☆ 黄葉 紅葉の
美しい季となってまいりました。
何時も「湖の本」楽しく拝読いたしております。京の町 祇園界隈の話など 懐かしい思い出ばかりです。
ご体調 如何でいらっしゃいますか? 気にかかりながら失礼しています、申訳けございません。
先日は美術館のご案内状をお送り頂き有難うございました。十一月久し振りに訪ねてみたいと思っています。
傘寿の節目の坂は厳しいとか? どうぞくれぐれもお大切にお過ごしくださいませ。
ご令室様にも およろしく。 かしこ 奈良あやめ池 絹
* お兄さんが高校でわたしと同級生、秀才だった。この人は二つ下、茶道部に。卒業後は銀行につとめ、南座東の支店窓口にいた。にこにこしていた。女優の安達祐実に似ていたなあ。
2014 11・1 157
* 午後、玄関まで、四国愛媛今治の木村年孝さんと同行の愛媛新聞社楠田浩司さん見え、慌てんつ恐縮する。上がって坐って頂ける場所がないのだ。ひたすら恐縮した。図書館関係のお仕事で東京へ見えたと。持参の本に署名し、楠田さんには「選集②」を、木村さんには単行本「能の平家物語」を呈上し、お帰り頂いた。お二人には、いま仕掛かりの小説でお力添えを頂いている。今日も懇切な参考資料を頂戴した。
それだけに家に上がってももらえないのは情けなく申し訳なかった。お酒をいただいた。酌み交わして歓談したかった、お話を聴けば作の進行にも有り難かったろうに。残念。
* 吉備の有元毅さんから、さきの絶妙「鮒ずし」を追って、名だたる「御前酒」を送って戴いた。ありがとう存じます。
2014 11・2 157
* 各務原の石井真知子さんから、美味しい柿の葉寿司がたくさんの箱詰めを、朝いちばんに頂戴した。喜んで妻ともう朝食に頂いた。歌舞伎座や国立劇場で好んで柿の葉寿司を買うが、それより遙かに寿司飯がうまくて賞嘆した。感謝。
2014 11・3 157
* 朝いちばんに前の渋川市図書館長だった森田比路子さんから軽井沢などの軽妙な洋菓子を二箱も戴いた。想えば久しく久しいお付き合いである。
☆ 初雪
hatak さん 秋に学会の地方部会長になり、今日は北大でイスラエルの病理学者を招いてセミナーを開催しました。来週は帯広でウィスコンシン大学の教授陣とワークショップがあります。秋はさまざまなイベントがあり、週末も出かけることが多く気が休まりませんが、頂いた『秦恒平選集第三巻』を筺から取り出し、美しい活字で『隠沼』を読みました。少し落ち着いて、到来の菓子で薄茶を一服しました。
ゆり根の出回る時季になりましたので、セミナーの帰りに少しお送りしてきました。茶碗蒸しなど暖かいものにして召し上がって下さい。風邪など引かれませぬよう、くれぐれもお体をお大切に。
札幌は今日初雪。また半年、雪に閉ざされた暮らしがはじまります。 maokat
* maokatさんから届くメールは、いつも、佳い感じでの吐露の味わいに溢れていて、もらった私も和やかに嬉しくなる。ほかにもメールをもらうだけで頬のゆるむ書き手にわたしは恵まれてきた。書かれた中身以上に自然な吐露感がお人をあらわしてくる。それのやすやす出来る人と、できない人とがある。できない人のは、むりにことばを作ってくる。ごあいさつに似てくる。
* 和歌山の三宅貞雄さんにうんとした手違いで「選集③」を送り損じていた。この六日、十三年ぶりに夫婦して上京されるので会って手渡すことに打ち合わせができた。恐縮。
わたしはその日から少なくも十七日までいろんな予定がほぼ連日つづいて、中には、よほど肩の張る用で京都から人を迎えねばならぬ日もある。
☆ 拝啓
すばらしい選集の第三巻をお送りいただき、ありがとうございます。御礼が遅れ申し訳ありません。
ご体調はいかがでしょうか?
私も秦さんの何分の一かでも仕事をまっとうせねば、と、肚を括っております。敬具 久間十義 三島賞作家
☆ 拝啓
ご療養のことうかがい案じておりましたが、ご壮健時にかわらぬ盛んな創作意欲の発露に感服致しております。
誠に豪華な装幀で、いただくにふさわしい読者たりえないこと自覚しておりますだけに もったいないことと嘆じながら 改めて味読させていただいております。厚くお礼申しあげます。
ご家庭に茶室はともかくとして、高校に茶室備わるなど、戦後まだ整わない時代にして、さすか京都とお写真拝しました。
湖の本シリーズにてうかがう社会批判、知人等に紹介しております。
創作行間に真摯に生きるお姿尋ねあて、納得。
お返しにもなりませんか゜、ふるさと振興の思い込めて、稲庭うどん少々お届けしました。着到ご返書どうかご放念ください。
しばと楽しめる秋天、お揃いでお大事に。 信太周 神戸大名誉教授国文学
☆ 謹啓
二○一四年もはや十一月です。なんだか一気に日々が過ぎていくようです。
その後、おからだの具合はいかがでしょうか。
「秦恒平選集」をお贈りいただき、ありがとうございます。風格のある見事なご本です。大勢いられる愛読者や御友人への限定本を小生にまでお贈りくださったことを恐縮に存じ、そしてうれしく思います。おからだ十全ではないのに、湖の本のみならず、選集まで。ずいぶん忙しくきついことと拝察しております。
どうぞご無理なさらず、おいたわり下さるよう。御子息様との協働もなによりのことと存じます。
ありがとうございました。 駒井正敏 元平凡社役員
☆ 拝復
ご丹精の貴重なご高著を賜り厚く御礼申し上げます。ご高著の布製の装丁一つとっても 近ごろこのような落ち着いた造本にふれたことは あまりありません。何度も手にとってながめました。拝見していると心がおちつきます。すばらしいご高著のご上梓おめでとうございます。
先生の作品「慈子」について折口学を視点にして作品論を書きたいとずっとねがってきました。何年も前に頚骨を痛め、その痛みによって集中して仕事ができません。
ご高著あらためてゆっくりと拝読させていただきます。先生は病気を克服し、仕事をなさっておられます。先生の生き方が、私の手本となるものと存じます。
御無理なさらず、御すごし下さい。感嘆ですが 御礼まで 敬具 石内徹 折口信夫研究家
☆ お礼が遅れました。
『秦恒平選集』第三巻が届きました、ありがとうございました。
今日は主人と奈良へ来ています。目的は正倉院展です。
午前中に聖林寺の十一面観音の西陣織でできた光背の初披露に偶然であえた事 正倉院展で鳥毛立女屏風が息をのむ美しさだった事 とても心豊かな一日になりました。
平宗の柿の葉ずしを送ります、奥様と召し上がってくださいませ。 各務原 石井真知子 読者
☆ 木々が紅葉で彩られ
美しい季節になりました。
「秦恒平選集」限定150部、私家版・非売品という貴重な本を送ってくださりまして 有難うございました。
大変恐縮しております。
身内の愛を問うた作品ということで、
家族という存在を考えながら読みたいと思います。
もうすぐ立冬です。
寒暖差で体調をくずされませぬ様、ご自愛くださりませ。
取り急ぎ御礼 申しあげます。 かしこ 沼袋 神戸葵 医師
☆ 秦恒平さま
とつぜん分厚い書籍小包が届き、いつもの「湖の本」よりずっと重いのを訝しみ乍ら、開くと金文字の篆書体で「秦恒平選集第三巻」とあり、驚きました。三十年前に出た岩波の志賀直哉全集を思わせる見事な装丁ですね。
ご恵送くださいましたことを、心よりお礼申しあげます。平成八年に大腸癌の手術により、仕事を退き、以来乏しい国民年金と僅かな蓄えを取り崩しながら生活をすることを強いられ、「湖の本」の講読も辞退させて戴いた後も、変わらずご送本くださいましたことも、併
せてお礼申し上げますバ
おかげさまで、手術後五年経っても転移はなく、医師の定期的診断も無事終わり、最近では、以前の勤め先に復職しております。もうすぐ傘寿に手の届く歳で、いつまで続くかわからぬのですが、健康維持のためにも通勤をつづけています。
書くことは、この数年は西行・芭蕉などをめぐつた短文をいくつか「三田文畢」に発表させていただき、あわせてこの十年ほど地元で始めました和歌の購読會を続け、現在は「新古今和歌集」を読んでおります。
もちろん小説に目を通すことも続けておりますが、最近では佐多稲子の作品に興味を抱き、手を付け始めています。参考までに昨年書いた短い文章を同封させていただきます。 なにとぞお目通しくださいますようお顔いいたします。
さて、ご本のなかの御作の個々の感想ですが、一通り率読いたしましたが、『慈子=斎王譜』については、『徒然草』の読み込みが私自身不足しておりますし、謡曲『野宮』も私の稽古した範囲を超えていますので、批評は遠慮させていただきます。『徒然草』は関心がないわけではなく、今年の初夏にサントリー美術館の「徒然草展」も訪れて、原文も読んでおりますが、御作に示されたような深い読みは到底できず、啓発されたと申し述べるのみです。
そのほかの作品につきましては、『畜生塚』をあらためて、味わい深く読ませていただきました。いわゆる「不倫小説」と読まれる可能性がないわけではなく、随分危うい道を歩まれているなという感想はありますが、言われることは54ページから56ページに書かれ
ている「身内」の思想の具現でしょう。これだけで十分でしょう。『こゝろ』の戯曲でお示しになつた同じ島に立つという言葉を思い出しました。私があえて、最近ではたまにしか書いていない「エッセイ通信」の佐多稲子についての文を添えさせていただいたのは、「驢馬」
という同人雑誌に集ったひとたちの強烈な「身内」意識のことを比べ、ここにも身内の人たちがいると思ったからです。ことに佐多稲子と中野重治の五十年の信頼と愛は、中途半端なものではない。これこそ「身内」の思想の具現と言ったものだと感じています。
さらに、御作の味わいは、この作品が書かれた当時には、背景にしか過ぎなかった京都への愛が、時が経つにつれて前面に出てくるという不思議さでしょう。昭和四十五年という時代の中で、いわゆる「不倫小説」の代表は立原正秋だったですが、いまは文庫本もほとんど絶版になつている彼の当時のベストセラー小説『薪能』『剣ケ崎』などを振り返ってみると、そこには彼が苦心して構築した不安定な人間関係の世界より、背景の鎌倉の風物が浮かび上がつてくるのとおなじように、御作の中からは「京都」が鮮烈に浮かんできます。瑞泉寺も、『慈子=斎王譜』の主要な舞台になつている泉涌寺も、わたくしは知りません。わずかに泉涌寺については、甲子園へ二日続きでナイターを見に行くという、不時な団体旅行の合間に、バスをチャーターして行った京都めぐりの旅の中で退職した熟練の元バスガイドが、泉涌寺の外壁の白い五本線を指さしながら、「こんな寺はめつたにあらしまへん」と叫んだのを覚えているくらいです。
しかし行ったこともないこれらの寺が、まるで自分が実際に訪れたように感じるのは、秦さんの「京都」が、立原の「鎌倉」のようなひ弱な架空物と違って、骨がらみの記憶の中のものであるからでしょう。これらは時間が経過するにしたがって際立ってくる特徴なので
しよう。
あとは、『畜生塚』にはなかつた登場人物の「自死」という結末が、それ以後の作品には現われるということの不思議な暗合です。『畜生塚』の発表の年月日が「昭和四十五年二月号」の「新潮」というのを見て、あることを感じました。あの年は奇妙な年でした。私は同人に加わって「島尾敏雄論」を連載させてもらっていた「文藝首都」が終刊し、仲間たちと「茫」という雑誌を出すのに大わらわでした。その創刊号に載せた「眼の恥」というエッセイが「新潮」の酒井健次郎編集長の目に留まり、長い評論を書いて持って来いと言われました。五月の終わりのことです。さんざ苦労し、第二稿目を書いている十一月の終わりに、三島由紀夫の自死がありました。途端に私は筆が動かなくなりました。自分では三島の愛読者という意識は全くなかったのですが、これはどうしようもありませんでした。「新潮」に持つてゆくのは止めました。
今回のご本の中の御作は『畜生塚』だけが三島事件以前の作で、あとの作品はそれ以後のものです。御作の中での「自死」がその影響を受けているとは申しませんが、『隠沼』の眞葛兄妹の「自死」は作品の結末はあれでいいのかもしれませんが、その突然さは納希が行きません。
前に「三田文學」に書いた評論で、私は三島由紀夫と川端康成のふたりの「自死」についてのあいまいな姿勢が、日本の文学者を駄目にし、さらにその死の想念が日本の文学を衰退させたと書きましたが、いまもその考えは変わつていません。
漱石の『心』の先生の「自死」についての判断(判断中止)についてもそうです。「先生」はどうして死ぬのか? これについての追及が今度の朝日新聞の『心』再掲載の際もそうです。これをやらないと日本人にとって「天皇」とは何か?「天皇陛下」の名の下に、なぜ3 00万もの人間が死ななければならなかったのか、絶対に解明できないでしょうね。しかしこれをやるのほマスコミの下では困難です。やれば殺されるでしょうね。
私も八十に近くなって、勝手なことを言うようになりました。
御気に触られることがあれば、なにとぞお許しください。
私はこのごろつくづく私が蒙った奏さんの御恩ということを考えます。一九九八年に一緒に暮らしていた息子が別居独立するに際して、夫婦と息子、それにまだ存命だつた母の四人で、マラソンの有森裕子に倣って、家族新聞を出そうと申し合わせをしましたが、期日になってもだれも書きません。仕方なく自分の「慶喜の墓」という文章をコピーし、年賀状をやりとりしていた昔の文学仲間に送り、当時「湖の本」を購読させていただいていた秦さんにも送ってみようと思い、送付申しあげたところ、思いがけない激励のお言葉をいただき、では一年間は続けてみようと思い、書き始めました。
最近、この一年分を読み返してみて、この十二回分がいままで私が書いてきた文章の中でいちばんいいのではないかと思いました。神経の麻痺した患者が、必死になつてリハビリに励むように文学にしがみついているのがはつきりわかる。純真であると感じたのです。そのころと比べると、十六年後の私は邪心がありすぎる。
このエッセイ通信から故庄司肇氏とのつながりができ、そしてつぎつぎと坂本忠雄氏、高校時代の級友古屋健三、さらに高橋英夫氏と輪が広がっていったのですが、最初のころの秦さんの導きがなければ、どうなつたかわからない。しみじみと御恩を感じる次第です。ごの十二回分は今やっている仕事が一段落したら、少し手を入れて、私家版の小冊子を作りたいなと思っています。
