ぜんぶ秦恒平文学の話

歌舞伎 2019年

* 七草粥も祝い終えて、世の中、平常の空気に、と願いたい。もう印刷所との年初の打ち合わせも終えた。角田光代のため歳末に頼まれていた写真も、何かしらん企画進行の事務所へ送ってある。
十七日から「湖の本」発送の準備も、ま、難儀な七割がたを済ませていて、宛名を封筒に貼り、印刷した挨拶を各個に切り分け、荷置きの隣棟玄関をくつろげておく、そして「補充」の宛名手書きを何十人分かすれば、済む。
それまでに、年初の外出、初春興行の歌舞伎座へ半日、また新年初の歯医者通いが有る。
だが、アタマの中は蜘蛛の巣を這い回るように書きかけの小説のこと。
2019 1/8 206

* さて、今日は、初春の歌舞伎座。
2019 1/10 206

* 昨日の「壽 初春大歌舞伎」 二列目、花道に近い角 席、しかも前一席が空いているという絶好の見よさで、新年を堪能。例年の、白鸚、幸四郎両家からお年賀を貰って、開幕は、「再春(またくるはる)菘種蒔 (すずなのたねまき)」を本名題の『舌出三番叟』千歳に名も新年の中村魁春、三番叟に父の名跡を継いだ芝翫。かなり荒いし粗いが元気なおどりを、立女形で ある魁春が美しく品良い舞いで付き合った。なかなかに快い所作の応酬、楽しんだ。まだ松江だった昔の魁春、心惹く美女であった、科白に難のクセをもった役 者だが、黙って坐り立ち舞うと品格正しいしずかな空気をオーラに出来る。いまも好き。芝翫は大柄で、ま、アバレ質(たち)、それを宜しく抑え生かしてうま くなれば彼なりの武蔵坊まで行くかもしれないが。今分の藝は、ややガサツか。

* 二幕目は、『吉例壽曽我』ながら趣向の「女曽我」で『鴫立澤対面の場』となり、座がしらに居坐る「工藤奥方 梛の葉御前」に嬉しや中村福助、起ち居こ そなかったが口跡はしっかりと威力も情も満ち満ちて立派に勤めてくれた。昨年、久々病後復帰の顔見世におもわず「待ってました」と真っ先に声をかけた気分 を思い出す。兄の曽我一万は七之助、曽我箱王は芝翫、まさしく兄弟と伯父甥の「対面」加えて仲介の小林妹舞鶴を父福助の病中に精進著しい長男児太郎が演じ たのだから、ま、嬉しい元気な佳い「ご趣向」でした。

* 三番目は、染五郎の以前から熱心に上方風の歌舞伎に意欲をもっていた新幸四郎が、上方風の一代表作の、わたしも大好きな『吉田屋』でかれならではの紙 衣の伊左衛門を、ま、楽しみ楽しみ演じて見せ、進境著しく大立女形へ美しく成長している中村七之助とのしっぽりと女々しくも優しくもお仲のよろしいご両人 を演じてくれた。縮小版かのように序の口の喜左衛門夫婦らとの応接などを割愛圧縮していた功罪はあろうけれど、なにしろ初春早々に勘当かゆりて千両箱が山 と積まれる阿呆らしいほどのめでたさは、わたしは許している。藤十郎や、仁左衛門・玉三郎の伊左・夕霧へはまだはるかに先があるが、もう何度も観せて欲し い。

* 大切りは、御大高麗屋の二世白鸚が、これはもう久々の「つくりあほう」一条大蔵卿長成に、梅玉、魁春の成駒屋二人が付き合い、雀右衛門、高麗蔵らも力を添えた。これは、このまえは息子の染五郎時代のを観たが、今度の父白鸚の大蔵卿は さすがに比較にも成らず見事に品も位も実も藝もあり口跡美しい超級の「つくりあほう」で、感嘆。魁春の常磐御前はもう定位置のはまりやくになっている。
今回、もう久しい以前からわれわれ夫婦の一致した贔屓中村芝のぶが「女工藤」での局役でも大蔵卿「檜垣」ばの腰元でも、いかにも抜擢されて美しい存在感を観せてくれていたのも満足だった。

* 白鸚夫人は昨日はみえなかったが、若々しくて愛らしい新幸四郎夫人は座席まで見え、異例にながめの会話も楽しんだ。番頭さん達とも。

* 三月興行がまた高麗屋主翼の出し物で、一度で終日は避け、二週昼と夜と二度わけして予約を入れてきた。三月下旬には少しく大がかりな久々の検査が予約されてある、その前に春歌舞伎を楽しみたい。
俳優座から、やはり三月下旬、岩崎加根子らの稽古場公演の招待が来ている。観たい、が、聖路加の上部消化器の精密検査が挟まる。前に観るか、あとに行くか。
2019 1/11 206

 

* 海老蔵が来年五月に團十郎を襲名すると。生きて行くまた一つの励みを貰おう。小さい子が同時に新之助を名乗るという。奥さん=お母さんに見せてあげたかった。
2019 1/15 206

