*蛤のつゆが美味く、お節料理で久保田の碧壽を楽しんでいる。夕食後に美空ひばりを聴いた。建日子も聴いていた。
2012 1/1 124
* 今日は、京都から帰ってきた人もふくめ四人で、ネコも二匹ふくめて、三日の雑煮や煮染めや蟹をさばいて、とっくり酒は「碧壽」一升を呑みほし「近江の美酒」を頂き、抹茶と菓子を愛でて過ごした。そんな間にも機械の前へ来て千載集の「恋」歌を読み澄ましていた。
夜分、九時近くか、建日子たちは、ネコのグーを連れて都心の仕事場へ戻っていった。
* さ、三が日を終えて、明後日の人間ドックの用意もほぼ出来て。お正月は、静かに過ぎて行く。明日は澄まし汁に餅を焼いて雑煮に。ゆっくり朝寝しよう。
2012 1・3 124
* 昼、焼いた餅と水菜、蒲鉾で、澄まし雑煮を。今日から夫婦二人で祝う。
* 和歌撰の仕事に熱中しながらも、明日の人間ドックのための心用意なども。主治医が一日で充分と言ったので、一日だけ。どんな検査が出来るのか。朝早くに聖路加へ着かねば。明け方五時半にすこしの水で服薬を済ましておかねば。
「撰」は恋歌五巻を終え、雑部に移る。万葉集でもそうだが勅撰和歌集の「雑」部には読みがいある歌がならぶ。
* 年賀状、今日も。
* 仕事も今夜は、此処まで。九時半以降はもう食べ物・飲み物はくちに出来ない。休む。明日の朝はうんと早い。
2012 1・4 124
* 六時四十分のバスで出掛け、電車は保谷から新富町まで立ちん坊。寒かった。家に帰ったのは、晩の七時過ぎ。帰りに西武の「たん熊北店 熊はん」で食事してきた。酒はいけないと言われていたが、堪えていたが、酒のない和食というのは味気な過ぎる。
2012 1・5 124
* 都心へはむかわず、池袋に戻ってまた西武の「たん熊北店 熊はん」で、すっぽんの鍋と雑炊を芯に、刺身、ぐじの焼き物などで、この店の酒「熊彦純米」を二合、おいしく楽しんできた。ぐじの鱗揚げが絶品であるのを初めて教わった。気分も上々で帰宅。ほぼこれでお正月も、よかろうと。先のことは先のこと。
2012 1・9 124
* 聖路加へ。検査を省いて貰った糖尿診察への呼び込みははやく、十一時半には終えた。胃の写真は内科の医師の目にもかなり歴然としているらしく、手術は不可避。今のうちなら問題ないと思うが、もう一年も遅れていたら相当病変は悪く進んでいるだろうと。血糖値が高いと手術にも影響するので、とにもかくにも体重を落として血糖値を下げるようにと。
午後のドック予約は、三時。
その間を、まず鮓の「福音」へ。親方にぜんぶ任せて、美味い魚をおいしく食べた。「鬼ころし」の銚子一本だけつけてもらい、妻とわけた。肴も握りもとびきり美味く、おしまいの赤だしも妻を驚嘆させた。綺麗な清潔な店で、美男美女の若い夫婦でやっている。端倪すべからざる庖丁の冴えで、肴と飯との添いも絶妙。もう一本酒が飲めればもっと食べられたが。
新富町から有楽町線終点の新木場へ行ってみた。天晴れ、風も穏やかで千石橋をきもちよく歩いて渡ったものの、さて何もないところで。散策少々の後また新木場から聖路加へ戻った。売店にステッキを見付けたので、無くしたのの気軽に使える代わりを、もう一本買った。杖は忘れ物してきやすい最たる一品で。紫檀の鈴付は妻と二人で出るときの専用とし、どうしてももう一本欲しかった。
2012 1・13 124
* 仕事もだいぶ捗らせた。明日には、なにかしら見通しが立つかと期待しているが、根をつめて無用の疲労を負うこともない。自然にゆったりした日々を願っている。今日は十五日の小豆雑煮を祝い、恒例の善哉も味わった。久しぶりにカンビールを一つ呑んだ。
2012 1・15 124
* 西武の八階、今日は伊勢定で鰻重の「梅」に「鰻ざく」と「肝焼き」 久保田の「紅壽」と生ビールで、思案の要る「 目次」編成に智慧を使ってきた。電車では、一つは「光塵」一つは「田沼時代」。
2012 1・18 124
* 夕方、自転車でふらりと鮓の「和可菜」へ行き、肴で銚子一本を。やはり違和に阻まれて食欲は浅い。
2012 1・22 124
* もう一つ、渡り遺していた白髯橋の際までタクシーを使って、橋を、歩いて渡った。もう主だった隅田川の大橋はたぶん全部徒歩で渡りおえたと思う。楽しいトライだった。
暮らしている西東京は大川に甚だ縁遠い。荷風や歌舞伎や浅草で、隅田川がわたしは好きになった。橋をぜんぶ歩いて渡ろうときめたのは、わるくない趣向だった。
白髯橋の西詰めから、浅草寺裏のひさご通りまでまたタクシーをつかい、胃をかきまわしたあと、こりゃまずいかと思ったけれど、すき焼きの「米久」にあがって、えいとばかり「櫻正宗」一本もろとも、特上の肉一人前を飯、汁、新香つきで食べてきた。このところ不調の食欲をのりこえ、美味かった。
鶯谷駅までタクシーで。建日子の「ダーティママ」を読みながら保谷へ帰ってきた。凍り付いた雪はまだガリガリ靴の下で鳴った。 2012 1・24 124
* 妻が、シーバス・リーガルを買っておいてくれた。今のわたしにウイスキーがどうなのか、そんなことは知らない。
わたしは水で割らない。ストレートでダヴルグラスで半ばずつ、ゆっくり、つづけて数杯も味わううまさは格別。仕事にも潤う。それが嬉しい。
2012 1・27 124
* 疲労というか何というか。診察にも、採血とその後のケアにも、オリエンテーションにも、のべ長時間かかり、会計のときは病院はもう店仕舞いしかけていた、外はとっぷり暮れていて。
採決後、栄養をとりなさいと言われたのはいいが、それどころか、体調よろよろと、とうとう帰りの電車では、一駅めか二駅めで座席の儘気分悪くなり、辛うじて寒風のホームへ転がり出て、吐いた。
エスカレーターに乗ると、すうっと血が引く感覚で、腰も激しく痛み、家に帰り着いたのは九時過ぎ。
400ccの血を一気に抜くのは老人にはかなりアトを引くモノだと思い知った。想像以上に帰路が辛かった。
このところ「仕事」に根も詰めていた。全身に疲れは凝っていただろう。
医師にいろいろ言われてきたが、ま、委ねて待つだけ。
* 採血後の体調はほぼ平静であった。タクシーで帝国ホテルに入り、「なだ萬」の美味い日本料理を堪能した。酒のなだ萬も美味かった、りょうりがあんまり佳いので酒もお代わりした。気分良く、むしろ元気だった、が、五階のクラブに入って、エスカルゴでウイスキーを一杯だけ飲んだのが障ったのかも知れない。異様に体温が上がって、電車で急に胸苦しくなった。
ホテルからタクシーに乗るべきだったか。
2012 1・30 124
* 四国讃岐から、とても上製の「生湯葉」を頂戴した。
いまの体調では、むしろ胃よりも胆嚢の炎症がよろしからず、わたしの好きな食べ物は、天麩羅・鰻・肉そして強い酒など、ひとしなみに禁じられている。しかもタンパク質は必要とか。湯葉は有り難い。
2012 2・10 125
* 院内の銀行などで用事をすませ、近くの薬局で処方された薬や注射をぜんぶ揃えてから、妻の希望で、帝劇地下の「きく川」へ車で。さ、どうかなと思いつつ「鰻重」のいちばん小さいのと、思い切って「菊正」一合をとってみた。
酒類は家ではまだ全然受け付けなかったのだが、燗をした「菊正」は感じよく喉を通った。すこしは妻に手伝って貰った。酒など飲めなかった妻だが、少しずつ馴染んできた。
有楽町から、小竹向原経由、保谷へ戻った。依然として便通有りと云えない。水分と食餌とのバランスがとれていないのか。水分がまだ足りないか。
歩けるという自信がすこし出来てきた。重いモノをもつとたちまち腰の痛みがくるが。立って歩く。それが大事のようだ。
2012 4・2 127
* さすがに、しかし、疲れた。道行ではねて席をたったとき、一瞬地に沈んで失神するかと全身が揺れた。頭の芯が白くぬけて感じられた、が、大過なく立ち直り、夕方ちかい演舞場の外へ出て、ふうっと酸素が体内に流れて来た気がした。そして「歩こう」と妻に言い、ゆっくりゆっくりと木挽町から昭和通りも越えた。なんは、ビールが飲みたくなった。銀座四丁目の「ライオン」に妻を誘い、妻の一日遅れの誕生日祝いに、ソーセージや牡蠣や生ハムなどでビールの一番小さいのを注文して、 乾杯した。ビールも飲めた、少し残したが。ソーセージも生ハムも牡蠣も食べた。美味かった。
食べると、血が、消えた胃のあたりに集まって、それで頭の中が白くなるのでしょうと妻は解説した。そうかもしれない。
ゆらゆらと銀座一丁目へ歩いて、有楽町線で帰ってきた。幸い保谷駅で待つほどもなくタクシーに乗れた。今日一日は、 或る意味の冒険であり挑戦でもあったが、歌舞伎も楽しんでこれた。嬉しかった。
2012 4・6 127
* 朝食に白い飯のお握りは美味く、腹におさまった。病院食堂でのコーヒーはおさまらず、気分わるかった。薬局で処方された薬の出がおそくなり、表参道近くまで眼鏡の新調に行くのは気が乗らなかった。
