ぜんぶ秦恒平文学の話

京で、五六日 京都案内

    京で、五六日  ―京都案内― 
 
 

留学生の希望で一緒に京都へ行きたいのだが、どう歩いたものかという東工大生の
希望にこたえ、大急ぎで書いた、ごく半端な「京で、五、六日」の案内である。
配布の希望が多かった。読者からも。お笑いぐさであるが、少し書き加えたりして。

 

* 京都市内に宿泊するものと考える。
* この通りこの順番ですべて訪ね歩く必要はない。おおよその目途をつけておくだけ。* 京都はおおむね四角い街で、 「市内」から「東」「西」「北」に山が見え、南はひらけ、東山のなお東側に、北から南へ細長い「郊外」がある。無駄足をなるべく避けるために、この(括弧 でくくった)五つの方面別に、案内する。たくさん見るより、ゆっくり見て楽しく歩くことを考えたほうが、京都にはふさわしい。
* およそ市内のどこからでも、東北西の三方に、低い壁のように山が見える。山の感じを先ず見覚えてしまうと、方角をあ やまることが少ない。東北の角のところに、ひときわ高い山がある(比叡山。ひえいざん)のを眼に入れておくと、90度に折れて向かって右側が東山、左側は 北山と記憶すればいい。
* 京都人は、外国(他府県)人には一般に親切。中年以上の女性に遠慮せず質問して、無駄を省く。*「東山ぞい」は最も 見どころ多く、ここだけで、二日三日かけてもいいほど。

* 先ず「郊外」の、「滋賀」「宇治」「山科」「醍醐」方面を案内する。

 1 天気がよければ、思いきって先ず「出町柳・でまちやなぎ」(市内、やや北寄り)へ向かう。東西に通った今出 川(いまでがわ)通りがある。その通りの、鴨川を東へ越えた加茂大橋詰めから、百メートルも無いすぐ北に、叡山電鉄の始発駅がある。この郊外電車で「八 瀬・やせ」へ行き、ケーブル・カーでいきなり比叡山へ登ってみるのも良い。終点からは山上を歩くが、京都市内や琵琶湖が一望できる。また日本史にもっとも 重要な古代寺院である「延暦寺・えんりゃくじ」があり、茶店などで案内の略地図を手に入れて、「根本中堂・こんぽんちゅうどう」など見歩いてから、滋賀県 の「坂本・さかもと」へ降りると、そちらには「琵琶湖・びわこ」や「三井寺・みいでら」「近江神宮・おうみじんぐう」など湖西の名所多く、「浜大津駅・は まおおつえき」まで気の向くままに途中下車しながら戻る。そこで京都三条行きの電車で「三条・さんじょう」駅まで帰ってもいい。
 時間があれば、浜大津からさらに南へ「石山寺・いしやまでら」まで行って来てもよい。紫式部が源氏物語を書いたともい われる古代寺院で、途中の「粟津・あわづ」には、芭蕉の墓と木曽義仲の墓とが背中合わせの「義仲寺・ぎちゅうじ」もある。浜大津経由で、簡単に京都へは戻 れる。
 このコースは、いちばんの大遠足。比較的、景色が大きくて気が開ける。あまり目的意識を持ち過ぎず、おおまかに「遠 足」だと思って行けば、景色の変化がよく楽しめる。