御著のあとがきにご健康のことに触れられておられますが、案じております。私も長い闘病生活の中で、担当の医師からしつこく言われたのですが、いまは大腸や胃の癌はこわくない。極論を言えば人間は大腸や胃がなくても生きられる。転移さえしなければいいのだ。それには食生活だと口を酸っぱくするほど説教されました。いまでは肉はほとんど食べずまず菜食を貫いていると言えるでしょう。それでもいくつまで生きられるかわかりませんが、寿命が尽きるまで頑張るつもりです。
どうぞ秦さんもご自愛くださいます様、お祈り申し上げます。
『慈子=斎王譜』の感想については、後日『徒然草』をよく読みこんだ上でお送り申し上げる所存です。
十一月三日 佐倉 高田欣一 文藝批評家
☆ 前略にて
失礼いたします。
約13年ぶりでtoe 今日に参ります。娘婿の段取りで、越後湯沢に一泊することになり、もう一泊東京でということになりました。11月6日ヒル頃ホテルに入ります。祝杯を交わさせていただくのが一番ですが、お目にかかれませずとも、お声だけでもと存じています。
選集3巻、私語の刻で各位からの謝辞を読みまして まだか、まだかと、毎日郵便配達を心待ちにしています。
お二人様には ご体調思わしくないとのお葉書拝受いたしました。ご快癒をご祈念申し上げます。このところ急に冷えて参りました。どうぞお大切になさってください。 不一 貴志川 三宅貞雄 朱心書肆主人
* ペンの委員会で一緒に議論し合った長田渚左さんが『桜色の魂 チャスラフスカはなぜ日本人を50年も愛したのか』また渚左さんが出している雑誌「スポーツ ゴジラ」25号を頂戴した。
☆ 秦様
お元気ですか。 いつも湖の本をお送りいただきまして ありがとうございます。
ペンクラブでは気骨あるご発言に加えてのユーモアのあるご発言の数々をなつかしく思っています。
私もすっかりペンには行かなくなっています。
チャスラフスカは なつかしい名前ではないでしょうか? お忙しいでしょうが お目通しいただければ幸いです。
またぜひお目にかかりたいです。 長田渚左 作家・ジャーナリスト
* 言論表現委員会で。猪瀬委員長が横暴を言いだしても渚左さんとわたしとがいつも頑強に抵抗したものだ。猪瀬直樹は大声を張り上げるが、負けている我々ではなかった。それでいて猪瀬くんとわたしは仲良かった。おかげでありとあらゆる自著をいつも呉れた。昨日だったか、久し振りに朝と昼と二度猪瀬氏のまずは元気そうな上気したような顔をテレビでみた。もうひわひわと「私小説」はお休みして、頑強な抵抗と反撃とを誠実な仕事にして下さい。
☆ その後
おからだ いかがでしょうか? いつも「湖の本」を御恵贈いただきましてありがとうございます。以前「柳原白蓮の百首」の英訳などを送らせていただきまして 御丁寧にお手紙をいただき、ありがとうございました。この度、第六歌集を出しました。御健康のことを案じつつ、もしも御高覧いただければ幸いです。 三鷹 青木春枝 歌人・ペンクラブ会員
* 雑誌「春秋」歌誌「綱手」來送。
☆ おじい様 おばあ様
ご無沙汰しております、馨です。( 中略)
先日、高校時代のクラスメート3人とやす香(=亡き孫)に会いに行ってきました。
3人ともやす香と仲が良く、久しぶりのプチ同窓会でした。
3人のうちの1人のために、やす香はいつも相談に乗ってあげていました。高校2年で行った修学旅行でも、班の人とうまく行かなかったその子のために修学旅行中は少しでも時間があると、話を聞いてあげていました。
「楽しみにしていた修学旅行だったけど、その子にだいぶ時間を割いてしまった」と、帰りのバスの中でグチをこぼしていた、やす香。
「私だったら、その子の悪いところを指摘して終わりにするけど」と、高校時代の優しさのない私。
「できたらそうしたかったけど、かわいそうでできなかったよ」と、やす香。
修学旅行の写真を見返して、やす香との写真が少ないと感じては、何となく覚えている、この会話を思い出します。
3人のうちのもう1 人は、大学時代にやす香と随分飲み歩いていました。
私はアルバイトが忙しかったため、やす香とお酒を飲んだのは数回だけです。
「飲んでる時に、その子の英語の宿題を、なぜか私がやらなきゃいけない」と、これまたやす香がグチをこぼしていたのを思い出しました。そんなことを言いながら、困っている友人がいると、どんな状況でも放っておけないのが、やす香のかわいいところです。
何だかやす香のグチ話ばかりになってしまいましたが、これもやす香ですよね。
他の人は口を揃えて、やす香は頑張り屋さんで優しい子だといいます。それもやす香ですが、その一面だけが一人歩きするのは、私の知らないやす香が出来上がるようで、少し寂しいです。
写真は、7月にやす香に会いに行った時のお花です。ゴッホという名前のひまわりだそうです。一目ぼれしたので、お土産に渡しました。
これまた随分前の話ですが、8月に姉の子が産まれました。女の子です。
2ヶ月がたち、首がすわり始め、笑うようになりました。
私にとっては、まだよく分からない存在ですが、ムチムチ元気に育っていて、ただただかわいいです。
久しぶりのメールだったので、伝えたいことも多く、長くてまとまりのない文章になってしまいました。
どうか、おばあちゃまの痺れている腕がつらくありませんように。
遠くからですが、お祈りしています。
* 建日子の仕事ともどかで接点のありげな忙しいテレビ系の仕事に奮励のようす。その中でやす香を今も愛してくれ、変わらず慰めてくれる人。
それにつけても、もう一人の孫娘 押村みゆ希は元気なのだろうか。立命館大をもうそろそろ卒業するのではなかろうか、何を勉強しているのだろう。立命館の図書館には「湖の本」もあたらしい選集も送ってある。目にでも触れる機会が有れば嬉しいが。
2014 11・4 157
* 歌誌「綱手」の主宰田井安曇さんが亡くなった。わたしの文庫歌集『少年』にいい解説を書いて下さった。「綱手」の会にも招かれ、よけいなお喋りをした。朝日子が青嵐中学のころ、国語の先生もされていた。
2014 11・5 157
☆ 秦恒平様
紅葉の季節となりました。胃全摘とか、どうぞお元気でお過ごしのことを、と祈っています。
先日は『秦恒平選集 第3 巻』をお送りくださいましてありがとうございました。お礼が遅くなりましたことお許しください。夫が*大定年退職後、**の小さな大学に再就職、**と京都を行ったり来たりしています。留守中止めておいた郵便物を30日に受け取りました。その中に御本がありました。驚いて、31日・1 日と二日かけて、『第3 巻』を読みました。時々、
涙を流しました。
何より配列の妙に感心しました。
最後に置かれた『誘惑』は。「私小説」論を小鋭化しようとした冒険作です。『慈子』は「東福寺の帰玄院を泉涌寺の来迎院に置き換えて書いた小説」とありながら、その帰玄院の、独り決めの伯母そのものが虚構だろうと思わせる仕組みに圧倒されます。(もちろん帰玄院は存在しません)。主人公もそれまでの「私小説」のふりをした小説の主人公、当尾宏でなく幸田です。「私生活の事実としか読めないように書いた嘘は、嘘が嘘にならず、だから面白かった、読み易かった」という一文には凄みさえ感じます。
多分80年代はじめまでは、目につく作品は発売と同時に買って読んでいたはずなのですが、どう読んでいたか、もう思い出せません。
『慈子』は好きでした。東京は私にとっても、大事なひとのいるところでした。今回は『隠水の』の彬子を、新幹線デートをしながら、夫の子を身ごもり、なお学尾宏との世界こそ真実とするのを、あっけらかんとしていておもしろいと思いました。
畜生塚や載金、徒然草の解釈や東福寺・泉涌寺についてのあれこれ、茶道、先輩教員が「川向う」という五条から七条あたりのこと、など結婚して住み始めた京都のことを知る手引きとして読んでいたことも確かです。
昭和44年(1969年)7 月、「展望」8 月号の太宰賞『清経入水』が面白いね、と当時、**大学文学部国語国文学科大学院1 年生(なぜか、**では関西風に1 回生とはまだ言っていませんでした。)だったA 君と話しました。東大は封鎖解除されたのに地方大学の**では、一足遅れの大学封鎖中でした。「封鎖中と机を積み上げた絵でも描いて張っておいたら」と下級生に言っていましたのに、封鎖されてしまい、大学の卒業式もありませんでした。私はバリケードの中へも入っていましたが、A 君は完全なノンポリだったので、どこかの喫茶店でのことと思います。A さんは古文辞学者と思いこんでいた私は「へええ、小説も読むのか」と驚いたので、このことを鮮明に覚えているのです。
昭和46年(1971年)秋、修士課程在学のまま、結婚。夫が京大*学部の助手だったので京都に。翌年春から、生活のため。京都市立西京商業高校の国語科教員になりました。実家は明石です。昭和48年1 月長女を出産、昭和49年4 月からは日吉ケ丘高校へ。『畜生塚』の美術コースの学校なのだと感慨深いものがありました。途中、長男の出産で一年間育児休暇をとったりしながら、日吉ケ丘には、6 年間勤めました。自立しようとする生徒が多いよい学校でした。
しかし、日吉ケ丘高校に茶室があったのか、思い出せません。
熊本の五家荘の五つの集落のうち久連子・椎原・葉木の三つの集落には平清経の子孫がいたと言われています。清経は、豊後竹田に逃れ、緒方実国の娘を妻にし、緒方を名乗り、五家荘に隠れ住み三人の子をなしたとの言い伝え。紅葉の美しい山奥です。数年前、水前寺公園の薪能では「清経」が演じられました。
昨日『清経入水』も再読しました。やはりここには多くがあると思いました。少年宏が14、5 歳の年長の紀子の乳首を甘えて吸う場面などは小説でなければ描けない場面です。互いに好きになってしまう激情がよく描かれています。
二十数年「湖の本」を継続購入していますが、全部は読んでいません。
また、昨日、秦通子「姑」と森嶋通夫「北澤恒彦のこと」をアマゾンで読みました。温かな思いやりにあふれたリアルな秦家のことがわかります。お嬢さんとの確執、大切なお孫さんを亡くされたこと、折々にこころ痛むことを目にしていましたので、上のふたつには救われる思いでした。
小説家秦恒平はリアルな秦恒平をさらけ出している。その上で「名乗りの世界、俗世間にない一等大事な一等美しいもの」を虚構の中に描きだそうとしている。すさまじいことです。どうぞお体大切に。
『秦恒平選集 第3 巻』をありがとうございました。 京 則 教員・近代文学研究家
* このお手紙には「迫力と深切」があり、胸が疼いた。「いい読者こそ、身内」という願いや喜びを味わった。感謝。
☆ 秦恒平様
触ると温もりの感じられる、新鮮な生き物のようなご本をいただき、よろこんでおります。
たまの休日も、このごろは外に出かけることが少なく、テレビは視るのが苦痛なので、ぽんやり庭の樹や花をながめて、天気がよければ剪定などして、まるで年寄りだなと自嘲の折、ご本をいただいて、読むと言うよりは、触って楽しんでいます。 、
先生の書かれたものは揃えて本棚にならんでいますが、今度のご本はそこに収めるよりはと、手前味噌ですが木工は得意種目なので、新たに一つ本棚をつくろうかと思案の最中です。
おもいたって半年前に、わたしには珍しい恋愛小説を書き始めたのですが、進ます中断。
ちょうどその頃に観た「ヤコブへの手紙」という映画が素晴らしくて、北欧の映商の質の高さを再確認、中近東にも才能のある映画作家があらわれてきているので、近頃は小説よりは映画のほうに関心が傾いてしまって、いけません。
ご本を頂いたのを好機に、書くことに集中できればいいのですが。
近くの曽保(そお)地区が、古くからの「みかんの里」なので、毎年、家で食べる分を直にわけてもらっています。
小ぶりですが、味がしっかりしているので、ご笑味くだされば、幸いです。 香川 榛原六郎 作家
☆ ごぶさたしております。
この度は「秦恒平選集」第三巻をお送りいただきましてありがとうございました。私のような者がいただいていいのかと恐縮しています。
本棚にある「斎王譜」は数十年を経て背が変色しています。 また改めて読み直そうと楽しみです。
寒さに向かう折 どうぞお体を大切になさってください。 八千代 弓 医学書院同僚
* 私家版の『斎王譜』(慈子)を保存して貰っている人は多くない。そして今回選集の『慈子』と読み比べられたらもの凄いほどの推敲・添削にべつものを読む感を持たれるだろう。しかしこの私家版「斎王譜」こそが雑誌「新潮」から声がかかったキッカケの本だった。当時の酒井健次郎編集長のはなしでは、この本は社の斎藤重役から「降りてきた」というが、わたしは斎藤さんとはついぞご縁はなかった。やみくもに送っていた小林秀雄から斎藤さんへ回付されたと後に聴いた。そしてあの厳しかった「新潮」に無条件に採られ初めて掲載されたのが、この私家版『斎王譜』巻頭作の「蝶の皿」だった。そして谷崎松子夫人とのご縁が出来た。「蝶の皿」は選集次巻の巻頭に入る。
弓さんと社の仕事を倶にしたことはないが、わたしの太宰賞受賞後に同じ社の社員てわたしとデスクを倶にした男性と結婚し、和やかな結婚披露宴に出席したのだった。なるほど「数十年」だ。医学書院の縁でいまも変わらぬ読者でいてくれるのは弓さんと向山肇夫クン二人だけ。
とはいえ医学書院に可愛がって頂いた金原一郎社長がおられ、また碩学長谷川泉さんが編集長でおられ、そして十五年半企画と編集製作に勤しんだ体験こそが、いま「湖の本」122巻を成し得、「秦恒平選集」を着々製作刊行し得ているかけがえない恩恵なのである。
* 神戸の信太周さんから「稲庭うどん」をたくさん、また榛原さんから「そおみかん」をたくさん頂戴した。感謝。
* 島尾敏雄子息伸三さんからは、父君の深く関わられていた同人雑誌「タクラマカン」52号が。
2014 11・5 157
*和歌山の三宅貞雄さんとの打ち合わせが出来た。五時半ないし六時にわたしが銀座へ出向く。それまでに三宅さん夫妻はスカイツリーに、と。
2014 11・6 157
☆ 恒平さん ご本が届きました!
