◎ 世のなかや目覚めぬままに初春の歩みは早も聲なしてゐき
◎ われは吾れと歩まじ先の道をくらみ倶に頼むよと妻に身を寄す
* 妻と二人での元朝・元日。寂しいと謂えば淋しくはあるが、「生きて越し」これがわれら夫妻の「本来」であったよ。
* 雑煮を祝い、夫婦して例年のように近くの「天神」社に初詣で。
* 午には、京「道楽」の豪勢な三重お節料理の壱重目を酒の肴に戴いた.とても食べきれなかった。
2024 1/1
* この正月は,喰ったよりも呑んだが盛大だった。抱えるほどの甕のお酒を、柄杓で。酔い潰れるはおろか、酔う、ということが無い。めったに無い。 * 元日の能登地方大津波の大地震におどろき、海外からも喜ばしい報道は無く、テレビもろくに見ないまま。それで、よし。
2024 1/4
* ひっそり閑とした小豆雑煮で祝った小正月。善哉も、例によって 甘み能く出来ている。
2024 1/15
* 妻の歯科通いに江古田二丁目まで同行し,私はレスラン「ガスト」で『モンテクリスト伯』に読み耽って待ち、あと江古田駅近くへ戻って「中華家族」で昼食、メニュ宜しく美味かった。久々、久々に池袋へでたかったが、やめて、帰宅。
郵便での有難い好いお便りが何通も。だが苦闘の施設からも。書き写せる量で無く,順不同に記録だけを。
2024 1/22
○ 睦月も
はや終ろうとしています。
「湖の本」最終巻への反響も、各地から多数届いていることでしょう。
長年のお疲れ、少しは取れたでしょうか。
ぽかぽか陽気でしたので、伊豆山(土石流の後、だいぶ復興してきました)の先の高台のお店でお昼を食べて、海を見たり、畑の直売所でみかんを買ったりしながら、湯河原まで下り道を歩いてきました。
熱海での休日も終わって、明日から二月半ば過ぎ頃まで、また市川です。
(まだまだ、寒いのでしょうね。)
またいつか、ご一緒出来るといいですね。
ご体調も落ち着いてお天気もよろしい時に、お声がけください。
お風邪など召しませぬよう、どうぞお元気で。 快晴
* 熱海での休日などと 夢のような羨ましいおハナシ。
私は一度だけ、獨り思い立って「こたま」乗り、人気のない浜辺道をあるいたあと、駅へ戻って、駅前のちっちゃな肴屋さんの所帯じみた食堂に立ち寄った話しは、何度も書いている。あのとき、チマチマした定食などの案内が手もとにも壁にもあったが、瞬時、爆けたような感覚で、店の小母さんに、大きな伊勢海老を一尾そのままと、立派な鯛を、片側は焼いて、片側は刺身でと注文した。表構えは小さくとも生き生きした魚屋さんに見えていたので、なんとかしてくれようと、期待に違わなかった、私は「熱海」の粋を貪るように時間をたっぷり掛け、大きな伊勢海老と堂々の鯛とを満喫した、独りだから、若かったからできた乱暴な豪遊だった。
も一度行きたいなと夢見ながら果たさない。「新幹線」にのるまでがもうなんぎやからなあ。
2024 1/30
* 草臥れてないで、フレッシュに視野と視線を確かめたい。
が…。耄碌の気味は吾からも否めないはよ。身を働かせて活気を呼び戻すことは、ムリ。わたくしにやはり利くのは「讀書」か。幸いに、今、大長編の『参考源平盛衰記』『源氏物語』『モンテクリスト伯』陳彦『主演女優』そして藤村、秋聲、ドストエフスキーに気が向いている。「読んで愉しめる」のは最良のクスリだからなあ。
