ぜんぶ秦恒平文学の話

電子メディア・コンピューター 2023年

* 高城富子さんの作画『浄瑠璃寺夜色』を戴いた。まだ適切な額が手に入っていないが、所を得て、今私の此の仕事席から視線をかすかに左うえへ送ると、50センチほど先に所を得て実に美しく眺められる。以前は写真を、ホームページ巻頭に貰っていたが、ホーページが壊滅し、写真でも視られなくなっていた。嬉しく、有難く高城さんに感謝している。有難う。有難う。その左に、繪よりやや小さいが一枚の写真としては大きめな、南山城当尾の父方吉岡本家邸宅、国指定有形文化財の一部分を撮ったのが並べてある。浄瑠璃寺は、吉岡の謂わば菩提寺に同じい縁故の名刹。相い愛照らし合うて、誠に快く美しく二つが並んだ。思い屈する時など、視野の歓喜や励ましとなってくれよ、有難し。嬉し。

* 思えば思えば、私は、なにかにつけ、恩愛の多くに温かに恵まれているのだ。忘れては成るまい。
2023 1/6

* 二十日に「湖の本 新巻161」納品と。追って次巻の初校出もあり、一月中は心身追いまくられよう。養生も肝腎。機械には振り回されたくない。今し方も不明の記事逸失始末に時間を要した。
2023 1/17

* 二十日に「湖の本 新巻161」納品と。追って次巻の初校出もあり、一月中は心身追いまくられよう。養生も肝腎。機械には振り回されたくない。今し方も不明の記事逸失始末に時間を要した。
2023 1/18

* 吹上ちえ子さんの来信等に振れて書いた筈の日録・記事が消え失せている。ほかにも書いていたと思う、が、探索届かず、不可解にも不快。
記憶も鮮明に、書いたはずの記事が「消えてしまう」とは、いやほど繰り替えした体験ながら、アタマに来る。機械に悪意はない、私の操作ミスに相違ないのだが。財布を落としても諦めるが、「書いたもの」は「私そのもの」なのだから、我慢ならない。なにか私の粗忽があるのだ。
2023 1/21

* 記事失せぬよう、一度一度「名前をつけて保存する」ように。

* 午前十時過ぎ、機械前で居眠りしている。いっそしかと寝入っていいのかも。四時間ほどは仕事してたのだし。
2023 1/24

* 機械を盲目的にキイ打ちしていると、安部 阿倍の混雑がよく起きる。
一つには。ホームベージからの公開電送が出来ないので、、いずれ「湖の本」へ編集時に直せばいいやと放って措いてて仕舞う。それが修正落ちで残っている。やれやれ。 どうか「察して」読み替えて下され。
2023 1/25

* 小説を、半歩か一歩前へ押したかと思う思う、睡い疲れにも押し込まれている。眠るか。ワケの分からぬ事も起きている。いま此処でキイを押し続けている間にも、此の場の左方間近で間隔正しく「ぴっ」「ビッ」と鳴る。電話機そして置時計があるが、今までそんな音は聞かないし、電話機にも久しく久しく手を触れた事も無いのたが。時計の方かな。ま、鳴りたけりゃ勝手に鳴ってろ。
2023 1/26

* 夜分、機械へ来たが なにとしても普段の画面が呼び出せず、嘆きに沈んで、小さいもう一つの機械を明けていた、ら、全くワケ分からず、平生の画面が現れていた。もう、老耄のアタマをえんま様にでも振り回されている感じ。もう、「機械日乗」の先は、アウトなのかも。ただ「書き進んで」「先が楽しみ」になろうとしている「小説」数作の原稿が消えては困ると心細く案じているのだが。
2023 1/26

* 五時間と寝ていないで、夜中も夢ともうつつとも知れない思案のいろいろを織り続け、ふっと五時と知れてそのまま起きてしまった。機械のご機嫌も心許なく、したい・すべき仕事も喪いたく無く。御旅して暖房していない。寒さは昨日の朝の方がキツかったか。
相変わらず原因不明で何が何処で鳴るのか「ピッ」「ピッ」という音が正確なほどの間隔で私の身の周りで鳴り続ける。いま「電池ギレです」というアナウンスが身辺で。ハテ何の何処のどんな電池やら。とにかくも、機械画面はフツーであるが。ピッ ピッ の間隔音は前夜来のまま途切れない。
2023 1/27

* 間断なく身のそばでの、ピ、ピ音、やまない。何が鳴るのか、機械バカのわたしには見つけられない。五月蠅い、が。

* 届いた初稿を読み始めると、信じられない杜撰になっている。普通の校正マンなら簡単に直しておくミスがみなミスのままゲラに刷られてある。何故ミスに成っているのかも分からない。げんなり。しかも身辺の「ピッ」音の断続は止まない。どう消し止められるのかが分からない。なにもかも、末期現象、末期症状か。疲れは加わるばかり。負けてしまうワケにも行かぬ。機械から離れて、寝るか。
2023 1/28

* 機械とも原稿とも組み討ちの悪戦苦闘、ストラッグルという語感そのまま。投げ出せば、負け。我慢のほかなく、投げないこと。

* 茫漠として、フラフラした、文字のママ「迷・惑」仕事ながら、粘って、そこそこに仕切りが付いた今日の仕事。一息ついて。十一時にちかい。寝に行くしか、ない。
2023 2/8

* 機械が前夜の記事などを遺して呉れてなくて、繰りかえさねば成らぬ、とは。昨日奮励していた分が。行方知れず。何より奪われた時間が惜しい。が、奪われたは悔し紛れの責任転嫁かも知れないのだ、わたしの「機械バカ」は徹しているので。 根気よく「し
直す」「やり直す」のは国民学校(小学校)の昔から余儀ない「自責」。しかし停頓は停頓、身に堪える。
思い切ってブアッと休むか。
2023 2/13

* 画面輻輳の体の修復訂正に朝の時間を奪われるのは。憎い。なんとか、一本化したと思うけれど。老耄、ひとしお機械に翻弄される、か。
2023 2/19

*  尾張の鳶、昨日か一昨日か泉涌寺へ来ていると写真を呉れていたが、3センチ四方の写真を大きく為る手順を失念していて観られなかった。文面は無かった、機械的なややこしさで外出先では字が書けないのだろうと思っていた、わたしは、今、機械の画面へ字を書いていて、それ以外に電送のための字の書きようを識らない。
2023 2/19

* 久しく印刷機故障と諦めていたが、祈る心地でいま,試みたら、「あとがき」不足分を印刷してくれた。感激。これで「湖の本 162」は、本紙の三校出を待ち校了出来る。
2023 2/25

* デスクトップの背景を八坂神社(祇園さん)の石段上、四条大通りに直面のひとしお懐かしい華麗な西大門の写真に変更した。
2023 3/4

○ 秦さんへ メール うれしいです 元気をいただけます 「三月」をありがとうございます
こんなに「すぐ読める人」はそうはいないと思うと なんとも貴重なことで ありがたく恐縮です
來週は相撲です お彼岸もすぐです 春です
三浦梅園 豊後(「国東半島の山の中」)「温厚篤実 安分知足」だそうですが 知りたくなりました
自転車 本当にくれぐれも どうかくれぐれも
お怪我のないようにお気をつけください
コロナもまだまだ絶対に避けてください
hataさんにつけてもらった e-old  が懐かしいです 勝田e-old 拝

* パソコンの出回るよりやや早い時期に、わたしは、この電子機器は、さきざき「老境へ歩む人」にこそ貴重だ自己表現を「継続」の恩恵となるに違いなないと、まさしく「e-old 」という一團の必然世に現れ出ると予測した。
勝田さんはわたしより1 2歳年長であられるが、ごく早い時期からメール交換など、発展してもっと「人」らしい「お付き合い」が始まったのだった、ペンクラブで知り合えた。なつかしい「むかし」話になるが、「いま」なお仲良くして戴いている。
「e-old 」はいまや「あたりまえ」に世に溢れている。
2023 3/6

○ 秦先生  暖かい日が多くなってきましたね。
井の頭公園の桜も、風が吹くと散り桜となって舞っており、とてもきれいです。
「湖の本」をお送りいただき、ありがとうございます。今回は東工大の話題があるようですし、とても楽しみです。大切に拝読いたします。
さて、お身体のお加減はいかがでしょうか。
為我井さんと連絡を取り、お抹茶がいただける場所を探しているのですが、先生のお家からは遠い場所となってしまいそうです。
例えば銀座とか、東京とか、そのような場所ですと、遠いうえに人ごみとなってしまうことが心配です。
場所のご希望などはおありでしょうか。
また、時期は5月あたりはいかがでしょうか。
できるだけ先生にご無理がかからない形でお会いできたらと思っております。
どうぞよろしくお願い申し上げます。  麻紀  東工大卒

◎ メール感謝   昨年残暑来の ヒドい体調不良が歳ごえに加わり、そんな中で「読み・書き・読書と創作」の手は止めないで、過労とムリとで、ヘトヘトに潰れています。もう一と月も精魂込めれば 仕かかりの大仕事や中仕事にメドが立ってきましょう。天上からは、先だって逝った人たちが、しきりに「もういいかい」と招きますのを、懸命に、「まあだだよ」と断り続けています。
なんとか四月そして五月半ば過ぎまでは、堪えたいと思っています。そして出逢って 愉しくお喋りできますのを楽しみにしています。まだまだコロナも執拗に尾を引いています様子。要心して、医者のほかは出歩かないでおります。

以前には わりと見やすい「秦恒平のホームページ」を展開し日々発信して歓迎されてましたが、何か私の不器用から潰れてしまい、読者らからは、ぜひぜひ速く復活をと懇願されるのですが、生まれついての「機械バカ」で、お蔭で父の「ハタラジオ店」を継げず仕舞いでした。
東工大卒業の鷲津くんら男子が寄り寄り、詳細に、いろんな図式を送ってくれているのですが、猫に小判で、とてもとても「送ってもらっているアレコレ」を、どうにかして活かすテクが無く、何の工作も出来ないまま、詳細な助言が、むなしく立ち枯れています。具体的にそれを「どう、こう」と手が出せないで居ますよ、笑って下さい。
鷲津君等のプランを 念のためここに入れて送りたいと思っても、それが「出来ない」のですよ、なさけない。
お元気でお元気で。逢えます頃を楽しみに待ちます。  秦 センセイ
2023 4/2

◎  秦 恒平短歌集 去来
『光塵拾遺』 2012 01 10  本巻の序に替えて
以下に編んだのは、いわゆる歌集でも句集でも詩集でもない。あえて謂えば「述懐」であり、谷崎潤一郎にならって謂うなら、小説家が流した「汗」のようなもの、あるいはわたくしの「口遊(くちずさ)み」に過ぎない。お笑いぐさながらそれをしも編んでおこうかと願ったのは、これも「文藝」のうちと考えたからである。
題だけ、すこしいばって、『光塵』と名付けた。
組み立ても無い。まこと気恥ずかしいほんのわずか「少年拾遺」を巻頭に添え置いた他は、長男・秦建日子誕生の数首以降よほど間をあけ、もっぱら東工大教授六十歳定年退官以後の老境、さらに七十五叟の後期高齢に向かうまま、短歌、和歌・俳句・詩のようなものをことさら区別せず、ほぼ編年、甚だ気儘に並べたに過ぎない。それはそれで老濫無頼な不良老年に相応と思っている。

わたくしには、昭和三十九年(一九六四)秋に初編の歌集『少年』がある。十五、六歳より結婚後の二十七歳頃の短歌をおさめ、そして「歌」に別れ「小説」や「批評」を書き始めた。歌集『少年』はその後いくたびも版を替えて出版され、上田三四二氏、竹西寛子さん、前田透氏らの推讃をいただき、岡井隆氏は二度にわたり氏の『昭和百人一首』に『少年』の各一首を選んで下さったし、短歌新聞社刊の文庫版に田井安曇氏は懇切な解説を書いて下さった。嬉しかった。明らかに少年のわたくしは「歌集」を編んだのであった。
但しその以前も以後も、わたくしは「歌人」であろうとは願わなかった。もう一度云うが、歌集『少年』の後は、働けば「汗」をかくほどの自然さと当然さとで和歌・短歌のようなもの、俳句のようなもの等を、ただ谷崎流に分泌し排泄してきたに過ぎない。云うまでもない、そういう姿・形での「述懐」をわたくしが好んでいたのである。

