ぜんぶ秦恒平文学の話

身体のこと 2024年

◎ 令和六年(二○二四)正月一日 月  元旦
起床 5:00 体重 57.2kg 早暁起き・測
2024 1/1

◎ 世のなかや目覚めぬままに初春の歩みは早も聲なしてゐき
◎ われは吾れと歩まじ先の道をくらみ倶に頼むよと妻に身を寄す

* 妻と二人での元朝・元日。寂しいと謂えば淋しくはあるが、「生きて越し」これがわれら夫妻の「本来」であったよ。

* 雑煮を祝い、夫婦して例年のように近くの「天神」社に初詣で。

* 午には、京「道楽」の豪勢な三重お節料理の壱重目を酒の肴に戴いた.とても食べきれなかった。

* 思いがけず百通ちかい沢山な年賀状を戴いていた、午後一杯かけ、各住所録を整頓した。こわいほど幼少来、八十年のお知り合い亡くなった方も全て残して、お名前、住所の多さにビックリする。これもまた私たちの人生記録、沸く用に限りなく記憶という思い出が積まれてある。

* なあんにもしなかった。テレビもほとんど観なかった、夕食後には、私はもう床に就いて、知友も多く顔を出す妙に「面白いような怕いらしい」夢もいろいろ観て、目覚めたら、あと十五分で「二日」だった。「寝入る」のは、しっかり生きる体にも心にもいいことだ。
2024 1/1

起床 0:00 体重 56.8kg 早暁起き・測
2024 1/2

* 兩肩の痛むことは。依然として体調ととのわず、膚寒い。午過ぎているのに、睡い。
2024 1/2

起床 5:45 体重 55.6kg 早暁起き・測

* お早う お正月さん!
2024 1/3

起床 4:00 体重 56.2kg 早暁起き・測
2024 1/4

* この正月は,喰ったよりも呑んだが盛大だった。抱えるほどの甕のお酒を、柄杓で。酔い潰れるはおろか、酔う、ということが無い。めったに無い。 * 元日の能登地方大津波の大地震におどろき、海外からも喜ばしい報道は無く、テレビもろくに見ないまま。それで、よし。
2024 1/4

起床 3:50 体重 56.8kg 早暁起き・測
2024 1/5

* 謂うならば、調子が出ない。もう、「調子」など謂うモノとは切り離れて暮らせば良いのだろう。
2024 1/5

* もの忘れ、記憶喪失が、徐々にと謂いたいが、足早に来つつある。それが自然と躱しながら歩むしか無い、どうこうは出来ない事。キイで、まだ自在に文章の打ち出せてるのが、有難い。* 幼少の頃、「心に太陽をもて」と、なにやら絵本の類に逼られていた。わたしは、どうじに「唇に唄を」とも教わって、これは好いこと、大事なこととと感じた。お蔭で、私は今にしてまだまだ、声に出さずもくちもとに唄を欠かさない、ときに、ウルサイヨと愚痴るほど、実にさかんに童謡や唱歌を無音で唱い続けている、
このとみろは、なぜか、「京都ヲ 大原三千院」とばかり聲無く口ずさみ続けている。とくべつ三千院に曰わくがあるのでない、流行歌の出だしだけが口に残って居るのだ、むろん大原も三千院も懐かしい。
懐かしいわけでは無いが、同志社美学藝術学専攻で、妻と同じ一つ下の学年に「三千院の御姫サマ」とやらが、いた。オソレ多くてくちを利いたこともないが、よく覚えている。「御姫サマ」と謂うのがどんな事実にあたつているのかなどは、皆目知らず聞かずじまいだったが。それで、このごろとかく「京都ヲ 大原三千院」という歌謡曲の出だしが口に甦っているワケでも無い。
「唇に唄を」は、私の場合はほとんどが童謡ばかり、それは五月蠅くも無く受け容れている、「サッチャンはね」とか「垣根の垣根の」とか、「柱のキズはおととしの」背比べ、とか。

* 時には口うるさいのだが、「心に太陽を」よりは「唇に唄を」のほうが親しめる。小さいから秦の叔母ツルの手ほどきで和歌、俳句の存在やカルタの百人一首和歌に興味を持ち、小学校四年生の秋には戦時疎開先の丹波の山なかで京都恋しい帰りたい短歌を創っていた。有済校に帰った五年生三学期の教室で、作文の課題に鴨川などをうたった短歌を二首詠みいれていた。文章の音感、音鎖を意識していたし、今も大切にソレを感じている。句読点のはたらきをとても大事に意識している。
2024 1/5

起床 6:20 体重 56.1kg 早暁起き・測
2024 1/6

* 寒い。大地震と大津波とに襲われた石川県等々北陸の方達の艱苦が想われる、政治力の、行き通った素早い有形の救護支援が望まれる。

* 半ば昼過ぎから「死んだように」寝入り、目覚めると、夜九時半。どうかしているのだ、吾ながら、判らない。目は、いたむほどまだ睡い。
2024 1/6

起床 4:00 体重 56.9kg 早暁起き・測
2023 1/7

* 真夜中の二時五十分ごろ一度手洗いに起った。妻も寝入っていて、茶の間にストーブが燃え、廊下にカラのダンボール函がころがっていた。マアズが遊んだら火の危険があった。コヤッとした。「老夫婦暮らし」という現実に、日夜シカと向き合い要心せねば。昨夜のわたしの日録は23時36分に記録されていた。床に就いたのはそれ以降だったのだ。妻はもう眠っていたろう。
2024 1/7

起床 5:30 体重 56.9kg 早暁起き・測
2024 1/8

* 昨日はじつに十八時間寝入っていた勘定になる。体調の如何、全く判らぬまま、たしかに草臥れている。十一日からの最期の『湖の本』送達の実務には怺えて乗り越えたい。その先の視野が、々晴れるか、曇るのか。歩み続けるまで。
2024 1/8

起床 5:30 体重 56.9kg 早暁起き・測
2024 1/9

* ひどい夢見であった。なにもかも、寄ってタカッテ、クチャクチャにいたぶられ、軽蔑され,乱暴され、しかしそんな世間からの逃げ道は無かった。堪えるに耐えがたい被害妄想とは、コレ。
わたしは、生まれて、「気がついたら」縁も故も無い大人達の家庭の「もらひ子」だった。それが、そもそもの「独り立ち」という意味でもあった、「自分を護れる」世界をハナから空想し妄想し想像し推察し認否して「創り上げ」て、身辺から、近在から、世間から,社会からの蔑視と否認に耐え忍ばねばならなかった。それが「夢」と化すると,、九十歳近い私の現在にして、見知ったような見知らぬような或る外壁を固く閉ざされた「街衢」を懸命に走って逃げ回り続けねばならない。
こうい子は,、「夢」にも、然様の想像、存在自体を徹底的に否定否認侮蔑され続けるのに,懸命に抵抗し反抗して生き続けねばならない。わたしには、「文藝・文学・そして創作」が,幸いに、ソレであった。

* ま、お正月さんは帰って行かれよう。何が大事か。健康、のようである。
2024 1/9

起床 3:45 体重 56.9kg 早暁起き・測
2024 1/10

* ,睡り浅く、のがれるように目覚めて早くに床を出た。
2024 1/10

起床 5:00 体重 56.0kg 早暁起き・測
2024 1/11

* 明日は、寝室等の設えをすこしく模様替えする。
2024 1/11

* 疲労濃く体調の違和は凌ぎようも無いが、これが「老い」と首肯して受け流して行く。
八時過ぎ。 今晩は、もうやすむ。明日は別途にかかなり気忙しくなる。
2024 1/11

起床 5:00 体重 56.0kg 早暁起き・測
2024 1/12

起床 2:45 体重 56.1kg 早暁起き・測
2024 1/13

* 和室の模様替えを、大過なく職人さん終えてくれた。要は、「マアズ」のサンザンに破った障子の書庫側、テラス側、全部をガラス障子に取り替えたのです。作業の邪魔にならないようにと,前日に,余儀ないかなりの力仕事をして置いた。方も首筋も痛んで、全身がダルい。ま、目的は達したのだし。
2024 1/13

起床 2:45 体重 56.1kg 早暁起き・測
2024 1/14

起床 5:00 体重 56.6kg 早暁起き・測
2024 1/15

* 体調は崩れていて、このまま歩けなくなるのかと案じている。気張ってでも,天気が定まってきたら,歩かねば。

* ひっそり閑とした小豆雑煮で祝った小正月。善哉も、例によって 甘み能く出来ている。
2024 1/15

* 肚の芯から重苦しく、肩痛く、宵いの七時半にしてマイッテいる。酒も食べ物も美味くない。未完へも手が出ない。スープだけで躱しているが。睡い。なら寝ようと。
2024 1/15

起床 5:00 体重 56.6kg 早暁起き・測
2024 1/16

起床 6:00 体重 56.8kg 早暁起き・測
2024 1/17

* だ凝っと時の遷るのを観るような俟つような心地で、何を堪えているとも分別していない。
2024 1/17

起床 6:00 体重 56.8kg 早暁起き・測
2024 1/17    1/17の日付重複している

起床 6:30 体重 56.4kg 早暁起き・測
2024 1/18

* 兎にも角にも 疲労困憊、顔を伏せて生きている。s
2024 1/18

起床 5:25 体重 56.2kg 早暁起き・測
2024 1/19

* 何度も夜中に目覚めて、あれやこれと思案していた。終えた『湖の本』に次いで、好い感じの「新書版」で「小説」のための本を作りつづけるのはどうだろう、など、と。「励み」にも為るのでは、と。

* 冬の払暁、六時前。真っ暗。「空腹」を感じている。

* 午後の二時半過ぎ。
2024 1/19

起床 4:30 体重 56.8kg 早暁起き・測
2024 1/20

起床 4:30 体重 56.8kg 早暁起き・測
2024 1/21

起床 3:35 体重 56.9kg 早暁起き・測
2024 1/22

* 今日は迪子の歯科通いに同行して、帰路、久々にせめて池袋までもと思ってはいるが。
2024 1/22

* 妻の歯科通いに江古田二丁目まで同行し,私はレスラン「ガスト」で『モンテクリスト伯』に読み耽って待ち、あと江古田駅近くへ戻って「中華家族」で昼食、メニュ宜しく美味かった。久々、久々に池袋へでたかったが、やめて、帰宅。
郵便での有難い好いお便りが何通も。だが苦闘の施設からも。書き写せる量で無く,順不同に記録だけを。
2024 1/22

* ほとんど、機械画面の字が霞んで読めなくなってきている。ピンチ。それにしても、いましも地下牢獄の「ファリア法師」いよいよエドモン・ダンテスに「寶」の話を始めようと。もうとても読み已められない、中学生以降、二十度近くも繰り返し読み返し惹き込まれ続けてきた。それほども読み返した日本の古典は。源氏物語,無論。
2024 1/22

起床 3:45 体重 56.7kg 早暁起き・測
2024 1/23

* 随分厚着して機械の前へ来ても、払暁未だしの四時過ぎは胴震いするほど寒い。暖房の音がご近所の朝寝を妨げぬように気を遣っている。
2024 1/23

* 怠けると謂うより芯の疲れを労っていた。

* ズンズンと,私の日々の暮らしは渡世を離れ離れて「世離れて」行くだろう。もともと尠い人付き合いも極端にすり減ってしまうだろう。ずんずん忘れがちになっている人サマの名前も顔も忘れて行きそう。「もういいかい」の呼び声が天上からじりりと低く逼ってきそう。
2024 1/23

* 夕食後もずうっと寝入り続けている内、素敵に嬉しい夢に歓喜していた。青春の昔に還っていた。歓声あげて、駆け回っていたよ、呵々。
2024 1/23

起床 3:15 体重 56.8kg 早暁起き・測
2024 1/24

* 華やかまで嬉しい楽しい懐かしい夢のうちで高笑いもしたが、夢に逢う人の一人のこらずがもう現世の人で無いとは,何という寂しさか。
2024 1/24

* 戴く手紙で、ハガキでのお便りが 胸を温める。
手を痛めて、手描きに変身しづらいのが.詫びしくも、申し訳なくも。メールの文字史いかにも情け薄く侘びしいが、かつがつお返事は書ける、が…。石川県能美市の久しい友、井口哲郎さんは、毀れてさし上げた400字「秦用箋」でお便りを下さる。能登大地震のお見舞いすら差上げていなかった、井口さんは「機械」ニガテなのだった。

○ 三日おきに,体に感じる手渡の微震が続いています。奥様にお見舞をいただきましたが 藏の漆喰がはがれたくらいでは「被害」とはいえません。能登は「こわれて」います。
『湖の本』166をいただきました。最終巻になったのですね。そこに艶のある力作「蛇行」が巻頭にあって衰えぬ筆力はさすが。私の知る秦恒平の作品です。の「あとがき」も一篇のエッセイと読みました。
居室にある巾一間六段の書架の大半は秦作品です。全集、単行本、「湖の本」をどう並べようかと考えていたところです。
昭和五十四年七月二十四日、(東京新宿の=)紀伊國屋でお会いして以来四十五年、頭と心の洗濯をしていただきました。ありがとうございました。これが「終り」ではないと思いますが、この間の奥様のお手助けはいかにと思いやっています。私の場合こうしてお手紙を書いている間にも、小用に立つ家内の(手助け)に、ペンを置かねばならないのです。私に秦作品をを與えてくれた裏に、奥様の大きな後押しがあったことに、心から敬意を表します。
ただ一つ、『四度の瀧』と「湖の本」に掲載された「自筆年譜」がおいつかなかったことが残念です。「単行本書誌」や「全著作年表」は後に充たしてくれる人があっても「自筆年譜」は本人ずっと続けて書き置いてください。いろんな思いを込めて「最終巻」を読み返させていただきます。
何もかもキリになさらないでください。秦恒平の気力,体力の続くことを願っています。
奥様もその後いかがでしょうか。ご養生をお祈りしています。
今日は金曜日です。この手紙を郵便局へ出しに行く五、六分間、家内がじっとしていてくれるか--など思っています。今日のおだやかな日のように。 お大事に。受け取まで、
一月十九日   井口哲郎  元・石川近代文学館館長
敬愛する 秦 恒平様

* 人の人から戴ける至極の貴信と再読拝読した。久しい畏友と奥様とのぜひにもご健勝をと、妻ともともどもお祈りしている。居室私の頭上には井口さんとのお知り合いも早々に頂戴した、みごとな彫りの「悠然南山を観る」淵明詩句の板額が掛けてある。対話せぬ日が無い。

○ お見舞い有り難うございます。普段どうりにすごしております。有り難うございます。
勿論、毎日のように車にはのっております。ときどきは泳ぎもいたします。
人並みにクリニックにも 定期的にも 真面目に通っております。
いつでもお出かけ下さい。 下司 良子  茨城 那珂

* 残念ながら もう、どこへも独り旅は、ムリかなあ。さ、なに構うことなく、目は労りながらもラストの濫読期を謳歌するかなあ。ちっちゃいカメラも買って貰ったし、「眺める」楽しみも真新しく覚えたいナ。
どうしても勢い「追憶」姿勢になりやすかろう、好奇心で見ることも忘れたくない。よもやまの話し相手が居ないなあ。やはり「追憶」「想い出」になるかなあ。
2024 1/24

起床 5:25 体重 56.6kg 早暁起き・測
2024 1/25

起床 3:45 体重 56.7kg 早暁起き・測
2024 1/26

起床 7:15 体重 56.3kg 早暁起き・測
2024 1/27

* たくさんな懐かしい童謡が、土曜日の朝ごとに歌われると時に声を放って泣いてしまう、「もらひ子」幼少時の孤独な悲しみが今にも胸に生きのびている。

* 肉親や、家族からも、「命がけ」で逃げて廻る夢に魘される。孤立、孤独.お前にはソレしか無いのだよと夢に脅される。
* 寝入るつど魂も凍るようなコワイ、いや恐ろしい不快な夢に襲われる。已にして「生き地獄」がはじまっているのか。
2024 1/27

起床 4:15 体重 56.3kg 早暁起き・測
2024 1/28

起床 4:15 体重 56.3kg 早暁起き・測
2024 1/29

起床 4:15 体重 56.3kg 早暁起き・測
2024 1/30

* 安眠とも謂えないが悪しい夢見もなくて床を起った。
2024 1/30

起床 5:15 体重 57.4kg 早暁起き・測
2024 1/31

* 起きてしまえばそれなりにいろんな用が足せる。わたしは生来の「のんびり下手」なのです。
2024 1/31

起床 4:20 体重 57.3kg 早暁起き・測
2024 2/1

* 夜中読みのそのまま起きて二階へ来ていた。『参考源平盛衰記』「剣巻」の詮索に耽っていた。
暖房していても、なんという寒さよ。
2024 2/1

* 気ままと謂うより、うつし心ないままに時の流れに身をまかせていた。何か、した・読んだという覚えなく宵の七時半。
2024 2/1

* 草臥れてないで、フレッシュに視野と視線を確かめたい。
が…。耄碌の気味は吾からも否めないはよ。身を働かせて活気を呼び戻すことは、ムリ。わたくしにやはり利くのは「讀書」か。幸いに、今、大長編の『参考源平盛衰記』『源氏物語』『モンテクリスト伯』陳彦『主演女優』そして藤村、秋聲、ドストエフスキーに気が向いている。「読んで愉しめる」のは最良のクスリだからなあ。
そして、しきりと美味いもの、事に「肉」が食いたい。下保谷の奥田舎にコロナを懼れ逼塞してもう四年か、美味そうな肉が「生協」へ依頼以外にまるで手に入らない。いやしん坊になってしまっるなあ。
2024 2/1

起床 3:40 体重 57.3kg 早暁起き・測
2024 2/2

* 京 四条河原町上ル『ひさご寿司』さん、心入れの「ひさご むし寿司」2人で分けて食べて満腹美味しく剰る程の器で二人前戴いた。京の風味、満喫しました、感謝。
2024 2/2

* 妻に、ちっちゃなカメラを買って貰った、が、以前、同様に三機ほども自分で買いちゃんと遣っていたのに、もはやしかと操作して使いづらいのが情けない。やがてはパソコンも遣えなく…なりそう。j
2024 2/2

* 八時半。夕食後も、寝入っていた。作家生涯の早くに出会っていた宗内敦さん文庫版の近著三冊、エッセイ『二言、三言、世迷い言』などを久ひさに戴いていた。
2024 2/2

起床 4:25 体重 57.1kg 早暁起き・測
2024 2/3

* 逼塞の、ここ三、四年、気の晴れぬまま、うち消すようにひびを費やしている。なにもしないでは、ない。やたら、なにかしている。テレビには助けられている。紫式部と道長とのドラマ、笠置シヅ子のドラマに無聊に嵌まるのを救われている。酒は日々強かに呑んでいる。誕生祝いに妻のくれた清酒一升の入る壺酒を、その後へもう二升も足している。良くも悪しくも酔うと謂うことが全然無い。酒故に気分を損じることもない。寝入りやすい。寝入るのはワルク無い。

* 妻とアコ・マコのほか、人の顔を見ない、言葉も交わさない。脱走に成功したエドモン・ダンテスと交替して、深い地下牢にとぢ籠もっているよう、さほども苦にしていないが。。

* 「鬼は外 福は内」を済ませた。夫妻して88歳、年越し節分の炒り豆を、無事89歳を念じて九ついただく。

* 宵のうちにマコと顔を並べて寝入っていた。八時過ぎに目覚めて二階へ来たが、アクセクせず睡ければ寝てしまう気。土曜で、明日日曜も郵便は来ない。人の匂いが薄れて行く老境に、自見の跫音をつつしむのが自然か、無遠慮に歩いて行くか。
2024 2/3

起床 4:50 体重 57.2kg 早暁起き・測
2024 2/4

* 夜通し、寝入ってたという感触無く、読んだり。あれこれ思案したりのママ起きて二階へ来てしまった。
2024 2/4

○ 新年をお祝い申しあげます。
米寿おめでとうございます。
とは言え「歳祝は旧暦」でしょうから 一年遅れのお祝いですね。「今年は卆寿」の祝いになりますか。
生かされている秦さんですから 苦しくても生ききって下さいね。その中で煌めきを見せていただけると 私も励みになります。ありがとうございます。 野路

* そうか、「歳祝は旧暦」でというと、来年わたし、九十歳の「卆壽」なのか。」

* もう夕方、顔をキイ盤にぶつけそうなほど疲れて睡い。
2024 2/4

起床 5:15 体重 57.8kg 早暁起き・測
2024 2/5

* 慥かに見覚えの笑顔懐かしい(テレビの女優かも知れない)人との怕い夢に夜中目覚めた。
食と酒とかが少し伸び、体重が心もち、餅の余りで、持ち直しかけているかも。いま、早朝六時四十分
今日は、迪子と保谷厚生病院での予約受診に。
2024 2/5

* 朝の十時に家を出て、二時半まで、保谷厚生病院の予約受診に。幸い、ほぼ健康体と謂える感じと。とにかくも保健薬十数種もをわたしは「絶対」の感覚で自選し、毎日一度に服するのを欠かさない。確実に効いている。心神疲労は避けがたくも、へたばってしまわない。今日病院で検査の結果も、かかり付け主治医の見立ても「まず、元気に健康」と謂うに近いのである。
病院の帰り、霏々とと降り止まない雪景色が綺麗であった。帰って、そして二時間ほど寝入った。
2024 2/5

起床 5:15 体重 56.78kg 早暁起き・測
2024 2/6

* ザザめく夢に身をよけるように寝ていたが、熟睡は成らず。ひっきりなしに様々な童謡などの意味もなさぬ断片が口に憑き続ける。「唇に歌を」と教わった幼少来のもはやクセと化した同調が、老来老病の一種かのようにわたくしに取り憑いていほとんど片時も離れない、昼間も夜の間も。「タントンタ」「オーヤをー」「屋根よーリ」「ゆふづーきカカ」「一つわたしにクダ」「みーかんの」「ハールよ来い」「つーるぎ投ゼシ」「四百ゥ余シュー」「鈴の鳴-る時キャ」「一かけ二かけて三かけて、仕掛けて五かけて橋を架け」「イチリトラ、ラトリトセ」「一匁ーのイースケさん」等々、ひっきりなし寝ても醒めても、わたくしの「クチビル」を遣い立てる。とても、追い払えない。

* いま、妻の手のほかは誰にも何一つ「借り」ず、気ままな日々が過ごせている。ありがたい。寝ていたいだけ寝てられる。ありがたい。二十四時間の二十時間寝ているほどに。それでラクなら、それが出来るなら、それでエエと思え。今は

* 視力の低減いちじるしく、「書き用」「読み用」のどちらに大事をとるかと思案せねば。」
2024 2/6

起床 5:25 体重 57.8kg 早暁起き・測
2024 2/7

* 利尿剤の重複があたか、正確なほど「一時間ごと」に手洗いに起っていた、慣れてしまい苦にせず。五時には目覚めていた。ゆっくり温かに着替えして二階へ来た。それでも佑貴の朝の払暁前は、痛いほど寒い。
2024 2/7

* 眼の疲労が、堪える。
もう、大概な事は、ここ当分は、やり過ごし、やすみやすみの簡単な日録程度にしたい。
2024 2/7

2024 2/8の記載なし

起床 5:15 体重 57.8kg 早暁起き・測
2024 2/9

* まこと正確なほど一時間おきに手洗いに起っていた。夜中も寝入らない事には慣れている。
2024 2/9

* ,午過ぎから、寝入ろう寝入ろうと。あらがわない。心身を潰してはならない。心神の均衡が砕けている感じ。何を書いているのと吾ながらアヤシい。
こういうときは、「本」を「読む世界」へ駆け込んで、そこで「別の人間」に成ってしまうのがいい。

*『参考源平盛衰記』の長大に巻き込まれ、「源平武士」の夥しい死闘を、克明に、漢文原文のママ読み積んでいる。「武士の戦(いくさ)」とは斯うかと、国土の狭隘・険峻の不思議に美しい魅力にも惹かれ、読み耽っている。岩波文庫での『平家物語』上下巻、上の「盛衰記」の一割に満たない程度で納得していたなど、ウソのよう。

* そして、寝入っている。「仕事」へ、勝って「戻ろう」と今はしていない。尠くも、『モンテクリスト伯』を、ただただ堪能し読み終えて、あのラスト、美しい「エデ」との新たに遙かなエドモンの旅立ちを「見送る」までは。

* それと、大きな残生の「楽しみ方」をわたしは見つけた、『秦恒平 湖(うみ)の本』全166巻を第一巻『清経入水』から、「一読者」のように「読み通そう」と。著作者以外の誰にも出会えない「境遇」に、もぐり込めそう。私の「湖の本」一冊量は、孰れも、世に通行の「単行単著の一冊分」にほぼ相当している。166冊の自著単行本をみな読み返そうと。いま、真似の出来る誰一人も無いだろう。

* などと呟きながら、要するに、ナアンにもしないで知日を休んだ気分。八日の「私語の刻」 すつぽかされている。やれやれ。
2024 2/9

起床 4:20 体重 57.8kg 早暁起き・測
2024 2/10

* 夜中、手洗いに起つつど 床へ戻っては『大和物語の人々』を面白く拾い読みしていた、が。眠さもなく、起きて二階へ上がってしまう。何しろ昨日は午過ぎから、断続、耽るように睡っていたのだ。

* 夜九時二一分。宵からずっと寝入っていたが。
朝日子が、ごく穏やかに家に帰って来ている「夢」で 心地温かにめざめた。ほっこりと胸が温かで嬉しかった。健康に、意欲も持って元気で居て呉れますようにと、トーサンは何時も祈っているよ。。
2024 2/10

起床 3:25 体重 57.8kg 早暁起き・測
2024 2/11

* 床のなかでほとんど一睡も、まじろぎすらもせず、天井を見ていたが、起きて二階へ来た。屈託で眠れないのでなく、睡くなくて眼ざめたまま、本も読まなかった、ああ、いや、『参考源平盛衰記』の「実盛の討たれ}に心とられていた。じつに無数に「討たれ」のある源平盛衰の時代だったが、「実盛」のそれは、用意ひときわ美しく粛然と最も心打たれる一つ、読む姿勢もおのずと正される。
この時代の侍の死闘はおおかたが「首を搔く」というのが、結末。想像を絶した手厳しさの最中へ彼らはためらいなく決然と向き合い闘う。勝てば首を搔き、敗れれば首が搔かれる。源平盛衰の極まった美学が其処に、此処に、在る。

* 「実盛被討」は私の今読んでいる全四八簷の「巻之三十」冒頭に在る。しかも此の巻に興味深いのは、「付」けたりに「新豊懸翁事」の含まれてある事、かの「折臂翁」のことかと、読み進むのに胸を鳴らしている。
2024 2/11

* 早朝六時を、いま三分、過ぎた。妻も猫たちもまだ睡っている。ひとり「朝酒」を飲みに階下(した)へ降りるか。
2024 2/11

* いま、深夜十二時に十分前。夕食以降、ずっと寝入っていた。二十四時間の二十時間寝入っているような塩梅だが、それが佳いなら、それでいいとしている。途方も無い夢を見てたようだが。構うことは、何も無い。もうこのまま、また寝る。
2024 2/11

起床 5:55 体重 56.65kg 早暁起き・測
2024 2/12

* 夜中、『参考源平盛衰記』の「実盛被討」に感嘆感動、また『大和物語』の「南院の今君」の考証を愉しみ、六時前に床をでてきた。あれこれと思い立ちしておきたい「要」が湧いて出る。おおまだ生きて居るなと感じる。
2024 2/12

起床 2:19 体重 56.5kg 早暁起き・測
2024 2/13

* 眠れなくて。寝室で真夜中に讀書もしづらく。二階へ来ているが、サテ。

* 先日ちいさなカメラを買ったのが、まるで使えない。機械のセイでない、渡しの理解がメチャクチヤなのだ。

* 無数の歌詞の断片がウルサイまで口に耳に頭に憑いてくる。わたしは、もう壊れかけているか、壊れているのか。
2024 2/13

起床 5:10 体重 57.2kg 早暁起き・測
2024 2/14

起床 4:25 体重 57.2kg 早暁起き・測
2024 2/15

* 深夜にも目覚めたまま 『参考源平盛衰記』の「剣巻」や「實盛被討」など、また『大和物語の人々』や「エドモン・ダンテス」の荒海への脱獄など読んでいた。夜昼転倒になっているのは宜しく無いと判ってながら、深夜の「集中感」には捨てがたい魅惑があるのです。

