ぜんぶ秦恒平文学の話

交遊録 2014年10月まで

☆ 濡れてゐる卵小さき浮巣かな (山口青邨)

いつからか書店をぶらぶら見て回ることに面白みが感じられなくなって、図書館が具合よくなってきました。ですが図書館でも棚を見て歩くことは滅多にしません。松丸本舗の書棚写真を見て、書店や図書館の分類が体力気力集中力思考力を消耗させていたと得心したからです。

代わりに本さがしに重宝しているのがミュージアムの売店や閲覧コーナーです。コンパクトにできていてくたびれずに本さがしができるすぐれたセレクトブックストアだと思います。絶版になった本、非売本、限定本、古い本に最新刊、こども向けから専門書まで、限られた場所に上手に並べられています。しかも自由に手に取って読めるのですから。

閲覧コーナーの本はメモして、売店の本はキィワードをおぼえて、名張に帰ってから図書館で検索します。

名張の図書館は小さな図書館なので、地下書庫から持ってきていただいたり、よその図書館から取り寄せていただいたり、いつだって雀は係りみなさんの手間暇頼り。

郷土資料室内に留め置かれて持ち出し禁止になっている本を、貸し出してくださる図書館がないか調べていただくことも、著者名を示して随筆など読みやすそうな本を探していただくことも、文庫本が図書館にあるのに初版本を取り寄せていただくこともあります。

貸し出してくださる図書館が見つからず、国会図書館の複写サービスの手続きを一切してくださったのも感謝です。

リクエストした本が最新刊のときは購入していただけることもあって、サンライズ出版の「近江の祭礼行事③『勧請縄』」(2013年12月発行)もその1 冊です。

数年前に日野商人の館を見学に訪れた際、偶然、勧請縄の写真展が開催されていて、日野在住のおじいさんがたったひとりで撮っているとうかがいました。

本を読んでわかったのは、その後、2010年に日野の図書館でふたたび写真展をされて、他の取材で日野町を訪れた大学教授がたまたまそれを見てこれは本にして出しなさいと強く勧められたのだそうです。

「近江の祭礼行事②」は『オコナイ』とあるので早速取り寄せて読みました。

大きなくくりでいうと、湖北はオコナイ、湖南が勧請縄とのことです。

この2 冊から、伊賀市島ヶ原にある正月堂の達陀は鬼が出るオコナイだなぁと思いました。

また、これらの本がきっかけとなって西本梛枝「鳰の浮巣―近江の文学風景」を知り、取り寄せていただいて読みました。

ところで、オコナイの本は大阪府高槻市の図書館が貸してくださって、怪訝に思ったら、著者の方が高槻市育ちでいらして、大津市出身の人に連れられて高月町のオコナイを見学して、その翌年、長浜城歴史博物館の学芸員に就職したのだとか。

高槻市といえば、2013年12月22日に「中臣(藤原)鎌足と阿武山古墳」シンポジウムを行った今城塚古代歴史館は、今城塚古墳に隣接して2011年 4月にオープンしたミュージアムで、雀はプレオープンの2011年3 月24日に行ったきりで、主人はシンポジウムが9 時~5 時で見学できなかったものですから、GWの連休に2 人で行ってきたのですよ。肌寒い雨の日で、古墳を歩く人影もなく、10:00 の開館を待ちわびて入るとこどもの日で体験イベントの行列ができていました。常設展と企画展を一通り見て2 時間。主人はついでだから中之島の東洋陶磁美術館を見て帰ると言います。

雀は疲れてそのまま帰路につきました。

展示室入口に過去の図録が並んでいて、その時は気付かなかったのですが、開館1 周年記念特別展が「阿武山古墳と牽牛子塚古墳」で、その次の年が阿武山古墳シンポジウムだったのです。

かたや鎌足の墓といわれる阿武山古墳。こなた斉明天皇の墓といわれる牽牛子塚古墳。うまい企画!

これらはまた終末期古墳とも呼ばれていて、猪熊兼勝さんが高松塚古墳のシンポジウムで、「ねぇ、この終末期古墳っていうの、別の呼び方にしようよ。終末期、終末期っていわないで、さ」と眉を寄せておっしゃったのが忘れられません。  名張の囀雀

2014 8・1 154

 

 

* あす、修正された遠用の眼鏡と、サングラスを受け取りに行くか、行けるか、今はヨッポド、ぐたりとしている。一雨きそうな月曜に日延べしたい気分だが。今日も、ろくに食べていない。おいしい果物、ジュース、ゼリーなどいただき物に感謝し、炭水化物に手が出ない。飯も粥も麺類も重苦しい。

吉備の人から色も香もすばらしい「黄桃」を、今日頂戴した。掌に戴いて眺める内にも清い芳香に包まれる。

昨日は、真岡市の随筆家渡辺通枝さん方から、新宿高野のフルーツ各種の大籠を送って戴いた。みたこともない珍しい果物がいっぱいだった。

2014 8・2 154

 

 

☆ 秦恒平様

今年の夏はとくに厳しい暑さの毎日が続きます。以前からお身体の調子が優れないとお伺いいたしておりますが、如何お過しでしょうか。

いつも「湖の本」 御礼申し上げます。

七月の京都は祇園祭一色で、とくに150年ぶりの大船鉾の復帰が大きな話題となり、また、後祭が49年ぶりに復活したことで街中が終始賑わっていました。

近年、入洛する外国人観光客が著しく増加、清水寺や金閣寺はもちろん、私がときどき散歩のコースにしている伏見稲荷大社界隈でも、擦れちがう人達の異国の言語にたびたび驚かされています。

小生も京都市を退職後20年になりますが、3年前は大腸がん、昨年は前立腺がんと、病と闘いながらの終盤の人生です。毎日体調管理に気遣いの生活ですが 最近は何とか元気に過しています。

今後とも、お身体を大切に 益々ご活躍されますようご祈念いたしております。(別添の粗品ご笑納下されば幸甚に存じます。)

平成26年8月2日   富松賢三    (元京都市下京区長)

追伸  次回「湖の本」ご送付の際は、購読料の振込用紙をご同封下さるようお願いします。

* 国民学校(小学校)から大学までいっしょだった最も年久しい今では唯一の友。遠くはるかに顧み顧みて夢かと思う。想うもなつかしい永楽屋の柚の名菓といろんな酒肴とを頂戴した。これが、みな、美味い。ありがとう。元気でいて下さい。こんどの「湖の本」随筆選(二)は、題して「京のひる寝」です。お気遣いなくご笑覧を。

 

* 「珠」さんからも、食のすすまないわたしを想って涼しげな美味しそうなご馳走が贈られてきた。ありがとう。

2014 8・4 154

 

 

☆ 炎暑の日が続きます。

いつも「湖の本」を御恵送下さいまして また今春は「秦恒平選集第一巻」を賜りましてありがとうございます。

昨年の秋以後訪れていない今日の町を思い浮かべながら「みごもりの湖」拝読しております。

「湖の本」109の149ページで「春曙」「春の曙」ということば・句についてお書きになっていらっしゃるので うれしくなりました。「あけぼの」ということばの和歌での詠まれ方らついては若い頃からずっと関心を抱いていました。今年の秋の和歌文学会で何か話すことを求められ、「『あけぼの』の系譜」という題だけを届けて中身を今考えているところです。

一昨年はじめて一寸大がかりな(本人にとっては)手術を受けてから 時折体調を崩したりしますが、年を考えれば当然のことなのでしょう できるところまでやるだけのことと居直って まだまだ残っている宿題をぼつぼつ進めています。その仲には源平盛衰記の註釈というやっかいなものもありまして、一谷や屋島の合戦場面 そして平家の公達の死に立ち会わざるをえません。

そんなことに追われて失礼を重ねておりますことお許し下さい。

天候不安定のこととて、くれぐれも御自愛下さいますようお祈り申し上げます。  久保田淳  東大名誉教授

 

* 久保田さんはわたしより二歳年長の碩学。びっくりするほど沢山ご本を頂戴している。今日もお手紙とともに、「古典講読 徒然草」「人生をひもとく日本の古典 第二はたらく」を頂戴した。「西行全歌集」も「富士山の文学」もいままさに愛読している。ただの一度もお目にかかったことなく、じつは久保田さんが「淳」というお名前一字からして男性とも女性ともわたしはしかと知らない。そういうことは特別わたしには大事でなく、お仕事にのみ心惹かれてもう久しく著書の贈答が続いてきた。まさしく淡交の理想をなしてきたと喜んでいる。これがわたしのむかしむかしからの「淡交」というもの。

2014 8・6 154

 

 

* 盆正月という、京都では盆は八月だった。盂蘭盆、それから地蔵盆。暑くはあったがいい季節だった、むかしは。京は寒いも暑いも昔からとびきりの土地柄だったが、どう暑いと云っても一夏に三十度を超えるなど二三日、三十三度などときくと異様さに惘れたものだ。暑ければ暑いなりに夕立もした。だいたい、二十日過ぎの地蔵盆にもなればもう湖や川でも水泳は遠慮したモノだ。

地蔵盆が、なつかしい。『初恋 雲居寺跡』を読み直したばかりで、ひとしおなつかしい。

 

☆ 地蔵盆

くにでも、していますよ。

くにの実家は川を見下ろすこんもりした丘の上にあり、丘を登りきった裏手にお地蔵さんが祀られています。

夕方と朝にお餅とお菓子の接待もあり、帰省中であれば、母に連れられ、息子や娘も連れて、巾着にお米を入れてお詣りします。

今年も、ゆっくりしてこられるといいなぁ。

暑いのは苦手ですけれど、子供の頃から夏休みが一番好きでした。

土曜夜市、花火、夏祭、盆踊、従姉のいる田舎、長い旅。

日常を離れたケの時であり、都会に出てきてからは、古里でほっとできる時となりました。

今日も暑い一日でした。

これから、夕食です。  眸

 

* 季節感も生活感もあり、こういうメールをもらうのが心地よい。

2014 8・6 154

 

 

☆  みづうみ、お元気ですか。

みづうみの鬼気せまるお仕事ぶりにおそれをなしておりました。毎日みづうみのことをドキドキ意識して生活しています。

みづうみに関わるものはすべて、たとえクリック一つで電子空間の闇に消えゆくメールであっても、何一つとしてお寶でないものはございません。

それにしてもこの暑さに消耗しています。昼間の数時間、ぼーっとして頭がうまく働きません。東京は、サウジアラビアより、インドより、アマゾンより暑いそうです。書いているうちになんだか腹が立ってきました。灼熱という形容詞が許されるのは「恋」くらいのもので、灼熱の都会なんて……。

クーラーの効いた部屋の中で好きな本をあれこれ読んでいるのが最近の一番の幸せの時間です。この暑熱が峠を越えるまではあまり出歩かれませんように。

自転車も危ないです。    炎   炎天の巌攀(よ)づ己(おの)が影つかみ  零子

 

* 口から出任せに、且つ自然に、からりと明るい光のようにものの言える人、幸せそうに善良な人、いるものである。相当な藝である。こういう光線のときに差し込んでくる暮らし、わるくない。

2014 8・7 154

 

 

☆ 暑中お見舞申し上げます。

このたびは あたたかいお手紙と選集をお送りくださいまして本当にありがとうございました。うれしくて何度も読み返しています。

新しい部署に着任して慣れない毎日ですが お手紙をお守りとして持ち歩いています。

選集 美しい装丁に、ご自宅とかお庭の書斎を想い起こしました ネコちゃんとノコちゃんの姿も (子どものときはこわがっていたのが おかしいです)。

母も折に触れて秦先生どうしていらっしゃるかと話しています。 この湖の本でいつも近くにいらっしゃるような気持ちにはなっているのですか…。ご尊顔拝することができたら本当にうれしいです。

酷暑 どうぞお体 おいといくださいませ。  阿

 

* 猫の絵はがき。じつの娘からのように嬉しく。やす香のお友達を、じつの孫のように想っている。

2014 8・7 154

 

 

☆ 今日は

雨が降り続いていますが、夕方現在三重県のような危険な状態ではありません。住まいも海や川の近くではないのであまり心配はしていないのですが、何事もなく過ぎてくれたらと思います。

台風から遠い東北や北陸で既に被害が出ているのですから、どこにいてもやはり用心は必要で、東京もどうぞ安穏でありますように。

気鬱、というか、時に集中力以前の無気力・・これまでも時々経験していますが、風邪のような症状を呈して一か月以上不調が続いています。老け込みたくないです。

あと少しで。50号のカサブランカの絵を描いてます。水金泥の絵の具を買ってこないと描き終わらないのです、空の月を描くために。

どうぞ、元気で元気で元気で。  尾張の鳶

 

* むかし、新聞社から転送されてきたこんな投書の手紙が出てきた。モーパッサンに触れた原稿をわたしが書いていたのへ来た読者からの手紙だったらしい。

 

☆ 投書(1996.10.13 )ひろば・・あなたと編集

格別な面白さ西洋古典文学

やや古い話だが、 ”大波小波”(9月17日付、一部地域18日付朝刊)で「モーパッサンの短編選が面白い」という文章を読んで、早速文庫本3冊を買った。

まだ一冊を読み終えたばかりだが、本当に面白い。男女を中心とした人生の機微と美しい自然が巧みに描かれて、「小説」を読んだという気持ちでいっぱいになった。

モーパッサンといえば、若いころ「女の一生」を読んだ。 しかし、当時の教養主義で読んだせいか、感動を覚えた記憶がない。年をとって短編を読んでみると、自分白身の多少の人生経験もあって、小説の醍醐味が身にしみて分かる思いがする。

西洋の古典文学の面白さは格別だ。訳者の青柳瑞穂氏も書いているが、モーパッサンの小説は「読んでみて、けっしてソンをしたとは思わない」作品ばかりである。

「大波小波」の辛目評論を読み続けてきたおかげて、モーパッサンを読むきっかけを与えられたことに感謝したい。(坂戸市 会社員 博 60)

2014 8・9 154

 

 

☆ 叡智の光に

祈念しているような和泉式部の和歌と 世界の政治家たちの悪意の算術。

今はもう 若者たちの知性に期待するばかりです。

お二人とも どうぞ お身体 大切におすごし下さいますよう。  清

 

☆ 台風が去り

又暑くなりましたね

大手術の後とは思えぬ精力的なお仕事ぶりに、拍手と、末長からん事を祈ります。(新築前の=)仮住いにやや馴れてきました。

今回 日数に追われながら一人で家の整理をしていて、あまりの多忙さに、取り置きの品物も間違えて捨てたりと頭が混乱していたようです。

傘寿を目前に、これからはコンパクトに暮らしたいと思っています。

最近は テレビでも観たい映画は全く無くて、飢えた感じです。 お大事に。  泉

2014 8・11 152

 

 

☆ いちはやく火の見ひともる野分雲(上田五千石)

(小野=)竹喬さんの、茜の朝焼けと錦繪の暈しのような、たそがれ。

節分、立秋、十三夜。

ところが木曜の昼下がりと夕方の2 度にわたって、急な雷と鉄砲雨があり、伊賀市役所など伊賀上野城下では浸水被害、伊賀市内では落雷による停電も起きたそうです。

土曜の夜明け前から降り始めた雨は日曜の15時を過ぎるまで、まあよく降りました。

昨日の夕間暮れに、避難所に指定された公民館に明かりがともっていて、川の濁流のはやさと水位の高さ、むくむくと広がった雲が取れない空を、やるせない思いで見上げました。夜が更けても一向にはれず、十五夜は残念ながら見えませんでした。

今夜の満月は見たいものです。

颱風の渦のしたではなかったので風はなく、ただ雨の音が小さくならず、止まないばかり。

こんなに通行止めが多かったのはこちらへ来て初めてのことです。

伊賀は盆地ですから川に沿うか峠越の道を使うかして他国に出るわけです。それが川は氾濫のおそれ、峠は土砂崩れのおそれということで、陸の孤島となりかけました。

幸いに用事もなくじっとして済んだのですが、まいりましたね。

今朝おそく、熱いお茶で一服しながらラジオのリモコンをいじっていたら、古い映画音楽が流れてきました。NHK-FMです。

その曲でひとつのプログラムが終わり、次の番組が始まりました。早坂文雄の生誕100 年がこの8/19ということで、彼の作品を放送しているそうで、今日はその最終回。戦後から遺作までとのこと。

椅子に座り直して耳を傾けました。

《管弦楽のための変容》(1953年)、遺作《ユーカラ》(1955年)

それぞれ一部だけでしたが、ひさしぶりに別世界に遊びました。なんだか、とってもよいこころもち。

そういえば少し前に伊福部昭の曲をやってたっけ、あれもよかったなぁ。

そういえば同じような時間帯だった。

伊福部昭も生誕100 年なんですね。誕生日は5/31。きっと同じ番組でしょう。

先日の松岡正剛『千夜千冊』が、佐宮圭「さわり」でした。   名張の囀雀

* いい気持ちで、その暮らしのなかへ同居できるような、佳いメール。台風一過。

2014 8・11 154

 

 

☆ (昨日=)午前中に着きました。

赤飯、金平牛蒡、蛸の胡瓜もみ、冷奴、鰆、烏賊の煮付け、お味噌汁、奈良漬け。両親が丹誠の白桃は今年も甘く、お昼からお腹一杯。夏休み中にすっかり薩摩芋みたいになってしまいそうです。

迎えの車から降りたスカートのお尻に、いつの間にか蝉が止まっていたのに驚きました。夜は、虫の声を聴きながらのんびり湯舟につかりました。

121 の予習を兼ねて持ち帰った106 は、先ず「私語の刻」をゆっくり区切りながら読み返し、京を過ぎてゆく車中で「京都の明日を励ます」を読みました。

「ドアは開いている」。

雲間から時おり覗く、驚くばかりに皓い秋の月を見上げて心の中で呟きました。

もう眠ってられるかな。お元気ですか。  眸

 

* 夏休みという、忘れ果てた季節を沢山な人が、それぞれに満喫しているようだ。大きな都会生活から山や川や草木の薫る故郷へ帰って行く人は、往時のわたしらのように東京から京都市内へという帰省とは格別の風情が楽しめるのであろう。戦時疎開で丹波での一年半を体験していなかったらわたしの「日本」は偏っていたにちがいない。「丹波」があったればこそ「清経入水」が書けた。、

 

☆ 秋の川真白な石を拾ひけり(夏目漱石)

1988年1 月発行の小学舘「大系日本の歴史2 『古墳の時代』」を借りて読んで、そのあと、和田萃さんが編集した「大神と石上―神体山と禁足地」が1988年2 月に筑摩書房から発行されていると知って借りて読みました。

そうしたら、1985年6 月発行の雑誌《日本学》に和田さんの「夕占と道饗祭―チマタにおけるマツリと祭祀」という論文を掲載されているとあったのでそれも借りてみました。

チマタ、聖なる樹、市、六月の晦日、十二月の晦日、道饗祭、鎮火祭、広瀬大忌祭、竜田風神祭、宮城四隅、京城四隅などのことばがつらなり、藤原京の四隅が説明されていました。

トワイライトのチマタ…これこれ、これです。

 

雑誌の特集は「倭国から日本へ」。冒頭にディスカッションが載っていました。収録は1984年10月。

韓国元首として初の公式訪日をした全斗煥大統領が「韓国五千年の歴史」と発言し、昭和天皇が「六、七世紀(我が国=)の国家形成のころ」と発言されたことが大きな話題となってのディスカッションとのこと。

天皇が、あるいは宮内庁がそういうことを認めたのは初めてではないか、だれが原案をつくったのか、戦後の教育を受けた優秀な官僚たちだろう、紀元節を建国記念の日として実施した佐藤栄作首相は、「あれは神話でいい」と歴史事実と切り離して実施した、といったことを参加していた学者さん方が話していたのに、えっ、そんなことがあったの!?と驚きました。

 

1984年は「ゴジラ」が30周年記念で、澤口靖子さんをヒロインに記念映画が作られていたのですね。

20周年の作品では田島令子さん。雀は、田島さんのお声が大好きです。

今年はゴジラ60周年ということで、平田昭彦、佐原健二、天本英世などなつかしい名を目にしました。

音楽は伊福部昭。

戦争中、昭は木材に放射線を照射して強化する研究に従事していて、兄のひとりを放射線障害で喪ったとか。

「ゴジラ」は第五福竜丸事件と防衛庁と自衛隊が発足した1954年に作られていた、その意味を雀は今まで知らずにいました。

 

北大教授の中谷宇吉郎が療養中にワシントンの学会に送るため製作した「Snow Crystal」(1938~39)の音楽を作曲したのが北大林学科を卒業した伊福部昭でした。

そして1946年に小宮豊隆が東北大学附属図書館の館長を辞任して東京音楽大学の校長になったことで、昭は作曲科講師に招かれています。

 

1936年1 月の寺田寅彦告別式のあと、仙台に帰る豊隆と札幌に帰る宇吉郎が同じ列車だったことを宇吉郎が書いていました。

宇吉郎に学んだ樋口敬二が、1965年4 月の宇吉郎墓碑建立の際、京都駅ホームで特急を待っていたときに、列の前のほうに(数学者=)岡潔さんを発見して思いきって話しかけたときのことを書いていて、このふたつのエピソードは雀の心のなかで、対聯になっています。

 

さて、昨夕、昇って間もないお月さまは、朦朧体。いつもなら月明かりで目が覚めるのに、昨夜は水滴の音が眠りをさましました。雨です。

朝になって津市と松阪市に大雨警報が出ているとラジオニュースで聞いたあと、名張川の方向からダム放水を知らせるサイレンが聞こえてきました。

ふるふる、ふる。

トワイライト、チマタ、坂、橋…。

ゆら、ゆら、もゆら。

 

度会郡大紀町に鎮座する瀧原宮が懐かしく思い出されます。

道路が大丈夫なら、このお盆休みにたずねてきたいです。   名張の囀雀

* 萬華鏡  十数年におよぶ雀さんのメールに総題するなら、萬華鏡日本か。

 

☆ 薄曇りの今朝は

秀吉の水攻めで知られる備中高松の城跡へ、蓮の花を観に行きました。

二の丸跡から本丸へ、思った以上の花の数に圧倒され、気高さに打たれました。

その蓮の葉と芋の葉とが同類と聞かされて、ちょっと笑ってしまいましたけど。

心地よい夕風が吹いています。

今、息子が入浴中。出てきたら、次は私。実家のお風呂からは山も川も望め、露天風呂気分なんですよ。  眸

2014 8・12 154

 

 

☆ 高梁川を遡って、

本陣の町矢掛を経、山道を美星町へ。

名前通りに星が美しい里( 天文台もあります) の、家族で贔屓にしているお店へ出掛けてきました。

氷を張った器に盛られた明石産真蛸の子と冬瓜他三品の先付けに始まるお料理の数々。

尺八奏者横山勝也さんの旧邸のお庭の景色や、床の間の大瓶の鬼灯、オーナーの曾祖父に当たる福田恵一の「千利休」の絵。目にもお腹にも、ご馳走を頂いて帰りました。   眸

 

* 故郷への感懐は、ひととおりでない。

「ふるさとは遠きにありておもふもの そして」とうたった詩人の歎きを共にする人も多かろうが、故郷を満喫して日頃の心労を癒せるひとたちも多い。昨日今日、盆やすみの帰省客はピークだと。

信じられないほど遠くまで、夫婦で車の運転を交替しつつ帰省するひともいた。

わたしはついに車を一度も体験せずに終わる。なんの、そんなことは他にも山のようにある、それが当たり前。スキー場で出会って結婚したカップルを二組知っている。スキーにもわたしは縁無く終える。いくら蛸のように脚をひろげようと、手足の届かないことのほうが天文学的に多い。読書こそはその補いだ。

ああねそれにしてもこんなに長く京都へ帰っていないとは。それもあってか、いま自作の小説・エッセイの校正や読み返しにいろんな思いがキツイほど揺れる。

2014 8・14 154

 

 

☆ 漸く晴れた昨日は

海の方へドライブしてきました。

港に近い、小さなイタリアンでお昼。

前菜五点の盛り合わせには蛸( カルパッチョ) 。ここは蛸の本場、蛸専門店から蛸煎餅まで多彩です。

お盆に入っても海水浴客で賑わう海岸線を走って、大橋を見下ろすホテルで一休み。

太平洋に打ち寄せる波を見るのも好きですが、穏やかに凪いだ瀬戸の海と島々を眺めると心も静まります。

出雲大社へは、学生時代に妹と二人、鈍行列車で行って玉造温泉に泊まったのを覚えています。

龍神といえば、中学の頃でしたか、建て替える前の家に居た頃、庭に突き出た部屋を蛇が横切っていくのを見たことがあります。

居間にいた母に、さっき蛇が出て行ったよと話したら、私があまり怖がってなかったのに驚かれました。

家に蛇があがってくるのに違和感も感じず、襲ってきそうでなければそう怖いとも思わぬ少女だったようです。  眸

2014 8・15 154

 

 

☆ もう

此方は秋の涼しさです。

今月になってから一度も猛暑日はないそうで、降ったり止んだりの今日は少しひんやりしています。 眸

2014 8・16 154

 

 

* 信太周さんの紹介で湖の本の「風の奏で」を読んでもらった研究者からまた一人懇切なお手紙を戴いた。

「風の奏で」は研究者の関心をえた長編であったが、論攷では全くなく、純然虚構の小説である。わたしは小説家である。できうれば、研究者には手の届かない虚構の他界を創作したい、それが作家であるわたしの全く不動の念願であり方法であり甲斐性であった。 2014 8・18 154

 

 

☆ 板絵の馬と土の馬、そして金属の馬具

763 年に丹生川上神社に奉帛と黒毛の馬を奉っているのですね。

大阪歴史博物館で発掘60年記念の特別展「難波宮」がこの18日まで開催されていました。お盆休みのいちにち、大阪へ行って見学してきたのですが、出土品に絵馬があったのです。

絵馬は平城宮や奈良市日笠町のフシンダ遺跡からも出土していて、いずれも破断されているとか。平城宮は藤原麻呂邸門前の濠と推定されている遺構で、フシンダ遺跡は光仁天皇陵のすぐ近くとのこと。

フシンダ遺跡出土の絵馬とその復元品が展示された、奈良県立橿原考古学研究所(カシコーケン)附属博物館の年末年始恒例「十二支の考古学」午の回。

昨年師走から今年正月にかけて開催され、カステラ箱にしまわれていた津市の高茶屋大塚古墳出土品のうち金属製の馬具が初公開ということと、1 月13日(祝)に所長の菅谷文則さんとカシコーケンの研究員さんがそれについて講演なさるというので、雀はサンドイッチと熱いお茶を持って当日の朝早く出かけました。

カシコーケンに着いたのは10:15 。10:30 から特別展の「見どころ解説」があり、12:00 に講堂を開場して13:00 から講演会というスケ

ジュールで、解説があることを尋ねて入館料を支払う男性のおひとりさまがあり、フリースペースにいる館の女性

に開始時刻を確かめている男性のおひとりさまがあり、連休だったせいか初めてという来館者さんもあり、ボランティアガイドさんは急ぎ足で館内を行き来していらっしゃいますし、雀も「今日は混むようですよ」と言われてあわてて入館受付に向かうしまつ。

見どころ解説をなさったのは重見泰さん。太安萬侶墓誌に筆跡を発見された方で、今回の展示を担当された主任学芸員さんだそうです。午後は講演会の司会と冒頭の講演を担当されて、大活躍でした。

講演会は300 席がほぼ満席の盛況。重見さんの講演に次いで、論文を発表したばかりの持田大輔さんが60分の予定を5 分超過して、ご自身の妄想も含めて熱のある鑑定報告をなさいました。

講演会終了後、聴衆の何人かにくっついて雀も展示室に戻って馬具を再見していると、持田さんがいらして思わぬ列品解説タイムとなりました。

話は講演会に戻ります。

持田さんの講演後、休憩となり、会場に菅谷所長がいらっしゃっいました。

いつも背広にネクタイの菅谷さんが年明け最初の講演会なのにツウィードのジャケットで、赤いチェックのコットンシャツにグレーの毛糸編みのベストをお召しです。若ぁい!   名張の囀雀

 

☆ 馬具と埴輪

大正4(1915) 年2 月14日。三重県の久居警察署に一枚の発掘届が提出されました。提出したのは小林嘉平治さん。三重県一志郡雲出町大字伊倉津 1708 番地に住む嘉平治さんは、所有地の山林、高茶屋村大字小森字大塚1091番地を開墾中に銅製金具18点、刀剣断片1 点、土器破片数点を発見発掘したと届けています。

2012年夏に菅谷所長が発掘品と対面。主任研究員の持田大輔さんを呼んで金属製の発掘品を見せたところ、彼はその場で研究を申し出ました。

持田さんが嬉々として鑑定をしているので、菅谷さんは、届け出が本人の筆跡かどうか確かめることと、記された地名を現在地に探し出すことに着手します。

嘉平治さんは議員に当選され男爵になられた方で、名古屋の古書店に嘉平治さんの書いたものが大量に売りに出されていたのを買い集めて寄付した人があったとかで、県史編纂室に嘉平治さんの手跡があり、筆跡は本人と確認できました。

津市は空襲を受けて官公署が焼失して書類がないんだそうで、菅谷さんは、県庁、県史編纂室、県立図書館など、現地以外にも県内各地をまわって取材と調査を続けます。

持田さんは1 年余りをかけて、2013年の冬に論文を発表。

そして2014年1 月。菅谷さんは津市へ7 回目の取材旅行をして13日の講演に臨みました。「三重の戦争遺跡」( つむぎ出版) と、「あなたに知ってほしい高茶屋120 年の歩み」( 伊勢新聞社) を持参なさり、考古学は、第二次大戦や空襲、江戸時代も発掘調査対象である、とのお話もなさいました。

藤堂高虎の安濃津城築城、そして明治になっての城の破壊、第二次大戦の被災、戦後の復興、県庁&県立美術館&県立文化会館ホール&新しい県立博物館などの建設で安濃津は土地の変化が甚だしく、空襲による書類焼失も加わって遺跡がわからなくなっているのが残念と菅谷さん。

久居や高茶屋は雲出川のすぐ北で、川の南は松阪市に編入された嬉野町。ここは津市と反対に古墳や廃寺跡が多いことを観光資源にしています。菅谷さんは川の北側にもきっと遺跡があったはずとおっしゃいます。そして安濃津あたりは点々と海岸線に御厨があって、馬具が出土した、津市高茶屋小森の地もそのひとつだそうです。

そしてまたその海岸地域には小さな古墳があって、小さいことと群集していないことから被葬者は在地支配者クラスと考えられ、天武・持統朝に権力を奪われて伊勢神宮の御厨となったのでは、とのこと。

馬具が出土した津市高茶屋大塚の古墳は、出土品からみて古墳時代後期の最終期だそうで、この時代は巨大古墳よりも特異な遺物の時代なんだとか。塩で築いた富と地位で古墳をつくり、その富を狙われ、つぶされて、一帯は伊勢神宮の神領にされた…。

金ぴかの馬具とともに埋葬されたのはそんな製塩王ではなかったかというのが菅谷さんの推理です。

結論。

これは特級品の馬具である。

発掘届けから99年11か月後に価値が明らかになりました。

講演会の6 日後に展覧会が終了。

そのわずか2 日後に、FM三重の番組で菅谷所長へのインタビューが放送されました。2 月にはカシコーケン友の会「友史会」例会で一帯を散策。

その報告を見て、雀も行ってみることにしました。

実は、菅谷所長のおはなしのなかで、藤方にある式内社「加良比乃神社」の祭神は土師氏の祖神ウマノカラヒネノミコトとおっしゃったのが気にかかったのです。元伊勢の一「片樋宮」といわれる神社ですが、いわれてみれば、川喜田半泥子の千歳山窯がすぐ近くで、石水博物館が建てられているのが藤方の隣の垂水地区です。  名張の雀

 

☆ 倭姫、御厨、大海人皇子

古墳の被葬者の話から伊勢の御厨の話になりそれはまた倭姫命がへめぐった地の話になり、菅谷さんは「ヤマトヒメがアマテラスをせたろうて最後に伊勢に落ち着くンやけど」と、万葉文化館で中西進さんと講演されたとき、時代がくだるにつれて、立ち寄り先が増えてくとおっしゃったことを思い起こさせる話をされ、そして、「ヤマトヒメのルートは壬申の乱の大海人皇子のルートと重なる」と、壬申の乱の話になりました。

昨日の万葉文化館の講演会はさぞ講演されたかっただろうなぁ。

最後に種明かし。

「講演などこういう場ではいつもネクタイにスーツで話すンですが、この馬具を調べるうち、大学生や院生の時に同じようなやり方をしていたと思い出して、楽しくなって、学生時代に戻ったような気もちになりました。ですから、あえて今日は、ネクタイもスーツもやめて、若返って学生の頃のような格好で出てきたわけです」

やんややんや!

馬具解説の前日、1/12( 日) は、「飛鳥歴史紀行」と題した奈良交通の日帰りバスツアーがあったのです。

ツアーは月に1 度で、全12回。午前は万葉文化館で講演を聴講し、昼食場所は飛鳥地域の毎回違う場所でいただきます。午後は奈良交通のバスガイドの案内で、関係する場所を歩き回るという企画。1 月はその10回目で、タイトルは「壬申の乱の悲劇」でした。

万葉文化館での講演は一般聴講も可能で無料。雀もツアーに参加せずに聴講のみの回が何回かありました。 ツアー客は1 ~3 列に座れるよう優先されていて、雀は前年8 月の「仏教伝来」とこの1 月だけ参加しました。午前中の講義がどちらもカシコーケンの研究者という、ただそれだけの理由で。

企画した添乗員さんいわく、「壬申の乱」でカシコーケンに講師を依頼したら菅谷所長が話したいと乗り気で、「所長じゃ予算が足らん」と困っていたら、所長の都合がつかなくなってホッとした。

1 月の「壬申の乱の悲劇」は、200 人限定の会場がほぼ満席。菅谷所長の都合がつかず、60分間の講演を頼まれた主任研究員の鶴見泰寿さんは、タイトルの「悲劇」というのにたいそうひっかかっていらして、最後までそこに拘泥した講演で、最後に、

「昨年、NHK の『BS歴史館』という番組で壬申の乱が取り上げられまして」とおっしゃって、聴衆が、あったあった、見た見た、と頷いたあとで、「12月に飛鳥を案内して、いちにちロケをやったんです。年賀状に書きました、ぼく。年賀状を出したあとで、NHK の女性から電話があって、全部カットになりましたって…『壬申の乱の悲劇』といったら、これも悲劇でして…すみません、こんな個人的なことで…」と、見事なオチ。   名張の囀雀

 

☆ 37年前の大海人皇子

BS歴史館は、名張の歴史サークルの人たちがエキストラで出演したと宣伝していたのと、友人からメールがきて、倉本一宏、仁藤敦史、林部均、山中章、玉城妙子といった方々が出演され、矢治峠、名張横河、積殖峠といった地名が出てきましたよぉと教えてくれたので知っていました。

翌日のカシコーケンで、菅谷文則所長が、鎌倉時代に書かれた倭姫命の巡行ルートは壬申の乱のルートをなぞっているとおっゃって、今から30年、いや37年くらい前のことだけれど、と、カシコーケンの「壬申の乱を歩く会」の思い出話をなさいました。1977年7 月から数回実施され、大海人皇子は石野博信さん(1933生)、ウノノサララは玉城妙子さん(1947生)。菅谷文則さん(1942生)、前園實知雄さん(1946生)、西藤清秀さん(1954生)が発起人で、末永雅雄所長から金一封をいただいての出発だったとか。同志社大学の考古学を学ぶ学生さんもたのんだそうです。

先日、石野さんの本を読んでいたら、1 回目の夜、伊賀の敢国神社で警察官がやってきたとか、石野さんは初日にダウンしてしまって、その後も初日にダウンを繰返し、だんだんと倒れる場所がビールの自販機近くに変わっていったとか書かれていました。

 

さて、いよいよ夜明けが遅くなってきました。水も冷たくなり、空の雲ががぜん変わってきました。

9 月のカレンダーは、入江泰吉さんが櫛羅の辻堂のお地蔵さんたち。葛城のトワイライトの辻の写真です。

京都のカレンダーは常林寺の萩。  名張の囀雀

 

* 雀は、これで手前一人の関心だけで囀っているのでなく、微妙にわたしの関心や興味や仕事ににじり寄るように話題を展開している。壬申の乱にからまるようにわたしが「秘色」や「蘇我殿幻想」や、「みごもりの湖」も念頭にしつつ囀ってくれている。

そして、今日只今にふ、京のカレンダーは「常林寺の萩」と。この萩の寺はわが秦家の菩提寺であり、やがてはわたしもそこへ帰ることになる。

 

☆ 古墳と日中戦争、第二次大戦

さて、地名の変遷ですが、

明治13(1880)年の「伊勢国一志郡総称小森野官民有地之図」と、

明治20(1887)年の“仮製地図”、

昭和15(1940)年の「高茶屋村字図」、

現行の市街地地図をつきあわせ、

津市高茶屋小森町の「警察学校西」交差点周辺が、届け出に記された、高茶屋村大字小森字大塚と考えられるに至ったとのこと。

 

この明治の2 枚の地図がわずか7 年の差で、江戸時代様の筆書きの地図と、現代と変わらない地図記号を使った地図ということに、明治の日本を垣間見る思いでした。

 

明治以前は、一志郡小森村。

明治9 年に、安濃津県と度会県が合併して三重県になります。

大正4 年、高茶屋村大字小森字大塚1091番地から馬具などが出土。

大正14年、愛知県守山から陸軍歩兵第33連隊が三重県久居へ移駐してきます。

昭和5 年、この頃から、高茶屋村に、海軍、陸軍、逓信の各省が、基地用地を購入し始めたそうです。

昭和11年7 月、大政官布告第17号に基づき、小森村と小森上野村が合併して高茶屋村が成立しました。

昭和11年、小津安二郎はドキュメンタリー映画「鏡獅子」を撮ります。―六代目の舞踊と、名人九世太左衛門( 四世朴清の父) の鼓の音―。

昭和12年9 月、小津召集。久居の所属でした。

昭和14年7/13、小津は神戸へ上陸し、除隊。

昭和14年7 月、津市と高茶屋村が合併。命令系統を一本化するためで、これにより海軍工廠の工事が始まります。

昭和16年、小森地区の墓地が移転させられます。

昭和19年、海軍工廠は稼働を始めました。

昭和20年8 月、敗戦。

昭和23年頃から払い下げられ、工業団地と県の機関がつくられてゆき、現在は、工場として、日本板硝子、井村屋、住友ベークライト、松阪鉄工所、カネ美食品など、ほかに、警察学校、自動車学校、盲学校、スーパーマーケット、駐車場まがいの空き地などがあり、古墳があった場所とは思えない、まっ平らな地形です。   名張の囀雀

 

* この人は、無味乾燥の穿鑿に明け暮れているのでなく、こういう興味、好奇心、調べ、確かめ、繰り広げながらなによりも自身の暮らしに風味をそえつつ自身の魂を肥やしている。感性で知性を涵養しまたその逆をもやっている。自在の境を自分の脚で経巡っている。金とヒマがあればだれもが出来るというような事でない。

2014 8・21 154

 

 

☆ 古墳と神社と半泥子

菅谷さんと持田さんの講演からひとつき余りのち、津市高茶屋大塚古墳があったあたりを訪ね、そこから海辺へ出て藤方地区の式内加良比之神社を捜しに行きました。

神社は藤方地区でも垂水地区に近い山側にあって、常夜灯に刻まれた文字は「式内加良比之宮」。境内には「片樋宮」と刻まれた石柱が立っています。

解説板によると、ご祭神は御倉板挙神( みくらたなのかみ) と伊豆能賣神( いづのめのかみ) 。

「御頸珠の玉の緒もゆらに取りゆらかして」の「御頸珠」を神器として 御倉の棚の上に奉安したことから御倉板挙神というんだそうです。

菅谷文則さんがおっしゃった「土師氏の祖神ウマシカラヒネノミコト」は?

