* 東工大卒業生の年賀状が、やはり十人以上も届いていて、懐かしい。なかには病気を抱えた人も居て案じられる。元気に乗り越えていってください。わたしに「あいたい」とも皆言ってくれる。感謝。
2017 1/3 182
☆ あけまして おめでとうございます。
みづうみ、お元気ですか。
旅行に出かけておりまして、ご挨拶が少し遅くなりましたが、お仕事中心の静かな佳いお正月をお迎えのこととお慶び申し上げます。
素晴らしいお天気でしたので、帰りの機中から雲海に浮かぶ純白の富士山頂の孤高の輝きを眺めることができ、思いがけず晴れやかな気もちになりました。
帰宅してすぐみづうみからの二本のメールを拝読し、感激のあまりお礼の言葉もみつかりません。お忙しい中で、みづうみに『慈子』論攷をお読みいただき本懐を遂げたような幸せです。
一歩どころか千歩も 万歩も踏み込み足りない作ですが、みづうみに読んでいただくまでは死ぬに死ねない一心で書いたものです。書きながら自分の力のなさに何度ため息をついたこ とかわかりません。わたくしに可能な読者の仕事がもしあるとしても、それは次の秦恒平と角逐する才能に出逢い、橋渡しする繋ぎに過ぎません。そのためだけ に元気に長生きしたいと思っているくらいなのです。
みづうみのお言葉のように、新しい年が日本国民にとって、世界市民にも、益々厳しいものであることは避けられないと思っています。それでもみづうみに習 い、自分のすべき仕事を淡々と着々と前進させることのできる一年でありますように、とくにみづうみの読者としての仕事を深化させることのできますように 願っています。
どうぞご健康には充分にお気をつけて、書いて書きつづけてお幸せな一年をお過ごしになりますようにお祈り申し上げます。 凪 初凪や大きな浪のときに来る 虚子
* また沢山な年賀状が来た。生き生きとした猫たち群像の描かれた繪も添え、いかにも懐かしいお手紙もまじっていた。わたしに逢いたいとある東工大卒業生 の賀状がまた何通も増えた。わたしがあの大学の正任の教授になど選ばれたのが果たして良かったのかどうか分からないが、退任(平成八年三月)後もう二十年 余なおそのような卒業生の声声に恵まれるとは、ただもう素直に嬉しいと喜ぶしかない。そんな一人一人に生き生きと具体的な思い出がある。たちまちにその思 い出の昔へも立ち帰ることが出来る。
2017 1/3 182
* 会いたいと言ってきてくれる年賀状が幾つもあり、家へも尋ねたいとの声もある。有り難いが、残年ながらいまわたしに、わたしたちに来客を迎える体力は 無いので、それはご勘弁下さい。余力・余命はあげて仕事のために用いたいのです。家の外で出会うというのも、あまり簡単ではない。体調との相談でいつ、ど こで、何時にという約束が簡単にはできないのです。
せいぜいメールを使って下さい。近況等はこの「私語の刻」で察して下さい。
2017 1/4 182
☆ 秦先生
ご無沙汰しております。
いつも送本していただき感謝しております。
新年のメールありがとうございました。
私も健康診断でいろいろと指摘される歳になりました。
おっしゃる通り、これまで気にしてもいなかったことでしたが、ずっと取り組んできたことが急に道半ばという認識が強くなりました。
おそらくずっと道半ばなのかもしれませんが、行けるところまで行けるよう、健康にも気をつけます。
先生もお身体を大切にしてください。 山形大学教授 澤 東工大卒
P. S.
大学の状況も以前とすっかり変わりました。すぐに成果のでる研究が求められます。
エルニーニョのせいか今季は雪が少なく、こちら山形に来てから初めて雪のない年越しでした。
気象も研究環境も、地球規模で毎年変化があるのが普通の状態になっています。
変化に対応できるよう精進いたします。
☆ みづうみ、お元気ですか。
ご不調とのこと、心配しています。昨年のようにならないためにも どうか早めにご受診くださいますように。
昨年度「私語の刻」編集分類作業分を、すべて送信いたしました。分類項目は32で、長いものを二つに分けましたので、送りましたメール数は33件になります。ご確認いただき不足がございましたらご連絡くださいませ。
わたくしは風邪気味なので 暖かくして やり過ごします。
囀 囀(さへずり)をこぼさじと抱く大樹かな 星野立子
* 感謝に堪えません。
2017 1/5 182
* 松さん 気を張って 克服して下さい 祈っています。
秦 恒平です。
わたしの胃癌。胃全摘からやがて(二月)五年を迎えます。気力をふるい、立ち向かうぐらいに抗癌剤にも堪え、克服して下さい。
わたしは仕事を最良のクスリにし、日々励みながら、入退院も重ねながら、五年、杖をついて歩んできました。
すてきなご家族が応援して下さいます、乗り越えて行かれますよう切に祈ります。
つらいときはつらいと言っていいんですよ。
寒ければ寒いと言って立ち向かう
寒い(つらい・しんどい)のを寒くないとがんばることはないのですよ。それでも立ち向かわれますよう。
心の糧になるすぐれた読書も楽しまれるように。
☆ 秦先生
新年おめでとうございます。
心に染み入る励ましのお言葉、ありがとうございます。
まさしく私のいけないところは、辛いことを辛いと言えないところにあります。病気に関しても、淡々と当たり前のように受け止めていると、家族も思っているはずです。
辛いのだと言える気持ちの強さを持つことが、私自身の課題だと思い、抗がん剤にも立ち向かっていこうと思います。
秦先生も、お体お大事にお過ごしください。
メッセージ、ありがとうございました。 東工大院卆 松
* 就職・結婚後、研究の傍ら、妻として母として病気とも闘ってきた人だ。抗癌剤との闘いはなみたいていでない、つらさを分かち感じてくれる家族を力に、何としても立ち向かい堪えねばならない。
* 法政大の山口二郎さんの新年のメールをもらった。新聞等での日頃の論旨にいつも深く頷いている。『民主主義をどうしますか』という本も戴いている。
☆ なしくずしに、新年になりました。
もう夫の、救急搬送を経験し、ひとつずつ対応しています。わたしは動けていて元気です。ただどうしても、人手がないと何もできません。その人手が、なかなか。
当たり前ですが、ひとりでは何もできず、思案のしどころです。それでも、日が永くなっていくのは嬉しいですね。
すずめが、お飾りの稲穂を、全部抜いていきました。椿が咲いている暇がないくらい、さっさと、もずに、食い荒らされます。名前のわからない鳥が、苔を掘り返します。捨ててしまった子供の図鑑を、置いておくのだった。
心でも手でも支えられたいと、つい思ってしまいます。お大事におすごしください。
いつもありがとうございます。 芹なづな
* この年になると、夫妻揃って達者ということの難しさを、しみじみ感じる。ご主人が…、奥さんが…と切なくなるお便りがひきも切らない。
「人手がないと何もできません。」「ひとりでは何もできず」「思案」も壁のまえに尽きてしまう。
「心でも手でも支えられたいと、つい思ってしまいます」とあるのに、真実、胸うたれる。
「日が永くなっていくのは嬉しい」と。 胸が潰れそうに、よく分かる。
こどもがいても、頼れるどころか、とかく、いまだに年よりの方が頼られていたりする。
宮澤賢治・詩 徳力富吉郎・画
高齢者と呼ぶのを七十五歳からと政治は繰り上げて、さて、すこしでも老境がラクになるのですか。
* ご平安を心より祈りますとしか励ましてあげられない。せめて自分たち、心して怪我無く頑張らねば。
2017 1/7 182
☆ 選集第十七巻では、
殊に「『こころ』の心見」に心震えました。
先月読んだ本に、「オリジナリティー」とは「新鮮で、エネルギーに満ちて、そして間違いなくその人自身のものであること」とありましたが、正に「オリジナリティー」溢れる文章から、熱い鼓動が伝わってきました。 九
2017 1/8 182
☆ 湖の本 ありがとうございました。
特に『斎王譜』に触れ得たのは幸いでした。現今の社会(特に政治)の浅ましい価値観の只中に凛として立つ、抵抗する人々にとっての励ましとなる秦文学のことを思う日々です。
御健勝を祈ります。 八王子 水島(夫妻)
☆ 賀正 元旦
いま 「文学」が社会的に置きざりにされる日、学兄の生を賭けた 書き、刊行し、問い続け、啓蒙しつづけた ご業績の尊さを痛感します。 都立大名誉教授 高田衛
☆ マイ漢字『知』
「反知性主義」が幅を利かせるなか、改めて「知は力」の原点に。
「知命」の五十代の充実をめざします。 北村隆志 赤旗編集局
☆ 謹賀新年
いつもご高著をご恵贈いただきありがとうございます。
本年も建日子様との仕事を楽しみに致しております。 河出書房新社社長 小野寺優
☆ 明けましておめでとうございます。
日頃の先生のご活躍にいつも元気づけられています。
私 ようやく、国際ペンの激務から解放され 久しぶりに本業に戻ろうと決意を新たにしています。
国際ペンクラブ専務理事 堀武昭
☆ HAPPY NEW YEAR 2017
いつも立派なご高著をたまわり 敬服するばかりです。 東大名誉教授 作家 西垣通
2017 1/8 182
☆ 雨の京都
嵐電に乗り降りしながら斎王にからむ神社をさがして歩き、午後は狸谷のお不動さんへ行きました。狸谷のお不動さんへ行くのは初めてで、とてもたのしくお参りしました。
帰りに野仏庵で一服。
バスで河原町四条へ出て高島屋。地下鉄で京都駅へ行き、駅ビルの伊勢丹。干支と勅題の和菓子を買うためです。七草が済んだからといわんばかりに、節分の菓子に切り替え始め、ギリギリセーフというところでした。
雨の日の京都は、嵐山へ行こうか、西山に行こうか、東を歩こうか、いっそ、北山、と、車中からにやにやしながら悩む遊山。
山科や琵琶湖も誘うから困るのですよ。 名張の囀雀
* お久しぶりの囀雀さん。相変わらずだね。元気で何よりです。
2017 1/8 182
☆ 新しい年になりました。
昨日姑が介護施設に戻り、正月の慌ただしさが一段落したところです。十月以来ずっと家族の世話が念頭にあり、現実に動かされてきました。その疲れでしょうか、気の弛みでしょうか、かなりの時間眠り続けました。
閉じていた「部屋」の奥へ、最期の襖の最期が明いた、と12月30日のHPにあったのが衝撃でした。思えばもっとも初期に書かれ、その後も折に触れ「襖」に言及されています。その最期の襖をどのように解釈したものか、わたしなりに考えています、厳粛な畏れとともに。
いつもHP をあけて、月初めにまず最初に気になるのが、その月にちなんだ短歌や俳句。
(宗)遠の短歌も作者ご自身が考えられているように纏めて、歌集の形にされる時期になっていると感じます。大真面目・面目躍如もあり、同時におどけた寂し みと可笑しみに溢れて、それも面目躍如、しかも奥深い。今更ながらですが付け加えると有即齋のネ―ミングも絶妙です・・!
98歳になる姑の世話をしていると、老いの大変さが感じ取れます。長生きはある意味「罰」でもあると・・長寿はめでたいと言いつつ、最近佐藤愛子氏の本 がベストセラーになっているとか、やはり周囲も含めて大問題、それも自分が引き受けなければならない大問題だと痛感します。
それでも、それでも鴉の日常が穏やかに実り多いものでありますようにと、強く強く願っています。
この一年は、描いたもの、書いたものの「総点検」をしたいと思っています。ここ数年来の詩らしきものも、一度も送っていませんが、自分でもなお迷い多く、躊躇が先に立ちます。
そして前にも書きましたが、関西への、京都や奈良へのアプローチに魅かれています。
繰り返し、どうぞ寒さの折、くれぐれもお身体大切になさってください。 尾張の鳶
* ともすると忘れているが、古代の貴族社会の男女とも、賀を祝われながら自信の長寿を恥じて罪や罰のように謂うのが常であった。あれは謙辞のたぐいであったのか実感か、むしろ実感に近かったのかなと思う。
もう二十年ほど前からであった、日本人がにわかに「長命」に化けてきた気がし始め年々に実感として確認してきた。女のてかった顔を羅列した広告がいっせ いに「若見え」なる新語を声高に囃すようになり、多勢に死なれては来たけれど、わたしより高齢の方もまだまだ上の方にたくさん居られる。めでたいと思い、 しかし、生き続ける難しさ、たしかに「罰」かのように身に痛く思い知られる。
☆ 謹賀新年
年々為すべき事が呆やけてきてこれからの余生をどの様に生きていけば良いのか何をすべきなのか幾つになっても思い悩むことはあるものです
何をする目標もなく生きているのでは健康保険料を食い潰すだけで迷惑な話です 適当なところでおさらばと逝けば良いのですが事はそう簡単にいきません
長生きするというのも難儀なことですね
あと何年生きるのかわかりませんが ご迷惑ながら今暫くは相変わりませず お付き合いを賜りたくお願い申し上げます
御貴家の御多幸と御平安をお祈り申し上げます
平成二十九年 元旦 京 高野 小橋亮三
* 小橋君は、例年おおらかに印象に残る賀状を呉れる。高校時代同年のおおらかな畏友。
☆ 謹んで新年のご挨拶を申し上げます
病気との「「共生」が難しくなってきました。
主婦業の合間こ続けてきた飜訳(主としてフランスの若者を対象にした本)は、原稿のまま、ついに陽の目を見ることもなく、いくつもの段ボール箱の中で 眠っています。ファンタジー全盛のこの時代に、「ハイチー世界初の黒人共和国」だの「ルイズ・ミシェルが夢見た世界」だの「ドレフユス事件」のような歴史 的・社会的なテーマが若い人たちの心をひきつけることはなくなったのでしょうか?
私自身は齢80に達Lようとも、心情的には18歳当時とあまり変わっていないような気がしているのですが・・・
どうか、お元気で幸せな日々をお過ごし下さい。 府中 石川布美 エッセイスト
* 夫君と連名の賀状。布美さんは、弥栄中学でわたしの一年下にいて、やがて東大に進学した、思えば久しく久しい友人、医学書院に勤務の頃、東大構内で久 しぶりにばたっと出会い、びっくりし合った。湖の本もずうっと支援して貰ってきた。病気が気の毒で残念でならない。気持ちはまだまだ若いと。そのことは、 ほんとうによく分かる。わたしも八十一などと、まったく実感していない。
☆ 湖様
すっかりご無沙汰しております。
ご著書をお送りいただいているにもかかわらず何のお便りもせぬご無礼をお許しくださいませ。
新しいを年を迎えてもう9日が過ぎました。
厳しい寒さの中お体の調子はいかがでしょうか?
