ぜんぶ秦恒平文学の話

電子メディア、コンピュータ― 2012年

* 「 mixi」 のマイミクさんからも。

☆  2012 年01月29日 01:24
湖さんなら、必ず全快されまたお元気な文章を披露して下さると信じています。手術、頑張って下さい。待っていますね。

☆  2012 年01月30日 12:23 湖さん しっかり養生してお戻りをお待ちしております。私の若い友人も7 年前に30代前半の若さで胃癌になり胃を全摘しています。進行性のものであると判断され5 年後の生存率が20パーセントと聞いておりましたが、かなり元気に今では体型もなぜか元通りに・・
体型はスマートに、そしてお元気なお姿を拝見できるのを楽しみにしています。
2012 1/30 124

* 湖の本に、こんな際に重大な事故が起きそうだった。長い間、ワープロで宛名を保存し、読者はご存じご覧の通りの宛名印刷をして、送本封筒にはりつけ用を足してきたが、妻のワープロで、「宛名印刷用の基本の稼働カード」の働きが鈍くなっていた。稼働カードは、「TPSHIBA Rupo 90F Rupo アプリケーションソフト 名簿データバンク JWS2091C」
但し、このカードが傷んでいるのか、ワープロ本体の方が働かないのか、操作上の手落ちがあるのかは、まだ分からない。何にしても、カードのバックアップもとらず、またとうの昔にパソコンに切り替えておかなかったのは、手抜かりであった。
今から「手書きの宛名書き」は容易ならぬ仕儀だが、パソコンに適切なソフトを入れてそれへ宛名を新たに打ち込むのも容易でない。しかもパソコンでなら、どういうソフトの、どういう操作で、どういうラベルをどう使うのかも、一から学習しなくてはならないが、いまのところ、まったく知識も用意もない。
何とかして、今回の湖の本上下巻、たとえ上巻だけでも、恙なく読者の手に届けたいが。

* 何とか乗りきれぬものかと惘然としていたが、電源を切っていた機械の寒気による作動の鈍化であろうと、電源を入れ、長時間温めてから試みたところ、辛うじて上巻分の宛名だけが刷り出せた。ま、これで、乗り切るしかない。パソコンへの新たなアブリ入力などはなんとか勉強してから。
2012 2・3 125

平成二十四年( 2012)  二月一日から二月十三日までの日乗は、
日付順に直し、誤変換や誤記も及ぶ限り訂正の上、
「宗遠日乗125」として移管を終えています。
二月十三日に、胃癌等の手術のため聖路加病院に入院していました。
そのために十三日以降は三月三日退院まで、日乗を欠いています。

平成二十四年( 2012)  三月一日から三月三十一日までの日乗は、
日付順に直し、誤変換や誤記も及ぶ限り訂正の上、
「宗遠日乗126」として移管を終えています。
なお三月十五日に緊急再入院し、三月二十六日に再退院しています。
その間の日乗も欠いています。
2012 3・31 126

* 病室で書いてきた草稿を電子化している。
2012 4・1 127

* 機械への集中したケアを余儀なく永く怠ってきたので、ホームページが統制よく管理も運営もできていない。落ち着いて、よくわたし自身の頭に入れないと。
現在、同内容のホームページが三つこしらえある。ムダな話であるが、過去に、ひとの悪意から完全に壊されてしまった不快で迷惑な体験を持っている。バックアツプは幾重にも用意して置きたいが、内容をいつもどれも同様に管理しているというのも容易でない。それでも備えは必要なので。
2012 4・22 127

* 可能なだけの時間は使って仕事、捗った。
さて、そろそろ本機のコンテンツを整備し、脇機との連繋を効率的なものに工夫し替えたいもの。これは智慧も借りないと出来ない。
2012 5・8 128

* いま、メインに使っている機械は、ウインドウズ98とMe との合併らしく、つまりわたしにはよく分からないで居るのだが、よっぽど大昔のシステムには相違ない。したがって目新しいソフトだのアプリだのは「合わない」と拒否される。なぜだか音響は一切働いてくれないし、はやりの FACEBOOK も此の機械では使えない。これがわが現実の機械環境であり、しかも目立った不自由はしていない。わたしの機械はわたしの書斎であり著作の保管庫・ 書棚であり、原稿用紙なみで、それで足りている。写真の貼り付けも出来ていて自分で自分の写真を楽しむ程度は出来ている。
最新のつもりでこれと連繋させたノートパソコンも、いつしかによほど古くなっている。気の毒なほど使われてもいず、バックアップ用の倉庫代わり。建日子の買ってくれた最新鋭らしい軽量・高性能のモバイルはほとんどまだ活用出来ていない。使い方が頭に入っていない。もったいないと息子はなかばむくれているが。
それでも、厖大な原稿量が、たくさんな写真もろとも内蔵され、必要に応じて簡単に取り出せる。有りがたい。それ以上の期待は機械に対し持っていない、むしろ持ちすぎないようにしたい。「 mixi」 からは事実上もう撤退しているし、機械に顔をくっつけ、ひっきりなしにファジーな世間と繋がっていたいなど、そんな浪費的な残年残日にはしたくない。「文章」という文藝のための利器として機械との親交を保てれば有りがたい。
2012 5・19 128

* しきりにFACEBOOKから呼びかけが来る。わたしも会員になっているらしい、が、この機械ではFACEBOOKの画面は全然開かない。いつの昔か入会だけはしたものの、稼働のためにはこっちの機械のシステムが古すぎるのだろう。何十度も呼びかけは来ているが、何処の何方からとも皆目知れないでいる。なぜか建日子からのものだけが、小さな小さな字のままで読めるが、読みにくくてたいていそのまま消している。
2012 5・25 128

* 最近の写真をカメラから機械に移した。百花競い咲く季節で、たくさん花を写している。機械には「木の花」「草の花」「櫻」「庭の花」「家の花」などと分けて、数百、千にも達するほど保存してある。
煙草は吸わない、かわりに撮った写真を眺めて休息する。花の写真は胸の内を明るく優しくしてくれる。『酒が好き・花が好き』という一冊も出版した。その酒がいまはうまく喉を通らないが、眺める花は妍を競ってことに春から新緑へかけひときわ美しい。
2012 6・9 129

*怪我のその後はどうか。 質問。

建日子  FACEBOOKのたわいない「呟き」 がひっきりなしに届くので、元気らしいとは安心しています。週刊朝日の署名記事、読んだ。
質問 いま、一等魅力と実用性に富んだI T 製品を二つほど、具体的に教えてくれないか。
便利そうな小さな録音機を、母さんが通販で買ってくれました。携帯できるノート代わりに活用したい。
いま、湖の本新刊の発送中です。
気温差のはげしいこの季節は、毎年母さんの体調優れません。今年はわたしも変調に悩んでいますが、気は確かです。
怪我も事故もなく、どうか。  父

☆ それは、なんといっても
iPadでしょう。二位はないくらい突出してます。
強いて二位をあげるなら、昨日発表されたばかりのEOS キス。一眼レフのデジタルカメラです。

iPad。 ここで買えます。
http: //www.apple.com/jp/ipad/
どうせなら、一番メモリの多い64G をオススメします。何が出来るのかも、全部上記のサイトに書いてあります。
0秒で立ち上がる。持ち歩きしやすい。バッテリーが長時間持つ。デジカメで撮った写真を大きく飾れる。
青空文庫という無料のアプリを入れると、夏目漱石などの明治の文豪の作品が無料で読み放題です。
EOSKISS
http://cweb.canon.jp/camera/eosd/kissx6i/index.html
6月末発売予定。
ちなみに旧型ならぼくは持ってますしレンズもいろいろあるので、欲しかったら言ってください。 秦建日子☆TAKEHIKO HATA

