ぜんぶ秦恒平文学の話

交遊録 2015年12月まで

☆ 前略
先日は 又 御鄭重にも 選集「第八巻」を御恵贈にあづかりまして誠に有難うございました。御礼が遅くなりましたこと、心からお詫び申し上げます。実は八月早々より、かなりまとまった原稿を書かねばならなくなりまして、つい、先日やっと脱稿致しました。
その後、「二章 曙光、天明初年」まで拝読致しましたところで、このお礼状を差し上げることになり、誠に申し訳なく存じます。
「あとがき」で記されていました「最上徳内は、昭和の小説家である私・秦 恒平の絶えず友であり先生であり親愛なる同伴者であり対話者であった」という「小説としての方法が、ここまででも十分に自在に発揮されているのに非常に感 服致しました。寡聞にして、私は、このような歴史小説を読んだことはないので、更に読み進めることを大変楽しみに致しております。
やっと秋風が吹き始めましたように感じられますが、どうぞ呉々も御体調にご留意の上、ご健康とご執筆とを併せてお祈り申し上げます。本日は御礼とお詫びまで申し述べました。草々不一   坂本忠雄  元「新潮」編集長

☆ 秦 恒平様
謹 啓
このたびは「秦恒平選集」第八巻をご恵贈いただき、有難く御礼申し上げます。重ねてのお心遣い、もったいなきことと深く感謝申し上げます。御選集の御上 梓に尽力される先生ご夫妻のご苦労を思いますとき、なんと御礼を申し上げてよいものか、言葉もありません。ただただお二人ともご息災、お幸せでありますよ うにと、お祈り申し上げるばかりです。本当にありがとうございました。重ねて御礼申し上げます。
『最上徳内=北の時代』 いただいてすぐカバーをかけ読み始めました。序章・二章・三章と読み進めながら、私の脳裏に浮かんだ観念は、江藤淳氏が漱石論 で「心」の「私」を「あたかも探偵のように主人公の秘癖をかぎあてようとする」人物といい「漱石は本格的に探偵小説を書けば書ける人であった。」といった 言葉でした。「最上徳内」には低次の犯人暴露などではなく、まさに「知ることを欲する」「知」を愛するフィロソフィの躍動する探究心が通底しており、秦さ んは「本格的に探偵(推理)小説を書けば書ける人(作家)」ではないか、と感じたことでした。
読みは未だ端緒ですが、源内、東作、南畝等々、多彩な人物が活躍した、謂わばルネッサンス期にあった江戸後期の文化的・政治的活況が行間にあふれ出、作 者の生きる現代と微妙に絡まりあいながら、問題の本質に分け入っていく、息を継ぐ間もない展開に惹きいれられております。
「湖の本」で読みましたときには、青島俊蔵の性格が妙に気になり、印象に残りましたが、今回はもっと腰を入れて、日本史年表を片手に、最上徳内と徳内が生きた時代、徳内がなしたことを、再認識するこころ積もりで学びたいと思います。
徳川300年の鎖国政策が日本人に失わせしめたもの、得させたものが、今日の政治、外交、国民性を醸成したことを思いますとき、ご著書「最上徳内」は日 本人の心性を知る上で、欠かせない文献ともなるものではないかと、個人的な期待ですが、これを機に是非読み込んでみたいと思います。
『罪はわが前に』読了いたしました。最後のクライマックス、感動いたしました。玄関の内灯を背に宵闇の中に立たれた芳江姉さんと「思無邪」駆け寄ってき た少女のシンボリックな対比。「姉さん-」の呻くような発語に、物語の全内容が収斂され、一気に爆発いたしました。感極まる一瞬でした。天上の愛は、これ でよかったのだと、自然胸をなでおろしておりました。
失って確かになる「愛」ではなく、永遠につづく「愛」は、堀辰雄の「風立ちぬ」にも、ありますが、死して永遠となる「愛」ではなく、生きて、共に現在を 生きながら、永遠である「愛」、エゴを超越した「愛」は、『罪はわが前に』をもって嚆矢とされるのではないかと思いました。この小鋭が「未完」であるわけ も、最後まで読んで深く納得できました。この小説は「未完」の言葉の後に「-完-」と記されて、初めて一巻を閉じる、小説であり、「未完」の言葉を単純に 未完として続きを期待してはいけない小説なのだと。この「未完」はすなわち「永遠」を意味しているのではないか……、わたしはそのように読みました。
未熟な読後感です。失礼の段、ご宥恕ください。
真夏から秋へと、いささか季節は性急に移ろい、身体も心も準備の間もなく、たじろぐ心地です。政治的状況といい、季節といい、すべてが不順です。等し並 みに愚に横並びして、賢を無視し、尊敬する向上心を失った日本人は、あらゆる権威を回転寿司なみに低廉化し、企業が営利で偽造する空虚な莫迦笑いに沈ん で、やがてこの国土を失うという愚挙にまでつき進むのでしょうか。尊敬するものが無いというのは理想がないということではないでしょうか。理想を育まない 国に、未来はない。
非常に暗い気分ですが、昨今の空模様のように、何もかもに暗澹としております。
御礼の手紙のつもりが愚痴めいてきました。お許しください。
HPを拝見しております。新作を書き進めておられるとのこと、是非「湖の本」で発表していただきたく切望いたします。
この天候不順はまだしばらく続くようです。どうぞお体を御大切にご自愛のほどお祈り申し上げます。
御著書大切にいたします。 敬 具  平成27年8月31日  八潮市  小滝英史  作家

☆ 拝啓
きびしい暑さもようやく収まり、秋の気配が立ってまいりました。
この度は、『秦 恒平選集第八巻 最上徳内=北の時代』を賜りまして、まことにありがとうございました。いつもの「湖の本」に重ねこのすぐれた選集を頂戴しまして、大変恐縮しております。
主題もスケールもまことに大きな御作品、ゆっくり拝読させていただきます。
秦様の、ますますのご健勝を心より願っております。
謹んで御礼申し上げます。敬具  横浜  梅原稜子  平林たい子賞作家

* 有り難いお手紙を、戴きました。小滝さんの「罪はわが前に」へのご理解、有り難く思った。
2015 9/1 166

 

* 神戸の岡田昌也さんから、大粒の「大分かぼす」を大きな函いっぱい、頂戴した。何にでも絞ってかけよと。いきなり常食の卵納豆にかけた。食べやすくなった。感謝。素麺の出汁にも絞った、とても美味くなる。感謝。

* 吉備の人の有元さんから、種なしの葡萄「ニュー・ピオーネ・プレミア」を二函に八房も大きな荷で頂戴した。素晴らしい美味さ。有難う存じます。「ピオーネ」 という名をはじめて覚えたのは、やす香が病床に苦しんでいたとき。はるばる遠くからお見舞いに戴いて泣いたのを想い出す。

* 今日も、元朝日新聞社の伊藤壮さん、元平凡社の出田興生さん、岩手八幡平の歌人伊藤幸子さんらの懇切なお手紙をもらった。なんとなく疲れていて、読ませて戴くにとどめる。四時半。もう目が見えない。しばらく眠ってみよう。
2015 9/2 166

* 元平凡社の出田興生さんから第八巻の上梓を祝って戴いた。

* ふっ…と、なにか見当がついた。

* 小説を小説として終えるために今一つの小説を書き添えねばならなくなった。これからだ。
2015 9/3 165

☆ 秦恒平先生
ご存知かと思いましたが、HPではこれまで触れておられないので、ひょっとしてご存じないやも知れないと考えました。
既知の場合は捨て置き下さい。三浦景生先生の訃報です。京都新聞記事抜粋を添付します。

8月初旬に私が編集している京都画廊連合会ニュース9月号にて、中信美術館で開催される三浦景生展(9/4~10/18)を紹介すべく、中信 広報担当の方に電話連絡して記事で紹介する作品写真数枚の依頼をしたとき、これまでの経験から大きな回顧展がそのまま追悼展になったとの話がよくあるの で、高齢の三浦先生にはその例外になってほしい、と冗談話のように言ったことがまるで予言のようになってしまいました。
私の画廊にもお元気な頃にはご夫妻で度々お見えになりました。年齢を感じさせない、自由で無限に広がる藝術の可能性を次々と作品に昇華させてこられた偉大な藝術家でした。残念でなりません。  京都岡崎  星野桂三  星野画廊主人

 

哀悼  三浦景生先生 書簡  梟

 

 

* 無念残念。 八月にはいただいたお手紙を額にして此処にも掲げていたのに。お歳をおもえばとは思いつつ。今一度お会いしたかった。星野さん、お知らせ有難う存じます。

* 京都美術文化賞で四半世紀も務めた初期選者のなかで、梅原猛、石本正、そして私だけしかいない。あんなに親しかった三浦景生さんも清水九兵衛さんも、亡くなってしまわれた。寂しい。

☆ 朱明白蔵(夏から秋へ)白印
(蜂蜜を)「喜んで」いるとのおことばを真に受けてお送りしました。ただ息災でいらっしゃることを願って。
「最上徳内」再読途中です(なかなか一気に読むことはできなくなっています)。中で、奥様が数学に強くていらっしゃることに気づきました。数字だけなら 私の亡母も親戚の所番地、電話番号を諳んじていました。アドレス帳を繰るよりそっちに聞いた報が早いくらいでした。「母」のことは話さないほうがよかった かも知れませんが。これから妻を車で病院へ連れて行きます。栄養剤? をもらいにゆくようなものですが。
皆様どうぞお大切にとお祈りしています。 九月三日  能美市  老哲(朱印)

* 印が一枚の葉書の表も裏もなつかしく色染めて。「朱明白蔵」と訓んでいいのだったら、「選集八巻」を送り出したときの挨拶のアタマに据えた、わたくし勝手の四文字。嬉しく。

☆ 猛暑がようやく
おさまったと思いましたら 寒いほどの日々が続いております。ご体調、いかがでしょうか。
この度は またまた選集第八巻をありがとうございました。
秦様には珍しく東北の人を取り上げていただき、 以前から『最上徳内』は興味深く拝読しておりましたが 改めて再読したいと存じます。
季節の変り目、奥様共々どうぞお大切にお過し下さい。  仙台  遠藤恵子  前米沢短大学長 医学書院後輩

* 東大大学院文学部からも、受領の挨拶があった。

☆ 少しすずしく
なってまいりました。今年の夏は本当に暑かったですね。
『秦 恒平選集第八巻』
ありがとうございました。もったいなくて 大事に大事にします。
先日 岩合光昭さんの写真展に孫と行ってきました。(写真葉書)私は見ているだけで幸せ気分!
ところで、
又、飛騨桃の季節になりました。別便にて送らせていただきます。お口に合えば幸いです。 各務原市  石井真知子  読者

* 湖の本創刊以来 三册ずつを買って支えて戴いている。有り難い。岩合さんの猫テレビは我が家でも人気。一抹の不快感もなく掛け値ない「人気」ではこの岩合さんのと、日野正平のふるさとへ自転車で の番組。

* 開新堂の山本社主からは、特製の「杏菓子」を頂戴した。紅茶が美味しくのめるだろう。感謝。感謝。

☆ 九月
お身体のこと、いつも心配しています。
そして、それ以上に激しく作家としての仕事を一歩も二歩もグイグイと進められていること、驚嘆しています。昨日のHPでは小説へのヒントを示唆する一行に注目しました。
新安保法案反対の動き、中国の抗日七十周年の軍事パレード、(軍事パレードなどたといどこの国であれ、見たくありません)、維新の党や民主党内部からの新しい動き、さまざまな事件、思うことしきりです。
今朝は一枚の写真、海岸に打ち上げられた難民の三歳の男の子の写真に多くの人が衝撃を受けたというニュース。
戦争に巻き込まれ傷ついた無残な死体ではなく、眠っているかのような穏やかなと錯覚しそうな、しかし、紛れもなく惨い死。
ヨーロッパに流れ込む難民の現況を思えば、わたし個人の憧れや好奇心など、今は自粛却下、です。これからヨーロッパの国々がどのような対策を打ち出していくでしょうか。
思わずメールの初めに書いてしまいました。日常に直接関わることではないとしても、切迫したものを常に感じています。
この夏の猛暑からいつしか雨がちの晩夏になりました。夏バテと鴉も書いていらっしゃいますが、わたしも甘え半分ながら夏バテです。
外出しなければ、それだけ休養しているようですが、けれど精神的には全く逆です。身体も精神もバテています。とても疲れます。
此処(尾張)に移ってからの暮らしには根底から変えなければいけないことが多々あります。
先日S氏の個展について書かれていました。画廊で個展を開いても見に来る人自体がほとんどいない、ましてや絵が売れない・・。
著名な画家やタレントであればマーケットとして採算が取れる、確かにそうですね。
自分に限って言えば「趣味」で絵を描いて、さてその絵は売れるわけではなし、家の中で置く場所にも困るというのが現実。
教室での知人は趣味で楽しみで描けばそれでいいのだと断言します。わたしは再び一人になる、一人で描くしかありません。
『風の奏で』を読んでいます。
京都が懐かしい、醍醐が懐かしい。(昔、娘をベビーカーに乗せて日野法界寺あたりを彷徨っていました。)
関連して『梁塵秘抄』の注釈本も。『徒然草』やダンテ『神曲』も久しぶりに。ただしそれなりに「疲れる」読書でなかなか進みません。
『生きたかりしに』についての山瀬さんの評論、病するほどの熱情溢れる一番の読者の文章は、良い意味で衝撃でした。
わたしはどこまで書けるか、それ以前に書く力がないのではないかと思います。
書く余地あるとしたら、それはお母様のポジションにわが身をおいてという限定内、でしょうか。
歌舞伎、フレンチ、街歩きを楽しまれますように。
思い立って新幹線に乗って、さてどこまでいらっしゃるでしょう。
元気にお過ごしください。   尾張の鳶

* 気持ちの籠もったいいメールを、ありがとう。お元気で。「自覚」を孕みすぎて壊れないよう。楽しむこと、大切に。わたしの今度の「湖の本127」は、題して「有楽帖」ですぞ。

* それにしても、シリア難民の悲惨と残酷、言葉を喪う。神よ、ゆるしたまへ。
2015 9/4 166

* 岐阜各務原の石井真知子さんから、美しい飛騨桃を16顆も頂戴した。よく熟れていて、美味い。贅沢に、いまは時季の果物を葡萄も桃も梨も、心ゆくまで戴いている。なんという豪奢。
2015 9/5 166

☆ 拝啓
秋雨続きでさしもの猛夏やっと涼しくなりました。お心尽し「秦 恒平選集第八巻」お送りいただきありがとうございます。稀覯書に接するにかなう読者たりえないこと承知しつつもご厚意身に沁みてありがたくお礼申し上げます。
以前 湖の本で拝読した折、日本地図、日本庶民生活史料終生第四巻を広げ、徳内さんはともかく、語り手秦さんの剛健、好奇の念に感心したこと思い出し、口絵お写真を拝し当然の事ながらお若かったの感あらたにしました。
この巻お送りくださったのは、事実が有ってか無かってではなく、有り得しこと、有るべかりしことが問題との歴史小説の本義確認せよととのことからと存じ ますが、確かに史料の報告としての片言がしかるべき箇所に配置され血肉の通った展開となっていること、感嘆します。差別、侵略等 開拓に伴う問題の剔出は 通行の徳内伝をはねのけ、うつつの夢や「部屋」での対話・聞き書きの方法はすぐれて現代の小説であると存じます。
ご厚意謝するには改めて味読とお礼申し述べること遅くなり恐縮です。271p10l「逃」欠字、232p9l「服」眼か? など気になりましたこと、ご報告かたがた
かわりばえしませんが郷里のうどん少々お送りしまして どうか着到ご返書ご放念ください。
お揃いでお大事に。 秦様 ご侍史   信太周  神戸大学名誉教授

* 名品 稲庭うどんを たくさん、頂戴しました。恐れ入ります。

☆ 「秦 恒平選集第八巻」を拝受し
嬉しくて仕方ありません。ご快癒のご様子と拝察し、欣快です。(中略)
30年ぶりに「部屋」の秦・徳内両氏にまた引き回され、目舞いし圧倒されました。人格の営みである歴史は、作家の手によって初めて可視となります。歴史学者のてが遠く届かない世界です。
「秦 恒平選集」全巻をわが書架に私有いたしたく、有効な手段を知りたく存じます。  花巻市 照井良彦  医師

* 照井さんの御尊父は田沼政権による明和の蝦夷地探検研究家で、たいへん優れた一書を遺して下さっている。たくさん教えられました。
非売本限定少部数出版の「秦 恒平選集」は各界各施設へ寄贈を主とした限定150部に、わずかに著者保存本を増して製本している。実物をご覧の方はよくご存知のように、凸版印刷株式会 社が念入りに函入特装本に仕立ててくれており、果然、一冊当たり製作実費(請求額)と荷造り送料とは、決して廉くはない。それでも、実費負担するので全巻 をと希望されている方は現在二十数人になっている。本が、作が、諸方で愛されることは作者として大きな喜びであり、いつかは必ずしかるべき研究施設や図書 館へ、または文学愛の若い読者へご寄贈くだされば幸いと思いつつお送りしている。上の信太先生もそのように仰有って下さっている。誤記誤植を教えて下さる のも、たいそう有り難いのです。
2015 9/7 166

☆ 拝啓
「秦 恒平選集」第八巻をご恵送くだされ、ありがとうございます。
十五年ほど前、私がアイヌをとりあげた「オニビシ」という小説を書いたとき、秦さんが「読んでごらん」と渡して下さったのが「湖の本」の「最上徳内」でした。
いま、御本を手にとりながら、改めて歴史的な視点の導入が大切だった……と思い直しております。ありがとうございました。
天候不順の折 どうぞお身体大切に。  久間十義   三島由紀夫賞作家

* 嬉しいお便りでした。「歴史的な視点」 とても大切な骨格ないし背筋の正しさや確かさを支えてくれると思っています。

☆ 秦先生
ありがとうございます。

台風は、案じたほどのこともなく、午後には雨もあがり、ゆっくり犬と散歩ができました。

14歳のおばあちゃん犬で、最近お腹の手術で入院したのですが、後ろ足が弱ってしまい、歩くのも遅くなりました。

急激に年を取るのに驚きながら、これも老々介護かなと。おかげでどこへも出かけられなくなりました。

秋の京都に焦がれながら、写真集を繰ってため息の昨日今日です。

「壬申の乱」でカツヤクした、ムラクニノオヨリゆかりの「村國神社」が近くにあります。

先生が描いてくだされば、水はけがよすぎて耕作には適さず、早くから飛行場に利用されてきた各務野の、全く違う顔を、味わうことができますね。

お身体大切に、先生も奥様も。奥様のいつも美しいお便りに恐縮しつつ、うれしく、大切にしています。

ありがとうございました。     I. Y

* 各務野という地名に以前から心惹かれてきた。物語の想像はまだ何も働かないのに、なんとなくわたしのヒロインたちが暮らしていそうな気がするのだ、「カガミ」野だもの。「ミツ」池という池も在るとか。
2015 9/9 166

☆ 九月に入りました
台風大雨など不順な空模様がつづきます
先日は 御選集第八巻「最上徳内 北の時代」をお送りいただき有難うございます
徳内のお墓は たしか団子坂近くのお寺(御本によれば蓮光寺とか)に あるのでしたね。
門外の案内板にひかれて境内に入ったものの 結局 分からずじまいだった記憶があります。
巻頭の御写真は 御執筆のころでしょうか
長谷川泉氏の眼光を「名刀のキラメキ」にたとえた文がありましたが こういうお顔をしていらしたのかと 初めて知りました。
右手にマヒが残っているのですが その手指の関節がこのごろ痛んで 重いものをもったり 筆をながくとったりすることが むつかしくなってきました 「年はとりたくないものよ」と 昔からの繰り言をつぶやいています   潔  元文藝春秋役員

* 毛筆で和紙の箋に美しく書いて下さる。文雅の香が薫る。いつものようにご喜捨賜った。恐れ入ります。
2015 9/12 166

☆ 「わけもなく」の続きは、
「わけもなくふさぎ プチ鬱な自分が嫌いになる日も」です。
松たか子の歌なら今は「空の鏡」なども浮かびますが、
それ以上に想うのは、中島みゆきの「二隻の舟」という歌です。  名古屋  雲

* これはとても聴き取れなかった。高麗屋の奥さんを介して原盤を貰ったのがよほど昔のこと、すぐ機械に入れた。で、この歌詞が誰かの作か松たか子自身の 言葉かもわたしは知らない、唱っているのが松たか子だと思い入れて聴いてきた。ペンクラブへ理事推薦したわたし、松たか子のエッセイや対談などもわりと読 んでいて共鳴するものを多く感じてきた。あの野茂投手を声援していた文章などとても嬉しかった。

* 中島みゆきは文士の中にも贔屓の人がいたし、むかし原善が我が家へしげしげ訪れてきた頃、選り抜きですといい中島みゆきの歌を持ち込んできた。何度か 聴いたが。うまいと思った、が、しまいに(原善の選曲してきた歌の全部が)すっかりイヤになった。陰惨に絡みついてくる歌声と情緒とを、陰気な凄みを、わ たしは気質的に嫌った。松たか子とは、対照の外の遠くにいる歌手と思って敬遠している。
結婚披露のBMに中島みゆきの歌を流し続けた新夫がいて新婦を歎かせた噂もむかし聞いたことがある。
2015 9/13 166

☆ 薄曇りの朝
栃木や宮城の水害、阿蘇の噴火、新安保法案・・。
そして鴉のHPの記述からご自身の葛藤を痛く痛く読み取ります。
「まさしく好き勝手な掌篇・短篇の集に仕立てました。」とある次の九巻が待たれます。
「私という人間がだんだんわるくなっている・・」という述懐、でも情けないと感じる必然など全くありません。
ご自分への問い、そしてそれ以上に時間との戦いでもあります。
ある意味、すべてご自分のために、最大限の自我を通して生きるのも一つの生き方です。
わたしはそうなりたいけれども、なれそうにない・・。唯、生きていてほしいと願ってくれる人がいる以上、できる限り健康に生きたいと思うのです。(あと三十年生きてねと娘は言いますが!)
庭にいつしか彼岸花が茎を伸ばしています。オクラの淡い黄色、初めて一つだけ実をつけたレモンはまだ緑色、秋明菊や秋薔薇の蕾。秋は寂しいけれど暑さの後の安らぎがあります。
旅したいと痛切に駆り立てられるように思っています。
くれぐれもお身体大切に お仕事進捗しますように  尾張の鳶
2015 9/16 166

☆ 今日の
HPの記載がまだなかったので、もしや国会前に行かれたかと、半ば以上お身体を心配していました。
法案、ヤマ場か、テレビを見ています。
元気でいてや。   恭
2015 9/17 166

☆ 病院は如何でしたか。
ご無理をなさっているのがわかりますから、毎日心配しているのですよ。
秦さんは息をするように書いて生きる方です。秦恒平論を書いていて、作品に生き埋めになって押しつぶされそうな毎日です。本望ではありますが。
仕上がっていない小説も全部読みたいと思っています。「ある寓話」がまだ公表できないとしても、早く読ませてくださらないかと、勝手に期待しています。
十二日の記述読ませていただきました。
*「チャイムが鳴って更級日記」を、ほぼ「草稿または原稿」のまま久しく放置してあった小説(二百字用紙229枚)を、電子化し終えた。これはこれなり に、このままでも、書き足しても、成り立ってくる内容を持っていると観た。明らかに『秘色』を書いたあとで、ふとした幾つかのキッカケを手繰り手繰り書き 拡げていって、他の仕事にも追いまくられてのあげく棚上げしたが、雑誌「ミセス」の依頼で連載「史跡幻想」(改題して「蘇我殿幻想」)を書く際の、良い下拵 えにはなってくれた。わたし自身の本音で言えば、だが「蘇我殿幻想」で満足したのではなかった、わたしの「本能寺」はじつは更級日記著者である「菅原孝標女」といわれる王朝の有能な物語作家その人にあったのだ。話題がその佳境へ辿り着くまで、ちょうどそこまでを、わたしは「チャイムが鳴って」で書いていたんだと、新ためて合点した。
ま、それがどうなるかは今後の私事情に左右されるが、咄家の志ん生と息子の志ん朝とが落語の「大工しらべ」を前後競演していたように、だれかに「アト」を書いてみてよと頼みたくもある。残念ながら息子の秦建日子はとてもこの方面は得手でない。
ともあれ、手書きの長い原稿を機械に写しておけたのを悦んでホットしている。

菅原孝標女は秦さんの好きなタイプの女ではないとずっと思ってきましたので、とても意外でした。わたくしは自分を、才能のない菅原孝標女に似た性格の女と 思っていますし、深い共感を感じてきました。ですから、こちらも途中まででも読ませていただきたくて、興味津々で、何とかならないかと湯気がでそうです。 お笑いください。
ニュースが苦痛の毎日です。私語の中に「根深い諦め」の言葉を読みました。わたくしは震災から半年で完全にあきらめて、生き方を変えました。もう戻れない日本のなんと懐かしいことでしょう。今は秦さんの文学を伝え遺していくことを自分の使命のようにして生きています。頼りないのですけれど。 豪徳寺  瀬

☆ 『生きたかりしに』を読みまして、
もしかしたら秦さんとは血の一滴くらい共有しているかもしれないと、想像逞しくしています。父方、母方両方とも九州の某藩主の血筋ですので、あるいはと妄想すると何か嬉しくなります。
選集は、私が老耄の折には、海外の日本語関係の研究機関に寄贈しようと考えています。
伊予  孝
2015 9/17 166

 

☆ 松たか子の唱う「みんなひとり」は、
作詞作曲は竹内まりや、夫の山下達郎共々、とてもよく知られてれているシンガーソングライターです。
英語部分も、共感しつつ聴いています。
「Everybody needs to be needed
Everybody wants to be wanted
‘Cause everybody knows that we are all alone
Let me give my gratitude to you
For always being there and smile for me
Many many thanks to you, the best friend of mine
Many many thanks to you, the best friend of mine 」   名古屋  雲

* なるほど。
2015 9/18 166

☆ 拝啓 ご無沙汰いたしております。
ご病気を抱えながらもなさっている、たゆむことなき執筆活動に、敬仰(こんな語は、辞書にないようですが)の思いでおります。
このたび、「生きたかりしに」上中下三册を、メモをとり、系図を作りながら、ゆっくり読ませていただきました。ずっしりとした質感を覚えながら読みました。長編らしい長編を、久しぶりに味わったような気がしております。
私はどうも、短編や、長編でも人物評伝や実録などに興味をひかれるタイプの人間のようで、長編小説は苦手です。大岡昇平「レイテ戦記」、足立巻一「やち また」、六草いちかの「エリス」探究の二作などを耽読しました。また一方で、木山捷平の私小説を愛読する者でもあります。
さて、御作について、何がしかの感想を述べたいと読後思っておりましたが、ここにきて、覚束ないながらも、(「生きたかりしに」)「感想」を書いてみようと、漸くペンを執りました。

秋成の謎を追うことが、やがて作者の生母の足跡をたずねる日々に重なり、ついには、祖父の数奇な出生の謎までたどり着いていく。その展開は、決して一直 線にではなく、故地を訪ねての様々な由縁の人々との面会、封印されてあった過去の手紙の判読、母を知る人の現在の手紙、また母の遺した歌集を読みとりなが ら、時間を遡行し、また現在に戻り、という、大河の流れのように、ゆっくりと、しかも着実に真実に向かって行く道筋に、悠揚迫らざるものを覚えました。 「幸子」さんという、篤実な異父姉の存在は、どんなによかったろうと思わせられました。また、本筋ではありませんが、お寺の若奥さんや外村の鏡子さんとの 出会いの場面など、心温まる思いになる印象的な場面でした。そして、何といっても、生母くにさんの、壮絶ともいえるような、居所を転々としながら、戦前か ら戦後にわたる闘いの人生。激しい、気迫のこもった文章の数々。強烈な自我をもった一女性の圧倒的な存在感が伝わってきました。
兄が社会運動の闘士であり、弟が作家であるということも、生母のもつ一面をそれぞれがより高めるかたちでしっかりと受けついでいるという、不思議な「運 命」、あるいは「血のつながり」を思います。私などが今更言うのもおこがましいですが、まちがいなく作家秦 恒平の代表作といえましょう。
とりとめのない、単なる感想で終わってしまいましたが、また時間をおいて読み返そうと思っております。いろいろな視点から読める作品だと思います。

なお、別紙にまとめたのは、読む過程で、ひっかかった事柄です。問題ないもの、(例えば、父の次男といわれていたが、戸籍上は四男だったこと)もありま すが、明らかに誤植と思われるものもいくつかありました。次の版の際に参考にしていただければと思います。あるいはすでに気づかれていて無用のことだった かも知れません。失礼の段、ご海容の程願い上げます。
私ごとですが、今年から高齢者の仲間入りをしました。明日は老人会の運動会です。おかげさまで、現在のところ、物忘れが多くなったこと、短気になったこ となどを除けば、身体上の不具合はありません。老眼鏡を掛けて、回りに積んである本を読みつづけて行きたいと思っております。
それでは、お身体をお厭いながら、ますますのご健筆をお祈り申し上げます。 敬具
石川 小松市  宮脇徹心拝

* なんという有り難い嬉しいお便りであろう。久しくも久しくこういう読者に励まして戴きつづけてきた。問題点を丁寧に取り纏めお教え戴いたなど、選集版のためにも有り難いかぎりで、心より感謝申し上げます。
2015 9/19 166

☆ 報告
すっかり秋になりました、夏の疲れが出てきた頃かと思います。いかがですか?
昨日1ヶ月振りに日吉ケ丘へ行って来ました。
(創立65年の)全校、大改装工事中ですが、お茶室は出来てました。
数寄屋造りどころか、(写真のようにまるで)倉庫です。でも、雨もり、鍵がかからない、よりは良いか! と思い直して、工事の後しっかり掃除をして来ました。(茶席を内蔵の新たな建物は)今年記念同窓会の目玉のはずですのに、私はチョイと不満ですが!!
取りあえず、27日の同窓会に出席して来ます。写真送ります    華

* 写真、なるほど外観倉庫のようとは謂えている。露地もなさそうで、いわば自慢の「茶室」をそっくり箱に仕舞い込んだ風情。やれやれ、関 係者のセンスのほどが窺える。もっとも卒業生として何の応援もしていないのだから同罪だが、そんな持ちかけもなくて、学校の改装すら知らなかった。ま、茶 道部を今に引き継いでいてくれる後輩のあることに感謝する。
後輩後輩と、高校時代の少女のようについ想いがちだが、喜寿のひとである、ああ。こつちは傘寿を向かえるのだよ。ああ。

☆ 穏やかな休日
創作に打ち込んでいらっしゃるでしょうか。
それとも、大相撲で一休みなさっていらっしゃるところでしょうか。
今日、ピオーネを日本酒の小瓶を添えてお送りしました。天候不順の今年は、例年に比べ葡萄の糖度が低いようにも思いますが、お召し上がりくださいませ。
「秋になると
果物はなにもかも忘れてしまって
うっとりと実のってゆくらしい」  (八木重吉)
桃栗三年。日本のなにもかも、うっとりと実っていけましたら。  英

