ぜんぶ秦恒平文学の話

絵の前で ー「みる」と「わかる」とー      於・旧山種美術館 「近代日本画の精華」展・特別講演 

会場の個々の絵について、解説めくことは申し上げません。しかし、「絵」ないし「造型作品」と向かいあう「根本」のところを、遠慮がちに、少しお話ししてみたい。理論的にというよりも、いっそ私の感想を、率直に申し上げてみたいと思います。
どういう感想か。どういう問題なのか。
落語に『抜け雀』という、亡くなった志ん生師匠なんぞの旨かった咄があります。小田原の宿場で宿引きをしていた、気のいい小宿の主が、見るからにこきたない若い男を引き止めます。のっけから、内金に百両も預けようかなどと言う男です、が、発つとき払いで結構でございますと、宿の客にしてしまいます。朝に昼に晩に、酒を一升ずつ飲んではごろごろ寝ている客を、おかみの方が気にします。せめて五両でも内金をと亭主にもらいにやりますと、案の定この客、一文ももっていない。仕事をきいてみると絵師だと言う。大工ででもあるなら家の傷みを直させることも出来るけれど、「絵なんか、みたって、わからないし」と亭主は困ってしまいます。この亭主の言いぐさを、お耳にとめていただきましょう。
それでも自信に溢れた若い絵師は、これも宿賃の代わりに旅の経師屋に造らせてあったまっさらの衝立に目をとめまして、亭主のイヤがるのも構わず、手練の墨の筆を走らせます、と、そこに五羽の雀が生まれ出る。けれども亭主は申します、「何が描いてあんのか、わからない絵ですな」と。雀だと聞いてやっと頷き、「そういや雀だな、わかりましたよ」とも。で、この雀五羽を宿代のカタにおき、絵師は江戸へ向かうのですが、この雀たち、毎朝、朝日を浴びますと、チュンチュンと元気に鳴いて衝立から抜け出し飛んで遊ぶんですね。「抜け雀」の題のついている所以でありますが、じつに生き生きとしている。
ま、咄は、私の口から聴かれるんじゃつまりませんから、みんな端折りますけれども、ここで、宿の亭主が「絵をみてもわからない」と言い、また「何が描いてあるのか、わからない絵だ」と言う、そして「雀か、あぁわかった」とも言っている。ま、これくらい世間でもよく聞く言いぐさは無いんでして、絵を「みる」と「わかる」とが、たいてい対になりまして、途方もなく厄介な関所になっている。これは、ひとつ、ぜひ、考えてみなけぁならんと、そう久しく考えて参りました。いったい、どういうことなんだ、絵を「みる」と絵が「わかる」とは、と。どうにも気になって叶わんなと。
ま、こういう難儀にアブナイ話題には、専門家は、ふつうお触りになりません。かと言って、放っておいていい問題でもないことは、こんなに大勢お集まり下さったことからも察しがつきます。手に余るかも知れません、が、みなさんの方でもご経験で補い補い、お聴きください。ひとりの自由な小説家の言説を、半分は冷やかすぐらいにお楽しみいただくということで、私も、気楽に、でも真剣に、お話ししてみようと思っています。

で、早速ですが、私のワープロをつかって、「みる」という漢字を求めますと、たちどころに、19文字を教えてくれます。「見」「相」「看」「省」「眄」「胥」「視」「診」「督」「察」「監」「覩」「瞰」「覧」「瞿」「瞻」「観」「矚」「鑑」と、これで19字です。中国人の漢字によってものを「みる」こと、かくも精密なのに一驚しますが、日本人は、こういう見分けを、少なくも「ことば」と「文字」とのレベルでは持ちえなかった。ただ一言の「みる」で、ぜんぶを兼ねていた。兼ねられたというのも、ある意味でスゴイことではないかと思いますけれども。
次に「わかる」というのも、私の器械にきいてみますと、これは「分」「判」「解」の3字なんですね。この3文字ぐらいなら、ごく日常的に読んだり書いたりしています、意味のうえで使いわけていますかどうかは別にして。
で、字を挙げました限り、視覚的な「みる」と、知覚的な「わかる」とに、特に文字からする意味的な重なりは無さそうなんですね。むしろ英語でいえば、端的に「I see」で「みる」「わかる」の双方を兼ねています。しかし、それとても、19もある漢字の「みる」にも、ただ視覚的とは謂いきれない「心の目で見る」印象の「省」や「察」の文字も含まれている。つまりは、「みる」「わかる」という日本語(和語)は別々だけれど、遠回しに重なってくる意味合いも在るらしいぞと、その程度の見当はつけておいてよろしかろうかと思います。
字義の詮索などはしばらく措くと致しますが、絵を「見る」と「分る」と、ーーま、便宜に漢字は宛てましたが、人により漢字も感じも変わってくるでありましょうーーこれは、たいへんに難儀な問題でございます。私自身がぜひ聞きたい、教えてほしいぐらいです。小説を「読む」と「分る」と。音楽を「聴く」と「分る」と。こう並べてみますと、このての問題の難儀さにぶち当たって来なかった人は少ないでしょう。そして恰好の解説を聞いた覚えも、あまり、無い。ま、ご一緒に考えていくしかない、これは芸術の前に立つ者のひとしく抱え込んだ大昔からの難題なんだと申せましょう。