* ちょうど中村勘九郎を招いて、中村屋歴代を顧みるいい番組があり、妻と、懐かしくも懐かしく楽しんで観入っていた。勘九郎の父先代勘三郎はまことにまことに愛すべきすばらしい役者で楽しませて貰ったのに、あまりに若く死なれ死なせてしまった。
その父勘三郎もいい役者で、わたしはかれが「もしほ」時代に南座で初めて観た。「花」という一字に実感し得た最初の体験であった。わたしに作詞を依頼し 荻江壽友に作曲させて「細雪 雪の段」を最初に舞ってくれたのは読者の藤間由子だったが、由子に誘われて、歌舞伎座最前列中央の席にならんでいたとき、 「もしほ」ならぬもはや大名題の勘三郎であった中村屋は、あれは「吉田屋」であったろう最後のおめでたで手拭いを客席に播くとき、由子が目の前にいると気 づくとすたすたと間近へ来て、ホイヨと手拭いをほとんど手渡しにわたしに投げて呉れたことがある。そのころの由子は、次代の幼い勘三郎を「カンクロちゃ ん」と呼んでいた。
そういう「時代」があったなあと思う。前にも書いたかしれぬ、この藤間由子が、先々代中村鴈治郎と「籐十郎の恋」二人舞いを新橋演舞場で演じたとき、わたしは二階席最前列真正面の席をもらって、悠然とした心地であった。
あの藤間由子も、「カンクロちゃん」だった先代勘三郎とおなじく、早世してしまった。余り哀しさに、わたしは葬儀へもよう出なかった。わたしは葬儀とい うのがコワイのである。娘の抄子ちゃんは、いま、新橋で、とても佳い囃子方の、「清香」とか「清葉」とかいった芸妓と聞いている。いちどその舞台をやはり 二階から観たことがある。洋服姿の少女でしか記憶がなかったので粋な着物のひとは、ほとんど識別もならなかった。懐かしい昔である。
2019 2/11 207

☆ すっかり
ご無沙汰しまして申しわけありません。
一月は なんだか それまで(=一年余の高麗屋三代襲名興行)の疲れがでて、年相応に膝が痛くなったりで、歌舞伎座にお出かけの時ご挨拶できず失礼しました。
本日はご本 第二十九巻目をお届けいただきありがとうございました。。
先生のものを書かれるパワーには いつも頭が下がります。
今月は(=歌舞伎座で)お目にかかりますのを楽しみにしております。
奥様にもよろしくお伝えくださいませ。   藤間紀子  二代目松本白鸚御内儀

* 三月は、昼と夜と分けて、二度歌舞伎座を楽しむ。楽しみが、二倍になる。
2019 3/1 208

* 江古田の歯科へ。帰りに、銀行から幸四郎へ歌舞伎座の券の支払いをすませ、はじめての魚の店「魚功」へ入ったのが成功、珍しく「魚」をしっかり二人で食べた。いい店だった。ネコ・ノコ・黒いマゴのために鉢植えの花を買って帰ってきた。
2019 3/5 208

* 九時 予約の散髪屋へ自転車で走る。明日は歌舞伎座へ。今年三月は、天皇・皇后最期の「平成」三十一年中のわたしたち結婚六十年、皇太子夫妻としてのご成婚より、ホンのすこし、われわれが早かった。よくぞまあ、六十年。感謝も感慨も深い。
2019 3/6 208

* 機械に向いているうちに、胸を左右から強烈に締め付けてくる息苦しくもきつい痛みに仰天、かろうじて妻の舌下錠「ニ トロ」をもらい、辛うじて切り抜けた。何故か分からぬまま、恐怖を覚えた。「ニトロ」で苦痛を躱した体験は長い過去に二度三度あったけれど、今朝のような 胸を絞って強烈に締め付ける痛みは初体験、仰天した。ま、「ニトロ」の御蔭で落ち着いたので、すこし怖かったが、歌舞伎座へ。

* 歌舞伎座、孝太郎と鴈治郎の「女鳴神」 幸四郎の一人舞台「傀儡師」は、二つとも、つい、うとうとした。大切りの「ども又」をさすがに白鸚が、そして女房 の猿之助がもらい泣きさせるみごとな舞台を充実の演技と感動で実現してくれて、感激した。あまり好きでない演目であったのに、大高麗屋と巧者の澤潟屋とが 実力の共演かつ競演でしっかり盛り上げてくれたのには、感謝を覚えた。

* 帰りの寄り道も西武地下の「寿司政」で好きなだけを握らせ、菊正宗一本を明けてきた。
2019 3/7 208

* さ、明日は、好きな「盛綱陣屋」などの歌舞伎座を、六十年の「ダイヤモンド」と楽しんでくる。
2019 3/13 208

☆ お元気ですか、みづうみ。
昨日の病院ですが、「心エコー」の予約だけでいらしたのですか?
専門医師の診察ならびに現況の心電図をとるという最低限の検査はなかったのでしょうか。急ぐ必要はないという医師の判断であれば ひとまずの安心ですが、痛みがおありの場合 ふつう心電図くらいとるものではないかと思います。
もし簡易検査もなかったのなら、ご安心なさるためにも、お近くの病院でよいので至急ご受診なさるべきだと思います。
それから ニトロは 奥さまからもらうのではなく、ご自身ですぐに服用できるようにいつも携帯なさるべきでしょう。
お節介ではございますが、この件書かずにはいられませんので、どうかお許しくださいませ。
今日の晴れやかな青空は ご結婚六十年を寿ぐものでございましょう。

どうぞ楽しくお幸せなお二人の祝日をお過ごしくださいますように。そしてくれぐれもご無理なさいませんように、お元気にお戻りください。  雲  少年の見遣るは少女 鳥雲に   中村草田男

* ありがとう存じます。

* 松本紀保の五月芝居を、ひさびさに申し込んだ。六月の、三谷幸喜歌舞伎座初登場も、秋の「ラ・マンチャの男」も申し込んである。芝居が、動かなくてよく、いっとう気分くつろぐ。

