ぜんぶ秦恒平文学の話

交遊録 2011年6月まで

☆ 秦さん ほぼ変わりありません。  e-OLD 千葉

メールをいただき、とたんに元気が出ました。

「梅雨の入り前に」いいですね。どうしましょうか。月木金以外はほとんど閑です。

「このごろはこんなことで楽しんでいます」といえることをしてなくて残念です。越中おわらの盆踊りを習っていた頃は楽しかったのですが。

「動画」で昔のMJQ とかジョン・コルトレーンの演奏が見られて聴けるのはうれしいです。

それから(富貴草 橋田二朗・画)は画面一杯に拡大するとすばらしいです。

2011 5・1 116

 

 

* 連休も半ば、過ぎたらしい。

 

* いつ、どこで、何があってと皆目憶えていないが、赤樂ふうの茶碗がわたしの手元に、半世紀の余も、ま、大事に仕舞われていた。前にもすこし書いたが、弥栄中学の若い元気な先生が、四人で寄せ書きされ、茶碗屋が焼いたものである。それを戴いた。五十年愛用してきた黒樂を、楽屋で気楽に使ってと、最近、役者の市川染五郎君にあげたあと、この赤茶碗を思いだし、これは茶碗としてたいした物でないが、先生方の思い出は懐かしく、日々の喫茶に用いている。

 

 

 

橋田二朗画伯 青年の頃の樂描き

 

四人の先生のうちお二人とはさほど縁がなかったけれど、お二人、橋田二朗先生と西池季昭先生とは、図画の橋田先生が去年、数学の西池先生は十年近く前に亡くなるまで、筆紙につくせず可愛がっていただいた。西池先生は「死生命在リ」と書いて署名されている。お二人とも、まだ勉学中でもあるほどの二十歳代半ばか前半であったろう。

橋田先生の速筆の裸婦、おもしろい。今月掲げてある扇面でもわかるように、花卉や鳥類をこまやかにじつに美しく描かれる方であったが、青年の向こう意気のうかがえる骨太なこの、裸婦、好きだ。

2011 5・3 116

 

 

☆ ああ憲法!

秦さま  やっとパソコンが利用できる環境になりました。

実は、わが家が家宅捜査を受けて押収されていたパソコンが一月ぶりに帰ってきたのです。

さっそく私語の刻を開きました。いつでも、そこにある、そこにアクセスできるということが私自身の安心感につながっています。

「住所がなく住民登録できないひとたち(ホームレス)を選挙から排除するな」という活動を行なっていたいろんなグループのメンバーが逮捕され、関係先(私もその一人)10数カ所が家宅捜査を受けました。

住居のない貧乏人には選挙権を制限するなんて、時代を100年逆行しています。いまどき公民権運動をやっていて、いまどき弾圧を受けています。憲法では住居のない人にも平等に、選挙権は国民固有の権利として保障されてるはずなんですけれど。

怒りがふつふつというよりも、アホらしくなってしまいます。

昨日は憲法記念日でした。  浪華

 

* 地の塩のように働いている人達がいる。時代を悪しく逆行させたくない。

 

☆ 秦先生

湖の本を頂戴し、京都人の生態の面白味や凄み、歴史的な背景など、私も東京に来たからこそ強く認識しますし、より京都をいとおしくなります。

先程、メールのチェックをしていましたところ、迷惑メールのカテゴリーに先生からのお便りが届いており、大変驚き、大変嬉しく思うとともにこんなにご連絡が遅れて申し訳ない気持ちでいっぱいです。ご無礼いたしました。

上村松園先生は永遠の憧れですし、竹内浩一先生は大学の恩師。堀泰明先生は日展やNEXT展でご一緒させて頂きましたし、江里先生ご夫妻の工房には見学に寄せていただいたりしました! 何もかもものすごく近く感じます。京都美術文化賞の選をされていたなんて。。。おそれ多いです!

実は個展は今月15日( 日) まで、成城で開催しております。もし会期中お時間許されましたらお運び戴けるとこれ以上の喜びはございません。

またお仕事でも以外でも、京都の事について等お話できる機会が持てれば幸いです!  由

 

* このごろでは珍しく、ふたつもメールが来ていた。竹内君、堀君とも高校の後輩。俊秀竹内君には早くに美術賞を受けてもらい、幼なじみの堀君には新聞小説『冬祭り』の挿絵を描いて貰った。江里夫妻もやはり高校の後輩で、截金の人間国宝佐代子さんは惜しくも亡くなったが、夫君とは先日も銀座の和光展で話してきた。「由」さんは、さらにずうっと若い後輩。

先日癌でうしなった堤 子さんも同じ高校の後輩だった。

わたしは日吉ヶ丘の普通コースだったが、彼らはみんな美術コースにいた。いまは京都市立銅駝美術高校になっている。昔の美校の後身。

2011 5・4 116

 

 

* 帰宅して七時半を少し過ぎた程度。疲れもせず、われわれも連休の一日を遊んで来れた。黒いマゴが大喜びで出迎えてくれた。

静岡の読者の鳥井きよみさんから、三十年ちかく毎年の新茶を留守中に戴いていた。忝ない。

2011 5・5116

 

 

☆ お元気ですか、みづうみ。

 

さすが、優秀な方はトイレの中でも頭を使わずにはいられませんのね。

パッと見て巨体ばかりの可愛くない写真なので、わたくしは何頭かなんて全然関心ありませんでしたが、数えてみました。あのカレンダーのアフリカ象は十一頭ではないかしら。最初は十頭かと思いましたが、よくよく見ると親象の陰のよく見えないところに子象がうっすらと見えます。

 

連休は二泊三日で京都にいました。観光目的ではなく休養目的でした。ただただ、地面の揺れない場所で、シーベルトという言葉を気にしないでいい場所に行きたかったわけです。

上賀茂神社と下鴨神社で原発平癒祈願して、長岡天満宮で燃えるような真紅の霧島つつじを満喫した以外は蕎麦、天麩羅、フレンチ、すき焼き。和菓子、ケーキ、〆に鯖寿司等々食べまくっていました。京都はまだ水も卵も野菜も大丈夫ですから嬉しい。お蔭で震災ストレスで痩せてしまった体重が復活しました。めでたいのかめでたくないのか?

 

このメールを書いていましたら、浜岡原発の停止要請のニュースが飛び込んできました。菅さんも、やっと一つ良いことをしたのですから、批判に負けずやり抜いてほしいものです。

今日起きるかもしれない東海大地震のことを考えたら、二年先に出来上がる堤防なんて待ってられません。そもそも、安全な場所ではなく、反対運動のない建てられる場所に原発を建てたのが大きな間違いだったのです。活断層の真上の砂地に建てるなんて……恐怖です。

もし浜岡が壊れたら、東京も、自動車産業の集中する名古屋一体もだめになってほんとうに国家破綻なのですから、原発推進派の人たちにもよく考えてほしいと思います。

申し上げても無駄と知りつつ、腹痛はどうかお医者さんに診てもらってくださいませ。放置したらお仕事にさわりますよ。

次の湖の本、とても楽しみにしていますので、どうか健康管理なさってご無理なさらずにお過ごしください。 朧

 

* 京の春か。すこし羨ましく。浜岡のこと、同感。この人とは同じ企業の同じカレンダーを使っているらしい。今月の写真は象たち。数えてみると、わたしには十五頭とみえ、この人は十か十一頭、妻は十一頭と云う。わたしは十五頭説を守っている。

 

☆ ニュースを見ていたら

NHKのニュースを見ていたら、理研理事長でノーベル化学賞を取られた野依さんが今回の原発事故と科学技術の関連について話をされていた。端的に言ってしまうと、『想定外』という言い訳は許されないということと、今後は原子力以外の再生可能なエネルギーを探求する方向に進んでいくのではということであった。そして、それらのエネルギーで必要十分な生活に変えていくことが必要なのではと語っていた。 野依さんは『科学』と『技術』の違いなども語っていたが、時間の制約か語りつくせなかったようだ。インタビューが短時間だったのが惜しい。原発のように事故の時の環境への影響が大きいものは、可能性のある災害すべてに対処できるようにしておく必要があったのではないかと思う。これまでの報道にあるように、過去の地震研究のデータを本当に無視していたのなら問題だ。

また、地震、津波対策で設備のコストが高くなりすぎるのではあれば、他のエネルギーに代替していく方向が望ましいと思うようになった。それで本当に電力が足りなくなるとしても、ある電気を融通して使う社会が良いのだろう。    松

2011 5・6 116

 

 

* 田島征彦さんから懐かしい手紙が届いた。文面には彼の私的な「企劃」がふくまれているので触れないが。旺盛な「仕事」をとても建設的ないい意味で「叛逆」的につづけている、誇らしい友である。

 

☆ ご丁寧なお便りをいただいておりましたのに、

長いことお返事をせず、たいへん失礼をいたしました。

ようやく暖房がいらなくなってほっとしているこのごろです。

昨夏の水不足と今年の冬の寒さで、こんぴらたけのこも旬の時季がだいぶ遅れたようですが、味はまあまあということでした。私もいただいたり買ったりして、たけのこごはんを4回、お寿司を1回つくり、季節を味わいました。

今年もこんぴら歌舞伎に行って参りました。

『熊谷陣屋』と『河内山』でした。

染五郎の熊谷直実、隈取りの勇ましい姿の奥の痛ましい親の情愛が見事でした。

また、芝雀の、妻相模の口説きの台詞が悲しく、私の前の席にいた若い女性が泣きじゃくっていました。

『河内山』の幸四郎は、高貴な僧になりすましてはいるけれど、ときどき、(そして最後に全部)本性を現す様子がほくろ一つに凝縮されているようで、聖と俗、清と濁の移り変わりがこれまた見事で、ため息が出ました。

いただいた、松たか子さんとの往復書簡を読んでいるだけに何か身近にも感じられました。

古い歌舞伎小屋は時折吹く春の大風に格子窓ががたがた鳴って、ちょっとこわい感じまでしました。

歌舞伎通の先生と奥さまを一度お招きしたい気持ちになりました。

追って。

先生のお作に同じ名前があり、驚いた覚えがあります私の母磬子が先日亡くなりました。92歳でした。

京都霊山のお寺で女学校時代を送り、塩月弥栄子さんと同級だったことが自慢でした。

先生との因縁を感じておりましたので、感慨ひとしおで、ついお知らせしてしまいました。   讃岐

2011 5・7 117

 

 

☆  友へ  高木仁三郎(= 十六年も前に福島が地震と津波に襲われたときの危険について警鐘を鳴らしていた科学者。)からの最後のメッセージ

 

「死が間近い」と覚悟したときに思ったことのひとつに、なるべく多くのメッセージを多様な形で多様な人々に残しておきたいということがありました。そんな一環として、私はこの間少なからぬ本を書き上げたり、また未完にして終わったりしました。

 

未完にして終わってはならないもののひとつが、この今書いているメッセージ。仮に「偲ぶ会のためのあらかじめのメッセージ」と名付けますが、このメッセージです。

 

私は大げさな葬式のようなことはやらないでほしい。もし皆にその気があるなら「偲ぶ会」を適当な時期にやってほしい、と遺言しました。そうである以上、それに向けた私からの最低限のメッセージも必要でしょう。

 

まず皆さん、ほんとうに長いことありがとうございました。体制内のごく標準的な一科学者として一生を終わっても何の不思議もない人間を、多くの方たちが暖かい手を差しのべて鍛え直して呉れました。それによってとにかくも「反原発の市民科学者」としての一生を貫徹することができました。

 

反原発に生きることは、苦しいこともありましたが、全国、全世界に真摯に生きる人々と共にあることと、歴史の大道に沿って歩んでいることの確信から来る喜びは、小さな困難などをはるかに超えるものとして、いつも私を前に向かって進めてくれました。幸いにして私は、ライトライブリフット賞を始め、いくつかの賞に恵まれることになりましたが、繰り返し言って来たように、多くの志を共にする人たちと分かち合うべきものとしての受賞でした。

 

残念ながら、原子力最後の日は見ることができず、私の方が先に逝かねばならなくなりましたが、せめて「プルトニウムの最後の日」くらいは、目にしたかったです。でもそれはもう時間の問題でしょう。すでにあらゆる事実が、私たちの主張が正しかったことを示しています。なお、楽観できないのは、この末期症状の中で、巨大な事故や不正が原子力の世界を襲う危険でしょう。JCO 事故からロシア原潜事故までのこの1年間を考えるとき、原子力時代の末期症状による大事故の危険と結局は放射性廃棄物が垂れ流しになっていくのではないかということに対する危惧の念は、今、先に逝ってしまう人間の心を最も悩ますものです。

 

後に残る人々が、歴史を見通す透徹した知力と、大胆に現実に立ち向かう活発な行動力をもって、一刻も早く原子力の時代にピリオドをつけ、その賢明な結局に英知を結集されることを願ってやみません。私はどこかで、必ず、その皆さまの活動を見守っていることでしょう。

 

私から一つだけ皆さんにお願いするとしたら、どうか今日を悲しい日にしないでください。泣き声や泣き顔は、私にはふさわしくありません。

今日は、脱原発、反原発、そしてより平和で持続的な未来に向かっての、心新たな誓いの日、スタートの楽しい日にして皆で楽しみましょう。高木仁三郎というバカな奴もいたなと、ちょっぴり思い出してくれながら、核のない社会に向けて、皆が楽しく夢を語る。そんな日にしましょう。

いつまでも皆さんとともに   高木仁三郎  世紀末にあたり、新しい世紀をのぞみつつ

 

☆ 京都は  朧

 

タクシーの運転手さんが、観光客とくに外人さんが少なくなった、不景気だと言っていました。たしかに外国からの観光客の姿はほとんど見かけませんでした。世界からみると、日本全国放射能まみれのチェルノブイリなのでしょうね。

 

二〇〇〇年にお亡くなりになった高木仁三郎さんは、十六年も前に福島が地震と津波に襲われたときの危険について警鐘を鳴らしていました。「メルトダウンから大量の放射能放出にいたる」という論文がきちんと発表されていたのに、エライ先生方の集団である原子力安全委員会から、秀才ぞろいの官僚の保安院から、議員、当事者東電にいたるまで黙殺して、何の対策もなく、今になって「想定外」を繰り返しているのは、責任逃れ以外のなにものでもないでしょう。この大惨事を防げなかったことに対して、どうして彼らのもっと人間的な真摯な反省がないのか、その程度の人間がやっていたことだからこんなひどいありさまなのか、返す返すも無念です。日本の失敗から世界は学んでほしいです。今ならまだ間に合うのですから。

高木仁三郎さんは尊敬すべき学者であり人間でした。すでにお読みかもしれませんが、高木さんの最後のメッセージをコピーしてお送りします。( 上掲)  私のような小さなひとりひとりの人間が奮起して、新しいより良い世界のために動かなくてはならないと励まされます。

 

* いま大地震津波危険の蓋然的な予想を繰り返されているのは、「東海、東南海、南海の連動広域」であり、゜首都圏の直下型」も加わっている。静岡県の浜岡原発に緊急の政府要請が出たに対する漫罵・悪罵を加えて、では他の原発はどうかと言い、深慮熟議の結果を遂げたのかと言っている。こういう時、菅総理は、日本地図と浜岡の現在地とを私的の上、「明日にも可能性のある」激甚災害が起きるかも知れぬこと、その際には、日本列島は関東と関西とに分断されてしまうことを、首都機能への圧迫と危機対応の福島以上に壊滅的に難しいことをハッキリ言えばいいのである。東海地方で原発は浜岡一つ、しかも地震断層の真上に建設されている。咄嗟の停止や安全化の極めて難しいどころでない実態は福島県民が誰よりとばっちりを受けて辛酸を嘗めている。口にした以上は頑強に言えばいい、マスコミをもっと利用して国民に直に真意を語ればいい。

米国がものすごく強く浜岡に懸念を示しているとして、何も不思議はない当たり前の話である。安保体制からしても、横須賀に退散の大打撃が出れば、日本も困る。中国も北朝鮮もロシアも核保有の戦力国であり、今度の震災直後に東シナ海にすばやく対応して中国等を牽制したのは米国であったとも漏れ聞いている。

タメにするイチャモンだけのコメンテーターや評論家の跋扈は苦々しい限り。

 

☆ 浜岡原発の停止要請  松 大手商社員

5/6 夜に菅首相が中部電力に、静岡県の浜岡原発を停止することを要請した。事前説明が不十分であるとの報道もあり、パフォーマンス的要素がないとは言えない。しかし、静岡県民からすると地震、津波による原発事故は是非とも避けてもらいたいと思っている。東日本大震災の大きな余震が発生する可能性も指摘されており、安全のために原発を止めるという判断は間違っていないと思われる。幸い現時点の情報では、猛暑が来ない限り電力は足りるとの予想だ。

5/8 の日経新聞朝刊を読むと、

『法根拠なく説明難題』

『原発を止めた中部電力が頼れるのは【コストが高い火力発電しかない】』

と書かれている。

大事故を未然に防ごうという考えの下に停止要請をしているのだから、コストの問題を盾にとることは間違っていると思う。万が一福島原発のような事故が起きれば、1 日7 億のコストアップよりもっと多額の賠償金を支払わなくてはならないと考える。

更に電気会社のコスト試算には、使用済み燃料の処理、保管の費用、それに必要なエネルギーは本当に含まれているのだろうか? 放射性物質の保管に必要な年月、設備を考えると火力が決してコストが高いとは言えない気がする。この点については単なる設備稼働のコストだけではなく、原発の燃料の精製から廃棄までのコストを踏まえた上で議論して頂きたいと思う。

これから多くの議論があると思うが、福島原発での事故を踏まえ、安全優先で原発停止の方向で話を進めてもらいたいと切に願う。

 

* 財界寄りの新聞論調には注意していないと、企業防衛を主に風を意図的に読み違えて行く傾向が、ますます露骨に出てくる。

2011 5・8 116

 

 

* 淡路島の田島征彦さんとメールの連絡が付いた。明日、林晃平さんの本を送る。

堀上謙さん、電話で原稿依頼。依頼されて原稿を書くなど、じつにじつに久しぶり。書けるやろか。

☆ お元気ですか、風。

昨日は夏日でしたね。

まだ花粉を感じる花は、窓を全開にして空気を入れ替えるわけにいかず、むっとする家の中で、とうとう扇風機を出しました。

春服の出番のあまりないうちに、夏服になりそうです。

さてさて、『アンナ・カレーニナ』は、風にすっかり追い越されてしまいました。今日から、また少しずつ読みます。

高木仁三郎さんという人、風のHPで知りました。

高木さんのこと、ネットでは少し話題になっているようです。

八十年代の原発についての議論を憶えている人の中には、高木さんを記憶している人がいるかも知れませんね。

今回の震災を「想定外」と印象付ける既存メディアは、高木さんの論文を報道したのでしょうか。少なくとも、強調して伝えている印象を受けません。

ですが、「想定外」を謂うその道の関係者は、高木さんの論文を「知らない」では済まされないでしょう。

風は、以前、新井白石の「変」について触れられていましたね。

原子力がなければ今までどおり暮らせない、ではなく、産業革命以来、驀進してきた道順を、大きく「変」えるべき歴史の岐路に、今、日本は、世界は、立っているのかも知れません。

長い休みが終わり、通常のサイクルが戻ってきました。花は元気ですよ。ではでは。

 

* 浜岡原発停止の要請にワケのわからない雑音も出ているが、雑音屋という不出来な評論家はいつの時期にもいる。

2011 5・9 116

 

 

* 「 mixi」 でわたしは「マイミク」を増やそうとしていない。なにかしら設定に故障が起きていて、自分にマイミクさんが現在どれだけ有るかとも一覧できない。もう二年余も直らないまま、直してくれないままになっている。それはそれで、どうでもいいと忘れている。

マイミクさんの書いている日記は、優先表示されるので、読みたければすぐ読める。それも、ほとんどわたしは手を出す時間もないが、そのなかで、東工大卒業生で、わたしの教室にいた二人の、今は「おかあさん」の書く日誌は最も愛読して、いつ読んでも心温められている。この二人ともただ「おかあさん」ではない。一級の研究生活者でもある。加えて表現が佳い。わたしの「 e-文藝館= 湖(umi)」に、二人ともお子さんの成育を記録した日誌をすでに載せてくれているが、ほんとうは、その「続き」も欲しくてならぬほど読ませるのである。継続は「ちから」だと謂う、ちからが人柄とともに心地よく表れている。

二人に共通して言えること、二人とも精神も知性も、若々しい。 2011 5・10 116

 

 

☆ 雨が   花

激しく降っています。

今日の英語は、先生の都合でなくなりました。でも、いつも水曜に食料の買い物をしているので、今日買わないと、いろいろ不足するのですが、ひどい雨なので、出かけるのを躊躇しています。

ああ、でも行かないと。

このようすですと、スーパーが空いているかも。

明治座でしたか。

「蝶の道行」は、NHK 教育の番組で、大川橋蔵さんと藤間紫さんのを見たことがあり、義太夫の可愛らしい踊りで、気に入りました。

「封印切」は、藤十郎さんらの夏の巡業公演が当地であるはずだったのですが、中止になり、残念に思っています。本場の和事は生で見たことがないので。

一昨日は、高木仁三郎さんの件の論文を読み、ご本人の遺した言葉に触れ、泣けてきました。

1995年、学会誌に掲載された高木さんの論文は、門外漢である花にも十分理解できる言葉と表現で書かれてあり、高木さんの科学者としての姿勢を見る思いがしました。

また、この二ヶ月、福島原発に関する報道を見たことのある者にとっては、いくつかの専門用語は馴染み深くさえあります。

三十代で大学を辞め、野に下った高木さんの生き方に、花はとても感銘を受けました。かような魂が、日本を支える底力なのだと思います。

政治家や官僚や経済界のトップの不甲斐なさに比し、東北で被災した方々の立派さを見るにつけ、日本とは、僅かなリーダーが引っ張ってきたのではなく、国民一人ひとりが支えてきた国なのだと実感します。

浜岡原発停止について、花個人はほっとしました。

ですが、途端に中部電力と中京辺りの企業の株価が暴落したとか。海外投資家の無情もありましょうが、電力会社の社長の会見を見ましても、「ひとつになろう」なんてフレーズは綺麗ごとだな、と思わざるをえません。

そろそろ出かける支度をしようかな。

ではでは。風、お元気ですか。花は元気ですよ。

2011 5・11 116

 

 

☆ 大僧正行基の歌    野宮

秦先生、昨日からの雨。忙しい週が過ぎて、外出の予定なくほっとしているところに降る雨は優しい。

今、『正倉院薬物の世界』、『正倉院と日本文化』、『正倉院の謎』を読み返し、読み返し、自分の中の、孝謙天皇と母・光明皇后像がまた少し形を変えて行きそう、などと思いながら、行きつ戻りつ読んでいます。資料を前に、自分の感覚を探っているような読書をしています。

大僧正行基の「山鳥のほろほろと鳴く声聞けば父かとぞ思ふ母かとぞ思ふ」の「私語の刻の5 月歌が目にとまりました。

行基は、聖武太上天皇の願いを聞き入れ盧舎那仏建立に協力しながら、完成を見ずに、その壮麗な開眼供養も知らずに遷化された。そして、聖武崩御後、遺品の多くが、盧舎那仏に献納され、それが正倉院御物の基となったこともご存知ない。

行基の山鳥の歌、孝謙天皇には沁みたのでは。頂点に立った者の孤独、しかも偉大なる母親により傀儡天皇であった孝謙の葛藤・・・寂しかったのだろうなと思いを馳せながら読んでいます。

文章表現の切れ味、リズム、品格・・・優れた文章表現を身につけるには、濯鱗清流、名作に親しむ。

純粋の読書でなく、文章作法のために手にすると名作に打ちのめされることもままあります。

でも、清流へ目指して泳ぐしかない。

少々冷えてきました。気候の変化著しく、くれぐれも御身大切に。湖の本、楽しみにお待ちしております。

2011 5・11 116

 

 

☆ メール嬉しく。  鳶

息が詰まるとのこと,循環器系統でしょうか,くれぐれも大切になさいますよう。心配です。

この春は震災のこと,そして個人的な暮らしの変化など重い日々です。

ほとんど何も書けなかった震災について 拙い詩ですが 送ります。

無題ですが。

 

 

桜樹は荒みたかった

藤の花房は重く垂れた

それぞれに亀裂を保ち咲いた

 

朝棚の肌着を入れ替えた

生きて夏迎えられる者のささやかな営み

 

不安が巨大化する海辺

揺れる船の真昼の錯覚

陽の樹皮のあなたの温もり

 

夕暮れ竹叢は金色に輝く

網膜の向こう側にあなたを探す

 

せめて矢車草の青を下さいわたしを忘れないで

わたしからはぐれないで

惑乱に近くしかし声もなく鏡面にあるわたし

まだ水底の羅生門あたり

歎きの柵緑の導火線に火を点ける

そして黄泉のまあるい蛹になる

 

携帯では行あけがわかりにくいかと気になりますが 3 ,2 ,3 ,2 ,6 行です。

繰り返し 健康を平安を願います。

次の本を楽しみにします。

2011 5・12 116

 

 

* 昨日、手紙をもらった。妻と芝居のあと寄ったときか、日比谷のザ・クラブでアルバイトしている若い日本画家に会った。京都の藝大で竹内浩一君などに教えられてきた新進。世田谷で個展をと聞いていたが、世田谷はまるで不案内なところで、いろいろ他用も輻輳したので、会期中に行って上げられなかった。外務省買い上げなど何度かあり、日展で経歴のある人、佳い花の繪などを持っている。京都で生まれ、いまは東京でがんばっているという。

2011 5・14 116

 

 

* 原発災害の東電ないし株主、銀行等の賠償に関しては、いまのところ「みんなの党」の主張が現実的であり、最も聴くに堪えている。菅政権はこれにカブリを振っていては自滅を早めるに違いない。東電擁護の四文字は念頭すら消して仕舞うべし。電力の確保はまた別の道筋が可能であり、これを混線させてはならぬ。

 

* 「5.29原発はいらない西東京集会のお知らせ」がメールで回付されてきたけれど、肝腎の趣旨・案内のファイルが故障していてわたしの機械で開けなかった。

 

* 下記、長文の読者のメールは、今の今、誰にも読んで考えて欲しい、態度をとって欲しい強い、烈しい内容を持っている。こういうところへ国民は否応なく歩み寄って歎き憤っている。この一文、大勢の人に自在に読まれ伝えられて欲しい。

 

☆ 静かな心が欲しいけれど。  読者・主婦

 

みづうみ、お元気ですか。

「息が詰まる」とはなにごとでしょう。病院でございますよ。震災の影響か今は病院がすいています。奥さまを見習ってきちんと検査をお受けください。お仕事を続けるためにも、みづうみの生活の質を守るためにも。

 

わたくしは、今、静かな心がほしいと切実に思います。もう毎日腹が立って頭にきてしかたありません。日本という国の危機存亡の事態なのに、どうしてこんなありさまなのかと。

心をしずめるために、自分の心の乱れたさまを書くことが少し効果がありそうですので、もし気力とお時間がありましたら、しばらくおつきあいください。

 

毎日色々な考えが渦巻いていますが、私の心騒ぐ憤りの原因は、二点あると分析しました。一つは政府の原発事故対応、もう一つは、国の方向を見通せない苛立ちです。

 

原発事故が起きたことについては、旧自民党政権下の、安全性二の次の原子力政策に一番大きな責任があると思っています。震度6の地震がきたら、日本全国の原発は程度問題はあっても、どれでも全部壊れます。原発の耐震基準が震度5程度であったことをどうしてメディアは追及しないのかと思います。

浜岡を止めたところで、あそこには山のような使用済み燃料があり、何年も何年もそういう燃料を冷却し続けなければ廃炉にも出来ない原発は、もし地震や津波で同じように冷却機能が失われれば福島の二の舞です。稼働したままの大惨事よりましというだけです。

そんな安全性の信頼できない原発を、この狭い、世界屈指の地震国日本に54基も作ってしまった責任は途方もなく重たいものです。しかも、重大事故を想定した対策が何もなかったなんて信じがたい人命軽視でした。産官学の絡んだよほど大きな利権の結果であるのは容易に想像つきます。

ですから、もともと政局不安定だった現政権が、原発事故への備えがなく混乱して、事故の初動対応に数々失敗したとしても、最初から手のほどこしようのなかった破壊かもしれず、ある程度は(それでも悔やまれますが)しかたない部分はあったと思います。

しかし、事故から二カ月経った今は違います。私は事故後に、国民を守るという断固とした基本姿勢の欠ける今の政府対応に烈しい怒りを感じています。

国民が政権交代を選んだのは利権より人権を大切にしてほしいということだったはずなのに、旧政権と同じことをしています。一言で言えば、被曝する国民より亡国の会社であった東電が大事ということでしょう。御用学者たちと新聞テレビの大手メディアが協力者です。この国はとっくの昔にお金だけで動く国になっていて、電力会社に乗っ取られていたのですね。

 

今、早急に国がしなければならないことは、当然被災者を助けることです。被曝から国民を守ることです。どうして、今さら情報を隠蔽するのか。既に大変なレベルの放射能を浴びている福島とその近辺の子どもたちをなぜ避難させないのでしょう。

