ぜんぶ秦恒平文学の話

交遊録 2013年6月まで

☆ 年越し

後、少しで新年ですね。

きっと良い年に、と祈っています。ご機嫌よろしく愉快にお迎えください。  茨城那珂郡 司

☆ 新年御挨拶

明けましておめでとうございます。

今年が秦さん御一家にとって幸せな日々でありますようお祈り申し上げます。

私語の刻にいつも励まされています。   吉備の人

☆ 新年のご挨拶

あけましておめでとうございます。

おだやかな好天で洛北の元旦を迎えました。

その後体調はいかがですか。こころならずもご無沙汰のかぎりですが、案じております。

兄の本復と併せ平安な年でありますように こころから祈念いたしております。  京洛北 森下辰夫

* 東工大卒業生から、為我井ゆりかさん、富松麻紀さん、宗高菜々子さん、堂免涼子さん、林丈雄君、丸山宏司君、上尾敬彦君が元日の年賀状を呉れている。一人一人の皆、今朝会って昼にまた会うほどに細かなことまで忘れていない。為我井さんはもう教授へも手が届いたかも知れぬ、新しいことにトライしたいとも。富松さんは病気を克服し、大手の職場へ「研究者」この人も復帰する予定と朗報。宗高さんは「3歳までは母業に専念します」と、元気。いずれ建築設計の現場へ復帰と、意欲を磨いていることだろう。編集者の堂免さんは父上の四冊目経済学の労著出版にも気力漲って協力、「秦さんのお姿にパワーを頂き、私も奮起しています」と。林君は、「どうか、日本の行く末を、見届けて下さい。お元気で」と。去年にはPCの面倒を何度も何度もみてくれた。有難う。上尾君はモロッコ出張の三年間を経ての「日本での生活に再適応中」と。最適の職場で責任ある地位にもついているだろう。丸山君もまた国家公務員の責任を帯びて奈良県へ出向、活躍中、しかも「奈良は面白い!先生がお元気であれば是非奈良にお誘いしたいのですが。早く全快されることをお祈り致します」と、優しい。「奈良は面白いよ、仕事とその面白いとをうまく両立させて楽しんでお出で」と送り出した甲斐あり。

 

* 京都での同窓からも御見舞をかねた佳い賀状が、たくさん。なかでも次の一通が胸にしみた。父上が仏文学者であられた。いつぞやフランス語を知らないまま「ル・サンチマン」と書いてしまい、「ルサンチマン」ですと注意された。弥栄中学で一年下の人だった。

 

☆  謹んで新年のご挨拶を申し上げます

この秋には77歳になる予定です。国会議事堂と同じ年齢だということです。相変わらず、病気と折り合いをつけるのに苦労しています。先日の選挙には、徒歩5 分ほどの投票所までタクシーで往復し、重苦しい気分で投票を済ませました。消費税やデフレやTPP 以上に、憲法改「正」問題(とくに第9 条)が気がかりです。そのせいでしょうか、幼い頃に聞いた歌が、しきりに頭に浮かんで来るのです。

♪♪肩を並べて兄さんと、今日も学校へ行けるのは、

兵隊さんのおかげです。

お国のために、お国のために戦った、

兵隊さんのおかげです。♪♪

(「戦った」が、2 番の歌詞では「傷ついた」に、3 番では「戦死した」になっていたと記憶しています。)

残された時間を大切にしなければと痛切に感じます。

どうかお元気でお過ごし下さい。   2013年元旦  府中市 平田布実 (筆名 石川布美)

 

* 自身のことは忘れて、「77歳になる」とあると吃驚し、そして迂闊なことと苦笑する。みんなみんな、元気でと願う。

文化界、読者、知友からは二百近くも届いて、懐かしい顔も思い浮かび、懐かしい声も聞こえてくる。

2013 1・1 136

 

 

☆ 無常     宋之問

年年歳歳 花相似たり

歳歳年年 人同じからず

 

はじめて谷崎潤一郎の小説の中で出会ったあまりに有名な詩句。背景に、とんだ伝説もあるが、正月ゆえに、触れない。吟誦して実感のいつも胸にせまる詩句。「人同じからず」は親友や知己を喪った哀しみを読むのが普通だが、交友の微妙な集散にまで想い及んでもいいだろう。一層の感懐が得られよう。

2013 1・2 136

 

 

* 東大の坂村健教授から、「先生のお仕事のまとめ方を拝見させていただいていると すごさと共に感動をおぼえます」と年賀状。恐れ入ります。同じく東大の長島弘明教授からもお見舞い戴き、『京のわる口』にも挨拶戴いている。国立工藝館館長の金子賢治氏からも。

松本幸四郎丈は例年の繪心で「巳」さんを、怪我から立ち直った市川染五郎丈からも「今年はまたじっくりと舞台に専念致します」と。京都美術文化賞の染織作家渋谷和子さんからはすばらしい織りと染めとのタピスリーに添えて懇篤の年賀と挨拶とを。

今日もたくさんな賀詞を大勢さんから頂戴した。

東工大卒業生では、尼崎から、可愛い脩ちゃんの写真とともに井筒慎治クン、自宅を設計し新築するという吉祥寺の柳博通クン、名古屋市大に地位を得た小川慎太郎クン、「秦先生 お元気でいらして下さいね」と、横浜青葉区の和田芽句さん、から、賀状。平成八年(一九九六)三月に定年退官、以来十七年になる。学生君達、続々社会の中軸を成してきた。

2013 1・3 136

 

 

* 今は昔、東工大の「総合A」の学生諸君に、「『日本』の説明・理解に資する『一』文字」を書いて見せてほしいと出題したことがある。下記はその集成。数字は答えた学生の人数である。、

 

☆ 「日本」の説明・理解に資する「一」 文字

「和」 79  「島」 23  「金」 22  「義」 16  「内」 11  「神」 10  「勤」 10  「狭」 10  「心」 10  「桜」 8   「小」 8

が、10位を占めた。意のあるところを説明せよとは求めなかった。挙げられた「一字」は、加えてなお191字、合わせて202 字もあって、今の霞み目で全部を挙げるのはおやめにするが、上の11字をそれぞれご自分なりに、読み解いてみられれば、なかなかの自問自答が出来上がるだろう。

じつはこんな質問を投げかけた以前に、私自身、丸善が出している近代日本で最古の雑誌「學鐙」にまる三年間、つまり36文字を選んで読み解き続け、『一文字日本史』として平凡社から出版していたのだった。今は湖の本34 35 『日本を読む』上下巻に成っているが、わたしがごく批評的に選んだ「漢字」は、

「徳」「位」「例」「式」「名」「親」「本」「折」「色」「侍」「茶」「客」「蛇」「筋」「遊」「外」「縁」「楽」「葬」「祝」「職」「私」「土」「金」「家」「手」「身」「治」「天」「死」「人」「暦」「物」「女」「花」「風」

だった。学生君達の「11」字中でダブッているのは「金」一字だけ。むろん、もう三年も連載していたら別の36字が選べていたろう、それはどんな字になり、どのようにその一字一字から「日本が読める」か、惹かれる課題であり、なによりもこんな試みは、何方にも出来る課題でもある。

じっくりと「日本」を読み替えて行く時機へ来ている気がしてならない。やってみるかな。わたしが学生諸君に回答結果を整理して示したペーパーには、上の36字以外に、また学生回答の202 字以外に、こんなのも「考えられよう」と幾つかを挙げている。

「時」「俗」「官」「都」「能」「医」「空」「「清」「会」「衆」「制」「性」「藝」「一」「流」「氏」「派」「隣」「船」「旅」「株」「型」「聖」「今」「老」「墓」「変」「論」「勘」「想」「他」「草」「雪」「虫」「霊」「怪」「月」

書き写しているうちにも、わたしの読み解きが澎湃として迫ってくるから面白い。本気で、またやってみようかな。

2013 1・4 136

 

 

☆ 秦先生 謹賀新年

あけましておめでとうございます。ご健勝で良き初春をお迎えのことと存じます。

旧年中はひさしくお会いする機会もありませんでしたが、先生の動向につきましては数々の著作を通じてなんとかフォローさせていただいています。

とりわけ『京のわる口』は先生の真骨頂ともいうべき作品で、海外で出かけるたび何度も読み直し、エンジョイさせていただきました。

同時に今まで勝手な横浜弁(?)で先生と会話を重ねたことが恥ずかしくなる思いでした。

まあ、距離感も感じることなく、かってなことを言ってきた自分を恥じるとともに 「英語を京都弁や大阪弁で表現できないものか、また世界にそのまま通用させることをやってきたならば 日本は間違いなく真の一流国になっていただろう}などと勝手な推測を重ねています。

ともあれ、今年も先生におかれましてはご健勝のうえ、ますますのご活躍を祈念する次第です。  堀武昭  国際ペンクラブ理事

 

* 嬉しいメール賀状を頂戴した。ペンの理事会仲間で最も心親しく覚えていたお一人で。世界をかけまわって活躍して頂いているお一人でもある。お気をつけて、お元気でと願います。

2013 1・4 136

 

 

* 東工大卒業生で母校での研究を続けている、古沢宏幸君も賀状を呉れた。こういうことをしたいんです、と、具体的に未来への研究課題を語ってくれたのを、力強く、記憶している。

 

* 妻が大学時代下宿していた旧家の女主人が、毎年賀状をくださるが、その筆跡・筆勢の大きく健康で達筆なのに驚き喜んでいる。どう指折り数えても、九十六、七歳に成られているはず。感激する。

2013 1・4 136

 

 

☆ 秦先生、

そんな事(=病状)とはつゆ知らず、健康を回復、意気軒昂な先生な想像していた小生は、なんと甘いのでしょう。誠に失礼なことを申し上げ、平に、平にお許しを請うばかりです。

ただ、ペンの仕事にかかわり、いろいろの人を見るうちに真の日本文学の矜持を引き継いでくださっている先生が懐かしく、かつ今後ともその重責を担っていただきたいと思い続けてきました。

その意味でも何としてもここは踏ん張っていただき、もう一度日本ペン、いや国際ペンへの将来の指針をお示しください。

国内ペンは実につまらない、枝葉末節な内部紛争を続けていますが、真の作家はもっと次元が違う舞台で自分たちの役割を果たすべきと思っています。

私のやっていることもたわいのないことですが、それでも91年間にわたって言論の自由を求め戦ってきた伝統だけは何としても引き継いでいこうと思っている次第です。

先生の健康回復を切に祈り、そのためにもいま与えれられた使命を全うしてまいります。  堀武昭拝 (国際ペンクラブ理事)

どうか返事は無用です。その分ゆっくり静養のほど伏してお願い申し上げます。

2013 1・5 136

 

 

* やや今日は夕刻まで眼が明るく、仕事がはかどった。日記を書く余力を「仕事」へ廻している。涙は滲み出る。洟水も垂れる。根気よく眼を拭き鼻をかみ、粘る唾液も吐いて対応している。食べ物も、食べられる限りを食べている。

湖の本創刊以来の読者である山本道子さんの下さった、山本さんの実家と聞いている老舗「村上開進堂」の、貴重品でもあるだろうクッキーか、すばらしく美味い。すこしも苦くない。建日子にも食べさせたいと正月まで取り置いたのを、老夫婦で戴いている。

2013 1・6 136

 

 

☆ 賀正 残生のテーマ 都立大名誉教授

安倍政権が右翼化してゆくことの覚悟が必要になってきました。そこから日本に何が起こるかの予測は容易につきます。わたしたちが個々にできる事はかぎられているかもしれませんが、できることをやり続けてゆくしかないですね。

平和持続への希求を、護憲の形で口にしてゆきましょう。

過去七十年余、地球を戦火の球にしてきたアメリカ(国家としての)を警戒し、時には否定してゆきましょう。それをわたしの残生のテーマとしたいと思います。

なお賀状での新年のごあいさつは今回で打ちあげといたします。長い間ありがとうございました。

 

☆ 謹賀新年 二〇一三年正月 「君が代のリズムで蛇は踊らない」    世田谷  川柳作家

「小選挙制の問題があるが、世論調査の結果が一人歩きして世論に影響を与え、メディアが望む政権を誕生させ」た(鳥越俊太郎)ひどい選挙で、「戦後レジュームから脱却」し戦前のような天皇中心の 「美しい国」日本を復活せんとする蛇のようにしつこい政権が牙をむき出しました。支持者は近く金鵄勲章でも授与されるでしょうが、皺の中に顔のあるような戦前・戦中派はもう「耐え難きを耐える」気持ちは御免です。周囲の友人知人は民主党顔負けの勢いで減り続け、始末のつかぬ貴重な蔵書の山で二階の改築を迫られて憂鬱ですが、認知症と攻防戦の最中です。、ご一家のご多幸をお祈りいたします。

 

☆ 遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

静かな新年をお迎えのごようす、お慶び申し上げます。

 

 

脱原発派は、前回の選挙でもわかるように、なかなか一つにまとまりません。なぜなら三・一一以前の発想の人間と、そうでない人間との落差があまりに大きいからです。今までの自分の生活を変えなくてもなんとかなると思う脱原発派と、生活の根幹から変えなくては生き残れないと信じる脱原発派では、到底折り合いがつかないのです。

現在、福島二号機が温度上昇していることをご存じでしょうか。東電は計器の故障だと言いますし、下手をすると永続再臨界状態になるという凍りつく説もあります。真偽は不明ですが、二号機一つでさえこのありさまなのです。既に、電力会社幹部は南半球に逃げ場所を確保しているとすら漏れ聞きます。菅総理も事故直後に、自分の息子夫婦を海外に逃がしていました。三月十五日には、米軍横須賀基地は女子どもを国外脱出させていました。政府はこの時東京が避難すべきレベルであることを承知で黙りました。これは民主党政権に限らずどの政府でもそうしたことでしょう。

これからの私は「湖の本」が世界の誰かの人生の同伴者になるお手伝いをさせていただきたいと思います。湖の本がどこかの「身内」の読み手に出逢えますように、ライフワークとして取り組みたいと願っています。この想いだけは負担で不快なお節介と挫かないでいただけますように。   飾   一管の笛にもむすぶかざりかな  蛇笏

2013 1・8 136

 

 

* もう大学。高校、各界知名の人たちから、湖の本114巻に感想や返礼や挨拶が来ている。まだハ・マ行の読者、多部数の読者に送りきれていないので、紹介は控える。元新調編集長の坂本忠雄さん、金八先生の小山内美枝子さん、国際基督教大学の並木浩一教授、早大の中村明教授、染織作家の渋谷和子さん、歌人で翻訳家の持田鉱一郎さん、同窓の松下圭介君らの葉書・手紙・著書など戴いた。

2013 1・12 136

 

 

* 湖の本114の「読者」への発送も終えた。追加の各界寄贈のための宛名書きなどが、まだこの先に必要。ところがこの一週間は容易ならぬ輻輳状態で、作業のためには頭が痛い。ま、凌いで行くさ。

 

☆ 2013お正月

遠様  迎春

早小正月に成ります、ごきげんはいかがですか。観光客が少なくなり、静かな京都に戻りました。

去年の今頃は心配でしたが、今年は大変な努力で良くなるだろうと安心です。

南天は(難を転じる)と言われて居る様です、転じて欲しいと思って写真を送ります。

沢山実を付けました、ご近所にもお分けしました。

ご存知でしょうが、画像の取り込みは画面の内でマウスの右クリックして、名前を付けて保存をし、ドキュメントかピクチヤーに保存します、以後色々と加工します。お困りの様子かと思って!

ご縁があり、去年春から京都中信の美術館のご案内を頂いており、今年の京都美術文化賞の案内も頂きました。

連休を終えたら19日は雲岫会のお初釜です。最近は遠出が出来ません、健康のみ気にして居ります。  華

 

* 南天の豊かに美しい写真が届いていて、それを機械に保存する手続きは承知しているが、写真をホームページ上に転写する手順が依然と変更されたのか、どうやっても成功しないのに困惑している。

南天は昔から好きで、いまも、我が家の庭では亡くした愛猫の「ネコ」「ノコ」の墓地を季節ごとにはなやかに彩ってくれる。南天は、葉の色・形もきっぱりと凛々しい。

2013 1・13 136

 

 

☆ 今年もよろしくお願いいたします。

秦恒平さま 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

『湖の本』(114/ペンと政治(一))をいただきました。いつもありがとうございます。

ペンクラブを思い切って退会して以来、ペンの活動についいては、すでにまったく不案内ですが、以前の言論表現委員会の様子や、「私語の刻」の石原発言への言及や 梅原猛さんの夢を見たくだり、有難く拝読いたしました。

お身体はいかがでしょうか?

副作用が少しでも軽減され、すべてが快方に向かうことを祈っております。

私の方は一年経ち、ステロイドの服用量がだんだん減ってまいりました。

世の中、嫌なことばかりで、アベノミクスが悲惨な結果を招くのではと憂鬱な気分になりますが、まずは自らの畑を耕さねばと 今年は気持ちも新たに、出直そうと思っております。

どうぞお身体大切に、そして変わらずに秦さんの確かな言葉を私たちに向かって発信されんことをお願いいたします。

久間十義 三島賞作家

 

* この作家にわたしは不思議に親近感をもってきた、言論表現委員会などで一緒だつた昔から。励まして貰ったと、嬉しい。

 

☆ 東京は雪

武蔵野には雪が降り積もっていることでしょう。俳優座の公演に、と書かれていますが、寒さがお体に障りないことを願っています。

こちらは午後になって雨もやみましたが 、やはりかなり冷えています。

新しい年も早や半月が過ぎようとしています。

暮れから半月余り、忙しい日々でした。姑、娘、来客、平均八人、多い時は十人の食事の支度など、普段の暮らしとは異なり大変でした。昨日午後漸く「解放」されましたが、さすがに疲れを感じて唯々休んでいます。

良い年でありますように。    尾張の鳶

 

☆ 湖の本

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。静かな新年をお迎えのごようす、お慶び申し上げます。

さて、唐突に話題変わります。

「脱原発」派は、前回の選挙でもわかるように、なかなか一つにまとまりません。なぜなら三・一一以前の発想の人間と、そうでない人間の落差があまりに大きいからです。今までの自分の生活を変えなくてもなんとかなると思う脱原発派と、生活の根幹から変えなくては生き残れないと信じる脱原発派では、到底折り合いがつかないのです。

現在二号機が温度上昇していることをご存じでしょうか。東電は計器の故障だと言いますし、下手をすると永続再臨界状態になるという凍りつく説もあります。真偽は不明ですが、二号機一つでさえこのありさまなのです。

既に、電力会社幹部は南半球に逃げ場所を確保しているとも聞きます。菅総理も事故直後に自分の息子夫婦を海外に逃がしていました。三月十五日には、米軍横須賀基地は女子どもを国外脱出させていました。政府はこの時東京が避難すべきレベルであることを承知で黙りました。これは民主党政権に限らずどの政府でもそうしたことでしょう。結果として三月だけでも、私たち都民の被曝は甚大なものだったのです。その後も汚染され続けている東京の現実は、想像以上に凄まじいのです。

 

失礼ながら、二つ申し上げます。

 

著作権の安泰なように、将来の読者のために何かの方策をお考えください。

 

これから私は「湖の本」が、世界の誰かの人生の同伴者になるお手伝いをさせていただきたいと思います。みづうみが、どこかの「身内」の読み手に出逢えますように、ライフワークとして取り組みたいと願っています。

この想いだけは負担で不快なお節介と挫かないでいただけますように。  独楽  おのが影ふりはなさんとあばれ独楽  占魚

2013 1・14 136

 

 

* 札幌の真岡教授から、北海道の「お米」六種をどっさり贈って戴いた。お米の種類にも味わいにも疎く、せいぜい売り名の二つ三つしか知らなかった。手紙で、いろいろに教わった。

 

☆ 拝啓  秦恒平様

武蔵野も今年は寒い冬と聞いております。その後、お加減はいかがでしょうか?

北海道は年末からずっと、真冬日が続き、雪と氷の中で暮らしております。先週は会議で道東十勝へ出張し 零下二十九度を体験してきました。充分な防寒をしたにもかかわらず、夜の駅で汽車を待つ十分の間に、手足の感覚がなくなりました。雪解けにはまだ八十日有ります。雪間の草さえまだ先ですから、花を待つのはまだまだ先のことです。

北海道のお米、六種類を同封しております。同じ道の産なのに、味も硬さも驚くほど多様です。いろいろ試して頂いて、もしお気に召したものが見つかりましたらお知らせ下さい。

関西で育った方は、柔らかめのご飯を好まれる傾向がありますので、まずは「あやひめ」という品種をお薦めします。茶事の懐石で折敷に載って出てくるような炊き上りになりますが、味はあっさりとしていますので、喉の通りも良いと思います。

もう一つのお薦めは「おぽろづき」という私の属する研究所で育成した品種で、ねっとりとした餅米のような風味がします。見た目も餅米のような乳白色をしており、その景色から朧月という風雅な品種名がつきました。

ちなみに柔らかさは「あやひめ」「ゆめぴりか」「おぼろづき」「ふっくりんこ」「ななつぼし」「ほしのゆめ」、味の濃さでは「おぼろづき」「ほしのゆめ」「ゆめぴりか」「ふっくりんこ」「ななつぼし」「あやひめ」という順番ですから その日の体調やお好みでいろいろ召し上ってみて下さい。ご飯を要に、お食事を少しでも楽しんでいただければ幸です。

昨年から眼の調子も思わしくなく、今年は大学病院で精密検査を受けることになりました。複数の中間管理職を兼務し、さらに研究を続けて、それでも二年間両立させてきましたが、やはり気力体力の限界を感じました。上司もこのあたりはよく見ていて、ついに四月から管理職に専念することになりました。入省以来、寝ても覚めても、一日中研究のことを考えていただけに、春からどのような生活になるのか想像もつきません。時間に余裕、正確には気持ちに余裕ができたら、頭の隅に仕舞って老いたお茶や文学の小箱を開けて いわゆる「健康で文化的な生活」が出来るぞ! と自分を励ましています。春以降どうなったかについて、また落ちついたところでお便りしてみたいと思います。

奥様共々、お健やかに過ごされますよう、花や紅葉を楽しまれますよう、心からお祈りしております。

お眼の具合よろしくないところ、読みづらい悪筆にて失礼いたしました。

最後になりましたが、昨年のご指摘、心しております。ありがとうございます。  敬具

平成二十五年一月十三日   真岡哲夫

 

* 親身のお手紙、感謝に堪えない。ではでは六種の「北海道産 お米」をしみじみ味わいます。

 

☆ 頌春 癸巳正月

貴誌114、有り難く拝受仕りました。謹んで御礼申しあげます。

小生 九十八歳に入り、関心いよいよ狭く、歌 すっかり衰えました。

貴台の広さ、羨望に耐えません。   清水房雄  歌人

 

☆ 謹賀新年

「湖の本」114 ありがとうございました。

まさに同感をもって読んでいます。

おそろしい時代になってゆきそうです。

どうぞお大事に。    島津忠夫  国文学者

 

☆ 前略

百十四巻目の「湖の本」を拝受いたしました。

ペン(クラブ)に関わった事があっただけに、身にはねかえってくる痛みを感じながら、秦さんの深く激しい「歎き」を受けとり、ご病身をおしての文章(文学)を通しての闘いの継続に強く衝たれました。

せめてもの応援の気持の、「湖の本」へのささやかなカンパを同封いたします。失礼とは存じますが、ご受納いただきとう存じます。

どうぞお身体、呉々もお大切になさって下さい。  草々   敬  元出版部長

 

* 早速に恐れ入ります。ありがとう存じます。

2013 1・15 136

 

 

* 漸く年賀状の住所等の点検を終えた。今年は去年の倍ほども年賀状を頂戴していた。機械のアジレスブックがおそらく500を優に超している。不徳なれど、わたし、孤でないとしみじみ思う。

 

* 有難いことに、はしなく、久しい読者のご住所が、今しも創作上の見当を集中させている地域にあるのを確認し得て、なにか史料が手に入りましょうかと問い合わせたのへ、一山もの史料や参考書を送ってきて下さった。これはこれは思いも及ばなかった嬉しいお年玉。力づけられて仕事をまた一段と先へ先へと進めたい。四国の木村年孝さん、心より御礼申し上げます。

2013 1・15 136

 

 

☆ 前略

「湖の本」114、誠に有難く拝受いたしました。

文士の対極にあるのが政治家と思つてゐますので、作家である政治家への批判を大変おもしろく拝読しました。丸谷才一氏が政治家は嘘をついて身を飾ると書いてゐましたが 私などまで嘘の材料に使はれてえんざりしてゐます。

御病気で大変な中を御活躍されてゐるのに同病者として感服してゐます。どうかお躯に一層お気をつけて下さい。

葉書で甚だ失礼ですが取り急ぎ御礼まで  草々  大久保房男  元・群像編集長

 

☆ 新しい年を迎え

おすこやかにおすごしのことと思います。「湖の本」114をご恵送下さり、ありがとうございます。いつもいつもご芳情のほど、深謝しています。

1998年~2000年までの日記を拝読、これほどまでに社会への関心と鋭さ、ただ敬服するばかりです。残りの年も、大いそぎで読みます。

今年もますますのご健勝でありますよう、祈っています。  伊井春樹 阪大名誉教授 美術館長

 

☆ 寒波御見舞い 並びに

新著力作ありがとうございました。暮に体調をくずし失礼致しました。 伊藤壮  元・朝日新聞社

 

* 伊藤さんの御陰で「湖の本」は二十七年前に、有難くゆったりと船出できた。どうぞ、お大切に。

 

* ほぼ全部の発送用意が出来、明日には送り出せる。疲れたが、これで「仕事」へとちょいと奮い立ったが、明日朝には「湖の本」115のゲラが届く。可能なら、大地震・大津波・原発破壊から満二年、三月十一日に刊行したいと願っているが、ま、その辺で。

十時になった。やすんで、寝床で本を読もう。明日、もう一日家におれる。明後日は演舞場の初春大歌舞伎夜の部を見にゆく。雪の溶けきるのが望まれるが。

2013 1・16 136

 

 

☆ 拝復 秦 恒平様

お健やかに新年をお迎えのことと存じあげます。

日頃はご無沙汰申し上げております。

このたびは、湖の本114 号『ペンと政治(一)新世紀へ、崩壊の蟄音』のご恵与を賜り、厚く御礼申し上げます。民主党の失政に

起因するとはいえ、自民党政権が復活し、声高に憲法改正や原発再稼動など民主化逆行が唱えられている現在、まことに時宜を得たご提言と拝察いたしました。

私は、昨年満九十歳を迎えましたが、何分の高齢者ですので、あちこち故障が多く、目下自宅にて静養を続けております。

そのような次第ですので、ご無沙汰の件もなにとぞご海容のほどお願い申し上げます。

一層のご健勝をお祈りいたします。  敬具    英 青山学院大名誉教授

 

☆ 政治に対して

これだけの直言の出来る人が、もっと増えて欲しいと思いますが、一人でも二人でもと。

閣僚こそが第一に読むべきでしょう。  毅  岡山県

 

☆ 先生のサインに

とても感激しました。ご闘病の日々でいらっしゃるのに、本当にうれしかったです。

今回のエッセイも興味深くて、「私も!」と、そう感じていた当時(=小渕、森、小泉内閣)を思い起こしながら拝読しております。このつづきが楽しみです。(最新版も、早く拝見したいです。)

昨日、関東地方が大雪に見舞われ、静岡も冷雨の中「湖の本」が届きました。厳寒の中ですが、どうぞくれぐれも御自愛くださいませ。   鳥   静岡市

 

☆ このたびは

湖の本114 「ペンと政治(一)」をご恵贈くださり 心より御礼申し上げます。

政治への厳しいまなざしを重く受けとめております。

酷寒のみぎり どうか御自愛のうえお過ごしくださいますようお祈り申し上げます。  山梨県立文学館

☆ 冠省

湖の本最新刊拝受、ありがとうございます。

PENに関する記事は、全会員、というより、前会長らの、PENの精神、また文学にコミットした人間に必要な志の 二つとも忘れた連中に読ませてやりたいものです。五千万円の大赤字のうち二千万円は、前会長や側近の企画した飲み食いに費消されたもので、調査の結果に、もう、呆れました。

それはともかく、東京地区ではめったにない大雪。このあとの大寒にご用心を…   奥  日本ペンクラブ

 

☆ 寒中お伺い申し上げます。

お障り無くお過ごし下さってるようお念じ致しております。

此の度は、ご本のご恵送を賜りありがとうございました。早速頁を繰らせて頂き、「それでも私は戦争に…」を思い出汁改めてそれをも再拝読、「今浦島」の自分を恥しく思うばかりです。 でもでも秦さんの姿勢に力を貰っています。

どうぞ御自愛賜りまして 日々、お平らに、と念じ居ります。   文  京都同窓

 

☆ こんにちは、京都です。

新しい湖のご本届きました。いつもありがとうございます。

こちらは風の冷たい毎日ですが、観光客が少なく静かな佇まいです。

東京は大雪で大変でしたね。

お口の苦みが少しでも紛れますよう、僅かですがお菓子をお送りしました。19日に届きますのでお受け取り頂きますようお願い致します。

お眼やご体調がお楽になられますよう願っています。

どうぞ奥様共々お大切にお過ごしください。    みち  京都の従妹

2013 1・17 136

 

 

☆ 「湖の本」114号 代金振り込みます。

感嘆に「114」と書きましたが、大変な偉業ですね。他に例を見ません。  澄  藤沢市

 

☆ (大学に入る=)十九才の誕生日、

京都は雪景色でした。私も七十七才の誕生日を十日前に迎へました。

長唄「松の緑」をと師匠に云ふと、どういふ心理なのかと……。一番最初に習つたけれど、一番知らない曲だと……。三味線と唄と、もののはじめにかへりました。

(差し上げた=)小夏は、一時期ニューサマーオレンジと名を替へましたが、評判が悪くて、又、小夏になりました。初夏にだけ食せます。好評のやうなので、又、送つちやおうかなあ。

四月、別役さんの芝居に出ます。そして歌舞伎座のコケラ、見にゆこうと。  知  女優

 

* この同窓とは、つい一両日まえにも、テレビドラマで出会っている。大学の進学適正検査の日にまぢかで見た。「ショートケーキ」のような美少女だった。「美学志望」という人との片言をふと耳にして、即座に「歴史志望」から美学行きに「変更」した。美学・藝術学なら、何でも出来るとも思ったというと言い訳になる。

 

* 二世荻江壽友が亡くなり三回忌追善の荻江演奏会を三月二日、日本橋劇場でと、荻江壽永の招待案内があった。番組には、私の作詞、壽友が作曲の「細雪」も出ている。荻江壽々らが唄い、三味線のほかに米川敏子の琴も。正午に始まり七時まで。行ってみたいが。さて。水天宮に近い劇場には望月太左衛の囃子鳴物の会で行ったことがあり、その辺で鮓の店にも中華料理の店にも独りで沈没し、おどろくほど大食いした覚えがある。

2013 1・19 136

 

 

* 奈良県郡山の歌人喜多さんから、ペン会員で作家の牧南さんから、京都の従妹から、御見舞戴いた。有難う存じます。

2013 1・20 136

 

 

* 木村年孝さんの送って来て下さった史料類が、役に立ちそうで有難い。さ、どう活用できるか、軽率ではいけない。眼の不自由を堪えながら「仕事」は幾つも前へ前へ押し出されている。

2013 1・21 136

 

 

☆ 秦 恒平 様

寒中お見舞い申し上げます。

過般よりご加療中と承っておりますが,その後,ご病状のほうはいかがでございますか。日ならずしてご平癒のこととは存じますが,ご家族の皆様にはさぞご心痛のこととお察しいたします。

さて、このたび『湖の本114  ペンと政治(一)』をご恵贈賜り厚くお礼を申しあげます。

本書を拝読し,「ペンを握った手」で病魔と闘いながら,喜寿の祝いをお迎えになられている作家の「義務と覚悟」に、あらためて敬意を表する次第であります。

文字どおり悲憤慷慨して語っておられる「日録」の痛快さに,失礼を顧みず,おもわず膝を叩いていました。「群れたくない」作家の「思いと懼れ」に心から共感するばかりです。

じつは,近年、友人、家族らに、「政治の貧困」や「メディアの権力」の醜悪さを話してみても、大概それは「ただのおまえの愚痴にすぎない」と一蹴されるのがオチで、怒りの矛先は鈍り、「つくづくウンザリ」させられていました。

「思えば現代には,政治をあげつらうだけで『食えて』『食って』いる世間の人の,なんと多いことか。新聞,雑誌,テレビ然り。そこにたかるキャスター,コメンテーター,評論家,記者,みな然り。学者もいる。タレントいる。ー一 昨日言っていたことを今日は別の意見に言い換えていても,本人も周囲も平気,そんなことは気にかけていない。つまり,『役』をこなしている。」(p174)

いまや携帯情報端末機でマインドコントロールされ、互いに考えたり、話し合ったりする時間を放棄しているわれわれは、いったい、どこへ向かっているのでしょうか。

本書は随所に卓見、警句が散りばめられていますが,その言葉は,序文で書いておられますように、「今日只今の政治・時事が、一昔二昔まえにまるで変わりなく悪政の連打」であることへの痛烈なパンチとなっています。

とくに,低劣極まりない品性の森首相,傲慢と姑息なパフォーマンスの小泉首相,政治家としての言語表現を顧みない居丈高な石原都知事への人物評はまったく同感であり,また,特権的立場に立つ文化人らの「人間性」にたいする不快感,不信感をあらわにしておられたが,本質を衝いていて、いうことはありません。

もっとも小気味よかったのは,そうした輩とはべつに,集中砲火浴びせられた外相田中真紀子への期待と擁護でした。真紀子イジメ問題は,昨秋の大学設置認可の件でも,いささかも変わっていません。

本書にみる「ペンと政治」の見識と剛直な批評には、これからも耳を傾けたいと思う。

寒気厳しき折から、くれぐれもご自愛専一にと念じております。 2013年 1月 20 日  明 神戸大学名誉教授

 

☆ 先日の雪の時は

二日間外出を取りやめて用心されましたね。再び東京に雪、と天気予報が出ています。こちらは夕方から静かな雨です。

体重が62キロになったと昨日書かれていて気になっていました。今日、脱水症状ではないかと検討されていましたね。少しでも良い方向に向かわれますよう願っています。

早く暖かくなればいい!!