大病を繰り返された中、執筆活動を続けられているご様子に頭の下がる思いです。
私の最近の様子をお知らせいたします。
仕事の上ではこの数年いくつかの厳しい試練がありましたが ようやく今年は後継者も見つかり先が見えてまいりました。
母の97歳になる姉が介護度4になり、在宅介護に追われていましたが 昨年10月に誤嚥性肺炎を起こしたため、二人ともかかりつけの医師の開業する医療看護介護付きの施設に入所いたしました。
92歳になる母の方が制作活動をやめてから急に年老いてきて、何とか現状維持を続けられるようにと支援しています。
という私も仕事と介護の谷間の日は心身の疲れを解消すべくひたすら休養を取っています。
天災、世界の政治不安の中で、人は時代を経ても自然には無力であり、優れたリーダーも生まないような気がいたします。
どうぞ、ペンの力を奮ってご活躍くださいますよう、
お体に十分ご配慮くださいますよう、お祈り申し上げます。 川崎市 慈
* もう久しくなるが、ペンクラブの会合で出会った。名が同じ、『慈子』の有り難い愛読者であった。
東大卒 企業を興しての主宰者であり大学での講座ももっていたが、びっくりするような高齢の身内を複数かかえて介護にも大わらわで、いまなお奮闘されているらしい。共倒れも危ぶまれ、遠くから気に掛けていたが。
似た例は日本中に散開のわが読者の身にも身のそばにも溢れている。痛ましいことである。お大事にと祈るしかない。
2017 1/9 182
☆ 一月七日と元旦の
秦さんの私語が頭にこびりついています。
* この年になると、夫妻揃って達者ということの難しさを、しみじみ感じる。ご主人が…、奥さんが…と切なくなるお便りがひきも切らない。
「人手がないと何もできません。」「ひとりでは何もできず」「思案」も壁のまえに尽きてしまう。「心でも手でも支えられたいと、つい思ってしまいます」とあるのに、真実、胸うたれる。 「日が永くなっていくのは嬉しい」と。
胸が潰れそうに、よく分かる。
こどもがいても、頼れるどころか、とかく、いまだに年よりの方が頼られていたりする。 * 夕食後、建日子をいまや家の「当主」と頼んで話しあった、が、「して欲しいことが有れば、そう言ってほしい、言われたことはする」と。
その、「して欲しいことが有れば、そう言ってほしい」が、少なくも、わたしには途方もなく重い。「頼まれたことはする」の前に、まず頼まれねばならぬ事を「箇条書きに書き出してほしい」とは、途方に暮れる。「老いの日々」と「書く」しか手がない。
* このさき、難しい晩年を、日一日、わたしたちは迎えねばならない。長寿は、いつしかに身に帯びた罰のようになってきた。
わたくしは父を不充分な世話のあと見送り、一人暮しになった母を、秦さんのようにスープの冷めない距離に呼び寄せて毎日身の回りの世話をし、あちこち通院 にも付き添っていますが、それだけしか出来ず、日々自分の愛も世話も行き届かないことを痛感しています。老親の介護は、子育てと同じく人間のもっとも大切 な仕事と思いますが、これほど重たく難しいものはありません。私などは、とにかく同じ話を何度も聞かされるのが苦痛で、そう思う自分もイヤになります。ど うして母のために自分の時間を捧げ誠実に毎回母の心の相手をできないのかと反省するのですが、ついつい自分の急ぎの仕事を優先してしまうのです。
マザー・テレサはインドの街角で行き倒れのひとを助けるときに、何をしてほしいかとあれこれ訊ねる前に身体を動かしていたでしょう。本当に助けを必要としているとき、ひとは言葉をなくしてしまっているからです。
マザー・テレサがロンドンの公園で一人ぽつんとべンチに座っている男性を見かけて、そのひとのところに行き黙って手を握りしめると、その男性はひとの肌 に触れたのは何年ぶりだろうと涙を流して喜んだというエピソードがあります。愛は胸の中に温めているだけでは愛にならないということ。愛は地道な日々の気 づきとその実践なのだということを教えられます。マザー・テレサはお金を出すだけでは絶対だめだ、自分の手を動かさなければいけないとも言っていました。
微笑みかけるとか話相手をするという日常生活の中の小さな行動に愛をこめられない人間、つまり愛を現実の行動にする習慣のない人間は、絶対に誰かの命を助けるような大きな愛の行為をすることはできないわけです。何も書かない人間が傑作をかけないことと同じです。
ですから、「心でも手でも支えられたい」と、いつも親から、私のような不出来な子どもにそう口にして望んでほしいと思います。それは子どもに愛する努力を教えることになるから。そして子どもの愛の不足を身をもって教えられる存在は親しかいないから。
子どもの仕事に迷惑をかけたくないなどと気にする必要はありません。親を心と手で支えることは、それは真実子どもの人生のためになることで、これを全うできなければ人間の仕事をしないまま人生を過ごしてしまうことになります。
家族というのは古今東西重荷であり、それがあるからこそ人間は底力を発揮できるのではないでしょうか。秦さんもそうでした。
お身体お辛いこともおありでしょうけれど、どうか今日も明日もお元気にお過ごしくださいますように。 セシリア
2017 1/10 182
* 京都からの電話でおどろいた。「おどろく」は古語で目が覚めたということ。
電話の人は「お師匠(おっしょ)はん」とあだなのように呼んでいた小学校の同期生、クラスはちがったが、親夫妻とわたしの叔母との縁で、気分的には親戚 の従妹ぐらいに感じていた。親世代がみんな亡くなり、わたしははやくに東京ヘ出てこのかた、お互いにまったく消息知れず、文通すらなかった。突然の電話に 驚いた。いまどき「コウヘちゃん」と真っ向わたしに呼びかけてくれる人など、ひろい世間に、ま、三人といまい。
踊りの弟子筋が出版社などに問い合わせ、電話番号などわかったというから、個人情報も洩れやすいワケだが、このさいはわたしも懐かしく、ま、朗報であった。さしづめの用はなく、しかし大きな親類筋とのあれこれ、わたしにも察しられるあれこれなど、話したいらしい。
わたしの本は三冊持っていると。「コウヘちゃんの本は、ムズカシなあ」とやられた。「こんなエロなってはるて知らんかった。お弟子さんが、秦 恒平さん知ってますよて、みな云うんでビックリや」と。それはそれはと笑ってしまう。ムズカシそうで、送ってあげられる本が見つからない。
まちがいなくお互いにやはり八十である、弾んだ電話の声ではそれが想像できない。お茶の稽古に来ていた頃はそれは凛として造形的に綺麗な子だったが。
ああ、ビックリしました。
☆ 新しい年
如何おすごしでございましょうか。
『秦 恒平選集第十六巻』ありがとうございました。
重いお話と実験的な形で なかなか読み進めることができませんでした。
「父の陳述」 ようやく読み終え、著者の意図であったのか読者の勝手であったのか、私はひたすら飽海櫻子さんに感情移入しておりました。
先に子を亡くすことは 何より辛いことのように思います。
しかもそれが自分の生き方と深く関わっていることに気づかないわけにはゆかない…その悲しさ悔しさ、どうしようもない思いをぶつける相手を何としても捏造せずにはおれない気持 よくわかるように感じます。
人の記憶は コンビュータのデジタルな蓄積とは違って 牛乳の中にインクが滴りおちてゆくような極めて不安定なもので、最近あメリカでは大切に育てた娘から 性的虐待で訴えられ、身におぼえのない攻撃にさらされて困惑している父親が多いと聞きました。
このとき、真偽のほどを疑いながら、でも女性の置かれた立場に対する不満の爆発と考えるなら、わからなくもないと思いました。
男女同権を教えられ 一生懸命勉強してきたのに、ひとたび結婚すると、家事、育児は否応なく女性の肩にかかってくる……更に大変なのは 文化の違う婚家と実家の板ばさみ…。無意識的に沈澱した鬱屈がつくりだす妄想と 結局は男社会であるという現実。
夫の名で花ひらいている美枝子さん(=作中筆者の妻)の才能は素晴らしいです、でも、違う生き方をしてみたいと思うとき、それを阻むのは夫も含めた男社会であるように思います。
櫻子さんにとって、その男社会を代表しているのは、欠点だらけの目の前の弱い夫であるより、社会的評価を得ている立派な父親です。
女性が溜め込んできた怒りが、今、ネット社会の中で、さまざまな形で噴出してきているように思われます。
メールを使わない私には 読めていない小説のようですが、新しいメディアになじみがないからこそ 相対化して眺めることのできた部分もあったかもしれません。
夫が書いているのか はたまた ふじ乃さんに隠れているのか 櫻子さんの言葉は少なく、それだけに読者は、自分の中で櫻子さんを思い描くことができまし た。 そして、 これこそ著者の意図であり。 ひょっとすると。 私は先生の小説を正しく読んでいるのかもしれないなどと考えてみたりしました。
先生 奥さま どうぞお身体を くれぐれも大切におすごし下さいますように。 羽 京・美大教授
* おそらく全選集の中で最も読みにくい長編へ、これほど率直に私見を伝えて下さった方は少ない、無かったとすら謂えようか。かならずしもわたしの胸奥本 音の扉へまで手はか届いていないけれども、一人の男で夫で女の子の父親であるわたしの読みに、見届けがたい見落ちもあるのかと思ってはいる。
が、今の、明日のわたしに、おそらくは母である妻にも、のこされてある難関はまだ越え得ていないし、越えるべきなのか越えるに値しないのか、老躯に重い 難問だが、正直なところ、わたしたちは、とうに手を挙げて「答案」はもう提出したと思っている。忘れているしかないと思っている。
もう結婚したか、母にもなっているか只一人の血脈の孫、押村みゆ希の愛と聡明とに期待を掛けている。
* 俵屋吉富の佳い京菓子も戴いた。有難う存じます。
2017 1/11 182
* 京都の染織作家渋谷和子さんから、「染 清流館」での一月個展のお誘いに添え、自作の、すばらしい大風呂敷を頂戴した。壁飾りにも美しいが、うちにはそれだけの壁すら無い。グループ展が多かったが個展を奨められる人があって、立派な展覧会になるだろう。
二月には今年度京都府文化賞の授賞式があり来ないか、来て欲しいと府から呼ばれているが、決心出来ていない。
2017 1/11 182
* おいの身におひ安かれとくだされし
かろき鞄を背負ひて立てり
背負う鞄は戦時の国民学校へ入学の大昔から、ほぼ記憶にない。
これなら、とにかくももう片手が使える。ACE マウリッィオ ゾルタサーリとか書いてあるが何も分からないが、感謝感謝。ただ都内へ出てみるには大層かしらん。先ずは富士山でも見にゆこうか。
☆ せめて片手が空いている方が、いくらか危険回避できますから 使ってみてください。杖、と聞き気になっていましたので。
雪、今夜は積もるでしょう。 尾張の鳶
2017 1/14 182
☆ 茅原のとんど
奈良県の「日本書紀を語る講演会」が今日は御所市で開催され、終わったのが3時と早かったので吉祥草寺へ行ってみました。
とんどの日だったからです。
雌雄一対の大とんどは片方が完成していて、もう片方が完成間近でした。
往路は御所駅から歩いたので、お寺のもより駅である玉手駅から帰ろうと駅へ行くと、五條行の電車が来るところ。
上りも下りも1時間に1本。
葛城と金剛から吹き下ろす寒風に小雪が舞います。
吉野口駅でおりて、近鉄に乗り換えることにしました。
何年ぶりでしょう。吉野口駅でおりるのは。北宇智にスイッチバックがあった頃で、ベンチの下に電熱ヒーターが赤く点いていたのが印象的でした。
駅前を歩きながら昨年の晩秋に、吉野ビジターズビューローが実施した「『吉野葛』をあるく」バスツアーを思い出していました。
「ディープな吉野の歩き方」サイトで詳しい報告がされていますが、小説の朗読あり、犬養調の万葉歌朗唱ありのなかなかのツアーでした。
国栖の紙漉きのお宅で引き返したので、あら、残念、小学校跡の碑があるのに、と思ったら、来年にそこを出発点にした後半部分のツアーを計画していますとのこと。
2月は国栖奏見学。5月は天武持統陵から芋峠越えに宮滝まで歩くツアーを実施するそうです。
酉年なのにうっかりしていて まだ石上神社に行っていません。
代わりに天理市の観光キャラクターを新年のごあいさつにお送りします。
満月から少し欠けましたが とんどの空は月が照ることでしょう。
西風が強く、寒中らしい寒さです。
おんみおいといください。 名張の囀雀
* 小説家でもなかなかこうは手紙が書けない。この雀さん、物書きではないが年季が入っている。大和の風光が見えてくる。
2017 1/14 182
* 前にも原善君からのメールがわたしの目に触れていないことがあった。理由は分からなかった、が、また別の人でおなじ事が起きていたと分かった。識った名で ないと、あるいは分かりにくいメールの名乗りであると不良メールかと開きもせず消去することも無いではなく、しかし不良メールには「spam」印が付いて くる。これは問題なく消してしまうが、極く稀には、まともな人からのまともなメールに不良印が付いてくることも無くはなかった。
失礼がありそうなので、一言お断りしておく。
2017 1/17 182
* 不良メールが、この二、三年一日に二、三十は舞い込み続けたが、このところウンと少なくなった。メール往来自体も少なくなっていて、それもそれ、成り行くままでいい。仕事が出来ればそれが有り難い。
☆ お元気ですか、みづうみ。
冷えていますが暖かくお過ごしでしょうか。
トランプ大統領の就 任式が近づいてまいりました。就任前からこんなにすったもんだしている大統領の前途が思いやられます。みづうみは宗教学者の山折先生と対談本をご出版され ていますが、山折先生はトランプ候補勝利を予測していたそうです。当選後のツィッターにこんなものありました。
昨日の夜に宗教学者の山折先生とご一緒させていただいた時に、先生が「トランプが勝つんじゃないかな」「僕はアメリカ生まれだから。アメリカの庶民の感覚を舐めちゃいけないよ」と仰っていて、そうなった時の悲観的な未来予測も聞いた。
まさか先生 それはないよと思ったけどこれは…
知識人支配の衆愚が大衆支配の衆愚になったということなのか。私はクリントン候補が当選したとしても日本は地獄だろうと思っていましたので、現在の政治状況に「処置なし」という以外の言うべき言葉がありません。
昨日の東京新聞にノーベル賞作家ア レクシェービッチのインタビューが掲載されていたのをお読みになっていると思いますが、彼女の、「今国民は、プーチン大統領の言葉に耳を傾けますが、知識 人の言葉は理解不能とされています。知識人は当惑し、沈黙しています。一番恐ろしい対立は、私たち知識人と国民の対立なのです」という言葉に。ぞっとしま した。 芹沢光治良の「知識人の言葉と責任」と同じ状況が再び世界を蔽っているという事実が空恐ろしく感じられます。これから何が起きるのでしょう。
みづうみが、どんどんお仕事が進めていらしゃるように、目の前の自分のすべき仕事をすることが、最善の道でしょうか。 どうぞお元気にお過ごしくださいますように。
樏 かんじきを履いて一歩や雪の上 虚子
2017 1/18 182
☆ 「死後のわれは身かろくどこへも現れむたとへばきみの肩にも乗りて」
中城ふみ子の歌集にそんな歌を見つけて、どきりとしました。
ふみ子は気になる歌人の一人でしたが、子を三人も抱えながら七歳年下の青年を愛し、乳癌に斃れて尚、「音高く夜空に花火うち開きわれは隈なく奪はれてゐ る」と歌い放ち、「遺産なき母が唯一のものとして残しゆく「死」を子らは受取れ」とも詠んだ歌人に、お母様も共鳴なさっていたのではないでしょうか。
物語を語るというのは、心の闇の底に自ら下っていくこと。
大きな物語を語ろうとすればするほどより深いところまで降りて行かなくてはならない、深い闇の力と向き合うにはどうしてもフィジカルな強さが必要になる、そんな文章も目に留まりました。
今日は小雪も舞って、今が最も寒い季節。闇の濃さもひとしおです。
身も心も暖かに。闇の中から、強く美しい言葉を手繰り寄せ、紡ぎ続けてください。 九
2017 1/22 182
* 「尾張の鳶」さんの送ってくれた背負い鞄に、これまでの大きいショルダーの中味を全部移し、背負ってみた。おう。軽くてラク。背負ったまま倚子に腰掛 けると、とかく前かがみになっていたのが、必然背筋シャンと立って、上体が快適。これなら行住坐臥、仕事しながらも背負って過ごそうと決めた。寒い季節は ことに背中温かで快しと、あらためて感謝。緊急時にもこのまま最低必要な筆記具や薬・目薬など持って飛び出せる。
2017 1/22 182
☆ 背負い物
送ったリュックが幾らかお役に立てそうな様子、嬉しく読みました。
背負い鞄と書かれているのに些か年齢の差を感じましたが!、 確かに文字通り背負う鞄ですね。外出の際ではなく、お家でも背負っていらっしゃるのでしょうか?! 背に暖かというのも何故か微笑ましく・・。
街なかでごく普通に年配の方々も背負い鞄を背にかけています。最近年配の女性はスカートをはかない方が多く、パンツにスニーカー、旅ともなればリュック サックを背負った姿をしばしば見かけます。わたし自身は、旅にはスニーカーを履きますが、スカート着用、リュックは使ったことがないのです!
