ぜんぶ秦恒平文学の話

電子メディア・コンピューター 2017年

* 機械不調、写真の処理などすべて何かに引っかかって不能。ワープロ機能にほぼ一辺倒、ひれで好いとしている。
2017 1/14 182

* 前にも原善君からのメールがわたしの目に触れていないことがあった。理由は分からなかった、が、また別の人でおなじ事が起きていたと分かった。識った名で ないと、あるいは分かりにくいメールの名乗りであると不良メールかと開きもせず消去することも無いではなく、しかし不良メールには「spam」印が付いて くる。これは問題なく消してしまうが、極く稀には、まともな人からのまともなメールに不良印が付いてくることも無くはなかった。
失礼がありそうなので、一言お断りしておく。
2017 1/17 182

* 不良メールが、この二、三年一日に二、三十は舞い込み続けたが、このところウンと少なくなった。メール往来自体も少なくなっていて、それもそれ、成り行くままでいい。仕事が出来ればそれが有り難い。
2017 1/18 182

* ホームページの全部を外付けのハードディスクに保存するようにと、デイスクを送ってきて下さる人があった。どこに隠れていたのやら、ウイルスを防ぐら しい何やらも出てきて、もうわたしに新しいハードだかソフトだかを使ってみる今期も技の理解もなくなっている。保存用のディスクは同じ物を前にも戴いてい ろいろ保存したような気がしている。
2017 /19 182

* 機械を触っていて、なにかしらミスタッチで大事な原稿を消してしまったような、そうでないような頼りない不安に陥ったりした。選集の一巻分に達してい る長編を見失っては大変だが、無くしては居ないが、最新の校訂稿であるのか、少し以前のか。なにか操作をしくじった感じ。
2017 1/28 182

* 大きな機械に慣れたいと思いつつ、不慣れの難しさに閉口して機能的にまったく活用できないままで居る。今のこの機械からほとんどを移転してあるが、それも自在には操れない、そもそもインターネットへも繋げていない。
そんな中で、はからずも、孫娘押村やす香が、肉腫のため病院で死んで行くせいぜい数日前か、高校での学友達がみな浴衣姿で集まり、集会室へ送り出された やす香のベッドサイドで朗らかに歌を唄ってくれているビデオ写真を観た、聴いた。やす香も泣きながら唄っていた。観て聴いて、わたしも泣いた。
やす香が最期に此の祖父母の家へきて、妹の押村みゆ希と嬉しそうに雛祭りをして帰っていったとき、我が家の猫の黒いマゴは、まだ小さかった。そのマゴも 十七年をわれわれと一緒に生き、昨初秋死んでいった。やす香は二十歳を目前に、さぞや無念に、しかも母の誕生日に生命維持装置を切られて死んで行き、以 来、十年も余。国連へ勤めたいと張り切って大学へ入ったのに、もうその夏のうちに逝ってしまった。かつては歓喜の朝日子誕生日であったのが、やす香命終の 日になってしまい、両親であり祖父母でもあるわれわれ夫婦は、大切な大切な日付への歓喜をまるで喪ってしまったのだ、取り返し付かず。
2017 2/9 183

* 今日は、総じて不調、実効のないかたづけ事に時間と神経を使い疲れてしまっている。こういう日もある。
写真を替えた。写真コレクションの量がこの古機械を圧迫している気がする、時として機械が「描画」を拒んでくる。理由が分かれば対応できるだろうに、いつも「何故」そうなのかが分からない。
ドラクロワのもゴッホのも、珍しい方に属している。写真の借用である。
プチ・ジャンの真作で小品ながら好きな「花」の繪を愛していたが、いまは建日子に遣ってある。
シルクスクリーンの版画ではミロの大作を一点買っておいた。颯爽とした線の廻転で描かれた騎馬の一騎打ち。やはり版画だが、銀座の画廊で、ビュフェの 「薔薇」が買ってある。ピカソのごく小品の佳いのも。しかしこのピカソは精巧な印刷かも知れなくてやはり建日子にやってある。
建日子はわたしから骨董の類もよろこんで仕事場へ持って帰るが、よく旅しているのに、自身の好みで手に入れたと観せてくれたその種のモノは一点もない。趣味がよほどちがう。

* facebookなど、盛んに「お友達からの連絡などが増えています」と伝えてくるが、何がどうなってか、開きようがなくなっている。「この記事はイ ンターネット・エキスプローラ」では開けません。」と云うなら、どうこうして下さいと教えてくれればいいのに。ツイッターも然り。ま、そんな方面へ時間や 手間を取られないのが好都合の正解なのであろうと、放り出している。
2017 3/7 184

* ずらりと不良メールや読み出せないメールが来ていて、一瞥もくれず全て削除。
2017 3/30 184

* この機械は用の足せる稼働までに十分はかかる。気ぜわしくすると動かなくなり最初からやり直さねばならないので、一度稼働すれば一日中でもそのままにしておく。
冷えた機械が温まって(と勝手に想っているのだが)稼働までの時間をわたしは身近な短かな読書に宛てるべく手の届くところに詩歌集その他を常備している。
今朝は中学以来の恩師が最初の歌集『むらさき草』をしみじみと読み、あとがきも懐かしくしみじみと読みおえて、三十分ほども機械は放っておいた。懐かしい懐かしいしみじみとした時間であり先生のまことにお優しい、お顔やお声の甦ってくるお歌であった。泣きそうになった。
2017 4/9 185

