* 独り 早起きし、戴いていた「獺祭」特製の酒と簡素な私のための煮染めで新年を迎え、そのまま、たまたまの時代劇映画を見て過ごした。
* つまらぬ作であった。武士になど生まれなくて、どんなによかったろう、わたしは「人」として生涯を終えられそうなのを、心安らかに喜んでいる。人が人 に仕える人生など、バカげている。刀など突っ立てて「男」がりながら、むだで無意義な殺生のまま命果てて成り立つ「士」道など、バカげている。わたしが赤 穂義士の討ち入りを受けいれるのも、主君の仇討ちというより、「無道の公儀」への決死の叛意をこそ是とみるからである。
* やれやれ新春早々から、不粋になった、が、戴いていたお酒は、美味かった。
2019 1/1 206
* 女優の大島れい子が、各地の旧家の蔵の荷を売り払うのに付き合っているのをみた。要するに化学に換算し、その品々にはどの家族もまったく知識も愛着も関心もなくて、いい値が付いたら家族で河豚が食べたいなどと。ご勝手ではあるが、品物には、それなりの価値もあるけれど
、大切に貴重なのは、久しく「使い・遣われ」てきた「思い出」という価値をまったく勘定に入れてない人たちばかりなのが。なさけなかった。
* 建日子とも今朝、雑煮を祝いながら話してたことだが、毎年必ず大福茶のために用いる「しらたま」と呼んでいる愛らしい湯飲みは、建日子が未だ母親のお 腹にいて生まれる寸前にうちでお茶の稽古をしていた二人がお歳暮に贈ってくれた品なのだ、つまりは建日子の年齢分ずうっと愛用し続けてきたしなであり、そ の「おもいで」の懐かしい重みはとても価額では測りきれない。品物、ことに愛用・愛玩の道具とはまさしく「思い出」の値打ちでこそ愛されて然るべきなの で、そんな片鱗もなくただもう価額に替えようと払い出されて山積みの書画骨董道具衣類等々、なんという哀れに気の毒な生涯であることかと、持ち主、売りた い主たちの浅はかな気の低さ、情けなくて見ていられなかった。遣って愛してくれる持ち主でない持ち主にまったく顧みられずお払いにされる運命の道具など、 在れど無きに等しく、なんとも情けなく、可哀想。
2019 1/2 206
* 録画しておいた徳川家康二部作、いわば江戸開府のための二大要項である「水」と「金」との上水篇を感動とともに見終えた。立派な歴史劇、あの「阿部一族」に継ぐ秀作であった。涙をこらえる場面も再三。
しかしわたしの期待しているのは今夜に放映の「金」篇である。もう数年の余も苦心惨憺の長編「オイノ・セクスアリス 或る寓話」のなかで、どうあっても 関わり無しに済ませ得ない話柄と絡んでいて欲しいのだ、さらなるヒントが得られるかどうかと願っているのだが。さ、どうか。
何にしても「江戸開府」はこの際わたしの関心外ではあるが、歴史的に「江戸開府の二大要件」が「水」と「金」であったことは、確実。そこへしかと着目し た原作者も企画・脚色者も見るべきを見ていた。テレビ劇で大きな足跡をのこしたいなら、こういう抜きん出て確実な「着目」と「勉強」が不可欠。子供だまし のような思いつきだけで「殺し」の「刑事」の「犯罪」のと浅はかに繰り返されてては叶わない。
今晩の「金」篇に期待したい。わたしにもわたしの「ドラマ」がいくらか見えているので、さらなる刺激を受けたいと。
2019 1/3 206
* 三が日、無事というば無事、あっけなく過ぎて行く。寒い。
年賀状でアドレス確認・修正するのが、細字見にくく、苦痛。五分の一ほどでやめる。
七時。九時からの「家康 江戸開府」ドラマの下巻、江戸に金座を起てる「後藤」の系譜を、叮嚀に参考に確認したいので、休息する。
* 「家康の小判づくり」面白く観たし、わたくし関心のそして推理してすでに小説に書き入れていた問題点もわたしなりに確認できた。も少しく小説が書けるだろう。
もう今夜はやすむ。三が日は終えた。熊本でのつよい地震の報道を心配している。
2019 1/3 206
* 小津安二郎の映画「早春」と「東京暮色」を見聞きしながら、隣棟での力仕事のみのこして全部片づけた。ともにいい映画であったが、ことに原節子、有馬 稲子、柳智衆、山田五十鈴の「東京暮色には胸打たれた。小津作品の指を三つ折れば中にいれたいほど嶮しい寂しい切実な家庭劇で人間劇で夫婦親子の劇であっ た。降参した。京都からわたしらの出てきた戦後東京のあれで少し東京馴れしてきた頃の大東京の一家庭のドラマであった。『早春』といい『東京暮色』といい ようやく保守政権が本腰を入れて労使に首を突っ込んで本格に社会党と総評潰しにかかって、まだ労働者諸君はそこへ視線も理解も及んでなかった頃の職場劇、 家庭劇であったと謂える。何でもないようで何でも在りの怖いほどの作であった、ことに『東京暮色』は。それに、出てくる役者達がみなウソほどまであまりに 巧くてこれにも降参。一時台の名優達を総さらえの体であった。
2019 1/12 206
* わたしより一つ若い、妻と同い歳の女優市原悦子の訃報、佳い女優だった。題を忘れたが或る老境に達すると集落のきまりで山へ死にに入らねばならないと いう映画の「老母」役を演じたのが強烈に印象にある。戦争の険しさ醜さを説き続けた活動も尊敬できた。感じとしては三國連太郎や藤田まことに死なれた哀しみに等 しい傷みを覚える。
ひとに死なれるのは、無常迅速とはいえ、悲しい。
2019 1/15 206
* 五時ひと休みしている。 午後、作業しながら、テレビ劇の「あにいもうと」をまた観て、聴いているだけでも何度か泪した。いわば家庭劇でこんなにも感 じのいい優れたドラマができるのだ、チャチな殺人・刑事劇など、願わくは各局で本数自粛制限でもしてもらいたい。出来なければ、観ていて唸るほどの秀作を 創って欲しい。
2019 1/17 206
* 九時からの「NCIS」を観て、早めに床に就く。疲労を溜めてはならない。
2019 1/17 206
* 久しぶりに十朱幸代マドンナの寅さんに、ほろっとした。この篇は、わたしの十朱贔屓もあって印象濃く記憶していた。いい作だった。
2019 1/19 206
* お宝鑑定団、白薩摩、探幽は一瞥でダメと思い、若い時期の家康書状や大物の古伊万里は一見確信をもって評価できた。
2019 1/22 206
* 原水爆開発使用をめぐる米英ソ独の暗躍・葛藤・利己の「恐ろしい」と謂う以外の言葉も持てない「恐ろしい歴史」を映像と取材や解説で身震いしつつ観 た。いかなる言い訳も通じない非人道の極みに「平和」という虚名の旗が掲げられている。二度と見たくも聞きたくもまして蒙りたくもない神という虚名がよう 抑え得なかった大罪であった。同じ大罪はさらに破滅的に遠からぬ「歴史」を激烈に滅ぼすだろう。人間は、所詮 恥無き神の所産であるから。近現代人は 同 朋の人類を恥じなく殺す前に生みの親の神を踏みにじり殺害した歴史を背負ってきたのだ。
* 「帝国主義」の見本集のようなベネズエラへの、露・中・米の露骨な支持と利益供与名目での、結果は占拠・占領に均しい支配意図の交錯と武力衝突の危険、こ れが現代の最大不幸要因であるのは明白。これほど呆れかえる強慾な増上漫はないのだが、誰も阻止できない。日本のポチ宰相はただもう彼らの驥尾に付して武 器を買いあさり、小型核への色気を隠しもしない。世界中に末期現象が瀰漫しつつある。
2019 2/3 207
* もう三時。ここへ「私語」が来ないのは、仕事に向き合うているということ。ただし、ときどき休息して長大で胸の痛くきしむ激変の革命映画「ドクトル・ジバゴ」を「継いで観もしていた。「革命」などといえど悪しき支配の権力・権勢がただ交替し人格が喪われて行く、だけ。
そしてわたしは今、放埒無慙な最後ッ屁を放とうとしている、のかも。雑然とまとまりに欠けながら整然と構築された無慙な物語になろうとしている。悲惨の二字が加わるのかも知れない。わからない。
* 「ドクトル・ジバゴ」 これぞ凄い映画作品の第一級だった。革命の無残もさりとて、この「愛」の画きかたも頭抜けている。いい作に出逢えて嬉しい。
2019 2/6 207
* 疲れやすみに下へおり、やっていた市原(弁護士)の法廷ドラマで、安達祐実の芝居に泣かされた。結婚していなかった父と母の娘として不運・不幸に育ちながら父と母とを愛しつづけていた娘の物語だった。
わたしも、結婚できずに別れ別れの父と母とが産み落とし他人に育てさせた子であり、上の安達祐実の役の娘のように純然と両親を愛するということなく、拒 み通して父も母も愛さず大人になって結婚し、親にもなった。そのことで不幸という実感はほとんどもたなかった、愛の幸せは他人から真実の「身内」を得て育 てるのが本当だと確信しつつ大人になったし、老境の今もそれこそが真実だと疑っていない。簡明にいいきればわたしの文学は「身内」の可能をしっかり意識し て求める文学世界。安達祐実の芝居に泣かされたけれど、「おれのとはちがうなあ」である。
2019 2/11 207
* ちょうど中村勘九郎を招いて、中村屋歴代を顧みるいい番組があり、妻と、懐かしくも懐かしく楽しんで観入っていた。勘九郎の父先代勘三郎はまことにまことに愛すべきすばらしい役者で楽しませて貰ったのに、あまりに若く死なれ死なせてしまった。
その父勘三郎もいい役者で、わたしはかれが「もしほ」時代に南座で初めて観た。「花」という一字に実感し得た最初の体験であった。わたしに作詞を依頼し 荻江壽友に作曲させて「細雪 雪の段」を最初に舞ってくれたのは読者の藤間由子だったが、由子に誘われて、歌舞伎座最前列中央の席にならんでいたとき、 「もしほ」ならぬもはや大名題の勘三郎であった中村屋は、あれは「吉田屋」であったろう最後のおめでたで手拭いを客席に播くとき、由子が目の前にいると気 づくとすたすたと間近へ来て、ホイヨと手拭いをほとんど手渡しにわたしに投げて呉れたことがある。そのころの由子は、次代の幼い勘三郎を「カンクロちゃ ん」と呼んでいた。
