ぜんぶ秦恒平文学の話

食べて飲んで 2013年

* 建日子が帰ってこずにいる分、用意の正月料理が有り余り、しかもわたしが殆ど食べられない。妻が美味しいと謂う、何一つ美味しいどころでない。が、つとめてそのまま咀嚼している。栄養価は変わるまい。酒は、日本酒もウイスキーも、少量ずつだが飲む。焼 礙酎も飲む。口腔の不快を辛いほど刺激的に散じるために飲む。
便秘すると排尿の勢いが鈍り、まま、数次ないしそれ以上かけて散尿する。排便すると一度で出切る。少年の昔から排便と排尿との関連はこうだったという体験の実感があるが、老いの不如意も加算されているだろう。
黒いマゴの放尿こそはうらやまし
われの清水はしとしとと漏る    湖
2013 1・2 136

* やや今日は夕刻まで眼が明るく、仕事がはかどった。日記を書く余力を「仕事」へ廻している。涙は滲み出る。洟水も垂れる。根気よく眼を拭き鼻をかみ、粘る唾液も吐いて対応している。食べ物も、食べられる限りを食べている。
湖の本創刊以来の読者である山本道子さんの下さった、山本さんの実家と聞いている老舗「村上開進堂」の、貴重品でもあるだろうクッキーか、すばらしく美味い。すこしも苦くない。建日子にも食べさせたいと正月まで取り置いたのを、老夫婦で戴いている。
2013 1・6 136

* 札幌の真岡教授から、北海道の「お米」六種をどっさり贈って戴いた。お米の種類にも味わいにも疎く、せいぜい売り名の二つ三つしか知らなかった。手紙で、いろいろに教わった。

☆ 拝啓  秦恒平様
武蔵野も今年は寒い冬と聞いております。その後、お加減はいかがでしょうか?
北海道は年末からずっと、真冬日が続き、雪と氷の中で暮らしております。先週は会議で道東十勝へ出張し 零下二十九度を体験してきました。充分な防寒をしたにもかかわらず、夜の駅で汽車を待つ十分の間に、手足の感覚がなくなりました。雪解けにはまだ八十日有ります。雪間の草さえまだ先ですから、花を待つのはまだまだ先のことです。
北海道のお米、六種類を同封しております。同じ道の産なのに、味も硬さも驚くほど多様です。いろいろ試して頂いて、もしお気に召したものが見つかりましたらお知らせ下さい。
関西で育った方は、柔らかめのご飯を好まれる傾向がありますので、まずは「あやひめ」という品種をお薦めします。茶事の懐石で折敷に載って出てくるような炊き上りになりますが、味はあっさりとしていますので、喉の通りも良いと思います。
もう一つのお薦めは「おぽろづき」という私の属する研究所で育成した品種で、ねっとりとした餅米のような風味がします。見た目も餅米のような乳白色をしており、その景色から朧月という風雅な品種名がつきました。
ちなみに柔らかさは「あやひめ」「ゆめぴりか」「おぼろづき」「ふっくりんこ」「ななつぼし」「ほしのゆめ」、味の濃さでは「おぼろづき」「ほしのゆめ」「ゆめぴりか」「ふっくりんこ」「ななつぼし」「あやひめ」という順番ですから その日の体調やお好みでいろいろ召し上ってみて下さい。ご飯を要に、お食事を少しでも楽しんでいただければ幸です。
昨年から眼の調子も思わしくなく、今年は大学病院で精密検査を受けることになりました。複数の中間管理職を兼務し、さらに研究を続けて、それでも二年間両立させてきましたが、やはり気力体力の限界を感じました。上司もこのあたりはよく見ていて、ついに四月から管理職に専念することになりました。入省以来、寝ても覚めても、一日中研究のことを考えていただけに、春からどのような生活になるのか想像もつきません。時間に余裕、正確には気持ちに余裕ができたら、頭の隅に仕舞って老いたお茶や文学の小箱を開けて いわゆる「健康で文化的な生活」が出来るぞ! と自分を励ましています。春以降どうなったかについて、また落ちついたところでお便りしてみたいと思います。
奥様共々、お健やかに過ごされますよう、花や紅葉を楽しまれますよう、心からお祈りしております。
お眼の具合よろしくないところ、読みづらい悪筆にて失礼いたしました。
最後になりましたが、昨年のご指摘、心しております。ありがとうございます。  敬具
平成二十五年一月十三日   真岡哲夫

* 親身のお手紙、感謝に堪えない。ではでは六種の「北海道産 お米」をしみじみ味わいます。
2013 1・15 136

* 味覚異常もいかんともし難い。視力は戻っているという病院眼科医の曰くも実感の域に届いていない。

* 当面の仕事を、とにかく一段落させなくては。一月一杯で、なんとか一仕事分は落ち着くかと期待。その後はその後。
湯の中で、今夜は、二册しか読めなかった。目が利かなかった、ともすると寝入った。読んだのは「八犬伝」とプーシキンの「猟人日記」で。

