* 初場所へ。誘いあり。いいね。
2009 1・13 88
* 朝青龍の驀進が凄い。識者や評論家達の目玉はガラス出来でしょうか。今日十二日目。いっそ全勝優勝してしまえば話題として完璧。しかし白鵬の逆転にも期待したいし、あの先場所の安馬に立ち帰って新大関がいきなりカド番に落ち込まないように。うちの奥さんが握手した唯一人のお相撲さんの大関魁皇にも敢闘よくカド番をまたはい上がって欲しい。しこ名は気に入らないが稀勢乃里と豪榮道にも伸び上がって欲しい。
* 今日は土俵に波瀾があるだろうか。
* 粉糠ほども降らなかったが曇天の寒さ。それでも両国は活気に湧いていた。向こう正面の花道に近い前の席で、目の前に向正面解説者席かあり、正面からのテレビ映像もモニターで見えていた。今日は栃木の読者からのご招待で、四人席を妻と二人でゆっくり見せて貰った。ラクだった。
白鵬が大関琴光喜に不戦勝というのには落胆した。朝青龍は巨漢バルトを寄せ付けなかった。不調の大関日馬富士はしっかり勝って十二日目で星をやっと五分にした。油断しなければ勝ち越しへようやく転げ込むだろう。来場所はしっかりして貰わねば。魁皇は強い相撲で、どうやらカド番脱出に目星をつけた。豊の島が腕をひしがれ、安美錦が膝をつぶされ、琴光喜がカド番に転落して休場というのではしまらない場所になったけれど、ゴンタの朝青龍が全勝という特大の予想はずれがあり、これから両横綱の決勝戦が実現するようなら、まずは景気のいい話題の場所に数えていいだろう。
* それにしても相撲茶屋の弁当はあまり頂けないので、今日は東武で蟹をテーマに三種類の弁当を買っていった。サケモビールもジュースもお茶もまず飲み放題にサービスしてくれるので、機嫌良く呑む一方で声援の大声を張り上げてきた。隣の枡にモンゴル力士を盛んに応援する若い家族が入っていて、女性が、声援と云うよりも、白い半紙に力士の名前を書いたのを掲げるのがおもしろく、おもしろいだけでなくその毛筆の力士名の一人一人美しく書けているのに感心した。声を出す方はわたしが代わりに応援した。
* ピタと六時で済むのは有り難い。しかし両国駅から秋葉原で乗り換え、池袋経由で保谷駅まで。茶屋からのお土産が多くて重くて、息が上がった。西武線では寝てしまった。さすがに、お相撲である、こっちも力が入った。はやくやすみたい。
2009 1・22 88
* 朝青龍が魁皇に完勝し、白鵬が千代大海に危なく勝ち、なんとなしに草臥れた。朝青龍の全勝優勝が夢でなくなってきた。夕食でのビールで眠くなり、かすかな頭痛もきたので、負けて宵のうち寝入ってしまった。来週は本の発送がある。からだをこわしてはコトなので、ラクにして過ごしたい。
2009 1・24 88
* 本割で白鵬が完勝し、決勝戦で朝青龍がしっかり勝って、朝青龍の優勝となった。それでよかった。あれだけいろいろ云われて、それを跳ね返すように頑張った「ゴンタ」朝青龍に優勝という天恵は立派な褒美である。白鵬も挫けず千秋楽で追いついたのは立派であった。白鵬が挫けていたらつまらない場所になった。持ち堪えてくれて有難うと云う。
2009 1・25 88
☆ プロ野球選手 1999 5・5 「人物」
* 本の発送の用意に終日を費やした。阪神・巨人戦のテレビ実況も聴いていた。
阪神が、点差こそ少ないが快勝し、巨人は連敗を重ねた。去年などからすれば真っ逆様だ。野村監督の株が上がる一方。
昔から野村に関心があった。長島や王とはちがう。球団テストで南海にやっと入団した、丹後峰山の少年だった。
長島が立教で大活躍したのも、王が甲子園で大活躍したのも知っている。モテモテの金の卵として巨人に入った。
じつは巨人というチームを贔屓にしたことは一度もないが、長島と王とには終始好意をもっていた。今でももっている。
