ぜんぶ秦恒平文学の話

スポーツ 2008年

* 初場所、大入り満員のたいそうな人気らしい。星取の混んでくる千秋楽まぢかにわたしたちも桟敷が買ってある。このまま朝青龍にむざむざ優勝されるようではちと情けないではないかとわたしは他の力士の奮起、ことに東横綱の白鵬に期待している。

 

☆ お元気ですか、風。

たった今、厚い雲の隙間から、日差しが射し込んできました。

冷え込んできていますが、風、お風邪を召しませんように。

花は、なんとなし、胃のムカムカする感じがとれず、正月疲れが今頃出ているのかなあと思っては、それにしても後を引くなあ、脂っこいものを食べると胃がもたれるようになったし、二十代はこんなことなかったなあ、歳のせいかなあ、なんて、風に叱られそうなことを考えています。

とはいえ、体は動かしていないと動かなくなりますからね、昨日バッティングセンターへ行きました。はじめてでしたが、その割りには当たった方だと思います。とっても楽しくて、また来たいなー、次回はもっと当たるよう、家で素振りをしよう、と、帰りがけにバットを物色。バットって、結構高価なんですね。

手ごろな新品から中古品までよく見て回り、買うつもりです。

二ゲーム(一ゲーム十球)ほどしまして、今日は、右肩から背中にかけ、ちょっと筋肉痛になっています。

花は、腕立て伏せ二十回を日課にしているので(たまに忘れますが)、筋肉痛がちょっとで済んでいるに違いないと思い込んでいます。

正月に金毘羅さんに登ったときも、筋肉痛はまったくありませんでしたしね!(自慢)

心がけないと、体を動かすことって、減る一方です。

大人が一日のうちに両手を肩より上に挙げる平均って、四五回らしいですよ。

花は、体力づくりに励みます。

朝晩冷え込みます。風、あったかくしてお過ごしください。

花は、毎日富士山を見上げて風を想っています。

 

* 夫婦で仲良くバットを振ってかっとばすなど、元気いっぱいに想われる。

わたしもバットを振りに保谷地元のセンターに通ったことがある。しかし、もう眼が見えない。遠用の眼鏡では手元ではやい球が見えないし、近用では球の出てくるタイミングが全く掴めない。バットを振るのは快適な運動感で好きだけれど、へたに力んだりしたら、背中が捻れて攣ってしまうだろう。

会社時代、東大の運動場で、ソフトボールをボカスカと場外へはじきとばしていた頃は、体力横溢、景気が良かった。

運動神経がいいとはお世辞にも言えない不器用モノだが、走るのも百メートルなら早く走れた。高く跳ぶのも遠く跳ぶのも得意だった。だれも信じてくれないが、大学で体育の実技点は、満点だった。

今は、ダメ。散髪に行くといつも親方から、この「からだ、まるで石ですね」といわれるほど硬い。「鉄ですね」なら毅い印象だが、「石」では、ただ硬いのである。もう揉みほぐすのもムリな感じ。やれやれ。

2008 1・14 76

 

 

 

* 大相撲初場所の桟敷に、ひとりお客を招いた。やす香が、きっと大喜びしている。

2008 1・16 76

 

 

* 二月の初世松本白鸚追善歌舞伎の座席がきまったと、知らせ。梅玉と三津五郎とで開幕の『小野道風青柳硯』蛙飛の場というのが珍しい。若手の「車引」、吉右衛門、福助の「雪関扉」、高麗屋親子での「祇園一力茶屋」。夜は富十郎で「対面」そして「口上」になり、幸四郎、芝翫らの「熊谷陣屋」、最後に若高麗屋染五郎が眼目の『春興鏡獅子』に期待が集中。楽しみ。

 

* それはそれ、いまや大相撲の初場所がただならぬ大入り満員の熱気をはらんでいる。大関陣は興ざめのだらしのなさであるが、久々の東西横綱の張り合いに中堅が気張っている。秋場所より、かなり前の、佳い席がとれていると聞いている。もう目の前へ手の届いてきた楽しみ、楽しみ。お招きのお客さん、ぜひ「座布団」をなげてみたいと。そうなりますように。

2008 1・21 76

 

 

* 幸い晴天、しかし強風の中、両国国技館の桟敷に正午過ぎに入り、打ち出しまでゆっくりゆっくり大相撲を楽しんだ。三段目の途中からずうっと取り組みをみつづけ、十両と幕内の、また両横綱の土俵入り、も胸をわくわくさせて見入った。

見終えてみると今日は珍しく両横綱も大関も、目星を付けた人気力士達がみな勝って、白星を積んでいた。「座布団を投げたい」と言っていた若いお客さんも、その点は肩すかしを食ったけれど、四時半に桟敷入りし、幕内の取組みはほぼ全部観戦できたのはよかった。

館内と土俵上の熱気は、前回の秋場所より何倍も爆発し、喊声のるつぼ。陽気の炎が広い国技館を焦がしそう。

白鵬に朝青龍が追いついて星数を揃え、緊迫の度を増している。桟敷は西花道にまぢかく、土俵へも、秋場所より数段近い西表。、両横綱の力の入った土俵入りが、綱の白さも目にしみ、なにもかもきらびやかに、美しく見えた。

 

* 相撲茶屋からのお土産も重いほど、お客さんもわれわれも、二袋、三袋。はねてからは送り太鼓に背をおされ、総武線で新宿へ一本道。

高島屋の十四階「鮨源」で白ワインとお酒で歓談、八時半に駅で別れた。佳い一日だった。

 

☆ 今、お相撲に酔っ払い、帰宅しました! 鈴

とっても楽しかったです!!