現在国が認めている20ミリシーベルトまで(さすがに10ミリシーベルトに下げたようですが、それでもまだ高い)というのは国際的に到底理解の得られる数値ではありません。国が勝手に基準値をあげたため、福島の子どもたちは高い被曝を続けています。早く避難させるべきです。

梅雨のくる前に校庭の汚染された土を除去するだけで、格段に放射線量が減ると、ある教授は書いていました。汚染された土は原発周辺にもっていけばいいと誰でも思いますのに、文科省は校庭の土を上下入れ替えるそうで、これは汚染をより深めるだけです。

このままだと子どもの25人に1人は癌になるという学者までいるのに、許されるのですか。福島県の放射線アドバイザーのY教授は、百ミリシーベルトまで大丈夫だ、自分は孫を砂場で遊ばせると豪語して(つまり非常時だから国民は我慢しろ)と講演して、非難の嵐でありましたが、行政はなんでこんな学者の言だけとりあげるのか。

 

それに、原発の作業員を守るための自己血幹細胞移植(谷口プロジェクト)が進まないのは理解に苦しみます。あんな危険な場所で、国民のために闘ってくれている人たちを見殺しにするようなものです。

高い放射線量のなかで仕事をする人間に将来健康被害がでないはずがないのに、どうしてこんなことすらできないのか。原子力安全委員会がその必要はないといったからとは、原子力安全委員会も菅総理も「バカかおまえは」です。

原子力安全委員は原子力関係の学者の最高の地位で、東大教授はじめ錚々たる権威の方々がおられますが、その歴代のエライ方々は今回の事故のA級戦犯でもあります。高給をもらって政府の意向に沿うらしい彼らの結論が正しくないのは自明のこと。

もし多くの医師が必要だと認める自己血幹細胞移植という医療準備が必要ないというなら専門家の安全委員の方々こそ、原発で復旧作業なさればいいのです。人類未曽有の海の汚染の研究や、原子炉や燃料棒の破壊についてきっと得難い研究ができるでしょう。

日本の119の医療施設、それに世界中が心配してヨーロッパの50の施設が支援を申し出ているのに、なぜ今すぐに彼らを守ることをしないのでしょう。ただでさえ劣悪な環境で日夜過酷な勤務を、命を削ってしてくれている人たちを、国家の総力をあげて支援する以上に大切な仕事が今の日本にありますか。ほんとうは東電が自腹でやるべきことです。東電は周辺住民はおろか、自分の会社の社員も作業員も助ける気がない。こんな冷血な反社会的会社が存続することは許せません。

詰まるところ、あれもこれもお金の問題なのかと思うと益々腹が立ちます。政府は東電を救うために大甘の救済策をとるのに、国民にはお金を割けないとはどう考えても間違っています。当然すべき東電の資産保全措置もとらないでこのままいくと、被災者への賠償金をケチるという結果になりそうで、煮えくり返ります。

私は安全対策をとってこなかった東電のためには一銭だって出したくありませんが、福島の子どもたちや原発作業員の方々のためにはせめてもの謝罪の気持でお金を出します。ふつうの日本人なら誰でもそう思うでしょう。政府が財政危機にあるなら、民間の寄付を募れば、かならずその程度の金額は集まるはず。義援金を使ってもいいと思うのです。

 

政府にはこれ以上の放射能汚染の広がりを防ぐ義務があるのに、まだ明確な方針が打ち出されていないことも猛烈に頭にきます。これは一刻の猶予もない話です。政府に危機感があるのでしょうか。救いがたい無能ぶりです。日本を汚染列島にしないという強い決意を内外に証明しなければ、日本は世界中から汚れた国とみなされ相手にされなくなるでしょう。それともすでに対策されているのでしょうか。だとしたら発信力がなさすぎです。

事故対応だけで大変なのはわかりますが、事故処理と平行して汚染を拡散させない作業はもっと大切です。日本の未来がかかっているのです。汚染された瓦礫や土壌処理など一日も早く行い、そして全国に拡散させないでほしいのです。福島の方々には気の毒ですが、とりあえず福島の原発周辺に汚染されたそれらを保管しなければ、このまま考えなしにあちこちに運ぶと、日本中に放射性物質が蔓延します。家畜もかわいそうですが、処分しなければ運ぶことでさらに汚染がひろがります。車両の通行も汚染地域のものは洗浄する必要があると思うのですが、どのようになっているのか不安です。

野菜も魚介類も肉や卵も、汚染されたものを流通させてはならないのです。まして学校給食に使うとは、子どもたちをより多く被曝させ、きつい言い方をすれば死なせてしまうかもしれないということです。文科省や学校関係者は子どもを守る気があるのですか。日本の未来を守らないのですか。

汚染されたものは国が買い上げ、絶対に流通させないことが国民を守ります。これも結局お金の問題なのでしょう。

風評被害は真実を隠蔽した時に起るそうです。どんなに大量になろうとも、だめなものは絶対に流通させないという強い姿勢を政府が打ち出せば、大丈夫なものは売れることになり、結局風評被害から救われるのです。今、政府のしていることはひたすら情報の隠蔽です。安全基準値を甘くして、誤魔化して国民をどんどん被曝させている。汚染された食糧を垂れ流し、放射性物質を日本全国にどんどん拡散させています。このまま放置していると日本の食物は何も安全に食べられなくなります。

官僚主導から政治主導を掲げたことは間違いとはいいませんが、日本の官僚はもともと有能で仕事能力があるのです。どうしてもっと上手に使えないのかと、よきリーダー不在でとばっちりを受ける国民の不幸を嘆くばかりです。

 

もう一つの苛立ちは国民に向けてのものです。呑気で無関心な人が多すぎないか、平和ぼけ極まってしまったかと思うことが多いのです。

日本は2011年3月11日以前にはもう戻れないし、また戻ってはならないのだと考える人がせめて過半数にはなってほしいと願うのに、そうなりそうにありません。

メディアを無気味な力に抑えられてしまっているせいかもしれませんが、少なくとも原発に反対する割合がもっと圧倒的なものにならないのが不思議でなりません。なぜこんなに「原発続行してもよい人間」がいるのでしょう。ドイツは脱原発に転換しました。電気がゼロになるわけでもないのに、どうして少しばかり電気が足りないのがいやなのか。住む場所や食べ物や水がなくなるほうがずっと深刻なのに。

そもそも、電気はじつは原発がなくても足りる、まかなえると主張する学者はたくさんいます。原発のおいしい利権を手放したくない勢力が、原発は安い発電でクリーンで(本当は一番高い発電で効率も悪い。海水の温度を高くして温暖化にも貢献しない)原発なしに日本が立ち行かないと国民を洗脳したせいという説もあります。その真偽は私にはわかりませんが、あり得る話ではあります。

たとえ電力不足になろうとも、日本のような地震国はもはや原発なしでやっていくしかないではないですか。今の原発は次のエネルギーまでの繋ぎで、可能な限り早く廃止すべきです。今回の震災はそれを思い知らせてくれました。原発を持つことは戦争を始めることと同じだと書いていた人がいました。そして、日本は戦争を始めたのに闘う武器をまったく持っていなかったと。日本は何十年も何をしていたのでしょう。原発用ロボットもアメリカなみの防護服もないのです。ああ、無防備に被曝するしかない作業員の方々!

日本はロシアや中国のように広い国土はないし、人の住める平野はもっと少ない。福島をうまく収束できなかったり、もう一回でも他所で原発事故が起きれば、日本の大半が人の住めない場所になってしまいます。国民の大半が難民になる危機を前にして、企業の収益なんて議論はむなしいです。原発でおいしい思いをする人たちだって、国家破綻してしまえばそんなものなーんの意味もなくなるのに。

 

今回の震災は日本が生まれ変わるチャンスです。このまたとない天恵をつかまえなければ、亡くなった方々に申し訳ないし、日本は滅びてしまうと真剣に憂えるのです。

震災前の夜の渋谷のどぎつい電飾とけたたましい音量の海を歩いていて、私は時々地獄ってこんなふうかもしれないと思うことがありました。何かとてつもなく過剰でいやな感じがしました。新幹線だって、なんであんな数分間隔で運行する必要があるのだろうと思いました。リニアモーターカーってそんなに必要なものなのかしらと。

「便利」な快楽が、じつは人間を幸福にするものではなかったことに気づいてもいいと思うのに、三月十一日以前に戻ることを望むひとがどうしてこんなにたくさんいるのだろうかと絶望感にとらわれてしまうのです。私のように放射性物質を心配しているのは少数派です。とくに関係ない西日本の人たちは無関心な人が多いのです。自分たちの近くにも原発の危険があるのに。

もう三月十一日以前の日本には戻れません。戻ることは幸せではありません。戻ろうとすれば奈落しかないのは明白です。日本は世界に先駆けて、違うシステムを構築すればいいのです。経済が落ち込んでも、国民が幸福でいられる道はあります。一からやり直すのです。今こそ発想の転換をしなければならないのです。ビジネスチャンスだってそういう発想の中にあるはずです。

どうか、日本中の人々に原発の是非についてわが事として深刻になって関心を寄せてほしいと思います。もんじゅは関係者が自殺しているほどのおそろしいトラブルを今も抱えている原発です。このままでよいはずがありません。もんじゅに事故があれば、日本人は京都を失います。

今のこのような事態を招いたのは私を含む国民の責任でもありました。強く反対行動をしてこなかった国民にはみんな責任があるのです。子どもや孫の世代を悲惨な状況にしないために、今こそ一人一人が立ちあがらないといけません。少なくとも反対派が増えることは、原発の安全性を今より高めるには役立つのです。あちこちで原発反対のデモはあるようですが、メディアはとりあげません。大スポンサーの電力会社とはなんと無気味な怪物かと思います。

昨日あるサイトを見ていましたら、文科省のスピーディ(拡散予想)から、東京もすでにチェルノブイリの第三区分エリアに入っていると思われるとありました。これは十年か二十年後に癌や白血病の増加する地域ということだそうです。

たった一つのサイトのことで、他の専門家が指摘してはいませんので、この情報が信頼にたる真実かどうかはわかりません。ただ、原発から未だ大量の放射性物質の放出が続いて収束の見通しの立たない状況ですから、今後東京の汚染の強まる可能性はあるでしょう。東京にも福島なみに濃厚なホットスポットのあることは最近わかってきているようです。

あえて楽観的になろうとする自分がいて、悪いことは信じなくても、やはり落ち込むニュースでした。自分が病気になるのはいたしかたないと諦めても、子どもたちは絶対守りたいとそればかり思います。自分の行く末がわかってもう覚悟を決めたらこわいものなんかありません。半分やけくそですが、なんでもやってやろうと思っています。日本を滅ぼしたくありませんし、子ども世代を守りたいと思います。必ずそうしたいと思います。

 

民主主義とは、一部のおいしい思いをしたい人間が大部分の無関心な人間を利用して自分の思い通りにする政治形態と言う人もいます。無関心な人間が多いほど都合のよい政治があります。その結果がこのざま。私は政治なんか大嫌いな人間でしたが、今こそ一人一人がめざめなくては、日本も子どもたちも守れません。

しかし何が出来るでしょう。私は人並み以下の無能な人間です。ただのおばさんです。主婦です。みづうみに何か良いお考えはおありですか。それで悶々と怒り悩み、そしてこんな長いメールをみづうみに書き送るわけでした。どうかお許しください。

すべてが悪い夢だったらとため息の日々。静かな心になりたいです。わたくしが静かにいられるのは、みづうみの「私語の編集」をしている時間だけかもしれません。もうじき2008年の8月分に入ります。ファイルの84から先をお時間のあります時にお送りくださいませ。

次回の湖の本、どんなに楽しみにしていますか。どうかご無理なさらずゆっくりと発送作業などなさいますように。  甘夏

 

 

* 頼もしい。

 

☆ 湖へ  珠

メールを頂き、ありがとうございます。

最近は週末にメールチェックをするだけなので、お返事が遅くなりました。

いろいろな出来事があった春が過ぎ、疲労困憊の日々は少し落ち着いてきました。

 

諏訪への帰省では、祖母の三回忌を無事に済ませました。

今年は山の桜が遅く、連休中はかたい蕾のままで残念でしたが、

里のタンポポは力強さを感じさせる黄色が鮮やかでした。

 

2 月頃から仕事が急に忙しくなり休日も出たりしたため、お茶事は遠のきました。

それでも地震や原発で不安感を増した患者さんが増えたことから、最近は

職場で話を聞きながら一服点て、お茶を喫みながらのケアをしています。

茶の味は、やはり慣れた表流のあっさりした点て方が好きですが、抹茶の種類によっては、

ふっくらときめ細やかな泡のたった方が美味しく感じるものがあるように思います。

あぁ、書いていたらお茶がのみたくなってきました。。

 

胸の症状ですが、狭心症気味と思われることなど、主治医にお伝えでしょうか。

からだのことは自然のこと、なるようになるでしょうが、できる環境にあるなら せめて状況把握の検査はして頂きたいと思います。

24時間心電図や心臓超音波検査、心筋シンチなどで狭心症の有無は診れます。

どれも苦痛のない検査ばかり、受診に出向く時間はとられますが、糖尿病の主治医にお話されれば、検査をされるか循環器受診をお勧めになるでしょう。

できることは、して頂きたい。ぜひぜひ。

 

今週末、車椅子生活になった茶の師匠が東京を離れるので、付き添って北海道に行ってきます。

蓼科では見られなかった桜、そろそろ開花する頃でしょうか。見られるといいな。

 

お逢いしたいです。どうか、お大事に、湖。

 

* 北海道はいまから櫻ですか。フーン

2011 5・16 116

 

 

* 「静かな心が欲しいけれど」という十六日に掲示しておいた読者・主婦「甘夏」さんの述懐は、「 mixi」 にも転載させてもらい、勢いよくひろく転載され続けている様子。たいそう多くを力強く代弁して貰っていた。

☆ 今回の大震災に関する秦さんの折々のご発言に全面的に共感しています。

「靜かな心が欲しいけれど」も、全くそのとおりと共感しながらも気が重くなります。

岡山でマスカットの初物がデパートに顔を見せました。ほんの少しですがお届けします(最盛期のものとくらべると味は落ちると思いますが)。明日くらいに到着と思います。   吉備の人

 

* 恐れ入ります。有難う存じます。

2011 5・18 116

 

 

* 「 e-文藝館= 湖(umi)」の随感随想欄に『きみきみ、我が子』の掲載されてある富山悠紀さん、「のびのび、我が子」の続稿を寄せられ、歓迎した。東工大で三年生から飛んで大学院に進み、のちに東大の先生になり、お母さんにもなって「 mixi」 にお子さんの成長を簡潔的確な筆で記録し続けていた。愛読していた。東大から転勤転進ののちも責任ある多忙の中で書き継がれていたのを、取り纏めて送って来られた。ありがたい。連載ものに、こうして自発的にあとを継いでもらえるのは、有り難く、また頼もしい。

組み体裁の微調整は追々して行くが、とりあえず新稿を掲載した。内容は完全に信頼している。

 

* 全く同様に、続稿を期待しているのは、やはり「 mixi」 で愛読している井川馨さんの『ざっと、オーライ!』です。

 

☆ re: ありがとう。

秦さん    ありがとうございました.

今ほど本日ひとつめの講義終了し,ほっとしていたところです.

今朝は遠足のお弁当作りでいつもより相当早起きしてもうぐったりです.毎日お弁当を作っていらっしゃるママのことを尊敬しました.

のびのび...まさにその通りに育ってくれています.

筆者名(筆名)の件ですが,ネット上ではできればいただいたペンネームのままでお願いしたいと思います.

育児記録の一つとして,という意味合いが強く,mixiでも公開先をマイミクのみに限定しているということもあり,公開となった場合は防護壁を一つ持っておきたい気持ちなのです.

文字になった記録を息子が読んでくれる日を楽しみにして,続けます.

取り急ぎ.  富山悠紀

 

☆ こんばんは。

先程郵便受けにお届きものを見つけました。奥さまから、先生のお作品『湖の本』の「墨牡丹」「閨秀」、『文豪てのひら怪談』の「蝶」をお勧め戴き、お贈り下さいました。私の憧れの画家先生に関する作や、私の画作から私の興味を鑑みて選定して下さいました。お心遣い、有り難うございます!

ちょうどAmazonで「京都上げたりさげたり」「死なれて死なせて」を無作為にとりあえず注文してみたところです。  沢山のお作品がございますが、とにかく手に入るものから少しずつ先生のお世界を垣間見てみたいと思います。

個展も終了し、少し落ち着いたところです。こころ静かに読書する時間を作り、お作品をゆっくり拝読したいと思います。最初に頂戴した『湖の本』に「いい読者」に言及されている処がありました。読み返し、反芻して内容や言葉を味わってからこそ作品を「読んだ」事になるとありました。

教養ない私ですが、少しずつ味わい、繰り返し味わってお作品を通して先生のお心に触れたいと思います。

それでは先生、これから菖蒲や杜若も美しい季節。奥さまと散策を楽しまれて下さい。相変わらずメールにて失礼いたします。奥さまに宜しくお伝え下さい。  侑

 

* 個展には行ってあげられなかった。

2011 5・18 116

 

 

☆  昨日あるサイトを見ていましたら、

文科省のスピーディ(拡散予想)から、東京もすでにチェルノブイリの第三区分エリアに入っていると思われるとありました。これは十年か二十年後に癌や白血病の増加する地域ということだそうです。

たった一つのサイトのことで、他の専門家が指摘してはいませんので、この情報が信頼にたる真実かどうかはわかりません。ただ、原発から未だ大量の放射性物質の放出が続いて収束の見通しの立たない状況ですから、今後東京の汚染の強まる可能性はあるでしょう。東京にも福島なみに濃厚なホットスポットのあることは最近わかってきているようです。

あえて楽観的になろうとする自分がいて、悪いことは信じなくても、やはり落ち込むニュースでした。自分が病気になるのはいたしかたないと諦めても、子どもたちは絶対守りたいとそればかり思います。自分の行く末がわかってもう覚悟を決めたらこわいものなんかありません。半分やけくそですが、なんでもやってやろうと思っています。日本を滅ぼしたくありませんし、子ども世代を守りたいと思います。必ずそうしたいと思います。  夏

 

* そう、十六日の東京の主婦読者はメールを呉れていた。わたしは、福島原発の二十キロ圏内をはみ出て避難を強いられた地区のあったことを大事に念頭に置いている。

コンパスで丸く円弧を描いて放射能汚染を限定出来ない事実を示すものであった。何らかの風向きや地形や素人思い及ばぬ因果から、放射能汚染はジワジワと拡大している。ははるかな中国大陸の奥地からさえ日本へ黄砂は来ている。関東、北越、奥羽まで地域を拡大して線量検査を怠らないで欲しい。気が付いたら東京都内が相当汚染されているなどと分かって来ては困る。独自の体制で都庁なりの予防検査を続けていて欲しい。

2011 5・19 116

 

 

* こんなプロジェクト情報が届いている。趣旨を、ともあれ「いま・ここ」に伝えておく。

 

☆ 「福島原発 暴発阻止行動 プロジェクト」結成へむけて

 

http://bouhatsusoshi.jp/

 

福島第一原子力発電所の現状についてはいまさら説明するまでもありません。しかし確認しておかなければならないことは、次の事実です。

 

1. 暴発を防ぐためには、ホースによる散水のような一時的な処置ではなく、10年の単位の時間安定して作動する冷却設備を設置し、これを故障することなく保守・運転し続けなければならない。

2. この冷却設備の建設・保守・運転は、すでに高度に放射能汚染された環境下で行わざるを得ない。

3. もし、安定した冷却設備を建設・保守・運転できなければ、3000万人もの人口を抱える首都圏をも含めた広範な汚染が発生する可能性がある。

このような最悪のシナリオを避けるためには、どのような設備を作ることが必要か、放射能汚染を減らすためにどうしたらよいか、などなど、数多くの技術的課題があることはもちろんです。この点についても日本の最高の頭脳を結集した体制ができていないことは大きな問題です。

さらにもう一方では、最終的に汚染された環境下での設備建設・保守・運転のためには、数千人の訓練された有能な作業者を用意することが必要です。現在のような下請け・孫請けによる場当たり的な作業員集めで、数分間の仕事をして戻ってくるというようなことでできる仕事ではありません。

 

身体の面でも生活の面でも最も放射能被曝の害が少なくて済み、しかもこれまで現場での作業や技術の能力を蓄積してきた退役者たちが力を振り絞って、次の世代に負の遺産を残さないために働くことができるのではないでしょうか。

 

まず、私たち自身がこの仕事を担当する意志のあることを表明し、長期にわたる国の体制として退役した元技能者・技術者のボランティアによる行動隊を作ることを提案し要求していきたいと思います。

 

当面次のことを提案します。

 

1. この行動隊に参加していただける方を募集します。

原則として60歳以上、現場作業に耐える体力・経験を有すること

2. この行動隊を作ることに賛同し、応援していただける方を募集します。

これらの方々は、下記のページの内容をご確認いただき、フォームからご登録ください。

登録フォーム

なお、このプロジェクトは直接的には国会や政府に対する働きかけと、広く人々にこの行動隊が必要であることを訴えることを活動の中心とします。状況が流動的なこともあり、進展に応じて様々な面への活動を広げていくこともありうると考えます。

 

また、この提案文を多くの方に転送していただくことをお願いします。

 

* 提案者は、氏名・現住所・連絡先等を明記されているが、存じ上げない方だけに、あえて此処にわたしは掲げないでおく。京大の、反原発の小出裕章さんも一員だそうだ。

こういう善意かつ敢為の動きが、真実有効に現実化していって欲しいと、わたし個人は願っている。

 

* 東電の災害は「神災」だと大臣与謝野馨は云いだしている。あの大地震と大津波とは途方もない大自然の現象に相違ないが、原発の崩壊には関係した人間の無恥と傲慢とが大いに関与していたことは、「人災」であることは、ゼッタイ否めない。

与謝野の発言には自民党時代の何らかの思想や言動や参与の影響があるのではないか。彼が擁護したいのは、国民や被災者のうけた災難である以上に、露骨に直截には東電また金融機関ではないか。それは間違っている。株主総会の決定もおおいに我々の意識とは齟齬している。株主には単に自己責任があるのみ。この際擁護されるべき第一義の存在ではない。

2011 5・21 116

 

 

☆ 「 湖(うみ)の本」 107

秦先生、今朝『湖の本107 』拝受。ありがとうございます。誌代は先ほど、インターネットより入金いたしました。ご確認お願いいたします。

バグワンですね。「私語の刻」で拝読しておりますが、私にとって、紙の本になってとても有り難いです。やはり、良い内容のものはパソコンの画面では満足できません。私の脳の隅々にまで染み入ってこないのです。

今週、来週はわりに時間がとれるので、『いま、中世を再び』から読んで、次にバグワンをと考えています。

ゆっくり楽しみます。

佐々木導誉はくだんの「大原野の花見」や最上の唐物で書院を飾って、敵方に屋敷を明け渡したこと、立花、能楽等々の並々ならぬ素養の婆娑羅だったことぐらいしか知りません。山名宗全にいたってはNHK大河の「花の乱」で中村金之助が演じたのだったか、ぐらいのお粗末な知識です。(中途半端なつまらないドラマだったという印象でしたが)。

楽しみに、楽しみにいたして、本を拡げます。まずはお礼まで。  野宮

 

* この人とは、先日来佐々木道誉らをめぐって何度かメールの往来があった。

 

☆ 京都ののばらです。

ご無沙汰しています。

新しい湖のご本届きました。

いつもありがとうございます。

気候不順のせいか、5月は風邪を長引かせたままで過ごしてしまいました。

気持ちばかり焦っても体調は良くなりません。

「バクワンと私」心が静まりますよう読ませて頂きます。

こちらでの美術文化賞の選者も退任され、京都へお出でなる機会も減りますね。

お忙しい毎日、くれぐれもお身体お大切にお過ごしくださいますよう。   みち 従妹

 

☆ バグワンと私

先生 ご本をお送りくださいまして ありがとうございました。

私も 読者の一人として 選ばれていること大変光栄に存じます。

先生の推薦されていますバグワンについても 手にとって見る機会も無く、何処に惹かれていらっしゃるのか興味津々で日々のお気持ちを汲み取っています。

この上下2冊を読むと解かるでしょうか?

又何冊か選んで 次回にお送り頂ければと思って送金をいたします。

先生がお元気で 日々の思いをお聞かせ願えれば嬉しく思います。 --宗由ーー

 

* 法然や親鸞を論じたり語ったりするのと、今度のわたしの『バグワンと私』とは、まるでちがう。率直に云えば、凡で鈍なわたしが、わたし自身を語っている。それについてバグワンという一人の覚者( ブッダ) が、どんな風に十四年ものあいだ、そして機能も今日もまた明日ねわたしに向き合っていてくれたか、くれるだろうかの信頼と期待とを告白している。むろん、迫り来る死の影を意識しているし忘れておれない。弱い、情けない自身とも真向かっていて、しかも静かな心でどうかして、いたい、のである。

2011 5・27 116

 

 

☆ 湖様 「バグワンと私」有難うございました。   さざなみ

梅雨入り、台風接近、雨の週末です。湖の本「バグワンと私 上」お送りいただきましてありがとうございました。

バグワンが無性に懐かしくなりました。久しぶりに「TAO 」を開いてみると、「私には三つの宝がある」という言葉が飛び込んできました。

私には三つの宝がある。

それらを守り、大切にしまっておくがよい。

第一は、愛。

第二は、けっして過ぎないこと。

第三は、けっして世の先頭に立たないこと・・・・・

先頭に立とうとするまさにその野望は、あなたが生をのがしたことを表している。・・・野望というのは狂気だ。野望というのは、あなたが自分自身にくつろいでいないこと、あなたが安らいでいないことを表している。

野望というのは、あなたが今度こそほかの人たちに、自分が実に大したものだということを思い知らせたがっている、ということを表している。それはただ、あなたのちっぽけさを隠すためにすぎない。あなたは全世界に、「自分こそ世界一の大人物だ」ということを知ってほしい。

・・・野望を燃やすのは、劣等感を持ったマインドだけだ・・・。

「バグワンと私」「TAO 」静かに読み進めてまいりたいと思います。本当にありがとうございました。

 

放射能汚染、雨・・・ 憂鬱な日々が続きますが、どうぞお体に気を付けて、お過ごしくださいますように。

 

* 熱心にバグワンを読んでいたお一人だ。「さざ波」という名乗りにもそれが表れている。

事業も講義も元気に進められているだろうか。

 

* 夜前も三時近くまで念入りに校正していた。眼精疲労はかなりのものだ。

2011 5・28 116

 

 

☆ 湖の本はまだ届いておりませんが楽しみです。

以前から、バグワンについては、みづうみが、どうしても書かずにはいられないものと思っていました。

 

 

中部大学の武田先生のブログは事故発生以来、原発事故についてわかりやすく解説されています。現実の原子炉の状態は小出先生の厳しい見通しなのでしょうが、現実的な対処方法などについて教えられています。今日のものをご参考まで。

 

 

科学者の日記110528 良いこと、悪いこと

 

昨日は大学で研究会をしたりしたこともあり、ブログを一日、サボりました。

文科省が20ミリから1ミリに変えたことで、ややホッとしたことや、秋田県のお医者さんからのメールで、放射線の取扱に十分な注意をしていただいていることなど、良いことも続きました。

やはり日本のお医者さんは信頼できます.

また、テレビ報道も少し様子が変わってきて、「放射線に注意する」ような番組が多くなったようです。でも、3月の最初の一撃で多くの人が被曝したことを考えると、素直には喜べないところもあります。

一方では、海の汚染がだんだんハッキリしてきたり、東電はデータを隠したり、相変わらず。

もっとも、もともと東電や保安院など「ウソの常習者」の発表を聞く方がおかしいのかも知れません。

 

 

もともと、今回の福島原発の事件は「技術的問題」より「人災」の色彩が強いと私は思います。近くに原発がある人は参考にしてください。

 

1)  地震や津波に強く設計できるのに、総合的に言えば「震度5」ぐらいで原発を設計するという非常識なことが行われていたこと、

 

2)  それでいて、平気で理由も示さずに「原発は安全です」と言っていたこと、

 

3)  電力が「安全です」というのは当然なのに、それを受け入れていた日本社会と、実質的にチェックしていなかった保安院、

 

4)  原発が来ればお金がもらえるという考えもあったこと、

 

5)  技術は間違いが起こるのだから、起こった時のことを考えた事前の対策が必要なこと、

 

6)  対策が出来ていたら、その訓練もすること、

 

7)  実際に福島原発で事故が起こりそうになった3月11日夕刻、気象庁が風向きを発表して、それに基づいて11日の夜にバスなどで県民が避難していれば、一人でも被曝を防ぐことが出来たこと、

 

8)  特に、子供達やお母さんだけでも避難させたかったこと、

 

9)  続いて、あらかじめ準備しておいた「ビニールシート」を畑にかけて畑を守ること、

 

10)      原発の傍に急いで200メートル、深さ5メートルの防水プールを掘って汚染水のため場所を作る事、

 

11)      原発の傍に「汚染された土や瓦礫」を置いておく敷地を確保すること、そして積極的に汚染地帯から土や瓦礫を回収すること、

 

12)      福島の人に直ちに線量計を配り、健康診断を開始すること、

 

13)      1年1ミリを越えそうなところでは、児童生徒を疎開させ、放射性物質を含まない給食を確保すること、

 

14)      福島の人に汚染されていない水、食糧を配ること、

 

などをしておけば、被害はほとんど無かったと思います。

つまり、「原発は安全だ。だから事故のことなど考えない」というのではなく、

「原発を安全に作る事、事故を考えておくこと、それに対して電力会社が責任を持つこと、事故が発生しそうなときに住民の避難を開始すること」

など、当然のことをしなければならなかったのです.

