* 四海波静かにとは行かない、アメリカの偵察機に北朝鮮の戦闘機がスクランブルで過接近し、威嚇している。金正日の「喜び組」から追放された美女が、脱北して、体験をにこやかに喋っている。拉致家族会の主な人がアメリカのアーリントン墓地に献花し、松井やイチローや野茂が大リーグの予備選で活躍し、リクルートの主犯格が有罪になり、警察本部長が或る犯罪の被害者家族による裁判は金目当てだと失言している。刑務所の看守は囚人の肛門に高圧の消火水をぶちこんで死なせ、法務省の矯正局長はそれしきは大臣にまで報告すべきコトとは考えないと胸を張る。議員秘書が逮捕され、イラクは査察への極度の粘りで時間稼ぎに外交の腕前を発揮し、予算案は衆議院を通過した。
なんとも騒々しいことだ。
* こんな中でも卓球の天才少女「福原愛」ちゃんを追っかけた二時間番組は、幾らかの清々しい感動を送ってきた。八百長では出来ないことをやっている人は清々しい。背丈半分ほどのちっちゃい子に少し追い込まれて慌てた、元チャンピオンの小山チレが、辛勝したあとで、愛ちゃん愛チャンと騒ぎすぎだ、あんな程度なら中国に千人はいると吐き捨て、ところがそれならと中国に遠征体験を重ねてきた愛チャンが、そのことに記者に触れられると、悠然と「千人連れてきてよ」と笑ったのがおもしろかった。
2003 3・4 18
* このところテレビをつけるとよく巨人阪神戦をやっていて、しかもいつ見ても阪神の調子がいい。
何といってもわたしは関西人、また子供の頃の巨人阪神戦は別格の盛り上がりであった。ま、自然に阪神贔屓だった。わたしがプロ野球の存在に気付いた頃は、阪神に若林忠志という軟投の名投手が監督もしていて、一番呉、二番金田、三番別当、四番藤村、五番土井垣などがいた。別当はすこし遅れた入団だったかも知れない。そして後には名遊撃手吉田義男がいた。三宅という眼を怪我して引退したいい三塁手もいた。そんな頃の記憶にある巨人の監督は三原や水原で、千葉や川上がいた。川上が赤いバットで、他球団に青いバットの天才ホームラン打者大下弘がいた。わたしは、阪神の若林、藤村そしてこの大下が好きだった。南海の山本(鶴岡)という監督三塁手も、かしこそうで磊落で好きだった。
そうはいえ、むちゃくちゃの野球少年ではなかった。なにしろグローヴを買ってもらうのに死ぬほどながく辛抱し辛抱したし、金のかかることは自分から避けていた。視力の弱さで軟式の速球に追いつくのもニガテだかった。その点、歌を作ったり、叔母にお茶を習う分には金がかからなかった。
野球場へ公式戦を観戦に行ったのは、一度だけ父の連れて行ってくれた西宮球場。片方が南海ホークスであったこと、南海の一塁手飯田がライトにホームランを打ったことだけ憶えている。かなり退屈したような覚えもある。
東京へ来てからも、高校野球もプロ野球もテレビでは観ている、ときどき。我が家は夫婦して野茂投手の心酔的ファンで、イチローも松井君も好きである。出来るスポーツマンはみな大好きである。気持が佳い。現役の頃より監督になってからの星野仙一にも好感をもっている。あれは「いい」男前だ。
* なんで、こんな思い出を。じつはじつは、或る同僚委員が、この連休中に、事情で不用になりそうな後楽園ドーム巨人・広島戦のネット裏の券があるよ、使いませんかと誘ってきてくれた。ウーン、嬉しい。
地下鉄で見ては通るが、ドームに入ったこと、ない。なんだか、ワクワク、感謝して厚意に甘えることにした。妻も、ワケ分からずにウキウキしている。「少しぐらい咳き込んでもいいしね」とは、この際、言えている。嬉しいので、ふと、大下や藤村の雄姿まで思い出した。なに、写真でしかみたことは無いのである。
2003 4・30 19
* 六時プレーボールの「巨人・広島戦」に、三時十五分からドームは「開場」するらしい。初体験で、老人夫婦は遠足気分。何時から出掛けて行くか。夕飯はどこで、何を。あんな広そうなところをうろうろ歩きたいとわたしは特に思わないが、もの珍しいのは確か。フフフ
2003 5・4 20