* やっぱり

よう分からんので。新しいパソコンを買おうかと思います。
いま主に使っているデイスプレーでの機械が古すぎて、いろいろ支障が出てきました。たとえばFACEBOOKにしてもこのシステムでは使えないといったことで、音響も出ない、音楽も映像も使えない。インターネットエキスプローラーも程度が低すぎるらしい。
今のコンテンツを新しい機械に移すのを考えると、メンドクサイ限りだけれど、対応しないまま全体がいつか大破しないかと心配で。
母さんのいい写真送ります。六月八日に神戸歯科に出掛けたときのもの。赤い服は父さんが見付けて買いました、青山で。
愛用の KONICA MINOLTAいつも持ち歩いています。使い方が悪いのか、日付など出なくなりましたが。
右眼が、極端に見えづらくなり、困ったことです。
大事に、元気にやって下さい。 父

☆ 大画面ノート
というのもいろいろ便利です。  建日子
たとえばこれなんかどうですか?
http: //www.dell.com/jp/p/inspiron-17r-se-7720/pd
ぼくのあげたバイオ・ノートは使えませんか? かなりのハイ・パフォーマンス・マシンですが。
デスクトップなら、DELLをオススメします。
http://www.dell.co.jp/
通販なので家まで届いて楽です。
セットアップはぼくがしに行ってもいいですよ。

* 「ぼくのあげたバイオ・ノート」 これが、いつまで経っても使いこなせない。まだホンの入り口で立ち往生したまま。妻の買ってくれた録音機も、説明書の字が小さくて読みづらく、稼働までだいぶかかりそう。
わたしは、根が、父のラジオ・電器商をとても嗣げなかったように、根深い機械音痴なので。
ま、結局は現状依存のまま破局へ歩み寄って行くのだろう、そうなれば、そうなったときのこと。
2012 6・11 129

☆ 秦先生
お加減はいかがでしょうか。
今度は目のご手術とのこと、先生の何より大切にされている目、心配しております。くれぐれも大切になさって下さいませ。
今日は朝から家にいて少し時間ができました。
先生からリクエストを頂いていたmixiの日記をワードに落としました。
育休から仕事に戻る直前まで、完全に「おかあさん」だけであった時期をとりあえずまとめてみました。
もう3年以上も前のものになりますが、整理しつつ読み返すと、それ以上の年月が経ったように感じます。
一番下の子も4歳になり育児だけで手一杯だったあの時期よりは、さすがに少し慌ただしさは軽減していますが、あそこまで「我が子だけ」の世界に浸れることはもう二度とないのだと思うと、それはそれで遠くへ来てしまったと思います。
長田弘の「深呼吸の必要」という散文詩の詩集をご存知でしょうか。

「遠く」というのは、ゆくことはできても、もどることのできないところだ。
おとなのきみは、そのことを知っている。
おとなのきみは、子どものきみにもう二どともどれないほど、遠くまできてしまったからだ。

という条りがあるのですが、最近、未来を思う以上に強く「遠く」へ来てしまったという思いが強く、そして今いる地点が「遠く」になる時があることを心に銘じて、子ども達との「いま」を大切にしなければ、と自分を戒めています。
目のお悪くなられている先生によけいにご負担をかけるタイミングとなった失礼をお許しください。お具合がよくなられたときにで
も、他愛ない時間つぶしにお使い頂ければ幸いです。
歌も少しずつよみ続けています。
どうぞどうぞご自愛くださいませ。
先生のいらっしゃることが、私の「いま」の一つの吊り糸となっております。お大切になられますよう。  響 卒業生

追伸 秦先生
大変失礼いたしました。
ワードで入れ直してみたものとテキストにしたもの、二種類お送りいたします。開けるとよいのですが。
最近のmixiは本当に子供用の備忘録という感じで、フェイスブックで季節のことを書くことが多くなっています。
今年は鎌倉の蛍は早く、しかも何年ぶりかの乱舞になり、毎晩のように子ども達は家の前の川で楽しんでいました。昨日、名残の蛍でお別れをしました。
ホトトギスは少し遅かったのですが、今日はよく鳴いています。かわいがって育てていたオタマジャクシ達は、昨日最後の一匹がカエルになり、池に戻しました。
アジサイの色づきもいよいよ盛りになり、梅も漬け始めました。本当にもう入梅、のようです。
ご体調、少しでも整いますよう。 響

* こういう生活、こういう気遣いの筆致に、わたしはほんものの知性を覚える。
2012 6・13 129

* 晩、建日子が帰ってきて、わたしのコンピュータなどを点検し、いろいろ教えてくれた。ただし頭が悪くなっていて、どれだけ呑み込めたか疑問ですが。ありがとう。
十時半に都心の仕事場へ戻っていった。
2012 6・15 129

* 建日子の、昨晩教えていってくれた大方が、霧の消えたように頭から流れ出てしまっている。理解力よりも記憶力が衰えている。いや理解力がもっと衰えているのかも。
この親機はあまりにシステムが古く、windows 98とMeとの混合で、とうてい今日のさまざまにフィットしていない。
子機ですら、当時の最新鋭機LaVie だったが、今はもう古い。それでも卒業生に親機と連結してもらい、親機のコンテンツは大方子機へバックアップ出来ている。建日子は、親機にはもう引退してもらい、新しい機械に買い換えたらと、昨晩も熱心に奨めてくれた。買うは簡単だが、今の親機の内容を新しい機械に移さねばならず、そんなことを思うともう頭の中がざわめいて、すでに混乱状態。情けないことだが、実は、コンピュータを使い始めて十数年、初めから今まで、わたしの機械への理解力は無いに等しく、ただただ手探りのマグレ当たりのまま来ている。
子機の方で建日子はFACEBOOKの新設定をしていって呉れたのに、今朝になると、どの手順でFACEBOOK画面が機械に現れ出るのか分からない始末。そもそもFACEBOOKの何であるかもよく分かっていない。「 mixi」 のようなものか。「 mixi」 からは今はもう撤退同然、まるで疎遠。今更に FACEBOOK でもあるまいと思う。
2012 6・16 129

* わたしのパソコン生活での顕著な変化は、メール交換の、いまやほぼゼロに近いこと。永い期間を掛けて貰ったメールに直接の返信をなるべく節約して、日記のうえで返信を代替していた。そうすることで、昔は一日に何十とあったメールへの返信作業を、継続的に意図して節約した。メール往来に要する相当な時間を浮かせたのである。それで良かったと思う。
2012 6・25 129

*大事に保存・保管していた記録が喪失して機械の中で見付からない。参った。だがそういう経験は一度や二度でない。原因や理由が全く分からないことも同じだ。いやはや。
2012 7・1 130

* 見失っていた記録、発見。これだけ厖大なホームページの収蔵記事から、一つ二つを見失うと捜索に手こずる。見付かってよかった。
2012 7・2 130

* 昨日、気に掛けていた建日子へのメールを送った。きっぱりモノの定まり無い甘えたメールであったが。

* 建日子  いろいろと

親切に気をつかってもらいながら、意気地なくクスリとあらがい過ごしています。
くるまで蓼科まで行ければいいのに、つい長距離・長時間に、躊躇ってしまい。それでも、どこかへ自動車に乗せて欲しいなあとは願っていますが、さて、どこもよく知りません。
お奨めの小劇場芝居で座席のとれそうなところなら母さんと行けていいとけれど、今言うて今は、ムリと思う。
「四度の瀧」の東北はまだまだ地震がやんでいないし、放射能汚染もある。今日も病院の三階外来で強い揺れを感じました。

体調は、いいとは言えませんが、痛いというような苦痛とは違います。気力をおびやかす、しつこいダルさ。食餌がほんのお義理程度しか摂れないまま、抗癌剤はきちんと服用しています。
眼の手術の迫ってきたのも、胃全摘以上に気分のわるいことです。
湯に漬かっているとき、横になって寝てしまうときが、らくです。
銚子とか館山とか、ひろい海がみたいと思うときもありますが、災害とは出会いたくない。
こういう煮え切らない日々を過ごしています。

またの入院のために、たまたま手に入ったお金を宛てようと、奨めてもらったパソコンを諦めていたけれど、機械の前にいるときは、体違和をいつも殆ど忘れられているので、思い切って買おうと思いかけています。そのためには部屋の模様替えが必要になるかと、今は、そういう労作が不可能に近いほどからだが萎えていますが、最小限の場所をつくって我慢しようかと。
ま、なにもなにも極まりのつかない日々ですが、病気を躱し躱し、頑張ります。

