ぜんぶ秦恒平文学の話

スポーツ 2024年

* テレビの録画で、たまたま「美空ひばり」生涯の歌唱を通して「觀・聴く」事が出来た。「昭和」を眞に代表する唯一人の「天才」歌手。私は、独り勝手に「昭和の恋人」と想い入れ、懐かしく胸いっぱい充たされた。早起きして良かった。「平成」を代表した天才は、謂うまでも無い四十五回もの「本場所優勝」という途轍もない偉業の「横綱・白鵬」を措いて無い。
2024 2/11

* ヒマは無くはなく、なのに、くつろぐ ということを忘れて、肩も首筋も痛んで、シンドい。「御免」蒙りたいと思うところへ、国技館武藏屋の「竹ちゃん」竹蔵クン 例の三月春場所『蒙御免』の「番付」を送ってきてくれました。東に横綱「照ノ富士」は当然、西筆頭には大関「豊昇龍」が。「可愛くてショがないの」とご贔屓の妻は喜びます。「白鵬」が退いてわたしは目下贔屓力士、ナシ。だが、久しぶりに国技館のあの大らかな空気が吸いたいナ。
2024 2/29

* 夕方 五時前。朝の讀書後、朝昼の短時間、小食のほかは、ほぼ熟睡していた、生きているスベを忘れたように。夕食後は、どうか。大相撲大阪で?の春場所か、さてと熱くは誘われない。しぶとく健闘の横綱「照ノ富士」にしか関心も贔屓も、無い。つまらん四股名のつまらん相撲取りに落ちぶれた「遠藤」などに、がっかり。四股名にこそ大相撲の美学があると謂うに。

* つまりは「寝よう」と、潰れている。床に就いて、「読んで」寝入るという成り行きを、全面受け容れている。
2024 3/10

* 大相撲は両脚を傷めた横綱が負けを重ねているが、今日も贔屓の「遠藤」が珍しく力相撲で圧勝したのが宜しく。
2024 3/13

* 午過ぎの一時前。疲弊の重みに毀れそう。政界のあまりにバカげた茶番の辯明や、二度と破られまい「本場所四十五回優勝」角界の「偉大な横綱白鵬」への、引退後のジトジトした排斥・虐め・追い出し騒ぎなど、耳に目にするつど吐き気がして、サヨナラだこんな「日本」とはと、疎ましい。まこと実力優れての「出る杭」を打って「卑しい快」を求める非力日本人の傾向を恥じる。
2024 3/14

* 無慙に、横綱「照ノ富士」が負けを重ねる。どう見てもあの両脚は働かない。気の毒、だが潔い引退をと願う贔屓は多かろう、私も其の一人に数えられて仕方ない。奈落まで一度落ちて其処の底からみごと這い上がって強い「横綱」に成った美しい眞実を忘れていない。生なかの覚悟で出来たことでない。栄誉ある引退が「大相撲」のためにも「横綱照ノ富士」のためにも望まれるのではないか。
2024 3/15

* 五時、ひょっとして今夕にも、大相撲は、新入幕・幕尻の尊富士が「初優勝」を決めてしまうかも。大記録になるのをみたい。
45回の優勝という、とてもとても余人の越せない大記録を樹立して引退した偉大な横綱・引退した白鵬を不作法に虐めて村八分にしようとしている大相撲協会の人間どもが、わたしは嫌い。
* 尊富士 初入幕のドン尻にいて、みごとな「初優勝」とは、おみごと。大記録に接して大相撲のフアンとして恐悦に堪えない。ハッピー、ナイス。
2024 3/23

* 階下、キッチンへ入れば、テレビで連續ドラマや大相撲を視聴し、和洋の酒に手が出る。一時に大量にはやらないが、いかにも酒には親しんでいる。想えば中学生頃から「お酒」に気が有った、永い人生で泥酔など三、四度となかったけれど。
2024 3/24

* 明日から、大相撲五月場所。先場所、初入幕のくー幕じりで初優勝した尊富士が、新場所を休むらしい、とか。
2024 5/11

* 大相撲が「小ぢんまり」して大スターが不在。「ウラ」「アビ」「トビザル」「ミドリフジ」と謂った、いっそ小兵に目を向けている。スーパースターどころか、スターのいない小ぢんまり相撲。それならば相応のシッカリ組み合うて素早い相撲が観たい。大関陣が揃って、平凡。
2024 5/15

