ぜんぶ秦恒平文学の話

電子メディア・コンピューター 2016年

* 送り挨拶を印刷しているがプリンターもバテて来ていて、よく紙詰まりを起こしてくれるので、終始つききりで見届けてないと停頓する。なにもなにも古びて来ている、わたしもか。
とうとう、プリンタ、動かなくなった。やれやれ。
2016 1/10 170

* いまなおフェイスブックもツイッターもミクシーも連絡してくるが、理由不明でどれもかも開いて見ることが出来ない。やめてしまいたいのだが、その手だ ても分からない。これらのネットを介して私に連絡をして下さっている方、申し訳ありませんが、通常のメールでお伝えください。
2016 1/13 170

* なにかしら集中力を欠いて、ダル重い。腹部不穏を調整できず、仕事に手が着かない。十分寝ているので睡眠不足はないのに、ともするとうたた寝している。
からだを横にすると、モノが読める。水滸伝などに打ち込める。ゲラも読める。
床から起つと、いけない。
街歩きへ出ようともしない。メールもしない。ソーシヤルネットもワケ分からずに使えなくされている。テレビの前へゆくと、コロンボだのポアロだの NCISだのフォイルだの。かと思うと、お肌、ブルンブルン、まさに、なんと、おいしーい、などと喚かれてばかり。国会も、ダメ。
このままだと引きこもりの老鬱にやられる。
驚いたことに東京で五十七年暮らして、あそこへ行ってみたいなと思う先が、思い当たらない。
京都なら、選ぶのに困るほど歩いて行きたいも歩きに行きたい先があり、しかも何度繰り返し出かけても飽きない。
祇園、建仁寺、六波羅、清水坂、清水寺、清閑寺、小松谷、太閤坦、日枝神社、智積院、法住寺、養源院、三十三間堂、博物館、タクシーで泉涌寺即成院、戒光寺、悲田院、来迎院、観 音寺、泉涌寺本堂、泉山御陵、雲竜院、東福寺、通天橋、三門、本町、東福寺駅から四条、南座、祇園町、母校、八坂神社、円山公園、釣鐘堂、知恩院、三門、 瓜生岩、青蓮院、粟田口、瓢亭、南禅寺三門、永観堂、法然院、銀閣寺、詩仙堂、曼殊院、 タクシーで出町、墓参、糺の森、下鴨神社、同志社、御所を南へ、 鴨川西堤を三条大橋まで、先斗町を四条へ抜けて、縄手から新門前の家へ。
その紀なら一気に回れるが、どの一箇所も其処をだけ目的にしていっても楽しめる。
懐かしくて、いくらか気も晴れる。やれやれ、京都がほんとに遠くなってしまった。
ま、幾らも新しく創作し、とびきりの古典や名作を読み返し、自信のいい本を作り続けるしか元気の道がないようだ。たんに東山べの一画を思い出してみたに 過ぎないが、挙げた名どころの一つ一つにわたしは無数の物語を持っている。そんなのを書き始めたら二百まで生きねばなりまへん。                      2016 1/17 170

* いまなら、まだ旺盛にひろい世間へ「わたしの言葉」で活溌に発言も批評もできると思うのだが、せっかくのツイッターもフェイスブックも、ワケ分からず に「操作不能」状態になってしまってて残念、気分よくない。
2016 1/26 170

* だれそれサンが近況を更新しましたというラチもないメールばかりが F だの T だのからひっきりなしに届く。わたしには読めもしないのに。喝!
2016 2/7 171

* 昼過ぎて、あれこれのあと、思い立って堀上謙さんを訪ねようかと自転車で出たが、先日妻と寄った九州味の饂飩やに寄りたくなり、軍鶏肉の饂飩を食べ、 朗唱劇「なよたけのかぐやひめ」の校正などしているうち、遠出が億劫になって、すぐとなりの「ペルト」で珈琲にしながら相変わらずのマスターと気楽なお喋り を久々に楽しんできた。そのまま家へ舞い戻って、酒を飲んだり仕事したり。
仕事は夜へも経めぐって、もう十時半、眼も限界。
「ペルト」がいろいろ教えてくれたのを自信なく試みても、機械のあれこれには目的達せず、いま、我が家のパソコンは、わたしのも半身不随、妻のはネット利かす、というありさま。いかにも老い老いどうしてくれると、尻の持って行く先もない。
フエイスブック、手元に控えたアドレスを打ちこむと、「秦光平」さん「秦幸平」さんが出てくる。むろん私ではないが、通知のあったアドレスを以てしてアドオンを試みてそう なのである。ツイッターはどうなのか、手も脚もでない。
以前は盛んにわたしは書いていたのだ、双方へ。今はひとのものを読むことも出来ない。老い老 い、どうした。
2016 2/26 171