これは、親切へのお礼のメールだから、気に掛けなくていいです。
元気に、怪我も事故もなく良い仕事、心ゆく仕事を楽しんで下さい。今月は連続ドラマがあるとか。楽しみにします。 父

☆ パソコンは買いましょう!
ぼくからのプレゼントでもいいですよ。
面倒な最初のセッティングはぼくがやれるし。
大型のノートか、省スペース一体型のデスクトップなら、たぶん、部屋の模様替えすらほとんど必要無くやれると思います。
いかがですか?  ☆秦建日子☆TAKEHIKO HATA ☆

* 建日子がコンピュータを使い始めたのは、わたしよりもずーっと後のことだが、今は彼、I T 製品の大通らしい。ウーン
2012 7・4 130

* 七月の闇に言い置く私語は、誤記など訂正して、「宗遠日乗」130として保管も終えている。
2012 8・1 131

* 本機が、このところ相次いで異様な画面で頓挫してしまう。いよいよ本気で機械の交換を考えねばならない。しかし、この、東工大卒業生君が組み立てて呉れて、その後にも何人もの卒業生がそのつど助けてくれていた本機には、使い慣れて使いやすい得も言われぬ愛着がある。今までの機械の中で、こんなに長く久しく愛してきた機械は無い。
だが、コンテンツの全部をクラッシュで喪うワケに行かない。せめてもう少しわたし自身の身動きがラクになるまで保って欲しい。 2012 8・3 131

* 機械の破損が決定的。今後の私語・日記の転送、メールの往来が出来なくなるだろう。対応は急ぐが、ご承知ください。
2012 8・3 131

* 難航に難航したが従来子機の中からこのホームページを発見出来た。
従来本機はいまのところ新しい多くのコンテンツを飲み込んだまま完全に頓挫している。画面が全然開けない。この子機との連結は生きているようだが、親機の画面が開かないので何ともしようがない。この子機のなかへ過去の原稿記事等のバックアップは相当にしてあるので、またMOにも別保存してあるので致命的な大怪我ではないが、スナップふうに撮ってきた今年の写真の大方は故障機械にのみこまれ沈没した。残念。

* この機械でメールの送受信も可能かも知れない。この日録が発信できれば、いいが。

* 一つの幸いはこの受難からの脱出に懸命で、抗癌剤の受苦は忘れられる。食の苦いこと、ときどき誤嚥すると胸苦しさに吐かずにおれないのが宜しくない。有り難いことに、いくらか慣れたか体調自体はさほど悪くない。
2012 8・5 131

* 従来子機を新たな本機にすべく、いろいろ点検し修訂している。最近のものでバッアップ保存にまで手の回らなかったものが回復できない。未練は捨てよう。
それにしても世界の「色」がすこし変わったほどの呆然感がまだある。
2012 8・5 131

* 此処で、「書ける」安堵感は限りない。メールの往来自由も。しみじみ有難い。
2012 8・5 131

☆ パソコン  建日子

クラッシュする前に、早め早めに変えていくのが吉だとぼくは思っています。
新機種買ってはいかがですか?
セッテイングに行きますけど。
見てみないとわからないけど、モニターが壊れただけなら、モニター変えれば旧機種まだ使える可能性も。。。

* バソコンのこと、ありがとう。
建日子
後始末にわあっと洪水のように用事が増えました。いろいろにバックアップしていて助かりましたが、常々ではないので、ここ半年余のコンテンツは消え失せました、いや見つからない。
旧機の画面が出ないけれど 子機との連携が生きている感じです。うまくすると復旧可能なのではないかという未練ももっていますが、今現在は使い物になっていません。なんとか救えるなら内容を救い出したい。クラッシュという感じ(過去に経験したのと)違う感じです。
それにしても或る限界に来ているのは間違いなく、新機種に遣い佳いややこしくないウインドウズ適応の機械がみつかれば、とは願っています。
今日と明日は聖路加へ。今日だけは母さんと。その次は十六日に腫瘍内科と泌尿器科へ。前立腺への術中・術後感染が執拗に残っている感じ。明後日からその日までは予定がありません。
抗癌剤に負けないで、敵対すべきでなく協調しようとつとめています。体調はヘバッテもいません。休み休み好きな本を読み、日記を書き、創作を楽しみ、入浴と睡眠を好んで、機会を得ては観劇など楽しみます。十七日に幸四郎父娘達のドンキホーテ観ます。楽しみ。月末にはやはり高麗屋の舞踊公演を二日間楽しみます。
九月にも歌舞伎昼夜、そして保谷のホールでの坂東三津五郎独演会を見に行きます。
母さんが、建日子に頼んで鎌倉へ行ってみたいなと。涼しく成ってからだなあ。
今度の文庫本『サマーレスキュー』、まずまず書けていると、楽しんでいます。物書きの根底は、想像力がデティールまで旺盛に生気溌剌と生きることと、文章が雑にならぬこと。両方とも新文庫うまいものです。
五輪も楽しんでいます。福原愛のあのがんばり。あの精神が団体の決勝にまで実っています。彼女、国民的なアイドルに成る天性の持ち主だね。
ではでは。怪我無く事故無く元気でね。お見舞いにも来てくれて、ありがとう。 父

☆ とりあえず、
前に勧めたDELLのパソコン、注文だけしておいてはいかがでしょう。
ぼくがセッティングに行くまでは、段ボールに入れっぱなしにしておけばいいだけですし。。。  建日子

* 従来子機に無整理に投げ込まれていた厖大な記事たちを整理し、しかるべく分類格納しなくては。「半仕事」のような用事が土砂石流のように出来てしまった。体調の微妙な違和が忘れられる。

* 従来子機に無整理に投げ込まれていた厖大な記事たちを整理し、しかるべく分類格納しなくては。「半仕事」のような用事が土砂石流のように出来てしまった。体調の微妙な違和が忘れられる。

* 昨夜から、メールの発信が出来ない。「発信」しても飛んでいった形跡が全くない。高麗屋への発信も、今書いた平凡社あてのあとがきも、いくら「発信」しても、出来ていない。
スキャナーやプリンターも従来親機に繋がっているので、此の機械からは受け付けてくれない。これは大ピンチ。
もうすぐ、家を出て病院へ向かわねば。
成るように成ると思っていよう。
2012 8・7 131

* 高麗屋事務所には、病院前に電話で予約を受けとってもらえた。やはりメールは届いていなかった。予約できて、一つ、安心。
帰宅後の一番の仕事は、平凡社への文庫版「あとがき」を苦心惨憺、まぐれ当たりのように先ず妻に送信し、妻の機械から送稿できた。二つ、安心。
しかしメールの発信できない現状は、困る。受信は出来る。おそらく慣れない従来子機の操作にどこかにアホらしいようなミステークが在るのだ。やれやれ。
2012 8・7 131

* 相変わらずメール発信できない。失礼の向きは、お許し下さい。
2012 8・8 131

* 容態日記の眼科入院時の分を全部故障の機械に食われた。だが、退院直後の日録に、その間の容態日記を挿入していた。よかった。
八月一日抗癌剤三期服用以来の容態日記を整備した。ちょっと気が晴れる。
2012 8・8 131

* 昨日の晩、建日子が来て、「指輪物語」映画三部作の第一部三時間を見せてくれた。どうかなと危ぶんだが、三部ともアカデミー賞の作品賞を取っていると聞き驚いた。あれだけの優れた超大作のファンタジーが映画化出来るのだろうか。その危惧はたちまちに一掃され、感嘆しながら見せてもらった。
大自然も、脅威の自然も、ホビット、エルフ、ドワーフ、人間、魔法つかい、亡霊や怪獣などの描き分けも、大危機や異様世界なども原作の味わいを相当リアルに再現し得ていて信頼できた。
映画の後、女子レスリングなど観て建日子は都心へ車で戻っていった。たぶん今日はわたしのために何だか新しいパソコンを選んで注文していてくれると。
2012 8・10 131

* 夥しい文章をダブル・バックアップしてあり、その整理をしているが、何週間もかかりそう。よくまあ書いてきたもの。幾らか、呆れている。「書けば」いいというモノでなく。
2012 8・10 131