芸術の前に立つと申しました、が、それも理解が小さいのかも知れません。なぜなら、例えば人を「知る」と「分る」と、また己を「識る」と「分る」と、の場合にも似た難儀さが、実は、ついてまわります。これら二つの項目は、イコールつまり等記号(=)で結んでしまっていいのかどうか。いや、それは、ちょっと…という、なにか異なった大事な意味合いのものに、ま、思われる。だが、どう異なるのか。こんな自問自答が、いつも絵や小説や音楽や、また他人や、自分を、見よう・分ろうとする際には生じて来る。かなり苦々しく、じれったく生じて来ます。ごく一般に、こんな風になっています。
絵を「見て」きた。よく「分ら」なかった。
本を「読ん」だ。よく「分ら」なかった。
または、
あの(男の、女の)人なら、「知って」いる。けれど、よく「分ら」ない人だ、と。
人も、我も、しばしばこんな感想をもち、述懐し、なにか無力感や劣等感にとらわれるほど、嘆息している。
しかし、よく聞き、よく考えてみますと、同じ「わかる」「わからない」とは口にしながら、微妙に「分り」かた「分らな」さにも、層がある、差がある、ものなんですね。絵の場合でごく簡単に申しましても、およそ、こんな具合にちょっとずつ違うんですね。
絵を「みた」 だが、良い絵なのか、そうでないのか、価値の程が「わから」ない。
だが、何が描いてあるのかが「わから」ない。
だが、何が言いたいのか、作の動機や主題や意図が「わから」ない。
そしてこういう場合、とかく「わかる」という判断を、まるで「わかる」コツでもありげに、技術的な能力に帰してしまう傾向が出てまいります。分析的にも総合的にも、そこに「技、コツ、知識、見どころ」と謂いましょうか、絵の「よい・わるい」の判断など飛び越えまして、むしろ「何が」とか「技巧・巧拙」とかの方へ、自然と考えることが偏っていきます。そうでなければ、単に「好き・嫌い」ないし「ウマが合う・合わぬ」というレベルへ、急いで、スゥイッチしてしまいがちです。
言いかえれば、こうです。「わかる」という中身を、「頭」ないし知識・情報・学習・技巧の問題にするーー主知的ーーか、「ハート」ないし感情・感性・好悪の問題にするーー主情的ーーか。どっちにせよ、なんとか相手を早くねじ伏せて安心してしまおうという「わかり」方のようです。
しかし最終的に大事なことは、その絵なら絵が、「よい絵か」「さほどでない絵か」と「自分にわかる」ことでありましょう。さらには、「どうよいのか」「どうよくないのか」を「自分がわかる」ことでしょう。「自分」が、そこで、切り札になる。と謂うことは、「わかる」こと自体も甚だ確定しない、主観的な、実に頼りない到達、をしか意味しないんですね。百人が百人、同じ「わかり方」などという、そんな客観的なものは無い…、これは確かなことです。何故なら「自分にわかる」「自分がわかる」しはいえ、世の中で、なにが不確定要素かと謂って「自分」ほど不確実ないつも動いている存在も無いのですから。それでもなお、人は、ついついそんな「自分」を棚にあげてでも、何かしら「わかり」たがる存在なんですね。「わから」ないと不安でしょうが無いんですね。
「わかる」という言葉に引き摺られますと、絵の場合、なかなか純粋に鑑賞・批評・賞味の方向へ行けなくて、つい、題材や技巧や作者や時代の、理解とか、知解とか、解釈の方向へ走りやすくなる。その方がラクでもあるんです。つまり「眼」よりも、まず「頭」を頼るわけです。しかも、それが当然なようにも賢いようにも思い込みやすくなるんです。「わかる」というのは、よほどエライこと、大事なことのような気がするんですね。

では、「わかる」意味のさっき挙げました三つの漢字ーー分、解、判ーーを、とにかく、調べてみようじゃありませんか。
「分」は、分別する分断するという言葉がありますように、語源では「肉を分かつ」「骨を分かつ」「区分にしたがう」意味です。分割し、分化し、名分を立て、職分を分かち、身分を分け、本分や分限をまもる、また随分と分にも随う。「分る」とは、今日通用の、つまり理解する・承知するといった意味より以前に、むしろ「分れる」「分ける」のが本来の意味なんです。
唐物茶碗と国茶碗とに、例えば、分ける。分れる。国茶碗のなかに例えば楽茶碗がある。同じ楽茶碗だけれども、これは長次郎、これはノンコウ、これは慶入、これは当代というふうに「分れ」る。「分けて」みる。また楽焼から加賀の大樋焼が「分れ」る。ま、そんな按配です。国茶碗は、楽焼以外にも、もっと歴史の古い丹波、備前、伊賀、信楽とか、瀬戸、薩摩、萩などというふうに、いろいろに「分れ」ています。同じ楽の何代目でありましても、この作は若造りとか晩年だとかに「見分け」る。そういった「区分」が経験でおよそ「分る」ようになるわけであり、かくて「分る」が、知識として理解し承知する意味になってくる。どこの窯のもの、どこの土を用いたもの、酸化焔で焼いたか還元焔で焼いたかなども「分る」ようになってくる。それもこれも、みな、根本に「分ける」「分れる」ことの認定が働いている。まさに「分別」なんです。およそ頭の働きであります。