* 「雲」さんの警告が的中 歌舞伎座で、体調不安、「盛綱陣屋」はかろうじて観たが、つぎの所作事「雷船頭」を終えたところで、のこる高麗屋父子の出揃う 「弁天娘女男白波」を、稲瀬川勢揃い 景気よろしくと大いに楽しみにしていたが、急遽失礼し、日比谷のクラブで食事や休息もみんな諦めて、そのままタク シーで帰宅した。間近い聖路加とは分かっていたが、救急へ跳び込むのはイヤだった。家に帰って、すぐ床に就いた
2019 3/14 208

 

* 昼夜通しでも平気で楽しめた歌舞伎を、演目二つを辛うじて見えぬ眼で観たのがやっと、メインの大切りを失礼し、飲まず食わず、家までくるまで帰ったなど、初体験。ほんものの老後開幕か。ま、ふつうの成り行きと受けいれる。
2019 3/15 208

*  「選集」30の再校がまだ半ばへ行かない、「選集」31の新作長編の初校はこの週明けに届く筈。そして書き下ろしの小説『清水坂(仮題)』にいま苦 戦の最中にいる。「湖の本」144巻の入稿も手がけておきたいし、この十日過ぎからの、新たな循環器科の、また低血糖気味の内分泌科での 新検査データを 踏んだ診察も気が抜けない。
苦しい四月、五月になりそうだ。いちばんは食べて体力を戻すことか。今朝の体重は、術後七年余の最低であった。あんなにウマイものの食べたがりであったのに。これでは、妻を支えてやりにくくなってしまう。
春風や闘志いだきて丘に立つ  虚子
ぐあいに久しく、やってきた積もりなのだが。
六月、三谷幸喜作の歌舞伎座初登場、九月白鸚の「ラ・マンチャの男」の予約もしてある。崩折れないよう、シャンと立たねば。
2019 4/5 209

* 六月歌舞伎座は部外の劇作家の初歌舞伎書き下ろしと聞いている。作家生活五十年、湖の本創刊三十三年、144巻刊行を祝える。
雨季を経てどんな暑い夏になるのだろう、耐え抜かねばならぬ。
2019 5/14 210

* まだ九時前なのに、芯がゆるんで、疲れが手足へ回ってきている。たくさん「読んで」疲れたか。ムリはすまい。なんだか、南座わきの鰊蕎麦が食べたくなった。京都へ帰りたい。
2019 5/14 210

* 「藝能花舞台」で、襲名した坂東彦三郎と坂東亀蔵兄弟の舞踊を楽しんだ。前の、好きだった市村羽左衛門の孫に当たる。男前で、似ていて、目立ってくる兄弟役者。
祖父羽左衛門は断然「熊谷陣屋」での石屋の弥陀六が印象に鮮烈、書いている小説でも印象に置いて役だってもらえた。
「藝のう花舞台」はいい番組で、ことに歌舞伎芝居のときは欠かさず観て楽しんでいる。司会の一人にいつも若い女優がつねは見ぬ和服で出る。まえは南野陽子だった、今は石田ひかる。勉強になるトクな役である、藝に、生かしてもらいたい。
2019 6/10 211

☆ お変わりなく お過ごしをと願いながら
寒暖の差激しく、体調いかがですか?
チケットの件では迷わせてすみません。どうぞ お馴染みなので シアターナインス(=白鸚方)でお受けします。
秦先生のお申込みは、いつも楽しみです。
よろしくお願いします。    高麗屋の女房

* 八月 三部制の歌舞伎座第一部、「伽羅先代萩」御殿の政岡を、はや中村七之助(故・勘三郎次男)が演じると。叔父福助の病を援け、大きな女形に成ってほしい。
新幸四郎は八汐と床下の仁木弾正で。そして怪談だろう、「闇梅百物語」を幸四郎が扇雀・弥十郎と。
暑い盛りだが、桜桃忌についで八月のお盆に、歌舞伎を楽しむ。「茜屋珈琲店」の無いのがなんとも寂しいが。
2019 6/13 211

 

* 雨の中、自転車で、理髪店へ。スッキリと刈ってもらい、これで桜桃忌の歌舞伎座へ気持ちよく出かけられる。六十年の結婚記念日にも歌舞伎座へ行き、観劇中に気分わるくなり急いで出て車で帰宅したのを思い出す。
今度は無事で楽しめますように。
2019 6/15 211

* 明日は、第五回太宰治文学賞受賞、満五十年の桜桃忌。
すこし、気も躯ものびやかに迎え、過ごしたいもの。歌舞伎は、部外の劇作家による歌舞伎座へ初登場の新作。面白くありますように。
三月の結婚満六十年を祝っての歌舞伎座では気分がわるくなり、途中で劇場を出、途中日比谷で休息と思ったのも玄関で断念して車で帰宅した。もうこの体調では何が起きるか分からない。
今夜はもう仕事も置いて、横になり、沢山な本の拾い読みを愉しみながら寝入ってしまおうか。本は枕もとにさまざま山積み。今日は書庫から岩波文庫プラトンの「饗宴」を久しぶりに持ち出してきた。
岩淵宏子教授からは編著の女流文学全集新刊が贈られてきている。「清水坂」文献も「瀬戸内」文献や地図も、大小いろいろ積んである。地図や海図は見飽き ないが、字の小さいのには音をあげる。コワーイ、コワーイ、コワーイ事を創造し幻想しながら夢を見るのも、今は役に立つ。
それにしても、五十年、処女作へ着手からならほぼ六十年、よう生きて来れたなあと少し惘れ。せめてもう少しはと本音で執着しているような己れにも、惘れている。
2019 6/18 211