* 機械が温まって始動するのに、毎朝、七八分もかかる。へたに急いで触るとむちゃくちゃに混乱してやり直すのも大変。で、ひたすら辛抱してまつ。わたし の「待ちごと」の一は、歴代125天皇を一気呵成に呼び立てる。早いときは150秒もかけない。ま、だいたい三、四分で「神武」から「平成」へ到着。
(これ、歯医者でがりがり遣られるときなどにも目をつむって指折り数えている。この天皇の時にはあんなこんなことがあったなあなどとも思い浮かべる。退屈ということを知らないでいる。)
べつのときは、機械のすぐ向こうにかためて立てた、主に和歌や漢詩の文庫本に手を出す。ときには事典や辞典に近い、たとえば江戸小百科『砂払』のような 粋な手引き本を、漫然と、つかのま楽しむ。物識りになりたいなどつゆ思わないけれど、楽しみたいとはいつも思って、そのための用意はしある。
百人一首の幾つを一ッ時に思い出せるかも、いい遊び楽しみで。よく一枚札というが、あんなのは子供の時から知っている。初句五十音のどの音で歌が詠まれ て「いない」かを知っていると、歌を思い出しやすい。女性が何人、坊主が何人、天皇が何人と知っているだけでも、すぐ三十余人分も思い出せる。「あ」音 (16首)」と分かっているだけで歌は自然と口をついてくる。ぞょういんの外来で校正に疲れれば、眼を閉じてこれをやる。目の休息になり退屈も失せる。
以前は、般若心経、赤穂四十七士など唱えたり数えたり出来たが、いまは、自信がない。海外の女優男優の名も、一時は百二十人ずつくらいおもいだせたが、 今は三十人がやっとでは、楽しめない。そのかわり歌舞伎の大名題役者の殆どを屋号もともに数え上げられる。目の前「かぶき手帖」も立っている。
2016 2/27 171

* 山中共古の『砂払』ほど面白くて有益な時間つぶしはない。江戸末期の江戸の風習やもの言いやしきたりやえり好みが具体的な片言隻句によって即座に知れる。 知ってどうするわけでないが、歌舞伎の舞台などでヒョイと出くわすことがあると、にやりとなる。中野三敏さんの校訂本、巻末の書名、人名索引、事項索引が まことに詳細かつ親切で嬉しくなる。
好き勝手に拾い読んでいるうち機械が働き始める。イライラと慌てると機械が暴走して手に負えなくなる。じっと待つがよろしい。
2016 3/19 172

* やす香が絶望的な苦痛に孤独に悲鳴を上げていた頃から、きっちり、十年。死なせてしまって、十年。生きていてくれれば、今年初秋には三十歳、嗚呼。
「mixi」に苦痛の限りを叫びながら、なにひとつの支援も慰安も家族親族から受けられてなかったあの数ヶ月が、まだ有効な治療へ間に合ったかも知れな いあの数ヶ月が、やす香の病悩日誌にはあまりに悲しく明示されている。読み返して肌寒くなる、…なにもしてやれなかった。
あの日誌は、秘密の独り日記ではない、ソシアルネットの「mixi」で、たいへんな数の人が見知っていた。友だちたちは、一刻もはやく有効な手をうたねば「shi」だよと叫んでいた…。そして死なれてしまった、いやいや、死なせてしまったのだ。ご免よ、やす香。
2016 4/2 173

* どうも機械の調子がわるく、ファイルが開けなかったりする。一太郎の末期か。デスクトップに満載しすぎたのを、ローカルの方へまわしてみた。一太郎 開くようになったが、今度は了わせてくれないのに往生した。もえ今夜は、やめ。十時半。
2016 4/14 173

* 今日は機械の負担を分散させようとデスクトップに群集していたフォルダやファイルをあちこちへ整理しながら、書きかけの小説「清水坂(仮題)」と組み打っていた。面白く書けるはずなのだが、もう幾押しかして作世界に味を浸ませたい。
午前中はまだしも午過ぎると視野が霞んで、ムリにムリに強いて字を読んだり書いたりしなければならない。
2016 4/15 173

* さがしもの、明日は見つかって欲しい。電子文藝館「湖」を稼働させたいのだ、どうしてもうまく動かせない。的確な動かしかたを忘れてしまっている。手順・覚えを観ながらでも成功しなかった、その「覚え」まで無くなって見つからない。やれやれ。
2016 4/19 173

* ネット社会にザッとであってでも「文責習慣」が生まれて欲しいと思う。「文責」なき与太は、落首このかた在って余儀ない世間のわざだが、与太 でない発言は「文責」を表明して掛かるのが筋だと思う。「文責」不明の与太や野次はまさしく分別して読み取るしかない。九割り九分はたんなる無益有害、わ ずかに寸鉄上を刺す価値が見出されよう。「文責」感覚が正心誠意に普遍化すればなんらの価値無き与太は自然と見分け聞きわけて無視してしまえる。わたしは そう思っている。
出来ていたソシアルネットが、ひっかきまわされ全く使えていない。使えるなら、言いたいことは沢山ある、むろん明らかな「文責」を負うてである。
2016 5/5 174

* 「湖の本130」発送の用意にかかっている。「選集」と比べれば軽量とはいえ、普通の単行本とほぼ変わらないし、数がある。根をつめても荷造りに時間 がかかる。その送り出しまでに、相当な用意の手数がかかる。腰骨を傷めてしまったら、もう何も出来なくなる。逸らないでゆっくりゆっくり少しずつ送り出し たがいい、せっかちがいけない。
とにかくも、おっかな・びっくりの古い古いOS機械で仕事をしているので、いつ何が起きて頓挫するか知れない。いつもヒヤヒヤしながらの作業である。
本気で、まだまるで使い慣れていない新しい(といっても、これも古びて行くのだが)機械に慣れないとと思うのだが。
2016 5/17 174

