ぜんぶ秦恒平文学の話

スポーツ 2010年

* 今日は、なぜか百パーセント白鵬が日馬富士に負けると確信し、憂鬱でならなかったが、案の定、情けない負け方で二敗に後退。いくら応援しても、朝青龍が魁皇に負ける目は百パーセント無かった。

だが、まだ白鵬に意地を見せる機会がないわけではない。

2010 1・21 100

 

 

* 貴乃花親方が相撲協会理事に当選したのはスリリングであったが、当選した以上、他の理事がどんな顔をしようとも、積極的に発言すべきを発言し続ける勇気を持って欲しい、引っ込んでいたら、古手の古株の言いなりになってしまう。

ペンの理事会で十年それをやりつづけて、十一年目にはほとほと根気も尽きたけれど、十年間に吹き込んだ新風についてわたしは自信を持っている。それでも、根強いちからで一つ一つまた潰されて行く。保守は、じつに黴のようにつよいのである。

 

* 朝青龍に関しては、先場所の優勝を土俵で観てきて、じつは、彼の相撲をもう少し観ていたい希望を、わたしは持つ。今一つは、相撲は伝承である、国技である、文化であるという建前言葉の内実もじつは古びている気がしている。歌舞伎に現れる相撲取り達、殺人もしている。喧嘩も用心棒もしている。

わたしは、藝人の社会的なミスは、藝の上で取り返せと云ってきた。相撲も歌舞伎も能も同じような伝統藝能であり、そんなに異様なまで異なる感じを過大には持っていない。朝青龍の前の出場停止になった問題では、かなりアタマに来たけれども、解雇や廃業は論外として、出場停止は藝の場を奪うのだからそうとう「厳しい仕置き」だとは感じた。こんどはそれ以上の仕置きが必要だろうと思うが、半年も一年もの出場停止は事実上の殺しであり、また朝青龍の藝に惹かれているフアンの気持ちも無視される。

わたしなど、たとえば今後の三場所で「二度優勝を義務」づけ、果たせなかったら引退といった仕置きはどうかと思う。それなら朝青龍は藝で失態を取り返せるのだし、フアンは彼の気の入った必死の異能相撲が楽しめる。

どうだろう。

2010 2・1 101

 

 

* 横綱朝青龍の「引退」がきまった。彼の本割りの相撲がもう見られないことに、相撲好きの一人として、惜しさを覚える。誰にも、どうにも庇って遣りようがないのもキツい。

故国へ帰ってサッカーして出場停止を食っていた頃か、もうわたしは朝青龍を見限っていた。

しかし、復帰しても弱くなっていて引退必至とみられていたのを、まんまと跳ね返し、さらに何度も優勝回数を重ねてきた強烈な闘志と実力を実際に土俵上で見てからは、行儀の悪いショウがない横綱に違いないが、大の贔屓の白鵬にもない個性の妙味は、大いに認めてやらざるを得なかった。妻など大変な贔屓だ。

今度も、なんとか土俵の上で大汗をかき、勝ち星で不行儀を償わせる道はないものかと願ったけれど。惜しいことだ。白鵬が大泣きして先輩横綱を惜しみ讃えたはなしを二階へ伝えに来た妻の話を聴き、思わず泣いてしまった。一時代が動いた。

2010 2・4 101

 

 

* 朝青龍引退で大騒ぎだ。惜しいけれど。自分で自分を追い込んできたこと。ま、そういうところで本人も自ら詰め腹を切ったと言うこと。ああのこうのとマスコミは今更喧しいが、一つには、自分たちで追い込んできたことでもある。

2010 2・5 101

 

 

* スピードスケートの500メートル男子。銀と銅はよかったが、銅の選手のゴールが最後力尽きたのか油断か「流して」いたのは惜しくもあり、いただけないと観た。モーグル女子のメダルを逸したのは惜しいが、四回のオリンピック出場で「一つ」ずつ成績を上げてきたガンバリは称讃する。メダルは二の次でよい。

2010 2・17 101

 

 

*  下前歯が不愉快に痛み、文字通り閉口。肩の凝る、目の疲れる校正でなしに、いい気分転換がしたかったが、明日は展覧会など観られないし。隅田川の橋を渡りに行くか。

 

* 痛み止めをのんだせいか、局所の不快感とともにぼんやりした気分もある。今夜は早くやすもう。冬季オリンピックに夢中で感激している人もいるようだが、わたしには気遠い。葛西がラージヒル予選で大ジャンプで一位だったとき、次の幸運を祈ったが、期待は出来なかった。

今回冬のオリンピックは、総じて不成績との予感が動かなかった。

勝つとか負けるとかに興奮するのが少し鬱陶しかった。

藤田まことの死の方が、はるかにわたしを深くで捉えている。荻野目慶子という不気味に臭い演技派女優と競演していた記念番組「追いつめる」も。「理屈にあわなくても」といったか「勘定が合わなくても」といったか「いいでしょ。男と女のことは」と女はモチーフを何度かくり返していた。一度二度で足りているのにと思ったが、このつよい把握が、表現もつよくしていた。大人が書いているなと感じた。ゆうべの「樅の木はのこった」よりも、いま一段人間の剔りを深くしていた。