* わたしが『父の陳述』という長編で最もアピールしたかった一点は、「ソシアル・ネットで」の発語・言説に「文責明示」をという願いであった、市民社会での その確率が、少なくも良識の慣行が無ければ人は、社会は、國も世界もムダで有害な混乱へかき回されてしまうことになる、と。作を成したあとからケイタイ、 スマホ等々のネット利用は爆発的に増殖し、その有用も便利も否認しないがそれに倍するとすら嘆かわしい、人間の機械化、機械依存ないし機械による被支配傾 向が強まって来ている。そこからデマゴギーは氾濫し、狭く見積もっても都市人間が、若きはもとよりいい大人まで人間らしい表情や言葉を喪ってきている。せ いじまでが、そのような危うい感興へ粗末なことばを抛つことで自己満足しかけている。
少なくも、ねっと社会での発語・発言には「文責明示」を明瞭で譲らぬ認識により制度化しないと、世は挙げて無責任な落首・デマの乱雑境と化してしまう。すでにそうなりかけている、いや半ばなってしまっている。
わたしは、いま、いかなるネット社会情報も自身の「此の機械から」は受け取っていない。ツイッターもフェイスブックもミクシーも、わたしの機械は全く繋 がらなくなっていて、私自身がどう発言しようも読み取ろうも成らない。その意味でも私個人の現今日本や世界の情報源はわずかなテレビ情報番組の域を出ない し、買っている新聞一紙もいまやわたしの視力では「無」にちかく遠い存在である。わたしが、いま、日々にここで発言・発語しているのは、「情報源」による ものというより、つまりは「私」自身の根から生えて出ている思惟や感想や意見なのである。それをもし支持している何かがあるというなら、おそらくは私の 「歴史」感覚ないし「人間」観なのであろう。
世界情勢や日本の今日から明日へ、わたしは、無用に悲観も無用に楽観もしない。危ないと痛いほど感じているだけは真率な体感という近い。だから、どう疲 れてもわたしのしたい仕事に日々はげんで「間に合い」たいと思っている。何に。何故に。それは考えないことにしている。永遠は考えて実感などできない。考 えないから永遠は在る。
2017 4/26 185

* 機械に何十年来の写真がおびただしい枚数入っているのが、見ようとしても、何故か「描画できません」と拒絶される。理解不能。あまりに量が多いからか。一枚も見られないとは。ウイルス攻撃かな。ちょっとした設定ミスになっているのか。ま、狼狽えてもしょうがない。
2017 4/27 185

* わたしが東工大へトビ込んだ一つの狙いは コンビュータへの縁を求めてだった。ワープロは文壇でも最も早い時期、東芝が売り出した第一号機を買い入 れ、即日、連載小説の途中から書き始めていたが、パサコンには手が届いていなかった。わたしは根は機械音痴に近いのだが、コンピュータはわたしの作家生活 に役に立つはずと言う確信に近い予見を持っていた。しかし独りでは使いこなせまいと言う懼れも深く、東工大からのお呼びは、その意味で渡りに舟だった。任 官し研究費が出ると直ぐさま学生生協でパソコンを買った、だが、教授室へ顔をみせる学生達がみな笑ってしまうようなヤスモノだったらしい。結局東工大に在 任中は、機械、ほとんど活用できなかった。やっと退官後になって家へ遊びに来てくれた天才のような学生の一人がわたしの希望をあれこれ聴きいれながら、 あっというまに現在の此の「ホームページ」を創作してくれたのだった。わたしは日記を書き始めメールを保存しはじめた。
わたしは「メール」という表白・表現の秘めもっている「文藝」の素質にいちはやい予感をもち、「佳いメール」を収拾しつつ、それらを取り混ぜ培養するか のように小説の文章への素材化を意図し続けてきた。信じられぬほど面白くも豊かにも人間を感触させ表現させる「味の素」に成り得た。「メール」は作家であ るわたしの表現を刺戟する「栄養」に造り替えうる素材の意味を持った。十人百通のメールを文藝というすり鉢にいれてすり下ろすと一人の新たな性格が立ち上 がってきたりする。
2017 5/2 186

*  メールには、書いていいことと、書かない方がいい範囲とが、確実にある。柏木という貴公子は源氏の正妻女三宮への文をあまりに不用意に書いてしまい、源氏 の目にふれたとき痛く軽蔑を買った。文の作法を知らない男も女も、あさはかに軽いのである。メールも源氏物語での文のやりとりも同じ。いまどき、他所の メール往来をでも覗き見する技くらいは、かなり大勢がおもしろづくに所有している。ハガキなみなのである、だからこそ、メールの書きわざには神妙なおもし ろみが添うと云える。メールの表現は文藝なのである。
2017 5/5 186

* 北海道での「むかわ龍」発掘で七千万年前の全身像がビジョン化された。七千万年まえ。人間の人間らしい地球上での生活は七万年にも満ちていない。人間の誕生を地球の一年でみると大晦日の23時59分30秒頃にやっとと聴いている。
そんな人間が、なんという爛熟にさしかかっているのか。
わたしの小さかった頃には、漱石・鴎外はもういなかったが、鏡花、藤村、露伴も、谷崎も直哉も康成もいた。国民的な敬愛をあつめる文豪がいた。今は、…いるのか。識らない。
わたしの小さかった頃には、勝れて大きな画家・彫刻家たちがビカソをはじめ何人もが世界的に敬愛されていた。今は、…超えているのか。識らない。
わたしの小さかった頃には、今に比べればかなりまともな政治家が日本にもいた。今は、ヒド過ぎる。
わ たしの小さかった頃には、辛うじてラジオはあったがテレビもなかった。まして電脳機械やネット社会など無かった。便利は増えたが人間の爛熟腐敗はグローバ ルに進行し日本人の心身は、「九相詩」でいえば、すでに新死相をあらわにし、やがて第二肪脹相を呈し、第三血塗相に達し、第四方乱相の解体をみせはじめ、 第五噉食相にあってあらゆる虫・鳥・獣に食い散らされ、第六青瘀相、第七白骨連相、第八骨散相へまで転じて、もはや第九成灰相をすら安楽には迎えられない であろう「いちびって心ない、まともな目も耳も心も見失って、機械をつかうどころかあらゆる機械にかえって頤使されて暮らしている。それが文明の恩恵だと 錯覚している。
価額技術が野放図に発展発明されて行くのは人間の不幸の極を待ち迎えるに同じではないかと、志賀直哉はあの戦後に生真面目に発言していた。
マトリックス世界が来ている。人間は、一度は死に絶えて仕方ない文明の不幸をすでに生きている。文化的にすぐれたモノやワザは文明のこころない重圧で 踏みつぶされて行くだろう存在感を誇示しうるのは当分はアスリートが第一で、芸術家も政治家も学者ももはや年を追い日を追って粒が歪み潰れつつある。機械 と通貨との専横時代は進度をますます早め、囲碁・将棋のようなまったく何らの価値にもつながらない無意味な抽象の天才技でさえ、いずれ機械に制圧される。
機械こそは人間力の所産ではないかと安楽に思っているような暢気さで、いま人間世界はただの機械化または機械の奴隷化へ敗亡腐蝕しつつある。
これを救いだせるのは、真にすぐれた政治家と藝術家でしか無い。宗教家や哲学者にはもうモノが見えていない。

