ぜんぶ秦恒平文学の話

バグワン2019年

 

* 日頃年頃付き合って果てしないにかかわらず「天地の条理にいたりては、今に徹底と存ずる人も不承候」と十八世紀の哲人三浦梅園は云う。
「なれ」「なれ」てしまい「是が己が泥(なず)みとなり、物を怪しみいぶかる心、萌さず候。泥みとは、所執の念にして、佛氏にいはゆる習気にて候。習気 とれ不申候而は、何分、心のはたらき出来らず候。」「とかく人は人の心を以て、物を思惟分別する故に、人を執することやみがたく、古今明哲の輩も、この習 気になやまされ、人を以て天地万物をぬりまはし、達観の眼は開きがたく候」と。
「習気」とは、くせ、思い込み、まさに無反省な「泥(なず)み」「所執の念」のこと、バグワンは「マインド・分別」の習気を云い、「ドンマイ」とわたしを叱りつづけた。
2019 1/16 206

☆ 合掌
今般は御書多数、しかも真筆の添状までたまわり、うれしく、ありがたく存じおります。
『バグワンと私(上、下)』は、全頁コピーして枕元に常設しておりました。
秦様の御道程は、あたかも「阿闍梨の道」の如くと思うております。  草加 白蓮寺開山

* 「バグワン」の『存在の詩』『般若心経』『究極の旅』三巻は、父わたくしに遺し置いていった、娘・朝日子の有り難かった遺産である。
2019 4/12 209

* 来月、つまり明日からは、久々にバグワンに聴いていた日々を、新たな気持ちでおさらえして行く。
2019 10/31 215

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

2 そのバグワン本を、「いったい朝日子、あの頃 なにに血迷っていたのかな」と、ふと娘の気持ちを知りたさに手に取ったのが、去年(平成九年・一九九七)でした。
そして、驚いたのです。ほんとうに驚いたのです。
正直に言って、とてもあの頃の娘の、手に負える本ではありませんでした。その後の娘の娘時代を振り返れば振り返るほど、バグワンに娘が浮かれていたのは事実でしたが、受け容れるにははるかな距離のまま退散したにちがいない、と、そう想えました。
朝日新聞が、「心の書」を数冊選んで、週に一度ずつ四回コラム原稿をと頼んできたとき、わたしは、源氏物語、徒然草、漱石の「こころ」とともに、バグワン の「十牛図」を<解き語り>した講話を選んで、原稿を送りました。すると、担当記者から丁重に、バグワンに関する一回分だけは再考慮されてはどうかと電話 がかかり、やがて、バグワンがかつてアメリカのオレゴンで裁判にかかり追放された頃の新聞記事などを送ってきてくれました。こだわる気持ちは無かったし、 なによりわたしにはその手の予備知識も情報もなく、ただもう、本を読んでの感嘆のほか無かったのですから、原稿は引き取り、すぐ、べつのものを書いて渡し ました。
しかし、その時でもわたしは、バグワンの説きかつ語る言葉が、じつに優れた境地にあることは信じられますと記者に伝えておきました。要は、私自身の問題でした。
原稿を書いて新聞社に渡してからも、もう月日が経っています。しかし、その後も他の講話を時間をかけてかけて読み、その示唆するところの深く遠い端的さに は驚嘆と畏敬を覚え続け、いささかも印象は変化していないのです。伝え聞くオーム真理教の連中の、あんなむちゃくちゃとは似ても似つかないものだと、何の 思惑もなく、一私人として、バグワンにわたしは敬意を惜しまないのです。
いまは、『般若心経』を語っている一冊を読んでいます。高校生このかたこの根本経典を説いた本には何度も出会ってきましたが、バグワンの理解は、透徹して、群を抜いています。
余談ですが、わたしは、わが日本ペンクラブ現会長の梅原猛氏に、「般若心経」を説いてみませんかと、二度三度立ち話のおりに勧めています。氏はバグワンの 説く意味の「叛逆者」とはかなり質のちがう、与党的素質の濃厚なかつ大度の人ですから、また特色ある理解が聴けるのではないかと期待するのですが。「般若 心経」は、或いは、氏の試金石ではあるまいかとすら思っています。これは余談です。
もし私が東工大教授の頃に、教室や教授室で「バグワン」の話などしていたら、或いはオーム真理教寄りの者かと、物騒に思われたろうかと、苦笑しています。
しかし、繰り返しますが、その説くところを静かに味読すればするほど、バグワン・シュリ・ラジニーシは、オームの徒なんどとは全く異なった、本質的な「生」のブッダです。
* しかしまた、わたしはバグワンを、まだ二十歳過ぎた程度の人に勧めようとは思わない。「知解」は試みられるでしょうが、人生をまだほとんど歩みだしていな い年代では、この講話を、親切にまた深切に吸い込むことは無理です。つまりわたしの娘も、いいものに出会いながら、何一つ得るところなく別れています、投 げ出したのです。無理からぬことと、よく分かったつもりです。その娘が、バグワンの本を、父のわたしに、十数年も経ったいまごろに出会わせてくれたこと を、喜んでいます。
1998.04.02

* 上に、「余談」のまま、今は亡き梅原猛氏に「般若心経」について書いてみませんかと繰り返し奨めていたと書いている。これは、いささか梅原さんをゆす ぶる行為だった。彼の佛教観ないしは日本人観は、いわば「あの世」を「あり」と信じ、「魂」をありと信じる哲学で。
それに対し「般若心経」は「空」観の一の 根本経典であり、「死後」を持たない、釈迦は「後世(ごせ)」も「死後の魂」をも認めていない。この辺は、禅家の秋月龍珉氏が梅原さんを鋭く批判しつづけて『誤解 された佛教』の顕著な例と挙げている。
梅原さんは「般若心経を」と聞くと、頸をよこに振っていた。私は、聴いてみたかったが。

* 般若心経は 仏壇にいつも手に取れる小さなころから馴染みふかいお経で、高校にはいると創刊された角川文庫からまっさきに『般若心経講義』をいそいそと乏しい小遣いで買った。やさしく語りかける講義で、表紙ももげるほど耽読した。決定的に忘れがたい読書であった。
だが、問題が一つ起きている。この日録「私語の刻」の冒頭に「方丈」とかかげて、その下に私は、

あのよよりあのよへ帰る一休み

と現世を観じた一句を掲げている。明らかに、和泉式部の

暗きより暗き道にぞ入りぬべき
はるかに照らせ山の端の月

に感化されている。じつはそれだけでない、「この世」を「旅宿の境涯」とうけとめた人は、中国にも日本にも少なくはなかった、多かった。こんなこともわた しは忘れていない。建日子がまだ小学生の頃、わたしと入浴しながら「お父さん、人はみな、<この世>という<休憩所>にいるんだよね」と言い出し、わたし は湯槽へ転びそうに仰天した。聞くと、読んだばかりの『モンテクリスト伯』にそんなふうに書いてあったよ、と。また、ビックリした。あとでしらべて、つま り私もまたまた読み返して、たしかにそれに類する表現・述懐が書かれていた。

* 「この世」ははたして「休憩所」での「一休み」であるのか。
ひょっとしてあの「一休」さんの思いもそうであったのか。

* 『般若心経』の「空」観は、そうは言っていない。気になりながら、上掲の一句、そのまま置いて、今、わたしは、その思案を避けている。フィクションと知りつつも、先へ逝ってしまった人たちのあの世があればこそ、諸々の今生世愚にも煩多にも堪えてられるということ、あるではないか。ウーン。

* それにしても低劣内閣・愚衆自民党であることよ。どこまで続く泥濘よ。
2019 11/2 216

 

* 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 思い直しつつ

この手記は、どこへどう到達するとも、到達すべしとも、筆者自身に分かっていない。ただ「途上の独白」というのがふさわしい。何処への? 答えられない。静かな心への。死への。あるいは何かに「間に合いたい」と──死ぬ日まで独白しつづけるのだろう。
筆者は、偶然にバグワン・シュリ・ラジニーシの「本」に出逢っただけ。その生涯や実像にほとんど知識を持たないし、持ちたいとも想わず今日まで来た。そ の意味では、バグワンが語りまたひとに答えたとされているおよそ七、八種のいわば「講話」集だけにわたしは頼んでいるのだから、その編訳者たちへの真摯な 信頼を措いてわたしは何一つバグワンに関して言えない。これほど不確かな、いいかげんなことは無いかも知れない。だが、言うまでもなくあらゆる聖典やバイ ブルに向かう今日の信仰者や帰依者も、実は同じであることをわたしは知っている。仏陀もイエスも自ら書いた何一つも残したわけではない。
わたしはわたしの思い一つで何人かの有り難い編訳者の誠実に信倚し、そうして「聴いて」きたバグワン・シュリ・ラジニーシの言葉を耳にし胸におさめ、そ して能うかぎりわたしはわたしの「いわば世界史的な信頼」をバグワンに預けてきたのである。それだけを、まず、ここ冒頭に断っておきます。       2011.03.23                          秦 恒平

一 平成十年 バグワン・シュリ・ラジニーシとの出逢い

* バグワン・シュリ・ラジニーシというインド人をご存じですか。アメリカのオレゴンでしたか、に拠点をえていたらしいのですが、裁判によって国外に追放され ました。一時、オーム真理教のお手本かと噂され、日本でも手ひどく否定的に話題になった人物だそうで、もう亡くなっています。
わたしは、ほんの一年ほど前から、偶然に「本」など手にして、読み始めました。バグワンについては全然予備知識もなく、むろん「オームがらみの噂」など何 も知らず関心もなく、いいえ、じつは無意味な先入見を「ひとつ」だけ持っていたのですが、いわばそれが理由で、およそ気まぐれと謂うしかない出逢いから 「読み」始めたのです。
ずいぶん昔ばなしになります、が、今日只今、もう四十ちかい、二児の(たぶん二児のままかと思うのですが、)母親になっています嫁いだ娘・朝日子が、まだ 大学 (お茶の水女子大)に入って間もない時分に、他大学生との小さなグループで、盛んに「バグワン、バグワン」と言いながら我が家へも集まって交流していたこ とがあったのです。講話集のような分厚い本が二冊三冊と娘の机に積んでありました。わたしは娘がへんな宗教団体に接近してはいやだなと思っていましたの で、冷淡でした。幸いなことにというか、短期間で娘の熱はすっかり冷めたようで、ひょっとして娘は、「恋」という信仰の方へ転向していったのだろうと思わ れます。
* バグワンの本はそれきり棚に上げられていました。
幾変遷もあって娘が嫁ぎますときも、娘は所持のバグワン本を三冊全部、家に残して行きましたし、家族のだれも手に取りもしなかった。あのオーム真理教が大騒ぎの頃も、かけらほども誰も思い出したりしなかったのです。    (平成十年 1998.04.01)
2019 11/1 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

3 * バグワンの『存在の詩』を、毎日、欠かさず音読し続けています。世間のなかで実在し活動していたバグワンの「風評」といったものは、今では裁判記録など含 めていくらか知っていますが、「講話」から聞き取れる世界の「深さ」には、計り知れぬものがあり、優れた言葉のみがもちうる魅力に溢れています。アサハラ なにがしの貪欲で残虐な悪心と、バグワンの説く思想としての「叛逆」とはあまりに異なっていて、同一視など、失笑の他ない。バグワンにより、こんなに豊か で、こんなに静かな「安心」が得られるとは、予期していませんでした。  1998 04・28
* バグワン・シュリ・ラジニーシの説教集を、とうどう三冊、娘が物置に片づけて嫁いで行った分厚い三冊を、ぜんぶ、「音読」し終えました。「音読」という読み方には利点もあり欠点もあります。
最初の読み方としては、話し手の息づかいや内面のリズムが察しられて、音読はよかった。バグワンの気息に親しみ馴れることができ、直観で、言葉の背後ま でを見通せるようにもなったと思います。音読では立ち止まるということがないから、知解や義解では不十分なところを沢山置き去りにしてきましたが、それは それで立ち止まらず通過していいのだと思っています。
順番でいえば、ティロパという人に拠った『存在の詩』」から、十牛詩画を語る『究極の旅』そして『般若心経』へでしょうが、読み始めようとした頃の関心事 から、まず「十牛詩」を読み出して、すぐさま、これはただものでないと観じ、敬意をはらって読みすすめ、次に「般若心経」を感嘆して読み、三番目に「ティ ロパ」を、深い興奮にかられながら静かに読了しました。それぞれを読み終えるのに数ヶ月ずつをかけました。
* 娘がお茶の水に入って一年ほどして、他大学の男子学生らとバグワンを読むグループを作っていた頃、わたしは、そんなものに見向きもしなかった。案の定、グ ループもやがて消滅て、娘の口からバグワンのバの字も出なくなりました。説教書は、机の上からとうに影も失せていました。
数年して、「曲折」を経て娘は嫁ぎ、また「曲折」を経てその婚家との音信が絶えました。
そのまま数年して、私はふと好奇心からも、娘が学生時代のごく一時期ながら熱中していた「バグワン」とは誰ぞやと、知りたくなりました。物置へ投げ込まれ ていた三冊を探し出して読み始め、そしてもう娘のこととは離れて、わたしは、「バグワン」の「ことば」に多くを識り、また多くを教わりました。
深く揺すられました。
日々に文字通りに激励をうけ、鞭撻され、叱咤され、痛くも恥ぢしめられました。
* 聖書も仏典も外典も、まこと多くにこれまで触れてきました。宗教学や神学には関心があり、かなりに読んでリクツも言ってきた方です。だが、バグワンには多く「言葉」をうしなって、ひたすら「聴く」気になれた。これほどの透徹に、会ってきたことがあるだろうか。
* バグワンは、だが悪声にも包まれてきた聖者らしい。そんなことには驚かない。オーム真理教の徒が、あるいは有力な「種本」に悪用したかも知れない。 しかしバグワンの説くどこからも、サリンやポアのごとき、ハルマゲドンのごとき、愚劣な行為も予言も出ては来ません。バグワンはイエスを愛しているし、仏 陀も深く愛している。だれよりも彼自身に近い、いや近い以上に「等質の同一人」とでもいいたいほどなのは、「道・タオ」の老子だと断言しています。素直に 聴くことができます。 無為にして自然の老子的な達成から、最も隔たった存在なのがあの麻原彰晃であったことは、余りにも明白。
* 『般若心経』を解いて、バグワンほど「空」を目に見せてくれたどんな人が、かつていただろうと、わたしは思うのです。
『十牛図』の詩を解いて、バグワンは、さながらに老子を体現します。そして『ティロパの詩句』から、あたかも「二河白道」を渡って行く者の、畏怖にも満ちたおそるべく深い平安へのすすめを説きます。解いて明かします。
バグワンの「人」について私は多くを知りません。ただ三冊の本が私の前に残されたのは、娘の意志とでも理解しておきましょうか。その三冊を読み終えて、私 はすでに楽しみにして次の『道 タオ』上下巻を、池袋の「めるくまーる社」から買い求めておいたのを、また音読し始めたばかりです。
* 私は、自分がどれほどバグワンから隔絶して遠いかを、つらいほど思い知らされ続けています。私の声に出して「読む」のを時に横で聴いている妻が、それに気付いて思わず、わらうほどです。
この一年、私は毎日毎晩にバグワンに叱られ続けてきました。悲しいほど私はいろんなものごとに執着しています。バグワンの言うところの「落としなさい」と 最初に聴いたとき、私は、怖さにふるえました。うんざりし、げんなりするほど多くの「落としてしまえない」物・事・人を私は抱えています。その愚にはきち んと気付いているし理解もしているのに、「落とす」ことが出来ません。「落としてなるものか」とさえ抱き込んでいます。情けない。
* 裏千家の茶名を受けるとき、大学一年生かまだその前年であったかも知れませんが、私は、望んで「宗遠」と授けてもらいました。「遠」の一字は私自身で「老 子」から選びました。ですが、老子のいう真意からはただもう程遠いだけの、うつろな名乗りになっています。  1998 11・05

*1998 11・05 というデータは、私がこの機械に「作家・秦 恒平の文学と生活」というホームページをその三月下旬に設置開業した年に当たっている。20余年を経てきた。

* こんな記事も残していた。

* 「心」は無尽蔵に容れ得るが虚無にも帰れる。八方に関心を広げ得るが、ただ一つことに集中も出来る。どのような状況にあっても、心は内奥に「静」の質を金無垢の一点のように抱いていると、そういう趣旨を荀子は説きました。
夏目漱石は小説『こころ』の「奥さん」にだけ、ひとり「静」さんという実名を与えていました。「先生」も「K」も、その「静」を真に我がモノとは出来ず、自殺しました。静さんを得たのは「私」でした。「私」と「静」の仲には、もう「子」の影がはっきりさしています。
* 心の内奥に、静かなものを。それが、「およそ価値らしきものを、全部ストンと見捨ててしまって気楽になる」という意味に繋がると思う。心は働かせるけ れど、その心を虚しくする意味で、「心=マインド」の「奴」になってしまわない意味で、「静」を見失わない。そんなようで在りたいのです。出来なくはない と思う。いや、出来ないことなのかも知れぬと思う、けれども。平成十一年 1999 07・08
2019 11/3 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

3 * バグワンの『存在の詩』を、毎日、欠かさず音読し続けています。世間のなかで実在し活動していたバグワンの「風評」といったものは、今では裁判記録など含 めていくらか知っていますが、「講話」から聞き取れる世界の「深さ」には、計り知れぬものがあり、優れた言葉のみがもちうる魅力に溢れています。アサハラ なにがしの貪欲で残虐な悪心と、バグワンの説く思想としての「叛逆」とはあまりに異なっていて、同一視など、失笑の他ない。バグワンにより、こんなに豊か で、こんなに静かな「安心」が得られるとは、予期していませんでした。  1998 04・28
* バグワン・シュリ・ラジニーシの説教集を、とうどう三冊、娘が物置に片づけて嫁いで行った分厚い三冊を、ぜんぶ、「音読」し終えました。「音読」という読み方には利点もあり欠点もあります。
最初の読み方としては、話し手の息づかいや内面のリズムが察しられて、音読はよかった。バグワンの気息に親しみ馴れることができ、直観で、言葉の背後ま でを見通せるようにもなったと思います。音読では立ち止まるということがないから、知解や義解では不十分なところを沢山置き去りにしてきましたが、それは それで立ち止まらず通過していいのだと思っています。
順番でいえば、ティロパという人に拠った『存在の詩』」から、十牛詩画を語る『究極の旅』そして『般若心経』へでしょうが、読み始めようとした頃の関心事 から、まず「十牛詩」を読み出して、すぐさま、これはただものでないと観じ、敬意をはらって読みすすめ、次に「般若心経」を感嘆して読み、三番目に「ティ ロパ」を、深い興奮にかられながら静かに読了しました。それぞれを読み終えるのに数ヶ月ずつをかけました。
* 娘がお茶の水に入って一年ほどして、他大学の男子学生らとバグワンを読むグループを作っていた頃、わたしは、そんなものに見向きもしなかった。案の定、グ ループもやがて消滅て、娘の口からバグワンのバの字も出なくなりました。説教書は、机の上からとうに影も失せていました。
数年して、「曲折」を経て娘は嫁ぎ、また「曲折」を経てその婚家との音信が絶えました。
そのまま数年して、私はふと好奇心からも、娘が学生時代のごく一時期ながら熱中していた「バグワン」とは誰ぞやと、知りたくなりました。物置へ投げ込まれ ていた三冊を探し出して読み始め、そしてもう娘のこととは離れて、わたしは、「バグワン」の「ことば」に多くを識り、また多くを教わりました。
深く揺すられました。
日々に文字通りに激励をうけ、鞭撻され、叱咤され、痛くも恥ぢしめられました。
* 聖書も仏典も外典も、まこと多くにこれまで触れてきました。宗教学や神学には関心があり、かなりに読んでリクツも言ってきた方です。だが、バグワンには多く「言葉」をうしなって、ひたすら「聴く」気になれた。これほどの透徹に、会ってきたことがあるだろうか。
* バグワンは、だが悪声にも包まれてきた聖者らしい。そんなことには驚かない。オーム真理教の徒が、あるいは有力な「種本」に悪用したかも知れない。 しかしバグワンの説くどこからも、サリンやポアのごとき、ハルマゲドンのごとき、愚劣な行為も予言も出ては来ません。バグワンはイエスを愛しているし、仏 陀も深く愛している。だれよりも彼自身に近い、いや近い以上に「等質の同一人」とでもいいたいほどなのは、「道・タオ」の老子だと断言しています。素直に 聴くことができます。 無為にして自然の老子的な達成から、最も隔たった存在なのがあの麻原彰晃であったことは、余りにも明白。
* 『般若心経』を解いて、バグワンほど「空」を目に見せてくれたどんな人が、かつていただろうと、わたしは思うのです。
『十牛図』の詩を解いて、バグワンは、さながらに老子を体現します。そして『ティロパの詩句』から、あたかも「二河白道」を渡って行く者の、畏怖にも満ちたおそるべく深い平安へのすすめを説きます。解いて明かします。
バグワンの「人」について私は多くを知りません。ただ三冊の本が私の前に残されたのは、娘の意志とでも理解しておきましょうか。その三冊を読み終えて、私 はすでに楽しみにして次の『道 タオ』上下巻を、池袋の「めるくまーる社」から買い求めておいたのを、また音読し始めたばかりです。
* 私は、自分がどれほどバグワンから隔絶して遠いかを、つらいほど思い知らされ続けています。私の声に出して「読む」のを時に横で聴いている妻が、それに気付いて思わず、わらうほどです。
この一年、私は毎日毎晩にバグワンに叱られ続けてきました。悲しいほど私はいろんなものごとに執着しています。バグワンの言うところの「落としなさい」と 最初に聴いたとき、私は、怖さにふるえました。うんざりし、げんなりするほど多くの「落としてしまえない」物・事・人を私は抱えています。その愚にはきち んと気付いているし理解もしているのに、「落とす」ことが出来ません。「落としてなるものか」とさえ抱き込んでいます。情けない。
* 裏千家の茶名を受けるとき、大学一年生かまだその前年であったかも知れませんが、私は、望んで「宗遠」と授けてもらいました。「遠」の一字は私自身で「老 子」から選びました。ですが、老子のいう真意からはただもう程遠いだけの、うつろな名乗りになっています。  1998 11・05