まだ興奮が醒めません。。。

ついでに酔いも醒めていません。

嬉しくって嬉しくって。

まだ酔ってるので、とりあえず無事帰宅したご報告と、お礼まで。

2008 1・24 76

 

 

* 足さきが痛いほど凍えている。運動に出たいけれど、凄い冷え込み。

一敗相星の両横綱が、千秋楽の結び一番で取り組む。白鵬の決勝を期待する。

2008 1・26 76

 

 

* 初場所千秋楽の相星横綱決戦は、東方白鵬が、西の朝青龍を上手から土俵真ん中に投げた。順当勝ちと謂うべし。勝った白鵬に感服。

2008 1・27 76

 

 

* 韓国と日本との女子卓球試合を観た。二対二のゲームカウントから最終戦にエース福原愛が出て、苦戦に苦戦、二対二に追いついて最期の一ゲームも辛うじてジュースに追いつき、一度のチャンスをいかして勝った。正直にいえば、戦績については結果を知っていたから観ていられたが、知らずに観ていたら胃がよじれたろうと思う激戦だった。

プロ野球の巨人長島はホームランの王や打率・打点の張本のような圧倒的な記録をのこした選手ではないが「ミスター」である不動の地位を占めてきた。福原愛にも、長島に似たシンボリックなエースとしての存在の重さがある。愛ちゃんのこの先はますます嶮しいであろうが、やはり福原愛こそ日本の女子卓球のエースでありつづけるだろう。それだけの人間的な魅力の大いさを持っている。

2008 2・26 77

 

 

* 昨日も女子卓球で、事実日本チームの女王と期待される平野選手の健闘に感銘を受けた。ピンポンのテクニクなどは何も知らないし分からない。わたしがじっと観ていたのは、平野や福原ら選手の「顔」ないし「眼光」だった。

ああいう眼力をこのごろ、日本男子にあまり観ない。期待されながらどこかで集中心を欠いて負けてくる男子柔道選手のどんよりした「顔」「眼」にいつもマグマの冷えと弛みを感じてきた。

「平野選手の眼」は畏怖と敬愛に値する。あれにくらべ石波防衛相や福田総理や高村外相等の「顔」「眼」はいつもいつも、ごまかし故に冷えて歪んでいる。責任感の乏しい顔だ、眼だ。

2008 2・28 77

 

 

* 福原、平野、福岡三女子卓球選手のファイトに魅了される。なんと佳い、闘う顔、眼光、だろう。

2008 2・28 77

 

 

* 日曜は、なにもかも稀薄。東陽一監督、渡辺淳一原作の『化身』も、黒木瞳のはだかだけがきれいだった。アカデミー賞の『パットン』も、ただひたすらの「戦争屋」を書いて、あわれというしかない。

そんな中で、去年亡くなった小田実の遺言のような番組があり、録画している。静かに観たい、聴きたい。

名古屋での女子マラソンは初マラソンの新人が好タイムで優勝し、高橋尚子は惨敗した。からだのケアに不安の有りすぎるキューチャンが勝てるという実感は、最初から全くなく、索然として興味をもてなかった。今は野口みずきの時代になっている。野口のガッツに期待。

ガッツといえば、今日から大相撲の大阪場所、琴光喜を電車道で寄り切った鶴龍がみごとだった。

両横綱はさすが。

大関陣は揃いも揃ってだらしがない。ひとり千代大海が怪我の躰で奮戦奮闘、息を切らして勝ったのは誉めたいが、明日から保つのだろうか。

2008 3・9 78

 

 

* オリンピック北京の大気汚染が、あたりまえだ、話題にされている。

アスリートたちにはとてもよそごとではあるまい、ましてマラソンランナーたちには。野口みずきも高橋尚子も中国滞在で発疹や下痢をおこしたという。とてもバカにならない悪条件であり、開催地に決めた当局は手の施しようのない匕首をのどもとにつきつけられている。高温と大気の超汚染。北京近郊や近隣都市の工場を一時操業制限すると政府は言うらしい、「中国ならやれるわね」と皮肉な声が聞こえる。大気ほどのものがそんな小手先でどうにか成るだろうか。

2008 3・12 78

 

 

* 昨日朝青龍に、今場所不甲斐なかった琴光喜の勝った大相撲は愉快だった。

白鵬が朝青龍に並んで、むしろ優位に立ってきた。四連覇出来れば名実共に朝青龍に匹敵ないし凌ぐ位置につくだろう。

歎きは、白鵬を追う横綱候補が大関にいないこと。

さすが朝青龍にも内部疲労が出てきているか。まだ当分は王者か。気が早いが、両国に帰ってくる五月本場所が楽しみ。

今日の十両より前の取組の中で「いぞり」という珍しい手の勝ち相撲がおもしろかった。グルジアから来ている「ガガマル」という相撲取りの名前もおもしろかった。漢字は覚えなかった。

2008 3・22 78

 

 

* 大相撲五月本場所、正面、ごく前列の桟敷席がとれたと連絡が入り、券も送られてきた。プレミアがついてびっくりする高価だが、東京の本場所は正月と夏と秋と、年に三場所だけ。秋と正月とを観てきた。いいじゃないか。今度は、薫風の五月。ゆっくり一日中、楽しみたい。

2008 4・24 79

 

 