神社を参拝してから近くの石水博物館を見に行きました。

なんべん行っても年譜に発見がある川喜田半泥子。それでもこの日は気がつきませんでした。戦時中に、半泥子が、荒川豊蔵、金重陶陽、三輪休和らと結成した会の名が「からひね会」だったということに。

そして廣永と千歳の二ヶ所の窯があるのは進駐軍に千歳山を接収されて津市分部の長谷山に疎開したことが原因ということも。

千歳山の土地は6 年前に市に寄付され、市は半泥子の本宅跡や巨木ののこる森や池を保存活用して公園に整備するとのこと。

ときに、半泥子の祖父と親交があった松浦武四郎の号に「馬角斎」があります。

大和郡山に暮らした水木要太郎( 十五堂) は「南都馬角斎」の号を持っています。

今年の2/9(日) に大和郡山市で第2 回「水木十五堂賞」の授賞式があって、“なにわの生き字引”とよばれる肥田晧三さんが授賞され、講演されたそうです。

第1 回の授賞者は荒俣宏さんでした。  名張の囀雀

 

* おもしろい。半泥子のことどもも、それにあの松浦武四郎が「馬角斎」と号したとは知らなかった。ウーン。

わたしの「有即斎」も、この辺ではっきりさせておいていいだろう。「うそくさい」とはもし一言で人間世界を評し諷するならこれしかないというのがわたしの思い。むろん、わがことも含めて。「ばかくさい」「うそくさい」そしてだれかは「ふたばていしめい」と名告った。

 

☆ 萃と六爾と治宇二郎

  • きらきらと雨もつ麦の穂なみかな ( 蝶夢)

和田萃さんが、「ボクが子どもの頃は奈良でもよく麦が作られていて、麦の秋、麦秋が、ごく近くで見られました」とおっしゃったことがありました。

小津安二郎の「麦秋」はラストシーンに耳成山麓の麦の秋をもってきたんだとか。1951年の公開ですってね。和田さんが6 才のときです。

地元の中学から奈良高校に進学して阪大を受験するも失敗。理系から文系に転じて、翌年、京大文学部に合格された和田さん。

歴史系サークルにこれはと思うものがなく、考古学研究会に入られたそうで、1 回生後期になって上田正昭さんが鴨沂高校から教養学部助教授として着任されたことから、俳句から短歌に転じ、日本古代史を選択。助教授に岸俊男さんがいらっしゃって、大学院進学が決まったあと藤原宮跡から大量の木簡が出土して、岸さんについてお手伝いをすることになったんだそうです。

岸さんは1984年に定年退官されカシコーケンの3 代所長に就任されます。

前任は有光有一さん。京大考古学教室3 代教授をなさったかたですね。

岸さんは1986年に病にたおれ、1987年1 月21日に世を去っておられます。

「日本の歴史2 『古墳の時代』」が発行されたのは翌年の1 月1 日。和田さんは月報に載せる対談で前登志夫さんを指名され、この対談がきっかけで弟子入りをゆるされたとのこと。

この年、1 月13日に長屋王邸宅跡から木簡が出土。和田さんはおひとりで釈読されたそうです。

1967年1 月からちょうど20年。昨年のこの日はまだ岸先生がこちらがわにいらしたのに…。

この頃、京・紫野の住まいを引き払い、束明神古墳のすぐそばに家を新築されたようで、書庫を設けたもののたちまちのうちに廊下にあふれ 玄関で出迎えるのは横積みの本という有り様なんだそうです。

田原本町のご実家にも書籍を置いてらっしゃるので、あ、おまえさん、こんなところにいたのかい、すまなかった、忘れていたわけじゃぁないんだよ、とつい読み耽ることもあるのではないかしら。うふふ。

さて、和田さんは『古墳の時代』を執筆し始めた頃に、近鉄の大和八木駅近くで偶然、小学校1 ~2 年生のときの担任教諭だった男性に出会って驚きますが、先生の打ち明け話にさらに驚いたそうです。

あのとき、クラスのみんなを連れて唐古池に土器ひろいに行ったのは、自分が小学生のときに森本六爾先生に出会っていたから。

えッ!森本六爾先生?!

森本先生はわずか1 年で退職され上京されたそうで、先生は森本先生のような先生になりたくて、奈良師範学校に進学し、先生となって、朝倉小学校の校長をさいごに退職された由。―朝倉小学校といったら脇本遺跡のすぐそばです。

田原本町の小学校にいたとき、入学してきた和田さんを教えたというわけなのです。

森本六爾が歿したのは1936年1 月22日。

30年後の1968年に先生は< 大和史学> に「森本六爾先生の思い出」と題した文章を掲載なさったそうです。

雀は、1936年の< 考古学>7巻3 号に中谷治宇二郎が「巴里と森本君と私」と題した追悼文を掲載していたと知って飛びつきました。

治宇二郎が亡くなったのは1936年3 月22日。六爾のちょうど2 か月後です。

そして唐古遺跡の発掘調査がその年の12月から始まったんですね。

父程着手の億劫をじざなくて、そして根気がよかったら、物理の実験などはどんどんはかどることだろうと考えることもある。  中谷宇吉郎。

父の遺伝子を治宇二郎も受け継いでいたのでしょう、そして兄より長く父と暮らしていたのが弟でした。  名張の囀雀

 

* ずいぶん豊かに、具体的にいろいろ伝え、教えてくれる。たいした「雀」の囀りで、わたしは、愛読、いや愛聴者である。

2014 8・22 154

 

 

☆ 秦さま

素晴らしいご著書(選集②)頂戴いたしました。

ありがとうございます。

先日ご好評いただきました、”ちんぐ”(=壱岐焼酎)を別送いたしました。

ご賞味ください。お礼まで。  堀上 謙(能楽研究家)

 

* まずは保谷市内へ先着した。

2014 8・23 154

 

 

* 堀上さんからの「壱岐焼酎 ちんく」頂戴、久しぶりの焼酎、もう味わい戴いている。。

2014 8・24 154

 

 

☆ 前略

秦恒平選集第二巻をお送りいただきました。

ありがとうございます。光栄のきわみです。「

それにしても美しいご本ですね。

これで 私にとっては「伝説」の『清経入水』を拝読することができます。 草々  関川夏夫 作家

 

☆ 本日は処暑

新涼がが待たれます。

第二巻いただきました。 早々の刊行に少し驚いています 初々しい(失礼)写真とお作に見入っています。

長谷川(泉)さんの色紙、すごい字ですね 元気が出ます そのまま刻字に写し取りたいような気がします。

私は 石川淳対談集「夷齋座談」を拾い読みし、浅学な己をいじめています。

とりあえず お礼まで     井口哲郎  元石川近代文学館長

 

☆ 拝復

本日は御鄭重にも「秦恒平選集」第二巻を御恵贈に与りまして、誠に有難うございました。

巻末の「刊行に際して」で仰せの通り、造本・装幀・製版ともに このような御高著の刊行は希有の快挙であり、心からお慶び申し上げます。 亦 「文豪はどこへ行ったのでしょう」との御感慨には私も全く同感で、担当致しました川端先生のことが近頃しきりと懐しく思い出されます。

異常気象はまだまだ続きそうですが、呉々も御体調には留意されますよう 御自愛のほどお祈り致して止みません。

右。取り急ぎ貴酬 一筆啓上致しました。八月二十三日 敬具  元「新潮」編集長

 

* 当代樂吉左衛門さんから、九月下旬の『(萩)新兵衛の樂 (樂)吉左衛門の萩』展 開会宴へご招待がいつものように届いた。琵琶湖畔の佐川美術館である。萩の新兵衛は好きで、いい茶碗、いい酒杯を愛蔵し愛用している。行きたいなあと嘆声が洩れるが、さ、行けるだろうか、琵琶湖まで行けば京都へも帰りたい。

2014 8・25 154

 

 

☆ 取り急ぎ

メール嬉しく。

「藝術的」からかなり離れた日常を過ごし、目下娘家族ら来日、七人の世話? をしています。

明後日、孫の世話のためシンガポールに行き、半月滞在します。

処暑、誕生日です。

気候不順の落ち着かない夏が過ぎようとしています。

体調への懸念を述べてらして驚いています。どうぞどうぞできるだけ早く診察を受けてくださいますように。

PS 海外ですが、携帯へのメッセージ、nifty へは、従来通りに送信可能です。  尾張の鳶

2014 8・25 154

 

 

☆ 上

残暑お見舞申上げます  土石流被害など痛ましい日々ですが お変りなくお過ごしのことと拝察します。

このたびは『清経入水』など収録の『秦恒平選集』第二巻の恵与に預かりまして洵に難有うございました。御禮申し上げます。

豊潤なな作品群を『選集』におまとめになる企画大変うれしく存じます。「畜生塚」「慈子」など 嘗て 読む喜びを与えて下さった記憶が蘇ってきました。 大学教員の現役時代、時折求められた「愛読書十点」といった企画にこれらの書名を記したことも なつかしく回想されます。

騒々しい人集めが良しとされる世情にうんざりしているだけに、こうした刊行予定が眼に入ることの嬉しさ一入のものです。

近時は多勢を相手にすることは一切せず、毎月一日だけ二、三人に限って家に来てもらって お茶を呑みつゝ 文学の話をしています。

先日は丁度新聞に「歌壇俳壇」欄が載った日だったので、もう六十五年前の俳句の方に載った

遠花火窓に見し夜の別れかな

という作者名も忘れた作品を種に話題を拡げました。

次回には はるかに水準の高い御本の話をしようと思っています。

といっても当面の健康状態からは、いつ店仕舞をするかもしれないのですが、「畜生塚」の話ができると思うだけで、まだ少し生きていられるような気がして、有り難い限りです。

駄文が長くなりました、お許し下さい。  不尽

葉月廿三日    松野陽一  元国文学研究資料館館長

 

* 嬉しい。

 

☆ 残暑お見舞い申し上げます。

この度は 秦恒平選集第二巻をお送り賜り、まことに有難うございました。心より御礼申し上げます。

第一巻を頂いた時に、丁度体調をくずし、その後検査入院など致しまして、御礼状も差し上げぬままになってしまいました。もとより体調だけの事ではなく、性来の怠惰のゆえです、ご海容のほどお願い申し上げます。

既に読ませて頂いたことのある作品を今回の選集で再読しつつ、美しい、力のある文章は、今は本当に少ないことをしみじみ感じました。第二巻のあとがきにお書きになっている通りです。

選集で、文章を 文字どおり味読しています。

(中略 以下、日本の古典籍の利用活用にかんするじつに大切なことが書かれていて胸の鳴る心地ながら、ここに書き写すのは、筆者のお立場を考慮し、遠慮しておく。ますますのご尽力ご活躍を願います。 秦)

学術会議などという所に所属させられ、自分の仕事ができませんでしたが、この秋から自身の仕事を再開したいと思っております。

どうぞお元気でお過ごし下さいますように。

酷暑の日がまだまだ続きます。御自愛下さい。 敬具  長島弘明  東大教授

 

* まだ学生だった頃の、秋成り研究に志していた長島さんに約束しながら果たせなかったのが、いま読み直している八百枚もの「生きたかりしに」である。

 

☆ 炎暑の日々が続きました。

この度は選球第二巻を早速にお贈り賜りまして ありがたく拝受。

『風の奏で』の折には研究誌「古典遺産」で(研究者の)座談会を持ったこと、橋本敏江さんの「小督」だったかの平曲にご案内したことなどを懐かしく想い出します。

造本、製版、みごとな出来映えの美本で 感嘆致しております。

十月には「将門」にお出まし頂けたら幸甚です。 拝具   小林保治  早大名誉教授

 

* ひところ、毎月のように会って、食べては語りしていた。小林さんが初めて連れて行ってくれた鶯谷・根岸の懐かしい中華料理「鴬泉楼」も、先頃「香味屋」の帰りに通ったら無くなっていた。

 

☆ ご清祥の御事とお慶び申し上げます。

この度は御高著『秦恒平選集第二巻』をご恵贈賜り、心より御礼申し上げます。

愉しみに拝読させていただきます。

益々のご自愛、御健筆をお祈り申し上げます。

先ずはとりあえず御礼まで。    瀬戸内寂聴   作家

 

* まだ送り残しがあるが、ほぼ贈呈等の作業を終え、一息ついている。

すぐさま「選集③」の要再校、ツキモノ、跋等の用意をすすめながら、興の乗っている新創作等の進行、またもうそこにさし迫っている「湖の本121」を送り出す用意、また新しい「湖の本122」の原稿揃えに取りかかる。奔っているから倒れない、ゆるゆるになれば自転車だと転倒する。愉しんではしるように躯に指令している。

 

☆ 選集第二巻拝受いたしました。

お世話になっております。平凡社の岸本です。

お盆明けの猛暑も一段落いたしました。このまま秋に、と思いますが、そうは問屋がおろさないのでしょうね。

このたびは選集の第二巻お送りいただきまして まことにありがとうございました。

第一巻に続き豪華な装幀、恐れ入っております。この巻には太宰賞ご受賞作も収録され、平安と現代の間を行き交う風を感じつつ、

今回も味読いたします。

それにしても、秦先生の精力的なお仕事ぶりには本当に驚嘆の念を禁じえません。

どうかどうか、お身体だけはお大事になさってください。

引き続き何卒よろしくお願いいたします。  平凡社  岸本洋和

 

☆ みづうみ、お元気ですか。

思わずため息のでる美しい作品、美しい選集第二巻を頂戴いたしました。関川夏央さんのお言葉のように、「光栄の極み」としか申し上げようがございません。

作家や作品を選ぶのは常に読者というのが鉄則ですのに、みづうみという作者に選ばれた読者かのような錯覚、恐れ多い有り難さで、何度も申します、光栄の極みでございます。

みづうみには、わたくしなどより遥かに素晴らしい識者・読者の方々がたくさんあるにも関わらず、少しばかりのお手伝いをしたというだけで、限定私家版、非売本を頂戴するという幸運と幸福に恵まれました。未来のみづうみの読者からも、嫉妬されるでしょう。

ご本を何度も開いては、にっこりしているところでございます。とてもうれしいです。何度も読みたくてたまりません。

切に願うのは、自分が汲み尽くせぬ清泉のような名作にふさわしい読者であることです。ほんとうにありがとうございました。

みづうみの新しい小説も、湖の本の新刊も、次の選集も楽しみで待ち遠しく思っています。

同時に、みづうみの働きすぎも心配でたまりません。熱中症を案じておりましたが、他にも不調のご様子です。この夏の熱気の重圧は異常で、元気ピンピンという方のほうが少ないかもしれません。

すべてに、一日も早い検査と診察をお受けになり、ご安心なさってくださいますように。

少し涼風を感じる頃になりましたら、一度お目にかかり、新しいお手伝いの仕事を頂戴いたしたく思っています。お出かけのご予定など早めにお教えいただければ幸いでございます。わたくしは相変わらず不出来なものを書いていますし、他の用事にも追いまくられています。    馨   茉莉花を拾ひたる手もまた匂ふ  加藤楸邨

 

 

* ぎやうさんに世辞賜はるもめうが哉  みづうみ

2014 8・26 154

 

 

☆ 高価な豪華本

『秦恒平選集』第二巻のご恵贈にあずかり、誠にありがとうございました。

小生、近年、視力の多くを喪い、厳しい読書制限を受けておりますので、ご名作「清経入水」「風の奏で=寂光平家」など、直ぐにも拝読したいのですが、速読はかなわず、日々少しずつ読ませて戴くことをお許し下さい。馬齢を重ねてすでに九○歳に近く、生きていられるのがふしぎなくらいです。まずは御礼まで。  色川大吉  東京経済大学名誉教授

 

☆ 残暑厳しき折、

おからだその後如何でしょうか。

このたびは『秦恒平選集』第二巻を御恵贈賜わり有難うございました。『清経入水』から、秦さんの文学への関わりが深くなっていったわけですね。

「あとがき」の「生ける文豪のだれ一人いない日本文学にしてしまったのは誰か」との問責は、大久保房男さんのいなくなってしまったこの秋に一層、身に沁みてゆきます。ご自愛を。  徳島高義  元講談社出版部長

 

☆ 出版印刷文化の粋をこらした

『秦恒平選集』第一巻に引き続き、第二巻をお贈りいただき このご好意にどうむくい、どうお礼を申しあげていいのか言葉を失う程です。厚く厚くお礼を申しあげます。

「清経入水」は若かりし日にはじめて秦作品と出合った印象深い御作、この記念すべき選集で再読させていただきます。

異常気象が続きます。どうぞ御身お大切におすごし下さいますように。  天野敬子  元講談社出版部長

2014 8・27 154

 

 

☆ こんにちは。

今日は涼しくなり、過ごしやすくなりました、またぶり返してくるとは思いますが。

保谷駅の近くの何処かで、軽くビールでも呑みながらというのはいかがでしょうか。

もし、お酒がのめないようでしたら、私が車でお迎えにいき何処かでランチでもたべながらとしたいと思います。

私は、土曜日の午後ならたいがいあいています。

ご都合の良い日をお知らせください。

直近ですと8 月30日土曜日となります。

9 月27日は出勤日となっています。(完全な週休2 日にはなりません)

母は晩年お茶を再開し、道具一式が残されたので、少しはお茶もと思っています。  直

 

* 1959年に上京・結婚して入居した新宿河田町、女子医大裏のアパート「みすず莊」大家さんちの少年だった。六畳の一部屋でこの少年がわたしにお茶を習いたいというので、保谷の社宅へ転居するまで手ほどきしていた。思えば不思議なように感じられるが、この「みすず莊」へも、遠い社宅へ転居してからも、会社の同僚の何人もがわたしに茶の湯の作法を習いに通ってきた。そのうちの一人だった後輩の遠藤恵子さんは、のちに東北学院大の教授になり、米沢女子短大の学長になった。今も「湖の本」購読を続けてくれている。上京・結婚いらいやがて55年半になる。その大家さんちの生真面目な小学生だった直樹君が、もう六十過ぎに相違ない、わたしに会いたいと。

 

* おおそうだ、明日にはロサンゼルスからこれまた久しく久しい京都の頃から馴染んだ八十すぎたガールフレンドがやってくる。

2014 8・27 154

 

 

☆ 選集第二巻届きました!

迪っちゃん  昨日は、大きな大切な小包がどかんと郵便受けに入っていましたよ。

本当におめでとうございます!

どっしりしているけれど、清楚で美しい本ですね。

いつもお送り下さり本当に有難うございます!

宛名書きが、秦さんの字だったので、迪っちゃんの手の具合を心配しています。でも秦さんがしっかりと書いておられるのも嬉しいことでした。

今、お祝いを別便でお送りしました。

少しですが、これからのご出版の足しに使ってくださいね。

どうぞくれぐれもお体を大切にして下さいね。  琉   妻の妹

 

*お気持ち、ありがとう。

 

☆ 選集第二巻

刊行おめでとうございます。

近々また保谷にうかがいます。  秦建日子

2014 8・27 154

 

 

☆ 選集第二巻のお礼

秦様  立派なご本を第二巻まで頂戴いたしまして勿体なくて恐縮しています。

このご本の読める価値が(自分に)あるのだろうかと、ありたいと自分で励ましています。

最初に発刊されて読ませていただいた頃は、能の事、謡曲の事など全く知りませんでしたので、現実の世界と夢幻の世界が行き来するのに大変戸惑ったりしました。謡曲の稽古をし、また京都も作品の世界に沿って歩いたりして、少しは地理的な事などにも親しみをもって読ませていただくことができるようになりました。作品の数々に育てていただいたと感謝しています。

懐かしい思いで一杯になりながら、また今の自分の読みをさせて頂きたいと思います。

 

少し凌ぎやすい日が続きましたが、後の暑さのぶり返しはまたお身体に応えるようです。どうぞどうぞ迪子様ともにお身体ご自愛ください。

 

 

先日 ロンドン在勤の子を夫婦で訪ねてまいりました。今イギリスとの分離問題で揺れているスコットランドに彼の案内で出かけました。フェステイバル一色で観光客には全然そのような情景は見当たりませんでしたが。お食事は進まれない様子でもお酒は大丈夫のご様子とうかがっていましたので、エジンバラでスコッチを求めてきました。来月になりまして、少しは暑さも凌ぎやすくなりましたら、以前お約束し、私の突然の体の不調のため、反故にしてしまいました豊島園のお店にでも持ってまいりたいとお二人のご都合も考えず思っています。押しつけがましいことで 勝手で申し訳ありません。

お気の向かれたときにお返事くださいませ。 晴  練馬区

 

* 妻の同級生だが、この人の、結婚後の人生をうちこんだいわば勉強ぶりには感心し続けてきた。たしかにわたしの小説の多くは、読者にあまりに多くを求め、または押しつけている。難しい難しいとどれだけ多くの人に言われたことか。ひとつには、わたしが「清経入水」を発表できた頃、選者の河上徹太郎先生が「現代の怪奇小説」とも選評に書かれている、そのような作風の小説は実に無いにも等しい時代だった。ほとんどが身辺私小説なみであった。幸いと言って佳いかどうかは別問題だが、今日、わたしのような作風を「怪奇」がる読者はすくないだろう。むしろ流行になっている。まして、謡曲や仕舞を習ってきた人には、夢幻能にちかい魅力は掴み佳いだろう。

わたしが、願ってきたのは、むずかしいのやさしいのでは全くなかった。「文学」の香気が作の品位をつくり得ているかどうか、作が作品を持ち得ているかどうか、それが願いだった。それが文章にどう表せるか示せるかだった。

2014 8・27 154

 

 

* 励まされる手紙が、たくさん。有り難いこと。

 

☆ 秦恒平様

「秦恒平選集」をお送り頂き有難うございます。

「清経入水」を読みましたが、不思議な小説だと思います。

丹波は京都の人にとって怨霊や妖怪の棲み家でしょうか、少年の日の不思議な感覚が甦ってくるような良い小説だと思います。

私の著書「親鸞」が十月に刊行されますので、出来ましたらお送り致します。

平成二十六年八月二十六日    梅原猛  哲学者

 

* ありがとう存じます。昔に、村上華岳らを書いた『墨牡丹』を梅原さんに誉めてもらい、嬉しくて、京都へ帰った折り、前ぶれなしにいきなり京都美大の学長室をノックして初対面したのが懐かしい。以降、幾重にも御縁を戴いた。日本ペンクラブの理事に指名されたのも、京都美術文化賞の選者を二十数年もご一緒したのも。理事会では何度も怒らせたけれど、気にしたことはない。著書の書評も解説もしばしば頼まれて遠慮無く書いたし、批判すべきはしてきた。浩瀚な全集も単行本も山のように頂戴してきた。

「ペン電子文藝館」を提案し開館したときも、梅原さんの処女作にちかい一文を選んで歴代会長作の一編として掲載したときも喜んでもらえた。やや離れたところから心持ち張り合うほどの元気でわたしは仕事してこれたのだと感謝している。

 

☆ 残暑お見舞い申し上げます。

限定私家版の選集第二巻をありがとうございました。

大切にいたします。大事に少しずつ拝読いたします。心より厚く御礼申し上げます。  出久根達郎  作家

 

☆ 残暑お見舞い申し上げます。

鄭重なお便りとともに、『秦恒平選集 第二巻』をご恵送賜りまして、誠に有難うございました。「清経入水」から「絵巻」まで、好きな作品が並んでいます。上品な造本を楽しみつつ、再読させていただきます。

(泉鏡花作=)『初稿 山海評判記』について、「ああっと声のもれたほど函も造本も美しい。」「万端を尽くして遺憾のない立派な刊行である。」と、ブログにお書き込みいただき、(監修・刊行者・鏡花研究者・愛読者としても=)嬉しくてなりません。国書刊行会の編集者礒崎氏にも転送させていただきました。

今夏は異常気象がつづき、京都は五山送り火の日も大雨。

それでも、点火の時間には雨があがっていました。    田中励儀  同志社大学教授

 

☆ 拝啓

このたびはご高著『秦恒平選集』をご恵与下さりまことにありがとうございました。

まだ読みはじめたところではびざいますが、詩情あふれる文章に、平家物語と現代が交叉した不思議な世界と平家物語の新たな魅力を発見する思いがいたしております。

ご厚情に心より御礼申し上げます。

なお、時節柄ご自愛のほどお祈り申し上げます。 敬具   秋田大教授  志立正知  中世文学

 

☆ 秦恒平様 有り難う存じます。

少し過ごしやすい日が続いております。

このたびはまたまた貴重なご高著『秦恒平選集第2巻』をご恵投たまわり、深く御礼を申し上げます。

このような立派な御本を世にのこされる素晴らしさに、敬服いたしております。

いっそうのご活躍を念じつつ、一言御礼まで。   西垣通 拝    東大教授 作家

 

☆ 「三田文学」編集部 「早稲田大学外山図書館」 からも、「ご著者のますますのご健筆を祈念いたします」 「ご寄贈いただいた貴重な文献資料は 広く研究者・学生の閲覧に供し、ご厚志の一端にお応え申し上げたいと存じます。」と。

 

☆ 秦恒平先生

拝啓 晩夏の候、益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。先日は、私家版の立派な選書の第二巻をお贈りいただきまして誠にありがとうございました。限定本ということで、社にて、大切に保管させていただきます。

また平素は「湖の本」もご寄贈くださり、恐れ入ります。

先生の変わらぬご活動、ご活躍を、いつも拝見し、糧とさせていただいております。

季節の変わり目、おからだくれぐれもご自愛の上、お過ごし下さい。 敬具  山野浩一  筑摩書房専務

 

* 筑摩書房は「清経入水」に太宰治賞を贈ってくれたいわば文学人生の「母港」であるが、じつにこの三十余年、筑摩の編集者から受け取ったこれが唯一通の来書である。電話一本受けたことが無い。いかに疎遠になっていたか、されていたかが分かる。「湖の本」を始めたのが気に障ったのであろうか、もしもそうだとしたら、狭量に過ぎるだろう。井伏鱒二、石川淳、臼井吉見、唐木順三、河上徹太郎、中村光夫先生らが満票を投じて世に送り出して下さり、わたしも以来四十五年、渾身、「文学作品」を心がけて書きかつ創り続けてきた。疲れたときには心おきなく母港に憩い、また元気に船出したかった。文藝春秋の寺田さん、新潮社の坂本さん、小島さん、講談社の大久保さん、徳島さん、天野さん、河出書房の小野寺さん、その他中央公論社、平凡社、新聞各社からは、久しく久しい鞭撻や激励を戴いてきた。

創刊の第一巻は送らなかった。第二巻は太宰賞へ招待された機縁に感謝して送った。「清経入水」は応募したのでなく、私家版中の一作が最終選考の席へ招き入れられたのである。感謝せずにいられない。

洩らしたことのない愚痴ではあるが、新専務の山野さんがじつに久々に筑摩書房として葉書を呉れた機会に、わが不徳を恥じながらも、一言、書き置く。

☆  秦恒平先生

地蔵盆も過ぎましたが大雨にたたかれ、おそろしい災害でございました。

先生、奥さま、ご無事にお過ごしでいらっしゃいますか。

先の七月台風のさ中にご本を荷出しして頂き お手数でございました。

金の刻字が美しい選集第一巻を拝受して、うれしく拝読いたしました。

「みごもりの湖」は 作中小説「此の世」で、いきなり清水坂が書かれていて引きこまれ、博物館の古写経から藤原仲麻呂が立ちあがり、あれあれと思う間に(琵琶=)湖西高島の勝野に連れてゆかれました。

歴史に題材を取ったものは(幾らも=)あると存じますが、章を別けて記述するという方法は知りませんでした。 「此の世」の次には主文に、この小説のヒロインである繪屋の槇子の姉探しの経緯が語られて、この姉、菊子と「此の世」の直子、湖に逃れた仲麻呂の娘東子とが重なり引き合い、ずしっと読者を湖の靄の中へと連れてゆきます。

「此の世」を主文に挟む こんな書き方もあるのだとびっくりしつつ、互に響き合って尚、理解を妨げない、硬と軟の達意の文章に感嘆致しました。 ものすごい力技で、ぐんぐん読まされました。

ことにも、「此の世」で語られる政争に、知らない古代史の細部を教えられ、又 その中で「此の世」の作者(或は、当尾?)が唐木直子と道行する冬の湖北は 今津も海津大崎も 行きどまりの哀しみが凍結していて ため息ばかりでした。

本を読むというのは 実に身体体験でもあると知らされ、古戦場を通り抜け 直子と康之を追って歩いたかのように、どっと疲れました。

主文で、槇子が大学へ通う中で 友人静子と出会ったり、お茶を習ったりと 娘らしい行動を書かれていて、ほっと致します。

繪屋のある五箇庄へ帰ると 失踪した姉のことが、両親や信はん、山や石馬寺や墓から どっと槇子をとりまき 又 謎に包まれます。

あまり長くなって 先生の目をお煩わせしては 申訳ございません。

槇子が放り出されたと感じた 暗く寒い此の世を耐えて、大きな喪の仕事をする物語を 琵琶湖をめぐって 読ませて頂きました。

作中作で 孝謙女帝と銅鏡に対する藤原仲麻呂、娘東子と養い母の佐々貴山君仲子の動きが 平城京から恭仁、難波、紫賀樂と遷都と共に記述されているのが 通奏底音となって物語に深みを与えていて すごかったと存じます。

終章で 槇子が鈴鹿の山を見にゆくのが 胸に落ちました>

藤原東子の入る山、菊子を生んだお藤さんも入った山、菊子も?入った、祖霊の眠る深い山。

雪のダム湖上流の橋で、槇子は姉を呼ぶ。尾の長い小鳥が来る 精衛の鳥。 ようやく若い槇子の喪の仕事は終わるのでしょう。一緒につきあってきた 読者も 安堵いたします。

死なれた者の此の世という幸田、生まれた者の此の世という迪子、 若い人達が 各々つらい思いで生きている。 若いから つらいのですね。

これを書かれた時の作者もお若くて、 噴出するエネルギーを感じます。 よい時に書かれた力作でございました。

ありがとうございました。  平成二十六年八月二十六日 かしこ   星合美弥子  高松市 作家読者

 

* こんなに嬉しい感想をいただくとき作者冥利という以上に、書いて良かったとしみじみ思う。このお手紙は「選集 第一巻」所収の巻頭長編「みごもりの湖」へ戴いている。第二巻は、早くて今日にも届いているだろうか。

星合さんのことに、少し触れておく。もう一年も前か、四国から、例は幾らもある同人雑誌が送られてきた。送り手は永らく懇意にしている書き手だったが、一冊の中でわたしが作に目をとめ、誉めたくなって電話を掛けたか手紙を上げたかしたのが星合さんだった。無縁まったく未知の書き手であったが、短篇ながらその作に、看過できない力と「作品」とを覚えた。そういうことは、めったなことで有るものではない、だからそれを伝えたかった。

その後の通信から星合さんは、わたしと年齢的にちかい、むしろ一、二年輩かも知れない女性と知れた。この人に「みごもりの湖」や「秘色」を読んでもらいたいなと思った。その願い思いがまさに的中した上のお手紙であった。同じなら、もっと早く早くに知り合いたかったと思う。ときに「名作」とも誉められたものの、複雑怪奇ただならぬ長編を、上の手紙ほど濃やかに五里霧中をかきわけるようにして感想を下さった人は(若干の研究者のほかには、)無いのである。感謝申し上げる。

 

☆ 秦恒平様

選集第二巻ご出版おめでとうございます。

お元気でお仕事に精を出されているご様子 大変嬉しく思っています。

どうぞこれからもお体大切にお二人で頑張って下さい。応援しています。  琉  妻の妹

 

* 私家版非売特装本の、第一巻にも、今回第二巻にはさらに何倍もの、支援をして呉れた。有り難う。嬉しく嬉しく、感謝。

 

☆ 秦先生

めっきり秋のような涼しさとなりましたが、お元気でお過ごしでしょうか。

お風邪など召されていませんようにとお祈りしております。

二巻目のご本をお送りいただき、ありがとうございました!