述懐するだけではなかった。古典物語はもとより、少年以来わたくしは大の和歌好き、ことに「恋」の和歌好きであった。歌謡も謡曲も好きであった。俳句は難しいと敬遠していたが、芭蕉にも蕪村にも虚子らにも傾倒した。現代の短歌俳句も講談社刊の浩瀚な「昭和萬葉集」はじめ、歌誌も句誌もよく読んできたし、『千載秀歌』『梁塵秘抄』『閑吟集』『愛、はるかに照せ(愛と友情の歌)』『青春短歌大学』等々鑑賞の著も出しつづけてきた。自分は排泄物なみの述懐で済ませていながら、プロを自称の作者達には概して辛辣、有名に遠慮せず無名にはなるべく叮嚀に立ち向かって、外野席から批評もしてきた。
そんな中の、主に短歌に限って、ホームページ中の『宗遠日乗』から、ごく僅か抄して巻末に添えてみたが、失礼なだけの蛇足であったろうか。よろしければ、十五年に及ぶ『宗遠日乗』をご自由に拾い読んでいただきたい。URLを掲げておく。 http://hanaha-hannari.jp/
(此のホームページが、令和5現在故障し閉口している。八七老の手に負えず、ただ頓首。)
2023 4/19

* 前夜寝がけに利尿薬・浮腫どめを服した。ほぼ正確に90分ごに尿意に起こされたが睡眠は妨げなかった。正六時に起床。
要は、機械の不都合に悩まされているのを、「いいさ、勝手にしろ」と放り投げてでも、したい、すべき、「創作」等の要事に向き合うだけ。沈みがちな気分を躱し躱し、出来ることを出来して、「天来の救援」を待つあるのみ。。

* 疲労のママに無何かと気ぜわしく、妻の用向きで厚生病院へ自転車で走ったり、「ホームページ」復旧切願にかかわるメール往来等の心労のまま、混乱したアタマで気分も作業も右往し左往し、頓首のていたらく、ただもうどう為すか成るのか見極めがつかない。ただただ疲れる。

* 神戸に教職の鷲津仁志君(東工大卒)が、五月連休を利して上京来宅、「すべて調整」しましょうと。 感謝も感激も天に昇る有り難さだが、神戸と下保谷と、この距離を思うと身が縮まる。息もつまり、身の置き所もないほど。しかしームページ復活すれば、それはそれは有難く嬉しい。ウーン。ウーム。
2023 4/19

○ 秦迪子 様
お世話になっております,鷲津です.
お言葉ありがとうございます.
いえいえ,秦先生には何十年もお世話になっておりますので,私に出来ることがあればというつもりであります.
貴重な情報ありがとうございます.状況が,大変良くわかりました.
対応策を考えましたので,5月までお待ちいただけますと幸いであります.
宜しくお願い申し上げます.  鷲津  神戸 大學教授  東工大院卒

* 嬉しい頼もしいことに、五月連休、はるばる我が家ヘまで見え、私のために「ホームページ」設営に力を貸しましょうと。感謝、感謝、感謝。
2023 4/20

* 昨日来、書いた記事の奇怪な輻輳と異同とにほとほと悩まされた。今朝、健闘してなんとか、意図のまま落ち着け得た、つもり。
今日は、午に、歯科へ。昨日は異様な真夏日の気温で日本中が仰天だったが。今日は、ああは、なるまいか。
2023 4/22

* 今日 昼過ぎには、わたしの東工大教授時代の卒業生、鷲津仁志君、わざわざに、神戸から、西東京市下保谷の我が家まではるばる訪れ呉れまして、此の、故障がちに危険極まった「機械環境の徹底改善ないし断然新設」を計ってこの部屋で作業して呉れますと。感謝に堪えない、息を詰めるほどの感謝と期待とで待望の午後を待つべく、乱雑を極めた此の機械周辺をかつがつ片付けたが、イヤ、すさまじい部屋ではあるよ。

* にしても、今朝の機械作動で、なんと昨日の「私語」、無かったはずが無いのに全部失せて保存できていない。どうもこうもなく、首を傾げ、惘れ愕くのほか無いとは。
2023 5/3

* 昨日 昼過二時から晩への、わが東工大教授時代の卒業生、鷲津仁志君の、奮励と謂うよりもいっそ流麗な「マウス駆使」での、わざわざに神戸から持参の「新しい大きなパソコン一式」をわが書斎に設営、その間断ない操作進行の「すごみ・巧み」に息を呑んで感嘆、傍観、見学させてもらった。
わざわざに、神戸から、西東京市下保谷の我が家まで幅50センチに余る大きな画面はじめ付随の機械器具一式を超弩級のトランクに入れて我が家まで持参・搬入され。まさしく吃驚仰天、感謝した。
そんなのの設営から始動へなど、私になど百時間逆立ちしてもできないが、巨漢に成人していた二十数年ぶりの鷲津君は、らくらくと一段落ヘまで為し果たしおいて、私自身での使用「稽古・始動」の指導は明日にと、西武沿線に予約の宿へ帰っていった。
終始、鷲津君は話題豊富で声音も若く愉快、かえって緊張していた我々夫婦をくつろがせ聴き入らせてくれた。いろんな電動機械の珍しさでわれわれをいっぱい感嘆させても呉れた。感謝、感謝。
そして今朝は十時予定で再来、実地の始動教授をしてくれる。午後の速くには、わが櫻小次郎こと柳君も訪れてくれ、歓談の時がもてると。どうか私の、私たちの疲労つのることなく、いい時間が懐かしく楽しめますように。
とにもかくにも、二人の元私の学生君は、あれから四半世紀もの社会人で、鷲津君は大学教授、小次郎クンはベテランの建築設計/施工者。わたしは、やそしち歳もの老作家。「めでたし」と心より喜んで佳いだろう。
2023 5/4

* さて新設定された大きな新しいコンピュータとの、佳い馴染みを、わたくしの衰えた頭脳と認知力とでどう、得られて行くのか。心配。
2023 5/5

* さて、いまだ立ち往生、と謂うより私の「会得不全」ですんなり活躍して貰えない「新設定パソコン」に慣れ馴染み、世界・世間へ私の自力/自前で「私語の刻」が送り出せるようにならねば。
出来るかなあ。やってみる、遣りづける。それです。

* まだまだ、新機械への「移行には難問題」有り。舊機械でならすらら書ける文章が新機械では馴染まない。慣れないと謂うことだろうが、この舊機械は まだまだとても手離せない。それが分かった。
独りでは新機械をワンコース遂げることがなかなか出来なくて、妻にそばで支援/助言されながら、九時半、へとへと。もう階下へ「脱落」する。
2023 5/6

* 昨日についで今朝は十時過ぎ我が家へ再来訪、新機械「設置作業」を続けてくれる。午後の速くには、わが櫻小次郎こと東工大院卒建築家の柳君も訪れてくれ、嬉しい心強い時が持てた。感嘆の時がもてると。どうか私の、私たち夫婦に體疲労つのることなく、快い時間が懐かしく楽しめますように願っていた。
とにもかくにも、二人の元学生君らは、あれから四半世紀に増す社会人、鷲津君は大学教授、小次郎クンは竹中でベテランの大建築設計/施工者。わたしは、やそしち歳もの老作家。「めでたし」と、心より喜んで佳いだろう。

* とはいえ、新設機械での私専用ホ-ムページ「開設」「始動」には、相当な長時間がかかり、難しそうで、私には理解浸透とはゆかない。
ちゃん「仕上がりました」らしい、が「機械バカ」の私自身ではまだ指一本の試働も始動も出来ていないまま、
夕方になったので、そこで作業は終え、徒歩、三人で寿司の「和かな」まで。だが、私、ただもう疲労困憊と強硬な腰痛、背痛前傾で、杖つきながら前へ仆れかけること甚だしく、柳君の腕に掴まって、辛うじて転倒はせぬまま、「和かな」へ転げ込む。
歓談、そして酒肴。鷲津君は汽車の時間だろう先に見送り、柳君と二人、更に歓談のあと、タクシーをよんでもらい、帰宅、柳君は自転車で帰っていった、が、無事で有りますようにと、気の利かない祈りを「自転車での帰路」へ祈った。

* で、さて新しい機械クンへの順応は。 先行していた機械と新機械との連携は。
私、分かってない。指一本も付けられないほどの疲労。 明日に、明日以降に希望を持ちたい、この前機と今回設定設置の新機との無事の連繋が、ともあれ当座ゼッタイに必要。わたしに、それが励行、確認可能か。ただただ、なお不安。
今、十時過ぎ、休む。妻も、我が家には何十年希有の「来客」で体調をつよく崩し、床に就いている。

* じつに「大仕事」だった、「ただ傍観していただけなのに。疲れた。
2023 5/4

* さて新設定された大きな新しいコンピュータとの、佳い馴染みを、わたくしの衰えた頭脳と認知力とでどう、得られて行くのか。心配。
2023 5/5

○ 鷲津です.  昨日は,無事お帰りになられたと柳さんから聞きまして 安心いたしました.お寿司ありがとうございます.遠慮なく頂戴してしまいましたが,大変失礼いたしました.
奥様も,二日連続で伺ったため,お疲れになられたのではないかと拝察いたします.
お大事になさってください.
また出張の際に伺えますので,お困りの際はお教えください.読者ほか皆々様に新しい「私語の刻」が伝わりますよう,楽しみにしております.  鷲
取り急ぎ,失礼いたします.

* さて昨日2023/05/05 東工大卒の鷲津・柳両君に設定してもらった新しいパソコンが私の手で、順調に作動してくれるか。結果的には私の手に負えないまま神戸へ帰っている鷲津君に報告。その連繋で急遽連休中の東京の柳君が駆けつけてくれ、鷲津君との電話も加わりながら再度設定調整があり、柳君は、最後には作動/作業手順を二枚の紙に簡明に箇条書きして呉れた。それに従い柳君に教わりながら機械的に実習しその通りに機械が働き始めて呉れるのを確認、感謝感激の間々、懐かしい東工大時代など歓談、彼は運転の車で帰っていった。

* さて、一旦休息のアト、箇条書き通りに遣ってみて、扨て、なかなか自在とは往かなかった、立ち止まり立ち往生し、もう今晩はと断念し、疲れも加わっていたので寝入ると決めた。
さてさて私が「ハタラジオ店」の父を「継いであげられなかった」のは、ドダイ「失格」の私は絵に描いたほどの「機械ばか」と痛感せざるを得ない。

* ところがそこへ、一人の親しい読者友人がメールで、「ホームページが回復していて嬉しい」と。
エエッと仰天、しかし私が私の新しい機械画面を開いて認知する「能」が無い。遠くの読者が読めたとは、と、妻の機械で実見してもらうと、ナンと『秦恒平の文学と生活』なるホームページ、画面に「改善・復帰」していた、つまりは東工大卒業生生君らは、あッたり前に故障ホームページを回復改善してくれていて、当の使用者ボケた作家の「秦恒平」だけが、理解も技術も確保し得ていないダケだった。
情けないよ。そしてもう床に就き、五月五日今日只今は「お手上げ」のまま終えるとした。
此の記事は、「従來の舊機械画面」で在来の日録・私語のままである。
2023 5/5

〇 ホームページ復旧なさったのですね。おめでとうございます! 嬉しいです。
「疲労困憊」とはうかがっていましたが、それでも尚 お仕事に励まれているご様子  などうかがえて、少し安心いたしました。
昨日は、父八九歳の誕生日。父も母も、大きな病気もなく、好きなこともモノもあり、元気でいてくれるのは、娘として何よりの幸せです。七月ころには帰省もできればと思っています。
昨日今日と初夏のような陽気で、海に入って遊んでいる人さえいましたが、来週は三月並みの寒さに戻るとか。お体くれぐれもお大切になさってください。 市川

* さて、いまだ立ち往生、と謂うより私の「会得不全」ですんなり活躍して貰えない「新設定パソコン」に慣れ馴染み、世界・世間へ私の自力/自前で「私語の刻」が送り出せるようにならねば。
出来るかなあ。やってみる、遣りづける。それです。

* まだまだ、新機械への「移行には難問題」有り。舊機械でならすらら書ける文章が新機械では馴染まない。慣れないと謂うことだろうが、この舊機械は まだまだとても手離せない。それが分かった。
独りでは新機械をワンコース遂げることがなかなか出来なくて、妻にそばで支援/助言されながら、九時半、へとへと。もう階下へ「脱落」する。
2023 5/6