*1998 11・05 というデータは、私がこの機械に「作家・秦 恒平の文学と生活」というホームページをその三月下旬に設置開業した年に当たっている。20余年を経てきた。

* こんな記事も残していた。

* 「心」は無尽蔵に容れ得るが虚無にも帰れる。八方に関心を広げ得るが、ただ一つことに集中も出来る。どのような状況にあっても、心は内奥に「静」の質を金無垢の一点のように抱いていると、そういう趣旨を荀子は説きました。
夏目漱石は小説『こころ』の「奥さん」にだけ、ひとり「静」さんという実名を与えていました。「先生」も「K」も、その「静」を真に我がモノとは出来ず、自殺しました。静さんを得たのは「私」でした。「私」と「静」の仲には、もう「子」の影がはっきりさしています。
* 心の内奥に、静かなものを。それが、「およそ価値らしきものを、全部ストンと見捨ててしまって気楽になる」という意味に繋がると思う。心は働かせるけ れど、その心を虚しくする意味で、「心=マインド」の「奴」になってしまわない意味で、「静」を見失わない。そんなようで在りたいのです。出来なくはない と思う。いや、出来ないことなのかも知れぬと思う、けれども。平成十一年 1999 07・08
2019 11/3 216

 

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

4 * 「心」は無尽蔵に容れ得るが虚無にも帰れる。八方に関心を広げ得るが、ただ一つことに集中も出来る。どのような状況にあっても、心は内奥に「静」の質を金無垢の一点のように抱いていると、そういう趣旨を、荀子は説きました。
夏目漱石は小説『こころ』の「奥さん」にだけ、ひとり「静」さんという実名を与えていました。「先生」も「K」も、その「静」を真に我がモノとは出来ず、自殺しました。静さんを得たのは「私」でした。「私」と「静」の仲には、もう「子」の影がはっきりさしています。
* 心の内奥に、静かなものを。それが、「およそ価値らしきものを、全部ストンと見捨ててしまって気楽になる」という意味に繋がると思う。 心は働かせるけれど、その心を虚しくする意味で、「心=マインド」の「奴(やっこ)」になってしまわない意味で、「静」を見失わない。そんなようで在りたいのです。 出来なくはないと思う。いや、出来ないことなのかも知れぬと思う、けれども。  1999 07・08
* 藍川由美のうたごえで騒ぎやすい心を静めているのかと思う。清潔、それは「静か」の代名詞でもある。濁って騒がしいモノは要らない。要らなくても、攻め寄せるのがそれだ。「方丈」以下の四枚の写真にわたしは今、その謂うところの清潔・静謐を託し求めている。
2019 11/4 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

5 * NHKが、相も変わらぬ「心の時間」みたいな宗教番組をつづけています。たまたま東大名誉教授が仏教のはなしをしていました。いろんな「文句」を引き 出して話していましたが、語り手の話と聴き手アナウンサーの合いの手と、引用されている文句のあるもの、例えば道元の言葉などとが、ばらばらに、齟齬して いる印象をもちました。
そもそも仏教の要諦を「心」で話そうというのが無理なんじゃないでしょうか、「無心」ならばともかく。「心=マインド」をアテには出来ないことを、もう四半世紀も前、わたしは「からだ言葉」に次いで「こころ言葉」を調べ始めた昔から、痛いほど感じてきました。
乱れ、砕け、くじけ、呆け、喪われ、「心ここにあら」ぬような、心。
根があり、構えがあり、底が見え、熱くもなり、冷えもし、苦しくなり、「心も空に」なるような、心。
こういう「こころ言葉」を無数に持つことによって、どうしようもなく「つかみ所のない」その本性を示している、心。
そんな頼りない心など頼んではイケナイというのこそが「仏教の確信」であり、核心でありましょうに。「無心」の明静を求めてゆくのが、禅の根底でありましょうに。
「心」とさえ口にしていれば、鬼の首でも取れると言いたげな誤解から、はやく脱却しないと、人間の心はますます千々に砕け乱れて、果てない混乱のなかで 不幸の種をまきひろげて行くに違いありません。「心」はもともと数知れぬ「罜礙=障り」に囲繞されています。それどころか「心」こそが即ち「障り」なので すが、その障りがなくなる、つまり心が心ではなくなる「心無罜礙」「心に罜礙無」き「無心」に成ろうとするのに、そんな「心」に頼ってそう成ろうとは、そ れ自体が、はなから矛盾し撞着しています。仏も達磨も道元禅師もそんなことは言っていない。「心」が諸悪の原因なのです。
しかし、そのように説いているかずかずの経典があるではないかと、手当たり次第に引用されるものだから、それらの中でまた混乱や齟齬が生じてしまいま す。経典に対するクリティクはむろんされて来たのですが、根本の批判はどこかで都合よく匿し込まれてしまってる。大方の経典は、いいえ殆ど全部といってい い経典は、釈迦没後の、遅いものだと数百年も千年ものちに書かれています。無数の解釈と潤色と創作とにより、いろんな弟子筋門弟筋の都合と主張とに合わせ てつくられたものです。仏教「的」な主張の言語「的」な多様の表出、意図的な表出なのでして、釈迦自身に帰属するものはいたって稀薄です。アテに出来ませ んし、とくに「心」に関しては誤解や曲解が渦巻きながら、なにかしら「心=仏」かのような、とんでもない話に俗化して、それが今日でも、NHKだの大手新 聞だの感化力強大なマスコミの安易安直極まる「売り物」になっています。
しかし、正しくは「無心=仏=覚者=ブッダ」なのでしょう。名誉教授はしきりに「仏様」とわれわれとを別物に話しているかに聞き取れましたが、深い仏の 「教え」は、われわれはみな「仏」になれる存在、「仏」を抱き込んだ存だけれどもが、「心」に惑わされ、その貴い真実真相にたんに「気づいていない」のだ という指摘の「中」にありましょう。
いっさいの言語的表出に過ぎない経典から厳しく離れ、「心」の拘束や干渉を排して、本来抱いている仏性を「無心」の寂静として気づかねば、自覚しなけれ ば、とうてい安心はないと思われる。むしろわれわれは「心」などという文字から、おぞけをふるって身を反らせることを行わねばイケナイのです
* 禅。 ここに安心の基本があった、釈迦の悟りのなかにそれがあった。わたしは、いまそう思っています。
わたしは、もともと法然や親鸞の念仏に深い敬愛を持ってきましたし、今も変わりありません。彼らはなぜに「南無阿弥陀仏」だけで安心に足りていると徹し ていったのか。行けたのか。その基本には、さきに言ったいわゆる経典成立の事情に対する批判や不審が据えられていたのではないでしょうか。凡夫衆生のだれ が百万の経典を読破して理解できるか、たとえ出来てもそれで必ず「安心」が得られるわけでない。抜群の経典への智慧知識を称賛されていた法然が、その「知 識=マインドによる理解」を決定的に批判し棄却してしまって、念仏の易行を「選択」したのでし。すべてを捨てたわけではないと言う建前のために「浄土三部 経」を選びのこしつつ、それでも死に際に「一枚起請文」を書いて、「南無阿弥陀仏」だけで足りていると念を押し行きましたた。法然は、おそらく、「禅定」 は凡夫衆生には難行であることが分かっていた。それに匹敵する「安心の無心」のために只六字の「南無阿弥陀仏」という、いわば至妙の「抱き柱」を建てて、 民衆の救いに「道」をつけたのに違いありません。
* わたしも、数少ないながら、かなりの数の経典を教科書のように読んできた過去をもっています。そして、つまるところは、仏教とだけは限 りませんが、それらからは「安心の無心」など得られるものでなく、「心=知識」ではない「無心の信」を非言語的に自覚して行くしかないと思うようになりま した。バグワン・シュリ・ラジニーシの導きが大きかった。彼と出逢ってから、もろもろのいわゆる「宗教的まやかし」に、まったくといえるほど動じなくなっ ております。  1999 08・29
2019 11/5 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

6 * バグワンの『ボーディダルマ』には、敬服します。もうすでに、この「和尚」の大部の本を五冊読んできて、お蔭とも言えるでしょうが、妙趣が、真意が、 呑み込みやすくなっています。読んできた全部から、ほんとうに旨く要所を抄録できたら、どんなにいいかしらん、自分で自分のために欲しいとは思わないが、 初めての人には佳い出逢いになろうし、なって欲しいと思う。時間にゆとりができたなら、試みてみたいとさえ思うのです。
断っておきますが、バグワンの実像をよく知りません。どういう人たちを、どこにどう集めて説いていたのかも知りません。ただただ彼の「言葉」に、踏み込んで、耳を傾けてきただけです。それで十分でした。
* 荀子の説いた「解蔽」とは、幾重にも身にまとってしまったボロを脱ぎ捨てる意味で、脱ぎ捨ててしまえたとき「心」は「静=虚心=禅寂=無心」になれ るというのですが、そしてこの「虚心・無心」にわたしはまだあまりにほど遠いけれども、それでも、バグワンに出逢い、どんなに心身が軽く、らくになってい ることか。それを自覚していればこそ、苦しい人や、夜も眠れぬ人や、こだわっている人に、紹介したいまごころを持っています。しかし、そういうお節介がい けないのです。
わたし自身がまだまだとんでもない「こだわり」に生きていて、たえずバグワンに叱られ、妻にもよく笑われているのですから、そんなことを考えるのは、まるでオコがましいはなしです。  1999 09・04
2019 11/6 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

7 * 宗教的な題材で幾つか小説を書いてきましたけれど、かつて或るカソリック作家との対話のなかで、「われわれカソリックの立場では」といった発言に何度も出 会い、思わず、「あなたは『立場』で信仰するのですか」と言い放ってしまいました。
それ以来でしょうか、いちだんと、特定宗教宗派宗団に傾いた信仰をうとましく感じるようになりました。
問題が難儀なので深入りしにくいのですが、少なくも「立場」に立っての信仰など、ホンモノではなかろうと思い沁みつつあります。法然親鸞の教えにも傾聴 していますし、イエスにも愛を感じますが、とらわれたくない。バグワンを通じて老子に聴き、達磨に聴き、ブッダに聴き、イエスに聴いていて、わたしは、も う大きくは逸れて行かないでしょう。宗団宗派ゆえの信仰をわたしは醜くさえ感じています。  1999 10・02
* バグワンの『ボーディーダルマ』も三分の二以上読み進んで、音読しない日は、旅中を除いて、無い。この巻を読み終えたらもういちど『十牛図』などへ戻って、今度もまた音読し、感じ取りたい。
日一日と人生をおえる日が近づいています。死にむかって、何の安心も得ていない。深い怖れを感じています。特定宗派・宗団の教えには希望がもてません。 また経典や聖書を信仰することも出来なくなっています。新聞の連載小説『親指のマリア』で新井白石に言わせていました、せめてああいう「安心」を、いや 「無心」を得たいのですが、妻に言わせれば「マインドのかたまり」のようなわたしであるのも間違いなく、これを「落とす」ことは、残り少ない生涯で可能と はなかなか思われません。バグワンに聴きつづけるしかない、そうしようと思っています。大分前から、同い年の妻も、ほぼ欠かさずわたしの音読に耳を傾けて います。よほど信服しているようです。  1999 11・02

* 可能な限り静かに過ごしたいと願っている。心騒がせるあれこれはあまりに多く、多すぎて溢れている。そんななかで静かに生きるのは至難と分かっていればこそ、可能な限りそうありたい。
2019 11/7 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

8 * 「本来は家庭で両親が育てるはずの『心』を、幼稚園と在宅保育サービスのシッターが共に家族を援助しながら育てていこうという試み」について、メールしてくれた人がいます。この括弧付きの「心」という意味が分かりにくかった。
「心を育てる」とは、正しくはどういうことを謂うのでしょうか。こういう表現や評論はしばしば耳にも目にもしてきた気がしますが、さて、どういうことを指し、どうなると「心を育てた」ことになるというのでしょうか、定義がアイマイなままに頻用されています。
子どもの心を、どうして両親が育てられるのでしょう。どんなふうにして「幼稚園と在宅保育サービスのシッターが共に家族を援助しながら育ててい」けるのでしょうか、具体的な方法論が出来ているのでしょうか。「心」とは何かを、把握しての話なんでしょうか。
子どもは育ちます。ものの苗も育ちます。育てると謂っていますが、育つのに手を貸しているというのが正しいだろうと、ずっと以前にも此処に書いたことが あります。「育てる」意識で接してくる親や大人への反感や反抗が、かなりの力になり、現代を混乱させてきました。反感をもち反抗的になった子どもにだけ大 人から責任を問うのは筋違いで、子どもの心を育てられると過信しながら、我が心根はけっこう勝手次第に腐らせてきた親や大人の愚と責任とは、わたしも勿論 含めての話、計り知れないのではないか。  1999 12・06
* 前夜、バグワンの『十牛図」を読みながら突如動揺し、眠れなくなりました。
人は、「社会」に追従することで己が「決断」をすべて回避し放棄し、追従を拒んでわが道を生きようとする者をみな「狂人」として誹り、非現実的な「愚 者」と嗤い、しかしながら、至福の静謐に至る者はみな狂人のように愚者のように遇され生きてきたのだとバグワンは言います。歴史を顧みれば、その通りだと 思います。バグワンに出逢うよりもずっと以前から、わたし自身そのように生きたかったから、そう説かれれば本当に深く頷けるのです。
頷けるにも関わらず、そのように生きることでどんなに傷ついているか、耐え難いほどである自身の弱さに気づいて、あっと思う間もなくわたしは動揺し動転し てしまった。寝入っていた妻を揺り起こして苦しいと訴えた。訴えてみてもどうなるものでもない、わたしは惑ったり迷ったりしたのではなく、ただ意気地なく 辛く苦しくなっている自分を恥じ、情けなくなったに過ぎません。  1999 12・19

* 廿年前の私語で述懐だが、一歩も前へ出られていない自身に驚く。歎く気力もない。困りましたなあ。
2019 11/8 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

9 * マインド=分別で書かれた人生論=生き方論が多かったと思います。それではどこまで行ってもなにも解決しない、するわけがない。「心」を「無」に仕切った人の生きそのものに触れてみたいとわたしは願います。なかなか出逢えない。
それならいっそ、古人が「自然(じねん)のことあらば」と謂っていた自然の方へ歩み寄りたい、「問う」ことすら忘れて。
いま瞬時、日なたの、草野の匂いや色にさゆらいでいた懐かしい嵯峨野の風情が、胸にとびこんできました。
その一瞬が、百万のことばよりも美しくて深かった。  1999 12・23
* いまの私が私自身に言えるのは、バグワンに何度も何度も{叱られ}てきた、ということです。
ほんとうに透徹した存在は、人の目には逆に「乱心」したものと見えるであろうと。
また、人は映画や物語には惜しみなく涙を流して感動するにかかわらず、同じ事実現実に当面したときには、感動も涙もなく、ただ忌避し嗤い嘲り、理屈をつけながら、真に透徹した者を指さして、「乱心・狂気・非常識」の者よとただ指弾する。
幻影にはたやすく感動し、現実に背を向け真実から遠のくことを「常識」とすると。
そのようでありたくないと思いつつ、ときにわたしは動揺し、自身の醜悪に目を剥いてしまうのです。   1999 12・26

* ああと、声にもならず恥じいる。廿年前から、半歩一歩もわたしは清冽にも静粛にもなれていない。なろうとして成ることでないと分かればこそ、ひとしお。

* 私には「梁塵秘抄」「閑吟集」の両著があるが、先立つ「神楽歌」「催馬楽」には手を触れてこなかった。魅惑を覚えていながら敬遠していたのだが、古典全集 で双方へ目を向け、惹きこまれている。懐かしいのである。ここに「うた」の「歌唱・合唱」の原点が、「歌う楽しさ嬉しさ」の原点がある。「記紀歌謡」とも ども、今後もしみじみ味わい楽しみたい。平安時代をもさらに溯りうる風情がある。
2019 11/9 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

10 * 最近知りあった或る、若い、ハイデッガー哲学などを学んできたという、著書もある高校の先生の、歳末の手紙を読みました。「哲学で人は救われるでしょうか」と前便に書いたのへ、返事ともなく返事があったのです。
正直に、率直に言って、そんなことを考えて哲学の勉強をしている研究者は、今の時節、ひとりもいまいと思います、自分もそうです、興味深いから、面白いからやっています、というのが、返事の主意でした。率直な表明で、気持ちよかった。
* その一方で、全く予想通りの返事であり、今の時代、哲学がほとんど「人間」の自立や安心の役には立たないワケも、よく分かるのです。言 うまでもなく、彼ら、所謂「哲学」を学問している人たちは、哲学者でありません。「哲学学」の学者・研究者に他ならず、それは「文学学」の学者研究者と文 学者とが異なっている異なり方よりも、もっと差が深い。
「知を愛する」と訳してしまえば、なにやら「研究」や「詮議」もその内のようですれど、だから哲学がもともと「人を救う」ものかどうかには異論が出て当 然かも知れませんけれど、ひるがえって思えば、わたしを救ってくれない哲学になど、何の魅力も感じなくなっています。そんなものは知的遊戯的詮索の高級で 難解なものに止まっています。つまり哲学がつまらないモノになってしまっている証拠だと思います。世間には「哲学者」などと麗々しく名乗っている人もいる けれど、おれは「哲学学者」ではないぞという意味なのか、いややはり「哲学学者が哲学者なのである」意味なのか、どういう積もりであるかと時々教えを請い たくなります。
老子は哲学者などと言われたくもなかったでしょうが、とびきりの哲学者に思われます。ソクラテスもキリストも仏陀もそのように思われます。しかし彼ら の、また彼らのと限らず優れた「人の師」の教えを、ただ「祖述」し「解析・解釈・解説」して事足りている人たちを哲学者とは思いにくいし、評論家を哲学者 とは呼びたくありません。いや哲学者だとつよく主張されれば、もうこの歳になってそんな哲学なら何の魅力も用もありません。そんな哲学は、ただ「心」のコ ンプレックスに他なりません。エゴの凝った「心」の、こてこてした、ややこしい塊に過ぎません。所詮は捨て去るより意味のない負担に過ぎないのです。そこ から安心や無心は到底得られません。バクワンからそれとなく教わったことです。  1999 12・31