御礼が遅くなってしまって、申し訳ございません。

本当に美しい、落ち着いた装丁で、手触りも良くてついなでてしまいます。大事に大事に拝読いたします。

文化部に異動して約一ヶ月ですが、いまだにヨチヨチしております。

16年もニュース部門しかやっておらず、感覚の違いに戸惑っています。今日取材して書いて明日の紙面にする繰り返しだったのが、何週間も前に聞いた話を、掲載の一週間以上前に原稿を出す…というのが不思議でなりません。

母方の祖母の介護をしながら、二人暮らししています。

父ともたまに会って食事したりしています。

決まった伴侶がいるわけでもなく人生どうなるのか不安だらけですが、日々をなんとか生きていることに感謝しなければいけないなと思います。

特報部にいたときに比べて、時間にかなり余裕ができました。お目にかかれたらなと思っております。

それでは、どうぞお体おいといくださいませ。  阿

 

* 小さい頃からほんとに聡明な子だった。きっと個性的ないい仕事をしてくれるだろう。

2014 8・28 154

 

 

☆ 猛暑の夏も

ようやく終りの気配がしています。ご多用のことと拝察申し上げます。

「選集」の第二巻 うれしく心ときめかせつつ拝掌いたしました。これから拝読の所存です。

どうぞ体調のこと気をくばりつつお仕事をおすすめ下さいますよう。

送料の足しにと少々同封いたしました。  松坂弘  歌人

 

☆ 不順なお天気が

続いておりますが、 御加減はいかがですか。

昨日『秦恒平選集第二巻』を拝受 得難い御本をありがとうございました。

もったいないことと恐縮しつつ ありがたく頂戴いたします。

いつもの(開新堂)クッキーと別便で夏の杏のお菓子を送らせていただきます。

御身ご大切に。   一番丁  道

 

* せめて製作実費を負担するのでぜひにとご希望の読者から送金があった。

 

☆ 感謝

選集第二巻お送りいただきありがとうございます

バイオリンレッスンから帰宅したら届いてました

ちょうど(片岡)我當さんの清盛再放送中で、不思議な感覚でした。

皆さん仰るように 光栄です 本当にありがとうございます。

お身体に異和感とありましたが どうぞ早めに受診なさってください。お大事に。

迪子さんもお大切に。  下関  緑

 

☆ 秦先生

早速にご返信いただき、ありがとうございました。うれしく、ありがたく、何度も拝読いたしました。

それにしても転倒されたとは大変です、おけがなどありませんでしたか。

自転車の後ろに乗せていただいたのが、昨日のことのようです。

秦先生の背中のぬくもりが鮮やかによみがえりました。

あのときも、もう成長して重たいのに乗せていただいて、子どもに戻ったみたいな気持ちになりました。

それにしても、以来だいぶ馬齢を重ねてしまいました(笑)

(中略)

いま心がけていますのは、朝鮮学校がらみの情報公開不開示の話と、愛知県立美術館での男性器がうつった作品展示が「わいせつ」とされた問題です。

東京都美術館が、靖国参拝批判の文言が書かれた造形作品を政治的だとして撤去する話がありましたが、同様に「わいせつ」かどうかの感性にかかわる話をお上が決める話なのかと、疑問です。

これからホームページも折に触れて拝見しようと思っています。

父も会いたがっておりました、声かけしておきますね。

肌寒いくらいのお天気、どうぞお風邪など召されませんように。   阿

2014 8・29 154

 

 

*  竹西寛子さんより、山は富士、海苔は佐賀で知られた「佐賀海苔有明海一番」二缶を頂戴した。いつも変わらぬお心遣いに低頭する。ご健康を心よりお祈りする。

 

☆  秦恒平様  処暑を迎えても

いまだに不順なお天気が続いていますが 強い気持ちで日々をお過ごしになっていらっしゃることに感慨ひとしおでございます。

この度は『秦恒平選集第二巻』を御贈呈くださりお礼の申しようもないほど嬉しゅうございました。(八月=)ニ十七日の日妃のなかの、「わたしが、願ってきたのは、むずかしいのやさしいのでは全くなかった。<文学>の香気が作品という品位をつくり得てぃるかどうか、作が作品を持ち得ているがどうか、それが願いだった。それが文章にどう表せるか示せるがだった」という言葉に心から納得できました。秦さんの作品を読みきることは私にはできないと分がっていても、作品の世界に惹きこまれ、老いの身にとって生きがいになっています。急がず焦らずじっくりと味わっています。

本当に有難いことです。日日是好日でありますように。  岡山市  有元毅

 

* 名酒「八海山」最上乗の一升を頂戴した。嬉しくて。今夜は、陶淵明のように酔いたい。ありがとう存じます。

2014 8・30 154

 

 

☆ 城跡に

萩の細い紅色が揺れるようになり、田舎は確かな秋が始まりました。

『選集第二巻』の発行をみ、益々お元気にご活動のご様子、何よりのことと、お喜び申し上げます。

御恵贈いただきましたことに対しお礼申し上げる前に お心遣い戴いていることに深い感謝の念を禁じ得ません。ありがとうございます。

私、春、教育財団と小児科の仕事を離れ、大変、楽になりました。

ご健康に、沢山のお仕事をなさって下さることを、心から祈っております。 かしこ   那珂市 菜

 

☆ 前略

『秦恒平選集第二巻』 できあがるまでのご苦労を思いつつ あらためて手に持ったすばらしさに感じいっています。

国債の大暴落でも起きないと安倍政権はまだ続きそうで 暗くなるばかりです。集中豪雨の連続といい、炎暑から急に涼しくなったり 変なことが続きます。あまり御無理なさらずお体お大事になさって下さい。草々   青田吉正  元中央公論社

 

☆ 冠省

選集第二巻御上梓のお祝いを申し上げます。大切にいたします。

ひたすら御清硯をお祈り申し上げます。不尽

雀二羽 のせゐるちから破蓮(やれはちす)  谷地快一  国文学者 俳人

 

☆ 残暑お見舞い申し上げます。

お元気で執筆の由 嬉しく ホームページで拝見しております。私も原稿に追われ苦しんでいます。

本日第二巻ご恵贈いただきありがとうございました。落ち着いて拝読したいと楽しみにしております。

近日中に「ルビーロマン」お送りしますので 奥様とご賞味下さいませ。

とり急ぎお礼とご案内のみに失礼いたします。  石川金澤  金田小夜子

 

☆ 美しく

豪華な本で、手に ずしりとおさまります。気持ち、お納め下さい。

大切に 味わいたいと思います。お体を大切にして下さい。  愛知知多  久米則夫

 

☆ 選集第二巻発刊

うれしく存じます。感謝いたしおります。些少 お納め下さいませ。  香川高松  星合美弥子

 

☆ 「清経入水」は

私の大好きな作品です。大切に、この美しい本で、また読ませていただきます。

些少ながら、お納め下さい。第三巻以降もよろしくお願い致します。

くれぐれもご自愛下さいませ。  中野区  安井恭一

 

☆ 「秦恒平選集」第二巻

まことにありがとうございます。

製作実費などわかりませんが、とりあえず送らせていただきます。

不足の際は、次回第三巻配本時にご請求下されば幸いです。    世田谷区  鈴木定幸

 

☆ 神奈川近代文学館  国立国語研究所  名古屋大学国語国文学会  お茶の水女子大学付属図書館  同志社大学図書館からも「選集第二巻」受領の礼状が届いている。

 

* 「選集③」要再校の用意が出来た。

 

* 一昨日にも帰国と聞いていたロサンゼルスの人から連絡がない。すこし前に強い地震があったとニュースが報じていたので気にかかる。

2014 8・30 154

 

 

☆ 秦先生

返信ありがとうございます。

大泉学園駅ですと、駅南口の「ゆめりあ」のなかに湯葉と豆腐料理のお店「梅の花」があります。おばさま族向けのおお店で、若者はいません、比較的落ち着いてお話しできます。

そこが良いともいます。

一駅電車できてください、駅からすぐです、改札口でお待ちしています。

(大泉学園駅の近くは道も狭いので自転車は危ないです)

是非奥様もご一緒で。

都合の良い日時をお知らせください。予約しておきます。

ランチ、ディナーでもどちらでも。

宜しくお願いします。   直樹

 

* 出合う場所が分かっていると気がラク。四十余年ぶりに昔の小学生君に会えるだろう。

2014 8・31 154

 

 

☆ 毎夏

当地軽井沢に来ている小生のところに、本日、『秦恒平選集』第二巻という大変に立派なご本が浦和から転送されて届きました。

拝見すれば限定一五○部、すっかり恐縮しております。

文壇といういやらしいところからはなれて、「湖の本」を営々と百二十巻以上も出されている貴方の文学魂には深く頭が下がります。 とりあえずお礼までに。  軽井沢  清水徹  文藝批評家

 

☆ 不順な気候に

とまどっているうちに夏も終ってしまいました。

この度はご高作の選集を引き続き恵賜下され、ありがたく感謝申し上げると共に、恐縮致しております。

この秋の読書の楽しみとさせていただきます。

益々のご健勝とご文安を念じ上げます。

お礼のみにて。  興膳宏  京大名誉教授 元京都博物館館長

 

☆ 本日、先生の選集第二巻 受けとりました。うつくしい 仕上がりのに造本。手にとりますと、先生の作品世界が落ち着きと静けさを伴い、目の前に現れてくる様です。ありがとうございました。

先生の体調が許せば、当地へお出でいただければと思いますが。

お体、十分ご自愛ご留意下さい。  木村利孝  元今治市図書館長

 

☆ 予測のつかない大雨の

災害で胸の痛むことの多い今夏でございましたが お障り無くお過ごしの御事と存じ上げます

本日は美しい選集第二巻を御恵贈賜わり誠に有難うございました

芳江姉にもいつもお気にかけて下さっている事をお伝えしておきます

夏の疲れの出る頃でございます お大切にお過ごし下さいませ。

御礼迄  かしこ    梶川とも子  京都現代美術館・何必館館長梶川芳友夫人

 

☆ 先日

重森孝子さん(=大学の親友重森ゲーテの元夫人)に逢いました。「俺たちの荒野」と云う四十五年前の映画を見に行った時です。彼女のシナリオでした。覚へてないものですね。私も若くて可愛らしかったですよ。ホンマ…

御本、ありがとうございます。

体調は如何ですか? 暑さをのりきれましたか。御気をつけて下さい。  原知佐子  映画女優

 

* 『清経入水』の受賞の席へ花束をもって参加してくれた。ほかとは、歴史へ行く気だったのに、入学時の進適検査のおりこの美少女が美学藝術学志望ともれ聞いてあっさり「美学藝術学」へ鞍替えしたのである。以来五十五年、仲よくしている。

 

☆ 先生 奥様

「選集」第二巻、嬉しく拝掌いたしました。心よりあつくお礼を申しあげます。

あけてもあけても襖の向うは人のいない部屋だった。ーー

鮮烈なイメージにひきこまれ思わずのめりこむように頁を繰ったとおい日を思いだします。

これからゆっくりとしずかに味読させていただきます。

先回、およろこびいただけたのが大変うれしく  「三千盛」を心ばかり感謝のしるしに。

おふたりの御健勝を心よりお祈り申しあげます。 かしこ  山中以都子  詩人

 

☆ 拝復

このたびは『秦恒平選集』第二巻御送賜り、誠に有難うございました。貴重な御高著、感謝に堪えません。

旅行をしていて、御礼が遅くなり、大変失礼致しました。御健康を御祈り申し上げます。  佐伯真一  中世文学研究家

 

☆ 今夏は、

真青な空に輝く入道雲を見上げる事もなく連日の洪水の悲報にあけくれました。

本日は、見事な選集、ご恵与にあずかりありがとうございました。

箱の装幀、文字、濃紺布張りの表紙 いずれも あなたらしい粋をこらした選集になりましたね

その後の体のご様子いかがと思っておりました矢先、この すごいお仕事、どこまでも生き、そしてその証をと渾身の力の結実に 只々感服いたします。

第一巻 是非 拝見拝読いたしたく (一万円=)同封いたします よろしくお願い申し上げます

八月二十二日    間宮正子  元京都市立中学校長 日吉ヶ丘高校同窓

 

☆ 選集第二巻 ご恵贈くださり、

一昨日拝受しました。

「清経入水」「初恋」は繰り返し読ませていたゞいた作品です。特に「初恋」は、青春のほのかな思い出と重ねて、私には胸に篤い作品です。

ありがとうございました。

第三、四巻も、懐かしい作品が予定され続刊楽しみにしています。朝、夕、少し凌ぎよくなりましたが、日中はまだ暑うございます。お揃いでどうぞ大切になさってください。  和歌山貴志川  三宅貞雄  朱心書肆主人

 

* 過分にご支援下さり、感謝します。

 

☆ このように

立派な選集のお値段 想像もつきませんので 私の気持ちばかりを送らせていただきます。

ありがとうございました。   奈良  東淳子  歌人

 

☆ 選集第二巻の御刊行

おめでとうございます。待望の選集を次々と、本当に病と闘いながらの言葉に尽せぬご労苦を思って、とてもありがたく、うれしく存じます。どうぞ第三巻、第四巻もお待ち申し上げております。

益々ご自愛くださいませ。  静岡市  鳥井きよみ  元編集者

 

☆ 選集第二巻

ありがとうございます。

鬼気迫るお仕事の中から このような美しい本が、と思うと感無量です。

僅かですが(=一万円)ご用立てください。

PC購入しました。チンパンジーが機械に向かうようなこっけいさです。

いずれメール致します(笑)。  近江五箇荘  川島民親  作家

 

* みなさんいろいろに応援して下さり、嬉しい限り。ありがたく御礼申します。

 

☆ 残暑御見舞申し上げます。

立秋の声を聞いて以降の暑さを例年にない厳しさと感じ これは私個人の年齢のせいばかりでもあるまいなどと 日々を過ごしております。

「秦恒平選集・第二巻」拝受致しました。

古典の世界とつい最近まであった山間土俗の風景そして作者ご自身の情感とがそこに織り成す世界に改めて浸りこんだ次第です。

これ以下は、この御作のテーマからは遠のくものと思いながら この度 ふと思ったことを述べさせて頂きます 御作を拝読しつつかってに空海、最澄そして文覚などとかかわる密教 さらに修験道 あるいは伝承の中に暗示され かつ秘された鉱物資源探査の歴史…… このように情緒とかけ離れたかってな理解も この度 改めて思ったことでした。

先生の作品に魅せられつつ 文藝的な世界からかけ離れたかってな思いこみをつけ加えてしまいましたこと 案じながら御礼の辞と致します。

なおなお今年の暑さは つづきそうです。どうぞ御自愛下さいます様に。 敬具   横浜市 相原精次  作家

 

* 「選集②」の制作費を支払い済ませてきた。郵送のための包装費、そして送料が、「湖の本」とは段違いに掛かる。もとより覚悟のうえだが、ご親切な応援をいただき、有り難いことである。

2014 9・1 154

 

 

* とても気に入っている「NCIS」一時間を楽しんでから機械の前へ来た。もう日付が変わっている。

嬉しいメールが一つ飛びこんできた。

 

☆ 御本拝受いたしました

 

叔父上様 と今回もそう呼ばせていただきます。

急に寒い日が続きます。夫婦合わせて125歳という身には少々きつい夏のおわりです。

思えば叔父上のご本にめぐり合ったのは、上原謙と高峰三枝子の入浴シーンで一世を風靡した「フルムーン」のコマーシャルが流れていたころだったかと。たしか「二人合わせて80歳以上」が条件で、「そんなのいつのことよ」と笑いあった我々が、合わせても50歳に満たない昔のことでした。

思いがけずも第1巻をご恵贈いただき、嬉しくももったいなくも思い、開いて読むのは畏れ多いと、筑摩書房の「秘色」と新潮社の「みごもりの湖」なぜか2冊ずつあるのを読みかえしております。

家内いわく「死んで天国に持っていけるものは、ひとに差し上げたものだけなんだって」もしもそうであるならば、果たしてこの身が、この魂が、天でも地底でも持ち込めるものがあるだろうか・・父も母も送って久しく、「死なれる」ということの意味を叔父上の言葉で噛みしめたこと、まるで昨日のことのように思えます。息子も娘も一応は一人前の生活をしているいま、晩節をいかに「贈る側」として過ごすのか? 40年前には思いつきもしなかったこと、叔父上の言葉に考えさせられます。

お礼が後先になりました。第2巻、謹んで拝受。ありがとうございます。

HPにて皆様のお礼状を拝見しながら、さてどうしたものか・・・

お身体にさわらぬなにか美味なもの、記憶にだけ残るすぐに消えてしまうような儚い嬉しい香りを放つもの・・・そんなものを探し当てることができましたら、贈ります。あるいは市井の一職人にはかなわぬことかもしれませぬが。

奥様ともども、どうかくれぐれもご自愛くださいますように!   鎌倉  橋本靜一 美代子 甥・姪

 

* 稚いほどの年頃から天涯孤独ということばを知っていた。そして灼けるほどの渇望で「身内」を欲しいと願った。むろんフィクションではあるが、「選集②」の長編『風の奏で』は、そういう渇望をもっとも深々と書き取った小説、ある面からは最愛の作といえようか。

そんなことをいうものの、小説家に成れたわたしには、この数十年のうちにじつにたくさんな親身の人達を得ることが出来ていた。上のように呼びかけてくれる人ももったのである。わたしは本を売って蔵を建てたいなどとねがったことはない、わたしのような書き方では有りうべくないそれは妄念。わたしは小説を書き文章を書いてなによりも「真の身内」が欲しかったのである。そんな変テコな作家はほかにいないだろう、だから「騒壇余人」なのである、わたしは。リッチを追うような「ウソくさい」創作はわたしには出来ない、can not である。顔を合わしたことの一度もない上の「甥・姪」に感謝しなくては。いやいや、上のようなお手紙やお便りを下さる何方にもお礼を申さねばなりません。

2014 9・1 154

 

 

☆ 拝復

この数日少し涼風もわたるようですが、お変りなくお過しでしょうか ご無沙汰致しております。

過日は『秦恒平選集』第二巻を御恵送賜り誠にありがとうございました 所用で留守にしておりまして御礼を申しあげるのが遅延し、失礼致しました。

第二巻の口絵のお写真を拝見しながら、太宰治賞を受賞なさいました頃のことを思い出したりしております あらためて御作「清経入水」を拝読させていただき感動致しました  私などまでにご恵送賜り恐縮致しておりますが、先生自らの箱詰めなどの発送準備、宛先などの表書きなどしていただいて、実に勿体ない思いでおります 拝読しましたら、また箱に入れて、大切にしようと思っております。

「第二巻刊行に際して」で、「今の日本文学」の現状への一文、重く噛み締めております 深く心にとめておこうと思っております また 「ならす鐘こそうつくしくなる」その鐘の音に耳かたむけていこうと思います。

本当にありがとうございました。

末筆ながら陽気の変りやすいこの頃です どうか一層のご自愛を心より祈念申し上げております

御礼まで   敬具    馬渡憲三郎   藝術至上主義文藝学会会長

 

☆ 天候不順

ご自愛くださいませ。

早速ながら、御大著「選集」第二巻を御恵投被下、確かに頂戴いたしました。いつものことながら、私ごときに賜ります御慈悲、まことにうれしく ありがたく 心から御禮申し上げます。境内の「光明寺文庫」に架蔵、後世にも届くようにさせていただきます。

八月初旬、訪中団々長として、日本言語文化シンポに参加、南京大学にへ行って来ました。

日本語・日本文化に関する研究者の数も姿勢も従前と変わっていませんでした。

御礼言上かたがた  不尽    上越市  黄色瑞華  光明寺住持

 

☆ 丁寧に包装の

貴選集第二巻拝掌いたしました。

前巻につづく、高雅な御造本、順調な御刊行に ありがたく元気を頂戴いたしております。

貴翰の「松爵」、小生は 十訓抄に暗いのですが、秦始皇帝ーー秦氏のことかと勝手に推察いたしました。秦さまの場合は太秦かと存じますが、小生には秦河勝伝説の赤穂「坂越(さこえ)」がなつかしいです。

秦河勝が難を避け来しとか、湾の中央半球形の小島「(「生島」)は河勝の墓ーー立入禁断と教えられて来ました。 土地の大避神社祭礼の御旅所でもありました。個人的には小生の母が坂越の庄屋の娘であった因縁もありました。

傘寿祈念、最後の中学校同窓会の案内があり、今回は出掛けるべく体調を整えようと思っております。

新しい御境地、御健筆を祈念申上げ、拝受の御礼申しあげます。 要用草々  神戸  木山蕃  歌人・民俗学者

 

* 肌寒いほどの

月曜の朝です。『秦恒平選集』第二巻拝受致しました。ありがとうございます。いま「清経入水」を読み始めたところです。

別便にて寸志(一万円)をお送り致しました。ご笑納ください。

第三巻、楽しみにお待ちします。  江東枝川  藤原龍一郎  歌人

 

* ご支援 感謝申します。

 

☆ 秦さん

前略 新潟の方へ、二冊目の「豪華本」を贈っていただき、ありがとうございました。

今回は平家物語を集められたのですね。三作とも、(少年の頃=)苦しみながら何度も読みました。また、読みます。

ささやかではありますが、新潟より、御礼の「どぶろく」をお送りします。お口にあえば幸いです。

新潟(=ご両親も)も、私も優(=奥さん)も、それぞれに元気です。

迪子さんともども、お体ご自愛ください。  奈良市  藤田理史  いちばん若かった友人

 

* どぶろく 嬉しいな。

 

☆ 拝復

初秋の候 お健やかにおすごしの御事何よりのことと大慶に存じ上げます。

いつも『湖の本』御恵送賜り忝く存じております。

今巻の「櫻の時代」楽しく拝読仕りました。「源氏物語はまた『櫻』の物語とすら読める」とする見方 なるほどと感心したり 作者の目ざしたものはやはり櫻の物語としての創作かと考えたりしてしまい、それが花の下の死へと続き、結局「櫻」が好きというのは、西行適なのかとも考えてしまいました。

全て拝読了。

とにかく右御礼まで。遅くなりましてすみません。 不一   志木市  高城功夫  歴史学者

2014 9・2 155

 

* 各務原の詩人、山中以都子さん。有元さんに頂戴していた「八海山」をちょうど飲み干したところへ、お心入れ最良の純米大吟醸「三千盛超特」と、燗ががことに美味い「三千盛本醸」の、一升瓶二本を下さった。美味いお酒で、感謝、感謝。元気が湧く。酒の秋が来つつある。

2014 9・2 155

 

 

* 昨日、文藝春秋の総務局長をされていた寺田英視さんの電話を受けた。元気そうでなによりだった。刊行にお世話になった『風の奏で』のことなど話し合った。これからは少し年少の親しい友人として仲よくおつきあい願いたい。

先頃、建日子も入って三人で食事したとき話題になっていた息子さんの著書のこと、昨日の電話で読んで欲しいと、今朝、三册の単行本が届いた。筆名 藤野眞功(みさを)さん。毎日新聞での「初の小説」紹介の大きい記事切り抜きも入っていた。寺田さんによく肖て、しかし髭面。ノンフィクションライターから小説ないしフィクションへ転じての小説本「犠牲にあらず」「憂国始末」(いずれも新潮社)短編集「アムステルダムの笛吹き」(中央公論社)の三册、「秦さんに読んでほしい」とのことだった。

予備知識はなにもなく、成心なく読んでみたい。おそらくはこれらはむしろ秦建日子への大きな刺戟になるのではと思う。切磋琢磨というほどの組み合いを介して秦建日子の小説世界に力が加わるようにと願う。

小説の単行本は戴いても書庫へ先ず入ってしまうのが多いが、今回は気を入れて読みます。

2014 9・3 155

 

 

☆ 拝啓

秋の澄んだ陽ざしになってまいりました。この度は『秦恒平選集』を賜りまして、まことに ありがとうございました。

風格にみちた美しい選集を第一巻に続いて第二巻まで頂戴し、恐縮至極に存じます。大切に拝読させていただきます。

今は「清経入水」を再拝読したところですが、清経のへ人生への大胆かつ精緻な考察と、主人公宏を取り巻く人々の生とが重層する物語の、壮大な世界に魅了されます。物語を貫く きつね、へび、鬼のモチーフがまことに豊穣に結実するのですね。そして疎開先の、急峻な山が重畳する渓の、どこか神話的な村の生活が、細部までリアリティ豊かに描かれていて、それ故に夢幻美の漂う物語の、弦がいっそう強く鳴るのだと存じました。

ますますのご健勝、ご健筆を心より念じ上げます。

厚く御礼申し上げます。 敬具   梅原稜子  平林たい仔賞作家

 

* 梅原さんが本名で「婦人公論」編集部におられた頃にわたしは「清経入水」で世に出た。梅原さんが何編ものエッセイを書かせてくれなかったら、新潮社新鋭書き下ろしシリーズのあの「みごもりの湖」は主題を得きれてなかったかもしれない。彼女は、いろんな所へ誘い出して見せたりご馳走したり呑ませてくれたりした。フラメンコというのを踊り手に手の触れそうな近くで見せてくれた珍しさを忘れない。そのうち彼女も小説をいまの筆名で書き始め、優れた書き手になられた。なんとなく、いまも「相棒」といった気持ちでいるが、何十年も顔をみる機会もなく過ぎてきた。

上の感想、嬉しく頂戴した。

 

☆ 拝啓

何とも雨の多い夏で、それにしましても災害のすさまじさにおののいております。いかにして、安全で過しやすい國にするか 急務と存じます。

『選集』第二巻ご恵与の栄に浴し、ありがとうございます。御作 折にふれ味読していることですが、あまりにもすばらしい装幀にややひるむところもあり、よき読者たりえないこと 誠にもったいないことです。

「私語の刻」を通じて、誠実な主張に共感、「湖の本」シリーズが若い方々にも広くゆきわたり、まっとうな世になること念じております。

精検命じられ通院の日々、お礼申し述べること遅くなり申し訳ありません。

かわりばえせず恐縮ですが、遅まきながら郷里のうどん少々お届けいたしたく、着到ご返書のほどご放念ください。

やす香さんご命日のこと、確か妹さんもいらしたなど思いおこしています。ままならぬ世の中痛感、ご冥福をおいのりいたします。

ご病身おしてのご刊行のこと敬服。

お揃いで、くれぐれもお大事にと念じています。 草々  神戸須磨  信太周   神大名誉教授  中世文学

 

☆ 前略

第二巻本をありがとうございました。ワクワクしながらページをめくりました。

お礼が遅くなり失礼致しました。

九月は八月の疲れが出やすい時期だそうです。

皆様 どうぞ御自愛下さいませ 草々   近江湖南  小田敬美  読者

 

* 山梨県立文学館、永栄啓伸さん、ペンの向山肇夫くんほかの受領挨拶があった。

奈良五條市の永栄さん、腰を据えて「秦恒平文学論攷」を残年の仕事としたい旨の申し出でがあった。ありがたいこと。ただ永栄さんの健康・体力が心配でならない。会って話し合うと云うことも容易でない。

向山の便りによると詩人村山精二さんが「ペン電子文藝館」の新委員長になったと。創館のころから協力してくれた委員のひとりだった。館の理想とするところを承知してくれている筈。規律正しく本質を逸れない「文学」「詩歌」の誇りを守り抜いて欲しい。文学とは何かを心籠めて思索し勉学もしてほしいと彼にはいつも願っている。

 

* ロスから帰国の池宮さん、すでに京都入りしていて、電話があった。次の日曜か月曜ころに東京で会いたい、と。いつものように妻も一緒に、街で夕食したい。酒の美味いおでんの店がみつかればいいが。火曜日夕刻には歯科の予約があり、午前には「湖の本121」が出来てきて受け容れねばならない。発送で身動きならない。十一日は終日歌舞伎座、十四の日曜頃には発送も終えられるだろうが、火曜水曜と聖路加で検査と診察、木曜は秋場所、金曜は俳優座稽古場公演。体を動かす機会として歩き回らねば。その勢いで新幹線に乗り込めるほどだと頼もしいのだが。

梅若の橘香会から、十月二十六日に万三郎の「通小町」小書き「雨夜の伝」新演出で演じるのでと招待が来た。狂言は右近の「呂蓮」そして万三郎監修、小林保治作の新作能「将門」を加藤眞吾が、と。長丁場、身がもつかしらん。

2014 9・3 155

 

 

* 岐阜各務原市の読者石井眞知子さんから、観るも美しい桃を、なんと十八顆も頂戴した。さっそく、二人して甘い美味い一つを分けて、戴いた。

 

☆ お二人様

「秦恒平選集第二巻」をありがとうございます。

特等地に場所をつくりました。小さいですが、すりガラスの扉つき本箱です。画集や楽譜も入っています。散漫のつもりはないのですが、時にはチェックが必要です。

しばらく前に光田和伸の『兼好と徒然草』を読んだ時に、「徒然草」なら秦さんの『慈子( あつこ) 』でしょう。何故の吉田兼好なのか、と、かすかに思いながら、しっかり読まなくてはと思いながら、半年近く、くたびれていて、『慈子』がすぐ手にとれないところへ。(=第三巻のメインの長編として『慈子』が入ります。)

CDを聴いて下さり、ありがとうございます。楽器の組合わせ、テンポなど、好きな順があったりして、やっかいな事です。

やっかいな二枚つづきの絵葉書、ごめんなさい。

どうぞご無事に お元気に。  豊中曽根   安川美沙  妻の友だち・大学同窓

 

* 絵葉書の一枚めは正倉院御物の蘇芳地金銀繪箱、二枚めは同じく、投壺と投壺矢。

シンとする。

 

* 法政大学日本文学から、受領の挨拶。早稲田へも青山へも縁故でらくら入れたのを避け、敢えて法政の願いの教室へ入学し、国際的に活躍したいとわたしたちに語っていた、孫のやす香よ。入学した春、妻と法政大学の校舎を観に出かけたのを思い出す。

 

☆ やっと秋めいて参りました

厳しい夏のお疲れが出ませんよう祈っております。

区切りの時を迎えましたので、未熟なものですが、別稿のようなものをまとめました。 お気の向く時、お読み下さい。

湖の本をいつも有難うございます。御礼もせず失礼しています。それでも刊行の順番などかまわず、時折、古いのを引き出しては読んでいます。

少し前 桶谷秀昭氏の「昭和精神史 戦後篇」のご感想を読みました。読んでよかったと思いました。 私もこの國に、たどるべき別の世界があった事を 小学生の身で体験しました。

勝者の横暴、狼藉に胸かきむしる事はあっても、(この國が異国に対して行ったと同じように)、戦後レジームからの脱却などと思うことはなく、その中で成長したことを「よかった」と思っています。  「美しい國日本」などの声を聞くと、

「美しい故郷は それが彼らの実に空しい宿題であることを」と、伊東静雄の詩を呟いたりします。

等々、 今年の夏を何とか海苔こえました。

どうぞ お健やかでありますように

奥様もまた、お元気でありますように。    横浜港北  宮下襄  詩人・藤村研究家

2014 9・4 155

 

 

* 原善君と久しぶりに電話で話した、というには、だが電話の向こうの声があまりに弱々しくて、会話にならなかった。「選集②」は届いていた。大学の職場から去ったという噂は聞いている。メールすると云っていたが。まだ何も。

2014 9・4 155

 

 

* 金澤の金田さんから、驚嘆の葡萄「ルビーロマン」一房戴く。大きな一粒一粒が底光りしている。

新潟の藤田さんご両親と理史君から、すばらしく上手そうな美しいほどの「どぶろく」二瓶を戴いた。山中さんの名酒「三千盛」に添えて、ともに秦の両親・叔母の位牌まえに先ず献じた。感謝します。

 

☆ 九月に入り

朝晩すずしくなってまいりました。

又又素晴らしい本が出来 贈っていただき恐縮しています。読みやすい字の大きさ、間違えやすい字にはルビがうってあり、自然と頭にはいってきます。だいじにします。

何かお礼でもと思い お隣りの市の美濃加茂市のJAの店に飛騨モモがあったので別便で送りました。小さくてすみません。

お体に留意され今後ともご活躍されますように。   岐阜各務原  石井眞知子  読者

 

* 桃の実 ちいさいどころか。甘く熟してすしも傷んでいない。食事ごとに妻と一つずつ満喫しています。十八も。よく傷めずに送ってこれるものだとビックリしている。

 

* 前文ご免下さい。

選集第二巻ご恵与いただき ありがとうございます。ご上梓 おめでとうございます。祝意(=一万円)お役立て下さい。

小生 碁すら打つこともなく、ひたすら無為徒食の生活です。

ただ阿生が異動で、また先生のご指導を願うことになったようです。よろしくお導きのことお願いいたします。 草々  出田興生 元平凡社

 

☆ ようやく

涼しくなってまいりましたが、ご体調の方 いかがでしょうか。

この度は 貴重な限定本をいただき恐縮致しております。 私などにまで このようなお心づかい、感謝感激です ほんとうにありがとうございます。

この三月末で、私も 大学関係の仕事から退きましたので、だいぶ時間のゆとりができました。改めてご著書を再拝読したいと思っております。

どうぞ御身体をお大切になさりながら 益々の御健筆を祈念申し上げます。 仙台  遠藤恵子 元東北学院大教授 元米女子短大学長 元医学書院後輩

 

☆ 秦恒平選集第二巻を

お贈りいただきまことに有難度うございます。美しい装いのご本で あらためて「清経入水」を読ませていただき、始めて秦様の小説、この御作品に出会ったときの感動を思い起しました。 自ら進んで離れて来た京都の、でも私に大切なもの、なつかしいものがここにある!!

以来今日まで続くご縁がこゝから始まりました。

どうかお身お大切になさって下さいませ。このご縁が末長く続きますように。

まずは お礼まで。   杉並荻窪  藤江もと子(同窓藤江孝夫くん夫人)

 

* 奥さんお手のもの、八島湿原の「おみなえし」が清しく葉書に手描きされている。

感性も知性もゆたかな友だちを多くもてている。幸せなことだ。 2014 9・5 155

 

 

☆ 実り多い仕事

となるよう、寸暇を惜しんで励んでいます。

今は通勤中、駅到着までに打てたところまで送信します。

電車での読書は、「千載和歌集と女文化」の下に入ったところです。

やはり恋歌、特に三の辺りに心惹かれます。

俊成のような「有明の空」の思い出はありませんが、あぁそうだなぁと身にしみる歌が、幾つもありました。

授業は中三が枕草子、高二が「こころ」、学研の「日本の古典」を教室でも回覧しました。  澤

2014 9・6 155

 

 

*  ロスから帰国して京都へ行っていた池宮さんが東京へ戻ってきたので、急遽新橋のホテルへ妻と出向いた。お土産には「粉溜(ふんだめ)」「片輪車蒔絵」の大柄な平棗を上げてきた。螺鈿の蒔絵にすこし窶れのあるのが文字どおりの「時代物」で、金色の美しい出来で、どんな茶の湯の席にも大いばりで使ってもらえるだろう。

ホテルについたのが七時過ぎ。半をまわってから銀座へ出、十四年ぶりに八丁目のおでん「やす幸」へ。池宮さんの亡くなったご主人の大のひいきの店で、わたしも四丁目にあったころはよく来ていた。お店を引っ越したあと場所を確かめずに久しくご無沙汰していたのを一気に昔の儘に取り返した。おでんがたっぷり食べられたのも予想・希望の通り、しかも此処で呑む酒、しごく美味い。満足して、銀座大通りでまたの機会を約しハグして別れてきた。

銀座一丁目までゆっくり歩き、有楽町線で一気に帰ってきた。

2014 9・6 155

 

 

* 三島賞作家の久間十義さんから、日本橋屋の和菓子をたくさん頂戴し、さっそくに、久しぶりカリッと美味しい最中の美味を満喫。感謝します。

2014 9・7 155

 

 

☆ 選集第二巻御礼とご報告

hatak さん  選集第二巻が届きました。美しい装丁でしばらく飾って眺めております。ありがとうございました。

住所が下記に変わりました。

 

それから、ご報告があります。7月に結婚しました。

妻となった人は同じ職場の契約研究員で、北海道余市の出身です。学生時は柔道をやっていて、私と違ってワイルドに野山を駆けまわっていたようです。茶の湯や古典には触れる機会はあまりなかったようですが、詳しく聞いてみると、着付けや座禅をしていたようでして、このあたりで相通じるところがあったのかも知れません。

六年前の年末に帝国ホテルでお目にかかった際、お叱りと、大きな宿題を頂いてそのままになっていました。入籍転居して、家庭を持つところまで、今回ご報告できることを嬉しく思っています。。しかし、せっかく授かった子が先月流産してしまいました。そういう意味では、宿題はまだcompleteできてはいません。

春から夏にかけては、短い時間に、嬉しいことや悲しいことがめまぐるしくやってきて、入籍や転居の手続きにも追われました。辺りが秋らしくなってきて、身辺がようやく少し落ち着いて来たように思います。

家庭を持った感想は、いくつかあるのですが、最も強く感じたのは、一人暮らしの時は全てがハレで、ケの部分がなかった、ということです。茶会をやって家に帰ってきても、今思えば区切りもメリハリもなかったように思えます。これは仕事にも言えることで、家にいてもどこにいてもずっと研究のことばかり考えていました。

日常の生活という連続するものがベースにあって、その上にハレの茶会があると、今までとは違う気持ちで茶会を過ごし、今までとは違う気持ちで家に戻ってからハレの茶会を思い返せるような気がします。今は茶会にも参加していませんが、今後そういう機会があったら、どんな風になるか楽しみにしています。

共働きですので、家ではゆっくりお茶を点てる機会もあまりありませんが、朝食に珈琲を淹れるのは私の役目ですので、家で焙煎した珈琲を気を入れて淹れています。寒くなってきたら、地元産の小豆を使った饅頭でも土産に持って帰って、夜に抹茶を一服楽しみたいと思います。

妻の出身地にちなんで、余市のウイスキーをお送りしております。ニッカウヰスキーの余市醸造所は妻の実家から歩いて5分です。私の本籍も北海道になり、生まれた長野、育った神奈川、社会に出た沖縄、そしてここ北海道と、4つの故郷を持つことになりました。にわかどさんこです。

お食事やお酒も楽しまれるようになられ、安心しました。お送りしたものもお口に合えば良いのですが。それでは、また機会を見てメールします。奥様共々お元気にお過ごし下さい。   maokat

 

* おお、おめでとう、おめでとう。

MAOKATN 嬉しい朗報です。一服たてて祝います。

奥さんに、どうぞ私の祝意、慶賀のまごころをお伝え下さい。そして。末長くお幸せにと祈ります。hatak

2014 9・7 155

 

 

☆ 明日は芋名月。

待宵月の今日は、目に留まった浅草舟和の芋羊羮を買い、すき焼にしました。

夏は逝き、もうすっかり秋ですね。

体調の方は、落ち着かれましたか。

大事なければと、願っています。

元気にしていて下さらなければ、困ります。

どうぞ、どうぞお大切に。  芋

 

* 芋名月に芋羊羹はわかるとして、すき焼も、なにかこの季節に関わるのだろうか。涼しくなったので熱くても美味いという意味か。

昨日、ぜひおでんをとアメリカからの客に提案してこの暑いときにと笑われたが、おでん、まことに美味かった。酒をあっという間に三合、じつに美味かった。残念なのは美味い蛸がほしかったが、無し。

夏はほんとうに逝ったのかなあ。彼岸まではという、また暑く成るのでは。

それにしても、まこと、元気にしていないと、だれよりわたしが困る。長編の二つ三つもぜひ仕上げたいし、「選集」も最少でも十巻には届きたい。資金が続くなら代表的な論攷や鑑賞もふくめて三十巻にもしたい。ものはかない花火だけで終わって、それもそれではあるけれども。

2014 9・7 155

 

 

☆ 偉大な「選集」

第二巻の刊行お目出とうございます。

現在のような世の中でのこのような偉業 本当に素晴らしいことと夫(=作家・高史明さん)共々心から嬉しく思います。

「お祝い」の意をこめて 福沢諭吉などではない何かをお送りしたいと話し合い、 花? お酒?(秦さんの御体調もわからない) 結句貧しい発想となりました お許し下さい。

でも 著者が一番喜んで下さるのは 心をこめて御著作を読む 文字を喰むことと思います。

今回の第二巻 以前感激して読ませて頂いた『日本史との出会い」も思い起こしつつ しみじみと読ませて頂いています。有り難うございました。

奥様共々お体お大切にと赤く念じております。    高史明          作家

岡百合子   エッセイスト

 

* 「著者が一番喜んで下さるのは 心をこめて御著作を読む 文字を喰むことと思います。」

なんと有り難いことか。まこと、読んで頂ける、それに勝る嬉しさはない。お心づかいまでお添え下さり御礼申し上げます。

良い環境で永く保存されるのを願って寄贈している先がある、大学や図書館や研究機関。同時に、この方なら読んで(読み返して)下さるだろうという希望を抱いてさしあげている方たちもある。

 

* 拝啓

酷い残暑が続きますが、お身体、如何でしょうか。

すばらしい装幀の「秦恒平選集第二巻」をいただきました。本当にありがとうございます。いつもいただいてばかりで、心苦しいです。何とか来年初めには一冊、書き上げたいのですが。

お口にあうかわかりませんが、お菓子を送らせていただきます。どうぞご笑納下さいませ。 敬具  久間十義  三島賞作家

 

* 元中公新書の青田吉正さんからも経費の足しにもとご喜捨いただいた。感謝申します。

神戸松蔭女子大から、お茶の水女子大の谷口幸代さんからも、受領の挨拶があった。

 

☆ 秦さん

あれ(=「私語」冒頭の、繪)はあのまま白隠さん自身の描かれたものてぃす。「すたすた坊主」といいます。(たぶん)

