ぜんぶ秦恒平文学の話

電子メディア・コンピューター 2021年

☆ 秦先生

ご無沙汰いたしております。

先生も八十五歳となられたのですね!

以前私も、小さな物語を書いてみたりしたことがあり、そんな少しのことでも創作活動がどれほど気力と体力と を使うのかと驚きました。先生のされているお仕事と比べることはおこがましいのですが、何もないところから形あるものを生み出すお仕事を続けられる精神力 は並大抵のことではないことだけは感じることができます。

 

その深い先生の懐に入れていただくような、東工大での授業を楽しく受けていたことを時折思い出します。それ まであまり自分の心の内をひとに打ち明けずに来ていましたが、授業では次々と思っていることが文字となって表現され、自分でもこんなにいろいろなことを感 じていたのだと驚いた覚えがあります。

 

先生の授業がきっかけで、人との関わりが変わっていったと、振り返り思っています。今の自分があるのは、先生のお蔭です。日々の忙しさを理由に不精をしておりますが、いつでも先生のことは心の中にあります。

 

お身体お大事にお過ごしください。

 

私もいつのまにか母親業のベテランの年代になりましたが、常に子育ては楽しみや嬉しさの裏には悩みもともに あると感じています。そしてそれが自分を人として成長させてくれているとも感じます。活力にもなっているので、大きな病気を2つもしても、働き続けられる くらい元気でいられるのは彼らのお蔭です。有難いことだと思っています。

 

世界中が大変な状況に見舞われておりますが、何とか踏ん張って乗り越えたいものです。

 

 

お身体にはくれぐれもお気をつけて、いつまでもお元気でいらしてください。

 

そして、またお会いできる日が来ることを願っています。   まよ

追伸  先生のパソコンが 15年も使い続けられるとは知りませんでした!

やはりそれも先生のお力なのでしょうか!?

 

* 26年もむかし、平成六年(1994)四月に入学して、院から、大きな電機企業に入社した。結婚式にも呼んでくれた。このような機械でのたよりそ、私のうけるほんものの勲章なのだと思う。

 

* それになんと !  教授室へきて、わたしにコンピュータのまか不思議ないろいろをじつに面白く話してくれたことのあるこの人が、 「追伸」してくれたこと。なんだか特大に美 味しい饅頭をもらった子供のように嬉しい。最近、誰だかも、「奇跡ですねえ」と笑ってくれたが。現にこの私の機械もホームページも、素人のそれとしては超 大量のコンテツを擁したまま、いまも、画面の色も美しく働いてくれている。呵々、バンザイ。

 

* W-W-Wですから。蜘蛛の巣の通路は無数なんです、道は通じてます、なかなか壊れはしませんよと、コンピュータの世界的権威の先生が、さながらに「暗示」をかけてくれたのを「信仰」してきた。

2021 1/4 230

 

 

* 私が多年使用のメールアドレスは、世界的に流用ないし悪用されてもいて、そやつらが、当の私へまで英語などで愚劣なメールを送りつけてくる。ヤレヤレ、おバカさん。

2021 1/7 230

 

 

* (ここへ書いた一文が消え失せた。)昨日昼夜に岡田蕗子さんの博士論著へメール。その先の一通も、目の前でかき消え、回復できない。いよいよ機械クンのお手上げが顕著化するか。困るなあ

2021 1/26 230

 

 

* メールが、いつ通らなくなっても可笑しくないよと機械クンは警告している。覚悟はできるが手当は出来ない。

2021 2/17 231

 

 

* 遊び疲れている。なんとなく機械の底を嘗めていた。階下へ行って妻の機械 までいじってみたが、想うようには何も出来ずに草臥れた。これはもう、籠居疲れというものだろう。鳥取県のだったか、聖火リレーのオリンピックのと云うて られるか、やめるとブチまくった気持ちも分かる。鉦や太鼓で何とやらの長に誰を据えるか、大臣の橋本聖子にしよかとか。彼女は往年、しんじつ競技で感動さ せてくれた。も一度、何にかは分からんまま、ガンバリやと云いますかね。心神にビビッと電氣のように感銘を呉れるのは、文学の名作。繪など美術は、観たく ても出かけられんし。食う欲もないし。もうもう、「読む」と「寝入る」に惹かれるばかり、しっかり「書く」も加わりたい。

2021 2/17 231

 

 

* 出した、返事したはずと思いこんでいるメールの控えが、発信済みとして機械に残っていない。わたしが狂っているか、機械の変か。この比べになると、わたしに勝ち味は無い。がくッ。もうもう「孤」に徹し余生をちいさく手に囲うしかない。失礼があったら、あやまります。

2021 2/20 231

 

 

* 機械の奥へ奥へ踏み入って行くと、見当だけ付けて仕置きの発想や着想や書き出しが沢山隠れていて、申し訳なくてアタマを掻く。使い方もよく分からな い、しかし、気の遠くなるほど大量保存の利くらしいモノ(名前も分からないごっつい蓄電池のようなのが在る。うまく遣えると、ありとあるモノが一括して保 存出来るらしい。

なにしろ、「撰集」33巻分、「湖(うみ)の本」152巻分、毎日・毎月・毎年の日乗「私語の刻」が23年280ヶ月分、電子文藝館、何十年もの写真、ものすごい量の来信メール、「歌作、そして数え切れない随想・随筆・試作・書きっぱなしのいろいろ」。

この、草ぼうぼうの大森林にさまよい入れば、すくなくも、私は退屈ということを知らずに彷徨える。

よくもこの古い古い機械くん、それらをみな「飲み込んで」いてくれます、感謝、感謝です。

これらを 傍の、未使用の別機械二台へも「移転」しておこうと思っているが、機械の使い方も、日々に覚束なく、物忘れする。やれやれ。

2021 2/22 231

 

 

*  ひらがなを書くだけにも機械くん、頓挫したりする。肝を冷やす。あれこれしている間に、もう五時になろうとしている。新しい題をつけて、やや長く書き進 んである作を触っているうちひらかなが書けなくなり、そんなときは全て中断、機械をオフにしてやり直す。いま、やり直して  やっとまともに落ち着いた。

私の一太郎は、じつに「2004」という版であり。これは 卒業生の林君が、古い機械に最新の版をセットすると機械が負けて不具合が出ますと助言してくれたのを聴いたからで。好む機械クンはそんな配慮を良しとしてくれて長生きしてくれているのではないか。

林君はどうしているだろう。東工大在学中、お茶の水女子大の教室にまで「単位」を稼ぎに出向いていた。200単位も獲得していたと思う。当時、200安 打を超えて記録をつくったあのイチロー選手にちなんで、「イチロー」とあだ名で呼んでいた。おもしろい子だった。わたしの機械操作を、家まで来てそれはよ く教えてくれた「恩師」です。

 

* 機械クンの気まぐれと苦戦して、シンから疲れている。仕事として何をしていいのか

判断が付かぬほど。知能的な衰え、減退も余儀ないと思うが、きのうドラマの朝顔のお父さんがアルツハイマーの気を嘆いていた。いずれ遁れよう無いのかも知れぬが、出来るところまで出来る気構えでいたい。

2021 2/23 231

 

 

* 大型の 遣いようもよく覚えない機械を拾い見ていたが、何の役にもたたず、嬉しい使用途の発見もなく時間のむだだった。八時過ぎた。何が出来そうでもない、再校出を待って、それまでは怠けやすみに徹します。

2021 3/1 232

 

 

* 此処までに、「方丈」以下、「顔」繪や「寒山」畫やピカソ「平和の鳩」 さらに「書斎書架」 土佐光貞畫「雛」 小磯良平畫「D嬢」 高城冨子畫「浄瑠璃寺」の 写真版が挿入してある。が、妻の機械にも建日子の機械にも写真が出ないという。

私にはドウしようもないことで、楽しんでいるのが「私」だけであれ、それはそれで仕方ない。私が楽しめないのでは処置無しだけれど。

これにもいろんな理由や故障が有るのだろうが、私には分からない。

むかしこのホームページは、マイ コンピューターの「C」に設置していたが、量の配慮から「D」に強いて入れ替えた。その影響なのか、どうか分からな い。大事なのは、私の楽しみに入れる写真が私に見えないでは困るということ。幸い、それはない。これからも気が向けば自分の好き勝手に写真を交替したり増 したりする。写真分空白の隙間が妻や建日子の機械では空いているらしいが、私には手の施しよう無く、そのままにしている。訪れて下さる他の方々でもそうな のだろう、ごめんなさいと謝っておく。

2021 3/3 232

 

 

☆ おはようございます。

 