* まことに。
2015 9/20 166

☆ こんばんは!
秋の気配が濃くなってきました。ご体調はいかがですか。
今日もよく晴れてまだ日傘がいるような一日でした。
お寺(=秦の菩提寺)の萩も満開で、すすきや彼岸花も目を楽しませてくれました。
シルバーウィークとやらで、我が家の近辺は人と車で大混雑です。
主人の撮ってくれました写真送ります。明日が誕生日で76才になります。
主人は11月に傘寿を迎えます。恒平さんと同い年ですね。
東京にいる娘も、孫娘の通勤の便宜のためとかで、大泉学園から高円寺の方へ引っ越しました。
東京も何年か行っていませんが、機会がありましたら、ちょっとだけでもお目にかかれたらと願っています。
それでは、どうぞお大切にお過ごしください。 みち  秦方の従妹

* お寺へ、もう何年もご無沙汰のままになっている。わたしの知るかぎり、住職は代わり代わり、五人目で、四人目と五人目とには会えてもいない。四人目に 代わったと聞いてまもなく、すぐ五人目が嗣いだと報せてきた。そんな気がしている。わたしたちもボンヤリしている。そしてお寺という存在が生活に関わって くる意味をいまさらに考えこみ、ひいては墓という意味も考えこむ。妻も、今はわたしも、一人で京都へ行けない。五十ちかい息子がまったく寺の墓のというこ とに無関心で無知識で、秦家の墓を護るなどということは多忙に流されて想ってもみない。
墓というのは息子が新しく造るものだとわたしは五十くらいの頃に秦の父にいわれ、そうなのかと思って京都へ何度か通って墓を新しくした。お寺とのかかわ りは妻が気遣いして曲がりなりにも跡絶えてはいなかった。わたしは、息子にまた新しい墓をなどと望みもしないが、この家にせめて寺とのかかわりを行儀良く 取り仕切ってくれる嫁か孫かが欲しかったなと痛切に思う。この分だと、わたしを育ててくれた菩提寺との縁が不行儀に切れてしまう。
いま、わたしが死んだら、どうなるのだろう。
埋葬や納骨でなく、縁故の地への散骨散灰を願う人の多くなっているのを、当然だと思う。若い世代に「家」まして遠地にある「家の寺」「親の墓」「自分の 墓」という認識も責任感も行儀も失せている。そんな時代なのだ。「家」はもう、かなりに実質崩壊し、親子孫といった血縁も実態をほぼ喪っている。仕方ない ことだ。わたしにしても、「秦の親たち」に不孝を重ね続けたのだ。毎朝、父と母と叔母との位牌に、妻子にしらせず、「ありがとうございました。」「ごめん なさい。ごめんなさい。ごめんなさい」と、ただ語りかけ頭を下げつづけているだけだ。
2015 9/21 166

☆ メールありがとうございます!
嬉しく拝見しました。
お寺の事、私でお役にたつことでしたら、何なりとお申し付けください。
また東京へ行けそうでしたら、ご連絡します。
ご体調、お眼ともにつつがなくお過ごしになれますようお祈りしています。
それでは、また…
ありがとうございました。  みち  秦方従妹

* 情けない私語を聞かせてしまった。
もはや癌細胞の有無よりも、眼の効力と仕事との熾烈な競走状態になってきた。しかも青山の保谷眼鏡が遠くて億劫におもわれ、それより少しも早く仕事を進 めて行きたいのが先立っている。静かな心で日々を待ち日々を送りたい。バグワンを読みたいと思うが、どの本も活字のインクが淡くて。それでも出来る読書は しつづけたい。韓国古代史のような気の遠くなる遠方の論考であっても、ときどきテレビの韓国歴史劇などに、あ、これこれと思い当たって嬉しくなることもあ る。ドラマで「花郎(ファラオ)」という呼び方に目も気も止めていたのが、ちゃんと解説されていて、しかも観たことのあるドラマの場面ともきっちり符合し ていたりして、嬉しくなる。これまで、大方の韓国歴史劇がいったい何時の頃の事件事態か読み取りにくかったが、この「花郎」なる選り抜きのハンサムたちが 六七世紀、日本でなら聖徳太子や大化改新の昔に相当していたかと知れて、小さく手を拍ったりしている。

* 目のことで、まだかすかに希望も持ち現に機械の前以外の場所で大量の「初校」「再校」「責了」の仕事が出来ているのは、結構な照明そして裸眼視がまだ しも効いてくれるんらで。これが出来なくなったら「選集」も「湖の本」も断念廃業しなくてはならない。無理が招いた視覚消耗とはいえず、抗癌剤一年連用が よほど堪えたのだが、わたし自身が強く求めて服用したのであり、その点は自分の腹に収めている、愚痴は言わない。胃癌の場合にはふつうに抗癌剤というと 「ts1」が用いられる。むかし「胃と腸」の編集主任として専門の研究医臨床医二十数人と毎度編集会議をもち定日発行を守り続けていたが、その折りの先生 のお一人が、わざわざお手紙を下さって抗癌剤はおやめなさいと忠告して下さったのを、感謝しつつ押して自分蟹服用を望んでしまったのだ。前車の轍ともなれ ばいいが。
2015 9/22 166

* 小鷹信光と謂うより医学書院後輩の中島信也君という方がなつかしいが、彼が編輯しつつ連載しているいわば「誌中誌」特輯のようなのを送ってきてくれ た。彼は早稲田の学生時代から「行動派ミステリー(アクションタイプミステリー)」に没入して、その一筋で今は大御所格の研究・飜訳・編輯者であるらし い。わたしのデスクに彼が配属されていた頃はアクションタイプとはいわず専ら「ハードボイルド」と呼ばれていた。アメリカの同類作は幾つか読んだけれど日 本のその手の小説は全く知らない。彼も雑誌の中での改装の対談でわたしの名をあげて「純文学」で「太宰賞作家」と触れてくれている。会社時代の思い出はい くつかあるが、今謂う対談のなかで彼は医学書院時代べらぼうに、がむしゃらに沢山な仕事をしたと自慢しているのを微笑ましく読んだ。ついでにわたしも一つ 書いておこう、その忙しかった中島君から、わたしが呆れたように言われた一言は、「秦さん、いったい、いつのまに、こんなに、そんなに、沢山な仕事が出来 るの」と。思い出して、にやっとしている。
しかしそんなことは余分。わたしが心配しているのは彼が今年になって難しい病巣を発見され、化学療法を受けると書いていること。今の仕事がしおさめになるかも知れぬと書いていること。くれぐれも元気に恢復の道を歩んでくれ給え。祈っているよ。
2015 9/22 166

☆ 今日は
草木の手入れ後の 雨の一日でした。
夕方に(日吉ヶ丘高茶道部雲岫会の)資料到着しました。
思い出せないほど前の、古い物!今のメンバーでは誰にも通じないです! とりあえずお預かりします。有難うございました。
くれぐれもお大事に、ではお休みなさい。 華
追伸、 何必館の魯山人チケットも戴き、有難うございました。楽しみに観てきます。 華

* 二年生で、学校の許可を得て茶道部を創ったとき、部員は三年生に一人、二年生にわたしひとりだった。点前作法を教えられる先生もいなかった。わたしは もう奥許しもかなり深くまで得ていたので、先輩の小沢さんにはわたしが手ほどきして、毎週二人だけで風炉や炉に火を入れ、稽古し、片付けて夕方には下校し た。
次の年からは部員が一気に各学年で増え、忙しくなった。相変わらずわたしがなにもかも教え、時には嵯峨の方へ野点に出たりもした。「華」は一年生だった。今は彼女が茶道部を指導している。
送ったのは、創部の当時の名簿や会費の出納簿など。六十余年も昔だもの。それでも間違いない部史の発足期が記録されてある。それから小説が書けなかった わけではない、今からでも書けようが、ま、卒業していいだろう。ものの下から見つけておいた古いノートやいろんな領収書など、送っておいた。

* もらうメールや手紙にも、ほんとうにいろいろ、ある。賢こげに頑なしくてなんともゾッとしないのも来る。「人」が見え透き、なるほどな、おもしろいなと小説家は思う。
2015 9/25 166

☆ 日吉ヶ丘創立65周年記念同窓会
同窓会のお陰で、久しぶりに街なかへ行って来ました。
参加者は150名余りかな、五回卒業生は5名、我々七回卒業生は8名で、旧姓星野さん、古谷さんにお会いしました、お元気でした。
新会長は31回卒業で、年代の相違を感じて帰りました。
高島屋で、多分奥様お好みの甘い物、お送りしました。明日に着く様です、お楽しみに。
日々お大事に   華

* ありがとう。
星野さん 古谷さんも、茶道部でわたしから点前作法をはじめて習った美術科一年だった後輩。なつかしい。
2015 9/27 166

* 「華」さんから匠壽庵のそれぞれ小粒の佳い干菓子が二種類届いた。一つ一つをしっくり賞味できて気が利いた京菓子、妻が喜んで戴いた。さすが、京菓子。感謝。

* 湖南市の小田敬美さんからは、例年心入れの梅干しと梅酢とを頂戴した。子供の頃から梅干しも梅酢に漬かった紫蘇も大好きであった。梅酢だけを清水や湯でわったのも、なまじのジュースなどより美味しい。感謝。
2015 9/27 166

* 明日は十一時、久しぶりに聖路加の眼科。午后、何時頃に放免されるだろう。先日は松屋の天麩羅に失望してきた。もう銀座界隈は見限って、上野か浅草へまわって。天庄、米久、高勢あるいは香味屋へでも。そんな元気があればいいけど。
デモには行かない。それよりも次の選挙、また選挙まで少しでも元気に生きてやる。いまのところ、されが一の決意。もし「壊憲安倍政権」への大規模な法廷闘争があれば、がんばって援助したい。
2015 9/27 166

☆ 湖の本124,125,126号,お送り下さい。
秦 恒平 様  お元気ですか。
こちら、持病の心臓病よろしきに、帯状疱疹なる病ならぬ病でびっくりするような苦しみを味わいました。が、それを乗り越え、「琅」29号の編集ようやく 終わり、次なる作業への見通しも持つことができるようになりました。これからゆっくり、そしてしっかり、頂戴致しました秦・人生録を完読してみようと思い ます。
つきましては、これから物書きにもなり得るやもしれぬ愛弟子にも読ませ、刺激し、様々洞察をも得させるべく、「生きたかりしに」上記3冊お送り頂きたく、お願い致します。なお、代金支払いの振込用紙を同封して頂ければ幸甚です。
視力衰え、このような大きな文字でなければ、ワープロ・パソコンも使用できなくなりました。都度に苦笑するところですが、それぞれ個人の健康の重点,置き所も様々、くれぐれもお身体お大切になさって下さい。  敦  作家

* 恐れ入ります。有難う存じます。
2015 9/28 166

☆ いつも
あたたかいお心遣いを ありがとうございます。
今年の梅干と梅酢をお送り致します。
多忙な夏でしたので なかなかお送り出来ず お許し下さいませ。
どうぞ御賞味下さい、 そして
御自愛下さいませ  近江湖南  小田敬美
2015 9/30 166

☆ お元気ですか、みづうみ。
ご体調如何でしょうか。私語をまとめて拝見して心配しております。
とくに眼については、みづうみのお仕事に密接にかかわることです。これまで何度も何度も書きましたが、一度でよろしいので違う病院、違う医師の診察をお 受けいただきたくお願いいたします。
みづうみの症状は抗がん剤の副作用の可能性、手術の影響の可能性、他の病気の隠れている可能性など考えられますが、(福島)被曝症状の可能性もゼロではないと思っています。対処の方法が必ずあるものと思います。眼の悪化も典型的な被曝症状なのです。子ど もにも白内障がでるくらいです。驚いていますのは芸能界の病人の一気に増えていることです。「福島を食べて応援」していた女優さんも気の毒でなりません。いよいよ始まってきたと思います。    月  はなやぎて月の面にかかる雲  虚子
2015 9/30 166

☆ 秋が好き、暮れ方が好き、月が好き。
金木犀の香り。式部の実。百舌鳥の高鳴き。杜鵑草の花。
良夜が続きます。
お健やかにいらっしゃいますでしょうか。
たくさん囀りたいことがあって、
…本音…機械書きはあまり好きではないのですよ。  名張の雀

* 雀どのお宿はどこかしらねども
ちよつちよと御座れ酒の相手に       四方赤良

* 良夜かな 赤子の寝息麩のごとく  という句のあったのを思い出す。
2015 9/30 166

☆ 湖へ
お元気ですか。すっかりご無沙汰してしまいました。
今年は勤務している診療所の一つを閉院することになり、夏前から慌ただしくしています。そういう時期と思いながら 在宅時間が短いことに家中も落ち着きません。
何とか無事に乗りきります。
どうかお元気に。   珠

* 選集へ 応援を贈ってきてもらった。感謝します。お大事に。
2015 10/1 167

* 各務原の都さんから、栗きんとんを戴く。感謝。
2015 10/5 167

 

☆ 秦先生  有難うございます。
お身体が大変な所、ご無理して頂きまして恐縮ですが、大変光栄でございます。
最前列2席に秦先生のお名前を書いた紙を貼っておきます。
ご子息様とはFacebookでご挨拶申し上げました。
ご活躍ですね。
青山円形劇場の『ロッテ』の事でしょうか。是非拝読させて頂きたいです。楽しみにしております。
お身体呉々もご自愛下さいませ。
奥様にもどうぞ宜しくお伝え下さいませ。 かしこ   早野ゆかり  俳優座

* 近松の「心中天網島(てんのあみじま)」という題目に、国民学校時代、つまりは戦時中だが、ふと目をふれたことがあり、「シンチュウテンモウトウ」と 発声して、秦の両親や叔母に大いに笑われたのを思い出す。「てんのあみじま」などと「巫山戯てる」と憤慨したが。妙に懐かしいが、「日本語」の難儀で厄介 なことに実感で思い当たった、あれが最初だった。
早野さんは、この芝居の主役である遊女「小春」を演じるという。成駒家(大阪では成駒家、福助、橋之助ら東京では成駒屋と区別している。)の鴈治郎(藤 十郎)の不動の持ち役、早野さんどう魅せて呉れるか、楽しみにしている。この人、三十年近いまえ、わたしの「心 わが愛」で、「先生」の従妹役が初々し かったと覚えている。近松の名作にぶちあたって欲しい。
2015 10/5 167

☆ 秋のおたより
秦先生 奥様  一気に秋がきました。
この頃、季節はカ-ブを描かず、直線でくるのですね。

美濃路の秋の味、ほんの少しお送りしました。

どうぞお身体大切におすごしくださいませ。

☆ いまほしいのは   山中以都子
なぐさめとか
いたわりとか
しったとか
げきれいとか
――じゃなく

そんな
とりすましたものなんかじゃなく
たったひとつ
いまわたしがほしいのは
てばなしのらいさん
みもよもないほめことば
かおあからめずにはきいておれない
とてもしらふじゃいたたまれない
むきだしのまっかなこころ
ちぶさからほとばしる
ひのことば

かあさん
あんなにわらったのに
かあさん
あんなににげまわったのに

あんなにわたし
めしいたあなたを
べたべたのあなたのあいを
あのころわたし
あんなに あなたを
あなたを
かあさん……       詩集「水奏」より
2015 10/6 167

☆ 今月 14日から
京都と琵琶湖で二泊してきます。 例によって弥栄中の旧友との再会とお墓参りが目的なので、多分、観光はないでしょう。 幸い皆さん今は元気ですが、 何が起きるか分からない高齢婆、揃って会えるだけでも幸い。
最近は聴いた話が頭を素通りする恐怖を感じています。
なるべく人と接し、幸い足腰だけは丈夫なので、近場では無く、乗り物を使っての外出を、とこころがけています。  泉
2015 10/7 167

☆ 鳶は
エディンバラの空の下
元気にしています。

☆ 雨
のスコットランド、イングランドの空の下、鳶は元気にしています。

* わたしは、切支丹牢のシドッチの案内で十八世紀の地中海を旅している。
2015 10/8 167

* 吉田宗由さんから、お手製であろうか「ブルーベリー・ジャム」を四瓶も頂戴した。これがすばらしく美味しくて、眼にもきっと効用豊かであろうと、大喜びし ている。有難う存じます。それだけを口にしても、フランスパンにつけても、まことに美味しい。眼の弱りを気遣って頂いたかと感謝に堪えません。
2015 10/9 167

* 朝いちばんに、岡田昌也さんに丹波黒の枝豆を頂戴した。蛋白質でありわたしの栄養源にことに有り難いいただき物と妻は云い感謝している。たしかにいまのわたしはいくぶん栄養失調しているのかも知れない。
今朝は、きのう吉田宗由さんに頂いたブルーベリーで少しパンを食べ少し赤ワインを飲んだ。奇妙な夢ばかり見て熟睡に欠けている。
2015 10/10 167

* 朝いちばんに、「天狗舞」「手取川」という名だたる純米大吟醸の名酒を、珍しいお肴つきで、茅野の「珠」さんから頂戴した。お酒がきれていたときで、嬉しく、ほくほくしている。感謝、感謝。
2015 10/12 167

* 元気とは、意味深い漢語と思うが、存外解説が手近で見つからない。解説が有ろうと無かろうと元気は元気で不元気は不元気なのである。しかりねわたしは 今、不元気という自覚に躓いている。そんなときに、元の市長さん他が門外へたち現れて、現下の不愉快極まる世情・政情へ批判的に立ち向かうべき運動に助力 願えないかと。運動のための運動、ではおそらく今、今の市民は動くとも起つとも思われない。わたしは人に説くのはテンでへたであり上手ければもっと本が売 れるはずである。話し合いにひとまずは顔を出すということだけ承知したが、成り行く先は見えていない。
2015 10/12 167

 

* 照井良彦さんへ選集第四巻を送り、岡田昌也さんへ礼状を送り、ついでロキソニン一錠を服しておいて西棟玄関を塞いでいる選集第八巻を十五冊ずつ三度、二階 へ運び上げた。腰骨が折れそうに重いが、頑張ってしまう。あいついで配本の希望があり、予備の私蔵本にも気配りしている。九巻の出来まで、用意日はもう明 日しかない。明後日は義妹と三人で幸四郎の「ラ・マンチャの男」を楽しむ。このミャージカルの初体験は十数年前の帝劇からの招待だったらしい、今度の「有 楽帖」に永い記事がある。以来、四、五回も観てきたろうか。ヒロインは松たか子のことが多かったが、今年は初めて会う女優で、それも一つの期待と楽しみ。
2015 10/13 167

☆ ご丁寧にお葉書も頂戴し
恐縮しております。
メールにもクリックしてご連絡したいと思っていたのですが 繋がらず先生に喜んでいただけて嬉しく思っておりました。

大事な視力の低下のお話でしたので もう少し早めに(=ブルーベリージャム)お送りすれば良かったのですが お召し上がりいただいて ご感想も良かったようですね。

先生の体調も心配しています。
無理をなさらず お大事になさってくださいませ。

メールまでありがとうございました。  木鶏庵 宗由

* じつに美味しいお手製で、たくさん戴き、賞味ひとしお。ありがたいことです。

☆ ゆっくりと
秋の気配が深まってまいりました。
さて、この度は(=歌集のお返しに)湖の本をたくさんお送り下さいまして、ありがとう存じます。「述懐」とおっしゃっていますが、鋭い言葉に何度も出会いつつ拝見いたしております。
やはり短歌に目が行きます。
たくさん、おつくり下さいますように。
右、とり急ぎ 御礼を一言。 かしこ  吹田市  母  歌人
2015 10/14 167

☆ 富士山
初冠雪、旭川にもはや雪が降ったとか。
秋を飛び越えて白い冬へ、季節も駆け足で移っていくようです。
このところ、些かストイックな毎日でした、少し気分転換して、自分を解放してあげたいと思います。
選集の発送も始まりますようで。
お怪我などなきよう、どうぞお気を付けて。  桃
2015 10/14 167

☆ 秦 恒平様 御奥様
先頃はご立派な御本を頂いて有がたく頂戴いたしております。
京都女子大の同級生と八十才を記念して金澤へ参りました。
色々行きたいところはありますが やはり近江町市場と兼六園の方へゆく 元女子大生の私共でした。
心ばかりのもの(=森八の長生殿)を送らせて頂きました。
よい秋をお大切におすごし下さい。  京・今熊野  明   陶藝家

* 「長生殿」は金澤を代表する「森八」看板の名菓、すなわち「金澤」を代表する名菓。京菓子に匹敵する至醇の甘味。笑われるだろうが、お茶によろしく、実は酒にも気持ちよく合う。
何十年もむかしに女流陶藝展の審査をしたときに出会った受賞作家。夫君も陶藝家で、わたしと高校の同期生。清少納言が仕えた定子皇后陵の近くで生活感や 遊び心も横溢のやきものを焼いている。
2015 10/15 167

☆ 鳶は
怪我も病気もなく無事帰国。
ドルチの絵、送ります。ロンドン、ナショナルギャラリーで撮りました。

 

ドルチ画  キリスト誕生

* ドルチは、シドッチ神父がもたらし、新井白石との切支丹牢での「一生の奇会」に同席した「悲しみのマリア(親指のマリア)」の作者ないし作者の父と想われる。
2015 10/18 167

☆ 選集第九巻
無事届いています。ありがとうございました。
今朝は「竹取翁なごりの茶会記」とあるのが嬉しくて、しばらくぼうっとしていました。迪子さんの画も拝見できて幸せです。
郵便局本局から集荷に来たそうで、よかったですね。
このところ、あまり食が進まないご様子、気になります。
どうぞお大切になさってください。
ありがとうございました。   下関  碧

☆ お元気ですか、みづうみ。
さわやかな秋晴れの一日でした。みづうみのご体調のこといつもいつも心配しています。  それでも、みづうみの小説が噴出さ れていく日々を、何より嬉しく想って過ごしています。毎日みづうみに関わる書き物をしているので、わたくしはみづうみと一緒に生きているようであまりさみ しくありません。もしわたくしがみづうみのような才能であったら、書いたものの中にわたくしを感じていただくことができたでしょうに、決してそうはならな いので残念で申しわけないような気持ちです。
今月の述懐のお歌
みづうみをみに行きたしとおもひつつ
雨の夜すがら人に恋ひをり    遠
このお歌は「君に」恋ひをりではなく「人に」恋ひをりであるところが、恋の歌を超えて身内愛への渇望が切々と伝わり佳いなあと思います。
あすありとたがたのむなるゆめのよや
まなこに沈透(しず)くやみの  みづうみ
このお歌が字足らずであることを指摘なさった読者の方がいないようですが……。
まなこに沈透くやみの○○○○
入りそうな言葉の察しはつきますが、間違っているかもしれません。なぜあえて字足らずのまま掲載なさったのか。理由がわかりかねています。
選集到着 心待ちにしています。 秋  深秋といふことのあり人も亦  虚子

* ありがたく。ただし二首め、字足らずでなく、この場合、すこし離して名のりも兼ねたのですよ。

☆ 秦恒平選集第9巻ご上梓おめでとうございます!
またまたお忙しい中、ご本頂きました。

秦さんに、「おめでとうございます!」とお伝えくださいね。

迪っちゃんもお手伝い、大変でしょう?

お二人共よく頑張りますね。

迪っちゃんも勇敢だけど、老人はみんな勇敢に生きているのだと分かりました。

忍耐は、非常に重要な「力」だと教えられていますが、これも段々理解し始めました。

どうかお二人共無理し過ぎないように、お大事にお過ごし下さいね。

秦さんには、先日のお詫びもよろしくお伝え下さいね。 琉  妻の妹

* 管理編集職の小説 おもしろく昔を思い出している。ぐんぐん読める。「選集第十三巻」は、ロマンスからはなれ、ノベリストとしての仕事を選びたい。
2015 10/19 167

☆ 選集9巻を
お届け頂きまして有難うございました。
体調悪い中、続けての出版、発送に敬意を表します。
しのぎやすい気候になって また無理をされないかと気掛かりです。
私は、同窓会等々催しが続いて、足や腰やと言いながら楽しんでいます。何とか元気に、感謝です。日々ご自愛下さいませ、お礼迄   京・北日吉  華

* 神戸の岡田昌也さんから美味しそうに熟した干し柿をいただく。感謝。
2015 10/20 167

 

☆ ぐったり
疲れて帰ったところを、「お帰り」と選集が迎えてくれました。有り難うございます。
「趣向と創意、真実感と美しさ」。
掌篇集「無明」から短篇集「修羅」を経て「露の世」に至る作品の並びも趣深く、「やみがたい臍の緒の繋がり」を説いた今回の「後書き」は、殊に心に響きました。
創作に限らない、ですね。
務めと家事を終え、これからやっと自分のための時間です。
その前に、お礼の言葉だけは伝えたくて。
編集、発送とさぞお疲れになったことでしょう。
ゆっくりお体を休めて下さい。
では。  桃

* ありがとう。

* 名張の囀雀さんから、いーっぱいアチコチへ勉強に歩いたという「囀り」が来ていた。表題には「傘(からかさ)も化て目のある月夜かな」と誰やら、たぶ ん蕪村の句。破れ傘のおもしろい句であり、しかも傘壽まぢかの目の良く見えないわたしに「目のある」と元気づけてくれている(と、思っておく)のが有り難 い。
なかに、国栖(くず)を訪れて、潤一郎歌碑(松子夫人書か)を観てきたと、写真も。名作「吉野葛」の故地であり、ここへ写真を出したいと四苦八苦したが、成功せず。

ゆふされは く
ぬきはやしに
風たちて 国栖
のやまへに 秋は
来ぬらし
潤一郎

と読める。
2015 10/20 167

* いま玄関正面にかけてある絵は、「尾張の鳶」さんから貰ったどこかしら西欧の街区図で、不惑溶け合った柔らかな色彩が落ち着いて美しい。どこの街か知らんと問い合わせたら、「トルコ、イスタンブールのガラタ塔の上から眺めた町並みです」と。
むかし戴いて読んだ下村寅太郎先生の初の外遊体験で、往きの途中、ぜひにとイスタンブールへまず足跡を印した、ヨーロッパへの門というふうに書かれていたのが印象にあった。その記憶も蘇って、絵をながめながめ嬉しくなった。
2015 10/21 167

☆ 『秦 恒平選集 第九巻』を
拝受いたしました。「第九巻刊行に添えて」のおことばは胸に深く刻まれました。そして掌篇を拝読、震撼しています。「蛇」の生まれた経緯を伺うと、「文学」成立の不思議に立ちあっているような気がいたします。
秦さんの世界がずっしりとつまっているこの一冊を大切に拝読します。
ありがとうございました。   元「群像」編集長

☆ ご選集第九巻
ありがたく拝受いたしました。拝読させていただきます。
造本のすばらしさに感動しています。
また 先生が八十歳になられ このように活動していることにも感嘆いたします。ますますのご活躍をお祈り申し上げます。御礼まで。
ご出版の一部におつかい下されば幸です。 千葉長生郡 石内徹  釈迢空(折口信夫)研究家

* 過分の御喜捨たまわり御礼申し上げます。

☆ 選集第九巻落手いたしました。
秀作の宝庫 ー 大きな楽しみが待ち受けている幸せを感じています。
お召し上がりになれることを期待して鮒寿司をお届けします。 吉備の人

* 有難う存じます。すでに頂戴していまして、冷蔵庫で発見し、声をあげました。

☆ 今日は
嬉しい日です。本と、この季節に、生きていることの証明のように、新高と云う梨が、高知の同級生から送られて来ます。
良いことは重なります。ありがとうございました。
未亡人歴 大分ベテランになりました。
来年は二本 芝居受けて了いました。   映画女優  原知佐子

☆ ご無沙汰しております。
秦 恒平 様 ご無沙汰しております。お元気ですか。
この度はお忙しいところ、立派な御本をお送りいただきありがとうございました。
たいへん恐縮しております。
私の方は相変わらず少ないシテの数ですが、精いっぱい勤めています。
来月は盛岡で「放下僧」 12月に学生鑑賞能で「葵上」 来年2月に式能で「籠太鼓」を勤めます。
いつまでもご活躍を祈っています。  東川光夫  宝生流シテ方

☆ 選集第九巻
拝領いたしました。ありがとうございます。
珠玉の日本語と思いつつ、じつはみづうみの掌説は苦手なのです。描かれた世界がどれもこれも悪夢に感じられて凄まじくて苦しくなるのです。美しい言葉で吐き出されている猛烈な毒です。
短編は嘆息とともに愛読するばかりなのですが、同じ短い作品でもこの違いはどこからくるのか、自分でもその理由をまだわかっていません。今まではとにか く「詩」として味わうものと思っていましたが、『生きたかりしに』の登場人物上田秋成の雨月物語、「怪談」として味わってみたらどうだろうと思いはじめて います。
毎日背筋がぞくぞくするものを一つずつ堪能いたしましょう。新しい楽しみです。
配送作業のお疲れの早くとれますように。
ご無理なさいませんように。  雨  絵馬堂の乾ける土間や秋の雨 池内たかし

☆ 朝夕
冷えて参りました。
どうぞ、先生も奥様も御身おたいせつに!
本局から集荷サービスをお受けになれて、ようございました。 渋谷 宏
☆ 次回
第十巻は待ち望んだ作品、無上の幸せと存じます。  小田原 啓

* 瀬戸内寂聴さん、昭和女子大、読者の小山光一さんからもご挨拶があった。
2015 10/21 167

☆ いつも
私家版の大著をお贈り下さり、厚く感謝申し上げます。めったに小説を読まない近ごろの私には、ありがたい掌篇小説、短篇は すぐ手にとれる嬉しい贈りものです。ありがたいことです。
八ヶ岳を背に負い、南アルプスを目の前にする山荘に住んで十八年になります。いよいよ仙人風に退化しております。すぐ が参ります。
ただ、京都へは年に一度 行きます。  北杜市  色川大吉  思想家

* 北杜市のお宅を描いた絵葉書か、「雪の山荘」に先生らしき姿も見えて。

☆ 拝復
先日も 又 遠鄭重にも『秦 恒平選集』第九巻を遠恵送下さいまして、誠に有難うございました。
巻末の御文を拝読致しまして、「『掌説』は音楽でなければならない」、「短編小説とは、文章で創った(歌わない)音楽藝術に他ならない」と「音楽」を強 調されているところは非常に独創的であり、「文学とは本質『慰み』であり、深く優れた慰みとただの出任せがあるのみ」と喝破されているのにも深く感銘を覚 えました。
どうぞ「うす暗い前途」での御健筆を期待致して止みません。
私は四月ですでに八十歳になりましたが、お互いに呉々も健康には留意致しましょう。
右、取急ぎの御礼まで一筆啓上致しましたが、
拝読を楽しみに致しております。  元「新潮」編集長