☆ お送りした京都市地図に
メール返信有難うございました。久しぶりにお話しをしている様です。
最近膝を痛めて正座出来ないのですが、お誘いが有って、23日には清水寺の開山忌で四つ頭の茶礼拝服席に行って来ました。織部流家元のお手前で、大きなお茶碗でお濃茶をよばれてきました。お天気も良く、花木も山水も最高でした。時々こんな楽しみをしています。
足は痛いまま! きげん良く遊んでいるので、何とか堪えています。
最近、又-生きたかりしに-を読んでいます、楽しんでいます。
では、今夜はこれまで。お休みなさい。   京・北日吉  華

* 高校の昔の口吻のままだが、もう二年もせず、わたしの年齢になる人だ。メールという利便の、これは功徳の一つだ。郵便だと余計な「飾りあいさつ」に手間取って、気がズレやすい。
2016 5/25 174

* 昨夜、妻の機械が怪音を鳴らし続けてやまず、強制終了するしかなかったが、悪性のウイルス汚染の疑い濃く、機械を捨てて、新しく超脱するより無いかと 困惑中。妻の機械で、大事な幾つもの準備作業を頼んでいるので、機械が作動しないとわたしの仕事、出版の仕事に決定的に差し支える。クラッシュの確認を待 つ待たないよりも、思い切って新たな機械対応をするしかあるまいか。
残念なことに、新しい高技巧を要する複雑な新機械に対応できる根気や力が八十老の二人に可能かどうか、心許ない。ま、やるしかなかろうが。
2016 5/28 174

* さて、妻は新しい機械を買って貰って「嬉しくて」と、ほくほく。ただし妻の新機が穏当に順当に諸般設定されて起動稼働してくれるのか、わたしは、まったく今や機械の手順になど自信も責任ももてないので、手出しも口出しもしない。
願わくはただ、妻の機械穏和に働いてくれて、発送のための宛名印刷や、必要なコピーの電送などして貰えないと、「湖の本」や「選集」のしごとが進められない。成功を切に祈っている。
2016 6/1 175

* 朝から妻は新しい機械の起動と設定までにただもう四苦八苦、会社へ電話を延々掛けて教えて貰いながら遅々としてはかどらない。機械は新しくなればなるほど 扱いにくくなるという悪癖を負うている。わたしはそういう傾向を好かない。もう手も口も全く出せないしだす気に成らない。

* で、ひたすら仕事していた。
2016 6/2 175

* 妻の機械が今以て稼働できないのに、ウンザリ気が重い。
2016 6/5 175

* 妻の買った新機まるで稼働せず、地元で修繕の業者に来てもらい、二時から、いま五時過ぎ、まだ何かしらやり続けている。必要最小限度を、安全パイだけ を働かして使用すれば比較的無事なのだが。ま、幸いに新旧二台の機械が、働けるようになりそうな気配だが。さ、どんなものか。
その間に、わたしの選集第十七巻入稿分、読了と整理とが、ほぼ終えた。
わたしは自分に使えそうにないアプリには手を出さないし、降る雨のように機械の向こうから来る「誘い」には、一切乗らない。あれだけ自在に使えていたツ イッターもフェイスブックも、ちょっと人手に触られてからは皆目役立たずになっていて、すると、(ツイッタ-のビジネス活用)名義で、わたしのメールアド レスを掲げながら「御社のサイトをアピールする最適の方法をお教えします」などと言いかけてくる。同類の誘いはああも言いこうも言いながらイッパイ来る。 一切触りもしないから無事で済んでいる。

* もうそろそろ片づくかなあ、階下のテンヤワンヤは。

* 幸いに、新機は初期設定へ三時間かけてもどして、稼働可能の処へ持ち込んでもらえた。かなり異様な機械であるらしかった。さらに幸いに、ウイルスによ り大きく損壊した旧機も、回復へ持ち込んでもらえた。あとは、妻の勉強と用心とに期待。みすみす悪誘惑のウイルス攻勢に乗っけられていては機械も堪るま い。
ま、わたしの機械など、とうのとうの昔にオンボロお古になりきっているが、まだ使えている。
2016 6/6 175

* 妻の機械、順調にはとても動かず、ヘキエキしている。
2016 6/10 175

* 使用している機械へのあらゆる「外」からの勧誘に乗らない。OSのウインドウズ10へ勧誘するばかりか断り無く利用者の機械へ侵入して勝手に「新OS」を組み入れてしまう行為は、ゼッタイに許してはならぬ。あまりに横暴な米企業のゴリ押しだ。
2016 6/11 175

