ぜんぶ秦恒平文学の話

食べて飲んで 2023年

* 名酒「奥丹波」に酔うて 食卓に突っ伏していた。昔にやはり頂戴して謡っていた。

雨降り冷え冷え ひなあられ 白酒いやいや 奥丹波 辛口ひたひた 富士夫作 刻銘「花」とよ ぐいと呑め 土色くろぐろ うまざけの さかなはなになに 菜種あえ 雛にもそれそれ 召し上がれ 蛤汁(はまつゆ)あつあつ 弥生を待つ待つ 06 02 26

雛の春を待ちながら 第四歌集『亂聲』の巻頭「光塵拾遺」に。 歳月の速やかに愕く。
2023 1/5

* 早起きのアト、一日の大半ないしほとんどを寝入っていた。もう夜の九時半。左眼の明を喪いそう。生き方を新たに直さねば、潰れて仕舞いかねない。
酒を断つ、ないし嚴に控えねば、生活が毀れてしまう。左明を保たねばならぬ。
2023 1/9

* 何十年も前、三階、左右に三軒ずつの社宅に暮らしていた.三階の左に入っていた。まだ長内朝彦と両親との簡明な暮らしだった。三階までピアノを挙げていた。向き合った中間は階段で、踊り場と謂った広さも装飾部分も無かった、ただ階段だけ。
* 時期は覚えないが、各階の中に踊り場のやや広い、しかし向き合いに部屋があるだけの、まるで別の社宅っぽい夢を何度か繰り替えして夢に見ている。社宅で無く,住人も知らないよそ人たちで、親交と謂ったなにものも夢にも記憶が無いが、やはり三階の左方に暮らしていた。夫婦二人か、時には私がひとり独居していた。この社宅には,地下に共用のやや広い浴室があった。洗い場よりも湯の箇所の方が広かった。そして、過去の何十年かに何と葉無く数度はその社宅での夢を見てきたが,夢にも閑散と何のおはなしも無かった。
昨夜、実に久しぶりにその社宅に独りでいた。妻も朝日子もいない、独居だった。
前後に何の「事」も「関わり」もなく、しかし、明らかに相次いで二度セックスを夢見た、清潔に熱くて実に見事という交接が二度続いて夢は覚めた。身を重ねた相手の名に一つも覚えが無く、ただ見事に体麗で綿密な交接だった、二度あった。夢は、くっきりと、しかし素早く立ち去った。わたしは若かったか。いやわたしはちがいなく「やそしち老」に相違なかったが、不如意な何一つ無く密接であった。つまりはわたしは矍鑠と健康な老体であったと謂えよう、それに満足した。ケッコウだと実感し、夢に何の前後も無かった。

* こういう夢をわたしはまだ見るのか。フーンという心地だった。そこに具体的な助勢が全然漢詩競れず、簡潔に清潔な女体だけが健やかに無表情に実在していた。静かに熱かった。

* ハイ、それまで。いま、六時半。まだ世間は寝静まっている。「ま・あ」はもう大好物の削り鰹をそれぞれにちゃんと貰って行った。わたしは。やや空腹感。
酒は、避けようと、決めた。決心の長続きに期待する。呑めば寝てしまうのだ、そして体調を崩す。秦の父は完全な下戸だった。秦の母はあれでお酒を少し含むことに,テレながら嗜好を感じていた。秦の叔母は、茶事の際の盃ごとに馴れていた。
私は、この秦埜叔母に連れられ、裏千家がゅさいの琵琶湖畔での悠遠会に連れて行かれた幼い頃に、さ、五年生頃か,中学にまだの頃、大人達の嗜む酒なる飲料に興趣とうま味すらとを初体験した。しかし、修飾語も、家で酒を飲むことは久しく無かった、が、作家として編集者と付き合う頃からは、接待してくれる編集者側がへきえきするぐらい、平然と酒量を上げていた。しかし,明らかなこと,酒は呑みすぎないが宜しい。ここのところ、それで体調を崩し気味であった,明らかに。
2023 1/10

* 鰻をよく食べたのに、手が出なくなった。脂っ気は好む方だったのに、顔をそむけるようになった。鰹出汁のスープのようなのを好んでいる。鳶がよく贈って下さった、南座わきの「鰊蕎麦」が懐かしい。鰊味それに相変わらず麵が、蕎麦が好い。
2023 1/10

* すこしの肉など食べながら大関の無難に勝ったのを見て、そして疲れ寝に寝入って九時半まで。
2023 1/14

* このところ酒を呑まず、缶ビールも一気には干さない。それでも、実に良く寝入る。寝容れ得ることは有難いと承け納れている。
ひところ全然失せていた空腹を、早起きの朝に感じる。食を、少しずつ取り戻したい。
2023 1/15

* 近来に無かったほど朝寝した。出来た、とも。手洗いには夜中三度も起ったか、どうか。起きる都度努めて御茶で水分も補給するし、日によっては暗闇のなか手探りに「のど熱」薬、「乳酸系」腸薬「龍角散」を服して体調に資している。この数日、からだへアルコールは日に缶ビールせいぜい二本しか容れていない。「空腹」かんも覚えるように。しかし「食」欲に成らない。濃厚計の食はからだが忌避する。求めて好んでいつも呑みたいのは妻が「特製」の出汁スープ。これは、頗る美味い。二杯も欲しい。「米」の飯に食は全く湧かない。何故か。とんがった鍼のように米が堅い。粥にしてすら米が堅い。京都の頃の、東京へ来てからも、この十年も前までの「米」はこんな凶器めく堅さでなく、いわば餅・餅とむっくり柔らかだった。旗の父はそういう米の飯の大好きな人だった。御飯だけでも満足して(但し梅干しは絶対にノー)食していた。わたしもその白飯の温かなうま味は覚えている。昨今東京の米の「固さ」と謂ったら無い。寿司屋の握りにも固さがある。東京内侍、原産地の製米・精米の拙さなのではないか。
わたしはもともと魚がむしろ嫌い。「鰈」しか食べなかった。実はナマの魚も心中には危ぶむ記が抜けてない。
高級の「中華料理」を事に好むのは火が通っていると、前庭だけでも安堵しているから。上等のステーキ、牛肉、よく揚がった厚いとんかつ、鱧、鱈、蟹、海老、新鮮な牡蠣そして蛤やいい浅蜊など貝類などが好き。危ないモノには手は出さない。得体の知れない料理モノには手を出さないし、くさい香料物や濃いに原形をとどめてない判じ物も、ノー。