* 祈っている人の図像をわたしは、呆然と見ているのではない。その横に添うている気だ。
2017 5/7 186

* 世界的にハッカー攻撃が拡大し、日立社内のコンピュータ・システムが崩壊したかのニュースがある。わたしは、世界戦争は核でよりも、電脳攻撃でこそ大 乱を生じるだろうと、ペンクラブの理事を勤めていた昔にくり返し憂慮を発言した。加えて、今後の人間の環境問題は、自然環境破壊以上に電脳機器による精神 環境の混乱と衰弱こそ重大事だと発言し続けたが、ほとんど顧みられなかった。そもそも電脳機械を使えている理事など数えるほどしかいなかった。予期し予見 したとおりに人と世界とが腐って来ている。困ったことだ。
とにかくも、百パーセント確実にその人と自信の持てないメールは、過剰なまで即削除している。
2017 5/15 186

* この機械をあけたデスクトップには、フィリッポ・リピの描いた聖母子から、マドンナの横顔だけを
大きく引き出してあり、あけてもくれても、年がら年中、この世界一清らかな美女をわたしはながめている。心すずしく、よほどイヤなことも洗い流してくれる。
2017 6/1 187

* わたしの名前でわたし自身がツイッターやフェイスブックに所感を寄せていたのはもう数年以前の以前のことで、機械操作上の理解不能な障害が起きて、以 降、ただ一行の投稿も不可能になっている。それもまた良いことと諦めて放置したままである。たいへんな量のわたしへの「お知らせ」とか「友誼」の通知が経 営当局には届いているらしくしばしば通知がくるが、その内容をわたしの機械はガンとして読み出さない。そしてそれもまた良いことと諦めている。
もしかして、私の名前などを用いて世に放言の悪戯をする人がいても、全く私の関知しない無縁のよそ事であることを、こういう「イヤな時勢」であればこ そ、シカと確言しておく。わたしの処世と思懐とは、殆ど全部がこのホームページ「作家・秦 恒平の生活と意見」、ないし湖の本・選集という出版活動とに尽くされている。

* 「e-文庫・湖(umi)」への原稿転送がどうしても全面的にはうまくいかない、半端な形では読み出せもするのに。よっぽどややこしいツクリになって いるらしい、人手を頼んでできたものゆえ、わたし一人の手で難所を通り抜けることが難しすぎる、しかし、やってみつづける。老いのアタマでは複雑な機械の 回路を容易には通り抜けられないが、くり返し粘り強く試み続けることは出来るハズである。頭の体操と思えばいい。あわてふためくことはない。
2017 6/17 187

* このホームページ「作家・秦 恒平の文学と生活」には、入れ子になって、厖大な日記部分「作家・秦 恒平の生活と意見」のほかにも、現に掲載六百作を越している秦 恒平責任編輯の電子文藝館「e-文庫・湖(umi)」を始め、湖の本本百数十巻等大量の作品・原稿(コンテンツ)のアーカイヴをも成している。
これらをすべて万一に備えて「保管」して下さるという声も届いていて、有り難く預ける用意をしているのだが、どうしてどうして簡単に整理がつかないで、毎日のように少しずつ複雑な手順で手を掛けつづけている。
ところが、実は私の機械で、上の「ホームページ」部分は、大きく云って全体の半量、その他に、やはり莫大な「一太郎」領域が在り、此処にはたやすくは外 へ持ち出せない、たとえばこの二十年の無数の知人のメールや、住所録や、メルアドや、むろん創作のためではあるが機械の奥から採集してきたアブナイ写真 や、真っ当で厖大な自慢の家庭写真などが、書きためた数え切れない原稿や資料やコピーなどとともに唸るほど溜まっている。これらも、いつでも人手に托せら れるようには分類整理しておかねばならず、しかし今分はバンザイ状態。ここには、全日記(私語)を三十数種に分類した全部も入っていて、思い切ってホーム ページに含ませておくことも必要かと思っている。
とにかくも、今は、親切に送ってきて戴いている外付けのハードディスクに、みそもくそも全部ひとからげに移転・保存しつつあるが、これは個人情報的にも 門外不出とするしかない。早く、無難に整理しておきたいと、この歳になって、なかなか俗用から離れられない、そのおかげで或いはわたしはまずまず日々を精 神的には活溌に生き延び得ているのだとも思うことにしている。
つまりは、こんな、今いう何もかもが、すべていつか、いつかどころか意外に早く烏有に帰し地球の埃となり失せるのだと、わたし自身は想っている。だから、出来ることはしておこうと思っている。この混乱思考はなかなかに趣味に富んでいるのかも。
2017 6/17 187

* 発送用意も着々進んでいる。とはいえ、すべては機械が温和しく注文に応じてくれないと。もっとも、このわたしが機械を丁重に使っていないと、わたしの 咎で機械が停まってしまう。腹をたててもよく調べるとわたしがミスしたり見落としたりしている。今朝も諸挨拶を印刷しながら、一つインクをムダニしかねな い見落としをしていながらプンプンしていた。それでも、自分のミスに気はついた、よかった。機械の老朽もあるが人間の老耄もまちがいなくある。
2017 6/24 187

 

* 機械の内容を軽くするように努めている。十二時近くなった。終える。
2017 7/5 188

* このホームページは、まだ、幾らでも纏めて書き入れ可能の部屋がもてている。部屋を創りふやすことも出来る。
で、感想のようなことはこの「私語」の日誌でいいが、微妙に創作的な着想・落想ないし試筆の類は、その為の部屋を建てて、随時書きためて行こうと想う。
2017 7/10 188