こんな素晴らしいご本を手にするのは、もう何年ぶりです。
それも、畜生塚、慈子・・・と、私の好きな小説ばかり。
ありがとうございます。とても嬉しいです。
本の厚みと重みを感じながら、楽しみたいと思います。
これから仕事です。行ってきます! バルセロナ 京 東工大卒業生
* 在学中からずうっと変わりなく「恒平さん」と呼んでくれる卒業生。うてば響く子だった。
* 雨は降らないはずと言う。バスを待つ間に雨がきた。
三井ガーデンホテルへはソニービル前からタクシーに乗った。
十三年ぶり、奥さんとはもっと久し振りに、和歌山の三宅貞雄夫妻と会った。懐かしい。越後湯沢の親戚が経営の温泉旅館へ行っての帰りと。和歌山から長途の電車旅行はさぞおつかれであったろう、わたしはとてもまだそんな自信がない。
選集③巻をおみやげにさしあげた。
今日午後に東京のホテルへ入って、なんとスカイツリーへ。夫妻ともとても草臥れてきましたと。さもあろうと気の毒だった。あの塔は都内のあちこち遠方から遙かに眼にするのが一番だ。
それでは、すこし夜の銀座を歩きましょうかと。ただし小雨がつづいていた。ホテルの傘を借りてあるいたが、銀座の灯、うるんできれいだった。わたしのわるい眼も潤んでいて、まるで水の中を泳ぐようだった。まぶしいほどキラキラした。
夫妻の希望で、前を通ったおでんの「やす幸」に入った。歓談。空腹にうまい酒がはやく周って、しっかり疲れてきたので、街頭、ソニービルの前で、健康を祈って別れてきた。うまくホテルへ戻られたろうか。送り届ける元気がもう抜けていた。
「墨牡丹」の校正ゲラを持っていたので、電車で仕事して疲れを躱した。喉が渇いた。保谷でタクシーが一台待っててくれ、無事に八時半に帰宅。酒の上へ疲れが出て、脱水と貧血気味だったか。番茶をガブガブ呑んだ。ほっこりして座り込み、例の「ドクターx」を観た。
2014 11・6 157
☆ こんにちは。
「選集第三巻」を送って下さいまして、ありがとうございます。恐縮しながらも とても有り難く、嬉しく思っております。眺めているだけで幸せな気持ちになれる美しい御本ですね。少しずつ読ませていただきます。
「九条を守り続けている日本人」にノーベル賞を。この運動を私語の刻で知ってから、その灯のうちに兄弟や友人、知人へメールで記事を転送しました。来年に希望を託したいです。
沖縄は朝夕ひんやりしてきましたが、まだまだ日中は日差しが強い日々です。今月民意を問われる選挙があります。
お体お大切になさって下さい。 沖縄豊見白 嘉
* 過分に製作のために御喜捨戴いた。感謝。
☆ 拝啓
この度は『秦恒平選集』第三巻をお送りいただき、誠にありがとうございました。なつかしい作品の名が並び、改めて先生の「宇宙」を遊泳したい気分にさせていただきました。
ここ十数年、自費出版本を制作して、本造りを楽しんでおります。
向寒の折柄、どうぞ御身大切にお過ごし下さいませ。 横浜 稲 元中央公論社
☆ 秦恒平様
秦恒平選集刊行 おめでとうございます。いつも湖の本お送りいただき本当にありがとうございます。
京都で一杯 楽しみにしております。 宇治 隆
* パンリアルの繪・額を戴いた。感謝
* 朝夕 涼しくなって参りました。
先日は 御選集の第三巻を お送りいただき 有難うございました。
巻頭の御写真 学生服にいがぐり頭 失礼ながら 田舎の僕らと 同じだったんだと 少しうれしい気分になりました。 むろん 僕らは 茶杓にさわったこともありませんでしたが あとがきにお書きのように 「京都という日本」から存分に栄養をとって育たれたというのは 何と羨ましいことでしょう
泉涌寺には 近くの月輪中学で 教職の資格をとるため しばらく通いました。
校舎に囲まれた一軒の民家があって よく中学生がブザーを押すなどして その家から苦情がくると 担当の先生がこぼしていましたが その家が 仏教学の長尾雅人教授のお宅で 長尾教授の普通講座だけは 在学中唯一ずっと出席していたので ちょっと複雑な気持でした。
御文章を 拝読しておりましたら 私も杖をつきながらですが 京都の紅葉を見に行きたくなりました
例により 手ノロで お礼がすっかり゛遅くなってしまいました 申わけございません
向寒の折 どうぞ お大事におすごし下さい。 杉並区 明 元文藝春秋
* 過分な御喜捨を戴いた。感謝します。
京都市立月輪中学で教職の実習とは。なんとも懐かしい。「慈子」にも「隠水の」「誘惑」にも、あのあたりそして来迎院が佳い舞台になっている。わたしの高校は、月輪中学のまぢかに接していた。わたしは高校時代はずっと、大学いちねんのうちにやっと髪をのばした。学生服は親に衣服の負担を掛けないためにも有り難かった。なにを思ったか、大学に入って三、四年頃、秦の父はわたしを京極へ連れて行き、道ばたにたくさんぶらさげた背広の好きなのを買ってやると言ってくれた。生地の柔らかい、とても色濃い真緑のブレザーを選んだ。父は黙って買ってくれた。半ば嬉しく半ば照れていた。年齢格好でいうとそのころが「畜生塚」「みごもりの湖」はじめ諸作にかかわっている年齢になる。しぜん、なにもかも、フィクションである証になっている、と、思っている。
* 元筑摩の日比幸一さん、北大の林晃平さん、本間久雄さんにも過分の御喜捨を賜った。感謝。
真岡哲夫さん、北海道の百合根をたくさん、平野芳信さんとらやの最中などをたくさん下さる。
* 樂の当代吉左衛門さん、萩の当代新兵衛さんとの茶碗競艶、豪華な展覧会図録を送ってこられた。子息の雅臣くんも展覧会を終えた礼状が来た。
2014 11・7 157
* この前新幹線に乗ったのは何年前か。少なくもこの三年は乗っていない。和歌山の三宅さん夫妻は一気に貴志川から大阪へ、東京へ、群馬長岡の温泉地まで、互いに杖になりながら乗り物で来られた。まさに、すごい。讃嘆と羨望をおしまない。
この暮れには七九(ななく)歳。年明けて好きな「ななくさ」で雑煮を祝う頃には、すこしでも「京都」が近くなっているかどうか。
2014 11・8 157
☆ 秦 恒平 様
奥様から、なつかしい千代紙のようなお葉書をいただき、恐縮しています。
可愛くて品のよい、すてきな文章に出会って、ふわりと、こころがあたたかくなりました。
手先のつめたくなる季節です。どうぞ無理をなさいませんように。 香川 六
* 六さん
木工がお得意とは、佳いですね、なんとなし懐かしみをおぼえます。
いま、瀬戸内を越えて四国の方へ思いが行きがちです。
どんなラストコーナーになるのか、何にしても文学の真似事では済ませられません。
小粒のお蜜柑 おいしいですね。感謝。 湖
2014 11・8 157
* 凸版へ「湖の本122」の跋文電送を忘れていたのに気付いて、朝六時に機械の前へ来て、起動にたっぷり時間が掛かるのを辛抱して、やはり忘れていた「私語の刻」をファイル電送し終えた。
メールが何本も来ていたが、おおかたはソシアルネットからの「お知らせ」。いつもそれらが多いが、いまは、ツイッターもフェイスブックも「mixi」も開いてみることは全く無い。したの「珠」さんの「誕生日」も記憶していたのではなく、「mixi」が知らせて来ていた。妻子のほかの方の誕生日はまず全く記憶していない。
☆ 湖へ お元気ですか。
夜の空気が冷たくなりました、温かくされてますか。
先日は、嬉しいメールを頂き、ありがとうございました。私の誕生日を覚えていて下さったことに驚きながら、こうして今まで何度も助けて頂いたこと、思い返していました。ドキッとするそのタイミングや言葉に、思いがけず力も抜けて、救われます。
お送り戴いた選集第三巻も、勝手に誕生祝いのように思えて、有難くて嬉しくて。日々傍らにあります。
秋はあまり良いことがなく苦手な季節ですが、今年も予想通り仕事でトラブルが発生。その対処に翻弄され、新たな感染症(=エボラか?)への対策準備もあって、10月は連日深夜の帰宅でした。
とにかく少しでも寝て、また仕事へ、、気づけば誕生日も過ぎて年をとっていました。
週末は茶会もあり、多くのことが同時にやってきて時間不足…仕事にしても、お茶にしても、そろそろ減らし方を考えないと身体がもたない、、と本気で思った秋でした。
とにもかくにも来週からの大きな仕事を無事に済ませるまで、気を張って乗りきります。
心ゆくまで時間を自由に、選集のお写真から先へ進めることを楽しみに。
空気が乾いています、みずみずしくありますように。
湖。くれぐれも、お大事に。 珠
* 大きい病院勤務のようで、さぞ忙しいことと察している。そんななかでも茶の湯もまた仕覆・帛紗づくりも疎かにしていない。怪我のないように願う。怪我と事故とを懼れる気持ちを、この歳である、わたしも妻も日々大事にしている。
髪が落ち歯の欠けるように親しかった人が亡くなって行くこのところの歳月である。ありがたくない。
2014 11・9 157
☆ 秦 恒平さま
御礼をメールで申し上げることお許し下さい。
大変遅くなりましたが、『秦恒平選集』第三巻をご恵与賜り、まことにありがとうございました。
あとがきでご自身の京都愛について触れておられますが、本巻にも、京都という土地の精霊に嘉せられた作品が満載で、なつかしく読み返しております。
めっきり寒くなりました。お体どうぞ御大切に。 長島弘明 東京大学教授
* 長島さんがまだ東大生だった頃から約束の「上田秋成」にかかわる小説が、やっと出来上がるところへ来ている。私なりに秋成を書いたとも、書けなかったともいえる長編である。高田衛さん、長島さんにはぜひご報告もし四でも戴きたい。
* 妻の従弟の濱敏夫さんから甘味の菓子を戴いた。妻の友だちの吉田章子さんから近江の名酒を戴いた。
2014 11・9 157
☆ 今日で、
ベルリンの壁崩壊から四半世紀だそうです。
その地で村上春樹が、「壁のある世界にあって、壁のない世界を想像する」大切さを説き、壁に立ち向かっている香港の若者等にエールを送る講演をしたという記事を切り抜きました。 近
2014 11・9 157
* 帰ったら、猪瀬直樹から、あれ以来初の新刊『さようならと言ってなかった』が届いていた。最近もらった新刊では、色川大吉さんの一冊が読みやすくしかも内容に重みがある。数人からの便りもあったが、明日のことにする。
2014 11・10 157
* 一通、こころして読みたいような長いメールが来ているようだが、もう日付かわって、一時前。疲れを溜めないため、すべて、あすのことにさせてもらう。
2014 11・10 157
☆ 秦先生
「湖の本121 京のひる寝」ほを誠に有難うございました。
京都にまつわる多くの事どもが味わい深く、香り高く、また鋭くも述べられていて、たっぶりと教えて頂いた思い出おります。重ねて御礼申しあげます。 日進市 博 大学教授
☆ 拝啓
立冬の候となり今年も名残りおしい季節となってまいりました。お元気で御過ごしのこと何よりの御事と拝察申しあげます。
『湖の本』いつも忝なく 「京のひる寝」楽しく拝読仕りました。秦先生ならではの京の都三昧 種々御學恩に浴することができました。御礼申しあげます。 匆々 志木市 功 大学名誉教授
☆ 秦恒平選集 第三巻
ご恵贈賜り 厚く厚く 御礼申し上げます。
お酒は召し上ってるようで何よりです。
寒くなってまいります。
御身お大切に。 御礼まで。 喜多流 友枝昭世
* 恐縮です。昭世さんのみごとなお能を心深く観られるだけの体力をはやくほんとうに回復したいもの。食べ物が摂りにくいのでお酒で熱量を得ているような、まだ、有様です。なによりも眼を、視力を回復しないと、舞台が遠霞む海のように見えます。
* 日々大切に
京がドイツのころ一年欠かさず寄越してくれた日記代わりの葉書の束を、ときどき読んでいますよ。電子データ化して送ってあげたい気もしますが、この年齢になってかつてないほど忙しい身空を奔走している始末です。いつかは、葉書ごと、ぜんぶ京に手渡すべきだなあと思っています。
今そちらのお国(スペイン)のニュースもときどきは眼に耳にしています。怪我しないで欲しいと、事故のニュースなどあると首をすくめて祈ります。
日本のご両親、おかわりありませんか。ハズバンドはご健勝ですか。お二人とも老けないで下さいよ。お元気でお元気でと祈ります。 恒
☆ 恒平さん
お恥ずかしいながら、何を書いたか、見事覚えていないんです。
ミュンヘンの保険会社でひどい仕打ちを受け、帰り道、悔しくて涙がこぼれそうになったこと以外は。
記憶とは、頼りないものですね。
本当は、当時、肩の力を抜いて書いたとは思いにくくて、上っ面のことばかり並べ立てたのではないか、と恐れています。
バルセロナの日々を書き留めていたら、もっと面白かったろう、とも思いますが、やらなかったことは、まっ仕方ない・・・
母とは、16年来の週末の電話が、skype (ネットのビデオ通話)のおかげで、互いの顔を見て話せるようになりました。そのうち、(よれよれの)顔は見せたくないわ、なんて言われる時が来るかもしませんが、距離感が縮まって嬉しいです。
父ともたまに話しますが、やり取りを夫に訳して聞かせると、「**だね」と言って笑われます。
夫は、読書に耽って、幸せです。よい本を見つけてくれるので、私もありがたい。
恒平さんのご本は、今は触って楽しんでいるところです。
そうそう、この五月には、母の願いで琵琶湖を訪れましたよ。
京都から反時計回り、奥琵琶湖の湖畔に宿をとり、帰りは朝の湖西線に乗りました。 京
☆ 秦恒平様
寒くなってまいりましたが
皆様お変わりなくお過ごしのことと思います。
赴任地郡山の百貨店をひやかしていましたせ「葛ぜんざい」なるものが 季節柄もあり おいしそうでしたので、思わず御礼がわりにお送りざていただきました。お口に合えばよろしくと存じますが、ご笑納いただければ幸いです。
これからも、お身体お大切にされて、
「湖の本」の出版を続けていただければと存じます。 横須賀 敏 妻の従弟
☆ 拝復
先日は「湖の本」をお送り頂き この度は 素晴らしい選集の御本をご恵贈賜り、有り難さでいっぱいでございます。
「湖の本」では奥様のご病気の事を拝読しとても心配しておりながらも、私も体調不良の中の義父母の介護等で、お手紙も書けず、大変申し訳ございませんでした。
日本ペンクラブと伊香保町との関係で、故尾崎秀樹氏ご寄贈本を約五万冊の除籍や公開本の整理を依頼され、先日まで係わりましたが、秦先生の選集ほどの個人全集はありませんでした。美術品を手にしましたような嬉しさでございます。美学藝術学を学ばれた先生の選集であるとつよく思いました。
又、先生の高校生の時のお写真を拝見出来まして、その写真の*男子に恋したような気持ちになりました。
先生も奥様も いつもお優しいお言葉に、本当に感謝致しております。
本日、奥様からのお葉書を頂戴し、申し訳なさでいっぱいでございます。ありがとうございます。
心を明るくしてくれますような、お言葉とお葉書の繪に励まされました。(中略)
どうか、先生、奥様 呉々もお体おいとい下さいませ。ご多幸をお祈り申し上げております。 敬具
- 三ヶ月に一度、視角障害者の方に市の広報を音読します会に入りました。
福祉バザー出品の手づくり花ふきんを同封致しました。会員会員が一人三枚作りました。初めて作りましたので、大きいだけですが、お使い下さいませ。 渋川市 森 群馬県職員 前図書館長
* 一読者からメールで送られてきた長い文学論は、主には秦恒平を語りながら、近代・現代日本の文学事情にも鋭い視線をさしこんだ、わたし自身も驚嘆したほどの目配り豊かな論旨が具体味をしっかり保ちながら書かれていて、正直、びっくり仰天しつつ感心した。こんなものを公開されれば、わたしは満身創痍の罵倒や徴証の的になるだろう、が、そんなことにわたしは今更なにを驚くわけもない。この読者にこうまで書けた、書いてくれたことに感謝もし驚嘆する。