* 寒いを避けようと着る内でこのごろは上着の方に、弥栄中、日吉ヶ丘高などにいた「渡辺節子」がつい半年も前か、まさしく何十年ぶりに「突」として「手編み緑色の毛糸のジヤケット」を贈ってきてくれたのを着ている。軽くて暖かくもののうえに重ね着できてありがたいのだ。何故に突如として京の山科から贈ってきてくれたか、判らない。学校時代にもヽクラスに居合ったた事も、ろくに口を利き合う他記憶もまるでない「お澄まし屋」であった。隣の組の学級委員をしていたから生徒」会の委員会では出会っていたけれど、隣校「粟田(小学校)出」の「三節  渡辺節子 中村節子 安藤節子」の中では苦手のほうだった、なにしろ講堂の大きなピアノを時々「独り」で弾いているようなまるで無縁な女生徒だったのだ。そのまま何十年も何の接点も無かったが、たまたま当時の名簿と住所録を「紙くずの中から見つけて、ナンにかの旧友等に『湖の本』を宣伝に送呈したのだった、たぶん綠の毛糸編みのジャケットはそのお返しであったろう。人生不思議の遙かに遙かな「再会」であったのだ。わたしが「物書き」に成っているぐらいは聴き知ってくれてのだろう。
毛糸のジャケット、今も冷えた機械前の仕事場で着ている。

* 全四十八冊の『参考源平盛衰記』 じつに興深く読み応えがする。ことに心惹かれる第一級「侍」の一人「斎藤別當實盛」に今しも打ち込んでいる。 しかしまあ 寒い朝です。
2024 2/15

* 時節外れの『忠臣蔵』松平健の内蔵助版で見ていた。討入り直前で映像が斷れたが、部分部分、観るに堪えた。要は『忠臣藏』贔屓なのだ。
心神に疲労を蓄えていてシンドいが、氣のせく何用も無くてたすかる。ゆっくり歩けばいいだけ。故障は無い。

* 何や彼や気がかりは在ると謂えば有り、ま、無いようなものと、ヒマがあれば寝入っている、ナニ、閑なものであるよ。
2024 2/15

起床 5:50 体重 56.5kg 早暁起き・測
2024 2/16

起床 6:05 体重 56.5kg 早暁起き・測
2024 2/17

* 相変わらず怕い夢に脅かされる。今夜は、「十ほどの愛らしい坊主」といつか町を同行の内に、そんな子に「身ぐるみ剥がれ」そうになったり、替わって「ええ歳の小母さん」といつしか同行同歩のうちに「身ぐるみ剥がれ、有り金奪われて雑踏に打ち棄てられ」そうになったり。
慄然。しかし、何で と怕くも訝しいばかり。
夢の私とは、いったい誰で 何者なのか。狂うのか。

* 暫くぶり、妻と近くのセイムスへ用足しの買いものに。二人で欠かさない「養命酒」を芯に、猫たちのための食べ物病砂や。珍しく薬は買わずにすんだ。私は安い洋酒や握り飯やサンドイツチを。絹漉しの豆腐やうどんも。こういう買いものには馴染んでないので、ちょっぴり愉しむ心地もある。

* が、さて、そうノンキにもしてられない。顔を出そうと逼ってくる仕事が目に見えて居る。体調決して良くないけれど、ぼやっとは子弟に喰い心地なのである。
それと、何とかして四年ぶりか、一度「都会」をミテ歩きに電車にも乗りたい。幸いにまだ私は「タイクツ」という心池には嵌っていない。よみかけのほんだけでも、来い来いと誘ってくる。ヒドク睡くすらもある。

* 酒が呑めている決して大量にでは亡いが。酔い崩れる事が無い寝入れる。それでいいと思っている.視力を労ってやりたいが。これが一等難しい、とにもかくにも「読む」のだから。「読めない」となれば生きた心地は失せるだろう。一
2024 2/17

起床 6:20 体重 56.5kg 早暁起き・測
2024 2/18

* 何故 如何 寝覚めたか判らない、夢よりも、何かと思案してたらしいが。「盛衰記」は、もう在京の平家は東国出征の先々で様々にボロ負けし京都へ遁げ帰っている辺まで読んで来た。

*七時前。何故か いたく空腹の感。右耳奥に違和を感じている。

* 可能かどうかも知れず、気ままな我れ勝手のタイトルを被せてみた。お笑い草であろうと、ま、「気」だけを表明。

* 違和の儘、寝に寝入って、明るい朝かと目覚めたら夕方の六時過ぎと。見知らない、親族と謂う男たち七八人に囲まれ何かしら口々に要求されていた。やれやれ。私、ながもう死んでいるのかと。
2024 2/18

起床 6:20 体重 56.5kg 早暁起き・測
2024 2/19

* 夜の九時五十分を過ぎている。茫々然、漠々然と、どう過ごした一日かと、唖然.こういう日々が増えてくかと思う。ジタバタせず、好きに愉しめる事へ気を向け向けながら発見のあることを断念も諦めもしない。が、もう、また寝入ろうと。
2024 2/19

起床 6:20 体重 56.5kg 早暁起き・測
2024 2/20

* 午過ぎの一時、何に疲労するともわからぬま、困憊して、また寝入りたいという按配、話にならない。こんな時は寝たり起きたり小刻みな往き帰りはやめたいが。

* 夜の八時四十分。一日中何かを「した」という実感も記憶も無い。 ただ、「惚ーれた(惚れたーよ)」と、ひばりの唄の一と声や「ウワーオ」と笠置シヅ子の一と声などなど、誰かの唄の「断片」ばかりが 引き切り無く口サキへ湧いて出る。コレ、私日常、処置無しの「ヘキ(クチ癖)」で、夜なかを「寝ながら」でも、「ジツ」にいろいろに唄の「一句」ともつかぬ「切れっパシ」「口癖」を「無言・無音で唄っ」ている。誰に迷惑も掛けない、幼来の「独り」癖だ。この「ひと聲」ばかりを拾い集めてみたら、いかに多般多彩に「世の唄・唄」が切れ端ながら私の身に染みついているよと感嘆するやろう。「心に太陽を」などと気取らないが「クチビルに(無音の)唄くず」は身を離れない。「これこれ(石の)」「オーイ(中村クン)」「垣根の(垣根の)」「クーモ(雲)に(聳ゆる高千穂の)」「カーサン(お肩を)」「春ーは(名ーのみ)」等々「蓄え」は際限ない。ひばりの唄をたくさん憶えているのに感じ入る。人サマとの對話会話がゼロ化して行く中で、唄の「切れ端」でもこういうツキアイは「孤独」をはげましてくれるだろう。
2024 2/20

起床 5:10 体重 57.5kg 早暁起き・測
2024 2/21

* 一時間ごとの尿意との引き合いで睡りはズタズタ、そのつど「大和物語の人々や」「参考源平盛衰記」の「剣巻」や義仲に京を逐われる平家を読み、一転 地中海の密輸入船の船団に働きながら、念願の無人モンテ・クリスト島へ上陸の幸便を得て行くエドモン・ダンテス等を愉しんで拾い読みし続けていた。『中国』超古代三帝五皇伝説の歴史にも分け入り始め樹上に暮らし火を燧りはじめめた人類にも出会い始めている。
ただ睡眠はズタズタに千切れるが。

* 「サツチャンはね」と愛らしく歌い始めるあたらしい「仕事」を足がかりに「京都」「東山」「有済」を彫り起こし初めても居る。
しかし、かなり睡いいま払暁五時五十五分ナリ。やや空腹か。妻も猫たちもまだ寝入っている。
2024 2/21

* メールの、発信は、「必要」と「緊急」と「返信」に限る。 受信は、原則「歓迎」する。

* いま夜の九時半。一日中、寝はいっていたのが実態。幾らでも寝入れる。心身が明らかにそれを望んでいる。抗う必要は、何も無い。心神を酷使してきたとは思わないが、趙岐によたって疲労の蓄積は否認できない。
無理なガンバリを、幸いい今要求されていない。『休む』という息のつ付き方を覺えていい山坂へ来ている。わたくしの「やすむ」の大きな比重は、幸いにも一に好きな「讀書」に在る。今も、これ以上無いと謂いたいほどの書目を身近間近に確保して読んでいる。飲・食の比重は後退している、それでも、久しぶり、一度街へ出てみたい。池袋メトロポリタンホテル地階で、最良の焼肉を200グラム、最良のワインで。

* 認知力の一層の低下なのだろう、「パソコン」関連の、複写や印刷の手順や、またカメラ使用法などが混乱状態。当惑しながら、もう幾らか諦めている。
大事にしたいのは「読み・書き・創る」意欲。在る、残って居ると信じている。
2024 2/21

起床 5:10 体重 57.5kg 早暁起き・測
2024 2/22

* 終夜 半睲半睡のようで、一時間強の割合で床を起っていたし、ときおりはモノを読んでいた。『大和物語の人々』がふしぎなほど懐かしまれる。では、百人一首のうちに『難波潟みぢかき葦の」と詠っていた「伊勢」の表情など想ひ浮かぶ。かし思うと『参考源平盛衰記』「剣巻」に読み耽って、一転『十八史略』冒頭の太古、人面蛇身の樹上に棲み、また「火」を燧り出した肇めの時期などを読んでいた。「読んで」識るには限界はある、が、「読める」有り難さには頭が下がる。が、睡眠が淡くうすれ勝ちにななる、宜しくは無い。

* 目を見ひらいているのが鬱陶しいのでは、視野の無い日々になる。困惑。「生きる」「生きている」事に拘泥するのを已めてはどうか。ソレよりも「秦恒平」に拘泥するのを先に已めるが適切か、それが出来るのか。
2024 2/22

○ 秦先生  なんだかんだと年明けのバタバタで、もう2月が終わりそうです。
湖の本 最終巻労いの会の件は、また、秦先生と関連のあった学生のリストなど、 いかがでしょうか。
こういう会はお嫌いそうだな、と思いつつ、1か月待ってしまいましたが。
メールで前に進まないようであれば、
明日にでも、ご自宅にお伺いして、お話させていただければと思います。それが礼儀でしたか。  櫻小次郎

* ありがとう。しかし、この新年來 心身の調和を欠いて、日々混濁の疲労に半ば潰れています。よき営為へと鋭意勉強の気はアリながら とかく疲労と違和に負けて、寝に寝入って睡り続けているような連日です。
「湖の本」は、このかたちをたまたま「終結」しただけで、「読・書き・創作」の姿勢にも勉強にも変更も沈下もありませんので、それは安心してて下さい。ただただ疲労が濃いのは、もう致し方なく。極力、心労・身老・色んな應接の負担を避けて、省いて、ひたすら「やすみやすみ」老妻と二人で老殘の「坂道を下って」行きます。
ねぎらって下さる会合、来訪も、感謝して辞退させて下さい。学生君達のリストへも、とても手がまわりません。ただもう、疲れれば寝入っています、好きな本を枕もとに積んだまま。
お友達にも、こんな容態だと、おおげさにでなく、お知らせ起き下さい。私と話したくなったら、既刊の「湖の本」を手にして下さい。または、メールで。
お元気で。翼一杯に高く飛翔んで下さい。 秦 恒平
2024 2/22

起床 5:40 体重 58.2kg 早暁起き・測
2023 2/23

* 夜通し、夢でも無く「これこれ」「コレコレ」と「石の地蔵さん」に呼び掛けていた。「西(方浄土)へ行くのはドッチかえ」とも尋ねないで。

* 寒い。  目を労らないと、失明しかねない。辛うじて半眼で晩年を過ごした上田秋成の事を想うたりする。

* 七時半。空腹。
2024 2/23

○ 秦先生
昨日はメールを出した後、外出してしまい、メールを確認できておりませんでした。なので、このメールを確認せずに、先ほどご自宅にお電話差し上げました。が、お寝みとの事で、奥様とお話しさせていただきました。
疲労が大きいとのこと。今は時期が悪いかもしれませんね。花粉症ではない人でも、やはり春眠暁を覚えずですから。
奥様も体調思わしくないとのことで、心配しております。
何かしら、私たちでお力になれることがあれば、お申し付けください。  と、一通りのご挨拶は終わりにして。

困りましたね。
坂道を下って行くことは、それが今を生きて行くということなので、そうですね、と思う反面、先生の今は、先生と私たちの今でもありますので、どう坂を下っていくか、ということも一通りしかないわけではない、と考えます。
無理を強いるつもりはありませんが、我々学生は、そういう気持ち、その時の先生に対して、異なる視点を与える、もしくは先生からその時の先生のお気持ちを聞くことで、先生を鼓舞していたのかな、と、あの時の先生の年齢に近づいてきた私(たち)は思ってもいます。
訪問などは少し時間を置いてから、というふうに思いますが、それとは別に、「学生の情報収集」は少しづつでも進めさせていただきたい、と思います。
これに関しては、私が学部1年の9月に先生宅に電報を打ったくらいの、性急な気持ちを持っております。
なぜなら坂を下り切った後では 何もできないから、です。失礼な言い方ですが。
ですので、学生のリスト作成などはお手間でしょうから、やりとりをしている学生のメアドをそのままコピーペーストして、送っていただくとか、それこそ頃合いを見て、ご自宅にお伺いして、ご指示のもと、我々がPCから探し当てて行くという作業かな、と思っております。
また、お電話も差し上げます。  櫻小次郎

* メールアドレスは、プライバシーではないかと。
いま,私に何が出来て、何が出来ないか。出来るのは、急がずにでも、幸いにキイで「字の書ける」事、寝て「本の字の読める」事。出来ないのは、食事と酒のホカの、しかとした立居振舞と。家の階段の上がり降りは、最低の生活のためにも,這うように慎重に。
來客は一切ご遠慮願っている。
何とかして、歩けなくても,自転車には乗れたらとしつこく願っているが、むろん危険。
幸いテレビの前には腰掛けてられる。口ワルク批評も出来る。優れていれば心から褒めている。
2024 2/23

* まだ九時半ではあるが両眼のまわりから黒い疲労が沁み入っててくる。ともあれもう床に就きたい、床に就けば、また「参考源平盛衰記」「大和物語の人々」そしてエドモン・ダンテスの返信へ惹き容れられるだろう。これはもう私の「病気」というしかないか。 2024 2/23

起床 5:35 体重 57.8kg 早暁起き・測
2024 2/24

* 払暁より早く。寒い。手先が凍えて痛い。終夜 熟睡できてなかった。夢も見てなかった。本も読んでなかった。
2024 2/24

* 何と無く 朝から ボーゼン としている。寝入るだけの逃げ道か。腫れた感じに目もとが重い。
2024 2/24

起床 5:40 体重 58.2kg 早暁起き・測
2024 2/25

* 「泣き崩れる」とは謂うが「寝崩れる」とは謂うまい、知らない、が、そういう体調で。床に就いてもそうそう寝入ってもしまえず、『参考源平盛衰記』では平家総崩れの都落ち、『大和物語の人々』でも宮廷男女達の原稿や和歌を勉強している、が、ぐたッとしんどい。ジクジクしてないで本当に寝入った方が良い。それにしても流石に古今集直後頃の宮廷人の和歌の巧みな事よ。
明日は妻の歯科通い、気を替えるためにも,雨でも雪でも同行しようかと思っているけれど家で寝ているベきか。
2024 2/25

* とにかくも,明日、妻の歯科通いに同行の気で。用意した。いまは、とにもかくにも二人共、怪我や事故を避けうる限り避けねば。
ドクター勝田さん、「昨年からの老人ホームのコロナがやっとおさまり 一応ホッとしております」と。四年ぶりになるか、明日、妻と池袋へ脚をのばすかどうか。

* 「始末に終えない」というボヤキを、繰り返し親や大人の口から聞いた。それを、ともするとこの自分の口が呟く。
「つぶやく」とは、ただ小声で言うのではなく、要は、気に入らぬ気に喰わぬ気分でブチブチ謂うのが、平安時代の大昔からの意味合い、陰口の悪口にほぼ準じていた、ただし自分自身にも向けていた。「始末を付ける/付けておく」のがこのとこ望ましく必要にもなってきたのは,残年の乏しさが判ってきているのだ,心よりも先に体の方が。
2024 2/25

起床 5:55 体重 57.55kg 早暁起き・測
2024 2/26

* 江古田の歯科通いに同行し、中華家族で,少し飲み喰いして帰って来た。帰宅後、琉の十時まで寝入っていた。「歩く」は歩けるが、疲れが体に溜まる。
2024 2/26

起床 5:55 体重 57.55kg 早暁起き・測
2024 2/27

* めつたに、いや一度もなかたこと、目覚めたら正八時なのにビックリしした。テレビで「ヴギウギ」や「光るの君へ」観ていた。ま、惹かれているか。しょうじきなところ、睡い。
強い風が物音させてやまない。寒い。手の冷えるのは耐えがたく、布の手袋を重ねている。キイを打つ右手は指さきを出している。
2024 2/27

起床 5:35 体重 56.55kg 早暁起き・測
2024 2/28

起床 6:00 体重 57.00kg 早暁起き・測
2024 2/29

* 二十「九」日があって如月二月が盡きると。夙いな。
2024 2/29

* ヒマは無くはなく、なのに、くつろぐ ということを忘れて、肩も首筋も痛んで、シンドい。「御免」蒙りたいと思うところへ、国技館武藏屋の「竹ちゃん」竹蔵クン 例の三月春場所『蒙御免』の「番付」を送ってきてくれました。東に横綱「照ノ富士」は当然、西筆頭には大関「豊昇龍」が。「可愛くてショがないの」とご贔屓の妻は喜びます。「白鵬」が退いてわたしは目下贔屓力士、ナシ。だが、久しぶりに国技館のあの大らかな空気が吸いたいナ。

* 眼が痛いほど睡い。背を寒け汗のように流れる。
2024 2/29

* ガクッと音がしそうに疲労している。八時半に。映画か本へ逃げこみたい。
2024 2/29

起床 6:00 体重 57.00kg 早暁起き・測
2024 3/1

* 午前から午過ぎに政倫審の質疑、夕過ぎにも政倫審の質疑を聴いていた。又 美空ひばり生涯の絶唱も また 深く感動しつつ聴き惚れた。
その一方での心身疲労はどす黒くいまでわたくしを辛く深く項垂れさせていた。「休む」以外の道は無い。
2024 3/1

起床 6:00 体重 57.00kg 早暁起き・測
2024 3/2

起床 7:25 体重 57.5kg 早暁起き・測
2024 3/3

* ふと。下駄履き 杖着いて ひとり近くの「セイムス」を覗きに行き、気ままな買いものして帰ってきた。ノドのくすり、龍角散が目当てだったが、ウイスキーも、握り飯も、ウドンや豆腐までも。久しい人生でこういう買いものの覚えは殆ど無かった。
2024 3/3

起床 5:35 体重 57.8kg 早暁起き・測

* なにか寝違えている感触、まっとうに生きも感じもしないで、非存在めく呼吸をしている。
2024 3/4

起床 5:25 体重 57.8kg 早暁起き・測

* 床のまま、『参考源平盛衰記』平家総崩れの都落ちのなか、ミヤコに止まった「池」大納言の一党と源頼朝と久しい因縁話を読んで、『中国の歴史』の伝説的な太古の「伝え」などを読んで、床を起った。
2024 3/5

機械(パソコン)の容態が、乃至は老耄私の作業が不安ないし不安定に推移しがちなので、ハラハラのし通し。この、現在遣っている機械がもそも鷲津君や柳君の託宣ではハナシに成らない「古物」なのだと。しかし新しい方の「より大型な機械」の性根も性質も機能の程も、まだまだ私のアタマにテンで入ってない。お話にならない低能で、おおかたアテずっぽうに弄っているのだから、古物機械よりもまだサマに成らない。機械の仕様書、指導書というのが無く、頼みの綱が失せている。やれやれ。

* ドーモ、最晩年までも私は「読書人」なりの「書き手」でしか過ごせそうに無い。イイじゃないか、ケッコウじゃないかと自分を励ましています。

* すべく、したい仕事が何なのか.放心状態。

* 寝る、寝る、幾らでも寝られる。

* 受信機能が、見当たらない。

* あるまま、為るままで、いる。本は読める。幸いに『参考源平盛衰記』と『源氏物語』は双璧にこころ惹いて已まないし、『モンテ・クリスト伯』は面白さで聳え立っている。『大和物語の人々』『中国の歴史』そして『十八史略』。寸分の弛みもない。
そして寝たいなら寝ていれば済む。私に、幸い、いま逼られる所要は無い。ありがたいこと、人の匂いが失せていてすこし寂しいけれど
2024 3/5

起床 5:25 体重 57.8kg 早暁起き・測
2024 3/6

* 夢に、わたくし入社時の「医学書院社長」だった「金原一郎」さんと、「秦の父・長治郎」とが、それは仲良く笑いあい抜き手を切って水泳していて、私は嬉しさに、夢中、声を放って泣いてしまった。
金原さんは、私の、「それはヤヤこしい戸籍謄本」をさっと一瞥、「こんなことは、わたしは、気にしないよ。きみも一切気にするな」と、初の面接の最初に言われて、即、入社に「合格」したのだった。
十五年半ほど在社、金原社長隠退の當日「八月末日」に「私も退社」し、「作家・秦恒平」一本立ちの日を迎えた。
在社の歳月を通じて、怒鳴る「鬼」の、噛みつく「マムシ」のと全管理職社員もビクビクした此の社長に、ほめられこそすれ、一度も「𠮟られも」しなかった。ある年の或る日には、社長自身で私の「課長席」まで見えて、「これは告別写真にするんだよ、貰ってくれよ」ととてもよく撮れた顔写真を手渡しに下さった、佳い御写真だった。広い余白に社長ご自身の手跡で、

秦 恒平君
社長  写真一枚 お贈りします お受取下さい

と。何よりの「寶」のように身のそばを離さず以来何十年、今も手の届くところに置いて、朝晩の挨拶を欠かさない。

* そんな懐かしい「金原一郎社長」と、わたくしを四、五歳で「もらひ子」してくれて終生一貫愛育してくれた「秦の父・長治郎」とが、オウ! なんとハダカで大浪に{抜き手}で元気溌剌、笑い合うて競い泳いでいるのだもの、何という嬉しい光景か。私は、寝たまま夢のまま、おうおう嬉し泣きしていた。
2024 3/6

* 妻の市役所での所用に,くっついて 呼んだタクシーに同乗、また、そのまま帰ってきた。好天であったので 少しく戸外の空気が吸ってみたかった。
2024 3/6

起床 5:25 体重 57.8kg 早暁起き・測

* (私のミスで、記事を紛失している。)

* 覚えがない。
2024 3/7

起床 5:25 体重 57.8kg 早暁起き・測

* (私のミスで、記事を紛失している。)

* 覚えがない。
2024 3/8

起床 6:30 体重 57.25kg 早暁起き・測
2024 3/9

起床 7:30 体重 57.1kg 早暁起き・測
2024 3/10

* 夕方 五時前。朝の讀書後、朝昼の短時間、小食のほかは、ほぼ熟睡していた、生きているスベを忘れたように。夕食後は、どうか。大相撲大阪で?の春場所か、さてと熱くは誘われない。しぶとく健闘の横綱「照ノ富士」にしか関心も贔屓も、無い。つまらん四股名のつまらん相撲取りに落ちぶれた「遠藤」などに、がっかり。四股名にこそ大相撲の美学があると謂うに。

* つまりは「寝よう」と、潰れている。床に就いて、「読んで」寝入るという成り行きを、全面受け容れている。
2024 3/10

起床 7:30 体重 57.5kg 早暁起き・測

* 目覚めた床のママ数冊に手を出して読み、カンタンに食べてすぐマタ寝入り、午近くに起きてまた少し食べただけで、寝てしまいそうと想いつつ、フッと、『瓦解』という言葉と文字とがアタマへ来た、
「瓦解…」  今の私は、それだ。ソレのようだ。崩れ始めたのだ。体に苦痛はない、が「力」も「根」も「精気」も無い。
これは「抵抗」してどうなるとも想われない。「瓦解」は行くところまで崩れ毀れるしかない。最も無難なのは、「寝ている」ことか。食欲も特に「飲」欲も無い。「活気」が全然、乾ききったように、無い。いま、午後一時二十分。渡しの内側で纔かに可能なのは「讀書」、そして佳い「映画」にテレビで出会う事。
病気に罹っているとは感じない、が、風邪けでもなく、始終細い「水ッ洟」をを咬んでいる。

* 「瓦解」に委せようと思いかけて
2024 3/11

起床 6:45 体重 57.6kg 早暁起き・測

* それはそれは優しい、懐かしい、美しい夢を観た。五、六十年ものうちに数回と出逢えたろうか。そして懐かしくも静かに儚く失せた。忘れまいと勉めても夢の儚さは、だからこそ恋しく懐かしい。さながらわたくしに、眞実「母らしき温み」とはこうかと嘆かせる。
幸いに今朝は、まだ今も影のように優しく生きた場面が呼吸(いき)をしていて呉れる。ともすると心の折れそうなこの頃を優しく励まされた。嬉しいと夢中、声を上げていた。

* 八十八の爺いの曰うことかと嗤われよう。どうぞと曰おう。自分で自分を嗤い笑うのは情けないが。
2024 3/12

起床 5:50 体重 56.75kg 早暁起き・測

* 昨日は、ホンマ、一日24時間の4時間だ起きていた、余は寝入っていた気がする。

* フッと目覚めるとそのま床にいて、キマリの本を赤と黒とのペンを手に読み継ぐ。
『大和物語の人々』に清和・陽成頃の些細な宮廷の人脈を辿りながら、「紫・清」盛期に至る直前の「平安時代」を胸に納めている。
『参考源平盛衰記』では平家瓦解のミヤコ落ちを尻目に、木曾義仲・多田行家「源氏」のまだミヤコにも宮廷にももの馴れないのを見定めながらの叙勲・叙爵を「餌」した公家の尊大などが描かれるのを、愉快でなく読んでいた。
『中国の歴史』では太古
・上古のロンシャン文化文明がヤンショウ文化/文明へ隔ダイ充実して行く推移を骨考古学や土器考古学のじっせきとともに、読み継いでいた。
小説は、ながらく読み継いできた陳彦『主演女優』大デュマ『モンテ・クリスト伯』に耽溺の儘。
加えて、仏壇から持ち出しの経文集から、こころひかれる一巻を音読し黙読し、暗誦したいなと思っていたり。孰れも頗る心惹いて覺としたそれぞれの世界を展開してくれる。

* 体、は堅調ら戻ったのか。全然ダメ。上の讀書などはその面白さや賢さが私のために「クスリ」となり不調をフト擦れさせてくれる、だけのこと。 しんどい、ぐたっと。

* 何としても,一歩も外へも出られず、おおかた寝入って過ごして,晩七時。結婚して六五年が経つ。むざと砕け落ちていいモノでは、ない。
幸かとも不幸とも、「妻子も持たない一子で嗣子の建日子」すら、両親の「こんな日」とはアタマに、親たる不徳、きわまれるか。

* モノを処分し捨てたいと手懸けても、ただ容易でないとばかりが判る。なにが,比較して他よりマシか。「読書」に尽きてくる。読んでいるうちは、古典でも、論著でも、読み物でも、疲労困憊から身も心も避け得ているかナ、と。錯覚かもしれぬが、其処へはなんとか、逃げ込める。
エドモン・ダンテスは、はや,「最初の復讐」に手をそめ、木賃宿を夫婦で営んでいるいじましい旧知カドルッスを、司祭の姿で「エドモンの遺言」を伝えると偽りながら。
行一行、言一言もアタマに入って生き残っているりのだから、この大長編は「凄」い。「結婚」して六五年「記念」の再会に「エドモン・ダンテス」が相応しいかどうか、問わない、身に添うて久しいい「知友の手に」疲れ果てた心身を預ける心地よ。幸いに、よく応えて呉れる懐かしい読み物であるよ。
2024 3/13

◎ 令和六年(二○二四)三月十四日 木  結婚六五年     起床 4:35 体重 56.7kg 早暁起き・測

むそいつせ みぢかに生きて 永き世を
観 聴き 語らひ いや和やかに  恒平・迪子
2024 3/14

* 床にいて 夢ともうつつともなく 唄い続けていた。

白山羊サンがお手紙書いた 黒山羊サンたら読まずに食べた
仕方が無いからお返事書いた さっきのお手紙ご用事ナーニ

白山羊サンも読まずに食べた
仕方が無いからお返事書いた さっきのお手紙ご用事ナーニ

* こんな唄のあるのは知ってたが この通りかどうか。一日中 「クチにしてる」ことがある、ムカーシから。コレも。

サッチャンはね サチコて謂うんだ ホントはね
だけど チッチャイから
自分のこと サッチャンて 謂うんだね
可愛いね サッチャン

* わたしは「独り」でこういうタワイない唄や唱歌を絶え間なく「口に含んで」子供から大人に、今や爺いになった
が、夢にも,仕事中にもよく、「独りごと」に今も歌っている。「独り」が、イヤなのだ。
2024 3/14