* 「新機」君を、幸いに開いたが「ひらかな(漢字変換)での入力」が出来ない。入力方法の変更希望が届かないのが、第一歩での障害、立ち往生。
昨今の「事務」世間での「用務」でなく、創意と発想とを伴う「創作文章」こそ私には必要なので、ローマ字で文章を書くなど「論外」のこと。「ひらかな」でかきながら即座のから「漢字変換」可能は必須の要件。
そのできないでいる「新機」では片言なみの文は書けても、即座の想像やひらめきを要する「小説・エッセイ、論攷」等は、ローマ字を手探りしながらは書いて行けない、私には。所詮はまだ当分はこの「舊機」君に依頼し続けるほか無い。やれやれ。

* やはり当面少なくも、此の「舊機(今後 ▼ と表記)」で書いた文章が、正確に困難無く「新機(今後 〇 と表記)」へ「移転複写」出来ればありがたい、が、いまはまだ文的に脱落したり、不能だったり、少なくも表現内容が成句にいっちして転送は出来ない。と、「〇」は、まだ信頼しては使えない。
2023 5/7

* やはり当面少なくも、此の「舊機(今後 ▼ と表記)」で書いた文章が、正確に困難無く「新機(今後 〇 と表記)」へ「移転複写」出来ればありがたい、が、いまはまだ文的に脱落したり、不能だったり、少なくも表現内容が成句にいっちして転送は出来ない。と、「〇」はまだ信頼しては使えない。

* 新旧二機とのお付き合い混乱で、寒盡の本来仕事が停頓、こまる。埋めん「〇」きのことは忘れているしか無いか。
2023 5/7

〇 秦先生   体調いかがでしょうか。久しぶりの来客を3日連続でしたので お疲れになったのではないでしょうか。ご無理なされぬようお願いします。
さて ホームページの更新いかがでしょうか。
5/6の記載が増えていますので 方法はなんとか分かっていただいたのではないか、と思っていますが、何かあれば連絡ください。  柳

* 新機械でのホームページ展開は、出来ていません。今。感じていること。
① 大画面がピカピカの真っ白で、眩しさに疲労し「失明」にちかく字が読みにくく。
② 四半世紀も「ひらかな」打ちで創作し、作文してきましたが、今度の機械は「ローマ字」打ち。これは、ひらかな漢字で日本語・日本文を発想・着想・推敲している者には致命的で、とても日本語日本文での小説家、随想家がつとまりません、英字を拾っているうちに日本語で日本文を創意発想表現しているのが、アタマの内から散乱してしまいます。「櫻小次郎」 と「書く」のに、「sakura kojirou』と書いて変換を要していては、創作の気味はあたまから失せます。「ひらかな打ち」に移転・変更したいが 出来ないのです。 で、相変わらず「舊機」しか使えていません。
「新機」に電源が通って画面が出るのに、永く懸かるのに愕いています。「舊機」だと素早く画面が出ますのに。
と、とても「新機械」ではホームページまで距離が遠く、もっぱら妻が気ままにひねくり回して新機械をいろいろに探索していますが、私は、ほぼ断念しています。
現状 そんなところで、結局は機械清明を案じながらも「舊機」にしがみついている有様です。  柳君と 歓談できたのが 何より嬉しい収穫でした。
舊機、ひらかな打ちで、以上「この程度の量を書く」のは造作も無い。
ところが同文同量を『新機』ローマ字打ちでなら、たいへんな長時間を要します。しかも日本文で書いて行きながらの創意と想像力の参加や駆使が全然効かない。文章での創作家として半分死んでしまう。 「安定したひらかな打ち」への設定変更が可能なら、つよくつよく望まれます。 上、報告と愚痴です、許して下さい。   お元気で。怪我無くお過ごしあれ。  秦恒平
〇 秦先生  「ひらがな打ち」にするのは簡単ですので、また週末にうかがいます。
背景色も変え、画面輝度も下げるようにしましょう。
取り急ぎ。
今日は、群馬県の温泉で有名な磯部にて「仕事」です。 小次

* 身辺雑然、仕事を見失っては困る。いっとう困るのは機械の中の書き物の行方不明。で、90度角に舊・新の二機を配し、さらに45度位置に、早くに買い置きで遣ってもいた小さな機械を廃して、其処へ「舊機に全保存内容」をコピー移転した。消失しては取り返しつかず、「新機」がまだ稼働していない今、此の「小機」への全容保管はともあれ用心良く安心できると。

〇 ホームページ そうですね。やはり、五月四日までで途絶えています。作業の手順も書いてもらっているという事でしたら、落ち着いてもう一度だけ試してみては。それでもダメなようでしたら、色々して下さった元教え子さんに電話で教えてもらいながら操作してみるというのはいかがでしょうか。(私も以前、遠隔操作サービスというのを業者にしてもらって助かりました。)
元教え子さんの方でも、更新されないので、心配しているのではと思います。
今日は、熱海も一日雨に煙っていました。
コロナは五類になりますが、どうぞお気を付けて。明日からまた、  市川
2023 5/8

* さて、「新機」から発信を切望している「ホームページ」だが。未だに、有効な設定に到らず、画面は開くけれど、私流に「書字(ひらかな打ち)」が効かず、大画面はぎらぎらと真っ白で眼を痛め、立ち往生している。もう一息か二息か。はやく、有効に働いて欲しいが。やれやれ。
2023 5/11

〇 秦先生
Cc;柳様   鷲津です
3つのことを実現できると,先生の作業環境は良くなると思います.

(1) 画面が明るい点
こちらは「輝度」を下げると見やすくなります.
パソコン本体の問題ではなく,モニターの設定の問題です.
添付のマニュアルの7ページ,「コントロールボタン」を
押しながら設定していきます.
丸1で電源を入れたあと(多分これは既に入ってる),
丸2でオンスクリーンディスプレイの設定画面(8ページ)を出し,
丸4,5のボタンで「Picture」「Brightness」の設定を選びます.
選ぶボタンは丸2の「OK」です.
Brightness が輝度なので,これを下げると,見やすくなります.

(2) カナ入力
カナ入力については,
https://www.fmworld.net/cs/azbyclub/qanavi/jsp/qacontents.jsp?PID=7110-9315

このページの「操作手順」に従って,Windows10 の操作手順に従って
カナ入力にします.
「スタート」ボタン→「ATOK」→「ATOKツール」、または「ATOK 20xxツール」の
順にクリック
「プロパティ(環境設定)」をクリック
「入力・変換」タブをクリック
「設定項目」欄にある「基本」をクリック
「入力」欄にある「カナ入力」をクリック
「OK」ボタンをクリック

ただ,これだとログインするときのパスワード ****** を入力できませんので,
これを消してしまいましょう.

(3) パソコンの起動時に、パスワードの入力を省略する
https://www.fmworld.net/cs/azbyclub/qanavi/jsp/qacontents.jsp?PID=0410-8766

パスワードを省略したいユーザーアカウントでサインイン ***** でサインイン.
「スタート」ボタン→「設定」の順にクリック
「アカウント」をクリック
「サインインオプション」をクリック
「MicrosoftアカウントにWindows Helloサインインを要求する」のスイッチが
「オン」になっている場合は、クリックして「オフ」に切り替え
(オフになってると思いますが,念のため)

「スタート」ボタンの右にある検索欄をクリック
入力欄に netplwiz と入力
「最も一致する検索結果」にある、人のアイコンが表示されている「netplwiz」
をクリック
パスワードの入力を省略したいユーザー ***** をクリック
「ユーザーがこのコンピューターを使うには、ユーザー名とパスワードの入力が
必要」をクリックし、チェックを外します。

最期の(3)は難しいかもです.

でも,お急ぎにならずに,
柳さんに来ていただくのが早いかなと思います.

宜しくお願い申し上げます.

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秦先生,

お世話になっております,鷲津です.

先日は結構なものをお送りいただきまして
大変恐縮です.新しい環境でも先生が創作を
続けられるようにならなければ意味がないと
思っておりますが,あまりお疲れになられても
いけないのではとも思います.

来週,柳さんに作業していただいて,
まだ難しければ,今月末に小職が参ります.

ちょっと長丁場になりますが,すみませんが,
宜しくお願いいたします.   鷲津

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* ちょっと私の手に負いかねる。よほど「機械環境」とはかけ離れた「心と神経」とで、わたしは暮らしているか。
ま、じりじりと地を這うように「必要なあれこれ」をかきあつめながら、試み、心見て前へのめって出るしか無いらしい。鷲津君、柳君を煩わして、もう何日が経っているか。それでも、まだ私にはとても「新機」は使えない。せめて「舊機」の日録だけでも「新機」に正確に移動して、そして書き継ぎたいのだが。痒いところへは東工大出の秀才たちの手も、届いてくれない。いやいや私の判りが悪い。まだ「新機」はいわゆる「役」には立っていない。
2023 5/15

* 「新機」を明けることは手順を踏んで出来るようになった。「舊機」まのように、「ひらかな打ち」で日本語の書けない内は、「新機」は好奇心でのアレコレ遊び道具でしか無い。メールも設定出来てない。
「新機」の世界はしかし廣大で多彩なように想像できる。ま、ソレを暇なときに楽しんで遊び道具にしながら、なにかしら活路が開けるのかも。私自慢の、八坂神社緋の西大門の写真が美しい。其処へ帰っている自分を感じ、想い出も山ほどあり、しみじみと懐かしい。石段下みなみがわに戦後「六三新新制」の市立弥栄中学があり、私は事実上開校最初年の一年生として入学した。知恩院新門前通りのわがやからは、家の脇の「抜けろーじ」を脱けて祇園乙部の内を軽くかけあしすれば数分で中学の門に着いた。門前は市電や市バスの走り買う京都市一の繁華、史上大通り。「八坂神社」はその東の極みに建ち、はるか西の極み桂川の西に秦氏が司る「松尾神社」が在る。
2023 5/16

〇 秦先生  ご報告ありがとうございます。
人生は巻き込み、巻き込まれですよ。
私のとりとめのない話で先生を巻き込んできたように、私の人生はとうの昔に先生に巻き込まれてしまっているので、それで全うするのみです。
下記、先生からいただいた内容は 鷲津さんとは情報共有しております。
とても簡単なことですので、 私が作業すれば、すぐ終わります。
が、先生のお身体をさらにお疲れさせるのは、本意ではございませんので、まずは落ち着いてからにしましょう。私が行くとテンション高めてしまうので、お疲れ増進必至ですから!
「旧機」は先生仕様によくカスタマイズされていたので、新しい機器をその仕様になじませていくだけです。
あまり、早計に「廃物」扱いせずに、気楽にやっていきましょう。 櫻
2023 5/16

* なんとか、此の「舊機」日録を「新機」に移転(複写)したいが、術が分からない。それが出来れば「新機」での執筆や創作が可能になる。まだまだ「新機」は使えていない。「ひらかな打ち」が出来なくては「日本語での文章作家」として「仕事」ならない。「ローマ字」では即座・咄嗟の発想も創意も活かせない。
2023 5/17

〇 > 解決できる一つの方法は、「舊機で従來のまま日々に書いている」それを、「新機に転送・貼り付け」 または「usbを使って」「舊機の創作や記事の全部を、新機に、転送・貼り付け出来れば、その後は「新機」で書き継げばいい、それが有難い」のですが、その道も、手順方法も私には分からぬままなのです。質問もし依頼もしているのですが、依然 半歩も進まない。  秦

〇「書く」だけに徹するとお決めになったら如何でしょう。芸能人のブログなどは、原稿を書いて他の誰かが更新するかたちが多いと思います。そうなさったらいい。今さら新しい機械のあれこれをいじるのは時間の無駄です。読者は「新しい作品や文章」を文學/文藝として受け容れ読むことが喜びで、秦さんのパソコンスキルの上達は期待しません。
たとえば、毎日でも一週間に一度、一か月に一度でもかまいませんが、書かれたものをメールに貼り付けてお送りいただけましたら、当方でホームページの「私語の刻」を更新することは可能です。もちろん、秦さんか東工大卒の方にホームページ更新手続き、アクセスの仕方を教えていただかなくてはなりませんが、それは難しい作業とは思いません。
欠落部分の復旧も、データの「私語の刻」だけを拾っていただいて、USBなどにコピーしてお送りいただけましたら、こちらで実行します。是非ご検討ください。
今日は雨の予報ですが、もう梅雨入りかもしれません。湿度が高い季節はやっかいです。くれぐれもお大事にお過ごしください。 曙