* 「新潮」「群像」の元編集長、また読者にも、今回第九巻の跋文に触れて下さっており、いつもより異例に長めの文章になっているが、作者なりの思いも濃 く含んでいるので、あえて、此処に「再録」しておきたい。異論の方も少なくはあるまいと思うが、率直にいわば「告白」しておく。

☆ 秦 恒平選集 第九巻の刊行に添えて
掌篇であれ短篇であれ、短く書かれる小説は、それが長調であれ短調であれ破調であれ「優れて面白い<言葉・文章>の音楽」でなければならない。音楽で あり音学ではない。読んで聴いて「楽」しくなければならず、半音、一音の瑕疵も停頓も小説や創作として命取りになってしまう。わたしは昔からそう自身をい つも誡めて、掌篇小説の世界、短篇小説の世界を創ってきた。うまく創るのはとても難しい、だが、本巻には、そういう思いのまま書き表した「短い小説」世界 を、やや心ゆくまで取り纏めた。

昭和四十(一九六五)年九月、電器商の父が、当時売出しのリール式録音機を京都から送ってきて呉れた。びっくりし、嬉しくて、さ、なにを吹き込もうかと わくわくしながらその日は床に就いたが、眠れず、寝静まった妻や娘を起こさぬよう、そうっと寝床に腹這い、枕元へ置いていた録音機のマイクを口元へ寄せ た……、そして極く小声で、何のアテもなく突然呟いた、「蛇を飼う夫婦がいた…」と。わたしは仰天した。蛇は大のにがて…。なのに、意を決してわたしは言 葉を継いだ。一編の「蛇」という掌説、掌の小説ができた。
明くる朝、機械で聴いて、なんとなく、このままで良いと思えた。
その日から、欠かさず毎日一編ずつ今度は原稿用紙に書き、書き終えねば「ならぬ」とわたし自身を堅く縛った。そして十四日、必然十四篇の掌篇が成った。 それ以前に他作家の掌小説については、「噂」ていど聴いていても、川端康成のも稲垣足穂のも全く未読、ずっと遅れてちらほら読み得た限りでは、とくべつ興 趣を覚えなかった。わたしには「わたしの掌説」世界があると、逆に、確信を得た。

「掌説」と命名した限りは「短く」なくては意味がない。原稿用紙で三枚半から四枚程度を基準と感じたが、一、二、やや長めのもまじっている。
その後年数を隔てては、時折り「掌説の毎日書き」を試みた。編集者勤務のあいまに喫茶店に隠れ、一編仕上げるまでは出ないと決め、小一時間でたいてい事 足りた。スポーティなほど「泥を吐く」に似た此の試みはいつも面白かった。とはいえ老境へ近寄るごとに、思いも寄らぬ凄いハナシがわが身内からジワジワと 湧いて出るのに吃驚し、時に、怕かった。何かが自分の中で「変わってゆく」「崩れてゆく」「潰れてゆく」とも見えた。書くものも、書くことも、気味悪くさ え感じたりした。だからこそ「自分の地下世界」が、蠢くように「まだ在る」と信じられた。
実は…もう久しく「掌説」書きから遠のいている。後期高齢の「掌説」も在るにちがいなかろうと、静かに悟り澄ますどころか、益々「底昏く」疼く老いの闇 をまるで怪談を読むようにときどき覗き込んでいる。この巻の後方に、明を喪ってなお老いの身内を疼かせる上田秋成が自作の怪談を無惨に反芻するのを書いて いるのが、ひとごとでなく想われて、おそろしい。

さて「短篇小説」であるが。
短篇小説は、ごまかしがきかない。
半歩一歩さきの足もとに濃い闇が幕を垂れていて、その闇へ足を踏み込まねば何ひとつ進まない。奈落を踏む覚悟でしか前へ出られない。見えているようで前 途のまるで見えないことでは、短篇小説は長篇小説より智慧も勇気も覚悟も要る。長篇以上に、短篇こそは優秀な想像力と文章力に導かれるしか道がない。踏み 外せば、おさらばである。
世間には、短いから書けると錯覚したらしい気楽な作文が、いろんな同人誌などに満載されてたくさん送られてくるが、間延びがしてお話しにならないお話が 安々と投げ出されている。おおっと手を拍つ嬉しさには千に一つも出逢えない。漱石先生が芥川の短篇をよろこばれた趣味の深さ、批評の確かさを本気で考えね ば、短い佳い小説はとうてい書けるわけがない。趣向と創意を真実感と美しさへ磨き抜く。逆でも良い。真実感と美しさを趣向と創意で磨き抜く。どの一つを欠 いても短篇小説は面白くは輝かない。言うまでもない、決め手は言葉、文章。短篇小説とは、文章で創った音のない「音楽」藝術に他ならない。
こんな大口を敲いておいて、秦恒平の「掌篇」世界、「短篇」世界と居直るなど、失笑どころか罵倒ものの最たる高慢で、鼻持ちならない。だが、そこをまた 吶喊しないかぎり面白い短篇作品はとうてい書けないとわたしは信じてきた。文壇に立つ以前から決めていた。この一巻は、かかるあからさまな言挙げの、しか り、秦恒平短篇の証拠提示と覚悟している。
趣向と創意、真実感と美しさ。それを、ブレない言葉と文章で。そう、私はあえて言挙げし自分を誡めた、短篇小説はかく在りたいと。

短篇集『修羅』は全十二篇、一年間の連載依頼に応えたもので、編集部当初の依頼にはこんな条件がついてきた。
先ず、いろんな分野の「美術品」を、毎月、カラー写真で作者にお見せします。その美術品(小説を読んで察して下さい。)からの刺激や印象を、作者は、何でもけっこう好みの「能の題」を選んで「小説の題」にし、しかも「現代の物語」を創ってみせて下さい、と。
ま、咄家が寄席の舞台で聴かせる三題噺のようなことを、注文の枚数で短篇小説に書けと謂うのであり、バカにするななどと言わず、編集部希望をそのまま受けいれた。「能」の曲名まで指定されては縛りが厳しいが、それは自分で選べと。それなら、趣向や創意は十分働く。
問題は、だが、趣向や創意を働かせるただ想像力では済まされぬということ。掌説でもそうだが、まして短篇小説で根も葉もないおはなしを面白づく想いつく まま書くのでは、それこそ通俗読み物の手口。文学の創作にとってほんとうに大事なのは、書かれた物語と書く作者・私との「臍の緒の繋がり」だ、それを欠い て深い真実感は期待できない。

十二篇、どの一作も、作の語り手は、作者の私・秦恒平自身と読者は想い思いきっと読み出されるだろう、いかにもそのように書いてある。だが、事実はどの 一編の語り手も「秦恒平」とは違っていて、そこをごく自然に推せば、あたかも能役者が能面を着けて「神・男・女・狂・鬼」の役を舞うように、小説の作者も また自身実存の根から汲んだ趣向と創意に導かれて、小説の中で「ペルソナ(仮面・配役)」を演じているのである。「神歌」でも「十六」でも「柏崎」でも 「昭君」でも「鳥追」でも、一つ残らず、みな、そうだった。だから「秦恒平の短篇世界」とあえて看板を掛けてみた。
短篇編小説ではありのままの「私」小説しか書けないと誤解している作者もいれば、作者とはまったく無縁な別人物を書くのが小説だと誤解している人もある。
だが、「選集」前巻の跋文でも触れて書いたように、まともな作家のまともな作品なら、私小説であれフィクションであれ、きっちりと臍の緒を繋いで「こん な私でした」と吐露しているものだ。紫式部も、西鶴・近松も上田秋成も、また藤村・一葉・鏡花・荷風・直哉・潤一郎も、太宰でも三島でも、そうだった。 シェイクスピア、ゲーテ、トルストイ、ドスエフスキー、フローベールや、ヘッセ、ジイドや、ヴァレリー、ジョイス、カフカにしても、そうだった。それの出 来てない作者は、つまりは「根も葉もない」「つくりばなし」をただ読み物として書いて稼いでいるに過ぎず、「文学」の美しさ深さとは無縁としか謂えない。 言い訳はしない、わたしはそのような気持ちでしか小説は書いていない、短篇でも、長篇小説でも。

短篇集『修羅』の他に、この巻には都合八篇の短篇小説を、およそ前後して四篇ずつ選んでみた。前半四篇はみな古典文学とかかわり、後半四篇はやや趣を変えてわたしの趣味・好みを生かしてみたが、短篇の作法としては、上に謂ったままを大事に思いながら書いた。
「竹取翁なごりの茶会記」は気儘な戯文のようであるが、掌篇集の最後に置いたかぐやひめ一編の余波(なごり)のまま、一度試みたかった古体の文章で思うさま時・処を超え翔んでみた。少年の昔からかぐやひめが気になった。
「加賀少納言」は、ロシアでの日本文学選集に飜訳されている。とりわけてこの作を選ばれた露国(当時ソ連)の日本文学研究者に敬意と感謝を惜しまない。この「加賀少納言」一作は、小説で書いた「わが源氏物語考」の極と読まれてよいと思っている。
同じく「月の定家」も私の俊成・西行・定家三人に軒をかりた「わが和歌の説」と読まれて構わない。いま一篇の「夕顔」はいろんな私の小説中に「T博士」と親しんでいる故角田文衛先生、同じく「清経入水」いらいの亡き「女先生」御霊前に謹んで献じたい。
後半の「鷺」では、茶道具の世間で、安土桃山の昔からとびきり喧伝され信仰すらされながら、今も根津美術館に伝わった茶入「松屋肩衝」のほか行方知れな い「松屋三種」といわれた名品を語ってみたかった。喪われたそんな三種のうち一と品を、此のわたし自身が手に入れているのかも、などと今もじつはとびきり の夢を見ているのである。
能面「孫次郎」もまた、国宝。秦さんなりの雨月物語をと依頼され、依頼には囚われず、以下、「於菊」「露の世」の三編を書いた。半世紀ちかくも前、三十台半ばの短篇小説である。

小説は、「書く」のか、「成る」のか、「創る」のか。少なくも戯作は、しない。「跖婦人伝」や「春色梅児譽美」ほどの傑作もあるが、或る学者は「戯作」 とは所詮「文学を慰みの具」にした称と解説している。とはいえ文学は本質「慰み」であり、深く優れた慰みとただの出任せとがあるのみ。両者を分かつのは、 まこと、作と作者とのやみがたい臍の緒の繋がり、つよく謂うなら、吐かれている「泥」の質ではないのか。わたしの前途は、まだ、うす暗い。

☆ 拝復
このたびはご高著「秦 恒平選集」第九巻をご恵贈たまわりまして、まことにありがとうございました。
十六、孫次郎、 ともに心惹かれる面でございます。 小説の御作は本面に勝とも劣らぬ美しさ、磨き抜かれた趣向に息を呑むほどでございました。
お心遣い厚くお礼申上げます。
御身体、お大切にお過ごし下さいませ  かしこ  京・鳴瀧  浪  作家

* 香紙を畳み込んで、お心遣い過分のご喜捨、御礼申します。

☆ 拝啓
仲秋の候、ますます御健勝のことと存じあげます。
扨て、このたびはご高著「秦 恒平選集」第九巻のご恵投に与り、まことにありがとうございました。
包装を開いて、まず、装幀、造本のすばらしさに驚きました。函入りというのが何とも味わい深く、秦様の思い入れが伝わってまいります。金石文というので しょうか、タイトルの字体にまで深い心配りが伺われます。また造本も結構だと存じました。背表紙の金箔、これが嫌味にならず青の布装と調和しているところ が見事です。また裏表紙の空押しも、さり気ない贅沢、茶道の精神に通ずるところがあるような気がいたしました。
私も一生に一度はこのような本を出してみたいと思っておりますが、夢のまた夢に終ることと存じております。
中味の掌篇、短篇は、一つずつ、丁寧に読んでおりますが、秦様のご文章からは、一首の霊気のようなものが伝わってまいります。それが清々しいところに、 秦様の御心が澄んでいるのでは、と拝察しております。 (中略)  最後になりましたが、秦様のますますのご健筆を心からお祈りいたしております。 敬具     国分寺市  鋼  翻訳家・歌人・元筑摩書房編集者

☆  秦 恒平様 迪子様
選集第9巻 ありがとうございます。貴重な限定本をいつもいつも本当に感謝感激です。
東北はもう晩秋の趣です。
ささやかな御礼のしるしに「里の秋」をお送りします(以前、お気に召していただけましたので)。
どうか くれぐれも お大切にお過し下さい。  仙台  恵  前米沢女子短大学長

* 蔵王紅葉の三階瀧の絵葉書で。医学書院編集者を描いた小説を読み直している折で、この後輩の昔も想い出されて懐かしい。社宅で、友人と二人に、茶の湯作法の手ほどきもしていた。

☆ 贅沢ですね。
こんなすてきな本に出会えつづけるなんて。
しみじみ、有り難度う存じます。
どうか ご無理なさらない様に。  東近江五個荘  民   作家

☆ 『秦 恒平選集』
第九巻 ありがとう存じました。
おからだ 恙なきこと お祈り申しおります。  奈良市  淳  歌人

* 勝って配本を望んで下さる読者のかたがたに、心よりお礼申します。

☆ 月様 徳島の花籠です。
選集第九巻、ありがたく拝受いたしました。届けられた20日は生憎と留守にしていまして21日の夕方再配達で受けとりました。
19日から親友たちと山口県岩国で落ち合い、津和野へ。20日の早朝は1メートル先が見えないほどの濃霧が町全体を覆いつくし、幻想的な風景に感動。観 光案内の方からこんな日は山頂から見下ろすと城址が天空の城に見えると聞き、ホテルを出た頃には霧が晴れていて、遅かったかと残念な思いに。
貸し自転車を利用しての街巡り。麓に自転車を止め、乙女峠マリア聖堂へ登る。祈りを捧げて下山の途中、歩道の傍ら苔むした山肌(腰の位置辺り)に黒い蛇 がまあるく体をうねらせ鎌首をもたげているのを見つけ、悲鳴を上げてしまった。友は悲鳴に、蛇のほうがびっくりしとるよと笑っている。肌寒いこの季節に出 てきているのも不思議と思いつつ…。
届いたご本を開いて目に入った「蛇」の文字、何だか因縁めいていて…。
ゆっくり読ませていただきますね。
「甕覗」 日本酒は胃に重くて飲まないのですが、これだけは美味しく呑めた私のお気に入りです。雑味がなくサラッとしていて 月様には物足りないかもしれませんが。今日発送されたようですので明日以後に届くと思います。冷やしてお飲みくださいね。
どうかくれぐれも御自愛なされてくださいませ。  花籠拝

* NHKから「閑吟集」を出した頃からの久しい読者で、その昔から花籠さん、月様で通してきた。お目に掛かったことは一度もないが、一度ぐらい京都あたりで逢ってみたかった。働き者の元気なお祖母さんになってられるだろう。
「甕覗」か。楽しみだなあ。

* 都立中央図書館、お茶の水女子大図書館、立命館大図書館からも受領の挨拶があった。
2015 10/22 167

* この小一年、郵便は夕過ぎた六時頃の遅い配達、有り難くない。

☆ 第九巻
いただきました。(原稿用紙で失礼します)
「無明」の入っている『湖の本』45は、私の通院の連れです。待ち時間をなぐさめてくれています。何度も。しかしハードカバー本で読むのも味わいは別とカバーをかけ替えています。

選集の巻を重ねて第九巻
繙く手元に秋の陽さし来ぬ

またしばらく楽しませていただきます。
掌篇というのは、人柄のしのばれるものと思います。それと私には思い出があります。(自分のこと語っていいですか)
昭和三十六年(=一九六一)の十月から十二月にかけて、NHK金澤放送局の「夜の県民」という時間ワクに、十五分(18.45 – 19.00)掌編ラジオドラマを執筆しました。形はディスク・ジョッキーで、私の書いた作品の中に、二、三曲のレコードをさしはさむというものです。十四 作書きました。週一回の放送です。
私が勝手にテーマをきめて作品を書き、それを読んで、音楽担当(JKの人)の人が選曲するのです。題名も仰々しく「星の夜のブレリュード」と面映い気も しましたが、プロジューサーは、聞いてもらうための――人寄せだから、といって。プロジューサーによると、結構反応もあった――局への投書も少くなかった ということです。
週に一回、十枚ほどの原稿は、当時の私にとってとても重荷でした。今となっては、若い時(当時二十八歳)の思い出として残っています。(音はありませんが、ガリバン刷りの台本が残っています。――他愛のない作品ばかりです。)

さて、いただいた選集を読んでいますと、秦さんが、だんだん重く、遠くなっていくような気がします。以前、あんなに楽しく、早く読めたのは、どうしたこ とだったのだろうと思い返しています。特に「刊行に添えて」など秦さんの自作にかかわる思いなどを拝見しているとますますその思いが深くなります。今更め いていますが、秦さんの作家としての存在の大きさに、心から尊敬の念を抱かされています。そして私などに親しくお声をおかけくださること、日に日に身のち ぢむ思いです。
今は、すべてありがたく、傘寿を迎えなさる秦さんのご健勝を、遠くからお祈りするばかりです。「お大切に」ということば、とてもいいことばですね。奥様ともどもどうぞ「お大切に」とお祈り申します。
「第九巻」受取のごあいさつまで。
十月二十日       井口哲郎   元石川近代文学館館長

* (即席)と鉛筆で「雲間より」の字句に添えて、佳いなあと思う恰好の印形が貼って添えられていた。わたしに正しくは読めないが、回文でもあろうか「涼雲風壮」と読むことにし季の爽やかを思っている。ただしこの読みは私のアテズッポウですが。
また井口さんに、ねだろうかな。「松爵」とも名乗ってみたいなあなどと。
井口さんが石川県にいて下さること、わたくしの生き甲斐である。

☆ 秦 恒平 先生
謹啓 御高著、選集第九巻を御恵投にあずかり誠に有り難く御礼申しあげます。
さつそく「蛇」(二篇)を拝読、鮮やかな筆さばきに驚嘆いたしました。
必要に迫られ堀田善衛の『聖者の行進』を読むために、その原典を併読、いずれも、その息の長さに感服している最中に、御掌篇を目にし、驚嘆、作家の皆さんのお仕事に脱帽するばかりです。
拝読する作品をどう読むかが、われわれの仕事になりますが、よほどの勉学が求められますことを痛感いたします。
どうぞすばらしいお仕事を以てわたくしどもに御鞭撻を賜りますよう、お願いいたします。
書中、御礼を申し上げ経、一層の御健筆を祈念申し上げます。 敬具
二〇一五年十月二十一日    横浜市  山下宏明  名古屋大学名誉教授

* 平家物語や能にかんしてご示教を戴いてきたし、NHKラジオで対談したこともある。

☆ 選集第九巻
受け取りました。本当に本当にありがとうございます。
先生の「生きたかりしに」全三巻読み終えました。
重くて深い人の世のあり様、生き様、考えさせられ、正直、心が揺れています。再読しなければと強く思っています。
寒い季節をむかえます。お体 くれぐれも、お大切に。  今治市  木村年孝  元県立図書館長

* 木村さんには新作の重い宿題を負うている。これが、ズッシーンと重いのだが、投げ出さない。

☆ こんばんは
朝夕は冷えて参りました。
先日は ラマンチャ、お出かけくださいまして ありがとうございました。
掛け違って ご挨拶できずに失礼しました。
又 御本 第九巻お送りくださいましてありがとうございます。
あっという間に九巻になり、先生のパワーに驚きますし、がんばらねばと励まされます。
隆子(=松たか子)にもお届けいただきお礼申します。 高麗屋夫人

* 十月の「ラ・マンチャの男」に次いで、吉例顔見世の来月は、「勧進帳」。歌舞伎役者のすさまじいほどの体力と藝道執心にこそ感嘆する。奥さん(おかみさん)も「共働き」と。お大事に。
来年の松たか子X野田秀樹の舞台も待ち遠しいほど楽しみにしている。

☆ ようやく
すべてが冬支度の準備に取り掛かり始めたようです。
この度は貴重な「選集」の第九巻をご恵投いただき、有難うございました。
「鷺」の時代を懐かLく思い浮かべております。
また、銀座の「ボンシャン」へお出かけくださったとのこと、お気に召されたようで、うれL〈思います。吉田さんは、「ソムリエ」という言葉が広まる以前の「初期ソムリエ」として、日本の西洋料理業界の発展に貢献した逸材とLて評価しております。
これからは向寒の時季ヒなります。ご自愛の上、ますますのご健勝とご健筆を念じております。
とり急ぎ、お礼まで。 草々  目黒  重金敦之  元朝日新聞記者  エッセイスト

* 重金さんには重ね重ねお世話になり有り難い仕事をさせてもらった、その大きい一つは、わたしに「京ことば」ないし「京都」に関わって縷々執筆し発言し 続ける最初の原稿依頼を戴いたし、後々には今回の巻におさめた「鷺」を書かせて貰った。これはもう、まさしく私の世界と思っている。
さらには、食べ物のいい店を重金著書からいくらも教わった。「シェモア」が無くなったと嘆いたら「ボンシャン」を教わった。
ご縁というのは嬉しい物である。ペンクラブへも入ってももらった。

☆ 謹啓
いつの間にか、秋の風情となりました。
この度は「秦 恒平選集」をお届け下さいまして 誠に有難うございます。
こんなに美しい装丁の本を手にしたのは初めてで、深い色合いと手触りを楽しみながら暫し眺めておりました。
巻末の刊行に添えてを拝読してから、「掌説」のページを開きました。
掌説が生まれるキッカケは、五十年前、お父様が送って下さったリール式録音機であったとのこと。だからとも思えないのですが、何故か声に出して読みたい 衝動に駆られました。 それも「蛇」から読みたくなり、数篇を読み進みました。放送の世界を遠ざかって久しいのに、不思議なことです。
実は、今月二十一日は私の誕生日でした。嬉しい偶然に驚き、最高のバースデープレゼントをいただいたような気がしています。
お心遣いに感謝しつつ、掌篇世界、短篇世界を、ゆっくりと楽しませていただきたく存じます。
季節の変わり目、一層のご自愛をお祈り申し上げます。 謹白  高槻市  厚  ペン会員

* ペンクラブ会員のころ、命じられて大阪へ講演にいった日の司会をしてもらったことがある。「最上徳内」の旅から帰って間がなかったのを覚えている。京都でのペンの秋季会に妻と出かけたときにも園遊会の庭で会ったように覚えている。湖の本の久しく久しい読者でもある。

☆ 選集
次回も楽しみにしております。配本下さいますようお願い致します。 世田谷 鈴 NHK

☆ 選集
第9巻目を有難う御座います。
ドラマの一話完結のように娯しませてもらいます。  狛江  秀

* 三鷹の唐澤さん、また、神奈川県知事・同文学振興会理事長・同近代文学館長、早稲田大学図書館、駒場の日本近代文学館からも受領の挨拶があった。

☆ 今は
電車の中。
朝晩は肌寒くて、もう薄手のコートです。
夏の終わりから、一日だけでもお休みが欲しいと願っていましたが、ままならず秋も長けていきそうです。
風邪など召しませぬよう、お気をつけて。  桃
2015 10/23 167

☆ こんにちは
気持ちよい日々が続いています、お変わりありませんか。
昨日は用事が出来て街なかへ行って来ました。祇園さん辺りは、外国人に続いて修学旅行の学生たちでいっぱいでした。
お体に優しい物見つけてお送りしました。
お好みに合いますかどうか? ご賞味下さい。
お身体お大切に。  京・北日吉    華

☆ 秦 恒平様
冠省 選集第九巻「無明」「修羅」他 ご恵贈いただき有難く 拝受致しました。
懐しい作品が満載でうれしい限りです。
「花と風」のあとがきで「春蚓秋蛇」(豪華限定本)を刊行されたことを知り、初めてお手紙を差し上げ、先生から直接お頒けいただきました。「孫次郎」は その本に収められていました。 今日また「孫次郎」に会うことができ、昔日の記憶が甦ってきました。 改めて拝読させていただきます。ありがとうございま した。
朝晩は 随分冷えて参りました。
先生も奥様もくれぐれもお大切にお過ごしください。
些少 同封致しました。お納めください。  紀の川市 朱心書肆主人

* 笠間書院の橋本孝編集長より、蜂の巣蜜とはちみつ抹茶かりんとうを頂戴した。感謝。

☆ 拝啓
いよいよ錦繍のときを迎えようとしています。おからだ、その後いかがでしょうか。
御選集第九巻を頂戴しまして、誠に有難うございます。
わが書架も 志賀 谷崎 佐多全集などに交って 一段と白色の御選集が際立ってきました。
目下、臍の緒のごく太い繋がりの藤枝静男さんの小説や随筆に入りこんでいます。
いっそうの御自愛を願い上げます。 敬具  徳  講談社役員

* 画家の池田良則さん、読者の柴田志津さん、国立国会図書館、東大大学院からも、受領の挨拶があった。池田さんからは、六本木での日展の招待券をたくさん、加えて、倉敷市美での池田遙邨記念展の招待状も。倉敷へ行きたいが、ウーン。体調とても好調とは言えない。残念。

* 京の「華」さん、気の利いた半兵衛麩や小粒の京菓子を送ってきて呉れた。ありがとう。

* 義妹から、クッキー一缶を添えて、この冬のために舶来の柔らかい襟巻きを貰った。これでこの寒い冬を夫婦して温かく越せる。ありがとう。
2015 10/24 167

☆ 先日は第9巻を拝受いたしました。
また茶道の事が 載っているのでしょうか。

私にまで 大切なご本を頂戴できる事 有難く恐縮しています。

しっかり読ませていただいて お勉強したいと思います。

先生のご意欲 ご病気も克服しながらの頑張りには 見習えるものがあります。

これからもお体を大切に お好きなことが出来ますように お祈りいたします。

私も、松たか子さんは大好きです。 素敵ですよね。  木鶏庵ーー宗由ーー
2015 10/24 167

☆ 秦 恒平先生
美しい本をありがとうございます。眺めているだけで背筋が伸びてここちよく、幸せな気持ちになります。
そして、あとがきから少し拝読しました。
紅葉狩りの季節が巡って来ました。名所が 先生を待っております!!
是非とも、京都へ  京・伏見  佳  京都府

* 仙台の遠藤恵子さんから、まこと多彩に美しいとりどりの「里の秋」蒲鉾を二重の折で戴いた。絶好の酒の友、そして蛋白質が摂れる。感謝、感謝。
京都の横田香世さんから京の麩出汁、神戸の信太周さんから、稲庭饂飩を頂戴。有り難く。

* 昼食、うまく食べ物が腹へとおらず、吃逆、はげしく嘔吐く。だいたい毎度のこと、で、食事そのものへ気がすすまない。
2015 10/25 167

☆ 秦恒平先生
ご高著ありがとうございます。
めっきり気温が低くなり、木枯らしが吹く候となりました。お元気のこととお慶び申し上げます。
このたびはまたまた貴選集をお送りいただき、まことにありがとうございます。
今度は掌編、短編集ですね。いずれの作品も練達のできばえで頭が下がります。
ところで私はいま大学で、「日本語ワークショップ」という演習を担当しております。学生に「感動した文章を持ってきなさい」と言うと、まともな文章や詩を持参する者が年々減ってきて、苦々しい思いです。
お書きになったような文章の香気に、ホッといたしております。  作家 通  東大名誉教授
2015 10/25 167

* 日本橋三越本店で、惜しくも海外で客死された截金人間国宝の江里小夜子さんの娘朋子さんの截金展を観てきた。小夜子さんが截金で有名になるよりずっと 早く、わたしは「畜生塚」で、あたかも小夜子さんのような截金の才ある少女を主人公を書いていた。のちに小夜子さんと知り合い、選者をしていた京都美術文 化賞を受賞してもらい、夫君と三人で鼎談もした。惜しみて余りある不幸だった。今日の展覧会に小夜子さん、つまり朋子さんのお母さん作になる二十五年前の 大棗を観てきたが、じつにみごとで、もう三十年もすれば重要美術品に挙げられそうな輝きにみちた名品だった。その一点に出逢っただけで三越本店の日本橋ま で足を運んだ甲斐があった。
もうそこで疲れて、よろよろと、どこへ立ち寄りもならず、銀座一丁目から地下鉄で保谷まで帰った。朝、柿ひとつ食べたきり、飲まず食わずで帰宅して五時近かった。
☆ 謹啓
秋麗のみぎり,秦様におかれましては,益々御清栄のこととお喜び申し上げます。
先日は、「秦 恒平選集」第九巻を御恵贈いただき,誠にありがとうございました。
「どのようなものであれ,小説は優れて面白い《言葉・文章》 の音楽でなければならない――」。秦様は常々そう語っておられます。音楽であり音学ではない。読んで聴いて 「楽」しくなければならないのだと。
本書でも,秦様ならではの小説の世界が大きく広がり,私を含め手にする多くの人々に何物にも代えがたい〝楽しい時間″を届けてくださるものと確信しています。
これからも,京都ゆかりの偉大な小説家・秦 恒平様の素晴らしい感性で,美しく,また奥深い文学作品を創作してくださることを心から願っています。
これから日に日に秋が深まってまいります。御多忙とは存じますが、くれぐれもご自愛ください。
結びに,秦 恒平様の今後ますますの御活躍を心から祈念して、寸書ながらお礼のご挨拶とさせていただきます。  謹白   京都市長  門川 大作

☆ 拝復
(前略) 気概のこもった「言挙げ」に感服、奥様の扉繪初めて拝見するなど 作家誕生に立ち会う気で拝読できますこと楽しみです。
「加賀少納言」 古典研究の範として敬服しつつ拝読したこと思い出しました。
いとこが、幕末秋田の沿岸防備に従事した先祖のいること話しており、興味ありそうなので惜しみつつ第八巻(「最上徳内」)を貸すことにしています。惜しみつつなど狭量の程お笑いぐさです。
かわりばえしませんが郷里の稲庭饂飩お届けします。どうか着到のご返書などご放念下さい。
珍しく穏やかな好天が続きます。お揃いでお大事に。
お礼まで、 草々    須磨  信太 周  神戸大名誉教授

☆ 略啓
御健勝体系に存じます。
「選集第九巻」頂戴致しました 有難う存じます。
最近 頓に短篇小説が面白く 本巻も楽しませていただきます。
益々の御平安を。  不備   寺田英視  前文藝春秋専務

☆ 秦先生、奥様
おかわりなくお過ごしでいらっしゃいますか?