起床 7:30 体重 56.4kg 早暁起き・測
2024 3/15

起床 5:45 体重 56.4kg 早暁起き・測
2024 3/16

* ワケ判らずに多くが機械から失せたり.捜せど見つからなかったり、無駄な時間をたくさん費やして,容易にサキも開けない.情けない。メール機能を全部見失って、書きも送りもならず、弱った事に過去の保存分がみな見当たらない、いわば「わが日々の歴史」が消え失せたよう。やれやれ。

* もう午後と感じていたのに、午前九時十五分にもなっていない。進級の機械と格闘しつつ何の結果も展開も掴めてい判っているのはメールが送れず、受け取れない、という機械世間での「孤立」状況、だけ。
みんな投げだし、讀書の森林へ身を置きに入って行くか、幸い、これは即座に可能。

* 午後三時過ぎ、「マコ」が家出したりし、連れ戻すのに疲れる。ドンヨリと心身鈍く重く、処置無しの態。弱くなったものだ。幸いに,逐われる用の無い身になっている。疲れれば寝る、の一手を遣えば宜しい。しかし、疲れる、草臥れている、グッタリというのは有難くない。
メール機能が使えないのも奇妙に「孤独」。やれやれ。自業自得の「機械バカ」な私です。床に就いて、本を読みます。「本」は家に溢れているし。自分で書いて市販の「単行本」になっているのが百数冊、『秦恒平・湖の本』が全百六十六巻。百まで生きても読み切れまい。ところが、他人(ひと)の書かれた論地や選集や全集は単行本が十数メートルに延びた書庫三面の書架に溢れている。建日子はどうするだろう…呵呵。

* どうすればメール機能が恢復出来るのか。見当もつかないとは,情けない。

* 寝てばかりいる。夢見ながらも、なにやら唱っている、らしい。
2024 3/16

起床 7:30 体重 56.2kg 早暁起き・測

* 午後一時になる。午前何をしてたかも憶えない。メール機能を喪い、まさしく「孤独に孤立」している。寝入っていたいとばかり。

* 寝入りかけていた夕刻、表へ久々も久々の東工大院卒 林丈夫君が手土産まで持参で来て呉れた。わたしは呆然としてまいっていた。残念無念の儘そのまま僅かな玄関外での橘氏で帰って貰った。一つには上がって貰える片付いた場所も無かった。申し訳も無く、且つ、ざんねんしごくであったが,私も明朗にとてもお相手のならないサマであった。 残念残念でならない、が。
だが,只今も瞼は重く塞がろうとしている。やれやれ。
2024 3/17

* 機械がくずれ、メール機能は紛失して受発信が不能、いよいよ世間を離れ、「孤離・孤立」の感。やれやれ。寝るか。
2024 3/17

起床 5:30 体重 56.6kg 早暁起き・測
2024 3/18

* 相変わらず夢にも唱っている、ただし歌詞を追うよりも、童謡の類の冒頭一句や一語のみをひっきりなしに。夜前はなにであったろう、ふと忘れている。
いま、早朝の七時四十分。
2024 3/18

* なんとかメール機能が復活して欲しい、が。私の手には負えない。きのう林丈夫君が玄関外まで訪ねてくれたとき、わたしの隊長がほど良かったなら、恃んでも機械の前へ上がって欲しかったが。ブッ倒れそうに弱っていた。

* 二階廊下に、女優草笛光子の踏んでいる「足踏み機」を老いていて、よわっているようでいて,私、優に「百十回」が踏めぬときが無い。脚力がしかとあり、杖を持って歩くに問題なく、自転車も乗れる,危ないと要心はしているが。

* 機械裏へ隠れた記事が見当たればと願えども。どんな記事か場面かも記憶しているのに。

* 妻の検査に付き合って石神井の順天堂病院へ出向く。
寒風と空腹に疲労して、空しく帰宅。やれやれ。メールもままならず、なにもかもハナシにならない。寝入るしか、なし。
2024 3/18

起床 6:50 体重 57.0kg 早暁起き・測

* 激して人なかで弁じ、叫んで夢さめた。
20243/19

* メール機能が消散し、「外」世間とのつきあいが絶えている。心細い事だ。なにか、美味ぁい、それも濃厚なものが食べたい。部厚いトンカツとか、多彩に煮立ったすき焼きとか。一尺もながい海老天とか。昨日の、妻の順天堂病院検査の帰りは数年ぶりの池袋へと思い合うていたのに、結局草臥れて保谷へ帰り、駅ちかくでの食も買いもならぬまま帰ってきた。
生き方・暮らし方もヘタになったものだ。寝て,夢に激して大声で怒っているなど、八十八の爺い、くたばった方がいいのか。

* 午に成ろうとしている。何も出来てない、しようともしてない。

* 晩になっても、同じく。心惹くのは『モンテ・クリスト伯』ばかり。
2024 3/19

起床 4:15 体重 57.0kg 早暁起き・測

* 目覚めたというより、寝てても「ショがない」という感じで床を出てきた。夢とも現つともなく、無数の想い出に「人の名」を数えていたり。
2024 3/20

* 機械が 手に負えず 困惑 なにもかも故障かと。そして私の体調も アタマの働きも グチャグチャです。此のメールが送れるのかドーカも判らないで居ます。元気でいて下さい。 今は、それだけを願います。 ボヤーッとしています、なにもかも。けれど、生きていますから、それは安心して下さい。 読めるかどうか、読めたら 読めたとだけでも返信しておいて下さい。

* なにもかも おハナシにならず「衰弱の気味」。それでいて「着手」したいあれこれの「仕事」に心惹かれている。
『参考源平盛衰記』巻初の『剣巻』は「読むに値い」の力編、清明に訓み下してみたい、とか。「平家」の、副都「福原」を西国へ陥ち行く前夜の、一問を挙げての管絃舞踏の宴もまことに美しく、この、全四十八冊もの「盛衰記」は広く読まれたいとしみじみ思うているが。もっと早く元気なうちに敢然「全訳」に手を染めたかった。まさに残念。

* メール機能を機械から見失い、なんとも、淋しい。
2024 3/20

起床 6:00 体重 56.3kg 早暁起き・測
2024 3/21

* 今し方、少しく地震が揺った。こころ好く晴れているが風が物音をさせている。

* 体調宜しからず、ついつい床に就いている.寒い。

* 床わきに、本が揃っている。私の生きてある利点の最も大きい一つは「讀書」の愉しめる事。
今は、大冊の読み物に、ドストエフスキーの『悪霊』 大デュマの『モンテ・クリスト伯』 陳彦の『主演女優』が揃い、そして研究書『大和物語の人々』 大部四十八冊の古典『参考源平盛衰記』 教科書『中国の上古史』が揃っている。どの一冊にも惹かれる。本の、快く、面白く、惹き込まれて読めるのをなにより自身のために喜ぶ。

* それにしても、寒い。そして、体にちからが無い。蛋白質・脂肪、ともに不足か。炭水化物も、尠いと謂えば足りないか。日本酒をついつい、すこしずつだがクチにしている。街へ出たい出たいと謂いながら、思えば三年「出かけて」いないのだ。「食」「美食」の機会が無い。
メールが利かない。郵便も無い。なるほど。「讀書」しか無いのだ。テレビも、相撲ぐらいしか観ない。心惹く優れた「映画」が観たいけれど、出会わない。

* いま此のパソコンのデスクトップは、私の昔に撮っておいた、大きな、京都祇園「八坂神社の朱の正門」が、四条大通りへ大きく開いている。実に実に美しく、此の機械をあけるつど叫びたいほどに懐かしく魅了される。大自慢のデスクトップである。
2024 3/21

起床 5:40 体重 55.6kg 早暁起き・測
2024 3/22

* 寒い。体力の減退で寒さが堪える。メールが機能しないなら、ますます「街」へ出て歩きたい、が、こう寒くては。
2024 3/22

* 両眼が重苦しく痛んで、体調の違和が去らない。それでも惹かれて読みたい「本」は、読みつづけたい。
2024 3/22

起床 6:50 体重 55.9kg 早暁起き・測
2024 3/23

* 寝床わき、ちいさなテラス、まさに「狭庭(さにわ)」へ向いてやや広い窓を明けると、手前の小棚にあがってネコたちが喜ぶ。床なかのママに見上げると、縦長に広い硝子窓へ、寄りより唱いかけるように「さみどり」にそよぐ隠れ蓑のたくさんな若葉たちが寄りより風に舞っている。
テラスと西へ庭一杯に細長い書庫との東の片隅に、最初期には一メートルとなくか細くて、根方には亡くなった愛しいネコやノコや黒いマーゴたちの睡っている「隠れ蓑」の樹が、おお、今や書庫上の土庭も家の小屋根も高く抜いて、広いま空へ無数にきれいな枝葉を広げている、そよ風に絶えまなく翠りの枝葉を揺り続けている。わたしは、寝たままにそんな窓の向こうを見上げているのが、好き。大好き。まさしく我独りの静かな静かな時だ。
2024 3/23

* けれど。ぐったりと力なし。「本」の世界へ遁れるしかないか。デュマ、ドストエフスキー、陳彦、それに『参考源平盛衰記』 いささかも飽きない。 加えて、中国の上古史、詳細な研究の『大和物語の人々』
2024 3/23

起床 6:50 体重 55.9kg 早暁起き・測

* 階下、キッチンへ入れば、テレビで連續ドラマや大相撲を視聴し、和洋の酒に手が出る。一時に大量にはやらないが、いかにも酒には親しんでいる。想えば中学生頃から「お酒」に気が有った、永い人生で泥酔など三、四度となかったけれど。

* 今日が、何月何日の何曜日か、あやしくなる。まともに生きていない証拠、か。今日がもう、二四日日曜の夜九時とは。入浴もしたのは覚えているが。過剰なものいいでなく、ほぼ事実に近く、いちにち24時間の20時間を寝入っている。「三度の食事だけ」は、シルシ程度にもしているようだが。

* 明朝は 妻の歯科通いにつきあい、江古田二丁目の「櫻みち」開花に逢えるか。あわよくは、あと、今度こそ、せめて池袋へまでも「出て」みたいと。
2024 3/24

起床 5:50 体重 56.9kg 早暁起き・測
2024 3/25

起床 5:50 体重 56.9kg 早暁起き・測

* なにと。事実、一日二十四時間の二十時間を床に就いていた。幾らでも睡れて、疲れはひしと身を咬む。

* 認知症が、アタマに来るほど、正確に肉薄してきている。忘れるはずのないコトが思い着かず、思い出せない。だからこそ、根気よく「私語原版」での『秦恒平・湖(うみ)の本』を継続このパソコン上に「発表」「送付」し続けたい。
2024 3/26

起床 7:30 体重 57.0kg 早暁起き・測

* 夜前・夜中にも二度三度目醒め、もの思うたり本を拾い読んだりしていた。夢は、なく。
2024 3/27

起床 5:20 体重 57.7kg 早暁起き・測
2024 3/28

* 指先が痛いほど寒く、冷たい。

* メールでの交信や對話が不可能になっていては、湖底に沈んだ一粒の砂利のようだ。やれやれ。われ独りの時空を紡ぐ「静かさ」よ。いま、早朝の七時二十分。両脚が、痛むほどの冷え。上ハむやみと着重ねられるけれど。
ま、メゲていないで、新規造成、第二百巻をめざす『私語の刻』態りに新たな『秦恒平・湖(うみ)の本』第百六十七巻を創って行く。太宰治賞がまさに舞い込んできたころ、大きな俳人であられた荻原井泉水さんは大きな字で『花 風』の額を下さった。山本健吉先生は、師であられた「秋艸道人」がさらに師から承けられた『学規』を自書されての扁額を下さった。優れた鷗外學に稠密の新生面を築かれた國文学者長谷川泉先生は部下でもあった私の「作家」への旅立ちに即座に『文質彬彬』の四大字を書して行く手を示して下さった。信じがたいほど大勢の先達・先師から私は、「創り 成し 学び 続けよ」と「励まし」て戴いた、戴き続けたのだ、それは今なおなんら変わらない、私は「卒業」してなどいない。
寒くても、痛くても、シンドクても「道に、先」はある。

* 午前十一時過ぎ。「先」 容易には見えない。沁みるように両眼痛く、空腹感。
人の、聲や言葉が聞きたいが。メール機能が働かない、というより働かせ方を忘却しているのか、も。
2024 3/28

* それでも今日、我が家に一の「逸事」出来。
キチンに、ま、機体も画面も、ま、見映えの大きめ古テレビを久しい「日々昼夜の友」としてきたが、「人の音声」等が擦れ気味に「雑音をかぶり」出した。
機体の見映えも、映像の綺麗さも、廢處分は惜しく、で、そのまま茶の間に移転。西側壁に、國畫創作協会系の画家久保寛(飛路史)の舊作、迫力の大きさで悠揚静かに河底に息づいた『鯉』一尾の、まこと渋くも美しい「横畫軸」のま下へと、据え換えてみた。静謐の画面とテレビ枠のいわば今日風機能美とが上と下でよく釣り合い、満足できた。映像には何衰えなく、人の言葉の擦れて濁ッテきただけが惜しく棄てたくなかった。
ま、これで、同時間に妻は「お相撲」や「録画」が愉しめ、私は国会討議や国際ニュースが聴け、見知らぬ景色や自然が愉しめる。よしよしと。

* そして、もう寝てしまいました
2024 3/28

起床 5:20 体重 57.9kg 早暁起き・測

*  どうしょうかと思いつつ、やはり早起きした。猫チャンのアコもマコも喜ぶ。 寒い。
やはり第一義の仕事は途中の新創作を巻頭の要に追いつつ、いわば「私語の刻版」、『新・湖の本 第167巻』めを、もう郵送でなく、「メールで引続き<電送>の利く読者」宛て送り出せるよう着々「用意」「進行」する事。印刷所とも製本所とも縁が切れて、ますますの、本格の「パソコン作家に腰を据えてかかるのである。人生、弾むように推移する、永かった過去も、卆寿をまつ夫婦での最晩年の「仕事」も。

* と言い続けながら、私、いま大肝腎の「メール機能」を見失ったまま、唸っている。認知欠損気味に「卆 九十歳」へ滑り落ちて行く「生涯一作家」を、誰方か援けてと、やっと弱音になる。。
2024 3/29

起床 5:30 体重 58.0kg 早暁起き・測

*  やはり、どうしょうかと思いつつ、それでも早起きした。簡単にできたはずの機械手順にウロウロしたり。コトの捗らないのに惘れたり。
妻の歯科通いに同行し、その脚で三、四年ブリの「街」」へ出てみたい、「気」を新ためたい、と。そう容易くは変われまいが。
2024 3/30

起床 5:35 体重 57.8kg 早暁起き・測

* 心身に「励み」が瘠せている。「目途」が乱れ、霞んでいる。無心とも健康とも程遠い。「生き甲斐」など追うなと手を広げて制したい。下保谷の間ぢかで優雅に花櫻と出逢いたいが。散歩するか。天気はどうか。と,云いながら寝入っていた。

* 「歌を忘れ」て「仕舞って」いるなあ、すっかり。
2024 3/31

* 明朝、いちばんに厚生病院で予定予約の血液検査と診察を受ける。妻も一緒。病院というところ、実にたっぷりと待たされる。『モンテ・クリスト伯』上半卷,読みあげて来るだろう。
2024 3/31

起床 6:30 体重 57.8kg 早暁起き・測

* 春、温かと感じて朝を迎えている。「四月馬鹿 エイプリルフール」とか謂うようだがタクシには判らない。ただ、温順な一日を願いながら、今朝は九時に、ま、近いと謂えば近い、タクシーなら初乗りで着く病院の受付へ,妻と。病院とはひたすら「待つ」修業の場でもある。重い荷になっても「読む本」は欠かせない。エドモン・ダンテスという佳い連れがある。

* 九時半予約の病院が済めば,妻と、あれこれ移動してという気があつたのに、やはり疲労のまま帰宅、わたしは三時半まで。寝入っていた。疲弊には経済の負担の意味も副うているが、疲労は肉体の弱りへ落ち込んでいる。私のはやはり疲労困憊。困は苦しむ、憊は疲れる。心身重苦しい。
棚党の内界の見立てでは、「食」が、栄養食が主に、全體に、足りていないと。自覚していたままの云われようで。そけだけでは,身は保たない。あたり前のこと。
2024 4/1

* 九時半予約の病院が済めば,妻と、あれこれ移動してという気があつたのに、やはり疲労のまま帰宅、わたしは三時半まで。寝入っていた。疲弊には経済の負担の意味も副うているが、疲労は肉体の弱りへ落ち込んでいる。私のはやはり疲労困憊。困は苦しむ、憊は疲れる。心身重苦しい。
担当の内科医の見立てでは、「食」が、栄養食が主に、全體に、足りていないと。自覚していたままの云われようで。
そけだけでは,身は保たない。あたり前のこと。
2024 4/1

起床 5:10 体重 57.7kg 早暁起き・測
2024 4/2

起床 6:05 体重 58.1kg 早暁起き・測

* 夢を見るかと問うて,妻は変わりなく,見ないといつも云う。
信じられぬ。
それほど私の夜寝は、奇抜で怖いほどの、しかし時に耽美の極のような場面や経緯を、嘗て見識らない女、美女でも危女でも悪女でもある女と、見知らぬ街なかや野や山なかを彷徨し,遁れては掴まり嘲けられたりする。八八爺にして、そんな夢におひえるは、何の因果か。ヘンな人であるよ、わたくしは。

* 久しい勉強や文筆・私語の刻から「義務的」という麵からはすっかり解放されている気か、ホワーンとしてかなりに馬鹿げ、孤独である。メールも、在来保存のらいかんに「返信」のテイでしか送れず,新規には出来ない、らしい。従來とも新規にとも届くは届くのか。それもボンヤリしている。やれやれ。
2024 4/3

起床 6:45 体重 58.1kg 早暁起き・測

* 朝の九時になっている。何してたろう。テレビか,本か。あちこちしていたか。『ヴキウギ』から代わった『虎と花』とか、に乗れそう。
2024 2/4

* 午後も、晩も、おおかた寝入っていた、それでも、枕して本も読んでいた。ドッカーンと大きな四冊、ドストエフスキー『悪霊(草野心平譯)』陳彦『主演女優(菱沼譯)』『モンテ・クリスト伯(山内豊雄譯)』そして水戸で編まれた全四八冊の『参考源平盛衰記』第三十冊目、らの途轍もな興趣も豪勢な内容・文章の個性豊か面白さには、思わず笑えて降参し嘆賞しとている。「讀書の徳」はひろく深くさまざまに斯うありたい。

* にしても、このぐったりと「重たい疲弊」の嵩高さよ。
2024 4/4

起床 5:50 体重 58.3kg 早暁起き・測

* やそはちと倶に歩みて花の春や
ながめも晴れの「みち」久しかれ  祝迪子米壽

* いま夜の十一時前。ほぼ終日、床に就いていた。本を読んでは寝入っていた。いまも妻に起こされ、奇態にニイヤな夢から覚めた。私は、まこと、生きているのか。本は変わりなくドストエフスキーの『悪霊』 陳彦の『主演女優』 大デュマの『ンテ・クリスト伯』 そして全四八冊『参考源平盛衰記』の三一冊め、平家は九州まで落ち、源氏は図に乗った木曾義仲の一党が京都で暴れ出す。
どれもみな揺るがず面白く、全五十巻『日本の歴史』の「平安朝」へも読み進んで、ドラマ『光る君へ』への下地を確かめ確かめ歴史を復習していた。みんな親しい読み物で何の苦もない。『中国のの歴史』の殷周時代も通り抜けながら、春秋戦国時代を歩み歩みしている。
讀書は私の濃い「栄養」。日常の食欲は、はなはだ薄い。下保谷は甚だの田舎、肉や魚を買うにも、そんな店までに相当歩かねばならない。歩けない。いきおい「生協」頼みになる。

* 夜十一時をまわった。目は腫れぼったく瞼が重い。

* それにしても、ナント「夢見」のわるい人か。不快を越して、怕い。見知らぬ町や街をモノやヒトに追われて駆けめぐっている。何でやねん
2024 4/5

起床 5:50 体重 58.3kg 早暁起き・測

* 手洗いに起ったまま、寝床に坐り込み、手近な引出し棚や枕もとの本や辞書たちの検分や整頓を始め、そのまま起きてしまった。一等手近には『悪霊』や、順不同、読み継ぎの『参考源平盛衰記』ほか大冊三,四点や文庫本の源氏物語,水滸伝、浄土三部経などがある。どれにも始終手を出している。今今の暮らしではナマな人付き合いは、ゼロ。医者の他、出かけもしてない。食べる店など近くには、ゼロ。ご近所もシーンとして静かなもの。
2024 4/6

* 結句 花見に朔歩もしなかった。櫻はいつも肌身に添うて咲いている。
櫻さくら 弥生の空は 見渡す限り
かすみか くもか にほひぞ出づる
いざや いざや 観に行かむ
京都の山野が 震えるほど恋しい。雑踏でたのしむ櫻、花では、ない。京の東山をあるいていて、ふとした山はらに、木々に隠れて誰にも観られず満開の櫻の咲き匂うていた嬉しさ、忘れられない。
2024 4/6

起床 6:00 体重 57.85kg 早暁起き・測

* 混乱という二字一語に覆い被さられる気がする。やれやれ。
2024 4/7

起床 6:30 体重 58.0kg 早暁起き・測

* いま、午前九時四十分。朝方、起きた識からうしろ腰のきつい痛みに弱った。朝食して、二階のソファで寝入り,今しがた目ざめた。マリア・ジョアオ・ピレシュの、躍動して好きなピアノコンチェルトを、昨日から繰り返し聴いている。
すっかりピアノ曲好きになっている。大學の頃、同じ同志社で英文学の教授を努めていた吉岡の叔父とたまたま一緒に市電で三條の方ヘヘ帰るあいだに、私が洋楽は苦手でと云うと,美学藝術學を専攻して何を謂うかと窘められた.モットモと心を入れ替えた。懐かしい有難い価値ある想い出だ。此の叔父、当然にも私が専攻の主任園賴三先生ともご懇意で、叔父の口から園先生へ私の生い立ちなどは伝わっていたようだ。東京へ舞い立つ院生の途中まで、わたくしのことをそれは優しく見守って下さった。同じ専攻の一年下、妻になる人と東京へ出たいと申し出たとき、園先生はむしろ前向きに賛成して送り出して下さった。「作家」への道を亡くなられるまで励まし続けて下さった。
はるか昔の事になった。
いまピレシュの美しく躍動するピアノ曲に聴き入りながら、なんと永く生きてきたろうと粛然とする。先生先達にも同輩友人達にも,後進の人らにすら多く死なれてきた。
いま,私の日々に音楽がある有り難さは言い尽くせない。むしろ美術への愛好が、外出も成らない障害で塞がれている。

* 腰の痛み やわらいで呉れようか…。
2024 4/8

* 午後一時二十分、泥のように睡っていた。うしろ腰の痛み、和らいでいてホッとしている。それにしても,ろくに生きた心地なく寝入っているとは。メール,送りも受けもなく。気分を変える工夫が要る、「讀書」の他に。外へ出るには”電話」で車を呼び、保谷駅まで出ねば。いっそ車の儘で吉祥寺やひばりヶ丘へとも想う、が、何も何も何も億劫になている。結局はテレビよりも「讀書」がいい。当て外れということがない。
2024 4/8

起床 4:40 体重 57.8kg 早暁起き・測

* 夜通しの雨を聴きながら、半睡・半讀のまま床を抜け、二階へきた。
2024 4/9

* 雨の早朝、六時前。

* アコ、マコ。削り鰹を頂戴と,膝を叩きに来ます。上げるとも。

* メールが利かない、らしい。ひそっと孤独。
2024 4/9

* 疲労と謂うほど働いていない。この泥のような疲労感は、疲弊というしか無い。朝の、九時四十分過ぎ。雨の音に荒い風が混じっている。
2024 4/9

* 石川の井口哲郎さんから、館長をなさっていた石川近代文学館篇の『西村賢太旧蔵資料目録』にそえて、懐かしいお手紙を頂戴した。また重ね重ね醇良の「蜂蜜」五合も頂戴した。
想えば久しい。井口さんは私が「作家」生活に入った一等最初にお手紙を頂戴したお一人で、幾らか年輩、以来もっとも親しい友情に恵まれてきた。幾久しくお元気でありますように。

* 私は、崩れそうな心身で目も半ば塞いだような按配で此の日頃を過ごしている。健康を恢復せねば。
2024 4/9

起床 7:00 体重 58.0kg 早暁起き・測

* もう夕方の四時十八分。なにをしてきた今日か、漠然、半ば上も寝入っていたろう。
つい今し方、「住所録」を何の用もなくただモノスゴイ人数の氏名ばかり観ていたが、ふっと、京都の山科に学校の昔から暮らして今もと識れている人へ、「電話」してみると云う事を思いついた。かけてみた。三度も数字を読み間違え,やっと通って、幸いに、其の人にと想っていた人が電話口へ出てくれた。懐かしく三,四分も話したか、しかし上も下も歯の無い私のフガフガの発語・発聲は情けなかった。私の書いてきて書いている幾らかは最近も知っていて呉れる人なので、フガフガのまま失礼した。向こうの声はしずかに綺麗だった、七五年前の中学生時代が思い出せた。
ああ、もう、メール機能もう喪っているらしいし、この痺れ手で手紙もシンドイなら、電話の通る先へ、ときどき声かけてみようか,と、ご迷惑なことを思いついたりした。
聲・ことばのフガフガは仕方なく、老耄の年齢も、ま,お互い知れてある。在来のお付き合い、みな「書いたもの、文章」を介してで、先方さん、およそは判ってくれているでしょう。作家の私は、まだ「店仕舞い」していない。ちょっとずつで良い、電話の聲・ことばを勘弁して貰おうよ。メイワクやろうなあ、しかし。「ハイ其処まで」と、はっきり断って下されよ。
2024 4/10

起床 6:00 体重 57.9kg 早暁起き・測

* なにをしていたやら、漠々と、独りキチンでテレビを観るとも観ないとも,酒を飲むとも飲まないとも。
2024 4/11

* 妻と、セイムスへ.久しぶり。酒やウイスキーや、流水麵のうどんなど、私は。昼食をはさんで、ボーゼンとテレビヺ観ていた、が、睡い。寝ようと思う。ガツガツすまい。

* 機械(パソコン)には好転・改善の気配無し。思い直すまでもなく、切羽詰まった要務など無い。読書し、寝入れば、来い来いと誘ってくる「本」は、いま寝床わきに十二冊。「悪霊」「モンテ・クリスト伯」「参考源平盛衰記」「日本の歴史 平安朝・前・後」「中国の歴史」「源氏物語」「大鏡」「鳴雪俳話」「浄土勤行式」「藤村」「秋声」等々恵まれている。書き進めたい小説も、信じられない話だが「待って」いて呉れる。
だが、体調のドン底よ。ただもう寝入っていたい。

* 書いた筈の記事が画面に見当たらない、ウンザリだ。
2024 4/11

起床 5:50 体重 57.9kg 早暁起き・測

* 知恩院下の白川辺で、兄の恒彦らしきと夢に逢っていた。
妙な夢を,怖いのも,なまめかしいのも、断片で幾つも見ていた。安眠しないタチと見える。

* 目ざめてしまった床に胡座で、ドストエフスキーの大作『悪霊』を、極く最初からまたまた読み返し始めて、今回、際だって一語一行ずつが新鮮に面白く読み始められ、喜んでいた。原作はむろんロシア語のはず、だが訳(草野心平)された日本語飄逸の筆致に心惹かれ不思議と懐かしいので。
2024 4/12