首相や原子力安全委員長がせっかく福島原発に行っていたのですから、そこで「国民を被曝から守るために、避難させろ!」と大号令をかけるべきだったのです.

原発に海水を注入するかどうかなどは技術的な問題ですから、発電所長に任せ、首相は「私は原発のことは詳しい」などと言わないで、「国民の健康を守るための非常手段」を発令しなければならなかったと私は思います.

 

武田邦彦(平成23年5 月28日 午前7時 執筆)

 

 

わたくしの考えでは、菅総理の元ではこの原発事故の収束は難しいと思います。中途半端なインテリほど始末に悪いものはありません。必要なのは一般市民のまともな考えを誠実に実行すること。

みづうみが以前に書いていらしたように、東電主体の対応ではなく、政府主体の総力あげての対応であるべきです。御用学者の無能は充分わかったはず。事故対策本部には原発反対派の専門家もいれなければどうにもならない事態と思います。この死に物狂いの戦争に勝たなくては日本はつぶれます。知り合いの官僚筋から聞かされる官邸の原発対応への悲憤慷慨を全部が真実と思わなくても、放射能汚染拡散防止に動きの鈍すぎる今のままでは許されません。

 

小沢一郎氏のインタビューを読みました。もし彼がただの言葉でなく、真実このようにやる気があるなら、実行出来るなら、今すぐにでも政権運営を任せてよいと思いました。みづうみは如何お考えでしょうか。

 

小沢一郎インタビュー↓

 

http://jp.wsj.com/Japan/Politics/node _242207

 

お元気ですか、みづうみ。発送のお疲れを早く癒してください。 春蜜柑

 

 

* 機械の患いから上のインタビューは読まないでいるが、「小沢一郎」については、率直に云えばこう思っている、わたしは。

 

* 小沢一郎    この人には、政治家として信頼を預けられる誠意が、本来、無いように観て来ました。

おそらく東電の温存と原発政策のむしろ推進やむなしという方角へ結論を誘導しつつ、またぞろ厖大な献金等をかげで蓄えるだろうと思います。根からの権力政治家であり金権政治家だと分かり切っていて、生まれ変わることはムリでしょう。アイデアはあるでしょう、強引にやるでしょうが、小沢という人には国民は余り眼中になく、政権のために国民を利用するすべに長けているだけです。その意味では、彼をトップの座に置くのはつねに危険で、菅民主党のもう一度幹事長程度なら支持します。わたしは最初から、いの一に彼を特命大臣とし、東北被災地専従専在の実権を持たせ働かせよという、彼もこの際率先それをもって起つべしと云って来ました。

事実問題として、長い永い間に、何度彼の悪辣と私欲にダマされてきたかを、わたしは国民の一人として記憶しています。平気で味方にさえ背中から弾を撃ち込む男は、むろん国民の背中へも最後には撃ち込みます。彼の関心も欲望も、観れば分かる、政局を沸騰させることにある。良き政治のための才能ではない、欲の政治のための危ない才能であり、被災地・被災者に関しても、帳尻を合わせるときは、平然と自分の欲望の方へ合わせる危険さを、当たり前のように、持っています。

菅は、そういうことの出来ない男と信じています。ボロ神輿でも、誠実な政治家をわたしは応援したい。ほかに誰がいるとも、誰も言えない、いないからです。誰も誠実に火中の栗を拾う気もなく、ただ「菅を下ろす」だけで不平不満の溜飲を下ろしたいだけの声ばかり。

2011 5・28 116

 

 

☆ 小沢一郎さんについてはやはり( みづうみの仰っている=)その通りでしょうね。「政局に絡む」時にだけ出てくるということ。

ただ、インタビューの中での「原発対応」については正しいことを言っています。ですから一瞬幻想を抱きました。

福島の被曝状況、基準値などを考えると、菅さんが国民に誠実とは思いにくいです。尤も日本の政治家では誰がやっても似たりよったりだったかもしれません。

 

「国破れて山河あり」という言葉を思い、羨ましくて涙がでます。戦争に負けても山河があることの素晴らしさ。大戦で三百万人死んでも、あの時の日本には山河があった。しかし、今この国は原発戦争に破れて、山河も失う状態に向かいつつあるのです。なぜ汚染された野菜や牛を全国に流通させてしまうのか。瓦礫を全国に拡散させてしまうのか。無知、無関心な人が多すぎるのです。今ならまだ、日本列島全域が汚染されるのを防げるのに。

でも、こんなことを書いている私が変人なだけかもしれません。最近、自分のような人間は白眼視されているのだろうなと思うこともしばしば。みづうみのお知り合いの若い方々、東工大の卒業生の方々などでも私ほど強い危機感を抱えていらっしゃる印象はなく。皆さん日々お忙しいのでしょうから当然のことです。

どうかどうか若い人たち、現状をできる限り調べて、ご自分とお子さんの身を守るために全力で闘ってくださいとお願いします。これは目に見えない敵との戦争なのです。自分も含め、どんな人でも、たとえばプルトニウムを吸い込んで肺ガンになって死んではならないと思うのです。

湖の本、無事に届きました。わたくしにも生涯の道連れになるご本でしょう。ありがとうございました。 春蜜柑

* ( お知らせのサイトで=)小沢一郎インタビュー読みましたが、たいしたことはいっこう云ってなくて、むしろ支離滅裂にちかい「齟齬の弁」のように読みました。なにより、政治家としての矜持も節度も踏み外した、厚顔な言い訳を土台に、発語しています。しかも、自身で政権に就くには「一兵卒」だと云い、他にしかるべき推すべき者もいないというのでは、お話にならず、わたしたち国民・私民レベルを抜きん出た流石はとという政策も対策も出てなく、菅総理の国際会議での演説を高く抜けた卓越した原発政策も何一つ話せていないと思いました。うかうかすると要するに原発温存に理屈を付けて手を貸す姿勢にたちまち変節しかねない危うさを感じました。

あれでは、わたしの小沢批判を押し返せていない。

菅内の現状にわたしは満足していないけれど、菅以上に満足させてくれる宰相候補が無いのでは仕方なく、まして「今や政局の時ではない」。

菅さんは言語能力は情けないほど乏しいけれど、一大臣として、旧厚生省をおさえこみ薬剤エイズなどの、従来誰一人出来なかったことをやった実績もあり、必ずしも藪医者ではないと思っています。

菅ですらおたおたしてしまうほどの大災害・大災難が日本を一気に襲ったという現実の前に、政治家たちが、洞察力も使命感も手放してしまっているための混乱が生じている。アラ捜しをする前に「協力」すべき「戦争状態」だということに政治家が誰よりも目覚めていない。

あの戦争の頃の悲惨さと今とが、レベルに置いてちがっていないという「自覚と責任感」とが有れば、あの三月十一日から短くとも一年一年半は「無条件に政治と行政とは一致協力」して救護と復旧と復興とに当たることこそ、当然なのです。現に国民の方は、それを曲がりなりにもやっているじゃありませんか。 みづうみ

2011 5・29 116

 

 

☆ 「 湖(うみ)の本」 の発送   泉

お疲れ様でした。知力体力まだまだ健在の様子で何よりです。

雨の中人気の少ないグリーンロードを歩き、ジーパンが絞れる程濡れましたが、これで昼食のカロリーは消費したぞとニヤニヤ。

京都方からの情報は特にありません。皆さん元気な様です。

私は五十( 七十五なのに) 肩の症状が長引いていますが、元気です。

はやばやと入梅、今夏もまた異常に暑いのかしらね。

 

☆ 佐々木道誉

秦先生、 「佐々木道誉」拝読。大変面白く、すっきりいたしました。

だいぶ以前に吉川弘文館の人物叢書を読みましたが、ここまですーと入ってきませんでした。

為政者がどこまで文化、文藝の創造者たりえるか、せめて庇護者たりえるか。まだまだ、読み切れていないので、先生の道誉をもう一度、いえ、何回でも読み返します。

道誉はあまりに面白いエピソードというか極彩色の伝承に彩られた人物なので、その婆娑羅的な派手な行動しかしりませんでした。ありがとうございます。

戦乱の時代を生きた道誉が、何をどう考えて行動したのか、何回でも読んでその思考や行動に足を踏み入れてみたいと思います。

あの混沌とした中世という時代への認識がますます、大きく変わるような気がします。

混沌と破壊、下克上の乱世という先入観が私の中にありました。

「我」と「我々」に対する視点も「なるほど」と指摘されて改めて感心しました。

「中世」の面白さ、「中世」を見つめ直すことの大切さを教えられました。 ありがとうございました。

ほんとに、日本的なといわれる文化、茶道、華道、香道、絵画、庭園、建築の多くが中世に確立されたのですね。和歌という大木の枝葉のように。和歌だって、連歌の世界が拓けたのですものね。

とても示唆多きエッセイでした。        野宮

 

* 中世は、再び三度立ち返って多くを考えさせられ教われる時代。上のメールでもう一押し目を向けて欲しいのはいかにも上澄みの文化文化した文化遺産だけでなく、中世ならではの職人たちに担われた職能や芸能のこと。ぜひそれへ視野を深めて欲しい。

 

* いろんな人がいるものです。それが世の中。

2011 5・29 116

 

 

☆ 高木仁三郎さんの本を読み終え、自分が今まで原発について、いかに政府とメディアの情報操作にはまっていたかわかり、反省しています。

無関心だったせいで、上っ面の情報を聞き流していました。

原発は、代替エネルギー政策ではなく、産業政策だったのですね。

きっと、利権の巣窟でしょう。

これは花の解釈ですが、米ソ冷戦下に、日本の原発の推進されたのは無関係ではないと思いました。

核兵器のために作ったプルトニウムを、「原発」で有効活用することで正当化しようとしたアメリカに、日本は利用されたのではないでしょうか。

膨大な国費の出る国策に、産業界も乗っかった。

プルトニウムのエネルギー変換効率の悪さ、高速増殖炉開発の失敗、「死の灰」を出しつづけるMOX 燃料、プルサーマルの再生率はたったの1 パーセント。

どこが「次世代エネルギー」なのでしょう。

さてさて、風は相変わらず旺盛な読書ですね。最近花は、読書のペースがちょっと落ちています。じっくり読んでいるのかも。

とても元気です。ではでは。 花

 

* 日本の主婦たちを、甘く見てはいけない。

 

☆ 春蜜柑さんに

秦先生、昨夜の私語の刻、春蜜柑さんの「私が変人だけなのかもしれない・・・」は、市井の一主婦として、苦手な分野ですが、少々、話させて下さい。

 

春蜜柑さん、

 

決してそんなことはありません。変人とも白眼視することもありません。「仰有るとおり」と共感しています。

ただ、私は、政治は政治家に、専門は専門の学者に、発言は文化人に、ジャーナリストに、と任せきってきたことに馴れすぎているのです。そんなことを言っている場合じゃないと、お叱りを受けても、60年余そうして生きてきたことを簡単に変えることは出来ません。

が、もう、生活も自身の心も3 月11日以前には戻れないことを、わかっています。どう対処していくか、手探りで、自分なりに決めていかねばならないでしょう。

被災地の方々がいかに辛抱強くたって、みなさん、怒っていないわけじゃないはず。怒りも哀しみも、露骨に出せないだけです。暴動を起こせばもっと状態は酷くなると、解っているだけで、内心の葛藤はいかばかりか。直接の被害を受けていない、遠隔地の私たちだってこれだけの怒りも不安も哀しみも抱えているのですから。

原発事故の当事者企業の被害者意識や後手後手の対応に呆れ、原発の安全神話を説いてきた専門家、御用学者集団の言葉はもはや信じられず、政治は指導者不在の空回り。祈ることしかできない、祈ることすらしたくない、この無力感。あの政治家や御用学者や企業人の中に、友人知人もいる葛藤。

とどのつまりは自分たちが選んだ政治家。お任せ、無関係とばかりに何一つ踏み込んで考えなかった自分たちが愚かだったという虚脱感で過ごしたこの二ヶ月半。

3月11日以来、ごく当たり前の生活が根こそぎ奪われた同胞達。

 

私たちも言葉を無くしてしまった。書きかけの原稿は虚しく、大切にしている書籍さえ、被災者の暖を取る焚き物ぐらいの意味しかないとまで落ち込んでいった、鬱々の日々。

だが、時は過ぎていく。被災者には申し訳ないことだけれど、日にちは薬となったのか。10日、20日、1ヶ月と過ぎ、私はまたパソコンの前に坐り、言葉を取り戻そうと、書きかけの原稿を広げ始めました。

春蜜柑さん、甘夏さん、あなたは決して変人ではありません。市井の一主婦の私は共感しています。哀しいくらいの平均、平凡な主婦の私が共感しています。

黙っているけれど多くの主婦が、子や、孫達の未来を貴女同様心配しているのです。 ごくごく平凡な主婦より

 

* わたしは、いまは、「野党の諸氏」の責務に眞に目覚めた平静で冷静な判断力と人間性に期待する。菅内閣には、いまこそ勇猛果敢に身内の毒を徹底退治し、懸命の前進をと望む。要するところ、無数の足を引っ張るのが最大目的の面白半分の悪声がはびこつて「政局」という欲得劇が上演されているに過ぎぬ政界。国民は、「だれ」が混乱に混乱を積み重ねて「政局」のタメにしようとしているか見知っていると確信する。

2011 5・30 116

 

 

☆ おはようございます。 鞆

秦先生  前日、先生の新作を頂戴いたしました!

只今『死なれて死なせて』拝読中です。楽しみが増えて最近日々が潤っております☆

いつか直接お会いして、先生のいっそうの世界観をお訊きしたいものです。

ご多忙と伺っておりますすし、中途半端な気候。くれぐれもご自愛くださいね。

取り急ぎ、御礼まで。

 

 

* 新刊に払い込みの通知が届き始めた。『みごもりの湖』三巻を読みたいのでと註文が入っていた。

実を言うとわたしは、新潮社新鋭書き下ろしシリーズのこの旧作を読み返したことがない、代表作とも名作とも謳って下さるのはみな批評家やいい読者であった。「 湖(うみ)の本」 にした上中下三冊のなかに、ちょっと気に入らない校正ミスが三個所あり、はっきり勘違いの間違いといえる(西北とあるへきを東北と書いてしまっている)一個所のあるのに気が付いている。この機会に読み直してみようか。

 

☆ 秦恒平先生

御無沙汰しております。本日、「湖の本107  バグワンと私─死の間近で─」を拝受しました。いつも有難うございます。

最初の文章でオウム真理教の名に言及がありましたが、私は個人的にオウムに非常な迷惑を蒙っております。

と言いますのも、当局がオウム関係者の家宅捜索をしたところ、幹部から平信者まで、何処にでも私の伝奇オカルト小説があったため、シンパではないかとか、ブレーンではないかと、疑われたからです。

版元に警察が探りを入れてきたり、私の仕事場に公安と名乗る男が訪れたり、一時は電話が明らかに盗聴されている様子で、ガリガリという回線異常に見舞われ、大変な目に遭いました。私がオカルト小説から離れたり、オカルト物を好む読者から遠ざかったのは、そのような理由からでした。

もともと大学で空海の言語哲学を学び、密教に興味を持ち、神秘的なことが好きで、海外の本を渉猟していたのですが、そうした熱と興味が一気に失せてしまいました。

三月十一日の地震の時は、先生はお怪我はありませんでしたか?

私は新宿で版元と打ち合わせしておりまして、すぐに編集と別れて、二女の職場に迎えに行き、無事を確認して一緒に新宿から池袋まで歩いて帰りました。

地震の後も余震が続き、「地震酔い」になりました。また、津波や原発事故の報道に暗澹とした気持に襲われて二ヶ月ほど何も書けない状態でした。そのため家計が大変なことになり、目下、少しずつ仕事復帰して、落ち込んだ部分を取り戻そうとしています。

今日会った雑誌の編集長によりますと、ミステリ作家が大変な影響を受け、特に殺人事件をゲームやパズルとして捉え、かつ描いていた作家ほどPTSDのような状態だそうです。

今回、多くの若手作家が人間の生死というものを鼻先に突きつけられた訳で、不謹慎な考えですが、今後五年以内に、かつてない哲学や、真の意味での文学が生まれてくるのかもしれませんね。

御本のお礼を、と思って、いつの間にか、とりとめのない文章になってしまいました。お詫びします。

今後とも宜しくお願いします。  拝  小説家

 

* オームは、まこと、むちゃくちゃであった。サリン事件など思い出してもムカムカする。愛なき、狂妄の徒輩であった。

 

* その一方で、近来天日に曝され続ける検察や警察の横道・無道は何ごとであるのか。

2011 5・30 116

 

 

☆ 『バグワンと私』を読みたいです。

初めまして、***といいます。

秦様の書かれた『バグワンと私』を読みたいのです。もしよろしければ、大丈夫かどうか返信してください。

これは自費出版なのでしょうか? もしそうなら、次メッセージを送る時、住所をお伝えします。お値段も教えてください。

* Re: 御返事ありがとうございました。  晃

それでは、『湖の本107 &108 』の『バグワンと私』を私に送って下るよう、お願いします。本が届きましたら、代金を振り込みます。

送り宛先をここに記します。(略)

それから、お返事の中に、この本はバグワンの研究でも伝記でも解説でも入門でもないとの事でした。しかし、私はむしろ、そのような文章こそが読みたいのです。彼を文献学的に、思想論的に、史的に分析した本ではなく、バクワンと触れ合った生の感情が描かれた文章を。ですから、その点は全く問題ありません。

 

* 有り難し。

 

☆ 秦 恒平様    靖

「湖の本 バグワンと私ー死の間近でー」を拝受しました。

バグワンは読んだことがありません。

バグワンの講話はヒンディ語や英語で行われ録音や録画もあるということですが。

今回の御本は、後世の文学史研究家に作家「秦恒平」に迫る一級の資料を自ら予め提供しておくということになるのでしょうね。

失礼な物言いでしたらご容赦ください。  5/31/2011   拝

 

☆ メールありがとうございます。  播磨の鳶

台風の被害こそありませんでしたが通過後も今日は一日中強風が吹いて、暗くなる頃漸く収まりました。

原発のその後の経緯、G8から戻った菅首相に不信任案提出や実にさまざまな動きがありますが、目離さず関心をもっています。それにしても政治不信を拭えません。

湖の本は一昨日届きました。バグワンの本はわたしも何冊か買い求めて読んでいますが、敢えてメールに考えを書いたことはありませんでした。今回の本の記述はとても読みやすく素直に滲み込んでくる感じがします。

本の半ば過ぎてからわたしの書いたメールが引用されていて驚きました。もう何年も前のことでうっすらとしたものが不意に飛び出してきたような戸惑いと懐かしさ、おかしさ・・でした。今も尚、わたしは大上段に構えて同じようなことを書くでしょうね。

「(各国への= )<旅>を忘れたような、鳶そのものを表現した清冽で物凄い」「私詩」を書きなさいと、実に厳しいことを鴉は言われます。「(旅の重視に=)偏って狭いものにしていないか、一度だけでも考えてみてください」とも。偏って狭い、それは実際のわたしの在り様だとも気づきます。

「逃亡」の一手段、一形態としての旅でないなどと弁解はしません。旅をテーマにしたものでないものもあるのですが、現段階ではまだまだ納得できていないのです。これまでのものを再検討したいと思います。「妄言」ありがたく受け止めます。

琵琶湖、お母様の、そしてあなた御自身がお母様の胎内に命を授かった土地の、根源の湖です。ゆったりゆっくり湖の畔に羽休め遊ばれることは深い計らいではないでしょうか。

多忙の日々、しょうがないと嘆かれ、同時に潔く闘われる鴉にエールを送ります。くれぐれもお体大事になさってください。

 

* 読者でマイミクのお一人が、山梨の文学館に転勤されている。まだ日は浅いが、どのような仕事でどのような今でまた今後か、知らせてきて下さった。山梨文学館とはご縁があり、交信も本のやりとりもある。講演に出向いたこともあり、よくしてもらった。いい職場での健闘と充実を祈ります。

2011 5・31 116

 

 

☆ 原発の不毛を説く文章を読みふけっています。  花

今は、京都大学原子炉実験所の小出助教授の、「原子力発電は危険、プルサーマルはさらに危険」を読んでいます。

2009年の石巻の市民勉強会のもののようで、小出さんは原発廃絶を唱えています。

この先生、風のHPでも名前が挙がっていましたでしょうか。

高木さんに劣らぬ、わかりやすさです。

大学に籍を置きながらにしてはっきりと言えるのは、京都大学だからでしょうか。

 

唯一の核被爆国でありながら、原発大国になってしまった日本の弱さを感じています。

昨年の、アメリカでのトヨタ車の電気系統欠陥の大騒ぎ、詳しい調査の結果、トヨタ車に欠陥はなかったと結論が出ました。

アメリカの国策的トヨタ叩きと言われもしましたが、あの騒ぎを通して、トヨタの開発した電気制御装置の技術がアメリカに流出したことは間違いありません。

日本人は、手先は器用で精密だけれど、大局を見る眼に乏しく、交渉のテクニックがないなあと思います。

花も己を省みなくてはなりませんが、今、内閣不信任決議案を提出しようと目論んでいる政治家たちの裸の王様っぷりには心底がっかりです。

小沢一郎がはりぼてだということが、ようくわかりました。

交易国をポルトガルからオランダに変更した江戸時代の人は、よく日本を守ってくれた、と、風の長篇『親指のマリア』を思い出します。

堅苦しい話になってしまうけれど、花の今の関心ごとのひとつです。

心穏やかにするのがむつかしいほどの現状ですが、等価の別世界を抱いていたい。

今の日本の学生たちの意識は、どうなのでしょうね。

花にもわかりません。

お元気ですか、風。つつがなく、お元気に。

 

* 心穏やかに心健やかに在るのは、毎日毎日、ほんとうに難しい。

2011 5・31 116

 

 

 

☆ 究極の旅(十牛図) 川崎 e- OLD

 

 

 

不惑を過ぎて7年の晩秋に転勤で、金沢に住む。単身赴任であった。

文化、雪、百万石の城下町、室生犀星、「歌の分かれ」の中野重治、加賀宝生の能、当時の金沢駅の前に『杜若』を舞う像があった。

この頃に初めてバグワンという名前を本で知った。

ある新聞の小さなコラムで『存在の詩』を、どこかの大学の教授が紹介していた。

金沢から東京へ出張する社員へ、帰りに「八重洲ブックセンター」に寄り、「これこれの本があれば買って来て欲しい」と頼んで買ってもらた本が、『究極の旅』であった。

本の小さな副題は「禅の十牛図を語る」とありました。

これが バグワン・シュリ・ラジニーシという哲学者、宗教家との出会いでありました。

バグワンのあるご縁で、この「mixi」を紹介されて、十年ほどの時が流れ、今年五月、バグワンについてのマイミク「湖」さんの著書が送られてきた。

哲学は遊びがあるが、宗教は遊びを越えてあるものを幻想する。

バグワンは自分一人で読めない。「湖」さんはバグワンをどう読むかの先達であります。師のように思う。

バグワンはひとりでは読めない。多面体の光があってそのダイヤがわかる、バグワンはそんな宝ではないか。色んな先達の見た光を語り、凡人は少しづつバグワンの文章の一行を読めるようになる。そんな気がする。

 

 

* 死生を念頭に老境を、また壮年・中年を生き悩んでいる人は少ないだろうと思う。わたしもその一人であり、過去形ではとうてい言えない「いま・ここ」での寒さ・寂しさに真っ向突き当たっている。

2011 5・31 116

 

 

* 金八先生の小山内美江子さん、歴史学の小和田哲男さん、文藝評論の高田芳夫さん、作家で写真家の島尾伸三さんらから、『バグワンと私』にありがたいお便りがあった。また、元文藝誌編集長からも。

 

☆ 前略 御鄭重に「 湖(うみ)の本」 107を御恵送下さいまして誠に有難うございました。私は恥しいことながら、バグワンなる人物を全く存じませんでしたが、「私語の刻」を拝読致しまして、永年にわたる御親炙ぶりを感得致しましたので、腰を据えてじっくりと味読させていただきたく存じております。御文中「退蔵」の願いを叶えられたことを存じ上げましたが、実は私も八年間つとめましたNPO 法人の会長を先日辞任致し、ほっとしているところです。同世代者の想いしきりですが、「何事も『しない静か』など思っていない……何事も『して静か』で在りたい」との御言葉には銘たれました。どうぞ呉々も御体調に留意され、さらなる健筆も御祈り致しております。

右、取急ぎの御礼まで申述べました。 草々不一

 

☆ お世話になっております。この度は、「湖の本」をお送りくださいましてありがとうございました。

久しくお目にかりませんが、今回も重量感のあるご本を手にして、先生はお元気でいらっしゃるんだと安心しました。

今年は社会環境も不安なことが多く先行き心配ですが、どうぞお健やかな日々でありますように。

日本ペンクラブ 事務局

 

☆ わたくしへのある主婦の方からのメッセージにとても慰められました。お送りくださった方に感謝申し上げます。ありがとうございました。

少し励まされて、原発関連の雑感を書かせてください。みづうみはお読みにならなくてもよいのです。わたくしの静かな心のために書きます。

 

先日、参議院では脱原発を主張する先生方の発言が色々とありました。

武田邦彦先生は「国策が大災害をもたらす」と言い切っていましたし、五月二十三日には、小出裕章氏、後藤政志氏、石橋克彦氏、孫正義氏の四人のメンバーが登場しました。これまで原発推進しかなかった国会では考えられない画期的な人選で、ネットでは中継され、聞きごたえのあるものでした。

石橋克彦先生は「地球上の全地震の約十パーセントが日本で起きる。日本は原発建設に適さない場所。浜岡原発は地雷源でカーニバルをするようなもの」原発集中立地する「若狭湾があぶない」と。

こういう意見が、どうして実況で全国テレビ放映がなかったのか、ニュースにも大きくとり上げられなかったのか不思議です。NHKを含めてメディアは電力会社とその利権に群がる勢力のものになっているのでしょう。

また、このような先生方の意見が少しでも政策に反映されればよいのですが、意見聞いたという形だけで終りみたいな状況は情けないことです。

たぶん、今福島の惨禍のこの時期しか、脱原発を押し進めることは出来ません。このままではまたぞろ原子力村が息を吹き返します。この大災害から学ばなければ、この不幸を千載一遇の好機と掴まなければ、日本は危ない破滅への道に入ってしまいます。今ならやり直すことができます。

遠方の友人が週刊誌を読んで「地下原発を作ろうという動きが再燃しているみたい」と電話してきました。このままいくと、日本の原発はなくなることになるから、そして地上に新規の原発設立は困難だから、原発を地下に作る。地下なら安全だと。推進派に自民党系のいろんな名を友人は伝えていましたが、記事を読んでいないので真偽のほどはわかりません。さらに彼女曰く、地下原発でまた新しい利権があるみたいよと続いたので、もう嗤うしかありません国民の多くが、どこの政党でもとにかく原発やめてほしいと願っていることが、政治に反映されないのが歯がゆいです。

それにしてもこの火山国に地下原発とは! 御用学者が安全と保証してくれても信用しろというのは無理。素人は、マグマが原発を巻き込んで爆発、噴出したらどうなるか、あるいは地下水汚染で日本中の水が飲めなくなったら生きていけないと思います。福島でこんな痛い目にあってもなお、原発で稼ごうという餓鬼集団があるとしたら、この世で地獄をみるとはこのことです。これは週刊誌の無責任な煽り、悪い冗談ですよね、きっと。お願い冗談であってね。頼むからやめてくれ、です。

 

今日WHOが携帯電話に発癌のリスクがあると初めて発表しました。これは長い闘いの末の、小さいけれど価値ある一歩です。電磁波の健康被害については、放射能被害とよく似たところがあります。巨大な利益の絡む、目に見えない人体への害悪なのです。

日本で反原発の立場の学者がどれだけ不当な待遇を受け排斥されひどい目にあっているかは、最近漸く明らかになってきましたが、電磁波の危険について訴えている学者も世界中で同じように誹謗中傷を受け、叩かれ続けています。携帯電話会社には巨大な力がありメディアから御用学者、政治まで動かせるのです。それでもなお個人個人の学者の良心で警鐘をならし続けた結果が、やっと一つの形となったことに感動します。