* ひら仮名、カタ仮名の成立史はほぼアタマに入っている。今朝、放送大学で適切な復習が出来て有り難かった。ことに「ひら仮名」の発明発展は、源氏物語など平安物語や和歌の盛況を用意して、まこと偉大な成果であった。感謝せずにおれない。
話はちがうが、誰であったか『源氏物語の恋文』という本を書いていた。読まなくてもなにとなく納得できるのだが、一例、柏木衛門督の恋々とした露わな恋文、それを不用意に散逸した女三宮の幼稚さは、悲劇の原因となった。
「世」すなわち男女の世間である「世の仲」では、あらわにはしたなくモノを言うてはならない、洩らしてはならない「慎み」という禁忌がある。柏木も女三宮 もその心得が重大に欠けていて、道ならぬ恋の秘密をほかでもない女三宮の夫である光太上皇に見露わされてしまう。光君は怒っただけでなく用意のない幼稚な 若者らを軽蔑した。
メールは恋文のように「温かく」書くといいと、もう二十年近く前に語った。
その一方で、源氏物語のあの悲劇も念頭に、よく心して上手に「センス」良く書かねばいけない、バカげてあらわな具体的な事柄を言露わに書くべきでないと 思っていた。「心浅い」とは、まさに無遠慮というより、配慮を欠き、露わな物事を露わなもの言いのまま、たとえば、メールで送ってしまうことだと思ってい た。
字義のままの「遠慮」「配慮」の出来ない、つまりは「センス」の欠けた書き手は、自分の書いている露わなメールを、言葉による「凶器」とぜひ思い直した が良い。「軽蔑」されないように書いたが良い。メールは今やなんら秘密の通信方法でなく、せいぜい「ハガキ」並に人目に洩れるもの、心幼いトラブルがたく さん起きている。
逆に、政治や行政や社会的な不正にむかっては、明確な言葉で、真っ直ぐ手厳しい意見をぜひ出して欲しい。
2016 6/12 175

* なんとかホームページで頓挫している「電子文藝館・湖(umi)」を昔通りに稼働させたいと試みるのだが、どこでどう手順がちがうのか、成功しない。しんぼうよく、試み続けてみたい。
2016 6/26 175

* 機械の起動に延々と時間がかかる。その間、あせらず側近の書へ手を出し、その開いたところを楽しみ読む。そのため。その書物は、事典、辞書、詩歌、短章で なければならない、拾い読むのであり通読はしていられない。遅いながらも機械は気むずかしく、逆らわないように、しかし出すべき手は遅滞なく出さねば機嫌 を損ずる。つまり画面からの要求には注意して応じないと、元も子もなくして初めからやり直しになる。

* 今朝は自然と陶淵明全集の下へ手が出た。
「感士不遇賦」の序に目慣れた「抱朴守靜」の四字がある。君子の篤素だとある。美しい四文字だ。
「ああ意気を導達するは、それ惟(ただ)文か」という一行にも出会う。まことに、と、思う。
詩人はつづけて言う、「巻を撫して躊躇し、遂に感じて之れ(感士不遇)を賦す」と。

嗟乎(ああ)、雷同して異を毀(そし)る、
物、其の上(かみ)を悪(にく)み、
妙算者を迷へりと謂ひ、
直(ただ)に道(い)ふ者を妄なりと云う。
坦として至公にして猜(そね)むこと無きは、
卒(つひ)に恥を蒙り以て謗りを受けん。
瓊(たま)を懐(いだ)きて蘭を握ると雖(いへど)も、
徒(いたづ)らに芳潔にして誰か亮(あき)らめん。
哀しい哉、士の不遇なる、
2016 6/28 175

* 昨夜おそく、大デュマの『モンテクリスト伯』を一気に読み終えた。満たされた。
この作で、挿話的に記憶に印していることがある。その話を昔の湖の本原稿で思い出そう、取りだ:そうと捜して、最近、読者から注意されていた大事なことに気がついた。
このホームページに、多年、月々の日録は、悉く保管してあるのに、なんたること、「湖の本」の通算第百巻以降が入れてなかった。別の場所には入稿原稿と して大方保存されてはいたが、それさえ欠けている巻のあるのに今頃気付いた。まこと厖大なフォルダ、ファイルを抱えているので、おそらくどこかでは探し出 せるかも知れないが、楽観は出来ない。
機械のなかの整理整頓も、落ち着いて心がけねば悔いをのこすことになる。これがまたたいへん難儀な作業になるだろう、このごろ脳味噌の乾燥が進んでいて機械の設定や操作が苦手に成ってきているから。
2016 7/2 176

*  ホームページの総量が、わたし自身にも計り知れず厖大になり、全容を、具体的に此処に確認し記憶するのが容易でなくなっている。この「宗遠日乗・私語の 刻」だけでも、1998年3月以降此の先月までに「176ファイル」も収録保存されてある。おそらく近現代に書かれた「日記」群のなかでも突出した大量、 200頁の「湖の本」にあてはめて80ないし90巻分を擁している。
わたしのホームページは、むろん、日記だけではない。既刊の「秦 恒平・湖の本」すでに小説等とエッセイ等とを含め、全130巻が保存されており、なおこの先へ続々刊行され収容されて行く。
他に、わたし自身の創作、随筆、論考、詩歌、東工大体験等々、また生活史に属する厖大な諸記録等々が密集保管され、さらにその他に、幕末來平成に到る文 豪・大家、詩歌人、新人らの心してわたしの選び抜いた優に600もの作品集「電子文藝館・湖(umi)」までが、このホームページにはおさまって在る。
よくまあ、なんとか保管してきたよと思うものの、もう、わたしの手から頭から大きく剰る大荷物になってきてしまった。娘・昔の朝日子が傍にいて手伝ってでもくれれば運営を委ねられたろうが、それももう叶わない。
せめて、すこしずつでも不備を直し、手も加え、ムダは省いて、サマを調えてだけは置きたいと思っている。
2016 7/6 176