* メールが、働かない。複写機や印刷機と繫いでありながら、香堂の手順などを忘れ果て、役立てられない。「末期症状」とは是れか。

* 多勢の何方とも連絡が出来ていないと、私自身の年齢もも齢で、ウカとは同世代の方々へ呼び掛けにくい懼れを持つようになっている。そしていよいよ孤独に落ちて行く。

* 「書く」より「読む」おもしろさへ、つい、惹かれている。読んで面白い本は大冊も文庫本も、和も,洋も、支那のも書架に溢れていて、選び惑う。久しぶりに、ヒギンズの「読み物」一冊を手に執った、心身の窮屈をくつろげたいと。ぞわぞわと,心身を、執濃い「疲れ」に容赦なく突つかれている。
空ら手のまま、夢もみず寝込みたいが,「夢」は,私の「持病か」と思われる。やれやれ。
2024 4/12

起床 6:50 体重 58.:5kg 早暁起き・測

* 床のまま、「桐壺」巻 「源平盛衰記」を読んで,そして二階の機械前へ来た。どんな今日になるとも判じがたい、が、成るべく成ればと。
2024 4/13

* もう、晩の九時前。昼間は、寝入っていたり、イーストウッドが雪のアイガーを這い登って行く映画や、紫式部と道長らのドラマ『光る君へ』などを、テレビで観、また横になって、丁度長父「兼家」兄「道隆」頃の歴史、『蜻蛉日記』背景の頃の歴史を読んで人の名など確かめたり、一転してドストエフスーの『悪霊』 陳彦の『主演女優』 ヒギンズのサスペンスなど読み散らしていた。
ふと、郵便局のポストに用の妻に連れ立って、静寂そのものの下保谷奥の、もう盛りはすぎて行く「櫻」を観に散策したりしていた。
私には、もう、義務のようにして果たさねば済まぬ何事も「無い」のです、なんという境涯を八八年通り過ぎて来れたことか。有難いと思う。

* メールは一切送れず受け取れず、インターネットは不能の儘。もう諦めてしまっている、「讀書」の誘いは無数に豊かに在るのだ、退屈しない、視力は労らねばならないが。

* 小さな家に暮らしていて、それでも此の家の内にいて,ビックリするような「美しい見物などを発見し,妻と、喜んでていたりする。怪我はすまいよと言い合うている。

* オウ。十時半だ。いろいろと本を読み継ぎながら寝入ろう、テレビより佳い。
2024 4/13

起床 4:45 体重 58.:2kg 早暁起き・測

* 宵に利尿剤を一錠咽むと夜中の手洗いが増える.夜を徹しての安眠はならず、なにとなく目覚めて、そのまま暫く本を読んだりしてしまう。読んで惹かれる本が枕許に並んでるのだから、ツイという仕儀になる。起きて仕舞いもする。
2024 4/14

* 十一時半。今日、工夫し苦辛もして階下の床わきを、小さめのパソコンも含め、諸本・辞典とうとうをかなり整然と整理整頓し,佳い一廓を構築した。私はそういう「整備・整頓」が少年時代から好きで得意なのだ。此処でも仕事や讀書が愉しめるようにと心がけたい。
2024 4/14

起床 5:45 体重 58.:76kg 早暁起き・測
2024 4/15

* 昨日、階下寝室の一隅に小ぢんまりした「仕事場」を設置してみた、生きるのか、無駄に終わるか。
疲れで。目がショボショボ痛む。やれやれ。
パソコンのメール機能破壊のまま、いわば「外」世界のほぼ全部を、只今、見失っている。 此の足取り、どこへ向いているのか。

* 夏日と謂う。いま夕杉の六時半、この二階が蒸し暑い。
2024 4/15

起床 5:45 体重 58.:76kg 早暁起き・測

* 妻の要事に付き合い、春暖、快晴、市の保谷分庁谷へ。その延長で私は、車でなり、ひばりヶ丘辺へも久しぶり行ってみたかったが、結局保谷駅前へバスで戻り,以前に偶々見つけて気に入っていた饂飩の店で昼食、そして帰宅、要するになにごとも無し。

* そのまま、何事も無く夜もふけ、日付の変わる頃、わたくし独りキッチンで酒のまま暫くテレビを觀ていたが。
2024 4/16

起床 5:45 体重 58.:7kg 早暁起き・測
2024 4/17

* 疲れを慰めて面白く本を読む、と、目が疲れる。悪循環。これを逸れ遁れたければだ「死んだように」寝入るしか無い。が、残年は目に見え、寝入ってだけでは残り惜しい。

* 癇癪玉を潰すことが、ある。辛抱が利かないのだ。情けない。幸いにいくらかは歩けるのだから、むしろ進んで四年も間の抜けている「街歩き」を気ままにしてくれば良いのだ。「人」謂うと「妻」としかクチを悔いていない生活に落ちている。「生・活」とは謂えないのだ。

* ヒギンズの『鷲は舞い降りた』などいう通俗読み物に引っ張られるなど、いかにも残念。
2024 4/17

起床 5:45 体重 56.:78kg 早暁起き・測

* いま、零時。

* 疲れてか、首廻りにさし込む痛み。寝入ること、それが仕事ほどに、大事と。

* 午前11時 目覚めてはいるが、呆然と

* 何をしたという自覚が無い。すぐれぬ体感・体調の儘にほぼ横になっていたか、意図無くぼやっと手を動かしていた、と想う、食欲も意欲も無く。顔が腫れたようにかすかに痛い。
2024 4/18

起床 5:45 体重 56.:78kg 早暁起き・測
2024 4/19

* 夕刻六時過ぎて 体調弛み視野霞んで 元気無し。横になり気に入った本に想いよせたまま寝入るほか、安身の途みつからない。寝入りたい。まだ、目は覚めてほしいが。

* JUST BE MYSELF  謂うは易いが。
2024 4/19

起床 7:30 体重 56.:8kg 早暁起き・測

* いま朝の九時。はやく目覚めて、『主演女優』『悪霊』『モンテ・クリスト伯』の未だ前期。そして『日本の歴史』十一世紀初、『中国の歴史』上古初を読み継ぎ、そして床を起った。目の疲れをひどくして行くと自覚できていながら。目が見えなく成ったら、死を願う事になろうと判ってながら。読んで途中の本、読みたい本、読んでくれとせがまれている本が、家中にまだまだ無数に在る。生きよと、か。
西洋語には「語感」が乏しく蔵書も乏しいが、漢籍は、、日本の古典や史書も、秦の祖父鶴吉以来の家蔵本が多く、少年時代から好き勝手に手に触れていた.。当時、祖父はもう本に「見向き」もしないで、それらの全部を幼い私の「好き勝手」にさせていた。読み教えるなど、一切しなかった。『春曙抄』『湖月抄』『神皇正統記』等の完本は研究施設へ寄贈もした。『老子』『莊子』『孟子』『史記列伝』『唐詩選』等は今モ愛翫している。
優れた「本」がもし無かつたら、どんなにか世界がつまらなかったろう。
2024 4/20

* 言い知れず心身治まらない。突っ切って駆け抜けてしまうしかあるまい。本心本気でとにかくも久々に自分の脚で都心へ歩きに出たい、が。脚は弱ってないと思える。弱ってるのは、元気。
2024 4/20

* 片付きようのない何もかもを しかと片付け続けて 熱い意欲で冷静に片付け続けて、この老耄の為しうる限りを見知ってやりたい。

* 五体が 粥のように崩れている心地。こんな時は、「米」の歳を投げ出し、幼少・少年の「記憶や想い出」を「食べて」凌ぐ。
2024 4/20

起床 7:30 体重 56.:8kg 早暁起き・測
2024 4/21

起床 5:30 体重 57.:4kg 早暁起き・測
2024 4/22

* 九時前。ゾワっとする寒けと疲労があるが。雨もよいでもあるが、出かける気でいる 。気を「替える」ことも大事かと。妻と出かける機会も減って行くはず。

* 結局は、江古田二丁目から、「池袋」への幸便無いまま江古田へ戻り、いつもの、店とも馴染んで気楽な「中華家族」で、海老マヨと強い酒とをたのしみ、帰ってきた。とかく老人の遠出は、こんなコトで半途に無難に落ち着いてしまう、やれやれ。ま、ソレで宜しい。
帰って、ストンと、寝入っていた。
2024 4/22

* あれこれと手出ししつつもう十一時になる。ガクッと崩れそうに肩も背も痛む。
それでも床に就いたら就いたで、枕ワキの小説へ次々手を出す、間違いなく。手の出る本が幾つも幾つも絶えないとは、幸せな事。
2024 4/22

起床 5:30 体重 57.:8kg 早暁起き・測

* もうすぐ朝七時になる。機械の前であれこれ「片付け」ていた。「片付く」ことは事実上無く、雑多のまま「場所が変わる」だけ。ムダなのだ、が、八十八歳まで「繰り返し繰り返し」てきた「ムダ」である。「バカ」みたい。「愚ゥの音」のみ。

* 午後三時前。何の覚えも無く、朝から、おおかた寝入っていた。読みも書きも、読書も、テレビも、無し。「死んだように」寝入っていた と謂うこと。瞼が腫れたように重たい。
2024 4/23

起床 5:00 体重 57.:8kg 早暁起き・測

* 床を抜けてもう五十分、しとどにモノを打つ雨音が窓の遠くでやまない。
むかしとちがい、何か「要・用」に俟たれている朝ではない。好きに過ごしていい。「好きに過ごす」のは、しかし容易でない。凡人は「忙」には立ち向かえても、「閑」は苦が手、棒立ちに処置ナシになり易い、文字通りの「退屈」よ。人の「在る」最悪が「退屈」と久しい壽命を戴いて幾度も痛感してきたよ。
2024 4/24

起床 6:00 体重 58.:25kg 早暁起き・測
2024 4/25

* 目覚めたときは気づかなかった、いま七時四十五分 素晴らしい 晴天。快い一日になりますよう。
2024 4/25

起床 6:00 体重 57.:65kg 早暁起き・測
* 瞼がいたむほど重く まだ眠気が霽れていないが起きてきた。冷えてはいない。
2024 4/26

* 午後一時半も過ぎて。呆然と暮らしている。グレン・クールドがピアノ演奏のベートーベンを聴くともなく。正直に云うと、グッスリ寝入っていたい。
したいこと。幾つも幾つも在る。のに、此の機械の前でも、頭はグタリと深く垂れて上がらない。
2024 4/26

* 夜 九時四十五分。目から疲労の濃くなる日々。寝に、階下へ降りる。吐き溜める「私語」も無い。「もういいだろう」と聞こえる聲。極く小声で、「まぁだだよ」
2024 4/26

起床 5:00 体重 57.:8kg 早暁起き・測

* 目の腫れぼったさ。
2024 4/27

* 顔面から肩へ背へ全身へ疲労が喰い入って来る。十時前。もうやすみたい。

* 消息の遠のいている人らが、気になる。
2024 4/27

起床 5:00 体重 58 0kg 早暁起き・測

* 早くに起き、ひとり朝食しながら、テレビで落語「たらちめ」を聴いて笑ったり、二階で片付け仕事。
2024 4/28

* 暑苦しいほどの晩春に些かヘキエキ。心落ち着かない。頭の中はカラコロ回転しているが、シンドイ。
2024 4/28

起床 5:50 体重 58 0kg 早暁起き・測
2024 4/29

* 「生きる」とは一の煩瑣にややこしい「技術」・閉口して負けたら、お終いのようなもの。
わたくし、何ももう慌て急いで生きねばならぬ歳で無い。「悠然と南山をみ」ていて宜しいのだ。

* 大きな佛壇が、隣り西の家には在るが、日々に祀ってはいない。東の、此の住まい家の階下、十メートルとないメインストリートの廊下奥が壇に造られていて、其処に「秦」の両親のとても佳い写真を架け置き、始終 折りごとに、「お祖父ちゃん お祖母ちゃん」「お父さん おかあさん」「お父ちゃん お母ちゃん」と、呼び掛け、挨拶して、朝昼晩、真夜中にも、折りごとに暫くの間「咄」し合うている。
同じ壇には、亡き「いとしい孫」の「やす香」の愛らしい写真もあり、とり囲んで、亡き「ネコ・ノコ・黒いマーゴ」らの小像も置いてある。「やす香 やす香 やす香」と呼びかけ、猫たちとも一緒に、かならず「對話」を欠かさない。

* 夕方五時過ぎ、とても睡いというのに気づいている。
2024 4/29

起床 4:50 体重 58 7kg 早暁起き・測
2024 4/30

* 寝ている方がマシかと、このところ、事実、24時間の20時間を、私、寝入っている。おもしろい、また怖いほど恐ろしい夢も見る。これは夢、と気づく事もある。ほっとしたり、惜しがったり。「夢」って、一種の「自己審判」かも。

* どの時代・時期へ帰りたいか。間違いなく、「弥栄中学二年生」へ帰りたい。
どの場所へ帰りたいか。間違いなく、四条大通りが真っ直ぐ見下ろせる、祇園八坂神社、丹に耀く西向き正門(私のこの機械のデスクトップ写真)に立ち帰りたい。
2024 4/30

*まだ アケボノにほど遠い午前二時十分です。
ひいて下さった歌を読み返すと 的確に選んで貰えているのに感動しました。 斯く選べるなら、アケボノ自身で「歌が詠める」はずです、ぜひ立ち向かわれよ。
「左眼が失明」に近くなりました。 生きづらくなってきました。何年ぶりか 街へも出たいと願いながら、なかなか、果たせずにいます。
健康をもう無視しても進むか、健康を優先するか。難題です。 お元気で。  みづうみ
2024 4/30

起床 2:02 6:00 体重 57 9kg 早暁起き・測

* 左眼が視野を喪いかけている。(上田)秋成先生の「あと」を追うてはならない。謂い知れぬピンチに立っている。要心しか無いか。「讀書」できなくなっては生きてられまい、それなら、讀書の量と中身と場所とに「要心」のほか無い。
わたく識り『私語の刻』とは「機械に書く時」を謂うている。視覚無くてはあり得ない。目を労るしか無い。と、謂い云い要らぬ事ヲ「書いて」いるよ。
2024 5/1

起床 2:02 6:00 体重 57 9kg 早暁起き・測

* 何をどうしてどう「機械(パソコン)」の上で過ごしてきたか、いま、もう午後一時に寸前、よく判らない、覚えない。 そういえば、だが、午前には「書庫」に永く入っていた。二階の機械前へも来て書いていた、が、ころッと、おおかたみな忘れていた。近来そんな事がちっとも珍しくなく、困惑する。老耄の足取りは、だが、ヤに健常。よぎなく「ボケ」と「老人」競合せざるを得ない。
2024 5/2

* 横になり、寝入ってもしまえなくて、『悪霊』『モンテ・クリスト伯』を愉しんでいた。玄関の倚子での、『近世説美少年錄』馬琴の長大作も読み進めるとなれば、私、「本を読む」のがホント好きなんだ。危ないのは「眼」です、「視力」の消耗。要心が利かない。
2024 5/2

* どう疲労困憊していても、なまじいに屈してしまわない。愉しめる事を見つける。わたし、けっこう、それが出来る。
2024 5/2

起床 5:30 体重 57 8kg 早暁起き・測

* 遣い慣れてはきたが、この私用中パソコンの機能・起動能力はもはや終局か、否な、私の理解と技術が「破産」状態なのか。もう、何かにつけ終盤へ坂道は下る一方に感じられる。嘆く事か。受け容れて、そして、転んで怪我せぬ事よ。
2024 5/3

* 晩の八時半。目の奥が重苦しい。
2024 5/3

起床 6:30 体重 58 8kg 早暁起き・測
2024 5/4

起床 6:15 体重 58 8kg 早暁起き・測
2024 5/5

起床 4:55 体重 58 5kg 早暁起き・測

* 早起きの儘に、例の、自身の「趣味」にあわせた家の内アチコチの「模様替え」をしている。妻は、まだまだ、睡っている。妻には、家の内を荘る趣味が無い。私は、総じて身の周り・身辺をモノとともに片付け設え整えようとする、が。
片付けるとは「棄てる」ことでない。仕舞うとは「仕舞い込む」事で無い。それでいて始終、片付け、仕舞っていねばならない、投げ遣れば、一切が役立たずのゴミになる。
2024 5/6

* 深澤晴美さん メールありがとう。
「文学史を新ためる」ほどの「論文・論攷」が書けました時、ぜひ読ませて下さい。わたしが存命の内に。老耄・老衰、もう私も残り少なく。
事情は有れ、暫くメール等の途絶えていると、おおかた向こうサンも私と同世代、ふと、悲しい予感に震える。お元気でとせつに願い祈る。
最期かと想う長めの小説を、信じられないはなしだが、書き進んでいます。「終わる」前に、「終わり」と、間に合って欲しい。頑張りますと、自分で自分を励ますばかり。
熱海どころか、街なか近所の銭湯へでも一度行ってみたいなと思ってますが、危ない、と。
危なくないことなど、もう何も無いです、呵呵。 南山宗遠
2024 5/6

*「懐かしい記憶」の再生に役立つ「表現」は、すすんで待ち迎えるのが、老境の「佳いビタミン」であるよ。

* あれもしたい、これもせねば、と、未だいろいろ在るのに愕く。遁げ出す気は無い。
2024 5/6

起床 6: 体重 57 8kg 早暁起き・測

* 広い家ではない、玄関をまで小部屋のように工夫して用い、いっそそれを愉しんでもいる。わたしは生来、散らかすよりは綺麗に片付けたいタチで。玄関に次いで六畳の茶の間も、此の家のセンターとして、よほど工夫して、せめてサマ良くしてみた。猫たちの幼少時の暴れほうぬ大で障子は処置無く破られ、家中の襖も惨状を覆う餘地ももうその気も無いが、わたしは、やはりコツコツと独り手入れ・手加減・手直しをやめない。

* それもこれも、「玄関」で機嫌気持ちよく宝井馬琴のクソ面白い『近世説美少年録』大冊三冊を嬉しく読み上げたい衝動からで。本は、やはりこころよい席で落ち着いて読むに越した事はない。ちいさな家の内で、「玄関」という場を発見し発明したのは今度の手柄であって、歯どうして家の阿智事ヲ静かに片付けてもいる。
2024 5/7

起床 4:50: 体重 58 8kg 早暁起き・測

* 食べて呑んでいて、歩くなどの運動は足りず、体重は増している。家の中では、頻回の階段の上下、そして例の足踏み機械を110回、苦もなく踏んでいる。出歩いてみたい気は増している。
2024 5/8

* 食べて呑んでいて、歩くなどの運動は足りず、体重は増している。家の中では、頻回の階段の上下、そして例の足踏み機械を110回、苦もなく踏んでいる。出歩いてみたい気は増している。( 重複アリ)

* いま早朝の、六時半に成ろうとしている。馬琴に脅されてないで「信じられない咄だが」私の創作も先へ先へ進めたい。
2024 5/8

起床 5:50: 体重 57 8kg 早暁起き・測

* 朝寒むに、びっくり。着重ねた。いま、七時半。
妻が、手洗いの生け花に、珍しい「チェリーセージ」を綺麗に生けて呉れている。
渡しは我が家の手洗いを、一の晏樂休養處と考えて、便座で、永い思案にも、うたた寝にも、休息にも心地よい小部屋にと心がけている。綺麗なカレンダーの他にも、今は、大好きなライオン一家三頭が微笑みの記念写真や、大横綱「白鵬」の土俵入りなどを、五月蠅くなく、布壁に貼っている。声を掛けて話し合うたりする。
広くない家だからこそ、玄関もトイレも廊下もみな「部屋心地」に私は工夫する。

* こうして機械前にいると、日に数度は「アコとまこ」とが、「頂戴」と{削り鰹}を貰いに来る。専用の器(革のペン皿二枚)に、一と摘まみずつ分けて、遣る。嬉しそうにナランで食べて、静かに去って行く。可愛い。
2024 5/9

起床 5:00: 体重 58 5kg 早暁起き・測
2024 5/10

* 家には、妻がいて、「ふたり」のネコがいる。謂う事無し。不足なにも無い。健康でありたい。
せまい我が家には、東と西の二棟に、庭木の類いが極く尠い。が、書庫と家とのちっちゃな角地に、「隠れ蓑」一樹が、いまや書庫はおろか、二階家の大屋根を侵すまで伸びている。
この、ソレこそ猫の額ほどちっちゃな角地は、今は亡い愛猫たち(ブン、ネコ、ノコ、黒いマーゴ)の奥津城にも成っていて、「隠れ蓑」は人の膝もない小さな植木であった、それが今では背の高い高い喬木と育って、イキのいい翠・緑の葉を、まさしく「萬」と繁らせ美しく日に日に揺れ動いているのだ。
妻も私も、こんな、狭いテラスの一廓に満足し愛している。私は、とことん愛している。わたしに「墓は」要らないよ、「隠れ蓑の根もと」に、愛した「猫たちと一緒に」ただ「骨を埋めて」くれと言い置いている。その日も、もう遠くはあるまいよ。
「読み・書き・読書」は堪能してきたろう、「創作」に心残り遺すなよと自身に言い聞かせている。
2024 5/10

起床 6:00: 体重 58 3kg 早暁起き・測

* 目覚めて起きて。左肩が痛い。両眼が重たい。かすかに空腹。
2024 5/11

* いま、夜十時前。
昼間、午後、近くのセイムスへ妻の買いものに付き合った。わたくは、▲包みの、サンドイッチぐらい。
2024 5/11

* 馬琴も読み進んだが、総じて、グタッと寝入っていた一日。「健常を持して元気」とは謂えぬまま、晩も、今まで寝入っていた。
テレビは、新幸四郎クンの新『鬼平犯科帳』が始まり、紫式部の『光る君へ』が順調に伸びている。
高麗屋の舞台は、今度の新幸四郎クンまで三代、かならずというほど観てきたが、コロナ禍に禍され、歌舞伎座へもほぼ四年出かけていない。新染五郎君の元気な豚テモ観たいし、久々幸四郎夫人の御顔も観たい。健康でありたい。
2024 5/11

起床 5:10: 体重 58 3kg 早暁起き・測

* 奇妙に不思議な「夢」を見るものだ。書き置くも憚られる。
二階廊下窓のカーテンを一つ一つ明けて行くと、素晴らしい好天、心地よい。心地よい一日だと佳いが。国連総会で、国連憲章を手持ちのシュレッダーで「切り裂いて」見せたというイスラエル大使。国連憲章に万能の正統を認め句句はなっているにせ、かかる横柄に根拠無い「イスラオル」を、どんな理由があってにせよ、いま、私は、厭悪し嫌悪し排斥したい。
久しい歴史上で久しく嫌われつづけていた「ユダヤ人」に私は、漠然とではあるが同情しつづけていたのに、我がちにも非常識にあしざまな「現イスラエル」の出方・仕方・言い方を私は嫌悪し、強く窘めたい。
プーチン、ネタニヤフ、むざむざと許容すべきで無い。
2024 5/12

* 南山城当尾の吉岡家を、今、支えている菊子さんから、、例の「指定」ほ報せの電話が。
上下に歯の無いわたし、息が抜けてフガフガ語を喋るしかなのに往生した。

* 昼間、思い立って、杖のたすけで、下保谷の民家道路を、何の意味も無く足任せに小子一時間もゆるゆる、ゆらゆら正しく散策した。さして疲れもしないで帰ってきた。脚を使って歩くのは、今の私には大事なこと、日課にもしていいことだろう。
家には、すこぶる安心、妻と、猫のアコ・マコとが居る。私は、ここ数日、「読み・書き・讀書」には晩出が「創作」の手は、やや留まっている。「放心」もまた栄養と想って。いわゆる「食」は進んでいない。酒の、徳か、毒か、空腹にならない。
2024 5/12

起床 5:20: 体重 58 6kg 早暁 起き・測

* 夜通しの雨が、今も。

* 私、眼が病的に悪いのではないらしい。疲れていないときに裸眼でかなりに見えている。眼鏡を掛け、そして外しても、視野は明るい。疲れていると宜しく無いが、佐野起き抜けなど、眼鏡無しで要がしかと足りて見えている。
2024 5/13

起床 5:10: 体重 57 6kg 早暁 起き・測

* 睡いのかも。ボーッとしてる。しっかり着ているが、すこし膚寒い。好きな「御池煎餅」の軽いほろ甘さが旨い.三枚喰う。どこかで頻りに鳥が啼く。小鳥でない。鳶か。鴉か。 尾張の鳶< まだ起きていまいよ。
昨日は終日、雨。今朝は?

* キイの誤打、しきり。 やれやれ。
2024 5/14

* 頼まれの郵便をポストへの散策の先をのべて、今日も、ほぼ一時間の余、日照りの路をほとほとと歩いて、セイムスへ寄り、廉いウイスキーの「カティサーク」など買い帰ってきた。ゆるゆるでも「歩く」事は、天気も良ければ快適で、そういう癖も、初夏盛夏へも寒い時季よりは宜しく、何十年も暮らしながら初めて通る裏道小路いろいろと退屈もせず散策してきた。

* 千も贈っていた「湖の本」を、もうコレまでと卆えたからは、親しいお人づきあいは、自然当然と減ってゆく。日の寂しさを慰めるのも、やはり「読み・書き・讀書と創作」こそ必至。自然通俗の娯楽本は割愛して、読んで置きたい名著好著を手探りにも拾いあて当て「老いの坂」を登りつ下りつするまでの事。
2024 5/14

起床 5:30: 体重 57 6kg 早暁 起き・測

* 玄関座で『近世説美少年錄』を読み進む他はさしたる何もせず。呆然と疲労感を抱きかかえたまま、十一時。何をしていたとも覚えない。不安心や苦労や難儀は何も無い。平穏な老境に恵まれて在る。戸締まりは慎重に、掛くべきチェーンも怠ってない。戸締まりの尻には、不用意な開閉を妨げる用意も守って、夜分など二階書斎にも、階下、玄関にも寝室にも茶の間にも、外からは固く、入れなくしている。職人もほめてくれるほど、木造ながら家は堅固に造られている。
書庫の外、家の内にも当然のように藏書、雑誌 そして「湖の本」が充満.そんな中で「書・画」の類にも五月蠅からぬ程に、處を得させてある。

* 先日 親子で見舞いに来てくれた、亡き「やす香」の写真も抱いた大親友の「カオリン」とわれわれと三人を撮ってもらっ写真が送られてきた。健やか、にこやか、綺麗に成人した「かおりん」の笑顔、ああ「やす香」よと、ほろり。われわれ八八老夫妻も晴れやかに撮れていて。
2024 5/15

* 今日も、杖を引いて小一時間、日なかを散歩してきた。「歩く」のを愉しめるようでありたく。
2024 5/15

起床 6:00: 体重 58 3kg 早暁 起き・測

* この三日ほど、午後の日盛りに。小一時間ほどずつ、杖をひいて近隣を散歩している。歩ければこその老境、脚の弱りに嵌まるまいと。
メールの出し入れもともに払底して行くは知れたこと。「世の中」は、自身で創り出し働かせるより、先は無い。老境とは、ただのけぞるように受け身に煽られて済む、済ましていい、もので無い。『老境』こそは自身で「創らねば」ならない。私、八十八歳。やがては「クソ(九十)爺」の細道へと杖ひく境涯、さ、どう創るか。

* 今日も、文字通りに散策少しく。好天。
しかしその余は潰れるように寝入っていて。食欲も無く。
玄関座で『美少年録』を見えない眼、了肩に思い疲れの儘、多くて二、三頁読み継ぐ、だけ。
2024 5/16

起床 5:30: 体重 58 5kg 早暁 起き・測

* 朝のご挨拶代わりにと、うちのお二人さん、削り鰹を頂戴と。それが、無い。やれやれ。まだ六時十分。妻はまだ寝ていよう。ゆっくりと散策に、でか。暑くなく、降ってもいない。三日、一時間前後の散歩をつづけてか、ふくらはぎが堅い。
2024 5/17

* 此処まで「書いていて」実に数語にもあまり「ことばと感じ」と行き詰まっている。苦し紛れに「家の寺」と書いたが、適切に表現の語彙が在る。何度ももちてきたのに、今朝は出て来ない。耄碌とは、こうだ。
2024 5/17

* 晴天下を散歩に出て、セイムスで勝手な買いもの(少し)してきた。せかつしてという気分。のどヤケを押さえられるかとお薬の「ジキナ」や、握り飯を二つや、アテずっぽのシチューなど。要は「買う」コトに励みのようなモノを感じて。
2024 5/17

* 眼(視力)が危ない。読み已められない。ドストエフスキー『悪霊』は五、六分一の程度で、まだ味読に至らないが「会話」の多いはなしで、森田草平訳の「日本語」にここちよく贔屓かれている。漱石の一のお弟子で、新聞小説の初連載で評判を取った人。懐かしい。
2024 5/17