* 機械に向かうと眩しい限り。画面の明度を調整出来ると思うのだが、どうすれば出来るか、わからない。使っている機械はNEC のLaVie です。
湖の本113再校のためのかなり難しい頁の調整も終え、再校を読み始める。
抗癌の闘病へ、仕事も読書も観劇も最良の味方。抗癌剤も妙薬に成ってくれると信じて服している。
2012 8・11 131

* 以前の子機を主機としてようやく慣れてきた。だがまだ付属機器との連携が確かめられていない。印刷に先ず手を掛けてみたが試みていない。
2012 8・14 131

* 機械に向いていると、からだの重さを感じない。かすかな違和はいつも感じているけれど、「仕事」「読書」「機械」のときはわりときれいに忘れている。
2012 8・14 131

* 朝の、血圧97-57 (69) 血糖値 95 九時前まで寝過ごす。夢見はあるが、まあよく寝ての寝覚めは、心身が軽く明るい。朝食し服薬するとズーンと重苦しくなる。冷桃、冷グレープフルーツ、卵スクランブル少し、パンとミルクお印ほど。服薬。二階の機械の前へ。スキャナーを故障機からこの機械へ繋ぎ変えたがまだ使っていない。印刷とスキャンとにはどうか働いて欲しいのだが。
湖の本113の再校もすすめている。すこしゆっくりでもいいほどの気持ちで。
明日はオンコロジー(腫瘍内科)と泌尿器科へ独りで出かける。明後日は帝劇での「ラ・マンチャの男」です、何度も観ているのにどう演出が変わるかと、楽しみ。

* 仕方なく、機械の中で厖大に重複保存されたコンテンツを整理し簡略化するのは煩雑な仕事だが、やっておくととても便利になる。それにしても一度に長時間は掛けていられない。他の仕事のためにも眼のためにも。機械が故障以来連日それを続けている。有難いのはその間からだの不調をすっかりとはいかなくても、大方忘れられているのが有難い。仕事や用事が有れば有るほど有難い。

* いま、機械のすすめの儘に何かしらバージョンアップしたら、機械がXPに変貌したらしい。何を意味するのか分からない。もともとXPであったのかどうか。何
でもいい慣れるしかない。この機械、「早く」なる設定から今は外れているのか、機動も始動もやたら遅い。旧機に付属したままのチューナーのようなものをこっちの機械へ繋ぎ換えればいいのか。これも手順など分からない。こんなに何もかも分からなくて、ようまあ十数年も機械を動かし、人も驚嘆するほど厖大な内容を溜め込み発信し続けて来れたもの、自身にも謎に近い。
2012 8・15 131

* さてさて本機に格上げした機械で、突然、字がまともに書けなくなった。かなと数字や記号がでたらめに交じり、文にならない。参った。いまこの文章は、建日子に買ってもらった軽量の優秀機で書いている。本機と或るソフトで連動しており、うまく行けばホームページの「私語」へ貼り付けられるかも。

* さてもパソコンは変化のごとく機嫌が変わりすぎる。わたしにはどう回復できるか分からない。
2012 8・16 131

* さて、この「私語」一文も本機と離れたソニーの機械で書いている。なれない機械でまだメールも出来ない。とても「優秀」と息子に聞かされている機能も、なにも理解していない。マニュアルも読んでいない。最小限、どうしたら本機の「私語」へこの文章が貼り付けられるか、せめてそれぐらいは出来るといいが。
2012 8・17 131

* 一度は成功したこの日録の本機への転送が重ねては成功しない。建日子が設定していって呉れたまま、「ドロップボックス」の機能が全然わたしに理解できていない。

* この補機にもメール設定したいが、そういう操作や手順は昔から手探りであった。たいてい学生君らに頼っていた。もう彼らもとても学生君どころか社会や組織での中堅。煩わせてはならない。

* あれこれ試みてもこの子機の記事が本機へ届かない。これに拘るか、親機の文字表記の混乱を糺すか。闇の中の見当知らずの手探りで、希望が見えない。

* いま、やっと此の子機から親機への転送が可能になったように思われる。ソフトの許容量を超すほど入っていたためとソフトの会社からメール連絡がきた。感謝。さ、本当に送れるか。なんだか、どきどき、わくわくしている。
2012 8・18 131

* そうそう今わたしを悩ませている親機での書字不能の事故では、ひらがなの「に り る を わ よ れ な ら の や ま ゆ め も せ」の16字がまったくでたらめな数字や記号でしか出ない。どうしたんでしょう。

* さ、今日はこれぐらいとしよう。
2012 8・18 131

* 文字の攪乱が直ったかも知れない。NumLockキーを押していたのがいけなかったらしい。手当たり次第に手探りで、この解決に行き当たったのは幸いであった。ありがたい。
字が文がまともに書けないとなると、ともあれ、たいしたことで有ろうと無かろうと、仕事が出来ないと痛感した。
2012 8・19 131

* このところ子機に期待しよく働いてもらったが、それも子機のインターネットが働いていたから。ところが、その働きが今日は出来てくれない。参った。この対応は今度建日子の帰って来てくれるまで待つ。それにしても文字の混乱が、わたしの手探りで復帰してくれたのが、夢のよう。ほんとうに助かった。
2012 8・20 131

* 玄関内に、どさりと大きなダンボール函。建日子が熱心にすすめて買わせた、何ともわからないパソコンであるらしい。どうなることやら。わたしが箱を開けてあれこれするのは遠慮しておく。そのうち帰ってきて、建日子が何とかしてくれるだろう。
2012 8・21 131

* 体重66.2kg 血圧102-55(55)血糖値 102 服薬 朝、体違和無い。桃の朝食。
吉備の有元さん、再びすばらしい桃、純白にちかい、かすかに桃色の珍しい桃を五顆下さった。じつに美味く、ほの甘い甘い水気に命蘇るよう。有り難うございます。

* 昨晩、建日子が自転車で目黒から帰ってきて、届いていたコンピュータをすっかりセットしていってくれた。ディスプレイと一体型、マウスもキーボードもコードが要らない。あらましを遣ってくれたので、細かいことはこれから彼に教わることに。気分もふしぎに明るくなった。有難う。
それから、やはり持参の映画「指輪物語」第二部を数時間親子三人で楽しんだ。
わたしはこの作二度目を読んでいるさなか。一度目の読みもかなり克明に忘れていないので、映画の作画のみごとな再現、丁寧でリアルな再現に驚嘆しつつ、大いに楽しんだ。ここまで出来るのかと映画技法の進化にも深化にも敬服する。少なからず文学表現が寂しくなるが、とはいえトルーキンの原作は、映像に負けない適確で美しい描写とはげしい展開、たじろぐことが少しも無い。名作と謂うにみごと値している。
ただし大長編なので、せっかちな人、手荒い読みになれた人には勧めない。一行一行の美味をすいこむように楽しめる人ほど原作の確かさ美しさにしっかり溶け入れる。映画は、まだ、もう一部ある。
見終えて、あれで一時過ぎていただろうか、また自転車で目黒へ帰っていった。有難う。どうか怪我しないで、事故にあわないでと願い願い見送った。そして、床に。残しておいた稗史とファンタジー「南総里見八犬伝」「指輪物語」「イルスの竪琴」を楽しみに楽しみに読んで、こころよく寝入った。いまこの三冊が、胸の内で魅力を三つどもえに発揮している。建日子の置いていったSF「星を継ぐもの」も佳境に入ってきている。東洋文庫の「唐代伝奇集」1と2は読み終えた。読み継いでいるもう十数冊も、それぞれに読み応えがして競うほどにわたしを飽きさせない。

* 新機は、とてもまだ、思う画面すら引き出せない。慌てまい。 2012 8・24 131

* どうしても今まで使ってきたNEC のシステムや使い勝手に感化され尽くしていて、マニュアルももともと無い新しい「DELL機械」にまだ手も足も出ないでいる。当分は此のノートパソコンを主に用いたい。もっともこの機械にも慣れていない。心許ないことである。印刷機が正常に働いてくれない、指示しないのにやたら続々ものを刷りだしてくる。制御できない。不味い。接続ミス、設定ミスかなあ。
2012 8・25 131