 2 宇治の「平等院・びょうどういん」へは、行き方が二つある。
  1で挙げた「浜大津」または「石山」から、「宇治川ライン」を船で「宇治」まで行くのが楽しい。宇治川は、かつて 「川」コンクールで日本一の人気投票を得たこともある。ただ、季節により船の休むこともあり、宿で確かめてもらうか、「京阪電車・けいはんでんしゃ」の駅 で聞くといい。運行しているならこのコースは、最高。川の上は季節により冷えることもあるので注意。下船してからは、川下へ川ぞいに、てくてく歩く。遠足 気分でのんびり歩くのがいい。概して降り道、らくなもの。
 宇治へつけば「平等院・びょうどういん」「鳳凰堂・ほうおうどう」「中の島」「宇治橋」川向うの「興聖寺・こうしょう じ」「宇治上神社・うじかみじんじゃ」などを、地図をみて歩く。平家物語の頼政戦死や名馬先駆けの古跡。鳳凰堂では、静かに、ゆっくりする。中尊の阿弥陀 像は「定朝・じょうちょう)による平安時代、いや日本史上屈指の佳い仏像。建築も見映えがする。興聖寺参道や境内も清々しい。源氏物語の美女浮舟の往来し た辺りとも言われる。
 宇治は最もうまい日本茶の名産地。パックの宇治茶なら宿ででも家ででも熱湯でかんたんに味わえる。
 京阪宇治駅からすぐ「黄檗・おうばく」まで乗り、そこで「万福寺・まんぷくじ」へは是非立ち寄りたい。中国風の禅寺 で、佳い趣がある。門前「白雲庵・はくうんあん」の精進料理も余裕があれば楽しみたい。簡素で旨く、庭も、風情あふれている。
 黄檗駅から京阪電車で市内の七条なり四条・三条なりへ簡単に戻れる。JRを利用して京都駅へも戻れる。道順などは土地 の人に聞くのが早い。いずれも距離はたいしたものでは、ない。
 これも、一日行程として、十分。もしまだ時間があるなら、黄檗からの帰りに、京阪電車を「伏見稲荷大社・ふしみいなり たいしゃ」で下車、日本最高の数を誇るお稲荷神社の総本山に参ってくると良い。とくに本殿裏から山上へえんえんと延びてつづく赤い鳥居の大トンネルを、す こしの間でも潜ってくる体験は、忘れがたいものになるだろう。ここは「必見の京都」の一つでもある。参道の風情もひなびて面白い。
 宇治へ行き方が二つと言った、もう一つは、つまり右の逆コースの意味。しかし船さえあれば先のコースの方が断然気分が 良い。宇治川を流れに沿うてくだった方が気が晴れる。

 3「山科・やましな」へは「三条京阪前・さんじょうけいはんまえ」のバス・ターミナルからのバスと、徒歩とを、 うまく組み合わせるのがいい。(最近、JR二条駅と醍醐間を地下鉄が走るようになり、今はなにかにつけ、この利用が便利。)
 山科では「小野随心院・おののずいしんいん」が佳い。さらに醍醐では、「醍醐寺・だいごじ」の、なかでも特に門を入っ てすぐ左の「三宝院・さんぼういん」庭園は日本一の名庭といえる豪奢なもの。ゆっくり楽しみたい。少し奥の五重塔も必見、京都には五重塔がいまも五つ遺っ ている、その一つ。随心院は小野小町ゆかり。建物の奥の、静かに清い庭先で放心してみるのもいい。べつに「勧修寺・かじゅうじ」という古代寺院もあるがハ イウェイのそばで騒がしく、今は特別勧めたい場所ではない。
 醍醐寺への移動は、京都三條からのバスが楽しい。歩きたくなれば、すぐ下りて歩ける。道は地元の人に尋ねるのが一番。 どこを歩いても疲れるほどの距離ではない。大石内藏助や志賀直哉の愛した山科盆地は、なかなかに味な場所で、上古・古代の匂いがする。
 繰り返すが、醍醐寺三宝院の庭は、おそらく日本一巧緻に美しいもので、豊臣秀吉の名とともに桃山時代の豪華さを、加え て静寂と、趣向の極致とを、堪能させてくれる。絵画も茶室も自然もみごとに織り成されている。洛西嵯峨の天龍寺の庭とならんで、さらに絢爛と大きく豊かに 美しい。
 醍醐から「日野・ひの」へ移動する。バスがいいが、タクシーを拾っても。「法界寺・ほうかいじ」「一言寺・いちごん じ」がいい。『方丈記』の世界。ことに法界寺の仏像は宇治鳳凰堂の時代のもので、すばらしい。京阪電車の最寄り駅から(宇治からの帰途と同じに)京都へ戻 れる。時間次第で、この時に「稲荷大社」に立ち寄ってもいい。
 また「東福寺・とうふくじ」駅で下車して、現存最古の大きな三門を擁した、有名なこの禅寺の鳴り響くシンフォニーのよ うな伽藍を、夕まぐれに、しみじみ歩いてから帰るのもすばらしい。一度寄っておき、日を改め、泉涌寺・東福寺を起点に東山ぞいを、ゆっくり楽しみ直すこと を、ぜひ勧めるが。

