吊りで読めない字や知らない英単語があればその場で調べている。後々まで覚えているとは限らないが、リアルタイムに疑問が解けるその快感は何物にも代え難い。電子辞書を新しくするときには、広辞苑と英和和英辞典だけでなく、百科事典も付属しているものにしたい。
パソコンや電子辞書は、いつも手元にあるわけではない。例えば遊びに行った先、電車の待ち時間。こういうときに不意に調べもの欲が湧き上がることがある。こういうとき、辞書代わりに使うのは携帯電話だ。Googleは携帯電話でも使える。電波と電池があればいい。
例えば、遠い町のローカル線車内で知った長岡半太郎と本多光太郎の関係は、あとでそれを思い出すたび、そこに広がっていた景色をも思い出させる。非日常の思い出は、それ単体には意味のない音や匂いや手触りのせいで、予期せぬ甦りかたをすることがあるが、そのトリガーに、知らなくても生きていける知識、が加わる。
良い時代に生まれたかも。
ググる、とはGoogleで検索するの意味。
* わたしもGoogleを利用することがある。ただ、本気で仕事に利用するには、クリティクの必要な「情報」が多く、例えば信頼するに足る「史料」「資料」「業績」「事実」に出逢うまでに、相当な根気を用いる必要がある。電子辞書で言葉の意味やスペルをちょいと調べる程度ではおさまらない欲求に対しては、「情報量」が過剰に多いときなど、かえって不安にも邪魔にもなることがある。何でも引き出せる機械では、ツールでは、ないことも心得ていなければならない。そんなことを、以前「全国国語国文学学会」で講演したことがある。国文学上、どうかして知りたい機微の課題が幾つかあるが、それはどんなに「ググッて」もどうしようもないし、今後もないであろう。
同じような不満は電子辞書にもある。フォントが不正確で字形も書き順も掴めない漢字。その意味解説も、大辞典の完全複写ならまだしも、電子辞書用に簡素化してあると、おそろしいほど「真実」味すでに濾過され流出してしまっている。むしろ紙の辞書をこそ、こまめに引き、そして直ぐ隣の項目にも一連の目配りを欠かさないようにしていたい。
ただし、「検索」遊びは、ゲームなんかよりも何層倍も面白い。そのためには、せめてADSLにしておかないと、電話代が大変。
息子から送ってきた写真のファイルを、妻が自分の機械で開きだしたら、まんまと一時間もかかったというので、だから早くせめてADSLにして、トランプゲームからも卒業しなさいよと勧めている。
2003 12・15 27