* オリンピックの聖火リレーは、「中止」すべきなのである。オリンピック委員会がこの無意味な世界的騒動を座視してきた無見識に、わたしは愕く。日本は、キッパリと、こんなバカげた事態に対する見識として聖火リレー中止を決めてよかった。無意味で、本来の趣意からあまりに懸隔している。なんらの意義もない浪費に陥っている。

オリンピックなるものが、そもそもの成立から断然政治的な意図的所産であったこと、それがスポーツ平和の祭典などと神聖化されすぎてきたしっぺい返しが起きている。

 

* この際に、日本国民が心して省みるべき、一つの「秘められた悪意」に気づくべきだろう。

「3S政策」である。

セックスの容認・開放、スポーツの慫慂・振興、ショウ・スクリーンの放任・開放。

もともとアメリカで企図されたせいさくだが、日本の敗戦後政治ではっきり意図してこの軟化政策がとられたのは、もはや秘密でも何でもなく、これぐらい成功した占領政策はなかったし、日本政府もそれをまんまと引き継いできた。これらゆえに日本がどれほど変容し変形してきたかは、少し落ち着いて眺め直せば誰にも直ちに明らかに思い知られるだろう。セックス、スポーツ、ショウ。絶妙の魔薬であった。

この三つの政策には、われわれが理屈抜きに大いに歓迎できるメリットがあった。否定できないことであった。

セックスの開放は、その陰険な抑圧に比べて、明らかにわるいことではなかった。だが、人間の秘めていた欲求から意図的に施錠が全くはずた結果の、精神的・生理的影響の深さ大きさもまた計り知れなかった。抑制の利かない犯罪の現代をも、たしかに、招来し実現した。民衆のもっていた政治的エネルギーを不能化するちからとさえなってしまった。

 

* スポーツに関係して、わたしには象徴的に思い出せる一事がある。国民的な英雄の一人かのようなプロ野球の長嶋茂雄選手が、ある選挙で社会党が大躍進したときであったか、「社会党が勝てばプロ野球はできなくなるのでしょうか」といった趣旨を大まじめに発言したとマスコミ報道された。「3S政策」の秘めた政治意図の中心である「愚民化」が、こうハッキリ現れてきたのにわたしは驚愕し、寒心した。

いま、「スポーツ」とさえいえば、水戸黄門の「この紋所が目に入らぬか」式に、ウムをいわさぬ善と力の象徴のようにされているが、それでホントウに好いのだろうか。

わたしは以前にも言った、超一流のスポーツ選手に優れた政治感覚も私民センスもあって欲しい、そしてなにか晴れの場面で、たとえばマラソンで優勝のインタビューとか、たとえ一言で好いから、「環境」について、「人権」について、「憲法」について発言してくれたなら、莫大な費用を節約しながら、大きな関心を呼び起こし、ことに若い仲間達に問題意識が喚起できるだろうにと。イチローくん、谷亮子さん、浅田真央ちゃん、マラソンのキューちゃん、卓球の愛ちゃん、相撲の高見盛関等々。彼らが市民的見識をも発揮してその影響力を、かれら本来のスポーツの場からじかに発信し発言してくれたらいいのに、と。但し長嶋茂雄的な間抜けたはなしでは困るのだが。

 

* おなじことは、ショウやスクリーンの世界でもいえる。演劇の世界には、優れた思想家達が多かったが、今はどうか。少し寂しい気がする。

国会に陣笠の一人になり数だけに数えられる愚な存在にならないで欲しい。自分の力のいちばん発揮できる場から一人間として発言して欲しいのだ。

聖火リレーに関しても、大の大人の星野仙一監督などには、もう一歩踏み込んで、こんな愚かしい茶番はスポーツの精神に大きく逸れすぎている、と発言して欲しかった。よしましょうよとまで発言して欲しかったとは云わぬが、オリンピックにさえ出ればいいと云う現代世界ではないという自覚が見受けられない。

善光寺の意思表示は評価できる。市民が危ながって店の戸も閉めるような「聖火祭典」の無意味さは、むちゃくちゃ、ではないか。

2008 4・25 79

 

 

* 聖火リレー浪費の茶番は通り過ぎた。スポーツという名目が政治のおもちゃにされた無惨な滑稽例として、のちのちまで、語り継がれる。

2008 4・27 79

 

 

* 少し季節はずれだが、吉右衛門と福助とで『東海道四谷怪談』の通し狂言がある。その昼には、染五郎の『毛谷村』などがある。

大相撲夏場所を、正面の土俵近くで、妻と観る。

それから、友枝昭世の能、『求塚』がある。

日本ペンクラブの総会がある。

病院の診察はないが、もう九ヶ月めになる審尋がある。

2008 5・1 80

 

 

* 白鵬が安馬に負けたと。ウーン。どっちも応援している身には。今日全勝の琴欧州と一敗の朝青龍とが、大事な取組になった。ウーン、それを国技館で観たかった。

2008 5・21 80

 

 

 

* 一敗の横綱朝青龍に全勝の大関琴欧州が完勝した。ガチガチに緊張している大関に観ているこっちは不安いっぱいだったが、立った瞬間から圧勝へ吶喊した。昔の、昇り調子に強かった琴欧州を上まわる勢いが相撲ぶりに出た。今日横綱が勝てば、朝青龍は一気に優位に出る。だが二敗。

さて明日、もういちばんの大取組は、今日は強い相撲で一敗を守った横綱白鵬と、全勝大関琴欧州との一戦。ウーン、ウーン。楽しみ。白鵬贔屓できているが、じつは琴欧州に期待しつつ長く裏切られ続けてきたのも、本当。どっちにも勝って欲しいな。