* 素麺は細すぎて歯にひっかかる。太い饂飩はさほど好きでなかったのに、今は太めの、しこしこした饂飩を歓迎している。噛んで咀嚼して味わいが伝わってくる。苦みもすくない。ごちゃごちゃと煮混ぜた、どろっとした色の食べ物を、はねつけてしまう。昨日も「更科」で、あっさりした蕎麦と「板わさ」がよかった。但し山葵は使わない、ストレートに苦いので。「しめ鯖」も山葵なしで食べた。
饂飩に助けられている。饂飩にはいろんな名があって、「麦麺」という例も。考えるまでもない、なるほど。
一年前か二年前か、ちょうど今頃、銀座松屋裏の「鉢巻き岡田」で妻と食べた「鮟鱇鍋」が美味かったのを忘れられない。いまは、第一あれだけの量が食べられまい。ときどき、ぼーっと夢見ている。
きのう家でウイスキーを口にしたら、あの燃えるような口辛さが失せていて美味いのにびっくり。ついダブルで二三杯も飲んだかも。ま、酒類は控えめにしているのだが。
帝国ホテルのクラブがまた年度替わりする。ペンの例会や理事会が東京会館であると、すばやく抜けて独りでクラブへ移動して、本を読んだり校正したりしながら、食べて飲んでいた。飲むのは、ここではチャージしてあるウイスキーかブランデーと決めていた。今も、同じだが、とても量は飲めない。食べ物もいろいろあるが、鮓や和食には賞味できる自信がない。先日歌舞伎の帰りには、角切りの、わたしは「さいころステーキ」と呼んでいるステーキが久々に美味かった。それより前にきたときの、あれは何と謂ったっけ「でんでん虫」は、以前ほど美味に感じなかった。
このクラブへ夫婦で来ている客を、十年余にもなるが、一度も見かけない。クラブの人たちともすっかり馴染んでいるが、此処でもわれわれは型やぶりなのかも知れない。もうめったに行けないのだから退会しようかと聞いたが、妻は、それぐらいの贅沢はいいでしょうと。会費、支払います。
2013 1・26 136

帰りがけ染五郎の番頭さんから妻は箱入りのプレゼントを貰っていた。クラブで出して観ると函装の上に「市川染五郎」の名札があり、妻は惜しんであけるのをためらっていた。
クラブでは結婚記念日をシャンパンで祝ってくれた。妻は「なだ万」の弁当を、わたしは「伊勢長」のさいころステーキと「北京」の北京ダックをとり、口開けのブランデーを味わった。これがクラブへ来た目的であった。静かで、店のだれかれとも和やかに、落ち着いた。いい半日が過ごせた。前日らいの強風を避け、帰路は日比谷のホテルからタクシーを使った。
さすがに疲れていた。そのまま、休んだ。
2013 3・15 138

* 眼の不調は相変わらず。食べ物は食べる品数こそ増えているようだが、美味いかどうかとなると、軽食・間食類の四・五品ぐらい、たいていは否、というしかない。それでも、努めて食べるようにしている。
今日は山口の平野芳信さんから感じの凝ったうまいケーキを贈ってもらいました。感謝。
さ、もう少し「仕事」してから休もう。今、十時過ぎです。
2013 3・18 138

* 京の鶴屋「御池煎餅」 金沢の「さゐ川」 を電話で注文した。まさに軽妙の美味。
2013 3・28 138

* 富士市の子松君からたっぷりの瓶詰めで信州のブルーベリー・ジャム、林檎ジャム、頂戴した。感謝。
2013 4・1 139

* 加賀鶴来の万歳楽醸、原酒「剣」一升が届いた。「狂歌して酒一盞」と行くか。あーあ、それどころか、歯が二本も短時日の内に折れて落ちてしまった。爺むさいなあ。「安寝」には恵まれているが「餐飯を加へ」ることもママならなくなってきた。明日、飛び入りでまた歯医者へ、独りで。
2013 4・9 139

* 原酒の「剣」があまりの美味さに、気に入りのぐい呑みで、くうっくうっくうっと、三酌。お腹に何の違和もなく、いい機嫌でしばらく宵寝した。ながいあいだ、家では、ちっちっちっとしか酒類を口にしなかった。久しぶりに酒を飲んだ。美味かった。
2013 4・9 139

* 開幕の「壽祝歌舞伎華彩 鶴壽千歳」 染五郎が新歌舞伎座柿葺落しの舞台を真っ先に踏んで登場。長老坂田藤十郎が若く美しい鶴として舞遊び、染五郎、魁春その他の若手が花やいで舞った。
次いで、亡き勘三郎に捧げる「お祭り」 嗣子勘九郎、七之助が立派に成長、いまや押しも押されもせぬ花形になっている。鳶頭の三津五郎の体重を消し去った綺麗な踊りがみごと。福助、橋之助以下若い大勢がはなはなと元気よく。いかにもお祭り。
弁当は、三年ぶりに「吉兆」で。一品一品おいしく、全部を食べた、なんと久しぶりのことか、さすがに吉兆。
第一部の仕上げは吉右衛門の熊谷、ひさびさ玉三郎の妻相模、菊之助の藤の方、力演歌六の弥陀六、それに美しい仁左衛門の義経と、堂々の布陣。吉の熊谷はさきごろも眼近に観て泣かされたが。
2013 4・15 139

* 弁当の幕間に、久しぶりに茜屋珈琲へ。なつかしくマスターと歓談、おいしい珈琲をたっぷり。妻は好みの白のグレープジュース。またこれからはこの店へ何度も来れるだろう。
2013 4・15 139

* すてきに立派な讃岐の筍を三本も頂戴した。ありがとう存じます。若布としっくり煮合い、香りもゆたかに美味しく戴けている。筍飯が楽しみになってきた。視覚とともに、味覚も、すこしずつ取り戻して行けそうな気がしている。そのためにも歯の治療を頼みにしないと。
2013 4・21 139

* 朝いちばんに、芥川賞作家李恢成氏より来信に重ねて、みごとなメロンと葡萄とで見舞って戴いた。忝なし。
昨日には市川染五郎氏が、銀座千疋屋から輝く黄金色の、初めて目にしたみごとに大きな枇杷を十二顆戴いた。過熟をおそれ、昨日から遠慮無くご馳走になっている。
2013 6・6 141