* 欧米といい東亜といい、情けなく日本にも、確然とした人道や正義は日々に崩れ去りつつ有る。目を背けてはいないが、立ち竦んでいる情けなさは如何とも しがたく、より良いより美しいより心根に力を添えてくれる文学や藝術・美術、そして自然の花や草や木々や空や風へ思いを寄せている。
世の成り行きに楽観していない。悲劇の跫音は近付いていると感じている。幸いわたしには読み書き創るちからがまだ残っていて、健康も保っているつもり。いますこし人と親しみたいが外向きに出歩かないのだからしょうが無いか。
2019 11/10 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

11 * バグワンの、『十牛図』を語りながらの説法は、平明にみえて深切、声に出して読みながら、ひとまとまり読み終えて、思わず知らず息を出し入れする自然さ で、「そうなんだよなあ」と、声を漏らします。難解な論議ではない、平易な談話なんです、すべて。ですが全身にしみ通ります。奇矯な偏狭な危険な野心的な 俗なもの、微塵もない。かといって高踏でも浮世離れもしていない。
もっと広い場所で、つまりは(日録「宗遠日乗」に埋まり嵌められた体でなくて、=)独立のページを用意して、「なぜわたしがバグワンを喜んで読んで=聴い ているか」を具体的に語りたい気もなくはないのですが、そんな行為が「エゴ心=マインド」のとらわれになるのでは、つまらない。
* 人は、色んな「抱き柱」を銘々に持たずには、生きていにくい存在です。金、権力、肩書、勲章、名誉。くだらない。
わたしは、バグワンの言葉で平和な気持ちを調え、そしてまた「南無阿弥陀仏」と、念じていたい。美しいいろんなモノに出逢っても楽しみたい。美食にも美人にも、まだ少し、いや少なからず、心を惹かれるけれど。  平成十二年 2000・01・31
2019 11/11 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

12 * 京都で、美術賞選考の席で、選者で染色の三浦景生さんから、わたしの、『死から死へ』(「湖の本エッセイ」20)のなかで触れていた「心」の問題について、自分は「同感」だという趣旨の話をされかけて、そのままになって東京へ戻ってきたのを気にしています。
「心」の文字は、ますます巷に氾濫しています。へんだなあと思っています。わたしは、ずいぶんいろんな異説を立てている方かも知れないが、中でも、「心 は頼れない」とする説は今日容易に世間さまに通じません。すこし余裕のあるときに思いを語ってみたい。  2000 03・12
* バグワン・シュリ・ラジニーシの『十牛図』を二度目読み終え、『老子』二巻の上巻を、昨夜からまた新たに読み始めました。二巻とも読み終える頃には夏が過ぎて行くでしょ。
* なんとなく今日はほっこりしています。腰のうしろが異様に痛みます。椅子がよくないのかもしれない、多少不安定に揺れるようになっています。ぐっすり安眠 したい。それとも面白いビデオの映画をゆっくり観たい。「オペラ座の怪人」がふと思い浮かんだが、ジョン・ウエインの「リオブラボー」でもいい。
日本製のテレビ映画では最高傑作の「阿部一族」もいいが、少し哀しすぎるかも。 2000 03・18
2019 11/12 216

* 昨日、「逆転人生」とかいう番組で、百人からの市民傍観者に囲まれながらの一、二婦人警官の横暴と、虚偽と、傲慢と、さらに仲間警官らによる不当極ま る逮捕、投獄、取り調べ、さらには延々九年に及ぶ理不尽を極めた法廷の裁判を経て、ついに「警官らの偽証」を証しやっと無実を確定勝訴した一市民夫妻の、 信じがたい「苦闘の限り」をみせられた。不快も不快、烈しい怒りと屈辱感に包まれた。あんな不実不当を、公然市民環視のなかで官憲は強行し、国や裁判所は 当然とするか。憲法が保証する国民、市民の基本的人権はかくもたやすく理不尽に踏み躙られるのかと、テレビの画面から顔をそむけ、呻いた。生き続けたいと いう思いを強かに傷つけられた。
「私の私」を 「公」の不当な強権から守りぬく意志表明と結束が欠かせない。
わたしたちの日本を、「香港」化してはならない。

* いわゆる常識やふつうに儀礼化している慣習が普通に守れない政治屋に、だれが投票するか。有意味な政治活動はろくに出来ず、ただただ自分に投票し当選 させてと彼等は願ってラチもない郵便物も家へ寄越すが、郵便の宛名すらまともに書けぬ市会議員(候補)など、どう推せるものか。国語と社会科とを中学で勉 強し直してこいと云いたくなる。そばでホルンの音いろが、パカパカパンと嗤っている。
この歳でムカッとするのは年甲斐なくバグワンの徒に似合うまいと云うか。いやいや、ムカッとする気力は失いたくない。礼なきは、決してうけない。
2019 11/12 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

13 * 梅原猛氏の講演「日本人の宗教観」が電子出版されるについて、解説をと、木杳舎から依頼されましたが、テープを聴いて、お断りしました。
「安心」をもたらすかも知れない体験や説法は聴きたいが、信仰心すらなく「宗教」について「知識提供的」に論じたり感想を述べたものは、不安解消の役には立ってくれません。バグワンのような人にこそ聴きたく、もう数年、一日も欠かしたこと、ありません。
昨日も妻に聞かれました。そうです、わたしの求めているのは「安心して死ねる」ことだけで、必ずしも宗教ではないし、まして宗教にかかわる知識ではない。 梅原氏の講演は、講演自体がとりとめないだけでなく、論旨が想像以上に平板で、胸を轟かせるようなものではなかった。話者のネームバリューだけのこのよう な企画が世間に氾濫して、ポイントをのがしているかと思うと、気が萎えます。  2000 03・27
* 闇に言い置くこともこのペイジで、ま、存分に書いていますが、こう、多方面にでなく、ある主題の追及へ、収斂可能なことも言い置きたい気がしています。小説ではなく、思索でありますけれど、では何が、いちばん言いたいか。
『一文字日本史』を雑誌「学鐙」に三年間連載して、本にしました。あのデンで言えば、わたしが最もいま念頭に置いている一字は、「静」 だと思う。『静の思索』を書いてみたい。
休息したいのか、そうではないのか。
あまり静かな心地でわたしはいないらしい。困ったものです。  2000 04・09
2019 11/13 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

14  * 加島祥造氏から、バグワンそのままに『タオ』と題した、「老子」を詩の文体で翻訳したような本が届いた。伊那谷の老子の異名で名高い人だが、老子を語ると は珍しい日本人だなと思っていて、出逢ったときに、バグワン・シュリ・ラジニーシをお読みですかと訊ねてみたら、まさしく、ラジニーシに学ばれていたと分 かった。今日のお手紙にも、ラジニーシに学んで「二十年」此処まで来ましたとありました。
ラジニーシについては、まともに話しにくいほど誤解されていて、朝日新聞は、わたしのバグワンに触れた原稿を、明らかに親切心からボツにしました。アメリ カから追放されたりしていたためです。作家である甥の黒川創にも、「バグワンを読んでいるよ」と言ったら、「やめた方がいい」と本気で忠告してくれまし た。理由を聴いてみると、とるに足りない、むしろ彼が一行もバグワンを読んでいないことだけが分かりました。バグワンの『タオ=道』も、『存在の詩』『般 若心経』『究極の旅=十牛図『『ボーディー・ダルマ』も、すばらしい真のエッセイ・講話で、ほんとうに安心がえたく静かに真実に生きて死にたいと願う人な らば、安心して読まれて佳いと推奨できます、自信を持って。
* 加島祥造氏も、二十年傾倒されてきたそうです。大きい証言だと思います。宗教でなくすぐれて宗教的であり、哲学でなく哲学をはるかに超えてアクティブであ り、禅に最もちかくて禅よりも日常生活を離れていない。あやしげなカルトとは天地ほども隔たった、「覚者」の生きたことばがマインドを透過してハートに吸 い込まれて行きます。ソクラテス、イエス、ブッダ、そして老子。全部を体し全部に通じながら、より現代的に柔軟で積極的です。ヒマラヤに籠もることを教え ず、この我々の街に立ち返って易々と生きることを語ってくれます。十牛図の第十そのもの。  2000・05・11
2019 11/14 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

15  * 元院生でもう立派に社会人になっている若き友から、おそらく、同じ東工大の卒業生と限らず刺激を受ける人のあるであろうメールが、届きまし た。この人なりに、元教授のわたしへの「挨拶」でしょうが、ぜひここに書き込んで置きたいし、ご意見も欲しいです。実は先日此処へ書き込んだ同期卒業生の メールへの反応でもあり、それに対し私が返事していた内容への「挨拶」でもあります。
☆ こんばんは!秦さん、お久しぶりです! 今年は、かなり唐突な、嵐の梅雨入りでしたね。
「湖の本」ありがとうございます、ちゃんと届いています。
先日の秦さんのホームページの書き込みで、『大嫌いになるべきは、「精神的向上心のない者は莫迦」という言葉のほうです。これは害だけがあって益も実質もない・・』という一節に、考えさせられています。
実は自分も、「精神的に向上したい!」とずっと思い、その正しさを信じていたにも関わらず、いつからか、ちょっと、その価値観に違和感を感じるようになり、この違和感は何なのだろうと、おぼろげながらに探っていたところでしたので。
ちょっとずれたところから書きますが、最近「努力するって、どういう事なのだろう?」と、今更ながらに考えていました。「努力、頑張り=善」と、言い切ってしまって良いのかと。
世の中では、努力することは誉められこそすれ、否定されることは余りありませんよね。逆に、何もしないことが誉められることも、ほとんどありません。その価値観はおそらく意外と根深く、自分の場合でも、頑張って仕事して、時に人から認められるとやっぱり嬉しいものです。
日常の中で忙しく走っていると、一体自分が何のために頑張っているのか、分からなくなる事があります。そんな時、認められ誉められる嬉しさが、努力した「結果」から「目的」に、いつの間にかすり替わっていることに気付く事があるのです。
でも自分たちは、本来、人から認められるために努力する訳ではないはずです。それがそんなに大した意味を持たないことは、ちょっと冷静になれば気付きます。
そうではなくて、人はみんな、それぞれが幸せになるためと思えばこそ、努力もでき頑張れるのだと思います。
それならば、努力などせず、特別に何にもしなくても幸せを感じられる人にとっては、「努力=害」以外の何物でもないのではないでしょうか。
さらに一歩進めて、幸せになるための努力とは、それでは何なのでしょう? 幸せとは、努力で得られるものなのでしょうか? と、自分に問うと、やはりそれも違うのではと思うのです。
幸せを感じるために必要なのは、努力よりも、「受容」であり「気付き」なのではないかという感じがするのです。(これは、物的には豊かな日本にいるから、そう思うだけかも知れませんが。)
確かに、努力というプロセスの中で喜びを見いだす、ということはあるでしょうが、それすらも無いのであれば、そんな努力は、ただナンセンスなのではない だろうかと、思ってしまうのです。にも関わらず、「努力=善」という漠然とした価値観に動かされ縛られて、深く考えずにただ頑張って疲れてしまっている人 が、結構多い気がしてなりません。
それじゃあ、人間に一切努力は必要ないのか?と考えると、それも違う・・・と、いつものように、「これ」という答にはたどり着けません。
それで話が戻るのですが、精神的な部分でも、それは同じなのかも知れません。「精神的向上心」が直接の目的になり得ないのは、「努力すること」それ自体が目的になり得ないのと、似ていると思うのです。
何のための「精神的向上心」なのか? いくら「精神的に向上」しても、幸せも感じられず、生きて在ることへの感謝も感じられないとしたら、その「向上」は余りにも無意味です。(そんな「向上」は、本当の向上ではないのでしょうが。)
いわんや、漱石『心』の「K」の場合のように、人間を不自然に窮屈にさせる「精神的向上心」であるのであれば、それは、無意味どころか有害でしかありませんね。
ですが、自分の場合「精神的向上心」の価値を信じることで、励まされ支えられた時期があったことも、まぎれもない事実なのですが・・
まとまりのない内容になってしまいました。
お体がよろしければ、またぜひお会いしたいです! それでは、お元気で。
* 暗闇にちかい不良画面で読んでいるので、頭が十分反応して行きにくいんですが、問題点がよく出ている気がします。
「頑張る」という物言いについて疑問符を付けた原稿を、随分昔に書いた覚えがある。それでも「努力」「努める」と言っていることは、自分にもしばしばあ りました。今でもあるかも知れず、むしろお気に入りの我が信条に近かった。それなしにわたしは有り得なかったとすら思う。そう思いつつ、そこから、少しず つそんな肩肘の張りを落としてきた昨今だとも、自覚していまする。少なくも「精神的向上心のない者は莫迦だ」などという底意のある、あの『こころ』の「先 生」の「K」にした挑発には、昔からあまり賛成できなかった。そんな「向上心」は、いやらしくさえあり、言葉としても嫌でした。
* 本当の問題は、だが、「心」にこそ在るのではないか。なにかといえば、無反省・無限定に「心」を持ち出し、二言目には「心」とさえいえ ば問題が高尚で有効であるかのように考えている世の知識人やコメンテーターたちの錯覚を、わたしは苦々しく感じています。嗤ってすらいます。
「心」ゆえに、人は惑い、苦しみ、悩み、混乱していることは明らかすぎるほど明かで、その、とらえどころ無く頼りなく、とても頼れるようなシロモノでない事実を、我々の日本語が抱えた無数の「こころ言葉」がよく証明していまする。
「心ここにあらざる」「心」を厳しく無に帰したところでしか、人は本当の意味で「静かに」は生きがたい。それを、真実察知し、嗟嘆し、ほぼ絶望していた のが、小説『心』の「先生」であり、作者夏目漱石にほかならなかった。バカの一つ覚えのように世の大人たちが無思慮に「心」を言うのをやめないと、ますま す「心の病んだ」社会の、よろめきも、暴走・暴発も、無くならない。わたしはそう思う。「静かな心」とは、「心に囚われない状態」を謂うのです、わたし は、そう考えています。安易に「精神的向上心」など謂うべきでなく、そんなことからもっと自由自在になった方がいい。それが、わたしの真意です。反論があ れば耳を傾けるにやぶさかではないけれど。
* バグワン和尚に叱られ叱られ、わたしは、すこしずつラクになってきたと感じます。この実感は、深いし、嬉しいものです。  2000 06・12

* よかれあしかれ、元教授のわたくしですら若く元気であったなあと、いささか「今」に銷沈している。胸に重石がかかったように鈍い窮屈感がある。モーツ アルト天来のフルート協奏曲二番にただただ思いを預けている。いい音楽の美しさに、ただ、ひたっている。言葉ではないが「美しい詩」に極まっている。
2019 11/15 216

* 書きかけていた北越や山陰を舞台の小説、手近に在るはずの文献を見失い、立ち往生している。いったん見捨てざるを得ないか。

* こころ重いが、これが老いの日常というものか。せめてやすやすと寝入りたい。本の発送をひかえると、出来て届くまで胸を圧されるよう。生涯、用意万端に気配りしては疲れてきた。トクな性分でない。バグワンに叱られッぱなしなワケ。
2019 11/15 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

16 * 夢から覚めては何のこっちゃというものだが、夢見ているうちは我ながら面白い面白いと夢に興奮していました。なんでも、「仁の風景」と題された大小相似の 風景画を自分で描き、上下に並べてみると素晴らしく奥行ふかい一つの景色になったので、大喜びして画中の人といっしょに繪の中へ飛び込んで行きました。
なぜ「仁の風景」で、なぜ描いたのかも分かりませんが、ふしぎに嬉しい珍しい夢でした。だが、こう醒めて書いてみると、あとはかもない。
バグワンは、このとらわれ多い生の現実を、醒めてみれば、ただ呆れるほどはかない夢なのだと、なぜ「気付かないか」と繰り返しわたしに言います。
わたしは気付きはじめています。
その先なんですね、しかし。人生が「虚仮」「夢」とハッキリ気付いて、さ、どう、自身の本性を知るか。  2001 07・01

* 18年前の方が自覚的に落ち着いていたのでは。バグワンにじかに聴く日々を取り戻したい、ただ、躰は動かさないのにやたら日々が気ぜわしい。
2019 11/17 216

 

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

17 * 日々にいちばん心をとらえる読書は、やはり、バグワンです。
いま一休の道歌を材料に「禅」を説いています。
バグワンは「禅=道」の人です。慰安を与える宗教家ではない。自身をみつめて自我を離れ自我を落とすことを抑制することのない「真の自由」を彼は説いてい ます。「悟れ」などと彼は謂わない、そんなことは忘れてしまえと言います。悟り=光明=enlightenmentを「目標」や「願望の対象」にしていて 「得られるわけがない」と云います。あたりまえだとわたもは思うのです。
何一つを映していない無限大の澄んだ鏡を、人は身内に抱いている、抱いていたい。そんな鏡で自分はいたい、というその希望すら捨てて、持たぬように。焦が れぬように。そして、目前に去来する多くを、鏡のままクリアに写し、クリアに通り過ぎさせたい。鰻を食べ、人に逢い、眠り、読み、電子文藝館も実現し、喧 嘩もし、一理屈もこね、文章も書き、鼻くそもほじる。血糖値もはかる、インシュリンも注射する。メールで息子に話しかける。すべて「する」ことはする、だ が「する」ことにすらとらわれないでいる。パソコンも昔の物語も、政治もバグワンも、ペンもパンも、ウンコもオシッコも、夢です。鏡を通り過ぎる影絵で す。ばかにもしない、それ以上のものでもない。いいものもある、つまらぬものもある。だが、それ以上のものではない、みな影絵として失せてゆきます。慰安 にもならないが、恐怖にもならないように。
わたしが、光明など望む資格もないのは分かっています。一匹の野狐(やこ)なんです。
こんな狂歌があると西山松之助先生の本でみつけた昔、苦笑しました。
いまだに苦笑しています。
ある鳴らず無きまた鳴らずなまなかにすこしあるのがことことと鳴る   2001 07・26

* 「なまなかにすこしある」だけで生き延びているのが、情けない。

* 「敗戦」のままの「アメリカ属国・日本」の現況を安倍「阿諛追従」内閣は続け続けて、実取引を描いた無駄な武器購入名目や日本国土へ進駐米軍や家族の「おもてなし」に、濫費に濫費を重ね続けていると謂う。日本の政治史最低最悪の歳月がさらに腐蝕して行く。
2019 11/17 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

18  * 何度も言いますが、わたしにバグワンへの縁を結ばせたのは、嫁いでゆく娘が物置に仕舞って行って、もうそれ以前から久しく顧みなかった三冊の説法・講話本 でした。三冊が、その後わたしの手で七冊にも八冊にもふえて、ほぼ十年近く、読まない日がありません。それほどバグワンに「帰依」の現在からいえば、わた しは「無住の自在さ」にある種の共感を覚えているかも知れません、いえいえ成心をもたず、もう一度も二度も読み返して「理解」したい。
少年の頃から、仏教の基督教のという区別にも、念仏の法華のといった教派の差異にも、わたしはほとんど心をとらわれてこなかった。だが信仰心というので はないが、宗教的なセンスは信じて手放さないで来ました。法然・親鸞の至りついたところを、比較的、日本仏教の粋として感じ取ってきましたが、それが仏陀 の根本仏教から遠く隔たり離れてきた、甚だ特殊な「日本的」変形であることも分かっています。優れた宗教家の運動としてそれは少しも差し支えないことでし た。
ただ、法然・親鸞の教えは、基本的には慰安という名の「安心授与」の信仰です。抱きやすい「抱き柱」を抱かせて不安を取り除くものに他なりません。
仏陀その人の教えは、禅に伝えられている決定的な「脱却」、端的には「静かな心」という「無心=分別心を落としきる」ことで知るありのままの自身、その 安心。そういうことかと思われます。バグワンは、それを端的に示唆し、「タオ=道」を指し示していますが、それにすらとらわれるなと彼は言います。へんに 「柱を抱くな」といわれているように思うんです。未熟なままの気付きですが、わたしのは。ただ、ありのままに生きていたいんです、わたしは。
今日は、娘の誕生日でした。四十一歳になった筈です。   2001 07・27