* なにをどうすれば済むのか、私によく分かって居ない。
それよりも、当面は「湖の本 164」の初校をより正確にしとげて、新刊を送り出しつつ、次の{新刊 165」の構成、組み立てを思案したい。ホームページが如何にも難なく淸しく毎日に送り出せると確信出来るまでは「私語の刻」は「湖の本」新刊の後半部に公開して行けば済むこと。
2023 5/20

* 「舊」「新」二つの機械の現状を纏めてみる、と。
① 電源は繋がっているのに「舊/新」二機に連動の融通なく、「舊機」記事が「新機」に全然、移動・複写・貼付け・連動が効かない。「舊機内容」を接収すべき「新機」として働いていない。
② 「新機」画面を、老い衰えた視力に適した背景色にならず、眩しい。
③ 致命的には、「新機」で、どうしても「ひらがな打ち」が出来ない。「ローマ字打ち」では、微妙な発想や創意ですすむ「日本語での創作文章」が即座に創意に応じて打ち出せず、日本語での小説家、論攷者としては致命的な障害。
「ひらかな打ち」に確定的に「変更」したいが「方法」が分からない。
④ 根本の希望と実現とは「新機」での、在来のそれに同じい、乃至は「さらに有効で見映え」の「秦 恒平のホームページ」の「実現/」設定と設置であった。それ
在ってこその鷲津君好意での予期しなかった「新機」の搬入・導入、また使用者「秦」の希望・期待なのだが、今もって、それが、何も「駆使可能」には「実現出来ていない」のは、残念。
「新機」の、我が家・私の手もとにせっかくもたらされた「意義と必要」とが、未だ、なんら「駆使可能の設定」として「実現していない」のは、残念至極。
2023 5/21

* 午後、櫻君が来てくれて、新機 舊機の連絡、新画面の設定 等々して行ってくれた。一休みに夕食して、また機械の前へ来たが、まるで手も出ないほど手順や展開が分からない。われながら惘れてボーゼンと竦んでしまっている。やすむしかあるまい。
「舊機で」でこうして「字が書けて」いる、それだけで当座は足るのだ、暫く「理解」が浸潤するまで慌てふためくまい。
暫く新旧両機を心見てはみたが、「柳君の設定」がほとんど何も飲み込めてない事だけがハッキリした。柳クンにはらくらくと理解できていることが、背後から傍観していただけのわたしには、ほとんど何一つも「手順や判断として記憶できていない」のだ。「分かる人に判っていること」が、全てに馴染まず判れてない私には、ほとんど何もかもを「記憶」にすら残せてない。やれやれ。年貢の納めどきか…ナ。

〇 昨日は、「いつも通り」「急に」ご自宅へうかがい、ご迷惑をおかけしました。
「先生の執筆環境の再構築をする仲間」 良い表現 ですね。「執筆環境」というのはとても大事です。
昔、先生がご友人に土地を紹介されたのだけれど、小学校の横だったので声が障るだろうからお断りした、というお話を思い出しました。
先生は研究室(教授室)の机の向きにも気を遣われておられましたから、物事を言葉にする小説家という職業柄、周囲の環境というものがよく見えていて、繊細なのだと思います。
私の職業である建築設計はもしかすると、逆の方向性かもしれません。お施主さんの言葉を事物にする、自分の言葉を「カタチ」にする。
私が先生の能力で素晴らしいなぁ、と思うのは、時間の流れをイメージし、言葉に出来ることです。私には時間の流れを感じ取る能力が低いな、と学生の頃から思っています。
小説というのは、読む・ページをめくる、という常に時間を伴う藝術だと思いますし、先生の作品の、歴史を取り込む作風も、やはり時間を取り込んでいます。
私もそれが出来れば、もっと偉大な建築家になれたかもしれない! と思いますが、まぁ、それは無いものねだりですね。
さて、
昨日の作業は
1) 画面のまぶしさを抑える=輝度を抑える
2) 一太郎のウィンドウを作業しやすい穏やかな色にする
3) 古いパソコンから、新しいパソコンへのファイル移動を可能にする
4) かな入力を可能にする
でしたが、一応「完了」したと思います。
「ひらかな入力を可能にする」に関しては、ATOKという変換ソフトを、マイクロソフトのものに「替えた」ので、もしかすると今までの日本語変換と多少の違和感があるかもしれません。
その辺りは、機械が自分で覚えていくものなので、使っていけば、秦先生の漢字使いを機械が覚えていきます。違和感が抜けなければ、またATOKでの作業が出来るように、みんなで考えます!
最後に、帰り際に、素晴らしいお品をいただき、まことにありがとうございます。
高価なものであろうなぁ、と思いつつ、妻と話して、日常使いしようということにしました。良いものを日常で使うことがやはり大事な思い習いと思いますし、日々、先生を思うことも出来ますので、ご容赦ください。  櫻

* 人柄のいい、好い便りを貰いましたよ。嬉しく、感謝。
2023 5/22

* 妻も「マ・ア」ズも寝静まるまで、『源氏物語 薄雲』 『薔薇の名前』六日目、『参考源平盛衰記』高倉宮南都落ちなどを「愛読」していた。
コンピュータ「新機」は、まだまだとても「使う」「使える」状態に到らず、やみくもにその内包世界を映像と倶に散策して珍しがっているだけ。
2023 5/24

* この日録が、何種かにバラけている、のを調整するのにこの朝を虚しく費消。よほど集中/注意して仕事しないと、もう耄碌の害は防げまい。情けなし。
2023 5/25

* 昼まえ、柳君が来て呉れ、新旧なー二台のパソコンに連絡をつけ、また「新機」「ひらかな打ちを」可能にするなど、大改革を為遂げて行ってくれた。画期的な自体へ私のパソコン世界は転移移動した。

〇 秦先生   鷲津です
本日,柳さんがかなり進めていただいたとのことを 伺いました.
差支えなければ,以前お伝えしておりましたように,明日28日の夕方頃に伺って良いでしょうか?
先生がお書き進められていることは良いのですが,
こちらのページに
http://hanaha-hannari.jp/aisatsu1.htm
まだ反映されていません.
そこまでの作業と,手順書を作りたいと思います.
私は明後日の月曜から水曜まで代々木で開催される学会で出張していますが,途中,いろいろ会合等ありますので,前日の明日に作業させていただけると大変助かります.
お疲れのところ大変すみませんが,宜しくお願い申し上げます.

* 鷲津君  今日柳君が  「新機と舊機との連繋」、そして、新機の「ひらかな打ち」を「可能」にして行って呉れました。 これに、よく慣れて行きたいと思います。
さて 私自身の「パソコンに寄せる最も大きな期待」は、かつては人も愕いてくれるほども可能で在った「ホームページ」の 「再建」です。
老齢を増すに従い、いずれ 『湖の本』刊行は 労作的に断念せざるを得ないでしょう。
その時、「読者ら」が「ぜひ存続を」と願って下さるのは、「ホームページ」機能を利しての、{作と文章}との{公開と、受発信」なのです。

その設定が 明夕着て頂けて可能になるようなら、 私ども老夫妻とも 實は日々「疲弊と困憊」を加えてはいますが、どうか鷲津君来駕を得まして、「ホームペ゜ージ」 の最も簡略な「顔」を再建設していただければ、嬉しいかぎりです。

ご都合のみ せめて早いめにもお知らせ下さい。 残念、遺憾にも、ほとほと、なにのお愛想 お構いもなりませんけれども。
けっして ご無理はなさいませんように。     秦 恒平
2023 5/27

* 夜前、よせばいいのに「浮腫みどめ」を服して寝たがさいご、ほぼ小一時間ごとに尿意に起こされ続けた、何度床を起ったか知れない、朝、正七時、みごとに体重が減っていた。
そんなことよりも 新旧のパソコンが連繋してまったく新環境を成している眼前ノ事実に感謝感動、柳君の好意と奮励に篤く感謝。
そして今夕には鷲津君がみえて、「ホームページ」を設定してくれると。なんたる幸せ、感謝に堪えない。吉祥寺住まいの柳君とは時折に接して来た東工大院を卒後の四半世紀だが、鷲尾君とはいらい初めての出会い。かれは私の「教授室」をいの一番に訪ね手呉れた学生君であった、が。幸せなヤツだなキミはと、しみじみ「やそしち歳」自身の顔を近くのちっちゃな鏡に眺める。マスクで隠しているが、歯は、左奥下に二本しか無く、モガモガとしか話せない。髪は、雪白、半分ほどは残って居る。

* 鷲津君が来てくれまして 見事に、ホームページが再開しました。バンザイ。
2023 5/28

* さてさて、昨日から鷲津君のおかげで、「ホームページが復旧」したらしく、つまりは此の「秦 恒平 私語の刻」が、そのまま世界中へ搬送/展開しているというコトらしい。逼塞していた間は、各巻『湖の本』後半部へ「文意・文面を正して」送り出していた。それが、日々原文のまま無際限に出て行くとなると、気配りが何倍にも増し必要になる。日々の書き放しをホームページから避け、このところの「湖の本」編集なりに「文意と分量」を調整しつつ「ホームページ」発信すべきか。
今日只今の現状だと、過去「超長大な日々の私語」が或いは「すべてそのまま公開」されている、ということ、らしい。是より、非の気味が気がかり。

* 書いている小説のためには機械クンとの「やっさもっさ」は、只の障害。取り組む順番を間違えてはならぬ。いま、疲労の極ヘトヘトの現状とどう向き合うか。今朝も五時半に目覚め十一時半まで六時間の後半を寝入っていた。午後も三時から五時、宵も、六時から七時半まで寝込んでいた。すこし熱気があるかどうか。油断はしていない気だが。

* 当座当面、手がけ片付け始末せねば済まぬ要は、無くしてある、書き継ぐべき創作のほかは。にも焦って心身疲弊せねば済まぬことは、機械の整備もなにとなし出来ていると感じるなら、なにも無いのだから、せいぜい読みたい本を読んで、疲れれば眠っていたらいいのだ。
2023 5/29

* 有難う存じます。馬場あき子さんに触れて、初対面この方の懐かしいお付き合いを書き留めたのが、何故か、機械から忽として紛失。機械クンもほとほと疲れているか。
鷲津クンからも「念を入れる」べく来駕のメールをもらったが、ほとほと、私だけで無く妻もこのところ弱って寝入りがち、機を新ためてと、辞退した。

* 鷲津・柳両君親切の設定が、アタマに入りきらぬまま、手にもち確かに触れ得ぬまま、今日、疲労困憊の底で藻掻いていた。鷲津君のもたらして呉れた新鋭の大機が、勿体なく私ゆえに立ち往生を強いられている、可哀想に。しかし、しかし出来ないド壺に陥ち、健康を害して寝込んだり病んだり入院したりしては、此処へ来て生涯を棒に振りかねない。「機械バカ」で所詮は終えるのがメデタイのかも。
2023 5/30

* 昔の学生君たちの「好意と設定」を、このボケた「やそしち」がうまく使えないままに使い潰し毀して行く按配。情けないが、半ば以上もアキラメ、出来ること、出来なくては困ること、つまりは「読み・書き・讀書」よりも大事な『創作と私語』だけが「出来れば良し」としよう、「ホームページ」のカッコいい運営など所詮はムリのようだ、と。
大きな「新しい機械」は、その気になれば、珍しい「景色」や「見もの」などたくさん内蔵しているのを、暇つぶしの安息に眺めてようと。
「新・旧」機械のカッコいい「連携など」に色気を遣ってないで、「書きかけの小説など」を書き進めるのを「一」に、と。ソレが私本来の「毎日」と。
と、まあ、機械クンらを「駆使」など、諦めて。
2023 5/31

* 鷲津クンのもたらし贈ってくれた「新機」が、「文藝/文章」の用よりも、広汎・宏大な「世界」の「視覚的な妙味」のゆえに私を惹きつけ始めている。楽しみが猛然と増している。「新・舊」機の間理連繋/連絡もわたくしなりのたどたどしい手順ながら、なんとか働いて見えかけている。私の、パソコン世界が多彩に色めいて働きかけている、のかも。「読み・書き・創作」は書き馴染んでいる「舊機」を頼み、「新機」には保存と好奇心の満足に遊戯感覚も交えて付き合ってもらう。
ホームページがどうなって、、どう動いているのか、實は私自身にも明晰には見えも理解も出来ていない。神戸住まいの鷲津君には「メール」で教わり、話し相手にもなって呉れる都下近隣の柳君には、ときおり顔を見せて貰えるとありがたい、妻にも私にも「疲労」の弱りの溜まっていないときに。病気を誘いかねない「疲労」クンや「疲労」サンの来訪は、「よく自身体調を見イ見イ」しつつ有難く嬉しく歓迎したい。
2023 6/2