* 寿司は、なくなった元の銀座「きよ田」が極まっていた。相客もよかったが、大将がよかった。辻邦生さんが、中国への旅仲間として最初に連れて行ってくれた。妻ともよく行き、眞実寛げて美味いこころよいお店だった。一度、朝日子のお祝い日に連れて行ったら、後日、大きな出版社の親分株に、子連れで入る店で無いと𠮟られた、が。そういう斟酌はわたしはしないのである。じつは「沢口靖子」との縁を仲立ちしてくれたのは「きよ田」の大将。いま家に或る疊代の大きな靖子写真の大方は「きよ田」が声を掛け、送られてきたのだった。「きよ田」の想い出は尽きない。これに匹敵して想い出の懐かしいのは、バー「ベレ」だった、ここへも家族中で馴染んだ。じつに「ワケ知り」の気っぷの豊かに朗らかな聡いママだった。想い出は尽きない。巌谷大四さんが最初に連れて行って下さった、歌舞伎の半四郎たの、沢山の有名な漫画家だの、新聞記者だの、たくさん知り合った。
あーあ。朝から、こんな想い出話とは。朝起きの空腹感。あれれ九時過ぎ。
2023 1/16

* ウイキーは良くなかった。多くは呑むまいとまさしく多寡をくくっていたが、目の前に瓶があるとひっきりなしに手を出し、結果、寝ていた。やれやれ。
2023 1/19

* 発送作業、終える。「わかな」の寿司と肴で、酒に。
2023 1/21

* 昼過ぎふらりと出てセイムスで缶ビールを買って帰った。一缶を二度に呑む井戸にしようと思っているが。冷蔵庫で見つけたワインを一本、ぐぐぐっと呑んでしまった。
2023 1/23

〇 感謝  只今 湖の本、届きました、変わらず長い間続いていますね、楽しんで読ませ頂きます、近日は頭の方がふらついて一寸おかしくなったのかと? と思ったりしています。
21日土曜日には日吉ヶ丘(高校)へ、久し振り、雲岫会の初釜に行って来ました、懐かしい限りです、良い思い出です。花びら餅もおいしかったですよ。
まだしばらくは寒い日が続きます。お体を大切にお過ごし下さいませ。 華

* 「雲岫會」とは、私が日吉ヶ丘高校生だった二年生の昔、学校へ申し入れて創設し、一切の稽古も指導していた「茶道部」の名で、茶室に「雲岫」席と命名されていた。佳い茶室だった。「華」は、私の三年生時に一年生で入部、作法最初の割り稽古から点前左方その他私の師導を受けて、なかなか美しい行儀作法の部員だった。久しくも久しい今もお茶人。懐かしい。七十年の餘もむかしに出会い、卒業後も大人になっても、途絶えなく続いた親愛の後輩。私の通った京都幼稚園のごく近所住まいだった。茶名は、宗華。私は、宗遠。懐かしい。近年に夫君を亡くされ寂しい日々と。お元気で、達者に、どうか。
花びら餅は、我が家での叔母宗陽の絵画お正月初發釜にはきっと用いた佳い凶和菓子なのである、日吉ヶ丘茶道部の初釜も同じ老舗の花びら餅で祝っていた。
2023 1/23

*弥栄中学へ入学の年に「理科」を習った、お若かった当時の佐々木葉子(現在・水谷)先生、「とらや」の羊羹に宇治茶も二袋も副えてお手紙下さる。あのお若かった方が九十六歳になられ、いまなお往年の生徒の「文筆」仕事をお励ましお心遣いして下さる。なんとい私は幸せ者か。
2023 1/26

* 昨日藤森佐貴子さんに戴いた焼酎「寒山水」の実に美味いこと、今までにこんなに美味い焼酎に出あったろうか。あわや一本呑みほしそうなほど。こんなのも在るんだと、感激。よほど酒飲みと見える、この歳で今も。思えばしかし有難いことだ。
2023 1/28

* アルコールに弱くなっていて、少し口にしていると、寝入ってしまう。段々に遠のけば良いのだと思っているが。むかしは「転た寝」などしなかったが。

* 所澤の藤森佐貴子さん、「福岡県八女市の喜多屋「寒山水」を送らせていただきます。私はお酒につよくないのですが 隣で 美味しいと飲んでいるのをひとくちだけ 味見するのが 好きです。
「寒山水」は 父(国文学者 阪大名誉教授)のお供えにといただいて知りました。(ひとくち飲んだら 何口も飲んでしまいました ) 大輪の椿二輪の絵葉書に。
奥様と いっしょに 楽しんで あたたまっていただければと 思います」と。
たしかに たしかに超級に美味しい、グーな焼酎だった。
2023 1/30