2010 2・21 101

 

 

*  浅田真央のバンクーバーは、銀メダルに終わった。予想していたとおり韓国のキム・ヨナが勝った。

真央は高く跳んで回転する難度の高いわざに挑んだ。キムは、跳んでたくさん回転するより、スケートの華麗と速度感で魅了する選手だ。難易度よりも、見た目の速さと美しさではキムの行き方の方が嘆賞をラクに誘いやすい。失敗も少ない。跳ぶためには直前にスピーデイな魅力をやや抑えねばならない。フィギュアの美しさというよりもサーカスっぽくなる。

キムが有利と観測し、そのぶん、傷ましくて愛らしい人のいい浅田真央に、日に日に加わる報道のプレッシャーなどを気の毒がっていた。見ていられなかった。結果は予想通りになった。

2010 2・26 101

 

 

* よく眠れる。睡眠障害は無い。このところ、つい朝寝が過ぎる。

 

* 浅田真央選手をいたわり慰めるメールが二つも。その気持ちには同感する。マスコミの過剰な煽りがいちばんイヤだった。激励のつもりであろうと、どこかおもしろづく太鼓を叩き笛を吹いていて五月蠅かった。

 

* スポーツの世界はフェアであると決めてかかったこともない。ルールの勝手な変更などいろいろこれまでにもあった。ライバル選手の暴行事件すらあった。何があってもおかしくない世間である。

真央はそんな中で真摯に努力していた、求道的な感じはイチローや野茂に似ていると好感をもちつづけてきた。だれもが認めて愛している。それでよしと堪え、前進してくれるだろう。

 

☆ お元気ですか。  播磨の鳶

二月の寒さは何処に行ったのか、暖かな一週間でした。雨後の静かな朝です。が、庭の大きくなりすぎたミモザに鳥たちが集まるので、仕方なく物干し竿を振り回して幹を叩いて鳥を追いやる始末です。滑稽な姿がたちどころに思い浮かぶでしょう?

ねずみ騒動、早く解決するといいですね。ねずみは幼い頃の思い出にあります。夜中になると天井で走り回る気配がしました。在る時、押入れの奥に生まれたばかりで毛も生えていない赤ちゃんねずみを見つけて祖母が殺したのを、可哀相と思いながら目そむけま

した。今頃は雑貨屋さんでもホームセンターでもねずみ捕りなど見かけません。もしねずみ捕りにねずみが入っていたら・・どうするかしらと思ってしまいます。

生き物すべてに命あり、魂あり、みな仏と思いつつ、ねずみもゴキブリも見たら、わたしは悲鳴をあげてしまうでしょう。

来週からしばらく眼を使うことをできる限り避けて大事にしなければなりませんので、本を読んでばかりいます。

フィギアの真央ちゃんはとても残念でした。挑む姿、大好きです。直後のインタビュー、可哀相でした。何だか、あれから気分が沈んでいると、娘とわたしは言い合っています。真央ちゃんが背負った国民の期待が重荷になってはいけないことは十分意識しつつ。

オリンピック、単に個人の問題に終わらず、むずかしい。

花粉症の記述がHPにあまりないのは、悩まされていないからでしょうか、如何ですか? お体、ご自愛ください。

土曜日の朝、僅かな時間のとりとめないメールです。

 

* 京都の家では、家の中へもねずみはおろか蛇まで出た。「戦時中」という三字の印象に、わたしの場合、ねずみと蛇とが不可避に加わってくる。

 

☆ ご立派   週刊マダム

昨今の軟弱なネコと違って、マゴは猫の王道を行く高貴な野性のある猫なんですね。ご立派です。それにしても鼠を見せられて動じないなんて、さすが長い猫歴をお持ちです。わたくしなら逃げ出すか、柄にもなく気絶するか。

浅田選手、十九歳ながらじつに立派だったと思います。たくさん拍手してあげます。でも、号泣している姿はせつなくてかわいそうでしたね。悔しかったでしょう。

感心したのは負けてなお前向きなこと。次に挑戦したいという、そのまっすぐなところは大したものです。かわいいです。私のようにすぐにふてくされてしまう人間は大いに見習わなくてはなりません。

お元気ですか。湖の本、とても楽しみにしています。

2010 2・27 101

 

 

* 『デミアン』を読み、ソクラテスの『国家』を読み、そして床を離れて血糖値を計ると、102。けっこうである。

日本の女子選手が三人ずつで競うスピードスケートで、じつにじつに惜しく一位を逆転され、銀メダルを獲得した、その表彰式を観た。

(こう書いて、何十年のちにも、わたしが「観た」のはテレビで観たのだとあたりまえに分かるだろう。テレビのない時代の人が、上のような記述をもし読めば、わたしを魔法使いだと想うだろう。)

2010 2・28 101

 

 

