* 北朝鮮とのサッカーは後半をみた。同点に追いつかれて弱ったが、ジーコ監督の土壇場での用兵が勢いを生んで苦心惨憺の一点をもぎとり勝った。たかがサッカーで、勝って天国、負ければ地獄のというバカげた取り沙汰の北の選手達を気の毒とも想い、しかし、いや言うまい。日本の国が、どうかそんな風になって欲しくない、とだけ。
2005 2・9 41
* イランと日本とがテヘランでサッカーを闘っている。一点先取されていた。それでも善戦していると心強く感じながら機械の前へ戻ってきた。
井上清氏の「明治維新 新しい権力のしくみ」を読んでいる。
2005 3・25 42
* 石原都知事が北京オリンピックを断乎ボイコットせよと吠えているらしい。気楽に吠えられる気楽なオジサンだ、が、大勢の日本人には、いやいやわたしにも、幾らか媚びられた気分があり、そうそうと肯かないでもないから厄介だ。その是非は今は言うまいが、わたしは誰あろう大の「オリンピック楽しみ派」で、四年、四年の区切りを、いつも「命なりけり」の感慨深く、ここ三度も四度ものオリンピックを、テレビにかじりついて、十分、楽しんできた。
そしてアテネでの最後に、「次は中国北京で」と託宣を聞き、つくづく「イヤだなあ」と思ったのを憂鬱に告白しなければならない。純然の楽しみが、おそらくどす黒いファシズムの臭気で汚されてしまうオリンピックになるんだろかなあと、「楽しめないかも知れないぞ」という不安・不満に、陰気に落胆していたのである。正直、他国でやって欲しかった。中国のオリンピックは楽しめないととばして「その次」となると、八年先になる。八年生きているという気が殆どもうしないのだから、中国開催という既定の予定は怨めしかった。中国はいまなお「一言堂」そして大衆を力で操る政治手法に成らざるを得ない。しかもそれにマンマト載せられているばかりの中国人大衆ではない、政府がどうしたと反抗の牙をむけるほどに国土が広大無辺なのである。何がどう出て来るか分からないから、あの文化大革命も進行し崩壊し変質してきたのだ。
日本の選手達とかぎらず、世界の選手達が、あの国の競技場で、どうのびのびとプレイ出来るのだろうか、予断は許さない。万が一マラソンなど警備の行き届かないところで選手に人身事故でもあったら、「堪らんなあ」と危惧し憂鬱になるのは、あまり気が早すぎたけれども、その思い、やはり幾らかある、少なからずあるので石原都知事の咆哮にも、オヤオヤと耳をつい傾けてしまうのである。大人げないなあ、わたしも。
2005 5・11 44
* 朝青龍が圧倒的な一人横綱でがんばっている。この面魂ただものじゃないよと、幕に上がってきた頃云っていたのが、的中し、ホンモノの安定した大横綱になっている。これでは新横綱が出来ない、二場所連続優勝などみな朝青龍に阻まれてしまうから。それもいいではないか。
2005 5・15 44
* 藤島部屋なのか貴乃花部屋なのか二子山部屋なのかよく分からないが、父親方の死にはじまる狂燥曲は、苦々しい。マスコミも煽りに煽っている。マスコミはこんな話題こそ良識で自制して貰いたい。
五十場所大関在位は、或る意味でたいしたことだけれど、弱かった大関、クンロク大関という記憶がなくなっているわけはなく、気になるスター力士の一人であったにしても「名力士」は言い過ぎだろうし、兄若の花の強さ逞しさとはくらべものにならない。家庭のいざこざから離婚、息子二人は離反犬猿の仲では、あらゆる讃辞も、今にしてしらじらしい。故人の冥福を祈りつつも、藤島部屋「以降」のあの一家から学ぶべきなにものもなかった、苦々しい一族であった、という少数の感想を書き入れておく。