* 眼が、重苦しい。
2024 5/17

起床 5:45: 体重 59 0kg 早暁 起き・測

* 朝寒むの木は日増しに和らいで、好天、快晴。空腹を覚え、左眼に疲れの痛みあり、独り玄関座に曲亭馬琴を続き読む。やむない義務の何もない、さも散歩に出てみよう。両の脚、強く張っている。ゆるゆるとでも「歩ける」ことを大事にしたい。ゆるゆると杖を引いてでも一時間近くは歩けるのを大事に絶やすまいと思う。
2024 5/18

* 疲労感に負けて散歩もせず。床や寝椅子で寝入ってしまいがちに、『鷲は舞い降りた』などという、ナチスの「英首相チャーチル」を「誘拐」戰略のサスペンス読み始めていたりした。「読む本」は、身近間近に和漢洋、超大作も短編も詞華集も出揃っていて、気の向き手の出たまま、あれこれ構わず読み進んで行く。
2024 5/18

* かなりに気を入れて、尠くも階下、玄関、廊下、ことに狭いながら茶の間から、テラスへ、書庫へ 何とはなしに「我が家」という感触で落着きが楽しめるようになっている。ああ、皷の家で一生、人生を終えて行くんやなあと、しんみり実感しかけている。
書庫に入ると、いろんな「本の方」から「も一度 読んでいって呉れよ」と声がかかる。ハイハイと肯いている、が。
2024 5/18

起床  7:00: 体重 58 9kg 早暁 起き・測

* 二階の窓が明るい。アコもマコも元気。カーサンは。まだ寝てます
2024 5/19

* 夜、十時半、機械の記事など、もはやわたくしのてにあわないまで、混雑。 寝る。
2024 5/19

起床 6:00: 体重 58 7kg 早暁 起き・測

* 視力と謂う「力」が痛いほど枯渇してきている。
2024 5/20

起床 6:00: 体重 58 7kg 早暁 起き・測
2024 5/21

* 疲れては寝入って、起きて、すこし食べて、また寝ている。それが良いならそれで良しと。

* 老境を、「問う」まい。

* やすむ。
2024 5/21

起床 6:00: 体重 58 7kg 早暁 起き・測

* 夜、十時。

* 保存していた、過去の発信、過去の受信の、殆どを消去した。何かを思案し覚悟してか。ただに衝動で敢行した。もう要らないと敢行した。

* 疲れた。
2024 5/22

起床 5:50: 体重 591kg 早暁 起き・測
2024 5/23

* このところ、杖ついてであるが、もう三、四日も一人で近隣を小一時間も散歩しつづけてきた。
今日も、やや遠いポストへの投函の脚をのばし、優に一時間の余も、日盛りにあせもかきながら、聊かも焦らず慌てず、ひ下保谷を散歩してきた。ゆっくり、ゆっくり。然し時に早足も試みて、疲労の困憊のという感じは無しに、あわてず急がず、それにしても新建ち野か九ちいきで、実に様々につくられながらよくよく似た「造り」と「色」との家、家、家が、ギザギザ、グサグサの向きで建て混んでいる、人っこ一人にも会わない静寂に、東京での新開地のごった煮の表情をうかがい続けてきた。
京都の町通りは、新門前通りでも古門前通りでも新橋通でも花見小路でも 瓦屋根を揃え外向きを揃えて、銘々の表の顔」を静かに並べている。 「
そういう町通りに育った眼には、東京郊外・田舎の広い狭いも地形も通り道への向きもバラバラな「売り地」には、子供の気ままに遊びやめたあと玩具を玩具筺に投げ込むように仕舞ったのと似た混雑、乱雑の印象を棄てがたかった。
、ま、だが、良く歩いた、歩けた、弱りもせず。

* 一時間余も歩いていわゆるお店、商売屋は、たった一軒だけ、手作りのような「栗もなか饅頭」を売ってくれた。
2024 5/23

起床 5:35 体重 59.8kg 早暁 起き・測

* 左眼が、殆ど機能していないと判る.眼科へ行ってみないと。妻も声を切して云う。医学書院で十五年余も編集職でいたのに、医者に患者として向き合うのが苦手。臆病なのだと自覚している、愚かな事よ。

* 今朝は、妻の用(と云うより私の要)に同行して市役所の保谷庁舎へ付き合う。その脚で、どこか繁華へ車で走れないかな。

* 市役所の要件のあと、久々何十年ぶりか、ひばりヶ丘駅周辺をすこし街歩きし、何事の珍しげもなく、西武線を一駅で保谷へ戻って、帰宅。
2024 5/24

起床 3:35 体重 59.5kg 夜中 起き・測

* 三時半から独り床を起ったまま、乱雑にモノの混雑し乱雑な儘の私の身の周りを整頓し始めて、ちょっとの朝食もふくめ、午前八時半までも片付け仕事。書庫にしきりに出入りしつつ、サテ、何がどう片付いたとも謂えぬまま、二階の此処・機械の前に、八時半過ぎてやっと落ち着いた。やれやれ、何が片付いたのやら。朝から、ただ疲れた
2024 5/25

起床 6:00 体重 5915kg 夜中 起き・測

* 左眼が負担。伏せて、右眼のみ㋨方が鮮明に見える。そういう眼帯が在りそうに思うが。欲しい。
2024 5/26

起床 6:45 体重 591kg 夜中 起き・測

* 午前も早め、保谷厚生病院で玉置先生の定期的な診察、概ね、良好と。一時間の余も連日散歩してこれる、脚のおかげ。 昨日は、「重い」が代名詞の「本」を、大量に西の二階から運び下ろし、東の二階へまた運び上げて別の書架に整頓など、凄いネ、腕力。腰も背も。左眼の不調は、キツイが。

* 病院から帰って、昼食後は、ずうっと寝入っていて、もう、五時半。
2024 5/27

* 背に、硬い痛みが瘤のように。なにも得應ええずとも、半歩一歩ずつ、日々老の坂を、登るのか降るのか、せめて始めて出逢う景色に好奇の目を向けて、と。

* ところで、都。病院で長い廊下の「待ち時間」にと、これも秦の祖父譲り、このところ愛読のの『鳴雪俳話』を持参、芭蕉や蕪村のしみじみと懐かしく美しく面白い秀句を愉しませて貰った。和歌短歌はもう他人様の作を頼みにしないが俳句とのご縁は、まだ淡い。そして面白く読めてきつつある。面白く作ってもみたいナと、待合のベンチせきで妻を横に座らせたまま、思いかけていた。
2024 5/27

起床 5:35 体重 59 6kg 夜中 起き・測

* 眼が、重い。 今朝は、妻の歯科通いに江古田奥まで付き合う。あと、思い願いながらあまりに久しく果たせていないせめて池袋へまで、出たいものだが。雨か、と。

* 妻に付き合った歯医者から池袋へは今日も出ず、例の、江古田二丁目『ガスト』で「ビールとトリの唐揚げ」、江古田の『中華家族』で濃厚な「海老マヨ」に「フン酒」で昼食し、帰ってきた。雨、雨と脅されてたが、傘の用無く、往復。

* 大河ドラマの『光る君へ』にのみ親しんでいる。作の進行も、配役の優れて適切なのにも心許して向き合えている。 眼がつらく、細かい字の、印刷のうすい本が、読みづらい。「読んで居過ぎ」を控えよと、体に、望まれている。
2024 5/28

起床 5:15 体重 59 16kg 夜中 起き・測

* 体調を気に欠けながら目覚めて起床、二階へ。
昨日、一読者から貰っていた「長文での提案」とか、読めていない。何と無く、何と知れず胸に既に抱くモノの重苦しげなのに、ひとり顔をそむけている。
例年此の雨の時季は妻が不調になりやすいのだが、今年は、私か。幾つもの併行した「仕事」の「塊った」感じに「負けて」いるのだろう。
街へ出ず、人と会わず口もきかず。「退屈」という二字の一語をもてあましているのか。ちょっとチガウ気がする。要は「したく」「すべき」仕事を先へ先へ押して行くまでコトよ

* 日盛りの散歩のもう家に近く、通り抜けマンション前庭の階段で烈しく顛落転倒そのほかも書き込みを詳細に増しておいたのが、すべて、紛失。なんとも、ハヤ。
2024 5/29

起床 5:55 体重 59 15kg 早朝 起き・測

* 機械に向き合うも、「書いても、書いたものの失せる気抜け」よ。ま、先々は成るにまかせ、老いの坂を此の体調のまま、朴念仁、ゆっくり歩くのみ。
2024 5/30

* 石段顛落の痛みが、背や頚や肩に残って居る、さほどではないけれど。
2024 5/30

起床 5:45 体重 59 1kg 早朝 起き・測

* 雨、膚寒くも。
2024 5/31

* 階段を転げ落ちたのは、明らかに二度目、最初は西武線保谷駅構内で。二度目は帰る家へまぢかいさるマンション前庭の通り抜け石段を附も外し仰向けに顛落した、そこで打った左肩の骨が痛む。慌てる必要はナニも無いのに。
2024 5/31

◎ 令和六年(二○二四) 六月一日 土   水無月朔
起床 5:55 体重 59 2kg 早朝 起き・測

* 夢見の破天荒に奇抜なのは私の老境以来の病癖にちかいが、到底信じがたいほど大群衆の中を、叫喚して走ったり、猛烈に演説・陳述したりする。場所は京都、祇園界隈か大學の大講堂とか。独り寂しくとか静かにとか
、ない。夢に疲れて,時に怯えて、愕いて、目覚める。

* 六月か。
2024 6/1

* よく寝入る。倚子に腰掛けるだけで寝入ってしまう。いいとばかりも謂えない。

* 視力尽瘁もう、どうにかしないと、と思いつつ。

* いま出来る芸当は、寝ようと思えばすぐ寝入ってしまう。
2024 6/1

起床 5:55 体重 59 6kg 早朝 起き・測

* 吾ながら、自分の今している事、しなくては済まぬコト、真っ先にしたいこと 判断出来ていない。情けない。

* なにとなく、なにとなく過ごしている。躓いて転ばなければよしと。

* 明朝 わたしは病院でCT検査とやらを受ける。
2024 6/2

起床 6:25 体重 59 6kg 早朝 起き・測

* 例の、奇態な、卑窟とも危窟とも奇窟とも謂える街衢を夢に這い馳せ廻っていたが。そんななかでも懐かしい人の笑顔が迎えてくれたりもした、が。顔のこわばるほど、怖い夢には相違ないのだ。

* 今朝は、近くの厚生病院でCT検査を受けてきた。格別の異常は無く、無事。酒を呑むな,呑んでも日に一合だと。殺生な。四合便は、かるく一日で空いているよ。
先日石段で転倒・顛落の後遺症が、あちこちで痛むが、幸いに頭と顔は無事。ま、これは両方とも生まれつき宜しくない。

* 場所を塞いでいる長け高菜ケースに、なんと、多年にわたり映画を録画し溜めたいたのが優に数百枚を越すほど在るのに,吾ながら惘れた。余生を賭してみんな観るなどおもいもよらず、さて、ナニがナニと想い出せぬままみな棄てるかと思うと惜しい。人生の難儀、なにがあるか判らない。喜んで「貰って」「引き受けて」呉れる人は無いかなあ。全部でも差し上げるが。

* 「しんどい」のを「不快」と謂いも書きもしている人が多かった、明治以降に。「不快」が、みな謂いえていて適当か。
2024 6/3

起床 5:25 体重 59 15kg 早朝 起き・測

* やはり転んで打ったあちこちに軽い痛みが遺っている。殊には左肩。六時前。散歩に出ようかと。この機械前での『仕事」はいろいろ在るのだが。 私、二階廊下で、例の脚踏み機をいまでも115回は踏めて、昨日なども妻と病院帰りを杖も無くすたすた歩いて帰っている。心身の身、体力は,在ると読めて有難い。
2024 6/4

* 小一時間の散歩ならさほど苦になら無いが。
しかし宵ともなると痛むほど疲弊が自覚できる。瞼が重く腫れてくる。トシであるナ、と,観念して、それでも本を読みながら今晩は寝入ってしまおうと。どれへ先に手を出すか。和本の『参考源平盛衰記』が手に軽く、字が大きく。ほとんどが漢字の漢文だけれど、それは苦にしない、アタマの体操。ただ、頻出かつ詳細な「注記箇所」の文字が小さいのがキツい。

* 手に重い重い大冊の馬琴の読み本『近世説美少年録』三巻の初巻も、毎朝、玄関の倚子をキマリの席に、初巻をもうすぐ読み卆える。近世掌説はも漢語への「和風のフリガナ」がとくべつ面白い、煩わしくもあり、眼は痛むが。
2024 6/4

起床 4:45 体重 58 55kg 早朝 起き・測

* 腫れぼったく眼が重たい。まだ睡いか。この二日ほど少しく膚寒かったが。梅雨か。

* 妻が目覚めないうちに、このところ例の散策。快晴。
ローソンで、このところ例の、すこし食べ物を買う。私には平常モノを買う習いが無かった、「本」のほかは。食べ物など買ったことなく、チマチマとした「買う」という行為に聊かの珍しさ面白さすら感じて居る、らしい。
好天。気に入っている杖をコツコツつきながらあるく。早朝の下保谷に、めったに人影が無い。それも,安楽・開放感に成っている。
2024 6/5

* カメラに写真を撮ってても、機械へ移写のすべを覚えず、忘れ果てている。
機械に文を書いても、複写し印刷する機械は在るのに、その手立て・術を、すっかり忘れて役立てられない。
老耄・耄碌に極みがついてきた。やれやれ。情けない。

* 暑くなってきた。此の先三ヶ月ほどは身に堪えそう。

* 住所録を見ていた。四分の三は、消息も知れない、記憶も枯れて了っている。人生無常。もう上下に歯がなく はかなくて電話など、する気になれない。
2024 6/5

* 機械の亂調子と辛抱良く時間tけて付き合っている。

* 夜 十時半。なにかと,不調。
2024 6/5

起床 5:45 体重 58 15kg 早朝 起き・測
2024 6/6

* 朝夕、ホンの近所を一回りだが、ゆうっくり杖をひいて15分ずつくらい散歩した。
寝入りもした。食事も、しは、した。
頻りに、堅い頚のうしろを揉んでいた。
メールもせず、受けず。テレビも観ず。ホンも読まず。
アコトマコとに始終慰められる。
何処でも何時でも、倚子に腰掛けたままでも寝入る。
2024 6/6

起床 6:25 体重 58 65kg 早朝 起き・測

* 眼は睡いが、躰は起きようと奨める。二階廊下の窓をあけると、シーンと静まって朝明けが明るい。
我が家は、東西に通した田舎ながらの細い講堂から北側へ、横長な瘤のように宅地が造られた上に蒙一段左右数軒での瘤地が北へ出張っている。我が家はその瘤北側の角地を東西二軒の家屋とちいさな庭とで暮らしている。
じつに静か。車も通らない、物売りも来ない。
前通りは、お向かい、北側の崖を塞いだ住宅七八軒と向き合うていて、我が家のこっち側は、まんなかに現在アキ家一軒分を夾んで、西と東の曲がり角を抱いた二家で生活している。厳粛なほど静謐な、東西に長からぬまさしく「奥道」で私らは暮らしている。
ことに、二階廊下に北面の窓をあけ顔を出して眺める「東の朝明け」、遠く遠く、紫だちたる雲のほのぼのと流れる払暁が好き。
2024 6/7

* 午前十一時十一分。嗜眠症のように寝入っていた。平和でいいのだが。

* 鴉啼く あつかましさやグチグチと

* 文藝家協会の尻押しで、同じ作家の(**さんと,今書きかけていた)名前が、トロンと、消えたように出て来ない。コレだよ、もうわが輩は。
2024 6/7

起床 6:00 体重 59 15kg 早朝 起き・測

* 六月には,桜桃忌、1969年、太宰治文學賞を受けたという節目がある。以来55年が流れたと。まさしく「我が道」を歩いてきた。走らなかっと思う。
2024 6/8

* 心神違和とまで謂うまいが、肩が痛く落ちて意気が起たない。寂しい日々に冷やりと浮かんでいるだけ。来るところへ来ていると謂うことか。

* 夕方前 それで杖を牽いて、ゆっくりと、一時間の散歩に出保谷駅ヘまで、まわりまわり歩いて、何を買うでなく、帰りは駅前からタクシーを遣った。
スタスタととは願わない。杖の地をつく音を音楽のように胸に畳んで、ゆっくりゆきり。それでいい。何も願わない。

* が、もう、眼は、モウ(盲)よいなどと放っておけない。霞める世の霞は払わねば。
2024 6/8

起床 5:30 体重 59 1kg 早朝 起き・測

* しきりに 死へ歩み寄る前の「諸始末」を想うている。   このところ 念頭一の荷のように。 走り書きのメモに、
● めぐり逢ふて いつも離れて 酔ひもせで さだめと      人の醒めしかなしみ
メモに 2023 9/29 錄 と在る。何の記憶も甦らないが。

* 人間が とかく「愛憎」に苦しむとは、地獄の責め苦にも同じい。
2024 6/9

○ 階段から転落とは、おどろかされますが、入院なさらずにすんだのは、お怪我が少なかったのでしょう。良かったです。頭を打たなくてなによりでした。お大事にお過ごし下さい。一度失敗するとあとは無意識に気を付けるようです。 那珂良

○ 兄上さま えーっ! 階段から落ちても骨折なく… 。頭も大丈夫そう… 。レントゲンは撮りましたか? 以前から骨はお丈夫のご様子で、本当に良かったと思います!どうかくれぐれも大切にお過ごし下さいね。
散歩も 書き物もとてもいいですね。頑張って下さいね!! あとからついて行くいもうと…るみこ

* 顛落現場は、家の内の階段で無く、近くのマンションの前庭にあり、近道に「通り抜け」ようとしたのでした。不用意なお粗末でした。
2024 6/9

起床 6:20 体重 59 0kg 早朝 起き・測

* ひんやりの早朝、空は明るい。寒がり、詰めた狩りの和知工氏は、指先の出柔らかい布手袋で用事を始める。眼鏡はむしろ外して胸へおろしている。機械の文字画面は心地よくまっ白に清潔、かなも漢字の黒も美しく見える。いい朝に想える。(* 此の箇所に、幾つか戴いていたメールや返礼等々の記事が在ったのが、 知らぬ間に みな、消滅して行方知れない。過去の朧な記憶では、失せていた記事が、ヒョコッと浮かび出るように見つかる事もあったのを、期待しよう。)
2024 6/10

起床 5:12 体重 59 8kg 早朝 起き・測

* もう四半世紀もツキアッテいるのに、この機械クン、容赦なくわたくを「混雑の路傍」に投げ置いて,姿、消え失せる。勘弁してよ。

* もの忘れに対抗して。しかと保存、整頓しておくべきは優先「確実」を確保しておかないと タイヘンな難儀に当面してしまう。しかし、コレは容易ならぬ「はからい」ではある。
2024 6/11

起床 5:15 体重 59 9kg 早朝 起き・測

* シンドくて、一日外歩きせず。家の内でザラっと怠けていた、かも。

* いやいや、そうでもなかった、日盛りの昼過ぎに,杖を牽いて、下保谷の静謐なまで音も人通りもなく、小さな杜や林や、整列整頓とはほど遠く、あちムキこちムキ、ごちゃごちゃな、しかし静かは、静かすぎて人ひとりの影も無い「住宅区」など、とぼとぼ歩いて。
保谷駅北口通りの途中、木立ちの翠が風に静かに揺れ続けている通りお向かいの小さなビル一階で「外席」も出したささやかな喫茶店に腰を休めたのはケッコウな出会いであった。店の外席で、私ひとり、旨い珈琲を二杯も。いい味わいを出してナカナカ善かった。いい脚安めをみつけたものだ、ヨシヨシ。
2024 6/12

起床 6:00 体重 59 65g 早朝 起き・測

* 思い切って、薄着にした。書斎は23度冷房している。気に入りの湯呑みに、お茶を汲んで持って上がるのが、慣い。
2024 5/13

* 今日は散歩に出なかった。映画「マトリックス」の続偏を観てる気でいたが、間違えて、もっと「先の」をアケテいたらしい。ドジなこと。
『光る君へ』とは,大違い、いま私の真情心境からいうと、平安朝」の「今日毎日の風情」が懐かしい。
「マトリックス」は刺激がきつい。
2024 6/13

起床 5:20 体重 59 6g 早朝 起き・測
2024 6/14

* あらざらむ あすは数へで この今日を
ま面(おも)に起ちて堪へて生くべし 生きめやもいざ
(この詠、いつの歳かの 春四月二日 と記録している。)

* さ、今日を肇める。 早暁六時五三分

* 腫れたように眼が重たい。
2024 6/14

* 次の日の深更一時五十分。

目覚めてひとりきちんで酒を飲み『シックスセンス』という映画を暫く眺めていたが。 二階へ.用も無しに。
2024 6/14

起床 6:00 体重 59 9g 早朝 起き・測

* 深夜一時五五分。キチンで、酒。二階へきたが,用は無い。来信も無い。

* 六時起床。体調、鈍。やや頭痛、膚寒い。

* 午後二時半に近く。何をしてきたか。朝昼食を少しずつ、『悪霊』を数頁,アトは寝入っていた。「元気」という「気」が湧かない。此の暑さで、ときにゾクと寒けがする。
幸いに何事にも追われ襲われては居ない。ゆーぅっくりしていて少しも、もう構わないのだ、が、そういう心境にも状況にも、何十年、慣れてこなかった。人とも、はではでしく出逢う、付き合うことも,ごくごく稀な方だった。妻はべつとすれば、たいがいが、街へも独り出歩いて独り喰って帰ってきた。謂うならそれが「作家・秦恒平」のスタイルであったよ。
2024 6/15

起床 0:39 体重 60 1g 払暁前 起き・測

* 何と云うワケもなく、冷房のツケ放しを気にし二階へ来た。ツケ放しだった。玄関のチェーンもかけ忘れており、二階の妻の部屋には電灯がついたまま。
此の様にして老人は耄碌を深めて行く。
2024 6/16

* 歯も無いことで、肉声で人と語り合うことは、もう殆ど機会が在るまい。そういう日々の生き様を無言で摑まねば成るまいよ。

*深夜の一時半になっている。寝床へ戻らねば明日に堪えよう。ひとり「夜酒」もわるくないれど。
2024 6/16

起床 6:39 体重 59 01g 早朝 起き・測

* コレまでにも、尠くも数度は体(觀)験してきたと同様の、奇っ怪に怖い夢を一夜に二度 繰り返し観た。大きな「保津峡」のような崖の上をこわごわモノにもヒトにも脅され逃げ歩いていたかと思うと、遠路の混雑した汽車のなかでやはりモノにヒトに脅され怯えて肩をすぼめ立っていた。口々に脅され嗤われ足払いされていた。
なんと「夢見のわるい」私であることか。幼来、「定まっての安心のヨスガ」を見失っているのだろう。或いは「他」を信じない,信じにくい生来なのだろう。
深くたやすく心底信じ切れるヒトが、それでも嬉しい事に何人かは いた。「世間」でも「他人」でも無い、「身内」「眞の身内」と謂う独自の人の「受け容れ・受け取り」方が、まこと希少価値の輝きで、出来てきた。出来ていった。

* ああ,死なないで居て呉れたら、死なないで居て欲しかったと、今も追い縋るように懐かしむ人らが、尠くも十人は胸に居座って呉れて居る。「幸せ」とは、また「不幸せ」とは、そういう事,そういう意味、である。
2024 6/17

起床 5:45 体重 59 0g 早朝 起き・測
2024 6/18

起床 7:15 体重 58 8g 早朝 起き・測

* 私にはメデタイ桜桃忌なのであるが、昨日來中腹部に執拗な痛みがあり,時々異様に吐くのに便通は頑固になく、辛い時間を重ね、深くも寝入れず、今も、肚の不快な痛みはやまない。困惑と謂うよりも、異様に不安、まさしく不快。食は、尠いより、しにくいと謂う現況、そしてもう晩の八時。願わくは腹痛の和らいだ睡眠ヘと遁れたい、が。
2024 6/19

起床 5:50 体重 58 3g 早朝 起き・測

* 夕刻四時一五分 わたくしの体調、ひとまず立ち直るか、と。手洗いの便座で、ヒギンズのサスペンスを読み、寝床で『参考源平盛衰記』 都での木曾義仲ら散々の不行儀に迷惑のくだりを読み、朝からの、執拗な吐き気も腹部膨満の不快もやや落ち着いてきて、暫しの安眠も出来た。熱中症ででもあったかと想う。

* メール往来も無く。充分な睡眠へ沈みたい。

* 午後であったか女流講師釈のみごとに「釋台」を響かせた名調子を、しばし感嘆、聴き惚れた。金原亭であったか三遊亭であったが、名前も、そういうのはスグ忘れる。
体調を慥かに元へ戻したい、あわてず急がず休息を主に。
2024 6/20

起床 7:00 体重 56 93g 早朝 起き・測

* 体違和は概ね復した感覚なれど、体重の一気の減りにビックリ。もう何年もこんな体重の軽さ、オボエが無い。腹中にかすかな違和のこっているが、概ね可として生活に戻りたい。強い熱中症であったかも。減った体重のまま維持したい。
2024 6/21

* 両掌がジンジン鳴るように痺れている。
2024 6/21

起床 7:00 体重 56 93g 早朝 起き・測

* もう夕方四時半に成る。なにをして生きのびてたか。本をニ,三冊読み継いでそれぞれに例の心を惹かれていた。順を問わねば.「玄関座」では、曲亭馬琴の超大作『近世説美少年録』で、珠三郞が伯父と巡り逢うていた。
この本では、したたかに近世「読み仮名ふり」が愉しめる。漢字での表現能が百層倍して教えられる。
次いでは手に重い大冊ドストエフスキー『悪霊』いささか行儀悪くダラシない講述と見えつつ、モノスゴイちからで人間共の「性格」が、読み手にを掴みかかる。お話しを興がるのでない、お話しの底を趨る走る人間という生きものの正気と狂気とが組み合ってくるのだ。
ヒギンズのサスペンス『鷲は舞い降りた』ハナチスの英首相チャーチル誘拐を目指して語られる迫力に惹かれる。私は此の手の本も東工大で講義の頃、肛門近い古本屋で拾っては沢山読んだ、保谷から大學へ往き来の電車で。恰好の読み物です。
もう一種は、「常陽水戸府」が編集ゅっぱんしていたわほん、漢字漢文での史籍集覧『参考源平盛衰記』全四十八冊の第参拾参冊、山育ちのただ荒くれ木曾義仲の軍勢が平安の京を暴れ荒らし回っている。
テレビでは『光る君へ』がタントツの意欲作、拍手を惜しまず見入り魅入られている。 配役が、設備が,至極上等。

* 「平安時代」という「平安」はかなりに時事無根で、宮廷の力関係はかなり険呑にみだれあうばかりか、当時の姿勢は都で云えば放火・火災・群盗・偸盗の被害に戦いていた。源氏物語やまくらのそうしだけで「平安時代」を鵜呑みにしては滑稽極まるのである。

* からだは病んで衰えている実感が拭えぬまま、私の参上している世界は、未だそうは汚れ弱っていない、らしい。
2024 6/22

起床 6:20 体重 57 7g 早朝 起き・測

* しとどの雨。寒くはない。どうも「おなか」が、グダっと不安定。ま、気にしない。
2024 6/23

起床 6:40 体重 58 0g 早朝 起き・測

* 熟睡したとは云いかねる。昨日來、わが家が家屋處處錠前の鈎の大方が見つからず,見つけても、どれがどの,ナニがナニの書きなのか判らないのでフウフして恐慌に陥った。 老耄、かかる事態に至るのであるよ。鈎に脚が生え羽が生えまい。いずれは判明してこようが、神経のささくれる厄介には相違ない。

* 夜通し、夢中唱い続けていた、歌は,昨夜は、宮澤賢治作の「星座」でも唱ったかという内の聞き覚えの一節を、ただただ執拗に口ずさんでいた。「クチビルに唄」、ひねもす、真夜中にも「唄の』一節一句を唱い続けるとは,私の、苦痛とも厄介とも嘆くほどの、奇妙な習癖。悪癖か。
しかしクチビルから唄が消えてしまうのは望まない。幼来、独りで唱っている唄こそが、わたくしの「身内」「きょうだい」であったのだから。
2024 6/24