* 何にとなく、じっと堪えて待っている。たいしたことではない、短い原稿を書いてしまいたくて、すこし手こずっているということ。ナニ。追われているのではなく。
2019 11/18 216

 

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

19 * ゆうべ読んでいたバグワンは、こう話していました。断っておきます、読んでいる本で、バグワンは聴衆に「あなた」と呼びかけていますが、わたしは「聴衆の 一人」でなく、わたし一人聴いている気なので、「おまえ」と呼びかけられていると決めています。

☆ 多くの人が巻き込まれれば巻き込まれるほど、おまえはますます考えこむ。「それには何かがあるにちがいない。こんなにたくさんの人がそれに向かって殺到しているのだから、きっとそれには何かがある !  こんなに多くの人が間違っているはずがない」
いつも憶えておきなさい。こんなに多くの人が正しいはずがない !  と。

* また、こうも話していました。

☆ 生は、どこでもないところから、どこでもないところへの旅だ。しかしそれは “どこでもないところ nowhere” から “今ここ now here” への旅でもありうる。それが瞑想の何たるかだ。どこでもないところを “今ここ” に変えること。
今にあり、ここにあること……。と、突如として、おまえは時間から永遠のなかに転送されている。そうなったら生は消える。死は消える。そのとき初めて、お まえは何があるかを知る。それを「神」と呼んでもいい、「ニルヴァーナ」と呼んでもいい、これらはすべて言葉だ──が、おまえはあるがままのそれを知るに 至る。そして、それを知ることは解放されること、いっさいの苦悶から、いっさいの苦悩から、いっさいの悪夢から解放されることだ。
<今ここ>にあることは、目覚めてあることだ。どこか別のところにあることは、夢のなかにあることだ──いつかどこかは夢の一部だ。 <今ここ>は夢の一部ではなく、現実(リアリティー)、現実の一部、存在の一部だ。

* バグワンはこういうことを、一休禅師の、「たびはただうきものなるにふる里のそらにかへるをいとふはかなさ」という道歌を大きな見出しにして語ってくれて いました。 God is nowhere  神はどこにもいない を、無心の子供は、一瞬にして、 God is now here  神しゃまは、今、ここに、いましゅ と読み替えてしまう ともバグワンは話すのです。  2001 08・26
2019 11/19 216

 

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

20 * 昨日就寝前の読書は二時三時に及び、中でも一休和尚の道歌を説きながらのバグワンのことばに驚きました。わたしが、ものを書き出してこのかた、創作動機の 芯に置いてきた一つ、「島」の思想と同じことが語られていました。おッ、同じことを言っていると思わず口に出たほどです。
わたしは、言い続けてきました、人の「生まれる」とは、広漠とした「世間の海」に無数に点在する「小島」へ、孤独に 立たされることだと。この小島は、人 一人の足を載せるだけの広さしか、ない。二人は立てない。そして人は島から島へ孤独に堪えかねて呼び合っていますが、絶対に島から島に橋は架からない、 と。「自分=己れ」とは、そういう孤立の存在であり、親もきょうだいも本質は「他人」なのだと。
だが、そんな淋しさの恐怖に耐え難い人間は、愛を求め、他の島へ呼びかけつづけていると。
そして、或る瞬間から、自分一人でしか立てないそんな小島に、二人で、三人で、五人十人で一緒に立てていると「実感」できることが有ります。受け入れ合えた、愛。小島を分かち合って一緒に立てる相手は、己と同じい、それが、「身内」というものだと。
親子だから身内、きょうだいだから身内、夫婦だから身内なのではないんです、「愛」があって一人しか立てない「島を、ともに分かち合えた同士」、それが、それこそが眞に「身内」なのだと。
ですが、それって錯覚でもありえます。いや貴重な錯覚というべきものでしょう、愛とは錯覚でもあると、わたしは感じていて、だからこそ大事なのだと考え、感じてきました。
* 昨夜、バグワンは、語っていました。(スワミ・アナンダ・モンジュさんの訳『一休道歌』に拠っています。以降、同じです。)

☆ ひとり来てひとりかへるも迷なり きたらず去らぬ道ををしへむ  一休禅師
一休はどんな哲学も提起していない。これは彼のゆさぶりだ。それは、あらゆる人にショックを与える測り知れない美しさ、測り知れない可能性を持っている。
ひとり来て一人かへるも──
これは各時代を通じて、何度も何度も言われてきたことだ。宗教的な人々は口をそろえてこう言ってきた。「われわれはこの世に独り来て、独り去ってゆ く。」倶に在ることはすべて幻想だ。私たちが独りであり、その孤独がつらいがゆえに、まさにその倶に在るという観念が、願望が生まれてくる。私たちは自ら の孤独を「関係(=親子、夫婦、同胞、親類、師弟、友、同僚、同郷等)」のうちに紛らわしたい……。
私たちが愛にひどく巻き込まれるのはそのためだ。ふつう、人が、女性あるいは男性と恋に落ちたのは、彼女が美しかったり、彼がすてきだったりするからだと 思う。けれど真実ではない。実状はまったくちがう。いわばおまえが恋に落ちたのは、おまえが独りでいられない、堪えられないからだ。美しい女性が手に入ら なければ、おまえは醜い女性にだって恋をしただろう。だから、美しさが問題なのでもない。もし、女性がまったく手に入らなければ、おまえは男性にだって恋 しただろう。したがって、女性が問題なのでもない。
女性や男性と恋に落ちない者たちもいる。彼らは金に恋をする。彼らは金や権力幻想=パワートリップのなかへ入って行きはじめる。彼らは政治家になる。それ もやはり自分の孤独を避けたいからだ。もしおまえが人をよく観察したら、もしおまえが自分自身を深く見守ったら、驚くだろう──おまえの行動はすべてみな 「一つの原因」に帰着できる。おまえは「孤独を恐れている」ということだ。その他はみな口実にすぎない。ほんとうの理由はおまえが、自分が非常に孤独だと 気づいている、それなんだよ。
で、詩が役に立つ。音楽も役に立つ。スポーツが役に立つ。セックスもアルコールも役に立つ……。とにかく自分の孤独を紛らわす何かがぜひ必要になる。孤が を忘れられる。これは魂のなかで疼きつづける棘だ。そしておまえはその口実をあれへこれへと取り替え続ける。ちょっと自分の=マインドを見守るがいい。千 とひとつの方法で、それはたった一つのことを試み続けている。「自分は独りだという事実をどうやって忘れよう?」と。
T.Sエリオットの詩は謂うている。
私たちはみな、実は愛情深くもなく、愛される資格もないのだろうか?
だとすれば、人は独りだ。
もし愛が可能でなかったら、人は独りだ。愛はぜひとも実現可能なものに仕立てあげられねばならない。もしそれが不可能に近いなら、そのときには「幻想」を生み出さねばならない──自分の孤独を避ける必要があるからだ。
独りのとき、あなたは恐れている。いいかね、恐怖は幽霊のせいで起こるのではない。あなたの孤独からやって来る。──幽霊はたんなるマインドの投影だ。お まえはほんとうは自分の孤独が怖いのだ──。それが幽霊だ。突然おまえは自分自身に直面しなければならない。不意におまえは自分のまったき空虚さ、孤独を 見なければならない。誰とも何とも関わるすべがない。おまえは大声で叫びに叫びつづけてきたが、誰ひとり耳を貸す者はいない。おまえはこの寒々とした孤独 の中にいる。誰もおまえを抱きしめてはくれない。
これが人間の恐怖、苦悶だ。もし愛が可能でないとしたら、そのときには人は独りだ。だからこそ愛はどうしても実現可能なものに仕立てあげられねばならな い。それは創りだされねばならない──たとえそれが偽りであろうとも、人は愛しつづけずにはいられない。さもなければ生きることが不可能になるからだ。
そして、愛が偽りであるという事実に社会が行き当たると、いつも二つの状況が可能になる。

* そしてバグワンは、深くて怖いことを示唆するのです。
* それにしても、わたしは、バグワンと同じことを考え続けて書いてきたのだと思い当たります。所々のキイワードすらそっくり同じです。そうです、わた しの文学が、主要な作品のいくつかに「幻想」を大胆に用いた根底の理由を、バグワンは正確に指摘しているのでした。いま上武大学で先生をしている原善は、 わたしを論じた著書をもち、しかもわたしの「幻想」性に早くから強い関心を示して論点の芯に据えていましたが、じつのところバグワンの指摘した「幻想」に 至る必然には目が届いていないと、作者として思ってきました。だが彼のために弁護するなら、作者のわたしとても、かくも明快に意識していたかどうかと、告 白するしかありません。
もう少し、バグワンの重大なと思われる講話の続きを聴きます。

☆ ブッダたちは情報知識=インフォメーションには関心を示さない。彼らの関心は変容=トランスフォーメーションにある。おまえの世界は、すべて、自分自身か ら逃避するための巨大な仕掛けだ。ブッダたちはおまえの仕掛けを破壊する。彼らはおまえをおまえ自身に連れ戻す。
ごく稀な、勇気ある人々だけが仏陀のような人に接触するのはそのためだ。並みのマインドには我慢できない。仏陀のような人の<臨在>は耐え難い。なぜ?
なぜ人々は仏陀やキリストやツァラツストラや老子に激しく反撥したのだろう? 彼らは虚偽の悦楽、うその心地よさ、幻想のなかに生きる心安さを許さない人 々だからだ。これらの人はおまえを容赦しない。彼らはおまえに真実に向かうことを強いつづける人々だ。そして真実は凡俗にとっていつでも危険なものだから だ。
体験すべき最初の真実は、「人は独り」だということ。体験する最初の真実は、「愛は幻想(=錯覚、貴重な錯覚)」だということだ。 愛は幻想だという、その忌まわしさをおまえ、ちょっと思い浮かべてみるがいい。おまえはその幻想を通してのみ生きてきた……。
おまえは自分の両親を愛していた。おまえは自分の兄弟姉妹を愛していた。やがておまえは、女性、あるいは男性と恋に落ちるようになる。おまえは、自分の 国、自分の教会、自分の宗教を愛している。そしおまえたは、自分の車やアイスクリームを愛している──そうしたことがいくつもある。おまえたちはこれらす べての幻想(=夢・錯覚)のなかで生きている。
ところが、ふと気づくと、おまえは裸であり、独りぼっちであり、いっさいの幻想は消えている。それは、痛い。

* この通りであるなあと、少なくも「畜生塚」や「慈(あつ)子」や「蝶の皿」を、「清経入水」や「みごもりの湖」を、そして「初恋」や「冬祭り」や「四度の瀧」を書いた頃を通じて、わたしは痛感してきましたし、今も。
ですが、バグワンとすこし違う認識が無いとも謂えないし、それは大事なことかも知れないのです。「慈子」や「畜生塚」のなかで用いていたと思うし、請われ れば答えていたと思うのですが、わたしは「絵空事の真実」と謂い、「絵空事にこそ不壊(ふえ)の真実」を打ち立てることが出来ると書いたり話したりしてい たのでした。
一切が夢だから、早く醒めよ、そして真実の己れと、己れの内深くで「再会せよ」というのが、バグワンの忠告であり、じつは、ブッダたちの、また老子たち の教えです。そういう教えのもっている怖さを回避するために、教団仏教や寺院や経典ができ、また基督教や教会が出来、道教への奇態な変質が起きた。バグワ ンはそれらに目もくれるなと言いたげでして、わたしは彼に賛成なのです。それらはその人達の本来からは、ひどくかけ放たれたいわば俗世の機構にすぎません から。
いま触れた点でのバグワンとわたしとの折り合いは、そう難儀な事とも思っていません。わたしは「幻想」を創作の方法として必然掘り起こしたときに、「夢の また夢」という醒め方から、絵空事の不壊の値に手を触れうると思っていましたし、今もほぼそういう見当でいます。
* わたしが、ふとしたことからバグワンに出逢ったことは、繰り返し「私語」してきました。もう何年、読誦しつづけていることか、しかし読んでも読んでも、聴 いても聴いても、飽きて疎むという気持ちは湧きません。ますます理解がすすみ、嬉しい安堵や恐ろしい叱責を受け続けています。その核心にあたる機縁に、昨 夜、はじめて手強く触れ得たのは幸福でした。  2001 09・07
2019 11/20 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

21 * バグワンが、寺院の入り口におかれた「ミトゥナ像」について話していました。
国会の論議がダラダラと嘘くさい、そう、メールで朝から嘆いてきた人もいます。わたしも聴いていました、見てましいた。
男女抱擁のミトゥナ像に即して謂えば、真実に真に近づきうる瞬間を ミトゥナが体現し示唆していると、バグワンは、適切に教えています。ドンマイ= don’t mind なんです、基本の姿勢は。二が二でなくなり、一ですらなく溶け合っているそうそう長くは保てない瞬間の、無我。
覚者でない我々凡俗には、その余は、ぜーんぶ虚仮=コケであります、すべて。虚仮には虚仮と承知で楽しくさえ付き合っていますが、覚めれば何にも無い、夢。
夢ではないよと深い暗示が得られるのは、ミトゥナのような、二が二でなく一ですら無くなったような極限でだけでしょうか。ちがいますか。
国会なんて、コケのコケ。文藝館もドルフィン・キックも、みーんな虚仮です。ミトゥナ像が寺院の「入り口」に置かれる意味深さは、「入り口」を奥へ入っ て虚仮でない世界にまでは容易に進み得ない者には、理解が遠い。自我の心を落としきるのは容易でないが、それなしに、虚仮に振り回される幻影地獄からは出 て行けない。  2001 10・12

* 『オイノ・セクスアリス  或る寓話』の 私のうちに胚胎した、これが意識下の強い契機であったと思い当たる。十八年も昔になり、さらに数年経て、試筆ないし始筆したのだったとも思い当たる。軽々しい思いではあり得なかった。
2019 11/21 216

* 今日も、よく云って 休養 で終える。アンナ・カレーニナの無残な最期はちかづき、レマルクでは愛おしい若者達やユダヤ人が国境を越えつ戻りつ懸命の 逃亡の日々を送り迎え、ホメロスは潰えるトロイと死んで行くアキレスをうたいあげて行く。わずかに源氏物語の「玉鬘」巻が優艶なもののあはれを美しく描い てくれる。
昨夜の夢見も、むごいほど不快だった。精神不安定といわざるを得ない。やれやれ。老耄も極まり行くか。バグワンの声と言葉とが、遠くで 小さく 聞こえている。
2019 11/21 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

22 * 京都の仏教本の版元がくれました年賀状に、二十一世紀は「心の世紀」と書いてあり、そのつもりで本を作って行くとも。
途方もないことです。イスラムもアメリカも日本も朝鮮やロシアも、みな己が「心=マインド」を重んじて、エゴイズムに走っています。とんでもない。「心 の世紀」というのが痛烈な「皮肉」であるのなら賛同しますが、「心」を頼んで平和に幸せに安寧にと願う気なら、真っ逆様の誤謬でしょう。いかに「心」が人 間社会をわるくわるく複雑な欲の世にしているかを思い知ることなしには、二十一世紀は、破滅の世紀になります。
「心を忘れる世紀」「心を静める世紀」「心を無に返す世紀」でなければならない。「もとの平らに帰る楽しみ」はそれでしか得られないことを、かつがつ、わたしは理解しています。
善人になろうなどという話ではありません。わたしは悪人でも善人でもない、いい人でもワルイ人でもない。
そんなことはどうでも宜しい。
「今、此処」で生きているとおりの者であります。「今、此処」しか自分の世界の在るワケの無いのを、やっと分かってきたのが嬉しい一人であります。  2002 01・03

* めずらしく夢見も覚えず。
2019 11/22 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

23 * 五時に起き、古語の「こころ言葉」を、大辞典で全部読み直してみました。信じられないほど数多い。妙なもので、初めて知ったという 「こころ言葉」は、二、三もなかった。日本語の特徴とも謂いまするが、一つの語に多彩に意味が重複しています、それを押さえてゆくと、とても面白く、語の ふくらみが理解できます。起き抜けに本を一冊読んだような勉強をしました。日本人が心というモノをどう捉えてきたか、どう捉えきれないで、惑い、迷い、翻 弄されながら適当に付き合ってきたかが、よっく分かった気がします。
* 心のはなしに戻りますが、茶の湯の道の始祖というべき珠光に、大和古市の播磨法師澄胤に与えた「心の文」「心の師」と呼ばれる一紙があります。
「此の道、第一悪きことは、心の我慢我執なり」と書き出しています。「功者をば嫉み、初心の者をば見下すこと、一段勿体なきことなり。功者には近づきて 一言をも歎き、又、初心の物をばいかにも育つべき事なり」と続けているのです。そのさきは茶や道具に触れていますが、やがて総括して 「ただ我慢我執が悪 き事にて候、又は我慢なくてもならぬ道なり」と、微妙だけれど尤もな所を言い切っています。
そして、「古人」の言として、こう締めくくっている、「心の師とはなれ、心を師とせざれ」と。
* 心にいろいろ有ることは、日本語の「こころ言葉」だけでなく、英語でも、マインド、ハート、ソール、スピリットなどがあります。普通に は前の二つが漠然と混用されていて、現実にはハートを尊重している口振りや身振りでも、よく観ていますとマインドに終始した心の働きが多い。
マインドは頭脳的な心、ハートは心臓的な心と謂えるなら、日常生活で駆使している人間の心は、大方が思考、知識、利害、判断にかかわるマインドであり、 わたしが、頻りにいう、「心は頼れない」「頼ってはならない」という心は明瞭にこのマインドのことです。「ドンマイ=ドントマインド」なんです。マインド は、人をえてして我慢我執へ導き、トータルなものを分割に分割して多元化し混乱させ、あげくハートを苦しめる。珠光の「心を師とせざれ」とは、マインドに 導かれては成らぬ、「心の師とはなれ」とは、マインドをハートに替えよといった意味にもなっていましょう。
* ハートで話す稀有の政治家かのように期待されていた小泉純一郎が、更迭人事で血迷ってからは、ことごとくハートの抜け落ちた形骸と化し た打算と弁解の「マインド言葉」に終始しています。あの薄笑いがでてくるとき、彼の言葉はハートを裏切る自己保身と虚勢のウソを語っている。
だが、もっともっとひどい自民党員があんなに大勢なのです、それを見誤っていい訳がない。野党も、小泉を無謀に引き下ろしたときに、自分たちが整然と政 権交代へ結束して勝算があるならば知らず、小泉の百倍も愚かしく党利党略のまえに政治を私する旧来自民政権の復権を導き出すのでは、藪をつついて蛇の愚の 骨頂となります。冷静に政局と改革日本の筋道を見つめて欲しい。こきおろすだけが政治ではないでしょう。
政権のための政治でありすぎたのが不幸でした。国民のために政治があるはずではないですか、民主主義とは。  2002 02・08
2019 11/23 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