この人は文学者でも批評家でも作家でもない。そういう人達かけっしてよう書かなかったことをじつにはっきり書いている。かつてどんなプロの書き手からも、こんなに適確な論攷・論評をえたことがない。
2014 11・11 157
☆ 冠省
過日は貴重な限定本をご恵送賜り心より御礼申し上げます。
何度も頁をひらき また造本を拝見いたしました。いい御本をお作りになさったと感嘆し、およろこびを申し上げます。
些少ではずかしいのですが感謝の気持ちを同封致しました。
右 御礼まで。 不一 千葉長生郡 徹 折口信夫研究者
☆ 秦恒平様
謹啓 平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
この度、『村上開新堂Ⅰ』(山本道子・山本馨里著 謙談社刊)を上梓いたしました。
四代目村上寿美子が語った店の歴史の聞き書きをもとに、店に残る写真や資料などと合わせて一冊の本といたしました。初代村上光保が、明治天皇とともに東京に遷った明治のはじめより、創業の地・麹町から現在の千代田区一番町に店舗を移した昭和四十年頃までの約百年の店の歩みが、村上家四代の歩みとともに綴られております。
ご高覧いただければ幸いに存じます。 謹白
平成二十六年十一月音日
村上開新堂
山本道子
山本馨里
いつも御本を頂戴するばかりですが この度 百年かかって一冊の本を作りました 殆どの資料が焼失 母の聞き書きが残っていたのが幸でした。 道子
* みごとな出来栄え、心のこもった誇りに充ちた精緻な物語になっている社史で、山本さん母子の文筆が冴えている。
☆ 前略
先日、上京の際は、雨の中ホテルまでお越し下さり、選集第三巻ご持参いただき有難うございました。
「やす幸」では、上品な味のおでんと燗酒堪能させていただきました。お別れしたあと、同じ道をホテルへ戻りました。
翌日、正午のチェックアウトまでゆっくり休みました。銀座を歩いて歌舞伎座の前で写真。予定の列車で無事帰宅しました
十三年ぶりで拝眉を得、大切な想い出となりました。私からも、妻**子からも厚く御礼申し上げます。
奥様にも どうぞよろしくお伝えください。
末筆乍ら お身体の不調ご快癒に向かわれますようにと ご祈念申し上げます。 敬具 貴志川 三宅拝
2014 11・12 157
*俳優座公演へ行く。安部公房の芝居「巨人伝説」。初見参。
その後に、京都府から出て見える二人の女性と、用談がある。
* 芝居はしこしこと創り上げて熱も籠もっていたし俳優もみなしっかり演じていたけれど、生煮えでもあった。感動もせず熱い拍手も送りきれなかった。良くできた作・舞台なのに、切り込んでくる切実感がわたしには掴めなかった。客はよく入っていたが、拍手の熱は浅いままだった。
* 妻とは六本木で別れ、銀座へ出て、地下廊下の喫茶コーナーで「冬祭り」を校正して時間を用い、クラブへ先着してやはり校正しながら来客を待った。主人役として、先日チャージしておいたすてきに美味いコニャックとエスカルゴを差し上げながら、六時半から二時間余を用談かつ歓談。京みやげに大好きな末富のせんべいを一缶頂く。最終の新幹線へ送り出しておいて、わたしは居残って遅い晩食。その間にも「冬祭り」校正、丸ノ内線、西武線でもやはり校正。「冬祭り」を読むほどわたしにとって精神衛生のいい時間はない。帰宅は十一時。
* もう零時半。
* 実に久し振りに子松時博クンから連絡があった、心配した。鬱でないといいが。
もう一通いいてがみを貰っていたが、明日もう一度ゆつくり読もう。
下関の大庭緑さんから、美しい箱入り、海胆のご馳走(と想う。勿体なくてまだ明けていない)を頂戴した。
2014 11・13 157
* 朝一番に、奈良の西川絹子さんから調理のてだても出来たにゅうめんの大函が届いた。さっそく朝食にご馳走になった。歯の治療がすすんで少しく麺類も口に入りやすくなった。感謝。
☆ 十一月も半ばを迎え
此処浦安でも櫻の葉が紅く色づき そろそろ散りそうです。
寒くなりましたが お加減は如何でしょうか。
この度は大切なご本を戴きまして本当に有難うございました。
驚き、とても嬉しく光栄に思います。
「慈子」は、私が初めて秦作品に出会った一冊です。
四十年も前の学生の時、泉涌寺を訪ね、
来迎院を見つけた時は、とても感動致しました。私の頭の中の来迎院と同じだったからです。
それから京都を訪れ、何度か足を運びました事も思い出します。
卒業し、通勤の有楽町線の中で偶然お会いした事は、忘れる事ができません。作家の方が読者を見つけて下さる事があるの? と その日一日夢見心地でした。
その時に戴きました「歌集 少年」も大切にしております。
あれから四十年が経ちます、
私も昨年還暦を迎えました。 (中略)
気持ちが上向いた折は旅に出掛け 心の解放される喜びを味わいます。
今は(代表を務める)国際交流協会の皆様のお役に立てるよう
また自分に見合った歩幅で、ゆっくりと穏かな日々を送り 年を重ねていけたらと願っております。
これからも(湖の本等の)作品を楽しみにしております。
寒さに向かい
呉々もお身体大切に お過し下さいませ。 かしこ 雅
* もう四十年になるか。地下鉄だった、つり革につかまり立ち、ふと眼のしたで見間違えようない自著に読み耽っている黒髪艶やかなうら若い「読者」を見つけたものだ、ま、こんな体験は今日まで例がない。嬉しかった。たまたま、不識書院新刊の歌集「少年」を持っていたので、下車まぎわに、声を掛け礼を言い差し上げて言葉もかわさず、つと別れてきた。後日に礼状が家に届いた。湖の本創刊後は今日まで欠かさず支援し愛読して下さっているが、還暦を迎えられたとは。歳月の速やかなことにおどろく。来迎院の世界が生きているわけだ。こういうお便りがいちばん作者をリフレッシュしてくれる。感謝。
* 自分が自分で読みたさに自分の作を創っていて、それが「いい読者」をもつ、もてるということにわたしは「いい身内」を得た思いで感謝する。それで足りている。「作家」と推されて四十五年余、「湖の本」創刊二十八年余。わたしの姿勢は少しも変わっていない。
2014 11・14 157
☆ 十一月
鴉の日々に感嘆。安穏など押し退けてグッと太い確かな線を引いている感があります。
鳶は再びシンガポール滞在です。この季節、いくらかしのぎやすい暑さになり、雷雨、スコールがあります。
今回の滞在後暫くは、春半ばまでは日本の日常の暮らしに戻ります。
ここでは日々成長する孫の世話、日本では体調衰える姑のこと、とにかくそういう時期なのだと思います。
まだ明けやらぬ闇に既に朝の気配。高層ビルが窓外に林立する光景です。二十階から三十階建ての住居群です。来年は建国五十周年を迎えるそうです。
お身体くれぐれも大切に、大切に。 シンガポールの鳶
* 必然、おばあちゃんの境涯に埋もれて行くものらしい。 そんなものなんだなあ、人生は。
* 高田衛さんから大著『秋成 小説史の研究』を頂戴。わたしより高田さんは五歳の先達、「いつも御本をありがたく頂いています。当方はすっかり老いくちて なかなか思うようにはいきません。ご清栄を祈り上げつつ 高田衛」とお便りを添えて頂いた。なかなか。たいへん重い新著である。わたしは高田さんに、また高田さんの後輩てある長島弘明さんに負うた「秋成を書きます」という重い宿題を背負い続けて半世紀に近いのである。高田さんのお元気なお目にかけられる「秦恒平の上田秋成的世界」を一日も早くお見せしたいと今しも日ごと勉めている。書き下ろしとしては一等先にゴールインするかも知れない。お待ち下さい、お元気で。
2014 11・15 157
☆ 秦恒平先生
常日頃ご無沙汰いたしてばかりの私に、過日は 限定本の選集第三巻をご恵贈いただきまして、洵に恐縮至極でございます。ご養生なさりながら、(いつも「湖の本」のご丁寧な編集にアタマの下がる思いで拝読しておりますのに 加えて)このたびの選集ご発行、「おめでとうございます」と申し上げるだけでは足りない気持ちでおりました。
そのような貴重なご著書を、何一つお手伝いも出来ぬ私にまで……、感謝、恐縮とともに申し訳ない気持ちでいっぱいでございます。
選集は非売品とのこと、また百五十部限定とのことでございますが、既刊の第一巻、第二巻、次回刊行の第四巻をお譲りいただくことは可能でしょうか。全巻揃えてプレゼントした方があり、可能ならば、うれしく存じます。
「第三巻刊行に際して」とお書きになった文章の末尾に、ユーモアを含んだ短歌、寂しいけれど華やぎのある俳句を見つけ、さらに「仕事」と「歌舞伎」と「酒」はしっかり楽しんでいるという一文に、大向こうから声をかけたい思いがいたしました。二つの(新しい)長い小説も楽しみにいたしております。
向寒の砌、御身おたいせつに遊ばしますように! かしこ 宏
* もうむかしになるが『京都、上げたり下げたり』という美しい顔をした単行本を責任編輯・製作してくれたフリーランスの編集者で、本をお持ちの方には瞭然、とても力のある親切な編集者であった、感謝の気持ちを忘れていない。しかも「湖の本」をずうっと支援して下さってきた。こういうお手紙を頂くと作者は、著者は冥利に尽きる。
2014 11・15 157
* 下関の大庭緑さんに戴いた海胆の美味いこと、神戸の吉田章子さんに戴いた近江の名酒と相和し、夢のように佳い酔いをが楽しめている。美味い。
2014 11・16 157
☆ やっと
あちらこちらの大会が終り一息ついた所です。
若かりし頃のお写真 「十六」の面(おもて)のようなと拝見いたしました、 小松 啓
2014 11・17 157
☆ 歌舞伎を楽しまれた御様子。
視力が気にかかります。大事に、大事に。
シンガポールでの暮らしとお尋ねでしたが、空港から家まで直行し、暑いからと殆ど外出もせずという日常と書けば笑われてしまいますね。家で食べるものは日本でと変わりなく、高島屋などでは日本の食品も多く、家から10分程のモールには回転寿司やラーメン店、餃子の王将などもありますよ。
外食文化? とも言えるくらいで、ホーカーセンターと呼ばれるポピュラーな廉価なところもあります。中華、マレー、インド、フレンチ、イタリアンその他実に多彩。
熱帯の暮らしですから仕事では別でしょうが普段は本当にラフなティーシャツと短パンにゴム草履。わたしは短パンを履かないので短期滞在とすぐわかるでしょう。
先におばあちゃんの境涯に埋れていくねと書かれてました! そういう境涯と全く自覚なく考えもしていなかったです。早ければ四十代で祖父母になる人もいますが、遅かったから喜びは大きかったでしょう。そして子育てに大変だった記憶から、できる範囲で必要
な時には手伝おうと思っていました。おばあちゃんの境涯に「埋れる」ことはありませんよ。埋れていくとしても、それだって幸せだろうと思いますが。
どうぞお身体大切に、くれぐれも大切に。 シンガポールの鳶
* 孫。うらやましい。黒いマゴはしんから懐いてくれるけれど。久しい友の幸せであるのは、喜ばしい。怪我のないように。
2014 11・18 157
☆ お葉書ありがとうございました。
海胆、お口に合えばと願っていましたので嬉しいです。どうぞ迪子さんも召し上がってください。白い温かいご飯に載せて。小さいとき、
よくそうしていました。
その頃は漁師さんが瓶詰にしたのを魚屋さんで買ってたようです。
今朝は<掲示板>を外して、新しいのを準備中です。もう少し目立つ位置に掛けようと、母は薔薇の剪定。
文面も昨夜考えていました。曰く
違憲・うそつき
腹黒い
安倍の口先に
だまされないよう
選挙に
行きましょう
段々過激になっています!
ではどうぞ、お大切になさってください。 碧
2014 11・19 157
☆ 秋も深まり、
冬の気配が濃くなってまいりました。お元気でお過ごしでしょうか
建日子さんのお芝居について記事を書きました。
23区内に先に載りましたので同封いたしますね。
おけいこ見せていただき、取材を忘れて面白さに感動しました。
まばゆいような才能をお持ちですね。
秦先生ご夫妻が創造力を育まれるようなたくさんの愛情を注がれたのだなあと思います。
本番もとっても楽しみです。寒くなりましたのでどうぞお体にお気をつけて。またお目にかかれますのを楽しみに心待ちにしております。 阿
* 記事はまず 大きく 「稽古の様子全て見せます」 と四段ぬきで書き出して、写真付きで 縦四段 横は紙面半分以上 たっぷり紹介してあった。
ありがとう。手紙もありがとう。またみなで楽しく逢おう。
2014 11・20 157
☆ 拝復
わざわざのご連絡をいただいて、ありがとうございます!
武蔵野版と多摩版よりも先に都内23区むけ紙面で掲載されたので、思わずお送りしてしまいました。
プロってすごいなあと、口をあんぐりして、(秦建日子「秦組」の=)お稽古なのに本気で笑って真剣にみとれました。
今日は大好きなスウェーデンの女性作家カミラ・レックバリさんという人のインタビューに行ってまいりました。
自分で持っている本を持って行ってサインしてもらうという公私混同ぶりです。
異動して、社会問題と直結する現場取材が減ってなんとなく寂しい思いをしていましたが、文化部は楽しい取材があってうれしいです。
高倉健さん、人格が清潔な方だったんですね。
あまり作品を鑑賞したことはないのですが、生き方の美しさにみな惹かれたんだろうなと思いました。
祖母は今日、87歳になりました。
病いがちょっとずつ進み、外を歩くことができなくなりましたが、生きていてくれることがありがたいです。
記憶の薄れていく祖母と毎日接するのは、元気な頃とつい比較してしまい、歯がゆく悲しく寂しくはありますが、本人がいちばん寂しいのですものね。
朝晩だいぶ冷え込んでまいりました。
どうぞお体をおいといくださいませ。
またお目にかかれますのを楽しみにしております。 阿
2014 11・21 157
☆ 今、
我が家の床に、貴方にいただいた「紅葉舞秋風」を掛けています。この時季を楽しんでいます。
久し振りの「ちりめん山椒」お送りします。ご賞味下さい。
昨日、(京都=)国立博物館へ行ってきました。
帰途、買求めたお干菓子も同封しました。
(展覧会は)24日までなので、混んでいるだろうとも思ってましたが、入場まで2時間20分……並んで順番を待ちました。
(高山寺国宝展か。)次の機会は私にはないと思い、元気出して行って来ました。高山寺の鳥獣戯画は、わたくし、好きでした。蛙とうさぎのなんともユーモラスな動きを楽しんできました。
(此の紅葉の一筆箋に書いた手紙を入れた鳥獣戯画の)ファイル 何かに使って下さい。小さなおみやげです。
どうぞ お体大切にお過し下さいます様に……大阪府 宗富
* 秦の叔母宗陽・玉月に最後まで久しく茶の湯・生け花を習った人で、もう九十に近いはず。この気概・気風、敬愛する。佳いご馳走、佳いお土産を貰った。以前に差し上げた軸は、圓能斎の一行もので、叔母もわたしもその筆勢の美しさをさながら散る紅葉と愛していた。床に掛けて下さっている風情が眼に見える。この人、「湖の本」の創刊以来のありがたい継続読者でもある。感謝。
☆ 世界結晶年ということもあるのか
京大総合博物館で三高のものも含む鉱物標本の展示を、この11月30日まで開催していると、先週、鐵斎旧宅と書庫とを探ねたあと、見学した益富地学会館で知って、今朝、(名張から)京都行き特急で見にきました。
京大時計台会館にある三高と京帝大の歴史展示室も見学して、荒神橋を渡って寺町通を北へ歩いてみましたら、鴨沂高校が保存解体工事中で、梨木神社では参道にマンション建築中。
お火焚きの案内が目につきます。
10日もたたないうち、(南座の)顔見丗ですね。
どうかお変わりなくいらしてくださいませ。 囀雀
* 荒神橋と鴨川の懐かしい写真を添えて貰っていた。さらっとした、そして、ものごとに心を寄せて温かい気分が読み取れる。毬の名張に生活する此の雀さんにとって、京都は、ちょっと離れた庭のようであるのだ。、