今日も昨日もそのまえも抜けるような青空です。なんて、手垢のついた言葉しか浮かばない私には、ア然、ボウ然の、「選集第九巻」をお贈りいただき、ありがとうございました。

二、三篇読み終えて目をあげれば窓の向こうは変わらぬ青空、というのが何かの間違いではと思えてくるほど。

この秋天は、どっぷりと泥にまみれてすごすことになりそうです。

今朝は、ビックリするほどの寒さでした。
温め酒で三千盛はいかがでしょうか。あすには届くはずです。

どうぞ、お元気で。  各務原  都

* 「泥」まみれにしますこと、おゆるしあれ。三千盛、楽しみに。
☆ 秦先生
秋晴れが続きます。
先日は選集お送り頂きありがとうございました。読みやすそうで嬉しくなりました。
いつも送り出しのご苦労を読みながら 郵便局は何しているのかと怒り心頭に思っていました ようやく集荷してもらえてほっとしています。少しでもお疲れ を減らしていただき 本来のお仕事に専念できると良いのですが。 どうぞくれぐれもお身体大事になさって下さいませ。ホームページをハラハラしつつ読んで いますが、折にふれ 心に沁みるお話をいただき感謝しております。
私も肺炎を患ってから 大分元気になりました。安倍政権の言葉にならないほど馬鹿げた言動を絶対許さず 来年七月まで集会や坐りに頑張るつもりです。立ちあげた「金澤夢二会」の会報ができましたのでお送りします。
色々なことをしながら自分の人生を全うしたいと思っています。今後ともよろしくお願い致します。
気持ちだけですがお納め下さいませ。
暮れにはお祝いが続きますね。その折は又!
お礼のみにて失礼します。  金澤 金田小夜子  作家

* お心づかい、ありがとう存じます。

☆ 選集第九巻
刊行おめでとうございます。
掌篇、短篇の「臍の緒の繋がり」を味わい確認したいと思います。 愛知・知多  久米則夫

* 二松学舎の松田教授、歌人の藤原龍一郎さんからもご挨拶頂いた。

* 妻の妹から、今度も過分の支援と激励とをもらった。ありがとう。心よりお礼申します。お元気でと心より願っています。

* もう眼が限界を切っている。リーゼを服して、ゆっくり寝入りたい・
2015 10/26 167

☆ 京都も色づいてまいりました。
「秦 恒平選集第八巻」ありがとうございました。戦後七十年のいま読ませていただいても、「北の時代」は今日の問題です。
折しも、大阪松竹座で 染五郎さん 勘九郎さん、七之助さん 旬の役者たちが「阿弖流為」を現代にによみがえらせる努力をしていました。
最前列での観劇は「アイヌはエゾに、エゾはエミシに行き当たる 蝦夷と日本人とは根っから別なんだ。だから王化するんだ」という平安初期の時代にまぎれこんだようでした。
「昔から『国』という考えはアイヌにはなかった」のに、暮らしを守るため団結が必要になってしまった……
クラスの中で、米国、中国、韓国籍の若者たちが仲良く勉強している姿に 外国と国内の境界は何処にあるのだろうと思ってしまいます
国家意識に関しては 国籍より男女の違いの方が大きいように感じられます。
「侵略というヤツは土地や物の征服だけで終りゃしない、いつもどこでも女の虐待に結びつく」、だから、慰安婦問題に対して、私たちは加害者意識と被害者意識とをあわせもつ複雑な心境です。
男たちが物見遊山気分で女を抱きに行っていた時代、男社会の日本で子育てに奮闘していたシングルマザーの私に 知人の英国女性は 日本人女性としての責 任を厳しく追求してきましたが……国や私の名前が変わろうと、言語が異なろうと そんなことはやり直せる…息子にだけは死んで欲しくないと考えてきた私で す
「日本人にとっての敵はいつも日本人ですよ」という徳内さんの言葉が胸にこたえます。
「道の奥で生まれ育てば思わず知らず和人とエゾとのまンなか辺につながる」という徳内さんと同じ思いを雪国生まれの人間は持っています。 父は色白で髭が濃く大きな目で、アイヌ系と自慢しており、七難かくす肌を父から受けついだ姉を、母と一緒に羨ましく思ったものでした。
「日本人は金と暮しているが アイヌは神と暮している」
これまで 生活と戦ってきた私も、これからは季節のうつろいに心遊ばせ、神と暮らすことができたらと、夢見ます。とはいえ、 冬の寒さはこたえます。
このところ、季節の移行も、気候の変化も予測をこえてきているようでございます。
先生、奥様、 どうぞお身体 大切におすごしくださいますように。 京  清  美大教授

☆ 秋田の刈穂
hatakさん
先週から出張に出ておりまして、つくば、世田谷を回り、今は秋田へ来ています。
日曜に、秋田新幹線の車窓から広がる刈り取りを大きいように感じられます大きい終えた田圃を眺めていて、ふと「秋の田の・・・」の歌を想い出しました。 秋田に到着し街を歩いていると、つい今しがたの歌にあった「刈穂」という蔵元の大吟醸が目にとまりました。これはhatakさんに、と早速一本お送りしま した。
今年の札幌は、残暑もなく、あっという間に初雪が降りました。
明日の夜札幌に戻ります。   maokat

* 秋の田の刈穂し抱きて大空の青を仰げば生きざらめやも  湖
名酒「刈穂」をありがたく戴きました。
☆ 秦 恒平様
先生の選集第九巻をいただきありがとうございました。
ようやくあきらしい日和に恵まれるようになりました。 御加減わくお過ごしになっておられることを願っております。
クッキーをもっと早くお送りしたいと思いながらの遅滞 恥しうございます。
御身 くれぐれねご大切に  村上開新堂社長  道

☆ 秦 恒平様
謹 啓  このたびは「秦恒平選集」第九巻をご恵贈いただき、まことに有難く御礼申し上げます。貴重なご著書を賜りますこと、重ね重ね身に余る光栄と恐縮いたしております。心より厚く御礼申し上げます。
「湖の本Jとの御出会い以来、数々のご叱咤、ご指導のお言葉をいただきながら、何一つ実行できていない自分を顧みて、いたずらに過ごした年月を悔いるばかりでありますが、このたびの「九巻刊行に添えて」を拝読し、改めて深く々々納得、感受するものをいただきました。
読書を作者との即時の対話とさせていただくならば、「九巻刊行に添えて」は、まことに独善ではありますが私への忠告・励まし・指針をお与えくださったも のと、読ませていただきました。ひとつひとつにうなづきうなづき反省しながら読みました。すべてを同じくして同じになるものでは決してありませんが、自己 を求道的に律する厳しさは、日々の生活にも通ずるものであり、与えられた「命」の短い時間を如何に生きるべきか、また秦さんが如何に大切に生きられたかを お教えくださったものと、感納いたしました。なぜか今回の巻には「覚悟」という言葉が浮かび、「覚悟」の重さにひしがれる思いがいたしました。言い訳では ありますが、この「覚悟」に思い沈んでいるうちに、「無明」を読み、また読み進むほどに、言葉の世界の重さに圧倒され、御礼を申し上げるべき手紙を書くの が遅くなりました。ご宥恕ください。
「春蚓秋蛇」(「湖の本」13)は、たえずたち返り読むべき本として、身近に置いて読み返してまいりましたが、今回の選集で改めて「無明」連作としてま とめられた改編を読みますと、-第一篇がそれぞれ独立した作品でありながら、掌説全体で長編「無明」として、読ませる意図があると感じました。この「無 明」には、秦さんの心理的「伝記」が密かに語られている(これが臍の緒ということではないかと思います)と感じました。論理的正当化ではなく、まさに心理 的正当化によって、真実と美を練り上げた「世界」が、たしかにここには「存在する」と感じます。「春蚓秋蛇」ではなく、やはり「無明」でなければならない のだと。
「選集」はたしかに心の行き届いた美しいご本ではありますが、「修羅」に関しては、筑摩書房から出された贅沢に組まれた美柴本「修羅」ともども、座右に置 きたく思います。筑摩版「修羅」は本文の組・厚さ(頁数)・温かみがあり、何より作品を大切にした装丁、私には瑕疵のない理想的なご著書と感じられます。 本を上梓するなら、このような本でありたく思ってきましたが、書架に2冊ながら並べ、改めて「選集」で拝読できる幸せを感じております。
昔は、新刊本がでると、うれしくなって買ったものでしたが、今は、書店にいっても小説の新刊本を買うことは全くなくなりました。文庫本でも小説の類は、 過去に読み逃した本で名作といわれるものは買いますが、現代作家のもので買うことはありません。文章の音楽が違うからでしょうか。若者の早口で歌われる歌 を嫌う心理とつながっているのかも知れません。人生も晩年になって、こうして思いがけなくも、読み親しんできた先生の新編「選集」を賜り、心を落ち着け、 正座して読める本を得て、日々に堪能する幸せを与えられましたこと、身に余る幸せと、深く感じるとともに、有難く感謝いたしております。
HPで、拝見して、先生お一人での編集・校正、またご夫妻お二人のご苦労の数々を思いますとき、このような御礼の手紙だけでは心尽くしがたく思います。 いずれご恩に報うべき日があることを自らに期して、「秦恒平選集」第九巻、有難く拝受させていただきます。本当にありがとうございました。
末尾になりましたが、先生と奥様のご健康と、ご多幸を心よりお祈り申し上げます。
拙文、失礼の段ご宥恕のほどお願い申し上げます。 敬具  八潮  瀧  作家

☆ 前略
ごぶさたしております。 この度は、豪華本を新潟にお贈りいただき、ありがとうございました。
「修羅」はたしかまだ中学生りころに読みはじめ、さっぱりわからなかったことを覚えています。五回ほどは読んだと思います。「湖の本」でまた読み返してみようかと思っております。
新潟の両親は元気にしています・しかし、一人息子として、もう少し近くに暮らせたら…という思いはあります。新潟は難しいですが(仕事がない)関東で仕事を探せないか、など、家内と話し合っています。また報告いたします。
迪子さんともども、どうかお体 ご自愛ください。  奈良市  理

* 茅野市の親友松下圭介君のたよりが久しく途切れていて、心配していた。葉書が来た。

☆ やはり
この病の底知れぬこわさを感じています。医師からは元に戻ることはありえないといわれましたが
何とか回復して奇跡だと云わせてやろうと まだまだリハビリに力を入れております。
政治の世界は なにか狸と狐の集合体のように思えるほど茶番劇のくりかえしのようです。障害者でも一緒に生活できる世の中にしたいものです。つくづく考えております。 茅野  圭  同窓

* 命、いとおしみ、ともどもに ガンバロウな!

* 各務原の山中さんから、名酒「三千盛」二升、頂戴した。
みちみちて盛りの秋を吹く風の夕べしづかに心たらへり  遠
2015 10/27 167

☆ 秋晴れの朝
夜半の強い雨もあがり、心地よい朝です。
第九巻は二十日に届きました。ありがとうございます。
『修羅』、わたしが関西の山の中に移った頃、注文して買った懐かしい本です。
時差ボケやら何やらであっという間に日が過ぎていきます。
一か月早く秋色をイギリスで楽しみ、再び日本の秋を呼吸しています。
旅行から戻るたびに、飛行機が着陸するたびに思います。
ああ、また命が許された、死は執行猶予。「いざ生きめやも」今から再び生きなおさ
なければと。些か大袈裟な表現だと思われるでしょうが、やはり無事着地するというの
は大変なことだと思うのです。
ヨーロッパに七十万人もの難民が押し寄せている今現在に、単に観光でノン気、能天気
に日本人が出かけていいものか、と考えないわけではありません。
そして不安材料を無視できない以上、ギリシア、イタリア、などの地中海沿岸、そして
ドイツなども状況を考えざるを得ませんでした。スコットランド、イングランドに出かけたのには複雑な思いの選択でしたが、これまでイギリスはロンドンや バース以外はあまり廻ったことがなく、先年独立するか否かの国民投票が行われたスコットランド、イングランド、UK、(United Kingdom)の 意味を再認識しつつの旅でした。
エジンバラには特別な思いがありましたが、目的は半ば以上は達成できないまま。
詩人ワーズワースや嵐が丘のエミリーやアン・ブロンテの家、ハドリアヌスの長城を訪ねて感激でした。
ブロンテのヒースの野はまだ温和な十月の空の下では荒れ野の荒涼を思うには早すぎましたが、鉄道の駅が、街の、彼女らの教会のすぐ下にあり、想像してい たより外の世界につながっていたのだと実感しました。教会の後ろにある彼女たちの家も日本の昔に限らず現代の住宅事情と比較しても決して遜色なく格式ある ものでした。
勿論、彼女たちの内部で醸成され、作品という形あるものとなったさまざまに渦巻く思いは簡単なものではなかったろうし、ヒースの野に入って歩き続けなければどうにもならなかった、それはもうやむに已まれぬものだったに違いありません。
強い強い自由への意志、希求、荒れ狂う感情、それへの代償・慰めにも似た書く情熱を思いました。そして小説の中の狂おしい運命も。
ヘンリー八世のイギリス国教会成立以前の修道院は廃されたものも多く、そこまで辿ることはのちに譲って、今回はチェスター大聖堂、リバプール大聖堂(こ れはイギリス最大の規模で74年の歳月をかけ1978年完成、道理で何かしら殺風景な部分がありましたが)、そして旅の終わりにはイギリス最大の巡礼地カ ンタベリーなど欲張りな旅でした。カンタベリーと言えば『カンタベリー物語』も思い起こされますし、『カンタベリー・パズル』ちくま学芸文庫という面白い 本もあります。「数学と論理を駆使した超難問 あなたはいくつ解けますか」という帯の文句に惹かれて買った本ですが・・これ
はため息の元! 楽しいため息です。
帰国後のニュースでは、中国の習近平氏がイギリスを訪れて最優遇され両国の経済的な接近が大きく報道されました。帝国主義、大国主義を互いに大いに意識 しての結びつき・・か。これまでどちらかと言えば関心の真中にはなかったUKでしたが。昨日の南沙諸島の人工島付近へのアメリカ軍艦航行も安倍政権にとっ ては危機を煽る好材料になるのでしょう。
わたしという一個人などがどう考えてもどうにもならないことながら、やはりしっかり意識し続けなければ。
どうぞお身体大切に。
HPの最後に「もう目がダメ。」と昨晩も書かれています。
鴉ご自身が本当に口惜しいことだろうと、読む者も口惜しい思いを重ねます。
大事に大事に過ごしてください。   尾張の鳶

* こんなメールこそ、ほんとうに欲しい、読みたい。ヘンなもの言いだが優れた放射能を浴びていっとき生き返る気持ちになる。逆立ちしてもわたしには出来ない体験と感想と知性とを惜しげなく分けてくれる。有り難い。
心ゆくまで、鳶の旅が元気に続いて、ますます深まるように、願っている。その為にも、心身共に健康でいて下さい。

* 朝、深澤晴美さんから故郷のお父上丹精という巨きな葡萄一房戴く。感謝。
2015 10/28 167

* 浦和の出田興生さん、高槻の川口昇さんから選集第九巻受領の挨拶があった。
2015 10/28 167

* 出版物も変わりなくいろいろ来る。
今日は、大宮の布川鴇さんから新詩集「沈む永遠 始まりにむかって」、そして亡き能村登四郎さん創刊の俳誌「沖」の創刊45周年記念号が目立っている。 来信やこういう出版物の到来も几帳面に記録していたが、選集をはじめてからは、その手の「記録」をほとんど廃してしまっている。
布川さんの詩集、装丁、凝っている。
巻頭の詩が、

心の在りかを証すために
どんな文字があっただろう
何年も何十年も空を見上げ
海の匂いを辿っても
たしかな道標を見つけられないまま
固い石の地面にうつむいて
かすれた文字を書こうとする……
ひと拭きで消えてしまうだろう文字を

と最初の小節を書き出してある。おもわず、にこっとした。
この詩人と、むかしペンの懇親会の席で言い合ったのを思いだした。
人間にとって「心」ほど大事なものはない、と、詩人は繰り返し、ひねくれた小説家のわたしは、心ほど頼りないものはないと揶揄った。生真面目な詩人を揶 揄ったのだ、わるかったが、いま語り合えば詩人は何というかなあ。ペンの会合ではそういう機会もあったが、もう一昔にも二昔にもなる。
それにしても詩なるうたの、ムズカシサよ。

* 「沖」の記念号、巻頭に登四郎句をたくさん読みたがった。虚子以降、俳句で唸らせてくれた極めて数少ない真の俳人は登四郎さんだった。金子兜太さんが 「ありき」と題して「能村登四郎ありき向日葵畑ゆく」と。これに極まる。後継研三の記念作「孤高なる飛鷹の空は高貴なり」なんてのは勘弁願いたい。いかに 挨拶句とはいえ、鷹羽狩行の「冬耕のをちの一人は研三か」では、めでたくもない。俳句はじつにじつにムズカシイ。

* もう一冊、宗内敦さんの雑誌「琅」を開くとわたし宛の私信が挟まっていて、「加齢するほど怒り易くなって、つくづくわが身にあきれます。くれぐれもご自愛下さい」と。この誌の眼目は敦さんの「二言、三言、世迷い言」。いつのまにか29号になっている。
稲瀬という人の小説が一編、書き出しが、「夏の酷暑が尻切れに萎み、寒ささえ感じられる八月末の夕暮れだった。」と。はじめの一区切りだけで、アトを読 む気になれない。歌誌「熾」の沖ななもの巻頭言「モイスチャーな日本語」には趣旨、うなづけたが、わざわざの「モイスチャーな」は、語るに落ちたか、敢え てしたか。
2015 10/28 167

* 誰かに「源氏物語の恋文」という本があり、著者に貰っている。近藤富枝さんだったと思う。本に何が書いてあったかに関係なく、源氏物語の恋文で失態を 冒しのは源氏の正妻女三宮に宛てた柏木のもので、もらった方の女三宮にも、ほかならぬ夫の源氏に読まれてしまうという決定的な失態を演じている。見れば紛 れもない柏木のものと源氏には分かってしまい、源氏はこんな恋文の書き方に柏木の浅々しい心根をみて、怒りもしながら軽蔑するのだった。人に読まれて露わ な恋文と分かるような書き方をしてはいけないというのだ。
それと関わりがあるかどうかはともかく、現代のメールにも当然の作法は働いているに違いない。
聡明と浅はかとの差はあるだろうと想う。

* 無関係だが以前から気付いていることがある、メールアドレスのこと。いろんな工夫があるように見受けるが、わたしのアドレスは、まことに無意味な当初 からの宛がいぶちのままで、hataのhaも無い。多年メール往来のある人以外、即わたしからのメールとは分からない。同類の人がすくないとも思わない が、自身の姓名をはっきり出したり、分かりやすく示していたり、生年月日まで入れている人もあるらしい。
おもしろい分かれようで、読み取れる何かが在るのかどうか。
わたしは文士の中でも機械にふれたのは断然早いほうであったから、一時期、その方の原稿依頼をたくさんうけていた。たしか「ミセス」には、メールは恋文 ほどに気をつけないと、口調の冷たさでケンカになりかねませんよと書いたこともある。メールは恋文のようにと思っているだけに、メールアドレスに自分を露 わにするのは避けた方がいいと思っていた。そうでない人の方が、実は多いことにすこしは驚いているのである。数百も控えてあるアドレス帳をざあっと見なが ら、ここから何か「人間像」の差異や傾向が読み取れそうな気がしている。

☆ 前文ご免下さい。
この度は、選集九巻ご恵与いただきありがとうございました。変わらぬお心遣い恐縮です。
急に寒くなりました。
お元気で傘壽おむかえになりますよう 祈っております。草々  浦和市 出田興生 2015 10/28 167

☆ ご無沙汰しています。
お大切な ご本をありがとうございます。
しばらく前に モーリス・ラベルに憑かれて
秦さんにも迪子さんにも 聴いて いただきたいと思い込み そのうちに 憑きもの状態は、普通になったのですが としを越してしまいそうな C・Dと楽 譜 送らせて下さい。 気付けにチョコレートをおまけにしましたら ポストに入らなくて 別便になってしまいました。(よく出来た郵便ポストです。)
短篇集 おもしろく読ませていただいています。 前にはなかった 繪がうかんできます。「絵本をつくるとしたら」と想像しています。  豊中市  安川美沙  大学同窓

☆ 拝啓
酷暑の夏がウソのような涼しい、というより寒さすら覚える日々となりました。
みのたびは、又、『選集』第九巻を賜わり、恐縮に耐えません。貧しき我が書架で圧倒的な存在感を誇っております。
ありがとうございました。  今西祐一郎  国文学研究資料館館長 九大名誉教授

☆ この度は
短編小説集をありがたく拝受致しました。ご好情に感謝致します。
多彩多様なそうぞうりょくと着想の堅実を改めてゆっくり楽しませて頂きます。
先週中国の江南地方を再遊して参りましたが、上海は言うまでもなく、無錫、蘇州、杭州、紹興も、高層マンション群にかつての景観が奪われてしまっておりました。巨大な人口の一極集中がウム惨状でした。
これからは国内旅行で心を静めたいと希っております。
何卒ご自愛下さい。 拝具  流山市  小林保治  早大名誉教授

☆ 祝
選集第九巻刊行  浦和市  出田興生  元平凡社編集者

* 御喜捨くださり有難う存じます。静岡の鳥井きよみさんからも。感謝。
2015 10/29 167

* 安川さんの呉れたラヴェルのピアノコンチェルトのNo1と2とをすぐに機械に取り込んで聴いた。しっかり聴いた。佳いと思いまた繰り返し聴きたいと 思った。わたしより一年下の安川さんは、いまはどうか知らないが、ピアノを教えていたような人であり、画家としてもグループ展に連年作を出しつづけている 人である。まさしく美学藝術学の専攻生であった。わたしの入学した年に四年生だったかに、京観世のシテとして活躍した片山慶次郎さん(五世井上八千代の叔 父さん)があり、一つ下ぐらいに華道池坊の家元がいた。上村松篁さんの息子もいた。小説家になったのはわたし一人だった。わたしに、書きたい書きたいでは あかんよ、書かないとと強烈に尻を叩いた同期に、造園家重森三玲の息子がいた。さきに死んでしまった。彼の曰く、書いていればこそ、ある日突然にたとえば 「新潮」から見せろといわれて見せることができる。書きたい書きたいで書かないのでは寝言に同じと。まさしくその通りだった。わたしは書いて書いて私家版 にして、そのあげく「新潮」編集長からある日突然に電話や手紙で呼び出しが来たのだった。「黒い画集」で花の咲いた女優原知佐子は、わたしを美学藝術学に 誘い込んでおいて入学半年か一年で日活へ出ていってしまったが、太宰賞の授賞式には大きな花束で祝って呉れた。一年後輩、安川さんらと同期の妻も大喜び だった。
2015 10/29 167

* 文藝賞佳作で出、三島由紀夫賞も獲てポストモダン文学の旗手といわれた久間十義さんの新著「デス・エンジェル」(新潮社)が贈られてきた。医療ものらし く、建日子の作と通う範囲でもあり、作風は当然にもよほど違っているが、久間さんの仕事には昔からわたしは関心を持っている。緻密に追究されて行き、「現 代」批評の視線はいつも深い。ペンの委員会で出逢ったなかで最も貴重な心親しい一人と目してきた。新刊を待っていた。
湖の本新刊の送り出しまでに楽しんで読みたい。

* お茶の水大の谷口幸代さん、妻の従弟の濱敏夫さん、京都市中央図書館、天理大図書館から受領の挨拶があり、中野区の安井恭一さん、八千代市の渡辺実さんから、ご喜捨があった。感謝。
豊中の安川美沙さんからは、ラヴェルのピアノ曲を追いかけ、別便のチョコレートを頂戴した。

* 二十余年も御一緒に京都美術文化賞選者をつとめた三浦景生さんが百歳にもまぢかに亡くなられた、その中陰過ぎてのご挨拶が娘さんからあった。「天に召されて」とあった。佳い出逢いであった。先に亡くなった清水九兵衛さんも懐かしい。橋田二朗先生も懐かしい。
2015 10/30 167

☆ 十六の
少年の写真はなぜか表示されません。
ネットには繋がるよう直してもらいましたが、パソコンがまだ不調なのかも。
選集にも用いられた『修羅』の箱のお写真だろうと、緑の画面を眺めて神無月を見送ります。
「十六」(再読の感想、ここには記せません)の少年から川端の『少年』へ、更には十五年ほど前の私の「少年」論へと、(歌集『少年』もありますが)今は連想が流れていきます。
「中年クライシス風にカジを取りつつある今、有り難い論考」と、お手紙を下さった論です。
川端は「五十歳は私の生涯の峠」と全集「あとがき」に記し、昔の草稿や日記を読み返しながら、忘却されていたものが「記憶」なのか今「再現」されているの か、或いは新たに生じていることなのか解らぬほど生き生きと思い出される感覚を描きましたが、「寂しくても」を執筆なさっていた当時以上に、「生きたかり しに」を書き上げ、選集編纂をなさっている今の秦さんは、真摯に「自分」と向き合っていらっしゃるのだと感じています。
「偉大な創造的な仕事は、中年における重い病的体験を克服しようとして、自分の内界の探索を行った後に展開される」。
私自身も、そうした峠に、<中年クライシス>にさしかかっているのを自覚しています。今の仕事の先、何に向かって踏み出していくかに真価が問われるであろうと思っています。  深澤晴美

*  文学研究、ことに近代現代の文学「研究」という立場で生きるのは容易でなかろうと想う。たいがいは片々とした作品論をしかもしばしば「試論」という躊躇 つきで書き重ねて、いくら積んでもそこに自立する「世界」が成り立たない。純然とした確乎たる新しい「文学論」も生まれず、鳴り響くような鮮度と共に興味 津々の発見発明に富んだ「作家論」も生まれない。九割りがたの研究者が後塵を嘗め嘗め知名度の作家や作品にばかりしがみついて、重箱の隅を爪楊枝でつつい ている。
大発明も大発見もない研究というのは窮屈な袋をかぶって安心しているようなものでしかない。
大学にはいるとき、歴史ならとは思ったが、国文学とは志向しなかった。美学藝術学へとびこんだのを後悔していない。調べたり論じたりよりもわたしは「創り」たかったから。

☆ 謹啓
朝夕は肌寒さを覚えるこの頃ですがお変りなく 先生にはお過しのことと拝察申し上げます。
先には御高著を賜り乍ら御礼が遅延し、誠に申し訳なく存じております。お詫び申し上げます。
「秦 恒平選集 第九巻」所収のお作のなかで「無明」を何回も読みかえしておりました。どの一篇も読む楽しさん゛ありました。時には怖いお話もありましたし、散文詩を読んでいるような気分になった掌篇もございました。
巻末で、掌篇創作の舞台裏もお書きになっていて、「小一時間で事足りた」事を知り、驚いています。こうした掌篇のみの、いつでも携帯できる文庫本が欲しいと思いました。「後期高齢の『掌篇』」も是非拝読させていただきたいと希望しております。
「竹取翁なごりの茶会記」も興味深く新しい「竹取翁」の物語と思いました。茶道についての知識はありませんが、創られる世界の醍醐味のようなことを覚えております。
お陰様でで いつも楽しい時間を過ごさせていただける御本に感謝致しております。
ありがとうございました。
これからは季節も寒くなってまいりますので どうかご自愛をと祈念申し上げております。
御礼まで  敬具   馬渡憲三郎  前藝術至上主義文藝学会会長

☆ 選集9を
お送り下さいましてありがとうございます。
「生きたかりしに」を読み終えて「よかった」と思い、ホッとして「罪はわが前に」を読んでいます、
「湖の本」を読むのが日課になりました。
「沖縄はこれからたいへんな時期を迎える」とおっしゃっていた井伊文子先生のお言葉が頭から離れない、今日この頃です。  沖縄豊見城   名嘉みゆき

* 過分にご支援、有難う存じます。

☆ 朝晩
結構冷えてまいりました お変わりありませんか
秦 恒平選集第九巻 ありがとうございました
精力的な早いペースに アタマが下がります
この間 岐阜の板取川の川床席で子持ち鮎コースをいただいてきました。
その中で頭まで食べられる甘露煮がおいしかったので 贈らせていただきます。ただ、十一月の発送らしく いつ届くか分かりませんが 首を長くして待ってて下さいネ すもません。
とりあえず お礼まで   各務原市鵜沼  石井真知子  読者

* 福島県立図書館から第九巻受領の挨拶があった。花巻の照井良彦さんからもご支援があった。
2015 10/31 167

* 国立能楽堂に入ったとき、少年友枝大風の能「経正」の中途だった。姿はよかった。いいシテに成るだろう。
野村萬の狂言「磁石」、喜劇として笑えるものではないが、萬の狂言顔が見られるだけで、ケッコウであった。彼ひとりの姿態だけで狂言になっている。
視野のいい席をもらえていた。
能「砧」の昭世は、前シテをまこと稀有にあたりまえの女に演じてドキドキさせ、後シテは怨みの女を徹して演じながら一転、法に救われて立ち直り、端倪すべからざる痛烈な幽霊を見せた。さすが。
馬場あき子と掌を握りあって、互いに「懐かしい」おもいを 分かちあいつつ、労られ労られ別れてきた。なんだかもう私が死人のように見えていたようで あった。昔を知った人がいなくなるばかりで。懐かしい、と。たしかに、そう。思い出せる限りの顔、顔が、能楽堂にいない。「ああ、来てくれてたのねえ」と いう馬場あき子の寂しさがわかった。
「鵺」は失礼してきた。能楽堂の外へ出ると、もう、一歩一歩をゆっくりゆっくり踏みしめて歩くしかなかった。思えば、朝、トーストの僅かなカケラを口に しただけでも夕方五時過ぎまで何一つ食べてなかった。空腹感は覚えたが食欲はまったく無く、咳き込まないよう飴を一粒と水を一口。それだけて帰ってきた。

* 卵の出汁巻きを少し食べ、特醸の三千盛を二三杯あおって機械の前へきたもののそのまま寝入っていた。
2015 11/1 168

* 梅原猛さんから、「秦 恒平選集」受領の挨拶☆ 秦 恒平選集第九巻
お送りいただきありがとうございます。「最上徳内=北の時代」(第八巻)ようやく読み了えたところでした。おもしろそうだと言っている娘婿が持ち出しています。
第九巻はまた゜拾い読みですが、「竹取翁なごりの茶会記」は、古典のこういう再生の仕方みあるのだと感心して読みました。
『夕顔』も T博士(角田文衛氏)など現代の人や地名と古典の世界が交叉して興味深い作品でした。
私の病状がひどくならないうちに、最上徳内に出てい喫茶店(おそらく現実でしょう)に行って見たい気がします。  北所沢  島津忠夫  阪大名誉教授

☆ 拝啓
第九巻の掌篇 短篇小説世界をいただきました。お礼のお葉書が遅くなって申し訳ありません。
リール式の録音機で最初に口述された「蛇」、妙に心に残ります。
秦さんは小説を軽々と量産できる産出力というか器に恵まれた方だとかねがね羨ましく思っておりましたが、このような修練がベースにやはりおありになったのですね。
他の掌篇もたとえば「無明」の「鬼」などすばらしい余韻でいい音楽を聴いた後のようにうっとりとなりました。
書かれた物語と作者・私との「臍の緒」の言及、深く頷きながら、例によって自分自身の在り方の反省に最後は戻ってゆきます。
ありがとうございました。 敬具   杉並区  久間十義  三島由紀夫文学賞作家

