ぜんぶ秦恒平文学の話

交遊録 2012年12月まで

☆ ありがとうございました。

秦恒平先生

大変ご無沙汰をいたしております。

過日はご高著『湖の本113センスdeポエム』をご恵贈いただき、誠にありがとうございました。

まさに自らのセンスを問われる内容にいささかの恐れを感じながら、しかし大変楽しく拝読いたしております。

ご体調が優れない中、こうして一冊一冊を丁寧に刊行し続けていらっしゃる作家としての姿勢にただただ感服するばかりです。

御礼が遅くなり大変失礼をいたしました。

寒暖差の激しい日が続いております。どうかくれぐれもご自愛ください。 文藝出版社社長

 

☆ 花便り 五

遠様

日々秋らしくなりました。お変わり有りませんか?

頑張っての「湖の本」無事に届きました、体調悪い中ひやひやしてます。

このまま快復に向かう事を念じています。

秋の花を、梨の木神社、白沙村荘へ行って撮って来ました、萩はすこし早かったか上手く撮れません。

白沙村荘は消失したお茶室が再建されました、ので、お茶の友と見て来ました、送ります。

前回のキスゲはケイタイから送りましたが届いてない様ですね、機械の事良く解らなくてごめんなさい。今回は無事に届くか?

時節がらお大事に   京都  華

 

* きれいな花も茶室も観ました。ありがとう。白沙村荘とは、懐かしいなあ。全快のきすげもちゃんと届いてましたよ。せっかくの写真を、新しいこの機械では、どう扱ってホームページへ入れていいのか見当もつかぬという、わたしも完全に機械音痴なのです。

 

☆ 「産みしより

一時間ののち対面せるわが子はもすでに一人の( )人」に 遠い昔に感じた思いに再会した気分がいたしました。

どうぞお大事に、ご平安をお祈りいたします。  京都  大学教授

 

☆ 秦先生

湖の本 第113巻のお代をお送りします。

科学者への信頼が地に堕ちていること、だからこそ本来の、まっとうな科学が重要なこと、しかしそのアピール手法の限界に悩んでおります。

どうぞお元気にお過ごし下さい。   東工大 卒業生 大学教員

 

☆ 秦先生

なつかしい「センスdeポエム」感謝します。

先生は喜寿を迎えられるとのこと、先生より2歳下の夫も今、同じ病いでがんばってくれています。私は72歳になりました。

この本 寶物にします。   春日部市 みまん読者

2012 10・1 133

 

 

☆ 拝復

残暑の厳しかった今年の不順な気候でございます。その厳しい夏を三度の入院生活大変なことであったろうと察し御健在御健筆のほど祈念申しあげます。

「秦恒平・湖の本」百十三巻御上梓のほど大慶に存じあげます。「センスdeポエム 詩歌を体験」 大変興味深く、拝読するのに苦労とともにさわやかな読後感をもちましたし、その解説に読みごたえのあるものを感じました。詩歌はやはりセンスによるものとつくづく感じいりました。秦先生の目くばりのきいた評に種々教わりました。

「詩歌断想」「私語の刻」も感心して拝読仕りました。大変貴重な御本を頂き、感謝感激。

右 御礼申しあげます。  拝 匆々 九月三十日   名誉教授 国文学

 

☆ 叔母様のご逝去お悔やみ申し上げます

度々お見舞いなさっておられた叔母様がご逝去なさった由、心よりお悔やみ申し上げます。

また今日は生憎の台風が、ちょうどお出かけの時間帯と重なっているようで、交通の便がどうかと心配しています。五反田は遠いですね。ニュースから眼が離せません。どうぞお悲しみの上に難儀の少ないようにと。

お礼が遅くなってしまいましたが、「湖の本}113巻送っていただきありがとうございました。センスの皆無の私には難業苦行。

あれこれ言葉を重ねながらも楽しんでいます。

作者と同じ言葉より、名解とされるキーワードが多いようで、ニタリニタリとしつつ読み進んでいます。

どうぞ秦様によろしくお礼をお伝え下さい。

日記を読みながら、毎日の服薬のご様子や、お身体のご不快さを案じています。

1年間のご闘病は長いことでしょうが、次の著作のためにもがんばってください。読者のためにも。

迪子さんもご主人につられないで美味しいものをたくさん食べて、ゆっくりと過ごしてくださいね。 妻の親友 晴

 

* 山口市の、かつての「みまん」愛読者横山ツヤ子さんから、山口名物の外郎菓子をたっぶり頂戴した。

外郎は、羊羹よりも口に素直に触れてくれ、美味しく戴いている。

2012 10・2 133

 

 

☆ 『センスdeポエム 詩歌を体験・他』を

ご恵贈賜り痛み入りました。身辺整理を自分なりに真剣に考えていますが、秦さんの<命のいまを根かぎり鳴け>の証しの前では、それもいろあせてしまいます。詩歌を味わい楽しみ、現状に怒り踏み出す心を持てとの励ましをいただきました。お礼申しあげます。

地球の現状を怒っているような気候が続いています。どうぞくれぐれもお大切に。   文藝出版社 元出版部長

 

☆ 詩歌寸評の

新しい湖の本をいただき楽しんでいます。女子高生の「傘と傘」 目に見えるようです。それにしても「障子」が「( )子」となるのは意表をついていて参りました。

小生 左脚のリンパ浮腫で近く三度目の手術のため入院します。執筆をたのしみたく。

右 御礼まで。   早大名誉教授

 

☆ 湖の本113

ありがとうございました。

前巻『元気に老い 自然に死ぬ』は深く 読みごたえがありました。

切に御自愛を念じております。   画家

 

☆ 湖の本113

ありがとうございました。

一番おもしろく読ませられるのは「私語の刻」です。

秦さんの病気のこと気がかりです。僕も80歳、繪は描けますが、外出が苦痛になります。しかし医者はできるだけ歩いてください、転倒しないようにと言われています。気力が乏しくなります。これもしぜんだそうです。

来年、水上勉さんの一滴文庫で個展します。   画家

 

☆ 虫食い部分を

埋めるのは、想像以上の楽しさで 時間を忘れ、ムキになって取り組んでいる自分がいました。

時節柄、一層のご自愛を、心よりお祈り申し上げております。  高槻市 ジャーナリスト 読者

 

☆ 先生を支える人々が

沢山いて パワーを送っています。

先生の強靱な魂が読者を奮い立たせます。   群馬  読者

 

☆ 「湖の本」113を

愉しくよませていただきました。私も、「淋しい日には敵を仮想し、少しおくれて入る涼しき人」を理想の生き方として、70代を生きたいと思っております。

同居の母も白寿を迎えましたが、これからも ひと夏、ひと冬を無事に越すことを目標に、私憤ではなく公憤に生きて、母をサポートしたいと思います。先生の(反原発の)「私語の刻」を強く支えます。  練馬区  読者

 

☆ 秦恒平先生 裏庭の樫の木に

橙々色の小さな丸い烏瓜を見つけた日に、郵便受に見覚えのある黄色い封筒が届きました。

先生、お久しゅうございます、「湖の本 センスdeポエム」お送り頂き有難うございます、先生ご病気をなされ、お薬の日々との由、どうぞお大切にお大切にとお祈り御見舞申し上げます。

ミマンのセンスdeポエムから十年以上も経っていることに驚きます。烏瓜は種を植えて十年以上、一度白い花を見たことはありますが実がなったことははじめてです、待っているといゝことがありますね、感激の一日となりました。

ミマンでは正解であってもなくても私の拙い文章をとりあげて下さり 調子にのって恋文でも書いているような気分で楽しく投稿いたしました。終るのがとても淋しく思いました。

あの時 アケビのことを書きましたが 今では毎年春に紫の小花の房がいくつもぶら下がります。

それにしても投稿のはがき 先生のお手元にあることにびっくり致しました。数珠玉を水彩に描いていますネ あの頃は我アトリエにて水彩画を教えておりました。

ちょうど七十歳の誕生日をすぎて すぐ癌の手術を致しました、四年半が経ちました。毎年一回の検診の外、薬ものんでおりませんが今のところ日常生活は普通に過ごしています。そして手術から一年経て七十一歳の四月から 以前から習いたいと思っていました俳句をNHKの通信講座で始めました。毎月三句添削、半年に一度一句のコンクールです 秀句に選ばれたこともございますが なかなか進歩致しません、楽しく続けています。

夫か逝って 二十八年が経ち 多くの人に励まされて生きてきました。中でもセンスdeポエムは 心踊る楽しい日々でありました 感謝しております。

息子の家族が近くに住んでおります。 兄妹達と国内外の旅行、オペラや美術展等あちこちに出かけております。季節の移ろいを感じながら まだまだ生きて行くような気がします。

私事 長々と書いてしまいました、どうぞお許し下さいませ。

季節も寒さへと向かいます どうぞ充分にお体お大切にお元気になられます様にお祈り申し上げます。

別便にて山口名物「外郎」をお送りさせて頂きます ご笑納頂ければ幸に存じます。

湖の本 お送り頂き 誠に有難うございました。  かしこ

十月一日   山口市  ミマン読者

 

* 「支える人々が沢山いて パワーを送っています」と言われる嬉しさ。感謝に堪えない。これが「湖の本」の冥利というもの。全国にある意味の温かい親族がいるようである。そう在りたいと願ったのが「湖の本」創刊の動機の一つであった。

 

* 冒頭に掲げた声明を知友に電送した。賛同して頂ける方には適宜転送もお願いしたい。

2012 10・3 133

 

 

☆ 私は

「湖の本」を送っていただきました****(千葉県市原市)の姉の*****です。

当時 婦人誌「ミマン」の愛読者で 特に秦先生の「センスdeポエム」をたのしみにしていました 一冊の御本にまとめられ、大変なつかしく 今、改めて読みかえしています。

私の名も所々に出ており 虫食い箇所を埋める漢字一字を一緒に考えてくれた主人は三年前に他界し 今、その当時をなつかしく偲んでいます ありがとうございました。

どうぞお身体 お大切に

秦恒平先生    市原市  嶋

 

* 「ミマン」の読者で連載に解答してもらった人は当然にも数えきれぬほどおられ、わたしはその全部の解答ハガキを持ってなどいない。執筆用に編集部から送られては来たがみな済めば返送するのが例であった。たまたま、何故だかほんの極く一部が手元に残っていて、たった六十人あまりだった。その人達にはその解答はがきのコピーを添えて「湖の本」を送ってあげた。「嶋」さんのお手紙によれば妹さんのハガキは手元に在り、お姉さんのは無かったわけだ。もっと沢山の方に送って喜んで貰いたかった。

 

☆ 先生の

お体を案じ、次巻が届くのをいくらかの不安の中で心待ちにしております。

書き続けられる情熱には頭が下がるばかりです。ありがとうございました。  相模原市 壽  読者

 

☆ センスdeポエム

やってみましたら惨めな結果。老化現象とばかりではなさそう。自戒、自戒。

どうぞご自愛下さい。  石川県小松市  勉・千  読者

 

☆ 萩も散りはてゝ

今朝刈ってしまいました。暑い毎日がやっと散ってしまった様です。

色々と御病気が重なって大変の毎日でしょうに 八月にも『湖』を出されて又も頂きました。

泉山の道も間もなく紅葉狩の人々で賑わうことでしょう。東福寺も年々大変な人出です。

どうぞ呉々も御大切に念じております。   京都今熊野  孝・明

 

☆ 今日の神戸は、

青空が広がり 庭のコスモスが、ピンクや白の花を風が通り抜け、やさしく咲いています。

今夏のあの暑さから、季節は移って、凌ぎよくなって参りました。

このたびは「湖の本113」を、贈っていただきまして、前巻に引き続き、本当に感謝に耐えません。有難く、厚くお礼を申し上げます。

「センスdeポエム 詩歌を体験」 なんて楽しい編輯だろうと、楽しんで虫食い箇所を補ってから、本文を読ませていただくことにしております。

今年は殊の外、暑さとの闘いでしたが、ご病身の先生にとりましてはどんなにか耐えがたい日々をお過しであったかと、心よりお見舞い申し上げます。

抗癌剤の効用は如何でございますか、亡夫は、病気そのものを、なかなか受け入れることが出来ず、長い間、二人して悩んだことを思い出します。

どうぞ、一日も早く、少しでも体がらくになり、ライフワークを続けていただくことが出来ますよう、心より祈念いたしております。

有馬温泉へときどき行きます。独りぐらしのメリット? です。有馬山椒の香りだけでも どうぞ!

平成二十四年十月    川  妻の親友

2012 10・4 133

 

 

* 昨日は黒いマゴに「お留守番」を頼んでいた間に、美術展関連の招待や本の贈呈があったりした。

 

* 池田良則(遙邨さんの孫、わたしの朝刊小説『親指のマリア』の挿絵担当)さん、新刊本、ハガキ、日展招待券を戴いた。ハガキには池田さんのサインの入った「石榴」二顆の無彩画。白日会デッサン展が銀座で開かれる。中山忠彦以下46名46点が展覧されるなかに池田さんも入っている。

中山忠彦の現代美人に徹底した画蹟のなかで、わたしの贔屓の洋食店、根岸「香美屋」の店頭に、小品ながら印象的な一点のあるのを思い出した。池田さんには「裸婦」の無彩画を貰っていたのを、建日子が仕事場へ持ち帰った。

 

☆ やっと

秋らしい気配を感じる様な日々になって参りました。御著書御恵贈頂き有難うございます。

京都の秋を感じて頂ければと、本、同封させて頂きました。この(本の=)原画展、二月に大丸東京店で開催予定です。日展も始りますのでよろしければ。  池田良則 10/ 03

 

* 畠中光享氏からも、中島千波、中野嘉之、畠中光享の三人が主宰するアーチスト・グループ「風」による第一回公募展を都美術館で開くので、来てくれと案内があった。入場無料とある。

 

* 京都の杉田博明さんから「花政」の美しい寄せ花籠が贈られてきた。恐れ入ります。

杉田さんは京都新聞朝刊に連載『親指のマリア』を書かせてくれた当時の担当記者さん。感謝。

地元の陸川孝志さんからもお見舞いを戴いた。有難く。

2012 10・7 133

 

 

* 「SPAM」など不良メールばかりが殺到する。メールのアドレス変更をまともに考慮したい。メールアドレスの大方が確保されていない。こんごの連絡を望まれる方は、アドレスを変更してしまう前にメールを戴けますように。

 

☆ 転居しました

お大事に   真継伸彦  作家

 

☆ センスでポエム

時間がかかります 考えてもわからぬ(浮かばぬ)時はたくさんありますね。一問め、「肉」しか浮かばず その後を読んでうれしくなってしまい 以降に読み進むことが出来なくなりました。しばらくじっくりといきます。  京都山科  樹 読者

 

☆ 一つ一つ

のりこえていらっしゃる強さと平常心のバランス、平常のご生活、

本当に本当にホッとしながら驚嘆しております。  世田谷  米  読者

 

☆ お願いです

お元気でいて下さい。  浦安  島  読者

 

☆ ご病気の

一日も早いご恢復を祈っています。

センスdeポエム  食卓の脇に置き 毎日少しずつたのしんでおります。  越谷  光  読者

 

☆ 病気との

つき合いも長くなると薬の副作用に悩まされ、困ったことです。

でも、ガンの苦しみによりはましかもしれないと、自分を慰めています。

どうかお大事におすごし下さい。   府中  布  同窓

 

☆ (湖の本)ありがとうございました。

(みまん連載の復刻)ほんとうに嬉しかったです。(当時解答の)ハガキを入れてくださっていたのを見て、もう11年も前のことを…と、改めて驚きました。

先生もどうぞお身体をおいとい下さいませ。  大阪淀川区  能  みまん解答者

 

☆ 秦恒平様

涼しくなってきましたが、もう少しですね。お身体の方、いかがですか。私はオリンピックを兼ねてロンドン・パリ旅行をしたのはいいのですが、ロンドンでは転んで 顔面から倒れたり、散々でした。でも、一息、一仕事できそうです。

このたび、ブリジストン美術館にて、ドビュッシー展を観てきました。その折おせわになった方に「湖の本」を一冊(詩歌を体験)贈りたいと思います。御礼としてなかなかの贈りものと考えました。

よろしくお願い申し上げます。   大学名誉教授

 

* みなさん。ありがとう存じます。

2012 10・9 133

 

 

* 元「新潮」編集者で、かけだしの私を長く訓練して下さった小島喜久江さんから、ホテル・オークラ製のスープを頂戴した。恐縮の極み、ありがとう存じます。

いまでもわたしは小島さんから無言の内に薫陶を受けたいろいろを覚えていて、うっかり違背しないよう気をつけて書いている。言葉数はすくないのに、こわい女弁慶であった。荒技はつかわれなかったが、原稿にすっすっと鉛筆で下線を引かれた箇所は、よく思いよく考えればやはり直さねば済まなかった。無言に近い指摘は的確で、つねに説得された。ありがたい激励であった。

2012 10・9 133

 

 

☆ 秦恒平様

(日記冒頭に掲げてある=)「反原発八策」のご提案を全面的に支持いたします。

病気療養中のため、積極的な活動はできませんが、

ご活動を祈っております。  青山学院大学法学部 名誉教授

 

* 経団連の会長がもはや次期政権と読んで、自民党の安倍総裁へすり寄っている。ともに原発維持継続を公言している。じりじりと、国民の九割が反対の「原発」擁護政権が実現しそうな気配、絶対に負けては成らない。

おそらく福島原発の現場ないし近くにいた作業員や職員の間にすでに死去した人がいるのでは、ひた隠しにしているのではと、怖れつつ推量しているが。当時現場の指揮をしていた所長の病状はどうなっているか。

* 石本正さんから、創画展の招状。いろいろ痛がっておられたが、お元気か。

 

☆ 「湖の本」113巻

有難う存じます。面白いことをおやりになっていらしたのに、びっくりです。 なお<びっくり>は簡単と思っていた胃の手術のみでなく、さまざまな症状に襲われていらした事です。 あちこちが一度に悪い状態になるのは、加齢と共に仕方のないこと、と実は私も、諦めていた事なのですが、それにしても大層な御負担でいらしたのですね。 いつも御本を頂き乍ら、お見いも申上げずに、失礼致しておりました。 何が宜しいのか解らぬまま、ごくささやかな無難そうなものをほんの少々、別送させて頂きます。

お大切になさいませ。   文藝評論家

 

☆ 本を

送って下さって ありがとうございます。

大変な病魔と戦いながら作家活動を続ける意欲にますます圧倒されます。

今後 病魔に打ち勝って創作を発表される様  お祈り申上げます。 十月七日  京都 画家

 

* この画家、 交叉路をわたる雑踏にわが子居り少年期過ぎし( )しきその顔  と歌われていた「子」その人である。

 

☆ 眼の手術もあり

体調維持が大変だったことでしょう。心からお見舞い申し上げます。

先には御著書『センスdeポエム 詩歌を体験』を賜り誠にありがとうございます。秦さんの得意分野の一つでもあり、楽しく親しませていただきました。

御礼が遅れました。暑さで少し体調を崩しただけですが、手紙ひとつ書けず我ながら情けないことでした。ご容赦ください。

ところで「湖の本」から次の一冊を、私からの贈り物として左記へ届けていただきたくお願いします。( 2500円 本日局振込済)

第112巻『山折哲雄氏と対談 元気に老い、自然に死ぬ』    我孫子市 詩人

 

☆ 思いがけず

楽しいご本が届きました。 最初の出題の( )が まだ埋まっていませんので 先へ進めませんが パラパラとめくるだけで 何だかワクワクと楽しみになります。 知識も感性も乏しいのでカッコがなかなか難しいのですが、がんばってみようと思います。

恒平さんは今はご闘病がほんとうに大変そうですが、どうか お元気になられますよう、がんばって下さい。一日に15冊も本を読まれるとか、素晴しい気力をお持ちだから 病気も克服されるにちがいありません。 又、元気でお会い出来る時を楽しみにしています。

迪ちゃんもくれぐれもご自愛下さいますように。

この度は 素適なご本をお送り下さいまして ほんとうにありがとうございました。 まずは御礼まで。  秦野市 明 妻の従妹 2012 10・10 133

 

 

☆ くれぐれも

お大事になさって下さい。  千代田区 道 読者

 

* 半蔵門から麹町駅への中途にすてきに実験的な洋食店を開いている女シェフさんで、「湖の本」創刊以来応援して下さっている。

 

☆ 遅くなりましたが、

第113巻のお代です。

これからゆっくりと読もう! という季節になり、他の、<積ん讀>本も消化できそうです。

またお手紙します。    世田谷 東工大卒業生

 

* 優秀な人で、最も早くにいい大学で教職の地位をえた。心優しく感性ゆたか。真実健康な女性であった。

2012 10・11 133

 

 

☆ 「湖の本」18 19に魅せられて

秦様

毎日の日記を読ませていただきながら、お身体の様子に一喜一憂しています。

食べ物が少しづつでも治まってこられる様子や、眼のまぶしさにどんなにかご不自由だろうかと案じたり。

ご病気が分かった頃から、1から読み出した「湖の本」は18・19のー風の奏でーまできました。

文藝春秋社から発刊されたのは30年も前になるのですね。そのときにも「湖の本」で出版されたときにも読ませていただきましたのに、しかと覚えておらず、今新鮮に読み返しています。副題はー寂光平家ーだったのですね。

特に今年は平家の年で、NHKの清盛も興味深く見ています。加えて時間がたっぷりある老いた今はじっくりと読めるのですが、活字の上を何度も行きつ戻りつ読んでいます。楽しんでいます。

また、今謡曲の稽古は「江口」を習っています。

春に大阪へ参りました折、江口の君堂の寂光寺を訪ねました。

君塚と西行塚が同じ石に彫られて祀られていました。

ご本を読んで、西行と江口の妙とは江口の里で会う以前からの旧知の間柄との推量。そして源清経の存在。西行の祖父だったとか。

おかげで興味が深まり読み進んでいます。

 

建日子さんの「サマーレスキュー」のドラマが山岳診療所を開設するようにと知事の発言にまで至ったとのこと。ドラマが社会的動きにまで発展できたご立派さに喜んでいます。

 

抗がん剤ご服用が少しでも身体へのご負担が少ないことを祈っています

気候の良い日々に迪子さまも共に少しでもお身体回復されますように。  晴 妻の親友

* 『風の奏で 寂光平家』とは懐かしい。

この長編を「難しすぎる」と壁に投げつけたと告白した読者がいた。やがて阿片のようにとりつかれ愛読してやまなかったと。私の小説作は、繰り返し読んで、そのつどいろいろ発見して下さるのが、特色かも知れぬ。本を「一度しか読まない」読者を「いい読者」とは云わない。

 

☆ 今、宅急便で本が届きました! 驚き、感謝。ありがとう、ありがとう。  尾張の鳶

 

* 「詩集」をついに本にした久しい友に、書庫から、いろんな方々に頂戴してきた佳い詩集を、ダンボールに一杯、お祝いに贈呈した。出版については具体的な何一つ手伝わなかった。独りでやりぬくようにと。やりぬいたワケだ。わたしのどんな酷評にもメゲることの無い詩人だった。

まだまだ取って置きの佳い詩集が山積みの書庫に隠れている。掘り出すのがたいへん。

「小説」や「批評」でもがんばって欲しい人がいるのだが。

 

☆ 「センスdeポエム 詩歌を体験」

実に楽しく拝読、再読いたしております。六科通院にはかないませんが、私も炎暑にへこたれ、お礼がおくれました。

百十三巻になさったこと、感動いたしております。幸福を追わぬも卑怯のひとつ。命のいまを根かぎりのお姿に学ぶべきこと多々あり、と励まされております。ありがとうございました。どうか御身お大切に。  著名脚本家

 

☆ ずっしりと厚い「湖の本」

センスdeポエム  ご恵送賜りまして誠にありがとうございます。 例歌・例句のポエジーに刺激を受けて、ご文章にも納得させられています。

その上 昔の拙歌にも出会えて、鈍化している感覚に一撃を与えてもらえました。

季節のかわり目、くれぐれもご自愛下さいますよう。 かしこ   額田部 喜 歌人

 

☆ 『湖の本』113巻

ありがとうございました。いつにもまして楽しみました。

お身体を大切に。ご恢復をお祈りします。 鳥取市 図書館長 読者

 

☆ 拝読いたしました。

所々に母の名前が登場し、生前の母の顔が思い出され、なんだか、ドキドキしました。心ときめく、良い読書の秋をもてました。ありがとうございました。   周南市 「みまん」解答者の娘

 

☆ 長く、暑い夏が終わりました。

姿よりも、香りで秋を感じさせてくれる金木犀にホッとする季節となりました。

どうぞお身体、大切になさって下さい。  葛飾 東横短大卒業生

 

* 作家になり五年、勤めていた医学書院の編集者を退職したとき、若い作家の独り立ちは大変でしょうと当時テレビでもてもてだったお医者さんが、東横短大の臨時講師の席へ推薦して下さった。一九七四年のこと。その短大の卒業生が今も二人、読者として応援してくれている。わたしは、せっかくであったけれど一年で退任した。作家への道が順調だったから。昔話のようで、いまにも、佳い糸が繋がれている。感謝。

 

☆ 鴉、 再度ありがとう

荷物を受け取ってすぐに携帯からメールを送ったのですが、今しがたコンピューターを確認しましたら、昨日鴉からのメールが届いていました。最近のわたしは鴉のHPの記載を読み、少し安堵し、それで終わりというほどの体たらくで自分あてのメールも確認しない日が続いたりしていました。この怠惰は大いに問題だと痛感しました。

「今は詩の仲間が出来ているようなので、或いは無駄かも知れないが、以前は一人で苦闘していましたね。」と書かれています。関西から離れて友人たちから離れて、やはり孤立感の類はあります。支えが欲しいとも、人と語り合いたいとも思います。同時に思います、以前も今現在も書くこと自体はあくまでも「ひとり」ではないでしょうか。覚悟しなければとも。

更に感じるのはわたし自身の「勉強不足」です。詩の雑誌も詩集も同人誌などもほとんど読み込むことなく、ただ自分の思いを書きつけていたほどのこと。現代詩の難解さ、書き手の感性や豊富な語彙など、すべてに追いつけないと時に放棄もしています。その反

面としてわたしなりの「批評・反論」もありますが、それはあまりに不確かで幼稚な域にとどまっています。少しずつ読み込む作業はわたしにとって自然なことになっています。

戴いた詩集には、やや時間を遡るものもあり、その方がいっそ自分には読みやすいのではないかと感じます。50ページ前後の薄い私家版などさっと手にしたいと思います。

詩誌の原稿の締め切りが数日後なのですが、今年になって書いたものがあっても投稿する元気・潔さがなく、まだ迷っています。

9日には飛騨高山の秋祭りに日帰りで出かけました。汗ばむほどの陽気に疲れ、翌日は昼寝も。

東京は当地と比べるといくらか気温が低いようで秋らしさを感じるでしょうか。それにしてもこの夏の暑さに病院通いは大変だったと察します。

これからも本当に本当にお体を大事になさってください。  尾張の鳶

 

☆ 秦恒平様

おかげんはいかがですか。「湖の本」の一冊、一冊が以前にもまして、大切なことと思われます。

七月には朝日新聞等に、川端康成の未発表小説を確認と私の名も報道されました。また、紀要に書きましたものは『こころ』に言及しています。ご笑覧下さいませ。

お体、どうぞ大切に、大切になさって下さい。 澤  現代文学研究者 読者

 

☆ 萩も見られる秋の

景色となりました。

この度は「湖の本」113を賜りまして御礼申し上げます。その後、御体調いかがと気になって居りましたが、ご入院を重ねておられました由、呉々もお大事になさって下さいませ。

ご高著、( )に入れる問題はなかなかむずかしく、一語のことで歌が重くも軽くもなることを教わります。歌友とも一緒に挑戦してみようと思います。ありがとうございました。

御自愛のほどお祈り申し上げます。 かしこ   堺市 歌人

* 不徳なれども孤ではないと、しみじみ有難い。

2012 10・12 133

 

 

☆ ご迷惑を顧みず、

また、最近書き上げましたものをお送りします。お読み下されば幸いです。今回は、四月締め切りの約束をニヶ月も延引してやっと間に合いました。そのようなことで編集も遅れたのだと思いますが、いつものことで、今回も思うようなものが書けず、苦心惨憺、一入悩み続けましたが、今ふと読めば、細かい一行一行に、不思議に愛着を感じます。飽き足らず、自分を説得できず、何を書こうとするのか自問自答し続け、書いては消し、消しては書いたことがそう思わせるのかどうか。

今振り返ってみますと、一番最初に書いた論文らしいものは、一九九七年の『巌本』(巌本研究会・年誌 第三号)に載せた「巌本善治・女学雑誌とシェイクスピア」というものでした。この論文で、『女学雑誌』のシェイクスピア観をたどりながら、最後に行き着いたの

はそれとは別の明治廿四年十月未の濃尾大震災でした。巌本や周辺の人たちの東奔西走を読み取りながら、自分の中で、常識的な『女学雑誌』観が崩れていくのを知りました。そして藤村もその周辺にいたはずですので、私はその論の最後のところに、「藤村自身の事歴のなかには、おそらく騒然としていただろう女学雑誌編集部や、この濃尾大地煮のかげはほとんど見えてはこない。透谷にしても同じであり、我々もまたこの事実を深く意識したこともない」と書いたものでした。