2014 11・22 157
☆ 夜、
テレビで紅葉の京都が特集されていました。秦さんの、京都ですね。美しいなぁ、佳いなぁと思って見ました。
鞍馬も映っていて、むかしもむかし学部生の時にお詣りしたのを( 赤いワンピースで写真に収まったのを覚えています) 懐かしく思い出しました。
師走になるとまた勤務が慌ただしくなりますが、外向きのイベントも漸く片付いて、この連休は一息つけそうです。
秦さんも、元気にしていらっしゃいますか。 浅
2014 11・23 157
☆ 真如堂の紅葉
御身体についての記載に心配しています。お仕事に直接関わることでもあり、少しでも、そして速やかに軽快されることを願っています。
やわらかな静かな雨の朝です。テレビで京都真如堂の紅葉を中継していて、数年前に訪れた時を思い起こしました。
今は昔、真如堂近くに下宿している友人を訪ねたり、本を携えて真如堂や黒谷によく行ったものです。
(今回シンガボールから)帰国後、思い立って関西にと気持ちだけは動くのですが、知人、同年配の人の急逝などさまざまなことがあり、月末神戸の集まりにも動けません。
せめて家で、中断している絵を仕上げたいと思っています。
くれぐれも大切に大切に。
ps
これから寒さ感じる季節になりますが、津島にいらっしゃることは体調を考えると控えざるをえないのでしょうか。
書いてらっしゃる小説に必要な「取材」。何かしらわたしにできることはないかしらと思いますが・・。
『生きたかりしに」』という痛切な題名が胸に迫ります。 尾張の鳶
☆ 貴重な限定本を
二冊もお送り賜り厚く御礼申し上げます
ごめいわくと存じますが 近々拙著(古いもの)を謹呈申し上げます。先生の大切なお時間をさいての御返事はご放念下さい。
右 御礼まで。 徹 折口学研究家
* 第三巻に過分のご喜捨を頂いたのに恐縮し、第一、二巻をお贈りしたまで。感謝申します。
☆ 前文 ご免下さい。
選集第三巻ご恵与いただきありがとうございます。お礼が遅くなり申し訳ありません。
過日は娘にも声をかけ(国技館へもお連れ=)いただきありがとうございました。
喜んでおりました。 草々 興 元平凡社編集者
* 出来得れば、なるべく若い世代へ選集を贈りたいと願う。早稲田の教室で「作家へ」と背を押した角田光代でももう「次次世代」とはいえない世代になった。湖の本で永くお付き合いのある読者でも、年齢は正確には掴めていない。文壇や各界への寄贈はほぼ用が足りたと思う、年齢はともかくとして配本を希望して下さるのが失礼もなくて、有り難い。
2014 11・25 157
☆ 元気に勉強してきましたよ。
メールの方は困りましたね。
私は機械音痴で、難しいことは人頼みです。建日子さんから、何かアドバイスはなかったですか。
そういえば、松子さん、重子さんらと交わした谷崎純一郎の未公開書簡300 通近くの現存が確認されたそうですね。
決定版26巻全集も5 月から刊行とは、楽しみです。
添付したのは、永田町の紅葉です。
国会図書館に向かいながら携帯で撮ったものです。
写真を送るのは、上手く撮れたと思ってではなく、雨の音を聴きながらご一緒に見たかったなぁ、見たいなぁと思ってです。
体調回復を、心から願っています。大切に、大切に。 倉
* 谷崎の未公開書簡の存在は松子夫人にも聴いていたし、内容もおおかた分かっているし、重子さん存在の重みも、松子夫人から何度も聴いていて、少しも驚いていない。然るべき場所に厳重に保管されてきた、もう程合いと遺族や中央公論社ら関係者の間で判断されたまでのこと。従来の谷崎論を覆すような新鮮な性質のものではなく、従来も漏らされてきたことがより具体的な文言で証左される以上には出ないと思う。いつ公開されるかなあとだけ思ってきた。 2014 11・25 157
* ニフテイメールの件も長い長い返信があって、大きな字でプリントしてみたが、要領を得ていない。箇条書き指示通りにわたしのした操作で、失敗しているのか、じつはもう成功しているのかアイマイで、成るようになるのだろうという気分。メールが発信できなければ、凸版印刷などへの是非必要な発信だけは妻の機械に任せて、なんとか成るのでは。
* このところ沈静していたSPAMメールがまた増加している。その上にソシアルネットからのやたらの通知が多く、わたしは自分の機械でその通知を開くことも出来ない始末。Bookface Twitter Mixi みな解消したいのだが、それも出来ないしまつ。
* 東工大出の林丈雄君が晩の九時半に来てくれて、機械を点検していってくれた。メールがどうなるのかは、まだ分からない。
小雨の中、十時過ぎて遠くまで帰って行った。感謝、感謝。
さて、林君は、現在使用しているXPからDELLへ、コンテンツを移しておきますと、作動して行って呉れた、二時間ほどかかると言っていたが、どういうわけか、今のところ、DELL機は全く火が消えたようにまっくろけになり、画面に何一つも現れない。電源が入っているのかどうかも全く分からず<途方に暮れている。どうなったのだろう。
2014 11・26 157
☆ 生きたかりしに
みづうみ、お元気ですか。
急に寒くなりました。ご体調不良の記述拝見して心配しています。わが家の高齢者も、体調のよい日がないと言ってもいいくらいの毎日です。どうぞご無理はせず、こまめに病院で診察を受けてくださいますように。書くという仕事は過酷なものと承知しています。
みづうみが『生きたかりしに』について「書いておかずに措かれない、読者は私独りでも構わない大きな仕事になる」と書いていらっしゃいました。 「読者は私独りでも構わない」なんてとんでもないことです。この未発表長編『生きたかりしに』は、わたくしはじめとして多くの読者が一日も早く、絶対に読みたいと熱望している作品であることをお伝えします。
以前から存在は知っていましたが、ついにみづうみの手でこの世に送り出される日も近いかと思うと興奮してしまいます。読者は待たされ続けてきたのです。
わたくしは以前から、秦恒平の作品世界にはふつうの「母」「母的」な存在がいない、場合によっては拒絶されていると感じてきました。あるいは秦恒平独自の「母」の在り方があるのかもしれませんが、とにかく母の問題は、秦恒平という作家の大きな特徴、深い謎なのです。
わたくしは自分で色々な仮説を立ててきました。作家論のテーマにもなるでしょう。ですから、「生きたかりしに」というみづうみのお母さまの歌からとられた題名のこの作品の中に、どのような「母」が描かれているのか、長年の謎を解く鍵があるのではないかと、わたくしは考えているのです。読まずには死ねません。一日千秋の思いで待っています。
早く読ませてくださいと書くのは、ご無理なさらずと書いたことと大いに矛盾しているので自分でも苦笑してしまいます。お許しください。もちろんご健康第一でとお願い申し上げます。
今週末はお稽古の発表会、そのあとは久しぶりにふぐでも食べようかと。
ではまた。 茶 茶の花に暖かき日のしまひかな 虚子
2014 11・26 157
* 林丈雄君、心配して電話をくれて、いくつか機械作動へ指示してくれたけれど、全く機械は反応せず、死んだように真っ黒くウンもスンも音もしない。もういちど彼に触ってもらうしかない。わたしの手にはとうていおえない。しかしこのdell機と連結してればこそ、いまや時代遅れのXP機で仕事していられる。なんとか連携が回復して欲しい。そのためには機械が起動しなくては。
* すこし癇癪ぎみにディスプレイを揺さぶってやったら、電源がDELLに入った。あー、ほっとした。
2014 11・27 157
☆ お変わり有りませんか
立派な御本を頂戴いたしまして 本当にありがとうございました。
嬉しくて お手紙を差し上げる予定でしたが 遅れてしまい 本当に恥ずかしい限りです。
(お稽古の=)皆様にもご覧頂きたくて 茶室の床の間に飾り 紹介しておりました。
先生のお茶をなさっている 学生時代のお写真も素敵に拝見致しました。
とても光栄で 有難く存じております。
お礼のこと遅くなって申し訳ありませんでした。
先生がお元気になられましたら お招きもしたいですが どこかでお会いできればとも贅沢な事も思ったりしています。
何時もお元気かホームページを拝見させて頂いています。
お具合の悪い時は 心配もしています。
無理をなさらず 快復されますことを望んでおります。
ご心配をお掛けして 真に失礼を致しました。
お元気でご活躍くださいませ。 埼玉 木鶏庵
2014 11・27 157
☆ 秦恒平先生
外は冷たい雨が降り続いています。ご無沙汰ばかりですのに、お気にかけていただき恐縮に存じます。久々にパソコンを開きましたところ、お気持ちのこもったメールが届いていて、びっくりいたしました。心からありがたく、御礼申し上げます。
退職後の大きな変化の一つが頻繁にメールをチェックしなくなったことで、お返事が遅れ申し訳ありません。選集第三巻のお礼もきちんと差し上げないまま日々を重ねておりました。
多くの皆様同様『慈子』は千や生の世界と出会った特別のもの。それ以後ほかのご著書も入手したくて書店や神保町や古書店を巡り、また職業上の特権を利用して私家版等の国会図書館からの借り出しやコピー、そして豪華本の愛蔵……その当時はたまたま関わっていた仕事が時流に乗って多忙を極め、12時前に帰宅することがないような生活かつ各地を飛び回るような日々でもありました。
先日家の整理をしていたところ、先生の世界に関連してその頃書いた感想や批評? がまだ大量に残っていて我ながら驚きました。たとえば『清経入水』の原本との比較、量と内容そして整然とした文字……退職を機に仕事上の執筆原稿や掲載誌も処分しましたので、それらも処分いたしましたが、忙しい時期のほうが「勉強」していたなあと思った次第です。
先生が次の選集に『冬祭り』を思案されていた同じ頃、久々に先生の小説を読み返してみようかしらと思い、偶然にもまず『冬祭り』を選択。堪能して読み終え『みごもりの湖』を読み始めたところで、父が急逝いたしました。実は父がお世話になっていた療養型病院訪問の往復を利用しての電車内読書で、読み出すと止まらなくなり時折病室でも続きを読むようになった矢先のことでした。二月に母を見送り父に支えられておりましたので、喪失感は予想を超えて日々深まるばかり。『慈子』の入った選集をお送りいただいたのはその直後、穏やかで温かく確かな手触りでした。
先生のご境涯を思いますとあまりに「贅沢」なことではありますが、この年齢になってしみじみつくづく「天涯孤独」をかみしめております。両親は最晩年まで豊かな趣味を持ち続けて素質と努力で生活を楽しみ、私も忙しく働いていたため、お互い自立して暮らしていました。介護のまねごとに携わるようになったときには、あらためて自分はこの両親を見送るために生をうけたと感じ、私自身が大いに救われました。
自分のことばかりあまりに長く勝手に書き連ねましたこと、ご容赦ください。最近ようやく先生の日誌への安定した回路が見つかり、ご様子を拝読しやすくなりました。ご不調のなかでも自らを励まし前向きに取り組まれるお気持ちの強さと行動に、敬意を超えて憧憬を感じます。
「湖の本」のスタート時、反射的に浮かんだ言葉がありました。「湖のしずく」。その思いは今も変わりませんが、それはまたの機会に。
メールの文字をご覧いただくのもご苦労なことと拝察いたします。差し障り少なく年齢を重ねられますよう、ご無理なさいませんように。 2014.11.26 世田谷 滴
* いたましい状況のなかからの、述懐、さこそとお察しする。死なれて 死なせて 人は生きる。強く豊かに生きて下さい。
育ててくれた父も母も叔母も九十過ぎまで生きてくれた。生みの母は生涯奮闘のはてにおそらくは自死し、実の父はおそらく失意の老齢に崩れて果てた。実の兄また、雄々しい敢闘の半ばに、病んで自ら生母を追った。わたしの妻は青春のさなかに病んだ母に死なれ、父は妻のあとを追った。
『冬祭り』で、ヒロインは、自分は、死んでから生きるのと言っている。わたしは……死なれて 死なせて 生き恥を生きている。 2014 11・28 157
湖様 永い間 返信も送金もせず しかも限定150部という大変貴重な選集をお贈りいただいたにもかかわらず お礼の言葉一つもお伝えしなかった 許しがたいご無礼を心からお詫び申し上げます。
欝病の進む中、親も95歳90歳になりまして、今日もこれから行ってまいりますが 休日は親の世話に行き、あとはひたすら眠っております。仕事も今年いっぱいで一区切りをつけることになりました。業務執行は任せて、週2 回ほどの出勤にする予定です。
湖様の作品がこのような美しい選集としてまとめられて 「慈子」もありますこと、感動でいっぱいです。改めてお礼をさせていただきます。
どうぞお体を大切に いつまでも前向きにお仕事を続けられますよう 心からお祈り申し上げます。 川崎 慈
* 老々介護で 鬱 ではないかと案じていた。
われわれも、秦の父を九十一で、叔母を九十三で、母を九十六で見送ったが、この読者の現在よりはいくらか若く、妻が懸命に頑張ってくれ、わたしも元気に仕事が出来ていた。この人は、自力で立派に会社経営を成功させていたが、それも、独りでの老老介護には堪えていただろう、そう想って気に掛けていた。頑張ってもらうしかないが。
☆ 京都へ。
敢えて選んで紅葉前の何処も空いている京都と琵琶湖畔のホテルで、お喋りオンリーの旅、命の洗濯をしてきました。
京都市内では着物姿の若い女性が三々五々と散策するのを多く目にしましたが。
押し迫っての引越予定で、手続きやなんかと慌ただしく過ごしています。
話変わって、引越の際、気に入った映画のテープを大量に廃棄しましたが、残念乍最近はテレビで以前感動した様な観たい映画の放映がなくこれも時流かなと淋しく。
お元気でお過ごし下さい。 泉
追伸 12月29日に引越ます。
* 夫君をなくされた居宅を建て替えて次男夫婦と住まわれると聞いている。
* 紅葉に燃える東福寺は通天橋で動きがとれぬほどの人出と洩れ聞いている。花紅葉を名所で眺めるのは重労働にちかい。
京都の人ならもわれ独りの花咲き紅葉もえる場所を持っていて当然なのだが。
☆ テレビで
火野正平「こころ旅」わたくしの故郷編を見ました。
見覚えのある道も映っていて懐かしかったです。
実の祖父が亡くなったという寄島も紹介されていて、死んでしまった人達や、死なせてしまった子供達のことなど思っていました。
体が眠りを欲している時は、無理なさらないで。温かくして、ゆっくりお休み下さい。では。 康
2014 11・29 157
☆ 日々お大切に
秦さんが迷うことなく自分の思いを徹して生きていらっしゃるー これは文字どおり凄いことだと感じ入ります。
でも正直なところ日記を読みながらハラハラしてもいます。
岡山の晩生のぶどう「紫苑」を ほんの一房ですが 5 日に着くように送っています。
お二人で味見をしてください。 吉備の人
* 自暴も自棄もなく、ただ出来ることを出来るまま楽しい「仕事」として遂げて行く日々でありたいと願っています。御心配も掛けながら御好意に甘えて自身を励ましております。御礼申します。
2014 12・4 158
* 吉備の有元さんからすばらしい冬葡萄の一房を頂戴した。美味しそう。
療養中の松下圭介君から、わざわざ中野美術館の二種類の美しいカレンダーを戴いた。また市川染五郎訓からも写真の豊富な変わり型のカレンダをもらった。
☆ 疲れのせいか
電車でもお風呂でも、寝入ってしまいそうになります。
明日は今年最後の満月、満月の夜はお酒の回りも早いと聞きました。
飲み過ぎぬように、発送作業のお疲れがでませんようにと願っています。 世田谷 朝