次に「解」は、刀をつかって牛角を解く。包丁が牛を解くように、獣屍を捌く。解釈とはもともとこんな意味です。転じて、理解し、分解し、見解も出てきます。解剖もする。「絵」という生き物を解剖し、分解し、解釈するなど、美術史学者たちのむしろ常套であります。線一本の比較、色の比較などから、様式・作風を分解的に解決して行きます。数を積んで、基準作品と参考作品とがていねいに分別されますと、それを参考にいつか作者決定も推定も可能になってきます。
それでもですね、その絵なら絵の、ほんとうの「よい・よくない」「どうよい・どうよくない」が「わかる」ことと、そんな「分」も「解」も、必ずしも直結してはいません。分別や解釈ではとても届かない不思議に微妙で神妙な魅力が、やはり芸術には在ると思っていた方が無難です。謙虚です。そのとおりなんです。
「判」も、判断と書くぐらいで、刀で牛を両断・二分するという、もともとの意味があります。「判こ」と謂いますね、あれも、二分しておいたのを合わせる原義です。そして契約や婚姻の証拠にする。合符、割印、印判などとも謂う。審判、判決、判例、そして判断もする、あれかこれかと、分けたり合わせたり、そのうちに何か「わかる」わけです。
ざっと以上のような按配でして、「分」も「解」も「判」も、バッサリ「わける」「わかれる」ところから「わかる」に至り着く文字であり、意義なわけでして、すると、その意味で「わかる」とは、あたかも「知る」の同義語か、とすら読めなくもない。知りたいことが知れたなら、それが「わかる」ということではないかと期待し、何が知りたいかを知るのが、「わかる」早道なんだと、つい考えがち、考えたくなりがちです。
それもいいでしょう。では、何が「知りたい」のか、それを考えてみましょう。

まず「知識」に属する面から申しますと、制作年代、制作年齢、時代背景や画壇事情、作者の出自・性格・私生活・家庭など、そうでしょう。題材や主題や動機もぜひ知りたい。また同時代の作者や作品、先行した作者や作品、また属した地域やグループや師弟関係なども、知れるなら知りたい。そればかりか、作者・作品の運・不運、受けた栄誉や批評や人気も知りたい。作者に独自の技法・工夫・傾向といったものも、有るならば知りたい。付随して生じた作者や作品に関する伝説・噂・評判にも興味がわきます。作品によっては、例えば儀軌のような規範如何も知ってみたいものです。
こういろんなことを「知っ」て初めて「わかる」のだとなりますと、「わかる」のもこれは容易ではない。調査や学習が、かなりの質と量とでついてまわります。だれにでも出来ることか、ちょっと心配です。
それはさて措き、次に「好き・嫌い」「感性」といった面で「分」「解」「判」が関わる相手をみておきましょうか。順不同に、ちょっとゴチャゴチャしますけれども…。
画面の選択ーー絹・紙・木・石・壁・襖・屏風・巻き物・陶磁器・柱・天井などーーがまず問題です。色彩や線による表現のスタイルも当然ながら問題にします。画面からうけるムードや題材からくる作風も気にします。デフォルメの適・不適をはじめ、抽象と具象、レアルとイデアル、画面の湿度と乾度、描かれた物・事・人に対する好悪も問題です。その環境、その形態・姿態、その大小・広狭も問題です。作品の大きさ、額縁の適・不適、表具・表装、なども無視できない要素になります。画中に混在した文字・識字などにも無関心ではおれません。いわゆる唐突感や違和感も、逆に実にしっくりした親和感も、大切な「わかる」「わかれ」になります。極端なことを言いますと、絵を見ているその人の機嫌のよしあしすら、バカにはならないものです。
そうはいえ、今、列挙したような事柄をたとえ全部「知った」からとて、必ずしも絵が「わかった」わけじゃ、ない。少なくも「よい絵」かどうかの決め手になんか、なり切れない、なって来ないンじゃ、ないでしょうか。妥協してその辺で「わかった」気になってみるだけか、不満が残って「どうも、まだ、わからない。わかった気がしない」と首を横に振るしかないのではないかナ、と思うのです。大事なところは先送りされた感じなんですね、ただの「知識」ただの「好き・嫌い」を問題にしていますだけでは。あれもこれも、みな大事ではありながら、しかも核心に触れた気がしない。妙につまらないことで足踏みしている感じが残る。いくらあれこれと「知って」はみても、「わかった」わけでないことが「わかる」わけです。「知る」と「わかる」とは、イコールでは結べない。
角度をすこし変えて、考えて参りましょう。

いったい、どう考えてみましても、例えば、同じ対象を同時に数人が描いた場合を考えても、客観的視覚とか客観的表現とかが在るはずもない。形も色も、いつも表現者の生理と気稟とに応じて、まちまちに把握されます。まさに「己が血汐」を以て独特に描くわけです。感覚と、とくに気稟とは、全体を比較しようが部分を比較しようが、関係なくいつも一貫しているものです、優れた表現者であればあるほど、そうなんです。
それにもかかわらず、個人は、より大きな群に属しています。個人のスタイルは、目に見え、また目に見えずに、より広いスタイルに包まれています。流派の、国の、民族のスタイルが在って、しかも相互に浸透しあっています。異なる時代は異なるスタイルを生み、その時代の特性とて、民族の特性にさらに大きく包まれています。美術史家の研究は、こういう差別点と共通点とからなるべく具体的に出発しています。