* 島津さんのような古典研究の大家、久間さんのような現代文学の俊英から、このようなお便りを戴く嬉しさは格別である。

* 秦 恒平先生
奥 様
この度は見事な御著「秦 恒平選集」第九巻をお送りいただき、大変に驚き、恐縮し、観劇いたしました。(中略) 病状の厳しい中でも著作をお進めになられていらっしゃいます先生 と、お支えになり毎回「湖の本」を配本して下さっています奥様に感謝し、ご夫妻のご活動をこれからもお祈り申し上げます。   相模原市  下山壽子   読者

* 高松市の星合美弥子さんから、ご支援を戴いた。
2015 11/2 168

☆ 先生、
貴重な『選集第9巻』を拝受しながら御礼が遅れてしまい申し訳ありません。
毎回気に掛けて頂いて誠に有難く、いつも読み終えてから御礼をと思うのですが、日々雑用に追いまくられて宿題が積もったままになっております。ぱらぱらと拾い読みしただけでは失礼で、まだ何の感想も述べられずにいます。
ただ、先生ご夫妻のたゆまぬご努力とご苦労を目に浮かべて、私も負けてはいられないという思いがつのるだけです。
生ある限りご奮闘されておられる先生ご夫妻の姿を思い浮かべ、「お前はなにをしてるんや」と、と励まさています。
御身御大切にしてください。  星野画廊主人
2015 11/3 168

☆ 拝復
秋も深まって来ました。
いつも秦 恒平選集ありがとうございます。津浪で本を失った我が書斎で、最も立派な本として大事に読ませて戴いています。
お時間のあるときは、岩手の方にも遊びにいらして下さい。先日は、賢治の碑のそばで熊に会いました。
先生のますますのご活躍祈り上げます。  岩手下閉伊  渡部芳紀  宮澤賢治研究家
2015 11/6 168

☆ 御高著
第八巻に引続き、第九巻掌篇、短篇集をお恵み下さり忝く存じます。老来ますます遅読になり(一点一画にも油断のならない御文章のせいもあり)御礼がおそくなりました。
特に掌篇小説、こういうお仕事があったとは知らずにいましたので、息をのむように拝読しました。
ところで最近必要あって辻邦生「西行花伝」をよみましたが 尊敬する学匠文人ながら 御作と比べても これが谷崎賞かとやや失望しました。
本日は拝受の御礼のみです。  八王子  東郷克美  早大名誉教授 近代文学

* 「西行花伝」に関しては、わたしも同感で、敬愛していた辻さんの谷崎賞ほどの仕事としては、いっそ「背教者ユリアヌス」をわたしなら推したい。(「春の戴冠」は戴いているのに、まだ、読んでいない。)

* やまなし文学賞実行委員会から「研究・評論部門」の推薦依頼が来ている。
2015 11/6 168

* 大学の後輩で新聞記者を三十年務めた人が、退職転進して会社の取締役へ。折角、ガンバッて下さい。

*小松市の矢代啓子さん、品川の本間久雄さんから、「選集」へご支援戴いた。
2015 11/6 168

* 野呂芳信さんから「選集⑨」への丁寧な礼状が来ていた。この若い野呂さんとは面識がない、が、「慈子」や「冬祭り」に有り難い書評を戴くなど、プライ ベートな畏友として長くお付き合いした神学者、立教大の野呂名誉教授の御子息であるのかも知れない、確かめていないが。「参与」に名を連ねている藝術至上 主義文藝学会の会員名簿でみつけた。大学の先生である。                            2015 11/9 168

* 各務原の石井さん手配の「鮎や」の鮎が届いた。一尾のなにもかもが柔らかに美味しく戴けるという。この二十日ほどで、四升の佳い日本酒を飲み干したばかり、この鮎はとっておきのワインでご馳走になろう、湖の本がみなお手元に届く頃に、楽しみに。
2015 11/10 168

☆ この度は
ご観劇(心中天網島)頂きまして、ご感想も有り難く、演出の篠本さんも大変感謝していらっしゃいました。
また、先日は重厚な装丁の御本をお贈り頂きまして有難うございます。非売本とか…。貴重な御本を有難うございます。
扉絵はお母様でいらっしゃいますか。優しいお人柄を思わせて下さいます。それでいて慎ましやかな情熱を感じます。これからじっくりと秦恒平先生の世界に浸りたいと思っております。そして、音読に挑戦、先ずは夫に聞いて貰おうかな~と思います。
奥様に呉々も宜しくお伝え下さいませ。
実は…本番中、奥様が私を御覧になって、秦先生の左腕をつついたのが見受けられました。私は御夫妻が微笑ましく、そしてお二人と会話出来たような幸せな気持ちで舞台を勤める事が出来ました。
「お二人でようこそ来て下さいました。有難うございます。じっくり御覧になって下さいね~」って心の中で感謝しながら。 早野ゆかり拝

* 早野ゆかり様
あの挿絵を描いたのは、私をつついた、同じくやがて八十の老妻です。私がいねむりしてはいけないとつついた、早とちりの女房です。私、いねむりなどしてませんでしたよ。
「秦 恒平・湖(うみ)の本」127 『有楽帖 舞台・映画・ドラマ』 今日送り出しました。一両日で届くでしょう。
二十*日は俳優座公演へ。
眼の調子、いいといいがと願っています。もう数十年の例で、家内といっしょに参ります。前回は体調悪くて行けませんでした。
お元気で。  秦 恒平

* 切ない、佳い小春だった。篠本さんの構成と演出がとても面白かった。あの手をうまく展開できれば、わたしの掌篇小説を たてつづけに十ほど、上手な朗読とパントマイムとで幻影の舞台が生まれるのではと思ったりした。
2015 11/10 168

☆ 湖の本
届きました。有り難うございます。
この気力に、改めて感心しています。
私は目下、空いた時間は、人生八十年の歴史たる山積の写真の取捨選択に費やしています。
単純で肩も凝りますが、懐かしい写真に出会える楽しみもありです。
益々お元気で!  泉  同窓

* 湖の本創刊を推し出していただいた恩人、元朝日新聞社の伊藤壮さんから、お電話いただいた。よもやま、お話しできた。伊藤さんはわたしより五つ年上だが、お声は若く、出歩いても居られて羨ましい。
あれはたしか有楽町の広い朝日ホールで、「色」をめぐる講演会がありわたしも一役振られていた。まずまず話せた。丁度その時に、「湖の本」創刊の「清経 入水」がいま出来るというので、ちょっと伊藤さんに洩らしたら、即座に満員の会衆へむけて紹介して下さり、翌日には朝日の記者がインタビューしてくれた。 ついで大きな新聞がぞくぞく紹介してくれたので読者は予想を超えてふえ、急いで二度も増刷した。あれから、はや三十年。わたしの愛読者は年輩の方が多く、 大勢の愛読者が亡くなって行かれた。
いつしかに読者に買っても戴きながら、それ以上に全国の大学、高校、図書館や研究施設へ、また各界知名の方々へ、文学活動として「寄贈」を大事に考え、 出費を厭わず実行し続けてきた。いまや、本づくり自体はまったくの赤字発行であるが、「湖の本」の知名度は、私の願ってきた以上にひろがってくれている。 わたしたちは、まるまる贅沢には暮らしてこなかった。自動車ももたない、広い家ももてない海外旅行はもとより国内の旅行もほとんどしないし飛行機にも乗ら ない。コツコツ稼いだ全部を本気で「文学」のために使い果たし、死ぬ気でいる。他に、なにを遺す必要もない。
それにしても、三十年、ご支援し続けて下さっている身内も同然の読者が、いまも(人数は愕然とするほど減っているけれど)いて下さるのは、何よりも心嬉しい。

* 十三日の金曜を気にしたことはない。多くの高校へ、あす、送り出せば、創刊以来二十九年半の「湖の本」第百二十七巻発送作業は一段落。年内には「秦 恒平選集」めでたく一区切りの「第十巻」を送りだして、暮れの二十一日には満八十の傘壽が迎えられる。いまどき八十は若い若いと言われそうなほどもっと高 齢の先達先輩が多い。年寄りがることはないのだ。
2015 11/12 168

☆ ご本ありがとう。
秦 兄 その後体調はいかがですか。「湖の本」vol.127を拝受しました。いつも気にかけて頂きほんとうに有り難うございます。
当方も変わりなく、と云いたいところですが、10/15に早大のクラス会で上京のおり鯨飲して転倒し、右手首骨折、腰部打撲で全治二か月の重傷を負い目 下治療中の体たらくです。右手はギプスで固定されている上に腰を痛めたので寝起きもままならず、リクライニング椅子での生活が続きましたが四・五日前から ようやくフトンで寝ることができるようになりました。
どこで転倒したかは勿論10/16早朝自宅で酔いが覚めるまでの記憶がまったくないほどの泥酔でした。
15日の午後6時すぎ、会の世話役から女房あてに「森下が怪我をしたので取りあえず今夜は東京に泊まれと言ったが本人は一人で帰れると言い張るので、い ま東京駅から新幹線に乗せたから帰宅したら電話がほしい」と電話が入っており、午後10時前に女房が帰宅した旨、電話を入れた由。
焼酎をストレートで7合ほど飲んでいるのでふらついてはいたが、喋り口もしっかりしていたので、本人の言う通りに帰したと云うことですが、当のご本人は 新幹線に乗せられたことも京都駅に着いたことも全く記憶になく、気が付けば自宅で寝ていたのですが、4時間足らずで帰宅しているところをみれば新大阪まで 行かず京都駅で降りて地下鉄かタクシーで自宅にたどり着いたのは間違いなさそうです。
とんだハプニングのためご本のお礼代わりの「戦後日本流行歌史」第3集のCDはしばらく作成できませんが、ギプスが取れたら直に送らせていただきます。
年甲斐もなくお恥ずかしいメールで恐縮ですが、酒の上の不始末と聞いた医者が肝臓を心配してくれるので、30年以上していなかった成人病検査をこの際全 部受けました。一昨日結果を聞きに行ったら、医者が、どの臓器の検査結果も平均値の範囲内だと驚いていました。肝機能はAST(GOT) 20 ALT(GPT) 13 コリンエステラーゼ262 LD(LDH) 195 CK(CPK) 72 総タンパク7.0 etcとか。
しかし、いくら数値を自慢しても骨折や打撲をしているようでは洒落にもなりませんよね。「憲法を守って国を滅ぼすのか」という戯けた政治家と同一視され るのも片腹痛しですが。何はともあれ、闘病術にかけてはベテランの域、あとは「日にち薬」と、しばらくは女房の厄介になるつもりです。
有り難うございました。  京・岩倉  辰  中学高校の同窓

* よく無事に帰れたもの。クワバラ。早く良くなりますように。

☆ 選集
お心づかい ありがとうございました。
書きつづけられますこと 切にお願いいたします。
晴れわたる空 MRJ 初飛行の日に。  栗林 糸川剛司

*  全既刊分に相当の喜捨を戴いた。湖の本へも過分のご支援を早くから、いつも頂いている。感謝に堪えない。

* 「人生八十年の歴史たる山積の写真の取捨選択に費やしています。単純で肩も凝りますが、懐かしい写真 に出会える楽しみも」と、昨日、旧友のメールがあった。わたしも選集の口絵に毎度悩まされている。なかなかうまい工合に写真が見つからない、どころか、ど こをどう探せば見つかるのかが分からず、やたらに時間をとられている。今日も一枚の写真を捜して捜して重いアルバムの数十册をひっくり返し続け、やっと一 枚二枚を探し当てた。アトで見つけて、これを使いたかったと舌打ちしたりし続ける。
2015 11/13 168

* 身辺整理となると、わたしの場合、順序を無視して、①多方面の蔵書、②骨董・美術、③書簡、④写真、⑤私の自著・共著および初出書・紙・誌、⑥ホームページ、⑦用紙原稿、⑧電子化原稿・資料、⑨親族・家族資料、⑩私日記・創作ノート等の年譜資料 ⑪画集その他史料などとなろうか。
気が遠くなる。
自著だけで、湖の本130巻を除いても100種余に及んで、各複数現在保存している。これはもう、久しい、親しい愛読者で、欠けている本のある方には、署名もし喜んで差し上げることも考慮したい、ただし数の切れているものも少なくなっているのもあるが。
また蔵書の多くは、研究書も小説、随筆の類も頂戴本で、著者の献辞署名入りが多く、貴重なものも多い。よほど愛蔵して下さる方でないと、粗忽には扱えない。
息子の建日子が、学匠文人とあだ名されている父とは行方のちがう作者で、文学・古典・歴史・美術等にかかわる事典や辞書や高度の研究書や史料を遺して やっても荷厄介にされるだけ。これは情けない。熱心な若い学徒で、欲しい本が買えないという方がもしご希望なら、差し上げていいとも思っている。そのため にもリストを公表できるようにしたいのだが、これまた大変な作業になってしまう。参る。
2015 11/14 168

☆ 秦先生 湖の本127 拝受
“栞”にメッセージまで頂戴し、お心遣いに恐縮です。ありがとうございます。サイトの「日記」にも僕のご挨拶の葉書のことをお書きくださり、感謝して拝読していました。
(転職、今後も=)頑張ります。
「127」は僕にとって驚きと発見が多い巻でした。
1998年の段階で道頓堀も心斎橋も御堂筋もはじめて、お歩きになったのですね。
京都で生まれ育ち、東京で社会人生活を送られた方は、やはりそうなのかも。考えてみれば、敢えて京都から大阪に足を運ぶ必要なんてあまりないですもんね。大阪から上洛する理由はたくさんありますけど…。
はじめて「細雪」を通読されたのが「子どもの頃」というのも感じ入りました。僕は20代の後半になったときでした。そのときに、僕がそれまでに読んだ日 本の小説の中での一番になったのですが、もし10代のときに読んでいたら、最後まで読み通せていたかどうかも自信がありません。やはり小説家になる方とい うのは違うと納得しました。
それから、広末涼子についての「好きになれないのに気になる女優」という表現。
僕k持っていた、女に対してなんとなく抱いていた印象を言葉にすれば、まさにそうだ! と膝を打ちました。僕は漠然と彼女から“ズルさ”のようなものを感じていただけでした。
それからそれから…と書けばきりがないのでこれくらいにします。
パリの連続テロは今後の国際社会への影響は大きく、日本も無関係ではいられな空気のなか、世界情勢の岐路である現在をさらに痛切に感じます。
「IS」を生んだ背景について西側諸国の責任を強調する日本の「知識人」が、「IS」が「十字軍とその関連国」と「良いイスラム」との二項対立を鮮明に して、自分の側への支持のうねりを作りだそうとしている…と警告しながら、「IS」などの過激派と一般のムスリムとの境界がほとんど「ない」ような印象を 与える発言をして危機感を煽ることに、とても違和感を覚えています。
「保守」が「安倍一強」で歪な状況になっているうえ、「革新」も「55年体制」のなかで当事の冷戦構造と相似形で対立したときの「公式」そのままに思考停止して発言する情況…。
もしかしたら戦後の日本は、何も自分でものを考えていなかったのかも…と暗澹とした心持ちになります。
拙い素人の私見をいっきに書いてしまいました。すみません。
いずれにせよ、これまでの“枠組み”とは違った思考・行動をとりたくて、かなり前から準備していたうえでの今回の(新聞社からの転職=)選択です。
まぁ大したことをやるつもりもないのですが、後悔のないようにしようと考えております。
お体何卒ご大切に。
新聞社は離れましたが、今後とも何卒よろしくお願いいたします。  大阪  俊拝  同窓
2015 11/15 168

☆ 「湖の本」127
お送りいただきありがとうございます。いま入院中にて娘が病院に持って来てくれて 楽しく一気に読みました。実にいろいろなものを観ておられるのに感心しました。
私も まだ若いころ、長野嘗一氏が「学者評判記」ということで訪ねて来られ 「能、狂言、歌舞伎、文楽、新派、新劇から宝塚まで好きだ」と言ったら、宝塚だけ強調し、アトは捨象されて閉口したことを思いだしています。
能は 昔に野口兼資、桜間弓川ほか名人の能を観てしまったことと、少し謡、仕舞を習っていたこともあって批評に手を出せないでいますが、歌舞伎は観るた びに感想をノートに書き記していて 「戦後の関西歌舞伎」を書いたこともありました。三津五郎の襲名披露は(大阪=)松竹座で観て、「喜撰」ばかりでなく  空念仏を踊りぬいたことに感心しました。「喜撰」は何といっても七代目が逸品でした。「猩々」は、八代目、もちろん簑助時代ですか、あくの強い踊りなが ら それなりに感心したのを思い出しています。  所沢市  島津忠夫  大阪大学名誉教授

* いかにも、入院の日々の中で思い出を愉しんでおられるのがわかり、嬉しくなる。期線由美河本ねるてにてめるきて

☆ 『湖の本127 有楽帖」を
拝受致しました。 <文化の現在>の 種々相を追体験できる楽しさはもちろんですか、建日子さんへのにじみでる親の情やら、澤口靖子びいきやら、世にときめく人への苛立ちやら、はたまた<藝> への親炙やら、秦さんという方の根っこがのぞけるようで、楽しんで拝読しています。そして秦文学の懐の深さ広さを実感もしています。ありがとうございまし た。
寒さに向かいます。
どうぞ御身 呉々もお大切になさって下さい。  天野敬子  元「群像」編集長

☆ 冬至の日
金澤萬の会で 初世萬の「栗焼」を見てきました。雨の中 ホッコリした気分でバス停まで歩きました。
万蔵時代の名著『狂言伝承の技むと心』を持参しましたら、サインに添えて 「狂言はたゞ大竹の如くにて直ぐに清くて節少なかれ」という歌をいただきました。
久々の動きでした。
お大切に。  井口哲郎  元石川近代文学館館長

* うてば、ひびく 嬉しさ。

* こういう本になって送り出せる記事が、前世紀末このかた、わたしのホームページ中の「作家・秦 恒平の文学と生活 闇に言い置く 私語の刻」に満載されていて、総量は原稿用紙にして十万枚を越しているかも知れない。そこから、主題をえらんで何冊も、 十何册も、「湖の本」として送り出してきた。「湖の本」という「器」があればこそ、そして有り難い佳い読者に恵まれていればこそ、そういうことは、可能な のであった。手書きの日記や記録では、こういう持ち出し方は容易でない、ま、出来ない。
だが、ことば通りのもの凄い大量の日記・日録からすぐさまこういう本は創れない。信じがたいほどの厚意と実意と愛情とで、厖大な日録の全部を三十余種も に部類を立てて分類して下さった読者があったればこそ、今度のこういう本が、手慣れた編集者作家の手に掛かれば簡単に組み立てられる。部類や分類がもし無 ければ、とてもとても成し得ることでない。感謝に堪え無いどころではないのである。
その気になれば、今回の『有楽帖』など同じ「舞台・映画・ドラマ」の内容で、相次いで四冊も五冊も編める。文学の話題となればもっともっと創れる。読書 も批評も、音楽も美術も、旅も、詩歌や古典も、際限なくしかも気の入ったものが創れる。有り難い、有り難い、ことである。部類・分類も然り、それと同じく 作家・秦 恒平に「湖の本」という「器」があって、三十年、百三十巻もの実績がこうした文学・出版の活動を可能にして来ている。

☆ 秦様
「湖の本」127 今朝がた届きました。折からの小春日和。背中に暖かい日を浴びて夢中で読みました。まさに「有楽」のひとときです。
特に観能の箇所は興味深く、またポストイットを付けました。何度も読み返したいと思います。
ちょうど私が謡や仕舞のお稽古を初めました頃の平成10年からです。
観たたことのある能、お稽古をしたことのある曲などと。
読み返しながら、演者は違ってももう一度味わえたような気がしています。
ありがとうございます。
能を観ますのも、お稽古をしますのにも想像力が働かなく道は遠いですが楽しみです。
最近は歌舞伎も新劇もその分はと観能の方へ時間を割いていますので、歌舞伎やお芝居をご覧になった感想など、日ごとホームページの「私語の刻」を楽しみにしています。
気温が不安定で、風邪も流行りだしているようですので、迪子様ともにお身体にご留意くださいまして、良い12月をお迎えくださいますように。  練馬  持田晴美  妻の同窓
2015 11/16 168

* 國學院大、東海学園大、中京大、お茶の水女子大、多摩美大、山梨県立文学館等から、また、元東大法学部長福田歓一夫人、もと「新潮」編集長、もと「世界」編集部の高本邦彦さん、俳人清沢冽太さん、歌人堀江玲子さんらの懇切な来信があった。
疲れが出て書写の視力無く、失礼する。視野が水に浮かんだように濡れて揺らめいている。機械からのギラギラをシャットアウトできれば眼疲れが減るだろう か。裸眼での校正だと、機械疲れより明るく運んでいるのだが、創作の仕事はみな機械ですすめざるを得ない。瞑目して視力を休ませていると、つい寝入ってし まう。

☆ 深まる秋
昨日、湖の本が届きました。
映画やテレビドラマは地方でも同じように享受できる環境がありますが、歌舞伎や能、コンサートや劇団の芝居となると、さすが東京と、嘆息交じりに大いに羨ましい。
(国内でも海外へも=)旅行しないのだから、この楽しみ当然だよと鴉に言われれば、その通り・・と。
楽しみ、そして感想批評を欠かさず記していった、その成果。
伝統の最たる能や歌舞伎について、再びまとまったものを書いてほしいというのは勝手な思いでありますが、ただ楽しむのも貴重な純粋な鑑賞方法であり、中世や近世を述べたものの中で既に既に書くべきは書いた、と思われるでしょうか。
それに、中心にある「小説(=の創作)が最優先ですもの!
秋の薔薇がひっそりと咲いて、今年沢山の蕾をつけた椿が早や見事に咲き始めました。
近くの坂道のイタヤ楓の燃える赤、そこから東には猿投の山々が、少し高い処からは西には遠く伊吹山に連なる岐阜の山々が見られます。
来週早々、娘と孫二人が(海外から=)帰ってきて正月まで滞在の予定です。
今から大変、てんやわんやになると覚悟はしているのですが、どうなるでしょう。
パリのテロの事態を憂慮。
同時にシリアでは、あるいは中近東の国々では何年も何年もの悲惨な緊張状態が続いてきたということを見落としてはいけないと思います。
用事ができてしまいました。改めて書きます。
どうぞ、くれぐれもお身体大切に。
CT検査の時、造影剤を入れた瞬間に体中が熱くなったのを思い出します。CT検査の結果が良いことを願っています。   尾張の鳶

* 読みでもあり、実も情も言葉も優しいこういうメールには、疲れを癒されて嬉しい。心豊かに詩も繪もかき文章も書きながら、青空に羽をうたせるピーヒョロロの鳶でありつづけますように。

* たしかに造影剤が入ってくると胸がかあっと熱くなった。「恋をしなくても胸の熱くなることがあるんだね」と検査技師のお嬢さんに感想を述べて笑われた。
2015 11/17 168

☆ みづうみ、お元気ですか。
湖の本がポストに無事届きました。
「有楽帖」という題名と「遊びながら」という序に、楽しんで読む内容を想像すると良い意味で裏切られる一冊でしょう。みづうみの「佳い悪い、面白い面白くない、好き嫌い」がこれほどよく見えてくるご本はなかなかありません。作家の美意識を知る上でも重要なものです。
以前から、みづうみの観劇、映画評は、秦恒平の藝術論であり優れた文藝の仕事であると考えていましたので、今回の配本(続編創ってください!)を心から喜んでいます。
と、ここまで書きつつ、実はみづうみの「有楽帖」を支えていた安全で自由な観劇が、これからの世界で成立するかどうか、それが危機にさらされていること を痛感しています。歌舞伎だろうとミュージカルだろうと映画だろうと、集中して安心して鑑賞できるような「平和」は終わりつつある……かもしれないのです。
十三日に起きたフランスパリの同時多発テロは、世界に起きている現実に無関心だった多くの人間にも、衝撃を与えました。歴史の転換点にあることを世界に知らしめた事件であったと思います。
その前にもテロはたくさんあり、予兆はいくつもありました。つい先日のトルコの爆弾テロでも百人以上の犠牲者がでていましたし、シリアではもっとひどい惨劇が毎日繰り返されているというのに、世界は無策でした。パリで起きたテロだから騒がれている側面は否めません。
今回のテロは、パリ市民なら誰でも行くごくふつうの場所で、カラシニコフが乱射されたという、警官などでは歯が立たない、軍隊出動の市街戦に他ならなかったのです。
これは第二次大戦がそうであったように、大衆の自覚のない中でいつの間にか第三次世界大戦が始まっているのが「現実」ということではないでしょうか。後の歴史家は9・11のテロが第三次世界大戦の事実上の始まりだったと書くような気がします。
小田実さんが、戦争はある日突然始まったわけではなく、ふつうの生活の延長で始まった、という意味のことを書いていらしたことを最近よく考えます。
みづうみの書いていらした「国民最大不幸」の迫っている現実に、今が戦時中である現実に、日本人はもっと危機感を抱くべきだと、歯がゆく思っている日々です。
今回の『有楽帖』77頁に「ラ・マンチャの男」についてこういう記述があります。
セルバンテスからすれば、当時の教会や司祭たちへの批評が強かったのだろう、が昨日今日の私たちからみれば、よくしたり顔に謂う「現実的な現実路線」に対 する侮蔑に満ちた否認がものを言ってくる。現実第一人間のしたり顔に生きて幅を利かしている「現実」ほど、真実を逸れた醜いものはないと言い切るラ・マン チャの男の態度に、底深くから共感できるのである。

 

 

これを今の世界に当てはめれば、戦争に巻き込まれることは、現実にはあり得ないという詭弁で安保法を推し進めた勢力ほど「真実から逸れた醜いものはない」ということになりましょう。日本は着実に、第三次世界大戦に歩を進めています。
東大話法を書いて話題になった安冨歩さんの『満洲暴走 隠された構造』を読むと、今世界で起きている「現実」と真実について視界が開かれる思いです。みづうみの読書記録に書かれていないので、多分お読みになっていないと思いますので少し引用させてください。

リデル=ハート(一八九五~一九七〇)というイギリスの軍略家がいました。「電撃戦」を発明した一人で、天才的な軍略家なのですが、彼は一九四五年、広島に原子爆弾が投下された後に、

「これで総力戦、古いタイプの戦争はもう終わりだ。これからまともな戦争は起きない。ゲリラとテロの時代になる」

と予言していました。なぜかといえば、核兵器を持っている相手に正面から戦争を仕掛けるバカはいないからです。戦争はすべて「隠蔽された戦争」になるはずだ、と予言しました。( リデル=ハート『戦略論』原書房 二〇一〇年)そして、現にそうなりました。

ですから「総力戦」の時代は一九一四年から四五年までの三〇年間と少し。それ以降、現代に至るまでは「核兵器を背景としたゲリラ・テロの時代」だと私は理解しています。P114

安冨先生は「基本的に正規軍はゲリラに負ける」と次のように書いています。

先進国のような組織化、正規化された集団は、戦争になると強いのです。
そして、攻撃を受けてある程度の被 害が出ますと、国家が崩壊することなく、秩序を維持したままで敗北できるのです。アジア太平洋戦争の日本がいい例です。日本軍は戦っている間は間抜けで愚 かで無謀で乱暴でしたが、負けるとなると、世界史上稀に見るほど立派になり、潔く武器を捨てました。戦後日本の復興は、まさにこの立派な敗北から始まった のです。これは日本国民の誇りとすべきことです。

ところが、ネットワーク的で分散的な社会は、攻撃力は弱いのですが、どんなに攻撃されて犠牲が出ても崩壊しないので、負けません。というより敗北できないのです。いつまでたっても戦い続けますから、そのうち正規軍が音を上げて撤退します。

その間、猛烈な悲劇が繰り返され、国土とインフラと人心が破壊され尽くされますが、何も解決しないのです。毛沢東やホーチミンのような強烈な指導者を中軸 とした組織が出現して秩序が回復することもありますが、アフガンやイラクのように、秩序そのものが決定的に崩壊してしまえば、戦争状態を解消することがで きなくなり、果てしない悲劇が続いてしまいます。戦争から混乱へと事態が変化して、収拾がつかなくなります。「イスラム国」のような魔物はこのような状況 の中で出現したのです。  P70

アメリカはベトナムで失敗し、アフガニスタンでもイラクでも泥沼になっていますが、戦争のかたちが変わった現実を理解しないで、第二次大戦のような古いかたちの「まともな戦争」をして失敗しているのです。これではどこまで続けてもモグラ叩きです。
日本が今までゲリラとテロの大きな被害をあまり受けずにすんできたのは、ひたすら中東紛争に「関わらない」できた結果でしょう。これは憲法九条のお蔭であり、それをうまく利用できた歴代政権の数少ない取り柄です。
「集団的自衛権」は、このゲリラと テロの新しい形の「隠蔽された戦争」に、これからは日本も喜んで参戦するぞという宣戦布告でしょう。関わらないという以外に、この新しい形の戦争の悪循環 から逃れるすべはなかったのに、わざわざ売られてもいない喧嘩を買うのですから、これを愚かと言わずして何と表現すべきかわかりません。日本を守ることと 正反対の結果になるのは火を見るより明らかです。
いずれ日本の劇場も歌舞伎座もコン サートホールも東京ドームも新幹線も初詣もみんなテロの標的になるでしょう。「ラ・マンチャの男」のように妄想すれば、近いうちに日本でテロが起きるこ と、それも大規模であればあるほど改憲勢力は「ウェルカム」だということです。メディアを巧妙に操り、市民の怒りと悲しみをどんどん煽り日本を守るために 改憲やむなしという流れをつくるでしょう。
とくに 多くの識者が危険としている「緊急事態に内閣に大権」を持たせるという改憲勢力の目指す緊急事態条項は、国会より内閣が上にくるのですから、独裁政権の誕 生となります。これで戦争の可能な国が出来上がる。戦時中のような拷問も可能になる。日本は世界初の民主主義をわざわざ棄てる国家になります。テロの犠牲 すら悪用されかねない現実です。
九・一一の後に、アメリカは超監視 国家になり民主主義国家というのは名ばかりになってしまいましたし、今回のテロでヨーロッパでの極右の台頭は避けがたいでしょう。ゲリラとテロに怯え、強 権国家によって私民の自由が奪われていくといういつか来た道へ、歴史の流れが動き始めていると感じています。
このような私の「第三次世界大戦勃発」説は「現実路線」をいく人には、「妄想」に類する笑い話ですが、私はリデル=ハートの予言の正しさを、ただただ追認しているだけなのです。
今回の『有楽帖』が、願わくば、こういう観劇三昧の楽しみの許された平和な時代の産物と、読者がため息をつく時代の来ないことを祈るのみです。もしそうなることがあったとしたら、この本は、なおさら貴重な「文化」遺産となるでしょうけれど。

 

あの暗澹とした時代にも『細雪』という名作が育まれていたのですから、今の日本で、みづうみによって同じように不壊の値の世界が描かれつつあることも確信できます。かなうなら、誰よりも早く新作を読ませていただきたいものと、ひそかに願っているのです。
(中略)
お元気に、晴れやかにいらしてください。
雁 かりがねや手足つめたきままねむる 桂信子