銀座三笠会館の中華料理「秦准春」は食べられるかなあと思案したが、思い切ってトライ。これは食べやすかった、よく食べられたと妻も感嘆してくれたが、食後に腸に血が集まるのか、貧血ぎみ。有楽町線銀座一丁目までの徒歩が気疎かった。はやく電車に乗り腰掛けたかった。幸い席を譲ってくれる人があり、半分うとうとと寝て保谷まで。駅構内で妻が買い物しているのを待つ間も、貧血ぎみは残っていた。食べなくてもいけないが、食べたあとに貧血していては仕方がない。按配がむずかしい。
今はすっかり落ち着いている。
とにかくも「歩いて」「慎重に食べて」「水分を十分摂って」、路上や電車で、貧血して倒れないようにだけ気をつけなくては。
2012 4・16 127
* 妻が何の興味でか聴診器を病院の売店で買っていた、聴いているようでもないのに。で、自分で自分の腹に当てて聴いてみて、ビックリ。凄い音がしている。泣いたり喚いたり呻いたり叫んだり、耳も驚く大きい音がひっきりなし聞こえてくる。音響の意味するものは何も分からないが、分かれば分かったで興味深いと思うが。あれほどの騒音が聴診器をはずすと何もきこえてこない。きこえて来なくて幸いだ。ときたま「腹の虫が啼く」ことがある、あんな時は爆発するほど腹の中では大きな音なのだろうと想うと、からだの不思議にたじろぐ。
* 二度の退院後初めて独りで街へ出てみた。朝、 排便のあとたいして食べずに出たのはむしろ宜しく、やや空腹を感じたまま電車に乗っていた。路上を長く歩き回る危険は避けるとすると、そして目も思いも静かにやすませるとすると、東博などで美しいものを観て、観ながらやすむのが好いに決まっている。
そして三時、わざわざ車で出向いた好きな店で、コース料理は避け、ポタージュスープと伊勢海老のグラタンという一品料理に惹かれたのがまずかった。スープがたっぷり。伊勢海老の方も贅沢であったが味わいが似ていて、空腹に、しつこくなり、時間をかけて口へ運んだが気分悪くなった。せっかくのワインもまるで飲めなかった。じいっと堪えたまま席に座っていた。
なんとかまたJRに乗り、帰った。乗る電車ごとに席を譲られるのはよほど顔色に生気がないのだろう、ちらと鏡にうつった顔色は白い障子紙みたいだった。
食べ物一つが身に合わないだけで、参る。歩いている間はいっそすたすたと元気だったのに。
どなたかこういう手術を受けた先輩が、たしか食後の「ダンピング」で苦労されることと想うと手紙に書かれていた。いまのところ、「書く・読む」「飲む」「歩く」「食べる」ではこの順番で馴染んでいて、「食べる」のが一の苦手。食べ物により体調が容易に調ってくれない。安定しない。めりこむように気分が悪くなる。貧血を伴うのでは無かろうか。
2012 4・18 127
* 上野への往きに東武の地下の「天一」で大海老二尾と獅子唐の天丼を食べた。天麩羅だけ食べ、飯は少なく少なくとやかましく言って置いてそれでも半分以上残した。入らないのだ。
* 空腹は苦にならない、食べて腹に収まらないのが困る。
もう一つ、譲られた席に腰掛けていて、さて下車しようと立つと血の気が上から下へ流れる汗のように落ちて気分が滅入る。やがて落ち着くのだけれど、歩行よりも起ち居が今は苦手。
雨にもきわどく降られず五時には家に帰っていた。夕食に気がなく、妻のむいておいてくれた夏みかん二つ分を、何の滞りなく美味しく、すっかり、たべた。
012 4・25 127
* 病院ではいやでも早起きだった。いま、すこしずつ朝寝がながくなる。
今朝の食事、おさまりわるく、不穏。やがて、歯科医へ向かう。一年近くも行かなかったか。
何時何処でどんなかたちで終るのかそれのみ日々のわが関心事 清水房雄
というほどでは、ないが。
* 歯科の女先生、わたしの顔相をみて驚く。毎日ロキソニンで高熱を下げて安心していたというと、「ダメダメダメダメ!」と百ぺんほど絶叫した。恥じ入った。まことにあれはダメであった。よく死ななかったと思う。
若い女先生は癌研で、歯科関連のなにか役職もつとめていると。抗ガン剤についてもよく分かってられて、心強い。さっそく、含嗽剤やなにかと処方されてきた。レントゲンも撮り、新たな歯科診療がこれから此処でも続く。歯抜けの方は下の右よりでほとんど目立たない。
* これも久々、「リオン」に寄ってきた。シェフ驚く。それでも、ワインも含めて昼のコースを一人前。へんに一品を選んで、それと相性が悪かったりすると難儀する。
オードブルは海老に春アスパラ、まるで錦糸卵のようにカボチャがかぶっていた。卵と謂われていたらかえって喉に閊えたかも知れぬ、カボチャとアスパラと聞いて野菜だなと、けろりと食べた。海老が美味かった。泡立てのポタージュスーブは、グリンピース。アッサリと美味しく飲んだ。主菜はこれもアスパラと、青やかに生の春菊を添えたホタテ貝、すばらしく美味かった。シェフの選んでくれる赤いワインも、そして自家製のパンも、いつも通りに大いに満足。
デザートはティラミスとヨーグルトを選んで、すこし残して置いたワインをかけた。珈琲はまだ口に合わないので紅茶。これも美味かった。ただ、やや、かすかに、すこし満腹して、あと腹が、重いめ。
新江古田から西武線江古田駅まで歩いた。途中の時計屋で、揃いもそろって電池が切れたりベルトがちぎれたりしていた時計の四つを、すっかり直して貰った。ずいぶん長い間鞄に入れて持ち歩いていたがのが、きれいに修繕できた。
保谷駅前で2リツトルの「おーいお茶」三本「コカコーラ」一本を買い込んだのが重かった。タクシーで帰宅。
* 歯医者、リオン。やっと生活の定番に戻れたが、すぐさま五月一日から試煉期に入ってしまう。
2012 4・28 127
* 眼科では、視力と眼圧の検査だけで、今日は視野検査がなく、早めに解放された。築地の鮓店「福音」で佳い肴を切って貰い、酒はおきまりの八海山。鯛、烏賊、初鰹、關鯖などなどが美味く、おしまいに雲丹といくら、そして玉で、限界。酒、少し残した。食べ過ぎてしんどいのは辛い。保谷まで帰らねばならない。新富町の駅構内でパンを買い、幸便の清瀬行ではすこし居眠りもし、保谷でも柑橘類を多めに買ってタクシーで帰宅。
しばらく横になっていた。
留守中に相撲茶屋の竹ちゃんから電話があったと。夜前にメールをもらっていた。
2012 5・8 128
* 比較的快調に歯の診療を受けてきたが、帰り道での昼食が今日は堪えて、何の元気もなく家に帰った。帰って暫くのうちに少し不快感も落ち着いた。上手に無事に「食べる」のが、いちばん難しい。京の従妹が、懐かしい縄手「かね正」の舟形茶漬け鰻、大好物を送ってきて呉れた。美味しく食べたい。ありがとう。
2012 5・11 128
* 築地で小雨。銀座松屋の京料理「つる家」で妻も倶に「縁高」を。酒の「白鶴」も二本。満腹してわたしは茗荷飯を残した。蓬豆腐もすこし妻に助けてもらった。まだ沢山は食べたくない、食べ過ぎれば胸がつまる。
有楽町線でうたたねしながら保谷まで。
2012 5・15 128
* 配達の人も「重いよー」と言うほど特大の西瓜二つが栃木のペン会員から送られてきた。感謝。
じつは今朝の食事も、わたしは西瓜を主食に、小さなパンと蜆の味噌汁を「添え」にして、朝食後の薬を服した。西瓜が口当たり良く水分も豊富で腹に納まりやすいから。そんなこと、渡邊さんはご存じなく、特産の西瓜の、包丁を入れるのもたいへんそうな超弩級の西瓜を下さった。感謝にたえません。
2012 5・22 128
* 二三日まえ、今度伯父の市川「猿之助」を襲名する市川亀治郎が、「山名さん」の朝番組で披露していた京・和久傳の和菓子。水菓子とも見えとろけそうにうま味の感じられた、あれを、それを、名古屋の人がお見舞いにと贈り届けて下さった。感謝。
「山名さん」とは、古い古い昔のテレビドラマの役の名で、女優としての名はすぐ忘れてしまう。わが家では「山名さん」で通っている。あ、そう、岡江久美子。美しい人です。
☆ 秦先生、その後胃腸の調子は如何でしょうか。
胃腸に負担のかからない喉越しのよいものをと、きょう、和久傳より蓮根のお菓子「西湖」をお送りさせていただきました。
当地の食べ物は濃厚すぎるようなので、ついつい京都の物を撰んでしまいます。
蓮は身体によいと以前きいたことがあったので。お口に合うと嬉しいのですが。
お天気が不安定ですが、良い季候のこの頃です。お散歩で体力をおつけ下さい。珊
* よく冷やして。 美味かった!
2012 5・24 128
* 四国讃岐の人から、妻へ。感謝。
☆ “野菜責め“で、すみません。
昔から春野菜を見ると、うれしくなって、つい、あれもこれも求めてしまうくせがあります。
フキノトウや木の芽、実山椒、蕗、葉山葵、いちご・・等々
ついつい買いこんで、たけのこ・わらびなどと山菜寿司を作ったり、佃煮やジャムを作ったり、おかげで、冷凍ご飯や瓶詰めで冷凍室や冷蔵庫はぎゅうぎゅう詰めです。
そして、つい、よそさまにもおすそ分けしたくなってしまいます。
私の野菜衝動買いのくせに巻き込んでしまってすみません。
空豆スープはいかがでしたか?