* シネマスコープのように新機の画面広い。すこしずつ機能を試して行く。
facebook 何とも理解できないまま偶然に建日子の「お友達」なるべらぼうな人数の名前を眺めた。なかに東工大の人や、母方兄の孫娘らしいのやが入っていて「お友達」指名してみた。但し、それ以上の何もわたしは出来ない。一歩踏み込んだのかどうかも分からないしこっちから通信する道も知らない。
このホームページ内容が、新機に現在進行のまま転移しているのを確認できた。これは安心。
この二年ほどの写真を喪ったと思われるのが惜しい。わたし自身の自写像などみな消えた。花や風景・場所などを映したのも近来のは消えている。
2012 8・27 131

* 我が家にも一つ心配事が起きている、妻の機械(古いワープロ)の不調で、湖の本新刊分の宛名印刷が出来そうにないのだ、これは大変大変で。名簿と宛名印刷の働きを、新鋭のパソコンに移動すべきだと随分注意していたのだが。さ、どう解決してすり抜けられるのか。ワープロじたいのキャパシティが落ちているのではと、長時間の充電を勧めている。
2012 8・28 131

* 院外薬局で処方の薬を受けとり、日比谷線を銀座で降り、ビッグカメラで、一太郎の最新版「2012承」を買った。昼食時間にだいぶ遅れているので、地下の「小洞天」へ入ったが、注文した焼きそばも焼売も生ビールもみなからだが受け付けず、殆どを残して、退散。有楽町から一路帰宅。どこへも寄らなかった。
2012 8・29 131

* 新一太郎をインストールしたが、当分はいろいろと戸惑いそう。
幾分疲れてもいる。
明後日はまた歯科へ。九月六日には腫瘍内科へ。それから眼科、それから歯科、それからまた眼科、今度は糖尿病内科と感染症内科。九月もまた病院通いで輻輳する
2012 8・29 131

* 作家としてパソコンを、メールを使い始めたのは、ホームページを田中孝介君に作って貰ったより以前、前世紀、ひょっとしてまだ東工大の教授室にいたころだったかも知れない。文壇的にもよほど早かったから関連の原稿もよく頼まれた。婦人雑誌に、メールは半ばは「恋文」ほどの気持ちで書かないと、せっかくの友人と喧嘩になる心配もありますよと警告したこともある。機械での言葉は思いの外にキツク響くから。
その頃から、わたしはミステークは別として、不良メールもむろん別として、受けたメール、後には出したメール、一つ残らず保存してきて、厖大に過ぎ、機械にも負担を与えている。廃棄していいものは棄ててゆこうとしているが、とうてい廃棄したくないのも、もの凄いまで数多く、少しずつ読み直していると、しみじみした気分になる。いずれにしても、それらをどうするかは考えねばならない。まとめてその人に返してあげるのも、その人の人生に何かを添えるかも知れない。
こういうことも、ある。盛んに送られてきた人のメールが、いつしかに少なくなること。
事故があったのではないか、病気しているのではないか、不慮の死だつてあると心配するが、機械のある生活へのある種の反省や退屈が働くと謂うこともある。わたしもホームページの日録・私語に委ねて、ほとんどメールを書かなくなっている。勝手なもので、書かないくせにメールは貰うとほっと胸に灯がともる。
溜め込んだメールから、思い切ったフィクションが書けるのではないかと気持ちの熱くなるときもある。
2012 8・30 131

* 昼食後昼寝それから仕事 湖の本113の跋文を補足して要再校の用意終えた。明日、歯医者に行くときに郵送する。本文の三校も終えて、可能ならもう一度通読したい。
今日建日子が脚本を書いた連ドラ「ドラゴン桜」の途中を観て楽しんだ。
建日子のテレビドラマで、出来も良くて好きなのはと聞かれたら「ドラゴン桜」と答えるかも知れぬ。主役の阿部寛がこのドラマで溌剌としている。出演の他の生徒も補助の女先生長谷川京子もすてきである。なにより東大受験必勝を演じながら、かなり適確に東大などの在る社会を諷してかなり激しいのが、わたしの好み。
いま、新機に一太郎最新ソフトをテンストールしている。新機のデイスプレーは左右50センチほどか。かなり迫力。慣れればこっちで仕事が出来るだろう。
2012 28・30 131

* 「一太郎2012承」を本機、新機、ポータブル子機、そして妻の機械にもインストールした。かなり斬新に使い善くなっているのではないかと期待している。
むかしは機械のキャパシティが、東工大の生協で最初に買ったのが800MGしかなかった。2ギガになったとき嬉しかった。それが40ギガになったときは信じられなくて小躍りする心地であったが、まえに建日子が買ってくれたポータブル機械ではさらに飛躍的にギガが増え、こんど建日子が選んできた機械では全く信じられない数字になっている。感嘆していいのか、たんに科学が野放図なのかが分からない。
2012 8・31 131

* 機械を三台開いて、doropboxで連携させている。機械の中身を整頓し始めれば、どれほど時間があっても足りない。ただ機械への負担は軽めておいて遣りたいし。
そこへイーモバイルを、値段やすく機能も早くなった新しいのに取り替えないかと、電話で勧めてきた。これが、ものの二、三十分かけて電話の向こうで早口に女性がまくしたてる。わるい話とは思わなかったが、喋っている女性の猛烈な早口では何も記憶すら出来ない、結局、いい話らしいが、断った。あんな、「伝える」ための適切を欠いた電話の長談義で「キャンペーン」になるのだろうか。 2012 9・1 132

* 夕食後、疲れた妻を寝かせて、わたしは古い録画からシュワルツネッガーの「トルーライズ」という破天荒で家庭的な活劇スパイものを見聞きしながら、辛うじて刷り出せた謹呈者の宛名シールを封筒に貼り込んだ。しかしその他の、大学高校への寄贈シールも、肝心の読者の宛名シールも古い古いワープロがもはや働いてくれなくて、刷り出せない。妻は、それら一つ一つを新たにパソコンに打ち直している。たいへんなことだ。
わたしは、謹呈追加分を、手書きで宛名書きする。今回はこれがきっと多数になる。
2012 9・3 132

* いましがた、途方もない悪辣な国際条約ACTA(Anti Counterfeit Trade Agreement)条約に関する長文のメールを読者から受け取った。ヨーロッパ連合はこれを批准しなかった。グーグルもFACEBOOKなどもストライキしてまで反対の声をすでに挙げていた。
だが、日本は秘密裏に批准をすませたという。途方も無い暴挙だ、民意も問わず、極秘の内に。
ただ批准が参議院が先で、しかも十五人でというのが、より正確に分かりたい。野党がすべて欠席の委員会討議を民主党が自儘に採択したというのかもしれない、まだ、よく分からない。しかし此の読者氏は燃えるような言句と、いくつもの情報源を証しながら、その強圧的なネット弾圧の条約を長大に知らせてくれている。
わたしはペンの言論表現委員会に永く在籍していたころ、ことあるつど、「権力的なネット弾圧の動き」が予感できると言い続けていた。中国はそれを強行しているではないか。ペンクラブに、「電子メディア委員」会をせっかく提言企画創設し委員長を勤めていたのも、サイバー世界での、ネット世界での、言論弾圧のおそれを痛いほど予感していたからだ。
何にも分からないか、いじましい悪意でか分からないが、阿刀田・浅井氏の当時執行部は、何の相談も無くわたしの委員会をぶちこわした。わたしは、それで理事の席を擲った。
とにかくも寄せられたメールを、わたしは慎重に読む。寄せていただいて感謝しているし、場合によればペンにも文藝家協会にも意見を伝えたい。からだで働けないのが残念だ。
じつのところもわたしの「闇に言い置く 私語」なども「抹消の弾圧」に遭うだろうとメールは率直に注意している。そんなことは、早く早くから覚悟していた。やられる懼れはある。そのときは、そのときなりに闘わねばならないが。命があれば、であるが。
ネットや個人のブログやソーシャルネット等の体験から察しうる人は、この国際猛毒条約ACTAについて声を挙げて欲しい、完璧なほど悪辣な言論への圧制を、国際的に強権的に可能にしようとしている。原発にならんで、またしても国家的な犯罪行為が展開されそうである、この日本国でも。
おそろしい。