24 * 両手両足を車輪のようにふりまわして暮らしているように、わたしのこと、見えるだろうと想います。事実わたしは、自分のしたいことをそんな具合にし続けてきたし、今もしつづけています。滑稽なほどつづけています。
だが、自分のしたい目的、例えば「電子文藝館」自体にはなにか価値があるでありましょうけれど、それに熱心に「従事している」わたし自身の行動自体には、何の価値も無いこと、少なくもそれに自分は価値を置かないこと、を、当然と思っています。
人間は、およそ、どうでもいいことばかりをしています、毎日。生きる上で不可欠なのは、飲食と睡眠。それ以外はほんとはどうでもいい。どうでもいいこと を、どう「して」生きるか、どう「しないで」生きるか、それが人生ですが、そこのところに生き方の差が現れましょう。鈴木宗男のような生き方がある。老子 のような生き方がある。「なんじゃい」と思い棄てられる生き方もある。「しがみついて」放さない生き方もある。どっちの生き方のために「強くなりたい」 か、それが問題なんです。

* 徳、孤ならず。そう聴いています。わたしは、昔からこの教えに懐疑的です。孤独な人は徳がないのか。わたしは、時には逆さまに感じてきました。不徳に して不孤、とわたし自身を律したこともありました。真に徳高きは、むろん尊い。しかし、汚らしいほど如才ない、真実は悪徳と異ならないかたちで身の周りに にぎやかに人を寄せた徳人の多いことに、わたしはイヤ気がさしていたし、今もそうです。そんな意味でなら、いっそ世間の目に不徳と見えようが構うものかと 思ってきました。
孤独と孤立とはちがうでしょう。孤立しないように。しかし孤独には本質・本真のヒヤリとした美味があります。
「強くなりたいです」と歎く声に、わたしはシンとします。わたしも強くなりたかった。強くはなれなかった。バグワンに出逢って、だが、わたしのよわさ は、よほど鍛えられました。強くなどなろうとしなくていいのでは。エゴだけを育てて終いかねない。  2002 03・19
2019 11/24 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

25 * 何がといえば、やはり毎夜のバグワンに心身を沈ませゆく時が、有り難い。枕元に、いま、本が二十冊ほど置いてあります。『曾我物語』に入る前に『住吉物語・とりかへばや』が配本されると、気持ちはそれへ奪われてしまいそうです。  2002 03・25

* わたしがバグワンからどんどん遠避(とおざ)かりつつ ?
そう解釈されるのは単にメールのことばを鵜呑みにされていますよ。
わたしが「勉強」し我が身を何かに駆り立てようとしているのは、生きている証拠。生きる僅かの努力です。それだけの単純なこと。落ち込んで無気力だった ら・・嫌でしょう? そういう無気力ではなく、異なる意味で無常観を抱え転変をみつめて、生きる根底で、わたしの内部で、バグワンの言葉は静かに響いていますよ。
勉強に、我が身を「駆り立てる」のでなく、勉強を「楽しんでいる」のでは「生きている証拠」になりませんか。所詮無益な夢だもの。無常とはそういうことで しょ。そんな無常から大きく目覚めて、常(じょう)の定(じょう)の体(てい)で、帰れ海へ、ちいさな波よ、かすかな波頭の一つよ、と。
なににしても「駆り立て」ればシンドク疲れます。疲れるとは、往々にしてマインドの餌食になっていること。
ドント マインド、ドンマイ。そういうことですよ、どこへ急ぐんですか。「いま・ここ」で、自然にゆったり楽しんでられるなら、たとえここが地獄であろうと、と。 ま、そういう気持ちで。
* 楽なことと、楽しむこととはちがう。
楽なことなら楽しめる、というわけではないでしょ。  2002 04・26

* 東工大卒業生の不審にでも答えていたか。
2019 11/25 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

26 * バグワンは「習慣」で生きるな、習慣は落としてしまえと言います。「きまり」にしたがい、「原則や作法」をきめて「線路」の上を往来 するな、と。それは「死んだ生き方」だと言います。わたしもそう思う。昔からそう思っていました。こうあらねば、ありつづけねばとは、自分に強いない、固 定しないから、自由に発想できるのです。
小学校の頃から、決められた宿題よりも、自由研究が好きで、夏休みが済むと、成果を職員室にいろいろ持ち込みました。なにか「ちがう」ことを考えてみようみようとしていました。
人によれば、それは正道でない、横道であり邪道に落ちることだと言うでしょうが、習慣に強いられるのは、自分自身とのつきあいかたとして、なさけない。 人に決められたレールの上を、いや、自分で決めたことでも惰性的にハイハイと右往左往し繰り返しているのは、死んでいるようなものです。自分で自分に強い ている習慣であっても同じ事です、自縄自縛というものです。
習慣にとらわれないで自在でいたいから、『清経入水』などの「私家版」を創ったし、「湖の本」を実践したし、「東工大」にも飛び込んだし、「青春短歌大学」も発想したし、「電子文藝館」も創り上げました。
まだこの先に何が出てくるか、わたしにも分かりません。たのしいではないですか。ただ、なにをするにも、それが「習慣」となり、わたしを縛らないようにと気をつけています。  2002 05・14
2019 11/26 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

27 * バグワンは、このところずっと、ティロパの詩句を語る『存在の詩』を、もう三度四度めでしょう 読んでますが心底、動かされます。よろこびを覚え、帰服しています。
多くの宗教は、わたしの謂う「抱き柱」を与えようとします、神だの仏だの念仏だの名号だのと。バグワンは、根底から、「生きて在る」ことを示唆してくれ ます。「抱き柱」を抱けなどとは全く口にしない。地獄の極楽・天国のなどというまやかしも謂わない。まっすぐ、生死の本然をどう生きるかを語ってくれま す。聴いているだけですが、その安心感と的確とは、身内のふるえを呼び覚ますほどで、卓越しています。
真に宗教的であるが故に、それは宗教を超えた印象を与えます。それが安心を呼び覚ますのです。  2002 05・31
2019 11/27 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

28 * 「抱き柱」というのは、わたしの造語です。信心をすすめる「信仰宗教」は、要するに人心にいろんな「抱き柱」をあてがってきたという のが、私の理解なのです。神や仏がそうであり、鰯の頭もそうである。壮大な神学や宗学、教典がその「柱」の周囲に積み上げられます。「南無阿弥陀仏」の一 声でもいいという法然や親鸞の教えはもっとも徹底した易行の、しかしこれも簡明無比の「抱き柱」です。保証は、抱いて縋っての「安心」だけです。理屈抜き です。天国・極楽や地獄を信じよといわれてもどうにもならない。
それでもわたしは、法然や親鸞にまぢかな柱を、久しく抱いていたんです。抱こうとしていたんです。もっとさまざまな「柱」は世界中のあちこちで用意され ていますが、要するに「信心」の強度や純度がなければ、合理的には何の役にも立ちません。そもそもそんなもの、役に立ちゃしないと思い始めたのは、バグワ ン・シュリ・ラジニーシの徹して「禅」に同じい死生観に感銘し始めてからでした。
いつしれず、わたしは、「抱き柱は抱かない」日々に入ってきました。自分が大海のひとかけの浪がしらのように在ることを思い、一瞬の後には大きな海と一 つになっているだろうと思う。虚無的に投げてしまうのでなく、自分が真実何であるのか、そう思うその自分という意識も落としてしまったときに、何で在るの か。そういうことを、「分別」でではなく知る瞬間がくるであろうと、「待つ」姿勢すらなく、わたし、待っています。
だが、たいてい人は「抱き柱」が欲しい。信心はうすくても、形だけでも抱き柱をほしがっています。そんな人に「抱き柱はいらない」というわたしの姿勢 は、途方に暮れてしまう別次元の観ががあったかなと案じていました。正直に書いたのですが、誰にでも勧めたいというお節介の気持ちはありれ゛ん。わたし独 りの思いでいいんです。  2002 07・09
2019 11/28 216

 

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

29  (来信) ☆ バグワン・シュリ・ラジニーシ
秦恒平様 はじめてお手紙をだします。昨年より「闇に言い置く」を読んでいます。バグワン を検索中に先生のページに出会いました。
僕は、昭和11年生まれ、技術分野で会社を定年、文学青年のまま現在に至っている人間です。電子計算機開発の企業世界卒業です。
太宰、花田清輝、鶴見俊輔、奥野健男、などの各位の書き物を読み、「京大学派」が西ならば、東は「東工大自由人」の感があると日頃感じてきました。
昭和58年買って読まなかったバグワンを、60過ぎて、読みました。
人間の「業」を人間自身が「昇華」しようとする「傲慢」を、彼の「話」に老荘思想の如く魅かれながら、感じます。
オーム教と比較されたこともあるそうですが、バグワンは「自信」にあふれ、例えば、太宰の「壊れそうな花びら」に通じるところは無い。
一月に一度でも先生のバグワン随想 といいますか、チラリと・・・バグワンについての書き置くの「行」を期待したいのですが。お疲れ、ご多忙の毎日をかえりみず失礼のメールですが、バグワンの話を聞きたい。失礼の段 謝です。 神奈川縣

* メールを有り難う存じます。同世代の方からバグワンに触れて頂いたのは珍しく嬉しく存じます。
もう十年ほどには成りましょうか、一夜も欠かさず、バグワンの言葉を私自身の声に置き換えて、少しずつ少しずつ聴き入り、繰り返し繰り返しいささかも躓 くことなく聴き入っています。『存在の詩』『般若心経』『十牛図』『道・老子『』『一休』『達磨』その他、手に入れたものを順繰りに。私が読み、妻もこの 頃近くで聴いています。
オームなどとの関係は、絶無と思います。いささかオームの人らが「語彙的の模倣」はしたかもしれませんが。
バグワンは透徹していますし、私は、つとめて彼を、知解し分別しない、したがって変に「信仰する」こともない。何かを「解釈」するために読んではいませ ん。「安心」のためにというのがあたっています。バグワンに「抱きつく」ことはしていません。一緒に「呼吸」しています。
私にならってバグワンを読み始めた人はごく稀で、しかし、あまりつづいていないようです。そんなものでしょう。「怖がって」いる人もいましたね。
私は「喜んで」います。
二十年ほど前、大学生の娘が、仲間と騒いで読み始めていたとき、私は一瞥もしませんでした。娘もやがてバグワンの何冊かに埃をかぶせて、物置に放り込んだまま嫁ぎました。
偶然にみつけて、あの頃、娘達はなににかぶれていたのだろうという好奇心から開いてみました。
すぐ、「これは」と感じました。そして、座右のバイブルとなり、友となり、手放していません。バグワンは、やっと二十歳になる娘には無理だったろうと感じました。哲学として知解してしまえば、「それだけのもの」で終わりますから。
嫁いだ娘の、父親に残していって呉れた大きな贈り物になりました。
「私語の刻」でときどき触れていますが、「説明」してはいけないと思い、浅はかにふみこんだことは言わないでいます。
またお話ししましょう。お元気で。
わたしは若い人達と仲良くしていますが、殆どが東工大の卒業生です。徹して私は理科ダメ人間でしたのに、有り難いことです。
コンピュータも使えるように教えて貰いました。いまもなお。 2002 07・17

* 凄絶な環境を夢見た。案内があって、地 の底へ底へ降りていった先に一棟の協働住宅があり、ひさしく気に掛けてきた人とそこで再会した。大きなマスクをかけ顔は見にくかったが、その人とは知れ た。そしてまた地上へ戻ったが、そこも凄いような町で、抜け出て行くのに難渋した。恐怖と謂うより驚愕に胸をしめつけられた。説明のしようもない何も知ら ず分からない夢の奥底で、人と一瞬再会したのは事実だった。かすかに横顔だけが見えた。

* 夢見がどうしてこうも凄いのか、わたしはもはや下意識で狂い始めているのか。
バグワンへ戻りたいと思う。
美しいものが観たいと思う。この日録の冒頭をかざっている写真のどの一枚も我ながら美しいと思い、美しさを薬用のように心服している日々であるのだが。
もう師走、目前。
美しいものを観たい、せめて目に触れたい。
2019 11/29 216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

30 * 「恐怖」というものが無ければ。
ですが、人間は恐怖する生き物であり、だから希望を持ったり絶望したり、努力したり怠けたり、します。祈ったりもします。善行に励んだり悪徳に走ったり します。「恐怖」の最たる最終のものが「死」であるのは、確実。死への恐怖のない人なら、上に上げたような分別も無分別もまったく必要がない。ありのまま に生きて死んで行くでしょうね。
ありのままに自然に湧くようにして出来る「感応」の行為は、なにかの分別・無分別という「恐怖」や 「過去来の知識」に催されてする「反応」の行為とは、まるで「べつ」ものだと、バグワンは云います。
たいがいのことを、われわれはリクツをつけてしようとします。これはコレコレだからいいことだ、わるいことだ、と。またコレは神仏の嘉されることだからしよう、これは他人がどう思うか不安だからよそう、などと。
心=マインドはそのように分別をつけますが、それらの分別の至り附くところは、得体知れぬものへの「恐怖」であり、しかし真に恐怖すべきものの真実在るかどうかをすら、人はほんとうは何も知らないで、ただ怯えているのではないでしょうか。
* 鉱物・金属も疲労することは飛行機の事故などで周知です。組織体も構造体も疲労する。罅が入る。寺田寅彦は人体の罅を研究課題にしました。人体にも 罅が入ると寅彦先生に教わったときは、子供心に驚きながら納得しました。納得できると思いました。心も疲労してひび割れる。心を病んでいる人、心の疲れ 切った人の多いことには驚きますし、自分でもやすやすと心萎れさせています。心は頼りにならないし、リクツをつけて無理に頼りにするのは愚かなことだと思 うのです。
心とはすこし距離をおいて、すこし冷淡に、平静に付き合った方が佳い。心の教育だのというのを聞くと、何をこの人は根拠に云うのだろうと軽薄さに驚いて しまいます。心や愛は、或る意味からは「害悪」であり「障碍」であると釈迦は断定しています。疲労した心、罅の入った心に無理な負荷をかけて「頑張る」愚 かさに気が付きたい。
「無心」とそれとは、真っ逆様の奔命にすぎません。  2002 08・13
* バグワンは、ブッダの言葉として「思考の被覆」ということを云います。これは荀子の「蔽」と同じ意味でしょう。思考の被覆をとにかくこそげ落とすよ うに、はぎ取ってはぎ取って「自由=無」に、と、バグワンは適切に語り続けます。荀子は「蔽」を、つまり心に覆い掛かる無数の襤褸を、「解」つまり脱ぎ捨 てねばと説いています。怨憎会苦。また嫉妬や怒り。さらには名誉欲や知識、見識の高慢。
思考は、ものを分断し、分割して処理しようとする特性を持っています。さもなければ機能しないのがマインドの得意な論理というやつです。それは犬である と、他から分ける。それは正しいと、他から分ける。それは美味しいと、他から分ける。この「分ける」ことに秘められた習い性の「毒」に気が付かないと、人 間はただの「分別」くさい「分割屋」になり、ものごとを、分けて分けて分けて、分けきれない小ささの前で縮こまってしまう。
トータルにものに向かう、いやトータルのなかにとけ込む、ということことがマインドには出来ないのです。むしろ常にそれに逆らい続けます。思考の被覆、 蔽、というヤツはそうして埃の降りつむように「心」を不自然な純でないものにする。あげくハートやソールが、思考機械のマインドに変質してしまう。そして ひどく気にする、こだわる、惑い迷う。ドンマイでおれなくなる。
* バグワンは、「思考するなかれ」といったバカは云いません。思考は、生きるための有用な機能であり道具ですからね。手段ですからね。バグワンはただ端的に、機能や手段や道具に「使われるな」と云うだけのことですだ、これって、たいへんなことですけどね。
道具はいつもそばに置いて、必要に応じて用いながら、それと悪しく一体化してしまわないようにとバグワンは言うのです。わきに、そばに、置いておくよう にと。思考が自然に生きて働いているのと、思考をウンウンと気張って用い使って生きているのとは、べつもの・べつごと、なんですね。
拘束的な思考はおおかた過去から来ます、規範や習慣や誤解といった形で。それに盲目的に従っているだけでいながら、さも自分が自然に生きていると思いこ むのは、とんだ見当違いだとバグワンは指摘します。そういう思いこみは、自分が自分で、呼吸なら呼吸をコントロールしていると思う錯覚と同じなんです。試 みにおまえは息を止めていられるかとバグワンは言います。自分のもののようでありながら、誰も、自分の呼吸=命そのものを自由になど出来ない。自分なんて ものにとらわれて過大に過信しているところから、大きな間違いが歪み歪んで肥大し増殖するのです。
* ま、こんなことは、言葉にしてみても始まらないし、それが間違いのもとにもなります。
なにも考えずに観じているものの有る、それでいいようです。「なんじゃい」と、さらりと思い棄てて、しかも静かに努めたい。楽しみたい。祝いたい。  2002 09・02
2019 11/30216

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

31 * 2002 11・09  昨夜もバグワンを読んでいて、頷いていました。
論理は、ちいさいものにしか通用しないと。小さいモノゴトには論理は大きな顔をして幅をきかせるけれど、命の底へ触れて行くようなことになると、生死の ことや無心のことや、思いも及ばぬ不思議を前にしたとき、論理はたいして役に立たない。真の心的大事に遭遇した時に「論理」がいかに小さいか狭いか浅いかがハッ キリしてくる、それに人は気づかず とかく 論理・理屈に しがみつくことで エゴ=心 を守ろうとするのです。

* 師走到来。今世紀初め頃にバグワン・シュリ・ラジニーシの声・言葉と日々を伴にしていた頃の私自身を顧み、心乱れがちな昨今の私を戒めたい、もう当分、バグワンとともに「思い」たい。
2019 12/1 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

32 * 2002 12・05    バグ ワンに聴いていて、ふと立ち止まりました。訳語の問題があり、訳語にとらわれるより、意義を深く酌むべきだと思いますが、彼バグワンは、たしか「孤独= ローンリイ」と「独り=アローン」を見分けて、孤独は毒だが、独りは全くのところむしろ望ましいと言います。これを私の物言いに言い直しますと、「孤立」 は毒であり、「孤独・自立」は望ましいのです。私・少年の昔に、そのように教えてくれた人がいました。
バグワン独自の説得では、孤立の男女が孤立のまま出逢って結婚しても、二人とも孤立の毒から免れるわけがないと言っています。お互いの孤立の毒を相手の存在に肩代わりさせ合うだけで、孤立は失せたように感じ合っていても、そのかわりの不幸を抱き込んでいると。
これにくらべ幸福な愛ある結婚は、たとえ孤独を識っていても自立した独りと独りとで達成できるもので、お互いに妻や夫のより豊かな「独り=アローン」を成さしめ合えるのが大切だと。
孤立に泣く男女は当然のように相手にそれを癒して貰おうとし、自分の不足を放置します。孤立感は支え合われたようでいて、それでは自立した者の充足は生ま れっこないから、当然のように不幸の坂をすべり落ちてゆく。支え合うというと言葉は佳いが、自立した者同士だからより確かに支え合えて幸せがありうるの で、「独り」に成れていない半端者同士では、どんなに疵を舐め合おうと癒えて健康にとは行かないと、バグワンは言うのです。
これは、深い洞察です。自立し「独り」に成れる前に、孤立をただ嘆いて寄り合っても、根本の姿勢が出来ていなくて、どうしてその不幸が無くなるものか。 孤立も不幸も、見かけの安寧の下で崩れを増しつつ倍加してゆくだけであるとバグワンは言います。厳しい指摘ですが、わたしも、その通りだと思います。此処 の安易な誤解が、安易な結婚に繋がり、そして夫婦ともども孤立のままな不幸を、うわべ仲よげに、増長している例が多いのではないでしょうか。
2019 12/2 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