薄緑色の春のスープを想像しています。
(私は、“爪”と反対側のつるっとした方にちょっと切り目を入れてゆでて、実を取り出し、サラダで食べたり、サヤエンドウ・グリンピースと卵とじにしたりしました。)
ときどき冷えるときもあります。
どうぞおだいじに。 讃岐
* 茹でた空豆のほのかに青い味わいで、ビールが喉をよく通った。有り難し。
2012 5・24 128
* 夕食、進んでは食べられなかった。
土佐の出の原知佐子が土佐の「文旦」を送ってきてくれた。いま、柑橘類を食べやすく妻が皮を剥いてくれたのが、口に入りやすい。大きな西瓜も入りやすい。冷えて水分に富んだ果実が、ジュースのように口に馴染んで潔い。肉や焼き魚などが馴染まない。濃厚なスープなどを受けつけない。かと思うと久しぶりのカレーを一昨日は一皿なんでもなく食べられた。これだから、要するに、分からない。
* 入浴は、いい。水圧で腹を圧してくれるのか。本を読むのがいいのか。
いよいよ『南総里見八犬伝』の再読に入ることにし、その前に高田衛さんに戴いた『八犬伝の世界』という大冊を道案内に読み始めた。前回は、さ、何年前か、ただもう物語の面白さに惹かれてずんずん読み進んだが、すこしは大作の世界地図を心得ながら楽しみ楽しみ読もうと思う。ほどよい時期になって『水滸伝』も併行して楽しむ気で用意してある。
2012 5・25 128
* 朝も午もまずまず食べた。さほどに薬害は感じなくて、ほぼ一日が過ぎた。しかし日の有るうちが、、終始、けだるい感じだった。それでも、今日は午后にも寝なかった。仕事もした。四時十分から電動自転車をつかって、正味一時間余、落合川上流まで初めて走る脇道を通って辿り着き、帰路は川沿いを下ってきた。百花繚乱とは五月を謂うかと感嘆するほど、色あざやかにとりどり沢山な花々が咲き競っていた。そのうえに新緑を溢れかえらせ、草木舒榮、目を染めるようであった。
電動は急坂のほかは使わなかった。走行に問題はないのだが、からだの底が抜けたような無力感は、終始変わりなかった。
* 西瓜とか苺とか土佐文旦とか、また茶や水を、食べて飲んでいる。酒類にも気が走らない。焼いた鮭など口に馴染まない。白飯に大根おろしと削り鰹をかけ醤油味で一膳ていど食べる。それ以上は、入らない。 2012 5・27 128
* 聖路加腫瘍内科の診察を受けてきた。現状に応じての相対評価かも知れないが、血液検査の諸数値は「きわめて優秀」と。「ts1」の強度も変更なく、つぎは六月十三日朝から四週間の服薬、それまでは休止と。処方の薬だけは近くの薬局で出してもらってきた。
* その脚で、渋谷に出来た「ひかりえ」へ銀座線で直行、昼食してきた。妻は鰻店での出来の良い懐石が美味しかったようだが、わたしは鰻茶漬けを、まずまず食べたものの、途中で吃逆にすこし苦しみ、わるくはなかったが美味くも食べられなかった。グラスの赤ワインも飲めなかった。
われわれの今日の目的地は、銀座線表参道駅から外苑前駅へのまんなかにある保谷眼鏡の店であったが、ああ、木曜休みを確かめていなかった。こういうミスをこの三年ほどに三度は犯している。新国立美術館、泉屋博古館、そして今日。三度とも夫婦揃っていてこれだもの、老耄いかんともし難い。
仕方なく表参道までぶらぶら歩いて戻る途中、「タルボット」で、妻はアンサンブルの若々しい上着を買った。支払いは、わたし。頼りない足どりに付き添って貰っているのだから、当然とする。
渋谷へもどり、副都心線で一気に保谷まで帰ってきた。ほんとに便利になったものだ。本が読めなかった。は疲れてうとうとしていた。
2012 5・31 128
* 旧友田原知佐子( 女優原知佐子) が送ってきてくれたのは、「小夏」という名の、一つ一つがソフトボールより一回り小さい柑橘で、とても口に合う。不思議に柑橘類や西瓜など水分のあるものが入りやすい。小夏は、ダンボールに数十顆も入っていて、黄色冴え冴えと、見ているだけで心地よい。ありがとうよ。
2012 6・1 129
* 予約の歯医者に。
帰路、江古田で、蕎麦の「甲子」に。久しぶり。江古田で過ぎた店の一軒はフランス料理の「リオン」、もう一軒が蕎麦の「甲子」。外構えよく、店内よく、食卓も食器もよく、蕎麦に加えて酒肴豊富、つまり酒もいい。壁の繪も佳い。
注文の品数はおさえたが、それでも全部は口に入らなかった。飛竜頭やあしたばなど美味いと分かっていながら、妻に任せた。わたしは天麩羅蕎麦。佳い蒲鉾と片口の八海山で済ませた。蕎麦は少し残した。
駅の近くで眼鏡屋に寄ってみた。わたしの眼鏡は、とくに右眼のきちっとした処方箋が先に欲しいと。なにか異常を感じるらしい。
妻の度つきサングラスの作り替えだけを預けてきた。都心へは出ないで帰ってきた。とうてい元気といえず、ムカムカもし、よろけもする。姿勢は、われながらみっともなく良くない。さりとて、これが普通と言われれば普通の気もする。この普通でこの先も永くやって行くのなら、堪えられぬことではない。
* 夕食も落ち着かなかった。体中の血液が腹部に集まって脳に廻らないのか、ぶっ倒れそうに睡くなった。しばらく寝た。
腹部に聴診器をあてると、少なくも鳴き声の違う十匹ほどの恐竜たちが鳴いている、唸っているような音がひっきりなしに聞こえる。腹鳴とでも鼓腸とでもいうのか。どうかして録音してみたいものだ。
2012 6・2 129
* 一時半予約の感染症内科へ、二時間前に病院入りし、血液と尿の検査後、二時前まで辛抱よく外来で『風の影』上巻を読んでいた。疲れると、神坂次郎さんにもらった文庫本『藤原定家の熊野御幸』で気を換えて。
古川先生、文学にお気持ちのある先生で、このまえ謹呈した『死なれて・死なせて』に「感動」したと。今日は湖の本創刊の定本『清経入水』を謹呈。
二時過ぎて聖路加を出て、気も定まらず丸ノ内線で池袋へもどってしまい、パルコの上へあがって、さほど乗り気でもなく「三笠会館」レストラン」に入り、ビールで鶏の唐揚げ三つ、そして180 グラムのハンバーグを注文。食べるには食べたが快食とはとても行かなかった。病院を出るまでは手術以降かつてなく心身軽快だったが、食事で、全身どんよりとしてしまい、レストランを出たときは目の前が白いほど貧血ぎみ。わけが分からない。
逃げるように保谷まで。ぐたりと車内で睡かった。いつものようにタクシーで家にたどり着いた。
2012 6・4 129
* 眼科の帰り、妻はずっと前から佐藤眼科にかかっているのだが、保谷駅近くに評判の中華料理の店があるらしいと言うので、寄ってみた。いかにも中華料理らしい料理が出て美味しく、紹興酒も美味かったのだが、なぜか胸もと詰まり、苦しくて、手洗いで吐いた。嘔吐といえる嘔吐は胃を取って以来初めてで。今日ほど苦しかったことは、ダンピングの頃でも無かった。ほとんど、食半ばで帰ってきた。やれやれ。
2012 6・5 129
* 何と無く普通の体調でなく、食道から直結されて腸だけになっている腹を、下腹一階、上腹二階とみると、一階は張るときは張っていて常識なみだが、二階は変幻過多、とても普通でない。ここに不穏な空気が残存していると、胸苦しく、妙に張って重苦しく、食進まず、美味いの感覚が一切塗り潰されている。
甘い西瓜を大きいサイコロに切ってあると、一階も二階も水びたしだが、どんどん食べられる。バナナは二本食べた。炒ったジャコとピーナツを混ぜたビールの肴ようのものが、躓きなく食べられる。白菜の漬け物が食べられる。今日はその程度しか喉をこころよくは通らず、米の飯も、味噌汁も、冷や奴も、ダメ。好きな麺類も、ダメ。いまはビールもワインもだめ。酒もダメ。牛乳もダメ。
飲食こそが難関・難険。ゲルマニウム水などの清水と、「おーいお茶」などを専ら飲んで脱水に陥らぬようにしている。つまりは水分と果物とで生きているようなもの、水腹である。蛋白質を入れないとと思うは思うのだけれど。
2012 6・9 129
* 最近の写真をカメラから機械に移した。百花競い咲く季節で、たくさん花を写している。機械には「木の花」「草の花」「櫻」「庭の花」「家の花」などと分けて、数百、千にも達するほど保存してある。
煙草は吸わない、かわりに撮った写真を眺めて休息する。花の写真は胸の内を明るく優しくしてくれる。『酒が好き・花が好き』という一冊も出版した。その酒がいまはうまく喉を通らないが、眺める花は妍を競ってことに春から新緑へかけひときわ美しい。
2012 6・9 129
* 走って逃げるわけにも行かない。黄斑変性症 黄斑前膜除去の手術が即座に言い渡され、七月二十二日入院、翌二十三日手術、一週間ないし二週間の入院期間と容赦なく言い渡されてしまった。入院以前にも二度三度と眼科外来へ通わねばならぬ。
眼は、わたしのためには胃や胆嚢以上に大事な働き、避けて通れない。
* 検査や診察のまえに、鮓の「福音」で、うまい肴をお任せで切ってもらった。平目が美味く、烏賊が美味く、鰺がすてきに美味く、鯖も負けずにどきどきするほど美味く、凄いと思うほどの赤身も、まるで羊羹のように美味かった。酒は八海山。あがりに、雲丹と海苔巻き、そして玉一切れ。小一万の贅沢も、美味く腹におさまってくれれば有り難い、安いもの。なにを口にしてもしっくり来ないこの節のとびきりの昼飯だった。
2012 6・12 129
☆ 謹啓
抗癌剤での戦いは大変だろうと拝察いたします。
でも信念をもって、しかも最高の医療技術をもって対応されるのですから御回復は確かです。名は伏せますが、近現代を専攻する畏友が、みごと肺癌を克服されました。
遅まきながらお見舞いを申しあげます。
湖の本を頂戴し、しかも小生にとっては身近な課題を拝読し感服いたします。御礼を兼ねさせていただきます。
ささやかなお見舞いの志を御笑納ください。御朗報を鶴首申しあげます。敬具 六月十二日 名大名誉教授
* 立派なマスクメロンを頂戴した。恐れ入ります。有難う存じます。
2012 6・13 129
* 歯の帰りのフランス料理「リオン」はわたしには重かった。オードブルとスープとで十分。主なる魚料理も、デザートも紅茶も重苦しくて残した。シェフの選んでくれたいいワインも、重かった。腹の中で何かが大車輪に舞っていた。江古田駅まで小雨の道のりもしんどかった。頭の中がすうっと白くなったり足もとがうす暗くなったり。
2012 6・16 129
* もと岩波書店の高本さんからお見舞いの氷菓を頂戴した。「最上徳内」を「世界」に連載しはじめた昔を高本さんはわたしにプレゼントして下さった。
2012 6・18 129
* すこしマシな体調なので逆方向に池袋に出て、西武百貨店の上の、京料理「熊はん」へ行ってみた。まずまず食べられたけれど、妻の口には頗る美味しい料理が、わたしには義理にも美味い美味いとは進まず、デザートの冷たいくず餅がいちばん美味かった。食べれば食べ進むほどシンドくなって行き、もうどこへも寄らずに帰ってきた。
「食べられない」のには閉口だ。
車中、『唐代伝奇集』を読んでいる間は不快を忘れていた。
2012 6・22 129
* 昨日よりマシだが、口の中のワル味が不愉快で滅入る。ひっきりなしに歯を磨くしか逃れようがない。