* お疲れを労って、大事に 勉めて心温かにお過ごしあれ。無欲に夢中になれる読書もいいものです。
つらいときや、くるしいとき、長大なモノを読み始めて、その間は煩わしいことを苦にしないようにし、かずかずの難所を通り抜けて来ました。
むかは源氏物語を読みましたが、今なら、ファンタジーを愛読します。「ゲド戦記」、「イルスの竪琴」、「指輪物語」など。深く深く潜水する心地で入り込みます。
さもなければ「戦争と平和」あるいは「モンテクリスト伯」。引き込まれる世界があると、救われます。
日本の現代小説で、そういう役に立ってくれるのはわたしの場合藤村の「夜明け前」です。読み物なら、「女王陛下のユリシーズ号」「北壁の死闘」を奨めます。
疲れの大方は気疲れでしょう。気を散じることが有効です。
発送は明日から初めて十日前には終えたいと願っています。いま家にはお酒払底。岡山のすばらしい冬葡萄の大房を戴きました。j満月にまず捧げましょう。
今月は珍しく歌舞伎も観ません。病院へは通います。
お元気でと願います。ではでは。
2014 12・5 158
* 19もメールがあって、全部不良メール。
* 有元毅さんから岡山産冬葡萄「紫苑」の大房についで、愛媛の木村利孝さんから「媛まどんな」または「紅まどんな」とも呼んで人気沸騰という立派なお蜜柑をたくさん戴いた。天野敬子さんからも縄なりの大吊し柿を二聯、高本邦彦さんからは純米宮城の名酒「浦霞」一升、杉田博明さんからも京は「西利」の漬け物各種を頂戴した。語の本来の「賑はふ」とはこういう喜びを謂うのであろう。 2014 12・6 158
* 昨日 高麗屋から歳暮の品が届いた。九代目がテレビ広告している、「別格」飲料。なかなか美味い日本茶を一本、妻と分けた。
* 菩提寺の板倉宏昌住職が、病気で席を弟に譲られた。前住職から挨拶があり、自筆の手紙に添え、京の銘茶が送られてきた。
この住職とは、もっと多くを語り合い教わりたかった。京と東京とでは距離があり、わたしはメール交換を内心期待していたが実現できなかった。重い病気の抗癌剤治療中ときけば、思い当たることが多すぎる。できれば「廬山」や「華厳」を中にして佳い対話が叶えばいいのだがと思いつつ、「秦恒平様」と上書きされた手紙を手に持ち、せめて病境の和らぎを祈っている。京都へわたしから出向けばいいのにと思いつつ、わたし自身、その自信がまだ持てない。
宏昌師の夫君は久しく檀家である秦家の年寄りたちとも懇意に願ってきた。父に松壽院、母に心窓、叔母に香月という戒名を付けられた。この前々住職は私と同年齢、もとより多年親しくしてきたがもう亡くなった。
人の亡くなるのが、年々に速やかなことに驚く。
☆ お疲れ様でした。
よく頑張られたのですね。
一仕事終えて心地良い眠りを得、疲れも少し癒えていらっしゃればと願います。( 暖かいお部屋でも、うたた寝してお風邪を召しませんようお気をつけ下さい。)
はや今年も、年の瀬です。一つ一つ、済ますべきを済ませ、越えるべきを越えていきたいと思っています。
元気でさえあればと思います。では。 朝
* おお昔、「湖の本」小説の二十巻まで購読して下さった方からお手紙を戴いてビックリした。「秘色」の在庫があるかと。嬉しく。
2014 12・8 158
* 同窓の西村明男君からいつもの「両口屋是清」の美味い和菓子を各種沢山もらった。
* 川崎の異母妹ひろ子からチョコレート、ひろ子の姉の昭子は電話を掛けてきた。妻に任せた。
2014 12・10 158
* 滋賀県湖南市の小田さん、「近江の美酒」二本、そして美味い梅干しのパックを下さる。
☆ 前略
今年もまた初しぼりをお送りさせていただきます。
私の住んでいます湖南市は昔から美味しい地酒を作る酒屋があり、こちらに越してきて知りました。
日本酒が大好物だった主人が生きていたらとても喜んだと思います。
それで 私の心の支えになっていただいている先生に召し上がって阿いただければと思いお送りさせていただいています。
奥様からお葉書を頂戴する度に私も「とてもうれしい」と一人で喜んでおります。
これから本格的な寒さがますます やってまいります。
先生 奥様 どうぞ御身御大切にお過し下さいませ。 早々 敬
* 滋賀県の日本酒が、たしかに、あまり知られていないようだがとても美味い。五箇荘の川島さんから以前に送って頂いた近江の酒もまぎれもない美味い酒だった。
会社に勤めていた間は、ほとんど酒を飲まなかった。しかしいろんな酒に、強くはあった。勤めを辞めてからは、おもむくままに飲んできた。飲み屋通いをしたのではない、たいてい家で小説を書きながら一升瓶をそばに引きつけていた。
☆ ご本ありがとう。
秦君 その後、体調はいかがですか。労作の近著ありがとうございます。ゆるゆると拝読しております。いつに変わらぬ精力的なご活躍のほど大変うれしく安堵いたしております。
私はと云えば加齢とともに五感も鈍るなかで味覚のみが貪欲さを増してくる切なさ、さびしいかぎりです。
と云ってグルメでも食道楽でも決してなく漬物や塩辛などを肴に40-50 度の強いのを時間をかけて毎晩休肝日なく飲むだけの愉しみで、つまみが無くなるとTVの画面に向かってボヤキながら時間を浪費している日々です。死んだ親父の口癖は「ひととは政治と宗教の話はするな」でしたが今の日本は政治屋ばかりで政治家がいないのが不服で、酒量増の因になっていますが、こんなことを肴にして飲んでいる不甲斐ない自分が情けなく思えて仕方がありません。主義主張はともかくも、切れ味はなまくらですが14日は棄権せずに参政の刃をもって討ち入りするつもりでおります。
今年もあとわずか、どうか充分ご自愛のうえ日々ご活躍ください。ありがとうございました。 洛北 辰
* 近世文学泰斗高田衛先生、翻訳家の持田鋼一郎氏から「湖の本」へ便りを戴いた。政情への慨嘆の声しきり。慨嘆だけでなくと心より願う。
むかし、楠木正成が 指一本で根気よくついに大釣鐘を揺すったという逸話に共感したのを、わたしは忘れない。まして一本ではない無数の指一本ずつが慨嘆負けしないで揺すり続ければ、悪政権も必ず崩れる。根気とは、持続のこと。持続する意志のこと。
* 法政大学からも。法政と聞くと、早稲田への縁故を断ってでも法政の「国際」に憧れて行った亡き孫やす香を恋しく思い出す。もうひとりの孫みゆ稀は、そろそろ立命館大を卒業するのではなかろうか。精神的につよく自立した大人への道を歩んでいてくれるだろうか。
* 「喪中」年賀を失礼するというハガキもとみに多い。
☆ 秦 恒平 様
「湖(うみ)の本 122 9年前の安倍政権と私 流雲吐月(三)」を拝受しました。
このところ足元不如意のため引き籠もり状態です。が、投票には頑張って行こうと思います。 靖 妻の従兄
☆ 湖の本122 ありがとうございます。
「ノー」と期日前の選挙を済まして帰宅しましたら、湖の本が届いていました。
9年前から、主張され続けておられる平和の大切さを、今、また声を大きくして皆で突きつけられる選挙でありたいものです。
どのページからも秦様の真摯な声が響いてきます。
大勢の若い人たちが、「命を大切に」と歌っていながら、平然と選挙には行かないなどと。
この政治に対する無関心さ。悲しく思え憤りすら感じます。
戦争へと向かっていく政治を何とか阻止したいものです。
日ごろの秦様のHPを読ませていただき、ご健康の優れない中、真摯に創作に励まれているご様子、また迪子様の真摯なお手伝いに感服しています。
12月はお誕生月。たくさんの良いことがありますように。お二人の平安を祈っています。 晴 妻の親友
* 同感。大学と大学(卆)生が、情けないことに、まるで、國と国土と国民(子や孫世代)の近未来・未来の安寧また生き甲斐のために、機能していない。
* 上記の歎きとすぐに結びつく事ではないが、久しく敬遠していた、二十世紀の壁をこじ開けたジョイスの文学、長編「若い藝術家の肖像」や端ー゜ン集「ダブリン市民」に取り付いている。なぜと説明しにくいけれどロッパにおける「アイルランド」への関心がわたしを動かそうとしているのだ。
同時に、二十一世紀文学のためにどういう人や作が動いているのか、恥ずかしいがわたしは、ほとんど何も知らない。フワフワのポンのような村上春樹型の文章にそんな起爆力が有るとは思いにくい。翻訳すれば分からないかも知れないが、日本語としては悪文でしかない痙攣して引き攣ったような文章を持てはやす気もしない。
2014 12・10 158
* 岩手大、大正大、親鸞仏教センター、お茶の水女子大、川村学園女子大、国学院大、三田文学、水田記念図書館からの受贈の来信、歴史学の小和田哲男教授の受贈来信があった。
京都の澤田文子さんからも受贈来信があった。
* 笠間書院の重光さんから、室町時代の絵巻世界『新蔵人』という珍書を戴いた。この絵巻、科白のいわば吹き出しが主要人物に付いていて、マンガの嚆矢でもある。男装して宮中にあがり、帝の愛をめぐって姉と争う少女の物語絵巻である、女性の男装・男性の女装物語こそ必ずしも希有ではないが、「室町時代のマンガ」となると珍しくも面白く、興味津々。阿部泰郎氏監修で、三人の若い女性研究者が編んだ、まこと文字どおり有り難い佳い本をいただいた。感謝。
併せて渡部泰明氏の編になる『和歌のルール』一冊も重光さんを介し笠間書院から戴いた。感謝、感謝。
2014 12・11 158
* 朝一番に、千葉の池田忠彦さんから過分のお見舞いを戴いた。恐れ入ります。
2014 12・12 158
* 東大大学院文学部、国立国語研、早大図書館、広島経大、東海学園大、常磐大、天理大、花園大、岐阜聖徳学園大など、「湖の本122」受領の来信。
* 今回の「湖の本122」への反響はことに力強い。坂本忠雄さん、天野敬子さん、並木浩一さん、瀬戸内寂聴さん、松野陽一さん、山下宏明さん、信太周さんら、各界知名の人達また読者から、まことに励まされる強い来信が飛びこんできている。体調がととのわず一々此処へ書き出す生気に欠けるのが残念である。
* 松野陽一さんからは選集③のことに昔から愛読頂いた「畜生塚」を中心にした有り難い共感のお便りをいただいた。
2014 12・12 158
☆ 湖の本122
『九年前の安倍政権と私』を拝受いたしました。時宜を得たご上梓と嬉しくなりました。「「自由」の高みにおいて(芹沢光治良と)遜色ない自由」を行使なさっての言論活動に、いつも敬意をいだいています。それにしても安倍政権 なんとかならないものか。寒気を感じ、国民性に絶望感がつのります。お元気で 発信しつづけて下さい。 K社出版部長
☆ 拝啓
押し詰まって参ります。ますます強い御主張に感服いたします。 戦争そのもののイメージが激変していることを忘れがちであることを喚起されるのには、瞠目して拝読いたします。「湖の本」一二二巻を有り難く御礼申し上げます。
寒気が厳しくなって参ります。御自愛の上、新年をお迎えください。 敬具 弘 名大名誉教授
☆ 「湖の本」122
『九年前の安倍政権と私』を拝受 この二日間、実にたんねんに、心底から共感をもって読了いたしました。御恵贈に深く感謝します。これは言っておかなければ、という気魄のこもった言葉の連鎖です。九年前の安倍政権の本質を見抜く眼力には脱帽です。現政権は益々露骨です。マモン(金銭の神)に仕えるこの國の人々は、この人物と一党をさらに舞い上がらせたいと……。そして「積極的平和主義」なる「憲法蹂躙」を目論もうと……。生きて反対を続けねば成りません。御平安を。 浩 国際基督教大名誉教授
☆ 前略
先日は御鄭重にも「湖の本」122を御恵送下さいまして洵に有り難うございました。いつものように「私語の刻」から拝読致しましたが。この闊達な自由連想を大いに楽しませていただきました。殊に私には非常に不案内な歌舞伎を十分楽しまれている御様子には羨望さえ覚えました。それぞれの役者への忌憚のない御感想が躍動していて、「しっかり休んで欲しい」と思われる慮りまで完璧に描かれていました。感銘致しました。同年齢の私には「この集中力・編集力」には感嘆の他ありません。どうぞ呉々も恩体調には留意され、さらなる御健筆、御発展をお祈りして止みません。
右、意を尽しませんが、御礼まで申し述べました。草々不一 S社文藝誌編集長
☆ お元気ですか。
みづうみ、お元気ですか。今日、湖の本届きました。ありがとうございます。
どんどん寒くなってきています。発送作業のお疲れでしょうか、ご体調すぐれないご様子をとても心配しています。
選集刊行をお始めになってからのみづうみの烈しいお仕事ぶりを拝見していますと、もうとっくにお覚悟して動いていらっしゃるのだとわかります。瀬戸内寂聴さんがホリエモンとの対談で、日本はこのままいくと必ず戦争になるから自分は一日も早く死にたいと思っている、そう仰っていらしたお気持ちと通じるものを感じています。
目前に迫る選挙で、瀬戸内寂聴さんが憂慮しているこの流れを、みづうみの仰る国民「最大不幸」を阻止する力強い動きはなく、益々この状況の加速していくことを絶望の思いとともに眺めています。歴史に対する責任として必ず投票にはまいりますが、一庶民のなんと無力なことでしょう。
今回の湖の本『九年前の安倍政権と私』は、昭和十年代「何から何までほとほとイヤな時代」が再現しつつある現在への、一文学者の命がけの闘いの記録として、心して読ませていただきたいと思います。
ガンジーの言葉のように「世界を変えるためではなく」「世界によって変えられないようにするため」に、みづうみはこの重い一冊を世に問うたのでございましょう。
みづうみのことをほんの少しはわかっているつもりですが、どうか充分ご休養くださいませ。これ以上ご無理なさらず、ご自愛くださいますようお願い申し上げます。一日でも永くわたくしと、多くのお身内と、ご一緒にいらしてくださることをお祈りしているのです。
『あやつり春風馬堤曲』はわたくしの偏愛しているみづうみ作品です。厚かましくも自分がヒロインの立場にいるような錯覚にとらわれるのがふしぎです。続編の『先生の遺書』をみづうみが書くおつもりのないのが残念でなりません。
選集での再会はゆっくり待っています。 葛 うすめても花の匂ひの葛湯かな 渡辺水巴
* 思いを分かち持てる嬉しさをいつも感じさせてもらう。
☆ 冬ざれの狭庭では
仙寥の纔かな点灯が眼に染みます。
心房細動の進行でまた病院を離れられず、やっと先週末帰宅し、二階の寝室の窓から庭を見遣っています。
格別の御厚情で『秦恒平選集第三巻』を拝受して居りましたのに 直ぐに禮状も出さず失禮をしてしまいました こころからの御侘びを申しあげます。
畜生塚 久しぶりになつかしく読みました。
昭和の終りまでいた仙台から東京に戻って自宅を改築した時、四十年代の「秦作品」は別室の棚に別置していたのですが、本の整理に来てくれている東北大でのゼミ出身の者が順次借り出していった中、畜生塚だけはその後も返してくれずそのままになっていたのです、信頼できる私の「身内」ですので、町子の真情に寄せる共有する思いを慮り、私が読めない状態をこらえていた次第です、
久しぶりにこの世界に戻って、感じとり方に変りがなく蘇ってきたことを嬉しく思いました。これでも多少は深読みをするようにはなっていますので、大抵の作品は異質の評価をしてしまうのですが、原郷に戻る思いが嬉しく感じるのでしょう。
これから「慈子」 順に従って読んで行きます。
御好意に感謝します。 松 東北大名誉教授
* なんという作者冥利か。
☆ 拝復
師走もはや中旬に入りました。過日は「湖の本」122 を賜わりありがとうございました。精力的にお仕事を進められている由 大慶に存じます。 別便にて、当館の来年のカレンダーをお送りいたしました。
よき年を、お迎え下さい。 国文学研究資料館館長
☆ 御本 謹んで拝受
前略 叔父上様叔母上様
実は大変に困り果てております。