* マイミクさんのお祖父さんが昔、大相撲の美男力士であったと教わった。もうよほど昔の人で、シコ名は「栃ノ花」と。

朝青龍のいない大相撲が始まっている。ごっつい鬼歯が抜けたような。

琴光喜が負け琴欧州が負け、魁皇が強く勝ち、白鵬が強く強く勝っていた。

魁皇は親方友綱、昔の「巴潟」の部屋だが、同じ名前のチャンコ店があり、妻と三度四度食べている。ある日、部屋に大関魁皇が帰ってきたと聞いて、妻は席を立ち、道路を隔てたお向かいまで追っかけていって握手してきたからエライものだ。両国駅のすぐ近くに「天亀八」というわたしも知っている老舗の天麩羅がある。栃ノ花の孫娘というマイミクさんは、その店で結納をかわしたとか。佳い感じ。

2010 3・15 102

 

 

* 関脇バルトと横綱白鵬の十一日目の全勝対戦は、真っ当に横綱の圧勝。これは面白かったし、バカげてもなかった。眼力の差が出ていた。

2010 3・24 102

 

 

* 昼飯は食ったっけ、喰いに階下へと思って時計を見ると、昼どころか、夕方だ。相撲を見よう。

相撲は千秋楽。把瑠都の大関昇進は確実、それなら一人横綱の重責を果たしてきた白鵬の全勝優勝が見たい。もう朝青龍は過去へ埋没したようなもの、上の二人が立派に盛り上げた。この大きな新入幕力士、相撲を着実に「覚え」さえすればたいへんな存在になるぜと言い合った把瑠都が、今やその通りになってきた。白鵬だけに完敗したが、他はめざましい進撃だった。褒めたい。

 

* 把瑠都堂々の技能勝ち十四勝一敗で、大関昇進を百パーセント勝ち取り、白鵬は堂々の熱闘で全勝、十三回目の優勝。大横綱といわれる前に名横綱の気魄と姿勢を見せた。

2010 3・28 102

 

 

* 遙かに遙かに太陽より遠い、しかも小さい小さい「イトカワ惑星」めがけて飛び立った日本の探査機「はやぶさ」が、故障に故障を重ねながら、一つ一つを自力で克服し、予定の十倍以上の遠回りの距離を、予定の何層倍もの年数をかけて、やがてオーストラリア地域へ帰還するであろうと云う。

これこそ「ものすごい」ことと、感動こめて云おう。

世界フィギュアで、浅田真央が美しく舞って世界一になり、日本の男子もはじめて世界一になった。

関脇把瑠都は、故国エストニアで国民栄誉賞をもらうそうだ。日本晴れの大関昇進に、大きなおめでたが重なる。母上の嬉しい笑顔がよかった。誰一人にも異存ない晴れやかさ。

体調の調いかねる今日この頃には、こういうカタルシスが、真実有り難い。

2010 3・29 102

 

 

* 夏場所の桟敷が取れている。わたしたちの、いまぶん最大の贅沢、四人席に脚をのばして二人で観るのだから。今度は、また一段と土俵に近いそうで、把瑠都の大関ぶりに期待している。それ以上に白鵬に連続全勝して欲しい。琴欧州、奮起せよ。

2010 5・2 104

 

 

* 資料やゲラを読みに出掛けなければ。どうしても机のある階下へおりても、目の前でテレビが鳴っていては思案も何も。なんであんなにテレビを付けっぱなしでないと暮らせないのだろう。

来週は月曜歯医者、それに演舞場歌舞伎がある。、次週は夏場所、次いで俳優座があり、そして講演旅行。それらの間に、「湖103」を、桜桃忌メドにうまく進めないと、これが遅れると、七月法廷の心用意に障ってくる。忙しい老人だこと。

2010 5・7 104

 

 

* 魁皇が勝ちをしぶとく拾って元気。ほんと、三、四年前より元気そうな顔つき。もう今場所でダメかと何度も危ぶみ、最後になるだろう見にゆこうと思ってきた。

土俵に上がるだけで「新記録」になるなんて、幸せ者だ。怪我しないで頑張って下さい。八勝ずつでももう八場所続ければ、あの千代の富士の勝ち相撲を越す。及ばずとも肉薄せよ。

2010 5・10 104

 

 

* 昨夜、ロサンゼルスの池宮さんが京都から電話。いずれ東京へ、と。妻が大相撲に誘って、「行きたい!」とのこと。恰好の歓迎になる。女二人で桟敷もゆっくり観戦してもらい、わたしは幕内土俵入りの頃から加わろうと。

白鵬、把瑠都、魁皇に白星続きで頑張っていて欲しい。

2010 5・12 104

 

 

* 明日は国技館の夏場所。うまくすると白鵬と把瑠都の取組が観られるかも知れない。一段と土俵に近い桟敷が取れたらしい。折良く来日、やがてアメリカへ帰ろうかという友人を誘って妻が先に場所入りし、わたしは幕内土俵入りの頃に行こうと思う。

 

* 十一時。今日も、ほぼ予定していたことはみなし終えた。明日、疲れないように楽しんできたい。

2010 5・19 104

 