が、鴉には安全を最優先して両手が使える状態で歩いてくださればと、差し出がましくも想ったのです。(片手に杖を持たれていることは伺っていますが。)いずれにしても今は一番寒い時節です、暖まって風邪ひかず大切にお暮らし下さい。
選集の『父の陳述』を読んでいますと、HPにあの頃書かれていた、その経緯、それがこのような筋立てに変わっていく苦しい作業を察するばかりでした。同時に、作業は強い自覚と姿勢がなければ続けられないものだったろうと思いました。
先日一月十一日のHPの「羽」さんの文章があり、女性の置かれた状況を指摘され、櫻子さんの言葉が少ないだけに櫻子さんを思い描くことができた、と。婚 家と実家の板ばさみ・・とありますが、多様な生き方が現実にはあり、結婚だけが良き道とも思われず、現時点で櫻子さんの心底の声を聴きたいなど、とりとめ ない感想をもちました。
今年のわたしの「目標」は、これまで書いたもの、描いたものの再点検だと臆しつつ書きました。手強い作業です。
そして月一回ですが関西まで絵の教室に通うことにしました。十年にもなりますか、京都の個展で出会った日本画の画家に関心をもち、その頃は先生の教室に 通うことは考えられませんでした。今もわたしの状況は大して変わりませんが、テーマをもって指導される機会だということで決心しました。漫然と覚えた技法 ではないものを吸収したいからです。勿論それ以前に描く姿勢を感じ取っているからです。
一回目の教室に参加して驚いたのは、わたしなど(愛知県住まい)より更に遠方からの人が多かったことでした。みな経済的に余裕があるのかなあと思ったり・・。
姑の事、二月には家人の再手術など、まだまだ寒い季節を乗り越えなければなりません。
それにしてもトランプとアメリカの今後・・日本にも大きな影響、シリアの行方、地球規模の自然の問題等々、わたしなどが嘆いてもどうにもならないけれど、無関心ではいられません。
鴉、大事に大事に冬をお過ごし下さい。 尾張の鳶
* 古稀を越え、まだまだ老々介護を含めて家族のためにも吾がためにも大車輪に知情意を駆使し生きている人だ、日に日に活力の衰えを覚えているわたしは、ただ目を瞠っている。どうか、日々怪我なきよう、病気せぬようにと願います。
☆ 新年の御挨拶も致しませず…
今日まで日を過ごしてしまいました。ご心配をおかけしてしまい… お詫び申し上げます。
昨夏まで私は、身を此の世に置きながら、此の世を生きてはおりませんでした。
それでも漸く、助けて下さる方々の御蔭があって、今の職場で働くことが出来るようになりました。
そしてまた、先生にご連絡を取ることが出来るようにもなりました。
「蘇合香」
生き返って、もう一度、生き直す。
そんな気持ちです。
「あらたまの としたちかへる あした」
先生に差し上げようと思って書き始めたメールが書きかけのまま、そのままになって時を過ごしてしまい… 心苦しく思っております。
年末年始、忙しい職場に正月休みは無く「ゆく年」と「くる年」の間を、大女将の家で、同僚十人と共に迎えて、近所の賀茂御祖神社(下鴨神社)に皆で初詣に出かけました。
社殿の前で頭を垂れる時、私はこれまでずっと、何かを願うことはしないで参りました。
でも此の度は、先生のことを願わずにはおれませんでした。
今、住んでいる鷹峯は、中京区より温度がだいぶ低く、毎朝小雪の舞う中、比叡の山や如意谷が雪化粧した姿を目にしながら降りて行きます。
京都で暮らすようになってから、八年が経ちますが、年が明けてからの寒さは、今年が一番厳しいように感じます。
こちらに来てから、私は何度も肺炎になっているので、気を付けて過ごしています。
先生も、どうぞお風邪など召されませぬよう、お身体おいとい下さいませ。
お具合が案じられてなりません。 百
* 四半世紀も昔では なかったか、そう長くはない間の読者であった、が、フイと消え失せていった。この人の周辺に、俳人や詩人のような人らがいて、その人らが或る秋の名月をい わう会合へ招かれて短い話をしたことがあった。そんな機会に出会っていた。優秀なスタイリストだったそうで、当時著名なタレントに付いているとも聞いた気 もする。昨秋、久しぶりに突如便りが届いて懐かしく思い出した。京都にいるという今日只今の事情は察しにくいが、とにかくも健康を回復して勤めているとわ かり安心している。
* 現実を今様とすると不安不満不快が殺到してくる。幸いにわたしは絵空事の世界を豊かに持っていて、そこへ意識を昇華すれば、想い静かに幸せになれる。その世界とは死の世界かと問われれば暫く口をせ噤むが、そこへ死ぬのではない、そこで生きるのである。
☆ お元気ですか、みづうみ。
少し鬱になっていらっしゃるようで、心配しています。でも、今の日本では鬱にならない人間のほうがおかしいとひそかに考えているわたくしです。日本も世 界も安泰で今までのような自由と生活がこれからも続いていくことを信じて疑わない、自分は関係ない、大丈夫という人たちにその理由を教えてほしいと切実に 思います。説得されたいものです。
今、日本が真珠湾攻撃に向かうまでの歴史的経緯を描いた本を読んでいるのですが、これほど把握が深く鮮やかに描かれたドキュメントはめったにないでしょ う。NYタイムズで絶賛されたのも頷けます。一言で言うと、明らかに避けられた戦争でした。そのチャンスはいくらもありました。日本の指導者たちの一部 の、根拠なき楽観につぐ楽観と愚劣な思いこみと無責任を、優れた叙述で炙りだしています。百パーセント負ける戦争と殆どの関係者がわかっていたのに、軍人 でさえ望んでいなかったのに、戦争はやってみなけばわからないと開戦したあんなバカ、こんなバカのせいでと思うと、憤りと口惜しさに耐えかねて、読み続け ることが苦しくなります。今の日本の不幸の根がここにあります。感情を押し殺して読み続けているために一日数ページしか読めなくてまだ読了できませんが、 この本についてはいつかみづうみに書いてみたいと思います。
みづうみほどの高尚な苦悶とは遠いのですが、わたくしも東日本大震災以来基本的に陰々滅滅の気分で過ごしています。関東大震災から二十年であの破局的大戦 に突入していたのと同じ経緯、いえもっと悪い道を日本がたどっているような気がして、時々夜中に目覚めて不安にかられるのです。きっと妄想にかられた暇人 と嗤われるでしょうけれど。
バーナード・ショーは、人生は自分を見つけることではなく、自分を創ることだという意味のことを云っていましたけれど、みづうみのお仕事はまさに秦恒平を 創ることでいらしたと思います。世の中が困難な状況であればあるほど、悪条件でどのような人生を創れるか難しい課題を与えられているのです。今ほど人間力 の試されるやりがいのある状況はないのかもしれません。
フランクルがアウシュビッツを自分の卒業試験であったと表現していたように、そこから生まれるものは気高い何か、より真実なものでありましょう。みづうみ にならって、わたくしも陰々滅滅から自分を何とか創りださなければいけませんね。最後まであきらめない闘士であれたらと願いつつ、相変わらず誰も読んでく れそうにないものを書いて、本にしたいとあがいています。
今日も寒い一日です。お身体もお心も温めてお過ごしくださいませ。
鰤 寒鰤のいづれ見劣りなかりけり 真砂女
☆ 秦恒平 先生
メールをありがとうございました。うれしく拝読いたしました。
体調は、おかげさまで順調に回復しております。とはいえ、感染症がこわく専ら自宅“蟄居”を続けており、ようやく一昨日に4カ月ぶりで人が集まるところ(大学の同窓会役員会)に出席しました。
結局、上智大のギリシア哲学原典講読のセミナーは初回出席しただけで終わりました。長い春休みに入りましたので、“学習計画”を立案、『ギリシア語文法』の再読と「新約聖書」原典を読むことにしました。
プラトン、アリストテレス時代のギリシア語はアテネを中心として使われていたアッティカ語で書かれていますが、新約聖書はさらに後代のコイネーのギリシア語で書かれており、前者より平易なので何とか独習できそうです。
日本語の聖書文語訳と口語訳本、英訳本、聖書辞典そしてギリシア語の原典本を机上に並べ、カタツムリの歩みよりさらにゆっくりと文字を追っております。
今読んでいる本は、秦先生の『罪はわがまえに』、『神は悪の問題に答えられ
るかー神義論をめぐる五つの答え』、そしてポツポツと読み続けている『正法眼蔵』です。
湖の本『谷崎潤一郎の文学』133頁にプラトンのイデア論、139頁にプラトニズムについて言及されています。谷崎は、プラトンを結構読んでいたのでしょうか。
高校時代からプラトンに惹かれており、プラトンという文字が書かれていると追いかけたくなります。因みに、漱石はアリストテレスは読んでいたようですが、
プラトンは出てきません。
秦先生は、「無門關」を読んでいらっしゃる由、私の手許には、安谷白雲の提唱をまとめた『無門關』全3巻が有りますが積ん読です。先ずは御礼まで申しあげます。厳寒の候、お体おいといください。
p.s. 以前にギリシア語について書いた小文を添付しました。お目を通していただけ
ましたらさいわいです。 仁
2017 1/25 182
☆ 「絵を
スキルかのようになお他者から学ぼうというのでしょうか、今。自身のスタイルをひたすら確かにするに役立つのなら、理解しますが。」と厳しく大事なことを指摘してくださったメールを戴いていました。
最も大切なこと、自身のスタイルを確立すること、それ以前に何を描いて描いて描きたいのか、ということを前にすると、これはもう震え上がるしかありませ ん。わたしの頭の中では日本画をはみ出していく要素があまりに多いからです。以前はイタリア風景などが多かったのです。そして今も尚、描きたいなと思う。 同時に「日本回帰」とは言いませんが、日本の、例えば、伊吹山など何度でも描きたいと思っています。さらにわたしが好きなもの、雲の動きや空を描きたい。 が、これまで描いたものに尚多くの戸惑いを感じます。この絵を見て、これがわたしのスタイルかと問えば、弱いなあ、誰の絵かわかるほどの個性などないよ、 と自分で答えるしかありません。おそらくもっと不可解な要素をわたしは描きたいのだと思います。さらに混沌としていくしかないもの・・。
まだまだ道は見えません。 恭
* 古稀なお、師について学びたいと。
* 二点送られてきた絵の、伊吹山の絵は 不充分な写真ながら、吸い込まれるような呑み込まれるようなふかい凄みの「素晴らしそう」な作だった、実の絵が観たいものだ。 2017 1/28 182
* 明日からの二月のために南山城、当尾里の浄瑠璃寺(九体寺本堂)を描いた美しい絵を友達から借りて掲げた。
この寺は、実の父方の当尾里に在り、父の祖父が、明治の廃仏毀釈の折り、大庄屋として、身を以てこの堂に泊まり込み、金色の国宝九体仏を賊達から護りぬいてくれたと聞いている。
もういい大人になってからわたしは、幼少以来初めて父の実家を訪ねたとき、木津市で学校長をしていた当主の叔父は、わたしが訪ねてきたと叔母から知らさ れ、飛んで帰ってきて、いろいろの話のあとで当尾里を深切に案内してくれ、浄瑠璃寺や岩船寺へも連れて行ってくれた。ご住職にも引き合わされた。
☆ 床に「聴雪」の軸が掛かり、号には「欠伸子」とありました。
昨日、大徳寺塔頭庭先の一畳台目御茶室で、薄茶一服いただきました。
客座には膝詰めで、正客・和尚様、次客・熊倉先生、三客・私、お詰め福森先生。偶々ことの成り行きで…同席賜わった二十分間に、いくつか気付いた事がございました。
身体が触れ合うほどの間近で共に茶を喫するとは、戦乱の世であれば、さぞ意味深い事と思いやられ、その事を肌身をもって感じました。
桃山時代に、綺羅を飾った殿方が身近に隣客の息遣いをうけながら、三人も四人も集って一碗を回し飲む、その意味深長を体感致しました。
京都で日々を送っていると、数多の不思議に出会います。
「お茶」は日常にあって、身構えることでも特別なことでもありません。東京でお稽古をしていた時には解らなかったことが、お稽古に通っていない今解ったり、そうだったのか!と、合点がいったりすることが沢山あります。
先生の『茶ノ道廃ルベシ』を読み返す時、京都で暮らしているからこそ気が付けること、京都のモノやコトを見て解ることが沢山あります。
塔頭寺院の小間には「聴雪」と書かれた江月宗玩の色紙がありました。
広間には「黄鴬」から始まり「光・香・東風」と春の息吹に満ちた言葉が散りばめられた表装美しい古嶽宗亘の大幅が掛っていました。
寺院の苔むした庭に芽吹いた蕗の薹の写真を送付させていただきます。
少しなりとも京都の風がお届けできたなら、嬉しく存じます。 百
* 一畳台目の席は、極限まで縮めた茶室で、大人が四人は自体ムリに近い。亭主とも三人(二人客)ならこの上なく密度のたのしめる和敬清寂かつ歓談の一座になる。が、それにしても羨ましい。熊倉さんの名もなつかしい。「百」さんの神出鬼没にも感嘆する。
「聴雪」の二字を床がけにされている江月宗玩の別の一軸をわたしも架蔵していて、真跡だといいがと願っている。
* 京の風がこころよく吹いてくる。
2017 1/31 182
☆ 浄瑠璃寺の絵
少し驚きました。実作をお見せしたら本当にわたしの拙さが否応なく分かってしまいますが。
この絵は2014年6月7日、浄瑠璃寺へ友人の伝手でお手伝いに行き、その夜の行者祭りに参加した時のものです。
その夜は途中から雨が降りました。絵そのものはかなり想像に依って描きました。
前日は京都で「南山城の古寺巡礼展」を見て、加茂少年の家に宿泊。翌日は周辺の道を歩き回りました。石仏の絵も描きました。
「老耄小説」を怪しげに面白がって、どうぞ書き継いでください。
「誰からも嫌われる末路」を徹底して貫くのは、意外に難しいものではないでしょうか。
書く、書けるのは小説家の特別な力です。「不良」の谷崎も書き続けて、それが少々気味悪い?立派な文学になっています。
取り急ぎ
どうぞ元気にお過ごしください。 冨
2017 2/1 183
☆ 秦 先生
湖の本『忘れられぬ画家たち』頂戴しました。
じっくり拝読させて頂きます。
新作長編小説を書き下ろしの由、楽しみに致しております。とはいえ、“体力はゼロに近い”と。呉々もご無理をなさらぬようお祈り申し上げます。
私も今しばらくは“蟄居”を続けます。
一週間前より、取組始めた新約聖書ギリシア語原典を大変面白く読んでいます。
クリスチャンでは無いので、自由な解釈で仏教思想との比較などもしながらゆっくりとゆっくりと読み進めています。 仁
* 新刊の本が届き始めたようだ。
☆ 湖の本 届きました。
有り難う御座います よりも何よりも その元気さに敬服です。
最近 日吉ヶ丘(高校)の東京同期会が上野御徒町でありましたが、ほぼ昨年と変わらないメンバーの出席で、つくづく 「傘寿」が珍しくもない昨今だと確認しました。
とは言え 寝たきりは御免!と願うこの頃です。足は比較的達者ですが、記憶力減退気味のヤレヤレです。
昨年、京都であった傘寿の中学、高校の同期会は気が乗らなくて欠席しました。 花小金井 泉
* 日に日に人の名や堅い名詞が記憶から遠のきがちで、ふっと立ち止まらされる。読んで読めるあいだは好奇心も駆使して盛んに読みたい、その為にも視力と視野 の安定が欲しい、と言いつつ検眼はしたのに眼鏡を作りに行かない。つくる眼鏡つくる眼鏡適確に役に立ってくれないのに懲りているのだ。
☆ 歩かねばいけないと
医者は命じるのに、家での「書いて読んで」の仕事に、つい打ちこんでいます、残年と余命を惜しんでいるのでしょう。
困っているのは「食」の進まないことです、へたな食べようをすると忽ち腸が閉塞ぎみにえづいてしまう。おかげでどの食べ物も美味いと思えなくなって、出来るなら食べないで過ごしたいほどです。しかしそれでは衰弱が進む。
もう一つは、家内とのほか、また病院で医師とのほか、人と会話する機会が全く無くて、これも精神的に不健康なことになっています。書物の中の人物や古人 とは無言ながら盛んに話しますし、このごろは例えば写真の沢口靖子や、死なせた猫たちの墓や、庭へ降りて来る鵯や目白などに盛んに声に出して話しかけてい ます。メールはやはり会話の嬉しさとは懸け離れていますものね。それでも大勢の知己や読者が、ほぼ間断なく手紙やメールで声を掛けてくれて、幸せな作家で す。
ショルダーと杖とで築地まで病院通いしてましたが、背負い鞄(リュック)が好いでしょうと親切な読者が贈ってきて呉れました。まだ使う機会が来てません が、少なくも片手が使える体勢にはなったので、頑張って、京都とまでゆかなくてもどこか近くへでもせめて一泊の旅に出たいなと願っています、いくら願って も果たしたこと、ありませんけれど。
一冊作るのに一万円近くもかかる特装限定の選集も、二十一巻めを進行中で、三十三巻までの予定、それまでは気力を尽くして命大事にと願っています。
今は新作の長編小説を二つの他に、書きかけで置いてあった小説を、次々に仕上げて行く日々を過ごしています。
わたしより年長で存命の先輩、たしかに数少なくありませんが、そういう人たちとも声を掛け合いながら自身を励ましています。息子の暮らしの心配をしなくて済むのも幸せの一つです。
よほど気が向いたら、誘って下さい。
では、お元気で。
☆ 秦恒平様
本日、湖の本133 『忘れられぬ画家たち』をいただきました。いつもながらのご厚情に深謝いたします。
早速に拝見しました。
職業柄、ゆとりのない生活を送ってきましたので、上村松園や村上華岳の名前と代表作ぐらいはテレビで見ておりますが、織田一磨については何も知らず、お恥ずかしい次第でした。
秦さんの哀惜の念のこもった筆に感嘆しました。
織田一磨の石版画については、検索して眺めました。3月末まで町田市の美術館で展覧会が開かれていることも知りました。
「私語の刻」によれば、ご健康の維持には難渋しておられる由。ご夫妻の平安を心からお祈りいたします。
ありがとうございました。 浩 国際基督教大学名誉教授
* 同志社美学の先輩、郡定也名誉教授が旧冬の十五日に亡くなっていた。温和に聡明ないい先輩だった。亡くなるきわまでも「湖の本」を応援して下さった。また寂しくなった。
* ロサンゼルスの池宮さんから、小金井の俳人奥田杏牛さんから、親鸞仏教センターの本多弘之所長から、昭和女子大から、大正大から、それに無中味開新堂主人の山本さんからお手紙があった。山本さんには大小多種類の美味しいクッキーがびっしり詰め合わされた一缶を頂戴した。
有難う存じます。
☆ 秦 兄
ご本拝受しました。有難うございます。昔の職場仲間と美山町のかやぶき集落へ雪景色見物のドライブに行っており、お礼が遅くなり失礼しました。平日で寒い折にもかかわらず、中国からの観光客が交通のさほど便利でもない田舎にまでも大勢押し寄せていたのには驚きました。
どの会も加齢とともに解散を余儀なくされていますが、先週、小・中の同窓会の幹事をしてくれている西村肇君に粟田の同窓生の葬儀の件で電話をしたのですが、電話口での苦しそうな話しぶりに驚きました。肺が弱って喋るのが苦痛とのこと。
「無理してしゃべるな。メールで連絡し合おう」と電話を切りましたが、幹事がそんな状態ゆえ、今後はますます同窓会の開催は困難になってくると思われます。
目に加え、骨折した右手が不自由で捗らず、苛立ちの毎日です。殆ど外出せずに、狭いコックピットに長時間座っているのを案じて引っ張り出してくれたのが、今日の外出です。