では出発して、どこへ到達するのか。差別点をより詳しく「わかる」ことへか。共通点をより質的に「わかる」ことへか。そこが問題なんです。
如拙と永徳と光琳と応挙と鉄斎と松園とが出て、彼等の天才が、どの点で個々にどう異なっているかを示すのも大事なことです。しかし今、この際の問題として、私たちがより大事に知りたい・わかりたいのは、彼等が、まるで異なった道をとり異なった時代に生きながらも、如何にして同じ一つの成果、即ち、人の胸をうつ偉大な優秀な作品を生み出すに至ったのか、その創造の秘密に近づきたいということでありましょう。
そこで、やや話頭を転じまして、いったい我々は、どんなふうに、どんな気持ちで、例えば絵画の名作・傑作、ないしは好きで堪らない作品の前で感動してきたのか、これを体験的に思い出してみようではありませんか。これまた思い出すまま、出逢いの実感を羅列してみますので、みなさんも、補ってご想像いただきたい。
あたかも、強烈な瞬間風速に薙ぎ倒されたような感じをもったことがあります。知恩院所蔵の『早来迎』をみたときが、そうでした。息づまる、背筋がそよぐ、ぞくっとする、顫える、痺れる、肌寒くなる、などもしばしば感じます。私は、いい書に出逢いますと顫えます、膝の下から。顫えるのが先で、あぁいいんだこれは…と、後から納得することもある程です。巧さに驚く、色の美しさ、線のみごとさ、画面から湧き出すような輝きに、立ちすくむこともあります。脱力する、目から鱗が落ちた気がする、棒立ちになる、固まってしまう、声・言葉を失う、時のたつのを忘れる、他のものが消え失せたように見えも聞こえもしなくなる、我を忘れる、夢心地になる…、こういったことも何度も体験しています。そうかと思うと、思わず声を放っていることがあります。大声で人をその絵の前へ呼びたくなったりもします。笑ってしまうこともある。花が咲くように微笑を禁じがたいこともあれば、こわくなって、逃げ出したくなるという経験もあります。やたらそわそわと、わけ分らないことをブツブツ呟いていたりもします。足踏みしたり、ぽかんと口をあいていることもある。かと思うと、何かしらを身内から奪われた感じの時もあり、逆に、何かしらを身内深く与えられ付け加えられたと感じ、熱くなっている時もあります。
こういう嬉しい思いや畏ろしいほどの思いをさせてくれました作品の、絵画だけ、ほんの何例かを挙げておくのも、みなさんのご納得に資するやも知れません。これまた順不同に思い出すまま挙げますが、さようーー源氏物語絵巻、地獄草子、智積院の桜楓図屏風、法隆寺の阿弥陀浄土変、当麻曼荼羅、正倉院の麻布菩薩、薬師寺の吉祥天、黄不動、青不動、法華寺や高野山の来迎図、仏涅槃図、慈恩大師図、切手になりました普賢菩薩図、信貴山縁起絵巻、伴大納言絵詞、平家納経、扇面法華経、伝毛松猿図、多くの蒔絵・衣裳、源頼朝像、明恵上人樹上座禅図、信海の不動明王図、幾つもの山越阿弥陀図、早来迎図、北野天神縁起絵巻、平治物語絵詞、駿牛図、白描の絵巻、一遍聖絵、随身庭騎絵、可翁の竹雀図、如拙の瓢鮎図、蛇足の山水図、雪舟の天橋立図・四季山水図・秋冬山水図、聚光院の永徳花鳥襖絵、等伯の松林図、柳橋図、狩野秀頼の遊楽図、山楽の白丁喧嘩図、光悦宗達の書画巻、宗達の風神雷神図・蓮池水禽図・松図襖絵、宮本二天の枯木鳴鵙図、久隅守景の納涼図、光琳の紅白梅図・燕子花図、応挙の雪松図・藤図、渡辺崋山の鷹見泉石像、蕪村の雪万家図、写楽・歌麿・北斎・広重などの趣向豊かな浮世絵などを挙げておきましょうか。出逢いは、むろん、もっともっとありました。幸せなことであり、そしてそのつど、先に申しましたような感動にふるえたり、しびれたりして来たわけです。
時代も作者も作風も題材もちがう。しかも感動という一点では、みな深く感動させてもらっている。
絵に感動するとは、何ごとなのでしょう。そのとき私は何かが「わかって」感動したというのでしょうか。大きにそうであったのかも知れません。が、そうは言いながら、今も申しましたような感動の体験・経験に、さっきから通ってきましたあんなさまざまな「分別」「判断」「解釈」「知識」「情報」「予見」といったものは、実は、そうは、あんまり関与していなかった、関わってはいなかった、という気もしているのです。そんな手順や手続きを踏んでの感動なんかじゃ、むしろ、なかった。突如として、矢のように、光のように、快い温度のように、瞬時に浸透してきたという実感があるのです。強烈無比の受け身のこころよさ、宗教でいう法悦にちかい、恩寵にちかい、啓示を受けたのにちかい実感があるのですね。

またまた余談じみますが、私が絵をみますとき、こんな区別を、思わず知らずに立てていることがあります。
先ず、「絵に成っていない絵」 これはもう拙劣なんで、よほどの例外も実は在るには在るのですけれども、ま、ふつう問題にならない。
次に、「絵につくり上げた絵」 意図や技巧の先行した絵ですね。無理やりにやっつけています。眼や手よりも、頭が先に立っていたり…。これが、しかし、圧倒的に多い。