2008 5・21 80

 

 

* 今日は、白鵬と琴欧洲が、ひょっとすると事実上の優勝戦に挑み合う。ここまで全勝している琴がもし白鵬に勝てば、横綱二人は二敗でならび、残る三日に二差は大きい。琴が初優勝の可能性がグンと増す。一敗のまま白鵬が今日勝っても、彼には朝青龍との千秋楽結びの一番が残り、琴欧洲はもう両横綱との対戦を終えている。弱くて情けなかった白人大関が伸び上がる大きなチャンス。そういうチャンスを彼はこれまでに一度ならずのがしてきた。今度はガンバレと、こっそり言いたい。

それにしても日本人大関の弱いことはナア。贔屓の安馬もちがうし。希望は、稀勢の里か。まだ先は長いなあ。魁皇に、もっと早くに大化けして欲しかったが、もうムリか。

2008 5・22 80

 

 

* 夏場所の国技館へ直行。櫓も幟も、快晴。

妻の希望と提案で、国技館前から、正午発桜橋まで往復の水上バスに乗ってみた。

厩橋、吾妻橋、言問橋、桜橋まで、隅田川自慢の瀟洒な現代橋を潜ってゆく。日射しは明るくても川面は風を受けて涼しく、小気味よく短時間の往復を楽しんだ。

次の機会には、往復二時間というのにも乗船してみようと。

 

* 三段目から、幕下へ、十両へ。

まだ閑散とした館内のそういう相撲のとんとん進むのが長閑で楽しいのである。

四人枡席を二人でゆっくり占めて、弁当その他もみな相撲茶屋が用意していてくれ、飲み物も望み次第に酒でもビールでもお茶でもふんだんに運んでくれる。

正面枡席、前から四列めで、土俵はわたしの肉眼で十分まぢかによく見える。ずいぶん苦心してこの席を取ってくれたらしい。

 

* そしてそして。もうほかのことは何も言うがものはない、問題の二番。

 

* まず朝青龍と千代大海。横綱楽勝と思ったが、とにかくも蛮声をふりしぼってわたしは千代大海を応援し、妻は朝青龍。

立ち会いの一瞬に、なんと、表現も及ばぬすさまじい千代の相撲で、朝青龍、土俵の外へふっとばされ空で横転していたから、国技館の天井も落ちるかと思う、満場は大興奮。もう何にも聞こえないで座布団がとんだ。

だが今日の本当の大一番は、結び横綱一敗の白鵬と全勝大関琴欧州の、こうなってはこれが事実上の優勝決戦だ。

たちあいに少し大関は横綱のつっこみを避けたかも知れない、優勢な組み手から数刻のもみ合いがあって琴欧洲は巨体を押しつけて押しつけ、横綱を圧倒的に土俵外へふっとばしたから、館内の空気が座布団色にかわるほど、かつて観たこともない座布団の土砂降り、土俵の上にまで飛んでいった。砂かぶり平場の客たちは危険を避けてみな自分の座布団で頭を護っていた。わたしは、どうしたか。それはナイショ。

興奮しました。白鵬と琴欧洲には、強い方が勝ってくれればいいと思っていた。妻は一度大関に優勝させてあげたいと。ま、そんなところであった、それはどっちでも、とにもかくにも二番つづきで横綱がふっとんだ土俵上のはなばなしさは華が咲いたようであった。

満足、満足。他の相撲がみな霞んだほど期待通りの結び二番であった。

 

* 茶屋からの沢山なお土産を重い荷物に二人で持ち分け、秋葉原経由山手線、そして池袋線で寄り道なく帰ってきた。タクシーも待っていた。

 

* はい、楽しみました爆けるように。

 

* やす香のお友達から、近況を告げかたがた優しいお見舞いのメールが来ていた。ありがとう。春場所はいっしょに観たのだった。

今日もだれかと観るなら、それはもう、もう一人の孫の高校生みゆ希を連れて行ってやりたかった。

大人がなにをくだらなく争っていようと、みゆ希は「自由」にあらせたいと、そうしてやって欲しいと、わたしは法廷にも繰り返しそのことを願い出ている。みゆ希は日一日成人してゆく。その判断や行動は自由にしてやってほしい、夢にも親たちが縛らないで欲しい。

みゆ希はただ姉に引きずられて保谷の祖父母に会いに来ていたのではない。あれが最後になった二月の雛祭りのときなど、もともとみゆ希独りででも遊びに行きたい、行っていいですかと祖母に電話を呉れていたのだった。成り行きで、姉のやす香もいっしょに来ることにしたのだった。

もっとも、この孫娘がお相撲を好きかどうかは聞いたことがないが。この子は、小学校のうちに、囲碁の勝負のために中国へも行ってきた幼い女碁士で、この祖父を一回負かしているのである。

2008 5・22 80

 

 

* 琴欧洲、十四勝一敗で、残念ながら全勝は逸したが好成績で優勝した。十一日目に横綱朝青龍、十二日目に私たちの目の前で横綱白鵬に勝った相撲は称賛される。

今夕千秋楽結びの一番で、勝った朝青龍が、負かした白鵬に加えた侮辱的な無礼は以ての外の不行儀で、かつて観たことも聞いたこともない不快な後味を今場所最期の土俵上に、泥のように遺した。ああいう汚い横綱はイヤだ。

2008 5・25 80

 

 

 