 

* 両国は、雨かも知れない。池宮さん、無事に国技館前まで来てくれますように。

予想したように、今日は、横綱白鵬と新大関把瑠都の取組で、遠来の客を歓迎できる。わたしの気持ち、やはり横綱に全勝優勝して欲しい。彼が潰れるようでは今の大相撲、ぐずぐずの雑炊のようになってしまう。大相撲の気品は、気稟は、いま、白鵬ひとりで保たれている。

 

* 池宮さん、妻と一時半に場所入りして、館内のいろいろを大いに楽しんだらしい。お土産に、利休好写し、時代ものの「秋の野」蒔絵大棗と、淡々斎筆花押の短冊「萬事如意」を進呈。

さて私は四時前に桟敷に入った。三人で賑やかに幕内の力相撲を大いに楽しんだ。横綱白鵬は新大関把瑠都にあっさりと勝ち、優勝を、ほぼ確定的にした。健闘、三役昇進に目の出てきた平幕の白馬が大関琴欧州を振り回して勝った。

池宮さんは、終始機嫌よく楽しそうに土俵に向き合い、なかなかの通であった。ロサンゼルスでもお相撲は当たり前のように中継されているらしく、名古屋場所では、一人のご婦人が十五日間同じ平場で毎日ちがう着物を来て観戦してられるなどと観察も徹していておもしろかった。

満員御礼ではなかったが、天井桟敷に女子生徒たちがずらっと並んで、カン高い綺麗な声を揃えて一斉に贔屓力士を応援する風情も賑々しく、面白かった。

茶屋の番頭クンのタケちゃんにたくさんお土産をもらい、池宮さんはタケちゃんとも記念写真を撮ったという。たまたま折り合いが好くていい歓迎の一席が楽しめたのがとても気持ちよかった。

家に帰ってみると、妻はイタリア製のハンドバッグを、わたしは仰天するほど「本代」を頂戴していて恐縮した。かえって申し訳なかった。

 

* 雨は帰りの保谷駅から家まで。二十分順番を待って、タクシーに。ほかには、傘要らず。二時間ほど遅れて一人で家を出た分、途中で幾らかの再校三校が出来たし、京都へ発つ前日切符も用意できた。なにもかも、手順よし。

それでも、いまも、腹がシクシクと。おちついて、今夜はもうこのまま、休息を。

2010 5・20 104

 

 

* もう日曜か。一週間が早いような永いような。千秋楽。白鵬に、二場所続きの全勝を期待する。

今週末、京都へ。講演に。話すための用意が出来てある。新幹線久しぶり、仕事での遠出は気が重い。とんぼ返しに帰ってくる。

2010 5・23 104

 

 

*  みごと、大関魁皇の通算一千勝、右上手をひきつけて琴欧州をみじろぎさせず寄り切った。たいしたことだ。

加えて横綱白鵬の二場所連続全勝優勝のおみごと。楽しみの多かったいい本場所。次の名古屋場所がどうなるか。人気はこの二人に集注するだろう。

2010 5・23 104

 

 

*  楽しくお相撲が観られて私たちも嬉しかったですよ、お相伴ありがとうございました。

過分のお心遣いを賜り、恐縮の上に恐縮して身が縮みました。とにもかくにも、「湖の本」維持のためにと、深く頭を下げてお預かり致します。

家で、鵬雲斎の若い頃の「自作」茶杓を見つけました。みるから粗杓ですが、銘の「和」と筒の花押、箱蓋にも自署があり、茶杓自体にも鵬雲斎自身の削り跡がはっきり出ているようなので、うまくすれば、ロスにお帰りの時分にはお家に届いているかと、航空便で謹呈しておきました。どの季節にも使える銘なのが便利と思われますので、気軽にお使い下さい。木の箱が潰れないといいがと案じていますが。

古いけれど紛れない淡々斎の短冊「萬事如意」(万事・意のまま=何事にもこだわりなく、自由自在)の四字は結構な、めでたいものと思います。字も花押もすっきりと、鵬雲斎よりよほど上手で綺麗です。

時代ものの大棗「秋の野」は、利休ものの「写し」であるらしく、塗も時代ですが、大柄にいかにも豊かなところが新しい持ち主のあなたに似合っています、ご愛用あれ。出処はたぶんいろんな理由から、藤田男爵家あたりだろうと想ってきました。いい箱をあてがって上げて下さい、そして気楽にお使い下さい。

「茶ノ道廃ルベシ」「宗遠、茶を語る」の追加 有難う存じます。すぐ送ります。

大関魁皇が堂々と一千勝を勝ち取り、喝采しました。横綱白鵬の二場所連続全勝も流石で、よい責任を果たしてくれました。この本場所をご一緒に観ました。いいご縁を重ねました。

今度六月に送ります新刊は、題も『私=随筆で書いた私小説』です。大半は読みやすく、かなり楽しんで頂けるだろうと。

では、エデイさんともども睦まじくどうぞどうぞご健康にお過ごしなさいますように。

家内からも、お大切にお元気でと。 遠

2010 5・24 104

 