* 村上開新堂の山本さんからクッキー詰めのまた一函を、朝いちばんに頂戴した。退院以来、三度目。
この老舗中の老舗の菓子は、信じられぬほど美味い。「上等」という言葉が京育ちの子供の頃、とびきり掛け値無しの「褒め言葉」であったが、その「上等」が思わず口をついて出る。高価とか高級という語感と異なり、あの、人やモノなかなかを褒めない京都人が、「上等やな」と口にするときの言葉は、いかにも賛同・賞賛の思いで胸に温かい。山本さんもまた、そういう上等な人である。四半世紀を超えて、しかもたった一度か、せいぜい二度半蔵門のお店「dokan=道灌」で会ったかどうか。遠いお人と思ったことがない。そういう人をわたしは何人も持っているのが誇りだ。
茶の湯を習い始めたのは小学校五年生ころのこと。ほぼ同時に師匠の叔母が属していた裏千家の「淡交会」という名も聞き、機関誌「淡交」にもいつも幼いなりに手を触れていた。大きな意味でわたしが茶の湯から学んだのは、難しい「わび・さび」の、「和敬清寂」のよりも、「淡き交わり」という人間関係のよろしさであった。淡交でいい、淡交こそいいのだという確信が少年のころから有った。むろんそこをはみでた、はみ出たがったべつの交わりも、だからこそ当然に幾度も起きたろうけれど、それはそれでやはり永い眼で観て「淡交」へと落ち着くのであった、と、そう思っている。
2013 6・18 141

* 六月十九日 水 桜桃忌

* 山形から、美しく照った甘い桜桃を、それはたくさん頂戴した。また新たな一年を迎えたなと気持ち引き締まる。ありがとう存じます。
追っかけて、石川の鶴来から、よく冷えた生酒の菊酒二本。これが美味い。
石神井の高本さんからもご馳走の詰め合わせを頂戴し、お祝いを重ねて奈良の上村淳之画伯からは、傘壽を記念の「帛紗」も頂戴した。年に二度ある誕生日の桜桃忌をわたしは例年こころして迎えているが、ご厚意にも包まれて嬉しい晩餐とはなった。
2013 6ー19 141

☆ 秦様
いかがお過ごしかと気になりながら 御無沙汰しております。
クッキーを召しあがっていただけるのが嬉しく 御中元で売切になる前にと 私自身が予約(自分の店なのに変ですが)したクッキーが一人で秦家へ出向いてしまいました お手紙を入れそこねましたが 召し上がっていただければ幸です。 二度も同じことばを繰り返し 乱文、お許し下さい。  道

* 美味しくて、手が出て出て。村上開新堂の缶に品づめの綿密には唸るほど嘆賞される。二三十種もの大小のクッキーがピシーッと隙間なく美しくつめてある。しけったような柔らかみでなく、味覚のよさをそのままいろんな形に固形かしてあり、噛んでの歯触りも舌触りもそれは清潔で、美味しい。
山形の桜桃佐藤錦とともに、毎食、多彩なクッキーを美味しく戴く贅沢を、心地よく楽しんでいる。石川鶴来の菊酒も楽しんでいる。
2013 6・22 141

* 京都の廣瀬ちづるさんから、いまや希有、昔ながらほんものの夏蜜柑でつくられた老舗「老松」の「氷羹」を頂戴した。びっくりするほど美味しい。真実美味しいものはこんなに「美しいか」と思う。廣瀬さんをじつは深くは存じ上げない。亡き兄、北澤恒彦の職場におられたお人と、朧ろに。

☆ 梅雨明けが
待ち遠しい今日この頃です。
秦先生には「湖の本」をお送りいただき、感謝申し上げます。
いつも心が熱くなります。反原発・脱原発の実現をと強く思います。
抗がん剤を投与されながらのご執筆…
お身体をご自愛下さいますよう心より願っております。
奥様にもご無理が重なりませんようにと何より念じます。
こころばかりのもの、ご笑納下さいませ。   鶴
2013 6・24 141

* ときどき、むしろたまたまと謂うべきか、テレビの場面が目に入るつど「またかい」と声が出るほど「京都」を舞台のドラマや案内や解説が多い。幼いよりたっぷり馴染みの街や辻や川や木立や山や店の写真がふんだんに、と謂うより、手当たり次第に画面に飛び出してくる。わざわざ帰らなくても「京都」が或る程度楽しめる。
もう一度同窓会を考えていますと世話をしてくれる中学友だちが手紙をくれている。うん、もう一度なら出掛けて行けるだろうと思っている。
大学での友人から京の「蚊やり香」を頂戴した。「蚊取り」ではない、「蚊やり」…。物言いも懐かしい。
2013 6・26 141

* また一本歯抜けとなった歯医者からの帰路をバスで池袋東口へ向かった。妻はバスが好き。
西武デパートの地下に入り、食べ物や甘いものを買い込んでから、気に入りの「魚政」に座り込み、ピチピチの鮨ダネを次から次へ満腹するまで食べた。酒は八海山を枡で。中とろ、牡丹海老、小鰭、海胆、鰺、鯛、青柳、大とろ、穴子、蝦蛄、蛤、いくら、覚えているだけ。美味かった。妻は中とろと牡丹海老を二度注文し、わたしの半分ほども食べて満腹していた。気取りのない気軽なこと申し分なく、しかし鮨ダネはよく吟味している。酒も極上、こころよし。食べられるという嬉しさである。抗癌剤は、たしかに、キツかったなあ。眼がつぶれ、歯がばかばか抜けたぞ。けれど。ぜひまた必要となれば逃げだしはしない。
2013 7・5 142

* 起床8:00 血圧111-58(70) 血糖値102 体重66.6kg。六、七度、排痰。痰は白く、無色で少量ずつ。理由は分からない。苦痛も無い。排便あり。夕刻へむけ妻と歯科へ。暑さ、照り、二三日来に比し、ややラク。帰路、練馬駅構内でロースのトンカツ定食を予期以上においしく食べてきた。妻は、ヒレの小さいのを。キャベツの千切りも味噌汁も旨かった。練馬から保谷まで立って乗車中、バランスを失し危うく転び掛けた。