* 「東山ぞい」は、南から北むきに進む「南コース」と、北から南むきに歩く「北コース」と、その接点部を、町歩 きもふくめて楽しむ「中央コース」がある。そう思う。「中央」は、時間と体力しだいで、「南」「北」のどっちかへ巧く組み入れることが可能。
 なににしても、京都は、そう広い広い街ではない。その気なら、端から端まで徒歩でも押し渡れる程度だから、東京都とは ちがい、乗り物にあまり頼らずに済む。もっとも、時は金なり、時間の経済を考えれば適度にタクシーを利用しても、これまた東京のように費用はかからない。 タクシー使用の有効度はなかなか高い。
 基本的には、しかし、歩くことの楽しめる・楽しんだ方がよい街である、京都は。

 1 「南コース」  いきなり「伏見稲荷大社」へ京阪電車で直行してもいい。何万と続く朱の鳥居の胎内を、気力 の許す範囲で山高く遠くまで潜ってくるのは凄い体験である。眺望もよく、太古の遺跡にも雰囲気と凄味がある。伏見街道を北へ、人にも尋ねながら暫く歩くと 「東福寺」へ南から入れる。
 いきなり東福寺から、この日程に入っても良い。その際は京阪電車の「東福寺」駅まで行く。
 道順は駅員なり、土地の人にすぐ尋ねたほうが早い。距離はほとんど無い。東福寺という寺は、大建築の配置(伽藍)が自 慢。「通天橋・つうてんきょう」を渡ってぜひ奥の「常楽庵・じょうらくあん」「普門院・ふもんいん」の庭園まで入ってほしい。稀有の明浄処。また「本堂」 も見学したほうがいい。裏の「龍吟庵(りゅうぎんあん)へ入れれば最高。数多く末寺(塔頭・たっちゅう)が周囲にならんでいる。ひとつひとつ、覗きこむ程 度でいい遠慮なく門内に入ってみると、思わぬ風情の清い小庭が隠れている。優しい花も咲いている。
 東福寺境内を北から東寄りへ抜けて行くと、「泉涌寺・せんにゅうじ」参道へ出る。徒歩で数分。土地の人に道筋を聞くと いい。
 泉涌寺は日本で唯一「御寺・みてら」と尊称される皇室の位牌寺で、背後に御陵山を抱きこみ、これまた清寂の明浄処。御 所と寺院との不思議に習合した感じに気品がある。
 町家のなかの参道をのぼって、小さな門前へ来たら、すぐ左の「即成院・そくじょういん」の中に入る。境内右の小道を奥 へ奥へ進むと、平家物語に名高い那須与一の塚が隠れている。さらに東へ突き当たる「戒光寺・かいこうじ」本堂に上がってみるとよい。すばらしい釈迦如来の 立像がある。深く覗きこんで礼拝を。たいした大仏様で、京都の人も知らない、とって置きの秘仏「丈六釈迦像・じょうろくしゃかぞう」。堂に上がりこんでも 拝礼の客は咎められない。
 参道へ出て東へ進めば、泉涌寺や「拝跪聖陵・はいきせいりょう」の碑に、自然にすぐ辿りつく。右へ折れていった御門か ら東の山向き真正面に境内へ入ったほうがよく、庫裏(本堂)へ入れれば、中は、信じられないほど静かに奥深く心地がいい。金堂や楊貴妃観音もいいが、金堂 より左の御陵道へのぼって、途中、山腹の「後堀河天皇陵・ごほりかわてんのうりょう」に参ってくるのもいい。
 金堂のわき、御陵道へさしかかるすぐ左へ、ふっと小道坂を降りると、右手に「来迎院・らいごういん」の在るのを、此処 は、ぜひ覗いてほしい。「含翠庭・がんすいてい」には池も茶室も書院もあり、忠臣蔵の家老大石内藏助が一時身をひそめていた所。秦サンの大切なヒロイン 『慈子(あつこ)』の住んでいたお寺でもある。恰好の案内書にもなっている。