今の野放図な電磁波の氾濫は、ほんとうの危険性もまだわからないほど危惧されていることなのです。電磁波は、将来かならず深刻な問題となるでしょう。

原発にしろ携帯電話にしろ、人間の飽くなき欲望の果てに獲得した文明の利器ですが、その代償はとほうもなく重いものです。

人間の単純な欲望が、人間存在の脅威になるなんて本末転倒です。それほどに人間の欲望は度し難いものなのでしょうか。冨も権力もない私のような人間からすれば、利権とは理解不能なもので、不思議でなりません。「抱き柱」にも値しないものに思えてしまいます。

バグワンの言葉を聴いていますと、この世のそんな人間共の悪あがきが、私の愚かしく騒がしい心が、コップの中の小さな嵐に過ぎないように思われてきます。飲むなら、バグワンの真清水をこそ飲み続けていたいものです。

新しいご本は、ふつうの読書のように最初から順番に読むというのではなく、思いついたところを少しずつ読んでいます。これはそういう読み方をしてよいご本のように感じられます。

お元気ですか、みづうみ。 春蜜柑

2011 6・1 117

 

 

* 「バグワンと私」上は、何一つの下地もないままバグワンの境地に惹かれ寄っていったわたしの歳月が、その余のいろいろなわたし自身の下地とミックスされアマルガム化していく七年弱もの経緯が、歳月を追って書かれている。

下巻はつづく二年を書いていて、上下巻の頁数は同じ。いかに「順熟」して近づきもし深まりもして来たかが如実に。それだけでなく、今回はそこまで本に出来なかったもう五年間がなお後続していて、それは昨日、 今日から明日にも明後日にも続くのである。わたしの人生で既にそういう存在にバグワンが成っている、ということ。

 

☆ 『バグワンと私 死の間近で 上』が届き、意表をつかれました。立ち位置のぶれない信念の人秦さんが、「安心」を求める修羅の心を持っていらっしゃることに想像が及ばなかった不明のせいでしょうか。30年も前、同僚にアシュラムにも行ったラジニーシ師の信奉者がおり、よく話を聞かされたのですが、理解が届きませんでした。

これを機に読んでみようかと思い始めています。5月31日  元文藝誌編集長

 

* 期せずして、錚々たる元編集長から感想を頂いたのには、一つには作家である私の内面へまた別の角度から視線を射し込んで下さったのだと思われる。この刊行をあえて「 湖(うみ)の本」 創刊満二十五年の記念にと試みたわたしにも、「作家の告白」であり或る面では「作家の私小説」である意図があった。わたしの文学や美術や歴史やその他もろもろの分野に向けている視線や視野のいわば一つの根の深い光源をわれから「明かす」ことになる自覚があった。

なにを早合点したか、ある若い編集者は、自分は、秦さんの文学作品や文学論や美術観や歴史観等に「興味」があるので、「こういうもの」には関心がない、下巻は戴かなくてけっこうですと言ってきた。ちと、驚いた。

「興味」のいわば「根の秘密」が明かされて行くかも知れないのに。なにか特定宗教の宣伝物のように勘違いしたのか。その程度の粗末な眼力や関心から「編輯」「出版」に当たっているのでは、薄いなあ、という気がするが。

 

☆ 『湖の本』が無事届きました。

『湖の本107 &108 』を頼んだ***です。『湖の本 107 ―バグワンと私』が無事届きました。代金の2500円は、先ほど振り込んできました。ご確認ください。

面白い本で、今日の内に、ほとんど読んでしまいました。

年が進むごとに、御自身が変化していく様子を、読み進めるごとに感じました。バグワンの本を何度も読むことによる新たな発見、捉え方の変化。

バグワンとの付き合い方は本当に人それぞれで、それをこうやって覗いてみるのは興味深いものでもあり、また、もどかしさを感じてしまうものでもあります。小説の主人公の行動や心情描写を見ている時に起こるような。

でも、それは私のバグワンとの付き合い方を、他の人から見ても感じるものなのかもしれません。「湖」様も、この本のどこかでお話していた、個と個の向き合いの故に。     若い一読者

 

☆ 「 湖(うみ)の本」 感謝  小森健太朗

このたびは、「湖の本107 バグワンと私」をご恵贈いただきまして、まことにありがとうございます。かつて『存在の詩』や『究極の旅』に胸を踊らせながら読んだ日々が、また生き生きとよみがえってくるような、心にしみわたる内容でした。続巻にも期待します。

また、拙訳『人の子イエス』( みすず書房) についても、好意的なご感想どうもありがとうございます。

ジブラーンは、20世紀の屈指の美文・名文の書き手だと思うのですが、あの流麗な名文を日本語に移植するのは、なかなか手に負えるものではないと思いつつも、少しでもジブラーンの原著のもつみずみずしい宗教性のようなものが、日本の読者に届けられれば訳者としてこの上ない喜びです。( この文面は、ウェブページで引用してくださってもかまいません)

 

* 小森さんの存在自体が、わたしに、日録でのバグワン語りを保証して下さっているような勝手な思いのまま永く書きつづけ聴き続けて倦まなかったのであり、こういうかたちでお届けできたのを、こころより嬉しく感じている。

2011 6・2 117

 

 

☆ 梅雨のさなかの大騒ぎ   松

永田町は大騒ぎだったが、結局政権は持続することになり、一安心。昔の体制に戻ったら、今以上に悪くなりそうな感じがします。

それにしても『時期を決めず退任を表明する』などと、菅首相もしたたかだと思う。意外としぶとく首相の座に居座るのでは。それとも非難轟々の首相の座を手放したくなったのか? 心中は明らかではないが、残りの任期をしっかり勤めて欲しい。

 

 

* この、わが卒業生君の感想が平均してわれれ国民のものだろう。

マスコミがはやくも、退陣の前提になる復旧の「めど」が何時のことかなどと書き立てているのはマスコミの悪癖で、政局をけしかける無用で有害な煽動に、いつも、いつでも成っていることに反省がない。いま日本は国際的にも微妙な立場に在る。日本の総理の「辞めどき」を騒ぎ立てるなど国益に悖るぐらいな判断はもちながら、おもしろづくに儲け仕事として騒ぎたてる。マスコミというのも、一つ間違えば悪しき政治屋に媚びて行くのが本音の、癌性の魔性でありかねぬのを憂慮する。

2011 6・3 117

 

 

☆ PCでの近況もうかがい知ることが出来ず、心配しておりました。お元気そうで何よりです。

私の手元に「「 湖(うみ)の本」 事始めと題した新聞記事があります。日付は昭和61年(1986)6月9日の中日新聞の夕刊。今回は107。先生の強い、なにごとにも屈しない精神力。大きな大きな湖になりましたね。応援してます。 岐阜県 眞

 

* 以来ずうっと三冊ずつ継続購読して応援頂いている。ただ、頭をたれて感謝申し上げ、さよう「しないで静か」でなく元気に「して静か」な今後を歩みつづける。

 

☆ 拝復 このたびは「「 湖(うみ)の本」 107 バグワンと私 死の間近で 上」の御高著を御恵贈くださり心より御礼申し上げます。バグワンから広がる様々な人物や思想をたいへん興味深く学んでおります。また「私語の刻にございました福島原発の事故へのおことばに続く土岐善麿の歌など 非常に重く受けとめております。

当館で開催中の企画展の図録同封いたします。御笑覧いただけましたら幸いに存じます。

早々の梅雨入りになりましたが 御健康とますますの御健筆をお祈り申し上げます。 かしこ  五月三十一日 **県立文学館

 

☆ 拝啓

六月というのに寒さが募る心地です。「湖(うみ)の本 バグワンと私」 をお送り下されありがとうございます。

「死の間近で」の言葉、 私達同人の合い言葉にもなっています。私達の「季節風」も107号を済ませ、これから108号の予定です。

いつものことですが、本当にありがとうございます。敬具   同人誌「季節風」

2011 6・3 117

 

 

☆ 6 月3 日  秦 恒平様    阪大名誉教授

お変わりなくお過ごしのことと存じます。先日は「湖( うみ) の本」107 号をご恵与いただき、いつもいつも深謝しております。

「バクワン」についてのさまざまな思い、絶えず秦さんは自省し、厳しく自らに問いかけながら書き続けていらっしゃるお姿に、敬服することばかりです。まだ拝読している途中ですが、おっしゃっているように、その「死生観」に私も同感を覚えながら、日々の記録なさっているのを読んでおります。

そのような折、本日「わたしは、強く要請する」の一文をお送りいただき、心から同感いたしました。まさに「バクワン」の思想とも通じるものをおぼえました。

このところのむなしい政局、まさに人間の醜さをむき出しにした政争、これが政治家の本性なのかと思うと、日本人であることさえも恥ずかしく、たまらなくいやになってしまいます。なぜ、目的とすることは共通しており、この大災難をどのように復興し、人間の当たり前の幸せを取り戻すのかを、緊急に智恵をしぽり、国民とその思いを共有し、支えあう必要があります。

私は今さらながら、醜い政治に辟易する思いがしますが、これも選択した私たちの責任でもあるのでしょう。

おっしゃるように、政治家は目をさまし、全力をそそぐことに賛同いたします。

ありがとうございます。

 

 

*  一休みに機械の前から階下へ行くと、きまってテレビが、菅総理退陣の「めど」をめぐって、詐欺師だのペテンだのと、昨日に倍する「政局」煽動の報道や議論ばかり。

呆れかえって、この頁の「上」の方に掲出したわたしの「思い・願い」を、さらにメールの可能な数百の知人あてに同文同送してみた。もし許されれば知人の方に転送して頂いて、すこしでも世論を呼び起こしたいとお願いした。

わたしにも今出来るこれは一つの手段であり、こんな事に手を出さず悠々閑としてエロチックな和歌のまがいものを書いたり、小説や「 湖(うみ)の本」 に熱中すればよいのだと叱られるのも覚悟、ま、何も「しないで静か」にしているより、「して、そして心静かに」と書いた手前もあるわけで。

 

* すでに反響入ってきていて、やがては怒鳴り込んでくる人もあるだろうが、いまのところ、「秦先生  言いたいことを言っていただいてありがとうございます。」と東工大の男子卒業生君を皮切りに、「なるべく沢山の知り合いに転送いたします。政権とか政局とか、難しいことはなかなかわかりませんが、こんな国家の危機に首相を降ろす目的でばかり政治家たちの世間が大地震のように揺れているなんて馬鹿馬鹿しいと私にも理解できます。今は国全体が纏まって一大事に対処すべきです。  先生のようなお立場の方がそれを提唱される事は皆の意識を纏める大きな力になります。社会的に微細な私ですが、少しでもご一緒できれば、と思います。」と、女性からも、など、相次いでメールの返信が来ている。感謝。

* 鳩山由紀夫に聞きたいが、あなたは総理を退くと国民に告げたときに、この際、政界の一切から離れて心静かに過ごすつもりだと言い切り、わたしたちにその爽やかな姿勢を称讃させてくれた人だが、その舌の根も乾かぬうちからしきりに小沢一郎の身辺で暗躍しては党内分裂の火種をまき散らし、まんまと野党の策動に道を付けてさえいた、それらは、明瞭な政治家あなたのペテン・嘘・詐欺行為ではないのか。

わたしはいささかも菅総理に肩入れしているのではなく、ただ客観的に観て、総理の地位にある者がそうそう軽々に退陣など口にするわけのないこと、永い永い間のトンネルのようだった自民党時代の総理でも、辞める前に辞任をくちにするほどバカはいなかった。国際情勢をおもえば常識であり、総理経験者として、鳩山は菅にたいし迂闊に辞任などくちにするなと助言するのが本筋というものだ。未だしの鳩山の「だまされた」顔のベソは見苦しい。

菅は、したたかに日本語を駆使して不信任案を二枚腰でうっちゃり勝ちしたのである。しっかり総理をやってくれ。

 

 

☆ 秦恒平様 提言に

さまざまな伏線の上に大きなテーマ、まことに共感です。

友人・知人へのメールに全文付して、作家秦恒平の提言を各所に広めたいと思います。

先日、御著「バグワンと私」頂戴しました。御礼しようとしていたところでした。有り難うございました。

後期高齢者になると、懇ろだった出版社も言うことをきいてくれなくなり、致し方なく、出版社を立ち上げ、ライフワークの一里塚を公刊しました。2 年有余かかりました。疲れました。むち打つ毎日です。   作家

 

☆ 秦恒平様、まったく貴方の言う通りです。

今はつまらない事で時間を潰す様な時ではありません。

政府の問題ではなく、災害の問題が優先であり、被災者の問題を考える時でもあり

かつ、世界に恥をさらしている状況下である原子炉の問題を考えなければならない時です。

また各党の在り方が、もはやバカラシイ状況にあり、協力する事を忘れていると思います。

総理の退陣をいくら言っても退陣したらどうするか? という事を全く考えてない。

次の総理になる人間が今何処に居るのか? 居ないではないか? という事です。

まったく政府は菅以上にバカ揃いで、国民のクソの役にも立たない。

 

むしろ、この先=税金を上げる事を考えてばかりで、国民を苦しめるばかりでり

国民の為にならないのが政府としか言いようが無い。別の国へ渡ってしまいたいほどど

この国は駄目国家だと国民は皆、思っている事でありましょう。

この先、誰が総理になっても現状は変わらないでしょう。政府は能無しばかりです。

‘総理イジメ’に‘総理潰し’を繰り返すバカども・・・。

そんな事しか考える事がないのか? そんな思いです。

貴方の、頂いたメールは、私のブログに掲載しましょう。  或る人

 

☆ 秦恒平様

まさに、そのとおりだと思います。政争の具にするエネルギーがあるなら、一刻も早く与野党一丸となって大震災に苦しむ人たちを救え。原子炉を止めろ、と言いたいですね。

できるだけ多くの友人に伝えたく思います。  詩人 日本ペンクラブ会員

 

☆ 秦恒平様

本当に、私も、同じように思います。  横浜市 読者 主婦

☆ いつも先生から玉稿お送りいただき、ありがとうございます。

このたびご送付いただいた提言には、大賛成です。さすが秦先生です。 日本ペンクラブ会員 女性

 

☆ 秦先生、ご提言拝読。

ご趣旨、よくわかります。賛同です。

今必要なの、党派を超えて、一丸となって、この大災害を乗り切る、そして、被災者に一日も早く、人間の、暮しを取り戻してさしあげることです。原発の処理です。

震災から三ヶ月になろうとしているのに、この現状はなんたることか、と思っています。

 

ただ、今日の国会中継を聞いていても、あの菅さんではなんともならない、と思います。

震災前の外交その他諸々にも、責任転嫁、言い訳ばかりで、なんという情けないリーダかと思っていましたが。全く、我々が国の舵取りをお願いする器ではない。

今日の国会中継の様子でも、やはり、どこか首相の地位への未練や執着を断ち切ることができていないのでは、という不信感が湧くのです。

信頼感が持てないのです。菅さんに、この国の明日を託せるとは思えません。昨年政界を引退したはずの鳩山さんのようには、なって欲しくないです。

 

でも、今は首相を替える時期ではない。政争をやっている場合ではない。仰有るとおりです。

菅さんを引きずり下ろすことばかり大声でわめいて、

「○○さんを首相に」という具体的な構想も出せない、烏合の衆があれこれ、画策している現状では、菅さんでやっていく外はない。首のすげ替えで、組閣のなんのと、大臣病たちの暗躍もあるでしょう。今はそんな無駄な時間は1 日もないのですから。

ただし、菅さんは退陣の時期をはっきり明示すべきです。8 月までとか、12月までとか。

 

我が家では3 月の早い時点で、菅さんが、

「自分は被災者救済に政治生命をかける。8 月までで首相を辞める。それまでの半年、自分に時間を下さい。

みなさんのあらん限りの智慧と体力、気力を、この国に下さい。与野党一体となってこの震災処理に当たって欲しい」

なぜ、それぐらいのことを言えなかったのか。ずっと、待ってましたよ。なぜ、身を捨てて、被災者を救わないのかと。

でも、待ちくたびれただけ。なんともはや、不信任でその座を追われそうになってやっと、自分の退陣を引き替えに持ち出すのですから。菅さんはタイミングを計るのが下手なのでしょう。

とにかく、すっきりした政治をやって欲しいです。

政界にこれ以上、鵺が増えないように願っています。

 

バグワンを読み始めています。なかなか、進みませんが、でも、今この時に、先生が『バグワンと私』を出されたことに深い縁を感じます。

「心」に囚われず、振り回されず、「静寂」の時を過ごしたいと。それ以上に、政局がらみで暗躍する人たちに読ませたい。   野宮

2011 6・3 117

 

 

* 昨日送りだした政局嫌悪のマニフェストに、今朝もつぎつぎに反響が届いている。新聞は相変わらずの「菅おろし」だけの大合唱。呆れ果てる。

 

☆ 拝復 了解いたしました。

菅さんにしても鳩山さんにしても、自民党にしても、正しい日本語を理解できる人種とは、とても思えませんが、「辞めろ」とか「協力しろ」とかいう明言より、居たたまれない雰囲気や状況といった漠然とした圧力の方が、彼等の皮膚感覚(知能では無理)に訴えて、より効果的かも知れませんね。ネットに於ける、民意の盛り上がりを期待したく思います。

今回の不信任否決国会ほど、政治の劇場性と愚かさが喜劇的に露呈されたものはありませんね。大事な事を雰囲気で了解するなど、大人として、とても信じられないことです。あれだけの文書を取り交わしておきながら、肝心の目的が空白では、言質にもなっていません。あのような文書を書く菅さんに、どれほどの策略があったのか、裏に詐欺弁護士の策士がいて、そうさせたのか、分かりませんが、子供の作文を掴まされて、鬼の首でもとったように、小躍りして「やった」と叫んでいる鳩山さんは、よくよく政治的センスのない、交渉力皆無のお人好しなんだなと、飽きれるよりむしろ感心してしまいます。

江戸時代や、明治時代なら、まだ殿様がいましたから、殿様の目の動きひとつ、指の弾き方ひとつで、従僕は殿様の意向を理解しなければいけなかったでしょうが、戦後は、水平社会、もっとはっきり物を言う教育を受けて来たはずです。その上の契約社会になっているのに、政治家にしてクーリングオフにもならない曖昧な文書を取り交わすなど、鼻で笑って、あとは呆れるだけの三流茶番劇です。いつのまにか、政治の世界にも大人がいなくなってしまっていたんですね。

腹の座った、心からの血の出るような言葉を迸らせる論戦がない。自民党の大島副総裁にしても石原幹事長にしても、下手な朗読を聞かされた後味しか残らない。あの不信任案の文章など、本当に彼等が自分で書いた文章とは思えない。石原氏にいたっては、何度も口調に変化があり、女形が声色を使うのかと思わせる場面もあり、下手な朗読劇を聞かされたようでした。要するに今回の茶番劇は、日本の議員、政党、国会の地に落ちた惨めさを、情けなさ、幼稚さを全国民に、世界に、はしなくも露呈してしまった、ということでしょう。

心も力もない、知力も疑わしい人たちには「大義を捨てて大道に就く」など、根っから思いもつかないのではないかと思います。そこに溺れている人がいるのに、自分が手を差し伸べれば、確実にその人は救われるのに、バーベキュウに忙しくて、それをしないのは、最早人間とは言えないでしょう。まして議員をやです。

鳩山さんのときには、沖縄県民は不幸だな、と感じましたが、今回の菅さんの、あの厚顔な執着心には、日本国民は不幸だ、とつくづく情けなく思いました。

自民党がお膳立てした日本の終末は、終末を飾るにふさわしい人材と政党を得て、メルトダウンから再臨界に入り、もはや救世主の顔も見えない、というところでしょうか。

腹立ちまぎれに、つまらない駄文を書きました。お許し下さい。このような駄文を書いた後味の悪さは、バグワン和尚の言葉で、浄化していただく以外ないようです。    作家

 

☆ 本当に 同意しています。

見ておれないくらいの 攻撃ばかりで いい加減にしてほしいものです。

全員で 復興をお考え頂きたいと 思うばかりです。

当てにならない政治家なので 町ぐるみで復興計画を考え 夢を語り形にしていける様に提案していくしかないかもしれません。

待っていても無駄かもしれませんので 後でお金だけは出していただき 良い町作りは今までの経験 英知を結集してお一人お一人の希望を聴き地域で纏めるしかないでしょう。

東京の震災で焼け出された書道の先生も 4日くらいは何も食べる物が無かったそうです。住むところを見つけて一からやり直す感じは これからの方なら頑張れると思います。今は空き家が多い世の中になっている事もあるので その活用も考え 無駄は省き 有効なお金の使い方を皆で考えましょう。   茶人

 

 

☆ 秦先生

いつもありがとうございます。先生のお書きになられたものを拝見させていただいておりますと、何かご無沙汰いたしてるような気持ではなく、申し訳ない事でございます。

メールを拝見しました。私も全く同じ意見と希望をもってますので、友人へ添付させていただきます。  亡き文豪のご遺族

 

☆ 秦先生

いつもありがとうございます。先生のお書きになられたものを拝見させていただいておりますと、何かご無沙汰いたしてるような気持ではなく、申し訳ない事でございます。

メールを拝見しました。私も全く同じ意見と希望をもってますので、友人へ添付させていただきます。  亡き文豪のご遺族

 

☆ 秦先生 あいかわらず新聞社に記者生活しております**です。

「湖の本」(107)ありがとうございます。毎回、新刊を拝受するたび、せめてmailだけでも思いながら、それも途切れ途切れ。誠に申し訳ございません。多忙を理由にするほどの重責にもないのに、時間の使い方が下手で、最低限の礼儀もわきまえられないでおり、

お恥ずかしい限りです。

 

ここ数年、少子高齢化やグローバリズムの進展のなかで、「日本というビジネスモデル」の崩壊を実感しておりました。

そこへ「3・11」。

変化しなくては生き残れない条件はさらにそろったのに、さまざまな「既得権益」を守る力が抵抗となって、なかなか変わらない日本に呆然としています。その原因が、自分も含めて責任が社会のさまざまな層に分散してしまっている日本の実情も痛感しています。

まとまりのない話で誠に申し訳ありません。

 

今回の「湖の本」の冒頭に、「何かに『間に合いたい』」という言葉をみつけ、40代も後半になってきた自分の気分と重なり、とにかく先生にmailをしたい気分でPCに向かっております。

もちろん「何かに『間に合いたい』」という先生の思いと、僕の気持ちのレベルを並べるのは噴飯もの。僭越の極みではありますので、少しでも近づけるよう精進いたします。

 

同書中に、

哲学の研究者からの手紙を紹介してらっしゃいましたが、僕も「ああ、やはり」と思いました。

最近、学生時代に買った、いわゆる古典の哲学を読み返すことが多いのですが、この歳になって、哲学が実用的であるべしと確信しております。本来、実用的なものがその対極のもののように扱われ、「学問業者」の「既得権益」を守ってきたような気がしています。

まとまりのない文章で誠にすみません。

短く御礼を書き、ご「提言」への自分の考えも含めて、御本の感想を後でじっくりというつもりでしたのに、中途半端なものになってしまいました。また mail いたします。

 

本日、中小企業を経営する方々と、千里の万博公園でバーベキューです。この層の方々の「自立」が日本を支えているなぁ、と感じ入っております。

あっ、それから、新島襄への「大学」への熱意がこんな時代のために、あったということがあらためてわかってきたような気がしています。「同志社」という環境の中で身につけた感覚が役立ってきました。

 

* 多角的にいろんなお声の届いてくるのを、喜んでいる。

 

☆ このたびのご提言に、全面的に賛同いたします。

清水英夫   青山学院大学名誉教授

 

 

☆  和歌山の**です。提言を拝見いたしました。総論として賛同いたします。

しかし、私は初めから菅総理を、人間として信用しておりません。従いまして、与野党がともに協力できる総理の選出のほうを優先します。一定のめど、おそらくこのままではつかないと思います。よしんばついても、それをもって自らの延命を図るでしょう。

今回の災害は明らかに人災の様相を呈してきています。政権与党のやっていることがまるで見えません。所詮、菅総理は一市民運動家の域を出るものではなく、その発想もビジョンもありません。一国の総理たる器ではありません。

そんな総理の下で、何ができるでしょうか。

本日の産経抄に「大震災で被災した人々が非常時に足を引っ張り合うのはもってのほかだと憤るのはよくわかる。だが、リーダーの優劣によって国家の盛衰が決まるのは歴史が教えるところだ。首相が誰でも同じ。与野党一致協力して国政にあたれ」という一見もっともらしいペテンにはくれぐれもかからないように注意していただきたい」にも、本音のところで賛同してもいます。

「湖の本」、興味深く読ませていただいております。くれぐれもお体、ご自愛ください。乱文お許しください。

 

* この方のご意見に添って、ひとつだけ、わたしの質問をお返ししたい。

 

 

「与野党がともに協力できる総理の選出のほうを優先し」ようというのは分かります。ですが、その「総理大臣」に、誰一人として名乗って出ず、誰一人として担ごうと名をあげている野党も与党党員も集団も無いという惘れた「事実・現実」を、どう観ればいいのでしょうね。

かりに菅総理が、では今にも身を退きましょうと言いだしたとしても、首班指名までにすったもんだの愚劣芝居がどんちゃかとまたぞろ幕を開けるのでは、被災者も国民も堪ったものでありません。これ何よりに首を傾げます。「与野党がともに協力できる総理の選出のほうを優先し」ようという、それこそが毒々しい思惑だけの、ただの野次馬に終わっていないのかと不安になるのです。

 

まずは真っ先に、「信頼に足る受け皿」を用意して総理に退陣を迫るのが、国民への礼でもあり筋でもあり、それなら国民はともあれ政治家にまかせるでしょう。「発想もビジョンも」無いのは、むしろ無責任に吹いているマスコミや評論家や政治屋ではないのかと問い直したいのですが、どうでしょうか。

ああ、一人だけ、あわよくば名乗り出ようという腹の、担ぎ出してくれないかと色気満々なのが、小沢一郎かも知れませんが、御免被ります。少なくも「金」の刑事裁判を乗り切ってからにするのが順であり、人を煽動しておいて土壇場では独りで議場から逃げだすような小沢一郎への拒絶反応は、国民の九割に及んでいます。信任などぜったいに出来ません。

 

そもそも世にもバカげた安全神話とともに原発のかかる不幸を大きく日本の国土に導いたのは、金融や財界と結託した自民党政治の党利党略であったことを、今日の総裁すら否認できていないのです。時代の反動的な逆行に陥るのは、少なくもわたしは御免です。

 

☆ 秦恒平様

メールを有難うございました。

ときどき『闇の空気を』吸わせていただいております。

バグワンについての話は秦さんのエセー、秦さんの世界観。史観の本音をとおして、たとえば『辞書を引く』ような気持ちで読んでいます。

 

日本の政治とは。政治学の大御所だった丸山真男の本を読んで日本文化は「タコつぼ」であり西洋は、「ササラ」であるという話に感じ入りましたが、放射能で国土が汚染され国破る時に『山河まで無い』ことの認識が無い国会議員、これが今の日本の姿と教養と実力であることに無常観を感じます。

国存亡を前にして『党のために』詭弁をいたずらにしている政治家達。

 

秦 さんの短い文章に深く「カタルシス」を感じました。カタルシス(謝でありますが)は正常な平衡感覚です。

戦後の『ボケ』、1945年から日本人は明日を食べるためだけに専念し日本の神話・古代史を棄て、歴史観、宗教的史観への寄り道を忘れさせられ、小説でいえば『如何に生きて行くべきか』が無いまま60年の歳月が流れた。

どの党に投票しようと、一票の重みを馬鹿にしてはいけませんがどうも僕はどの党を選ぼうと政治の地下水が濁っていると感じます。

ありがとうございました。  川崎市宮前区 玉井 研一

 

 

☆ 秦先生

もっとも至極のご提言です。知り合たくさんに転送しています。

全く情けない政治家たちです。   星野桂三  画廊主

 

 

☆ 秦恒平様

緊急の御提言、我が意を得たりと拝読いたしました。政治家の名に値しない腐った政治屋たちの醜態、真にもって目に余るものがあります。御提言が広く伝わり、国民の共通理解になることを切望いたしております。   国語学名誉教授

 

☆ 秦先生熱いメッセージ、ありがとうございます。

思っていて言い尽くせないことが、ここに全て述べられていて、感動しました。

まことに勝手ながら私の拙いブログ「新墨東通信」に掲載させていただきました。

蜜柑農家の友人が、自公による不信任案提出に対して、何故今なのかと憤っていました。

国難とも言われているこの時、積み木崩しのようなことをしていていいのでしょうか。

被災地復興の利権がらみ、原発事故責任追及逃れ等々、底が見えています。

言葉汚くヒステリックに質問する下品な面々には呆れ果てました。

不信任案否決の日の夕刊見出しは「否決。さあ、出直そう全党あげて」となるべきが、「菅首相、辞任の意向」( 朝日)  ですから、ヒトが悪いですね。背後に何かあるのでしょうか。

「バグワンと私」は、「身にしたがう心」を拝読中です。心を詠じた和歌、まさに「心に沁みます」。

まずは御礼まで。ご健勝をお祈り申し上げます。  作家

 