* 相撲に、「大須蒙」という雄々しい大らかさが失せて.「横綱」は事実上欠けて不在も同じく、「大関」達もさながらの「小」関取並み、贔屓としても励まないこと夥しい。
前人未踏どころか、今後もほぼ絶して現れまい「本場所四十五度」も幕内優勝の「白鵬(宮城野)」を、大相撲の誇りとも目標としても「樹てて」アトを追い慕うどころか、協会から「虐め出し」の悪手に陥っている見苦しさ。
「人」の居ない、貧寒な小相撲ぶりには、惘れるばかり。

* 幸いに野球には大谷ショウ平という、まこと希有かつ好感の「大スター」がいい顔を見せてくれる。
今「各界」に大谷君浪の「大存在」は在るか。歌舞伎・演劇・映画・歌謡」。
かつての「菊・吉」「團・左」「幸・仁・鴈」が見えてない。五十鈴も八重子も現れない。ひばり、ちえみも迹絶えている。
恥ずかしながら文壇にも「豪」と識られる成績の作家も、歌人・俳人・詩人も識らない、小林秀雄や中村光夫や唐木順三級の批評で唸らせる「読み手」も聞こえてこない。
2024 5/16

* 大相撲は、力士の名など「棚上げ」同然に構わず、たた「相撲」の妙、「取組み」の面白さだけをテレビを覗く程度に観ている。贔屓力士、一人も無い。
2024 5/18

* 送られてきた「大相撲」七月場所番付に、相変らず、横綱は照ノ富士が独り。三人の大関で豊昇龍が西の筆頭。見渡して、気にかけるのは、阿炎、大の里ぐらいか。
あの大昔の「栃錦」そして「北の湖」「北の富士」らこのかた、とくに贔屓も今は無し。
数回、蔵前へ夫婦で通ったが。ヒトも誘ったが。もう、しんどい。野球は、テレビでも見向かないが、相撲はふしぎと懐かしく。テレビで足る。
2024 7/6

* ゆっくりしたくて、湯に永なが浸かって、ヒギンズのサスペン『鷲は舞い降りた』を読んで居たり、居眠りしてたり。熱暑の真夏はやり過ごすしか手が無い。軈て、また、ハダカのお相撲さんで「七月場所」。わたしは、『信じられない話だが』小説を仕上げて行く。歌集『老蠶作繭』はもう仕上がっているが「本」にき造らない。
2024 7/10

* いま、「ゼッタイの贔屓」という関取がいなくて、大相撲が、やや「中・小」気味に感じられ、寂しい。
観戦に永い時間を取られるスポーツからは、つい身を引く。お相撲は,その点でケッコウ、しかも自分でも中学高校の頃、友人と、ジャレ合うように、よう組み合うていた。わたくし、けっこう強かった。短歌詠みに深入りし、茶室で茶の湯の作法を人に教えてもいたのに、個人ブレーで、運動場で走るのもジャンプも、ソフトボールを遠くへブッ飛ばすのも得手であったが、野球の「仲間入り」には気が乗らなかった。
2024 7/15

* 大相撲、身を入れての贔屓が「無いに同じ」くなっている。独り横綱「照ノ富士」の健闘に感謝している。ほんものの強い大關がいない。かつては熱中したが、今、は「誰」といわずに「お相撲の相撲」を観ている。それで済む。
2024 7/19

* 何の記事も遺していない。出かけたのでも無い。呆然と過ごしていたか。玄関や身の周りに触れ、「片付け」たり「整え」たりしていたか。横になったり寝入ったり、「光る君へ」や「大相撲」を観たり。要は、何もしてなかったと、いうこと。
久しくも久しく「する人生」を歩いて来た。「しない」ことを、「しまう」ことを、いま「覚え」かけているの、かも。
2024 7/20