* 銀行から、印刷所の「選集30」の請求210万円ほどを送金して、歌舞伎座へ。

* 大黒屋光太夫を描いた三谷幸喜かぶきを、愉しんだ。100点満点を190点つけてもいいと思ったが、欠けたもう10点は何か、大黒屋光 太夫は苦心惨憺帰国したが、そのロシア知見はまったく活かされず終生蟄居にひとしく隔離されてしョウ外を終えたのである、その史実を一言でも付け加えてむ 幕にして欲しかったのに、日本という故国の象徴として富士山影ひとつを掲げてすべて幕にしたのは批評を大きく欠いたとわたしには思われた。
幸四郎、白鸚、染五郎の高麗屋三代を芯に、猿之助、愛之助、弥十郎等々熱演好もしかっただけに、上の一点は、しかと抑えて然るべき現代歌舞伎としての批評であったろう。

* 盛大に拍手を送っておいて、日比谷へまわり、おきまりの賽ころステーキと蝸牛などを食してきた。18年もののシーバスリーガルが美味くて、ダブルで幾 つか呑んだが、けろりと酔いもしなかった。帰宅は十一時になり、玄関で「アコ」「マコ」待ちわびていた。生きた命が家に在る嬉しさと頼もしさを感じる。
2019 6/19 211

* 高麗屋さんから御中元が届いた。恐縮。
2019 6/23 211

* 十月の松本白鸚、十一月の松たか子の舞台、席が取れるといいが、楽しみ。歌舞伎は、九月の秀山祭に案内がやがて来るだろう。八月の第一部はもう頼んである。
2019 7/2 212

* 九月秀山祭 の案内有り。夜の部で幸四郎が「寺子屋」の武部源蔵と 「勧進帳」弁慶、本格の歌舞伎に暫くぶりに出会える。見える席がもらえると有り難いが。
2019 7/11 212

* 高麗屋の女房さん、気さくな葉書での来信、村上開新堂の山本社主からも、ご丁寧な来信。
2019 7/18 212

☆ 梅雨入りのうっとうしい日々でございます
今月も御本お届け下さいましてありがとう存じました
いつも御夫妻共々前むきでお目にかかって気持ちよくお心が伝わり見習いたく思っています
主人(=二世松本白鸚さん)と息子(=十代目松本幸四郎さん)の巡業も半分をすぎ後半になりました
又 お会いするのを楽しみにしています   松本白鸚 内

* わたしたちは二十年来 高麗屋のえらい役者さん以上にそもそも「高麗屋の女房」さんのフアンのようなものであったと思う。わたしが或る婦人雑誌に連載 時、いつも隣り合って連載されていたのが「高麗屋の女房」と題したエッセイで、みごとに美しい落ち着いた和服姿の写真に見入っていた。ご夫婦にペンクラブ へ入ってもらい、松たか子さんにも当時の染五郎さんにもペンに入ってもらった。みな筆が立ち著書も次々に出ている。白鸚さんには句集もある。お祖父さんの 初世中村吉右衛門も「顔見世の楽屋入まで清水に」などと、佳い俳人だった。
大昔の思い出になるが、京都の新門前、父のハタラジオ店のわきに新橋通りへ抜けて行く路地があり、初世白鸚さん(まだ市川染五郎そして松本幸四郎を襲名 頃であったろうか)が南座へ出勤時には、ご家族(夫人、まだ少年ぽい今の白鸚さん吉右衛門さんら)は東の梅本町の定宿からお揃いで出勤されていた。時にお 父さんが店の戸をあけられ、乾電池などを買って行かれ、わたしが応対したこともあり、重厚かつ穏和ないい顔をされていて、久しく久しい御縁の緒となった。
人生、なかなかに味なものではあるまいか。
2019 7/21 212

☆ 暑中お伺い申し上げます。
今夏も厳しい暑さとなっておりますが、お変わりなくお過ごしでいらっしゃいますか。
襲名披露の巡業公演もお陰様で兵事に終わり、 いよいよ 初演より五十年目の
白鸚として臨む 「ラ・マンチャの男」 の稽告がはじまります。
是非お運びくださいます様、お待ち申し上げております。
令和元年 盛夏       二代  白鸚 (先の九代目 松本幸四郎)

* 「ラ・マンチャの男」は、掛け値無しにもはや現代での古典的かつ真新しい名舞台で、わたしたちは繰り 返し観てきたが「繰り返し」という印象のない、いつも新しい工夫の加わる面白いミュージカル、白鸚丈が「歌手」としても素晴らしいのに、いつも感嘆する。
未見の 方々には、ためらいなくお奨めする。
2019 8/3 213

* 午前十一時 なぜか瞼が落ちるほど睡い。夢疲れか。
妻も散髪に行ってきた。十五日は以前から予約の八月三部制の歌舞伎、サテ 幸四郎十代目の何を観るんだっけ。幸い歌舞伎座へは、電車にさえ乗れば日なかを歩かずに入れる。
2019 8/11 213

「湖の本146 第三部完」の納品へ、きっちり十日。発送の用意はもう出来ていて、半日の歌舞伎を楽しむほか仕事は書きかけの長編を書き進めるだけ。ただ書けばいいわけでない、覚悟して十分にしかと書かないと、惨事に落ちる。勝田さんのメールが、今夜はことに嬉しかった。
2019 8/11 213

* 今日はきまりの妻の検査と診察。パスしてくれたらしい、明後日は朝涼しい内に出て、歌舞伎座真夏の第一部だけを楽しむ。二十一日には、「湖の本146}『オイノ・セクスアリス 或る寓話』三部の完結編を呈上する。これで本当に十四年の仕事を手放せる。
「第一部」だけで以下不要と断られた人数は、妻の調べで、ほぼ三十人ほどと。思いの外数寡なかった。どっちみち、決して書かずには済まなかった「作」であった。体力も気力も我慢も要った。
次作も「いい脱稿」に成功すれば、奇妙意欲の長編を送り出せる。すくなくも、私だから書ける、書いた物語になる、「湖の本」の二巻分ほどのちょっと怕い長編に纏まるだろう。
2019 8/13 213

