ぜんぶ秦恒平文学の話

交遊録 2012年9月まで

* 黄壌 誰か我を知らん 白頭 猶ほ君を憶ふ

唯だ老年の涙を將(も)つて 一たび故人の文に灑(そそ)ぐ  白居易

 

おもえば少年の夢や言葉を分かち合った何人もが黄壌黄泉の人となった。きみたちを日ごとに憶う白頭翁のわたしの現状をなにも知るまい。白居易はそう思っている。そう思いながら故人の遺文などに目をあてては涙堪えがたいと。

若くして海外に居を移したまま、ついに帰ろうとしなかった中学・高校をともにした田中勉を、わたしはしばしば憶い出す。背を押してわたしを創作へ動かした大学の友、重森  (ゲーテ)をわたしはしばしば懐かしむ。彼らが彼方にいてわたしが「いま・ここ」に在る不思議を思う。彼らは、わたしに涙灑がせる一つの文も遺しては逝かなかった。だが、その声音は、言葉は、ありありと耳に懐かしい。

2012 6・1 129

 

 

* 旧友田原知佐子( 女優原知佐子) が送ってきてくれたのは、「小夏」という名の、一つ一つがソフトボールより一回り小さい柑橘で、とても口に合う。不思議に柑橘類や西瓜など水分のあるものが入りやすい。小夏は、ダンボールに数十顆も入っていて、黄色冴え冴えと、見ているだけで心地よい。ありがとうよ。

2012 6・1 129

 

 

☆ お元気ですか。

本の世界に遊ぶ鴉、書くことに精魂傾ける鴉。鴉が、副作用に激しく苦しむことないのを一つの慰め,恩寵と思います。どうぞ少しずつ元気を取り戻してください。

詩人の世界は広いと書かれていますが、豊かに心豊かに生きるのは容易ではありません。もっと楽しめたらいいのですが。

そう書きながら、今週娘と二人、ヴェトナムに旅します。就職が決まり六月中旬から勤めるので、その前に思い立って出かけようと。イタリアに行きたかったのですが、日数や旅費やら考え、今まで行ったことがない国ということで決めました。飛行機とホテルだけは確保して、後は自分たちでという旅です。

ヴェトナムは長い独立戦争やアメリカとの戦争・・と重い事実も抱えていますが、若い世代の動き、ドイモイ政策以後の経済発展など、乗り越えるべく盛んな動きを展開しています。

短期間の旅行者に一体何が見えるかと思いますが、娘と美味しいものを食べ、ショッピングもして、のんびり、ただし貪欲に何かを感じ取れればと期待しています。

どうぞ元気に日々を過ごせますように。  鳶

2012 6・3 129

 

 

* 妙に筋書きのある夢を、このごろよく見る。覚えていないが。

 

☆ 原発再稼動は残念なニュースです。  松

初夏の陽気を感じる季節になりました。

先週決まった原発再稼動のニュース、本当に残念な気持ちで見ていました。福島の事故の原因究明より、起こるかどうか定かではない停電の話ばかりが先行し、安全対策がおざなりのまま再稼動することになってしまいました。首相は「私の責任で最終判断を」と言っていますが、一人の政治家が事故の責任を取れるようなものではないと思います。ひとたび事故が起きれば多くの周辺住民の生命が脅かされ、狭い日本の中に住めない土地が生じるのですから。

 

先週、四国電力の原子力防災の専門家へのインタビューを読みました。

原発事故発生時データがないため、放射能の拡散を予想するSPPEDIの計算が出来ないと国は言っていましたが、チェルノブイリなどの過去の事故を参考にすれば少なくとも避難指示は出せたはずとのこと。それを行わなかったのは住民の安全より、原発が廃炉にならないような活動を優先していたからだと指摘しています。

更にこの技術者は

『そもそも、日本の原発周辺の避難計画は飾りにすぎない。国は原子炉設置許可の安全評価にあたって、格納容器が破損して放射性物質が漏れ出すような事故を想定していない。もしそれを想定したら、日本では原発の立地が不可能になってしまうからだ。』

とインタビューに答えていました。

この技術者は原子力防災にの不備について本をまとめ、2007年には出版されていたそうです。しかし、このような安全機構の欠陥についての指摘については生かされることがなかったそうです。

原子力関係者は『原子力』という非常に危険なものを扱っていながら、安全よりも自分達の地位保全を優先する人たちです。そもそも安全性、経済性を考えずに、原発導入ありきで進んできた原子力行政が間違っています。

危険で、放射性廃棄物ばかり増える原発の稼動など止めて、多少生活が不自由になったとしても脱原発を目指していくべきだと考えます。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/35339

 

 

* 東工大卒業生のきっちりした判断だと思う。

 

* 野田内閣の改造。防衛大臣に民間の大学教授を起用とは、国家の危機存亡を賭した有事の際の責任を誰が負うのか。

ひたすら自民党にすり寄った情けない極みの野田内閣。

もうもう野田民主党はダメだ。野田は下野して、選挙管理内閣の手で総選挙を。

2012 6・4 129

 

 

☆ お元気ですか、みづうみ。祝小休止

 

ご体調が戻らないのは、あれだけの手術後ですから当然のことです。ひとまず抗ガン剤の第一段階が無事終了しておめでとうございます。副作用の羅列を拝見しただけで目眩がしそうでしたが、とにかく駆け抜けてしまって何よりでございます。

小休止の間に、少しでもおいしく召し上がって、もりもり体力回復なさいますように。

お仕事の世界を自由に楽しんでくださいますように。そして次の投薬もさっさとすみますようにと、色々神さまにお願いしています。

 

最近気の晴れることの何もないのが困ります。

東京で(近い将来は全国的に)もうお鮨は食べられないものになったことだけでも、食べることの大好きな私は意気消沈しているのです。千葉の漁師さんが食べてはいけない魚を並べていました。川魚と海底の貝類がだめなのは当然ですが、スズキ、ヒラメ、カツオ、ブリ、マグロ、アナゴ、鰻、サンマ、と並べられては、食べるものがありません。「穢土前」寿司というわけです。奇形の魚がよく上がるようになり、回転寿司が激安で買っていくという報告もおぞましい話で、泣けてきます。

ニュースを観るとむらむらと憤りがこみあげるので、テレビを観ないようにしていますが、それでも、無関心ではいられない原発の再稼働ニュースに、もう、腐りきっております。

政府は福島の壊れた四基をのぞいて今ある日本の原発全基を動かすつもりでしょう。大飯原発がきっかけでどんどん動いていくでしょう。効果的な安全対策も住民を守る対策も何ももとられていません。最初から震度5までしか想定していない建造物を、今さら地震に強くなど出来もしないことだからです。断層だらけの原発立地に震度6以上の地震が来たら日本は完全におしまいです。海外からオナニーを知ったら死ぬまでやめないイエローモンキーと嗤われていることにも気づかない。(そのまま書いていますが、甚だ品のない表現ですみません)政権交代したところでこの狂気の流れは変わりそうになくて絶望的な気持です。

電力会社は原発施設を動かさないと、維持費ばかりかさむ不良債権になり倒産します。原発なしでも、電力は不足しないし対策はいくらでもありますが、死に物狂いで動かしたいのはただただ電力会社の経営のため。停電と値上げで恐喝します。政治家は次の選挙、官僚は天下り先、学者は研究費、メディアは大スポンサー、その他あらゆる利権が蜘蛛の糸のように絡んで原発は止められません。とんでもない強大な利権システムが出来上がってしまったものです。原発はそもそも核兵器への野望とおいしい利権の集金マシンに適しているから日本に導入されたものでしょう。誰も彼も間近に迫る壊滅的破局に目をつぶり、その場凌ぎばかり。費用がかかりすぎると、四号機石棺も地下遮水壁も建設しない東京電力。瓦礫拡散広域処理、汚染食糧野放し流通の全国民被曝政策を推進する政府。日本人のための政治はもうありません。

時々、日本が原発を止めるより、放射能を無毒化する技術が発明されるほうが早いような気がすることがあります。

日本人の民度の低さにはうんざりです。私だってバカであることにおいては人後に落ちない自覚はありますが、それでも政官財のエライ方々の、日本に今後大地震は起きないという前提、もう原発事故は起きないとする「根拠なき楽観」にはついていけません。そもそもすべての人災は「根拠なき楽観」の産物です。

福島の事故は天災をきっかけとした人災でした。すべては経済優先の「根拠なき楽観」が招いたものです。東電が八年前に蒸気系冷却システムを取り外すことをしていなかったら、今回の福島の事故はかなり防げたはずと専門家が指摘していました。

現在、本州の半分は人の住めない放射線管理区域になりつつあるというのに、現実に人が被曝で死に始めているのに、日本国民の生命線である残りの半分もさらに危険な場所にしたいのでしょうか。日本という国家も国民も、政府は端から守るつもりがないのです。

三月十一日を境に、日本は変わってしまったのに、まだ泥船にしがみつくように今までの利権を守ろうとしている人々が、私にはよく理解出来ません。利権の欲しい勢力は利権を握っていてかまわないから、その利権の方法を廃炉ビジネスに切り換えるくらいの発想転換できないのがふしぎです。

今までの価値観と決別して新しい国のかたちを創るチャンスなのに、そうならないのは、日本を操る巨悪の力があまりに強いからともいえますが、私は一にも二にも国民が無関心で不甲斐ないからだと思っています。

私は先の戦争を知らない世代ですが、たぶん戦争に負けたというのはこういうことなのでしょう。あの戦争で、国民の精神が骨抜きにされてしまったのです。いつから日本人は今さえよければ、自分さえ困らなければいいというアホになったのか。棚からぼた餅のように得したいばかりになったのか。金のためには動くが、正義のために命がけで闘うということをしなくなったのか。空気に支配され、真実を自分の目で見て、自分の頭で考えなくなってしまったのか。

放射性物質のことなど全然気にしない無関心な「根拠なき楽観」日本人が多数派であることに、私は心底落胆しています。みづうみの読者でさえ、私みたいに悲憤慷慨している人間は少なく感じられるのですから、推して知るべし。それとも私が神経質を通り越した****なのかも。最近は、こんな****のメール相手をみづうみにしていただくことも申しわけないと思うようになりました。

 

みづうみに晴れやかになっていただきたくて書こうとしたメールが相変わらずの暴走と脱線。申しわけございません。

なんだか最近、原発事故の深刻さを誰に訴えても、糠に釘のように感じられて息切れしているのです。

次回の湖の本楽しみにしています。でも、決してお仕事をお急ぎになったりご無理なさいませんように。

どうぞ平和な一日を。  朴  小手かざす日ざしとなりぬ朴の花  高崎恵久子

 

* ほとんど代弁して貰っている。

話題こそちがうが、今日、テレビで政府のやり口に「いまに暴動が起きるぞ」と呻いている路上労働者を見た。ル・サンチマンの嘆きでは纏まる力にならないが、国民にも我慢の限度はあると知るべきだ、政治家は。

 

☆ (京都の)何必館にて華岳を見ています。  鳶

 

* 思わず唸った。いま、なによりも観たい、観に行きたい展覧会。

なのに、このうえ眼の治療か。胃全摘の手術は怖くなかったが、眼の手術は怖い。いやだ。

 

 

☆ そろそろ梅雨入りするのかしら・・・と

思っておりましたら

今日は台風が接近中と聞き、このところの雹や竜巻といい、子供の頃の気候とはやはり変わってきているのかなと 少し心配です。

お食事もなかなかとのことですが、

「自転車で小一時間」

!!!

素晴らしいです!

一日も早い御快復をお祈りしております。

さて

松鸚會のご注文承りました。どうもありがとうございます。

今回は第十回ということで今までにない規模での開催となります。

染五郎長女の薫子もで「松田美瑠」の名でデビューすることになりました。

(命名の詳細は聞いてないのでよくわかりませんが)

皆さんに楽しんでいただける会になればと思っています。

 

* 七日に新しい本が出来てくる。わっさわっさと日が過ぎて行く。

 

☆ その後息災にお過ごしですか。

今日は飯田橋の角川本社で高山辰雄展を観てきました。柔らかい雰囲気の大きな絵に心が安らぎました。

月日が慌ただしく先行して、アチコチの老化を払いのけながら何とか過ごしています。明日は運動ディです。 泉

2012 6・5 129

 

 

☆ 仕方なしと言へば何もかも仕方なし人に告ぐべき事ならねども   清水房雄

 

* ともあれ水分も入り、食べ物も少しずつ入っている。この体調を維持したい。

神奈川にお住まいの、大学先輩がお見舞いの氷菓を下さった。一度もお目に掛からないが、もう四半世紀のご厚誼で。有難う存じます。

2012 6・7 129

 

 

☆ 秦恒平様

梅雨の候、術後のご容態はいかがでしょうか。

このたびは、「湖の本」112 号ご恵与いたさき、厚く御礼申し上げます。

私自身まもなく90歳を迎える身ですので、このタイトル、期待して拝読させていただきます。

取り急ぎ御礼まで申し上げました。   青山学院大学名誉教授 2012 6・11 129

 

 

☆ 近況

湖の本拝受しました ありがとうございます。

あいかわらず病臥の毎日です、私も、死後の事やさらに老いてゆく我が身と家族のことを考える時期になってきましたので、湖の本を難儀な床の上で拾い読みをして居ます、

六人の孫にも恵まれ、夏休に来るのを待ちわびて居ます.次の目標は六人の孫と富士山に登ることです、今年は無理なら来年のゆめにします。

それまではトレーニングです 諏訪湖を一周1時間で歩き、その後は一週に60分を三回歩き体を鍛える予定です。

実現すればまたお便りします。  圭

 

* 夢の実現を願います。iPADから送信されている。軽いからか。

 

☆ お礼

秦恒平 様

「湖の本」112 号、拝受いたしました。若い頃には、分からぬままに、分かったように思い,考えていた老病生死。身につまされるテーマ、今は見聞きするのが怖くなってさえいますが、毎日頭のどこかを行き来します。しっかり読んで、明日に備えようと思います。ありがとうございました。

藤村の「緑陰叢書」、「湖の本」とは、次元も質も比ぶべくもありませんが、「書肆彩光」で文庫本を出し続けています。「作者自身による出版」にあるような、自己出版をなせる条件を全く備えていない私には、はや、底をついていくような感があります。もちろん読者はほとんどが贈呈先だけです。が、唯一最大の狙いであった「カラー・ピラミッド・テスト」に関しては多少とも先行きが見え始めました。後は、畏れ多くも天皇陛下と全く同じ病状とどう折り合いをつけていくかが、終生の課題となっています。

ご闘病生活、心より,お見舞い申し上げます。

苦闘の中から、新しい文藝が生み出されますよう、ご快復を祈りおります。  ペン会員

 

☆ 著書かたじけなく拝受しました。

有り難うございました。

連日病魔と懸命に闘っておられるご様子、さぞや大変なこととお察し致しております。

闘病生活の過酷さは経験した者にしか理解し得ないことでしょうが、どうか気丈な姿勢で闘病され、早期のご快癒をこころから祈念いたしております。   辰  同窓

2012 6・11 129

 

 

☆ 闘病中とのこと、

お見舞い申し上げます。このたびは、抗癌剤を連用のさなか、『湖の本』(112 巻)をご恵投いただき、有難ぅございました。

「元気に老い、自然に死ぬ」は人間、誰しもが願う理想です。

私も九年前の七月、前立腺癌が見つかり、前立腺の摘出手術を受け、お陰さまで予後も順調に過ごしております。

医学の進歩はめまぐるしいばかりです。転移の見られることなく、ご本復を衷心よりお祈り申し上げております。

今年は例年になく不順な天候が続いております。寒暖の差の激しい時期、風邪には充分お気を付けください。

取り急ぎお礼とお見舞いまで。草々 平成二十四年六月十一日   敦  エッセイスト

 

☆ 秦 恒平様

抗癌剤治療の最中の大変な時期にも拘らず「湖の本」の発刊・発送に努められる、その意欲と気力の強さには誠に頭がさがる思いです。

小生も病気に追いかけられる日々、何かと不自由な生活を余儀なくされています。

一日も早いご快癒をお祈りしております。June 12, 2012    濱

 

* 昨日は同じ市内の堀上さんの電話を受けた。彼も、胃を全部とっている。同じような苦痛を経過してきた、経過中の、人たちがいかに多いか。

2012 6・12 129

 

 

* 昨日の郵便のなかに、大正大学文学部から、「受領のお礼」に添えて「『湖の本』がこれからもずっと続きますよう、お祈り申し上げます」と手書きされていた。嬉しかった。「「 湖(うみ)の本」 は、進学高校もふくめ全国の大学へ約500部を寄贈し、受け容れられている。むろん各界の知友にも。四十数年の文学活動で、各界に知誼・友誼を得てきた人は、わたし自身も驚くほど数多い。謹んで寄贈し受け取って頂いている。そして、言うまでもなく親族のような「いい読者」にわたしは恵まれている。わたしの小世界の核を成してもらっている。

2012 6・13 129

 

 

☆ 秦先生

お加減はいかがでしょうか。

今度は目のご手術とのこと、先生の何より大切にされている目、心配しております。くれぐれも大切になさって下さいませ。

今日は朝から家にいて少し時間ができました。

先生からリクエストを頂いていたmixiの日記をワードに落としました。

育休から仕事に戻る直前まで、完全に「おかあさん」だけであった時期をとりあえずまとめてみました。

もう3年以上も前のものになりますが、整理しつつ読み返すと、それ以上の年月が経ったように感じます。

一番下の子も4歳になり育児だけで手一杯だったあの時期よりは、さすがに少し慌ただしさは軽減していますが、あそこまで「我が子だけ」の世界に浸れることはもう二度とないのだと思うと、それはそれで遠くへ来てしまったと思います。

長田弘の「深呼吸の必要」という散文詩の詩集をご存知でしょうか。

 

「遠く」というのは、ゆくことはできても、もどることのできないところだ。

おとなのきみは、そのことを知っている。

おとなのきみは、子どものきみにもう二どともどれないほど、遠くまできてしまったからだ。

 

という条りがあるのですが、最近、未来を思う以上に強く「遠く」へ来てしまったという思いが強く、そして今いる地点が「遠く」になる時があることを心に銘じて、子ども達との「いま」を大切にしなければ、と自分を戒めています。

目のお悪くなられている先生によけいにご負担をかけるタイミングとなった失礼をお許しください。お具合がよくなられたときにで

も、他愛ない時間つぶしにお使い頂ければ幸いです。

歌も少しずつよみ続けています。

どうぞどうぞご自愛くださいませ。

先生のいらっしゃることが、私の「いま」の一つの吊り糸となっております。お大切になられますよう。  響 卒業生

 

追伸 秦先生

大変失礼いたしました。

ワードで入れ直してみたものとテキストにしたもの、二種類お送りいたします。開けるとよいのですが。

最近のmixiは本当に子供用の備忘録という感じで、フェイスブックで季節のことを書くことが多くなっています。

今年は鎌倉の蛍は早く、しかも何年ぶりかの乱舞になり、毎晩のように子ども達は家の前の川で楽しんでいました。昨日、名残の蛍でお別れをしました。

ホトトギスは少し遅かったのですが、今日はよく鳴いています。かわいがって育てていたオタマジャクシ達は、昨日最後の一匹がカエルになり、池に戻しました。

アジサイの色づきもいよいよ盛りになり、梅も漬け始めました。本当にもう入梅、のようです。

ご体調、少しでも整いますよう。 響

 

* こういう生活、こういう気遣いの筆致に、わたしはほんものの知性を覚える。

2012 6・13 129

 

 

☆ 本日、湖の本112『対談・元気に老い自然に死ぬ・他』の御恵贈にあずかりました。

山折哲雄氏との対談は、あとがきの中で、「馴れ合いは避けて、お互いに異見・異論もぶつけ合った」と記されている通り、避けられぬ老いと死に対談者それぞれが正直真摯に向かい、日頃考えておられることを腹蔵なく披瀝されています。視野を広げました、まことにありがとうござていました゜。

「どうして宗教家は光る言葉を発しないのか」との問いかけについて。

「宗教家」なる者たちには、私は信を置いていません。真面目に現代の苦悩と取り組んでいる人々は、信仰者であると否とを問わず、取り組みの現場で数々の光る言葉を発しています。しかしその射程が短いのです。個々の現場で(たとえば聖書の言葉に差し向かう礼拝において。あるいは、被害地での人々との交わりにおいて)発せられる言葉が活きているかどうか。それが最も重要でしょう。

順調な御恢復を。平安をお祈りします。  国際基督教大学名誉教授

 

☆ 「湖の本」112

有り難く拝受仕りました。老年についての対談の記事、小生にぴったりのもので、興深く拝読開始致しました。

視野の狭い小生にはやや難しい個処もありますが、何しろ問題が問題なだけに 大いに勉強させて戴き居ります。大謝の至りです。

御清祥、祈念仕ります。(六月十三日)  歌人

 

☆ 湖の本112のご恵投に与り

ありがとうございました。私もこの八月に古稀を迎えます。ロクなことがなかったこの半年でした。しかし、今回、湖の本の老いについてのご対談を読み、私語の刻を読み、元気が出てきました。今秋、翻訳を二冊刊行します。秦様の「元気」に見習いたいと存じております。  歌人・翻訳家

 

☆ 只今湖の本拝領

いつもいつも心苦しく。

その後の御身体のごようすも拝見。御病気の方多く、けれども皆さま、お上手にご病気をなだめている方多く、そういう世のなりゆきかと感じ入っております。くれぐれも御大切に。

先日は千載集で。目下中世にとりつかれております。西行の人間に 俊成に とてもひかれています。もともとは定家が好きでしたが一寸心がひきました。

 

俊成の書もステキです。 目下この時代と女流日記を講じるつもりで準備中です。装束の方面からも面白いので。勉強するより能なしの私です。よろしく    作家

 

 

☆ ご恵贈に与り

厚く御礼申し上げます。人間の実存に深くかかわる内容にて、じっくり拝読させていただきます。

ご病気のご治療に専念され、ご健康を回復されますよう、心から祈念申し上げます。

先生の文学活動は多大の人々に限りない力を与え続けて参りました。今後も更にご活躍のほど、念じ上げます。敬具   国文学者

 

☆ 湖の本112巻

(前略)山折哲雄先生とは京都に移られてから 本当に親しくご厚誼をいただいておりますので「対談」をことのほか興味深く拝読中です。

私も78歳となり、いろいろ考えることも多いのですが、先生方に負けぬよう、この先をせい一杯、有意義に生きて行こうと願っております。

ありがとうございました。  法蔵館会長

 

* 湖の本112、予定分の発送を完了した。もう少し寄贈分を追加したい。

2012 6・13 129

 

 

☆ 秦先生、

『湖の本』届きました。早速、インターネットより入金させて頂きます。(梅雨時に郵便局まで出なくてすむなんて、便利ですね。最も、夫を頼りにやってもらうだけですが) 2,3日「私語の刻」が更新されていなかった時、とても心配で、検索デスク開いて「お気に入り」をクリックするのも、ドキドキでした。

花の写真が出てきたとき、「更新されている! 緊急入院ではなかった」とまずほっとして、そして、美しい花とほれぼれ拝見。

目の手術、大事な目ですから、手術前後もしっかり休養を取って下さいませ。

「元気に老い、自然に死ぬ」先生、お互いそうでありますように、大切になさって下さい。

充実の、佳き人生を締めくくる一歩となるように、(その距離が長かろうと、短かかろうと、受け入れられる自分でありたいと)楽しみに、拝読いたします。  珊

 

☆ 恒平さん

こんばんは。

新しい湖のご本届きました。

いつもありがとうございます。

今回も抗癌剤の治療中の体調お辛い最中での発刊や発送のご作業、並大抵のご苦労ではなかったこととお察しすることしか出来ません。

目次を見せて頂いて、いろいろと身につまされるような思いがしました。

丁寧に読ませて頂きます。

又、眼の手術も控えておられるとか。

どうぞ抗癌剤の副作用も軽く済んで、順調に回復されますよう心から願っています。

奥様のお写真、明るい色のアンサンブルがとても良くお似合いで、おきれいで素敵です。

京都のこちらもあちこちのアジサイが満開です。

修学旅行生達で近辺が賑わっています。

どうぞ、くれぐれもお大切にお過ごしくださいますよう。 みち 従妹

 

☆ 謹啓

抗癌剤での戦いは大変だろうと拝察いたします。

でも信念をもって、しかも最高の医療技術をもって対応されるのですから御回復は確かです。名は伏せますが、近現代を専攻する畏友が、みごと肺癌を克服されました。

遅まきながらお見舞いを申しあげます。

湖の本を頂戴し、しかも小生にとっては身近な課題を拝読し感服いたします。御礼を兼ねさせていただきます。

ささやかなお見舞いの志を御笑納ください。御朗報を鶴首申しあげます。敬具 六月十二日   名大名誉教授

 

* 立派なマスクメロンを頂戴した。恐れ入ります。有難う存じます。

2012 6・13 129

 

 

☆ 「湖の本112」対談

たいへん感深く拝読しました。あなたの初志貫徹なかなか立派です。日中旅行の時のことを思いだしています。

私はあと二ヶ月で95才ですから、この本への意見はいいません。結論はあなたの「闇に言い置く私語の刻」のみごとさですね。

ご健康のことは、折り折りに気にかけていました。私もかなり病気もやったりしました。しのぎしのぎどこまで行くかです。

ご健勝を切にお祈りします。   作家 藝術院会員

 

☆ 拝復

「湖の本112」対談「元気に老い 自然に死ぬ」を拝受しました。一九三◯年生まれの小生は、どっちにしろこれから来る事態}(自分の死)に対して備えなくてはならず、心して拝読するつもりです。それにしても日々抗癌剤を服しつつ、お仕事に精進なさっているとの御事、そのご気力とご決心に心から敬意をはらいます。

今の私はまだやる事が中途半端で、ただ漠然と生きているようなものです。学術本、哲学書など読む姿勢は失われ、エンタメものを漁り始めるしまつです。

ただ家族のことはやはり真剣に考えざるをえませんが、先立つものもなく、手をこまねくばかりです。どこかで心がなげやりになっていて、そうゆう自分を甘やかす――。朝寝と朝酒をやるようになりました。しかしこれは自分のこと。今は秦さんの生き方から学べるものは学びたい。秦さんの「生」を想像しながら書いています。敬具   都立大名誉教授

 

☆ 前略

いつも玉稿をお送り下さり、感謝申し上げます。お便りでご病状を拝見致し、心配しています。

これからは大変な労力をおやめ下さるよう、ご回復なさることのみお祈り致します。お礼まで。  作家 ペン会員

 

☆ ありがとうございます。

ご渾身のご高著拝受。山折先生のお話はいくつかあれこれお聴きし、読ませて頂きました。中でも京の大文字焼きの折、テレビでのご発言が印象的です。

私も七十三歳になりまして、これまでも<老・ 死>の件はそれなりに考えて来ましたが、身内の者が引き続き逝ってようやく我が身を気遣うようになっています。バグワン師のこともご著で知りましたが、十数年前の貴重な対談、しっかり読ませていただきます。ありがとうございました。くれぐれも御自愛下さい。  作家 ペン会員

 

☆ 拝復

このたびはご高著「湖の本112  対談・元気に老い、自然に死ぬ・他」をご恵贈くださり心より御礼申し上げます。

「私語の刻」で、ご自身を見つめられる冷静な筆致を厳粛に受けとめつつ感服いたしております。

ご対談の多彩なお話に興味が尽きず拝読いたしております。

天候不順の折 くれぐれもご自愛のうえお過ごしください゜ますようお祈り申し上げます。かしこ  山梨県立文学館

 

* たくさんお便り戴いていながら、どうやら疲れもあり、お礼のみ申し上げます。

2012 6・14 129

 

 

* 難しい診療に生活時間の多くを掛けている人の少なくないのに、驚きもし、胸も痛む。

 

☆ 風、お元気ですか。

今日は梅雨前線到来前の貴重な晴れだとか。

もう使わないだろうと、毛布を洗濯しました。

気温も随分上がりました。

花は元気ですよ。

風の新刊、届きました。

ERに駆けつけたりした中、お送りくださり、ありがとうございました。明日、歩いて郵便局へ支払いに行こうと考えています。雨かもしれないけれど、涼しい方がいいので。

この頃、静岡市のクリニックまで電車で通っているので、この最寄り駅まで歩くのに慣れてきました。片道十五分強かかりますが、ラクラク歩きます。

風は目の手術も控えていらっしゃるとか。

花も、来週、いよいよです。

今日は、最寄のクリニックに注射を打ってもらいに行きました。土曜にも行きます。

あれやこれやありますが。ではでは。  花

2012 6・14 129

 

 

☆ お元気ですか、みづうみ。

わたくしは一昨日から、暑いのか肌寒いのかわからないお天気のように、体調不良ですっきりしません。

まず、眼の手術お決まりになってよろしゅうございました。手術可能ということは視力、視野回復に有望なこととお喜び申し上げます。緑内障の友人たちは若いうちから何度も手術していますので、これが初めての眼の手術であることは、みづうみが今まで眼の健康に恵まれていらしたということでございましょう。初めてのご経験を存分に観察なさっていらしてください。手術のご無事に済みますよう、蔭ながら毎日お祈りしています。

湖の本届いています。『元気に老い、自然に死ぬ』を最初に拝読しましてから、もう十二年も経ってしまったことに驚きます。あの当時の読みと今回の再読の読みが、どのように違ってくるかが楽しみです。

年をとることは残念なことと同じくらい、面白いことも増えるものと感じています。同じ本を読んでも、以前と違う読み方が出来ることがその何よりの証拠です。

以前に分からなかったことが、年を重ねて初めて「分かった」と思う時、人生が少しばかり豊かに深くなった気持になります。志賀直哉の短編も、若い頃は好みではありませんでしたが、今読むと清々しく洗われるようで、惚れ直しているところです。

みづうみは大河ドラマの「平清盛」を褒めていらっしゃいましたが、わたくしも気に入って観ています。友人の間でも評判はいいので、視聴率が低いのがふしぎなくらい。ただ、一般受けより、歴史好きに好まれる作風なのかもしれません。主役の松山ケンイチは、現代劇で観ていた頃から好きな俳優さんでした。たしか小雪という美女が奥さんです。

 

大飯原発はいよいよ再稼働のようです。最初から稼働ありきの政治茶番劇で、世も末という印象です。

福島の原発事故以来、この国の真実がよく見えるようになりました。原子力発電導入の国策には、ことの最初から国民や国土の安全を守るという思想や哲学が決定的に欠落していた、皆無であったと思います。

東洋大学の渡辺満久教授という変動地形学の先生のインタビューを読んで、私はまさに人生でそう何度もない「魂消る」経験をしました。

 

原発稼働が始まってから四十年経っていますが、その間、専門家の目で原発立地の活断層の有無の診断がされてこなかったそうです。活断層の有無は、地震学者には出来ないことで、地理、地形学の専門家しか判断出来ません。しかし、そのプロが原発立地の調査をしたことは、しつこいようですが、四十年の間に一度もなかったのです。国が(有力議員か電力会社か)原発設置場所を決め、官僚や御用学者たちが「安全」だという出来の悪い作文を作って建てられたのが日本のすべての原発という恐るべき実態に、読んでいて思わず「まさか」と呻き声が出ました。

渡辺先生曰く、「よく平気でいるな」というほど日本の原発は「ものすごい」所に建てられているそうです。

地震には、地面が揺れて起きる被害と、土地がずれて起きる被害があります。地表がずれてしまった場合は、建物の耐震性に関係なく(その耐震性だって震度5程度なのに)、上の建物は無傷ではいられません。

大飯原発の敷地内には小さな活断層があるそうで、地震により原子炉直下の土地がずれる可能性があります。つまり地震があれば配管が引きちぎられてメルトダウンまっしぐらということ。