* 大画面の「新機」、ややちいさい「舊機」抱き込んでいる内容は、容量は、想像を絶して大きい。是等和いちいち、機械を分けて作業するのは煩わしく、間違いも起こしかねないので、ともに「總保管」機械と祭り上げ、もう一つ「ポータブル」な機械を「創作」等の「原稿専用」にし、何処へ持ち運んでも電源さえ有れば「書ける」ようにしたい。さもないと「新・舊」の大きな機械のさまざまにめざましい内容や景観に誘われすぎてしまう。謂わばこっちは「機械の楽しみ」用とし、「ポータブル」を「創作・文筆」専用に仕様と思い決め「かけ」ている。そのココロヅモリで「用意」仕掛けている。

* 思うようにコトははかどらない。それが普通と心得、踏み出すべきは踏み出す。何が、どう進んだ実感も無く、ただ対処して。
2023 6/4

* パソコン「新・舊」両機の連繋やホームページのことなど、可か不可か半端か、発信しているのかどうかなど、まるで判らない。鷲津君や柳君の目になにかしら相応に映じているのかしらん。
2023 6/5

* 「日記・日誌・私記」の習慣の無い人には、「對話/会話」はあっても、書いて「私語」する時は少なかろう。「私語」は「独語」に類し、そこに当人の「知情意」が必然働く意味で、たんに断片的な「独語」を超えている。
しかし「私語」は必ずしも世間や他者の快く受け容れるものでなかったし、今日も明日も、世間や社会で「私語」は窘められる「悪役」に近い。教室で、会議で、集会で、「私語」は窘められる代表格、幼稚園でも国民学校・小学校、高校大学、会社勤めしても「私語」は、先生や上位者や管理者には嫌われた、ま、きらう理由は立ってもいた。だから「私語」材料が身内に溢れて「随感・随想」を愛して生きまた暮らす者は、「日記や日誌や感想文や詩歌創作」へ顔を向けてきた。
私は近年に至って、と謂うより「パソコンという機械」を使い始めたちょうど前世紀末、「東工大教授」を六十歳「定年で退官」の直後、東工大生の手引きや手ほどきで「ホームページ」を開いた頃から、固有名詞ないし看板としての『私語の刻』という「自在な述懐の機構」を機械の上に持ち始めた。
以来、私の『私語の刻』は厖大な量の「吾が、最大著作」と成り続けている。人によっては「秦恒平文業の最大の表現」と評され、かなり廣く受け容れられている。『秦恒平・湖(うみ)の本』現在まで「164巻」進行のすべてに「私語の刻」が活動しているのは観られての通りである。
2023 6/7

* 私・秦恒平の「ホームページ」は「何処に開いているのでしょうか」と、不審の問い合わせ、頻り。
實は、私にも判らない。東工大卒鷲津君、柳君の「苦辛」がどう活きて働いているのか、事実は、此の私の力不足、理解が、何処へも行き届かぬまま、事実上、設定が立ち枯れているらしい。両君の好意熱意と設定に、私自身が体力消耗で途中にヘバって、マイってしまったために、仕方なく半途に立ち往生しているのだと思う。困りました、が、私の至らなさであり、両君ゆえの現状ではありません。
秦の父は、今の私のいま年齢八七歳頃まで、京都市内で現職の「ラジオ・デンキ屋」さんだった。わたしには所詮は商売を継ぐ「電機」技術を理解もちからも無かったのだ、私はひたすらに「読む」人として成人し、秦の父は徹底して本など一冊も読まず、いつもラジオの腹を暴いては機械に触れていた。その点で、父の「もらひ子」恒平はツボにはまらなかった。
2023 6/7

* いまも「文壇」なんぞと謂うことばが活きているのだろうか、在ったはあったが、私は百に余る単著・共著の本も出しておいてから、東工大教授を定年で退いて以降「秦恒平・湖(うみ)の本」そして、「パソコン活用」の『私語の刻』という自由自在の著作姿勢で、文壇とは、ほぼ一切の縁を私の側から絶ってしまった。むやみと有った放送にも講演にも対談・座談にも出ず、「湖の本」は、もう数旬を経ず「第164巻」を刊行する。ほとんと近代の文学史に他例の無い仕事振りで多彩に著述を積んできた、まさかと嗤えるヒトはいないだろう。
私は、根が「編集・製作職」に着いて堅固な出版社勤めを15年積んでおいてから、専業の作家生活へ転じた。「作家・秦恒平」を「編集し製作する」術を先に手に入れておいて、「文壇」という煩わしい世間から離れた。離れてよかった。そんな私にはやめに目に留めていて呉れたのは惜しくも早く亡くなった江藤淳であったろう、彼の推薦とも知らず私は東京工業大学教授に招聘された。コンピュータを活用の執筆や創作という縁は、それなくて私には訪れなかったろう、間違いなく。
2023 6/8

〇 秦先生 CC. 鷲津様
やはりホームページへのアップロードが上手くいっていない様子ですね。
このメール「旧機で」書かれたのでしょうか、新機でしょうか。 (舊機です。秦)
どちらにしても、一つ一つ、やって行ければいいと思います。
多分、5段階くらいあります。

0) 旧機で文章を書き、旧機に保存されているファイルからコピペしてメールを送っている(現状)。
1) 旧機で文章を書いているけれど、ファイルは新機に保存されている。
(新パソコンライブラリというフォルダ内のファイルをいじっている)
2) 新機で旧機で書いたファイルを開けられる。
3) ホームページにアップロードするソフトを立ち上げられる。
4) ホームページにアップロードするソフトのaisatsuというファイルに文章をコピペし、
上書き保存することで、ホームページが更新される。
5) 新機でそのまま文章が書ける

といった感じでしょうか。
私が前回行った時に2まではマニュアルを作り、
先生にも実地で復習していただいた感じです。
鷲津さんが 3 以降のマニュアルを作ってくれた、というリレーでした。

先生の今の感覚はどこまで行っている、という印象でしょうか。
4 までやったつもりだが、ホームページが更新されてない?という感じですか? 柳

* ウーム。心神 ヘタばっていましたので、実感というのを持ち侘びてるんやなあ。
2023 6/9

〇 秦さん
ホームページ おめでとうございます
お見事です バンザイです
ありがとうございます
約45×110cmに拡大しみた金色の
「方丈」に最敬礼をしました
「方丈」から「東工大工学部教授室」まで
膨大な「私語の刻」でした
元気を頂いております
実は私もパソコンの本体の器械を変えてみた
ところでまだまごまごしております
コロナゆるめずにおります
元気を出して頑張ります  千葉   勝田e-old 拝

* 嬉しいお便りながら、私めは、自身の「ホームページ」に自覚して「行き合えた」ことが一度も無く、つまりは夢うつつのように機械に向き合うています、やれやれ。
2023 6/14

* 現に私用・使用の私の此のパソコン、「Windows7」と在る。これが、どれほど旧いか私は知らないが。また常用の「一太郎・承」は、「2012」と在る。つまり11年も昔からの骨董品らしい、が。だから、どうなのか、わたしには判らない。こう、字が打ち出せて文章を書き続けて来れたという事実にのみ依頼している。
2023 6/15

〇 お元気ですか、みづうみ。「疲労の池に浮かんでいる」中、「私語の刻」お送りいただき申しわけなく、ありがとうございました。「ご要望の儘に。」とは、秦恒平研究サイトを起ち上げについての質問にであれば、ご信頼いただいたことを光栄に思います、が、「私語の刻」ご送付のことのみでも嬉しく喜んで頂戴いたしました。 夏は、よる

* 私の「書いた」「語った」こと、つまりは「書くも語りもしていないこと」は、私のこの機械クンが確保し公開してくれている。そのかぎりに於いてどう論議なり活用なりされても、それは私がとかく言う事で無い。何かしら「建設的」であって欲しいとは願うモノの。
2023 6/17

* 機械、ただならず難調子。対応してのアタマ容易に働かない。
床に就いて,世みたいモノをただ読み耽る。秋聲の筆致と表現に感嘆。藤村は、同居して妻の伊自良の面倒を見てくれる姪節子から、「妊娠」を告げられる。『新生』最初に胸の凍る場面。秋聲が精緻にしかも何一つ野無駄も饒舌も無く語る人となら、藤村は胸に秘めつつ「こころ見ている」人。
「源氏物語」は『朝顔』に居て、段落段落の「かたりの妙」を賞嘆、五行十行、それだけで「文藝の冴え」というしかない表現力。
『参考源平盛衰記』はいよいよ「頼朝起つ」の多彩な証言。流さずに多く多彩に語り聴かせて呉れる妙に惹かれつづける。
『水滸伝』『聊齊志異』の講釋・落語にかよう軽妙の「場面」の積み上げ。
2023 6/20

* 機械の不安絶えない。
『秦恒平 湖(うみ)の本』の今後の続刊を近々にもどこかで(170巻あたりで)収束し、あとは「機械」の安定・確実な「ホームページ」『作家・秦恒平の文學と生活』で黄海を継続できればと願懸けている、が、不幸にして「ホームページ」の精確な建設が、いや『再建』が、東工大卒有志の好意と応援にかかわらず、確かとまだ起ち上がらない。この「難所」を何としても無事通過しないでは、「先途」が望めない。ぜひにも妙案が得たいところ。
い゛んのホームページ組み立ての何か記録らしきが在る気もしている。晴々と誇らかな『ホームページの顔』をしていたが。「顔」はもういい、実質『私語の刻』により「文學とせいかつ」とを発信しつづけたい。知恵がほしい。
2023 6/21

* 「食べては、いる」気でいるが。此の雨気り重たさをやせ細った全身に被っている。誰しものことと、諦めて耐えている。たえる術は「読み・書き・讀書と仕事」に変わりない。願わくは私の此の「きかい・ばか」が幾らかでも改良されたいのだが、アキマヘンなあ。「ラジオ・電機屋のセガレ」で育ち、「国立東京工業大学教授」を定年退官していながら、「ホームページ」建設はおろか、勘弁にパソコンも日々難渋してまちもに扱えない。情けない。
2023 6/21

◎ 下記文言の提案を受けたが、これは、決して受け容れない。秦

〇 みづうみ(=作家・秦恒平)は書くだけ、(ホームページ等々への=)更新は あ    けぼの(=山田あけみ)含めた誰かに託すという体制をお考えいただきたいと思    います。  あけぼの
◎ 上記の提案ないし要請は、ゼッタイに 断ります。 ノー です。
作家は「書く」だけでなく「発表・公開」にも「私事」たる権利と責任とを、持ち且  つ持たねばならないので。  秦 恒平

* 何となく目覚め、そのまま起きてしまった。「湖の本 165」二日目の発送に。
あれやこれやとイライラ悩ましくしないで、「機械クン」の『現状』」に逆らわぬように、ようにと附いて行く。
2023 6/24

* 朝記事を書いたはずなのに消え失せている。
2023 6/26

* 前日,昼食過ぎから、寝に寝入り続けて今朝にも。
今朝の目覚めすぐに書いた「私語」のいろいろも、ワケ判らず消え失せている。

* いま、昼食後の12時40分。何をしに生きているやらと、頼りない。
2023 6/27

* で、今、機械仕事の上で、何が、何処が、モンダイか。モンダイ無しと居直っていけないか、構わないか。「私語の刻」レベルで悩ましがるコトは無いとしよう。「創作の文章」こそが要用心。それへ精神を集めるべし。

* 「舊機」記載の今朝書きの文が、教わっている手順で「新機」へ送ったら、精確に転写されている。「新・舊」機の連繋は、成っているかと観られる、有難し。想った以上に連繋している、らしい。
2023 6/28

* まこと新しい大きいパソコンには,信じられないほど多彩無数のめずらかな中身が隠れている。たまたま拾い観ているだけで多くの時間を喪う。しかし、ビックリ・ポンと面白くもある。
しかし、機械の場面が勝手次第に出没して、はなはだ行儀が悪いのにも困惑する。
2023 6/28