源氏物語に続き、「細雪」をやっと読み終えることができました。「細雪」は私も時々行く芦屋川をはじめ、岡本、元町、新開地などが登場して楽しめました。

さて、先生のホームページの「私語の刻」に掲載の写真のうち、「土佐守藤原光貞・畫」、「小磯良平・畫」、「南山城 浄瑠璃寺夜色」の3枚が 以前から 見ることができません。なぜかなあと思っていましたが、ほかの方も見えないとのことでソース(aisatsu1.htm)を調べてみました。

すると、リンク先がサーバーではなく、先生のパソコンのドライブCまたはDになっています。この状態ですと、秦先生には見えますが、ほかの方には見えません。

 

たとえば「土佐守藤原光貞・畫」のリンクは  (以下略  秦)

 

ソースを直接編集できるのであれば、上記のようにすればいいように思いますが、ホームページの作成に何をお使いでしょうか。ホームページビルダーでしょうか。

いづれにせよ、写真ファイルのリンク先をパソコンのハードディスクにするのではなくサーバーにすればいいのですが。   道、  神戸e-old

 

* ウーム。感謝しつつ、遺憾 残念 こまごまと丁寧に書かれてある全部が私の理解の外にあって、ウカともナニとも手が出ないのです。

 

☆ 見えない写真3点は

サーバーにはあることを確認しました。

以下をクリックすると見えます。

aisatsu1.htmの中のリンクが訂正できれば、いいのですが。   道、 神戸e-old

 

* 以下 三条の長い式のようなもの 此処には出さずにおくが、私の「理解可能の外」にありげ。ナニかしら機械操作を誤ってそうなったのだろうが、詮すべ もなく。繪所預従五位下土佐守光貞の、蛤に描かれた美しい夫婦雛、添え青柳のさみどりも色優しい一幅は、ひな祭りも昨日で過ぎており、仕舞いましょう。

向後、いろんな気に入りの写真を入れても、みな、外へは届かないのかと思うと残念だが、ま、仕方ないとするしか仕方ない、か。  神戸e-oldさん、ご親切有り難う存じます。感謝します。

2021 3/4 231

 

 

 

☆ こんばんは。(昨夜)

見えなかった写真が見えましたよ。

何かの折に、操作を間違えられたのかも知れません。

ひとまず、よかったです。  道、 神戸e-old

 

* ひとまず よかったです。なにがどうなっての事か、まったく理解していませんが。人生不思議と似ていますね。

2021 3/5 231

 

 

 

* e-OLD神戸さん

機械のことは あきれるほど識っても分かっても居ないと、呆れる前に諦めています。

が、このごろ一つ気になっています。

機械の横っちょに、何の役になっているのやら、2センチ3センチ角の札が刺さっています、チップとでも謂った風情ですが、簡単に抜き挿し出来ますが、これは何かの役に立っているモノなんでしょうか。

さすがに寒気はやわらぎ、花の春の近いのを感じます、が、私は神戸を全然知らないのです、ただ一度だけ、東工大の男子卒業生が結婚式にぜひ来てというの で、美しいホテルへ出向きました。おおと声が出たほど、なにかしら独特に佳い感じの街であるよと印象を得て、東京へ戻りました。

京都へは、いつになったら帰れるだろうと待ちわびていますが、足腰の弱りが目立ち始め、荷物持って杖衝いての旅は難しくなりました。自動車はどうかねと息子に聞いて、叱られました。呵々

お元気におすごし下さい。 e-OLD=HATAK

 

☆ おそらく

デジタルカメラの写真を記録したメモリーカードだと思います。そのカードの中の写真をパソコンに取り入れることができます。パソコンのハードディスクが Cや Dなら、このメモリーカードは Eか Fになるかと思います。

その美しい神戸のホテルは海側ならポートピアホテルかホテルオークラかも知れません。また山側なら六甲オリエンタルホテルか?

> なにかしら独特に佳い感じの街であるよと印象を得て、東京へ戻りました。

神戸のいまは元気がありません。若い人の就職口もありません。残念なことです。

『細雪』に出てくる寿司屋のモデルになった又平は、三宮にありましたが、現在は西岡本に移転

しているようです。  http://matahei.ftw.jp/

岡本には友達もいますので、一度このような店で味わってみたいものです。

東京出身で 京都在住の切り絵作家・モチメ(望月めぐみ)さんから祇をん小西 での個展の案内をもらいましたが この度は残念ながら遠慮することにしました。

今日の東京のコロナの罹患者は116人とのことですが、月曜ですから、この数字は気休めにもなりません。

あせっても仕方がありませんね。

秦先生も日々大切にお過ごしください。  道、神戸e-old

 

* 上の、メモリカード のこと やはり何のことやら、どうすればどう何が観られるのか、この二十歳になる機械で かつて触れたこともなく、写真を貯蔵し たということも絶えて無く。使い道も分からず。気が付いてみると、同じような「札」は、他の、使えていない二台のパソコンにも、大小のカメラにも同じよう にくっついていると分かった、が、ますますワケが分からなくなった。仕事には何の障りもないけれど。

2021 3/8 231

 

 

* 但し もう目が潰れていて辛い。

用事があってメールを送ろうとしても どうしても飛んでいってくれないのにも時間と労と視力を費やし、閉口し疲労した。どうなってるのやら。

2021 3/11 231

 

 

* 『史記列傳』講義中巻は、「氾睢蔡澤列傳第十九」に始まり「樊酈滕灌列傳第三十五」に及んでいる。「樊噲」という馴染んだ名がが現れる、が、こういう名前を漢字でここへ拾い出すのはナミたいていでない時間と労力の消費になる。日本人が「かな」文字と読みとを発明した有り難さをつくづく、しみじみ思う。

2021 3/14 231

 

 

☆ 范睢者魏人也。字叔。遊説諸侯。欲事魏王。家貧。無以自資。乃先事魏中大夫須買。須買為魏昭王使於齊。范睢従。留數月。未得報。齊襄王聞睢辯口。乃使人賜睢金十斤。及牛酒。睢辭謝。不敢受。須買知之。大怒。以爲睢持魏國陰事告齊。故得此饋。令睢受其牛酒還其金。既歸。心怒睢。以告魏相。魏相。魏之諸公子曰く魏齊。魏齊大怒。使舎人笞撃睢。折脅摺齒。睢佯死。即巻以簀。置厠中。賓客飲者酔。更溺睢。故蓚辱以懲後。令無匽言者。睢従簀中。謂守者曰。公能出我。我必厚謝公。守者乃請出弃簀中死人。魏齊酔曰。可焉。范睢得出。後魏齊悔。復召求之。魏人鄭安平聞之。乃遂操范睢亡。伏匿。更名姓曰張祿。

 

* と思いながら『史記列傳講義』中巻の早々、「范睢列傳第十九」の冒頭一頁を書き写して読んでみた。なんとも面白くて、この先どうなって、どう縺れて、范睢くん、どんな術数で「戦国」を生きて行くのかと。

漢文の難しさよりも、こう書き写すのに難漢字を拾い出す苦労がタダゴトでなかった。この数月、難漢字、希少漢字を機械の奥から探索するに苦労かつ訓読するのに泣いてきた。 『史記列傳』はただ読んで感嘆しているだけだが、やはり漢字の意義は識らねば読解ならない。中巻で全五三六頁中の第一頁だけを唸りながらやっとこさ書写してみたのだが、酔狂に過ぎたかと頭 を掻いている。しかし、『列傳』の記事はみな、刺激いっぱいに面白いこと上巻の一冊を読み終えてよく分かっている。

 

*  九時を廻る。

2021 3/14 231

 

 

* 発送用意も 勧めている。立ち止まって遊んではいない。この辺はコロナ籠居を逆に利しています。十時半。床に就いて、今夜も十種ほども本を読む。

相変わらずメールは書いても 飛んで行って呉れない。届いても来ていないのだろうか。

2021 3/16 231

 

 

* いよいよ、機械がだか私がだか分からないか、送った気のメールが飛んで行かなかったり、今までと同じ機械で聴いているCDが、冒頭一楽章分だけしか聴かせてくれずに繰りかえし続けたり。

2021 4/1 232

 

 

* ネット世界での犯罪または犯罪にひとしく、思慮不足に蒙昧の人たちを騙り、法外の金を貪り盗む例が報じられる。こうした「ネット悪」はまだパソコンが 使われ始めた頃から、ペンクラブの電子メディア委員長として私は警告していた。なにより青少年の精神環境への害毒禍は免れまいと、いまや自然環境も大事だ が はるかに精神環境への毒害にこそ深甚の用意が必要と繰り返し発言していたが、当時のペンの理事会では、私の発言を注意理解できる人が二、三人ともいな かった。そして、おそらく今でも、文科省にも厚労省にも、ここへ深い配慮が看て取れないのは、ただもう「危うし」と謂うしかない。