そういう「時代」があったなあと思う。前にも書いたかしれぬ、この藤間由子が、先々代中村鴈治郎と「籐十郎の恋」二人舞いを新橋演舞場で演じたとき、わたしは二階席最前列真正面の席をもらって、悠然とした心地であった。
あの藤間由子も、「カンクロちゃん」だった先代勘三郎とおなじく、早世してしまった。余り哀しさに、わたしは葬儀へもよう出なかった。わたしは葬儀とい うのがコワイのである。娘の抄子ちゃんは、いま、新橋で、とても佳い囃子方の、「清香」とか「清葉」とかいった芸妓と聞いている。いちどその舞台をやはり 二階から観たことがある。洋服姿の少女でしか記憶がなかったので粋な着物のひとは、ほとんど識別もならなかった。懐かしい昔である。
2019 2/11 207
* 国会の委員会質疑での安倍晋三総理の思い上がった行儀の悪さ、無礼さ、イヤラシサは、戦後ワンマン総理の吉田茂いらい沢山見聞きしてきたが、比較にならぬほど高慢かつ狼藉というしかなく、吐き気がし、ついテレビの前を離れて来てしまう。ひどいモノだ。
* じりじりと、仕上げて行く根気。
* 昨今の日韓問題を、TBSの検証と討論の番組で。容易には楽観のゆるされぬ難関と聴き取った。
2019 2/20 207
* 二子山(元・雅山)部屋の紹介番組を感じのいい若い女将さんの佳い身ごなし気づかいや表情もともに観ていて、清々・生々とした。これに比していま皇族 との縁談でかしましい小室某家の内情などにはウンザリした。安倍内閣の国会をはじめ、もう、醜いウンザリはすっぱり見捨てて、少しでも生々・清々とした世 間を「選擇(せんちゃく)」し心身を健康に保ちたい。清濁併せ呑むていの悟ったことは云いたくない。
2019 2/22 207
* 見えにくい眼で、また映画「トロイ」を半ばまで妻と観ていた。アキレスもヘクトルもヘクトルの父王も好きなのだ、オデュッセイも。また『イリアス』 「オデュッセイ』が読みたくなってきた。ギリシア神話からは神を通して人間という不可解な存在に否応のない関心を持たされる。
2019 3/1 208
* 平成天皇の皇太子時代、ことに英国エリザベス女王の戴冠式へ向かわれた時のいろいろを観て、感動した。日本の皇太子訪英に反対する英国多くの声の前で チャーチル首相がはからいまた語った言葉に感動した。反射的に、今の日本の安倍総理の、「下品」で「軽薄」を極め「素養に欠け」た言葉や表情や態度を日々 に国会の中で見なければならぬ日本国民の情けない不幸な現状に、思わず泣いた。
2019 3/3 208
* しっかり魚貝を食べてきて体重を戻している。血糖値は上がっていない。今朝は胸焼けも全然無かった。六時には床を出た。テレビの報道はみな血なまぐさくウ ソくさく。朝早のテレビ各局爽やかに企画してもらえぬか。世界はなまぐさく動いていて、そうは行くまいが。
2019 3/6 208
* 昨日から今朝へ、ライアン・オニール主演の「バリー・リンドン」を面白く観た。烈しい内容を静かにきびしく、そして景色美しく、造形し尽くしていたのに感心した。寂寞という感傷に逼られつつ人間の不可解なあっけなさに哀情ひとしお。
2019 3/13 208
* ときに自身を甚だしい雑食系読書家と「自嘲」して書いていたりするが、かなり厳密に選んでいる読書家で、通俗読み物や雑誌、週刊誌には一切手を出さない。子供の頃の「ノラクロ」など以降、漫画、劇画のたぐいに手も触れていない。
ただ映画は、秀作でさえあればジャンルを問わず惹かれる。文学とは明らかに作法が異なっているのだから。
日本のテレビは、はっきり云って、八、九割がた、不要で不快。
好い映画を探すか、勝れた劇作品と真に勝れた演技者を渇望するか、美しい自然を見せてもらうか、そして天気予報だけは有り難い。
いやみは、多年テレビ司会や出演の「場」にしがみついて、わたしが「テレビ侯爵」と渾名して好かない嫌いな顔、顔、顔など、総理、大臣を初め、見たくもないのにいつも画面へしゃしゃり出てくる。放送局も、この手合いに、定年制を考えてはいかがや。
2019 3/21 208
* DLife で「good doctor」を惹きこまれ観ている。「EU」などと同じく、緊急の医療・診断・手術には胸打たれる。警察・犯罪・裁判も ののどことなくウサンクサク、うそくさいのより胸へじかに来る。ことに弁護士と裁判官には如実に不信体験があり、素直に受けいれられない。
2019 3/24 208
* 京の帯や、譽田屋源兵衛氏らによる苦心の帯製作のテレビ放映を多大の感銘をもって見終えた。堂々のトラマのようにも心惹かれていた。源兵衛氏から、ぜひ観て欲しいと事前の知らせも早くに有った。
カメラが写してくれた那智瀧実写の美しさにも感動、大学時代の初の独り旅で那智瀧をはるか遠くにまさしく拝見したのも思い出された。
2019 3/26 208
* 思いがけず、沢口靖子の生真面目の標本のような清潔感の刑事ドラマを観た。彼女は、あれで、いい。沢口靖子の芝居に「和」の優しさはあっても、ひとに「号令」し「指令」する傲慢がない。「令和」などというヘンテコな二字とはかかわらない。
2019 4/1 209
* いわば栄養失調ということか、ガックリと困憊し、起ち振舞うのも億劫で。成ろうなら寝入りたいが、そうもならない。妻の誕生日で、ほんの近くへ「買い 物」に出ないかと誘われたが謝って勘弁して貰った。一緒に録画最新の「NCIS」を愉快に大笑いしつつ絶妙の脚本・演出・演技に満足したが、さて晩飯に寿 司を取って喰うのも重苦しく、やめた。困ったモノだ。
2019 4/5 209
* うんべルト・エーコ原作、ショーン・コネリーの演じる映画「薔薇の名前」を、落ち着いてもう一度見直したいというので、かなりコワイ思いをしながら、 じっくりと観た。以前に観たときにはまだ胸にも腹にも入ってなかった基督教、それも正統派基督教にかかわる勉強や思索や判断を幸いに『オイノ・セクスアリ ス』のために重ねていたので、よほど踏み込んで理解も批判もしながら、わたし楽しみもしたし理解もした。直ぐにもまた、とは云わぬまでも、いつか、きっと また見直したくなるだろう。
やはり力のこもったいい映画は、テレビドラマより遙かに本格の重みと面白さとで惹きき入れてくれる。ショーン・コネリーにも満足した。
2019 4/5 209
* 京都の田村由美子さんのプロデュースに成ったらしき、劇映画『嵐電』の案内と招待券が送られてきた。特級の映画批評家が京都から「名作」が現れたと賞讃している。これも見ようでは地方創成協賛作かとも思えなくないが、用は佳い作ならばけっこうなのである。
田村さんはもともと京都の人だが東京で結婚生活を送っていた。小説も書いていた。不幸にして家庭に破綻があり、歎きを聴いてあげたり励ましたりした昔を 覚えている。わたしの胃癌で入院ときまったとき、夜分未知に迷いながらも家まで見舞いに来てくれたのを、感激とともにに記憶している。「プロデューサー」 ふうの仕事の出来る人で、お母さんと京都へ帰られて仕事も順調に続いてきたらしいのは、何より。
『嵐電』とは、まあ、なんと懐かしい。
脚がしっかり地について、軽い思いつきナンかでなく仕事の出来る女性は、堅実で、逞しい。
* 明朝が早い。十時過ぎだが、もう休まねば。
2019 4/10 209
* また放映の始まったイギリスの『刑事フォイル』の今日の後半をみたが、あまりの過酷、深刻、不幸なあの戦時英国の国情に、ほとほと気が滅入った。参っ た。戦争という不幸に加え、同盟の英米にも、闘いながら混在してきた英独にも、加えて白人、黒人の人種差別のえげつなさで怒る兇悪で卑怯な犯罪など。警視 正フォイルの沈着な慧眼と人間愛とだけが救いになる。見なければ済むという作品ではない、稀に見る秀作のである。
2019 4/13 209
* 夕飯後に、録画の映画「ホビット」の出だしを20分ほど楽しんだ。続きが永い。楽しめる。下らない殺しドラマや漫画よりも指輪物語はよほど本格に映画美が楽しめる。
2019 4/16 209
* 「剣客商売」で少し心地良く休息した。
2019 4/18 209
* 英国ドラマの『刑事フォイル(フォイルの闘い)』はかって観てきた数々の上質上出来ドラマノ中でも一、二をあらそう優れた意図と表現と厳しさ優しさに溢れた「一警視正」の闘いで、胸の波打つ思いをしばしば強いられつつ感動してきた。
どうして、こうもみごとな連続の「刑事もの」が日本では書けないか、創れないか。作劇の、脚本と進行のという点では、昨今の「NCIS」や「ER」も、 もっと昔の「コンバット」なども、まことにみごとだった。人間の重みと真実とが描き切れていた。「人」が人として忘れがたく生き続けている、生き方として もセンスとしても。
2019 4/20 209
* 晩の食事も進まなかったが、そのあと、録画してある映画「シェルブールの雨傘」 出会ってこのかた十度も観てきたのを、また心籠めて観た、すこしも変 わりなく感動した。名品というに躊躇わない。この映画を真実感動して何度でも観られる自身を嬉しいほどに肯定できる。ラストシーンへ向かう熱い感銘が輝く もののようにもうこんなに老いたわたしを励ましてくける。音楽のよろしさも美しく静かに耳に残る。
2019 4/22 209
* 疲れやすめに、ユル・ブリンナー、スティーヴ・マクイーン、チャールズ・ブロンソン、ジェームス・コバーンらの『荒野の七人』を、まるまる見終えた。 気分のいい男達が出揃い、何度も何度も観てきたのに、懐かしかった。原作になった黒澤明の一に好きな『七人の侍』まで懐かしかった。
2019 5/8 210
* 山田太一劇で、若い日の 田中裕子 古手川祐子 森昌子らのドラマの一部分をたまたま観て、上の三人の美しさも、芝居の、ことに田中裕子の絶妙なまで の巧さを堪能した。田中はもとより、古手川も森昌子もそれぞれの、個性を超えたほどの魅力を、滴る旨味でみせてくれた。惚れ惚れした、みごとな若さにも。