* 「囀雀」さんは赤目にちかい名張の人と、この私語の読み手さんたちはよく知っている。

鞍馬から貴船へ。町内会の遠足に、あれは母と参加した幼来、大学時代の妻とも、結婚後の家族とも、朝日ジャーナルに『洛東巷談』、中日新聞などに『冬祭り』を連載の頃には記者さん達とも、また一人でも、良く訪れた。ところがわたしは、赤目の瀧も室生寺も知らない。三輪山まで行きながら長谷寺へも詣でていない。

夏場所はじつに楽しかった。あの十二日目、あんな劇的な大相撲にじかにお目にかかれたのだから、隣桟敷などに「京」たちも一緒だったりしたら、それは賑やかだったろう。じつはあの日に何十年分もの声援を送りすぎ、ノドの調子がいまもって少し変なのである 2008 6・4 81

 

 

* バレーボール日本男子がアルゼンチンに競り勝って北京オリンピック出場を十六年ぶりに決めたのは、感動ものの大熱戦だったけれど、そのあとへ続いた三谷幸喜作の題もよく覚えない『有頂天ホテル』だか三時間半のくだらなさには、呆れた。

売れっ子が図に乗るのは構わない、が、そのかわり納得のいく藝を見せよ、そうする義務のようなモノがあるはずだと云いたい。

かつて検閲の珍妙を徹底的に捉えた舞台はすばらしかった。鈴木京香の新人女作者を悲惨な目に遭わせた『ラジオの時間』だったかも、すばらしかった。感動と呼んでいい「珍な笑い」が涙すら誘ったが、『有頂天ホテル』だか何かの薄汚いほど間抜けてノンセンスな作劇の低調さは、無意味にメイワクだと吐き捨てたい。好きな松たか子や、役所広司や佐藤浩市や西田敏行や、原田美枝子や戸田恵子や、さらにはYOUの歌に惹かれてムダな時間つぶしをしてしまったけれど、あくびを何度もかみ殺していた。見どころのない藝のないあざとい駄作であった。情けない。

2008 6・7 81

 

 

* もとサッカーの中田英寿が引退後に世界をひろく旅して、環境の破壊に心痛め、その思いをひろく伝えるためにサッカーゲームを企画、自らも参加しながら無数の観客や視聴者の胸に、適切なエコ・メッセージを伝えていた。わたしが期待してきたのは、これだった。

大勢にアピールできるスポーツや藝能の優秀な才能が、率先して機会をつかんでは一言でもいい人間と地球との現状に目を向けて欲しい、「出来ることからして行こうじゃないか」と語りかけて欲しかった。そう何度もわたしは書いてきた。

むかし、好きな選手であった巨人の長島が、「社会党が政権を取れば野球が出来なくなるんでしょうか」と真顔でテレビで話すのを聴いたときの、ショック。

あの長島から、今日の中田英寿らへの大きな感動的な推移を、わたしはやはり人間性の「希望」だと思うのである。諦めてはいけないのである。

力士からも役者からも映画人からもお笑いからも、中田につぐ声や行動が聞こえたり見えたりして欲しい。

作家にも似た声を上げて働いている人たち、いないのではない。が、名誉心や商売がらみや、また訴求力の弱さゆえでか、なかなか広範囲に力強い例は出ていない。大江健三郎ほどの声ですら、爆発する大きさで日本人の、ことに若い人の魂にはもう響き合っていない気がする。

昨今文士は、一般に自身の売名と商売を念頭に動かねばならない程度に、精神も脆弱いのであろう、いま例えば中田英寿ほどに真っ直ぐ広く声の届く文士として、誰がいるか。いないなあ。日本ペンクラブの理事会に十年余も出ていて、わかる、中田ほどの実力者はいない。梅原猛さんは異色の人であり、ものもよく見えていた、が、見えすぎていたかもなあ。そしてもうあまりに歳だし。

地の塩のような瀬戸内さんなど、感化力のある数少ない見識人であろうか。

大江健三郎はなんとなく小さく身を守って身を退いて見えるし、行動力と起爆力の小田実は亡くなった。

なによりも圧倒的な「文学作品の質とちから」で物のいえる、藝術的起爆力のある健康で世界的な大作家が、今は一人も活躍していない。半病人では仕方がない。島崎藤村、正宗白鳥、志賀直哉、川端康成などと続いたかつてのペン時代などは、存在感だけで、万人が納得し敬愛した。

2008 6・8 81

 

 

☆ こんにちわ。  花

大雨です。

お元気ですか、風。

町内の運動会は中止だと、朝六時半に電話がありました。

予期していましたが、早朝の電話に起こされ、二度寝したら、眼の覚めたのは九時。寝坊です。

さてさて、オリンピック前ですが、各地でスポーツ大会が開かれています。

ウインブルドンテニスは三回戦あたりを、女子バレーは、香港で、きのうイタリア、今日中国に、二連敗。中国は百八十、百九十の選手ばかりで、しかも体の厚みがハンパじゃないです。巨人ですよ。

サッカーの欧州選手権は、今夜決勝です。

あれもこれも、世界レベルは、高いですね。

大雨ですので、今日は家でおとなしくしながら、風に元気を送りましょう。

ではでは。

 

* オリンピック。楽しみ。ブブカのような選手に会いたい。

前回のお別れで、オリンピックの旗が中国北京に手渡されたときは、複雑な思いだった。一番は、もう四年か、オレは生きてられるかなあと本気で案じていた。二番は、中国でなければいいのになあ、不快な事件が起きそうな気がする、懸念はすっかり済んでしまうまで消えないだろうなあ、と。