インターネットの計り知れぬ効用の広大はむろん私は信頼している。しかし、いかに宜しきものにも害悪の副う事実にもいまや政治的配慮があって当然と思 う。機械の機械的回答にのみ人間の思考力を明け渡して、機械とただ浅はかに戯れ生きているのでは、世界をより堅固に維新してゆくことは難しい。明治の若者  大正の若者 昭和敗戦前の若者 昭和敗戦後の若者、平成の若者、令和の若者に それぞれ適切で共通の質問をして、その回答が解析検討されたなら、大事な 何かが浮かび出るのではないか。私が、東工大の大教室で学生たちと「挨拶」していたようなこと、を、各時代の青少年らに問うてみたいものだ。

2021 4/7 232

 

 

*   機械クンが昼寝して、働いてくれない、ホームページへ書き込めても送り出してくれない。もう、いいやと幾分、なにもかも諦めかけてきた。一太郎が働いてくれれば書くのも創るのもとりあえず可能、ならそれで「えやないか」と、もう欲が失せてきた。「書く」という作業だけは何とでも出来る。外へは送りにくく頓挫している。メールも、めってに書かないし、めったに届いてもこない。それでよい。

2021 4/17 232

 

 

* HPが発信できないと、対外的に私はほぼ「存在しない」存在になる。それもオツなものだが、無用に心配を掛けもする。しかしもう私自身のアタマで機械を「是非」して回復させるうウデは無い。困りました。

2021 4/17 232

 

 

*   機械の最重要機能である homepage を発信の能力が損傷している。直せる手だても器用も無い。発信以外には故障なく、少なくも書き置くことは出来るので、事態を受け容れたまま「書いて」過ごすしかない。「書ける」だけでも有り難いと。

 

* いま、メール機能も案じている。すくなくも数日、いたずらメールすら一本も入っていない。私からも四月十四五日以降、受信も発信も無い。最期の発信は戻されてはいない。

 

* 機械は半身不随 書字とその保存以外のインターネット機能は失せているようだ。「書ける」だけでも有り難い。この機械の機能が別に保存できている筈、それを別の使ってない機械へ移動できるか試みたいが、出来るかどうか。人を頼む時節では無いし。

2021 4/18 232

 

 

* 昨日仕事最中に 瞬間的にだが機械画面に、「悪質な妨害の危険があります」と出たのを記憶している。無視していた、が。

同様ではないが、送られたメールに返信メールしたのが頑強に届かぬままなのが半月ほど前に一度あった。

今、送信メール欄に二通が頑固に居座っている。そしてメールは今 受発信できていない、らしい。

 

* これは、何かしら今や 生活の姿勢をあらためよ直せよという示唆やも知れない。印刷所との連携に考慮すれば、余は、通信には郵便も電話もある。「書く」のに、効率的不自由はできても、意欲さえ続けば方法は在る。

2021 4/18 232

 

 

* この機械では不調のニフティに対し会社「ニフティ」からの改善支援等は打ち切られていると。それほどこの機械は信じられないほど長命している超古老なのである。「奇跡」とまで言われてきた。現実にもうインターネットは使えないにしても、いわばワープロ他の機能は生きている。要するにコンピュータからワープロ、上等のワープロにリタイアしたという諦めでまだまだ付き合いたい愛機だと重ねて謝意を献じておく。

課題は、二台ある別に大小の機械へこの機械のネット機能を移せるかどうか。衰え行くらしい認知度では覚束ない。が、技術者をいま家に呼ぶ気は全然無い。

2021 4/19 232

 

 

* さてインターネット不能のために生じる不都合先への適切な連絡を。建日子には伝わっている。凸版印刷所に伝えねば。個々の人は、HPが届かないことで察してもらえるだろう。メールが使えないのは確かに不自由なことになる。機械を交替する処置を的確にし遂げないと。あまり自信ないが。

2021 4/19 232

 

 

* 機械クン 惨憺たる現状、処方の見当つかず。印刷所には電話で通知、「湖(うみ)の本 151」

 

は、26日搬入 「152」再校分が明朝届くと。かつてない異様事態。黙々と歩いて行くだけのこと。

 

* 混乱とはこういう事かと、混乱の極にいる。バカみたい。

2021 4/19 232

 

 

* 今朝、少なくもこのHPの「アイサツ」はごく普通に働いてくれる。文字と文章とが「書ける」安堵と嬉しさは底知れない。要するに外の「世間」へ声や言葉や意思・意見は「伝えられなく」なったということ。画面に、気持ちよく自分の書いた言葉が見よく読みよく現れてくれている。感謝感謝。

さ、他の仕事、作業も可能か、臆せず、遣って行く。

 

* この機械の 可能な限りの他機械へ内容移転を計っている。ほぼどうにかなるだろうが、整理整頓にはものすごいまで手間と時間がかかるだろう。この際、重複分や処分可能なものは捨てる。

 

* 「湖(うみ)の本 151」は二十六日 月曜に出来てくる。「湖(うみ)の本 152」の再校が出てきた。通読してこれも責了になるだろう。「湖(うみ)の本153」の原稿は用意できていて、読み込んで量的の配慮ができれば入稿できる。時間と体力の余裕を掴んで新創作へ身を傾けたい。

 

* 「私語の刻」と謂いつつ、やはり「読んで貰える」励みはあり喜びも濃かったのだとしみじみ思い嘆いている。

 

八時半 もう此処を離れよう。

2021 4/20 232

 

 

* コロナ禍猖獗の 少なくも都市世相を映像で見せられていると、日本人の「人間像」がいかに混濁し衰弱し、自負自信を喪失して自律出来なくなっているのに、愕く、自分をも含めて、敢えて云う。

 

* とは云え 私の日常はまだまだ今日も明日も変わりなく忙しい。拱手傍観していたら混乱の渦に巻かれる。

現状、インターネット機能を喪い、原稿やメールの電送は不可能。加えて、印刷機能が働いていない。

☆ 『当面 機械状況』 四月二一日現在

① 幸いに此の機械のワープロ機能は活きて呉れている。現在、「書く」ことは出来る。

② まだ自信を持って云えないが、この機会の抱擁内容は大方別の「大容量機械」へ移転出来ているかと思う。

③ この機械で、日々に書かれる一々をどう「大機」へこまめに確かに移転できるかの道を確認する必要がある。

④ 「今機」から「大機」へ移しえたと確認可能な内容は、両機とも、この際、「重複ないし不要化しているものの整理と削除」も、機械の負荷を軽くするためにも必要、徐々にそれは実行する。

⑤ 新しい「大機」の使用法が手に入っていない。マニュごアルが無い。慣れて覚えるしかない。

⑥ 適切な時機に「大機」でのネット使用を実現しなくてはならない。

2021 4/21 232

 

 

* ぢっと我慢してこの故障機械クンと親しく仲良く付き合って行く、それだけだ。老老相互介護。

2021  4/22 232

 

 

*   なんとか、「現機の当日書き込み分」を、うまく「大機」「他機」へ日を追い移転貼り付けたいと、そのルート作りに腐心中。

 

* 故障と破壊・破損とはちがうだろう。後者は取りもどせないが、前者は機械自身で都合を付けてくれることがありうる、と、坂村健教授に教わっている、パソコンはWWWつまり世界へ広げた蜘蛛の巣で、無数の通路を持っている。ひょこっと息を吹き返すことが可能な機械だと。それで、私は諦めない。たしかにニフティの通信機能は壊れたが、機械はまだいくつもの機能を生かしている。現にこうして文章を在来のママ「書けて」もいる。

 

* どうなっていくのか、正直のところ、分からない。この機械クンの抱え持った荷物を大胆にへらしい遣りたい。この機械の大方は傍の「大機」へ、大容量の別機能を用いて移転し得ているつもりでいる。アマリア・ロドリゲスのファドを聴いている。尾張の鳶さんのCDを呉れ教えてくれたファドの調子が好みに嵌っている

2021 4/22 232

 

 

* 機械クンとの付き合いはひたすら辛抱待ち。諦めないで待っていると画面が落ち着く。消え失せても諦めずに「探し」続けると回復してくれる。おそらく夜など大勢が一斉に機械を使う時間帯は、ひとしお何もかも停滞して時間が掛かる、のだと感じている。辛抱づよくなる、実に実に。

2021 4/23 232

 

 

* 何ということか、たった一つを記録と確認の作業に早朝七時から十一時までを費やした。機械クンと私八五老との根気に敬礼する。ふーッ。

頸根っこが痛い。

2021 4/24 232

 

 

* 歌集『少年前』の書き入れは「二」の半分以上進んだ。歌だけならもっと早く片づくが、高校の文学少年の口調でけっこう色々にコメントしているのも漏らしていないので。

 

* なんとか目下は「字」が書けていて有り難いが、かなり機械くん、シンドそうです。 2021 4/24 232

 

 