* この中略箇所は、公開を控えよと有るのに従うが、論旨には肯いている。

*  ずうっと考えてきた、これからの戦争では桁違いな蛮勇と暴挙でしか核兵器、ましてや原爆や水爆は使いようがなく、トルストイの描いたあんな戦争は、「誰 がために鐘が鳴る」の頃から半ば過去の遺物、今日では究極テロリズムとの、有効な方法も戦法も容易に役立たない無辜の悲劇の積み重ねにしかならないだろう と。安倍晋三がいかに眼が見えていないか、嘆かわしいでは済まない国民の最大不孝をこの列島にも呼び込むだけだと。
おそらく、米英仏露そして中国も日本も、いかに口先一つ無内容な「テロはゆるさない」と叫びつつも、「手」は無いに等しい現実で、劇場もレストランも美 術館も、新幹線も飛行機も船も、冗談でなくたいへんに厄介な怖い場所にされてしまいつつある。パリの同時多発テロを聴いた瞬間、「雁」さんが言うように、 全く新種の世界戦争へ世界は首をつっこんだと感じた。
日本の近未来をほとんど恐怖の憂慮でわたしは九年前の安倍政権から予測していた、二度目の安倍政権が成った即日にわたしは「迫る国民の最大不幸」と大声で「私語」した。

* どうする。わたしは、書き続ける。小説だけではなく。
2015 11/17 168

* 明治学院大の粂川光樹名誉教授、「金八先生」の小山内美江子さん、近代文学研究家の永栄啓伸さん、黄綬褒章の東野美智子さ ん、愛知知多の久米則夫さん、千葉の勝田貞夫さん、桐生の住吉一江さん、狛江の野路秀樹さん、鎌倉の橋本美代子さん、横須賀の濱敏夫さん、徳島市の藤野千 江さん、さいたま市の松井由紀子さん茅ヶ崎の吉川幹男さんらから「湖の本127」へ深切な佳いご感想を戴いた。払い込みの通知も。また成蹊大、明治学院 大、立命館大、神奈川近代文学館からは受領の挨拶が来ていた。
有り難いいろんな文面をも引いておきたいのだが、疲れが深く、上にとどめる。
東大名誉教授の上野千鶴子さんから「おひとりさまの最期」を、三島賞作家の久間十義さんにも立派な新刊ミステリーを頂戴した。上野さんのは妻が踏み込んで愛読し始め、久間さんの作は今夜からわたしが愛読する。感謝。

☆ 秋も深まり
御当地の紅葉も見頃を迎えることでしょう。
いつもながら『湖の本』127を御恵送いただき深謝申し上げます。
文中に何度も、発送のことが書かれ、こんな楽しみの最中も作業をされているのだなあと、申し訳ない気持ちになりました。
能・狂言・歌舞伎・演劇・映画・テレビドラマと 原稿執筆中にも、奥様と一緒に楽しまれる御様子が偲ばれ、感じ入りました。
小生も玉・孝時代 結構歌舞伎座に通ったのですが、新しくなってから一度も足を運んでいません。
映画はジョン・ウエイン、ゲーリー・クーパーからピーター・セラーズの列記でチャーリー・シーンだけ分かりませんでした。それにしても凄いなあ、と感嘆するのみです。
御令息建日子様のテレビ・演劇活動への父親としての批判を内に秘めながら、ほめる時のお気持に愛情の深さを十二分に感じとりました。
向寒の砌、御自愛を節に祈り上げます。御礼まで。  徳  講談社役員
2015 11/18 168

☆ 「作品」の優れた批評家は
推理小説の優れた探偵に似ている。「生きたかりしに」名探偵秦さんに、読者は後追いしながら、探り当てた「母」の豊饒なキャラクターに圧倒されました。 方法として江藤淳「一族再会」を想起しましたが、そこにはこの「私小説」の「母」がいません。(「生きたかりしに」=)読んだことのない、忘れられない 「作品」と断じました。  藤沢市  永田澄雄

* 「作」と「作品」とはちがうもの、作品は作の品位を謂うというわたしの論に拠って下さりながらのお便りと、感謝申しあげる。

☆ 今
一番の課題は、来年の選挙で、どこまで野党ががんばれるか…ということです。
広島の東城でも2000万人署名始まっています。  庄原市  知  東横短大での学生

* 国文学研究資料館の今西館長のお手紙も戴いた。

☆ この秋は
イギリスに行ったのだから十分楽しんだと言えるのですが、京都には行く機会なく冬を迎えそうです。ひたすらテレビで京都の紅葉狩り? をしています。
険しい時代、確かに朧気な不安感があり、それがただ朧ろと言い切れない確かな予兆のように思える時も。
めげず、佳きことを、温かなものを見出していきたいと強く思います。それでもかなり憂鬱に押し込められます。
振り返ると20世紀も今世紀もそれ以前に比べて大量の悲劇を生み続けています。その中の一個人の在り方は小さな微かに光る粒に過ぎませんが、それぞれの人にとって、自分は大切な「世界の中心」なのです。
最近のHP「私語」で気に懸っている一つは、絵に関する記述です。
11月6日に『リヒターのように写真の限界と利点とを敢然悪用するほどに絵画に一革命をもたらしたのは賛成だけれど、写生の代わりに写真を利用するのは絵画の自滅だとわたしは考えている。』と書かれています。
実に厳しい。
写真や動画を利用するのではなく、絵画では、絵を描く人は、絵を描くという以上、自分でデッサンやスケッチをするというプロセスを抜きにしてはいけな い。それはもう当然のことなのですが、作業の中で写真を「参考」や「到達点、手本」としてしまっている状況は、やはりある・・多くある。
人は完全に抽象的な世界には生き続けられませんから、どうしても目に映るものを取り込むしかありません。写真をその手段として濫用していることを常に意識していかねば、困難な道を敢えて選
ばなければ、と思います。
もっとも写生は楽しいことの一つなのですよ。
本の事、その他、際限なく書きたく・・。
何はともあれ、元気に過ごされますように。
視力と仲良く折り合いつけて、風邪引かぬよう、怪我せぬよう。  尾張の鳶
2015 11/19 168

* 元俳優座のベテラン女優野村昭子さんからの電話で妻が延々と楽しそうに話し合っていた。野村さんは岩崎可根子と同期、優れた演出家の増見利清さんの夫 人、増見さんいらい久しい「湖の本」多大のご支援を頂いている。野村さんとは劇場で一度だけ出逢って話したことがある。妻も一緒だった。
2015 11/20 168

* たくさんな払い込み通知や国立近代文学館の受領あいさつのほかに、神奈川・二宮町の高城由美子さんから「湖の本」へ長文の鄭重なお手紙を頂戴した。い つもご主人と連名でお支払い頂いてきたが、うかがえばいろいろとご縁のある方で、医学書院の故金原一郎社長の名や京都のいろいろに触れられてあり、驚いた り喜んだりした。
それにしてもお便りを戴く方の多くが七十後半からすでに八十、九十になっておられ、長嘆息を禁じがたい。ま、まだまだ若い方なんだぞと自身を叱咤し激励している。

* それにしても思うこと、筋(事柄)を文字で追いかけるのが低俗の読み物、筋(事柄)を言葉で表現するのが文学。
2015 11/20 168

☆ ありがとうございます。
日頃のご無沙汰を心からお詫びいたします。
「選集第9巻」「湖の本127」 お送りいただきまして、ありがとうございました。
「掌篇」の世界に久々迷い込ませていただき、独特な味わいに浸りました。
お元気でいらっしゃいますか?
活動を続けていらっしゃることに頭の下がる思いです。紅葉の錦鮮やかながら、寒さに向かいますおり、お体に十分お気を付け下さいますよう。  川崎  慈

* 「紅葉の錦あざやか」とはこの「私語」冒頭の紅葉の写真へのご挨拶と思われる。そういう心遣いのこまやかなペンの人であった。

*  数十年の作家生活で「慈子」という本名の読者に二人出会った。一人ははやくに無縁になっていたが、お一人とはペンクラブで知り合って、久しい。ご縁は小 説「慈子」であったが、遠慮されて手紙やメールには「やす子」と書かれていた。それがこの方の本来の読み名であり、もう一人は「しげ子」さんだった。ま だ、「あつ子」と読む「慈子」さんとは、出会ったことがない。わたしが勝手に「慈」の一字を「こころあつし」と読んだのである。
2015 11/22 168

 

* 群馬佐波郡の都澤しづ子さん、幼稚園の園長さん、から今回湖の本127の「私語」に触れ、私たちのやがての傘寿を祝って下さるお手紙を戴き、添えて、 群馬県人なら「誰でも知っている」という「上毛かるた」を戴いた。「ツル舞う形の群馬県」の読み札からはじまるこのカルタは、60年以上も前、終戦後のこ どもたちに夢と希望をとねがう大人達の強い思いで、公募でカルタつくりが始まったという。GHQの検閲もあったという。
毎年この季節には練習が始まり一月にはカルタ取りの「県大会」があると。
「平和の使い新島襄」「心の灯台内村鑑三」といった読み札も混じり、こどもたちは自然と郷土の偉人や特色にめざめなずら視野を養って行くと。「老農船津伝 次平」となるとわたしらには知れないが、毎年秋には「船津伝次平賞」が農業関係者達で選ばれているとお手紙にある。国定忠治や萩原朔太郎は「選ばれません でした」とある、あえて選ばなかったということか。「上毛」という自覚の歴史的にはるかな意義は他府県人にはなじみが薄いだろうが、カルタは自然にその辺 への手引きもしていると想われる。
2015 11/23 168

☆ お元気ですか。
みづうみからメールをいただくのは久しぶりなのでとても嬉しく読みました。一番最近頂戴したメールを調べたらなんと二か月も前でした。
お疲れのごようすとても心配していますが、あんなにお仕事していらしたら当たり前です。五十代働き盛りの仕事量ではありませんか。何もしないで無為に過 ごすということがお出来にならない方ですのでしかたありませんが、眠たいときには思いきり眠ってもっとご休養なさってください。
わたくしは原因不明の腹痛が続いているので、胃カメラ飲まされたり、CT検査したり、今週は大腸内視鏡検査が待っています。ぎっくり腰までやりました。十月十一月と、もうみづうみのように通院に忙しく、まったく色気のない生活しています。でも心根は元気です。
以下、非公開でお願いいたします。 (中略)

以上非公開希望部分終了です。
楽しい話題かどうかわかりませんが、マスコミ関係で仕事をしていた友人が、今まで実際に会った女優の中で一番美しかったのは杉村春子さんと言っていたこと が、ちょっと意外でした。杉村春子さんは言うまでもなく大変な名優ですが、美人女優ではないでしょ。でも友人は色々な名前の美人女優ではなく断然実物の杉 村春子さんだと言うのです。
思い当たることは一つあります。杉 村春子さんの着物姿、着物を着てすっと立っている姿は見事でした。近所のおばさんという役柄の時、貴婦人役の時で着付けの仕方は全然違いますが、着姿の理 想のようでした。あんなに着物の似合う、着付けのうまい女優さんはいないでしょう。プロが着付けるときれいに仕上がりますが、着物雑誌を見てもわかるよう に画一的というか、誰でも同じになってしまうのですが、杉村さんはご自分の長所を生かしきる着付けでした。美人の役柄の時の着物姿の品格は、たしかに ちょっと他の女優さんにはないものでした。
わたくしは着物好きでよく着るほうだと思いますが、着物を誂えることにはあまり関心がなく(実は財布の関係で道楽できないせいもあり)、着物を着る過程 が一番好きです。当たり前ですが、洋服と違って一度として同じに着ることが出来ないのが面白いのです。同じ着物と帯でも、お稽古している舞の曲にあわせて 微妙に変えて、たまにそれがうまく嵌るときがあると、ささやかな満足を感じます。「縁の綱」で若作りを試みたり、「おちや乳人」で格式高い武家の女風にし たりと。たいていはうまくいかなくて、そこそこの、あるいは野暮な着付けにしかなりませんが。
杉村春子さんはそのあたりが天才的に上手でした。あれほどの着付けをなさる方ですから、きっと着物の脱ぎ方もさぞ洗練されていらしただろうと想像します が、こればかりは公開されるものではありません。ご存知だった殿方に伺ってみたくなりますが、皆様あちらにいらしているでしょうね。
お風邪など召されませんように。
お眼もいたわってあげてくださいませ。 芒  迷ひしを裏山と知る芒かな 乙宇

* 昨日の払い込みメッセージのなかに、我が家でも 澤口靖子 キムタク が贔屓ですというのが在った。くすっと笑えた。今回「湖の本」の有楽帖は、舞 台・映画・ドラマというので、共感を伝えてくれる読者が多かった。自分で読み返していても、けっこう読める。とりあげた時期をミレニアムを挟んだ数年に 限った、分量的に限るしかなかった、のも適当な距離感で。あまり昨日今日では差し障りが大きいと遠慮した。とにかくも、誇張なく無邪気なほど率直に書いて いる。喜多流の友枝昭世氏に手紙をもらったり俳優座で岩崎加根子と同期の野村昭子さんから電話を貰ったり、いつもとちがう反響があってわたし自身も楽しめ た。

* 下関の大庭緑さんから、すこぶる美味い雲丹二瓶を頂戴した。いながらにご馳走にあずかり、恐縮かつ感謝に堪えません。
2015 11/25 168

☆ 小松伝統芸能祭での
半能「祇王」(地謡で参加)も終わり、26日(例会に藤のクセ仕舞)、28日小松能楽堂も控えていますが、その合間に思い立って22日京都へ紅葉狩に出 かけました。嵐山、亀山公園からの道を常寂光寺に抜けて、落柿舎を見ながら、まえから気になっていた二尊院へ。ついでに祇王寺。(なぜか清盛像が隠れるよ うに一緒に座っているのが面白い。)ここのお守り猫さんは残念ながら、20歳で就佛しましたとか……。
今年の紅葉はどこも今一でした。
宝輪寺の一本銀杏のみ、耀いていました。   小松市  啓

* 京の懐かしさに胴震いがした。ありありと目に見えてかえって、つらいほど。三浦景生さんを偲ぶ会などお誘いもあるのだけれど…。
2015 11/27 168

* 朝いちばんに、京都の「華」さんの鶴屋「柚餅・栗羊羹」を戴いた。大の好物、とても嬉しい。連続朝のドラマを一週間分連続で楽しみながら美味い茶で柚餅をご馳走になった。ありがとう。

☆ 秋も終りになって来ました、
今日から寒くなる様です。体調はいかがですか、目の調子が悪い事気になってます。
今年の秋は忙しく楽しみました、日吉ヶ丘高の同窓会から同期会、クラスメイトと水尾の柚子を見に、清水寺の落葉忌、キコクテイのお茶会、雲岫会の集い、と続きまして等々、久しぶりに鼻炎にかかり続いて風邪になってしまいました。
今年の紅葉は月半ばが暖かかって、まだ今一ですが、観光客は大勢で、東福寺、清水寺と。清水寺は、夜、観光ライトアップが始まってます。
街なかへ出たら、不足ばかりです。選集の様な秦流の美しい京都にはもう、程遠いです、そんな中でも観光に来られのですから、感謝ですね!
選集等々楽しんで、懐かしく思い出しています。
来月は南座の顔見世が楽しみです。
今日は、秋の味覚、甘い物はどうかと思いましたが、送りました、明日にでも着くかと思います。
くれぐれも、ご自愛の程を。  京・北日吉  華

*  紅葉にはみう少しの寒気が必要かも知れない、昨日、石川小松市の「啓」さんの京む紅葉狩りは今一だったと。今朝、テレビで嵯峨の常寂光寺の紅葉をみせて 褒め称えていたが、まだ、いまいちの乾いた紅葉だった。素晴らしいときはほんとうに燃えたよう。師走のあたまごろの清閑寺御陵を燃え立たせる大紅葉の風に 揺れる様はもの凄いほど。『冬祭り』の最期を想い出す。

* 使い慣れた古機械が不調で、メールなど頓狂なミス送付などあるらしく、申し訳ない。もっとも、機械のセイでなく、わたしの口ベタでものを言い過ぎていることもあるらしく、それは、もっと申し訳ない。

☆ みづうみ、お元気ですか。
みづうみの「原節子」さんへの追悼の一文、これ以上ない原節子への讃歌です。また一つ、ほんものの日本の美が亡んでしまった感慨にふけりました。
でも、みづうみはご存知かどうか、今の若い女の子は「原節子」を美人と思わないらしいのですよ。どこがきれいかわからないと聞いたとき、かなりのショックでした。もちろん、原節子の美のわかる女の子、女性もいるでしょうが、多数派ではないようです。
原節子のあの静かなたたずまいや品格は圧倒的でした。けれど、あれらはもはや若い女の求める最高最良の美の価値基準ではないのでしょうか。
「乙女」という言葉は死語になってしまいました。
今の美人女優は誰も同じ顔に見えるわたくしには、社会の求めるものがおかしくなってきていると思えます。原節子はほんとうに逝きし日本の美しい面影に なってしまいました。小津映画を観るたび、「日本人の棄ててきた美しいものの数々」を思い知らされて、さびしくなるのはわたくしだけではないでしょう。
めっきり寒くなってきました。どうか暖かくしてお過ごしくださいますように。
菊 しらぎくの夕影ふくみそめしかな  万太郎

* 小津作品「東京物語」のなかで、水辺だろうか、舅の柳智衆と嫁の原節子とかがんで並んでいる繪がよく紹介されている。あんなに美しく静かに深い情景、世界ひろしといえど上を越す写真はほかに無い。
2015 11/28 168

* 俳優野村昭子さんからの電話に妻は楽しそうに延々と話し込んでいた。「選集」に過分に支援して戴いた。

☆ 『湖の本』127を拝受
ありがとうございます、いつもいつも毎回いただき本当にありがとうございます。頭が下がります。
今回の有楽帖も拝読しながら、文学者秦さんの好奇心の多様さ、遊びながらの心意気に触れ、小生も少しはす見ならわねばと思っております。
ますますの御健筆をお祈りします。 不一  葉山  森詠  作家・文藝家協会理事

☆ 湖の本をどうもありがとうございます。
真によき物・事との出逢いを求めていきたいと思います。
「秋萩帖」を読みはじめています。
(大河ドラマ)「平清盛」は、私もとてもおもしろかったと思います。「デスノート」という映画以来、松山ケンイチは、大好きな俳優の一人です。視聴率が低いという報道に「こんなにおもしろいのに何故?」と思っていました。
お体お大切に。 沖縄・豊見城  嘉
2015 11/28 168

* 文化出版局におられた中野完二さんから、初物のめずらしい「大吟醸」を送って戴いた。切り目の選集第十巻を無事に送り終えたとき、妻と、久しい歳月を祝って頂戴しよう。ありがとうございました。

* 師走をまえに、陰気に寒い北風を送りつけてくる困った人たちが、多い。
あたたかな、ほがらかな、余裕のユーモアで、師走を闊歩したいものだ。
2015 11/29 168

* 元朝日新聞の伊藤壮さんから「越の寒梅」無垢(純米)と吟醸との二升を戴き、中高同窓の旧友西村明男君から両口屋是清の銘菓をたくさんもらい、中学の後輩で黄綬褒章の東野美智子さんからは烏骨鶏のカステラをもらった。賑わわしく感謝しています。
2015 12/1 169

* 井口哲郎さん、豪快な自然薯というか山芋というか、送ってきて下さった。
京の染織作家渋谷和子さん、お手紙と、瀟洒な作の手巾を下さる。やはり染織作家の橋田有子さん、京の好きな縮緬山椒を送って下さった。
2015 12/3 169

* 中学高校の同窓、横井千恵子さん、いつものように京の酢茎、千枚漬けをたっぷり送ってきてくれた。お店の「樅」はやれているのかなあ、若い人にまかせ ているのかなあ。「お父さん、繪を描いてください」を校正しはじめたとっぱな、音楽室清掃当番を男どもは怠けて、「邪魔や邪魔や、はよ帰りよし」とモップ で尻を叩かれている。あの横井さんも、今、やっぱり、わたしと同い歳か…。ひばりの歌がとびきり上手で、プロの歌手が真似てもとてもああは唱えない。祇園 の子ら。なつかしい。

* 印刷所から、例年のカレンダーをはやばや頂戴、来年は小林古径画の特輯。
奈良の上村敦之さんからは、この歳末は、敦之さんの花鳥画に、書家たちが、一つには漢詩を、一つには和歌を書いて、大きなカレンダー二册をすでに戴いて いる。相撲茶屋からも、大関に照之富士の加わったカレンダーを貰っている。ひしひしと師走の風情。年があけたら、入院。やれやれ。
2015 12/4 169

☆ みづうみ
お元気ですか。
メンテナンスの必要な場所がわかってよかったです。
何もしない健康法というのがあります。
年末年始は、ご無理な外出も運動もせず、暖かくして、やりたいことを楽しんでくださいますように。 凩  木枯や東京の日のありどころ  芥川龍之介

* ありがとう存じます。楽しむことは、ま、上手なほうです。力まないで楽しみます。 2015 12/4 169

☆ 医学の
格段の進歩を信じております。どうかお元気に検査とメンテナンスのご入院をなさって下さい。でもご入院はお嫌でしょう。
新しい生活を 楽しくしております。
田舎の生活は本当に四季美しく毎日感動します。
いろんなスポーツと少しの勉強と、やりすぎてときどきダウンと、それなりに元気にしております。
お話の伺える機会のあること、祈っております。 那珂  司

* 入院は、気乗りすることじゃありませんが。安息休息の日と考えましょう。

* 残存手書き諸原稿の中に、「誘惑」の収束部自筆推敲原稿(200字用紙 P.266-318)が、妻が清書の「罪はわが前に」原稿の用紙裏(200字用紙 P.495-565)を利して書き残っていた。わたしは妻の清書原稿が版元から戻ってくると、その白い裏を用いて新しい作のために使い慣れていた。上のこの一束が、版元へ渡した妻の清書原稿、しかし表題と署名は自筆の「誘惑」第一頁400字原稿用紙に畳み込まれていた。
これにより「誘惑」という小説が、「一稿 脱稿 1976 06 27 2:30AM  二稿 脱稿 1976 06 29 5:45PM」と確認できた。
それだけでなく、医学書院原稿用紙を借用し、妻に清書を頼んだ「鱗の眼」と題した400字用紙で144枚の小説一編が一つに綴じられそっくり残ってい た。この原稿には起筆や脱稿の記録は添えてなく、(保谷市泉町五丁目二の23)と当時の現住所が書き入れてある。医学書院の社宅があった所で、われわれが 社宅に暮らしていたのは1961半ば以降1971頃まで。この「鱗の眼」にはよっぽど苦労したことは自筆年譜にも露わにされていたと思う。結局は、未発表 原稿として抱え込んでいたのであり、実を言うと、先の「誘惑」は、少なくも五年以上の間隔をおいて成った「鱗の眼」の改稿新作なのであった。「鱗の眼」か らは、べつに「底冷え」という短篇も派生した。ついでに書いておくと、中学高校での一先輩が、後年、わたしの作で豪華限定本をぜひ作りたいと言い、何をと いう段取りになり、結局は「三輪山」という実に美しい贅沢な本が出来たが、その際、もう一つ執心された作がこの「底冷え」だった。この先輩はなかなかの人 で眼も利いた。「底冷え」にも執着さたのは内心嬉しかった。
「底冷え」も「誘惑」も相重なる気味を共有しながら、とうに「湖の本」に入っているし「誘惑」は「選集③」に入っており「底冷え」はやがて「選集⑪」に 入る。いわば「(初稿)誘惑・底冷え」に相当している「鱗の眼」がどんな按配に書かれていたか、どう発表作へと変わっていったか、今すぐは思い出せないで いる。
2015 12/5 169

* 香川の大成繁さん、お手紙を添えて讃岐うどんを二人前八食分も送ってきて下さった。早速戴く。お手紙には、私の著書を勢揃い然と並べた色写真、恐縮し感謝。
2015 12/5 169

☆ 秦恒平 様
病にも負けず執筆活動や「湖の本」、「選集」等の出版活動を継続されている気力に心底感嘆すると共に、微力ながら、ぶれずに応援をしています。
ところで、今月「傘寿」をお迎えになるのですね。心からお祝い申し上げます。
私も8月にその時を通過し、不思議な気分を味わいました。6年前に前立腺を全摘し、いまも3カ月ごとにホルモン注射をしている身だからです。余生などという思いあがりとも無縁に、そこそこの慎みとアルコールだけは止めない頑固さを保持しつつ・・・。
本当に御礼が遅れて申し訳ありませんが、『秦恒平選集 第九巻』をご贈呈くださりありがとうございました。
思えば「湖の本」第1巻『清経入水』を10冊ほど送っていただいたのがご縁の始まりでした。
当時は職場の女性ばかりの「古典読書会」に黒一点として参加し、講師の先生(男性)と二人で年一回の京都・奈良への一泊研修旅行を企画実行する責任を 担っていました。20名に及ぶ俳句、短歌をたしなむ女性陣を無事に帰宅までお世話するのは大変でした。でも、「古典」を核としたお付き合いは古文の先生が 亡くなられた後も持続し、全員が退職した現在も「謡曲」で結ばれています。
「謡曲」といっても、私はまだ2年に満たない経験です。妻はもう20数年のベテランですので、週
一回の例会以外に家庭で妻をお師匠さんとして稽古に励んでいます。
今回、いただいた選集に収録の『修羅』は、「湖の本」36巻や単行本(筑摩書房の初版本)も所持し
ています。「風姿訛伝」の副題のほか、全十二篇の配列も異なりますが、作者の狙いがこうして徐々に作品の本質に近づき、練られているのを思う患うのです。 「神歌(翁)」がトップなのは当然のような気もしますが、逆に初出時の意図にも気をめぐらせてしまいます。なにしろ「能にして能にあらず」なのですから。 作品中、まだ私がお稽古した曲目は3つほどです。観世流では、讃岐に関係のある「八島」は、「屋島」で、「海人」は「海士」でした。
それにしても、能面「十六」の撮影秘話は筑摩書房版の表紙をみれば一目瞭然なのに、改めて感動しています。十六に限らず面(おもて)の表情の変幻自在さ には全く不意を突かれる思いがします。シテ役者は限られた視野のうちでその陰翳効果を計算して、演技をしているのだとすると、まさに夢幻は無限に奥の深い ものなのですね。
長くなり失礼しました。九巻に収録された短篇、掌篇を一作づっ味読をつづけたいと思います。
心ばかりのお礼をお贈りしますので、ご笑納くださいませ。  讃岐 大成繁 拝

* 感謝に堪えません。作者の幸せを覚えます。

* メキシコで久しく墨画を描きつづけてきた画家島田正治さんから、お手紙とご支援の喜捨を戴いた。われわれの知らない建日子のラジオ深夜便を聴いて下さったとも。
「建日子君といえば、今から30年前、新宿ステーションビルのアルカンエルギャラリーに夫妻、娘さんたちきてくださってその折の写真があります。多分息子さんは小学生でなかったかと。
メキシコから戻ってきたのが2007年。来年六月にはベラクルス州立大学の美術部で個展します。」と。同じ京都出の、わたしより年輩。お元気で何より。お気持ちに、感謝。

* メキシコで久しく墨画を描きつづけてきた画家島田正治さんから、お手紙とご支援の喜捨を戴いた。われわれの知らない建日子のラジオ深夜便を聴いて下さったとも。
「建日子君といえば、今から30年前、新宿ステーションビルのアルカンエルギャラリーに夫妻、娘さんたちきてくださってその折の写真があります。多分息子さんは小学生でなかったかと。
メキシコから戻ってきたのが2007年。来年六月にはベラクルス州立大学の美術部で個展します。」と。同じ京都出の、わたしより年輩。お元気で何より。お気持ちに、感謝。

☆ 秦 恒平 様
謹啓 初冬の候、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
このたびは、「湖の本 有楽帖」をお送りいただきまして、ありがとうございます。
「楽しみは、真によき物・事の素質と謂えましょう。この素質に恵まれて藝術は生まれます。」
私も共感します。
「楽しみ」という素質に恵まれて生まれた藝術だからこそ、美しく、人々を魅了するのではないかと思います。
年の瀬も間近になってまいりまLた。滋賀では、日に日に寒さ厳しくなり、先日、伊吹山で初冠雪を迎えました。
時節柄、くれぐれのご自愛とますますのご活躍をお祈り申し上げます。 謹白
滋賀県知事 三日月大造

* 京・山科の詩人あきとし・じゅんさん、鶴屋の柚餅と羊羹とを下さった。図書館学の馬場俊明教授であったころからのお付き合いである。図書館への売り物書きからのヘンな攻勢、また奇妙に商売本位の図書館営業など、わたしは昔から疑問に感じている。きちっとした図書館認識が文化的にも行政的にもより堅固に確立してほしい。
2015 12/5 169

☆ 今の政権は
憲法違反の政権です。米国の戦争に協力するため、勝手に憲法の解釈を変えて、戦争法を通してしまった。  加藤剛  俳優・俳優座
2015 12/6 169

* ツイッターやフェイスブックで、わたしに呼びかけて下さる何人もの事のあることを、それぞれに事務局からか伝えてくれるけれど、遺憾ながら、いま、私 の機械では、そのどちらへも連絡が利かない。何故かも分からない。建日子が来て、インターネットエクスプローラーなんてのはダメだ、と、何だか、グーグル 何とかに替えたよと機械を弄っていったあと、どうログインしようとしても拒絶されてしまう。
そんな次第ゆえ、わたしに連絡をと思われる方は、直接に所謂メールを下さいますように。ツイッターでもフェイスブックででも「言いたい」ことはさまざま有るけれども、使用不能ではお話しにならない。
2015 12/6 169

* 朝、早々に竹西寛子さん、上越の光明寺さん、京都の杉田博明さん、石神井の高本邦彦さん、また河野能子さんから、湖の本等々へ、丁寧なご挨拶を戴いた。
2015 12/10 169

* 読者から選集、湖の本へ、過分の御喜捨を戴いていた。感謝。
☆ 体調は
如何でしょうか、南座の顔見世行って来ました。鴈治郎襲名口上は大勢並びました。東からは時蔵、橋之助、海老蔵、等です、勧進帳は海老蔵の弁慶、迫力があって良かった。愛之助の富樫、壱太郎の義経で、まさに世代交代かな?
今月はお誕生日傘寿でおめでとございます。
大した事故もなく此処まで来られて良かったなと思っています。
お祝いに伏見の清酒「桃の滴」を送りました。私の好みのお酒です、ご賞味下さい。
暮れ迄ご無理の無いように、来年も良い年になります様祈ります。  華

* ありがとう。
勧進帳、まだまだ小さな交替で、海老蔵も、染五郎も、高麗屋の幸四郎、播磨屋の吉右衛門の域にまで専念邁進して欲しいですね。まだまだ世代交代とは行か ぬでしょう。勘三郎、三津五郎がなくなり福助が病んで、なかほどの所の空白がどう埋まるのか、大阪の成駒家に頑張って貰わなくちゃ。
2015 12/10 169