33 * 2002 12・29   暮正月 のようなけじめへ来ますと、メールにも、例年のように、恒例・常例として、おきまりの、といえる「ご挨拶」が増えます。いいかえれば「習慣」ですね。もと の意義の生き残った習慣ばかりでなく、意義など褪せ失せた「習い性」ともゆかない惰性のようなのも、情緒のただ安全弁になっているものも多そうです。一種 の安心をあがなっているのでしょう。
わるい工夫ではない。が、そんなのばかりが無反省・無意識に増えてゆきますと、いつのまにか「生きて」いるというより「習慣」に支配されている日々を送り迎えることになります。
「繰り返す」ことは、日本のようなきちんとした四季自然を恵まれた国民には、いわば体内機能とすら言えますけれど、ただ習慣で繰り返すのと、繰り返しの 一度一度を「一期一会」として繰り返すのとでは、雲泥の差があります。後者ほどの繰り返しでないものは、わたしは、もう重んじないことにしています。無意 識に繰り返して得られる程度の安心にはよりかからない。断崖にかけられた桟道を一足一足踏んで行く人生なのですから、安心より不安の連続なのは本来の自 然。うかと習慣に泥(なず)んでしまうと崖から落てしまう。繰り返のがほんとに良き習慣なら、「一期一会」の気持ちで繰り返すよりありません。
むかしから、何百度も繰り返し言ってきました、「一期一会」とは一生に一度きりのことではないと。一生に一度きりのこと「かのように大切に」同じことを 繰り返すぞという表明です。優れた茶人は「一期一碗」とも謂いました。優れた茶人は生涯何千度となく茶をたてて、なおその一碗一碗を「一期の一碗」として おいしくたてたのです。
* ただの習慣として繰り返していたことが、いっぱいあった。多くは、やめました。どんなにラクになれたことか。バグワンを読みつづけてい る、それなどは私の「一期一会」です。ほかには。もう、そうは、思い当たらない。「闇に言い置く」この私語、も、わたしにはただの習慣ではありません。
2019 12/3 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

34 * 2003 2・15  「ゆったりと、自由に」「ゆったりと、自然に」とバグワンは言います。
この「ゆったりと」が、大きい。
自由「がる」のも自然「がる」のも、まがいもので、それでは、とても、ゆったりとなんかしないでしょう。

* 佛教には、もとより多年関心を向けつづけてきた、子供の頃に灯明の仏壇と向き合い、備わっていた般若心経をワケ分からずに音読し慣れていた昔から。地 獄極楽を背後に感じながら佛教または佛さんをおそろしげに感触していたので、京都には見かけやすい仏具店の前を通るのも怖くて、その前は逃げるように駆け 抜けていた。秦の家は知恩院サンの浄土宗だったから「南無阿弥陀仏」の称行は体験していたけれど、ほとんどナニゴトとも心得てなかった。
少し知的な触れ合いを求め始めたのは、高校生になってから。倉田百三の「出家とその弟子」に感銘を受けた一方で、角川文庫から出た高神覚昇『般若心経講 義』を発奮買い求め、愛読、いや耽読、繙読したのがそれはそれは大きかった。八十四年の生涯で、少年青年時に私に切実に影響した本を、昨日、こころみに思 い起こして書き出してみたなかでも、この角川文庫からの感化はよほどもよほど切実だった。幸いにこの「講義」はラジオ放送されたもので、まことに砕けた口 調のたとえ話も薫育も平易に至妙で、読みあぐねる何もなかったし、うしろの「補註」が大いに知的満足を与えてくれた。またこの身に沁みた体験合ったが故 に、わたしはバグワン講話の中でも『般若心経』をことに耽読再読した。
昨日、就寝前、久々に、高神さんの「講義」の序文にあたる箇所を音読して、妻も聴いていた。
スキャンしてみたが、紙の劣化と活字のいたみ・うすさで叶わなかった。が、その内容は、美味い水をのむように今も身に沁みた。せっかくであり、今日から久々に「講義」を聴き続けよう。

* 実を云うと、たまたまであったが昨年か今年の早くにか、講談社学芸文庫で秋月龍珉著の『誤解された佛教』を買っていて、たまたま私より先に妻がこつこ つと読み継いでいた、わたしはそのあとで読みだして、論旨にふれるつど、何故となくもう一度『般若心経』に接したい願いをつよく持った。浄土教三部の「大 経・観経・阿弥陀経」も心して接してきたし「法華経」も、ときに大部の「華厳経」にも接してきたのだけれど、それはそれとしてそれらは要は壮大で華麗な 「フィクション」として敬愛してきたが、「般若心経」は佛教の核心にまぢかいものという思いを見捨ててきたことは無かったのである。禅の秋月さんの「佛 教」説も強い関心と倶に読み進めてきた。わたしはもうよほど前から「禅」にこそ佛教の核心を感じかけていて、「般若心経」の受容はその思いに反しないと思 えていた。秋月さんの本は、けっこう難しいのであるが、「般若心経」の「空」観とつよく馴染んだ所説と受け取れそうなのだ。

* ま、長広舌は措くとしよう。身に沁みて生涯に抱きしめつづけられた本と、少年、青年時に何冊も出会えていたことをしみじみ、感謝する。
2019 12/4 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

35 * 2003 03・05   街頭で、マイクをむけて、「いま、幸せですか」と聞いてまわっていました。思わず笑いました。即答を強いれば、自分は不幸ですと応える人は少ない。幸福の事象を「捜し」て応えるからです。
少し、己れの闇に降り、独りでしばらく自問し自答しなければほんとの答えは出ないでしょうし、また質問は、こう、すべきでしょう、「いま、真実、幸せですか」と。
かつて東工大でわたしの学生達がぐっと息をつまらせ考え込んだのは、この「真実」の二字があったからでした。
この問いから、しかし、ほんとうに知らねばならぬコトは、不幸ということぬきに幸福はなく、逆もしかり。したがって幸不幸は表裏してつねに在るという認識と、幸も不幸もともに無いという認識との、どちらに行くかを迫られていること。
「かなふはよし。かなひたがるは悪しし」と 利休は云いました。
幸福も不幸も、陥りやすいのは、とかく幸せ「がった」り、不幸せ「がった」りして、とらわれてしまうことです。「捜し」て応えているというのは、それです。
そんな応答は つまり「心=マインド」のなせるわざに過ぎず、だが「心」はあまりに強い力をもった「諸悪の根元」ですから、そのような幸福も不幸も瞬時 の投影、流れ走る白雲や黒雲をながめているに過ません。「有」情の境涯であり、それは、いつまでも変転する。変転しないのは、雲が覆い隠したその奥の、澄 んで「無」窮の青「空」だけ。
* 「がる」 のは、何かにつけて悲しい自己満足。かなふはよし。かなひたがるはあしし。
2019 12/4 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

36 * 2003 04・02   * バグワンを、繰り返し繰り返し何冊も読んできました。多くを求めず、同じ数冊の本を繰り返し音読し続けてきたのです。もし中でも一冊をと言われても、どれも座右から放さないでしょう。いつも「今」読んでいる一冊が、最も真新しくて懐かしく思われます。
いまは、バグワンの原点かなあと感じる『存在の詩』を、半ばまで読んでいます。五度か六度めになるでしょう。屡々、胸の鼓動のおさえがたい感銘を受けます。ですが、概念的な摂取にしないたに、言葉としてはなるべく忘れ去り、胸の鼓動だけを嬉しく覚えています。
「ブッダフッド」と「禅」とに 「詩」的に深くふれながら、バグワンはいつも語りかけてくれます。
2019 12/6 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

37 * 2003 04・26   土田直鎮氏の『王朝の貴族』は浄土教の章で閉じられました。空也(市聖)、寂心(慶滋氏)、源信(恵心僧都)、そして往生伝。
夢中で『往生要集』を読んだ頃もふくめ、浄土教の感化は、小説を書き始めてからもわたしから離れませんでした。法然に、親鸞に、また一遍に、のちのちの 妙好人たちにまで思いはひろがり行き、浄土三部経を繰り返し繰り返し翻読し読誦し、そういう中で法然の「一枚起請文」に尽きてゆき、親鸞の「還相廻向」に 気が付き、そして、私自身の看破である「抱き柱は要らない」というところへ到達してきました。バグワンに、そして不立文字の禅に、いまのわたしは深く傾斜 し、自分の課題を眺めています。
岩波の『座談会文学史』で知るところ、夏目漱石も島崎藤村も最終的に「禅」へ歩み始めて、その到達には差がありました。谷崎潤一郎は宗教的な回心の何も のも語らなかった人ですが、生前に作った夫妻の墓石には「空」と彫り「寂」と彫らせています。文字の趣味に過ぎないのかも知れず、深い思いがさせたことか も知れません。
漱石は偽善とエゴイズムをにくみ、藤村は偽善者、エゴイストと罵られたことのある人です。漱石は露悪を指弾しながらそこに「現代」を見出し、藤村は露悪 の浄化にかなしみを湛えて家の根を思い、国土の根を思って「歴史」に眼を返していました。漱石は「肉」を書かずに躱し、藤村は肉におちて肉を隠そうとし た。潤一郎は、『瘋癲老人日記』の最後まで肉を以て肉に立たせ、一種の「歓喜経」を書きながら亡くなりました。
2019 12/7 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

38 * 2003 06・06   今日もいろんなことをしました。あんまりいろいろで、忘れてしまいそうなほど。忘れてしまっても、ちっとも構わないのです。覚えていなければいけないような、何ほどのことが有るでしょうか。
道元は、日本の仏教に愛想を尽かし、禅の本道を学ぼうと宋に赴いたといいます。そして、天童山に入ったある日も、一心に古人の「語録=本」を読んでいま したとか。ある坊さんが、何のタメにそんなものを読むかと尋ね、道元は、古人が修行のあとを知って学びたいからだと答えたそうです。坊さんは「何のタメ に」と、また聞きました。郷里に帰って衆生を教化したいからだと道元はまた答え、さらにまた「何のタメに」と聞かれて、道元は衆生のために役に立ちたいと 答えたといいます。そこで「僧のいわく、畢竟してなにの用ぞ」と。道元はついに窮して答え得なかったのです。
禅を「言葉」に学ぼうとしていたからです。それは「行」ではなかった。そして彼道元はついに「只管打坐(しかんたざ)」へと極まって行ったといいます。
親鸞にも似た話があります。彼は念仏の多念一念論議でも、徹して「一念」がよしとした人です。「南無阿弥陀仏」のただ一念で足ると人に教えてきました。 ところが、ある時に、衆生救済の奮発として浄土三部経を千度読もうと発起したというのです。すぐ、恥じてやめたそうです。南無阿弥陀仏の一念でよいと信じ ていながら、なぜに経典の読誦にこだわったろうと恥じたのですと。親鸞は生涯にこういう「惑いに、二度襲われた」と反省しています。
* バグワンは、経典や聖典に頼ってそれを「読む」行為に「甘え」てしまうのを、著しい「エゴ」の行為として、いつも戒めます。わたしは、つくづくそれ を嬉しく有り難く聴きます。何かの功徳を得ようと読む聖典などは、ただの「抱き柱」に過ぎない。それあるうちは打開などあり得ないと思うからです。バグワ ンは、聖典や経典はすでに真に打開し「得た」人にとってのみ意味のあるもの、納得できるもので、そうでない者にとって真実の導きには決してならぬどころ か、そこで「わかった」という「エゴ」があらわれ、躓きを繰り返すに過ぎないと言います。全くその通りだろうとわたしも思う。
それでいて、バグワンを繰り返し「読み」つづけ、大部の源氏物語を毎日「音読」しつづけ、夥しい量になる「日本の歴史」を欠かさず「読み」続けたりして いるのは、迷妄・執着のかぎりのように思う人もあるか知れませんが、ちがうのです。わたしは源氏を読んで心から楽しんでいるだけで、「畢竟してなにの 用」とも関係がない。それは「日本の歴史」についても同じであり、ましてバグワンはただもう「読む嬉しさ」で読んでいるのであり、一時の道元のように、バ グワンの教えを「学ぼう」「識ろう」としてでは無いんです。学んでみても始まらないことをわたしは知っていますし、覚悟しています。わたしは、ただ「待って いる」だけです。何を待つとも、待っていて「間に合うとも間に合わないとも」わたしには何も分かりませんが、それは仕方ないこと。バグワンの声が耳に届くの が嬉しくて楽しいから読みやめないのであり、他の本もおなじこと。何も求めていないから楽しいし、何もいまさら覚える気もない。自然にゆったりと、無心に 、したいことをして楽しめればよく、まだまだそんなところへわたしは達していないけれど、達しようとして達しられることでもなく、恥じてみても始まりませ ん。

* 十六年余も以前の述懐ですが、いまも、「読み・書き・読書」どれも「ただ楽しく」てしているだけ。

* その「楽しみ」にも不覚の失敗で狼狽し慨嘆を余儀なくされる日もある。昨日発見した私自身の不用意なミステークは、明瞭に「五人に一人」の方に迷惑を かけていて、しかもそれらがどなたであるかを把握のすべが無い。願わくは「送付挨拶」から目を「奥付の表示」へ転じて、粗忽な挨拶では数字の誤記があった とご判断頂けると有り難い。
三十四年もおなじ事を続けていて、こんなミステークは初めて、アタマを掻いて恒平は閉口しています。
2019 12/8 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

39 * 2003 06・25   疲れて衰えがちな気根を潤してくれるのは、楽しみな各種読書のさらに根の所で、毎日毎日胸に響いてくる「和尚」バグワンの声と言葉です。これほど透徹したものを伝えてくれた人はいません。
もうわたしにはあらゆる聖典が事実問題として無用です。なぜなら聖典を読みとる力など、今のわたしに有るべくもないから。「enlightened=悟 りを得た人」にだけ聖典は、微笑とともに頷き読まれ得るもの。そうでない者には却って読めば読むほど自身のエゴを助長し、いわば抱き柱に固執させるだけだ とバグワンは云い、ティロパも云います。その通りだとわたしも今は思っています。聖典に読み依りかかる人達の切実さを否認しないから、「およしなさい」と は決して云いませんが、聖典を読めば救われるなどということは、誰が保証しうることでしょう。
わたし自身、例えばバグワンの言葉に耳を傾けていたら「悟れる」などと、つゆ思っていません。わたしはわたし自身に目覚めて行き着く以外に、どうにもな らないでしょう。バグワンはわたしを「静かに」はしてくれます、が、それで至り着くのでもなく、そもそも至り着くべき目的地などが遠く遠くの決まった地点 になど存在しているわけがない。目的地が在るとすれば、それは既に「わたし」の「うち」に在るようです、が、それが──まだまだ。
* 会う人ごとに「お元気そうですね」と云われます。そう見えるのでしょう、たぶん。しかし、わたしは衰えています、めっきりと。
* 僕は( )へてゐる    高見 順
僕は( )へてゐる
僕は争へない
僕は僕を主張するため他人を陥れることができない

僕は( )へてゐるが
他人を切つて自分が生きようとする( )へを
僕は恥ぢよう

僕は( )へてゐる
僕は僕の( )へを大切にしよう
* ( )に漢字一字を入れよとは、東工大の教室の諸君には、難解な出題でした。 2019 12/9 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

40 * 2003 07・17
☆ 人の心は知られずや 真実 心は知られずや   室町小歌
* この、中世人たちの、うめくほどの「嘆息」は、次に、いったい、どの方角へ身を転じようというのでしょう。自棄か断念か暴発か狂気か、放埒か、無頼か。いいえいいえ、現代のわたしたちも同じではありませんか。
「心」などという、何とかに刃物ほども危ないものを、或いはたわいなくロマンティックに頼み、或いは小ずるく政治的に利用し、或いは偽善のために或いは打算のために或いは虚飾のために担ぎ出す。
「心」が良くしてくれた現代とは、何が在るの? むちゃくちゃになった人間たちの世間。いやになる、つくづく情けない。何故かなら わたし自身無罪でないから。わたし自身、むちゃくちゃだから。けちくさい心にしがみついて、口にする言葉はたちどころにウソになるばかり。
* 京の、家の近くの、白川の、狸橋の上から逝く川波に眼を凝らして、少年のわたしはいつも時を忘れていました。ちいさくするどくかすかに音たてて、わ たしのちいさな視野は躍るように不変でした。不変の川波は、わたしの眼玉のまるで鱗と化し、あれから六十年、わたしは鱗の眼で生きてきました。
いやだ。いやだ。
だが、どうにもならない。嘆息するのは人の心ではない。わたし自身の心が知れないのです、あたりまえです。あたりまえと思えるようになっただけが、終点前の、かすかな希望でしょうか。けれど、すごく寂しい。
2019 12/10 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

41 * 2003 07・27   ☆ すこし酔って帰ってきました。ごく近所で毎日曜日ジャズを歌うご夫妻と知り合いになり、焼酎をいただきながら聞いてきました。
ちょうど、無性に人を恋しくおもう気分のところでした。秦さんに甘えたメールを送ったら笑われるかも、と、ちらと思っていたら、メールをいただいていたので、うれしくて。
この数週間でめざましく元気になりました。
健康感を取り戻したいま、いかに自分が参っていたかがわかります。数週間前の自分さえ、今の私からみれば「途上」にありました。参っているさなかにその自覚がないのは、危険かもしれませんが、私にとっては救いでした。
声をかけてくださること、どれほど有難いことか。どれほど嬉しいことか、いつも胸にあります。ほんとです。
HP、PC上で書いたり創ったりしたたものを、yahooのサーバーにつなぐ作業が残っています。正直にいえば、すこしこわいのです。かざってはいませ ん。かえって、読まれることを思うと、そがれるものがあります。それもウソになりはせぬかと、自分の弱さを振り払おうと。
ごめんなさい、こんなこと。
ちょっと酔っているのです。おゆるしください。ひと恋しくて。   東工大卒業生
* この人、やっと、こういうふうに思いが、強張って守っていたものが、流れ出るようになりました。元気になってきたのは確かでしょう。こ の人も、いわば「こころ」派の人すから、その意味で「こころ」に対しては慎重に懐疑的に、少し冷淡に付き合って欲しいなと思っています。いつかまた結婚し たいと思う人に出逢うでしょう。その時までに、少し用心して自身の「こころ」を忘れるていたほうがいい。むしろ「からだ」をいたわり、優しく励まして鍛え ておくのがいい。慰め、また鍛えた方がいい。
「こころ」に従順すぎる人は「からだ」を傷めてまで「こころ」を守りまたふりかざしますが、そんな「こころ」のアテにならないことは甚だしい。「こころ」派の人で「静かな心」の人の、めったにいないことでも、わかります。
今日、四十三歳にもなった娘・朝日子よ。元気な心でいるかい。  2003 07・27
2019 12/11 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

41 * 2003 08・02  バグワンのことを「最大級の導師」「とうとう人類がかちえた真の王者」かどうかなど、そんな世評はわたしの知るところでありません。実像などなんにも識らないし識ろうともしてこなかった。
ただただ、わたしの魂にビリビリと響いてくる存在と言葉なんです。
だれかにバグワンの押し絵を「伝えたい」のではない、わたし一人の安心と無心へのそれがおだやかな静謐の時になるだろうと思うから向き合っています。聴 いています。おそれ、気をつけています唯一つは、そんな対話が、「知解」という「分別」へわたしを突き落としかねないのがこわい、ということ。   2003 08・02
2019 12/12 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ
43 * 2003 08・ 16   『ゲド戦記』の終巻「アースシーの風」が示唆していたように、地球が、根底のところで傷ましく病んできたような不気味さ。アメリカ、カナダの広 域大停電が、二昼夜に及んで原因すら掴めず、復旧にも手間取っているおそろしさも。科学的・技術的には理由は簡単につくのでしょうが、テロでなかったとも 断定できませんし、たとえテロでなくても、そうする気なら出来てしまうのが、サイバーテロの恐ろしさです。
映画「ザ・インターネット」のように政治的経済的に迫るテロもあれば、停電やダム破壊や列車妨害のような生活線から侵してくるテロもありえます。
だが、どこかで人の「内側」が侵されている、ともいえましょう。
安易にお題目や空念仏のように「心」に頼んで、その心が軽薄で実のない要するに安い分別心でしかないとなれば、いまの世、人の分別心はとかく「利」や 「得」の方にばかり働いてしまうのだから、「心」を振り回せば振り回すほど、現代の蟻地獄は深く凄くなってきます。わたしだとて、何の例外であろうや。
* 絶やさず来ていた人のメールが、ひたと止まることがあります。機械の故障も待ったなしに突如起きます。起きてしまえば、どうにもこうにもならないの が機械というヤツの傲慢さ、お手上げになる。回復には金と時間がかかる。よくよく考えれば傲慢なのは機械でなく、人間の無神経さにあるのですね。わたしと て何の例外であろうや。  2003 08・16
2019 12/13 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