* 今朝、寒冷のキツさよ。六時から一時間半、六疊間を28度暖房していて、温まらない。熱いスープでも飲みに下りるか。正月來 私の文句なく美味いと喜ぶのは多分ただ鰹出汁のスープだけ。パンは、もともと食べない。飯も、東京米の針のような固さを嫌って、めったに食べない。細い太い別なく、大方は純白の讃岐うどん、稲庭うどんなどをツケ出汁で食しているが。素の鰹出汁がいっとう手取り早くて「うま」い.猫になっている気分。
空腹感が、このところ折々に戻ってきている。
尾張の鳶が、武蔵の鴉にと、京都へ行くと南座わきの松葉の鰊蕎麦を送ってくれるのが、懐かしくてやはり美味い。蕎麦も出汁も鰊も。淡泊な鱈のほかは、めったに魚は食わないのに、あの蕎麦の鰊は食う。「京都」恋しい味わい。

* 脈拍は健康に規則的に打っている。寝起きの折などに、やや胸を圧される感じが有る、今年になって感じる。夢見も宜しく無い。と謂うより、いつも睡い。寝てればいいじゃないかと自身に仕向けているが。
2023 2/9

* 「建国」とまではシカと自覚しづらい。茫漠と「紀元節」の方が懐かしい。こんなのは、神話っぽいのが大らかに胸に納まる。紀元節というと、少年の昔は熱い粕汁がキマリだった。「酒粕」「酒」も大好きになった。秦の父は、雫ほども酒がダメ。母の話では若い頃は茶屋遊びしたと聞いたが。
2023 2/11

* 午近く、尾張の鳶、京都からか、家に帰ってからか、大きなダンボール箱に、京都の、好きな鰊蕎麦をはじめ、おやま、あらま、まだあるよと、沢山な京土産がマンパイに詰まっていた。食べて元気になれという鳶の見舞い、感謝に絶えず嬉しく頂戴した。午は「鰊蕎麦、ゼッタイ」と、午後一時を期して妻によういしてもらい、映画『トスカ』の詠唱と奇怪に展開の画面を観ていた。
鰊蕎麦、ことに京の蕎麦の風味最高、喜んでご馳走になった。一合余の名酒「久保田」も呑んでいた.尾張の鳶、ありがとう、ご馳走さん !
そして、二階へ来て、奇怪前の倚子に向く前に、気に入りのソファに甘える気分で古詩を下ろした、忽ちに寝入った らしい。夢も見ない 快眠の、熟睡…。目覚めたら、もう夕方へ日の傾いた、五時!! この眠りもまた尾張の鳶から戴きものであった。ありがとう、感謝感謝。 あれもこれも、いろいろ。つぎつぎにご馳走になります!
それにしても心神「疲労」の深さにも、愕く。 五時四十分。
2023 2/19

* 夕刻、あれで何時頃か、六時前か、こう機械前にいてあれこれの間にも奇態にシンドかった。全身から生気が失せて行く感覚に、物は試しと近くに於いてある器具で血糖値を計ってみると。オウ… 44。これは生より「死にまぢかい危険」きわまりない数値で、階下へ降りられるかと不安なままゆらゆらとキチンへ舞い込み、妻に白砂糖の瓶を求めた。これがともあれ数値回復の最速の道と体験的に過去にも何度も何度も砂糖の匙へ遁れてきた。低血糖値はともあれそれで回復する。モンダイは、何で低血糖か。
午前に責了紙を投函した脚でローソンへ脚を伸ばして、気まぐれの粗雑な買いものの中に、サントリーのウイスキー小瓶に手を出した。
私の洋酒僻はストレート。チビチビと。夕刻までに、気づくと残り、瓶に半量。おやおやと思った、これが「来る」とは思ってなかったが、血圧は下げるかなと。血圧は測らなかったが、あんまりふらつく感じが妙なので、たまたま血糖値を計った。計れる用意がいつも間近にある。
44。ギョッとした。砂糖はかなり口にしたが、夕食へは手が出なかった、そしてフラフラと寝室へ寝に行った。寝入って起きて。九時半。快適とは謂いがたい、が。

* 幸い急を要する要事は、ま、無い。相当に片付けてある。無事に、寝入りたい。
2023 2/22

* 帰路、江古田の「中華家族」へ久々に。54度のフンチュウを、つよい酒の好きな私のために用意して居てくれた。蟹玉とマーボー豆腐なら「歯無し」でも。まこと、久々のご馳走であったよ。あし、店の向かいの大きな書店で、初めて朝鮮の古典『春香伝』を買った。
上天気、温かな春日和り。一年と数ヶ月ぶりの歯科そして江古田での食事や買いもの。ホント、是で眞実「コロナ抜け」と願いたい。ここ当分、体力と時間との神戸歯科通いが強いられる。寒い季節でないのだけを歓迎と、せざるを得ない。
2023 3/7

* 早起きの実感は、空腹、らしき。昨日は池袋メトロポリタン地下の佳い焼き肉の料亭で、たっぷりの赤ワインもともに、大きな伊勢海老ほか多彩の料理で、肉も200グラム焼いてもらった。食事としては豪勢で、のこりなく美味しく食べてきた。体力回復への一歩になればと願う、が、ハテ。
2023 3/15

* 弥栄中学での恩師、理科の佐々木(水谷)葉子先生、宇治の各種銘茶に選り抜きに虎屋の羊羹を副えて「湖の本 162」へお手紙を戴いた。教室へ入って見えた初対面、お若かった。教員の足りなかった敗戦後の京都だった、二十歳前後手あられたか。きびきびと大らかに「理科」を教えて下さった。

* 宮城まえ、村上開新堂主人の山本道子さん、特上のクッキーがみっしりの缶詰めにお手紙副えて下さる。久ーしぶりに昼御飯のお店「ドーカン」へ出掛ければ、山本産に逢えるはず。
2023 3/28