小説、息詰める思いで遠くから待ちます。読みたい。

まだ暫らく冬の寒さ・・。元気に、元気でいてください。 鳶

2013 1・22 136

 

 

☆ 秦様へ

この度は御著書「湖の本」114を御恵贈いただきまして、誠にありがとうございました。

崩壊の跫音というサブタイトルに思わずドキリといたしました。心して拝読させていただきます。

格別の寒さでございます、ご自愛のうえ、益々の御健筆をお祈り申し上げます。

とり急ぎ 御礼まで  拝   橋  日本文藝家協会事務局長

 

☆ 秦 先生 ご本ありがとうございました。

お世話になっております。

昨日、「湖の本」最新刊拝受いたしました。お心遣い、大変ありがたく存じます。

収録された文章の大部分が21世紀になる前後のものとのことですが、お書きになっていらっしゃる問題、課題、怒り、悲しみ、いまだにまったく解決などせぬままいまに至っていることに、嗚呼と嘆息せずにはいられません。

そのような歪みの当然の帰結のひとつが、今回の原発事故であったと言わざるをえないように思います。

遅ればせながら、年末に喜寿を迎えられたとの由、まことにおめでとうございます。お会いしてお祝いを申し上げたいところ、まずはメールにて失礼いたします。

近くお会いできる日を楽しみにしつつ、取り急ぎの御礼にて、失礼いたします。  洋 平凡社

 

☆ 湖の本「ペンと政治」を

お送り下さいましてありがとうございました。私こと

今年巳どしは私のとしで、いつのまにか八十四才になりました。

老議院が実現しましたら、是非、立候補したいと思います。

お身体 お大切になさり乍ら ますますの御活躍を。  千枝 千葉県市原市

2013 1・22 136

 

 

☆ 先ずは本が来た事に驚き、

お芝居にも行けたり出来るとは素晴らしい回復ですね。前向きの気力ですね。

約七年前に脳内大出血をした夫は、幸いな事に手足や言語の障害はなかったけれどやはり正常ではなく、足腰も弱り、私は家事100 %にプラス介護の過労です。先の連休の頃から風邪をひき、目やお腹に来て参りました。今は週二回デイサービスを受け、少しは身体がラクにになりましたが…  時々好転は無い先を考えると鬱になります。

お元気でお過ごし下さい。  泉

 

* 一つ下の、同窓。やたら老齢に上乗せがきて長寿でめでたいようだが、このような老老介護に疲労と心労とを溜めて行く寂しい高齢家庭が増えて行くばかり。六十から七十代老人の力をの政治的にな結集すべく、「老議院」という世界にも例のないシステムを構想し実現してしかるべき時代が来ている。誰か見識豊かで健康な人が「核」となり結集し叡智と実力を動態化出来ぬものか。

みなさん、考えて下さい。

 

☆ 「ペンと政治」(一)

一気に、共感と敬意と共に拝読。

まっとうで深い怒りは、人を病いに破れることを許さない。秦さんご夫妻のご長寿を祈るばかりてだす。

(二)、早く読ませてください。  原田奈翁雄

 

☆ 秦恒平様

湖の本拝受。「ペンと政治」という特集にとっても びっくりしましたが、反原発の八策にもびっくり。こんなに政治的発言をなさるとは思いませんでした。  上野千鶴子

 

☆ 新年ますますご健筆のご様子

お慶び申し上げます。このたびはご高著『湖の本』ご恵贈いただきありがとうございました。私 八十才 とみに体力、能力の衰えを痛感する毎日ですが 秦さんがこうして頑張っていらっしゃることに励まされています。

お体おいといの上 ご活躍を。  樋口恵子

 

☆ どうぞ来む春が

先生のご恢復をもたらしてくれる力となりますようにと、心から念じ上げております。

あらたまの君が命をあたたかく包みて起たむ春霞かも  昌  名誉教授

 

* 春霞まちがてにけふも生きてあるわれの狭庭(さには)に梅咲きそめぬ  湖

 

☆ うみの本114

今一番読みたかった本かもしれません。志賀直哉の云う「とび離れて賢い動物であるということが、一番馬鹿な動物だったということになるのではないか」 その通りになりつつあります。原発のこと、こんどの選挙のこと、そして世界の国々でおきていること、コロコロと転がり落ちる音がきこえるようです。

その中でも、ご壮健でおすごし下さい。  小松市  勉・千

 

* 中村勘三郎にも 大島渚にも 死なれてしまった。なにくそと思う、生きて「ペン」を働かせるぞと思う。

2013 1・23 136

 

 

☆ 前略

先日は『湖の本』114 ペンと政治』をお恵贈下さってありがとうございます。早速読みはじめております。

実は私は、いまから15年前まで京都の共産党の責任者をしておりました。「京都民報」の編集長を林信一郎がつとめていた時です。

秦さんの壽岳さんとの「京ことば」や、脇田晴子さんとの対談「利休とその時代」、京料理「竹馬」の西岡さんとの「京の味、京のまち」などの対談は、「京都民報」はおもしろい、中味が濃い、との評判がひろがる大きなきっかけとなりました。

平凡社から出版された『京のわる口』も、タイトル、中味とも刺激的でした。

今後ともよろしくお願いいたします。   市田忠義   (共産党書記局長)

 

☆ 京都の人ではないかと永く想っていた。共産党員らしからぬ笑顔の温厚に柔らかいお人を、好ましく思っていた。こんなご縁があり、関心も持ってもらっていたとは全く知らなかった。感謝します。

前総理の菅直人氏の湖の本受け取りも届いているし、元参議院議長の江田五月さんや社民党の福島瑞穂党首など、書き物を介してご縁が生まれている。また市田さんとも、と思う。元衆議院議長の土井たか子さんは大学の先輩、東芝副社長だった人と、鼎談したことがある。今度の本、ことに続いて出る「ペンと政治」(二上 原発爆発 二下 野田内閣惨敗)は時代の証言と批評として、多くの眼に触れたいと願っている。この人にも読んで欲しいと思われる方は、送り先をお教え下さい。

 

☆ 湖の本「ペンと政治(一)」を賜り

ありがとうございます。

「私語の刻」をいつも最初に開き、気になる奏さんのお声? を聞きます。つらい闘病ですが、強い意志というか作家精神が秦さんを支えている様子を知り、ほっとします。どうぞお体を大切にご活動ください。

なお次回から「湖の本J の購読者としていただきたく。これまでご贈呈頂いたことに感謝します。なお私からの友人等への贈り物は、今までどおり折にふれお願いするつもりです。

この二十一世紀に地球がどうかなりそうです。

まさに「崩壊の跫音」を聞くような気分です。

ご一緒にもう少し見届けましょう。 二〇一三年一月二十五日  茂  詩人 ペンクラブ会員

 

* 嬉しく、心強く。ありがとう存じます。

 

☆ お正月

如何 お過ごしでしたでしょうか。

中々、元の通りとはいかないのかもしれませんが…。私も、相変らず五ー六種の病院をめぐる事が続いて、それだけで忙しいし、曜日、時間をまちがえないように、と神経をつかいます。

今の日本は、本当に心配な事が多いですが、私たち(友人達と、電話で侃々諤々の昨年でした)が、今、何を出来るかなと笑い合っています。自分の身一つで、大変なのですから。

どうぞ、本年が佳い御年でありますよう、お祈り申上げます。 かしこ    島  評論家 元「新潮」編集者

 

☆ お寒さきびしい折から、

過日はご高著『湖の本 ペンと政治』を賜りましてありがとうございました。

十数年の世の目まぐるしい変わりよう、本質的には変わっていないこと。歯に衣着せぬお言葉に胸のすく思いが致しました。ますますのご執筆に力をいただいて居ります。

くれぐれも御自愛下さいますようにと念じております。御禮まで申し上げます。 かしこ   郁  歌人 堺市

2013 1・26 136

 

 

☆ 御闘病に連帯の意を表します。私の家族も闘病中でございます。

病と共に生き抜いて参りましょう。  東村山市 敬  大学教員

 

☆ 今年の厳しい寒さ、東京の積雪にも驚きました。先生お具合如何でございますか。お見舞い申し上げます。先日は湖の本有難うございました。

先生のお言葉一つ一つに日頃のなまけ心にぴしりと鞭を打たれた気持ちで背筋が伸びる思いが致しております。

庭の梅の莟が少しふくらんで参りました。

先生どうぞお体御大切にとお祈り申し上げます。一筆 御礼申し上げます。  山口市  ツヤ  読者

 

☆ 厳しい寒さが続いております。

湖の本 ありがとうございました。すべて読み終えたのではありませんが 今までに戴いた本たちの内容とはうって変って、改めて、引き込まれています。 たとえば「真起子さん」の記事、「ハンセン氏病」の記事などですが。

先生は 七七は始終苦なりと歌われましたが、私は単純に八八64の身で、 この夏には前期高齢者の仲間入りです。 眼鏡のお世話になり 降圧剤の服用も始まり、若かった頃には思いもよらないくらしです。

一方、週末に交わす孫たちとの会話は、また、若い頃にはわからなかった 老いた者の大きな楽しみの一つでもあります。

闘病中とは伺っておりますが、おだやかな日々でありますようお祈り申し上げます。

ご本のお礼を重ねて申し上げます。ありがとうございました。  大阪市  能  読者

2013 1・28 136

 

 

☆ 例年以上に寒さ厳しい年明けですか、

その後お身体如何でしょうか。二数キロお痩せになった由、通院、観劇つづけられる気力に圧倒されます。御恢復を心よりお祈り申上げます。

御礼があとになりましたが『湖の本114』を頂戴し、誠に有難うございました。一九八八年からの記録なのに、現況と余り変らぬ事態に心晴れません。「私語の刻」一層身に沁みます。  元出版部長

2013 1・29 136

 

 

☆ 一月もおわろうとしています。京都は毎日寒く冷めたい日が続いています。「湖の本」を御恵送頂きありがとう存じます。御病体であられながら少しも御気持の変っていないところ感心いたします。実は夫は昨年血栓の病気で入院 二月に家に戻りましたが、なかなか元気が戻らずにおります。少し御元気なお気持をわけて頂きたいものです。

どうぞ呉々も御大切にお励み 下さいますよう念じます。  京都今熊野  明  陶藝家

2013 1・30 136

 

 

☆ 年明けに  池田良則  (新美術新聞 1/21 筆者より頂戴)

元日に富山の友人から紙筒が届きカレンダーかと思って開けると以前雑談の中で頼んでいた地図でした。これは正式には富山県が作った「環日本海東アジア諸国図 jというもので富山を中心に天地が逆になっていて、大陸側から見た日本列島が上向きに反り返っているという構図です。これは考えさせられます。つまりロシア、中国、朝鮮半島から見れば北方領土、日本列島及び台湾に至る琉球弧が防波堤の様に取り囲み太平洋へ出るのを邪魔している様に見えるのです。

私は何処の国の肩も持つ訳ではないのですが相手の立場から物を見るとこんなにも違って見えるのかという事が実感出来ます。私は20代から絵を描くという事を口実にバックパッカーの様にインド中を歩きまわり、中近東をウロウロし、その後メキシコから中南米を彷徨しておりましたがその先々で色々な人と出逢い、見聞きし、そこでしか聞けない話を聴く機会を得ました。

いかにそれらの国々が列強の軍事力と巨大資本の好きな様に収奪されてきたか、今だにその弱肉強食の不条理がまかり通ってているか肌で感じます。更に飢餓や貧困の原因が多分に人為的である様に思えます。

世界中が大きな問題を抱えたまま2013年は明けました。日本でも震災や原発、沖縄の問題を抱えたまま、それももう済んでしまった事の様な空気の中で牢が明けました。不景気といい乍らも脳天気な正月を映しているテレビのスイッチは切る事にしました。

(1951年京都生まれ、洋画家、日展評議員、白日会常任委員)

 

* 池田さんの真意にふれ得て、嬉しい。彼には京都新聞朝刊小説『親指のマリア』の挿絵を描いてもらった。祖父上は池田遙邨画伯、父上も知られた画伯である。

2013 1・30 136

 

 

* 四国の木村年孝さんから戴いた地誌・史料は、ただ読んでいるだけで興味津々、しかも役に立ちそうな観点や知識が具体的に見えてきて、感謝し、興奮している。慌てずに、じっくり思案を深めたい。

2013 1・31 136

 

 

☆ 加賀はいつもながらの冬の陽気です。雪が積り、消えて また降り積っています。

「ペンと政治」は、その方面にうとい私にとって、とてもいい刺激ーー特に今の情勢下にあって、物の考え方の方向を導いてくれます。

「お元気」は年並で無事ですが、「お仕事」は彷徨です。万年筆もみんな機能を失って モンブランもシェーファーもパイロットもその他みな、ボトルを置いての漬けペン扱いです。買い替える気も失っています。

「新潮」で黒川創さん(=甥。実兄北澤恒彦の長男)のお作読みました。おもしろいお仕事と拝見しました。黒川さんのお作は何作か拝読しましたが。質的? 秦さんの線上にあるように思いました。

◎ さて「戯号」をうかがいました。徒然なるままにハンコを彫ってみました。私の方も戯刻です。「そうですか」と見て下さればそれで結構です。

先日 高校の同窓会(綜合)新年会に出ました。そこで胃のない先輩後輩なんか何人もいることを知って驚きました。しかもとしも元気でした。一方 胃が1/3も残っているのに、家内の場合はなかなか落ち着かず、グズグズが続いています。じっとがまんして回復を待ち望んでいるこのごろです。大事なのは気力でしょう。秦さんにあやからせたいものです。 いっそうお大切に。

奥様によろしくお伝え下さい。  秦恒平様   加賀  哲

追って。

戯号(=有即斎)の意味するところ、不敏にして解し難く思っています。  推察しますに、「有終」に通じるところがありましょうか。おからだに支障があっても、私は、秦さんに期するところがとても大きいのです。もっともっと「秦恒平の世界」を展開してほしいと思っています。ーー思いすぎでないこと願っています。あくまでも戯れと思っています。

 

* こんな有難いお手紙を年長の文学者から頂戴する冥利に、すこし、ボーっとしている。戴いた印形の美しいことも、嬉しさに頬があつくなる。

「有即斎」  の字面にもわたしは嬉しがっている。「そろそろ終わり」とは思っていない。「いま・ここ」に厳として「有る」なにものとも無心に向き合って、表現したければ表現し、楽しみたければ心から楽しむ日々でけっこう、死も、死後も待たずまた頼まない「いま・ここ」でよしと思っています。そんなの「うそくさい」と思う人はどうぞと。

 

* ホームページ」に写真を入れる手順を見失っていて。すばらしい印形、先日頂戴した「騒談余人」印も、今日頂戴して今も掌にある「有即斎」印も、此処に掲げられないのが残念、残念。湖の本に、美しく表してみたいもの。

有り難うございます。お気持ちに素直に背を押して戴いたまま、へんに気張らないで静かに「書く」日々を重ねてまいります、病気とも静かに向き合いながら。

 

* 甥の黒川のこと、じつは、湖の本を必ず送り続けていても全く「なしのつぶて」で、受けとったという返事もない。著書も送ってこない。書店にまったく出入りしないわたしは、彼の本(デビューの頃は本や雑誌を送ってきたが、)を近年全く見ていない。そういうのも物書きの一分のように、有ることなのだろう。小説家に「お成り」と薦め励ましてきた「叔父さん」は、一心に佳い仕事を重ねて欲しいとだけ願っている。兄は、あの世、でどうながめているだろう。

 

* 十時だが、もう休もう。

2013 2・1 137

 

 

☆ その後お変わりございませんか、

毎日頑張ってお過ごしの様子が伺えます、お薬の効果はどうですか! 暖かくなれば少しは楽になるでしょうが。

お初釜での折り、携帯に納めてきました、(母校校庭に置かれていた)ロダン『青春時代』の-2世- です。以前のは、美術コースが銅陀校舎へ移しました。同窓会50周年記念に、OBがカンパして、新しい作になりました、門を入って東側のメタセコイアの足下に置かれ、今は葉が落ちて明るく、良く見えています、美術コースのが無くなったのは寂しですが。

やっとロウバイが咲きました、毎年は年末から咲くのですが、今年は水仙もまだ咲いていません。その内に。

携帯電話なので画面が上手く行きません、お許しを!  洛東 苦集滅路  華

 

* ロダンの前の「青年像」は校舎への入り口ちかくに建っていた。佳いものだった。美術コースが銅駝美高として移転して行ったあとも、茶室の「雲岫席」は日吉ヶ丘に残されたらしい。隅々まで今も眼に在る。

2013 2・4 137

 

 

* 俳人の金子兜太さんから、「『湖の本』ありがたいです。」と力強い「賀正」の賀状を戴いた。兜太さんは「二月礼者です」と。俳句の歳時記を重んじられているのだろう。葉書の句に、「蛇穴を出て詩の国の畑径」と。乱暴な読み取りだが、たしかに、「蛇穴を出て」来たという自民党政権に想われるなあ。

2013 2・5 137

 

 

* 四国の木村年孝さんに頂戴した詳細な地誌史料は、順に読み継ぐほどに親切な採集で、驚喜している。十分に頭に入れて創作に資したい。木村さんに、どんな御礼をしてもし足りないほど、有難い。

2013 2・6 137

 

 

* 滋賀県知事嘉田由紀子(前日本未来の党代表)さんから、手紙着。

 

☆ 秦恒平様

拝啓 立春の候、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。

このたびは『湖(うみ)の本 ペンと政治(-)』をお送りいただきありがとうございました。

母国として心を寄せていただいていること、大変嬉しく思います。タイトルも『湖(うみ)の本』ということに、勇気づけられます。私も中高生時代に志賀直哉を読みふけったことを思い起こしながら見せていただいております。

生き物である原点を忘れて技術の妄想に克ったのが原発で、制御できないことが分かっていながら目をつぶってしまっています。これ以上美しい自然、特に琵琶湖を汚した〈ない、ということが私の強い願いです。

私も以前、胃の4 分の3 を摘出しましたが、幸い命永らえ、今を生きております。どうかご自愛〈ださいませ。  敬具

平成25年2 月4 日   滋賀県知事

 

* 生母は、今の東近江市、能登川の大きな家の三女だった。湖国は母国なのである。嘉田さんのお人のうかがわれる穏和な筆つきのお手紙に感謝します。

滋賀県の「いじめ事件」への適切ですばやい対応のあった印象がとてもよかった。以来、注目し続けていた。

2013 2・7 137

 

 

* 凌いで凌いで、過ごしています。容態を自身を観察し続けていますので、時折からだのためちょっとしたいい発見も、考え違いの発見もあります。

大震災から二年は「原発」に意識をあつめて発言して行きますが、その辺から確かな切り替えが必要です。しかかりの創作三つのどれが起ち上がってくるか、作者は作者なりに息をつめています。

抗癌剤は去年の五月一日から始めました。なぜか「一年」と限られていますので、もう三ヶ月足らずで一応の卒業となり、あとは諸検査を断続するのでは。ま、新しい五月以降に元気をもっと盛り返したい。いまは日に日に体重が減っていき、これを挽回しなくては。

このところ懐かしい唄を聴いて、心を躍らせたり静めたりしています。「文学」という意識をまだまだ持たずにいた幼い日々に、わたしに「ことば」の運用を教えてくれたのは、たくさんな唱歌でした。これに好悪の批評をきつく浴びせながら、「ことばでの表現」を覚えていったという自覚があります。蛍の光で、「いつしか歳もすぎのとを あけてぞ」と歌いながら、「過ぎ」「杉の戸」いう斡旋を感覚出来たのも嬉しかった何かの発見なら、また「時鳥はやも来鳴きて」の、日常会話では口にしない「来鳴く」といった複合動詞のおもしろみに気づいたのも幼いが確かな発見でした。そんな発見のかずかずが後々の文章表現にかぼそいながら流れ込んだのでしょう。

たくさんな唄を聞きながら、ただ過ぎし時代への感傷だけでなく、往年の「わが教科書」を、また繙いている感じでもあります。

日本丸は座礁していると感じます。危険な危険な座礁からどう遁れて無事航海が続くのか、容易ならぬ舵取りが「政治」にも、「わたしを含む国民」にも求められます。

四月、五月、六月、各三部、九回公演のうち、どれだけ座席が手にはいるか、まるで入らないか、じっと期待しています。何人もの十分芯とも花ともなる役者が次々に亡くなったのを寂しいと歎いています。亡くなった小説家の丸谷才一とも安岡章太郎ともまるですれ違っただけですが、雀右衛門、富十郎、芝翫、勘三郎、團十郎は、身肉に食い込んできましたからね。

わたしは何もかもさらけ過ぎでしょうかね。これでも、時折は気にしているのですよ。

この日ごろ、柱や壁や手すりにつかまり、外では杖を頼んでいますが、とかく、よろめいてしまう日々です。余儀ない一人での通院や外出には重々用心しています。

みなさん、日々お大切にお過ごし下さい。

2013 2・9 137

 

 

* 一つの「仕事」が、木村年孝さんの助力で、前にすすめる視野を得てきた。人のことは言わない、わたし自身の読みたい小説が成ってゆきそうだ。もう一つの「仕事」は、わたし自身のモチーフで書き進められる、が、たとえ成っても誰にも彼にも見せていい寓話ではない。いまでも公刊すれば。いや、言うまい。さらにもう一つの「仕事」はただじりじりと根気よく整備し整頓して行く内に小説と成ろう。

2011 2・11 137

 

 

☆ 凌いで凌いで、元気にしている鴉。

日々書き継ぐことが鴉の「仕事」であり、「闘い」ですね。( 闘いという言葉は何やら悲壮で好きではないけれど。)

三つの作品が追いかけごっこして、現在の進捗状況はいかがですか?

同時に現実の事柄に悲憤ともいえる思いを書かずにはいられない鴉のジレンマをも思います。震災も原発も安部内閣の経済政策もあらゆること、鳶などは、いい加減で時々さまざまなことを取り落して暮らしていますよ。怒ること、憂うことばかりですもの。

このところ、やや忙しいことが続きました。神戸に二回、静岡に一回出かけています。昨晩は詩の集まりが神戸でありとんぼ返りでした。友人の病状が気に懸りました。集まりの前後には旧友と久しぶりに会っておしゃべり。三連休の真ん中で、中国の春節の行事があるためか、神戸の街は人が普段よりいっそう多かったです。

静岡は小学校の同窓会で多くの人に五十年ぶりに会いました。会ってすぐに名前も顔も分かる人、名乗られても顔とさっぱり結びつかない人、漸く記憶の遠い底から引き寄せた人・・。家の斜め向かいの家のいたずら坊主がしっかり大人になっていたり、面白い時

間でした。わたしは正義感が強い小学生だったそうです。思いがけない評に記憶に、こちらが驚きました・・小学生で正義感、ちょっと気味悪いでしょう??

懐かしい唄ばかり集めて歌うコーラスグループのテレビ番組が、夜九時か十時あたりにありますが、ご覧になったことありますか?

蛍の光の「過ぎ」「杉の戸」いう掛詞を感心して納得したり、確かに歌から多くを教えられてきました。

先日の同窓会で校歌を歌ったのですが、その歌詞に「しょうどにめぐむさいせいの」というくだりがあり、大声で何度も歌ったものですが、「焦土にめぐむ再生の」だと、漢字を見て改めて戦後の状況を歌ったものだと、あまりに遅ればせの理解でした!

「さらけ過ぎでしょうかね。これでも、時折は気にしているのですよ。」とホームページに書かれています。さらけ出している一部分に食事や排便のことも入るのでしょうか。読み始めの頃は何やら秘密めいたことを覗いているような感じ、同時に一般的には病床の人に付き添う人が記録するノートのような感じ。やや違和感がありました、が、率直に丹念に書かれている、これも個人的な「歴史」ではないかと思えてきました。淡々と書いていけばいいのだと思います。

体重のことは気に懸ります。タンパク質、高カロリーのものを摂る必要があるのでは。美味しく食べられて栄養価の高いものを・・。

まだまだ寒さは続きます。よろけないで転ばないで風邪ひかないで、頑張って食べて、元気にお過ごしください。 尾張の鳶

 

*もうすこし階下で校正してきたいが、暫く、うたを聴いて眼をやすめていよう。もう十時だが。

2013 2・11 137

 

 

☆ 言葉に尽くせぬほど、

 

感謝の気持でいっぱいです。それはたくさんのご本頂戴しました。これでもみづうみのお仕事の一部にすぎませんが、昨日は53冊の「湖の本」を前にし、涙が溢れました。このこみあげてくる感情をどのように表現したらよいのかわかりません。どの一冊の中にもみづうみが真実「生きている」こと。みづうみの積み重ねていらした作家としての日々の重さ、豊かさ、苦悶、歓喜、さまざまなものが怒濤のように押し寄せてきたのです。

わたくしが少しでもみづうみのお役に立っているとは思いませんが、凡女なりにこれからもみづうみのために何か出来ることを続けたいと願っています。

お元気ですか、みづうみ。ぐっと勝ち抜いて、朗らかに笑っていてくださいますように。  一読者

 

* 数万枚におよぶ秦恒平十数年の「私語」すべてを、何年も掛け、全くの無償で、数十項目に分類し届けて下さった方へ、わたしとして出来る最良かと思う御礼をした。荷造りが大変で、小説・創作に限らねばならなかったが。あらためて心より御礼申し上げます。作業として、きわみなく大変であったに違いない。「濯鱗清流」上下、「文学を読む」上下、「バグワンと私」上下、そして今度の「ペンと政治」一・二上下も、この難作業の結果に頼らねば、ただ膨大な書き放しにたじろいでしまい、決して成らなかったろう。

 

* 亡き孫やす香のお友達から、「おじいさま、おばあさま」へと、明日のヴァレンタインデーのチョコレートが贈られてきた。

就職先に恵まれて元気いっぱいに通勤し、やがて新婚早々に留学していたハズバンドも帰国、嬉しいです、と。よかった。ありがとう、チョコ、早速一つ戴きました。ありがとう。

 

* 昔から、地図が好き。見ていて飽きないだけでなく、地図から濛々と想像のオーラが涌いてくる。いまも、木村年孝さんから送っていただいた特殊な現地地図の、まるで山盛りのご馳走のように見えてくる地図を、霞んだ眼で、じいっと。有難い。

2013 2・13 137

 

 

* 「珠」さんにチョコレート、頂戴。京都の妻の同窓三人連名の御見舞戴く。

2013 2・14 137

 

 

手術から一年。本当にその一年が過ぎたのですね。

軍鶏鍋の後の電車内での転倒には驚きました。

直後の痛さも当然ですが、後になって内出血の痣やら、さまざまに気に懸ります。どうぞ大切に養生なさってください。歳とってからの転倒は、内臓に負担をかけると言われます。

杖は普通の杖でしょうか? 何か工夫された杖もあるかと思いますが、改めて改善策があればと願います。  尾張の鳶

 

* 心配かけた。いまのところ、日にち薬で治って行くかと眺めているが、もっともっと慎重にと自戒している。正直なところ、もっと早くから、危ないな、転びそうだと案じながら通院していた。通院は欠かせない、余儀ないもの。乗り物のなかでとは思わなかった、いつも坐っていられるので。停車まぎわに用心無く席を立ったのがいけなかった。路上や階段でなくて、幸いだった。

2013 2・15 137

 

 

☆ 湖へ

春の跫音そこここに聴かれ、もうそこまで来ている感じがしています。今冬は寒さ厳しく、インフルエンザも流行っていたので、体重の減った湖のこと、気になって仕方ありませんでした。服薬期間もあと少しです。どうかこれ以上体力を落とさずに過ごして頂きたいと、祈っています。(ウエハースに薄く挟んだチョコレート)季節柄の甘いしなですが、カロリー摂取には役立ちます。どうぞたまには口に入れて、勝手に心配している私のこと、想い出して下さい。くれぐれも風邪ひきませんように!! どうかお大事にして下さい。奥様にもどうぞよろしくお伝え下さい。

お大切に、湖、くれぐれも。  珠

 

* プレゼントは昨日の日生劇場に持参、幕間に口に運んでいました。ウエハスが効いていました。感謝。

 

☆ 湖様

大変ご無沙汰をしておりまして申し訳ありません。

体力、気力的に年々エネルギーが減ってきていることを実感しています。

(大学講師等の)外部の仕事はすべて辞め、本業(託児事業)のみに専念しておりますが、それで精いっぱいです。

親も93歳と88歳、自宅で頑張っていてくれますが、気がかりです。

湖様もどうぞ日々お大切にお過ごしくださいますよう。  波   2013 2・17 137

 

 

☆ ご機嫌如何ですか?

3日とあけずに「私語」見ていましたのに 気がかりです。この月の上旬に突然 端末のマウスだけが不具合と思っているうち、キーボードも動かなくなり はてには本体まで壊れて・・・

買い換え、W7にセットアップしましたが、HPの「闇に言い置く 私語」に入れません。

一寸日が空いたものでご様子知りたくて  それまでは開いたていたものを「お気に入り」に入れていていたもので 又 以前のメモも無くしていて、どこから入れば 良いのか お教え下さい。  京都 貞

 

* 貞さん、

お元気でいて欲しいと願っています、もう高校生ではないので。元気だったからだもガタついて来ます。

さて、コンピュータという機械にはなかなかシンからは馴染めなくて一種の苦手に属します。自分の技倆ではたいていのことが出来ません。

わたしのホームページへは、 「検索」欄に http://hanaha-hannari.jp  で入って、表紙をクリックし、総目次へ、そして上の方の「今月の日記」を開いて下さい。たぶんそれで見られると思いますが、ダメなら、また知らせて下さい。

お茶のお稽古を続けていますか。新しい茶巾と茶筅、そしておいしいお茶があればお茶は楽しめますが、なにか不自由していますか。

想像力がよわくて、ついついあなたの昔姿ばかりが想い出されます。**さんが、少しでも回復されているといいなと願っています。

わたしの容態は日記の毎日冒頭に記録していますが、さすがに抗癌剤副作用が強硬にからだに増強浸潤し、この二三日は仕事にも差し支えるほどノビています。

苦くて、灰のようで、八割九割りの食べ物が食べられない。ようやく太めの饂飩、蕎麦、餅、粥が入るので、主食として繰り返し食しています。飯、パン、肉、魚、卵、野菜、ケーキやクッキーやかき餅など、全部だめ、口に入れても味はなく飲み込むだけです。飲み物も、やっと珈琲紅茶が口に入るように。また、控えていた洋酒、日本酒、焼酎など、ごく僅かを、「薬」代わりに口に含んで、砂をまぶしたような口腔に火をつけ、紛らわせています。蕎麦屋へ入ると、日本酒のほかに板わさを頼みます。これは淡泊で苦くなく助かります。

目も、まったくひどい状態で、いつも霞みかつ涙でふさがっています。ついついいつも眼を閉じています、家でも外でも。読書という楽しみを殺がれているのが残念。

先日は、地下鉄内で、下車前に仰向けに転倒し、幸い骨折はないと思っていますが、臀部全体がまだ痛いです。なにしろ筋肉が失せて骨が触れるほど痩せました。24キロも痩せました。

しかし気力は元通りです。いくら不自由でも仕事はしています、創作も、湖の本も、日記も。そのうえに相変わらず一時間以上掛け、聖路加の六科、地元のの歯科に「通勤」しています。転倒に気をつけながら、杖をついて。病には、立ち向かうのみ。

芝居だけは楽しみで、よろよろしながらも劇場へ通います。いい席を用意してもらえるので幸せです。

 

それでは、また。 こんど、いつ頃には京都の山川が観られるだろうと、恋しく思っています。 お大切に過ごされますように。 遠

2013 2・23 137

 

 

☆ 秦先生

その後お身体は如何でいらっしゃいますか?

先日、お贈り頂きました湖の本 114、ありがとうございました。実は最近は札幌に行っていることが多く、郵便物のチェックも疎かになっておりまして、失礼致しました。

今日、この御本にお手紙のあったことを発見し、お返事致します。

年賀状の写真の家は、グリルハウスと言いまして、フィンランド製のキットで作られています。センターのストーブを囲んでバーベキューパーティーなどができるお家です。北方フィンランドで、このパーティーを体験し楽しかったので庭に建てました。たしかに、外は寒くても中は暖か!…です。

我家は約750 坪の敷地に、母家、工房、物置、グリルハウスがあります。その他は畑です。近所が畑や空き地や森なので、とても広く感じます。

東北ほどではありませんが、(北海道の)この冬は気温が低く雪が多く大変です。札幌では道路脇の雪山で見通しが悪く、また道路が凍るので危険です。トラックが何台も雪を運んでいるのは虚しい風景です。

地球温暖化ではなく、地球の温度差が激しい時期になっているのでは?