(この葉書の=)うしろの繪は元の画をコピーL て写仏もどきになぞってあそんでいるものです。白隠の「衆生本來ほとけなり・‥」も好きです。

目が見え在〈なってきたのて、l 、パソコンの画面を薄型テレビを代用して大きくしまL た。「湖のホームぺ-ジ」を開くと、櫻の中の秦さんも大きく見えてたのしいです。ごぶさたしました。

『有即斎』  を月様幾ツ 十三七ツ …いいですね。

かう生きてあヽ生きてなどおもひません

どう生きてもかうしかありませんのでl

秦さん

どうかお大切にお大事にしてください。

e -Older はなんとかがんばって元気にしています。  啓白  千葉 若葉区  勝田貞夫

 

 

* お元気で、何より。わたしはこの勝田さんの小さな電子化文字を読み取るのに苦辛、まるでもう目が働かない。「元気にしています」とある。また会いに出て行こう。

2014 9・8 155

 

 

☆ 学研の「枕草子」

扉絵には松園「月」の美しい絵が選ばれていましたね。

雪月花の時、最も君を思ふ。

若い時は、まだ実感できていませんでした。

今宵、月は見えなくとも。

かぎりなき思ひのままに夜も来む夢路をさへに人はとがめじ   澤

2014 9・8 155

 

 

* 池宮さん、ホテルから「OLD PAR12年」を、北海道のmaokatさんは結婚の「内祝」にと「余市15年」のウイスキーを下さった。恐れ入ります、感謝。

 

☆ 『秦恒平選集第二巻』を

拝受いたしました。

見事な出来映えに、しばし見とれてしまいました。

こんなに貴重なものを頂戴してよいものだろうかと戸惑っておりましたが、ちょうど9月9日(重陽)は私の誕生日なので、弥栄中学以来の先輩からの誕生日の贈り物だと考えることにしました。

本当にありがとうございました。   石川布美   エッセイスト 翻訳家

 

* 弥栄中学の一年下へ転入してきた、おっさそろしくよく出来る人と評判だった。卒業して、偶然再会したのは東大構内、わたしは近くの出版社に勤めていて、彼女は東大の院にでもいたかと。それがまったく不思議でも何でもない再会で、不思議なのは双方でパッタリ出会って互いを忘れてなかったことであった。以来、久しい。「湖の本」もずうっと支え続けてもらっている。フランス語の全然出来ないわたしのあやしげな引用など有ると、すばやく訂正してくれる。お父上は京大仏文の有名な先生であり、著名な翻訳の多い方であった。布美さんにも翻訳が何冊もある。いいエッセイもある。

 

* 「湖の本121」発送開始。

2014 9・9 155

 

 

☆ お元気ですか、みづうみ。

選集に続いての発送作業で、さぞお疲れの一日でいらしたことと拝察いたします。みづうみのお仕事ぶりを拝見していると、まさに決勝戦の突撃状態のようで、ご無理をなさっているなと思います。でも、みづうみにそれ以外のどんな生き方がおありでしょう。みづうみのそのような日々の積み重ねで、今があるのですもの。ため息です。

せめてとお願いするのは、できるだけ早く、次の診察で色々検査をお受けになってくださいということです。年齢とともに粘膜も弱くなり、吐いたものに血がまじるということもありますので、心配しすぎる必要はないかもしれませんが、放置はいけません。通院、検査もみづうみの大切な創作活動の一つと思うのです……。良い診察と治療をお受けください。

錦織選手の快挙はなりませんでしたが、体力的に不利な日本人にも新鋭選手が登場してきたことは久々の明るいニュースでした。

わたくしは野球やサッカーなどの団体競技に殆ど関心はありません。チームとか国の看板を背負うスポーツより、個人競技に惹かれます。テニスを好きなのは、一発逆転のない競技だから。運不運の要素が最も少ないスポーツかもしれません。

山登りのようにコツコツ積み上げて、忍耐の果てにやっと勝利がある。世界ランク上位のどんな強豪選手であっても、楽勝できません。テニスでは苦しみ抜いて、耐え忍んで一つずつゲームをとり続けることでしか勝つことができません。フルセットまで縺れて、死力を尽くして勝つ、あるいはついに力尽きる選手たちの試合に出会うと、まるでその選手の人生を見たようでいつも心揺り動かされます。

話が突然レベル落ちしますが、最近パソコン専用の眼鏡を作りました。大体眼から六十センチくらいのところに焦点をあてたもので、ブルーライト低減グラスにしました。これがなかなか眼にやさしく助かっています。要するに最近の眼の疲れや不調は、パソコンのやりすぎだけでなく、近視と不本意ながら老視の始まりつつある視力との折り合いのつけ方を間違っていたということです。みづうみを見習って、一つの用途に一つの眼鏡という方法にいたしました。観劇用とパソコン用の二種類です。お蔭で首の凝りから解放されました。辞書を見るときには眼鏡をはずします。まだ読書は裸眼で大丈夫なのです。そのうちこちらにも三個目の眼鏡が必要になるのでしょうけれど。

新しい眼鏡で推敲に励んでいます。

みづうみに推敲の大切さを教えていただいたものの、長い年月自分の書いたものをどう直したらいいのか途方にくれる悩みが続いていました。最近ごくごく稀に、推敲した文章が立ってくる感覚がわかる時があります。凡女の悲しさで長続きしませんし、数カ所元の文よりましになっても、元が元ですからそれだけなんですが。「むだを書くのは罪悪である」というお言葉噛みしめて、自分の「紙碑」を仕上げると決めています。

ですが、自分が書いたものがたとえ奇跡的変貌を遂げたとしても、みづうみの新しい小説を読ませていただくことに優る喜びにはならないでしょう。みづうみにご無理はしないでとお願いする舌の根の乾かぬうちに、なるべく早く読みたいと書く愛読者の身勝手、わがままに恥じ入るばかりです。どうぞお許しください。

今月のカレンダーの仔ライオンたち、表情に少し愁いのある右側が男の子、左が将来美ライオンになる女の子と見ています。如何でしょう。命名されていたらそっと教えてくださいね。

以上、とりとめなく書き散らしました。   秋  むさし野の秋は白雲よりととのふ  占魚

 

 

☆ 第二巻

ありがとうございます。本格的な装幀の本に向かうと姿勢を正してという気になるのは不思議ですね。作者の思いが装幀にこめられているということでしょうか。

せめて政策の実費をでもと送金いたします。

能のお稽古で毎日励んでおります、”美しく舞う”をめざして!!   石川小松市 八代啓子

 

☆ 選集第二巻を

お送り下さり、ありがとうございます。

ご挨拶の文を何度も読み、友人にまで確認し、喜んでおります。御本の入った包装のダンボールも、全て私の寶ものです。

沖縄へ来られるご予定がおありでしょうか。

お作「青井戸」の世界に浸り、幸せな心地でした。「見た眼の佳さが、お前の気持ちの佳さでなければね」(=というお家元のことば

は)本当にそう思います。茶の湯で思うところ、すべて「そうよね」と思いながら読みました。

お大切になさってください。   沖縄 豊見城  名嘉みゆき

* 多分にご支援、感謝申します。

東大大学院・文学部 から受領の挨拶があった。

 

* 大雨が幸い通り過ぎたところで、本を送り出せた。明日は歌舞伎座で中休み。ゆっくりしてきたい。

 

☆ 今朝

日本に戻りました。

まださまざまな疲れがあります。

今夜  10時からNHK _BSで漱石のこころに関する番組があるので見ようと思います。

どんなアプローチをするでしょうか。  尾張の鳶

 

* こころの番組、妻が興味を持ち、わたしも横でみていたが、物足りなくて二階に上がってきた。もっと重量感のある真摯な検討が欲しかった。発言者たちの姿勢が浮ついていて、おおっと刺戟される発見・発言は現れ出ず、みな、大勢が言い古してきたところを摘み食いしていた。ま、途中で起ってきたので決め付けはしないけれど。

 

* さ、もうやすもう。

2014 9・10 155

 

 

* 岡田昌也さんからとても洒落た感じの美味しそうなチョコレートとお手紙をいただいていた。ほかにもお手紙があったが、全て明日の記事として。

2014 9・11 155

 

 

☆ 秦恒平様

前略  先日は貴重な『選集』の第二巻、ご恵与たまわり、ありがとうございました。

泉鏡花や 柳田国男なども連想しながら、あらためて「清経入水」の夢幻美の世界を楽しませていただきました。もちろん「楽しむ」といっても、おそらく一般読者とはちがって、背景にある戦時疎開のこと、京都御所のこと、医学書院のこと、など 自らの青春の記憶が重なるので、酸い、甘い、にがい、味の深いものですが。

季節の変わり目、ご自愛下さい。 まずは御礼まで。  粂川光樹  明治学院大学名誉教授 医学書院同期同僚

 

☆ 拝啓

季節の変り目、先生にはいかがお過しでしょうか。

前回第一巻、また今回も第二巻と、私家版の選集をいただき、ありがとうございました。 旧の志賀直哉全集にも比すべき紙質と読み易い活字の配置、大変貴重でまた高価なものと存じます。私蔵するのもいかがなものかと思い、勤務先(仏教大学)の図書館に配架してもらうようにしたく思っております。(但し箱だけは私がいただいておきたく思っています。)

恐らく末尾の「刊行に際して」は、今後秦恒平文学を論ずる時には貴重な発言になるかと存じます。

拝受のお礼が遅くなり申し訳ございません。

取り急ぎ御連絡と感想等述べさせていただきました。 敬具  三谷憲正  仏教大学日本文学科教授

 

*ここで、三谷さんの感想に添って、さらに次の岡田昌也さんの感想のうち重なってくる点にわたくし自身立ち止まっておきたい。三谷さんが、「恐らく(選集②)末尾の『刊行に際して』は、今後秦恒平文学を論ずる時には貴重な発言になるかと存じます」されているのは、跋文のよもや前半の自作紹介の部分ではないだろうと思う。後半の収束部でわたくしは、なんの説明も議論もなしに、次のように書いた。

 

それにしても今の日本文学に、鴎外に露伴に藤村に漱石に鏡花に秋聲に荷風に潤一郎に康成に由紀夫にあたるほどの人と作は、作品は、いったい、どこへ行ったのでしょう。

生ける文豪のだれ一人いない日本文学にしてしまったのは、さあ、誰なのでしょう。

作者? 読者? 批評家? 編集者? 出版者? それとも政治家? 機械かな?

いえいえ。それは、此のわたしです。

 

なるやうに なるも ならぬも なるやうに ならす鐘こそ うつくしくなる

 

平成二十六年七月二十七日 亡き孫やす香の命日に     有即斎  秦恒平

 

広義の文壇で働いて居られる諸氏がこれをどう受け取って読まれるか、考えもし、考えも、わたしは、しなかった。しかし本音をわたくしは書いていた。この行文に、はっきり立ち止まって注目して下さった、詩人で藝術至上主義文藝学会会頭の馬渡憲三郎さんら何人かの声をわたくしはしっかり聞き取れた。

以下に、敢えて全文を此処に頂戴する岡田昌也教授お手紙は、上のわたくしの文へ、よほど踏み込んだご感想のように読める。わたくしとしては有り難くもまことに気恥ずかしい箇所ばかりなのだが、ことを、わたくし一人の問題に限定することなく、この「うそくさい」時代に向かい深く考え合わせたいものを含んでいるようだ。繰り返し云うがこれはわたくし秦恒平独りの問題ではない、現代日本ないし「和をもつて貴しとした」聖徳太子以來の「日本人の問題」なのだと思う。

関連しての存念をお聞かせ願える方は、どうぞお聞かせいただきたい。

 

☆  拝啓

漸く清涼な季節となりましたが、先生にはお心持も新たに、日々ご精励の御事と拝しあげます。

又、此度は選集第二巻のご上木、おめでとうございます。

第一巻に続き、さらに格別のご厚意を賜わり、まことにかたじけなく存じました。「出版文化最後の光芒か」との賞賛ありし由、まさにわが意をえた思いです。見る人は居るうれしさです。

しかし、「それにしても今の日本文学に……人と作は、作品は、いったい、どこへ行った」のか、そして、「生ける文豪のだれ一人いない日本文学」になってしまったのは、一体どういうことなのか、との先生のご述懐は、また小生の永らくの自問自答と重なっております。  小生は、はるかの昔、先生のお作に出逢った瞬間、実は、なぜか、先生こそは、日本文学の正統を継ぐ、おそらくは最後のお方であり、まさににほんぶんがくの「最後の光芒」をまとう殿(しんがり)として登場なさったお方である、と直観致しました。その思いは直ちに確信となり、今日に至っております。

そして、それゆえにか、先生の全業績への不当な軽視、そして評価そのものを避けようとする雰囲気とその常態化。その結果としての更なる無視・異端視。黙殺……。そのような事態が、門外漢たる小生の単なる感違いならば それで構わないのですが、何ごとによらず直観で生きて来た小生としては 到底、そのようには思えません。 むしろこれは、そうではなくて、何か重大な病理、まさに日本の社会全体を覆い尽くしている 件の宿痾の一現象形態ではないのかと、暗然たる思いで居ります。

実は、小生、三十年以上前から、日本社会にはとんでもない業病が巣くっていることを直観し、それを”日本の宿痾 和の全体主義”と名付けて。その病因・病態について愚考をめぐらせて来ました。そして、それゆえに、先生のご達成への異様なる処遇(傍点)も、この宿痾の典型的な発現として診断・断定申し上げている次第です。

それはともかく、今やこの日本を覆い尽くしている宿痾の猖獗ぶりは目も当てられぬ惨状を呈しており、不肖 戦後民主主義の第一期生を自任する小生としては、日々、腸が煮えくり返るような無念さの只中に坐す思いです。戦後何十年もかけて、一体何をして来たのか、と。何もして来なかったにに等しいではないか、と。全く死んでも死にきれない思いです。

しかし、断じて魂を売り渡すことなく、そのくやしさをエネルギーにしてこの國の行末を見届けてやろうと思い定めております。

ついついつまらぬことを記してしまいました。御無礼、何卒おゆるし下さい。

先生におかれましては、一層のご精進の上、選集の完成をお目指し下さいませ。その完成の暁には、必ずや、あの栄誉が、ほんの少しですが小生も相知るあの司馬遼太郎先生が大いにためらいながらお受けになる決心をされたあの栄誉が、秦恒平先生のご達成の上にも訪れるにちがいないと、小生は確信しておりますので。なぜなら正真正銘の本物は必ずや評価定まり、正統も必ずや受け継がれてゆくにちがいないからです。

小生は、むしろ、先生の後のほうを危惧しております。

しかし、この点とて、先生の選集がそのゆるぎなき雄姿をを現すに到れば、その金字塔を道標として、いつかは正統継承の動きも生まれて来ることでしょう。そのためにも、何卒何卒ご専一に願い上げます。

乱筆乱文多謝。 不尽 九月九日朝   岡田昌也 拝   (神戸大学名誉教授 歌人)

 

* もとより甚だしく過褒に過ぎた申されようが混じって申しわけない仕儀ではあるが、問題点を今日の日本、ないしは歴史的な日本に押し広げ溯って思うなら、けっして過剰な批判はされていない。そしてわたくしの懸念も、もとより同趣旨の自覚や批判の上にある。

2014 9・12 155

 

 

* これで、踏み込んで次の展開に身を預け仕事を進められる。目の前に「選集③」の再校ゲラがどっさり積み上がっている。「選集④」の原稿づくりも待っている。長編新作の推敲も、次の「湖の本122」の編輯も、すでに喫緊の要。幸い腰の痛み軽減している。

* 元新潮の坂本忠雄さん、元総理の菅直人さん、親鸞仏教センターの本多弘之さん、日本文化資料センターの今井康雄さんらの「湖の本121」へのご挨拶など、あまりに疲れているのでお名をのみ挙げてお礼申し上げる。

凸版からは「選集③」の跋文初校、また芸術至上主義文藝学会の例会案内、奈良市あやめ池の中の美術館から「華岳・波光」特別展の招待状、日本近代文学館の月報、京の星野画廊からは日仏画家の競艶「憧れの女性像」展案内、丸善の月刊誌「學鐙」、JR西日本の「Blue Signal 」等々が舞い込んでいた。とにかくも、片づけることから次へ次へと。

もうすぐ建日子が帰って来る。今朝、仙台の遠藤恵子さんから戴いた「三段」のご馳走を、「湖の本」発送打ち上げ、「選集②」刊行の心祝いに戴くことに。

2014 9・13 155

 

 

☆ 明日香村祝戸

稲が実り、すすきの穂が出て、萩や彼岸花が咲く飛鳥でした。

写真は祝戸の山。ミハ山かな。

祝戸の宿泊施設で昼食をはさんで130 分の講演が月1 度開催されていまして、今年はキトラ古墳がテーマなンだそうです。

今日は田辺征夫さん。

キトラ古墳調査とはぎとり、そしてこの春の東京での公開までを高松塚古墳とあわせておはなしされ、文化財保存について、そして最後に少しだけ、被葬者についてのお考えを述べられました。

講演は11:30 開始。

飛鳥を歩いてきてね、といわんばかりの時刻です。

雀は、都塚古墳を見ようと決めました。

ゲンセツ(現地説明会)が終わればすぐテントが被される、と聞いていたのでそのつもりでいましたのに、航空写真を撮るとかで、立ち入り禁止の柵が外されているところに行き合い、以前に地元ボランティアガイドさんの案内による「あすかの石をめぐる」ウォークに参加したときに石室は覗いていて、その後も車窓から何べんも見ていた雀は、古墳の回りにいらしたかたと、草も刈ってもらって、ぁ見違えますねぇ、などとおしゃべりをしていたのです。すると係のかたが、何べんも来てまるンやろと資料をくださいました。そして、墳丘以外、発掘されたところもさらには石室内も野次馬して幸せなことでした。

都塚古墳は講演会場から徒歩7 、8 分で、今月末の1 泊の講座と11月の講演がたまたま同じ明日香村文化財課のかたで、予定を変えて見学するとのこと。定員にまだ余裕あり、だそうです。

昼下がりから夕方まで、まだまだ真夏の暑さが去らず、眩しさに目も疲れます。

夜半から朝にかけては20℃以下に下がるので、山の色が変わり始めてきました。

御加減はいかがですか。ご自愛をお願いいたします。   名張の囀雀

2014 9・13 155

 

 

☆ 秦 恒平 様

「湖(うみ)の本 121 京のひる寝 秦恒平随筆選(二)」を拝受しました。

懐かしい京の町、それぞれにまつわる思考の数々、少しずつ楽しみながら読み進めています。

お元気のご様子、益々のご活躍をお祈りします。2014/09/14  靖  妻の従兄

2014 9・14 155

 

 

*  妻の従弟の濱敏夫さんから葉山名物、日影茶屋のカステラ「らんとう」を戴いた。仙台の遠藤恵子さんに戴いた三段の蒲鉾料理もまた美味しく珍しいモノだった。おかげで、いろんな土地の名産名物を楽しませて戴いている。楽しくも心嬉しいこと。

 

* 遠藤さん

気候の定まらぬ今年ですが、(学長退任後=)すこしはゆっくり過ごされていますか。

この度は、じつに珍しい美味しいご馳走をいただき、折良く来合わせた建日子もいっしょに、「湖の本121」発送了の安堵を祝うことが出来ました。好きなお酒に最高でした。

わたくしたちが仙台を訪れて電話でお声も聞けたのは、あの災害の何年か以前でした。

さらにあの以前はというと、大昔に、創立された新生児学会第一回に会員格として主催の東北大に招待されて行ったのが、一度だけの仙台訪問です。

今回「選集②」におさめた『風の奏で』の十、十一の「仙台」行きは仮構ですが、この長編の中でも、もっともわたくしの気に入って好きな「仙台」の一日一夜を書いています。こんな「宿」がほんとに在るならまたぜひ行きたいと本気で願っています。

東京より北へはそうそう出掛けていませんが、「四度の瀧」で茨城の袋田の瀧へ、「最上徳内=北の時代」では山形へも青森へもまた北海道へも出掛けました、が、なんともいえず、わたしは仙台という市街と風情にいまも一等心惹かれています。

せめてもういちど出向ければ、遠藤さんに逢えれば、と、願っています。

いつもいつもお力添え下さり 心よりお礼申し上げます。

お大切に 日々お過ごし下さい。 お返事などどうぞご放念を。  秦恒平

 

* 遠藤さんのことは前にも書いた。医学書院の後輩で、同じ社宅の時期にお友達と二人にお茶の手ほどきをした。建日子が生まれるまぎわは妻に安静を要したのでお稽古も中断した。作家になったわたしが退社後に遠藤さんも退社し、大学教授から学長への道を歩まれた。

お茶の稽古の頃は朝日子が小学校へ入ったころで、われわれの家庭生活を日頃からよく見知ってられた。

そういえば、われわれの正月には大福茶のためにいつも白玉の湯飲みをきまって愛用している、それは遠藤さんともう独りの友人との贈り物だった。正月になると妻といつも噂をする。

 

 

* 気が向くと京都から戴いた飴を舐めている。

2014 9・15 155

 

 

☆ 秋風や皆千年の物ばかり(正岡子規)

ウッドワン美術館との交換展というので松伯美術館に出かけました。

ずいぶんひさしぶりです。

午後は入江泰吉記念写真美術館を見て、いま、帰りの車中です。

一年を通していつも、昼間だけでなく夜も、観光客を集めたいと宣伝やイベントが連打されて、道路が拡張され、古い建物がビルになり、店がテナント貸しになって、奈良市街はずいぶん変わってきました。

そしてこのところの「正倉院展」の混雑ぶりは過ぎているように思います。

今年は天皇皇后両陛下傘寿記念として一段と華やかな陳列になるとのこと。雀は奈良博向かいの県立美術館で「大古事記展」が開催されるので弱っています。県立美術館の館長が奈良県知事だったとは存じませんでした。

「正倉院展」の時期は県立美術館をゆっくり見てまわれて、穴場だと喜んでいたのですが、経済としては困るわけですわねぇ。

「正倉院展」が10/24~11/12。

「大古事記展」が10/18~12/14。

2012年に奈良博で「古事記の歩んできた道」が開催されました。とはいえ、太安萬侶墓誌、真福寺本、梵舜本、「古事記伝」など、ひと部屋で終わってしまうものです。

今回は、神話画、本居宣長、考古資料、神宝、そしてはやりの現代アートとを盛り込んだ仕立てで、8 月末に東京の有楽町朝日ホールと奈良の能楽ホールでカシコーケン所長の菅谷文則さんが講演された由。昨年9 月に万葉文化館で中西進さんと対談された折、菅谷さんが「神話学と考古学をむすびたい。1 、2 年中にはできるでしょう」とおっしゃったのはこの企画かと思いました。

そうそう、あのとき窓から見える景色の話で、中西さんが聴衆に向かって、「わたしね、いま、高野新笠のお墓の近くに住んでいるんですよ」とにっこりされたとき、会場から、おお!という反応があったのですよ。

たいがいは万葉ロマンチストが集う会場でしょう。このときは古代史や考古学好きと万葉好きトが集まりましたから、みなりや、ようす、反応が違い、おもしろかったです。

ですから今秋の「大古事記展」で、期間中の講演が、県立美術館の学芸部長はもちろん、奈良県立図書情報館館長の千田稔さん、カシコーケン学芸課長の橋本裕行さん、万葉文化館学芸員の井上さやかさんが予定されているのを、講演だけでなく、それによって変わる美術館を楽しみにしているのです。   名張の囀雀

 

* 「高野新笠のお墓の近くに住んでニ、歓声ほどの反響がとはサスガ。

 

☆ 彼岸花が

咲く頃になりました。日本に戻ってすすきの穂が早や風になびいているのに季節を感じて、以来一週間が過ぎようとしています。

彼岸花の花茎が庭に姿を見せたのに驚きましたら、なんと家人が球根を一つ植えていたのだそうです。庭の数か所で数日のうちに咲き始めるでしょう。綺麗な花ですし、嫌いではありませんが、縁起が悪いと思う人もいます・・。

朝夕は冷えてきたこの頃に体が追いつかず、やや不調です。

「選集②が届いてくれるといいがと。」と書いてくださったのですが、出発までに間に合わず、帰国してから手に取りました。大事に大事にと思うと、手袋をして読みます。

「案の定 専業おばあちゃんめいてきましたね。お幸せです。」

この件はいささか微妙な思いがわきます。専業おばあちゃんは返上いたします。働く孫の両親を手伝いたい思いはあっても、こちらの体力の限界、住む場所が遠いことなど、現実としては難問ばかり。

そして「専業主婦」の括りも、できることなら返上したいのです。専業主婦になりたかったのでもなく、専業主婦と思ったこともないのです。

反論ばかりでごめんなさい、素直な気持ちです。

シンガポールは面積700平方キロ、多分東京都23区ほどの広さの小さな国で約500万人の人口過密な「都市」。残念ながら(浅田長政の昔とちがって=)象は歩いていませんよ。

1965年にマレーシアから独立、この時点では島を売却しても大した経済的損失はないとみなされたのでしょう。( アメリカがロシアからアラスカを安く買い取った事例をふと思い起こします。) 何万年も続いた熱帯の密林は瞬く間に切り拓かれ交易都市に変貌したのです。

この夏テレビでシンガポールで戦犯として処刑された学徒のことを知りました。A 級戦犯として処刑された人の人数のほぼ二倍の人がB 級戦犯として、ほとんど注目されることもなくひっそり処刑されていった、その一人、京大経済学部の八木久夫さんという人がシンガポールのチャンギで痛切な書をしたため死んでいったと。チャンギ空港にこれまで何度も行き来して、ついぞそのようなことに思いを致すこともなかった、そのことを強く噛みしめています。空港からやや西に刑務所や礼拝所があるようでした。

重いことを書いてしまいました。シンガポールで感じたことは数多くあります。少しずつ文字にしていきたいと思っています。蛇足ながらシンガポールで老後を暮らすつもりは全くありません。暑さには対処できませんから。

帰国した晩に漱石の『こころ』について「討論」する番組を見ました。HPでも言及されているように軽く流れていく会話でした。

話し手の年齢や中途半端な画面やらも作用していました。そう感じる私が年とったのかもしれませんが、物足りなかったです。食い込むほどの何かが欲しかったです。

まだ<さまざまなことが手につかず。生き暮れています。

鴉は、本当に頑張っていらっしゃる。歯も目も、そしてほかの病も、病がみんな飛んでいったらいいのに・・

とにかく大事に大事にしてください。   尾張の鳶

 

* 彼岸花、か。あの曼珠沙華とヽ花であるのなら、むかし平凡社での焼き物取材に九州中をくるまで走り回ったとき、至る所で目にした。また「ミセス」の取材で千葉県の久留里へ弘文天皇の墓を探しに行った途中でも、目に染みてたくさん見た。縁起のよくない花いとかは、いくらか聞き知っていたが、そんなふうには少しも感じなかった。以来、好感を持っている。ことに小津安二郎監督の名品「彼岸花」には今も懐かしい愛情を覚え続けている。あれも「秋刀魚の味」にまけない懐かしい映画だった。また観たいな、録画してあるぞと思っている。

さてさて、雀さんといい鳶さんといい、上のようなエスプリとグウとの「便り」とともに、それとなく身近に生きていてくれて、こころよく励まされる。強い流れに誘われるようにわれわれみな老いて行きつつはあるのだが、とはいえ二人とも、この鴉=わたくしよりは一回りもその上も若いはず。元気に長生きして下さい。

2014 9・15 155

 

 

☆ 湖へ

お元気ですか。

今夏は暑さから逃れるように仕事に没頭していましたが、気づけば虫の声、すっかり秋の気配ですね。

先月は、唐突に京からお届け物をして、失礼しました。

茶の師の一周忌法要で久しぶりに京都へ行き、祇園祭の名残りで気怠そうな町で短い時間を過ごしてきました。

蒸し暑い京で育った湖の、夏で減退した食欲に届くもの、、と、慌ただしく選んだので、楽しみ少ない食材だったかもしれません。

心配が先にたつと遊びがなくなる私のこと、ご容赦ください。

今回は福井へ出かけてきましたので、お酒などお送りしています。美味しいお酒が多く、魚に野菜、果物と、豊かな地でした。

なかでも「へしこ」という粕漬けの魚が絶品だったので、それを少し。軽く炙って召し上がってみてください。お酒、呑みすぎちゃうかもしれません。

福井へ引っ越したばかりの友人と、初めて‘東尋坊’へ行きましたが、その地名が、海へ突き落とされたお坊さんの名前だったと知って驚きました。

悪行は悪行を呼び、荒々しい断崖は怖すぎて覗き込みたくなります。人と自然との境界線のようで、隣に友人達がいてホッとしました。

米原から乗った電車の車窓に、途中、余呉湖が見えました。

次は、降りてみます。

湖、お元気で。 大事にしてください。  珠

☆ こちらこそ

秦 恒平 様  ご丁寧なメール、恐縮致しております。

いつもお心にかけていただき、こちらこそ、厚く御礼申し上げなければなりません。

今から半世紀ほども前ですが、保谷の社宅で、授業料無料でお点前を教えていただいた上、いつもおいしいお菓子までご馳走になったことも忘れられません。

どうぞご体調とご相談の上、また仙台にお出かけ下さい。もちろん、奥様とご一緒に。  遠藤恵子 元米沢女子短大大学長

2014 9・16 155

 

 

* 連休のあとで、来信の山。とても記録保存していられない、書斎温度も蒸し暑くなって、さすがに疲労している。朝から帰宅まで、水分以外になにも食べていなかった。

京、岩倉の森下君、「湖の本121」へのお返しにに、また手作りの音盤二枚「流行歌(うた)は心の日記帳」第一集と、ライブ盤「島津亞矢ベスト20」。ありがとう。

 

☆ 秦兄

ご本ありがとうございました。時限爆弾? を抱えたお体での精力的なご活躍に感服しています。終身刑の囚人さながらの怠惰な

日々を過している私とちがい、たとえは悪いが執行日に怯える死刑囚の心境の貴兄なればこそ、日々を充実したものにされるのでしよう。

いつものご厚情に対して他愛のない手製CDでのお礼で恐縮ですがご笑聴ください。ひばりに心酔とかの島津亜矢の歌唱力はすばらしいと思いますが、如何。日記帳のひばりはダブっているかもしれません。箱崎や三浦や女子プロレスラーのマッハ文朱もなじみのうすい曲ですが、作曲者自身の歌う「さらば昭和よ」は非常に珍しい音源だろうと思います。

自然界も人間界も狂ってしまったようですが、ドンマイとは云わないまでも、鈍毎の体で音楽を聴いています。ありがとうございました。  森下辰男 同窓

 

* 「たとえは悪いが執行日に怯える死刑囚の心境」かも知れんなあ、ま、出来る限りのことは、性格としても、するでしょう。

 

☆ 一天

俄かにかき曇り、ということは昔はお話の世界のことと思っていたのに、毎日のようにどこかで起こる現実の世となってきました。いよいよ末世なのでしょうか。

先日立派な秦恒平撰集第二巻をお送りいただき、高名の 「清経入水」 を拝読し、ついで「雲居寺跡=初恋」 を読んでいる途中で、これが面白くもう少し読んでからお礼をと思っているところへ、また 「湖の本」121 を送っていただきました。拾い読みをしていると、すみません、私は本が届くと読む前に拾い読みをする癖があるのです。五月に奥様がご入院なさったよし、もうよくなられているのでしょうか。お見舞い申し上げます。

「京の魅惑」 以下の話、「京のひる寝」 とはこういう意だったのですね。「広辞苑」 はあまり見ませんが、「京へ筑紫に坂東さ」 が出ているのですか。『実隆公記』 で、たしか宗祇が言っている言葉だったと思います。本当にそうなのかと方言学者に聞いてみたことがあるのですが、今は、必ずしもその通りではないようですね。

「そういう 「京」 を、わたしは身に浴びるように学んできたのである」 とあるのに感心しています。そうでなければ、「雲居寺跡=初恋」 のような作品は書けないと思います。逆にいうと江戸文学を専攻される中村幸彦先生から、自分は淡路の生まれだから、江戸の草双紙を浴びるほど読んだと言われたことを思い出しています。私などは、上方に長く住んでいながら、京都は学生時代に過ごしただけで、その中に浸っていなかったことを、いま 『源氏物語』 を書いていて、残念に思っています。それでも齢八十八を迎えて、いつまでも独居老人でいることもできず、二年後には娘のいる所沢の近くに住むことになり、「東下り」 などとあちこちで話しています。

「はんなり」 は、さすがに感じはよくわかるのですが、「花あり」 または 「花なり」 なのですか。寿岳(章子)さんの名前久しぶりになつかしく、学生時代を思い出しました。いまはどうしているのでしょうか。

日吉丘高校の話は、岡見正雄先生よりよく聞いたので、これも昔を思い出しています。

そうした、いかにもおだやかな京都の話の中に、現在の政局の詰も出てきて、これはいつもなるほどと思って同感しています。原発の 「吉田調書」 のことで、朝日の社長が会見し謝罪しましたが、それはそれとして、もとはといえばそんな調書を必要とする「原発の安全神話が問題」なわけで、「この責任は誰も取っていない」のにと思っていた所でした。それは「河野談話にも同様のこと」を感じています。鬼の頸を取ったように官房長官が話すのをにがにがしく思っています。そんな今日のことだったので、「私語の刻」 を一気に読みました。

まずは御礼まで。     平成二十六年九月十三日   島津忠夫  京都歴史博物館館長

2014 9・16 155

 

 

☆ ようやく秋になりました

先頃は 御著書『選集』の第二巻を御恵贈下さいまして ありがとうございました 第一巻に引続き頂きまことに恐縮いたしております。

造本装幀製版とも多くの方から賞讃されてされていらっしゃり、私も第一巻を手にした時にすぐにそれを感じました。 少し函を傾けると滑らかに本体が出てまいります  なかなか このように美事な函はなく、振り下してやっと本が出てきたりします 凸版印刷さんも精魂傾けて本造りの醍醐味を楽しんでおられると思いました そして読みやすい大きな活字で、紙面が明るく見え、老人には誠に有難く、 お作が新作のように新鮮に拝読させて頂いております。

どうぞ次回からは振込用紙を入れて下さいませ お頒け頂ければうれしく存じます

不順な夏がようやく終り 寒さが加わります

どうぞくれぐれもお体お大切になさいますように  先は御礼まで かしこ  門玲子 江戸女流文学研究家

 

☆ このたびは御著『選集第二巻』を頂戴し

誠にありがとうございます。

まずは太宰治賞受賞作「清経入水」 と 「雲居寺跡=初恋」 を拝読しました。

前者について考えました。

中世と現代を行きつ戻りつして紡がれる秦さんの小説空間に巧みに誘い出されました。二つの世界の交差点が丹波の地でしょうか。

清経にまつわるお話が意表を突きます。気の弱い兄弟のうちの一人-『平家物語』でも、ご指摘のわずかな部分のほかは名前だけが時々出てくるに過ぎない清経 彼が入水後に丹波辺りへ入ったという着想に感嘆しました。

そして落人伝説を体現するかのような美しい野性的な鬼山紀子の出現。物語は俄かに盛り上がり、やがて時もたち、人も変貌して終盤へ向かいます。

秦さんの小説の殆どには紀子のようにキーとなる女性の存在があり、読者に、次作にはどんな女性が? という期待を抱かせずにはおきません。

ご家族が顔をのぞかすのも御作の特徴です。とくに「清経入水」は家族総出の感あり、秦さんは日常世界と想像力世界の両方に家族をお持ちです。作家の独自性の一端でもあり、御作に温かいものが流れている所以と思いました。

ご高配に感謝申し上げます。   倉田茂  詩人

 

* もう以前、選者時代に、京都美術文化賞を受けてもらった西京大枝の漆藝家望月重延さんが、「湖の本」のお礼に、「 の薄板をテープ状にして巻き上げ作った盃」を下さる、とお手紙。「秋の夜長のお友に加えていただければ幸いです。別便にてお送りしますので お使いください」と。

秋の酒がしみじみと美味くなる。嬉しい。

墨畫家の友人 島田正治さんからは、元気な便り。葉書の裏には大きくはみでる勢いの墨の鯛が眼光爛々。

 

☆ 湖の本ありがたく。

「私語の刻」で奥さんが左腕動脈、手術とあった。その後、調子はどうか。老いるとあれこれ病気する。無病などない。調子悪かったら「休むべし、休むべし」。僕82歳。

ことしは京都の祇園祭をとりあげるテレビ番組が多かった。

秦さんは祇園に近く、僕は中京の生まれだから、山鉾巡行に関心がある。父も僕も弟もおいも鉾の囃し方だった。僕は長刀鉾の笛方。しかし東京へきてしまったので除名された。(狂言師)茂山さんの後で笛を吹いていた。

 

* ほかにも瀬戸内寂聴さん、岩下志麻さん、並木浩一さん、清沢冽太さん、杉本利男さん、沖縄大学図書館、日本近代文学館等々からごあいさつを頂いている。また北大の林晃平教授からは「選集②」への実費ご負担の送金があった。

2014 9・16 155

 

 

☆ 草餅の包に掛けて赤い紐( 川崎展宏)

名張では今年の5 月に「夏見廃寺創建1320年祭」が開催され、上野誠さんがご講演にいらっしゃいました。

名張市が市政60周年で、夏見廃寺はそれに22を掛けた1320年前の創建ということで、はじめに市長さんが挨拶に立たれました。

主催したのは、昨年初夏に辰巳和弘さんを、初秋には前園實知雄さんを招いて講演会をひらいた歴史サークルです。

辰巳さんと前園さんは同志社大学ご出身で同い年なのですね。

辰巳さんは高三の夏休みに補習テキストにあった三好達治の「乳母車」から近代詩歌に心酔。秋の修学旅行がなかば「奥の細道」を往く旅で、芭蕉から新古今、古今、万葉、記紀歌謡と古墳文化研究へたどりついたとのこと。