昼に、冷えた素麺が食べられた。炭水化物の摂り過ぎはよくないが、まるで摂れないでは困惑する。服薬の「食後」という約束は、やはり何かしら炭水化物を腹中したアトという気がする。朝、何を食するか、晩、何を食するか、美味く食べられるか。そんな懸念のママいろんなことをしている。めったにしないことだが、クグっていると最新のニュースが読める。気にしている「平清盛」の内輪話も読める。平宗盛という、わたしの創作では欠かせない御曹司がそろそろ登場するらしい、配役もきまったらしい。
* 「平清盛」は面白く観た。
2012 6・24 129
* 聖路加病院までの往路は心身さわやか、 軽やかであった。採血・採尿の検査のあと、内分泌科の診察まで間が空いたので食堂へ。天麩羅蕎麦の天麩羅はまあ食べたが、蕎麦は半分がやっと。珍しい名前のジュースも注文しておいたのが、ストローでの一吸いでアトが続かなかった。妙にいろんなものの混ぜ合いのものは、まるで口も入らない。そしてすっかり気分が悪くなった。
午后一時半予約の診察が三時過ぎになり、二時予約の眼科へ大幅に遅れた。看護師から入院へのいろんな指示と聴取とがあり、心電図、胸部レントゲンの検査を受けてから、来月二十二日十時という入院手続きを終えたときは四時二十分。夕食後の抗癌剤も持ってきていないので、どこへも寄らず帰ってきた。保谷駅でパンやサンドウィッチを買って帰ったが、どれもろくろく食べられず、妻が用意の夕飯も、飯一膳が二箸と進まなかった。それでも極まりの薬は飲んだ。何がどうというヒドサは無いのだが、ドヨンと腹が重く全身がだるく面白くない。
とはいえ、病院へ携えた「唐代伝奇集」の面白かったこと。往きも帰りも、外来での待ち時間でも、大いに助けられた。「日本霊異記」は背景に仏教があるが、中国古代では仏教以上に神仙や変異変化の不思議に彩られた話が多く、しかも人間くさい。
2012 6・25 129
* 三時半も過ぎてから自転車に乗った。気分良くてではない。悪いのをなんとか紛らわせ忘れたいから。落合川添いに自転車で行ける限度まで走った。水勢は豊かに漲る力をみせていたが、川面の全く見えない岸辺も長くつづいて、さまざまな植物が高々と茂っていた。その勢いに感嘆した。北岸は夕方の日ざしつよく、南岸へ避けても変わりないが、ところどころに木深く濃い大きな木蔭があり、心地よかった。なるべく電動は使わないで自分の足で前進した。
帰り道ははじめての別路をとったが、東久留米市の地理もだいぶ頭に入っていて、わざと大回りに、しかし迷うことなくひばりヶ丘駅から帰ってきた。ひばりヶ丘には過ぎた菓子老舗の表でだいぶ思案したが買わなかった。食欲の全然無いのが分かったから。
それでも家に帰ると夕飯が用意されていた。食べるのがシンドかった。厚揚げの煮物、ほんのすこし大豆など煮たもの、細めのかりん糖、そしてもう痩せきった夏みかんの妻が剥いておいてくれたもの。
そして夕方の抗癌剤をのんだ。
* この「私語」をわたしは元気そうに楽しむように書いている、が、楽しんでいるにしても、ちっとも元気でない。これが「闘病」と思って機械の前にいる。
2012 6・27 129
☆ 桜桃の季節となりました。
ご体調はいかがでいらっしゃいましょうか。
桜桃は秦様にとって特別なお品ということでお見舞い旁々、すこしばかりお送り申し上げます。(太宰より秦様の作品の方が内容も文章も深く上質と思えますが。)
私の**での任期も2期目に入り、あと2年だけとなりました。こんな雑用は早く辞めて まともな勉強をしたいと思っております。
御奥様共々 お身体お大切にお過し下さいますよう。 大学学長
* 甘みの感触がすばらしい赤い桜桃を頂戴した。医学書院の編集者から、 転進して大学の学長にまで研究生活を推し進めていった後輩で、会社時代は同じ社宅にいて、私達の部屋で、茶の湯の手ほどきなどした。わたしが先に退社し、以来顔の合う機会に恵まれぬママ遠く離れているが、「 湖の本」には篤い応援を戴きつづけてきた。わたしにも妻にも、懐かしい人である。
有難う存じます。
* 花の匂ふ狭庭におりて
どの花が匂ふのかとしゃがむ われが楽しも 湖
2012 6・28 129
* 夕食は西瓜が主食になり、ほかは、なかなか食べられなかった。食べ物をむりに口に運ぶにつれシンドクなる。それでもクスリは飲んだ。
そのあと、二階の機械の前か、横になるか、と階段の下で思案し、負けたように横になりに行った。横になっていると、ラク。寝入ることもあるが、さもなければ読書を楽しむ。減らすはずの本がいまや十六七冊に増えている。片端から読んでゆく。
ところが、堯が、関所役人に軽蔑されたように、斉の桓公が車大工に、手ひどくやられている。バカにされている。
桓公は御殿で余念無く本を読んでいたのだ。縁先に車大工が車輪削りのしごとをしていたが、彼は王様に読んでいなさる本には何が書いてあるかと聞く。王様は「もう亡くなっている聖人(= 偉い人)の言葉が書いてある」と答えたので、すぐさま車大工は「つまり昔の人の糟粕( かす) を嘗めているわけですね」と嘲笑した。
王は怒ったが、大工は平然とこう話したと荘子の天道編は謂うのである。後藤基巳さんの翻訳で聴こう。
「いや、あっしはじぶんの仕事の上で申しあげますがね。木を削って輪を仕組むのに、あまりゆっくりやりすぎると、甘くなってガタガタですし、急いでやりすぎると、堅くなってうまくはまりこみません。ゆっくりすぎもせず急ぎすぎもせぬようにするのは、手でやりながら
勘をはたらかせるんで、口じゃぁなかなか言い表わせません。そこんところのコツときちゃぁ、あっしが伜(せがれ)に教えてやることも、伜があっしから受けつぐこともできゃしませんやね。だからこそ、あっしはもう七十になるおいぼれですが、いまだにこうやってじぶんで木を削ってまさぁ。してみりゃ、昔の聖人っていうかたも、死んでしまえばその心の術が伝わろうはずがねえ。だから殿様の読んでござらっしゃるご本なんてえものは、昔の人の心術の糟粕( かす) にすぎなかろうと申しあげたんでさぁ」
* 読書を楽しみ、時に先人の書き置いた言葉や思想の注目したいものをわたしは、このところ、ひとしお、つとめて此処に書き写している。じつは書き写しながらも、この「車大工」の弁を内心に気にしていないではない。上に書き写した荘子の寓話も、まさにそれに当たるが、果たして「糟粕を嘗めて」いるに過ぎぬのか、そうとは言い切れぬのか。忸怩たる実感もないでなく、しかし、それは結局は読み手の覚悟や読み方、感銘という働きに左右されるものと感じている。
2012 6・28 129
* 元気でさえあれば丸の内散策は東京という都市美の堪能できる随一地区だが、わたしは、視野すら白くまた暗く動揺して、めまいというか、たちくらみというか、甚だ剣呑な容態でふらりふらりと。それで一号館地下のレストラン街に入り、空腹で弱りかけている妻のためにも遅い昼食をしなければならず、「まんてん鮓」という店に入った。
これが成功、はなから「お任せ」で一貫ずつ出て来た魚は、どれもどれも美味くて、酒こそ呑まなかったが、家では殆ど何も食べられない、胸に閊えてしまうわたしが、出された鮓の全部を美味しく食べられた。あれで飯がもう少し少なめならラクであったが、感謝に値する美味さと満足感で、少しく持ち直した。
しかし有楽町までのゆらゆら歩きは疲れた。逃げ込むように有楽町線の幸い先に来た清瀬行に乗り、わたしはぐったり寝入ったまま保谷まで。
それでも、街へ出られたのは気も晴れて、いいことだった。フラフラでもユラユラでも、無理してでも歩くためにがんばって街へ出たい。美しいものが観たい。出来れば人にも逢いたい。
2012 6・30 129
* 往きも帰りも座席を譲られてきた。よほど生気なく見えるのだろう、わたし自身も、往きはまずまず、帰りはとてもしんどかった。朝食が十分に入ってなくて、服薬はしていた。昼すぎに診察が終え、有楽町で鰻と菊正でもと強いて思いはしたが、有楽町線の保谷まで直通が来たので、そのまま有楽町で降りなかった。それでも食べねばと、池袋で下車したものの、デパートの高いところまで行く活気が無く、むなしく西武線に乗って帰ってきた。とてもとてもすすたとは歩けない。帰って少し食べ物を口にしたが危うく吐きかけ、中断して機械の前へのがれ、バーン・ジョーンズの繪写真をいろいろ細工していた。気分のわるさをなんとかやり過ごした。
夕食は摂らねばならない。体力が落ちてしまうと妻を心配させている。ふんばって食べねば。
京都の「樅」のママからバラエティに富んだ、柔らかくて京ならではの祇園町のお煎餅詰め合わせをもらい、群馬の図書館長さんからは工夫を凝らしたゼリーを各種頂戴していた。感謝。
「樅」のママは、中学・高校の同級生、気っ風のいい、唄のむちゃくちゃ上手な友達で、そうそう京都へも行けなくなったけれど、お店に行ければしんから寛いで、人さまのカラオケ自慢を黙々と聴いている。妻も好きで、一緒に行ったことも何度か。妻も、あまり上手でない「愛燦々」など歌いたがるのでびっくりする。
* しんどい中でも、路傍の小さな季節の花に眼が行くと、写真に撮る。朝顔も木槿も季節になってきた。青々と茂ったいろんな樹木にもしみじみ眼を惹かれるが写真には難しい。花はどんなにちいさくまた一輪だけでも、佳い。
* **県に赴任した「宏」君が、名産の葛を各種、食べて下さいと送ってきてくれた。ありがとうよ。
2012 7・3 130
* 寝覚めはよかったが、夜中、何度も咳き込んでいた。風邪ではない。なにかしら食道か気道にひっかかりがあるような。 朝食は、グレープフルーツとバナナ。昨日はそれに西瓜があった。折りから高麗屋さんから「林檎ジュース」をたくさん頂戴した。まるで果物を主食にしている、この頃は。炭水化物を口が、好んでは受け付けない。好きな卵料理にもつい辟易してしまう。この調子では衰弱が進むかも知れぬ。今朝の体重、67.5kgほど。もうすぐ最高期体重から20kg減になる。わたしの理想体重はせいぜい60kgほどだから、まだ余裕はあるのかも。
2012 7・6 130
* 夜来の雨もやんでいる。夜中何度も咳き込んでいた。
朝食進まず。放心気味。服薬のために食べるだけ。スクランブル卵、冷えた西瓜、御飯二口ほど。水分。
折しも野澤利江さん、「和久傳」の鱧素麺を下さる。ありがとう。ありがとう。
掌がジンジン痺れている。手の甲は色素沈着で黒ずんでいる。からだは弱り、気持ちは、ま、しゃんとしている。
* 松本幸四郎丈より、重ねてブーゲンビリア一鉢のお見舞いを戴いた。
吉備の有元毅さんからは、翡翠のようなみごとなマスカット二房で見舞って戴く。ありがとう存じます。
2012 7・7 130
* 今朝の上の血圧、105。からだに生気を保たせるには、あまりに低い。葡萄、桜桃、西瓜。果物が主食のようになり、炭水化物も脂肪も蛋白質もほとんど摂れていない。口が容易に受け付けない。喉を通すと鳩尾で苦しく固まってしまう。無事に腸へ落としていくのに時間がかかり、へたをすると激しい咳になり、吐き出そうとする。奈良の丸山君が送ってくれた大好物の葛菓子のいろいろが、口当たり涼しく冷たく糖分にも恵まれて、とても美味しい。