44 * 2003 09・02  ある人とちょっとした「こころ」論議が続いています。漱石の小説ではない。心、のハナシ。
その人は、確信的な「心」大切の信仰心をもっています。わたしの「心」不信が容認出来ません。断乎容認などしたくないんです。自分の「心」を愛し、信頼しきっているらしい。
わたしは何度も書くように、心はアテにならない、時々刻々変容し変貌して果てしなく、一つ間違うとそんな心に惑い、ただもう、うろうろしてしまうことが 多いと感じています。それはお前の心が定まっていないからであると云われればその通りで、不動心も無心も、滅相な。心の鍛錬も改造も、じつに難しい。わた しは人の心で傷つけられた覚えよりも、自身の心によってしばしば戸惑い傷つきさえした思いが、子供の頃からつよい。
できれば「心に頼る」よりも、心など「無いもの」かのようにし、心に振り回されまいと、つい、つとめたいのです。心は、「お前は逃げるのか」と咎めてき ますが、そういう心ほど、はなはだ危険なトリックを仕掛けてくる。心を落とさずに、心を蜘蛛の糸のように「他」へ絡みかけ寄りかかれ、それが「安心」とい うものだと、途方もないことを指示し司令してきます。自身を喪ってもよし、おまえは心そのものに成れと教えてきます。もっともっともっと願え、願望せよと 司令してきます。
心にもじつはいろんな心があり、一概に云えないのですが、人を凝り固まらせたり、ひっきりなしに分裂的に悩ましたり攻撃的に他に向かわせる点で、「諸悪の根源」じみるとわたしは理解して、もう久しい。ほんとうは、心のことなどあまり考えたくないのが本心です。
無心に近く、静かな心でいたいが、そのためには自身を「心の餌食」にしてはならぬと想うのです。

しづかなる悲哀のごときものあれどわれをかかるものの餌食となさず    石川不二子

すぐれた姿勢だと思ったし、教室の学生たちにもそれを伝えました。
喜怒哀楽や情熱や恋愛や努力が、心というものを離れた仕方では不可能なのか。それをわたしは考えてきました。
心はすぐ、目の前のそれが善か悪か、好きか嫌いか、大か小か、欲しいのか欲しくないのか、などと「対立」させ、「選べ選べ」「分別せよ」と迫ってきます。その騒がしい拘泥りが、人を「静かな心」から、むげに、むざと、遠ざけてしまう。
心をめぐる論議は、かなり、しんどいです。  2003 09・02
2019 12/14 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

45 * 2003 09・18    人は、人のことを、ほんとうに知らない、知ろうとしないでいて、自分の思いのままにならないと嘆く生きものです。しかもその「自分」のことだって、実 はよく知らない、分かっていない。そのこと自体が、分かっていない。雲の足場に幻覚の城を建てているような生きものなんでしょうか。
堅実に把握しないと、なにもかも表現は、ただもう泡のように頼り無い。無反省に「こころ」を信奉している人に、晴雨ただならぬ空模様のように、それが現れて見えます。
頭脳と心臓。この語に「こころ」とルビをふるなら、どっちにふるか。四の五のいわず、あえてどっちかを選んで見て、そしてなぜか、考えてみたい。東工大 の千人もの学生諸君は、かつて、教室でのわたしの問いに、なんと十の七人まで「心臓」の方にふりがなしましたよ!  2003 09・18
2019 12/15 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

46 * 2003 10・05    「音読」で十年余になるわたしのバグワン本は、今また何度めかの『般若心経』を読み進んでいます。ゆうべは「知識」への本源的な批評を読んでいまし た。なにの花ともしらず眺めた花の美しさ、その瞬間には花と人との深い融和と一体感とがあります、が、一度びその花がバラである、ナニであると知ったと き、人と花とに「距離」が生じます。この「距離」という精妙に微妙で正確な指摘をわたしは直感的に全面的に受け容れます。そのようにして我々は余儀なく大 事な幸せを手放さざるを得ず生きてきたと思うのです。
知識は、まず何より知っているモノゴトと知らずにいるモノゴトとに、分離や分割を強いてきます。「分別」のつくりだす「距離」がいやおうなく現れます。 心は、マインドとは、「分別心」そのもの。マインドという心はこれを高く旗印に掲げます。人の不幸は、この旗印のもつ詐術に気付かず、大事なモノ・コト・ ヒトの半ばを実は捨て去ったことに気付かずに、もっと大事なモノゴトを手に入れた、獲得したかのように錯覚し評価してしまうこと。そして底知れぬ「もっ と、もっと」という蟻地獄に身を投じて行き、しかも本質的な関心にはほとんど何の役にも立たない・立たなかったことに、死の間際になるまで気付かないので す。
分別をのみコトとする知識=論理では、人は決して静かな無心には至れない気がする。むやみと知識に惑わぬ敢えて非論理や無分別の体のトータルな静謐が大 切と思うのです、わたしも、バグワンとともに。譬えて謂う「分母」がそれであり、それゆえに「分子」は自在に多彩に活躍してゆける。わたしの例でその分子 とは、政治への関心であれ、「湖の本」や電子文藝館であれ、無数の人間関係であれ、みなそれは夢であり絵空事であり虚仮(こけ)に過ぎません、分かってい ます。分かっていてずいぶん活躍すればいいんです。分かっているから楽しめばいいんです。しかし大切なのは分別や知識ではない、それらが引き裂いてきた夥 しい亀裂や分裂のみせている深淵の凄さを、一気に棄て去れることが大切です。人は勝手に分別という「真っ黒いピン」を我から無数に身に刺し、その痛みに耐 えかねて奔走しています。そんなピンはもともと刺されては居なかった。刺したのは自分なんです、それも分別や知識や打算で。
ピンは抜き去ることが出来ます。だが難しい。わたしのこういう言辞も、まだ分別くさいなと我ながら思います。  2003 10・05

* 16年の余も昔の自身日々の感想をこう読み替えしていると、以来老耄を重ねてきた今日という惘れる思いがある。もはやありのままにどう老耄に身をまかせて怪我だけはなく生き延びるか。そんな想いで吐息する。
2019 12/16 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

47 * 2003 10・31
* 漱石作のあの『こころ』でした、「先生」と「私」とが散歩に出て、広い植木屋の庭なかに入り込んで休息し、おしゃべりする場面がありました。わた しの脚色した戯曲では、此の場面で、加藤剛の「先生」と***の「私」二人に大事な会話をさせています。原作にもあったのですが、「こういう静かなところ にいると静かな心になりますね」と「私」が云い、それから「心」の話になります。会話は微妙な問題に触れていって、「先生」が「私」に念を押されて応えて います。なんでも遺産か財産か「金」のはなしでした。「先生」は言うのでした、はなから悪い人間はいない、人間を悪くするのは金だとか何とか云い、あまり の「簡単」さに若い「私」が鼻白みますと、「先生」は即座に逆襲して、そうれみろ、さも心、心ときみは言うが、そのきみの心が、じつに簡単に騒いだり乱れ たり変心したりするじゃないかと窘める。
漱石は「心」の頼りなさをよく分かっていたのでした。
心だ心だと騒がしいほど心をタテにとる人がいるものですが、そういう人に限って、いわば変心し躁鬱する度合い甚だしく、平静が保てない。その上、わるい ことに、そのようにバタバタする心をもっていることが、さも純真で素直で自身を刻々誠実に偽っていないのだと錯覚しているんです。
浅瀬をはしる水はせいせいとして清いようですが、さわがしく落ち着かない。よくもあしくも軽薄軽躁です。流れも見えぬ深い淵瀬の静謐がない。そして大事な物を見失うのです、喪失してゆくんです。 2003 10・31
2019 12/17 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

48 * 2003 12・25    夜前はクリスマス・イヴでした。明治の文学者たちの仕事を掘り起こして、時代の先端の「e-文藝館=湖(umi)」や「ペン電子文藝館」に送りこみ、 バグワンと源氏物語を音読し、そういえば、クリスマス・イヴからドラマの始まる、キム・ノヴァクとジェイムズ・スチュアートの映画「媚薬」を、ひとり、深 夜に見終えました。永久保存のためにディスクのチップを切り取りました。
そうそう藤村『夜明け前』の青山半蔵馬籠宿は、彼が、伊勢から京都へ少し長旅の間に、木曽一円の烈しい百姓一揆に巻き込まれていました。半蔵は心底から 京都の新政権に「復古の理想」を期待しており、時代の動乱に不安と反撥を禁じ得ない農山民達の動揺との間に、寂しい距離を痛感し始めています。島崎藤村の 筆は悠然として簡潔に深く時勢を剔ります。
源氏物語の音読は「竹河」の巻をすすんでいます。うまくすると、年内に終えて、新年からいよいよ宇治十帖に入れるかも知れません。
宇治十帖を、当時流行の言葉で「人間形成の文学」と読んだ拙い感想が、入学した年に創刊された大学の専攻紀要への、初寄稿でした。思わず顔赤らむ心地です。
バグワンは語っています。キェルケゴールが、人間は「おののく存在」だというのは、半ば正しく、サルトルが「自由は刑罰」だと言うのも、半ば正しいと。 「おののく」のはつまりは避けがたい死におののくであり、それは心=マインドに引きずられて、我=エゴを落とせない者達には、まさしくその通りである、 が、そこを透過したものには全く当てはまらないと、バグワンはまこと適切・的確に語っています。あの広大な外なる空(そら)と、自身が身の内にかかえてい る空(そら)とが、べつものでなく、全く一つに繋がり拡がっている空(そら)だとわかれば、と、バグワンは深い示唆を与えてくれます。
* 自由は、たしかに刑罰のように人の上に重くきつく問いかけて来ます。たいていの人は「自由」がおそろしい。不自由に何かの支えに取り縋り抱きついて いる方が遙かに楽なのです。人は自由が刑罰のようにこわいというサルトルの言説は的確です。ですが、彼の自由とは、自由になるもならぬも「自分」の問題と して捉えています。しかし真の自由とは、何かを自由にあしらう自由ではないはずです。自分自身「からの自由」こそが真に自由なのだとバグワンは云うので す、その通りです。サルトルの言説が優れた「警句」の域を超えてこないのは、発想の根に「我=エゴ=マインド=心」そのものの自由ということを重く引き ずっているからだと、わたしは、またまたバグワンの言葉に頭をたれています。  2003 12・25
2019 12/18 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

49 * 2004 01・04夜    一人暮らしは気楽なようで安易にもなりやすく、翻弄もされやすい。十分気を付け、あらゆる意味で「鍵」掛けを、慎重にとお節介をやきました。若い人の 自宅をあえて離れた一人暮らしでは、なにかしら、女の人の場合の最終的な破綻のケースが多そうに感じられるから。自由のつもりがいつ知れず不自由に拘束さ れ、ときに支配されてしまうこともあるのでは。
書きたいのは「ビューティフル・マインド」?。題を聴くだけで、つらそうに感じます。
「マインド」は、けっしてビューティフルにはなれませんよ、ハートとかソウルならばとにかくも。
「マインド」の機能は、迷・惑、そのもの、つまり思考・思索・論理・分別。そして自我の肥大増殖が残り、どこかで失調します。
ふつう、手ひどい失調にまで 陥らずにすむのは、よくしたもので人間様がどこかで分別や思索を投げ出しているからです。失調もしないかわり、たいした論理も残らない。理屈の断片だけが 貝塚のように積まれ、人はのんきにそれを自分の「思想」だなどというが、ナニ、ただの「ごみ堆積(ため)」なんです。これは、自嘲。   2004 01・04夜

* 15年も経っているのか。「ビューティフル・マインド」で生きて行きますなんてことを盛んに云う女子 卒生がメールを寄越し続けた時期だったかも。善意でぐらいな気だったか。「意」は厚顔ないたずら者で、瞬時もおかず善意らしくも悪意じみもする。いっそ 「意」は批評と行為・行動とに繋げばいい。悪政、忖度、横暴、強慾。打ち倒したい相手は山のよう。
2019 12/19 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

50 * 2004 02・28   なにのアテもなく更けて行く夜を半ば憎みながら、機械にふれ続けていました。二時になります。わたしの背後のソファには(愛猫の=)黒いマゴが熟睡して います、この部屋が暖かいから。わたしが、ここで起きているから。安心しているのでしょう。しかし、もうわたしの眼球、乾いて腫れてきました。階下に降 り、バグワンに聴きましょう。
いま、またバグワンは、ティロパの『存在の詩(うた)』を話してくれています、わたしはじっと聴いています、音読しながら。
源氏物語の「宇治十帖」は、いまにも大君が他界するでしょう。遺されて、中君の人生がはじまるのです。好きな女人です。
また、江戸時代の歴史に、いちばん必要な究明と理解とは、「大名と百姓」なのだとつくづく分かってきました。両者の間に「商業」が介入してきます。どれ ほど豪農にいためられながら貧農たちが立ち上がって行くか。どれほど幕府や藩や代官達が苛酷に農民をいためながら、しかも大名も武士も貧窮の坂を転落して 行くか。なぜか。
こういうことを理解していないと、勤王も佐幕も分かるわけ、ありません。 2004 02・28

* ほんとに、この師走、「討入」の一言も耳に眼にしなかった。「公儀」の無道・無残 いまほどヒドイ時はないのに。
2019 12/20 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

51 * 2004 03・22  いま。深夜ですが。死にたいほどと、瀬戸際の声がとどきます。若い人です。東工大の卒業生です。大教室でも教授室でも飲み食い歓談の折にも 「ハタ印し」めく一首を添えて。
☆  生きているだから逃げては卑怯とぞ幸福を追わぬも卑怯のひとつ   大島史洋
* 追うべき幸福ではないと実感したら、引き返すように。そう伝えましたら、「こころの声に、耳を傾けて。その声に従うのみです」と云ってきました。
むろん、花は後悔するために咲いたりしない。花は無心です。あえて強いて謂えば、後悔しないために花は咲きます。若い人の恋もそうでしょう。それでいいと思いますが、それにしても、またしても「こころ」の声にとは。「こころ」こそ いちばん頼れなどしないのに。
心=マインドは 一瞬にして、たった今し方のまっさかさまを云いだす魔物のようなもの。それぐらいは、どう若くとも体験的に知っているだろうに。
「こころ=マインド」とは、鏡ほどに澄んだ青空の前を、ひっきりなしに去来する「雲」のようなもの、別名は、思考・分別。
澄んだ無限の青空が、人根源の本来か。その青空を、ともすれば隠そうとして働く黒雲白雲とおなじ、所詮はよそから来ては去って行く「こころ」が自分なのか。少し本気で考えてみれば分かるでしょう。何のために、人は「無心」という澄んだ在りようを理想にしてきたか。
「こころ」より 「からだ」の方が信頼できるかも知れない。「こころの声」ほどアイマイでいい加減で頼り無くて変わり身の早い悪党は、世の中に他に無いのではないか。
頼めるほどのものは、そう、身辺に在るものではない。頼むとは、それに抱きつく・しがみつくこと、わたしの謂う「抱き柱」ですが、そんなものに所詮は頼っていられないでしょう。自分で自分を騙すような真似になる。
考えを、強いて、押しつけている気はなかったのです、向こうは「若い」のです。若くて惑っているのです、「こころの声」にしたがい戻れない橋を渡りたいというのです。
ああ、「心の声」にしたがうなんていう実体のない格好だけの言葉でなく、ただ眼をとじ、深い闇に静かに沈透(しず)いてみるといい。そこに何が有るか。そこに自分がいるか。心なるものが存在するのか其処には。肉体すらその闇には、無いのです。
闇は無限定に深い。その闇が、そのまま澄み切った青空に、一枚の何も映さぬ鏡になる、なれるか、どうか。わたしは、日頃じっとそれを「待って」います。努力して頑張って成れることではないし。人生は危ういのか。黙。  2004 03・22
2019 12/21 217

 

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

52 * 2004 03・23    若い人もほんとうにいろいろです。男も、女も。老人だって、いろいろであるに違いない。
よくよく見ていますと、みな、それぞれに闘っている相手は、孤独、とでしょうか。いえ。孤独はいいのです、すばらしいクスリですらある、が、孤立してはいけない。
恋というのは心でするものだと、ある人は云いました。そうかも知れない、が、違うのと違うやろかとも思います。心が人を幸福にすることは、めったに、ない。無心なら、べつですが。
人は痛々しいまでに求めるけれど、けっして「静かな心」なんて心は無いのですね。無い、と確信したある瞬間に「無心」が来る、のかも知れない。
永遠にそんな境地は来ないかも知れない。  2004 03・23
2019 12/22 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

53 *  2004 03・28    頭の中で、ことばが沸騰するようにストラッグルしているのを感じます。なんだかむちゃくちやに混乱し廻転しています。液状のも筋状のも粒状のも板状のも、ぶつかり合うように攪拌されています。
狂うような自覚はない、それを眺めている基点とも支点ともいえそうな位置でわたしは眼を開いていて、意識は騒がしくありません。なんだか、とても寂しい とも表現できます。一昨日、京都の泉涌寺にいた気持ちに似ていますが、あのときは頭の中に沸騰はなかった。懐かしい声のような情愛にわたしはひたっていた と思います、あの数時間。
即成院の阿弥陀、戒光寺の丈六釈迦、悲田院の大空に吸い上げられそうな遙かな眺望、観音寺の日だまり、来迎院の静謐、金堂わきの大桜の漫々と湛えて漏ら さない咲き盛り、後堀河陵の裏山で聴いた鴬、母校日吉ヶ丘の校庭、東福寺僧堂、通天橋をのぞむ一瞬のめまい、東福寺伽藍の交響する明浄。人と出会ってもそ れと認められない深い現実喪失の澄んだ闇。
あそこで、わたしは鬱ではなく躁ではむろんなく、静であった。願わくは清でありたかった。
* 「落とせ」と バグワンはいいます。道元の心身脱落とか、放下とか、そんな意味かも知れません、持ったり縋ったりしている無意味なものから手を放すだけでいい、よけいなものは落ちて行きます。何が、よけいなのか。何がほんとうによけいなのか。
なにで「ありたい」かが、その「よけいな」ものを決めるのか。ま、いい。
* その人の言葉が、どうしても「本気」とは聞こえないような人が、いるものです。
ものを言うとき、だれしもが本気で言うと限らないのは、こんな悲しげな事実・現実は無いのですが、概して人は「本気の言葉」ばかりを話しているものでは ありません。それどころか本気で話すなんて愚かだ、バカだ、という価値判断すら現世ではかなりの力をもっている。本気でばかり話していると世間は狭くなる ぞと、どれほど、声ある言葉でも聴かされ、声なき言葉で嘲笑されてきたでしょう。
やはり子供どうしで群れて遊んでいた昔、よく、「ソレ本気か」と問いただし、問いただされる場面に遭遇しました。本気の反対語がなにであったか、「ウソ 気」というような不熟な語であったかも知れません、人はたいてい「ウソ気の言葉」を表へ出すことで、世渡りの瀬踏みをするものらしいと覚えていったもので す。
「じょうずにウソを言わはる」人が むしろ褒められていた社会が身の回りに、ひろい世間に、明らかに実在していました。
* 「その人」のことがほんとに好きなのに、その人の「ことば」が、浅い薄いかざられた「ウソ気」のものとしか思われない、そんな不幸な体 験を一度もしなかったわけではない。いや、何度も有ったかも知れません。そして、みすみすだまされると知ったまま、そこへ落ちこんで行く人もいないわけで ない。物語世界には、まま見かける主人公です。山本有三の「波」の女、谷崎潤一郎の「痴人の愛」のナオミ。男をあやつるために生まれたような女の、おそろ しいほどの魅力。わたしなど臆病だから、そういう女にはたぶん近づかないけれど、知らぬうちに近づいてしまってたら、どうするだろうかとは、想ってみるこ と、あります。そういう女ほどたぶん美しいのでしょうから、厄介です。
* 室町時代の絵巻に「狐草子絵巻」があり、愛した女の正体が「狐」と分かり、男は恐れ厭いニゲに逃げるのですが、あの雨月物語の名作「蛇性の淫」でもそうでした。
妙なことに、わたしは、それらを読んだとき、それらに類似の伝承・伝説を読んだとき、「えぇやないの、狐でも蛇でも」と想いました。だから「信田狐」の 伝説にも、それが歌舞伎になっても、「狐でもいいじゃないか、なぜイヤがる、バカらしい」という感想を大概持ったし、今も変わらない。だから『冬祭り』の ような絶境の恋も書いたのでした。
これを、さきに書いた「本気」「ウソ気」という意味に絡めて言いいますなら、人間の「ウソ気」よりも、獣たちの「本気」のほうが幸福に近かろうかと想っていたわけです。つまりは人間の女の、男の、「ウソ気」のほうがイヤでした。
その人の魂に、とても根ざしているとは感受しきれない綺麗な浅い「ことば」を、表情も平然と並べたてる女も、むろん男も、います。自分自身がそうでない というのは厚かましい限りと認めた上で、そういう「ウソ気」のことばを普通に使って生きている人間とは、「お友達に」なりとうないと、わたしは永く思って きました。
まわりくどくいえば、たとえばあの{懐かしい泉涌寺}を歩いているとき、一切のそういう軽薄な危険や穢れた情けなさから解放されていることが出来るんで す、そんな総てが「落とせて」いると思える。だから、わたしはあそこでは本当に「幸福」なのです、かなり寂び寂びとした幸福感ではあるけれども。
* あ、わたしは、いったい何を云うているんでしょう…、今朝は。なんのことはない、本気で人をだまくらかそうと予行演習していたのではないかしらん。分からない、自分自身がなによりも分からない。分かっているくせに、分からない。  2004 03・28