一方、前園さんは森浩一さんと出会い、新沢千塚の発掘調査に参加して、卒業後カシコーケンへ入られた由。

サークルがおふたりを続けざま招いたのは、名張川に斎王のみそぎの場があったというので水の祭祀について語っていただこうとの意図があり、今年5 月2 日、「大津皇子の夢」「大津皇子の無念を張らす」を主題に、「私の想いをうけとめて」の花言葉をもつ花水木を舞台に活けて、上野誠さんが講演されたというわけです。

これまで何度か上野さんのおはなしはうかがっていましたし、6 月1 日に吉野町で行われる「第2回上野誠の吉野万葉塾」を申し込んでありましたから、雀は“スルー”するつもりでいました。

ところがその日の昼前に、返却期日の迫った本を図書館に返しに行こうとして、名張駅の改札付近に男子高校生が数人、乗るでもなし、人待ち顔でもなく居て、見ると手にイベントのチラシを持っているのです。名張駅の改札は2 ヶ所あって、2 人ずつはいましたぇ。

開場は正午。

11時過ぎからそうやっていたのかと思ったらいじらしくて、図書館に返却してから、駅前の喫茶店でランチを摂って会場へ行ってみました。

歩きながら気がつきました。

5 月2 日ということは、つまり、年度初め。この大イベントを打つのは、主催者の「名張歴史読書会」そしてそこと仲良しの「伊賀隠歴史サイエンス舎」の入会募集であり、年間予定の一覧表が配られるはずと。

はたして。

「サイエンス舎」では、5 月17日( 土) に持統天皇の東国行幸とその際の名張の役割をお勉強して、6 月14日( 土) には吉野の宮滝遺跡見学のバスツアーを催行するとのこと。案内人は吉野町教育委員会の中東洋行さんです。関西大学卒。カシコーケンから吉野町へやってきた新進気鋭の考古学者です。

さて、今回配られた上野さんのレジュメは、季刊< 明日香風> の2012年夏号「磐余」で上野さんが執筆した頁の拡大コピーでした。

磐余池の堤と思われる堤発掘! の発表が2011年12月。それを受けての特集で、ひと通りは読んでいましたがご本人の解説で再読するとは思ってもみないことでした。

パワポの文字が読みやすいよう1 列目に席を取り、受付で渡されたプリントに目を通していると、目の前に「名張歴史読書会」の会長さんが歩いてこられ、「伊賀隠サイエンス舎」の会長さんを手招きして、雀の目の前でひそひそ話。

「先生がまんじゅう買ってきた…70個…」。

「えっ」。

「ともかく楽屋来てよ」。

しばらくすると雀の1 つおいて隣に市長さんが、斜め後ろに上野さんがお掛けになりました。関係者席に座っちゃったかしらと椅子の背を確かめてみるとなんの貼り紙もありません。この席で、いいんです。

市長さんはじっとしてます。

主催者に紹介されるなど次々と人が挨拶に来るからです。

 

☆ あんばんの葡萄の臍や春惜しむ( 三好達治)

(承前) 上野さんはやたらめったら歩き回っていらっしゃいます。お知り合いや通信制の生徒さんや常連さんがいらしてるからという理由もあるでしょう。しかし、一万歩歩くぞ、万歩計つけてるぞ、やせるぞ、というような勢いと、上野でぇす、声をかけてくださぁーい、という雰囲気の両方を感じました。

で、70個のまんじゅうは、なんともすばらしい演出に使われたのです。

ウタとカタリの混ぜ具合と混ぜ方が絶妙だからとの理由で、三波春夫がお好きという上野さん。

寝てるヒマなんてこれっぽっちもない、笑いあり、芝居がかりありの100 分間の講演が終わるやいなや、

「ところで、ここに今月お誕生日のかたはいらっしゃいますか?」。

最新刊をプレゼント。

会場がわきます。

さらに「札幌からお越しのかたがいらっしゃいましたね。それから西宮のかた。一番遠くからいらしてくださったかた! どちらにいらっしゃいますか」。

著書をプレゼント。

上野さんはお酒が飲めない体質なんだそうで、楽屋にはたくさんの餅菓子やお団子のたぐいが差し入れられ、著書と合わせてそれもプレゼントされたものですから、会場は笑いと歓声が絶えません。

そして「名張駅に着いたら、高校生が案内をしてくれていて感激した!」と、その高校生に著書とお菓子をプレゼント。

会場に歓声と大きな拍手がおこります。

「市がやるべきところを民間のいちサークルでやりとげた!」と、「名張歴史読書会」の会長さんにお菓子をプレゼント。

会場はまたわきます。

最後に、

「ここへ来るとき、駅前の○○屋で『なばりまんじゅう』というのを買ってきましたから、みなさん、お帰りに召し上がってってください」。

会場の沸いたことったらありません。

上野さんは講演の冒頭に、

「わたしほど今日の講演にぴったりの講師はありません」とおっしゃったのですよ。

「わたしは那大津の近くに生まれました。大来皇女は大伯海で生まれたから、それに因んで命名されましたね。大津皇子は、那大津で生まれたから大津なんですよ。そしてわたしが生まれたのは斉明天皇がいた朝倉宮の朝倉です。ほら!わたしがどれほど今日にぴったりかおわかりでしょう? 名張市政70周年記念、夏見廃寺創建1330年記念の際には、またこのわたくしを、ぜひ!お呼びいただきたい」。

うまいっ。

会長さんがひそひそ話をして楽屋へ行ったあと、こんなことだったかもしれません…。

先生、いくらなんでもこんなに食べきれませんよ。それになばりまんじゅうはみんなしょっちゅう食べてるし。

なに勘違いしてるんですか。あなたたちにじゃありませんよ。おいでくださったお客様に食べていただくんです。12:00 開場で、終わるのが16:30 でしょ。あなたたちはすぐ近所だからいいけど、すきっ腹抱えて遠くにお帰りになるお客様もあるでしょう。それに、上野が言っていた店はここか、って買って帰る人もあるかもしれない。名張に行って、夏見廃寺を見て、上野の話を聞いて、そうそう、なばり

まんじゅうっての食べたわって覚えて帰るでしょ。

さすが博多商人の次男坊!

観光協会や市の観光課の何倍もやり手です。

だって市長が手ぶらで来たのですよ。市内や近隣在住の人ばかりというはずがないのですから、名張のパンフなど持ってくるべきでした。

今年は江戸川乱歩生誕120 年で「乱学事始」と宣伝していますが、名張市は、ま、こんな感じです。  囀雀

 

* 囀ること! それでいて「大来皇女は大伯海で生まれたから、それに因んで命名されましたね。大津皇子は、那大津で生まれたから大津なんですよ。そしてわたしが生まれたのは斉明天皇がいた朝倉宮の朝倉です。ほら!」などと、味付けはしっかりしている。

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* 留守中に、阿生が電話をくれていて、妻との申し合わせで、来週の秋場所十二日目をいっしょにと決めた由。何年ぶりの再会か。中日新聞へパスしたと報告に来てくれて以来だ。楽しみが出来た。わたしへメールも来ていた。建日子とも交信出来たらしい。

 

☆ 秦先生、『京のひる寝』拝受。

鉢植の紫式部の実が日一日と、季節の色に染まってゆきます。

暑さから逃れ、ようやく秋風に身を委ねられる今頃、『櫻の時代』を取り出して読み返そうとしていました。

読書の内容も季節感に縛られる方なのに。

でも先生のお話は、櫻の春に限らず、風の如く、秋の紅葉にも、春から青春へ、色香へと限りなく拡がって行くのが楽しい。

この頃、年に数回京都へ行っても、所用ばかりで、ゆっくり散策することもできません。御著書で、京を堪能するのを、愉しみに。

昨日、郵便局の口座より振り込ませていただきました。

有り難うございました。  名古屋  珊

 

* まだ十時前だが、余力が尽きている。それでも中編の二篇を責了出来るまで一日に読み終えたのだから、仕事量としては十分。ヘトヘトに疲れただけが宜しくない。

お手紙戴いたのは、梅原猛さん、ドナルド・キーンさん、講談社の天野敬子さん、新潮社の小島喜久江さん、京・宝蔵館社主、静岡大の小和田哲男教授、翻訳家の持田鋼一郎さん、エッセイストの榊弘子さん、妻の従弟の濱敏夫さん山梨県立文学館、昭和女子大、多摩美大図書館などなど、ご鄭重にご挨拶頂いた。キーンさんの、石川啄木にもふれた文面がおもしろかった。

これ以上なにもしないで、もう休みたい。

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☆ 夏霞脚下に碧き吉野川(青木月斗)

「正倉院展」が11月12日に終了して間もなく、11月16日に奈良県吉野郡大淀町と川上村を主な会場に、五條市と橿原市がイベント会場になって「第34回全国豊かな海づくり大会」が開催されます。川上村の龍のモニュメント前で両陛下が放流行事をされるとか。

大滝ダムのダム湖を見下ろす場所に「森と水の源流館」があって、「おおたき龍神湖」と名付けられたダム湖には丹生川上神社上社の旧境内地が沈んでいます。

「全国豊かな海づくり大会」の宣伝」も兼ねて、3 月8 日( 土) の午後に橿原神宮会館で「『丹生川上シンポジウム』水神信仰~神と森と水の恵みを考える~」というイベントが開かれました。送った写真は、橿原神宮会館ロビーに立っている神武天皇像です。うす暗いコーナーに高い台もなしにポンと置かれていてびっくりしました。

シンポジウムは奈良新聞社の主催で、水の神を祀る神社の連載をしてのイベントらしいです。

丹生川上神社の上社に新しい宮司さんが着任したことがきっかけで、中社と下社の3 社で「三社めぐりお守り」とそれをくくりつける矢をつくって、三つのお守りをくくりつけた矢を持ち込むと満願のお守りがいただける仕組みを昨年5 月1 日から始めたんだとか。

お三方は皇學館大学のご出身で転勤族とのこと。下社の宮司さんは着任してなにかあるたび貴船神社に相談していたそうですがそのうちに、そうは言っても奈良は歴史があるのやし、と、“京ことば”で言われたみたいなんですね。

また、上社の宮司さんは通いのサラリーマン神官しかしたことがなくて、365 日24時間神さまと一緒の暮らしが初めてでしかも夫婦2 人きりでのご奉仕。中社や下社の宮司さんに尋ねたり相談したりされたんだそう。

そんななか、神社界でまで「丹生川上の三社は仲が悪い」と噂され、2011年9 月の紀伊半島大水害地域の振興も含め、水の神さまを三社めぐる企画が立ち、一方では白と黒の馬が奉納されて神馬舎も奉納されました。

シンポジウムは事前申込み制で、各神社の氏子さんはもちろん、新聞を見て申し込んだ人、丹生に興味を持つ人、神武伝承や古代史に興味を持つ人、基調講演をなさる千田稔さんのおっかけなどで抽選になる人気ぶり。申し込みが多かったことと実際に会場がいっぱいだったことが宮司さんたちを驚かせたようです。   名張の囀雀

 

☆ うらがへる音もまじりて秋の川(山上樹実雄)

奈良交通では8 月31日( 日) に「丹生川上神社3 社めぐりバスツアー」を実施しました。

シンポジウムの3 月8 日にはまだツアーは発表されておらず、雀が申し込んだのは3 月20日でした。

白洲正子の「かくれ里」を読んで、そのなかの『吉野の川上』に描かれている丹生川上神社上社に興味をもち、和田萃さんが講演でたびたび「上社の旧境内地は宮の平遺跡という縄文早期の貴重な遺跡が見つかった場所ですが、残念ながらダムに沈んでしまいました」とおっしゃったことでさらに興味をもったのです。

和田さんからは、その後、カンナビとおっしゃったかどうだったかは忘れてしまいましたが、神さまの地はまだ水に沈んでいないこと、それから出土品はカシコーケンにあるけれども一部は「森と水の源流館」に展示されているということを順番に教わりまして、3 月8 日のシンポジウムを聴講したあと、29日に「森と水の源流館」を見学に行きました。

ダム宣伝のハコモノと思い込んでいたこの館がまったくそうでなく、閲覧コーナーの書籍を読みふけったあげく、館の方に旧境内のことを伺ったところ、カシコーケンで展示をした際の図録をくださいまして、事情がだんだんわかってきました。

そうしたら今度は万葉文化館が8 月23日( 土) に旧境内の発掘調査に当たられたカシコーケンの橋本裕行さんの講演会を開催するというので予約していた吉野歴史資料館の連続講座をキャンセルして急行しました。40名限定の予約制で、この日は中東洋行さんの「金峯山寺出土の扁平型泥塔」。主人が聴講してきてくれました。面白かったそうです。

くやしいけれど、なんの橋本裕行学芸課長の講演も面白かったんですよ。

発掘当時の写真をたくさん映されて、ひとつひとつわかりやすい解説を加えられる橋本さん。8 世紀半ばから長方形に石を集めた何かのための場所がつくられ、平安末期から鎌倉初期頃、社殿が建てられて、以来ずっと繰返し繰返し造替されてきたというのが発掘からわかったことなんだそう。淳仁天皇天平宝字7 年というのは763 年。ほら、8 世紀半ばでしょう? とにっこり。文献を付き合わせての解説もたっぷりなさり、お話はだんだんと熱を帯びて、時間超過。パワポの最後に朱色の筆文字で「完」と出て「ご清聴ありがとうございました」

丹生川上神社上社は真東や真南に向かず、中軸線が北東45°くらいに傾いていて、河岸段丘上から、清らかなタギツセ(吉野川)をはさんで真正面に真っ白な露頭が見え、視線をあげてゆくと、なだらかな三角の山の頂きが目に入ってくると写真が投影されたときはぞくぞくしました。

『吉野の川上』にはこう書かれています。

吉野川が迂回するところに、丹生川上上社(かみのやしろ)が建ち、川をへだてて神山らしい山ものぞめる。宿はこの神社の隣にとってあり、私はとうとうたる水音を聞きながら床についた。

三社めぐりバスツアーに参加して、拝殿に並べられた出土品の礎石や境内に再現された基壇趾、そしてまだダムに沈んでいない露頭、神体山へのラインを目にしたときは飛びたいくらいでしたよ。

また、バスツアーでは各神社で宮司さんからお話をうかがい、橿原神宮会館での第一印象が裏付けられてたのしかったです。上、中、下の順に年齢も若く、3 人寄れば、また、鼎の脚のようなお三方なのです。  名張の囀雀

 

☆ 秋空や高きは深き水の色(松根東洋城)

丹生川上神社上社の縄文早期遺跡「宮の平遺跡」発見にはこんな経緯があったようです。

1959.9.26 、伊勢湾颱風。

1962、吉野川の源流である川上村に大滝ダムが計画される。

1964、東海道新幹線開業。東京オリンピック。

1965、名神高速道路開通。

1969~1971、白洲正子が「かくれ里」を連載する。

1987、丹生川上神社上社で、颱風でたおれた境内の欅の根を抜く作業中、根にからんで土器の破片が出る。皇學館大学の専任講師になったばかりの岡田登(1952生)が、学術雑誌に報告。

1998.3月、丹生川上神社上社遷座。拝殿には遷宮の桧が使われた。

1998.7月、カシコーケンによる発掘調査が開始される。

1998.9月、颱風7 号。室生寺の塔の被害が有名。

雀が名張に転入したのが1997.5月で、数年後、テレビで丹生川上神社上社の映像を見て感激し、のちにクルマで訪ねたところ遷座されていてがっかりしたのですよ。転入した翌春に遷座されていたのでテレビは遺跡発掘にからんでの番組だったかもしれません。

2001、発掘調査終了。

2005.6~7 月、カシコーケン附属博物館で特別陳列「源流の縄文遺跡―宮の平遺跡の全貌―」が開催される。図録執筆は橋本裕行(1960生?)と松田真一館長(1950生)。

2011.3.31 、松田真一館長定年退職。

2011.9月、紀伊半島大水害。土砂崩れのため川上村寺尾地区から迫地区あたりの国道169 号線が通行できなくなり、対岸の白屋地区へ渡って古い道を片側交互通行する。

2012. 正月、雀は上社から拝む神地を捜しに出かけたものの迂回路と大雪に探索を断念しました。

上社に新しく着任した宮司さんが交通止めのため国道から神社に入れず、着任式の日が偶然にも復旧の当日だったそうで、2012.6月にホームページを開設され、7 月7 日( 土) に夏越大祓式をなさってらっしゃいます。

2013.5.1、丹生川上神社の上社・中社・下社の三社めぐりが開始される。

2013.7.21 、BSジャパン「神社百景」で三社めぐりが紹介される。

2013.9月、颱風で紀伊半島に水害や土砂崩れが発生。

2014.3.8、橿原神宮の会館で三社の宮司さんが揃い、基調講演を奈良県立図書情報館館長の千田稔さん(1942生まれ)が行い、休憩をはさんで千田さんと三社の宮司さんによりシンポジウムが行われた。

2014.3.29 、雀は上社の旧境内地発掘資料を見に川上村の「森と水の源流館」へ出かけ、2005の図録を頂戴して少しずつ事情がわかってきました。

2014.4.1、橋本裕行さん(54)がカシコーケン附属博物館の学芸課長に就任。

2014.8.23 、奈良県立万葉文化館が橋本さんを招いて発掘調査の報告講演会を行う。

2014.8.31 、奈良交通バスツアーで三社めぐり。午前中は吉野歴史資料館にて館長の池田淳さん(1958生まれ)の講演を聴講し、昼食後、下社、上社、中社の順にめぐる。またこの日は香芝市二上山博物館で、館長の松田真一さんが「大川遺跡と大和の先史文化」と題した2 時間の講演を行った。

■大川(おおこ)遺跡とは、奈良県山辺郡山添村にある縄文早期の遺跡である。宮の平遺跡も縄文早期、それも前半から集落が形成されていた。

松田さんの講演は限定80名。バスツアーを申込んだ後に判明し、主人が聴講してくれました。

4 月初めに松田さんの「大川遺跡」が出版され、それを読んで山添村のカントリーパーク大川がなんなのかを知って見に行ったものですからのみこみやすくて講演も面白かったと雀をくやしがらせました。  名張の囀雀

 

* これほど熱心に心こめた学び手・聴き手がいて、催事等の関係者にはさぞや励みと想われる。へなちょこの趣味人ではとてもこうは行かない。

 

* 昨日、京都の漆藝家望月重延さんに贈って頂いた塗り盃一対をしみじみと眺めている。、「 の薄板をテープ状にして巻き上げ作った盃」と。器体は見込み漆黒、外を、やや大きい方は金と緑の、やや小さいほうは花やいだ朱で、細く巻き締めてある。指先にふれるその華奢な「たが」の感触が持った安定感にもなっていて、美しい。ありがとう存じます。薄紙に挟むように二つが重ね合わさって素朴な筺に入って届いた。

昨日の夜は体調がよくなくて、この盃で呑めなかった。今夜はと楽しみに。

2014 9・18 155

 

 

☆ お彼岸も近づき、

朝夕、凌ぎよくなって参りました。

この度、ご丁寧にも「湖の本121」をお送り下さり、暑くお礼を申し上げます。

いつも一番に「私語の刻」を。驚きました。迪子様のご入院の事。丁度、今年の蘭の會の頃だったのですね。その後経過如何でございますか。先生のご体調と共に案じ申し上げております。長く生きているといろんな事があります。

「湖の本」手近かな所に置いて、好きな巻を読み返させてもらっています。思う事、多くありますが、それをお伝えする文才無きをお許し下さいませ。神戸からお二人のご健康を祈りつつ。お礼まで。  澄  妻の同窓

 

☆ 拝啓

秋とは思えない程の暑い日が続いていますが、如何お過ごしでしょうか。

朝日新聞の誤報問題で保守派が勢いづいていて不愉快な思いをしています。何処かにおごりかあせりがあったのでしょう。

この度は「湖の本121」まことにありがとうございました。京都を知悉している先生の京都論は安心して受け容れられます。

くれぐれも御自愛下さい。敬具   岩波書店  邦

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☆ 息子の嫁が

来る度に「湖の本」を二、三册ずつ借りていきます。失礼なことばを使えば、「読み出したらはまってしまった」とのことです。

奥様ともどもご息災を祈っています。  能美市  哲

 

☆ 涼しくなって

助かっています。どうかお元気で。  神田神保町  岩

 

☆ 久しぶりの晴天つづき

ひと月遅れで法師蝉も賑やかです。

朝は冷え込んでくしゃみが出ます。「幸せ」に暮らしています。

季節の変わり目 どうぞお大事に。  下関  緑

 

☆ いつもありがとうございます。

私の作ったもの(梅干しやお漬け物=)が先生に喜ばれていることは幸でございます。

お元気でお過ごし下さい。 近江湖南  敬

 

☆ 御快癒

願っております。  朝霞市  恩

 

☆ 京のひる寝 秦恒平随筆選(二)

拝掌しました。

いつもお心遣いをいただき丹にありがとうございます。

お会いできること 大々たのしみにしております。   千葉若葉区  貞

 

☆ 秦先生の

ご健康が守られますよう お祈り申し上げます。  国分寺市  河

 

☆ 湖の本121「京のひる寝」代金と、予約金です。(20000円)

縁あって京都で結婚し、日吉ヶ丘高校の教員となってからでも四十数年たちます。

秦さんの本は「清経入水」を「展望」で 友人といいねといいあって以来、読んでいます。

どうぞお体大切に。   西京 大原野  則

 

☆ やつぎばやの

ご刊行、敬服。

周回遅れの走者の態です。

お揃いで、くれぐれもお大事に。  神戸須磨  周

 

☆ 「湖の本」

いつもありがとうございます。

くれぐれも ご自愛下さい。   目白  幸

 

☆ 勢いを

取りもどした筆跡と私語。

安心しました。   花巻市  照

 

☆ 172Pの

政・経観 同感です。

これを指弾する者なきを、とても危惧します。

28日は川内原発反対デモです。  鹿児島市  忠

 

☆ 体の不調と

闘いながらの史上類を見ない刊行。勇気付けられます。

時々 観劇 撮りだめた映画をご覧になっておられるのも素晴らしい。

湖の本は、これから先、刊行のためなら、値上げもあっていい。  藤沢市  永

 

* お茶の水女子大図書館、大正大学国文学研究室等からも、受領挨拶あり。

2014 9・19 155

 

 

☆ 禰宜の沓とどまり橡の実をひろふ(大橋櫻坡子)

日毎夜毎に気温が下がってあの暑さがまるで夢のようです。

大淀町で毎年8 月末あるいは9 月初めに開催されている大倉源次郎さんと藤田六郎兵衛さんらの「能楽座」に、昨年に引き続いて講師と昼食がつく鑑賞ツアーの企画がつき、吉野歴史資料館館長の池田淳さんが同行されるというので申し込みました。

よく読むと8 月30日( 土) 。翌日は丹生川上神社三社めぐりツアーで、こちらも講師が池田さんです。同じチラシのバスツアーでも、能は< 奈良ファン倶楽部> 、三社めぐりは奈良交通主催と違っていたンです。

さらに、どちらも奈良駅前が集合場所で、集合時刻の1 時間半前には名張駅を出ていなければ間に合いません。能が¥9500、三社めぐりが¥8000。それに奈良までの電車賃と帰りの電車賃…朱夏の酔狂です。

とにかくそれまでには元気にならなくっちゃ、元気でいなくちゃと励みにして過ごしました。ありがたいことに連日の猛暑が処暑を境に真夏日にかわってきて、移動は冷房の効いたバスと電車でしたし、能はホールでしょ、神社も涼しく過ごしやすくて、疲れはしましたが体調を崩すことはなく、9 月5 日には京へ遊びに行ったほど元気になったのです。雀の健康法はこれかナ。  囀雀

 

☆ 夜食とる後姿の足重ね(福田蓼汀)

(前略)一昨年は大槻文蔵&福王茂十郎で「俊寛」。

昨年は東大寺別当に就任したばかり筒井寛昭さんのご講演があって、そのなかで、「勧進帳」は東大寺復興の勧進帳なんですよ、とのおはなしがありました。

今年はステージに4 人の山伏さんが登場して法螺貝を吹き鳴らして始まり、武道家の内田樹さんの講演ののち狂言「棒縛」と大槻文蔵&福王茂十郎の「安宅」でした。

大淀町の< 道の駅> は、デザインもレストランの名も「ときん」で、修験の方々の立ち寄り場所のひとつになっています。

金沢の邦楽ホールこけら落としで成田屋が「勧進帳」をなさったときのことを思い出しながら、山伏の地で見る「安宅」にも感慨を感じました。

池田さんははじめの講義で、余談ながら、と、翁のとうとうたらりたらりらの詞章のおはなしをされ、なるハたきの水、日は照るとも、たえずとうたり、の詞章の源について、また、もとより弁慶は三塔の遊僧の「遊僧」とは、彼らが身につけていた藝は、といったおはなしをされました。

池田さんからご専門の日本藝能史の講演をたっぷりうかがったのは初めて!

池田さんにしても、専門分野だけという機会は少なく、というか、稀で、この日は話が止まらない止まらない!

稲穂が揺れる飛鳥を歩きながら、帰ったら「身毒丸」を読み返そうと考えた池田さんのおはなしでした。  名張の囀雀

 

☆ 嶺聳えたちて秋分の闇に入る(飯田龍太)

吉野町は2012年3 月に奈良県下で初となる「森林セラピー基地」に認定されたそうです。

翌2013年の2 月には「吉野ビジターズビューロー」が設立され、12月から「上野誠の吉野万葉塾」が始まっています。

「森林セラピー」は名張のすぐお隣、津市美杉町が認定を受けていましたから名前だけは知っていましたが、吉野町が認定されて半年後に、奈良交通吉野営業所で龍門コースのモニターツアーを実施したので滝と寺跡見たさに参加しました。

 

吉野のツアーは大和上市駅から出発するので低価格。鉄ちゃん鉄子には大和上市駅への往復も楽しい道中です。

バスツアーはいずれも吉野歴史資料館の池田淳館長が同行してくださるというので、7 月6 日の「『妹背山婦女庭訓』ゆかりの地をめぐるバスツアー」と9 月7 日の「古事記の吉野を訪ねる―吉野にある3 つの井光伝承―バスツアー」を申し込みました。

春と秋には石舞台古墳から芋ヶ峠を越えて千股へ降りるハイキングが企画されています。

小峠と芋ヶ峠に“古道”とついているのは、和田萃さんが2005年の秋に栢森の区長さんの案内で歩かれた道かしら。

《明日香風》112 号(2009年秋号)に、小字フナド(クナド)から小峠、宮さんの山、役行者像、三軒茶屋跡、芋ヶ峠神社跡を過ぎ、現在の芋ヶ峠のやや上方に出るとお書きになってらっしゃって、役行者像の左右に、「右よしの山上」「左さいみち」と刻まれていると写真も掲載されていて、ずっと気になっていた道なのです。

ツアーは定員25名。10㎞。健脚向きとあります…どんなものかしらん★

妹背山ツアーは体調が悪く土壇場でキャンセルし、井光は躊躇しているうち満員で参加できなくなり、両方とも主人が参加して、にこにこ顔で帰ってきました。

井光の日は本居宣長記念館の企画展「ホンと!宣長」の最終日で、ともかく見に出かけました。

吉田館長が松阪市立図書館で講演された「本と宣長」(2013年9 月29日)がきっかけでしょう、たぶん。

読む、借りる、写す、買う、貸す、書く、出版する。本に始まり本に終わる人生を送った宣長さん。「本と宣長」は「本とぉ( 本当) の宣長」でもありますと話されたのですが、タイトルをびっしり紙に書き連ねたのが最初のガラスケースに展示されているのを見てどれほど飢え渇いていたかモーラの神の申し子だったかとうなりましたよ。

1 時間半見ても終わらなくて、午食をとりに一旦外に出ようとロビーに降りたら吉田悦之館長が出てらっしゃって、時間が許すなら午後の講演会にと誘われまして、ムズカシソーと敬遠していた講演会におそるおそる参加しました。

吉田館長さんがいらしたのは、団体さんの見学があったから。奈良からとおっしゃって、館長さんに奈良も広い…北部ですか?と訊かれて田原本とお答えになったものですから、雀は心の中で“やすまろさんだ!”。

この日の講演会は信州大学に着任したばかりという才媛による「江戸時代の出版文化」。

写本から印刷へ。

信長、秀吉、家康それぞれが出会った海外の印刷技術。それのその後。またそれと江戸時代の版本のあいだがいまひとつピンとこなかった雀に講演はとても役に立ちました。そして講演が終わって館長さんが講師の女性を展示室に案内して説明されたのを常連の聴講者さんにくっついて見学して、なお理解ができる、ありがたい機会をいただきました。  囀雀

 

☆ 人はみな旅せむ心鳥渡る(石田波郷)

「上野誠の吉野万葉塾」第1回は、大淀町で古事記トークと吉野のエクスカーションが行われて、本居宣長記念館の吉田館長が講師を務められたものですから、万葉塾は6 月の第2回を受講することにしました。

塾の会場は吉野町中央公民館5 階の図書室。定員50名の小さな塾です。

会場に入って歓声をあげました。

大きなガラス窓の角部屋で、目の前に船岡山、左手に妹山、背山。眼下に吉野川が流れ、きらきらとした初夏の陽光に青葉と川のさざ波が輝き、上野さんが逆光でシルエットになる具合です。

 

吉野町のイベントはどれもこのようにこじんまりとしています。

大勢をいれるホールがなく、2012年の記紀・万葉リレートークでは、窪垣内河原で定員100 名、雨天は閉園になった国栖の幼稚園を利用、当日受付と発表されて、戸惑ったことを覚えています。

ビジターズビューローのツアーはすべて定員25名。雀が気に入るのはこの感覚なのですよ。

 

2010年が平城遷都1300年。奈良県では2020年まで「記紀・万葉プロジェクト」を展開し、「伊勢から春日へ」と春日大社造替での観光客誘致もはかっています。

2014年はまた「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録されて10年ということで、他県と組んでの観光がいくつも展開されています。会津八一の新潟市とも提携しています。早稲田大学と連携しているのかはちょっとわかりませんが。

 

また平城遷都1300年本として千田稔さんは、2008年に「奈良・大和路まほろば巡礼」を監修され、入江泰吉さんとお弟子さんの牧野貞之さんの写真を多用して、まえがきでいきなり「奈良・大和路は物見遊山の観光地ではない。」「この奈良・大和で『日本』が誕生した。そのことすらも日本人は忘れてしまっているのではないだろうか。」「日本をよみがえさせるには、奈良・大和路をゆっくりと歩きながら、風景のささやきに耳を傾けることからはじめるよりほかに方法はあるだろうか。」「奈良大和の歴史をたずねるには、何度も足をはこばねばならない。それほど奈良大和の歴史は深い。」と書かれました。

「日本をとりもどす」の何年前でしょうか。

うちにはなんにもないとコボす奈良県中南部の人たちに、目に見えるものを見て喜ぶような観光は奈良県北部にまかせときゃぁいいんだ、中部から南は教養が要る観光をめざせばいいと主張していらっしいます。

仏像や塔や建物、実物大模型( 大極殿や朱雀門) に、わー、と言う観光とは違うもっとレヴェルの高い観光が奈良県中部から南なんだ!って。   名張の囀雀

 

* タイヘンな「雀」ではある。タイトルに佳い俳句を拾ってくるのも簡単なことではないだろう。ベリー グ-(趣味)。

 

* ほっと一息。

2014 9・19 155

 

 

* 京は嵯峨の田村由美子さん、蕎麦板の美味いのを二箱送ってくれた。胃癌の入院前にはまだ東京で暮らしていて、保谷まで見舞いに駆けつけてくれたあの晩のことは忘れない。その後に京都へ引っ越していったが、元気でありますように。

2014 9・20 155

 

 

* 森下君に島津亞矢の音盤をもらったのを機に、いろんな歌や楽曲・演奏を、機械で聴いている。ただいまは、ジャズ。歌も曲もおもしろい、ただ誰が歌っているのか演奏しているのか通でないわたしには分からない。

音楽に取り付くと開放される。しかし聴きながら読まねばならない小説は読めない、仕事できない。

2014 9・20 155

 

 

☆ 湖の本121巻とは

快挙です。

京都の人とすっかり思いこんでいて、お礼状を出す住所を見る度に、「西東京市」とありビックリしてしまう(笑)。

上野千鶴子   東大名誉教授

 

☆ 京都つくしの随筆選

「あんじょうに」は「味善うに」と。京都の言葉の奥の深さを 又 ひとつ教わりました。いつも有り難く思っています。

どうかお健やかにお過ごし下さいませ。御禮まで。 かしこ   堺市  郁  歌人

 

☆ 急速に秋がやってまいりました。

その後お体の御具合はいかがかと心配いたしております。

この度の「湖の本121」 京都のことがいろいろ書かれてあり、信州生まれの私は「やっぱり京都は雅」だと思って読まして頂いております。

先生のこの やりぬく御力に私も力をいただいております。

どうぞくれぐれもお大事におすごし下さいませ。ありがとうございました。  西東京市  玲  歌人

 

* ご高著 ご恵与下さり

まことにありがとうございました。かつて旅した京都の町並の様子が、季節の風景もともなって思い起こされるような数々の御文章を楽しませていただきました。ご厚情にこころより御礼申し上げます。

なお、時節柄ご自愛のほどお祈り申し上げます。敬具   志立正知  秋田大学教授

 

☆ あの暑い中

体調悪い中 無理をしたのではないかと心配しています。

私は何とか無事で暑さを越えました。

ご両人とも 呉々も御大事に。 京今熊野  華  高校同窓

 

☆ 左90度

買いたてPCの机があるのですが、どうしても正面の机上で本を読んでしまいます。

しっとりと雨の降る休日にゆっくりとメールします。  東近江五箇荘  民  作家

 

☆ 秦さんは

全身 京のひとです。

奥様は手術など大変でしたね、どうぞくれぐれも御大事に。

秦さんも(仕事で)あまり無理なさらずに。  千葉我孫子  茂  詩人

 

☆  いつも湖の本

有り難うございます。ご活躍で嬉しく思っています。  藤沢  琉  義妹

 

☆ 京都シリーズは

単行本は全て揃えて拝読致しました。

秦文学に欠かせぬ資料と感じております。

添書 有り難く身にしみます。100 枚程のものを三作つくりましたが、文学(小説)の勝ちとは何か。好きで書くのとは違うのではないかと思って迷っております。  埼玉八潮  瀧  読者

 

☆ 禮しらずの

読者にも関わらず、慈しみをもって接して下さる先生に感謝の念が絶えません。

いつも有難うございます。  横浜青葉  理  読者

 

☆ 暑かった今夏から一転

朝晩 涼しくしのぎやすくなりました。 周りの田んぼも黄金色に染まり 赤トンボが飛び交いめっきり秋の風情です。しよしよ食欲の秋到来で、生涯で再校の体重更新中です。

先生 奥さま どうぞくれぐれもご自愛下さいませ。  静岡駿河  鳥  読者

 

☆ 京のひる寝

おもしろく読ませていただいています。

お彼岸には 萩の寺(=秦の菩提寺)お参りしてきます。

お大切にお過ごし下さい。  京衣笠  道  母方従妹

 

☆ 朝、晩の風が

ゆっくりと冷たく感じるようになりました。

日々お忙しいご様子に、夏の疲れが出はせぬかと、心配しております。

お二人共、御無事でありますように。   新潟中央  鶴  読者

 

☆ 七月末

青島の中国海洋大学で太宰治の講演をして来ました。

孔子のふる里を訪ね 泰山に登りました。  岩手下閉伊  芳  大学教授 ペン会員

 

☆ 本当に久しぶりに

お声を聞きました。お電話、有り難うございました。「詩稿」お届けしました。

どうぞ 日々ご無理なさいませんように。

私も腰痛と、結論のでない目の衰えと 逃走中です。  襄  藤村研究家 詩人

 

* 神奈川県立文学館、山梨県立文学館等から、「湖の本121」受領の挨拶があった。

2014 9・22 155

 

 

☆   「墨牡丹」

はじめは友人が貸してくれて、つぎは「湖の本」で読みました。

新しいのは、現実のうちに、主人公が、死ぬのがはっきり描かれている、と読みました。

「絵空事の不壊の値い」とは、作品の意味でしょうか。

三作とりかかっている、との新作がたのしみです。

繰り返し語るのでなく、ご両親のことを描かれても、いままでに数あるものとくらべて、稀有の書き手を得た、すぐれた作になるものと期待しています。

体力、気力ともととのわず、一日のうちに何度も、気分がゆれています。昔からこんなものだったかも。    和泉のとまと

 

* 今夜も機械の中の好きな音楽を聴いて疲れためをその間やすめていた。もう十一時。今度は階下で「慈子」第二章の校正を進めねば。

2014 9・22 155

 

 

☆ お元気ですか、みづうみ。

九月十二日の岡田教授のメールを拝読し、みづうみに書きたいことが色々ありまして、どのように書こうかと悩んでいるうちに、「湖の本121」の御礼もまだ申し上げていなかったことお詫びいたします。振込もすませておりますが、ご連絡遅れ申し訳ございませんでした。老人も私自身もちょこちょこと具合が悪くて、病院通いもあり忙しく過ごしていました。

昨夜のメールでは、もったいないお言葉いただきました。ありがとうございます。

もしご本いただけますなら、湖の本の小説全冊はすでにいただいておりますので、ゆくゆくはエッセイを全冊いただければと思います。湖の本を広めるために使いたいので、将来的にはわたくしの手許には残らないでしょう。なかなか大胆な厚かましいお願いしていますね。すでにお嫁入りした湖の本についても、いずれ補充したいと考えています。

新刊選集は保存のための美術品のような本、湖の本は線をひいたり、書き込んだりして徹底して読みこむための本、そしてもう一冊の湖の本は秦恒平という文学者を世界に紹介するために誰かにプレゼントする一冊と考えています。

わたくしはすべての作品について三冊ずつほしいという欲張りな読者です。舌切り雀の欲張りばあさんのように、地震で逃げ出すときに大風呂敷にみづうみの本ばかり運ぼうとして腰を抜かしかねません。というわけで、じつはみづうみの全作品を保存したディスク、あるいはメモリもほしいと目論んでいます。こちらについても是非製作頒布をお願いいたしたく存じます。

「校異」という作業がどのようなものか無知ですが、もしみづうみの原点ともいえる『畜生塚』をやらせていただけるとしたら身に余る光栄です。

校異は、唯一みづうみご自身の手による『清経入水』のそれを拝見した経験しかありません。一字一句追いかけて決定稿までの変移を私家版、推敲版と比較しながら地道に調べ、丹念に記録するという理解でよろしいでしょうか。わたくしなら、この作業を楽しんでできるでしょう。みづうみにご満足いただけるほど完成度の高い、ミスのないものができるかどうか、まして業績になるような立派なものができるのかは甚だ疑問ではありますけれど……。せっかくみづうみからご提案いただいたお仕事を、わたくしが受けないはずはありません。喜んでお手伝いさせていただきます。自分にみづうみのお役に立てる力のありますことを祈るばかりでございます。

岡田教授のメールを読んで考えたことなどについては、そのうち別便にてお送りしたいと思います。

どうかどうかご無理なさいませんように。健康第一です。

袷   秋袷身を引締めて稽古事  虚子

* 自分では、したくても出来ない。それ以上の「仕事」で時間も体力もとても足りない。しかし、欲しい、在れば有り難いという課題も気が遠くなるほど沢山ある。もしや頼めるなら頼みたいと思い、頼んでみた。何万枚にも多岐にわたる十数年の「全私語」をともあれ科目別に分類して「箚記」に手がかりを付けて頂いたこの人に、とりあえず一つ頼んでみた。最初の私家版、その推敲版、「新潮」版、「筑摩」文学大系版、湖の本版、今度の選集本版。少なくもこれだけの版本での変移を経過を追って対照的に表覧に仕上げるのは、たとえ興味深くても、なかなか気骨の折れる時間も掛かる難行になる。句読点一つの変移すら、誤植すら見逃せない。もしも幸いに清書以前の「草稿・原稿」妻の「清書稿」までが見つかればもっと徹底する。「畜生塚」は少なくもわたくし自身にとってそれに値する「原点」であるに相違ない。

手許に在る自著や湖の本が、愛読して下さる読者のためにすこしでも役立つなら、惜しみなく手渡して行きたい、もうそういう時機にさしかかっている。

 

☆ 切符いただきました

秦先生  奥様から速達で送っていただいたお相撲のチケットが届きました!