いままでのオリンピックで、いちばんウキウキしていないのは、わたしの私的なわずらいからでなく、どうにも中国の今日が分かりづらいから。触れた肌が温まらない感じだから。

ま、すばらしいフェアな運営、暴動や暴発の絶対にない祭典でありますように。チベットのことも、聖火リレーの愚劣だったことも、忘れきれないで居るのだから。

2008 6・29 81

 

 

* いまでも、つよいつよい千代の富士は振り仰ぐ気持ちで思い出す。肩の脱臼で休み、横綱輪島とにらみ合い、国技館の天井を蹴上げそうな土俵上の四股。これは行くよ、行くよと期待していたがあんな強い大横綱になったとは、奇跡のように思うほどちっちゃかった、体格は。あれはだが、奇跡じゃなかった。本当に強かった。

2008 7・17 82

 

 

* 野茂英雄投手の引退声明は、熱い涙で聴き、頭をさげた。感謝。

相撲の千代の富士も野球のイチローもすばらしいが、野茂にはまた味わいを殊にした独特の生き方と、「魁」という文化の価値とがある。国民的な「英雄」である。

野茂なしにイチローの登場は考えにくかったかも知れぬ。彼の、孤立しても貫徹した意志と努力。おそるべき実績の積み上げ。両リーグで二度のノーヒットノーランもすばらしいが、彼は怪我や不調の不遇から何度メジャーのマウンドまでまたのし上がってきたか、それにわたしは脱帽し、拍手し、感謝する。「意気」とは、これ。日本での給料の十五分の一になってもアメリカに渡っていった孤独と悪環境を、あのように盛大に跳ね返して、「日本の最良の輸出品」などとクリントン大統領に言わしめた、みごとさ。

わたしは野球を崇拝する者でも最愛する者でもないが、一つの世界で一つの達成を観るなら、野茂英雄の偉大さは他を追随させて画期的だったといわねば、気が澄まない。それほど、敬愛してきた。いつも野茂の消息に気が走っていた。

ペンの会員に推した松たか子のエッセイ集を読んで「電子文藝館」のために選んでいたとき、野茂への称賛の一文があり、わがことのように共感したのも忘れない。野茂と松たか子か、似合うナアなどと余計なことまで思ったのも忘れない。

2008 7・18 82

 

 

 

* さて、白鵬の名古屋場所「全勝」優勝を励ましてこよう。

 

* 風格も豊かに白鵬みごとな全勝優勝、これで名古屋場所も盛り上がった。朝青龍や琴欧洲の情けなさを「全勝」という至難の達成で引き締めてくれた横綱に、だれより名古屋の相撲フアンがかんげきしたことと想う。

2008 7・27 82

 

 

* もう今日はすでに北京オリンピック開会式前の女子サッカー戦が始まっていた。見損じたので、零時からの再放送を観たい。

2008 8・6 83

 

 

* 北京オリンピックの開会劇を観た、さすがの大構想が、多彩な光の波瀾で描かれ、たいしたものであったが、ある種の単調感もなかったわけでない。人と金とは、たぶん時間も、豊富に用いられていて、気がつけばこれは、東京オリンピックとかシドニーオリンピックという都市の経営するオリンピックとは全く異なる「中国」オリンピックだということだった。北京は場所貸しすぎない。

中国という国一国の歴史が、世界史の多くの割合を占めることは誰もが知っている。すばらしい文化と伝統と発明とを持っている。問題はこのオリンピックが中国の大きな変化に繋がるかどうかだが、そういうことはよそものの空頼みで、期待できない。

中国ほど数千年を超える歴史を持っていて、これほど単調に同じことばかり繰り返して変化のない国は、世界でも稀なのである。漢も唐も宋も元も明も清も中共も、みんな同じ帝国主義を飽きもせず繰り返している。子だくさんの福、金儲けの禄、そして長寿。それだけの国だ。ぞんがい呆気なくつまらないのである。ところがまた凄いほど懐は深いのである。

あまり本気でつきあいたくないお国だということは、小はギョウザ問題から、大は温暖化問題拒絶まで、不愉快な例は枚挙に遑がない。しかも私自身じつに多くを中国に学んで恩恵を受けている。ただし今の若い人たちもそう思っているか、怪しい。

 

* オリンピックは、サッカーで日本の勝ったであろう男子が負け、勝つに違いなかった女子も引き分けて、幸先甚だよろしくないが、ま、選手諸君、怪我のないよう、悔いのないよう競技して下さい。応援しています。

2008 8・8 83

 

 

* 女子重量挙げも、過信か萎縮か、自滅した。女子柔道の谷亮子、初戦はさすが悠々通過。第二、三戦まで、いまいちキッパリしないまま勝ち上がっている。しっかりしてや。

 

* 谷は準決勝でなすところなく敗退。気の毒であった。「顔」「表情」というのは雄弁だなと痛感。重量挙げの三宅にも感じた。

2008 8・9 83

 

 

* 男子柔道に金メダル。女子にもう一つ銅メダル。この金も銅も値打ちがあった。

2008 8・10 83

 

 

* 百平泳ぎの北島康介選手、すばらしい泳ぎで金メダル。インタビューもよかった。柔道、内柴選手の金メダルも素晴らしい連戦であった。劣勢を鮮やかに逆転してゆく力強さ。すてきなお父さん。 2008 8・11 83

 

 