初代羽黒山、栃錦、北の湖、千代の富士、北勝海。この五横綱に心酔し贔屓にしていた。横綱に上がれない大関のことはみな忘れている。その点、弱い大関から這い上がった佐渡ヶ嶽、三重の海などは印象にある。関脇以下には好きな力士はいっぱいいた。今は誰が贔屓でもない。朝青龍は初めて見た相撲からあのガッツが好きだった。勝てるだけ勝てと声援している。
2005 6・3 45
* 昼過ぎには街へ出て、あれこれと質問を受けて話して来る。一時間半で話せるのだろうかと危ぶむほどたくさん質問されそうで。
昨夜はメキシコとのサッカー試合を後半半ばまで見ていた。それから本をいくつも読んだ。少し睡眠が足りないか。朝刊で野茂投手の記事をきもちよく読む。彼の孤独な奮闘が、その成功がなければイチロー選手らが大リーガーになる土壌は培われ得なかったと思う。偉大さに敬服する。
2005 6・17 45
* 汗ばむ暑さ。朝からほとんど立ちながら、「机」に積み上げられたものすごい量のアレコレを種別に選り分け、少しでも風通しのいいようにしてみたものの、見ようではただ置き場所を替えただけ。やれやれ。それでも、そんなことに手を下す気分になれたのは、ま、踊り場で一息というのに似ている。
* もう一時間ほどで六本木へ出かける。妻は帰りに「お兄ちゃん」のちゃんこ屋をさがしてみましょうかなどと言っている。聴くもいまいましい貴乃花部屋ないし花田家のマスコミあげての噂話。
いちばんイヤなのが、マスコミのいやらしさ厚かましさ。
次は、対抗貴乃花勢力のいやらしさ。貴乃花は相撲取り時代に概して寡黙だった。ときどき言うことはモットモなことであった。
だれが至らなかったかと言って、花田兄弟の両親が至らなかった。人気は人気、しかし先代貴乃花には生前からわたしは「至らない人」という印象を強くもっていた。母親に至っては要するにヘンな人だ。ヤスモノの演技者。
わたしが感じているのは、今の貴乃花の物言いと、言葉の選び方。あくどい策謀を秘めている形跡がない。「お兄ちゃん」なる芸能人の軽薄はあの顔に出ていると、昔から好かなかった。人の気を惹くひきかたに、気の低さが歴然。成田山の豆まきだったろうか、弟横綱は真剣に豆をまき、兄横綱はゆびさきにちびっと豆をつまんでは目の下の群集ににやにやと媚びた遊び半分だったのを、覚えている。ああいうのが好かない。
兄のそれが相撲にもあらわれ、それを弟貴乃花は敢然指摘した。指摘しなくても良かったという意見もある。ぜひすべきだったとわたしも思わないが、せずにおれなかった貴乃花の相撲一途にわたしはやはり「不惜身命」だったと認める。それが今に至って変わっていないのは、むしろ尊いと思っている。
今となれば宮沢りえとの例の「すつたもんだ」も、むしろ彼を取り巻いた「至らない人達」のいわばごり押しがあったのだろう。清濁というなら、わたしは貴乃花の一途さに清いところを認めてやりたい。顔にそれが出ている。怪我をおして優勝した瞬間に、これが貴乃花かと思うほど「鬼のように美しい」敢闘精神を顔にあらわし、小泉総理に「感動した」と叫ばせた、あの精神でしか対処できないとついに決心した男の、不退転の気持ちがあの静かな淡々とした揺れのない物言いや批評にこもっている。わたしは貴乃花部屋の健康な存続に期待したい。されにしてもまわりがバカ過ぎるようだ。
しかし、うまいちゃんこへの食欲はべつだ。食い気と興味はある。
2005 6・21 45
* 韓国に、日本快勝、おみごとだったサッカー試合。
しかし、例の六カ国協議は成果のない、休会に。
この国際井戸端会議の求心力のない間に合わせの顔合わせは、ただ北朝鮮を延命させているだけ。