さらに忌まわしい事実として、大飯の他に原子炉すぐ近くにずれる小さな活断層のある原発施設は、美浜、敦賀、東通、もんじゅがあります。あのナトリウムでしか冷却できない「もんじゅ」です。

とどめに渡辺先生の太鼓判。

浜岡と六ヶ所村の再処理施設は「大きな活断層」の上に建っているそうです。浜岡が「地雷源の上でカーニバルをするような」原発であるとは聞いていましたけれど、事故があったら間違いなく世界の終りになる再処理施設まで、「大きな」活断層の上に建ててしまう愚か者とは! 平然としている「原子力ムラ住人たち」の頭の中味は、同じ人類なのかと疑ってしまいます。

今まで日本という地震国が存続してきたこと、日本人がふつうに生活してこられたことはまさに「奇跡」であったことがわかりました。

これからの日本人には、「元気に老い、自然に死ぬ」という夢は、叶わぬものになりつつあります。みづうみとわたくしとは親子といってもよい年齢差ではございますが、死ぬ時は突発的にご一緒に、もしかしたら日本人みんな道連れに命終える可能性があるということでございます。

こんなやけくその予測が悪い冗談ですめばよいのですが、電力会社を潰さないための、利益優先の、なし崩し再稼働をこのまま国民が容認すれば、新たな重大事故を引き起こすのは明白です。

もう一度原発事故が起きたら日本も日本人も完全に終わります。

みづうみの周囲の一人でも多くの方々に、どうかそれぞれのお立場で原発に反対する声をあげていただきたいとお願い申し上げたいです。明日、東京で大きな脱原発のデモがあります。

 

またも、原発のせいで長いメールになって申しわけございません。

どうか発送のお疲れの残りませんように。抗ガン剤の副作用のでませんように、お身体にやさしくお過ごしくださいますように。

緑   萬緑の中や吾子の歯生え初むる  草田男

 

* 原発に触れられた此のメール記事の全部に、わたしは共感し、認識を倶にする。この記事は、どうぞ共感される何方でも、せめてブログやツイートやその他へ掲載して下さると嬉しい。六十年安保のとき、国民の大勢が連日国会を取り巻いて当時の岸内閣を倒せと叫び続けた。今回の原発容認の動きは、安保のときより遙かに悪質で、そのまま国民生活を生命もろとも脅かしている。

なぜ日本の大学生、高校生は起ち上がらないのか。

こういう時に本当に時代を守りかつ動かすのは、世界史的にも、学生たちの若い逞しい精神であったのに。

 

* もう少し、あの、ジャン・クリストフ(ロマン・ロラン)に聴こう。

「人は生きて、創造し、愛して、愛する者たちを喪うにつれて、それだけますます<死>から脱却する。打撃を蒙るごとに、われわれが新しい仕事を打ち鍛えるごとに、われわれは自己から脱出して、自分の創造した作品(=世界)の中へ、自分が愛した人たちの魂の中へ、そしてわれわれを残して逝った人たちの魂の中へ移り住む。」

「藝術家としての精神が、存在全部の上にひろげる、あのまんべんのない愛だけでは足りない。いな、選り好みをする愛も是非必要なのである。自分の愛情が選び取った人々に自分を捧げないでは居られない。このことが、生活の樹の根である。このことを通じて自分の心情の全部の血があらたまる。」

「わたくしはたたかいました。悩みました。迷いました。創造しました。」

そしてロマン・ロランは「ジャン・クリストフへの告別」とともに、こう言い置いた。

「今日の人々よ、若い人々よ、今度は君たちの番が来ている! われわれを踏み越えて行きたまえ。そして前進したまえ。われわれよりもいっそう偉大で、いっそう幸福でありたまえ。」と。

 

☆ 本が届いたときには

驚きました。相当体力が落ちているでしょうに、よう頑張らはると。

私も病院に検査に出向かないだけで、最近は目や耳の異常を感じています。どうぞお大事に。  泉

2012 6・15 129

 

 

☆ 拝啓

落ち着かない状況の中で、時だけがつれなく過ぎていきます。

ご体調いかがでございましょうか。

このたびは『湖の本』112の御恵投にあづかり、また御自筆のお言葉を賜り、ありがとうございました。

今年は国文学研究資料館創立四十周年に当たると同時に、『方丈記』成立八〇〇年ということで、ただ今、(鴨長明とその時代 『方丈記』) という展示を開催しております。例によって文献中心の地味な展示ですが、図録を作成いたしましたのでお送り申し上げます。ご一見いただければ幸甚に存じます。

夏に向かう季節にて、くれぐれもご自愛くださいますよう。敬具  六月十四日

秦恒平先生    今西祐一郎(館長)

 

* 頂戴した図録のいきなりに、鴨長明、飯尾宗祇、藤原俊成、兼好法師、牡丹花肖柏、西行法師ら肖像のいならぶ「先賢図押絵貼屏風」一隻に嘆声。銘々に、長明は方丈記の書き出し、俊成は、「千載集えらび侍けるときふるき人びとのうたをみて 行末はわれをもしのぶ人やあらむ昔をおもふこゝろならひに」などと、述懐の言葉が像の上に書かれてあるのも実に嬉しい。

だが、それ以上に喫驚したのは、次頁に、法界寺蔵、木造の愛らしいまでこぶりな「鴨長明座像」が出ていて、「鴨祐為作」とあること。ついこの間まで、わが家は玄関にこの祐為の花祭り墨画を掛けていた。

上の解説は、こうある。長明にも祐為にもひとしおの親愛を覚える。

今西さん、有難う存じます。

 

☆ 鴨長明座像一躯

江戸時代後期 鴨祐為作 木造

像高一八・〇 厨子高二八・〇

法界寺歳

 

端座した長明の木像。鑿の跡が生々しい素朴なもので、底裏の署名から鴨祐為(元文五年(一七四〇)生まれ、享和元年(一八〇一)没)の作であると知られる。祐為は下賀茂神社祠官鴨祐之の孫で、早吟を得意とする歌人として活躍した。また若くして西川祐信に絵を学び、浮世絵師としての一面も持つ。厨子の背には天保十四年(一人四三)に田村長基が記した由緒書が見られ、それによると長らく日野恵福寺の堂の床下に放置されていたこの座像を、醍醐寺三宝院門跡高演准三后が発見し、家臣の長基に厨子と畳を作らせて、それに収めて法界寺の本堂に安置した経緯がわかる。頭部に恵福寺の時代にこうむったものか、多少の破損が見られる。損壊の跡は痛々しいが、作者の愛情が感じられる小ぶりの愛らしい木像である。  (小林健二)

 

☆ 秦恒平さま

新しい湖の本うれしく受け取らせていただきました。

奥様ともども健康状態が大変な中でのご作業を感謝して居ります。

来月は眼の手術をお受けとのこと、ご無事に成功するようにと祈っています。

「病気になっても病人にはならぬ」とつぎつぎ襲う病と共に生きて、とうとう力尽きた故吉武輝子さんの納骨の日、帰りの電車の中へ携帯電話で京都に住む友人急逝の知らせが届きました。

動脈管剥離が死因ということで、その日の午前中たまたま電話した友人に「ちょっとしんどいし、また今度ゆっくりしゃべろ」といつになく電話を彼女の方から短く切ったのが少し気懸かりだった、というくらい、「予見できませんでした」と循環器内科出のご主人にさえ言わせる急変で、その夜亡くなりました。

「人の死」について否応なく考えさせられ、このところ参っていました。

今回のご本のテーマは、今の私にあまりにぴったりすぎて、かえって読み始めるのが辛くも感じられます。

どうかお大切に。 2012/6/15    藤

 

☆ 冠省 ご本を拝受

ありがとうございます。老も死も、若い頃からの重大なテーマですが、本当に近くなってくると自分の無力さを感じさせられるだけですね。呉清源という碁打ちは二百歳まで生きるといっていますが、百ではなく二百というところに凄みがありますね。とりあえず御礼まで。  作家

 

☆ 拝復 御著書「湖の本」112

ありがとうございます。先生のお身体案じております。

私の母は現在95歳です。米寿のときに乳癌の手術をうけそれ以後一日一日悔いのないよう暮しております。先生はまだ喜寿をお迎えになられるところだとおもいますので、お袋のように、毎日を楽しんで、一読者である小生をお導きください。一日も早いご恢復を祈っています。ご自愛ください。  神戸大名誉教授

 

☆ 拝復

梅雨空のうっとうしい季節になり何かと紫陽花の花が似合うころとなりました。此の度は、『湖の本』第112巻御恵贈賜りまして忝く御礼申しあげます。山折哲雄氏との対談おもしろく拝読仕りました。松永伍一氏とのものも少しく拝読。蘊蓄の深さ種々感じ入っております。

癌での入退院大変なことと存知あげ、お大事になさってください。

右 御礼旁々お見舞申しあげます。拝   国文学者

 

☆ さわやかな季節はわずか、

とうとう梅雨に入ってしまいました。いつも『湖の本』をありがとうございます。

ご闘病中ながら、つぎつぎと発刊され、その勢いに圧倒されております。

梅雨寒のこのごろ、くれぐれもおいたわりくださいませ。   作家

 

* 心親しい詩人の布川鴇さんが、詩誌「午前」を創刊したと知らせてみえた。創刊の辞になみなみならぬ決意も覚悟もうかがわれる。布川さんの「編集後記」を紹介しておく。

 

☆ 編集後記

いよいよ 「午前」 は出発する。

創刊にあたり、昭和十三年当時、立原道造から直接同人として誘われたお二人、杉山平一氏と山崎剛太郎氏からお言葉と詩作品が寄せられたことは、大変有り難く、なおご健在で文学に向っていらっしゃることを知ってうれしい。

「午前」 という名称の由来により、また、編集人である私の個人的な関わりにより、創刊の辞を、立原道造の名から始めることになったが、「午前」 は立原に始まって、立原を語ることで終ろうとする意志はない。立原は未見の夢を残してこの世から去った。その夢には未来への架橋となる期待があったはずである。死後七十三手経ち、大きな戦争をくぐり披け、彼にとっての未来だったその時代を私たちは生きている。過去に出合ったことを重ねながら、遙か前方をみつめなけれはならない。

昨年の東日本大震災以降、言葉の意味が激しく問われているが、どんな時代にもそうであったように、私たちは私たちの意思を言語として、詩を書き続けなけれはならない。意識の深部でどのように回想と絶望と希望とが巡ろうとも、広くこの世界の現実を背景としての自己の存在をみつめてゆかなければならないことは必然である。

私たちは出発するのみである。  (布川 鴇)

 

「午前」 創刊号

発行日 2012年6 月5 日

発行人 布川 鴇

発行所 午前社

〒330 -0844

埼玉県さいたま市大宮区下町3 -7 -1  S601 譚詩舎方

Tel ・Fax O50 -5814-8703

e -mail:gozensha@gmail.com

 

* 志を大いによしとする。だが、問題は「詩」の如何にある。

2012 6・15 129

 

 

* 郵便で届く払込票にもお見舞いの言葉がぎっしり。金八先生の作者小山内美江子さんからも。

 

☆ ずいぶん心配しておりました。

前向きな姿勢は免疫力もアップすると思います。果物でも何んでも食べれないと、話にならないと思うので、( 今回の湖の本代より) 少し余分に振り込みますので、食べれる時、食べて下さい。

週末、 奈良の薬師寺へ写経に行きます。祈願してきます。 真知  各務原市

 

☆ 家路へ辿る途中、

緑の木蔭でいっぷく、……そんな歳になりました。

この度ハ「湖の本112」贈っていただき、厚くお礼申し上げます。

自分の一生の始末については、重くもあり、大きな課題です。それに関連する書物は多く出廻っていますが、この度の湖の本の内容は、類似を見ない内容になっているように思い、”部分読み”もゆるされていて、お言葉に甘えて、ついつい何頁も読ませて頂きました。

「老いと死」の問題を考えるとき、今回贈っていただきました湖の本は 私の大きな指針と支えになると思い、有難く、感謝に耐えません。

病気と闘いながら書き続け、仕事と向い合われる先生の姿勢が、亡夫の当時(十三年前)の肺癌と闘う姿にオーバーラップしてきます。

一日も早く快癒されます事をお祈りしております。  澄  神戸市

2012 6・16 129

 

 

* 歌人の大島史洋氏の新刊『遠く離れて』を頂戴した。清水房雄さんの『汲々不及吟』を十分楽しんだ。大島さんの短歌を楽しもう。いきなり「病む人」と題されて、

積まれいし書類がいつしかなくなりぬ癌を病みいる同僚の机

生きている者のおごりは世の常の離反のごとく病む人を見る

役職のかわりしたびにもらいたる友の名刺よすでに亡きかも

などと歌が並んでくる。のけぞる。

 

* 劇団俳優座の女優さんから、公演を観て下さいと勧誘の手紙が届いた。知らない女優さんではない、わたしが書いて加藤剛が主演した「心ーわが愛」に出てくれていた。あの頃はほんものの新人だった。二十五年経っている。

芝居は俳優中野誠也が演出する山田太一氏の作「沈黙亭のあかり」。初演を夫婦で観ている。山田さんはわたしの「湖の本」にもよく声を掛けて下さる。

それにしても俳優座劇団のこれは新手の宣伝か。それとも「ヒロイン」を演じるという女優さんの個人的なお誘いかな、「秦恒平先生様 お元気でいらっしゃいますか」と手書きもしてある。

実はいつもいつも劇団招待をうけてきたが、体調を損じてこの方もう小一年、劇団公演を失礼してきた。いつも誘われると行きたいと思う、が、病院通いなどでついつい気が臆していた。

 

* こうして、機械に向かい文を書いているだけで、体調の不快な違和も遠のいている。

2012 6・16 129

 

 

☆ お元気ですか、鴉

ベトナムから戻ってきました。

今NHKのBSでロード・オブ・ザ・リングを放映しているのですか、東京では如何?

ご覧になっているかもしれませんが。

先日の何必館の村上華岳展は、ベトナムに発つ前日京都に寄って、観たのです。細かなこと

は改めて。

湖の本112も届いています。  尾張の鳶

 

* 映画の指輪物語は途中から少し観て、テレビから離れた。いま丁度発端の所からまた読み直しつつあるので、映像に想像力の邪魔をされたくなかった。かなりリアルに創ろうとして、映画は映画らしい苦心をしているように思われた。

映画では、監督としても信頼し高評価しているクリント・イーストウッドが主演で監督の「目撃」が、何度観ても面白い。卑劣な犯罪を犯す大統領がジーン・ハックマン、それを誤魔化す補佐官がジュディ・デイビス、大統領らの犯罪に批判的なシークレット・サービス、スコット・グレン、大統領に妻を殺された大統領には親ほどの支持者が、ジョージ・マーシャル。此の犯罪の一部始終を隠し窓を通してすべて観ていた天才的な盗賊が、クリント・イーストウッド。その娘で弁護士でもあるのが、ローラ・リニー。この弁護士に好意を抱きながら盗賊を追う敏腕刑事がエド・ハリス。贅沢な配役。ローラ・リニーもエド・ハリスも大好き。

こういう引き締まって面白い映画は、ストーリーがどう読み物程度でも、映画表現がよく練られていたなら大いに楽しめる。けっして暇つぶしとしてでなく楽しめる。

2012 6・16 129

 

 

* 朝一番に群馬の都澤さんから、大量の水分二種を贈ってきていただいた。蜂蜜をいれたビタミン類の、カルピス風味のカルシウム分の。ありがとう存じます。

2012 6・16 129

 

 

☆ ありがとうございました。

秦先生 その後、お身体は如何でいらっしゃいますか?

湖の本111 と112  ありがとうございました。112 は「老いと死」について。私の得意な「部分読み」のお勧めもありましたので、そのように少し読ませて頂きました。

65歳の私も、自分の人生の結び方についてそれなりに考え、準備のために、いま札幌のある学校に通っています。この町に居るのは土日になりますので、皆様との連絡で失礼してしまうことがあり、お許しください。

もうひとり、癌を患いながら執筆活動を続け、著書を送ってくださる方がおります。***先生という哲学美学の先生です。末期の大腸癌といわれてから2年ほど経ちましょうか。最後に御見舞いに伺ったときには、すっかり痩せられて別人のようでした。でもまた最近に著書が届きました。

死ということを怖いと思った記憶がありません。輪廻転生という体験ができるとき…と考えていたからでした。

しかし母の、臨終まで1年あまりの様子を見ていて、死に方、つまり死に至るプロセスが怖くなってしまいました。

先生の本の中に、怖さを解消してくださることを見つけられるかもしれません。

では、どうぞお大事に! (月並みですが)  絢

2012 6・17 129

 

 

☆ 梅雨の晴れ間

時差二時間、飛行機は五時間弱のベトナムは決して遠いところではありませんでした。が、やはり暑さと旅の疲れでしょうか、日常に戻るには少し時間がいるようです。

出発前日、関空近くのホテルに泊まったので京都に立ち寄り、是非とも何必館の展覧会にと思いました。日曜美術館で紹介された後でもあり、かなりの人が来ていました。最上階の、和室のあるもみじ一本が配されたあの空間でも一人になる時間はありませんでした。

勿論多くの方が観、感じていくこと、それを目の当たりにするのは良いことでした。

華岳はもっともっと生きたかった、描きたかったと思います。痛切に思います。残された時間のあまりの少なさを自覚しつつ、それが前からも背面からも四囲から取り囲むように自分に迫っていたけれど、ただ描きたかったと思います。

現在なら心臓に負担をかけないため喘息のための薬も吸入器もありますのに・・。( 母方の祖母が長い間同じ病で苦しみ、心臓を弱めて亡くなった姿がわたしの幼児の記憶にあります。)

『元気に老い、自然に死ぬ』以前、とうに読んだこの本に再び接し、ドーンと胸に突き刺さるほどの衝撃を受けているのは、十年ほどの歳月がもたらしたものの大きさでした。この対談をされた頃の鴉の年齢にわたしが達していること、家族や知人の状況も範疇に入

っていること、様々な思い、身につまされます。

個人的なレベルで「遍歴や遊行」に気持ちは大いに動き、今も動かされていますが、やはり物見遊山の域に近いし、「生き恥を曝している」感が常にあります。

「抱き柱」や「ピン」はとてもよく理解できます。

わたしにとってまだ理解できていないのは「心」についてです。

「心は頼れない」「諸悪の根源だ」「心を無に帰すよりほかに安心はないぞ」に対する微妙な距離、疑問がわたしにはあります。対談の中で懇切に語られているにも拘わらず、「心」という一文字から受け止めるものが、従来の安直な捉え方から抜けられていないようです。そこまで、心を疑えない、と。

同時に諦めることも学び、多くを求めることにも拘泥することは既に少なくなっているのだからとも、自分を慰めます。仄かではあるけれど確かな春愁も秋愁もそのまま楽しみたい、ああ、いっそそれが冬麗であったらとも思います。

勝手な感想を書きました。的外れなところは旅の後の疲れによる思考の支離滅裂ゆえということで免じてください。

ベトナムのことは次に。

昨晩はかなり雨が降りましたが、今日は暑くなってきました。くれぐれもお体大切に、切に切に大切に。  鳶

 

* こころ嬉しいメール。こういうふうに「関わり合える」「問題を共有できる」幸せを、誰も誰もがその人なりに重く確かに持ち合 2012 6・17 129

 

 

* 手紙を寄越した俳優座の女優と連絡が取れた。観劇を申し込む用件を機械の傍のfax で依頼。

この二階の、なんという暑さだろう、いやはや、これからが大変。

2012 6・17 129

 

 

* もと岩波書店の高本さんからお見舞いの氷菓を頂戴した。「最上徳内」を「世界」に連載しはじめた昔を高本さんはわたしにプレゼントして下さった。

 

☆ 帰国いたしました。

秦さん  ご無沙汰しております。お身体の具合はいかがでしょうか。お辛い状況は続いてしまうのかも知れませんが,引き続きのご回復をお祈りしております。

先週の末に,ようやくモロッコから本帰国いたしました。お陰様で家族とも元気でおります。

4,5冊の湖の本も,自宅で待っていてくれました。ご送付ありがとうございます。黄色い封筒を開けていつもの表紙を見ると,日本に帰ってきたのだなという感慨ひとしおでした。

明日から早速の勤務(特許庁内ながら新職場も大変に激務と脅かされています。)となりますが,日本での生活を何とか再スタート出来る程度には身辺も片付いて来ました。

結局3年2ヶ月間の勤務となりました。途上国であり,イスラム国であり,フランス語ないしアラビア語の国でありといった,これまで馴染みのない文化圏での生活であり勤務でした。

じっくり反芻しておきたい経験も多かったので,また考えをまとめておきたいところですが,まずは日本社会へスムーズに再適応出来るのかに,かなりの不安を感じています。

以上,取りあえず簡単ながら帰国のご報告をさせて頂きます。  敬 卒業生

 

* もっとも沈着な日本語に、フルートのような音楽を静かに響かせる学生であり卒業生で、職場での頭角の顕しようも速やかであった。結婚後、イギリスやモロッコでの永い駐在生活も難なく乗り越えてきた。頼もしい若い友がまた身近に帰ってきてくれた安堵感を喜んでいます。また、きっと佳い文章で秦教授への挨拶を送ってきてくれるだうと、楽しみ。

 

* やす香の親友からメールが届いた。就職した職場にうまく馴染んでいるか知らんと想っていた。やす香もわがことのように喜んで応援していることだろう。

 

☆ 父の日

おじいさま、おばあさま こんばんは。お久しぶりです。

今日は父の日でした。

みんなで食べるケーキを買おうと、ソラマチへ行ってきました。ソラマチは、スカイツリーの下にあるショッピング商業施設です。数百店以上が集まっている場所のため、人も本当に多かったです。

せっかくのスカイツリーも近すぎて、見るには思いきり見上げなくてはいけませんでした。ちょっと首が痛くなりました…スカイツリーは、遠くから眺めるのがちょうど良いようです。

最近の私は、*町で研修をしています。配属は難聴者用の字幕放送をする部署で、私の希望するところでした。

その中でも仕事は2つあります。

1つは、できあがったテレビ番組の映像を受け取って、データ化をする仕事。

もう1つは、データ化された映像に字幕を打ち込んでのせる仕事です。

後者の仕事は、映像を見て、聞こえた日本語をそのまま黙々と打ち込みます。まるで職人のようなのです。

現在はそこで研修をしているのですが、とっても楽しいです。職場の雰囲気はとても居心地が良いです。みなさんが、いろんなことをきちんと教えてくれます。

慣れない仕事で大変ではありますが、楽しみながら何とかやっています。

実は先日、家族が増えました。4~5歳の三毛の女の子です。夫と相談し、ソラと名付けました。なぜなら、ソラマチがオープンする前日に出会ったからです。ソラちゃんとの出会いは、会社からの帰宅途中。家の周りにいるところを発見しました。そしてその場でソラをかまっているところに、近所に住んでいるという女性が近づいてきて、少し立ち話しました。

どうやらその女性の家にいる猫の餌を、ソラが盗み食いをするので迷惑しているのだそうです。その言葉を聞いて家へ連れ帰ることを決めました。

今では元気いっぱいに部屋中を駆け回り、悪戯しています。野良生活が長かったせいか、そんなに懐いてはきません。少しさみしい気もしますが、お互い上手く距離を保ちながら暮らしています。

それでは、またメールします。    稟

2012 6/18 129

 

 

* 朝一番に、山形の「あらき蕎麦」芦野さんより、例年のご厚意、みごとに美しい美味しい桜桃をたくさん贈って戴いた。一年のうち、いろんな頂戴ものの有る中で、此の桜桃忌の朝の「桜桃」は、心嬉しい第一等の名菓。ありがとう存じます。

2012 6・19 129

 

 

☆ 拝啓

「湖の本」112誠に有難く拝受いたしました。今度の巻は胃の三分の二を切除した九十歳の私には考へさせられることが詰ってゐて、緊張して拝読してをります。「私語の刻」で御病気で大変な御様子がわかり、同じ癌患者として、早い御平癒を祈らずにはおれません。葉書で甚だ失礼ですが、取急ぎ御礼と御見舞を申上げます。 不一   文藝誌元編集長

 

☆ 拝啓

このたびは『湖の本』第百十二巻を賜りましてまことにありがとうございました。御心にかけていただきまして、恐縮に存じます。これからゆっくり拝読させていただきますが、取り急ぎお礼申し上げます。

秦様、一日一日、まことに大きなことを克服していらっしゃるのですね。その中にあって、旺盛に、ご執筆、著作活動をなさり、その精神のお力に、大きさに、深く敬服いたします。

自転車走をなさるほどにご体力が回復していらっしゃいますし、最高の医療機関で治療をお受けになり、しかも元々、人一倍ご壮健でいらっしゃいますから、必ずやご快癒されることと存じます。どうかご快方に向かわれ、これからも長くご活躍されますことを、心より念じ上げております。 敬具   作家

 

☆ 「沈黙亭のあかり」チケット

秦先生 今日は。

山崎さんと確認が取れましたので、ご返事をさせて頂きます。いつも俳優座の舞台をご観劇頂きまして、誠に有難うございます。

今回もいつものように、お一人様、先生はご招待、ご同伴頂きます奥様は恐縮ですが、チケット代金4000円をお願いいたします。

当日、受付にてチケットと代金引き換えで、どうぞよろしくお願いいたします。

お席は前の方をご用意させて頂きます。

お身体が大変なのに、本当に有難うございます。

 

先生にお書き頂きました「心―わが愛」は名作中の名作ですね。

私は初演は袴、編み上げブーツのはいからさん姿で椿のシーンに女学生役として、出演させて頂きました。

再演の時は、新潟で、先生が戻ってきた時、淡い恋心を抱いている先生の従妹役を演じさせて頂きました。

どちらも、大好きな役です。

この作品に感激して、俳優座を受験、入った人もいますし、座内でも未だに「亡くなった立花一男さんのKに感動した」という人が少なくありません。

山崎さんも私も夫( 俳優座の劇団員です) もその一人、一人、一人です。

秦先生、俳優座の為に、今でもずーっと心に残る作品をお書き下さいまして、本当に有難うございました。

ご子息様は、同業者で売れっ子なのですね・・・

いつか、ご紹介下さいませ。

宜しくお願い申し上げます。

秦先生、どうぞお身体お大切になさって下さいませ。

お大事に・・・

7 月14日に向かって、体調を整え、頑張ります。

先生と奥様のご来場を心よりお待ち申し上げます。どうぞお気をつけてお出掛け下さいませ。 かしこ 俳優座劇団  縁

2012 6・19 129

 

 

☆ あじさいの季節となりました。

過日はご高著『元気に老い、自然に死ぬ』を賜りまして御礼申し上げます。これはすべての人に係わるテーマ。ベビーブームと呼ばれる世代はますます切実です。大変ありがたくゆっくり拝見いたします。外来の待ち時間にもプラトンを読まれるとのこと、心意気に圧されてしまいます。くれぐれも御自愛下さいますよう願っております。御礼まで申し上げます。  歌人 大阪府

 

* 梅雨に入りましたが

冷え冷えしたり暑かったり、不順な昨今の気候ですが、その後、如何でいられますでしょうか。お見舞い申し上げます。

「湖の本」有難うございました。主人が、珍しいことに、面白いと、メモなど、とり乍ら、 熱心に読ませて頂いております。

山折先生の著書は何冊か、読ませて頂いておりますので、秦さんとの対談、拝読させて頂く事、楽しみにしております。

同窓 奈良縣

 

☆ 拝啓

曇り空の下、あじさいや山吹の花が目を楽しませてくれます。如何おすごしでしょうか。薬の副作用にお悩みなのではないかと気がかりです。

別便にて、お見舞の冷菓をお贈りさせて頂きました。御笑納頂ければ幸いです。敬具

p.s 「湖の本」の最新巻有難うございました。  元岩波書店  練馬区

 

* 払込票にも無数にお見舞いやお心遣いを戴いている。感謝にたえません。

 

* 笠間書院の重光さんから、故佐伯梅友、故村上治、そして小松登美さん共著『和泉式部集全釈・正集篇』1000頁19000円が贈られてきた。嬉しい。有り難い。かねてわたしは好きな歌人として、男なら西行、女なら和泉式部と言い切ってきた。「千載和歌集秀歌撰」に次いで、山家集か和泉式部集の秀歌撰を試みようかとも想っていた目の前に、この大著を頂戴した。

 

☆ 「 湖の本112対談」を読ませて頂きました。

「自分の生活をタイムスタディする p91」 ーー98歳の母との生活( 父の死後28年になります) は今や一日単位の設定の中に有りますがーー日々陽気にやりたいと思っております。

先生の「お仕事」はいつも私の頭の中の霧をはらって下さいます。

「静慮」を胸に頭に。  ご快復を心よりお祈りして!  裕  練馬区

 

☆ 一日も早く

病を克服されて、今まで同様すばらしいご本を送って下さるよう祈っています。 貞  愛知県

 

☆ 「能の平家物語」エッセイ22を

面白く読んでいますが、もっと能についての本を、たとえば観能記などと思っていましたが、今回の112をよんでおりますと、能に触れるようなところがあり、もっと読んでいけばよいのだとわかりました。能のお稽古をするようになって、やっと求めるところが絞られてきたように思います。

お辛いことと思いますが、まだまだ吾々のために踏ん張っていただきたく、一冊でも多く届きますこと、待っております。 啓  石川県

 

* わたし自身も、刊行後ゆっくりと今回の湖の本を読み返している。せかせかと校正に励んでいたときよりも、山折さんのお話しも自身の話も目に耳に入りやすいのを喜んでいる。

2012 6・21 129

 

 

☆ 前略

先日は御鄭重にも「湖の本112」を御恵送下さいまして、誠に有難うございました。大変遅くなりましたが、まず「私語の刻」を拝読致しまして、「再入院」に「立ち向かふ」御決意のほどが、「好きな仕事」への没頭、熱中に基づかれていることに深い感銘を覚えました。

「元気に老い、自然に死ぬ」では、老と死をめぐる実に様々な角度からの異見、異論のぶっつかり合いに、私自身のこれから拠って立つべき思念を得る上で、誠に貴重な示唆を得ましたことを心から厚く御礼申上げます。(同年齢の自分としては「抱き柱はいらない」にも得難い御教示を得ました。)

「なぜ『遺書』を書くか」は日本人の遺書の特徴や諸々相に迫られるお二人の思索の流れが興趣に富み、やはり大いに啓発されました。私もかねて印象深く思っておりましたドストエフスキーの死の間際の夫人への言葉にも、改めて感動いたしました。

両対談は今後何度も繙かせていただきたく存じております。

どうぞ呉々も御体調に留意され、立ち向っていただきますよう衷心よりお祈り申上げます。草々不一  六月二十日

秦恒平様      文藝誌元編集長

2012 6・22 129

 

 

☆ 鬱陶しい梅雨の候

その後。ご様子いかがでしょうか。「湖の本」の「私語の刻」で、五月から抗癌剤服用と知り、それでも極力躰を鍛えているとのことで、安易なお見舞を申上げられませんが、同世代として、生きる指針を御著から仰いでいます。くれぐれも御身大切に。

御礼が後になりましたが、「対談・元気に老い、自然に死ぬ」「なぜ『遺書』を書くか」を頂戴して、誠に有難うございました。我身に照しながら拝読しました。先達の生き方が一々、自分の死生観を深めてくれるよう願っています。大久保房男さんの新著『戦前の文士と戦後の文士』が91歳で上梓、良き文壇への思いが詰った「元気に老い」た仕事の見本でしょうか。  元出版部長

 

☆ 秦恒平様

湖の本112 拝受。

山折さんとの対談、長時間にわたるものですね。

お二人の教養が全開、圧倒されました。   東大名誉教授

2012 6・23 129

 

 