* オリンピック、そこそこ楽しんでいる。ほぼ平穏理に展開していて、安堵。

日本勢の活躍に、ま、いわばメリハリが利いていて、明も明なら暗も暗、それでいいのだ。どっちにもドラマがある。勝者を称えるのに遠慮は要らない、が、躓いた人たちにも選手なりにそれぞれのドラマを看取してあげたい。

ただ、期待されていた団体ゲームの脆い躓きに、指導者・コーチは批判を受けても仕方がない。陸上の男子一万のように世界との実力の大差で負けても、それは勉強、だが、これと限らず自己ベストには果敢に挑んで欲しかったし、自己ベストや日本新記録でも及ばなかった選手達は称賛したい。

女子マラソンの野口や土佐の怪我や挫折には落胆した。これはコーチの目配りや判断に問題があったのでは。

 

* ともあれ、そこそこ楽しんでいるが、ブブカやオッティなどのいた頃に較べて、のめりこむ姿勢は薄れている。わたし自身の日々に問題が在りすぎる。

2008 8・18 83

 

 

* 「書く」以外にこの世で幸福になる道のない人間のように決めつけられるのも、しんどい。そうかも知れないし、そうでないとも感じている。たしかに読者のなかには、ひっきりなし作者にこの種激励のプレッシャーを掛けつづけるのを愛情のように思いこんでいる人もいるが、有り難くもあり、気鬱でもある。

 

* そうはいいつつ、なでしこジャパンのサッカーが気になる。

 

* もののけのように、胸のうちを不快の早い浅い波がさあっ、さあっと奔り流れる。じいっと見送り、しゃんと立つ。

2008 8・18 83

 

 

* もう事実上、わたしに北京オリンピックは終わっている。幾つか気ののこるゲームもあるが、もう付録のようなもの。

野球、ソフトボール、女子サッカーでは、サッカーの健闘にメダルを上げたい気がある。むろんソフトボールも、野球も。

スポーツは観て楽しむのもリクリエーションのうち。溺れるほど提供されてもアプアプするだけ。日本のテレビ・マスコミの智慧の無さが、こういう飽食状態を現出している。

2008 8・20 83

 

 

* ソフトボールが金メダルをとった。あのデカいアメリカ勢を三対一で抑え込んだのは言葉もないほど立派なもの。宇津木監督の頃から応援してきた。三度目の正直で金メダルは、外国勢からくらべればちっこい日本選手達、一寸法師の気概と威力であった。祝福。

福原愛が世界一の中国選手に挑んで、零敗せず一セットをもぎ取った敢闘にも、その表情や笑顔の純な美しさにも拍手と声援を惜しまなかった。

女子レスリングの圧倒的な好成績も素晴らしかった中で、あの「気合いだ気合いだ」のやかましいお父さんに銅メダルをまっさきに掛けてあげた娘選手の美しい柔らかい笑顔も、心に染みて佳いものだった。

中国をかわして銅メダルを死守したシンクロナイズドスイミングの二人にも、射撃で、またカヌーで善戦した女子選手にも拍手を送る。

人生を賭してなすべきことに打ち込んで善戦健闘していた誰もの顔が美しい。心からすばらしいと思う。

あともう一つ、女子サッカーはどうなったろう。強国ドイツに立ち向かい前半零対零まで観ていたのだが。沢選手をはじめ敢闘してきたあのチームにも納得の行く結果と歓喜とを望んで期待しているのだが。

2008 8・21 83

 

 

* ソフトボールの決勝戦、そして優勝・金メダルへの足取りを、もう一度観た。あの巨人のようなアメリカ勢に女一寸法師たちが、ほんとうによく勝った。

 

* 野球や男子マラソンがまだあるのだろうが、四百メートルの男子リレーで健闘して欲しい。

 

* オリンピックという大枠からはもう意識が逸れてしまっているが、個々の残り試合にみごとな集中や健闘が目立って鼓舞される。日本選手達は全体から観てよく図抜けるところは図抜け、力不足の場面でも福原愛達のように力戦健闘した爽やかさが、ことに宜しく。感謝。このまま北京オリンピック、どうか大過なく事変もなく終幕を飾って欲しい。ほっと安堵したい。

2008 8・22 83

 

 

* 男子四百メートル・リレーの日本チームの三位、銅メダルには感動した。チャンスを的確に活かし、文字通り「連繋」の快走を見せてくれた。四人のインタビューも歴史に感謝し大勢の先達の尽力を称えて、喜びを爆発させていた。敬意を覚えつよく感動した。すがすがしい感激。立派さに対する感激。北京オリンピック、なかなかのモノになったなあと数々の感動を思い起こし思い起こし、感謝している。

2008 8・22 83

 

 

* 「星野ジャパン」は「完敗(宮本キャプテン)」した。星野も宮本も、負けたアトのインタビューはきつかったろうが、もう少し物の言い様はあったろう。

人選を発表したときのインタビューを聞きながら、今度はよくないなと予感したのが、最初から当たりづめだった。

「星野ジャパン」という持て囃し方に疵を感じていた。アマチュアのオリンピックに全員プロ野球というのも抵抗があった。そういう例は他にもあるのだが、プロ野球はプロの見本と子供の頃から感じてきた。そのプロ中のプロ選手たちの表情に、柔道の谷本やサッカーの沢やソフトボールの上野や卓球の福原らの、また北島や朝原らの、あのピュアな感激が感じられなかった。一丸の覇気がみえなかった。

敗者を打つのではない、負ける前になにかしら負けを予感させるもののがあったのを惜しむのである。世界選手権とは較べてほしくないと宮本は抵抗していたが、較べられるのは仕方ない。

2008 8・23 83

 

 