そして、しきりと美味いもの、事に「肉」が食いたい。下保谷の奥田舎にコロナを懼れ逼塞してもう四年か、美味そうな肉が「生協」へ依頼以外にまるで手に入らない。いやしん坊になってしまっるなあ。
2024 2/1
* 京 四条河原町上ル『ひさご寿司』さん、心入れの「ひさご むし寿司」2人で分けて食べて満腹美味しく剰る程の器で二人前戴いた。京の風味、満喫しました、感謝。
2024 2/2
* 逼塞の、ここ三、四年、気の晴れぬまま、うち消すようにひびを費やしている。なにもしないでは、ない。やたら、なにかしている。テレビには助けられている。紫式部と道長とのドラマ、笠置シヅ子のドラマに無聊に嵌まるのを救われている。酒は日々強かに呑んでいる。誕生祝いに妻のくれた清酒一升の入る壺酒を、その後へもう二升も足している。良くも悪しくも酔うと謂うことが全然無い。酒故に気分を損じることもない。寝入りやすい。寝入るのはワルク無い。
2024 2/3
* 京・山科の、詩人あきとし じゅん さんから、懇篤長文の感想と激励のお手紙、とびきりの一升を頂戴している。
あれで新制中学一年か二年になっていたか、叔母宗陽につれられ近江の湖ベの大きな公園での、裏千家園遊会につれてもらい、そこで盃に一と口舐めたのが清酒の初体験だった。秦の父がからきしお酒はダメで、機会は無かったが、結婚後は相当な大酒家になっていった。抑えているが、いまも一升入る黒丹波の佳い壺から、久保田の、獺祭のと、小杓子呑みで、頂戴している名だたるお酒を次々に飲み干している。悪酔いすること、無い。
2024 2/5
* もう、むかしむかし、私の読者としては最年少の、新潟の藤田クン、後に九大へ進学したが、久しく消息がたえていた。昨日、ひょこっと大きな箱で、新潟産の珍しい清酒三本が贈られてきて思わず声をあげた。手紙が添ってはなかったが、もう壮齢もいいところだろう、嬉しい朗報だった。
一本の封を剪った。銘に、「北越」の「龍」「景虎」と。上杉謙信か。とても美味いお酒なのに満悦を禁じがたく、感謝。近況も知れて嬉しい。
2024 2/9
* 今日、柳君から、清酒の一升瓶らしきが「四本分」の嵩と重さとで届き、ビックリし恐縮し、ニコッとしています、柳君、アリガトー。
2024 2/10
* 早朝六時を、いま三分、過ぎた。妻も猫たちもまだ睡っている。ひとり「朝酒」を飲みに階下(した)へ降りるか。
2024 2/11
○ 鴉 鴉 鴉
いつまでも、いつまでも、しゃべり語りたい
『浄瑠璃寺夜色』近くに置いてくださって嬉しい。
明日あたり鰊のお蕎麦が届きます。
鳶にできる僅かなこと。
元気に、少しでも元気に。 尾張の鳶
* 鳶 ありがとう。 怪我無く 日々を 若々しい佳いお祖母ちゃんでお過ごしあれ、お婆ちゃんではなく。 カア
* 早や届いた好きな「鰊蕎麦」 もう戴いている。京の味に「南座」(「松葉」の店と密にくっいていて、その思い出もなつかしく美味い。)
2024 2/14
■ 晴 様
ワインが届きました。紅白二本、湖の本「終結」のお祝いとおっしゃって頂いて恐れいります。お花にお菓子にこうして重ね重ねのプレゼント、なんとお礼を申しましょう!ありがとうございます!