2019 5/13 210
* 京マチ子逝去の報。戦後に実感し驚嘆した日本女優の、ナンバーワンであった。
2019 5/14 210
* 女優京マチ子の逝去は九十過ぎという年齢からして堪えるしかないが、大きな時代を持ち去っていったなと謂う感慨が深い。何といっても「羅生門」の壮絶 な熱演は森雅之も三船敏郎も負けていた。「雨月物語」や、小津安二郎畢生の名作 先々代鴈治郎、杉村春子、若尾文子等と競演の「浮草」ドサまわり、敲けば カーンカーンと鳴りそうな気っ風の女役者ぶりなど、目に焼き付いている。印象に濃いみごとな同時代人だった。
2019 5/19 210
* 昭和三十四年の小津安二郎監督映画『浮草』を、嘆賞に堪えず、泣けるほどの感銘で、いま、観終えてきた。映画を創るというなら、こういう完璧な藝術品を観せてほしい。
励まされて、自分の作をなんとしても作品に仕上げたい。佳い作品を感動して観ていると不快な疲れが失せている嬉しさ。
2019 5/19 210
* モーツアルトのバイオリン・ソナタ集を、ヘンリック・シェリングとイングリット・ヘブラー(ピアノ)で満喫しながら陶淵明の詩句に聴いていた。朝の至福。
もう久しく新聞を見ない。字小さくてまったく読めず、見出しにも心惹かれない。無くて何差し支えもなく、乏しい視力を新聞で費やすことはない、読まねばならぬ本、読みたい本はまだ山のようにあるのだ。
テレビは大画面の五十センチ前へ近寄って観ている。いい映画、いいドラマ、いい自然美、そして芸能花舞台や相撲・競走・跳躍などの他は、天気予報で足りている。耳はちゃんと聞こえている。いい音楽にはよろこんで向き合う。
2019 5/20 210
* 英国産、連続ドラマの『刑事(警視正)フォイル』は、かずかず観てきた海外連続ドラマのトップ級の優れた批評咲くシリーズである。敬服する。
2019 5/20 210
* あれだけ寝たのに、疲れは心身を朽ちた綿のようにする。
九時。もう機械から離れ。寝室の床に坐りこみ、ずっしり重い責了用の「選集31」ゲラをよみつづけ、疲れたら久間さんの小説の先を楽しみながら、寝入ろ う。昨夜の『NCIS』の密度には感嘆、ああいうのを観るとありふれた他の和製ドラマは観る気がしない。実は近時、スポーツ実景も相撲と駆けっこしか観な い。
海外の、大きな鉄道駅や空港におかれたピアノを、誰彼となく自在に演奏して行ってくれるのが楽しみ。そして日野正平の自転車の旅も。
2019 5/24 210
* 英国の連続劇「刑事フォイル」の極めて劇的に高級な凄さ怖さにはいつもながら息を呑む。イギリスという島国帝国は、アイルランド、ナチ残党、アラブと ユダヤなど、悪質陰険で暴力的な紛糾に充ちているようだが、元警視正フォイルの理性と聡明と沈着が成し遂げて行く正当な活躍のと解決の見事さ、舌を巻く。 いわば国境を欠いた国と社会のかかえもつつねに一触即発の危険、戦慄を覚えつつ主人公の「人間」への敬意に心洗われる。『NCIS』と並んで、いつも驚嘆 を楽しんでもいる。
2019 5/25 210
* いま、不快極まる医療もの「白い巨塔」の最終裁判劇が九時から始まるらしい。編集者時代の国立大学病院の最悪傾向を露呈した大問題作であった。今夜で 終わるらしいドラマは、新作の方である。あの当時の医学部闘争・紛争というのはじつにすさまじいものであった。如実に傍見も巻き込まれもしてきた。
2019 5/26 210
* 疲れやすめに「NCIS」と「剣客商売」を観た。後者は比較的マシな時代劇のシリーズだが、脚本のうまさにおいてとても前者に勝てなかった。日本製のドラマは(映画は別としても)じつに脚本がいいかげん。おハナシにならん。
2019 5/30 210
* 夕刻 建日子が帰ってきてくれた。
私には、使い慣れていまは手放しているという 小さな しかしなかなか扱いや機能の面白そうなカメラをお土産に呉れた。
カーサンには 京の上賀茂神社の御守りを呉れた。
夕食をともにし、あれこれとハナシに興じ、おしまいに、強いて「NCIS」の最新編を観せたところで、大きな自用車で都内へ帰っていった。
建日子が来てくれると 得も云われず心温もる。
2019 6/2 211
* 入浴。 久我美子の出るよほど昔のドラマ、鶴田浩二が主演のドラマを観た。若いのが、今は埼玉県知事を永く勤めている。よほど昔のものと分かるが、久我美子の美しさには痺れる。
2019 6/4 211
* 午過ぎて、烈しい雨。
昨夜の「NCIS」をまた見直して、泣いた。一時間のうちすくなくも15分はコマーシャルでぶち切れる一編なのに見事な充実、心熱い感動編に仕上がって いる。驚嘆して嬉しく、また見なおしたくなる。建日子にいわせると、これほどに短い時間を煮つめて内容を盛り上げると、日本の観客は理解できないと云う と。そうなのかも知れないが、なさけない話でもある。日本人製作関係者の程度がわるすぎるのだ。英国の「刑事フォイル」のような名品連続ドラマもある。
日本では何が有るのと、つい血眼で探したくなる。
2019 6/7 211
* 久しぶりと云うより、何十年ぶりに、ジャック・ライアンものの映画「エージェント」を観た。むかしはそんな海外物の読み物も読んでいた、東工大への往復の電車の中などで。
明日もう一日休息できても明後日には「湖の本」震撼の発送にかかる。今回は、少し謹呈送り先を減らすつもり。
2019 6/9 211
* 「藝能花舞台」で、襲名した坂東彦三郎と坂東亀蔵兄弟の舞踊を楽しんだ。前の、好きだった市村羽左衛門の孫に当たる。男前で、似ていて、目立ってくる兄弟役者。
祖父羽左衛門は断然「熊谷陣屋」での石屋の弥陀六が印象に鮮烈、書いている小説でも印象に置いて役だってもらえた。
「藝のう花舞台」はいい番組で、ことに歌舞伎芝居のときは欠かさず観て楽しんでいる。司会の一人にいつも若い女優がつねは見ぬ和服で出る。まえは南野陽子だった、今は石田ひかる。勉強になるトクな役である、藝に、生かしてもらいたい。
* カンボジアて生まれ日本で育ったランナーのリナの、久しく生別していた姉と故国・故郷との画期的な再会や触れ合いの感動に、感謝・感銘深く心より泣かされた。素晴らしい実話の「劇」であった。
2019 6/10 211
* なぜか喉もとが灼けるよう。そして、ともすると寝入っている。もう夕方、六時過ぎている。夕食、茶碗蒸しを二椀。それと高野豆腐と干瓢とを少しだけしか食べられなかった。
録画してあった「刑事フォイル」の、優秀なりに暗澹たる戦後英国の国際事情や犯罪に気が滅入った。と言って「寅さん」のようでばっかりも戴けない。
2019 6/16 211
* 剣客商売 と NCIS の晩です。
* 十時。もう機械からは離れねば。
2019 6/20 211
* 夕食進まず。雨と気温との障りか、秀作だった「刑事フォイル」に続くらしいアガサ・クリスティものが不快千万で、昼間、記録仕事などに精出していた妻 もからだを休めに寝入り、わたしも横になって、天野哲夫に読み耽り、つづいて『饗宴』『住吉物語』ユイスマンの『美学』も面白く興深く変わり映えもして読 み継いでいった。その間に大きな荷で苫小牧の林晃平教授から來贈の千頁にも及ぶような『浦島太郎の伝説』を手にした。林さんはもうかなり以前に、やはり今 回と同規模の『浦島太郎』研究書を出され、読んでいた。浦島太郎は私に体力と時間があれば書きたい主題の大きなひとつであった、ありつづけていた、だが、 容易にそこへ手が届かぬママになっていた。
立派な考察本のまた成ったのを祝し、また感謝申し上げる。
2019 6/22 211
* 八月が近付くにつれ私をつよく呼んで、見よ、思えと逼る映画がある、「日本のいちばん長かった日」昭 和二十年八月十五日の昭和天皇の、ポツダム宣言受諾を国民に告げる画期的な放送、そこへ到る、内閣、陸軍、将校達の激越な歴史劇である。橋本忍の脚本を岡 本喜八が監督した。柳智衆や三船敏郎等が気を入れてよく演じ、むだのない緊迫にいまさらに胸打たれた。繰り返し観て、自身に鞭を当てたいのである。
名画とほめてよく、私は、こういう映画をコソ、中学、高校で、大学ででも機械有れば見せて欲しいと思う。願う。こういう日がもう二度と来ないようにと願う気持ちを若い人たちにこそ分かち持って欲しいのである。
アメリカが、本気で日本の平和を守ってくれるなどと思いこむばからしさを、わたしは、もう二昔も前から言い続けてきたが、トランプは、本音で、日本政府 の防衛センスを厚かましく揺さぶり始めている。いまの政府の不出来なアタマでは、ボラレ放題にトランプの商売政策に最後の血まで吸い取られるのでは。
國の真実危ういときには救世の英雄が立つと云うが、信じたいが信じられる空気はどこにも無い。
政治だけがダメなのではない、いま、学生がまるだダメなのだ。学生が起たずに國が改まった例は少ない。
2019 6/25 211
* 天野哲夫の(正しくは)『禁じられた青春』を読み進み、彼は昭和十九年か二十年、満州から故国九州へ帰って徴兵試験に甲種合格する。一世代早く早く彼 は昭和の日本を歩いて行く、わたし自身はまだ京都の国民学校で三年生だったろう、敗戦の年の雪の丹波へ二月末三月初には秦の祖父と母と三人で疎開した。縁 故という縁故もなくてご近所の紹介一つではるばる亀岡から二里ほどの樫田村字杉生のまっくらな山上の空き家に入った。四月から一四年生、八月には天皇の声 をラジオで聴いた。杉生には敗戦後もふくめ一年半いて、大怪我もし大病もして、辛うじて京都へ帰った。勇断連れかえってくれた秦の母の大恩は忘れたことが ない。
わたしは今、あの昭和二十年の敗戦から戦後を現在の日本よりも切に思い起こしもの思いつづけている。映画『日本のいちばん長かった日』八月十五日、それに先だった廣島と長崎の原爆での壊滅。