*書庫に掴まってしまうと,開放してくれない。なんと午後一時半も廻っている。書庫での主要事は勉強で無く捜索、しかも結果は忽ちに忘れてしまう。苦笑いにもならず、ただ疲れる。

* 目がイケナイので、どんな良い本でも、字が小さいと読めない。やれやれ。では、済まない。

* 一度床に就いたアト十一時にキチンでテレビを入れると,劇画風に画も面白い「平家物語」のちょうど「クリカラタニ」逆落としの決闘場面を紙芝居か人形芝居のように演っていて,目新しかった。識らなかった。
2024 6/24

起床 6:20 体重 57 0g 早朝 起き・測

* 体重が際だって、下げている。
今日は、妻の、江古田奥、歯医者通いに付き合う気で用意して居たが、私は家で自重しながら、停頓中の新作長編の起て起こしなどに取り組むべく,留守居、と打ち合わせた。
躰への負担を慎重に考慮しながら、私の仕事は仕事、進むべきは進めながら、休むときはしっかり休まねば。

* 何と無く身の周りを片付けていたり。
2024 6/25

* 熱中症は叶わないが、脚力にともなう戸外の空気への好奇心は喪いたくない、要心しながらも歩きたい。
とはいえ,かじり付いても書きつがねばならない仕懸かりの創作も離れられない。
2024 6/25

起床 6:40 体重 58 00g 早朝 起き・測

* 「玄関座」で、「手持ち」ライトで「近世説美少年録」「鷲は舞い降りた」を読んで居た。肩が凝り。目は重たく、うるわしい体調とは、とても。
テレビで観ている『光る君へ』がいま一等、て浮世離れして身にも目にも親しい。
都知事選も、両陛下の英国での歓迎の報道も、しとどの雨降りも、ただ気怠い。欲を謂うなら、本もソッチむきで、ぐっすり寝入りたい。疲れて余儀ない時は、そばへ置いた、頂きもの亀屋良永の「御池煎餅」を番茶でハリハリ咬んでいる。
京は、軽いも重いも、とびきり佳い美しい菓子づくりの、名都。安心して手が出る。
2024 6/26

* 体調優れないが、「本」は読める。是に増す生き甲斐はもうはや、そうは無い。耳に聴く方は乏しい。「読める」限りは」読み」たいもの。
2024 6/26

起床 5:30 体重 58 10g 早朝 起き・測

* 朝食したら、もう、リクツもなく、床に埋もれ寝入っていた。
目が覚めたら午後二時。
アメリカナイズも露わな、しかもワケ判らない戦争映画を辛抱よく観ていたら、,三時半。
このサボリ様ま凄い!  のでは。
2024 6/27

起床 5:05 体重 58 2g 早朝 起き・測
2024 6/28

起床 5:45 体重 58 2g 早朝 起き・測
2024 6/29

* 頚すじが、重く痛む。

* 寝入りたいのだが。目が重く、本もよみづらい。

* 機械から失せて消えた何も戻ってはこない。
2024 6/29

*体調は,歴然と不良、30度になろうという暑さにもゾクゾクする寒けとは。着重ねると汗に成る。
2024 6/29

* 三時になるが、午前から、何をしていたとも憶えず寝付いていたらしい。頚の右側が痛む。体力よりも気力か衰微している。こういう気は、あれをし、これをし、するよりも瀑布に呑まれるようにひたすら「読書」へ遁走しては、と。だが,視力の弱化は防ぎようが無い。
妻に、身のそばで、,達者にいて欲しい。
2024 6/29

起床 7:20 体重 58 0g 早朝 起き・測

* もう、深夜十一時になる。終日、何をしていたか。
晩八時の『光る君へ』にだけ、ま面に向き合うたが、余は,憶えも無いほど、ほとんと短かな間を置いては寝入っていた、らしい。

* 容赦なく人生終着か。右の頚の根、肩の痛みはげしく、痛み止めロキソニンのたぐいも、効かない。目はカラい泪にニ潰れている。睡眠へ遁れるしか今は手だて無し。やれやれ。  * しかし道長のまだ幼い女の「入内」が現実化、ほぼ道長にとり他にすべの無い瀬戸際へ来ているのが、まさしく「史実」のおもしろさで、惹きつけられる。「まひろ(紫式部)」「三郎道長」のドラマは緊密な道理をしかと追うていて、よく出来、よく描かれている。
2024 6/30

起床 5:30 体重 58 3g 早朝 起き・測

* 両の頚わき、肩の痛み執拗に。著うょく、したかどうかも呆然。文字通りの、梅雨。大声で好きな童謡でも唱おうか。
白山羊サンが お手紙書いた
黒山羊サンたら読まずに食べた
仕方がないのでお返事書ーいた
さっきのお手紙 ご用事ナーニ

八十八老 コー謂うの、好き。
2024 7/1

起床 5:40 体重 58 3g 早朝 起き・測

* 半睲半睡のような一夜だった。これは疲れのもとになる。

○ 老いほれた保谷の鴉は 羽根うたず   匍匐停頓

疲れても疲れてもいかに疲れても疲れの淵を生くいのちなる

右の頚と肩とが 暴れるように 疲れで痛む
『信じられないことだけど』と、ながなが 書き進めながら 疲れると 可愛らしい サッちゃん や 白山羊サン の ウロ憶えの「童謡」を 幾つも唱っているす。繪は描けない けど、歌は唄える  カアカアカア
京都へ帰りたいが。汽車二もレ無い、宿も無い。円通寺や 鞍馬や 嵐山へ  渡月橋を越えて、せめて夢路を辿りたい。
2024 7/2

○ 2024年度朝日賞・人文分野の推薦をお願い申します。
秦 恒平 様

時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
日ごろから朝日新聞社および朝日新聞文化財団の諸事業に格別のご理解、ご協力を賜り、厚く御礼申し上げます。
このたびは2024年度朝日賞の候補者をご推薦いただきたくメールを差し上げました。
朝日賞は、1929年に朝日新聞創刊50周年を記念して創設しました。
著名な文化人を顕彰するにとどまらず、自然科学分野の俊英に贈られる国内最高峰の賞でもあります。
受賞者がのちにノーベル賞を受ける例も数多く、
2021年にノーベル物理学賞に輝いた真鍋淑郎さんを含め、ノーベル賞を受賞した朝日賞受賞者は17名いらっしゃいます。  文化勲章との重複受賞(受章)者は100名を超えます。
受賞の方々の比類無いご活躍により、朝日賞が長い歴史の中で培ってきた推薦方式や評価基準など 選考の信頼性が改めて注目を集めています。
朝日賞は全国の大学や研究機関、有識者のみなさまから寄せられた推薦をもとに、選考委員会で絞り込まれます。
受賞者は2025年元日の朝日新聞紙上で発表し、1月下旬に贈呈式を行います。
ぜひ今年度も、ご協力をお願い申し上げます。
2024年7月      朝日新聞社・朝日新聞文化財団

* 久しく、依頼にこたえてきたが 私の「視野」も老いに遵い ずいぶんもう「狭く」なっている。
2024 7/2

* 三十三巻の『秦恒平選集』も百六十六冊の『秦恒平・湖(うみ)の本』も終結した。
向後は、私も八拾八歳 コンピュータ画面を利して『秦恒平の「私語の刻」』を、うまい「かたち」を創りながら 終焉の日まで悠々愉しみたい。何方かに聞いた、「むかしは『私語するな』と𠮟られました」と。慥かに。 しかし「私語」には含まれた發明や発見や含蓄が火花のように散りもします。自信をもって「私語の刻」を誰もが蓄えてよろしいのでは。
「沈黙は金」と押しつけられた時代は、とうに破綻破滅腐蝕しているのです。
自負と責任で「私語の刻」をわが身に豊かに蓄えましょう。

* 視力の混濁、これが命取りか。
孤独に耐えること、これが向後をしかと生き抜く力。
2024 7/2

起床 6:40 体重 58 1g 早朝 起き・測

* 安眠したと謂いがたく。ロキソニンを塗抹して持ち堪えているが 右の頚根肩に重い痛みがドヨンと残っている。

* 字を大きくしないと不自由になってきた。
2024 7/3

起床 6:40 体重 58 1g 早朝 起き・測

* 一日をどう過ごしたか、ハキとしないまま、晩の九時前になっている。心身ともに、不安定。危うし。
2024 7/4

起床 6:40 体重 58 0g 早朝 起き・測

* 独り起きて、茶の間のテレビで世界時状のアレコレを見ていた。虚もモノスゴイ熱暑とか。熱中症を徹して要心し、避けねば。日一日と、漸く末路を歩んでいる気がしている。ナニ不思議も無いこと。
2024 7/5

* いろんなとをしていると、自身は思っていながら、サテ、どうなんやらと心許なく、手応え無しに毎日を見送っている。怠けモノに成ってしまってる。

* 夕刻四時。雨ザアザア。遠カミナリが、ごろごろと天駆けっている。
明日、都知事選。小池現でも、蓮舫新でも、構わない。それほど都政が身に遠い。米大統領選のほうが気がかり。
2024 7/6

* 芯から疲れているが、ふんばる気は在る。憶えてる限りの「童謡」の断片・切れ端だけを、始終口ずさんでいる。「花は咲く花は咲く」「垣根の垣根の」「恋しや」「早も來啼きて」「櫻木を」「とまやこそ」「あるじは名高き」「岸の家」「おーぼろ月」「鐘が鳴ぁある」等々。頓服のクスリなみに。
そして京都の日々を想い、はるかな平安古代を想い、今日の世界の葛藤と汚濁をにくむ。ネタニヤフ、プーチン、を嫌う。
明日の都知事選を想う。蓮舫の新鮮を買うか、投票所までの酷暑を懼れる。

* それでも、ドストエフスキー『悪霊』と『参考源平盛衰記』は手放せない。明日には『光る君へ』の続きが観られる。
2024 7/6

* 妻と、わたしは下駄履き、杖をついて、朝日子や建日子のむかし通った小学校へ「都知事選挙」の投票に。
2024 7/7

起床 5:35 体重 57 85g 早朝 起き・測

* いやな夢見に魘される。妻は夢を見ないと云う。わたしは幼少來、夢見におののくタチで。
2024 7/8

* 膨大量の『各界・各氏 メール・アドレス』を、今朝から、氏名見出し五十音順に、とにかくも整理整頓し終えた。編集の現場で課員にこういう仕事をまわすと、きっと嫌われる。さっさと自分でやってしまえば、済むけれど、じつはそれも、また嫌われる。それにしても「作家としての生活と結果」も、やがて「六十年」「大選集」33巻、「湖の本」166巻 そして「文藝」としての膨大量の日々刻々『秦恒平・私語の刻』。記録を記録してのみ遺すのも容易くない。
パソコンという機械を、私は、国立東京工業大學(もう軈て「国立科学大学」に成り変わると謂う)の教授時期に生協で買い学生に教わり教わり手に振れ初め、はや四半世紀を越して行くが、生来自覚の「器械バカ」で、なかなか、てきぱきとは「遣いきれ」ない。
しかしパソコンが手近に遣えてこそ出来る仕事を今日も半日余、一つの「結果に」整理し終えた。弱い視力を遣い尽くしての、或る意味「暴挙めいた」けれども。モウ先ハ 短い、無いような日々、と見えてきている…。
2024 7/8

起床 5:20 体重 57 8g 早朝 起き・測

* 明け方、広い円水槽をいわば舞台に 、水中で綺麗な魚と出逢い優しい恋をする夢を、戯曲そのものへ登場のていに泳ぎまわって、愉しんだ。八十八(やそはち)老の、こころ若さ。まだ恋ができるよ。

* とは謂え 昼前。もう15分で正午。ほとんど何をした覚えなく。寝入っていたか。それも良し。
2024 7/9

* よほどの疲労か、ともすると寝入りかけている。寝ればよい。この熱暑。散歩は第一の危険。
幸いに読書欲は涸れていない、目さえ労ってやれれば、本は書庫に無数。ひっさ久に漫画で『家畜人ヤプー』なんて、読むか呵呵。
いやいや。『参考源平盛衰記』、ドストエフスキーの『悪霊』、馬琴の『近世説美少年録』も、ジャック・ヒギンズの名作サスペンス、英総理チャーチルを誘拐の『鷲は舞い降りた』もあり、満杯。聊かの退屈も無い。二階の廊下に寝そべれば、文庫本・新書本ばかり、和漢洋の哲学や歴史や古典の堅いのが多いが、近代文学の柔らかいも含め、九百冊ばかりが書架に堅まっている。 貰って呉れる人があれば差し上げます。
2024 7/9

* ピタッとメール受信の途絶えているのが寂しい。皆さん、熱暑にウダッてられるのだろうよ。

○ お元気ですか、みづうみ。
やさしい夢のお話ありがとうございました。みづうみからの早朝メールにどれほど慰められたことでしょう。
あけぼのは病気してただいま絶不調です。幸い喘息の診断ではないものの、咳は体力を著しく消耗します。疲労困憊。よく休んで少しずつ復帰したいと思います。みづうみのメールに、弱った心と身体がほっこり幸せな色に染まりました。

* お大事に。冷房と仕事との相性に、思いのほか気遣いして過ごしている。子供の頃は「夏」大好きだったが。老いては、堪える。少し、少し、少しずつの酒で食と仕事とを「調節」しているつもり。

* 高麗屋の白鸚さんから九月秀山祭へ直々にお誘いが来ている。久しぶり妻との歌舞伎座へ、心動く。もういいだろう、コロナは。思えば数年、都心へ出ていない。脚。脚は、ま、二人とも大丈夫。帝国ホテルのクラブへも、復帰してみるか。
真夏を どう凌いで越せるか、だな。
2024 7/9

起床 5:45 体重 58 1g 早朝 起き・測

* 左脚が、まるまる失せたかと謂う感触に愕いて、目覚めた。頚の、背がわが痛む。老残の苦味か。一つには、久しいコロナ蟄居にからだが生気を喪い気味なのだろう。病苦ではなく「体験」なのだと思っている。
二ヶ月後の「秀山祭」歌舞伎が、観られるか、歌舞伎座まで出掛けられるか、老耄、一つの別れ道に出会うだろう。お誘いの、白鸚さん、幸四郎クンに、座席は頼んで置きたい気でいますが。両夫人にも久々に会いたく、松たか子ちゃんの笑顔とも出会えるか知れない。
2024 7/10

* ゆっくりしたくて、湯に永なが浸かって、ヒギンズのサスペン『鷲は舞い降りた』を読んで居たり、居眠りしてたり。熱暑の真夏はやり過ごすしか手が無い。軈て、また、ハダカのお相撲さんで「七月場所」。わたしは、『信じられない話だが』小説を仕上げて行く。歌集『老蠶作繭』はもう仕上がっているが「本」にき造らない。
2024 7/10

起床 6:10 体重 57 9g 早朝 起き・測

* もう夕刻五時を七、八分過ぎている。一日二十四時間の四時間だけ起きてて二十時間睡入って居ると、半ば冗談に書いた一時期前からして、今は、朝午夕食時の各一時間ずつしか起きていないと謂うほど、人生を退避している。痛みは頚肩周りにだけだが、他からは生気が落ち、讀書の他、ボヤっとテレビを見聞きしてるほか、無自覚に陣の那珂へ融けて沈んでいるよ。

* 生来、と謂うより、忙しい編集職でのデスクでは電話で切り回すのが、周りで感心してくれるほど旨かったけれど、実は生来電話で話し合うので、が好きでなく苦手で、だから「孤愁」にめげず、滅多に自分からは電話など掛けない。そのぶん、メールはラクだけれど、なにぶん機械での便宜で、質的な「ヒトづきあい」には害かとさえ感じてることがある。が、そんなことを謂うていては八八老、吾から「天涯孤独」に甘んじねばならぬよ。
2024 7/11

* 晩、九時十分の寝起きだが、スグにもねてしまうだろう。頚のうしろ脇が痛む。目には眼鏡を二つ重ねている。

* 命あって生きてはいる、慥かに。何ゆえに、何のタメに。それを見失っている。読みかけている本をみな読み終えるために、と、なると、少々では行かないよ。
2024 7/11

起床 5:45 体重 58 1g 早朝 起き・測

* 午前の十一時。朝食しただけで、何もせず転た寝していた。事実として一日に三時間起きていて、余は.睡っているザマ、頚まわりの肩の峰から背へ堅くて痛い。
2024 7/12

* 玄関座の「倚子」では、デッカく重い本の ドストエフスキー『悪霊』と曲亭馬琴『近世説美少年録』三冊の二冊目とを、「補助燈」を片手に読み進んでいる。
寝床では、四八冊本の『参考源平盛衰記』の三三冊目、チャーチル誘拐のサスペンス、ヒギンズの『鷲は舞い降りた』 大デュマの大作『モンテクリスト伯』 大冊『史記列伝』そして三冊の大冊『栄華物語』を、読み進んでいる。
二階、このパソコン機械では「いわゆる讀書」はしない、調べたり書いたり。 ほとんど手紙・ハガキは書かず、電話もしない。
本居宣長らが持参し推奨した簡素かつ清雅の書斎には、白と黒ほど全く倣わず似つかぬ狭苦しい六畳間は、よくもかくもと、吾ながら惘れる無数のモノや繪や本や棚や筺やソファで、歩くどころか、ちいさな隙間を飛び石のように踏んで動き、人や花や景色の写真や版画や繪ハガキや、書の額や、書籍・辞典等々でギッシリの「壁に作り付けの大きな本棚」なとで、さながらかき混ぜの「交響曲のさ中」のような「仕事場」。真冬でも温かいし冷えない。そのかわりホント本にはさんだモノの場を忘れれば探し出す難儀は破天荒なまで厄介。
2024 7/12

起床 5:45 体重 58 1g 早朝 起き・測
* 午前の十一時。朝食したいだけで、何もせず転た寝していた。事実として一日に三時間起きていて、余は.睡っているザマ、頚まわりの肩の峰から背へ堅くて痛い。
2024 7/13

* 晩、八時。千切れた裂(きれ)っぱしのように一日を過ごしていたか、それすらも判らぬほど、文字通り「呆然」と間延びしていた。
つい今し方まで、時季外れ、雪の吉邸良討ち入りをみていた。長谷川一夫、鶴田浩二、京マチ子、若尾文子らが懐かしく。わたし独りか生き存えている心地がした。八時前だが、寝たい。瞼が重い。所用、無いのではない。心根が崩れているのだ。
2024 7/13

起床 7:00 体重 58 0g 早朝 起き・測
* 八時五十分 朝食したり、淡谷 笠置 江利チエミを聴いたり、もたもたと。ことに左肩に、痛み。
トランプが狙撃されたと。頬を擦って、済むと。
心身 截然とは目覚めてない。なら、ま、あるままに、と。

* ほぼ一時間 呆然と。

* 午後四時。左頚肩, 凝り凝りと痛い。両腕から指の十本の、細長いこと。
大相撲が始まって。今夜には、『光る君へ』が観られる。
なにやかやと為残しているが、執濃くは気にしないことに。「平然」と生きてれば,ソレで宜しい。どうなるものでなく、どうしなくてならぬという「モノもコトも」無い。慕わしい懐かしい逢いたい名前や顔や声が無いではないが、それも今や当然にそれはソレダケのこと。馴染みに馴染んだ「祇園囃子」はちゃんと耳に届いて聴こえている。懐かしい色んな人の名前、笑顔も言葉も歓声も、湧くように想い出せる。「私の京都」は、,春や秋より、はるかに、暑い極みの「真夏」が懐かしい。七月には祇園祭、八月には大文字もあり、地蔵盆や盆踊りも花火もある。町内会から、バスで琵琶湖へ水泳にも行った。

* 23時48分 宵より寝入っていた。このまま明日へ、寝入る。アメリカでは、トランプ大統領候補が耳を掠めて狙撃されたと。どんな意味の狙い弾であったのか。
2024 7/14

起床 5:45 体重 58 1g 早朝 起き・測
2024 7/15

起床 7:105 体重 58 15g 早朝 起き・測

○ もう、午後三時二十分。いい中国映画などみていたが。呆然としていた、ボケているかマトモか、判じもつかず身を竦めている。中国の胸に沁みる「郵便配達夫」の映画を観て。視力の弱っているばかりを「ヒシと」感じる。心神の疲れに屈してはいられない。が、むやみと頭の中にサマザマが絡み合い縺れるように固まって蠢く。強いても「其の後」に備えておきたいが、重い。生き存えていなくては仕方の無い「混雑した荷」が負担を日々に増して行く。
肉親、血縁、縁戚。私には、本来ソレが幸いと欠け落ちて無いに等しかった。それが、妻が出来、子らが出来、縁戚や親類が出来、その重さ、軽快ななにもなく、ひたすら重たい。煩わしい。
2024 7/16

起床 6:20 体重 59 45g 早朝 起き・測
* 体重に、ビックリ。体調は可も不可も無いか、やや肩が張って痛む。コロナがブリ返していると。要心。
2024 7/17

* 目が霞んできている。よろしくない。

* 九月の歌舞伎座、昼 夜とも、高麗屋さん、座席夫婦分引受けてくれました。かありがたし。コロナよ、散って去ってくれ給え
2024 7/17

起床 7:25 体重 59 3g 早朝 起き・測
* 肩ウラが、左右ともに痛い。目が、重い。
2024 7/18

起床 6:25 体重 59 5g 早朝 起き・測
* 体調が、よい、とは謂えない。あるまま、成るまま、というしかない。本が読める限りは,読んでいたい。「すへき」と謂った一切を、忘れていたい。
2024 7/19

* さ。パソコン不調の昨日・今日が,永い明日・明後日へどう続いて行くやら。投げ出すにしてもキレイに投げ出せるかな。うまく「八八」歳の後期を歳末には「八九払い」と通り抜けますか、な。

* 今夜は,最早、処置無し。
2024 7/19

起床 6:25 体重 59 5g 早朝 起き・測
* 何の記事も遺していない。出かけたのでも無い。呆然と過ごしていたか。玄関や身の周りに触れ、「片付け」たり「整え」たりしていたか。横になったり寝入ったり、「光る君へ」や「大相撲」を観たり。要は、何もしてなかったと、いうこと。
久しくも久しく「する人生」を歩いて来た。「しない」ことを、「しまう」ことを、いま「覚え」かけているの、かも。
2024 7/20

起床 6:25 体重 59 5g 早朝 起き・測
* 学校の昔は、「夏休みの始まる日」であったかも。私は終始「学校少年」で、学校や教室との折り合いは良好だった。社会人としてはものぐさで退避気味に、とぼとぼ「独り歩き」していた、か。
2024 7/21

* 夜中の十一時が過ぎていて。
終日、身辺整理していた。玄関も、寝室も、仕事部屋も。身辺整理が、ないし「いわゆる模様替え」が,少年の昔から好きで、まあま、巧みに目新しい「小環境」が造れた。満足しても、その分、よほど疲れ、疲れました。今日は大相撲の取組,一番も見なかった。
ただ大河ドラマと称する『光る君へ』の、今日の放送分は、二度、繰り返して観た。たやすくは入り込めない十世紀最末ないし十一世紀最初、つまりは西暦千年直前後のわが國の日本の宮廷社会、それも一条天皇、「モンダイ」の定子・あき子の二后並び立ち、疲労に堪えて踏んばる左大臣道長、ユースケ・サンタマリアがナカナカの陰陽師役や、紫式部モデルの「妻として母として」の暮らしから、いよいよ物語の「書き手」へと躙り寄る気配など、むずかしいところを、今日現代の作者は懸命に見事に描き出していて、賞讃を惜しまない。
むかしは、天皇家、皇室、天子樣を「映像で描く」など絶対にゆるされなかった、その「せめぎ」を越えて、このような力量に富んだ映像化に出会えているとは、「満足じゃ」。
2024 7/21

起床 5:15 体重 60 05g 早朝 起き・測
* 今朝には、約束の診察を受けに、ふたりで厚生病院内科へ出向く。目覚めと起床早く、あれこれして、まだ六時チョイ過ぎ。目が重い。

* 診察に特別の問題なかったが,念のための局部的な確認検査をしておきましょうと、予約が加わった。
猛烈な熱暑での通院と診察でった。帰宅、草臥れて寝入った。結局終日ぐづぐづと雑用に終始し、来信無く、もう一時間足らずして、日付が変わる。
2024 7/22

起床 7:40 体重 59 1g 早朝 起き・測
* もう午前十時半に成ろうと。外はもの凄い暑さ、と。
2024 7/24     7/23は私語の刻記載なし

* 書いたモノが消え、届いたと見たモノも瞬時に消え。手の施しようが無い。勝手にしろと投げ出している。
機械から離れ、読みたい本を面白く惹かれて読んで過ごすが「勝ち」かと。機械クンとは、気持ち、距離を置いて付合う、か。

* 四時二十分。玄関座で寝たり,本を読んだり ま、何をするともなく、老蠶は呆然と。
2024 9/24

* 安居の「玄関座」も調い、寝入る、読む、茫然も放心も心地よく文字通りに「居座って」られる。
2024 7/24

起床 7:20 体重 59 5g 早朝 起き・測
* 頸筋などの痛み、堪える。体違和、キツい。

* 朝いちばん、市役所での所用に妻と出向く。猛烈な暑さと日照りの中、市役所の用は果たし帰って来たが,五体も燃えるかと危ぶんだほど。
2024 7/25

起床 6:50 体重 59 7g 早朝 起き・測
* 戸外は熱暑、家内は冷房。出歩くまい。
2024 7/26

* 何より何が大事か。霞み行く視力の維持。
何が欲しいか。パソコンへ巧く撮った写真の取り込める、新しいカメラ。だが。いま手持ちのカメラで出来ない事が、新しく写真機を買い換えても出来まい、よ。カメラのせいではるまいに。
2024 7/26

* 夜、十時五十分。ここに「書いた」と記憶の記事が、またもいろいろ消えている、アリステア・マクリーン希有の傑作サスペンス『女王陛下のユリシーズ号』を,二度三度目、粛然とまた読み始めている簡素なども。ちゃんと「保存」する慣いなのらなあ。老耄の手違いか。索然。

* ああ、ボヤキは明日、明日のことと。寝に降りる。
2024 7/26

起床 2:35 体重 59 2g 早朝 起き・測
* 娘の朝日子が昭和三五年(1960)に生まれた日、その娘(私たちからは孫娘1986年生まれの)押村やす香が、2006年、二十歳を目前に亡くなった日。

* 深夜の二時半だが、寝入れすにキチンで前日の大相撲をみたり、今は二階へ来たり。だが、寝に,降りねば。からだをこわしてはならず、朝には、妻の歯医者通いにつきい江古田奥までも出向かねば。

* 左眼奥にジンとした圧を感じる。
2024 7/27

* 互ひ杖 とでも謂うか、タシにならぬまでも二人で歩けば「聲」は掛け合える。そう思って,今日もガンガン照りの江古田奥、妻の歯医者通いに同行し、帰りには、いつものように、西武線江古田駅近い馴染んだ「中華家族」で昼食し、帰ってきた。
「視弱」と謂うているが、それからする「全身の違和や疲労」は避けられない、それでも、まだ、外出に「互ひ杖」の遣えることに感謝している。
目を遣って、自身書き置いた物や、参考のものを読み返すのは、イヤと謂うよりも、よほどムリなっている。それでも,やはり視力に頼まねば済まぬアレコレ、減りはしない。「業(ごう)」であるよ。「業つくばり」の末路よ。
2024 7/27

* 体疲労が鈍重な苦痛になり 大相撲も、五輪の開幕も、かかわりなしに寝入っていた。両肩のきつい凝り。楽でない。
ロキソニン系の塗布薬のお世話になっている。十一時を二十分もまわっている。とにもかくにも、休む,休むと云いながら。
2024 7/27

起床 5:00 体重 58 9g 早朝 起き・測
2024 7/28

* 体調すぐれず、渋り渋り、過ごす。メール機能など渋滞し、通信不能のよう。耄碌,万事に障るらし。仕方なし。
2024 7/28

起床 7:40 体重 58 8g 早朝 起き・測
2024 7/29

* 小さい機械を復活させてみたら、若い日々の沢口靖子ちゃんに美しい佳い写真が、あとからあとから,何枚も何枚も出て見えるのに感激している。妻もいっしょに「帝劇」楽屋でのも、いろいろに、たくさん。『細雪』の「キあんゃん」を演じていた衣裳も表情もあでやか。
2024 7/29