☆ 秦先生。

メールメッセージ有り難うございました。私も全く同感でございます。

FaceBookにそのまま投稿致しましたら、沢山の方々がシェアして下さり、皆様賛同されています。

有難うございました。          造形美術家* インターネットのおかげで、思ったことをよほど広く伝えられたように感じている。

一言お返事差し上げた和歌山の読者も、また丁寧に述懐のメールを下さった。御礼申します。

2011 6・4 117

 

 

*  国会討論会、自民・公明のスカタン野党をのぞく多の野党は、およそ耳に逆らわないふつうの話をしていた。みんなの党の江田幹事長発言には耳をかすようにしている。自民党はとにもかくにも政権欲、それ以外の大義は持たない。このところの自民幹事長はみなお化けである。

わたしの上に掲げた要請に今朝もあいついで力強い反響がある。

 

☆ 秦 恒平 様

提言のメールありがとうございました。

私も同感です。まさしく「これを待っていました」という思いで、多くの方に転送しました。

3 月27日から ”福島原発10基を「廃炉」に!”の署名を開始し、5 万4千筆を5 月18日に東電と、内閣府に第二次提出してきました。4 月14日の第一次提出2 万7 千筆と合わせると8 万1 千、現在まだ集まっていますので第3次提出を6 月22日に予定しています。

インターネット署名も続けています。

”福島原発の「廃炉」を求める有志の会”で見て下さるようお願いします。 小田桐 孝子 市民運動家

☆ 秦恒平 様

下記の、私のブログに、先生の下記提言をそのまま賛同転載しました。ご覧いただき、もし不都合であるとお感じになられましたら、ご一報ください。即時、取り消します。宗内 敦

http://shoshisaikou.blog10.fc2.com/

 

☆ 秦さま

どこかの局のTV番組で、東日本大震災の復興に立ち向かうために、今こそ、挙国一致内閣(自民党と菅なきあとの民主党と)が必要だと熱弁を振るっているのを聞いて「寒気」がしました。

わたしも全く同意見です。消極的菅支持派です。大阪・まつおより

親しい友人が以下のメールを送ってきました。

<<今般の騒動はあきれてものが言えません。ともかく自民( 原発事故の反省が全くなし)に政権が移らなくてよかったです。菅さんは早く若手に道を譲るべきでしょう。

以下のサイトは原発関係では情報豊富です。リンクを集めています。小出さんの記事だけでなく、武田氏、石橋氏、その他多数の講演などを書き起こしています。ドイツ気象庁の放射線拡散予報図もクリックしてみることができます。

http://kiikochan.blog136.fc2.com/  >>

 

 

* 「ともかく自民( 原発事故の反省が全くなし)に政権が移らなくてよかったです。」に同感する。

 

☆ 秦さま  お心遣いのメールいただき、ありがとうございました。

今回のご本「バグワンと私」には、 あ、湖の本には、まだこんな切り口があったのだと新鮮な驚きでした。

『私語の刻』を通してしか、バグワンを知りませんが、バグワンのことばに救われる思いがすることがあります。

大切に読ませていただきます。(あんなメールお送りしていたのかと・・・すっかり忘れていました。)

バグワンの言葉にも、古典の味わいにもゆっくり浸りたいと思いながら、ドタバタと、また、ジタバタとしているうちに日が過ぎていきます。

次々と「湖の本」を送り出されるエネルギッシュな創作活動に見習いたいものと願っています。

六月の歌に、つぎの2首はいかがでしょうか。

 

 

つれづれと空ぞ見らるる思ふ人あまくだりこむものならなくに

 

 

庭のままゆるゆる生ふる夏草を分けてばかりに来む人もがな

 

* こういう知己に包まれて生きて来れたと、大げさでなく、喜んでいる。

添えられた二つの歌、むかし人になぞらえ恋の歌と読み、もらっておく。

 

 

☆  和歌山の**です。お忙しい中、私のために(昨日のメールへ=)ご丁寧なご返事まで頂き、恐縮いたしております。有難うございます。

早速ですが、、お尋ねの件につきまして、お答えになるかどうかはわかりませんが、一言書かせていただきます。

 

政権与党である民主党の、腰砕けになったとはいえ造反議員の中からその(菅総理に代わるべき=)具体的な人物の名前が出てこないことに首を傾げています。それは民主党そのものが、その程度の寄せ集めの政権政党であるということではないでしょうか。無論小沢氏など論外で、お坊ちゃまである鳩山氏などにもなんら期待はできません。にもかかわらず、そうした(反菅=)グループがあるということが、何よりもこの党の政治というものへの重大さが感じられません。そんな中で、強いてあげれば岡田さんあたりが、本来は名乗りを上げるなり、推薦するべき人ではないかと思っております。ほかにも何人かは思いつきますが、民主といい、自民といい、左派のグループを除いては基本的に考え方にそう大きな違いはないように思いますので。

 

ただ、昨今のマスコミにはひどいものがあります。記者のぶら下がりなど見ていても、その質問のおろかさ、稚拙さは素人の私などでもそんな質問などしないだろう、と思うことがしばしばあります。毎日、仕事先で朝のひと時、日刊新聞5紙と地元紙2紙、そのほかの新聞を読み比べていますが、意外にまともだなぁと感じるのが奇妙なことに地元紙なのです。これは何を意味するのでしょう。私自身、長年地元紙で記者やら編集をしてきました。同じ取材をして書いた記事を比べると、なぜこんな書き方になるのか、不思議でならなかったことを思い出します。ことに**新聞は。

 

よく言われることですが、制度改革、政治改革という言葉があります。制度などいくら変えてもそれを使う政治家自らはが変わらないと何の用もたしません。

今、問題になっている生活保護にしてもそうです。大切な法律だと思います、しかし、それを受ける人間が支給日に真っ先に市役所に並び、それを受け取るやパチンコに走っているのです。生活も私などよりはるかによい暮らしをしています。高級車に乗り、大きなテレビをすえ、結構な暮らしです。その生活保護を斡旋しているのはほかでもなく政治家(地元の)なのです。中には離婚までさせて、別所帯にさせて。そうすれば奥さんのほうにはさらに寡婦手当がつきますから。

 

いつの時代でもそのようなことはあったのでしょうが、このような政治家しか選べなかった私たちにも責任はないとはいえません。けれども、あまりにも選択肢のない選挙の多いことか。棄権をしたことはありませんが、白紙で投票することの多いのを悲しく思います。

原子力発電所につきましても、やむをえなかったとはいえ過疎に苦しむ地方の究極の選択だったように感じます。おかげで潤いました。おいしい思いもしたでしょう。しかし、そこに専門家の、あるいは政治家の嘘があった。私の地元でも使用済み核燃料の保存基地誘致の動きがありました。街が赤字債権団体にいつなってもおかしくない状況だからです。幸いというか火力発電所のおかげで何やかやと文句をつけながら債権団体には陥っていませんが。その代わりユネスコの世界遺産にはこの地域は入りませんでした。

 

つまらない世迷言を並べましたが、何事においても政権や制度などの問題以前に、まずそれを担当するものの人間としてどうなのか、どうあらねばならないのかを言いたかっただけです。それは有権者自身にも当てはまります。

日本に限りませんが、組織なり体制がピラミッド型であることを悲しく思います。本当は逆ピラミッド型であるべきだと思います。そして、その一番下で支え、バランスをとっていくのがすべての分野での最高責任者であるはずですから。

ご返事らしいご返事になりませんで申し訳ありませんが、お許しください。今朝は仕事明けで、帰宅してすぐ書きましたので舌足らずのご返事になりました。今夜、明日と休みで、あすは親戚の梅取りに行きます。畑の中で、地べたを這いずり回りながら(雨のようですが)、梅を拾います。そんな時、ふと気持ちが豊かになるのです。自分のリズムと合うのでしょうか。 農家の所得保障などという話もありますが梅農家には無縁です。

貴重なお時間を割いてしまって申し訳ございませんでした。直接秦様からメールをいただけるなんて思いもしませんでした。大切に保存しておきます。有難うございました。   読者

2011 6・5 117

 

 

☆ 恒平さん   バルセロナ

湖の本、いつもいつもありがとうございます。お便りを差し上げよう、差し上げようと思いながら、月日の経つままに任せてしまっていました。ごめんなさい。

昔 (東工大教授の頃の= )恒平さん、インタビューに来た記者か編集者が、ちょっと調べれば分かることを、碌に準備もせずに質問してくる、という話を何かに書かれていましたよね。ホームページを読めば、恒平さんの大よその状況は分かるところを、それをしないままお便りするのは、その記者と同じことをしている気がして、書こうとする度、先にホームページを読まなければ、と思い、家でコンピューターをほとんど立ちあげることのなくなった今、それもなかなか難しく、歳月が経てば経つほどまたお便りもしにくくなり、という悪循環に陥っていました。

 

お便りを、と言っても、特に目新しい話はなく、毎日、変わらず幸せに生活しています。一昔前は、恒平さんに書くとなると、何かいいことを書きたい、褒めてもらいたい、という気持ちがどうしても拭えなかったものですが、今では、「私はこんなことに気がついた」「やっとこんなことが分かった」といったことを誰かに話したい、聞いてもらいたい、という願望、いや憑き物ですか、が落ちたようで、そうなると今度は、はて何を書こうかしら、と途方に暮れないわけでもありません。いえ、肩の力をヌケばまた、いくらでも別に書くことはあるのですが。「自分はこんなことに気がついた!」と、誰かに聞いてもらいたい欲求は、結局、こんなことに気付いた自分を、その人に認めてもらいたい願望に繋がっていたのだろうと思います。

 

今一番の関心事は、クラシックギターです。2 年ほど前から習い始めたのですが、始めた動機も、瓢箪から駒のように気まぐれで、でも始めたら楽しくて仕方ありません。地元の音楽学校に申し込んだのに、先生は偶然日本人。それが、とてもよい先生で、こんなに楽しいのは、その先生が大いに寄与するところあり、なのですが、ひとつ問題があります。私の内面の問題です。いい音は出せるようになりたいけれど、プロになりたい訳でもなく、賞を取りたい訳でもなく、ただ楽しみたい、それだけなのですが、家で練習している時は楽しいのに、いざレッスンになると、昔の優等生の後遺症が出てくるのです。私は、先生が日本人であることが大いに影響していると思うのですが、突然「うまく弾かなければ」という意識に体が支配され、カチコチになるのです。こちらに来てから、そういった「優等生の耐えがたき退屈さ」(と私は名付けています)を随分削ぎ落としてきたつもりでしたが、今、日本人の先生を前に、その症状が再発、常に、「叶ふはよし、叶ひたがるは悪しし」が頭にあるものの、身に沁みついたものを落とすのは、なかなか難しいものです。

 

スペイン語のレッスンも、続けています。職場仕事で、スペイン語のやり取りが多いのも、役立っています。嫌な電話のやり取りも、どうしたら相手に切られないで聞いてもらえるか(こちらが外国人と分かると、それだけで相手はナーバスになり、アテンドしたくないと思われた時点で、相手に勝手に電話を切られたりします)、どうしたら分かりやすく説明できるか、のよい練習と思ってやっていたら、苦ではなくなりました。息の入れ加減、相手を遮るタイミング、ようやく肩を張らずにできるようになりました。言葉は、言葉を発していない瞬間の「間」を習得して、ようやくスムーズに会話が成り立つようです。面白いものです。(逆に、日本での日本語の会話がぎごちなくなりましたが。)

 

私の昔からの趣味、洋服をデザインして作ること、も続けています。今回は、日本から買ってきた浴衣生地を使っているので、出来上がりがさらに楽しみです。

昔から、実生活に役立つもの、何かを工夫してシンプル化すること、立体のものを平面に直すこと、平面にデザインされたものが立体になること、に堪えがたい喜びを感じてきたので(なりたいものの一つは建築家でした)、今思えば、工業デザイナーの道を選ばなかったことは残念なのですが、まっ、そういったものを選ばなかった(実際選んだ分野で成功しなかった)からこそ、自分は今スペインにいるのだと思うと、それはそれでよかったんです。

 

映画も、欠かせません! 毎週末が、私たちの映画の日です。最近見た中では、2010年の”Incendies ”(カナダ)、”In a better world “( デンマーク、Susanne Bier監督) 、がとてもよい映画でした。

 

この春、14年ぶりの桜を満喫しました。夫の還暦祝いに、是非桜を見せたくて、日本は震災後の大変な時期でしたが、帰国しました。夫にとっては恐らく最初で最後、私にとっても、もしや最後の桜になるやも知れません。京都鴨川の枝垂れ桜沿いを歩いたのが、一番良かった。本当に良い春、よい帰国になりました。

 

バグアンは、何度か買って読んでみよう、という気になったものの、買う段階で抵抗を感じ、まだきちんと読んだためしがありません。でも、恒平さんのホームページで知った話はいつも面白く、そのうち、などと思ったりしています。下巻も楽しみにしています。

 

恒平さん、どうぞお元気で。  京

 

*  メールには、メールでなくても消息を知ったり伝えたりには、必ずやこういう途切れは来るものであり、互いに親愛の根のあるかぎり、信頼のあるかぎり、気にすることではない。

同じ東工大の卒業生でも、一時は七十人を超すほども日々に交信があったけれど、そんなことも続くものでなく、それでもこの「京」のように「 湖(うみ)の本」 で繋がってきた、今も繋がっている卒業生さえ、有り難いことに十数人。「 mixi」 のマイミクも何人か。結婚式に招かれたのも十人ほど。すばらしいではないか。

そして、このような、懐かしい便りがはるばる届いてくる。

 

* 今度の本にも書いていたが、バグワンに教えられていちばん身に沁みたのは、「鏡のように」という譬えであった。鏡はみずから迎えに出てモノを写すのでなく、みずから追って行ってモノを写すのでもない。無垢の鏡は、来れば惜しみなくくま無く写し、去る影をけっして追って行って写そうなどしない。往来は世の常のこと。自然にまかせていれば、去来は無常のようでまた常を喪いはしない。

「京」が幸せに元気にしていて、すこしも変わらず「恒平さん」と呼びかけてくれるのをわたしは嬉しく嬉しく思う。いい日ではないか。最後かもなどと言わず、懐かしい日本に、東京や京都の花を観に何度でもご主人と訪れてくれるといい。

2011 6・5 117

 

 

* わたしは強く警戒する。

一に、原発推進をめぐる政治的暗躍のまたぞろ蠢きだしていること。大転換、反原発を国是と定めたドイツの理性は多くを教えている。

大江健三郎も「反原発」の声を、正確に挙げた。賛同する。電力労連やその母体と癒着しがちな民主党の動静もじつは大きな危険要因なのである。

もう一つは、「大連立」という構想の安易な利用のされ方。日本の政治家は残念ながら自律性や理想性が低すぎて、一言で言うとステイツマンシップの持ち主が居無さ過ぎる。つまりは、一つに固まって悪さを画策し始めると歯止めも止め処もなくなってしまい、「国」を食いつぶしても責任を持つ・取るということがなくなる。悪しくも悪しき大政翼賛の大悪例が出来かねないので、少なくも二院・二党以上で不正監視を続けねば現代政治が保てない。

財界・金融と金権で結ばれて行く旧自民政治の再来は、ぜったいに許してはならない。民主党の岡田幹事長の大連立の時限構想がわるく利用されないよう、岡田氏にも用心して欲しい。

日本の政治は、基本的にはやはり「反自民」の道を歩んで欲しい。「みんなの党」に注目している。

 

* 朝一番に堀上謙さんの、電話。政界・マスコミへの不満、わたしの要請への大賛成、等々で、かなり長電話になったが。

☆ NHK ETV特集を見て  松

NHKのETV特集で、『続報 放射線汚染地図』が放映されていた。

http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2011/0605_02.html

 

元理研の岡野眞治氏(84歳)、北大の木村真三氏による福島原発から放出された放射性物質の影響を調査する番組。

放射線測定器と映像を組み合わせた自作の装置で、3,000km以上走り、放射線量を測定し地図上に記す作業を行ったそうだ。こういう科学者の地道な調査のおかげで、各地域の汚染状況が明らかになり、農作物や人体への影響を予想することができるようになると思う。

それにしても原発からの単純距離だけで避難区域を決め、正確できめ細かい調査を行わない国には本当に不信感が沸いてくる。

今回、プルトニウムの飛散状況の調査も行われた。恐ろしいことに、地球上にはかつての核実験の名残である微量なプルトニウムが既にある量存在するとのこと。

わずか一箇所ながら、その平均的なプルトニウム濃度より高い濃度が検出された場所があった。原発からプルトニウムが放出された可能性が高いとのこと。これから更に正確な調査を行い、危険な地域があるのかないのか、明らかにしてもらいたい。

この番組で不満なのは、測定された放射線量の高い低いについて放映はされているが、その線量での人、農作物への影響について、はっきりとしたことが言われていないことである。こういった番組を放映するだけでも、公共放送NHKとしては頑張ったのかもしれないが、できれば取材した調査結果を元にして、今後の対応を考える番組にして欲しかった。

 

* 卒業生マイミク君の挨拶を聴かせて貰った。

2011 6・6 117

 

 

☆ 「巻を擱く能はず」、一気に拝読いたしました。バグワンと私、 上巻。ありがとうございました。  元文藝誌編集長

 

☆ 日本中、何やかやと大変なことになっています。そうした中、命がけの「 湖(うみ)の本」 107『バグワンと私 死の間近で 上』拝受。ありがとうございます。十年程も前の作品(=日記文藝) ですが、今にもあてはまる瑞々しい輝きの思いが籠められていて、いつもながら感心しています。梅雨上がりの頃には晴々した天地がひらけますよう祈り居ります。御自愛下さい。

いつもありがとうございます。考えさせられる作品群です。不一   作家 日本ペンクラブ

 

☆ 『バグワンと私 上』受け取りました。「ご批判下さい」とありますので、感想を少し述べます。

私はバグワン氏には全く無知です。読んだこともありません。46ページぐらいまで読んで、感じたこと。バグワン氏は「上座部仏教徒」のように思われます。十牛図や般若心経を持出すところ、禅の方のように思われます。

先生の求道は、知識が色々あり過ぎて、「雑行雑修」に傾いているところがあります。「私の心」は幻像ではないでしょうか。無心になることなど、私にできるはずがありません。「こころの時代」を叫ぶ仏者の滑稽さ、おっしゃる通りと思います。まだ感想はありますが…。  (払い込み用紙に細字で)   新潟県 歴史学者

 

* 下巻を早くお届けしたくなった。

アメリカからも電話と追加の注文があった。有り難い。

2011 6・6 117

 

 

☆ 提言のメール、ありがとうございます。

色々と思うところはありますが、『野党も与党もマスコミも東電も財界も、“国民も”、菅内閣に「渾身の協力」を惜しむな。』と、あえて書き入れてみるのはいかがでしょうか。

マスコミに踊らされているか否かは別として、私たち自身( 国民の一人一人) も、自分のこととして考えなければいけない問題のように思います。    丸(一国民として)

 

* 少壮の人からこういう声が届く。まことにもっともであり、提言への提言を進んで取り入れた。

* 人の一日一日は、こんなことだけで営まれているのではない。若きも老いも、みな、一人一人の志を抱いて生きている。たとえば、真剣に文学や藝術に励んでいる若い人もあり、衷心、人生の生きおさめに思いしむ老境もある。

良い政治とはそうしたそれらに恙が在らせぬようにするのがむしろ根本の要諦ではないか。権力という我欲のために政治家や官僚になるのだけは、どうか、お願いだ、ヤメテほしい。

 

☆ ばかばかしくて声もでないな

と思っている人が日本における絶対的多数だと思います。

みんな自民は選びたくなかったから、自民は先の選挙で負けたのに、その事実を棚に挙げてどうしてあんなにえらそうに首相を責められるのかなあ。

とも思うし、

あの大物政治家は一体何がしたいのか、自分が首相になりたいのか なれたとして一体何をどうしてくれるのだ

今は誰が首相になっても、今の首相と同じようなことしか多分できないし、しないだろうとわたしたち国民は思っているわけです。

 

ぶっちゃけ誰が首相であっても大同小異で、これ以上悪くなることはあっても、劇的によくなることなんてきっとないだろう。

それなのに不信任だの、辞任しろだの、アホすぎてお話になりません。

一般のレベルではみーんな↑こうしたことを言ってるのに

政治家だけが「首相がかわらなきゃ」「首相を変えなきゃ」とかいって勝手にあたふたしていて、なんで? って思う。

誰のための政治家?

なんのための政治?

いっそ全員で責任とればいいのに。

 

組織の話ですが、みんなそれぞれに偉くなりたい組織では、互いを助けないなと私は感じています。

非常に小さいところではありましたが、私はかつてそういう組織を経験したことがあるのです。誰かが苦労していたり、困ったりしていてもあまり助けようという意欲は持たないし、

「自分の責任でやるんだよ」的な空気がむんむん漂っていました。

失敗なくやって当然。失敗があればその人の責任。

同じ組織にいるのに。

失敗する前に周りが助ければいいのに。

そのうえ、みんなが(特に上の人々は)自分の正当性と有用性をアピールするためにマニフェストばかりふくらんでいって、無駄な仕事が増え、そのために動くだけで精一杯になり、本来自分がなすべきことに手が回らないという本末転倒さ。

わたしはこっそり上の人々を殿上人と呼んでたね!

 

気に入らないことが少しくらいあっても、国のために政党とか党派を超えて一緒に知恵を出し合ってやるべきとき、というのはあって、それは「今だ」と思いますが。

何が現状において一番優先してなされるべきかを判断できない政治家は、国を危機に陥れるよ。

そういう意味ではみーんな、議員みんな政治家として失格ではないですか。

 

世襲でもなく、利権のためでもなく、国に資するためとの意識を持って、テレビの中の人たちには働いて欲しいと思いますし、それはそのまま私の所属している業界についてもいえることでございます。

反省。   桜鯛

 

* 「 mixi」 では、こんな毅い声もきちんと聞こえてくる。ありがとう。お互いに、もっと耳を澄ましあって聴こう。

 

☆ 私が実際に、ガイガーカウンターで計測している情報です

計測方法。

午前と午後に同じ場所で、地表に向けて計測します。一回の計測で二度計測して、その安定値と最大値を書き込みます。

ちなみに、震災以前

数十回計測していましたが、山形は311 以前は0.05~0.09μSv/hでした。警告音は一度も聞いたことがなかったです。

しかし、震災後は警告音は頻繁に鳴ります。

実際に計測していた私から見れば、新聞などで毎日報告されている線量は、去年の数値なんです。今は、昨年の数倍…

 

 

 

* これも「 mixi」 の親しい仲間からのレポートで、厖大に線量測定の実際が報知されていて、じつに大勢が参考に視ていると分かる。「国民の一人一人」が憂慮と賢慮を示し始めて広がっている。

永田町の人よ、気付けにかかる「地の塩」を嘗めよ。

2011 6・7 117

 

 

* 直哉の書簡集は創作全部の半量ある。実に筆まめにハガキを書いている。わたしはそれが苦手で、しない。メールは大助かりで、それすら公開の日記で代用している。日記だと、個と個とにとどまらず自身の暮らしが表現できるから。必ずしも最良の方法ではないが。

電話が、ことに掛かってくるのが、昔から嫌い。仕事の打合せには早くて便利だが。自然掛けることもしない方だが、この年になってくると顔こそ見えなくても、声は聴きたいと想う人がいる。用事は何もないから「声」で足りるが、向こうで喜んでもらえると、こちらも嬉しくなる。妻にもハガキで済まさず電話をつかえばいいよと奨めている、ただし向こうで電話が嫌いな人もいるから気は使わねば。

試みに、数人にかけてみた。娘さんの婚家近くに転居していた定年過ぎの男性、『慈子』のような小説を書きながら教育関係の仕事をしていますと。

忙しい盛りのテレビマンは、秋に初の子供が出来ますとご機嫌の卒業生、先生お元気でと励まされわたしも嬉しい。

まあーっと声をのんで喜んでくれた被災地の人も、元気いっぱいに地域での市民活動にいそしんでいますと昔の短大生も。

こういう一服の時間、穿鑿されずに、これからときどき楽しんでみたくなった。

 

☆ 秦先生

先程はお電話、本当にありがとうございました。頭が起きておらず、あれもこれもお話したいことばっかりだったなあと思いながらメールを書かせて頂く次第です。

まず、「バグワンと私(上)」拝読させていただきました。実は、タイトルを拝見して「難しい本なのかなあ」と思いながら読み始めたのですが、読み始めると、それは杞憂であると気づきました。

バグワンに出会われてからの、先生の心の動きを改めて少し覗かせて頂いたように感じました。私の勉強が足りず、先生が読者に伝えたい真意を、私はいまだに十分には理解することができない部分もあるのですが、下巻をとても楽しみにさせて頂いております。

 

政治につきましては、私は先生と全く同意見です。

東京の(いや、大阪も含む)メディアは、永田町界隈で起きていることをそのまま伝えているだけなのかも知れませんが、特にテレビメディアからは「主張」が伝わってきません。

菅さんさえ降りれば、すべて話がうまく行くとは到底思えません。

いや、もし今回の大連立で被災地の支援が迅速に進むのであれば、3・11以降、政治家は何をやってたんだと、国民はまた失望することになると思います。

と書いておきながら、私もメディアで働く一員として、今後の被災地のために、日本のために、メディアは何をするべきなのかを考えながら仕事に取り組んで行きたいと思っています。

 

少しお電話でお話致しましたが、関西地区で5月28日に「脱北者たち」という番組を放送させて頂きました。私がドキュメンタリーを担当したのは11年ぶりです。

色々と反省点も多いのですが、「FNSドキュメンタリー大賞」参加作品として、今年度内に、東京でも放送される予定です。

番組は、大阪・八尾市で暮らす脱北者の方々の苦労をメインテーマとしています。2月中旬から放送直前まで、取材をしていました。

恐らく深夜の2時か3時の放送となりますので、是非録画していただければと願います。(また放送日が決まりましたら、必ずご連絡させて頂きます。)

おかげさまで、我が家にも秋には新しい命が誕生することになりそうです。その命に恥じないよう、ますます責任を持って仕事に取り組まなければと感じております。

東京も震災の影響で色々と不便だと伺っております。

大変遅まきながら、ですが、もし何か先生のお力になれることがございましたら、何なりとお申し付けください。本当に、お気軽にお申し付けくださいね。お願いいたします。そして、くれぐれもご自愛ください。いつまでも、お元気に過ごしてください。

また、ご連絡させて頂きます。

きょうはお声を聞くことができて、とても嬉しかったです。  テレビ放送者

 

* 生活者は、斯く生き生きと働いている。永田町とは何であるのか。夢の夢に浮かされているのか。

 

 

 

* 千葉と川崎との e-OLD に、堀切の菖蒲園にどうですかと急に誘ってみたが、わたし自身の迂闊で十日の予定を忘れていて、また余日はお二人の都合に合わず、惜しくも断念した。たとえ小雨でも菖蒲にはいいと思ったが。菖蒲あきらめた。また機会があるだろうが梅雨が明けると暑くなるだろう。

五年前に、歯医者のあと思い立ってその足で妻と堀切まで行き、菖蒲を堪能し、そのあと駅近くで歯医者さんお奨めの中華料理を堪能し、思い切ってはじめて柴又まで足を伸ばしたのだった。楽しかった。六月五日。まだ、やす香の白血病告知を受けていない、今思えば平安で幸せなおじいやんとまみいであったのだ。

つらいことを思い出してしまった。

2011 6・7 117

 

 

☆ 秦恒平様

政局への提言には全面的に賛成です。朝日カルチャーの担当クラス、選者に呼ばれた句会、さかんに招待される高齢者になった教え子の同期会などで、同じ趣旨のことをしきりに話しています。

悪口をいいながら、日本が好きですから。

あとで柳誌掲載ののコピーをお送りします。

毎日夜中の4時ごろまで本を読んで、メモをしています。

ありがとうございました。ご自愛ください。  速川 和男 ペン会員

 

☆ ありがとうございます。 京

「鏡のように」

「適ふはよし、適ひたがるは悪しし」

 

「分かる人には、言わんでも分かる」

 

恒平さんが繰り返し書かれてきたこの三つの言葉、身に沁みています。

「鏡のように」は、とりわけこの三カ月、掻き乱されそうになる湖面を鎮め、静まるのを、助けてくれています。

2011 6・9 117

 

 

* わたしには、とても此処まで書ける「情報」の持ち合わせがない、が、下に紹介する一主婦の「原発」をめぐる紹介と意見とは、聞き流すこと、決して出来ない。あえて、メールのままにお伝えする。そのまま、広く広く順に転送して頂くことも、大いに望ましい。

 

 

☆ みづうみの声に共鳴して、  一主婦

 

今は「次の総理に誰がなるか」などということに血道をあげている場合ではないと、ただの主婦でさえわかっております。この緊急事態に「大連立などと気色の悪い話」まででてきて、益々暗雲たれこめた気分です。国民不在も極まれり。眞の意味の「野党の働かない政治」ほどおそろしいものはありません。

 

連立なんて腑抜けたこと考えないで、民主党が初心に戻ってしゃんとするか、政界再編の動きが出て、「脱原発の舵を取る新世代の政党」が出てきてほしいと熱望します。

並んだ顔ぶれの誰がなっても代わり映えしない政局のことで大騒ぎとは、日本の政治家もメディアも「日本を滅ぼしたいのか」と思えてしまいます。みんなで福島の原発事故の真相を曖昧にして、(「他の原発は地震に安全」と偽り)みんなで「復興を口実の増税」すれば、゜責任逃れ」できてうまく運ぶとでも?