* わたしのパソコン生活での顕著な変化は、メール交換の、いまやほぼゼロに近いこと。永い期間を掛けて貰ったメールに直接の返信をなるべく節約して、日記のうえで返信を代替していた。そうすることで、昔は一日に何十とあったメールへの返信作業を、継続的に意図して節約した。メール往来に要する相当な時間を浮かせたのである。それで良かったと思う。

2012 6・25 129

 

 

☆ 元気に老い、自然に死ぬ

恒平さん  昨日、届きました。ありがとうございます。

カルロス・ルイス・サフォンの「風の影」ですか? 良い案をいただきました。

本が読みたくて、スペイン語を勉強し直そう、と思い立ったことは、何年か前にお話ししましたよね。おかげで、新聞記事を読むことは覚えたのですが、文学は無理、という思い込みが消えず、翻訳された刑事ものにしか手を出していませんでした。それでは物足りず、6月に入って、無性に小説が読みたくなったところ、好んで読んでいたコラムニストたちが浮かびました。みな、小説も書いているんです。早速、図書館に行き、一応青少年向けから当たってみて、でもやはり大人向きの本に関心をそそられ、2 冊借りてきました。

いやあ、いいですね。久しぶりに、本に没頭する心地よさを味わいました。毎日、早く家に帰って、あれが読みたい、と思うんです。この調子では、2 冊とも読み切るのはもちろん、期限前に返却できそうです。実は、読み始めたばかりのこの青二才、この人たちの本を読み尽くしてしまったら、次はどうしよう? といった馬鹿げた不安に駆られていたところでしたから、今、カルロス・ルイス・サフォンの名が聞けて幸運です。

その本、何年か前にこちらでも話題になっていましたっけ。逆に、私が今読んだ本は恒平さんお読みになったのかしら?、と日本名を探したところ、こちらはどうやら日本語には翻訳されていないようで、それなら、あなた訳してみたら?、などという内の声まで聞こえてきて、楽しみは膨らんでいます。

恒平さん、再退院できて、よかったです。  京  バルセロナ

 

* 東工大の卒業生で、もとの秦教授を秦さんと呼んでくれる人は何人もいるが「恒平さん」と呼んでくれる人はこの人が、一人だけ。つらつら思うまでもなく他に「恒平さん」と呼んでくれる人は、昔からの学友・知友にももう一人もなくなった。「勉さん」と呼んでいた亡き田中勉がただ一人最期まで「恒平さん」だったのが無性に懐かしい。

京の従妹が、最近のメールで「恒平さん」と書いてくれていた。 2012 6・26 129

 

 

☆ 恒平さん

機械の前に坐るのは結構しんどいので、お返事はいただけないだろうと思っていました。お声が聞けて、嬉しいです。

日本にいたらきっと読んでいるだろう、と思う本がいくらもあります。昔読んだ本で、読み返したいものもあります。今読めば、きっと随分違った感想を持つでしょうね。

「あなたも、その歳になれば分かるから。」と言う文句、心地よく聞いたことはありませんでしたが、確かに、「その歳になって漸く分かること」ってあると、この歳になって分かってきました。歳というか経験ですか。それをよく感じるのは、映画です。

映画は面白い。展覧会に行くより、コンサートに行くより、(今の限られた状況で)本を読むより、恐らく、映画を見るのが一番楽しいです。

七月予定の手術によって、右の眼でものを見るのが、より楽になりますように。  京 バルセロナ在

 

* 読書に匹敵して、たしかに映画もわたしは青年の昔から大好き。このごろ頭もボケてきて急激に減ったけれど、ひところは海外の映画男優・女優の名など、それぞれ百人以上も即座にすらすらと言えた。それほど映画を俳優への贔屓の気持ちと一緒にして楽しめたし、今も楽しめる。先日の「湖の本」発送作業中に見始めたVTR録画映画も、あれあれというまに三十作ちかく観ていた。今は「アパートの鍵貸します」が中途で。あれだけ何度も何度も楽しんだ贔屓作なのに、今回はなんとも重苦しく不快で哀れで観ていられないのだ。

一頃は海外の映画ばかり贔屓にした。青春期に観た黄金時代の日本映画への郷愁が新しい時期の日本映画に背かせていたのだろうが、あるとき、ふと、近来の日本映画にも秀作があると気づいてからは、日本の映画もたくさん録画した。

薬の苦をまぎらわすにも、せいぜい映画を観よう。しかし映画館へは行かない。「仕事」を軸に、本を断続して読み進む、それと同じに映画も本を読む要領で観たいから。それをさせず、一気に全編観させる映画に出会えれば、それは幸せ。

 

☆ 桜桃の季節となりました。

ご体調はいかがでいらっしゃいましょうか。

桜桃は秦様にとって特別なお品ということでお見舞い旁々、すこしばかりお送り申し上げます。(太宰より秦様の作品の方が内容も文章も深く上質と思えますが。)

私の**での任期も2期目に入り、あと2年だけとなりました。こんな雑用は早く辞めて まともな勉強をしたいと思っております。

御奥様共々 お身体お大切にお過し下さいますよう。  大学学長

 

* 甘みの感触がすばらしい赤い桜桃を頂戴した。医学書院の編集者から、 転進して大学の学長にまで研究生活を推し進めていった後輩で、会社時代は同じ社宅にいて、私達の部屋で、茶の湯の手ほどきなどした。わたしが先に退社し、以来顔の合う機会に恵まれぬママ遠く離れているが、「 湖の本」には篤い応援を戴きつづけてきた。わたしにも妻にも、懐かしい人である。

有難う存じます。

 

* 花の匂ふ狭庭におりて

どの花が匂ふのかとしゃがむ われが楽しも  湖

2012 6・28 129

 

 

☆ 武蔵の鴉に   尾張の鳶

鴉の日々の記述を複雑な思いで読んでいます。

ぼけたと書かれていますが、決してそのようには感じられません。読書や映画、書くこと、何かに集中することは日常の暮らしの中で大切なことですが、現在の身体の不快をも克服していくためにも大いに重要、と気づかされます。書くこと、読むことは鴉にとって生きることの根幹にあるといつも納得させられます。

 

バルセロナの京さんのメールに、サフォンの『風の影』についての記述がありました。鴉つながりで京さんに何かが届いたような不思議な思いがします。

ついでに、かなり蛇足かもしれませんが、スペインの現代の少説ということで、読んで面白かったのは、『フランドルの呪い画』『ナインスゲート』でした。二冊は歴史や絵画を絡めたミステリー、文学としてということではなく楽しめます。もう一冊、ミステリーでないものがあるのですが、今手元になく・・。いずれも手軽な文庫本になっています。

 

友人から歌人河野裕子の歌についての感想を求められ、歌集『家、』 死後に夫、永田氏がまとめた相聞歌集『たとえば君』を読みました。

彼女の世界が夫、子供、周囲のいくらかの自然に限定されていることに対して、やはりこれでいいのかと問えば、わたしの答えはノーになってしまいました。早くに世に出て多くの機会に恵まれ、その中でさらに彼女の世界を広げ止揚していくことは可能だったはず・・。

もっとも、これがわたしの世界、これがわたしの歌と言い切られれば仕方がないのですが。

 

シリア情勢、政局、原発、深く揺さぶられます。

 

昼時を過ぎて、昼食は済まされたでしょうか? 午後の不快が今日はいくらかでも少ないようにと願います。どうぞくれぐれもお体大切に、大切に。

 

* ありがとう、メール。

どうしているかと想っていました。家庭生活、よほど落ち着いたでしょうか。

フォンの『風の声』 舞台が全面バルセロナなので、「京」ならこのような街の地理が判るのだろうなと思い、読んだことがあるかと伝えました。教えて貰った二冊のことも伝えましょう。

河野裕子の若い日々の短歌、彼女から『みごもりの湖』などへの親愛とともに送られてきたときは、嬉しくなるほど作歌に心惹かれたものです。だいた、年を取るに連れて世間の地位や周辺からの雑音が藝術家の純粋を冒し始めます。

すこし古くさいと譏られるかも知れませんが、『ジャン・クリストフ』で藝術ないし藝術家について語られた厳しい言葉にわたしは今でも真面目に打たれます。ゲーテの『フアウスト』や『イタリア紀行』からもまことにとうなづいてしまう手厳しい洞察や警告が聴かれて、わたしは学びます。

いまは中国の古い時代の寓話や説話を、同時並行何冊から楽しんでいます。

政治も原発も「知ったことか」と後ろ足に蹴飛ばしてしまいたいと痛切・痛恨の思いで思いますが、荷風のようには出来ないのが「辱(はじ)多き」気がして哀しいぐらいです。もっとも「壽(いのちなが)ければ辱多し」と言った堯に向かい、関守役人は軽蔑の言葉をかえしていたでしょう。「病・老・死の三患にわずらわされることなく、身は常に殃(わざわ)いなしとすれば、壽(いのちなが)くともなんで辱の多いことがあろうものか」と。いつまでも元気にあるとは、美醜や善悪にかかわらず等しく観て見抜けるということかも知れない。

昼食時には家内の用意してくれている四種類の錠剤を飲んで、いい方の左眼能力を長持ちさせようとしています。ビタミンCや亜鉛やなにかです。長時間にバラバラと口にしています。今日は辣韮ですこし日本酒をのみ、また思いがけずボイルした卵を二つも食べられました。また、自転車に乗ってみます。

闘病をいっそ楽しもうと企んでいます、成功するかどうか。

鳶も、日々を大事に。詩も繪も散文も、乗り気で、かいてください。 武蔵鴉

2012 6・28 129

 

 

☆ みづうみ、お元気ですか

東京新聞でお読みになったでしょうけれど、抗ガン剤の副作用のきつい時は、薬が病気に対して効いているそうです。なかなかの強敵相手に健気に闘っているお薬さんたちに、これからもがんばってください、でもお手柔らかにと、エールを送っておきますね。

 

(眼科の先生は、みづうみの大手術のこと、重篤だった感染症のこと、抗ガン剤のことなどよく承知していらっしゃいますか? 当然そのようなことご存じのはずですが、連携不足では困りますし、お医者さんの中には案外専門バカの人もいますので、ちょっと気になりました。また、白内障は一度に両眼ではなく、時期をずらして片方ずつにしていただきたいと願っています。)

 

東電、関電の株主総会は案の定荒れるだけ荒れて、庶民はごまめの歯ぎしりでした。わかっていたことですが、それでも日本のエライ人のレベルってこんなものだったとは。

東電の勝俣会長は事故後一度も福島の現場に行っていないという記事を読みました。もしこれが真実ならこんなひどい話はないと思います。会社の責任者が重大事故の現場に行かないなどというふざけた話があるでしょうか。

この一事をもってしても、原発の安全性など、端から東電にとってはどうでもいいことだったのは明らかです。福島の地元住民や作業員は「死んでもいい命」とでもお考えなのか、と疑ってしまいます。

そう思っていましたら、私の思いを代弁してくれる文章を見つけました。

 

長くて申しわけないのですが、とてもわかりやすく的確に書かれた東北大学臨床教授の岡山博さんのブログ記事を送らせてくださいませ。

一人でも多くの方に読んでいただき、拡散していただきたいと願っています。(でも、みづうみの「私語」の格調を乱すおそれがあります。読みたくない方々も多いでしょうし。みづうみにお読ませするのも、ご迷惑の思いも強くて。

ささっと流し読みなさって削除なさってくださってもかまいませんし、お読みくださらなくてもかまいません。

このメール全部無視してくださってもよいのです。また物好きがはじまったと、お許しくだされば幸いです)  明朝に続けます。

 

* 夜更けの発信になるので、以下は、明日朝に。

わたしたちもデモに参加したいと言いつつ思いつつ、低血圧で起ったときにたちくらみするので、此の「私語の刻」での発言に力を入れたい。貧血かと思っていたが、糖尿の主治医は、それは「低血圧の症状です」と。たしかに、体調不良時に測ってみると血圧の高い方で100前後になっている。これは低い。うっかり降圧剤は飲めない。

2012 6・28 129

 

 

☆ (夜前の受信の続き。朝に読もう・読んで貰おうと思って。)

 

岡山博  仙台赤十字病院呼吸器科医師、東北大学臨床教授

大飯原発再稼動に賛成・容認するおおい町と福井県の皆さんへ

 

「もし大飯原発で大事故が起こったら、安全をどう確保するか確保できるのか」を考えて、大飯原発再稼動に賛成・容認するおおい町と福井県の皆さんへ。

(フルバージョン。本記事とは別に短くした要約版があります)

 

電力会社と国の方針は決まっており、今その方針通り福島で実行しています。

今後も基本方針を変えるつもりはありません。

そのことを理解して、判断・発言・行動して下さい。

 

電力会社、財界と国が行なっている方針は以下です。

 

I.大事故発生時の、国と電力会社の基本方針について

 

・原発大事故直後にやるべき事は、すぐ避難させる、汚染空気をできるだけ呼吸させない、汚染食品を食べさせないことです。しかし、

・国と福島県・電力会社は、福島原発事故後、安全な水と食品を全力で供給することをせず、強く汚染された野菜も食べるように住民にすすめました。

・福島原発事故後、国と県、電力会社と同調者は「放射能はたいしたことはない、避難するな、(猛烈に汚染された自家野菜も)食べて良い。子供は元気に外で遊ばせろ。心配することや心配だと話題にする人のほうが放射能より有害だ。」「避難や、汚染野菜を避けるのは、神経質で異常な人たちだから相手にするな。避難する人は、自分だけよければという裏切り者だ」と解説して侮辱攻撃しました。

・ そのために沢山の人が避難せずに被曝し、放射能汚染食品を食べ続けました。

・「猛烈に汚染された地域の人に汚染の事実を知らせると、住民は適切な判断する能力がないからパニックを起こす」。だから、

・  「社会を混乱させないためには、住民には安全だと嘘の説明をして、避難させない。汚染食品を食べさせ続ける」。

・ 住民がパニックを起こしたとしても、判断能力がないからではなく、危険な重大事だと考えるからパニックを起こすのです。危険であれば、住民は避難し、家族も避難させる。それが当然です。しかし、

・ 被曝を避ける言動抑制することに批判が出たら、「専門家でない素人が言う煽動に乗るな。それでも出る不安や批判は、裏切り者、精神異常者として黙らせる」という方針です。

・ パニックを避けると言って住民の避難を抑制する一方で、事故対策に関係ない東電関係者や社員家族は原子炉冷却の見込みが立たなくなった時点、爆発するより前から、重大事故になると考え、すぐに福島県から、避難しました。現場で指揮する義務がある保安院幹部(中央官僚)は、福島市内に留まって、汚染の強い原発現場には行きませんでした。

・ 避難するのは当然の事態です。

・ 東電関係者がすぐに避難したことが悪いのではなく、安全だと嘘を言って住民を避難させないことが重大なのです。批判のポイントを間違えてはいけない。

・ 住民は、「東電社員や保安員などの中央官庁職員と同等ではない、劣った、捨てられて構わない人間、避難したり、汚染食品を避ける権利などはない人間」として扱われて、今も続いています。

・ 事故処理を進めるために、東電社員を大量動員することはせず、被曝基準を著しく上げて、下請け労働者に大量の被曝をさせました。責任ある官僚や東電幹部は、被曝危険がある現場に行きません。

・ 東電正規職員は、事故前から、被曝危険性がある現場には殆ど行かない。原発事故がおきて、大量被曝しながら作業しなくてはならない事態を生じても、正社員は被曝を受ける作業には参加しなかった。いくらか行くようになったのはずっと後のことです。

・ 大飯原発でも、定期点検や、日常的補修など、被曝する現場作業は、現地の下請けの人だけでやり、関電の正規職員や幹部は被曝危険が高い作業現場には日常的に行かないのではないか。

大飯原発について、私は具体的知識がありません。

しかし、現地の皆さんは、言われなくても常識になるくらいに知っているはずです。

・ 原発は安全と言って恫喝的に強行してきた、歴代の東電幹部や官僚は、現場作業に参加すべきです。彼らができる単純作業は沢山ある。しかし参加しない。現地などの下請け労働者=「被曝させても構わない、自分たちや普通の日本人より下等の、別の種類の人間」にやらせている。

・ 東電社員や、中央官僚、大企業の福島勤務者や外国大使館・外国人が、福島から避難したり、汚染食品を避けるなどの被曝回避の対策を取ることは非難されないが、最も危険にさらされている住民が汚染食品を避けたり、避難すると裏切り者、非常識、非科学的だと非難される。これが今、福島でおきていることです。

・ 被災した人たちだけは、避難したり、汚染食品を避けることが許されない。法律で補償された日本人として扱われていません。本来なら、東電や、関係官僚が最も守るべき人たちです。

・ 福島以外の原発付近の方や自治体は、「嘘を言い、放射線汚染食品を食べさせ、被災者に更に損害を与える政府・行政・電力会社」に、目下の協力者として協力するのではなく、指弾・追求すべきではないですか?

・猛烈な汚染があっても、国や電力会社は、全力で避難させたり、安全な水や食糧を供給するなど、被曝を減らすための行動を取りませんでした

・汚染されたものも非常事態だからやむを得ないといって、法律違反の汚染食品を食べさせ、法律違反の外部被曝も容認させる方針です。

・「住民は判断する能力がない。だからパニックを起こさせないためには、莫大な汚染があっても食品と呼吸の汚染回避はさせない」。これは実際に飯舘村などで政府・福島県・東電・電力業界がやっていることです。「判断能力がなくパニックを起こす住民には危険を知らせず、避けられるはずの被爆も回避させない」。

原発付近の住民は、日本人全員に適応されているはずの既にある法律からも除外されて、日本人として扱われません。

・「原発は安全だ」と言いながら、日本では、原発を消費地から離れた過疎地にわざわざ作るのは、事故がおきたら、住民を人として扱わず、日本社会から切り捨てるためです。そしてその通りのことをやっています

・福島の人たちは、法の下の平等な人として扱われていません。原発付近の住民はそのように扱われています。福島の被災者が、原発推進勢力から人として扱われていない現実をまっすぐに認識すべきです。

・ 本来は、このような現実を見せ付けられる前に知っておくべきでした。普通の日本人として扱われないという屈辱に気づかなかったのなら、これまでの自らの考え方やあり方を反省し、再検討すべきです。

・ 日本人として平等に扱われていないのは、大事故がおきたからではなく、原発を作るときから一貫していることです。大量の放射能汚染という事態になって、よりはっきり見えるようになっただけです。

・ 表に見えていなくても、大飯をはじめ、全国の原発を受け容れた地域の住民は、始めからそのように扱われています。

・ 事故がおきたときには、住民に損害を押し付けて、日本社会から切り捨てる。大損害を生じる大惨事の可能性を考えたから、原発を過疎地に作った。

・原発を作るとき、大事故に備えて、東電は世界の保険の本締めともいえるイギリスのロイド保険に申し込みましたが「地震国日本で原発は危険すぎて、保険契約はできない」と断られました。

・ そこで日本の電力業界は、金と政治力、官僚と政治家を使って「想定外の原因で原子炉事故が起きた場合は、電力会社の責任は問わず、被害者に賠償する義務もない」という法律を作りました。東電が「想定外」という言葉を絶対に引っ込めないのはこのためです。

・大事故がおきたら、被害者を見殺しにするという方針はあらかじめ想定してしっかり準備していました。今それを役立てています。

・ 経済的に豊かでない過疎地の人は「わずかな金をやれば誇りも失い、懐柔できる。道義も安全も考えない、原発推進に従う人間にすることができる。その程度の人間」として始めから扱われていた。

・この扱いを受けて屈辱と知るべきです。

・この扱いを受けて反撃せず、逆にそのまま受け容れるべきではありません。

・ 人と社会を欺いて他人に損害を与える、道義性がない人たちの目下の協力者になって、自分や子供、社会を守る正当な意見を持つ他人や他人の発言と安全を脅かすべきではありません。

・まともな人として扱われず、いざとなったら切り捨てられる、「黙らせるには少し金を与えれば十分だ」こんな侮辱的な扱いを、受け容れるべきではありません。こんな扱いをされることに慣れたら、まともな尊敬されるべき一人の人間として存在できません。人としてまともな誇りを持つべきです。

・自分を守る正当な意見も発言させない人間関係で縛って、誇りを失った精神を子供たちに植えつけてはいけない。 原発に屈辱的に同調することが、子供たちの誇りを壊して卑屈な人間に育てるという重大な意味を考えるべきです。

・国と「専門家」は「放射能よりも心配しすぎるほうが健康被害がある」「病気になったら、放射能が原因ではなくて、過剰に心配したストレスが原因だ」と解説・強要しています。

・放射線被曝に関する世界的な共通した理解や合意と、日本の全ての法律に反する、ごく一部の「専門家」の主張を、まるで医学の常識であるかのように偽って政府や自治体が電力会社の意を受けて解説し公的機関・自治体を使って強要しています。

・この偽りを言う行政の説明と取り組みは、被曝を減らす取り組みを弱めると共に、病気が出たら、被曝させた責任者が、被害者に病気が出た責任を押し付けると言う悪質なものです。

・この行政の判断と方針は、説明と方針が誤りであることに加えて、異なる意見をいえない社会を作っています。恐怖を感じて自由に意見をいえない社会は被曝とは別の意味で危険で重大です。

・公務員が法律違反をすると法治国家が成り立たなくなるので、公務員は法律遵守を厳しく義務付けられています。

・現在の日本は、上司の命令で、個々の公務員が法律違反をしています。

・さらに行政組織として法律違反をし、更に国民・住民に法律違反を強要するという無法国家・無法行政・反民主社会になっています。

・学校教育では、反対意見があることを知らせず、「放射能は安全」という一つの考えだけしかないように偽って、批判や議論を許さない教育を強要しています。

・今回の原発事故の正しくない政府方針は、「学校教育を、何が正しいかを考えて判断するという科学的、論理的能力を育てるのではなく、学校という国民にとって大切な機関を、生徒や先生が自分で考えたり、自分の意見をいえない、抑圧と洗脳の場」に変えました。

・学校教育が根底で破壊され、学校と教師に対する保護者と生徒、社会からの信頼を根本から破壊しました。

・「学校は本当のことを教えない。自由に考えることも発言することも抑圧する。学校は子供の安全損なうことをする」という事実と認識が広がっています。

・学校と先生が保護者や生徒から信頼されなくなったら、健全な教育は不可能です。

・国家百年の計である学校教育が危機です。

・ これほど重大な反社会的、違法行為までして、原発を稼動させようとしています。このことだけでも、原発と、原発推進グループの言動は反社会的です。

・福島原発大事故が重大であることと共に、無条件同調を強要して自由な発言を抑圧する社会を進めたことと、国家百年の計である学校教育を破壊したこと、社会の健全性を崩壊させ、人々から誇りと明るさを奪い、今後の日本を崩壊させる重大な一歩になったと私は考えています。

 

II. 福島や宮城社会で起きていること

 

・子供に放射能被曝をさせたくない母親は、家族の中で「県も専門家も安全だと言っているのにお前は神経質だ、変わっている」と非難されて、家族内で孤立し、家族が半崩壊している家族は多い。

・家族とも一応合意して、子供を連れて遠隔地に避難した母親で、離婚した人や実質離婚した人は、私が知っているだけでも何人もいる。九州に子連れ避難してその後離婚した方は「子連れで家族から離れて避難している母親の半数は、離婚を考えていると思う」と言い、同席した別の離婚した方もそれに同意していました。

・北海道に一時避難したあと、福島に帰られた方は、「家から仕送りがなくなって、やむをえず帰る人が多い。帰ると家族内で、トラブルが起きることは必至で、離婚の覚悟無しには帰れない。」と話していました。

・ 無責任な安全神話の同調強要は、医学的安全だけでなく、このように人の精神と人格、健全な人間関係に基づく幸せも破壊し、今も破壊し続けている。

・校庭の放射線測定を要望しても無視され、親が自分たちでも良いから測定したいと提案しても許可されないことが何ヶ月も続きました。

・給食の牛乳汚染を心配する親が、給食の牛乳の放射能測定要望や、飲ませたくないとという申し入れに対して、「教育の一環だから飲まなければ駄目だ。変わりに水筒を持っていくことも禁止」。要望した母親はモンスター扱いされ、再度申し入れると精神異常者扱いされるなどの例が続きました。

・要望しても牛乳や給食の放射能を測定してくれないので、学校から持ち帰って測ろうとすると、窃盗扱いされ、給食放射能に批判的だった教師は、窃盗をそそのかしたと、処分前提の指導を受けています。

・医学常識や法律に反する「放射能は安全」という無条件同調を強要する教材を使う授業が強要されて、子供の成長や安全を考えて異論を持つ教師は、自分の意見を言うことを禁じられています。

・福島医大では、放射線被曝を避けるために、医師の1 割が退職し、今、医大で仕事をしている多くの医師は家族を福島以外に住まわせています。

・福島医大の医師がこのように、福島の放射能汚染を深刻に考えていても、医大の中では、放射能を話題にすることは禁句で、放射能汚染や被曝に関連にした調査・研究は実質的に禁止されています。

・大学の研究内容が禁止されるということは恐らく戦後なかったことで、大学のあり方としても歴史的な大事件がおきています。

・放射線について医学的な議論やおしゃべりさえ自由にできない福島医大が、被曝医療の中心になっています。

 

III.大飯で事故が起きると福島の9 倍以上汚染される

 

・福島レベルの事故で、若狭湾は死の海になり、土地は福島の9 倍汚染します。

・福島原発事故で放射能の90%は太平洋上の大気に拡散してやがて海に落ち一部は世界中の大気に拡散しました。

・日本の風は基本が偏西風なので、大飯原発で爆発すれば放射能の90%が陸に落ちて大地を汚染します。

・だから、福島と同じ規模の放射能放出がおきたら、福井や滋賀、京都でヨウ素やセシウムによる汚染は、今の福島の9 倍の汚染になります。

・ 基本は西風なので、多くの場合は陸地が原発の風下になって、逃げるべき風上の避難場所は殆どの場合ありません。

・稼動中の原子炉が爆発すると爆発直後の数十分から数時間は、すさまじい量の短寿命放射性物質が出ます。

・福島事故では、爆発直後の短寿命放射性物質による汚染は西風の為、偶然、ある程度避けられた可能性が高いですが、大飯原発では西風が主なので、陸の大気が爆発直後の短寿命放射性物質で汚染を受ける可能性が高く、その場合は、地域の被曝は福島と比べて、比較的寿命が長いヨウ素、セシウム、ストロンチウムなどによる9 倍量の放射線被曝に加えて、激烈な初期放射線被曝を受ける可能性が高いです。その場合は実質的におそらく全滅です。

・ それほどの危険を冒してまで、原発稼動を容認すべきではありません。しかもそのとき被曝するのはあなただけではない。反対していた人たちまで被曝します。

・福島事故では、爆発して大気に放出された放射性物質の落下と、原発敷地内の放射性物質の海への流失と、東電による、汚染水の海中への放出によって、福島の海は汚染されました。

・福島原発は、太平洋に直接面しており、さらに、そこには世界最大級の、北からの親潮・千島海流と南からの黒潮の流れがあるため、放射能の殆ど大部分は千島海流と黒潮の大海流によって太平洋全体に移動拡散しました。それでも福島付近の海は今も強く汚染されています。

・大飯原発は、若狭湾内にあるので、放射能が海を汚染したら、放射能は若狭湾に長期に留まり、湾内が激烈に汚染されて、文字通りの死の海になります。

・原発が湾内にあることと、対馬海流の流量は親潮・千島海流と黒潮の大海流と比べるとはるかに少ないために、湾内の放射能が拡散希釈されるのには、福島の何十倍、何百倍の時間がかかる。

・福島の放射能は海流で太平洋に流れたが、対馬海流で運び出される放射能は、京都から北海道までの日本海を海岸に沿って移動し、海と海岸を汚染し、内海ともいえる日本海全体を非常に長期間放射能汚染します。韓国、北朝鮮、ロシアの海も高度に汚染します。

・事故がおきたら、これは必ず起きることで、解決する方法はありません。

・ 大事故がおきたら必ずそうなります。

・ そうなっても自分は我慢すればよく、家族や知人が被曝してもやむをえないですか?

・ おおい町民と福井県民は、他人の破滅的大損害を承認・容認する権限はありません。、

・ 事故がおきた場合に十分な避難路がないことは問題ですが、避難しても以上のことが起きます。

ひとまず避難できればすむと考えますか?

