ぜんぶ秦恒平文学の話

かなひたがるは悪しし

叔母がお茶とお花の先生をしていた。出稽古も家稽古もしていて、わたしは小学生のころから出入りし、ま、絵に描いたような門前小僧のくちであった。こと にお茶にお菓子はつきもので、そのうえ若い女の人の出入りが絶えない。黙って話を聴いているだけで、「茶」以上に「女」のことで教わることが多く、叔母の 稽古場は、自分が小説家に育ってゆく恰好の教室でもあったと言える。
高校時分は学校茶道部の作法の指導など、らくに、楽しんで出来た。叔母の稽古場で代稽古もしたし、「宗遠」という茶名ももらって大学に入った頃からは、 おりにふれ釜も掛け、ちいさな茶会を何度か楽しんだ。難儀に言いつのれば茶の湯はいろいろに奥行も幅もあり、一筋縄でゆくものではない、が、私には先ず楽 しいものであった。いろんな知識はあとからついて来て、それで十分間に合った。町屋の稽古場や高校中学の茶道部で、観念や知識から入ろうとすれば戦後の若 い人や生徒たちは、たちまち躓いて、すぐ立ち去ってしまう。
人と人が膝を交え、諸道具を清めかつ用いて、飲みかつ食い、静かに談笑を楽しむ。そういう「一会」として体をなしている茶の湯は、それ自体が生活の延長 線上にあり、しかも現実とは別世界を実現している。この別世界では人は、主も客も、日常の「動作」の人ではない。いわばよく工夫された「作法」を「所作」 している。その十分と不十分とに「藝」も「美」も、また独特の「和敬」という理想もかかわっている。人と人が寄合い、我と我が「我々」と親しみを深め、い わば一味同心する。世俗の現実を超えて出た、そこに異化や美化や聖化がおのずと表現されて行く。楽しい「演戯」とも言えて、だからなおさら自然に成されね ばならぬパフォーマンスでもあるから、ここでひとつ間違えば、落語の素材になりかねない臭みやいやみに陥りやすいのである。
利休はこの機微を衝き、こう確かに言い置いてくれた、「かなふはよし。かなひたがるはあしし」と。お互いに気をかねあい、気に入られよう気に入られよう と、無理な、真心の自然さを欠いた付き合い方をしていては、どう金銀財宝でうわべを飾ろうとも、内側から腐ってくる、と。
「和敬」の茶の湯、また日常の人間関係に、自然な深いよろこびを求めてやまぬ者に、利休のこの教えは、汲めど尽きぬ金言である。

「京都民報」平成十一年元旦

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