長島と野村とどっちといった気持ちは、ない。強いて聞かれれば、はんなりした長島茂雄の、とぼけて妙に可愛らしい愚かしさが、より親しめるかな。長島には天才美空ひばりと似た味わいがあり、彼にもしも何かあれば、同い年だもの、私の喪失感はけっこう深いだろう、そういうことの無いよう願う。
野村に向かうのは、そういう関心からではない。刻苦し大成した人への敬意がある。友達になりたいとは思わない。しかし、彼のような人生にそっと頭を下げ続けているだろうと、自覚している。長島は時代のシンボルだと思っている。ベンチで苦渋をなめている顔もいい、笑顔もいい。
金田正一という投手にも落合というバッターにも敬意を払うに十分な大力量があった。今でも敬意を感じる。しかし友達になりたい人ではなかった。
今はイチローに驚嘆し、野茂に声援している。すばらしい。
大きな選手が巨人軍に転じて入団すると、急に興味が失せてしまう。青田、金田、別所、落合、張本。
ともあれ今夜は野村の阪神が勝ち、長島の巨人が負けた。脳裡に蘇るかずかずの名場面がある。藤村富美男がホームへ驀進して巨人のキャッチャーをぶっとばした日の、テレビの前の興奮は凄かった。電器屋だったので、テレビをつけると狭い間口の店の前に幾重にも人だかりがした。
阪神というチームの名前を、戦後すぐに先ず覚えた。私は京都にいた。新制中学に上がるころだ。若林忠志というチェンジ・オブ・ペースの名ピッチャー監督が率いていた。藤村、土井垣、呉、金田、のちに別当、吉田。
だが、私はそれほどの野球少年ではなかった。贔屓といってのぼせるチームはなかった。いい選手で弱いチームにいるのが贔屓だった。
巨人の川上、青田よりも、どこにいたのだったか大下弘という天才的なホームラン打者が大好きだった。監督では南海の山本のちに鶴岡一人や、巨人を追い出されて、西鉄を勝たせ大洋を勝たせた三原脩が好きだった。 1999 5・5 「むかしの私」より
2009 3・6 90
* 中国に勝った世界選手権の野球は、今夜は大の難敵の韓国勢を、わたしの観ていた二回まででもう、8対2で苦手の先方投手を完膚無く打ち崩してしまっていたが、聞くと、信じられないコールドゲームとか。不振だったイチロー選手も二回で既に二安打していた。どうかすると、どうかするのかな。
* もっともわたしは、あまり「スポーツ」に夢中にされてしまうのを警戒している。3S政策は、どこの大国でも政治の下意識にしまいこんで、手放したことがない。
スポーツとスクリーンと、セックス。
スクリーンでもモックンらのオスカー獲得が喧伝されてめでたかったし、野球が二度目も優勝すればもとよりめでたい快事に相違ない。
セックスの方は、むしろもう中学生高校生たちに聞いてみたいほどだ。それが学生たちの政治意識や社会性を、乾いたチーズのように早老化しているのは明らかだろう。
3S政策に隠れて政治屋どものやっていることの、ああ、ヒドサよ。
スクリーンには、てれびの画面も含まれているのをわたしは見遁さない。
痴呆的に、タレントとかギャルとか呼ばれるお子供衆をテレビは高い電波というお金を使って、「ただただ遊ばせ」てやり、「ふざけさせ」てやり、「大騒ぎさせ」てやっている。不景気で、優れた役者や人材を高いギャラで使うより、使い捨て同然にやすくあがるからだが、もうはやこの世間に「節度」というものは無い。考えてみれば、自分自身にも節度なんて有るのかな。困ったなあ。
* よほど暖かくなったか、入浴後に機械の前に長くいて、気づくと、何もしていなかった。さ、やすもう。
2009 3・7 90
* 日本と韓国の第二戦は、かなり韓国が強く押して、リード。イチローが打てていない。わたしは、もうあまり興味がない。
2009 3・9 90
* 野球は、予想通りにキューバに快勝した。そしてまたしても韓国と闘うらしいが、今度は勝つのではないかなあ。
2009 3・19 90