更に、「絵に成っている絵」です。ま、どこかへ確かに到達している絵ですね。これは数少ない。では、それでもう良いのか。満足なのか。私はまだ満足しないんです。
「絵に成っていて、且つ、プラス・アルファの何か在る絵」を、いつも絵の前に立って私は求めているんです。想像もつかぬ瞬間風速のガーンと吹いて来る絵です。この「プラス・アルファの何か」としか言えない、言いえない価値高さによって、一瞬に、または徐々にでも、薙ぎ倒され、征服され、自分が深いところまで見露わされて行く感動を私は得てきたと思う、これからもぜひ得たいと思う、わけです。そう在ることが嬉しくて幸せなんです。
絵を「みている」自分が、実は逆に絵に「みられてしまう」といった、逆転の体験があります。感動・感銘という体験は、そのように、巧くは言葉に仕切れない性質の精神の激しい揺れなのであり、また和みなのであり、さらに深まりなのですね。しかもなお、どんな感動も、やっぱり、「みる」という一点を通過して来ない限り、けっして実現しない。「みる」とは何ごとであるのかまだ「わから」ないけれども、それでもともかく「みる」から、感動する。同様に「聴く」から、感動する。「読む」から、感動する。時には単に「みえた」だけ、「聞こえた」だけでも感動します。
しかし「みず」「聴かず」「読まず」に、美術や音楽や文学に感動する・感動できるということは、ありません。何も「知らず」「わからず」予断もなく先入見もなくても人は感動できますけれど、しかし絵なら絵の場合、「みる」こと抜きでは、どう感動したくてもできない、これは真実だと思われます。思われますから、なおさら、「みる」なら「みる」ことを、根源の体験としてよく考え直してみる必要が、ある。話の筋道は自然とそういうことになります。

絵を「みる」と、簡単に言います。しかし、こう筋道を辿ってくれば来るほど、「みる」がそもそも簡単なことでは、ない。不動の絶対などといえた働きでも、ない。「みる」体験じたい、根から揺れていて、変わって行き、成長もし退化もし、凡化もし非凡化もし、知性化もし感性化もして行くもののようであります。
絵を、純粋に「みる」無垢に「みる」、何らの先入主も予備知識も身構えもなしに絵を「みる」ということが、そもそも、必ずしも前提として約束されているわけでは、ない。事実問題として、そんなことは、ほぼ不可能なんですね。
東京にも京都にも限りません、一般に都市・大都市では、絵を「みる」機会にかなり広範囲に恵まれています。またそれだけに事前の情報、例えば報道・宣伝やポスター・絵葉書などで、前もって、何らか絵について「知らされ」てしまうことも多くなります。
なにしろ図版と複製との時代です、現代は。世界中の秀作、傑作、名品、神品、逸品の多数が図版化され、いっそ「回避しがたい」予備知識として現代市民は「強いられ」ています。大公募展や小画廊個展や知名度のまだ低い現代・現在の画家・作品は別としましても、故人でかつ有名な画家や古典的な名画の場合ですと、今や洋の東西をとわず美術全集やポスターや図録で見知っている例が多い。関連の伝記や文献、芸術家小説なども多い。あまりに多い。そして結果として、複製図版や本などで先に「知った」画家や作品の本物を、美術館や美術展へ、画廊へあたかも「確認」しに行く、外国へまでも「確認」しに出かけて行く、といった一種の逆立ち現象が起きてしまっています。「みる」感動の前に、先に、知識や情報として「用意された関心」が、何となし先行しがちです。
それでなくても、想像以上に我々は、絵を「観念的」にみようと身構えています。絵なる実作品を「みる」より前に、イメージという名の先入見で「不定な可能性」をさまざまに、暗々に、想像したり妄想したり要求したりしています。「みる」前からその絵やその画家への己が「立場」や「態度」を定めようとすら、気が動いています。むろん不正確で不安定で不定形な身構えなんですが、しかし情報や知識でウズウズしていがちです。
そして、いよいよ、絵を実際に「みる」んですね。「み」て、そして特定し、限定しつつ、現実に絵を自分の前へ対象化します。充実化もします。大なり小なり、また深くも浅くも、先行していた不正確なイメージ=予断に対し、修正を加えて行きます。修正じたい一種創作的な行為となり、つまりは鑑賞行為となって精練され吟味される。言い換えれば、繰り返し「みる」という、内容の濃い体験を絵の前で重ねるわけです。絵が良いも良くないも、鑑賞を深めるには、鋭く深く丁寧に繰り返しよく画面を「みる」以外に道はない。その結果、つまり深く良く丁寧に繰り返し「みた」結果、あいまいだった予断より、遥かに良くて優れて忘れ難い作品が、霧が霽れるように確認されることもあり、逆に、飽きられ見忘れ見捨てられてしまう駄作も確認されて行きます。
先にも挙げましたが私は、崋山作の『鷹見泉石像』が高校の頃から好きでした。しかし本物をみたわけでなく教科書の図版かなにかで見知っていただけでした、図版はただの墨版でしたが、とても凛としていて心惹く作品でした。そして東京へ出て来て、上野の博物館で初めて本物に出逢ったのです。ぎょっとしました。なんと、人物の衣裳は浅い空色をしていました。全体に淡くはあるが彩色の絵だったのです。不意打ちに遭った気分でしばらく棒立ちでした。ながい時間をかけて、じっと向き合っていました。予断をまず静かに洗い流してしまいたかった。それから作品じたいに自分の「眼」をむけて「みなおし」たかったのです。納得できました。これで良かった、あぁよかったと思いました。嬉しかった。霧が霽れたのです。絵が、本来の姿で私の前に在り私をみてくれていました。