東京も寒いようですね。

どうぞ御自愛くださいませ。  絢

2013 2・26 137

 

 

* ほんの十数行だが小説を先へ押しておいて、なにより眼の霞みに負けたまま今日を終えたい。

幸い、有効な史料などたくさん贈ってもらった木村年孝さんに、すこしは見映えのする昔の限定本を二種宅送、謹呈した。それほども有難かった。

もう後戻りできない。綴れを織るように、丁寧にわたしのファンタジイを先ずわたし自身が堪能したい。

2013 2・27 137

 

 

☆ 前向きの姿勢

すばらしいですね。

私の白内障手術、無事に済みましたが、まだ通院があります。幸い季節柄の雪に見舞われる事なく足留めされなかったのが何よりホットです。

夫が日替わりでアチコチ痛がるのでそちらの対処に日々疲れます。  デイサービスに行っている間だけは気分的に休めます。

バタバタしている間に三月です。運動や遊びとは全く無縁の最近ですが、上野公園、美術館に行きたい気持ちに現実性がありますね。そして青天に映える醍醐のしだれ桜を観たいなぁと夢想しています。

薬の副作用は厄介ですね。私も抗生物質にはいつも酷い副作用が出るので、今回も参りました。笑い話で済む時期の早いことを祈ります。呉々もお大事にお元気で。   泉

2013 2・28 137

 

 

☆ 今日の日記

有り難う。お陰でやっと辿り着き すぐ「お気に入り」に入れました。

繋がっていることに安心します。お名前からとかのHPからは左の窓の中に「今日の日記」欄がありませんでした。

でもお体大変ですね。病院の6科に通われるのも 薬の副作用も お食事も・・・・どうぞお大切に ご無理されずに お過ごし下さい。

当方は、お茶といっても もはや正座が20分しか保たず 乞食茶人( よばれるだけ) で椅子に座って 口だけ手先だけの指導も奉仕です。

もう一度頂いたお茶杓を生かせて 個人的にはお招きしたいと願っていますが。友もお客も少なくなってきました。

1/26に日吉ヶ丘(母校)の同期新年会に出ました。(40 人)  同期の 堺 健さんが ブログ で 「京都の旅 四季の写真集」というのを

載せてられます。丁度行きたいところの写真を見て 籠もっています。

これからは能を見るのを楽しみにしています。 京 宗貞

 

* 正直のところ自分のホームページがよそサンにどう見えているのか、さだかでない。わたしでも観る気なら観られるのだろうが。

 

 

卒業生、読者、友人等13

 

 

☆ 年越し

後、少しで新年ですね。

きっと良い年に、と祈っています。ご機嫌よろしく愉快にお迎えください。  茨城那珂郡 司

☆ 新年御挨拶

明けましておめでとうございます。

今年が秦さん御一家にとって幸せな日々でありますようお祈り申し上げます。

私語の刻にいつも励まされています。   吉備の人

☆ 新年のご挨拶

あけましておめでとうございます。

おだやかな好天で洛北の元旦を迎えました。

その後体調はいかがですか。こころならずもご無沙汰のかぎりですが、案じております。

兄の本復と併せ平安な年でありますように こころから祈念いたしております。  京洛北 森下辰夫

* 東工大卒業生から、為我井ゆりかさん、富松麻紀さん、宗高菜々子さん、堂免涼子さん、林丈雄君、丸山宏司君、上尾敬彦君が元日の年賀状を呉れている。一人一人の皆、今朝会って昼にまた会うほどに細かなことまで忘れていない。為我井さんはもう教授へも手が届いたかも知れぬ、新しいことにトライしたいとも。富松さんは病気を克服し、大手の職場へ「研究者」この人も復帰する予定と朗報。宗高さんは「3歳までは母業に専念します」と、元気。いずれ建築設計の現場へ復帰と、意欲を磨いていることだろう。編集者の堂免さんは父上の四冊目経済学の労著出版にも気力漲って協力、「秦さんのお姿にパワーを頂き、私も奮起しています」と。林君は、「どうか、日本の行く末を、見届けて下さい。お元気で」と。去年にはPCの面倒を何度も何度もみてくれた。有難う。上尾君はモロッコ出張の三年間を経ての「日本での生活に再適応中」と。最適の職場で責任ある地位にもついているだろう。丸山君もまた国家公務員の責任を帯びて奈良県へ出向、活躍中、しかも「奈良は面白い!先生がお元気であれば是非奈良にお誘いしたいのですが。早く全快されることをお祈り致します」と、優しい。「奈良は面白いよ、仕事とその面白いとをうまく両立させて楽しんでお出で」と送り出した甲斐あり。

 

* 京都での同窓からも御見舞をかねた佳い賀状が、たくさん。なかでも次の一通が胸にしみた。父上が仏文学者であられた。いつぞやフランス語を知らないまま「ル・サンチマン」と書いてしまい、「ルサンチマン」ですと注意された。弥栄中学で一年下の人だった。

 

☆  謹んで新年のご挨拶を申し上げます

この秋には77歳になる予定です。国会議事堂と同じ年齢だということです。相変わらず、病気と折り合いをつけるのに苦労しています。先日の選挙には、徒歩5 分ほどの投票所までタクシーで往復し、重苦しい気分で投票を済ませました。消費税やデフレやTPP 以上に、憲法改「正」問題(とくに第9 条)が気がかりです。そのせいでしょうか、幼い頃に聞いた歌が、しきりに頭に浮かんで来るのです。

♪♪肩を並べて兄さんと、今日も学校へ行けるのは、

兵隊さんのおかげです。

お国のために、お国のために戦った、

兵隊さんのおかげです。♪♪

(「戦った」が、2 番の歌詞では「傷ついた」に、3 番では「戦死した」になっていたと記憶しています。)

残された時間を大切にしなければと痛切に感じます。

どうかお元気でお過ごし下さい。   2013年元旦  府中市 平田布実 (筆名 石川布美)

 

* 自身のことは忘れて、「77歳になる」とあると吃驚し、そして迂闊なことと苦笑する。みんなみんな、元気でと願う。

文化界、読者、知友からは二百近くも届いて、懐かしい顔も思い浮かび、懐かしい声も聞こえてくる。

2013 1・1 136

 

 

☆ 無常     宋之問

年年歳歳 花相似たり

歳歳年年 人同じからず

 

はじめて谷崎潤一郎の小説の中で出会ったあまりに有名な詩句。背景に、とんだ伝説もあるが、正月ゆえに、触れない。吟誦して実感のいつも胸にせまる詩句。「人同じからず」は親友や知己を喪った哀しみを読むのが普通だが、交友の微妙な集散にまで想い及んでもいいだろう。一層の感懐が得られよう。

2013 1・2 136

 

 

* 東大の坂村健教授から、「先生のお仕事のまとめ方を拝見させていただいていると すごさと共に感動をおぼえます」と年賀状。恐れ入ります。同じく東大の長島弘明教授からもお見舞い戴き、『京のわる口』にも挨拶戴いている。国立工藝館館長の金子賢治氏からも。

松本幸四郎丈は例年の繪心で「巳」さんを、怪我から立ち直った市川染五郎丈からも「今年はまたじっくりと舞台に専念致します」と。京都美術文化賞の染織作家渋谷和子さんからはすばらしい織りと染めとのタピスリーに添えて懇篤の年賀と挨拶とを。

今日もたくさんな賀詞を大勢さんから頂戴した。

東工大卒業生では、尼崎から、可愛い脩ちゃんの写真とともに井筒慎治クン、自宅を設計し新築するという吉祥寺の柳博通クン、名古屋市大に地位を得た小川慎太郎クン、「秦先生 お元気でいらして下さいね」と、横浜青葉区の和田芽句さん、から、賀状。平成八年(一九九六)三月に定年退官、以来十七年になる。学生君達、続々社会の中軸を成してきた。

2013 1・3 136

 

 

* 今は昔、東工大の「総合A」の学生諸君に、「『日本』の説明・理解に資する『一』文字」を書いて見せてほしいと出題したことがある。下記はその集成。数字は答えた学生の人数である。、

 

☆ 「日本」の説明・理解に資する「一」 文字

「和」 79  「島」 23  「金」 22  「義」 16  「内」 11  「神」 10  「勤」 10  「狭」 10  「心」 10  「桜」 8   「小」 8

が、10位を占めた。意のあるところを説明せよとは求めなかった。挙げられた「一字」は、加えてなお191字、合わせて202 字もあって、今の霞み目で全部を挙げるのはおやめにするが、上の11字をそれぞれご自分なりに、読み解いてみられれば、なかなかの自問自答が出来上がるだろう。

じつはこんな質問を投げかけた以前に、私自身、丸善が出している近代日本で最古の雑誌「學鐙」にまる三年間、つまり36文字を選んで読み解き続け、『一文字日本史』として平凡社から出版していたのだった。今は湖の本34 35 『日本を読む』上下巻に成っているが、わたしがごく批評的に選んだ「漢字」は、

「徳」「位」「例」「式」「名」「親」「本」「折」「色」「侍」「茶」「客」「蛇」「筋」「遊」「外」「縁」「楽」「葬」「祝」「職」「私」「土」「金」「家」「手」「身」「治」「天」「死」「人」「暦」「物」「女」「花」「風」

だった。学生君達の「11」字中でダブッているのは「金」一字だけ。むろん、もう三年も連載していたら別の36字が選べていたろう、それはどんな字になり、どのようにその一字一字から「日本が読める」か、惹かれる課題であり、なによりもこんな試みは、何方にも出来る課題でもある。

じっくりと「日本」を読み替えて行く時機へ来ている気がしてならない。やってみるかな。わたしが学生諸君に回答結果を整理して示したペーパーには、上の36字以外に、また学生回答の202 字以外に、こんなのも「考えられよう」と幾つかを挙げている。

「時」「俗」「官」「都」「能」「医」「空」「「清」「会」「衆」「制」「性」「藝」「一」「流」「氏」「派」「隣」「船」「旅」「株」「型」「聖」「今」「老」「墓」「変」「論」「勘」「想」「他」「草」「雪」「虫」「霊」「怪」「月」

書き写しているうちにも、わたしの読み解きが澎湃として迫ってくるから面白い。本気で、またやってみようかな。

2013 1・4 136

 

 

☆ 秦先生 謹賀新年

あけましておめでとうございます。ご健勝で良き初春をお迎えのことと存じます。

旧年中はひさしくお会いする機会もありませんでしたが、先生の動向につきましては数々の著作を通じてなんとかフォローさせていただいています。

とりわけ『京のわる口』は先生の真骨頂ともいうべき作品で、海外で出かけるたび何度も読み直し、エンジョイさせていただきました。

同時に今まで勝手な横浜弁(?)で先生と会話を重ねたことが恥ずかしくなる思いでした。

まあ、距離感も感じることなく、かってなことを言ってきた自分を恥じるとともに 「英語を京都弁や大阪弁で表現できないものか、また世界にそのまま通用させることをやってきたならば 日本は間違いなく真の一流国になっていただろう}などと勝手な推測を重ねています。

ともあれ、今年も先生におかれましてはご健勝のうえ、ますますのご活躍を祈念する次第です。  堀武昭  国際ペンクラブ理事

 

* 嬉しいメール賀状を頂戴した。ペンの理事会仲間で最も心親しく覚えていたお一人で。世界をかけまわって活躍して頂いているお一人でもある。お気をつけて、お元気でと願います。

2013 1・4 136

 

 

* 東工大卒業生で母校での研究を続けている、古沢宏幸君も賀状を呉れた。こういうことをしたいんです、と、具体的に未来への研究課題を語ってくれたのを、力強く、記憶している。

 

* 妻が大学時代下宿していた旧家の女主人が、毎年賀状をくださるが、その筆跡・筆勢の大きく健康で達筆なのに驚き喜んでいる。どう指折り数えても、九十六、七歳に成られているはず。感激する。

2013 1・4 136

 

 

☆ 秦先生、

そんな事(=病状)とはつゆ知らず、健康を回復、意気軒昂な先生な想像していた小生は、なんと甘いのでしょう。誠に失礼なことを申し上げ、平に、平にお許しを請うばかりです。

ただ、ペンの仕事にかかわり、いろいろの人を見るうちに真の日本文学の矜持を引き継いでくださっている先生が懐かしく、かつ今後ともその重責を担っていただきたいと思い続けてきました。

その意味でも何としてもここは踏ん張っていただき、もう一度日本ペン、いや国際ペンへの将来の指針をお示しください。

国内ペンは実につまらない、枝葉末節な内部紛争を続けていますが、真の作家はもっと次元が違う舞台で自分たちの役割を果たすべきと思っています。

私のやっていることもたわいのないことですが、それでも91年間にわたって言論の自由を求め戦ってきた伝統だけは何としても引き継いでいこうと思っている次第です。

先生の健康回復を切に祈り、そのためにもいま与えれられた使命を全うしてまいります。  堀武昭拝 (国際ペンクラブ理事)

どうか返事は無用です。その分ゆっくり静養のほど伏してお願い申し上げます。

2013 1・5 136

 

 

* やや今日は夕刻まで眼が明るく、仕事がはかどった。日記を書く余力を「仕事」へ廻している。涙は滲み出る。洟水も垂れる。根気よく眼を拭き鼻をかみ、粘る唾液も吐いて対応している。食べ物も、食べられる限りを食べている。

湖の本創刊以来の読者である山本道子さんの下さった、山本さんの実家と聞いている老舗「村上開進堂」の、貴重品でもあるだろうクッキーか、すばらしく美味い。すこしも苦くない。建日子にも食べさせたいと正月まで取り置いたのを、老夫婦で戴いている。

2013 1・6 136

 

 

☆ 賀正 残生のテーマ 都立大名誉教授

安倍政権が右翼化してゆくことの覚悟が必要になってきました。そこから日本に何が起こるかの予測は容易につきます。わたしたちが個々にできる事はかぎられているかもしれませんが、できることをやり続けてゆくしかないですね。

平和持続への希求を、護憲の形で口にしてゆきましょう。

過去七十年余、地球を戦火の球にしてきたアメリカ(国家としての)を警戒し、時には否定してゆきましょう。それをわたしの残生のテーマとしたいと思います。

なお賀状での新年のごあいさつは今回で打ちあげといたします。長い間ありがとうございました。

 

☆ 謹賀新年 二〇一三年正月 「君が代のリズムで蛇は踊らない」    世田谷  川柳作家

「小選挙制の問題があるが、世論調査の結果が一人歩きして世論に影響を与え、メディアが望む政権を誕生させ」た(鳥越俊太郎)ひどい選挙で、「戦後レジュームから脱却」し戦前のような天皇中心の 「美しい国」日本を復活せんとする蛇のようにしつこい政権が牙をむき出しました。支持者は近く金鵄勲章でも授与されるでしょうが、皺の中に顔のあるような戦前・戦中派はもう「耐え難きを耐える」気持ちは御免です。周囲の友人知人は民主党顔負けの勢いで減り続け、始末のつかぬ貴重な蔵書の山で二階の改築を迫られて憂鬱ですが、認知症と攻防戦の最中です。、ご一家のご多幸をお祈りいたします。

 

☆ 遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

静かな新年をお迎えのごようす、お慶び申し上げます。

 

 

脱原発派は、前回の選挙でもわかるように、なかなか一つにまとまりません。なぜなら三・一一以前の発想の人間と、そうでない人間との落差があまりに大きいからです。今までの自分の生活を変えなくてもなんとかなると思う脱原発派と、生活の根幹から変えなくては生き残れないと信じる脱原発派では、到底折り合いがつかないのです。

現在、福島二号機が温度上昇していることをご存じでしょうか。東電は計器の故障だと言いますし、下手をすると永続再臨界状態になるという凍りつく説もあります。真偽は不明ですが、二号機一つでさえこのありさまなのです。既に、電力会社幹部は南半球に逃げ場所を確保しているとすら漏れ聞きます。菅総理も事故直後に、自分の息子夫婦を海外に逃がしていました。三月十五日には、米軍横須賀基地は女子どもを国外脱出させていました。政府はこの時東京が避難すべきレベルであることを承知で黙りました。これは民主党政権に限らずどの政府でもそうしたことでしょう。

これからの私は「湖の本」が世界の誰かの人生の同伴者になるお手伝いをさせていただきたいと思います。湖の本がどこかの「身内」の読み手に出逢えますように、ライフワークとして取り組みたいと願っています。この想いだけは負担で不快なお節介と挫かないでいただけますように。   飾   一管の笛にもむすぶかざりかな  蛇笏

2013 1・8 136

 

 

* もう大学。高校、各界知名の人たちから、湖の本114巻に感想や返礼や挨拶が来ている。まだハ・マ行の読者、多部数の読者に送りきれていないので、紹介は控える。元新調編集長の坂本忠雄さん、金八先生の小山内美枝子さん、国際基督教大学の並木浩一教授、早大の中村明教授、染織作家の渋谷和子さん、歌人で翻訳家の持田鉱一郎さん、同窓の松下圭介君らの葉書・手紙・著書など戴いた。

2013 1・12 136

 

 

* 湖の本114の「読者」への発送も終えた。追加の各界寄贈のための宛名書きなどが、まだこの先に必要。ところがこの一週間は容易ならぬ輻輳状態で、作業のためには頭が痛い。ま、凌いで行くさ。

 

☆ 2013お正月

遠様  迎春

早小正月に成ります、ごきげんはいかがですか。観光客が少なくなり、静かな京都に戻りました。

去年の今頃は心配でしたが、今年は大変な努力で良くなるだろうと安心です。

南天は(難を転じる)と言われて居る様です、転じて欲しいと思って写真を送ります。

沢山実を付けました、ご近所にもお分けしました。

ご存知でしょうが、画像の取り込みは画面の内でマウスの右クリックして、名前を付けて保存をし、ドキュメントかピクチヤーに保存します、以後色々と加工します。お困りの様子かと思って!

ご縁があり、去年春から京都中信の美術館のご案内を頂いており、今年の京都美術文化賞の案内も頂きました。

連休を終えたら19日は雲岫会のお初釜です。最近は遠出が出来ません、健康のみ気にして居ります。  華

 

* 南天の豊かに美しい写真が届いていて、それを機械に保存する手続きは承知しているが、写真をホームページ上に転写する手順が依然と変更されたのか、どうやっても成功しないのに困惑している。

南天は昔から好きで、いまも、我が家の庭では亡くした愛猫の「ネコ」「ノコ」の墓地を季節ごとにはなやかに彩ってくれる。南天は、葉の色・形もきっぱりと凛々しい。

2013 1・13 136

 

 

☆ 今年もよろしくお願いいたします。

秦恒平さま 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

『湖の本』(114/ペンと政治(一))をいただきました。いつもありがとうございます。

ペンクラブを思い切って退会して以来、ペンの活動についいては、すでにまったく不案内ですが、以前の言論表現委員会の様子や、「私語の刻」の石原発言への言及や 梅原猛さんの夢を見たくだり、有難く拝読いたしました。

お身体はいかがでしょうか?

副作用が少しでも軽減され、すべてが快方に向かうことを祈っております。

私の方は一年経ち、ステロイドの服用量がだんだん減ってまいりました。

世の中、嫌なことばかりで、アベノミクスが悲惨な結果を招くのではと憂鬱な気分になりますが、まずは自らの畑を耕さねばと 今年は気持ちも新たに、出直そうと思っております。

どうぞお身体大切に、そして変わらずに秦さんの確かな言葉を私たちに向かって発信されんことをお願いいたします。

久間十義 三島賞作家

 

* この作家にわたしは不思議に親近感をもってきた、言論表現委員会などで一緒だつた昔から。励まして貰ったと、嬉しい。

 

☆ 東京は雪

武蔵野には雪が降り積もっていることでしょう。俳優座の公演に、と書かれていますが、寒さがお体に障りないことを願っています。

こちらは午後になって雨もやみましたが 、やはりかなり冷えています。

新しい年も早や半月が過ぎようとしています。

暮れから半月余り、忙しい日々でした。姑、娘、来客、平均八人、多い時は十人の食事の支度など、普段の暮らしとは異なり大変でした。昨日午後漸く「解放」されましたが、さすがに疲れを感じて唯々休んでいます。

良い年でありますように。    尾張の鳶

 

☆ 湖の本

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。静かな新年をお迎えのごようす、お慶び申し上げます。

さて、唐突に話題変わります。

「脱原発」派は、前回の選挙でもわかるように、なかなか一つにまとまりません。なぜなら三・一一以前の発想の人間と、そうでない人間の落差があまりに大きいからです。今までの自分の生活を変えなくてもなんとかなると思う脱原発派と、生活の根幹から変えなくては生き残れないと信じる脱原発派では、到底折り合いがつかないのです。

現在二号機が温度上昇していることをご存じでしょうか。東電は計器の故障だと言いますし、下手をすると永続再臨界状態になるという凍りつく説もあります。真偽は不明ですが、二号機一つでさえこのありさまなのです。

既に、電力会社幹部は南半球に逃げ場所を確保しているとも聞きます。菅総理も事故直後に自分の息子夫婦を海外に逃がしていました。三月十五日には、米軍横須賀基地は女子どもを国外脱出させていました。政府はこの時東京が避難すべきレベルであることを承知で黙りました。これは民主党政権に限らずどの政府でもそうしたことでしょう。結果として三月だけでも、私たち都民の被曝は甚大なものだったのです。その後も汚染され続けている東京の現実は、想像以上に凄まじいのです。

 

失礼ながら、二つ申し上げます。

 

著作権の安泰なように、将来の読者のために何かの方策をお考えください。

 

これから私は「湖の本」が、世界の誰かの人生の同伴者になるお手伝いをさせていただきたいと思います。みづうみが、どこかの「身内」の読み手に出逢えますように、ライフワークとして取り組みたいと願っています。

この想いだけは負担で不快なお節介と挫かないでいただけますように。  独楽  おのが影ふりはなさんとあばれ独楽  占魚

2013 1・14 136

 

 

* 札幌の真岡教授から、北海道の「お米」六種をどっさり贈って戴いた。お米の種類にも味わいにも疎く、せいぜい売り名の二つ三つしか知らなかった。手紙で、いろいろに教わった。

 

☆ 拝啓  秦恒平様

武蔵野も今年は寒い冬と聞いております。その後、お加減はいかがでしょうか?

北海道は年末からずっと、真冬日が続き、雪と氷の中で暮らしております。先週は会議で道東十勝へ出張し 零下二十九度を体験してきました。充分な防寒をしたにもかかわらず、夜の駅で汽車を待つ十分の間に、手足の感覚がなくなりました。雪解けにはまだ八十日有ります。雪間の草さえまだ先ですから、花を待つのはまだまだ先のことです。

北海道のお米、六種類を同封しております。同じ道の産なのに、味も硬さも驚くほど多様です。いろいろ試して頂いて、もしお気に召したものが見つかりましたらお知らせ下さい。

関西で育った方は、柔らかめのご飯を好まれる傾向がありますので、まずは「あやひめ」という品種をお薦めします。茶事の懐石で折敷に載って出てくるような炊き上りになりますが、味はあっさりとしていますので、喉の通りも良いと思います。

もう一つのお薦めは「おぽろづき」という私の属する研究所で育成した品種で、ねっとりとした餅米のような風味がします。見た目も餅米のような乳白色をしており、その景色から朧月という風雅な品種名がつきました。

ちなみに柔らかさは「あやひめ」「ゆめぴりか」「おぼろづき」「ふっくりんこ」「ななつぼし」「ほしのゆめ」、味の濃さでは「おぼろづき」「ほしのゆめ」「ゆめぴりか」「ふっくりんこ」「ななつぼし」「あやひめ」という順番ですから その日の体調やお好みでいろいろ召し上ってみて下さい。ご飯を要に、お食事を少しでも楽しんでいただければ幸です。

昨年から眼の調子も思わしくなく、今年は大学病院で精密検査を受けることになりました。複数の中間管理職を兼務し、さらに研究を続けて、それでも二年間両立させてきましたが、やはり気力体力の限界を感じました。上司もこのあたりはよく見ていて、ついに四月から管理職に専念することになりました。入省以来、寝ても覚めても、一日中研究のことを考えていただけに、春からどのような生活になるのか想像もつきません。時間に余裕、正確には気持ちに余裕ができたら、頭の隅に仕舞って老いたお茶や文学の小箱を開けて いわゆる「健康で文化的な生活」が出来るぞ! と自分を励ましています。春以降どうなったかについて、また落ちついたところでお便りしてみたいと思います。

奥様共々、お健やかに過ごされますよう、花や紅葉を楽しまれますよう、心からお祈りしております。

お眼の具合よろしくないところ、読みづらい悪筆にて失礼いたしました。

最後になりましたが、昨年のご指摘、心しております。ありがとうございます。  敬具

平成二十五年一月十三日   真岡哲夫

 

* 親身のお手紙、感謝に堪えない。ではでは六種の「北海道産 お米」をしみじみ味わいます。

 

☆ 頌春 癸巳正月

貴誌114、有り難く拝受仕りました。謹んで御礼申しあげます。

小生 九十八歳に入り、関心いよいよ狭く、歌 すっかり衰えました。

貴台の広さ、羨望に耐えません。   清水房雄  歌人

 

☆ 謹賀新年

「湖の本」114 ありがとうございました。

まさに同感をもって読んでいます。

おそろしい時代になってゆきそうです。

どうぞお大事に。    島津忠夫  国文学者

 

☆ 前略

百十四巻目の「湖の本」を拝受いたしました。

ペン(クラブ)に関わった事があっただけに、身にはねかえってくる痛みを感じながら、秦さんの深く激しい「歎き」を受けとり、ご病身をおしての文章(文学)を通しての闘いの継続に強く衝たれました。

せめてもの応援の気持の、「湖の本」へのささやかなカンパを同封いたします。失礼とは存じますが、ご受納いただきとう存じます。

どうぞお身体、呉々もお大切になさって下さい。  草々   敬  元出版部長

 

* 早速に恐れ入ります。ありがとう存じます。

2013 1・15 136

 

 

* 漸く年賀状の住所等の点検を終えた。今年は去年の倍ほども年賀状を頂戴していた。機械のアジレスブックがおそらく500を優に超している。不徳なれど、わたし、孤でないとしみじみ思う。

 

* 有難いことに、はしなく、久しい読者のご住所が、今しも創作上の見当を集中させている地域にあるのを確認し得て、なにか史料が手に入りましょうかと問い合わせたのへ、一山もの史料や参考書を送ってきて下さった。これはこれは思いも及ばなかった嬉しいお年玉。力づけられて仕事をまた一段と先へ先へと進めたい。四国の木村年孝さん、心より御礼申し上げます。

2013 1・15 136

 

 

☆ 前略

「湖の本」114、誠に有難く拝受いたしました。

文士の対極にあるのが政治家と思つてゐますので、作家である政治家への批判を大変おもしろく拝読しました。丸谷才一氏が政治家は嘘をついて身を飾ると書いてゐましたが 私などまで嘘の材料に使はれてえんざりしてゐます。

御病気で大変な中を御活躍されてゐるのに同病者として感服してゐます。どうかお躯に一層お気をつけて下さい。

葉書で甚だ失礼ですが取り急ぎ御礼まで  草々  大久保房男  元・群像編集長

 

☆ 新しい年を迎え

おすこやかにおすごしのことと思います。「湖の本」114をご恵送下さり、ありがとうございます。いつもいつもご芳情のほど、深謝しています。

1998年~2000年までの日記を拝読、これほどまでに社会への関心と鋭さ、ただ敬服するばかりです。残りの年も、大いそぎで読みます。

今年もますますのご健勝でありますよう、祈っています。  伊井春樹 阪大名誉教授 美術館長

 

☆ 寒波御見舞い 並びに

新著力作ありがとうございました。暮に体調をくずし失礼致しました。 伊藤壮  元・朝日新聞社

 

* 伊藤さんの御陰で「湖の本」は二十七年前に、有難くゆったりと船出できた。どうぞ、お大切に。

 

* ほぼ全部の発送用意が出来、明日には送り出せる。疲れたが、これで「仕事」へとちょいと奮い立ったが、明日朝には「湖の本」115のゲラが届く。可能なら、大地震・大津波・原発破壊から満二年、三月十一日に刊行したいと願っているが、ま、その辺で。

十時になった。やすんで、寝床で本を読もう。明日、もう一日家におれる。明後日は演舞場の初春大歌舞伎夜の部を見にゆく。雪の溶けきるのが望まれるが。

2013 1・16 136

 

 

☆ 拝復 秦 恒平様

お健やかに新年をお迎えのことと存じあげます。

日頃はご無沙汰申し上げております。

このたびは、湖の本114 号『ペンと政治(一)新世紀へ、崩壊の蟄音』のご恵与を賜り、厚く御礼申し上げます。民主党の失政に

起因するとはいえ、自民党政権が復活し、声高に憲法改正や原発再稼動など民主化逆行が唱えられている現在、まことに時宜を得たご提言と拝察いたしました。

私は、昨年満九十歳を迎えましたが、何分の高齢者ですので、あちこち故障が多く、目下自宅にて静養を続けております。

そのような次第ですので、ご無沙汰の件もなにとぞご海容のほどお願い申し上げます。

一層のご健勝をお祈りいたします。  敬具    英 青山学院大名誉教授

 

☆ 政治に対して

これだけの直言の出来る人が、もっと増えて欲しいと思いますが、一人でも二人でもと。

閣僚こそが第一に読むべきでしょう。  毅  岡山県

 

☆ 先生のサインに

とても感激しました。ご闘病の日々でいらっしゃるのに、本当にうれしかったです。

今回のエッセイも興味深くて、「私も!」と、そう感じていた当時(=小渕、森、小泉内閣)を思い起こしながら拝読しております。このつづきが楽しみです。(最新版も、早く拝見したいです。)

昨日、関東地方が大雪に見舞われ、静岡も冷雨の中「湖の本」が届きました。厳寒の中ですが、どうぞくれぐれも御自愛くださいませ。   鳥   静岡市

 

☆ このたびは

湖の本114 「ペンと政治(一)」をご恵贈くださり 心より御礼申し上げます。

政治への厳しいまなざしを重く受けとめております。

酷寒のみぎり どうか御自愛のうえお過ごしくださいますようお祈り申し上げます。  山梨県立文学館

☆ 冠省

湖の本最新刊拝受、ありがとうございます。

PENに関する記事は、全会員、というより、前会長らの、PENの精神、また文学にコミットした人間に必要な志の 二つとも忘れた連中に読ませてやりたいものです。五千万円の大赤字のうち二千万円は、前会長や側近の企画した飲み食いに費消されたもので、調査の結果に、もう、呆れました。

それはともかく、東京地区ではめったにない大雪。このあとの大寒にご用心を…   奥  日本ペンクラブ

 

☆ 寒中お伺い申し上げます。

お障り無くお過ごし下さってるようお念じ致しております。

此の度は、ご本のご恵送を賜りありがとうございました。早速頁を繰らせて頂き、「それでも私は戦争に…」を思い出汁改めてそれをも再拝読、「今浦島」の自分を恥しく思うばかりです。 でもでも秦さんの姿勢に力を貰っています。

どうぞ御自愛賜りまして 日々、お平らに、と念じ居ります。   文  京都同窓

 

☆ こんにちは、京都です。

新しい湖のご本届きました。いつもありがとうございます。

こちらは風の冷たい毎日ですが、観光客が少なく静かな佇まいです。

東京は大雪で大変でしたね。

お口の苦みが少しでも紛れますよう、僅かですがお菓子をお送りしました。19日に届きますのでお受け取り頂きますようお願い致します。

お眼やご体調がお楽になられますよう願っています。

どうぞ奥様共々お大切にお過ごしください。    みち  京都の従妹

2013 1・17 136

 

 

☆ 「湖の本」114号 代金振り込みます。

感嘆に「114」と書きましたが、大変な偉業ですね。他に例を見ません。  澄  藤沢市

 

☆ (大学に入る=)十九才の誕生日、

京都は雪景色でした。私も七十七才の誕生日を十日前に迎へました。

長唄「松の緑」をと師匠に云ふと、どういふ心理なのかと……。一番最初に習つたけれど、一番知らない曲だと……。三味線と唄と、もののはじめにかへりました。

(差し上げた=)小夏は、一時期ニューサマーオレンジと名を替へましたが、評判が悪くて、又、小夏になりました。初夏にだけ食せます。好評のやうなので、又、送つちやおうかなあ。

四月、別役さんの芝居に出ます。そして歌舞伎座のコケラ、見にゆこうと。  知  女優

 

* この同窓とは、つい一両日まえにも、テレビドラマで出会っている。大学の進学適正検査の日にまぢかで見た。「ショートケーキ」のような美少女だった。「美学志望」という人との片言をふと耳にして、即座に「歴史志望」から美学行きに「変更」した。美学・藝術学なら、何でも出来るとも思ったというと言い訳になる。

 

* 二世荻江壽友が亡くなり三回忌追善の荻江演奏会を三月二日、日本橋劇場でと、荻江壽永の招待案内があった。番組には、私の作詞、壽友が作曲の「細雪」も出ている。荻江壽々らが唄い、三味線のほかに米川敏子の琴も。正午に始まり七時まで。行ってみたいが。さて。水天宮に近い劇場には望月太左衛の囃子鳴物の会で行ったことがあり、その辺で鮓の店にも中華料理の店にも独りで沈没し、おどろくほど大食いした覚えがある。

2013 1・19 136

 

 

* 奈良県郡山の歌人喜多さんから、ペン会員で作家の牧南さんから、京都の従妹から、御見舞戴いた。有難う存じます。

2013 1・20 136

 

 

* 木村年孝さんの送って来て下さった史料類が、役に立ちそうで有難い。さ、どう活用できるか、軽率ではいけない。眼の不自由を堪えながら「仕事」は幾つも前へ前へ押し出されている。

2013 1・21 136

 

 

☆ 秦 恒平 様

寒中お見舞い申し上げます。

過般よりご加療中と承っておりますが,その後,ご病状のほうはいかがでございますか。日ならずしてご平癒のこととは存じますが,ご家族の皆様にはさぞご心痛のこととお察しいたします。

さて、このたび『湖の本114  ペンと政治(一)』をご恵贈賜り厚くお礼を申しあげます。

本書を拝読し,「ペンを握った手」で病魔と闘いながら,喜寿の祝いをお迎えになられている作家の「義務と覚悟」に、あらためて敬意を表する次第であります。

文字どおり悲憤慷慨して語っておられる「日録」の痛快さに,失礼を顧みず,おもわず膝を叩いていました。「群れたくない」作家の「思いと懼れ」に心から共感するばかりです。

じつは,近年、友人、家族らに、「政治の貧困」や「メディアの権力」の醜悪さを話してみても、大概それは「ただのおまえの愚痴にすぎない」と一蹴されるのがオチで、怒りの矛先は鈍り、「つくづくウンザリ」させられていました。

「思えば現代には,政治をあげつらうだけで『食えて』『食って』いる世間の人の,なんと多いことか。新聞,雑誌,テレビ然り。そこにたかるキャスター,コメンテーター,評論家,記者,みな然り。学者もいる。タレントいる。ー一 昨日言っていたことを今日は別の意見に言い換えていても,本人も周囲も平気,そんなことは気にかけていない。つまり,『役』をこなしている。」(p174)

いまや携帯情報端末機でマインドコントロールされ、互いに考えたり、話し合ったりする時間を放棄しているわれわれは、いったい、どこへ向かっているのでしょうか。

本書は随所に卓見、警句が散りばめられていますが,その言葉は,序文で書いておられますように、「今日只今の政治・時事が、一昔二昔まえにまるで変わりなく悪政の連打」であることへの痛烈なパンチとなっています。

とくに,低劣極まりない品性の森首相,傲慢と姑息なパフォーマンスの小泉首相,政治家としての言語表現を顧みない居丈高な石原都知事への人物評はまったく同感であり,また,特権的立場に立つ文化人らの「人間性」にたいする不快感,不信感をあらわにしておられたが,本質を衝いていて、いうことはありません。

もっとも小気味よかったのは,そうした輩とはべつに,集中砲火浴びせられた外相田中真紀子への期待と擁護でした。真紀子イジメ問題は,昨秋の大学設置認可の件でも,いささかも変わっていません。

本書にみる「ペンと政治」の見識と剛直な批評には、これからも耳を傾けたいと思う。

寒気厳しき折から、くれぐれもご自愛専一にと念じております。 2013年 1月 20 日  明 神戸大学名誉教授

 

☆ 先日の雪の時は

二日間外出を取りやめて用心されましたね。再び東京に雪、と天気予報が出ています。こちらは夕方から静かな雨です。

体重が62キロになったと昨日書かれていて気になっていました。今日、脱水症状ではないかと検討されていましたね。少しでも良い方向に向かわれますよう願っています。

早く暖かくなればいい!!