こんな状態でも、自転車で走れる。摂食には拒絶的な躰が、サドルに全身を坐って預けて、両脚でペダルを踏みつづけるのは許してくれる。低血圧で危険という用心はしている、が、近い範囲の武蔵野を走る開放感は身体の苦痛や不快を忘れさせてくれる。苦痛や不快な体違和をいろんな工夫で跳ね返す、それが現下の闘病ということだろう。
☆ 湖へ
お元気ですか。ご無沙汰しています。
私は、いろいろありますが、元気です。
「私語の刻」を拝読しながら、何だったら栄養になるかしらと思う毎日です。
召し上がれるかどうかは天気のようなものでしょうが、季節だけでも味わって頂ければと「和久傳」の鱧素麺を送らせて頂きました。眺めるだけでも楽しんで頂ければ嬉しく思います。
私の近くで治療中の患者さんを、湖だと思って看ています。
これからの暑い季節、何とか体力持ち堪えてください。
どうか、湖、くれぐれも、お大事に。 珠
* 「和久傳」の特色でもあるが、食べ物をただ食べ物として届けるのでなく、とびきり美しく、今の季節を涼しく爽やかに形作り彩って届けてくれる。それが贈り主の気持ちそのものに馴染んで届く。ありがとう。
* 私宅へ、また入院先の病院へ見舞いに伺うと仰って下さる方もあるが、申し訳ないが、堅く拝辞したい。
☆ 私語の刻を毎日開いています
御連絡が遅くなって済みません。マスカットなら一粒くらいお口に入るのではと思ってお届けしました。
「私語の刻」を読むと粛然とした気持ちになります。
どうぞお大事にと申し上げます。 吉備ひと 毅
* すばらしい二房、まず、見惚れました。美味しく三顆頂戴しました。これからの毎食を美味しく救援してくれましょう。有難う存じます。向暑著しく、また御地は風雨の禍もひどかったのではないかと心よりお見舞い申します。どうかお大切になさって下さい。 湖
* ご近所の立川さんから、これならお口に入りましょうかと菓匠「匠寿庵」の涼しい和菓子を頂戴した。小豆入りの外郎ふう冷菓を美味しく戴いた。有難う存じます。
2012 7・7 130
* それにしても寝る前にグーッと一杯の酒に美味く酔えたらいいなあと、あらゆる酒に振られている自分が情けない。
2012 7・8 130
*日照りで頭が焦げそうだった。歯医者のあと妻は池袋へ連れて行き、少しでも何か食べさせたかったのだろうが、わたしは杖をつき立ってゆっくり歩くだけが精一杯。わるいことに保谷駅北口前でタクシーが中々来てくれず、年寄りの熱中症になるかなあと心配した。
朝一番に京都で病後の田村由美子さんから「生八つ橋」を戴いたのが幸い口に入ってくれて、二枚ほど、それが主食になった。
保谷駅構内で、小丸西瓜、グレープフルーツ三顆、桃三顆、買って帰った。すぐに冷やした桃がおいしく食べられた。
2012 7・10 130
* 金澤の戸水さん、麩料理を下さった。少しでも食べられるようにとであろう、感謝します。
* 晩、入浴後の裸体重66.3kg。 これで全盛時? より、丁度20kg強の減となった。食べなければ。
2012 7・11 130
* 午は院内食道で天麩羅蕎麦をとったが、かつがつ蝦の天麩羅を二本食べ終えて蕎麦はダメだった。汁だけ飲んだ。
点滴していたので、それの終わる五時まで院内に居残り、近くの薬局で処方の薬を三種請け出してから有楽町帝劇下へタクシーで。妻は鰻を食べよと。
前に一度なんとか食べられたことがある、妻は鰻重、わたしは最少の蒲焼き。此処の「菊正」一合とキャベツの塩もみをとった。口に美味いと感じられたのは、キャベツと妻から廻された肝吸い。鰻もみな食べたが、美味いと舌鼓を打ったのでない。食べられて良かった、それでも。
とにかくあさからずうっと睡くて、地下鉄に乗って座席を譲られると、頭の落ちるほど浅い眠りへおちこむ。保谷駅でタクシーを待つ二十分ほどがけだるくて困った。
2012 7・12 130
* 午に。また食べねばならぬ。食べたくない。古城進工さんから京都の漬け物いろいろ頂いている。食べてみよう。
* 御飯というのがまるで口に入らない。西瓜、グレープフルーツ。チリメンジャコ。昨日「きく川」で或いは食べられるかと、肝焼きや焼き鳥の串を買ってきたが、ダメ。食べるより、食べずに空腹でいるほうかラク。空腹感というのが、無い。
2012 7・13 130
* 六時、まだ日ざしは亀戸の町にのこっていて、わたしは我が身を奮い立たせるようにして、タクシーで近くの亀戸天神詣でに向かった。『蘇我殿幻想』連載取材の昔に、一度詣でたことがある。
妻には新奇で珍らかな参拝であったと見え、池や藤棚のゆたかに広々としていて、拝殿の華麗なのにも、歌舞伎舞台をみるような花やぎを楽しんだ。
境内に店をもった老舗の料亭「若福」に入り、お任せの料理を頼んだ。これが妻にはとてもとても美味しくて、ご機嫌。
わたしは、味わいは殺されがちでも、ほとんど一通り食べられたのである、ちょいとした奇跡のようだった。場所も店も料理も一級、店の親切な饗応も茶ごころに適ってとても嬉しかった。裏千家の茶の稽古に励んでいるという料理長の料理に涼しげに梶の葉があしらってあり、懐かしい夏の茶の「葉蓋」手前を思い出し、話題がはずんだ。
とっぶりと晩景への推移も店内にいてたのしみ、満足して、料理長や厨房さんたちとも親しく話してこれた。見送ってももらった。
またタクシーで亀戸駅へ、 総武線で市ヶ谷へ、市ヶ谷からは清瀬へ直行の有楽町線で保谷へ帰ってきた。芝居も楽しみ、参拝も料亭の親切な献立にも満たされてきた。帰りの亀戸駅で、亀戸の大老舗「船橋屋」の葛餅も買ってきた。保谷駅では妻がわたしのために桃やグレープフルーツを買ってくれた。タクシーで帰り着くと、留守番の黒いマゴが玄関で元気に迎えてくれた。
* もう十一時を過ぎた。
2012 7・14 130
* ゆっくり朝寝。朝食に昨日買ってきた船橋屋の葛餅、グレープフルーツ。体調良く、薬効か、排尿もすこぶる改善。左手先のしびれ感は有る。
2012 7・15 130
* 古い古い昔からの読者。一度お目に掛かったことがある。東京におさらばして、京都へ帰ってきてはと、熱心に奨めてくれた人。この人は、そうして脱サラし京都へ居を移して、美術関係のお仕事に向かわれた。
北海道の食べ物、いろいろに沢山頂戴。最初に、粒貝であろうか歯触りの確かな甘煮貝を戴いた。「美味しい」という感触を久々に少し実感できたのは幸せであった。有難う存じます。
2012 7・16 130
*ちょっと郵便局へ自転車を使ったが、日照りの暑いこと、寒暑に鈍感になっているわたしでも閉口した。
いまから電車に乗って独りで歯医者に通うが、いささかこの熱暑と日照りとは怖いほど。慎重に、ゆっくりとすばやくとを使い分けながら無事に帰ってきたい。朝食も不十分なので、からだは弛緩している。
* ま、暑かったこと。入念に歯と口の中を綺麗にしてもらい、歯科医院を出てからバス停まで、焦げそうだったが、道ばたには可憐な花たちが幾色にも咲いていてカメラを向けずにおれなかった。大きな木蔭のバス停で助かったがバスがなかなか来ない。来たのは練馬行。いいやと乗り、相当遠回りして練馬駅前まで。
駅構内に馴染んだ寿司屋がある。家に帰っても妻は妻の病院へ通って留守とわかっているので、さて食べられるかどうか案じながら店に入った。鯛と鯖と小鰭と鰺とを肴に切って貰い、〆張鶴の純米吟醸を一合。そして平目とうにと中トロを一貫ずつ握って貰い、上がりは玉の切れ。なんとかみな食べられたのは目出度かった。
保谷駅で桃を三つ、グレープフルーツの大きいのを二つ買ったまではよかったが、炎天干し下でタクシーを二十分も待ったのは、危うかった。音をあげかけたところへやっと一台。助かった。
病院通いは明日も、独りで。
2012 7・17 130
* 今朝、葛餅 桃一顆 牛乳。食べ物が口にはいると忽ちに舌がザラついて、味をこわしてしまう。それでも食べられた方。
2012 7・18 130
* 十時半に病院に入り、出たのは二時前。それまで飲まず食わずで、熱暑の道をよたよたと杖ともの三本足で日比谷線の築地駅まで。食事をと銀座で下車したものの、何が喉を通ってくれるのか分からず、デパートの食堂街はみな高い階にあるのも億劫で、目の前まっくらに立ちくらみしたりするので、結果、無用に遠回り、有楽町線の銀座一丁目まで眩しい日照り道を歩いて、地下鉄に乗ってしまった。池袋で降りようかと一度は電車の外へ出たがあきらめ、そのまま保谷駅へ帰ってきた。また桃三つとグレープフルーツ二つを買い、例によってカンカン照りの真下でタクシーを待ったがえんえんと来ず、仕方なくバスに乗った。不便な場所に停留所があり、家まで五百歩は歩かねばならない。
* 生八つ橋と桃とで飢えをしのいだ。印刷所から新しい校正ゲラがどさっと届いていた。さ、また戦が始まる。
2012 7・18 130
* 今朝も、桃と葛餅。玉蜀黍も少し。飲み物がすぐ生ぬるくなる。
燃えるような日照りを押して、自転車で銀行へ。一年分の家計費を妻が管理の通帳へ移す。また一年、家計では安心して生活できる。
自転車に乗っていても、両眼に泪があふれ出て困惑する。
2012 7・19 130
* 眼科ではびっくりするほど沢山の検査で、瞳孔を開いたり猛烈な光を受けながらの写真撮影などあって、一時半頃に病院を出てもほとんどものが影のようにしか見えなかった。
三笠会館の秦淮春で中華料理を昼食に。いろいろ出たがすこしも美味しくなく、紹興酒もかなり残した。
銀座を散策して、泰明小学校に近い画廊で、ビュッフェのリトグラフが気に入り、買った。体調は宜しくなく、帝国ホテルで二時間近く休息というより寝てしまい、それからタクシーで新橋演舞場へ。
澤潟屋の襲名興行は盛り上がりすばらしく、前から四列、花道より中央の角席が取れていて大満足したが、今日はもう日付が変わっているので、やすんで、明日感想など書こう。メールも手紙も戴いているが、それも明日のことに。
* 帰宅して、素麺を茹でてもらったが、美味く食べられずに、みな吐いた。食べるのが難しい。なにより、今、難しい。
2012 7・20 130
* 北海道からmaokatさんのすばらしく大きなメロンが届いた。金田恩師奥様より、北海道の鮭を頂戴した。
有難う存じます。
2012 7・21 130
* 何を食べてもそのもの固有の味わいが全然賞味できず、なにもかもが苦い。舌の味蕾がすべてザラザラに荒廃しているらしい。美味いと思いたいはやまやまなれども、体力を落とさないためにはとにかく食べるよりないと自覚している。
今日浴後の体重66.1kg。朝にはかったときはものを着ていたが、66.5kgあった。あやうくもう66キロ台を踏み割りそう。
明日からの入院がなにか気分の転換を生んでくれるといいが。
2012 7・21 130
* 入院中の記事も調えた。あとまわしになった平凡社の仕事や湖の本113の進行などへ目を向けて行かねば。
食べられなかった麺類「ほうとう」が食べられ、炒り卵も。