*     胸つく夢かとはつかに思ひ乱れ、そのまま床を起つた。
くべきもののくるとししりてありへたるときをはるかと身にしみて涕く

* ひさしくも盆といふならひ忘れゐて歌舞伎観むとし身をよそふけさぞ
2019 8/15 213

 

* 八月三部制の一部だけに。

中村七之助「御殿」の政岡は美しくはあったし大きく伸び上がり行く可能性はありあり見えたものの、声、科白、所作、情感、やっと五十点としか漬けられない 硬さであった。それでも「ままたき」をふくめ大歌舞伎であり可憐な子役の働きに目をみはる嶮しい舞台であり、観劇の満足感は購えた。幸四郎の八汐、怖いほ ど憎さげに、出色、こういう幸四郎も観られたかと藝のつかみぶりを喜んだが、仁木弾正は、いまだし。
玉三郎の政岡を二三度、藤十郎のも観ている。玉三郎によほど教わったと随所で見わけたが、教わっているうちはお手のものには成り得ない。玉三郎に並び、かつ七之助らしく超えてゆくまでわたしの身が保つか。いいやくしゃなのだが、まだ大人に成れていない。

* 二つめの所作事は、座頭格の幸四郎がはんなりと。若いきれいどころもワンサか出たが、ま、それだけのこと。

* 三笠会館の中華料理が今日はほとんど口に合わず食べ残して、紹興酒だけ。台風の風にも雨にもさいわい遭わず。
2019 8/15 213

☆ 『日本への遺言 福田恆存語録』(抄)に聴く

地声だけの役者 イギリスの役者は、少くともプロである限り、三種.類の声を持つてゐなければならないと言はれるのですが、日本の役者は歌舞伎俳優をも含めて、ほとんどす べての人が一つ声、すなはち平生の自分の声、地声しか持つてをらず、若い人がふけ役を演(や)らされた時以外は、どんな役でも同じその声で片附ける、声ば かりではない、喋り方も大して差が無い、といふ事です。姿勢や歩き方、手の動かし方まで、その役者の実生活における癖をそのまま舞台で露出して、一向省み ない様です。
その癖、かつらの色とか衣裳とかには目の色を変へんばかりに神経質になります。たとへば、この役は自前の洋服で演つてくれと言ふと、それではいつもの自 分から脱け出し、役の人物に成り切れないと言ふ。なるほど御尤もと思ふのですが、それなら、地声で喋つたり、普段の癖を丸出しにした歩き方や笑ひ方では、 やはりいつもの自分から脱け出しにくく、役の人物に成り切れない筈ではありませんか。

* 昨日 七之助の「政岡」を観かつ聴いての感触がまさにソレであった。幸四郎の八汐は
みごとに変わりばえしていて感じ入った。
声を聴いただけで、ああこの役者は彼だ彼女だとすぐ当てられるのは、テレビでも毎時のことで、演劇製作、演出、創作の真実大家であった福田恆存の上の指摘は、 まことに厳しくしかも当然至極。
同じ俳優・女優の異なる舞台は、大劇場でも小劇場でもテレビでもイヤほど観てきたが、「この役、誰なの」と驚かされることは、よほ どの名優でないと、無い。むしろそれではいけないかのように、凡優たちは、異なる舞台・演劇での AからZまで を同じ顔の同じ声の同じ仕種で演じてくれる。 知名度は上がるだろ、が、役によくそった変わりばえの面白さなど、滅多に楽しめない、凡優たちでは。
小説が、同じ設定、同じ表現、同じ描き方で同じようにしか人間が書けないの では、困る。おなじ事ではないか。一冊の本に何作も入っていて、え、みな、この一人の作家の作なのと惘れさせるほど藝が大事なはず。
2019 8/16 213

* やはり疲れている。

* 九月十日過ぎ、秀山祭の座席が送られてきた。真中央二列の角席とは絶好。「寺子屋」と「勧進帳」が一晩に観られる。体調 調いますように。にしても、もう九月の声を聞いてるのか。ふたりとも、入院騒ぎになどならぬように心したい。
2019 8/21 213

* それでも十二日には、秀山祭。久しぶりに、しかも、新幸四郎の弁慶と寺子屋の源蔵が楽しめる。三月には、体調を損じ、舞台途中に、タクシーで帰宅した。そういうことの無いように願う。
十月には、二世新白鸚の帝劇「ラ・マンチャの男」のいい席が用意されてきた。楽しみ。
もう一つ期待しているのは松たか子の新しい舞台だが、座席、余り希望が持てそうにない、人気だからナア。果報は寝て待とう。
2019 8/29 213

* 十一月、松たか子が池袋の大劇場で公演の、座席券が確保できたよし通知有り、手を拍った。待っていた。からだを労りながら、九月、十月、十一月と歌舞伎や芝居を楽しみたい。怪我なきを願う。
2019 9/4 214

* 今日は家にいても暑さに負けた。芯から参って、だらけた。せめてもと参考書を読んだり小説を読んだりしていたが。
明日一日をさらに休息するか、明後日は秀山(初世・吉右衛門)祭。勧進帳、寺子屋、松浦の太鼓を新幸四郎や歌六で観る。楽しみに待ってきた。老人が二人して歌舞伎座でダウンせずに済みますよう。
2019 9/10 214