* 所澤の藤森佐貴子さん 、いつものように選りすぐりの珍しい名菓を戴く。
2023 3/30

* 水谷(むか、佐々木)葉子先生、お手紙に副えて宇治茶の三種と虎屋の羊羹を下さる。恐れ入ります。

* ロサンゼルスの池宮千代子さん、日本のお友達を介して、京都の名菓をとり揃え送っていただいた。チョコちゃん。恐縮、感謝。
2023 3/31

* 紅書房主の菊池さん。銀座から、いつものように瀟洒におしゃれな巧い洋菓子と手紙とを下さった。
2023 4/2

* 終日、雨。気勢上がらず、沈湎。こんな時は、仕事にも獅噛みつかない。
捜し物をしても見つからない。無くては済まないと分かっていて見つからない。
思えば、今日一日、缶ビールの一本も払底のまま過ごしたという、ま、少なくも十何年来に無い「アルコール抜き」の一日、希有の一日だった。それでボンヤリ間抜けているのかも知れません。(ちょこっと料理酒盗んだが、不味い!)
2023 4/15

* 京、山科の石川万左子さん(菅原万左の一人)「神宗」特製の塩昆布二種二袋、戴く。かねがね、美味い「塩昆布」は京大阪だやなあと切に感じていただけに、思わず手に戴いて頭を下げた。感謝。

* 耄碌の自覚に拍車。何が何して何とやら、あたふたと脳裏杜撰。
2023 4/19

* 望月太左衛さん、五月の節句に寄せた贈り物をいろいろに戴く。気働きのじつに美しいまで精緻な人、いつも感嘆、感謝。金澤でのお仕事から、棒茶に菓子も添えて。

* 神戸歯科の帰り、例の如く江古田の「中華家族」で遅めの昼食、わたしはフンチュウとラオチュウと。真昼時の西武線は往きも帰りも、空いていて。
2023 5/1

* 元東京大学綜合図書館司書をひさしくつとめられた浦また野都志子さん、連綿と研究を続けてこられた『黒河春村傳』の、古典研究会編誌「汲古」所載、「再考 その典拠資料」また同じく「『歴代残闕日記』について」さらには「書状研究会」機関誌所載の『伴信友宛黒河春村書状について』の精緻な論攷を頂戴した。さらにそれに副えて浦野さん、なんと九種の諸国名産のお菓子を多彩に頂戴した。東京三原堂の「最中」と「チョコレート」 北海道の「黒糖・くるみ・きな粉」 長野県の「市田柿・みすず氷飴」 富山県の「干菓子 薄氷」 京都の「丹波のそば」 島根県の「金ごまいわし」 静岡県の「釜揚しらす 御茶」 大阪の「にしん昆布」 と、もじどおり目を丸くして感謝、感謝。
コワイほどな硬球と、柔らかなゴムまりとを投げて戴いた感じ。
2023 5/7

* 歯医者へ二人で。済んで、車で、生け風呂のメトロポリタン・ホテル 二階和食の店で。イタリアの好い赤ワインを一本美味くのみながら。珍しい、というよりも、いささかヤヤッコシイ和食で、「湖の本 163」発送了を自祝、乾杯してきた。
2023 5/12

〇 秦先生 奥様  いつも「湖の本」をお贈りくたせさいまして 本当にありがとう御座います。近くのスーパーでレジのおばちゃんが、これおいしいヨとダックワーズを勧めてくれて、お茶うけに ! と思っていたら、別の店で 母の日用に ! と注文をとってくれた干菓子があって、今日届いた、あいにく取り扱い注意ですので送るのはちょっと無理ですヨと言われたのですが、私が勝手にプチプチを詰めて何とかなるだろう!?と決めて送らせて貰いました。もしかしてコナゴナに割れてたら、本当にごめんなさい。運を天にまかせて !
昨日は朝から一日肌寒い日でしたが、今日 御詠歌レッスンが終わって帰る頃には、暑くなってました。季節の変わり目、どうぞくれぐれもご自愛下さいませ、  かしこ
五月十日   静岡市  きよみ、

* いろいろに読者がいて下さり ご親切も戴いている。ありがたいこと。
2023 5/19

〇 昨日 金澤で大きな會がありました。(終えて ほっとしました。)
心ばかりのおみやげと
浅草のおせんべいをお送りさせていただきます、 時節柄 どうぞお身体お大切になさって下さいませ   鳴り物(和楽器演奏)家元  望月太左衛

* 新作の長いのを押している、どうなるか。
2023 5/19

* 歴践、旅の写真家、近藤聰さん、お好みお心入れ地元の名酒一升で美々しく「湖の本 163」を祝って下さる。
妻の従妹後藤明子さん、みごとな丹精の「玉葱」を山りよう頂戴。野菜が苦手だった私も、秦家に「もらは」れた幼少來、玉葱、きゃべつ、葱、はすすんで食べた。
所澤の藤森佐貴子さん、どうすると毎度毎度こう珍しいお菓子がみつけられるものとびっくりしつつ、こんかいも、極上の煎茶に發お目見えの「花林糖}の二缶を頂戴した。
この、爺 婆 をみなさん励まして下さり、多謝深謝に堪えません。
2023 5/19

* 大冊『秦恒平 愛と怨念の幻想』の著者、永栄啓伸さん、地元五條の名品、名店「たなかの 柿の葉寿司 鯛/・鰹・鯖」をみっしり詰め合わせた一樽を贈ってくださった、じつに美味い、そして満腹。感謝感謝。