いま、全代議士は あの戦争と敗戦とに直かに学び返して欲しい。
それは新天皇夫妻にも秋篠宮家にも、切に願うことである。
平成天皇ご夫妻は、まことにご立派だった。
2019 6/26 211
* 気持ちを建て直したく、夕食から、スピルバーグ製作の映画「ディープ・インパクト」に感動し、いい泪を目一杯に溜めた。戦争には政治家や死の商人らの 醜悪がこびりつくが、この映画はピュアに神を感じさせ、人の愛とよき意志を信じさせた。一瞬の隙もムダも無い名品だった。
2019 6/26 211
* 今日は松たか子の壮大な舞台劇アヌイ作 蜷川演出の『ひばり (ジャンヌ・ダルク)』を録画で観た。
こういうのを観て仕舞うと、あまりにチャチなテレビドラマむはほとほと御免蒙りたい、と謂いつつもどうしても休憩したくて、寝るのはドーモとなると「剣客 商売」とか「NCIS」の録画をひらく。そうそう二三日前にクリント・イーストウッド監督主演の「目撃」を久々に面白く見なおした。
実は録画映画は無数に抱えている。が、秀作ばかりとはいえない。むかしは観ていた「007」シリーズなど、ちっとも観たくない。あの手の娯楽かつ乱暴なやすい劇はもうヨソゴトになっている。
* 七時から「剣客商売」よと呼び声が階下から。きりりと若衆姿の女剣士を大路恵美がきもちよく演じているが。小林綾子の「老い」の「若い若い女房」にも好感している。梶芽衣子にも。そして藤田まことが懐かしく。
* しかし、残念にも今夜は低調。
2019 6/27 211
* 作業しながら、実に久しぶりに稲森いづみ主演の 赤穂義士伝「瑤泉院の陰謀」の中段から後編までをしみじみ楽しんで見た。感傷の泪も多々零した。
2019 7/3 212
* 「剣客商売」は物足りなく、「NCIS」の濃い密度には満足した。今日、作業中にはミレン・ヘレン主演の映画をただ耳にだけしていた。この英国女優の男まさりな風貌には、いつも心惹かれる。
2019 7/4 212
* 「剣客商売」という ま それだけのドラマを、他のくだらなさ過ぎる日本ものよりはましかと見ているが、このごろ「客」という一字に思いが傾いている。
「客」とは、旅人、来客、根底には「まれびと」「まろうど」つまりは「神」「神位にあるもの」の意をわが国では「感じて」きたと思う。本国の中国で、元 来がそうであったのだろうが、現在ではどうか知らない。日本では「お客さん」と、敬意や畏怖を二重に謂うこともある。妙な一字である。
「漢字」の不思議は白川静博士の『字統』をなによりも珍重し教わっている。さながら異界の「客」となる気がする。
* 何ともいえず心身とも疲れている。仕方ない。こういう時は、いっそ気楽に休も。 2019 7/6 212
* またいつのまにか大相撲です。一頃ほどはくっついて観ていようとはしていないが、景気は感じ取れる。
九時から、松たか子のでる連続ドラマが始まるとも聞いた。これは期待したいが。
2019 7/7 212
* 大泉洋と松たか子の、大会社のお荷物ラグビー部の奮起を描き始めたドラマの一回目を観た。松たか子はさすがに中味のあるしっかりした芝居で脇役ながら 機敏に見ごたえがあった。大泉は元気に本気で演じていて好感は持てたが中味はうすく、観念的な芝居で、シッカリはしなかった。脚本も写真もやや観念的でエ エカッコシィの芝居に流されかけていた。建て直して、感じのしっかりした観念に流れない続きが観たい。
2019 7/7 212
* 木曜の晩は「剣客商売」があり、今夜から若い二人が、寺島しのぶ、と、山口馬木也に交替。前回までの大路恵美も清潔感あり良かった。
九時から「NCIS」を観ている。
2019 7/11 212
* 夕食もほとんど摂らず寝入り、喉もとへの強い胸焼けで目ざめた。今晩の「剣客商売」は情に篤くこころよかった。久しぶりに観る宍戸錠だった。主人公の藤田まことはとうに逝去、宍戸は如何。たしか同じ母校の出であったような。
* 九時からの「NCIS」 前回が緊迫の危機的な中断だった、どう続くのか、期待。
2019 7/18 212
* アリストテレス以降 アダム・スミスやケインズらにいたる貨幣経済学の話を興味深くテレビで聴いた。なるほど。
2019 7/20 212
* テレビで気分をと思っても、観たいものが観られない、無い、あまりにツマラナイ。ミケランジェロとユリウス四世の「華麗なる激情」のような美しいものはめったに覗けない。政治、芸人、くすり・商売、台所ばなし、なってない殺し・刑事もの。
仕方なく、ひとりで音楽を聴く。
2019 7/23 212
* 新しい物語の大事な一面に必然の結着を付けえたかという時に、建日子がふらっと立ち寄ってくれた。それはもう嬉しいことであった。だべっていても佳い のだけれど、三人と「マ・ア」ふたりも入り、気楽に「剣客商売」の新しいところを二つ観た。建日子は機嫌良く付き合ってくれる。商売柄、でてくる俳優達の こともさすがによく識っていて、親二人はホウホウと感心して聞いてもいる。こんな団欒がもういつまで出来るのかと案じつつ、建日子の方に怪我なかれ病むな かれよと心よりわたしは祈っている。
きげんよく、車で帰っていった。ながく引き留めたのかも知れない。
2019 7/26 212
* 九時に「湖の本145 オイノ・セクスアリス 或る寓話 第二部」 納品され、即、発送作業に今日とりあえず夕刻過ぎまで取り組む。なかなかの表紙絵で、楽しんで眺めて貰えると佳いが。わたしは気に入ってます。
作業のあいだずうっと、録り溜めた「剣客商売」を連続で聴いていた。渡部勤と大路恵美の若いヒンビがなかなかよかったのを再認識した。藤田まこと 小林 綾子、平幹二郎、梶芽以子等々も役にはまっていて小気味いい。このドラマはドラマのほかに川や舟や川原や河岸や農家などがナマでふんだんに見られて楽しめ る。
音楽では疲れる。いろんな人の声(意味のある言葉 科白)だと、耳に落ち着いて届く。現代のドラマの物音や爆音や叫ぶ科白はイヤ、邪魔になる。
発送は単調な繰り返しの手仕事と過重な力仕事との繰り返し。妻が封筒に封をし、册数を数えながらダンボール箱に「決めた数」分を間違いなく荷詰めしてくれる。玄関まで、その重い一箱一箱をはこんでおけば、宅急便が集荷に来て一度に持ち帰ってくれる。
2019 7/29 212
* 昼食から、そのまま小津安二郎監督の『東京暮色』をまた観ていた。柳智衆の父親、原節子と有馬稲子の娘、山田五十鈴の問題あって久しく家を出ている母 親。じつに一分の隙もない映画作りの息苦しいまでの悲劇に参る。しかしいい作品には逃げ出させない引力がありもののあはれも烈しさもある。降参でした。し かし泣けて疲れました。敗戦後世間でありながら戦前のリアリズム私小説の粋を読む思いであった。
2019 7/31 212
* つまらない和製ドラマがヤワい科白でテレビ画面に流れていると、ついとっておきの映画を呼び出す。今夜は「ホビット 最後の決戦」の幻想美にあふれた 映像とはげしい動きに、そして平和なラストシーンに魅された。いいものは、いい。つまらないものは、つまらない。自身へのこの上ない叱咤である。
2019 8/3 213
* ニコラス・ケージの、おはなしにならない味無い映画を観てしまった。やれやれ。おまけに右眼を傷めてしまった。やれやれ。
2019 8/5 213
* ほんとうは今日こそ映画「日本のいちばん長い日」を観るとみころだが、先ごろ観てしまったので、真逆の選択だが日米合作の「トラトラトラ」を観た。痛 快などとは思われず、アメリカ側の右往左往ぶりが「こういうものなんだろうなあ」と印象に残った。映画としての出来は上等だが、幼稚園に通ってた日の十二 月八日を思い出してはるかな心地がした。あの日も幼稚園へ運び込まれた午の給食のにおいが甦った。じつは幼稚園の給食はおおかた苦手で食べ残しては先生に 叱られた。
2019 8/15 213
* 連続のドラマ『薄櫻記』は前にも観たが、比較的清潔感のある時代劇で、通俗は通俗に相違ないが二度目を観てもうなづける。
2019 8/19 213
* 九時きっかりから作業をはじめ、六時前に第一便を宅急便に託した。わたしよりも妻が疲労した。果汁やビタミンや強壮薬をのませ、水分をたくさん摂らせ て、やっと凌いだ。シャリ少なめの特上寿司の出前を頼んだ。妻はよく食べられたが、わたしは美味いと思いつつ残した。どうも満腹は気分に添わない。
作業中、ひさしぶりにアネット・ベニングの絶品、マイケル・ダグラスの「アメリカン・プレジデント」わ心底楽しんでいた。ついで、なんと「ターザン」を 観聴きし、さらに次いで気に入り山本耕史らの「薄櫻記や「剣客商売」を見聞きしていた。幸いに事前の用意が万全に出来ていると、発送の作業中はそういう主 に耳のまた目の楽しみようがある。
明日、さらに発送作業を続ける。ダンボール函に荷造りした湖の本を60册の重さを、繰り返し返しキッチンから玄関へ持ち運ぶ。腕力はあるなあと納得しな がら腰の痛みに気配りし続ける。もうこの仕事も永くはなかろうなあという気分が、渚へよせる小波のように寄ってくる。「選集」は何としてもあと二巻で予定 の目標に達する。「湖の本」は具体的に創作・執筆活動の舞台であるだけに、極力続けたいが、出血の増はがまんするとして、老夫婦の体力がどこまでもつか。
2019 8/21 213
* 朝一番に各テレビ局の「報道」とやらを見聞きしていると、今日一日に汚れた刷毛を刷かれたイヤな心地がする。昨日の晩むに観た映画「オネーギンの恋文」のいまや別世界の詩のような画面もあまりに気遠いけれど。
2019 8/22 213
* 映画に表現された日本の女性の第一は「寅さん」の妹「さくら」に不動の指を立てるが、「寅さん」は見事に描かれた人のいい「道化」の域を出ない。
2019 8/24 213