 

IV.原発事故があれば被害はおおい町と福井県だけですまない

 

・原発事故があれば被害はおおい町と福井県だけではすみません。

・だから本当は、おおい町と福井県と関係漁協が、原発稼動を認める権限はありません。

・何がしかの見返りを得るために原発稼動に賛成・容認した人は、原発事故があった場合、被害を受けるのは、ある意味ではやむを得ません

・しかし、大飯原発が事故を起こせば若狭湾は死の海になりますから、京都府の宮津や伊根など、若狭湾内の漁業も壊滅します。福島事故の10%の規模でも、漁業が壊滅するだけでなく、若狭湾に面した市町村は住むことも、恐らく立ち入りも難しくなります。

・福島と同程度の事故がおきれば、福井、滋賀、京都が住めなくなり、琵琶湖が汚染され、日本の広範囲が高度に汚染されます。

・そうなれば、チェルノブイリ事故が原因のひとつとなってソ連が崩壊したと同じように、恐らく日本という国は存続できません。

・ソ連のような広大な土地ではない、人口密度が高い近畿地方で原発事故が起これば、人の苦しみと、苦しむ人の数はチェルノブイリや福島よりもずっと大きくなります。

・だから、おおい町民や、福井県民、関係漁協は、大飯原発の稼動を他の国民の分を代表してまで承認する権利・権限はありません。

・イギリスからの移民がアメリカに植民したとき、植民者は、土地に住んでいた先住民(いわゆるインディアン)から、始めは土地を借り、やがて奪っていきました。

・先住民は土地を個人の所有とはせず、共同で使うものと考えていました。だから白人が来たとき、歓迎し、困難を助け、土地使用を許可し、かぼちゃの種をあたえ、耕作法も教えて援助し、受け容れました。

・ アメリカで最も重要な祝日である「感謝祭」はこれを感謝したものです。しかし、親切に助けてくれた先住の人たちに感謝するのではなく、親切な先住民にめぐり合わせて自分たちを助けた神に感謝する祝日です。

・やがて白人は、先住民から土地を奪っていきました。

・土地所有の概念がない、先住民の誰かに働きかけて、ガラス玉などと引き換えに、白人が土地所有を認める契約書にサインをさせる。先住民は英語を読み書きしませんから、白人の口先だけの説明を聞いてサインとして×等の記号を書きました。

・この先住民は、先住民全体の土地を、白人に渡す権限はありませんが、その個人のサインを盾にして、白人入植者は暴力で次々と全ての土地をうばい、先住民を迫害追放して、自分たちの所有にしました。

・契約書に記号でサインした先住民の殆どは契約の意味を知らずだまされたものです。これを繰り返して、イギリスから来た白人は、アメリカの全ての土地を手に入れてアメリカ合衆国という国を作りました。悪質です。

・他の地域の人の分までの権限がない、おおい町や福井県の人々や自治体、漁協が原発稼動を許可することはこれに似ています。

・原発事故があれば影響や損失は、おおい町と福井県に留まらないのだから、他の地域の人々の安全や利益を売却・承認する権限はありません。

・「その地域自治体と関連漁協だけの承認で良い」という法律は、原発を推進する人たちが金と権力を使って不当に作らせたものです。

・白人が、権限がない一部の人と契約して全体を取り上げた仕組みと同じです。

・おおい町や福井県の自治体は、日本中の人の安全や財産を提供する権利はありませんから、他の地域の人たちの安全と財産を提供する意味を持つ承認・容認をすべきではありません。

・何らかの利益と引き換えに承認した人が損害を受けるのは、電力会社や政府の責を減らすものではないが、ある意味で当然です。

・しかし、福島の場合でも、原発に反対し、何の見返りも受けず、その上、侮辱抑圧を受けた人たちまでが、放射能被害を受けました。

・東電・政府・自治体と同様に、住民の中で原発賛成で活躍した人たちが、賛同者から嫌がらせを受けても原発に反対した人たちに、大事故を起こしても、謝罪も弁償もしないことに私はいやな感じを持っています。

・アメリカ先住民は内容を理解せず、多くは親切心に付け込まれて騙されてサインをしました。しかし、大飯原発を承認する人は、他の地域の人が反対していることを承知で、何らかの利益と引き換えに承認するのですから、事故があれば、単なる被害者ではなく、責を負うべき有力な加害者です。

・加害者であることを承知で原発稼動を承認するなら、その多くは悪人です。

・加害者や悪人になってはいけませんから、おおい町や福井県の人は、他の地域の人の権限や安全を侵す承認をすべきではありません。

V.原発事故の原因は解決されていない

 

・ 国と東京電力は、津波によって緊急用電源が破壊されたことが大事故の原因だと言っています。嘘です。

・ わずか震度6 の地震で、外部電源を供給する送電鉄塔が倒れ、外部電源2系統がすべて破壊されて電源を喪失した。震度6 で倒れるような送電システムであったことが第1の原因です。

・ 非常用発電機が津波で破壊されたことと、移動式の電源車の送電ケーブルが短かすぎて更に、ソケットの形が合わないというお粗末な理由で電源車が役に立たなかったことが第2の原因です。その結果、原子炉冷却ができずに爆発した。

・ 津波で非常用発電機が破壊されたことが原発爆発の原因と言うなら、電源車のコードが短すぎて更にソケットの形が合わなかったために電源車から送電できなかったことも、爆発に至らせた最大の原因というべきです。しかし東電も政府もそうは言わない。

・ わずか震度6の地震で配管もかなり破損したので、仮に電源復旧に成功しても、原子炉を十分冷却できたかどうか疑問です。しかしこれも言わず、「想定外の津波」が最大唯一の原因であると主張し続けている。

・ 原発稼動に都合の良い意見だけを集めて言わせる組織を、中央や、地方行政、研究機関、マスコミに作り、自由に物を言えない環境を作って、まじめな議論や、異論や反対は抑圧排除した。

・ このような電力会社の抑圧的なあり方の為に、電力会社内でも、原子炉を改良すべきことや大小の事故から教訓を得て原子炉の安全を高めていくことできず、話題にさえしにくくなっていたはずです。JRや航空会社であれば、危険かもしれないことに社員が気づいて問題提起したり報告すれば、評価が上がる。しかし電力会社内では、危険を指摘するだけで、抑圧されていやな目にあう。

・ 都合が良い考えや資料だけを集め、異論や反対意見を抑圧排除する。これが福島原発大事故の最大の原因です。

・ 爆発を起こして、解決の方針も出せず、東電と官僚は打算で動いて事故と損害を繰り返し拡大させました。本来なら、原発の危険性を指摘し手事故対策を要求していた技術者や科学者を招いて、知恵を集めて方針を作り、事故対策を進めるべきでした。しかし、原発に批判的で事故対策を研究・提案してきた専門家を今でも、排除して、原発推進してきた責任ある人々は処分もされず、今も原発稼動と、事故処理の中枢を独占して、原発推進論者だけで、方針を作り、原発と社会をしきっています。

・ 高まった原発反対や批判の意見を排除するために、一方的な考えだけで他を排除して強引に原発を強行する姿勢を更に強めて、強行する仕組みも強化しています。

・ 原発の安全対策など、批判的意見を抑圧して、自由な議論を抑圧排除したことが、福島原発事故の最大の原因なので、それを考えると、原発事故の安全性は全く改善されていません。

 

VI.  原発再稼動に合意されるおおい町と福井県のみなさんへ

 

・自由に安心して話せない抑圧社会、人間関係であっては、互いによく考え話合って共同してより良い方針を作ることはできません。

・都合や行きがかり、打算を入れず、まじめにまっすぐ・丁寧に考え、誠実に議論して判断、行動してください。

・子供に誇れる、まともな自分であろうと考えれば、どう発言・行動したらよいか分かります。子供たちは大人のあり方をまねて、成長します。

(6 月23日一部加筆修正)  岡谷原稿以上

 

 

(メール続き) 明日(29日)、夕方六時から首相官邸前で脱原発、再稼働反対デモがあります。

もしこの岡山先生のブログを読んで、その主旨にご賛同していただる方がありましたら、是非参加してください。

他にも七月十六日に大江健三郎さんたちの主催する大きなデモが代々木公園で行なわれるといいます。参加してください。

大飯を止められなければ、益々原子力推進派は勢いづいて、日本の原発すべての再稼働が始まります。

バカの集団になった政官財は、日本どころか地球をも滅ぼしかねない「もんじゅ」も「六ヶ所村」も稼働させることにしています。日本の経済の六割くらいは原発関連だから、この闘いは容易ではないという弁護士さんがいます。

しかし、国が滅びてしまったら、国民が死んでいくなら、経済に何の意味がありましょう。地震は起きない確率のほうが低いし、事故は必ずおきるにもかかわらず、電力会社が潰れないため、自分たちの利権のため原発を動かそうとする政界・財界・金融勢力があります。今こそ国民が立ちあがってノーと言わなければ、この国は終わってしまいます。

私は日本をあきらめられません。ただのオバサンで、デモなんて今までの人生で一度も参加したことはありませんが、行く予定にしています。

もし、日本が滅びてしまうとしても、自分が何もしなかったという後悔だけはしたくありません。

アインシュタインにこんな言葉があるそうです。

この世は危険なところだ。悪いことをする人がいるためではなく、それを見ながら、何もしない人がいるためだ。

萍  萍に大粒の雨到りけり  星野立子

 

 

* もう久しい「萍」さんは、上のような弾劾やまた行動とは、遙かに遠いいっそ病弱の人という感じをお便り等で持っていた。福島爆発へのよほどの不安と、東電や政財界への憤りとがこの人を強くさせたと感じる。いま、最も必要で正当な生活感覚をもって、しっかと起っている女性の一人と感じている。敬意を表したい。

また岡山教授が弾劾の、いかなる項目にも首肯せざるを得ない。福井県の人たちに、ぜひ、前向きの人間としての反応を願いたい。可能な限り、たぶん岡山氏も承認して下さるだろう、たとえ摘記してでもより広く知友にこれを伝え広めて国民の声になるよう願います。

2012 6・29 129

 

 

☆ 反原発 初・デモ参加

お元気ですか、みづうみ。

みづうみの一日一日の投薬が無事におさまりますように、心をこめてお祈りしています。

 

六月二十九日、初めて官邸前の反原発デモに参加してきました。

今までのデモというと政治色の強い印象でしたが、一昨夜のデモはほんとうに「ふつう」の人々のデモでした。初めてでも安心して参加できます。サラリーマンやOLや老夫婦や学生や子連れの家族が穏やかに歩いていて、私のように一人で参加している人もたくさんいました。

構えずに、気軽に歩く感覚でよいので、これからも一人でも多くの人に脱原発の声をあげていただきたい、デモに参加してほしいと思います。

想像していたより若い人が多いことが嬉しいことでした。背広姿の男性が「日本を滅ぼす気か」と叫んでいたのが、まったく同感でした。この場に来ていた人々の共通の思いでしょう。

一昨夜の規模になれば、さすがに新聞テレビでも報道されました。しかしながら、率直な感想を述べれば、この程度の人数では、官邸及びその周辺には屁でもないということです。たしかに今までにない大規模なデモですが、このくらいは想定済みで原子力推進派には痛くも痒くもないでしょう。ほっておけばそのうち諦めて下火になるとふんでいるはずです。国民の怒りも、再稼働の既成事実を重ねることで、下火になってくると高をくくっているでしょう。それよりも彼らは数人の東電さま、あるいは彼らの正体不明の親分のお怒りのほうが怖いんじゃないかしら。

福島瑞穂さんをお見かけしました。誰かと話しながら歩いていらっしゃるところでした。私の印象では、この人は、脱原発の看板を掲げていても、とても脱原発運動に貢献できないだろうと失望しました。デモに来るだけましかもしれませんが、国民の声を代弁できる政治家ではないでしょう。命がけのもの、発信力がまるで感じられませんでした。

国民の抵抗はまだ始まったばかりです。これからが大切です。少なくとも昨夜の三倍の人数が集結しなければ、原発推進勢力を一瞬でも止めることは出来ないでしょう。

 

国民は、このまま黙って原子力ムラに殺されるか、それとも断固闘いぬくか、この二つに一つの選択肢しかないのに、まだ無関心な人間が多すぎます。誰かがどうにかしてくれるなんていう幸運は、もうあり得ない状況です。一人でも多くの国民が、怒りと強い意志をもって行動しなければ原発は止められません。

防護服を着て原子炉の実物を見たことのある人間はそう多くはいないでしょう。私の見た物は実験用の小さな原子炉でしたが、若い日に見ておいた経験は貴重なものでした。あのような物体が無惨に破壊された時、人間が制御出来るはずがないということは、肌でわかります。人間の創り出したほんものの悪魔、怪物と思っていただければよいでしょう。

正直に申しまして、私は福島の事故収束については、希望を失っています。どうにもならない状態ではないかと恐れます。決定的破局を一日延ばしにしているだけではないかとすら感じています。

起きてしまった福島の事故はもう変えられませんが、せめてこれから起きる悲惨な事故の種は防がなければ日本は破滅を免れません。

再稼働前に既に一晩で二十六回も警報の鳴った大飯原発が、今後も無事故であると、お気楽な希望的観測している関西電力も政府も信じがたいバカ集団です。

 

第二次大戦では三百万人以上が死にました。もっと犠牲の少ない形で敗戦にすることはいくらも出来たのに、愚かしい日本国は最大限の国民が死ぬまで戦争を終わらせることが出来なかった。そして、無駄に無能にかくも多大な犠牲を強いた当事者は責任すらとらなかった。原発でもまったく同じ轍を踏むつもりでしょうか。

このまま国民の無関心派が動かなければ、第二、第三の福島が起きます。危険度の高い原子炉が次々に稼働をはじめます。政府は浜岡も、もんじゅも、六ヶ所も稼働させるでしょう。

 

日本人は大失敗した第二次大戦の歴史から何を学んできたのだろうと思います。今も同じことが起きています。

第二次大戦の勝算のない愚かしい開戦は、地震国日本に原子力発電を導入し、活断層も調べず安全性を軽視した原発を次々に建てたことと同じ。根拠のない楽観と精神論だけで戦線拡大し、負け続けたのを隠蔽した事は、「安全神話」をでっちあげ、事故後はこのくらいの放射能は大したことはないと国をあげて洗脳していることと重なります。

 

私は、今の日本人は満蒙開拓団と同じ立場にいると感じます。日本の敗戦が決まった時、軍部と満鉄の上層部などは住民を見捨てて真っ先に逃げていました。政官財や原子力ムラの、真相を知る人間たちは、日本が汚染でいよいよ危なくなる前に、早々に外国に逃げるでしょう。お金もルートもたっぷりあるのです。

残された満蒙農民たちの逃避行の悲惨は、そのまま私たち国民のものとなるでしょう。 私が満蒙開拓団の記録で耐えられないのは、わが子を棄てたり殺したりせざるを得なかった事実です。

幼児を筵に置いて、食べ物とおもちゃを残して逃げた多くの家族。幼児は運がよければ中国人に助けられたでしょうが、大半は狼の餌食となりました。乳飲み子は、母親が乳房に毒を塗って、授乳させながら殺しました。

もし、放射能から緊急で逃げる必要があるとき、日本人は満蒙開拓団の人々のように、弱い者を見捨てていかざるを得ないかもしれません。

福島事故の影響で、これから想像を絶する事態が始まろうとしています。子どもたちから死んでいきます。これ以上の悲劇を繰り返さないために、もう悪循環の原発依存経済は止めるべきです。

こんなことを書く私の頭はおかしいのかもしれませんが、少なくとも昨夜デモに参加した人間はこの危機感を共有していました。

 

ただ一つ、あの戦時中より今のほうが有利なのは、言論の自由があることです。秘密保全法が成立してしまえばわかりませんが、まだインターネットで自由に発言することが出来ます。

日本が取返しのつかないことになる前に、一人一人が、小さな人間が、絶対にあきらめずに意志表示をしていかなければと思います。相手はおそろしく強大です。容易には勝てない相手です。

 

デモに参加しないでも、脱原発への声はあげられます。

大飯原発再稼働に反対意見をお持ちにもかかわらずデモに行けない方は、電話かファックスで後方支援という手段があります。

 

首相官邸1:03-3581-0101 begin_of_the _skype _highlighting無料 03-3581-0101 end _of_the _skype _highlighting 首相官邸2: 03-5501-2277 begin _of_the _skype _highlighting無料 03-5501-2277 end _of_the _skype _highlighting 首相官邸FAX:03-3581-3883 begin_of_the _skype _highlighting無料 03-3581-3883 end _of_the _skype _highlighting

 

関西電力:06-6441-8821 begin _of_the _skype _highlighting無料 06-6441-8821 end _of_the _skype _highlighting 関西電力 FAX:06-6441-7143

 

電話では軽くあしらわれてしまうそうなので、FAXで簡潔にまとめて送ってみてください。

 

一昨夜、原発国民投票を実現しようというパンフレットが配られていました。賛同人として浅田次郎、辻井喬、吉岡忍、谷川俊太郎さんらのお名前にまじり、黒川創さんお名前もありました。みづうみのお兄さまと同じように、無関心ではなく行動しようとしていらっしゃるのでしょう。

急いで書いたのでいつにもまして乱文ですが、読み返さずにこのままお送りします。みづうみのお気持ちの晴れるメールを書けなくてほんとうにごめんなさい。     雷    いかづちの後のもの影濃くしたり  中山宗一郎

 

 

* 日本中の生活者がこうあって生きて行きたいと、この、わたしの娘よりやや年嵩な主婦読者のすばらしい変貌に敬服する。歩くのは嫌いです、疲れますからと、むかしメールで読んで、病人さんかと久しくわたしは想っていた。

わたしこそ今は病人で情けないが、こうして日々の「私語」を発信し続けている。どれほどの人たちに伝わって行くのか、多年の励行で読みに来て下さる人は少なくはないと想っている。どうか、わたしの「私語」は(主旨を書き替えられては迷惑だが)いくらでも転送されていいとむしろ願っています。

* 甥の黒川創の名を久しぶりに聞いた。こういうところで踏ん張ってくれて当然のこと、有り難い。

秦建日子ら、藝能畑の若い人たちにも、信念を持って発言し「歩いて」欲しい。

 

* それもこれも仇夢のうちとわたしは感じているが、感じながらも夢の内でなりと人間悪に向かっては、当然の声を挙げたい。「無用の用」を意識し、「世間には無用のもの= 散人」になることを念願にしてきた先達も、荷風散人のように、いた。わたしは心底でむしろそちらに憧れる自分を承知しているが、しかし、いま、わたしは敢えて「雷」さんに同じて、悪政に向かっては思うまま批判を書き置いてゆきたい。

2012 7・1 130

 

 

☆ 暑い日が訪れました。

いつもご心配くださいまして本当にありがとうございます。

先生。眼科でご入院とのこと、奥様もお忙しいことと存じます。どうぞお体にお気をつけ下さいませ。

実は私もいろいろあって、七月二日に再手術となりました。短い間に二度目ということでガックリしています。でも約一週間で退院できます。

いつかお目にかかれますように。  弓  京都

 

* やはり癌と聞いていた。

自身が病気していると、心親しい知友の病気がひとしお気になる。なかには、自身の病気ではなくて心身の奔走を必要としている人も有る。老々介護もしかり。なかには、お子さんが欲しいのに満たされぬまま人工授精の成功を願って採卵などにクリニック通いを続けている人もいる。どうかどうか、いい結果へ繋がるといいと願う。心身の鬱になど冒されないで、だれも、元気でいて欲しい。

わたしは色素沈着が進んできて、妻に言わせると顔色もと。抗癌剤の副作用は、待ったなしに高めへうねって行く。先は永い。

 

☆ 「湖の本」112j巻を頂きました。有難うございます。

五日ほど、神戸、京都を所用で廻っておりまして、御礼がおくれました。帰ると、思わぬ方の訃報やら、すでに「相済ませました」という御報告やらで、これまた天てこまいです。

折りから遺書の数々の例を沢山挙げて下さってあり、大変有意義です。

日々、御快方にと思いますが、どうぞお大切に…。  元文藝誌編集者 文藝批評家

2012 7・2 130

 

 

* **県に赴任した「宏」君が、名産の葛を各種、食べて下さいと送ってきてくれた。ありがとうよ。

 

☆ 秦先生

お体の具合はいかがでしょうか。**の美味しそうなものを見付けたので、沢山ではありませんが、お送り致します。

私の方は、先日、初めての議会が終わりました。

事前の質問通告に無いのもありましたが、思ったこと、考えたことがそのまま答弁できたので、自分なりには良かったのでは、と思っています。

この点については、市民、県民の日常生活に密着している住宅行政は、判断に迷うことが少ないような気がします。もっとも、いろいろなしがらみがある中、いつまで、この様な気持ちで居られるのか、分かりませんがーー

この夏、関西では(本当は全国的なんでしょうが…)節電、節電です。霞ヶ関では自由にとれない夏休みをゆっくり取って、家族で過ごしたいと思っています。

先生も、お躰に気をつけて、この夏をお過ごし下さい。  宏  卒業生

 

* 気持ちにブレのない好青年が、夫になり父になり、一方では霞ヶ関から赴任して県議会で答弁するような官僚生活を真面目に努めている。すばらしいことだと、 嬉しい。わたしと同じにかなり以前に眼を病んだと聞いた。大事に元気で、生き生きと、と願う。

2012 7・3 130

 

 

☆ ごぶさたしております。

日記、毎日お読みしています。病に立ち向かっておられるご様子を、正直はらはらしつつ、こうやって新しい湖の本を届けて下さること、一読者としてありがたく感じております。 五月から橿原の工場に移りました。元気に働き、奈良を楽しんでいます。薬師寺がお気に入りです。  理  奈良県

 

* 高校一年の夏に、中学での恩師で歌人の給田みどり先生が、ふいと我が家にこられ、そのまま奈良の薬師寺と唐招提寺へ連れて行ってくださった。薬師寺のみ仏達の奥深い造形美になにもかも初体験のわたしは圧倒された。薬師三尊はもとより聖観音像にものけぞるほど胸打たれたのを忘れない、つたない、幼い歌もつくった。歌集「少年」には入れなかった。

若い「理」君や、卒業生の「宏」君が奈良で働いているのが、なにともいえず懐かしい。

わたしは、ちいさくて秦の家にもらはれて行った頃、何かというと誰の言葉を口真似してか、「奈良へいたまんモン買いにいこ」と口にしたそうだ。奈良市内に戦後のかなりの期間生母は暮らしていた。その母に、末期の息のもとで編んだ家集『わが旅 大和路の歌』がある。

2012 7・4 130

 

 

☆ 湖の本112 元気に老い、自然に死ぬ 受け取りました。

ありがとうございます。先週から、前に頂いた御本を取り出して再読致して居りました。元気のまゝ自然に死にたいものと思って居ります。

そちらはお暑くなってゐる様ですね。

毎日の闘病がんばってられますね。応援して居ります。

紫陽花の前での(妻の=)お写真いゝですね 赤いセーターが良くお似合いです うちの方(ロサンゼルス=)は あじさいは白 ブルー ピンク。むくげはピンク、紅、白 宗旦が今満開です。他に 水引 なでしこ 桔梗など 毎朝花を見て廻るのが楽しみです。そうそう、昨日までサボテンの真っ赤な花 こんな美しい花がどーしてあのトゲトゲの中から生れて来るのかしらと 毎年乍ら感心して居ります。

もうすぐ真白の月下美人(月見草ですか) つぼみがのびて来ました、楽しみです。

此方はそんなに暑くならないので 来月 お客様をしようと思ってゐます。

どうぞ呉々もお体お大事に。

(送られてきたテンカフン=)の後 ポンポンと使って下さい。

スミマセン (葉書に描かれた安田靫彦の繪が、わたしの苦手な=)おなすでした。   千  ロサンゼルス

 

* 茄子の煮たのは見るもイヤだが、そのままの茄子は美しいと思うし、掌に包み持つのも眺めるのも好き。茄子の花も大好き。むろん繪も。染色九十五翁の三浦景生さんに戴いた毛筆書簡に描きこまれた茄子の紫もあまりに美しく、表具に出し、茶の間に架けている。そんな次第で、茄子の漬け物もむしろ好きな方で。

ただ、煮たのはゼッタイだめ。紫からのあの穢い変色は堪えがたい。

2012 7・5 130

 

 

* 松本幸四郎丈より、重ねてブーゲンビリア一鉢のお見舞いを戴いた。

吉備の有元毅さんからは、翡翠のようなみごとなマスカット二房で見舞って戴く。ありがとう存じます。

2012 7・7 130

 

 

☆ 御本

『元気に老い、自然に死ぬ』いただきながら御礼がおくれて相すみません。しかし、私にもまさにその時期を生きている思い、さまざまにあり、「平気で生きていくこと」、長寿の日本人としての第三林住期のこと、老愁のなかの春愁のこと、ガンかボケか、などあれこれ、ゆさぶっていただきました。ありがとうございました。  劇作・脚本家

 

* じいっと眼を閉じていると気持ちがいい。眼をひらくと躰がゆらゆらする。追加にもう五十数冊、本を送り出す。適量の在庫はぜひ必要としても、家に過分に保存しておいても意味がない。

 

* もうとうに亡くなったが知求会の吉田修三さんに戴いた「牡丹」の繪を居間にかけ、棚わきに長尺の義政「海上蛍」歌短冊をもってきた。

「湖の本」五十六人の追加発送を終えて、散らかっていた居間がようやく片付いた。次をまた送りだそうかと思っている。入稿の用意は出来ている。

 

☆ 摂食不調

お薬の副作用大変ですね。健啖な方のように感じていましたから、食べられないのはさぞかし辛いでしょう。

体重は大幅に減りましたか。

これから目の手術ですか。あれこれと気懸かりの事が多いでしょうが、無事に退院されるように。

私はどうにか元気に過ごせています。無理なくお過ごし下さい。  泉

2012 7・7 130

 

 

* 今朝の上の血圧、105。からだに生気を保たせるには、あまりに低い。葡萄、桜桃、西瓜。果物が主食のようになり、炭水化物も脂肪も蛋白質もほとんど摂れていない。口が容易に受け付けない。喉を通すと鳩尾で苦しく固まってしまう。無事に腸へ落としていくのに時間がかかり、へたをすると激しい咳になり、吐き出そうとする。奈良の丸山君が送ってくれた大好物の葛菓子のいろいろが、口当たり涼しく冷たく糖分にも恵まれて、とても美味しい。

こんな状態でも、自転車で走れる。摂食には拒絶的な躰が、サドルに全身を坐って預けて、両脚でペダルを踏みつづけるのは許してくれる。低血圧で危険という用心はしている、が、近い範囲の武蔵野を走る開放感は身体の苦痛や不快を忘れさせてくれる。苦痛や不快な体違和をいろんな工夫で跳ね返す、それが現下の闘病ということだろう。

 

☆ 湖へ

お元気ですか。ご無沙汰しています。

私は、いろいろありますが、元気です。

「私語の刻」を拝読しながら、何だったら栄養になるかしらと思う毎日です。

召し上がれるかどうかは天気のようなものでしょうが、季節だけでも味わって頂ければと「和久傳」の鱧素麺を送らせて頂きました。眺めるだけでも楽しんで頂ければ嬉しく思います。

私の近くで治療中の患者さんを、湖だと思って看ています。

これからの暑い季節、何とか体力持ち堪えてください。

どうか、湖、くれぐれも、お大事に。   珠

 

* 「和久傳」の特色でもあるが、食べ物をただ食べ物として届けるのでなく、とびきり美しく、今の季節を涼しく爽やかに形作り彩って届けてくれる。それが贈り主の気持ちそのものに馴染んで届く。ありがとう。

 

* 私宅へ、また入院先の病院へ見舞いに伺うと仰って下さる方もあるが、申し訳ないが、堅く拝辞したい。

 

☆ 私語の刻を毎日開いています

御連絡が遅くなって済みません。マスカットなら一粒くらいお口に入るのではと思ってお届けしました。

「私語の刻」を読むと粛然とした気持ちになります。

どうぞお大事にと申し上げます。  吉備ひと  毅

 

* すばらしい二房、まず、見惚れました。美味しく三顆頂戴しました。これからの毎食を美味しく救援してくれましょう。有難う存じます。向暑著しく、また御地は風雨の禍もひどかったのではないかと心よりお見舞い申します。どうかお大切になさって下さい。 湖

 

* ご近所の立川さんから、これならお口に入りましょうかと菓匠「匠寿庵」の涼しい和菓子を頂戴した。小豆入りの外郎ふう冷菓を美味しく戴いた。有難う存じます。

2012 7・8 130

 

 

* 『元気に老い、自然に死ぬ』を、わたし自身も毎日少しずつ読み返している。

老いの死のということは、もっと先の先のことと先々へ追いやって生きていた時代が当然あった。じつは、この正月早々に胃癌と診断されるまで、老いも死もじつのところまだ先のことと思っていたのだろう、わたしは。したがって十二年も昔の山折さんとの対談は、たぶん山折さんも、むろんわたしも、まだ先々を遠望しながらの老いと死との予行演習に過ぎなかった。またそれだけに、問題や視野をひろげて総ざらえに論じ合っていたと思う。抜けた大きな問題にも気づいているのだが、ともあれかなり論点は網羅的に並べ立てていた。老いにも死にも、無関心ではこれだけさらけ出すことはやはりムリだったろう。

いまもう一度対談すれば、すくなくもわたしは、死にふれて深刻に話さざるをえまいが、そんなわたしの背を支えてバグワンの言葉が力になっているに相違ない。

 

☆ 元気に老い、自然に死ぬ

秦さま  湖の本112 お届けいただき、ありがとうございます。

目次を開いただけで、「老い」と「死」の文字が溢れ、ちょっとたじろいでしまいましたが、読み始めるとおもしろく引き込まれて読了しました。

幼い頃から、死が恐ろしくてなりませんでした。自分が無くなってしまうという考えに怯え、かといって、死ぬのが恐いとは誰にも言えず、お腹が苦しい、気持ちが悪いと母に訴えて、お腹をさすってもらいました。その手が体に触れているあいだだけ、少し苦しさが和らぐ気がして、もう少し、もう少しとせがんだことを思い出します。

人肌との接触が、死の恐怖のいちばんの妙薬かもしれないと思います。

山折さんのおっしゃる、若い異性の看取りは死の恐怖に対しては効果があるでしょうが、確かに若い命の側にとっては、嫌悪を起こさせるものでしかないでしょうね。空想社会主義者のフーリエがそれを好もしいものに感じさせる社会制度を創設しようと知恵を絞ったのでしたが、やっぱり無理がありますね。

わたしは現在63歳になります。子どもの頃には、自分がそんな年まで生きていようとは思いもかけなかった年齢になりました。こんなに長く生きてきたのに、少しも賢くならず、子どもの頃と同じで、何も知らず、何の覚悟もできていないことに驚き、でも容赦なく死が近づいていることに怖れ慄いています。

子どもの頃の居ても立ってもいられない苦しさを遠ざけておくことは少しできるようになりましたが、死が現実的になってくるにつれ、現実的な心配が加わってきました。

病院で死にたいとは思いません。一人暮らしの私は、結局死後何日もたって発見されることになるでしょう。

それはいいのです。でも、私の飼っている猫はどうなるでしょう。

前の猫が死んだときに、いつまで世話できるかしれないのに、もう生き物は飼うまいと決心したのですが、昨年1月末、寒さで死にかかっていた子猫を家へ連れ帰ってきてしまいました。

他人に馴れない猫なので、この猫より先には死ねないと思ったりします。

窓を通して聞こえてくるバグワンの言葉に耳を傾けます。

 

探求をやめてごらん。何もせず、静かに座っていると、春が来て草はひとりでに萌え出ている。

 

ほんとうにそうだといいと、かすかな希望をいただいています。

苦しい服薬に加えて、眼の手術もなさるのですね。

お大事にと祈るばかりです。  大阪・まつおより

 

* こういう人が、心の友になる。そしてしばらく老いを忘れ、死に親しむ。この人にはわたしは智慧も借り約束もした負債がある。小説を書きますと。その小説がじつに難しく隘路に迷い続けていて。迷うことをどうやらわたしは楽しんでいる、苦しんでもいるが。

☆ 花便り

遠様   その後、いかがでしょうか、気に成りHPを時々見ております、

頑張って努力の様子、きっと良くなると思って居ます。

良くなって、一亭一客で御茶を頂きたいです。

昨年京都女子大の講演の折、お会いできるか、と思っていましたが!