次に書いた「『女学雑誌』時代の藤村・その一考察 一大須賀亮一と作品「故人」の事」は、その発展で、濃尾震災と大須賀や『女学雑誌』の運動を藤村に引き付けながら細かに追ってみたものでした。私は『女学雑誌』から出発したようなものでした。それから十五年が経ち、今度また『女学雑誌』に帰ってきました。できるだけの努力はいたしましたが、至らぬところも多いのです。どのようにお読みくださるでしょうか。

最初はこんなふうになるはずではなかったのです。「藤村とシェイクスピア」などというテーマで思い立った昔、藤村のシェイクスピア受容を追っていたのですが、「夏草」と「ヴィーナスとアドニス」もその中の一つでした。当時のメモにこんなものが残っていました。

「夏草」第一回分 沙翁の原詩二〇連(一二〇行)→藤村の訳文九三行(二七字許)

同  第二回分      同 三四連(二〇四行)→同      一二八行(同)  ←一五八行必要

同  第三回分      同 八二連(四九二行)→同      一六九行(同)  ←三八一行必要

同  第四回分      同 六三連(三七八行)→同         九一行(同)  ←二九二行必要

解説しますと、原詩の「ヴィーナスとアドニス」は一連六行、全一九九連・一一九四行の長編詩です。普通に訳していきますと原詩と訳文の行数は比例的に増減します。そこで第一回藤村の訳文九三行を基準にしますと、比例的に第二回は一五八行、第三回は三八一行、第四回は二九二行になるはずなのに、実際は一二八行(約81%)、一六九行(約44%)、九一行(約31%)しかなく、藤村の訳は段々と省略割愛が進み、特に第三回、第四回は原詩の大半が省略割愛されていくのでした。「あらあらの大意をよろしく伝えたという程度」という島田謹二先生の言葉を妙に納得しながら、私は藤村は何を殺ぎ、何を生かそうとしたのかと、一々考えようとしたのでした。結局、浄瑠璃という調べの影響もあって、堂々とした地母神のようなヴィーナスはすべて消え去りました。

こんなこともありました。「夏草」には「花」という修飾・形容が大変多いことでした。「花の腕」とか「その花の不死の手」「心に一枚の花起請、……頬のほとりはぬれまさりぬれては積る花の借銭」、或は「花の「キッス」の催促に」「花キッス」「花の雫」「花の風情の」等々、取上げるときりがありませんが、原詩のどういう語彙が「花」と訳されたのかも問題でした。それは rose-cheeked であり、her fair immrtal hand   pretty dimple  crystal tear などでもありますが、藤村はことさらに「花」という形容で男や女を飾り、肉体も飾り、涌き出る汗も涙も「花」で染めていくようでした。また、「恋」や「恋人」の多用も同じでした。loveや lust  lustful などの言葉も、(アドニスが声高く反駁する場面を除いて)、それほど区別して訳されているわけではありません。「欲望」を指す  desire が「恋」や「恋の」などと訳され、男のheや女のshe 、そのほかの人称もそのまま「恋」や「恋人」と訳され、prettilyなどの副詞も「恋の」になるなど、欧文を訳す日本語がまだ成熟していない時代とはいえ、作者はこの世界を「花」や「恋」という皮膜で包み、真っ暗な「闇」の世界も加えて、ときめくような思慕を表しているのではないかなど、考えたりもしていました。それも楽しいことでしたが、いつか「軽韻卑調」などと見下した当時の浄瑠璃の論や、『女学雑誌』の小説世界に夢中になっていました。それが的確に書けたわけではありませんが、それでも最後のところだけは少しだけ、テーヌなどを引用しながら、昔から考えていたことで飾りました。

 

どうぞご笑覧ご叱正くださいますように。欠くるところがあっても、次の世代の方たちに何がしか参考になる部分があれば幸いです。

急に涼しくなってまいりました。どうぞお気を付けてお過ごしください。

いつものようにご無沙汰を謝し、ご挨拶に代えて。

十月九日          宮下 襄

秦恒平様  お元気でありますように。

 

* 雑誌「島崎藤村研究」第40号が添えられ、「小説『夏草』の周辺 ーー『女学雑誌』での位置づけーー」掲載されている。宮下さんの発表論攷は是までも何編もあり、畢生のお仕事の観がある。編集者の境涯からいつしか研究生活に入られた。わたしは、この人の仕事にとり「島崎藤村研究」はまさに恰好の舞台となるはずと紹介したに過ぎないのだが、いつも注目して論攷を読んでいる。

宮下さんには、ほかに、「e-文藝館・湖umi 」に、「テーヌ」を論じた長編大作を寄稿して下さっている。どこかが本にしてくれると嬉しいのだが。

 

☆ 御自愛 切に切にーー、    北九州市  俳人・俳誌主宰  読者

 

☆ 闘病の日々を

すごしておられるとのこと お察し致しますとともに、ご快癒・祈りあげます。  山形市 歌人 読者

 

☆ NO113 代 お納めいたします。

この上ともお大事になさって下さいませ。  千葉市 読者

 

☆ 「湖の本」ありがとうございます。

お体の方、くれぐれもご自愛下さい。  府中市  図書館長 読者

 

☆ 「湖の本」

二冊分の代金ですが、内一冊は113巻ぶんです。もう一冊 お願いします。   板橋区 歌人・歌誌主宰 読者

 

* 有難い、嬉しい境涯ではあるまいか。

2012 10・13 133

 

 

* 昨日の夜に、心地よい便りを一つ受けとった。久しい人でわたしの二歳程度若い女性だが、そうそう便りを交わせていたのではない、「湖の本」ぐらいが繋ぎの糸であった、が。生粋の浅草っ子で、粋なこと、気の若いこと、事実、六十の時でも四十代にみえた。すてきに化粧の上手な人のようであった。当時から、谷中の大きな墓地ちかくに和やかな娘夫婦や孫達と暮らしていた。気楽によく諸方へ、海外へも遊覧にでかける人のようであった。

その人が、なんとこの十年俳句を学んで、いまでは金子兜太さんの「海程」同人になっていた。知らなかった。地元支部で出しているという近刊の「海程多摩」四冊が送られてきて、句と軽妙な日常余話が掲載されている。どちらも、読み甲斐があり、正直、知らなかったとはいえ「お見それしました」と敬服した。十年倦まずたゆまなければ何かに成るとは実感である、この人はいつかそれを遂げていたのだ、嬉しく成った。浅草の望月太左衛さんとのご縁を、それとなく仲立ちしてくれたのがこの人だった。

 

☆ 一筆申し上げます。

この頃、やっと涼しくなってまいりましたが、今年の夏はことのほかきびしく、お体にはどんなにきつかったことでしょう。

大変なお病気のことを伺いまして、ずっと案じておりました。ご連絡もままならず、ご無沙汰いたしまして大変申し訳なく思っております。

痛みもおありでしょうし、ご不自由なことが多いことと存じますが、治療に専念なさってどうぞお元気に成ってください。

いつも「湖の本」をご恵送いただきまして、ありがとうございます。第百十三巻、偉業でございますね、感歎いたしております。長く続けてくださることを願っております。

私、十年前から俳句を詠んでおります。

金子兜太先生の「海程」の同人です。

お恥かしいですが、海程の多摩地域で出しておりますアンソロジー「海程多摩」を送らせていただきます。

気散じにお読みいただければ幸いです。

秋も深まります折、くれぐれもお大切にお過ごしくださいますよう心からお願い申し上げます。  かしこ

平成二十四年十月十二日     昭

 

☆ うたた寝の母は天然青菜飯

抱擁のあと書きとして沈丁花

夏痩せて植物図鑑偏愛す

へこへこのバケツ八月十五日

鹿笛の紛れて水の昏さかな

 

雑種家族

 

猫一匹、犬一匹、人間五人で七人家族のように暮らしている。

猫は初代で、名は「モーニング」、以前から野良猫の出入りは多かったが、認知したのは初めてで、もう十五年我が家に居候している。因に彼女も野良猫出身の雑種である。

犬は四代目で、名は「ゴウ太」、一歳半の黒柴で、目の上に白い円(まろ)があり、神様の目と家では言っている。

先代のサン太の三回忌を先達て済ませた。

食事の順番はサン太の仏壇?に先ずご飯を上げ、次に姉さん格のモーニング、そしてゴウ太となる。ゴウ太は心得て待っている。

モーニングは毎日悠悠自適の生活、ゴウ太は原則庭にある犬小屋暮らしで、男の子っ気が多くて走ったり吠えたりとせわしない。

ベランダで洗濯物を干していると、モーニングが側に来てごろんとお腹を出して喜ぶ。ゴミ出しに出ると、ゴウ太が飛び付いて「散歩に連れてって」とペロペロ私を舐める。

二匹ともやきもち焼きで牽制したりする。

で、我が家は長幼の序を尊ぶので、先ずモーニングを抱っこしてからゴウ太をいい子いい子と撫でるのである。

猫呼べば犬も応える柿若葉       竹田昭江

 

* 人が志を立ててそれへ近づき近づき生き生きと成績を残してゆくほど喜ばしいことはない。そういう実例に出逢うとわたしはいつも嬉しくなる。励ましていた相手だと殊に喜ばしい。

甥の黒川創がそうだった。

息子の秦建日子もそうだった。

詩集出版へ漕ぎ着けた高木冨子さんもそうだった。文学だけではない、繪でしっかり伸びていった友もいた。

2012 10・14 133

 

 

* 謹呈 平成二十四年( 二◯一二) 十二月二十一日 七十七歳

喜壽  七七は始終苦なりとそれも良し

苦あれば樂のよろこびが松

たまたま上梓の一冊 折もよしと自祝の献呈

ご笑納下さい。      騒壇余人秦恒平

 

* ごく身近な人に新刊の平凡社文庫『京のわる口』を贈呈した。

もう群馬伊勢崎の画家から電話で礼があった。病気を克服していい繪を描かれるように。

 

☆ 冠省。

うれしくお葉書、頂戴しました。

「湖の本」113巻のお礼を思い、お花と決めたのですが、京都のお花といえば、花政か花市。早速、花政さんに出向いたのですが、店の主人が、

「東京からでも、送れますが……」。「いいえ、花政さんから。先方さんに京都の風も籠めて…」と、敢て、お願いしたわけです。私には確信がありました。「きっと懐しんでくださる」と。

奥さんからご丁寧なお葉書をいただいて。

「あーあ、よかった」と、涙がづるほどうれしゅうございました。

過しやすい季節がやっと参りました。くれぐれもお大事にーー。  早々   京都  元京都新聞記者

 

* 嬉しい。懐かしい。

 

* 眩しい。涙と洟みずの漏れ落ちてくる、ひっきりなしに。機械に向かっていられない。

 

☆ ありがとうございました。

秦先生   <京のわる口>を、ありがとうございました。

思いがけない贈り物にびっくり、とても嬉しいです。

いつも、ブログを拝見し、一喜一憂していますが、つくづく、先生の強靭な精神力には感嘆するばかりです。病魔もほうほうの態で逃げ出すことでしょう、遠からず。

お好きな芝居見物などは、免疫力を高めるのに役立つでしょうから無理のない程度におでかけになるのはよいことでしょう。

つい先日私も、勘九郎の襲名披露に行ってきました。仁左衛門、菊五郎の応援はあるものの、やはり、勘三郎のいないのがとても、残念でした。

新勘九郎の狐忠信は、奮闘また奮闘の懸命さに、胸が熱くなりました。以前海老蔵で観た時より、台詞が明瞭でした。

菊之助は言わずもがな、静の七之助がふっくらと美しくなって驚きました。

このごろ、「雀」さんのお声が聞けないですね。お元気なのかしら。

色々迷って、お口に合えばいいなと祈りながら、栗の菓子少し、お送りしました。

お身体くれぐれもお大切に、どうか。  岐阜県 詩人

 

☆ パソコン不調で携帯からお送りします。

この度は思いがけない贈り物を頂きありがとうございます。びっくりしています。

喜寿をお迎えだそうで誠におめでとうございます。

治療を続けながらのお仕事は大変だと想います。少しでも多く楽しみがありますように。

迪子さんと日々お大切にお過ごしください。

今月は私の誕生月なので誕生日プレゼントを頂いたようで二重に嬉しい気持ちです。本当にありがとうございました。 下関 翠

 

☆ 秦恒平様驚きました。

 

冠省。 御著書「京のわる口」ご恵贈賜り、痛み入りました。驚きました。ご闘病中に私にまで、このような細やかなお気遣いをされては、病に障ります。恐縮です。

( 秦さんの果敢なご闘病生活については、ホームページで日々、拝見しております) 。

手元の蔵書では、北洋社版「京 あす あさって」、湖の本106 「京と、はんなり 京味津々」に繋がるものかと思います。

京都生まれの私には、表紙のひらがなで書かれた四つの言葉が、秀逸で、顰蹙ながら笑みが生じます。

異常な残暑の後、昨今の朝夕は寒いほど涼しく、もう少し季節がおとなしく巡ってきてくれないかと思わずにはいられません。この上、お風邪など召されませんよう御身ご自愛第一にお願いします。

何よりも御礼まで。不一。   京都 永

追伸 添付の写真は大型書店ジュンク堂藤沢店内で撮影したものです。「新刊平積み」と「定位置」と二か所で。

 

* 独りで生きているなど、ものごころついて以来無い。どんな辛いときにも、誰かが助けてくれた、励ましてくれた。

 

☆ 京のわる口

届きました有り難う御座います。先日、新聞一面の広告が目に飛び込みましたよ。

やっと過ごし易い気候になりました。快調にお過ごしの事と。私は気持ちに体調が伴わずアチコチ気になる箇所が出てきています。今日、健康診断を受け、初めて血圧の数値が高く、医者から後期高齢者になったんだから血圧測定も毎日やるようにと諭されてきました。ヤレヤレ  京都  泉

 

* 悲しい病害の知らせもある。知己のおおかたは老境に有り余儀ないことだが。

 

* 眩くてなにも出来ない。字も読めない。

 

☆ ご本届きました。

あわただしく日が過ぎていきますね。きっと色々とお忙しいことと思います。

「京のわる口」お送りくださり有難うございました。平凡社のライブラリーに入って、本当に良かったですね。きっと読者も増えることでしょう。また秦さんご自身への応援ともなるでしょう。

以前は、あまり京言葉に興味がなかったのですが、今、京育ちの親戚のお世話をしてみると、京都の人の考え方が面白いほど分かるなあと感心して読ませて頂いています。

私などは真っ直ぐにしか物事を見たり、聞いたりしてこなかったので、京の人々の奥ゆかしいというか、奥に隠された意味の理解が

出来ずに大分苦労をしています。

いつもどれが本音か分からない物言いに「どうしてはっきり言ってくれないの」と不思議な気がしています。絶対に自分からは何々が必要とは言いません。私たちが推測しなくてはならないのです。いつも「なんにもいらない」と答えるけれど、実は色々ないこともあるし、あり過ぎることもあります。

もしかしたら、これも京都の人のプライドのようなものかも知れないですね。

やはりそこを理解してあげないといけないのでしょう。

秦さんも色々大変でしょうが頑張って下さいね。     神奈川 琉

2012 10・16 133

 

 

* 染五郎の挨拶状が来た。よかった。テレビでも記者会見していた。顔をみるかぎり元気は回復して一段と男前であった。顔に傷が付かなかったのは奇跡的な喜びである。十二月からテレビ、来春二月には歌舞伎舞台に復帰とも予告されたけれど、こういう怪我には微妙なブリ返しが無くも無いだろう、完治への気の余裕ももち、万全を期して欲しい。よかった、よかった。

『京のわる口』で、上方の「もの言い」の微妙さなど腹に蓄えて下さい。

 

☆ 拝啓

秋麗の候となりました。

この度はお心のこもったお手紙を賜り、誠にありがとうございました。

お陰様で九月十九日無事に退院してまいりました。

完治までにはまだ少しお時間をいただきますが、一日も早い復帰を目指して治療とリハビリに専念致します。

あたたかい励ましに心から感謝申し上げます。  敬具

平成二十四年十月吉日    市川染五郎

2012 10・17 133

 

 

☆ こんにちは

「京のわる口」届きました。

思いがけない贈り物を頂いて、嬉しくてわくわくしています。本当にありがとうございます。

ご本のご出版と、もうすぐ喜壽をお迎えのこと、おめでとうございます。

「京のわる口」と言えば父を彷彿とさせますが、ぱらぱらとページを繰ってみても、耳慣れた言葉が並んでいて、読むのがとても楽しみです。

こちらは昨日、今日と日差しの暑いくらいの秋晴れでした。金木犀の樹の下はオレンジ色の絨毯です。

少しでもご気分よくお過ごしになれますよう願っています。どうぞ、お大切にお過ごしくださいますよう。

ありがとうございました。    みち 母方従妹

 

☆ 御礼

秦先生、きょうは思いがけず『京のわる口』を頂戴いたしました。有り難うございます。驚き、感激しております。

先生の日記だけは時折目を通させて頂き、食欲のご様子に一喜一憂しておりました。

早く目の調子が回復され、食欲も戻りますように、そればかり願っています。

長年認知症を患っておりました姑(87歳)が9月半ばに亡くなり、なにやかやと心落ち着かぬ日々でした。『湖の本』が届いたお礼も、振込済みのご連絡も差し上げず申し訳なく思っておりました。そんなところに、驚きの贈り物を頂き、大感激です。

ご本を拝読しながら、常々思っているのは、どうしてこんなに京言葉を上手く文字で表現できるのかと、先生の作品は、読みながら、目で文字を追っているのに、まるで耳元で京言葉を囁かれている、声が聞こえるのです。これがまた何よりの味わいです。楽しませて頂きます。   名古屋 珊

 

☆ ありがとうございます。

この度は、文庫本をご贈呈戴き、ありがとうございました。懐かしいご本です。

寒くなってきましたが、お酒は美味しくなりますね。

ご体調はよろしいことと、信じておりますが、風邪にご注意なさってください。

お上りさんで、東京駅とリヒテンシュタイン展をみてきました。仕事でしたがそのほうはそこそこにして、遊びにせいをだしてきました。

お礼のみにて。   水戸 司

 

☆ 色々

お元気ですか、みづうみ。

毎日の私語を拝見しては身の細るほどに心配しております。みづうみが、少しでも心地よい一日一日を積み重ねていかれますことを一心にお祈りするばかりでございます。

本日は思いがけず『京のわる口』お送りいただきありがとうございました。京都という古都に選ばれた文学者であるみづうみにしか成し得なかった、この優れた京都文化論が平凡社ライブラリーとして広く読まれることは、とても喜ばしいことです。じつは、ご本の売り上げにささやかな貢献しようとアマゾンに注文していました。(相変わらずいい読者でしょ)頂戴したご本を手元において、一冊は友人にプレゼントします。

良いニュースとまでは言えませんが、少しましなニュースです。(その後ご報告していませんでしたが、みづうみは既にご存じかもしれません。)メキシコはACTAを否決しました。良識ある国家なら当然のことです。アメリカ国内にも異論があり、この条約が成立するかどうか微妙な情勢のようです。引き続き注意深く見守り、なんとかこの恐ろしい条約を発効させないようにしたいと願っています。

また、被曝は、免疫力が低下する全身衰弱病だそうです。広島で被曝なさった有名な肥田医師もミトコンドリアがダメになるから持病ある人は、それが悪化する。悪い所が更に悪くなる…というような事をおっしゃっていたそうで、不調がジワジワやってくるのです。

最近見つけた俵万智さんの歌です。

子を連れて西へ西へ逃げてゆく愚かな母と言うならば言え

たしか小学生くらいの息子さんです。息子を恋もしないまま死なせるわけにはいかないと、沖縄に避難なさっています。俵さんがどれだけ経済的、仕事上の損失を覚悟したかは、言うまでもないことです。

みづうみには、もう少し色香のあるメールをお届けしたいものですが、緩慢な核戦争に突入しつつある日々では……。お許しくださいませ。    柿  大きくて七つの柿の籠に余る  素十

 

☆ 有難うございます。

『京のわる口』(平凡社文庫)御贈呈有り難うございます。文庫版では単行本とはまたひと味ちがった雰囲気が楽しめます。

妻が先に読みたいといってさっそく自分の部屋へ持って行きました。  吉備  元

 

☆ ご自分の病とのたたかいを

他人の私が慮ることなど出来ないことはわかっておりますが、せめて、ちっちゃな ちっちゃな思いをお届けしたいです。 鴻巣 孝

☆ やっと秋らしい季節になりました。

長い長い暑さでしたので、あまり良好とはいえないご体調にはさぞお大変な夏だったことと存じます。 七月にもご入院なされましたご様子、どうぞお体お大切におすごし下さいませ。 さいたま 宮

 

☆ 有難うございます。

ご無沙汰いたしております。

私語の刻、毎日拝見しています。食欲がお進みでないご様子、眼もすっきりされないご不自由など、どれほどお辛いことかとお察しし、一日も早いご回復をお祈り申し上げます。

新刊、御作「京のわる口」ご恵贈いただき有難うございました。少しずつ読ませていただきます。テレビ映画の字幕が読めず半ば諦めていたのですが、治療の効果で春ごろからどうにか読めるようになって参りました。この状態が持続してくれることを願っています。

創画展の案内をいただきましたので京都まで行って見ようと楽しみにしています。

喜寿、おめでとうございます。ご快癒、切にご祈念申し上げます。   和歌山  宅

 

☆ 『京のわる口』

昨日午後、『京のわる口』が届きました。ありがとうございます。最初のハードカバーとも、「湖の本」とも異なり、手元にすっと沿う文庫本の形もいいものだなと思いました。

たくさん売れるといいなとは単純至極なわたしですが、もっと多くの人にも読んで欲しい、読んでもらいたいと思い、やはり書店で平積みになっていると記事を読むにつけ、嬉しいです。京都は「わる口」もあり、さまざまにあっても、わたしは今現在も京都に暮らした

いと願っています。京都を離れて既に三十年余り、まだ叶えられない望みです・・。

HPに目が眩しいこと、消化器官に違和感があることなどが書かれてあり・・・心配しています。本が読めないのも鴉にはとてもつらく味気ないことと思います。

数日前、ブックオフのことを書いてらして、なるほどと納得しつつ読みました。

半年ほど前の引越しの際は家に取りに来てもらっていくらか売りました。いくらかは友人の古本屋さんにそのまま置いてきました。昔は京都の古本屋さんは大体定価の半額ほどで買ってくれました。岡崎の古本屋さんも顔見知りになっていましたから「勉強」して引き

取ってくれました。が、ブックオフはある意味単に機械的、本の価値云々とは別の方式ですから、安く買って一度読んだらそのまま買い取ってもらうものに限って売れば納得。そう思わないと時に本が可哀想になります。

久しぶりに雨が降り始めました。庭に思いがけなく一本咲いた彼岸花も終わり、秋祭りの時期、長かった夏が漸く遠のきつつあります。

お体大切に くれぐれも大切に。   尾張の鳶

 

☆ ご本「京のわる口」ありがとうございます。

秦様 平凡社ライブラリーの良い本を贈っていただきありがとうございます。

まさに名著待望の再刊でした。

早速家事の手を止めてあちらこちらと読みながら、単行本の発刊のときに読ませていただいたときの新鮮な驚きを思い出しています。京都の隣とはいえ、大阪育ちには難しさにうなる気持ちでした。

父親は東京生まれ東京育ちでしたので、最後まで大阪言葉が理解できませんでしたが、京言葉にはどう応えたか聞いてみたい気がします。

長年、東京で暮らしていますと、その難しさはもっとでしょうが、納得のいくこともいろいろあったりします。また楽しみながら、畏れ入りながら読んでまいります。ありがとうございます。

重ねて喜寿のお祝いを早々に申し上げます。

お誕生日の後には抗癌剤の治療の一段落が待っていますように。 練馬 晴

2012 10・17 133

 

 

☆ 「京のわる口」ご恵与頂き

有難くお礼申し上げます。熟読し 京都をもう一度 思い返します。

ちょうど九鬼周造の「偶然性の問題」を思い 彼の墓塔を思い 西田幾多郎のゲーテの訳詩の刻まれた碑字を思っていたところでした。 もちろん谷崎の墓塔にも頭を下げたのでした。

 

桂離宮の門を夕方に出て 右の方 桂川の上に虹を見ました こんなに大きいのもあるのか と その壮大さにびっくりしたこともあります

三尾の戻り 京見峠に出て 西日が殆ど水平に町全体に射しているのに出会い、そろそろ京都ともお別れだな と 五十余年を振り返ったのも 大分前のことになりました。

京都は小生の心の中では 口はばったい 恐れを向うにやっての云い方をすれば 華厳世界として生きています。その世界を御著はまた輝やかせてくれること と うれしく頁を開いているところです。有難うございました。

 

多くの大病を引受けられ 十全に生を生き切っておられる先生の ますますのおちからの 尚十全でありますよう祈念いたし お礼にかえさせて頂きます。 十月十七日  江戸川  冽  俳人

 

☆ 周辺の樹木に

紅葉の気配を感じるようになりました。

本日「京のわる口」拝受致しました。私にまでお気遣いをいただき、ありがとうございます。

先生のご闘病のご様子を伺い、私も同じ質の病気をしていますので とても心が痛みます。

どんな言葉でお見舞を申し上げても空しさがつのるだけと、勝手に思いこんで 失礼しております。

「京のわる口」は私たちの家族では今も日常使用です。 土浦の田舎人からは浮いています それが又 ある種の快感に通じるものがあります。「京都の女はほんまにどうしょうもありまへん」 急ぎ御礼まで  かしこ   土浦市 庸 作家

 

☆ 今年の夏は

越へられるかどうか、そんな気分でした。やっと秋っぽくなって来て、ほっとです。

南国生まれのくせに、寒さの方が強いようです。

お変りありませんか?

あなたは、これからの方が、もっと強くなりますよ。

あ、「京のわる口」多謝です。   映画女優 知  土佐びと

 

☆ 秦恒平様

湖の本113 拝受

大病の数々を経験なさり闘病生活を送っておられるご様子。それをみじんも感じさせない遊び心溢れたポエムの特集でした。洒脱な心意気と感じ入りました。 御自愛下さい。  東大名誉教授 鶴

 

☆ 平凡ライブラリー版

『京のわる口』御恵贈いただき有難うございます。

喜壽をむかえられるのですね お祝いを申し上げますとともに御本復お祈り申し上げます。  元文藝春秋編集者 明

2012 10・18 133

 

 

* 夕食後、横になって読書の最中、昔も昔、新制中学や高校で一年下だった、それでも何人かで高校の頃わたしに茶の湯を習いに来ていた人たちの一人から電話があった。『京のわる口』がよほど懐かしかったと。久しく今は鎌倉に住んでいて、よけい懐かしかったとみえ、年も忘れて、昔の懐かしい記憶を探りあって数十分も話したか。わたしとしては、そんな長電話は生涯にも何度となかったこと。元気で元気で何一つ病気の兆候も無いと聞いて、よそながらそれは良かったと祝ってあげた。

湖の本を応援してくれてからでも四半世紀になるのに電話をもらったこと、一度も無かった。メールもなかった。穏やかな声音で、わたしより一つ下とは思われぬ若々しさ、羨ましくもあった。励まされた。

2012 10・18 133

 

 

☆ ありがとうございます。

秦先生 おはようございます。「京のわる口」頂戴しました。ありがとうございました。突然の配達に心当たりなく、開封して驚きました。宛名シールから察するに、先生のお宅から贈っていただいたものでしょうか。日々闘われている中のご配慮感謝します。

また、「センスdeポエム」もありがとうございます。虫食いを埋めるのは大学の時からまったく不得手で、歳を重ねて出来るようになるものでもありませんでしたが(いくつかの問題の答えは覚えていました)、ひとつひとつの詩が推敲される面白さは、学生時代よりも感じました。

日々のご様子をホームページで読みました。パソコンにまだまだ気になることがあるようですね。お力になりたいものの、すぐに、とはなかなかいきません。

画面がまぶしい件を調べてみました。

キーボード上に、”Fn”と書いてあるキーは、ないでしょうか? (大抵は、左下隅のほうです。)

もしあれば、これを押しながら、何回か”↓”を押してみてください。段階的に明るさが変わっていかないでしょうか?(ひょっとすると、”↓”に、明かり

を小さくするイラストが書いてあるかもしれません。)

もしうまくいけば、逆に”Fn”を押しながら、”↑”を押すと、明るくなるはずです。

(DELL社のホームページを色々みてみたところ、先生のパソコンと似た形のものが、これで画面の明るさを調節できるようでした。生憎、キーボードの絵がみつからず、Fnキーがどこにあるかまでは、分かりませんが、。)

一気に寒くなってきました。スリムになると、寒さはいっそうこたえると思います。

たっぷりと着てお出かけください。  東工大卒業生 丈  読者

 

* ありがとう。早速探し出して試みます。元気に頑張って下さい。

 

☆ ありがとうございました。

遠様  - 京のわる口- 戴き有難うございました。楽しんで読まして頂きます、大学の図書館にいた頃読んだ様に思います。

ちょっと早いですが- 喜寿- あらためておめでとうございます、こんな年頃迄お便りが出来て嬉しいです。若い頃、年とってもお便り出来るかな? と思った頃を思い出します。

処で体調は如何ですか、hpはしばらくごぶさたですが、仕事の様子ですといかにも元気いっぱい!の様子です、そうであって欲しいです。

すっかり秋になりました、お寺の山門脇に群集で咲きました野菊の様です、写真を送ります、清閑寺へ行った頃も咲いてた様に思い出します、こんな頃でしたか? 無理をされない様にくれぐれもお身体を大切に。  同窓  華 読者

 

* ゆうべ いわば幼なじみに同じい人の懐かしい電話の呼び声にも感じたが、わたしにすれば自分だけ年を取って来た気でも、それだけは違っていて、わたしが一つ年取れば、いかなる他の人も同じく年取っている、と、そう実感すると不思議に胸が暖かになる。何十年も顔も見ないでいるのだから想像が付かず、昨日の人も今日の人も昔の儘の若々しさでしか想い寄らない、寄れない、それが胸を暖かにするらしい。

それにしても-「湖の本」をせず、出版社だけで本を作っていたなら、こういう懐かしいそして継続した再会はありえなかった。ウーンそうだなあと想っているところへ、今も、京都の宝蔵館社長の西村さんから『京のわる口』をありがとうございましたと電話が来て、ひとしきり「京ことば」で歓談、久闊を叙した。ありがたい。こういうこともわたしには文学活動に類しているのだ。

 

☆ お礼。感謝!