* 寝室での身辺もろもろの書籍などの整頓もし終えて、良し。謂うところの夏バテか、心身の弱りか、ま,逆らわずに、休み休み凄そうと。あれも、これも、それも、しなければという共用を自身に仕向けないようにしている。寝入りたいときは自然と寝入って宜しいと自身に許可。しかし,創作の筆は運びたい休まずに。生きるとは,私の場合一に、それです。余は,付け足し。

* 23時29分 頚周りが堅い石のよう。休もう。
2024 7/29

起床 5:40 体重 58 8g 早朝 起き・測
* 五時に目覚め、そのまま起きた。いちばんに目薬をさした。いつものように、廊下「奥の壇」で、「秦の父と母」とに篤い感謝をささげ、そして幼い写真の「やす香」や「ネコ、ノコ,黒いマーゴ」たちと暫くの間「お喋り」を交わす。

枯葉が木いっぱいに残っているのだと想った。鳥だった。鳥が一時に枝をはなれた。揉んだように空気が音をたてた。またいっせいに鳥は木にもどり、枯葉になった。惜しげなく日が照っている。 恒平
2024 7/30

起床 7:40 体重 58 8g 早朝 起き・測
* もう、午後二時半にも近く。何をしていたやら、枕もとの、仮の書架を整理していたり。頚廻り、両の肩へ石のように硬い.痛い。
2024 7/31

* なにかしら、ボー然と息をしていす。暑さに負けているか。ただ怠惰へ逃げているか。
2024 7/31

起床 6:040 体重 59 0g 早朝 起き・測
2024 8/1

* ヘトヘト。頚廻りの硬い痛みに呻く。それでも,小説は書き継ぎたい。『信じられない咄だが』執拗に手を牽かれる。なのに『悪霊』に惹かれ、『女王陛下のユリシーズ號』なんて凄いサスペンスも読み継いでいる。映画『インディ・ジョーンズ』の続きも観たい。なんたる浮気よ。
2024 8/1

起床 5:00 体重 58 3g 早朝 起き・測
* 体重の減っていること。睡眠が細切れになっている。
2024 8/2

起床 6:00 体重 58 6g 早朝 起き・測
* 9時。床を起って,三時間、何ニをしていたろう。玄関座で居眠りもし、またドストエフスキー『悪霊』(森田草平訳)を読み耽っていたか。掌に大きく、重たい大冊だが字も大きく目の弱った私には読みいい。
いくらかでも、まだ「ソ連」時代のモスクワやレニングラードの町、町を見てきたので、作に書かれた小さな貧しげな「部屋」のいろいろは目に浮かびやすい。ドストエフスキー自身の小家や部屋や代表作(=有名な有名な表題が想い出せないのです)に描かれた部屋や家もただ眺めてきたが、『悪霊』に登場のような「町の人たち」とは会いも咄しもしなかった。できなかった。貴族でもあったトルストイと関わる家や建物や部屋は、豪奢でも華麗でもあったなあ。

* 五輪「柔道」を男子も女子も、一日中、よく観ていた。相撲ほど勝ち負け明快ではないが、日本の「お家芸」ではあり、根気よく観戦していた。
心身変わりなく低調ながら、時に「玄関座」で讀書もし寝入りもして、温和しく。あ、それでも、暑い陽なかをセイムスへ出向き、涸れていた日本酒や、好みの肴や、また必要の眼薬等を買ってきた。
猛暑で、熱中症や、コロナ患者は増えていると。ウカとはしてられない。
2024 8/3

起床 5:40 体重 58 35g 早朝 起き・測
2024 8/4

* 五体、グタッと懈い。あちこちと鈍く痛む。
2024 8/4

起床 5:30 体重 58 9g 早朝 起き・測
* 私の日常と健康とを聴取にその筋の来客が、朝十時にあると。ハイ、ハイ。
2024 8/5

* 私、秦恒平の日常生活と健常・健康を「問い」にその方面の担任質問者が来られ、いろいろ細々と聞かれた、が。が,「要」とはただ「日常・健常生活」だけでない。敢えて謂うなら、大人の「趣味・美的生活」が不可欠以上に意味を重く持っている、が、来訪の「質問者」にはその方面は「論外か」のように関心無く、問い掛けも無かった。おどろく。
2024 8/5

^* コロナ禍はつづき、熱中症の懼れも日々に増し、食欲も薄れて体調は低迷。こんな愚痴何の意味も無い。寝入る、酒を呑む、讀書に心身を委ねる。
メールもしない。手紙も書かない。務めて自身の「読み・書き・讀書と創作」を励ますのみ。幸いその意思は乾いていない。
2024 8/5

起床 7:00 体重 59 1g 早朝 起き・測
* いま、午前十時になろうと。朝食後に,寝床で、玄関座で、寝つづけていて、うつつ心無かった。寝てようと起きてようと現つ心無きに似た容態で,本も読まず、ただ睡魔へ手をさしのべ、、五輪にも、テレビや新聞の報道にも心身、ハキハキとは反応しない。それで済むなら、それで、と、私。
しかし、昨日知った、少年来の「励みカタキ」桑山の「嘉三(よう)ちゃん」訃報が、黒い砂のように胸の底に溜まっている。
報せてくれた森下君、達者に色んな主張や提言に、音楽の趣味に、元気にして呉れているか、そう、いて欲しい。

* 新制中学の昔、同じ一年二組で組み合った無二の友の田中勉は、あまりに若く、ほとんど自ら、海外で亡くなった。相い伴うようにわたしたちが親しみ慕ったお若かった諸先生方のお名や御顔が眼に甦る。息がつまるよ。

* 十人に九人 百人に九十余人が、天上でわたしに呼び掛ける、急がなくてもいいよ、と。それが嬉しい時も、それが切ないことも、有るなア。「身内」「眞に身内」をと、私は烈しく少年來、恋い焦がれ、待ち望んだ。出逢えもしたよ。ああ。

* 「根気」 これだ。これを投げ出さない。大事に。
2024 8/6

* 足踏み機を 日に55回ずつ、ラクに踏んでいる。脚・腰に、いま、懸念無し。

* かなり手を尽くしての 長いめ小説の仕上げを願っている。八十八爺 日々孤独なれども。訃に遭わでと願うのみ。
2024 8/6

起床 4:30 体重 59 8g 早朝 起き・測
* いつも顔ぶれの同じ、(見も知らぬ)料亭か旅館かの夢を見る。知った顔は一人も無い、のに、もう数回は、同じ情況でリアルに夢見ている。夢にも逢いたいと願う「故人」を何人も胸に抱いているが、繰り返し夢に現れる同じ人も同じ場所にも、全然、現実の覚えがない。夢で、愉しんでいるか。いや。妙に怖い。身に覚えのない「私」が、当然のように夢の中でもてなされ、もてはやされ。居心地、宜しく無い。醒めたアトも気色悪しい。
2024 8/7

* 眼、疲れ切って。墜ちるところへ、墜ちて行くか。   * 心身不調、肩に頚に背に四肢に、痛む箇所あり。溌剌を欠き、鬱暑に屈して「寝」へ遁れている。

* 天上天下唯我 獨り佇む。
2024 8/7

起床 5:30 体重 60 0g 早朝 起き・測
* いま、もう夕方四時半を過ぎている。何をしていたか。何と謂う何もしてなかった。短かな食前食後のほか、大方寝ていた。むざむざ暑さに負けているよりは。他界他者から働きかける何も無く、何もせず。ああ、「朝日賞」に有る人を郵便で推しておいた。
玄関座(倚子)で、重い本のドストエフスキー『悪霊』を 浴槽で、文庫本500頁のマクリーン作『女王陛下のユリシーズ號』を読んでいた。古典は『紫式部日記』、大河ドラマ『光る君へ』への、つっ支え棒に。
食欲無く、先日セイムスから担いで帰った3㍑大筒の日本酒「蔵之介」を、呑み干した。自慢にならないが。

* 巴里五輪とは、テレビ前を過ぎるときにそこそこ付き合ってきた程度。この歳になると「体力勝負」をシンから愉しむことは無い。
モノのゴッタ返った狭い部屋での音楽も、暑苦しくて。

* 書き継いでいる小説に集中するのが、わたくしの第一義、よく承知している。が。
2024 8/8

* もう夜の十時半。何の疲れか。心身、グタッとしている。
九州・四国の台太平洋側に強度の地震と津波とがあった、と。被害如何、穏便を願い、祈る。
熱暑とコロナ禍とで外出を断たれ家居を強いられ冷房暮らし、幸いに暑い暑いの悲鳴は上げてないが、謂わば「ドン突き」で暮らしていて、。心身生新とは行かない。
2024 8/8

起床 4:40 体重 59 65kg 早朝 起き・測
* 力量に懸念や問題の無い女性力士を、大相撲の土俵にに加え、「性別を問わず」取り組んでは。
可・加えよ、不可・加えられぬ、との「討論」が為されるのを、「傍聴の夢」を見た。バカな夢です。
男もたじたじの力自慢な「力女」は、神代この方、どの時代にも実在はしていた。が。
男性である私、なら? 遠慮する。異性との相撲は、「土俵」なんかで無いがよい。
2024 8/9

* クーラーの行き届いた家に居るので「暑い」からは遁れているが、疲労感は重たくのしかかっている。仕方無し。
巴里五輪は、終盤らせまり、投擲や跳躍やリレー、長距離、マラソンで幕を下ろす。実感として四年前よりも今回の方を結果多く愉しんだ気がする。もう一度の開催に間に遇いたいと願っている、が。
2024 8/9

* 妻も暑気に弱っている。私は、とにかくも酒を飲んで、乗り切って行く。百薬の長とまで甘えないが、酒の旨いときは、からだの機嫌がいいから、いい。

* お勤め、お付き合いやご挨拶の無い、白髪 白鬚「八八老」の夏日は、呑気である。妻も元気でいて呉れれば、云うこと無し。
2024 8/9

起床 4:30 体重 60 0kg 早朝 起き・測
* 「了う」「終う」という語を「日々の覚悟」と用意し向き合うべし。難しいこと、と心得て為せ。
幸いに心身、もう暫しは働いて呉れよう。機を逸しないこと。

* 一時間半、機械の上をただ浮遊していた。心身、もう暫しは働いて呉れようと謂うも、過剰の期待か。いま、我が「両掌」が半開きに痺れ、「握れない」と知った。
2024 8/10

* 夜十時を半ば近く過ぎている。五輪競技を見たり、ドラマを覗き見たり。頚廻りの凝りが、きつい。もう、機械相手には何も出来ない。眼には負担でも、読みさしの『女王陛下のユリシーズ號』『参考源平盛衰記』を読み読み寝入るか。
2024 8/10

起床 6:30 体重 60 0kg 早朝 起き・測
* 寝たり醒めたりが半々の一夜であった、熟睡は恵まれず、千切れ千切れのモノ想いに疲れた。頚筋が硬く、視野もほの暗う霞んでいる。南海地震その后の無事安静を願う。
2024 8/11

起床 6:00 体重 59 7kg 早朝 起き・測
2024 8/12

* 外出は、コロナ禍を避け、かたく慎んでいるが。もう、そろそろ、と願っている。夫婦して、歩ける脚、であるうちに、と。
2024 8/12

起床 6:00 体重 59 5kg 早朝 起き・測
* 安眠・熟睡したとは謂えない、が、違和の自覚も、ま、無い。いろんな夢を見ていたようだが覚えない。
積んだいろんな仕事を済して行くだけ。とは思え、意味不明 行方不明 処置不明の「書きかけ」が多すぎる。愚ゥの音(ね)ばかりよ。

* 午前十時 寝入っていた、現し心地も無く。世界中が疲労気味。「生き方」を忘れてしまった心地。
2024 8/13

* 寝入るべく生きて在るかのように、大半と謂わず 一日中睡っている感じ。平安と謂うより危ないナという感じ。
「平和」を謳うた「巴里五輪」は終え、ネタニヤフ「イスラエエル」のハマスへの非道の爆撃暴行は絶えない。日本の国際政治には「ボク、知らない」とばかり、平和と人道に起つ気概や方策が、ろくに見えない。
2024 8/13

起床 5:50 体重 59 1kg 早朝 起き・測
* 浅い夢見の夜明けだった。

吾(あ)がいのち 吾が歩み あな幾十歳(いくととせ)
佇むことも 無くして あはれ
ありし人も 亡くて 吾(あ)が名を 呼ぶと聞く
夢にも馳せめ 醒めざらましを
人の世は あまた「座席」に影も無い
空ッぽのままの 雑踏 の夢ぞ
命といふ いと細い一筋しかもたぬ
この「賜り」を 賢(かし)こしといはでや

* 字を大きくし、眼を労るしか、ない。

* わたしは「一年」という目算と覚悟でおり、妻とも、「あと」のとで、段々に「深切」に話し合い初めている。
わりと長く書き継いでいる新作の小説も 先ハ未だ だけど熟してきている。
五輪が静まり、ま、テレヒの前へは『光る君へ』ぐらいしか坐らない。読み継ぐ本は、当分のうち、大変な「長編」作を三作だけに絞らざるを得ない。三作が三作とも かけ替えなく、優秀。満足。
2024 8/14

令和六年(二○二四) 八月十五日 水 盂蘭盆
起床 5:50 体重 59 1kg 早朝 起き・測
2024 8/15

* 今、十五日盂蘭盆会の朝、七時二十分。床にはいたが寝入らぬまま,全身の痛む箇所 頚まわり、両肩まわり、両脚などへ「ロキソニンEXゲル」を塗りたくっていたり。そして 読みさしの「本」を、寝転んだまま読み次いだり。
2024 8/15

* 「ヒマやなあ」と笑うなかれ。
私は今や八十八年人生の謂わば「春休み」を生きのびている。
「春休み」とは、三学期修了式をおえ、四月七日頃の進級一学期に入るまでの勉強は「お休み」のことであった。いま私に果たして次の学年へ進級があるのか、休み続けてしまうのかは判りませんが、ジタバタはしないで、本など読み耽ってたり、好きに書いたり調べたりを「趣味の如くしているのです。
2024 8/15

* 冷房の自室に居ても,家のどこに居ても、噛みつかれるような熱暑。「大文字」送り火の前夜ぞ、讀書にも飽いて「大」の字に寝てしまうが、勝ちか。誰に、怠けているなどと𠮟られはしまい。愛蔵してきた美酒「久保田」一升瓶も空いてしまうところよ。
願はくは、此の国土と国民に「天災」の無かれ、と。南無観世音菩薩。

* 明日にも強い台風の上陸が云われている。
2024 8/15

起床 5:50 体重 59 1kg 早朝 起き・測
2024 8/16

起床 6:50 体重 59 アkg 早朝 起き・測
2024 8/17

* 機械の内蔵 内臓 をかなり深く広く点検した。それがどんな利になるか不利か、判らない。むやみと触っていた、いろんな画面に遭遇したが、ハテ と謂うしかなく。 書くのは 紙にも書ける、がメール機能の重宝には叶わない。幸いと、わたしは、いま、機械仕事で義務も義理も負うていない。子供の、。機械遊びのような気持で向き合うだけ。
夥しい写真が埋蔵されているのを消去して機械に息をつかせて上げたいが。ハテ。出来るかな。 とにかく、疲れた。
2024 8/17

* なにやら 大方 不調 迷い 惑い 奮戦の気持だけの 昨今であります。  日々お大切に。 湖の本 秦
2024 8/17

起床 6:10 体重 59.3kg 早朝 起き・測
2024 8/18

* 体調も気分もすこぶる低迷を這いすすむ心地、宜しく無い。豪暑のカンカン照りを侵して、杖を牽いて「セイムス」で酒・肴を買って帰って、「書く」より「呑む」へ手が伸びる。わたくし、むろん大酒はしないが、もともと「酒に酔う」という気味にめったにならない。「酔う」とはどんな気分のことか、ほとんど記憶も自覚も無い。朝から夜まで、いつでも手は出るが、お茶を、湯呑みで飲むていどしか飲まない。「好き」なのだが、量を望んでない、酒で仕事を投げることは無い。これは、じつにまさしく「独り酒」だからで、わたは人と呑み競うように談笑するなど、めったにも無い。つきあいは、悪いと謂うより,はなから、無いに同じく、それが好都合と思って暮らしてきた。妻は呑まない.建日子とも何年にいちどほど、ちょこっと盃を交す程度。酒で愉快になることも不快を躱すことも、まず,無い。

* 前触れの喧しかった暴風雨に遭わずに済んだ。アコやマコも機嫌がいい。わたしは視力の衰えにショボショボしている、が、不機嫌では無い。録画してあるはずの今晩の『光る君へ』を愉しんで、ドストエフスキーか、マクーンかを読み嗣いでから寝入ろう。
2024 8/18

起床 6:10 体重 59.3kg 早朝 起き・測
2024 8/19

起床 7:00 体重 59.7kg 早朝 起き・測
* 機械作業が,何が何やら,何処が何処やら、サッパリ判らず、ややこしく、話にならず始末が付かない。ムダに機械の上を右往左往して、まともが見当たらない。
2024 8/20

* わたくしの「先」を塞ぎがちなのは、要するに、わたくし自身の「機械バカ」と謂うにつきる。しかし痺れた指で,原稿用紙にペンの手書きでとは、無慙にムリでもあり。膝を折って友誼を「機械クン」に懇願するばかり。呵呵 呵呵
2024 8/20

* 年齢との闘いには勝ちが無くなって居る。
2024 8/20

起床 4:40 体重 59.6kg 早朝 起き・測
* 頚廻りの凝った痛みに起こされた。目覚めた実感でなく、眼は、ショボショボと痛い。両肩に、依怙地な痛み。六時をまわっている。

* パソコンを自分・秦恒平の記録・記事にするのを已めてはどうか、うんと手間が省けると気づいているのだが。「作家」根性で、どうしても「書いて、人さまに呈する」という、あまり理も利も無い意向にひっくくられている、よけいなご苦労ではないか。

* 新聞は、もう三十年来、むしろつとめて「手にも執らない、読まない」でいる。一つには、視力の衰弱。一つには,邪魔くさい。テレビの「国際ニュース」にだけ,出逢えば、向き合うている。国内のことは、世間ばなしや、噂で聞こえるだけで、足るとしている。減って行くばかりの精力はただ「読み・書き・讀書と創作」のために。
コロナでもう四年も街へ「食いにも」「観にも」出てない。「美食への欲」は有るのだが。

* 寝入ってて、ふと目覚めて午前十時四十五分。朦朧の老人とは気楽なモノよ。強いてのツトメの何も無い。「これ」は多年の努力で蓄えた「命の資産」か。しかも,誰に強いられるで無く、したい、つづけたい「コト」も心得、すぐにも手が付く。
難敵は「機械クン」で。時に、どころか、しばしば手に終えぬ。愚痴は、目下、コレ。
2024 8/21

起床 6:00 体重 60.1kg 早朝 起き・測
2024 8/22

起床 6:00 体重 60.1kg 早朝 起き・測
2024 8/23

* 何をどう過ごした一日か、脳内、雑かつ騒然
2024 8/23

起床 5:30 体重 60.0kg 早朝 起き・測
* 「玄関座」で:、昨夕刊や今朝刊など見て。
一昨日 昨日の記事が、私のウロウロで、明瞭な順に書かれていると謂いにくく、なにかと前後しているかも。

* 当然か、サキのことで思案すべきは、尠い。出来れば、建日子、朝日子と話を付けておきたいことは、あるが。姉と弟とで、取っ組み合ってでも好きに談合すればいいと思わぬでも無いが、妻を当惑困苦させてはならないし。
妻のためには、きちんと、打つ手は打っておきたい。
ま、なによりも自分の残り時間を有効に処置したい。秦の母は九六歳まで、父より叔母よりも長生きしてくれた。ま、あり得べくば私もその辺まで、日本と世界と夢の世とを、好奇心で眺めてみたい。
* 左右、肩から頚へ痛みが、凝り凝りと浪打ってくる。
2024 8/24

* 午後、東工大で「建築」専攻だった櫻小次郎君が訪れて呉れた。明日、神戸からの鷹津君と会う、「先生」のホームページのことで話し合いますなどと。鷹津君はそのあとスエーデンとかへ出張、飛行機と。
此の二三日の疲労が、重いガウンのように躰へ垂れかかってて、活発には話せなかった、が、懐かしく、話題は弾んだ。かれが東工大へ入学してきた入学の春から私は招聘「教授」として迎えられ、六十歳定年で、また作家生活へ戻ったのだった。
私が元気なら、寿司の「わか奈」で酒にも出来たろうに、話し合うていても、立ち上がれそうに無かった。空しく櫻君を帰してしまい、残念だった。
2024 8/24

起床 7:00 体重 59.65kg 早朝 起き・測
* 今日がどんな一日になるのか、どんな一日にあるべきなのか、判らない。両眼が既に痛むほど疲れている。昨日がよく想い出せない.若い人たちからあれこれと望まれているらしいが、判らない。
今日、都心のどこかで、柳、鷲津くん、それに「あけぼの」も入って、なにごとか相談されるとか柳クンに聞いた気がするが、何用とも判じもつかない。

* いま一義は、どうも、私心身の健康のように思われる。私の痴呆は、なにより妻の負担なる。嵌ってはならない。
2024 8/25

起床 7:00 体重 59.5kg 早朝 起き・測
* もう午後三時過ぎ。なにやら電気系野調べ客と応対していたが、妻にまかせ、二階へ。眼が腫れぼったく、義理にも元気と謂えない。
悪いことにメール機能がが機械的にと謂うより私ゆえにワケ判らくなり、メール、読み取れず打ち出せないでいる。これはもう、私、アウトか。

* 「あけぼの」さんから到来の超長文のメールをやっと読み出したが。「ナチス」らの昔に触れてのとても貴重な内容、それにしても「読み終える」のに体力も気力も要る。草臥れ果てた爺ににも内容の大切は判るが、読み終えるにはまだ時間を掛けたい。飛ばし読んで済む内容で無い。

* 夜十一時前。コンピューター まともに、従來の儘に機能してくれない。このさき、明日から、何を、どうすれば佳いのか、わからない。
2024 8/26

起床 7:00 体重 59.5kg 早朝 起き・測
2024 8/27

起床 7:00 体重 59.5kg 早朝 起き・測
2024 8/28

起床 1:50 体重 59.5kg 早朝 起き・測

* 何を仕出来したやら,観たくない顔ばかりの、トランプ、ネタニヤフ、プーチンらの顔ばかりチラつく。岸田総理は、ヤメルと宣言したのを「免罪符」かのようにヒャラヒャラと政治を投げている。
日本列島は豪雨に叩かれ続けてる。

* 「モーいいかい」と天の声に、「マアダだよ」が、のどもとで、ツイ閊える。
2024 8/29

起床 1:50 体重 59.5kg 早朝 起き・測
* 土砂降りの雨音。

* 何も何も何も不調の亂脈に悩んだまま,寝室から機械前へ。判らない。手が付かない。

* 二七、八、九日の記事も書いたハズなのに見当たらない。判らない。ツイ機械のセイにしたがるが、私・秦恒平が混乱しているで。
ゆっくり、ユックリ と。急ぐ何用も無いのだ。

* 今、深夜三時四十五分 何の整頓も成らず、ただ 眼も躰も、痛いほど疲労。

* 今、夕過ぎ 六時前。
一日、何をしていたとも謂えない。せいぜい ドストエフスキーの大作『悪霊』を、更に、少しく読み進んだか、徐々に惹き込まれつつ。多くを教えられつつ。
「自分の」仕事らしきは、何も出来ず、しようとも、してなかった。
烈しかった長雨も通り過ぎたか。
2024 8/30

葉月盡 起床 4:05 体重 59.5kg 早朝 起き・測

* 安眠に入れず、夢寐に妙な啖呵を謳ってたり。

ナンダ、ナンダナンダ エー
あんな 男の一人や二人
欲しけりゃ あげます 熨斗つけて

江戸っ子のようだが、耳にしたのはむかし 京都の夏、盆踊りの賑わうころの町内のレコードでもあったか。それを憶えるとなく憶えているので、これは女の啖呵。わたしらの盆踊りは祇園の廓うち、それも戦時の強制疎開で広げれた新地の新道などで夜通しに盛大であったから、ま、こんな啖呵も場所柄であったたのだろう、「欲しけりゃ あげます 熨斗つけて」で「熨斗」なるものの「用」がおもしろかった。わたしは,告白すると,ものごころツイテ以来、年がら年中口の内で唄を噛みつづけている子供だった。上のような唄は幼ではなく少年以降に仕入れてたのだろう、「ハタラジオ店」で育てられたあの知恩院下の新門前通りは、昔も今も、主に観光の 外人客を迎える日本の新古美術骨董の店が目立つ、ま、静かにハイカラな通りだが、我が家の脇の細い抜け路地を南へくぐりぬければ「廓」「花街」の「祇園乙部や甲部」であった、異色のおもしろい街゛った,今も同じ。上記のような啖呵唄は祇園を描いた映画ででも唄われていたか、も。

* ただ、私が始終口のうちに咬んで唄っているのは、概ね、童謡や唱歌。
しかし、こんなのも。
秦の母は唄が好き、父は苦手、なのにその父が私に唯一唄って呉れた唄が有る。

おじいさん おじいさん
あなたの眼鏡で もの見ると
ものが 大きく 見えますね
そんなら カステラ切るときは
眼ぇ鏡 はずして下さいね

あの ラジオ・電器屋の父に貰ったたった一つの歌遺産。わたしは四歳から五歳前ごろに「ハタラジオ店」に「もらひ子」されて、そんな頃にあの父が唄って呉れていた。
おお。「カステラ !」 なんとハイカラに嬉しかったか、それをあの父は、唱いながら切り分けて呉れたのだ。私、昭和十年の暮れに生まれ、十四、五年の「カステラ」ですよ。幼稚園や真珠湾奇襲に二年ほど前。

* さ、秦の、その「おじいさん」「鶴吉さん」となると、これはもう、途方も無く山ほど蔵された「和漢の書籍」で、まさしくわたくし「秦恒平」を文學・文藝の生涯へ推して出すべく「手渡して呉」れたわば「師父」であった。国民学校四年生で丹波の山なかへ母と祖父とで戰時疎開したとき、私は祖父が明治の昔に「通信教育の教科書」に用いた「日本歴史」その他を、むちゅうで読んで「勉強」しはじめていた。父・長治郎も叔母つるも「本」を読まない人だった、だから「おじいちゃん」は、家で揉め事があると口癖に「恒平を連れて出て行く」と脅していた。わたくしが「感じ」を小さい頃から苦にしなかったのは「おじいさん」からの「たまもの」なのであった

* 秦の叔母「つる・裏千家で宗陽 遠州流で玉月」が、九十過ぎまで茶の湯・生け花の先生で多勢の社中を聴いていたのが、どんなに「私の趣味」をそだてたか、謂うまでもない。この叔母は、ちいさかったわたくしに、寝物語に、日本の和歌と俳句の最初歩の手ほどきもしてくれた恩を,決して忘れない。私の「女文化」とい「日本」の認識は、この叔母の膝下でこそ掴み得た。
そうそう、秦の父 長治郎は、観世流謡曲を身につけ「京観世」の能舞台で「地謡」に遣われるような趣味人で、おかげで、謡曲の稽古本は家に悠々二百冊を超し、それが少年私の「日本古典への親炙」に道を拓いてくれたのだ。
父は、また、私に「井目四風鈴」から囲碁も手ほどきしてくれ、後には私、その父に四目置かせるほどになった。
秦の母は、趣味にあてる時間や躰の自由の効かない主婦という嫁であつたが、讀書の出来る人で、私に、漱石や藤村や潤一郎や芥川の名前を聴かせてくれた。後年、敗戦直後に、谷崎の『細雪』や与謝野晶子訳の『源氏物語』などみせると、それは喜んで読み耽り、ことに『細雪』はよくよく良かったようだ。
つまりは私、讀書好きのお蔭で、祖父にも母にも孝行できた。まちがいない「作家」へ歩んで行く最初歩であったよ。

* まだ、早朝六時四十五分。八十年もの「読む想い出」は,豊かに豊かな山のように私の胸に生きている。
2024 8/31

長月朔 起床 5:45 体重 59.6kg 早朝 起き・測
* 九月になり。余儀ない忙しさに巧く付き合わねばならない。豪風雨は日本列島に、まだ居座っている。世界はザワついて,爆撃の、報復の、と険呑なまま、日本の政局、派閥解消という呼びかけの「派閥対抗」に明け暮れている。「勝手にしやがれ」とも云うてられず。
2024 9/1