* ホームページの点検を終えた。点検に応じて、整理できる所は整理し、さらなる拡充も可能な余地あり、賢く組み立てたい。思いの外に時間を費やしたが、大事な作業であった。点検し整理すべきは、他にも大量にある。もはや保存よりも、整理し廃棄すること。
かなり眼を酷使した。霧の中にいるようだ。十時半。休まねば、もう。眠ることが、眼をやすめるのに最も有効。
2016 7/19 176

* 「HP コンテンツ備要」を印刷、項目だけで 42頁に及んだ。それも、内容の分かっている「日録」先月までの176ファイル分は外してある。好きな言葉でないが、モノスゴイと我ながら驚く。
ネット操作から離れたワープロ機能での原稿と文書の貯蔵は、重複も含めて、さらに莫大なフォルダとファイルの満載で。
2016 7/20 176

* 某チャンネルのネット書き入れは便所の落書きとまで嫌われていた、みながみなそうではなかったろうに。
わたしはソシアルネットでは、必ず「文責」者として氏名を公表の上発言してきた。「文責」を明かさず人を傷つけるだけが目的の記事など、無意味・無意義 な汚物にすぎない。ほんとうに本気で言いたいことなら、立場と姓名とを明かして、議論対論をさえ厭わない正しい行儀・態度を示すべし。またそういう行儀正 しい慣例を生み出して行かねば、あまりに見苦しい卑劣な人間破壊者になってしまう。情けないことだ。
2016 7/20 176

* 週刊誌による都知事候補への卑劣で悪質な中傷記事が出ていると聞いた。よくも人として恥ずかしくないものだ、唾棄してやまない。いずれ、中傷のたねを 売り込んだヤツがいて、恥知らずに買ったヤツがいたのだ。そういう売り込みに限って、売り手のそいつは卑怯な仮名に隠れているものだ。
デートDVとかが蔓延の傾向とも報道されている。
聞けば聞くほど、この国、いまや若者の芯から食いつぶしつつ、つぶされつつ、あるらしい。自然環境も大切だが、差し迫って日本人を食いつぶして行く 「毒」は、濃厚に執拗に「機械環境」に浸透しつつある。もはや言論表現の自由と言い古された旗をふってダラケていてはいけない、「機械環境」が国民の心身 を腐らせて行く怖さを懼れねば、と。日本ペンクラブの理事を務めていたとき、何度それを言ったろう、だが、失笑されてお終いだった。「バカめ」と腹の中で 歎き懼れながら、十二年務めた理事を辞めてきた。
2016 7/21 176

* じつに久し振りに「e-文庫・湖(umi)」にエッセイ一作を送り込めた。ネットで転送の成功も確認した。ちょっとした機転からの手順修正が奏功した。こ れが確実となり手に入れば、もっぱら「e-文庫・湖(umi)」の充実に意気をそそぐことが可能になる。もう何度か確実に成功させたい。

* 夕食後、もう一度、今度は大作を「e-文庫」へ送り込んでみた。著者別では出たのにジャンル別では出ず、しかし根気よく、打ち直し打ち直しして、ついに成功。大きな声が出た。

ごく小さな見落としも打ち違いも絶対にダメだが、永い手続きのうちにまちがいをしている。
しかし、永く、どうにも成功しなかったのは、打ち違いではなかった。ちょっとした機転と発明とで、難関が解消できたのだ。しかし手間のかかることは、大変です。なんとか、粘り勝ち、した、かな。
2016 7/22 176

* ホームページの内容点検をほぼ終えた。要点だけを、コンテンツとインデックスに分けて取り出し、印刷した。見出しを刷っただけで、A4用紙に130枚もあり、あらためて、のけぞった。重複など、こまめに消去して機械の負担、ホームページ事態の負担を減らして行く。
一太郎のなかにも厖大な原稿や備忘記事が溜まっている。ここにも重複があるはず、用心して重複より消失をおそれてきた。もう整理していいだろう。
2016 7/23 176

* 多年、操作法を見失って掲載不能のまま悶々と試行錯誤を繰り替えし続けていた、わが電子文藝館「e-文庫・湖(umi)」が、一昨日粘っての末にふと したアイデアから、とうとう掲載・転送に成功したことは書いた。昨日一日をおいて、今し方、ひさしく気に掛けていた埴原六郎さんの長編「秦 恒平論  異界を歩く……生きる手立てとしての小説」掲載を試み、すんなりと掲載・転送に成功した。一昨日の長編は山瀬ひとみさんのやはり秦 恒平論で、山瀬さんのも榛原さんのも、実は「論じられている」私は、ほとんど拝読していない。書評をはじめ、さほど長文でない批評はむろん目に入れば拝見 してきたが、真正面から本格に大量に筆を用いられた論考・評論・批評となれば、当人の私としては、うかと読んで、よくもあしくも影響されてはならない。む しろ私の愛読者や批評家の目にふれて討議して頂くのが、筋、だと考えているのである。