この度は先生の喜寿という事で おめでとうございます。

私までにも ご本を頂戴いたしまして まことに有難うございました。

先生も一番大変な時期と お察しいたしております。

元気がとりえの私は病気の事は不得手でしたが 先生の日常を拝見して治療の様子で少し知る事が出来ています。友人にも まさに治療中の方もあり 思いを馳せることが出来る様になりました。

想像以上に 大変な事の中 先生の喜寿をお迎えになられる年齢と それに立ち向かう強い気持ちが無ければ 打ち勝つ事は出来ないように思います。

113巻は寝る前に 少しずつ読んでいますが さすが先生のご講評が面白くてうなずいております。

先生の益々の ご活躍と ご健勝を祈っております。

お大事になさってください。  埼玉  由  読者

 

☆ 「京のわる口」 拝受しました。

秦 恒平様 「京のわる口」をご恵贈賜り有難うございました。思いがけないことにていささか吃驚しております。

まだ、目次を眺めただけですが、面白そうだけれども、中味はなかなか一筋縄ではいかぬ曲者ではないかと楽しみにしています。

先日は(妻の叔母の葬儀で=)実に久し振りにお会いできましたが、場所柄もあり、私もいささか足元不如意にて行動に制約あり

失礼致しました。

抗癌剤の服用が終わり、常の体調を取り戻される日が早からんことをお祈りしています。 妻の従兄 靖

 

☆ ひと雨ごとに

秋が深くなってまいりました。

本日は思いがけなく、ご高著「京のわる口」をご恵贈たまわりまして、まことにありがとうごつざいました。名著の再刊に、ファンの一人として大喜びしております。

私事ながら、両親の介護に 京都と北海道を往復する日々でございます。その折必ずバックに湖の本を数冊忍ばせております。京のわる口も何度拝見したか知れません。何度拝読いたしましても、そのたびにああそうなのかという新しい発見がございます。名著の所以はこれでございましょう。

どうぞご無理をなさいませんよう、ご養生ご専一になさって下さいませ。益々のご活躍をお祈り申し上げます。 かしこ

ご返事はご放念下さいませ。  京都府 作家 浪 ペン会員 読者

 

* 封書のなかに、香袋を三つ封じた香のたよりがあり、お見舞いお祝いも頂戴した。恐れ入ります。この人の年賀状は毎年ひときわ美しい版画で届く。一度だけ京都でのペン大会で、妻も一緒にお目にかかっている。小説を「ペン電子文藝館」にも寄せて貰っている。

 

☆ 『京のわる口』いただきました。

喜壽の祝いとはタイムリーで、しかもテーマは故郷、ご同慶の至りです。秦さんの前向きな生き方の力添えにもなったことと思います。

唯今、王維の「竹里館」を篆書体で、小さな板に(A4くらい)彫っています。荒彫を終えたところです。

さて(後は蛇足です。お疲れでしたらお読みにならなくて結構です)、この所京都は私にとって近いものになっています。

実は孫娘が、この程京都府の教員採用試験に合格したのです。

孫は、小、中、高とこちら石川県の学校に通い、同志社女子大の国文科に入りました。卒業リポートは谷崎の「芦刈」を選びました。秦さんのお作を見る限り参考にせよと与えました。その後、大阪教育大で、障害教育を一年学び現在に至ったのです。そんな体験からそういう学校の先生になりたいいう希いを持つようになり、念願がかないそうになりました。

この間、同志社女子大と京都女子大(外孫)の入学式を経験しました。子供の時にはそんな気も時間もなかったのですが、同女の卒業式にまで参列しました。妻との京都観光も兼ねてのことでしたが。

これから何年京都住いになるかわかりませんが、孫を訪ねるのをダシにして京都に行くことができそうです。秦さんの京都にかかわるお作を読みなおすことになりそうです。実感をもって。

もう お見舞のことばはありません。とにかく「苦あれば樂」をお祈りしています。

お礼を兼ねて 十月十八日    元石川文学館長  読者

 

* いつもながら暖かいお気持ちの籠もったお手紙で、感嘆し、有難い。京都を介してまたひときわ懐かしいお人となった。

 

☆ 秋風が

身にしみる今日此の頃となりました。十月十六日 クロネコメール便にて

秦先生の「京のわる口」 平凡社より御送付戴きました。ありがとうございます。

先生におかれましては今年は年明けから色々なことを体験なされた一年でしたね 心優しい奥様がいらっしゃるので心強いと思います。くれぐれも無理をなさいませんよう願っております。

我が家も夫が五月に七十七歳の誕生日を迎えました。生身ゆえ様々なことが起ります 努めて明るく振る舞うよう心掛けておりますが年齢相応の出来事が押し寄せてきます。現実を受け止め 前向きに生きるしかありません。会社をやめたら自分の好きなことに時間を使えると思っていましたが どっこいそうは問屋がおろさない毎日です

今年も二ヶ月余りとなりました 秦先生が両目でしっかり本が読める日が早く来ますようお祈りしています

平凡社ニイブラりーの新刊頂戴のお礼とさせて頂きます。

今後ともよろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。  桐生  住

 

☆ 本日ただいま

御新著『京のわる口』が届きました。お心づかい嬉しく厚く御礼申しあげます。単行本を所持していますが、文庫本にはいくつか増補されているとのこと、楽しみにしています。

「位取り」という考え方、なるほどと腑におちました。外山滋比古さんの本に京都の老婆が東京人の名刺の住所にある「東京都」を「ひがし京都」と読む笑話が出ていますが、誤読というより気概でしょう。大学院の私のゼミの修了生が京の四条に住んでいますが、彼女は「上京」を避け「東京入り」と言います。   早大名誉教授

 

* 京都の人は当然にも「西京」とは言わない。少年の昔藤村の作に「西京」と読んだとき、違和感を覚えた。「東京都」を「ひがし京都」という感触は京都ではまだまだ無くなっていないかも知れぬ。東京へ「上京」とはとんでもない、京都へ「上洛」だとこのゼミの彼女さんがガンバッているのなら、ホホウと思う。

 

☆ 『京のわる口』 拝掌致しました。

以前『湖の本』で: 京都から保谷へ来られた叔母上と近所の医師とのやりとりの話もきっと載ってる! 先ず捜しました。あらためて「みやこのしとはちがうなあ」とその「すごさ」を思い直しました。

七七四九八八六四何がどうであろうと 一天地六投華得仏日々の暮しを頑張り味わう元気を頂きました。本当に有難うございます。

露霜呉々もお大切にされてください。敬白    千葉市 e-OLD   医師 読者

 

* 七七は始終苦なりとそれも良し 苦あれば樂のよろこびが松

と挨拶の狂歌に今日は二人触れて下さった。わたしはいま「よろこび」の中にいます。

つい今し方、小松市の八代啓子さんから名産の「棒茶」を頂戴した。謡や能に熱心な人。そうそうわたしは、明日国立能楽堂での梅若万三郎「鉢木」に招待して貰っている。目のために前の方の席をと配慮して貰っている。能舞台は久しぶり。先代万三郎晩年の直面(ひためん 素顔)の「鉢木」が今も眼に在る。「鉢木」については茶の湯を語ったときに深く触れて書いている。

 

☆ 冠省

このたびは『京のわる口』(平凡社ライブラリー)を御恵贈くださいまして まことにありがとうございます 私は文化果つる地ともいうべき蝦夷に育ち 古典に遊んでいるものですから 京都にふれる秦さんの御著書にはつねに教えられるものがあります 御厚情に厚く御礼申し上げます          不尽

追而 右に類似の文章を「日誌」に書かせていただきました。なにとぞ御海容下さい。  東洋大学教授

 

☆ 昨今、

急速に秋も深まってきましたが、いかがお過ごしですか。折々、「湖の本」のご恵贈にあずかりながら、お礼状を怠りがちで、まことに申し訳ありません。心に染み入って来るお言葉のはしばしに学ばせて頂いております。

巻末の「私語の刻」によりますと、ご体調に深刻な問題を抱えていらっしゃるよし、案じております。実は私も先年、大腸がんを患い、外科手術によって当面の危機は避けられたかに見えつつ、違和感を覚える機会も再三です。周囲にも似たような仲間が多く、最近の医学はかなり頼りになるというような意見交換をしては、互いに多少は元気回復を繰り返しております。相変わらずの大学暮らしで、健康管理はままなりません。

本年は方丈記の八百年紀に当たるので、いくつか仕事をいたしました。先日、ささやかなものではありますが、お送りいたしました。何かの機会にご笑覧頂ければ幸いです。

ともあれ、くれぐれもお身体お大事に。ご回復を祈念いたします。草々  お茶の水女子大名誉教授

 

☆ 秋冷のみぎり、

この度は御著「京のわる口」を御恵送いただきまして誠にありがとうございました。

年内に喜壽をお迎えになるご様子 心よりお祝申し上げます。

その後御体調の方は如何でしょうか。

呉々も御自愛下さい。取急ぎ御礼申上げます。 敬白   京都市 画家 読者

 

☆ 秦先生に

爽秋の候 その後如何お須越でしょうか。

昨日、嬉しい著書いただきました。喜壽の記念とのことですが、おめでとうございます。心よりお祝いを申し上げます。この上は体調にお気をつけられて一日も早いご快癒を祈念しております。  金沢市 作家 読者

2012 10・19 133

 

 

☆ キーボード

秦先生  こんばんは。

画面の明るさが変わらないようですね。

DELLのいくつかの製品のマニュアルのやり方ではうまくいかないようなので、DELL社ではなく、インターネットを手当たり次第に探してみました。

DELLパソコンのキーボードは何種類かあるようでした。

添付「その1」では、F4、F5ボタン(上側にあるキー)に、キーと異なる色(この場合はオレンジ)で、電球か何かのマークと、▼、または▲マークがあります。

この場合、「Fn」キーを押しながら、F4またはF5を押すと、画面の明るさが変わります。

また、添付「その2」は、先のメールでご説明したものです。すこし見づらい写真ですが、↑キーの横に、青色で、電球のマークに、小さく▲または▼があります。

もしかすると、先生のキーボードはこれらとも違うかもしれません。が、このように、キーボードのどこかに、白ではない色で、電球のマークと、▼または▲はないでしょうか。これを探し当てたら、Fnキーを押しながらそのキーを押してみてください。

(DELL社の説明書を読む限り、先生のお持ちの、「一体型パソコン」には、ディスプレイの横にはどこにも、明るさを調整するボタンがないようでしたので、このように推測しています。)   東工大卒業生 丈

 

* キーボードのいろんな写真も添えて教えてもらった。おかげで、この親機ノートパソコンの画面明度を少し下げることが出来た。眼のために、有難い。「丈」君 有難う有難う。

 

☆ 御礼

 

ごぶさたいたしております。その後、お尋ねもいたしませず、失礼いたしております。

この度は、喜寿のお祝いに「京のわる口」ご上梓、誠におめでとうございます。

景観の移ろいとともに、京都の生活文化も風前の灯ですが、久しぶりに先生の京都生活文化の深いご考察を拝読し、スカッとした気持ちになっております。

還暦をもう数年も経つ年齢になり、若い人との時代ギャップを痛感いたしておりますが、人生すべての着地のために、準備段階に入る年齢にさしかかっております。

先生、くれぐれもお身体をおいといされ、今後ともご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申しあげます。

ありがとうございました。  京都 美術財団理事 幸 読者

 

☆ 京のわる口

 

秦恒平さま

文庫本になった「京のわる口」お贈りいただきありがとうございます。

思えば初版本を頂いた頃はもちろんメールなんぞはなく、筆無精の夫に代わって少し緊張してお礼状を書いたように思います。

そして、「そうや、そうや、このとおりや」とむさぼり読みました。

今日はご本をもろたお礼に、ここから京都弁モードで。

うちのなかでは、夫婦で今もそらなんでも京都弁です。

いつぞや夫が海外からショールをこうてきてくれましてん。

よろこばないかんと思うんやけど、ちょっと気にいらんかって、

ええ返事がすぐにでえへんかったら

「なんで気にいらへんのや?」

「そやかて、これちょっとこうとやし」

夫は相変わらずなんやいそがしいて帰りが遅いんです。

おなかすかしていらいらして待ってるところへ

「いやあ~悪かったなあ、おそなってしもて」と夫、

「へえ、毎度のことで――京都やったらこういうところや」とわたし。

でもやっぱし京都弁が下手になったきいがして、さみしです。 同窓 杉並 藤 読者

2012 10・20 133

 

 

* 沢山な手紙・葉書での『京のわる口』へのご挨拶を戴いていて、とても此処へ保存させて頂くのは難しい。

順不同、元新潮編集長の坂本忠雄さん、市民活動の吉川勇一さん、金八先生の作者小山内美江子さん、相模原女子大名誉教授の馬渡憲三郎さん、神戸市の歌人木山蕃さん、元中央公論社で中公新書『古典愛読』を作ってくれた青田吉正さん、米沢女子短大の馬場重行さん、『京と、上げたり下げたり』を作ってくれた編集者の佐藤宏子さん、同窓の川口昇君、京の「ひさご寿し」宇治田さん、等々、まだみな読み切れず、差し支えも有りみなさんのお名をあげて御礼申し上げることもならない、が、著者冥利、有難いこと。

 

* さすがに、疲れはてている。

2012 10・20 133

 

 

☆ 拝復

先日は御鄭重にも平凡社ライブラリーを御恵送下さいまして、誠に有難うございました。

私はすでに四月に喜壽になりましたが、このような「自祝」は歌えず、作家と編集者の歴然たる差異を目にした想いが致しました。

此度の御上梓の感謝の御言葉のなかに、日常の「耳」が覚える省察は「批評」という行為や心術の核心に届くと仰言っているのは 至言と深く感服致しました。机上の傍に置いて、ゆっくりと未読させていただきたく存じます。御芳情のほど心から厚く御礼申し上げます。

併せて御退院の由、何よりに存じ上げますが、呉々も御体調に留意されますようお祈り申上げます。敬具  元文藝誌編集長

 

☆ 「京のわる口」新刊を

お送りいただきました。

私ごとですが四人兄妹の末の弟が一人だけ横浜をはなれ、京都は宇治におります。所用があってこの十五日に会いましたが、義妹に当る者がほんとに綺麗な京ことばですが、その娘は四十代半ば、全然ちがう京都弁で話しております。そこへ文庫本を頂きまして おおきに。 先ずはお礼まで    劇作・脚本家

 

☆ 前略

このたびは『京のわる口』をご恵贈いただきまことにありがとうございました。

京言葉、ひいては日本文化の奥深いところを軽やかに見せてくれる名著が復活したこと本当にうれしく思いました。

眼の手術はうまくいったようで少しはほっとしております。それにしても大変なご状況の中、まったく変わらぬお仕事のペースに感服するばかりですが、くれぐれもお大事に。 草々   編集者 吉 読者

 

☆ 謹呈  秦先生

過日は、ご高著『京のわる口』 のご出版、おめでとうございます。また、小生にまでご恵投下しまして、誠にありがとうございました。

『湖の本』でも拝読しましたが、手軽な文庫になって旅の友とできますことが嬉しいです。

お礼代わりにもなりませんが、先に出した拙稿所収の本(=『ことばの杜へ』)を同封しますので、ご笑納頂ければ幸いです。

医学書院でご同僚だった本学の遠藤恵子学長も、いよいよあと一年の任期を残すまでとなりました。米沢は遠いですが、おいしい食べ物と豊かな自然、そして湯治向けの温泉がたくさんあります。お体のお具合がよろしければ、是非お出で下さいますように。

御身くれぐれもご自愛のうえ、益々のご健筆を祈ります。  大学助教授 重  読者

 

☆ 拝啓  秦恒平先生 玉案下

ご無沙汰致しております このところ朝夕はすっかり冷えてくるようになりましたが、お変りなくお過しでございましょうか

只今平凡社から御高著「京のわる口」が届きました。ご恵送賜りましたこと心より御礼申し上げます 挿んでございました御手紙には、今年の暮には喜壽をお迎えのことになるとの由、御祝申し上げます。

御高著の巻末で、胃の全摘、三度目の入院、右眼の黄斑変性症、白内障手術と、大変な日々をお過しの由が述べられておりますが、ご案じ申し上げております。

御高著、携帯して、どこてでも拝読できますことが、嬉しいことです。題名の「わる口」というところにも、不快心が置かれているようで、それも楽しみです。京のことばは本当に難しいです つくづく歴史はことばのなかで生きていると思うことしきりです

これからゆっくりと拝読させていただきます

段々と寒くなってまいりますので どうか一層のご自愛を心より願っております

御高著拝掌の御礼まで  敬具   学会会長  詩人  憲  読者

 

☆ 秦恒平先生

たいへんご無沙汰いたしております。湖の本を拝読して、先生がご体調を崩されたこと、手術をなさったことを知りながらお見舞いも申し上げず失礼しておりました。にもかかわらず、此度は平凡社刊「京のわるくち」ご恵贈にあずかり、恐縮の極みでございます。湖の本の一読者の私にまで お心づかいいただきまして、まことにありがとうございます。

平成七年発行の先生のご著書『京都、上げたり下げたり』の編集作業をさせていただいてから、早いもので、もう十七年経ちました。当時五十代半ばであった私も、とうに古稀を過ぎました。還暦を迎える頃から、同居している夫の良心の介護生活が始まり、それまで毎月お手伝いしていた月刊誌の仕事もご辞退することが多くなりました。

七七は始終苦なりとそれも良し

句れば樂のよろこびが松

なんと、秋空に突き抜けるようなお歌でございますね! このお歌に励まされる思いがいたします。

これからの日々、どうぞご自愛くださいますように、と 祈りつつ、お礼申し上げます。  かしこ  編集者 宏 読者

 

☆ 秦恒平さま   (「市民の意見30の会・東京」近刊二冊を添えて)

『京のわる口』を拝受しました。 とても興味会内容のご労作で、ぜひ ゆっくりと拝見させていただきます。

ありがとうございます。

いつも拝受ばかりで恐縮しております。  市民活動家  勇

 

☆ 喜壽、「京のわる口」御出版おめでとうございます。 (喜壽 御出版 慶祝を添えて)

秦様らしい喜壽のお迎えに感嘆いたしますとともに、有難く拝掌いたしました。

小生 今に思えば、老人性の発作だったか、二年ばかり朦朧感の中に喜壽を迎え、送りました。その折、闘病と文業を並立される秦様のお姿に元気を頂戴いたしました。昨年末病名が定まり、薬効で発作が止まるとともに朦朧感もやや薄れて来、老呆けは老呆けなりに作品を、「傘」を目処にまとめたいなど意欲も戻ったところです。

秦様の御活躍は、小生への励ましでございます。どうか身心御大切に喜壽の後を歩まれますよう、祈念申しあげます。

一筆御礼言上申しあげます。 拝   兵庫県  蕃  歌人・篆刻家 読者

 

* 「湖の本」奥付の「湖の本」とある楕円の刻は、この方の作。裏表紙の「念々死去」の刻は小松市の井口さんの作。奥付「秦」の刻を戴いた大西羽岳さんは亡くなられた。

 

☆ 喜壽自祝の贈り物

「京のわる口」有難く拝受しました。日吉ヶ丘同年同組の小生も、この月末で同じく喜壽を迎えます。

さりなかせも大病大手術、その後の体調如何ですか。同年代として他人事ならず案じています。

私も四十七年に及んだサラリーマン生活を終え、目下読書三昧の静かな日々を送っています。お互いに残された人生を大切に生きましょう。ますますのご活躍をいのっています。  高槻市 同窓 昇 読者

 

☆ 秦恒平 様

京都も諸処紅葉の便りが聞かれる季節となってきました。

この度ば、喜寿の自祝として、単行本「京のわるロ」をご贈呈頂き、誠に有難うございました。

百十三巻を達成された「湖の本」をはじめ、どの作品にも、ご自身が生まれ育った京都への深い愛情が随所に感じられ、京都を離れた事のない私などには、本当に嬉しい思いでございます。

貴兄には、今年になって胃の全摘手術をはじめ、様々なご病気での入退院の繰り返しとか、日常のお暮らしも大変なこととお察し申し上げますと共に、心からお見舞い申し上げます。

私も数阜前に大腸がんの手術をし、病魔との闘いの日々でしたが、この1・2年は少しは体調も回復し、近頃は散歩や山登り(上醍醐寺)、また水泳などで健康の維持に努めております。

今は全く公職を離れ、暇を持て余している身体ですが、最近何か嫌なことがあったり、,心配事などがあると、自然に足が子供の頃に過ごした方に向いてしまいます。随分様変わりしましたが、古門前から狸橋~新門前から有済橋あたりを散策することが多くなりました。これも人生の終盤を迎えた歳の所為でしょうか。

貴兄には、今後ともお身体を大切に療養に専念され、日本の文壇を代表される作家として、益々ご活躍されますよう心から祈念いたしております。 拝

追伸

同送のものは、散策の折買ったものです。ご笑納下さい。

別紙は、日吉ヶ丘高校卒業の有志でつくっているゴルフの親睦合(招福会・昭和29年卒)です。

小橋亮三氏が中心になって活動していますが、9 月に喜壽記念大会を行いました。

同窓の懐かしい名前(石井義高氏・吉田慶志氏)もあると思いますので、暇な折にお目通し下さい。 元京都市区長  賢  同窓

 

* 国民学校から中・高・大学まで同窓の、カッコいい畏友のこの便りは嬉しい。永く「湖の本」も応援して貰った。祇園北郎の珍味「お豆の旅」も添え、別紙旧友達の様子まで教えて貰った。たしかに覚えの誰彼の名前も八、九人名簿にみつけた。フーン、そんな風に楽しんではるのか、よろしいなと、すこしボーっと想い描いていた。有難う。

それにしても既往に大病をしていたり今まさに大病中という人の多いのに驚かされる。

2012 10・21 133

 

 

* 昨晩の九時過ぎから今朝は九時半まで十二時間余も寝ていた。涙が目やにになり両眼が明かないのをアイ浄綿で拭き取って朝の目薬をさした。

起きるか起きない間に、生駒の藤田理l史君から奈良名産の胡麻豆腐をいろいろ送ってきてくれた。優しい青年、いい恋をしているだろうか。有難う。朝飯にさっそく美味しく戴きましたよ。元気に、溌剌とお勤めあれ。

同時に高校の後輩、いまは群馬県伊勢崎の画家杉原氏が、みごとに描けた紫陽花の淡彩画を「お見舞い」と送ってきて呉れた。彼自身もいま病んでいる中で懸命に描いた作品で、できばえにはなんらの病影もにじんでいない、優しい気持ちが精彩に富んだ筆線・筆触にみごとに生きてあらわれ、観ていて心もち静まり嬉しくなる。

わたしは書いているとき病気を忘れている。きみも描いて描いて病気を忘れて創作のよろこびを妙薬としてほしい。よく描け、よく書ければ妙薬はひとしお効くはず。負けないで作画三昧境に生き抜いて下さい。わたしも頑張る。

 

☆ 京みやげ少々

秦先生、きょうは堀川寺ノ内の宝鏡寺で爽やかな古都の秋を満喫いたしました。

京言葉も堪能し、先生の『京のわる口』の味わいも一入です。

いろいろ「わる口」を探したくなるほど、やはり京は、言葉も、女性の挙措もはんなりして、いいですね。

帰りに、伊勢丹で、生湯葉少々お送りさせて頂きました。

お漬け物をとも思いましたが、胃腸の負担にならず、胃の腸へ喉越しの良い物をと、生湯葉にいたしました。お口に合うと嬉しいのですが。

食欲が少しでも回復なさいますように。

佳い季節です。日付薬で、お元気になられますように。   名古屋  珊

2012 10・22 133

 

 

☆ 七十七のお喜びを申し上げます。

記念にいただいた『京のわる口』を楽しく拝読しながら、剛直ともみえる姿勢の根っこにある繊細微妙で深い味わいの秘密を覗かせていただいているような気がします。

京ことばの含蓄を知ることは、日本語、そして日本人を知ること、この主題を書きうる人を他に知りません。気楽に読めそうでいて、なかなかに手ごわい実のある本でした。お礼申しあげます。

急に冷え込んでまいりました。呉々もご自愛下さいますように。   元文藝出版部長

☆ 拝啓

今年の秋は短かくて朝夕の冷え込みが大分強くなって来ましたがお元気にお過ごしのことゝ存じます。 先日のバーティーでお久しぶりにお目にかゝり 幸いでした。 亦この度「京のわる口」というとても楽しい文に溢れた御本頂き有難うございます。

ご健筆本当に驚くばかりの精力的なお仕事で敬服致しております。 湖の本での次々と書いておられるエッセイ、今度の御本のように京都の方でないと分らぬ微妙な言葉の意味、本当に私など目からウロコという感じがしております。

楽しい御本を有難うございました。

之から間もなく寒い季節に入ります 呉々も御身体御大切に。 右、御礼まで  敬具   藝術院会員 画家

 

☆ 厳しい内外情勢と共に

猛暑の日々でしたが、昔からのことわざの通り秋のお彼岸と共に一転涼しくなりました。

その後御闘病の日々いかがと案じながらお見舞いも申しあげず申し訳なく思っております。

この度平凡社ライブラリー「京のわる口」をご恵送頂きました。以前単行本の時に面白く拝読した覚えがありますが、久しぶりに又新鮮に面白く読ませて頂こうと思います。私共にまで有難うございました。

「湖の本」の奥様のコメントを拝見して三度の入院ということに溜息をついておりましたが、胃ばかりでなくお眼の治療ともうかがってびっくりしております それにしてもそのような中で 少しも衰えておられない作家魂を目のあたりにして私共感動しています。

八十代に入って夫婦共にヨレヨレの感じで それでもこんな世の中ですから 死ぬまでがんばらねばと思っておりますので大きいお励ましを頂いた感じです。 お辛い日々と思いますがどうぞ読者のためにのり切って下さいますよう。

奥様もお疲れと存じます。くれぐれもお大事にと念じあげております。御礼まで。  大磯 作家ご夫妻 読者

 

☆ 前略

御高著「文庫本 京のわる口」有難く拝受、厚く御礼申し上げます。

喜壽になられるさうでおめでとうございます。

平成十七年に私は癌の手術をして胃の三分の二を切除しましたが、体力を失いましたものの、ひとの世話にならず生きてゐます。今年九十一歳になりましたが、老人になると 今まで知らなかったことがいろいろ見えて来ました。

お互ひに長生きして、世の移り変わりを見て行きたいものです。葉書で失礼しました。  元文藝誌編集長

 

☆ 喜壽を迎えられるとのこと、お慶び申しあげます。

記念の御著をいただき、ありがとうございました。

『京のわる口』は『洛東巷談・京とあした』とともに京都人の小生には大変コワイ作品です。(笑)

このたび文庫本としてお目見えですが、時をこえて支持されてきたことの証であり、さらにひろく読み継がれることを祈念しております。

時節柄、ご自愛のほどくれぐれも。とり急ぎ御礼まで。  所沢市 作家

 

☆ 謹啓

ご無沙汰致しております。日々先生の「闇に言い置く」を拝読しながら、凄味とさへ言える先生の作家魂にほとほと頭の下がる思いです。こめ度はまた、秦恒平様ならではの 「京のわる口」をご恵送たまわりありがとうございます。私ごときにまでお気づかいいただき恐縮いたしております。

それにしても大変な日々、どうか一日も早くお健やかになられますようお祈りするばかりでございます。

私の方は元気にはしていますが、あんな旧い家を抱え込んでいる関係上、未だ会社勤めを不承ながら続けていますが、そろそろ潮時かと、それを考えると何となく浮き浮きとした気分になるから不思議です。先生とまでいかずとも、勉強だけはと帰社後は机に向かつています。それにしても、私の家のような村の旧い家が次々と崩壊していくのを目の当たりにしながら、身につまされる思いでございます。言い置きたきこと多々、先生のようにはまいりませぬが何とか元気を出してと心しております。

どうかご無理をなさらずお過ごしくださいませ。取り急ぎ御礼まで。 拝 秦恒平先生机下   滋賀県  作家

 