世界は変わります。日本も変えなければなりません。本人は大還暦は無理として せめて皇寿位までは生きて、一億二千万分の一の仕事だけはし終えたいと意気込んでいるのですが、果たしてどうなりますか。どうか見守ってお力添えください。
早や立春ですが、寒さはこれからが本番です。
充分ご自愛のうえご活躍ください。 辰 京・北区
* 西村肇君の病状を初めて知った。こころより平安を祈る。京都で暮らしていたら当然のようにわたしの役目だったことを歳久しく肇君が親切に勤めてくれていた。
もう同期の皆で顔を合わす望みは絶えたろうか。
2017 2/3 183
* 静岡大教授小和田哲男さんや、早稲田大、東海大名古屋、神奈川県立文学館、山梨県立文学館、三田文学編集室などから「湖の本133」へ挨拶あり。
☆ 拝復
(前略) いつものように「私語の刻」から拝読を始めましたが、いきなり 私も大好きな「鐵斎」が出て来て、「京の鐵斎」で『蓬莱仙境図』は絶品」とあ るのに、全く共鳴致しました。私は昔、出光美術館の「歿後90年展」で実物を観て驚嘆したことをたちまち想起しました。
「京の散策」では、新作は京都が舞台になり「相変わらず好き放題に歴史の京都をも翔びめぐっている。それそのような『京都』とのつき合いカタこそ『病を 抱いたわたしのためには『妙薬』になっているのだろう」という御文に接し、感銘致しました。こういう御感慨こそ、シンの作家の証と存じました。
本年も呉々も恩体調に留意され、御健筆のほど同世代として心から御期待致しております。敬具
元「新潮」編集長 忠
* 井口哲郎さん 持田鋼一郎さん、小滝英史さん、近藤晴恵さんらからも深切なお便りを頂いている。
☆ 新しい「湖」のご本届きました。
いつもありがとうございます。大切に読ませて頂きます。
特に「京の散策」は楽しみです。
立春の今日はよく晴れ、穏やかな一日でした。
ご体調がよくなられ、お食事が進まれますようお祈りしています。
暖かくなりましたら、ぜひこちらにおいでになれますよう願っています。 みち 秦母方従妹
2017 2/4 183
* 朝一番に、小田原の津田崇さん、すばらしい湘南の干物をたくさん送って下さった。
追いかけるように、写真家の近藤聡さん、純米吟醸の清酒を下さった。ここ二週間ほど日本酒から離れていたので友に逢った心地。近藤さんは昔々「秘色」や 「みごもりの湖」を読まれたころ、それは美しい現地の大判の写真をたくさん送ってきて下さった。それ以来、交流はなかったが写真に添えられていたお手紙を 読み返す折に会い、さ、お元気かな、同じ住所でいいかなと案じつつ今度の「湖の本133」を送った。宛先不明で戻るだろうなと案じていたのに、いち早く 「御礼」の名酒が届いた。幾重にも嬉しく、健勝らしいのを喜んでいる。
☆ <小説を書くということは
物語を作るということ。
物語を作るというのは自分の部屋を作ることに似ている。
部屋をこしらえてそこに人を呼び、そこがまるで自分だけのために用意された場所であるように、相手に感じさせてしまう。それが優れた正しい物語のあり方だと考えます。>
ーある作家の文章を読んでいて、思いがけず「部屋」という言葉に出逢いました。
<相手がその部屋を気に入り、それを自然に受け入れてくれることで自分も救われることになる。なぜなら僕とその相手とは、部屋という媒介を通して、何かを共有することができたから。
それが僕にとって物語の意味であり、小説を書くことの意味です。
物語という部屋の中で僕はなにものにでもなれるし、それはあなたも同じです。それが物語の 力であり、小説の力です。
どこまでが自分の夢で、どこからがほかの誰かの夢なのか、境目が失われてしまうような小説。そういう小説が、僕にとっての「良き小説」の基準です。>
そんな風に言葉は続いています。
別の文では、彼は<希望や喜びを持たない語り手が、我々を囲む厳しい寒さや飢えに対して、恐怖や絶望に対して、どうやって説得力を持ちうるだろう?>とも記しています。
昨夜、湖の本を受け取りました。
まず読み始めた「京の散策」に、「ものがたり」の「もの」とは鬼・霊にこそ通じて> とあるのに頷きつつ、八一さんの声と重なっていくような先の文章を 思い起こしました。「清経入水」「風の奏で」から「冬祭り」へと連なっていくお作の流れも自然と思い合わせられ、興味深く。
立春大吉。明日は雨模様のようですが、月曜には明るい日差しも戻ってくるでしょう。
新作の成りますこと、とても楽しみですが、日々お大切に。
* わたしが作の中の「部屋」で、自在に古人や非在の知己と会話談笑していることを書いたのは岩波「世界」に『最上徳内』を連載し始めたごく最初での発明で あった。上古中国の趙岐も自ら築いた墓室に出入りしては故人と話していたのは識っている。しかし創作と「部屋」とに関わって、わたしが先の連載に「部屋」 を書いたよりも以前、昭和五十七年(一九八二)「世界」十月号よりも以前、三十五年前よりも先だち「作家」である誰かの、上のような発語が著述されていた のなら、寡聞の不明を驚かずにおれない、が、上の読者のメールは、「ある作家」としか書いていない。教えて欲しい。
☆ お元気ですか、みづうみ
湖の本ありがとうございました。早速読み始めています。
鐵斎についてのご講演は初めて読みます。これだけ長く読者を続けていましてもまだ未読の作品のあることにめまいがしそう……。みづうみは息をするように書いていらしたのでございましょう。頑張ってついていかなくてはいけません。
わたくしの死後には、手元のご著書が散逸しないように、海外にお嫁入り先を見つけたいと願って思案しているところです。
ここ数日、日経や朝日に、安倍総理がアメリカの七十万人の雇用を生み出すインフラ整備のために、日本の年金から51兆円を拠出、いや出さないという記事が出る→安倍総理が訪米で異例の厚遇を受けるという記事が出る→やっぱり属国日本はとんでもないお土産を差し出すのだ→このままいくと年金財政が破綻し日本人の老後の生活が成り立たなくなる→日本人の高齢者は生きていけない→悲惨な状況になる前に早く楽に死にたい→その前に救える日本を早くノアの方舟にのせて救出しなければならない→という負のスパイラルの憂鬱を抱えた精神状態です。
みづうみの、紙の貴重なご本は命ある限り愛しんで読んでまいりますが、それでも、今後の命綱は電子化されたデータしかないと痛感しています。とくにみづう みのような膨大な著作がおありの文学者の仕事は、データで遺す必要性を感じます。何度も申し上げますが、本では全部海外に持ち運べません。また、みづうみ は機械環境文藝のパイオニアとしても重要な世界的作家です。お時間の許すときに、ホームページ含め可能な限りの作品をデータに入れていただけますこと重ね てお願いしておきます。
でも、一番大事なのは、早く新作を読ませてくださることです。
高木冨子さんの絵、青が美しくとても好きです。詩も書かれて才能豊かな方ですね。
発送作業のお疲れのでませんよう。
楽しい日曜日お過ごしくださいませ。 梅 わが胸にすむ人ひとり冬の梅 万太郎
* 書庫上の庭に白梅が枝を盛んに広げて、満開。身の丈はせいぜい五、六十センチ。実を謂うと昔に帝国ホテルの支配人をしていた読者から戴いた鉢植えの梅なのを、書庫の上へ土を上げてつくった庭へそのまま下ろしたのが三十年も毎春になると盛んに咲いてくれる。
☆ 先の文章の書き手は
村上春樹です。
「小説を書くということは~」は2001年8月執筆(タイトルは「遠くまで旅する部屋」。
「どこまでが自分の夢で~」は2005年3月27日発表「温かみを醸し出す小説を」。
「希望や喜びを~」は2009年秋発表「物語の善きサイクル」。
何れも『村上春樹 雑文集』2011年1月収録)、
「物語を語るというのは、心の闇の底に~」は、『職業としての小説家』2015年9月です。
村上春樹の「部屋」は、読み手(聞き手)と共有する場として思い描かれています。 九
* 村上春樹はわたしの十四年後に生まれ、わたしの十年後にデビューしている。ふしぎなほど現世の縁のない作家で、何処の國かでしていた演説にだけ、感服した覚えがある。
世紀を隔てて前後していた小説・創作における「部屋」の弁であると分かった。感謝します。
いましも、わたしはわたしの「部屋」で、奇妙のもの語りの入れ替わり入れ替わりつづくのに、聴き入っている。
2017 2/5 183
☆ 「和久傳」節分の掛紙には「福は内・鬼も内」と書いてありました。
メール頂戴しました。ありがとうございます。ご心配頂いた花粉の飛散は、まだのようで…助かってっています。どうぞ、先生もお大事になさって下さいませ。
京の「神楽岡」 神あつまりて遊ぶところ。
今年 今月 今日 今時 神祇官宮主の祝ひまつり…平安宮に、大儺「鬼やらひ」の声が響くころ。
二月二日節分に、先生からの御本が届いて、嬉しくて。
読み始めたら引き込まれ、気が付くと三時間が経っていました。このまま、お休みの一日を楽しく読んで過ごそうとしたのですが…先生への御礼に「追儺」の気分をお伝えしよう、そう思いたちました。
「吉田山には、ときどき神様が降りて来るんだよ。」
母方の祖父は生まれたばかりの私を膝にのせて、話し聞かせたそうですが… 翌年には鬼籍に入ってしまったので、覚えがありません。学生時代を京都で過ごした祖父は、毎朝吉田山中の道を遠回りして通学していたそうです。
山頂の社殿 [ 斎場所 大元宮 ] は、 祭事に限って開かれるとか。茅葺の八角形の本殿に、六角形の後房がついた珍しい形。屋根の上には、方形と円形の勝男木と並んで、宝珠を戴いた露盤がありました。
神仏は習合しているのだなぁと、面白く拝見していると、三人の殿方が後房正面を目指して歩いてこられました。そして静かに一列に並ばれました。それから ゆっくりと謡本を開いて、「神歌」が始まりました。聞き慣れた観世の様ではなく、独特のたゆたう風がありました。本殿から低く漏れ聞こえてくる祝詞と、普 段着のお能。
こんな稀有な機会に恵まれる。京都は、不思議の面白の街です。
「ちはやふる神のひこさの昔より」と謡ったその時、東の方角で鐘が鳴りました。真如堂でしょうか。それとも、くろ谷さん?
お寺の鐘の音を、日に何度も聞くのが京都の日常で す。黄鐘調か、盤渉調か、聞き分けられる耳をもちませんが…何処のお寺の鐘の音も、耳ではなく心に響くので、ただ聴き入るばかりです。
東京の先生のお耳にも、何処かの懐かしいお寺の鐘の音が、蘇りましたなら幸いです。
お身体、くれぐれもおいとい下さいませ。 百 拝
追伸 ———-
今回添付させて頂く写真は、吉田神社の勧請元である春日大社節分會へ以前行った時に写した燈籠です。もう一枚は、疫神祭の時、散供の米が蒔かれる辺りです。
吉田山と神楽岡が、同じ場所を指す言葉だと、京都に来て知りました。
祖父は敬虔なクリスチャンでしたが、神楽岡でたくさんの神様と出逢って楽しんだのだと思います。
* 濃厚に京の風を頬に感じる。よしだじんじゃ、だいげんぐう、しんにょどう、くろだに、かくらおか。 いましも、その界隈を体感しながら奇妙に歪んだ物語を仕上げてやろうと、書き継いでいる。
2017 2/6 183
* 織田一磨の娘さんから、島尾伸三さんから、京の仕出し「菱岩」主人から、また、法政大、立命館大、城西大水玉年図書館から、「湖の本133」へ挨拶があった。
☆ 昨年から
湖の本の第一巻から初めて再・再の通読を続行中です。現在第四七巻「なよたけのかぐやひめ。目下 日々の最大の日課であり最大の楽しみです。
幸い五体健常 頑張ってます。 高槻市 昇
* 高校同期の友人。嬉しい便り。
2017 2/6 183
* 神戸大名誉教授の信太周さん、写真家で昭和八年「酉年年男」の近藤聡さん、紅書房の菊池洋子さん、画家の出店久夫さん尼ね明治学院大、南山大、広島 大、お茶の水女子大から「湖の本133」へご挨拶を戴いた。「みごもりの湖」このかたの愛読者でもあった近藤聡さん、届かないかなあと案じつつ送本したの へお酒や写真も添えてお便りを貰ったのが嬉しい。
☆ (前略)
秦さんのお人柄の一面の流露した貴重な一冊。松園、華岳は大好きな画家ですが、加えて、鐵斎、一磨の良さをおしえられ、いま幸せな気分です。文字も、繪を現出させてくれますね。まだ途中ですが楽しませていただきます。
寒さは続きそうです。どうぞお大切になさって下さい。 元・講談社出版部長 敬
* 京恋しさが乗り移ってか、「京の散策」三度目、喜寿の歳であった「2005年分」も、幸い反響が好い。日録「私語の刻」の私語を抜き出したに過ぎないが、一年を通じて柔らかに主題を追ってのエッセイに成っていようとは、むしろ心がけてきたこと。
2017 2/7 183
☆ 秦 恒平 様
「湖(うみ)の本 133 忘れられぬ画家たち 京の散策(三)」を拝受しま した。
「湖(うみ)の本」が31年もの歴史を刻んできたこと、読者に届けるための過酷ともいえる発送実務までご夫婦でやり遂げて来られて、これからも続けていかれるのでしょう、まことに驚嘆すべき事業だと思います。
インフルエンザが流行しつつある昨今、くれぐれもご自愛ください。 靖 妻の従弟
* 飛鳥を描く画家烏頭尾精さんから色紙繪を戴いた。
* 「選集⑱」送り出しの用意ほぼ満了、待機のみ。十五日納品までを気持ちのびのびしたい仕事に打ち込める。天候次第だが思い切って出かけてみることも。
2017 2/8 183
* 俳人清沢冽太さん、墨画家島田正治さん、故・福田歓一さん夫人、また東大大学院、文教大、神奈川県文学館、天理大、作新学院大等からご挨拶頂いた。
* 俳人奥田杏牛さんから泉屋のクッキーを、川柳作家速川和男さんからカステラを頂戴した。
2017 2/8 183
☆ 織田一麿は未知の人。
彼の核心に迫っていく「石版畫の詩人」は、この畫家の作品を見たいと思わせる一方で、「非在」の畫家を創造した小説とも読ませる力を感じさせてくれました。それはおそらく、今は亡き藝術家への限りない共感と愛惜が文章の根底にあるからなのでしょう。
他者を語る言葉が、いつしか自分を語っていたのだと不意に気付くことがあります。
<八十代になると痺れる魅力が溢れ出てくる、八十代後半の絵の最高にすばらしいこと。「京都」的跼蹐に背いて世界の広大へやすやすと飛翔して行く鐵斎が生きている。>
ー鐵斎を語った言葉が、著者自身の「これから」を照らす言葉になればと心から願っています。
「京の散策」ではないけれど、<熱心に、また孤独に旅に歩いた>鐵斎や<織田の勉強とは、何より「歩く」こと>という織田でもないけれど、佳いお天気だった月曜、「湖の本」を携えて出掛けてきました。
あんまり海が青かったので、東海道線を湯河原の手前の無人駅で降りて海を眺め、引き返して曽我の梅林へ。山々を背に咲き誇る花々を見上げつつ歩くうちに 汗ばんでくるような陽気で、香る春風も心地よく。小田原では城趾公園から二宮神社を巡り、暮れゆく相模湾を見下ろす清閑亭の座敷で一休み。
次は湯河原から先へ、桜の季節の城下町へと、この先の土地に季節に心誘われる散策でした。
<「現在」は決して立ちどまらず、永遠に確かに歩いて前へ進み行くもの>。
大切に過ごしたいと思っています。 九
* 若い身軽さ 羨ましい。
2017 2/8 183
* 古門前の、おっ師匠(しょ)ハンから、お茶菓子になる四種類「梅の壺」が届いた。ありがとう。手紙も追いかけてくるかな。
* はるかな昔から、ひょこっと帰ってきてくれる人たちがいるものだ、逆に影を消してゆく人たちもいて、人生行旅、なんとはなしツロクしている。これも「湖の本」が在ってくれてのことか。
2017 2/9 183
* 京の詩人あきとし・じゅんさん、何必館の梶川芳友と高校の同級生だったと。びっくり。好きな「華岳」を観に祇園の何必館へ行きたくなりましたと。やは り京の漆藝家で京都美術文化賞を受けて貰った望月重延さん、中京大、ノートルダム清心女子大、日本近代文学館からも「湖の本」へご挨拶があった。
☆ 寒い日が
また、つづくようになりました。紅梅の時季です。
『湖の本133』 誠に有難うございます。「私語の刻」で、奥様ともども体調を推察、一日一日を大切に過ごされる御様子に感じ入っています。
今回は、村上華岳から入りました。私も好きで、あの魔力的な画法に惹かれていますが、「五条橋下苦修三昧二十年」の句は存ぜず、「淘げる人」論もとても勉強になりました。代表作は山種あたりで見られるのでしょうか。(雨に濡れたか。中略)
御身大切に。御礼まで。 講談社役員 元・出版部長 徳
* おっ師匠(しょ)ハン やっぱり手紙も呉れた。
先日送ったわたしの『もらひ子』を読んだらしい。
子供の頃、自分が「もらひ子」であり、じつはあの子も「もらひ子」と初めて知った一人が、此のおっ師匠(しょ)ハン だった。五年生か、六年生よりまえであったろう、突如、キリッとして顔も身なりも綺麗な女の子が隣の組へ転入してきた。敗戦して二年と経ってなかったの で、学校中に戦災や引揚げの転入生は溢れてたのだが、その子は、驚いたことにわたしの叔母、むろん血縁のない叔母といたって仲良しの小母さんの「もらひ 子」だった。叔母と小母さんは幾世代も大昔からのわれらが共通母校の卒業生・同級生同士、まさしく近い親戚のように感じていた家へまるで降って湧いた「も らひ子」であったのだ。
わたしは生まれて初めて、「もらひ子」という身上や心情を分かちあっているらしき美少女を識り、率直に動揺も同情もし、血縁なんか問題にならない一と組 の従兄妹同士の気がした。「もらひ子」には「血縁」とは奪い取られたものと小さいわたしは思っていたから、この「従兄妹同士」には、わたし一人が勝手な想 像で思い込みであれ、ある種「同盟」感覚が通っていた。わたしに小説というモノを、それも「もらひ子」小説を書かせた一つの「動力」かのように此の「おっ師匠(しょ)ハン」はけっこうに「機能して」いたとも謂えようか。「おっ師匠(しょ)ハン」とは、昔から若柳だか藤間だかの舞踊の先生をしていて、今でもそうであるらしい。
とはいえ、この若き日々のおっ師匠(しょ)ハンの先行きは、わたしとまた天地ほど、北と南ほど懸け離れていて、およそわたしが東京へ出てこのかた六十年近く、消息もふっつり絶えていた。
それが、ふうッと、便りがきたのだ、此のわが家へ。ああ、もうはや「小説世界」へ入っているかと惘れるほどであるが、懐かしくもある。向こうもとても懐 かしいらしい。呉れた菓子の「梅の壺」を追っかけてきた比較的長い手紙も、まぎれなく「もらひ子」であった運命に殉じて触れてあり、しかも交々の物思いに 今も悩まされているという風情を籠めている。妻もわたしものけぞったほど不思議な事実も語られていた、「この手紙笑わずに読んで下さい。思ったままに書き ました。」と結んである。だが文面を此処に披露はしないでおく。
2017 2/9 183
☆ こんにちは!
立春が過ぎて少し暖かくなるのでは~と楽しみにしていたのですが~ 昨日からの雪がまだ木の枝に残っています〓 厳しい毎日ですが如何お過ごしでしょうか?
先日の「湖の本」で、昨秋にご体調を崩しておられたとの事、心配しております〓 奥様もお疲れになっておられたのでございましょうね… どうぞお二人ともにお元気でご無事にお過ごし下さいませね〓
湖の本を心の寄り所に楽しみに愛読しております!