* 夜中の十一時が過ぎていて。
終日、身辺整理していた。玄関も、寝室も、仕事部屋も。身辺整理が、ないし「いわゆる模様替え」が,少年の昔から好きで、まあま、巧みに目新しい「小環境」が造れた。満足しても、その分、よほど疲れ、疲れました。今日は大相撲の取組,一番も見なかった。
ただ大河ドラマと称する『光る君へ』の、今日の放送分は、二度、繰り返して観た。たやすくは入り込めない十世紀最末ないし十一世紀最初、つまりは西暦千年直前後のわが國の日本の宮廷社会、それも一条天皇、「モンダイ」の定子・あき子の二后並び立ち、疲労に堪えて踏んばる左大臣道長、ユースケ・サンタマリアがナカナカの陰陽師役や、紫式部モデルの「妻として母として」の暮らしから、いよいよ物語の「書き手」へと躙り寄る気配など、むずかしいところを、今日現代の作者は懸命に見事に描き出していて、賞讃を惜しまない。
むかしは、天皇家、皇室、天子樣を「映像で描く」など絶対にゆるされなかった、その「せめぎ」を越えて、このような力量に富んだ映像化に出会えているとは、「満足じゃ」。
2024 7/21

* 当然の、私、予測の通り、早くも巴里の交通機関にテロの破壊行為があった。今の欧州で、、いまのフランスの巴里で、「五輪開幕」を控えて、テロの起きないワケがあろうかと、私は、豫想というより予期に等しい感覚で推測していた、まさしく的中。この先、まだ何が起きるか、いまや世界は、「テロによる意思表示を当然視」へと傾斜しつつある。プーチン・ロシアのウクライナ侵攻も明らかにテロ行為、ネタニヤフ・イスラエルのハマス無辜の民衆への殺害爆撃も、右に同じ。
悪しき彼等はそれを、強者・勝者の権勢「当然の自己表現」と傲っている。こういう指導者をもてはやし従属するのは「心根の弱い民衆」の「自害」行為でしか無くなる。
この感想から推せば,勝敗をのみ競い合う「五輪」を無神経に「平和の象徴視」して静思の姿勢も無いのでは、ああ危ういと思えてくる。「巴里五輪」の無事を願う。
2024 7/26

* 独り横綱の責任を果たして、照ノ富士、順当に七月場所優勝。

* 巴里五輪開幕。ほどほどに付き合うことに。
2024 7/28

* 巴里五輪 観れば、それぞれに真剣勝負。惹きつけられて、嬉しさも、愉しさも。 2024 7/29

* 五輪には、ほとんど気をとられていない。柔道も体操も観ては居るが。わたしはただ門外漢。それよりイスラエル・イランの辺の、所詮かたづきそうにない依怙地な紛争が心地悪しい。
2024 8/1

* 五輪「柔道」を男子も女子も、一日中、よく観ていた。相撲ほど勝ち負け明快ではないが、日本の「お家芸」ではあり、根気よく観戦していた。
心身変わりなく低調ながら、時に「玄関座」で讀書もし寝入りもして、温和しく。あ、それでも、暑い陽なかをセイムスへ出向き、涸れていた日本酒や、好みの肴や、また必要の眼薬等を買ってきた。
猛暑で、熱中症や、コロナ患者は増えていると。ウカとはしてられない。
2024 8/3

* 巴里五輪、柔道「団体」の、日本が銀に終えた最期の敗戦を観た。人間の歴史に勝つものがあり、負けるのがある。逆にもなる。それがルールの人為の勝ち負け,いいとは思わぬが、仕方無し。
2024 8/4

* 巴里五輪は そろそろ陸上競技へ推移か。走る,跳ぶ、投げる、など。それなりに、みな、わたくしも好いていた。大勢での徒手体操は苦手だったが、個々に競うのは好んだ。百メートルを12秒台前半 ジャンプは早くから自分の背丈より高く跳んだ、高校のころ。しかし体力は長保ちせず、遠足・遠泳マラソンなどはいっそ嫌いだった。
2024 8/4

* 流石に、巴里五輪の劇的な「さまざま・いろいろ」に目を惹かれる。陸上の、走る、跳ぶ,投げるなど、心惹かれて観入っている。
2024 8/5

* 五輪競技は、さすが何によらず、迫力に打たれ励まされ、楽しめる。とは謂え、紛れない「國と國との闘い」という大枠はゆるがず、メダルの金銀銅の色・色を数かぞえて競い合うている。平和で良いと思い、ホントにそうかな、とも思っている。
2024 8/7

* 巴里五輪とは、テレビ前を過ぎるときにそこそこ付き合ってきた程度。この歳になると「体力勝負」をシンから愉しむことは無い。
モノのゴッタ返った狭い部屋での音楽も、暑苦しくて。
2024 8/8