☆ 日増しに秋も深まりゆく今日この頃でございます。

ご尊家ご一同様にはお変わり無くあ過ごしの御事と拝察申し上げます。

この度は、あ心尽<しの結構なあ品をご恵贈頂き、誠に有難うございました。ご芳情のほどを心より厚<御礼申し上げます。

私共工房一同

お蔭様で元気に日々制作に励ませて頂いてゐりますので、他事ながらご放念下さいませ。

これからも変わらぬご指導のほどを賜りますよう、ようしくお願い申し上げます。

時節柄、ご導体あ大切にと念じ上げてあります。 合掌

平成二十四年 神無月

平安仏所   江里 康慧

 

今秋の予定

九月十五日~十一月四日(会期中無休)神戸市御影の香雪美術館にて

『人間国宝・江里佐代子の載金 康慧とともに伝える荘厳の美』 開催予定を致してあります。ようし<ゐ願いいたします。

 

秦恒平先生

日頃のご無沙汰をお詫び申し上げます。

この度は「京のわる口」なるご高著を恵贈賜りまして誠に有難うございました。興味ある題名に 秋の夜の楽しみとさせて頂きます。先生はその後お身体の方は如何でございますか。呉々もお大事にしていただきますように。 江里康慧

 

☆ 御著書

ありがたく落掌いたしております。お心尽くしもったいないです 厚くお礼申上げます

朝夕冷たい風が吹くようになりました どうか御自愛のほどお願い申し上げます

お陰様で私達は忙しくしております 新そばも間もなく打ちます

ご令閨さま皆様に久礼ぐれも宜しく申上げて下さい  匆筆のまゝ   山形県村山市 あらきそば  読者

 

☆ 長く暑かった夏、

ようやく去り朝夕の風に秋冷を覚えます。ごぶさたの内、たび重なる手術の経過もよく、その上、今日は、私の方にまで喜壽のお祝のご本まで頂きました。ありがとう存じます。本当におめでとうございました。

あなたの、いつもの難しいお作でなく、何かおもしろそう、楽しそう、あなたの語り口を思い出しながらよませていただきます。

季節の変わり目くれぐれもお体お大切に、おたいらに。 まずは御礼まで。  同窓  正  元中学校長、

 

☆ 喜壽 おめでとうございます。

喜壽におなりと びっくりしております。 私も この春「古希」を祝っていただきました、

すばらしい先生のお作の数々 私のような凡人には ついていけない純文学ばかり 思っておりましたが この度お送りいただきました「京のわる口」は、何か ほっとする親しみをもって拝読させていただいております。ありがとうございました。

旧友にもさしあげたく 五冊申しこみをさせていただこうかと思いますが、書店、あるいは平凡社に…? ととまどっております。お忙しい中恐縮でございますが、お教え下さいませ。   中学同窓 祇園  東

 

☆ 拝復

ライブラリー版『京のわる口』ごご恵存いただきありがとうございました。

朝日新聞の三段八ツ割で見、「おおっ!」と思っていたところです。酒井解説といい、御土産物ふうのカバーといい、よく出来ていて、しかも偶々山中教授の受賞と重ったのですから愉快至極。そう言えば早稲田の先輩がライブラリーの担当だったこともありーー現在は東洋文庫に移られた筈ーー、私もこの版の割付を六点させていただいたことがあります。出るべきところから出たというのはまさに今回のような場合に言うのでしょう。  (中略)

ご夫妻には何卒お元気でいただかないと……。御身お大切にお過ごし下さいませ。敬具    樹  妻の従姉の子息

 

☆  秋日和の心地よさを感じる季蔀となりました。

不在にしておりまして、夜遅く帰りましたらポストの中に 先生の美しい字の宛名の郵便物。何だろうと思い、わくわくしながら開封いたしましたら、思いもかけないプレゼントにびっくりいたしました。

 

書寿のお祝いを申し上げます。おめでとうございます。

 

病気と共存しながらの日々にも拘わりませず、私にまで 初版第一刷早々の 「京のわる口」をお送り頂き、お礼の言葉もございません。厚くお礼を申し上げます。有難うございました。

私は京都での生活は大学時代の四年間に過ぎませんが、今でも同窓の方々にお会いすると、京都の友だちは京都言葉で話して

いい感じです。今月始めも同志社のバザーのお手伝いで、一日京都で過ごしました。

迪子さんにもずっと長くお会いする機会も無く、月日が流れていますが、いつか、きっとお会いできることを締めておりません。楽しみに、待っています。

孫も大きくなって上京することも少なくなってきましたが、でも、年に二~三回は行っています。

来年には二人目の曾孫が誕生します。

夫がいたら今年は五十三回目の結婚記念日が昨日でした。丁度そんな日に、喜壽のお祝いの出版物を頂き、感無量でした。楽しんで読ませていただきたく思っています。

その後は、お友達にも廻し読みしたいと思っています。

どうぞ、くれぐれもお体おいとい下さって、この秋の好き時節をお過ごし下さる様、お祈りしています。

有難うございました。 平成二十四年十月十九日

秦恒平様

迪子様     神戸市  澄  妻の同窓

 

☆ やっと

すごし易い季節になりました。思いもかけずご本を戴き恐縮しつつ有難く思っております。以前いただいたお礼も申さないままになっていて いつも気にしておりました。まだらぼけで忘れることが多くお無礼心よりお詫び申し上げます。

お変わりございませんか、私も75をすぎると急に足が弱ってきました。

「京のわる口」は楽しみながら読ませていただきます。

同じ関西とはいえざっくばらんな吉本的な大阪と、誇り高い古都とは気風が違いますね。表面はやわらかでも京都の人はプライドが高く、東京も大阪も勿論その他の地方も田舎モンとみておられるような気がします。近所におられますので……。

21世紀は20世紀の戦争の反省のもとに平和な時代になるのかと思っていましたが、よく考えていないと、ずるい自分勝手なリーダーにひどい目にあいそうですね。私は「憲法九条は世界の宝です」というワッペンを郵便箱に貼っています。原発も反対です。まだ必要だという人の気がしれません。何を基準にしてものを考えているのでしょうね。新聞を読んでもテレビをみても おこっています。お二人が反原発のデモに参加されたとは、驚きと感動をいただきました。

年を取ることはよいことで、いらないものを捨てていくことで強くなっていくと書いてあるのを読みました。以前**先生が年賀状に書いていただいた

「何しかもわれにいつわりなしとせん

傷いさゝかは持つとも舞え鳥」  という歌が好きです。

くれぐれも御自愛ください

ご主人もお身体お大切になさってください。 かしこ   岐阜市  苗  妻の同窓

 

☆ ごぶさたしております。

「湖の本」そして「京のわる口」、お贈りいただき、ありがとうございました。両親も、よろしくお伝えくださいとのことでした。

私は元気に、何の暮らしを楽しんでいます。先日、当麻寺を訪れました。二上山に沈む夕日は美しいです。

日記、いつも拝読しています。迪子さんともども、お体どうぞご自愛ください。

来年の春、新しい家庭を築きたいと思っています。準備で少し忙しくなりそうです。  生駒 理 読者

 

* おめでたい予告がわたしたちを喜ばせる。中学時代からの聡明な読者で、心豊かに大きく育ってきたなあと嬉しい。

当麻境内の土俵でまだ小学生の建日子と相撲を取り、二上山を見ながら峠を越え、蘇我山田石川麻呂の美しい豪快な棺墓に詣ってきた昔も懐かしく思い出させてもらった。

 

☆ ご本

送って頂き有難うございます。

又、先生のご病気も気になるこの頃です。私も先生と同年、余り元気ではございません。どうぞお大事になさって下さいませ。

先の二冊分送金致します。よろしくお願い申し上げます。   東京北区 岸  読者

 

☆ お礼

湖の本につづいて「京のわる口」ありがとうございました.この本は初版を買って読みました。. でもデイケアに持参し待ち時間に再度読んでいます。きょうは妻が持参して病院で読んでいます、デイケアで今からリハを受けますが、二足歩行はマダ、ムリデス。来年の富士登山が実現しなくてはと頑張っています。  茅野市  圭  同窓

 

* 国民学校から高校までの親友。いまは病気の療養に励んでいる。「iPadから送信}とある書字が乱れているのを、心痛めながら直した。恢復の早かれと祈る。

 

* もう一人、朝に紫陽花の繪を贈ってきてくれた杉原画伯の懇切な便りが届いているが、今日は、措く。吉井画廊主の吉井長三著『銀座画廊物語』も添えてあった。後輩杉原は吉井画廊での個展を念願しているのだ、早くから。いま富山にいる同窓同級の細川弘司君もそうだった。

 

* 二世望月太左衛さんから、明後日、紀尾井小ホールでの主催「鼓樂」への招待状が来た。長唄「松の翁」には「湖の本」読者でもある唐音岩田喜美子さんの三味線出演も予告されており、小鼓に太左衛、義太夫「海女」でも小鼓は太左衛、そして作と作曲が望月太左衛の音語り「龍田 風の女神物語」の語りはなんと丹阿弥谷津子とある。小鼓はやはり太左衛さん。晩の七時開演というりが難。上智大に沿って行く道が暗くて片目には足下が危うい。明日は聖路加眼科の検眼があり、眼鏡のための処方箋が出るかと期待している。で、やはり眼鏡の調製が先立つのだろうなあ。

 

* 水戸市の高橋禮子という歌人から歌集が送って来られている。題して『シェイクスピアのロマン』と。「おひま(?)なおりにごらんいただけましたら 光栄です。」と謹呈の付箋に書かれてある。毛筆で名宛ての署名もある、歌は目がぱっちりしてから読む。じつは今ももう目は霞んであてずっぽうで書いています。もう限度。やすみます。

2012 10・22 133

 

 

* 歌人で大学の先生である神戸の岡田昌也さんから美味しい熟柿を一つ一つ手づから紙包みして頂戴した。甘く美味く口に入った。詩人の山中以都子さんからは栗菓子をお見舞いいただいた。作家の水谷三左子さんからは京都の生湯葉をお見舞い頂いた。ありがとう存じます。

 

* 作家の竹西寛子さん、梅原稜子さん、詩人の倉田茂さん、神戸大学名誉教授の馬場俊明さん、名古屋市大助教授の谷口幸代さん、元早大教授の小林保治さん、練馬区の宮本裕子さん、元平凡社編集者出田興生さんから丁寧なご挨拶を頂いている。が、この眼の見え無さでは、此処に保存も出来ないまま頂戴しています。感謝します。

 

☆ 和歌山の「領」です。

このたびは「京のわる口」をご送付いただき、有難うございます。お手紙にて御礼を書いておきながら、ポストへの投函が遅くなってしまいましたが、うれしく、大変ありがたく拝受いたしました。私などのような一介の読者に過ぎないものにまで、お心配りを頂き、恐縮してもいます。

どうぞ、更なるお体のご自愛に努めるとともに、生涯現役の作家としてご健筆を振るわれますよう、心からお祈り申し上げます。

私も片目です。もうひとつのほうも0 ・3 しか視力が出ません。加えて老眼も入ってきました。会社には内緒にしていますが。

肺も左の前半分を削除しました。

でも、まだ本は顔を引っ付けるようにすれば読めますので、毎日を楽しく送っています。ips 細胞が実用化すればだめになった右目の網膜も再生できるかもしれないと微かな望みを抱いています。

いつの間にか60歳を過ぎてしまいました。第三の人生が始まったと心しています。

簡単ですが、重ねて御礼を申し上げます。

追伸

我が家は、そして私はずっと公明党の党員をしています(笑い)。貴重なご批判、伝えておきます。でも、一言。

「落穂」を拾ってくれる政党は公明党だけでした。ドクターヘリにしても、その昔の児童手当にしても、いろいろと。

ばら撒きという人は、生活の困窮というものを知らないからでしょう。

共産党は社会の底辺にいる人間を利用しますが、公明党の議員がもしそんなことをすれば議員のいすから引きずりおろします(笑い)。

「湖の本」楽しみにしています。秦様の呟きも。

 

* いつもの篤志の読者から、ついに平成十一年のわたしの「私語」を三十九項目に分類して送って下さったが、眼がこの調子ではうっかり何も出来ない。そっとそのままメールボックスに仮置きしておく。今日はもう、やすむしかない。視野が朦朧としていると、なんとも情けない。「七七始終苦」が続く。負けてはいられない。

2012 10・23 133

 

 

* 血圧118-61(58) 血糖値76 朝、目覚めて両眼涙で塞がっている 体重64.8.kg 朝、熟柿一つ 白粥一膳 ヤクルト 溢れてくる涙と洟水に迷惑 仕事にならない 午、干し柿ひとつ 中華風握り飯一つ グラタン スープ アーモンド 涙と視野朦朧で仕事にならず 二時間ほど寝る 夕飯は、ほぼ白粥一膳だけ 他は苦くて砂と灰を食うようで。 以下に読者の報知が有ったように、抗癌剤と涙障害には眼科医からのバッチリの報告が出ている。服用している「TS1」の名も明記されている。対策が欲しい。

 

☆ 抗癌剤副作用の可能性も

お元気ですか、みづうみ。

眼のお具合を伺い、昨日は大変動揺してしまいました。

ネットで抗癌剤の副作用で、眼の症状をみましたら、下記のようなものをみつけました。みづうみの症状に当てはまる部分もあるようです。ご参考までに貼りつけておきます。   吾亦紅   野に坐して山より高し吾亦紅  内海まち子

抗がん剤治療中に起こる眼の症状

 

中村眼科・長野県松本市の眼科

 

抗がん剤治療中に起こる眼の症状  抗がん剤治療中に「見え方が悪くなった」、「涙が止まらない」などの、眼症状が起こることがあります。

眼への副作用は、他の抗がん剤治療の副作用と比べると、あまり注目されていませんでした。最近、眼の副作用は気づかずに過ごしていると、抗がん剤を減量したり、中止しても、眼の機能が回復できないケースがあることがわかりました。

しかし、眼の副作用は全ての抗がん剤に出現するわけではなく、また眼への副作用が出たと報告された抗がん剤を使用したからと言って、使った方全員に症状がでるわけでもありません。

 

今回は眼の副作用を起こしやすいと報告のあった抗がん剤と眼症状をご紹介します。

イレッサ、タルセバ、アービタックス : 「痛い」、「ごろごろする」  まつ毛が長くなり、不揃いに生え、角膜を刺激して、異物感、痛み、炎症を生じる

キロサイド: 「目が痛い」、「目が赤い」結膜炎

シズプラチン、ブリプラチン、ランダ: 「見えにくい」、「かすむ」、「中心がぼやける」 球後視神経炎(視力低下、視野障害など)

タキソール、タキソテール: 「見えにくい」、「歪む」、「かすむ」、「涙がとまらない」視力低下、変視症、小視症、涙道障害

ノルバデックス、タスオミン、ノルキシフェン: 「物が歪んで見える」、「かすむ」

視力低下、変視症

TS-1、5-FU : 「涙がすごく出て、しょっちゅう眼を拭いている」、「見えにくい」、「かすむ」流涙(涙道障害)、視力低下、眼痛、羞明(角膜炎、角膜潰瘍、角膜びらん)  (秦 此のTS-1を現在使用しています。)

 

このほかにも眼症状を起こす抗がん剤がありますが、眼の症状に変化が現れた際にはまず主治医とご相談ください。

「視力低下」や「変視症」などの症状では休薬の処置が取られることもありますが、抗がん剤の治療計画もありますので、主治医とよく相談してください。

角膜の炎症、びらん、潰瘍などの角膜障害の場合は、点眼薬を早めに使い、視力低下などの後遺症を残さないようにする必要があります。

「涙が止まらない」場合、眼の表面を潤した涙が涙点から鼻涙管を通って体内に吸収される途中の涙道が涙の中に排出された抗がん剤によって狭くなったり、塞がることによって起こります。

その場合は、抗がん剤が涙道にとどまらないようにするために、頻回に点眼をして洗い流したり、通水処置をしたりして、涙の排出路を通りやすくしてあげます。

 

当院でも、受診時の問診で抗がん剤についてお伺いすることもありますが、情報提供のご協力お願いいたします。

困っていたり、気になることがある方は、ご相談ください。

 

* 貴重なありがたい情報で、これは、明日のオンコロジー腫瘍内科でも眼科でも告げて対応を求めたい。このようにして、読者からもわたしは助けられている。感謝に堪えない。

2012 10・24 133

 

 

* 歌人で大学の先生、読者でもある岡田昌也さんに頂戴した熟柿=干し柿は、ことのほか美味しく口に合っている。そえられたお手紙も心温かい有難いものであった。

 

☆ 『京のわる口』

先生ならではの素適なご本、うれしく拝受。まことにありがとうございました。 先生は、ほんま、にくいお人です。

狭庭の西条柿、もう四十年以上前に、はるばる京のタキイさんからお嫁入り願ったのに、古女房と一緒くた。いつのまにやらほったらかし。この二、三年は、むくれて実もつけてくれませんでしたが、今年は、やれやれ一寸だけ成りました。早速、いつもの通り干柿に。ほんの少しだけ生乾きをお届けさせて頂きます。 お口に合えば幸いに存じます。

右、取り急ぎ。 十月二十一日

秦恒平先生 玉案下

陽に干せば

甘柿よりも甘くなる

渋柿なれど 君は

好むや       東彦

 

 

☆ 秋冷の朝夕になりました。

いつもご高配に接し乍らその都度のお礼も怠っていますのに、この度も又文庫の「京のわる口」お届けいただき、恐れ入りました。

「湖の本」の発行ご継続は容易に例をみないご大業とお見上げいたしております。

私は術後未だに本復には遠く日常がすっかり変ってしまいました。せめて残りの時間を粗末にせぬようつとめるつもりです。

くれぐれもお疲れをおいといくださいませ。ご平安を心より願いまして。十月二十二日  藝術院会員

 

 

☆ 前略

ご上梓早々の平凡社ライブラリー『京のわry口』を賜り誠にありがとうございます。

その後ご体調如何かと気がかりでしたが、丁度ご本の栞に喜寿を迎えられるに当っての一首があり、そこには順調な闘病を思わせるしなやかな意志もほの見え安堵した次第です。

ご本は今読み始めております。かねてきく京ことばの難しさは予想を超えたものと実感しつつ。

なお、日ごろ私の友人たちへの『湖の本』ご送付ではお手数をかけますが、年内あと数冊考えていますので、先般の高槻の外村文象、宮崎の本多寿両氏が「興味の尽きない一冊でした。秦さんによろしくお伝え下さい」と申しておりました。

日々これ好日でありますよう。匆々  我孫子  詩人 ペン会員

 

☆ 拝啓

さわやかな秋晴れの日が続いております。先だっては『湖の本』を頂戴しまして、まことにありがとうございました。またこの度は『京のわる口』を頂戴し、恐縮しております。平凡社ライブラリー版のご出版をお慶び申し上げます。

御目の手術が成功されまして、本当によろしゅうございましたね。それにしても、次々に、すこぶる大きなことを克服されまして、その精神力に敬服いたします。

『京のわる口』は、軽妙にして辛辣、そして自在な筆致で、楽しく拝読いたしました。

京言葉は「位取り」を中心にした、複雑、精妙な表現であり、それは長い歴史の中を生きた京都の人が叩きこまれた処世の術でもあった、という卓見に、京言葉の、ひいては京文化の奥行きの深さを教えられました。

『湖の本』の「私語の刻」にも、共感いたします。

ますますご健勝にてのご活躍を祈念申し上げます。 敬具   横浜  作家

 

 

☆ 前略

このたびは文庫版「京のわる口」ご恵贈賜りたいへん恐縮しております。厚くお礼を申しあげます。

本書は私が『たかが京都されど京都~京都「よそゆき」文化論考』の執筆にあたって知的刺激を受けた忘れがたい書であります。待望の文庫化おめでとうございます。

先生はこの半年入退院の生活の由、その後ご病状のほうはいかがでございますか。

寒さに向いますが、一日早いご恢復を祈念しております。

とりあえずお礼まで  京山科 神戸大学名誉教授

 

 

☆ 謹啓

このたびはご高著『京のわる口』をご恵与下さいまして誠にありがとうございます。大変恐縮しております。

ちょうど今週末 国際日本文化研究センターの研究会で京都に参ります。ご本を再読して京ことばの奥深さを改めて教えていただいた上で出かけるのは少しこわいような気がしております。そこで先に解決を拝見しました。著者は京都人らしくないとあり 先生はこの指摘をどう思われたのか伺いたくなりました。

朝晩は急に冷えるようになりました。くれぐれも御身お大切になさって下さい。  敬具

平成二十四年十月二十一日  名古屋市大教授  読者

 

 

☆ 長い炎暑の夏でした。

九月の中旬に北海道へ行ったところ30℃~31℃の暑さで閉口致しました。

この度は『京のわる口』が平凡社ライブラリーに加えられましたことお慶び申し上げます。早速にお贈りいただき、ありがとう存じます。

「はんなり」は「花あり」ではないかとのご指摘に目からうろこの一冊でした。多くの読者の手に届くことを念じます。

十一月に3日間京都へ出向きます。

この本を携えて行き、向うの友人にも奨めたいと思っています。 不二  早大名誉教授  読者

 

☆ 秦恒平先生

前略御免下さい。

先生、お体の具合は、如何ですか。

陰ながら、先生のお身体心配申して居ります。

本日は、お見舞いとして、小生の稚拙な絵ですが水彩画「生きる」をお贈り申しました。ご笑納下されば嬉しく存じます。

例の「牡丹」の後描いたものです。小生の気に入っている作品の一ツです。紫陽花の頃飾って下されば幸いです。

(中略)

末筆ですが奥様に宜しくお伝え下さい。

先生のご健勝をお祈り申して居ります。  草々 2012年10月21日記  伊勢崎 画家 杉  読者

 

☆ 秦さま

 

『センスdeポエム』は、秋の深まるこの季節にとてもぴったりの1冊だと感じました。

至らぬところのない深切なご評言に、優しい気持ちにさせていただきました。

そのお礼も申し上げないうちに『京のわる口』が届きました。

ほんとうにありがとうございます。

闘病の日録の体重の増減、召し上がったものの記録をながめては胸のつまる思いをしています。

一日も早く軽快なさって、抗がん剤服用の苦行から解放されますようにと願っています。

七七を超えて八八までも九九までも、およろこびを重ねていただきたく存じ上げます。

大阪でも、反原発抗議行動を毎週金曜日、関電本社前でやっています。私は月1~2回程度の参加です。

10月5日には公務執行妨害で逮捕者が出ました。先週は、参加者の人数が減っているなと感じました。ざっと見て300人くらい。夏頃は参加者2000人と言っていました。放射能がれき受け入れ反対やオスプレイ・沖縄基地反対や、橋下の政策反対やらで、抗議行動が分散しているのかもしれません。その半面、子ども連れや、退職後老夫婦や貧困若者や、幅広い層の人たちが参加していることを心強く感じました。

どぜうの面に水の観はありますが、忍耐強く意思表示は続けていきたいものと思っています。  大阪 まつお 読者

 

 

☆ 前文ご免下さい。

『京のわる口』ご恵与頂きありがとうございます。この本の生まれたころのことが思い出されます

先生にはお身体のご不調のこと、湖の本で承知ながらお見舞もせず、忸怩の思いに駆られています。

お礼のみ失礼いたしますが、ご健康祈念しております。 草々  元平凡社編集者  読者

 

☆ 秦先生

喜寿をおむかえになられたことを、心からお祝い申し上げます。その上、この度は『京のわる口』を賜りまして、有難うございました。

新刊の件は存じておりましたが、酒井順子氏の解説はーー違うのと違うやろか・・・・・。

「京ことばと京根性」の母上、叔母上様の会話のやりとりは、何回読ませていただいても面白く、私も口には出さずとも、気持のスイッチは切り換えているナ、と思わず笑ってしまいました。

「アズマことばとアズマ根性」で生きて行かねばならない私は、英語を少しカジッタことで、音訳者としてのバランスを取っているような気がします。「京ことば」と勝負する勇気は無いのですが、京都(左右へ矢印)金沢への憧れは若い頃から変りませんので、訪れる機会が来ることを楽しみにしています。”月が似合う街”というキーワードで!

末筆ながら、お美しい奥様と先生のお健やかな日々をお祈りして。  2012,10,17  練馬区 宮  読者

 

☆ ありがとうございました。

秦恒平先生

☆ 喜寿をお迎えなされましたこと おめでとうございます ☆

私語の刻でご様子を拝見させて頂きながら ホッとしたり 心配になったりの毎日です。どうぞどうぞ お大事になさって下さい。

先日は ご著書《京のわる口》をお送りいただき ありがとうございました。

初めは覚えのない郵便に・・・? 開封してビックリ・・・そして嬉しくなりました。  楽しみながらゆっくり読ませていただきます。

この二日間 当地岡崎で全国大会がありました。お濃茶席・お薄席・立礼席など一日500名ずつのお客さまのおもてなしも大変なことですが お客様に喜んでいただければ 疲れも吹き飛びます。

明日から 函館で開催の全国大会(同門会)へ。

今度はお客さまですから ゆっくり楽しんでまいります。 岡崎市 山  読者

2012 10・24 133

 

 

* 今日も、梅原猛さんや高田衛さんら相当多数の『京のわる口』への、またお見舞いの手紙を頂戴している。妻に頼んで電子化してもらうことにした。わたしは殆ど目をあいてられない在り様。

小松市の畏友井口哲郎さんからは、「騒壇余人」という、もう久しく用いてきたわたしの名のりを、美しい篆刻印にして頂戴した。「騒壇」とは文壇とか歌壇とか学会とかを総じてさす諷喩語であり、「余人」は別人、他人、無関心な人の意。井口さんにはいろいろの印を幾つも頂戴している。印材まで頂いたことがある。いずれも愛用している

2012 10・24 133

 

 

* 今日も、多くのお便りをいただいている。

 

☆ (『京のわる口』のなかで=) 「梅原氏」のよび方、

大へん面白かった。京言葉、私は京都生れではないので、教えられました。 10/22  文化勲章 梅原猛

 

 

☆ 拝啓

この度は古希自祝の御著お送り届け下さいまして、洵に有難うございます。

早速読ませて頂いておりますが京言葉の柔かな言い廻しにこめられた微妙なバランス感覚に深く感じ入りました。

爽やかな好季節と成りましたが、是非ご自愛専一に衷心より念じ上げます。 敬白    元青山学院大学学長

 

 

☆ 秋たけなわの時節となりました。

「センスdeポエム」に続き、「京のわる口」を賜り、ご厚意に深謝申し上げます。

お尋ねの尊命の漢籍での用例、あれこれと検索してみましたが、それらしいものが見出せません。ただ、清の康煕年間の宮廷雅楽に、「恒平」の曲の存したことが、「清史稿」に見えます。

恒久平和の意と思われます。 10/22  元恩賜京都博物館館長

 

 

☆ 秦さんには、いつまでもお元気でいてほしい。

文壇の、いや藝術界のアウトローーーもう御意見番としての存在が貴重のように思います。

今更ながらですが、秦さんの造詣の深さ、発想の卓越さに深く敬意を感じています。

私は「卒寿」(五月八日)を迎え何だか疲れています。秦さんの書き物を拝見しては、気を震いたたせています。

そんな気持ちで、久々に石(騒壇餘人)を彫ってみました。全く他意はありません。その気持だけお汲み取りください。

奥様にもよろしくお伝えのほどを。

お大切に   十月二十日  元石川文学館館長

 

 

☆ 前略

平凡社より『京のわる口』を拝受いたしました。先月のご本といい いつも有難いことです。ここしばらく夫婦ともに老病でわずらっておりまして、ご返事ができず失礼のみ重ねておりますが、ご容赦下さい。

しかし、私よりは二、三歳は若い筈の秦さんが、いろいろと重病をのりこえ、のりこえ、日々の仕事にいそしまれているご様子は、ひたすら立派と言わざるを得ません。小生の同窓生も在京の連中が十四五人おりますが、年二回の食事会には元気な者は結構やってくるんですね。私はその中では虚弱な方ですが、それでもできるだけ顔を出すようにしています。老いとはこれほどに個人差の大きいものかと毎回感ずることですが。

とにかく、御自愛、御療養におつとめ下さい。

少しでも長く生き、少しでも書きつづけることを目標にして下さい。

それを祈っております。   敬具  二0一二年一0月一八日  都立大学名誉教授

 

 

☆ 御健勝大慶に存じます

御著「京のわる口」頂戴致しました  有難うございます

かういふ形で復刊されるのが名著のあかしでせう

御壮健を祈ります  不備  文藝春秋役員

 

 

☆ 長かった猛暑もやっと終りましたら

すでに秋深しの季節となりました。このたび平凡社の方から『京のわる口』を頂戴いたしました。

先生からの御配慮ありがたく うれしく 感激いたしました。心よりお礼を申しあげます。

十冊余の単行本と「湖の本」全巻 重複してあるものも 全部 本箱に収まってあります  先生の独特の文体 むつかしい心動きも すらりと伝えてくれる的確なことば選び やっぱりどこかに京ことばの 匂やかなイントネーションのようなものが 私好きなのですね もうすっかり 馴れてしまったようです ときに 短歌の表現にいただいても居るかと 気付いてもおります

おからだのこと 案じておりました 校正は人様にお任せなさったとは お心残りもございましたでしょうが まずは おからだが第一 一つうれしかったのは この暑いさ中の八月に 御自身のあとがきがございましたこと

もう悪い部分は切り捨ててしまわれたのでしょう 静かに静かにおからだをいたわって下さいませ そしてまたペンをとられて 先生のおいしい文体を お見せくださいませ

心より願っております  お祈りしております  十月二十二日  歌人 幸  読者

 

 

☆ 「熱いお茶がおいしい季節になってまいりました」

と思い 加賀棒茶をお送りしましたが、戴いた単行本の「感謝して」を拝見し、「胃の全摘」とありましたので、「失礼をしてしまったのかもしれない」と心配しておりましたが、少量ずつでも飲んでいただけるのですね。

単行本を頂戴し、 お礼状を出さぬうちにお葉書をいただき恐縮しております。(バーン・ジョーンズ神戸まで行かずじまいになってしまったので嬉しく拝見しています)

原電の影響で茶葉を手に入れるのが難しくなったようで、赤印も以前の葉と違うそうで、味わいも変化しています。来年まで待てばおいしい棒茶が出来るといっていますので、どうぞ楽しみにしていて下さいませ。

さて「京のわる口」を読みすすめるうちに「加賀のわる口」が浮かんできました。

先輩や仲間をさしおいて何かいいますと、「あの人はエラさんやから」と敬遠されます。これは高校生も使いますし、我が社中でもきかれる言葉です。秦先生の言葉「位取り」は競うどころか、はっきり決まっていて、「位」を超えますと、中味に関係なく「エラさん」になってしまいます。(結局私の社中での体験〔グチ〕を語ることになっていて、すみません。)皆さんとても謙った物言いをなさいますが、それは同時に相手にも求めることで、これにはずれたら「そりゃエライこと」になってしまいます。

裏表のない、かけ引きなしの家(無器用な、世間に疎いといいますか)で育ち、大学の友人たちは遠慮なく物言い合う神戸・大阪出身ときた私が、異文化圏(=この土地柄・そして伝統芸能の世界)に迷い込んでとまどうことが多くありました。

しかし、お手紙を書いているうちに、今自分がどのようなところにいるのかが わかってきました。先輩・後輩の「位」が絶対的な中でいかに自分を存在させることができるかという方向で考えていけば道が開けてくるように思います。まだまだ初心者で、みなさんの足元にも及ばないのですが、共に研鑽できる仲間ができれば願っているのですが・・・・。

ともあれ、何があろうと「能」そのものはいろんな面でどこまでいっても深く、興味が尽きることはありません。これが現在の私を支えていると思っています。

ヒントを与えて下さったことにとても感謝いたしております。

奥様のお葉書の文面がとても素敵でいらして、こちらの稚拙な表現が恥しい限りで、長々と書きましたことを、お許し下さいますように。

遅ればせながら喜寿のお祝いを申し上げます。増々私どもに示唆を賜りますようにお元気でいて下さいますように。

平成二十四年十月二十二日

奥様にもよろしくお伝え下さいませ。  石川県 啓  読者

 

 

☆ ご健康のすぐれずお過ごしのところ

『京のわる口』を御恵送いただきありがとうございました。

開新堂の初代が京都より明治初期に供奉上京いたしており 初代の次男(三代目)はかなり江戸っ子気質であったように記憶しております そこのところが「湖の本」でも書かれておられた京都人(と呼んでよいのでしょうか)の在りようと対比され興味の尽きない思いでした。浅はかなことばで申し訳ありません。『京のわる口』出張に携えます。

甘いものは召しあがれないと思いますが

お好きにお使いいただき度く送らせていただきます。 エッセイスト 道  読者

 

 

☆ 御著書、有難く頂戴しました。

喜寿、おめでとうございます!