* 十一月顔見世の案内が届いた。
江戸は十一月の給金直し、京の顔見世は師走。幸四郎、染五郎父子の「連獅子」が夜の部に。
明日は、初世吉右衛門と初代歌六記念の秀山祭、十月は白鸚の「ラ・マンチャの男」 十一月には池袋藝術劇場で、待ちかねた松たか子の主演舞台と、歌舞伎 座顔見世。加えて俳優座稽古場公演への招待が来ている、が、動けるかナ。十二月には、勘だけれど、国立劇場の案内があるのでは。
2019 9/11 214

* 昼下がり、市の小さいバスで保谷駅へ出、銀行から「ラ・マンチャの男」への支払い送金し、またすでに大きく欠損の出ている「湖の本」入出金郵便通帳へ当面の補充分を用意した。
地下鉄で銀座松屋へ、弱り気味老夫婦の鰻での昼食をホンの少し。わたしは蒲焼きでお酒少々。

* 歌舞伎座、夜の部開幕「寺子屋」 吉右衛門の松王丸に新幸四郎の武部源蔵、若き高麗屋は懸命なれどさすがに老練播磨屋には位負けは致し方なく、儲けモ ノは妻戸浪を演じた児太郎、科白は堅いなりに仕種は味わいのキレのよさで、舞台ごとに進境また魅力も加わっている。それにくらべ松王妻千代の菊之助(吉右衛門 婿)が期待、の、あんまりな大まか。もっと良くなかったのは又五郎の「春藤玄蕃」で、科白は勇ましくも黙っている時は、フツーの地顔と表情で芝居にはわれ関 せずの気味は、不行儀。児太郎父の福助、不十分な体調を押して、とにかくも座頭ともいえる御台役をつとめた。ま、秀山祭主宰吉右衛門の大舞台で、悪くな かった。

* 真中央二列目の角席という、幸四郎とも吉右衛門ともまぢかに目とめとが合う絶好席をもらっていた。わたしは、役者のおおきな身動きよりも、ことに「寺 小屋」のような内向・内攻の劇ではひたすら役者の眼を見つめ続ける。そこに演技の魂が宿っているはずで、そうあって欲しいから。幸四郎とも吉右衛門ともそ れが出来た。観劇の妙所であった。

* おなじ事は、次の「勧進帳」での幸四郎弁慶との間でもさながら追究し追求していた。
今夜の「勧進帳」は、富樫が初めて観る時蔵でわかるように、そして義経の孝太郎や四天王の顔ぶれでみても二線級若手り勉強会で、経験者は流石に弁慶幸四 郎。初めのうちは「稚いナ、まだ」と見えていたのが段々に強健豪壮の弁慶へさながら成長していった眼をみはった。「ああ、勧進帳」はこれでいいんだ、この 方が、老熟のおお役者が演じるよりもハツラツと気魄若く真っ向に舞台がはち切れて良い、良いと頷けた。踊りのうまくて得手な幸四郎は、大酒などのみだすこ ろは、じつにウケに入って「ああこれが、。この若い活気の弁慶がホンモノなんだ、そうなんだ」と頷けた。嬉しかった。練達の富樫やベテランの四天王ではこ の若い剛健がでにくかったろう。初めての感想のいい収穫の「勧進帳」だった。

* 大切りの「松浦の太鼓」は播磨屋元祖のような三世歌六百年を記念の舞台で、現歌六が珍しい大柄に美貌の殿様で楽しめた。弟又五郎が大高玄五、わたしが 贔屓の歌六の子米吉が美しい侍女縫、彼らを文字どおり助演してベテラン東蔵が俳人宝井其角。ま、根がこころよい芝居なのだが、印象としてはややはしゃい でしまい、冗漫の印象に落ちた。ま、歌六のあんな役は初見の気がして、御苦労でした。

* 九時に引けて、即、クルマで久しぶりに日比谷の「クラブ」へ落ち着いた。みな、歓迎してくれた。
例によってサイコロ・テーキと蝸牛、コーヒーとアイスクリーム。
わたしは少し残してあったブランデーの瓶をあけ、口を切った18年のシーバス・リーガルでも少し楽しんだ。
妻は出かけの時よりむしろやや元気、わたしは疲労でややユラついていたので、帰りは日比谷から家まで車を使った。
悪食で体調を損じていた黒いマコも、お兄ちゃんのアコとの留守番のうちに元気回復していて、これは何よりの安堵だったが、さすがに妻は長途の車が堪えて疲労、みな、なにもしないで床についた。
ま、だんだんこういう外出も、身に堪えて控えめになって行くだろう。
2019 9/12 214

* 師走の国立劇場は、白鸚の「盛綱陣屋」と。おもしろい歌舞伎である。予約。今月は、「ラ・マンチャの男」がある。十一月には、松たか子の芝居がある。病院と劇場とが、私の外出
2019 10/3 215

* 昨日の「ラ・マンチャの男」には二度三度と泪を拭った。白鸚がまだ染五郎の名ではじめて演じたのが、一九六九年であったと聞いている。私が『清経入 水』で第五回太宰治文学賞を受けた年だ。満五十年が経ち、わたしはたぶんまだペンクラブの理事時代にはじめて、そう、あれはアルドンサを松たか子が演じた 時に観た。以来何度も繰り返し観て、新たな感動を得続けてきた。
胃全摘の八時間手術を受けた年の八月にも感動して観た。
在るとみえて否や此の世こそ空蝉の夢に似たりとラ・マンチャの男
と詠み置いている。今度も胸に堪えることばをしかと聴いた、何度も。
高麗屋とのお付き合いももう久しい、大方の舞台を観続けてきた。三代襲名も祝った。上に掲げた松の栄えを祝って京都以来愛用してきた淡々齋好みの「末広棗」は、もうよほど昔によろこんで当時の九代松本幸四郎丈に贈った品である。
2019 10/11 215