* 明日の、エコー検査とやら。何事か識らない。
何事であれ、私「入院」はお断りする。家で、妻や子らに、告げ伝えておくこと、そのための万般の整理や覚え書きの必要を抛つわけに行かない。
現在、何ほどの違和も覚えていない。しかも、いまほど,すべきをし終え見届けておかねばならぬ時機は無い。まだ、「もういいよ」とは言い切れない、も,少し「待ってて」と願っている。
2024 9/1

* 陰気でいる。一つには機械画面が自在に処理できない。削除したい畫像が消えてくれない、など。消去したいものが消えてくれない、など。

* 『光る君へ』の続きは面白く見て、先を望んでいるが、肝腎なのは私自身の機械仕事が渋滞している。気が滅入る。
2024 9/1

起床 3:55 体重 59.8kg 早朝 起き・測
* 保谷厚生病院で朝九時、エコー検査を受けに行く予定。
いま、㈣時半。目がショボショボと、視野の清明を欠いている。
昨日歌番組で愛らしい「ののか」ちゃんの元気いっぱい高らかな歌声を聴いた、ソレを夢にも見てわたしも唱っていた、すこし、泣きながら。。

お母ちゃん
ナーニ
お母ちゃんて 佳い匂い
洗濯していた匂いでしょ
お母ちゃんて 佳い匂い
お料理していた匂いでしょ

幼かった日々、京都の、新門前の、「もらひこ」で入った、四、五歳、秦家での懐かしい、慕わしかった「母」のもう還らない「佳い匂い」の想い出が、歌声になって甦る。あの「秦」の母、「育ての母」は時に怕く、けれど優しく「佳い匂い」がした。「生みの母」「実母」を、わたしは全然知らなかった。
「ののか」ちゃんの歌声を「電気のように」即座に覚え、そして口の中で唱ってた。夢にも唱ってた。
2024 9/2

起床 6:35 体重 60.1kg 早朝 起き・測
* いま午後三時半にちかい。朝から,何をしていたという自覚がナニも無い.寝ていたも同然であったのだろう、機械の不調、乱調に屈して、なににもかも投げ捨てていたか,ソレすら茫然と、記憶に無い。
明日はナニをするか。散髪らしい、が、、シカと覚えてない、明後日は歌舞伎座の「夜の部」か、と。茫然。シカと覚えてない。これはもう、末期症状か。
メールの受け渡しも,頼りなく記憶に洩れ墜ちている。
どうやら、今、此の記事が、今分九月三日午後㈣時半現在の「最新」意識下のモノらしい。やれやれ。
2024 9/3

○ お元気ですか。 昨日のご受診無事にお済みでしょうか。 今日は少し涼しくなっていますので、ゆっくりおやすみください。
みづうみの「清流」のなかで、読んで、書いて、考えて あけぼの は 幸せです。

* 書く意欲と力とは生きて在るのだから、思い,想いを深め、確かめ、苦しみ楽しまれますように。
わたしは、「疲れ」と向き合い睨めつけながら、霞んで行く「世」に呼び掛けています。昨日のエコー検査がナニを見つけたか,次の診察日を待ちます。
「待つ」なんて永い生涯に意識もしない「只だ事」でしたが、今では「只ならない大事なこと」と成りましたよ
2024 9/3

起床 3:45 体重 59.7kg 早朝 起き・測
* 機械へ来て,二時間、ただただ迷走し混乱し見失い、ハナシにならなかったが、いま、ほぼ偶然にモトの画面へ戻った。これでは、やはりハナシにならない。

* 元気にはしている、が、私の 左岸・左眼は 夕暮れの 遠山なみのように暗くなっている。

書くための視力を遺すか
読むための視力を遺すか。

視力と眼力とは くれぐれも だいじにと思ってはきたのだが。
2024 9/4

* サテ。今日は、午まえに、散髪に。
明日の 妻と歌舞伎座夜の部、松本白鸚、幸四郎、染五郎らの舞台に。夫人らにも逢い、ひょっとすると 松本紀保、松たか子とも、久々出逢うか知れない。疲れず、無事帰宅できますよう。
2024 9/4

起床 8:00 体重 59.65kg 早朝 起き・測
2024 9/5

起床 5:45 体重 59.6kg 早朝 起き・測
* 疲労困憊りていで、おおかた寝入っていた。視力・体力、衰えに衰えて行く。
いま、夕過ぎた六時半、一日何をしていたか記憶にも無い。こうも疲れるかと、呆然。昨日の歌舞伎座も充分には楽しまなかった。単に疲労か、なにかよからぬ病状の兆しか。前者とは感じているが。妻がそばに居て呉れて、安心でき、有難し。
老境に、疲労は病状に同じく感じる。

* 八日には、秋場所始まる。何故と無く清秋が待たれる。
2024 9/6

起床 7:00 体重 59.0kg 早朝 起き・測
* 至福の絶境、懐かしい熱い想い出に浸って、まこと生き生き「夢」見ていた。
人生八十八、なお「夢」に見るか、ああ、と励まされて嬉しく 耀く心地した。

老熟など望まない、老いの春を たとえ夢にも楽しく歩み眺めたい。下記の想いとも倶に。

随感 随詠

吾(あ)がいのち 吾が歩み あな幾十歳(い くととせ)佇むことも 無くして あはれ

ありし人も 亡くて 吾(あ)が名を 呼ぶ  と聞く 夢にも馳せめ 醒めざらましを

人の世は あまた「座席」に影も無い 空ッ ぽのままの 雑踏 の夢ぞ

命といふ いと細い一筋しかもたぬ この「賜 り」を 賢(かし)こしと謂はでや

あなといひ ひしと抱かせつ 草山の 夕告 げ鳥の こゑのさびしさ

茂りあふ 萬の靑葉の かくれ蓑 な揺りそ 揺りそ 連れの ひよどり

世の仲を かしこみ祭れ 連れ添ひの さだめ承け 會(え)て 六(む)そ五つ十とせ

* 夢の余韻の 生ける心地に被さってくる。「生」とは「幾程」のことであるのか。
2024 9/7

* 今朝の 目覚め前に見ていた「夢」がまざまざと残っていて、懐かしいような 怕いような情動に揺すられていた。
いま、リアルの世界に共感も感銘も薄く、ゆすられるような感銘は 結局「読み」からの刺激に拠る。

* 四十八冊のまこと克明にちからづよい漢文の叙事読みついでいる『参考源平盛衰記」第三十三冊では、専ら「木曾義仲」に関わる生き生きとした筆跡にただよう「もののふ」の「もののあはれ」に しみじみ惹き入られて居る。女ながら凜然と勇猛果敢な「巴」も美しく描きだされ、私は 昔から暴れん坊の儘に寂しみを身に抱いた『義仲』物語を 信愛し親愛てきた。
通った京都市立有済国民学校・小学校の校庭には「義仲愛妃」の一人の墓が、枝を張って長け高い橡の大樹の根方に鎮まっていたののを、昭和十七年四月のの「入学式」のひから見知ってきた。
私は、どっちかと謂えば赤旗の平家贔屓の方、源氏では義家や頼朝よりものの哀れの為朝や義経や義仲が贔屓の少年だった。

* ドラマでは『光る君へ』 本では『参考源平盛衰記』 そしていま、ドストエフスキーの『悪霊』と、悲愴のスペクタクル『女王陛下のユリシーズ號』に ひたと向き合うている。満足している。

* 今朝見ていた「夢」の泉は、この、私日録の表紙を飾っている、アイズビリの描いた 美しくも力ある仰向きの線描「裸婦」ではあるまいか。
私、昔から、このアイズビリに力づよく心惹かれてきた。
2024 9/7

* 夜十時前 宵より寝入っていた。寝入っているのが何よりも、平和。讀書は、好きが高じると、視力をすり減らす。
2024 9/7

起床 6:50 体重 60.1kg 早朝 起き・測
* 夢に,行きつけの料亭のような場所でしつこい難儀に出逢うていたり。熟睡の自覚なく,安眠は、なんとも容易でないよ。
2024 9/8

起床 4:45 体重 60.1kg 早朝 起き・測
2024 9/9

* 今朝は,妻と、厚生病院での定時の診察を受けに出向く。
2024 9/9

起床 7:35 体重 59 7kg 早朝 起き・測

* 朝九時前、「四季の唱歌」を懐かしく聴きまた口ずさみながら、コロン・スープの朝食。
「コロン」とは 旨味の「鶏のもも肉」を、ぶつ切りにコロンと小さく油で揚げたのを、さらに四つ五つに小切り、簡明なスープ一杯で一食に代えている。食事にも間食にもしている。
まだ、すこし睡い。
2024 9/10

起床 5:45 体重 59 6kg 早朝 起き・測

* 独り目覚めて、徒歩、杖を牽いて郵便物をポストへ運んだ。片道で七百歩。

* その後の記憶がアイマイなまま、いま、もう午後三時十五分。朝食も昼食もしたし、しばらくテレビで政治家の喋りもきいていたが、何も覚えない。夢うつつに生きているのか。

* 明日は歌舞伎座の昼の部を先日と同じ前二列で観る。はねて後、少しは醒めた目とここちとで街歩きして帰れようか。

* 心身に違和が進んでいるのかと気になる。夏バテと謂った疲労か。そういえば昔から早秋に弱かった、かも。老耄のまま、人付き合いが事実上、メール交信もともども、薄れ絶えてきているのも生きた心地を弱めているか。むしろそれをアクティヴに受け容れて老境を確かにした方が良いか。
2024 9/11

* この疲労、まさに夏バテ。昔から初秋の残暑によく負けていた。

* 明日は,十一時開演、歌舞伎座九月昼の部、幸四郎好みの、新作スペクタル風の新作。先日の夜の部と同じ、前二列やや上手通路際二席。愉しめるでしょう。

* 今夜は早く休む。
2024 9/11

起床 5:30 体重 60 05kg 早朝 起き・測

* 残暑を押して、妻と、歌舞伎座九月昼の部公演に。空海の名をかかげての、当代幸四郎好みと想われる新作スペクタクル、か。このところ,日々の疲労が,濃い。ふたりとも,躰に堪えずに楽しんでこれるといいが。

* この、ホームページ表紙の「アイズビリ 裸形]の爽やかなこと。

* 歌舞伎座九月 昼
『摂州合邦辻』合邦庵室の場 菊之助の「玉手御前」に、めったにないこと、私は歌舞伎の藝を、観て、聴いて、聲を呑んで泣いた。歌六の合邦道心も立派、米吉の浅香姫も綺麗。いまどきこんな芝居に泣かされるとは、いいとこ在るよ,私も。九月歌舞伎座に華と実を献じたよ。
『沙門空海唐の國にて鬼と宴す』 は,案じた通り、演じた三代高麗屋さん「ご苦労」だけの、「愚」作。「カブキ」に胸打つ「芯」がない。原作、脚本、演出の落第なり。

* 跳ねたあとの食い気をたのしみにしていたが、妻が疲れ、わたしも疲れを覚え、まっすぐ保谷へ帰宅。それが正解だったと想う。「病む」でなく「疲れる」のが同じ八八歳夫妻の,足弱と謂うもの。ムリはしない。ムリはしない。
2024 9/12

起床 4:10 体重 59 8g 早朝 起き・測

* 心身と謂う、心の方は今はワキに置いて、「身」は全身にわたり痛いときは痛かったが、時と位置とに応じ、さまざまに色んな塗薬や呑み薬などためしながら、いまは、おおかたに効果も観ながら他オウできている対応出来ている。私の四肢は磐のように堅い、その固さへ浸透する塗りろ呑み薬をたいおうさせられることで凌いでいる。街へ出てもすぐ判る、「杖」は常に同行しているといえ、歩道も階段ですらも、わたしは(昨日の歌舞伎座往復でも)すたすたと歩けて、上り下りも出来ている。綿密に「自身」の状態に向き合い、すこしでも苦痛や不便の緩和を考えて、薬品に助けられ緩和している。出来るのである。
妻は,夜中にも脚が痛むと、ダンゴ虫のように丸くなって脚をかかえているが、適当に薬効を活かす「方途」が体験としてつかめていないか、毎日毎夜に同じように痛い脚を抱えて丸くなっている。身に合った「薬効」を活かせていないのだ。が、痛みには,対応の途を見つけるしか無いのである。いいアタマを持っているなら「自身で働かせねば」その価値が無い。傍で私のしてやれることには限度がある。医者も
、、ま、大概役に立たない、自身の痛みは自身でも工夫に工夫して、適切な薬効と手法とを見つ、け出して頼らねば済まないのだ。 と,書いている今、早暁の四時五七分,妻の脚痛に助言し助言してから二階の機械前へあがってきた。

*「酒は百薬の長」などと聴いてきた。秦の父は一滴も呑めない人だった。
私は中学生の頃にはもう「酒はうまいナ」と思えていた。だが、八八年久しい人生で、その酒に酔いつぶれた記憶は、三度あっても五度と無い。
いま、妻は、週一度の「生協の配達」で、四合瓶を「三,㈣本」買ってくれている。ほかに 人さまに一升瓶を頂戴することも,時に、ある。わたしが勝手に一升瓶や3L筺を買ってくることもあり、だが、量で謂えば、四合瓶を一日で空けることは、めったにしない、が、その気なら簡単に空けてしまう。
ま、「酒は百薬の長」と信仰し、「大酒はしない」と自身決めている。守っている。心身へ一種の「高揚」効果は、ほぼ正確に、在る。
2024 9/13

* グダッと疲れている。夏バテそのもの。

* アイズビリが、めざましくも見事に美しい。目下の、わが恋人と敢している。
2024 9/13

起床 3:50 体重 59 8g 早朝 起き・測

* 生きて行くのに、より強固な意欲と健康がぜひ必要になってきた。妻迪子の「存在と健勝」の大切も。どう老いても二人で生きたい,二人で死ぬまでは。

* グッスリとは寝ていない,半ば夜中も床のママ私はいろんなふうにモノを思うて居る、ラチもないことも想いながら。幼かった日々におぼえた奇妙な唄を想ってたりする、この歳で。。

イチリットラ ラットリットセ
スガホケキョーの 高千穂の  忠霊塔

何事とも まったく判らない、が、十歳ごろから唱っていた。ほかにも幾つも在り、唄は憶えているが ワケは判らない。

一匁の イ助さん イの字が嫌ーらいで
一万一千一百石 一斗一升 お藏に納めて
二ィ匁に 渡ーたした

と この調子で 「十匁の十助さん」ま真で、近所友だち何人もで声を揃え、唱った。ことに眞夏の暑い晩の戸外の遊びで、よく憶えていて、いまも「夢うつつ」に唱ってたりする、バカらしいとも思わずに。もうもう取り返せない、大昔のことだ。
2024 9/14

起床 4:10 体重 59 8g 早朝 起き・測
2024 9/15

* 強硬を究めた残暑に、マイる。静かな楽しみは大河ドラマの『光る君へ』。この時代へ映像で戻れると、舊の故京へ帰った気がして、心身落ち着きます。
2024 9/15

起床 7:30 体重 59 6g 早朝 起き・測
2024 9/16

* 病院では もっと栄養価を多めに補充せよと。たしかに、呑むよりは喰うが少なめになっている。日本酒は、すすめば 四合瓶ぐらい一日でカンタンに空になる。こうもお酒が美味いとは。
秦の父は一滴も呑めず、避けていたのになあ。「血縁」の無い「もらはれ子」と謂うのを、そんなときフッと「感触」していたとナと思い出す。
2024 9/16

* またまた『光る君へ』道長女の中宮彰子と一条天皇の、ようやく男女の仲へ向き合うた辺を観,確かめてから、いま、目覚めて午後三時十七分 よく寝入っていた。寝入っていれば、まさしく平和。私にはいま、そういう「平和」が 無償与えられている。有難いとばかり謂えないが、なにかの衝動があるまで、心静かに受け取っておく。

○ だーれかサンが だーれかサンが
だーれかサンが 見いつけた
ちいさい秋 ちいさい秋
ちいさい秋 見いつけた

* 此の唄の 此の 「ちいさい秋 見いつけた」
という唱い出しが 好き。「秋」は 胸に沁みる。
私自身こんなふうに 口ずさんだ 覚えがある。

柿の木 柿の実 柿の木坂を
ころころ落ちた どこまで落ちた
秋の夜 秋の夜 だーれも知らぬ

栗の木 栗の実 栗の木坂を
ころころ落ちた どこまで落ちた
秋の夜 秋の夜 だーれも知らぬ

はてを知らず 落ちて行く命 と私は感じている。それならば「秋の夜」であって欲しいと 願うのでもある。
2024 9/16

* 晩方すこし寝入っていた。いま、九時四十分、為すべきほどの何も無いときめて、聲なく「ノーエ節」でも「ストトン節」でも「ヨサホイ節」でも、子供の唄でも口ずさみながら寝入りたい。睡ってしまいたい。

* 表紙 アイズビリ「線」裸婦の 颯爽と美しいこと。
2024 9/16

起床 6:00 体重 59 1g 早朝 起き・測

* 朝です、お早うサンです。外も内も静かです。『信じられない咄だが』を書き継ぐだけ。新しいナニかも書き起こしたいが。
2024 9/17

* 午後二時半。唸るような熱暑、一歩も外へ出たくない。疲れる前に寝た方が賢いと、クーラーの寝室で寝入っていた。酒も切れている。幸い煎茶はよく選んでいる。煎茶の佳いのは、佳い酒と同様に愛している。

* こういう時にメールが嬉しいのだが。いづこも同じ、酷暑の殺到ならん。
北極海の厳冬、敵砲撃に艦を海に落ちれば即死して沈み行く兵達の無数の惨。『女王陛下のユリシーズ號』を読んで膚に粟立てて「冷気」を贖っている。
『参考源平盛衰記』は、京・福原を逐われた平家が一谷にこもり、戦上手の源義経十二分の激戦・奮戦・連勝の場面が「壇ノ浦」海鮮までつづく。かなりに蒸し暑い。

* アイズビリ、線の「裸婦」あけひろげな美しさが、いま、なにより心涼しい。クーラーで寝入るのがそれ以上に涼しい。寝べし。寝るべし でなく。

* 夜、九時前。ナニも無し。寝べし。寝べし。
2024 9/17

起床 7:30 体重 59 6g 早朝 起き・測

* もう午後三時十分、這うように熱暑の身を避け、寝入れるなら寝入っていた。ナニもしていない、ナニも出来ない。幸い今は、それで済む,ナニの差支えも無く。

* 讀書も映画も弱り果てた視力に障る。ならば、音楽。幸いに、数えきれぬほど録音盤がある。古今亭志ん生なら落語での全集もある。
唄は、自身口ずさめる。

* 吾と我が身が誰と惑ったりする。
2024 9/18

起床 5:15 体重 59 5g 早朝 起き・測

* 「漱石」先生のお優しい懇切なお話しを聴きながら、手を繫いで戴くように、木々の山はらの上下を元気に愉しむ夢を観ていた。

* 京言葉での、いろんな「キツい・乱暴な物言い」を、夢中、例を挙げ挙げ、ひとり、詮索したりもしていた。

* 以下に上の実例を多々各様に此処に挙げておいたのが、忽念と消え失せた。
2024 9/19

起床 5:30 体重 59 6g 早朝 起き・測

* 今日一日をどう過ごしたのか、ハキと憶え無い、が。 午前には、アリステア・マクリーン660頁の文庫本が克明に描く、酷寒の北極海、ドイツ潜水艦Uボート群に襲われる英巡洋艦ユリシーズ号の 凄惨な死闘を読み次いでいた。そのあと、ドストエフスキーの大作『悪霊』の悠々としかも不気味に「人間」なるものの真相を抉って嗤うほどの筆技の凄みに分け入っていた。
2024 9/20

* 「セイムス」へ脚を運んで、頚や肩の関節の痛みにロキソニン系の塗り薬と3リットルの「京の酒」と肴を買ってきたり。
私、病気や怪我を為ぬ限り、いまや日々の消光に何の義務も厄介もないありがたさ。いまは背のほうで、マリア・ジョアオ・ピレシュが、次々に、モーツアルト、シューベルト、ショパンのピアノソナタを熱くしかも清冽に美しく聴かせて呉れている。感謝。 、

* SPAM(屑)メールばっかり。
2024 9/20

起床 5:35 体重 59 6g 早朝 起き・測
2024 9/21

* ポストへの用を頼まれた脚で、久しぶりに寿司の
「和香菜」の暖簾をはね、若い、というても何十年の親しい夫婦店で、心地よい酒・肴を愉しんできた。帰りは、娘ほどに親しんでいる女将が車で送ってくれた。
わたしは、人とほんとに親しむときは、家族のように親しむ。向こうでも親しんでくれる。実の娘や息子とよりも心許し合うて開放され談笑してこれる。「和香奈」はそういう店であり、相客がなければ、眞実,在宅ほどにくつろげる。
「大トロと鯛」そしてお銚子の一本に満たされ、家まで送り帰してもらった。佳い散策であった。
2024 9/21

令和六年(二○二四) 九月二十二日 秋場所千秋楽
起床 5:30 体重 59 35g 早朝 起き・測

* ハテ… サテ… という今,今で。なにかしら昨日に 大事そうなことを思い決めたような、そんなことは無かったような。このところ、いつもこんな浮遊感でボンヤリしていますなあ。
2024 9/22

起床 6:30 体重 59 1g 早朝 起き・測

* ロキソニンEXゲルなどを、 日に何度も、肩・腰・頚廻り、膝等々「関節周辺」へ塗りたくって痛みを鎮めている。よく利いて呉れる。

*午後二時半、朝食すこし昼食すこし,讀書もせず,ひたすら寝入っていた。休息ですら、ない。誰にも、何にも、咎められない安眠。

* 何十と届くのは、みな「spam」メール。呵呵。
アイズビリ描く「聖裸形」としばし見合い、そして、また寝入るか。
2024 9/23

起床 6:00 体重 59 3g 早朝 起き・測

* 今秋 初めて膚寒むを覚えている。

* いろいろに記事の重複しているのを,整理しつつ。と、思うが、これが,難儀に属する。

* 晩、六時過ぎ。終日、何をしていたかも、はきと覚えない。
2024 9/24

起床 5:25 体重 59 1g 早朝 起き・測

* 朝の九時半。床を起って四時間、今まで何をしていたという自覚が無い。自覚を必要していない。からだの小さな痛い痒いだけに手を働かせている。平穏無事とは、こうか.世界事情 日本の政情・世情を無視も忘れてもいないが、憂苦・痛切でない、遠い物音と謂うぐらいか。憂えるのは視力の衰弱。

* 「生・活」とは名のみの「停・滞」の日々を、是認し承知しているのは「人間」と生まれての罪か。
若かりし日々には忸怩とした。
老い窮まりゆく私の昨今、想い描くは,木の香も清く身に余る大きな深い清んだ湯舟に五体をのべたいと。
店明き早々の、相客が独りも無いきれいな「京の銭湯」では、ときたま そういう幸福を中・高生の少年の昔に覚えた。東京へ来て、銭湯に入ったは、二度あっても三度と無かった。
2024 9/25

* 寝たいに委せ寝入ってたような一日。機械での此の記事も、もっと書いてたような。よく覚えない。

* 記事が アチコチしている
2024 9/25

起床 5:25 体重 59 1g 早朝 起き・測

* 私・秦 恒平に顕著な「心神・判断・理解に・迷惑違和と混雑混乱が表れている。厳重要注意
2024 9/26

起床 5:25 体重 59 1g 早朝 起き・測

* 書いたとシカ記憶の今今の記事が消え失せて出ないとは。こんなことを繰り替えしては癇癪を堪えている。
2024 9/27

* 23度冷房していて、部屋が暑い。残暑の末期か。
少し自転車に乗ってみた、が、まずまず。油断しないように 。
2024 9/27

起床 5:25 体重 59 1g 早朝 起き・測
2024 9/28

起床 8:20 体重 59 0g 早朝 起き・測 日
2024 9/29

* 捻れたような体違和が、解(ほど)けない。うしろ頚と、うしろ腰とが。硬く痛む。眼の疲れから来るか。
ふと、セーイスで、切れている養命酒や清酒、肴にする牛か豚かトリか、モモ肉の唐揚げなど買おうかと杖を牽いて陽中を歩いて出たが、買いもの中に性急な便意を覚え、大慌てで、カンカン之照りの300米ほどを半ば駆けるように帰ったのがキツかった。やれやれ。
2024 9/29

起床 6:40 体重 59 0g 早朝 起き・測
2024 9/30

起床 2:35 体重 59 0g 早朝 起き・測

* 真夜中に起き、 原作トルストイの『戦争と平和』映画化を見始めて、途中まで。今朝の「私語の刻」を書き綴っておいて、さらに機械仕事へかかったのだが、何が何して何とも判らぬままの「日録」乱脈に陥り、どう足掻いても。
何の早起きの徳もないまま、元のとおりにはならず。そのまま、むざむざとムダに、今、七時半にも。久しい付き合いの機械なのに、馴染み甲斐なく、書いたハズの記事・文章が行方不明になる。
やれやれ。やれやれ。

* 繰り返し居眠りに落ちる。深夜は、やはり「寝べし」とか。

* 捜し物の次いで序でに混雑の身辺を少しでも、とおもうが片付かない.片付くワケがない雑然、諦めている。
2024 10/1

起床 2:35 体重 59 0g 早朝 起き・測

* 相当な量の記事が 消散してしまっている。見つけ要の分かって居る人なら、たやすく拾い上げるのかも。

* このまま寝入ってしまいそう,心身というより、心神の疲弊か。

* 真夜中に起き、 原作トルストイの『戦争と平和』映画化を見始めて、途中まで。今朝の「私語の刻」を書き綴っておいて、さらに機械仕事へかかったのだが、何が何して何とも判らぬままの「日録」乱脈に陥り、どう足掻いても。
何の早起きの徳もないまま、元のとおりにはならず。そのまま、むざむざとムダに、今、七時半にも。久しい付き合いの機械なのに、馴染み甲斐なく、書いたハズの記事・文章が行方不明になる。
やれやれ。やれやれ。

* 繰り返し居眠りに落ちる。深夜は、やはり「寝べし」とか。

* 捜し物の次いで序でに混雑の身辺を少しでも、とおもうが片付かない.片付くワケがない雑然、諦めている。
2024 10/2   前日と重複あり

起床 8:30 体重 59 0g 早朝 起き・測

* ヒドイ夢を次々に観る、満員の大劇場で,慥かな自身の座席券をもって探しながら 探し当てようにも 全くソンナ席が無く、あざ笑う人だかりの中をヘトヘトに捜しまわっていたり。「被害妄想」と謂うしかなく。
それでまた暗い夢見へ嵌まって午前を昼まえまで寝おびれて居た。ガチガチに肩が痛い。半ば、此の世とあの世のはざまを迷い歩いている、感じ。
2024 10/3

* 疲労の儘 頚を垂れている。よく,判らない、なにもかも漫然と。自身の席、場所を見失い、身の置き所なく。凝然、硬くなっている。ネコたちも傍で細い声で啼いている。

* 夜十時前。己が肉身を喪失したかのように,呆然と。晩に入って以後、何の自覚も無いとは。
2024 10/3

起床 3:03 体重 59 1g 早朝 起き・測

* 睡り浅く、夢も見ず、目覚めやすい。体調不安 頚まわり硬い。視力不安、讀書も負担。
こんな寝床では、大概、「幼来近所の遊び仲間から,学校時代の友だちを年度を追い、教室や運動場へ帰り、さらには就職して、作家と成って、と、当時当時、知友関心の名前を、なかば夢寐にさまよいながら拾って拾っている。心地、心持ちの安定に効果あり、またやの睡眠へと滑り落ちて行ける。
男女比は、女子・女性の方が圧倒的に數多いのは、育ちが京都、それも川東祇園花街に「至近」とも「その中」とも謂え、加えて、一つ家の中で茶の湯・いけ花を教えた「叔母つる(生け花・御幸遠州流・玉月)(茶の湯・裏千家・宗陽)の稽古場の華やぎからも、自然当然ではなかったか。私も新制中学三年の内に裏千家で茶名「宗遠」を許されていた。
あえて無茶ぶりで謂うなら、少年の昔むかしから段々に積み上げた感懐と理會は「男は嫌い・女ばか」と成る。この「嫌い・ばか」が占め持った「含蓄」は、ほとんど哲学を為し成しているだろうよ。記憶に在る男女友数々の苗字と名前を書き出してみるか、と、想っていたりする。自然当然に女名前が男のそれの十倍をらくに超して余るだろう。
寝そびれて、未だ真夜中四時の、色よい雑念・私語の刻、で、ござるよ。
2024 10/4

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