133巻の京の散策に、思いがけず日吉の同窓の私達3姉兄の事を覚えて頂いてて、びっくり〓でございました〓有り難うございました〓
次姉は5年前に亡くなって寂しくなりました〓 次兄も昨秋義姉が逝去して独りになってしまいました〓 でも何とか元気に暮らしている様でホッとしています〓
このガラ型の携帯は横一列に8文字しか入らないので順列がネットとかスマホで受信されると 乱れる様ですね〓読み難くてごめんなさいね〓
では くれぐれもお身体お大切に お元気でお過ごし下さいませ〓 奈良 絹
* 高卒いらいだから、この後輩と優に六十余年出会っていないのだが、よそ何も古びても薄れてもいないで、昨日にもさよならと別れていたような気がする。わたしは昔々のこういう人たちとはみな変わりなくこういう気持ちで手が触れそうに思い出せる。
☆ (前略)
上村松園の「天保歌妓」には小生も若い頃なんと気品のある女性像なんだろうと憧れた記憶があります。遠い昔の思い出ですが。でも、松園については何も知らずにいました。秦さんの松園論を拝読し、そうだったのか、とあらためて感激しました。ありがとうございます。
寒い折、お身体にお気を付け下さい。 文藝無家協会理事 詠
* 川柳作家速川和男さん、成蹊大、皇學館大から受領の挨拶があった。
* 四時過ぎ、急に、たそがれてきた。山陰など猛烈な寒さと雪らしく、都内でも雪はちらついた。わたしは疲れて、睡い。
2017 2/10 183
☆ 京の朝、雪けしき
この冬、京都に降る雪の回数は、例年に比べずいぶん多いようです。朝、目覚める五時半ころ、鷹峯には何時も小雪が舞っています。この数日の冷え込みはひとしお厳しく、今朝の雪景色は「みごと」でした。
先生にお見せしたい! と思い… 大きな画面のタブレットから送信してみます。前回は、お届け出来なかったようですが… もし、先生の機械の御機嫌が良かったなら、届くかもしれない。そんな望みを託して送ってみます。
文字化けするとヤヤコシイので、文は、こちらの携帯電話から送信します。
雪化粧の姿は、『今宮神社西門』 名高い「あぶり餅」の店、向かい合う辺りです。先生にお馴染み深い界隈ではなくて恐縮ですが… 白の綺麗をお届け出来たなら、と思い… 送らせていただきます。
届かずに、ご迷惑なだけかもしれませんが… 宜しくお願い致します。 百 拝
※ 今宮の焙り餅は懐かしい京の名残り、鄙びていながら平安時代の優雅な花祭りを偲ばせてやまない。「今宮西門の」の雪も美しいが、もう一枚は鷹峯近在の大きな大きな樹を枝ごと埋めた白雪。びっくり。しかし此処へはうまく取り込めなくて惜しい。
* この人も、ひょっこりと遙かな昔から帰ってきた、有り難い「いい読者」です。
☆ 文化。藝術は
「果実よりは花」、「する」ことより「である」ことに価値があると言ったのは、丸山眞男でしたね。
政治や経済は「果実」(結果)が全てで、政治家が「無為」であることは「無能」に等しいが、学者や藝術家は業績(の数)や効用は問題でなく静閑にも意味がある、とも。
現代日本に最も必要なのは、ラディカルな精神的貴族主義とラディカルな民主主義が内面的に結びつくことだと、既に五十年も前に訴えてられていたことを、改めて今、思い起こしています。 九
* わたしはこのように概念的で観念的な、それも人の言葉で自身を語るよりも、別の奮起をこそ若い人に、むろん老耄の自身に対しても、望んでいる。
いま、人の言葉に信を寄せて「無門關」に応じるのなら、わたしはあの宮澤賢治の「雨にも負ケズ」の詩を突き出したい。禅の一字をもっとも静謐に堅固に悟り得ている。
2017 2/11 183
☆ 「忘れられぬ画家たち」 のご本
松園・華岳と夢中で読みました。
魅入られるように以前見た絵が周りを取り囲んでくれるような気がして、静かな美術館の中で絵に浸っているような気すら致します。
何年か前ですが、舞囃子の序の舞のお稽古をしています時、部屋に松園の「序の舞」の大きな絵を貼って励みにしたことがあります。こんな使われ方をして苦笑されていることでしょうね。
「花筐」や「砧」を舞うことができるときがくればとも。
HPの私語の刻で小旅行などしてみようかなーと書かれていましたが、ご夫妻で是非是非お出かけください。お家を空けることが可能になったのですから。杖とリュックがあれば心丈夫でしょう。
寒暖の差も激しいのですが、蝋梅も咲き、白・紅梅もほころんでいます。暖かい地では桜も。
お大事にしてお出かけください。
私たちも興味の赴くまま小旅行をしたり、新聞の販売店がくれます美術展の招待券などで上野あたりまで出かけています。
次なるご創作のご本をお待ちしています。お二人ともご無理なさいませぬようにお気を付けてお過ごしくださいませ。 練馬 晴 妻の親友
* ほんとうに、妻もふと思い立って一緒に出てくれれば、一泊の旅ぐらいは出来ると思うのだが、妻の健康のことも配慮しなくてはいけない。ま、それでも、気の晴れる気を晴らすことは大切と、しみじみ感じてはいる。
新婚のすぐ二、三ヶ月後には、霞ヶ浦を舟で潮来へ渡ったのが懐かしい。
「冬祭り」で描いた鞍馬の火祭、比良のケーブルも、妻と二人だけの旅だった。
名古屋のボストン美術展や熱田神宮へ行ったのも、水戸の偕楽園や袋田の四度の瀧へも、仙台松嶋へも、足利の藤見へも、みな、ふっと思い立ち二人でふいと電車に乗ったものだ。
旅は、やはり劇場での観劇の楽しみと、また味わいが格別にちがう。
前から、いちど、銚子のトンガッタ岬へ立ってみたかったが時間が掛かりそう、全く不案内だし。大きな都会だとなんとか宿もあるだうが。
小説も書きたくて新潟県の村上へも久しく願を掛けてきたが。
なににしても今時、雪國へ向く手はなかろう。
* 前の文春専務寺田英視さん、吹田市の歌人 さんら、湖の本へ挨拶あり。
2017 2/13 183
☆ おじい様
Happy Valentine (赤いハート印) 大好きです!
かお吏&ゆい佳 (亡きやす香一の親友と赤ちゃん)
* 愛らしく元気そうなゆい佳ちゃんに初対面。しかも例年のすてきなチョコレート!!
ありがとう、お二人さん。お元気で。
☆ 雪ふる里
京都東山を「ふとん着て寝たる姿」と書かれたものを見て、最初に思い出したのは、通学路の臥牛山でした。
親元を離れ下宿先で過ごした高校の三年間に、朝な夕な見暮らした臥牛山は、名にし負ふ姿で横たわっていました。
でも『臥牛山』と口にする人は、ほとんどいず、誰もが『お城山』と呼んでいました。
下宿のあった羽黒町は、深い森に囲まれた神社の麓にありました。
隣りあった臥牛山の頂には、かっての舞鶴城・天守跡の碑が据えられており、そこから城下町が一望できました。
夏、たしか七月の初旬に大祭があり「おしゃぎり」と呼ばれる囃子屋台が町中を巡行したように思います。「おしゃぎり」は、大小あって、祇園祭の「鉾」と「山」のような関係だったように思います。そ の姿も巡行の様子も、京都に憧れ祇園祭に倣った、そんな風に思えます。
そういえば… 久しぶりに思い出したことですが… 友人の住んでいた町の名前が「寺町」と「鍛冶町」でした。(=京都市内にも。)
もう、四十五年近くも前のことなのに。もう、長い間思い出したこともなかったのに。
先生の文章を拝読して思い出し始めると、流れた時間が急に短くなって近付いて来たような、不思議な心地になりました。
三面川という大きな川が流れ、瀬波という湯量豊富な温泉の湧く。そして、隣町の名前は『岩船』というのです。岩船は、祝言能ですが… 神社に在る岩船には別の意味がございますね。沢山のことを思い出してしまいそうです。 京・鷹峯 百
追伸 児科医「静允」
和久傳の床の間には、月次の額絵が掛かります。
加藤静允先生は『細石』の号をお持ちですが、この絵には『不入山』と朱く捺されておりました。
おなぐさめになるかどうか… 余所の鳥を送ってみます。 拝
* 思いの柔らかにほぐれてきて、青春の昔や故郷への視野がまた明るんできているらしい、好いことだ。よかったと思う。
わたしは、この「百」さんとは無縁に、或る面から手に入れていた古代の伝説がらみに、上の、三面川、瀬波温泉などという名や土地柄へ久しく、少なくも三 十年ほど以前からつよい好奇の思いを寄せていて、行ってみたい地方の一、二に位置している。ま、それはそれとして、氷閉じていたのかも知れぬ思いがこころ よくほどけていくのは、ゆそながら心地良い。行文からも硬さが抜けている。
丈長の軸、紅い小花の木の枝に鶯色した目白か、四羽がぴちっと身を寄せとまっている。「余所の鳥」も愛らしい。児科医「靜允」と署名されている。わたしの好きな「秋石」門の画人であるか。
☆ みづうみ、お元気ですか。
昨日、稀少で貴重な私家版三冊を目にする機会がありました。秦恒平の初期文学の大切な資料になっており、まだ「作家以前」のみづうみが、その出発点においてすら かくも文藝の香気溢れる作品と本づくりを達成していらしたことが明らかです。今後も久しくきちんと保管継承されて欲しいと、強い責任すら感じています。
「星野書店」というのは現在も営業しているのでしょうか。名古屋のほうの書店の名前として記憶していましたが、無関係なのかしら?
『清経入水』のあとがき、慈子論を書く前に読んでいるべき重要なものだったと思います。『慈子』執筆に至る動機がこんなに美しく書かれている文章を見逃していた自分が不甲斐ないです。少し書き直さなくてはいけません。
風冷えて寒いです。お大事に。
蕪 煮ゆるとき蕪汁とぞ匂ひける 虚子
2017 2/14 183
☆ いわふね せなみ
大化の頃、越國に置かれたとある【磐舟柵】は、『紀記』『続日本記』にみえるそうですが… 白鳳には、もうみえなくなるとか。
【磐舟柵】は、新潟県村上市北西の港町岩船にある『石船神社』境内に在ったともされて、石碑が立っていました。並んで『奥の細道』の句碑もあったような気がするのですが… うろ憶えです。
物部と罔象、能の檜垣もからんで、此の世と此の世ならぬところが交錯する感じがして、その場に長く居ることも、もう一度訪ねることもできない場所でした。
先生、メール頂戴しました。ありがとうございます。
先生の文章を拝読すると、様々なモノ・コトが枝葉のように広がって行きます。もう四十五年近くも前のことを、たった今、其処に居るように感じて、様々に蘇るものがありました。
高校に入学してすぐの頃、下宿から車で十五分ほど離れた『石船神社』に連れて行ってもらいました。
誰が【磐舟】に乗ってやって来たのか? もしくは【磐舟】に乗せて逝かせたのか? それとも又、それらは思いや願いに過ぎないのか?
あまりにも多くの、渦巻くモノやコトが見えるような、聞こえるような気がして… その場に長く居られず… 連れて帰ってもらいました。
村上高校に通った三年間、すぐ近くに暮らしながら、もう一度行ってみたいと思いながら、【磐舟】を再度訪ねることは出来ませんでした。
下宿先は羽黒山の麓で、御神体の山の中腹には【西奈彌羽黒神社】の社殿がありました。毎日ではありませんでしたが、社殿に続く参道の階段を数え切れないほど上り下りしたので、その時吸ったり吐いたりした空気の喉を通る記臆は消えません。
創建は、持統元年。現在「臥牛山」とも「お城山」とも呼ばれる山中に元あったものを、寛永に遷座させたものと聞きました。緑深く連なる隣の峯への遷宮は、社殿を見下ろすのが畏れ多いとの理由からと聞きましたが… 神籬の、美しい山の頂を傷つけて、城という人の棲家を建てておきながら、合わない理屈と、子供ながらに思いました。でも黙っていました。
その遷座を祝って、寛永に始められたのが村上大祭と聞いております。
初めて祭を見た時、笛も鉦も鼓の音も、歌う声も何もかも、海の人の祀りだと感じたのを覚えています。
京都の祇園囃子は、神幸祭と還幸祭で調子が違っていますが… 村上の海人の祭は、それとは違う「なにか」があるように感じます。
それは、今はまだ、私には解りません。解らないから京都に居るのかもしれません。
昨夏、『伯牙山』の町内で聞こえて来た声が耳から離れずにいます。
「悪さしたりするモンや、困ったりする基(もと)んところを、どっか余所へ行ってもらうんやのうて、キツうに追い出すっていうんやのうて、なんていうんかな、おさまる所へおさまってもろうて、なんとかあんじょうにやってこ、な。そんなんが鎮めること違う?」
「鎮める」を探して「鎮め方」をまだ見つけられなくて、京都に居るのかもしれません。
長々と失礼いたしました。
思いつくままに、書き散らしてしまいました。
今回添えた写真は、凍てつく雪の朝も、裸足に草鞋履きで托鉢に出かける『大徳寺僧堂』の雲水の姿です。
冷え込む日が、まだ続いてゆくそうです。
どうぞ、お大切になさって下さいませ。 京・鷹峯 百
* これは思惟の輪を重ねたかのように、わたしの越後へ寄せてきた関心に響き合う。わたしの書きたいな書けるのではと願っていたのは、「百」さんの体験し た世界とはなはだ似通いつつ、時代は降っている。が、つよい刺激を受けた。そしてわたしはわたしの「鎮め方」を凝視しなくてはならない。感謝します。
2017 2/14 183
☆ 猫どん
しばらくまえと思っていても、十年も過ぎているかもしれませんが、鳥の餌台をつくっていました。他所の 猫どんがきて、鳥を観ています。「だめよ」と声をかけるぐらいでしたが、毎日、下に、気配をけして陣どっていました。あるとき、その重そうな猫どんが、二 メートル近くもとびあがって、雀をつかまえてしまいました。
秦さんちの、ことりが狩られたら、と、余計な心配をしています。 柚
* 書庫の屋上からもし他所の「猫どん」がテラスへ跳び下りると、もう一度ニメートル以上を跳ばないと、どこへも逃げて出られない柵が出来ています。しかしそ の柵は晩年の黒いマゴの行方不明は防げましたが、元気な「猫どん」なら越えて仕舞うかな。黒いマゴでもその前のノコでも元気なときはテラスから書庫の上へ 軽く跳び上がっていました。もっとも昨日出現した何処かの「猫ドン」は図体太くてとても跳べそうにはなく、跳びおりても来なかろうとタカをくくっています が、ハテ。
鵯たちね目白たちも、自分たちの「隠れ蓑」かのように舞って来てくれています。ただし鵯は目白を追い払い、目白は隙をねらって隠れ蓑や南天でせっせと食 べてくれています。蜜柑も御飯もよく食べます。木の下でネコやノコや黒いマゴたちが小鳥の来訪を歓迎していると想っています。わたしも妻も浮き浮きしま す。テレビや新聞のニュースが伝える汚濁の津浪から、そうして遁れているかと思うと情けない。
☆ お元気ですか。
あっという間にお正月が過ぎ、1月のスケジュールを終えて、ほっとしたとたんに寒くなって風邪を引いてしまいました。まだすっきりしませんが、今日は街なかへ行き、用件を終え、お菓子を色々と送りました、楽しんで下さい。
湖の本-なつかしく楽しんで居ります。
今日は先日の雪の写真を送ります、わが家の近くでは小鳥が元気に歌って居ります、早く温かくなってほしいな!と思いつつ、無理をせずにお元気でと。 京・北日吉 華
* 感謝。
写真は、渋谷通り坂の途中、小松谷正林寺總門を見入れての雪景と想われる。懐かしい。お寺というと、不思議に「門」に惹かれる。漱石に『門』という秀作がある。禅の『無門關』も在る。
この辺、小松谷というように小松の大臣、平重盛の邸宅があったところで、墓もこの正林寺に在ると思う。いわゆる六波羅の東南極を固めていた。渋谷坂を越 えればそのまま山科へ、近江へ抜けて出られる。つまり都へ入っても来れる。『冬祭り』終焉の場の歌の中山清閑寺は京と山科の境に位置している。
わたしが京都幼稚園へ園のバスで通っていた頃、(真珠湾奇襲・開戦の年だ、)昼御飯をみなでこの正林寺門内で食べたある日、給食に煮た茄子が入ってい て、どうしても「イヤ」、どうしても「食べなさい」で、先生付きで独り境内に残され、大泣きしながら、ぐちゃぐちゃのを嚥み込んだ思い出がある。あれ以来 今日まで煮た茄子をゼッタイに食わなかったが、やはり家では母に口へ押し込まれ嚥み込まされた思い出がある。
さようにもわたしは茄子の煮たのが大っ嫌い。しかし茄子の生っているあの姿形も紫紺の美しさもまた花の優しさも大好きなのであります。茄子は天麩羅でもダメ、漬け物は食べます。
ついでながら、南瓜を煮たのも大嫌いだった。戦時中の代用食で飯にも混ぜて炊かれたが、茄子ほどでなくても辟易した。空腹でも食い気が湧かなかった。そ れが、この二十年ぐらいは薄く切って天麩羅になって出ると甘みを味わえるようになった。青唐辛子も牛蒡もかろうじて噛めるようになった。人参にはいまも手 が出ない。「ずいき」という、なにものだか分からない奇妙な食い物にも辟易した。
ちなみに、茄子喰い大泣きのあの日、同じ幼稚園児で同じその場にいた我が家の真向かいの女の子に「アホや」と嗤われた、嫌いなものが出たら(何と謂うたか)「エプロン」だかのポケットに突っ込んで帰ったら「ええのや」と。そういう知恵も勇気も持ち合わさなかった。
も一つちなみに、この正林寺の界隈、いま書いている小説で使っていて、見確かめにゆきたいのだが、情けない。
* 美学の後輩で京都暮らしの人が、上品な京の干菓子やお香や、わたしにはまさしく故郷・地元「祇園界隈」のいろんな情報を送ってきてくれた。ありがとう。
2017 2/15 183
* 京の美しい干菓子いろいろに「華」さんから戴く。感謝。
* 澤地久枝さん、新刊の往復書簡篇、戴く。
2017 2/16 183
☆ 春待ち
やや春めいた日もある今日この頃。
昨日、今日と選集の発送作業にお忙しいかと思います。慌てず急がずゆっくりと・・そして順調にお仕事が捗りますように。決して無理なさらないように。
家人が入院していまして、やや忙しい日々を過ごしています。昨日退院かと思いましたが、まだ微熱があり、皮膚科の診察の件もあり、大事をとって退院は明 日土曜日になりました。乗り継いで二時間近くかかる病院への往復はそれなりに大変ですが、家事に関してはラクをしています。毎日よく歩いて・・少し腰痛が あるのは、さすがに年齢かと些か気になりますが。
HPに掲載されてある浄瑠璃寺の絵。青、群青などの色はやはり日本人の好む色ということでしょうね。
わたくしは、今は伊吹山の、春待つ風景を描いています。絹に仏画の模写、外国の風景も描きたい。
19日には近江に出かけます。
くれぐれもお身体大切に、大切に。 尾張の鳶
2017 2/17 183
* 松嶋屋の片岡我當君、リバビリに励んでいる中で、代筆の方を介して「選集⑱」を祝いかつ助勢してくれた。忝ない。リハビリの甲斐あって舞台に復帰の日を心より期待し応援したい。
☆ 春が
近づいています。今日は、春一番とか。
本日、選集第18巻、確かに受け取りました。心より厚く御礼を申し上げます。
すごく嬉しく思います 心から感謝とともに 河幹夫
* 「湖の本」へもお便りが来る。
☆ いわゆる