* 二代松本白鸚丈の「句と絵で綴る」句文集『余白の時間(とき)』が贈られてきた。句も絵も高麗屋の文字通りに大好きな得手で、楽しさに溢れて、墨書も みごとに流暢。いままでも何冊も本をもらっている。その文筆の滞りなく胸に届くのをよろこんで躊躇いなく日本ペンクラブの会員にも推薦したのが、さあ、も う昔のこと。文筆の妙は白鸚さんだけでなく、奥さんも、松たか子も、十代目を襲名の新・松本幸四郎も佳いエッセイを折に触れてしなやかに、生き生きと、多 彩に書かれている。
この前の、あれは幸四郎として最後の本であったか、自分は「いま、ここ」が大事で好きだと表紙にもでていたと思う。
私も、歌集『光塵』の結びに近く 2011・8月「病む」と題しながら、「いま・ここ」に生く と二首を成し、9月1日にも、
「いまここの生きの命よ秋さりぬ」 と書いている。年明けて、二期胃癌が見つかった。
私にも「いま・ここ」の強い思いが常にあり、それなくて「生きる」ことは無い。
2019 10/12 215

* 白鸚丈、「ラ・マンチャの男」を無事、盛大に打ち上げられたと、礼を副えての来信。お疲れ様。佳い舞台でした。「中村仲蔵」「シーザー」「サリエリ」なども観てきた。セルバンテスは数度も観てきた。師走の、盛綱も楽しみにしている。
来月には、大楽しみ、松たか子の芸術劇場があり、幸四郎・染五郎で歌舞伎座の「連獅子」もある。三日には、友枝昭世の能「井筒」、能の見所はラクでなく、脚の便も国立能楽堂へはやや重いけれど、屈指の美しい能、観えにくくても、耳を澄ましよく聴いておきたい。
2019 10/29 215

* 午后へかけ「選集」第32巻のため少し根をつめ、頸周り固くなり、疲れで目もふさがってきた。今夕は歯医者の予約。すこし根気を和らげてから出かけたい。
明日には「湖の本」137三校が届き、「湖の本」138の初校も届くという。歳末へかけて目一杯の忙しさになる。
これは楽しみの方だが、今月には池袋芸術劇場での松たか子公演、また歌舞伎座では幸四郎・染五郎父子の「連獅子」がある。聖路加で前立腺の診察もある。うまく乗り切って行かねば。私が保っても妻が疲れ切ってはハナシにならない。二人分気を配らねば。
季節はずれに新芽が立つようにあれをこれをしたいという創作の欲も。浮つかぬように。
2019 11/6 216

 

* 最新作の物語「湖の本147」の発送までに、十日を切った。心して用意を詰めておかないと気が騒ぐ。その間にも、幸四郎・染五郎父子の「連獅子」を観 に行く。体調、かならずしも自信に満ちていないので、用心しいしい過ごす。発送は、想像をこえた重量との格闘になるので。
2019 11/16 216

* グタグタに疲れた。「連獅子」の楽しみ、大丈夫かなあ。以前、一度途中で退場し帰宅したことがある。
2019 11/16 216

* 歌舞伎座。高麗屋父子の「連獅子」の前と後ろでなにを演るのか、覚えていない。二列目の角席、十分に見えて楽しめるだろう。
2019 11/18 216

 

* 歌舞伎、夜の序幕 梅玉 魁春 芝翫 鴈治郎の「菊畑」 梅玉が部屋子の梅丸を養子にして中村莟玉と名告らせ、舞台半ばで「披露の口上」があった。明 るい美しい舞台の、ま、大歌舞伎であり、芝翫が予想以上の充実をみせたのが収穫だった。莟玉はとびきり美しい若衆であったが、まだ少し固いものを負うてい たような。しかし人気の期待できる役者になりそう。

* 中幕 目当てで大の期待の高麗屋父子、幸四郎と染五郎の『連獅子』は期待も予想も吹っ飛んでしまうほどの素晴らしい舞台で、絶賛の気持ちを喜び祝うよ り言葉がほかに無かった。数々の「連獅子」を観てきたが、最高に盛り上げて美しいかぎりのまさしく父子獅子の世界であった。

* 「連獅子」で思い切って帰ってしまいたかった。仕方なく居残ったが、大喜利、池波某が作という馬鹿芝居に呆れかえった。主役の時蔵も、鴈治郎、芝翫も、團蔵も秀太郎も気の毒の極みに思われた。かえすがえす、あれは見捨てて帰るべきバカ歌舞伎であった。同じカブキなら、先日の野田秀樹作を松たか子らが素敵に演じきった大騒ぎの方がはるかにマトモでしかも上出来だった。

* 朝の十時半頃に鰊蕎麦を一碗食して、その後は歌舞伎座会場前に珈琲とちっちゃいサンドイッチを三切れほど食べて、劇場でカップ酒一杯だけ。さすがに空 腹のまま、いつものクラブでの食事を楽しみに日比谷まで車に乗ったが、いぞホテルの前で妻は空腹でなく「食べない」と云い、ガッカリしてそのまま廻れ右で 銀座から地下鉄、西武で、飲まず食わずの空腹のママ帰ってきた。
歌舞伎座も大切りでつぶされ、期待の食事と酒も「食べ無いハナシ」になり、落胆と空腹、つまらぬ成り行きで終えた一日。帰った家でも、食べたいようなナニも無いまま、もう十一時半。
2019 11/18 216