小説、息詰める思いで遠くから待ちます。読みたい。

まだ暫らく冬の寒さ・・。元気に、元気でいてください。 鳶

2013 1・22 136

 

 

☆ 秦様へ

この度は御著書「湖の本」114を御恵贈いただきまして、誠にありがとうございました。

崩壊の跫音というサブタイトルに思わずドキリといたしました。心して拝読させていただきます。

格別の寒さでございます、ご自愛のうえ、益々の御健筆をお祈り申し上げます。

とり急ぎ 御礼まで  拝   橋  日本文藝家協会事務局長

 

☆ 秦 先生 ご本ありがとうございました。

お世話になっております。

昨日、「湖の本」最新刊拝受いたしました。お心遣い、大変ありがたく存じます。

収録された文章の大部分が21世紀になる前後のものとのことですが、お書きになっていらっしゃる問題、課題、怒り、悲しみ、いまだにまったく解決などせぬままいまに至っていることに、嗚呼と嘆息せずにはいられません。

そのような歪みの当然の帰結のひとつが、今回の原発事故であったと言わざるをえないように思います。

遅ればせながら、年末に喜寿を迎えられたとの由、まことにおめでとうございます。お会いしてお祝いを申し上げたいところ、まずはメールにて失礼いたします。

近くお会いできる日を楽しみにしつつ、取り急ぎの御礼にて、失礼いたします。  洋 平凡社

 

☆ 湖の本「ペンと政治」を

お送り下さいましてありがとうございました。私こと

今年巳どしは私のとしで、いつのまにか八十四才になりました。

老議院が実現しましたら、是非、立候補したいと思います。

お身体 お大切になさり乍ら ますますの御活躍を。  千枝 千葉県市原市

2013 1・22 136

 

 

☆ 先ずは本が来た事に驚き、

お芝居にも行けたり出来るとは素晴らしい回復ですね。前向きの気力ですね。

約七年前に脳内大出血をした夫は、幸いな事に手足や言語の障害はなかったけれどやはり正常ではなく、足腰も弱り、私は家事100 %にプラス介護の過労です。先の連休の頃から風邪をひき、目やお腹に来て参りました。今は週二回デイサービスを受け、少しは身体がラクにになりましたが…  時々好転は無い先を考えると鬱になります。

お元気でお過ごし下さい。  泉

 

* 一つ下の、同窓。やたら老齢に上乗せがきて長寿でめでたいようだが、このような老老介護に疲労と心労とを溜めて行く寂しい高齢家庭が増えて行くばかり。六十から七十代老人の力をの政治的にな結集すべく、「老議院」という世界にも例のないシステムを構想し実現してしかるべき時代が来ている。誰か見識豊かで健康な人が「核」となり結集し叡智と実力を動態化出来ぬものか。

みなさん、考えて下さい。

 

☆ 「ペンと政治」(一)

一気に、共感と敬意と共に拝読。

まっとうで深い怒りは、人を病いに破れることを許さない。秦さんご夫妻のご長寿を祈るばかりてだす。

(二)、早く読ませてください。  原田奈翁雄

 

☆ 秦恒平様

湖の本拝受。「ペンと政治」という特集にとっても びっくりしましたが、反原発の八策にもびっくり。こんなに政治的発言をなさるとは思いませんでした。  上野千鶴子

 

☆ 新年ますますご健筆のご様子

お慶び申し上げます。このたびはご高著『湖の本』ご恵贈いただきありがとうございました。私 八十才 とみに体力、能力の衰えを痛感する毎日ですが 秦さんがこうして頑張っていらっしゃることに励まされています。

お体おいといの上 ご活躍を。  樋口恵子

 

☆ どうぞ来む春が

先生のご恢復をもたらしてくれる力となりますようにと、心から念じ上げております。

あらたまの君が命をあたたかく包みて起たむ春霞かも  昌  名誉教授

 

* 春霞まちがてにけふも生きてあるわれの狭庭(さには)に梅咲きそめぬ  湖

 

☆ うみの本114

今一番読みたかった本かもしれません。志賀直哉の云う「とび離れて賢い動物であるということが、一番馬鹿な動物だったということになるのではないか」 その通りになりつつあります。原発のこと、こんどの選挙のこと、そして世界の国々でおきていること、コロコロと転がり落ちる音がきこえるようです。

その中でも、ご壮健でおすごし下さい。  小松市  勉・千

 

* 中村勘三郎にも 大島渚にも 死なれてしまった。なにくそと思う、生きて「ペン」を働かせるぞと思う。

2013 1・23 136

 

 

☆ 前略

先日は『湖の本』114 ペンと政治』をお恵贈下さってありがとうございます。早速読みはじめております。

実は私は、いまから15年前まで京都の共産党の責任者をしておりました。「京都民報」の編集長を林信一郎がつとめていた時です。

秦さんの壽岳さんとの「京ことば」や、脇田晴子さんとの対談「利休とその時代」、京料理「竹馬」の西岡さんとの「京の味、京のまち」などの対談は、「京都民報」はおもしろい、中味が濃い、との評判がひろがる大きなきっかけとなりました。

平凡社から出版された『京のわる口』も、タイトル、中味とも刺激的でした。

今後ともよろしくお願いいたします。   市田忠義   (共産党書記局長)

 

☆ 京都の人ではないかと永く想っていた。共産党員らしからぬ笑顔の温厚に柔らかいお人を、好ましく思っていた。こんなご縁があり、関心も持ってもらっていたとは全く知らなかった。感謝します。

前総理の菅直人氏の湖の本受け取りも届いているし、元参議院議長の江田五月さんや社民党の福島瑞穂党首など、書き物を介してご縁が生まれている。また市田さんとも、と思う。元衆議院議長の土井たか子さんは大学の先輩、東芝副社長だった人と、鼎談したことがある。今度の本、ことに続いて出る「ペンと政治」(二上 原発爆発 二下 野田内閣惨敗)は時代の証言と批評として、多くの眼に触れたいと願っている。この人にも読んで欲しいと思われる方は、送り先をお教え下さい。

 

☆ 湖の本「ペンと政治(一)」を賜り

ありがとうございます。

「私語の刻」をいつも最初に開き、気になる奏さんのお声? を聞きます。つらい闘病ですが、強い意志というか作家精神が秦さんを支えている様子を知り、ほっとします。どうぞお体を大切にご活動ください。

なお次回から「湖の本J の購読者としていただきたく。これまでご贈呈頂いたことに感謝します。なお私からの友人等への贈り物は、今までどおり折にふれお願いするつもりです。

この二十一世紀に地球がどうかなりそうです。

まさに「崩壊の跫音」を聞くような気分です。

ご一緒にもう少し見届けましょう。 二〇一三年一月二十五日  茂  詩人 ペンクラブ会員

 

* 嬉しく、心強く。ありがとう存じます。

 

☆ お正月

如何 お過ごしでしたでしょうか。

中々、元の通りとはいかないのかもしれませんが…。私も、相変らず五ー六種の病院をめぐる事が続いて、それだけで忙しいし、曜日、時間をまちがえないように、と神経をつかいます。

今の日本は、本当に心配な事が多いですが、私たち(友人達と、電話で侃々諤々の昨年でした)が、今、何を出来るかなと笑い合っています。自分の身一つで、大変なのですから。

どうぞ、本年が佳い御年でありますよう、お祈り申上げます。 かしこ    島  評論家 元「新潮」編集者

 

☆ お寒さきびしい折から、

過日はご高著『湖の本 ペンと政治』を賜りましてありがとうございました。

十数年の世の目まぐるしい変わりよう、本質的には変わっていないこと。歯に衣着せぬお言葉に胸のすく思いが致しました。ますますのご執筆に力をいただいて居ります。

くれぐれも御自愛下さいますようにと念じております。御禮まで申し上げます。 かしこ   郁  歌人 堺市

2013 1・26 136

 

 

☆ 御闘病に連帯の意を表します。私の家族も闘病中でございます。

病と共に生き抜いて参りましょう。  東村山市 敬  大学教員

 

☆ 今年の厳しい寒さ、東京の積雪にも驚きました。先生お具合如何でございますか。お見舞い申し上げます。先日は湖の本有難うございました。

先生のお言葉一つ一つに日頃のなまけ心にぴしりと鞭を打たれた気持ちで背筋が伸びる思いが致しております。

庭の梅の莟が少しふくらんで参りました。

先生どうぞお体御大切にとお祈り申し上げます。一筆 御礼申し上げます。  山口市  ツヤ  読者

 

☆ 厳しい寒さが続いております。

湖の本 ありがとうございました。すべて読み終えたのではありませんが 今までに戴いた本たちの内容とはうって変って、改めて、引き込まれています。 たとえば「真起子さん」の記事、「ハンセン氏病」の記事などですが。

先生は 七七は始終苦なりと歌われましたが、私は単純に八八64の身で、 この夏には前期高齢者の仲間入りです。 眼鏡のお世話になり 降圧剤の服用も始まり、若かった頃には思いもよらないくらしです。

一方、週末に交わす孫たちとの会話は、また、若い頃にはわからなかった 老いた者の大きな楽しみの一つでもあります。

闘病中とは伺っておりますが、おだやかな日々でありますようお祈り申し上げます。

ご本のお礼を重ねて申し上げます。ありがとうございました。  大阪市  能  読者

2013 1・28 136

 

 

☆ 例年以上に寒さ厳しい年明けですか、

その後お身体如何でしょうか。二数キロお痩せになった由、通院、観劇つづけられる気力に圧倒されます。御恢復を心よりお祈り申上げます。

御礼があとになりましたが『湖の本114』を頂戴し、誠に有難うございました。一九八八年からの記録なのに、現況と余り変らぬ事態に心晴れません。「私語の刻」一層身に沁みます。  元出版部長

2013 1・29 136

 

 

☆ 一月もおわろうとしています。京都は毎日寒く冷めたい日が続いています。「湖の本」を御恵送頂きありがとう存じます。御病体であられながら少しも御気持の変っていないところ感心いたします。実は夫は昨年血栓の病気で入院 二月に家に戻りましたが、なかなか元気が戻らずにおります。少し御元気なお気持をわけて頂きたいものです。

どうぞ呉々も御大切にお励み 下さいますよう念じます。  京都今熊野  明  陶藝家

2013 1・30 136

 

 

☆ 年明けに  池田良則  (新美術新聞 1/21 筆者より頂戴)

元日に富山の友人から紙筒が届きカレンダーかと思って開けると以前雑談の中で頼んでいた地図でした。これは正式には富山県が作った「環日本海東アジア諸国図 jというもので富山を中心に天地が逆になっていて、大陸側から見た日本列島が上向きに反り返っているという構図です。これは考えさせられます。つまりロシア、中国、朝鮮半島から見れば北方領土、日本列島及び台湾に至る琉球弧が防波堤の様に取り囲み太平洋へ出るのを邪魔している様に見えるのです。

私は何処の国の肩も持つ訳ではないのですが相手の立場から物を見るとこんなにも違って見えるのかという事が実感出来ます。私は20代から絵を描くという事を口実にバックパッカーの様にインド中を歩きまわり、中近東をウロウロし、その後メキシコから中南米を彷徨しておりましたがその先々で色々な人と出逢い、見聞きし、そこでしか聞けない話を聴く機会を得ました。

いかにそれらの国々が列強の軍事力と巨大資本の好きな様に収奪されてきたか、今だにその弱肉強食の不条理がまかり通ってているか肌で感じます。更に飢餓や貧困の原因が多分に人為的である様に思えます。

世界中が大きな問題を抱えたまま2013年は明けました。日本でも震災や原発、沖縄の問題を抱えたまま、それももう済んでしまった事の様な空気の中で牢が明けました。不景気といい乍らも脳天気な正月を映しているテレビのスイッチは切る事にしました。

(1951年京都生まれ、洋画家、日展評議員、白日会常任委員)

 

* 池田さんの真意にふれ得て、嬉しい。彼には京都新聞朝刊小説『親指のマリア』の挿絵を描いてもらった。祖父上は池田遙邨画伯、父上も知られた画伯である。

2013 1・30 136

 

 

* 四国の木村年孝さんから戴いた地誌・史料は、ただ読んでいるだけで興味津々、しかも役に立ちそうな観点や知識が具体的に見えてきて、感謝し、興奮している。慌てずに、じっくり思案を深めたい。

2013 1・31 136

 

 

☆ 加賀はいつもながらの冬の陽気です。雪が積り、消えて また降り積っています。

「ペンと政治」は、その方面にうとい私にとって、とてもいい刺激ーー特に今の情勢下にあって、物の考え方の方向を導いてくれます。

「お元気」は年並で無事ですが、「お仕事」は彷徨です。万年筆もみんな機能を失って モンブランもシェーファーもパイロットもその他みな、ボトルを置いての漬けペン扱いです。買い替える気も失っています。

「新潮」で黒川創さん(=甥。実兄北澤恒彦の長男)のお作読みました。おもしろいお仕事と拝見しました。黒川さんのお作は何作か拝読しましたが。質的? 秦さんの線上にあるように思いました。

◎ さて「戯号」をうかがいました。徒然なるままにハンコを彫ってみました。私の方も戯刻です。「そうですか」と見て下さればそれで結構です。

先日 高校の同窓会(綜合)新年会に出ました。そこで胃のない先輩後輩なんか何人もいることを知って驚きました。しかもとしも元気でした。一方 胃が1/3も残っているのに、家内の場合はなかなか落ち着かず、グズグズが続いています。じっとがまんして回復を待ち望んでいるこのごろです。大事なのは気力でしょう。秦さんにあやからせたいものです。 いっそうお大切に。

奥様によろしくお伝え下さい。  秦恒平様   加賀  哲

追って。

戯号(=有即斎)の意味するところ、不敏にして解し難く思っています。  推察しますに、「有終」に通じるところがありましょうか。おからだに支障があっても、私は、秦さんに期するところがとても大きいのです。もっともっと「秦恒平の世界」を展開してほしいと思っています。ーー思いすぎでないこと願っています。あくまでも戯れと思っています。

 

* こんな有難いお手紙を年長の文学者から頂戴する冥利に、すこし、ボーっとしている。戴いた印形の美しいことも、嬉しさに頬があつくなる。

「有即斎」  の字面にもわたしは嬉しがっている。「そろそろ終わり」とは思っていない。「いま・ここ」に厳として「有る」なにものとも無心に向き合って、表現したければ表現し、楽しみたければ心から楽しむ日々でけっこう、死も、死後も待たずまた頼まない「いま・ここ」でよしと思っています。そんなの「うそくさい」と思う人はどうぞと。

 

* ホームページ」に写真を入れる手順を見失っていて。すばらしい印形、先日頂戴した「騒談余人」印も、今日頂戴して今も掌にある「有即斎」印も、此処に掲げられないのが残念、残念。湖の本に、美しく表してみたいもの。

有り難うございます。お気持ちに素直に背を押して戴いたまま、へんに気張らないで静かに「書く」日々を重ねてまいります、病気とも静かに向き合いながら。

 

* 甥の黒川のこと、じつは、湖の本を必ず送り続けていても全く「なしのつぶて」で、受けとったという返事もない。著書も送ってこない。書店にまったく出入りしないわたしは、彼の本(デビューの頃は本や雑誌を送ってきたが、)を近年全く見ていない。そういうのも物書きの一分のように、有ることなのだろう。小説家に「お成り」と薦め励ましてきた「叔父さん」は、一心に佳い仕事を重ねて欲しいとだけ願っている。兄は、あの世、でどうながめているだろう。

 

* 十時だが、もう休もう。

2013 2・1 137

 

 

☆ その後お変わりございませんか、

毎日頑張ってお過ごしの様子が伺えます、お薬の効果はどうですか! 暖かくなれば少しは楽になるでしょうが。

お初釜での折り、携帯に納めてきました、(母校校庭に置かれていた)ロダン『青春時代』の-2世- です。以前のは、美術コースが銅陀校舎へ移しました。同窓会50周年記念に、OBがカンパして、新しい作になりました、門を入って東側のメタセコイアの足下に置かれ、今は葉が落ちて明るく、良く見えています、美術コースのが無くなったのは寂しですが。

やっとロウバイが咲きました、毎年は年末から咲くのですが、今年は水仙もまだ咲いていません。その内に。

携帯電話なので画面が上手く行きません、お許しを!  洛東 苦集滅路  華

 

* ロダンの前の「青年像」は校舎への入り口ちかくに建っていた。佳いものだった。美術コースが銅駝美高として移転して行ったあとも、茶室の「雲岫席」は日吉ヶ丘に残されたらしい。隅々まで今も眼に在る。

2013 2・4 137

 

 

* 俳人の金子兜太さんから、「『湖の本』ありがたいです。」と力強い「賀正」の賀状を戴いた。兜太さんは「二月礼者です」と。俳句の歳時記を重んじられているのだろう。葉書の句に、「蛇穴を出て詩の国の畑径」と。乱暴な読み取りだが、たしかに、「蛇穴を出て」来たという自民党政権に想われるなあ。

2013 2・5 137

 

 

* 四国の木村年孝さんに頂戴した詳細な地誌史料は、順に読み継ぐほどに親切な採集で、驚喜している。十分に頭に入れて創作に資したい。木村さんに、どんな御礼をしてもし足りないほど、有難い。

2013 2・6 137

 

 

* 滋賀県知事嘉田由紀子(前日本未来の党代表)さんから、手紙着。

 

☆ 秦恒平様

拝啓 立春の候、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。

このたびは『湖(うみ)の本 ペンと政治(-)』をお送りいただきありがとうございました。

母国として心を寄せていただいていること、大変嬉しく思います。タイトルも『湖(うみ)の本』ということに、勇気づけられます。私も中高生時代に志賀直哉を読みふけったことを思い起こしながら見せていただいております。

生き物である原点を忘れて技術の妄想に克ったのが原発で、制御できないことが分かっていながら目をつぶってしまっています。これ以上美しい自然、特に琵琶湖を汚した〈ない、ということが私の強い願いです。

私も以前、胃の4 分の3 を摘出しましたが、幸い命永らえ、今を生きております。どうかご自愛〈ださいませ。  敬具

平成25年2 月4 日   滋賀県知事

 

* 生母は、今の東近江市、能登川の大きな家の三女だった。湖国は母国なのである。嘉田さんのお人のうかがわれる穏和な筆つきのお手紙に感謝します。

滋賀県の「いじめ事件」への適切ですばやい対応のあった印象がとてもよかった。以来、注目し続けていた。

2013 2・7 137

 

 

* 凌いで凌いで、過ごしています。容態を自身を観察し続けていますので、時折からだのためちょっとしたいい発見も、考え違いの発見もあります。

大震災から二年は「原発」に意識をあつめて発言して行きますが、その辺から確かな切り替えが必要です。しかかりの創作三つのどれが起ち上がってくるか、作者は作者なりに息をつめています。

抗癌剤は去年の五月一日から始めました。なぜか「一年」と限られていますので、もう三ヶ月足らずで一応の卒業となり、あとは諸検査を断続するのでは。ま、新しい五月以降に元気をもっと盛り返したい。いまは日に日に体重が減っていき、これを挽回しなくては。

このところ懐かしい唄を聴いて、心を躍らせたり静めたりしています。「文学」という意識をまだまだ持たずにいた幼い日々に、わたしに「ことば」の運用を教えてくれたのは、たくさんな唱歌でした。これに好悪の批評をきつく浴びせながら、「ことばでの表現」を覚えていったという自覚があります。蛍の光で、「いつしか歳もすぎのとを あけてぞ」と歌いながら、「過ぎ」「杉の戸」いう斡旋を感覚出来たのも嬉しかった何かの発見なら、また「時鳥はやも来鳴きて」の、日常会話では口にしない「来鳴く」といった複合動詞のおもしろみに気づいたのも幼いが確かな発見でした。そんな発見のかずかずが後々の文章表現にかぼそいながら流れ込んだのでしょう。

たくさんな唄を聞きながら、ただ過ぎし時代への感傷だけでなく、往年の「わが教科書」を、また繙いている感じでもあります。

日本丸は座礁していると感じます。危険な危険な座礁からどう遁れて無事航海が続くのか、容易ならぬ舵取りが「政治」にも、「わたしを含む国民」にも求められます。

四月、五月、六月、各三部、九回公演のうち、どれだけ座席が手にはいるか、まるで入らないか、じっと期待しています。何人もの十分芯とも花ともなる役者が次々に亡くなったのを寂しいと歎いています。亡くなった小説家の丸谷才一とも安岡章太郎ともまるですれ違っただけですが、雀右衛門、富十郎、芝翫、勘三郎、團十郎は、身肉に食い込んできましたからね。

わたしは何もかもさらけ過ぎでしょうかね。これでも、時折は気にしているのですよ。

この日ごろ、柱や壁や手すりにつかまり、外では杖を頼んでいますが、とかく、よろめいてしまう日々です。余儀ない一人での通院や外出には重々用心しています。

みなさん、日々お大切にお過ごし下さい。

2013 2・9 137

 

 

* 一つの「仕事」が、木村年孝さんの助力で、前にすすめる視野を得てきた。人のことは言わない、わたし自身の読みたい小説が成ってゆきそうだ。もう一つの「仕事」は、わたし自身のモチーフで書き進められる、が、たとえ成っても誰にも彼にも見せていい寓話ではない。いまでも公刊すれば。いや、言うまい。さらにもう一つの「仕事」はただじりじりと根気よく整備し整頓して行く内に小説と成ろう。

2011 2・11 137

 

 

☆ 凌いで凌いで、元気にしている鴉。

日々書き継ぐことが鴉の「仕事」であり、「闘い」ですね。( 闘いという言葉は何やら悲壮で好きではないけれど。)

三つの作品が追いかけごっこして、現在の進捗状況はいかがですか?

同時に現実の事柄に悲憤ともいえる思いを書かずにはいられない鴉のジレンマをも思います。震災も原発も安部内閣の経済政策もあらゆること、鳶などは、いい加減で時々さまざまなことを取り落して暮らしていますよ。怒ること、憂うことばかりですもの。

このところ、やや忙しいことが続きました。神戸に二回、静岡に一回出かけています。昨晩は詩の集まりが神戸でありとんぼ返りでした。友人の病状が気に懸りました。集まりの前後には旧友と久しぶりに会っておしゃべり。三連休の真ん中で、中国の春節の行事があるためか、神戸の街は人が普段よりいっそう多かったです。

静岡は小学校の同窓会で多くの人に五十年ぶりに会いました。会ってすぐに名前も顔も分かる人、名乗られても顔とさっぱり結びつかない人、漸く記憶の遠い底から引き寄せた人・・。家の斜め向かいの家のいたずら坊主がしっかり大人になっていたり、面白い時

間でした。わたしは正義感が強い小学生だったそうです。思いがけない評に記憶に、こちらが驚きました・・小学生で正義感、ちょっと気味悪いでしょう??

懐かしい唄ばかり集めて歌うコーラスグループのテレビ番組が、夜九時か十時あたりにありますが、ご覧になったことありますか?

蛍の光の「過ぎ」「杉の戸」いう掛詞を感心して納得したり、確かに歌から多くを教えられてきました。

先日の同窓会で校歌を歌ったのですが、その歌詞に「しょうどにめぐむさいせいの」というくだりがあり、大声で何度も歌ったものですが、「焦土にめぐむ再生の」だと、漢字を見て改めて戦後の状況を歌ったものだと、あまりに遅ればせの理解でした!

「さらけ過ぎでしょうかね。これでも、時折は気にしているのですよ。」とホームページに書かれています。さらけ出している一部分に食事や排便のことも入るのでしょうか。読み始めの頃は何やら秘密めいたことを覗いているような感じ、同時に一般的には病床の人に付き添う人が記録するノートのような感じ。やや違和感がありました、が、率直に丹念に書かれている、これも個人的な「歴史」ではないかと思えてきました。淡々と書いていけばいいのだと思います。

体重のことは気に懸ります。タンパク質、高カロリーのものを摂る必要があるのでは。美味しく食べられて栄養価の高いものを・・。

まだまだ寒さは続きます。よろけないで転ばないで風邪ひかないで、頑張って食べて、元気にお過ごしください。 尾張の鳶

 

*もうすこし階下で校正してきたいが、暫く、うたを聴いて眼をやすめていよう。もう十時だが。

2013 2・11 137

 

 

☆ 言葉に尽くせぬほど、

 

感謝の気持でいっぱいです。それはたくさんのご本頂戴しました。これでもみづうみのお仕事の一部にすぎませんが、昨日は53冊の「湖の本」を前にし、涙が溢れました。このこみあげてくる感情をどのように表現したらよいのかわかりません。どの一冊の中にもみづうみが真実「生きている」こと。みづうみの積み重ねていらした作家としての日々の重さ、豊かさ、苦悶、歓喜、さまざまなものが怒濤のように押し寄せてきたのです。

わたくしが少しでもみづうみのお役に立っているとは思いませんが、凡女なりにこれからもみづうみのために何か出来ることを続けたいと願っています。

お元気ですか、みづうみ。ぐっと勝ち抜いて、朗らかに笑っていてくださいますように。  一読者

 

* 数万枚におよぶ秦恒平十数年の「私語」すべてを、何年も掛け、全くの無償で、数十項目に分類し届けて下さった方へ、わたしとして出来る最良かと思う御礼をした。荷造りが大変で、小説・創作に限らねばならなかったが。あらためて心より御礼申し上げます。作業として、きわみなく大変であったに違いない。「濯鱗清流」上下、「文学を読む」上下、「バグワンと私」上下、そして今度の「ペンと政治」一・二上下も、この難作業の結果に頼らねば、ただ膨大な書き放しにたじろいでしまい、決して成らなかったろう。

 

* 亡き孫やす香のお友達から、「おじいさま、おばあさま」へと、明日のヴァレンタインデーのチョコレートが贈られてきた。

就職先に恵まれて元気いっぱいに通勤し、やがて新婚早々に留学していたハズバンドも帰国、嬉しいです、と。よかった。ありがとう、チョコ、早速一つ戴きました。ありがとう。

 

* 昔から、地図が好き。見ていて飽きないだけでなく、地図から濛々と想像のオーラが涌いてくる。いまも、木村年孝さんから送っていただいた特殊な現地地図の、まるで山盛りのご馳走のように見えてくる地図を、霞んだ眼で、じいっと。有難い。

2013 2・13 137

 

 

* 「珠」さんにチョコレート、頂戴。京都の妻の同窓三人連名の御見舞戴く。

2013 2・14 137

 

 

手術から一年。本当にその一年が過ぎたのですね。

軍鶏鍋の後の電車内での転倒には驚きました。

直後の痛さも当然ですが、後になって内出血の痣やら、さまざまに気に懸ります。どうぞ大切に養生なさってください。歳とってからの転倒は、内臓に負担をかけると言われます。

杖は普通の杖でしょうか? 何か工夫された杖もあるかと思いますが、改めて改善策があればと願います。  尾張の鳶

 

* 心配かけた。いまのところ、日にち薬で治って行くかと眺めているが、もっともっと慎重にと自戒している。正直なところ、もっと早くから、危ないな、転びそうだと案じながら通院していた。通院は欠かせない、余儀ないもの。乗り物のなかでとは思わなかった、いつも坐っていられるので。停車まぎわに用心無く席を立ったのがいけなかった。路上や階段でなくて、幸いだった。

2013 2・15 137

 

 

☆ 湖へ

春の跫音そこここに聴かれ、もうそこまで来ている感じがしています。今冬は寒さ厳しく、インフルエンザも流行っていたので、体重の減った湖のこと、気になって仕方ありませんでした。服薬期間もあと少しです。どうかこれ以上体力を落とさずに過ごして頂きたいと、祈っています。(ウエハースに薄く挟んだチョコレート)季節柄の甘いしなですが、カロリー摂取には役立ちます。どうぞたまには口に入れて、勝手に心配している私のこと、想い出して下さい。くれぐれも風邪ひきませんように!! どうかお大事にして下さい。奥様にもどうぞよろしくお伝え下さい。

お大切に、湖、くれぐれも。  珠

 

* プレゼントは昨日の日生劇場に持参、幕間に口に運んでいました。ウエハスが効いていました。感謝。

 

☆ 湖様

大変ご無沙汰をしておりまして申し訳ありません。

体力、気力的に年々エネルギーが減ってきていることを実感しています。

(大学講師等の)外部の仕事はすべて辞め、本業(託児事業)のみに専念しておりますが、それで精いっぱいです。

親も93歳と88歳、自宅で頑張っていてくれますが、気がかりです。

湖様もどうぞ日々お大切にお過ごしくださいますよう。  波   2013 2・17 137

 

 

☆ ご機嫌如何ですか?

3日とあけずに「私語」見ていましたのに 気がかりです。この月の上旬に突然 端末のマウスだけが不具合と思っているうち、キーボードも動かなくなり はてには本体まで壊れて・・・

買い換え、W7にセットアップしましたが、HPの「闇に言い置く 私語」に入れません。

一寸日が空いたものでご様子知りたくて  それまでは開いたていたものを「お気に入り」に入れていていたもので 又 以前のメモも無くしていて、どこから入れば 良いのか お教え下さい。  京都 貞

 

* 貞さん、

お元気でいて欲しいと願っています、もう高校生ではないので。元気だったからだもガタついて来ます。

さて、コンピュータという機械にはなかなかシンからは馴染めなくて一種の苦手に属します。自分の技倆ではたいていのことが出来ません。

わたしのホームページへは、 「検索」欄に http://hanaha-hannari.jp  で入って、表紙をクリックし、総目次へ、そして上の方の「今月の日記」を開いて下さい。たぶんそれで見られると思いますが、ダメなら、また知らせて下さい。

お茶のお稽古を続けていますか。新しい茶巾と茶筅、そしておいしいお茶があればお茶は楽しめますが、なにか不自由していますか。

想像力がよわくて、ついついあなたの昔姿ばかりが想い出されます。**さんが、少しでも回復されているといいなと願っています。

わたしの容態は日記の毎日冒頭に記録していますが、さすがに抗癌剤副作用が強硬にからだに増強浸潤し、この二三日は仕事にも差し支えるほどノビています。

苦くて、灰のようで、八割九割りの食べ物が食べられない。ようやく太めの饂飩、蕎麦、餅、粥が入るので、主食として繰り返し食しています。飯、パン、肉、魚、卵、野菜、ケーキやクッキーやかき餅など、全部だめ、口に入れても味はなく飲み込むだけです。飲み物も、やっと珈琲紅茶が口に入るように。また、控えていた洋酒、日本酒、焼酎など、ごく僅かを、「薬」代わりに口に含んで、砂をまぶしたような口腔に火をつけ、紛らわせています。蕎麦屋へ入ると、日本酒のほかに板わさを頼みます。これは淡泊で苦くなく助かります。

目も、まったくひどい状態で、いつも霞みかつ涙でふさがっています。ついついいつも眼を閉じています、家でも外でも。読書という楽しみを殺がれているのが残念。

先日は、地下鉄内で、下車前に仰向けに転倒し、幸い骨折はないと思っていますが、臀部全体がまだ痛いです。なにしろ筋肉が失せて骨が触れるほど痩せました。24キロも痩せました。

しかし気力は元通りです。いくら不自由でも仕事はしています、創作も、湖の本も、日記も。そのうえに相変わらず一時間以上掛け、聖路加の六科、地元のの歯科に「通勤」しています。転倒に気をつけながら、杖をついて。病には、立ち向かうのみ。

芝居だけは楽しみで、よろよろしながらも劇場へ通います。いい席を用意してもらえるので幸せです。

 

それでは、また。 こんど、いつ頃には京都の山川が観られるだろうと、恋しく思っています。 お大切に過ごされますように。 遠

2013 2・23 137

 

 

☆ 秦先生

その後お身体は如何でいらっしゃいますか?

先日、お贈り頂きました湖の本 114、ありがとうございました。実は最近は札幌に行っていることが多く、郵便物のチェックも疎かになっておりまして、失礼致しました。

今日、この御本にお手紙のあったことを発見し、お返事致します。

年賀状の写真の家は、グリルハウスと言いまして、フィンランド製のキットで作られています。センターのストーブを囲んでバーベキューパーティーなどができるお家です。北方フィンランドで、このパーティーを体験し楽しかったので庭に建てました。たしかに、外は寒くても中は暖か!…です。

我家は約750 坪の敷地に、母家、工房、物置、グリルハウスがあります。その他は畑です。近所が畑や空き地や森なので、とても広く感じます。

東北ほどではありませんが、(北海道の)この冬は気温が低く雪が多く大変です。札幌では道路脇の雪山で見通しが悪く、また道路が凍るので危険です。トラックが何台も雪を運んでいるのは虚しい風景です。

地球温暖化ではなく、地球の温度差が激しい時期になっているのでは?