 

* 睡眠不足があった。

世界中がワールド・サッカーで騒いでいるけれど、かけらほどしか観ていない。そして、いささか騒ぎすぎだよとシラケている。あれだけの人々の大騒ぎして感動するらしいエネルギーが、さて、独り独りの何へゆたかに価値転化され結晶しているのだろう。

巧妙で狡猾な支配的政治家たちが、安全な衆愚の生産のために、三つのS、セックス・スポーツ・スクリーンを黙認し慫慂したことは、暗に史実で事実であった。

わたしは、この三つのSを、すぐれものであって否認してはならないと思っている。しかしただ耽溺し、そこから身の内に何も再生産できないなら、かなり愚かしい生命の消耗にすぎないのではないか。娯楽とはそういうもの。そうかも知れないが、再生産しないリクリエーションへのただ埋没では、あんまり虚しい。

 

* 相撲世間の野球賭博か。嗚呼、何をか云わん。

しかしまあ、「場所」もやめてしまえと青筋たてて怒り狂う識者たち、おえらいものだ。

相撲の興行、ほんの百五十年前くらいまでは、各地でやくざ差配に委せていたではなかったですか。品格の何のとおっしゃるが、歌舞伎の世界に登場する相撲取りは、用心棒でもごろつきでもあった。横綱級の殺人者もあった。博奕ややくざや喧嘩と縁のない相撲界だなどと本気で思ってきたのかね。しかも、みな素朴も素朴な若者達。

図に乗ってしゃしやり出てくるのは文科省の役人であり、テレビ文化人という小さいインテリたちだ。八百長やバクチ賭け事や「ごっつあん」体質にケチを付けるのはおえらいことで感心ものだが、いつのまにか、相撲取りがみな萎縮に萎縮してちっちゃく、ひよわになっている。

エライ人よ、警察よ、ちからこぶをつくって取り組む「先」を、間違えてやしませんか。お相撲さんの方が犠牲者なんじゃないのという、水平思考も、少しは必要だなあ。琴光喜や大嶽親方らの首をちぎって、元凶には手つかずなんて恥ずかしいよ。

2010 6・21 105

 

 

* 疲れていたが一度ぐらいサッカーもと、優勝候補の一角イタリア敗退の試合を観終えたが、日本とデンマークとは深夜三時半からというのに懼れをなして、寐た。偶然、きっちり三時半に目が覚めたので、テレビの前に。対デンマーク戦の前半だけを観た。そして眠い眼も仰天した、本田と遠藤とのブチ込みゴール二発が出て、これは勝てる、よほど悪くても引き分けで行けると確信し、また寝床へ戻った。

2010 6・25 105

 

 

* 三時頃に、ことんと床に臥し、七時におこされるまで熟睡、朝かとまちがえた。熟睡はいい、夢も穏やかで。

 

* 今日の日本は、サッカー、サッカー。大騒ぎ。

2010 6・25 105

 

 

* 日本とパラグアイとのサッカーは、九十分で結着つかず、延長の三十分でも結着つかず、0-0のままPK戦になり、日本が負けたが、負けは負けとしても、善戦死闘、みごとな負けであった。全員が本分を尽くして譲らず、むしろ後半は日本が押していた。数々スポーツの名勝負を観てきたが(ぜんぶテレビでであるが、)優にその一つに記憶できる。監督と選手諸君、またパラグアイの諸君にも感謝する。

 

* 相撲界のスキャンダルは、堪らない。一等堪らないのは、ついに国権のごときモノが相撲協会を壟断占拠して行く不快感。後見役として見守る姿勢でなく、母屋を乗っ取って天下りの快哉でも叫んでいるような外部委員会だか外部理事だか、なんだか得たい知れない権力意志の跳梁だ、観ていてじつに不愉快。

適不適を正確に判断できないにしても、理事長代行にもし新進の貴乃花理事をでも宛てて見守るようなサプライズが欲しかった。

 

* わたしは基本的には力士社会が未熟社会人たちの擬似子ども衆社会であることを余儀ない特殊な存在と眺めてきた。バスや電車の乗り方も分からなかった少年達を、そういう少年達の似たような先輩親方が指導しているのだ、心許ないのは確かであるが、力士社会は、根がそういう存在、として識者たちの好きな言葉で云えば「伝統」をなしてきた。品格だの神事だのスポーツではないだの心技体だのと、そういうことを言い続けてきたのは相撲界に寄生も同然の回りの大人達であり、それならばゴッツアン相撲もタニマチも伝統文化に類していると力士社会は暗黙に容認してきただろう、ゴッツアン相撲が「無い」と信じ切っている人はむしろ少ない。そういうもの、それでも真剣勝負は真剣に闘われていることも信頼しいた。

こういう社会に、文科省だのおえらいサンだのが権高に割り込んできて掻き回す姿は、理の有無を超えてわたしなどは甚だ不愉快、「置きぁがれ」と半ば嗤い、なかば怒ってさえいる。学歴社会が無学歴社会を鼻であしらい足蹴にしてニタニタしている気味が役人まがいの連中の表情や言葉にあふれ出しているのを観ると、むしろ侮蔑を覚えるぐらい気色が悪い。