「終活」が一向に進まなくて弱っています。物を捨てることは仕方ないけれど 先祖の物語や自分自身の思い出を捨てることは耐えがたく思えます。 府中市 石川布美 翻訳家・エッセイスト
* 深く頷く。中学以来の同年。たくさんなモノも思いも蓄えて仕舞っているのだ、勤勉に生真面目に生きてきた者には。
☆ 御礼
選集第十八巻お送りいただきありがとうございました。
お食事が進まないのは難儀なことですね。傍らで迪子さんもお辛いのではとお察しいたします。
一口でも多く召し上がれますように。
昨日の陽気で豊後も咲き始め、白加賀は満開です。
まだ変わりやすいお天気ですが、どうぞお大事になさってください。 下関 碧 2017 2/18 183
☆ 真冬日 札幌より
hatakさん 撰集が今日届きました。湖の本133巻も無事着いております。いつもご送付頂きありがとうございます。僅かながら、撰集へ支援を振り込んでおきました。
今回お送り頂いた湖の本で織田一磨をはじめて知り、作品(の実物)を観てみたいと思いました。43歳の秦さんが一所懸命一磨に向き合って書いておられて、少し微笑ましく拝読しました。
年末年始の忙しさがそのまま続き、成績会議、業績評価、機構改革と会議・書類に追い回されている毎日です。とはいうものの、霞ヶ関から羽田へ移動の途中 に東銀座で歌舞伎座に飛び込んだりして、限られた時間の中で、文芸も忘れまいとしています。1月の「井伊大老」は昨年秋に直弼の玄孫に当たる方に那覇の茶 の催しでお目にかかる機会がありましたので、より身近に感じられました。彦根市長も勤められた井伊直愛氏の妻文子氏が旧琉球王家の尚家から嫁いでいますの で、歌人であった文子氏やそのご子息と沖縄は縁があるのです。ご子息とは会果てた後ホテルのバーで小半時お話をしたのですが、私の専門が農学であることを お話しすると、父直愛氏が東大農学部の出身で滋賀の大学で教鞭をとっていたこともあったのですと懐かしそうにおっしゃっていたのが印象的でした。
私の「埋木舎」は石垣島の海に面したアパートでしたので、青松ならぬモクマオウの防風林の松籟を聞きながら一人茶を喫していた頃を想い出し、また、直弼の「炭の書」に詳細な炭点前の道具組の絵図があったことなどを想い出しました。
来月には大学院の講義で上京しますので、時間があれば、古径の「日高川」を観ようかと思っております。
とりとめのないメールになりました。奥様共々お体おいとい下さい。 maokat
* わたしの胸の内ではmaokatでは呼びつけっぽいので maokaton と呼んでいる。maokatonに、わたしが読み終えたら馬琴の大力作『椿説弓張月』を上げたい。日本人の沖縄を書いたもっとも古いかも知れない面白い稗史小説である。沖縄が自身の「埋木舎」だったというmaokaton、馬琴の猛烈な博学の多くに逼れるだろう、専攻の佳い論攷が書けるかも知れない。もう一週間とせずわたしは読み終えそう。
2017 2/18 183
☆ 全集第18巻、拝見、脱帽
『秦恒平選集』第18巻 『梁塵秘抄』『閑吟集』の堂々たる刊行を慶祝します。
昨夜、拝見しました。
惹きつけられて夜更かししました。
脱帽しました。
ありがとうございました。 浩 国際基督教大学名誉教授
☆ 御礼
「秦恒平選集第18巻」をご恵贈賜り まことにありがとうございます。
大変うれしく拝受いたしました。厚く御礼申し上げます。
『閑吟集』は、秦先生のNHKブックスの単行本で初めて知りました。1986年9月に広島の書店で購いました。500年前にこんな面白い本が作られていたのですね。今の世の中では先ず出てこない本だと思います。
学生時代に江戸川柳の本を読んで面白がっていましたが、閑吟集は雅な面白さがあります。
この度、立派な装丁のゆったりした組版でこゝろ新たに読ませて頂きます。書斎でなく居間のテーブルの上に置き、ゆっくりとページを繰っております。
体調は回復途上で、家にいる限りは元気に過ごしています。感染症が恐いのでもうしばらくは“蟄居”を続け、私の啓蟄は4月を目途としております。
気候の変わり目、呉々も御身おいといください。 篠崎仁
* 江戸時代「人間・人物」研究で精到いたらざる無き大学者は森銑三先生に真っ先にだれもが指を折る。その「森銑三著作集」全十三巻はわたしのもっも愛読してきた大森林にも似た宝庫で、いまこの機械から立つだけで手の届く書架に並んでいる。
昨日から、その著作集の充実した月報を一纏めに括りだしたのを、読み出した。大勢の人が森先生に触れてさまざまに語られており、それはそれでかけがえ無く貴重な読み物を成している。
森銑三先生とは、わたしが「世界」に『最上徳内』を連載し始めたら、早速にお手紙を下さり励まして下さった。どんなに力を得たか、森銑三を識った程の人 なら、それが大変な後押しであったと直ぐ判って下さるだろう。その頃森先生は入院されていて、早稲田で講義を聴いていたという小林保治教授とお見舞いに上 がり、病室で、元気なお声でのお話しを多々お聴きできたのを思い出す。その後も、ご著書をどんどんと送って下さった。「徳内」を書いて良かったなあとしみ じみ今も思う。
似た思いをわたしは幸せなことに、『花と風』で荻原井泉水さん、『谷崎論』で野村尚吾さん、『日本を読む』で下村寅太郎先生等々、数え切れないほど大勢 の大先達から声を掛けてきて頂いた。まさにみな大先達であったことが、わたしの名誉であり、しかしつぎつぎに亡くなられていってわたしは寂しい思いに耐え ねばならなかった。
できれば、きちんと書き残しおきたいと、願っている。
2017 2/19 183
☆ 勤め先の店に、お弁当を注文下さる方があり、今日「淀」へ、配達にまいりました。
お届け先の住所を見ると、「 伏見区葭島渡場島町」とあったので…「ふしみ」が『伏水』に、『巨椋池』に、姿を変えて広がって、浮きたつ心地で「烏丸御池」から東西線に乗りました。
「三条」で京阪電車に乗り換えて、高架の成った「淀」駅に降りたつと、隣駅の「八幡市」男山の杜が手にとるように見えました。
お昼前の光まばゆい時間だったのに… 『石清水八幡宮』の上に、月がのぼった様に思われ… 水面にうつった様に思われて…『山崎の渡し』に居る心地になりました。
「葭」は「蘆」ですか? 祇園会に出る「芦刈山」の文字・横物一幅をお書きになられたのは『上村松篁』でいらっしゃいましたか?
先生。
昨日、私は戸惑い、かえしごとに取り組めない日を送りました。
それは…昨日、先生がお届け下さった、うつくしい御本を拝見した時に、浮かんだ「誠実」という言葉に対する、後ろめたい気持ちからです。
御本は、しなやかに深い思いがこもるもの。その願いや想いを届けようとする貴いおこないが象になって現れたもの。そう感じられました。そんな大切な御本を、私のように放埓に生きてきた人間が、頂いてしまって良いのか? という、禁忌にちかい思いからです。惑いの淵をさ迷いながら、長いあいだ身勝手な生き方をしてきた自分のおこないに、苛まれるのです。
惹きつけられて止まない、引き込まれるような激しい思いと、禁忌で押し留めようとする思いとが、交錯し、葛藤がおさまらない。
でも… あまり重く考え過ぎると、此の世を生きて居れないので…すこし、気楽に考えてみます。
後白河法皇との遊び方を、今ように、工夫してみます。室町の職人歌合を目に浮かべながら、楽しんでみます。
御礼を申し上げるのが遅くなりました。
御本を有り難うございました。
まだ表紙に触れてみただけで、頁をくるに至っておりませんが…せっかくの御本、身に染みるように読んでゆきたいと思っています。
美大で染色を専攻していた時、天然染料で染めると、手間も暇もかかりますが、深く濃く芯まで染まったその色は、化学染料とは比べものにならない輝きを放ったことを思い出しました。
先生のお書きになる言葉や文体の、本物の美しさに染まるように、重ねて読んでゆきたいと思っています。
京都の染物の色つやが、他所のものより飛び抜けていると眼に映るのは、水が良いからと聞きました。
そうですね。『巨椋池』をふくむ一帯は、かつて『山城湖』と呼ばれ広い『みづうみ』だったそうですもの。清らの水に包まれて、晒されてきた歴史のあればこそと頷けます。
長々と申し訳ないことでございます。いつも短くまとめられず…どうか、お許し下さいませ。
また、末筆で失礼ながら、先生の尊いお仕事をお続けになるお体調がお平かでありますこと、お祈り致しております。 京 鷹峯 百 拝
* 京都の空気をそのままのように送ってくれる、メール。根は、越後村上の人としか知らなかった。どんな流転の歳月でいま京都にか穿鑿などしたくはない、美しいもの、はるかなものへの思い深い独特の視野を折り有れば伝えて欲しい。
名張の囀雀さんが、独特の視野・視線とことばで、厖大な上古探訪を多年伝えてくれた。
尾張の鳶さんは、海外の街や文物の匂いを、多年伝えてくれた。
人一倍わたしは「動かない」怠け者。そのわたしに、こういう贈り物は、宝に同じい。
☆ みづうみ、お元気ですか。
選集第十八巻ありがとうございました。
学生時代には、『梁塵秘抄』も『閑吟集』も現代日本人にはまるで外国語のように縁遠い古典に思ってきたのですが、初めてみづうみの『梁塵秘抄 信仰と愛 欲の歌謡』『閑吟集 孤心と戀愛の歌謡』を読んで衝撃を受けたことを思いだします。こんなに生彩に溢れた面白いものと知らずにきたことを恥ずかしく思いま した。秦恒平はこの歌謡の古典に再び生命をふきこんで現代日本文学に甦らせた文学者です。もちろん解説書ではなく、文藝評論というより、古典再生しつつ、 秦恒平の美の世界を構築している見事な創作でありましょう。この二作品は間違いなく日本人の必読書だと思います。この作品を読まなかったら、私の日本、日 本人への理解はどれほど貧しいものであったかと怖いくらいです。わたくしの愛読書です。
それにしましても、巻頭のお写真のみづうみの若々しいこと! 思わずタイムマシーンに乗って逢いにいきたいと思ってしまいました。
樏 樏(かんじき)をはいて一歩や雪の上 虚子
* 恋ヶ窪の翻訳家持田鋼一郎さん、柏崎市の藤田理史君、ロサンゼルスの池宮千代子さん、日本近代文学館、西東京市図書館から「選集⑱」受領のご挨拶があった。
☆ 拝啓
御高著『秦恒平選集』第十八巻を有り難く頂戴いたしました。
御高齢を思わせない、お仕事の御継続に脱帽いたします。名古屋もからまる、なつかしい御本です。御礼申しあげます。
ラヂオに御出演いただいて以来、何年になりましょうか。
小生はそろそろ退こうと思い始めています。この四月、壇の浦での「先帝、まつり」に招かれるのを幕引きにいたします。幸い、月刊学術雑誌に一本を投稿、掲載の予定で、これも幕引きといたします。敬具 山下宏明 名大名誉教授
☆ 庭の紅梅が満開となり、
寒風り中にもほんの少し春を感ずるひろとなりました。本日はご高著をご恵贈たまわりまして、まことにありがとうございました。
梁塵秘抄も閑吟集も、真剣に読むことがありませんでしたので たいそう勉強になりました。
「小歌の魅惑、そして春は逝き」の面白さを堪能、ことにちろりの解釈は、ああなるほどと膝を打ったことでございます。男女の行く果てにまでたどりつくとは、小歌の懐の深さでございますね。目を見張りました。
吉行(淳之介)の「男の性にとって都合良く支配的に傾いた女」とは真に言い得て妙と存じます。
とりわけ印象に残りましたのは「なるみ」さんとのやりとりでございます、なんと優雅で奥ゆかしいことか…ただもう、うっとりとしか言葉が出てまいりません うらやましゅうございます。
お心遣い厚く御礼申し上げます。
ご自愛下さいませ。 かしこ 京・鳴瀧 浪 作家
* 過分のご支援、感謝申します。札幌のmaokatonからも。ありがとう存じます。
☆ ありがとうございます。
「中村」の若女将へ、先生が御礼状のハガキに添えて書かれた「閑吟集」小歌の36番の返信に123とあった、というやりとりに、何とまあ優雅な教養ある文 (ふみ)の応酬か、と感動してしまいます。若女将の夭逝は残念なことでございますね。ご健在ならばさぞかし佳き読者でいらっしゃったことでしょうに…。 渋谷・笹塚 宏
* 「宏」さん、相模原の篠崎功さん、ご支援に感謝申します。
* 「梁塵秘抄」といい「閑吟集」といい題字をみるとはるかに縁遠そうに思われようが、一歩踏み込まれれば、今日の都会の盛り場でうろうろしている幼いほ どの子女ですら「へえ」と眼を耀かせそうなほど親しくも面白い佳い歌謡・小歌に満ち満ちている。「知らなきゃ損、損」とはこのような日本人の古典である。
2017 2/20 183
☆ 啓
今朝六時半から始まった「八島」を琵琶、能の二人の人間国宝で観て、すぐ『能の平家物語』を持って来て、しおりの入ってゐるところを開けたら「八島」でした。ただただ美しいものをこちら(ロサンゼルス)ででも観ることが出来て嬉しくて今も胸がドキドキしてゐます。
五月にそちらへ行く予定(東京には十日頃)です。その時はぜひお会いしたいし、又 美しいものを沢山みたいです。
日本中 雪で真っ白ですね、ニュースを見ると雪とトランプです。アメリカは一体どーなる事かしらと皆案じて居ります。此処も今は雨のシーズンで外は少し寒いです。
おっと家の初釜も済ませ ボチボチと道具を片づけてゐます。亭主六分ら客四分とか 一人で悦に入って居ります。でも今年はさすがに少し疲れました。年です。来年のお正月は、と考えます。
床は瑞雲 淡々齋にしましたが、蓋置御紋の永楽を使わせて頂きました。
御成婚から御退位迄、私は楽しませて頂きました。 皆さん拝見を所望されます。そして私は”トクトクと” ハハハ…御陰様で。
想い出ずる昔のこと
ばかりです。
お寒い折柄 呉々もお体お大切に。
一昨日御本(湖の本133)頂きました。ありがとうございます。
昨日迪子様より南天のきれいなお便り頂きました。 マゴちゃんが亡くなったとの事御愁傷様です。
私は小猫のカレンダーと ぬいぐるみの犬か猫かわからないけどカワイイ子ちゃんと同居してゐます。 年にしては元気と人様は言って下さいますが さて どーか。
そんな毎日を暮らしてゐます。二月十一日 (昔の紀元節ですね)
お二方様 千代子
* こういうお便りに取り巻かれるように暮らせているのをわたしたちは幸せに感じている。何方ものご健勝を心よりいつも願っている。
2017 2/20 183
☆ 選集拝受
秦先生、ご無沙汰で失礼ばかりいたしております。
昨日は、何よりのご本を頂戴いたしました。有り難うございます。
三十年近く所属している俳句の会(大正末期に江戸川乱歩を見いだした小酒井不木が周辺の書生達と始めた遊びの句会です。)の恒例の俳画展が始まり、毎日 のようにデパートのギャラリイ通い。慌ただしい日々を過ごしており、まだゆっくり拝読出来ませんが、なんと魅力的なご本でしょう。俳句仲間である生け花の 家元から、「今度の花展のテーマは童歌で、梁塵秘抄の中の歌も取り上げたい」と『梁塵秘抄』が話題に上ったばかり。
私は帝王後白河に興味津々ですし、先生が耳元で語って下さる様な文体に引きずり込まれます。後記の艶っぽいエピソードにも惹かれますね。なんて素敵な若女将でしょう。
ずいぶん以前「船津屋」にはお茶会などで、二,三度行ったことがあります。河口堰で眺めがちょっと残念ですが。あれもこれもと思い出しながら、夢中になりそうで、
心より御礼申し上げます。 愛知県 珊
☆ 餅
南河内郡太子町。孝徳天皇陵前にこんな橋(写真)があります。
大道横町のお菊の店で
のれんの向こうの紅だすき
餅は食いたしお菊は見たし
おかげ参りの餅屋橋
そして伊勢松阪では
月に望月の名あれば
餅に萩の餅桜餅の名あり
正月の鏡餅より師走の餅花に至るまで
年中かき餅の欠くこと無く
幾よ餅のいく世尽せず
棚より落ちし牡丹餅の果報ありて
餅で頬うたるる仕合わせ
木に餅のなる喜び
もちこむ大福、五福餅
七福神の布袋餅
金もち蔵もち千喜もちなりとも
金が大きくなると云へば
めでたき祝の鳥の子餅
歌賃といへば雅味あり
餬餅といへば禅味あり
酒を悪くめる聖あれど
佛も善哉善哉と曰ひけめと
我田へ水餅も君子の交わり淡き粟餅の曲なるべしと
ものもちの餅舎のあるじが
もちものの餅に因める品々をもち出して
同好の友に見せばやとこの目録とはなしぬ
栄耀にむいたる餅の皮とな思ひたまひそ
松阪市立歴史民俗資料館では、5月14日まで、長谷川可同(1868~1925)の餅に関するコレクションの一部が公開されています。
1920年に自宅の敷地内に木造二階建ての〈餅舎〉を建てた可同でしたが、わずか5年後に死去し、〈餅舎〉は1941年頃に閉館。
1990年代に取り壊されて、長谷川家の蔵に移されたコレクションはのちに松阪市に寄贈され、市は2013年にその一部を公開したそうです。
お伊勢さん菓子博に合わせて2度目の公開をしているようで、調査が済むのはまだまだ先のことみたいですねぇ。
餅舎ではふたつ重ねの丸い座布団がすすめられたそうですよ。
北は北海道、満州から、南はどこまででしたか、餅菓子の包み紙のコレクションは見飽きないものでした。
せんだってお水取りの試別火のニュースがあり、昨日は春一番。
日差しがまぶしくなり水がぬくなって、この日曜日に谷崎潤一郎記念館、富田砕花旧居、倚松庵とめぐってきました。
倚松庵は昨年12月に再開館したとのことで、工事中の写真を見せてくださいました。 囀雀
* 囀雀さんと識ってもう厖大な歳月が積み上げられた。少しも変わらず、頑強なほど自身の世界を報じてくれながら、わたしの「仕事」の間近にいて、無心に歌を唄ってくれる人だ。
* 中野完二さん、清酒「やまと櫻」を下さる。
* 馬場あき子さんから有り難い口添えがあった由、喜多流の香川靖嗣から四月一日の「隅田川」へ招待状が届いた。観たかった。馬場さんにも感謝。四月には友枝昭世さんの「三輪」の招待も来ている。ありがたいことだ。
* 色川大吉先生、島津忠夫さんのご遺族、また早稲田の図書館、昭和女子大図書館からも、「選集⑱巻」受領のご挨拶が届いている。
凸版からは、早々、請求書が届いている。1,771,200円。大体、限定150部より心持ち著者用に多めに製本しているが、いつも、これほど、ないし やや多くを製作費として支払っている。現金など遺しても仕方がない。「本」は、わたしと妻との、文字どおり「紙碑」「紙の墓」であり、それとても年々歳々 朽ちて失せて行く。笑える。
* 日本文藝家協会の事務局長からも、「湖の本」へ挨拶が来ていた。
2017 2/21 183
* わたしより四つ年上で同じ大学の経済を出ていた人の「詩集」をもらった。「ほんやら洞」とも縁があったらしい。「フォークソングの歌詞から生活語詩の 提唱へ」と帯に書かれてある。「歌詞」ではあるだろうが、「詩」は汲みにくい。世間にはあまりに自称「作家」も多いが、「詩人」「歌人」「俳人」という安 い名乗りも多過ぎるなあ。「学者」もなあ。「政治家」も。「大統領」も、壊れておるよ。
☆ 感謝、そして
秦先生 風花の舞う寒い一日でした。お変わりありませんか?