* 四時前、西武パルコのもう何十年かお馴染み「船橋屋」で天麩羅を食べてから、地下鉄で後楽園へ。先ずは遊園地に聳え立つ「絶叫マシーン」の轟音と悲鳴とを見上げて、あれぞ仰天というのか、しかし怖い思いはこっちがするのではなし、もの珍らしさに老夫婦は、にこにこ。好天。ぽかぽか陽気で、緑樹も映え輝いていた。ベースボールグッズやドームの食べ物には興味はなく、さっそくネット裏の席へ入った。持っていたペットボトルのお茶を大きなカツプに移されたのは、すぐ理由が納得出来た。当然の処置だ。
ネット裏はそう低い席でなく、見渡し晴朗で爽やか、嬉しくなった。今日は観劇とはべつの大きい双眼鏡を用意していたのも役に立つ。
* プレーボールまでの小一時間も、いろいろの見ものと、ぞくぞくの観客入場、電光掲示板や、マスコットガールやぬいぐるみ人形や、歌や、そのうちにレフト席の広島応援団、それ以外は満場巨人応援団の、盛んな応援の応酬もはじまり、退屈しない。試合が始まると、お、もう始まるのかというぐらいであった。
投手は、巨人はエース上原。その上原をいきなり広島一番の緒方が第二球をレフトへホームランしたので、少なくもわれわれ二人は盛り上がった。広島が贔屓なのでも何でもない、面白い試合になれば大歓迎。広島先行はいい感触だった。
選手の名前も、出ていたナインの巨人は二岡、ペタジーニ、阿部慎之助、仁志、それに上原ぐらいは知っているが、他は初耳。広島の方は一人も知らない。監督も知らない。しかし広島に頑張って欲しかった。あれだけ応援に大差があると、そんな気分になる。それでいて、巨人の知った選手が出て、ヒットや長打を打つとわくわくする。
拮抗していたが、代打の江藤(これは知っている。)が出てきて、キャリアに背かないスリーランを叩き込み試合を決定づけると、なんともそのホームランがめざましく嬉しかった。観たい物が観られたわけだ。
投手は上原か桑田だといいなと思っていた。清原がちょっとでも出て呉れるといいなと期待していた。高橋由伸がいないのが残念だった。原監督の顔はとうとう見られなかった。
で、どれくらいの点差であったか、何対何であったのか、覚えていない。なんという観客だろう。とても面白かった。楽しかった。たださえ子供のような老人が、めためた子供に返ったようであった。
* 地下鉄後楽園駅が満員で溢れるかと思ったが、空いた電車に乗れて、らくらく帰れた。保谷駅で、まだケーキが買えた。帰宅、コーヒーで、わたしはシュークリームを二つ食べた。妻は大きなチーズケーキを一つ食べた。
2003 5・4 20
* イチローと野茂とが好調。わたしはこの二人が好きだ。松井君も好きだが、マスコミはわたしらよりもっと松井が好きらしいから、彼はマスコミに任せておく。イチローが打つところ、野茂があのプリンとしたお尻をまわして真っ向投げ込むところ、ほんものを見たいなあと妻と話している。ムリかなあ。
2003 5・19 20
* 今日、とても感動したことを、口直しに、ここへ書いておかねば成るまい。
巨人軍の清原を大の大好きなある野球少年が、不幸な烈しい交通事故にあい、脳内出血も劇症で、医師はとうてい回復は望めないと命の保証もなにもなく絶望していた。母親は、すがる思いで清原選手に頼り、清原は即座に彼を病症に見舞って励まし励まし、かすかな応答の中で彼は大きな約束をした。そして、だれもが驚いた超弩級にでかいホームランを約束通りに病床の少年フアンにプレゼントした。
医師も親も信じられなかった回復があらわれはじめ、清原はビデオメールで励まし続け、つらいつらいリハビリの毎日に、「リハビリいたい、リハビリいたい」と繰り返す「詩」を書いて、歯を食いしばりながら、少年は「奇跡」としか言いようのない回復を遂げ、なんと球場にまで清原に逢いに行けるほどになった。
「幸福」な思いを、テレビのドキュメントは与えてくれた。このことを書かずに寝るのはいやで、機械の前にわざわざ戻ってきて、書き置いた。胸の奥まで、暖かい。
* さ、今夜はゆっくりやすもう。
2003 5・23 20
* 外出する用があって、大相撲中継を見ることができなかった、きのう。安芸乃島最後の取組になってしまったのですね。●が8つになった日。「相撲取りでないと、自分じゃなくなる気がする」と言ったそうですね。