* 宇治十帖はひとしお練達の叙事と展開でまさしく懐かしいが、しかも終始うす曇って晴れやぐことがない。物語を牽引する薫と、ヒロインの一人浮舟との、たゆたい揺らいで心定まらない性格が影響している。
この二人、わたしは好きでない。好きになれない。姉の宇治大君を哀しみ死なせ、妹中君を心浅くライバル匂宮に押しつけておいて悔い続ける薫の、煮えきらなさ。実父藤原氏柏木の自制心に欠けた愚かしさをモロに受け継いでいる。生母女三宮の不注意な粗忽さにも似通っている。
聡い光源氏の顔を思わず歪ませたほど愚かしくも露わな柏木の恋文の書きザマ、それを秘め隠しも得せず夫光源氏に見られてしまう心幼い女三宮の足りなさ。いまいまの表現で謂えば、ネット社会での醜聞「炎上」にちかい失態だった。
先生が女学生とのみそかごとをネットで「炎上」暴露されてクビになるハナシが、ときどき新聞にも報じられるが、昔の学校とはちがい、今今の生徒たち、尊敬できない先生をネットで火祭りにするぐらい、オモシロヅクでやってしまう。報じられる先生方の不祥事は、たいていそんなふうに世間へバレているらしい。
もっと大人の世の中でも、なんとかいう名の有る細君がなんとかいう名の有る亭主をネット社会で罵倒し尽くす「炎上」沙汰が醜聞となり、これまたよほどヒマなテレビ局がバカバカシク電波を浪費して火の手を煽り続けている。大人とは思われぬ愚挙の共演。お粗末の極み。
ラ・ロシュフコーの曰く「思慮に欠けた弱さは悪徳にも増して美徳に相反する。」
2017 7/23 188

* 「竹取物語」の三連続講演録を読み返し始めた。「枕草子」訳も半ば近くまで再校した。
重く重くなってしまっている古物なみの愛機を少しでも軽くしようと機械が呑み込んでいる厖大なコンテンツの用心のためのダブリ分を思い切って削除している。優に1500ファイルほども棄てた。
おなじ事を、上京六十年このかたの郵便物にもぜひ敢行しなくては。極端に謂えば一通あまさず年度ごとに残っている、狭い家中のどこかに。メールは一瞬でみな消去出来るが、大小の紙の郵便物を点検の気力も体力も場所も、無い。

やかましいこの世の日照り目をつむる  遠
2017 7/23 188

* 機械の起動に今朝はほぼ三十分もかかった。どうにかしなくてはならない。
2017 7/24 188

* おそくまで京都の地誌・地図や、新旧の源氏物語本や、閨秀「伊勢」のことや、「絵巻」月報や、枕草子や、竹取物語などを読み耽り、そして「信じられない話」が寝た夢の中で錯綜し、七時にはムリに起きてしまった。観音様と、秦の親たちの位牌へ「おはようございます」と二回ずつ敬礼、テラスのネコ・ノコ、黒いマゴたちにも、今日も元気に楽しく仲よく「三人で」遊べよ、「トーさんもカーさんも家にいるよ」と声を掛けておいて、たいてい一羽で、ときに二羽でやってくる鳩のための白米をテラスの真ん中に撒いておく。
さてハダカの体重を計り血糖値と血圧も測ってノートし、食前のインシュリンをきまった単位注射し、病院処方の薬四種のほか、何となく習慣的なサプリ七、八種を、食後のため決めた小皿にちゃんと用意しておく。
これらが毎朝のきまりごと。
そして朝食前か食後かに二階の機械を明けに来る。これに、イヤほど時間が掛かる。
真ん前、目の上の書架は大きな字や大冊の全集類でいっぱい。その他いたるところに使い駆け読みかけの本や資料が雑然、建日子が欲しいとねだっている佳い革のソフアも、坐るどころかモノが幾重にも乗っかったまま。倚子の背側、張り付くように間近な机上には、二段に工夫した仮の板棚に、上は湖の本創作、下はエッセイがみな揃っていて、いつでも自分の仕事を読み返したり調べたり出来る。まだ本になれない待機中の原稿類も大きな紙袋五つ六つに入って到るところで場を塞いでいる。
機械は三台、しかし新しい方の二台を此のわたしは能う使えなくてムダに棚さらしになっている。日々の愛機は、はるか昔からの古物でゆーっくりしか働かない、もうこれは危機的状況というしかないが、根が機械音痴にちかいわたし、最新機へ新たに挑む能は無い。
2017 7/25 188

* 秦恒平の名でツイッターに記事が出ていると「ツイッター」通知が来るが、わたしはもう三年ほども機械設定の無効から、自分で記事を書くも読むも、そもそもツイッターを開くことも全然出来ないで居る。「フェイスブック」も同じで、どっちも百パーセント起動書き込みも読み出しも不可能状態にある。是までにも同じことを此処に書き置いたが、いままた繰り返しておく。わたし秦恒平の発言をツイッターやフェイスブックで見たのなら、誰かが悪意の所為であると明言しておく。
2017 7/26 188

* この七月で、わたしの「生活と意見 闇に言い置く私語の刻」は、1998年三月以来20年余を経て「190ファイル」にも成った。このホームページの 中に「宗遠日乗」として全部が保管されてあり、大方が誰でも披見可能に出来てある。手がまわらずここ20ヶ月分近くがまだ整備できていないけれど。
ホームページを整備し、将来のためにも是が非でも副本を創って欲しい分散して欲しいと頼まれているが、容易に手が回らない。ホームページには「私語・日 録」だけが入っているのではない。「「e-文庫・湖(umi)」も全部入っている。その他、信じられないほど入っている。せめて幾らかは整理したいと思う がとても手が回らない。あと二年半か三年で幸いに「秦 恒平選集」三十三巻成し終え得ればわたしたちの生活はひっそり世間から遠くなるだろう。かのうなら「湖の本」は続けていたいけれど。ま、そのころになお幸 い余力が有れば片づくものは片づくだろう。いや、片づいたりしないままだろう。わたしの脳味噌もそろそろ溶けかかっているだろうから。
2017 8/11 189

* ツイッターを介してわたしにダイレクトメールする人がいますと「ツイッター」がメールで報せてきたが、何度も云うように、数年前から、わたしの此の機 械ではツイッターへもフェイスブックへも全く繋がらず、何一つ読み取れない。わたしに用や話があるなら、わたしのメールアドレスで直に言うてきてもらいた い。
2017 8/12 189