* 横浜の原三渓とその庭園の建築や美術蒐蔵と生活をふくむ生涯をテレビ番組にして貰い、多大の驚嘆と共感とで見終えた。TBS日曜朝の、文字どおり軽くて薄い、掘り下げの無いないし乏しいニュース談話番組より、強く胸に沁みた。
もう一字掲げて 『日本への遺言 福田恆存語録』(抄)に聴く
「文化人」 私が非難してきた「文化人」といふのは、世間のあらゆる現象相互の間に「関係を指摘」してみせるのがうまい人種のことであります。関係さへ見つければ、それで安心してしまふ。それを聴くはうも、説明さへつけば、解決されたと思ひこんでしまふ。
* 文字通りに此の阿呆らしさで終始する「文化人」らの放送力を鼻先であしらったようなご教示は御免蒙りたい。あの関口司会の番組はスボーツの評判に ちょっと「文化人」が顔を揃えて花でも添えている気らしいが、分けてやり給え。五人六人の文化人のいっそう突っ込んだ討論こそ聴きたいのだが。
2019 8/25 213
* 昨夜からの続きで、ヘレン・ミレンが警視正を演じる『第一容疑者』正続編を観とおした。凄いといいたい怖いほどの力作だった。先夜観た黒澤明監督、三 船敏郎、仲代達也らのモノクローム『天国と地獄』も日本ではまれた刑事物の力作だったが、ヘレン・ミレンの力演には観ていてもタジタジと
した。胸を押された。佳い映画と佳い文学とはまったくべつもので、原作が名作でも映画は平凡と謂うことはままある。サルゲネフの原作映画『オネーギンの恋文』など、良くないとも謂わないが、静かに静かに退屈でもあった、美しい画面ではあったけれど。
これがテレビ・ドラマとなると贔屓にはして見続けても三段も五段も程度は落ちる。放送局内の関係者のセンスがバカ丸出しと見えたりする。
2019 8/25 213
* 新味に富んで静かな義士外伝といえた 「薄櫻記」 よき死に場所を求めて生きる武士が、剣士が、哀れであった。丹下典膳(山本耕史)、千春(栗本幸) 愛ある佳い夫妻であった。
性愛は、こうはならない。性愛は所詮は「欲」 性欲、愛欲、所有欲を出ない。典膳と千春のような夫婦愛やよき友愛は、究極「思ひ・想ひ」という「火」の愛に溶けて結ばれる。結ばれないのはニセ夫婦 エセ友人に過ぎない。
* まえにちょっと触れておいたが、『オイノ・セクスアリス 或る寓話』を読まれた殆どの方が「ヒロイン」と疑われなかった「雪繪」へ、同じ女性の読み手から、「結末を哀れ」がる以外にほとんど的確な批評の出て無いことに、じつは作者は驚いている。
*やがて十一時半とは驚いた。疲れていて当然。
2019 8/28 213
* 夕餉時、 「女はみんな生きている」という、題は奇態だが内容はとても優れたフランス語の映画を妻と、感じ入って楽しんだ。いい映画はいい。
上野樹里の主演している法医学系のつづきものドラマも、主演助演の適確な演技できもちよく楽しめる。
科捜研の沢口靖子は、とにもかくにも「存在」自体がわが家では別格の格別で。機械の前で顔を少し振るだけで七枚もの笑顔の写真が見える。健康な心地になれる。
2019 9/2 214
* 「サギデカ」というドラマの狙いは当を得ている。多くの犯罪の中で老弱者をねらいうちして最も卑しい一つであり、しかも被害者は減らない。警察当局の 苦辛のほども想われる。しかしこのドラマの配役で、芯にいる若い男女刑事や掛け子ら犯罪側のセリフの聴きとりにくいこと、ひとえに役者の一のお客はわれわ れ視聴者でありそれへ言葉を聴き取らせるのが藝の肝要だということが理解されていない。抜擢されたような無経験な俳優ほど、いかにも得意げに早口や口ごも りや捨てぜりふを藝だと誤解している。藝の一の焦点は、観客・視聴者にドラマの妙を「伝える」ことにある。ことばを、せりふを犠牲にして達者がる独り合点 は、未熟の証であるとなにより先ず分かっていて欲しい。ディレクターも、未熟で高慢なのである。
云うておくが、わたしの耳はまだ衰えていない。要は役者が下手で未熟な小声早口を得意がっているのだ。現場と視聴者との距離感が理解できていないだけのこと。しっかりしてや。
2019 9/7 214
* 18未満野球ワールドカップに韓国入りする日本チームが韓国人の反応を憚り、わざわざ日本のマークを取り外していたと聞いた時は、耳を疑った。勝てるものかと思った。
理の当然のように、勝ちそうでいて大事なところで惨敗して終えた、らしい。
* TBS九時の朝番組の意見陳述(討論ではないのだ、全く。)で、韓国や香港でのことは報道するが、日本では、なぜ韓国のように香港のように、本当は烈 しく追究し続けなければならぬ問題がイヤほどあったのに、マスコミは他国の事情を伝えるに大わらわ。日本の国内問題でゆるがせにしてはならぬ、いまわしい 政治行政の不正を、どうして、マスコミも日本人も追究し続けないのか、そっちの方が訝しくかつ大きな問題だという一人の女性発言者を、司会の関口宏は押し とめるように話を脇へ逸らした。
これなのだ、日本の放送はどうも口を封じられて、世論を政権の思惑寄りへ誘導すべく強いられている気配が濃い。
* なさけなくも日本の強権保守統治に、「わがことでなし」と冷笑のママ傍観しているのは、若者、学生達だといわざるを得ない。それと、文筆で立っている団体。
天はゆるさじ良民の 自由を無みする逆賊を
十三州の地はほとばしり ここに起ちたるワシントン
という歌を聴き慣らった。秦の父でも口ずさんでいた。少なくも香港の市民はこう気分だろうに。
* 事実問題として、起床から七時間半のうち五時間以上、執拗な夢に揺すられながら寝潰れていた。汗をかき、本も読めない。
病徴は無いと医師に頼もしく明言されていてこれというのは、重度の夏バテか。「食べる」と「疲れる」といった悪循環もある。小説の難関を突破できないのも神経を痛めているか。映画「ザ・ロンゲストデイ」でのリチャード・バートン率いる難関爆破のシーンが懐かしまれる。
2019 9/8 214
* ホメロスの「オデュッセイ」は読んでいるが長大な「イーリアス」は未読、ただ映画「トロイ」では繰り返しブラッド・ピットのアキレスを観ている。ブラト ンの大作「国家」は二度も読んでいるので、ホメロスという大山もかつがつでも踏破してみたい。が、今晩は、まだ八時半なのに、もう目が霞んですっかり疲れ ている。夜半には強い台風が来るとか。
2019 9/8 214
* 昨夜観た何回めかのどらま「監察医 朝顔」は 感銘秀逸の一回であった。上野樹里ら主演の男女子役俳優たちのじつにみこどな演技力に、迫力の美を覚え泪を 誘われた。こういうのが出来るのだ。こういうのが出来るじゃないかと、他の凡百を励ましたい。
2019 9/10 214
* 37度とか、酷暑を越して、悪暑。病院へタクシーで出かけた妻の帰りを案じながら、仕事にならず、「マ・ア」といっしょに映画「ホビット」の呆れるほ どな映像美に浸っていた。わたしは、超長編小説の「ロード・オブ・ザ・リング」は二度三度読み通してきたが、前作に相当している「ホビット」という作は読 んでいないので、映画がかくべつ面白かった、それもまだ前半で、後半も録画してある。観てしまわずに居れない。あんな映像がみな「創られ」てある奇蹟のよ うなみごとさに、ただ感嘆。歳をとって気が良くなったのか、わたし、気前よく感嘆している、最近。感嘆とは、良い意味の贅沢と同義語かも知れぬと思うよう に、思えるようになっている。
2019 9/10 214
* 夜前は、映画「ホビット」最後の決戦まで、堪能するほど観てから、日付変わって、何冊も本を読んだ。天井の明るい電灯だとブルーにやられ、すぐ目が霞 むのに、スタンドの昔電球に替えると逆に視野視線は落ち着いて文庫本も読みやすくなってくる。理解には苦しむが、見える、読める、のはほんと有り難い。
2019 9/11 214
* 食、あい変わらず進まず。今日は酒もいまひとつ味わい薄く。
食後、火野正平自転車の「こころ旅」の風景をしみじみ快く楽しむ。いい番組だ。
大きな駅構内に置いたピアノを、好き勝手にいろんな人が手慣れた曲を弾いてゆく「写真」も、楽しめる。
2019 9/11 214
* どうしてもせずに済ませない用事が家にはあり、大概は力仕事でモノを持ち運びしたり置き直したり、時に脚を取られて横転したりする。生きて暮らすことの余儀ない通り道と心得てるまで。それでも、しんどい。
疲れて休息に階下に降りても下らない喋くり番組や安い犯罪、時代劇、かと思えば安倍やトランプノの貧相な顔があらわれ、安息の場は睡眠しかない。情けな いことだ。なにも自分が、トルストイのような素晴らしい世界を創作しているとまで云わないが。結局は、いいものを「読んで」気を静め清めようとしている。 いい音楽と、よく出来た映画だけは楽しめる。慰められる。食べ物が、このリストから落ちてしまっている。酒は呑みすぎると仕事にも躰にも障る。
2019 9/18 214
* 階下で、ひとり、贔屓だった米倉涼子の「ドクターX」再放送を一回分観てから、何の本も読まぬまま五時半まで熟睡。すぐ二階へあがり、また新しい原稿を読み返していた。
2019 9/23 214
* 宵のうち、もうよほど以前の作だが「花嫁人形は眠らない」という、田中裕子が超弩級の演技をみせるドラマに惹きつけられていた。祖父に柳智衆、父に池 部良、加藤治子も出ていてガッチリ固めていたものの、田中裕子の巧さは鳥肌たつほどだった。大勢の歴代女優のなかでわたしは田中裕子は第一等の名優のよう に思っている。
* あとへ、「監察医 朝顔」の最終回が来た。昨今の作としては良心的なドラマで上野樹里にはいつものように好感を持ってみてきたが最終回は作がややがさついて、いささか型通りに終えた。山口智子も、朝顔の父役もなかなかよかったのだが。
2019 9/23 214