秦は気が抜けたのか 寝てばかり。幸いNHKではじまったドラマ、紫式部のドラマが気に入って楽しんでいます。
ありがとうございました。ミチコ〓
○ 迪子様のお疲れ休みに
赤〓なら、少しは飲んでいただけたらと。気持ちばかりです。
秦様のHPを月毎に送っていただき読ませてもらって有り難く感謝しています。
今日は少し暖かくなってホッとしています。どうぞごゆっくり日々お過ごしくださいますように。 晴
2024 2/14
* 暫くぶり、妻と近くのセイムスへ用足しの買いものに。二人で欠かさない「養命酒」を芯に、猫たちのための食べ物病砂や。珍しく薬は買わずにすんだ。私は安い洋酒や握り飯やサンドイツチを。絹漉しの豆腐やうどんも。こういう買いものには馴染んでないので、ちょっぴり愉しむ心地もある。
* が、さて、そうノンキにもしてられない。顔を出そうと逼ってくる仕事が目に見えて居る。体調決して良くないけれど、ぼやっとは子弟に喰い心地なのである。
それと、何とかして四年ぶりか、一度「都会」をミテ歩きに電車にも乗りたい。幸いにまだ私は「タイクツ」という心池には嵌っていない。よみかけのほんだけでも、来い来いと誘ってくる。ヒドク睡くすらもある。
* 酒が呑めている決して大量にでは亡いが。酔い崩れる事が無い寝入れる。それでいいと思っている.視力を労ってやりたいが。これが一等難しい、とにもかくにも「読む」のだから。「読めない」となれば生きた心地は失せるだろう。一
2024 2/17
* 江古田の歯科通いに同行し、中華家族で,少し飲み喰いして帰って来た。帰宅後、琉の十時まで寝入っていた。「歩く」は歩けるが、疲れが体に溜まる。
2024 2/26
* 柳君が心入れを私が、勝手に考え違いして受け容れた一升瓶四本が、丁度カラになった今日、また柳君、一升酒を送ってきてくれました。ウーン。申しわけ、ないがなあ。 2024 3/13
* 今日、結婚して、六五年。妻に、感謝。
* 東工大での学生クンだった「柳」クンが祝ってくれた「世界一」というお酒で、夫婦ふたり、感謝し乾杯しよう。
秦の父に京都駅で見送られて二人で上京、新宿区河田町の「みすず荘」の六畳間に入り、新宿区区役所で結婚を「届け」たのが、六五年以前の三月十四日だった。
以来、「ふたり」でさまざまな道を、駆けも走りもせず、歩いてきた。
わたしは、幼少よりの志を得て、思いもよらず太宰治文學賞を授かって小説家に、また国立大学の教授にも思いもよらず招聘された。若い佳い友だちをたくさん持った。妻がよくよく日々、年々、助けて呉れた。
* 払暁 五時五十分、寒 凜乎。
2024 3/14
* 此の用いてもう幾久しい機械が,私、どうも安全に使用しきれない。なさけなく、恥ずかしい。
* メール機能が消散し、「外」世間とのつきあいが絶えている。心細い事だ。なにか、美味ぁい、それも濃厚なものが食べたい。部厚いトンカツとか、多彩に煮立ったすき焼きとか。一尺もながい海老天とか。昨日の、妻の順天堂病院検査の帰りは数年ぶりの池袋へと思い合うていたのに、結局草臥れて保谷へ帰り、駅ちかくでの食も買いもならぬまま帰ってきた。
生き方・暮らし方もヘタになったものだ。寝て,夢に激して大声で怒っているなど、八十八の爺い、くたばった方がいいのか。
* 午に成ろうとしている。何も出来てない、しようともしてない。
* 晩になっても、同じく。心惹くのは『モンテ・クリスト伯』ばかり。
2024 3/19
* 階下、キッチンへ入れば、テレビで連續ドラマや大相撲を視聴し、和洋の酒に手が出る。一時に大量にはやらないが、いかにも酒には親しんでいる。想えば中学生頃から「お酒」に気が有った、永い人生で泥酔など三、四度となかったけれど。
* 今日が、何月何日の何曜日か、あやしくなる。まともに生きていない証拠、か。今日がもう、二四日日曜の夜九時とは。入浴もしたのは覚えているが。過剰なものいいでなく、ほぼ事実に近く、いちにち24時間の20時間を寝入っている。「三度の食事だけ」は、シルシ程度にもしているようだが。
2024 3/24
○ 昨日久しぶりに繁華街に出かける用事あり、お蕎麦少々送りました。
連休が始まりましたが、予定もなく静かな日々です。庭の牡丹が終わり芍薬の花が咲き始めました。牡丹の季節になると長谷寺を想います。奈良を以前より近しく感じます。
勿論京都は言わずもがな!