☆ お元気ですか、みづうみ。
昨夕無事に帰国しました。とはいうものの帰国数日前より本格的な風邪をひいての帰国で、サウナ状態の日本に戻り、身体がびっくり仰天。重苦しい暑さと時差ボケでふらふらです。

本日は一つだけ急ぎのお願いです。溜めてしまった「私語の刻の編集作業」をしようとしましたら、なんと先月七月分の記載を見つけられません。どこにあるのかリンク先をお教えいただけけますでしょうか。宗遠日乗には2016年3月末日以降のものも見つかりません。慌てています。行方不明の「私語」に焦っています。これ以上作業を滞らせたくなく、何卒よろしくお願い申し上げます。

体調不良のため用件のみのメールで申しわけございません。

絽  夏衿の細きうなじや母ゆづり  荻野泰成

* 日々に追われ、超肥大したホームページ内容の整備・補強が出来ていない。困った、困った。が、ま、みな過ぎにしこととも。これからを一に大事にしたい。
2017 8/24 189

* 機械の内容を、あらためて大方、外付けのハードディスクに移してみた。相当な時間を要した。まだまだ全部をとは行かない。

* ともすると、グタッと疲れて潰れかける。横になり寝入って回復するとまた仕事をしている。仕事の間は疲れを覚えないのに、休憩に入るとドドッと疲労感 に陥る。困る。やすめという信号だと思って休むようにしているが、有り難いのか困るのか、からだを横にしてやると臥たままでの校正がハカが行く。いいとき は一気に五十頁も読める。やはり疲れてそのまま寝入ってしまう。ま、一時間か半ていど。

* データ保存の間は機械が使いにくい。機械から離れるわけにも行かない。で、後撰、拾遺、後拾遺和歌集に詳細にいろんな爪印のつけてあるのをさらに点検しつつとびぬけた秀歌を選んでいた。
また手の届くところへ出してある史籍集覧『参考源平盛衰記』のたまたま四に手を触れ、ぱらっと開いて「実定卿厳島詣」の各種記事を逐一読めたのが、いま も思案中の仕事のためにも勿怪の幸いだった。この本は、なみの平家物語では手に入らないおはなしもフンダンに集めていて、わたしのような小説家には、お宝 なのである。

* あ。十一時半。黒いマゴたち、ネコやノコにも「おやすみ」を云って、寝ます。
2017 9/7 190

* いよいよこの機械も変調を露呈し始めたか。どうも、うまくない。気温が日々に下がり行くに連れ起動にも時間が掛かる。冬至、わた しの誕生日頃には少なくも三十分ほど機械を温めないと起動しないかも。それまでにクラッシュしてしまうかも。アタマ働かず、神頼みで、手を束ねている。
2017 9/12 190

* きのう「mixi」が、東工大卒生の誕生日を告げてきていた。記事は全く読めなくなっているのでその事実しか分からなかったが、当のその人のことはよく知って覚えていたので、メールで慶祝を伝えて近況を問うておいた。
今朝、元気な返信があった。よかった。文化財の補修保存の科学的な基盤研究に携わっている。在学の頃からブレのないそれが目標の学生だった。教授室での対話など懐かしく思い出す。

☆ 秦先生
ご無沙汰しております。

メールありがとうございます。

こうして時が経っても気にかけてくださる先生がいらしてくださるのは、宝物です。

メールいただいてほっこりしました。

おかげさまで相変わらずバタバタとせわしなく暮らしつつ、平和な日本を享受しております。

子供達は高2、小5、小3になりました。

誰に似たのか理系科目の全くできない娘の進路が非常に不安ではありますが、本人は中学受験して女子校に入って5年目、とても楽しそうです。

課外授業でずっとお茶を取っていますが、随分上手に立てるようになってきました。

この子も含めて三人ともサッカーをやっています。

下二人の男子は暇があればボールを蹴っていて、本の虫だった母から見ると全く読書量がなく、先が思いやられますが、いくら本を並べておいても手に取るかどうかは本人しかできず、心配しています。

仕事の方も順調です。

年ごとに「これ以上できない」と思っていますが、それでも毎年仕事量は増えています。

長い間出張日数は年間70日程度でしたが、数年前から90を越えました。もはや移動中は貴重な仕事時間になっています。

雑用も政治的なことも爆発的に増えていっているため、流されそうにはなりますが、その中でも成果を出し続けていかれる程度の研究資金と優秀なスタッフさんが揃っている今の境遇に本当に感謝しています。

しかし、年も取ってきました。

例えばある事象についてある程度文献を集め、読み込んで「理解した」と思っていても、ふと気がつくとその事象についてこ こ数年でたくさんの研究が出ていて、全て自分自身の中でアップロードし直さなければならない、ということが増えてきました。「知っているよ、そのことにつ いて」と思っていても調べ直すことを基本にしなくては、と肝に命じています。

世の中はどんどん変化しており、自分もまた変化しているのを肌身で感じています。

短歌は、以前ほどの頻度ではないですが、文章にできない思いがわくと歌にしています。箱に入れて鍵さして墓場まで持っていくような感情が歌になっていっています。

仕事が忙しくなり、子供達もそれぞれに家を出ることが多くなり、前ほどべったり過ごせなくなってきました。少しでも一緒にいられる時間が貴重になっています。

先日は運動会の代休の日に仕事は休みを取って一緒にいました。近くの旧久米正雄邸は建物は別の場所に移築されましたが、生垣はお茶の木で手入れもされずに残っています。

子供達に「これ、お茶の木だよ」と教えたところ、「え、作りたい」ということで、こっそり少し摘んできました。(厳密には違法ですよね、すみません。)

少し蒸して、揉んで煎って、とやっていたら、それなりのものができました。

こんな時間があとどれだけ取れるのだろう、と思いつつ過ごしています。

子供達の写真を探したのですが、三人全員写っている写真がなかなかなく、昨年の写真になりますが、お送りいたします。

娘に浴衣の着方を教えつつ、二番目の子が来ている浴衣の丈出しをしている最中に撮ったので、息子のはあまりにもツンツルテンでみっともないのですが…。(そして私もスッピンです)。