わたしは、「金正一政権は不当。交代が至当」という、出来れば五カ国ないし四カ国の統一見地から、極東問題は再出発すべしと考える。そのために、日本は、率先声を上げ、現在の六カ国協議から、このままでは脱退も辞さない意志もほのめかすほどの策に、先制の手を付けるべきだと思う。まずアメリカをそれで揺さぶりたい。
2005 8・7 47
* 世界陸上を随時大いに楽しんでいるが、わけて「女子七種競技」の燃え熾る接戦に、そして故障を克服して逆転していった女王のみごとな奮闘に、ほとほと驚歎、観ていてしばしば大声が出た。
世界陸上は、もう往年のスターのほとんど全部が姿をみせないが、その王者達の上を行く新たなチャンピオンたちがぞくぞく現れる。むろんわたしは女子競技の方がいちだんと観ていて楽しい。男より美しいからである、白人でも黒人でも。
日本勢はどうしているか。一人がかろうじてハードルの決勝に残ったが。マラソンまで快報はおあずけか。ヘルシンキのため、夜おそくになるのがつらい。しかし楽しい。
2005 8・8 47
* ハードルの為末は、這い上がって決勝で二大会連続の銅メダル、快挙。亡くなったお父さんにメダルをあげたかった。男子二百は決勝に出られなかった。陸上競技、おもしろい。しかしこれも睡眠不足のもと。ま、いいか。
2005 8・11 47
* 昨夜というより明け方の、四百リレー男子をみてから本を読んだので、つまりは朝になって寝入り、目覚めると夕ちかい四時前で。夜昼顛倒も、世界陸上やオリンピックの「入場料」のようなものと。
自分では出来ないことを選手達が一身に楽しませてくれるのだから。老境の余禄。女子棒高跳び、女子五種競技、為末クンの銅メダルなど忘れがたい。あわやという予選落ちの危険から銅メダルに手を掛けて転げ込んだ日本のランナーに敬服する。
2005 8・14
* 女子マラソンの日本チームの健闘に感動した。大久保や野口のような逸材を欠いていながら五人が五人なりに大健闘したのは立派、立派。チームで金メダル。
2005 8・14 47
* せねばならぬ仕事に手をそえず、今日は三島由紀夫の「女方」を読んでいた。大岡昇平の「母」「父」にも心惹かれている。生田長江の戯曲「天路歴程」にも、倉田百三の戯曲「出家とその弟子」にも。また高見順の長編「生命の樹」にも。このところおちついて映画も観ていない。しかしイランとのサッカーの前半を観た。日本チームが好調に働いて一点先取して前半を終えた。後半は失礼したが、二対一で勝ったらしい。
2005 8・17 47
* 昨夜観たウクライナとのサッカーは愉快でなかった。親善試合であったらしいにしても、主審を自国人で強行し、ことごとに不公正審判、あげく終了まぎわの強引なPK判定に、日本はそれ一つで敗退。
得点できないのだから勝ちは所詮無かったけれど、選手達はさぞイヤな気分であったろう。あれが「外交」という「悪意の算術」の一つの現れだ。日本で試合して日本の主審がついても、今の日本人はあんな露骨なこと(悪意の算術)はようやらない。やるべきでない。
2005 10・13 49
* 朝青龍が七連覇し、年間の完全制覇と最多勝記録を塗り替えた。はじめて下の方へ現れ出たとき、思わず「オオッ」と将来を嘱望し横綱を予言したのが、実に早く実現した。敬服する。
最近三場所三六勝、琴欧州の新大関もめでたい。親方の四股名を受け継いで、美しい、花も実もある「琴櫻」関に成って欲しいが。
大関へスピード出世の五本の指は、琴欧州、朝青龍のほかに武蔵丸や曙や小錦がいて、すべて外国人。わたしは、それを歎かない。なにかしらオカシくなっている日本と日本人への或る「指標」的現実だと思っている。へんな国粋主義は引っ込んだ方がいい。
2005 1・27 50