* 美味いといえば、岡山から頂戴した冷えた「ニューピオーネ」の美味を、口中を満たした幸せ、喩えようもない。石川県小松から頂戴した金沢市名菓舗の「くず切り」の美味しさにも妻と声をそろえ驚嘆、まさに至福。美味いモノにこう心打たれるなど、胃袋をぜんぶ抜き去られた昨年二月十五日以来、また副作用に堪えて抗癌剤を連用し始めた去年五月一日以来、なんと久しぶりの嬉しさだろう。よく冷えた純米酒を愛用の盃で、金沢市の作家から頂戴した烏賊の野菜詰めの美味をはらわたにしみ渡らせる口福の深さ、ウーンと唸ってこんなに幸せでいいのかとわれの頬をわれから叩いていたりする。
どこかに隠れた癌サンの行方は知れていないが、ようやく本当に生き返ってきた気がします。
2013 7・16 142

* 歯医者の帰りに「リオン」へ寄りフレンチを夜のコースで堪能してきた。ワインのまえにシェリーが旨かった。いいメニュで、たっぷり食べられた。「食」味は確実に戻っている。ただ入れ歯だらけなのが食べようをよほどぎごちなくしている。リファインされて静かに落ち着いた店で、亡き「ぐう」を妻と二人でしんみり偲んだ。この場に眸すずしい「ぐう」の写真を技術的に送り出せないのが残念。
2013 7・30 142

*maokatn メロンに刃をいれた。夕張メロンのうまさに、びっくりの嘆声。感謝。
2013 8・4 143

* 炎暑の中、副都心線で渋谷へ。「松川」で鰻重、独活の味噌和えで、酒一合。文化村コクーンで市川海老蔵の旗揚げ公演。松嶋屋のはからいで絶好席をもらっていたが、開幕「蛇柳」が、復活の意欲は買うとしても熟さず、終始体温の低い芝居で退屈もした。ここは海老蔵の性根に入ったかちっとした歌舞伎を観せて欲しかった。もう一つは外題も覚えられない巫山戯た題の「花咲爺」。宮沢彰夫明夫のチャチな脚本を宮本亜門が騒々しく演出した、わるいが、駄作。それでも海老蔵も、吉弥や市蔵もさすがに「役者」で、おめずおくせず力演してなんとか健気に盛り上げて行く。微塵も芝居を投げてなどいない、おかげで最後の最期には一滴ほろっとさせる。一にも二にも「役者」の手柄であり、宮本亜門の演出は不味くはないのにガサツでガッカリさせた。

* 芝居がはねてから立ち寄ったお隣り東急本店地下の食品売場は気に入った。観て楽しみ買って楽しんできた。
妻がもう副都心線渋谷駅までは脚がもちそうになかったので、東急前でタクシーを拾い地下鉄の原宿駅へ、そこから一直線に保谷へ帰ってきた。駅前できつい雷鳴とぱらつく雨にあったが辛うじてタクシーに乗れた。
2013 8・12 143

☆ 残暑お見舞い申し上げます。
処暑もすぐというのに暑さは一向に衰えを見せませんが、その中を一時間ほども自転車を漕がれたとのこと 秦さんの氣力体力に驚嘆しました。
21日頃になると思いますが岡山の清水白桃を少しお届けしっますので召し上がってください。  吉備ひと

* 嬉しいこと。葡萄といい桃といい、岡山の季の果実の美しいまでの旨さ、有元さんの日頃のご厚意でしみじみ身に覚えた。ありがとう存じます。
2013 8・19 143

* 帰り、江古田から池袋に向かい、西武八階の「熊はん」で京料理一通りに鱧の落としを添えてもらい、例の冷酒「熊彦」を。店を独り占めで、後拾遺和歌集を選してゆきながら、ゆーぅっくり食べてきた。肝腎の鱧のおとしが妙に痩せていていけなかった。
帰宅すると、妻のなんだか数値がよろしくなく、来月にステントの再検査があるという。老老少しずつ衰えの加わるのは自然の趨か。なにかしら、大事なことも考えねばならなくなっているか。
2013 8・20 143

* 岡山から、すばらしい白桃五つが到来、冷えた桃の美味は言い尽くしがたい。楽しみに冷えるのを待っています。有元さん、有り難うございます。

* 冷やしてあった大きな西瓜の八分一を食し、好きな豆腐料理をしっかり食べたから、体重は減りっこない。ま、いいか。
2013 8・22 143

* 日比谷へ走り、クラブでこころよくヘネシーと山崎を味わいながら、角切りのステーキを。コーヒーを。妻は機嫌良くたっぷりのアイスクリームを。つつがなく、十一時には帰宅。黒いマゴがよく留守居を勤めてくれました。
2013 9・6 144

* 往路、江古田のナガノ眼鏡で妻の新調眼鏡を受けとり、銀行から幾つか送金し、帰路には、江古田のブックオフで新たにモーパッサンとレマルクの小説を買ってから、かねがね一度時間が合えば入ってみたかった小さなスタンドバー「VOVO」で、わたしは辛口のシェリーと店主のすすめるウイスキーを、妻は赤ワインを。相客とも歓談。それから二階の和食の店「笑雲」へ上がって食事を楽しんでから保谷へ帰った。なんとなく気が晴れ、機械をもうひらくことなく本を読んで、はやめに休む。
2013 9・10 144

☆ 拝復
ご恵贈賜わりありがとうございます。
本日別便にて心ばかりのお礼と御見舞をかねて京菓子をお贈りいたしました。ご笑納いただければ幸甚です。
くれぐれもご自愛を。
ケータイもスマホも拒み頑なに
生きてこの世の空の青さよ  俊 神戸大学名誉教授