東京も寒いようですね。

どうぞ御自愛くださいませ。  絢

2013 2・26 137

 

 

* ほんの十数行だが小説を先へ押しておいて、なにより眼の霞みに負けたまま今日を終えたい。

幸い、有効な史料などたくさん贈ってもらった木村年孝さんに、すこしは見映えのする昔の限定本を二種宅送、謹呈した。それほども有難かった。

もう後戻りできない。綴れを織るように、丁寧にわたしのファンタジイを先ずわたし自身が堪能したい。

2013 2・27 137

 

 

☆ 前向きの姿勢

すばらしいですね。

私の白内障手術、無事に済みましたが、まだ通院があります。幸い季節柄の雪に見舞われる事なく足留めされなかったのが何よりホットです。

夫が日替わりでアチコチ痛がるのでそちらの対処に日々疲れます。  デイサービスに行っている間だけは気分的に休めます。

バタバタしている間に三月です。運動や遊びとは全く無縁の最近ですが、上野公園、美術館に行きたい気持ちに現実性がありますね。そして青天に映える醍醐のしだれ桜を観たいなぁと夢想しています。

薬の副作用は厄介ですね。私も抗生物質にはいつも酷い副作用が出るので、今回も参りました。笑い話で済む時期の早いことを祈ります。呉々もお大事にお元気で。   泉

2013 2・28 137

 

 

☆ 今日の日記

有り難う。お陰でやっと辿り着き すぐ「お気に入り」に入れました。

繋がっていることに安心します。お名前からとかのHPからは左の窓の中に「今日の日記」欄がありませんでした。

でもお体大変ですね。病院の6科に通われるのも 薬の副作用も お食事も・・・・どうぞお大切に ご無理されずに お過ごし下さい。

当方は、お茶といっても もはや正座が20分しか保たず 乞食茶人( よばれるだけ) で椅子に座って 口だけ手先だけの指導も奉仕です。

もう一度頂いたお茶杓を生かせて 個人的にはお招きしたいと願っていますが。友もお客も少なくなってきました。

1/26に日吉ヶ丘(母校)の同期新年会に出ました。(40 人)  同期の 堺 健さんが ブログ で 「京都の旅 四季の写真集」というのを

載せてられます。丁度行きたいところの写真を見て 籠もっています。

これからは能を見るのを楽しみにしています。 京 宗貞

 

* 正直のところ自分のホームページがよそサンにどう見えているのか、さだかでない。わたしでも観る気なら観られるのだろうが。

☆ 春爛漫

東京の桜は散りはじめたようですが、関西の桜は今が満開、あたりはどこも白い衣装を身にまとい、すばらしいながめを楽しんでおります。

その後、ご体調はいかがでしょうか。先月は「湖(うみ)の本」115巻をご恵送く下さり、ありがとうございます。すっかり読み終えてからお礼状をと思っているうちに、すっかり遅くなってしまいました。しかししっかりと拝読し、感慨を深くしております。

3.11の大地震、その時間を追っての記録。シャカイや政治の動き、ひっしに生きる人々の姿、一つ一つ同感しながら、時には執筆者と心を一つにして立腹し、犠牲者へ涙しました。その後も、日々生命あふれる公正な社会を目ざしての記録や行動に敬服するばかりです。

ありがとうございました。現代に生きる文学者の迫真の声、大切なものだと思います。

どうか、お体にご留意下さいませ。 草々    阪大名誉教授  春  国文学者

2013 4・3 139

 

 

☆ 3.11では帰宅難民になりました。

その後の政治の動きを見るとヤになります。民主党にアキレ果てた後、自民党の本心を隠したオシバイに、どうして拍手を送る人が多いのでしょう。

湖の本115巻、そうだそうだと思いながら読んでいます。

お身体 おいといください。   越谷市  光  エッセイスト

 

☆ ご体調はいかがでいらっしゃいますか。

筍のの季節がきました。後便にて送らせていただこうと思っています。  高松市  洋

 

☆ なにとぞ、

なにとぞ御自愛下さい。   取手市  満

 

* 今日は、懐かしい、しかしもう読み切れない、母校の研究誌「美學藝術學」が届いた。教授陣以下の氏名にもまったく記憶・念識がない。それでも、少し懐かしい。

嵯峨厭離庵下の藤原敏行クンが東京日本橋高島屋で個展をと知らせて呉れた。もう旬日のうち。出かけられるかな。

2013 4・4 139

 

 

* 都立大学名誉教授の高田衛さんから、抜群の代表作といえる『上田秋成年譜考説』の「完本」(ぺりかん社刊)を、「恵存 秦恒平様 二○一三年 四月五日  高田衛印」の署名入りで頂戴した。発売予定の十日前に、である。これぞ、高田さんと出逢いの貴重極まる一書であり、「年譜」とは何であり何であるべきかを深切に教えられた希有の教訓一巻であった。不幸かつ残念きわまりなく、本書に深く学んだ適確な「上田秋成関連」作を、わたしは創り上げられずに今日に至った。高田さんにも、また学生時代以来応援してくれた長島弘明現東大教授にも申し訳できない。

わたくしへの生き生きとした刺激の蘇りも願い、学問・研究とはいかなるものかというあらためての感動も得たく、さらには学問・研究を真剣に志す若い学徒達のためにも、高田衛さんのお手紙と、長島弘明さんの「解説」をも、あえて広くに紹介させて欲しい。

 

☆ 前略

お身体いかがでしょうか。案じております。

旧著を再刊しました。

長島君が解説を書き、學兄がこの本を認めて下さったことを書いています。

ご自愛専一を祈ります。

二○一三年 四月五日   秦恒平様     高田衛

 

☆ 高田衛著『上田秋成年譜考説』 解説   長島弘明 (東京大学教授)

 

私的な回想から始めることをお許しいただきたい。昭和五十年、大学四年生になって仏文から転科した私が、時間的な余裕もないままに卒業論文のテーマを上田秋成に決めた時、傍らにあったのが、今回復刊されたこの本の原著にあたる明善堂書店版の『上田秋成年譜考説』のコピーであった。秋成で卒論を書く学生のご多分に漏れず、私も中村幸彦氏校注の日本古典文学大系版の『上田秋成集』、鵜月洋氏著・中村博保氏追補の『雨月物語評釈』、中村博保氏編の日本文学研究資料叢書『秋成』を買ったが、昭和三十九年発行の『上田秋成年譜考説』と、同じく高田先生の昭和四十三年刊の『上田秋成研究序説』は、当時すでに学部学生には手が出ないほど高価で、現物を手元に置くことはできなかった。『研究序説』は、当時の研究室にはそれしかなかった、薬品臭く、何年か経つと日焼けして文字がむら消えする湿式コピーで複写した。しかし『年譜考説』の方は東大の国文研究室では紛失本になっており、図書館にもなかったので、慶応大学に通っている高校時代の友人に借り出してもらい、その頃は高価だった普通紙のコピーをとった。私は製本屋で簡易製本をしてもらったこのコピーに書き込みをしながら、卒業論文も修士論文も書いた。そのコピーは今も手元にある。在庫が眠っていないかと、確か明善堂書店にも直接行ったことがあるように記憶するが、当然のことながら手に入らなかった。因みに、私が『年譜考説』と『研究序説』の念願の原本を手に入れたのは、職を得て初めて賞与なるものをもらった時である。

卒論は『雨月物語』のまことに雑な作品論で全く取るところのないものだったが、『年譜考説』を繰り返し読むという得難い経験を通して、伝記的事実の考証という一見無味乾燥な研究が、そうではなく、史上の人物の豊かな表情を生き生きと再現することのできる営為なのだということを感得した。年譜考証は、文学的秋成像を描くための確固とした方法である。中村幸彦氏が『上田秋成集』において、注釈という行為を中村秋成を描く一つの方法として再生させて見せたように、高田先生もまた年譜考証を、高田秋成を語るに足る方法として新たに提示して見せたのである。故日野龍夫氏は、著書『服部南郭伝攷』の「あとがき」で平石直昭氏の『荻生徂徠年譜考』に触れて、「私は野間光辰先生の『刪補 西鶴年譜考証』、高田衛氏の『上田秋成年譜考説』、丸山季夫氏の『泊 舎年譜』と併せて、昭和の年譜四天王と呼びたい」と言っている。日野氏の『服部南郭伝攷』自体が、平成の名年譜の筆頭に置かれるべきものであるが、それはさておき、炯眼の近世文学研究者が選んだ年譜四天王は、いずれも厳格な事実の考証の背後からその人物の体温や時代の息吹が伝わってくる本である。卒論を書いている時の私には、『年譜考説』の中に秋成の顔が確かに見えたのである。

例えば、宝暦五年(一七五五)、秋成二十二歳の年に立項された「○某月、姉が家出し、父茂助に勘当された」の箇所や、宝暦十年に立項された「○某月、(この年か)柿が死ぬ」の箇所の解説は、秋成の義理の姉が恋愛問題から出奔した前後の経緯を記し、その姉夫婦の娼家経営説にまで触れる。語弊があることを承知で言えば、この解説は極上の短編小説を読むような感がある。この姉の家出の一件にふれる秋成の『自伝』がそもそも小説的な解釈を促すような文章であるからだが、著者が描き出す「浮浪子(のらもの)」でありながら「心直き」秋成像は、小説中の登場人物のように生動している。『自伝』の短い記述から、秋成自身はもとより、養父茂助や、茂助の実子である義姉の心理の綾にまで分け入るようにして書かれた解説には、あたかも『蒙求』の数行の記述から、家族の心

理的なドラマを一篇の和文で作り出した秋成の「 廉留銭」(『藤廉冊子所収)と同質の想像力がうかがえる。もちろん、この解説はあくまでも年譜的な事実考証であって、小説のような奔放な、あるいは故意な空想の産物ではない。著者は、秋成が娼家を営んだという誤伝の源は、姉夫婦の生業が娼家経営であったからではないかという考えに傾きつつも、「姉の生業を推定するに足る資料がない現在、これを断定することは、もちろんできない。姉の生業は、いま不詳とすべきである」と言い切っている。小説ならば許される魅力的な想像から引き返し、禁欲的な文章のうちに踏みとどまろうとするのが、本書に一貫する著者の姿勢である。にもかかわらず、ここには生身の秋成がいる。否、にもかかわらずではない。生々しい秋成の姿は、ギリギリまでの想像力の駆使と、根拠のない夢想への断念を同時に抱え込んだ禁欲的な文体によってしか現れてこない、と言った方が正確であろう。著者が三十代前半にしてこういう文体をすでに獲得しているという事実は、私には奇跡のように思われる。

本書の復刊を私は早くから望んでいた。今、原著の 『上田秋成年譜考説』を手に入れることほ、それがすでに難しかった私の学生時代に比べても格段に困難であることば間違いないが、今の研究者、とりわけ若い方々に是非本書を手元に置いてもらいたいからである。秋成の論文を書く時に、当該年の事績を確かめるだけに本書は播かれるべきものではない。また秋成を専門とする研究者のみに利用されるべきものでもない。秋成研究や江戸文学研究の専門家に限らず、できれば文学研究を志す人すべてに本書を読んでもらいたいと思うのは、江戸文学研究における伝記研究の意義などという範囲をはるかに越えて、そもそも文学研究において資料を読み込むとはどういうことか、対象と切り結ぶ方法を自前で考え出すとはどういうことか、そういう根源的な問題を考えるためのヒントが、本書には無数にちりばめられているからに他ならない。原著の刊行からほぼ半世紀を経て、その後に出現した資料により、あるいは著者自身の考えの変化により、当然増補や訂正を加えることができる箇所もあろうが、ほぼ原著のままの姿で復刊がなされたことを、むしろ個人的には喜びたい。秋成研究に与えた衝撃と、長く秋成研究を牽引してきた本書の研究史上の意義に照らして、本書は原著のままの復刊が望ましいし、微細な錯誤の訂正や新事実の付加によって、本書に描き取られた秋成像が変わることはあり得ないからである。揺らぐことのない一つの完成された秋成像であり、それを補訂するためには、全く別の方法によった新たな秋成像を描くしかないのである。

『年譜考説』 の末尾に添えられている四つの別論は、秋成伝を考える時、否、秋成の文学を考える時に、もっとも重要な問題を取り上げている。後続の秋成研究は、この別論を橋頭堡として前進してきた。私が調べた秋成の実母も、別論一の延長に過ぎない。宇万伎入門は私は現在は明和八年と考えているが、考証の範はいうまでもなく別論二である。『雨月物語』の成稿についてはまだ様々な考え方があるが、依然として別論三が研究者共通の出発点になっている。本居宣長との論争に関する別論四も、その後の本居宣長記念館所蔵の 「上田秋成の答書」「菊屋主に贈る書」の出現によって、「洞見に満ちた論考」(大久保正氏『本居宣長全集』第八巻解題)であることが実証された。別論のことごとくが、文人秋成の本質に関わる問題提起である。この問題提起に対してどういう違っ

た答案が書けるか、この別論は秋成研究者に対する課題であり、少し大げさに言えば試金石だと私などは思いながら研究を続けてきた。

人との出会いは僥倖による。同じ時代、同じ空間にたまたま居合わせたという僥倖である。私は大学院に入って、高田先生と会うことができた。著書を初めて読んでから、二年はど後のことだったろうか。実は偶然というわけではなく、知り合いだった高田門下の二村文人さんに、先生に是非一度お引き合わせいただきたいと懇願したところ、ちょうどその頃、高田先生を囲んで日本文学協会の近世部会を復活する準備が稲田篤信さんらを中心に進んでおり、その会に出たらいかがですかと、高田先生から二村さん経由で言っていただいたものだった。爾来、高田先生には研究に関して現在に至るまでずっとお世話になり続けているが、その出会いを準備してくれたのは『上田秋成年譜考説』と『上田秋成研究序説』 である。良書とのめぐり合いもまた僥倖によるとすれば、昭和五十年頃の時期に、秋成研究を志した偶然に感謝しなくてはならない。昭和四十年前後の秋成研究の黄金時代の熱気がいまだ冷めやらぬ時期に『上田秋成年譜考説』を熟読する機会を得たことが、その後も研究を続ける大きなきっかけとなっているのである。作家で大の秋成通、秋成贔屓である秦恒平氏の「秋成と袋町」(『上田秋成全集』第十巻月報)という文章に、「高田衛氏の論文にたまたま触れ、猛烈に刺激されて、まだ勤めのある時分であったが、やむにやまれずぶっつけに御所市まで出向いたものだ、聳える金剛・葛城をさながら仁王立ちのようにふり仰いで、なぜか嬉しくて嬉しくてしかたなかったのを思いだす」ということばがある。「高田衛氏の論文」というのは、言うまでもなく本書の別論一である。これは『上田秋成年譜考説』に対する最高の讃辞である。私も後に初めて御所に行った時に、秦氏と相似た感情に襲われた。本書の文体は平明だが、論理の力強さと、静かな熱狂ともいうべき対象への思い入れが、読者を虜にする。私は何度、この本に叱咤され、鼓舞され、突き動かされ、また居住まいを正させられたことか。そういう経験を、復刊された本書によってさらに大勢の方々に持っていただきたいと切に願う。     長島 弘明 (東京大学教授)

 

* 懐かしさと感謝の思いで涙を堪えきれなかった。長島さんは、学生のころ東大五月祭にわたしを呼び入れにこられて初めて出会った。今も、著書をいろいろ頂戴し、湖の本も応援して頂いている。もとより高田さんとの書物や消息の交換は絶えることなく、いま、こうして世紀の名著を「完本」として賜ったこと、生ける甲斐あった思いである。生きてきた時代に、感謝を寄せたい。

2013 4・6 139

 

 

* 39ファィルもの、2012年(平成二十五年)「私語分類」を遂げて送って来て頂いた。なんとお礼を申して良いか、言葉もなく、ただただ感謝している。十四年にわたる大量の「闇に言い置く私語」が、精細に分類され保管可能のかたちにしていただけたこと、その作業量の気の遠くなるほどの厖大さを想うさえ、深い吐息が出る。よくも此処まで成し遂げて下さったと、ただただ頭をさげる。ありがとうございました。

2013 4・6 139

 

 

* 昨日、どなたとも全く知れない肩から、ツゥイッター世間へ「招待」が来た。なにがしかの手順を追っては見たが、さだかには何事とも如何様にとも理解できないで放置してある。実態もみえず判断も届きかねている。

2013 4・6 139

 

 

* 俳優座劇団代表だった女優大塚道子さんとの「お別れの会」へ劇団からお誘いがあった。俳優座とはもう半世紀近い親密のなかで、わたしは大塚道子の舞台をいつも敬愛してきた。わたしの脚色した、ラボ教育のための『かぐやひめ』では、大塚さんがかぐやひめの媼役で録音して下さった。竹取の翁役も、さきごろ亡くなった名さん優だった。

大塚さんとは劇場で出会うといつも静かに懐かしい会釈があった。「お別れの会」は稽古場でと案内されている。体調がよければ、と、思う。

 

☆ 拝復

湖の本 第115 巻を有難く頂戴いたしました。病との戦い、抗癌剤との苦戦の中に、厳しい時評をパソコン相手に叩き込まれる秦さんの勇姿に感服いたします。この気力がきっと病をも撤退させましょう。TVにも目配りされるとは驚嘆するばかりです。

小生も最寄り病院を決め、カルテの山を築きながら、もう一冊、いやもう一本の論文をと思いますが、ともすればくじけそうです。

BSプレミアムでの映画鑑賞が唯一の楽しみです。

御本と秦さんの生き方に感謝しつつ、取り急ぎ御礼を申しあげます。

奥さまたちも御自愛ください。 早々    名大名誉教授  国文学者

 

* 立教大名誉教授の平山城児さんから、「蘆江怪談の原点」と題した論攷を頂戴した。先だっての蘆江論攷も以前に戴き読んでいる。平山さんからはいろいろの論攷でいい刺激を受け続けてきた。若返る。元気を戴くのである。

 

☆ 動物を描いた作品による本展が

朝日新聞で大きく取り上げられたお蔭で、普段よりは少し多いくらいのお客様が来られます。けれどアベノミクスで高揚している輩は画廊には来られません。

先生の「批評精神」山積みの「ペンと政治」、よくも根気よく続けられるものですね。

私たち平民はおよそ文句を口にすることにも疲れ果て、どうせ何もかもダメになるだけやん、と、やけっぱちになるのがオチ。

せめて自分に与えられた仕事だけはきっちりやるだけ、とうそぶいているのみ。

先生に与えられた「仕事」はペン。辛いお仕事ですね。

でもそれがある故、悲憤を糧にして毎日のペースを掴めておられるのでしょうか。

病気回復と変わらぬご健闘を祈願しています。   京 神宮道 星野画廊

 

* 民主党の馬淵澄夫氏から、激励への礼信が届いた。小沢一郎事務所がわたしのツイートをフォローすると通知してきた。

2013 4・11 139

 

 

☆ 鴉へ    尾張の鳶

再び一か月近く御無沙汰してしまいました。

HPの記載では最近いくらか涙などの状況が緩和されたようで、ホッとしています。が、歯が折れたというのには驚きました。食物の摂取にどうぞくれぐれも留意なさって、蛋白質やカルシウムを摂ってくださいとしか書けないのですが。

わたしも体調に問題あり、MRIやCTなど検査をうけたのですが、悪いものではないだろうということで放免されたものの、それですべて良しという感じでもありません。まあ、それだけ自分も「老人」になりつつあるということです。

今週、奈良博物館での『当麻寺展』に行ってきました。当麻曼荼羅はもちろんお目当てでしたが、京都禅林寺の「山越阿弥陀図」に思いがけず会えたことが一番の喜びでした。昨年十一月から一部分ですが模写していたので、細部まで写真では記憶していました

が、やはり本物に出会えて心いくまで視ることができました。

関西への往復の琵琶湖あたりは、桜は満開をやや過ぎた頃で、存分に桜も楽しみました。相変わらず一羽鳶のふらふら飛行、です。

国内の、鴉がHPで気力精力傾けて書かれている原発等の問題、そして最近の北朝鮮のミサイル云々の問題など、否応なしに突き付けられていると感じます。

友人の一人が鬱で入院しました。以前から懸念されていたこと、それでも何もできなかったと苦しい気持ちがあります。

どうぞ元気にお過ごしください。転倒など決してしないよう、気を付けて。

少しずつ体調が軽快されますように。

 

* 自在に翔んでゆける鳶がうらやましい。禅林寺の「山越阿弥陀図」とは懐かしい。知恩院の「早来迎図」に向き合ったときの讃嘆も、いまだ胸にある。

昨日の晩にも京都の、建仁寺、宮川町、六原、六波羅蜜寺、清水坂などの地誌を、咀嚼するほどに耽読していた。何といっても京都の風と光と匂いに再会できる日を楽しみにしている。次の桜桃忌ころには、元気になれているといいが。

 

☆ 近況と御礼

iPadから送信  新らしい湖の本有り難う 御礼が遅くなり申し訳ありません。

貴方の治療も、私とは比べものにならない複雑の様ですねえ 何とか一つでも早くクリヤ出来る事をいのります。

私の方は足に装具をつけての歩行訓練とマッサージを受け、その痛み、一年かけていますが相変わらずです,週二回の訪問リハビリを受けて、月四回のデイケアで安らぎの丘に通い、ショートステイで月三泊4 日を二回うけています、 クスリは漢方になり痛みに対応していますが,一向に効果が出ず困っています。それでも続けねばなりません、

同じ様な境遇の方が多くおられ家庭では、老老介護が別の問題になってきます。

『京のわる口』は、長女と妻が、読ませていただいております。   茅野市  圭  同窓

 

* 中学・高校、ことに祇園の新制中学後半、いつも仲良くいっしょだった。軟式野球で、素顔のまま捕手をつとめるような勇気のある敏捷で優しい少年だった。痛みは、さぞ辛かろう、一日も早く快方にと切に願う。

2013 4・12 139

 

 

* 以前に、上野千鶴子さんから、「秦さん、ツイートしたら」と奨められたとき、その意味もよく理解出来なかったが、二三日まえにどこの何方とも知らない方から「Twitter 」に紹介か招待か、してもらった。こころみに登録してみたが、いまだに、キイの扱い方もよく分からぬなりに、またどういうことを限られた字数でつぶやけばよいのか見当もつかなかった。そんな、他人のつぶやきなど聴いたことも読んだこともなかった。

それでもまぐれ当たりのように現れた「ツゥイート」欄に、次から次へ書き込んでいった。ことは簡単ではなく、ごく僅かな字数制限ゆえに推敲して制限内におさめるのはかなり難しい。だが推敲はわたしの商売のようなもの。二三日のうちに80幾つもの「記事」を送り出した。それは呟きとはずいぶんちがう。この「私語」と同じに、ひとさまに訴えたいことをおそろしく生真面目に書きに書いた、添削しつづけたもの。わたしには述懐したいことは山のようにあるが、吐いて捨てるような物言いでじゃらじゃらする気は毛頭無い。上野さんのお奨めは、わたしの思いをただ「私語」としてホームページに書きためるだけでなく、ひろく遠くまで今まで手の届かなかった大勢をめがけて述懐し主張してはどうかということであったろう。

少しは、政治家や評論家や、一般の人のつぶやきも聴いてみた。諸連絡に利用している人が多く、しかし頷ける意見やばかげた駄句にも出会った。わたしはわたしの気持ちを一貫させることで、つまらない時間つぶしからは身を避けていようと思う。何字だっけ、たしか160字ほどの超短章。それを思うまま書いてみるのも「文学」的たんれんではあるだろう。

自在に「Twitter 」の操れる人は、「秦恒平」の気概をどうぞ汲み取って下さい。

2013 4・13 139

 

 

☆ 遠さま

返事が遅くなってごめんなさい。

最近 HP をご無沙汰してました。体調のこと心配してます、暖かくなって快復の様子でしょうか?

私は、この所の気温で、足が痛く困っています。温泉では治りませんね、これからもずっとの付き合いです。

お尋ねの「三島神社」は東大路と私の家との間あたりの渋谷通(北側)にありますが、以前の神社の敷地にはマンションが建ちました。その奥に、ひっそりと小さい祠を建ててお祭をされてます。

よく覚えていられますね、

三月、四月は雑用が多くて早く過ごしました、四月始め雨の前に嵯峨広沢の池あたりにある平安郷と、桜守の藤右衛門さんのお庭へ花見に行って来ました。今年の花は早く終わりました。

我が家の椿も色々と咲いてます。白い牡丹もふくらんで来ました、後五日程で咲きそうです。

来月は、南座で、えび様のお芝居が楽しみです。

気候不順の折 体調に気を付けて無理をされない様に   華

 

* なんとなくそわそわ、なんとなくのびのび過ごした。明日は、待ちに待った新歌舞伎座柿葺落し興行へ。

2013 4・14 139

 

 

☆ ツイッター

拝見いたしました。こんな藝術の香気漂う格調高いツィッターは他に見たことがありません。一つの文藝作品ともいえる、異色のツィッターでしょう。いかにもみづうみらしいもので、読者としてはまた一つ楽しみが増えました。盗作が心配にはなりますが。

 

気持のよい晴天ですね。新歌舞伎座で楽しい一日をお過ごしのことでしょう。  品川区 朱

2013 4・16 139

 

 

☆ 季節が移りました。

暖かい日射しも、強すぎる日もありますが、如何ですか?

歌舞伎座を楽しんでいらっしゃるかと、思って、喜ばしいく思ったり、羨ましく思ったりしています。

こむら返りのひどいのは、すっかり治りました。自然のちからは大きいものでした。

どうかご機嫌よろしく。   那珂川  菜

2013 4・17 139

 

 

☆ パソコンから

長いこと遠ざかっていて、操作がうまくいかないのが原因で、筆無精をしてしまいました。

ごぶさたお許しくださいませ。

「湖の本」で、先生のご闘病のご様子を知り、なんとのんきなことを私は申し上げていたのかと、反省しています。

また奥さまもお倒れになったとか。ご看病のご心労が重なったのでしょうか。お二人とも、どうぞ、お大事になさってくださいますよう。

いつものタケノコ屋に行きましたら、今年は、まだ本格的でないということ。15日を過ぎたらおいしいのが出てくる、と言われました。

それで、先生のスープにお役に立てたらと思いつき、お野菜を求めました。

土筆と蕗は私が摘みました。春の香りがしました。ツクシを七輪の炭火で焼いて食べるというのは初めて知りました。これが春を味わう一番の食べ方ですね。来年、私もしてみます。

15日以後にタケノコ発送してくれることになっています。先生ごらんになるだけで結構です。

春を味わっていただけますよう。   讃岐の春

 

* 感謝。

2013 4・18 139

 

 

☆ 抗癌剤卒業と。

何より嬉しいお知らせでした。目の状態が改善するのは、書くのが天職の人にはどれほど大切なことか。

CTスキャンは最近わたしも体験したばかりで、MRIもそうですが、機械装置の中に「入っていく」気分、一種の閉塞感でしょうが閉じ込められるに似て、また視界の微妙な明るさからも逃げ出したい衝動を味わいました。感じすぎだと言われてしまうかもしれませんが。

とにかく日常が大いに改善され、食事に関しては美味しいと思えるものが増え体重が増えて、お仕事の進捗されることを祈ります。

迪子様の手術も無事終えられてホッとされたことでしょう。昨日はずっと病院に付き添われているかと察しておりました。

循環器系統、特に心臓に関しては慎重に注意深くしてもしすぎることはないのですから、医術の進歩はありがたいと、これはあまりに平凡な感想ですが、そう思います。

わたしはあまり元気でもありませんが。この一週間近くはボストンでの爆破事件のニュースを追っていました。

事件の起こった場所、昨晩の事件の場所MITやウォータータウンなど馴染み深い処で、それだけ思い入れてしまいました。暮らしたのはチャールズ川南の地域ですけれど、懐かしさに思い溢れます。

いろいろな場所に住んで、現在の住まいが終の棲家になるかどうか分かりません。わたし一人は京都に住みたい、もっと便利で気軽に留守できる住まいがいい、など勝手に痛切に思っています。

今月は関西に二回行きました。

新しい土地では、仲間が増える以前の寂しい状態です。ここでの集まりにも出かけているのですが、最近少々がっかりすることがありました。まあ、ゆったりあまり考え込まずに対処していけたら、それでいいです。スポイルされてみたいものです。( そのような機会はありませんから。)

庭仕事のベストシーズンです。育てている約二十本の薔薇の木の黒斑病やアブラムシ対策に毎日気を使っています。八重桜は満開です。眩しいけれどやはり春は佳いです。

元気に元気になってください。    尾張の鳶

 

* すてきに立派な讃岐の筍を三本も頂戴した。ありがとう存じます。若布としっくり煮合い、香りもゆたかに美味しく戴けている。筍飯が楽しみになってきた。視覚とともに、味覚も、すこしずつ取り戻して行けそうな気がしている。そのためにも歯の治療を頼みにしないと。

2013 4・20 139

 

 

* 体調にはえも謂えぬ波があり、快方と思っている視野や視力も、昨日はまずまず、今日は霞の中という感じで、日によりもあれば、同じ日でも朝昼晩で波打つように状態が揺れ動く。今は、目をほそめて覗き込むようにしないと字が読めないし書けない。「貴方は本当に文学者か? 漢字の勉強位はして、間違いの無い内容にしなさい。」と匿名のメールが来る。

 

* 「ご指摘ありがたく。言い訳にしかなりませんが、七十七歳 抗癌剤の連用副作用でもともと弱い眼を傷つけ、霞の底を覗き込むように手探りでキイを打っています。回復したとき全面点検するつもりですが、今は、『ともあれ、書いておきたい』気持ちが募っています。機械打ちにありがちな誤変換を許容してはいませんが、それしきで文学への気持ちも値打ちも揺るぎはしないのです。それよりも、日本ペンクラブに電子メディア委員会を提案し創設した昔からの信条です。あなたがどんな方かが分かれば、感謝と敬意はもっとまっすぐ深まったでしょう。名無しの権兵衛で闇討ちする無責任がお好きなのですか。「文学者」をあげつらうなら、あなた自身がフェアな誠実を示してください。 秦恒平」

2013 4・21 139

 

 

☆ 日録を読んで

心配したり、ちょっと安心したりしています。

この2 ,3 日 ご夫妻ともに小康状態のようで何よりに存じます。

塩蒸し桜鯛をお届けしますのでお口にあえば召し上がってください。23日に届く予定になっています。 吉備ひと

 

* 有り難う存じます。どうぞ、お元気で。

2013 4・21 139

 

 

☆ 最近益々

気持が滅入ることが多くて、なかなかメールも書けませんでした。

 

日本の電力王だった松永安左衛門が、軍部と対立して「救いがたし日本の運命」と言って引退、戦争中は一切のニュースにふれず茶人として暮らしたという逸話がありました。あんな大物ではない庶民の私も、「救いがたし日本の運命」とため息をつかない日はありません。真実を報道しないニュースは見るのもいやです。国民の命も生活も、日本語も、絶滅する運命かもしれないのに、世間はふつうに動いているので、自分は気がふれているのかと思うこともしばしばです。

しかし、こんな鬱状態は世間からみれば、恵まれた人間のノイローゼみたいに冷笑されるのが関の山でしょう。私の属している環境は権力はなくてもその周辺、ある意味特権的で、おそらく日本がTPPに入ろうが憲法改悪しようが直ちにはダメージを受けません。しかし、私は自分がタイタニックの一等か二等船室にいるだけで、結局船が沈みつつあることを直感していて、とても怖いのです。

なんとか食い止めたいと一人で騒いで、出来ることはしていますが、結局何も変えられません。充分にご存じでしょう。調べれば調べるほど、私の悲観を超える規模で原発事故の汚染は拡大し、さまざまな政治状況も国民を脅かし深刻に危機的状況です。今この瞬間も、日本は日本人でない何者かに滅ぼされようとしています。

 

最近自分で自分を励ますことができないでいました。ですから、抗癌剤を卒業なさったというメールは、不吉な風雨の中のきれいな青空のように感じられほっとしました。ずっとこの時を待っていました。お辛そうな毎日で、服用を中止できないものかと、何度心配のメールを書きそうになったことでしょう。自分が癌になっても抗癌剤は使わないと公言するドクターも多くいます。そのくらい強烈な薬であり毒でもあるのですから、投薬終了は何よりの朗報でした。

これからは、おいしく食べて(ただし食材は選んで)どんどん体力も免疫力も回復なさいますように。日常生活を覆っていた抗癌剤の重苦しい副作用がなくなり、晴れやかなお気持ちになることはご快癒に向けて絶大な効果のあることでございましょう。

抗癌剤治療の中でも猛然とお仕事をしていらしたみづうみですが、外出などはどうか少しずつ再開なさってくださいますように。まず簡単なリハビリ体操で筋力を取り戻してくださいませ。

今の東京は人が出歩くのに危険な場所になってしまいました。チェルノブイリ事故の教えてくれることは、呼気からの被曝が一番健康への影響が大きいことです。首都圏は呼気からの被曝をもうどうしようもできません。日本では報道されませんが、海外の日本を見る眼は極めて厳しいものです。被曝はより一層の健康被害をもたらすとも読みました。

被曝した多くの都民と同じ運命をたどるとしても、わたくしがすでに子育ての終わっている世代であるのはまだ幸いであったかもしれません。若い世代より長く健康被害と闘う必要はないからです。

どうしても必要なご用事以外に、みづうみの都心に出向くことは避けていただきたいと切に願っています。

鮎  若鮎の二手になりて上りけり   子規

2013 4・26 139

 

 

☆ リツイートを

ありがとうございました。

ツイッターを始められて ホームページ共に拝見しながら 大変なところ良く頑張ってくださった事、とても嬉しく思っています。

友人も同様な事になり 心配していたのですが やっと治療が済み ほっと致しました。

詳しい症状を日々拝見しながら 大変さに思いを馳せておりました。体重は 少しずつ回復されているようですが 丁度良い雰囲気なのではないでしょうか。

友人は40キロを切っていましたが 今は少し戻ったとの事 もともと細い方なので本当に心配でした。

まだまだご活躍して頂かなくてはなりません。

お体を大切になさって 楽しい事や 美味しい物を頂いてお元気になられますよう、切に願っております。

お大事になさってください。  由

 

* 痛む膝を折って茶室にあがりたいとは思いませんが、なにしろ世間が世間の今日の雑駁ゆえ、いつか、静かに元気にお茶のはなしなど出来たらいいなあと、まだ、ゆらゆらよろよろしながら、霞みがちな眼をいたわりながら、想うことです。

思いがけずツイッターでの再会、心強く思っています。ただしツイッターらしくツイートしたい気はなく、わたしひとりの添削教室のつもりで、字数と取り組んでいます。

お元気で。

釣瓶を水指に使われたことがありますか。そういう季節になってきましたね、そろそろ。  遠

2013 4・29 139

 

 

☆  陽春の候

皆様には御健勝にお過ごしのこととお慶び申し上げます。

此度、歌舞伎座新開場柿葺落四月大歌舞伎が開幕致し、染五郎、金太郎共々親子孫三代で舞台を勤めることが出来、本日盛況裡の内に千穐楽を迎えられました事、誠に有り難く、これも偏に日頃より御後援下さいます皆様方のお陰と心より感謝申し上げる次第でございます。

この後共歌舞伎をご愛顧下さいますようお願い致しまして、誠に略儀乍ら謹んで御礼のご挨拶とさせて戴きます。

 

ありがとうございました。

平成二十五年四月二十八日   松本幸四郎

 

* 名古屋市大へ行っていた谷口さんが、四月一日付け 母校のお茶の水女子大大学院の研究科へ栄転帰還がきまったと知らせてこられた。東工大のおり、お茶の水の院から副手としてわたしを手伝いに通ってくれた人で、立派な近代現代文学の研究者。そろそろと期待していたとおりの母校帰還でおめでたい朗報であった。

2013 4・30 139

 

 

☆ 2日夜十時半、

HPには早朝より検査との短い記載のみ。その後に詳しい書き込みをされるのは今夜のうちか、あるいは明日か。

良い結果であるようにと切に祈ります。

季節が逆に戻ったような気温と強い風に萎れた若葉もあります。緩やかに膨らみを増した薔薇は咲き始めました。

「詩を書く方はいつも孤独です。」と北国の詩人の手紙にありました。

孤独を飼い慣らして、そして元気にと。

改めて書きます。お休みなさい。  尾張の鳶

2013 5・2 140

 

 

☆ 連休が終わって

世の中が少し静かに平常に戻りました。どこにも行かず暮らしていました。歌舞伎座についてのテレビ番組を興味深く見ました。

「もう何がなにやら世の中が情けなくて、自分自身も情けなくて、新聞もニュースもイヤになった。」

このところずっと政治的な事柄を書き続けてらした鴉の、これは、まあ本音かとも。そう思われるのも当然ではないでしょうか。毎日毎日これでもか、これでもかという暗いニュースばかりが報道されます。楽しいニュースがあると気抜けしてしまうほど。

それでも世界に目を向けていなければと思い、BSを中心に耳傾けています。

日本の事は無意識に近い姿勢でもかなりが耳に入ってきます。安部内閣の、最近ではロシアや中東の国へエネルギー確保や核産業の売り込みに出かけて三日憲法記念日は勿論不在。現憲法は否定すべきものである彼にとっては改定を急ぐ方向での対象物でしかないのでしょう。

九条、この九条を如何せん!