* 美学先輩の半田久さん、今日の名産といえる「竹の子ごはん」をこんもりと柔らかに煮て、下さる。竹の子、大好き、少年の昔が懐かしい。秦の母はいわばいろいろのまぜ御飯を炊く名人だった。父も、小姑の叔母も口うるさかったので、母は苦労したのだ。祖父鶴吉もともどもうちの大人たちはシンラツな批評家だった。四、五歳の「もらひ子」だったが、わたしもまた秦の大人たちを見つめるように批評していた。
2023 5/20

* はやく目覚め、二階へ。美味い柿の葉寿司二つ、独りで朝食。
2023 5/21

* 「湖の本 164」初校、順調に進み、「あとがき」「アトづけ」「表紙」入稿分を副えて「要再校」段階へ送り出せる。

* 寒いほどに冷え冷えと、あまり気分のいい一日ではなかったが、各種各方面の仕事は気ままに割り振りながら、寝たければ寝、生協から届いた四合瓶もチビチビと楽しんで過ごした。何よりも『或る折臂翁』の初校を読み切った衝き上げような「震撼」は凄かった。
2023 5/24

* 中国筋の歌人、高崎淳子ん、新茶を送って下さる。
2023 5/31

〇 秦恒平様  「湖の本」第百六十三巻を御恵贈賜りありがとうございます。
ご体調の万全でない中 「湖の本」発想のお手配をしてくださいますことも もったいないことと感謝申し上げます
村上開新堂は明年に百五十周年を迎えます イギリスの祝い菓子の代表的なものが ウェディングケーキだったのでしょう 弊店には「ウイデン」と呼ばれてきたフルーツケーキがあります ウェディングがうまく発音できす「ウイデン」になった いわば明治の日との訛と伝えられてきましたが 音も音数もかけ離れていると納得がいきませんでした ある日ふと weddinをフランス式に読むと「ウェダン」「ウェデン」に近く 「ウイデン」とも近いと閃きました 私の曾祖父がフランスの菓子職人から学んだフランス経由のイギリス菓子 そうした学習の路筋が見えてきて 初代の修業の一端を捉えたような気がします  つまらぬとを書きまして失礼いたしました かしこ   山本

* いつも有難く嬉しく戴く村上開新堂大看板の「クツキー」の重い缶を掌に置いて、御当代の興深い述懐に、頬をゆるめた。有難う存じます。いよいよのご清栄を願います。明治維新、諸外国との宮廷、政府の「親近の場」に似合うかとして村上開新堂のフルーツケーキ「ウイデン」も誕生したと伺い聴いている。お店が、宮中に間近くのお壕外に在るのもわたくしは見知っている。山本さんとのお付き合いも久しい、何十年になるか。
2023 6/7

* 仙台の遠藤恵子さん、綺麗な箱に幾重にも満たされた「桜桃」を桜桃忌前に贈って下さる。54年前の1969,年桜桃忌の六月十九日に、小説『淸経入水』により「第五回太宰治文學賞」を受賞した。わたしは、本郷の医学書院に勤めていて、遠藤さんは若い同僚社員であった。保谷の社宅に暮らしていて、建日子の生まれる直前まで、私たちの部屋へきて茶の湯の作法を私に習ってもいた。久しいなあ。私が退社後、遠藤さんも退社されて、のちには仙台や近県で大学の教授また学長さんまで務められていた。
口あたりまろやかに美味しい桜桃を、たっぷりと。ありがとう。
2023 6/15

* 疲れきってか他に理由があってか、たしかに早く起こされはしたけれど、一仕事のあと、夜昼の判じも就かず、よくよく寝入ってはや午後三時、夜中かと思いながらふらふらで目覚め、此処、機械(パソコン)の前へ来ていた。
京祇園の橋本嘉壽子さん、弥栄中三年五組で一緒に卒業した女友だちから、京風の凝ったお菓子とも塩吹き「出汁の素」とも謂える『初霜』の珍味を戴く。ありがとう。此の「嘉ぁちゃん」は、健康の理由から一年上にいた人、幸いに、元気にひさしく「湖の本」にも最初から付き合ってもらっている。ますますお達者でいて下さいよ。
「この学年」女子では、嘉ぁちゃんと同じく最初っから読者でいてくれた中村節子さん、最近に翠の毛糸でジャケットを編んで呉れた渡辺節子さん、それに割烹「浜作」の大女将だった北村洋子ちゃんの四人が健在。有済小学校卒では「お嫁」候補だったと聞く、いまも踊りの「おっ師匠はん」の林貞子ちゃん、高卒では私筆名「菅原万佐」になって呉れたうち菅井チエ子さん、樋口万佐子さんが嬉しくも健在で、「湖の本」をいつも送り届けている。
2023 6/17

* 群馬の都沢志都子さん、めずらかなお菓子と、沢山な、冷やして呑む栄養ドリンク「カルタン100」を、持ち上げられないほど重々しく頂戴した。夏向きの躰が喜びます。

* 父の日の堅固を祝って建日子、父が大好きな名酒「獺祭」一升を送り届けてくれました。有難うよ。母さんや君等の健康を祝っても、「乾杯!」
2023 6/18

* 中高同窓、久しくも久しく敬愛し親愛する「テルさん」こと西村明夫クン(元・日立の重役)、心入れの和風洋風多種多彩な私このみの菓子の大函を贈って呉れました。有難う。
敗戦後の、京都市立有済小学校いらい同年同歳で馴染んだ、古門前「林家」の養女の貞子ちゃん、もう久しく若柳だか花柳だかの踊りの「おっ師匠はん」、ひところ大人らの間ではわたしの「お嫁」候補だったと、本人が、超の老後に笑って教えてくれた美女からも、例の、わたしの好きな「鰻料理」を夏向きに送って来て呉れた。實を謂うと京都をはなれてこのかた一度も顔の合うたことがない、が、電話をかけてきてくれて、こえだけで昔の儘に賑やかに話すことは在る。いかにも小説の女主人公に創りやすい心親しい旧友である、『或る雲隠考』のなかへ化けて呉れている、純の創作で在るのは、謂うまでも無いが。