昨日、以前の「女文化の終焉」を再度読み終えて、平清盛展へ行って来ました。

先月は、大徳寺黄梅院へ、行事があり行って来ました。建物も新しく豪華なものです、撮影禁止の中バシャッと撮りました。

沙羅双樹(夏椿)を送ります。

祇園祭の行事も忙しくなって来ました。

13日は大阪の七月大歌舞伎へ。楽しみです。

くれぐれもご無理をされないようにお大事に    華

2012 7・9 130

 

 

*日照りで頭が焦げそうだった。歯医者のあと妻は池袋へ連れて行き、少しでも何か食べさせたかったのだろうが、わたしは杖をつき立ってゆっくり歩くだけが精一杯。わるいことに保谷駅北口前でタクシーが中々来てくれず、年寄りの熱中症になるかなあと心配した。

朝一番に京都で病後の田村由美子さんから「生八つ橋」を戴いたのが幸い口に入ってくれて、二枚ほど、それが主食になった。

保谷駅構内で、小丸西瓜、グレープフルーツ三顆、桃三顆、買って帰った。すぐに冷やした桃がおいしく食べられた。

2012 7・10 130

 

 

☆ 拝啓

例年にも増して不順な昨今でございます 御体の御様子は如何でいらっしゃいますか  「湖の本」毎回 御恵み頂き 有り難く拝読しながら またその都度にお礼を申上げ度いと存じつつ  御いたつきのことをお案じ申し上げる余りに筆をとりかねて 失礼ばかり重ねております  行き届いてのお手当、御加療のことは、尽しておいでのこととは存じつゝ またそのための煩わしさなど、いろいろと他からも聞き及んでおりますので 遠くからお案じ申上げるのみで過ごしております     私の方も去年の早春までは年のことも考えず 骨折した足や弱った心臓のことなど気もせずに居りましたが、あの原発事故ののち 気持がなえて、老いをつくづく考えるようになりました  小さい源氏物語のための集まりのために京都へ通うのがせいいっぱいになっておりました中で ちょっと雑文をお頼まれしまして、すさび書きしましたものをお目にかけたくなりました  御加養の御日々の御たいくつしのぎにも お笑草に遊ばして下さいませ

この梅雨から酷暑 京都を思い出しつゝ 今年は少しでもやさしくあってほしいと希っております

ありきたりの御見舞申上げるのも ためらわれて、駄文一筆いたしました

萬々失礼お許し下さいませ   かしこ

七月九日         伊吹和子

秦恒平 様   御読み捨て下さいます様に

 

* お手紙も嬉しいが、こういう天然の素養が育てたやわらかな日本語に、わたしはしみじみする。流石に谷崎先生晩年の文学作品を口授筆記されていた練達の編集者であり京のお人である。雑誌「ぎをん」今年の陽春号に投じられた一文も、ぜひ読ませてもらう。

 

☆ いまはむかし    伊吹和子(エッセイスト)

昭和四年の三月に私が生まれた家は、繊維品の卸商を営んでいて、烏丸通に面して、綾小路と仏小路との間の西側に店の表があった。町名は「二帖半敷町」といった。私が生まれた頃は店の建物の裏側に、何棟かの倉をはさんで背中合わせにつながった居宅があり、家族が日常に出入りするこの家の門口は、室町通に向いていて、常暖簾がかかっていた。ここの町の名は「白楽天町」で、名高い祇園祭(八坂神社の祭礼・祇園御霊会)の時期には山鉾(山車= だし)のひとつである「白楽天山」が立った。どちらにしても、家族は祇園八坂神社の氏子であった。鉾巡行のお供をした時の記念に写したという裃(かみしも)姿の若い父の写真が残っていたし、一族の一人は少年の頃、「籤(くじ)改め」の大役で面目を施したと、語りぐさになっていた。私のお宮参りも、当然八坂神社だったらしい。

宵山(山鉾巡行の前夜)の賑やかさや座敷の飾りつけの忙しさについて話す時、平素無口な祖母が饒舌になって、お祭の御馳走に鱧と鯖との「お鮨(す)もじ」を何本作ったかが自慢であった。一方私はまだ幼くて、お守りの札を売る近所の子に混じって、

……ご信心のおん方様は、受けてお帰りなされましょう、常は出ません今宵限り

と、半分わけがわからないまま、唄ったことをかすかに覚えている。

家には「祇園のお茶屋のおかみさん」という人たちが挨拶に見えていた。しかし、平素から商家の内側では、ごくつつましい生真面

目な生活が続いていたので、祇園さん(八坂神社)と舞妓さんのいる祇園まちとがどう繋がっているのか、あまり知識も関心もなく、

まして子供の私には、とんと理解しがたいことであった。

いったい、祇園まちとはどういうところかと、母に尋ねたことがある。母は、要するに社会の指導的地位に立っている錚々たる男性たちの社交場である、というようなことをわかり易く説明しようとして、

「(そういう人たちが)お金を、たんとたんと持って、お酒飲んだり御馳走食べたりして遊(あぼ)しにお行(い)きるとこ」

と言った。「遊(あぼ)する」も「お行(い)きる」も祖母や母の頃までの人が使っていた古い京都言葉である。母の苦心の説明も、「お茶の葉を売っている店でお祖父さんたちは何をして遊ぶのだろう」と、納得の行きかねることであったが、私は相当大きくなるまで、そのままを信じていた。

祖母も母も、南座の歌舞伎は見に行ってもお茶屋遊びに同席したことはなかったようで、また、行きたいとも思っていなかったらしい。私も、小学校を卆えた頃から歌舞伎はよく連れて行ってもらったが、芸妓さんたちの花舞台である「都をどり」は一度しか見ていない。

ずいぶんと年月が経って、時代も変り、私の境遇も激しく変った。今では私は、誘われて一力のお座敷に座り、何度か、酒宴のお相伴に与(あずか)ったり、舞妓さんの接待を受けたりした経験がある。

変っていないのは、私の本籍である。別に大した意味や信念があってのことではないが、何となく変える気になれず、烏丸にあった店も室町の家もなくなったのに、本籍は「烏丸綾小路下ル二帖半敷町」のままである。従って、まだ私は「祇園さん」の氏子ということになる。

「二帖半敷町」という変った町名にもかなりの由来があるが、ここではそれには触れない。

 

* 京の中の京都で育った人の思い出である。実家跡はいまの烏丸京都ホテル辺であろうか。わたし自身は祇園まちのまん中にできた戦後の新制弥栄中学に通った事実上の第一期生であった。教室には、舞子や後に藝妓に巣立っていった同級生が何人もいた。我が家は祇園の遊郭から抜け路地ひとつで背中合わせの新門前通りにあった。外人もよく出入りする骨董や美術商達の通りであった。通りの東端に、京都の骨董商たちが取引する美術クラブがあった。

2012 7・10 130

 

 

* 金澤の戸水さん、麩料理を下さった。少しでも食べられるようにとであろう、感謝します。

2012 7・11 130

 

 

* 池田遙邨画伯の孫、わたしの新聞小説『親指のマリア』に挿絵をかいてくれた池田良則さんから、お見舞いに添えて『京都よせがき ちょっとそこまで』というスケッチ集をもらった。いきなり知恩院下、白川行者橋が柳の翠に濡れていた。裏表紙にも角度をかえて同じ橋が描かれている。故山しきりに夢に入る昨今、有りがたい美しい贈りもの。ありがとう。

メキシコを主な活躍場所にしていた墨画家島田正治さん、女流陶藝展の審査をした年に文部大臣賞をとった日吉ヶ丘高校後輩の松井明子さんも、なつかしい季節の繪の葉書でお見舞いを言うて来て下さった。

処女長篇の『慈子』がはらんでいた徒然草の考察を誰より早く評価してくださった中世文学者の青木晃さんも、「御加療中の由、まずはお見舞い申し上げます。  対談集拝受いたしました、「元気に老い、自然に死ぬ」…よろしいですね」と。『室町~戦国軍記事典』三部作を旧冬末に上梓し了えた所、とも。いいことだ。

残念なのは、『細雪 松の段』に曲をつけてくださった荻江の家元壽友さんが、昨年に他界されていたこと。荻江壽友に作曲を依頼して自ら振り付け国立小劇場で谷崎松子夫人のまえで二度舞ってみせた藤間由子さんも亡くなっている。淋しいが、また向こうでみなと逢うだろうと、はかない夢を観ている。

2012 7・12 130

 

 

☆ 如何ですか、鴉

今日(=昨日)は風の中、病院にお出かけになって、いかがでしたでしょうか。夜九時を過ぎましたが、まだHPの新しい記載がないので気に懸っています、とてもお疲れになっていらっしゃるのではないか・・。

抗癌剤投与の区切りがついたら日頃の副作用の症状など改善されるかと、強く願っています。

 

先日、『荘子』のことを書かれていましたが、その中に「弟子達は粗末に葬ると先生が鴉や鳶に食べられてしまうと心配していた。荘子は、地下に入ってもどうせ螻蛄や蟻の餌食になるのさと構わなかった。」とあり、鴉、鳶に思わず絶句。しかし荘子のこの件を全く意識する以前に「鴉、鳶」を呼称としてきたのです。些か複雑な思いがしますが、ただ淡々と読むことにしました。

鴉、少年のまま、生きることです。クリストフのように過剰なまでに生きること、です。

同時に、矛盾しているような、物事の表裏そのままに白楽天の詩も紹介されていました。白楽天のその詩の境涯に憧れ続けてきたと・・

その生き方はほぼ不可能に近いとさえわたしには思われます。無為であること、怠惰であることetcを悪であると常に刷り込まれて、義務や役割、規範を意識して生きてきたと思います。

が、わたしもまた逆の生き方をしたい、思いのままに表現したいと強い衝動を感じます。慵(ものう)くして何もしないのではなく、ものごとに捉われない自分を取り戻したい、表現したい。見方によってはエゴ以外のなにものでもないでしょうが。

 

最近のわたしは週一回乃至は二回、岡崎まで出かけて家の整理、これがなかなか終わらないのです・・。週一回の日本画教室、そして神戸の詩の会には一か月おき位に出かけています。

ストレスを感じることも多々ありますが概ね人の眼には穏やかに暮らしていると映ずるでしょう。

書きたいことは山ほどもありますのに、鴉を煩わしてはいけません。

 

今はとにかく快癒されること、それが最優先です。元気に、元気に、大切に、大切に。  尾張の鳶

 

* イソップでもアラビアンナイトでも、なぜか鴉と鳶はわるものの対のように登場すると、この人は気にしていた。今度は荘子にも一対であらわれたのは可笑しかった。

わたしが鴉と鳶という戯れの名乗り合いを思いついたのは、わたしにすれば何でもない、この人にも理会があるに違いない蕪村の絵画を利したまでのこと。蕪村の描く鴉と鳶と。とても佳い。

 

* この「私語」ともダブルのは作業量としても辛いので、どなたのメールにも大概お返事はサボらせて貰っているが、「書きたいことは山ほども」有るなら、読ませて貰うのは日々の苦痛を癒す上でも有りがたいのです。

2012 7・13 130

 

 

* 嬉しく心はずむ来信に励まされる。

 

☆ 『湖の本112』をいただき、

鉄人と思いこんでいた秦さんのご闘病のことを知りました。そして「老いと死と遺書」を語る対談、これは今現在当方の直面している問題でもあり、ひきこまれるように拝読いたしました。世によくあるハウツー本とは違い、身に染みこんだ知と思索がぶつかりあう流れに心が洗われたような気がしました。短詩型の力にも気づかされました。<それでも立ち向かふ>秦さんに励まされ、退嬰的になっている自分をのぞきこむことにもなりました。お礼申しあげます。

闘い勝利のお知らせをお待ちしています。 七月十二日   講談社 元出版部長

2012 7・13 130

 

 

* 「医心方」全訳者の槇佐知子さんの電話を受けた。

2012 7・13 130

 

 

* 朝一番に小松の八代啓子さんから利尻昆布など昆布のいろいろを沢山頂戴した。ありがとう存じます。

 

☆ 御病気 御見舞い申し上げます。

抗癌剤の副作用の辛さは大変なものだろうと心から心配しております。私の妻の苦しむ様子を見ていて、私が代ってあげられればと思ったこともありました。妻はがんばり、いまでは普通に暮らすことができるようになりましたが、いつ再発するか、という恐怖から逃げることはむつかしいようです。ともあれ、一日一日を大事に生きていければ それが幸せという心境のようです。

御著書第112巻、「老いと死と遺書」を拝受いたしました。ありがとうございます。早速に拝読しております。一日一日をどうぞ大切になさいますようお祈りします。   作家・日本文藝家協会理事

 

* ペンの理事会ではよく隣席していた心親しい同僚・ 同業だった。懐かしい気がする。

言われるとおり「一日一日」である。「いま・ここ」を生き続けるまでである。感謝。

 

☆ 過日は

湖の本112の対談集を御恵送たまわり深く感謝いたします。早稲田の定年退職から七年目に入り、ようやく山梨英和大学の特任も解かれるところまでこぎつけました。「翁さぶ」つもりで「老いの繰り言」を若い人たちにしゃべってきたようで、横町の隠居もこのへんで廃業いたします。御病状の一日も早い御恢復を祈りあげます。右 取急ぎ御礼まで。  文藝言語学者

 

* この方からは関わられた辞典・辞書を幾つも頂いてきたが、なかでも自編された『日本語 語感の辞典』がユニークで珍重し読んで愛用している。名文とは、などという問題意識からの著書も多い。

 

* 各界の知己知友の数多いことはわたしの有り難い福分である。大学高校を別にしても、五百人ほど、それ以上か、に「湖の本」を贈呈している。しかしわたしはその殆どの方と面識を持たない。上の作家理事氏とはペンの同僚理事で親しかったが、早大に居られた中村明さんとはお目に掛かったことがない。殆どすべてが創作と著述とを介してのみの知人なのである。それが我が「淡交」というものであり。

2012 7・14 130

 

 

☆ 秦 恒平 様

暑中お見舞い申し上げます。

いつも湖の本お送り頂きまして本当にありがとうございます。

ところで其の後お体の具合は如何でしょうか。

病魔との闘いは私には想像できませんが、事故で死にかけたことは何度かありました。チンチン電車に轢かれそうになった事。荒れた海で2 回。川で1 回。山で滑落1 回。

病では、椎間板ヘルニアと判明する前の徐々に痛さと痺れで歩けなくなっていった時の恐怖。

今にして思えば、全て避けて通れる事と病名が分かった時点で対処可能であったと言う事。死とは背中合わせであったとは言えどうしようもない状況ではありませんでした。

秦さんの今の病において、京都山科のガン治療の話聞かれた事ありますでしょうか。そこは今以上に転移し難く治療を施されていると聞き及んでおります。日本ではそこでしか施療していないとのことです。知り合いの友人から聞いたのですが、彼も関東から月1 回通院に来ているそうです。

元気いっぱいの秦さんしかイメージできません。昔と違って治癒できる可能性もあると思われますので色々な情報と実績に基いてお調べになればと思います。

ともかく秦さんは、元気に老い、自然に死ぬ、年齢ではありません。

素晴らしい秦さんであり続けて欲しかったのですが、途中ちょっと本当の秦さんの事わからなくなってしまった時期があります。

しかし先日退院されてからの秦さんは、昔の私の描いていた秦さんを、さらに大きくされたような感じを受けました。

秦さん。これからが秦さんの、権威や権力にとらわれない京都人、自由人として益々愛され魅力ある人生を全うされて行かれるものと思っております。

一緒にお酒でも飲みたかったのですが、先ずは病気治る方向にて変な御無理なさらないよう頑張って下さい。

少しですが北海道の食べ物送りました。食べて頂けたら幸いです。

お会いできます日を楽しみに致しております。

July 16, 2012     京都宇治  信

 

* 古い古い昔からの読者。一度お目に掛かったことがある。東京におさらばして、京都へ帰ってきてはと、熱心に奨めてくれた人。この人は、そうして脱サラし京都へ居を移して、美術関係のお仕事に向かわれた。

北海道の食べ物、いろいろに沢山頂戴。最初に、粒貝であろうか歯触りの確かな甘煮貝を戴いた。「美味しい」という感触を久々に少し実感できたのは幸せであった。有難う存じます。

2012 7・16 130

 

 

☆ 祇園祭でした

今日(= 昨日)の暑さは今夏最高では。一人ではエアコンをつけない主義なので扇風機の前で茹だってました。

暑い中、遠方への通院は大変だと思いますが、体力はある様子、何しろ前向きの方なので、安心です。

お元気で退院なさるように。  泉

 

* ありがとう。

2012 7・18 130

 

 

☆ 「古典を味わう」室への投稿

秦さま

私のほうこそ、以前お誘いを受け、投稿しますと申しあげたお約束を果たせずおりました。

手術を控えていらっしゃる御眼を煩わせるほどの価値のあるものとも思えませんが、ご回復後のいつの日かご覧いただき、ご指導いただければ、うれしいことと存じます。

そして、**の物語、どんな展開になるのかと楽しみにしています。お好きな****がきっと大きく描きだされるのでしょう?!

反原発集会の盛り上がりにも瞠目しています。

日本国民もデモで意思表示をする時代が来たのかと喜びを感じています。大飯原発の再稼動は残念ですが、これからですよね。

マスコミも控えめながら報道するようになりました。

政治、行政は目を覆う体たらくですが、こんなときに新しい希望も生まれるのですね。 大阪・まつおより

 

* 投稿の和泉式部観 たのしみに拝見します。熱暑の日々、お大事に。

2012 7・18 130

 

 

* 大学での亡き恩師の奥様よりお見舞いを戴いていた。恐縮でする

 

☆ うっとうしい梅雨、

雨も多くむし暑くしのぎにくい日々でございます いつも御本を御恵与ありがたう存じます

御体調が悪いと知りつゝ お見舞もせず失礼して居りましたが その後いかゞおすごしでしょうか

本日御礼のしるしに北海道より 名産を送らせましたのでお納め下さい。お口に合えばと存じて。

私も二月に肋骨をいため 源氏の隔月の旅も欠席してしまいましたが 治りのおそい老体をしみじみ感じて。でもやっと平常通り外出も出来るように 元気になりました

お互い体に気をつけて長命を祈りつつ 一筆御礼のみ    恩師教授夫人

 

☆ お元気ですか

梅雨明け宣言のあった昨日は祇園祭の山鉾巡行の日でした。テレビでその様子を見ながら、何年も四条通りで見ていないことを改めて思いました。暑い、暑い京都ですが宵山の混雑と湿気が懐かしいです。

いよいよ入院手術ですね。不安もあるかと察しますが、乗り越えていく一つの坂、それを越えたらきっといいことがある、視力の回復があると信じてください。

よろよろでも、手が黒ずんでも、朦朧と夢の空を踏んでいても、鴉は新しいものを生み出そうとしている、そのことを何人もの人が見詰めていますよ。

ちょうどその日は神戸に行きます。遅まきながら詩集の出版を祝ってくれる小さな集まりを企画してもらっていますので。その後、チェコの友人がプラハで日本に関する展覧会を企画していて来日するので、一日はそのお手伝いをします。

暑くなければ京都も歩き回りたいのですが、多分怠け心たっぷりに動かぬおばさんに徹しそうです。

くれぐれもお体を労わってください。梅雨明けの今は殊に慎重に、大切に。  尾張の鳶

 

* 玄関に、岸連山が幕末に描いた、わたしの好きな墨画「祇園社御手洗場」をかけ、茶の間の奥には、足利義政の「義政」と名乗りのある「海上蛍」の歌短冊の長い軸を、晴れ場には友人にもらった「向日葵」の繪を飾った。下の棚には、高麗屋に戴いたブーゲンビリアの鉢とならべて、野澤利江さんに戴いた和久傳の鱧料理が涼しげに入れてあった竹編籠を、籠だけそのまま飾っている。竹籠のいさぎよい清々しさがえらくブーゲンビリアにも、向日葵の繪にも、白鶴象嵌の青磁の皿にも似合うのである。ナイス!

ダイニングには、読者である、NHKデイレクター夫人制作「白木槿」二輪の気持ちのいい額繪で飾ってある。

2012 7・18 130

 

 

* 闘病中の茅野市の松下圭介君、手紙を呉れる。肩の辺に痛みをともなう半身麻痺があるとか。痛みのあるのが気の毒。

いまのところ、わたしに痛みは無い。眼の手術予後にどうか痛みが残らないように。

眼に出血の懼れあり、術後酒は呑むなと言われている。いまのわたしは全く酒類に手が出ない。たまに飲んでも、ビールも日本酒もワインもとても美味いとは受け取れない。はなはだ不味い。ウイスキーなど全くダメ。

2012 7・19 130

 

 

☆ 花だより3

メール届きました、体調優れないなか有難うございました。暑さのなか又、入院の事お察ししてます、お気をつけて下さい。

私は急に暑さが厳しくなって閉口してます、暑さ厳しくなってから開花しました、祇園守- むくげ- 送ります。 京小松谷  華

 

* 夏にも夏の花が咲く。いま、木槿はなにより懐かしい顔をしている。

 

 

我が家の底紅木槿です

2012 7・19 130

 

 

☆ 水菓子

hatak さん  今日北大に行く用事がありまして、帰りに通りがかった札幌駅のデパートの成果売り場に、果物いろいろがありましたので、お送りしてみました。

明後日と来週の二回に分けて届きます。入院でお留守になるかもしれませんが、数日日持ちはすると思います。

とにかく何でもいいから食べて体力をつけてください。

そのほか北海道のものでこれなら喉を通りそう、と思ったものがありましたら遠慮なくおっしゃってみてください。道産農林水産物生産額1兆円の実績にかけて、hatak さんの食欲を元に戻して差し上げたいです。 maokat

* ありがとう存じます。

今日、これから眼科の術前診察を受けに聖路加まで出掛けます。少し昨日より涼しそうで助かります。

2012 7・20 130

 

 

☆ お体がすぐれない由、伺い、お見舞い申しあげます。

このたび、お贈りいただいた「湖の本・元気に老い、自然に死ぬ」はたいへんおもしろく、かつ豊かな、深い内容に感激いたしました。わけても秦さんのお考えに共感するところが多く、出色の作品と存じました。

どうか、お体をおやすめになり、できる限り、長生きをして下さいますよう、はるかに願っております。

いつかまた、お目にかかって、お話を伺いたい、とせつに願っております。 (葉書の表に)

御本をいつもいただいて、ありがたいことです。今度の本はとくにすばらしいとそ存じました。 神戸市 名誉教授 哲学者

 

☆ 今朝(=昨日)はちょっと過ごしやすいですね  ゆ

16日の「海の日」、いてもたってもいられなくなって、代々木公園で行われた反原発集会に行ってきました。原宿口は混雑するからというので、渋谷からNHKホールの横を通っていきましたけれど、ハチ公口で待ち合わせをする人々やゼッケンをつけて公園に向かう人々でいっぱいでした。道すがら、福島や青森県六ヶ所村からきた人々ともお話する機会があり、また若いひとたちがたくさんボランティアで参加していて、案内や会場整理などしており、これはほんとうに心強く嬉しいことでした。

坂本龍一さん、大江健三郎さん、落合恵子さん、そして90歳の瀬戸内寂聴さん、どの方のお話もすとんと心に落ちるものばかりでした。

2時ころからデモがはじまったのですが、A 隊出発後、B 隊出発開始まで、警察がかなり時間をあけさせるのです! そのためなんとなく流れに勢いがつかず、また前チームの声が後ろチームまで届かないのですね。交通整理のためといいますが、青信号になったら隊列をとめればよいだけのことなのに、勢いを分断しようという恣意的なものを感じます。あれでは最後の隊列の出発は午後7時過ぎになってしまったのも無理のないことでした。

怒ってばかりいると、健康に悪いので、ほどほどにしていますけれど、電力会社の対応は腹立たしいかぎり。

半年前から電気炊飯器をやめガスでご飯を炊きはじめ(このほうが時間もかからず、また直火なのでとても美味しい!)、電気ポットなども片付けてしまいました。

友人の娘婿の姑さんは福島県浪江町の方で、いわき市に避難されていたのですが、この六月なくなられました。死因は病気ですが、この一年どれほどのストレスがあったことでしょうか。

今年もまた11月に「第三回朗読フェスティバル」をやることになっていまして、実行委員会が始まりました。今年は参加グループによる「朗読によるリレー」を試みます。(テーマは「絆」)

先生もどうかおげんきでお過ごしください。

* デモに参加して下さり、有難う。たくさんたくさん、また絶えることなく反原発抗議の集会が続きますように。

 

☆ 猛暑続きですが

 

暑中お見舞い申し上げます。

梅雨明けとともに炎天下での山鉾巡行も終りましたが、兄の体調はその後いかがですか。健康体でも今夏の猛暑は耐え難いものですが、闘病中の御身には相当な苦行でしょう。私はお陰さまで一病息災にて過しております。エアコン嫌いですが岩倉は洛中より2-3 度は気温は低めでしょうか。窓を全開して風の通る部屋でからだを横にして音楽あれこれで涼をとっております。

ここしばらくはこんな毎日が続きそうです。

兄もどうか焦ることなくアフター・ケアにご専念ください。  京 岩倉 辰

 

* お見舞い、ありがとう。なんとか挫けないで、日々をいろいろに楽しみながら過ごしています。

 

☆ みづうみ

みづうみ、お元気ですか。

 

メールをお送りしては(長文になる悪癖がありますので)ご迷惑と思い控えておりましたが、抗癌剤の日々のご様子を拝見するのはとても辛いことでした。ご回復のためには避けられない道ですが、毎日お加減如何かしらと心配し続けていました。今は小休止ですけれど、今度はお眼の手術ですから、まだ心配の種は尽きません。

来週の手術が無事に済み、みづうみの視界のすっきり明るくなりますことを切に切にお祈りしています。にっこりお元気な退院をお待ちしていますので。

私語に掲載されていたみづうみのお写真は、わたくしたちの知らないみづうみの一面が出ていて佳いお写真でした。お顔色は少し黒ずんで見えましたし、今までのにこやかなご印象ではないのですが、かえってみづうみの「ワル」の一面とか、コワイところとか凄味のようなものを感じました。(これは褒め言葉ですから)わたくしはみづうみのことを何もわかっていないと、当然のことをあらためて思い知りました。

今日の歌舞伎は充分堪能なさったことでしょう。玉三郎さんが人間国宝になったというニュースもありました。みづうみが、一日も早くご退院後の歌舞伎鑑賞にお出かけになれますよう願っています。

 

ご入院まで、お仕事あまりご無理なさらず、おいしく召し上がって元気にお過ごしくださいませ。おやすみなさい。

雹   くづ梨のへそのごときは雹の痕  由美枝

☆ 北陸も梅雨明けで猛暑が続いております。

先生には日々何かとお辛い状況が続いているとお察し致します。

先日はお便りもせずに品物だけお送りして誠にすみません 少しでも食欲が進んで頂ければ幸いですが失礼致しました。

ホームページではまた入院される由、くれぐれもご自愛下さって、一日も早い退院を願っております 体調が思わしくないのに読書や執筆校正と傾注しておられるのに本当に頭の下がる思いです。

私もいろいろ不便はありますが何とか頑張って動き回っています。

脱原発の活動も続けています。先生の分も思いを込めて、子供達のためにもやらねばなりません。

奥様にもよろしくお伝え下さい。   金澤市  作家

 

☆ 眼の手術の成功を祈願して

 

迪子様  昨日・今日との涼しさにほっとしています。

ご主人様は明日ご入院との事。もう一日過ごしやすい日でありますように。

月曜日の手術が成功し、視界がはっきりなさり、そしてお身体へのご負担が少しでも少ないことをひたすら祈っています。

金曜日の歌舞伎を楽しまれたご様子良かったですね。

ご主人様の食欲が皆無なのを杞憂していますが、迪子さんも、その食事に付き合っておられるのではないかと心配しています。

あなたの身体のために、しっかりとあなたの食事を摂ってくださいね。

病院食で、益々食べ物がお口に入らないことも心配ですね。

立派な病院ですから、きっと元気を取り戻してご退院してきてくださることを待ちましょう。

どうぞどうぞお二人ともにご気分の良い時間が少しでも多いようにと願っています。病院への往復などもお気をつけてくださいね。

建日子さんの新しいドラマ「サマーレスキュウ 天空の診療所」楽しんでいます。 晴

 

* ご心配ばかりかけ、恐縮です。感謝。

 

☆ 元気に

元気になってください。無事手術を終えられ新しい視界の拓かれますように。 鳶

 

* 北海道からmaokatさんのすばらしく大きなメロンが届いた。金田恩師奥様より、北海道の鮭を頂戴した。

有難う存じます。

2012 7・21 130

 

 

* 二十七日であったか、浅草の望月太左衛さんから七通のメールで花火のお招きや写真送付があった。入院中で余儀なくはあったが、お招き受けているだろうなと嘆いていた。

 

☆ 花火

秦先生  こんばんは

隅田川花火大会無事終えることができました

先生のいつものお席から、撮りました

次回は、ぜひいらしてください

よろしくお願い申し上げます   望月太左衛

 

 

 

 

 

* re花火

太左衛さん

今日只今、聖路加眼科を退院してきました。

右眼に黄斑前膜が出来、白内障もともに手術により除去して貰いました。七月二十二日より今日三十日まで入院していました。今年三度目の入院でした。幸い、手術は成功しました。

きっとお誘い下さっているなあと嘆きながら、花火のニュースを聞いていました。御免なさい。

これからまた辛い抗癌剤と闘う日々になります。食べて耐え凌がねばなりません。食の進まぬのが何よりの苦痛です。

それでも、元気に仕事も読書も楽しみ観劇や舞踊の会にも出掛けます。楽しむことが良薬です。

痩せましたよ。20キロ以上も。

またお目に掛かる機会を待ちます。ありがとう、太左衛さん。 秦恒平

2012 7・30 130

 

 

☆ おかえりなさい。

心配していました。外界は暑くてびっくりですか?

両目に、発症しやすいそうですから、目に悪いと言われたことは避けられますように。出来ればで

すけれど。

つよい紫外線もよくないそうですが、もうすぐ満月です。こちらなら安心です。お元気で。        安

 

* ありがとう。お大切に。

 

☆ おめでとうございます。

眼の手術が無事成功とのことおめでとうございます。

これから天満屋デパートへ行って、白桃の配送手続きをします。2,3日で届くと思います。

お口にあえばよろしいが。  吉備の人

 

* ありがとう存じます。日々お大切に。

 

☆  re:花火

秦先生  おはようございます

メールありがとうございます

大変な時にのんきなメールで失礼いたしました

花火大会のいつものお席に、先生がいらっしゃらないとさびしいです

姉も、先生は?と、聞いてきました

ぜひ来年はまたいらしてください!