 この来迎院門前を、渓ぞいに細い道を下って右へ行くと、すぐ奥に「観音寺・かんのんじ」があり、愛すべき日だまりを 作っている。赤い鳥居橋を渡って元の参道へもどったら、むしろ躊躇なくタクシーを拾うなりして、東山七条の「パークホテル」または「三十三間堂・さんじゅ うさんげんどう」を指示する。乗れば数分の距離。バスでも、東山通りを北へ歩いても、いいが。
 パークホテルの北側、通りの向うが「国立京都博物館・はくぶつかん」西側向うが「三十三間堂」、南隣が「後白河天皇御 陵・ごしらかわてんのうごりょう」「養源院・ようげんいん」「法住寺・ほうじゅうじ」で、中でも、特に三十三間堂は、必見。建築も仏像もじつにすばらし い。平清盛の建てたもの。中尊は堂々と大きく鎌倉初期の最高傑作の一つ。千体像のある本堂の、裏の廊下にも、見過ごせないみごとな彫刻群がたくさん居並ん でいる。
 養源院には優れた画家俵屋宗達の、すばらしい「松」襖絵や「象」などの板扉絵が見もの。後白河御陵も清寂で感慨深い。 養源院と三十三間堂の向き合っている道路の、南奥の豪宕な「門」構えにまで眼が届くと、すばらしいのだが。隣接パークホテルは静かで、一階や地下などで、 昼食が気軽にとれる。
 京都博物館は最高水準の藝術品や参考品を莫大に備えていて、東京・奈良の博物館に劣らない。疲れてしまう程は広くもな い。
 博物館の南隣に、秀吉を祭った「豊国神社・ほうこくじんじゃ」や国家安康の釣り鐘で歴史的に知られた「方広寺・ほうこ うじ」がある。
 見過ごせないのは、パークホテルの東側、大通りの東向うにある「智積院・ちしゃくいん」で、ここの殊に山水庭園や堂も みごとだが、宝物館に保存した長谷川等伯らの『楓・桜図』の大襖絵は日本美術の最高峰の一つ、桃山時代の豪華な作品。
 また智積院北側の広坂道を少し上ると「新日吉神社・いまひえじんじゃ」が、往時の日吉信仰の華やぎを今に伝えている。 高い高い石段山の上に「豊国廟・ほうこくびょう」がある。
 博物館の東側、東大路に面して「妙法院・みょうほういん」があり、北の並びに病院がある。この市立病院の庭園「渉成 園・しょうせいえん」が、平安時代以来の面影をやや伝えた、池の広いなかなかの好環境で、史跡に指定されている。無料で気軽に入れる。
 東山通り(東大路)の西側に立ち、北向きにタクシーを拾って、思い切って「清閑寺・せいかんじ」まで走らせるのも良 い。高倉天皇らの鬱蒼と奥深い御陵があり、紅葉の季節は眩いほどの景勝地になる。御陵前の山上に「清閑寺」の境内がひっそりと向かいの「花山・はなやま」 や京都の町を見下ろしている。この界隈一帯は秦サンの長編『冬祭り』の幻想的な舞台になっている。
「清閑寺」「高倉陵」の前から右へ右へ山の根を巻くように寂しい山道を進むと、「清水寺・きよみづでら」の奥へ通じてい る。清水に至る山の中一帯は、いわゆる「鳥部山・とりべやま」「鳥部野・とりべの」の墓原と想っていてよい。あまりに寂しければ、このコースは割愛しても いい。
 その際は博物館の東、東山通り(東大路)の西側に立ち、北向きのタクシーを拾って、「清水寺・きよみずでら」のなるべ く近くまで一気に登らせると良い。
 ここでは「舞台・ぶたい」と、奥の「子安塔・こやすのとう」を拠点に、音羽山などの眺望を楽しむ。「音羽瀧・おとわの たき」で手と口とを清め、本堂裏のちょっと高みの「地主神社・じしゅじんじゃ」へも寄るといい。縁結びを願う人で雑踏し、夥しい参拝客の小絵馬のバラエ ティが面白い。