* 原稿をお預かりして、致し方なく延々机に仕舞い込んでいた長編の力作もあり、続々掲載して行きたい。寄稿して下さる方にもお願いしたく、投稿される新人原稿を、取捨と批評とは私に任せて頂けるなら、喜んで「編集者」として尽力したい。
とにかくも、ひさしく休止していた(既に掲載されていた六百に及ぶ近代現代の諸作を読むのに問題は無かったが。)秦 恒平責任編輯の電子文藝館「e-文庫・湖(umi)」を訪れてみて下さい。方法を、念のため以下に書き出しておきます。

① 「HP 作家・秦 恒平の文学と生活」を開く。 http://hanaha-hannari/jp 湖(うみ)の本 表紙を飾る二枚の絵とともに HP全体の「表紙」が現れる。 表紙の面を(どこでも)クリックする。
② 「HP 全容の目次頁が現れる。 右欄は無視し、左欄の目次の下方に 英字と日本字で電子文藝館「e-文庫・湖(umi)」が表示してある。
③ 表示のうち、「英字」部分をクリックする。 平安神宮後苑の写真と共に 「e-文庫・湖(umi)」 の「表紙」が右に、左に電子文藝館「e-文庫・湖(umi)」作品の、「ジャンル別・著者別の検索欄」が現れる。
④ 著者名からも、ジャンルからも、「掲載 作家・作品」へ到達できる。

* 今日も眼を遣いすぎた、頭もボオッとしている。「e-文庫・湖(umi)」=「秦 恒平・電子文藝館・湖(umi)」の再稼働出来たのが、至極、嬉しい。広く紹介したい湮滅同然の名作、秀作が在るのだ。掘り起こしておくのもわたしの仕事 と思っている。力のある新人の創作も読みたい、ただし騒壇餘人の私に、文壇への売り込み斡旋などはどうか期待されないように。
2016 7/25 176

* この機械が動くのは気温の高い今の内で、冷えてくると起動しなくなるかと案じていますが、新しい機械を学習する根気と視力とが案じられます。機械の使用は最小限度になってゆきそうですが。
2016 7/27 176

* 宮下襄さんの『「一冊の詩集」に代えて 一』および『二』を、無事、「e-文庫・湖(umi)」の「詞華集」に収め得た。これで、ほぼ「e-文庫・湖(umi)」は機能を回復し、以降多彩に作品を広範囲の読書子の前に送り出せる。気分、高揚を覚える。
意欲作、自信作をお持ちの創作者皆さんからの寄稿を求める。編輯者として一作家として、きちんと読ませて頂く。
2016 7/29 176

* ソシアルネットが、わたしからは開けないいろんな人の書き込みを報せてきて、ホンのすこしは何がいわれているか分かるが、身に沁みて全部読みたいと思 うモノは無い。息子もしょっちゅう呟いたり写真を加えたりしているらしいが、全然見えも読めもしない。願わくは、じっと胸に溜めた思索や苦渋や奮起の思い は「私語」の闇に秘かに書きためて後日に託した方がいいのにと思ったりする。
2016 7/30 176

* 建日子は、わたしの今の機械を触っていって、母親に、オヤジの機械、まだ動いているのは奇跡のようだと囁いていったと。この機械よりは新しいシステム の機械を二台もそばに置いたまま、わたしの老耄のアタマは手慣れないそれらへ手が出ないのである。インターネットの設定すら出来なかろうと投げ出してあ る。
ワープロ機能だけが使えれば、原稿の送りなどは妻の最新の機械に頼めば(これも甚だ頼りないが)なんとかなるだろうし、メールを諦めてしまえば、世間は 遠くなるけれど現在も、交信はうんと減らしている。 「私語」を主とした日記のたぐいは、ワープロ機能が在れば書きおくだけは百万枚でも書き継げる。要す るにネットのお付き合いが今にも不可能になるだろうと息子は指摘していったに過ぎない。
ドロップボックスというのを建日子はわたしの機械に仕置いて呉れたらしいが、それも八月末にはわたしの機械では機能停止になると通告されている。大事はない。役立ててきたという実感もないのだから。
2016 8/2 177

* 毎朝 メールを開くと、汚泥のようなspam(悪質不良)メールがたくさん流れ込む。その中にはわたし自身が多年、二十年の余も用いてきたメルアドが使わ れてたりもする。HP表紙に公開しているのだから盗用は簡単だ。それもまあ、八十の爺に親切げに強精剤の広告ばかり。むろんそのままひら即削除、おととい おいでと。
おもしろいことに、この手の不良メールの殺到は、ある期間過ぎるとパタっと跡絶える。しかしまた忘れた頃にドドっと来始める。
昨日まで固まって流れ込んでた汚泥が、今朝は一本だけに。分からない、が、また休止期間になるのかも。やれやれ。それにしてもこんなのは無数に日本中に行くのだろう。わたしのメルアドが使用されていても、わたしに関わりないことですから、明言しておきます。
2016 8/4 177