* プリンターの本機への接続が間違っていると見え、繋ぐと、何の指示もしないのに勝手に作動してやたらものを刷りだしてくるのに、閉口。それとADSLがまるで働かず、機械の始動が遅い遅い。待つことには慣れているので辛抱して、その間にもちらちらと本を読んでいる。
2012 9・4 132

* ADSLから本機が切れてしまっていて、機械が「遅い」こと甚だしい。しかしどうすれば無事つなぎ直せるのかが分からない。スキャナは幸い繋がったが、プリンターも、繋いでみると勝手にとめどなく同じものを吐きだしてきて手に負えな。不便で往生しているが。ま、機械とはそんなものか。
2012 9・6 132

* 本機の「遅さ」にゲンナリする。なにかしら配線をわたしが間違えているのだろう。ADSL自体はランプもついていて、問題なげにみえるのだが。
配線をいじくったら惨憺たる「遅さ」 悲鳴を上げ辛うじてモトへ戻して、「遅さ」ももとへ戻った。なんだか「早く」なったような。錯覚であろう。とにかくも機械のなかの整理に相当時間を割いているが、これまた病状を忘れさせる。それがいいこと。
2012 9・7 132

* 先の旧親機の故障で、大勢の方のメールアドレスも住所氏名も消失した。親しい人にもメールも手紙も出せなくなっている。この新親機に残存していた方もむろん多いが、不運にしてデータを消失させた方からは、メールなり住所なりを新たに頂戴しないと連絡の糸は切れる。余儀ない機械の故障であった。このことだけを申し上げておく。
2012 9・7 132

* 体重65.4kg 血圧109-58(74) 血糖値 96   朝、飯に味噌汁かけ、アミや刻み塩昆布まぜて 服薬各種 下腹部に重み感じる程度 体調は普通 どんよりして疲労に似た体感は常に払拭されない。貧血ゆえか。午後東工大の昔から仲良くしてきた卒業生が訪ねてくれ、数時間もコンピュータ四台の環境調整をしてくれた。その間ひたと側にいたが、体違和は何も感じなかった。夜食はだが、巨峰三粒と、さて何を食しえたやら。食後排便。体感普通。どよんとはしているが。

* 午後に、卒業生の林イチロー君が機械の様子を点検に遠くから来てくれることに。有難いこと、恐縮。家の中のとっちらかっているのに驚かれるだろう。正直、座れる場所も無い。湖の本発送前はとくに雑然騒然としてしまう狭い我が家である。
2012 9・8 132

*敢えてしていた機械内容の過剰な重複を整理し、機械を「軽く」しようと今しも努めている。新鋭とも呼べる機械から、内容が多すぎると警告されたりする。新子機が本機なみに稼働してくれたら助かるが。
2012 9・8 132

* なんという嬉しいことだろう、卒業生、四十歳の林君が、療養中を押してはるばる訪ねてくれた、立派なメロンまでお土産にして。それから先がたいへんなご苦労で、くるくる回る椅子を中心に、四台の機械を次々に点検し環境をかえ、弱っていたプリンタなどもすっかり直してくれた、というより私の機械音痴ぶりを訂正していってくれた。
何よりも古い古い故障機械の生きているのを確認して、二つ入っていたハードデスクの中身を新機に、すっかり、時間懸けて救命救出してくれた。これで、やはり卒業生の布谷君がてづから組み立ててくれた十年も愛用の旧親機は、最期の日を迎えた。ディスプレイはもう役に立たなかった。
これからは、ノートパソコンと、買って真新しいDEL 機と、建日子が買ってくれた軽量の優秀機とをせいぜい効果在るように使い分けて行く。
原稿用紙の昔は、ほとんど喫茶店で、時には取材先の病院で原稿用紙に小説を書いていた。機械に転じてからはもう家から外へ出て原稿は書けないものと諦めていたが、林君の指導と建日子の応援とで、どうやらまた喫茶店で小説やホームページ原稿が書けそうです 生きて行く三台の機械を大事に使いたい。

* 林君 心よりお礼申します。
療養中を押して遠路訪ねてくださりそれだけでも嬉しかったのに、長時間をかけて機械環境を大幅に改善してくださり、喪ったと諦めていたものを沢山救命して下さった。さぞ疲れたろうと、何のお構いもしなかったのを、事情余儀ないにしても半ば悔いています。そのうえに立派な一顆の名菓頂戴し、恐縮の極みです。いつかお返しをしなくてはと願っています。
これから機械の新環境に慣れてゆきたい、それが闘病の応援になろう事必定で、有難いことです。そうとう全身に疲労と弛緩とが訪れていても、機械に向かっていると忘れています。

またいろいろ教えて下さい。遠隔操作とか言われていましたが、それにも手順手続きなどあるのかなと、分からぬままに、思っています。
ツイートに関連して、原発のことなども林君の言葉として色々聞けたのは嬉しい収穫でした。

どうか、元気になられ、旺盛に食もよみがえり、気力体力ともに楽しみのもとに復帰発揮して下さることを切望しています。わたしも、心身のマグマを元気に抱いて、喜寿を傘寿へと、ともあれゆっくりとでも歩んで行きたい。

お元気で、イチロー君。ありがとう、林君。また会いましょう。ご家族の平安を祈ります。   秦恒平

* 学部の頃、彼、林君は200単位の余も取得する猛者で、まだ日本にいて200安打を超えていったイチローによそえてわたしは林君をイチロー呼ばわりしていたのが懐かしい。
あれからもう二十年にやがてなろうという、今の企業生活はなかなか厳しいらしい。それは彼の属する大企業だけがそうではなく、日本丸という国家の船が傾いでいるのだ、昨今ひどく目立つ国家社会のよろよろ兆候に余儀なく同調し苦闘しているのだろう。
原発についても、彼は彼の質実な言葉で適確にわたしにも伝わる批評や批判を聴かせてくれた。
ツイッターに関しても、よく人を選んで「つぶやき」を聴いていると、指導され教育される貴重な意見に接しますよと。東大の上野千鶴子教授が、「秦さんもツイートなさればいいのに」と以前に言われていたが、意味も意義もまるで分からなかったが。先ず、林君に教わって、どういう人の「ツイート」を聴くがいいか、聴いてみたくなった。
2012 9・8 132

* 破損してはいなかったらしい旧親機の二つのデータベースからは、過去の仕事のほぼ全部が、DELLの新機に助け出されていた。ありがたし、ありがたし。但しもう重複して不要化している内容は、果敢に消去して行かねばならない。新機械の容量はギガを超えてなんとやら謂う単位になっていて、重複も負担にはならないというから驚く。安心も出来る。
ただ、この新機でまだメールは打ち出せない。パスワードをころっと忘れているからだ。しかし今の親機ではメールは可能。ただ、このメールに付属していたアドレスブックが助かっているかどうかが、現在すこし心許なく不明なまま。
2012 9・10 132