取り急ぎ 大事に、大切に、元気に。 尾張の鳶
* 好きな鰊蕎麦を頂戴した。感謝。返礼に送りたい荷も用意し、送りますよとメールもしながら、折角の二を何処へ置い 何や彼やと「ている」のだが、その「結果」がとかく霧消、処置無しの儘になる。広い家でも無いのに。
老いボケ、紛れない。際限なく今後の失念や立ち往生は免れまいよ。やれやれ。老蚕作繭と謂うが、ひどい繭が出来てしまいそう。
2024 4/27
* 藤森佐貴子さん、父の日とか、いつものようにお洒落れな「軽菓」を贈ってきて下さる。今は亡きお父上は優れた「源氏物語」がくしゃで、お親しくして戴いていた。感謝。
* 新刊の「湖の本」をお届けするというコトが無くなっており、追い追いに、各地の読者との通信や交際が減って行く、それはもう仕方ないと諦めているが。
2024 5/12
* 睡いのかも。ボーッとしてる。しっかり着ているが、すこし膚寒い。好きな「御池煎餅」の軽いほろ甘さが旨い.三枚喰う。どこかで頻りに鳥が啼く。小鳥でない。鳶か。鴉か。 尾張の鳶< まだ起きていまいよ。
昨日は終日、雨。今朝は?
2024 5/14
* 妻に付き合った歯医者から池袋へは今日も出ず、例の、江古田二丁目『ガスト』で「ビールとトリの唐揚げ」、江古田の『中華家族』で濃厚な「海老マヨ」に「フン酒」で昼食し、帰ってきた。雨、雨と脅されてたが、傘の用無く、往復。
2024 5/28
* シンドくて、一日外歩きせず。家の内でザラっと怠けていた、かも。
* いやいや、そうでもなかった、日盛りの昼過ぎに,杖を牽いて、下保谷の静謐なまで音も人通りもなく、小さな杜や林や、整列整頓とはほど遠く、あちムキこちムキ、ごちゃごちゃな、しかし静かは、静かすぎて人ひとりの影も無い「住宅区」など、とぼとぼ歩いて。
保谷駅北口通りの途中、木立ちの翠が風に静かに揺れ続けている通りお向かいの小さなビル一階で「外席」も出したささやかな喫茶店に腰を休めたのはケッコウな出会いであった。店の外席で、私ひとり、旨い珈琲を二杯も。いい味わいを出してナカナカ善かった。いい脚安めをみつけたものだ、ヨシヨシ。
2024 6/12
* 仙台の遠藤恵子さん、目映いように色ゆたかに耀いた大粒の「桜桃」を、大きな箱詰めで贈ってきて下さった。近づく十九日「桜桃忌」は、また、わたくし太宰治文學賞を受賞して「作家」生活へ本格に歩をすすめた記念の日。私は本郷台医学書院の一編集職にいて、遠藤恵子さんも,同じ社の同じ階の同じ仕事場で、そう離れない席を占め合ううていた。
私は軈て退社し、作家一筋の暮らしになり、遠藤さんも暫くして退社し、仙台で大学院での勉強に戻って,後年には大学の學長さんにまで成られた。
会社の頃には、同じ保谷の同じ社宅で、私たちの部屋へ見え、茶の湯の盆点てや風炉での平手前などを稽古に見えていたりした。建日子の誕生でソレは途切れてしまい、そのうち我が家は現在下保谷の家を建てて転居。それでも久しいひさしいお付き合いが、仙台へ帰られて以降も続いていた。戴いた「桜桃」のみごとな大きさ美しさ。ご厚情に感謝、感謝。
* 尾張の鳶さんは、京都南座わきの老舗の名店「松葉」の立派に豊かな「鰊そば」の大詰めを贈ってきていただいた。折しも「桜桃」と、なんと見事なとりあわせかと破顔・感謝感謝。幸せな「保谷の鴉」はカアカアと歓声も高く、元気を戴いた。