わざわざのお手数、本当にありがとうございます。

お相撲を観るのが初めてで、こんな佳いお席に座っていいものか、おしりがムズムズしそうです(笑)。

楽しみにしております。

取り急ぎ、御礼申し上げます。  阿

 

* 日馬富士の重傷には心痛む。大関が三人とも後退し、横綱鶴龍もだらしなく一敗。できればわたしたちが向正面桟敷に入る日、可能な限り全勝横綱白鵬と新入幕一敗逸の城との取組みが実現していると楽しいのだが。今日、白鵬は大砂嵐の挑戦を受ける。取りこぼさないで。

2014 9・23 155

 

 

* スコットランドへ旅してきた妻の親友持田晴美さんが、お土産に、珍しい、というより名前にとんと疎いわたしの知らないスコッチの細長い一瓶を、妻へのお土産とも一緒に、玄関外へそっと置いていってくれた。声を掛けても煩わせると気を遣ってくれたのでしょう、有り難う。「THE GLENLIVET」「NADURRA」とあり、沢山の横文字が書いてある。

先日は他の人から「OLD PARR」を戴いている。ふたつとも秦の親たちの位牌棚にのせてある。秦の父は梅干もダメな下戸だった。叔母は茶事での献杯ほどは受けられた。母は、性根は、憧れていたほど、量は別としてお酒好きだった。果物も好きだった。父と叔母の兄妹は甘いものが好きだった。戴き物があると、わたしはそっと廊下の奥の位牌棚へ置いている。

自作を読み返していると、まるで育ての秦の親たちへの反発や厭悪をさながら起爆剤かのように利用しながら「真の身内」はと追い求め続けていたことが身に痛く痛く思い当たれる。不孝の限りを尽くしたのだ、堪忍してください。

実の父母のことは、なんにも分からない。

自死した実兄恒彦はどうだったのだろう、今となればなにもかも霧の中だ。恒彦には二人の男子と一人の女子が成人しているが、結婚したのか、子がいるのかも、知らされていない。黒川創へわたしの仕事は漏れなく送っているが、彼からは葉書一枚の便りも絶えている。むかしのわたしに似ている。

生母から生まれた姉一人と兄三人はもうとうに亡くなった。晩年の姉とは懐かしい文通が繁くあった。長兄と末兄とは一度ずつ会い、心通っていた。よくして貰った。

実父から生まれた二人の妹は川崎で、達者に暮らしているだろう、か。

2014 9・23 155

 

 

* たくさん手紙来ているが、ぐったり草臥れていて。歌人の清水房雄さん、作家の三好徹さん、講談社の徳島高義さんら。おそれいります。

2014 9・24 155

 

 

*  今日ほど嬉しかった日、今日ほど楽しかった本場所の相撲観戦は無かった、この何年ものうちに。あまり嬉しく楽しくて、じつは逸の城が豪栄道を転がした相撲からあとは、観たのやら観てないのやら自覚がないほどで、白鵬の勝ち相撲などまったく記憶になく、弓取りも知らず、酔ったはずみか転んでおでこに瘤をつくり医療室へ連れて行かれたのもワケがわからなかった。それでも昔の横綱大の國を観たような、大砂嵐と握手したような、阿生におでこを氷嚢で冷やして貰っていたのも、ワケが分からなかった、無性に楽しかったし嬉しかった。ほんとに久しぶりに娘とのいい時間を桟敷で三人で過ごせた気がしていた。

両国で、阿生に盛り上げたようなアイスクリームをご馳走になり、妻と阿生とは嬉々として話し合っていて、わたしは氷嚢をおでこを冷やされていた。

両国駅から、妻とは飯田橋で乗り換えて帰ってきたはずだが、阿生とはどこでどうサヨナラしてきたのか記憶にない。

しかしまあ、楽しい半日だった。阿美錦も勝ったし、逸の城も大関に勝ってしまったし、琴奨菊は横綱に勝ったのではなかったか。白鵬はだれと相撲を取ったのか、きっと大関稀勢の里だろうが勝ったにちがいない、負けた大騒ぎは見聞きした気がしない。

かくては、念願の白鵬三十一回目、全勝での優勝が期待できそうだが、此処まで来たら今場所の大花火に、一敗の平幕新無入幕の怪物逸の城と全勝横綱白鵬との勝負も観てみたいものだ。

 

* 、もう今夜は、このままやすむ。いい一日だった。嬉しかった。

2014 9・25 155

 

 

☆ (妻へ) 今日(=昨日)は素晴らしいお誘い、

本当に本当にありがとうございました。

お相撲を国技館でみるのは人生で初めての経験、ずっと興奮しっぱなしでした。帰宅して祖母にたくさん自慢話をし、いただいたおみやげを披露しました。祖母は「本物のお相撲が観られたなんていいなあ、よかったなあ」と連発して、いただいた焼き鳥を三本も( もちろんご飯の後なのに!) 美味しいと食べ、御菓子もとても喜んでおりました。一緒にパンフレットをめくり、逸ノ城がとても強かった話やらなにやら、たくさん話しました。

細やかで優しいお心遣い、なんと御礼申し上げてよいやらわかりません。心から感謝申し上げます。

秦先生のおけが、ご帰宅されてからもしや気持ち悪くなったりはなさっていないだろうかと心配申し上げておりました。ご無事で本当によかったです。 わざわざお知らせくださって、ありがとうございます。それにしてもあっという間にしっかりされて、お酒のなんとお強いことよと敬服…。優しいお連れ合いがいらっしゃる秦先生はなんとお幸せかとしみじみ。

長々申し訳ございません。重ねて御礼申し上げます。

ゆっくりおやすみくださいますように。また近々お目にかかれますのを楽しみにしております。 阿

 

☆ 秦先生

昨日はありがとうございました!

お怪我がたいしたことなくて、本当によかったです。

痛みがぶり返していませんようにとお祈りしています。

こちらこそ、久しぶりにお目にかかったとは思えないくらい、自然にお話ししていて、長いこと離れていた家族みたいだなと勝手に思ったりしました。

初めての大相撲観戦、最初から最後まで興奮しておりました。

テレビで観るイメージよりも土俵が近く、力士が目の前に見えることにまず感激。

かけ声をかけたり、のんびり飲み食いする観客席の雰囲気も、とってもよかったです。

なにやら観客席全体に、同じ場を共有して楽しんでいる和やかさを感じました。

「ここは平和だ」とおっしゃっておられましたが、この雰囲気なのかなあと。

お土産をたくさんいただいて、祖母も大喜びでした。

わたしが帰宅して「楽しかった、よかった」とワアワアしゃべっていたので、祖母も「いいなあ」とうらやましそうでした。

「おいしいなあ」と焼き鳥をぺろりと三本たいらげ、のど渇いたというので二人でビール一缶を分けっこして飲みました。

まだ余韻冷めやらず…。

貴重な機会をありがとうございました。

明日は建日子さんのお芝居、とっても楽しみです。

またお目にかかれたらうれしいです。

いろいろ学ばねばと思っております。

ご指導ご鞭撻くださいませ。   阿

 

* 明日は建日子の芝居を観にいってくれるとか。むかしは建日子に甘えていたちっちゃな子だったが、今は大きな新聞社の文化部記者。どんな視線で観てくれることか。

 

☆  お元気ですか、みづうみ。

たんこぶは如何ですか。転倒して頭を打つなんて、ほんとうにアブナイ。

頭部の怪我を甘くみてはいけません。少しでも違和感がありましたら、病院にいらしてください。  朱

2014 9・26 155

 

 

☆ 「京のひる寝」

拝受仕りました。慎んで御礼申し上げます。

関東下総の田舎育ちの小生にとっては羨ましい様な少年期をすごされましたことを想像してやみません。  歌人 房

 

☆ お二方の御恢復を心からお祈り申し上げます。

祇園花街のまんなかに、多感な小中高校生活を過ごされたこと、東海の漁港で、それも戦災を受けた日々を送ってきた身には、実に羨望極まりないものがありました。

「私語の刻」にある、ベンクラブでの「ペン電子文藝館」の館長 「キャリアも実績もあり信頼性強き人」「文学の優れた編輯経験会員で高水準を」の二点、全く賛成です。   文藝出版社役員  義

 

☆ 秦恒平先生 拝啓

昨年の残暑とは打って変わつて.、今年は夏の終わりが早いように感じられますが、先生にはお変わりなくお過ごしのことと存じます。

過日は豪華版選集の第二巻を頂戴し、あらためて御礼の言葉もなく恐縮いたすのみです。海外出張などが重なり、御礼が遅くなりました非礼をお許しください。このたびいただきました「海の本」121号とあわせ、心より御礼申し上げます。

国文学研究資料館では、目下、日本古典籍のうちの三〇万点ほどの画像を作成し、『国書総目録』 の電子版に併載するプロジェクトを開始したところで、一〇年間で八八億円の経費が、財務省によって昨年認められたのですが、年度ごとの予算要求では厳しい査定の連続で、その実現にはほど遠い情勢に右往左往させられる日々でございます。

館では、十月から十一月にかけて、「中原中也」 の展示を開催いたします。ご参考までにチラシを同封させていただきます。

ご自愛をお祈り申し上げつつ、御礼まで一言申し上げます。  国文学研究資料館館長

 

☆ 拝啓

ことしは 残暑はほとんどなく 秋の気配が早くやってきました。

手術後、精力的にご活動のこと、アタマさがります。

秦恒平選集 第二巻 ご恵贈賜りましたこと 厚く御礼申し上げます。

拝読して御礼と思っておりますうち お礼状が大層遅くなりましたこと ご容赦下さいませ。

「清経入水」は以前読ませて頂きましたが「雲居寺跡」「風の奏で 寂光平家』「絵巻」は未読にて、楽しみに致しております。

これからは寒さも早い様です。

御身ご自愛の程 祈念申し上げます。 敬具   喜多流シテ方  友

 

☆ 正しい物の見方としたい

美しいものを観る眼を養いたいと先生の本を読んでいる私です。

明日より 松本、安曇野の旅に出掛けます。楽しみです。  岐阜各務原  真

 

☆ 京についての

こまやかなあれこれ。いつも乍らの絶品の味。京は、「丈高い『現代人』の巣くう世界最先端の都(p16 )。小生はすせうっとそう思い、アタマから京都と京都人に降参しておりました。それゆえ、先生の存在の貴重さをも、深く思っている次第。先生からの「努めます」との力強いお言葉もうれしく、これで病魔も退散かと存じております。何卒何卒ご大切に。

御内室様にもよろしくご鳳声の程を。  神戸  昌  歌人

 

☆ 精力的なお仕事に

いつも尊敬しつつ頁をめくっています。どうぞお元気で良い本を沢山出して下さいますよう。先生は私の鑑です。

不゛どう喜んでもらえて嬉しかったです。  金澤  小夜  作家

 

☆ 気持ちよい青空です。

雲を追いながらカートを引っぱって買い物に行ってきました。ところ所で曼珠沙華も秋を迎えています。

お身体、おいとい下さいませ。(払込用紙が入っていませんでしたので。)  京 有栖川  桐

 

* 今回は、このようなミスや間違いが例になく多かった。例にならぬようにありたいが、まだらボケも始まっているか。御免あれ。

☆ 暗い不快なニュースが

いっぱいです。自治会の仕事をしていても 老老ン悔悟などの話題が多くなってきました。

孔子も言わなかった「八十にして筋トレ」を始めました。  埼玉越谷  光 エッセイスト

 

☆ 湖の本121

ありがとうございました。通院の途中 小田急線の車窓から彼岸花を(やはり間違いなくばっちりお彼岸に咲いています。)楽しんでおります。  神奈川二宮町  眞・由夫妻

 

☆ 益々お元気で、

同志社の偉大な先輩として尊敬の念しきりです。両手のしびれ快方されるよう祈っています。  愛知新城  貞

 

☆ 天、地、人災

何がいつ起こっても不思議ではない時代です。

嘆いたり、悲しんだり、憤ったり、高齢者にとって心臓によくありません。

ご自愛の程お祈り申し上げます。    玉野市  國

 

☆ 湖の本121

ありがとうございました。

お茶のお稽古に夢中になっていた頃出逢った「茶ノ道廃ルベシ」が、秦さんの世界へ私を導いてくれました。以来湖の本が少しずつ増え、今では本棚の一段を占めています。

私も平点前が一番好きです。流れるような美しい手前をいつも目標にしていました。

ご健康をお祈りしております。乱筆お許し下さい。  沖縄  香

2014 9・26 155

 

 

☆ 朝夕冷たくなりました

奥様のお体の具合は如何でしょうか ご無理なさいません様にとお願い致します。

湖の本121 京都の話は田の新読み進んでいます。

平和が続きますよう念じて過ごします。  桐生市  君

 

☆ お体お大切になさってください。

私語の刻を楽しみに読んでおります。母の介護のあいまの小さなひとときです。  横浜鶴見  孝

 

☆ 三度の

関西勤務時代に通った京都をなつかしく思い起こしました。北山の山々もよく登りました。 千葉鎌ヶ谷  仁

 

☆ ようやく

涼風が立つようになりました。季節の変わり目 残暑もしばらくと思われます。

御身 御大切にお過ごし下さいませ。   千葉美浜  松

 

☆ お手の痺れが

一日も早くなくなりますように。

お元気になられますよう、心よりお祈り申し上げております。  神戸東灘  章

 

☆ 東大大学院文学部、山梨県立文学館、皇學館大、いわき明星大、大東文化大、國學院大等々から湖の本受領の挨拶が来ていた。大学、短大、高校には、かなりよく浸透してきている。

2014 9・26 155

 

 

* 疲れて。

で、ふと昔、東工大でわたしの教室にも教授室にもよく来ていた学生の名を検索してみた。本名で何かしら記事は見えるが、同姓同名記事も混じるか、はかばかしい様子は知れなかった。ひところ院の研究室から短歌を送ってきたし、小説らしきも書きたげで、但し自分は「エンターテーメント」を書きますと言っていたが、その方面から名前が聞こえてきたことは、まだ、ない。エッセイもたっぷり書いて、その方面にはなかなか才があると観て、「佐和」という希望の筆名で電子文藝館にも載せていたが、コンピュータ関係の雑誌編集者をしながら(と思うが)、そのご著書でも出しただろうか。もうよほど久しく音沙汰がない。早稲田での角田光代のような書き手になって出てくると嬉しいが。

さすがに東工大が遠くなった。ありがたいことに湖の本を支えてくれている男子卒業生がまだ十人あまり、女子卒業生も四、五人ほど今も続いているが、肉声を聴く機会はめっきり減って遠のいた。自然の勢いで、まだそんなに連絡が取れているという方が嬉しい有難いことである。

不公平になってはいけないので、東工大卒業の諸君には新、しい「秦恒平選集」は誰にも送っていない。みな、病気していないといいがなと願っている。

 

* わたしはもう「残年・残日」を胸の内で数えながら、どこまで自分の仕事が追いついて行けるだろうかと、もう、それのみを思い願って暮らしている。人手を頼むことは、所詮はむりであろう、となると、仕事を選別するしか無い瀬戸際に来ている。

2014 9・28 155

 

 

☆ 中野美術館の京都。鐵斎・謙蔵の京都。

久しくごぶさたの中野美術館です。

蛙股池は水が枯れていました。いつもよりひと月早いそうです。

今日は、清荒神清澄寺鐵斎美術館主任学芸員の柏木知子さんが「鐵斎・謙蔵父子とその交友―京都学派を中心に―」と題して大和文華館で講演されるのを聴講するため出かけました。

展覧会は「富岡鐵斎と近代日本の中国趣味」。

講演が2 時からでしたからその前に中野美術館へ寄ったところ「華岳と波光」展だったのですから幸運です。

講演はたくさんの図版を写しながら駆け足で60分間。面白かったですよ。というのも、昨年、高槻市で開催された「阿武山古墳」シンポジウムと、そのあとで京都大学総合博物館と島津製作所創業記念館へ寄って、島津で阿武山古墳再調査の本を教わったことがきっかけで、京大の文科大学ができた頃と、理工科大学が理と工に分けられて地球物理と宇宙物理の学科ができていくあたりを調べていったところに、京都大学総合博物館で、9 月5 日から「明月記」と京大の地球宇宙科学者と最新の宇宙像についての企画展が始まりまして、「明月記」原本の見学と展示解説に加え、花山天文台の台長さんに初期物理学教室などゆかりの場所を案内していただき、最新の研究について講義を受けるツアーに参加したばかりなのです。

今日は京大の考古学と支那学の初期のおはなし。

つながってつながってきりなく愉しみがあります。  名張の囀雀

 

* ほんとに愉しそう。くわしい経歴は知らないが、わたしとの出逢いは「茶の湯」の本や連載だったし、その前後、この人は歌舞伎文楽舞踊や落語などを堪能していた。それが、なんと名張へ引っ越してからは、地の利をみごと生かした古代史への没頭に転じ、なまはんかの趣味や道楽でない具体的に精微な勉強が積まれていった。ちょっと類例がない、しかもそれをほんものの栄養にしている。伊達や酔狂ではない。

概してわたしは、引っ越して行く人には、引っ越し先の風土になじんだ探索や関心を持たれると生活が生き生きしますよと進めてきた。お人の面白みある人にはその手で何かに打ちこんでいった人が多い。

何度も云うが、大府の門玲子さんはおそらく、江戸末期の閨秀詩人江馬細香への研究に没頭されたところから、いつしか近世女流文学研究の①権威にまでなられたし、橋本敏江さんは一方流平曲のりっぱな継承者にまでなられ、平曲全句を演奏し通す偉業まで成し遂げられた。

その気ですすめば開ける道はあるのである。

2014 9・28 155

 

 

☆ 畜生塚原本①

早く見つかりますようお祈りしています。みづうみは、大切なものは必ず保存なさっているはずですから、きっと思いがけないところから現れるでしょう。万が一本物がみつからない場合、どなたかの私家版コピーでも校異はできると思います。最近の古文書研究はコピーすらせずデジカメで撮影してデータに取り込んで読みます。そのほうがコピーより紙を傷めないということで、時代はどんどん変わっています。

念のため、わたくしの所有しているみづうみ関連のものをお伝えしておきます。

豪華本『四度の瀧』『三輪山』、湖の本の小説全冊、その他湖の本シリーズ(いずれも少し欠本あり)歌集「少年」、文庫『京のわる口』。単行本たくさん。もちろん選集。

みづうみの直筆書簡や原稿などはまったくありません。(いつか生原稿とか名前帳とか創作ノートとか、ラブレターなどいただけるのでしょうか? みづうみの手の感じられるもの、何も持っていないのは、ふしぎなほど。)

 

『墨牡丹』はわたくしのもっとも愛する小説の一つです。藝術家小説の白眉、名作だと思います。村上華岳の藝術を秦恒平という文学者を映す鏡のように描いた、日本語美の精華、日本語の祝祭です。華岳の美に酔いしれる、こんな幸福な読書経験を与えてくれる書物はめったにありません。

みづうみがいずれあちらにいらしたら、真っ先に村上華岳が迎えにきて涙を流してみづうみに感謝するでしょう。

ただ、『墨牡丹』を今まで一度も「愛妻」小説と思ったことがありませんでした。なるほどそうでしたか……。奥さま最高にお幸せな方です。次に読むときには愛妻小説という視点の読み方もしてみたいと思います。

 

瀬戸内寂聴さんが、日本の空気はあの戦前と同じで、このままいくと必ず戦争になるから、自分は本当に早く死にたいんだと話していらした記事を読みました。みづうみも同じように感じて、急いでお仕事をしていらっしゃるような印象を受けることがあります。お願いですから、できるだけ永くご家族と、お身内と、わたくしと一緒にいらしてください。

袷   秋袷身を引締めて稽古事  虚子

 

* どうかして見つけたいと、昨日は西棟の書斎・書庫を探し、今日はこっちの書庫などを探してみたが。妙な、なかなか面白いものが見つかって、つい読んでしまう。心覚えや短歌のような物や人について書き散らした物などが、こまぎれにやたら無数にある。棄てない人なので、捜し物も見つかると思うのだが。見つからないと、現在在る詳細な書き入れ本が只一冊となり、それでは身近手近からはとても暫くの間でも離せない。

とにもかくにも、お気持ちには感謝しています。

 

* もう、やすもう。

 

2014 0・29 155

 

 

☆ 私家版「畜生塚・此の世」あります。

失せもの、見つかるといいですね。      大阪      川

 

* 心強いです。

当分捜索を続けますが、場合によっては、「畜生塚」だけをコピー願えれば幸いです。拝借願えれば、こちらで全部コピーいたしますが、原本は、やはりご縁を思い、お手元に置いて頂きたく思いますので。

ありがとう存じます。

御嶽山の被害などで心傷めています。今日は蒸し暑く、疲れています。

お大切に願います。  湖

2014 9・30 155

 

 

* 「鶴屋吉信」の京名菓に添えられた、お手紙、拝誦。

 

☆ 「秦恒平選集第二巻」 ありがとうございました。

「風の奏で 寂光平家」では、「平家物語」と、小説の現在を生きる徳子の交錯を面白く読みすすむうちに、前に読ませていただいたおりの私が加わり、目の前で重なりあう幻を見たような気分がいたしました。

「これしきの火、幾度遭うたことか、そう思いよれば気はかるいく、かえって励まされたように女院は心はずんでさえいた」という詞に力を得て生きていた私は、今になってみると懐かしい他人です。

平家物語の建春門院や八条院をみておりますと 院政において女院方の果した役割が大きかったように思えてまいります。

そして、先生の小説の奥には、 いつもすてきなお葉書を下さる奥さまが隠れているように感じます。谷崎潤一郎が松子夫人に京友禅をまとわせたように、秦恒平は 奥さまに京言葉をまとわせて、筆を走らせたにちがいないなどと考えてしまいました。

先生が示された小説解釈を確認しながら、朝日新聞の小説「心」を読み終えました。

「ひょっとして、裏に鏡子夫人への愛の告白が潜んでいたのかも」など、愉しい空想をしてしまいました。

漱石も恒平先生も奥様を大切にしておられたから 女性の心をつかむ小説を完成されたのだと納得いたしました。

奥様と先生の御健康を心よりお祈りいたしております。   京  清  美大教授

 

☆ 鐵斎の子 また梅岩と桃華

富岡鐵斎にも考古学者の息子、富岡謙蔵がいたことがわかって、父に先だって亡くなった子が彼かと調べ始めた矢先、大和文華館の展覧会と講演を知ったのですから不思議な気持ちがしました。

桃華と号した謙蔵は山紫水明処に生まれ堺で幼少期を過ごし、一条兼良邸と書庫跡地に最後まで父と暮らしたとのこと。

講演を聴きながら、宣長と春庭を思い起こしていました。ちょうど一週間前に宣長と春庭のそれぞれの旧宅を見学していたので余計にそう思いました。

また、内藤湖南が発案して武田五一の設計で建てた鉄筋コンクリート三階建ての富岡家書庫が1922年落成と聞いたときは川喜田半泥子が四階建ての収蔵庫を建てたのはいつのことかしらと思いました。1930年です。

富岡家書庫も邸宅も現存しているそうですね。今度、京へ行ったら寄ってみます。

京大の支那学と考古学。そして小川琢治。総長に就任した山川健次郎。

1917年に鐵斎が帝室技芸員に選ばれ皇后御前揮毫記念の集合写真に写る京の日本画家たち。

会津八一もこのあたりをうろうろしていたことでしょう。

石田梅岩175 年祭をして呉歴没後200 年記念展を開催するはずが、病にたおれた桃華。紅葉バスツアーで丹波に行ったとき、石田梅岩のかわいらしいキャラクターを見たことを思い出しました。

大和文華館の講演は、頭のあちこちをひっかきまわしてさがしたり思い出したりする忙しくも面白く楽しい講演でした。 囀雀

 

☆ 宣長さんから京大の「ノーベル賞の館」へ

貝原益軒が大好きで、14才のときに益軒の「新板天気見集」のダイジェスト版を作り、16才のときには益軒に倣った松阪のガイドブックを作って、本をつくる“ごっこ遊び”をしていた本居宣長。

猛暑にへとへとになっていた夏のある日、帰宅した主人が、京大の博物館で貝原益軒と京のなんとかいう書肆の展覧会をやっていると通勤途中にラジオで聴いて見に行きたいと言うので、お盆休みの2 日目にいつもの特急列車で京都へ行ってきました。

目的は4 つ。

① 京大の総合博物館「貝原益軒と京の書肆『柳枝軒』」。

② 京都国立近代美術館「うるしの近代」。

③ 京都工芸繊維大学美術工芸資料館「浅井忠・武田五一と神坂雪佳」

(京都市立芸術大学学術資料館と共催)。

④ 清水三年坂美術館「幕末・明治の“超”精密『根付』」。

まず京大へ行き、2 時間滞在。タクシーで京都工芸繊維大学へ行ってみるとこれが夏期休館中で、「うるしの近代」は「浅井忠…」とつながっているのでやめて根付を見に行くことにしました。

うっかりしていました。

お盆です。

清水三年坂美術館に入ってしまえば俗塵から離れられ、売店のサハリのおりんをチィーンと鳴らせばすっかり気分が澄んで世離れて大好きな場所ではあるのですが、行きの渋滞、三年坂への人混みに、主人がみるみる不機嫌になり、帰りは松原通を歩いて地下鉄の駅へ行くことにしました。

途中で主人が以前に同じ道を歩いたことを思い出して、「幽霊飴はこの辺だったよね」。

あ、六道珍皇寺に寄っていきましょう!

ちょうど迎え鐘をつく方があって、初めて鐘の音を耳にすることができました。

いやいやようやく気が張れました。

京都滞在は9:00~14:30 。連休というのに帰宅したのは16:00 でした。

京大総合博物館では、展示もともかく、次回企画にびっくりぎょうてん。

「明月記と最新宇宙像―千年を超えて羽ばたく京の宇宙科学者たち―」と題され、2 年前に明らかになった神戸のアマチュア天文家射場保昭についての展示を話題に据え、新城新蔵、志田順、松山基範、山本一清、石塚睦の名が並んでいたのです。「明月記」の客星出現古例の記載部分の展示が9 /17~9 /28。

そこで予定を立てました。

京都教育大学教育資料館は、学長室などに使われた旧陸軍第19旅団司令部の建物を復元して2011年に「まなびの森ミュージアム」としてオープンしたとのこと。

京都府師範学校以来の教材が展示され、お宝級の品々に驚きました。

お隣は藤森神社。舎人皇子を祭っているというのでお参りしてきましたよ。  名張の囀雀

2014 10・1 156

 

 

☆  お元気ですか、みづうみ。

機械の画面の眩しさはブルーライト低減グラスでかなり軽減されました。みづうみには効果がありませんか?

福島事故から三年半過ぎて、体調は微妙に変化して疲れやすいと感じています。季節のせい、気のせい、加齢のせい、であれば幸い。

先の大戦では、アメリカに必敗すると断言していた一握りの人たちは信頼されず、非難されていたわけですが、現在の日本の状況も驚くほど似ています。「アメリカ」が「放射能」に変わっただけです。

放射能に必敗することを信じない人間が多すぎる現実が信じられません。

「被曝」はボディーブローのようにじわじわと影響してくるでしょう。

砧   藁砧とんとんと鳴りこつこつと  素十

 

* 同感する。暢気に生きるのをよくないとは思わないが、直観に欠けて怠惰にひとしい暢気は、かならず世を損なうだろう。

2014 10・2 156

 

 

*選集②に関して香川県の岡部さんから電話が来て恐縮した。

2014 10・3 156

 

 

☆ 今週は

謡曲の先生と弟子たちとで岡山から四国へ謡蹟を訪ねる旅行に出かけました。岡山で「藤戸」を訪ねて、屋島へと。

途中、讃岐の白峯御陵を参拝しました。本当に険しい山の中をくねくねとバスで登り、後は急な階段を息を切らして。

崇徳上皇の怒りも、西行の訪ねて行くときの寂しさ。懸命の思いも身に染みるようでした。

二人の歌碑が山道に点在している坂道があるそうですが、白峯御陵へ回ってほしいと強く希望をしましたので、時間もなく行けませんでした。

「雨月物語」をもう一度読み直してみましょう。

宮内庁が管轄しているので、整然としています。がやはり寂しそう。

勝手なおしゃべりをしました。くれぐれもお大切に。 練馬区 晴

 

* せっかく白峰ゑ行かれるなら、雨月物語よりも遙かに、わたしの小説「繪巻」を読み直して行かれるとよかった。西行が崇徳院の御陵へ参る根源には院の生母、保元の乱起爆の元素をなした待賢門院璋子への思慕が何より深くあったから。「絵巻」はその崇徳院の母、しかも崇徳院を滅ぼした後白河院の生母でもあり、西行の複雑な思いを知るには、深く先だってやはり「絵巻」に書いた真情を読み取っていただけると有り難い。上田秋成の「白峰」の或る意味の薄さは、待賢門院の人がフィクションとしても読み取れていないところに在る、と観ている。

2014 10・3 156

 

 

☆ 少し秋らしくなりました。

 

わが家の庭の吾亦紅が郷愁をさそいます。

お酒がおいしい季節になりましたので、岡山の地酒を送ります。12日頃に着くと思います。

お口にあえばよろしいが。(ネットで送るのに秦さんの電話番号の記入が必須というので、私のケイタイの番号を記入しています。失礼をお許しください)。  吉備の人

 

* 有り難う存じます。

2014 10・4 156

 

 

☆ 颱風

台風の影響で書斎の雨漏り被害の記述を読みました。鴉の最も大事な場所。速やかな回復を心より願います。同時にお身体無理なさらぬよう。

わたしは現在再びシンガポールに滞在しています。とり急ぎ  鳶

 

* 海外からのお見舞い、忝なし。

2014 10・6 156

 

 

☆ 選集の刊行を

お祝い申し上げます

何かお祝いをと思い 私たち王朝継ぎ紙の短冊二葉をお送り申します  近ごろ短冊は作っておりませんので お気に召していただけますか心配です

先生のますますの御活躍をおいのり申します   近藤富枝  作家

 

* まことに美しい短冊、筆のたつ人に歌など書いてほしい。

近藤さん、田端文士村記念館であくたがわりゅうのすけの持つ二つの顔」という題でこの二十六日 午後に講演される。

 

☆ 秋もようよう

深まって参りました。

過日は え御選集の第二巻をお送りいただき有難うございます。  このよに御心のこもった立派な御本をいただくと勿体なくて恐縮してしまいます  遅くなりましたが 厚く御礼申上げます ( 同封 刊行の一端にして下されば)   たまたま講談社文庫の「名作365日」を拾い読みしておりましたら「清経入水」が入っておりました

御奥様の御具合が悪くなられましたよし さぞ御心配のことと存じます 御身舞いを申し上げます  私も救急車で運ばれたり 入院したりと 前はよく歌人につきそわれていたのですが 近ごろでは「送られつ送りつ」で逆のことも多くなりました  つきさうといっても ただオロオロしているだけですが…  でも

先日は 何とか京都に行ってまいりました  新しくなった国立博物館を見たのですが  国宝 重文ぞろいの展示に圧倒されました これらの文華の伝統は 現在どこに行ったのだろうと考えますと  作家では秦さんしか 思い浮かびません  くれぐれもどうぞ御身御大事に

新熊野神社にも立寄りました 祭礼の行列のアルバイトをして以来ですから 四十五年ぶりでしょうか  重い長持ちをヒーヒー荷ぎながら歩いた処を 今は杖をつはながら ヨロヨロ 歩きました   明野潔  文藝春秋

 

* お気持ち ありがとう存じます。

 

☆ お二方様

お元気なお姿にお会い出来て嬉しく思いました

湖の本「京のひる寝」届きました ありがとうございました

此の頃つくづく感じて居ります きょうとを案内して上げたともだちが こんな処に育ったから今の池宮さんがあるのねと言われました ほんとにそう思います 京都に生れてよかったと感謝して居ります

今度もまた きれいなお茶器を頂きありがとうございました 来年の初釜に使わせて頂きます

秋の野を使って来月位ちょっと小寄せをしようと思って居ります

あれこれと考えると愉しいです。

どうぞ呉々もお身体お大切にお過ごし下さいませ

「やす幸」のおでん おいしかったです ごちそう様でした   ロサンゼルス 千代子

 

* 湖の本へ変わりないご支援 感謝します。

 

* 妻の従妹から中央美術協会「中美展」の案内が、読者の花柳ゆかしさんから、舞踊の会の招待があった。

2014 10・7 156

 

 

☆ 颱風 御見舞い

お元気ですか、みづうみ。

書庫の被害は如何ですか。颱風の大雨でしたから心配です。

本ほど重たいものはありません。何度も引越しをしましたが、いつも本には泣かされました。後片付けはくれぐれもご無理なさいませんように。屋根から落ちたりするのが一番危険です。本にブルーシートをかけておくだけでも応急処置にはなります。ブルーシートはアマゾンなどネットで買えてすぐに届きます。

『畜生塚』早く出てきますように。   港

2014 10・8 156

 

 

☆ 皆既月食をみながら

帰宅しました。

お加減はいかがですか。

書庫の大切な本や原稿は、大丈夫でしたか。

捜し物は見つかりましたか。

昨日は午前中に郵便局の用事など済ませ、昼から多摩川を渡り西へ向かいました。

すすき野原を吹く風が冷たく、風邪をひいてしまったみたいです。

「冬祭り」は、私も大好きな作品です。  毬

 

* 月の食よりも、ほとんど暴力的なわたしの眼の食が、たいへん。小さな字での初出原稿コピーを読みながらスキャン原稿の校正をするのが大変。機械の字はべらぼうに大きく変えてなんとか読めるが、原稿になるブリントの薄れ掛けた細字は、裸眼を五ミリ間隔までくっつけても乱視や復視のため容易に読み取れない。本も断然読みにくくなった。ひょっとしてもう一度眼科の手術を受けるしかないのかも。ひどくユーウツだが。

いまのところ、スキャンやコの仕事は全面的に妻が手伝っていてくれるが、妻も疲れる。妻抜歯の必要も出血を伴う不安があり、お願いして医科歯科大への紹介状を書いて貰った。大丈夫と想っても、大事はとりたい。

2014 10・8 156

 

 

☆ 遥けさの初鴨の声聞きとむる(皆川盤水)

お彼岸に主人が帰省した隙に日帰りバスツアーに参加してきました。9 月20日( 土) のことです。

ツアー名が「神話のふるさと葛城古道の社寺を巡る」というのに、寺1神社6とは変なツアーです。

その1山は<一週間前に同じ主催者が行う「みほとけに出会う日帰りバスツアー『かつらぎ編』」でめぐる予定の4山のひとつで、十一面観音をご本尊とする伏見山菩提寺。法起菩薩の仏頭の写真が印象的なお寺ですが、無住寺で仏像はお堂の中に安置されています。

みほとけツアーではもう1山、無住寺で十一面観音を安置しているお寺がありました。置恩寺です。葛城市歴史博物館に展示されている黒焦げになった仏頭は本来のご本尊であった薬師如来で、現在のご本尊、十一面観音は重文のため収蔵庫に安置されています。どちらもいつ拝観できるのかわかりませんでしたから、参加したいと思いましたけれど、明日香村祝戸でのセミナーと重なり諦めました。