* 機械クンの体調はすこぶる混迷。あせらず、辛抱よく付き合い看護しながら目的へちかづく。ヘタをすると忽ちにしていた作業の全部が消えうせる。昨日は歌集『少年前』書写の四十首分ほどがかき消えた。堪えて、繰り返すしかない。

が、明日からは「湖(うみ)の本 151」発送。その間は機械クンに安静養生して貰う。力仕事になる。慌てず急がず、騒ぐまい。

 

* 「大機」の仕組みに実務的に慣れ馴染み、よく覚えて、そこで「私語の刻」その他の「書き仕事」が流れて行くように心がけたい。

2021 4/25 232

 

 

* 終日、寝入りもせず機械クンたちとの悪戦苦闘に悲鳴かつ完敗のにがい思いのまま、最後の最後まで「新機」に威されつづけて投げ出した。前途、容易ならず。

2021 4/25 232

 

 

* 昨日は「前機」と「新・大機」の間をUSBを頼みに往来しつつ「新機」操作のあまりの難しさ煩雑さにほとほと困惑のママ、何が出来てきたとも、気分としては「完敗」のまま切りあげた。

今朝は、五時四十分から「前機」での「私語」 これをいちいち「新機」に移転しておかねばならない、いずれは「前機」クンには休養して貰って「新機」で読み書きしなくてはならない。信じがたいほど士「DELL」の「新機(とはいえ買ってからもう10年になる)」操作は煩雑に難儀で覚えられない。仕方がない、新しく買い換えても、いまの機械はもっとややこしいかと想われる。

2021 4/26 232

 

 

文字変換はスローだが、出来ている。ホームページとしての体裁ももとのまま美しく保っている。

すべてすべて此の機械クン多年の尽力に感謝して、保存しておきたい。「NEC LaVie」という機械クンです。今までも かくも膨大なコンテンツを抱いたまま日々の私語や創作や資料やメールなどを受け容れてくれたのは、機械通の「眼」にも「奇跡」だそうであった。いま失せた機能は、インターネットでの受発信が出来なくなった、それだけ。それだけで機械にはやはり細部での働きに遅鈍は生じているけれど、モノが消えうせたのでは無い、らしい。幸いに大型の外付け機能に助けられて、この機械クンの全書斎を、少なくも大方、ほぼ残りなく傍に永年待機していた大型の「新機械」クンに受け容れてもらった、ものと思っている。さすればこの機械クンの抱えたものから、適宜に割愛して膂力の消費量をどんどん減らしてあげることで、機械としての残年をさらに永く温存できるかも知れない。もうこの機械クンにネット社会での一線の活躍を望むのは酷というものであった。ありがとう。永く永くご苦労かけました。このホームページの「秦恒平 闇に言い置く 私語の刻」だけは記念して「保存」しておきたい。この色美しい画面に永くまたたくさんたくさん助けられ励まされてきました。感謝。

2021 4/28 232

 

 

* 「湖(うみ)の本 152」の再校を終え、「あとがき」を書き終え、妻の機械から、入稿。これの出てきたゲラの校正を終えれば、一気に「責了」へ持って行ける。「湖(うみ)の本 153」の入稿原稿は、用意できていて、もう一度の通読で足る。「湖(うみ)の本  151」の送り出しは、ともあれ一応は終えた。次へ次へ、思いと手とを送って行く。目先は晴れている。

2021 4/29 232

 

 

* 六時半。夕方ではない早朝です。

 

* 八時。此の機械クンの機能を極力温存利用し、他方の「大機 dell」のあまりに多彩な機能を憶えつつ馴染んで行きたいと。

いま困惑しているのは、此の機械と、コピー機、印刷機との連携が不調なこと、そう簡単に機械が壊れると思いにくく、多年の内の接続不調などあるか調べてみないと。

2021 4/30 232

 

 

* この機械クン、こうして文章を書かせてはくれるが、短い一句一句が画面として表れるのに七、八秒ずつ時間がかかる。じっと辛抱しいしい書いている。このホームページの誌面も色も文字設定もも気に入っているのだ。ま、慌て急ぐ要も無かろうし。(これだけ書いて、はや八時四十分。文章に苦心など全然ナシにです。)

 

* 卯月尽。 曙光新たな五月晴れを願う。

2021 4/30 232

 

 

* 夢をみたかどうかも覚えず、六時に床を起った。幸い安眠したのだろう。計測値も尋常。

さて問題は、昨夜の仕事分を無事に機械クン見せて呉れますか、ドキドキ。

 

* やはり歌集『少年前』書写の確かに書いた末尾分の数頁が消えうせていた。保存のなにかしら手違いを犯したか。

くさらずに、七時に起きてすぐの機械仕事三時間で書き直し、先へ進めた。十六歳高校少年歌人の熱心で懸命な詠作が、ポトナム同人であられた国語の先生から「開眼、進歩」と初めて褒めて頂けた。以降、果然 「少年前」少年が歌集『少年』歌人へと作を積み上げて行く。京都市か京都府かの主宰で各校から一人の選抜文藝作をコンクール募集した時、日吉ヶ丘高校からは私が選ばれて小説でも評論でも随筆でもなく よく選んだ短歌集を提出、最優秀賞を貰ったこともあった。あきらかに私は太宰治賞作家より遙か前、おそくも「高二の十七歳」からは、自慢ではない、自覚として『少年』歌人なのであった。

 

* 『少年前』歌ノートが三冊あって、しかし三冊目は前二冊の改編だった。三冊目は無視して、一、二冊だけを書写する。文庫本『少年』のちょうど33頁まで、90首足らずが『少年前』ノート二冊の700首ほどから選ばれている。「少年前」から「少年」は発射されていた。少年前とはおもしろい時代だったんだと、苦笑もし感動もする。

2021 5/2 233

 

 

* 機械クンの気持ちが読めない。頸うえの疲労、言語に絶している。あれもこれもとは、とても無理。

2021 5/3 233

 

 

* 保存したはずの仕事が、続いてと明けると失せていたりする。あきらめて、また同じように繰り返す。しんどや。

2021 5/3 233

 

 

* 世間の機械が一斉に働き出すと、わが機械クンの運動力が制約されるのかも。随って早起きして先ずは電源を入れて機械クンを温めるようにし始めた。早寝早起きが役立つかと。

 

* まるで組み討ちの大喧嘩のように機械クンにいたぶられ続けて、せっかく進んだ仕事分が行方不明となりまるまるやり直すなど、衰えきった視力を絞り出すように疲れたまま、朝七時から、いま、夕方五時になろうとしている。

それでも、いま、苦心惨憺の労は、報われる内容をもっている。だから、根負けせぬように堅く自信をなだめ誡め頑張っている。機械クンも、折角付き合ってくれてまえよ。

 

* たった一つだが、八時前、激戦区を辛うじて突き抜いた気がする、が、安定の確信ではない。ただただ疲れた。あすでもう連休が終わる、と、次々に新しい「湖(うみ)の本」の刊行へ送りへ用が嵩んでくる。名にとかして新しい機械でインターネット「設定」を実現せねばと思うが、もう私の頭脳では無理に思われる。少しずつ諦めが忍び寄ってきている。

 

* 早起きが続いている。もう目も手もアタマも限界、八時すぎだが、ともあれ休む。

2021 5/4 233

 

 

* 早起きして、あれこれ朝の決まりをし終えて、機械クンに見参、ここまで進めるともう七時。今日は、何としても苦心惨憺仕掛かり仕事を遂げてしまいたい。連休が今日で終わる、と、かなり何かと追われてくるだろう。「湖(うみ)の本 152」の足は速い。 2021 5/5 233

 

 

* 昨日 所沢の藤森佐貴子さん、見栄えも美しい餅菓子の美味しい一函を下さった。

大和の画家、九十を超えられた烏頭尾精さん、画集『まほろば』にいいお手紙を添えて下さった。

精緻な銅版画を創られる岩佐なをさんの「久しぶり」の逸品を戴いた。

妻の従妹からは立派な玉葱がどっさり。野菜苦手のわたしは、玉葱は子供の頃から好きで、秦の母はよくといた卵と煮てくれた。あーちゃん、ありがとう。

休み明ければ、メールはダメだがいろいろのお便りが戴けるだろう。「メール」が今日の「生活」「交流」にいかに大きく重いかに痛いほど思い知った。

2021 5/5 233

 

 

* 連休も終わりました。終わるとはなんというフクザツに難しい言葉か。

 

* 機会クン おはよう。八時十分です、ここまで、ま、スムーズに開きました。美しい画面です。続いたお休みが終わり、差し迫った仕事の日々になる。援けて下さい。

2021 5/6 233

 

 

* この「私語の刻」を読み続けて下さってた大勢の方、心配して下さっていよう。「書く」と云うだけなら幸いに、ゆっくりとでも、斯うして書けているが、ネットへ送りだす再度の「手続き」が、働きの鈍ったアタマでは見当もついていない。