 清水寺本堂には、美術的にも史料的にも古い貴重な「絵馬・えま」が数多く掲げられてある。清水寺内には、「成就院・ じょうじゅいん」もあり、この庭園がすばらしく、拝観させている時は、ぜひ寄って見るといい。
 参道を人の流れにまかせて坂を降りてゆくと、やがて右へ石段を人は流れて行く。「三年坂・さんねんざか」または「産寧 坂」で、それを、降り道なりに、くつろいで進むといい。
 もし雑踏が嫌いなら、清水寺を出て、すぐ右へ山ぞいの小道を、北むきにどんどん行くと、民家の並びに「正法寺・しょう ほうじ」前へ出る。小さい古寺だが、釣鐘堂からみる町も西山も、眼下の「八坂五重塔・やさかのごじゅうのとう」も、それは結構な眺め。めったに人の行く寺 ではないが、境内に清水涌く清い古井もある。『冬祭り』のヒロインたちの小さなお墓が、ひそりと静まっている。
 正法寺から下りて行った先の、「京都(護国)神社・きょうと(ごこく)じんじゃ」も閑静に清潔な、いいお宮。境内から 間近に、平安時代の「雲居寺大仏・うんごじだいぶつ」を偲ばせる、大きな石造観音菩薩座像が、青空の真下に見下ろせる。この一帯は「鷲峯山・じゅぶせ ん」」「鷲尾・わしのお」といわれた古代以来の遊楽の名所。雲居寺跡地に建った「高台寺・こうだいじ」は秀吉夫人の寺。めったに開放していないから、開い ていたら必見。庭もいいが、「御霊屋・おたまや」「時雨亭・しぐれてい」「傘亭・からかさてい」などの、蒔絵や茶室、また本堂の軒にかかげた「方丈」の二 字額など、見もの多い。ここも、秦サンの問題作『初恋』の生まれた舞台であり、また建礼門院の昔と現代を大きくはらんだ長編『風の奏で』の大事な舞台の一 つにもなっている。
 高台寺のすぐ下に、等伯襖絵のみごとな「円徳院・えんとくいん」の枯山水の庭がよろしく、前庭では有名な甘酒を売って いたが、その「文之助茶屋」は引っ越したとか。
 門前をさらに北へ東寄りに進むと、「西行庵・さいぎょうあん」「長楽寺・ちょうらくじ」「圓山公園・まるやまこうえ ん」「双林寺・そうりんじ」など見どころがひしめくが、もうこの辺で西向きに、公園から「八坂神社・やさかじんじゃ」へ入って行ってもよい。
 この、日本三大祭筆頭「祇園祭・祇園会・ぎおんまつり・ぎおんえ」の総本宮をそぞろ歩きに、西の総門から、四条通りの 繁華へ降りて行く感じは、はんなりとして、なかなかの気分。ちなみに「はんなり」は、秦サンの説では「花あり」だと考えている。最近では、この私説がだい ぶ定着している。『京と、はんなり』という著書もある。
 門の向って左手前方、「弥栄中学・やさか中学」の背後一帯がいわゆる「祇園町・ぎおんまち」つまり京都で名高い遊郭・ 花街である。中を散歩してもすこしも剣呑ではない。風情はあり舞子にも出会うだろう。食べものの佳い店もある。
 祇園のすぐ南隣に「建仁寺・けんにんじ」も大きいが、ここは塔頭が殆ど開かれていない。建仁寺から遠くない南手には、 「六波羅密寺・ろくはらみつじ」があり「平清盛像」「空也像」「鬘観音像」などすばらしい遺産が在る。界隈は平家一門にゆかりのまさに六波羅の地である。
 以上、莫大なプランのようだが、体力と地の利を心得た者には、優に回れる範囲内にある。適度に省いてよし、加えて寄り 道してもいい。二日に分けてもまた構わない。
 