 

* 堀上謙さんからの、長電話。楽しむ。
2015 12/12 169

☆ 傘壽おめでとう存じます。
お祝いのしるしに何かいいものをと考えたあげく、日本酒ということになってしまいました。
日持ちがしますので、ゆっくりお召し上がりください。  吉備の人

* ありがとう存じます。ゆっくり 頂戴致します。
お揃いでのますますの御健勝をお祈りします。佳い新年をお迎え下さい。
2015 12/14 169

☆ 有難うございました。
十四日 選集第十巻届きました。今年は続けて沢山読まして頂きました、色々と学びました。
親指のマリアは京都新聞の連載時に続けて読めず、退職後に買ってゆっくり読みました。が、又、楽しみに読まして頂きます。新しい発見が有るかも。
夏過ぎて 今年は京都に来られるかと思っていましたが、残念でした!
何必館の魯山人展行って来ました、焼き物に引き付けられる様で、楽しんで帰りました、以前にも見たような物も有りました。
年明けて、入院の由、心配ですが、大丈夫と念じています。
無理をせず、お揃いで良き年をお迎え下さい。   京・北日吉  華

* 我衣に伏見の桃の滴せよ  芭蕉
名酒「桃の滴」一升を添えて祝って頂いた。感謝。

☆ 日々
メール、御無沙汰しています。
(娘や孫がきて=)賑やか、幸せと思いつつ、あまりの忙しさ慌ただしさに日々追い立てられて、夜休むことがまず第一と暮らしています。
それにしても冬将軍どころか、汗かくほどの生暖かさです。地球温暖化という言葉を恐ろしい実感として受け止める以外ないのでしょうか。
NHKで放映されている二十世紀の映像について、鴉が書かれています。わたしも見ていますが、大量破壊兵器の出現に伴う第一次世界大戦以後の戦争のあまりの残酷さ、ヒットラーの気味悪さに耐えられません。この思いは中学生の頃に知った時から一貫して変わりません。
どんなに弁護しても、戦争は戦争、あってはならないことです。が、戦争のない時間がこの地球にあったことは嘗てなかった・・。
「不快や憂鬱は みな 今日の政情から汚濁のように流れてきます。それには自身の責任も加わっているので気分の割り切れることは情けないが無いのです。」と書かれていますが、自身の責任と言ってご自分を責めること、なさいませんように、と思います。
今日はふわっと少し時間を見つけて書きました。
昨日、選集第十巻が届きました。ずっしり重いこの書をどれだけ読み解けますか、以前読んだ時の記憶から述べるのは気が引けますが、キリシタン迫害の恐ろしい史実と同時に抑制された優しい息遣いを文章から感じ取ったのを覚えています。切れ切れの時間ですが再読します。
とにかく体調を最優先になさって無理されないよう。
一月の手術がどのようなものか分かりませんが、ステントの施術は日々進歩しているはず。
見果てぬ夢を見、名残り尽きないのが人生かもしれませんが、見果てぬ夢のいくつかは見ることもできましょう。
繰り返しお身体大切に、師走の日々を、師、走らずにお過ごしください。  尾張の鳶

* 日々に乏しくなっている「会話」をほおっと温かく回復出来たような、メール。感謝します。

☆ 御礼
選集第十巻をお送りいただきありがとうございました。
雲丹、お口に合って何よりです。
迪子さんにもお返事せず、失礼いたしました。
今日は、月に一度の聖書を読む会に出かけていました。パウロの書簡、第一コリントを読んでいます。
何故パウロは肉体から遠ざかろうとし、現実~イエスが真っ只中に身を置いた、それを否認するのか。いわゆる《キリスト教》~保守的・護教的な~により呪縛されてしまった者たちの痛み、などについて話しました。
復活のイエスキリストに出逢った、といいながら、実際には解放されていないパウロ。
教会では『私たちの教会の信仰告白』作りにも取り組んでいます。
「罪」とはなんだろう。教会の罪、キリスト教自体の罪、などが話題に上ります。
現実のイエスにあまり傾くと、キリスト教には戻れなくなりそうで、危うい綱渡りをしているのかもしれませんが。
お喋りが過ぎました。ごめんなさい。
冷え込む予報が出ています。
どうぞお大切になさってください。
佳き日の訪れをお祈りします。
年明けの手術も無事に、うまくいきますように。
迪子さんもお大事に。    下関  碧

* 基督教、また教会や信者さんたちの様子など、わたしは幸か不幸かまったく知らない。「碧」さんらの検討や吟味や思索の真意もすぐにし掴めそうにない。それでいて、信仰にも宗教にも幼來の関心をふりすてたことは無い。
いま、わたしの落着しつつある安心の境は、やはりバグワンによって導かれている。バグワンを信仰しているのではない、深切に手を引いて貰っている。
2015 12/15 169

* 筑摩書房にいた持田鋼一郎さん、三田文学、昭和女子大、神奈川県立文学館 から、お手紙をいただいた。もう小さな書き文字を筆記の視力が無く、ただお礼のみ申し上げる。
2015 12/15 169

 

☆ 今年の大雪(=朱印)は、
小春日和でした。しかしすぐ時雨模様にもどりました。
第十巻 カバーが少しぬれて到着しました。重く手に受け取ったことです。再読したいと思っていますが、本当にこの作が新聞小説だったのかという思いがあります。
単行本の発刊は十二月十五日ですから、まる二十五年(意識なさってのことでしょうか、)になります。手元のそれには、「異文化との邂逅」というタイトルの書評の切り抜き(平成三年一月一四日、北国新聞、無署名)がはさんでありました。
本棚の十巻は、存在感があります。第十巻は、単なる「切りめ」であることを願っています。
先日図書館で山本周五郎全集を見ましたら、その表題が篆刻でした。ちょっと気持が動きました。
丸芋、お気に召したようで何よりです。この芋は、昭和九年の手取川大洪水のあと、砂地に長芋を植えたところ、なぜか、長くならず丸くなったとのこと、そ れ以後当地の名物?となっているようです。長芋よりネッチリしていますので、好き嫌いがあるようで、気になっていたところです。
さて、以前、秦さんからいただいたおことば 篆刻にしてお目にかけましたが、それを同封しました。気張らないで一気に彫ったので完成度は低いのですがーー。
十二月二十八日 妻も傘壽(女性もつかっていいのかな)を迎えます。
奥様によろしくお伝えください。
どうぞ よいお年を。   井口哲郎  前石川近代文学館長

* 胸の温まるお手紙、嬉しく。戴いた篆刻の印は一つが「朱明白蔵」 この四字、夏から秋へを意識して用いていた。もう一つは、「流雲吐月」 秋夜また冬 夜の清明をながめていた。また、この四文字は「創作」の境地をも感触していた。 お手紙に捺されていて、あ、いいなと嘆美していた。戴けて、嬉しい。こういう字句をとおして、広い遠い深い自然の大きな呼吸に 触れている。井口さんに習ってきたのである。季節が巡ってくれば、選集にも捺したい。
印影をおした紙に、難しい語句が書き添えてある。「子罕(シカン)」の句らしい。「如有所立卓爾 雖欲従之 末由也己」と。

☆ 本日は
御鄭重にも『秦 恒平選集』第十巻を御恵送下さいまして誠に有難うございました。
「第十巻観光に添えて」をまず拝読致しまして、この御大著の成立事情がよく分かりました。白石とシドッチの「一生の奇会」を下支えにして「『愛』=御大切 こそが此の創作を導いた『創意』」と述懐していらっしゃるのは、 今日の創作に最も欠落しているものではないかと感慨深く存じました。
師走に八十歳になられる前の一首、「相合ひに」「冴えわたる」が非常に生きているのにも感銘いたしました。
今年も残り少なになりましたが、奥様と御一緒に呉々も御体調に留意され、佳き新年をお迎えのほど、心からお祈り申し上げます。
右、取り急ぎの御礼まで。 草々不一   元「新潮」編集長  忠

☆ 秦 恒平選集第十巻
「親指のマリア=シドッチ神父と新井白石」を拝受いたしました。不勉強な当方、八巻で秦さんの「部屋」の客、魅力あふれる徳内さんのことをはじめて知り、 そして今またこの「部屋」の常連新井白石氏を紹介していただき光栄です。これからおつきあいをいただこうと思っています。
いつもお心にかけていただきありがとうございます。
どうぞどうぞ御身お大切に、いい年をお迎え下さい。  元「群像」編集長  敬

☆ 美しい一年が
凝縮されたような美しい御本。
有難度う存じます。
どうか佳いお年を迎えられますように。
当方、田舎ならではの師走です。  東近江五個荘  民  作家

* 迢空研究家の石内徹さん、歌人の松坂弘さん、いずれも、過分のご支援を頂戴した。感謝に堪えません。文化出版局の中野完二さん著書二冊に添えて、また東北大、お茶の水女子大など 第十巻受領の挨拶有り。

* 真岡市の故渡辺通枝さん(随筆家・ペン会員)の子息より、おうと声の出た大きなみごとな苺が二パック贈られてきた。感謝。 練馬の持田晴美さんから妻が、シクラメンの大きな鉢植えを戴いていた。
2015 12/16 169

☆ 秦 恒平様
この度は「親指のマリア」をご恵送頂きありがとうございます。
新井白石の「西洋紀聞」がこのような小説になるとは、思ってもみませんでした。
貴兄のご労作に敬意を表します。
既にご覧いただいているかもしれませんが、拙作の遠藤周作「沈黙」を送らせていただきます。
篠田正浩   映画監督

* 篠田さん、夫人の岩下志麻さんには、かねてより著書を謹呈してきた。「新井白石の『西洋紀聞』がこのような小説になるとは、思ってもみませんでした。」は、わたしには最上の称讃である。映画「沈黙」は観ていなかった。拝見したい。原作も読んでいない。

☆ 拝啓
今年もとうとう師走を迎えてしまいました。先生にはお変りなくお過しでございましょうか 今年は暖冬とかで、冬の気配もいまひとつの思いでおります。
今日は先生の御選集「第十巻」をご恵送賜りまして誠にありがとうございました。
心より御礼申し上げます。
第十巻は、大好きな一篇であるお作が収められておりまして喜んでおります。
一九九○年十二月に筑摩書房から刊行されました折の昂奮が今も鮮明です。四五○頁余の長篇を拝読させていただいた時の感動が昨日のようです。
第十巻口絵は、筑摩版のカバーに用いられたもので、それも懐しく思っています。 第十巻には「墨画」もあって、また興を新にしております。京都新聞にご連載の折には毎日、こうした「墨画」が入ったのでしょうか。
筑摩版の帯で、「新井白石とシドッチ神父ーーふたりの魂の出会いなくしては、近代の幕は開けなかった」という一文が、何かにつけて思い出されております。
江戸期のキリシタンについてはとても興味があります。それだけに「親指のマリア シドッチ神父と新井白石」は、私には大事な作品なのです。
今一度、選集で拝読出来る機会をいただきましたこと、本当に心から感謝申し上げております。
暖冬とはいえ、急変する天候でございますので、どうかくれぐれもご健康にご留意下さいますよう念じております。
健やかに新年をお迎え下さいますよう願っております。
御礼まで   敬具   馬渡憲三郎   前藝術至上主義文藝学会会長

☆ 年があけるとすぐ、
私も**歳になります。一番私がオドロイテいます。
検査を受けないので、 悪いところがないのです。お酒が呑めなくなって、煙草が吸へなくなったら、「悪い」ことにしてあります。
困った婆さんです。
久し振りに三味線を人前でひきます。
長唄の忘年会で「小鍛治」です。昔々にならったもので、思ひ出すのが大変であります。
ヒマツブシだと、身体動かしに行っています。スーパーマーケットに行く途中にあるので……30分体操って奴です。筋トレと、ストレッチと。で、買物して 帰ります。昔の柔らかさにはもどりませんか、まあまあキープしています。上等 上等!! 多分、ずっと全身を見られる商売をしてきたので保たれているので しょう。藝歴も60年になりました。来年2本(芝居・映画)受けています。
最後に近くなりましたので、お知らせいたします。その時はよろしく。 私、今度は招待したいと思っております。 バーイ!!   原知佐子  映画女優 大学の同窓

* 「検査を受けないので 悪いところがないのです」は、至言に類している。わたしの感想・観察でも、病院は、概して病気を良くしてもらう施設ではある が、検査をしては病気にしてもらう施設であるようにも感じている。外来の待合いで風邪などもらってくるという意味ではない。
久しい友 チシャコ の健康を、こころより祈る。

☆ 拝復
昨日は 御高著「親指のマリア」をご恵贈たまわりまして、まことにありがとうございました。
京都新聞連載のときから、毎日楽しみに拝見していたことをなつかしく思いだしたことでございます。 歴史小説の、お手本にさせて頂きます。
いつもながらのお心遣い、厚くお礼申し上げます。
どうぞ良いお年をお迎え下さいませ  かしく
お返事 ご放念下さいませ    京・鳴瀧  川浪春香  作家

* 過分のご支援に感謝申します。いつものように封筒には香袋がひそませてあり、京の雅びひとしおに。

☆ 第十巻お贈りいただき
厚く御礼申上げます。大切にさせていただきます。
同志社に学んだ縁で、家の宗教は浄土真宗ですが、私の中では両者が一緒くたになって、私を支えてくれている気がします。
お陰様で、私共夫婦健康に恵まれ忙しくくらしています。世の中の気温が上り、どこも夏みかんがたわわです(篇ですね)    荻窪   藤

* 夏蜜柑を写生画の葉書、表に。中高同窓旧友の夫人、女子校から京大へ。お元気はなにより。すこし白状しておくと、いま、もっぱら神経を、でなく心血を そそいでいる新作「清水坂(仮題)」への、おおきな示唆をこの人のメールにもらっている、存分にしあげたいのだが、容易でない。

☆ クリスマスに
ちょうどよいタイミングで『親指のマリア』が届いて、登場のひとり一人への愛の心が 先生のお人柄を偲ばせてくれます。
新しい年に向かって、ますますご自愛なさってくださいませ。 静岡市  鳥井きよみ

* 鳥井さん ご支援嬉しく。
立命館大図書館、都立中央図書館からも、受領通知。

* 遠藤周作さんの「沈黙」をわたしは読んでいない、遠藤さんが信仰のある人と知っていたので、自然信者としての立場と思惟とで書かれるのだろうと思い、遠慮した。
映画は、観せてもらった。転んだだけでなく幕府の切支丹政策に協力していたフェレイラの時期と、
シドッチ・白石の時期とでは、背景が大きく異なっている。それだけの違いが、遠藤さんとわたしとにも有るだろう、今夜はもう疲れているので、感想などは後日にしたい。
2015 12/17 169

* 讃岐の織田衛さんから讃岐蜜柑をどっさり、川崎の異母妹のひろ子からはんなりとチョコレート、京の星野画廊から毎年の田丸屋美味い京煎餅、村上開新堂 社長からはお手紙も添って伝統のみごとなクッキー詰め、加古川の市川澄子さんから珍しい盛り合わせのご馳走を、神戸の信太周さんから稲庭饂飩、茅野市の松 下圭介君から美しいガラス工藝のカレンダーを戴いた。
2015 12/18 169

* 妻の妹より過分の支援をもらう。いつも有難う。

* 哲学者の梅原猛さん、墨画家の島田正治さん、金澤の金田小夜子さん、神戸市の市川澄子さん、詩人のあきとしじゅんさん、元岩波書店の高本邦彦さん、選集受領のご挨拶いただく。

* 請求書も来た。

* 各務原の詩人が、美酒「三千盛」を下さると、お知らせが来た。誕生日の前日に届くと。恐れ入ります、感謝。
四国の木村年孝さんからも四国の目を見張る紅い大きな蜜柑をたくさん頂戴した。有難う存じます。
2015 12/18 169

☆ ずっしりと
「持ち重り」する第十巻拝受。ありがとうございます。
近々私の故郷山陰のお魚の一夜干し少しお届けさせていただきます。傘寿のお祝いの「きもち」でございます。
先生、奥様、御身御大説に!  渋谷区  宏

* いつもご支援を有難う存じます。

☆ 拝復
選集第十巻「親指のマリア」ありがとうございます。
私、太宰治の「地球図」と白石の「西洋紀聞」を比較対照したことがあって、本書も大変興味をもって読ませて戴きます。
屋久島シドッチ(シローテ)上陸の地にも教会も出来ていました。上陸地点の碑と、その地の風景と、写真をお送りします。御笑覧下さい。
八十歳おめでとうございます。増々お元気に御活躍下さい。 岩手  渡部芳紀 近代文学者

☆ 仁左衛門
やはり京都が似つかはしまして顔見世鴨川時雨
二年ほど前の新聞投稿欄の歌です。
昨日の南座はこの歌の通り鴨川の風も冷たかったですが 仁左衛門の「土蜘」は熱気に溢れていましたよ。  (名酒三千盛に添えて) 各務原  都  詩人

☆ 選集第十巻
いつもおきづかいありがとうございます。
今では、なかなかみられなくなった、箱入り布貼りの「本」十巻が書架に並びました。書架全体が重厚さを増した様です。
今年の師走も半ばです。 お体、大切にご健康でおすごし下さい。
(みごとな大蜜柑一箱に添えて)愛媛今治  年 元図書館長

☆ 拝復
限定豪華私家版「秦 恒平選集」第十巻たまわり厚く御礼申し上げます。誠にもったいないことと恐縮に存じます。
湖の本で拝読 学生たちと感想話し合った頃が思い出されます。長助 はる。西洋紀聞にましてシドッチ神父の志が報いられているなど 感心したことです。
それにしましても膨大な資料を読みこなされての歴史物語に感嘆、心して再読をと念じております。
傘壽お迎えのことお祝い申し上げ、お揃いでお大事にと念じております。奥様、着到るご返書どうかご放念下さい。 草々  (郷里の稲庭饂飩たくさんに添えて) 須磨  周  神戸大名誉教授

☆ 秦恒平様 2015年12月17日
お仕事のご様子から術後の経過が良好のように拝察し、心からお喜びを申し上げます。5日前にご丁寧な添え状とともに、思いがけなくも、『秦恒平選集第十 巻 親指のマリア=シドッチ神父と新井白石』を拝掌いたしました。まず、選集の私家版でなければできない造本の素晴らしさ、気品のある字体による背文字に 感銘を受けました。一流の印刷所での印刷。そして堅牢気品のある箱。造本の一つ一つに文筆を仕事と定めた人の作家魂を感じます。
何よりも選集の完成までに相当の資金が必要ではありませんか。貧乏性の私は、『秦恒平選集』の作成が予告され、所望する人には振る舞われるという寛大な ご計画を知ったとき、まず、それを心配しました。無神経に所望します、とはとても申し出ができないと感じました。という次第で、思いがけなくいただいた一 冊の選集に、さまざまな思いを味わっております。

実は『親指のマリア』は単行書をお出しになった折、私は秦さんから郵送によって頂戴しておりました。キリスト者としての感想を求められましたので、一気 に読んで受けた衝撃をはがきで一筆した覚えがあります。もう一昔前になりました。その折、いただいたご本は無駄に死蔵すまいと考えて、少し後で、海老沢有 道門下生のキリスト教史研究者である若い女性に差し上げました。彼女はすぐに読んだと言っておりました。ご本は今でもこの方の手許にあるでしょう。

今回、再度同じ主題の本を頂戴しました。感想を求めておられるはずです。久しぶりに再読しました。すでに結末を知っておりますので、今度はゆっくりとページをくりました。
秦さんは歴史の登場人物が好きだと言われます。私は再読して作品のここかしこからそれを感じました。人間愛は良い作品を作りますね。秦作品の特色は、
色欲から自由になれない、否、みずからそれに身を委ねる人間の実態への想像力豊かな小説的な展開と、人間的行為を包む暖かな人間理解ですね。もしかすると、女性からは、秦さんは男の観点からの女性観であり、小説だという批評がなされるでしょう。それは仕方ないことです。
性は、男女の間(あるいはパートナー間)においては、人間を人間らしくする交わりを深めます。心身の相互贈与を通しての人間性と人格の享受だと言ってよ いでしょう。『親指のマリア』では、ヨアンがはるを妻としたことに、わずかな救いを感じます。そのことで作者はヨアンを責めてはいません。また、ヨアンが そのことでの自己処罰として長助とはるに受洗したことを申告したとも記しません。はるの人間としての充足は、長助とはるの信仰の確認と、はるとヨアンとの 夫婦愛の実現によって貫徹しました。それを三者の苦難の意味の完成と見ておられるようです。絶対非拘束的な状況の中で起こった信仰と人間愛の勝利が記され ています。私はそのように受け止めました。
しかし、神への服従と性的人間としての充足を含む人間愛の二つを両立させるはプロテスタント的で、カトリック的ではないという批評もあるでしょう。神父さんの意見を聞きたいものです。

カトリックの教職者にも信徒にも、「マリア信仰」は必須の信仰要件でしょう。カトリック教会が信徒と神との間に、教職者制度および禁欲を実行する教職者 によるサクラメント(救いの条件)を介在させるならば、教職者にとってのマリアは禁欲の代償物であり、庶民にとってのマリアは、介在物を乗り越えて神と直 結、融合できる通路です。
女性信徒には一般的にマリアは清純の理想像であり、信仰的なナルシシズムの根源でしょう。男性にはマリアは理想の母であり、異性の昇華された理想的な姿 でしょう。かつての大学紛争の後でカトリック作家の一人となった高橋たか子は、ある書き物で、マリアは男性の幾世代にも亘る欲望の積み重なった結果だとい う趣旨のことを記しています。確かにそういう面は否定できないでし
ょう。阿弥陀観音は性を超越しているとされますが、女性に見えます。マリア観音が作られたのは心理的な必然でした。
ですから「マリア」は強い。秦さんのこの作品でもそれを感じます。270貢での今村源右衛門のことば、「…サンタ・マリアへの、なんと申しましょうか…思慕…。あれが無くては、所詮手がかりのない異教で終わりましたかと…」は、その通りでしょう。

秦さんは聖書をよく読み、よく調べてこの作品を書いておられます。キリシタン弾圧の経緯、理由、白石の時代の経済事情、政治状況、などなど。まことに感服しました。
ひとつ気になったのは、203頁に引用されている「きよしこの夜」への言及です。オーストリアのグルーバーが1818年に作曲し、カトリック教会でギ ター伴奏により歌われたのが始まりと言われています。しかし、作詞者は不明です。歌詞のロマン主義的な傾向から見て、そんなに古いものとは思
われません。

そうだと相槌を打ったところは多いのですが、-箇所、444頁に記された白石の言葉を引用します。「西洋の世界で、すでに切支丹の<神>は衰弱し、代 わって<人間>の力が世の中を動かしています」で始まる発言はさすがです。とくに、「彼自身の胸にすら、ローマの教えへの…断念のようなものが感じられま す。その断念に背を押されて日本にまで来たというのが、…真実かも知れませぬ」。これは優れた洞察です。
迷える羊のために日本まで来るという信仰の遠心力は、政治的な教皇庁の求心力に逆らわないでは生まれません。ザビエルも中心ではなく、周縁の、現在のバ スク地方の出身であり、最初から周縁思考が強かったでしょう。中心依存のカトリック教会は衰退するという予感に動かされての日本宣教だったでしょぅ。とこ ろで、そのような宣教師たちが宣教先の地と人についての報告書を作り、戦略を提言するのは、たいしたものだと思います。

白石がシドッチからまさに西洋事情をしつこく聞いたこと、シドッチがうんざりしつつ、問いに誠実に答えたことは、白石の著書からうかがわれますね。同じ ような運命にじっと耐えて明治政府に仕えたのがフルべッキでした。彼が本来の宣教師としての仕事に専念できたのは、ようやく明治10年代に入ってからでし た。フルべッキもまた、オランダ系のアメリカ移民で、国籍も取得しないうちに禁教下の幕末の日本にやってきました。国家の周縁に置かれた人です。青山墓地 には日本に骨を埋めたフルべッキのために、世話になった人々が建てた「無国籍者フルべッキ」の墓があると聞いています。

秀吉以来、この国は「神国日本」の旗を掲げて、「洋魂」に動かされることなく今日に至っています。シドッチも「魂」の次元での挑戦は撥ねつけられていますね。
西洋近代はキリスト教の人格思想を受け入れつつ、教権に抵抗して市民社会を樹立したことで成立しました。抵抗すべき魂の権威を内に持つことのなかった日本は、抵抗を貫いて築き上げるべき市民社会の精神を獲得できなかったということでしょう。
今日の「洋魂」はキリスト教のかたちをとることなく、国家の自己相対化という市民社会の書(諸)
原則として日本に突きつけられています。しかし日本は新憲法は別として、国家の自己相対化のにおいのする人権尊重の国際社会の原則をすべて撥ねつけていま すね。例えば、国際連合人権委員会からの度重なる死刑制度見直し要求があります。日本政府はこれに耳を貸そうとしない。先進国では日米だけが死刑を廃止で きないでいます。日本よりはアメリカの諸州の方が死刑廃止のスピードを速めると思っています。
いわゆる「慰安婦問題」も洋魂がなければ、日本が真剣にアジア人の人権蹂躙の反省には向かうことはないでしょう。
「和魂」の「魂」なるものは、結局、「こころ」の問題で、国家的・宗教的な権威に対して無批判に恭順の意を示す心境のことでしょう。2004年春以来今 日まで、一部の都立高校の教員たちは、「君が代起立斉唱」義務違反を理由とする処分を受け続けています。私は8月下旬に、これらの教員たちによる処分撤回 第3次訴訟裁判を支援するために、キリスト教信仰の立場から、「思想・良心の自由」、「信教の自由」の護持を弁じた「陳述書」を東京高裁に提出しました。 そのために短期間で膨大な裁判記録、証言を読みました。学んだところでは、行政も裁判所も「和魂」のままです。裁判所の論理によれば、儀礼的な(形式的 な)強制は外部的で、個人の思想・信条の核心に影響を与えないから、思想・良心、信教の自由を侵すものではないのです。したがって君が代起立斉唱不起立教 員が校長の職務命令違反で処分を受けるのは当然であるとの判決です。ここに「魂」の次元を知らない、知ろうとしない、職業裁判官の実態が露呈されていま す。
白石は「魂」の次元を予感してシドッチに敬意を表しましたが、この次元には入っては行けない人でした。立場上の諸制約がありますから、仕方なかったでしょう。また当時のカトリック教会の教義レベルでは、残念ながら、白石のような知識人を説得できないでしょう。
ご著作への反応として、身近に経験したことを付記しました。お赦しのほどを。

今夜からの気温の急降下が報じられています。御身ご大切にお過ごし下さい。
ありがとうございました。平安。  並木浩一   国際基督教大学名誉教授

* 心より深く深く御礼申し上げます。身に沁みまして、さらにさらに自身を鞭撻し、創作の真意を空しくすまい、さらに深めたいと思います。作者として、この上ない愛を戴きました。

* 東大大学院からも受領の挨拶があった。

☆ こんばんは
遅くなって申し訳ございません。
先日はまたご丁寧に第10巻のご本をご恵贈頂き有り難うございました〓
最近落ち着いてゆっくり出来る時間がなく 卒寿過ぎた義兄と長姉の介護の相談手伝いに丹波の園部界隈を 主人とウロウロ走り回っております。奈良から片道1時間40分高速道路を乗り継いでの日帰りで疲れが残ってしまう昨今です〓
つまらないお話しでごめんなさい!
休日明けに 別便にて恐縮ですが 心ばかりをお送り申しますので ご笑納下さいませ〓
寒くなってまいりました!
どうぞ お身体お大切に 良いお年をお迎え下さいませ〓  奈良  絹  高校後輩

* だれもだれも年老いてなお懸命に生きている。

* 幸いにわたしは秦 恒平としても老の坂を歩んでいるが、その余には「部屋」で出逢っている数多い人たちと一つに化(な)っていろんな人生を生きている。白石もシドッチも、徳 内も、資時も、定家も、子規も忠も、華岳もみな然り。そんな男性ばかりではない、赤猪子も東子も紫式部も讃岐典侍も立て建礼門院も、切支丹牢のはるも、や はり、わたしだ。菊子、町子、慈子、阿以子、龍子、雪子、冬子、徳子、彬子、槇子、京子等々も、みな、わたしだ。彼や彼女らのことばは、所詮はわたしのこ とばであり、それでよい。「こころ慈(あつ)い人たち」とわたしは「部屋」でいつでも話し込める。寂しくはならぬ。
2015 12/19 169

* 姫路夢前の陶藝家原田隆子さんからマツバガニ三杯を頂戴した。子供の頃、蟹や海老は噂にだけ聞くご馳走だった。まず、見たこともなかった。
もう何十年になるだろう、京都岡崎での女流陶芸展の審査員を頼まれた。その折りに知り合った備前の川井明子さん、京都の松井明子さん、東久留米の可部美智子さん、それに原田さん、みな大きい賞を受けられた優れた匠で、まこと久しい知友である。
2015 12/20 169

 

* 清流社で「京都、上げたり下げたり」を美しく製作して下さった佐藤宏子さんから、ふぐをはじめ故郷山陰の一夜干しをどっさり八十のお祝いに頂戴した。
大阪の河野能子さんに戴いた亀屋良永の大の好物「お池煎餅」を口にふくみながら、雄町米で吟醸した美味いお酒を戴いている。

* 散歩にと思うが、冷えすぎている。郵便局へ投函に走った、ハンドルをつかむ手先が凍えるようだった。
2015 12/20 169

☆ 冠省
選集第十巻「親指のマリア」ご恵贈いただき拝受致しました、ありがとうございました。
平成二十七年内に 選集7册に加えて 湖の本も(5册)ご出版されました。編輯、校正、送本と 奥様のお力添えをいただくとは申せ、大変なお仕事です。
ご無理のないようにと 切にねがっています。
21日には、傘壽をお迎えになられること、まことにお目出とう存じます、こころからお祝い申し上げます。
年明けて、ステントの手術をお受けになられるそうですね。ご全快をご祈念申し上げます。
寒くなって参りました。
先生も奥様も、くれぐれもお大切にお過ごしください。
些少、同封致しました、お納めください。  紀の川  朱心書肆主人
2015 12/20 169

☆ 冠省
選集第十巻「親指のマリア」ご恵贈いただき拝受致しました、ありがとうございました。
平成二十七年内に 選集7册に加えて 湖の本も(5册)ご出版されました。編輯、校正、送本と 奥様のお力添えをいただくとは申せ、大変なお仕事です。
ご無理のないようにと 切にねがっています。
21日には、傘壽をお迎えになられること、まことにお目出とう存じます、こころからお祝い申し上げます。
年明けて、ステントの手術をお受けになられるそうですね。ご全快をご祈念申し上げます。
寒くなって参りました。
先生も奥様も、くれぐれもお大切にお過ごしください。
些少、同封致しました、お納めください。  紀の川  朱心書肆主人
2015 12/20 169

