* むかし東工大の学生諸君に授業のつど「問い」かけて悩ませていた。わたし自身も同じ問に答えておこうと思い立ち、ぽつりぽつりと返答している。
今し方も、「『私』とは何か」という問いに、
「あの世(生前)の無」から「あの世(死後)の無」へ帰るまでの「この世(今生)の迷い惑い」に付けられた「夢の迷子ふだ」である。夢覚めて「無私」「無事」に「源(あの世)」へ帰れるかどうか。まだ分かっていない。
と答えた。答えられているのかいないのかも、分からない。齢八十にして、なんと情けない。
2016 1/13 170
* 文学は「文楽」と書きたいほどに歌わない音楽であると、わたしも信じています。
2016 2/5 171
* 俵屋の葛を晩にも美味しく戴いた。和菓子と庭とは、京都より優れた例はめったに知らない。
「庭」の根は、墓である。奥津城なのであり、そこに庭師の伝統の苦渋も諦観も創意もあらわれる。
「菓子」にも、根源、霊性への馳走・参仕という面があり、ただ味わいだけで済まない、もっと厳しい工夫が活かされ求められてきた。庭も菓子もどうしても「京都」となってくるのは、他府県のその仕事がどうしても上澄みの文化で済まされてしまうからである。
2016 2/9 171
* 土曜日の朝は連続ドラマ「あさ」を一週間分、楽しむ。
好評に乗じた好調、テキパキと場面を交換しながら「あさ」の活気がドラマに成っている。幸せな作者だ。幸せは、また実力になって行く。
幸せは向こうから来るのではない、努力して引き寄せるもの。努力のないみせかけの幸せなど泡と失せてしまう。泡を食うだけである。 2016 2/20 171
* 命が惜しくなったわけでないが、鬱勃として胸でも腹でも末期の噴出を期して疼いているいろんな「作」の動機に向き合っていると、もう、やすんでなどいては間に合わないと思うようになっている。これは焦りとはちがう。命との直面である。
2016 2/20 171
* 明日か。 明日は久しく希望の代名詞だったが、明日の短さ少なさが実感できてくると、「今・此処」へ思いも行いも集めたい、生きているのは「今・此処」でしか無いのやと、実感する。
2016 3/10 172
* 小説というのは、異様な素材を見つけたり作ったりして書けるというのではない、日頃、年頃の普通の生活の中から感性と想像力と言語的敏感を用いて紡ぎ出すのである。そのためには、五官がいつも生き生きと環境や状況や世相や人相へむかって働いていなくては、と言うよりも、さように働いていれば自然に人は 小説家に成れる。うまいへたはその先の勝負である。この人は、手づかみするように小説の材料を虚空から掴みだしてこれる。精神に活気があるからだ。
2016 7/7 176
* それでも、もう十一時、今日もいろんな仕事を効率よくすすめた。根気と精力とをうまく配分してすすめないと仕事が一つ二つに固まってしまい、歯車にモノが詰まってしまう。流れを詰めてしまうと、溜まる仕事がゴミのように見えてくるのは、危険。忙しがるのもたいへん良くなくて、文学の仕事は本質において 優れて閑事でなければ生きてこない。生きの弱い仕事は臭みを帯びてくる。
2016 8/13 177
* どうしていいのか、ほんとうに途方にくれる歳月だった。結局は、「書く」「書いて表現する」という以外にわたしは何もしなかった。出来なかった。分からなかった。
2016 8/28 177
* 禅僧が座禅時の脳波の静謐に驚いたことがある。とても凡夫には叶わないことだ。あんな境地で創られる小説や藝術を想うことは出来ない。
創作や藝術品は、禅定のような平安の行為でも平安な産物でも、ない。つよい感動あるいは豊かな遊び心で生まれる「風狂」の所産である、しかも個性は静謐でありたい。そう、わたしは思っている。
2016 10/17 179
しかし、何と云おうとソポクレス「オイディプス王」「アンチゴネ」という「悲劇」の迫真迫力には畏服。こと文藝の創作に志あるものは、この一連の悲劇の真実に接してのちに立ち向かえと言いたい。
2016 10/21 179
「作」 は世に山ほど溢れている、が、真に「作品」に富んだ創作はめったには無い。創作者はこのことを、「作品」という「気品」をシカと追求し表現せねば、無意味 というに近いことを真実心がけたい。
2016 11/5 180