 2 「北コース」  事情が許して「修学院離宮・しゅがくいんりきゅう」にもし入れる場合は、なにより行きたい場所だ が、普通は無理。したがって「三条京阪・さんじょうけいはん」駅からバスで、または「出町柳・でまちやなぎ」駅から電車で、「一乗寺・いちじょうじ」辺ま で行き、尋ねて歩いて、東の山辺の、「曼殊院・まんしゅいん」へ先ず直行を勧める。格式高い中世寺院で、庭園と建築との調和は、じつに優美そのもの。縁側 に座りこんで、夢のように時のたつのを忘れる。半日ほど何も考えずに坐っていたくなる。
 そこから、坂を歩いて降り、左・南へ田中道をしばらく行くと「詩仙堂・しせんどう」がある。近世の文人趣味の邸宅で、 建物も庭も鑑賞に耐え、みごとである。「曼殊院」と「詩仙堂」だけでも、京の半日は、疲れずに堪能できる。
 標識にしたがい、「詩仙堂」から暫く南の山寄りに回って行くと、「金福寺・こんぷくじ」がある。与謝蕪村ゆかりの古い 小さなお寺だが、「芭蕉庵・ばしょうあん」わきの木深い山腹には、蕪村の墓をはじめ近代に至る文人俳人の墓碑が、大小夥しくかつ和やかに静まっている。季 節はつつじ・新緑の頃がいい。ほととぎすが鳴き渡る。秦サンの『あやつり春風馬堤曲』の大事な舞台である。
 そのまま山沿いに北へ歩いても、タクシーでも、西の白川大通りからバスでもいいが、「銀閣寺・ぎんかくじ」へ。言うま でもない足利義政将軍の遺跡、東山文化の拠点であり、「東求堂・とうぐどう」は書院の美しい典型。銀閣寺のすぐ西に画家橋本関雪のアトリエ跡「白沙村荘・ はくさそんそう」が、一見の価値ある、庭園住宅。銀閣寺へ入るより前に寄っておくといい。
 銀閣寺を出れば、そのまますぐ山ぞいの小道を南へ行き、「法然院・ほうねんいん」にぜひ立ち寄って欲しい。許可さえあ ればぜひ仏殿に参り、また庭や茶室や襖絵(狩野光信の槙図)も観たほうがいい。この寺の墓地に文豪谷崎潤一郎の墓がある。隣にすぐれた画家福田平八郎の墓 も並んでいる。場所は人に聞いたほうがいいが、一番山ぞいの高みにある。秦サンの短編『蝶の皿』がここで生まれている。
 法然院からはいろいろ道があるが、西の方角近くに低い山なみが見えている。吉田山であり、ここに「真如堂・しんにょど う」「黒谷金戒光明寺・くろだにこんかいこうみょうじ」がある。広大な黒谷墓地もある。佳い散歩道で、わざわざ山を降りまた山へ登って探し尋ねても、それ だけの価値は十分ある。山といっても丘程度のもので、たいした時間も体力も要しない。「大文字山・だいもんじやま」の「大」字がよく見える。秦サンの代表 作といわれる長編『みごもりの湖』のヒロイン姉妹が学生時代をここで暮らしている。
 黒谷を南へ降りると、近くに「平安神宮・へいあんじんぐう」がある。人に尋ね尋ね行き、平安時代の「応天門・おうてん もん」「大極殿・だいごくでん」を模した壮大な輪奐を見ておいて、白砂の前庭の左奥入り口から、ぜひ奥の大庭園に入ってみるように。谷崎作『細雪』の花見 で知られた枝垂れ桜の庭を経て、奥へ奥へまことに優雅に美しく変化に富んだ天下の名園がひろがっている。職人芸を尽くした全国屈指の名庭で、心豊かに堪能 できる。神宮の外、大鳥居の両側に市立美術館・近代美術館がある。
  ここから「疏水・そすい」に沿って、歩いてでも車ででも、ちょっと真東へ山裾まで戻るが、ぜひにも「永観堂・えいか んどう」を訪れて、寺内を拝観してくると良い。奥の奥に「見返り阿弥陀」像が安置されているが、これは、忘れがたい感動の出会いとなろう。この寺の建物は まこと平安時代の貴族の山荘を思わせ、京都でも、もっとも華奢に感銘深い美しい寺院の一つである。すばらしい国宝の山越阿弥陀「来迎図・らいごうず」も蔵 している。
 ここからは南へ「南禅寺・なんぜんじ」にもう程ない。近い。そのまま北側から南禅寺境内に入ると、すぐ「奥丹・おくた ん」の湯豆腐が名物。味わってみるといい。庭も座敷も面白い。「南禅寺」は歴史に名高い「京都五山・きょうとごさん」に、なお別格で超越した位高い禅寺 で、境内をそぞろ歩くだけでも楽しめる景勝の地。石川五右衛門の「絶景哉」で知られる三門の眺望はまことに美しい。上れる機会には、ぜひ上ってみたい。