2024 6/13
* 次の日の深更一時五十分。
目覚めてひとりきちんで酒を飲み『シックスセンス』という映画を暫く眺めていたが。 二階へ.用も無しに。
2024 6/14
○ ありがとう 本当にありがとう 尾張の鳶
* ハテ。何を喜んで下されたか、ナ。コレかな。
* 老舗「松葉」が念入りの 美味 「鰊蕎麦」 大喜びしています。 カアカア
気張って気張ってと「努める」のですが、さすがに心身疲労は覆いがたく 睡眠を一日の基調に、散策の小一時間を脚力維持のために、と。
本も読みます、気を入れて いろいろと。 ドストエフスキーと 紫式部と 曲亭馬琴と。
「明治」という「近代日本へ強い視線を送りながら、文豪といわれた人らの当時の作を批評的に読み返してもいます。透谷、紅葉、露伴、鴎外、漱石 シカと読めてたかなあと心許ないことです。
尾張の鳶よ 繪と 詩と。忘れないように。戴いた「夜色浄瑠璃寺」 いまも見入っていましたよ。魅入らせて下されよ、さきざきも。 保谷の鴉 カアカアカア
2024 6/16
* 京西京、名も懐かしい有栖川町の桐山恵美子さん、もう何十年か、いつも目にもはんなりと珍らかな「京野菜」をたっぷり送って下さる。茄子が苦手な私も、この大きな、ドッヂボールに近い京茄子のどっしりした美しさには、つい手を出す。重たい。むろん妻は大喜び、お礼を書く、と、それにも私たち連名でお手紙が届く。もう妻任せにだけせず、私からも、たとえハガキでもお礼やご挨拶をしたいと想う。たくさんな読者方にたくさんな失礼を重ねてきた。
例えるのは憚られるが、生まれて初めての私家版本に、おう! 志賀直哉先生の御ハガキが届いた感動を忘れない。以来無数の知名作家や批評家や学者・読者との交信があり,その方らの愛読者らには涎が出ようと想うが、それらも何十年、適切な保存保管が出来ていない。受け取る郵便は年々に凄まじい數であったから。
* 筆無精せず、私からもお返事を心がけたい。
2024 6/21
* 「玄関座」で、「手持ち」ライトで「近世説美少年録」「鷲は舞い降りた」を読んで居た。肩が凝り。目は重たく、うるわしい体調とは、とても。
テレビで観ている『光る君へ』がいま一等、て浮世離れして身にも目にも親しい。
都知事選も、両陛下の英国での歓迎の報道も、しとどの雨降りも、ただ気怠い。欲を謂うなら、本もソッチむきで、ぐっすり寝入りたい。疲れて余儀ない時は、そばへ置いた、頂きもの亀屋良永の「御池煎餅」を番茶でハリハリ咬んでいる。
京は、軽いも重いも、とびきり佳い美しい菓子づくりの、名都。安心して手が出る。
2024 6/26
* 京舞家元の井上八千代さん、創作家の羽生清(きよ)さん、、舞踊のお師匠はん林の貞子ちゃん、 それぞれに心嬉しい京都の風とともに「季節のご馳走」を贈ってきて下さる。 感謝。
2024 7/6
* 下関の大庭さんから、いろいろのご馳走を贈っていただいた。壇ノ浦の「源平」海戦など、さあっと目に浮かんでくる。門司がわであったか、小高い處から壇ノ浦を眺めた想い出も。
* 時季と謂うのか、いろいろに各地の頂き物をし、珍しいご馳走にビックリしたり。ありがたいこと。久しい、読者のみなさんと作家として昵懇のおつきあい、有難いこと。素直に素直に、喜んでいる。
2024 7/7