* みごとに大粒のまさに栗そのものの名菓を嬉しく戴いた。栗が大好き。
2013 9・21 144

* 昨日 竹西寛子さんより 大徳寺の胡麻豆腐を頂戴した。お元気か知らんとつねづね気に掛かっていたおりだけに二重に嬉しく頂戴した。
また妻の友だちから洒落た味噌汁を頂戴し、今日も美学の同窓が祇園松葉屋の鰊蕎麦をたっぷり送ってきてくれた。早速お昼に頂戴した。南座にくっついた松葉屋の「鰊」の美味、さすがに京の逸品で。
2013 9・26 144

* 作家の津田崇さん、小田原の美味しい蒲鉾を御見舞にと下さる。ありがとう存じます。
2013 9・27 144

* 滋賀県湖南市の小田敬美さんから今年はとびきり出来の良いという梅干し、そして梅酢や紫蘇や生姜を贈ってきて戴いた。毎年嬉しく頂戴し、今度ももうたちまち美味しい三粒もを味わった。秦の父は梅干しからは走って逃げるという人だったが、わたしは幼くから今日まで梅干し大好き人で、奇妙に甘い味付けなどより純粋に秘術を尽くして漬けられた梅干しに感嘆する。中国やソ連から招待されてすこし長い旅をしたときも、わたしの荷物には自分用の秘薬かのように梅干しの器が潜んでいて、それは安心な健康薬になってくれた。
小田さんの亡くなったご主人が天才的な漬物名人で、私の熱い読者だった。奥さんは一切を愛豊かにひきついで来られた。

☆ 前略
別便にて今年の梅をお送りさせていただきました。
今年は大きな粒が大半を占めて例年と比べて数が少ないために沢山(?)お送り出きませんでした。
昨年の梅も一緒に入れてありますので今年の出来の良い梅との味くらべにお召し上がり下さいませ。
この十年は以前に比べ 春の天気 夏の天気と 気にかかることばかりで梅仕事も試行錯誤の連続でしたが、その甲斐あって 今年は自分でもよく出来たと満足のいくものになっています。
梅酢は少しばかりですが御利用下さいませ。
又 生姜を漬けている梅酢も利用できます。きゅうりの拍子木や千切りにしたものなんか よく合います。
どうぞ今年の味を御賞味下さいませ。
まだまだ不安定な気候が続くようですが どうぞ御自愛下さいませ。
乱筆乱文お許し下さい。 H25 9 26 敬
2013 9・28 144

* 札幌のmaokatさん、高梁(たかはし)の箱入りの大吟醸「白菊」を下さる。不可思議なことに、食欲はあれどまだ食味のよろしさは品により十分味わえない、のに、かなり早くから酒類は、ストレートのウイスキーを少しずつ、そして日本酒が追いかけて美味くなり、ワインもOKだった。お酒で食事をしていたことが日記の記事でもよく分かる。ありがとう、MAOKATさん。高梁のお酒とは何となし、懐かしい。出雲へ、はじめて一人旅したときは山陰線からだったが、旅行雑誌からの取材の旅では、岡山県からまっすぐ北上するすてきに良い線を利用した。高梁の名にも感慨を抱いて窓外の景色をしみじみ見て行ったと覚えている、とんでもない記憶違いでなければ。津山の方へもテレビの仕事や講演で出かけた。あのときも同じ線に乗らなかったろうか。久しく旅をしていないなあと思う。
是真描く白菊の葉書に、
惚(ほう)けたる老いそれなりに花やいで   と、MAOKATさんに、お礼を言う。
2013 9・29 144

* 入れ歯に磁石がくっついた。ぐらつきが減った。費用もかかった。ぐらつくと喋りにくい。

* 歯医者の帰り、江古田の二階「笑雲」で、刺身の肴ではじめて和歌山の「黒牛」という酒を飲んだ。ついで階下の「vivo}で珍しい洋酒をのみ、歓談。妻はスパークリング・ワインを。
2013 10・1 145

☆ 秦恒平様
今夏の酷暑を乗り越えられて お元気になられていらしたとのこと 何より嬉しく存じました
一つ覚えですが クッキー 送らせていただきます  道  村上開新堂

* 心より御礼申します。 秦生
2013 10・5 145

* 今日も決めた「仕事」はそれぞれに漏れなく打ち込んで出来た。眼はもやもやと霞んでいるが、もう十一時半。やすもう。書きかけの小説ともじっくり付き合った。『みごもりの湖』とも、しみじみ付き合った。maokatさんからの名酒「白菊」も楽しみ、開新堂さんのクッも戴いた。今週には、国立劇場の歌舞伎がある。久しぶりに染五郎「春興鏡獅子」、弥生も獅子も、それに金太郎クン團子クンの蝶の舞いも楽しめる、そして幸四郎の熊谷直実。
幸四郎は連載した履歴書を、テレビで率直に真摯に語り直していたのがとても善かった。共感した。
2013 10・6 145

* 夕方、歯科へ。新たに折れた奥右下の差し歯にとりあえず仮り歯を入れて貰った。
帰路、久しぶりにフレンチの「リオン」に。サービスのシャンペン。赤のワイン。夜のコース、前菜、スープ、魚、肉、デザートとも、佳いメニュで美味しかった。コーヒーまでで、しっかり満腹。それ以上の寄り道せず、まっすぐ帰宅。
黒いマゴにほぼ毎日十五分ほどかけて輸液しているが、今夜は失敗した。「ドクターX」の大門未知子医師は「失敗しない」のに。やれやれ。
2013 10・6 145