九条を守ろうという立場で戦い続けた憲法学者の知人を思い出します。十年近く前に溺死していたことを最近知って複雑な思いにとらえられました。それほどに遠い人になっていたのだなあと寂しく感じました。

鴉が、HPで言及される範囲が国内に限られる傾向にあるのを些か不満に思っていましたら、先日は、国外のことに触れていました。何だかつり合いがとれたようでホッとしました。

自分の時間とエネルギーとの格闘の中で、何を優先させていくかと考えさせられます。今思うのは、微力でも何か人と関わり、人の役に立つことをしたいということ・・。

詩( 文学) についての『サチュリコン』からの引用、何回も読み返しています。メールに書きたいけれども・・詩を書くことに関しては、目下立ち止まり、狼狽もしています。  尾張の鳶

 

* わたしの幼来の「人間」分類は、①「自分」 ②「真の身内」 ③「他人(日常に、知っているだけの人・よく知らない人)」 ④「世間(存在するとは分かっていても、目も手も届かない人たち)」だった。二年前の原発による大危害が生じたときから、わたしは、ひたむきにこの大事件をなによりも根幹の国難とも同朋危殆とも考えて、これをこそ見つめかつ告発し続けたい、それを後生へのわたしなりの「証言」にしたいと発願した。

やがて纏まる『ペンと政治』の「二の上下巻」はその丸二年余の懸命の日録で充満している。わたしはそこで自身の体力と精神を尽くせるかぎり尽くして、「他」への「つり合い」などハッキリ無視し脇に置いていた。最悪の体調をわたしは冒して「反原発」に没入していた、他の楽しみをでバランスしながらも、それこそが真に大事と確信していた。。「言及される範囲が国内に限られる傾向にある」のは、「日本人」というより身近で大切な「他人たち」への、わたしなりの真情であり哀情であって、むろん関心は深くとも、さて「世界」という「世間」へも分散して目配りする余力の費消は、意識して避けていた。避けるしか無かった。今度の「湖の本」はそれを表し示していると想っています。

2013 5・7 140

 

 

☆ 緑が

あざやかな季節を迎えました。いかがお過ごしでいらっしゃいますか。

先般は「湖の本」をお送りいただきありがとうございました。文中になつかしい北澤(実兄恒彦)さんのお名前をみつけて感慨無量です。

1970年代から80年代は京都でも市民運動が盛り上がっていました。私も若いときあんなに社会をよくすると思っていたのに いつしか周りのことばかり気にかけている…

秦先生がずっとずっと社会をしっかりと見つめておられることに心から敬意を表します。

これからもお身体をご自愛いただき私たちの見習うべき先輩としてご活躍下さいますようお願い申し上げます。

ほんとうにありがとうございました。 お礼まで。  京都 鶴

 

* 「仕事」か多すぎ、交通整理に戸惑っている感じ。いい傾向ではない。余計で余分なことをよすべき時ぞ。

こういう時こそ、よその空気をたくさん吸いに出たい。そういう気分に成れてきた。よく電車に乗った。隅田川の大橋をみな歩いて渡ってみた。上野、根岸、浅草あたりを食べ歩いた。向島の百花園へもe-OLD で出かけた。あの三人の一人が急に亡くなった。

わたしが病気でぐづついている間に、大切に思っていた何人もの友に死なれた。死なれたともハキと知れない人もいる。年齢を考えれば仕方ないとも謂えるが、若い人の死もないとは言えないのが寂しい。

 

☆ お元気ですか、みづうみ。

 

眼について、ご不自由なことと心配しています。すでにお試しかもしれませんが、念のためご提案します。

眼科的に顕著な問題が発見できないとすると、薬の副作用のせいかもしれません。

今ご使用の薬すべての副作用をお調べいただきたいと思います。抗癌剤だけに副作用があるのではなく、平凡な薬、たとえばブスコパンのようなよく処方される胃薬や皮膚科の塗り薬などでも、視力に歪みがでたりという副作用のあるものがあります。薬品検索サイトはたくさんあります。たとえばhttp://www.jah.ne.jp/~kako/frame_dwm _search.html

もし眼の副作用のあるものがございましたら、服用を中止して別の薬に替えれば症状は改善します。また、薬ののみあわせという場合もあります。消化器内科、眼科、歯科、皮膚科等、色々な科で多くのお薬が出ていることと思いますので、薬剤師などにご相談いただければと思います。

五月に入りましたが、相変わらず気分は五月晴れなどとは程遠い、どしゃぶりの毎日です。

 

みづうみのように他界にすっとワープできればよいのですが、自分のなかの「母親」があまりに強すぎてうまくいきません。私は我が子を生き延びさせることができるでしょうか。

これからの日本には絶望しかありません。絶望、絶望。絶望です。

みづうみのお使いになる意味での「凄まじい」健康被害が始まりつつあり、国家的いえ世界的規模の邪悪な隠蔽がなされています。アメリカに勝てるとしていた大戦中の日本よりさらに愚かしく、日本人は放射能に勝てることになっているのです。

その上、憲法が改定されれば、国民の基本的人権はなくなり、思想、言論の自由も、男女平等も消え失せ、おそらく原発事故処理のための徴兵制やアメリカの傭兵の戦争が待っています。TPPに入れば、アメリカの七割の国民のように病気になっても病院に行けません。日本は一体誰のための国家で、どこに行くつもりなのでしょう。

長島茂雄さんと松井秀喜さんは立派な選手で、野球にとんと興味のない私でも尊敬はしていますから、国民栄誉賞受賞にケチをつけるつもりはありません。しかし、あの東京ドームで安倍総理を迎えての……しみじみ、自分はなんの取り柄もないオバサンでよかったと思いました。国民栄誉賞とやらをもらって悪しき政治ショーに利用されるコッパズカシイ目にあうことだけはありません。

思わず身震いしたのは、そのショーに大歓声をあげている観衆の多さです。シュールな映像でした。

福島の(そして東京の)子どもたちが死んでいく悲惨を考えたこともない、自分たちがジェノサイドの犠牲者になることを知らない大群衆です。正直、この国は狂っていると思いました。

今までの生活が続いていくと信じている人間がこれほど多いということに、心底絶望しています。第二次大戦なんて物の数でもない人類史上最悪の災害とファシズムがすぐそこまで来ているのに、このままでは国民は屠殺されていく家畜でしかないのに、なーんにも考えないでスポーツの祭典を楽しんでいるのです。

それともこの私のほうが狂っているのでしょうか。

信頼できるある方のブログで知りました。秘密保全法だけではありません。とんでもない法律がまた出来そうです。次々によくも国民支配のための邪悪な法案が出てくるものです。(今朝の東京新聞にも関連記事がありました。)

「いったい、日本政府は何をめざしているのか。

日本政府は、3親等以内の人間の告知があれば精神病院に強制的に収容できるという法律をつくる準備をしています。

放射能に不安を持てば「放射脳」と呼ばれていること、家族の理解を得られていない方がいたら、心配です。

ふつうはこのような法律は、誰かの遺産を奪い取るなどに役立つのですが、今は‥そのような圧力としか思えません。

私はチェルノブイリのお母さんたちをずっと見てきました。

みんな泣きながら子育てをしていました。」

政府に都合の悪い人間、私のような少数派もどんどん精神病院に強制収容されていく社会になりそうです。恐ろしい社会がやってきます。でも、その前に被曝で命は尽きているかもしれません。

内田樹さん(神戸女学院大名誉教授)が、以前私が予見したのと同じようなことを書いています。

「今、私たちの国では、国民国家の解体を推し進める人たちが政権の要路にあって、国政の舵を取っている。政治家も官僚もメディアも、それをぼんやりと、なぜか嬉しげに見つめている。多分、これが国民国家の末期のかたちなのだろう」130508朝日新聞

選挙そのものさえ不正に運営されている疑惑の日本で(選挙システムを独占するムサシの大株主は問題の某氏だという情報があり)選挙や国民投票で民意が実現する可能性は限りなく低いでしょう。

今の私の望みは、みづうみの新しい小説を読むことだけと言って過言ではありません。私が元気にいられるうちに、是非是非『ある寓話 ないし猥褻という無意味』もちろん、あと二作も読ませてくださいますように。

相変わらずの真っ黒な内容で申し訳なく、お許しください。

とにかく一日も早く眼のお具合が良くなることをお祈りしています。

小田原市   一八  いちはつの咲き古ぶにぞ道埃 友二゛

 

* 口から出任せを書く人ではない、直観も洞察も、背景にある情報精度も高い人とわたしは信頼している。

 

* ま、明日は憂悶を忘れ、花形歌舞伎を楽しんでこよう。今夜は早くやすもう。

2013 5・9 140

 

 

* 湖の本発送用意に余裕がなくなってきた。せっせと進めねば。その余のことは、按配が必要。

2013 5・11 140

 

 

* 高田寛さんの「『親指のマリア』の思い出」と題された一文をメールで頂戴していた。ありがとう存じます。

 

☆ 暑くなりました。

今週初めからHPが更新されなかったので気に懸っていました。今しがた短いけれど記載を読めて安心しました。

視力のこと、早く改善されますようにと、強く強く願います。本のことを実に楽しく語られているのですから、そして鴉は書く人なのですから。

わたしは今週は内視鏡検査を終えて、一応放免されたところです。軽い違和感はあり結局原因不明です。昨日の当麻寺の菩薩練供養や今日の葵祭やら出かけたかったのですが、今回は諦めました、気力不足。

さまざまあるものの、やはり年齢のなせる状況でしょう・・。とにかく「態勢立て直し」て暮らしていくしかありません。 尾張の鳶

 

* 全く以て、ある程度のあきらめと、我が身をだましだまし付き合って行くしかないらしいと、今日もほとほとそんなことを思いながら一日がけの病院から帰ってきた。病気の尻を追い回していると次から次へ別の故障が見つかってきて際限がない。がまんできる限界を見通しつつ忘れつつ、生きてある意味を生かしてゆくこと。そう思っている。思えば眼にしても百パーセント回復するのはムリなのだろう、それならそれを、許しはしないが追いかけすぎてもっと辛くなる愚は避けるしかないか。そんな気分。

2013 5・15 140

 

 

☆ 検査結果良好! 何よりです。

「強行軍」もなんのその、秦さんはこれが一番”らく”なのだろうなと拝察しております。

『病気なれど病人にあらず』 私もみならってがんばります。

「目」がなんとかうまく行くよう祈っております。こんど小石川のこんにゃくえんまへお詣りに行ってこようと考えています。

どうかお大切にされてください。 敬白   千葉市若葉区  貞

 

* 「これが一番”らく”なのだろうな」は、さすがに見抜いておられる。何にもすることなしの抗癌剤一年では死んだも同然であったろう。創作と、湖の本と、日々の私語と、読書と、歌舞伎などに打ち込んでいたので、顧みて矢玉のように通り過ぎた一年だった。

「小石川のこんにゃくえんま」と聞くと、漱石『こころ』の「先生」下宿のむかしを「お嬢さん」の声音とともに、懐かしく思い出す。もうそろそろ勝田さんの顔もみられそうな気がする。それも楽しみ。

 

* 大府の門さんから、原稿の抜き刷りとお手紙を戴いている。

 

* 城景都展の案内も。ただし高浜市までは、ちょっと。

2013 5・16 140

 

 

☆ 寒い春でしたが

御体調は如何でしょうか

「湖の本」(二上)を大きな関心をもって読みました。 大手術の前後に書かれたものをこうして読ませて頂き 感謝申し上げます。

元総理菅直人氏が政府与党の立場に不慣れであったことを惜しく思い、また政局に不狎れであったことを彼の名誉のために喜ばしく思いました。

経団連の会長の愚かしさ、 経済界に他に人はいないのでしょうか。

139頁からの、女性の方の長いお手紙を感動をもって読み了りました。 いちいち肯綮に中る という感じで腑に落ちました。

「湖の本」(二下)をお待ちしています また

秦建日子氏の御活躍をお喜び申し上げます。

同封のもの、前にお目にかけた攷の続編です おなぐさみにごらん下さいませ

不順の候 くれぐれも御自愛下さいませ。    岐阜県  玲

 

* 「からすのえんどう」さんの長文の憂慮と慷慨に共感して下さったことに共感し感謝する。その手紙を受けとったとき、一言「敬服する」と感想を添えておいた。問題点の多くはいまもそのまま、むしろ拡大されている。

2013 5・17 140

 

 

☆ 眼のごようす大変心配しています。

 

早急に眼科の名医、良医を捜していただけますでしょうか。サードオピニオンをもらっていただきたいのです。義理立て無用、今のままでよいとは到底思えません。同じ結果になったとしても、納得がいくのといかないのでは大違いです。眼は命のように大切なもの、待っていても今の状態はたぶん治りません、手遅れにならぬうちに是非お願い申します。

被曝の影響という人もいますが、現在どこの眼科も混雑しています。ご体調の良い時にお出かけください。

福島の事故が、自分と家族の健康に確実に関わる事態であること、逃れようもなく自分の運命、日本の運命を変えてしまうことに気づいていない人があまりに多いと思っています。

自民党の憲法改定案に秘められた意図の中に、福島事故対応、生きて帰れない特攻隊のような徴兵制があることに思い至らぬ人ばかり。

そもそも自分だけは被曝被害はないという、根拠のない楽観が世の中を支配しています。危機に向き合おうとしないで、無関心から無知でいることに甘んじている層が大半であることに、絶望を深めるばかりです。

これからは大手メディアを信じていては生き延びることはできません。

この国家は自国民ジェノサイドの道を選びました。生き延びるためには、情報は自分で集め、放射能から逃げるしかないのです。大和魂では放射能に勝てないのは当たり前の話です。

 

お元気にお過ごしくださいますことを毎日お祈りしています。

蒲  蒲の葉の右に左に大なびき 虚子

2013 5・20 140

 

 

* 浦和の伊藤壮さんにお電話いただく。『ペンと政治』(二上)を読んで、(二下)を待ちかねていた、届きましたと。伊藤さんはもと朝日新聞社の方で、「湖の本」創刊を親切に後押しして下さった恩人の大きなお一人である。嬉しく、有難い激励を戴いた。わたしより一回りも年上の方に御見舞いただき、恐れ入ります。

もう「二下」巻、届き始めていて、大学等から礼状が来始めている。この午までに読者へも、予定分送り出した。あとは補充追加がある程度必要になるだろう。

2013 5・21 140

 

 

☆ 『湖の本116 ペンと政治(二下)』を

拝受いたしました。

まさに「ペン」の人、「文」の人の全霊をかけた証言。怠惰な日々を恥じ、せめて自分に出来ることはしなくてはと思っています。

病に負けないとは秦さんのような態度をいうのですね。

これからも<文>を通して、お声を聞かせていただきとう存じます。

ご恵贈に厚くお礼申しあげます。   元ペンクラブ理事 元出版部部長

 

☆ 前略ご免下さい。

『湖の本116 ペンと政治(二下)』、昨日拝受いたしました。

相変らずのご健筆ぶりに、ただただ感嘆しております。また政治への深いご関心にも驚いております。

原発問題、現在、中国が東シナ海沿岸に二基建造中と聞きます。あのメンテナンスのいい加減な国が原発を作れば事故必然、死の灰が大量に日本を襲うでしょう。この問題についてご意見伺いたいと存じております。 草々   翻訳家

 

* おそらく中国は覇権の一環として原発も企図していると思われる。日本の領海海底に潜水艦を送り込んでいるのと同じ性質の政策であると観ている。

2013 5・22 140

 

 

☆ はじめまして。

”記者の筆不精”をお許しください。いつも「湖の本」、ありがとうございます。

原発に羹する記述のみならず、「そうそう」「同感、同感」と口にしながら拝読しております。まさに「福島原発危害終熄せず」。長い闘いです。

今後ともよろしくご指導ください。  新聞社論説室長

 

☆ 湖の本

ご恵贈にあずかりました。変らぬご好意に感謝申し上げます。

この国の政治家たちに対するお怒りには同感いたします。菅元首相の責任感と行動に対する評価についても、まったく同感いたします。おっしゃるように菅さんはまだ゜若い。原発ゼロの主張でほとんど孤立せざるを得ない民主党を出て新党を作るべきだと思います。海江田党首は正月に伊勢に行く。民主党内には改憲論者を四名(もっとかも知れません)かかえている。彼らに離党勧告も出せない。こんな党はもう存在理由がありません。

しかし自民政権に対する支持率65%とは一体何なんだろう。経済至上主義に服する民衆は、じこまで幻想をふりまくアベノミクスというマジックに酔うのだろう。

ご不安をかかえる日々、最善に心身が保たれますようにお祈りいたします。 平安  国際基督教大学名誉教授

 

☆ 拝啓

梅雨空を想わせる日が続いています。

いつもお心に掛けていただき、ありがとうございます。

このごろの橋下、石原発言など、また右翼の安倍内閣にひきずられ日本はどこへ向かおうとしているのでしょう。

秦さんの作家としての生き方を見せていただき、学ばせていただいております。

どうぞ、ご自愛下さい。  詩人  日本ペンクラブ会員

 

☆ 湖の本新刊拝受

秦 先生 『湖の本』、毎巻ご恵送いただき、まことにありがとうございます。昨日拝受いたしました。

「ペンと政治」3 巻を通して拝見しまして、なにも政治状況が変わっていないどころか、悪くなっていることに、怒りと深い悲しみを禁じえません。

最近、文化人類学者の船曳建夫先生が、ある本で「一生のほとんどを自民党政権下で終えることになるのかと、やや絶望的な気分になります」と書いていらっしゃいましたが、船曳先生の気持ちがよくわかります。

ただ、現在の状況は本当に絶望したくはなりますが絶望せず、秦先生と同様、つねに前向きな怒りを持っていこうと思います。

高速増殖炉もんじゅの再開中止の決定と、敦賀原発2 号機の廃炉への動きは、数少ない希望です。

暑くなってまいりました。

お身体くれぐれもご自愛ください。  編集者

 

* 「もんじゅ」にも「敦賀二号機」にも原電の規制委に向けている抵抗はすさまじくも乱暴であり、電力業界ないしは自民安倍「違憲」内閣の後押しを期待し、また使嗾している気配は濃厚。

さらには自民党内に、発・送電分離の動きを妨害する動きが露骨に起きている。断乎としてかかる悪質な時代逆行を国民はゆるしてはならぬ。ひしひしと迫り来る「国民の最大不幸」を防ぎきるには、国民が聡くあらねばならぬ。さもなければ、自分で自分の首に絞め縄を巻くことになる。

 

☆ 秦 様

「湖(うみ)の本 116 ペンと政治(二下)満二年、福島原発危機終熄せず 背信野田総理の惨敗・居坐る安倍「違憲」内閣・迫る国民の最大不幸」を拝受しました。

先日、図書館で芸術新潮の大特集永久保存版! 小林秀雄-生誕111 年没後30年記念美を見つめ続けた巨人-のページを繰っていたところ、小林秀雄が志賀直哉を終生敬愛していたという記述をみつけました。批評家としての小林秀雄が「小説の神様」である志賀直哉をどう観ていたのか興味が湧いてきました。勿論、野次馬根性的にですが。

味覚を取り戻しつつあるとのこと、歯が整えば美食の道へ現役復帰となりますね!   靖

 

* たまたま志賀直哉に触れていたのでなく、小林秀雄にとって志賀直哉は終生敬愛した輝く存在であった。志賀直哉の文学と人との大いさを日本の読書氏や文壇・学会に知らしめた小林秀雄は第一人者として広く知られてきた。どうぞ気を入れて小林秀雄にも志賀直哉にも深く触れあってくださらば、同じ思いのわたしも嬉しい。

2013 5・23 140

 

 

☆ ご本

ありがとうございました。

あきれるほどの政局、保守化する議会、思うことが多い日常です。

お元気でおすごし下さい。  横浜市 政治ジャーナリスト

 

☆ 貴刊「湖の本」116

有難く拝受仕りました。慎んで御礼申しあげます。

いつも変らぬ雄筆 旺盛の御事 大慶、 羨望の至りに存じます。  歌人 九十五歳

 

☆ 拝復

日本の政治と時事の、あまりに危険な現状を直視され、鋭く批判されておりますことに全く同感です。特に今の安倍政権の目指す方向には、一気に、営々と積み上げてきた、人類の平和への理想の 日本における光輝ある歴史が覆される懸念を抱かざるを得ません。

ご闘病の日々の中にも、日本の将来のためにますます的確な指針をお示し下さいますよう祈念申し上げます。

どうかご自愛・ご療養にご専念下されますよう、ご健勝を念じ上げます。 敬具  埼玉県 国文学研究家

 

☆ きらきらと

塩屋の海の面が大洋の輝きを受けて美しいです。

七科通院の体力維持も大変な中、執筆活動を続けておられる「力」に敬服致しております。

くれぐれもお大切にと祈ります。  神戸市 澄

 

☆ 5.18新宿デモ 野呂美加さん渾身のスピーチ! – YouTube

 

お元気ですか。

湖の本届きました。ありがとうございます。「舌も痺れるほど嘗めた歎きや怒りや悲しみ」をわたくしも最後まで飲み干してまいります。

お送りするのは、チェルノブイリ支援で有名な野呂美加さんの新宿街頭演説です。短いので是非この動画をご覧ください。そして多くの方にれを知っていただきたいと思います。

この街頭演説を聴いて、私は思わず泣きました。そして奮い立ちました。

野呂さんの心底の怒り、悲しみ、子どもたちへの愛、勇気ある闘いに感動しています。 都内  案山子

 

 

☆ 湖の本116拝受

お説いちいちすべて同感。小生も一日本人として生きてきて、全く、やるかたない怒りと悲しみと歎きの日々です。何のためのこの数十年だったのかと。「学習と理解が徹底して欠けている」ことの恥しさ。なぜ、いつもそうなのか。それはわれわれがいつも「和の全体主義」の中で安住し怠け切っているからだと思います。ここから脱出しない限り半永久的に「現状」は続くことでしょう。このような日々と歴史を私は拒絶します。  神戸市 歌人 名誉教授

 

☆ 先生の

全エネルギーの詰まった第116巻 すごいなと思います。

私のエネルギーの基になっています!!  群馬県 都

 

☆ おからだ大切にして下さい。

政治には、又 税金等の使い道等、不まんのやりどころなく。興味深くよましていただいてます。 京祇園 嘉

 

☆ 病院通い

その中で種々頑張っておられるご様子に勇気をもらっています。日本はいくつ砂上楼閣を作れば気がすむのでしょうか。細くても長~く、を祈念いたします。  文京区  典

 

☆ 神保町で

先生の単行本を発見し、心躍りました。作品は全て読みましたが、新ためて単行本で読むと 一冊の意味が力強く浮き上がってきます。単行本も蒐めて見ようかと考えております。  八潮市 瀧

2013 5・25 140

 

 

☆ 秦様

「ペンと政治(二下)」を大変なお身体の不調に加えて、手術後の目のお具合が良くない折に刊行され、発送して頂き心より敬服し感謝しています。

日毎の「私語の刻」は、やり場のない政治への不満に憤慨しながら読ませていただいています。

その上

此処に3冊の「ペンと政治」をまとめて刊行されたことは、「我が証言録」として、大きな遺産として後生の人たちにしっかりと読み継がれていくことでしょう。

是非そうあって欲しいと願います。

私たちの若い孫たちにも、しっかりと読み考えて欲しいと繋いでいきます。

また、ご執筆中の小説の完了・刊行も待ち焦がれています。

手術後の目が少しでもすっきりとされることを強く願いながら、奥様ともども毎日のお身体のご不調が少しでも軽減されることを祈っています。  晴

2013 5・26 140

 

 

☆ 拝啓

「湖の本116」誠に有難く拝受、厚く御礼申し上げます。

政治について考へるのは癌の手術をしたわが身体に一番悪いと考へてゐるのですが、新聞を二時間かけて読む習慣から抜けられず相変わらず憤慨してゐます。此度の「湖の本」を拝読して憤慨されてゐる様子に全く同感してしまひました。

私の故郷の熊野灘の漁師が、原発計画推進のために来た中曽根康弘に、乗ってゐた海上保安庁の巡視船に駆け登り海水をかけてびしよ濡れにして、公務執行妨害で二十五名が有罪になりましたが、遂に原発計画を撤回させた日本で唯一の処なのを誇りに私は思つてゐます。

私は間もなく九十二歳になりますので、静かに余生を暮したいと思つてゐるのですが、どうもそれはかなはぬことらしいです。

どうか御身大切に。葉書で略儀ながら御礼まで。 不一   作家 文藝誌元編集長

 

☆ 厳しい体調の中での御発言に

励まされています。 81歳となり大分ヨレヨレになっていますが、もう少しがんばらねばと教えを頂きました。

有難うございました。  大磯町 作家  明

 

☆ 激変する日々を

力強い筆致の御著でもう一度なぞりながら共感新たです。

どうぞお体大切に。   我孫子市 詩人 茂

 

☆ 多摩川原の草木も

いちだんと緑濃く生き生きとしています。毎日眺めおろすのが楽しみです。

只今、『ペンと政治(二下)』拝受、感謝申上げます。――満二年、福島原発危害終熄せず。ペンクラブでの長いご活動の歩みと根を一つにした大きな先生のいわば文学活動と感動しています。いくつもの病いと戦っておられる姿は、拙作を読んで下さった晩年の石和鷹氏のような凄惨な雰囲気が漂っています。何とぞお体をお休め下さい。勿論今はかえって気を鋭く研がれて居られるのだと思います。ペンの会で(亡き)長谷川泉先生(秦の勤務時代の上司。森鴎外記念館長。近代文学研究者)が倚子にかけておられたのを、秦さんを思うつど目にうつります。  府中市  作家

 

☆ 四十雀の

澄んだ声が聞こえる頃になりました。この度は「湖の本」をお届け賜り有難うございました。お辛い日々のなか、すくっと立っておいでの御様子が伝わり御本の重さ熱さにあらためて掌を合わせるばかりです。連日我が身の不調を託つばかりの身には勿体無うございますが前巻に続きゆっくり乍ら拝読させて頂き度く存じ居ります。

亜熱帯になったような此の列島です。何卒お障り無きようお過ごし下さいませ。  京下鴨  文

 

☆ 直筆(での挨拶)は

とてもうれしいですが、決してムリをなさらないように!

誠意は文章からたくさんいただいています。   大阪府池田市 陶藝家

 

☆ どうかお元気で。

次の巻、次の巻を待ちます。  三鷹市  国文学者 篤

 

☆ もの言う人が

尠いと思う折柄、「私語の刻」拝読、共感。

御健筆、御平安を祈念申しあげます。   神戸市  歌人  蕃

 

☆ わたしも

透析中心に療養の日々を過ごしております。とかく、心が折れそうになることに、自分で愕然としてしまうことが増えてきたこの頃ですが、これではいけないと自分にいいきかせ、がんばって生きています。  金沢市 劇作家  輝

 

☆ ゆっくり読ませていただきますが、

ご主張に同感でございます。

お身体くれぐれも大切になさってください。  府中市  図書館長  誠

 

☆ わが年代では

癌病巣の保有は全身病です。

秦氏の哲学的怒責に血肉がシンパできるわが身に、自信が沸き上ります。ありがたく存じます。

この29日に、リンパ節試験摘出のため入院します。  花巻市  医家  照

 

☆ ご自愛の

御清硯  切に切にと。   北九州市  俳人  谷

 

☆ 想像を超えた幾多の

御闘病のさなか書きあげてくださった『ペンと政治』、ひとつひとつ、かみしめながら、納得させていただきながら拝読いたしました。本当にありがとうございます。

どうぞ ますますご自愛くださいませ。  静岡市  編集者 鳥

 

☆ いつになく

太字の多さに、力強いメッセージを感じます。

薬の副作用で視力に影響あるなか、執筆、読書と精力的に活動され まことに敬服の至りです。

くれぐれもご自愛の程 よろしくお願いします。  横須賀市  科学者 敏

 

* 御本

頂戴しました。ご夫婦が日々お体に脅かされても決してくさらず、叫び続ける先生の執念を感じます。(私はお酒でやり過ごす日が増えました…。)

先生、奥様、これからもどうかお元気で。   川崎市 東工大卒業生  丈

 

☆ 五月薫風の時節

もっと続いてほしいと思いながら その思いはむしろ 秦先生の「湖の本」ペンと政治(二下)の大変優れた日録にふれ得て、さらに爽快に気をはらすことができた思いでございます。忝く衷心より御礼申しあげます。

どうぞお元気で御健筆くださいませ。 匆々  志木市  国文学者 功

 

☆ 美しい季節となりました。

ご著書『湖の本 ペンと政治』 ありがとうございました。もう一一六巻にもなるのですね。ご病気をかかえながらの意欲にいつも頭が下がります。

私も、隠れ反原発で、未来のことが心配でなりません。報道を見たり聞いたりするたびに腹を立てております。

奥様が坐骨神経痛でお悩みと知りました。私も同じで、ここ二、三年、外出がままならず、ペンクラブの会にも、なかなか顔を出す

ことができません。

病院以外は引きこもりですが、認知症は社会に関心がなくなるとのこと、政治に腹を立てているあいだは、いちおう大丈夫かと思っ

ております。せいぜい失望・憤怒いたすことにします。

先生も、奥様も、くれぐれもご自愛くださいませ。   江東区 作家 南

 

* 讃岐の岡部さんより、季節の隠元豆を青々とたくさん頂戴した。有り難う存じます。

 

* もと勤務先の部下で、はやくに退社しなにをやるかなと思っていたらいつか陶藝家になっていた橋本成敏クンが、久々に個展をすると知らせてきた。

 

* 参与を仰せつかっている芸術至上主義文芸学会が、六月の例会で、東洋大の神田重幸名誉教授の講演「島崎藤村 批評の精神と文芸の成立」を用意したとしらせてきた。久しぶりに顔が出せたら出していいなあと思う。藤村研究の宮下襄さんを誘えたらいいが。

2013 5・28 140

 

 

☆ お元気な

御様子。 私も老残の身 まだまだやりたいことがたくさんあります。  梅原猛

 

☆ 梅の実が大きくなり、

辣韮が土の中で膨らみを増しています。

病いを押してのご労作『湖の本 ペンと政治(二下)』をご恵投頂き、有難うございました。

ご指摘の通り、福島原発の災害は何一つ復興いたしておりませんし、昨今の政治家の発言の軽いこと、憂慮に堪えません。政治家を偉い人とは夢にも思いませんが、上に立ち責任ある立場の人は、「綸言汗のごとし」という言葉を、今一度理解していただきたいと痛切に感じます。

毎回の鋭い批判と叱正をよ〈噛みしめ、拙稿への鞭とも理解いたしております。くれぐれもご自愛の上、快癒とご健筆をお祈りいたしております。草々 平成こ十五年五月二十八日   エッセイスト 敦

 

☆ 天候不順

ご自愛くださいませ。

いつものことながら、心から御禮申しあげます。

p75「他力本願」 親鸞仏教センター「通信」 花園一実師など全く存じあげませんが、自身の本願・念仏を問いただす機会にいたしとう存じます。

ありがとうございました。  上越市  黄色山光明寺

 

☆ 青葉の季節

ご著書 矢継ぎ早のご刊行に驚いております。「喉元過ぎれば…」で、原発があいまいにされていく怖さーー。

お暑さに向かいます。呉々も御自愛下さいませ。 かしこ   堺市 歌人 郁

 

☆ ご体調大変な中

いつもありがとうございます。当方も老老老介護がさらに過酷に進行中ですが、この日々をありがたく 愛しくも感じています。先生のご奮闘に力づけられながら。   世田谷区  惠

 

☆ 待っていたご著書

ありがとうございました。私も自分の町で色々な取り組みをしていきます。

どうぞくれぐれもご自愛下さいませ。  金沢市  金

 

☆ 「湖の本」が

いつまでもつづくことをねがっております。  千葉県  国文学研究者  徹

 

* 三万円も予納して頂いた。有り難う存じます。

 

☆ お体の不調に

めげない 先生の気迫に心より感服しております。  各務原市  眞

 

* 創刊以来、二十七年、毎回三人の読者を纏めて下さっている。有り難う存じます。

 

☆ 作者も派の

人でもありたく。

ご闘病、ご快癒の早からんことを念じております。  神戸市  国文学名誉教授  信

 

* 読者には、「作だけ派」の人も、「作者も派」の人もある。湖の本読者には有難く嬉しいことに、「作者も派」の方が断然多く、そうでなければこういう出版で二十七年間もつづけられるわけがない。有り難う存じます。

2013 5・29 140

 

 

* 推薦しておいた市川染五郎のペンクラブ入会が、滞りなく決まった。出久根理事を煩わせた。いま、染五郎自身の報せのメールを受けとった。へんに気を遣いすぎず、さらさらと、毅然と付き合ってほしい。いまや興行クラブといえる日本ペンクラブだ、軽薄な客寄せパンダに悪用されないで、舞台第一はむろんのこと、その上で自身の「ペン」そのものを磨いて欲しい、それがわたしからの願いである。「書く」ことにも彼はやみがたい意欲をもち少しずつ実践しているのを知っている。

 

☆ 拝復(前略)

相も変わらず文壇の頼まれ仕事が多く、慌しく過しております。御礼が甚しく遅くなり、心からお詫び申上げます。

本日「序にかえて」と「私語の刻」を拝読致しました。

「ペン」こそ、今後も厳しく続く『我が闘病』なのであり、『ペンとは、わたしにとり「文学」以外のなにものでもない。そして「気概」。』ついで御述懐には同じ「乙亥」の志というべきものを共有している喜びを覚えました。何れじっくりと拝読させて頂きますが、呉々も御体調に留意され「我が闘病」を貫徹されますよう、心からお祈り申上げます。  敬具  元文藝誌編集長  忠

 

☆ 紫陽花の

美しく咲く候となりました。先生におかれましてはいかがお過しでしょうか、お身体のご様子 心よりご案じ申し上げます。

『ペンと政治』 心を動かされました。激しく激しく感じ いたたまれない思いです。

私の心覚えには 日々無為という語句だけが連らなっています。 永年通っていました吉祥寺にも顔を出さなくなりました たまに行きましても話題が政治や文学は一切無く 人の噂話しばかりで 余りお酒もすすみません。 ならば家内で晩酌をしているのがいちばんとテレビをつけますが、見る番組も殆どなく NHKに救いを求めますが そのNHKも最近は薄っぺらな内容と アナウンサー 気象予報士等 キャスターの言葉のひどさに一々文句を付けて見ているものですから 妻に少し黙って見てくださいとたしなめられいるしまつです。

でも少ない生涯を美味と美酒をと見当違いかも知れませんが 月に2~3度 日本橋や人形町の店に通っています ただ遠路付き合ってくれる友人はいません。 「ペンと政治」を語らう場が有りませんで ただ心の内にしまっておくだけになるのかと残念でなりません。

私事を くだくだと書いてしまいました。失礼いたしました。

末筆になりましたがお身体のご回復を切に願っております。どうぞお大事になさってください。 平成二十五年五月二十九日

追  本日七十八歳になりました。   日野市  陸

 

* わたしより半歳年長の読者。二十七年もお付き合い願っていればこういう方が自然多い。寂しいようでもあるが、わたしには有難い勲章でもある。

 

☆ 同病4年目です。

昭和10年生れ。

マルクスは死んではいません!   丸亀市  繁

 

* この方もわたしと同年。久しいお付き合いになる。 あとがきに触れて書いた「共産党宣言」に反応されている。

 

☆ 誰も、何も

信じられない昨今の情勢にあって、「ペンと政治」は思考、感性の指針です。今さらながら、先生の知性、精神力の強さに敬服いたします。どうぞお体おいといつつ、お仕事にお励みください。*子は大阪大学に通い始めて10年目となりました。観に来ていただいた岸田理生の「糸地獄」の縁から、演劇学の教室で、岸田理生研究を続けています。顔も言動も昔の幼いままのふうちゃんです。恋人もいず若干心配しているこの頃です。  大阪市生野区  祥

 

* 送られてきた日本語と英語との二研究論文も頼もしく読みました。大阪での建日子公演を観て批評してもらえるといいのに。ふうちゃんに初めて会ったのは中学へ進学の時だったなあ。

 

☆ どうか、どうかお大事に。

ペンの力 あらためて感じ入ります。自らにも……。

「湖の本」から本当に多くを学び、勇気づけられています。ありがとうございます。  東近江市 作家 民

 

☆ ペンと政治(二下)

おっしゃること すべてに賛同します。

おからだお大切になさって下さい お祈りしております。  八王子市  歌人  郁

 

☆ 拝読いたしました 午前中一気に。

P85 7-8行の「言葉」「文字」には魔力があり しかも容赦ない「拡大解釈」へひろがることを知っている、ーーとありました。私も感じているひとりです。「知る」とはオコガマシイのでーー。

今日も 先生の渾身のお仕事に平伏、敬服しております。  練馬区  裕

 

☆ リュウキンカで

春の訪れを知り、梅の花、サクランボの花、白い鉄線(大きさは10㎝以上です。)と続き、芍薬と。土も一服。今は雨をまつ紫陽花が出番を待っています。

御身大切に。  京 有栖川  桐

 

* 「ペン」が人の言葉を誘い出し、それら言葉の輪をまたひろげて行く。わたしはそれを続けてきた。

2013 5・30 140

 

 