も一つ、問題あり。他に二台、使用していない大きなDELLと、ポータブルなソニーのVAIOがある(ふたつとも十年余も昔に買って置いた)のだが、使用法がよく分からず、何の設定も出来ていない。大きいのは画面も大きすぎ映画が視たいほど、小さいのは小さすぎて今の私の視力では文字の読み書きがまともに出来ない。せめてどちらかをネットに繋ぎたいモノだが、この籠居の日々に家へ技術者を傭うことは何としても避けねば。

たださへの「騒壇余人」、もう、「杜門」の文士で綺麗に果てよと導かれているのだろうか。体力と気力さえつづけば私には「湖(うみ)の本」という「かたち」と「実績」とがある。それでも、やはり「ホームページ」という「居城」にはまだミレンがある。「闇に言い置く」私語にも文藝にも「読者」がある。

 

* 機械クンと相談しいしい、冷や冷やして 書いている。欲張って、一つ間違うと 全滅し兼ねない。「湖(うみ)の本 153」 の入稿原稿は用意できたし、「152」郵送用の封筒も届いた。遅くも三、四日のうちに「責了」するだろう。そして「湖(うみ)の本 153」の目算も。なにもあせっては居ない。成るように成ってことを運んでいるだけ。

 

* もう八時を過ぎた。今朝も早起きだった。

20212 5/7 233

 

 

* 何度も 機械クンの憤死を思わせる故障がつづいて、途方に暮れ望みを絶ちながら、またしてもしぶとく手を回し手を尽くしてもとの画面を広げ得ている。ヘトヘトで、絶望の淵に立っているが、なんとかと願うしぶとさで細くも危うい息を繋いでいる。いよいよ末期は近いのかと覚悟もしながら、まだこの先へ「欲」があるとみえる、この老体に。成るまでは成るものと、挫けぬよう自身を励ましている、機械クンよ、お手柔らかにお願いする。

 

* いま、「湖(うみ)の本 153」にと心がけて原稿も用意できている、ハズの機械稿が、どうも機械での進行に馴染まなくて機械危機を呼び出すので困惑している。音便に隘路を通り抜けたい。すこし私自身も焦らず、休まねばいけないらしい。

2021 5/8 233

 

 

 

* どう疲れようと着々、多般にわたる、一件雑事のような用事・仕事もとりこぼしなく進めねば。着実、それが一等疲れの少ない、時には疲れを忘れる仕事なのだから。

 

* とはいえ、機械仕事は数時間も、ただ右往左往して、目的は達せず、沈静も整頓もならぬまま道に迷っている。どうも「スクラップ」原稿とやらに嵌り込んで、まともに開示も保存も利かない。機械クンが狂ったかわたしか狂っているのか。わからん。お手上げで夕食の時刻が来たよ。わしゃ叶わんよ。昔々のアチャコの泣きぜりふ出てきた。一度機械を消してみる。

2021 5/8 233

 

 

* 九時過ぎて。かろうじて願った半分達して半分行方不明。明日また捜索するとして。休まないと。

休むと謂うと、横綱白鵬 今場所も故障癒えず休場と。もう一度英姿にふれたかったが、無残な退き方もして欲しくない。七月場所は、五輪とテッバルが、彼は五輪に合わせてもう一度賜杯をという夢を見ているのだろう、超世の大横綱だ、夢、叶えさせてやりたいが。時季もいかにも宜しくない。

2021 5/9 233

 

 

* 気持ちを切り替えるためにも、今日は終日、入れ込むように一つ仕事に熱中していた。無事に遂げて行けますように。すくなくも私ひとりの為には、生涯を飾りうる力作になるだろう、風変わりな。

 

* 八時半。湯を遣おうかと。昔とちがい とても長湯は楽しめなくなった。ひどく疲れるので。

 

* 心配で ハラハラ だが 九時過ぎて行く。無事に機械を閉じたい。

2021 5/10 233

 

 

* 朝から もう 八時半まで 一つの 新仕事にうちこんでいた。機械クンとのはらはらの協同であり、うまく行ってるとも混線してるとも、確信していないが。ま、やれることを やれるままに やりつづけるまで。

2021 5/11 233

 

 

* 歌集『少年前』稿は纏まった、ただ、満足して書き置いた「序」文が紛失して、これがまこと悔しいが懸命に機械クンの胸の内、腹の中を捜索すれど出てこない。此の仕事は、幼少を介して文学者としての人生がかなり象徴的に大づかみ出来、少なくも私自身で描くおもしろい肖像畫が浮かび出ると期待している。 序文、自身で消去するワケが無く、現れ出てくれますように。

 

* 機械クンの本体もグレているが、まるで働かないのは繋いであり永く遣ってきたプリンターもコピー機も止まっているのが、とにかくも大いに不便で困惑している。いまは、メールもコピーもプリントも、みな妻の機械に頼んでいるが、こっちの機械も奇妙に不安定なので、精神衛生の良くないこと、夥しい。

2021 5/12 233

 

 

* しばらく間があったので「湖(うみ)の本」新刊へのお便りや、大學・高校、研究施設、図書館からの受領来信も、また本代払い込みも足早に多い。感謝。この「私語の刻」にお一人一人のお便りを転載させて頂く体と時間のゆとりのないのが残念。なによりひろく発信できないのが、残念。

2021 5/12 233

 

 

* 六時前 手洗いに起き、そしてそのまま二階へ、機械クンの顔色を伺いに来た。

 

* 八時過ぎ。好みの一仕事を楽しんだ。昨日までの大仕事の、いい殿軍を勤めてくれるだろう。

2021 5/13 233

 

 

* 機械クンの発信力に異変が起きて、はや一ヶ月過ぎた。回復への対策、なにも出来ていない。人助けを頼むこと出来ない中、どうしていいのか分かっていない。別の、大小の機械の性格も働いて貰い方もテンと理解できずにいる。幼來自身の機械バカに、この歳になってまずく報復されている。嗚呼。

2021 5/14 233

 

 

* 早いなと思ったが、六時前、そのまま二階へ来た。

 

* 八時前。小さな機械の使い勝手を調べていた、が、まだ思うままには展開してくれない、字の小さいままでは、読み書き倶に不自由。この機械にインターネットを設定して、外へ送れるようにしたいが。

いま現在、この機械クンのホームページ「私語の刻」はほぼマトモに書けている。私には、文章を書く以外の機械クンへの要請は無いに等しく、それだけでいいから穏和に温和に付き合い続けたい。

2021 5/15 233

 

 

* はやく寝たら、六時、はやく目が覚めた。せっかくの『閑吟集』が読んで貰えなくて残念。

2021 5/17 233

 

 

* いま上に掲げた写真すこぶる気に入っている。インターネットが幸いに回復するまで、気の支えにこのまま置く。

いまは新しいカメラが自在に使えなくて写真も撮れない。不如意なことは泡くのように湧いて出る。ままよ、ままよ。

 

* 夕食後、一時間半も熟睡していた。髪と背と下半身にかすかな寒気がある。風邪薬と強壮剤とを飲んでおいた。十日もすれば次の本が出来てくるだろう、その為には宛名の張り込みと、追加の宛名書きだけは欠かせない。。

2021 5/17 233

 

 

* 機械クンのご機嫌に関しては何一つ賢しらは言えない、運を天に任すあるのみ。今日も神妙にお付き合いを願うあるのみ。

それにしても この画面の 漆黒の名筆「方丈」が緑彩に映えて浮かび立ち、以下、会心のその美しさに私は没頭心服し感謝し、心より親愛している。この「私語」日録へ到るまでが遠いのではと妻は云う、が、それはいつでもそこそこに改訂の利くところ。なによりも、背後の翠に黒い文字の浮かび立つ親しみを心よりひとり愛している。それは、機械クンを取り囲んだこの書斎への自愛信愛と一対、「私・秦恒平」はまちがいなく此処に、この「方丈」に安座して暮らしてきた、多彩な俗情と真情とのままに。

さて、今日一日の無事、または無事にちかいのを祈願しながら、昨日の仕事を継いで行く。

2021 5/21 233

 

 

* メールも送れない、届かない。「私語」を聴いてくれる人もない。お話にならない。人を頼んで来て貰うのも今は避けたい。やれやれ。

2021 5/24 233

 

 

* すらすらとここまで写真も皆きれいに出てきてくれた。

2021 5/25 233

 

 

*   この機械クンの負担をすこしでも軽くしたいと、全ての内容を、別の小さな機械に移植した。その小さな機械でせめてインターネットが使えるようにしたいが、どうしていいやら、アタマはまったくそんな方には働かない。

 

* 今はどんな時機か。「湖(うみ)の本 152」が出来てくるか、「湖(うみ)の本 153」初校が出てくるか。「湖(うみ)の本 154」はいつでも入稿できる用意が成っている。次の創作へ手を初めたく、そのためにも次の段階が具体化して欲しい。