* ポール・ニューマンの顔をしばらくツマラナイ映画で観てから寝床でホメロスの手に重い本を読んだ。神と神の子らと人とのややっこしい世界だが「イリアス」の大筋は分かっているので細部まで嘗めるように読んで行く。
3029 9/24 214
* さすがに、それでも少し寛いでいる。
仕事というのは、終えるのが妙薬である。「剣客商売」を観てきた。酒が美味し。
2019 10/3 215
* この数日来とかぎらず、妻と私は、もう昔から「イ・サン」「トンイ」という二大長編歴史ドラマを繰り返し愛し親しんできた。そしてまたこのごろ「馬 医」を見終え新たに「オクニョ」そして「ホ・ジュン」を録画して随時に楽しんでいる・韓国の現代劇にはまったく興味ないが、歴史劇からはもの珍しく学べる 風儀や風土や人間劇がうかがえ、どうしてこういう歴史劇が日本でも出来ないのかしらと託ちつつ観ている。
2019 10/4 215
* 殊に昨今つよく感じることだが、夥しいコマーシャルを含むテレビの現実を見ていると、すでにそれが私や妻の「時代」では無くなっていると、「よそ」世 界にさえ思われる。譬えれば時代差こそ有れまさに「時代劇」を見ているのと似て「遠い」世界に急速に成りつつある。だから今今の商品を大声で「なんと」 「なんと」と売り立てているのを眺める距離感と、「剣客商売」や韓流の「オクニョ」などを楽しんでいる距離感とに差異が無いのにビックリしている。それで いいのか良くないのかも分かりません。
2019 10/7 215
* 「釣りバカ日誌」の初回を楽しんでいたが、嵐はげしく雨もはげしくなって、テレビも写らない。無事を願う。
2019 10/12 215
* わたしは朝鮮半島の人と暮らしにはほとんど関心なくすごしているが、ただ韓流の歴史ドラマにだけは、日本の名乗りも事々しい「大河ドラマ」などより心 寄せて、何編かを見通してきた。「イ・サン」や「トンイ」は二度は見通している。いまもべつの二作を時間さえゆるせば観ている。何がよくてか。やはり歴史 (過去)というベールに包まれての物珍しさであろうと。
いま「オクニョ」「ホ・ジュン」を録画して追っている。はじめは前者の動きに惹かれていたが、いまは「心医」の熱情によりつよく惹かれている。勉強する人が好きなのだ。
2019 10/14 215
* 大門未知子が、ドクターXが帰って来るという。私のもっとも心ゆく連続ドラマで、それが外科手術の「失敗しない」緊迫もそれとして、なにより、「群れ を嫌い」「権威を嫌い」「束縛を嫌う」「フリーランス」という「大門未知子」颯爽の境涯に共感し、良し面白しと受け容れてきた。いま再開の前場にかつての 放映分をみせている。
* 河川の氾濫がもの凄い。案じられる。茨城では那珂川も溢れていると。千曲川があんなになるとは。
2019 10/14 215
* 建日子の呉れた、初見参のジャズ盤八枚を聴いているが、すさまじいほどの吹奏やドラムに反り返る。仕事中は、フルート曲や能管やピアノ曲がありがたい。仕事中でなければ、ジャズのピアノも悪くないだろうが。
映画で、兄弟のピアノでミシェル・ファイファーが歌う好きな佳い作があって、おりごとに観ているが、あれもジャズなのかな。ジャズは即興とも聞いた気が するが、その辺のセンス、わたしにはまだ掴めない。いま鳴っているのは、ジャズ・バラードの「マイ・フーリッシュ・ハート」とか。しかし、題のちがう15 曲もが一枚に入っていて、演奏もいろんな人のよう。
だんだん好きになるかな。やはり大好きな映画の「帰らざる河」で、マリリン・モンローの歌がしっかり耳にのこっていて、これも折り有ると観かえし聴き返している。ロバート・ミッチャム主演というのも殊に嬉しい一作。
* そういえば、わたし。一頃は海外映画の主演男優も主演女優も各100人以上もそらで上げられた。そのなかでも、いま挙げた、「眼下の敵」のロバート・ ミッチャム、「帰らざる河」のマリリン・モンロー、そしてミッシェル・ファイファーが大好き。ま、私には大好きはいっぱいいるのだが。
2019 10/15 215
* 昨夜、待ち望んでいた「ドクターX 大門未知子」の新版第一回を、やはり痛快に面白く見た。手術場面に緊迫し失敗しない結果に嬉しくなる。やはり何度も手術を受けてきた身には、ほかでいくらバカ騒ぎしていても手術の厳粛と成功とには心からホッとし感謝したくなる。
おなじ事で。韓流の「心医 ホ、ジュン」にも心惹かれている。
2019 10/18 215
* 長時間 原稿を読み続けていたので、目が霞みきっている。五時過ぎ。
夕食シして、九時半まで疲れ寝していた。そのあとは、ホビット映画の文字通り凄いのを観て過ごした。 十一時半。
2019 10/19 215
* 明け方の五時台から執拗に「マ・ア」に起こされた。仕方なく、ファビュラス・ベーカーズとか云ったか、ピアノ抜群のジェフ・ブリッジス兄弟と好きなミシェル・ファイファの映画を半ばまでまた観ていた。彼等のピアノもジャズというのか、そういうことは分かりません。
努めて食べている。血圧は高めに、血糖値は低めに推移。
妻は、ご近所のお婆さん達とおしゃべり昼食会とか、タクシーに乗ってちょくちょくどこかへ出かける。このへん、五十年のうちに、お気の毒にお爺さんはおおかた亡くなり、連れ添いの家のほうが少ない。五十年……
2019 10/20 215
* 建日子の山のように呉れた音楽CDのなかから、「シャンソン ベスト・コレクション」一枚が見つかった。シャンソンは演奏曲でなく歌謡曲のよう。馴染みは 無い。だれがなにを歌っているのか、ケースの超ちっちゃな字は一切読めない。ピアフの映画は観たことがある。唄は知らないが危険な道を爆発物を積んで運搬 するような誰かもいたかなあ。
* 木曜夜は、「剣客商売」「ドクターX」「NCIS」が、つづけざま。録画はしてあるのだが。午前には、韓流の「オクニョ」「ホ・ジュン」をとにかくも見続けている。「オクニョ」には先行して「トンイ」が、「ホ・ジュン」には「馬医」があった。わたしも、韓国時代劇のひとかどの通かなあ。
日本では 歴史劇づくり、よほど作者らに重荷らしい。若い歴史学者らのお話し会で済んでしまう。もったいない。要するにドラマ作者らが勉強できてないと云うこと。
2019 10/24 215
* 今日は、「ホ・ジュン」がよかった。めったに無いことに主要人物がみなよく演じている。
2019 10/28 215
* 早稲田の文藝科の授業で「教室」にいた、ちゃんと認めていた角田光代が原作の映画を観た。ストーリーはとくべつ意外作ではないけれど、映像にはしんみ りした。主演ナガサク・ヒロミは私・贔屓の女優で、おみごと。子供達の巧いのにも感嘆。こういう、芯に真実感のこもった作を観たい。
創作だから、ウソはいい。ウソくさいのは、胸に届かない。おまけに演技がへたでは、お話にならない。
2019 11/3 216
* 夕方、題は知らない、途中から観た医療もののドラマ、連続ものか静かに感動させた。わりと気に入っている何人かの若い男女優が騒ぎ立てずにドラマを創り立てていた。機会あらばまた観てみたい。以前にも観たこと有るのかも知れないが。
2019 11/11 216
* 昨日、「逆転人生」とかいう番組で、百人からの市民傍観者に囲まれながらの一、二婦人警官の横暴と、虚偽と、傲慢と、さらに仲間警官らによる不当極ま る逮捕、投獄、取り調べ、さらには延々九年に及ぶ理不尽を極めた法廷の裁判を経て、ついに「警官らの偽証」を証しやっと無実を確定勝訴した一市民夫妻の、 信じがたい「苦闘の限り」をみせられた。不快も不快、烈しい怒りと屈辱感に包まれた。あんな不実不当を、公然市民環視のなかで官憲は強行し、国や裁判所は 当然とするか。憲法が保証する国民、市民の基本的人権はかくもたやすく理不尽に踏み躙られるのかと、テレビの画面から顔をそむけ、呻いた。生き続けたいと いう思いを強かに傷つけられた。
「私の私」を 「公」の不当な強権から守りぬく意志表明と結束が欠かせない。
わたしたちの日本を、「香港」化してはならない。
* いわゆる常識やふつうに儀礼化している慣習が普通に守れない政治屋に、だれが投票するか。有意味な政治活動はろくに出来ず、ただただ自分に投票し当選 させてと彼等は願ってラチもない郵便物も家へ寄越すが、郵便の宛名すらまともに書けぬ市会議員(候補)など、どう推せるものか。国語と社会科とを中学で勉 強し直してこいと云いたくなる。そばでホルンの音いろが、パカパカパンと嗤っている。
この歳でムカッとするのは年甲斐なくバグワンの徒に似合うまいと云うか。いやいや、ムカッとする気力は失いたくない。礼なきは、決してうけない。
2019 11/12 216
* 午后、池袋の藝術劇場で、松たか子主演、野田秀樹作・演出の「Q」を観てきた。感想は明日に。
帰宅後、連続の「ホ・ジュン」録画分だけを観て、二階へ。ところが機械に向かいながら寝入り、ソファに腰かけて眠りつづけ、それでも堪らず階下の床で熟睡し、気づいたら十一時半になっていた。
2019 11/13 216
* 昨日の松たか子主演の、野田秀樹作演出の「Q」というカブキ芝居は、徹底して新幹線ひかりなみの烈しい「語り・喋り」と、役者達大勢の間断なく且つ能率的に洗練された出し入れとの妙味を「演劇」本来として味わったと云うに尽きる。
本質的な「演劇」の美と願いとは、整然と調った物語・筋に在るのではない、あくまで肉体の運動と言葉の躍動とにある。野田秀樹はそれを心得ていて、バカ らしいほどな八方破れな大筋を、ひたすら役者の運動と言動の活気・活溌で表現しきっていた。見終わって、あれは「何」であったなどと問い返しても明瞭な 「主義主張」は読み取れず観てもとれずに、しかし人と人との「闘い」「戦い」の惨めなほどの哀しさや疎ましさは心裡にのこる。ロミオとジュリエットをめぐ る争い、源平紅白の戦闘、太平洋戦争、敗者たちの悲惨等々へのいわば「告発と抗議」とが「Q」クエスチョンされていた、と、ま、そんなふうにも意味付けな がら、超満員の大劇場を出て来た。とても観やすい、舞台との交流も適確にになだらかな絶好席を用意して貰っていた。久しぶりの「松たか子劇」を楽しんだ。 毎年は演らない、のに、もう五、六度はいろいろの舞台を観つづけてきた。渋谷の大劇場で、ジャンヌ・ダークを圧倒的な科白劇で演じ尽くした「ひばり」な ど、忘れられない…と。これは、あくまで、私の感想。