置恩寺は、置始氏の氏寺。菟ですよね。壬申の乱の。

雀が興味を持って申し込みをしたツアーは桜井市の狛・岩坂地区を歩くもので、昨年の10月、かつらぎツアーのすぐあとでした。

たった6 名で催行してくださったばかりか、編集長さんがつきっきりで案内してくださり、昼食場所は編集長さんのご実家だったので、ここのツアーなら行ったことのある場所でも何かがあるカモと申し込んでみたのですよ。

見学先は順に、鴨都波神社、葛木御歳神社、高鴨神社、菩提寺、高天原神社、葛城一言主神社、笛吹神社(葛木坐火雷神社)。

大型バスはとても無理な道筋で、マイクロバスだろうと予想していたところ、集合場所にそれらしいバスは見当たらず、同じ会社のタクシーが3 台並んでいて、運転手さんが地図を手に打ち合わせをしているのを珍しいことと見ていたら、わたしたちがそのタクシーに乗って行くと判明。

バス会社のミスで、高鴨神社にマイクロバスが待っていたのですが、タクシー3 台、わずか6 名でのツアー催行には驚きました。

さらには、鴨都波神社が10月第2日曜、御歳神社が10月19日、高鴨神社が10月10日から、一言主神社が9 月15日、笛吹神社が10月25日、と例祭でお忙しいなか、高鴨神社と笛吹神社の宮司さんがご案内とご説明をしてくださったのにも驚きました。

宮司さん「何分くらいしゃべったらええの?」。

「お話しになりたいだけいくらでも」。

にこにこ。変わったツアーでしょう?  名張の囀雀

 

☆ 山水をかけし漆の祭笛(平畑静塔)

高鴨神社の宮司さんは「海部クンとこはねぇ」とおっしゃるほど永いおうちですし、笛吹神社は本殿が古墳を見上げるような場所に建てられていて、カシコーケンの所長さんが発掘調査してみたいとおっしゃったものの、実地を見学されて、本殿より高い古墳は…と沙汰やみになったとか、あちらにとび、こちらにひろげするお話に奈良時間を堪能しました。

飛び石連休で、雨の心配はないし、暑くもなく寒くもなく風もなく、黄金の稲穂に畦の曼珠沙華。絶好の日和です。こんなところへ行き合った観光客は幸運だわとお話をうかがいながら思いました。ところが20分ほどの滞在時間にいらっしゃったのは、高鴨神社ではご夫婦一組、笛吹神社では幼い男の子とそのお母さんだけでした。

実はこのツアーを申し込んだあと、アッと気がついて後悔したのですよ。

9 月20日は第3 土曜日。

本居宣長記念館の「展示解説」と「宣長十講」の日で、この日の講義は「渋川春海と宣長さん」。ツアー中止をひそかに願いましたが、1 週間前に予定通り実施と連絡がきて、宣長記念館へは翌日行って、聴講していないけれど資料をいただけないかお願いしてみることにしました。

「宣長十講」は毎年毎回ムツカシソウなタイトルが並んでいるので一度も聴講したことがなかったのですが、今度の展覧会「明和の宣長」にオーロラを見た日記が含まれていて、「京都千年天文学街道」ツアーで梅林寺と円光寺の見学と大将軍八神社の特別拝観をする11月16日の回を申し込んだばかりでした。渋川春海は「天地明察」が本屋大賞を受賞する少し前に興味を持って調べていましたから、このツアーの実施を心待ちにしているところです。

21日( 日) 。 松阪駅に着いたのは9:12でした。

宣長記念館は9:00開館です。前日同様、暑くもなく寒くもなく風もなく絶好の日和で、城跡には松阪木綿のきものを着た観光客や、夫婦、家族、二人連れとあちらに三人、こちらに五人という具合。記念館のロビーへ入ると、ちょうどお客様を送りに吉田悦之館長が応接室から出てこられるところでした。

9 月9 日から始まった「こえの国、神の国―明和の宣長」の立派な冊子をくださったので、おそるおそる昨日のプリントをお願いすると「大丈夫だと思いますよ」と事務所に向かわれ「面白かったンですよぉ。残念だなぁ」。

東海大学の志水義夫教授の講義で、宣長さんの文や春海の文を訳した“志水訳”は、上野誠さんの訳す万葉歌のようで、古事記のものがたりを説明する斎藤英喜さんのしゃべりのようで、なるほど、今の大学で教授するにはこういう工夫がいるのだな、と思いました。

葛城の神社ばかり神官さんの案内でめぐるツアーに行っていたもので…と謝ると、今日はこれからなにかご予定がありますかとのおたずね。午後から講演をなさる由。

昨秋は「ふるさと再発見」セミナーの第1回に招かれ、松阪市立図書館で「本と宣長」と題した講演をなさり、今秋は「ふるさとを歩こう」という行事のひとつとして『宣長と春庭の歩いた道』を講演されることに

なったようです。

なんにも予定はありませーん。

あったとしてもキャンセルです。

吉田悦之館長さんは一枚のチラシを手渡しされました。場所は魚町の宣長旧宅跡。

空き地です。

「明和の宣長」見学を11:30 に切り上げて城下にくだり、昼食をとって、豆売りの喫茶専門店で一服したのち旧長谷川邸へ向かいました。この日は旧長谷川邸の公開日でもあり、伊勢参宮街道を櫛田の渡しから松阪市日野の道標まで歩くイベントが午前中に開催されて、自由昼食のあと13: 30~15:00 講演聴講と春庭旧宅見学。長谷川邸公開が16:30 までという行事が組まれていたのです。

長谷川家から市に寄付されて、調査中に古銭コレクションが発見され、大判小判が含まれていたことから、市では厳重な保管をして長谷川家と交渉。それが今回の展示の目玉でした。

また、伊勢の雑誌《NAGI》で餅好きな当主が餅の包み紙をコレクションしたことを知り、一度、見てみたいと思っていたので、大判小判の解説をしていた男性に尋ねてみると、なんと、この夏、松阪市歴史民俗資料館に展示されていたというのです。残念!

庭のお稲荷さんの鳥居の奥に、餅をかついだ鬼の石像があるから、見てお帰んなさいと慰められました。

2000 坪の敷地内に建つ建物はまだ修復と復原の工事中で外から眺めるしかありません。宣長旧宅のお向かいの“まどゐのやかた”小泉見卓旧宅は今日はお茶会。長谷川邸には上がれないし“まどゐのやかた”は使えないし、一体どこで講演会が行われるのかしらと不思議に思って長谷川邸で尋ねると、あちらですよ。

指差す先は宣長旧宅跡地。

ウォーカー姿の人たちがプリントを手に説明を聞いています。

えっ!立ち通しで聴くの!?  そこへ吉田館長さんがいらっしゃって、春庭さんのお家に上がって講演会をなさるとわかってほっとしました。

講演ははじめに春庭が春村とひだのたすけで切畑へ眼科医を訪ねた卯月末の雨の模様が取り上げられました。

阿保越え、伊賀の国、七見峠、阿保の村村…雀が「やちまた」で地図を広げて読んだ箇所です。

郭公の鳴き声、雨、濡れる旅衣。ぬかるむ山道。春庭は盲目だったことを改めて気づかされました。

それと宣長が60才の時に、失明前の春庭らと鈴鹿探索に歩いたとき宿に帰り着いたのが子の時、就寝は深夜2 時頃だったという箇所も取り上げられ、館長さんは、名張市新田から山添村切幡あたりと、四日市から亀山までの地図をコピーして配られました。

館長さんもまさか名張の雀がその日、それと知らずにやってくるとは思ってはいなかったでしょうね。

日露戦争勝利のお礼に天皇が伊勢においでになったとき、宣長宅保存にと500 円が下賜されたことから、火事の多い松阪市街から宣長旧宅を移転させることとなり、城跡なら安全と決まって、隣に倉庫と事務所を建て庭園を整備して、15500 円余りかかったそうですが、春庭旧宅はおいてきぼりをくっていて今もそのままなんです。

裏に目に立つ大木が2 本あって、1 本は銀杏とわかりますが、樹皮が美しく滑らかなもう1 本は何の木かしらと皆で首をかしげていると、館長さんが「おがたまの木です」。

招霊木?庭木に?

古今伝授三木の一とか。花に芳香があるそうで、あぁ今年もこの匂いがと春庭は思って暮らしたのでしょうか。

宣長記念館には盲学校の先生が生徒を引率して訪ねてこられることがあり、時間の許す限り、離れた春庭旧宅も寄っていただくんだそうです。

宣長宅と春庭宅がどうつながっていたのかがわかると、宣長宅と春庭宅のつくりの違いと併せて、宣長と春庭についてもっとよく理解できますよね。   名張の囀雀

 

* 長谷川邸の「餅かつぎの鬼」が蓋重ねの大きな鏡餅をかついだ写真も添っていて、これ、面白い。写真を美味く機械で処理できなくて残念。

 

* 東京でない日本の地に根付いた文化行事や勉強や関心のありようが、手に取るように見えてくる。心温かい「たより」である、ずいぶん長いけれども。

 

* 日々に頂くメールによっては、丁寧語ではあってもちょっと取り澄まして、温かみの抜けた、何というか吐露・述懐という妙味に乏しい奇妙に乾いて堅苦しいものもまじる。ごく日常的な平凡な視線でも言葉でもよく、おのずから自分を吐露し述懐しながら、こっちへも「お元気ですか」と呼びかけてくれる「ことば」の優しみ。

なんでもないようで、難しいのかも知れない。メールは難しい文藝のひとつである。

2014 10・9 156

 

 

☆ きれいなコピーをつくれませんので

本体(私家版『畜生塚・此の世』)をお送りします。

雨もりに役立つのは ブルーシート。修理がすむまで、継ぎの風雨にそなえて砂袋をつくり、重りにします。内部はドライヤーが役立ちます。

ブルーシート・砂袋共 DIY みたいな店にあります。 ただ体が動くかが問題。

お気をつけて。無理はききませんから。  沙

 

* 心のこもったご親切に、深く深く感謝。創作しているが見つからない最初の私家版『畜生塚・此の世』。手元に一冊も無くなっては残念と歎いていた。大学専攻の同窓、温かな心遣いにただ頭を垂れている。ありがとう。身を寄せたたくさんな親切に包まれて暮らしているのだと思う。

「ブルーシート」という言葉も、あの豪雨被害のさなかにも後にも思い出せずに、ただもう「あれが」「あれが必要」と思いながら、建日子から上のような具体的な示唆が得られないかとSOS発信したことであった。

いま業者に手を掛けて貰っているのも、取り敢えずは「ブルーシート」でいわば「患部」を覆ったらしい。根本治療は猛烈な颱風がともあれ去ってからと。

 

☆ 秦恒平さん

珠玉の選集第二巻を有難く頂戴いたしました。光栄にも存じます。

とりあえず『清経入水』を拝読しました。

秦文学からは離れますが 清経が 緒方家と結ばれたとの現地伝承があります。(以下略)  名大名誉教授 山下宏明

 

* 「緒方家」とは、平家一門を九州から海上へ追い落とした緒方惟義らの勢力。清経はひとつにはそれを理由に前途を見失って入水したと平家物語は口を揃えている。それゆえに、山下先生の上の耳打ちに仰天の思いでいる。小説はいくらも可能性に包まれてある。調べてみたくなった。

 

* 昨日は大阪の東野美智子さんから豪勢に重い「とらや」の菓子が届いた。このたび藍綬褒章をうけるという、永年「人権」のために働いてきたとか。この人は、もともと祇園の茶屋に生まれて聞こえた藝達者、弥栄中学茶道部の頃は、先輩で大学生だったわたしから茶の湯を習っていた。卒業すればあたりまえのように祇園の妓として生きる前途であったが、外へ出て成人したい、祇園を離れたいと熱心な相談を受けた。どんな力に成れたとも覚束ないが心から激励し、結果、敢然と遊廓のくらしから離れて、大阪で高校、大学を終え、結婚もし、教師になり、かたわら短歌や繪手紙などの趣味と、人のため社会的役割の人生を歩んできた。藍綬褒章がどんなものかにわたしは疎いけれど、彼女の努力と邁進とが報われたのであろう、おめでとう。

 

* 今朝は、四国の読者岡部洋子さんから、またやはり弥栄中学のころの同級生内田豊子さんから、それぞれ要冷蔵のご馳走を頂戴した。恐れ入ります。

2014 10・10 156

 

 

☆ お元気ですか、みづうみ。

火曜日の台風で書庫の被害が大きくなりませんように。ご無理なさいませんように。

秋  日の当る縁に汲む茶も秋の色  大谷句佛

2014 10・11 156

 

 

☆ : 雨の音を聴くのは

私も好きです。殊に夜。明るい月夜も佳いけれど、雨音を一人で聴けば心も静まってくるようですし、闇の中に二人いて、柔らかな雨を遠く聞くのも、打ち付けるような音に掻き立てられていくのも、また。

『京のひる寝』、文字の上ではあるけれど、あなたの「好い場」をゆっくりと案内して下さって有難うございました。

「あやつり春風馬堤曲」の朋子が屋上から鴨東の町を見たのもホテルフジタだったのかなぁ、なんて思いながら読みました。

雨音も次第に強まってきました。

嵐の夜ですね。    蕪

 

* 熟睡が、眼には何より。熟睡したい。

2014 10・13 156

 

 

☆ 台風は

高速で日本を駆け抜けましたね。シンガポールには台風も地震もありませんが、今はスマトラの焼畑農業の影響で青空はなかなか見られません。

歩き始めた一歳一ヶ月の孫が今しがたやっと眠りました。世話するわたしも眠くなります。

お父様の「カステラ」の歌、懐かしいでしょう。カステラの他、色々な味わいがあって、ほのぼの。関西弁だと更に違う味わいも。

鴉が、視力とメガネで苦労されているのを知るだけに、鳶は何だか済まない気持ちになります。白内障の手術の結果、近距離はよく見え、本を読むのにメガネは不要、目の疲れも稀です。

娘が第二子を妊娠、仕事と悪阻で大変。いくらかの手助けをしています。

どうぞお身体大切に大切に。  シンガポールの鳶

 

* 「おばあさん」に熱心なのを祝い、昔、秦の父がよく歌ってくれた「おじーさん おじーさん」という唄を「オバーサン」に置き換えて送った。

オバーサン オバーサン アナタノメガネデ モノミルト

モノガ オーキク ミエマスネ

ソンナラ かすてら キルトキハ

メーガネ ハズシテ クダサイナ

鳶のめがねは、いかが。お元気ですか。 日本の鴉

 

☆ 郵便届きました。

濡れることなく大変きれいな状態です。ご安心くださいませ。

みづうみの貴重な原稿類を前にして、嬉しくて、ただいまアドレナリン全開状態なんです。

それにしても、私家版の『畜生塚 此の世』 美しいご本ですね。奥さまの繪もセンスが良くて、素人の域を脱していらっしゃいます。

今までたくさんのご本を出版していらしたみづうみですが、事の初めからみづうみはみづうみでいらした。最初の一冊からみづうみの書物への愛、文藝への愛がひしひしと感じられます。みづうみの長い文学生活の中で、作品の藝術的香気から装丁に至るまで、一冊たりとも完璧でないご本のないことに、深い感動をおぼえます。

校異作業をいつくらいまでに仕上げてほしいというご希望がございましたら、可能がどうかは別にしてお教えいただければと存じます。

また、『畜生塚 此の世』の中に一枚だけ、みづうみの生原稿がまぎれて入っていました。必要な原稿なのではございませんか?   もし不明の一枚ですと困りますので返送させていただきます。こちらもご指示くださいませ。

それともあえてプレゼントしてくださった直筆原稿なのでしょうか?  栗  栗飯や世になき父の誕生日 志恵子

* 「校異」 傘をさして元気にわらう頃には見当が付いていたら有り難いですね。日限をきる気はないのですが、めどを立ててないと難しい仕事だけに手がつかないかも知れないし。ま、絶対に他所で手に入らないのは「畜生塚・」此の世」原本①に直かに「手入れ推敲」している原本②だけ。その後の「新潮」初出稿③以降、「全集」稿④、「湖の本」稿⑤、「選集」稿⑥は、誰にでも探し出せますから。①②③の校異が出来れば、そのあとには決定的な直しは、ま、無かろうと思っています。

手書きの原稿用紙一枚が挟まっているのは分かっています。いずれ、何か関連しているのだろうと思います。返却には及びません。

捜している原本①はまだ見当たりません。大学時代の親友が永く手持ちの一冊をすばやく送ってくれました親切に感謝のことばも無いほどです。①のコピーは、その親切が可能にしてくれました。

2014 10・15 156

 

 

☆ 富士に初雪が

積もったそうです。ニュースを聞いたのは、『富士山の文学』が面白いと書いてらしたことなど思い出しながらで、ただもう、忙しくしていました。

金曜夕方に転倒、腫れた右腕を氷で冷やし、「なんて間が悪いんだろう」と思いつつ、機械なども左手で。

今日一日湿布して、腫れは綺麗にひきました。ご安心下さい。 蕪

 

* 西武で京都名匠会をやるという宣伝を電車で見ていた。むかしは互匠会といい、よく出掛けて「京都」を味わった。小説『慈子』の幕切れに互匠会を利用したのを思い出す。小説『畜生塚』で町子が截金の作を出したのは洛北鷹峰光悦寺での互匠会だった。

しきりに京都が懐かしい、恋しいほどに。しかし京都まで新幹線には乗れても、願うままには自在にとても歩けそうにない。すこし気弱になっているか。

2014 10・18 156

 

 

☆ おめでとうございます。

記憶どうりに、失せものが出てくるのなんて。ちかごろ私は、人から、記憶の危うさを指摘されて、いっそうもやもやしていますので。さぞやすっきりなさいましたでしょう。

なにか捨てることができると大仕事をすませた気分になります。でも、ちっともかたずいた様子にならずつぎつぎと、ものが湧き出してきます。もうすこしこだわらずにすごしたい!        とんぼ

 

* ヒトも、モノも、コトも、生涯捜し物をしているのかなと歎きますが、見つけたい相手が見つかると、やはり、ほっとします。

 

☆ お元気ですか。

大事な私家版が見つかってほんとうによかったですね。

ただいま、長いメールを書いているところですが、なかなか仕上がりません。秦恒平論のようなものです。

過労なさいませんように。   米   新米の炊き上りたるうすみどり  鳳子

 

☆ 名匠会 覗いてきました。

いづうの鯖でも、鯖は苦手なんです。で、名匠会では鯖寿司でなく、丹後とり松のばらずしを買おうかと見てみたら、此方にも鯖が…。

お昼に、東口の公園側で、パテやら仔牛のクリーム煮やらフランス料理をたっぷり食べてしまったので、あまり食欲が湧かず、京都弁の飛び交い、香の薫る会場で、京人形やら嵩山堂の文具等見てきました。

明日の朝は、井六園の抹茶を使ったパンを頂きます。

食欲、回復なさるといいですね。  蕪

 

* 「鯖の道」を通って京都へはいる鯖は、美味しかった。若い頃、鯖はイヤ、背の青い魚はシヤだったが、老境とみに背青の魚を鮓でも好んで食べるようになった。味の淡泊なモノはまた口に感触がのこりにくい。劇場ではよく鯖鮓を買う。

2014 10・19 156

 

 

* 元文春の寺田英視さん、電話で「選集③」の着を告げ、これぞ読書の醍醐味ですねえと。しばらく歓談。歯のおかげで、電話口では一段と話しづらい。

2014 10・20 156

 

 

☆ 前略

私家版で非売品の『秦恒平選集第三巻』を御恵贈にあずかり、誠に恐縮至極に存じました。心から厚く御礼申上げます。

「第三巻刊行に際して」をまず拝読致しまして、当時なお稀であった「不倫」の愛の真実を世に問われた、作家としての果敢さに、又「第四巻予定」では、京都の東山で育たれた精到な御回想、京都を離れても京都からものを見、批評しているという御述懐に、かつて大学で学んだドイツ語のUrheimst( 原郷という言葉を思い出し、感銘致しました。

どうぞ呉々も御体調に留意され、さらに「仕事」と「歌舞伎」と「酒」を楽しまれますよう、心からお祈り申上げます。

右、取急ぎ御礼まで。草々不一   元「新潮」編集長

 

☆ 『秦恒平選集第三巻』を

拝受いたしました。ご病身で「湖の本」を定期刊行なさり、さらに新作をお書きになりながらのこの選集の定期の発行には、頭が下がります。

『慈子=斎王譜』に出会ったのは、もう四十年も昔、いままたこの堅牢豪華な選集でまみえることの出来た不思議を感謝いたしております。

朝夕冷えこむようになりました。どうぞお身体お大切になさって下さい。10/20  元「群像」編集長

 

☆  前略

「秦恒平選集第三巻」頂戴。

ありがとうございます。  島尾伸三  作家・写真家

 

☆ 冠省

御活躍の御事 洵にご同慶の至りに存じます。

このたびは『秦恒平選集』の第二巻の御恵投に与りましてうれしく御礼を申し上げます。一五○部という限られた数の中の一人に加えて頂きましたのは光栄の至りです。 装丁・造本に工夫が凝らされ、立派な布製の造り、活字の大きさ組み方、すべてに心にくいばかりでありました。こうして選集を刊行されることの業績もさることながら、企画そのものが仲々出来ないことを思いますと、讃嘆と敬意の思いです。

「清経入水」はすでに拝読しておりましたが、あらためて拝読し、更に「雲居寺跡=初恋」と読み進みまして 秦恒平の世界にひきこまれました。

「風の奏で=寂光平家」になりまして、この世界は誰にも思い及ばない解釈と美学によるものと感服致しました。

「絵巻」は新しい視点に教えられるところ大なるものがありました。

また「湖の本」を継続して刊行されていることにも敬意を表します。こうした試みは世界に類がないのではないかと思います。書棚にずらりと並んでいる「湖の本」を眺めながら ときおり 何かと参考にさせて頂いております。

それにしても 有り余る才と情熱にただただ感嘆するばかりです。

益々の御健筆をと念じます。

まことに失礼ですが、『秦恒平選集』の御出版をお祝いし、些少ですが気持ばかりのものを送らせて頂きます。

気候不順の折柄 御身おいとい下さいますようにと念じ 先ずは御礼まで。  葉山修平  作家

 

* お志、痛み入ります。

 

☆ 選集第三巻

本日頂戴いたしました。えも言われず美しいご本を手にとり、本読む人間である喜びをひしひしと味わっています。みづうみと同じ時代を生きられるこの幸運、幸福に感謝し続けます。何百回でもありがとうございますと、申し上げます。

発送作業のお疲れが早くとれますように。

「夕鶴」のつうのようにならないでくださいませ。心配しているのです。

みづうみ、お元気ですか。    茸   取り敢えず松茸飯を焚くとせん  虚子

 

* 去年の今頃はまだ「選集」は瀦にもついてなかった。よもや今日只今にもう「第三巻」が出せるなど夢にも思ってなかった。妻の協力、ありがたい読者らのお力添え、凸版印刷関係者のご尽力はもとより、あるいは私の創りだしてきた作中主人公たちの、幽明境をことにしての応援も有ってかと頭を垂れる。第五巻に予定の『冬祭り』をいましも読み進んでいると、ひしひしとそんな気がする。これは、あくまで騒壇餘人の仕事である。

2014 10・21 156

 

 

☆ 選集第三巻

有り難うございます。本当に嬉しく。

お写真、学生時代、こんなお顔だったのですね。

「刊行に際して」が印刷日より後になっているのを見て、「あ。」と思いました。慈子の誕生日ですね。

ご本、大切にします。

お風呂では、ゲラに限らず、事故のないように十分お気をつけ下さい。ほんとうに。

ではでは。  蕪

 

* 跋の日付は、学生の頃、妻(になる人と)と大文字山に二人で登って、大きな比叡を観た日。

2014 10・21 156

 

 

* 川崎の近藤さんから電話で、実費と送料を支払うから、「選集①②」に残部があればぜひ欲しいと。「湖の本購読申込み第一番」の久しいありがたい読者。感謝。

 

☆ ありがとうございます。

先ほど選集第三巻を頂戴しました

ありがとうございます

つくづく幸せ者だと感じています

お二人の疲れや痛みが少しでも早く退きますようにお祈りします

どうぞお大事になさってください   下関市  碧

 

* 電話をもらっていた寺田英視さんから、鼈スープが一ダースも贈られてきた。恐縮。

 

* 国文学研究資料館の今西館長、城西大理事長・学長でペン会員水田宗子さん、作家瀬戸内寂聴さん、お茶の水女子大図書館の鷹野景子館長からも、「選集③」受領の礼状が来ていた。

2014 10・22 156

 

 

☆ 新しい小説を二つ

並行して執筆中とは、気力に恐れいります。一生小説家やなぁ。

今の私は何にも手付かずの宙ぶらりんで、週一のバドミントンならぬババミントンに出かけるのを気分転換としています。

予定通り12月には(新築の元の場所へ)戻れそうそうですが…来週初めには、一年半振りに京都で楽しんでくる予定。

混雑を避けて紅葉にはまだ早い時期を選び、観光は一切ございません。

車椅子などと仲良くならない様に、脚力を付ける努力もお忘れなく。   泉

 

* 京都の話を聴くと、少なからず胸がきしむ。菩提寺の住職が代わられたと聞いても、挨拶にも行けない。

2014 10・22 156

 

 

* 今晩は望月太左衛さんの鼓楽会に招待されていて、銀座の時事通信ホールへ行く気でいたが、雨と添えとに用心して失礼した。雨で郵便局へも走らなかった。明日からは通常の仕事へ戻れる。土曜には、梅若万三郎の「通小町」に招かれているが、目が見えるかどうか、心配。

先生にはせいぜい出歩かれるようにと奨められている。脚力をと。このところ、朝はやにきまって左脚が攣りついで右脚が攣る。ひところほど耐え難いきつい痛みではないが、かなり痛い。仕方なく立って廊下を歩いて回復させている。

手術前には、隅田川の大橋をみな歩いて渡るという目当てで出歩いたが、そういうのを工夫したい。下町に行くと、思いも懸けない家なみに挟まれて小さな祠や社が隠れている。ああいうのを写真に撮って歩いたらどうかしらん。ただ、歩きでは校正の仕事など出来ない、電車なら出来るが。この晩年になって、にわかに校正仕事が津浪のように押し寄せるとは。工夫はいろいにしなければならない。

2014 10・22 156

 

 

☆ ご本着きました!

すっかりご無沙汰していますが、お元気ですか?

3巻目、早く出来ましたね!心からお祝い申し上げます!

きっとお忙しかったことと思います。

見事な全集が出来ていくのは、素晴らしい体験だと思います。

これからもますます頑張って下さいね。

どうぞどうぞお大事にして下さい。新しい小説って、楽しみね!

とり急ぎお祝いまで。      琉  義妹

2014 10・23 156

 

 

☆ ご本有り難うございます。

選集第三巻、今日届きました。

ありがとうございます。

私にまでこのような立派なご本を頂戴し、とても嬉しく、大切に読ませていただきます。

朝晩は冷えますが、昼間は秋の空が広がって爽やかな陽気です。

お身体や眼のお具合はいかがですか。

奥様共々お大切にお過ごしください。

ありがとうございました。        みち  秦の母方従妹

2014 10・23 156

 

 

☆ 選集第三巻

ありがとうございます。

驚きとともに 欲が嵩じてきました。

もし第一、二巻も残っておりましたら送って下さい。 野

 

* 同様のご希望が、三人目。叶うかぎりは応えたいが。

 

☆ 秦恒平さま

ありがとうございます。

どうぞよろしくお願いします。

4巻以降も配送いただければ嬉しいです。

どうぞご無理なさらずに末永くお続け下さい。

手先のしびれは首の周囲筋の張り・凝りからくることが

あります。

首の後ろを温湿布すると和らぐかもしれません。

どうぞお大事になさってください。   野

 

 

* 有り難いこと。

 

☆ とんとん秋が

深まっていくようです。あれだけ辛かった酷暑の記憶が遠いものになろうとしています。人間なんていいかげんなものだと思いますが 自然のうつろいはともかく人間の織りなす政治情勢のきびしさ いい加減さには馴れることが出来ません。

『秦恒平選集』第三巻を頂戴いたしました。

決して良好ではないお体の仲での御偉業、粛然と身を正す感じです。心から御尊敬の念を持っております。

私、『慈子』が好きでつい最近湖の本で再読したところです。

私共二人とも足がヨロヨロで駅に行くのがやっとという感じですが お断りするのが下手な夫のせいで、十一月の末、京都は高倉会館という本願寺の研究所のような処に出向く予定が入ってしまい、せっかくの紅葉の頃なのにおつとめを果たすのがやっとという体が残念です。

御夫妻様の御健康を心から念じております。ありがとうございました。   作家 高史明夫人

 

* ありがとう存じます。どうぞお怪我無くお揃いでお大切に。

 

☆ 前略

『秦恒平選集』第三巻有り難く拝掌しました。「畜生塚」「慈子」などなつかしい作品を前にして、すこし興奮しています。

同封のもの、送料のたちに!

どうぞ日々お大切に。  草々   歌人  松坂弘

 

* 感謝申し上げます。

 

☆ 家の

すぐ崖下から、大型マンションが…遠くの山も富士山も見えなくなりました。かろうじて眼の前はよいのですが、なれる迄、苦しそうであります。

映画やテレビの現場で過ごしています。

御本、ありがとうございます。

お身体の具合は如何ですかァ。

わたしの体力は確実に老婆だと痛感しています。折りごとに動かしてはいますが…  映画女優・同窓  原知佐子

 

* 「フランスケーキのような」と憧れた大学生だった。うまい表現ではないが、つまりそれほどキレイだった。

大学へ入学当時、わたしはまだ喫茶店に入ったことがなかった。注文の仕方もわからず、「普通のコーヒー」と言って同窓の連中に笑われた。「フランスケーキ」なんてモノが有るかどうかも知らなかった。

2014 10・24 156

 

 

☆ 秦恒平様

今日=二十三日は霜降です。霜は降りないもののそれなりの陽気です。

第三巻をいただきました。

今回も本を撫で、表題を見つめながら、ブレッシャーがつのる思いです。ほんとうに私の字でよかったのか、と。そして著書のあちこちに私の稚拙なハンコを配してくださっている秦さんのお気持が胸にひびいています。秦さんは、今お体が十分ではない==なぜ会いに来ないのかと思っていらっしゃるかも知れません。ごめんなさい、いろいろありまして。

お体は不自由でも、お気持は元気でいらっしゃる。

さて第三巻に入っている「慈子」は、私にとって思いのある作品です。秦さんが初めて石川県に来られた時、私は長谷川紀代さんの工房にご案内しました。「秦さんはす九谷はおきらいなんだから」という紀代さんのことばを聞きながら、玄関で、立ったまま、文庫本「慈子」にサインをして、お渡しなさいました。私のいただいた文庫本「慈子」は、いろんな人にすすめて、だれかれともなく貸しあたえ、今だにもどってきません。

すみませんついでに、私の秦恒平作品のコレクションのうち、サイン本はおいておき、他の本を小松市立図書館にむ寄贈しました。それというのも、小松に出た折に、たまたぬま出会った人から、「秦先生はお元気でいらっしゃいますか」と声をかけられることが--いまだに時々あるのです。そんな人が手にしてくれることがあったら、という思いからです。

当時のこと、前にお知らせ--もう二十年も前になります--したと思いますが、新聞のコピーを同封しました。いろんな思い出を力に、お作を読みかえしてみます。

『湖の本』121の「私語の刻」で目にした、出久根さんのお手紙のなか、「瀟洒で すっきりとした装幀に しばらく見惚れておりました」というのは六私の表題も含めて、であることを願っています。

最後に、やはり願うことは秦さかのご養生です。

奥様にご無沙汰ご無礼のほどよろしくお伝えください。病気の人はもちろん、病む人を守る人のご苦労もお察し申し上げます。

(変らぬ悪筆と、原稿用紙の使用をおわびします。)

十月二十三日  霜降の日に   井口哲郎  文学研究家・元石川近代文学館長・小松高校長

 

* 平成五年三月六日付 小松高校新聞に書いて頂いた「秦恒平と、二日間」と表題の井口さんの一文が添えられていた、むろん以前に拝読していた。「読書会は、講師(=秦)の話を中心に展開された。『閨秀』は、上村松園を主人公にした小説である。講師は、まるで手品師が種明かしをするように、捜索の手の内を披露した。参加者は七十人あまり、母親委員の前宣伝もあって、今回に限って、会長はじめ何人かの父親や、他の高校の母親委員の姿もみえた」と傍線してあり、懐かしく想い出した。

 

☆ 前略

このたびはまたまた『秦恒平選集第三巻』を賜りまことにありがとうございます。美事な出来栄えもちろんですが、驚異的な製作ペースに本当にびっくりします。このペースでつくれる編集者はどの会社にもいないでしょう。少々ゆとりができて「選集①」を読み始めたのですが、終わらないうちに二册たまってしまいました。

くれぐれもお体ムリなさらないでください。   青田吉正  元中公新書編集者 随筆家

 

 

☆ 御本

秦先生  思いがけない御本を頂戴しました.

突然のことで驚いています.私が受け取ってよいのでしょうか?

シリアルナンバーまで振ってあって,ますますそう思います.

ホームページを読みました.郵便局に何往復もされたのですか.

そこまでしてお贈りいただいたのですね.

 

どこか静かなところで,手をよく洗ってから,読みたいと思います.

 

元気かと問われたら…

健康です.

 

先生は,お元気でいてください.

 

器械でお困りのご様子,なんとか間に合うように伺えればと思いますが,お約束できるようになったところで,連絡します.

(また突然にお邪魔するかもしれません.)  逸

 

☆ お礼

秦恒平さま

『秦恒平選集』第三巻が届きました。ありがとうございます。

来年3月で定年なのですが、インドネシア出張など雑務が続いています。

一方で、現在の文科省の動きに危なさを強く感じています。しかし、大学はいかに文科省に予算を増やしてもらえるかという点しか関心がありません。

ちょうど良い時期に定年になるのかもしれません。論文執筆では、今後も問題点を書き続けます。

秦さんも、お体に十分お気を付けください。  仏教大学教授  英

 

 

☆ 御高著 拝受しました。

秦恒平様

このたびは、またまた『秦恒平選集第3 巻』をご恵投たまわり、厚く御礼を申し上げます。

香気ある日本語が消え失せていくなかにあって、こういうご本を出版されるお志につくづく感服する次第です。

変わりやすい候、ご自愛を祈り上げつつ、一言御礼のみにて。  作家 東京経済大学教授  通

 

☆ 秦恒平様

全集第三巻ご上梓

おめでとうございます !