* 高麗屋幸四郎特製分につづいて、相撲茶屋の呼び出しタケちゃんから、来年のカレンダーが届きました。
2019 11/19 216

* もう二日、休養する。三日目には「湖の本」最新刊が出来てくるが、その当日も翌日も病院通い、きっと疲れてしまう。ま、なんとしても慌てず急がず、十 一月中に「発送」という力仕事を終え得れば、祝い日の重なる師走も、なんとかお祭り月に出来ようか、討入り前の十日には、久々の国立劇場、「近江源氏先陣 館」 盛綱通しの座席がもう届いている。
2019 11/22 216

* 今日は、私たちの求婚が成って、満62年の記念日。
国立劇場で、高麗屋父子らの歌舞伎芝居を楽しむ。白鸚の「近江源氏先陣館 盛綱陣屋」 幸四郎の「蝙蝠の安さん」。高麗屋お心入れの二列目角席、演技と真向かえる絶好席で十二分に心底楽しめた。感想は、明日に。幸四郎夫人とも夫婦それぞれに快く歓談、先月の幸四郎・染五郎父子上々出来の「連獅子」のことなど。午食は食道で、多彩な和食、たべきれなかった。

* 三宅坂から皇居に沿うて、日比谷公園越えにホテルに入り、クラブで安息。お祝いにと、シャンパン、美味いワインを振る舞われ、感謝。エスカルゴや、すこぶる美味のサーモンなどでスコッチを楽しむ。
日比谷から、タクシーで帰宅。「マ・ア」は大喜び。

* まる一日の外出でやはり疲れる。歯も傷む。ゆっくりやすみたい。実を云うと、昨夜中、右鼻から濃くてかなりの鼻血が出ておどろいた。
2019 12/10 217

* 昨日の国立劇場は、開幕、父白鸚(九代松本幸四郎)の「近江源氏先陣館 盛綱陣屋」で、しどころの多い見映えの作劇に可憐・聡明の子役高綱一子小太郎 の「先代萩」に匹敵の子方芝居があり、松本幸一郎君 みごとでした。いつも抜群の熊谷や松王丸をみせる白鸚にひしと嵌った盛綱は実に物静かに毅い知情意の 表現で耀いた。弥十郎の和田兵衛は、なにとしても左団次が懐かしい。楽善の北条時政も衰えが気の毒だった。盛綱、小太郎に匹敵して、出のところでオーっと 息を呑ませたのは盛綱母、小太郎祖母の微妙。ことに出のところで盛綱の願いを聴くところの文字通り微妙なのを美しく演じて観せた。注進の幸四郎が冴え冴え と若い武士の器量をみせ、猿弥の息吹藤太もまさにお手の物の嵌り役を楽しませた。魁春の高綱妻・小次郎母も、高麗蔵の盛綱妻も、ま、尋常。十分楽しめた、 一つには第二列、花道寄り中央角席は、文字通りの「芝居場」ぜっこえの観客席で、盛綱と息づかいも目配りもまるでこっちも共演しているほどの。観劇の醍醐 味を存分に御馳走になった。感謝します。

* 二階の食堂ですこし贅沢に昼食して。

* 次はあのチャブリンの名作「街の灯」を下敷きに脚色の、実に久々の再演「蝙蝠の安さん」を幸四郎がたいした戯態のたしかさで、不思議に胸へ来るいい喜 劇歌舞伎を創ってくれた。その意欲と意気込み通りの出来に、素直に讃辞を夫人に言い置いて来れた。一つには二列下手中より角席という席が嬉しかった。
十代幸四郎、襲名して颯爽と真摯に舞い踊り演じて、美しいいい役者でり。子の市川染五郎があの成長ぶりだもの、当然か。

* 十二分楽しんで、なんと、タクシーの拾えぬまま帝国ホテルまで日比谷公園を通り抜けて歩いたのには、夫婦して吃驚。
クラブで、満六十二年昔のプロポーズを、シャンペンと本場の赤ワインで祝ってもらい乾杯、食事もして、タクシーで帰宅。
ま、不足を言えば、肝心の新調下の入れ歯がハズしたら入らず、以前のを代用して済ませたことと、歯茎が痛く、ロキソニンを遣って凌ぐしかなかったこと、です。
2019 12/11 217

* もう新春の歌舞伎座 夜の部絶好の座席券が届いた。約束の歯医者への途中で、支払いも済ませた。
帰りの江古田VIVOでロゼワインを二杯のみ、保谷駅のスーパーで買い物して帰ってきた。
2019 12/18 217

* ほんとうに、この暮れは今晩まで、「討ち入り」の映像もみず噂の片端も聞かずじまい。時代を率いる内蔵助役者がいないのか。来春には新しい團十郎が生 まれるという。楽しみに。私は現・海老蔵の祖父が団十郎になった以前から観てきた、やはり在って心強い欲しい大名跡である。
歳末のテレビ劇では、韓流の歴史劇「心医 ホ・ジュン」に最も心惹かれて見続けた。新年の六日晩から、あともう三回で終えるという。
日本物では、大泉らの単発「あにいもうと」、米倉涼子の連続「大門未知子 ドクターX」の失敗しない手術に、愛や命の「実」味を感じた。
日本のテレビ劇の 殺人と刑事らの横行する安易な殺伐ものには吐き気がした。
本は、おおかた曾ての感動を繰り返し噛みしめる読書になり、新刊では、アーシュラ・ル・グウインの、建日子がもたらし呉れた新刊と、久間十義さんの嶮しい問題を孕んで時宜にかなった秀作『限定病院』がつよく記憶される。
2019 12/29 217

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