七時半。無用に疲れるよりは、ここは休息を摂っておいた方がいいだろう。これで、このところ、なにかといろいろ手がけてきたそれも気を入れ根をつめて。

メールが来ない送れないのは、何とも心寂しい。電話はどうあっても苦手、かける元気がない。原稿用紙で走り書きの手紙を書くことにしているが、手さきの痺れがきつく、悪筆の上の悪筆で、失礼を気にしてしまう。

2021 5/26 233

 

 

* 凸版印刷の方で、担当者に事故があってか、次の「湖(うみ)の本 152」の納品が六月十日頃になると。べつに急ぎもしないが、気のゆるみは、精出して他の仕事で引き締めねば。

なにより必要なのは、もはや、馴染んだNECの新しい手頃な機械を買ってでもホームページの電送を死守しなければ。出来る人に、家へ来て貰える時節なら、すぐにも頼むのだが。

2021 5/27 233

 

 

* 機械環境に少しく、いや少なからず変化がみえている。私の、おそれて決して触らない微妙に混在している光通信のコードが抜けていたり、無用の小さな機械に差し込まれていたりして、点灯しているべき光通信関連の器具のランプが消えていたりした。

昨日、いっとき妻が階下へ移して使っていた「小さな機械」への私自身の作業移転を考慮し二階で「試み」ている時に、まったく無用のコードがこの小さい機械に差し込まれているのに気付いた。しかも、光通信要の器具にいつもついているはずの青ランプがみな消えているのも発見した。あ、これをしかるべく改めると、このわが機械クンの喪われた機能が、奇跡のように戻るかも知れないぞ、そんな強い期待をだいて昨夜寝に就いた。

今朝、やはり、無用に「ちいさな機械」に差し込まれていたコードを、本来あったのではという箇所へ移転すると、光通信器具の二つにもともとのランプが復活点灯した。

 

* で、この機械クンの機能や如何。それはまだおそるおそるで試みていない。

 

* が、やはり回復していない。呻く。残念。

 

* いろいろ試みたが、何の見通しも立たない。もう機械弄りはやめ、一太郎で書ける創作の仕事へ精力を向けたい。結句、永い目でそれが私に合っている。インターネットは、いずれ技術者を頼んで設定し直して貰うしかない、その為にはコロナ絶対の退散を待つしかない。感染は避ける。

 

* なんと、根気の成果といえようか、もう久しく不能であった印刷機が回復した。機械が簡単にいたむものでないと信じて、機械自身の持ち直りを待ち続けたのが成功した。これは仕事の上で大き大きに助かる。コピー機もいささか機嫌を損じているのだが、なんとか待ち迎えたい。私にはそういう根気はあるらしい。

 

* しかしながら此の機械でインターネットが利かないのは致命的であることに変わりない。困惑。気軽に街へ、有楽町まで出られれば新しい機械も物色できるのだが。しかし、インターネットを設定することがこの機械バカの私に出来ないなあと謂う不安は依然として失せない。

2021 5/28 233

 

 

* コンピュータの故障は依然険しいままだが、久しぶりに印刷機は働いてくれた、じつは『少年前』と『閇門』とを、祈る思いで「刷れて呉れよ」と機械に送り込んだ、A4紙で60余頁がきれいに刷れたのだ、吉日とまでは言えないが大きな半吉事に恵まれ、胸を撫でている。撫でているうち、これを不識書院主に久しぶりに読んで貰おうと思い立って、手早くすぐ電話したのだった。そして我勝手な文字遣いの漢字に小さく朱で「よみ」を振っておいた。数百首あるのだ、よく手早くつぎつぎ頑張った。

九時になって行く。もう休んで佳いだろう。

2021 5/28 233

 

 

* 機械が復元可能となった時は、この「私語の刻」を四月十三日以降、旧態のまま読み継げるようにと按配した。もう四時半。五月が行く。機械の故障からはや一月半をもよほど超えている。なかなか、綽綽有裕 どころでないなあ。

2021 5/30 233

 

 

* 明日で五月を送る。明後日は、六月。この機械クン何処へも送信してはくれず、まさしく「私語」が続くならば、とても気に入っている巻頭の写真なども取り替えないで、「述懐」のみあらため、総じてこのまま「私語」し「書き継いで」行く。

2021 5/30 233

 

 

* 京都から、心配して森下君の電話があった。西村のテルさんも、案じて森下君へ秦の容態を訊ねてくれていたと。うーん。何とかしたい、が、ひょこっ とは回復してくれそうになく。

 

* 新しい(ワケでもない古い機械だが、未使用の)機械を試みても DELLにはNECと違った機械クセがありそれが飲み込めなくて使用(試用)したくても、何につけ引っかかってごく初歩の希望も通らない。かえすがえす同じNEC機械を買っておくべきだった。

せめて「私語の刻」だけを書き継いでおきたいが、書き継ぐだけなら此の馴染みの機械クンが機嫌良くさせてくれる。がまん、がまん、コロナよコロナ 速やかに退散せよ。強力な変異株がまたまた登場とも伝えられ、しかしワクチン接種は少しずつでも増え、感染者数は減ってきてもいる、楽観のなる状況ではないのだが。すっきりせんなあ。

2021 5/31 233

 

 

* 月は変わるが、上の写真や絵は気に入っており、機械故障が直って「私語」発信が可能になるまで、このまま、変更しない。

2021 6/1 234

 

 

* メールが通らず、ご心配をかけている。なにしろ八五老、うかと確かめもし難いと思われるだろう、私も、そうです。

 

* なぜとなく ただ疲れが溜まる。発散と謂うことが無いのでは仕方がないか。

七時半を廻って行くが、明日からにも備え、もう少なくも機械クンから離れると。複写機、印刷機が働いてくれるだけでも大助かり。この機械クンも、どこかで敗戦ミスか過剰か がアルのではと今も感じている。インターネット以外では故障を感じない、回復し働いてくれる周辺機器もある。

2021 6/2 234

 

 

* 手紙を書くのはかなりに気がシンドい。電話は、先の様子が知れないだけ、気がシンドい。メールがいかに便利かが分かる。メールの来ない(見られない)のも淋しいが、送り出せないのも精が無い。しかし何時になったらこの事態が解消できるのか、こうボンヤリのままでは先が見えない。これぞ「最大のコロナ禍」であるよ。

2021 6/6 234

 

 

* 誰も、今は、この「私語」を読めない。メールで、問い合わせも案じもならない。可能なのは郵便の往復だが、そういう習慣はとうの大昔から当然のように無くなっている。

2021 6/9 234

 

 

* 印刷所へ送ったつもりのメールが機械から飛んで行かぬママ、いまも残っている。

 

機械不調 メール受発信不安定  秦 恒平

私からの反応が鈍いと思われましたら ケイタイへの電話をつかってください。

ホームページの発信がなぜか不能になり困惑しています。なにもなにも 困惑時節です。

日々お大切に。

 

* 何とせう。このままでは仕事がしごとに成りにくい。

また、ひとつおもしろい本のはなしがしたかったが、気が殺がれた。今日はこのまま、発送を無事終えて、おやすみとする。かすかすに頭痛がある。冷房を切った。

2021 6/11 234

 

 

* この機械ではネット機能が破損している、が、別の二機には何の設定もしていないのだから、仕方次第で新たにネット機能を設定できていい筈なのでは。ただ、どこからどう手を下せばよいのかまるで分かっていない。このNEC機械には分厚いマニュアルが付いていたが、建日子の呉れた小さな機械にも自分で買ったDELL機械にもマニュアルらしきが見あたらない。やれやれ。

2021 6/12 234

 

 

*   ネット不通、ホームページが現れないと、柳博通クンが親切な電話を呉れた。誰かを連れて機械を見に行きましょうかとも云うてくれて嬉しかった、が、今はお互いのために自重しましょうと申し合わせた。関西の鷲津くんが心配して柳君へ連絡してくれたと。心配かけているなあと実感する。なにしろメールが使えないので東工大出のプロに訊ねることも出来ないでいるのだ。 感謝。

2021 6/12 234

 

 

* 明けの六時前に目覚め、も少しはと亦寝したら九時になっていた。今分の気がかりは無い、新しい創作への脚の出の順調、そして機械のネット対策。幾ら考えても、こうして文章は書けるし他に異常はない、ホンのすこしのひかり通信設定のゆるみのようなことではないのかと想っている。分かる人にはアッケなく解決できるのではないか。

それにしても、書字、行文、写真等その他に異常はなく、老齢の機械クンは若々しく働いてくれている。有り難い。

さて「信じられない話だが」かき分けかき分け茫々の草野・木山へ踏み入らねば。

2021 6/13 234

 

 