明日からまた抗癌剤を飲み始める。
右の眼にこまかに網状に穴の空いた金属の眼帯をしている、寝ているときも。いまは下にガーゼ無く、曲がりなりに両眼が使えている。
2012 7・31 130
* 吉備の有元さんから芳香宝玉のような美しいきわみの白桃を五顆も頂戴した、その美味しさに天を仰いだ。有り難う存じます。
* 食餌はすべて苦い。その中で、白桃の嬉しいことは。それでも妻の嘆賞してやまない桃の「甘さ」の大方は味わえてないのかと歎く。口当たりの優しさと冷蔵してきた冷やっこいうまさが有り難い。嬉しい。
北海道から戴いた珍しい西瓜も同じように、かぎりなく「水分」が美味しい。
手足への色素沈着がじわじわと肌を黒くしている。指先がしびれ、よく持ったモノを取り落とす。それでも五体はまださほど傷んでいない。
2012 8・5 131
* 正午過ぎに家を出、幸便に一時過ぎに病院入りしたが、検査まで延々、検査が済んで診察までまたまた延々、診察室に呼ばれたのが三時半を過ぎていた。診察は、「あ、とても綺麗ですよ」で三分間で済んだ。眼帯ははずして良いと。右眼への点眼も三種から二種になり、点眼時間も日に六回から四回でよいと。二週間してまた診察。
薬局で処方の眼薬を受けとったあと、松屋八階の天ぷら「綱八」へわたしが望んで行った、が、なんたる生憎、まったくうま味が味わえないまま、しかしとにかく食べた。食べて苦い食餌は、妻が歎いたように「可哀想」過ぎた。酒は純米の日置桜を一合、妻と半分けした。これも苦いだけであった。
外来でも電車でも終始瞑目し半ば寝ていた。保谷駅で、桃、グレープフルーツ、葡萄そしてパンなど買って、幸いタクシーで帰宅できた。六時半過ぎていて、すぐ七時の点眼。残念なことに小さな粒の葡萄が、口には堪らなく苦くて閉口。
2012 8・7 131
* 帝劇モールのよく行く「きく川」で、鰻を食べ、菊正の正一合を二人で分けた。
すぐ下の有楽町線でめずらしく「保谷行き」に乗れた。わたしは、眠るともなく眠りながら保谷まで。遠かみなりや稲妻を見聞きしながら幸い降られずに駅から車で家に帰れた。
好い一日であった。
2012 8・17 131
* 機械の混乱にむかい没頭していたので、体違和は何も意識せず。食べるのも努めて食べている。
サンケイの岡崎さんが、源吉兆庵の名菓「桃泉果」を贈ってきて下さった。感謝、感謝。桃のゼリーの中に桃一つが籠められてあり、一つの菓子が、巨大。二人で半分けして十分。
2012 8・19 131
* 休薬で、からだが憩うているのか、食べ物が口に入る。昼は卵かけ飯や、チーズや、トマトや、花林糖のたぐいが相応の味わいで食べられた。
2012 8・22 131
* 体重66.2kg 血圧102-55(55)血糖値 102 服薬 朝、体違和無い。桃の朝食。
吉備の有元さん、再びすばらしい桃、純白にちかい、かすかに桃色の珍しい桃を五顆下さった。じつに美味く、ほの甘い甘い水気に命蘇るよう。有り難うございます。
2012 8・24 131
* 夕食に、おこわを一人前、ごま塩をかけて食べた。西瓜も。服薬じたいは少しも気にしていない。
2012 8・24 131
* 夕方、国立大劇場での松鸚会に出かけた。五列目花道に近い角席という絶好席をももらっている、その目の前で、開幕小一時間のうちに、悲しむべき危険事故が起きた、らしい。幕が降り、今夜の催しは「中止」と告げられた。ここにあやふやな推量は書かないが。心より案じている。心配でならない。どうか無事、ないし軽い事故で終えていて欲しい。
* 夜のこと抗癌剤を飲む必要から麹町までタクシーを使い、角の、佳い中華料理店「登龍」に入った。北京ダック四本、すっぽんのスープ、紹興酒一合を注文した。気は晴れず、酒は少し残したが、北京ダックとスープの美味いことに驚喜した。その足で帰ってきた。駅で桃四顆と花林糖とを買ってきた。
* 明日もう一日の催しは行われるだろう。真昼間に、行ってくる。なんでもない笑い話でぜひあってほしいが。
2012 8・27 131
* 院外薬局で処方の薬を受けとり、日比谷線を銀座で降り、ビッグカメラで、一太郎の最新版「2012承」を買った。昼食時間にだいぶ遅れているので、地下の「小洞天」へ入ったが、注文した焼きそばも焼売も生ビールもみなからだが受け付けず、殆どを残して、退散。有楽町から一路帰宅。どこへも寄らなかった。
2012 8・29 131
* 金沢の作家、金田小夜子さんから、彼女自身が名付け親の、とても大粒の「ルビーロマン」という葡萄を一房頂戴した。大きい大きい、巨峰も大きいが体積は三倍ほどか。もっと大きいか。普通の葡萄がバレーボールと比べたピンポン球に見える。去年にも戴いたのでその甘さ、美味さはしかと覚えています。感謝。
さすがに季節の移動で桃は味も確かさも落ちてきた。吉備の有元さんに二度もいただいた桃を断然筆頭に、店売りの桃の総じてうまかったこと、命をのばした心地がした。西瓜もうまかった。
それにしても、好きな日本酒の味がよみがえってこない。ワインも。ところが、これこそダメと思っていたウイスキーのシーバスリーガルが、また焼酎が、それぞれ小さなグラスの底に二、三ミリだが、苦い口の口直しに卓効あり、ほんのりと味わいも得られる。焼酎など、知らぬうちに杯を重ねていたりする。
要するに上品な薄味は却って苦くて味無くて、塩昆布や錦松梅やアミやくぎ煮やちりめん山椒など、しつこく塩辛いほどのものだと口の苦みに拮抗してくれる。好きな麺類が、苦みでは無く、誤嚥ぎみに食べ損じて、何度試みても嘔吐のモトになってしまう。
だが、何であれ、量の多少を問わず、朝から夜まで食べていないと、体重は減り続け、貧血でのたちくらみも、危険なほどひどくなる。うっかり手術した右眼をものにぶつけては大変なことになる。「ぶつけないでくださいよ」と昨日も佐藤先生に言われてきた。
2012 9・4 132
* 体重64.7kg 血圧113-66(69) 血糖値 93 朝、黄桃一つ ルビーロマン二粒 餅二つ 服薬 体違和無し 今晩まで抗癌剤
服用 十一時聖路加腫瘍内科診察 血液の諸データ相応の副作用をみせているが急を告げる程でない 貧血が今後も続きそうだが、今より強度になった場合は月一度のビタミン点滴で優に凌げるだろうと。痛みも出血もなく、摂食障害だけが顕著な現状、重だるい体感が始終あるだけで他に体調の不良も悪化も自覚していない。自覚しても凌いでいる。明日から一週間の休薬になり、また相応に少し回復があるだろう。
二時ちかく、処方の抗癌剤次の二週間分を薬局で受けとり。さて食べなくてはいけないが。鮓の福音はもう暖簾を巻いていた。銀座で地下鉄を降り、さていろいろと思い巡らしていたが店の前まで来ると、食べられないだろうと通り過ぎる。パンの木村屋で小粒の餡入りを五種買って、結局地下鉄に。インシュリンを打ち、パン一つを車内で行儀悪く食べ、各種の薬を飲んだ。池袋でおり、また食餌のいろいろを思いつつ西武の八階に渋々あがってみた。日本料理の店先に「松茸御膳」を見つけて店に入った。食べられたのは、土瓶蒸しの汁、辛うじて茶碗蒸し、赤出汁、デザートのくず餅。揚げ物はただ苦く、名ばかりの松茸飯もダメ。要するに汁けのものだけ口にして退散した。この調子では、店にはいって食べるということに極端に臆病になってしまう。先日麹町「登龍」にとびこんで食べた北京ダックとすっぽんのスープのような美味い出逢いが、宝くじ当選のように想われる。
保谷駅で梨を買って帰った。冷えた水けの果実をせいぜい食べよう。服薬のために強いて食べた飯がまずく、葡萄の巨峰、ルビーロマンに救われた。今期最後の抗癌剤をのみ、その他ナンパオやスッポンのカブセルや、アリナミンを呑んだ。疲れに堪えられず潰れるように宵寝した。ものすごい喉元の苛烈な苦みに目覚めを強いられた。胃は無いので胃酸ではなく、食道へ直結した小腸から逆流してくる胆汁だと教わってきた。すこし枕を高くしてとも。理由が分かると、それは当然だなと納得する。
2012 9・6 132
* 午後に俳優座稽古場でのチェーホフ「かもめ」を観にゆく。
稽古場公演は密度濃く観てとれて楽しい。どうか満たしてもらいたい、感動を胸に。
* 強烈な日盛りの正午に家を出た。バスは待ちかね、来合わせたタクシーで駅へ。六本木の俳優座劇場稽古場へは一時十五分に
入った。とても見やすい三列目の通路脇をもらった。
「かもめ」を何度か観てきたが、今日の稽古場のがいちばん明瞭に内容を伝えて感銘を誘った。
舞台、演出が効果的に巧みで、場面の転換を正確に伝えてくれた。美学藝術学的な場面や台詞が静かに胸にしみて、作家の私としてはチェーホフの作意の或意味の苦々しさや難しさが面白く分かりよく活かされていた。誰もかもが幸せで無く、そのうちの誰かはけっこうずるく、誰かは恋の哀れに泣き、誰かは遁れようのない名声欲にとりひしがれ、誰かはひたすら孤独であった。チェーホフ世界はそういう人間の鬱屈や絶望を抱き込んでいて、死の影も容赦なく襲ってくる。
俳優達の誰がどうこうということは、今日の舞台では二の次である。トレーブレフが、ニーナが、トリゴーリンが。ソーリンが、ドルーンが、アルカジーナが、マーシャやポリーナやメドヴェジェンコやシャムラーエフが、どんな運命と人生に喘ぎまた諦めまた安く誤魔化しながら生きているかがくっきり見える舞台であったからは、ほぼ立派に及第点。
チェーホフの舞台劇の主要名作をすべて熟読し、いまは妻のクニッペルに宛てた夥しい書簡をわたしは愛読している。そのことも観劇にいい視座をあたえてくれていた。
からだはかなりバテていたのだが、持ちこたえた。だが練馬駅の構内で何度も入っている鮓店に立ち寄ってはみたものの、注文した鮓種も純米酒も苦くて味無くて尽くダメ。妻の注文分についてきた茶碗蒸しと味噌汁だけに「味」が有った。そして食後貧血はことにひどく、立つと目の前が暗くなった。血の気の引いて行くのが分かった。
保谷駅からは幸い五六分でタクシーが来てくれた。
2012 9・9 132
* 二時過ぎに家を出た。空気も燃えたようなギラギラの熱暑。それでもバス停がわずかに木陰になっていた。江古田からまたバスに乗る。江古田二丁目から歯科医院まで、日陰を辛うじて縫うように。左下の歯から神経をぬく治療、事前にレントゲンを三枚。かすかに左奥の上下がしみる程度なのだが、虫歯もぐらぐらもいくらも有るらしい。お任せしますと。
四十年余も、同じ歯科の父・娘先生に診てもらっている。
帰路、江古田ですこしだけ遠回りしてブックオフへ。なぜだか前回立ち寄って「椿説弓張月」が無いかと聞きに立ち寄ったときから、岩波文庫が買いたくて堪らなかった。「易経」上下巻、「後撰和歌集」「拾遺和歌集」「後拾遺和歌集」プーシキンの「大尉の娘」ツルゲーネフの「猟人日記」上下巻、都合八冊も買ってきた。溜まりに溜まった本の整理に苦心しているのに新しい本が買いたくて読みたくて堪らないとは、これも病気か。呵々。気をつけないとまた眼を患いかねない、一時に読む冊数を自制し抑制しないといけない。しかし買って帰った八冊はすぐにも読みふけりたく誘惑されている。後撰和歌集とロシアに文学を勃興させたプーシキン晩年の最高傑作とされる「大尉の娘」に、もう、ウズウズしている。