よろしくお願いいたします  望月太左衛☆彡

 

* 佳い来年を待ちましょう。

2012 7・31 130

 

 

☆ お元気ですか、みづうみ

ご無事にお帰りおめでとうございます。昨日は、きっと今日あたりご退院にちがいないと思っていましたので、「私語の更新」を大変嬉しく拝見いたしました。眼のご不自由も改善されて、読書も執筆もさらに充実のこととお慶び申し上げます。

 

治療は順調に進んでいるのですから、今後はどうぞご無理なさいませんように、お大切にお過ごしくださいませ。

 

さて、すべきことを済ませて、ようこそ下界にお戻りくださいました。下界は相も変わらず修羅の巷でございます。不愉快のてんこ盛りです。

みづうみ、お覚悟は如何に。ご退院後すぐにこんなメールはどうかとも思いますが、(そう思うなら書くなとは言わないで)お許しくださいませ。最近プチ闘士癖が抜けないのです。

 

まず、この延長国会で秘密保全法とやらが提出されるそうです。

たぶん狙いは原発関連や、放射能被害の真相をネットで流されるのを阻止するための極悪な言論弾圧でしょう。

私の推測では、もしこの法案が可決されれば、ツィッターも取締の対象となります。庶民が真実を知り、伝えるチャンスがなくなります。結果として、ただただ国民が国策情報操作のもとに無惨に大量に死んで行く道です。この道はいつか来た道。国家による自国民大量殺戮が加速してしまいます。

たとえば、今朝こんなツィッターを読みました。発信者は私には信頼出来る人です。

 

電力会社は、本当は1基あたり約5400億円もかかる廃炉費用を「1基あたり約500億円」と大嘘をついてきた。実際に廃炉が決まれば、1日約5億円の儲けが消える上に約5400億円もの出費になるのだから、どんなに危険な原発でも断じて廃炉にはしたくないのが本音。

 

電力会社が、あらゆる悪辣な策謀を用いて原発を動かそうとする理由がこんな短い情報でわかります。秘密保全法が通れば、この人は処罰され、私はおそらくこの手の情報を得ることは出来ません。

政治家は懐に入る潤沢な資金のためには、国が原発施設を買い上げて廃炉にする対策などおそらく考えないのでしょうね。再稼働のほうがずっとおいしいのです。

東電も国も、福島第二原発の再稼働を考えているというニュースに、思わず正気の沙汰かと罵倒したくなりますが、原発が爆発して壊れでもしない限り、廃炉なんてこの国では夢のまた夢。行き着くところまで行かないと原発は止まりません。その時、はたして日本国は地球に存在しているのか。日本人は生きているのか。私はただ天を仰いで嘆くのみ。

あの世で、もう一度湖の本を読むのを楽しみにしています。

ともあれ、事ここに至っては、もう国民の死に物狂いの奮起しかありません。非暴力の、烈しく執拗な抵抗しかありません。デモあり、投書あり、電話あり、何でもあり、皆さん殺されないためにどうか闘ってください。一刻の猶予もありません。

しかしながら、街を歩いていても、皆さんまるで危機感ないのです。やっぱり私はどんなに日本を愛していても、日本には居場所のない孤立した変人のようです。

 

原発事故以来、わたくしにも一日一日が今まで以上に貴重なものに感じられます。みづうみの作品を一つでも多く読みたいと願っています。書いて書いて書いてくださいませ。読者の分際ながら、みづうみのお尻叩かせていただきます。

 

それではおやすみなさい。   忍   大岩にはえて一本忍かな   鬼城

* 上のメールに触発されて言うのでない。以前からたいへん心配していることがある。不妊夫婦の率がじつに高まっている事実である。夫婦間にものすごいまでストレスが襲う。医療による採卵・受精・着床に成功するのにも想像に余る辛抱が求められる。

心配しているのは個々の不妊治療のことでなく、それ以上になぜ今、かくも高率広範囲に不妊傾向が見られるか、だ。

わたしは狭い国土に不出来モノもまじってかくも各種原発が多年稼働してきたあいだに、なにらかの機微をへて大気中に原発施設そのものから放射線が、かすかに、しかし長年月にわたり漏れ続けてきただろうと推測している。その被曝を防ぐほどの配慮も技術も出来ていない。

この放射能の極微・長期の日本列島大気汚染と慢性被曝こそが、「不妊」傾向の高まる増加原因ではないかと、少子化深刻の我が国の未来のために、わたしは深刻に憂慮している。まさに亡国の兆しなのではないか。

世の多くの若い夫婦達、恋人達、孫子を願う高齢にむかっている両親達に、この手の施しようのない国土事情へも、深い疑念や直観を抱き持って欲しいのである。

 

☆ 秦恒平様

久しうございます

お見忘れもなく「湖の本」お送りくださり

ありがたいことです

 

もはや序破急の急々之段なれば

身に染みて拝読

 

大病なさり なお果敢な戦いとか

老生も大腸癌を切り

前立腺は放射線の棒を80も打ち込まれています

抗癌剤はたいへん お大事に

 

なお私も12月21日生まれです

早生まれにするとかで戸籍は1月3日になっておりますが

 

とりあえずお礼まで

不順な地球ゆえご自愛のほどを   増  能楽研究家

2012 8・1 131

 

 

* 本機が、このところ相次いで異様な画面で頓挫してしまう。いよいよ本気で機械の交換を考えねばならない。しかし、この、東工大卒業生君が組み立てて呉れて、その後にも何人もの卒業生がそのつど助けてくれていた本機には、使い慣れて使いやすい得も言われぬ愛着がある。今までの機械の中で、こんなに長く久しく愛してきた機械は無い。

だが、コンテンツの全部をクラッシュで喪うワケに行かない。せめてもう少しわたし自身の身動きがラクになるまで保って欲しい。 2012 8・3 131

 

 

☆ 鴉に

手術が無事済んだことは建日子さんのブログで読んで安堵していました。

退院されて、同時に抗がん剤治療が再び始まっている様子、思いやられます。今が一番暑い時、せめて食べ物が美味しく感じられればと思いますが、苦さばかりを感じるとは! 小さい頃、消化器系の病気をたびたび患ったので食べ物に関しては切ない記憶があり思い出します。いっそう鴉の状況が切ないのですが、とにかく栄養補給して元気でと願っています。

昨秋交通事故に遭った友人が気力を急激に失って無気力に沈んでいます。生涯の時間は均等に過ぎていくのではなく、ある時、角を曲がるようにふっと様子が一変するものだなあと・・それをわが身にも感じています。

今月は暑さゆえ、神戸まで用事で出かける以外は普段の暮らし。ひたすら部屋で過ごします、優雅かと言えば優雅ではありませんが。かくことは遅々として進まず、ぽつぽつと何かが姿を現しています。

夏を乗り越えましょう。大切に、大切に。 尾張の鳶

 

* ありがとう。

 

* 機械の破損が決定的。今後の私語・日記の転送、メールの往来が出来なくなるだろう。対応は急ぐが、ご承知ください。

2012 8・3 131

 

 

* 吉備の有元さんから芳香宝玉のような美しいきわみの白桃を五顆も頂戴した、その美味しさに天を仰いだ。有り難う存じます。

 

* 食餌はすべて苦い。その中で、白桃の嬉しいことは。それでも妻の嘆賞してやまない桃の「甘さ」の大方は味わえてないのかと歎く。口当たりの優しさと冷蔵してきた冷やっこいうまさが有り難い。嬉しい。

北海道から戴いた珍しい西瓜も同じように、かぎりなく「水分」が美味しい。

手足への色素沈着がじわじわと肌を黒くしている。指先がしびれ、よく持ったモノを取り落とす。それでも五体はまださほど傷んでいない。

2012 8・5 131

 

 

* 此処で、「書ける」安堵感は限りない。メールの往来自由も。しみじみ有難い。

 

☆ 受信しました。

 

今夕刻前にパソコンを開き「私語の刻」を読みました。4時です。

新しい機械よりの発信可能をお知らせまで。受信が可能なことを願っています。

眼の手術のご成功良かったです。ホット致しました。

自分の家族の病気のように、一喜一憂するばかりで日々を過ごしています。

抗癌剤の服用は大変難儀のご様子ですが、どうぞ、迪子さんの為にもがんばってください。勿論読者の為にも。  晴

 

* 有難く。

2012 8・5 131

 

 

☆ 夜十時、神戸から戻りました。

青春切符で在来線に乗っての往復に二冊の本を読み、詩の集まりでの作品批評。さすがに少々疲れました。

通信機能と日録の存続にホッとしましたが、その次に「多くを喪いましたが」とあるのに絶句。何が喪われたのか見当もつきませんが、悲しい思いが溢れます。

病院に出かける機会も多いようですが暑さはまだ厳しいです。くれぐれも大切に、大切に。  鳶

 

* 疲れは怖い。疲れぬように。

2012 8・5 131

 

 

☆ 暑中お見舞い申しあげます。

この猛暑、ご体調如何でいらっしゃいますか。呉々もお大切になさって下さいますよう。

過日は又「湖の本」ご恵送賜り、ほんとうに有難うございました。一一二巻は殊に。身に沁みて拝読いたしました。

山折哲雄氏とのご対話、いろいろ考えさせられ、共感し、もうそんなに遠くはない自分のおわりについても考えさせられます。前登志夫師の最期も見事でございました。口述筆記など少しお手伝い出来ましたが、病が重くなっても、旺盛な創作活動をされていました。

秦先生は、更に多方面の文学活動をされ、それがクスリと、きっとなることとぞんじ上げます。

呉々も、ご自愛の上、益々のご清筆をお祈り申し上げます。

(失礼でございますが、ほんの心ばかりの お礼のしるし 同封させていただきます。)

二○一二年 盛夏     鷹  歌人 奈良県

秦恒平様

 

* ありがとう存じます。

前登志夫さん、懐かしい人であった。

 

☆ 秦恒平様

「湖の本」ありがとうございます。

手に入いりにくいことが、くわしく よみやすいように書いてあって、すぐに全部はよめない時が多いのですけれど、つい、手にとってよんでいます。「つまみ食い百人一首」などおもしろくよみました。

暑い日がつづいております。お元気でいらっしゃって下さい。ありがとうございます。  植  詩人 新潟県

2012 8・6 131

 

 

* 妻の大阪のお友達からも、久しい山口県の読者からも、ナントカして食べてくださいと、お見舞い下さっている。感謝。

2012 8・8 131

 

 

* 相変わらずメール発信できない。失礼の向きは、お許し下さい。

2012 8・8 131

 

 

☆ 函館にて

hatak さん

その後体調はいかがでしょうか。

PCの調子も気になるところですが。

元旦以来はじめて休暇をとって、昨日から函館に来ています。

日曜に仕事がらみで受けている国家試験の二次試験が終わり、ようやく一段落したため、静かな所で温泉につかって、去年から温めてきた論文を書き始めようとやってきたのですが、女子サッカーの熱戦にすっかり気を取られてしまい、一文も書かずに一日を過ごしてしまいました。

昼には、前から行ってみたかった函館山の裏側にある旧函館検疫所へ。市電を始発から終点まで乗り、外人墓地を通り越した先の人気のないところに、海に望んで方形の木造家屋がぽつんと建っていました。明治期にコレラの検疫を目的に造られた施設ですが、人の検疫からやがて動物、植物の検疫へ広がり、動植物の病気とそれを水際で防ごうとする人たちの長い闘いが始まった歴史的な場所です。

今はカフェになっていて、小一時間海を眺めて帰ってきました。役目を終えた建物の静かな存在感がありました。

帰りがけ、大正8年にボヘミアから来日した職人が創業したという元町の古いソーセージ屋さんに寄りました。いろいろなもの、少しずつ、お送りしてみましたので。お口に合うようでしたら、食べてみてください。食べる楽しさを取り戻されますよう、農・食品産業関係者として、お祈りしております。

迪子様にも何度もお葉書を頂いております。休みはもう一日ありますので、明日は久しぶりに旅先で葉書を書いてみます。

函館にてmaokat

 

* maokatさんには、北海道の果物そのほか何度もお見舞い頂いてる。わたしは「幸せ者だな」と感謝に堪えない。メールでお礼もならず、こめんなさい。

 

☆ 体調は

如何ですか。

今日も焼け付くような日照りですが朝晩はやや過ごし易くなりラクになりました。

諸々の事情で好きな旅行にも出られず変化のない日常ですが、まあ元気です。

お元気でお過ごし下さいますように。お見舞いまで。  泉

2012 8・8 131

 

 

* 加賀乙彦さんの大作『雲の都』第四部第五部をかわりなく頂戴した。完結を待つ。

ペン副会長眉村卓さんの新著『傾いた地平線 眉村卓コレクション異世界編Ⅱ』も戴いた。

もと朝日記者重金敦之さんの『愚者の説法 賢者のぼやき』も戴いた。

朝松健さんの時代物文庫本も贈られてきた。

なかなか読めないが、いつか。

2012 8・11 131

 

 

☆ 命の薬  maokat

hatakさん    メールちゃんと届きました。

食べ物がなかなかすんなり入ってくれないご様子、無理せず、食べられるものを食べてください。お赤飯をよく召し上がっておられますので、新米の時季になりましたら、道産の糯米に近い粳米をお送りします。晩秋になりますと、いよいよ百合根が出て参ります。お楽しみに。

農業・食品関連の研究をしているせいか、「食べ物の力」を信じたくて妙に力が入っているのかもしれませんが、沖縄の人は、美味しいものを「ぬちぐすい」=命(ぬち)の薬(ぐすい)といって古くから医食同源の食文化を守っています。長生きしながら元気な沖縄のオジー、オバーを見ていて、気候風土もさることながら、食べ物による影響が大きいと感じました。少しずつ体と折り合いがついていけば、毎日の食べ物が体に薬となってきて、食べることが楽しめるようになると思いますので、焦らず少しずつ、慣らしてみてください。

食べてみたいものがありましたら、何でもリクエストしてください。

目の方もご苦労されているようで、人ごととは思えません。

私も、長年の無理が祟って、昨年の秋から目を病んでしまいました。過労とストレスから目の奥が腫れ、眼球が前に押されて、瞼が完全に閉じないのです。涙腺が涙を出さなくなる丑三つ時になると目が乾いて痛くなり、眠りを妨げられます。眠れずにさらに疲労がたまるという悪循環で、ついに根を上げて大学病院へ通い出しました。一時はお岩さんのような容貌でしたが、最近は少し治まってきた気がします(単に見慣れただけかもしれません)

いずれにせよ、目の不自由は身に堪えるものです。

とはいうものの、就寝前に、少し御本を読むのを楽しみにしております。ずっと、『好き嫌い百人一首』をあてずっぽうに開いて一首二首楽しんでいたのですが、最近は『千載秀歌』を拾い読みすることが多くなりました。一日、膨大な申請書や報告書のたぐいを読まされて汚れた目を、美しい歌と文章で濯いでから寝ています。

為政者も千年前は和歌に血道を上げていたのですね。四百年前は戦の最中に茶を嗜み、今は近松門左衛門も朝比奈隆も知らない首長が、文楽やクラシックにも無知で恥じるところがないというわけです。人は進化しているのか退廃しているのかわかりません。

お盆で回りは人影少なく、久しぶりにゆっくりした気分で冗長になりました。

関東はまだ暑さも続きそうです。どうぞお大事にお過ごしください。

奥様にもくれぐれもご無理せぬよう、お大事にとお伝えください。

 

* ありがとう ありがとう。眼、お大事に。 hatak

 

* 午後、あまり身動きに自信はないのだが、誘ってくれる人があって、都心まで若い人たちの音楽会を聴きに行く。

2012 8・13 131

 

 

☆ 御免下さい

蝉の合唱が、酷暑の拍車をかける連日、夏はこれ程暑かったか? と苦闘する昨今です。

先生御不調の折しも、さぞやと拝察致し居りますがーー、

新刊書 御恵送いただき乍、御礼も申し得ず、又々御無礼の日が過ぎました。

引き続いたグループ展等々に追い廻すされ一日は三時間かと思う程に、はかどらぬ己にいら立っています。四年目にかかる 手首の骨折の後遺症とは申せ、気づいて見たら夏も盛りを過ぎ様としていました。

今更乍 あわてて筆を持っています。

お盆明け頃にはゆっくり拝読させていただけ様かと楽しみ居ります。

有難うございました。

先生 何とぞ御無理のなき様 御自愛下さいます様 お願い申し上げます。

甚だ間の抜けたお礼を兼ね お笑い草同封させていただきます。  合掌

八月七日   渋谷和子

秦恒平先生            京・向日市 染色家

 

* 「暑中御見舞申し上げます」と付箋をつけて頂戴したのは、夏の気配に涼しげを、描きおろしの草や虫たちに一枚一枚寄せた葉書大、七枚の繪。

嬉しく頂戴しました。お仕事が次々に立派に成りますように。

2012 8・14 131

 

 

* 残暑お見舞い申し上げます。

昨日、今日は背に太陽を浴びると強く熱を感じます。病院への往復に暑さがお体に障りませんようにと祈るばかりです。

新しい機械に少しずつ慣れてきましたか? 今まで苦も無くできていたことに戸惑ったり・・わたしは数か月になるのにまだ適応し

ていません。機械音痴を呪いたくなりますが。

お盆に子供の友人や姑や来客が続いて、今しがた一段落ついたところ。明日の詩の朗読会での詩の推敲がまだこれからです。周囲の人には現代詩を明確に意識して探求している人が多いと感じ、かと言って容易に自分が変わるわけもなく、わたしの立ち位置とは何か考えさせられています。論理的に考えすぎる、詩的でないetc.

関西への思い、殊に京都に住みたいという思いをどうしたら実現できるか、強い衝動に似たものが沸き起こっています.

鴉、くれぐれも大切に。元気でいてください。  鳶

 

* 一度は成功したこの日録の本機への転送が重ねては成功しない。建日子が設定していって呉れたまま、「ドロップボックス」の機能が全然わたしに理解できていない。

 

*  この補機にもメール設定したいが、そういう操作や手順は昔から手探りであった。たいてい学生君らに頼っていた。もう彼らもとても学生君どころか社会や組織での中堅。煩わせてはならない。

 

*  あれこれ試みてもこの子機の記事が本機へ届かない。これに拘るか、親機の文字表記の混乱を糺すか。闇の中の見当知らずの手探りで、希望が見えない。

 

*  いま、やっと此の子機から親機への転送が可能になったように思われる。ソフトの許容量を超すほど入っていたためとソフトの会社からメール連絡がきた。感謝。さ、本当に送れるか。なんだか、どきどき、わくわくしている。

2012 8・18 131

 

 

☆ お元気ですか、みづうみ。

 

残暑厳しい毎日です。すっかり夏バテしてしまい、しばらく寝込んで、這うようにシャワーをしてやっと元に戻りました。

ご無沙汰していましたのは、色々思い悩んでいてみづうみの気持の晴れるようなメールが書けそうになかったせいでもあります。

 

放射能に汚染されている地域で骨折がとても増えています。子どもたちが大した原因もないのに簡単に骨折するのです。そして帯状疱疹も増えています。日光に過敏になったのではなく、放射性物質のせいで皮膚がひりひりする場合もあります。そこに放射能の影響があると疑われます。呼気からの被曝はたちが悪いです。

情報を集めれば集めるほど、東京の汚染はもの凄いことになっていると判断せざるを得ません。瓦礫焼却が都内のあちこちで始まってから急速に都内で検出される放射性物質が増えています。

用心しすぎたことはあとで笑い話で済みますが、被曝の健康被害が明らかになった時には、取返しがつきません。

今朝の新聞に都心に活断層があるというニュースがありました。このようなニュースが頻繁に流れることの裏に、放射能ではなく地震を口実に遷都したい意図を感じるのは、百パーセント妄想と言い切れるでしょうか。

 

最後に、もしご存じでしたらお教えくださいますでしょうか。谷崎潤一郎の地唄舞「雪」についての随筆があったと思いますが、これは全集を買わなければ読めませんでしょうか。何かの本に収録されていますでしょうか。全集を買うには置き場所とのかねあいで決心がつかず、図書館に行くしかないのかもしれませんが、何しろ暑くってネットでもなんでも早く読みたいとばかり。お心あたりなければこの質問無視してくださいませ。

雷雨がきてもいっこうに涼しくはなりませんが、それでも少しずつ秋に向かって季節は動いていきます。どうぞご無理なさらず、今はひたすらご療養に専念なさってください。みづうみの眼帯姿は想像つきませんが、わたくしはデビュー当時のタモリのパッチ姿が藝人の毒気があって、今のサングラスよりずっと気に入っていました。

今夜はこのへんで。おやすみなさいませ。十八夜   夏木立  何の木といふことのなき夏木なり  素十

 

* 地唄「雪」に潤一郎は纏まった「雪」という一編を書き残している。断片的にはいろいろに触れているが。

スキャン機能が使いづらくなっているのでそれは妻の機械に頼み、校正もしてくれている。わたしは視野朦朧で正確が期せない。本字は略字でいいとしよう。なにしろ昔の文章はパソコンという機械では、再現甚だ難儀。

2012 8・19 131

 

 

* 機械の混乱にむかい没頭していたので、体違和は何も意識せず。食べるのも努めて食べている。

サンケイの岡崎さんが、源吉兆庵の名菓「桃泉果」を贈ってきて下さった。感謝、感謝。桃のゼリーの中に桃一つが籠められてあり、一つの菓子が、巨大。二人で半分けして十分。

2012 8・19 131

 

 

* 次の一文は例の「おばさん」のメールで、読まれる方はあまりに推測ないし邪推が過ぎると顰蹙されるかも知れないが、日米安保体制にせよ、中国や韓国との将来の日本の衰兆にせよ、わたしはこの「私語」の過去多くの場合にすでに繰り返し「憂慮の弁」を書き置いてきた。「闇に言い置く思い」であったけれど、明らかにそれが現実化しつつある。わたしは大国のエゴをこそ信ずれ、真の善意などの働くわけもないこと、グローバリゼーションの旗印をかかげて、往時の「帝国主義」同様を強引に進めてきたのがアメリカであり、今は中国がひどく露骨に同じ「帝国主義」に熱心なのは、誰の眼にも歴然としている。所詮外交とは、大国の思惑は、正義などとほど遠い「悪意の算術」なのである。かつての{不沈空母日本}を託宣していた中曽根康弘の「ロン・ヤス」阿諛体質に根ざした、外交は「なんでも先延ばしが第一」などという無為無策が、今日日本国のおそるべき国際危機を引きよせたこと、間違いない。

そういう環境での、「おばさん」独自の情報源にも助けられているだろう言説は、一見過剰と読まれそうでいて、リアリティーは確保されているようにわたしは、あらまし共感している。それを言っておく。

 

☆ お元気ですか

谷崎について、みづうみの知らないことはないという確信はございましたが、それにしてもお忙しいなかありがとうございます。この酷暑に谷崎の描く「雪」を想うことは、一つの幸せです。日本はなんと美しいものをたくさん持っていることかと。

 

 

 

ところで最近の不愉快な尖閣と竹島騒動のことですが、ネットに溢れる情報だけでなく、同時期に起きていることから考えても、これは背後にアメリカの動きのあることと想像しています。そうでもなければ、韓国大統領があそこまではしないでしょう。アメリカが滅びゆく日本を見限って(ロムニー氏が百年後に滅びる日本のようにはしないと言ったそうで)、金の卵を産ませることではなく、鳥のままいただこう、取れるものを取れるうちに奪おうとしているのだろうかと妄想しています。災害便乗資本主義という言葉もありますし、今回の大震災そのものもアメリカ、ユダヤ資本の人工地震とするよく出来た珍説まであるくらいですから。

 

日本を領土問題で揺さぶって、アメリカ資産略奪計画といわれる「TPP」に早く参加させようとしているのか、あるいは日本を中国、韓国と戦争させて自軍は早々に手を引いて、日本に埋蔵の可能性のある海洋資源を得ようとしているのか、中国韓国日本が経済的に結びつくことでアメリカの脅威となることを防ごうとしているのか、あちこちで諸説紛々ですが、そのどこにもいくらかの真実はあろうと想像します。

亀井静香氏は日本はアメリカに二百兆円貸しているから消費税を上げる必要はないと言っていましたし、日本がアメリカに貢いでいる金額は八百兆円という話もあります。お金を盗られて、領土まで盗られるなんて、こんなお人好しの国が世界のどこにあると、昨日も、友人が嘆いていました。

今大切なことは中国、韓国の挑発に決して乗らず、何がなんでも戦争にしないことでしょう。勝てない戦争をするほど愚かなことはありません。中国と尖閣事変という戦争をしたら、おそらく沖縄まで盗られるでしょう。韓国に対しても勝目はありません。

「アメリカが日本を守るという幻想」から目覚めなれば取返しのつかないことになります。日本国内で、尖閣は日本の領土と愛国心を煽って騒いでいる人間のなかにも、アメリカの意向で動いている人間がいるかもしれないくらいです。アメリカ兵が日本のために死ぬ理由があると思うほうがおめでたいのです。

国民の国益のために外交交渉出来る人材が日本には恐怖を覚えるくらい払底しています。

 

今このような事態に陥っている根本原因は、日本が第二次大戦の総括をきちんとしてこなかったことだろうと思います。私は戦争を知らない世代ですが、戦争責任のある極悪の人間がまんまと生き延びて、今の日本の病根となったのだという思いが強くあります。本来戦犯であるべき特高の親玉だった正力某氏が、権力者として生き残るためにCIAの手先となった。日本ではなくアメリカのために動き、アメリカに不都合な政治家を潰してきた。原子力発電も導入した。

あるいは七三一部隊の人脈山下某氏が福島で安全を喧伝し、膨大な人体実験データを手に入れようとしている説。

すべて、悪夢の大戦の再来に思えます。国家の滅亡の始まりを目の当たりにするとは、このようなことかと思っています。相変わらずの三文小説書きの荒唐無稽な被害妄想なのかもしれませんが、こんなことを書けるのも秘密保全法の成立前だから。

広瀬隆さんや内橋克人さんが講演していて思わず涙声になるのを見ていると、日本は只事ではない存亡の危機にあることを感じないわけにはいきません。私がみづうみにこんなことを書くのは、無力無能の自分を奮起させようと思うからですが、所詮主婦のごまめの歯ぎしり。

せめて日本のどこかにいるはずの誰かにガンジーのこんな言葉を届けて、どうか日本の救世主よ現れてと祈るばかりです。

 

たとえお前一人になろうとも

全世界を相手に立ち向かえ。

世界が血走った眼で見ようとも、

お前は臆せず世界に直面せよ。

 

 

では、今日のおばさんのぼやきはここまで。

みづうみの来週の病院通いが、少しでも涼しくなりますように。  灼  血を吐いて眼玉の乾く油照り  石原八束

2012 8・20 131

 

 

*  体重66.2kg  血圧102-55(55)血糖値 102  服薬 朝、体違和無い。桃の朝食。

吉備の有元さん、再びすばらしい桃、純白にちかい、かすかに桃色の珍しい桃を五顆下さった。じつに美味く、ほの甘い甘い水気に命蘇るよう。有り難うございます。

2012 8・24 131

 

 

☆ 考え得る最悪の政治、核の墓場計画=日本滅亡計画

お元気ですか、みづうみ。

 

谷崎の「雪」、ほんとうにありがとうございました。自分の地唄舞についての想いを何かのかたちで書いておきたいとずっと考えていて、ついみづうみに甘えてしまいました。心より感謝申し上げます。

昨今の出版事情では、大家の名作、名文でも簡単に手に入らないもののたくさんあるのがとても残念です。もし、みづうみの書庫に入れていただいたら、わたくしは嬉しくて興奮して、きっと丸一日出て来れないでしょう。

 

先日、オリンピックメダリストのパレードに五十万人集まったニュースがございました。ちょうどその同じ時間帯に友人から電話がかかってきて、長話をしていました。

彼女と私は対照的です。彼女は大阪のおばちゃんで私は江戸っ子のオバサン。理系の秀才と文学少女の干物。実家が富裕な商家と山の手インテリ家庭。それぞれの環境に殉じて彼女は政治的にはかなりの右派で、私は中道リベラル寄り。友人関係になったのは、私が望んだというより彼女が一方的に私を選んでくれた感じなので、前世から縁があったのかしらと思うくらいです。もう十五年以上もおつきあいがあり、彼女には本当に色々お世話になってきました。

二人の数少ない共通点が、若い頃に、原子力ムラと関わっていたことです。二人とも原子力ムラがどういうものかを少し知っていて、原発についても門前の小僧程度の知識はあります。

 

電話で話した内容を詳しくは書きませんが、簡単に言うと彼女は、日本は世界の核のゴミを受け入れて、それを再処理することを国の重要産業として推進していこうとしているのではないか、懸念しているという内容でした。

私はずいぶん前から、日本が「核の墓場」にされようとしている危険を感じていましたが、それを彼女にはまだ伝えていなかったので、彼女の言にちょっと驚きました。彼女は日経新聞しか読まない人ですが、その一紙を細かい数値まで徹底して読み、情報をそこからとっています。私は情報を日経、東京新聞の他、ネットから得て、三文小説書きの想像から核の墓場危機を何となく「感じ」てきたのですが、彼女は財界系の新聞の熟読からその推論に至った次第です。(厳密に言えば、再処理施設と最終処分場は違うのでしょうけれど、地震国日本に、民族存亡に関わる使用済み核燃料が大量に集積されるという点で、同じようなものでしょう。)

瓦礫を全国に運んで焼却して有無を言わさず汚染を拡大していること(国民をあきらめさせるため)や、秘密保全法を通そうとしている(国民の大多数の反対することを隠すため)のは、その政策のためではないかと、彼女の立場からでも想像していることは、私の妄想を超えるスピードで、深刻に日本はその方向に向かっているのかもしれません。

憂国のおばさん談義は続いて、あのアメリカが原発の新設を止めるについては、「福島がよほどよほどひどい状況にあるから」だ。私が「円が紙屑になるのかしら」と嘆くと、彼女はそうなると思うと断言。子ども世代まで日本は保つかしら。孫世代は危ないかしら。なけなしの資産を守るにはどうすればよいのか。大きな地震が来ませんように、富士山噴火しませんように、と、最後は神頼みで〆ました。

ですから、夜のニュースでメダリストのパレードに沿道を埋めつくした五十万人の映像をみたとき、私はびっくりしたと同時になんだかとても可笑しくなってしまいました。深刻に国家破綻の可能性を論じていた二人と、五十万人に取り囲まれたパレードの差が烈しすぎて、久しぶりに笑ってしまいました。おばさん二人はとんでもないアホで、妄想の中にいると考えるべきです。

「こりゃーだめだ」と思いました。

これだけの大人数が「脱原発」「日本を核の墓場にするな」「首相退陣」などと叫んでいるのでなければ、日本は変わりません。

たしかなことは、日本が破局に向かうなんてことを話している二人より、パレードの中にいるひとたちのほうが断然幸せなことです。私は、案外この危機感のなさこそ日本の強みなのかもしれないとすら思いました。

 

しかし、昨日慶應大学教授の金子勝さんのツィッターで、「細野原発担当相は、遠藤元IAEA理事長らを入れた私的諮問機関『核不拡散研究会』で、世界の使用済み核燃料を日本で再処理する政策を推進。そして原子力規制委員会でも原子力機構や外務官僚を入れた?核燃料サイクル事業の巨大な失敗を隠そうとする。」とあるのを発見しました。脱原発に進むどころか、「考え得る最悪の政治、核の墓場計画=日本滅亡計画」が進められてるということです。巨大利権と原発百基の新設より天文学的に危険な再処理へのカウントダウン。別の意味で、「こりゃーだめだ」でした。

 

それからさきほどみづうみの私語を拝見しました。建日子さんが自転車で保谷往復と読みまして、私の憂慮も警告もやはり無意味で「こりゃあーだめだ」と思いました。(事故の心配をなさるなら被曝の心配もしていただきたいもの。目黒での汚染瓦礫処理の規模はご存じでしょうか。)

私は今までもみづうみにずいぶん過剰なことを書いてきたように思われるかもしれませんが、それは経過を省いて結論だけを書くようにしているから。色々書いているように見えても、その結論を導くにいたった、私の知り得ている内容のごく一部しかみづうみに書いていません。書かない、書けないことはたくさんあります。

こりゃーだめだ、さてどうしましょう。

とりあえず、人間は毎日楽しく生きることが大切です。暗いのはいけません。わたくしは今までも幸運で幸福でしたし、今も幸福ではあるのです。

複雑な笑いでしたが、とりあえずパレードに陽気だなあと笑ってみて、その久しぶりの笑いの後味もさほど悪くありませんでした。

 

有漏ぢより無漏ぢへかへる一やすみ

あめふらばふれ風ふかばふけ   みづうみ

こんな心境にいたらぬまでも、まあ世の中なるようにしかなりません。私は核の墓場に住みたくありませんが、気にしない人が多いのが現実です。選挙で投票に値する候補者が出てくることを願いつつ、生ある間は花のように生きたいものです。

抗癌剤が始まりましたが、みづうみがしっかりお元気でありますようにいつもお祈りしています。

湖の本も楽しみです。おやすみなさい。    一滴   滴りの五つ六つの水輪かな  素十

 

* この人たちの方が、わたしより、何倍もものごとの背景に具体的に通じたり勉強したりしている。動き回らない作家である私には、直観と想像力、表現力しかない、が。

2012 8・25 131

 

 

* 作家としてパソコンを、メールを使い始めたのは、ホームページを田中孝介君に作って貰ったより以前、前世紀、ひょっとしてまだ東工大の教授室にいたころだったかも知れない。文壇的にもよほど早かったから関連の原稿もよく頼まれた。婦人雑誌に、メールは半ばは「恋文」ほどの気持ちで書かないと、せっかくの友人と喧嘩になる心配もありますよと警告したこともある。機械での言葉は思いの外にキツク響くから。

その頃から、わたしはミステークは別として、不良メールもむろん別として、受けたメール、後には出したメール、一つ残らず保存してきて、厖大に過ぎ、機械にも負担を与えている。廃棄していいものは棄ててゆこうとしているが、とうてい廃棄したくないのも、もの凄いまで数多く、少しずつ読み直していると、しみじみした気分になる。いずれにしても、それらをどうするかは考えねばならない。まとめてその人に返してあげるのも、その人の人生に何かを添えるかも知れない。

こういうことも、ある。盛んに送られてきた人のメールが、いつしかに少なくなること。

事故があったのではないか、病気しているのではないか、不慮の死だつてあると心配するが、機械のある生活へのある種の反省や退屈が働くと謂うこともある。わたしもホームページの日録・私語に委ねて、ほとんどメールを書かなくなっている。勝手なもので、書かないくせにメールは貰うとほっと胸に灯がともる。

溜め込んだメールから、思い切ったフィクションが書けるのではないかと気持ちの熱くなるときもある。

2012 8・30 131

 

 

☆ 鴉へ

HPの一番最初に血圧の数値が目に飛び込んできます。鴉の体調のことがやはり日々を左右する大きな事象であるのを痛感させられます。

夏の暑さがまだまだ続いています。病院通いがお体にとってどれ程の負担になっているかは、どんなに遠くに暮らしていても十分に想像できます。秋口にはより一層体調に注意なさってください。体重の変化にやはり一喜一憂してしまうのは自然な心の動き・・。

新しい機械に慣れ、メールの一つも欲しいなあと鳶は勝手に思っています。

 

* 今日松本幸四郎丈より、子息染五郎の現状を伝えながらのご挨拶があった。命にかかわるほど手ひどい様子ではないらしいのが、何よりの安堵で在る。はやく治って舞台に復帰してくれますように。