選集第十八巻、うれしく拝受いたしました。ありがとうございます。
九体寺のお写真を拝見し、昔むかしに一度、訪ねたことをおもいだしました。
京都から入ったので、そういえばあの時は、ずいぶん遠いところだと感じたのでした。
詩歌日本の抒情4「愛と友情の歌」を繰り返し手に取る私には、今度のご本はとても楽しみなものです。
「読むということは、作ることにくらべて総じて知的な作業だが」という言葉をどこかで眼にしたとき、
先生の「読み」の面白さの理由が分かったような気がしました。
寒さの底、どうか、奥様もともに、大切におすごしくださいませ。 各務原 都 詩人
☆ 「試別火」の頃
「早く京都に帰りたい」そう思いながら、東京で暮らしていました。「京都に帰らなけれならない」と思い続けて暮らしていました。
ようやくに、帰洛の叶った今、「奈良に帰りたい」と思う日があります。 百
* 根は越後の人。重い述懐がなされていると想われる。
2017 2/21 183
* 安藤啓一さん、川島民親さん、藤原龍一郎さん、星合美弥子さん、「選集⑱」へご助勢を頂いた。
立命館大、画家池田良則さん、医師勝田貞夫さん、また小松市の井口哲郎さんからも、ご挨拶を頂いた。
☆ 小降りの雪は止んでいます。
「第十八巻」いただきました。刊行のスピードに驚いています。「梁塵秘抄」か「閑吟集」のどちらかは、いつもハンドバッグに入っています。小型(NHKブックス)なので。病院の待時間などに拾い読みしています。(中略)
昨日、小松高校の管理職OB会がありました。一年に一回その時を名づけて「雨水会」と呼んでいます。二十人ほど集まりました。八七歳の先輩が一人、私は その次です。私に続くのは八十歳の元教頭です。家の者から夜の運転はとめられセガ゜レが送ってくれました。帰りはタクシーで、三千三百七十円。生れて始め ての体験でした。
今日はヒコの食い初めに招かれています。娘の孫です。孫夫婦がどうしてもというので宮参りと銘酒「高砂」の茶寮に参ります。
浄瑠璃寺を背景の口絵写真、これはいいですねむ。「秦 恒平」が写っています。
いつか小林秀雄の文章の中で、評論とても己を語るもの、評論で自己表現する――というようなことを見た覚えがあります。
秦さんのお作 小説・エッセイ・評論を読み返していて、その思いを、今更ながらに実感しています。それは、私から「秦 恒平」を遠くしているように思えてなりません。お会いするのがこわい、そんな思いもどこかにあります。『選集』がどこまで続くか。十八巻並んだ背表紙を見 ていると なぜか ビビッているようにも感じます。
てりあえずお受取まで。奥様によろしくお伝え下さい。 井口哲郎 元。石川近代文学館館長
* 昼間ならまだ達者に運転なさっている。杖でよろよろの外出も出来ないわたしより遙かにお元気。
「評論とても己を語るもの」もとより、思い、考え、感じに感じて「書く者」の本来であるだろう、それを力にかつがつ日々を前へ歩んで生きている。
わたしの方から金沢へ小松へ出かけたいものだが。冬は荷嵩が気になるので。.
☆ 御礼
この度は選集第18巻をお届けくださり有り難うございます。『梁塵秘抄』はNHKで秦さんのお話を直接聴いて日本の古典に新しく目を開かれた思い出多い作品です。『閑吟集』と併せて日々楽しませていただきます。
長編を落ち着いて読むゆとりがないのですが、この18巻は、どのページでもその都度楽しめるので疲れた心の癒やしになります。日記に食がすすまないとありますが、お酒を送りますので気の向かれたとき召し上がってください。
お二人のご健勝をお祈りしています(送り状を荷物に同封するつもりでしたがうっかり忘れていました)。 吉備の人
☆ ありがとうございました。
梁塵秘抄と閑吟集は わたくしの大好きな作品の一つです。それが一冊のご本になったのですから うれしくて・・・
先生 迪子さま ありがとうございました。
先生のお体に障らないように 柑橘を少しばかりお送りいたしました。
お健やかに と お祈りいたしております。 神戸 章
* 今様や小歌の一つ二つでも読んだ人は、必ずといえるほど虜になるのが「梁塵秘抄」「閑吟集」の魅力。さらにそれらの歌謡一つ一つを読み込んで味わうに到れば、いわば我が身の宝ものに成る。
* 「湖の本135」を、小説二篇を主に、ほぼ編輯・編成した。もう、十一時になる。夕食後、寝室で校正し、読書し、暫く眠った。妻は、わたしのいない間に、わたしの苦手な「ポワロ」「コロンボ」らと密会している。そういうときは無視して機械のある二階へあがる。
2017 2/22 183
☆ ありがとうございました。
梁塵秘抄と閑吟集は わたくしの大好きな作品の一つです。それが一冊のご本になったのですから うれしくて・・・
先生 迪子さま ありがとうございました。
先生のお体に障らないように 柑橘を少しばかりお送りいたしました。
お健やかに と お祈りいたしております。 神戸 章
* 今様や小歌の一つ二つでも読んだ人は、必ずといえるほど虜になるのが「梁塵秘抄」「閑吟集」の魅力。さらにそれらの歌謡一つ一つを読み込んで味わうに到れば、いわば我が身の宝ものに成る。
2017 2/22 183
☆ 猫柳の
銀毛の花穂が膨らみ始め早春の気が感じられるようになりました。
湖の本133 並びに 選集第十八巻の恵与に預かりまして有難うございました 御厚意詢に嬉しく心からの御禮を申上げます。
年明けから何度目かの入院をし やっと許可が出て無人の拙宅に戻りましたところ、清拭された床の間に据えた三方の上に秦さんの御本が載り、「ゆづり葉」 の一枝が添えてありました。 秦さんの著作を大切にしている私を慮って息男がして置いてくれた処置と推察されました。整頓好きの息男夫婦ですので私の留守 中も通って来て家の中はきれいにいたしてくれているのですが、庭は老残の宅らしく、八重葎茂れる宿でしたのを庭師を入れて整えておいてくれました。 この 庭師が二十五年前から特に手がけてくれたのが「酔芙蓉」と「ゆづり葉」でした。
其角に
ゆづり葉や口にふくみて筆始
の句があり 芭蕉の「ゆづり葉感心に存候」の賛辞があります。江戸では(でもカ)祝意を含むと意識されてきました。(私の生家神田の足袋問屋で江戸の頃から祝い物と伝承されてきました)
そんな事情もあって御本嬉しく拝読しました。
湖の本の四画家論では、好みの一磨と華岳を書いて下さっているのを有難く読みました。
一磨では「芙蓉」 華岳の「牡丹」、秦さんの文行で私の感性の位置を確かめました。
選集の梁塵秘抄 何度か仙台の授業でも扱いましたのでなつかしいアルバムを繰るような思いをしました。
一方、閑吟集は 東京品川の国文研に戻ってから新しく出てきた中世歌謡の資料と併せながら読む勉強会で若手の連中に刺戟されながら触れた記憶が鮮明なので これまた楽しく拝読しました。
まだ体調充分ではなく、近日中に病院に戻ることになると思いますが、それまで御本を楽しませていただきます。感謝しております 有難うございました。
如月廿日 松野陽一 (東北大学名誉教授)
秦 恒平様 玉案下
* 涙がにじむほど有り難いお手紙。「ゆづり葉」二枚を丁寧に添えて下さっている。有難う存じます。
ご体調のすみやかなご回復を願わずにおれない。
なんというご息男ご夫婦の心清やかなご孝心であろう。診療を重ねられている老境のお父上が退院してこられる留守宅が、家も庭も清らかにいつも清掃されてあるとは、どんなに嬉しく心地良い安心を得られることかと、これに涙を流した。
☆ なつかしい名著
「梁塵秘抄」「閑吟集」をお収めの選集第十八巻 ありがたく拝受いたしました。御礼まで一言申し上げます。
寒中呉々も御自愛下さい。敬具 今西祐一郎 國文学研究資料館館長 九大名誉教授
☆ しっかりした装幀の御本に
やはり書物はこうあってほしいものと実感いたします。
今回は中世歌謡集の『梁塵秘抄』『閑吟集』とあり、小生、不勉強で両歌謡集とも読んでおらず、名前でしか知りませんでしたというのも恥しく、今回ぜひに 拝読させていただこうと思います。まずは、秦さんの本文に入る前に両集の歌をまず読み、声に出してうたってみています。ありがとうございました。不一 詠 作家 文藝家協会理事
☆ この年は
雪の多い寒い日がつゞきます。御元気の御様子なによりに存じます。京にいながら京について書かれたものを楽しませて頂いています。ありがとう存じます。
心ばかりの春へのあこがれのおみそ(=ふきのとう)
おかゆがよろしいかと―― 松井孝・明子 陶芸家
* 奈良の東淳子さん、五個荘の川島民親さんらから有り難いご支援を戴いた。
* 今度も、妻の妹から多大の応援・助勢を貰った。たいそう助けられています。感謝。
2017 2/23 183
☆ 「籠りの僧の沓の音」
身体の芯にふれる様な。
触れられて、思わず目を閉じてしまう様な。
そんな言葉に出会った時、そんな文章を読んでしまった時、抜書きして箱の中に、しまって置く。
そんな癖が、小さい頃からありました。
『修二會』について書かれた(井上靖の)一篇なども。
いつものことであるが、私にはお水取りの読経も、声明の節廻しも、春の潮がそのためにゆったりと、こちらに引き寄せられて来るような思いに捉えられる。そして断続的に聞こえている烈しい沓の音は、雪国の張りつめた氷が割れる音のようにさえ聞こえてくる。
何年か前、イルクーツクに行った時、イルクーツク大学教授クドリャフツェフ氏が、街の中心部を流れているアンガラ川の氷が割れる音は、春を呼ぶ音である と説明してくれたことがあったが、その時、私はなんとなくその氷の割れる音を、お水取りの籠りの僧の沓の音に結びつけて聞いていた。大洋では、春の潮が ゆったりと動き出し、大陸の氷結した河川では烈しい音を立てて川面は割れ始め、そして春はゆっくりと近付いてくるのである。
私はこのお水取りの行法の底を流れているものは、やはり春を呼ぶ心であろうかと思う。確かに春というものは、このように厳しく烈しい行法を営むことに よってしか、呼び寄せることのできないものであるかも知れない。或いはまたこれだけの礼をつくして迎えなければならぬものであるかも知れないのである。
—– 中略 —-
深夜の達陀の行法は、火と水の、火天と水天の劇である。堂童子が内陣と礼堂を区切っている大戸帳を、驚くべき技術で、きりきりと巻き上げた時から劇は始まる。十貫余の大松明が内陣を駆け廻り、最後は礼堂に 投げ出される。
—– 中略 —–
とまれ、二月堂修二會は、素晴らしい音楽的構成を持った大ドラマである。神秘でもあり、劫初的でもあり、敬虔でもあるふしぎなエネルギーに満ち溢れた大 ドラマである。仏教以外に神道とも、修験とも、そして異国の宗教とも関係があったに違いない大ドラマである。韓国で今日も生きている重要な宗教行事・燃灯 會とも大きい関わりを持っているかも知れない。
しかし、何より日本の古代の、今は想像することも難しいおおらかな心が、そのままの形で、この修二會の中に仕舞われていることだけは間違いないことのように思われる。
書き写した唐箋には、『賛交』のゆかしい防虫香が深く染みていて、だいぶ以前のもののようでしたが… いつ何処に書かれたものか、記さずに置いてありました。
メールを頂戴し、先生のお書きになる文を読む時、私はいつも自分が蔦葛になったような気がします。
光明皇后の『五月一日御願経・佛説宝雨経』に「衆生に快楽を与ふ」とあります。「遍く慈雨の降りそそぐ」ことで植物が育ちゆく。蔓草が四方に伸びゆく。 そんなふうに、自身が蔦葛となって恵みの雨を浴び、すこし育つ。先生の書かれたものは、知らず知らずそんな気持ちで読んでしまうのです。
すみません。取り留めないことで…
東京は、今日すこし暖かな雨が降ると聞きました。
いち日いち日を、どうぞお大事に、お大切に、お過ごしくださいませ。 京・鷹峯 百
2017 2/23 183
☆ (前略)たまたま
「梁塵秘抄」を読み直していたところだったので、嬉しく拝読しています。新書として刊行されたものノのなかには、時に本物の名著がありますね。
語りかけのリズムが、梁塵秘抄、閑吟集のリズムと響きあって、ただ目で追うと入りづらい歌謡の魅力を、ストンと胸におちるように伝えてくれ、時代背景までが浮んできます。
昔、友人(桃山晴衣といい、小唄の若い家元でしたが、後にピーター・ブルックと仕事をしていました)が、梁塵秘抄の歌の復元に挑戦していた頃のことも懐しく思い出しています。
大切にゆっくりと、これからもあじわいます。
お身体どうぞおいとい下さい。 敬 元・講談社出版部長「群像」編集長
☆ いつも
お心づかいをいただき恐縮し感謝いたしております。
小説(=仮題「清水坂」)が進んでいますこと、期待と喜びでいっぱいです。「先生が大変な状態で執筆されている」と感じつつ、早く完成された作品を読みたいと願っている自分です。すみません。
ご健康 心よりお祈り致します。 今治市 元図書館長 木村年孝
* この木村さんのお住まいがある四国へ実地に渡ってこないと、十分でないと分かっているので、とても苦しい思いを抱いたままジリジリと物語を組み立てている。
☆(前略)
「梁塵秘抄」493番 心に染み入りました。
毎日、先祖に手を合わせ、盆、正月、彼岸には孫たちも集り、南無帰依佛、南無帰依法、南無帰依僧と手を合わせています。
408番のような華やいだ歌も収められていますし、ご著書により一層面白さが分かります。
銀座でご拝眉を得ましたのは、平成26年11月6日でした。ホテルで選集第3巻をいただきました。家内もお相伴させていただき、やす幸で乾杯、楽しいひとときを懐かしく思い出します。
全三十三巻に向け、何よりご健康でと、お祈り申し上げます。
この週末、来たの天満宮に行ってきます。 紀の川市 三宅貞雄 朱心書肆主人
些少。同封致しました、お納め下さい。
* 出逢いから遠からず五十年にも達しよう。お互い様、元気に過ごしましょう、また出会いましょう。
* 鴨川の昼下がり 都鳥たちの写真が、京都から。おお、ありやなしや。
いざこととはむ
2017 2/24 183
* 前の藝術至上主義文藝学会会長馬渡憲三郎さん、村上開新堂主人、名古屋市の画廊主大脇八壽子さん、金沢の作家金田小夜子さん、また、国会図書館、批評家佐高信さんから、「選集⑱」へご挨拶があった。
金田さんからは名菓羽二重餅や瀟洒に美味い洋菓子にくわえ、有り難い御助勢も戴いた。感謝申します。
名古屋の大脇さんからも好いお手紙に添えてみごとな栗菓子を戴いた。大脇さんとは、『墨牡丹』そして華岳の御縁で、所蔵の華岳の観音様を拝見に、瑞穂区 の画廊まで出向いたことがあった。親切に迎えて頂いた。久しく御縁がなかったが、ふとお元気かなと電話したら喜ばれた。『忘れられぬ画家たち』を贈ったの へ、なつかしそうに好いお手紙を戴いた。遠くの人がまた久しぶりに帰ってこられたような気がしている。それだけわたしの晩年が熟してきているということ か。
☆ (前略)
恥ずかしい話ですが、閑吟集と梁塵秘抄をゆっくりと読んだのは、「湖の本」のエッセイシリーズでした。雑駁な知識(知識ともいえない程度のものでした が、)として知っている程度で、ちゃんと読むということはありませんでした。とりわけ閑吟集は難解で、少し読んでは止め、また思い出しては読むようなあり さまでした。
そこで救われたのが、先生のエッセイシリーズの「閑吟集」でした。それぞれの歌を読みとれた御文章を道標にして読みすすみました。歌の深さや思いをすこしずつ楽しむことが出来ました。
そういう意味でも、この第十八巻は 私には格別の巻です。これからまたゆっくりと拝読させていただこうと思っております。
本当にありがとうございました。
春には、いま少しの時間も必要な陽気ですので、どうか、ご自愛下さいますよう念じております。
御礼まで。 敬具 馬渡憲三郎 前、藝術至上主義文藝学会会長
追伸
春の薫りをと思い、代り映えもしませんが 文旦を少しお送りさせていただきました。今月の末頃に発送とのことでした。少しお楽しみいただければと存じております。ご笑納のほどを
2017 2/25 183
* 朝一番に、永田澄雄さんから千疋屋の美しいほどのフルーツゼリーを沢山頂戴した。 2017 2/26 183
* 「水甕」という大きな短歌結社が臨時増刊で「五十年史」を出したのは、昭和三十八年(一九六三)五月だった。わたしはもう東京で、勤めながら独りで小説を書き始めていた。
その四百数十頁もの分厚い雑誌に、386人の「水甕人自選歌」も掲載されていて、作者五十音順と思われる一等最初に、「給田みどり」の名のあるのには、 これまでも何度も目をとめてきた。五十音のトップであるからは、「きゅうた・みどり」ではない、姓は「あいた」と読まれているのだ。
わたしの中学時代の、また、亡くなられるまでもわたしの懐かしい恩師であった「きゅうた・みどり」先生は、たしかに歌を詠まれ、当然にもわたしの短歌に つよい後押しをして下さった。尾上柴舟門の「水甕」に加わっておられたかは知らないのだ、が、いかにもという印象はある。
で、今回は掲載十首を丁寧に読み返し、まちがいないあの「きゅうた」先生だと確信した。
もともと「あいた」と苗字を読むのが本来で、しかし戦後の新制の栄中学では、だれにも分かりよく「きゅうた・みどり」先生で通されていたのだろう、他の先生方も例外なく「きゅうた先生」と呼んでおられた。生徒にも慕われて、ほんとうに優しいいい先生だった。
* ここまで書いて急に先を書くのが惜しくなった。べつに、新ためてていねいに一編の私小説なりエッセイなりに仕立てられる、そう催すちからが湧いてきた。
この「私語」は、文藝連鎖にもと心がけてきたので、ここから出発して別作として書き進めたらと感じたり思ったりした例・箇所は沢山ある。その可能性を実 感していながら、つい、そのまま通過していた。それでいいとも思っていた。わたしのこれらの「私語」を或る程度の分類に応じて、只、並べただけの例えば 「京の散策」や「詩歌断想」や「文学を読む」や「ペンと政治」などがそれなりに読者の皆さんに許容されてきたのも、断片の発語なりに文藝という意思や意欲 を持ち続けてきたからだろうと、ま、思っている。
わたしの「内」に、書かれて膨れようとしている酵母のような種がまだ無数に生きていて、出番を待ってくれているという実感がある。なかなか、ボヤッと遊んでいられない。
2017 2/26 183
☆ 平城
美大へ進み東京で、ひとり暮らしを始めた年の夏、初めて奈良を訪れました。東大寺という名は、聞き知っていましたが… どうしてか、耳に馴染まない言葉でした。寺内へは門を通って入るもの、そう思って『 大華厳寺』と扁額を掲げた南大門の前に立ちました。でも見たことのない新しい門だったので、そこから入るのが躊躇われて… その辺りに住む人に尋ねて見ると「もうひとつ門がある」と教えて下さいました。その『てがい門』という言葉には聞き憶えがあったので、そこから入ることに
しました。
ずいぶん歩いて辿りつくと、そこの地名には『転害』とあり、私の聞き憶えていた『碾鎧』と違っていましたが… 見憶えのある門だったので、安心して入りました。
大佛殿を巡る廻廊に沿って、蓮の花が咲き初めて香る気持ちの良い日でした。でも私は、心が揺れて治まらない。「どうして大佛殿が小さくなってしまったのか? 」また「みかをきらきらし」と誰もが称えた相貌が違って見えるのか?
