ぜんぶ秦恒平文学の話

スポーツ 2006年

* トリノ冬季オリンピック競技をときどき見ているが、予想に違わず、とは残念だが各競技負け続けている。「勝負より、楽しんで競技」「見ている皆さんに元気と夢と楽しみを上げたい」ふうの物言いが選手に多く、「私なりに」「無用なお高さ」をはじめから用意している。また競技後の関係者やアナウンサーの「負けても、よくやった」式の物言いが情緒的に過剰で、昨今日本のメンタルなひ弱さを裏書きしている。「勝てば官軍」のように興奮し、負ければ「よくやったやった」では、どこかウサンクサイ、甘ったるいものが混じる。勝てるはずの選手がばたばた負けているのだから、やたら「負けても、よくやった」には、くさいものに蓋のいやみな感触を覚える。本番で弱いのは、運がわるかっただけでは無い。

2006 2・15 53

 

 

* トリノの冬季オリンピック、いろいろ見せてもらっているが、日本勢は苦戦。それはそれ、競技はスーパー大回転も、カーリングもジャンプもノルディックもボードも、思ったよりたくさん観て楽しんだ。カーリングなど、こんなのスポーツかいと軽くみてきたのに、試合は面白く、何度も観た、強豪カナダを破ったときも観ていた。スピードを競う競技会のなかで、カーリングは独特のもの。日本女子の真剣な表情も楽しめた。

2006 2・19 53

 

 

* トリノの冬オリンピック、何のかのと謂いながらずいぶん沢山な多彩な競技を楽しんできたのに気付く。こんなのも有るかと、見たことも聞いたこともない競技が幾つもあった。日本勢にはもともとフィギュア以外に期待していないので、いくら負け続けていても胸は痛まなかったし、外国勢のたいした健闘に驚嘆しつづけだった。冬季オリンピックは「寒々しい」と敬遠しがちだったのに、こんなに楽しんだとは。今朝早く寝床を出たのも、きっとテレビで見られると思ったから。

2006 2・23 53

 

 

* トリノオリンピック、日本の女子フィギュアに今季初の唯一のメダル、それも金メダルが来たと。予想し期待されていた結果が出た。たしかに美しく舞う。

2006 2・24 53

 

 

* 天気わるく元気もない。すこし異様に神経が張って、疲れている。

どこでのマラソンか、名古屋かな。弘山といったか、二位から、大きく先頭の渋井を追いつめ、最後の一キロで果然抜き去り、大逆転した。勝つとか負けるとか。ひとのことでも気が疲れる。

2006 3・12 54

 

 

 

* 今日は、或る、記憶さるべきイヤな一日となった。

何と看板をかけているのか知らないが、野球の王監督率いる日本チームが、アメリカで、アメリカチームと対戦して、負けた。負けは負けで、普通は強かった方が勝つわけであるが、この一戦はフェアではなかった。

この試合の全審判員がアメリカ人であった。草野球ではあるまいし、国際的に世界一を競うゲームで、審判全員が一方のチームと同国人であるなど、サッカーでも、ボクシングでも、テニスでも、あってはならない常識以前の不公正行為である。

それだけでも問題なのに、この審判員が、アメリカチームの監督とほとんど「共謀」と謂う以外にない不正ジャッジで、試合をひっくり返したのである。

日本の攻撃で、三塁にランナーを置き、打者は左翼に犠牲フライを上げた。同時写真で左翼と三塁塁上を点検しても、正確にランナーはタッチアップし、悠々ホームベースを踏んだ。塁審はタッチアップを正しいと認めてホームインにセーフの判定をハッキリ下していた。ホームでもクロスゲームではなく、楽々本塁ベースを踏んでいた。

ところがアメリカチームの監督が、三塁のタッチアップが早いと抗議に出、チーフアンパイヤはこれを唯々諾々受け入れ、即座に日本チームのランナーを、アウトと宣告し一点得点を無に返したのである。試合は混乱し、そして日本は敗戦した。

野球の試合については、論評しない。

問題は、このアメリカのやり口である。このやり口こそ、彼等が、地球上のいたるところで傲慢不遜に為し続け、為し拡げてきた「一国覇権主義」にそっくりそのままだということ、これを我々は憎しみとともに記憶したい。

彼等アメリカは、自国の利益になることならムチャでも何でもする。自国の利益にならないことはゴリ押しに反対し、力ずくひっくり返して行く。必要なら好き勝手にルールも変えてしまう。スポーツでも政治でも外交でも商売でも、選ぶところなくそれを平然強引にやってのける。