ついでにブックオフ近くの和菓子店で棒羊羹いろいろを買い、江古田駅前のマクドナルドで、食べられないかなと希望的観測のもとに、油で揚げたジャガイモのスティックLサイズを買い、さらに保谷駅でタネ無しピオーネ葡萄の房を買って帰った。
医院の待合でも、行き帰りの西武線でも、平凡社のゲラをずんずん読んでいた。昨日の帰りほどでは無くても、グダグダにからだは暑さに参っていた。夕食は、やっとこさ冷や飯半膳にチリメン山椒をふりかけただけ。期待のポテトスティックも苦くて食べられなかった。食べる食べ物のどれもこれもが苦くて苦くて堪らぬとは、ほんと、情けない。
2012 9・10 132
* 五時半に、妻と、日本橋高島屋の「傘寿記念上村淳之展」の会場に入った。上村さんの夫妻にまずお祝いを申し上げ、懇切な御見舞を戴いた。わたしは今年の暮れに喜寿、あやかって八十にまでも元気にありたい、そんなお祝い気持ちで参上しましたと。
淳之画伯自選の作品展で、気の入った納得の行く作品選定であり、会場は清潔な空気であった。
花鳥の時代はあるいは過ぎて行こうかとしている。しかし花鳥画は東洋画の不動の分野でなければならず、後継者の盛んな登場を願いたい。花鳥画の優秀な作品は、凜然と胸にひびいて静寂かつ強靱なのである。今の人にはその辺の価値判断があるいはしにくいかも知れないが、大事に盛り育てて欲しい。
画伯は気が優しい。それはいい。その上に花鳥の命に、より強靱な命の波動を表して下さると嬉しい。
別館の四階で祝賀の宴があった。文壇人の顔がみえず、千住真理子らと一緒に中国二度目の訪問旅行で団長を務めてもらった画家の松尾敏男さんと顔が合い、親しく久闊を叙した。上村さんにも松尾さんにも湖の本は見てもらっている。それにも丁重に挨拶があり恐縮した。うまく出逢えてよかった。この二人には前の歌舞伎座時代に、緞帳繪で幾たびも出逢ってはいたが。
妻は、いくらか、こういうレセプションが好きで、食べ物、飲み物も楽しんで戴く人だが、今晩はなにしろわたしが飲みも成らず食べも成らないまま、淳之さんに失礼の合図をすると、人をわけて礼に来られ、いたく恐縮した。握手して別れてきた。奥さんとも親しく立ち話をし、どうかどうかお大切にご養生の甲斐ありますようにと見舞われて、別れてきた。そういえば松尾さんも二十年も前に胃の切除手術をうけておられ、今はさぞお辛いでしょうが、大丈夫必ずそのうちにお元気に成られますと太鼓判をもらってきた。
* 先刻高島屋に入ってエレベーターに乗ろうとして、咄嗟に妻はイタリアの手細工の銀のネクレスに目をとめていた。宴を失礼して一階へおりると妻はその売り場へ向かい、目をつけた銀細工の繊細で美しい品を、よほど高価であったけれど、嬉嬉として買った。たしかに珍しい感じの気の入った彫りの手仕事にわたしも賛同した。
とても歩けない。車で銀座一丁目へ、そして地下鉄に麹町駅まで乗り、大通りの向かいの、このあいだ独り入った中華料理「登龍」へ。望みは先夜ひときわ美味しく食べられた北京ダックとすっぽんのスープ。紹興酒は先日残してきたので、今夜はマオタイがあるかと聞いた。最近マオタイを飲ませる店は無いとすらいえるが、さすが、ちゃんと出してくれた。
みんな美味かった。デザートの杏仁豆腐は半分妻に助けてもらった。満足。妻は先夜土産に持ち帰った料理がとても好きで、今夜も持ち帰り分を頼んでいた。この店をみつけたのは染五郎が、目の前で大怪我してなにもかも中止の帰路であった。あの晩はわたしも気落ちしてよほど調子わるかったのに、北京ダックとすっぽんスープに助けられたのだった。
* 一路保谷へ帰った。どの電車でもほぼ必ずのように座席を譲って下さる。ご親切まことに有難い。が、よほど幽霊のような顔をしているのだろうと情けない。
就寝前、例の十五冊をおもしろく読む。
2012 9・12 132
* 食べられない。大方の食材がどう調理しても苦くて苦くて喉を通らない。堪らない。飯も果物もつい半分になる。ひっきりなしに間食もしたいが、花林糖、蜂蜜、アイスクリーム、氷菓子などばかり。糖分はあるが、炭水化物が入らない。
2012 9・22 132
☆ こんにちは
今日はこちらも涼しい朝を迎えました。
午後には雨も上がりましたので、常林寺さんへ。
お盆は余りの暑さで、お参り出来ず気になっていました。
すっきり、きれいにして、お参りしてきましたのでご安心ください。
萩もよく咲いていましたが、写真が目的の人たちが多く、私は携帯なのでよく撮れてませんが送ってみます。
毎日のお暮らし、何かとしんどそうで心配ですが、しっかりとお過ごしのご様子にいろいろと教えられる思いでいます。
こちらで、何かお口に合いそうなものがありましたら、お申し付けください。すぐ送らせていただきます。
発送の作業など、くれぐれもご無理されませんよう。
どうぞ、どうぞお大切に。 従妹
* ありがとう。なかなかお墓の面倒も見られず。ありがとう。萩の寺の萩満開のうねり、懐かしく見入りました。
食べ物は口にする何もかもが苦くて、おおかた喉を通らないのをむりやり食べようとしています。口の中が、舌も、ざらざらしていますので、余儀なくチューインガムを噛んだり、ウイスキー、焼酎などを滴ばかり垂らしますが、引き攣れるほど辛くて。それでも口中の不快はなんとか凌げます。からだはしんどくても、気力などはすこしも変化ありません、今度の本も眼科に入院している最中に、片目で初校したものです。仕事したり読書したり観劇したりしているから、病状とも対峙できます。それと睡眠。睡眠は良薬です、目覚めたときは健康な感じが思い出せます。
2012 9・23 132
* 聖路加病院へ出かける。発送の残り分に手をつけるのは明日以降になる。
夏の間は空いていた病院に戻ってきた人たちが一杯。十時半に入って生理検査を受け、糖尿病内科の診察が終わったのが一時半、感染症内科の診察を終えたのが三時半。料金の支払いにも時間かかり、完全に昼抜き。薬だけ、なしくずしに飲んだ。
糖尿病は著しく改善が進んでいた。インシュリン注射の単位量を少し減らされた。感染症でももはや前立腺等の感染は終えたと思う、尿も血液もとてもきれいに良い値になっていて、貧血傾向だけが見える、と。
とにかく今日はタチクラミ、ヨロメキが多く、危なかった。何か食べねば家へも帰れぬと思い思い結局池袋で地下鉄を降り、西武デバートの地下売り場を通り抜けていった。すずやの九粒入り栗菓子を買った。千円冊を出したらもう千円が必要だった。また亀戸船橋屋のくず餅を買った。支払いしたあとで賞味期限は明日といわれた。やれやれ。
半ばやけくそ気味にエレベーターで八階に上がり、結局「伊勢定」で蒲焼きの上と、肝吸い、赤出汁と、久保田の純米酒を注文した。どれもこれも口苦くて美味いとは謂えず、途中でチューインガムを噛み口内のざらつきを抑えながら、鰻を食い汁を吸い酒を飲んだ。酒がのこったので胆焼を一串頼んでむりやり飲んで食べた。五時前だったが、晩の抗癌剤ものんだ。
西武線では準急の練馬まで座れなかった。つり革にぶらさがり殆ど目を閉じ、息づかいを殺していた。保谷駅で座席から起ったときのたちくらみで目の前が真暗くなった。そのまま下車、タクシーが駅前に一台いてくれて助かった。
2012 9・24 132
* 国立大劇場の「藤間会」初日に出かける。
吉右衞門、菊五郎、梅玉の三人翁、面箱に七之助、千歳に時蔵、そして三番叟に藤間勘十郎の「壽式三番叟」弓矢立合が立派だった。吉右衞門の悠々、時蔵の品格、七之助の奮励、とりわけて勘十郎の三番叟の見事な格調に感嘆した。
次いでは何と言おうと玉三郎の「竹」を賛美し親愛の「此の君」が、胸をさわがすほど絶品の美しさだった。玉三郎に会うのは久しぶりだった、嬉しかった。
あと。「出雲梅」を舞った藤間綾がとびきり上手だった。藤間香花の「鏡獅子」は前シテの弥生が長くてやや退屈したが、後シテの獅子はまことに立派で、前シテの分を帳消しにした。「豊後道成寺」の藤間利弥も長い舞いを悠々と達者に舞った。
贔屓の坂東亀三郎、亀寿兄弟が男伊達で、女伊達の藤間勘壽々につきあった「女伊達」が綺麗にしっかり纏まった。勘壽々は老女であろうが、悠然と崩れなかった。相当な達者にちがいない。大喜利の「雨乞其角」は賑やかしに過ぎなかった。
四時間半を大いに大いに楽しんだ。
麹町「登龍」でおそい晩食、マオタイが効いた。妻は北京ダックとすっぽんスープのほかに八宝菜を食べていた。美味そうに見えたがわたしには食べられなかった。店が、アイスクリームを最後にサービスしてくれたのに、わたしは半分と食べられなかった。苦いのだ、なにもかも。
十時半過ぎて帰宅。
2012 9・26 132
* 昼前に歯医者に行く。帰路、江古田のブックオフで岩波文庫のプーシキン、トルストイ、ロマン・ロラン三冊を買ってきた。少年の昔の本が買いたい気持ちが先祖返りしているのか。足をやや伸ばし、妻の勧めていた蕎麦の「甲子」に入った。二段の蒸籠、純米吟醸の甲子で始めて、なんとか食べも飲みも出来たので、酒の余りに煮奴と板ワサをもらい、昼の客の一人もいなくなってからもゆっくり食べて飲んできた。とにもかくにも食べられるということが、有難い。
狐の嫁入りのような小雨にもしばし遭ったけれど、なんなく保谷駅からはタクシーで帰れた。
2012 9・28 132
* ペン会員のお一人から小田原の上等の蒲鉾を戴いた。昼、有難く少し戴いた。昨日は江古田の「甲子」でも真っ白な板ワサは食べてきた。食べられた。
いったい何が苦くて何が食べられるのか、全然確信が無い。苦い食べ物が苦痛なのは避けようが無い。「苦」痛とは謂えている。
朝が早かった。はやめに休もう。
2012 9・29 132
* 血圧112-59(71) 血糖値89 体重65.0kg 朝、牡丹餅一つ 梅干し茶漬けふりかけて白粥 ヤクルト 朝の服薬 十二時から三時 日比谷日生劇場で松たか子主演の菊田一夫演劇賞ミュージカル「ジェーン・エア」を楽しんだ はねてから画廊でビュッフェやアイズビリらの展覧を観た 御幸通りと交叉の大通りから大江健三郎らの率いる「反原発デモ行進」に合流し、有楽町まで大勢とともに歩いた 短距離ながら念願の一端を叶えた デモは長い長い長い列を成していた 遅い昼夕兼帯の食事を新有楽町ビル地下の「今半」で 食べられたら良いがと牛肉の「しゃぶしゃぶ」を 数日前から考えていた 少し贅沢にとあえて、上、特上の肉を選んだが、苦くて、肉の味まったく味わえなかった。食べられたのは白い豆腐だけ それでも頑張って、肉も野菜も麺も喉を通した 食後に抗癌剤など服薬 有楽町線で一路帰宅 観劇のあいだも終日涙目で涙溢れ視野朦朧 道路も階段も只よろよろと。疲れた。
2012 10・13 133
* 反原発デモに少しでも合流参加できてよかった。
* 「今半」での酒一合を、半分近く妻に手伝わせたために、体調を崩して、帰路の車中でもしんどそうであった。わたしのせいで、ワルイことをした。
2012 10・13 133