* 昔も昔、あれは、とにかくも東山時代か、太閤時代の大河ドラマを観ていて、「今参り」の若女ふうに突如初登場した知らぬ女優を観た瞬間、電氣に打たれ たように「えらいモノが現れた」と思った。松たか子という名も知らず、まして高麗屋の娘とも知らず、ただ「立ち現れた」その素質の底深さにむしろわたしは 呆れていた。あれ以来の、松たか子との、一度として、口をきいたことも出会ったこともないつきあいになる。彼女の、あのトルネード投法の野茂投手を賞讃の 文章に出会ったときも、野茂贔屓の私、心底から共感し嬉しがったのを覚えている。
2019 11/14 216
* 三時過ぎ、独りで江古田の奥までの歯医者通い、出かける時既に疲れていて、四時半約束の時間ぴったりに着いた時は、ぐったり。医者は来るのかと案じてか、家へ電話していた。やれやれ。
年内に、下の入れ歯を大幅に造り替えるのだとか。やれやれ。
帰りのバスが遅く、待つまにさらにぐったり。空腹ではあったが食欲なく、それでも、どこでどう食べて帰ろうかと思いつつ、「ビボ」の前を通ったら顔なじみの店内から声が掛かって、通り過ぎるのもと、カウンターで例のウオツカをダブルで一杯。
立ち寄っていい食べ店が三軒ほど有りながら、魔が差したように行き当たりバッタリに慣れないラーメン屋に入ってしまい、ビールの中ナマも頼み、案の定、麺もビールも半分と消化できず、疲労困憊のママ、よろよろと江古田駅へ。幸い保谷行き各停が来てくれ、坐って行けた。
疲れを躱すにはわたしの場合、持っているゲラを読んで校正すること、その間は他事を忘れられる。七時には家につき、「剣客商売」 あまり面白くなく。やがて九時。大門未知子の失敗しない手術に励まされたい。
2019 11/14 216
* わたしは、今日・現代の中国や朝鮮半島に特別の親和感を持っていないけれど、韓国製の歴史連続時代劇には、「イ・サン」「トンイ」「馬医」など長編を 一度ならず観覚えており、今は、月曜から金曜までの午前の、「オクニョ」「心医 ホ・ジュン」を異様に熱心に見続けている。時に録画分を再見してもいる。 日本の歴史連続時代劇で、これらほど緊迫感も豊かに面白い紙芝居をみせてもらったことがほとんど無い。
その理由のひとつは、京都に縁のある朝廷がらみの劇作になにらか遠慮があるのかと想う。「新平家物語」「平清盛」では後白河院、また「太平記」がらみに 後醍醐天皇の南北朝劇もあったが、この辺は作家達も取りつき慣れているが、源氏物語などはみな綺麗事で終え、どうも天皇さんを引き合いの劇作はタプーなの であるらしい。
その点、韓国の朝廷劇はもの凄い。剣も毒も陰謀も氾濫も色事も豊富にあらわれて紙芝居作りの手腕は必ずしも凡ではないのだ、惹きつける策と腕を磨いている。いまの「オクニョ」も「ホ・ジュン」も競い合うように人間劇でもある。
歴史ものと云わ、ず今、私を惹きつけてかならず見せるのはほぼ一つ大門未知子なる「ドクターX」のほかに見当たらない。ことに昨今、あまりにみなチャチ く、観客を下目にみて説明と間延び過剰に演出も芝居もヘタクソなのである。なにしろ売れているらしき俳優・女優がナマで顔を見せても、ほぼ必ず「スゴー イ」と宣う。「日本語をより美しく正しく愛していない俳優・女優」なんて者に、存在意義は無い。本当に疎ましくも「すごい」のは、國の政治現況だけ。「凄 い」とは「凄惨」「無残」「ムチャクチャ」の意味である、昔から。
* わたしは、あるときある社の編集者にそっと注意されながらも、日本の天皇さんにふれた小説を「三輪山」の雄略天皇、「秘色」や「蘇我殿幻想」で孝極、 斉明、天智、弘文、天武、持統天皇、「みごもりの湖」では聖武、孝謙、淳仁、称徳、光仁天皇、「秋萩帖」では宇多、醍醐、朱雀天皇ら、「絵巻」「風の奏 で」最新の「花方」では、白河、堀河、鳥羽、後白河、高倉、安徳天皇らを描いてきた。中国のポルノ小説を楽しんで学習された村上天皇にも触れている。天皇 さんがらみでの歴史時代劇はいくらでも話題があって「日本」の理解に有益なのに、遠慮が過ぎるのか、書き手に勉強がまるで出来てないのか、惜しいことだ。 わたしは、日々に、事ごとに、ボケ防止のためらも歴代天皇126人の諡を諳誦している。歌うようにすらすらと云える。時代時勢の変と事と流れが自然と絵巻 のようにあたまに甦るというトクがある。
2019 11/20 216
* 一日中に各局コマーシャルの全部がしめる時間は24時間でも足りていないだろうが、そのなかで、
「なんと!広告」
「スゴイ!広告」
の品は、ことに「クスリ・サプリ・食物」の全部を信用しない。
化粧品はわたしは使わないが、同様に聞き流している。
2019 11/20 216
* 火野正平のチャリンコの旅を、相変わらず、愛している。ふしぎなほど身内にも思いにも青少年の息づいている番組。「日本」というふるさとを共有している嬉しさ懐かしさに胸が濡れる。心してふるさと「日本」をあの「香港」のようにしてはならぬ。
2019 11/24 216
* 十時近くまで荷造り仕事を。まだまだ些少。明日へ譲る。「オクニョ」「ホ・ジュン」などを言葉だけ聴きながらの手仕事。疲れた。
2019 11/25 216
* 発送作業を、ほぼ終え得た。師走を少し心安く過ごせるか、そうだといいが。
* 作業しながら「心医 ホ・ジュン」という韓流歴史劇を観ていて、朝鮮では、明国の使者などくれば我々の今日で謂う「看護師 以前なら看護婦」を使者の 「夜伽」に提供するのが「習い」であったと識った。また「奴婢」は身分の高い官吏に「夜伽する」義務があったとも。連続劇「オクニョ」でもハッキリ出てい た。
朝鮮では、つまりは事実上の「慰安婦」が、「官妓」の名で、しかも知的・医学的介護技術者ですらある看護婦、看護師身分にまで公然平然と公認されていたのである、堂々の歴史劇の中で明瞭に何度か場面化されている。
寡聞にして日本で然様な例は聴いていない、「伊勢・枕・源氏」や「問うはずがたり」などみても、宮女、官女と身分高い公家や武家との自由恋愛は、古代・中世、つね平生の色模様であったけれども「官妓」なる制度があったとは、わたしは識らない。
ただ、高級官吏が地方へ出張の際に、現地で「夜伽女」を供した事実は決して少なくなかったらしい。しかしそういう際に、「看護婦」を提供するなんてことは、想像だに出来ない、なかったと思う。
海外からの権力者来日に「高級娼婦」を提供する態のことまでは、日本でもひそかに為されていたらしい事実までは推知できるのだけれども。
* 韓国政府は、例の「慰安婦像」なるものを日本大使館前にも設置し、近代過去の日本が朝鮮女性を慰安婦として徴募支配していたと抗議しており、抗議のシルシに麗々しい像をまで現に設置している。
「慰安婦」なる存在自体に、私は日本人としていささかの弁明も容認もせず、「女性」への不当の凌辱と観ている。あってならないことの一つと観てきた。
同時に、韓国人また韓国政府が、自国の一部同朋女性が、過去に「慰安婦」であった事実を「像」にまで仕立て、公衆の目に平然と晒す神経の奇怪さに、真実、愕いてもきた。
わたしは、今回、たとえ連続歴史ドラマのなかであるにせよ、「官妓」なる屈辱の「夜伽女」に、職業的な売春婦ならぬ、技術も知性も高い「医女(看護婦・看護師)」を敢えて用いていたという事実に、心底、驚愕した。知 らなかったのは迂闊なことであったかとも思うが、すさまじいと思った。のけぞった。いましも「ホ・ジュン」では明使の前へ、医女のなかでも最高度に能力あ る美貌の二人を差し出そうと用意し、一人は死のうとし、いましも二人ともなにかしらを決意している、と見える。これは決して彼女らの売色ではないのだ、ま さに公が私に強いた生け贄なのだ。
あの 平然当然のように自国現実の女性を「慰安婦像」として少女の容貌で公衆に晒せる手荒い神経は、「お国柄」というものかと、肌寒くすら感じてきた、かつての日本軍ないし横柄日本人らの他国での悪行為を微塵も私は容認しないが。
2019 11/28 216
* ドラマ「剣客商売」も「ドクターX」も、ややダレて来ている。物語るのは生やさしいことではない。
2019 11/28 216
* ポンペイ 大噴火で炎上の劇映画を観た。
噴火は止めようがなかった。
原爆は止められたし、核兵器は絶対使ってはいけない。
* 「難儀な外交には手を出さず 先延ばしに延ばし放っておくのが最良」と、繰り返しテレビでのインタビューで答え、日本列島は不沈空母だと豪語していた中曽根康宏もと総理が亡くなった。
分かってないことを分かったように云うてみせる政治家だった。その当時に日本領の「竹島」などなどが韓国ほかとの間で火種になろうとしていた。日本は先延ばしに何もせず放っておいたも同然、竹島の韓国実質占拠ともいえる今日のテイタラクその他を招いている。
なにが不沈空母なものか。原発の二三基へ海から撃ちこまれれば 日本列島は地獄になる。
2019 11/29 216
* テレビに「駅のピアノ」とでもいうらしい番組があり、わが家では今 最歓迎・感動の時間。人間の世界に希望と期待をもちたくなる。
2019 12/1 217
* 江古田「魚功」で、妻とたっぷり晩食が出来、帰宅。大門未知子「ドクターX」を観る。
2019 12/5 217