2012 9・3 132

 

 

* いましがた、途方もない悪辣な国際条約ACTA(Anti Counterfeit Trade Agreement)条約に関する長文のメールを読者から受け取った。ヨーロッパ連合はこれを批准しなかった。グーグルもFACEBOOKなどもストライキしてまで反対の声をすでに挙げていた。

だが、日本は秘密裏に批准をすませたという。途方も無い暴挙だ、民意も問わず、極秘の内に。

ただ批准が参議院が先で、しかも十五人でというのが、より正確に分かりたい。野党がすべて欠席の委員会討議を民主党が自儘に採択したというのかもしれない、まだ、よく分からない。しかし此の読者氏は燃えるような言句と、いくつもの情報源を証しながら、その強圧的なネット弾圧の条約を長大に知らせてくれている。

わたしはペンの言論表現委員会に永く在籍していたころ、ことあるつど、「権力的なネット弾圧の動き」が予感できると言い続けていた。中国はそれを強行しているではないか。ペンクラブに、「電子メディア委員」会をせっかく提言企画創設し委員長を勤めていたのも、サイバー世界での、ネット世界での、言論弾圧のおそれを痛いほど予感していたからだ。

何にも分からないか、いじましい悪意でか分からないが、阿刀田・浅井氏の当時執行部は、何の相談も無くわたしの委員会をぶちこわした。わたしは、それで理事の席を擲った。

とにかくも寄せられたメールを、わたしは慎重に読む。寄せていただいて感謝しているし、場合によればペンにも文藝家協会にも意見を伝えたい。からだで働けないのが残念だ。

じつのところもわたしの「闇に言い置く 私語」なども「抹消の弾圧」に遭うだろうとメールは率直に注意している。そんなことは、早く早くから覚悟していた。やられる懼れはある。そのときは、そのときなりに闘わねばならないが。命があれば、であるが。

ネットや個人のブログやソーシャルネット等の体験から察しうる人は、この国際猛毒条約ACTAについて声を挙げて欲しい、完璧なほど悪辣な言論への圧制を、国際的に強権的に可能にしようとしている。原発にならんで、またしても国家的な犯罪行為が展開されそうである、この日本国でも。

おそろしい。

2012 9・4 132

 

 

* 金沢の作家、金田小夜子さんから、彼女自身が名付け親の、とても大粒の「ルビーロマン」という葡萄を一房頂戴した。大きい大きい、巨峰も大きいが体積は三倍ほどか。もっと大きいか。普通の葡萄がバレーボールと比べたピンポン球に見える。去年にも戴いたのでその甘さ、美味さはしかと覚えています。感謝。

さすがに季節の移動で桃は味も確かさも落ちてきた。吉備の有元さんに二度もいただいた桃を断然筆頭に、店売りの桃の総じてうまかったこと、命をのばした心地がした。西瓜もうまかった。

それにしても、好きな日本酒の味がよみがえってこない。ワインも。ところが、これこそダメと思っていたウイスキーのシーバスリーガルが、また焼酎が、それぞれ小さなグラスの底に二、三ミリだが、苦い口の口直しに卓効あり、ほんのりと味わいも得られる。焼酎など、知らぬうちに杯を重ねていたりする。

要するに上品な薄味は却って苦くて味無くて、塩昆布や錦松梅やアミやくぎ煮やちりめん山椒など、しつこく塩辛いほどのものだと口の苦みに拮抗してくれる。好きな麺類が、苦みでは無く、誤嚥ぎみに食べ損じて、何度試みても嘔吐のモトになってしまう。

だが、何であれ、量の多少を問わず、朝から夜まで食べていないと、体重は減り続け、貧血でのたちくらみも、危険なほどひどくなる。うっかり手術した右眼をものにぶつけては大変なことになる。「ぶつけないでくださいよ」と昨日も佐藤先生に言われてきた。

2012 9・4 132

 

 

* ACTAに関する厖大量のメールが二通、昨日と含めて三通届いた。ざっと見て容易ならぬ事態と思う。が、明日の築地通院を控えて用意などあり、熟読できない。明日を見送ってからと思う。

2012 9・5 132

 

 

* 嗚呼

 

☆ あきらめません

 

みづうみ、お元気ですか。

ACTAは、本日衆院で強行採決されてしまいました。外国との条約批准を、野党欠席のまま、たったの四分で強行採決です。民主主義に対する暴挙です。

もしこの条約が動きだせば、インターネットはおしまいです。個人のツィッターまで潰されます。情報は政府の望むようにしか流されない社会が到来します。

民主党議員の中にも反対者はいましたが、多勢に無勢。ACTAがどんなに危険なものかもしらぬ愚かな議員たちも多かったと聞きます。典型的ノンポリ人間だった私でさえ、生まれて初めて議員事務所に反対の電話をするという必死のあがきをしましたが、どうなるものでもありません。

この政権は最悪です。

欧州議会は圧倒的多数で否決したというのに、日本はACTAについて国民には何も知らせず、だまし討ちとしか言いようがない卑怯なやり方で批准しました。それを支えたのが新聞テレビの大手メディアです。報道管制をしいていたのでしょうか。インターネットをつぶすことで、斜陽になりつつある自分たちの力を取り戻せるとでも考えたのでしょうか。新聞テレビが信頼を失ったのは、真実を報道しないせいだということもわからないのです。

 

しかし、まだ希望を棄ててはいません。決してあきらめてはいけないと思います。どんな小さな力でも抵抗しなくては、将来人間らしい生活ができなくなります。特高や治安維持法の復活を望まないひとは、どうか闘ってほしいと思います。

ACTAを発効するためには最低6か国の批准が必要です。他国が良識ある議会運営であることを切に切に祈ります。そして、「ACTA脱退運動」を国民の力で成功させるのです。「CTAのあとに秘密保全法までが成立してしまえば、日本は、原発を続けるために、放射能汚染を隠蔽するために、言論を徹底的に封殺する、北朝鮮よりひどいファシズム国家となるでし           取り急ぎ   砧   藁砧とんとんと鳴りこつこつと  素十

 

* 日本丸はまさしく「危険水域」に入った。

2012 9・6 132

 

 

☆ 前略

最近、やっといくらか平常に近い気特にもなって、「私語の刻」 の今年の三回をまとめて読みました。それから妻のインターネットで最近のご文章をいくらか拝見しました。大きな手術の後の耐え難い連日の暑さにご養生の大変さを想像しています。

私のほうは今年のはじめから六月までの原稿で消耗し、この月の半ばに校正を終えましたが、今回は筆も進まず最後は精も根も使い果たした感じで思い悩むばかりでしたが、終った後は何をする気力もなく(手紙すら書けず)無気力に居眠りを繰り返し、遠くの空をぼんやり眺めて過ぎました。

そして、今頃やっと、気にかけていたお手紙を書き始めました。

それでも春には、気分転換で中断して、(島崎藤村の=)『エトランゼエ』に出てくる宮代青年のことを尋ねて、暁星学園の同窓会事務局や、「暁星」という校誌(そこに同窓会欄もあります)を読みに上智大学の図書館を訪ねたりしました。

暁星を訪ねたのは、藤村が作品中で多少とも宮代青年の学生時代を知っていると言うパリ在住の小柴画伯について書いていて、小柴が暁星の出身者だったからですが、結局、暁星を出た宮代四之介(小柴の三年後輩)という青年がその人だと思いました。この仕事は九段や四谷と出歩くことが多かったのですが、早春のことでもあり、気持ちのよい日々でした。というより一つ一つ事実が判ってきたのが楽しかったのでしょう。古い戸籍などを尋ねてお墓参りもできるようになるのが夢ですが、残念ながらそれほどの時間も残されていないように思います。

連日、蝉の声に囲まれて、早朝から夢を破られていますが、気のせいか、いつもは道端に数多いむくろも今年は少ない気がします。長い雨のせいだったのか、極端な暑さのせいで地上に出るのが遅かったのかもしれません。

この何年か、時折、シヤー、シヤーというクマゼミの声を聞くようになった気がします。佐多稲子さんが長崎の夏の思い出に書いていましたが、南国の蝉を関東で聞くようになったのも温暖化熱帯化のせいでしょうか。子どもの頃初夏の頃にいたマツゼミ(春ゼミ)はまったく見なくなりました。

この日曜、初めて、赤蜻蛉を見ました。見上げると空は秋の雲です。

 

どうぞお大切にご養生ください。

九月の末になりましたら研究誌をお送りできるでしょう。「小説「夏草」の周辺-『女学雑誌』での位置づけ」という題です。ご笑覧ください。

少しずつ 「湖の本」も読み始めました (一一二)。「部分読み」されながら……とありましたように、私も「お墓の問題」から読み始めています。

 

白露といふ秋もなく国荒みけり   (去年の秋の句です)

八月三十一日      襄

秦恒平先生

 

* 「国荒み」果てた今しも、こう清清とした心事の書かれてある書簡には、胸の奥まで洗われる。わたしは斯く久しいよい友に恵まれている。

 

* 先の旧親機の故障で、大勢の方のメールアドレスも住所氏名も消失した。親しい人にもメールも手紙も出せなくなっている。この新親機に残存していた方もむろん多いが、不運にしてデータを消失させた方からは、メールなり住所なりを新たに頂戴しないと連絡の糸は切れる。余儀ない機械の故障であった。このことだけを申し上げておく。

2012 9・7 132

 

 

* 体重65.4kg 血圧109-58(74) 血糖値 96   朝、飯に味噌汁かけ、アミや刻み塩昆布まぜて 服薬各種 下腹部に重み感じる程度 体調は普通 どんよりして疲労に似た体感は常に払拭されない。貧血ゆえか。午後東工大の昔から仲良くしてきた卒業生が訪ねてくれ、数時間もコンピュータ四台の環境調整をしてくれた。その間ひたと側にいたが、体違和は何も感じなかった。夜食はだが、巨峰三粒と、さて何を食しえたやら。食後排便。体感普通。どよんとはしているが。

 

* 午後に、卒業生の林イチロー君が機械の様子を点検に遠くから来てくれることに。有難いこと、恐縮。家の中のとっちらかっているのに驚かれるだろう。正直、座れる場所も無い。湖の本発送前はとくに雑然騒然としてしまう狭い我が家である。

2012 9・8 132

 

 

* なんという嬉しいことだろう、卒業生、四十歳の林君が、療養中を押してはるばる訪ねてくれた、立派なメロンまでお土産にして。それから先がたいへんなご苦労で、くるくる回る椅子を中心に、四台の機械を次々に点検し環境をかえ、弱っていたプリンタなどもすっかり直してくれた、というより私の機械音痴ぶりを訂正していってくれた。

何よりも古い古い故障機械の生きているのを確認して、二つ入っていたハードデスクの中身を新機に、すっかり、時間懸けて救命救出してくれた。これで、やはり卒業生の布谷君がてづから組み立ててくれた十年も愛用の旧親機は、最期の日を迎えた。ディスプレイはもう役に立たなかった。

これからは、ノートパソコンと、買って真新しいDEL 機と、建日子が買ってくれた軽量の優秀機とをせいぜい効果在るように使い分けて行く。

原稿用紙の昔は、ほとんど喫茶店で、時には取材先の病院で原稿用紙に小説を書いていた。機械に転じてからはもう家から外へ出て原稿は書けないものと諦めていたが、林君の指導と建日子の応援とで、どうやらまた喫茶店で小説やホームページ原稿が書けそうです 生きて行く三台の機械を大事に使いたい。

 

* 林君 心よりお礼申します。

療養中を押して遠路訪ねてくださりそれだけでも嬉しかったのに、長時間をかけて機械環境を大幅に改善してくださり、喪ったと諦めていたものを沢山救命して下さった。さぞ疲れたろうと、何のお構いもしなかったのを、事情余儀ないにしても半ば悔いています。そのうえに立派な一顆の名菓頂戴し、恐縮の極みです。いつかお返しをしなくてはと願っています。

これから機械の新環境に慣れてゆきたい、それが闘病の応援になろう事必定で、有難いことです。そうとう全身に疲労と弛緩とが訪れていても、機械に向かっていると忘れています。

 

またいろいろ教えて下さい。遠隔操作とか言われていましたが、それにも手順手続きなどあるのかなと、分からぬままに、思っています。

ツイートに関連して、原発のことなども林君の言葉として色々聞けたのは嬉しい収穫でした。

 

どうか、元気になられ、旺盛に食もよみがえり、気力体力ともに楽しみのもとに復帰発揮して下さることを切望しています。わたしも、心身のマグマを元気に抱いて、喜寿を傘寿へと、ともあれゆっくりとでも歩んで行きたい。

 

お元気で、イチロー君。ありがとう、林君。また会いましょう。ご家族の平安を祈ります。   秦恒平

 

* 学部の頃、彼、林君は200単位の余も取得する猛者で、まだ日本にいて200安打を超えていったイチローによそえてわたしは林君をイチロー呼ばわりしていたのが懐かしい。

あれからもう二十年にやがてなろうという、今の企業生活はなかなか厳しいらしい。それは彼の属する大企業だけがそうではなく、日本丸という国家の船が傾いでいるのだ、昨今ひどく目立つ国家社会のよろよろ兆候に余儀なく同調し苦闘しているのだろう。

原発についても、彼は彼の質実な言葉で適確にわたしにも伝わる批評や批判を聴かせてくれた。

ツイッターに関しても、よく人を選んで「つぶやき」を聴いていると、指導され教育される貴重な意見に接しますよと。東大の上野千鶴子教授が、「秦さんもツイートなさればいいのに」と以前に言われていたが、意味も意義もまるで分からなかったが。先ず、林君に教わって、どういう人の「ツイート」を聴くがいいか、聴いてみたくなった。

 

☆ どうぞお大事に

秦 恒平様  久しぶりに「私語の刻」拝見し、近況を知って胸ふさがる思いでおります。

やっぱり抗がん剤治療は本当にしんどそうで辛いのですが、お書きになっていることが政治の状況を含め、冴えわたっている感じで驚きです。

実は一度お目にかかれたらなとずっと思っていたのですが、まだ時間がかかりそうですね。しかし、必ず良くなると思いますので頑張ってください。

小生は相変わらずの仕事の無間地獄にはまっています。とくにこの春から河出書房の手伝い仕事をしていたので、とにかく大変でした。いつまで続くかわからなかった個人事業主の仕事ですが、九月末の契約更改を前に、あと半年ぐらいというのが見えてきました。愛着してきた仕事が終われば、少なくとももっと頻繁に「私語の刻」は読めると思います。終わることがさびしくもあり、自分の仕事にかかれるという嬉しさもありという心境です。

機械の故障でメールアドレスなどが失われたとのこと、とりあえず記録に残していただければと書いてみました。

ちなみに小生の体重は最近67キロぐらいになっています。  吉

 

* 彼、「吉」さんとは、体重を減らす競争を挑み合いながら、わたしはいっこうに減らせないでいた。最大で86.6キロはあった。余儀ない病気発見、胃全摘その他三度もの手術や入院を経て、今日夜の入浴後体重は、65.9キロだった。1キロほど先へ行ったが、これはまったく勝負にはならない。自力と意志づよさで67キロは、敬服する。

いつも会いたい人である。酒が飲めない、食べられない、珈琲やジュースなども口にも入らないのでは、なあ。

2012 9・8 132

 

 

* どうしてるかなあといつも噂していた亡きやす香の一のお友達から、声が届いた。情け深い声。放映関連のお勤めは、さぞ忙しくさぞ興味深くもあるのだろうなと想ってきた。夫君の海外留学は以前から決まっていたと聞いていた。新婚さんが半年でもべつに暮らすのはさびしいことでしょう、が、持ち前のがんばりと明るさで乗り切ると思っている。

やす香が今ももし元気でいてくれたら、何を励みに力づよく生きていたろうか。国連職員になりたいと言っていた。ならせてやりたかった。

 

☆ おじい様、おばあ様

大変ご無沙汰しております。

お久しぶりのメールです。

今日は大切なやす香のお誕生日。

何を欲しいって言うかなと考えていました。

私の誕生日に何度か写真立てをプレゼントしてくれました。

思い出や人との繋がりを何よりも大切に考える、やす香らしい贈り物です。

大切にするだけでなく、人と繋がる才能があります。

その才能は、誰もが真似できるわけではありません。

本当に深くしっかりと繋がることは、なかなか難しいことです。

それをサラッとやってしまうやす香は、私の憧れです。

そして、可愛らしいやす香のことを考えると自然と笑顔になってしまう私。

今日は私にとっても素敵な1日になりそうです。

 

今度の15日に**君がフランスのリールへ出発します。

半年間離れて暮らすことになりますが、そんなに不安はありません。

**君は自分自身の成長のために頑張る期間ですし、

私はわたしで、絵を描いたり、家を模様替えしたり好き勝手過ごそうと考えています。

淋しくなったら、少し電車に乗って姉に会いに行くのもいいかなとも。

何事もやってみなくては分からないので、今はとにかく**君を無事に送り出すことに専念します。

昔からの私の夢が、猫と一緒の一人暮らしをすることだったのです。

これを機会に、ソラと、この夢を楽しみたいと思います。

 

9月に入ったというのにまだまだ暑くて、昼なんて空に入道雲がクッキリです。

毎晩窓を開けては、冷たい良い風まだかな、と待ちわびています。

どうか暑さに負けずお過ごし下さいませ。

またメールいたします。    香

 

☆ 秦恒平様

 

枚夕、「私語の刻」を拝読するたび、嘆息しています。

何を食されたか、詳細に記されているので、そこから先生の回復度を推測しています。

すこしは涼しくなってきましたが、季節の変わり目、

どうか無理をなさいませんように。 九月十日    三豊  六

 

* 六さん、同人誌に参加して、エッセイや創作のために場をえらばれたと。しっかり、しっかり、節を曲げずに書き継いで下さい。 2012 9・12 132

 

 

* 五時半に、妻と、日本橋高島屋の「傘寿記念上村淳之展」の会場に入った。上村さんの夫妻にまずお祝いを申し上げ、懇切な御見舞を戴いた。わたしは今年の暮れに喜寿、あやかって八十にまでも元気にありたい、そんなお祝い気持ちで参上しましたと。

淳之画伯自選の作品展で、気の入った納得の行く作品選定であり、会場は清潔な空気であった。

花鳥の時代はあるいは過ぎて行こうかとしている。しかし花鳥画は東洋画の不動の分野でなければならず、後継者の盛んな登場を願いたい。花鳥画の優秀な作品は、凜然と胸にひびいて静寂かつ強靱なのである。今の人にはその辺の価値判断があるいはしにくいかも知れないが、大事に盛り育てて欲しい。

画伯は気が優しい。それはいい。その上に花鳥の命に、より強靱な命の波動を表して下さると嬉しい。

別館の四階で祝賀の宴があった。文壇人の顔がみえず、千住真理子らと一緒に中国二度目の訪問旅行で団長を務めてもらった画家の松尾敏男さんと顔が合い、親しく久闊を叙した。上村さんにも松尾さんにも湖の本は見てもらっている。それにも丁重に挨拶があり恐縮した。うまく出逢えてよかった。この二人には前の歌舞伎座時代に、緞帳繪で幾たびも出逢ってはいたが。

妻は、いくらか、こういうレセプションが好きで、食べ物、飲み物も楽しんで戴く人だが、今晩はなにしろわたしが飲みも成らず食べも成らないまま、淳之さんに失礼の合図をすると、人をわけて礼に来られ、いたく恐縮した。握手して別れてきた。奥さんとも親しく立ち話をし、どうかどうかお大切にご養生の甲斐ありますようにと見舞われて、別れてきた。そういえば松尾さんも二十年も前に胃の切除手術をうけておられ、今はさぞお辛いでしょうが、大丈夫必ずそのうちにお元気に成られますと太鼓判をもらってきた。

2012 9・12 132

 

 

* 花だより 4   京の

遠様  ご無沙汰でした、まだまだの暑さに閉口です、最近のHPを見て予想外にお元気そうで安心しました。

暑くてもお花は秋の様子です、負けじと頑張らなくては!

裏庭のキスゲの写真を送ります。  華

 

* ありがとう。せっかくの秋の花が、だが、うまく此処の頁に送り込めなくなった。何が機械上で変わったのか分からない。

 

☆ この度は

大変お騒がせを致し申し訳ございません

現在は入院中にてリハビリを開始しております

幸いに後遺症に兆候もなく順調に回復に向けトレーニングしております

自分のミスにより多大なご迷惑をおかけしていることに猛反省をして

今後の仕事に対して様々考えております

少しずつ前向きに歩き始めております

乱文なままですみません

改めてご連絡致します      市川染五郎

 

* ほっとしている。

2012 9・14 132

 

 

* なにとなく疲れている。

見つからなかった去年の日記一部分が、林君に故障機のハードディスクから救い出して貰った中で見つかった。今の本機では明らかにその年のその月の日録は整理できておらず、一週間分ほど記事が抜けていた。こういうことが有り、バックアップも多面的に、ファイル名の重複に懼れていられない。読者からの指摘で欠損や整理不十分が発見できた。感謝。

2012 9・16 132

 

 

☆ 鴉に

今現在は再び抗がん剤の副作用でおつらいと察しますが、それでも「わたしはよれよれの日々を堪えねばならぬ。むろん堪えられる。」と力強く書かれています。この世界の動きや、様々な書籍への尽きない関心や共感にも触れています。今を生きる鴉にわたしが励まされています。

半月ぶりに文字を打ち込んでいます。自分でも驚くほどの空白です。現在の頼りなさ、底知れない曖昧なままの状況・・わたしもまたよれよれを堪えなければならない。ただし自覚し醒めて堪えなければいけません。  尾張の鳶

 

* 真澄の鏡の上を流れる雲や雨のように、物・事・人は流れ来て流れ去る。来る者は来させ、去る者は去らせ、呼び求めず、呼び追わず。来べきは必ず来る、帰るべきは必ず帰ってくる。命の今の根かぎりは、真澄の鏡のように涯てない青空とともに在りたい。

2012 9・21 132

 

 

☆ お元気ですか、みづうみ。

2011年度9月24日から月末までお送りいただきありがとうございました。見つかりまして安心いたしました。お時間ございましたら本サイトのほうの修正もよろしくお願い申し上げます。九月分はすでに編集作業済みです。

 

九月、十月分と作業しながら、早く病院にいきなさい!と、思わずツッコミをいれてしまいました。もう少し早く病院にいらしていたら、今のような抗癌剤を服薬しなくて済んだかもしれないと、つい女の愚痴も出てしまいます。ごめんなさい。

以前のお写真などでは少しお太り気味ではという心配でしたが、最近は毎日計測されている体重を拝見しては、またお痩せになったとため息ついています。糖尿のほうには悪いことではないですし、あせらず、少しずつでも食べて、ごゆっくり療養なさってください。かならずご回復なさいます。

 

わたくしは震災から一年くらいは原発事故対応に悲憤慷慨の日々でしたが、最近は完璧に意気銷沈の日々です。あきらめたら終わりですから、最後まであきらめはしませんが、日本の統治機構がこれほどの愚かしさでは、自分を奮い立たせようにも、さっぱり明るい材料も希望の芽も見出せなくて、相当な鬱状態です。

みづうみが私語に書いていらしたように、日本丸の沈没はもはや避けがたいかもしれません。

 

あるツィツターにこんなことが書いてありました。

 

米国は、極東の小国のことなんて、もはや眼中にない。中国と日本を対立させて、自分は漁夫の利を得る。日中で喧嘩させて、自分はオスプレイと核利権を確保。次は韓国、ロシアと仲違いさせて、日本をアジアで孤立させ、米国のいうことを聞かせる

 

私は今回の騒動でアメリカやヨーロッパの高笑いが聞こえてきます。日本を中国の巨大市場から追い出せればさぞ満足でしょう。日本は岩だらけの小島のために中国と紛争を抱えることで、多大の損失を被り、欧米に多大な利益を計上するのです。

さらに穿った見方をすれば、この際日中で戦争でもしてくれたら、一気に世界の景気も回復するのにとすら思われているでしょう。

そもそも、領土問題では中立の立場と明言しているように、アメリカが尖閣にかかわるはずがありません。今回の尖閣、竹島どちらについても、たぶん日本を追い込むために仕組まれた騒動であって、日本がそれを承知で親分の指示通りに動いたか、あるいはホンモノのバカが首相であったかのどちらかと思います。

アメリカだけでなく、近隣諸国、ロシア、中国、韓国にとって日本が潰れるのは大歓迎なのです。

 

色々読んだところ、頭の悪い私の理解では、アメリカは将来日本が近隣と友好関係を築けないように深慮遠謀で領土問題がおきるようにしたとのこと。本来、尖閣は沖縄返還の時に明確化して一緒に返還するものであったのに、わざとあいまいにしたというようなことです。ネイティブアメリカンから広い国土を丸々略奪して成立した国家ですから、その程度の計画は朝飯前であっただろうと思われます。

今のアメリカ経済は、戦争しないとどうにもならないところまできているのではないかと推測し、非常に神経質になっています。中東についてもアジアについても、戦争勃発を待っているのではないかと憂慮します。昔から戦争が不況の一番のカンフル剤です。アメリカは実は経済破綻国家であり、現在のフードスタンプ制度がなくなれば四千万人が餓死するという記事を読んで戦慄をおぼえました。

最近元外務官僚の孫崎享さんの『戦後史の正体』という本が大評判ですが、その宣伝文句では、日米安保条約は、日本を守るものではまったくなくて、アメリカが自国の国益のため、望むだけ日本に軍隊を置けるというものだそうです。

今回の事件で、日本は確実に右傾化します。タカ派のために計画された騒動であったとすらいえます。日本をアメリカの望むような戦争の出来る国にするための布石であるのかもしれません。武力衝突を起こせば、軍需産業と右翼政治家は利益を得るのです。

次の選挙で勝つのは自民、公明、維新の会。これに落ちぶれた第二自民党でもある民主党が加われば簡単に憲法が改正され、維新の会の目指す徴兵制が復活。原発も再処理も推進され脱原発は夢のまた夢。TPP参加で、日本の国民資産は根こそぎ外資アメリカに奪われます。

日本の国益のためのメディアはネットの中に細々と存在するのみで、テレビも新聞も日本の真実の危機を絶対に報道しません。むしろ徴兵制復活や遺産没収を目指すタレント独裁新党首を勝たせようとしています。その過程で、言論の自由が封殺されるのも当然の流れでしょう。

要するに、このままでは日本の近未来には戦争による破局、新たな原発事故による破局、経済的破局のいずれか、もしかしたら全部が待っていて、日本国はあと何年、何十年生き延びることができるだろうか、生き延びても北朝鮮以下の国家であろうと、まあ私は悲観的になるしかないのです。

個人レベルで考えれば、戦争になれば爆弾で、原発事故なら被曝で、経済破綻すれば乞食の餓死で、どれも自分の世代はしかたないにしても、孫子に望む死に方では絶対ありません。

あの大戦のように、日本人が思考停止のまま、もの言わず流されるまま自爆の道に突き進むとしたら、非業の死を遂げた戦死者は浮かばれません。日本を滅亡させたくて若い兵士が死んでいったのではないのに、たかが戦後六十七年でこのていたらく。

次の選挙に日本の命運がかかっています。TPP反対の議員(民主にも自民にも少しはいますし、国民の生活が第一は反対の立場)や脱原発派の議員を、自ら捜して投票してほしいと切に願っています。まだまともな議員はいます。

国民の聡明な選択、それだけが日本を破滅から救う道ですが、福島の壊滅的現状もTPPの危険さえ知らされていない中で、はたしてそれが可能でしょうか。

 

まあ、私ごとき人間が激越に悩んでも、世相は一ミリも変化するわけでなし、せいぜい泣き寝入りするくらいしかできないのです。みづうみはお笑いにならないでしょうけれど、たぶんこんなことを書いている私を被害妄想と笑う人間のほうが世間には多いはず。何も考えないほうが幸せなんでしょうが。

北九州は猛烈な市民の反対運動にもかかわらず市長が瓦礫の焼却を強行し、ついに九州までひどい汚染地域になります。これから一体どれだけの国民が死んでいくのかと思うと、今相当へこたれています。療養中のみづうみにお願いするのも申しわけないのですが、少し励ましていただきたい気分です。

こんな中でも着々と湖の本を出し続けるみづうみの文学者魂を尊敬しています。みづうみの私語の編集作業をしている時だけ、なぜか悲観的にならず、静かに無心になれます。この作業をさせていただく幸せの一つです。

染五郎さん退院のニュースがありました。大事にいたらなくてほんとうによかったです。ではまた。

鶉   つちくれを踏まへて逃ぐる鶉かな  虚子

 

* 上に書かれた国際事情は、何の被害妄想でも無く、そもそも自明のすべてアメリカ、中国等をはじめとする狡猾で当然顔の「悪意の算術」である。わかりきったことと、同じ事をわたしは十数年来云いかつ書いてきた。おろかものの厚かましい人類が地球上に瀰漫して黴も同然になってきたわけだ。

だからといって逃げ腰ではいられない。

2012 9・21 132

 

 

☆ 秦恒平様

いつも「湖の本」をご恵送くださいましてありがとうございます。

お礼を申し上げなくて申し訳なく思っております。

本日も113を落掌したしました。

ご病気の体をおして発行されている、その強靭な信念に敬意を表すものです。

たまたま数号前の「女の文化」が描かれたものを拝読していて、西行へのなみなみならぬ愛を感じていたところです。

個人的には、私は式子や定家が、自分の詩のミューズと思えて好きなのですが。

私事ですみませんが、実は私の甥でピアニストの****というものがおります。その奥さんが****というフルーティストなのですが、1年半程前にガンを発病し、闘病生活でした。しかしこの10月に復活のコンサートを行うことになり、喜んでいたところ、肺と肝臓への転移がみつかったとのこと。それでも予定通りコンサートはやるといるのです。

「息」が勝負のフルーティストが肺を犯されてもやるというその根性に、涙しているところなのです。

怒られるかもしれませんが、そんなところが、秦さんの「湖の本」への愛情と似ているなあと感じている次第です。

却って心を乱すようなことを言ってしまったら、お詫びします。一日も早い回復を願っております。

取り急ぎネールでのお礼のみにて。   詩人

 

* 寄贈本には四文字で「不待来世」と書き添えていた。一箇所といえども「リンパへの転移」があったと言われている以上、何事が起きるか知れぬとは思っている。抗癌剤がいかに辛くとも、強い味方と信頼している。

 

☆ 「湖の本 113」を拝受しました。

秦 恒平 様  眼の手術成功は何よりのこと。経緯を伺えばまさに「眼鏡屋さん」の齎した僥倖かと。

抗癌剤による不例は転移を防ぐ戦いの過程と拝察します。勝利あるのみですね。

あ、宛名が手書きから宛名シールになりましたね!  2012/09/22  拝  妻の従兄

 

 

* もう早いところは届いている様子。読者へは今日明日集中しても、もう少し先までかかる。月曜には、糖尿と感染の二つの内科へ受診に行かねばならぬ。一日仕事になるだろう。少し涼しくなってきているのが有難い。

2012 9・22 132

 

 

☆ 秦恒平様

ようやく秋らしくなってきましたが、ご無事でお過ごしのことと存じます。

このたびは、「湖の本」113 巻のご恵送をいただき、厚く御礼申し上げます。毎巻いただき恐縮に存じております。

私は、頭部の腫瘍切除のため、約1か月入院いたしましたが、退院後は順調に回復しております。

しかし、90歳という高齢ですので、専ら在宅生活を送っております。

ご健勝を祈っております。   青山学院大学名誉教授

 

☆ 秦先生 お礼

湖の本、落掌しました。お体はいかがですか。

建日子さんのブログなど見て様子を案じています。  文藝批評家

 