 三門の脇に「天授庵・てんじゅあん」また「金地院・こんちいん」などの飛びきりの塔頭が軒並みに犇めき、分けてもこの 二つは庭園抜群、観るに値する。特に「金地院」には秦サンの長編『糸瓜と木魚』のその「木魚」先生洋画家浅井忠の墓がある。
 それだけではない、見落としてはならないのが、三門より向かって右斜めに奥に隠れた「疏水の水道」建造物。不思議に美 しい近代科学の所産が、いまはしっくりと環境に馴染んでいる。
 この一帯は、大昔から景勝の地として皇族・貴族の別荘が殊に多かった。いまも細川家の別邸はじめ、大別邸が数多くあ る。多くは開放していない。中で、京料理の極めつけ、日本一といわれる料亭「瓢亭」にまぢかい「無鄰庵・むりんあん」は、旧山県公爵の別邸であったが、庭 園とともに一部開放されている。尋ねればすぐ分かる。「瓢亭・ひょうてい」の小座敷は市中の山居を堪能できる、今では類のない寂境である。お金が出来た ら、いつか、一度でも食べに行けるといいね。
 南禅寺を出て、「蹴上・けあげ」の都ホテルで休息してはどうか。眺望のいいレストランや割烹の店を選んでもいい。超級 のリゾート・ホテル。
 三条通りを避け、一筋南、民家の奥の山近い細い道へ入る。昔の三条通りというより旧東海道。今はごく狭いが古いお寺も あり風情はいい。西へゆるやかに坂をおりて行き、途中「粟田神社・あわたじんじゃ」に寄ってもいい。一帯が昔の「粟田口・あわたぐち」で、やがて粟田小学 校が道の角にある。そこで右をむけば平安神宮の朱の大鳥居が見え、左の急な坂へ上って行くと、すぐ左に「青蓮院・しょうれんいん」がある。これまた鳴り響 く格式を誇る古代寺院で、ここの庭園や茶室が佳い。建物も古式を帯びている。高僧慈円がいて親鸞聖人を得度させた寺でもある。この辺にも、御陵がある。皇 室の墓だが、御陵はどこにあっても清らかに日本の美意識に結びついている。青蓮院のすぐ南隣の「十楽寺陵・じゅうらくじりょう」も覗いてみるといい。
 南へ、やがて広い坂道とのT字路へ出る。「瓜生石・うりゅういし」が据えてある。すぐ左手・東の石段をあがって門の中 へ入るのが便利。ずうっと大石垣の道なりにまるで城郭の中を進むと、浄土宗総本山「知恩院・ちおいん」の本堂(御影堂・みえいどう)前へ入って行く。この 道筋も捨てがたく、しかし、また先の広道T字路をそのまま南に進むと、やがて日本一大きな「知恩院三門・ちおいんさんもん」前へ出る。この門をくぐり、さ らに急な石段・男段を上っても、結局同じ、知恩院本堂まえの広場に出る。本堂へはぜひ上がってみる。世界でも最大級の木造建築である。また徳川幕府が事あ らば京の城として構えた、城郭寺でもある。
 本堂の東、北寄りの山の上へ石段をのぼって行くと「開山堂・かいさんどう」や墓地に通じ、かなり高い。また本堂の東 側、やや南・右手の山へ石段をのぼると、日本一の「大釣鐘堂・おおつりがねどう」がある。この釣鐘、一見の価値は十分ある。
 釣鐘から右・南へ抜けて行くと、山手に「安養寺・あんようじ」があり、すこし先に蝋燭など立てた小さな祠堂がある。こ の堂の真裏に、じつに立派な古い「五輪塔・ごりんのとう」が隠れていて、重要美術品になっているのが珍しい。この辺が、「圓山公園・まるやまこうえん」の 一番の奥に当たっている。すぐ南の山腹には、平家物語ゆかりの「長楽寺・ちょうらくじ」がひっそりと隠れている。また目の前に高級料亭の「左阿弥・さあ み」がある。
「左阿弥」前の舗装路からちょっと降り、そしていきなり公園奥の心地よい落ち水まで木立の隠れ道を降りると、公園をほぼ 全部見ながら、噴水の池へ、有名な枝垂れ桜へ、また八坂神社境内へとやすやすと降りて行ける。「南コース」と「北コース」の、いわば合流点に、この圓山公 園や八坂神社は在る。
 圓山公園の噴水や枝垂れ櫻から南を向くと往年の「たばこ王」といわれた富豪ゆかりの洋館「長楽館・ちょうらくかん」が 見え、その先は「真葛ヶ原・まくずがはら」から「祇園女御塚・ぎおんにょうごづか」「祇園閣・ぎおんかく」「菊渓・きくだに」「高台寺・こうだいじ」「石 塀小路・いしべこうじ」或いは「八坂五重塔・やさかのごじゅうのとう」などが、また東を向くと、「大谷廟・おおたにびょう」「双林寺・そうりんじ」「西行 庵・さいぎょうあん」などが在る。