〇 秦先生  7月10日頃とのお話いただきましたが、今週末は都合がつきませんので、
来週末、7月15日でいかがでしょうか。そうすれば、〇くんも顔を見せることが出来そうです。
作業的には、
再度、マニュアルを作って、私が実演し、
先生に実地訓練をしていただく、という流れかと思っており、
長時間を要するとは思っておりませんが、
先日うかがった時のように、
思ってもいないことがPCで起こっているかもしれませんので、多少の時間は必要と考えています。
7月15日で都合の悪い時間はありますでしょうか。 櫻

* 夏には幼少來強いつもりでしたが、
老耄 暑濕 疲労疲弊に困憊し、半ば寝込んでいます。予約の医科通いが辛くなりました。夫婦してフウフウ、気が滅入らぬようにと心して日々を過ごしています。したい、読みたい「仕事」と「讀書」とを「くすり」に 日々服している按配です。
わずか一週間先の しっかりした約束も、しづらいほど、メゲています。
幸い、「舊機」での「読み書きとメール」とは出来ていて、この「舊機からホームページ発信」さえ出来ればと、ダケ を、熱く念願しています。
よくは判りませんが、「新機」とは「連繋」しているようにも思います、が、私の今のアタマでは、「新機」は一応切り離しています。「文章を書く」それだけの私の仕事。複雑な機械作業は無用のわたくし。文章が滞りなく「書けて」「舊機から」「ホームページ発信」さえ出来れば、有難いのです。読者に「届け」て「読んで貰える文藝」の作家なので、ただ「簡明にそれ」を希望しています、が、私の自力では、その爲の「ホームページ設営」が不可能なのが情けなく遺憾です。
「新機」の方は、ただ宏大な機械世界の機能を、好きに楽しむだけにします、「舊機」では、「書き・読み仕事」が広範囲へ「発信」出来れば良しと。
心労・疲労で健康の腐蝕して行くのを、今、只恐れ、警戒しています。
櫻君も、折角、どうぞ日々大切に元気でいて下さい。ありがとう。ありがとう。 秦
2023 7/6

〇 秦先生 暑いですね。昼間は外に出ると、熱波にやられてしまいますので、
通院もお気を付けください。

> 幸い、「舊機」での「読み書きとメール」とは出来ていて、この「舊機」から「ホームページ発信」さえ出来ればと、ダケ を、熱く念願しています。
> お疲れのところ、言いづらいですが、、、「ホームページ発信」『ダケ』は<
「舊機」からでは不可能です。
この数年、ホームページの更新が出来なかったのは、「舊機」の内蔵しているソフトではインターネットにつながらないからです。
インターネットは、悪質なハッカーがいろいろと悪さをするので、セキュリティを高めるために、ソフトを常に更新しているからです。
そのために、鷲津さんが新機を導入しました。
新機と舊機は基本的には変わりません。
気力さえあれば、同様に使えるようになってます。
ですが、「新機」を最高レベルで活用する必要もありません。ただただ、「ホームページ発信の機械」と考えていただければと思います。
ある意味、ファックスみたいなものです。
その辺を、15日にうかがう時にお話させてください。
追加して、毎週私がご自宅にうかがって、
30分程度の作業としてホームページ発信する、ということも可能とは思っていますので、検討していきましょう。
それは、以前ご提案した卒業生チームで、「ホームページ更新だけ」お手伝いしますよ、とご提案したことと同じになりますが、あの時は、まだ新機・旧機のトライ前でしたから、状況は変化しており、再度考えても良い内容かと思います。

* 深甚の好意を寄せてもらい、感激/感謝に堪えない。思案を重ねたい。一つには、私にもう「残年」乏しく、健康な若い人たちを迎え入れてお付き合いできる「体力・健康」にも切実に「不安」があるので。現に今日も、曾て体験しない「熱中症」にも負けている。
2023 7/7

* 「小説を書く」「創作に類する文章を書く」微妙さ、容易に判って貰えていない。他の人のことは謂わない、謂えない、が、私に限っていえばその「作・文章」をもう「これまで」と手放す直前まで、何ら極端で無く「句読点」や、「…」「・」「ー」「!」等々にまでまだ決定を慮るのは常のこと。それらのただの一つを容れたり省いたりで「變化」する「何か」を、作家は、私は、いつもしみじみ「実感」している。あらかた書いておけば、アトの「公表や発信」は機械的に人手に委ねるなどということは、ゼッタイにあり得ない。手放す最期の最後の微妙に目を瞑り、人頼み、人任せで「発表・発信」したりは、決してしない・出来ない。作家/文章家の他の誰もが、などとは云わない。「私は」そうである、と謂うこと。
2023 7/8

〇 秦先生 メール配信の不具合か、本メールを今日受信しました。(もしかすると、私が見逃がしていたかもしれません)
七夕の日に熱中症とは、 星に思いをといった情熱的な熱を感じることなら雰囲気良いですが、ただただ暑い、というのは本当に気をつけなければなりません。指がじんじん鳴るというのは、重い熱中症(水分不足)かと思われますから、水分補給をこまめに行ってください。
さて、15日の件、了解しました。私の予定表から「省き」ましょう。
ただ、度々お伝えしておりますが、拙宅は秦先生の家から15分の、それこそスープの冷めない距離ですから、秦先生の調子を確認することも兼ねて、電話でご連絡差し上げようかな、とも考えます。私個人は 週末はそれほど忙しい身ではありません。(なら、博士論文書けと言われそうですが) 先週末に庭の葡萄の手入れを終えましたので、今週末は時間が出来ましたし。

先生が自分で「読者へ手渡す」ことに責任一貫持ち、それが「湖の本」として続いてきたことは、私が先生に出会った1992年「冬祭り 全三巻」を発行していた先生56歳の頃から、私自身、理解しているつもりです。また、

「残年」も「体力・余力」ももう少ないと自覚しています。
もう、いつ「終える」か知れません。
だからこそ、自身で、責任をもって努めたいのです。」

と、いう気概も理解しているつもりです。
ただ、それが「「発信」「公開」は他に委ねるという道は行きません。」には直結しない、と考えています。
なぜなら、先生が著作を刊行されていたのは、編集者がおり、発行者がいる、出版という社会でのことでしたし、先生自身、医学書院時代はその編集者であった訳です。
先生は、自身著作のすべてをコントロールしていたとは思いますが、周辺に人が介在していなかったわけではない、と考えます。
(ホームページにも スキャン後未校正のものが多くあります)
ウェブの更新を待っている人がいます。

わずらわしい元学生だな、と思われるかと思いますが、
1991年10月56歳で東工大に着任した秦先生の年齢に あと4年と近づいてきた私が 私なりに大事に人間関係をしてきた その「最も大事な関係の一つ」である秦先生の残年も少ない今に対して、一期一会で向き合いたい、と考えていることも、ご理解いただければ、と思います。
教授室で先生から
「きら星のような太宰賞選考委員の皆さんも含め、私は人間関係は大切にしてきましたよ」と言われたこと、 とても強く憶えております。そういった言葉が私の血肉になっていると再認識することが多くあります。
「お仕着せ(=押し着せ)みたいですみません。
が、それは人間関係を大事にしていることになりませんよ、と、また云われてしまうかもしれませんね。
よろしくお願いします。  櫻

* 感謝 感謝 ありがとう  深切の実意 親身の言葉と胸に響いて入ります。 秦

* 「編集者」という他人手を介さないといわゆる「出版」という関所は、むかし、おそらく今も、通れなかった。確かに私自身関所を守る「代官」であり、また時機を越えては自身「義経」であった。然様の編集者介在の「出版」であれ、今日のようにパソコンでの自身「発信」の創作や著作であれ、「手渡し」また自身「発信」ギリギリの間際まで、著者は(誰元など広げはしませんが)、私は、「句読点」の一つにさえ、「ウツ・トル」「何処・此処・其処」の仕上げに「腐心・執着・苦慮」するのです、(たとえ後日に校正という機械があると判っていても、です。)
むかし原稿用紙で脱稿の時代の私の「原稿」の蜘蛛の巣の乱れのような「手入れ」の凄みは、一つには「嗤い草」ですら有ったでしょうが、「私」という作者・著者には原稿は呼吸遣い微妙な生きもので、よく活かせるのうりをくこそが「才能」と心得ていました、だから、今も最期の最後まで自身の文章・創作に執着して「、」「。」の位置や数にも気を遣うのです。「ソコ、の、トコロ」は安易に人任せし難いのです。一種の「アホウ」なんです、が。最後の「発信」まで自身納得の作業が出来る(らしい)『ホームベージ発信』に私がしつこく願いを託するのは、それ故です。
いつも 櫻くんに逢いたい、話したい、昔のように歓談したいと願ってます。金曜の治療の日ガ「無事」に通過できて、週末に顔が観られればとは,今も思っています。もとより家内の健康もとても無視できない「老耄夫婦」なんですが。   秦
2023 7/12

〇 秦先生  先日は、窓からのご対応ありがとうございました。
〇くんも、安心しておりました。彼は根が明るいので、お会いできて純粋に喜んでましたが、、、私は、ここ数か月「押しかけ」をしているので、お二方の体調にも少しは気づけるようになってきたようで、多少、心配しております。
奥様も暑い中、玄関先まで出て来ていただいて、申し訳ありません。
奥様、少しやせられたのではないか、と心配になりました。お体、十分にお気を付けください。

下記の「私語の刻」、より推敲をした上で、「ホームページ発信」しませんか。
先生が、メール送信するまでに十分に推敲していただき、私の方で、アップするということでも、また、先生が先日言われていたような
「今も最期の最後まで自身の文章・創作に執着して 「、」「。」の位置や数にも気を遣うのです。「ソコ、の、トコロ」は安易に人任せし難いのです。」を、実行できると思いますがいかがでしょう。ホームページに上げてから最終確認していただくことも出来ます。

さて、以下 の先生の 読みものへの考え方、及び漫画に対する考え方は、
面白いなぁ、と思いました。
私の兄は漫画はほぼ読みません。小説や現代詩を好んでいます。妻も漫画を読むくらいなら、文字を読みたい、と言っておりますし、息子:**も漫画を読むなら、本を読みたいと言っています。
私と娘:**は漫画好きなのです。娘は断言はしていないですが、デザイナーになりたいようです。娘は、文字が読めない頃から漫画を「見て」ストーリーを想像するのを実行していました。
多分、息子の方は そういうものは苦手です。彼は「わかる」ことが好きだからです。
「いい大人が漫画なぞを」と言われそうで、後ろめたさがありますが、多分、私は漫画で人を理解する術の一部を身に着けたかもしれないな、と思いました。
漫画でのキャラクターの表情や、仕草などは、それをどう表現するかといった作者の意図が現れます。多分、娘はそういうことを読み取っているようです。

想い=言葉を絵で表現するのは、
そこに何らかのフィルターや技法がからんでくるので、
文字が得意な方は、そこが許せないのではという気もします。
ただ、それがモノで表現する芸術の逃げられない道程であるし、面白いところかとも思います。
「言葉と物は一対一対応するはずがない。それがあたかも一対一対応しているかのように見せられる芸術家(建築家)が一流の建築家である、と考える」
と、学生時代、建築史研究の藤岡洋保先生がおしゃってました。
また古い話です。
ホームページへの発信の件、再度、ご検討お願いします。 櫻

* 学生くんだった櫻君も、満たされ充たされ確かな大人を、日々に生き進んでいる、と謂うことです。

* 「ホームページ」に関しては、「私自身が、私自身だけの手と理解とで発信できる、私自身のホームページ」を熱望・切望しているが、私の無技術ではゼッタイに叶わない。的確な技術背専門家を求めて依頼するしかないようだが、恰好のそんな深切で親切な技術者に、出逢えない。
以前には 實に有難い私専用のホームページを、目の前で文字通りにチャカチャカと創り上げてくれた東工大現役の院一年生の目の前での「早業」はすばらしかった
、が、以来四半世紀、尋ね当てることも出来ないのが現実。
私の現の機械にはあのときに「彼」が設計してくれた「秦恒平のホームページ」「案」とも「構式」とも謂えそうな「めざましい」記録が保存されている、が、私にはそれを活かす・理解する術が無い。
2023 7/22

* :今朝も、五時の前にひそと起きて、二階の機械へ来た。為す「仕事」はつぎつぎに在る。視力も脳力も日ごとに摩滅して行くのだ、未練は未練、なんとか追い抜かれたくない。