* 島尾伸三さんから「写真」誌が送られていて、島尾さんも一文を寄せていた。いわば「純粋写真」の「主張」である。

絵画の歴史にも「純粋絵画」という主張があった。物語性や文学性のような絵画表現に強烈に割り込んできていた要素を一切排除しようといった「運動」であって、ことに後期印象派はその運動を前進させた。印象派になって絵画が面白くなくなったという不足の声も聞こえていたが、純粋絵画運動は、結局はミロやカンジンスキーらの抽象絵画にまで走りつづけた。しかもその一方でシュールリアリズムというファンタジー絵画も繁殖していたのである。

すぐれた写真表現といえば、人は、概して戦場や難民や病者や大災害や政治面の報道写真を思うだろうし、緊迫感と個性に富んだ人物写真にも、大自然の写真にも、動物や植物の鮮鋭に美しい写真にも一定のフアン感情をもっている。加えて今日ではコマーシャル写真などが写真表現の大きい範囲をおさえている。

島尾さんらは、それらのいわば写真外挟雑雑観念や意図を排した「純粋写真」を意図してる。

ほう、写真にもそういう「純粋」志向がいわば美学としてあらわれて来ているのだなと、興味を覚えた。

2013 5・31 140

 

 

☆ 三日と空けず

一切のご病状見ています。目が大変ですね。奥様もどうぞ御ムリのない様 お過し下さい。

かろうじて能登ぐるっと行って来ました。

次は泉涌寺のお献茶です。  京 伏見区  貞

 

☆ 能の本番

やっと終わりました。すっかり上がってしまい散々な結果になりました。「一千年の齢を捧げ奉る」はずでございましたが、300年か100年位になりましてございます、お許し下さいませ。

梅雨入りの季節柄 お二人ともお大切にお過ごし下さいますように。 石川県小松市  啓

 

☆ ペンと政治

大いに共感します。

Marxist をマルキストとするのが日本では普及していて、広辞苑にも出ていますが、国際的には通用しないしない呼び方でしょう。

どうか大事におすごし下さい。  府中市  エッセイスト・翻訳家  布

 

☆ では又と

今度ないかも山ごぼう  よしみ

主人が3月17日 亡くなりました。  京白川

 

* この一つ下の姉妹、ふたりともご主人をなくされた。無常。どうぞお大事に。

 

☆ 秦恒平様

前略  私は不勉強で無知な者ですか、秦さんのまっすぐで妥協のない視線に 胸がすく思いで読ませていたゞいています。 大変な闘病の御身とは信じられないエネルギッシュさには敬服するばかりです。きっと病気の方もたじろいでいる事でしょう。

私もいつの間にか 政治家達の平均年齢を超えるようになり、 それまでは立派な人と思っていた人達の多くが、いかにも愚かで 浅はかで 厚かましく横行しているのに驚き憂えてしまいます。 又、 主人共々 ご本を読ませていただきます。 時々 ご出演の「妻」 もちろん迪子お姉さんもお幸せそうで嬉しいです。

なお同封のポストカードは 私の初めての祈念すべき 受賞作品です。 この鳥(嘴広鵲 はしびろこう)をご存知ですか? くちばしの異様に大きく 動かない鳥として有名な変な鳥ですが、 何ともいえない愛嬌と澄んだ目に魅せられて 今も 続編 Ⅳ Ⅴと秋の展覧会に向けてがんばっています。琉美ちゃん(=妻の妹)にも いつも応援していたゞいています。 琉美ちゃんの繪は私には到底描けない素晴らしさです。

乱筆乱文で大変お恥しいですが、ちゅうちょしていると 又 出汁そびれてしまいそうで……まあいいか…と。 お許し下さい。

関東地方も入梅しましたようで、 しばらくうっとうしいお天気が続きますが、 どうかくれぐれもご自愛下さいますように。  草々

P.S. 繪は 都知事賞で 当時の都知事は石原慎太郎氏ですが、この方が選んでくれた訳ではありません。 と思います。私は この方 キライです。    秦野市  画家・妻の従妹  明

 

* りっぱな表現で 動かぬ鳥にむかいたじろがない優しい視線が活躍している。

まだ妻と結婚せぬ前に、妻の兄や妹の家で一度会っていた。妻の父方叔母の葬儀の席で久々に再会した。不勉強で無知どころかたいへん優秀な従妹だと妻はほめる。

妻の妹は詩を書き、また言語に絶したふしぎに美しい繪を描く。妻らの亡き兄保富康午も、若い日に詩を書き、テレビ草分けの頃の「構成マン」また童謡他の「作詞家」として活躍した。

この義兄・義妹また妻らの従妹から「甥」にあたるのが、わが家の秦建日子。彼のNHK連続四回ドラマが明日土曜の夜から始まる。また彼の秦組公演「タクラマカン」も東池袋のアウルスポットで一両日の内に開幕する。打ち上げると直ちに、初めて大阪公演に乗り込むと聞いている。恙なかれと願うのみ。

 

* 小谷野敦氏が浩瀚な『川端康成伝』を贈ってきてくれました。感謝。

2013 5・31 140

 

 

☆ 高田衛氏の本(「完本・上田秋成年譜考説」)の

解説で お名前を拝借しました。

高田さん讃歌は秦さんのあの一文に尽きます。  東大教授 長島弘明

2013 6・1 141

 

 

☆ 湖の本116

この一冊のエネルギーは 私の糧です。

ご健勝を!    朝霞市  歌人  英

2013 6・1 141

 

 

☆ 何重もの

ご病苦の中、まことに清冽な政治批判、そして適切なご提言、一つ一つ うなづきつつ拝読しております。  編集者

 

☆ 定まらぬ気候が続きます。

年のせいばかりでないと思います。冷さが足、腰にひびきます。ペンと政治、身にこたえて読んでいます。多くの人、若い人に知らせなくてはの思いです。「湖の本115 116」 お手数でも送って下さい。

くれぐれも御無理なくお大切をお祈り致します。

奥様 どうぞお大事にお過ごし下さい。  桐生市  江

 

☆ いつもご著書を

お送りいただき、ありがとうございます。 秦先生の広く、深い物のとらえ方に感服しています。

夏に向います、お身体お大切に、益々のご活躍を!   港区浜松町  裕

 

☆ 御筆跡に接し

うれしうございました。

一冊ごとに 頂くもの あまたです。 お大切におねがいいたします。  調布市  歌人  幸

 

☆ 勘三郎さんの

「嗚呼なんたる悲報」に涙しました。

「迫る国民の最大不幸」を感じながら、でも、先生と奥さまのお身体の方が気になる私です。

どうぞ、くれぐれもお大事に。   京・高野  藝術学教授  清

 

☆ 抗癌剤治療

一年の終了に少し安堵いたします。どうぞお大切に。徐々に快方へむかわれますよう 心からお祈り申し上げます。

細々と茶の湯をたのしんでおります。 ありがとうございます。   岡崎市  茶人  枝

 

☆ お元気ですか。

治療の終了、ホッとしています。これからも大切にして頂き、体力回復を願っております。

お大事に。   世田谷  珠

 

* 京都嵯峨野の人から、新茶を頂戴した。

 

* ロサンゼルスの友人、四月一日にご主人逝去と電話でお知らせあり。痛嘆。日本へ帰ってきたいと。難しい懸案をかかえられることになり、わたしたちも思い悩みながら、ああかこうかと考えている。

2013 6・3 141

 

 

☆ 拝啓

気象庁の入梅宣言にもかかわらず初夏らしい日々が続いています。お変りなくお過しのことと拝察致します。

このたびは「湖の本116」を御恵投下さいまして寔に有難く感謝申し上げます。

苦しい御闘病中に、民主党から自公政権へと移行する政治状況の中で鋭い批判を吐き続けられた本書は、とても重い意味をもっていると存じます。東電と自民党とが、菅首相降ろしに狂奔した事実は今や明白になってきました。

反原発を貫きましょう。  敬具  元岩波書店編集者

 

* 池宮夫人のご不幸に心ふさがる。何の相談にも適確に答えの出せないむずかしさ。明後日にはアメリカへ帰り、また秋には日本へと、妻は電話で聴いている。

明日 建日子の芝居を一緒に観るのもひとつの慰めかと思うものの、慰めになるかどうか覚束ない。出光美術館で染付・祥瑞展をやっている、その方がいいかとも。そんなことよりひたすら話したいでもあろう。

2013 6・4 141

 

 

* ホテルの池宮夫人と電話で話す。

2013 6・4 141

 

 

* 今日は、大事な手紙などを何通ももらっているが、メールだけで、おおかたは明日のことにしたい。

 

☆ 秦先生、 長きご無沙汰

「お気に入り」が消えたり、パソコンの調子が悪かったり、雑事に追われすっかりご無沙汰いたしました。

でも「私語の刻」は拝読しています。御体調、少しでも改善なさる事心よりお祈り申し上げます。

このところ、県犬養橘三千代、光明皇后、孝謙天皇と天平の女人三代について調べていました。どの人物も調べれば調べるほどほど、切り捨てがたい魅力があるものですね。橘三千代は権力を振り回した悪女という先入観がありましたが、なかなかの女傑と思えてきました。

先日 徳川美術館所蔵の「玉松」という香を聞く機会を得ました。香り高い香木で、桜町天皇の勅命香で、お嬢様の後桜町天皇の即位式の折、蘭奢待の代わりとして焚かれたとか。香を焚くのは、自分が即位した事を天帝に告げることだとか。

味覚、触覚、視覚、聴覚、嗅覚、どれでも満足すると倖せだと改めて思いました。

それにつけても先生の食欲が回復される事願ってやみません。

御身大切に。   愛知県

 

 

☆ 梅雨の晴れ間に

 

先生、ご本頂戴しました。

そして、小康を得ていらっしゃるようで、少し安心いたしました。

政治についての先生のご意見には、賛同するところが多々あります!

いまの若い人たちは最初から平和な時代に育っているためか、危機感が薄いですね。

先日も、いこいの森公園で行われていた「環境フェスティバル」をのぞきにいった帰り、私の前を若いカップルが歩いておりました。

女性 「なんか憲法替えるとかいってたね・・」

男性 「うん、でもきっとだいじょうぶだよ。危なくないようにしてくれると思うよ」

??? あぶない、あぶない。何を根拠にそんなのんきなことを・・・

まったく。歴史を勉強してないのか! といいたくなります。

このたび所属の朗読サークルのホームページを作成しました。両親の介護も孫の世話もない、メンバーの中ではどうやら一番ヒマらしい私が

作ることになりました。最初なので、ちょっと緊張してかなり真面目に作りましたが、次回からはもう少し楽しい記事もいれたほうがよいのかな、と思っています。お時間のあるときに、のぞいてやってくださいませ。  ゆめ

朗読の会たまゆら(西東京市) のホームページ

http://blog.livedoor.jp/tamayurant/archives/cat _954921.html

 

☆ この時節に鑑みまして

 

最近わたくしの外出スタイルを速写してみます。

髪の毛保護のために頭に帽子かおしゃれ用ウィッグを被ります。そして顔半分のマスクにメガネです。メガネは風の強い日は花粉症用のもの、他の日はサングラスだったりふつうのメガネだったり。はっきり言って不審人物です。見てくれについてはあきらめたのです。しかし、街を歩いていると、稀に同類に出会います。アヒルの口のようなN95マスクをしているスーツ姿の女性を見た時には、尊敬しました。さすがの私もあのマスクは恥ずかしくて出来ませんから。

 

帰宅の際の手順も盛沢山。

すぐに家の中に入らず、まず靴の裏につけてきた放射性物質を玄関に常備している水で洗い流します。その後、花粉症用のブラシで帽子、衣類などの埃を落とします。ハンドバックや手荷物についても同様にブラシ。家に入るとまず髪の毛をマイクロファイバークロスで拭きます。髪は放射性物質がつきやすく、福島で一番死者の多い職業が大工さん、次が床屋さんというくらいだそうです。そして洗面所で丁寧に手洗い。固く絞った雑巾で着ていた衣類を拭きます。ストッキングはすぐに手洗い。洗顔、うがい、最後に目をミネラルウォーターで洗います。(ミネラルウォーターでかえって眼を痛める人もいますので要注意)この手順で落ち着くまで三十分はかかります。家族にも同じことをしてもらいます。

部屋は常時空気清浄機を使用して、掃除も比較的まめにしていますが、それでもガイガーの放射線量は0.07とか0.08なので、内部被曝とあわせればたぶん事故前の法定基準値年間1ミリシーベルトを超えてしまい、野呂美加さんなどの説明では立派なチェルノブイリなみ東京都内の居住空間です。

食糧、水、調理についていかに苦心しているかは長くなるので書きません。一つだけ申し上げれば、大量にストックしてある震災前製造の昆布やカツオブシがなくなった時に、和食を捨てる覚悟です。もう一生ダメとあきらめている食材もたくさんあります。おつきあいでやむを得ない場合以外の外食はしません。

人の多く集まる場所を極力避けています。観劇も音楽会も美術館もショッピングも、今まで楽しみと感じていた多くのことを、殆ど捨ててきました。

 

お笑いになってくださってかまいません。

生きているために生きているような生活。自分でも自分のしていることに効果があるかどうかまるでわかりません。福島で、子どもを決して地面に触れさせないために、車から出るとすぐに抱き上げて家まで運ぶという親御さんの話を読み、深刻さや必死さに共感すると共に、自画像を見る思いで苦笑しました。

放射能に強いか弱いかは体質によります。わたくしは強くないようです。すでに事故前には考えられなかった病気に罹り、身体の変調はでました。それがすべて放射能の影響かどうかはわかりませんが、とにかく何か変わってきている感覚があります。

眼の具合もどこかよくありません。医学的に説明できない眼の異常というのも、とても増えています。ネットで検索すればたくさん出てきます。

そんなに自分一人助かりたいのか、命が惜しいのか。たいていの人は被曝で癌になってもしかたない、いいわ、そう言います。世の中、わたくしのような臆病者は少なくて、命に執着しない潔い人が大半です。

わたくしが被曝による健康被害を低減しようと努力している理由は、どうしても老父より先に死ぬわけにはいかない、少なくとも息子が結婚するのを見届けたいというのが大きな理由です。それから、アホンダラな国家に虐殺されたくない、日本人を滅亡させたくない、そのためには何の取り柄もない自分でも生き延びなければならないという闘志もあります。無抵抗に滅びて、巨悪を喜ばせたくないのです。

さらにいえば、ふつうに老化して痴呆になるのはしかたないとしても、放射線障害で最も多い知能障害にだけはなりたくないのです。可能な限り長く、知的活動の可能な頭脳を保ちたいのです。存分に書きたい、正しく読みたい、自分で考える頭を持っていたいのです。脳がやられてしまえば、それはもはや自分の人生ではありません。

少し長くて匿名という難点はありますが、とてもわかりやすいので、ある医師の書いた記事の一部を転載します。

 

放射線障害を、癌と白血病だけだと思っている方が多すぎます。被曝で、あらゆる障害が起きますが、最も多いのは、知能障害で、程度の差だけです。

発癌も被曝障害の最大の障害ではありません。最大の障害は、成人なら、知能低下と性格崩壊、意欲の減退です。被曝は、細胞死とDNA の変異をもたらします。これは、被曝量と直線関係があります。中枢神経系は、再生しません。当然、脳の機能は低下します。脳は思考だけでなく、下垂体のようにホルモンも作り出します。甲状腺癌も滅多になりませんが、被曝で甲状腺機能が低下します。そして、TSH の出も悪くなれば、ぶらぶら病です。いずれ治る人もいますが、完全には治りません。知能も低下します。

成長期の子供なら、この影響はもっと顕著に出ます。

死ななければ、癌にならなければ、普通でいられると考えるようにさせている国やお抱え医師の発言は、許せません。

皆さん、被曝は、抽選に当たるようなものだとお考えだと思いますが、現実は、徐々に知能と体力が失われていくのです。言われたことだけする人間になります。

被曝障害は、統計に取れるものだけが論文になっているので、論文、論文と、騒ぐのです。

医療では、軽度の知能低下を、障害とは認めても医療加護が不要なら、統計にはなりません。甲状腺機能障害での知能低下は、脳では良く起こる事ですが、知能低下に気付かない人の方が多いので、統計を取る意味がないのです。だからといって、それが無いわけではないのです。放射線障害としてはっきり原因を特定でき、どのような医師でも判断を間違えない甲状腺癌だから、統計があるのです。死ぬ生きる、在る無い、など、統計を取れる判断基準が無い疾病は、統計を取れません。ちょっと関節が変形した、というのをどうやって統計を取るのでしょうか?関節変形も被曝障害の一つです。

ホルモンの分泌が被曝で低下すれば、性徴が少なくなり、身長体重ともに、過去の統計より小さくなります。そこまで待ってから、治療しようとしても、元には戻せません。同時に知能も低下しますし、シナプスのランダムな成長抑制がありますから、性格は異常になります。見た目が若く見えるだけで、正常ですか?

自覚がなくても、確実に、被曝の影響はでています。恐ろしいことですが、脳の異常は、その脳が気付けないのです。

非常に高い線量の服を着ているかたも大勢いますから、通勤などの移動でも危険です。

この環境で生きるというのは、命がけのギャンブルで、確実に何か起きると考えられます。今は、何でもないかもしれませんが。いずれ、中枢神経の機能が落ちるのは、100 %確実です。遅いか早いかだけです。

 

 

チェルノブイリ地域の医者のカルテが、月日とともに意味不明に用をなさなくなった話は有名です。福島でDV被害が増えているとNHKニュースが伝えていました。避難生活のストレスに原因を持っていくようでしたが、これは立派な被曝による知能障害、精神疾患です。チェルノブイリで原発事故処理したリクビダートルたちの多くの家庭が崩壊したのは、悲惨なDVのせいです。福島近辺汚染地域での交通事故の増え方も異常なものがあると読みました。

わたくしは、とんでもない事態が進行していくと見ています。知能障害の特徴の一つに危機感の欠如があることも付け加えておきます。現実を認識する人間がキチガイに見えて、この国は益々狂っていくのです。自分が五年後に健康でいられるかどうか、湖の本を読みこなすだけの知能を保っていられるか、予断を許しません。

放射性物質は一度体内に取り入れてしまったら二度と排出できないものです。二〇一一年の三月に東京にいた人間は、取返しのつかないほどの被曝をしています。それでも避難できない人間は、日々細心の注意をして、健康被害をできるだけ先延ばしする以外に方法がありません。歎きや怒りの段階を通り越して、すでに起きてしまっているこの戦争をどう生き延びるか、そういう毎日を過ごしています、おバカなわたくしは。    新宿区  案山子

 

* おバカとは、どうにも、言い切れない。

 

☆ 湖の本116 ありがとうございました。

東電のOBとして原発事故以来、夫婦ともショックから立ち上がれず 夫は前立腺癌 私は心筋梗塞と 二人とも病床におります。先生のお怒りは全て正しいと身にしみますが、あんなに真剣に誠実に取り組んできた夫とその同僚の方達のことを考えると悲しみ一杯です。  神奈川県  城

 

* 涙をこらえて払込票のお便りを読んだ。

2013 6・5 141

 

 

* 朝いちばんに、芥川賞作家李恢成氏より来信に重ねて、みごとなメロンと葡萄とで見舞って戴いた。忝なし。

昨日には市川染五郎氏が、銀座千疋屋から輝く黄金色の、初めて目にしたみごとに大きな枇杷を十二顆戴いた。過熟をおそれ、昨日から遠慮無くご馳走になっている。

 

☆ 拝啓  李恢成

延々二十七年間に亘り、「秦恒平・湖の本」を継続刊行して、通算百十六巻をかぞえるという前人未踏のお仕事に全勢力を傾斜されてきた大兄に、完全に脱帽しています。その志の高さに敬意を表します。

目下、重篤のおん身と知るにつれ、小生も心が引き締ってしまいました。小生無宗教徒ですが、神・仏の御加餐を祈ります。

暑くなりました。どうぞ初志貫徹なさいますように。

粗品お送りしました。何卒、お気になさらずに召し上がって下さい。

小生の体重は ますますです。 早々

 

☆ (前略)  市川染五郎

秦恒平様

読む、書く、こととご縁のあることに、なるべくしてなった運命を感じ、不思議、思いがけず を楽しんで参りたいと思っております。

誠に誠に 有難く存じております。

 

☆ 拝啓

十日も早い梅雨入りでしたが、五月は半端でない少い降雨量、かと思えば、チェコやドイツ東南部、オーストリアは激しい豪雨で、プラハでは観光客が入れないなど、地球規模の異常気象。福島原発危害への不安と、何やら納得の行かないアベノミクスの大騒ぎ等々、不穏の日々の重なりです。

このたびは『湖の本』116巻「ペンと政治(二下)」を頂戴いたしました。誠に有難うございました。

発刊への並々ならぬ腐心の経緯は、「序にかえて」で充分に納得、それにしても闘病の御様子は、軽々に口に出せぬほどの大変さに 頭が垂れるのみです。

本書でのこの一年は、凄じいまでの「証言録」の連続で、リアルタイムで自分にはねかえってきます。平成二十四年一年の入院・手術の連続で胸ふさがれる思いの中で、沢口靖子の『科捜研の女』への肩入れや、新橋演舞場での「初春大歌舞伎」の最前列真真ん中での観劇の描写では、安堵します。

ホッとしたといえば、昨二日の「毎日新聞」今週の本棚「昨日読んだ文庫」の水島秀己氏の『慈子(あつこ)』には感嘆いたしました。古典文学や茶道などへの奥深い案内書としての魅力、登場人物たちの背景として優しく包みこまれた京都の描写のすばらしさ、と指摘されるところなど、短い文章の見本とでもいえるのではないでしょうか。

お手許におありと存じますが、念のため、このコラムを同封いたします。

一日もはやい御平癒を心から念じ上げて、御礼とさせていただきます。  敬具  元K社出版部長

 

☆ 前略(返不要です)

(反原発の市民集会に多くの人々が参加したとのニュースを聞き乍ら…) 本日毎日新聞で目に致しましたコラムの切り抜きを同封申し上げました。全国紙なので既にご存知、と思いましたが 何だかお伝え致し度くて…

私が手許に置かせて頂いているのはS四十七年筑摩版ですが、なつかしくて…

早い梅雨入りです どうかお体にお障りの無いことをお祈り致し居ります。  京下鴨  文

 

* 京たよりらしく封書に匂い袋がしのばせてあり。

毎日の記事は、同時に徳島さんから送って頂いたのと、同文。水島秀己さんに深く感謝し、ここに紹介させて戴く。

 

☆ 昨日読んだ文庫 『慈子』  水島英己 (詩人)

ずっと昔に読んで忘れていたのに、ふと思い出し、気になる本がある。本棚を探すけど見つからない。本屋さんに行く。ない。ネットで探して古本を買う。呆れるほど安い値段だった。この本の価値がわからないのかと少し憤慨する。

奥付に「昭和五十三年・第一刷」とある。どこか遠くを見るような少女の視線が印象的な日本画風の表紙。

秦恒平の『慈子(あつこ)』 (集英社文庫)を久し振りに思い出したのは、『徒然草』の中のアクロスティック(文字遊び)に関連する段を読んだときだった。

さる高貴な生まれの少女が、お父さんへ次のような歌を贈った。「ふたつもじ 牛の角もじ すぐなもじ ゆがみもじとぞ 君はおぼゆる」と。お父さんのこと「こひしく」患っていますよ、というのが少女の伝えたかったことだったのだ。

このかわいい少女は成人して延政門院と呼ばれる。彼女の周辺の女性たちと兼好の関係を、語り手の「私」は追跡していく。

『徒然草』の兼好さんには秘められた切ない恋の思い出があったのだ。その話題を支流に、「私」と「慈子」の引き寄せられていく経過と理由が小説の本筋として展開していく。

中世と現代という時空を越え、人が人を想う心がつながり、そして受けつがれていく。悲しみや憧れも含めて。その心の不思議さが、世間の価値観では許されない、「私」と「慈子」の愛のいきさつとして鮮やかに具体化される。

どうして人は、ある人に引かれるのだろうか? 「慈子」の父親は次のように語る。「神仏が為すはからいでなく、人間の存在そのものに含まれている未生以前のはからい」によるのだと。

二人の男女の稀有な愛の物語であることには変わりはない。しかし、古典文学や茶道などへの奥深い案内書として読むことも可能だ。『慈子』の魅力は多様だから。

もう一つ、言いたいこと。登場人物たちを、背景として優しく包みこむ京都の描写のすばらしさ。来迎院、野宮、大原、紙屋川の流れなど。また訪ねたくなる。  (毎日新聞 2013年・平成25年6月2日・日曜日)

 

* 「美しいかぎりの小説を書く」と、この言葉通りを明瞭に意識してこの原題「齋王譜」である『慈子』を書いた。男性にも女性にも愛された。わたしの耳に最初にとびこんできた男性読者の名は桂三枝師匠、女性読者の名は吉永小百合さんであった、ふたりとも、それぞれのラジオ番組で語っていたと人づてに聞いたのを懐かしく思い出す。時代をこえて織りなされる絵空事の真実である人と人の身内の愛。わたしの著しい作風は、この長編小説で初めて成った。初稿が成り三冊目の私家版と成ったとき、わたしはまだ遠く作家以前であったが、文壇のことなどなにも知らず、ひたすら初心に知名の作者や批評家に送りとどけていたのが、いつしれ雑誌「新潮」からの、また太宰治文学賞からの「招待」に結ばれていった。

水島さんの手にされたのは、紅梅少女と題された森田曠平画伯の繪を表紙に頂戴した文庫本で、そのころ最も美しい文庫本とよろこばれた。今は絶えて無い。集英社での復刊は難しかろう。この文庫本より以前に筑摩書房が書き下ろし初版として『慈子』さらに箱入り美装本を出してくれており、関西の某社から、橋田二朗画伯のたくさんな挿画入り豪華限定本も出ていた。「慈子」はわが最愛のヒロインであり、その前の処女作『畜生塚』の「町子」ともども、その後のわたしの作品世界に、繰り返し繰り返し、甦ってくれている。

 

☆ 早めの梅雨入りで

庭の草木が一息つきました。

先生日に日に体力を取り戻されお元気にお過ごしのことと存じます。

湖の本116ペンと政治御送り頂き有難うございます。御礼遅くなりましたこと、お詫び申し上げます。

御本拝読し、 私は少し落ち込んでしまったのです、いゝえ とても暗い気持ちになって気分の晴れぬまま日が過ぎていきました。 日本に絶望しかないのかと本当に落ち込んでしまいました。テレビも新聞も見たくない日があります。 今に生きる人達は後の世に責任をもって生きているのかと言えば、 私等、何の役にも立たずとろんと生きています。こんなことでいいのでしょうか。 あれやこれや考へるテーマが多過ぎて頭がこんがらがってしまいます もう、 私の手には負えません。

私個人のことゝ申しますれば ガンの手術の後五年が経ち年一回の検診だけで元気に過ごしております。アトリエの窓から夏椿の蕾がふっくらと大きくふくらんできたのが見えます。 十薬、オカトラノオ、半夏生、梔子等、六月の白い花々が咲き、身近な小さなことに幸を感じています。

近く一泊の旅に広島に住む妹と出掛けます。緑濃くなる自然の中で海を眺めたり美術館へ行ったり、ゆっくりと気分転換したいと思います。

御礼遅くなりました上 支離滅裂なお手紙になってしまいました。心よりお詫び申し上げます。

先生、どうぞお体大切にお過し下さいませ。 かしこ   山口市  横

 

* あまりのなさけなさにこういう気持ちに落ち込んでいる日本人が列島を埋めているだろう、まさしくそれこそが保守特権政治の思うままであり狙い目であるのだろうが。このわたしでも、このメールの老婦人の日々とさして変わりないのではと思い至るのがまた情けない。いやいや諦めまい。つらければつらいと言って、ち立ち向かおうと思う。

 

☆ いつもありがとうございます。

今回の3作については、自分の職務だけでなく、プライベートの事も含め、色々と考えるきっかけになります。改めてご挨拶させて頂きます。  奈良市  宏

2013 6・6 141

 

 

☆ 「ペンと政治」の情熱に

勇気づけられます。ありがとうございます。 1945年夏を体験している者の一人として、ささやかですが平和とそれを保障する憲法のために行動して居ります。  栃木市  舘

 

* 「仕事」の方に時間を掛けていた。気も向いていた。

2013 6・7 141

 

 

☆ ご体調は如何ですか。

例年になく早い梅雨入りに、シーソーの如き気温の変化、身体がついていかない人が多い様です。

どうぞ、お大事にして下さい。  葛飾区  典

2013 6・8 141

 

 

* 一昨日、京祇園で茶の湯をひさしく楽しんでいる人、弥栄中学三年生で同級だった人、湖の本を創刊以来支援し続けてくれた人に、淡々齋の箱書付き、「一位」の木で仕立てた「香合」を謹呈した。まん円い平な香合で、一見、蓋も身も深い飴塗り、だが、蓋を払うと蓋裏も身の内も輝く金、みごと鳳凰が晴れ晴れと描かれてある。

祇園の人なので祇園さんゆかりの軸もの、岸連山が安政のむかし、ハリスが江戸城へあがった年に描いている「祇園社御手水場」の瀟洒な繪がどうtと思っていたが、やや本紙にやつれが見えるので、美しく晴れだつ香合を贈ることにした。

2013 6・9 141

 

 

* 秦建日子の「秦組」は昨日東池袋のアウルスポットでの「タクラマカン」公演を打ち上げて即座に、大阪へ移動。今晩一晩ながら産経ホールで初の大阪公演。つつがなく終えたろうか。久しい読者の岡田さん母娘を招待したが、無事に観てもらえたろうか。娘さんは阪大大学院で演劇学専攻の博士課程とか。きびしく観てくれたろうか。

それにしても、あの中学入学の子が、りっぱに大きくなったものだ。

2013 6・11 141

 

 

☆ 秦恒平様

拝啓 初夏の候、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。

いつも『湖(うみ)の本』をお届けいただきありがとうございました。  特に昨年の衆院選をろぐる動きについてフォローいただき、ありがとうございます。

しばらく臥薪嘗胆、力をため込みたいと思っております。この琵琶湖、滋賀、そして、この国のために。

末筆ではございますが、今後ますますのご活躍をご期待申し上げます。  敬具

平成25年5月31日    滋賀県知事  嘉田由紀子

 

☆ ご病気に打ち克つ

熾烈な精神のお仕事、敬服の至りです。

どうぞいよいよご健筆を。   所沢市 出版社主  奈

 

* 京都の学友西村肇君から病気をいたわり励ます懇篤のながい手紙をもらって、ほろりとした。もう一度また弥栄校のみんなと会えるかも知れない、というほどの気力に立ち返りかけている。もう少しもう少し体力を付けないと。体重も今の辺りに落ち着かせないと。ずいぶん大勢にご心配をかけてきたらしく恐縮このうえ無い。

いま、手元に、気張って出向いてみたいがと思案している出先が、三、四もある。

明後日十五日の太左衛さんらの囃子物の会、十九日までの「橋本成敏作陶展」 二十三日までの画家畠中光享コレクション展、二十三日日曜の「芸術至上主義文芸学会」藤村に関する講演会。も一つ、二十日二時に梅若研能会で万三郎の能「遊行柳」がある。心惹かれる。

2013 6・13 141

 

 

☆ こんばんは。

11日は「タクラマカン」にご招待いただきありがとうございました。

舞台を観に行かせていただいてからあっという間に日が経ち、お礼を申しあげるのが遅くなって失礼いたしました。

大変パワフルな舞台でしたし、東京・大阪間の移動もありましたが、建日子さんはじめ劇団の皆様方のお疲れも、少しはとれた頃でしょうか。

さて、秦組の舞台「タクラマカン」、本当に面白く、手に汗握りながら夢中で観通しました。

うかつにも秦組に関しての予備知識全く無い状態で出かけた私たちでしたが、舞台が始まってすぐ、長い間会いたかったものにやっとまた出会えたような懐かしさ、予感を覚えました。

舞台は、期待通りに広がって行き、ふくらんで行き、大きく立ちあがりました。

物語の世界観にも、役者さんたちのけなげなまでの熱演にも、心から感動しました。

十九年前の建日子さん独立第一作目の作品ということですが、若き日の作品らしいみずみずしい熱気にあふれつつ、かつ今を生きる若者たちの物語にもなり得ていると感じました。

十九年前の建日子さんとほぼ同じ年齢にさしかかっている娘には娘でまた別種の感慨があったようです。

しかし、観終わって夜の道を歩きながら、二人ともなんともいえず充たされた思いでした。

秦建日子さんという作家、秦組という劇団に出会えてよかったなという安堵感かもしれません。

四度のカーテンコールをした大阪の観客たちは皆私たちと同じ思いだと思います。また大阪公演をしてくださるのを待っていますと、建日子さんにどうぞよろしくお伝えください。

ありがとうございました。

おやすみなさい。     大阪市  祥

 

* 今にして思えば、大阪には松尾さんもおられた、観てもらえていたら、あの「タクラマカン」だ、松尾さんならではの批評が戴けたろうに。惜しいことをした。

 

* よく、秦さん、ほんとにお付き合い広いですねと驚いて下さる人がある。そういえばそうでなくもない、ただ「お付き合い」といっても九割がた、お目に掛かったこともないのだが、まさに「濯鱗清流」のありがたみに浴してきた。今も浴している。錚々たる学者・研究者も、作家・批評家も、詩・歌・俳人も、美術家も、演劇家も、政治家も。まさしく淡交、それでいて多年心親しいお付き合いがある。いまなお増えている。もとより「いい読者」との、湖の本二十七年間よりももっと以前からのお付き合いも多い。とても大切に思ってきた。

秦建日子も、手の届く限りの狭い仲間内や業界だけでなく、もう少し各界の方とのお付き合いも心がけてはと、きどき思う。もう、いい歳のいい大人だ、出来て行きつつある「秦建日子の世界」を、驕らず、尻込みもせず、観ていただける機会は機会として生かしたらいいのでは。手伝えることは手伝ってやりたくもある。

2013 6・17 141

 

 

* 村上開新堂の山本さんからクッキー詰めのまた一函を、朝いちばんに頂戴した。退院以来、三度目。

この老舗中の老舗の菓子は、信じられぬほど美味い。「上等」という言葉が京育ちの子供の頃、とびきり掛け値無しの「褒め言葉」であったが、その「上等」が思わず口をついて出る。高価とか高級という語感と異なり、あの、人やモノなかなかを褒めない京都人が、「上等やな」と口にするときの言葉は、いかにも賛同・賞賛の思いで胸に温かい。山本さんもまた、そういう上等な人である。四半世紀を超えて、しかもたった一度か、せいぜい二度半蔵門のお店「dokan=道灌」で会ったかどうか。遠いお人と思ったことがない。そういう人をわたしは何人も持っているのが誇りだ。

茶の湯を習い始めたのは小学校五年生ころのこと。ほぼ同時に師匠の叔母が属していた裏千家の「淡交会」という名も聞き、機関誌「淡交」にもいつも幼いなりに手を触れていた。大きな意味でわたしが茶の湯から学んだのは、難しい「わび・さび」の、「和敬清寂」のよりも、「淡き交わり」という人間関係のよろしさであった。淡交でいい、淡交こそいいのだという確信が少年のころから有った。むろんそこをはみでた、はみ出たがったべつの交わりも、だからこそ当然に幾度も起きたろうけれど、それはそれでやはり永い眼で観て「淡交」へと落ち着くのであった、と、そう思っている。