* 半ばまで書き進めたしごとが、バサッと消えてしまった。この機械、よほど慎重に操作しないと、こういう事故を重ねそう。ガッカリしてしまうと志気が落ちる。あきらめてやりなおすことに。
すこし休んでこよう。
2016 8/14 177

* 自民党政権は「テロ準備罪」を用意するとともに「通告」を慫慂するとしている。まさしくかの明治の昔ら政見が大々的にでっちあげ(フレーム・アップ)た大逆事件の蒸し返しを画策している、あれは全面にちかく国が犯した「国の犯罪」であり、愕然として国民の政治意識は萎縮しきった。
近代の国と国民とのあいだに起きた悪しき支配屈服の歴史を学び返そう、今ならばまだ「歴史」の記述にほぼ正確に学び得ようから。わ

* わたしの「e-文庫・湖(umi)」「詞華集」席に掲載の、鉄幹詩を読み返して欲しい。鉄幹の友人大石「誠之助」は悪しき密告から絞首刑にされた。心ある人々に、啄木、修、蘆花の文や言も今や必読と奨めたい。

☆ 招待席

よさの てっかん  詩人 1873.2.26 – 1935.3.26 京都府に生まれる。 詩歌集「烏と雨」大正四年(1915)刊に収録の掲載作は、明治四十四年(1911)の大逆事件に絞首刑された 大石誠之助を素材の痛切な諷刺詩で作、妻与謝野晶子に「君死にたまふことなかれ」の有ったのを想起させる。大逆事件は、ゆるされてならない大きな国の犯罪 を暗部に、日本の近代・現代を大きく自壊と崩落へ導いた。「e-文藝館=湖(umi)」に掲載している石川啄木の『時代閉塞の現状』平出修の小説『逆徒』 徳富蘆花の講演『謀叛論」などは、同時期における優れて勇気ある聡明な言説・証言となった。
鉄幹のこの屈折を装った批評の詩も「日本」を嘆く不気味な発語 であった。 (秦 恒平)

 

誠之助の死   与謝野 鐵幹

 

大石誠之助は死にました、

いい気味な、

機械に挟まれて死にました。

人の名前に誠之助は沢山ある、

然し、然し、

わたしの友達の誠之助は唯一人。

わたしはもうその誠之助に逢はれない、

なんの、構ふもんか、

機械に挟まれて死ぬやうな、

馬鹿な、大馬鹿な、わたしの一人の友達の誠之助。

 

それでも誠之助は死にました、

おお、死にました。

 

日本人で無かつた誠之助、

立派な気ちがひの誠之助、

有ることか、無いことか、

神様を最初に無視した誠之助、

大逆無道の誠之助。

 

ほんにまあ、皆さん、いい気味な、

その誠之助は死にました。

 

誠之助と誠之助の一味が死んだので、

忠良な日本人は之から気楽に寝られます。

おめでたう。

 

* 「チクリ」「密告」「誣告」は権力がともすると迎え入れた人性破壊のあしき「罪」である。
「テロ準備」は謂うまでもない極悪に類して絶対に容認しない、が、それを偽りの密告、誣告、悪意の告げ口を利して政治への厳しい批評者たちを検挙し投獄す る口実に政権が用いる極悪こそは「大犯罪」「国の、国民を犯す犯罪」に他ならぬという認識を、強く広く誰もが堅持したい。
まして今はネット時代、悪質な仮名偽名での悪意にみちてただ伝聞効果のみを狙った犯罪行為は増えに増えるだろう。

* 秦恒平が責任編輯する「e-文庫・湖(umi)」へは、このホームページの「繪のある總表紙」から「目次頁」へ入り、英字「ライブラリー」表示をクリックすれば簡単にジャンル別・著者別の目次検索へ入れます。
2016 8/27 177

* 写真の電送が出来ていないようだ。ややこしいので、一旦、撤去した。八月の写真が美しく、気に入っている。
2016 9/1 178

* 気温が落ちてくると、わたしのこの古い古い機械の始動には途方もない時間が掛かって、しかも不安定になる。じっとガマンして付き合うのである、辛抱強 くなる。なにも慌てることはないのであり、待ち時間に今朝も後拾遺和歌集の秋、冬の歌をつぶさに品評していた。そのあいだに機械もやおら働き始めてくれ る。
2016 9/18 178

* 日記の日付をよく間違え、前日分をコピーしたままになっているらしい。手書きの原稿では「書き写し」なんて泣きたいほど大変な仕事だったのが、機械仕事をはじめて「コピー」「貼り付け」ほど有り難い機能は無い。この二つで足りていると言いたいほど。
2016 9/25 178

* 夜前 機械がすんなり終了できず 途方に暮れた。強引に、消してしまった。一触即発 何が来るか知れない。機械がだめになれば、さしあたり、外界と切れるばかりか「湖の本」「選集」作業は致命的に停滞する。
なんとか穏和に、別機械へ移転したいが、それが出来ない。アタマがよほど硬く空洞化しつつあるのだ。
2016 10/5 179