* 心して書き継いでいた相当量の文章が、瞬時に失せた。やれやれ。

* もう残年わずかと思っているので、追憶の昔へ自身の思いと筆とを放ちやるのを意識して許している。俗物が無慚無残の「遊戯(ゆげ)」と嗤ってもらえばいい。
2023 7/24

* 機械の前へ、よりも横になろう、なりたいと思う方が久手、惹き込まれる。井江は冷房していて、暑さにバテテいるというより、要は心神身体が疲弊しているのだ。
それでも、とにかくも毎日、毎時に斯様「私語の刻」が書けて記録できているという、それだけに満足しよう。機械あらば後日に『湖の本』に「編輯」して毎度のように全国の読者へ「呈上」すればよい。
いま私の知りたいのは、今、また今日、「こう書き置いている文章や述懐」を、即、今にも、今日にも、機械的に「読み取れている」人等も居るのかしら、そうは出来るもので無いのか。私は常に「書いて・保存」しているが、ひろく外界へ「発信」している気は無いのだが。
2023 7/26

〇 秦先生 Cc: 櫻様  鷲津です いかがお過ごしでしょうか.
考えてみますと,「87の手習」と書いてみると、ギョっといたします.
が,(このところ一連断続=)今回の「作業」は,これまで構築された方法に,「一手間加える」だけですので,手習というほど新しいことではないかと思います.
これまでの環境で書かれたファイルを 外のインターネットに出すために,(安全のため)一手間必要,ということです.時間にすると,30分から1時間,櫻さんに聞いていただくだけです.私の作業部分である,
セッティングはもう終わっています.
いやいや,87歳になられたからといって,ああそうですかと諦めてはいけないと思った次第であります.
もちろん,急にとは申しませんが,既に準備ができていること,30分から1時間のアドバイスで可能であること,お心のどこかに置いていただけますと幸いです.
引き続き,よろしくお願いいたします. 鷹津  神戸

* 遺憾にも、残年にも、戴く御厚意は嬉しいが、私に、謂われている「事態」の理解が出来ていないのです。
2023 7/26

* 入稿原稿つ゜くり午後からこの十時過ぎまで、懸命に取り組めば酌むほど機械に翻弄されて、混乱の極みに得王師左オウしてなお精確に出来たという堪忍を機械は呉れていない。機械のせいでなく、私の老耄のゆえであろう、此の仕事ももう打ち上げ時を強いられているのか、も。今夜はもう寝るとする。楽観出来ないが悲観しても始まるハナシでない。
2023 8/8

〇 嬉しい事
迪子さまから荷物が届いたとの通知のお知らせを読みましたあと、スマホで暑さを紛らわしていましたら、
Googleに、なんと「方丈」の二文字が浮かび上がってきました。
5月31日以前の毎日の「私語の刻」を読ませて「いただける」のです。「ずーっと遡れる」のです。夢中になつて。
なんと膨大な量でしょう!
迪子さんのお誕生日(四月)迄も。まだ、その以前へも遡れるようです。
パソコンでは、5月の連休で(東工大卒の)元学生さんが復活させてくださったと。その折には二、三は読めたのですが。迷子にしてしまい、その後、またまた読めなくなってしまったので、寂しかったのですが。
スマホに隠れていたとは?
パソコン、スマホと、かくれんぼ遊び[?] またこの先を見つけ無くては。
いつまでも続きそうな、世界的暑さ、くれぐれもご無理ないようにお過ごしください。  晴美

* サーテ。これがまた 私には何が何やら様子が理解出来なくて
2023 8/12

* たくさん書いたたのに、混乱して消え失せた。疲れ果てている。

* 愉快か。愉快なものか。不快か。不快。何が。判らん。

* 『左道變』を読み返す一日で終えた。心神結滞。モノもコトも見えない。
2023 8/19

〇 秦先生  鷲津です  (=東工大院卒)
(24日にf伺えますがという来信への=)お返事ありがとうございます.
教え子としても,先生に最もしていただきたいことは {新作}を書かれることですので,是非お願いいたします.
お体だけは十分お気をつけください.
また,私としても(=機械機能の調整等)心残りですし,1時間ほどのやりとりでネットにアップロードすることが可能になりますので,
また 時々「○○日は伺えます,」ということを申し上げるかと思いますが,
よほどお気軽に受け止めていただけたらと思います.
まだまだ暑い日が続きますので ご自愛ください.
引き続き,宜しくお願い申し上げます.  神戸より

* 嬉しい励みの来信は、こうして「遠い他所からいつも親切に」届く。感謝。
2023 8/20

* 起き明けに二階廊下の窓から、真東の遙かに、それは美しい「東雲の空」を眺め得た。至福の無堺で会った。感動の儘を書いた記事が、例の機械のまぐれに消え失せたとは、惜しい。

*『宗遠日乗』を、簡明にその日その日の独り私的な日録とし、「私語の刻」としての「公開意図を薄める」。私の機械操作の鈍磨は甚だしくなる一方、「私語公開」の「限界」がきている。「私のココロオボエ・メモ」の程度の日録に抑え、「思いのたけ」の「私語」は私の『日常行為』から外す。そのつもりで、日々を送り迎える。
2023 8/22

* 此の機械(久しく遣い慣れた舊機)いつ頓挫し世離れてしまうか知れない。拝むように頼んで働いて貰っているが、「新機」はベラボーにややこしく、もう一台は、今の視力には機械自体が余りに小さい。八十七歳が最新鋭のパソコンを宥め労り労りし、機械は老いて乏しい脳味噌を「舐め」たがる。
2023 8/28

* ホームページの復旧を望まれ、私も望んでいる、が、私の機械操作では何ともしようが無い、情けない。深切な助け手を待つしか無い。
2023 9/11

* 機械の按配、はなはだ剣呑、もう、今晩は触れるまい。
2023 9/14

* 気が腐っていたので、処方の利尿薬は避け、常は避けている催眠の「リーゼ」を服して、それでも独り「零時過ぎ」てもキッチンで酒を飲みテレビの国際ニュースなど聴いてから、床に就いた。幸い手洗いへ起ったのは、一度。夜中にも要心のビタミンなど補強して、目ざめたのが曉暗の四時。猫「マ・ア」達の朝のトイレ用足し を脇で見、仏壇の秦の両親や亡き孫「やす香」そして我が家に歴代の愛猫たち「身内」らと静かに「話し合うて」から、此の二階へ来た。
「マ・ア」に削り鰹を遣り、私も一口含んでおいて、機械を開けた。
毀れたままの「ホームページ」が、結局東工大卒業生らの親切も行き届かぬまま、まだ復活できていない。それは大勢さんから「復旧か新設」を まま「懇願」され続けて居るの…だが。私には不可能。私も、「東工大の先生」時期から四半世紀が通過して来て、耄碌のすすむまま、所詮私にはもう「専用のホームページ」は「絶望」であるかの気配。
2023 9/17

* 夜前、日付の変わる少し前から独りキチンに入りテレビを見た。ふしぎと此の時間帯に好い映像が見受けられるから、ワールドニュースのついでに暫くめずらかな絵など見るのである。昨夜は潜入司祭や隠れキリシタンらの物語られて行く珍しい映像に、京都新聞連載『親指のマリア= シドッチ神父と新井白石』を書いた昔を懐かしみもした。「大きな仕事になりましたね」とわざわざ褒めて貰った大岡信さんも、もう亡くなって久しい。一律に着物を着せられ、折りごとにに「踏み絵」を強いられる棄教司祭等のそれぞれの最期など観てとれて、ああ書いた、みんな書いたなと感慨を強いられた。今朝のは、だれだったかの小説『沈黙』の映像化であったのかも。『シドッチと白石』、読み直したくなった。が、私自身の「選集」全三十三巻をみな読み返すとなると大変な精力と時間が要る。まだ死ねんなあと思う。

* わがパソコン機械環境の「ガタピシ」が日々に加わってくる。これはもう私の所詮手に負えず、もう久しい「機械での、読み・書き・私語と創作」は、やむなく遠からず挫折の懼れに摑まれている。もうやがての師走「冬至」には「八十八(やそはち)爺」になる、私。処置も無く唸り呻くばかり。 早朝・五時半

* 書き下ろし中の長編「蛇行(だこう) 或る左道變」の蛇行具合を大づかみに「点検」していた。書くべきには、相当にもう触れていて、その進み具合をアタマに入れてフクザツ・カイキな物語を力業で結んで行かねばならない。見えているようで、いやいや、容易でない。
2023 9/30

* 各種に 膨大量の「記事」を収納の私の「機械」なので、慎重に「輻輳の交通整理」が必要かつ重要な「仕事」になる。これを手抜きすると、莫大量が手に負えない操觚入りに成ってしまう。
2023 10/15

* 定期の受診に保谷厚生病院へ、妻と。早起きして、混雑しかねない機械の内蔵を「腑分け」のように整理していた。わたくの機械デスクトップには22もの「要事」マークが働いている。おおよそは納得し私用し使用しているのだから、時には呆れる。
2023 10/16

* 病院の永い待ち時間をりして耽読していた『参考源平盛衰記』での高倉天皇と小督局との戀物語などにもふれて、懐かしい極みの京都「清閑寺陵」の思い出も書いたのに、消え失せていた。機械のご機嫌はとかく荒れ模様で恐縮する。』
2023 10/16

* ごちゃごちゃと輻輳したり混雑・悶着していた機械の「日録」面を整えるのに、朝から大苦労した。
2023 10/17

* 寝入るという休息を差し挟みはさみの仕事の組み入れに成ってるのは、むしろ当然の体力と気力との調整、怠けているのではない、明日も又。メールの往来は減っていて、世間の声は、機械に表れる世界や国内の諸報道に頼んでいる。もう何十年も視力をも庇って「新聞」は読まない、見ない。
2023 10/17

* サンザンのテイタラク。自身で整理収容してあるはずの自作を機械から探し出すことも出来ず、夕食後の数時間の体力・意欲を空費・浪費して果たせず、明日に期するしかない。老耄、まさにホンモノに成ってきたか。負けてしまってはならぬ。休む。それも道の一つか。
2023 10/18

* 諸要での上京、今日午後になら立ち寄り、機械の調整と、「新機」への新設定もできますがと、関西からの、懐かしや、鷲津君(東工大院卒)の親切にあまえた。
2023 10/19

* 鷲津くんに依れば、この「舊機」で書かれる「私語」「日録」とうは、それを「新機」に送り入れることで「『新機」から「ホームページ発信」出来ている、のだと。その現実・事実が速やかに私に理会的納得できるのを切に願う。
2023 10/21

* 此の、従來の「舊機」クンに書いている「私語」「日録」が、在る手順を踏めば「新機」へ送られていることを確か目得た。確認という自信にまで成れば、「新機」は「ホームページ」機能を備えていると謂うから、或いは誰方にも看て取れるのかも。そこの確認、確信はまだ得ていないが、ジリと前へ出た気持ち。確かめて戴けた方、お知らせ下されば有難く。

* 機械との馴れ合い不調で、莫大に時間と手間を無駄に。老耄とは、斯かることか。
2023 10/22

* 正直なところ、この機械(舊と新とのパソコン二機)をどう運用できるのか、頭痛がしてきた。
2023 10/22

〇 「方丈」復活 秦さんへ
ホームページ記事が「五月」につながり お喜び申し上げます 夢のようです
ご援助戴いた方々に 厚く厚く感謝の気持ちでいっぱいです
秦さん 本当に良かったですね
お月さまいくつ十三七つ  千葉 勝田拝

* 「まだ トシゃ 若いな」  いついつまでもお元気でと心よりお頼み申します。

* とは云え パソコンノ危険は不安定、私の技術は不出来そのもの、困惑の連鎖を繰るように、要ははや手当たり次第、機械仕事になってない。
2023 10/24

* やすやすとたちどころにとは行かなかったが、すこしく触っている内に、この「私語の刻」今朝の記事がそのまま「新機」同じ画面へ転写されていて呉れた。これだけでも当面の成績と受け容れておき、緊急の「要事」の方へ姿勢を向ける。
2023 10/26

* 早起きの甲斐なく、機械の諸内容に信じられない乱脈が生じていて、ただ途方に暮れ、めったやたら検索し検討していて、何がなにやら、朝早起きの時間をムダに空費して八時前。バカみたい。
2023 10/27

* どんなしくじりとも悟れぬまま、書いた文章を失ってしまう落胆に、何度、何十度 歎くことか。
疲労困憊のママ 落ち着き無く京を過ごしてしまう。シッカリしろよと𠮟りたい。
2023 11/8