選集の第3 巻を拝受しながら、これだけはもう一度読み直してから、感想とともにお礼のメールを書こうと、腰を落ち着けて読み進めていた「秘色」でした。
いったい自分は40年前、なにを読みなにを考えていたのか・・・
久しぶりに手に取った叔父上の御本、ルビがなければ読み進むこともできぬこと、いえたとえ、ルビがふられていたとしても、日本史に疎い自分には到底理解できぬようなことごと・・・
にもかかわらず、過去と現在、夢と現がめまぐるしくも、ほっと腑に落ちるかたちで、言の葉のなまめかしくもそうであるべきかたちに紡がれていること、それだけは確かに感じていたはず。
それはちょうど、長い絵巻物に描かれた、この世とあの世とを繋ぐ物語のようでもあり、未だ聞いたことのない香木の薫りのようでもあって、知らぬうちに平城や平安の時代に彷徨いこんでしまって「えぇいままよ!」と徘徊する気分・・・多分、それもとても気に入っていたのだと思うのです。
生意気に、ハタコウヘイ論でも、ものす気でいたのかと、苦笑いしきり。
これじゃぁいかん! もう少し叔父上の気持ちに近づけぬものかと、何度か書き始めたメールを出しもせず悶々としておりました。
そこへ家内の一言。
「東博で国宝展やっているから観にいかない?」
今にも泣き出しそうな空でした。上野公園は往時の居心地の良い場所ではなくなって、あの噴水も埋め立てられ、なにやら小洒落たレストハウスのようなものまで林立する、すっかりつまらない都会の公園になっておりました。40年前とは空気が変わってしまった公園を抜けて、車道を渡ればすぐに博物館。平日なのにけっこうな人の数。
会場でいきなり目に飛び込んできたのは、あの玉虫厨子。中学校の修学旅行で、たしか遠目に眺めて以来ですから、かれこれ半世紀。
叔父上もお出かけになっておられましたね、あの国宝展。
一箇所にあんなに集めて良いものなのでしょうか? 日本史の教科書の写真でしか見たことのない国宝が、所狭しと並べられては、圧倒されるのを通り越して、なにやら息が詰まる思いがいたしましたよ。
「あぁ、これよ、ほら」と家内。
叔母上の財布の奥に潜んでいるという、無紋銀銭12枚だか11枚だかがはいっていた黄金の小さな箱。絶対にありそうにない、でもそうあっても少しも不思議ではない、そう思わせる、それこそが ハタコウヘイという作家が紡ぎだす言葉の世界なんだなぁ・・・
18年前に亡くなった母が 「読んでごらん」と手渡してくれたのが「慈子」だったか、それ以来の読者で、そう、たとえばその母が亡くなったとき、「死なれる」という抗えない完全な受身の想いのこと、叔父上の御本のどこにあっただろか、と考えたのだっけ。
これらの思いが行きつ戻りつするまま、とうとう「湖の本」が届いてしまいました。
かさねがさねありがとうございます。御本、しっかりと頂戴いたしました。
お礼にさて何を贈ろう、京の方に和菓子もあるまいし、コーヒーではお酒ほどには喜んではいただけまいし、私はまったくの下戸だしなぁ・・・家内と話すのはそんなことばかり。それも困ったことのひとつ。わたしも業界では一応そこそこの物書きなのだけど、文学とは程遠いこと、拙著贈るなんて、これまた噴飯もの。はてさて、ほんとうに困った困った。
思わず愚痴のようなことを書き連ねてしまいました。
叔父上様、叔母上様
またしても寒波襲来とか、どうぞくれぐれもご自愛くださいますように。 靜・美 鎌倉
* 世のつねの叔父叔母でも甥姪でもない、ただ一度も会っていないが、「身内」の思いのみが成しうる真情。幸せを覚える。
* 文は人 と謂われてきた。そのとおり。
☆ つい昨日
はいじゅした「湖の本」 ぶったまげました。まだ十数十ぺいじを拝読したばかりですけれど、共感 敬服 止むことがありません。
先日は選集第三巻を拝受。後日ごあいさつさせていただきます。恐縮至極。 翁 径書房主人
☆ 選集
「好評」とありましたが、私の(題字)お手伝いは、少しお役に立ったのでしょうか。
お大切に…心から。 哲 元石川近代文学館館長
* もちろん。巻を重ね並べばますます引き立ちますと。
☆ 122届きました。
先の選集№3 なつかしく色々思い浮かべながら楽しく読みました。
近々70代最後のバースデイ オメデトウございます。無事年を重ねて下さいます様に。 華 雲岫会
☆ 前略
どうして多くの人は、都合の良い見当違いの言葉に騙されていると感じないのでしょうか。間違った騙しの説明を繰り返すだけを「丁寧な説明」と受け取ってしまうのがあんまりに思われます。自分の都合だけで選挙(解散)をし、マスコミに圧力を掛けていくやり方に、何故反発しないのでしょう。
ご自愛下さいませ。 鳥 静岡
* 自分の意見・言葉と姿勢とで身の回りの人達とつよく向き合うことが何よりと思います。
☆ 日本の政治は
どこに向っていくのでしょうか。湖の本122 有難うございました。
ますますのご活躍 お祈りいたします。 慈 川崎
☆ 「湖の本」のためにも
「選集」のためにも 御身 御自愛下さい。
政治は「冬の時代」です。 永 藤沢市
☆ いよいよ明後日は
日本の運命、歴史的にも大切な日になります。
「湖の本122」流雲吐月(三)拝受致しました。時流を危惧されて来た先生のこの間の、特に政治に対する文学者としての姿勢がはっきりしっかりとうかがえ、心強い限りです。最悪体調の中、ご奮闘に感服致しております。
いつもありがとうございます。ご自愛下さいますように。 利 作家 府中市
☆ 「あやつり春風馬堤曲」は
とても興味がそそられる作、引かれている文献も全て読み、絵も見た上で論じたいと初読で感じた作です。
秦版「こころ」とも言えるような結構の三部作をあれこれ思い描いています。
湖の本は、昨日届きました。早速「私語の刻」を読みました。
お体を、くれぐれも大切になさって下さい。 淺
* 歌人ご高齢の清水房雄さん、読者の榊弘子さん、山岸洋子さんのお手紙も。また神奈川近代文学館 立命館大図書館 奈良女子大日本近代文学館 いわき明星大からの受領アイサツも。
2014 12・13 158
* 上越光明寺さんから、作家近藤富枝さんから、読者山岸洋子さんから、異母妹芳賀昭子から、それぞれに選集や湖の本への返礼が届いた。恐縮です。
* わたしには、わたしでなくては出来ない恥ずかしくない仕事が、まだ山のようにある。仕事を続ける。
2014 12・14 158
☆ 拝啓
凩のきせつになってまいりました。
咲きだっては『秦恒平選集第三巻』を賜りまして、きことにありがとうございました。美しいたいへん立派な造本の選集を頂戴しまして、恐縮しております。
再拝読してからと想っておりますうちにに、病院、医院通いが重なってしまいました、(中略)
『慈子』を再拝読いたしました。豊饒な『徒然草』考に重奏する慈子への想い、謎が謎を呼ぶ構成の妙、人間存在の深部に卸された錘、 幽婉なな文学世界を堪能させていただきました。
描く対象と響き合う御文章のみごとさに感じ入ります。それぞれの人物像の陰翳が濃いゆえに、「深い遠いはからい」ということが胸につよく迫ってまいりました。 敬具 稜 平林たい子賞作家
☆ 転地の気が塞がる
「閉塞成冬」となりました。いつも「湖の本」をご恵投頂き、有難うございます。心して読ませていただいております。
今巻の「私語の刻」にあります「安倍違憲内閣」の暴走・狂奔はまったくご指弾に同感です。なんとか阻止しなくてはいけません。次の世代へ贈る「老人の責務」です。
どうぞ病を超克され、新しい年をお迎え下さい。ご多幸をお祈りしております。 敦 エッセイスト
☆ まさにタイムリーな刊行と
共鳴しますが、成り行き、つい幻滅の気にもなります。三年前の東日本大震災の悲劇はどこへ行ったのか。
講談社版『日本現代文学全集』の年譜を熟読された由も感服しました。歌舞伎観劇の脇役への目配りも素晴らしく、三時間坐りでも大変かとおもいますが、昼夜通しても御覧の由。御自愛を切に祈り上げます。 義 K社出版部長
☆ 孫たちのために
贈り物をありがとうございました。くりすます・お正月用にとまだしまってあります。なた、ごていねいなおはがきをありがとうございました。
お兄様のお体の調子はいかがでしょうか 今年は寒い冬ですが、どうぞお体 お大事になさってください。我が家はおかげさまで孫10人共々 元気に過ごしております。
私はといえば 六五歳月人を待たず迎え、老いを感じ始めました。せめて歩くこと位は励もうかな……と。
どうぞ宵クリスマスとお正月をお迎え下さいますように 感謝をこめて 川崎 ひろ子 異母妹
* 「お兄様」と呼ばれのは生まれてこの方の初体験。びっくり、した。川崎の妹二人の家族はいずれも敬虔なキリスト教徒。
* 俳人清沢冽太さん、版画家金守世士夫さん、青山学院大教授新保邦寛さん、画家江藤利雄さん、歌人堀江玲子さん、詩人あきとしじゅんさん、秋田大教授志立正知さん、恩師夫人金田典子さん、医学書院同僚加藤雅美さん、中学同窓安藤節子さん、また、大阪藝大、中京大、南山大などからこまごまとお便りを戴いている。
☆ 湖様
師走になったとたんに寒い冬も駆け足でやってきました。お元気でいらっしゃいますか。
遅くなりましたが郵便局に寄ることが叶ったので、今回の「湖の本」そして心待ちの選集にも送金させて頂きます。よろしくお願い致します。 珠
☆ 各務原の
いちょう通りのいちょうの木も葉がすっかり落ちて、凩の冬景色になってきました。
今年は何冊も本を出されてすばらしい一年でしたね。来年も期待しています。
よいお年をお迎へ下さいませ。 岐阜県 真知
☆ 「湖の本」が
少しでも長く続きますように。
良い年をお迎え下さい。 山武市 春美
☆ かすみ目、指先不如意て
傘寿を過ぎ やれるだけやる心境です。
秦様のたゆまぬ御活動に敬服いたします。 神戸 蕃 歌人・彫刻家
☆ 歳も
押し詰まってきました。
ひどい國になっていきます。
くれぐれもおからだ大切に。 大宮 敏 H社役員
☆ 本格的に
寒くなってまいりました。
どうぞ お身体御大切になさって下さい。
良いお年をお迎え下さい。 葛飾 典
☆ 浮き沈みあっても
市民は辛抱強く 意思表示。 多摩 丈
* 京山科の親戚鵜飼和子さん、詩人あきとしじゅんさんから、叶匠壽庵などと京和菓子を戴いた。
2014 12・15 158
☆ 師走半ば
例年になく早い寒波襲来や総選挙。慌ただしいのは気持ちばかりで、それも何かしら実感は伴わず、ややフワフワした感じで師走半ばになりました。
鴉の胸に去来するさまざまなこと、HPの記述から感じ察します。「湖の本122号」は時宜を得たものでした。
「九年前」とあり、(=八年前だが、すぐ年が新たまるので。「はちねん」より「くねんまえ」の方が音勢がいいので。秦)そしてわたし自身が書いた2006,2007年のメールも改めて読みました。こんなことも書いていたのだなと思い、同時にその状況と思いは今現在も基本的に変わっていないと痛感しました。
選挙の結果は繰り返すまでもありません、但ししっかり見据えていく眼だけは失うわけにはいきません。
お身体の不調に関してしばしば書かれていますが、「読書」の記載があまりなかった期間があり、最近少し本の名前があげられてあって、やや、ホッとします。ご自身の選集の校正に骨身削られて精一杯の、その合間の少しであれ余裕だろうかと勝手に解釈しています。
アベノミクスなどではない、創作世界こそ大事、それこそ鴉の世界です。
わたしの日常は変わりなく、幾らか沈潜したものです。絵はゆっくりゆっくり、それでも描けばそれだけ進みます。描くことと書くことは自分の中で混戦しています、少なくとも時間的に。エネルギーも・・。
姑は車椅子に頼らざるを得なくなりました。今月に入って一週間余り滞在、暮れから正月にかけて滞在予定。
明後日、関西に用事で出かけます。友人と、恐らく最期になるかもしれない友人にも会います。
どうぞくれぐれも風邪など引かぬよう、大切に大切に 尾張の鳶
* お姑さんと夫君と。繪に描いたような老老介護に加え、海外のマゴちゃんの世話にも行く。大忙しの鳶さんは、それでも詩を書き繪を描き、わたしにメールまで呉れる。元気に怪我も事故もなく過ごして欲しい。
2014 12・16 158
* 昨日の朗報は伊勢崎の画家杉原君の手紙、孫娘と手紙のやりとりが出来るようになりも気力もやや蘇って繪が描けそうですと。描く。それが画家の命の表現。はげしい躁鬱の波に負けず乗らず煽られず、気を引き締め、何よりも何よりも、描ける人なのだ、繪を描いてほしい。「おじいちゃん、繪を描いてください」。ご家族もたすけて上げて欲しい。
☆ 「美しい日本を取り戻そう」と
いうような見せかけの言葉の裏で、日本の真の姿や文化が如説に崩れつつあることを感じております。御本にて更に深く学ばせて頂きます。 豊島区 出版社主
* 寺田英視さん、堀江玲子さん、明治学院大、現代短歌社などから、昨日。
* 今日も出掛けている内に、大勢のかたの深切なご挨拶を頂戴していた。作新学院大、多摩美大、皇學館大など大学毬にも私信をたくさん頂いているが、明日、ゆっくり拝見します。
上村淳之さんと書家が競艶の美しいカレンダーも。趣向のカレンダーも他に幾つも。
近江の川島民親さんからは、いろいろのお酒を。家でも、肝臓を気にされていた、が、幸い、今日の両内科の検査や診察でも肝臓も前立腺も問題ないと。図に乗らない程度に「生涯在酒」を奉じたいもの。少しずつ、少しずつ。
2014 12・17 158
☆ 年末の
せわしない時期に行われた迷惑な総選挙が終わりました。安倍首相の謀略が成功したということでしょう。彼(安倍総理)は自らフエイスブックで菅直人とか枝野議員に誹謗中傷を浴びせ、選挙中も相手の落選を謀って有力議員を選挙区に送り込んだりしています。まさに「日本版のヒトラー」です。 総合誌編集者
2014 12・17 158
* 径書房主の原田奈翁雄さん、妻の従弟田所嗣朗さんから受領のむご挨拶、、昭和女子大などからも。また「湖の本122」払い込みのお便りも数多く。
2014 12・18 158
* 床に就いてから、裸眼を励まし励まし「冬祭り」の再校ゲラを読む。ハバロウスカから雨のモスクワへやがて飛びたつだろう。「冬祭り」を読んでいるとは、それ以前の殆どの、またそれ以後の幾つもの自作をまるで「食し」ているようだ。
「冬祭り」のゲラを置くと、次は鏡花の豪華限定本で、小村雪岱全挿絵の入った新聞連載初稿の「山海評判記」を嘗めるように読む。ま、すべての読者が支離滅裂、口から出任せの語り本と惘れるだろう。わたしもかなり惘れながらまるで譫言のような鏡花の凄みの日本語を堪能している。
そのあとは、はやく読み終えようと「八犬伝」馬琴のあくどいほど饒舌をときにウンザリしながら読み進んでいる。分厚い岩波文庫で十巻は長すぎる。達者の筆で五巻、せめて六巻に添削・推敲しうれば「最良の読み物」の一つになるだろう。
ついでジョイスのやかましい「意識の流れ」ものの『若い藝術家の肖像』とそれに事実上先行していた短編集『ブブリン市民』を退屈しながら読んでいる。「意識の流れ」と称されてきた、だらだらと、こまごまとした叙事叙景の垂れ流しをわたしは今のとわころ賞讃できない。二十世紀を打ち鳴らすように登場したと今にして言えるのは、ジョイスよりもはるかにカフカだと思われる。
このところ不幸にして、カミュほども魂にしみいる世界文学に出会えない。ひとつには翻訳の日本語が文学藝術に成れていないのでは。尾張の「鳶」はときどき佳い本をこれまでも奨めてくれた。また教えて貰おうか。
2014 12・19 158
☆ 79回目のお誕生日
おめでとうございます。80回、90回と繰り返されることを願っています。
ささやかな御祝いの気持ちをお送りしています。
賞味期限どころか消費期限も過ぎた安倍内閣が居座りつづけられる筈がないと信じています。
御自愛のうえ引き続き健筆を揮われますことを楽しみにしています。 吉備の人
☆ お誕生日おめでとうございます!