私も、その歳まであと十一年、妻とともに過ごせたら有難いなと思っております。

彼女が倒れて来年ご5月で十年ですから、その後の十年もあっという間でしょうね。

どうぞお元気で  2012年10月23日   元筑摩書房編集者  幸 読者

 

 

☆ 拝啓

秋の夜長を楽しむ季節となってまいりました。先生におかれましては、その後いかがお過ごしでしょうか。お伺い申し上げます。

さて、過日、ご高著『京のわる口』を拝受いたしました。私にまでお恵みいただき、甚だ恐縮に存じております。この度は、ご上梓、誠におめでとうございます。また、本当にありがとうございました。

まだ総て読み終えてはおりませんが、先生の「京を思う時、日本を思う」というお言葉が心に残りました。誰しもが、懐かしい故郷と國の行く末を結びつけるわけではないかも知れませんが、安保闘争という苦い青春時代を過ごした先生、あるいはその世代の方々のことまで考えさせられた一文でした。これから、先生の達文に導かれ、京ことばを学ばせていただきます。何卒今後とも、変わらぬご指導を賜りますよう、この機会にあらためてお願い申し上げます。

秋冷日増しの侯、どうぞお健やかにお過ごしくださいませ。

まずは、略儀ながら書面にてお礼まで申し上げます。   敬具  十月二十二日  国文学者 真  読者

 

 

☆ ご高著拝受いたしました。

『京のわる口』は《湖の本》のシリーズ中でも印象に残っているものの一つでした。先日、朝日新聞の広告で新版のことを知り、「やっぱり」と納得した次第です。ご恵送いただき、望外の幸せというほかありません。有り難うございました。

私の難病とのつき合いも十数年になりました。薬の効いている時間、つまりパソコンが操作できる時間を利用して、「心に浮かぶよしなしごと」を書き綴ったものが、いつの間にかかなりの分量になっていました。

人生で《見聞》したことや、《日本語》について日頃感じていることなどを、世間に発表する才覚も意欲もなく、ただ、いつか子どもや孫たちが読んでくれればと思って書いてきました。まさに「闇に言いおく」心境です。

そうは言っても読者が一人でも多ければ嬉しいことなので、お礼状を差し上げる機会を利用させていただいて、拙文をお送りすることにしました。ご闘病の妨げになってはいけないので、無理をなさらないようにご笑覧いただければ幸いです。  2012年10月23日   同窓 エッセイスト 布  読者

 

 

☆ 朝夕と急に冷くなりました。

療養中の先生は如何してお暮しかと案じて居りましたが「京のわる口」お送りいただき お仕事をなさっておられる様子と少し安心致しました。

御本有難うございます。 御礼がおそくなりまして申しわけ御座いません。「エッセイ5」をもち出して2冊並べてよみ返してます。

何かといえば”京都に行き度い”と思って居りますが中々留守に出来ません。

主人も肺ガンⅢBといわれたのですが 抗ガン剤が良く効いたらしくもう三年になりますが元気にしております。

それぞれ治療は違いますが、主人は光線療法というのが良いと信じて、毎日二時間近く家で治療をして居ります。

どうぞ御無理のないようにとお願い致します。

奥様にはどうぞお大事にお過ごし下さいませ。

お見舞いにもならない勝手を申し、申しわけございません。  十月二十一日  桐生 君  読者

 

 

☆ きれいな秋です

高く青い空 きんもくせいが香り藤袴も咲いています。 予後如何お過ごしかとお案じ致して居りましたが この度御本をお贈り下さり嬉しいやら有難いやら 度々のご配慮に感謝の念で一杯です ありがとうございます。難儀をのり超えられ 喜寿をお迎え、心よりお祝い申し上げます

どうぞご自愛下さいまして佳い日々をお送りの程をお念じ申し上げて居ります お礼まで  (明日は時代祭 そして夜は火祭り お作『冬祭り』を思い出して)  十月二十一日よる  京 同窓 文

 

 

☆ 平凡社からご本が届きまして驚きました。

喜寿のお祝い おめでとうございます。

私語の刻を読ませていたゞきながら昭和三十四年代の(河田町みすず荘という=)生活空間は、思い出深い幸福な時間でした。一生誇に思って居ります。そして喜びです。

増ます御発展をお祈り申し上げます。お礼にかえさせてくださいませ。 10/20  高槻市 梓  読者

 

☆ お花

遠様  少しの間にすっかり秋になりました。

日々頑張っておられる様子、力が入ります。

今年は不順で、お花も気温に合わせて咲いているようです、

昨日の雨で今日一度に貴船菊が咲きました、送ります、秋の花は忙しです。

季節柄無理をされないように、お大事に   華

 

* かなり疲れている、やはり。米倉涼子の外科医ドラマを楽しんで、そして休もう。

2012 10・25 133

 

 

* 中国文学者であられた興膳宏さに、送本のついでに失礼ながら、私の「恒平」名二字になにか典拠が有りましょうかとお尋ねした。二度ばかり読書の中でそれらしい何かに行き当たりながら書き留めなかったので忘れ果てていた。興膳さんは、特に見当たらないが、「ただ、清の康煕年間の宮廷雅楽に、「恒平」の曲の存したことが、「清史稿」に見えます。恒久平和の意と思われます」と。これは興膳さんからの謂わば「喜壽」を違和つて下さったものと思い慶んでいる。

なかなか恒久平和とは生きてこれなかった。憤ろしいことも悲しいこともあった。だが嬉しい、晴れやかな、励まされることも多かった、その方が多かった、と顧みて思えるのが有難い。

振り向くな、過去を顧みるなとバグワンに叱られてばかりいるが、心弱るとついそういう気味に陥る。

2012 10・26 133

 

 

☆ 秋も日毎に深まってまいります。

御不沙汰いたしておりますがお障りなくお過ごしでいらっしゃいましょうか。

先日は今月の新刊エッセイ・京都の「京のわる口」を御恵送にあずかりましてありがとう存じました。ぱらぱらと拝見いたしますと、思わず「そうそう」と肯いたり何やら恥かしい気分になったりいたしております。

それでも私は京都の旧市中の育ちではございませんので、位取りというような心の行き交いにどこか理解の及ばない所があるやもしれません。育ちました所は賀茂川の発する所 かつて

わが家郷洛北愛宕(おたぎ)雲ケ畑山の五月に子を会わしめぬ

とうたった所でございまして 小学校を卒業する迄、旧い家に、父母と過しましたが後は学業の為に京都の学校の寮に入りました。当時は只今のような車社会でもなく、バス通学が出来るような所でもございませんでしたので、上の姉から順次そのようにして狭い見聞の中で成人したのかと思い返しております。

御本の御礼を申し上げようと筆をとりながら埒もないことを申しておりますが、この八月に長い間、「湖の本」を二冊頂戴いたしておりました分の一冊の読者でありました姉(長姉)が他界いたしまして それに関りますあれこれからこの頃やっとゆとりを取り戻しましたので、一度その旨を御報告申し上げ、この後の御本の送付を一冊にとお願い申し上げ度存じておりました。大変勝手なことを申しまして恐縮でございますが よろしく御諒承下さいませ

姉故秦一子は子供がおりませんので過去帳をしらべる限りでは四百年続いているとの事であります家に生まれましたものといたしましては先々荷の重いことでございまして、八十われは如何なすべき という気分でございます。

何彼と言わでもの事を記してしまいまして申しわけございません、乱筆御判読くださいませ

猶 お寒さに向かいます折から御身御大切にと祈り上げます かしこ   十月二十三日  歌人

 

☆ 拝啓

昨日 「京のわる口」大変嬉しく拝受致しました。喜寿の祈念とのこと、誠におめでとうございます。

闘病生活につきましては、湖の本等で存知あげ心を痛めておりますが、どうぞ生きて生きて、生きぬいて、書いて書いて、書きぬいて頂きたいと心から願っております。

私もまた、十年近く昔に右目の黄斑をダメにしてしまい、左目ももう少しで黄斑を死なせてしまうところでした。いずれも眼底出血で血が引かず、当時は引くのを待つより他なかったのでその部分が壊死してしまったのですが、左目だけは黄斑を一八0度ひっくり返すことで位置を変え、かろうじて視力は保てました。

しかし、右目が見えない上、左目も左に十五度ほど傾いて見えるため、字を書くとどうしても曲ってきてしまい、くわえて視力が0,三しかありませんのでかなり苦労をしています。

しかし、幸い本は左目だけでも十分読めますので、少しばかり不自由をがまんすればすみます。

ただ、そんな状況ですのであまり外出はしないようにしており、もっぱら休日は家で過ごしています。肺の方も左側に上半分を切りましたし、あまり過激な運動はもう無理なようです。

考えてみますと、いつの間にか還暦も過ぎ、そろそろ年金生活に入るという年令になってしまいました。私も十二月生まれで、十一日には六十三歳になります。『慈子』を探し廻っていた頃から何十年もいつの間にか過ぎてしまいました。おかげで今は旧版二冊、新版二冊を大切に持たせて頂けるまでになりましたが、二十年や三十年という年月はふり返えるとあっという間だったなあと思います。

「好きな作家の好きな作品に囲まれて暮らす日々」が一つの夢でもありましたが、おかげさまでなんとかそんな日々を送れるまでになりました。

とくに百冊を超える「湖の本」は何よりの財として本棚に並んでいます。おそらくこの先も手に取ってはこれまでの日々を、更にはこれからの日々に想いをはせることでしょう。

お送り下さいました「京のわる口」も、大切にわが財として手許に措きたいと思っています。本当に有難うございました。

「一病息災」という言葉を聞きました。なら、「二病」でも「三病」でも元気であればやっていける、そう思っています。

どうぞ病気などに負けることなく、秦恒平の世界を今後もつむいで頂けますよう、心からお祈り致します。

一介の「湖の本」の読者に過ぎない私のような者に著書を「謹呈」して下さる、これ以上の喜びはありません。 敬具

平成二十四年十月十八日

追伸

手紙を書きおえて、ふとこんな大きさの文字で読んでいただけるかと気にかかりました。私自身、方眼をたよりに、原稿用紙に顔をひっつけるようにして書いているものですから。

近視の上に老眼まで入って来てしまい、眼鏡を外せばどんな小さな字でも読めるのですが、十五~二十センチの距離。ま、本が読めるから(ルビでも)良いか、と思っています。

ポストに投函するのが遅くなってしまいました。仕事用のファイルに入れたまま、持ち歩いていました。

十月二十三日 自宅にて   御坊市  祥  読者

 

* 冥利を覚える。感謝しかない。

2012 10・26 133

 

 

* 機械破損の前、かなり当てずっぽうに原稿類を分類し統括したが、機械が駄目になったとき、帯同して、在るべき筈の原稿をこの新親機で捜しても見つからない。子機に集中的に破損旧機から林君に救済して貰った中から、当面欲しかった原稿を見つけ出した。

どうやら、もう一度整理をし直さねば必要な物が即座に取り出せない。

 

 

☆ 平凡社ライブラリー

「京のわる口」をお贈り下さりありがとうございます。

おからだの具合を心配しております。どうぞ御自愛下さるよう。

小生も76歳、腰と膝、眼と歯と耳も衰えました。

「スゴーイ」は何とも腹立たしく、テレビの旅番組やタレントの出る番組は、そのために観ません。 元平凡社役員

 

☆ 先生 その後

如何お過ごしでいらっしゃいますか。

「京のわる口」お送りいたゞきまして有難うございました。

母の話し言葉には半分京言葉が入っていて、「そうそう」と納得しながら拝読いたしました。

お召しあがりになれるといゝのですが、  少々お送り申しあげます

ご回復をお祈りいたしております。  十月二十七日  神戸 文  読者

2012 10・27 133

 

 

☆ 御著書賜り

ありがたく 御礼申し上げます。

京都生まれ、育ちの主人が

「なつかしいナ」と先に拝読致しております。

当方、学ぶこと多々。

御自愛切に切にとお祈り申しております。

月光裡 言葉降れ降れ なお堆(つ)もれ   谷子   北九州市  俳人  読者

 

☆ 拝啓

間もなく十一月を迎えようとしているのに温い日が続いています。

この度は文庫版『京のわる口』を御恵投下さいまして寔に有難うございました。

以前「湖の本」で拝読した覚えがあります。切り口がユニークで、京都人の思惟と伝統を見事に解明した好著と思いました。

また手頃な文庫版で読み直したいと存じます。御身体お大事になさって下さい。 敬具   元岩波書店編集者

 

☆ 「京のわる口」を

有難うございます。

さっきお手紙を出しましたように 今、イギリスにおり、ロンドン展の他に 中世の雰囲気が残っているチューダー様式の古い家並みが軒を連ねているストラトフォード、アポン、エイヴォンや蜂蜜色の美しい石造りの家並みが魅力的なコッツウォルズの村など旅しています。合い間に頂いた本を面白く拝見しております。10/21  京都北白川  画家

 

☆ ご連絡有難うございました。

秦 先生 お世話になっております。

「闇に言い置く 私語の刻」のこと、ご連絡を頂戴いたしましてまことにありがとうございました。

さっそく拝読いたしました。

こころあたたまるお手紙ばかりで、ささやかながら再刊にご協力できましたこと、とてもうれしく思っております。

弊社の元社員からのお手紙も、何通かあるようですね。

こちらにも御礼状が届いておりますので、随時転送させていただきます。

お身体のこと、なかなかままならぬ日々が続いていらっしゃることを拝察いたします。

気候もよくなってまいりました。快方に向かわれますこと、切にお祈りいたしております。

体調が落ち着かれましたら、お目にかかれますこと、日々楽しみにしております。

取り急ぎのご連絡にて恐縮ですが、引き続き何卒よろしくお願いいたします。    平凡社担当編集者

 

* 神戸の歌人、口に合ったのならと庭のつるし柿をまた送ってきて下さった。感謝。夕飯時に早速一つ頂いた。

2012 10・29 133

 

 

* 日展のチケット有難う。

お元気ですか体調は如何ですか。

偶然でしょうか、今朝、思い立って単行本の一部の整理をしていて、改めて活字の多い作品ばかりやなぁと感じ入り、取り敢えず昔の一冊を丁寧に読み返そうと手元に置いたばかりでした。

我が家の主人 この度、介護一の認定を受けました。ショートスティを使って、本人の現状維持の為にも、私の時間の余裕にもと期待を掛けています。

アチコチの老化は否めないけれど、ほぼ連日意識して歩き、程ほどの元気を保っています。

お大事にお過ごし下さい。  花小金井  泉

2012 10・29 133

 

 

* 朝一番に安田鏡子さんより晴れやかに美しい豊かな盛り花と心優しい手紙とを頂戴した。むかし、NHKの出版協会でわたしの『梁塵秘抄』を手がけていい本に仕上げてくれたフリーの編集者。懐かしい。

 

☆ 前略 ごめん下さいませ

永い間のごぶさたをお許し下さいませ。

先生のご様子は湖の本の「私語の刻」を通じて一端は拝察させて頂いておりました。

その中での今年に入ってからのご闘病生活 何とお声をかけさせて頂いてよいのか逡巡しておりました次第です。

先生のご自分の病への真摯な取り組み方は頭が下がる思いで一杯です。

そのような折、この度は平凡社ライブラリーの一冊を賜わり、来し方の四半世紀を懐しく想い起こしております。

先生も年末には、喜壽をお迎えになられる由、また『京のわる口』ライブラリー版発刊のお祝いと 心ばかりですが、ご闘病の日々のお慰みの一助になればと思いお花をお送りさせて頂きます。少しずつ快方に向かわれますこと心より祈念致しております。

奥様も決してお丈夫でなかったように記憶しております。この度のことにきっとお心を傷めていらっしゃることと存じます。くれぐれもお身体お労い下さいますようお伝え下さいませ。 草々 平成二十四年十月二十七日  安田鏡子 読者

2012 10・30 133

 

 

* 竹西寛子さん 松本幸四郎丈  文化功労者に。先日の上村淳之の宴で久闊を叙し、近々に本のお礼を書き送って頂いた画家松尾敏男さんは文化勲章に。

 

* 色川大吉さんより随筆集『追憶のひとびと』戴く。「同時代を生きた友とわたし」と副題されている。

2012 10・30 133

 

 

☆ 『京のわる口』有難うございました。

秦先生  この度は「京のわる口」をお送り頂きありがとうございました。

先週末、東京の自宅に帰った際に郵便物が届いていてびっくり致しました。

ちょうどこの週末にでも奈良の本屋に買いに行こうと思っていたところです(東京に帰る時はやることが沢山あるので・・・)。

この4月から奈良に暮らし、奈良の人たちと会話をしてきたので、色々な会話の中で「??」ということは結構あったはずですが、今振り返って見てもどんな言葉に「??」と感じたのかよく思い出せません。恥ずかしい限りです。

今、奈良は正倉院展の開催中で一年の内でも一番観光客が多い期間です(と聞いています)。ただ、正倉院の中身より先に、先日、正倉院の建物そのものは見る機会を頂きました。

1300年の時を経て常にそこにあり続ける建物の存在感だけでなく、柱などの部材一つ一つの存在感にさえ圧倒されます。

一方で継手や仕口の精緻さと逆にそこに感じる大らかさがあり、だからこそ、長年にわたり木と木を繋ぐことができているのではとの感覚がします。

奈良の建物には京都のような繊細さは余り感じませんが、豪快さや大胆さを感じることができる、正倉院はその最たるものの様な気がします。

東京と奈良を行ったり来たりで、家族には迷惑をかけていますが、少しでも奈良を感じて勉強できればと思っています。

これからは奈良の言葉も意識してみようと思います。

ありがとうございました。   東工大卒・建築  栗  国交省

 

* 「栗」ちゃんの篤実なメールの文章に、今回、感じ入った。文章と内容との配合が、じつにしっくりしている。管理職として本省から出向し、持ち前の「栗の実」のうまさ確かさで働きながら、正倉院や奈良に真向かっているのが嬉しい。勉強の仕甲斐のある奈良での暮らしを慌てず騒がず働いている精神の健康さ。些事にも几帳面な好漢。大事にお過ごしあれ。

 

☆ 秋深み、独り言に

老いぬればなどかく悲し

人間に非ざるものにならんとすらん  大阪 美

 

* 老いは老い どう おい懸けても老いは老い

悲しくば泣け 来世を待つな      遠

 

☆ 拝啓 秋冷の候

先日は叔母の葬儀で久し振りにお会いでき慶んでいます。

この度は喜壽を迎えられる由 新刊『京のわる口』をご恵贈賜りありがとうございました。大病で入退院をくり返される中 ご著書を次々発刊される凄さに、敬服するばかりです。

どうぞご体調管理にご留意されますことを願っています。先ずはお礼まで。 敬具  竹原市 所  妻の従弟

 

☆ ご本を

お送りいただきながら、御礼が大変遅くなりまして 申し訳けございません。実は私、不運にも バス事故で、左手首と左足を骨折してしまい、御本が届いた日は、病院におりました。

母を診て下さっている福祉協会の方が、我が家のポストから御本をとり、私の所に届けてくれました。

10/19 に手首の中に金属を入れる手術をし、一週間後に退院しました。

今では松葉杖で歩けるようにもなり、ホッとしております。

入院中は先生の御本を読むことだけを支えに、つぶれそうになる心を何とか保ってやり過ごすことができました。

(それより先、東京から京都へ帰り手術した=)胸の傷の治療もほぼ終了し、2週間後に来ればいいよ、と医師から言われ、塗り薬をもらって、バスに乗って、京大正門前にある某所にかかっていたドキュメンタリ映画を観て帰ろうとバス停降りた時、そこにバス停からはずれた巾10センチほどの縁石の上で、私はかかとをその上にひっかけ転倒してしまいました。(中略)ただただショックで、母共々、あさぎ込んでおります。

こんな時にいただいた「京のわる口」は、まるで希望の光のように私を励ましてくださいました。

もちろん先生や奥様にそんなお積もりはなかった訳けで、(笑)

読ませていただいた『京のわる口』、あ、秦先生の文体だ、と感じた時はとってもうれしかったです。 (中略)

先生は反原発のデモに参加されるほどお元気になられたご様子で、心から喜んでおります。

では、いつか又 お会いできますことを心から願い、失礼致します。本当にありがとうございました。

奥様のおやさしい文にはいつも涙します。ありがとうございます。 10/29 乱筆乱文にて  京都 田

 

* 日録に「胃癌に」と胃全摘手術の余儀ないことを書いたとき、ある晩、我が家を探し探し玄関まで訪ねてみえた唯一の人で、病室用の上等のパジャマを下さった。我が家が上も下も無い散らかりようで、玄関立ちのまま泣き出してのお見舞いの言葉を受け、まこと心ならずもお帰り願ったが、この人自身がすでに大病にかかっていて、ほどなく故郷京都へ病身の母上と二人で帰り、大きな手術を受けたあとでの、このバス災難であった。バス会社も京都市交通課もけんもほろろに自己責任ということで突っぱねたという。嗚呼。

何にしても退院していると知り、わずかに、夫婦して安堵の息をついた。

わたしの妻は、いましも定例の病院診察を受けに出かけています。

2012 10・30 133

 

 

* 上野千鶴子さんから『みんな「おひとりさま」』と題した本を貰った。

 

☆ 秦恒平様

「京のわる口」拝受。パタリと開いた頁に、「ほっちっち 構(かも)てなや…」の童唄が。その昔祇園祭で聞いていらい忘れがたい、子供にしてはこましゃくれた都らしい唄です。京都にご縁が深くなり、改めて京のQOL の高さを実感しています。

新刊一冊お納め下さい。 10/21   東大名誉教授 上野千鶴子

 

* もう東京で作家生活に入っていた頃か、京都の平安女学院であったか上野千鶴子という若い女先生が「えらい勢いで暴れたはる」という噂を聞いた。京都のような街で「暴れたはる女学者」は頼もしいと思っていた。

上野さんが東大へ出てきてからの新刊を、十冊できかないほど貰って、けっこう熱心に読んできた。

 

☆ 拝復

ひと雨ごとに秋の深まりを感じます、それにしても暑い夏でした。

年初來ご入院、ご加療とうかがい案じつつも、矢継ぎばやの湖の本ご刊行、充実して日々お過ごしのたご様子に安堵しておりました。9月ご刊行のセンスdeポエム、東工大での試みと併せて、短詩型文藝ならではの鑑賞、それが創作にあい匹敵する作業と感嘆しつつ、どうして解に当らないのかと嘆じつつ楽しませていただきました。雑誌はともかく千人にも及ぶ学生を魅惑したこと、よく理解できます。 俳諧、動く、動かぬの論もありますが、誠に作者その心を知らざりけりの境も実感できました。

この度は『京のわる口』ご恵与たまわりありがとうございました。湖の本で未読、軽妙な行文に直かにお話うかがっているような気分になったこと思い出します。

教理が秋田県で、うどん少々お届けします。 お口にあえば幸い。

くれぐれもお揃いでお大事に。

清水湧くふるさとあるを誇りけり      草々

10月28日      信   神戸大学名誉教授  読者

 

* 平家物語の研究者で。これまでもいろいろご教示頂いた。神戸あたりでは手作りもされる「釘煮」なども頂戴している。有難いことです。

 

☆ 急に寒さがやってきました

その後 お元気でおすごしでしうか。

先頃は喜壽御祝いのエッセイ『京のわる口』をお贈り下さってありがとうございました。

「位取り」という言葉、「湖の本」で知って以来、頭に残り、友人たちをじっと観察したりしたものです。

どうぞくれぐれもお大切になさって、また、よいお仕事をなさって下さいませ。

お礼がおくれましてまことにすみませんでした。

寒さが加わります。くれぐれもお大切に。

先ずは御礼まで  草々   大府市 江戸文学研究者  玲  読者

2012 10・31 133

 

 

☆ 謹啓 秋冷の候、

秦恒平先生におかれましては、ますます御清祥のこととお喜び申し上げます。

過日は、ご著書『京のわる口』を御恵贈いただき、誠にありがとうございます。京都ご出身で、京都を知悉され、京都をこよなく愛される秦先生のお心が伝わって参ります。

時節柄、くれぐれもご自愛いただき、秦先生のますますの御活躍と御健勝をお祈り申し上げます。 敬具

平成二十四年十月二十二日   京都市長  門川大作

 

☆ ご清祥の御事と

お慶び申し上げます。

この度は『京のわる口』を御恵贈賜わり、心より御礼申し上げます。

愉しみに拝読させていただきます。

益々の御自愛、ご健筆をお祈り申し上げます。

先はとりあえず御礼まで。  瀬戸内寂聴

 

☆ 御賀のこと

お祝い申し上げます。

いよいよ御健筆にて 御活躍下さいませ

京のわる口 身内ならではの御文章です。わたくしなどは書けませず 書いたら京の方に叱られましょう。

冬は老の大敵 くれぐれも御大切に。

御本の御礼まで   杉並区  作家

 

☆ ご送付のお礼

秦先生  2 枚つづりのカレンダーも今年最後の1枚となり、急にひんやりしてきました。

夏日から一転、あいだの季節がないような移り変わりです。

お体いかがでいらっしゃいますか。

ご病気のあとも、少し落ち着かれるともういつもと変わらぬ日常を紡いでいらっしゃるお気持ちのありよう、いつも驚嘆しています。

先日はご本ありがとうございました。

新聞で広告を見て、本屋さんに行ってみようと思っていた矢先、郵便受けに届きました。申し訳ありません。

当方、老老介護がますます加速し、制度や仕組みの不備や矛盾が直接身に降りかかっています。

まあその中でなんとか日々を流したり泳いだりしています。

どうぞくれぐれもお大切に。  杉並区  米  読者

2012 11・2 134

 

 

☆ ご本をお送り下さり

ありがとうございました。その上御礼が遅くなり申し訳ありません。

主人が珍しくめくってみて面白いと言って読んでいます。

東京に居る姪( 兄の子) が京都弁のまま毎日ブログを書き込んでいるので 主人が読めば送ってやろうと思います。彼女はミュジシャンです。

以前から同じ本を私は手元に持っていますので。

3 日と空けずに私語の刻を見て一喜一憂しています。

どうぞご無理なさらないようにお過ごし下さい。

遅ればせながら御礼まで   京都同窓  貞  読者

2012 11・3 134

 