 

ここまでコロコロ総理が変わるなら、いっそ、これから「日本の首相は一年任期」にして、「一つの仕事だけ」をやってもらうというようにしたらよいという意見がありました。一つだけ、しかしその一つを十人の総理が確実にこなせば、日本はずいぶん良くなるはずだと。私は菅総理の味方ではありませんが、「今危惧するのは、次にくる総理が菅総理より原発推進に動く人間であることはたしか」と思われることです。

 

今の政権には、避難指示の遅れで住民を多大に被曝させてしまったこと、汚染された瓦礫をあちこちの自治体に引き取らせて今も日本中に汚染を拡大しているという「大失政」があるのですが、「今までの政府に比べれば脱原発の姿勢があるのが救い」で、菅総理には、残された任期の間に「なんとしても脱原発への道づけをしてほしい」と願います。「そうさせまいための必死の退陣圧力であるのかも」しれませんが。

 

アメリカのある学者の「福島の現状についての見解」を読みますと、現在アメリカが懸念しているのは「3号機の水蒸気爆発と4号機の倒壊及び使用済み燃料プールの火災」のようです。「とくに4号機の火災が一番おそろしく」、もし火災が起きた場合は周辺住民18万7千人がガンで死亡するという「予測」がされています。

放射線リスク専門家のハスビー博士は、「原発周辺半径100キロ圏内は非常に深刻な汚染地域で、40万人のガン患者が発生する、帰還は無理」と予測しています。そして「東京にも重大な汚染地域がある」とも述べています。

日本だけでなく世界にも、福島の被害の実態が過少に伝えられているのは犯罪的である。原子力企業や関係組織が非常に強力なロビーストであること。原子力開発、ウラン採掘関連企業にはとてつもなく巨大なマネーが動いているからである。海の汚染にいたってはとんでもない規模であろう、と。

 

私は、事故当初は第二のチェルノブイリになることを恐れていましたが、現在は、「どうかチェルノブイリ以上にはならないで」ほしいと祈る日々なのです。

 

テレビや新聞では何もわからないので、学者やジャーナリストや呉服屋(意外にも斜陽産業の呉服屋さんは世の中の動きに敏感な人が多い)や自民党の代議士までのさまざまな立場からのネット情報を読んでいます。悪い冗談だと思っていましたが、地下式原発は、菅おろしの一因であろうと、色々なブログに書いてありました。

 

「地下式原子力発電所政策推進議員連盟」【会長/ たちあがれ日本】平沼赳夫【民主党】鳩山由紀夫、羽田孜、渡部恒三、石井一【自民党】谷垣禎一、森喜朗、安倍晋三【国民新党】亀井静香

 

他にも自民党系のあんな名前こんな名前があります。実に恐ろしきは原子力マフィア。福島の事故収束さえ遠く険しい道なのに、世界の誰もやったことのない、聞くも無気味な「地下式原子力発電所を地震国日本に新しく建設しよう」なんて……。

 

 

武田教授が、今日本で一番安全な原発は福島ですと、テレビで話していました。ブラックジョークではなく、次の余震がきただけでも福島かそれ以上に壊れそうな原発ばかりなのです。岩上安身さんとのインタビューでは、「日本の原発50基は今ほとんど倒れるような状態で運転しているのを隠している」と言及されています。

もんじゅは正常に爆発しないで終わる事のほうが難しいそうで、広島長崎原爆の100倍の放射性物質だから、名古屋は全滅、京都も大阪も終りと。(今まで日本は原子力村によくもよくも好き放題にされていたものです。)

今、この瞬間にも、第二、第三の福島事故を恐れなければいけないのに、新しい原発をつくろうという動きがあることが、私にはどうしても信じられません。孫・子の世代がどうなっても、日本に人が住めなくなっても、どうせ二十年先に自分達は生きていないからかまわないのでしょうか。

とても正気の沙汰とは思えませんが、本気も本気のエライ人たちがいらっしゃいます。ふつうに考えれば、日本がこれから先、国家として生き残るためには、地下原発を考えるより、風力とか太陽光発電、あるいは他の自然エネルギーを考えるのが先でしょう。

「原発絡みの利権」とはいかなるものか。冨と権力を掌中におさめていてもなお欲しくてたまらない、世の中にはそれほどおいしいものがあるのですね。それとも素人にわからない、日本のためになる崇高な政治的目的があるのでしょうか。推進派の方々の顔ぶれを見て、どうしてもそう信じられない自分は頭がおかしいのでしょうか。

菅総理は脱原発派ではなく、優柔不断推進派と思っていましたが、積極的推進派でなかったため降ろされる道をたどったとしたら、今の日本の病根の深さに身震いします。

 

みづうみは、福島や浜岡が「点検のために全炉停止していた時期」のあることをご存じでしたか。テレビや新聞はこの事実を伝えないので今まで知りませんでしたが、浜岡など2009年8/11から9/15の真夏に一月以上も全部止めていたのです。その当時電力不足で大変だったなんて聞きませんでしたし、停電にもなりませんでした。

多くの学者が原子力発電がなくても電力不足にはならないと言っている意味が、この一点でもわかる気がいたします。

「脱原発でやっていける」とわかると、原子力利権の恩恵を受けられなくなるので、なんとしても原子力発電を推進し続けてほしい強大な勢力が、日本のこれまでの政治を左右していると、そう判断するしかありません。原子力を推進するためには国民を犠牲にしてもいい、それが今までの原子力行政であったのではないでしょうか。日本には「原子力発電を守りたいという強固な体制」があって、それは少しも変わることがなく、今の政局の混乱の一因となっているとしたら、日本はどうなるのでしょう。

 

「大連立が、原発推進への道をたどる」ことを深く深く憂慮します。これ以上国土が汚染されてしまえば、日本という国は破滅です。国民がそんなことを望むはずがない。日本を追われて一体どこに住めというのでしょう。「放射能で汚染されている大量の日本人難民を受け入れてくれる国なんて世界のどこにもありません。」

 

電気が不足すると日本の経済は終りだという根強い勢力の言葉が万が一事実だとしても、経済の落ち込みで三流国家になっても、子どもたちがばたばたと癌で苦しんで死ぬよりましではないですか。山ほどお金のあることが、自分の子どもの命より大事と思う人間がいるとしたら、それはもはや人間ではない。

国民は決してそのような勢力に「負けてはならない」のです。理不尽な犠牲を強いられてはならないのです。今、国民が脱原発の声をあげて動かなければ、必死に訴え続けなければ、倒れそうな原発は稼働し続け、安全性の疑わしい地下式原発が次々に建設されてしまいます。

今回の震災を通じて、「知らない」「知ろうと努力しない」ことは、はっきりと「国民の罪」と思うようになりました。厚顔無恥に安全と報道しながら、事故翌日には福島から逃げていたテレビや新聞、を信じていては子どもを守れません。

多くの学者がテレビに出て平気で嘘をつくことも知りました。それぞれは良い社会人で家庭人なのでしょうけれど、生活のために簡単に学問的真実を曲げられるとは驚きでした。

国民一人一人が日本の方向を決めるために「真実を知らせろ」と訴え続けるべきです。聡明に真実を探しあてて「知る」ことです。国民は「知らなくていい、知ってどうするという権力」とは、「断固闘わなくてはいけない」のです。

 

でも、東京にいる私の周囲の人は呑気か無関心な人が多いのです。皆さん、ご自身が癌になって死んでもしかたないわ、なんて感じなのです。病気を恐れず達観なさっていて、立派なのです。あるいは不愉快なことは知りたくない、というような人もいます。福島での事故が自分に深刻に関わるはずはないと思いたい。安心していたいのです。

 

福島の状況を毎日気にしていて、とにかく真実を見極めたいと願う自分。爆発、炎上等で事態が突然悪化したら、子どもだけは東京から脱出させたいと考えている自分が、ひどく利己主義で神経質な臆病者でしかないと思えてしまいます。実際そうなのでしょう。

これからの日本は弱者切り棄てという政治で動いていく可能性が強いでしょう。

経済に詳しい知人に言わせると、それ以外に日本が経済的破綻から免れる道はないというのです。強い人間をより強くすることで、国が強くなるという理由が、主婦にはよくわかりません。

国民が疲弊してしまえば、結局国家も終りだろうと私などは思います。エライ人だけ生き残ってあとはみんな死にましたなんて、エラクなる意味もなくなって嗤えるではありませんか。さんざんこきおろしたけれど、あの菅総理がなつかしいなんてことにならないことを願っています。

 

小出裕章氏が「信条」として、ガンジーの「社会的罪」についての言葉をとりあげていました。

 

理念なき政治

人格なき学識

道徳なき商業

人間性なき科学

 

日本の政治家、学者、新聞、テレビ、東電、経済界のエライ方々は、一度でいいから、この言葉を胸に手をあてて読んでいただきたいと願います。

 

震災後3カ月のこの6月11日に「脱原発百万人アクション」が行なわれるそうです。東京はじめ全国のあちこちで脱原発デモが予定されています。どうせテレビには放映されないであろうから、できるだけネットで情報を流して実況中継もしてほしいと主催者のメッセージがありました。

 

http://chukeisimin.info/611/

 

病人を抱えて参加できない自分が情けないのですが、政治的偏向ではない、まともな市民のまともな願いのこの運動が大きなうねりとなって世論を動かし、国政を動かしてくれることを願ってやみません。黙っていたら、利権に好き放題にされてしまうのです。

放射能を気にしないで自由に外出する。雨に濡れてもかまわない。好きなサラダや魚介類を食べ、安心して水道の水を飲む、こんなささやかな願いを持てない今の関東地方。

どうぞ福島を世界最後の原発事故と出来ますように、一人一人が何かしなければと追い詰められた気持です。

 

最近、「生きた甲斐ある人生」についてよく考えます。いいオバサンになってやっと、死に物狂いで闘う以外、そういう人生は得られないことに、おぼろげながら気づいてきました。

 

たとえば小田実さん。告別式の出棺の時に感極まって「小田実バンザイ」と叫んでいた人がいました。会葬者からしぜんにわきおこる拍手に送られました。

たとえば遠藤周作さん。同じく出棺の時に、おそらく読者であったある青年が突然車に駆け寄って「遠藤先生ありがとうございました」と叫んで深々と一礼していました。

このように愛し愛された人生こそ生きた甲斐あるものです。生前はどんなに厳しい道であったかと思いますが、じつに見事な人生でありました。

 

みづうみもご自身の道を生きようといつも闘っているかたです。それがどんなに孤独で耐えがたいほど傷つく生き方であるか、わたくしには想像もつきません。でも、そのお苦しみを含めて、わたくしはみづうみに、みづうみの成し遂げていらっしゃることに、ありがとうございますと申し上げたいのです。   菜の花

* 聴くべき声が語っている。鞭打たれるように胸を張って聴く。 2011 6・9 117

 

 

* 夜来の雨。慈雨でありますように。

 

* 報道されていた村上春樹氏の或る受賞演説を全文読むことが出来た。ぜひ読んで欲しいと送ってくれた人がいた。わたしは一部分をテレビで聞いて感銘を得ていたので、あえて転載させて貰う。村上氏に、「全日本人へのメッセージ」意図があったと思うから。

9日のスペインのカタルーニャ国際賞授賞式で配布された作家村上春樹氏の受賞スピーチの原稿全文は、次の通り。(原文のまま)(バルセロナ共同)

 

☆ 「非現実的な夢想家として」   村上春樹

 

僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。

 

僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。

 

でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

 

ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。

 

地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。

 

日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。

 

台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。

 

にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

 

なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。

 

日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

 

「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

 

自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。

 

どうしてか?

 

桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。

 

そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。

 

今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。

 

でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。

 

結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。

 

ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というものではないからです。

 

僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 

みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。

 

十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。

 

なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。

 

また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。

 

我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。

 

日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。

 

しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。

 

ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。

 

僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 

戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本という国家の新しい指針となりました。

 

広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 

「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 

素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。

 

そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

 

何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 

理由は簡単です。「効率」です。

 

原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 

そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 

そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

 

そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。

 

原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 

それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。

 

「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 

我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

 

ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 

「大統領、私の両手は血にまみれています」

 

トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」

 

しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。

 

我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

 

我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。

 

それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

 

前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

 

壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 

その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

 

最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。

 

僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにもなるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 

カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 

日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。

 

最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと思います。(バルセロナ共同)

 

 

☆ わたくしはやはり村上春樹さんのスピーチに奮い立って、希望を信じて、福島事故の収束を毎日祈りたいと思っています。

 

と申しますのも、ある程度予想はしていましたが、今朝また一つ、福島はチェルノブイリよりはるかに事態は悪く危機的で、まだ長引くというアメリカの学者の解説を読んで心萎れてしまったから。いざとなったら逃げてくださいと読んで、やはり落胆するしかないのですが、これしきのことで日本が破綻してなるものか、負けないと思い直しました。

これからの日本人は放射能で汚染された国土で生き抜いていかなくてはならないということです。きっとやれるはずです。追い詰められて初めて開ける道というのもあります。

癌のめざましい治療法が出来るとか、放射性物質を除去する画期的方法が見つかるとか……これから希望を創るのです。

その前にまず、国民は怒らなければ、闘わなければ。原子力発電を推進してきた利権国家と安易に容認してきた自分たちに対して。福島からの電力の恩恵を受けてきた東京の人間である私には責任があります。

それにしても昼のテレビニュースでは、今日の「脱原発百万人アクション」は徹底的に無視されています。私が見落としているだけなのかもしれませんが、スポンサーのいらないNHKまで原子力村のものなのでしょうか。ネットでは中継中です。この運動は国民の間に必ず大きなうねりとなって広がることでしょう。

 

東京新聞で地下式原発についての記事がありました。地下式原発は世界に例がないわけではなく、閉鎖されたものを含め六基あり、広がっていないと東京新聞にありました。どちらにしろ、使える代物ではない印象ですが。

 

お元気ですか、みづうみ。蒸し暑くなってきましたね。雨に濡れている緑が今年は特に美しいような気がしています。少しでも心地よく、楽しくお過ごしくださいますように。  菜の花

 

* いま、国民の眼ばかりが、いっとう生き生きと見ひらかれているのではないか。

2011 6・11 117

 

 

* 「既成の宗教の枠を超えた智慧を汲み取りたい」と、『バグワンと私』上に、岩波書店のベテランの編集者からハガキを戴いた。「3月11日以降季節の推移を感受する余裕を失っている日々を送っています」とも。

まこと、日本中の人が自然のリズムの糸を裁ち落とされた心地でいるようだ。

藤村と周辺の研究に定年後の老境をささげている親しい元編集者からも親密なお便りをもらっている。

 

☆ すべもなき末の世も見つ冬のなゐ(= 地震)

連日言葉もなく暮らしています。

最近はさらに鬱陶しく、狐狸の往来のようなまつりごとの世界を見せられていますと、今まで抑えていた「テロリストのかなしみ」などの言葉も甦ります。思いつめてみると、今はそうであってもおかしくない時代であろうと考えますし、あの議事堂が、炸裂する爆弾の下で崩れることもあろうなど、想念は疾走します。そうして、心がそんな無明をさまようばかりであることにも、いつか自分が、被災した人と共に苦しむことから遠くなることをも恥じています。東北のことがどこかローカルなニュースのようになっていくのも悲しいことです。

バグワンの名は(タオの言葉も)ご本で何度か見ていましたが、これまでほとんど学ぶ機会を持ちませんでした。でもぼんやりとながら理解していたことから、私にもそのような努力があれば、「畏怖にも満ちた深い平安」もあり得るだろうかとは思ってきました。そし

て、その境地のこの上なさを知識としては知りつつ、おそらくそうはなり得ないだろうと思い、その上に、「心」 こそ「諸悪の根源」であれば、今の愚劣の一つ一つをこの上なく理解できるような気もしました。

 

《自戒をこめて友に宛てた古い昔の歌》

 

時限爆弾は

火に焼けた 大きな鉄の玉となり

都会のなかに落下し

屋根屋根を揺れ動く漣(なみ)にする

その炸裂は

窓のひとつひとつに 鳳仙花の灯を点す

毀れた空をのがれ

鳥は失墜して魚となり

怪獣に追われた魚は

星座となって

その墓標を華麗に飾る  (林富士馬「落日」)

 

2

先生がなくなって六ヶ月ですね

ここではテロルは

ミロかシャガールのような幻花になって

切り紙細工のように空を飾る

心優しい詩人には

爆裂弾も花火になって

幻影のように闇に消える

 

3

ひそかにテロリズムにあこがれつづけ

しかしながらオウムの事件で

「これは封印しなくちや」と思ってしばらく

又ぞろテロルの夢を年老いた知人としやべります

お互いに「これ以上は言っちやいけません」と

唇に指をあててたしなめ合いながら

そのうちに又

某国の大統領府やペンタゴンに爆弾をしかける夢想にふけるのです

アフガンの土に降った鉄屑に比べりゃ

たいした量でもないと……

そうして私はまた

ただ障害者のためだけに生きている人達の

話を聞きに行く

 

4

年古りしテロリスト二人爆弾を運ばんとしてまろびころげつ

坂上の館をめざし突貫と走ればよろけ烏笑いぬ

 

 

それは別にしまして、ふとしたことから若松賎子を読んでいます。昨年の秋から半年以上も過ぎましたが、いまだに続いていて、先月、先々月は横浜のフェリスの資料室にもお世話になりました。今は元町中華街という終点(「みなとみらい線」 の終点) から、いくつも構内のエスカレーターを乗り継ぎして、「港の見える丘公園」とか 「外人基地」 の方から整理された道をたどれますが、根岸線の石川町から行きますと、元町商店街の外れから、急な丘の上のその場所へは、いくつもに折れた長く古い石段を登っていくのです。それがいかにも山手にあるフェリスらしく、私には、瀟洒で明るく開けた前者より、その古い石段をたどるのが楽しいことでした。ほかに、重い腰を上げて近代文学館や明治文庫、『女学雑誌』は麻布にある東京都の中央図書館に足を運んでいます。一言だけでいえば「文学者の名のもとに、これまでいわば放置されてきた思想的側面をすくい上げる」 (鈴木美南子「若松賎子の思想とミッション・スクールの教育」) ことを学びましたが、『忘れ形見』や『ひろひ児』などと、実りの多い読書でした。明治の優れた女性でした。

私の場合は、あの頃の藤村の周辺を探る事がそもそもの始まりでした。立ち去っていく若者たちと、その若者の背を見つめていた眼と、特に後者の眼が今の私の心を捉えていますが、それをどう語れるか、何ほどの言葉もみつけてはいません。ほかにも、巌本(= 善治。賎子の夫)の 「小説」にも眼を通してみたいし、それは、巌本とシェイクスピアとか、濃尾大地震当時の『女学雑誌』を読んだ時と同じように楽しいことであろうと思っています。当てはありませんが、「宮代青年」を訪ねる旅も、もう一歩踏み出してみたく、できるならいま少しの時間が欲しい今日この頃です。小さなデーターの整理など、思いのほか用は沢山あるものでした。山川菊栄女史の『武家の女性』も感深きものがありました。

 

いつもよきご本を有難うございます。

どうぞお大切になさってください。

私は遇一回ほど地区のスポーツセンターまでストレッチに通っています。現在四百回を越えて「大関」という称号をもらいました。ミズキの花も今盛りです。刈り込んだ並木も緑濃い日々になりました。盛りを過ぎたバラの花を見ると「おお、汝、薔薇は病めり」などと、ふと口をつく言葉もあります。今日もむし暑い日になりそうです。

秦恒平様    六月十日    大関

* しみじみ、身に沁みて懐かしい気がする。

「大関」の称号にも感嘆する。わたしの五体は、昨日も散髪屋の青年が渾身の力をかけても凹まない、掴めないほども鐵のように強張っていて、痛みも伴い、どうにもならない。いまにボキッと背骨が折れるのではないか。

 

☆ 元気に、起きています。散漫ですが、考えたり感じたり。

このごろ読んだ本。

「ロビンソン変形譚小史、物語の漂流」岩尾龍太郎、

「悪性リンパ腫」多発地帯の恐怖  敦賀湾原発銀座    明石昇次郎、

「悪霊」神になりたっかった男    亀山郁夫、

ほかに推理小説。

フオーレのノクターンno.6を弾きだしたら2回で1時間かかりました。普通だと5分位の曲。昆虫の触角見たいな指の動き。

これから眠る努力をします。   松本市 鶴

 

☆ 電力利権  電気代のカラクリ

すでにご存じかもしれませんが、私、知って仰天しました。

自民党の河野太郎氏(自民党内の数少ない脱原発派と思いますが)の2011年4月28日のブログを読み、私の足りない頭で理解したところによると、電気代のからくりはこうです。

日本には、電気代は、電力会社のコストに利益を加えたものから計算するという法律がある。信じがたいことに、コストが適正かどうかのきちんとしたチェック機関はない。電力会社は審査なしに、かかったコストの上に利益を上乗せして消費者から電気代をとることが出来る。一般企業のようにコスト削減に必死になる必要はないらしい。

 

諸外国に比べ、日本の電気代は「高め」と思っていましたが、河野太郎氏の説明で初めてこういう「からくり」だったということがわかりました。

今まで国民が払ってきた電気代のかなりの部分が、天下り官僚や政治家に流れていたのだと思うと、怒るとか呆れるということを通り越して、悲しみさえ感じます。これが、「電力利権」です。

莫大な資金を政界工作や広告費に使わず、せめて原発の安全性を高めるために使ってくれていたら、今福島でおそろしいまでの高い被曝をしながら働いてくださる方々に犠牲を強いることもなかったでしょうに。

福島の子どもたちに癌の心配もなかったでしょうに。

この法律のもとに、原発事故の処理費も賠償金も、「電気代」としてみんな私達が払うことになるのでしょう。百姓と胡麻の油は絞れば絞るほど出る、とか。

 

今まで、この法律について、誰も、共産党ですら追及しなかったということは(私の知るかぎりでは)、よほど広範囲に資金がばらまかれていたと推測されます。まして自民党系にいたっては。

マスコミも大スポンサーの電力会社には物申すことはありませんし。昨日の脱原発デモは新宿など人で溢れるばかりの大規模なものでしたのに、扱いの小さかったこと。

このまま原発推進が続けば、日本は「電力会社という化け物」に滅ぼされてしまうかもしれません。

こんな長い間、政治と電力会社の好きなようにされて、高い電気代を払わされてきたと思うと、バカだったいうしかありません。

私は今まで、投票以外に政治に関わろうとせずに生きてきたわけですが、自分のこの無関心さがこんな呆れた法律の制定を許し、地震国に大変な数の原発を乱立させてしまったのだと、今痛恨の思いです。

 

それにしても、一番こんな話の似合わない秦さんに「電気代の話」を書く日がくるとは、想像もしていませんでした。文学や美術や音楽の話をさせていただくはずでしたのに、殺伐として色気のかけらもなくて、どうかお許しください。

お気持ち暗くさせるメールでごめんなさい。電気代の話題なんてほんとうに不本意ですが、原子力発電所と心中するなんて真っ平御免なので、色々な形で市民が声をあげなければと思い、ついつい。    杉並区 読者

 

 

* うら悲しいような日々が続く。

2011 6・13 117

 

 

* 久々にかつてペンの同僚委員であった森秀樹さんにメールをもらっていた。すこし難儀な病気をかかえながら昔ながらの愉快げな日々の様子、なにより。

2011 6・14 117

 

 

* 上野千鶴子さんの東大院退職を教え子たち十五人が祝って挑んだ『上野千鶴子に挑む』という殊勝な大冊が出来、上野さんに戴いた。

「ジェンダー・家族・セクシュアリテイ」「文化の社会学」「ポストコロニアル・マイノリティ」「当事者主権」という四部に分かれて一つずつがさらに上野さんの主要な「仕事」を示しつつ元学生たちが上げたり下ろしたりしているのが面白く、しかも一部ずつに上野千鶴子による「応答」が書き込まれている、「古証文を前にして」「文化の社会学への越境」「国家というアキレス腱」そして「『ケアされる側』の立場と当事者主権」と上野自身で題している。

これらに編者千田有紀のインタビュー、そして「上野千鶴子から・学生に選ばれるということ」が添えられる。「主要著作目録」も「年譜」も、附録として「ちづこワールドマップ」なる詳細な人生絵図ふうのものも加えてある。至れり尽くせり、堂々の「上野教授退職記念」である。

わたしは上野さんと会ったことがない、が、京都で活躍している学者として東京にいて伝聞していた。東大にみえてからは本の遣り取りだけで久しいお付き合いとなっていて、書庫に何冊も著書を架蔵している。やりとりのつど双方から少しずつたよりを交わしている。今度も、「秦恒平様 mailでお送りいただいた「私は提言する」をツゥイッターで転送しましたら、反応はとてもおおかったです。ご報告まで  (上の)  PS 住所を変更しておりますので、よろしく」とあった。もう数年は東大にと思っていた。

この本の広告は版元の宣伝物で題名だけ観ていて、お、勇気ある批判学者の挑戦かと、胸躍らせていた。少しちがったが、好企画ではあるまいか。

2011 6・14 117

 

 

☆ 秦恒平さま

ホームページが見られなくなって、なんとなく張り合いがなくご無沙汰している内に、大震災が起こり— すっかりご無沙汰してしまいました。

先程、試しにつないでみたらホームページが見られるではありませんか!

5 月6 月のところをとりあえず拝読しました。

 

地震から3 ヶ月余、とりあえず私たち夫婦は元気に暮らしています。

しかし(原子力研究への=)立場上いろいろと—-夫は忙しくしています。

私なりに思っていることも考えていることも沢山沢山ありますが、今は何をいっても聞いてはいただけないだろうなあ、と悲しいです。

 

先の6 日、小学校のクラス会の趣向で泉涌寺を訪れました。

私は戦争中、小学一年の時、泉涌寺東林町のいうところに住んでいて、丹波橋の学校まで電車通学していました。

当時は泉涌寺は皇室ゆかりのお寺として、入口で門はぴったりと閉じられ中をのぞくことすら出来ませんでした。

今回初めてその”開かずの門”の中へ、当時のクラスメートと一緒に入るのも感慨深く、また悲田院には、戦時中クラスのS君(故人)一家が間借りしていたとかで、そんな縁もわかったので、京の文化財に詳しい元府庁職員のK君が連れてくれたのです。それ故私たちは”特別の見学者”としてご住職がゆっくり念入りにご講話下さり、その後本山の見学にもずっと同行していただくという贅沢さでした。

 

悲田院—-秦さんの世界。

この日は梅雨の晴れ間の晴天で、京都の街が少し靄って明るく望め、秦さんの小説世界に入り込むにはいささかあっけらかんとし過ぎで、E 子ちゃんは「そや、ここ私の最初の赴任校や」と隣の月輪中をのぞいたり。

したたる緑が日射しを遮ってくれてひんやり心地よく、

「ああ、これが京都の東山や」と私はすこぶる満足でした。

泉涌寺ってなんだか不思議なお寺なんですね。

あの子ども頃の不思議な門の向こうはまさにワンダーランド! 江戸時代に皇室の置かれていた状況などが推し量られ興味深いでした。お墓に付属する建物が京都御所から移築され整備されたのが明治17年と説明を聞いて—-

 

実は泉涌寺に集合する前に私は東大谷の自分の家の墓参りをしたのですが、なんとなく墓石の文字を確認したら、明治17年に建てたとあったのです。

明治17年の京都ってどんな様子だったのだろう?

幕末に荒れた街は収まったが、天皇が移ってしまわれて寂しくなった京都、廃仏毀釈などいわれるなかで費用を工面しての泉涌寺墓所の整備、その少し南の鴨川沿いで、造り酒屋でそれなりに成功した曾祖父が先祖の墓を建てようと思い立つ—– (そのお墓を今私はどうする?)