* やはり昨日今日に頂戴した東北住のやはり久しい唄友伊藤幸子さんからの名酒「鷲の尾」一升恰好の肴におっ師匠ハンの「鰻」料理を戴く。
2023 7/1

* 今日は妻の歯科の予約日、前回わたしが「熱中症」に潰された覚えがあり、わたしも同行する気でいるが。今はまた六時前の早朝。此の先、どれほど暑くなるかは判らぬ。先には39どを越した日もあった。「夏の暑い」でしられた往年の京都、わたしか中学の頃は33度にも成ると大人も子供も仰天したが、今や「チョロイ」ものになった。まさに命がけで極くの熱暑と連れて歩かねばならぬ。独り歩きなど危険きわまりない。

* 歯科治療の妻に付き添い、江古田の奥へ。終えて西武線江古田へ戻って「中華家族」で五十度ほどの強いが美味い支那の酒で昼食し、妻の銀行での用にも付き合って帰宅。すっと寝入って覚めて、大相撲が中入り。
とにもかくにも、この大暑、やすみやすみ生き伸びねば。「やそはち爺」は慌てず焦らない。ノビたらノビたままでも「私語」程度には「書け」て、臥たままでも本は「読め」る。さいわい庭掃除も薪割りもしなくて済む。耐えて忍ばずとも「済(な)すあり」で済む。そうしか出来ないなら、それで「済(な)し」置くのも一法と。
2023 7/14

〇 秦先生
本日、ご体調優れないとのことでご自宅への訪問は取り止めになったと柳から連絡を貰いました。
暑い日が続いております。お体第一ですので冷房効かせてゆっくりお過ごし
下さい。
ただ、お邪魔するのであればお持ちしようと思っていた桃がありますので、お昼過ぎにお届けにだけ寄らせて下さい。
ちょうど山梨の実家から箱で送られてきたところでして、(毎年のことですが)自宅で全部食べるには多いので少しだけですが貰って頂けると嬉しいです。
今日は、お昼ご飯を食べたら浪人生(!)の上の子(葵)を連れて先生のお家経由で柳家にお邪魔する予定です。
実は、葵は“建築系”の学科を目指して浪人中なので、柳先生(!)のご自宅見学と講話を聞かせようかな、と。ちょっと面白そうなイベント(?)ですよね。
そんな感じですので、先生のお家には13時半ごろ到着を予定しています。
呼び鈴は押させて頂きますが、もちろん無理に出てきて頂くことは全くありません。そのまま玄関先に袋をぶら下げておきますのでご都合が良い時に引き取って頂ければと思います。
黙って玄関先において来ようかとも思ったのですが、さすがに失礼と思い、事前にお知らせさせて頂きます。
この3連休は特に暑い日になりそうです。
桃でも食べて涼しくお過ごし頂ければと思いす。
それでは   丸山宏司

* 午過ぎ 丸山君が、美しく豊満、大きな「桃」の実を四顆を贈り届けに、娘の「葵ちゃん」と、柳博道君も同行して<玄関先まで見えた。応答の元気なく、妻が頂戴し、わたしは二課のまどから辛うじて顔だけ出し、ホンの少し応答して引き揚げてもらった。元気なら寒暖の時が楽しめたろうに。漸く機械前へ来てそう書いているのは,晩の八時半。熟睡で亡く不安定な浅い眠りへ嵌まり続けていた。
生気を5体から垂れ流したように、家のなかでもヨタヨタ、こょろひょろとものに掴まるように歩いている。幸いに「痛む」という徴候はない。瘠せて、むき出しの腕が擂り粉木ほどに細い。

* 文字通り、ヘバッテ、へたばっているまにも,次々と頂き物、妻が書き留めてくれていたのを見る。渡部芳紀さん念入りに恩手製の「甘酒」を堅固な二た瓶に満杯。山本道子さん村上開新堂極く詰めのクッキー缶、長田渚さん私の健康にと綺麗な缶の「野菜ジュース」の大函、信太周先生『稲庭うどん」たくさん、堀武昭さん見た目も美しい舶来「ぜりー」を綺麗な一函に。そして丸山君ご持参の「大桃」四顆、更に 午後には、南山城の地一〇の父方の従弟岩田孝一君が、稼業の「コーヒーまめ」を大きな箱に二包みにして,加えて「南山城」展が編纂の豪華ホン一冊に沿えていろいろ、かずかずのみなみやましろ案内のリーフなどを送って呉れました。「南山城」の「当尾」には、実父吉岡恒の生家が在り、ごく幼少の数年を私もその吉岡本家で両親を見知らぬまま素だった。この吉岡の「云え」が國の重要文化財に指定されたと教えてきてくれたのも、今日たくさんなコーヒー豆の送り主、岩田浩一くんだった。
〇 ご無沙汰しております
京都府 山城南部(南山城)の岩田孝一です
「湖の本」が届くたび 元気でおられるとおもっております
ありがとうございます
こちらの 元気でいるしるしにコーヒー豆を送ります。
先日、奈良国立博物館で開催の浄瑠璃寺躯体阿弥陀修理紀念 特別展 「聖地南山城」に行ってきました。
南山城がその地名の読みさえ広くは知られていない状況の中、「聖地南山城」を発信したいと博物館の研究員の方々が実に用意周到に準備を重ね、明治に浄瑠璃寺より流出した十二神将像(現在は東京国立博物館に五体、静嘉堂文庫美術館に七体収蔵)を浄瑠璃寺本尊薬師如来と140年振りに並べての展示を目玉とし、墾田永年私財法から太閤検地までの「中世荘園仏教の信仰空間」という言葉にしたくなるような場になっていました。
図録と併せて前にお送りした地図の最新版を同梱しました。
(前回のは裏表を?げて、笠置寺から東大寺(修正会が修二会となった道)、興福寺から笠置寺(貞慶上人と弥勒信仰の道)となっていたのですが、それを一枚にしたものを頂きました)
笠置寺の巨石群は孫悟空が「斉天大聖」と落書きした釈迦の指のようです。
今年も 暑い夏が始まりました お元気で
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 岩田 孝一