そうそう、家族が一人増えました。2年前に出張中の道の駅で拾った三毛猫です。

もともといた猫は娘と同じ年で、なかなか受け入れてくれませんでしたが、ようやく同じ部屋にいても怒らなくなりました。

などなど相変わらずの生活です。

先生も奥様も、大病を乗り越えられてお元気でいらっしゃるご様子、ほっといたしました。

いつまでも、いつまでも、お元気でいらしてくださいませ。   鎌倉  典

* 生き生きしてくる。「スッピン」も元気そう、お子さん、みな愛らしく、羨ましい。
お茶のお稽古というのも、嬉しい。

☆ 秦先生、
先程、ホームページを拝見しました。私のメールを掲載して頂き有り難うございました。
写真が開けなかったとのことでしたので、以下のリンクを貼りました。クリックして頂けば、小岩井の旅行の際のアルバムが開くようになっております。
私や妻の両親に宛てて作ったアルバムですので、あまりに多くの写真や動画が入っており、少々気恥ずかしいものもありますが、適当に取捨選択してご覧頂ければ幸いです。
親バカで恐縮ですが、息子は掛け値なしに可愛いです。
時折(いや、しょっちゅう?)ワガママを言っては私や妻を困らせますが、それでも彼は我々にとってかけがえのない存在です。息子が楽しく人生を過ごせる世の中であって欲しいと心から思いますし、そうなるべく私達の世代が努力しなくてはならないと思っています。  英

* ありがとう。老人も励まされます。

* さ、写真を楽しみに、仕事、励みます。

* 仕事して、機械の前へ来て、英君の写真を見ようとしてが、指示通りクリックすると、例の「インターネットエクスプローラーではこの頁は開けません」と。

* 原善君がメールを呉れて、添付した論文を読んでくれと。読もうとしたら二段竪組みの雑誌頁がめんが竪のまま。半分盲いほど視力の弱いわたしにはとてもこんな小さな字を機械では読めない。
2017 9/30 190

* 例の、わたしの機械では使用不能になってしまっているFACEBOOK当局から、あれを見たか、これを開けと通知だけは来る。たくさん来る。そんな中 に東工大卒鷲津仁志君の「近況」というのがあって、これは知りたかった。で、当の鷲津君に直接メールしたら、心うれしい返事(下記)がすぐ届いていたの を、今朝一番に読んだ。
2017 10/5 191

☆ 秦先生
鷲津です. お声かけくださいまして,ありがとうございます.
大変ご無沙汰しておりまして,申し訳ありません.
先生のページは,ときどき拝読させていただいておりました.近況のご報告をと思っておりましたが,失礼しておりました.
近況と申しますと,ちょうど 2 年前の 10 月に勤務先を退職し,神戸にあります大学(兵庫県立大学)に教授として転職いたしました.
現職場は,2011 年の京コンピュータの神戸市のポートアイランドにおいて稼働開始したとともに出来た (県立大の) 独立大学院でして,スパコンの活用に関する教育研究を担う機関です.前職の先輩であり,現職の前任教授として赴任された先生が赴任後わずか 3 年の 2014 年にご病気で亡くなられたため,後任として着任しました次第です.
何故,待遇の良い企業から国公立大学に転職したのか,と良く聞かれます.愛知県の家のローンも終わっていたのに,西宮に新居を購入しました.給料が下がったのに,妻には多大な迷惑をかけています.
ここ西宮の夙川のあたりは,湯川秀樹先生が阪大時代に住んでおられたそうで,秦先生もご承知の通り谷崎潤一郎先生とも縁の深い土地です.
以前お話ししたかもしれませんが,私の母方の祖父は京都御所の隣の荒神口で酒屋を営んでいた者でして,私自身も小学校の頃に2 年ほど下鴨に住んでおりました.が,京都暮らしはそれだけで,名古屋や東京には長く住んでおり,関西にはご縁がありませんでした.日本の文化の半分は関西 だと思っていますので,「関西人になってみたかった」,というのが,大きな理由です.夙川の河原を歩いていたら,何か良いアイディアに恵まれるかもしれま せん.
前職では 3 年間,自由に研究グループを率いて研究させてもらって,一段落したのも理由です.また,ボランティア的な意味で自由に活動したかったこともあります.現在は,神戸大学の先生方と一緒に高校生に先端研究を教えるプロジェクトも担当しています.
大学教授は企業研究者よりも自由であるか,という点ですが,確かに自由ではありますが,理工系の場合,研究費を誰に出してもらうかというのが大変重要で す.この点,以前お話しましたように,これまでは企業(トヨタ)が寛大なパトロンとして支えて下さっていたので,実は以前の方が金銭的には伸び伸びと研究 できた面があります.今は,単年度決算の中で,仲間になってくださる大学の先生や企業様と共同研究をしているので,真の自由があるとは,なかなか言えない 状況です.
しかしながら,研究時間の何割かは確実に真に勝手な研究に時間を割けます.いよいよ,生命の起源と,交通の問題について考えています.理系と文系の両極端ですが,そこは専門の「シミュレーション学」の自由なところです.
また,学生を育てる喜びも体験させていただいています.育てた修士の学生は,今のところ全員が学会賞や国際学会のポスター賞をいただいて,いい企業に就職できています.私自身は学生時代や若手時代に,ほとんど褒められたことがないので驚いています.
これはたぶん「学生の研究を教員がサポートしている」という立場を明確にして,優秀な学生を全国から集めて,国際的にもアピールしているからだと思っています(本学のみならず,同志社大,名大,東大,お茶大などから集まっています).
ときどき「教員の研究を学生が手伝う」と仰る方がいて,それも一理あり,事務手続き上はそちらの方が正しいのですが,教育者の信条としては私が正しいと思っています.
また,博士号を取得したいという社会人の方も続々と来られて,研究室を立ち上げて 2 年の間に 4 名の方が研究室に参加されました.また,他大学や企業などとの共同研究も10 件を超え,ポスドクの研究者も 2 名雇用しております.
私自身は事務作業が苦手なので,同僚の先生から秘書の方も紹介いただきました.そのような感じで,10 名以上の方々が私の研究室に参加していただいています.
ひっそりと一人で研究するのかと思っていたら,「工房」の主とならざるを得ないような状況で,ありがたく,愉快であるとともに,責任も感じます.
最近は,これらすべて「ご縁」なのではないかと,思っております.
研究室のホームページは下記で,
http://washizu.org/lab/index.html
こちらでは学生募集のための情緒的な話も書いております,
http://washizu.org/lab/memo.html