 

見学のあとは今熊野剣宮神社横のそば茶寮「澤正」なるところで遅い昼食、やはりクラスの伏見醸造元M君が自慢の「桃の雫」を持ち込み「まあ飲んどくれやす」と勧めてくれるので、一杯一杯、又一杯で新幹線の時間ぎりぎりまで盃を離さず、なんとか酔いが醒めたのは東京の家に着いた頃でした。

 

とまあ、心に重いあれこれをひととき忘れることのできた一日でした。

やっぱり”京都はええとこ”です。    2011/6/14    藤

 

* 待っていた、待ちわびていた「藤」さんの便りだった。泉涌寺や悲田院のことは、懐かしさ一杯のママしばらく措く。

 

* 藤さん  沢山沢山を 率直にお話しなさる時機であろうと私は思っています。

聴かないどころか、聴きたいし聴くべき時機であると思います。議論や意見が雪崩をうつように一方へ流れるのはどんなときでも危ないと私は思っています。

あまりにフクザツないわば「話座」というか多次元が存在しましょうが、お話しを聴かせて戴いて、平静に意見交換のなされることの、今こそ大事な時機と思っています。

 

泉涌寺はただもう懐かしいばかりでなく、私の「うらうち」のような世界。幸い夢にもとんで行ける世界です。

あまり元気でもありませんが、ま、元気に振る舞っています。  湖

 

☆ お元気ですか、風。

 

体は至って健康です。

が、連日の菅総理おろしの動き、不愉快で仕方ありません。

気が滅入ります。

そんな中、菅さんは、ソフトバンクの孫社長や、サッカー日本代表元監督の岡田さんらを招いて「新エネルギー庁」創設の会議をしたり、今日 は、自然エネルギーによる電力を電力会社に義務づける制度法案を提出したりと、確実に世論を反映した仕事をしていますね。

花は、もっと突っ込んで、既存の電力会社を解体し、民間でやるところまで進んでほしいと願っていますが、今の菅さんへの猛烈な逆風を見ていますと、いきなりは難しそうです。

でもやらなくてはならないと思います。

国とべったりの電力会社が存在していては、抜本的な改革にならず、また同じことが繰り返されるでしょうから。

さっき、菅さんの公式ページにメールしましたよ。

さてさて、『さくら結び』の推敲、やってもやっても終わりません。

やれるところまでやります。

ではでは。 花

 

* とにもかくにも、政見も政策・対策も目標もなしに次の総理を選びさえすればいいという無責任極まる野放図な政局オンリイの永田町に、憎しみすら覚える。菅総理は委細構わず被災地救済、そして何より東電とその背後の悪政勢力の抑圧にいまは正しい蛮勇を持って当たるべしと言いたい。

2011 6・14 117

 

 

* 幸四郎丈自筆の薔薇花が描かれて、高麗屋の女房さんの代筆、湖の本への鄭重なご挨拶を貰った。珍重。

 

* また名古屋市大の谷口幸代さんから、「川端康成『住吉』連作の<原文>と<語り>」という論攷をもらった。わたしには、川端の手法からも仕上がりからも興味を惹く作であるだけに、谷口さんがどんな斧鑿を用いて批評しているか、目を見開いて読み取りたい。

2011 6・15 117

 

 

☆ そちらよりずっと早く降っています。

お元気ですか、風。

お出かけになったようですが、雨にはお気をつけくださいね。

『黒い雨』かもしれませんから。

いやー、こんな挨拶をするようになるなんて。

中国では、地上核実験を96年までに、46回もしていたのですね。

19万人も亡くなり、200 万人近くの人が被爆し、多くの人が癌になっています。

春に日本に飛んでくる黄砂は、放射能砂だったのかも知れません。

放射能雲も来ていたのかも。

春雨じゃ濡れて行こう、なんて、やってはだめですね。  花

 

* 冗談でなくなっている。

2011 6・16 117

 

 

* そして七時半過ぎて、しばらくぶりに強烈な左脹ら脛の痙攣に悲鳴をあげた。妻に助けられ、そのまま朝になった。痛みは幸いあとを遺していない。

さて、発送の仕事を再開する。いちばんにこんなメールをもらっていた。

☆ 福島瑞穂

先生こんにちは

私も車の中でたまたま瑞穂さんの追究を聞く事が出来て 素晴らしいと思っていました。

的を得ていて感心致しました。  ーー由ーー

 

* 政治家で個人的に面識も関係もあった福島さんは極く数少ない一人。参議院会館での或る会合で会い、この人ならと好感を持ち日本ペンクラブに推薦して入って貰った。即座に応じてもらった。

 

☆ 春はあけぼの

秦先生、 梅雨に入って、何となく気が抜け、書きかけのものを推敲する元気もなく、あれこれ拾い読みして気分転換を図っています。

きょうは、朝から五月雨の降る中、知人の日本舞踊の会を覗いてきました。日本舞踊はあまり好きでもないのですが、八十四歳の主宰の立ち姿はさすがに、凛として美しく、ほれぼれと眺めこれで充分と、「清元 青海波」一曲だけで、帰宅したところです。

実は(ずいぶん以前にプリントアウトしてあった)昨夜から読み出した先生のエッセー「春は、あけぼの」を、劇場へ行く地下鉄の車中でも読んでいて、早く家に帰って続きを読みたかったから。

『枕草子』についての御考察、目から鱗が落ちました。連句の会のような、サロンで、「捌きの役」はもちろん、サロンの女主人、定子皇后。

『枕草子』、先生のご推察通り、拾い読みばかりで、まともに読み通しておりません。誰かの書いたものを読んでの先入観もあります。

清少納言の主人の母親、高階貴子(とても素敵な歌を詠んでいますが)が、積善寺供養での、中宮の母親であるという、少々傲慢な態度や、中関白家没落後のあの騒動(とても可哀想だけれど、わかるけれど、后の母親としてのプライドはどうしたの)をみると、羽振りの良いときの態度が態度だったので好きになれません。定子皇后があそこまで華やかなサロンを創ったのは貴子の影響大でしょう。

定子皇后は母親からしっかりと后教育を受け、后になるべく育ち、その役割を全うし、中関白家の家刀自としても懸命だったと思います。賢い令嬢であり、賢夫人ですね。

でも、半世紀近い昔、『枕草子』を学校で読まされたときから、一家の繁栄、親兄弟の出世のために、帝のお妃になるべく、教育され、それを受け入れる、それで、自分の感情は? などと思ったものです。

あの頃から、少々私はへそ曲がりだったようで、現代女性に通じる感性を持つ、自分に正直な二条の后藤原高子や和泉式部が好きでした。

でも、今行き詰まっているのに、先生の「春はあけぼの」を読み、感性の泉が、こんこんと、まではいきませんが、ぽと、ぽとと、潤いだしたような・・・

もし清少納言が貴重な歴史的証言でもある『枕草子』を残さなかったら、敗北者である、定子のサロンは、どんな風に捏造されたり、否定されていたか、と、他の例を思います。優れた文学作品ゆえ、抹殺されずに済んだと。

いろいろと想像が拡がって考えることができました。ありがとうございました。       野宮

 

* 一度は落飾し、その後にも入内して内親王を産んだという皇后は、たぶん他になかったろう、一条天皇の定子皇后への愛は、他と比べにくいほど深かった。皇后の方からもそうであったと疑えない。

中関白道隆歿後の一族の落ち目は、主には跡目をついだ伊周や弟隆家らの思い上がり故に無残であった。栄花物語はかれらの流罪、それにともなう母貴子の目も当てられない狼狽や悲惨を、また定子皇后の悲歎と不安を描いて余すところがない。そんな中で、たしかに『枕草子』はよく成った。

2011 6・18 117

 

 

* 発送は、大山を越えた。

 

☆ 「 湖(うみ)の本」 108届きました。

 

バグワンと私 下巻を送付いただきました。

ありがとうございました。

上巻をいただきました時にも、印刷された書物に、これでゆっくりとバグワン様を聞かせていただけるとありがたく思いました。PCのメールで読みますと何か追われるようにサッと読み飛ばしてしまいがちでしたので。

枕元に置いて、朝に夜にほんの少しづつですが、読んでいます。あるときは何度も同じところを読んでもいますが、少しは秦さんがおっしゃっていることが理解できる部分もあったりします。

昨日久し振りに新宿の紀伊国屋にまいりました。

孫の本を探しに行ったのですが、紀伊国屋の1階の通路の壁のガラス面に大きくご子息の建日子さんの「推理小説」の広告が出ていました。横には岩波新書の本などの広告がありました。

推理小説は何版目になったのでしょう。

ドッキリとそして嬉しかったです。

次々と新しく出版されている期待の売れっ子作家ですね。

メルボルンに行っておりますときに、娘のPCからでは「私語の刻」が開けませんでしたので、ミクシーで私のホームに入り、ミクシーの秦様のところへお邪魔しましたら、娘のネームになったようでした。失礼もうしあげました。

娘の家族のメルボルンでの生活も何とか軌道にのりはじめたようです。娘にもお励ましをいただいたようでありがとうございました。  晴

 

* 感謝。順々に読者の手元へから届いて行くだろう、創刊二十五年、明日の桜桃忌に間に合わせたかった。

2011 6・18 117

 

 

* わたしの二度目の誕生日、太宰治賞から満四十二年。グレン・グールドで、ベートーベンのピアノ曲を聴きながら。

朝一番、山形の読者から毎年のすばらしい桜桃をたくさん頂戴し、美しさ豊かさに歓声、さっそく妻と賞味。うまい。甘い。季節を眼でも味わいでも満喫した。感謝、感謝。同時に、高麗屋さんから特製の蕎麦をたっぷり頂戴した。午にはこれを戴こうと妻としばし眺めていた。

昨日の夜は、創刊二十五年、第108巻になる新刊「 湖(うみ)の本」 も事無に送り出したし、前夜祭ふうに、鮨と大盛りの刺身を取り寄せ、萬歳楽の清酒で祝った。読者への本はおおかた今日中には配本されるだろう。

☆ 秦 恒平様

「湖の本 バグワンと私ー死の間近でー下」を拝受しました。

創刊満25年、誠におめでとうございます。

とは言え未だ通過点、遥かな到達点に向けて更に巻を重ねられることでしょう。6/19/2011   濱 拝

2011 6・19 117

 

 

☆ 『バグワンと私』上下を頂きました。有難う存じます。

珍しい名前の人に出逢わせて頂ける珍しい御本、たのしみに拝読させて頂きます。  日本には、昔から、東洋と西洋の智慧が入って来ていますのに、なかなか、それらについて、学んでいけない またいこうとしない事から、一部のひとの間にしか読まれていないものが多くあるでしょう。

こういう本は、粗忽にあわてて読んではいけない、ひまをかけて 深々とと思っています。 文藝誌編集者

 

☆ 新刊のご本着きました。

秦恒平さま  湖の本拝受いたしました。25年続いたこと、素晴らしいです!

その25年間お互いに元気でこうしてお便り交わせたことも感謝です!

上巻とつづいてバグワンのお話、パソコン上でこれまで沢山聴かせていただき、わからぬままに、ふむ、ふむ、と考え込んでいました。バグワンの名前も、経歴も初耳で、こういう人がいるのかと驚きでした。

あらためて、落ち着いて、読ませていただきます。

相変わらずの日々を送っています。

一昨日、92才で亡くなった夫がお仕えした元社長の告別式がありました。

そこでご遺族からうかがったのには、地震と原発事故以後ずっと事態に心を痛め

「何か自分に出来ることはないか」

と考え続けて居られたそうです。

原子力にかかわってきた者は全員同じ思い、あの世の方もそうでありましょう。

いたずらに恐怖せず、賢明にことが収まることを祈る毎日です。   2011/6/20     藤

 

☆ 父の日  お変わりありませんか?   建日子

今、ちょっとバタバタしていますが、来週か再来週くらいには、一度また、保谷に顔出します。

 

☆ 原発ご提言に

全く私の思いと同じです。代弁して下さった様です。知合い何人かに転送しました。

私も何か行動したい、でもなにも出来ない…原水禁の脱原発の署名集めをしています。ごまめの歯ぎしりかもしれませんが…なにもしないでTV観て怒っていても始まりません。横須賀で核燃料棒作っていたなんて全く知らされていませんでした。

私事ですが最近眼が悪くなり新聞半分読んだだけで霞んでしまうのです。集中して活字見ると尚更。眼科へ行っても要領得なくて。

悪くなる前に堀田( 善衛) さんの「ゴヤ」全四巻悪戦苦闘したけれど読了しておいて良かったと思っています。

読書が出来ないのでピアノ楽しんでいます。子供の時の経験思い出しながら好きな曲だけ弾いています。楽譜も霞んで見えないので見えている時じっくり見て暗譜です。ハンガリア舞曲No.5、今はG線上のアリアと格闘していますo(^- ^)o

これだけ打つのに何度も休んで薬点眼しながらです。  横須賀 林

 

☆ 『湖の本』108 巻、昨日届きました。

先ほど、入金いたしました。ご確認下さい。

満25年おめでとうございます。桜桃忌にちゃんと届きました。ありがとうございます。そして「4 半世紀」です。素晴らしい。ふと、25年前の自分を振り返ってみました。

二人の子どもの教育のことで、頭がいっぱいで、家計の遣り繰りに追われていたこと。趣味で結ばれた、世代の様々な仲間と遊んでいたこと。今より、ずっと読書をしていた(今は眼精疲労で、すぐに疲れてしまいます)。まだ30代でした。あの頃は立原正秋、中里恒子、杉本苑子、瀬戸内晴美などの作品を読んでいました。

60を過ぎて、「秦恒平」の作品群にであったのが、遅すぎたと残念な気もしますが、その分、長生きすればいいかとも思います。

趣味もいくつかありますが、読書の楽しみは、最期まで持っていたいもの。晩年になって、出逢えるのも一興と。

ところで、バグワンは私には、少々読みづらいかな、と思っていましたが、昨日届いた下巻をめくっていて、すんなり、入れそう。下巻から読むことに致します。  野宮

 

☆ 京ののばらです。

「湖の本」第108巻 ちょうど雨も止んでいて濡れないでよかったです。

創刊満25年をお迎えとのこと、誠におめでとうございます。

これからもお身体にお気をつけて、ますますのご活躍を願っています。

時節柄ご自愛くださいますよう。

ありがとうございました。   従妹

2011 6・20 117

 

 

☆ ご本、ありがとうございます。

秦先生   長らく失礼をしておりまして、申し訳ありません。

先生にお尋ねしたいこと、ご報告したいことが、ときどきふと沸いてくるのですが、メールにしてお出ししようとすると形にならず、失礼しておりました。

他人の近況を知ることは何より嬉しいものですが、不思議なものです。

たとえば、五月の連休に島根に帰省していました。

尼子氏のことが気になり、佐々木道誉の子孫であることから、先生の「いま。中世を再び」を再読しておりました。

先生の言われるように、戦国時代とくに末期よりも、南北朝時代の方が愉快であり、尼子にしても,経久の頃までは土の匂いがして活力がある気がしました。

 

近況を書かせていただきますと、

息子は1 歳9 ヶ月になり、多少言葉も喋るようになりました。

歌がすきで、毎週の音楽教室のリトミックの日だけは先生に褒められます。

妻は苦労しています。出来るだけ家事を手伝っていますが、追いつきません。

子供のこともあり、後の世代のことも気になるようになりまして、お世話になった地元高校の教頭先生のお手伝いで、スーパーサイエンスハイスクールというプログラムに関わらせていただいています。成功した先輩研究者の武勇伝を聞く会を開いたり、小さな化学教室を開く予定です。

これまで、大学院ではいくつか講義をさせていただいてたのですが、これからは高校生もということで、楽しみです。面白く聞いてもらえるコツはあるのでしょうか。

先日、地元の旧帝大で集中講義をさせていただいたのですが、そこの先生と院生の方々と、講義のあとに飲み屋で6 時間も語りました。

先生は、「ダークマターって知ってる? 宇宙にある955 %の物質については、まだ正体が判っていないのだ」と嘆いておられました。自分がわかり得ることは最高でもたった5%しかない、とおっしゃるのです。

そこで院生の一人が、「ダークマターについての理解が今より大幅に進んでいるのだったら、今日の講義の内容などは既に教科書事項になっているはず。判っていないから、未来を感じる」と。どちらの立場もそれぞれで、愉快でした。

次世代スパコンプロジェクトも引き続き参加させていただいています。

大きなプロジェクトだけに、政治的な問題などもあります。しかし、実際に手を動かしている若手研究者の皆さんは立派なもので、

信頼していただけたらと思う次第です。今朝のニュースにもなりましたが、基本的な計算能力では世界最高となりました。

実際に科学的に意味のあるシミュレーションが高速で走るにはさらなる努力が必要となります。

 

努力といえば、上の方から、自分の研究室を立ち上げるようにといわれるようになりました。僕の専門としては、一人でやれることなので、チームの同業の若手を採用したときもなるべく生意気な人を採って一人でやってもらって、要するに責任や教育を回避してきました。この方法にも限界があるようです。

来年は、もともと勉強していた生命のことや、エネルギー問題について研究するグループを立ち上げる準備をしています。

というように科学の話は、分量は多いのですが、どこか殺伐としています。

先に述べましたように佐々木道誉のことを考えていましたので、バグワンについては、これから考えさせていただけたらと思います。

僕らの世代は、昔のマルクス主義と同じ温度で宗教が入ってきました。

ソ連が崩壊したあとに大学に入学したという順番です。

入学早々同級生を新興宗教のセミナーから救助、したり、ついに出家して戻らなかった人がいたり、オウム事件のあと<うちのアパートにも何故か刑事さんが来られました。

広尾の仮モスクでイスラームも学びました。

ひょっとすると、日本人が新しい宗教にこれほど晒されるのは鎌倉時代以来かも、などとふと思います。

 

しかし僕も、経典よりもスマイルを尊ぶので、たとえばイエスについての真実は、マタイ受難曲やメンデルスゾーンの諸作品にあるのだと思っています。

ということで、最近は宗教的な音楽も書いています。

昨年、浄土真宗の住職の友人に誘われて、親鸞750 回忌のために阿弥陀如来を賛美するヴァイオリンとチェロの二重奏を書いて、

東別院で演奏させていただきました。この会は、作家の*****さんの講演の前座でして、ついでなのですが、千人もの皆様に聞いていただけました。

これとは別に、今年は弦楽四重奏を書いています。

たとえば、正倉院に残されていた琵琶の楽譜を元に創作をしたり、何かレクイエムのような旋律が沸いてきましたので、311 の関係の方々の曲を勝手に書いております。四重奏ということは、自分の他に三人も演奏する仲間ができたので、嬉しいのです。

 

先生の菅政権に対するお考えも、その通りと思います。

政争をしている場合でないのは明らかだと思います。

この話について話し合った東工大時代の友人にメールを転送させていただきました。

また、ページに転載されておられた村上春樹さんのスピーチ。

村上氏の小説にはあまり心動かされたことはないのですが、このたびのスピーチは、素朴に、ヒューマニズムに立脚して文明を考えるべきだという思想のシンプルさに、強さを感じました。いや、そのとおりだと思います。

 

またも、脈絡がなくなってしまいました。

勝手にいろいろ書かせていただきましてすみません。

遅ればせながら「 湖(うみ)の本」 25周年ということで、おめでとうございます。

先生の宇宙は、僕らにとってまだ未知の領域が広がっているように拝察いたしますので、( 既知の部分は5%よりは多いと思いますが) 、是非、これからも拝読できるよう、引き続いてご出版いただけたらと思います。

夏の風邪は長引きます( 子供にうつされました) ので、ご自愛ください。

失礼いたします。   鷹

 

* この東工大卒業生のメールは、楽しんだ、三度読んだ。元気は何よりだ。

2011 6・21 117

 

 

* 田島征彦さん、新作絵本の『りゅうぐうのそうべえ』を贈ってくれた。想も画も天衣無縫というべし。

昨日、金八先生の小山内美江子さんからもお手紙貰っていた。

 

☆ 前略 湖108を拝受。

いつものご配慮を感謝、と同時に25年の偉業に驚嘆です。わが國の文藝史上に例のない壮挙です。誰にも真似できないことでしょう。 後略   元日本ペンクラブ専務理事

 

☆ 前略

「私語の刻」をまず拝読致しました。「ホームページ」で五万枚を整理していらっしゃる方の存在にまず驚きました。バグワンのことは、御言葉を私なりに現在受けとめる他ありません。トルストイの創作を含めての最晩年の世界は、先日ふと再読する機会があり、実に久しぶりに感銘を新たに致しました。時局論にも傾聴すべきところがありました。本文に手を延ばそうと存じおります。

呉々も御健康、御健筆を心からお祈り申し上げます。   元文藝誌編集長

 

* 瀬戸内寂聴さん、ほか大勢の方の「創刊25年」を祝ってくださるお便りを頂戴している。

 

☆ 107巻を読み終わり次回配本を心待ちにしておりましたのでとても嬉しくさっそく頁をめくっております。

26年に向って今後ともよろしくお願い申し上げます。 桐生市 江

 

☆ 25年おめでとうございます。読者としてはあっという間の四半世紀でした。

今後とも一層のご活躍を期待しております。 東村山市 竹

 

☆ バグワンの『存在と詩』をネットで入手しました。これを読み乍ら、先生の「バグワンと私」を読もうか、読んでしまってからにしようかと、迷いつつ。  石川県  千

 

☆ お元気ですか、みづうみ。

 

『バグワンと私』の下巻が届きました。(先日上下二巻分の振込を済ませておきました。)

創刊二十五周年、おめでとうございます。四半世紀もの偉業と申し上げるほかございません。みづうみ以外には誰にも成し得ないことでましょう。

また、わたくしのような平凡な人間が、読者として湖の本の一端を支えることが出来、一冊として期待を裏切られず作品を読み続けながら、共に同時代を歩んでこられたことにも深い感慨をおぼえます。

素晴らしい、ほんとうに素晴らしい(こんな月並みな表現しかできなくてすみません!)二十五年です。

巻末には、大したことなどしていませんのに過分なお言葉を頂戴し、分不相応で穴があったら入りたいと思いました。

このバグワンの二巻の中には、わたくしのメールが何通もあり、私という人間がこの程度、こんなものであることがじつによくわかってひたすら恥ずかしくなります。質問したり稚拙な意見を述べているという、そういう役割と思えば、少しは許されましょうか。到底近づけないバグワン、という想いは未だに強く、あれ以来一歩も進んでいない自分が不甲斐なく情けなくなります。

それでも、他の多くの読者の方々とご一緒にみづうみの作品の中に、自分の言葉を存在させることの出来ました幸福はかけがえのないものです。ありがとうございました。

バグワンを語るみづうみのお言葉は今までにも何度も読んできましたが、ゆっくり、もう一度読み進めています。わたくしも静かな心がほしくてなりませんが、そんなことを考えているうちは、金輪際得ることは出来ないわけでございます。

 

今わたくしの心を騒がしくしている大きな要因は、やはり日本の国土を覆う放射能汚染と、子どもたちの将来、日本の行く末への憂慮。目に見えないものとの長い戦争が始まり、おそらく自分の生きている間に終結することがないということ。

誰もほんとうのことがわからない福島原発の無気味な深刻さはもちろんのこと、二十三日に、落とした機材の危険な引き上げ作業をする「もんじゅ」や、地震で冷却系の配管が損傷しているのではないか、水素爆発をすでに起こしているとさえ囁かれる浜岡原発も心配でなりません。至急、「脱原発の舵」を取らないかぎり、今後第二第三の「福島」が起きることは避けられないでしょう。日本の国を、人々を、文化を、決して滅ぼしたくありません。何もできない上に、心を静かにもしていられないわたくしです。

自分がネットの流言蜚語にふりまわされていると言い切れるなら、どんなによいでしょう。誰が総理になろうと隠蔽され続けるだろう真相に、わたくしは恐怖していますし、暗澹たる思いがいたします。

外国のニュース映像をみていると、「フクシマ」は史上最悪の原発事故、チェルノブイリより悪いとみられていますし、「死にゆく作業員たち」として防護服姿の映像が流されると、胸がかきむしられます。

そんな中で、わたくしはどのように常の一日を淡々と、懸命に生きていけるのか。バグワンはおろか、正岡子規曰くの「平然と生きる」悟りにも、ほど遠く。

 

最後に、蛇足ですが、国会議員で脱原発とわかるのは前の総務大臣原口氏と自民党の河野太郎氏くらいで、メディアがこの二人を容易に総理候補にあげたがらないわけを思い知らされます。

 

 

それはそうと、みづうみの時々飲んでいらっしゃる「獺祭」って、おいしいですね。

日増しに暑くなり、   小手かざす日ざしとなりぬ朴の花  高崎恵久子   茂野

2011 6・22 117

 

 

☆ 秦様

このたびは,ご著書をお送り下さいまして,まことに有難うございました。

バグワンは,秦様の御文に触発されて一時読みかけましたが,理解が及ばず断念しました。

上・下とそろった,「バグワン解説」,早速熟読させていただきます。その上でなら,多少は理解が進むかもしれません。

改めて御礼申し上げます。

ところで,先週末,道北の天売・焼尻島に,ツアー引率で行ってきました。海鳥・野鳥観察や海岸清掃など,もう10年近く通っています。圧倒的な自然に接することができるのも,豊富な海の幸を味わえるのも,楽しみです。

些少ですが,島のお土産を送らせていただきました。明日には御許に届くことと存じます。美食の秦様のお口に合いますかどうか。しかしながら,体にいいものなのは確かです。ご笑納下さい。

札幌も最近蒸し暑い日が続いていますが,東京に比べれば笑止なものでしょう。

ご自愛下さい。  箭

 

* この方の「バグワン解説」という一句は、まったくの誤解。「解説」などしない。手引きでも紹介でもない。まして評論でも研究でもない。御覧になれば分かるように少なくも上下巻で前後九年足らずの「日記」であり、日々の「私」の暮らしの中で「バグワン」に「聴いてきた」信頼そのままを告白しながら、死に間近に一日一日歩んでいる述懐の上下巻にほかならない。

そもそもわたしはバグワンの実像、いつ生まれていつ亡くなったのかすら不要として知らないままに、彼に「聴いて」いる。それだけである。もし此の上下巻で「バグワン」が「解説」されていて教条的に何かが知れると思われた方は、わたしの表題が不味くて早合点させたのである。申し訳ないが、解説ではないし、誰かが言われていたわたしの「信仰告白」ですらもない。

老いの坂を、生と死とに手をとられて、終末へとぼとぼと自信もなく歩んでいる私の、ま、日々の愚痴や歎きのようなもの。

* もっと驚いたことに、わたしを親鸞への「宗敵」かのように憎んで罵倒し侮蔑してきた真宗研究者があらわれ、これには迷惑した。こんなものが読めるかと、まるまる読まないままの罵詈雑言。承っておき、応答はしないことに。

先にも言うように、わたしは「宗論」や「評論・解説」ないし「提灯持ち」のために『バグワンと私』を刊行したのではない。法然や親鸞への少年らいの深い敬愛はいまもちっとも変わりがない。イエスにも聴き老子にも達磨にも一休にも聴きソクラテスにも聴いてきたし今も聴いている。ただ「抱き柱」として抱きついていないだけのこと。

わたしの関心は宗教・宗派には無い。理論にも教学にも無い。

落ち着いて終焉を迎えられるだろうか、迎えたいなというただそれだけ、現世の夢から、無明長夜の夢から忽念と覚めたいと願っているだけ。

2011 6・22 117

 

 

* 「 湖(うみ)の本」 創刊二十五年を祝ってくださるお便りが、いっぱい。

「どうぞお元気で続刊され、30年40年にもなりますことを祈念しております。  県教育長」

「満25年、おめでとうございます。 この出逢いと、これまでのお導きに深く感謝申し上げます。どうぞお二人ともお身体大切に、よい日々でありますように。  山口県  翠」

「上巻を読んでいたら いつの間にかこころが静かになるきがしました。どの一部分でもいいのですが、次々読んでいます。  鎌倉  橋」

「いつもありがとうございます。世の中に色々な情報が飛びかって、一体何が何だか分からなくなってしまいそうですが、毎日の忙しさにかこつけて、今日、明日と…日がどんどん過ぎ去っていく様な気がします。そんな時には「 湖(うみ)の本」 のペイジを少しずつめくるようにしています。ありがとうございます。   国家公務員 卒業生」

「創刊二十五年『秦恒平・湖(うみ)の本』通巻一◯八巻 心より御祝い申上げます。酒好きの私は独りで祝杯をあげました。先生には甘味を少しばかりお届け申し上げます。本当におめでとうございます。そしてありがとうございます。草々  作家 ペン会員」

「創刊二十五年の重みを受けとめております。『私語の刻』にございます東日本大震災以降の政治に対する鋭いご指摘にまず惹きつけられております。向暑のみぎりご健康とますますのご健筆をお祈り申し上げます。  県立文学館

 

* 中には、最近註文された方から、「御作『みごもりの湖』読み進んでおります。文学に触れている との実感が身体を満たしてくれます。 都内  歌人」という有り難いお便りにも接している。

 

☆ 秦さま

湖の本108 拝受。けっしてIT弱者ではないのに、これだけのペースで紙媒体の刊行物を出しておられることに敬服します。

わたしはなれないweb 事業にのりだし、ツイッターもブログも始めましたがあっぷあっぷしております。

ツイッターで秦さんの「ご提言」(菅内閣に協力せよとの)を紹介しましたら反応は上々でした。   東大教授

 

☆ 秦先生

湖の本、創刊25年、本当におめでとうございます。

25年前…私は、中学生でした。湖の本の「重み」を感じています。

また、いよいよ本格的な夏が近づいてきました。今年は節電に取り組む夏となりそうですが、先生、奥様は、くれぐれもお体を優先して、この夏をお過ごしください。

担当した番組「脱北者たち」が、関東地区で放送される日時が決まりました。

2011年6月28日(火)26時45分~27時40分です。(つまり、今月29日(水)午前2時45分~午前3時40分です。)

放送局は、フジテレビです。

大変深い時間帯ではございますので、もし宜しければ、録画にてご視聴頂ければ、幸甚に存じます。何卒よろしくお願い申し上げます。

お陰さまで、妻も元気に過ごしております。

妻のお腹は、日に日に大きくなっていて、私のお腹の大きさに迫ってきました。私はこの夏、妻よりもお腹を小さくできるように努力いたします。

また、ご連絡させて頂きます。ひとまず失礼いたします。    大阪市 謙  卒業生

 