 

* 林君の、電話でのコントロールで機械を改善しようという「直接遠隔操作」は、わたしの理解力がなく、結局なにも出来ないままわたしがバテてしまった。難しいことだ。林君には一時間の余も電話させてしまい、申し訳なかった。

2012 11・4 134

 

 

☆ 秦 恒平様 2012年10月31日

秋も一段と深まった感じのするこの頃ですが、お変わりなくお過ごしのことと存じます。お目を患いながらの平凡社ライブラリーへのまとめ、御苦労が多々あったことと存じます。

京都のご出身だけに、数多くのご著書で故郷について書かれていますが、このたびご恵与していただいた『京のわる口』は、京ことばの深淵な意味、それに対する奏さんの心からの愛情のほどがうかがえるすばらしいエッセーと思います。

それとことばの持つひびき、そこからつむぎ出される意味の広がり、京ことばへの「わる口」のポーズをとりながらも、心から自らをさらけ出し、表現できることばとの愛情ある思いまで伝わってくるようです。

日ごろお送りいただく「湖の本」とともに、<秦文学の世界>を、ことばによって、またその口から出る息吹によって構築しているようでもあります。「湖の本」も読みごたえがあり、いつも感動していますうちに<とき>がたち、御礼をさしあげるのも間延びがするありさまで、申し訳なく思っております。

私のほう、大阪大学から国文学研究資料館長を経て、現在では阪急文化財団逸翁美術館館長を務めております。そこでも何か新しいものを作り出そうと、まずは「阪急文化」という雑誌を昨年創刊し、お送りするのは3 号目です。今回は、源氏物語の展示をいたしますのにあわせ、雑誌はその特集をしてみました。ご笑覧いただければと思います。

ますますご健勝を祈るとともに、執筆活動により、私どもにさまざまな教えをいただければと心から願っております。

ありがとうございます。      伊井 春樹    阪急文化財団逸翁美術館館長

 

☆ 鴉に

メールありがとうございます。優しいお心遣いを十分に感じとりました。ありがとう。

「半ば盲目のように暮らしながらめげずに」という力強い一節にこちらが励まされます。

先日「あなたは、これからの方が、もっと強くなりますよ。」と書かれていた「映画女優 知」は、大学時代からの友人かと察しますが如何でしょうか。彼女の名前を記憶したのはわたしがまだ小学生の頃だったと思います。中原淳一の大きな瞳の女の人が表紙になっていた雑誌『それいゆ』を姉が読んでいて、それに彼女が紹介されていたのです。

さまざまなお見舞いの言葉の中で彼女の言葉が深く迫ってきました。苦しいこと、厳しいこと山ほどを潜り抜け、めげたとしてもめげず、屈しても屈せず執念く強くなりますよう、願っています。あなたは、これからの方が、もっと強くなりますよ、と。

『指輪物語』を楽しまれたこと、よかったです。わたしはまず先に映画を観ています。これはハリーポッターについても同じ経緯で、CGを駆使して、以前だったら映像化不可能と思われたものが映画化され楽しめるのは嬉しい。映画館の大きなスクリーンと身体まで響いてくる音響の中で味わうのが好きです。『ナルニア国物語』も好きですが、これは本を先に読み、その印象が強かったこともあり、映画のミスキャストが気になってあまり評価できませんでした。

「個展」どころか・・・目下、山越え阿弥陀図の部分模写に近いことをしています。初めて絹に描く「練習」をしているのすが、細かすぎる線を骨描きできるかどうか。

絵に関して書きますと、昨日の「私語」の記載には、「写真」は「いずれ絵画にとって代わるだろう」とありました。既にかなり多くを写真がとって代わりつつあるのではないでしょうか。「ひところまでは一世を風靡した画家が同時代にいたもの。今はかなり心許ない、その原因の大きな一つに、画家が写真機を利用して撮影した写真から繪を描いているからだ、繪が弱く弱くなって行く。『写真画家』を絶対に容認してはならない。絵画と写真とは絶対にちがう。写真を繪にしている画家は、画家では無い。」と。

実に厳しく恐い。

指摘されている写真画家、これはもうほとんどの画家に当てはまる事柄ではないでしょうか。省みるまでもなくアマチュアのわたしもそれを否定できません。指摘されたことの深刻さを、描く人は改めて刻み込まなければいけないでしょう。絵と写真は違うものと。

自分でデッサン、スケッチをして、さて次の段階で大きな画面に本図にする時、プロジェクターを使用する人もあると聞きます。確かにその方が速い。わたしも使ってみたいと思うのです・・。

物の形を生動的躍動的に写し取るのは、たとい完成度は低い場合があるとしても、その場で物に対峙して描いたデッサンやスケッチです。日本画の下図と本画が並列して展示されている機会がありますが、下図の方がいいと感じることも多々あり、考えさせられてきました。

詩について書かれていたことも耳に痛く、目に痛い事柄でした。しかも無視しがたい重要なことでした。

「フローベールによれば『散文』は『韻文』よりも作るのが簡単」と。」けれど見回してみるまでもなく、韻文( 詩、短歌、俳句) は散文より「お手軽」に作られていることもあります。フランス人であるフローベルが「詩」は「まったく無用のもの」「その流行は廃れた」と言い切っているとしたら、詩( 短歌ではない) 、「韻」のとらえがたい日本の「現代詩」では一層の「無用」感に陥るしかありません。「詩作の多くは独り合点の独りよがりに近いと評され・・『日本人の詩作』には、確乎たる方法論が見当たらない、おのがじし好き勝手をしていて、文学的効果は低調なのである。」といわれる状況を、どう受け止めていくのか。わたし自身、極めて個人的なレベルですが、あまりに分からないことだらけで、立ちすくみ立ち止まっている状況です。

わたしは自分のために泣くことはまずありません。悲しくても悔しくても泣きません。泣けたら、あるいは人に話したら「楽になる」と言われますが、泣いたら話したら本当に楽になるでしょうか? 「つらければ泣け、来生を待つな」 これだけは、そのまま真に受け止めます。ありがとう、本当にありがとう。

急に寒くなりました。炬燵でもストーブでも何でもよろし、温まって甘やかして、絶対に風邪などひきませんように。  尾張の鳶

* この「十一月日録私語」のいわば表紙になっている、光琳が描いた「寒山図」 上村松篁が描いた「金魚図」 またとりわけて十月の小林古径が描いた「林檎図」や、奥の奥に残してある村上華岳が描いた「太子樹下禅那図」の、どの一点として、決して写真やプロジェクターなど用いない、一貫して自身の画筆で描き挙げている、だからこそ、と敢えて言う「名画」なのである。

 

☆ お礼、大変遅くなりました。

まずは「京のわる口」の上梓おめでとうございます!当節の書店は、雑誌、参考書、ハウツー本に文庫本しか置いていないですね。文庫本はやはり手に取りやすいですから、新しい読者を開拓できるかも、と期待してしまいます。

以前、劇団協議会勤務時代、直接の上司は京西陣の織屋さんの息子さんだったため、京都の方の言葉には随分驚きました!

普段はとても思いやりもあって優しいかたなのに、こちらがすっかり忘れたころ、何気なくキツ―イひとこと。

びっくりして「鳩が豆鉄砲くらったような」顔を何度したことか…。

本当に地域性および地域言葉は歴史と連動しているものなのですね。

秋もすっかり深まりました。どうぞお変わりなくお過ごしくださいませ。  田無  岸

 

* 神戸の信太周先生から、故郷青森へご注文戴いたわたしの好きな稲庭うどんが沢山送られてきた。有難いこと。嬉しいこと。

もう久しくe-OLD の親友としておつきあいしてきた読者玉井研一さんが癌で急逝されたのは悲しいこと、無念なことであった。向島の百花園へ勝田貞夫さんも一緒に出かけ、帰りの方角の同じ玉井さんと上野の街なかで天ぷらをたっぷり食べて歓談に終始した日が、恋しいほど懐かしい。嗚呼。

奥さんから、これもまた沢山なわたしの大好物の椎茸を頂戴した。嗚呼。

2012 11・5 134

 

 

☆ 秦先生

気づけば一時間以上も、電話でパソコンの前に縛り付けてしまい、申し訳ありませんでした。

成果も、先生がうすうす感じていた、新しい一太郎導入でパソコン全体が遅くなったことに同意する程度で、面目ありません。(TeamViewerが問題なく動作していたのが、ADSLが良好な何よりの証拠でした。)現状のNEC パソコンの速さを受け入れていただくしかありません。

根をつめて仕事しないようにと、パソコンが言っているのですね。

なお、ソフトウェア(一太郎)は、理由がない限り、新しいものは入れない方が無難です。(「便利」が理由の場合は、特に避けるべきです。セキュリティだけが理由の場合は、導入すべきですが。) 新しいソフトは、新しいパソコン向けに作ってあり、ソフトが発売される3 年以上前のパソコンでは、使いづらくなることが多いです。  卒業生  丈

 

* 自前の電話を一時間もかけて、懇切に始動してくれる君には、ただただ感激して感謝あるのみです。有難う、有難う。

2012 11・5 134

 

 

☆ 秦恒平様

『京のわる口』ありがとうございました。

最初 読ませていただいたおりはよくわからなかったのですが、2度目は少しわかるようになりました。 3度目でようやくわかるようになりました。

どうぞお大事になさっていただけますように。   大学教授 京都 羽  読者

 

* この心親しい人から、京ならではの名菓が贈られてきた。有り難う存じます。

2012 11・6 134

 

 

☆ 前略

重ね重ねの野暮、何卒 田舎者に免じてご海容下さい。

御奥様からのおはがきによれば、手製干柿、再び おめしあ上り下さった由、何よりの幸いでございました。うれしいです。

以前にも(失礼ながら『湖の本』の振替用紙通信欄で)申し上げた記憶がございますが、「秦恒平の前に秦恒平無し(とは、あえて言わずとも)秦恒平のあとに秦恒平無し」です。昨今、その感、実に一層深く、そのことは、ご当人の先生ご自身が最も深く、強く感じておられることでしょう。

何卒ご快癒の祝をと、心から念じております。

取り急ぎ一筆のみ、失礼申し上げました。  不尽

末筆乍ら、ご令室様によろしくご鳳声下さいますよう。

十一月三日     神戸 大學名誉教授 歌人  昌  読者

たはぶれまでに

よろこびが松としきかば めぐりこむ喜壽の齢ぞめでたかりける  東彦

 

* かへし

松ヶ枝に喜となく鳥のことぶきに齢なかばと知るが嬉しも  遠

2012 11・7 134

 

 

* 金沢の讀者の金田小夜子さんより、万歳楽酒造の逸品清酒「白山」と「梅酒」とを頂戴した。忝し、ありがとう存じます。

早速夕飯時に「梅酒」を戴き、おかげで口中があらたまり、秋刀魚が食べられた。蜆汁も飲めた。食べ物がもともと苦いわけは無い、ひたすらわたしの口中がわるく荒れ、灰を含んだような砂を噛んだような薬物で汚染されたような不快感を培養してしまっているのだ、お酒はいくらかその不快を殺いでくれる。次第次第にアルコールへとわたしは惹き戻されている。過ぎぬようにはせねば。

2012 11・9 134

 

 

* 打って変わって寂しく、国民学校から高校までの同窓、ときに俳句の便りもくれていた今村豊君の訃報が子息より、また読者でもあり高校の茶道部で手ほどきした人の姉上、やはり「湖の本」を応援して下さっていた方の訃報も。合掌。

2012 11・10 134

 

 

☆ 秦恒平先生

漸う落ちついた秋の深まりを感じるようになりました。 この暫く あまりの気候の荒々しさにもてあそばれるように過して、 ましてや御いたつきの御身をどうお過ごしでいらっしゃることかとお案じは申上げながら 湖の本113を頂き、その御礼も申し上げませんうちに 「京のわる口」の平凡社版、御恵贈下さいましたものを拝受いたしました。 有難う存じます。

喜壽を御祝い遊ばします由、まことにおめでとうございます と、平凡に申上げるのが 何やらもの足りず、毎日ページを繰り直して、時には ほんまやなあ、と感心し、時には、もっと云うてほし、と思ったりして、今日に到りました。 大変な御闘病の中を、それでもこうしてなお およろこびの辞を申上げられますことが うれしゅうございます。 よい日をお迎え、お過しになります様 お慶び申上げております。

私、少し先をあるいて今年八十一歳で年末を迎えます 何とか日を送っておりますが し残した仕事をどうぞしてと思いつつ 自分自身のしんきくささにじれたりして、一日一日が過ぎてゆきます 足が不自由になり 心臓も母ゆずりに病んで病院通いの日常ながら、なお いこじに一人くらし、 今日になっても 東と京とは違うことを 毎日のように思いしらされております。 たとえばこの間も 「虹」のことを、度々話していましたのに もひとつ納得した顔をしていなかった東京生れの人が、「あゝ、ニ「ジ」でございましたの? 「ニ」ジっておっしゃるのが分りませんでしたの、」と言いました (古い国分尼寺趾の地名が にじ(尼寺)がおか と云われるうちに 虹ヶ丘になった という話です)  笑いながら このすかたん と思いました。

蛇足になりました。

くれぐれも御大切に、よき御日々をお過しをとお祈り申上げます  かしこ

十一月十日       和  エッセイスト

 

* 「すかたん」は見当外れに自説に固執して場をかきみだす相手に蔭でなげつける「批評語・わる口」で、男も云うが、とりわけ女性の口から吐き出されることが多いと感じている。次の、在米京育ちのお茶人の口からも時折聴き取って、にやりとしたことがある。京おんなはもの優しいが芯は堅い。

 

☆ 恒平様

そちらは早やさむくなってゐるようですね。

先日は湖の本113と続いて京のわる口 お贈り頂きましてありがとうございました。

私も「ミマン」の読者で最后迄拝見して居りました。何時も次頁に幸四郎夫人の美しい和服姿も楽しみにしてゐました。

京のわる口は半分程読んだ頃友達が持って帰りましたので私は初版を読み直して居ります。

楽しいですね。でも 中々通じない人ばかりでつまらないです、田舎の人が多いので。

こちらも少し寒くなり もう椿が咲き始めました。

細水指と秋の野のお薄器 使わせて頂いてます。表さんの友達がうらやましがってゐます。

見る程に美しいおなつめで 嬉しい嬉しい思をさせて頂いてます。 ありがとうございます。

どうぞお体お大切にお過し下さいませ。ありがとうございました。  ロス 千 茶人 読者

 

* 差し上げた茶の道具が実地に使われているのは、ことに嬉しい。ハズバンドさんの御健勝が切に願われます。

 

☆ 秦先生

めっきり寒くなりましたが お元気でしょうか。勿論 HPで日々の体調のご様子拝見していますので、大変なことは承知しておりますが それにも関わらず 根をつめて、お仕事なさっておられるようで、案じております。先生のお眼の方、本当に辛そうで 一日も早いご快癒を祈念しております。

喜壽の御祝いと出版の御祝いを兼ねて、萬歳楽のお酒をお送りしましたので、もう着く頃かと思います。梅酒もありますので奥様と共にお召し上がって下さい。お口の苦さがすこしでも軽減すれば幸いです。

同封のものは、福島へ行ってきた記録とその契機となった事業のご案内です。お暇の折にご一読下されば嬉しいです。

では くれぐれもご自愛下さいませ。ご案内まで。   金沢市  さよ 作家 読者

 

* お酒は嬉しくもう毎日戴いています。お酒の味が戻ってきてとても喜んでいます。しかも食味の苦さにお酒類は緩和の著効あり、もともとの好きが復帰してきています。

 

* 送って貰った「さらに反原発への声を」をはじめ、「現代女性文化研究所」のニュース版や「ざぶん庫」など、関心をもって見せて貰った。

2012 11・12 134

 

 

* お手紙はかように有難くたくさん頂戴するが、メールの方はこのところ、ずうっと殺到する不良メール「SPAM」のみ。今日も、数十の全部、即座に削除。そんなことでメルアドを変更したいと願うものの、ホームページなどでもややこしい「要変更」があると手に負えない、未だに手を拱いています。

そんなことを書いていたら、嬉しい便りがメールで。感謝。

 

☆ お花便り 紅葉の京都

遠様

暫くご無沙汰でした、すっかり紅葉の頃になりました。

HP では頑張ったはるけど、大変にご無理の様ですね、自転車がこわいです、良く此れまで来れたと喜んでいます。

私にも、色々なことで問題有りです。

(日吉ヶ丘高校)雲岫会 の事 お話したいけど 時代も変わった今、此方がくたびれて来ました。春 頑張って最後のお茶会をと努力しました。今年も 11. 12 月楽しく集います。

後はとくに考えが纏りません。暫くは今までどうりかな?

日吉ヶ丘に新しいお茶室が出来てからでも35年になります。私も後期高齢者になります。

今月は、炉開きで、椿はまだ硬くて、菊とさねかずらを、ひさごの花瓶に入れて見ました。

しばらく天候が悪いらしいので体調に気をつけてください。  華

 

 

* 長い長いあいだ母校の茶道部をまもってもらってきた。お疲れさん。

 

* システムが変更されたのか、せっかくの写真を、ホームページに入れるすべがまだ掴めない。これは情けなく、弱っています。

2012 11・12 134

 

 

* 京都宇治の美術商伊藤隆信さんから電話、お見舞いと、神宮道の割烹「波多野」に頼んで食味をいろいろ作らせて送りましたから、せいだい食べてみて下さいと。有難いこと。

電話の後にすぐ届いた。

 

☆ 秦様   ちりめん山椒 鰊旨煮 手前味噌 金時芋レモン煮 栗の渋皮煮 赤万願寺唐子しょうゆ漬 昆布巻煮 です。

お早目にお召し上り下さいますように おくれやす。

 

* お店「波多野」からの、贈り物へ口添えと想われる。どれもこれも美味しそう。感謝・感謝。美味しく食べられますように。

2012 11・13 134

 

 

* 血圧127-63(66) 血糖値77 体重66.2kg   朝、渋皮煮大栗一つ 薩摩芋旨煮三つ 珈琲フレンチトースト一枚 朝の服薬 大排便 映画の途中から国会党首(自民。国民の生活第一 公明のみ)の政治不在の討論を聴く 納得せず 仕事 夕食 鰊蕎麦 ポテトスティック スープ 渋皮煮大栗一つ 薩摩芋旨煮一つ 凄いほど排ガス大連発 入浴読書六冊 浴後体重65.4kg

2012 11・14 134

 

 

☆ ゆり根

hatak さん  札幌はそろそろ雪の気配がしてきました。お加減はいかがですか?

今年のゆり根は少し小振りのようですが、いくつかお送りしました。お口にあうと良いのですが。

今週来週は一年で一番忙しい週です。あちこちの会議と北大院の講義、出張、間を縫っての実験指導などなど。ご恵贈いただいた『京のわる口』を、ゆっくり読むのを楽しみにしているのですが、なかなか叶いません。

初雪が降るころには少し余裕ができるといいのですが。

では体重を落とさぬように、食がすすみますように、お祈りしております。 maokat

 

* 有難う、maokatさん。

子供の頃、めったにはないことだったが、茶碗蒸しに必ず入っていたゆり根を、どんなに感激し美味しく食べたろう。主なる鶏肉などより大好きだった。

 

* 一つ、小説もエッセイも書くmaokatさんに苦言を。

「初雪が降るころには少し余裕ができるといいのですが。」の一行には「が」の三つも、ま、韻を踏んではいるように読めます。それでも、最初の「初雪が降る」は、「初雪の降る」とお行儀よく。二つ目の「余裕が」も「余裕も」と柔らかに、そして行尻の「が」は、この頃のわたしは、一呼吸いれ、「いいのです、が」などと書きクセになっています。但し最後のこれは、あまりお奨めではありません、が。

2012 11・14 134

 

 

* 宇治の伊藤隆信さんから贈られてきた神宮道の割烹「波多野」手作りのいろいろは、みな口に合い、ことに渋皮煮の大栗、たぶん小布施の大栗かと想うが、とても美味しい。薩摩芋の旨煮も。鰊は蕎麦に添えている。商品ではない、「波多野」でわたしのためにいろいろ瓶詰めにしてくれたもの。有難し。

この店の向かいに馴染みの星野画廊がある。北向けば平安神宮朱の大鳥居がみえ、南へすぐの三条通りをこえるとそのまま坂道が青蓮院や知恩院へ誘う。

少年のころ、坂のあるこの界隈は自転車乗りの絶好域で、粟田坂でも三条大通りでも知恩院前でも下りの疾走を盛んに楽しんだ。しかし二度、トラックや車に接触して危なかった。軽傷で済んだ。

2012 11・15 134

 

 

☆ 拝啓

急に寒くなってきました。おからだの方はその後いかがでしょうか。お大事にして下さい。

『京のわる口』拝読しました。私は大阪生まれなので、読んでいて同じ関西弁でもこれだけのちがいがあるのかということがよくわかります。

引用の文章がニュアンスともども聞えてくるようでたのしいでした。自ら話すことができなくても 聞けば理解できる範囲のちがいだな、と 言葉というもののおもしろさを改めて知りました。   川西市  国文学者 名誉教授

2012 11・19 134

 

 

☆ 秋冷の候

その後おからだ如何でしょうか。『湖の本』113 やペンクラブ会報などで、今年はいくつもの手術入退院を繰り返し、御闘病の由存じておりますが、一日も早い御快復を心より念じ上げます。

また、喜壽の御祝いにと御著『京のわる口』を頂戴いたしまして有難うございました。私ごとながら、本日、小生は喜壽プラス壱歳となりました。

御両書の御礼を申上げようと思いながら、先日一杯まで、私事で手つかずになってしまいましたこと、お許し下さい。

唯一の、掛け値無しの褒め言葉が「はんなり」で、「花あり」の意、とある『京のわる口』は、関東銚子生れの身にとって、具体的な一語一語が説得力を持って迫って来、愉しみました。歴史の違いを、殊更、痛感しました。

「私語の刻」で、終始「悪政」を批判されていましたが、今回の「無責任解散」を意味あらしめる選挙にしたいのですが。

2012.11.18      元出版部長  高

2012 11・20 134

 

 

☆ みづうみ お元気ですか。

猫がストーブの前から動かない季節になりました。メールもご迷惑になってはと遠慮しておりました。

 

もしお手空きの機会がございましたら、湖の本『風の奏で』上下二冊、『光塵』、計三冊、頂戴したくよろしくお願い申し上げます。決して急ぎませんので、おついでの時にお願いいたします。

本日のメールも長いので、適当に読み流してください。お読みいただかなくてもかまいません。 (以下略)

 

* たしかに長い。不自由な眼で読むので、落ち着いている時に読ませて貰う。

2012 11・22 134

 

 

* 迂闊な判断ミスから十月十一月見当の受信メールを消去喪失した。ま、日記にも幾つかは掲示し保存できている。メールボックスに回帰させなくては。

2012 11・23 134

 

 

☆ 秦恒平様

色づいた木々の葉も散り始め木枯らしの中、冬支度の季節となりました。

お健やかにお過ごしの事と存じます。扨、私事このたび文化功労者顕彰を賜りましたところ早速にご懇意なるご祝意を戴き、喜びとともに暖かいご芳情に厚く御礼を申し上げる次第でございます。

俳優として人生を過ごしてまいりまして六十七年、その間永年に亘り頂戴いたしました御厚情、御支援を思いますと感激で胸一杯の思いでございます。

この慶事に際しあらためて、苦しみを勇気に悲しみを希望にそしてお客様お一人お一人に夢と感動をお与えする事が俳優としての自分の生涯の勤めと決意を新たに致しました。

重ねて御礼申し上げますと共に、益々の御健勝とご多幸をお祈り申し上げます。

 

ありがとうございました。

平成二十四年十一月吉日

松本幸四郎

 

☆ 秦恒平様

晩秋の候、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。

8 月未の事故以東、約3 ヶ月が経ちょした。ご迷惑とご心配をおかけ致し、心から反省の日々を送って参りました。とても長く感じる日々でしたが、その間にも温かいお励ましが支えとなって、リハビリと治療に専念することが出来ました。そして先日病院から「完治」という言葉をいただき、感謝の思いを込めてご報告させていただきます。

11月未より役者としての仕事再開を許され、まずは映像から復帰させていただき、來年2 月には、日生劇場にて歌舞伎公演に出演させていただくこととなりょした。

再び歩み始めることに感謝と喜びを感じ、懸命に藝道に精進して参ります。

この後ともにご指導、ご鞭撻の程よろしくお願い致します。

市川染五郎

 

* よかったなと思う。ますますの健勝と前進とを言祝ぎます。

2012 11・25 134

 

 

*   直樹氏の事務所から、明日十一時に事務所開きをするのでおいで下さいと。また二十九日十一時に新宿小田急前で「出陣式」をやる、とも。

いよいよ彼のその時が来る。東京都は東電の筆頭株主ではなかったか。  氏ははやくから発送電分離を唱えてきた。それ一つでも早く実現できれば、大きな前進につながる。期待している。

明日、冷やかし方々行ってみたくもある。

2012 11・26 134

 

 

* 都知事候補の事務所開きとはいかなるものぞと、一友人として夫婦で覗いてきた。挨拶やマスコミ取材はもう済んでいたが、  氏とも本当に久し振りに握手して、しばらく歓談できた。時間に遅れてかえって親しく話し合え、夫人にも引き合わせられた。

むろん元気で、意気軒昂と想いたく、健闘をと励ましてきた。それはそれ。

「反・脱原発」だけのかけ声では具体化への検討があまりに不足、廃炉ひとつにしても大変だもんねと彼は話してくれた。しかし「反・脱・卒原発」というのは「原点」であり、原点のところで「反・脱・卒原発」を言うのと、逆に「原発擁護推進、稼働拡大」を言うのとでは、  氏の言う今後の「具体化検討」や実践はまるまる異なってくる。

原点での態度表明が明確でないのは、今後の具体化がいったいどんな内容なのか、選挙民は判断できないではないか。「原点」での姿勢ははっきり明言して欲しいと、「NO NUKE」を願うわたしは好感  に願望したい。

彼は最も早くに電力の「発・送電分離」を企業に迫った人物。どうかそれだけでも早期に実現して欲しいと、涙目と洟水と眩しさとでよれよれ、よたよたのわたしは伝えてきた。結果はともあれ、健闘をと思う。

彼は根からの才能豊かな批評家である。優れた批評家は、ややこしい柵みや網目の奥の問題点に目が届き、それを大勢の視野へ迄運び出して「表現」してくれる。  直樹はそれの出来る批評家であるが、細部の犀利とともに眼目の大きな要点も正しく見抜いて欲しいのである。その点、彼は石原慎太郎を継承すると明言し、かつわたしたちにも自民党の安倍総裁、石破幹事長とも「親しい」と告げた。だが「友達の友達は、みな友達だ」とは受け入れない。自民党と彼らの名前を見聞きするとき、「原点」での「日本破算」をわたしたちは憂慮し嫌悪している。

氏には意外に優しい配慮に富んだところがある。と、同時に高みから見下ろして大衆の「愚」を嗤い責めることが、無くはない。しかしそういう愚かもしれない「私民」こそが実は「くにたみ」でもあり、われわれも含めてかれらへの思いやりに富んだ「はからい」こそが「政治の原点」であるのを、どうか、忘れないでいて欲しい。

2012 11・27 134

 

 

* 今日は、ほんとうは歩いてまわれる体調で無かった、が、久々に  直樹の顔が見られ、それなりに仲良く話せてきたのが愉快に嬉しかった。異なる見解は見解、ペンクラブでの永い永い理事会や言論表現委員会でのまじりけない協力や激論はわたしには今もある種の「財産」なのである。十あれば八つは仲良く歩調を揃え、しかし二つほどは双方会議室がわれそうな声で議論してきたのだ。しかもしこりは残さなかった。彼もわたしも、出す本出す本を送り合ってきた。彼の本は、さきにも言ったが、優れた批評を成して、しかも面白く読ませる。おっそろしく多彩な勉強家であり、それ以上に実行家。都の副知事としてはさぞ優秀であったろうと掛け値無しに感じ取っている。

2012 11・27 134

 

 

* 茅野で難しい病気でリハビリに懸命の松下圭介君から手紙に添えて北澤美術館の美しいカレンダー二種が「お見舞い」として贈られてきた。彼はまだまだ不自由な身柄で、美術館の「案内」や作品の「紹介や解説」をボランティアとして務めていますと言う、言葉を喪うほど感激し感心した。しっかりしなきゃと自身を鞭撻した。有難う。

 

* 北海道の知らない人、歌人、から『石川啄木』を探索し評論した一書も贈られてきた。

2012 11・28 134

 

 

* 昨日新宿へ出向く直前、ロスの池宮千代子さん(ちょこチャン)から、二人に、それぞれのセーターを頂戴していた。わたしはすぐさまそれを着て出かけた。着心地よく温かに軽くて嬉しかった。ありがとう存じます。

 

☆ 佳き月の十二月に、

おめでとうございます。

どうぞ呉々もお体

お大切に

御二方様

お気に召しますように。   千代子

2012 11・30 134

 

 

* 途方も無い、けっして見逃せない自民党の腹の悪さを明かす読者のメールが入った。要点を抄して書き置きたい。

 

☆ 自民党の「改憲案詳細」を知り、のけぞりました。

九条についてはわかっていましたが、内容はそれだけに止まりません。もしこの邪悪な憲法改悪が実現すれば、国民の息の根がとめられます。日本は民主主義国家ではなくなります。