* 15年前の長々しい述懐を、やはり今も肯う。
2019 12/23 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

54 *  2004 05・15    (東工大)卒業生の、また「片思い」に疼きながら希望を持っているメールが来ていました。美しい言葉で語られています。美しいというより、上古の物言 いでなら、うるはしい、か。「希望」は、人間の持つ最良の強みであり最悪の弱みです。そしてうるわしい言葉は、リアルとの間に隙間を生みやすい。餅を焼く と、焦げて硬い皮とやわらかい中身との間に浮き上がった隙間ができます。自分のうるわしい言葉に酔ってしまわず、「今・此処」に一つの肉体としてシャンと 立ってモノを見つめたい。わたしは、いつも自分にそう課しているのですが、自分の心がいかに瞬間瞬間にゆすられて右往し左往し定まりがたいかを、もの悲し くも痛感しています。それは波打つあえない波頭に過ぎない、心理に過ぎない。
* あまりに大勢が二言目に「心」といいますが、よく聴いていると、それは動揺果てなき「心理」「サイコ」の波立ちをしか謂えていないのです。ひっきり なしに揺らぐモノの影に過ぎないのです。朝令暮改や朝三暮四どころの大きなハバでなく、ものの三十秒や一分のあとにはちがう心に揺れている。その揺れを誤 魔化そうとすると、あの小泉総理のような死んだ目をして、言葉だけをうるわしく飾らねばならなくなる。
そうではない、心とは「ハート」だと謂える言い訳が幾らでも効くかのようですが、それならば「ハート」とは、心ではなくむしろ「からだ」と同じか、から だに膚接した真の「意識」にほかならないことが、分かっていないではなりません。ハートは、「虚妄の影に過ぎない心理=心=分別という実は無分別な動揺= サイコ」とは、全くちがう次元に働いています。ハートが人間のからだを働かせているのです。ハートは一つの概念でなくリアルな働きだから、人のからだが千 差万別なのは、ハートもまたそうだからです。きれいなハートもきたないハートもある。しかしいずれにしても、それは心理でなく、からだを働かせるちからで す。だからハートは「心臓」という臓器の名になっています。
だれも人にむかい、わたしの「心理を愛して」とは云わない。わたしの「ハートを愛して」というでしょう。人によれば、それが「からだを守る」意識にむす びついて、そうして「からだとハートとは別」なのだと錯覚するようです。錯覚なんです。サイコが、ではない。ハートがからだと、からだがハートと呼び交わ しているのです。
サイコは落とされていいゴミなのです。ただの波立ちなのです。少なくもそんな「心は頼れない」のです。そこへ加わって「いやよいやよも好きのうち」式に 言葉というサイケデリックなゴミが舞い上がると、よけいややこしくなる。リアルはみえにくくなる。このみえにくくする雲や霧を払って、青空をきちんと把握 するのが大切だと、バグワンに教わり、わたしは感じています。
* バグワンはたしかなことを云います。流れる河の岸にゆったり座れと云います。ただただ河を眺めよ、と。むろんこれは喩(メタファー)であ りますけれど、そうするのが人の「心」と向き合っている姿勢だと彼は云うのです。「心」は流れ流れ流れ続けている河の流れのようなもの。しかしそれは岸に 静かに在る自身とイコールではない。明らかに自身の外を「来ては去って行く」ものに過ぎないと。それに囚われたり、それが自分だと思いこんだりするのは、 虚妄に身を委ね売り渡し奴隷になるようなものだと。「方丈記」の書き起こしに似ていて、さらにバグワンは冷静で的確です。
二言目には、「心の教育」などとエラソーな、実(じつ)の無いことを提唱する人達に、流れ来て流れ去る我が身の「外」の雑念=心理にむかい、どういう教 育が可能なのか、そもそも教育の対象になるというその「心」を、あなたは措定できるのですかと問いたい。きれいな心でもきたない心でもいい、お見せなさ い、わたしの目の前に、と云いたい。
だが、ハートは、岸に坐してゆったりと静かに河の流れをただ見守っている「わたしやあなた」のその「からだ」に、いつも寄り添っています。一つなので す。ハートが「今・此処」に「からだ」として在るから、からだは生きている。「こころの教育」とは健康な、病的に陥らないための「からだの教育」でなけれ ばならない、そんなことは聡い古人はみな知っていました、あたりまえのことでした。
* 頼りない心理に身を任せて恋をするから、恋そのものも危うくなる。ハートとは「からだ」であると信じ思い、ハートとからだとの親密な相 談を大切にすること。「静かに定まる意思・意識」が、そうして人を活かします。そうわたしは、いま、思っています。言葉は美しくしたい、が、自分の言葉が うるわしいと感じたら警戒警報ではないでしょうかね。うるわしい相貌を持ちやすいのは「理」と「言葉」する。理に落ちれば実とのあいだに無用のスカスカの 隙間をよびこみやすい、それが怖い。ことばで生きていながら、わたしが、ことばを(自分のことばをすら、)全面的には信じも認めもしないのは、それだから です。  2004 05・15
2019 12/24 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

55 *  2004 05・19    なんでそんなに「心」が有り難いでしょう。きれいもきたないもない、動揺きわまりない実態のない影の去来に過ぎないのに。
わたしも昔、「判断」の二字に気張って大人の自負を賭けていました。判断に、自信が欲しかった。
だが「わかる」という言葉の虚しさ空しさを知っていきました。例えば繪は「みる」ものです、「わかる」為に観ることの浅さや薄さを人前で語ったことがあ ります。わかる(= マインド)とは、無限に解剖し分断・分割し分別することに他なりませんが、そうして分けて分けて行って何が残るのか。空疎な結果だけが「リクツ」としての こるのです。心という「分別の聖職者」は、切り刻んで、無くなってしまうだけの空疎へ空疎へと人を唆す似非(えせ)の道徳家なんですね、心とは。
マインドは、ソウルでもハートでもない。ところが巷間の「心の教育者たち」は、若者にいい分別をつけねばならぬ、ならぬと言い立てるマインド教徒です。 彼等は、うっかりハートやソウルをもちだせば、それがからだ=BODYと直結していることを知っています。だが彼等は無意味にからだを恐れている。きたな いと思っています。きたないことでは、分別心という自己中心慾の心の方が、もっと頼りなく、汚れがちでしょう。
からだは人をだまさない。こころは人をだますためにリクツを産み出すのです、「分別がある」と自称して。
* 分かっています、とても孤独な少数意見なのです、わたしのこういう「心」批判は。
でも、笑えてしまう。三十分「同じ静かな心」でいるような人をわたしは殆ど見たことがない。くるくるくるくる変わる心の人なら、吐きけのするほど大勢 知っていて、残念ながらわたしもその一人。どうか私のそんな心なんか、だれもアテにしないで欲しい。わたし自身わたしのマインドなんぞアテに出来ないので すから。それなのにわたしは自分が不幸でも孤独でもないと思えているのは何故でしょう。大海のたった一人でしか立てない小さな孤島の上にたち、しかも高貴 な錯覚に謙遜に身をあずけ、人と倶に立つ・立てると信頼しているからです。  2004 05・19
2019 12/25 217

☆ 往年の 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

56 *  2004 05・22     死別のかなしみすら、二人の愛と幸せとを全うする小さな一部分だと思って欲しい。そう夫に言い置いてアンソニー・ホプキンス演じる大学教授の美しい 妻デヴラ・ウィンガーは、病に斃れました。名匠リチャード・アッテンボロー監督のあの映画「永遠の愛に生きて」は美しかった。
どんなに愛し合っていても、いろんな悲しみや怒りに襲われることはある。現世の人間関係はゴタクサしたものです。所詮そんなもの、ブッダとイエスとが出 逢うようなわけに行かない。そんなとき、「苦しいのも事実ですが、それも大きな幸福の一部ではないのですか」と、真実言い合えるなら、どんなにか人は救わ れましょう。安堵できます。身をゆだねられます。
* と、同時に、ともすると人が、「心で=分別や判断で=実は動揺果てない心理で=マインドで」日々、時々刻々生きているからゴタクサしてしまうのだと、慨嘆せざるをえません。
「マインド・コントロール」とは、なんてイヤな言葉でしょう。歴史上のどんなに優れた何人もが、「無心に」「静かに」と諭し続けてくれたか。それなのに 人は口を開くと、「心」が大事「心」を育めと云っている。似而非(えせ)の人ほど偽善の顔付きで他人の心をコントロールしたがります。教育基本法をいじく り回して自分達に都合良かれと画策したがるのです。自身の「心」が、どんなにはかなく頼りなく始終乱れがちなのにも、平然と眼を背けて。
信じています。
ハートとは、ソウルとは、「からだ」なのです。サイコでもマインドでもない。心理ではない。「からだ」こそハートなのです。心理は平気でウソをつくが、「からだ」はへたな分別よりはるかに正直です。
* 自分の心理と「闘うな」と言う人の言葉に、わたしは聴きたい。
喜怒哀楽、それら外から割り込んでくるすべてと、あらがい闘う必要は少しもないんです。それらをただ流れゆく川の波立ちを眺めるように眺めて、逝くにまかせよとバグワン・シュリ・ラジニーシは云いました。
喜びが湧けば純真に喜ぶがいい、怒りを圧し殺すことはない必要なら爆発させよ、悲しければ泣けばよい、楽しみは尽くせばいいと。ただ、それらの一切は、 来てまた逝くものでしかない。自分でも自身でもない。ただ来ては去って行く川浪に過ぎないのだと、「岸に座って静かに眺めて居よ」と。
わたしは、そうしようとして、ずいぶんラクになりました。喜怒哀楽をピュアに開放しつつ、それは自分自身ではないのだ、それこそ「心にうつりゆくよしなしごと」に過ぎないと分かっていよう、と。ほんとに、そうなんです。
* 秦の叔母は、生意気な若造にどんなにくまれ口をたたかれようが、「好きに言うとい(やす)」と取り合いませんでした。大概なことは自分 の外を、泡のように流れ来て流れ去る。その連続です。時に、どんぶらこと桃が流れてきます。拾いたければ拾い、拾いたくなければ眺めていればよい。「好き におしやす、」いずれは総て「うたかた」であり、自分でもまた自身でもないのですから。
自分が「在る在る」と思っているうちは自分はいない。見つかっていない。無い。自分は無い。そう腹から思えたときに初めて、自分が、海面の無数の波立ち の一つではなくて、底知れぬ海そのものだと分かるのでしょう。それまでは「好きに言うとい」と眺めているのがいい。何もしない意味ではない。したいように していればいい。余計なことをしなければいい。怒り笑い泣き楽しみ嬉しがればいい。毎日をそういう祭り日にすればいい。
わたしは、そのようにバグワンに聴いています。優れたブッダです。
感謝しています。   2004 05・22
2019 12/26 217

☆ 往年の 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

57 *  2004 06・03     ジャンヌ・ダルクはわたしが出逢った最初の西洋人でした。最初に見た天然色映画のヒロインでしたた。戦後の、新制中学三年生。学校から総出で観に行 きました。わたしには、あれ以前の西洋も西洋人も存在しなかったんです、戦時中、鬼畜米英などと聞かされていた以外には。
ジャンヌを演じたのは、イングリット・バーグマン。いまでも最良の女優の一人と敬愛しています。そして、幼かった私の心身に焼き付いたのは、「聖職者」 への軽蔑と「王権力や貴族」への憎しみ、蔑み。その線上に、いま、われらの総理が薄ら笑いでものごとを小馬鹿にごまかして得意がっています。新しくミラ・ ジョヴォビッチ演じる映画「ジャンヌ・ダルク」でも、今少し苦々しさが加わって、わたしは、つくづく人間への希望を喪いかけます。
そんなとき、わたしは、ただただわたしの奥底を走り流れる清い烈しいエロスの呼び声に耳を傾けます。アガペーを空念仏にしないために、わたしはエロスの愛を恋しいと思う者です。
まかりまちがっても、「心=マインド」には頼らない。  2004 06・03
2019 12/27 217

☆ 往年の 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

58 *  2004 06・14    「江戸文学」三十号が贈られてきて、ああもうこんなになるかと驚いています。「湖の本」が(2004年の只今で=)八十巻、創刊から十八年。われながら信じられない。この午前中にも新刊が出来て届く予定。それからが、我が家は「發送」の戦場。
その「江戸文学」巻頭に深沢昌夫氏の『近松の「闇」』という論文が出ていました。冒頭に興味深いのは、いまネット上で検索すると、「心の闇」が約二万八千、「闇」だけなら約九十四万六千件に達するとあり、確かめてみましたが、今はもっと増えている。凄い。
長崎の少女間殺人事件をひきがねに、またしてもマスコミは少女達の「心の闇」を盛んに指摘していますが、笑止にも、その「心の闇」が、そんな言葉だけの 域をこえて具体的に追究され解明されたという話を聴いたことがない。出来る話ではないらしいことを証してあまりあるのです。
せいぜい彼等が語るに落ちるのは、心とは「心理」のこと、心理的ケアというようなことになる。ケアといえば聞こえはいいが、コントロール、マインド・コ ントロールといえば、あのオーム真理教や統一協会の所業と何処が違うのかと問わねばならなくなります。つまり、そういうことが、ますます「心の闇」をかた くなな地獄に変えてゆくのではないですか。
* 「心を育てよう」と識者はすぐ云う。簡単に言います、が、「心」は育てられるモノではないし、探しても容易に把捉できないのが「心」という非在の機 能です。育てるなら「体育」の方がいいにきまっています。健康な肉体に健康な精神は宿るといわれてきた平凡そうな人類の智慧が、すっかり置き忘れられて、 何を慌ててか「機械オタク」を、幼稚園小学校からツクリだそうとするから、不幸な事件にもなってくる。あの彼女らが機械のエキスパートになる前に、校庭や 戸外でかけまわる楽しさを十分体感していたら、どうだったろうと、昔を思い出し出し、わたしは嘆きます。
コンピュータは偉大な「杖」であります。若いというよりまだ心幼い世代に「杖」は無用ではないですか。放っておいても彼等は電子的な技能など、社会の波 に揺られながら自然に覚えてゆきます。それは彼や彼女らには、「准・母国語」にひとしいんです。慌てることはないんです。
莫大な数のネット機械を小学校へ持ち込んだのは、政治的な利権がらみの一種の企業手配であったろうと、わたしは疑いません。その段階でいわば「生徒の心 の闇」は当然に棚上げされていました。そうしておいて、事件が起きると「心」の責任にしている。政治の責任、ないしは大人社会の責任でなくて何でしょう  コンピュータは、「老人にこそ適性の杖」と言い続けてきたわたしの、これが真意です。  2004 06・14

* いまや亡国亡魂の悪臭に、幼い子らからすでに毒され、痴呆のように掌大の機械のちいさな画面で麻痺状態、生き生きと働く「自身で産み 出した時間」がもてないでいるウツケ顔を電車の中で無残に眺めている。肌身も冷えてくる。幸いわたしの携帯電話はとてもそうは駆使され得ないのを、多としてお く 。
2019 12/28 217

☆ 往年の 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

59 *  2004 06・27     自分が今、おそろしくカラッポに感じられます。イヤな意味でもイイ意味でもない。空腹感に似ています。戦時戦後の欠食児童であったからあの頃の空腹 に快感のともなうわけありませんでしたが、老いてきて、満腹よりも空腹の心地よしと想われる時も自覚しています。身軽という心地に近い。
荀子は心に「虚」と「壱」を説き、さらに「静」を説きました。無尽蔵に溜め込める心が一瞬にして空っぽにもなれる。無際限に関われる心がただに壱点へと集注もできます。そして心はその芯に深い静を湛えているのですが、人はそれに気付かない。
カラッポのママデいられたら、それがいいに決まっているのかどうか。考えて済むことではない。闇に沈透(しず)いて、静かに眠るのが今はふさわしいのかも。  2004 06・27

* 機械の温まって働きはじめてくれるのを じっと待ち 待ちながら待つことさえ忘れボーっとして静かに ジャズバラードの鳴っているのと共存している。わるい時ではない。待っていれば機械はどこをどう通りに通り抜けてか訪れては呉れる、そう信頼している。 「待つ」というきちょうなことを教えてくれたこの古機械は「導師」のひとりに値する。
2019 12/29 217

☆ 往年の 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

60 *  2004 07・20    バグワンは、「心」が、いかに散漫かを語り、そんな散漫に拘泥してはますます混乱することを話しています。人は、一分も三十秒も無心になんかなかなか なれません、すぐ割り込んでくる思考に乱される。そのはかないことは笑い出すほどですが、バグワンは、そう、頼れぬ心、乱れ雲のような思考・分別は、ただ 笑ってやりすごせ、通り過ぎてゆかせよと言っくれます。これは高級な示唆です。  2004 07.20
2019 12/30 217

☆ 往年の 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

61 *  2004  07・27   バグワンは、「今・此処」を、「ゆったりと自然に」と言いつづけます。けっして、喜怒哀楽するなという意味ではない。喜怒哀楽を免れる 人はいない、それはそれで怒るなら怒りなさい、楽しいなら楽しみなさいとバグワンは云い、ただ、それと安易に「一体化」するな、眺めて通り過ぎさせよ、 と。
すばらしい。同感です。
わたしは、例えば怒りをこらえないし、怒りをやり過ごして行かせています。悲しければ悲しむが、通りすぎて行くのを眺めています。嬉しくても楽しくても 同じようにしようとしているんです、出来ると思ってEます。成るように成ってきます。ものごとはそう簡単に毀れるものでなく、また油断して甘えていてもい けない。  2004 07・27

* 大晦日にとくに感懐は無い。無事に今日まで歩み寄れた(入院ということの無くて済んだ)今年に感謝深し。来年もと、切に願う。同じ憂いを抱く少なからぬ知友の御無事をも祈る。
2019 12/31 217

上部へスクロール