Facebook 等が,ご覧いただけないことは残念ではありますが,先生のご発言は,先生のウェブにありますので,私としては不足はありません.ご子息様に何とか直してい ただけると良いような気もしますが…  通知メール?の設定は,ログインできれば,中で何とか設定できると思います.うーむ…

現在の政局ですが,細川元首相の「明治維新になるのかと思ったら応仁の乱のように混乱している」という見解に,思わず同意してしまっている次第です.応仁の乱に関係する方の発言だけに.
先月,中国の学会に招待していただいて一週間余り上海から北京まで旅行しましたが,中国の物質的発展は本物だと思いました.
ウェブを拝見しますと,先生の五感は益々冴えわたっているように拝読いたしました.是非,ご夫妻ともにご健勝であられますこと,祈念しております.末永くご指導いただけますと幸いです.
(上記のメール内容ですが,従来通り,すべて転載いただくこと,適宜ご編集いただくこと,先生のご判断にお任せいたします.)

* 新入生であったろう鷲津君が教授室を訪れ、初めて二人で話した折りの「風情」のような印象を忘れていない。平成四年(一九九二)の開講からそう間がな かったろう。ちょうど四半世紀。東工大「文学」教授と理工専攻学生の仲としては異数の久しさではあるなあと感慨深い。きめ細かく襞の深い柔らかい感受性を もった論客である、この君は。しかも手篤い実行がしかと伴って行く。
大いに、ハートの活躍した仕事を成して行かれよう。健康でと願う。
思えば、ここ三ヶ月もなく、建築家の柳博通くん、バルセロナの岩見京子さん、先端学研究の岩崎宏英君、文化財保護研究の早川典子さん、東芝勤務の林丈雄 君 らの元気な、頼もしい「近況」を告げられた。ほかにも親しく様子の知れた何人もが日本中の各地で元気にしている。ま、わたくしのためにはビタミンの役 をしてくれている。
残念ながら様子の知れなくなっている人もいる。東工大生で唯一人の歌人と成り得そうだった、いいエッセイの書き手でもあった、活動的な日経理系編集者でもあったと覚えている白澤智恵さんが元気でいるか、どうしているか案じている。
とにかくも若い誰にも病気して欲しくない。
2017 10/5 191

☆ 恒平さん

今日はスペイン全土で、”Let’s talk” をスローガンに、平和的な解決を願う人々が白い服を着て、各市役所の前に集まりました。

参加者はきっと多くないね、と言いながら、私たちも赴いたのですが、バルセロナ市役所前広場に着いたら、白い人々で溢れかえっていました。何かが少しでも変わるきっかけになれば、と願っています。

https://elpais.com/elpais/2017/10/07/album/1507369667_772451.html?rel=cx_articulo#1507369667_772451_1507382438

(デモの様子が写真で見られます。)

そちらの夜十一時は、こちらの午後四時です(十月の終わりに時差が七→八時間に変わります)。

昨夜は、十一時近くまでネットの前にいたのですが、私ですら目が擦れてよく見えない状態で、こりゃあ恒平さんが見えなくなっても当然だわ、と思いましたよ。 京

* インターネットの功罪は甚だしく分裂する。バルセロナと西東京とが瞬時に言葉を交わせるとはね…。これはもう福音にちかいのだが。
2017 10/8 191

* 安倍晋三がツイートしたからと通知が来ている。見もしないが、かりにも一国の宰相がツイートなどするな。ツイートとは「つぶやく』意味、日本語で「つ ぶやく」は、口をゆがめ気味に愚痴る、謗る、陰へ向いて小声で言う意味である。情けなく、顔を上げ得ずに泣き言を言うのがツイートの日本語なのである。
なんという情けない、日本の総理もアメリカの大統領も。恥ずかしげなくトクトクと「呟い」ている。
バカか、おまえたち。
2017 10/8 191

* 生みの母方の甥(といってももう定年後)から昨日近況をというそしあるネットらしいのから通知があり、わたしの機械ではこの手の通知は開けないので、直にわたしのメールへ頼むとメールした。

☆ お元気でお過ごしですか。
私の方からは何もしておりません
昨晩突然メールのパスワードが何者かに変更されたようです。 その関係ではないかと思います。メールのパスワードは再設定し、変更しました。
このようなことは初めてですが、セキュリティには気を付けなければと思っています。
昨晩の連絡には何もしないでください。メールであれば削除し、念のためウイルスのチェックをしてください。
どうぞお体には気を付け、楽しい日々をお過ごしください。 芳治

* ホオ 驚いた。わたしは受け取るメールで少しでも不明な石不審なものは、即決削除し「開かない」と決めている。そのために本当はたしかな友人知己の便りかも知れなくても、読めていない失礼が在ろう思っている。
機械に魂を抜かれたような 子供達 少年少女・青年達 大人達 老人達 と、戸外へ出ればたちまち出会う。街へ出れば、もはやこれは人間の世間かと危惧する。
機械は頗る有用であり すこぶる危害の凶器でもある。
仏は 夢から覚めよと教えてきた。心ある人はこの世は夢、覚めようと心していた。いまや、大統領も総理大臣も機械を弄くって呟くだけのウツケたバカである。
2017 10/10 191

* いろいろと親切に私の、ないしわたしたちの「仕事」へ具体的な手順などご助言下さる方もある。感謝。
ただ、只今のところ右往左往していて、出来ることしか出来ないでいます。ことに機械の上での新しいシステム風の立ちあげなど、今の弱ったアタマでは不安 心で、使い慣れている機械に思わぬ頓挫など生じては今やっている「仕事」の何もかもがストップしかねず、臆病なほどそれは怖い。妻の「持ち機械」二台と も、わたしにはワケ分からず、手が出せない。ご親切の生かしようもなく申し訳ない。
幸いアタマはハッキリしている妻の、無事退院帰還を切に待つしか無い。
機械は微妙を極め、たとえ同社の製品でも、システム稼働の仕方は段階的に大違い、らしい。ウカとは触れない。危ない。
2017 11/7 192