今回の選挙が、「日本最後の普通選挙」になるかもしれない、日本はファシズムの国になると在外邦人が話題にしていました。

 

自民党の憲法改悪案は、「97条(基本的人権の保護)をフル削除」し、18条の「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」を削除しました。心底恐怖します。基本的人権を保証されなくなった国民は悲惨を極めるでしょう。国民は奴隷です。

 

「徴兵は憲法が禁止する奴隷的拘束にあたるかどうか」は長年の議論ですが、これを「削除」してしまうことで徴兵への最大のハードルを外したことになります。「拒否できない徴兵制」 これは日本を守るための闘いなのでしょうか。まずはアメリカの下請け軍隊としての派兵であり、日本の国益とは関係のない闘いに駆り出されるのです。そして、人員の不足が明らかな、収束は不可能とされている福島原発作業員として働かされ、被曝するのです。チェルノブイリのたった一基の原発事故で死んだ兵士の数はおそらく十万人を超えています。福島の事故そのものは、チェルノブイリの何倍もの規模でした。

さらに第21条については、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」との現行規定に、「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」という条文を追加しています。共産党はまたも「アカ」呼ばわりで非合法化されかねない。権力者が「公益及び公の秩序を害する」と一度判断したら、「表現の自由」は許されなくなってしまいます。脱原発運動や反政府的運動をおさえこみ弾圧する「極右ファシズム」に他なりません。民主主義との決別です。

「民衰える時は、国滅びる」というのは、白隠の言葉でしたか。

秦さんの「私語の刻」に訪れる人なら、当然「この改憲案の恐ろしさ」を理解していただけると信じています。

第二次大戦で途方もない血を流して勝ち得た憲法を守るために、戦死者の御霊のためにも、このような「どさくさまぎれの改憲」を実現させてはなりません。広く「自民党改憲案」の恐ろしさをお伝え下さい。日本のテレビ新聞報道はもう死んでいますから。

 

そもそも今回の選挙の最大の争点は、原発推進か、脱原発かです。消費税とTPPです。この自分たちの利権に都合の悪い争点隠しに「改憲、徴兵制」ましてや「核兵器の開発」を出してくる自民党・自民系列党の、ほとんど狂気。そしてその破滅の足音にともすれば無知無関心な国民の異様さ。

日本ペンクラブは何をしているのでしょうか。   一読者

 

* 近刊の湖の本にわたしは「崩壊の跫音」と副題している。もはや跫音でなく、「崩壊の開始」でもある。何としても食い止めなくては。

 

* 晩は、気の入っている小説へ打ち込んでいた。

2012 12・1 135

 

 

☆ 拝啓

今年も押し詰ってまいりました。しわ刷り総選挙で騒がしい昨今です。戦後の日本の歩みを否定するような勇ましい叫号も聞えてきます。歴史の転回を前にしたエアーポケットの中にいるような感がしないでもないです。

本年は「湖の本」や平凡社文庫など数多くの御著書をお贈り下さいまして有難うございました。別便にてささやかな品を御礼のしるしに送らせて頂きました。御健勝を祈り上げます。敬具    元岩波書店編集者

 

☆ いつも湖の本

ありがとうございます。造詣の深さに感心しています。(喪中挨拶に添えて)  大阪市 ペン会員

 

☆ 湖の本

お送りいただけましたとのこと、楽しみにしています。ご体調の万全ではない中で、ありがとうございました。

もう十二月に入ってしまいました。この一年を振り返ると、ひとり相撲の妄想と煩悶以外の何もしてこなかったような気がいたします。みづうみの二回の手術と三回のご入院はもちろん最大の心配でしたし、放射能汚染という目に見えない恐怖、将来の過酷な被害を調べて認めていく過程は、ほんとうにしんどいことでした。

福島はもうどうにもならない、東京の経済的クラッシュを防ぐために、徹底的に汚染と健康被害を隠蔽するのが国策である以上、すべてが露見した時には手遅れである以上、残された人生の目的は、子どもの未来を守るために死に物狂いになることしかないと、そんなふうに過ごした一年でした。

来年はもう少し自分の人生を、美しいものも追いかけたいけれど、既に日本の半分を失ってしまった嘆きと、残された半分も失いそうな悲しみは益々深まりそうです。

みづうみのように一瞬で他界にワープする能力は、孤独な幼少期を過ごした人に与えられる天からの贈り物かもしれません。

寒くなりました。

お風邪などお召しになりませんよう、お元気にお誕生日をお迎えください。 鴨  鴨の中の一つの鴨を見てゐたり  虚子

 

* 十一時を過ぎている。今日もしたい「仕事」をして過ごした。 2012 12・3 135

 

 

* 「花」さんとは久しいメルトモだったことは、多くの人が知っている。その人が、最後にとてもご機嫌な気持ちよいいつものままのメールをくれていて、もう五ヶ月ちかくフツと便りがない。湖の本の支払いなども至って律儀に本が届くとほとんど折り返し送金してくる人であった、それが二冊分届かない。メールを二、三度送ったが返事がない。

静岡まで出てクリニックの診療を受けているとは前にメールで聞いていた。こどもが欲しくて、不妊の診療を受けていた。採卵から着床、受精、そして妊娠まで、成功までが難しいと聞いている。不慮の事故で亡くなったのかもしれないとすら心配している。ご主人からも何の通信もない。

人の命のはかなさを、年ごとに痛いように身近に感じている。「花」さん、無事だといいがと祈っている。

2012 12・5 135

 

 

* 岡玲子さん(芹沢光治郎さんの娘さん)からとても珍しい林檎を頂戴した。有難う存じます。

 

* 妻の妹からも、初めてカードでの見舞いを、クッキーとともに、もらった。恐縮。

 

* 母ちがいの末の妹からは電話での見舞いがあったとか。

 

* 数日前に茅野の松下君からもらった手紙に、返事が書けてない。御免。

2012 12・5 135

 

 

*奈良の阿部陽子さんから吉野葛を頂戴した。葛は大好き。今日も築地で葛切りを買って帰ったところ。

和歌山すさみの妻の従弟の店から、たくさんの干物魚をもらった。梭子魚がとくに美味い。食べられますように。

2012 12・6 135

 

 

☆ お元気ですか、みづうみ。

勘三郎さんの訃報に、どんなに気落ちなさっていらっしゃるかしらと、とても悲しんでいます。

素晴らしい役者さんでした。そしてこれから益々花の咲く方でした。無念です。

 

 

* それにつけて、人の笑いそうな危惧を感じている。勘三郎の急逝は、何かの始まりにすぎない気がしてならない。被曝との因果関係を考えずにいられない。被曝はあらゆる健康被害にかかわるものだ。

歌舞伎役者という職業は、一般人に比べて格段に被曝量が多いと、心配とまでは言わないが、感じてはいたのである。髪の毛の先から靴の裏まで、あらゆる放射性物質をつけた人間の多く集まる劇場で、連日演じて踊って激しく「呼気」を使うことや、外食の多いことなど懸念材料はそろっている。しかも中村座の浅草で半年ちかい連続の大奮闘。病み上がりで体力の落ちていたところに、被曝の影響が致命的なことになったので無いことを祈りたいが、今の今の福島からはけっして遠隔地でない。東京。ついつい疑わしいと歎きたくなる。

妄想が過ぎると非難されるかも。科学的な立証などできることではない、只今は。しかし同じように考えている人間が一定数いることはたしかでなかろうか。将来、「統計」として正しい結果が明らかになった時には、すべては取返しがつかない。

NHKで死人が増えていて火葬場がとれないという特集があったそうだ。昨年から噂になっていたこ。この現象をみて何も感じない人間と、もう「始まっている」と感じる人間の差は、埋めがたいものがある。

東京の子どもにも「甲状腺の嚢胞」が、福島に近いレベルで発見されているという。深刻なのは、子どもの甲状腺を調べた東京在住の親は、被曝に神経質で、防御をいつも考えてきた親だということ。心配していなければ調べたりしないはず。つまり、警戒していない両親の子どもを調べれば、東京の実態はさらに恐ろしいことになっているかも知れぬ。

「原発をなくしたら経済がだめになる」というのは妄言である。経済が潰れる前に、子どもが、国民が死んでしまいかねない。

今回の選挙は「脱原発の道筋」をつけ、日本人が生き延びるか、それとも愚かな為政者と共に日本が滅びるかの「究極の選択」だと思っている人は想像以上に多いのではないか。「原発推進」の党を日本の政治の真ん中に置いたのでは、未来日本を支えねばならない子どもたちの命よりも、目先のお金という選択を、日本人が選んだということになる。その選択を正しいと思わない人間と、まあ大丈夫だろうと根拠なく信じる人間の差は、天文学的だす。

最近は、自分の身体にいつ何が起きてもふしぎではない日本であり東京なのだ、と、痛いように感じている。汚染瓦礫を燃やし、東京湾に埋め続ければ、東京は、いずれ福島なみに人の住めない場所になるかも。瓦礫を燃やさないと約束する都知事候補と、そうでない候補の、どちらを選ぶのか。

わたしは個々の原発の、たとえ安全基準を表面守っていても、放射能はきわめて微量、極く微量ずつ漏れている感じている。それは、これまでにも書いてきた。原発の存在する地域だけのことではない、もしもわたしの感じ方にすこしでも理があるなら、日本列島のぜんぶが少しずつ少しずつ汚染されているのだ。不妊症の目に見えて増加しているなど、被曝の日常的浸透と、はたして無縁と謂えるのだろうか。

2012 12・6 135

 

 

☆ 秦先生

しばらく失礼しております.ご苦労多いことと拝察いたしますが,気持ちのご健勝とのこと,嬉しく思います.

今年は春から自分の研究室を立ち上げまして,仲間と 3人の小所帯ですが,これまでより自由に元気に仕事させていただいております.

秋から,十年の期限つきで京大の研究者も兼任することとなり,以前よりも国内外の移動が多くなりました.営業マンのようでもあり,自分の本来の研究とのバランスが難しいです.ご連絡が滞りましたことをご容赦いただけますと幸いです.

先日,ようやく「超漢字」をインストールすることができました.最近のパソコンと相性が悪く,苦労いたしましたが,一昔前のパソコンの,さらに仮想空間上で,動かすことができました.異字体をはじめとする漢字の多様性に強く,先生のような小説をお書きになる場合には,確かに便利だと思います.国語と向き合うこととなります.また,実身化身をはじめとする基本ソフトの設計思想も大変面白いと思いました.Windows や MacOSよりも便利な部分があります.現在は,ネットワークと接続できておらず,まだ使いきれていませんが,今後いろいろ遊んでみて,ご報告できればと思います.

お礼をきちんと申し上げるのが遅くなりまして,これまた申し訳ありませんが,(秦建日子作)『SOKKI!』も,大変楽しませていただきました.妻は速記で食べておりまして,僕の大学院の学費も,家を建てる頭金も,そこから出ていますので,当初「速記は世間の役に立たない」という言い方に違和感がありました.しかしながら,学生時代の爽快な空気感を思い出させてくれました.

勢いで,『殺してもいい命』『推理小説』なども拝読させていただきました.

また,外科医をしてます兄は『サマーレスキュー天空の診療所』がお気に入りだそうで,リアルな作品だと申しておりました.僕も鼻高々でした.

選挙もあり,いろいろお忙しいことと思いますが,ご自愛のほどお祈りいたします.  鷲  東工大卒業生

 

* この人と教授室ではじめて対話したことを、今も、よく覚えている。もうそろそろ二昔も前になるか。よい仕事が研究成果と帯同して成りますように。

2012 12・7 135

 

 

☆  お元気ですか、みづうみ。

夕方の津波警報の出た地震は、大丈夫でいらっしゃいましたか。こちらの地区ではそれほど強い揺れではありませんでしたが、長く揺れたので福島がとても心配でした。幸い福島近辺の震源ではありませんでしたが、地震直後の確認には少なくとも二時間はかかるそうです。案の定、後から福島に少しトラブルがあったことがわかりました。

昨日の病院の結果拝見しました。みづうみは腫瘍マーカーの数値に動揺なさることはないと思いますが、気分はよろしくないですね。ですが、勘三郎さんのような若い世代とちがい、高齢者の場合は、癌は糖尿病のような慢性的疾患と聞いています。急に悪化するものではないので、気長におつきあいするおつもりで、ご療養くださいますように。

眼科の件について、以前にも書きましたが、ドクターに信頼をお感じになれない場合は、思い切って主治医を変えていただけませんでしょうか。

みづうみの眼は命のように大切なものです。眼の具合が悪くならないことのほうが遥かに大切です。 朱

 

* 眼科のことでは、いちはやく「院と地元の、二人主治医制」を申請し、地元の、かつて知名度の高い病院の眼科責任者であった先生の診療に、気分も診察も信頼している。

抗癌剤は昨日から休薬をさらに一週間延長されている。

2012 12・8 135

 

 

* 恩師金田教授の奥様からも、自身療養中の京都の田村由美子さんからも、中学の同級生の横井千恵子さんからも、お見舞い頂いた。おそれいります。

2012 12・8 135

 

 

* 北海道の久しい読者の高島信一さんから、湖の本の「著者」に、「一度北海道の寒さを体験させてあげたかった」と便りを戴いた。高島さん現地「今朝六時のつめたさは零下13.3度」近くの「十勝池田」では零下19.8度と。

「ご多幸を心から念じ上げ」「久しいお礼までに」と。感謝。

 

* 弥栄中学一年生から同級だった内田豊子さんから母上の永眠を伝えてきた。よく存じ上げていた。小説にもそれとなく書いていた。手書きで、「お元気でいらっしゃいますか。くれぐれもお体お大切になさって下さい」とも。京都の友人たちにもたくさん心配を掛けてしまっている。

今朝にも、やはり中学高校と同級だった西村明夫君から和菓子満載の見舞いを貰った。感謝。

2012 12・10 135

 

 

* 「核のごみ」は、けっして、「いずれドーニデモ成るのだろう」などという漫々的な暢気な問題ではない、むしろ逃げ場のないドンツキまで押し込まれていながら、何の処分技術も処分場所も対策出来ていないのだ。なのに、選挙での「争点」「論点」に全く成っていない。危うきかな、危うきかな。原発が垂れ流す危険きわまりない放射線量という名の糞尿に、列島中の国民が「原発病」で死命を制されるだろう。なんという愚かさよ。

たまたま、優れた見解を述べている未知の作家の文章に、読者からの紹介で、触れ得た。こういう趣旨は広げねばならず、少し長いのが難ではあるが、読んで頂きたい。文中の「原告」「裁判」「陳述」等の表現の背後事情は知らない。

 

☆ 2012年12月7 日  原告 片山恭一

私は文筆を生業とする者で、主に小説を書いています。学生のころから、核兵器を含め核エネルギーという人間の技術にたいして、心情的な嫌悪と反発を感じてはきましたが、かといって積極的に反対してきたわけではありません。

原発の安全性についても、多くの日本の国民と同じように、福島の事故が起こるまでは、ほとんど無関心であったと言っていいのです。そのことを強く後悔しながら、いまあらためて核エネルギーについて考えようとしています。

福島の事故が起こってまず思ったことは、私たちは歴史上はじめて、未来の者たちから憎まれ、蔑まれる先祖になったのかもしれない、ということです。

私たちは子どものころから、先人たちを敬い、感謝することを教わってきました。そうした教えは、実感ともずれていなかったと思います。この暮しは、昔の人たちが連綿として培い、築き上げてきてくれたものの上に成り立っている。そう素直に信じることができたのです。

しかしいまや、状況はすっかり変わってしまったと言うほかありません。未来の者たちが私たちにたいして抱く思いは、敬いでも感謝でもなく、「なんということをしてくれたのだ」という、恨みとも憎しみとも蔑みともつかない、やり場のないものではないでしょうか。

原子力発電は、ウラン鉱の採掘からウラン燃料の濃縮、発電に至るまで、すべての過程で多くの放射性廃棄物を産出します。

高レベル放射性廃棄物の場合は、深度三百メートル以上の地層で数万年以上にわたって管理する必要があるとされています。これは「地層処分」と呼ばれ、現時点では唯一の最終処分法と考えられているものです。ノルウェーでは、一億八千万年間動いてないことが確認されている花崗岩の岩盤に、深さ五百メートルの地下施設を作って、最終処分場にしようという計画が進んでいるそうです。しかし地殻変動の活発な日本では、このような地下処分は不可能でしょう。そこで今後、五十年から数百年にわたって暫定的に保存し、そのあいだに最終処分法を考えようという案が浮上しています。

「最終処分」と言うのだそうです。放射性廃棄物の最終処分……どこかナチスのユダヤ人絶滅政策を連想させないでしょうか。「最終処分」というプロセスを伴っていることが、すでに決定的に間違っているのではないか。そう考えてみるべきではないでしょうか。地中から取り出したウラン鉱石をエネルギーに利用し、その廃棄物を最終処分する。それが地球を、あるいは世界そのものを最終処分することにならなければいいと思います。

いったい誰が、どのような権利があって、こんなことをはじめたのでしょう。五十年から数百年にわたって暫定的に保存すると言っても、数百年先のことなど誰にもわかりません。日本という国はなくなっているかもしれないし、人類だってどうなっているかわからない。ほとんど人間が生存するかぎり管理しつづけなければならないものを、私たちは現在の自分たちの生活のためだけに作りつづけています。たった半世紀ほどのあいだに繁栄を謳歌した、地球上のごく一部の人間が、この先数万年に及ぶ人間の未来を収奪しつつあると言っていいのではないでしょうか。

いくらノーベル賞級の知性を結集したと言っても、私たちのやったこと、やりつづけていること、将来もやりつづけようとしていることは間違いなく浅知恵です。人間は技術的に高度化すればするほど、深刻な浅はかさにとらわれていく。一流の頭脳をもった人たちが一生懸命にやっていることを集積すると、ほとんど人間性を根底から否定してしまうほどの、巨大な愚かしさが立ち現れてしまう。そういう恐ろしさ、忌まわしさが人間の技術にはある気がします。

数十年先、数百年先には、核にたいするテクノロジーは格段に進歩しているかもしれない。原子力発電所は安全に運転されるようになっているだろうし、核燃料サイクルは確立されているだろう。「死の灰」を無毒化する方法も見つかっているかもしれない……そのように考えることが、まさに浅知恵なのです。

本当の「知恵」とは、未来の者たちにより多くの選択肢をもたらすことではないでしょうか。核エネルギーの研究や開発をつづけるかどうかは、あくまで未来の人たちが判断することです。これまでに生み出された放射性廃棄物を処理するためだけにも、彼らは否応なしに、核エネルギーの問題に取り組みつづけなければならない。このことをとっても、すでに私たちは、既定の未来を彼らに押しつけているのです。将来に不確かな期待をもつことは、さらに彼らの未来を収奪しつづけることになるでしょう。

数万年以上にわたり貯蔵・保管しなければならない物質を生み出すような技術を、過去に人間はもったことがありません。この厄介な物質をどうするかということは、私たちがはじめて考えなければならないことです。ここに原子力発電という技術に伴う、大きな倫理的空白が生じているのです。この空白に付け入ってはならないと思います。それはかならず大切な人間性を損ない、私たちをいかがわしい生き物にしてしまいます。

最後に、私がたずさわっている文学の話をさせてもらいたいと思います。文学とは本来、人間の可能性を探るものです。人間はどのようなものでありうるか。小説とは、それをフィクションという設定のなかで問うものだと、私は考えています。

核エネルギーとともにあることで、私たちは人間の可能性を探ることができなくなってしまいます。なぜなら核廃棄物という、自分たちに解決できないものを押しつけるというかたちで、私たちは数万年先の人間を規定し、彼らの自由を奪ってしまっているからです。

少なくとも私のなかでは、核エネルギーの問題を放置して小説を善きつづけることは、自らの文学を否定してしまいかねない矛盾と欺隔を抱えることになります。これが原子力発電所の廃絶を求める裁判に、私が参加しているいちばん大きな理由です。

自分はいかなる者でありうるか、ということをあらためて考えたいと思います。私たちが個人でなしうることは、一人の人間の身の丈を、それほど超えるものではありません。しかし私たちが「こうありたい」と望むことは、過去と未来を貫いて、人間全体を眺望しうるものです。

そのような眺望をもって、自分の死後に生まれる者たちと、どのようにかかわるか、いかなる関係をもちうるか。それが経済や暮らしとはまったく次元を異にする、人間の自己理解の根本にある問題です。

過去を健全に引き継ぎ、歪曲されない未来を受け渡していこうとすることによって、私は自らが望むべき者でありたいと思います。そして私たち一人一人の人間性を深刻に損なってしまう原子力発電からの速やかな離脱を、この裁判をとおして強く訴えたいと思います。

以上、意見陳述を終わります。

 

☆ 一読者

このように脱原発の立場を表明している所謂「売れる」本の作家は少ないことに、強い不満を抱いてきました。選挙が近づいているのですから、作家は社会に発言する場所のない私のような市井の人間にない特権を生かして、積極的に原発問題について語るべきなのです。言論に生きる人間がこの問題について沈黙を守ることは卑怯でしょう。

今だからこそ、原発問題にかかわる本当の藝術作品が生まれなければ、日本の恥だろうと思います。

2012 12・13 135

 

 

* 米倉涼子主演の「ドクターX」は、近来も古来もなく図抜けた快作であった。視聴率の高かったのも当然と思う。

しかし視聴率はさほどなくとも大河ドラマの「平清盛」も、作者の勉強が脚色に骨太によく働いて、ずいぶんと大河ドラマは見てきた中でも出色の本格を示したものと評価する。視聴率は問題外で、ひとが大勢見るから良いわけでなく、ひとが大勢は見ないから良くないわけでも、けっしてない。見る人にもいろいろあり、作行きにもいろいろある。世の中には読み物へ殺到する読者もいれば、鴎外、漱石、直哉、潤一郎を愛読する読者もいる。ひとの大勢寄りたかって行く安直読み物には、往々、見るに堪えない下品なものが多すぎるが、それも或意味では防ぎようがない。富士山の姿をみれば分かる。裾野はあまりに広く、頂上は狭くて厳しい。どっちを好むかは、わたしは必ずしも「自由」だと思わない。「より優れた本格」への眼力を養うのは、或意味で生きて在るものの努力なのだから。

 

* 上の「一読者」さんは今こそ「原発小説」をと言われるが、すでに「事実は小説より」「奇」というより「劇」になっている。

わたしが今、日夜書いてる小説は、まるで主題を異にしているが、何等かの縁でもし接近するなら、触れて書き表せるかも知れない。しかし、無理にそんなことはしたくない。

 

* もう眼がつぶれそうに疲れている。休もう。

2012 12・13 135

 

 

☆ 一読者より  脱原発が必要と確信する一主婦の考え

私が脱原発をしなければならないと考える理由は、風前の灯火のこの国の民主主義を守りたいからです。国民の基本的人権と言論の自由をどうしても守りたいからです。

福島のような人類史上最悪の大事故を起こした日本が、今後脱原発に向かって舵を切ることができなければ、原発政策を推進する過程で民主主義を放棄し、ファシズムに向かわざるを得ないでしょう。

今回の選挙で、私が原発政策を最も重要な争点に考えるのは、ファシズム国家のもとで、家畜のように生きて殺される国民になりたくないからです。

 

私はもともと少数意見の人間ですから、どうしてこの日本で原発を稼働することがファシズムに繋がるのかと、周囲の人間からは眼を丸くされるかもしれません。

自民党や維新の憲法改正案がなぜこの時期に出てきたのか、これは周到に考えられた政策なのだと、個人的には感じています。

 

福島の事故がなければ、日本の民主主義はここまで危機的にはなりませんでしたが、既に事故は起きてしまいました。

チェルノブイリの早い段階で石棺に出来たたった一基の事故でさえ、ソ連という国家が崩壊したことを考えれば、福島の収束できない四基の事故がもたらす健康被害と資産破壊は、今後凄まじい規模になるはずです。(三十年くらいの間に数千万人の死者と東北関東の大半の資産が消滅とまで言っている学者もいました。)

ソ連は健康被害と補償を握りつぶす作戦に出て、恐るべき惨状で収拾のつかないベラルーシとウクライナを分離独立させました。ソ連のように分離独立させるほど広大な国土のない日本がとり得る道は何かと考えれば、答えは簡単です。

国民を恐怖支配で黙らせればいいのです。ソ連と同じように健康被害を徹底的に隠蔽し、補償をしないで済む方法は、日本においてはそれしか考えられません。

電力会社を守り原発を動かし続けたい利権政治家は、国民に真実を知らせず、国民が団結して脱原発デモなどしないように、国民が国家に逆らうことを阻止するのです。現在新聞テレビ等の大手マスメディアはほぼ手中にしていますから、さらに秘密保全法などで締めつけ、インターネットの言論に厳しい規制をかけ、どんどん逮捕者をだすのです。

言論の自由や基本的人権を認めていたら、莫大な賠償金と避難を認めるしかなくなり、原発は稼働出来ません。将来福島で子どもを原発事故の影響で失った親たちが、黙っているはずがないのですから、水俣病などとは比較にならぬ規模の告発と賠償訴訟になるのは必至です。そうさせないために、この災厄を絶好のチャンスとばかりに、ずっと以前から計画されて実行できなかった憲法改正案が持ち出されたとも考えられます。尖閣での中国の脅威や北朝鮮のミサイル(他国では衛星と報道されているもの)が盛んに報道されていますが、それは今にはじまったことではありません。改正に向けての土壌づくり、世論誘導の一つではと疑いたくなります。

 

山本太郎さんのベラルーシ滞在時のツィッターを少し引用しますが、これを読んでも私のこの危惧が私ひとりの特別なものではないことがわかります。

 

山本太郎俳優 @taro_tv  06 12 月 11

@tsutomu_shida 山本太郎です!只今ベラルーシ、この国には声を上げる自由もありません。常に監視されている。今日本を変えなければ同じ状態になり得ます。次の選挙、市民の力を結集し、日本の未来を変えましょう!