* ネット機能の喪失(私の操作ミスかも知れない)以外、機械クンの画面は晴れやかに美しく現れてくれる、書字機能にも何の違和もない。じつに優秀な機械クンです、感謝感謝。(私には、であるが)この機械クンの画面、翠に恋大きい黒字の画面、目にしみて美しいのを毎朝惚れ惚れとひらく。「方丈」二字が大きく現れると嬉しくなる。

 

* しかし、ネット機能はぜひ復活させたい、させねばならない。なにかしら光通信とのかすかな接続の弛みなど有るのでは。しかしこまごましい配線にウカとは手が出せない。出来る人何簡単に直してくれそうな気はしているが。これも、わが最大の「コロナ禍」と謂うべし。

2021 6/17 234

 

 

* 今回「湖(うみ)の本」は『綽綽有裕 コロナ禍と悪意の算術(上)』として去年の元日から六月末まで半年間毎日の「私語の刻」記事をとりまとめた。自然次回は『優游卒歳 コロナ禍と悪意の算術(下)』で去年後半の「私語」だけで纏まる。私が、本来別途の「創作や論述等々」の他に、日々の「読み・書き・読書」をこう続けて途絶えない「暮らし」を「形」で証したのである。こんなことを前世紀末からもう四半世紀、日々、欠かしていない。「毎日毎日 文章が書けるとは、驚いた」人もあったが、「創作的な物書き」を職とも人生ともするなら、当たり前のことと私は思っている。そして、存外にそれが「読め」て、我が身にもおもしろくハネ帰ってくるのに今度自分で気付いた。

「私語の刻」とは我ながら名付けたなと笑える。

2021 6/18 234

 

 

*どうかしてコロナに退散してもらいたい。思うまでもなく、一年猶予の完全な逼塞籠居に甘んじてきた。心身の衰えは無残の体に到っている。幸いに、読み・書き・読書そして「秦恒平選集」「湖(うみ)の本」の刊行という仕事もあったし家で酒も飲めた。食欲は激減した。おまけに外世間との窓である機械のネット機能が墜ちた。この情態はもう永くは耐え得まい。

幸いにお便りやお見舞いはつぎつぎに途絶えず頂いている、有り難いことだ。歌や音楽もいろいろに聴ける。だが、心身の活気は日々によわまり、よほど気を励まし続けねば危ない。ほとんどこれは泣き言である。警戒警報や空襲警報に怯えた頃のわたくしは幼い子供だった。有り難いことに生活に不安はない今の私たちはよほどの高齢で、健康の維持は精一杯、気の衰えにはなにとしても克たねば。来月下旬には一度目のワクチンが打てる。それを待ち、しかし同時に五輪不安の東京都に逼塞していなくてはならぬ。

私は、それでも、ものを作り出せる能をまだいくらか持ちこたえている。歌でよし句でよし文章も好きに書ける。いささかなり別世界へいながら飛翔できる。これを力にしたいと願う。幸か不幸か食欲もなく性欲ももとより無い。しかし想像力はまだあましている。こんなときこそ、また春蚓秋蛇の昔にかえり老境の掌説を書いてはどうか。

2021 6/23 234

 

 

* いまは何としても、機械に「ネット機能を復活」し、みなさんの日々の思いと共鳴し合わねばと思う。「ネット機能をすでに内蔵した機械」は売り出されていないのだろうか。遺憾にも、もう私自身が機械に機能を設定するといった技倆はとうてい期待できない。 2021 6/23 234

 

 

* せめてメールでもと。だめ。悪あがきで、よけい機械が狂うかも。波方の木村年孝さん、署名をと、私の本を数冊送ってみえ。もし手元に別の残りが在ればもう三冊欲しいと。西の棟へ探しに行って、みつけた。内の『顔と首』とだけは、もう余分が無くなった。

二冊ずつぐらいは残しておきたいが、余分の本でご希望の読者方には差し上げる気でいる。なにしろ単行の本の形をした本だけで百種もあり、専用の書架も溢れている。別に、特装限定150部本の「秦 恒平選集」全33巻とも、幾らかずつ著者用本が綺麗に残してある。これは、製作原価が一冊あたり随分かかっていて、差し上げるというワケに行かない。よほど大事に保存して下さる方、ないしは佳い図書館や熱心な研究室へ揃えて呈上したいと願っている。

 

* 「湖(うみ)の本」154巻まで製作進行中、これは、ごく初期の刊本は保証の限りでないが、大方は残部を保管している。20人前後でなさっている熱心な「文学書の読書会」からご希望があれば、在庫本なら献呈しますので、各地からお声を掛けて下さい。

と、こう云うてみても今は、ネット故障で、この記事を読んで頂くことが出来ないわけ。やれやれ。

2021 6/24 234

 

 

* むかし東京新聞夕刊の「大波小波」に異様に数多く書きまくっていた時に、「サイバーテロ」とともにかんけんによる「サイバーポリス」の悪意に導かれた公権力による「監視」や「制裁」や抑圧の懼れに何度か触れて書いた。ついに、そのような時期が法の名の下に具体化されようとしている。新聞人成島柳北らが闘った讒謗律のような動きになってゆくのなら、世を挙げて阻止しなければならぬ。

2021 6/24 234

 

 

* 席をはずしてまた戻ってくると、メール来てないかナと調べるのが習いであったのに、それも出来なくなって。外の世界への窓がまったく塞がれた心地は重苦しい。

 

* 「湖(うみ)の本 153」を「責了」する前に、次の、私期待の「154」初校ゲラが届くだろう。その次には、ぜひ、新創作を用意したい。

しかし、何より機械にネット機能を取り戻したい。

2021 6/26 234

 

 

* メールが使えず余儀なく私製の原稿用箋で手紙にしているが、手の痺れともともと悪筆とで、じつに不自由。長大ものは、板にしたりUSBにしたり。しかし返却がないと手もとに板もUSBも余分が無くて困惑する。なにもかも困惑の時節です。

2021 6/27 234

 

 

* 夕食後、歌集『少年前』初校、途中でやすみ、『ホビットの冒険』をもう終える辺まで読みすすんだまま、九時過ぎまで寝入っていた。

終日、雨。機械の不調はそのままどうにもならず、なにもなにもじっとガマンしつつ出来る仕事をしたいだけして過ごす。そういう日々が、すくなくももう半年はかかるだろう。

2021 7/2 235

 

 

* 六時過ぎ、目覚めたままに床を起った。

機械クン、睡かったろうが、ゆっくりと目覚めてくれた。感謝。画面は美しく、ゆるゆるとだが、希望の諸機能も インターネット以外は稼働してくれている。薄氷をこの上踏み割らないよう気をつけながら機械クンとの二人三脚を「愛行」して行きたい。

2021 7/3 235

 

 

* 機械環境の建て直し、さて、ワクチンもまだ一度も打ってない今は、どうするすべもない。ま、諦めるべきは、諦めて。息を永く目の前に出来る仕事をと

2021 7/3 235

 

 

* せっかくの余裕のとき、いまは強いて手をひろげるより、心身をやすませる。この機械クンのワープロ機能には幸いもっか異常がない。インターネットのことは、今はしいて考えない、世間様との機械を会してのお付き合いは、ま、この際は断念して済まそうと。

 

* 書いておきたい小説が幾つかあって、むろん、小説はいろいろの方法と展開する世界を異にする、当然にそう在るべき物なので、「どれ」を先に書き継いで仕上げるかの決心が懸命の課題になっている。

2021 7/6 235

 

 

* 簡単と思っていた、いわば「転写」の作業に、まる半日かかって出来ないまま、諦めて休んでゐる。ガッカリの やれやれで。もう 何が起きても驚かない、なるままに、間に合わせ間に合わせ機械クンと付き合って行く。書く文章は曲げないが。

2021 7/7 235

 

 

☆ いかがお過ごしでしょうか

京都の祇園祭 今年は山鉾は組み立てられるとか。

四月半ばの器械トラブル以降 どう表現したらいいのでしょう  ワクチン接種が済んだ後に 早急に解決できることを 常に願っています。

私事 孫と娘が京都に戻りました 一年四ヶ月 我ながら頑張ったと思います、漸く本を読んだり繪のことを考えられるようになりました。

HPの再開を心待ちにしています。

せかいのさまざまなこと 胸痛むことばかり多い日々です。(ハガキで=)小さな文字になってしまいましたがお許し下さい。 七月十六日   尾張の鳶

 

* ほんとうに「何とかしたい」が山々なれど、今は人サマを家に呼んで頼むのも、街へ出て何か整えることも、用心している。

2021 7/17 235

 

 

* 政治にも五輪当局へも愛想が尽きている。一歩も家を出られないのだから、苦情の告げようもない。ネット断絶で、思うことをだれへ披瀝も届けもならない。戴いたいいお酒を飲み、機械仕事で資料づくりし、疲れれば横になって読書し、そのまま寝入っていたり。