* 昨晩の九時過ぎから今朝は九時半まで十二時間余も寝ていた。涙が目やにになり両眼が明かないのをアイ浄綿で拭き取って朝の目薬をさした。
起きるか起きない間に、生駒の藤田理l史君から奈良名産の胡麻豆腐をいろいろ送ってきてくれた。優しい青年、いい恋をしているだろうか。有難う。朝飯にさっそく美味しく戴きましたよ。元気に、溌剌とお勤めあれ。
同時に高校の後輩、いまは群馬県伊勢崎の画家杉原氏が、みごとに描けた紫陽花の淡彩画を「お見舞い」と送ってきて呉れた。彼自身もいま病んでいる中で懸命に描いた作品で、できばえにはなんらの病影もにじんでいない、優しい気持ちが精彩に富んだ筆線・筆触にみごとに生きてあらわれ、観ていて心もち静まり嬉しくなる。
わたしは書いているとき病気を忘れている。きみも描いて描いて病気を忘れて創作のよろこびを妙薬としてほしい。よく描け、よく書ければ妙薬はひとしお効くはず。負けないで作画三昧境に生き抜いて下さい。わたしも頑張る。
☆ 京みやげ少々
秦先生、きょうは堀川寺ノ内の宝鏡寺で爽やかな古都の秋を満喫いたしました。
京言葉も堪能し、先生の『京のわる口』の味わいも一入です。
いろいろ「わる口」を探したくなるほど、やはり京は、言葉も、女性の挙措もはんなりして、いいですね。
帰りに、伊勢丹で、生湯葉少々お送りさせて頂きました。
お漬け物をとも思いましたが、胃腸の負担にならず、胃の腸へ喉越しの良い物をと、生湯葉にいたしました。お口に合うと嬉しいのですが。
食欲が少しでも回復なさいますように。
佳い季節です。日付薬で、お元気になられますように。 名古屋 珊
2012 10・22 133
* 歌人で大学の先生である神戸の岡田昌也さんから美味しい熟柿を一つ一つ手づから紙包みして頂戴した。甘く美味く口に入った。詩人の山中以都子さんからは栗菓子をお見舞いいただいた。作家の水谷三左子さんからは京都の生湯葉をお見舞い頂いた。ありがとう存じます。
2012 10・23 133
* 歌人で大学の先生、読者でもある岡田昌也さんに頂戴した熟柿=干し柿は、ことのほか美味しく口に合っている。そえられたお手紙も心温かい有難いものであった。
2012 10・24 133
* 神戸の歌人、口に合ったのならと庭のつるし柿をまた送ってきて下さった。感謝。夕飯時に早速一つ頂いた。
2012 10・29 133
* 神戸の信太周先生から、故郷青森へご注文戴いたわたしの好きな稲庭うどんが沢山送られてきた。有難いこと。嬉しいこと。
もう久しくe-OLD の親友としておつきあいしてきた読者玉井研一さんが癌で急逝されたのは悲しいこと、無念なことであった。向島の百花園へ勝田貞夫さんも一緒に出かけ、帰りの方角の同じ玉井さんと上野の街なかで天ぷらをたっぷり食べて歓談に終始した日が、恋しいほど懐かしい。嗚呼。
奥さんから、これもまた沢山なわたしの大好物の椎茸を頂戴した。嗚呼。
2012 11・5 134
* 金沢の讀者の金田小夜子さんより、万歳楽酒造の逸品清酒「白山」と「梅酒」とを頂戴した。忝し、ありがとう存じます。
早速夕飯時に「梅酒」を戴き、おかげで口中があらたまり、秋刀魚が食べられた。蜆汁も飲めた。食べ物がもともと苦いわけは無い、ひたすらわたしの口中がわるく荒れ、灰を含んだような砂を噛んだような薬物で汚染されたような不快感を培養してしまっているのだ、お酒はいくらかその不快を殺いでくれる。次第次第にアルコールへとわたしは惹き戻されている。過ぎぬようにはせねば。
2012 11・9 134
* やはり食べられないものが多い。苦い灰か砂かを、ものを口に入れた一瞬に感じ、げそっとする。ウイスキー、酒、焼酎そして戴いた梅酒、強烈にからいガム等で口腔をまず麻痺させておいて食べ物を口にしている。幸いと太い饂飩や蕎麦、ラーメンなどが少し喉を通ってくれる。肉はどれもまだ、ダメ。食べるよろこび、まだまだ復帰しない。抗癌剤はあと半年は続く。病気に抵抗できるならあと一年でももっとでもわたしは副作用に堪える気でいる。堪えられる。
2012 11・10 134
☆ 秦先生
めっきり寒くなりましたが お元気でしょうか。勿論 HPで日々の体調のご様子拝見していますので、大変なことは承知しておりますが それにも関わらず 根をつめて、お仕事なさっておられるようで、案じております。先生のお眼の方、本当に辛そうで 一日も早いご快癒を祈念しております。
喜壽の御祝いと出版の御祝いを兼ねて、萬歳楽のお酒をお送りしましたので、もう着く頃かと思います。梅酒もありますので奥様と共にお召し上がって下さい。お口の苦さがすこしでも軽減すれば幸いです。
同封のものは、福島へ行ってきた記録とその契機となった事業のご案内です。お暇の折にご一読下されば嬉しいです。
では くれぐれもご自愛下さいませ。ご案内まで。 金沢市 さよ 作家 読者
* お酒は嬉しくもう毎日戴いています。お酒の味が戻ってきてとても喜んでいます。しかも食味の苦さにお酒類は緩和の著効あり、もともとの好きが復帰してきています。
2012 11・12 134
* 京都宇治の美術商伊藤隆信さんから電話、お見舞いと、神宮道の割烹「波多野」に頼んで食味をいろいろ作らせて送りましたから、せいだい食べてみて下さいと。有難いこと。
電話の後にすぐ届いた。
☆ 秦様 ちりめん山椒 鰊旨煮 手前味噌 金時芋レモン煮 栗の渋皮煮 赤万願寺唐子しょうゆ漬 昆布巻煮 です。
お早目にお召し上り下さいますように おくれやす。
* お店「波多野」からの、贈り物へ口添えと想われる。どれもこれも美味しそう。感謝・感謝。美味しく食べられますように。
2012 11・13 134
* 宇治の伊藤隆信さんから贈られてきた神宮道の割烹「波多野」手作りのいろいろは、みな口に合い、ことに渋皮煮の大栗、たぶん小布施の大栗かと想うが、とても美味しい。薩摩芋の旨煮も。鰊は蕎麦に添えている。商品ではない、「波多野」でわたしのためにいろいろ瓶詰めにしてくれたもの。有難し。
この店の向かいに馴染みの星野画廊がある。北向けば平安神宮朱の大鳥居がみえ、南へすぐの三条通りをこえるとそのまま坂道が青蓮院や知恩院へ誘う。
少年のころ、坂のあるこの界隈は自転車乗りの絶好域で、粟田坂でも三条大通りでも知恩院前でも下りの疾走を盛んに楽しんだ。しかし二度、トラックや車に接触して危なかった。軽傷で済んだ。
2012 11・15 134
* 観劇のあと三人で高島屋十四階で中華料理を食べ、加飯紹興酒のうまさなども満喫、わたしも、美味い美味いとは思い切れなかったけれど、殆ど全部を腹中に納められた。必ずしも呑み助ではない建日子が加飯酒を美味いと手酌していたのも嬉しかった。
帰路は山手線以外になく池袋まで満員で、座れなかったのがちょっと堪えた。
いい一日だった。
2012 11・30 134
* 血圧85-44(77) 血糖値73 両眼の涙変わらず 体重64.4.kg 朝、振掛け茶漬け ヤクルト ヨーグルト 朝の服薬 聖路加腫瘍内科の血液検査結果、腫瘍マーカーの値が増えているので、緊急にCTスキャン 加えて抗癌剤の副作用が重いのと、眼の角膜を副作用が傷つけている懼れがあり、やはり緊急に眼科で角膜を診てもらいましょうと。癌マーカーの値が増えているのが、癌細胞の残存や転移・増殖を示しているのかどうかは、CTスキャンで判断しますと。いずれにし抗癌剤副作用が角膜を傷つけているとすると放置しては失明にもいたるので、明日から予定のの服薬を止め、もう一週間休薬をのばして状況に改善があるか診ましょうと。
眼科では、腫瘍内科から依頼した医師でなく、いつもの担当医が診察し、すこし角膜は傷ついており、周辺に充血もみられますねと。フルメトロンの点眼継続に効果を期待しましょうと。フルメトロンはもう一ヶ月以上用いている。地元の眼科医にはフルメトロンはよした方が良いと言われている。病院眼科の担当医に、抗癌剤「TS1」の認識や理解があるのかどうか覚束ない。
処方薬を受けとり、かなり遅い昼夜兼帯の食事を銀座三笠会館中華料理で。幸い、ほぼ全てを食べた。香辛料などの強い刺激がむしろ食の苦さを抑えてくれるのだろう。貧血感覚相変わらずつよく、視界不鮮明の儘、よたよたと杖にたすけられ、銀座から池袋経由、保谷からタクシーで帰宅。今日は終日、視界眩しくて閉口。
2012 12・6 135
*奈良の阿部陽子さんから吉野葛を頂戴した。葛は大好き。今日も築地で葛切りを買って帰ったところ。
和歌山すさみの妻の従弟の店から、たくさんの干物魚をもらった。梭子魚がとくに美味い。食べられますように。
2012 12・6 135
* 義妹から手編みの襟巻きをもらう。じつは寒くてはやくからボロ襟巻きを寝ているときも欠かせなかった。感謝。
吉野葛が美味しい。近所で買った白鶴の生酒粕も、焼酎も口に合っている。今夜は梭子魚(かます)も一尾食べられた。せいぜい食べるようにしている。間食もできるだけ好きにしている。
2012 12・7 135
* さすがに疲れている。「ライオン」では、やけ食いのようなもの。ソーセイジを注文したら「食べられますか、お腹いっぱいですよ」とウェートレスに案じられたが、この店では徳に気に入りの「フライドポテト」まで食べた。ビールはまだ馴染みを復旧出来ていないので小さいジョッキでよかったが、お店は遠慮無く中ジョッキを持ってきた。これは三分一ほど残してきた。
旨くなくても、せいぜい食べるようにと腹を括っている。食べられる種類を自然に増やして行く。
2012 12・17 135
* 朝夕に贈られてきた「めで鯛」の姿焼き、「福」の「ふぐ一夜干し」を、帰宅後、明日誕生日の前夜の祝い膳にと妻が用意してくれた。ありがたくご馳走になった。「旨かった鯛と福」に感謝します。
晩に金沢から金田さん、能登風味詰め頂戴。ありがとう。
明日は、夕方から国立大劇場で、うって変わって歌舞伎の通し狂言『鬼一法眼三略巻』を楽しんでくる。「清盛館」がめずらしく、「菊畑」「檜垣」「奥殿」と続いて吉右衛門が一条大蔵卿の大芝居。はねるのが九時前なので、外での食事はあきらめねばならない、家でゆるりととりどりご馳走にあずかります。
2012 12・20 135
* 朝一番に、今日の喜寿を祝って下さり吉備の有元毅さんから「鯛」のご馳走いろいろを頂戴した。昼食に戴こうと。有難う存じます。
「珠」さんからも、お祝いにと、和久傳の名菓いろいろを頂戴。重ね重ね、ありがとう。
小松の八代啓子さんからは、めでたくも立派な北国の昆布を頂戴、また写真家の井上隆雄さんから、小山園の銘茶また茶を生かした菓子など頂戴、ありがとう存じます。
2012 12・21 135
* 午、吉備の人の祝って下さった「めで鯛」のご飯と汁とを美味しく美味しく温かく戴いた。幸せなこと。
2012 12・21 135
* 讃岐の岡部さんから、京風味の生湯葉などを御見舞に、、また、お付き合い久しい近江の小田さんからは、いつもの梅干しのほか、梅酢、名酒二種、酒粕、珍しいお茶等々、少しでも食べて呑んで下さいませと、お祝いと御見舞を戴いた。お二方、有り難う存じます。
2012 12・26 135