* 二日のうちに、沢山な郵便が来ていた。郵便をきちんと始末するのに時間がかかった。東大の上野千鶴子さん、親友で女優の原知佐子からそれぞれ文庫本が届いていた。
上野さんのは女縁新社会を語ったもの、知佐子のは夫君実相寺昭雄氏の『昭和電車少年』。牧南恭子さんからも読み物の文庫を貰っていた。
* たくさんな郵便は、とてもいますぐどうにもならないが、湖の本あとがきの高村光太郎のことでは、触れてくる人は例外なく「ペン電子文藝館」の掲載に、きつい否定や疑問符。
自身創作している人は、もし自分があんなことをされたらと思うと、死者に鞭打つ心ない仕打ちが身に痛すぎるし、光太郎への親愛や敬意を抱いている人は、どうしてわざわざ故人を傷つけて平気なのか、となる。
「ペン電子文藝館」は、文学や作家を「論議し批評する場所ではないでしょうに」となる。
全くその通りだ。その肝腎なことが分かっていない。
2009 3・24 90
* たわいないのだが執拗に同じ夢に負われて、少し寝苦しい朝であった。少し冷えて曇り、ひどくはないが小雨のとめどない一日だった。
イチロー選手の3086本、プロの安打日本新記録、ことに昨日の張本の記録に並んだ満塁ホームランなどめざましい快打で誰もが喝采したものの、他は、気の滅入るばかりの世界情勢、国内情勢で、テレビも不景気が反映してであろうガラクタをぶちまけたように安い連中をつかったお遊び番組か、ドラマの再放映ばかり。
* いま、何が楽しみで生きているのかねえと、思い寄らぬグチがくちをついて出たりする。なさけないことだ。
2009 4・17 91
* 大相撲夏場所、十二日目。今場所は横綱二人に大関たちもいつもより元気で、そのため下位の星勘定は厳しそう。そのため、幕内前半の相撲はそれほど刺激がない。上位もあいにくと刺激的な取組がなく、勝つべき力士がしっかり勝って、横綱白鵬と大関日馬富士とが全勝、横綱朝青龍が一敗、他はおしなべて優勝戦線から脱落、せいぜい稀勢乃里が二敗の程度。
それでも白鵬(魁皇)、日馬富士(バルト)、朝青龍(琴光喜)そそれぞれに興奮した。役相撲のえらさだろう。
相撲茶屋のサービスがすこぶるいいのかお高いのかよく分からないがずうっと世話をしてくれてきたタケちゃん、よく面倒を見てくれる。四人枡を、妻と二人で脚を伸ばして観ているので、五時間坐っていても、ラク。今日は酒をそう飲みたくなかったし、相撲茶屋の弁当はいまいち感心しないので、むしろ甘味をいろいろもらって、幕下、十両、幕内前半の頃は、校正ゲラに目を通しながら土俵を楽しんでいた。双眼鏡がなくてもしっかりよく観られる席で。
お土産の大半は宅急便にしてもらい、それでも大きな紙袋を三つも引きずりながら、寄り道無しで帰宅。
2009 5・21 92
* 昨日の白鵬・日馬富士戦、朝青龍・琴欧州戦の余韻が残っていて、今日も続きを見たくてすばやく帰宅。
昨日、あのように真っ逆さまに空に投げ捨てられた琴欧州、あのままでは力士の骨が崩れてしまう、今日は横綱白鵬、よほど心していないとアブナイよ、負かされるよと、予言した通りに負けた。あの千代の富士が、今場所の白鵬は、先場所の万全からするとそうでないと批評していたとおりの、番狂わせの敗戦。しかも結びの一番で一敗大関の日馬富士が一敗横綱の、負けないだろうと見た朝青龍を鮮やかに二敗へ追い落とした。朝青龍は足腰を痛めたおそれあり、明日千秋楽は一敗同士のもう一度白鵬と日馬富士との優勝決定戦になるだろう。
初優勝に執念の大関の気魄が、連勝を三十三勝でストップさせ気落ちの横綱に優るのではないか。
2009 5・23 92
* 予想通り一敗同士の白鵬・日馬富士の優勝決定戦で、モンゴルから応援に来た母親の目の前で大関が初優勝した。
期待通り鵬馬時代が近づいてきた。来場所日馬富士の綱取りに期待しよう。
朝青竜はまだ前頭時代に期待して、期待通りの強い横綱になったが、横綱としてはたしかに行儀が悪い。天成の陽気というよりどこか我が侭が過ぎている気味あり、白鵬に頼みをかけるようになっていた。