〇 秦先生
先日、新刊の「湖の本 165」が届きました
いつもありがとうございます
最近、色々と考えることがあり、ちょうど先生にメールをお出ししようとしていたので、受領のお礼も兼ねて、“挨拶”をさせて頂ければと思います。 ・
・と書き始めたのですが、 少々長文になってしまいましたので、別途ワードファイルに移して添付にてお送り致します。もし、ファイルの中身が見られない等ございましたその旨お知らせください。
それでは、引き続き見守っていて頂けると嬉しいです。
お体にお気をつけてお過ごしください。 宏司 東工大院卒  国交省

* 残念。読み取り出す術が、判らない。
2023 11/8

* 機械が混乱しているのではない、私の頭脳が混乱と無理解とを極めて 時間を大量にムダにしてしまっている。
ダメだ、こりゃ。ガックリ首が前へ落ちている。
2023 11/10

* 夢をだみたでなく、ボカッと目が覚めた‥二時ではあんまり早いが、起きて二階へきた。睡くなればまた寝に降りるか。四時四十五分、この間の機械での模索は悉く実り無く私の今の「無能力」を露呈のみ。呆れる術も無い。
一つには、此の機械が旺盛に喰い溜めたもののあまりの莫大にも手を焼いている。どうすりゃいいのさ、この、わたし。

* 何とも判別のつかない茫然とした機械作業に時間をとられて居た。どうすりゃいいのさ、この、わたし。
* わけもなく、と謂うしかないが、ガクッと心身が崩れている。気の弱り、弱気、臆病が取り憑いている按配。寝入るか、吸い込まれるほとの本を読むか。「独り」を懸命にイヤがっている自分を感じる。妻とだけの世界。朝日子も建日子もみゆ希もいない。感覚できない。メールも来ない。       寝入るのが賢明と思われる。いま、心惹かれているのは『浄土三部経』か。寝入るのが賢いと思う。
2023 11/18

* 此の日録の「私語」を、そーっと遡ってみて文量亮の莫大に我ながらおそろしくなった。

* 昨日の初校出から、打ち込んで巻頭の長編作校正に緊張ししゆうちゅうして、まだ半途。まさに題の文字どおりに『蛇行』を極めている。こういう書き方を一度はしてみたかった。
おそらく天体もそれぞに「蛇行」していよう、人の世の暮らしも「蛇行」のまま頚をもたげることも、そのまま果ててゆくのも「在る」はず。一直線も、まるく閉じても仕舞うまい。と思いつつ機械クンの機嫌を損ねたか、「初校も混乱停頓、やれやれ。

◎  来年正月には、「大きな出来ごと」が現実化すると見ていますが、囚われなく、「成るように成るを成し遂げたい」だけ。誰も、私から「私」は取り上げられないでしょう。
「湖の本」は刊行し続けるに「私自身の問題は何も無い」が、現在「扱いの業者」での「発送」が「不可能」になると、既に判っています。「発送」できない「本」を莫大に制作してたら、家が潰れますしね。「湖の本」は造れても、もう、読者に届けられなくなります。
いよいよ、納得のいく「ホームページ」を「確立」ないしはそれも「断念」かと。とても「自力」では出来ないので。
どうも、今今 此の私に「発信可能・実行のホームページ」なるモノが在るやら無いやら、私にいかにも自信の持てていない状況です。
「私語の刻」など「機械で読めてますよ」という人もいるようですが、なんとも 現状もワケも判レズにいます。
好きな「松葉」の鰊蕎麦が自分独りの手で無事「食べられるか」は、判りませんが、「食べられないワケ」は無かろと思ってます。。
とにかく、怪我無く 達者に そして意欲的に元気でいて下され。  鴉 カア

* 携帯電話を買って貰ってながら、「機械バカ」で、よう、遣えないままいますよ。
妻の入院手術をまぢかに控え、猫がふたり、私独り の留守くらしを 手さぐりで数日後から始めます。この「クソ(九十)爺」にまぢかい老境にも、あれこれと初体験が有るものです。 自転車も、もう危ないと、昨日、近くの病院までも乗り切れなくて、諦めました。
それでも、「めちゃに蛇行する新作の長い小説」を いま「初校」していますし、新たにも書き継ごうとしています。
寿命と仕事と、追っかけ合いです。ケケケ。
鳶さんや  元気に怪我無く お過ごしあれや。 鴉カア
2023 11/23

* しかと点検確認して「原稿」としての所在や記述の記憶も一度。確認した覚え明旅なのに、それがどう捜しても、機械から見つけられないとは、コリャ、どうじゃ。くるったか、能登機は死んでもいたのか。呆れて、なにもかもイヤになりそう。それは困るのだ。

* 「失せた」かと困惑の機械内小説原稿、見つからない。困惑、困惑、唸るしか無いとは。
2023 11/25

* 目下の「湖の本 166」初校ゲラに壽湯養家書の脱落が確認できていて、何んな一升であるかの確認も出来ているが、その本分が機械でも見つけられてないが、少なくも一度は発見し無いようも確認しているのだから、懸命に捜すのが先決。機械上に幾つもの本文原稿を保存しつつ仕事してきたのが、混乱のもとか。今朝の一の仕事目当ては、ソレになる。
2023 11/26

* 朝早から機械クンに翻弄むしろ嘲弄され続けて二時間を「機械的」に右往左往。情けない。
2023 11/27

* 頚が、けわしく痛む。 コンピュータとの付き合い姿勢が長時間に過ぎているのだ。
2023 11/27

〇 お元気ですか、みづうみ。

迪子さま、どうかどうか手術が無事にすみますよう、お元気に退院なさいますように。
みづうみを創っているのはお仕事ですので、少しでもお気持ちがそちらに向かいますように、「仕事関係」のお話させてください。みづうみは以前次のように書いていらっしゃいました。

* 潤一郎の『きのふけふ』を書庫にしまい込むのが勿体なくて、またあちこち読み返していた。「秦さんなら、任せます」と亡くなった榮夫さんにも恵美子夫人にもゆるしてもらっているので、一部を、「e-文藝館=湖(umi)」にぜひ戴こうと思うが、そして他にもいろんな方の作を戴きたいと機械の傍に候補作が沢山積んであるのだが、スキャンがなかなか出来ないでいる。「e-文藝館=湖(umi)」の名義と実務とを、わたしと一緒に効果的に「責任」編輯・「共同」管理して下さる人がないかなあと願っている。特色有る、内容の濃い電子文藝館にますます育って行くと思う、現に大きな大系をもう持っている。
2010 3・15 102
力不足と僭越は百も承知で、「e-文藝館=湖(umi)」の管理のお手伝いをさせていただけないでしょうか。適正なメンテナンスをしていないと、この貴重なデジタルライブラリーが電子空間に凍りついたままになってしまうのが、あまりに大きな文化的な損失だと憂いていました。何も出来ずに過ごしてきましたが、私が管理のお手伝いをしようという決心がつきました。

私の筆名で、「秦恒平文学研究サイトを開設」しようと計画しておりましたので、その中に「e-文藝館=湖(umi)」を収納し再現することが「可能」ではないかと考えました。機械いじりはみづうみより苦手ですが、苦手ゆえに自力でサイトの起ち上げも維持も考えません。百パーセントプロの手を借り、それに伴う費用も惜しみません。内容についてはみづうみのサイト内のものを一字一句変えずに、字の大きさ、背景などもそのままにして、秦恒平の創設したデジタルライブラリーを再現します。みづうみのホームページ以外にも、秦恒平のデジタル文学資料がネット空間に存在することを目指します。

もしみづうみがお望みなら、みづうみがお選びになりながら掲載出来なかった作品を取り込みます。
また、秦恒平についてのすぐれた著書、論文などの部屋も設け、そちらについては「山瀬ひとみ」の選択で、著作者の許可のあるものを掲載できればなどと、まあ妄想の段階ではありますが、色々と考えています。

現在のホームページの管理は「私語の刻」だけでも大変のようにお見受けしています。「e-文藝館=湖(umi)」は秦恒平の一つの偉大な機械環境文藝の創作です。管理者が不在で、万が一のアクシデントによる消失をおそれています。みづうみの心血を注がれた「日本ペンクラブ電子文藝館」の惨状をみるにつけ、現在真実価値あるデジタルライブラリーは「e-文藝館=湖(umi)」しかありません。

もちろん、みづうみのご希望でなければ、この件ご放念ください。もし、こんな人間でもまあいいかとお許しいただければ来年実行に移せるようにしたいと思っています。
自分の書く仕事と並行して、ウェブサイト上での秦恒平文学のデジタル資料の場を創れたら、少しでもみづうみにご恩返しができるような気がしました。お笑いください。

寒くなってまいりました。お一人での生活はより冷えて寒さをお感じになるかもしれません。どうか猫ちゃんズのパワーをお借りになって、乗り切ってくださいますように。

* 恐縮し,感謝している‥妻の無事退院を得て、すこしメール交歓でなりとお互いに話し合い話し合ってご一任できましたら、ありがたい、わたくしにとつてはメデタイことと想います。
2023 11/27

* 遺憾にも機械クンの原稿隠匿というイタズラには、今日も泣かされ憤慨したが。
2023 12/10

* 朝から、怠けて寝転んでは居なかった、が、「湖の本 最終166」を無事責了したいと勉めて、疲労は部厚く心神を絞めるように掩っている。やれやれ。その気になれば用も要も、ハイハイと寄ってくる。

* コロナいらい 街へどころか、医者以外に近隣へも出歩いてない暮らし。

*[「湖の本」今度の166巻で 終える。発送の「便」が業者側から無くなってしまうので。
むろん、「書く」は、書き続ける。
ホームページを適切に完備できれば、「発信」のカタチで「作と私語と」は送り出せる。が、カッコいい「ホームページ」を自分で「創れない」のが「遺憾」も遺憾。

*ま、なにもかも終焉へ。自然な歩みと謂うべく。
2023 12/15

* 此処に書いておいてシカと記憶の文面がみな失せている。意地悪い機械メ。
2023 12/15

* ごく遠方の人、読者、と、あまり得手ではないが「電話」で声が聴きたいと思っても,住所録に控えた住所まだしも、電話番語は大方通じない。妻のいわく、みなさん「ケイタイ」しようで、電話番号は替えてあるでしょうよ、と。私のように携帯電話も買って貰ってながら、まるきり使いようが解 ってない「機械バカ」には、電話という便利すら、使い道の絶えたキカイに過ぎなくなっている。教われば済むことだろう、教わるのもニガテで。

* 八時過ぎ。早い、が、もう…休もうかと思うのを、引き留めるモノがない。
2023 12/17

* ところで、此処へ来て、久しく私用してきたパソコンに或いは終止符かと傷まれる亂調子が萌していることも、いまこの時点で「こころからの多年助勢に感謝」の言葉を記しておく、「ありがとう、久しく、良く、親切に付き合ってくれました」と。
さて、いまは記載出来てある此の機械の内容が、新しい機械へ、そっくり移転できるものか、私には自信も無い、いましも願える助言の友もそばにいない。到らぬなりに試みて、幸運を天に任そう、一切が消滅してしまえば、歎きながらもつぎの「卆壽」へと素手で歩んで行く。
いま、師走の二十日、払暁にも遠い二時十九分。 さ、やってみよう。

* 六時八分。四時間近く機械に組み合うて、何一つの成果もなく、此の舊機に何の信発展も、新たな理解や発見も得られていない。新機との連繋も、全く有るとも無いとも確認出来ていない。この私は、徹底した「機械バカ」と決めつけ以外の何一つ得られず四時間をただ「かきまわして」いた、らしい。寒い。暖房はしているが、凍えそう。

* 結局は、惨敗、何の取り得もなく、崩れるように寝入って午前十時前。
2023 12/20

◎ 令和五年(二○二三)十二月二十二日 金 師走

■  記事脱
2023 12/22

* 起きて、寝て、腰骨の痛みやまず。視力の衰え甚だしい。機械の上でもいろんな制約や不本意が起きているのをむしろ僥倖とし、為ずに済むことは来る新年からはこころおきなく放擲してずんずん済ませる生活にしたい。姿もかたちも、わが文筆には無用というぐらいに。

* 誤植の校正は、まこと、この歳になっても、この歳になったからとも言いたいが、むずかしく、恥をたくさんかく。
2023 12/23

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