絵は、作品は、それぞれに「所伝」とでも言える「着物」を着込んでいます。そうした着物のような衣裳のような「外被」に依拠しながら、作品を、絵を「みて」いるということが、たいへん多い。時には所伝を鵜のみするあまり、「みる」前からもう感嘆していたり、感嘆しなくちゃと身構えてしまってるなんてことすら、あります。感嘆の声を上げよう、上げたいばっかりに「み」に行くんです。前評判の高い美術展などだと、つい、そうなる。『モナリザ』や『ミロのヴィーナス』の来た時などもそうでした。つまり眼で「みよう」としないというか、じぶんの眼で「みて」いないというか、むしろ先入主にひきずられ、「みる」前から「観念して」しまっているんです。名画なら名画の前で、久しい間に培われてきた解釈や批評を介して、それらをただ頼って、つまり他人の眼で「みて」いるということは、けっして珍しくないどころか、むしろそうでもなければ、絵は「みて」も「わかりっこない」ものだと、観念してしまっているんです。
真に「みる」純粋無垢に自分自身の眼をもって「みる」なんてことは、当然のようで、実に実に難しくめったにない体験なんです。絵の上に、作品の上に、錆がふいたように他人の言葉がこびりついている。「みる」とは、そんな錆を、よく拭い取って「みる」ことなんでしょうが、実にこれが難しい。「みる」なんてことは、まったく単純な只の感覚の行使のようですが、それすら、観念・概念・先入主、つまり他人の賞賛や批判や解釈で錆びがちに出来ているんですね。
しかしまた、錆びるも錆びないも、もともと、そんな先入主がまったく無しに「みる」単に純粋に感覚的に「みる」裸で「みる」などということが、実地に、実際に、出来るものなのかどうか、これまた容易には信じられないのが本来なんじゃないか。もうすこし、そこのところを、粘りづよく考えてみましょう。

第一、美術作品を「みる」眼というのが、ほんとうに感覚的なんでしょうか。「みる」行為は、なるほど感覚的な単に行為であるでしょう、が、その「みる」を実現する「眼」が果たして単なる感覚器官かというと、そうであると同時に、それ以上に、人間的・人格的な意欲そのもの、とも言わねばなりません。大事なのは、そういう意味で「みる」を支えている「眼」「自分の眼」なのではないか。単に純粋な感覚なんて、現実には、在るようで無い、在りえない、こととも言える。そう思います。
もしも絵画を、「単なる感覚的視覚の表現行為」に徹したものとみるならば、究極、ただ「線と色と」だけのいわゆる「純粋絵画」に極まってしまう。絵の歴史は、そこへ極まり着く歴史かのようにも、現に、見えないでもない。しかし必ずしもそうとも言い切れません。絵画から受ける感動についての反省が進んで来ています。抽象とかシュール・リアリズムの面白さの確認と同時に、久しい美術史の再検討を経つつ、絵画表現が体してきた具象的意味についての再認識も進んで来ているのです。
さらに翻って思えば、近代・現代のいわゆる「純粋絵画」も、けっして単なる純粋視覚だけの産物なんかではない。それどころか歴史的・論理的に導かれた極めて「知的な構成物」なんですね、ピカソも、ブラックも、モンドリアンも、カンディンスキーにしましても。
言葉で、純粋な感性の感覚のと簡単に謂えましても、そう言った瞬間からその感性にも感覚にも「知的斡旋」が生じています。思想や思索や観念が介入して来ています。それを拒絶はできませんし、できない以上は、その介入してきた思弁性・思想性・観念性を、感性が、感覚が、優位に活用し導入する構築や表現の効果へ、造型優位にうまく確かに引き入れるということが、何としても大切な「課題」となってまいります。これに負ければ、ただ、頭でっかちになってしまいます。

で、ここで、存外にというより、非常にとハッキリ申しますが「盲点」になっているかも知れない、大事なことを一つ、指摘しておきたい。
持論でもあるのです、が、私は、「読書」とふつう謂えるのは再読以降、二度め以降を謂うのだと。時間を隔ててであれ、少なくも二度以上「読む」のが「読書」なのであって、一度の「読み」で事の足るような、済むような作品はただの通過駅であり、それでは、ま、ヒマ潰しでしかないと。ヒマ潰しもけっこう、そういう簡単な読み物の在るのをけっして否認するものではありません。が、二度も三度も読み返さずにおれない、読み返させずにいない作品にわたしは出逢いたいし、作者として書きたい、と願っています。