* ところで、大久保さんの今回夏期号の表題は「書く文章・打つ文章・口述の文章」とある。何が言いたいか、題だけであらまし分かる。戦前の文士達にワープロもパソコンも無かった。彼らの前にもしそれが登場していたら、経済がゆるすならけっこう当時の人も機械で打ち出した文章で傑作も書いたろうと想っている。無かっ
た物を念頭に、昔の作家達は手書きしていたと頑張るのは、少し滑稽である。明治になり、鉛筆や万年筆が出てきたとき、毛筆に拘泥した作家は、わたしは多くなかったと想像している。漱石をはじめ海外体験のあった人と必ずしも限らず、ペンや万年筆を愛用して書いていた人は多く有り、タイプライターに興味を寄せた人もあった。もし時勢の必然として文章の書ける機械が現れていたなら、好奇心から、興味から、便利からとびついた人は、われわれの時代が実現していったと少しも変わらず気も手も働かした文士は必ずいたと考える。作家達の誰ならば手を出していたろうと推測してみるのもなかなか面白い。多作の可能であった人、多作と速成を余儀なく求められた人たち、腱鞘炎などの人は、いやでも気が動いたに違いない、なにも戦前人間と戦後人間に生理的・心理的決定差は無いのであり、状況が自然に促せば、昔の人も今の人も同じ事である。違いを証明することの方が難しい。
ばかばかしいと思うのは、もうよほど前になるが、「書家で、文芸家ではないけれど、石川九楊氏がワープロで書いた小説は認めない」と言っていたなど、小説書きの何がわかって言うかと滑稽だった。大久保さんはこう引用している、「石川氏は筆触ではなく、筆蝕という独自の言葉を使っているのだが、思念が筆蝕へと変り、筆蝕から点画ができ、点画から部首ができ、部首が集って文字ができ、文字から文学ができるのだが、ワープロは筆蝕から部首までのプロセスを無意味としたと言っている。」
こんなfoolish な説は世にふたつとあるまい。わたしは、東芝製のワープロ第一号機を買い、ほとんど即日実用し始めて岩波の「世界」に連載中の『最上徳内』を途中からワープロ書きに換えたのだが、石川氏はこの小説のどの箇所までは手書き、どの箇所からワープロ書きと見分けられるか、試みて欲しい。当時も今までも、誰一人からもそれを指摘されたことは無い。「文体」という固有の指紋のようなものを持った作家なら、手であろうが機械であろうが、藝術性を損なうような差異は出さない。石川氏が、我田引水の珍説で畑違いの小説論をはじめたとき、ほぼ即座にわたしは反論しておいた。大久保さんも石川氏の「この説は漢字文化圏のもので、表音文字で書く文章には関係ない」ものとされている。
「書く文章と打つ文章」に差を出してしまうのは「文体」を持たない・持てない物書きにはあるやもしれないが、まともな作家には、意図して差を創作してみたい場合以外には、ありえない。
「口述の文章」には経験が無いので触れないが、文学といえども根は口承に始まっている。それを併せ思って欲しい。大久保さんの恩師である折口信夫の文学論は根に、口承やそれ以前の原初の藝能論を置いている。「口述の文章」は意外に興趣ある文学論を生み出すだろう。
2012 9・12 132

* ここへ写真を入れたり取り替える手順が機械的に機械の中で変わってしまい、困惑している。「一太郎2012承」に換えたメリットより、困惑の方が今は多い。
晩、好きなムローヴァのバイオリン協奏曲(パガニーニ ビュータン)聴きながら機械整備 掌ジンジン痺れる。
2012 9・13 132

* なにとなく疲れている。
見つからなかった去年の日記一部分が、林君に故障機のハードディスクから救い出して貰った中で見つかった。今の本機では明らかにその年のその月の日録は整理できておらず、一週間分ほど記事が抜けていた。こういうことが有り、バックアップも多面的に、ファイル名の重複に懼れていられない。読者からの指摘で欠損や整理不十分が発見できた。感謝。
2012 9・14 132

* 四季折々、多年撮りためた花の写真を、一枚一枚懐かしく見ている。人より花がいい。美しい。
2012 9・17 132

* 配線がわるいのか、どうも本機の調子がわるい。「一太郎2012承」の立ち上がりが遅く、よく、エンストを起こしてしまう。
2012 9・24 132

* FACEBOOK にわたしも加入しているらしい、が、いくらいろんな通知が来ても、わたし自身は記事内容等を見る、読む操作ができなくて、連絡をくれている人もいろいろあるらしいが、先方からの片道通行にすぎず、何も読めていない。いっそやめたいと思うがその手順も掴んでいない。
東工大の卒業生柳君からも連絡があったとFACEBOOKはメールで伝えてきているが、どうしようもない。前親機の故障でメール内容は林君の手で救出されたが、アドレスは喪われ、柳君に返事もしてやれない。メールを貰うより外にアドレスは保存できない。
FACEBOOKはもとより、「mixi」も今は全く見ていない。開こうとしても、何故かまるで開けない。ともに野ざらしと化している。
2012 9ー25 132

* さ、停頓せず残る発送に頑張りたい、が、多くのアドレスを喪っているのがネックになりそう、捜し回れば見つかるのだろうけれど。
2012 9・25 132

* メールボックスの住所録が救出出来なかったので、残る発送に苦労している。アドレスの保管にかなりの手間をとられている。
何でも無いようでいて、ズシンと疲弊している。食べられるものが殆ど無くなり、これはどうかと試みても、苦くて苦くて口仲でザラついて、吐き出したくなる。食べなければ痩せる一方、それも防ぎたいが。
2012 9・27 132

* 住所録もメールアドレスも 過去の保存により大方は見て取れるとはいえ、住所は転居もあり欠けているのも少なくない。メールアドレスも、変更や中止もあろうし、欠けているのも多い。
2012 9・28 132

* なにかしら本機に機械的変調が起きているらしく、いままでの手続きで思いの写真を此処に入れられない。また手続きを誰かに習うまでは写真無しのまま新しい月に移行する。原稿を書いていても、こまめに保存しているのに、フイと書いている全部が消え失せたりする。
2012 9・30 132

* 新しい写真の機械に入れようが分からず、九月の古径画を再度掲げる。大好きな、美しい美しい名画である。
2012 10・1 133

* 身辺整理のてはじめにパソコン関連の手引き書や多数のディスクや関連文書などを整頓、棚に収めた。不要のものは棄てた。不要のもの少なすぎる。
2012 10・8 133

* 「SPAM」など不良メールばかりが殺到する。メールのアドレス変更をまともに考慮したい。メールアドレスの大方が確保されていない。こんごの連絡を望まれる方は、アドレスを変更してしまう前にメールを戴けますように。
2012 10・9 133

* 転送出来た気でいたが栖鳳の猫の繪は、送れていない。また試行錯誤になる。
2012 10・9 133

* 機械の画面がまぶしい。この「私語」する頁はまだバックが緑色でやや助かるが、真っ白い画面は耐えがたい。色を変えることは出来るとわかっているが、とうの昔に手順を忘却している。やれやれ。
2012 10・11 133

☆ ありがとうございます。
秦先生 おはようございます。「京のわる口」頂戴しました。ありがとうございました。突然の配達に心当たりなく、開封して驚きました。宛名シールから察するに、先生のお宅から贈っていただいたものでしょうか。日々闘われている中のご配慮感謝します。
また、「センスdeポエム」もありがとうございます。虫食いを埋めるのは大学の時からまったく不得手で、歳を重ねて出来るようになるものでもありませんでしたが(いくつかの問題の答えは覚えていました)、ひとつひとつの詩が推敲される面白さは、学生時代よりも感じました。
日々のご様子をホームページで読みました。パソコンにまだまだ気になることがあるようですね。お力になりたいものの、すぐに、とはなかなかいきません。
画面がまぶしい件を調べてみました。
キーボード上に、”Fn”と書いてあるキーは、ないでしょうか? (大抵は、左下隅のほうです。)
もしあれば、これを押しながら、何回か”↓”を押してみてください。段階的に明るさが変わっていかないでしょうか?(ひょっとすると、”↓”に、明かり
を小さくするイラストが書いてあるかもしれません。)
もしうまくいけば、逆に”Fn”を押しながら、”↑”を押すと、明るくなるはずです。
(DELL社のホームページを色々みてみたところ、先生のパソコンと似た形のものが、これで画面の明るさを調節できるようでした。生憎、キーボードの絵がみつからず、Fnキーがどこにあるかまでは、分かりませんが、。)
一気に寒くなってきました。スリムになると、寒さはいっそうこたえると思います。
たっぷりと着てお出かけください。  東工大卒業生 丈  読者

* ありがとう。早速探し出して試みます。元気に頑張って下さい。
2012 10・19 133

*「Fn」キーは機械の下隅にあったが、下向き矢印と連動させても暗くならない。わたしとしては、せめてどの画面もこの「私語の刻」と同じ色にしたいのだが、新しい一太郎でそれを実行する方途が掴めない。 九時半。もう仕事できない、やすむとする。
2012 10・19 133