年下とは思えない落ち着きと、絆創膏の類を一切貼らないもち肌、土俵に張り付くような足腰の良さ、重心の良さ。土俵から解放された時に見せる、笑顔や話しぶりが魅力的な、上に強く、下に弱い、不思議なお関取でした。
今日は、中継で何度も電光掲示板を映すンですもの。涙ぐんでます。 関西
* わたしも安芸乃島には大関になって欲しかった。いい関脇はこれまでにも大勢いたが、とびきりの名力士の一人だった。
朝青龍が三度目の、横綱になってから初めての、優勝。二敗。千代大海を破った千秋楽相撲は強かった。初めて朝青龍をみたとき、このガッツはほんものだなと感じたのを覚えている。めきめきと頭抜けた。抜群という物言いがピタリのハツラツとした横綱が出来ている。
双葉山、羽黒山、東富士、千代の山、栃錦、若乃花、大鵬、柏戸、琴桜、輪島、北の湖、千代の富士、貴乃花、曙、武蔵丸。大勢の横綱たちを知ってきた。朝青龍はますます活躍するだろう。
2003 5・25 20
* 野茂がホームランを打って十勝めを自力でもぎとり、松井が二安打で勝ち、イチローと来ては満塁の逆転ホームラン。いまどき、打てば響く快味はこれらに尽きる。アテにならないことばかり、多い。
2003 7・19 22
* 小沢一郎の勝負手の成功を祈りたい。社民党の土井たか子の無残。小沢の思い切りが土井には結局無い。彼女が党に心中するのではない、党と党の歴史とを土井たか子が未練の道連れにしようとしている。民主・自由の民主への合流の流れに煽られて、このままでは社民党の選挙は惨憺たる自壊に終わりかねない。共産党も二枚腰三枚腰の粘りけをもたないことを露呈し、苦戦は免れないだろう。政権構想どころか政権への意思を表明できない共産党には声援の仕様もない。
昨夜の「東京の小闇」は、小泉純一郎と星野仙一を一対に比較していたけれど、星野はもともと中日投手の昔から巨人キラーの野党であった、進んで阪神監督に転じたのも、阪神こそはアンチ巨人の根からの野党球団であったからだ、わたしが子供の頃から。
小泉は自民党を壊すなどと威勢が良かったけれど、それは恰好つけであり、自民党の悪体質を利用しては悪法を積み重ねておき、国民へのリップサービスのように抵抗派に自民党の悪印象を押しつける狡猾無比な手口を濫用している。彼は根からの悪辣な与党人である。
星野は、少なくも野党阪神に今は徹している。それを信用して選手もフアンも乗りに乗っている。図に乗らないように願いたい、わたしも阪神の快進撃をいくらか気味悪く感じつつ、少年以来の胸を高鳴らせていないわけではない。長島も王も松井も好きだったし、個々の選手に対する好感はもっているが、「読売巨人軍」を贔屓にしたことは一度もない。巨人でなければ何処のチームでもいいやという無責任な遠い門外漢でしかなった。
*「フロ」野球と謂っていた、思っていた。思い出した。小学校から新制中学の時分だ。銭湯に行くと、番号の附いた脱衣戸棚が出来ていた。戦中戦前にそんなのは無かった。鍵を掛けるのが珍しかった。戦後世間の余儀ない自衛であったか、とにかく自転車はもとより、家の中の履き物まで、路次の電灯まで盗まれた時代だった。
で、銭湯へ行くと、何番の棚か函があいているか、子供心に気に入りの番号をねらうのである、わたしは三番三番と目がけていた。男の子等は好きな野球選手の背番号を目当てにしたものだ、三番は大下弘の背番号だった。すでに鍵がかかっているとガッカリした。「フロ」野球とわたしは内心名付けていた。三番がダメなら何番をとは、もう覚えていない。河上は十六番だったが、川上に親愛感はなかった。阪神の藤村三塁手が好きだった。彼の背番号も三番だった。長島の三番もじつは好きであった。
2003 7・24 22
* 夏の甲子園で、京都の平安は東北高校に負けた。すばらしい投手戦ではあったが、お家芸のバントにミスなどを平凡に重ねているのを見ていると、気迫は東北に乗りうつっていて、九回まで零対零という緊迫の中でも、わたしは平安は勝てないなと見極めて、テレビの前から立ってしまっていた。いま妻が「負けたわ」と知らせに来て、冷淡なようだが順当負けだと感じた。バットのスゥイングに鋭い速さがなく、無策に大振りしていた。投手戦としては甲乙つけがたい優秀な投げ手で、気持ちよかった。惜しい試合に負けたのも、理由の無いようには見受けなかったのが、惜しい。口惜しい。