住居内熱中症も用心して避けねば。かんかんの旱りにポストへ走るほどの急ぎの用もない。思いようだが、一面、幸せなことに「太平楽」とは是かも。

 

* 日に日にキイを敲くのに失念や錯誤やとまどいがする。ま、自然の成り行きと思うが、「来たか」とも思う。気に懸けないでそれも織り込んで仕事するまで。

2021 7/19 235

 

 

* 息抜きにと思っても、メールも来ず送れず、HPも、ただ書くだけで、送り出せない。わたしにも、以前なら何とか出来たか知れないが、今は、機械となるとハナからお手上げの気で。かえってより悪い深みへはまらないかと手も出ない。ま、すこしは休みなさいと謂う諫めかと受け取っている。

 

* 過重にならぬ程度に、やすみやすみ、今日の作業を。それでも、疲れている。

2021 7/26 235

 

 

* 機械を使用の細部の手順などをふと忘れたりして、これは怖い。

ちいさなカメラから、撮った写真を機械へ取り込みたいと思うのに、どうするのであったやら思いだせなかったり。ま、忘れるものやことは、水が零れるように忘れて行くしかないと。出来るだけのことを出来し続けるしかあるまい。「し続ける」という、それが薬になると思っている。

2021 8/3 236

 

 

* 機械は傷んでメールできないし、こんな時だから「手紙」をと、「秦 恒平用箋」も持ち出してあるのに、字が書けない。根が悪筆に、輪を懸けて指が痺れ字が跳ねる。いけません、何も彼も。

2021 8/13 236

 

 

* よく選ばれた「歌 うた」番組を聴くのを楽しみの一つにしている。童謡、唱歌、歌曲、すぐれて懐かしい歌謡曲など。故郷、夕焼け、たき火、荒城の月 異国の丘 青春 川の流れのように 椿姫乾杯の歌 等々 いくらも有る。泣ける懐かしさ 嬉しさ 恋しさ。

一方で、もの忘れは日々にすすむ。機械の作法もときに戸惑う。「ゐ」の字をどう打ち出すのか忘れて暫く困っていたが、ひょいと思い出す。思い出すというより指さきが見つけ出してくれる。

2021 8/16 236

 

 

* ケイタイ電話が全然使えない。あんなちっちゃなものを耳に当てて、ちっちゃな記号を探しあてて喋ったり。アカン。アンナモンは。

 

* この「私語」の束を USB  とかで送って上げても、「一太郎」を使ってない人には読み出せないという。二十数年私のワープロ機能は「一太郎」しか知らない、他にどんな方法があるとも。しかし大概の人はべつの機能らしい。日々の私語をプリントするには、あまりに量がある。ま、此の機械にインタネットが復旧するまでは、孤独に個室に内から鍵を掛けたままのような日々になる。技術者を傭って家に呼ぶということが、感染禍の今は出来ない。

もっとも、此の古機械クンのほかに、新しくはないが、使ってないままの別機械を大小二台そばに置いている。これにはインターネット「設定」が効くのではないか、とも思うがそんな操作設定がそもそも出来そうにない。もともとみな東工大の学生君や知友が家に来てやってくれたので、ズボラにも私は門外漢のまま、仕立ててもらった設定に取り付いてきただけ。何という機械音痴か。「ハタラジオ店」を継がず美学藝術學の作家になってしまったのだ、しょうがないか。

2021 8/19 236

 

 

* 私語ばかりしていられない。

 

* 此の機械クン 電源か電池か 憔悴してきている、のかも知れない。

2021 8/21 236

 

 

* それにしてもインターネットにどうかして私自力でつなげないかなあ。「私語」が、まったく聴いて呉れ手のない「独語の刻」に終始しているのは心寂しい。

2021 8/22 236

 

 

* メールが出来ないだけに郵便を送るべきだが、手書きという習慣をとうに置き去りにしているので、そう思い思いながら何週間も、一通も送り出せない、わたしからは「湖(うみ)の本」が出来たら送りますからと。

2021 8/24 236

 

 

* 機械クン 作業途中で電源から落ちた、一度だが。いま、復帰しているが不安定を憂慮している。なにもなにもかも、低迷し停頓しそう。諦めないで付き合って行く。目下、それしか無いのだ。

2021 8/24 236

 

 

* この機械クンのご機嫌が尋常でないのは不安で、機械の全内容を別機へも移転をはかっている。

2021 8/25 236

 

 

* 思い切って写真で「秋」を迎えた。

2021 9/1 237

 

 

* 送り用意をかなり進めたので、もう本紙を「責了」してもいいかナ。

願わくば機械クンの健康がどうかどうか保って呉れますように。

2021 9/1 237

 

 

* 「湖(うみ)の本 154」 責了紙を送った。遅まきにも「155」の用意を。日々のこの「私語」を楽しんで読んで下さっていた方が多いのに、三月十三日以降、機械のネット故障でHP転送が利かない。私も、妙に心淋しい。

2021 9/3 237

 

 

* オリンピックという行事は過ぎ逝き、菅内閣の命運も事実上果てた。新型コロナ・ウイルス感染症の蔓延は、昨年来、まるまる一年半を経過してなお日々の数字に翻弄されるばかり、歩みを弱めている気配が無い。老躰には覿面コタエている、目も脚も背も、アタマも日々に退屈、弱ってきた。逼塞の日々はさりながら、幸いヒマで困ることは無いが、気組みに力の抜けやすく、全身から活力の洩れ零れるのが宜しくない。

次の「湖(うみ)の本」は、締め括りではなく、そのさかさま、文学生涯『少年前』最初の一歩を刻印した。過ぎし昔をもうとかく思う必要はなくなる、これのやがて仕上がるのを心待ちにしている、その先はみな「これから」の、文字どおり「老蚕作繭」の日々になる。

 

* 幸いに、脈は日々しっかり打ち血圧、血糖値とも安定している。歯は大方落ち、視力は乱れている、が、かろうじて文庫本の字がまだ読めている。さきの保証はできない。衰えを現に危ぶむのは脚・腰。自転車はやめ、歩く方へ力点をと思いかけている。そう思い、ポストへのついでに近隣の散歩をと妻と小一時間ゆるゆる出歩いてきた。

根が機械に弱く、機械クンとの付き合いにますます閉口する日々だが、何とか、少なくも「電送機能」を一日もはやく取り戻したい、が。

2021 9/6 237

 

 

* 機械の無かった昔にやたら走り書きした小説の眼のような原稿用紙が幾つも幾つも見つかる。それでも書き放しでなく散々に推敲の手がかかり、眼が舞いそうにあっちこちへ線で繋がっていたり。それをいま機械にさらに推敲しつつ書き写すとなると原稿用紙一枚に一時間で足りない。それでも作の寿命を繋いでやる、それはそれで楽しめる仕事になる。三十枚も書けていれば、その書写には日に十時間(とてもそんなに懸かってられない)としても一ヶ月かかる。是非にという仕事なら一と月が二た月でも掛けねばナランのが作家の本職なのだから仕方ない。『資時出家』『初稿・雲居寺跡』『チャイムが鳴って更級日記』『秋成 序の景』『黒谷』など、みな、その手で甦っていった。早くしてくれという書きっ放し古原稿の中途原稿の苦情が、このところ頻りに聞こえてくる。いやはや。二度の訪中国旅行記、旧ソ連・グルジア旅行記も大學ノートのまま。それをいえば高校大学就職勤務の昔の日記はびっしり大學ノートで二十数冊積まれてある。「読み・書き・読書」と自分の生活を要約しているが「書いた」モノの量には我ながら呆れる。

ま、可能な限り、心入れて一つ一つ一つと向き合うしかない、その間にも日々新たな書き物が増えるが、前世紀末このかたの大方は機械で書けている、つまり機械に保存してある。

2021 9/9 237

 

 

* 日々の「私語」を機械故障以降の分ぜんぶUSBに入れるのは出来るが、私の「一太郎」印字は先方器械で拒絶に遭うらしい。 人を呼んで手当てして貰うのも切望するが、それ以上に家内へ他社の息づかいを呼び込むのは、まだ、つよく躊躇われるので。

2021 9/11 237

 

 

* 色々書いた分が、もう機械クンへの電氣の供給が足りないかして、途中で機械停止。保存してなかった分は消えうせる。電源を切って、機械クンも私も休憩に入り、時間をおいて開くとまた働いてくれる。その一度の稼働時間はだんだん減って行くのだろう。思い切って、新しい機械を買い入れるべし、ではあるがコロナ禍の沈静をもう一段は待つしかないか。それも多年慣れたNECパソコンにしたい。今ある二台の別機械は一つはソニー、ひとつはDELL。微妙に動作のクセがちがって、NECでの経験がうまく通用しない。

2021 9/12 237

 

上部へスクロール