お手紙と、ご本『お岩と伊右衛門』を頂戴して、数日を経ました。ご本を読み終えてからと思っておりました。夜前、ことごとく読了、あらためて御礼を申し 上げます。
私は怖がりで、芝居は殊に好きでよく観に参りますのに、四谷怪談等の怖そうな狂言は敬遠しております。とは云え根が秋成の愛読者ですもの、文字では読ん で、いくらでも楽しめます。四谷怪談は、ことに私には馴染み深い狂言でして。まだ国民学校の昔、祖父の蔵書中の「歌舞伎劇概説」のような単行書に、主要狂 言の梗概や抜粋が細字で多く載っていましたのを、その箇所のみ大いに愛読し、ことに四谷怪談と三人吉三とに心を惹かれておりました。おそらく、血縁のやや こしい趣向立てなどを、なにとなく我が身の生い立ちに引き比べて興がったものかと思います。
ことに四谷怪談では、忠臣蔵との表裏の関連や、伊右衛門の個性に、ま、知的興味をこえた、泥深いおそれや、時代の煮詰まりなどを追々感じとるようにな り、「問題に富んだもの」という意識と関心とをずっと持して参りました。さりとて、それ以上に自ら踏み込むほどでなかったので、ご本を頂戴したときは、好 機到来、四谷怪談に関して頭の中を整理して戴けるぞと、ことのほかに歓迎し、喜びました。期待を裏切られなかったのも、云うまでもなく、たいへん楽しんで 着々拝読し終えました。
で、読み進みながら、いつしれず私の頭に浮かんで、ひょっとして中で触れておられるかなと思いつつ、実は最後まで触れておいででなかった、むろんたわい ないことですが、また一つの「深層」「遠層」というか、「関連」というか、いいえ「無関連の連想」というか、それを申し述べて、お礼に換えうるかなあと。
以下、お笑い下さい。
ご本では「伊右衛門」の名前に関して、その異同など、精細に多方面から考察や挙証がなされました。
その一方「お岩さん」の名前は、実録でも南北狂言でも柳桜講釈でも、例外なく「お岩」さんであり、それが「実名」であるか「趣向」であるかの詮議はなさ れていなかったと思います。登場の男達の姓名はモノによりずれてかなり動揺しながらも、どこかそれぞれ類似しています。類似さえしていたらそれでいいほど の、或る程度ルーズな命名になっています。
ところが「お岩」だけは不動です、なんだか洒落を云うようですが。あまり動かぬだけに、当然根拠ある「実名」のようでもあり、同じ理由で「ツクリ名」で あるとも謂えるかも知れません。ご本に、その点で特別議論のアトの見られなかったのは、多くの研究者達も、「お岩」に限っては籤取らずと、無駄な詮議を割 愛されたものかと想像しました。そうでないのかも知れませんが、一応そのまま申し上げます。
私は、今度、実録資料をも詳しく教えて戴いて、その感を深めましたのが、「お岩」という命名は、誰だか分かりませんが、この怪異物語を語り始めた(脚色 ないし流布した)ある種の知識人の思いに発した「ツクリ名」ではなかったろうか、と思うのです。
そのたわいない私のコジツケを白状すれば、実録でも講釈でもそうですが、「伊右衛門」をはさんで対立する二人の女の名が、「お岩」と「お花」であるとい う、その表現上の事実に、痛く刺激されるからなのです。
申すまでもなく、この「美・醜」によって対立した二人の女は、遠く遙かに「天孫」の妻問い神話、醜き「岩長媛」と美しき「木花咲耶姫」を、直ちに、私に想起させるのです。南北は「お花」を「お梅」としていますが、「咲くや木の花冬ごもり」の古歌からしても、此の 「花」は、また、季節にさきがけた「梅」になぞらえ詠んだものでした。
四谷怪談の「深層」としては、まぎれなく、この「岩」と「花=梅」との、凛々しき「天孫ニニギ」をはさんだ神話的対立もまた加え読まれてしかるべきでは ないか。それを感じました。そもそも、実録(とは云え、細部に渡り、また要所に触れても、それがすべて真実事実通りであるとの保証などありうべくもないわ けですが、)「四谷雑談」を、またそれに取材したと思しき南北の名作「四谷怪談」を、他の何より先ず最初に緊縛した発想の根元には、この「お岩」「お花」 という「なぞらえの命名意識」が働いていなかったか。そう思いました。働いていたのは確実ではないか。単に美貌・醜貌の明白な符合からしてもそう思われる のですが、その意義が、「古事記的な深層意識」とともに深く読み込まれ得るモノなのか、それとも単に其処ドマリの浅い「趣向」に過ぎないのか。その「読み 込み」や「判定」を経ないままでは、「四谷怪談」の、生世話にとどまらない国民的・民族的な怪談の真義が云いおおせないのではないかなあと、そんなことを 強く感じつつ、ご本を拝読していたという次第です。
たんに「岩・花」「醜貌・美貌」の対比だけでなく、天孫ニニギをめぐる妻問い神話には、父神オオヤマツミが、花だけでなく岩もいっしょに娶れと奨めてい ますし、ニニギはこれを退け美しきコノハナサクヤビメだけを娶れていますし、これに対し山神もおそらくイワナガヒメもともに、以降の人間の寿命・短命にふ れて激しい「呪言」を浴びせていますし、さらには、この美しき妻の「出産」をめぐっては、一夜孕みの疑念などからも、奇怪な火立ての産が強行されていま す。
これらの多くは、四谷怪談の中で巧みに脚色されて居るとも、そうでなくても、ここに男女の愛欲や嫉妬や疑惑や、人間的な感情のドロドロのすべてが既にし て描かれていたのだとも、謂えるようです。
四谷雑談でも講釈でも、「お岩」さんは、狂走し失跡していますが、その後の恐ろしくも血腥い成り行きを、予期また既知した人ないし人達が、この女のほか でもない「実名」を此処へ明らかに露出し固定しえたでしょうか。深い深い、遠い遠いオソレからも、はるかに日本神話に思い及んで、確信犯的に、伊右衛門 (天孫)をめぐる二人の女に、「岩」と「花」との名を与えたと見た方が、より根元的・心理的に妥当ではないのでしょうか。
あまり深入りしてもたわいないボロがでるだけですから、ここでヤメます。またこれだけの話です、お笑い下さい。 平成十四年 (2002)十一月十一日 私信