* 至れり尽くせりの深切な親切。私は幸せ者 ありがとう と、何とか元気な禮を云い送りたい。
だが、まだ、ふうッと目を閉じ目を閉じしてこれを書いている。

* 九時半。25度の冷房が「寒く」なってきた。階下へ退散し、戴いた「南山城」を寝床で楽しみたい。
2023 7/15

* 仕懸かりの「長編」を「読み返し」ていた一日。
今日水曜は生協の四合瓶が一本届くのを、待ちかね半分がた直ぐ呑んで、また読んで、寝入って。妻も不調で寝入っていること多く、ひとりテレビで気に入りの映画「雨あがる」を楽しんでいたが、後半の画面が愚茶に乱れ頽れて。で、この機械前へ戻って親しい「e-old勝田貞夫さん」のメールを読んだところ。
2023 7/19

* 躰に、不快感がこびりついている。こそげ落とすことは出来ないが、出来れば無視したい。
日なかを自転車で三分と懸からないセイムスへ。皮膚の不快をちいさなパッチで抑えようと。妻には養命酒、わたしはお酒、じつはこのために自転車を遣ったのです。
2023 7/22

* 今日、わたしは、何をしてたろう。今日の「祇園会 山鉾」の放映を懐かしんでいた。中国小説『主演女優』の面白さと、蹶起の前兵衛佐源頼朝をめぐる源平双方の東国武士たちの烈しい武闘の「叙事」に惹かれていたのは覚えているが。いま、夜の九時四五分。そうそう、妻が贔屓の関脇豊昇龍が「優勝」していた。そのほかは。おぼえてない、ああ、素晴らしい、大きな葡萄の房を三つも四つも頂戴していた。感謝。
ラファエル
2023 7/23

〇 盛岡の南部美人
hatakさん
廸子様
大変ご無沙汰しております。つくばの眞岡です。
残暑が続いております。体調いかがでしょうか?
これならいけるかと、出張先の盛岡から南部美人お届けします。
近況をいくつかご報告します。
4月に二年間務めた研究所の所長を退き、執行役という役職に就きました。勤務地は変わらずつくばです。
5月に引っ越しを致しました。
新住所:茨城県牛久市
電話番号:(変更なし)
9月に東工大で講演をします。すずかけ台ですので、秦さんがお勤めだったキャンパスとは異なるかもしれませんが、楽しみにしています。
尚平は四歳八か月、道産子ですが暑さにも慣れて毎日プールに通っています。
お二人ともどうかお元気でお過ごしください。
早く涼しくなると良いですね。眞岡哲夫/Dr. Tetsuo Maoka

* ひさしい、お若い、親しい 心友、ますます良いお仕事をと願う。坊やとも奥さんとも おめにかかりたいが、わたくしはもう、動けんなあ。
「南部美人」戴けると。佳いですねえ。ありがとう。
2023 8/22

* よほどもう懸けている長い新作屁の筆入れが、ま、好調に進んで行くと気をやや良くして……六時半。アコやマコの朝「ごはん」は八時と。その用意まで妻は起きてこない、私の朝飯も「右に倣え」。息を入れに、朝のテレビ・ニュースでも聴きに降りてもよく、真岡さん(マオカットン)に戴いた「南部美人」というやさしいお酒もある。この年齢で私の酒量は安定して増えている。一升瓶ならセメテ五日もたせよと妻はしかるが、義理か厄介に、しかし「三日未満にラクに一升」いってしまう。お酒が「美味い・旨い」のだ。難儀なお爺さんだソーである。
2023 8/29

〇 re 鴉 やーい 病むなかれ 虚しく眼を閉じるなかれ
「病院に拘束されて「時間」を喪うのが 何よりイヤでして。」と。
これは納得です。が、点滴で栄養補給の必要あれば逃げないで。とにかく作品を仕上げられるよう。
京都の「鰊蕎麦」を、今日ネットの楽天から送るよう注文しました。いつからかネットから送れるようになっていました。火曜日、水曜日あたりには届くと思います。
京都には今週末出かける予定ですが、お蕎麦は早い方が良いので。
「私の京都」に 一度でも、是非是非お帰りください。爽やかな秋はすぐそこです。  尾張の鳶

* 「鰊蕎麦」か。うれしいな。南座脇の「松葉」かな、れは出汁も鰊も蕎麦も薫りよく、京都の食べ物の一、二に好き。感謝。鳶はまだまだ世界へも飛び回れるのだ、お元気、何よりの天福。
2023 9/11