* むろん見残している場所は無数にあるが、これでも、十二分に盛り沢山である。
「比叡山コース」「宇治川ラインコース」「山科醍醐日野コース」「東山南コース」「東山北コース」と、五日六日間はらく に楽しめる。「西山」と「北山」とは後日に温存しよう。

* ご希望の「大徳寺・だいとくじ」を中心にした「市内コース」を考えてみよう。

「大徳寺」へは、いっそタクシーで、いきなり門前へ行ったほうが経済な気がする。いろんな末寺(塔頭・たっちゅ う)はあるが、どこも皆見せてくれるとは限らない。境内自体はそう風情のある寺でなく、末寺の一つ一つを尋ね歩き見て歩く寺である。
 山門の「金毛閣・きんもうかく」は、二階に「千利休・せんのりきゅう」が自分の木像をあげたのを咎められ切腹に及んだ 門。中を見せている時期もある。
「大仙院・だいせんいん」の小さな庭が、途方もなく有名。見せているところはすぐ分かるので、興味しだいで、どんどん 入ってみるといい。鉄鉢の精進料理の寺もある。入れば、さすがにどこも内部は禅境らしい深みがあるが、あまり過大に多くを大徳寺に望み過ぎないほうがい い。
 この北方やや西よりに、「今宮神社・いまみやじんじゃ」という古代からのひなびた祭で知られた、いいお宮がある。この 辺からは、北東の「上賀茂神社・かみがもじんじゃ」へタクシーを拾って走るのもいいし、北西の山寄りへバスで「鷹峰・たかがみね」の「光悦寺・こうえつ じ」に行くのもいい。甲も乙もない。すてきな神社だし、すてきな自然である。気の動いた方へ。
 上賀茂神社からは、いっそ加茂川ぞいに河原を歩いて下って、「下鴨神社・しもがもじんじゃ」まで散歩してみては。両神 社とも、平安京以前からの山城国の一の宮である。環境は、それぞれに趣を変え、それぞれに素晴らしく清浄な、奥深い歴史的・神秘的な時空である。
 そして下鴨神社からは、町なかをすこし西へ歩き、「京都御所・きょうとごしょ」つまりかつての皇居や、そばの「相国 寺・そうこくじ」「同志社大学・どうししゃだいがく」など覗いてから宿に帰るのも一興か。
 また光悦寺からは、裏山道をぬけて遠足してもよし、バスかタクシーかで走った方がらくだが、なにはともあれ「金閣寺・ きんかくじ」に行くのが、順であろう。三島由紀夫や水上勉の作品とも関わり、日本の中世が誇る斬新な建築でもあり、広大な庭園にも変化があって、しみじみ とする。
 さらに土地の人に尋ねながら「等持院・とうじいん」「妙心寺・みょうしんじ」「龍安寺・りょうあんじ」から「御室仁和 寺・おむろにんなじ」まで、京都でも屈指の寺々を歩いて尋ねるのが、奥行き深くじつに面白い西山めぐりになる。美しい竹林や池に出逢い、嵯峨にも近く、自 然はよし、町もさびさびと古都の風情である。
 等持院は庭園、妙心寺は小さな末寺の一つ一つに秘めた坪庭や絵画。龍安寺は何といっても名高い「石庭」とともに、本堂 の手前から脇に隠れた、広大な池をめぐる散歩、これは是非とも奨めたい。
 そして御室仁和寺は、優美な境内と、五重塔。見せて貰えれば、平安朝さながらの優美な建物の内部も、是非に。宮廷気分 が優に実感できる。山ぞいを歩くと、魅惑の隠れ古寺も点々と遺っている。
 この程度もまわれば十二分で、時間と体力は、それぞれの場所での時間配分にゆっくり按配したほうがいい。気ぜわしくし ないのが、京都を満喫する、一番の秘訣だ。
 そして街なかへ戻り、京都市街区にも馴染んで欲しい。

 以上「六日分」のメニュ。大急ぎで書いたので、不備や間違いが有るかも知れないが。京都市の北・西と、北西郊外 と、南とは、今回は割愛。また今度。あぁ疲れたぁ。   (おしまい)

                   (平成七年秋 東工大教授室で書下ろし)

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