日馬富士も真面目で、根は陽気であるだろうと見ている。真摯な力士が上に二人立っておもしろい力強い土俵を見せて欲しい。朝青龍は自然とワキ役にまわることで、強くて少しハメの外れた役回りをみせてくれるだろう。
2009 5・24 92
* もしわたしが短歌や和歌を日頃も読まない、まして善さが分からないなら、わたしが短歌選や和歌選をしたりすれば僭越になる。失礼になる。幸い、わたしは現代短歌も古代和歌も好んで読む。たくさん読む。幼時から小倉百人一首を、かるた遊びのツールとしてでなく、読んで意味をさぐり面白がって読んだ。国民学校の四年生から短歌を作った。高校時代は生真面目に熱中し、その頃の歌が歌集『少年』に結実し、岡井隆さんはその歌集から選んで、二度も、『昭和百人一首』に選して下さっている。
朝日新聞の短歌欄に、外部から「時評」を依頼されたわたしは、トップバッターであった。短歌に関する講演も座談会も何度もしている。『愛、はるかに照せ』や『青春短歌大学』など鑑賞の詞華集はヒットした。わたしの短歌選は、それなりに信用してもらえると思っている。今日推奨する、伊藤左千夫の短歌選抄も、一心こめてした。
もとより「選」や「抄」の問題を超えて、伊藤左千夫は優れた歌人であった。子規門で長塚節と並び称することが多いが、わたしは「人間」としても左千夫が好き、彼の小説も大好きである。自分より年若い子規子の前に敬虔に心服し、生涯姿勢を変えなかった。無骨な人となりの内心は熱く燃え、ときにめめしいまで情愛にもろくもあった。
■ 伊藤左千夫短歌抄 招待席 「e-文藝館=湖(umi)」 詞華集
いとうさちお 歌人・小説家 1864.8.18 – 1913.7.30 千葉県成東町殿台に生まれる。 年少の師正岡子規に傾倒し、長塚節とともに、島木赤彦、斎藤茂吉ら次の世代に師の命脈をしかと手渡した。「野菊の墓」「分家」等の小説の名作もある。万葉的な熱い情けに富んだ一世の詩家として懐かしまれる。 掲載作は、生涯の歌作から前半をまばらに、晩年を密に、秦恒平 (前・ペン電子文藝館長)が撰抄した。 (秦 恒平)
http://umi-no-hon.officeblue.jp
(目次のe-literary magazineとある英字の上をクリックして下さい。
2009 7・7 94
* 古橋広之進が世界水泳のさなかに現地で亡くなった。「りっぱな戦死」と謂う人もいた。謂えている。戦後に育ったわたしたちには眞に英雄だった。感謝新た。
2009 8・4 95
* なにを百一巻に「選ぶ」か、これが悩ましい。このところまた脳みそがストラッグルしている。無心に空気を吸ってきたい。だが、手をつければ目の前に、機械の中に、あれもこれもわたしが手を付けてくるのを待っている。起ち上がるヒマもない。
ベルリンの世界陸上も終幕まぢかい。今時分は、女子がマラソンレースをしている。決勝のゲームも目白押しに。甲子園でも高校野球がたぶん明日あたり決勝戦か。
いただいた本の何冊にも御礼の手紙を出さねばならぬ。
* 女子マラソン、尾崎が大健闘の銀メダル。金は、二十歳の中国人、白雪。
2009 8・23 95
* 小さな缶ビールの二本に身を任せ、寝てしまった。大相撲の三役揃い踏みに間に合い、本割り白鵬の快勝、優勝決定戦には朝青龍の決勝、二番にそれぞれ敬意を覚えたままテレビの前から離れてきた。
2009 9・27 96
* オリンピック開催を争った東京は、アメリカのシカゴもともに、敗退。ほとんど感想、無し。
2009 10・3 97
☆ がんばれ、東北楽天ゴールデンイーグルス 金木犀
クライマックスシリーズに、二位で臨んだ楽天が、ホームの応援にも力を得て、ソフトバンクに、二試合共、圧勝した。