* 尾張の鳶さん、京都の大好きな鰊蕎麦たっぷり下さる。感謝かんしゃ。明朝からご馳走になる、楽しみ。ありがとう。
2023 9.12

* 大いに嬉しかったのは、京都から、久々、羽生淸さんのお手紙に副えて、「恋しいなあ」とちかごろ内心に願っていた、まさしく京菓子の名門鶴屋吉富の、なかでも大好きな「柚餅」をはじめ美しい京ならではの和菓子が詰め合わされて、頂戴したこと。さきに高木冨子さんからは「鰊蕎麦」をたっぷり戴いていたのへ、相次いで、宇治茶が取り合わせに活きる、美味満点の京の名菓をいろいろ戴いたのである、「口いやしい老い」の、胸もほっと熱くなった。くわえて、和菓子の味わいに、何十年も逢わない羽生さんは、お手紙で母校「同志社の匂い」もさも穏和に副えてくださる。感謝感謝。
2023 9/14

* 夜前の「浮腫どめ」し処方されている「利尿剤」とで、一時間おきに尿意に起こされた。もう慣れて國ならず、むしろその間の目覚めの内に、いま書き継いでいる長編小説への恰好の「題」を得た、これは作のために大いに有難い。ためらわず、いつものようにまだ早暁とすら謂えないうちに床を起ち、此処、機械の前へ上がってきた。血糖値も、血圧も測った。数値は皆落ち着いていると思う、が。
羽生さんに戴いた鶴屋の「柚餅」を爪楊枝に一粒、美味しく口に含んだ。
2023 9/15

* ここで時計は朝の六時半。ちと、机辺に用意、九谷焼「猪(私の干支)の小盃」に「黄桜」の辛口文字通りに「一献」。筆を、怖い「左道」の闇へはこぶ。
2023 9/21

*妻は一人で歯医者へ。わたくは家で仕事。
2023 9/27

* 酒が切れ、妻の留守に大ところの料理酒を少し盗んだ。旨くなかった。「湖 165」責了へ気が急いている。
2023 9/27

* なにも出来ない、しないまま、夜十時になろうと。午、尾張の鳶の送ってきて呉れました京都の鰊蕎麦をいただきました。寝られる限り、寝ていた。
明日は歯科に二人で出向く。疲れが加わらぬようにと願う。
2023 11/19

* 疲労さらず、茫々と過ごす。お見舞いの書状も、頂き物多くも、茫漠として失礼。桐生の住吉さん、下仁田格別の葱いつものように下さる、目に鮮らし。
2023 12/6

* もう少しと思いながら独り起きて,二階へ上がらず、キッチンで独り雑然と朝食し酒も呑んでいた。このところずうっと続けて録画をみている『馬醫』をみていた。韓国製の連續檄は「イ・サン」のころからぼ欠けなくみてきたが、日本勢のこしのぬけたようなヘナチョコ練足檄より遙かに劇的に上手に客を呼び込む。この『馬醫』も対象が命がけの外科手術だけあって、医療場面にも迫力と興味がある。
日本の、ま、良い方の『剣客商売』など、一回読み切りの紙芝居で連續の迫力が無い。かつては、北大路欣也がやったような連續の剣客物があったが、いまは制作者達の能も意欲も払底している。しっかり、せいや。
2023 12/8

* 京都黒谷の宏大な山墓地のてっぺんに小さな三重の塔が建ち、その縁に腰掛けて学制の昔よく話した。そして求婚し婚約した。墓地の見事な紅葉を一と枝戴いて新門前の叔母宗陽の茶室に入り、ふたり向き合って茶の湯一席「婚約」の茶を喫み交わした。昭和三十二年師走十日のことだった。

* 二人で,夫婦自祝の夕食、迪子の遙かな学友市川澄子さんから祝って戴いた名酒「越乃寒梅」をすこし酌み交わした。
2023 12/10

* 早起きしてしまい、独りで残り物など温め、酒も少し、少しくテレビの続き物など見確かめながら朝食を済ませ二階へ。
2023 12/12

◎ 令和五年(二○二三)十二月二十一日 木 師走
恒平 誕辰以来 今朝 滿八十八歳
起床 6:45 体重 56.5kg 早暁起き・測

○ やそ八の名を「壽」いで温かに「米」の飯をぞ妻と祝へる
2023 12/21

* クリスマスには縁も、気も無い、が、昨夜は銀座など盛り場はやはりはでやかに明るく飾っていたのかな。今日は。 ひょっとして妻と江古田の歯医者へ行くかも知れない、が。江古田の「中華家族」に置いている中国酒、あれが美味いのだが。えらく戸外は寒そう。

*「中華家族」でフンチューを2盃。寒くはなかった。

* 長く永くは歩けないと、だんだん判ってきて。これで諦めては都心に出られない。銀座、上野、浅草は、せめて、もう一度行って見たいが。
2023 12/25

○ お作「埋み火」を
有難うございました。
米寿のお誕生日、気にかかりながらメールするのがためらわれていましたが、「寒い寒い京の底冷え」の空気が伝わってくるようなご健筆、嬉しく拝読いたしました。
大雪になる前の能登・金沢を旅して(「波の花」というのを、初めて見ました)、今は熱海です。
今日、当地のお酒をお送りいたしましたので、明日には届くかと思います。
どうぞ、お体をお大切に、佳いお年をお迎えください。                      美晴
* こういうお便りが、身に沁みて嬉しい。お酒 だからではない。届く「おもひ」の熱さに心が火照る。
2023 12/27

○ 廬山 三輪山の面影を心に住まわせて読み進み 隠沼に至る……まさに配列の妙です
今の時代 この年令でこそ味わえる讀書体験でした。
竜の子と傘寿の春をゆうらゆら)
二○二四年
佳いお年でありますよう
心よりお祈り申しあげます。 不一   羽生淸   美学者 元・大学教授

* 京の名菓「雲龍」で傘寿祝って戴く。もう一度、どうかして逢いたい人。
2023 12/28

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