* オリンピックの総括がいろいろに出ていて、感動編はほぼ一致して、気持ちいい。個人の成績にも個人を超えた背景があり、まして集団・チームでの好ゲームには、えもいわれぬ喜びがある。陸上のリレー、水泳のリレー、ともに銅メダルとはいえ光った。ソフトボールの金が素晴らしかった。子供の病状を案じながらの谷亮子の結果銅メダルも立派だったと思うし、メダルに遠く届かなくても卓球の福原愛が世界一位にさわやかに挑んで、一セットもぎ取ったのも立派だった。

 

 

* しかし相変わらず政治の方、すばらしいというところが何もない。国会は何故開かれないのか。

2008 8・25 83

 

 

* このところ「自然減」という言葉で自身の日々を納得しながら、励ましている。自然減はやむをえないと受け容れて、それでも日々新面目在りたいもの。

外の世間へわざわざ出て行かないから隠居といえば隠居に似ていても、精神的には活火・活火して、したいこと、すべきことの多さにときに吐息も出る。むかしとちがうのは、それらを求めて「金」に替えようとしていないこと。必要を感じない。自然減の限度はロンドン・オリンピックにまた出逢えるかどうかだ。

仕事も、また、たとえば観劇も食事も交際も、せいぜい楽しみたい。

どれもこれも「自然減」で推移するだろう。それでいい。「湖の本」百巻も、あと五冊、ゆだんなく暮らしていれば達成し、通過してゆくだろう。

2008 8・28 83

 

 

* 朝青龍が負けている。昨日、安馬が勝ったとき、あとへ大関、横綱が来ると分かっていて、しかし横綱朝青龍は誰と取っても今日は負けると思い、テレビから機械の前へさっさと移動した。が、今朝、案の定と知れてサクバクとした。こういう予想はむしろ外れてくれるといい。

2008 9・17 84

 

 

* 一時から五時間、大相撲秋場所を楽しんできた。今場所は席が取れなかったかと思ったほど、予約の連絡が遅くて、断念していたところへ連絡が来た。正面桟敷、土俵に近い三、四列目、遠めがねも無用なほどよく見えた。国技館の相撲は、じつに気分が開放されゆったりする。朝青龍が休場不在。

しかし今日の白鵬と千代大海の相撲は見映えした。二敗で横綱を追う大関琴光喜、また関脇安馬の相撲もよろしく、引き締まった。わたし、すこし声も張ってきた。また声がかすれる。四人枡を妻と二人だけで観るのと、少し桟敷用に心用意もしていったので、脚も腰もいためず、視野も広く明るくてよかった。桟敷は四人は入れるし四人分支払っているのだが、二人で脚を伸ばして。あれで、相撲茶屋仕込みの弁当が、いますこし美味いと結構なんだが。

 

* お土産が山のように多く、(と言っても、四人座席分の他にたっぷり支払う仕組みなんだからだが。)帰りの電車で、すっかり疲れてしまった。しかし相撲は正確に六時には終わり、帰りも遅くならない。年三回三場所の両国、それぐらい楽しめる間は楽しみたい。

2008 9・25 84

 

 

* 西武ライオンズが八回逆転勝ち越しの一点、さらに巨人ラミレスの内野ゴロで九回決勝の瞬間を観た。第一戦に勝ったとはいえ終始ジャイアンツが押し気味であった。若い渡辺監督のライオンズはよく勝ち抜いた。投手も野手も、選手という選手をほとんどわたしは知らない。巨人では原監督、上原投手、阿部捕手ぐらい。西武では誰一人知っていたという選手がいなかった。

わたしの野球は「プロ」野球でなく、「フロ」野球で始まった。少年のあの頃、銭湯へ行くと脱衣棚の扉に大きく書いた番号で、「3」か「16」が欲しかった。大下弘か川上哲治か。それでまだ空いている早くに銭湯へ行った。

 

* じつはセとパとの決勝戦とは忘れていて、湯につかり大野晋さんの『日本人の神』を熱心に読んでいた。のぼせかけた。

その前は「篤姫」を観ていた。若い名も知らぬ女優がいい芝居を懸命に演じていて好感をもっている。ただ、ドラマの原作であるか脚色であるか分からないが、必ずしも適確な歴史の把握であるか、かすかに不審も覚えている、が、主演女優の存在感は、なかなかけっこう。

なににしても日本の近代の幕あきには問題が多々ある。その問題がいまの自民の保守政治にもイヤな感じでまとわりついている。

わたしが言いたいのは、はっきりと「いま、『中世』を再び」である。

2008 11・9 86

 

 

* 大相撲九州場所は昨日で千秋楽。

今場所は贔屓の横綱白鵬が初日つまづき、大関期待の安馬もいきなり二連敗するなど、ひどく気を腐らせたが、二人とも不屈の努力で千秋楽まで横綱・関脇ふたりとも天晴れ十三勝二敗同士、手に汗する「決勝戦」を演じてくれた。どっちにも勝ってもらいたかった。いい相撲だった。本割りで安馬に名をなさせた白鵬が、強力・強引な上手投げで安馬を土俵に投げ勝ち、一人横綱の場所を三連覇で飾った。白鵬、立派だった。安馬も、昇進の強圧をすばらしい気力と成長とではねのけた。十三勝で大関を賭けた場所を勝ち抜いたなど、白鵬にも勝るみごとな根性、心より称賛。大関達が一人は怪我の休場、他はみながやっと八勝で地位を保ったなど情けない限り。

2008 11・24 86

 

 

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