我々との相互安全保障にしても同じで、利用できる限り日本を利用して同盟国らしく振る舞うけれど、それも最大限の自国利益を引き出せる限りにおいてそうなのであり、そうでなくなったときは、掌を返して日本を足蹴にすることは目に見えている。それこそが「グローバリゼーション」を旗印の「アメリカ一国覇権主義」なのである。

たまたま野球の国際試合に、みごとにその傍若無人な我が儘が出た。

『「アメリカ抜き」で世界を考える』という堀武昭氏の本をわたしは今もくり返し読んでいるが、氏が指弾するむちゃくちゃアメリカが、繪に描いたように出たのが、今日の野球試合であったことを、忘れてはならぬ。

2006 3・13 54

 

 

* 私も怒っています。

秦様 庭の梅が満開、杏と白木蓮が咲き始め、今日は寒いけれどようやく春になりました。

> 今日は、或る、記憶さるべきイヤな一日となった。

私も不愉快な一日を過ごしました。

九時には出かけねばと仕度しながらテレビを止めるついでにNHKからふと、他へチャンネルを移したら、その瞬間があのタッチアップ! やったー! もちろん、私は大喜びしたのです。

が、それからが次々と不思議な展開。横柄で大柄な審判、アメリカチームの監督の(いやらしい)ガッツポーズ。誠実そのものな王監督の必死の抗議。でもそれは通訳を経てへなへなと、エネルギーを減じて相手に伝わらない。ああ、もどかしい、口惜しい、にくらしい。

その時忽然と私の体内に蘇った感覚、そうこれは初めてではない感覚。終戦後いろいろな場面で私たちはこんな思いをどれほどしたことだろう。

あれから60年余も経ったのに「あんたらちっとも変わってへんのねっ」と私の中で、もう怒る気にもならない虚しさがわき上がって来ました。

昔は悔しい思いをしても記録も証人もないのが普通だったけれど、今回は世界中で(少人数かも知れないが)リアルタイムでみんなが見た、ちゃんと記録も残っていて、誰でも検証できる、それだけが救い。全く偶然にそのシーンをリアルタイムで見た自分にも運命を感じました。

しかし、やっぱり勝負事は何があっても勝たねば。次からの試合に期待しましょう。

敗戦の悔しさをバネに頑張った日本国民のように、イチロウはじめチームのみんが頑張ってくれることでしょう。応援しましょう。

それから将来は英語で抗議の出来る監督を育てよう! 2006/3/14  小学校の時から野球ファン 藤

 

* 野球の試合としては、あれだけリードしていたのを追い込まれたのだから、それにはそれの限界がある。わたしの怒りは、アメリカという国の姿勢へ向かう。グローバリゼーションの名の下に、どれだけの他国へアメリカは経済と外交との圧力をかけて自国利益を圧倒的にはかり続けてきたか。その覇権主義の狡猾で強引で容赦ないことは、どうであったか。わたしはそれに怒り、それを阻む世界の世論が「アアメリカ抜き」の非覇権主義、アンチ・グローバリゼーションへ着実に結集されることを願わずにおれない。

2006 3・14 54

 

 

* メキシコチームの善戦に助けられて地獄を抜け出た野球の王(監督)ジャパンが、予選で二敗の韓国に、六対ゼロでシャットアウト勝ちした。キューバとの決勝戦になる。上原投手の快投、福留選手の眼のさめる本塁打、イチロー選手凛然の率先垂範、王監督の代打攻勢の的確、みな申し分なかった。こういうこともあるから、面白く励まされる。

2006 3・19 54

 

 

* さてさてWBC、日本とキューバの野球では、いまのところ有利に日本が試合を進めているとか。観てこよう。

 

* ウーン。日本、よくやった! さすが! 王さん。さすが! イチロー。さすが! 日本チーム。メキシコ・チームに感謝。 アンフェアなのは誰か? アメリカ!