* 永く観てきた韓流歴史劇「オクニョ」を今朝見終えた。紙芝居めくモノの、例の、往古朝鮮の宮廷や建物や景色や風俗・人情、ことに権力と富を獲得の血ま みれな抗争など、いろんな情景と人間を多彩に見覚えた。ま、それが目あてで観てきた。「女」の凄みを執拗に描いて、それはそれなりの迫力だた。キム・ミス ク パク・チョミという「女」演技のこれでもかと繰り返す悪辣と計略の凄みは相当な迫力だった。「男」は平凡ないしフツーだった。
2019 12/9 217
* 昼前から「心医 ホ・ジュン」の煮詰まって行くらしいのを観、どんな昼食をしたか忘れ、スティーブ・マックイーンのドタバタと疲れる映画を観てしま い、追いかけて、ウオッカのための純水めあてに北極へ「氷山」を捕捉に行く氷ハンター船の御苦労を観ていて、まるまる疲れ果てた。これも休息の撃ちと。昨 夜遅くのロキソニンいらい今朝からは歯痛和らいではいるがいつどうなるか分からない。やがて早い夕方の四時になるが、からだを横にしたい気分。
2019 12/12 217
* 朝起きて、いきなり不愉快な内外政治家のごまかし沢山な噂や、荒れ肌の小皺の洩れの出ないのなどの宣伝を聞かされる不快は無い。朝テレビは、火野正平クンの「とーちゃこ」チャリンコの旅番組だけで佳い。
褒めてくれている気で「凄いですね」など云われると腐る。
「凄い とは、血みどろの死骸や 火の玉のとぶ墓場や、怖い幽霊の出る場面などにほぼ専用された日本語です。素晴らしい意味など、本来、持っていないのです。
スゴイ ナント マサに などを口癖にして連発する 軽い薄い安い日本人ではありませんように。
2019 12/18 217
* 韓流のドラマ「ホ・ジュン」は敬服しつつ見終えれそう。漢方の医療医学に心惹かれる。
2019 12/19 217
* 韓流連続の「心医 ホ・ジュン」も 「剣客商売」も 「ドクターX 大門未知子」終回も、それぞれ楽しんだ。「NDIS」は明日に。廣島県北の、むかしの東横短大生が送ってくれた地産ワインを、「大門未知子」を観ながら美味しく戴いた。
2019 12/19 217
* 「群れ 権威 束縛」を嫌い、「フリーランス」の医師として、「失敗しないオペ」の山を築いて行くドラマの「大門未知子」を私が愛するのは「当たり 前」すぎるほどで、私自身も、へたな「失敗」を重ねながらだが、「湖の本(やがて150巻に)」「秦 恒平選集(600頁平均で、やがて33巻完結に)」と、厖大な「ホームページ(私語の刻)」の継続を励みに、「いわゆる出版世間や文壇世間」の 「群れ 権威 束縛」から全く身を避け、完全に「フリーランスの作家」としてここ三十数年、弛まず仕事を積んできた。いわゆる「文学」世間での寵辱・褒貶からは完全に無縁に生きてきたのである、ただもう、心親しい「いい読者」の皆さんの励ましに感謝しつづけながら。
こういう私後半生の生涯と執筆生活を、「実績」もなく自己満足の我れ褒めでやって来たかと嗤う人もあろう。それに対しては、「フリーランス」の日々へ向 かうより以前に既に、私は大小の各出版社の「評価」「依頼」のもと、小説・評論・研究・随筆等の「単行本」を、優に「100册」も積んでいた経歴を言い添 えておこう。私は、「不遇」の作家どころか、驚くほど篤く遇されていたわけで、心より感謝もしている。
2019 12/21 217
* 午前を費やして、中国史の変遷に伴う「万里の長城」の言語に絶した変遷と意義と、清の康煕帝による英断の終末を告げるまでを 驚嘆のうちに 妻と見聞した。見通さずに居れなかった。
2019 12/23 217
* 徳川家斉という女たくさん子だくさんの将軍の一生掛けてほとんど役に立たなかった縁戚藩づくりの「大わらわ」を検討の座談会、他のいつものように、今晩も面白く観た。 2019 12/25 217
* この数日聴きつづけているジャズは、「The Days of Wine and Roses」と総題されている16曲、静かに花やかで仕事や思索の邪魔にならず、音楽そのものが懐かしく感じられる。鎮静の効果も安楽の効果もあり、なにの邪魔にもならず懐かしい。
* これに較べると朝食時のテレビの騒がしいくだらなさ。なによりも広告の愚劣な不作法。
私は少年の頃の新聞や母らの婦人雑誌に載る婦人用広告のあんまりにほど簡素で控えめなのに子供心に驚いていた。女性の体調や生理や振るまいに関わる広告などは、この敗戦後でさえ、ながく久しく極めて抑制されていて、その気持ちは理解できた。
今はどうか、食事している前で、りっぱにご婦人顔、お年寄り風情の女性が、便所へ出入りして排便排尿の快適・改善のさまをニュルニュルの模擬映像つきで 破顔謳歌される。あるいは局所への生裡用品の貼ったり当てたり入れたりの気分良さを実演さながらに広告される。しかも登場女性達の表情の晴れやかに嬉しげ な事。少年少女がニキビを歎くのとはコトが違う、のに、である。
むろん男性側にもあるが、むしろ女性側の露骨さはとびぬけている。
最近は、倚子に置いた玉子へ女の尻をおとし、玉の当たりが肛門に「ああ気持ちいい」などと極くまともそうな中年女性が歓声天を仰いでいる。文字通りに凄 い時代、無恥放埒爛熟の時代になった。いかに、排泄排便性感は人の高貴卑賤にかかわりなく世界共通とはいえ、だからこそ、なにかしら黙して語らない見せな いで済ませたいことは厳存していいのでなかろうか。私がただ古くさいのか。
* 太宰府観光番組で、天神さんに「牛」が出た妻と観ていて、「猪」の出てくる和気清麿呂へわたしから話題が動いた。謂うまでもない、称徳女帝のとき、深 く深く露骨なまで女帝に取り入っていた僧道鏡に、譲位がらみに彼の帝位簒奪意嚮が露われ、廷臣和気清麿呂がはるはる九州の宇佐八幡まで赴き「神意」を問う てくる役に当たった。
彼人麻呂は、僧道鏡の邪心を真っ向否認の「神託」なるものをもち帰り、皇統一系の血脈の「穢れ」を敢然妨げたのである。
「<女帝>の、そこがモンダイ だったのね」と、妻は簡潔に指摘した。
天皇制が、万世一系男帝の血統に執着してきたのは、女帝がワケの分からない男性を夫に迎えたり子を為したりしたとき、その(道鏡に類する)男が簒奪した り、その子孫が即位して皇統一系の乱脈に陥るのを憂慮警戒したからで、その是非や可否はともあれ、久しく久しい日本の天皇制は、一種壮麗なフィクション・ 夢物語(ロマン)を頑固なほどほぼ徹して護りぬいてきた世界に類のない「神がかりの国体構図」なのであって、これを取り崩し、地球上どこにも在るごく普通 不安定な「王様制度」へ転換した時は、それはもう「是非はともあれ」あの「大嘗祭等」の神秘を信じて来た「天皇制」では全然無くなる。
無くなってもいいではないかという議論は、これはもう、まったく別途の、ふつうの政体議論にすぎない。
あの藤原氏も源氏も平氏も徳川氏も、少なくも表向き「自家男系の血統で皇位を」とは動かなかった、あくまで女性を宮中に入れて「外戚」たるを望むに留めていた。
「女帝」には慎重であるか、「万世一系の天皇制」などに固執しない気か、日本国民は慎重でありたい、日本の未来史に堪え得ない軽率だけは自戒すべきだろう。
女帝モンダイが、なにやら週刊誌的に話題にされる。
思い切って謂う、根幹の論題は、こと皇室に関するかぎり、「側室」「一夫多妻」を超憲法の極限定制度として容れるかどうかに関わってきそうなのは、二千年の日本歴史が証言していてる、上皇后さん、現皇后さん、次々の皇后さんのためには、決してそう在っては欲しくないが。
わたしは、万一にも男系皇統が維持できないのなら、神懸かりのロマンチックな「天皇制」とはさよならしてもいいかと思うが、つぎに現れる「民主主義日 本」支配の低劣な惨状は、心あるモノになら、だれでも容易に想像でき、真実憂慮される。ソクラテスも謂うていた、民主主義には優れた資質が期待されるもの の、そんな民主主義ほど、簒奪独裁者のあくどい悪支配に人民は遁れ得ない歎きを負うのが成り行きだと。トランプ、ブーチン、習近平、金正恩、そして日本の 民主主義も、日増し日増しに一党独裁から一人独裁へと蠢いているではないか。
しんしんとさびしきときはなにをおもふ
おもひもえざるいのちなりけり 恒平
*
「女帝」論は、慎重
2019 12/28 217
* ほんとうに、この暮れは今晩まで、「討ち入り」の映像もみず噂の片端も聞かずじまい。時代を率いる内蔵助役者がいないのか。来春には新しい團十郎が生 まれるという。楽しみに。私は現・海老蔵の祖父が団十郎になった以前から観てきた、やはり在って心強い欲しい大名跡である。
歳末のテレビ劇では、韓流の歴史劇「心医 ホ・ジュン」に最も心惹かれて見続けた。新年の六日晩から、あともう三回で終えるという。
日本物では、大泉らの単発「あにいもうと」、米倉涼子の連続「大門未知子 ドクターX」の失敗しない手術に、愛や命の「実」味を感じた。
日本のテレビ劇の 殺人と刑事らの横行する安易な殺伐ものには吐き気がした。
本は、おおかた曾ての感動を繰り返し噛みしめる読書になり、新刊では、アーシュラ・ル・グウインの、建日子がもたらし呉れた新刊と、久間十義さんの嶮しい問題を孕んで時宜にかなった秀作『限定病院』がつよく記憶される。
* 久々に、ベルイマン監督映画でイングリット・バーグマン、リブ・ウルマンという世界最高級の二女優が母と娘との壮絶にまさに凄い対話劇『秋のソナタ」 を観た。魂を千切られるようなすさまじい母と娘との真っ向対決だった、肌に粟立つほど怖かった。最優秀作とも言い切れた。
2019 12/29 217
* 妻とふたり、年越し蕎麦を祝う。緊迫の名品、トム・クルーズ、ジャック・ニコルスン、デビ・ムーアの軍事裁判劇「ア ヒュウ グッドメン」に、もう数 度は観ているのに息を呑んで惹きつけられた。優れた「作品」の魅力、たんに作でなく「作品」に惹きつけられるのは「幸福」の一つである。
建日子が先夜もたらし呉れた酒の美味さにも魅されている。瓶の減りに目を見張る。 2019 12/31 217