ぜんぶ秦恒平文学の話

死の間近で

バグワン 2011年

    * 「女文化」という三文字は、意外に思う人も多かろうが、わたしが『女文化の終焉』と題して十二世紀美術論を書いた以前には見当たらない。それはそれとして、わたしはこれを皮肉に定義し、「女の、女によ […]

バグワン 2010年

  * バグワンの『黄金の華の秘密』は、これまで繰り返し読んできたどれよりも、翻訳の口調からか、取り付きにくかった。音読せずつぶさに黙読し、さらに読み返している。優れた示唆にしばしば出逢える。箴言に富んでいる。

バグワン 2009年

☆ 〝無為を為し……″  バグワンに聴く  (スワミ氏の訳に感謝して拠りながら) 全面的な明け渡しを遂げる。くつろぎを遂げる……。〈真実〉を追求する中でリラックスするのだ。真実を追求しようとしながら、おまえは世間的なマイ

バグワン 2008年

  ☆ 「山」にはもう長らく書いていませんが、お元気でしょうか。 「叡」はパソコンのメールからますます遠のき、PHSをキーボード付きの入力しやすいものにかえてから、専らこのアドレスを使っています。よろしく。 昨

バグワン 2007年

  * 暁を覚えないどころか、寝坊した。 * 静かな心ではまだ足りない。静かな。静寂。バグワンは、それは「死」にちかいと謂う。もっと欲しいというエゴと、もっと与えたいというエゴとが、悪循環した、ものの表裏にすぎ

バグワン 2006年

  * 全幅の敬愛をもってもう十年読みついでいるバグワンの言葉を、いましもまた繰り返し読んでいる『ボーディダルマ』から、スワミ・アナンド・ソパン氏の訳を有難くかりて、年初の想いとして、少し書き写しておきたい。

バグワン 2004~2005年

* なにのアテもなく更けて行く夜を半ば憎みながら、機械にふれ続けていた。二時になる。わたしの背後のソファには黒いまごが熟睡している。この部屋が暖かいから。わたしが、ここで起きているから。安心しているのだろう。しかし、もう

バグワン 1998~2003年

  * バグワン・シュリ・ラジニーシという人をご存じですか。アメリカのオレゴンでしたかに拠点をえていたのですが、裁判によって国外に追放されました。一時、オーム真理教のお手本だと噂され、日本でも手ひどく否定的に話

心について 2009年~2013年

  ☆ 心と静   1999 7・8  「こころ」 * 「心」は無尽蔵に容れ得るが無一物の虚無にも帰れる。八方に関心を広げ得るが、ただ一つことに集中も出来る。どのような状況にあっても、心は内奥に「静」の質を、金

心について 2007年~2008年

    * 難儀な「検討」を夢の中でせっせと繰り返していた。「議論」でもあったし「反省」とも言えたが、いま再現することはできない。覚えていない。   * わたしは「批評」という行為が人間日常

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