結成当初、多いときは十点くらい差をつけられ大敗を喫してばかりいた弱小球団だったけれど、今季は、シーズン後期へ向かうにつれ、ぐんぐん追い上げ、三位争いで西武を突き放し、ついには二位でシーズンを終えるに至った。
少ない戦力で、よくここまで。
弱小と見做されているチームが、強いチームに打ち勝つのが大好きなので、楽天の快進撃が、面白くて仕方がない。
特に、クライマックスシリーズは、短期戦。
ここで打たなかったら、抑えなかったら、後がない、という緊迫感が、たまらない。
楽天がここまで来たのには、経験豊富で実績のある野村監督の力が大きいと思う。
早稲田実業の斎藤投手と激突し甲子園を湧かせた、駒大苫小牧の田中将大投手の楽天入団が決まったとき、あの逸材が弱小球団に、と思う反面、ノムさんが育ててくれるだろう、という期待があった。
その通りになった。
もちろん、マー君本人の努力がまずあったのだと思うけれど。
育成枠で伸びてきた選手たちも、活躍している。
日本ハムとの五連戦では、投手陣の層の薄さが心配なものの、打線は頼もしいし、この勢いのまま、おもしろい試合を見せてくれるだろう。
* わたしも野村が南海ホークスに入った頃からのフアン。長島や王のようなハイライトを浴びることなくテスト入団して、その後に抜群の働きをした。京都府の北の方から、丹後の方から現れ出た。初の三冠王になり、また緻密なデータを持っての采配ぶりには定評と実績があった。そして、ま、不遇というか、日陰道をこつこつ歩いて端倪すべからざる野球道を建設してきた。
わたしが、「総選挙で社会党が勝てばプロ野球は廃止になるんでしょうか」などと真顔で心配した大スターよりも。こういう人の方を好くのはあたりまえ。
だから今シーズンの「楽天二位」という成績でクライマックスシリーズに打って出ると決まったところでの監督「解雇」には、憤慨している。せめてシリーズを終えてからの話で良かったろうにと。
選手の奮起で二つ勝った。第一ステージ、ひょっとしてひょっとするかも知れないと、むろん応援している。
2009 10・17 97
☆ 負けた らしい。 楽天家
パ・リーグのクライマックスシリーズは、昼にあったらしい。
日本ハムが日本シリーズに出場、と、夕方のニュースで知った。
楽天を応援していたわたしは、残念。
楽天は、いい勢いでクライマックスシリーズに進出したのだけれど、一戦目、リードする中、好投していた長井をマウンドから下ろし、出した継投が、相次ぐ暴投に押し出しで、無駄に失点し、最後は最悪のサヨナラ負け。
予想したとおり、投手陣の戦力の薄さ、特に、中継ぎ・抑え不足が、モロに出てしまった。
楽天は必死に戦ったけれど、勢いは日ハムに移ってしまったか。昨日のマー君のこれ以上はないというほど気合の入った投球も空しく、楽天はノムさんの勇退を錦で飾ることはできなかった。
セ・リーグの試合はまだ残っているし、大一番の日本シリーズは、これから。
でも、もう面白くなくなってしまった。
野村監督に言いたいのは、
「お疲れ様でした」
それから、
「野球が面白かったです」
* 四点リードを逆転されて負けたと知ったとき、勝ちを信じてテレビから離れていた。あれはヒドかった。昔サッカー、ドーハの悲劇なみだった。
野村監督を両軍で胴上げしてくれた図には、ほろりと感動した。
* さ、弛んではいられない。
2009 10・25 97
* 発送用意の作業を、朝から。今は、コレを、一に。好調に進んでいる。夜までに、よほど進めたつもり。野球の日本シリーズは日本ハムが九回裏の攻撃で、今一つ、巨人に追いつけなかった。
2009 10・31 97
* 白鵬が、年間85勝という不滅の大記録を遂げた。優勝も決めた。明日千秋楽に横綱朝青龍に勝てば全勝優勝で年間の勝星が86という信じがたい記録が樹立される。すくなくも五十年は記録を塗り替える後続の力士は出ないだろう。イチローと白鵬の年。
2009 11・28 98