* この数ヶ月、相変わらず夢をみる。概ね体験の記憶の全然ない、複雑な構図と場面と時間推移のある夢。醒めては煙のように記憶から薄れてしまう。よく知った人、懐かしい人もあらわれ、また皆目無縁な人との対話や議論や会議の場面なども。気がかりな、気の重いという夢ではない。夢など見なくて済めば見たくはないが、夢も見ない睡眠体験は限りなくゼロに近い。
2013 10・9 145

* 麹町までをゆるゆると歩き、五時半の開店を待って馴染んだ「登龍」に入った。スッポンのスープ、北京ダック、海老の入っていた特製の粥料理、そして白菜と貝柱などとのとろとろの煮物。わたしは、マオタイと紹興酒の加飯。ひさしぶりに心のどかな嬉しい美味い食事ができた。
麹町から有楽町線で一路保谷へ帰った。
2013 10・10 145

* 台風迫るの報を目にし耳にしながら、雨の中を歯科へ。また雨の中を江古田に戻り、和食の店にあがった。佳い刺身の盛り合わせ、そして秋刀魚を一本ずつ焼いて貰い、妻は赤貝のぬたを、わたしは純米酒「上喜元」を。それからお握りを一つずつ握らせて。そして帰ってきた。保谷駅ではかなりの降りであったけれど、タクシーで家まで。
米倉涼子の撮っておきの『DOCTOR X』を楽しんだ。医学ものには人の嘘偽りない「命の危機」が降りかかる。掲示の殺しものではせいぜい犯人捜ししか出来ないが、優れた医師なら懸命に命を救おうとする。雲泥の差はそこに出てくる。
2013 10・15 145

* 歌舞伎座 通し狂言『義経千本桜』昼夜を楽しむ。片岡我當も梶原平三景時役で出勤。
序幕「鳥居前」は菊之助の義経、亀三郎の弁慶、亀寿の笹目忠太、梅枝の静御前など、若い若いの勉強ぶり。そういうことの殊に大事な折、大名題クラスにからだの故障が続こうとしている。三津五郎が休み、仁左衛門にも来月は代役が立つとか。富十郎、雀右衛門、芝翫、勘三郎、團十郎をつづけざま喪ってきた。若い役者がしっかり藝の幅も深みも確かさも掴まなくては。幅も深みも確かさも容易でない。時間というものすごいブレーキがかかるのを根気よく辛抱して乗り切らねばならない。菊之助や孝太郎のレベルで一人前に見て仕舞っては大きく過ってしまう。序幕では松緑の源九郎狐だけが及第。
二つめの「渡海屋・大物浦」はさすがに吉右衛門、梅玉、芝雀、歌六と出揃い、又五郎、錦之助も助けて、大きな舞台になった。吉右衛門のうまさは言うまでもないけれど、凄絶の境涯にうまみが出過ぎると胸に迫るものが割り引かれる。こういうところは幸四郎の凄絶が立ち勝るのではないか。芝雀が、このところ観るたびに充実、立女形の力量が確かさを増している。子役安徳天皇の口をついて出た辞世の和歌にほろっとした。子役はけっしてバカにしてはならない。そして、さすが梅玉。序幕での菊之助の義経とは天地の差。おみごと。
「道行初音旅」の藤十郎の上方舞の底知れぬ柔らかみと確かさ美しさ、さすがの絶品。力を節約しているのではない、時空の肌と戯れているのだ。菊五郎の忠信、おみごと。吉野山は所作事の名品とはいえ、さすがに藤十郎とならんでの菊五郎の本格が舞にも顔にも思いにも美しく溢れた。このところ菊五郎好調。自愛されよ。そしてわたしの贔屓の團蔵逸見藤太の飄逸、序幕での亀寿との大ちがいを納得させての見ものであった。佳い役者だ。
弁当場には「吉兆」を予約しておいた。この店では何と言ってもいつも「鯛」の造り。
昼の部のはねたところで「茜屋珈琲」へ。すっかりこの店のカウンターでの店主との交歓が身に付いている。わたしは珈琲、妻は特製のジュースと、おきまり。梨園のいろんな話が聴ける。
夜の部、開幕前に地下売店で、黒いマゴに新しい鈴を買う。
2013 10・17 145

* 歌舞伎座前から、車を拾い帝国ホテルへ。クラブでゆっくり、チーズを肴に、わたしはブランデーとウイスキー。妻は赤のワインをグラすで。「さいころステーキ」と呼んでいる旨い肉を分け合い、こころよく休息できた。銀座から地下鉄で、そして西武線で難なく帰宅。黒いマゴに「吉兆」の焼物「鰆」「蒲鉾」などをお裾分け。
夜更かしをしてから床についた。いい一日だった。
2013 10・17 145

* 旅中の池宮さんから「シーバス・リーガル」を宅急便で頂戴し恐縮している。昨日妻が電話で話していた。今回は会えぬままになるかと心残りがする。

* この頃歯医者へは夕刻に行き、帰りに江古田で食事してくることが多い。
今日も、和食。刺身の盛り合わせ、鱚の天麩羅、鰯の酢漬、ぬたなど。妻はビールを少し、わたしは福島の酒。
2013 10・21 145

* 四時半、歯科へ。左下奥にまた一本差し歯が入った。帰り際、「あふひ」先生と歌舞伎談義に小さい花。そのまえに、里帰りお姉さんの「らんこ」ちゃんとも話した。「らんこ」ちゃんは往時の娘朝日子と、お茶の水女子高の同級生。わたしはその頃、むりやり請われてPTA会長を務めていた。思いだすだに、やれやれ。「らんこ」ちゃんも五十半ばか。元気だった。はやりの「ブログ」なるものに機鉾鋭い的確な批判・非難の弁を聴かせてくれたのは、わたしにも収穫であった。「あふひ」先生には信州の立派な栗をたくさんお土産に頂戴して帰った。
帰路、新江古田駅前でバスを下り、「リオン」でソース濃厚の美味いフレンチ。満腹をかかえて帰宅。
2013 10・28 145