2003 8・20 23
* 今日は平安高校をみごとに負かした東北高校が、茨木の常総学院高校に決勝戦で惜しい負けを喫した。常総は木内監督の引退甲子園であったようで、そういう大事な節目で監督に優勝の栄冠をもたらした選手達もえらいし、監督神話が一つ確立されたのもたいしたもの、感動した。
今回の大会は気を入れて幾試合かをテレビでみてきた。選手達はますます若くコドモらしく目につり、見ている自分には数々の記憶がよみがえること、で老いを思い知らされる。
2003 8・23 23
* 世界陸上という伏兵に襲われ、深夜というより明け方近い女子一万メートル決勝まで見てしまい、あげく、「喪われた故国」上巻を読み切ってしまうなどしたため、目覚めたときは正午によほど近かった。あれこれ一仕事して、なにげなく階下に降りると黒いマゴが悠然とからだをのばして昼寝している、そのよこへごろり。そのまま五時まで寝入ってしまう。
この調子で一週間あまりもつづくと、わたしの仕事は潰れてしまう。
2003 8・24 23
* 世界陸上女子百メートルで、あのオッティが準決勝で六位に終わったのは寂しいが、あの年齢でまだ百メートルで準決勝まで勝ち上がっていることに、衷心の敬意を覚える。オッティとブブカ。わたしにとって世界陸上の名選手として忘れがたい男女の両横綱級である。
ま、仕方がない、その女子百メートル決勝だけは見てから寝よう。もうそろそろ階下から声がかかるだろう。
2003 8・24 23
* 昨日の世界陸上では、かつてない後味のわるい男子百メートルの二次予選があった。今回の大会から取り入れた「フライング」失格規定の弱点が露骨にあらわれた。従来なら、同じ選手が二度「フライング」をおかすと失格したのに、今回から、誰かが最初に「フライング」すると、次には誰が「フライング」しても、その二度目に侵した選手が失格してしまう。その選手にも気の毒だが、他の選手のスタートダッシュを著しくメンタルに制約し、萎縮させる意味でも、望ましい改定とは謂いにくい。しかも「フライング」判定が厳密な機械的反応のキャッチで検定されるために、無意識の身じろぎ程度も、わるく機械にキャッチされ失格判定に結びつきかねない。昨日はそれが露呈し、誰の肉眼にも「フライング」とは映じない身動きだけで二選手が失格と判定され、観衆からも不満のブーイングが連発された。何度スタートラインに選手がついてもブーイングで集中心が乱され、スタート出来ぬまま長時間を費消。選手たちがかわいそうであった。
このルール改定、苛酷の印象を免れない。
男子一万メートルのラストスパートのめざましい速さには、女子のときもそうだったが、目を剥いた。
女子百メートル決勝は、オッテイといいマリオン・ジョーンズといい馴染みの顔ぶれを欠いて、新鮮だけれど心持ち寂しかった。
2003 8・25 23
* ハンマー投げ室伏の銅メダルにつづく陸上のメダルが、男子二百末続選手により実現するかどうか、午前三時、まだ待っている。おかげでというべきか、発送作業はだいぶ進んだものの、夜が明けてからの体調に影響するだろう。
明日(今日)は男子マラソンがある。オリンピックと世界陸上はこれまでもよく見てきた。見終わると次の大会まで健康でいようと思う。サッカーのワールドカップも、そういえば異様に楽しんだのを思い出す。すこし、眠い。
* 末続選手、百分の一秒差で男子二百メートル銅メダルを獲得。歓喜・興奮し、潰れるように寝た。
2003 8・30 23
* 今夜の男子マラソンは「失敬」しようかな。明日の女子マラソンの方が有望かもしれない。
* 男子マラソンは案の定「地力」が弱かった、無かった。三位が目前に見えるまで追って、しかも追い抜かれて、五位と十位か。男子は四百メートルリレーに期待する。
2003 8・30 23