理事親方をはじめ力士社会が、不当なまで強いられている外部干渉に毅然と立ち向かって総罷業も念頭に置きながら発言することが、いま、いちばん「立ち直りの第一義・覚悟」ではないかと思う。

ともあれ今回事件に関連汚染された理事長以下の理事は退陣し、新執行部をはやく組織し、大嶽親方一人を解雇ないし除名して、他は謹慎名古屋場所不出場、大関琴光喜は重謹慎のまま角界には残して、土俵上でもう一度下から這い上がらせたい。

痲薬汚染とはちがう。温情も角界の伝統だろう。

「膿を出し切れ」と叫んでいる人達、そういう高言は、政界や悪企業の方へ、暴力団の方へ向いて吠えれば良かろう、或いは自身の膿へ。

石もて他を打つことの好きな識者が威張りすぎている。キリストがそう言い切ったとき、多くの人恥じて立ち去ったぞ。

2010 6・30 105

 

 

* 帰国した日本のサッカーチームで、チームの芯であった本田選手と、PKを失敗した選手とのことばに関心を持っていた。本田は本田らしい生きた言葉で「次」を見つめていた。もう一人の選手は、PKの機会が来ればためらいなく「また蹴る」と言い切った。素晴らしかった。それでいい。

わたしも、ためらいなく「また書く」。一期一会。限りない繰り返しを生涯に一度の「会」と覚悟して、書く。果てない旅の、果てまで書く。

2010 7・2 106

 

 

* どうしてああも相撲世間をイジクリまわしたがるのか。国技、文科省、天下りめく外部の識者達。彼らには力士たちと相撲への親愛や敬意薄く、おおかた下目に見た軽蔑を居丈高に露わにしている。あれは好かない。そういう軽蔑と批評とは、政治家や役人へ向けてくれ。

わたしなど、ゆっくりした視線で、よくもあしくも「たかが相撲」と思っている、タカが文学、タカが茶の湯などと思ってきたのと同じだ。バクチ好きはバクチがやめにくいように、相撲取りは相撲取りの世間で相撲取りの味を身に受けている。へんな居丈高がかきまわしても、大なり小なりにわかに生まれ変わるとは思わないし、その必要もない。花札? いいじゃないの。横綱白鵬に深々とお辞儀させる何の必要があるだろう。彼は優勝すればイイ。立派だ立派だ名横綱だと誉めあげてきたのは、誰だ。

わたしは、権柄ずくに土足でよその土俵に乗り込んできて威張るヤツ、好かない。琴光喜に、十両の下位でいいから角界で名誉回復させてやってくれという貴乃花を、わたしは、よくぞ言ったと思う。わたしなど、幕じりで十分と思っていた。科料ににすれば五十万円見当のことなのに、若い人生を家族ぐるみ根から奪い取る権利がだれにあるのか。誰がそんなにエライのか。

協会組織がしんじつ謝罪するのは筋だが、力士個人に八つ当たりして潰してやる剣幕のエライ人達を、わたしなど、罰当たれと思う。ご意見番は水戸でも大久保彦佐でもワキにいて盛り立てたものだ。名古屋場所、がんばって盛り上がれと思う。放映もすればいい、フアンは見捨ててはいない。楽しみにしている。相撲には仕切り直しがある。時間制限は、そう十年でよい。鷹揚に力士達で自戒して行けば足りている。税金が惜しいなどと思ったこともない。いじくるなら、郵便局のサービスの方など本気で良くして欲しい。相撲は今のままで頑張ればいい。本末転倒の権力機構を持ち込むのは、ヤメテ。

2010 7・5 106

 

 

* 自分も休場を考えたと横綱白鵬が洩らしていたのも、大関琴光喜への過酷なだけの処罰にたいする静かな抗議と、同じ土俵に闘ってきた同士の深い同情であろう。貴乃花の自身退職願いを差し出しての琴光喜への配慮を要望したのと同じ思いであろう。ナニ様にできるあの剛情な処分であるかと、暗然とする。

2010 7・6 106

 

 

* 横綱白鵬の三場所全勝優勝に喝采。大関把瑠斗と、大相撲になったのも楽しめた。渾身の投げで大関が裏返った。名横綱大鵬を抜いた連勝が、47か48か。これで来場所前半で大横綱千代の富士の54連勝を抜く可能性がぐんと強まった。すばらしい。

賜杯をやりたかった。

賜杯まで辞退したなど、協会のぎっくり・へっぴり腰はバカげている。

九月秋場所が楽しみ。

2010 7・25 106

 

 

* 夏の甲子園に興南高校優勝。なんとなく、沖縄が残っていると応援してしまう。

2010 8 21 107

 

 