* クーラーの行き届いた家に居るので「暑い」からは遁れているが、疲労感は重たくのしかかっている。仕方無し。
巴里五輪は、終盤らせまり、投擲や跳躍やリレー、長距離、マラソンで幕を下ろす。実感として四年前よりも今回の方を結果多く愉しんだ気がする。もう一度の開催に間に遇いたいと願っている、が。
2024 8/9

* 巴里五輪は、速さを競うよりも、投げ 跳び 持ち上げ 組み打つ などを観戦してきた。選手らの精進を想うと感じ入る。わたしは走ると跳ぶとが得手のほうだった。高跳び、幅跳び、三段跳び。走るのは百メートルが体力の限界だったが高校では、12秒台前半を走った。中学では、運動会学年クラス別のリレー競走で、一位で疾走する、小学校以来「最速」と知られた奥谷くんが、アンカーで一位を駆け抜けて行くのを、私が追い駆けて、なんと、大声援のなか、二周目に老い付き追い抜いて、私のクラスが「レース優勝」した、あれには、走った自分が、一等愕いた。あれは嬉しかった。
2024 8/10

* 夜十時を半ば近く過ぎている。五輪競技を見たり、ドラマを覗き見たり。頚廻りの凝りが、きつい。もう、機械相手には何も出来ない。眼には負担でも、読みさしの『女王陛下のユリシーズ號』『参考源平盛衰記』を読み読み寝入るか。
2024 8/10

* 巴里五輪 日本の成績は往年を大きく凌いでのメダル・ラッシュ、見事な活躍で、そろそろ閉幕を迎えるのだろう、女子マラソンが花を添えるのかも。
しかし、世界のあちこちに紛争や戦争は続いている。ネタニヤフ率いるイスラエルの、他国の無辜の民を狙い撃ちの砲撃や爆撃の無慙、憎むべし。西欧史上の「ダヤ嫌い」を再燃させたいのか、愚かな。日本は軽薄に首を突っ込まぬこと。
私は、暑い夏に負けたこと。
2024 8/11

* パリ五輪も、終える。真夏が盛り、そして「夕暮れ」静かな初秋へ、そっと歩んで行く。
2024 8/12

* 巴里五輪も閉幕。結果、やはり、さまざまに、いろいろに魅せられ励まされた。柔道、レスリング、そして女子槍投げのみごとだったのも。愉しみました、感謝。
さ、次回四年後のロサンゼルス五輪も、また愉しみ得られるだろうか。
2024 8/12

* 寝入るべく生きて在るかのように、大半と謂わず 一日中睡っている感じ。平安と謂うより危ないナという感じ。
「平和」を謳うた「巴里五輪」は終え、ネタニヤフ「イスラエエル」のハマスへの非道の爆撃暴行は絶えない。日本の国際政治には「ボク、知らない」とばかり、平和と人道に起つ気概や方策が、ろくに見えない。
2024 8/13

* 甲子園高校野球で、「京都国際高校」という馴染みのない名の高校が、決勝で東京の高校を破り、「六八年ぶり」(私二十歳の頃以来)とかで「優勝」した。「夢」のよう。京都は、最初期の二中、一中、また平安などの「優勝を重ねた」伝統をもっている。
2024 8/23

* 八日には、秋場所始まる。何故と無く清秋が待たれる。
2024 9/6

* 大相撲に,気分遠のいている。かつての「白鸚」や、遠く遡って「栃錦」や「北の湖」「北の富士」のような贔屓がいないのでは、ま、つまらない。
今も小兵力士に目覚ましいのが居ないではないのだが、醜名(しこな)ともども「好き」と謂えるのがほとんどいない。美しい強い佳い「醜名」が持てないのは、大相撲の「精神美からは落第」と私は厳しく見ている。
2024 9/13

* やすものの二本差し時代劇には愛想を尽かし、云ううことを聞いてくれぬパソコンにはヒヤヒヤしながら、ま、大相撲では横綱へ絶対の驀進と信頼の「大の里」に満足し、妙に愛らしかった元大関隆景勝の是悲ない引退を惜しみ、
2024 9/20

* 堂々 入幕間もない関脇「大の里」が、十三勝二敗で、はや二度目の幕内最高優勝、45回幕内優勝の横綱白鵬のいない寂しさを埋むぺく、大きく堂々擡頭してきた。けれん味の無い風情悠々大きな横綱として大相撲土俵に君臨して呉れようよ。けがするなよ。
上背のなかった大関貴景勝,強烈なブチかまし相撲で,引退。よく勤めた。褒めておく。
2024 9/22

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