* 今日、どこへも出かけない。とくべつな何もしない。伊藤壮さん、小瀧さん、山中さんからの美味いお酒を、好みのママにとりどりに戴いている。

* 鎌倉の橋本夫妻から、美味しそうなジャムと焼き菓子が今日のお祝いに届いた。紅茶で戴いた。感謝。
作家の牧並恭子さん、新鮮な鮭の切り身をたくさん、嵯峨の田村由美子さん、京の甘みを、松本幸四郎さん、飾り花を、送ってくださる。恐縮です。
照井良彦さんに九巻、井領祥夫さんに八巻、ご希望により送り出す。

☆ みづうみ お元気ですか。
お誕生日おめでとうございます。みづうみのように働いている八十歳の青年は見たことがありません。
選集第十巻、ありがとうございました。残頁を惜しみつつ読んだ最初の出逢いの感動がそのまま蘇ってまいりました。
こんな短期間に十巻もの選集を完成なさいましたこと 心よりお慶び申し上げます。
今年もあと十日余り。どうぞお仕事しすぎてご無理なさいませんように。元気に楽しい年末年始をお過ごしくださいますように。新年の手術が無事にお済みになりますように。たくさんたくさんお祈りしています。  鴨  鴨の中の一つの鴨を見てゐたり  虚子
2015 12/21 169

☆ 八十の賀
八十の賀、心よりお祝い申し上げます。  尾張の鳶

* ありがとう。

☆ みづうみ、お元気ですか。
何もしないお誕生日如何お過ごしでしょうか。何もしないことは大切なことです。佳いお誕生日です。
拙稿、秦 恒平論 本日宅急便にて送らせていただきました。明日届くと思います。書き始めると長くなりそうで手紙はあえて入れなかったのですが、愛想のないことでお許しくださいませ。
原稿の出来については棚上げして、みづうみのために書いた想いだけでもお届けできれば幸せです。
来年は「湖の本」創刊三十周年とのこと、気の遠くなるような偉業達成でなんとおめでたいことでございましょう。この国に望みがなくてもみづうみの文学には何の関係もないことです。
どうぞ益々の花盛りの新年でありますように。
曙  あけぼのの恵方を染めて静かかな
2015 12/21 169

☆ おじい様
80歳のお誕生日おめでとうございます!!!
ギリギリ当日にお伝えできました。
おじい様にとってステキな1年になりますように。
おじい様のご本、ありがとうございました。
大切に大切に読ませていただきます。

おじい様、おばあ様へ
ささやかなプレゼントをお送りしました。
以前お伝えした正社員の試験に通り、先日初めてのボーナスが入りました。
どうしても、その初ボーナスで、大好きなおじい様おばあ様へ贈り物がしたかったのです。
中身は届くまで秘密ですが、私が一目ぼれをしたものです。
私を思い出しながら使っていただけると嬉しいです。
昨日放送された、建日子さんのドラマ『ダマシバナシ』を楽しませていただきました。
というのも、このドラマの日本語字幕制作を担当したのは私だったのです。
年末年始が忙しい部署で働いているので最近は疲れ気味でしたが、
建日子さんのおかげで久しぶりに心から楽しく仕事ができました。
ありがとうございます。

それでは、またメールいたします。
おじい様おばあ様に会いたいな、といつも考えている  かお吏より

* けさ一番に、贈り物も届いた。すばらしい! あたたかい! こころも、からだも。何であったかはわたしもないしょにしておこう、嬉しくしみじみ楽しむために。
やす香の親友だった人が、あの悲しみの時から、やす香にかわって終始わたしたち祖父母をいつも慰め励ましてくれる。やす香も感謝し、心からよろこんで親友の幸福と健康を祝っているだろう。ありがとう。

* 義妹から、選集へのまことに手厚い応援に加えて、誕生日も可愛い仔猫つきのカードと珍しい洋菓子で祝って貰った。ありがとう。

* さらには、数百枚という「秦 恒平論」でわが傘壽を祝ってくれた有り難い読者も。届いた原稿、ずっしりと重い。心して、読ませていただきます。
各論としての作品論ほかは多く目にしてきたが、まおもに「秦 恒平論」と括って論じてもらったのは、さきに、四国の作家榛原六郎さんによるやはり長編の論考があった。
この際、時間を見出しつつ、ともども、無心に冷静に謙虚に読み込み、読み比べてもみたい。感謝申し上げます。
2015 12/22 169

* 国文学研究資料館館長の今西祐一郎さん、講談社の徳島高義さん、京都の歌人米田律子さん、法政大文学部より、ご挨拶を戴いた。

* 桐生の阿部君江さん、群馬の清酒三種を頂戴した。

☆  秦 恒平 さま
奥様から心のこもったお手紙をいただき恐縮しています。
「小原紅」、よろこんでいただけたようで幸いです。
つねの新聞小説とは異質の、作者の息づかいさえ感じられる芳醇な文章に畏怖しつつ、選集第十巻ゆっくりと読み進めています。
鬱がひどくて今年はなにもできませんでしたが、年のおわりに良き贈り物をいただき、感謝しています。  香川  榛原六郎  作家
2015 12/22 169

* 讃岐の岡部洋子さんから、京湯葉をいろいろに送って戴いた。感謝。
2015 12/23 169

☆ 秦様
今年も残り少なくなってまいりました。その後 ご体調は如何でいらっしゃいますか?
今日(=二十一日)は お誕生日 おめでとうございます。(12/21ですね!!)次兄(=伊藤正雄君)も同じ十二月十日に81歳の大台を迎えました。 (日吉の同級生です) 80歳代の坂道もなかなか厳しい様ですが どうぞお身体お大切に ご無理をなさいません様にお過し下さいませ。
何時もいろいろお心遣い頂き有難うございます。
京都も大分変ってまいりましたね 秦さんのご本のの中の京都になつかしい人情 風俗を思い出しながら ゆっくり読ませて頂いております。  有難うございました 第10巻の御礼にこころばかり同封いたしましたので どうぞ御笑納下さいませ。
どうぞお元気で!!  12月21日    奈良市  西川絹子  高校後輩

* 感謝します。お元気で。
そうか、伊藤正雄君は八十一か。なつかしい! 謙虚な秀才だった。
2015 12/23 169

* 晩遅く、ユーパックで、松田章一さん、金澤名菓「柴舟」を、四国の大成繁さん、讃岐名物の煮豆いろいろを送って下さる。恐れ入ります。
2015 12/23 169

* 黒いマゴの輸液もし終えた。今日は、原作「清経入水」を三分のにまで読み、これから床に就いて湖の本128を責了へと追い読みしてゆく。バグワンも読 み、八犬伝も読み、「ヨブ記」も読む。小倉ざれ歌百首も詠み、送られてきた興味津々の秦 恒平論も熟読して行く。落ち着いた良い歳末を過ごしている。今日も一日、かお吏さんにもらったのをショールに用いて心温かかった。
2015 12/23 169

☆ 秦 恒平選集
第十巻ありがとうございました。
また 十二月二十一日に傘壽を迎へられ 誠におめでとうございます。
店頭に並ぶのを待ちに待っていた美濃加茂市名産蜂屋柿がようやく手に入りました。奥様と仲よく召し上がって下さいネ
よいお年をお迎へ下さいませ。  各務原市  石井真知子

* 心配りこまやかにいつもいろいろに頂戴し、さらに湖の本も毎回三册ずつ購入して頂いている。三十年、四百册ちかくも買い上げて頂いている。有り難いことだ。
2015 12/24 169

* 郵便が遅く来た。高史明さんご夫妻から、出田興生さんから、お祝いをいただいた。藤田理史くんからも阿部君江さんからも、近況を添えて。星合美弥子さん、渡辺実さんからもご援助いただいた。早稲田大学図書館、受領と。 校
2015 12/25 169

 

* 阪大名誉教授の島津忠夫さん、三島賞作家の久間十義さん、丸亀市の大成繁さん、福島県立図書館、国会図書館から手紙を戴いていた。                 2015 12/25 169

☆ 私も
白石の『西洋紀聞』たしかに岩波文庫で読んだ記憶があります。しかし とても(秦の選集⑩「シドッチ神父と新井白石」のような=)小説が生まれるし思ってもいませんでした。
どうぞよいお年をお迎え下さい。   島津忠夫  阪大名誉教授

☆ 冒頭から
ひきこまれました。「最上徳内ー北の時代」と対になった小説なのですね。私も北海道について、秦さんのお作のような物語を紡ぐことができれば…と秘かに願っておりますが、なかなか。いたずらに日々を浪費いたしております。
どうかお身体を大切に、ご自愛の程。
ps. 「禁断のスカルペル」お読みいただき有難うございます。秦さんにほめていただければ勇気百倍です。励みになります。ありがとうございました。  久間十義  三島賞作家

☆ 「親指のまりあ」
お気に入りの一作です。
カラー口絵をみているうちに、ペルゴレージの「スターバト・マーテル」を聴きたくなり、エマ・カークビー(S)、ジェイムズ・ボウマン(CT)、クリストファー・ホグウッド指揮のCDをとり出し耳を傾けています。作品を深く再読できそうです。
よいお年を!!   丸亀市  大成繁

☆ 厳しいことの多かった今年も
暮れようとしています。来年はもっと厳しい情勢になるのではないかと覚悟を迫られているようです。
でも秦さんにとっては今年も実り多い年であったと思います。
選集 第十巻を頂戴いたしました。色々お体の不調を抱きながらの御快挙 私共にとって大きな励ましです。心から尊敬申し上げます。「湖の本」と平行しての御事業 秦さんは勿論 奥様や御子息様もさぞ大変でいらっしゃると思います。
そのようにいろいろの思いで ただ「御礼」としてお送りするしかない不躾をお許し下さいませ。御体調が許すなら”祝杯”の一滴に加えて頂ければと思います。
くれぐれも くれぐれもお体を大事になさって下さいませ。
有難うございました。  合掌  高史明 岡百合子  作家

☆ 赤城颪の冷たさが
身に沁みる寒さになりました。お障りなくお過ごしとぞんじます。
湖の本は いつもいつも心安らぎ楽しみにして居ります。この頃は炬燵のまわりの手のとどく所に置くようになってどれにしようかと色々にしています。
昭和八年生まれの私(=秦は昭和十年うまれ)、映画館にはずい分かよいました。桐生には映画館が六館もあって、一日に四館もみた事もありました。  バーグマンに似ていると云われたりもした 昔懐かしい思い出です。
地元のお酒の赤城山三種です。召し上がって下さると嬉しいです。
奥様もどうぞ お身体お大切にお過ごしくださるようお願い申し上げます。
新しい年が平穏でありますようにと念じます。
乱筆乱文で失礼致します。   桐生市  阿部君江

* 印刷所へ歳末の礼を兼ねたメールを送り、一応年内の仕事を終えた。大過無きを願う。
会社が何日迄とももうすっかり気疎くて分かりもしないでいる。むかしだと、妻子はもう京都へさきに帰していた。帰りの列車に座席を確保するのが苦労だった。新幹線の座り心地もすっかり忘れ果てている。来年は、何としてもと一度は京都へと願っている。
2015 12/26 169

* たくさんピアノを聴き、「オーソレミオ」や「学生時代」など歌も聴いた。メールボックスに溜まった出し入れメールの整理もしたが、仕切れなかった。
わたし自身は、仕事の数多いメールに神経を使うので、めったに自分からは送らない。気に掛けすぎると時間をとられるのが分かっている。むしろ心嬉しく戴いたメールをあらましここへ再録し、ときに挨拶を添えるぐらいで失礼している。
2015 12/26 169

☆ 今年も間もなく終わります。
いつものようにお忙しくなさっていますか。どうぞご健康にご留意ください。私も「お医者詣で」などと洒落のめしつつ、眼科、整形外科、内科、泌尿器科、歯科など、さすがに運ぶ脚は重くなりました。この年末、右往左往からやっと一時的に解放されたところです。
ところで、今年も甲州の枯露柿を楽しんでいただこうと思いましたのに、いつもお願いしている方へお願いを致しましたところ、今年は思いがけぬことに、熟成途中で全部廃棄しなければならなくなったとのことでした。
高温、過湿、例年にない気候の所為だと思います。家族で皮を剥いた折角のもの、全部残らず穴を掘って埋めたとのこと。こんな悲しいことがあるかと、家族 同然の牛を埋める酪農家の事も思いました。そのような訳で今年はお送り出来なくなりました。私の方こそ楽しみにしていたのです。お詫びします。

先月の二十八日に藤村学会の関東地区例会(年二回開いています)があって、今度の本について語れというので、書いた時の気持ちだけでもとお話して来ました。それだけの事ですのに、用意をするだけで疲れました。それでも責任は果たせました。
若い方から、「テーヌにとって近代とはどういうものなのか」とか、「テーヌのほかのフランスの人はシェイクスピアをどう思ったのだろうか」などの質問 や、比較文学をやっている若い女性から、「十九世紀では心理学は魂の学問と言われていた。テーヌもそうなのではないか」などの感想も頂き、テーヌ学者では ない私には十分答えることはできませんでしたが、いくらかはお役に立ったかと思いました。

来年の学会は小諸で行われるようです。
何度も尋ねた土地でもあり、途中の磯部も、大手拓次の故郷をもう一度訪ねてみたいのですが、残念ながら無理になるでしょう。佐藤春夫の「佐久の草笛抄」 の一節が浮かんだりします。甲州の峠から眼下に広がった五月の佐久、まだ馬を曳く農家の人が歩いていた古い佐久往還、小諸そして八ヶ岳山麓の佐久は私が一 人の旅を始めたところです。野辺山や清里辺り、ほとんど人に会わない、寂しい光景が浮かびます。

寒くなつてまいります。
おからだを大切に、よい御年をお迎えください。
日吉の慶応大学校舎の銀杏もすっかり葉を落としました。近隣にある何本もの欅の落葉も終わりました。風に翻り、降り注ぎ流れ落ちる葉の光景は見事なもの でした。近辺では今年は地蔵尊や神社の古木の手入れで職人が何十メートルものクレーンを使って枝をはらっていました。それもまた見
惚れるような光景です。
これから気を張つて最後の仕事を敦します。
どうぞ奥様にもよろしくお伝えください。
十二月二十六日     横浜   宮下 襄  藤村研究家

* こういうお便りにわたしは美術の逸品を眺めるのとおなじ嬉しさを覚える。『テーヌ』は力のこもったとても誠実な力作だった。
宮下さんには、どうか詩ももっともっと読ませて頂きたい。お元気でありますように、老境を一緒に頑張りましょう。
2015 12/27 169

 

☆ とうとう
今年も最後の週になってしまいました。
みづうみが 篠田正浩監督の映画「沈黙」について書いていらしたので、『親指のマリア』と少し関係することを書かせてください。

ご存知かもしれませんが、この映画については遠藤周作さんが棄教した神父が女を犯すというラストシーンをやめてくれと頼んで断られた経緯があったと聞いています。遠藤周作さんはこの映画は篠田監督の「沈黙」であり、自分の小説『沈黙』とは別のものだと書いてもいます。

(映 画化で似たようなことは同じカトリック文学であるグレアム・グリーンの「情事の終わり」についても言えます。サラがベンドリックスへの深い愛のために、信 じてもいなかった神への誓いを守り抜いて死ぬはずの原作が、映画ではサラとベンドリックスが再会するんですから、真逆の結末なんです。なんじゃこりゃ、と 映画館でため息でした。もし原作通りに制作していたら名画となったでしょうに。)

私は友人からラストシーンを聞いたので、映画の「沈黙」を観ませんでした。原作の真意を甚だ損ねていると感じたのです。『沈黙』は、棄教した神父が敗残者 となる物語ではなく、弱い人間がどん底で神と出逢う物語だと私は読んでいます。踏み絵を踏んだことは神に絶望した結果であっても、それは神父の中で神が死 んだことにはならないでしょう。『沈黙』の最も重要な場面は、踏み絵を踏んだ後にあるのですから、最後に女との絡みを作ってしまうのでは、原作の許し難い 改竄に思えました。

還俗したシスターを何人か見てきた私は、教会を棄てることは神を棄てることと全然違うと思っています。信仰の在り方が、よりその人らしくなるに過ぎないの です。棄教した神父が妻帯したのが史実としても、それは映画「沈黙」のラストシーンのようなかたちではないだろうと思います。まあ、映画を観ていないので これ以上の感想は言えませんが、世界的にも高い評価を受けた原作を、この映画で判断されたら、遠藤周作さんが気の毒です。

 

基本的に、神父が女と関係を持つことに対してカトリック信者は猛烈な拒否感、嫌悪感があります。それはセックスを悪と考えているということではなく、聖職 者が神との誓いを破る背信行為と感じるためでしょう。このあたりの聖職者への畏敬の感覚はカトリックの風土の中で育ってこなかった篠田監督には理解しがた いものであったのではないかと想像します。

『親指のマリア』では、シドッチ神父がはると夫婦関係になります。わたくしはこれをシドッチ、長助、はる三人へのみづうみのやさしさからであろうなと思って読みました。基督教大学の並木先生のご指摘もなるほどと納得しつつ拝読いたしました。

 

 

> 性は、男女の間(あるいはパートナー間)においては、人間を人間らしくする交わりを深めます。心身の相互贈与を通しての人間性と人格の享受だと言ってよ いでしょう。『親指のマリア』では、ヨアンがはるを妻としたことに、わずかな救いを感じます。そのことで作者はヨアンを責めてはいません。また、ヨアンが そのことでの自己処罰として長助とはるに受洗したことを申告したとも記しません。はるの人間としての充足は、長助とはるの信仰の確認と、はるとヨアンとの 夫婦愛の実現によって貫徹しました。それを三者の苦難の意味の完成と見ておられるようです。絶対非拘束的な状況の中で起こった信仰と人間愛の勝利が記され ています。私はそのように受け止めました。
しかし、神への服従と性的人間としての充足を含む人間愛の二つを両立させるはプロテスタント的で、カトリック的ではないという批評もあるでしょう。神父さんの意見を聞きたいものです。

 

 

たしかに『親指のマリア』に描かれたような三人の関係は「カトリック的」な愛のかたちではないだろうと感じます。

シドッチ神父がはると関係をもつことは、カトリックに関わってきた人間にはやはり抵抗があるでしょう。聖職者を選んだのだから、はるとはプラトニックなままでいたら、シドッチ神父の生涯はより素晴らしかったのにと感じることは間違いないと思います。

また、これはわたくしの偏った意見と笑っていただければよいのですが、はるがヨワンとあえて性的にも夫婦になる必要があったかというと、性がなくても充分 幸せだったろうと思っています。女は性ではなく愛を求めていて、その愛に性は不可欠なものではないでしょう。女は性的関係がなければなくて幸せでいられま す。(と私は想うので)男の生理には理解できないことかもしれませんが。

シドッチ神父ととはるの夫婦関係は、カトリックの理想からみればなくてよかったのかもしれませんが、勿論、『親指のマリア』の文藝作品としての価値にはい ささかも影響するものではありません。『親指のマリア』は気高い魂の物語、「身内」の物語、みづうみの代表作の一つ、わたくしの何より愛する思想小説で す。

元々カトリックは男女間の陶酔的な性を尊重しない傾向のある宗教と私は感じてきました。浅い理解ですが、神の望む愛に生きるためには俗世的な人間の幸福な どあり得ない、必要もないという宗教ではないかと。「ヨブ記」のハッピーエンドは後世に書き換えられているものだそうで、原典ではヨブが神に見棄てられた まま野たれ死ぬことになっているそうです。この原典は現在の「ヨブ記」よりさらに素晴らしいカトリック的信仰の告白に思えます。

人間、とくに男性にとって成し難い禁欲を受け入れるほど、神の道具となって人生を捧げるのがカトリック教会の聖職者です。神父やシスターが純潔であること はカトリック教会の根幹の一つで、マザーテレサに恋人がいたなんて話があったら受け入れられないでしょう。これはカトリック教会の長い歴史の成し遂げた一 種の洗脳なのかもしれません。

人間のしぜんに反していることかもしれませんが(実際聖職者の性的スキャンダルは絶えることがない)、 視点を変えれば、カトリックがこれほど長い間世界に絶大な力を持ち続けているのは、神父が妻帯しないことで権力の世襲を免れたからではないでしょうか。世 襲がないことで、自浄作用が働き続けたともいえます。日本の仏教界をみても、政治家をみても、世襲は劣化と腐敗の温床ですから。

それにしても名作ほど映画にするのは困難ですね。たとえばみづうみの『慈子』を映画化したらと想像すると、わたくしには惨状しか思い浮かびません。『親指 のマリア』もうまくはいかないでしょう。名作の映画化で成功していたのはジェラール・ド・パルデューの『シラノ・ド・ベルジュラック』とケネス・ブラナー の『ハムレット』だと思いますが、これはもともとが完璧な戯曲を忠実に再現し、それを稀代の名優が主人公が憑依したように演じたことに尽きるからなので す。主人公が映画に登場する最初の瞬間から悲劇を身にまとっていることがわかるのですから、空恐ろしい名画でした。

たぶんこれが今年の仕納めのメールですが、相変わらずくだくだと書きまして失礼いたしました。来る新年に願うのはこれ以上悪くならないでほしいということだけですが……。

ほっこりと暖かく楽しくお過ごしくださいますように。

炭 学問のさびしさに堪へ炭をつぐ 山口誓子

* 今年を仕上げのすばらしいメールをもらった。ありがとう。

*  カトリックとの縁は、わたしには全くない。反感も特別の親愛もなく、敬愛と批評とはすこし持ち合わせている。その中には、サディズムがつきつけた険しい 批判も、それらに併行して夥しく成されてきた性的悪徳の例も知らされてきた。そのうえで、わたしは「シドッチ神父」を敬愛した。
2015 12/28 169

☆ 本格的な

寒さの到来と共にまた一年があわただしく過ぎ去ろうとしています。お変わりなくお元気でお過ごしの様子 なにより嬉しく存じます。
いつも大変な御著書を恵贈たまわり心からお礼申し上げます。読むたびに 純文学の正統性を持続して出版しつづける秦先生にはただ脱帽するばかりです。
すこやかなおしょうがつをお迎え下さい。   堀武昭  世界ペンクラブ常任理事

* 日本近代文学館より選集受領の挨拶。

* 能の梅若万三郎家より洋菓子を戴く。
2015 12/28 169

* 京の清水焼のいわば本家の清水六兵衛さんから、ていねいなお手紙を添えて、来年干支の「申」の佳い置物を頂戴した。

☆ 拝啓
寒冷のみぎり、先生におかれましては 益々御健勝のこととお慶び申し上げます。
いつも「湖の本」をお送りいただきましてありがとうございます。また、この度は「秦 恒平選集 親指のマリア シドッチ神父と新井白石」をお送りくださいまして 誠にありがとうございました。父(=先代六兵衛 彫刻家清水九兵衛)が感銘を 受けた作品ということで、楽しみに読ませて頂きます。いつもお心遣いいただき 恐縮しております。
来年の干支の置物を送らせていただきました。どこかにでも飾っていただければ うれしく思います。
今後共 どうぞよろしくお願い申し上げます。 敬具  清水六兵衛  陶藝家
2015 12/28 169

* きのう、「炭」さんにもらったメールは、深い熱い余燼を保っている。もっぱらカトリックの信仰にふれた指摘や感想であったのは映画「沈黙」が主なる議題であったのだから当然であった。そのまま自然に流れは「親指のマリア」のシドッチ神父へ及んでいた。傾聴した。
もっとも、わたしは遠藤さんとちがい信仰を真っ向の主題にしたのでなく、新井白石という日本とシドッチという西欧世界との「一生の奇会 出会い」を書い ていた。白石の「西洋紀聞」を読んだときからそこへ関心を寄せ強い動機を持った。その必然の流れから結果としてわたしをとらえたのは、この主なる二人をは じめ登場する人物たちへの「愛、敬愛=御大切」であった。シドッチと長助・はる兄妹とのかかわりも、人としての愛と自然に導かせた、信仰という以上に、作 者であるわたしの思いを彼らに託した。
ま、そういうことだ。
映画「沈黙」の結末には、「御大切」が耀やか無かった。はっきり言って、意外であり不快であり、むしろ信仰への否定的な批評の作に思えた。そういう動機 と批評を映画の作者が持つのは構わないが、原作者は閉口されたろう。原作を読まず作者は遠藤周作と知っていたわたしは、当然、見終えて、ええっ?そうな の? と唸っていた。二度とこの映画は見たくないと即座に思った。
2015 12/29 169

* 平林たい子賞の梅原稜子さん、画家の出店久夫さんから便りを戴いた。日吉ヶ丘の後輩出店久夫も七十歳。後輩とは知らなかった、半世紀も昔の連載原稿を 担当してくれていた編集者。アレの方が副業だったらしい。明けて一月、東京アートミュージアムで七十年を刻み込んだ「忘却と記憶」の個展をひらく。
2015 12/29 169

 

* 小松市の八代啓子さん、すばらしい昆布を下さる。京都市中央図書館、第十巻受領挨拶あり。

☆ 謹 啓 秦 恒平様
このたびは「秦恒平選集」第十巻(「親指のマリア」 シドッチ神父と新井白石)をご恵贈賜り、まことに有難く御礼申し上げます。貴重なご著書をこの度もまた賜りましたこと、重ね重ね身に余る光栄と恐縮いたしております。心より厚く御礼申し上げます。
単行本「親指のマリア」は筑摩書房から上梓されましたとき、すぐ購入し拝読いたしました。口絵は、コピーして額に入れ、いまもってサイドボー ドの上に飾って朝夕拝しております。「若葉して御めの雫ぬぐはばや」と芭蕉翁に読ましめた鑑真座像のあの泪かとも思われる風雪の痕跡をとどめて、なお生き 延びてきたイコンに、預言が全て成就する、聖書の世界の奇跡と恩寵を目の当たりに見る思いがいたします。
静かに半眼に見開かれたマリアの眼差しの先には、わが子イエスが揺藍に幼い身を横たえて母に手を差し伸べている、あるいは「ピエタ」のように、神に捧げ られ、復活したわが子が、その亡骸を現生の証として、母の膝の上に身を横たえている、と私には思われます。わが子を見る母の眼差しの悲(愛)しさ、その無 原罪の眼差しと、人類の罪を死をもって購った、あるいは購うべく定められた運命にある人の子が一つになって、神の世界の「愛」を顕現わしているーー静謐に 満ちた世界をこのイコンに感じます。
イエスではなく、母マリアの眼差し(愛)につつまれたシドッチ、新井白石、長助、はる、であり、彼らの出遭いの全てが、予定されたものであり、必然であ り、宿命となっていく人生の悲(愛)しさを感じつつ、そして絶えず意識しつつ、最後の絶対的救いを導きの燈火にして、ご著書を読み進めております。
借越な感想ですが、いまこそ「罪はわが前に」を書かれた秦文学の深層に、マリアの静謐な眼差しが、祈りとして、あるいは希求的に存在(あ)ると感じさせていただいております。
「選集十巻刊行に添えて」に書かれております、秦さんの意図とは逸れた読み方ですが、ご著書を播くたびに、静謐の深さを感じます。この静謐の深さが、秦文学を文学たらしめている思想であり、深層であり、永遠の謎ではないかと考えます。
お礼状が遅くなりました上に、縷々僭越な感懐を書かせていただきました。思想的ではなく、全く感性的で個人的な感慨です。失礼の段は、ご宥恕ください。
再読、三読、真相にいたるまで、拝読させていただく覚悟です。
重ねての頂戴、有難く心より御礼申し上げます。
寒さも厳しくなってまいりました。どうぞ奥様ともどもお身体を大切に、良い新年をお迎えくださいますよう、心よりお祈り申し上げます。敬 具
平成27年12月29日   八潮市 小滝英史

☆ 傘壽 おめでとうございます。
うちの父は103まで頑張りましたので、まだまだお若いお年です。うちの姉たちと同じような年代なのですね。よいお年をお迎え下さいませ。
扉繪のマリア様にハッとしました。   小松市 八代啓子

* 京都の画家池田良則さんからこの年初の京都府文化賞のお祝いにと頂戴した池田遙邨画伯の作「稔り」を、新調の額縁に納め、新年を祝う繪として茶の間の 正面へ掛けた。晴れ晴れと、ありがたい。良則さんには、京都新聞朝刊連載、選集第十巻『シドッチ神父と新井白石」の挿絵を描いて貰った。遙邨画伯の孫にあ たる気鋭の画家である。以前に、佳い裸婦像を貰っていて、建日子が仕事場へ持ち帰っている。
建日子にも、もう、年相応の、落ち着いた美の体験の積み重ねが欲しい、創作世界ににじみ出るような。玩物喪志は困るけれど。わたし、繪はとても描けまい が、自身毛筆の書を楽しんでみたいなあと、八十の手習いに色気を覚えかけています。歌も句もへたながら自筆で味わってみたいのです、恰好の帖を谷崎松子夫 人に頂戴してもいる。白紙の、美しい選集姿のツカ見本ももったいなく積み上げてある。「小倉ざれ歌百首」など書いてみたいが、もっと「モノすごい」のもじ つは溜めてあるのです。
2015 12/30 169

* 朝いちばんに桐生の住吉一江さんから例年のように下仁田の美味しい葱をどっさり頂戴した。
近年は簡明に簡素な煮〆だけ煮て、どこかのお節料理を妻は買っている。暮れは暮れ、正月へは揃ってわたしらの方から参る。迎える新年でなくわたしらが出向いて行く新年なのだ、土産はないが、と感じている。
2015 12/31 169

☆ 元気に
鴉、佳き歳をお迎えください。
おせちの支度、大人八人分、を今終えたところです。重箱に詰めるのは夜ですが。
まだまだ忙しい日々です。 尾張の鳶

* 九十一歳の高田芳夫さん、八十の傘壽を祝って、宗休師の揮毫干支の色紙を下さる。東北大名誉教授松野陽一さん、病床からお便りを下さる。

☆ すっかり
御無礼してしまいました。お元気ですか。こんなにも忙しい時が、むまだあるんだと思う一年でした。それでも 大きな仕事を無事に送り出し、ようやく一息、新年にむかいます。
どうぞお元気でいて下さい。  世田谷 珠

* 珠さん、ご馳走付きの生蕎麦をたっぷりと送ってきて下さった、選集へのご支援も添えて。感謝します。
2015 12/31 169

* それにしても、すこしく落ち着けた大歳であった。あれやこれや感慨をかきたてずに、静かに新年へ歩みを進めたい。怪我だけは、われわれ、こころして避けたいと願っている。

* 親愛なるみなさま、よいお年を。

来る春をすこし信じてあきらめて
ことなく「おめでたう」と我は言ふべし   湖

* ところが、この程度の気持ちにもなりにくい大晦日だといわねばすまない不愉快に溢れた今年であった。口惜しい。どんなに黙々と頑張ってみても、生ける 甲斐ありとどうしても思いにくい。自分自身の内なる暗闇に沈んで、まるくなってたて籠もるしかないほどの絶望感と不快感が、実は有る。絶望と深いのアタマ を撫で撫で生き延びる気になれない。
2015 12/31 169

上部へスクロール