* 機械の不安定に脅えながら、こうして稼働している危うい安堵感に頼っている。いよいよ本格、この機械の抱き込んでいる全容を、以前に送ってもらってい るモノへ移動させなくてはと。ただ新しい設定への理解が届くか、とにかく案内や解説の字が小さくて読み切れない上に、理解可能なのか、甚だ不安心。
このまま、そおッと、選集十六巻を無事送り出すまで、機械稼働を最小限度に腫れ物にさわるように要心していたい。
2016 10/5 179

*  爽さんに送ってもらった外付けのディスクに たぶん、機械の中のコンテンツ全部をバックアップできた気がする。なにもかも入ったので、当然始末の必要な ものも沢山混じっていると思うけれど。朝から、まる一日、この作業にかかった。といっても機械がしてくれているので、ただただ待つだけ。待ち時間に、恆存 訳の戯曲「聖女ジャンヌ・ダルク」や「斎王譜」など、読み耽っていた。ちっちゃいUSBを利するのもいいのだろうが、なにもかもガボッと取り込めるとは、 大助かり。感謝感謝感謝。
2016 10/6 179

* この数日、津浪のようにいわゆる不良メールが押しよせている。内容は悉く、わたしには何の役にも立たない強精薬の売り込みで、嗤える。
2016 10/17 179

* 不幸にして、使用できていたフェイスブックもツイッターも、何故かわたしの此の機械で働かなくなっているのが残念。
2016 11/2 180

* 字がよく見えないのと、古い機械の不調も手伝い、文章が千切れたように飛んで行ってしまったり、ややこしいことだ。妻が読んで、メモで直してくれるで、また機械へ戻って訂正したりしています。
2016 11/21 180

* 懸命に仕事しているうち、この機械がへんに不安定に明るくなったり暗くなったりする。危ないかな。ひやひやする。打ち
2016 11/23 180

* 世界が確実に動揺し動乱をはらんで今し息を呑んでいる。咎もなくただ平和に生き生きと生きたい人々の願いが踏みにじられて行くと、被害感から責めるこ とはしやすいが、本当に人は、今日を生きる人々はただの被害者の席に拘束されているのだろうか。わたしをむろん含めて人々にもキツイ責任が掛かっている、 その自覚があまりに希薄なのが怖ろしい。『マウドガリヤーヤナの旅』でわたしはさまざまに苛烈な地獄苦を描いていた。そのどの地獄よりも酷い地獄を現代は みずから造りあげてしまう。
トランプ、プーチン、習近平、金正恩、安倍晋三、彼らは自身がすでに鬼面鬼心の政治にのめり込んでいると気付かないのか、気付いているのだ、分かったま まやっており、更にやろうとしているのだ。われわれはそれを唖然とみて仕方ないと呟いているだけ、まさしく「ツウィート」世界にこの世は塗り替えられてい る。鬼にひとしい各種の「機械」が高笑いしてわれわれを飼育しようとしているのが、聞こえていないのだ。わたしも、現に機械に日々追い使われている。
2016 11/27 180

* 建日子、わたしの名で、ツイツター、フェイスブックを新設して行ってくれた。

*  もう十時半、機械を閉める。
2016 12/1 181

* 美しい写真と、優しいお便り。馴染みに馴染んだ界隈で、目に見えものに触れ合う心地がする。感謝します。写真をうまくわたしの機械に取り込めて、ここへ転写したいと思うが、どうも機械の手順がだんだん手元あやしくなって、難しい。
2016 12/7 181

* 明らかにある種のウイルスを背負ってくるメールがある。引用転写しようとしても、まったく正常に作動せず帰省の画面を混乱させる。こう いう事態は増えこそすれ減るまい。機械いじりはつねに被悪用ないし被破壊の危険を帯びている。検索病のような人たちが多いと聞くが、検索内容のいいかげん の極みもさりながら、検索行為自体がウイルスをを自身の機械へ引きいれることになるバカラシサ、心得ていたいと思う。
2016 12/11 181

* フェイテブックから多数の出来事や連絡を告げるメールは来るけれど、躓いて使えなくなっている設定の何がよくないのかは全く分からず、もう一年ものあいだ、無意味と化している。わたしへフェイスブックやツイッターで接触を思われている大勢の方に申し訳ない。
2016 12/12 181

* メールが送り出せないのに気付いた。理由不明。受領はしています。
もうわたしの機械、ボロボロです。ま、成るように成って行くでしょう。階下へ降ります。
2016 12/13 181

* 今日一日、何をしていたか。いささか、ボンヤリしていた。ホームページの締まりがついてなくて、とうぜん在るべき原稿が保存されていなかったりし、かなり ゲンナリした。あまれにコンテンツが莫大でその保管に手が回りかね、必要なものがどこへ失せたか、隠れているのか、捜しようがないとは情けない。手間さえ かければ回復は可能だが、その手間が痛い。
2016 12/19 181

* 寒さに、血圧や血糖値の計測計が働いてくれない。電池を取り出し掌で揉んで温めてやっと血糖値は計れたが、血圧は乾電池をゴシゴシ揉んでも今朝は働いてく れなかった。真冬には例年のことであるが。大古のコンピュータも温まらないと起動してくれない、少なくも十分ほど毎朝かけている。そんなものと諦めてユッ クリ付き合っている。待ち待ち読める小事典や箴言集や詞華集も手の先にいつも備えてある。
2016 12/27 181

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