* 目覚めが午後三時とは、記録的な寝坊。世界陸上のアトも『帰らざる故国』を読んでいたために。少し発送作業に目算違いが生じた、が、今晩、女子マラソンを見ながら、概ね遂げることになろう。
2003 8・31 23
* さすが日本の女子マラソン。横綱には負けたが、大関、関脇、小結の揃い踏みとなり、団体の金メダルも、とびぬけた成績で男子に継いで、獲得。おもしろい、いいレースであった。転倒した大南選手にも勝たせたかった、惜しいことをした。パリの街の美しいのにもさすがに感じ入った。
なによりも京おんなの千葉真子の、冷静なレース運びに驚嘆した。終始先頭集団の最後尾につけたまま、三十何キロかのスパート地点で上手に先頭を追いかけ感心させ、しかしながら途中北朝鮮の選手に抜かれて五位に後退し、あーあと嘆息させたのも束の間、北朝鮮をらくに抜き返してさらに三位を走っていた日本の坂本選手も抜き去って、あざやかに銅メダルを手にしたレースぶりは、藝術的でさえあった。小池監督の予想を絵に描いたように実現していたのにも感心した。
まだこれから男子四百、千六百のリレー決勝が待っている。この世界陸上は真夜中という悪条件にかかわらず、わたしたちを十分魅惑した。「湖の本」発送も、おかげで世界陸上の閉会式に足並みをそろえ、好調に終幕へ。
2003 8・31 23
* 男子リレーは、四百も千六百もあっさり負けて、世界陸上は終わった。いやもう終わってくれて良かった、眠いのも通り越した。牧南恭子作『帰らざる故国』の続きを読み進んで、さ、寝ようと思い、いやいや「源氏物語」とバグワンはやはり読みたいと思い、台所で読んだ。明石の尼君、明石の上、出産の明石女御、それに遙かな明石入道もふくめての深い遠い因果譚が始まるところで、一段落が長い。物語的に面白く、しかも重視せざるをえないところ。ことにわたしのように、源氏物語にも「水」神の深い先導や誘導があると読んでいるものには、住吉を祭っている明石の一族が絡んだ物語の展開には、注目してしまう。
バグワンは、『存在の詩』がやがて終えてゆく。この一冊は、ことにバグワンの基本の基本を語ろうとする姿勢がうかがわれ、それは受けとるこっちの勝手読みとはいえ、有り難い。
2003 9・1 24
* 世界陸上にまともに付き合ったための昼夜逆転は「極め」がついて、今日は午後二時頃から九時前まで寝ていた。夢の中で、鴎外と漱石に同じ場所で会い、漱石先生とコンピュータについて話し合った。おもしろかった。
2003 9・1 24
* 気に掛けて、日本シリーズの阪神・ダイエー戦を繋ぎ繋ぎみていた。最後の最期にダイエーのさよなら勝ち。熱戦だった。これまた繋ぎ繋ぎ「釣りバカ日誌」を観ていたが、この方は途中。スーさんこと鈴木社長に少し元気がなく心配したが、役のうちだといいが。
今夜は「ホワイトハウス」があり、もうすぐ、また階下におりる。アメリカの池宮夫妻から明日にも日本に着くとメール。関西から九州方面を楽しんで。月末ちかく東京へ来ると。
2003 10・18 25
* 大敗した阪神は甲子園で巻き返すだろうか。
2003 10・19 25
* 辛うじて阪神が二勝二敗に漕ぎ着けた。昨日今日と二試合つづいたサヨナラ試合というのも珍しい。これで正直のところ分からなくなったが、明日たとえ勝ったにしても、福岡へ決戦の場を移されてしまう阪神は、やっと五分五分であろう。
2003 10・23 25
* 妻の報告では高橋尚子が東京マラソンに苦戦しているらしい、あんなむちゃな前半の走りでは危ないと感じ、わたしは早くにテレビの前を離れてきた。気負ってはいけない。武蔵丸ほどの安定した力士でも、怪我から休み初めて相撲勘のもどらぬまま無理相撲が利かず引退に追い込まれた。高橋尚子の逸材ぶりは言うまでもないが、体力の持久を一目見て危ぶませる肉も皮も削いだような骨体質ではどうかなと、案じていた。
歳歳年年人は同じからずで、じつにうまいぐあいに人は山をのぼり、山を下りて行く。山の高さは人それぞれであるが、高いから貴いのではない、山には山のそれぞれの味わいがあるのだ、それはその山に抱き込まれてみて分かる。佳い山は佳い山なのである。人は片道の登り坂だけを登るものではない。
2003 11・16 26