この感覚は、未知の土地への旅に譬えられます。一度訪れて、それだけで深い感動がないとはけっして言いませんが、二度行き三度訪ねてますます魅力の増す、感銘も深まる旅がある。旅先がある。再訪、歴訪して深まる感激は、ちょうど『源氏物語』や『カラマゾフの兄弟』や『嵐が丘』などを繰り返し読んで覚える嬉しさに似ています。けっして単なる機械的な反復繰り返しではない、まさに、一期一会の繰り返しです。一度しか読まずに済ました本や作品しか知らない人は、ある意味で、たいへんな浪費を知らない間に重ねてきた、お気の毒な方だとすら思います、「感動」とても、育てるもの、深められるものなんですから。
ま、同じことを言いたいわけですが、「絵をみる」のも、そうなんですね。「絵をみる」なんて一度きりの行為で十分と、つい思ってしまう。しかし錯覚ですね、それは。そう思いますよ。一度みて、二度みて、繰り返しみて、そして「みる」自分と一緒に育って行くものなんです、絵も。逆から言いますと、繰り返し絵を「みて」いるうちに育って行く自分や、感動というものが、あります。あり得ると人は昔から考えてきた。だから、すぐれた良い絵で身辺を飾り、その感化を得たいと考えて来た。書や画には、そういう働きがかなり期待されていたことは、実例に溢れています。
さて、こうなるとですね、ちょっとこれまでの話をひっくり返すように聞こえるかも知れませんが、ーーとにかく言ってしまいますがーー、いわゆる絵画鑑賞の「純粋さ」ということを縦し謂うと致しましても、必ずしも、美術史的批評や解釈の予備知識なしに、つまり知的先入主なしに、そんなものは一切無しに、ただもう自分の「眼」だけ「視覚」だけを頼んでひたすら「みる」のが「真実の鑑賞」だとは、限らない、ということになります。「無知識」で「みる」のが「純粋」で「良い」「みかた」などとは、必ずしも言えない。それどころか、「適切な知識」なしには、実際にはしばしば不十分にしか「みる」ことができないという点で、「読書」や「旅」と、「絵画鑑賞」とは実はよく似ているんですね。
読書に辞書は必要です、旅に地図があった方がいいように。絵の鑑賞にもそういった類の準備というか蓄えは、あって自然なんでありまして、無くてもいいのだとは、どこか不自然な頑固さになりましょう。
ただここで大事なことは、「知識」が「感性」を引き摺って連れて歩くのではなく、育て深めた「感性」の豊かさに、「知識」があとからついて来る、貢献する、裏打ちをするということです。逆ではないのです。その意味でもやはり「みる」「自分の眼で、よくみる」「繰返し、みる」ことが、先、ことの初め、であるべきなのです。
さて寄り道になりますやら、道順になるか、分かりませんけれども、ここで、「みる」行為を示すたくさんな漢字のなかでも、とくに代表的に多用されているものの意味を、まさぐってだけおきましょうか。
何といっても「見る」でしょうね。この漢字には、跪いて「みる」意味、がある。「まみえる」と謂いますね、謁見や降伏の儀礼に臨む際の、その双方を、同時に想いうかべたいような語感がこの漢字には預けられています。「見る・見られる」の相対関係。相手にむかって霊的な、ときには肉的な交渉をもつ意味合いが、「見る」には含まれていると言われます。「あひ見てののちの心にくらぶれば」という百人一首のあの「あひ見て」など、まさに霊でも逢い、肉でも逢って、そして確かめ合った「愛の視覚」の表現です。「ながらへばまたこの頃やしのばれん憂しと見し世ぞいまは恋ひしき」の「見し世」も、もともと「世」は、世間や社会を意味する以前に「男女の深い仲」をいう意味でしたから、この「見し」にも、やはり霊的・肉的な交渉に結ばれ合っていた意味が添います。女を「見る」そして男に「見られる」のは、「見あらわす」つまり露見する、つまり残りなき関わりになることです。「見る」ことで「霊(本質)」が「見われ」る、そして征服と服従との関係のような、少なくも深く切り離せないほどの関係が、そこに現出する。「現に見て在る」「見在」が、即ち「現在」の関わりとなるわけです。「見る」という漢字には、そういう心的な構造関係が秘められていたんですね。
次に「相る」をみてみましょう、「あひ見ての」の「あひ」は愛でも逢ひでもありつつ、
またこの「相ひ」でもありました。こういう含蓄の深さというか、他方では語彙の少なさによる「意味の相乗り」こそは日本語の大きな特徴なんですが、この「相」という漢字にはもともと「魂振り」ふうに、その生命の本質に迫って祝い頌める意義が預けられてきました。相互に「みあう」ことで、交霊が可能になる。内在する本質の外にあらわれ出る、それが「みえ」て来る。そういう、やはり心的な相互性のつよい働きを示す文字です。そこから「相談」も可能になる、「宰相」といった政治の力も動きだす。「人相」「手相」「墓相」を「相る」といったことにも意味が生じてくる。それもこれも、根本は「相見える」わけです。
では「視る」はどうか。「示す」扁はいわば「祭りの卓」を意味しています。「視る」には、神の降臨に立ち会うといった原意が預けられていました。心的という以上に神的な場面に生きた「みる」働きです。「幻視」「透視」などという。人間の「みる」感覚にことさら「視覚」という字をあててきた語感にも、なかなか遠い由来を感じてしまいますね。 鑑賞の「鑑る」は、水盤の水に顔をうつして「みる」意味にはじまっています。「鏡鑑」という熟語が端的にそれを示しています。