* どこもかしこも縮こまるように日照りを避けている、と、そういうわけに行かない仕事の人も大勢。無事を願う。甲子園の球児たちは頑張った。いつか夏の甲子園が秋になったりしては。夏休みと違い学校もあるからナア。この夏の甲子園は選手たちがまた一段コドモに見えてしまった。老いたんだ。二十代のうちは、甲子園球児がたまらないごついオッサンに見えたもんだが。

2010 8・24 107

 

 

* 秋場所の希望は、何といっても横綱白鵬の連勝記録。初日鶴竜との一戦緊張したが、無事に凌いでまず一勝。大関魁皇も凌いで勝ち幕内最多勝記録をまた一つ伸ばした。わたしの今場所の関心はこの二人に。

 

* 相撲の簡素で高邁な美を謂うなら、お相撲さんの四股名を少し強制的にも新ためてもらえまいか。ホーマショーだのゴーエードーだのガガマルだのコトショーギクだのソーコクライだの。隠岐の海、土佐の海ら、好い「海」はいるのに、美しい「山」が寂しい。なるべく四季自然の風趣匂う名乗りや好字を選ぶようにしてもらえまいか。双葉山、羽黒山、千代の山、安藝の海、玉の海、三重の海、北のの富士、貴乃花、大鵬、柏戸、琴桜、小錦など。それでこそただのスポーツと異なる自然との一体感による祝言藝としての相撲になる。

改革の手始めに、古くさがらずに、このような原点へ立ち返ってみるのが好いのではないか。

2010 9・12 108

 

 

* 元気づけられたい希望は、白鵬の連勝。おめず臆せず溌溂と大記録に挑んで達成して欲しい。

2010 9・14 108

 

 

* 白鵬の高まる緊張に臆することなく、勝ち進んでもらいたい。さっき相撲部屋から電話が来ていたようだ、わたしたちが桟敷席にはいる日にも白星を重ねていて欲しい。

2010 9・15 108

 

 

* 空腹、鮨を喰って帰った。白鵬は危なげなく栃煌山を突きだしていた。よしよし。

2010 9・21 108

 

 

* 白馬が琴欧州に勝ち、魁皇が日馬富士に勝ち、鶴竜が把瑠都に勝ち、しかし白鵬は負けずに五十八連勝。明日は魁皇と対戦。どっちも贔屓だし魁皇はカド番で危ないけれど、ま、連勝は伸ばして欲しい。優勝はもう決まったようなもの。

雨が来て、両国、すこしは涼しいだろうか。

2010 9・22 108

 

 

* 今日も明日もひどい雨ではないようだ。涼しければ有り難い。と云ううちに、ひどい土砂降り。遠くで雷も。ま、こういう日もある。土砂降りよりも不快なことが人間の世間にはある。

とはいえ不快は半ば気から来る。気を大きく確かにしていれば不快も薄まり流れて行く。洗い流してしまう気力の問題。

「なんじゃい」と。

 

* 土砂降りの中を両国へ。車中、校正。両国駅から国技館まで、つねなら二分の距離が、バケツの水を浴びる凄い雨、ただし風があまりなく助かった。それでも寒いほど濡れた。妻もわたしも長袖を着てきてよかった。

向こう正面の真ん中、四列目。土俵はもう手に触れそうに近い。わたしのメガネで力士のどんな表情もみな見える。まだ幕下がとっていて十両までに十数番のこっていた。

十両相撲の審判長、貴乃花。とても大横綱であったとみえないほど瀟洒に好い男ぶり。

 

* 何といっても今日白眉の好取組は、勝敗を別に、五十八連勝中の横綱白鵬と、必死にカド番相撲にとりくむ名大関魁皇との結びの一番。他はもう、どうでもいいぐらいなもの。

把瑠都は安美錦にきれいにしてやられ、琴欧州は呑まれたように栃煌山に土俵外へ放り出され、情けない限り。

だから横綱と大関との結びに国技館は割れんばかり盛り上がって、沸きたつ声援は、九割九分が「魁皇、魁皇、魁皇、魁皇!」

白鵬が嫌われているのでも憎まれているのでもない、白鵬には連勝を伸ばして欲しいし伸ばすに決まっていると期待していればこそ、満身創痍の大関に声援が燃え上がるのだ、実に気持ちのいい声援であり、魁皇はまた懸命に頑張った、いい相撲を必死で取った。さきに負けた二人の大柄で大味でひよわい白人大関とは大違いだった。

いつもは大声で声援するわたしは、口の中で、「ハクホウ」「カイオウ」と呟くように両方に声援していた。そして横綱の勝ち相撲にも大関の健闘にも拍手喝采を惜しまなかった。

 

* 雨の国技館そとへ出て、タクシーで月島まで。有楽町線に乗れば一気に保谷へ座って帰れる。すぐに来た小手指行きに乗り、車中、校正。仕事をしているときは、他の鬱陶しいなにもかも頭の外へ出ている。