☆ 今春修士課程を無事修了し、現在は研究生として東京藝大最後の一年を過ごしています。

悲しく、影響の大きいことがありました。

指導教官とその助手が3 月末日、突然のことですが、琵琶湖でのボートの事故で亡くなりました。

父のように思っていた先生であり、親しくしていた助手さんでしたのでショックが大きく呆然とし、また、何のために研究生に残ったのかと問い続ける日々が続きました。

その後、様々な残務処理、アトリエの片付けの手伝い、お別れの会の主催、などなど研究生の身に余ることがらが多く疲れ切りました。

しかし、現在は制作へと向かっています。

気分の病気は山坂ありますが今はまあ大丈夫です。

先生はお元気でお過ごしでしょうか。    叡   東工大院卒生

 

* 拾い出しているのはホンの一部分、一冊刊行のつど、沢山な声を聴かせてもらえる。

 

* 二十五年間、変わりなく気持ちの通い合ってお付き合いの持続・継続している相手を「百人」もっている人は、多くないようにわたしは感じている、「 湖(うみ)の本」 での読者・作者のお付き合いは、年賀状の交換程度とはちがっている。「魂の色」の似通いに他ならない。「 湖(うみ)の本」 でのお付き合いはむろん百人どころでなく、列島全域、海外にも広がっている。誠心誠意、一巻また一巻と送りだしてきた。「一期一会」の意味で「一巻一会」の気持ちでいる。

2011 6・23 117

 

 

☆ 拝復 昨日、「 湖(うみ)の本」 107 108『バグワンと私 死の間近で』上下の御恵贈に浴しました。まことに忝う存じました。早速に拝読、真摯な求道にふれ、心打たれました。気軽にも秦さんと呼ばせていただくことをお赦し下さい。秦さんがいとしい孫娘をほとんど突然に失われ、白秋を自覚する日々の中で、ご自分の死の問題に差し向かいつつお書きになった思索の軌跡、それが本書であると受けとめました。副題の意味が伝わってまいります。秦さんが少年時代から親しまれた仏像たちへの思慕と回帰をバグワンは無意味化しかねない。両者の間に横たわるクレバスを毎日のぞきこまれる。バグワンはいわば思索のトレーナーですね。秦さんは廻り道を強いられていますが、やがて生い立ったところに帰って行かれるでしょう。  秦さんがしきりに疑問符を打つ 日本人における「心」、その問題性についてまコメントには共感します。日本人には「心」は 天皇制と同じく、一種のブラックホールです。

菅下ろし策謀の醜態批判にも同感。ご健勝をお祈りいたします。 平安   基督教大学名誉教授

2011 6・24 117

 

 

* 今日もたくさんのお便りに恵まれた。

「満25周年おめでとうございます。一巻の清経入水からもう25年も立ったとは。本棚に並べた108巻の本をながめ乍ら感動と先生のご苦労を思っております。(亡き、 中学時代の)給田みどり先生もきっとお喜びの事と存じます。これからも頑張って下さい  亀岡市  明」

「はっきりしない空模様、世の中の情勢もはっきりとならないこの頃、『バグワンと私』は、私に共感と安心 やすらぎを与えてくれます。少しずつしか読めなくなりましたが 心の励みと 落着きを得られて、うれしく読んでいます。どうぞ御体に気をつけられて。お願い致します。『清経入水』から、むづかしく思いながらも読み返しております。  桐生市 吾」

「バグワンは初めて知った、ありがとうございます。

──いずれは いずれはと希望をもって踏みしめるように歩んできた──と。  山形県  又」

「25年おめでとうと、ご苦労さんと。創刊以来全巻愛読し、保存し、再読、三読の巻も多数。作品中に東山や泉涌寺の文字をみる度に日吉ヶ丘時代が思い出されます。貴兄の感化で「源氏物語」を20数回通読し、今も続けています。ご自愛の上今後ともご活躍を。   高槻市  昇」

「『下』の次も続くといいと思っています。くれぐれもお大切にされてください。 千葉市 貞」

 

* 塚本澄子さんの遺著となった『万葉挽歌の成立』を笠間書院を介して戴いた。すぐ思い出した、作新短大の助教授・教授を務めてられた頃、「 湖(うみ)の本」 の継続読者であった。原善クンが同じ助教授かなにかで机をならべていて、出来る女性が側にいて頭が上がらないとボヤイていたのを可笑しく思い出す。ま、成るべく成って塚本さんは教授に、さらに四年生の教授に進まれた。原は別のどこかへ、総武とかいう大学へ転じたのではなかったか。

 

* 笠間の重光さんの添書によれば、塚本さん大著の最終部分に「秦先生の作品に触れながら論攷を結ばれているのは印象深い」とあり、なるほど小説『秘色』で十市皇女を書いていたわたしの皇女観に、また皇女を悼んだ吹 刀自の挽歌に落ち着いた筆が運ばれていた。よほどこの小説を気に入って読んで下さっていたようで、懐かしくまた感謝に堪えない。

ご遺族の意向で遺著が成ったらしい。お許しを願い、その『吹 刀自の歌─十市皇女の人間像』とある一節を、「 e-文藝館= 湖(umi)」の「論攷」室・招待席に展示させて戴く。

2011 6・24 117

 

 

* そして、バグワン。

 

☆ 天候不順御自愛くださいませ。早速ながら今般も亦ご新著『バグワンと私』をご恵投被下、ありがたく頂戴いちしました。不勉強でバグワンという名を知りませんでした。御著を拝読して、私自身が求めていた世界だと気付かせていただきました。 教区の連続研修で、生と死のテーマが設けられ、三回ほど、先人に学ぶという副題で問題提起をすることになっています。そのためにもくりかえし精読させていただきます。ありがとうございました。御礼言上までにございます。合掌   浄土真宗寺ご住職 大学教授

 

* 宗敵を呪うほどに罵倒してきた同じ教学の人もいた。ひとはいろいろだが、わたしはいささかも宗論などしていない、教学に何の関心も好奇心もなく、ひたすら老いの日々を心静かに歩んで行きたい、どうしようととばかり思ってバグワンという人に聴いていた。それも本がいくらか手元にあるだけで、バグワンの実像など知らないし知ろうとも全然努めてこなかった。求道と言われては照れるしかない、精神衛生というぐらいが当たっていて、ただ言えるのはいささかも思いつきのでたらめでなく、十数年、 これから先もひたすらに本気なだけである。

わたしと同じようにある種の不安をもち安心を求めている人は多いのではないかと思っていたが、その辺は、どうも分からない。題をみただけで、なにかわたしに宣教姿勢でもあると感じた人もあるのかも知れない。「死の間近で」という副題を主題にすれば良かったかな。

 

☆ 秦 恒平 様  お元気にお過ごしのことと拝察します。

『湖の本』、引き続き御恵与いただきながら、このところまた御礼状を滞らせてしまいました。お詫び申します。

創刊満二十五年、長いご精進に敬意を表します。

バグワンという名前は、ここ数年、私の頑の隅にずっと横たわっていました。より正確に言うと、その名前も不確かなまま「アメリカ人だかインド人だかで、なかなかの思想家・宗教家が一人居るようだ。今は自分に時間がないが、いずれは、死ぬまでに一度向き合

って見ないといけない人物らしい」という印象で、自分の頭に残っていたのです。その人物が、果して御著の「バグワン」と一致するかどうかは、わかりませんが、どうもそのように思われるのです。

申し訳ないのですが、貴著「バグワン」の(上)もまだ拝読していません。勝手ながら、今無理に自分を集中させている、ある仕事があって、ちょっとそこから手が放せない段階に来ているものですから。それが一段落ついたところで、(上)(下)両方を通読させていただき、さらに出来れば「バグワン」も読んでみたい、と思っています。

 

今、たまたま開いた、108 集177  ページ「私語の刻」に、菅内閣支持のご意見を発見しました。まさに仰せの通り、「わが意を得たり」とはこのことです。周囲が何と言おうと、菅さんには、この先二年でも三年でも頑張り抜いてほしい。続ける理由はあっても辞めるべき理由など、どこにもないからです。

数年前のテレビ画面で、菅さんが事業現場の下っば役人を捕まえて居丈高に怒鳴りつけるのを見たことがありました。その時「あ、この男は所詮小物だ」と思い、以来その印象は私の中で拭えないものになりました。しかし、小物だとしても、今の時点では与党も野

党も協力して菅さんを盛り立て、災害からの復興を図るという以外に選択の余地はないのだと思います。自民党も、もし今、過去の原子力政策を反省し、小異を捨てて菅さんを支えれば、どんなにか党の支持者を増加できるであろうのに、そんなことさえ見えていない

、自民党、特に党首や幹事長はバカです。私は、菅さんが、ここで粘りに粘って復興への道筋をつけてくれるならば、その時はじめて彼は真の政治家として評価されていいのだと思っています。「小物」という私の印象もその時は消すことができるに違いありません。

私はこのように考えながらも、それを表明する手段を持たず、現状にただ嘆きと不満を募らせるばかりでした。

秦さんは、こうしてご意見を世に問う力を持っておられる。ぜひこの正論を広げてください。応援しています。

つい、政治談義になりました。今夜は、近くに残る田んぼと森で、蛍が舞うのを眺めました。 梅雨もそろそろ終わりでしょうか。 どうぞいい夏をお迎えください。  2011年6 月23日   明治大学名誉教授

 

* 心ゆき心励まされるお二人のお手紙、有り難し。

2011 6・25 117

 

 

* うまくは言い表せないが、へんな物言いになるが、わたしは、すこしずつどうかしてきているのではなかろうか。

 

☆ 創刊25年おめでとうございます。

気候の定まらない毎日ですが、いかがお過ごしでしょうか?

「湖の本」ありがとうございました。

創刊25周年 四半世紀を迎えられたこと、心よりお祝い申し上げます。

「バグワンと私」ゆっくりかみしめています。

マインドの塊に戻ってしまいそうな私を、少しずつ溶かしていきたいと思います。

どうぞ、お元気で 日々心静かにお過ごしくださいますようお祈りいたします。 さざなみ

* この久しい友である人もそうだが、同じように「バグワンと私」という述懐の可能な体験者であり、そういうめで観ると、ほかにも何人もがわたしと同じように書き表す資格をもっていると思う。ただ、残念というか仕方がないというか、わたしのように多年に亘り継続してバグワンに「聴きつづけ」た人たちではない。

とはいえそれもそれなりに「バグワンと私」体験はされてきた、わたしのはただ持続してきただけのこと。そしてその人たちの先のことは分からない。旺盛にバグワンと対話される人も出てこようか知れぬ。

つまり、わたしは、「バグワンを」書いたのではない、「私」の惑いや迷いや不安や喜びを、体験として書いたのである。なんらバグワン論でも解説でもなく、宗教論でも信仰告白でもなく、読者を誘導する目的など微塵もない。いわば正不正関係なしの「ひとり合点直前」の思いを、日記に書き留めただけである。所詮は「秦恒平が秦恒平を」書いたのである。

 

 

* 上の例でわかるように、戴くメールの書体設定なのか何か特殊な設定なのか分からないが、転記しても書体もサイズもこっちの機械に馴染んでくれないことが多くなっている。パソコンという機械のややこしさには、なかなか馴染まない。

 

☆ 久しぶりにHPを読みました。

梅雨というには早や夏の暑さ、本当に今から思いやられます。くれぐれも、先ずお体を労わってくださいますように。

何処か遠くへ行きたいと・・鴉の声をさまざまに感じ、現実のわが身の遠さに胸衝かれます。

取り急ぎ、メールへの返信です。

バグワンの次の巻について皆様のメールで触れられていますが、不在だったこともあり、或いは何か原因があってか、わたしの手元に届いていません。家人が何処かにおいたのかも知れず、確認しようと思っています。

元気に 元気に 大切に 大切に。   鳶

 

☆ 暑い一日でした。

いよいよ厳しい日々がやって参ります。書斎のクーラーは復旧できたでしょうか。

水分を充分におとりになって、出来る限り涼しくなさって下さいますよう。

東北の雨量が平年より少なく、被災者の方々が少しでも凌ぎやすく過ぎますように。もっとも空梅雨では、断水の心配もありますが。

取り上げていらっしゃった、『色へのことばをのこしたい』一昨日届きました。この数日忙しかったのでまだ読んでおりませんが、楽しみです。

一時期、「襲の色目」に凝って、薄紙を重ねて、その中に匂い袋の中身をいれて、文香(ふみこう・お手紙用のお香)を作ってみたこともありました。重ねてみると、色目が、大陸的なのに驚きました。十二単の印象も変わりました。今、私たちが日本的な色彩といっているのは、室町くらいから以降のものではなどと実感として思ったものです。

それにしても、襲の色目の名前がとても豊かなのにうれしくなったものでした。

文香から、手紙の紙質や、色、添える折り枝、そして きこめるお香の薫り・・・その配慮、そのセンスにはひたすら感心するばかりでした。

暑い暑いといわずに、「削り氷にあまづら入れて、新しき金鋺に入れたる」(『枕草子』「あてなるもの」)を見習って、上品に涼しげに工夫して過ごしたいと思います。おやすみなさいませ。  佐

2011 6・26 117

 

 

☆ 前略「 湖(うみ)の本」 107巻の御礼を申し上げずにゐるうちに108巻を頂戴し誠に申しわけありません。

無宗教で、遠藤周作君からよく、あんたのやうに、神について考へて神を信じなくなる無神論者でなく、神などどうでもいいといふ無神論者ほど度し難いものはないと言はれてゐました。

私は御高著「バグワンと私」を拝読しても、なかなか没入出来なく、われながら困ったものだと思つてゐます。今年九十歳になりましたので、歳のせいかと考へて気を楽にしてゐます。

創刊二十五年を心から祝福申し上げます。 不一    元文藝誌編集長

 

* まことに胸に届いてくるお葉書で、わたしは嬉しい。大きく教わった気がする。

もともと「神について考へて神を信じなくなる無神論者」をわたしはあまり信用してこなかった、この方が本当は「度し難い」のではないかと思い、いっそ「神などどうでもいいといふ無神論者」が自然で毅いのではないかと思っていた。新井白石と出会ってそう感じたし最上徳内にもそう感じた。遠藤さんのことは知らない。正宗白鳥が臨終前に信仰の告白をしたと聞いたとき、言葉にならない感想を抱いたまま瞑目したのを思い出す。

 

* もう一通、やはり有り難い長文のお手紙も、おゆるし頂いて此処に書きおかせて戴きたい。

 

☆ 拝啓 秦恒平様 机下

「 湖(うみ)の本」 107 108 『バグワンと私 死の間近で』上下

ご恵送下さり、まことに有難う存じました。私はこの人物のことを知りませんでした。インターネットのウィキペディアでこの人の紹介文を読み、二十年も前に亡くなった人なのに、すごい影響を後世に与え、今も生きつづけていると感心しました。これから、折りにふれて御著をひらき、読んでみたいと思います。

今、感じていること、下巻で紹介されている「愛」と「結婚」は違うというところ、「結婚」は抱き柱ではないかということ、 漱石の「三四郎」を読んでいて廣田先生が結婚しないということ、「結婚」という制度を彼はみとめないのだなと思いました。

いま仲間と古今和歌集からはじめて王朝和歌を少しずつ読み、そのかたわら昨年から漱石も読み出しましたが、秦さんが何度も言及されている「こゝろ」に比べて、「三四郎」について、触れられる方が少ないのは、とても残念ですが、ここのところを読んで「三四郎」は青春文学と一言で片づけるわけにはいかないなと思いました。

秦さんは迫り来る「死」にについて 若いお孫さんの「死」の実体験から強迫に近いものをお感じになり、それによるこわばりをほぐそうと懸命に努力されていますが、私はたった一才しか違わず、私も来年で後期高齢者になるのですが、鈍感なせいか、それほど強い強迫を受けません。死ねば「無」、それでいいと思っています。同封の文でもふれましたが、今年になっての「母の死に、母の無になった 私も近い内無になると思って、それがたのしみでもあります。

和泉式部の歌

数ふれば歳の残りもなかりけり 老いぬるばかり悲しきはなし

も、昔は老年の悲しみの述懐の歌として読んでいましたが、最近は上の句と下の句のあいだに一拍置く、歳末になるとゆることが多くなって困るなあと思い、そして何気なく口に出した「歳の残り」が自分の齢の残りでもあることに気づく、そして彼女は文机の上に顔を伏せて過ぎ去った絢爛たる日々を思い描くという風に読んでいます。

今がいちばんいい、やがて無になる前の光がいちばん美しい。

夕日はゆっくり見たいと思っています。

 

勿論、死んだら終りということでやっていますが、小さな石でも積んでゆけばケルンになるかも知れないと考えています。

「 湖(うみ)の本」 百八回 おめでとうございます。

ますますの御健筆をおいのり申し上げます。  六月二十五日  拝   欣    文藝批評家

 

* わたしに『罪はわが前に』と表題した書き下ろしの旧作がある。この表題は、聖書からというより、漱石の『三四郎』から得ていたことは作中に書いている。またわたしの『こゝろ』論は、『三四郎』という背景、根底をもって書かれている。三四郎君は、『こころ』の「私」になって「先生」や「静 奥さん」の前へ再登場しているとすらわたしは読み取ってきた。

2011 6・27 117

 

 

☆ 秦さん

ご連絡ありがとうございます。大変ご無沙汰してしまい申し訳ありません。

日本ではかなり暑くなってきているようですが、お元気でお過ごしでしょうか。

まだあと1年くらいはモロッコ勤務が続く予定ですが、7月頭から1年半ぶりに一時帰国できる事になりました。久しぶりに日本で一息つくことが出来そうです。

お聞き及びかと思いますが、中東の国々では、チュニジアでの政変以後、連鎖的に政情不安が続いています。モロッコでも一時期、デモが盛り上がったりしていました。

モロッコの国王は、即位10年少々でまだ年も若く、国を近代化していこうという意欲の強い方です。それゆえに、国王の権力縮小を求めるデモの動きに呼応するように憲法改正を自ら宣言し、短期間のうちに草案を発表、7月1日には改正案の是非を問う国民投票が行われる事になっています。

「アラブの春」とも呼ばれる今回の一連の民主化運動の中でも、大きな衝突なく憲法改正や政権交代が実現した例は他にないようで、国民投票の行く末にはとても注目しています。

現状においても目立った社会混乱がないモロッコは、中東や北アフリカといった地域ににおいても、特に安定した国家と認められつつあり、そのため、経済的な側面でも一層の注目を集めています。日本も例外ではなく、政府や企業からひっきりなしに出張者が来ています。

そのため、多くの方々とお会いしたり、また、様々な機関の方々と一緒に仕事をすることが増えており、目まぐるしいながらも充実した***生活を送っています。

おそらく今の仕事も、ともに働いている人々も、帰国後には直接の関わりは無くなってしまうのでしょうが、そのためかえって、今この場でこの人達とどんな仕事が出来るのか、何が残せるのか、あと1年弱で追求してみたいです。

しかし、遠くから見ているとかえって誇張されて見えるのかも知れませんが、中央官庁に積もってきた疲弊感は、かなり厳しい状況という気がします。

人が減り予算が減り待遇が悪化する一方の中、政府に期待される役割は減る訳ではなく、多くの公務員は歯を食いしばって頑張っているものの、ずるずると状況は悪化していると感じています。

首相以下の政治家においても、多くの国民や、ほとんど全てのプレスにおいても、「官僚叩き=善」という、今や誰も正面切って異を唱えにくい、半ば思考停止的な方程式が、社会の至る所で成り立ってしまっており、ちょっと振り子が振れすぎてしまっている状況と危惧されます。

人知れず士気を低下させている人も多い中、その中でも使命感を持って懸命に働く人たちには、尋常でない仕事量が降りかかり、変わりゆく状況に対して迅速に対応することが難しくもなっており、それが一層役人批判を生む、という悪循環も生じている気がします。

現状において役人弁護の議論は、さらなる批判を生むだけなのかも知れませんが、今の日本には、政府が担うべき機能についてきちんとした議論がないままに、ただ役人批判の議論だけが、バランスを失したままに先行しているのでは無いでしょうか。

というのは、今や現役の公務員たる自分が言ったところで、単なる自己弁護になるのかも知れませんが。

では、暑さが厳しさをます時節ですが、何卒お身体を大切にお過ごし下さい。

またお目に掛かれる機会を楽しみに致しております。    院卒業生  啓

 

* 相当長期の海外勤務が続いていて、おそらくこの人らしい才能が着実に発揮されているのであろう、喜ばしい、いいことだ。伝えられている事情ももう数日の内に予定されていてその筋では周知のことと、伏せなかった。「アラブの春」の一端に触れられるのも、おかげである。健康に怪我も事故もなく元気につとめて欲しい、ご家族の平安を祈る。

 

* 国内本省でも日夜いまいまさに奮闘中の人もいる。それはそれ、大きくなったろうお子たちに気に入っている絵本を送った。

2011 6・27 117

 

 

☆ 秦 恒平 様

ご無沙汰しております。ココです。

急に暑くなったり、涼しくなったり 今年は、日々気温の差が激しい年のようです。

お変わりございませんか。

梅雨の季節、少し気持ちがホッとするのは 鉢植えの紫陽花が、例年よりきれいに咲いてくれたことです。

確か、紫陽花には裏年と表年があると聞いた気がします。

「バグワンと私」 上巻 を 昨夜一気に読みました。

特に ここ2年ほど、「心」に翻弄され続けていた自分が自覚できました。

吐き出すことの出来ない憎しみや哀しみ、沸々と沸いてくる怒り

どうすれば 執着せずに穏やかにいられるのか

「瀞笑生逝(しずかに笑って生き逝きたい)」と願っているのに

いつも荒々しい自分を少々持て余していました。

 

昨夜 漠然と「この本に何か」を感じました。

(頁を開くまで「バグワン」が何か一切わかりませんでした。)

そして、読みながら、今までの自分を少し冷静に省みることができました。

今の素直な気持ちを言いたくてメールしました。

取りとめも無いことで すみません。

これからが夏本番 、水分補給を忘れず くれぐれもご自愛ください。

ありがとうございました。   千葉  ココ

 

* ああこういう読者がいてくれると、少し硬くなった肩の荷がかるくなる。こういう人がたくさんこの世間にはいると想っていた、まして今日只今の此処・日本には。

 

* 懸命に「小説」のための作業に打ち込んでいた。その間は、よろこばしく気が晴れているのに何度も気付いていた。そうしてて過ごそう、この六月を、七月を。「瀞笑生逝(しずかに笑って生き逝きたい)」という言葉、知らなかった。

2011 6・27 117

 

 

☆ お元気ですか。お元気ですか、みづうみ。

 

裁判の判決が近づいているせいでしょうか。みづうみの波立ちを感じます。祈る以外に何も何も出来ないことが悲しく歯がゆく残念でなりません。

みづうみは書くことが生きること。読者はみづうみの小説が一番読みたい。次回の湖の本が新しい小説であったならと夢見ています。

十月に国立小劇場の舞台に少しだけ立ちます。舞のまずさは、謙遜ではなく、救いようのないレベルです。下手だけれど愛嬌はあるというのを目指して練習しています。

本格的な夏も目前です。節電などなさらずお部屋はガンガン冷やして、ご無理なさらずにお過ごしください。

お大切に。    蕗    あらはれて流るる蕗の広葉かな 素十

2011 6・28 117

 

 

* 『バグワンと私』が読者のもとへ届き始めて十日、創刊二十五年というのも加わって、たくさん声が届いてくる。感謝。

「この不思議な本をよくぞ『紹介』して下さった、という思いで、折々にも読ませて頂きます。鬱陶しい日々、どうぞお元気に、とお祈り申し上げます。   文藝誌編集者」

「25年初期の頃から拝読させて頂き年を重ねて来ました。ありがとう御座いました。  豊島区」

「創刊時の想いを持ち続けられて、ずっと書き続けてこられたこと、本当にすばらしいことです。先生のこのエネルギー、ものすごいですね。御自愛くださいませ。  静岡市」

「うーんと思って拝読中、まだ上巻です! あっというまに 年金を頂く歳とはなりました……  京都市」

「湖(うみ)の本 満25年 まことにおめでとうございます。途方もない営為と存じます。そして、「 湖(うみ)の本」 と先生に出会った幸いを、ありがたきことと感謝申し上げております。今後とも このまま遙か彼方まで歩んでゆかれますように。  神戸市」

 

☆ hatak さん  酒少々

昨日上海から戻りました。

魯迅公園、ここはかつて日本人租界があったところらしいのですが、広い公園を見渡す芸術館の茶室で、五十名の方々に濃茶を練ってきました。茶室は、おそらく日本の大工さんが建てたものと思われ、中で茶を点てている間、ここがどこかをすっかり忘れていました。四席が終わり、道具を片付けはじめて、中国で茶会をしていたのだと思い出しました。

中国の人は抹茶は飲みませんが、ウーロン茶、緑茶はよく飲みます。ここ数年は、コーヒーの消費も激増していて、喫茶の風習は日本同様定着しています。予想通り濃茶という飲み物に対しても、全く抵抗はないようでした。これまで、世界中のいろいろなところでお茶を振る舞ってきましたが、こんなに抵抗なく濃茶を飲んでもらった国は、濃いマテ茶を飲む習慣のあるアルゼンチンだけでした。

次は炉の時期に、できれば口切りを、などという話がもう来ています。

紹興酒1本だけですが、買うことができました。乗り継ぎに降りたセントレアでお送りしましたので、少しですがご賞味ください。トランクの中で割れることを防ぐために、一度箱を開け詰め物をしてきましたので、箱が開いていますが、ご容赦ください。

お送り頂いた『バグワンと私』お礼も差し上げず、失礼しております。バグワンという人を全く知らずに、闇に言い置く秦さんの引用と述懐を長らく読んでおりましたので、私にとってはバグワンの言葉というより秦さんの言葉として聞いてきております。すんなりと耳に入ります。

今週末からは、ベルギーです。体が保ってくれるよう無理はせず、とは思うのですが、国際学会の前は、寝る時間が無くなります。前回イタリア・ドイツのように、旅先で寝込まないよう、注意して行ってきます。

「すこしずつどうかしてきているのではなかろうか。」を大いに案じております。加えて今年の猛暑。くれぐれもお大切に。 maokat

 

* 古越龍山 20年 そしてお茶のお便り、感謝し、愉快に拝見。どんなお茶碗で濃茶をねったのだろう。一碗十二人ほどでのみまわしたのか。かなり力わざ。

上海では魯迅や孫文のゆかりを井上靖ら一行と訪れた記憶がまだ濃く残っている。北京や西安や杭州、蘇州とちがい、とにかくも都市としての上海は、二度訪れたが印象がキワだって他と「べつもの」だった。

2011 6・29 117

 

 

* もうよほど昔のはなしになるが、こんな意味の批評をメールで受けたことがある。

秦さんは、深い愛情なり友情なりを示して来る相手よりも、ごく平凡に情の薄い人間のほうを気安く受け入れるタチではないですかと。ほんとうに愛してくれる相手を深いところで拒むところがないかと。自身の聖域に立ち入らせないということか、幼くして両親と別れたので、人に愛されることに馴れていないのではないかと見えると。愛されることをどこか恐れているみたいだと。

親が自分を愛するのは当然だと信じきっている人のほうが、愛するのも愛されるのも自由にできるが、秦さんには愛されると云うことに言い難い戸惑いがあるようだ、と。愛は深刻で、心乱されるから、迷惑にもなり、傷つくから、ある一定以上の親しさになると重たい人間は遠ざけてしまいたいと。そんな無意識のガードが秦さんにはあるのではないか、と。口先だけでいいので、軽ぅい愛の言葉や行動で近づかれる方をいっそ安気に迎えているのではないかと。いずれそんな人達は、「人同ジカラズ」で枯れ葉のように行ってしまうのに、その方がありがたいと秦さんは思っているみたいだ。自分から愛することはいくらでも出来る人なのに、なぜ深く愛されるのは苦手なのかと。

 

* 答えなかった。もうバグワンとは出逢っていた。

2011 6・29 117

 

 

* 老酒が飲みたくなった。あっというまに、瓶をカラにしてしまいそう。元岩波書店の編集者に戴いた酒肴もある。有り難し。

2011 6・29 117

 

 

* 雷が鳴っている。

 

☆ 創刊二十五年を迎えられたとのこと、おめでとうございます。活溌な執筆活動を一◯八巻にもわたってまとめておられ、たいへん興味深く拝見しております。暑さに向かう折から、お身体にはお気をつけ下さいませ。   大学学長

 

☆ 「満二十五年」 おめでとうございます。心から祝福しています。すばらしいことです。  作家

 

☆ 25年 おめでとうございます。全ては皆様が秦様を芯にたゆまぬ努力をなさいましたその美しく、優しいみのりと、心からお喜び申し上げます。 鴻巣市

 

☆ 25年の快挙 おめでとうございます。更に、更に、更に…。   三鷹市

2011 6・30 117

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