体調の大変なときにも 常に意欲を持たれ その意志の強さに感動しています。

どうぞこれからも独自の世界を書き続けて下さい。  琉美子  義妹

 

* いもうとから、嬉しく有難い「お祝い」を過分に貰った。いつもいつも励ましてくれて、ありがとう。

 

☆ 秦先生

昨日は、①読者にすぎない私に、「秦恒平選集第三巻」をご恵贈下さいまして、有難うございました。

装幀も素晴らしく、上品な色調の函には奥様を、表紙の重厚な質感には先生ご自身を感じました。

大切に手もとに置かせていただき、読ませていただきたいと思います。

ご夫妻の お健やかな日々をお祈りして。   ユウコ  練馬区

 

* 神戸の岡田さんから手作りの綺麗な吊し柿を頂戴した。みごとな紅葉に「柿姫参上」と白く書き添えて二葉が美しい。感謝。「和歌大辞典」で押し葉にしよう。

京都の作家澤田ふじ子さんに、大阪「神宗」の名だたる塩昆布を戴く。感謝。

 

☆ 選集第三巻 届きました。

ありがとうございました。(この払い込み=)お二人で、ネギラッテ下さい。

改めてお礼のメールを送ります。 早々  京・東山  華

 

* 高校茶道部を多年育ててくれた。感謝している。

 

* 各務原の山中以都子さん、名酒「三千盛」二升下さる。金澤の松田章一・左葉子さん、石川の名酒下さる。感謝。

 

☆ 遠様

早秋も深まり霜降とか、京都はこれから本番です。

選集第3巻を、限定部数にかかわらず、お送り頂き光栄です。

ページを開けたら思わず感動! 凛とした姿がさすがに一味違います。私がまだ知らない頃の写真でしたね、楽しみにゆっくり2階で拝読します。涙がでるほど懐かしいです。

体調を心配してましたが、思い存分仕事をされてます様で何よりですが、体の事も考えて調整して下さいませ、心配です。

日々楽しんでお過ごし下さい、心ばかり送金しました。お二人で、労をねぎらって下さいませ。

初期の頃の本は、生協の書籍係が同志社の卒業生で、出版される度にもって来て、購入していました。図書館でも購入してもらっていました。

一昨日メールを送りましたが帰っ来ましたので携帯から送ります。まだまだお話ししたいけど、携帯からは大変です、先に遠様からのお礼が届きまして!!    華

2014 10・25 156

 

 

☆ 秦恒平様

 

ご本をお贈りくださり、ありがとうございました。

こころ静かに本の中に引き入れられるような装丁もすばらしく、秦さんの美しい日本語に身をゆだねる贅沢を味わいたいと思います。限定150 部に私を入れていただき、身に余る光栄です。

身内の愛を問うた作というお言葉が、胸を突きました。

今このときに、ご本をいただいたことの巡り合わせを感じています。

年明け、兄が体調不良で会社を休んだ末、救急搬送され、転移の進んだ末期の大腸がんが判明しました。

このまま亡くなる可能性がある、という診断書が出ました。

(中略)

その兄が、入院中の病床で、

「俺は愛されているんだと初めてわかった」と言ったそうです。

(中略)

 

長くなりましたが、「身内の愛」という言葉にあふれ出るものがありました。もっともっともっと心の中にはいろいろなことが渦巻いています。

どうぞお体お大事にお過ごしください。

このたびはありがとうございました。   堂

 

 

* この人、「身内」を血縁と同義にとっているらしい。むろんそれでも構わない。ただわたしの謂う「身内」「真の身内」とは、血縁などを超えたかかわり、自分独りしか立てない嶮しく孤独な実存の小島に、奇蹟のように他の何人もと倶に立ち得ている「高貴な錯覚」を信じるかどうかを問うもの。

 

☆ おはようございます。

仕事無事に終わり、昨夜は家族と外で久しぶりにゆっくり食事してきました。

父の作った瀬戸ジャイアンツが二箱届きました。

私の留守に届いて娘が開封もしていて失礼ですが、ご迷惑でなければ、一箱( 三房) お送りしようかと思っています。

如何でしょうか。  岡山  瀬

 

* ややアイサツに窮する。恐縮。

 

* いたく疲労溜まり、眼も霞んで、とても能を二番も観にゆける体調でなくなった。大事の会に見所で粗相があってはいけないので、残念だが、失礼する。要「校正」の仕事も溜まってしまっているが、ほおっと放心し休息したい気持ち。

 

☆ 久し振りに

滋賀の鮒寿司を送ってみます。

お酒もあったほうがよいかと思い御前酒のナイン(当主の姉が岡山で初の杜氏になって仲間9 人で造ったお酒とのこと)というのを少し送ります。お酒は11月になるとすぐくらいに着く予定です。  岡山  玄

 

* 恐れ入ります。美味い肴、美味い酒。至福です。

 

☆ お大切な選集

ありがとうございます。

「畜生塚」を原型のように、あとの小説、はじめて、まとめて読ませていただきました。言葉を駆使して、あらゆることを可能にされるのでは、と思ってしまいます。

若いころに読んだ時、主人公の、何に対しての不倫か、という、そのころは今ほど不倫という言葉は使われていませんで、今になっては、消えそうな、言葉ですが、芯のところで、キリスト教でいわれる原罪のようなものに、いきつくか、といったことを考えました。そのころは、音楽の演奏についても、自分を、伝えたいなら、確かな芯がいるのでは、と思っていたので。

いまは少し違いますよ。    よいほうに、変わったのならいいのですが。

お元気で。          柿

2014 10・26 156

 

 

* 金澤の金田小夜子さん、桐箱純米大吟醸「能登誉」を下さる。感謝。

神戸の岡田昌也さん、「柿姫参上」に添えたお手紙が美味しい柿のしたから現れ、恐縮。

 

☆ 秦恒平先生

選集第三巻拝受。あの、えもいわれぬ香気に充ちた今集、好ましき限り。ありがたき幸せ。

狭庭の西条柿、手づくり 少しのみお届け申し上げます。 お口に合えばうれしく存じます。

何卒お体ご大切にと念じ上げつつ  不尽いただ    (西条頌)

柿四十剥きて軒端に吊しけりわが秘儀ひとつ成し了ふるごと

陽に干せば甘柿よりも甘くなる渋柿なれど君は好むや

陽に干せば甘柿よりも甘くなる渋柿こそは柿の中の柿 柿の中の姫

 

返し

渋々とひとに読まるるわが筆のあやからましを西条の渋柿  遠

 

* じつにうまい甘い柿でした。遠慮深い妻が、率先手を出していました。

 

☆ いつも

お心遣いを下さいまして、有難うございます。

昨夕、父の作りました葡萄が届きましたので、今日一箱お送りしました。

不器用な私が詰め直し、紐をかけたので見苦しくもなっていて大変失礼なんですが、お口に合いましたら嬉しいです。

同封しましたもの、少しでも選集刊行のお役に立てばと思います。

どうぞ、くれぐれもお体を大切になさって下さい。

案じています。  瀬戸

 

* 恐縮です。感謝。

すばらしい葡萄を三房も頂戴し、さらに選集刊行への支援を戴いた。ありがとう存じます。

 

* たって一、二巻の残部を希望してこられた三人の方へもお送りした。今が、旬というもの、今おとどけするのが本のためにも喜ばしく、しいて手元に残そうと思わない。

 

* 石川の名だたる名酒「手取川」を下さった松田左葉子(さようし)さんのお手紙。

 

☆ 拝呈

「秦恒平選集」第三巻を御恵贈頂き、厚く御礼申上げます。

お酒のことよみましたので、加賀の酒を送ります。お体にはわらぬようお召し上り下さい。

続左葉子通信というのは、小生の月刊通信ですが、今号にちょっとに記録をのせさせて頂きましたので、お送りいたします 御笑納下さい。(勤めていた時は左葉子通信でした。

心よりお大事にと祈っております。  左葉子こと  松田章一  劇作家

 

☆ 秦恒平さま

貴重な第三集をお贈りいただき誠に有り難うございます。

こういうとき、何でお礼の気持ちをお伝えすれば良いのか、私には良い思案が浮かびません。

せめて、この御本を繰りながらの想いを書かせていただきます。

京都東山界隈を舞台の御作品を初めて読ませていただいたとき、私は作品の主人公の近くを歩いている自分を感じました。

今も紙面から小説の舞台が生き生きと浮かび上がってきて動き出し、その中を少女の自分が歩き出します。

河原町五条から市電に乗って同志社前まで通っていた私は、どこかで主人公たちとすれちがっていたのではないか?

公楽会館前の停留所には私も立っているのではないか?

泉涌寺にも祇園にも四条河原町にも五条の蒲鉾屋さんの前にも、私は現れる。

もしかしたら私もこの物語の構成員ではないのかしら。

そんな幻想に楽しく懐かしく入り込めるのです。

こんなに長く便り(メール)を交わして居りますのに、私は秦様にまだ一度もお目にかかっていません。

そして、もうここまできたらお会いする必要はない、というより、お会いしないままの方がいいなと思っています。

だって、もう大昔から秦様の小説世界ではお知り合いなんですもの。

そんなことを考えながら、昨日は車を運転して落合川をわたりました。

もう落合川べりを自転車でお走りになることもないのでしょうか。

この先も、どうかお付き合いよろしくお願い致します。

2014/10/27      藤  中学高校同窓生の夫人

 

* この東山区のま真ん中で育った人に『冬祭り』を読んでもらえる日が楽しみだ。

 

* しばらくぶりに歯医者へ。湖の本121『京のひる寝』が面白かったと娘のような女先生。お土産に、長野小布施産特級、みごとな大粒の栗を一キロも袋に入れて頂いた。去年も戴いた。感謝。

帰りに「リヨン」で晩餐、二種類の赤ワインが美味く、フレンチをしみじみ前菜からデザート・珈琲まで楽しんだ。

家に帰ったら、留守に、どさっといろんな郵便物や頂き物がきていた。岡山のすばらしい葡萄、瀬戸ジャイアンツ。また有元さんからいつもお心入れのじつに味良い近江の特製「鮒鮨」も。有り難う存じます。

2014 10 27 156

 

 

☆ 雲一つない秋天、

ブルーの透明な空、わけもなくうれしい朝です。

昨日は、選集第三巻 ご恵与にあずかり ありがとうございました。

最も思い出深い作品がこの巻に集中して納められ 開封時 頁をめくり乍ら 心の奥の深いところ、しめつけられる感慨を覚えました。

当初の冊子、湖の本ではなく これからは ゆっくり この選集の布表紙の感触を手に覚えながら 読ませて頂きます。

季節の推移 お体 どうぞお大切に  神無月二十四日  宮  高校・大学の同窓生

 

* 「第三巻出版に お祝 の お花」を添えて貰っていた。感謝します。この人にはわたしの作への独特の評価があって、おそらくは第三巻にならんだ作以外は不要なのかもしれない。そういう読者もいて、それなりに有り難い。たぶん死ぬまでくりかえしこの巻を読み返してくれることだろう。

 

☆ 「秦恒平選集」第三巻 嬉しく

有難く拝受いたしました。心よりあつくお礼を申し上げます。ありがとうございました。

先だって、平成知新館で「京へのいざない」を観てまいりました。京の底力、奥深さを あらためて知らされたひとときでありました。

天変地異の覆いこの國で、よくぞこれだけの寶ものが残ったものよと、ため息ももれました。

別便にて美濃の秋の味を少しばかりお送り致しました。

先生、奥様

お二人のおすこやかな日々を心よりお祈り申し上げます。  都  詩人

 

☆ 前略

第三巻を一昨日頂戴いたしました。

先生の新しい御本も楽しみです。

かつて 感謝して生きなさいと お別れの前に(亡き=)主人に言われました。

近年 漸く「感謝する」事の深い意味が理解出来るようになり 年を重ねる喜びを感じています。

先生、奥様 本当にありがとうございます。 少しでもお元気で。  近江湖南  敬

 

☆ 拝復

このたびは『秦恒平選集 第三巻』をご恵送賜り、誠に有難うございました、矢継ぎ早のご刊行、慶賀に存じます。

「慈子」「隠沼」「畜生塚」、親しみ深い作品を再読させていただきます。

「久しく京都を見ないと、恋しいほどあこがれています。」との、あとがき。御所の仲立売御門の向かいで生まれた私にはとてもよくわかります。

三年間、入退院を繰り返されてとのこと、御身、ご大切になさって下さい。 草々  田中励儀  同志社大教授

 

☆ このたびは

「秦恒平選集第三巻」をお届けくださり ご厚情誠にありがとう存じます 「慈子=斎王譜」に心惹かれて何回も読み返したことが思い返されます。 決してすらすらと読んだわけではなく、ゆきつもどりつしながら時間をかけて読んだのでした。

すばる26号に「誘惑」が載っているのですが、久しぶりに開いてみたら 高校時代の生徒だった小野繪里のカットがあることに気がつきました。秦さんの作品に彼女のカットが使われていて嬉しく思いました。

荷造りお運搬に精力を使い果たされたことが日記からも察しられ お疲れが出なければいいがと案じています 天候も不順なようですので、どうぞお大切になさってください。

ありがとうございました。  吉備の人

 

* 小野繪里さんの父は小野繪麻 母は小野二三、ともに岡山で活動した指導力に富んだ画家だった。すばるの「誘惑」は苦辛の作だったなと懐かしい。吉備の人、今日、近江の「鮒ずし」を送ってきて下さった。明日は酒がひとしお美味いぞ。有り難う存じます。

 

☆ 今日

先生の選集第三巻が郵送されてまいりました。ありがとうございました。

先生の選集を手にしますと 想いの深さに うらうちされた 清楚で落ち着きのあるその仕様に感じいってしまいます。

(書き進んでいる)作品の歓声が近いとのこと 楽しみにしています。 今治  年  元図書館長

 

☆ 気がかりだった台風も去り、

好天秋日がつづくようになりました。

このたびは、御著を頂戴して誠に有難うございました。こんなに立派な御本で、宛名書きまで、御本人とは、心痛むばかりです。東海の魚族といわれていた犬吠埼育ちの身には殊更、今回の京都文化の厚みに羨望を覚えるばかりです。

おからだ呉々もおいとい下さいますよう。御礼のみ。   講談社役員  徳

 

☆ 秦恒平さま

秋も深まり ご多忙のご様子 案じながらも嬉しく思っております。

ご無沙汰している内にもう選集の三巻が送られてきてびっくりいたしました 本当にありがとうございました。

頁をめくると 何十年も前に夢中で読んだタイトルが並び ああ懐かしい! と声を上げました。 私も年をとったのだなーと思い 先生のお元気な様子をHPで読みながら感慨を新たにしております。

同封の会報のように 「金澤夢二會」を復活させるのに奔走し ようやく一息ついた所でした。地道に活動していきますので 今後ともご指導願います。

近日仲に 能登のお酒「能登誉」一本届くと思いますので 又 ご賞味下さいませ。

お礼と ご案内まで。   小夜  作家

 

* わたしの此のホームページの中の 「E-文藝館・湖」に、この人の夢二を書いた作が収録してある。

 

☆ 東福寺栗棘庵の縁側から

制服のない日吉ヶ丘高校の生徒さん等が坂をのぼって登校して行くのを、自由でイイなあとうらめしく眺めていました。(=昔)

それが (選集③の口絵で= )凛とした制服姿で。ステキです。

美しい日本語、美しい本、美しい若いお姿。有り難う存じます。  東近江市  民  作家

 

☆ 第三巻の発刊

おめでとうございます。まっ先に「慈子=斎王譜」の頁を開きました。私が初めて先生のご本を知った思い出深い小説です。何とも言えない喜びに浸っております。本当にありがたい幸せでいっぱいです。

新しい小説も、また楽しみにお待ちしております。

どうぞますますお大事になさってくださいませ。  静岡市  鳥

 

* 過分のご支援を何人もの方に頂戴している。恐れ入ります、有り難う存じます。

 

☆ 秦先生

「『秦恒平選集』第三巻」落掌。ありがとうございます。その前に第二巻も頂戴、『湖の本』120 、121 も拝受しながら、音沙汰なしで申し訳ありません。

何というか…。言い訳がましいですが、それぞれをいただくたびに、色々と書きたいことがあふれるので、まとまった文章にしようと思うと、肩に力が入ってしまって先送りにしてしまう悪循環です。御礼のメールを送っていないのが気になればなるほど、余計にプレッシャーがかかって、キーボードを叩くのが先延ばしに…という次第。

特に「湖の本」120 は小紙への連載も収録していただいているだけに尚更…。

やはり言い訳がましいですね。

本来なら、

最低でも葉書、普通なら和紙に毛筆で御礼状をしたためるのが当然ですのに、大事なことを後回しにしてしまう悪い癖は死ぬまで治らないのかもしれません。

あらためてメールでの失礼、ご容赦いただければ幸いです。

 

ちなみに三巻収録の「慈子」は高校生のときに集英社文庫(なんと定価180円)で買いました。初めて読んだ先生の作品です。

そのときは、当たり前のことですが、こんなメールを送信させていただくことは想像もしてませんでした。

(メールについては想像以前のことですが)

それにしても『選集』を函から出して開くと、紙の香りでもない、まさに本の香りがして、「作家の文章」というのは、情報以上の大きな何かがあるという当たり前のことを再認識します。

そして読み進めていきますと、

小説というのは、神さまに選ばれた人間にしか生み出せないという、従来からの自分の確信を裏付けられる気がします。

少なくとも自分は神さまには選ばれていないということは大学生のときには痛感しておりました。

別に小説を書いたことがあるわけではないのですが、自分には小説の世界を構築するための大事なものが欠けているのはわかります。

まず、書こうという気がないことはさておき、嘘でも真でもない「物語」以前の言葉の羅列しかできない自分しか想像できないのです。

哲学概論的の認識論の考察のひとつを敷衍すると、言葉自体も物語の構造を持っていますから、厳密に言えば、言葉の羅列というより、文字の羅列というほうが正しいのでしょうね。

そのような自分が来年の春で新聞社につとめて30年になるというのも、おこがましい気がするのですが、そのような自分であるからこそ、「文字」と関わるのは新聞社が適当であったのだと思っております。

新聞の斜陽がさらに明瞭になってきた、現在では、自虐めいた考えと思われるかもしれませんが、「物語」に収斂されがちな「事件」をできるだけ、「事実」に近づけて表現するという営為は、「文才」がなくても「足」があれば、それなりの仕事ができる可能性があるという意味で、それはそれで誇りの婉曲な表現でもあります。

とはいえ、

この「あります」という現在形の言葉も、「ありました」という過去形にすべきではないのか、という疑問を抱いています。

これには、

某紙の「慰安婦」「原発」をめぐる「謝罪」が影響しています。あの社長会見をインターネットの生中継ですべて視聴して、戦後のマスコミ・ジャーナリズムの「膿」が隠せなくなった気がしたのです。

あの問題は戦後マスコミ・ジャーナリズムの構造が抱えてきた「病」が不治であることの証左だと見えたのは僕だけでしょうか。

さまざまな「主義」「主張」があって、ジャーナリズムも多様だとはいえ、あの場で露呈した「病」は、戦後のマスメディアが共通して抱えていると感じたのです。

先に書きました“「物語」に収斂されがちな「事件」をできるだけ、「事実」に近づけて表現…”とは、真逆の行動原理をどこの社も構造的に持ってきたという確信に近いものを覚えました。

「正解」があると信じている自覚すらなしに、答えのない問題に挑んでいたつもりだった、とでも言えばいいのでしょうか。

あの会見はひとつの「死」の象徴だったような気がします。

そういう意味では現状は、どこも“ゾンビ”のような状態なのですが、「報道」「言論」の再構築のチャンスでもあります。

…と、こんな深刻なことを書きながら、膝の上には雷蔵(ネコ、サバトラ、♂、2歳)と球太郎(ネコ、シロキジ、♂、生後5カ月くらい、愛称:Qちゃん)が乗っていまして、キーボードを打つ手を邪魔したり、僕の唇をなめてきたりしています。滑稽です。

御礼と称しながら、 結局、自分のことばかり。

長々と申し訳ありません。

東京はもうずいぶん秋めいているようですね。

明日は全国的に冷え込むとか。

お体、ご大事に。    産経新聞記者  秀

 

☆ 美しいご本

秦先生、『秦恒平選集』第三巻が届きました。有り難うございます。

ご本を掌にして、「美しい」の一言です。一読者に過ぎない私にまで、こんなご立派な本を頂けるなんて、嬉しさ以上に唖然としています。

先週末から、用事に追われ、ハードなスケジュールで、まだ拝読する暇はありませんが、これから、秋の夜長楽しみです。

昨日は5 時に起きて、所用で京都へ行き、堀川寺之内の人形寺宝鏡寺で一日過ごしました。

紅葉にはもう少しでしたが、やはり京都ですね。何時訪れても美しい。

学生時代、朝夕の通学に御苑の中を通り、昼食時も友と過ごした御所の銀杏の黄葉の舞い散る様子の美しかったこと。その舞う落葉の向こうに、比叡山が毅然とし姿を見せていたことなど、いつ行っても美しい季節の思い出がこぼれます。

この数年、用事だけでどこも観光せずにとんぼ返りで、残念ですが、空気を吸っただけでも、豊かな気分になれ、先生の「故郷を恋う」お気持ち、解ります。

ご本から、また都の息づかいが伝わってくることと、楽しみです。

先生からの過分の贈り物を戴き胸がいっぱい。心より御礼申し上げます。  愛知  珊

 

* 京都市長 門川大作氏  神奈川近代文学館長 天理大学図書館等からも 礼状が来ている。

* しかし、もう、今夜は書ききれない。

わたしは、「いい読者」「ありがたい読者」こそ「身内」と感じつづけて創作や批評の生活をしてきた。「湖の本」という類例のない営みの意味するものが何なのかを後々まで証言しうる一つの大きなよすがとして、わたしは、敢えて上のような通信を記録している。おそらく、私の最大の「創作」は、もし評価してくれる人が後のちにあるとしたら、たぶん「湖の本」という営為にあると読んでくれるのでは無かろうか。浅々しい自慢や自賛の気でこのような「記録」をしているのでは、全く無い。

2014 10・27 156

 

 

☆ 拝啓

秋も深まってまいりましたが お変わりなくお過しことと拝察致します。選集第三巻御恵投下さいまして有難うございました。「畜生塚」の叙情性に感服致したところです。読書の秋を豊かにして頂き感謝の念ひとしおです。

どうかお元気でお過し下さいますようお祈り申し上げます。 敬具  岩波書店編集者  邦

 

☆ 秋も深まってまいりしたが お元気にお過ごしでしょうか 全集の第三巻をお送りいただき本当にありがとうございました!!

「隠沼」という言葉を久々に思い出して大和言葉は美しいひびきだなとしみじみいたしました。題名だけでも豊かな世界が広がるのですね。

ノーベル平和賞は残念でしたが、終盤で官邸もヒヤヒヤしていたというニュースを読んでさもありなんと思いました。

建日子さんの公開お稽古 取材させていただけないかと思っているところです。

どうぞおかぜなど召されませんよう、お健やかにとお祈りしています。  新聞記者  阿

 

☆ 貴重な限定本を

ありがとうございます。厚く御礼申し上げます。

この秋は 東北にしては暖かい日が続いたためか紅葉はあまりきれいではありません。

快晴の昨日、山寺まで足をのばしてみたのですが、やはり錦にはなっていませんでした。

いつか紅葉のみごとな時にでも蔵王か山寺あたりをご案内できたら…と思っております。  元短大学長  恵

 

☆ 静かな秋日和に

「小菊の里」は一山が白 黄 紅の玉菊が咲き揃って思わずオーと声をあげました。

今日 秦恒平選集第三巻をお送りいただきありがたく頂戴いたしました。もったいない思いです。

湖の本を第一巻からすべて揃えて居 私の心の糧です。よんでうれしく、なつかしく、東福寺も泉涌寺も町子さんも慈子さんも忘れられない人達です。

本当に有難うございます。 話すのも書くのも苦手で申しわけございません。寒さに向かうこれから 御奥様にも先生にもむどうぞ御無理なさらずお大切にお過ごし下さいますようお願い致します。  桐生  君

 

☆ 秦恒平様

御選集第三巻御恵贈賜りありがとうございました。

すばらしい読者をお持ちの秦様から貴重な御本を戴きます勿体無さを感じております そう申し上げながら御本を開くだけで心がときめきます 深く感謝申し上げます

御本とちがいまして 私どものクッキーは同じもので申し訳ございませんが、送らせていただきます。

どうぞ御身ご大切にお過ごし下さいませ。   村上開進堂  道

 

☆ 全集版コピー

 

無事に頂戴しています。今回の選集含めて、すべて揃ったということで、「畜生塚」 みづうみの推敲のあとをたどるのが楽しみです。写真のみづうみのお若いこと! 見るだけで剃刀のようですから、わたくしはお年寄りのみづうみのほうが好きです。

本日二十八日の私語ですが、みづうみらしくなく誤変換がとても多いのが気になります。お目の状態大丈夫でしょうか。どうかご無理なさいませんように。充分なご休養と、優秀な眼科医をと願っています。  秋

 

* 実を言うと、終日、字が読めない、見えない、アテズッポウで書いたり読んだりしている。情けないが。妻が要訂正箇所を指摘してくれた。

 

* 体力的な健康が保てても視力が磨滅したのでは、この先が覚束ない。これは根性で左右できない。

おまけに昨日から最近用の眼鏡をケースごと一つ見失っている。どうなることか。

いまぶん手にしている最大長編は、半ばまで読み返しが進み、ほぼ満足に近い仕上がりを見せている。手がけているあと三つの長編が、しのぎを削るように鼻面を揃えて走っている。いやいや、慌てまいと手綱を引いている。

 

* 戴いた鮒鮓がじつに美味い。酒は三千盛も手取川も能登誉もあり、肴には神宗の塩昆布もうまい。目が見えなくても酒も肴も美味い。ありがたい。オマケに西条吊し柿があり小布施のお送りがあり岡山の巨大葡萄も。珈琲・紅茶には老舗開進堂きわめつきのクッキーもある。目をつむっていても美味い物は美味い。とかと目はあけて、たゆまず仕事しなくては。いよいよ寿命との本式の競走になってきたか。

2014 10・28 156

 

 

☆ 拝啓

今日の天気予報では、こがらし一番もと報じておりましたが、季節も進んでいくようです。

ご無沙汰致しておりますが 先生にはお変りなくお過しでしょうか。

この度は『秦恒平選集』第三巻のご恵送に与り誠にありがとうございました。

心より御礼申し上げます。

「第三巻刊行に際して」の「京都という日本」と「東京という日本」のこと、心に深くのこりましたし、また先生と京都との絆ののようなことなども、あらためて思っております。

「畜生塚」を拝読しながらそうしたことも考えておりましたが、御作のなかの「本来の家」ということが、以前に拝読したときよりも、一層強く心を揺っております。

「第三巻」にお収めになっている緒作品、これから拝読させていただこうと思っております。

「新しい長い小説も二つ、もうやがて初稿を脱します」との御文章、拝読できます日を、今から心まちにしております。

御礼と喜びを申し上げるつもりが、だらだらと勝手なことを書きつらねまして申し訳ございません。

時節柄 どうかくれぐれも一層のご慈愛をと願っております。

御礼まで  敬具   藝術至上主義文藝学会 会長

 

☆ ごぶさたしております

この度、豪華本の三冊目を新潟にお送りいただいたとのこと、ありがとうございました。

ささやかながら、大和葛城のお酒をご用意しました。ご賞味いただければ幸いです。新潟の父母からもお礼申し上げます。

秋深まり、空気も冷たくなってきました。迪子さんともども、ご自愛下さい。  奈良  理・優

 

☆ 日毎に風の寒さが

観に堪える今日此の頃です。

過日 豪華な著書 私家版函入り 秦恒平選集第三巻を頂戴致しました。もうびっくりして言葉も出ませんでした。貴重なご本をお送り下さりありがたく うれしく思っております。何と御礼申し上げたらよろしいのでしょう ありがとうございます。

やっぱり紙を一枚一枚めくって読むのが私には性に合っています。

題字 表紙の色合い 活字の大きさ すべてが考えつくされていると思います。

ハードカバー本 湖の本で已に内容はわかっているつもりですが、選集の重みは格別です。

「みごもりの湖」と共に「慈子」は贔屓の作品です。「月皓く」も大好きです。

ご本 大切にさせて頂きます。

ありがとうございました。

今後とも益々のごかつやくを祈念申し上げます。   桐生  相生

 

☆ 真青に

澄んだ秋空の間から。柿が二つ、三つ、紅く見えて、眺めています。 亡夫が柿がとても好きで、裏庭に植えましたが 今では私の手では届かない程 大きく成長しています。

お元気でお過ごしでしょうか。

この度、「秦恒平選集第三巻」の刊行 おめでとう存じま。 私に迄 お心配りいただき 身に余る思いで受け取らせて頂きました。厚く、心より御礼を申し上げます。

十月は 私の大好きな月。

私の誕生日も十月。結婚したのも十月。夫の逝ったのも 十月でした。

立派な選集を手にしたのも 十月。

心より喜んで家宝に致します。ありがとうございました。

なつかしい作品です。 立派な選集を重々しく手にして読み返させて頂きたく、そして 未だ片付けられない亡夫の書斎に、並べさせて頂きたく存じます。

迪子さんが朝日子さんとご一緒に、我家にいらした時の会話を忘れる事が出来ません。「日曜美術館」で先生のお姿を拝見、そのまま、私の記憶となっております。

どうぞ、ご無理のございませんように、いつ迄も読者を楽しませて下さいませ。

お礼まで。   神戸垂水  澄

ps.   迪子様へ  心ばかりのお品をお送りしました。お手数ながら、おいしい「だし」でお野菜でも召し上がって下さいませ。

 

* お気持ちのこもった有りがたいお手紙ばかり。おちからを 頂く心地がする。

 

* 東大大学院等々からも、アイサツがあった。

 

* 日本酒は奈良で誕生したと、理・優夫妻から頂いた奈良のお酒に醸造元「ももたろう」のチラシがついていた。すこし虚をつかれた感じだが、なるほどなと合点できる。自然発生の濁酒は列島の各地に生まれる可能性はあったにせよ、清酒の誕生には寺院の僧たちの知恵が働いたろう、奈良は濃い可能性を持っていた。室町時代に濾して澄んださけが「奈良酒」といわれ、そういえばあのわたしが子供の頃から好きな「奈良漬」もあるではないか。

酒の名産地は水に恵まれた日本中にある。もう一つは、米。奈良の酒は、おなじ各地の清酒とくらべて独特の「味わい」をもっている。寺の門前には肉類や酒の入山を禁じた制札がよく立っているが、つまりはそれらが寺内に入っていた事実をまさに裏書きしている。娘道成寺で所化たちが鐘供養を談義のさいにも。ちゃっかり酒と肴を袖に忍ばせたのが歓迎されているように、「奈良酒」には古来坊さんが手塩に掛けてきた「味わい」が添うている。清酒はっ発祥は奈良「正暦寺」とちらしにはあった。

2014 10・29 156

 

 

☆ 十月が終わろうとしています。

帰国したら、家に選集第三巻が届いていました。

一巻から二巻、三巻とそれぞれに編集の明確な意図が示され、秦文学の粋、根幹を仰ぎ見る思いです。

そして第三巻冒頭の高校生の写真!! あの茶の湯の場に、わたしが座していたら・・おそらく憧れ、切ない思いに耐えられなかったでしょう、それほどにあの高校生秦君は凛とし、近寄りがたい。

健康状態を危惧しながら、今年になって更にこれだけのお仕事をされている、驚嘆をどう表現したらいいのでしょう。

とにかく納得のいくまで存分に仕事を進められますように。勿論まだまだ力尽きてはいけません。そうあってほしいと心底願います。多くの方に励まされ鴉は幸せだと思います。

 

七月から痰や咳の症状に悩まされてきました。

一応レントゲンや感染症の可能性はないということで孫の世話などにシンガポールに出かけて二往復。今回帰国した後がきつかった。

漸く外出できるようになりました。

医者は喘息と言いますが、現在喘息というときはアレルギーが原因の症状も含めて喘息という病名を告げるようで、薬や吸入で回復しましたが、わたしはこれは喘息ではないなど思っています。祖母や妹が苦しんでいた、従来の症状とはかなり異なっていると思うからです。

とにかく今は元気になりました。暑いシンガポールでは外歩きは殆どしなかったので、これからは日本の秋を大いに楽しみたい。本も絵も放って、まず何より放浪したいけれども・・おそらく見果てぬ夢。さまざまな不如意に囲まれています。

「美しく暮らし・・悠々と天に舞う、光る鳶」でありたいと鳶も思うのですが。あまり悠々と舞い飛ぶと、あの世が恋しく、近くなってしまいます。

今日は久しぶりに一人の時間があり器械に向かえました。  尾張の鳶

 

* 割り切れない症状ほど、慎重に検査を怠りませんように。

2014 10・29 156

 

 

* なにかしら近いうちにわたしのメールは不調になってしまいそうな懸念にとりつかれている。

 

☆ お礼を申し上げます。

季節の移りかわりは、本当に早いですが、ご本の第三巻をお送り頂いて、早いのに驚きました。お慶び申しあげます。それにしましても恐縮いたします。

お元気に仕事をこなしていらっしゃるご様子を想像しております。春から、仕事、ボランティアなどから解放され、身心ともに快適な生活になりました。気分的にも、若くなれました。

お目にかかれる折りがありますように、祈りながら、お礼申しあげます。  那珂  良

2014 10・29 156

 

 

☆ 秦先生

つらい闘病の最中にいらっとゃること、心からお見舞い申し上げます。

私も家族性乳がんで転移の心配で頭の中はいっぱいです。 先生のことも我身のことと思っています。

先日は立派なご本を拝受いたしました 先の「京の0る口」も面白く読ませていただき、此度のご本もとても楽しみにしています。

(中略)

朝夕冷え込んでまいりました。どうぞご自愛下さいませ。 かしこ   土浦  篠

 

* この二十五日に夫君を亡くされていた。京都の高校での先輩。いい文章を書かれ、ペンクラブへ推薦した一人である。かえってお心遣い賜り恐れ入ります。ご冥福を心より祈ります。

 

* 奈良菖蒲池の中野美術館が所蔵品選集を戴いた。鐵斎、栖鳳、麦僊、竹喬、とりわけ華岳、波光をよく多く揃えているほか、洋画にも、版画にも、彫刻にもよく行き届いていて、気品溢れる美術館である。前の館長が専攻の先輩で「対談」したことがある。今の館長はご子息。一度、妻と訪れたことがある。近くに松伯美術館ほか佳い美術館や古寺がある。また行きたいもの。

2014 10・30 156

 

 

* 仙台の遠藤恵子前学長さんから、すばらしい和菓子の詰め合わせを頂戴した。酒が好き、輪を掛けて和菓子も洋菓子も大好き。甘党で辛口の純米酒が好きという、あつかましい飲み助で食い助なのであります。

2014 10・30 156

 

 

☆ 町にも、もう木枯らしが

吹く季節になりました。

葡萄のジャイアンツ、お口に合ったようで嬉しく。

皮も薄くて種もないのでそのまま召し上がれますが、喉に詰まらせぬよう、お気をつけ下さい。

日持ちしますので、長く楽しんで頂けるかと思います。

今日、出先で、思いがけず青空にあのスカイツリーが見えました。

ここ数日は、録画した小椋佳の生前葬コンサートを流しながら作業などしています。秦さんの初恋の人、ひばりの「愛燦々」を作詞作曲した人、といったら分かりますでしょうか。胃の切除をし、今年古稀を迎えたシンガーソングライターです。

十代の頃、お小遣いでレコードも買い、繰り返し聴いた曲が懐かしく、時にはっとさせられもして、つい手を止めて、四日間で百曲を歌い上げようとしているその人の少し震える声に耳を傾け、歌う姿に見いっています。

どうぞ、お体( 特に目の不調が心配です) を、くれぐれも大切になさって下さい。瀬

 

2014 10・30 156

 

 

☆ 拝啓

すっかりお元気になられたご様子、お慶び申しあげます。

珠玉の選集第二巻を頂きながら御礼が延引いたしましたことをお詫び申しあげます。重ねて湖の本をいただき恐縮に存じます。

選集第二巻は貴兄の『平家物語』論と思い、とりあえず清経論を拝読いたしました。腰を落ち着けて拝読いたします。

医学書院との御関係を始めて知りました。

実は、小生の体力に限界を感じ、長女に勧められ当地の老人施設に移って参りました。

旧居の売却、その他、転居に伴う雑務の処理に忙殺され、二か月にして、ようやく仕事に戻り始めているところへ御高著を頂いた次第です。

日頃の、決断を要するお仕事にいつも感服いたしています。驥尾に付して、すこしずつ仕事を楽しみたいと存じます。

只今、能と狂言について、特に狂言を軸に拙い原稿をまとめています。

どうぞ一層の御活躍を拝見、鼓舞されますことを願っています。

遅ればせながら御礼を申しあげます。 敬具   名大名誉教授 山下宏明

 

☆ ありがとうございました。

秦さん  こんばんは。大変ご無沙汰しています。

「秦恒平選集第三巻」を送って頂きありがとうございました!

とても素敵な装丁のうえ、収録されているのが「畜生塚」「慈子」「月皓く」「誘惑」など、学生時代にお借りしたり頂いたりして夢中に読んだ作品ばかりで、眺めるだけでも感慨深いです。久しぶりに読み直してみたいです。

考えてみると、これらの作品を初めて読んだのは、ついこの間のようにも感じますが、数えてみるともう20年近くも昔になるのですね。毎週毎週、「挨拶」を書いたり、秦さんのお部屋などでお話しした日々も、当時は色々と悩みもありましたが、今はただ懐かしく思い出されます。

40歳も越えて、学生時代と比べると、仕事でも私生活でも色々と経験したような気もするのですが、いつまでたっても「まだまだだな」と、それなりに努力してきた積りの日々は何だったのだろうと感じてしまうことが多いです。「不惑」という境地には、なかなか道が遠そうです。

ただ、今いる場所でしっかり生きる、目の前のことにしっかりと取り組むという、当たり前のようでいて実は難しいことが、昔よりも少しだけ上手にはなったかもしれませんが。

このところ、清々しい秋晴れの日々でしたが、週末の連休は少し崩れるようですね。

何卒お身体を大切にお過ごしください。    尾

 

☆ 秦さんの

体調維持に役立つ情報があればと思い、お送りします。

「身内」と聞いて今の私に溢れてきたのは家族事情でしたが、学生の頃から秦さんの思いに触れてきて感じる私にとっての「身内」は、切ない思い出の中にあります。  堂

 

☆ 気温の不安定な

日々びが続いています。

『秦恒平選集』第三巻拝読致しました。美麗堅牢な装幀に圧倒される思いです。

今、「隠沼」を読み始めました。

別途、こころばかりのものお送りしました。御笑納下さい。  龍  歌人

 

☆ 秦恒平先生

このたびは御高著『秦恒平選集第三巻』を私にまで御恵贈いただきまして、ほんとうにありがとうございました。何とお礼を申し上げたらよろしいのか……うれしくてうれしくて夜、眠るときもベッドの枕辺に置いております…こうすると、すてきな夢が訪れてきそうな気がして--。

大好きな秦先生のお作品……この御本では「慈子=斎王譜」がいちばん懐しく、このタイトルをみると抱きしめたくなります。、

--私の宝物のひとつは昭和五十年八月十日初版発行の『繪巻』(沖績舎)です。この「繪巻」は秦恒平フアンの詩人、今は亡き大垣の成田敦氏から 私が秦先生のフアンだと知ると送られてきた大切な思い出の御本です--

秦先生のお心にお礼ばかり申しあげます。

毎日、少しずつ噛みしめるように大切に読ませていただいております。私の宝物が、またふえました。ほんとうにほんとうにありがとうございました。

秦先生、どうかお体、ご自愛くださいますように。

心より感謝をこめて 拝   豊川  紫  詩人

 

☆ 京の空は

今日もさわやかな秋晴れの続く此頃 皆様いかがお過ごしでしょうか。私共皆な元気でおります。

昨日秦恒平選集が届きました 第三回おめでとうございます。ゆっくり読んでいきたいと思います。

湖の本112 山折先生と秦先生との対談はとても面白く拝読させて頂きました。楽しかったです。

末筆ながら奥様にもよろしくお伝え下さい。まずはお礼まで。 拝   京・河原町 ひさご寿し

 

* 色川大吉時評論集『新世紀なれど光は見えず』を戴いた。わたしの湖の本「ペンと政治」「作・作品・批評」「歴史・人・日常」「堪え・起ち・生きる」などの箚記ともちかいが、短文・断想が思い切り選定整理されている。思いは非情に近く、思想的に身内感が持てる。

 

* ペン会員の北村隆志氏からも共著の『闇があるから光がある 新時代を拓く 小林多喜二』を貰った。多喜二を巡り素材にもした数人のいろんな方角からの「記録集」である。

京都の星野画廊からは「久保田米僊遺作展」図録をもらった。

2014 10・31 156

 

 

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