☆ こんにちは

今日はこちらも涼しい朝を迎えました。

午後には雨も上がりましたので、常林寺さんへ。

お盆は余りの暑さで、お参り出来ず気になっていました。

すっきり、きれいにして、お参りしてきましたのでご安心ください。

萩もよく咲いていましたが、写真が目的の人たちが多く、私は携帯なのでよく撮れてませんが送ってみます。

毎日のお暮らし、何かとしんどそうで心配ですが、しっかりとお過ごしのご様子にいろいろと教えられる思いでいます。

こちらで、何かお口に合いそうなものがありましたら、お申し付けください。すぐ送らせていただきます。

発送の作業など、くれぐれもご無理されませんよう。

どうぞ、どうぞお大切に。      従妹

 

* ありがとう。なかなかお墓の面倒も見られず。ありがとう。萩の寺の萩満開のうねり、懐かしく見入りました。

食べ物は口にする何もかもが苦くて、おおかた喉を通らないのをむりやり食べようとしています。口の中が、舌も、ざらざらしていますので、余儀なくチューインガムを噛んだり、ウイスキー、焼酎などを滴ばかり垂らしますが、引き攣れるほど辛くて。それでも口中の不快はなんとか凌げます。からだはしんどくても、気力などはすこしも変化ありません、今度の本も眼科に入院している最中に、片目で初校したものです。仕事したり読書したり観劇したりしているから、病状とも対峙できます。それと睡眠。睡眠は良薬です、目覚めたときは健康な感じが思い出せます。

 

☆ 「湖の本」113を戴きました。ありがとうございます

秦恒平さま  ご無沙汰をいたしております。

「湖の本」をご恵送くださり、ありがとうございます。

三度の入院、六科通院受診、抗がん剤服用……、という御文を目にして、ひたすら驚き、恥じ入っております。「私語の刻」にご病状を認められた「湖の本」を何冊も戴いておりながら、罰当たりにもそれらを紐解かず、何も知らずにうかうかと暮らしておりました。申し訳ありません。どうぞ、くれぐれもお大切にお過ごしください。

実は私も今年は、思ってもみない病気に襲われました。

昨年末、疲労甚だしく、なんとか年を越したものの、どうにも動けなくなり、一月五日に**病院を受診したところ、ネフローゼ症候群との診断。***の**病院に即日入院し、結局、一月~二月と六月と二度、あわせて五十日以上病院のベッドで過ごす憂き目にあいました。

ネフローゼは寺山修司が患ったことで有名ですが、いつの間にか私も都の難病認定患者の一人になってしまいました。

現在は症状が一応おさまり、ステロイド剤を服用しつつ自宅で身体を養っております。なかなか気力が回復せず、仕事はおろか、本も読む気がおきず、ぶらりひょうたんの半病人気分でこの間を過ごしておりました。

しかし遅ればせながら、胃の全摘、胆嚢切除をされた秦さんが、またその後に術後感染や黄斑前膜擢除、白内障手術といったご闘病を続けられたと知って、自分の怠惰な日常が恥ずかしくなりました。

大変なご病気にたおれられたのにもかかわらず、確かな筆をふるわれる秦さんに敬服いたしております。私もこれではいけない、と怠け心に鞭打とうと思っております。

取り急ぎ、「湖の本」のお礼を申し上げます。いつも、ありがとうございます。  小説家

2012 9・23 132

 

 

☆ 「湖の本」113巻 有難く拝受仕りました。

いつもいつも恐れ入ります。 今回は詩歌関係なので 楽しく拝読させて戴きます。

御身、何卒御大切に。( 九月二十日)     清  歌人

 

* 尊敬する九十八歳大老のお葉書で恐れ入る。

 

☆ 拝啓

通算百十三巻 おめでとう存じます。御本を御送り頂き感謝にたえません。

一度だけしかお会いしておりませんが、現在、大変な御病気の様子、三度の御入院までたいへんでございました。よく病いと戦いつつづけておられると感動の極みです。

小生も八十八歳、足腰がひどく弱り、ステロイドの力を借りてなんとか生活していますが、もう世の中には出る力尽きてしまいました。でも、九十歳までには、なんとか、生きてきた証しとなるような書をと思っています。年を経し苦しみはなんとも致し方のないことですが、どうか心の底力で病気を伏せ、一日でも長くがんばられますよう、心よりお祈り申しあげます。

気持だけ、御見舞同封申しあげます。 敬具   芳  文藝批評家

 

* どうかお大事に良いお仕事の成りますように。大先輩の過分のお見舞いにあずかり恐縮の極みです。

2012 9・24 132

 

 

* FACEBOOK にわたしも加入しているらしい、が、いくらいろんな通知が来ても、わたし自身は記事内容等を見る、読む操作ができなくて、連絡をくれている人もいろいろあるらしいが、先方からの片道通行にすぎず、何も読めていない。いっそやめたいと思うがその手順も掴んでいない。

東工大の卒業生柳君からも連絡があったとFACEBOOKはメールで伝えてきているが、どうしようもない。前親機の故障でメール内容は林君の手で救出されたが、アドレスは喪われ、柳君に返事もしてやれない。メールを貰うより外にアドレスは保存できない。

FACEBOOKはもとより、「mixi」も今は全く見ていない。開こうとしても、何故かまるで開けない。ともに野ざらしと化している。

2012 9・25 132

 

 

☆ 前略

『湖の本』113巻有難く拝受 大変な御病気で、今年の夏の暑さには 八年前に胃の三分の二を剔出した私も随分こたへましたから、乗り切ることが大変だつたことと拝察致します。

歌や句の空白に漢字を埋めるむこの巻の問題に 早速当つてみましたが、ほとんど外れてしまつて 瀧井孝作さんの釣り好きなことを知つてゐましたのでそれが当つたのが唯一の正解いつたていたらくでした。

葉書で大変失礼ですが取急ぎ御礼まで。

どうか御からだ お大切に。    元文藝誌編集長

 

* 原作者のとおりの「正解」よりも、解答者ならではの「明解」こそが望まれる。

 

☆ 拝復

先日は「湖の本113」を御恵送下さいまして。誠に有難うございました。御近況をお伝えいただき、末尾の御言葉に言い知れぬ感銘を覚えました。「私語の刻」にて眼の手術が成功されました由、何よりに存じ上げました。

『センスdeポエム 詩歌を体験』を繙いておりましたところ 瀧井孝作先生の「かなかなや川原に一人(釣)りのこる」が目に止まり、大変懐しく存じました。私は『俳人仲間』の御完成まで十年位担当致しましたので、先生から『全句集』もいただいており、それにもこの句が八月五日に作られたことを改めて知り、先生が点景人物となられた風景が 私なりに目に浮かんで参りました。

どうぞ呉々も御体調に留意されまして、マイペース での御仕事をお祈り致しております。

右、遅くなりましたが、御礼まで申述べます。 敬具   元文藝誌編集長

 

* 瀧井孝作先生はわたくしの『廬山』を永井龍男先生と連名で、芥川賞に推して下さった。お電話で、来ないかねと誘われて何度も八王子の先生の書斎にはせ参じたこともあり、御本もたくさん頂戴した。目の前で署名して下さったり、御器を拝見したり、黒尉の面をみせて戴いたりした。ご一緒に物持ちの家へ骨董を観にでかけたり、花見に行ったり。わたしの目の前で、急ぎの原稿を書かれていたこともある。『無限抱擁』『結婚まで』など、その他の私小説もまさしく滋味に富んだ傑作が多々あった。今度の本から、大久保さんも坂本さんも「瀧井耕作の句」に目をとめられたのが、とても嬉しい。

 

☆ 『センスdeポエム』を頂きまして ありがとうございました。全く珍しいタイトルですが 拝見してから意味が分るでしょう。

大変長くお目にかかりませんが お元気ですか。 九月二十四日    ドナルド・キーン

* 谷崎文学等を介して親しくして戴いた。二十巻近い『日本文学の歴史』など数多く戴いた本が書庫の一画を占めている。梅原猛さん、鶴見俊輔さんらとともに、ときどき逢いたいなと想うお人である。

 

☆ 拝復

一昨日、御著書「湖の本」113『センスdeポエム 詩歌を体験 他』の御恵贈にあずかり、忝うございました。いつもはすぐに拝見する私ですが、今回の書物は各項目をじっくり考えつつ読まなければならないし、その価値が大有り、とすぐに分かりました。目下の私の状態では、直ちには実行できませんので、読了はだいぶ先になりそうです。申し訳けありません。変らぬ御友情に心から感謝を申し上げます。

手術後はいろいろと御不便を忍びつつの御仕事と感じます。ご自身が多くの魂のために心を注いだ、詩心を磨くためのお仕事を書物としてまとめられたことを慶祝します。幸せなことです。

平安を心からお祈りします。感謝。    国際基督教大学名誉教授

 

* 著者冥利にあまるお葉書に心より感謝。

 

☆ 略啓

御体調御恢復の御様子 何よりです。

「湖の本113」有難う存じます。

「登龍」へ御出ましの折には 是非お立寄下さい。お待ちしてをります。 不備   文藝春秋役員

 

* 明日の夕刻から国立大劇場の「藤間會」初日に妻と出かけ、帰りには、間に合えばまた麹町の中華料理店で北京ダックとスッポンのスープをと願っている。寺田さんを呼び出すには、ちょっと時間が遅い。 お気持ち、感謝。

 

☆ 御高著拝受

いつも有難うございます。今(113)巻では俳句をお採り上げいただき感謝いたします。「永病み」の対象は実は叔母で、作者と叔母とは全く結縁関係にありませんが 私のために尽してくれたのでその看取りを感謝した次第です。結縁関係からいえば私が看取らねばならないところを 妻が請負ってくれたものです。経済的な面でなく 現実に看護してくれたのが妻だったので 感謝の思いを俳句にしたものです わかりにくい句を発表してしまって申し訳ありません。

最近はペンクラブでの理事会でお目にかかれなくて残念です。

どうぞ お大切になさって下さい。 御礼まで。  俳人

 

☆ 拝啓

猛暑の残暑もむようやく秋の気配を感ずるころとなりました。

このたびは湖の本113 『センスdeポエム 詩歌を体験 他』のご恵贈により、厚く御礼申し上げます。永年のご教導を感謝申し上げつつ、拝読させていただきます。

ご闘病の日々の中に、今回のご高著を刊行なされましたこと、感服いたしております。どうかご治療に専念なされ、御健康を回復され、文学の力で、混迷の現代人に灯をかかげて下さいますよう 心から祈念申し上げます。

ご全快を念じ上げます。  敬具   日本文学研究家

 

☆ 漸く秋らしい感じになって参りました。

その間、精力的なお仕事ぶりは いつもお送りくださる 湖の本をいただく度に ご尊敬申しあげておりますが どうぞ御自愛くださいませ 先ずはお礼まで。   脚本家

☆ 継続刊行

頭が下がります。ありがとうございます。  大正大学文学部 人文学科国文学研究室

 

☆ こんにちは 京都です。

新しい湖のご本届きました。

いつもありがとうございます。

今回もご入院中や闘病の中でのご製本で、いつもにも増して重みを感じます。

頭の中で漢字が飛び交うようで、楽しみに読ませていただきます。

どうぞ、お大切にお過ごしくださいますよう。      従妹

 

☆ 湖の本

ご送本頂きありがとうございます。

本の中に母の事が書かれた部分があるとの事。

まずは亡き母に報告させて頂き、父と私が拝読させて頂きたいと思います。

急に秋の気配が濃くなりました。やや肌寒い事もありますので、どうぞお身体を大切にお過ごしください。

山口県  (高島久詠さんの)娘

 

* 高島さんはご夫婦で解答をよせておられ、今も印象に残っているいわば「常連」の読者だった。本の中にも何度も何度も正解・明解者としてお名前があがっている。当時既にお年がお年であったから、あるいはと想いながらも、他界されていても喜んで下さると想っていた。ご霊前にご報告して戴けるのを喜んでいる。お父上のご健勝もお祈りしている。

 

* ことに今日はたくさんなご挨拶を戴き、とてもみんなは書き写せなかった。有難う存じます。

 

☆ 湖の本 有り難うございました。

秦恒平さま 湖の本うれしく、本当にうれしく受け取りました。

ご無沙汰してしまったお詫びには、私のパソコントラブルの顛末からお話ししなければなりません。

スティーブジョブズが最初に発売したブルーのスケルトンPCを私はずっと愛用していました。機能が貧しく不便を感じながらも、使い続けていました。

生みの親を喪いもはや骨董化して、一層見限れなくなっていました。でも、この夏の猛暑と共に老体は調子を崩し、おかしくなりました。アップルのサービスセンターからは、「15年以上経ったパソコンはもう修理サービスはありません。長年のご愛用ありがとうございました。」と丁寧に冷たく断られました。

もともとの所有者であった長男(東工大電気卒)に連絡したら、とにかく新しいのを買って動かして、それから善後策は考えましょうと、「今度はウインドウズにしましょう」と彼の勤務先の東芝製を見立てくれて、お盆休みを利用してセットアップしてくれました。

新しいパソコンのまあ早くて美しくて便利なこと! 秦さんのHPもさっと、するすると読めます(アドレスはお名前から検索出来ますから) 貯まっていたデジカメ写真も取り込めたし、とにかく画期的!

こうして私のパソコン新時代が始まったのですが―――

でも、もとのパソコンがら情報が引き出せない。

息子に言わせれば「出来ないことはないが、簡単ではない」と、「やってあげても良いけど――――」と気が進まぬ様子。

「そうねえ、たいしたもの入っていないし、津波で流されたと思ってあきらめるか」

確かに大きな支障はないのですが、メールアドレスがわからなくなってしまいました。来たメールに返事して、だんだん充実してはきたのですが、メールの来ない人とはご無沙汰になってしまったのです。

でも、湖の本の奥付きを良く見たら、あらうれしや、ぼんやり記憶にある秦さんのアドレスが書いてあるではありませんか!

ご体調がまだまだ整わず、本当に大変ですね――とお案じするしかありません。

現代の医学は「とりあえず命が助かったのだから、少々の(本人にとっては大変な)不具合は我慢して下さい」と冷淡だと常々思うのですが、これはお医者さまに悪気があるのではなく、人間の能力がまだこんなものと思うしかありませんね。

どうかご辛抱なさって、大事なお仕事を継続して下さいませ。

私たち夫婦も金婚式は何もせず淡々と過ぎ、喜寿もまた淡々と過ぎました。

ちっとも変わらない日常ですが、それこそが幸せと感謝しています。

テレビのコマーシャル見ながら、歯も髪も自前が生えている私たちはすごいよね、

夫婦の自慢といったらそれくらい。

しかし今夏はシンドかったです。ヘトヘトでした。

ご無沙汰のお詫びなど。   藤

 

* ああ、気持ち、なにもかも、よく分かる気がする。

この夫人のご亭主は、わたしの中学・高校の同窓生。

2012 9・25 132

 

 

* 湖の本のまさに旗揚げの時、朝日ホールで「色」について講演した会場で、緒に就いたばかりの「湖の本」創刊を会場で知らせて下さったのが、朝日新聞の伊藤壮さんだった。その伊藤さんから御見舞金を頂戴した。恐縮の極み。ありがとう存じます。

 

☆ 長期に亘った今年の酷暑も、ようやく終りが来た様でございます。

ご闘病の秦先生が猛暑に耐えて『湖の本』の刊行を続けておられること、誠に頭がさかります。御恵贈ありがとうございました。

九月二十五日   伊藤壮

 

☆ 「湖の本113」

お送り下さり、ありがとうございました。寺尾俊平さんの名を見て、びっくりしました。同姓同名でなければ、岡山の方(故人)で、ご尊父の岡麻吉(故人)と私の父が、一匹のメザシを分け合って酒をのみあった仲でした。

ご自愛専一に。草々    元参議院議長

 

* 寺尾さんの出題句は 「淋しい日一人の( )を仮想する」である。江田さんの御尊父はりっぱな闘志をもった社会党党首であられた。

 

☆ 冠省

はがきで失礼いたします 湖の本毎巻頂戴しいつも啓発されながらお礼も申しあげず失礼お詫び申します

お病気のこと伺って手紙を書きかけたのですが、長くなりすぎて あらためて、と思っているうちに時がどんどんたって行きます

このたびの詩歌を体験、詩歌断想、私語の刻、いずれもおもしろくまた刺激的で おこたえしたいこと お伝えしたいこと 次から次へとあって、これまた収拾がつきません 現代短歌の衰弱現象として私が憂えていることを もっともっと的確に鋭くご指摘されていて共鳴かぎりないといったところです。 あらためてまた書きます。**のこともお話しいたしたく存じますが またあらためてのことにいたします 取り急ぎ お礼とおわびまで  匆々    歌人

2012 9・26 132

 

 

☆ 冠省

湖の最新巻を拝受、いつもご配慮頂きありがたくかつ恐縮しております。

それにしても三度の入院、その間の病魔に対する大兄のしなやかで強靱な成心の在り様に、小生、いたく感銘を受けました。小生自身、記者になって三年目と六年目に胸をやられ、二度目のときは喀血がとまらず、どうやらあと一、二年であの世に行くらしいと思ったのですが、母親が近くの目黒不動尊に毎朝お百度詣りをしているのを知り、結核菌と闘うことにしたのです。そう力まずに大兄のように病魔を撫でてやる気持ちでいれば、もっと早く治っていたはずだ、と今になって思っております。それを悟らせて頂き本当にありがとうございます、とはいえ養生は大切です。大兄の健康取り戻しを祈念致します。

話は変りますが、**氏によるペン大会のデタラメさには呆れました。大兄の多額の寄付金が、それを含めてペンの基金が五千万円も無駄に費消されたのです。大兄のように、事態を見て直言する人を排除し、いうなりになる***系列の人を理事にして、好きなように運営したのです。私心をすてて会長をつとめた井上靖さんの築いたペンは、小人たちによってつぶされました。

それはともかく、どうか無理なさらずに、健康保持につとめて頂きたいと存じます。 不備  9/25   作家

 

* 今度の本の寄贈挨拶の頭に「不待来世」と書き出しておいたのは、わたし自身、どういう気持ちであったかと思い返している。単純に言えば「死ぬる」ことなど考えない、今生の「いま・ここ」があるだけで足りているという心地であった。この四文字にもしかるべき原拠はあるにちがいないが、そういうことは知らない。わたしは間違いなくいつかの死に向かい歩んでいるのだが、それは自然現象であり、「いま・ここ」に在るわたしは一人の人間である。

 

☆ 御病状

いかがかとご案じ申しあげます。ご自愛くださいませ。

今般も亦「湖の本」113を御恵投被下ありがたく頂戴いたしました。いつものことながら私ごときに賜ります御慈悲まことにうれしくありがたく幾重にも御禮申しあげます。

俳文学研究に参加して半世紀、御本を拝読し、「詩」について、初心にかえって考えることが必要だと強く思いました。ありがとうございました。御禮言上までにございます。 合掌   上越 ご住職

 

☆ 過日は

「湖の本113 センスdeボエム 詩歌を体験・他」をお送りいただきありがとうございました。巻末の「私語の刻」執筆のエネルギーには驚かされますし、その姿勢 学ばねばと思っております。 恐々謹言 壬辰九月廿四日   大学教授歴史学

 

☆ 拝復 このたびは

「湖の本」113をご恵贈くださり心より御禮申し上げます。短歌・俳句の虫食い箇所を考える詩歌体験を楽しみながら拝読しております。 また「私語の刻」の原発問題など重くうけとめております。 一雨ごとに秋が深まってまいりますが、ご自愛のうえお過ごしくださいますようお祈り申し上げます。 草々かしこ  山梨県立文学館

 

☆ 「ミマン」大好きでした。センスdeポエム ありがとうございました。 南巨摩郡 読者

 

☆ お見舞も申し上げず久しく失礼いたしました。心身虚脱状況がつづいています。今巻通読、日本人の詩精神の鋭さ、そして秦さんご自身の変らぬ広さ鋭さに大変感銘をいただきました。  出版社社長

 

☆ 「湖の本」113

拝掌致しました。ありがとうございました。 「センスdeボエム 詩歌を体験」楽しく体験しております。  大学名誉教授

 

☆ 拝啓

ようやく涼しくなって参りました。虫の音も草花もあきらしく移りました。

『湖の本』拝受、いつもありがとうございます。「センスdeポエム」表題からしてユーモアがあり、ユニークですね。いろいろなジャンルでのご活躍、ご執筆に感心のしどおしですが、今回のはまたいっそう変わった深味のありそうな分野ですね。ゆっくり秋の夜長に読ませていただきます。大阪に越された森光洋子さんの句が目につきました。『宴』でご一緒させて頂きました。

まことに ありがとうございました。ご自愛下さい。 草々  ペン会員 作家

 

☆ 前略

此の度は「湖の本」113巻をお送り頂きまして有難うございました。端書乍ら、心より御礼を申し上げます。何よりご闘病の仲での編集出版には並々ならぬご苦労があるものと、只々頭が下がる思いが致します。何かと日々の所用に追われておりますが、「湖の本」第一巻からの改めての拝読の日を楽しみに致しています。先生におかれましては一日も早いご本復を祈念申し上げる次第でございます。   ペン会員 編集者

2012 9・27 132

 

 

* 梅原猛さんから「謹呈 秦恒平様」などと献辞ももらって署名入りの『世阿弥の恋』を頂戴していた。書庫には頂いた全集をはじめ梅原さんの単行書が夥しく並んでいる。ちょうど『墨牡丹』を「すばる」に一気に発表したとき、喜んでもらえた。京都に帰ったときまだ七条にあった市立京都藝大の学長室にとびこんだら、ちょうど静かに部屋におられて暫く話したのが初対面。その後も、京都美術文化賞の選者を二十数年もつとめ、その間に氏の推薦で日本ペンクラブの理事も十二年務めた。選者や理事を辞職してからも梅原さんはことのついでに何度か「元気にしているか、心配しています」と激励して下さる。

2012 9・28 132

 

 

☆ ようやく涼風がたって

過ごしやすくなってきました。春、秋が短くなって酷暑と厳寒ばかり長くなっているのは、やはり言われているように地球温暖化の影響なのでしょうね?

新しい「湖の本」いただきました。以前雑誌「ミマン」で時々拝見していましたけれど、あの穴埋めはなかなか高度でした。また楽しみつつ挑戦してみたいと思っています。

お加減いかがですか? どこまでも闘い抜く先生、と信頼しておりますので、薄情なようですけれどもあまり心配してはいないのです。つらい経験でも、きっと先生ならそれを文章に昇華して生かしてくださるものと思います。

この11月の「朗読フェスティバル」も今年3回目となり、いわば正念場です。「継続は力」だけでなく質的にも向上してゆきたいものです。

東電のやり方はあまり腹立たしいため、電気契約を40Aから30Aに下げました。火力発電は高くつくとかいってますけど、原油価格と連動ような契約になっているため、世界標準よりはるかに高い値段で買い入れているようですね。(しかも関係小会社が請け負っている)電気炊飯器をやめて、ガス(土鍋)でご飯を炊くと短時間で出来、また直火なのでとてもおいしくて一石二鳥。電気ポットもやめて魔法瓶に替えたりなど少しの努力で電気使用量は昨年の約2割減を達成しました!

またお便りします。  田無  ゆ

 

* こういう地道な実践の積み上げも「反原発」「原発ゼロ」への原動力になる。

 

☆ なつかしいご本を

復刻して下さりお送り下さり誠に有難うございました。心より深く御礼を申します。大切に読み返させていただきます。昔の日にこのような楽しい機会がありましたことうれしく楽しかったことを忘れることはありません。

先生のご健康をお祈りいたします。ありがとうございました。  浜松市 「みまん」解答者

 

☆ 歌や句のご本を

お送り頂きましたが 順子は去る5月15日 癌に勝てなくてあの世に旅立ちました。

出版費の一部に当てて下さるよう送金します。  札幌市 「みまん」解答者 代人 博

 

* 偶然に相違なく六十数人の「解答者」解答が手元に残されていたので、お送りしはしたものの、十余年もまえの連載だったし、解答者の平均年齢は六十代の方々で、お亡くなりの方も多かろうと案じてはいたが、記念にもして頂きたいと解答紙も添えて敢えて手元に残されていた皆の人に送った。霊前に供えて下されば故人も懐かしく破顔一笑されるだろうと。

ご丁寧にお返事いただき、有難う存じます。

 

☆ 何卒何卒ご快癒の程を

心より念じ上げております。御眼の件、よかったですね。全く、眼は宝ですから、ホッとしております。122頁の6行目「兵庫県玉野市」は「岡山県玉野市」です。   神戸市 大学教授 歌人

 

☆ 一冊一冊を重く拝讀しております。病に立ち向かわれる姿勢に学んでおります。  札幌 植物病理学者

 

☆ 美麗本をいつも

有難うございます。HP「闇に言い置く」毎日拝読いたしております。時代相の反照とともに闘病文学になっているとも感じつつ。ご快癒をお祈り致しております。  八潮市 瀧

 

☆ HP拝見しております。

そのなかでの、「湖の本」続刊、頭が下がります。   藤沢市 読者

2012 9・28 132

 

 

* 今日の読者からの支払い票の一枚が、e-OLD の親友として千葉の勝田さん等と浅草や百花園などに遊んだ玉井研一さんの、奥さんからの訃報であった。「さびしいです」とも書き込まれていて強い衝撃と驚愕とで一瞬狼狽えた。たしかに難しそうな手術や入院を繰り返されていたのは覚えているが、亡くなるとは夢にもおもわれぬメールなど頂いて逆に励まされていた。悲しみて余りある。狼狽はいまも已まない。

 

☆ 拝復

ご加療中の由、ご家族のみなさまにはご心痛のこととお察しいたします。

「湖の本113」拝受いたしました。厚くお礼を申し上げます。『センスdeポエム 詩歌を体験』は、短詩の奥深さを痛感いたしました。浅学菲才の身、遠くおよびません。楽しいひとときありがとうございました。

「私語の刻」(原発と国政への=)怒りと歎きに心震えました。

ご療養専一に念じております。  京都市山科 詩人

 

☆ 湖の本

(かつての連載を=)まとめて拝見出来る御本をわざわざお送り下さり有難うございました。

お身体はその後いかゞですか、どうぞあまり御無理なさいませんように。

御本はこれからゆっくり拝見させて頂きますがとりあえず御礼まで。  市原市 みまん読者

 

* ほぼ新刊分の発送を終えられそう。一息ついている。が、仕事は次々に津波のように来る。仕事してるときは元気が蘇り、食事のあとは、青菜に塩のよう。はあはあと息をつく。困りましたねえ。

 

☆ 秦 恒平 様

先日は、「湖の本113 」をお送りいただきまして、大変ありがとうございました。

9月の韓国の慶州でおこなわれた国際ペン大会には、はじめて参加いたしました。

ル・クレジオの講演の最後に芭蕉が出てきました。

「e-文藝館・湖」に詩をお送りさせていただきますので、よろしくお願い致します。

また、別便にて、書類をお送りさせていただきます。   ペン会員 岡 詩人

 

* ペン会員のお一人から小田原の上等の蒲鉾を戴いた。昼、有難く少し戴いた。昨日は江古田の「甲子」でも真っ白な板ワサは食べてきた。食べられた。

いったい何が苦くて何が食べられるのか、全然確信が無い。苦い食べ物が苦痛なのは避けようが無い。「苦」痛とは謂えている。

朝が早かった。はやめに休もう。

2012 9・29 132

 

 

☆ ご健康祈っています。

虫食いを埋めながら 己れの詩才の乏しさを痛感してしています。 石川県 元文学館長

 

☆ 「私語の刻」

しみじみと読んでます。小生(79歳)、パソコンと縁なく現代的通信不可ですが、じっくりと(湖の本の跋文=)読ませていただきます。

二年前に心不全を患い今は煙草を止め、酒も教え子たち(主に60代)と会合時に飲むようにしています。

加齢と共に種々の病どもが現れ、これもまた友とせねばと思ってます。

先生、どうぞ御自愛の上、今のお仕事、ずーっと続けて下さる事を願っています。  取手市 読者

 

☆ すっかり稔った稲穂が

黄金色に輝いて風になびいて周りは急に秋色に染まってまいりました。

「湖の本」が届いて、本当にとっても、うれしかったです。ホッとしております。根気の要るご通院の日々、くれぐれもお大事になさってくださいませ。

(今回虫食い埋めは、日頃の不勉強がたたって、非常に難解です。)  静岡市駿河区  読者

2012 9・30 132

 

 

☆ 湖の本

お元気ですか、みづうみ。

 

体調不良でご連絡遅くなりましたが、新刊無事届いています。今回も二冊分相当のぶ厚いご本です。ご療養中のみづうみには重労働でいらしたことと心配しつつ、嬉しく読みはじめています。

みづうみのお得意の虫食いシリーズで、ある意味新鮮な驚きというのはないのですが、このシリーズはみづうみしか書けない独創的な文藝ジャンルです。他人が真似たとしても、おそらく試験問題かクイズにしかならなくて、到底文藝作品にはならないでしょう。

まず膨大な中からの選歌、選句という厳しい創作があり、正統派の文藝評論の仕事があり、批評するみづうみの文章自体が批評される詩歌以上の詩であり、音楽性があります。どれ一つとして、文藝の巨人にしかできない仕事です。

天才と書くと照れる方ですから、文藝の巨人にしておきますが、古来から文藝の巨人の特徴として、早世した以外はおそろしく多作である、仕事量が多いということがあると思います。バルザックでもシェークスピアでも、谷崎潤一郎でも、とにかく作品が多い。藝術家の場合、仕事量は質と比例するのです。あれだけの数のご本を刊行なさりながら、まだまだ出てくるお仕事の多いことには感嘆し、みづうみの来し方と今此処、そしてこれからもの、刻苦勉励の日々に驚嘆しています。

 

大間の原発新規建設のニュースに、この国はほんとうに滅びるべくして滅びる方向にあると思って、沈鬱です。日本国は日本人のものではなく、外国の植民地なのだということでしょう。

放射能の惨禍の拡大する中で、娘を無事に生き延びさせることが、命がけのことになると感じています。「母親」の責任を全うするだけの余命があることを願っているのですが。

 

 

みづうみがもしわたくしを心底励ましてくださる方法があるとしたら、それは新しい小説を読ませてくださること以外にありません。それも、出来るだけ早くです。小説こそ、みづうみから日本へ、日本人へ成し得る最高のプレゼント、一番の励ましです。

さらにわたくしの好みを申し上げれば、日本の文学には少ない本格的恋愛小説が読みたいと思うのです。わたくしの生意気な読者の感想を申し上げれば、みづうみの恋愛小説は『初恋』であり、それ以外『畜生塚』でも『慈子』でも『みごもりの湖』でも藝術家小説と読んでいます。

日本を滅亡の道から救えるとしたら、文化の力以外にないでしょう。政治や経済が壊滅しても、文化はそれがほんものであれば必ず命永らえるものですから。

 

「文明は勝つモノの卑しさを見せつけてきた。文化は敗れたモノの真実を遺してゆくのだ」

 

昨年8月23日のみづうみの私語の、身に沁みる言葉です。

いすか鳴き雲ただならずわれ包む  香取柏葉

 

☆ 湖の本が届き

病後であの酷暑の中で、と想うとその気力と体力に驚くばかりです。(上村淳之展の=)チケットも有り難うございます。久々に日本橋に出向く事が出来ました。

連日何かと所用i追われてなかなかのんびりとは過ごせません。やっと気温が下がり身体をラクに動かせるようになりましたが年々の酷暑に堪えられるか不安を感じています。

(病む夫君に=)昼食を用意して夕刻迄なら留守番が出来ますが、それ以上の留守はムリなので最近は旅行もご無沙汰です。

私は歳なりの元気で過ごしています。  泉  同窓

 

* 「歳なりの元気」 深く深く頷く。

2012 9・30 132

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