 

山本太郎俳優 @taro_tv  05 12 月 11

事故から25年。貧しいこの国は原発を推進し海外に売電、外貨を獲ようとしている。今年大事故を起こしておきながら、未だ脱原発に踏み込めず、途上国に対し、死の商人よろしく厚顔ぶりを世界に晒す国と比べれば奥ゆかしい方か? カメラを回していると邪魔が入る。どこからともなく警官が現れる

 

山本太郎俳優 @taro_tv  05 12 月 11

ベラルーシ、空港到着と共に感じた閉塞感は天気のせいでも、高圧的な空港職員の態度からでも、ただの気のせいでもなかった。17年間に及ぶ独裁政権は市民の自由をとことん奪い、最近では 公共の場で五人以上たむろっていると罰金、逮捕。出会う人々が基本機嫌が悪い理由が理解できた。

 

自民党や維新の掲げる憲法改正案の実態や問題点を大手のマスコミがとりあげないのは、すでにこの国には言論の自由が阻害されていることを示しています。

身震いするほど恐ろしい憲法改悪が予定されています。原発政策の岐路にある今この時期に、なぜわざわざ憲法改正が大きなマニフェストとなるのか。それには色々な要因があり、もちろんアメリカの思惑も大きいのでしょうけれど、将来にわたって原発を続けるために不可欠な政策だからと疑うべきです。

自民党のこの改悪案の根底にあるのは、国民主権は邪魔、国民は使い捨ての駒であるという思想。福島の被災者は人間ではなくコストとして認識されているということです。徴兵制は、これから先百年は続く福島事故対応の作業員不足への有効な対策なのです。

 

改正案は、憲法九条と基本的人権条項の廃止。徴兵制復活、国防軍設置、事実上の治安維持法を明言しています。

自民党の片山さつき議員は自身のツイッターで自民党の憲法改正案に触れ、「天賦人権論をとるのは止めよう、というのが私たちの基本的考え方です」と書いているそうです。頭の悪い私の理解では、これはつまり国民の人権を認めるのは間違っている。主権が国民にあってはならないということでしょう。

さらに、自民党の憲法第99条改正案「緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる」となっています。これはヒトラーの全体主義を確立した1933年の全権委任法と同じだそうです。極めて危険な改正で、戒厳令も可能ということでしょう。原発事故の際に反対デモやビラ配りなど不可能に出来ます。国民よりも国のほうが偉いという考え方で、某弁護士の言を借りれば、「完全に歴史に逆らうもの。立憲主義に対する挑戦だと言わざるを得ない」ものなのです。

 

テレビマンの世界を棄てて、脱原発活動で有名な木下黄太さんのブログにこのようなメッセージがありました。

 

 

ファシズムがスタートしはじめているなら、当面は、それを踏まえて、僕らは対応するしかありません。

 

「 1930 年代のドイツであれば、知識人が国外逃亡の準備を始める段階に達しています。日本で言えば、小林多喜二の『1928年3 月15日』の世界です。21世紀の日本は既に大きくファシズムに舵を切りました。しかし昔で言うならば特高が主たる敵ではありませんので、挑発に乗らず、防衛意識を高く持ちましょう。現状は、日本に留まって闘うのか、国外に橋頭堡を得て自らの命を守りながら歩を進めるのかを考えなくてはいけない時期に来ています。」という書き込みが、僕のFacebookにもありましたが、僕も感覚は似ています。

柔らかいファシズム時代が続いていたこの十年ほどの営みが、結局3.11. という悲劇的な事象と、その後に予想される放射能被害の恐怖の前に、「見ざる。言わざる。聞かざる。」が社会の共通感覚となり、その共通感覚がベースとなる以上、柔らかいファシズム→ファシズムそのものへ移行しつつある状況なのだろうと理解するべきと思っています。そして、こうした時代において、内側に対しては、ある種の言論統制が作用していきますし、外患を演出することで、放射能被害という内憂の真実を忘れさせ、さきほどの共通感覚を強固にし、体制を強固にする時代の幕開けも否定できない情勢です。そして、外患の演出は、最悪の場合は、開戦という事態を招くことになります。もちろん、徴兵ということも行われる可能性もありますし、原発徴兵は、本当にリアルと認識しています。

 

 

私は第二次大戦の三百万人以上の犠牲のうえに、唯一日本が得ることの出来たかけがえのない珠玉である現行憲法を守りたいと願っています。私もその子孫も全体主義国家でなく、民主主義国家で生きていたいと思います。ですから、今この選挙で、脱原発に動かなければ、国民の首が絞められる事態になると非常に危惧しています。

以上、急いで書きましたので推敲不充分ですが、日経新聞では、自民公明で三百議席を超す勢いという危ない極みの予測ので、より広くお伝え下さればと、送らせていただきました。

 

* 満腔の賛同・共感から、此処に掲示させて頂く。

2012 12・14 135

 

 

☆ 秦恒平様

『京のわる口』、ありがとうございました。とても面白く、拝読しています。

お体、どうぞお大事に。   雑誌「ひとりから」経営編輯者 元筑摩書房

 

* もっとも敬愛している編集者の原田奈翁雄さんから、いつものように雑誌が届き、添えられた一紙に編集長金住典子さん、バックアップの原田さんの文が載っていた。スキャンしてぜひ、紹介したい。

 

☆ 遅くなりましたが、「ひとりから」52号をお届け致します。

今号には、「放射能の中で生きる」をお書きくださった佐藤幸子さんが理事長をつとめておられる福島診療所建設委員会NPO 法人)が、住民の立場にたつ診療所建設をめざして建設基金を募集するチラシと振替用紙を同封させていただきました。ご支援をよろしくお願いいたします。

福島にお住まいの阿部一子さんから、『いま 子どもがあぶない 福島原発事故から子どもを守る「集団疎開裁判」』(本の泉社 本年一〇月一日刊・五七一円税抜き)をお送りいただきました。

チェルノブイリ原発事故により九五万人の死亡者が出た原因やその後の子どもたちの放射線被害を研究してきた良心的な科学者や医師の知見は、空間線量が年間一ミリシーベルトを超える地域からは子どもたちを疎開させなければならないという基準だそうです。

メルトダウン後の福島では、この基準を大きく上回る放射能を子どもたちが浴び続けているそうです。

集団疎開裁判は、昨年六月に、安全な環境で教育を受ける権利の保障を定めた憲法二六条を梃子に、危険な環境で教育活動をしてはならないとの仮処分命令を求めて申立てられました。

野田政権が、安全基準を年間二〇ミリシーベルトに引き上げた後、原発事故の嘘の収束宣言をした同じ日に、申立を却下する一審判決が出され、目下、仙台高等裁判所で、即時抗告審の審尋中です(申立書・判決等の情報は、福島集団疎開裁判のプログで見ることができます)。

今年の九月、福島県の子どもたちの三回目の甲状腺検査の決果の発表では、六~一五歳女子の約五五%、男女合わせて約四三%に異常が見つかったそうです。

この裁判にも、佐藤幸子さんが代表をつとめている「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」が積極的にかかわっています。

広島で被爆された医師の肥田舜太郎さんは、原子炉から一六〇キロ圏内では、日々放射される放射能によりみな被爆する。日本中をぐるりと取り囲んでいる五四基の原子炉の放射能から逃れられる者はいない (沖縄県は除外されるようです)と言っておられます(『アヒンサー13号』問い合わせ先 〇四二ニ・五一・七六〇二)。

間もなく衆議院議員選挙です。今度の選挙では政党や政治家の思想が明確に現われています。脱原発と憲法九条の改悪阻止とは、国民のいのちを優先する民主的な政治・社会を求める視点からは深く結びあっていると思います。

主権者にそれを見分ける力があるか、主権者が試される選挙だと思います。  金住典子

 

☆ 総選挙が告示されて二日目の十二月六日、朝日朝刊は、

一面トップで、「自民、単独過半数の勢い」と報じました。

まさか! 私は目を疑わずにはいられませんでした。日本の有権者は、そこまでほんとに愚かなのだろうか。

自民兜は、何よりも改憲して戦争のできる国にすること訴えています。原発も動かしつづけるというのです。石原、橋下の維新と足並みを揃えて。

原発事故は、戦後日本の歩んで来た道に、決定的な警告を発しているのです。

大日本帝国の敗北は、アジア諸国への侵略戦争を導いた、天皇制軍国主義に対して下された、全世界の決定的審判でした。

原爆・沖縄……数知れぬ戦死者、戦争被害者の悲しみ・苦しみは世代を超えて引きつがれています。

十六万もの福島県民が、いま現在、先祖伝来の家を奪われ、土地を追われています。

十六日の投票結果が、果たして朝日の予測通りにでもなったら、私はどうしたらいいのか、いたたまれぬ思いです。

ここで一挙に光明を引き出す方策があるのだがと、私は祈る思いでいます。

大部分の選挙区で候補を立てている共産党が、彼らの一貫した主張である反原発、反改憲を貫くために、日本未来の党、社民党候補の立っている選挙区で、当選には及ばないこと明らかな候補を辞退させて、両党の応援に回る。万一共産党がそんな画期的な英断をしてくれるなら、朝日が言うような風向きを一挙に変えるほどの効果を生むはずだ。まさに歴史的なサプライズになること疑いない。共産党も生き生きと生まれ変わり、多くの主権者の信望を得られるはずです。

ご同感くださるならば、地域の、中央の共産党に、あなたの声を早急に伝えていただけませんか。

心からのお願いです。    原田奈翁雄    二〇一二年一二月一O 日

 

* 共産党の政策を是認の一方で、党の根底にある鈍感で独善なエゴイズム一辺倒の共産党を、わたしが非難し拒絶してきたことは、この十数年の日録中にいくどとなく繰り返し吐露されてある。劇的な変化はたとえ得られなくても原田さんの提言には理がある。

2012 12・15 135

 

 

☆ 尾張の鳶は

フランスから戻り、明日はいよいよ選挙投票日という日本の現実の日常の中にいます。

笹子トンネルの崩落事故など向こうで聞きました。

今日はアメリカの小学校での悲惨な事件。

家ではやはり選挙に関して原発のことが話題になります。

この時期のフランスは雨や雪が多く春夏の雰囲気とはまた格段に異なった感がありました。

改めて書きます。

目のことなど大変でしょうが、どうぞ元気に元気にいてください。

 

* 尾張の鳶は、世界をとぶ。元気なのがなによりです。

2012 12・15 135

 

 

☆ 湖へ

夏に御連絡とてから、ずい分季節が過ぎてしまいました。治療の御様子や血圧、血糖、体重にハラハラしながら、日々は「私語の刻」でお近くに感じていました。

目のことも丁度注意情報が届いたところだったので、御連絡しようと思ったなか、ちゃんとすぐにお声かけ下さる方がいらして、遠くホッとしつつ心配ばかりでした。お役に立てず申し訳ないと思っています。

私の今年は、こういう時期なのでしょうが、それこそ次々に……という有様で、仕事も私生活も予想外の展開になることばかり…仕方ないと、ただただ一日一日を考えすぎずに過ごしてきました。ようやく暮れになり、”無事”という言葉の意味を考えつつ、新しき年がすぐ近いことに驚いています。

秋頃から、自分が求めた品で、温められたり、ホッとしたりすると、湖にもお届けしたいと買っていた品が、気がつけばクリスマス近くになっていましたが、お届け致しますので御笑納下さい。

今年の冬は寒さの駆け足が速く、例年より冷えるような気がします。薬草の臭さはありますが、電子レンジ1分半ほど温めると、肩やお腹にのせて温かく過ごせると思います。お試し下さい。

あと少しでお誕生日ですね。今年の大切な日にお元気でいらして下さることに、心から感謝します。

転移の検査結果にホッと一息。召し上がることの不自由さ、目のこととあると思いますが、どうぞ日々を遠く祈る読者や私のために、一日一日を元気でお過ごし下さい、祈ってます。

メールがおっくうになっています。

私も今年は目の調子が悪く、仕事のPCでもウンザリなので、自宅ではできるだけPCを使わないようにしています。そんなことで、まとまりのないお手紙ですが、お許し下さい。

湖のこと、想っています。どうぞ、お元気で。どうか、お元気で、湖。

またお手紙書きます。   珠  12月15日

* お誕生祝は別便で送ります。(この便の)これは、ためこんでいた品……まとまりのない 珠 です。

 

* 優しい心づかいで、いわゆる古来「消息」文の温かい佳い雰囲気に包まれた。ありがとう、珠。プリシラ・アーンのティスクも、ユーモラスなもて遊びものも、温まる薬湯も、ありがとう。

もう今年の早くに御見舞に戴いた名菓の包装に、華奢に竹ひごを磨いて編んでしかも上部は竹のまま編みもせずひゅうっと伸びた。これが中身何にも無くなってからカラのまま棚にかざってみると、なまじの壺や花よりも飄々と美しくとても見栄えがするので、ずうっと棚の中央、掛けた繪のましたに主役然と今もまさに「かるみ」の威儀を正している。この人は、こういうモノをさらりと呉れる人。

 

* 上の竹籠も、見立てで他を圧して生きているが、もう一つ、わたしの目で見て佳いぞと惚れ込んでいる水指ようの壺がある。何あろう和歌山の梅干しを壺のまま下さった或る画家からのもらいものだが、壺がすこぶる軽妙に安定していて、塗りの蓋を奢れば、何の何物という由緒来歴とは無縁でも、「わたし」の愛蔵した壺として生きて行けるのではないかなどと自惚れてみたくもなる。それほど、さらりとサマになって美しい壺が来ていたのである。梅干しは美味しく戴いたその空いた壺をわたしは、別の棚に干支の小物などとわざと一緒に飾っている。

竹といい壺といい「見立て」れば、思いがけぬ佳い一画を家のうちに創り出せる、茶の湯とは、こういうこころざしを生かした藝であるかと想われる。

2012 12・17 135

 

 

* メールボックス 数十の不良メールだけ。みな一斉に削除。わたしもメールから否応なく遠のいている。欠かさず点検はするが、まっとうな嬉しいメールは、たまに来るだけ。ひとつにはわたしが返信しないで「私語の刻」で返礼しているからだろう。

2012 12・17 135

 

 

暑かった夏から、秋を抜いていきなり真冬になったような昨今ですが、ご体調はいかがでございましょうか。都心にくらべて、立川は一段と寒さ厳しく、先日は九州では見られない十センチを超える霜柱を見ました。

さて、先般は、「湖の本」113 並びに平凡社ライブラリー版『京のわる口』を賜りまして、ありがとうございました。御礼がすっかり遅くなり、失礼いたしました。

同封のファイルと栞は、このたび(国文学研究資料)館のグッズとして製作したものです。お使いいただければ幸いです。

良き新年をお迎えになられるよう、ご健康を心からお祈り申し上げます。 敬具 十二月十四日

秦恒平先生       館長 九大名誉教授

 

* 数を戴いた美しいファイルも栞もすぐに役立つもので。一時に読む本の数多さから、栞はいつも探し回る必需品だし、セルロイドの軽便ファイルも、なにしろ病院・医院関連の刷り物の取り纏めや保管にいつも苦心しているもので、とても有難い。

ありがとう存じます。

2012 12・18 135

 

 

* 「騒壇余人」の印を、小松の井口さんに頂戴しているのを、もすこし大びらに用いたい。

今ひとつ念頭でうそぶいている私号がある。「有即斎」です、今書いているフィクションの中で使っていて、その「うそくさい」のが気に入っています。「退蔵」という二字をときどき使っている。新井白石に教わった。肩書きを取り払い平服で生きるといった意味と理会している。裏千家から高校卒業時に希望して受けた茶名が、「宗遠」。これも気に入っている。

「退蔵院有即斎宗遠居士」と死後に坊さんが呼んでくれるかどうか、何にしても自己「批評」と心得ています。

2012 12・19 135

 

 

☆ お元気ですか、みづうみ。

今年もお誕生日のお祝いに「めで鯛」を送らせていただきます。当日は歌舞伎鑑賞にお出かけと思いまして、明日の二十日到着予定でございます。お薬の影響で美味しく召し上がっていただけるかどうかわかりませんが、眼で楽しんでいただければ幸いです。ささやかなわたくしのお祝いの気持です。ご笑納くださいませ。

 

じつは、最悪の選挙結果の失望から立ち直るのに少々時間がかかりました。

私自身のために今回の選挙について少し書いておきます。みづうみのおっしゃる「恋の実らなかった」選挙については色々なことが考えられます。

まず、みづうみのご指摘のように「小選挙区」という方式の問題が第一。先進国でこのような民意の反映されないシステムを導入しているのは日本だけでしょう。比例区の自民党の得票数は、全有権者のたった15パーセント、小選挙区で24パーセントですから、それが議席の過半数を上越す圧勝となり、憲法改悪まで強行可能になりかねぬ大勢力になるのは、明らかにおかしいのです。

自公の勝利することは予想していましたが、ここまでの圧勝、個人的にはあり得ないと思いたいです。少なくとも私の出かけた投票所では長い列が出来ていて、これは今までにない現象でした。投票率、ほんとうに戦後最低だったのでしょうか。

相変わらず暗い話でごめんなさい。

でも、みづうみのおっしゃるように、こんな悪夢「なんじゃい」と思うようになりました。人間の歴史はこういうことを繰り返してきたのです。それでも私は歴史の渦に巻き込まれていく現在進行形の恐怖の中にいます。しかし座して死を待つ気ありません。最後まできちんと「投票」して、何かの形で抵抗しながら滅びてまいりたいと願っています。まだ来年の参議院選挙もあります。希望はあります。今からひとりでも多くの国民が真実に目覚めて抵抗するのです。巻き返すのです。前に進むのです。もし今国民が抵抗しなければ日本は終わってしまいますから。日本は震災、原発事故、そして軍事国家を目指す改憲政権の三重苦の中にいます。

段々とインターネットの規制もはじまりますでしょう。言論は真綿で首を絞められていきます。日本人は第二の満蒙開拓団になってはいけません。若いひとたちは逃げましょう。逃がしましょう。

以上、わたくしの選挙総括でした。

みづうみ、お元気ですか。楽しい誕生日ウィークお過ごしくださいませ。  小春  病む人の病む人をとふ小春かな  子規

 

* やはり読者が知らせてくれたが、選挙翌日からは、インターネット上では等ひょの処理に不正を疑うコメントが、山のように出てきたいるとか。今も増え続け、「選挙不正」で検索すると五百万件以上ヒットするという。

またこんなツイートも見つかる。

「東京都の衆議院選と都事選、投票数に異常なくいちがい。<同日選>なのに都知事選だけ投票? 都知事選投票率62.60% 衆院選投票率 53.27% ? 投票所で120万人が都知事選だけに投票したなんて、変すぎる。5人に一人が、衆議院選挙はせず、都知事選にだけ投票? 投票所では担当者が順に選挙毎に投票用紙を手渡し、衆院選だけ低くなる確率は、ゼロ」

 

* 数字を確かめていないが、でたらめな数字ではあるまい、とすると摩訶不思議。

2012 12・19 135

 

 

☆ 誕生日のお祝いを申し上げます。

原発や政治のあり方についての主張に100%賛同しながら読んでいました。

選挙は、マスコミの報道などから、もしかしたらと危惧していた結果になってしまいました。有権者は本当に自公政権を望んでいたのでしょうか。理解できません。

それはともかく秦さんが一日でも早く山を無事に越えられることを希いまた信じています。

気持ちばかりのものを送りましたのでお口に合ったら召し上がってください。21日に届く予定です。 吉備ひと

 

* ありがとう存じます。お大切に佳い新年をお迎え下さい。

 

☆ 秦恒平先生

師走も残り僅かとなり、寒さが一段と厳しくなりましたが、ご体調はいかがで いらっしゃいますか。

先生の喜寿のお祝いに、と申すには、とてもささやかでございますけれども、私の郷里 日本海の魚の一夜干しを、と存じ、頼んでおきましたところ、十九日発送、二十日にお届け出来る、と連絡が入りました。冷凍便でのお届けになります由。 どうぞお納めくださいませ。

干物の中に、ふぐの一夜干しも入っているかと存じます。ふぐは ふく(福)に通じると、私の田舎では縁起のよい魚とされております。ほんの少々のふくのお届けでございますけれども、新しい年には 先生ご夫妻、お子様方に、福がいっぱい訪れますように、と願いつつ、喜寿お祝いのご挨拶申し上げます。 かしこ   十二月十八日   『京都、上げたり下げたり』の編集者 読者

 

* 優しく行き届いたお手紙に胸の内温かに。ありがとう存じます。

2012 12・19 135

 

 

* 朝夕に贈られてきた「めで鯛」の姿焼き、「福」の「ふぐ一夜干し」を、帰宅後、明日誕生日の前夜の祝い膳にと妻が用意してくれた。ありがたくご馳走になった。「旨かった鯛と福」に感謝します。

晩に金沢から金田さん、能登風味詰め頂戴。ありがとう。

明日は、夕方から国立大劇場で、うって変わって歌舞伎の通し狂言『鬼一法眼三略巻』を楽しんでくる。「清盛館」がめずらしく、「菊畑」「檜垣」「奥殿」と続いて吉右衛門が一条大蔵卿の大芝居。はねるのが九時前なので、外での食事はあきらめねばならない、家でゆるりととりどりご馳走にあずかります。

2012 12・20 135

 

 

* 朝一番に、今日の喜寿を祝って下さり吉備の有元毅さんから「鯛」のご馳走いろいろを頂戴した。昼食に戴こうと。有難う存じます。

「珠」さんからも、お祝いにと、和久傳の名菓いろいろを頂戴。重ね重ね、ありがとう。

小松の八代啓子さんからは、めでたくも立派な北国の昆布を頂戴、また写真家の井上隆雄さんから、小山園の銘茶また茶を生かした菓子など頂戴、ありがとう存じます。

 

☆ 21日

お誕生日を迎えられ、お慶び申し上げます。この一年の一日一日が深い意味をもつ日々でありました。

HPでの体重の記録に息つめ読み取ろうとしてきました。同時に強靭な鴉の精神、意志に、逆に励まされる鳶でした。

冬至、そして今、甦りの時です。存分に書かれますよう、そしてお体大切に大切に。  尾張の鳶

 

* ありがとう。元気に新年を迎えて下さい。

 

☆ 遠様 お花 8

早、年末になりました、その後体調はいかがでしょうか、しばらくHPはご無沙汰です。

喜寿お目出とう御座います、お誕生日迄無事に来られて何よりと思っております。

今年の紅葉は例年に無くとても美しかったです。まだ所々色付いたまま、静かに楽しんでいます。

先月末以降、楽しみなど等忙しくしておりました。紅葉は人が多くて、近場の智積院に写真を撮って来ました。思い出の旧美大の校舎にかすかに、桜の頃も思い出します。

久し振りのマイハンドルで信楽のミホミュウジアムまで行って来ました。

15日は(母校の茶道部)雲岫会の集いでした。お正月は変わりなく初釜を準備して居ります。

南座の顔見世も4 日に、何事も無いときでした。

(亡き勘三郎の)息子さん達は何時もよりも光ってましたので、安心して帰りました、(勘三郎の逝去)とても残念です。

私はこれからが本番です。早々には来客あります。

大晦日は除夜の鐘を聞きながら一服いただきたいと思って居ます。

これから寒さが続く様です、無理をされない様においとい下さいませ。   日吉 華

 

* 旧京都美大、昔の繪専の後進、この大学の構内に、新設まもない母校だった市立日吉ヶ丘高校が借家住まいしていた。わたしが二年生になった春から泉涌寺の下、東福寺の上手に新築された校舎へ移転した。この新しい日吉ヶ丘もなつかしいが、一年間の仮住まいだった旧美大の風情もよく記憶している。接地して名刹智積院があり、太閤坦( たいこだいら) へ登るきわに新日吉神社、少し上に京都女子大、東山線の電車道をはさんだ西に恩賜京都博物館や豊国神社、その南向かいには三十三間堂や後白河院の法住寺御陵やなどが在った。また木造の借家校舎のすぐ脇に山科へも泉涌寺のほうへも通える細い山坂道があった。

その校舎などをいかして紅葉の写真を貰っているのに、これが此処へ転写できないとは残念。この課題を年内になんとかしたいがなあ。 華、佳い新年を迎えて下さい。

 

* 上野重光さんからもメールを戴いたが、特殊な設定らしく、うまく此処へ移せない。選挙結果への批評の短歌がたくさん書き込まれているのだが。

うってかわった春を元気に祝って下さい。

2012 12・21 135

 

 

* 午、吉備の人の祝って下さった「めで鯛」のご飯と汁とを美味しく美味しく温かく戴いた。幸せなこと。

2012 12・21 135

 

 

☆ 来る年のお幸せを、感謝とともに。

昨日、お祝いのメールと思い乍ら撮影で軽井沢に一日行ってまして、一日おくれになってしまい。あらためて喜寿おめでとうございます。

今年は秦先生にとっても大変な病との戦いでられたにもかかわらず、何時もにこやかにお芝居を御覧に来て下さり敬服しています。そして側には、いつも暖かい笑顔の奥様がいらして嬉しく感じています。

私共にとっても未だに思いもかけない(染五郎丈の)出来事でしたが、ほんとうに奇跡といっても過言ではないほど回復がはやく、有難く思っています。

幸四郎が文化功労者に顕彰されました事は、いままでの幸四郎の生き方を認めて下さったと存じ、応援して来て下さった方々が喜んで戴き、大変嬉しく、感謝でございます。

らいねんは歌舞伎座が愈々会場されます。平穏でいい年になります様、祈るばかりです。

どうぞよい年をお迎え下さいませ。  高麗屋夫人

 

☆ 祝・喜壽

少し遅れましたが、お誕生日おめでとうございます。

今年は隠れていたお病気が見つかり、二度の手術に三度のご入院を天に守られてのご帰還。佳き一年でいらしたことと思います。

新しい一年の、ご回復の順調でありますこと、お仕事の益々の豊饒をお祈り申し上げます。  朱

 

☆ お誕生日おめでとうございます。

ご無事に喜寿をお迎えになられお喜び申し上げます。

今夜は歌舞伎を楽しまれておられる頃でしょうか。

毎日の体調を冷静に見極められ対処されているご様子に、頭がさがる思いです。

11月に久しぶりに東京に行きました。

新装なった東京駅とスカイツリーを見てきました。

大泉学園で保谷行きの電車を見ながら、よっぽどお訪ねしようかと迷いましたが、ご迷惑かと又の機会に託しました。

京都にもおいでになれますよう、体力が回復されますよう心より願っています。

くれぐれもお大切にお過ごしくださいますよう。    みち 母方従妹

 

☆ 京のわる口、ありがとうございました

恒平さん  七十七歳、おめでとうございます。始終苦であってもなお、恒平さんに楽の喜びの待つことを、願っています。

こちら ( スペイン バルセロナ)  財政難の街、表面上はまだまだ平然さを保っています。クリスマスの賑わいもあります。これから、ぐんと犯罪が増えてゆくだろうな、と感じてはいますが。

街に饐えた臭いが蔓延るのも、労働者の権利や社会保障・教育システムが、あれよあれよとなし崩しにされているように、思いの外早いのではないかと思います。

過去・現在・未来合わせて、私たちは最もよき時代、最も恵まれた社会に生まれ育った人間だろう、と夫とこれまでもよく話してきましたが、どうやらどうやら、……そうかどうか。私たちは、元気に幸せに生活しています。  京  東工大卒業生

2012 12・22 135

 

 

* 京都の「清水六兵衛家」展の招待を六兵衛さんから戴いた。観たい。東京でなら飛んででも行くが、愛知県陶磁資料館では、やはり動けない。

「楽吉左衛門」展も招待されているが琵琶湖畔では、やはりどうにも今はならない。東京なら飛んで行く。残念。

 

* 群馬渋川市の元図書館長、読者としても久しいお付き合いの森田比路子さんから、クリスマスカード。

「先生 喜壽のお祝い申し上げます。ごく体調が少しでもお楽でありますようお祈り申し上げております。おめでとうございます。」と。

 

* 眼霞んで、もう字が読めない。

2012 12・23 135

 

 

☆ 武蔵の鴉へ

HPに、目についての記述を毎日見かけます。書き、読む人にとって目がどれほど大切なかけがえないものか!! 昨晩は殊に早い時刻に休むと書いてらしたので、よほどお辛かったのだと察します。何もできず横になってじっとしている時、思いを巡らしていると

、着想や言葉が連なり迫ってくることはありませんか? 願って到来するとは限りませんが、どうぞゆったりなさって、静かに時間を紡いでください。些か僭越、お許しあれ・・。

師走と言ってもそれほど忙しくないはずなのに、何故か忙しく、気持ちも身体もやや疲れ気味の鳶です。そろそろ正月の準備を始めようと思っています。6人プラスアルファーの正月迎えです。

まだ年賀状に手がついていませんが、まあ、多くないですから何とかなるでしょう。

「清水録兵衛家」展 「当代楽吉左衛門」展は京都、滋賀あたりの展覧会でしょうか? 娘がクリスマスのプレゼントに迷って青春切符を買ってくれたので、大いに正月早々も「外出」したいと思っています。例年より雪の便りが多く、雪の時期こそ琵琶湖から日本海に旅したいと、いつも思います。

この一年は引越し、親の家の整理など未だ終わっていない作業に急き立てられた一年でした。わたし個人に限ってみれば新しい人間関係がまだまだ希薄で、関西から根を引き抜いてきた悲しみがあります。

書くことも描くことも真正面に据えなければ。まず、これまでのものを纏めなおそうと。これは新しい年に向けての一番の思いです。

東京も寒いでしょうか。病院など外出の機会も多々あるかと思いますが、風邪引きませんよう。大事に大事に。 尾張の鳶

 

* 詩集という「一」を起こしたのだ、佳い「二」が産まれますように。

「起一生二」ということを教わったのは、荻原井泉水さんから。いまわたしの頭上の壁には、井泉水さんの美しい濃淡大字の「花 風」 「秦恒平雅兄一餐 井泉水」の額が掲げてある。

 

* 讃岐の岡部さんから、京風味の生湯葉などを御見舞に、、また、お付き合い久しい近江の小田さんからは、いつもの梅干しのほか、梅酢、名酒二種、酒粕、珍しいお茶等々、少しでも食べて呑んで下さいませと、お祝いと御見舞を戴いた。お二方、有り難う存じます。

 

* ひっきりなしにFACEBOOKのめーるがいろいろ知らせてくるが、わたしは、何かを間違えているか、通じていないのか、操作して画面を開けないし、どんな要望にも応えられない。今では、「mixi」も同じ。

FACEBOOKについて、何かしら教えてくれるような知らぬ人のメールも届いているが。

2012 12。26 135

 

 

☆ メール有り難うございます、わたしの方は訪問リハリビリを週二回、デイケアを週二回、ショートステイが三泊四日が二回でリハを受けて居ます。

先生が横について230m歩いて居ます。一月には足に装具をつけて歩行訓練をします、夏休みの山登りに間に合わすべく頑張っています。

さいのまごまで、この山歩きをたのしみにしているようです。  茅野市 松下圭介君の夫人か

 

* この状態でなお信州の山歩きを念頭にリハビリに励んでいる。少年の昔からねばり強く勇気に冨み気の優しい友であった。マスクも無い時代に、軟式野球の捕手を平気で務められた、わたしには、とても。頑張ってほしい。最後の最後は遙か遠くでいいのだから。 2012 12・28 135

 

 

☆ 歳の暮れ

昨日展覧会の招待状いろいろ届きました。本当に嬉しいです。年明けから順番に巡っていけるよう計画を立てます。

日本海側や北海道は低気圧の通過で、さぞ寒く雪が降っているだろうと。ここ尾張では静かな雨。

新しい年の初めは清々しく晴れるよう願っています。

そしてもちろん鴉にとって良い年であることを!!!

さまざまなことを乗り越えられていかれますように。  尾張の鳶

2012 12・30 135

 

 

* 群馬の住吉一江さん、下仁田の葱を下さる。

 

☆ 秦恒平先生

長かったようでもあるし 短かかったようでもあるこの一年がいよいよ今日で終りです

この年令になりますと 新年と言っても昨日の続きの一日と言う思いが強くなりました

少しですが下仁田ねぎをお送りいたします 鍋でもつついて 早くお元気になられますよう お祈り致しております

退職し自由気ままな生活で楽を覚えてしまいました

好きな本を読んだり 写経をしたり 関東の道の駅巡りをして これからも前向きに毎日を送りたいと思います

今後とも良き御指導の程 お願い申し上げます   住吉一江

 

* ありがとうございます。ご境涯 さこそと床しく存じます。 湖

 

* 十時半。これで、今年の機械から離れる。ではでは。ご厚意を寄せてくださった大勢の方々に心より御礼申し上げます。

良い新年をお達者に、お幸せにお迎え下さい。

2012 12・31 135

上部へスクロール