* 京舞井上流家元の八千代さんに戴いた、珍しい、初モノの「しゅうまい」がすこふる旨かった。こんな旨いものも在ったんだと感じ入った。
京東山 浄土宗總本山知恩院下のごく静かな「新門前通り」東の中之町に私の育った「ハタラジオ店」があり、白川のせせらぎを西へ渡った同じ有済小学区の新門前西之町に、「京舞井上流」八千代さんのお宅・お稽古場がある。むろん、今もある。通りの風情がいまも目に静かにありあり甦る。
2024 7/10
* 尾張の鳶が、京のお茶に添えて、わたくしの暮らしていた新門前通りや祇園「白川」ぞいの、懐かしい、大きい写真を何枚も撮って送ってくれました。
もう何十年帰っていないだろう。帰っても泊まれる家ももう無い。それでも、せめてもう一度、もう一度は「帰って」知恩院、円山、祇園さん 四条大通り 祇園町、白川ぞい、縄手の賑わい,古門前、新門前など、そぞろ歩きたいがなあ。通称に「なか」と呼ばれていた三条裏も。
今は祇園会のさなか。ブチ切れそうに懐かしいよ。
思えば東京へは、ただただ「作家」に成るべく就職して来たのだなあ。
2024 7/17
* 互ひ杖 とでも謂うか、タシにならぬまでも二人で歩けば「聲」は掛け合える。そう思って,今日もガンガン照りの江古田奥、妻の歯医者通いに同行し、帰りには、いつものように、西武線江古田駅近い馴染んだ「中華家族」で昼食し、帰ってきた。
「視弱」と謂うているが、それからする「全身の違和や疲労」は避けられない、それでも、まだ、外出に「互ひ杖」の遣えることに感謝している。
目を遣って、自身書き置いた物や、参考のものを読み返すのは、イヤと謂うよりも、よほどムリなっている。それでも,やはり視力に頼まねば済まぬアレコレ、減りはしない。「業(ごう)」であるよ。「業つくばり」の末路よ。
2024 7/27
* 冷房の自室に居ても,家のどこに居ても、噛みつかれるような熱暑。「大文字」送り火の前夜ぞ、讀書にも飽いて「大」の字に寝てしまうが、勝ちか。誰に、怠けているなどと𠮟られはしまい。愛蔵してきた美酒「久保田」一升瓶も空いてしまうところよ。
願はくは、此の国土と国民に「天災」の無かれ、と。南無観世音菩薩。
* 明日にも強い台風の上陸が云われている。
2024 8/15
* 体調も気分もすこぶる低迷を這いすすむ心地、宜しく無い。豪暑のカンカン照りを侵して、杖を牽いて「セイムス」で酒・肴を買って帰って、「書く」より「呑む」へ手が伸びる。わたくし、むろん大酒はしないが、もともと「酒に酔う」という気味にめったにならない。「酔う」とはどんな気分のことか、ほとんど記憶も自覚も無い。朝から夜まで、いつでも手は出るが、お茶を、湯呑みで飲むていどしか飲まない。「好き」なのだが、量を望んでない、酒で仕事を投げることは無い。これは、じつにまさしく「独り酒」だからで、わたは人と呑み競うように談笑するなど、めったにも無い。つきあいは、悪いと謂うより,はなから、無いに同じく、それが好都合と思って暮らしてきた。妻は呑まない.建日子とも何年にいちどほど、ちょこっと盃を交す程度。酒で愉快になることも不快を躱すことも、まず,無い。
* 前触れの喧しかった暴風雨に遭わずに済んだ。アコやマコも機嫌がいい。わたしは視力の衰えにショボショボしている、が、不機嫌では無い。録画してあるはずの今晩の『光る君へ』を愉しんで、ドストエフスキーか、マクーンかを読み嗣いでから寝入ろう。