今年は最後までバタバタしてしまいますが、正月には帰ります。
お身体ご自愛くださいませ。
新作小説楽しみにしています。心して読みたいと思っています。
☆秦建日子☆TAKEHIKO HATA ☆
* 朝いちばんに栃木の渡辺佳寛さんから徳島産、赤着ちゃんの拳大のみごとな苺を、吉備のご老人からは選り抜きの名酒二升で祝って頂いた。有り難う存じます。薬がわりの赤ワインそして佳いお酒で小さく乾杯し、蛤汁と赤飯で朝食を祝い、さっそく苺を一つずつ、また佳い茶を淹れ、京都から戴いていた大好きな柚餅を美味しく味わった。今日は、なんとなく外出も億劫、家でゆっくりやすみやすみ静かに仕事をしたい。
2014 12・21 158
☆ みづうみ、
お誕生日おめでとうございます。七十代最後の一年の益々のお幸せとご健康を心よりお祈りしています。
みづうみは、お若い頃の私家版『畜生塚』から湖の本シリーズ、今回の選集にいたるまで、いつも中味も装丁もそれはそれは美しいご本を出版し続けていらしたと思います。一流の美的感覚を持つ方は、何をつくっても最高のものをお創りになってしまいます。
新しい年の配本も心待ちにしております。 鷹 大空の二つの鷹の相親し 素十
☆ ほっこりと
お誕生日をお過ごしになっていらっしゃいますか。
写真は、大学の紅葉です。
広い構内の並木の葉はすっかり落ちていたのに、少し離れた山際には、燃えるように赤い一本と、黄葉の一群れが暮れなずむように残されていて、氷雨の空を見上げました。
どうぞ、米寿もその先も、でき得れば永く永くお元気でいらしてほしいと思います。
佳い年をお迎えください。 朝
* 特別ななにごとも無いふだんよりもふだんのまま今日を過ごした。酔えば居眠りし、覚めれば「秋萩帖」を楽しんだ。そうそう泉鏡花会心の怪作『初稿・山海評判記』も読み通した。これは鏡花でなければ書けず鏡花読者でなければ読み通せない物語で。堪能もしたし、ほとほと驚かされもした。それにしても雪岱挿画ももろとも同志社大田中励儀さん渾身の復刻であり、感謝したい。この作は、鏡花作としても例外的に岩波の全集以前に単行本になるはずなのに実現しなかった。瀟洒な挿絵の名品とともにつくづく楽しめる美麗の造本、本読みのすきな愛読者には堪えられない。あらためて田中さんにも感謝、感謝。
☆ 今日が誕生日ですね。
おめでとうございます。
あと20年、元気でご活躍ください。 大津市 芳 生母方甥
* まだ会ったことのないこの人の母上が、わたしには父のちがう最年長の姉であった。歌を作る人であった。母のために能登川に母の歌碑を建ててくれた姉であった。顔を見合ったのは只一度、だが幸いに文通は数重ね、多くを教えてもらえた。実兄北澤恒彦とこの異父姉川村千代子と今生でわずかに出会えたのをわたしは懐かしく喜んでいる。この、ねう職を定年で退いたという甥とも、いつか会うだろうか。
2014 12・21 158
☆ 今年も押し詰まってきました。
去年と同じですがく甲州の枯露柿を送ってもらいましたので、又、召し上がって下さい。甲州の盆地も今年は一段と寒いと思います。
「湖の本」を有難うございます。いつも変わらぬ旺盛なお仕事、どうぞご健康に障らぬよう祈っております。
当方は緑内障と ちょっと手強い脊柱管狭窄症と格闘しています。 字もゆがみ、本を読めないには弱りますが、でも大丈夫です。
どうぞよいお歳をお迎え下さい。
奥様にもよろしくお伝え下さい。
詩は ただただ読んでいただければ それで十分に幸せだと思っていますので、どうぞご放念下さい。
余裕があったら 小さな私家版とか 自製の本にしておこうかな等、 考えてはいます。
藤村の研究会で発表した テーヌやペイターと藤村、 何とかまとめる時間だけはほしいです。 横浜 襄 詩人
☆ 拝啓
このたびの 政権へのご批判 重々しく受けとめています。
また「私語の刻」にございます 歌舞伎からシエイクスピアなどにいたるお話にはたくさんのご示唆をいただき想像をかきたてられております。
先月末まで開催しておりました 谷崎潤一郎展図録を同封いたします。ご高覧いただけましたら幸いに存じます。
南アルブスや八ヶ岳の山々が雪を冠し清々しい姿を見せております。
時節柄ご自愛くださいますようお祈り申し上げます。 山梨県立文学館
* 桐生り阿部君江さん、岡山市の竹内俊祐さん、京都の田野村咏さん、青龍社の野口昌則さん、また東海大日本文学科等々からもこまごまとお便りがあった。もう視力が切れているのでお礼のみ申し上げる。
2014 12・23 158
* ペンの電子文藝館で同僚委員として一緒だった作家の牧南恭子さんがとても口当たり佳く美味しい搾りりんごジュースを沢山下さった。有り難い。果物と飲物とは必需の栄養源。口さっぱりし、一缶戴いて「おう、美味い」と声が出た。妻も大喜び。感謝。
2014 12・23 158
* 嵯峨の田村由美子さんから牛肉のしぐれ煮いただく。平安神宮道の星野画廊に例年わたしの好きな白河煎餅をいただく。
* 島尾伸三さんから娘のまほさんの新刊エッセイ集をいただき、作家の稲垣信子さんから著書いただく。湖の本122へも手紙、「美女の表紙とはうってかわり、言いたくてもなかなか言えない私たちの気持ちをズバリと仰言って下さって ありがとうではすまない心地ちです」と。
そんなに難しいことをわたしは政権に向けて言ってはいない、その気なら何方でも言えるし、ほんとうに言いたいなら言わねばならないだろう。
ドラマの外科医大門未知子の決定的な科白は「いたしません」の一語だった。「いたしません」とよう言わぬまま迎合する気でなくても迎合し阿諛追従してあしき現実を受け容れてしまっている人が多すぎる。なんでも「いたします」という人間を権力は便利に飼育し追い使おうとしている。「いたしません」と言い切れる視野と視線とを確保していたい。わたしはそう思っている。
* 妻の妹が、「秦さんが 本を読まれる時や、書きものをされる時に もしかして使って頂けたら」と、温かい柔らかいいい生地でできた手袋、それも指先が出て使いやすい手袋をクリスマスに贈ってきてくれた。わたしは例によってなにもして上げていない。ありがとう。
2014 12・24 158
* 金銀彩の美しい骨壺を創ってくれた姫路夢前窯の原田隆子さんから便りと、見るも美しいちりめんじゃこが大きな筺で贈られてきた。いい出汁がとれるわと、妻が大喜び。
2014 12・25 158
* 「和加奈」の寿司と肴とで、美味い酒を飲んだ。高麗屋から貰ったキリンの別格飲み物、また牧南恭子さんに戴いた「摺り下ろし林檎ジュース」がサッパリと美味しい。
* 「京都府」から、このところ再々メールをもらっている、
☆ 先日、
国宝修理所に勤めている友人(鳥獣戯画の修復を担当)に(秦の著=)「美の回廊」を貸しました。二人で、部分部分を一緒に読みながら画に思いを馳せて、楽しい時間を過ごしました。
今年の私の一番ビッグな思い出は、初の帝国ホテルで、先生に、芝居の話も含めて藝術のことをお聞かせいただけたことです。ありがとうございます!
これからも、美しいものに、気づかせていただけることを願っております。
年の瀬、なにかと慌ただしいことですが
どうぞよいお年をお迎えくださいますように。 香 京都府庁
* 歳歳年年人不同 おもしろいことだ。人の心ほど動きやすくうつろいやすいものは無いという真実。おもしろいけれど、はかなくもある。
2014 12・26 158
☆ 秦 恒平先生
いつも「湖の本」を楽しみにしております。
また、先日は選集3をお送りいただきまして、ありがとうございました。
両親が少し弱ってきており北陸の実家にちょくちょく参っております。
ご本をお送りいただきながら、何のお礼も申し上げないままで、まことに失礼いたしました。
選集3は、「畜生塚」「慈子」など、秦先生の作品に惹かれるきっかけの小説がたくさん収められており、懐かしく拝読いたしました。
「京都を栄養分」にして、とありましたが、栄養が十分回った小説も随筆も楽しみながら勉強させていただいております。
お体をおたいせつになさって、素晴らしい作品をこれからもお届けくださいますようお祈りしております。
今年も残りわずかとなりました。
来年こそはいきあたりばったりではない生活をして、自分を磨きたいものと思っております。
来年もよろしくお願いいたします。 一関市 万
☆ 秦先生、
今年も有り難うございました。
押し迫って参りました。
お体の調子を気にしながら、薩摩揚げを少々お送りいたします。以前、日記に、時折薩摩揚げを召し上がっていた記録があったようにおもえて。
揚げ物だからどうかしら? 二口、三口ならば、胃腸に負担がかかららないかもと、あれこれ気にしながら、本場の味、ほんの少しお送りさせていただきました。
どうぞ おだやかな新年をお迎え下さい。 愛知 珊
2014 12・27 158
* もう何年も年賀状を失礼と決めている。わたしにはこり「私語の刻」でなにもかも賄っておく習いが出来てしまっている。心もちだけは、もとより何方にも平安なお正月をと心より願っている。
2014 12・28 158
☆ 秦恒平先生
本年もあと僅かとなってまいりましたが、その後ご体調は如何でいらっしゃいましょうか。
昨日は思いもかけず実にご立派な美しい「秦恒平選集」のご本とお手紙まで戴き、本当に吃驚するやら恐縮するやらでございました。誠に誠に有り難うございました。
(中略)
今では本を読むのが唯一の楽しみ……。「被色」に登場する滋賀の崇福寺址へは三十年以上前に万葉集の勉強仲間三人で訪れたこともございます。その時は万葉集の巻二「114 115 」 それに巻二の「203」にある穂積皇子と但馬皇女の歌にひかれてのことでした。私は本来薬大出身の薬剤師ですが 公民館での筑波大教授の講座で二十五年程お世話になりました。
秦先生は実に博識で、又 その美しい文体は一寸他の作家には見当たらないものですね。
頂戴いたしました選集第一巻はこれから大事に拝読させて頂きます。本当に本当に有難うございました。
そして出来れば第四巻と第五巻を求めさせて頂きたく、お願い申し上げる次第です。
それでは今後とも先生と御一家の皆様にはくれぐれも御身ご大切に……。佳きお年を迎えられます様 祈り上げております。
(追伸 同封の切手は失礼乍ら何かにお使い下さいませ) 調布市 雅 七十九歳
* 夫君は東工大名誉教授。この方は創刊から一時期、湖の本の読者であった。82円切手百枚のシートを頂戴した。
* 凸版印刷からの人形町「魚久」の京粕漬を頂戴。世田谷の「珠」さんからは、「鴨鍋」をたっぷりと頂戴した。感謝。
また京の染織家渋谷和子さんから、巧緻に美しく造形された祥瑞「水滴」を戴いた。
☆ 平素の御芳情
有難く御礼申し上げます。
御著次々御恵送いただき乍 御無礼のままに 今年も年暮れようとしています。御赦し下さい。
親炙の気持ばかり お笑い草です。 御側においていただければ嬉しく存じます。
何か不穏な気配を感じる昨今です。
来る年の平安を そして 先生のご自愛をひたすらに願いつつ
有り難うございました 合掌 渋谷和子
* 閑静におちついた歳暮。
今年は、断乎「秦恒平選集」を出版のおかげで、老境に花が咲いたように、一年、賑わった。思い残すことも無くなったほど心はずんで安らいだ一年、もうこのあと、根限り仕事をさえ続けられれば、そして家族が元気でいてくれれば、いい。
「生きたかりしに」で私は当尾の家を訪れ、叔父のきたくを待って座敷に上がっている。おお…。
2014 12・29 158
☆ 今日、
東京は雨でしたでしょうか。暖かくなさっていますか。
「期待はしない希望は捨てぬ」、慌ただしかった師走の新聞に、そんな言葉を見つけました。
この年末年始は再び寒波襲来とか。
どうぞ、くれぐれもお体大切になさって下さい。 世田谷 近
2014 12・29 158
☆ 三十日
『生きたかりしに』もう少しですね!!!
師走半ばに関西に行く予定でしたが、寒波到来で積雪があり取りやめ、それで関西には昨日行ってまいりました。
帰途、京都に立ち寄り、やや定例になってきましたが御所近くで生菓子を買い、その後、御所の中を南の丸太町から四条まで街を楽しみつつ歩きました。
御所の松のみごとなこと、きっぱり清々潔く・・ただし散る桜の潔さではありません・・
昔の御所は決してこの姿ではなく公家の家々が周囲を囲み、人々の往来も多くあったと思いますが、天皇東遷後も荒廃とは無縁。松の美しさ、日本の美しさを深く感じ歩きました。
堺町に出ると羅紗庵があります。チベット学の研究者佐藤長氏の旧宅を瀬戸内寂聴さんが引き受けて運営されているとか。
三回生になって、学部のゼミであてられ、佐藤先生に叱られた鮮烈?な思い出があります。分からなければゼミの前に先輩でも先生でもとにかく尋ねなさいと。厳しいけれど優しい先生でした。
寺町丸太町に横井樟南殉難の碑があります。
勝海舟でしたか、自分には恐ろしいと畏敬する人が二人いる、それは西郷隆盛と横井樟南だと述べています。横井樟南は明治にな
ってから暗殺されましたが。
寺町の興味ある店の数々を過ぎて御池で足を止め、少し甘いものを鴉に送りました。御笑納ください。
そして人が身動きできないほどの錦は横切り四条へ、今回の京都プチ訪問三時間余りでした。
今日は午前中に歯医者に行って、後は正月の準備です。
お身体大切に、くれぐれも大切に。
佳きお年でありますように。 尾張の鳶
* 『生きたすりしに』、今、第二次の定稿を遂げた。最期に、すこし泣いした。いまも、涙で画面が見にくい。書くしかないものを書いた。実際には、井上靖さんに誘われて中国へ行ったので、中絶してしまった小説「上田秋成」の、帰国後のこれは弔い合戦だった。
しかしあの出版不振だったあの時節に、この小説・全然の之私小説を「書き下ろし作」として世間へ持ち出す勇気は、頼んだ講談社にも頼まれた私にもなく、そのまま、まさしく棚上げし放置したのだった。
こんど、その初稿を「今日時点」に視座を置き換えることは、敢えてしなかった。これより以降に手に入れたたくさんな情報や資料があり、それを此処へ「混用」してはならないと思った。したがって、下敷きになっている「秋成」に関わる新研究や新知見は、「知らぬままの運び」を保存したし、実父や生母への「あらたな視野」も混ぜ込まなかった。
* 美味い鴨鍋をご馳走になった。
* 尾張の「鳶」さん、京の羽生さんから、メールやお手紙に添えて、いろいろの京名菓を、名古屋の「珊」さんからもとりどりの揚げ物を、みな、たくさん頂戴した。有り難う存じます。
☆ 「秦恒平選集」第三巻
ありがとうございました。
前より深く読めたように思います一方で 絵空事と実人生、夢とうつつの境が揺らぎはじめ、私の中で虚と実とが、以前と随分違ってきたような気がします。
再読は、 自分とは何か、時間とは何か、年齢を重ねるとはどういうことかについての学びであると実感いたしました。
「慈子の齊王譜」では、兼好の恋と重ねられた物語の奥行きを楽しみながら、教科書の教える「徒然草」とは違う 大人の読み方、といいますか 東京の学者には分からない 京の文人流読み方が 古典理解の鍵なのかと考える機会になりました。
二○一五年の日本がどうなるのか気になりますが 先生と奥様にとって佳いお年でありますようにと心よりお祈り申し上げます。
京 清 美大教授
2014 12・30 158