* 東工大卒の西山昂志くんが、フェイスブクでもわたしと交流したいと申し出てくれているらしく通知があったが、生憎、もう何年もわたしのフェイスブックもツ イッターも、この機械で開けなく、使えなくなっとしまっています。耄碌の始まっているわたしの手際でこれを改善することはとても出来そうにない。西山君、 ゴメンね。ほかにもたくさんの人からいろいろ声が掛かっているらしいのに、どうにもならない。
2017 11/9 192

 

* 連年、ペンクラブの理事会に出ていたもう十数年も昔、しばしば「環境」が問題になり、「環境委員会」が新設されたりした。問題になっていたのは、要す るに「自然環境」だった。だが、孤り、わたしは「機械環境」の悪化がもたらす「精神環境」の疲弊と損壊こそが予想される喫緊の「環境」問題だと、ほとんど 完全に無視されながら、言い続けていた。
自然環境の人的破壊も、自然の回復力は偉大なまで深く、いつしか人間の為した賢しらの方が元の杢阿弥に旧に復している事例が多い。しかしながら機械が及 ぼしている青少年、おとなたちの精神のひずみは、いまや暴威と化しつつある。殊に仮名や虚名の横行をゆるしたままの「ツイッター」の弊害は、米国大統領を さえ多く謬らせている。
もとよりツイッターに限らない。まことにみごとな「文明としての成果」ももつ一方で、人間の精神を芯から灰化してゆく無責任な機械の遊戯性は、日常と化 しつつ理性も悟性も知性も感性もを「失見当」の痴呆へと誘い込んでいる。危うい哉。政治、哲学、宗教のなんら働かない日本にずるずると日々沈没しつつあ る。
2017 11/18 192

* インターネットエクスプローラーに依存していた機械が、なにらか脱線事故へ導かれたか、思いの外の事故が機械に起きていて、保存されているファイルが読み出せなくなっていたりする。
途方に暮れる。
もうこのホームページは、わたしの手に負えず、蜘蛛の巣の乱れたように、手が着けられなくなってきた。店仕舞いを覚悟すべき時機にあるか。ムリもない。 全面的に他へ複写保存をと再三奨められ外付けのハード様のものも戴いていながら、どう手を付けて良いのかウロウロしているまに、機械の調子がややこしく 成ってきた。機械のセイにしては卑怯か、わたしの機械操作が頼りなくなっているのだと思う。ワープロ機能だけへ戻って行くべき時機か。
2017 11/19 192

* 機械にまた顕著な変化、良から不良への変化が一つ露わになった。ずいぶん久しく正常に働いてくれていた外付けの機器に赤ランブが入った。なかば諦めの心境。
2017 11/19 192

* この機械で久しく楽しんできた音楽が、まったく聴けなくなった。「音」が一切消え失せてしまった。末期症状が露わになってきたか。
不正・不良メールは露骨に来るが、一切受け取らない。万一、しかと把握できなくて知友からのメールで有るかも知れぬものも、確認できそうにないメールは、過剰なまで、受け取らないと決めている。
2017 12/13 193

 

* 機械に大変が起きているかも。一太郎がいう事を聞かず、書きためた作を画面に出してくれない。えらいことになるかも。
2017 12/19 193

* 機械の変調、辛うじて身を躱したが、不安定限りなく。
2017 12/20 193

* 今日はこの二三日にくらべ眼の不安定がきつい。九時十五分過ぎ、機械は断念して階下へ移転する。
2017 12/20 193

☆ 今年も残り少なくなりました。
国の内外共に余り明るいニュースはありませんが、来年こそはと毎年言いつづけて八〇余年。精神的には若い頃と少しの進歩もなく停止したままですが、肉体的には各所にガタが出てきだして 恒例の記念CDの作成で、ささやかなⅩmasのプレゼントに化かしてしまいました。
音楽に限っても雑食動物ですが、近ごろは日本語も碌に喋れない日本人が多くなり、端末機と指先ひとつで 対面せずに絵文字や符丁で会話?をする潤いのな いご時世ですから せめて往時の拝情的な詩句でも思い出して口ずさんで頂こうと 古い音源で恐縮ですが、あれこれ取り混ぜて編集してみました。
来年もCDの編集・作成で呆け予防ができれば有難いとおもっています。
十分ご自愛のうえよい年末・年始をお過ごしください。
秦兄  奥様のご容態はその後如何ですか 案じております 一昨年の秋 右手首を骨折以来左手で字を書いていますが (云々とあり わたしの目もわるく判読中断)
01 ジングルベル  02 上海ブルース  03 逢いたかったぜ  04 さ<らさ<ら  05 池袋の夜  06 夜霧のブルース  07 上海帰りのリル  08 ふるさとの 灯台  09 リラの花咲く頃  10 サーカスの唄  11 湖畔の宿  12 サンタが町にやってきた  13 水色のスーツケース  14 月の沙漠  15 南国の夜  16 あざみの唄  17 柿の木坂の家  18 別れのブルース  19 黒いパイプ  20 泪の乾杯  21 長崎 ブルース  22 上海の街角で  23 サイレント・ナイト
京・岩倉  森下辰男 1017.12.21

* 残念なことにわたしのこの機械、今や 一切の音響を喪い、雑音の一つも鳴らない静寂の極にある。たくさん蓄えてきた名曲達も まったく聴取不可能なん です。しかし機械は気まぐれで、と謂うよりもわたし自身の操作ミスが幸いして復活しないでも無かろうと天佑を待っています。
2017 12/21 193

* 機器作動のためのマニュアルが、字が小さくて読めない。「小字の文書は見て便ち愁ふ」である、参る。別機械へ移転したくても、慣れない機械は、とてもまともに使えない。メールが使えて一太郎のワープロ機能が使えれば、そして過去に保存保管の文書・写真が機に応じて援用できれば済むのだが。
今は、ふつうの読書の方が、機械での読み書きより遙かにラクになっている。
2017 12/24 193

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