☆ キーボード
秦先生  こんばんは。
画面の明るさが変わらないようですね。
DELLのいくつかの製品のマニュアルのやり方ではうまくいかないようなので、DELL社ではなく、インターネットを手当たり次第に探してみました。
DELLパソコンのキーボードは何種類かあるようでした。
添付「その1」では、F4、F5ボタン(上側にあるキー)に、キーと異なる色(この場合はオレンジ)で、電球か何かのマークと、▼、または▲マークがあります。
この場合、「Fn」キーを押しながら、F4またはF5を押すと、画面の明るさが変わります。
また、添付「その2」は、先のメールでご説明したものです。すこし見づらい写真ですが、↑キーの横に、青色で、電球のマークに、小さく▲または▼があります。
もしかすると、先生のキーボードはこれらとも違うかもしれません。が、このように、キーボードのどこかに、白ではない色で、電球のマークと、▼または▲はないでしょうか。これを探し当てたら、Fnキーを押しながらそのキーを押してみてください。
(DELL社の説明書を読む限り、先生のお持ちの、「一体型パソコン」には、ディスプレイの横にはどこにも、明るさを調整するボタンがないようでしたので、このように推測しています。)   東工大卒業生 丈

* キーボードのいろんな写真も添えて教えてもらった。おかげで、この親機ノートパソコンの画面明度を少し下げることが出来た。眼のために、有難い。「丈」君 有難う有難う。
2012 10・20 133

* 機械破損の前、かなり当てずっぽうに原稿類を分類し統括したが、機械が駄目になったとき、帯同して、在るべき筈の原稿をこの新親機で捜しても見つからない。子機に集中的に破損旧機から林君に救済して貰った中から、当面欲しかった原稿を見つけ出した。
どうやら、もう一度整理をし直さねば必要な物が即座に取り出せない。
2012 10・27 133

* 子機から辛うじてすくい取ってきた原稿の御陰で、仕事が少し進んだ。苦労したので眼も体も固く疲れた。十時。もう今夜はやすむ。
2012 10・27 133

* 今月の日録・私語の誤記・誤変換を、十五日分、直した。こう機械が眩しくてはきちんと直せたか心許ないが。
2012 10・29 133

* さて月変わりを目前に難題が出来た。これまで難なく出来ていた写真をこのホームペジの「私語・日録」へ送り込むこと、が、突然システムか仕法が変更されたかのように、今まで通りが完全に効かない。致し方なく「私語」に残存させていた写真を「私語」内部で流用して格好を保っている。あと一ヶ月の内に活路を得たいが、難しい。変更されたのは「一太郎」が新しい「承」になっただけだが。
智慧を借りねば済みそうに無い。
2012 10・30 133

* 林君の、電話でのコントロールで機械を改善しようという「直接遠隔操作」は、わたしの理解力がなく、結局なにも出来ないままわたしがバテてしまった。難しいことだ。林君には一時間の余も電話させてしまい、申し訳なかった。
2012 11・4 134

☆ 秦先生
気づけば一時間以上も、電話でパソコンの前に縛り付けてしまい、申し訳ありませんでした。
成果も、先生がうすうす感じていた、新しい一太郎導入でパソコン全体が遅くなったことに同意する程度で、面目ありません。(TeamViewerが問題なく動作していたのが、ADSLが良好な何よりの証拠でした。)現状のNEC パソコンの速さを受け入れていただくしかありません。
根をつめて仕事しないようにと、パソコンが言っているのですね。
なお、ソフトウェア(一太郎)は、理由がない限り、新しいものは入れない方が無難です。(「便利」が理由の場合は、特に避けるべきです。セキュリティだけが理由の場合は、導入すべきですが。) 新しいソフトは、新しいパソコン向けに作ってあり、ソフトが発売される3 年以上前のパソコンでは、使いづらくなることが多いです。  卒業生  丈

* 自前の電話を一時間もかけて、懇切に始動してくれる君には、ただただ感激して感謝あるのみです。有難う、有難う。
2012 11・5 134

* 懸命に書いた原稿の大半を、保存しておかなくて消失させた。こういう体験はパソコンとつきあい始めてから、数限りなく重ねてきて、やっぱり諦めにくい。ウーン、今夜にもう繰り返すのはよしておこう。抗癌剤の今期服薬は明日一日で、金曜から一週間休薬の予定。今期は、かなりキツかった気分。明日通院、土曜は国立大劇場で幸四郎らの通し狂言が楽しめる。あけて月曜には感染症内科へ。そのあとは、俳優座公演や歌舞伎の顔見世や、久々福田恆存劇「明暗」を嗣子逸さんの演出で楽しめる。楽しみ尽くして病苦に克ちたい。
そのうちに、新しい「湖の本」114が入稿できるだろう。
2012 11・7 134

* 涙目と手先の痺れとで、キイをうつ手作業がままならない。しかし、昨晩、し損じた原稿はちゃんと書き直した。
昨日今日は疲れた、やはり二週間朝晩の抗癌剤服用のせいか。しかし、意欲面は減衰していない。こんど正月早々には送り出せるだろう新しい「湖の本」は読者を驚かせるだろう。
それにしても、かなり癌患者としては過密な日程で家の外へ出歩いている。健康な老人でもこうはなかなか動けまいと思う。明日は貴重な一日休。明後日から三日間は、歌舞伎、眼鏡調製、聖路加感染症内科とつづけざま外出する。どれもこれも今のわたしを鮮やかに代弁してくれている。そういえば今日病院へ出かける間際の下痢はナイアガラのように凄かった。
2012 11・8 134

* お手紙はかように有難くたくさん頂戴するが、メールの方はこのところ、ずうっと殺到する不良メール「SPAM」のみ。今日も、数十の全部、即座に削除。そんなことでメルアドを変更したいと願うものの、ホームページなどでもややこしい「要変更」があると手に負えない、未だに手を拱いています。
そんなことを書いていたら、嬉しい便りがメールで。感謝。
2012 11・12 134

* システムが変更されたのか、せっかくの写真を、ホームページに入れるすべがまだ掴めない。これは情けなく、弱っています。
2012 11・12 134

* よくもまあ「不良メール」ばかりが山と来るものだ。「ウイルス」が来たという報告もときどき入る。
2012 11・18 134

* 迂闊な判断ミスから十月十一月見当の受信メールを消去喪失した。ま、日記にも幾つかは掲示し保存できている。メールボックスに回帰させなくては。
2012 11・23 134

* 何十というメールの一通残らずが「SPAM不良メール」なのにゲンナリ。
2012 11・24 134

* 写真をホームページへ入れる方法が、機械的に変更になったのか、わたし自身の理解不足か、今までのように新しい写真を入れられなくなって三ヶ月も経つ。しょうがない、エイとばかり同じホームページの中の遠い昔の自影を引きずり出した。平成七年、退役にもう一年にちょうどもう一年の春、東工大には桜が満開の頃だ、この前年には、つか・こうへいに師事していた秦建日子が劇作家としてデビュウしていた。
教授室なのに本棚に本が無い。読みもしない本を研究費と称して浪費する気はなかった、読むべき本は家にある、学生に伝えたいものごとは頭にある。からの本棚はそれなりに講義用の物置としてちゃんと役に立っていた。趙即之の「方丈」二字が好きで、ひょいと置いてあった。お喋りに寄ってくる学生達が男女ともいっぱいいた。
なにより元気そうに見える。
いまのわたしは、最重量時からは23キロも痩せ、親しい知人でも見誤り一瞬言葉を喪うほど見る影無いが、それでも、63キロ半ほどあるし、頭の回転は変わっていない、気で、いる。

* 転送に成功するかしないか、非常に珍しいビュッフェの歌舞伎繪が、この画面では挿入出来ている。うまく転送し得ていて欲しいが。
2012 12・1 135

* まだ写真をHPに持ち込める方法が見あたらない。新しい写真をいろいろ入れてみたいのに。
2012 12・11 135

* 十一月の日録は、全部日付順に直し、およぶ限り誤記・誤変換も直して、十数年分一括保管のフォルダへ移管保存を終えた。
2012 12・14 135

* ひっきりなしにFACEBOOKのめーるがいろいろ知らせてくるが、わたしは、何かを間違えているか、通じていないのか、操作して画面を開けないし、どんな要望にも応えられない。今では、「mixi」も同じ。
FACEBOOKについて、何かしら教えてくれるような知らぬ人のメールも届いているが。
2012 12・26 135

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