2024 8/18
* 四時開場、夜の部歌舞伎座へ。会場前に、脇の文明堂喫茶室へ。久々に,まこと久々に美味いコーヒーを喜んだ。
歌舞伎座、三階「花籠」の夕食を予約。客席は上手前二列目角席二席、絶好。
一番目 玉三郞,松綠,染五郎ら『妹背山婦女庭訓』 二番目幸四郎の弁慶で、『勧進帳』、なにしろ往年に数を重ね堂々の花形大物役者で繰り返し観てきているので、総じて舞台がちいさく觀えたのは致し方ない。
帰りのタクシーに、あざとい乗り回しされ、常は一万円で釣りのある距離を、一万三千円。 不快。 どうも、文明堂の美味かったコーヒーのほかは、晴れやかに気の晴れない歌舞伎座九月夜の部とはなった。
次の「昼の部」は、幸四郎好みのスペクタルに「カブイた舞台」となろう。楽しませて欲しい。
2024 9/5
* 朝九時前、「四季の唱歌」を懐かしく聴きまた口ずさみながら、コロン・スープの朝食。
「コロン」とは 旨味の「鶏のもも肉」を、ぶつ切りにコロンと小さく油で揚げたのを、さらに四つ五つに小切り、簡明なスープ一杯で一食に代えている。食事にも間食にもしている。
まだ、すこし睡い。
2024 9/10
*「酒は百薬の長」などと聴いてきた。秦の父は一滴も呑めない人だった。
私は中学生の頃にはもう「酒はうまいナ」と思えていた。だが、八八年久しい人生で、その酒に酔いつぶれた記憶は、三度あっても五度と無い。
いま、妻は、週一度の「生協の配達」で、四合瓶を「三,㈣本」買ってくれている。ほかに 人さまに一升瓶を頂戴することも,時に、ある。わたしが勝手に一升瓶や3L筺を買ってくることもあり、だが、量で謂えば、四合瓶を一日で空けることは、めったにしない、が、その気なら簡単に空けてしまう。
ま、「酒は百薬の長」と信仰し、「大酒はしない」と自身決めている。守っている。心身へ一種の「高揚」効果は、ほぼ正確に、在る。
2024 9/13
* 病院では もっと栄養価を多めに補充せよと。たしかに、呑むよりは喰うが少なめになっている。日本酒は、すすめば 四合瓶ぐらい一日でカンタンに空になる。こうもお酒が美味いとは。
秦の父は一滴も呑めず、避けていたのになあ。「血縁」の無い「もらはれ子」と謂うのを、そんなときフッと「感触」していたとナと思い出す。
2024 9/16
* 「セイムス」へ脚を運んで、頚や肩の関節の痛みにロキソニン系の塗り薬と3リットルの「京の酒」と肴を買ってきたり。
私、病気や怪我を為ぬ限り、いまや日々の消光に何の義務も厄介もないありがたさ。いまは背のほうで、マリア・ジョアオ・ピレシュが、次々に、モーツアルト、シューベルト、ショパンのピアノソナタを熱くしかも清冽に美しく聴かせて呉れている。感謝。
2024 9/20
* ポストへの用を頼まれた脚で、久しぶりに寿司の
「和香菜」の暖簾をはね、若い、というても何十年の親しい夫婦店で、心地よい酒・肴を愉しんできた。帰りは、娘ほどに親しんでいる女将が車で送ってくれた。
わたしは、人とほんとに親しむときは、家族のように親しむ。向こうでも親しんでくれる。実の娘や息子とよりも心許し合うて開放され談笑してこれる。「和香奈」はそういう店であり、相客がなければ、眞実,在宅ほどにくつろげる。
「大トロと鯛」そしてお銚子の一本に満たされ、家まで送り帰してもらった。佳い散策であった。
2024 9/21