もう一つ、よく用いますが「観る」は、どうでしょうか。これには鳥の高くとびながら「みる」意義が古いのですね。鳥占いによる農耕儀礼に根差した「みる」なのでしょうが、分りよく謂えば、高くから「観望」する。転じて高楼や山頂から「観る」んです、「観望」しえた範囲を、対象を、呪的に支配するんです。それが「国見」でしょう。「高き屋にのぼりてみれば」の太古の天皇の歌にもその意義が含まれていましたし、「観察」にも「観光」にすらもこの原意は浸透していたはずです。

さ、こう「みて」参りますと、どうも日本のと限ることなく漢字感覚の「みる」には、霊魂に根ざし神呪に添い寄った「人間と対象との力関係」が意味深くこめられて在る感じが掴めてきます。
いま問題の「絵」を「みる」にしても、こうなると、「絵」と「魂」とが「相い見る」「相い見える」つまり肝胆照らしあう関わりかと、察しをつけるしかなくなる。およそ人間の精神が、感性の豊饒を介して創造・創作した「作品」「造型」と相い見える時の、また神自身の作品とも謂いうる「人」と「人」とが相い見える時の、一つの根源的な「在りよう」、本質的な結ばれ・出逢いの「かたち」を示唆してやまないわけであります。「みる」とは、そういう創造的な大きな行為であるわけです。
「分る」も「解る」も「判る」も、どちらかというと「肉=形=量」の問題のようですが、
「見る」も「観る」も「視る」も「相る」も、どちらかというと「心=魂=質」の在りようを示しています。そしてそこに心的・霊的な「眼」が働いてくる。
同じく「心」と謂いましても、むろんのこと、言葉である程度明晰に言い表せる心もあり、とうてい言い表せない心もあります。つまり言葉を拒む心、言葉では現れてこない、表し難い心があるものです。しかも、それぞれの心の表現にそれぞれの論理があり、論理の帰結としての表現も、時代により民族により個人の才能により、大いに異なって表れもし、また紛れもなく似通って表れてもきます。その種々相を、的確に、適切にとらえて、例えば「読む」例えば「みる」ということが言われるのでなければならない。
ましてこの日本の社会でありますと、例えば小説の場合にも、必ずしも全部なにもかも書き表したりしない、絵画の場合でも、必ずしもなにもかも描き表したりはしないという風儀が出来ています。小説や詩歌ならば書かずに表す=言う、絵画なら描かずに表す=みせる、という創作の態度や志向がある。よく知られています。余情、余白、余韻ないし含蓄ちか暗示とかいった言葉で解説されています。「秘したる花」などとも謂います。
もう一遍、さっきに告白しましたあんなような、作品・名作に感動しました際の在りようを思い返してみて下さいませんか。
瞬時瞬発的にせよ漸々徐々にせよ、要するに「みる」私と作品との、二つの異なる魂と魂とが、「眼」というレンズを介して、相寄り、色と輪郭とを、ちょうどピントを重ね同じていくように一体化していく、そういう「感動」であったと思い起こすことができます。魂の色と色とが相寄り、似ていき、一つに成る。そういう感じなんですね。そして当然だろうと思いますが、これは人間関係とも根本において似ています。ウマが合う、ソリが合う。どこかで錯覚にも似ていますけれども、たいへん貴重な錯覚、愛そのもの、でもある。その貴重な錯覚を愛の名において分かち合える間柄を、譬えば「身内」と呼びましょうか、作品に、絵に、感動するというのは、「みる」人と作品とが「身内の間柄」に成った・成れた、ということなんじゃありませんか、譬えて謂うならば。
ですから、或いは、しかしと謂うべきか、必ずしも客観性は、無い。成長しながら普遍化し共有化していけるタチの体験、つまりそれこそ好みを同じくし趣味を倶にするということでしょう。趣味体験とは、主観的には普遍性を主張しうる「不思議色をしたよろこび」なのですから。そして、この「人と作と」が一つに生きあい、また「人と人と」が同じよろこびを共有し倶にしていく過程で、知識や判断や批評の力がまこと猛烈に発揮されてくる。発揮されなければならない。それが関所かのように立ち塞がるとは申しません、しかし、体験に付き添うようにして、ややうしろから、深切に伴走して来るのだとは申し上げておきましょう。
結論になりますかどうか、要するに「わかる」にとらわれ過ぎず、徹して「みる」を繰返して深切に「みる」ところからしか、いい体験は成らない、大事なのは自分の眼をしっかり作品に向けて「みて」からモノは、コトも、はじまるのだとということです。「みて」「わかれ」ば結構、「みて」必ずしも「わからなく」ても、実はいいのです。「わからなく」ても感動することがあり、感動を重ねていると、不思議と「わかって」くる。それが優れた芸術の生命力というものです。そのためにも一度や二度で「わからない」からと投げ出さず、「繰り返し」絵の前に立ってみる、文学や音楽の前にも身をおいてみる辛抱を、育てたいものです。  ご静聴を、ありがとうございました。       ──完──

 


                      ー 単行本『猿の遠景』紅書房 所収 ー

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