2006 3・21 54

 

 

* 帰ったら、ちょうど新大関白鵬が快進撃の巨漢バルトと、千秋楽の土俵をつとめるところだった。一敗の雅山はすでに勝って十四勝を守っていた。白鵬はしかし、あざやかな上手出し投げで、相撲を知らないバルトを破って、やはり十四勝での、優勝決定戦。

そして若き新大関は冷静に、先輩もと大関の雅山に勝って、優勝。よくやった。この冷静で凛々しい新大関にわたしは惚れ込んでいる。

2006 5・21 56

 

 

* サッカーも、こう騒々しいと、いささかの興味も擦り切れてしまう。マスコミの作り上げている過剰な騒ぎではないだろうかと、シラケる。日本のチームには頑張って心行くゲームをして欲しい。チームの応援はしているが、マスコミの騒がしさに付き合う気はない。

2006 6・9 57

 

 

* 昨夜おそく、ドイツとクロアチアとのサッカーの前半の後半だけ観た。今晩はイギリスとパラグアイの前半だけ観た。いきなりベッカムのシュートからイギリスが一点をとり、そして試合はやや膠着したままホイッスルが鳴った。

2006 6・10 57

 

 

* サッカーのオーストラリア戦は見てみよう。前後を通じては見なかったが、幾つものゲームをテレビで楽しんできた。今夜は楽しむよりは、よほど息をつめて前後半戦にかじりついてみよう。

2006 6・12 57

 

 

* 残念であったが、オーストラリアに日本は壊滅的に逆転負けした。致し方無し。力闘したと思う。チームを責める気は毛頭無い。予想外に日本の方に疲れが出たようだ。またオーストラリアの猛攻で傷みが出たのも敗因か。つまり体力負けという気がした。

2006 6・12 57

 

 

* 負けたチームや監督の非難に終始した敗因検証は、愉快でない。あれはつまり完敗だったが、十分楽しませた力闘の八十余分でもあった。のこりの十分そこそこで魔がさした。室井なにがしとかいう女作家の、「日本チームに輝いていた選手が一人もいなかった」などというのは、あまりに傲岸無残な暴言。さかしらぶる女の悪例。ゴールを守る川口もキャプテン宮本も、輝いていたではないか。

2006 6・13 57

 

 

* 勝てなかったのは惜しいが、熱戦を見終えてわたしは清々しかった。清々しくないのはマスコミをあげてのバカ騒ぎぶりである。あの、声を限りに熱中している有権者諸君・諸兄姉が、総選挙などにきちんとみな投票所へも行ってくれるのなら、どんなにか日本は健全なバランスを得るであろうか。

2006 6・19 57

 

 

* わたしも眠りにくいままに、主催国ドイツにアルゼンチンが一点リードしている途中から見はじめて、ドイツが同点に追いつき、二度の延長もなお引き分けて、PK戦になってしまうまで観戦した。追いつ追われつ角逐あいひとしく、どっつちに応援ということなく堪能した。

2006 7・1 58

 

 

* 家の近くからまっすぐ南下四十分、三鷹駅ちかい玉川上水に行き着く。今日はそこから西へ西へ西へ上水に沿って自転車で走り、小金井公園の西まで走ったところで、公園内を北行。幾らか試行錯誤しながら北へ東へ向かう内、田無の街区を北へ通り抜けて、新青梅街道を北原から保谷新道へ出て、難なく帰ってきた。二時間あまり。疲れもせず、悠々と。

妻もいっしょなら大喜びしそうな武蔵野の緑蔭がいたるところにある。知らぬうちに自転車の上で鼻歌が出ている。しかし今日は強い颱風が日本海を北上していて突風つよく、二度ほど自転車ごと揺らいで危険だった。その気で堪えていたので持ちこたえたが。また「かりん糖」を買って帰った。

 

* 用意してあった湯につかり、「金」の滅亡、チンギス・ハーンの勃興を読む。元寇は成功しなかったが、いま日本の大相撲は、横綱朝青龍を筆頭に、かなり海外からの力士達に圧倒されている。一時はハワイ勢が強かったが、いまはモンゴルやブルガリヤやロシアなど。その傾向、わたしはいささかも忌避しない。強い力士が来てくれて相撲がオモシロイ。日本の力士がさらに強くなればそれで済むことだ。

2006 9・18 60

 

 

* 昨夜おそく階下に降りてテレビをつけてみると、現代のバイオリン協奏曲を女性が演奏していた。あれは私の好きなヴィクトリア・ムローヴァであったろう、見事な演奏ぶりであった。

そのあと、日本の田口選手が活躍場所をえたカーディナルスが、リーグ優勝する最後九回のすばらしい攻防を観た。田口壮をわたしは日本にいるうちから何となくいい選手だと気に掛けていたが、大リーグを目指して出国したときは正直危ぶんだ。危ぶみながら気に掛けてニュースを追っていたが、イチローや松井のようにはやはり行かず、苦労に苦労を重ねながら粘っていた。わたしは応援した。アメリカの大リーグでリーグ優勝し優勝に貢献もしていた田口壮選手に拍手する。

イチローは偉大だが、田口のような選手にも、わたしは共感を惜しまない。

2006 10・21 61

 

 

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