仕事に打ち込むのがなによりわたしを元気にする。

雨は強かったが、駅前からのタクシー、二人目に乗れて、すうっと家へ。雨の秋場所もことなくて。

はじめて国技館に入ったのは2007年の秋場所、栃木の渡邊さんのご招待であった。そのとき、茶屋の竹蔵クンと知り合い、以来彼のお世話でいい席を用意して貰っている。

相撲場はしんから開放的で、どの桟敷も桟敷もみな大声を出して楽しんでいる。大声は男性だけでない、館内に響き渡る女性の声援も縦横十文字に行き交っている。今日の、白鵬・魁皇戦の空気はきもちよかった。

 

* そうそう。妻は友綱部屋のちゃんこ店「巴潟」で、かつて魁皇と握手したことがある。

さらに最近、三越劇場の客席で、目の前を通った横綱白鵬に思わず声をかけ、「うん」と応えてもらったそうだから、タイシタもんだ。

 

* さて、そんな気楽ばかりを云うておれる時期では、ない。そして十月が来る。結婚する井筒君からメールをもらっている。月半ば、心よりお祝いに、神戸へ出掛ける。

2010 9・23 108

 

 

* イチローは十年連続超200安打を達成し、横綱白鵬は今日琴欧州を圧倒して61連勝に到達、四場所連続全勝優勝にも王手をかけた。白鵬の記録は、ただ一番の負けだけで止まってしまうのだ、その厳しさに耐え抜いて立派な堂々横綱相撲。すばらしい。

満身創痍の大関魁皇、今場所こそカド番脱出は絶望かとかなしんだのを覆し、千秋楽の明日一番をのこして今日勝ち越した、えらいものだ。幸せな力士だ。

2010 9・25 108

 

 

* 白鵬の四連続全勝優勝で、六十二連勝。すばらしかった。優勝インタビューに答えていた言葉もえらかった。「自分は運が良かった、だが運は、努力した人にだけ少し神様が恵んで下さるものです」と。

少しも気兼ねなく、きみが心より尊敬し思慕してきた双葉山の連勝記録を九州場所で堂々書き換えて呉れたまえ。

2010 9・26 108

 

 

* 三時過ぎにはただならぬ天気で大空は厚い雲の波に覆い尽くされ、夕過ぎかと想う暗さだった。郵便局へ手紙を出しに自転車を使ったが、そのまま乗り回す気にもなれず、帰った。

夕方まえから、なにげなく録画の『点と線』を見始め、ビートタケシの好演に惹きずりこまれて、観ていた。途中、ア、とチャンネルをまわしたら、残念、横綱白鵬が稀勢乃里に敗れ、連勝は惜しくも六十三、はるか前時代の横綱谷風? の成績に並んだところで記録を伸ばせなかった。惜しい。しかし、有ることではあった、それが勝負だ、白鵬の努力の健闘を心から称えて、まだまだ若いのだ、挫けずもう一度大記録に挑んで欲しい、応援を惜しまない。同時に白鵬の大記録を阻んだ稀勢乃里を褒め、今後の躍進をぜひ期待したい、双葉山を破った安藝の海のように。

 

* ちいさかった昔、母か叔母かの婦人雑誌で、六十九連勝でついに敗れた名横綱双葉山、勝った安藝の海両者の秘話めいた特集記事を夢中で読んだ記憶を持っている。そういう時は、いずれにしても来るのだ、もう少しもう少し勝ち進んで欲しかったと想うのも、よくぞ阻んだと想うのも、相撲好きの冥利というもの。口惜しいが、惜しいが、アトをひくまい。再起を願おう。

2010 11・15 110

 

 

* イチローくんが十年に打った二千二百五十本ほどの全ヒットを七時間かけて見せるという唸るようなテレビの企画に二年分ほど惹き寄せられて見ていた。思わず笑ってしまうほど、多彩にもあまりに多彩にみごとにヒットしている。イチロー側で見ているから痛快この上ないが、打たれる側は処置無しだ、堪らないなと、また笑ってしまう。この「笑い」はたいへんなクスリだ、薬効だ。走塁の速い速いこと、痺れるような快感。そしてときおり挿入される捕球の美技、糸ひくような送球の確かさ。ま、いまどきこんなに溜飲のさがる心地よい見ものは無い。七時間とも録画しようよといったが、さすがに却下された。残念。

2010 11・21 110

 

 

* 横綱白鵬が、二日目に連勝記録をストップされながら、立ち直って十三勝、豊の島との優勝決定戦を入れて十四連勝し、事実上十五勝一敗の成績で五連続優勝も遂げ、年間八十六勝の最高記録も遂げて、今年の本場所を九州で立派に、じつに立派に締めくくった。

優勝回数十七。大横綱はもとより、まさしく双葉山以来の名横綱に成りつつあるのが、心からめでたい。

名誉挽回の豊の島も眦を決して十四勝一敗、最後まで大健闘したのはえらかったし、なんと十二勝もして優勝争いに昨日まで名を残した老雄魁皇にも目をみはった。白鵬に早々に土を付けた稀勢乃里、文字どおり殊勲賞。

とにかくも連勝記録を六十三でフイにした落胆を、みごと逆に盛り上げた、とても面白い九州場所だった。気持ちがいい。

2010 11・28 110

 

 

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