* 各務原の山中以都子さんより、栗菓子を頂戴し、近況もうかがった。思えばペンの会合で一度、以来久しくお目に掛からないが懐かしい。新しい佳い詩をまた読ませて欲しい。
2013 10・29 145

* 塩瀬総本家で和菓子をいろいろ買い求めてから、河近くへ歩をのばしてから聖路加タワーに入る。47階のレストラン「ルーク」で小洒落たコース料理を美味しく、赤ワインで。 テラスヘ出て、百八十度余の明るい展望を楽しんだが、俄かの雨雲が急接近し、新富町の駅へ急いだが驟雨に遭い、途中の店で夫婦とも真っ白い簡便な雨コートを買ってかつがつ駅へかけこんだ。
保谷ではもう真澄の空が戻っていて明るかった。
塩瀬の和菓子で「イ・サン」を楽しんだ。三度目で、大筋などみな覚えているのに、日本のやすい時代劇より何倍も面白い。
2013 11・11 145

* 送りバスで新橋駅まで行き、歩いて歩いてけっきょく有楽町、帝劇モールのなじみの「きく川」で鰻を食べてきた。キャベツの塩もみに塩からや骨焼きも添えて、酒は菊正二合。ひさしぶりの「きく川」にしみじみした。
2013 11・14 145

* 山口市の横山さんから、『センスdeポエム』贈呈用の注文に添えて、初めて見るそれは美味い純白巻物の蒲鉾を五本戴いた。酒に、すばらしく合い、夕飯を楽しんだ。感謝感謝。
札幌maokatさんに戴いたりっぱな百合根も、甘煮にしたり、美味しく食しています。ありがとう。
2013 11・17 145

☆ 秦先生
私の本 お読み下さったとのこと大変うれしく存じます。
いま 歌集「少年」読ませていただいています。
私に大変むづかしい本ですが この冬にかけて湖の本を読みたいと思っています。
私には他に送るものがありませんので 私の作っているセロリーを近々送ります。 十三日 安曇野市 秀

* 妻が声をあげて驚嘆し讃嘆したほどの瑞々しいそして巨きな大きな美味しそうなセロリ二株を今日戴いた。わたしと歳も変わらない方が手づから栽培し養育されている特級のセロリー。恐れ入りました。有り難く戴きます。

* 丈、一メートルもありそうな瑞々しいセロリ一株を妻が抱きかかえて、歯の女者さんに持参。喜んでもらった。
帰りに、江古田の蕎麦「甲子」でゆったりと食事。この店は、ちょっと吹聴したくないほど落ち着いた佳い店で、蕎麦もうまいが、いろんな酒肴ができる。それらの器がよく選ばれている。酒の「甲子」が美味い。店内の繪も書も花も花生けも佳い。指折り数えれば、もう二十年ちかく前から時折立ち寄る。東工大での講義の帰りにわざわざ下車して立ち寄っていたこともある。
2013 11・18 145

* 往きは妻も一緒にバスで保谷駅へ、そしてタクシーで佐藤眼科まで。帰りは徒歩。お天気の良い裏道の農村めく家や林や杜や畑などを楽しみながら、途中石挽き蕎麦の「一喜」で昼食。旨い蕎麦で、酒もよし。家までの徒歩に五千三百歩とはめったにない記録で、流石に腰が痛んだ。気分はよかった。知らない保谷村が在るものだ。
それにしても開発か再開発か知らない、のどかな農村風景をぶち抜きに何十メートルもの道路が造られつつある。じつは自転車でそれを走れば佐藤眼科へは簡単に行ける。だが、便利がいいとは思いかねる。保谷は比較的なーんにもない平和な田舎だが、必要とも思われぬ大道路の暴力的な開発で、何が何やら分からないほど地理まで混濁している。朝日子が帰ってきても、無事には育った家が見つかるまい。
2013 11・22 145

* 夕刻、歯科へ。もう出かける三時半から夕暮れのようにくらく、五時半に先生に見送られて医院を出たとき、沼袋は真っ暗。バスで江古田に戻り、「ボルボ」のカウンターで、家では呑まぬ事にきめた洋酒を、今宵はウオツカを楽しんだ。強い酒だが、それは美味い。ダブルで、三杯。久々にロシアの酒を堪能した。妻はお付き合い。気持ちよく西武線で保谷に帰った。幸い降られもしなかった。おそい夕食のあと、酔いに手伝われてきもちよくうたた寝しばし。 2013 11・25 145

* 起床8:20 血圧124-65(57) 血糖値84 体重67.2kg  夜中左肩上腕の強烈な凝り・痛みがもう連夜のならい。睡眠を妨げられる。辛うじてエアスプレーで宥めている。 もう一つ。ふっと気づくと胸を掌でおさえていることが増えている。痛みではない、かすかな圧というか、重みを感じる。夕べのウオツカは身に沁みて美味かった。ダブル三杯でヨロツキもしなかった。それからすると、まだまだ食べ物の美味に嘆声を漏らすまでは行かない。
2013 11・26 145

* 聖路加病院での生理検査を終えたのは午前十時。飲まず食わず、各科の処方箋三枚をもらい、すべての診察を終え病院から解放されたのが、もうほの暗い午後四時過ぎ。七十八の誕生日でもある冬至がもうちかいのだ。どこへ移動などしたい気は失せ、とぼとぼと築地を歩いて、また馴染んだ玉寿司本舗で「栄蔵握り」と純米の清酒一合、この酒が利いて、食べながらじいっと眼を閉じていたりした。楽しもうと予期した一切を顧みず、新木場から石神井公園止まりの有楽町線に乗ったが、石神井で下ろされなかったら乗り越ししたかも知れない。保谷で十数分タクシーを待っているうちに両脚が不自然に痛んで痙攣し始め、参った。来たタクシーに救われた。よほど疲れたらしい。
2013 12・4 146