2013 6・18 141

 

 

* 今日は、社民党の福島みずほ自筆の葉書が届いた。

 

☆ 遅くなりましたが

毎回御送り頂いている「湖の本」115 116

ありがとうございました。

 

* 拳をあげてにこやかな写真だが、署名も、党の代表たる肩書きも無い。そもそも、「湖の本」の『ペンと政治』二上下への挨拶なら、社民党が国政三分の一の議席を確保し続けていた時代からみて陰々滅々、なんと都議会は一議席というような死に体の政党になぜ陥っているのか、その責任を痛感し挽回への闘志を伝えてきてもらいたい。わたしは社民党に関してこの十数年にどれほど支援の批評や注文をしつづけてきたか、それを知らぬのを直に責めはしないが、ぼやーっとして代表・党首の地位に縛り付けられている図は、かなり見苦しいという自覚はないのか。

滋賀県知事の嘉田さんの手紙には「臥床薪炭」再度の奮起を誓う言葉があった。福島みずほ個人には親愛感を喪っていないが、党の代表としての自覚をああいう著述への反応として片言隻句伝えてこれないのでは、あまりに軽々しくて、ま、惘れたのである。

 

* うってかわって、大きな会社での編輯の仕事を定年で退かれて以降、ひさしい素志の島崎藤村研究に打ち込んでこられた宮下襄さんからお手紙があった。文学に志をすてない人のなんという清い境涯か。

 

☆ 秦様

今年も初めてお手紙を差し上げます。

ちょうど四月いっぱいで原稿を編集に届けました。いつものように疲れ果てて終りましたが、昨年の折々に暁星学園や上智大学の図書館を尋ねていた『エトランゼエ』に出てくる宮代青年と小柴錦侍という絵描きさんのことです。雑誌が出るのは九月ですし、校正もいつになるかわからぬという暢気な話です。

宮代青年の住居が横浜市の日出町でしたので、横浜の町を何度もさまよいました。といっても、百年を越える昔のことで、その上、この町は、震災、空襲と二度も焦土と化している処ですので、偲ぶものがあるわけではありません。この辺だったのかと思う裏通りも、どこかわびしく廃れた感じですが、其処比処と、住んでいた人があると思うだけでも心を潤すこともありました。

野毛山の周辺を歩いておりますと、知らぬうちに道を間違えます。狭い路地が入り組んで、小さな坂や石段の道も多く、軒の迫った細い路地を右、左と折れ曲がって、南にいくところを北に向かつていたというような事を繰り返して、戸部とか老松とか伊勢町など昔からの町の名のところをさまよいました。

横浜といえば藤村が青年時代に手伝いにいった「まからずや」という店がありました。藤村は「まからずや」としていますが、これは「まからぬや」というのが正しいようです。図書館に行くたびに古い横浜の写真集を見ていましたが、当時の伊勢佐木町通りの二丁目角の写真に「満からぬや」と読める看板の店があり、若かりし日の藤村が手伝いにいっていた店であるとの説明も必ず付されていましたので、間違いはないのでしょう。いつから「まからずや」になったのか、多分、藤村が昭和十六年のノートに「伊勢崎町まからず屋雑貨店」と書いたのを、その後繰返していくのだろうと思いました。それはそれでよろしいのですが、古い明治に注釈を付けてみるのも

楽しいことだと思います。

幾分肩の荷も下りたのでお手紙をと思って、ここまでは前に書いていたことです。ぼんやり過ごしておりますうちに、もう六月も半ばを過ぎました。

ご本もお送り下さってから時間もたち、また「湖の本」も送ってくださってお礼をと思いながら、何やかやとあって、何日か、《ペンと政治》の三冊を目の前に呆然、「三月十一日までは」とあったにしても、ただひたすらご闘病に障らぬようにと願うばかりです。

私のほうは「頭痛肩こり樋口一葉」という感じがぴったりの日々です。視力もだいぶ衰えました。振り返って見ますと、(振り返るまでもなく)、父は数えの四十二歳で亡くなりましたので、私はその二倍近くを生きたことになります。表面はともかく、静かに老いるとか美しく老いるなどはやはり無縁で、知盛のように「見るべき程の事は見つ」などと毅然と誇らかにいうすべもなく、昨今の様々な事柄、眠らしていた*****幻想というようなことも、最近は絶えずというほど私を悩ませます。私の叔父は二・ニ六の首謀者の一人でした。

東日本大震災が起こったとき、その復興の困難を考えながら私がまず思ったのは、そのための復興税というようなものが必要になるなら、私のような者でも、生を終えるまで応分の負担をすることになるだろうということでした。それが私のできるただ一つのことだろうとも。消費増税などと名を変えても、それが同じ目的のためにあるのなら、私には反対する理由などは何一つありませんでしたが、それもこれも、当然のように裏切られていくぼかりでした。事こまかにいう気持はありませんが、この年齢になって、粗暴な**が何でこんなに襲うのか。何処から来てどこにそれは向かおうとしているのか。こんな事を書くのもどうかと思いますが、「あいつを**、こいつを**、……わからぬかといっては**、嘘付けと逆上し、そいつも**、あれも**……最後は気に食わぬと自分を**、そして誰もいなくなった」などと、愚かしくも書き付けていた日をひたすら思い起すことにもなりました。

テレビでオリバー・ストーンという人の「アメリカ史」を観ていました。アメリカの人のアメリカ批判としてまじろぎもせず見続けましたが、9 ・11というようなおぞましい出来事も、その国が積み上げてきた欺瞞の不幸な代償のように思えました。心晴れる日はなくとも、たじろいではいけないと思いました。

どうぞお大事になさってください。

あと僅か、また新しいテーマを見つけようと思っています。藤村学会の例会で何度か勉強の発表をしました。それらをまとめるだけでも意味があるかもしれません。書き散らした詩文もいくらかあります。『東方の門』を書いておきたいとも思います。それらに一片の理があれば、きっと書き残しておく意味があるだろうと思います。後々の方たちへのいくばくかのお役にも立つだろうと。またそうであってほしいと思っています。

二、三年来、街中では燕の数がめつきり少なくなりました。聞こえてくるのは大きな鼠の出没です。雨も少なく、とはいえまた豪雨の被害がでるのかもしれません。それでも昨日今日とわずかに梅雨時らしい日々でした。暗い空から一瞬明るい日差しがもれたりしています。

こんな詩文がありました。ご笑覧ください。

 

今日も雨が降っている

重く暗く

時折明るんではまた閉ざされ

音なく小止みなく降っている

恋に悩む青年が

窓の外に

降り続く雨を眺めながら

何とエステティッシュな季節だろうと

友人に書き送った手紙を読んだことがある

昨日も雨、今日も雨……と

パリの貧しい画学生が

冷たい石のアパルトで

孤独に書き綴る手記を読んだこともある

だが今日は

聡明な若者たちの

孤独な魂の劇とは別に

書いておきたいこともある

暗い空の隅々から

森や田や草や木に

家々の屋根に

天地にすまうもろもろの神が降りてきて

黙々と大地を潤していると

灼ける太陽がくる前に

滋味深い古代の神は

みずらに結った

見慣れぬ古人の装いで

地にもぐり水を清め

土地を癒して

福々しい顔をなごませながら

しづかにどこかに帰って行くと

 

慈雨という言葉も忘れてしまった

暗く深く

雨が降る

ヤマボウシの白い花をぬらし

満目の草木をぬらし

葉末からしたたる滴も静か

出水の恐れも今日はあるまい

空の気配をうかがいながら

ものたちは皆

音なくまどろみ

よみがえる時を待っている

 

六月十五日   港北

 

* 胸も静かに、やすむことが出来る。感謝します、宮下さん。一緒に、泉鏡花の本を創ったむかしも懐かしい。

2013 6・18 141

 

 

* 六月十九日 水 桜桃忌

 

* 山形から、美しく照った甘い桜桃を、それはたくさん頂戴した。また新たな一年を迎えたなと気持ち引き締まる。ありがとう存じます。

追っかけて、石川の鶴来から、よく冷えた生酒の菊酒二本。これが美味い。

石神井の高本さんからもご馳走の詰め合わせを頂戴し、お祝いを重ねて奈良の上村淳之画伯からは、傘壽を記念の「帛紗」も頂戴した。年に二度ある誕生日の桜桃忌をわたしは例年こころして迎えているが、ご厚意にも包まれて嬉しい晩餐とはなった。

 

☆ 向夏の候

ご健勝の事とお慶び申し上げます   私の

傘壽記念展にはわざわざご来場頂きありがとうございました

若い頃からの作品を前に改めて恥の上塗りをしてはならぬと

反省しきりであります

心ばかりのものですが御笑納くださいませ    上村淳之

平成二十五年六月吉日

2013 6・19 141

 

 

* 小説を書き進むのだけが楽しみ。

 

☆ サドの本を読んだことがあるか

という質問でしたね。読みました、河出文庫の『恋の罪』『悪徳の栄え』です。が、途中で「放棄」しました。

鴉が、サドの『ジュスチーヌ または美徳の不幸』(植田祐次訳・岩波文庫)600頁を読了し感想を述べられていたのは一週間ほど前のことでした。その述懐を読み、サドの本から受け取るものの何という相違か、ということでした。まず男性女性、少なくとも鴉と

わたしという個に限定しても、性に対する姿勢がかなり異なること。

次に著述を読み込んでいく能力の決定的な差異・・わたしの理解力のなさを痛感せざるを得ませんでした。途中で放棄したのは、やはり「未曾有の衝撃」であり、わたしがその陰惨陰鬱に耐えられなかったからでしょう。その先にヒロインの美しさや光明に至る道筋を見届けることなく、「知的に思索的に惹きつけ」られることなく、途中で放棄したのはわたしの脆弱さと指摘されても仕方がない。

「サドの時代とほぼ異ならない時代のヨーロッパ文学や藝術を輸入し続け愛読し愛好しながら日本の近代現代を組み立ててきた。それを思えばそういう欧米文化のものかげに強烈な主張と批評をひめたサドらの文藝思想もまた無視はならないと気づく。」

この指摘は謙虚に受け止めます。

チャタレーも四畳半も、裁判もすべては時代の反映、と言い切ってしまいそうになります。猥褻も淫乱も倫理道徳も善悪もすべては決定的な尺度などあり得ないのだからと言ってしまいそうになります。

最近読んだ村山由佳の『ダブル・ファンタジー』も思い起こされます。脚本家の三十五歳のヒロインの性を約五百ページにわたって書いたもの。

読書会の課題の本で、自分では恐らく手にしないだろう一冊でした。柴田錬三郎賞、中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞三冠、2009年、恋愛小説を読むならこれしかないと帯に書かれています。

恋愛とは何だろうと、性とは何を人に齎すのだろうと今さらに愚問を発します。恋愛イコール性と直接的に図式化できないわたし自身は古い人間になりつつあると感じています。

取りとめないメールになりそうです。

どうぞお体大切に、視力の安定を、少しでも快方に向かえたらと強く願います。  尾張の鳶

 

* サドの問題の岩波文庫は、訳者の筆も手伝っているか知れないが、「未曾有の衝撃」でこそあれさほどは「陰惨陰鬱」な表現でなく、印象は奇妙に澄んでいたり明るくすらある。ジュスチーヌの手に負えないほどの「美徳」の主張とそれに徹した最期とがかなりモノを言うている。悪徳に生きたジュスチーヌの姉ジュリエットの最期での修道院入りといったおまけが無くても、ジュスチーヌは独りで奮戦奮闘し、しすぎている位だが、サドのモチーフが美徳にせよ悪徳にせよ、やはり一貫して思想小説としての意図に芝居気たっぷり殉じているのを見逃さない。四畳半などと同日に語れるものでなく、サドの本と印象がちかいと謂う意味でならわたしは臆せずマルクス・エンゲルスの「共産党宣言」を持ち出す。男の読み方、女の読み方の問題など、矮小。 またこの本の本丸は性行為の如何や是非でもない。はっきりいえば、神か自然か、なのである。この小説の核心にとぐろを巻いている「自然」にこそわたしは強い興味と関心とを持った。

 

* いよいよ、わたしの「ある寓話 ないし猥褻という無意味」を、公表するせぬはべつにしても、しっかり書かねばと思う。

2013 6・19 141

 

 

☆ 秦先生

先日はメールをありがとうございました。後半が文字化けして読めず、ウェブ上のもトップページからどうしてもたどりつけなかったのですが、一昨日深澤さんが教えてくれて読みました。

また先日、深澤さんの紹介で原善さんに会いました。

いつも「詳細年譜」は準備してあって、今回は深澤さんとの共編で川端のは刊行しようと思っているのですが、果たして出してくれる出版社があるかどうか、というところです。

いつも湖の本ありがとうございます。   敦

 

* 腰の定まった、あとすざりのない勇敢な仕事の若い人の登場こそ望ましいし、頼もしい。

 

☆ 一度

問いかけてみたいと願いながら、今まで果たさすにいたことがあります。思い切って書くことにしました。

『慈子』は世にも美しい作品で、愛読者のわたくしはその世界に憧れるだけでなく、呪縛されていた気がします。『慈子』はそれほどに危険な誘惑の世界でした。ある時期、身の程知らずにも「慈子」のような存在になりたいとすら夢に見ました。秦さんの描く「繪空事の不壊の値」を共有できるような存在になれたらなと愚かしく錯覚しました。そしてそんなことのできっこない話に滅入りました。ふつうの平凡な女にとっては、結局世間のどこにでも転がっている常識は超えられないのです。

秦さんの描く「慈子」とは、秦さんのこの世に生まれてきた理由でもある「文藝」「藝術」のこと、それへの「愛」のことではないでしょうか。今は『慈子』という作品を、文藝愛に殉じた作家の物語とわたくしは読んでいます。そうとしか読めません。

秦さんが探し求められていたのは、ふつうの生身の人間ではありません。たとえれば秦さんの創作する繪空事に必要な「慈子」を上手に演じてくれる女なのでは。間違っていますか。  純

 

* だいじなのは、次の仕事。それに尽きる。

2013 6・20 141

 

 

☆ サドについて

男性女性云々は小さなこと、問題は自然だと書かれていました。まさに指摘された重要な点は人間はヒトという生命体、動物であり、自然としての性情をもっている、それが出発点。

またサドの文学の提起するものは、ある意味で近代のヒューマニズムへのいささかのアンチ・テーゼでしょうか。性善説、人には道徳的本性がそなわっているという前提のもとにヒューマニズムや自由・平等・博愛が叫ばれる。その潮流への一つの問いかけでしょうか。

サドの著作に『共産党宣言』が印象として近いと書かれているのは、わたしには分かりません。半世紀近く前に読んで記憶の彼方にあるため。唐突で面白く感じられました。

わたしの理解が間違い多く浅いものと思われても仕方がないのですが、反射的に感じたことを書きました。寛恕あれ。

抗がん剤投与によるさまざまな影響、投与終了後も、最近の状況も、HPから詳しく知り、日常をどのように過ごされているか察しています。どうぞ無理だけはなさらないでください。

詩も絵も、そして読書も< 究極は全くの孤独な作業です。耐えられないなと思うことも・・。

絵はこの春以来、70号と50号の二枚を描きました。絹に描いた山越え阿弥陀図の部分画やモンサンミシェルの干潟の絵は小さなものです。    尾張の鳶

 

* 『ジュスチーヌ または美徳の不幸』(三部有るとされる「ジュスチーヌ」ものの基幹の第二部)に限っていうのだが、著者サドは、美徳を奉じていかに凌辱され尽くしてもガンとして「神」にすがるのに対し、彼女や彼女の同類の女達を言語に絶して凌辱し尽くす大勢のリベルタン(放蕩者たち)が終始一貫誰も彼もみな造物主の「神」など絶対にいない、すべては「自然」から生成したのだと繰り返している。全編が神と自然との抗争譚に創られている。その意味で、近代を特色づけたマルクス、ニーチエ、フロイト、ダーウインなどが「神」と意図的にも対立していた構図と似ている。「共産」という思想は、明瞭に、「神」ならぬ、人間と基盤になる「自然」の洞察とともに世界の再構築を考えていたと思う。ヒューマニズムも広義に謂えば「神」よりは「自然」に根ざした人間主義であり、サドにしてもヒューマニズムの対立者どころかサドなりの人間肯定者だと謂える。サドが強調している「自然」とは、山河や海洋という以上の、深い強い「生成の原理」の意味で、神の存在を虚妄と退けている。いわゆる近代の自然主義は、さどの言説や思想と背馳していなかった。悪徳や不自然や異様の側から自然と人間を肯定し、居もしない神様にただすがりついての美徳人たちを徹底して悪徳の肯定側から嗤ったものと読み取れる。マルクスもニーチェもフロイトもダーウィンも大筋ではそうでなかったか。

* ああ、この霞める視野よ。八つあるいろんな度の新旧の眼鏡をみな踏み砕いてやりたくなる。

2013 6・20 141

 

 

☆ 秦様

いかがお過ごしかと気になりながら 御無沙汰しております。

クッキーを召しあがっていただけるのが嬉しく 御中元で売切になる前にと 私自身が予約(自分の店なのに変ですが)したクッキーが一人で秦家へ出向いてしまいました お手紙を入れそこねましたが 召し上がっていただければ幸です。 二度も同じことばを繰り返し 乱文、お許し下さい。  道

 

* 美味しくて、手が出て出て。村上開新堂の缶に品づめの綿密には唸るほど嘆賞される。二三十種もの大小のクッキーがピシーッと隙間なく美しくつめてある。しけったような柔らかみでなく、味覚のよさをそのままいろんな形に固形かしてあり、噛んでの歯触りも舌触りもそれは清潔で、美味しい。

山形の桜桃佐藤錦とともに、毎食、多彩なクッキーを美味しく戴く贅沢を、心地よく楽しんでいる。石川鶴来の菊酒も楽しんでいる。

2013 6・22 141

 

 

* 富山の細川弘司君 久々の来信。相変わらずの「レータースタイル」論。文字通りの「拘泥」というしかない。

 

* 間をおいては訃報が届く。どう押しとめようもなく、言葉もなく。つつしんで冥福を祈るよりない。同年輩とかぎっても順々に名前を思い出すと、この数年、両手の指で足りない。嗚呼。

 

* 京都の廣瀬ちづるさんから、いまや希有、昔ながらほんものの夏蜜柑でつくられた老舗「老松」の「氷羹」を頂戴した。びっくりするほど美味しい。真実美味しいものはこんなに「美しいか」と思う。廣瀬さんをじつは深くは存じ上げない。亡き兄、北澤恒彦の職場におられたお人と、朧ろに。

 

☆ 梅雨明けが

待ち遠しい今日この頃です。

秦先生には「湖の本」をお送りいただき、感謝申し上げます。

いつも心が熱くなります。反原発・脱原発の実現をと強く思います。

抗がん剤を投与されながらのご執筆…

お身体をご自愛下さいますよう心より願っております。

奥様にもご無理が重なりませんようにと何より念じます。

こころばかりのもの、ご笑納下さいませ。   鶴

2013 6・24 141

 

 

この度は『湖の本 ペンと政治』を頂戴しまして、ありがとうございました。御心遣いに与り、恐縮しております。

とりわけ昨年は、ご入院、再入院、それに御目の手術とすこぶる大きなことを次々に克服されましたね。どれほどか大変だったことと拝察いたしますが、その中にあって、ご執筆、読書、観劇と旺盛にご活動され、その精神の力に敬服いたします。

ご快癒されまして、ますます、ご活躍されますことを心より念じ上げます。 敬具   たい子賞作家  阿

2013 6・25 141

 

 

* 今日、市川染五郎とメールを交換した。梅原猛さんの『世阿弥の恋』は『超訳的歌舞伎』の著者には遙かに遙かに上等の佳い参考書になる気がしていて、そんなことをちょっと書き、彼は彼であのような「ヤマトタケル」の作者への思いも、それを演じて行く好きライバル猿之助のことにも触れながら、気持ちの良い返事を呉れた。高く高く伸び上がろうと励む真摯で謙虚な才能をわたしは愛でたい。がんばるという言葉はあまり嬉しくないが、やはりがんばって欲しいと期待する。

2013 6・25 141

 

 

* ときどき、むしろたまたまと謂うべきか、テレビの場面が目に入るつど「またかい」と声が出るほど「京都」を舞台のドラマや案内や解説が多い。幼いよりたっぷり馴染みの街や辻や川や木立や山や店の写真がふんだんに、と謂うより、手当たり次第に画面に飛び出してくる。わざわざ帰らなくても「京都」が或る程度楽しめる。

もう一度同窓会を考えていますと世話をしてくれる中学友だちが手紙をくれている。うん、もう一度なら出掛けて行けるだろうと思っている。

大学での友人から京の「蚊やり香」を頂戴した。「蚊取り」ではない、「蚊やり」…。物言いも懐かしい。

 

* 米沢短大の遠藤学長さんから、パックにびっしりの輝く桜桃「佐藤錦」を頂戴した。「あらきそば」さんから桜桃忌に頂戴したのが、ちょうどおしまいの二顆になったところへ届いた。今年の佐藤錦はひとしお甘い、美味い。ありがとう存じます。

 

☆ お元気ですか。

 

>「ばかみたい」ではある。 ま、誰しもともども年を取って行くのですね。バカみたい。

>やっぱり「ばかみたい」ではあるが、意地というものの萎えた老人の甘えでもある。歳とり衰えてゆくのに甘えているのだ、とことん「バカみたい」である。

 

「バカみたい」が気になりました。

失礼ながら、駄々っ子のように思えるお言葉です。お小さい頃に大人になってしまわれたので、喜寿をお迎えの今誰かにぶつかって甘えてみたくなったりしている感じです。

 

でも、年をとっていく「バカみたい」なことは、良いことも色々あるでしょうと、わたくしは思っています。

今のみづうみには、世間のつまらない関わりから解放されて、ほんとうに成し遂げたい仕事のための時間や、仕残したことのための時間がたっぷり与えられていると、感じられます。駄々っ子になるというのも仕残した大切な一つ。病気療養の毎日は制限されて外出もままならないから、一層お仕事に幸せを感じて打ち込むわけで。

年齢を重ねたみづうみの場所からは、ご自分の誇らしい人生の行跡がよく見えますでしょう。わたくしのようにアスファルトの上をらくに歩いてきたのではなく、とても歩きにくい砂浜の上を歩いていらしたから、ご自分の足跡がはっきりおわかりになるはずです。並大抵のご苦労ではなかったけれど、もう稀に見るお幸せ、好運の塊です。

今のまま、一心にお好きなお仕事をなさって、豊かに遊んで、お疲れになったら存分に休憩なさって、闘うことすら楽しんでくださればいいのです。

考えてもみてください。もし平均寿命まで生きるとしたら、わたくしなんてあと数十年も生きなくてはなりません。この日本で、あと数十年、日々老いながら生きるなんて、地獄じゃなかろか……。幸か不幸か放射能のせいで数十年が大幅に短縮されたとしても、あと十年後に日本に何が起きているか、もう想像するだけで「国民の最大不幸」どころか凄まじい悲惨が待っているのではないでしょうか。

今の高齢者、後期高齢者世代は、なんとか日本が国家の体裁を保った状態のまま、晴れてあちらからお迎えがきてくれるでしょう。わたくしの世代は今まで恵まれすぎてきた分、老後にそのツケがどっと押し寄せてくるのです。

最後に、もう一つ。

>* わたし自身の文筆関連資料をときどき整理してくれる妻が、ある人の文中に、「仕事の質は高いのに秦恒平研究をする者がすくない、それにも理由がある。秦自身で書いてしまうからだ」と。同じような事を何度か言われてしまったことがある。

と書いていらっしゃいましたが、わたくしの意見は違います。

『天才の時間』竹内薫著の中にこんな文章があるそうで、こちらが正解でしょう。

「そもそも、天才の仕事を見て、その内容を理解し、さらに評価さえできるような人間は、世の中にほとんどいない。人は、とかく感情に流されがちで、すぐに他人の業績に嫉妬したり、自分と比べて羨ましくなって、逆に無視したりする。(p260)」

 

どうかご機嫌よく 「バカみたい」なんて仰らずに。  姫猫  梅雨寒や家にゐつきし迷ひ猫  渋沢渋亭

 

* ま、かしこいよりも バカみたいな方がいい時世で。定数違憲の安倍「違憲」総理は国会を欠席するという「違憲」も。鳩山元総理はどうトチ狂ったか中国へ出掛けてほんものの「バカ」を。富士山や列車を撮りたいために地元丹精の桜や木々を切ったり倒したり。あちこちで小学生の首をしめ歩いたり。儲け話にまんまと乗って途方にくれたり。

そんなのに比べれば大方の気忙しいひとには「バカみたい」だろうが、手に触れ目に触れた庭の草葉を、ひょいと空いた壺や瓶やガラスコップに挿してみる、それだけで暮らしに美しい一画が浮かぶようにあらわれる。美しい空気をつかみ出す、そんな楽しみには天才も秀才も無用、いつでもどこでも誰にでも出来る。

2013 6・26 141

 

 

* 「死なれて 死なせて」を体験している人が、じわじわと数増して行く。指折り数え、暗澹。なかには自ら死んで行く人も。

 

* けさも、懐かしい死者達の呼びかける「オールド・ブラック・ジョー」を聴いて、呻いた。「蛍の光」をじっと聴いた。逝く者、留まる者の臨終の歌と聴いた。

2013 6・28 141

 

 

☆ 少しでも

元気になられたと喜んで居ります、自転車とかで無理をしてるのではと心配して居ました、

先日銀閣寺近くへ行ったついでに、足の痛い中思いきって法然院へ行ってきました、雨の前で上手く撮れてませんが送ります。

私はぐずぐずいいながら楽しんで居ります。

我が家では、矢はずスズキ、半夏しょう、かがり火草、虎の尾などにぎわっています。

明日から7月で、祇園祭一色です、お祭り好きの貴方にはお囃子が聞こえて来るにのでは!

此から本格的に暑くなります、ご自愛下さい。  華

 

☆ 不思議は、ありますね。

随分、不思議なタイミングです。

昨日は、映画、を観にいき、その後、新しくできた本屋に行きました。映画は、「華麗なるギャッツビィ」でしたので、感じのにた本の下巻、「時のみぞ知る」を買いに行きました。途中でフトミアゲタ所に、『京のわる口』があり、いろんなことを、考えていましたが、今、メールを受けた時に、何故か、何処からか、が、分かりました。共時性ともいうのですが、昔からあることなのですね。

先日、関西に行きましたが、最近は茨城空港から神戸に飛ぶので大変楽になりました。

最近は人の役に立つのならと、諦めて、忙しくしています。そのうち東京の病院へ検査に行く予定ですが元気にしています。

お元気になられてとても嬉しいです。  水戸  良

 

 

*  「老議院」創設の声をあげたのは、十三年以前、西紀二○○○年に行った山折哲雄さんとの対談「元気に老い 自然に死ぬ」の中でであった。着想は、それよりもよほど先だった。あのころも参議院のひどさに呆れ果てていた。参議院をやめて「老議院」に替えたいと願った理由は一二にとどまらない。

参議院はすでに衆議院へのチェック機能を完全に失い全面「政党」化していた。かつて「緑風会」の掲げていたようなせめて是々非々の姿勢も地を払い、党議拘束の政党エゴが数だけで政策を争っていた、いや争うならまだいい、議員の頭数にまかせ、討議が成り立っていなかった。今では更に更にその悪弊が増している。参議院議員の知性も良識も憂国の思いもまったく働きを持っていない。

その一方、いまや日本人の年齢構成は老齢増の傾向を早足に歩いていて、65歳以上の全人口にしめる割合は三分の一に優に達しているのではないか。加えて日本人の健康度も格別に増し、わたしが少年・青年・中年頃の壮年にもひとしい健康体の65-75歳男女は、信じられぬほど増えている。その判断力・経験力は国民全体の大きな財産とすら謂えるのに、適切に活用されず、昔ながらの安易な常識で、さも「引退者」「要保護者」かのように社会から棚上げされている。理不尽の極と云わねばならない。

しかもそのような65-75歳の保有している資産は、若い世代のそれに比較して社会や国を動かし維持するに足るものを持つとすら観られていること、政治発言の端々に、いや表立ってすら麗々しく認められているではないか。

おおむね健康を維持し確保している65-75歳には、若い世代の参政権にむしろ勝る「実力」が認められて当然と思われる。期待に応える「能力」を優に備えていて、今日・未来にこそ、引退者ではなく「国政・国運の加担者」として働いて貰わねば大きな損失となる。

 

* わたしは参議院を廃止して老議院をと思ってきたが、「参議院」の現状を「老議院」的に改組して良しと考え直している。その最も具体的な実現の道は、

① 議員の「年齢を65-75歳」と限定すること。

② 議員は特定の政党・団体の推薦を受けないこと。

③ 議会は衆議院決議に対する公正妥当な法的規制力のある要請・助言に徹すること。衆議院はこれを誠実に顧慮し討議せねばならぬ。

④ 議員定数は百人を限度とし、地方区別の選挙を避けて全国視野で選挙する。即ち、国体、法制、外交・親善、国防、人権と安全、福祉・保健、教育、経済・金融、特許育成、農産業育成 国土保護、エネルギー確保、地方自治・道州制、自然保護、文化学、自然学、藝術 藝能・スポーツ等々に関わってきた「少なくも三名以上」を選抜できる立候補を全国に求め、国民の投票により選出する。

⑤ 「老議院議員」の能力は、個々の専門的経歴よりも人間的な見識・良識・器量の豊かさ大きさを優先し、討議と協力とに長けた、高邁な人格、古い物言いになるが真に「一世の師表」たる心身健康な人物を期待する。立候補に当たっては、政党や利益団体に属していない可能な限り「知友親友」「最低五十人」の信頼と推薦を受け、「推薦者の氏名と略歴」が明らかであることを要する。

⑥ これにより衆・参(老)両院の「ねじれ」は打開され、また高齢世代への政治的・社会的な不当・不公平な阻害も改められる。「一票の格差・不公平」が違憲判決を受けている。全国民の三分の一を占めようという高齢者への政治的不公平も当然改められて良い時節である。

 

* 私、「作家・秦恒平」は、上をもって今日只今の「声明」とする。広く討議されんことを切に願う。

この「闇に言い置く」欄に掲示してよいとの「ご意見」あらば、FZJ03526@nifty.ne.jpお寄せ下さい。但し信頼に足る「文責(氏名・メルアド)」不明の投書は一切受け容れません。このネット社会でのせめてもの節度・姿勢は、最低限度「文責明記」当然としなければなりません。これも私のネット社会へ参加以来十数年の不動の信念です、ご理解下さい。

 

* 早くも妻から、上の提案をゼッタイに不可能と否認されてしまった。

容易に可能と思えるようなことなら提案しない。

不可能に等しければこそ、それが望ましいなら望ましいと、実現への隘路をどうかして吶喊したいと、智恵を絞って苦心惨憺するのが心ある道であろう。道義というものだろう。

今日もっとも低俗な集団が政党政治家集団であり、その半分が参議院を構成している以上、保身一つのためにも彼ら議員や周辺予備軍はかかる徹底した参議院改組に賛成するわけがない。分かっている。

だから提案は無意味なのか。

無意味に見えるほど困難なればこそ、その困難の現に基盤になっている「参議院の衆議院に対するチェック機能放棄という良識腐敗と無責任」とは、民主主義確保のため、どうにかして打開しなければ済まないのではないのか。いろんな提案が出てこそ健全なのではないか。

憲法壊憲にせよ原発稼働の無責任にせよ、いろんな反対運動はもっともっと支持され拡大されねばとわたしは思う。その一方で、そうした運動がより強力に目的実現へ盛り上がりにくいのには、理由があると思う。運動の根が国会という「議会」に下りていない、そこに高い分厚い壁がある。いま多くの難問・難題・懸案の多くが実現して行かない理由の最大のものは、「議会」が「国会議員」が「党利党略の政党」が決定的に邪魔をして憚らないからだ。安倍「違憲」内閣にむかい、内閣も衆議院も「違憲」を恣にしている、改めよと、裁判所より先に提議し抗議しなければならぬ筈の参議院が死んでしまっているから、どうにもこうにも革まらないのである、違うか。

「議会」の半分が死んでいて、どうして「議会制民主主義」が保てるのか、現に全く保てていないではないか。

保てるようにする道はないのか。その一つの提案をわたしはした。昨日今日の思いつきではない、十年前から発言してきた。

いい考えだが実現不可能だから無意味だというのは、健康な良識の行く道であろうか。こういう考え方が選挙権放棄にも繋がっているとは思わないか。「選挙に行くなんて無意味ですよ」と政治学専攻の学徒がわたしに言い放ったことがある。情けないヤツだと思った。絶対不可能と思われたことの実に多くが、政治の世界史にあって、ついには実現してきたでないか。

わたしはデモにも参加できない病老体であるのを恥じていない。しかし、一作家として一現代人として、言えば言える言うべきことを言わずに済ませば、それは、恥ずかしい。種は撒かずにおれない、かすかにも「信」があれば。

 

☆ 老議院のこと メール拝見致しました。

政治家の不信、本当に目に余るものがありますね。

2世議員の 信念無き姿。

もっと日本を良い方向に変えて下さる方を熱望します。

人として長年の 苦労を経た諸先輩のご意見というものを汲みあげ 指針となる方向を聴く事は これからの時代大事なのではないかと考えます。

そのような意味に於いても 師表の言葉を議会制の中へ汲み上げる事はとても良いことと思います。  埼玉  読者

 

☆ 老人議員

目下の政治にはがっかりしています。

選挙の結果にも唖然としています。

一気に戦前に戻りそうな気配を強く感じて心配しています。

また 放射能の害悪にしても老人は先がみじかくて 心配が実現しないまえに此の世を離れるかも知れず だから良いじゃないかといって 無責任に此の世を捨てても行けないと思うのです。

戦前を知り 戦中を経験した老人が 国会議員に一人もいなくなった。

今こそ 老人は戦前を語り 戦中を語り 多くの犠牲を出した事情を訴えなければ 生きている間に。

しかし 秦恒平氏の 提案は、今 いかにも遠回りに思います。

今まず 言うべきは 老人こぞって投票すること。

平和憲法を守り 原発を終らせましょう。

自由な国民あってこその國 と心得て 子々孫々に残しましょう。   下保谷 みち

 

* 表向きの建前は言われている通りで同感、わたしも、常にそう考えそう言っているが、なにもかもが現行の両議院で、政策議論のなかみよりも議院の頭数だけでごり押しされて行く限り、老人がこぞって投票しようが、平和憲法はわるく弄られ、また反原発・脱原発・廃炉促進、核廃棄物の最終処理等々も、違憲内閣、違憲国会の違憲決議により政治的法制的にまずはむちゃくちゃに否定・強行されて行く、間違いなく。それでもねばり強くがんばらねばならない、その一方では未来へむけて考え得る限りの良き種を蒔いて芽生えを願わねば、なにもかも虚仮に過ぎてしまう。

参議院を信に参議院の理想へ押し戻して行く、そのための提議の一つとして、わたしは考えているし、微塵、お伽噺のような夢語りとは考えていない。

2013 6・30 141

 

 

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