* 一の朗報は、理史君の結婚。高千穂から神酒とおぼしき二本が今朝届いたとき、あ、新婚旅行だなと感じた。午後には推測通りの知らせのハガキが届いた。
おめでとう。
中学生の頃からわたしに手紙を呉れ続けたもっとも年若かった友人であり読者である。新潟から九大に入って卒業、いまは奈良県で勤務している。愛妻とは九州時代の人であろうから新婚旅行は九州だろう想っていた。どうか幸せに、心身健康な家庭を築いて下さい、もちまえの個性も人柄も大切にして。
さっそく、乾杯した。メールが通わないので相談しにくいが、心からのお祝いがしたい。
2013 12・5 146

* 弁当場は「吉兆」の名にあやかった。

* 開幕前に高麗屋番頭さんに筋書きをもらい、四段目のはじまる前には奥さんが席までいつもの懐かしい笑顔で挨拶に見えた。常日頃は構わない格好で芝居にも行くのだが、今日は久しぶり背広の上下にネクタイもしていた。妻も、お気に入りのネットのスーツで。劇場への出がけ、ひどい雨にも降られずに済んでいた。
昼の部がはねてから茜屋珈琲でゆっくりやすんでマスターとも歓談、妻はこの店の看板でもあるらしい瓶づめジャムを進物によそへ贈っていた。

* 車で帝国ホテルに五時につき、五時開店の「なだ万」で、今日二度目の「和食」を堪能した。うまい酒の二本目をお店のねえさん二人が祝ってくれたり。ゆっくりと、子供達のことなど話し合った。
五階のクラブに上がり、わたしはヘネシーを、あとでコーヒーを。妻は抹茶のアイスクリームを。アルバイトに来ている顔なじみの画家とも久しぶりに繪の話をしたりして。
2013 12・10 146

* 「ペン電子文藝館」の同僚委員だった方からおいしそうな肴を戴いた。じつは、このかぜ気味の中で食味をほぼ全く喪いかけ、食欲すら失せていて参ったなと思っていた。おいしそうなものに、どうかして美味しく手が出るようにと願わずにおれない。
2013 12・15 146

* 今日はこれから夕方にかけ今年最期の歯医者通い。歯がまた欠け落ちているのも放ってあった。いささかヤケクソのように、どうなとなれよやいなどと吾と我が身を嗤ってしまう。いや笑ってしまう。

* もう何本も抜け落ちそうな歯がありますと。来年も歯医者、眼医者通いが欠かせない。
帰りに妻もいっしょに江古田の「ボルボ」に。わたしは先日と同じにウオツカを二杯のみ、妻はなんだかべつのカクテルを頼んでいた。保谷へ戻ってからも、久しぶりに寿司の「和可菜」へ。いい肴を二三度も切ってもらい、酒。兜煮も煮物も出た。ほんとに久しぶり、いつもこの店には近年出前を頼んでいる。開店の頃から、もう何十年の付き合いだろう。いい気持ちで家まで歩いた。
毎晩のように、黒いマゴに、二人がかりで輸液してやる。
藤田まことが亡くなって北大路欣也に代わった「剣客商売」を観た。なんだかまだぎごちない。それよりも舟の出る江戸郊外、隅田川のなつかしい景色に魅された。
二三日前だったか、思いつきで、録画してあった「氷壁の女」という、フレッド・ジンネマン監督、ショーン・コネリーら主演の映画を観た。世界はあまりに違っていて共通の何も無い今夜の「剣客商売」だったが、何かしらフッと感じ合っているものが有った。

* 生きること。死ぬること。微妙に火花を散らしてわたしをここのところ揺すり立てている。
2013 12・27 146

* 小松の八代啓子さんからめでたく桐の大箱におさめたそれは立派な松前昆布を、近江の小田啓美さんからも毎年の「近江の美酒」に添えてみごとに美味しそうな漬け物いろいろを頂戴した。ただただ戴くばかり、恐れ入ります。
2013 12・28 146

* 毎年末の池袋での買い物はわたしの役だったが、今年初めて妻と出かけた。往きに江古田の眼鏡屋で眼鏡直し分を受け取ってから、西武へ、東武へ。雑煮の京白味噌と蛤とを買い、久しぶり、ほんとに久しぶりに西口のメトロポリタンホテルの、行きつけの「マリアージュ」で、妻に「TOHKO」一品ものの佳いスーツを見つけて、買った。二階の「桂林」で食事し、少し疲れて帰ってきた。これでもう今年の外用事は無し。心静かに大晦日を初春へ越して行ける。もう片づけなどわたしはしない。したい仕事をして過ごす。
2013 12・29 146

* 有元さんに頂戴した「八海山」を九日で、しかと頂戴した。美味かった。
今日、小田さんに頂戴の「近江の美酒」の封を切った。美味い。ひょっとすると今日飲み干してしまいそう。気分良く酔って、いまはキイを押しながら半分余はまなこを閉じている。
いま隣の大画面では映画「ディープブルー」を映し続けている。好きな、しかし半ばは深い畏れをさそうあまりに美しい海の映像である。よくも撮ったと思う。
今真向かっている機械「NEC LaVie」と、映画を映している大画面の「DELL」(子機)と、ソニーの小さい精鋭機(別機)とを、いちおう「併用」しているが使いこなせているのではない。子機も別機もさしたる役には立てられずせいぜいバックアップにしか使えていない。いつまで機械を使い続けるのか、なにもかも一切手放してまったく別の最老後を迎えるのか。

* 機械の前でいつしか居眠りしていた。
2013 12・31 146

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