治められない心地で、風に吹かれながら立ちすくんでいる時、蓮の花が異様なのに気付きました。風に揺れる蓮の花が、みな同じ方角を向いて咲いているのです。これまで見てきた花達は、思
い思いの方へそれぞれ向かって咲いていました。でも此処に咲く花達は、供花を手向けるかのように一斉に、東を向いて咲いているのです。捧げるかのように向いた方向は、若草山の麓『法華堂』を指していました。ああ、彼処へ行けば良いのだと、安堵して歩き始めました。
「奈良へ帰りたい」と思ってしまう理由は、他にも幾つかありますが… すんなりと身を置ける場所は、国内では「京都」と「奈良」の二ヶ所だけ。あと、もう一つ「近江」は、帰りたいとはまた違うのですが… 身よこたえる場所と感じます。
東大寺は、ただ「おほてら」と呼んでいたような気がします。 鎌倉時代の南大門を、なぜ新しいと感じたのか? 「てがい」を何故「唐臼」と聞き知っていたのか? 殿舎の大きさや相貌に何故疑問を持ったのか?
今ならば、落ち着いて説明できますが…
ずっと隠すというか、知らない振りをして生きて参りましたので、整理をつけられずにおりました。特に歴史の授業は苦手で… 昔のことはその場に行って感じるもの、其処で思い出すもので、覚えるものではないと混乱するばかりでした。
何と申し上げれば良いのでしょうか。子供の頃から、同年代の方々と、何か違ったところがあると気付いてはおりましたが… 還暦を迎えた今になって漸く、歪みは歪みとして受け入れて、此の世に身を置いて、生きて行けば良いのだと、思えるようになってきました。
「試別火」について、お伝え申す前に、あまり長くなってしまいましたので、また後ほどにさせていただきます。 失礼致します。 百 拝
* 難しそうないろんな問題をはらんだと想われるお便りである。わたしにも相応の推量が利くが、検討を失しているかも知れない。
「別火」という語にはわたしなりの読みを試みたことがあるが、「百」さんが写真でみせてくれた「別火房」とある三字が或る施設ないし坊舎の名か僧の名乗りか、写真でだけでは分からない。
「おべっかをつかう」という言葉があり、また特殊な事態や行事に「別火」を以てすることは、民俗にも宗教者の世間にもあった。「おべっか」の語がそれへ果 たして関連しているかどうか、「試別火」とは用いる「火」を異にしてなにごとかを為すまたは成す意味に繋がるか、わたしは知りたい。
* 三十年ちかい昔にわずかな期間の「湖の本」読者であった当時東京在住のこの人が美大生であったなど察しも出来ていなかった、ほとんど何も識っていなかったことがよく分かる。物語に耳を傾けたい心地である。
2017 2/26 183
☆ 夜九時過ぎ、視力は如何・・
お疲れになった時、浄瑠璃寺の絵を機械の画面で見て下さっているとのこと、いくらかでも、ほんの少しでもお心を安らげるお役に立てれば嬉しい限りです。
選集の御本の写真、浄瑠璃寺の本堂を背にして見上げる姿で写っている、その視線の先にあるのは三重塔。生涯文学への意欲もつ、気力溢れる盛年の御姿です。
病院通いの一週間が過ぎ、静かな日常になりました。(中略)
伊吹山の絵はもう少しで完成、とにかく一枚一枚描き進めます。ラナンキュラスの複雑
な花弁のデッサンも面白かったです。
わたしは歩き過ぎたのか、この十日ほど筋肉痛で殊に階段の上りがつらく大変でした。外出もママならなかったのですが、徐々に軽快してきました。こんな時こそ、本当に長期の旅行に出かけたい気持ちになります。
今は長いメールが書けません。
どうぞお体大切にお過ごしください。梅の花が咲き始め、春の気配を其処此処に感じます。
この二月ほとんど外出されなかったとHPに書かれていましたが、とにかく用心して、佳い季節を迎えて下さいますように。 尾張の鳶
2017 2/26 183
* 馬渡憲三郎さんからフレッシュで大きくておいしい土佐文旦をたくさん頂いた。吉田章子さんからのネーブル、永田澄雄さんの千疋屋フルーツゼリー。生々と清々と、有り難い。
2017 2/26 183
☆ 春の気配を
そこここに感じられる今日この頃です。ご健勝にておすごしのことと存じます。いつもながらご厚情、ご配慮に心からお礼を申し上げます。
昨年末をもちまして国際ペンの実務から解放されましたので ようやく時間的にも精神的にも余裕をもてるようになり、それに応じ先生からのご恵賜いただいた数々の御著をあらためて読み直しています。
そのたびに感じるのは文学創作に関して真の情熱と思いを抱く本格派の作家先生がペンの世界ではほとんど見られなくなってしまった昨今のジリ貧ぶりです。
その意味でも先生の存在とご活躍ぶりは私にとって大変なはげみとなっております。今後ともますますのご活躍を祈念申し上げます。 堀武昭 前・国際ペン常務理事
* 私のことはヌキにして言うが、堀さんのペン世界への批判・批評はまことに図星をついている。日本のペンクラブの世界に向けても誇れる顔は、島崎藤村、 正宗白鳥、志賀直哉、川端康成、芹沢光治良、石川達三、中村光夫、遠藤周作らの会長名で代弁されていた。ほんとうなら今は大江健三郎を会長に、まことに 「日本文学と世界文学」の今後を優れて裨益してゆかねばならないのに、「文学」への真摯な努力で実績を積んできた人たちは、ほとんどが現在ペンクラブに ソッポを向いてしまっている。
今日、ペン会員の有志らしき一団が、理事選挙への支持期待を手紙で寄せてきたが、そこに名をつらねた大方は、「文学・文藝」の豊かに価値高い実績など全 くもっていないのをわたしは危惧する。そういう人も汗をかいてペンの為に前向きに頑張ってくれるのはいいとしても、理事会を主導する空気は「文学・文藝」 の香気であって欲しい。まるで「多数派工作」めいてもいて、それはそれとしても、少なくも日本ペンクラブは国際ペンの一翼として「文学・文藝」の質実高邁 で以てこそ存在感をもたねばウソだろう。
* 沖縄の名嘉みゆきさん、静岡の鳥井きよみさん、花巻市の及川恵美子さん、また京都の詩人あきとしじゅんさんから、「選集」へご支援を戴いた。 元岩波の高本邦彦さん、喜多流シテ方香川靖嗣さん、奈良県の永栄啓伸さん、中野区の福田良子さんからご挨拶があった。
* 有元毅さんに頂いた純米大吟醸「獺祭」の美味いこと、姿勢までシャーンとした。
☆ 如月から弥生へ
秦先生、二月も、あっという間に明日一日限りとなりましたね。
今年は、暖冬だった昨年より二週間ほど梅の開花が遅れているようで、(岐阜・各務原では=)ようやく昨日今日、ほころびはじめました。
寒いのも苦手ですが、三月に入ると花粉症に悩まされるのも辛いことです。
この寒い季節限定酒、というのをお送りしました。明日のお昼過ぎにとどくはずです。
お口に合いますかどうか、お試しくださればうれしいです。
季節の変わり目。どうぞ、お大切に、奥様も。 都 詩人
2017 2/27 183
* maokaton
茶道古典全集と 椿説弓張月 を謹呈致します。
前者は 流儀を超えた斯道の古典、南方録やや槐記など 興深いものあり、あなたなら受け入れて下さるかと。
「弓張月」は、沖縄こそわが埋木舎 とあったあなたの述懐に呼応しました。たいした馬琴懸命の快作です。事実、史実などとは思われず、稗史小説の渾身の藝をおもしろがってください、とにかくも琉球王朝を描いて力作です。地名や島の名などの実否はよくおわかりと思います。
いまさっき病院の診察から帰宅し、ご連絡をしてなかったのに気づいて慌てました。
お二人とも、どうぞお元気で。 hatak
☆ hatakさん
文献、椿説弓張月到着を楽しみにしております。
今日明日は会議室にカンヅメで、150人分の業績評価をする予定です。
二月つもごり、日射しはすこし春めいてきました。 maokat
* いい本のいいお嫁入りが出来てよかった。書庫の本を、本当に喜んでくださる方になら、惜しまず差し上げる気でいる。「この手の本はありませんか」と具 体的に方角をさだめて要望してくだされば、今今野わたしの創作や仕事に関わっていない限り、大きく纏めてでも差し上げますので、どうぞお申し越し下さい。 わたしら老夫婦で荷造り可能なら送り出します。maokatonへもかなりの荷嵩だったが好い具合に空き箱を利用できた。
☆ 不退の行法
皇極元年、蘇我毛人が雨を乞う「悔過」を奏上した。『日本書紀』にみえるこの記事が「悔過」の初見と聞きました。
『修二會』は「悔過法會」として、天平勝宝四年「大佛開眼會」の行われた同じ年から一度も途絶えることなく続き、今年で1266回を数える「不退の行 法」です。旧暦二月に「上七日」「下七日」合わせて十四日間の本行と、それに先立つ「六日間の試別火」「三日間の惣別火」の行法です。
佛教の生まれたころに遡る、古いインドの言葉を探られた方が、「悔過」を、「あとになって、悪いことをしたと思うこと」 「懺悔」を「人に罪のゆるしを請うこと」と解りやすく訳しておられました。
『修二會』は密教の経典『十一面神呪経』のもと、二月堂の本尊・十一面観世音菩薩に懺悔する、悔過の行法です。
閼伽を汲み、佛前に供えることから『お水取り』 二月堂に籠る練行衆の足元を照らす道明かりから『お松明』とも呼ばれています。
悔過
本日、二月二十八日で別火を勤め終え、明日、三月一日から本行にのぞまれます。
「別火坊」について、お伝え申そうと思いながら… とぎれとぎれとなりまして… 恐れ入ります。
勤め先の歓送迎会が連日あり、今日もこれから出掛けるところです。 京・鷹峯 百
* 「同じ釜の飯を食った仲」と、むかしは耳にもした。今でも云う人はあろう。たいていはそれを「同士」と謂った語感で諒承しているが、実は底の深い意思表明でもあった、とわたしは思っている。
同火の食を分かちあう仲という同士たちは、別火の食を同士・同類外に強いることがあった。差別である。「別火」の根底は神・霊へのささげものを人とは別 の火で調理して供した、敬神敬佛の振る舞いに端を発していたに違いない。修二会の「別火の勤め」も聖なるものとの深い接触にさいして厳重になされた次元の 高い差別の認識行為であろう。俗の火ではない火で、会式が成し遂げられる。そういう意味でこの「別火」俗界より尊い「お別火」として堅く守られる。
これが世間化してくると「同じ火で炊いた釜の飯を食う」のという同士感へ転じて行ったのだと思う。「おべっか」は「お別火」であり、「お別火をつかう」 とは、だれとなく煙たい他者を他へ逸らして尻を背を向ける一種へつらい気味の差別行為になる。上司を外しておいて部下だけで呑みに行くようなものである。 もっと深刻な差別もあったに違いなく、いまでもあるであろうと想われる。
これが、わたしの「別火」観であります。そのように書いたことも有る。
* 「百」さんの送ってきてくれた、多分「悔過」の女像、なかなか描けている。もっと大きな図像なのであろう、観てみたい気がする。
2017 2/28 183
☆ 「秦 恒平選集第十七巻」ありがとうございました。
昨年は歿後百年 今年は生誕百五十年 個人の自由を尊重し 軍国主義を嫌った夏目漱石は 今日の世の中をどう思うだろうとかんがえます。
漱石の作品は なんだか男の側の言い分のような気がして『草枕』以外は苦手だったのですが、
先生の『心』についての解釈から、漱石に対する印象が突然変わりました。あのときから 読み方の全体、更には人の見方まで違ってきたような気がいたします。
「言はで思ふぞ」「書かで言ふぞ」の世界が私の中に少し入ってきたようでした。
名作とは 読み手それぞれの理解に応じて読書の喜びを与えるもの、そして、優れた読みが作品を更なる名作に変えてゆくもの……
今回、戯曲『こころ』に 読む戯曲の面白さを発見したような気分がいたしました。
舞台に生者と死者とが共に立ち、私たちに語りかけてくる構成は 能楽…
闇が二人をかき消し 物狂おしい旋律音が低く響き出す… とシンボルボードにすさまじい血しぶきが飛び……の降嫁は歌舞伎…「東海道四谷怪談」
一人二役 人は役者 東西の演劇が重なり、私の頭の中で登場人物たちが動いていました。
「心」はなんでも容れることができる一方、いつでも「虚」にもなり 八方にヘホ働きながら「壱」つのことに集中もでき… その中心に「静」かな一点をしっかり抱いている… という言葉に勘三郎さんのお芝居を想いだしました。
二月は勘太郎 長三郎の初舞台を最前列の真ん中で観てきました。
歌舞伎座に勘三郎さんも居るようでした。
これからも想像力のみならず 創造的センスを働かせて 読者を楽しませて頂きます
記憶力の方はおとろえてきたような気もいたしますが 想像力と藝術的センスは豊かになっているように感じます。
暖かだったり 冷めたかったりの毎日でございます。 先生、 奥さま どうぞ くれぐれもお身体 大切におすごし下さいますように。 京都 清 美大教授
* 末冨の美味しい京菓子を添えてのお手紙感謝申します。勘三郎の名におうと声が出た。妻もわたしも勘三郎の大の大のフアンだった、もぎとられるように死なれてしまって無念の涙をのみ、いまも忘れがたく惜しんでいる。
歌舞伎座へみえていたのなら、お目にかかりたかった。
* NHKブックスで『梁塵秘抄』を懇切丁寧に制作して頂いた当時の編集者安田鏡子さんからも、ていねいなお手紙にそえて、春盛陽の盛花を戴いた。ご主人 がわたしより三年ほどのちにわたしと同じに胃全摘、胆嚢切除され、抗癌剤等も服しながら、健康を回復されつつあるとも伺い、御苦労を察しながら喜ばしく嬉 しくおもいます。おしあわせにと願います。
2017 3/1 184
* 国会も国会だが、わたしとしては日本ペンクラブの現状にも憂慮せざるを得ない。昨日の須藤甚一郎会員からの来信内容の、曾てこのクラブで経験したこと のない「要請」、それ自体に即座に賛否を決する判断材料をわたしは持たない。もう十年来クラブの会合にも欠席しつづけてきて、去年突然に浅田現会長名で 「表彰会員」(以前は「名誉会員」と謂っていたに準じたか。)に推すと通知された会合にも、出かけては行けなかった。表彰状一通が送られてきたのも、その まま押し入れに仕舞ったままで、しかし私の強い関心と希望とは、「日本ペンクラブ」が国際的な組織の大きな一環として世界に胸の張れるりっぱな内実を持ち 備えて欲しい、理事会の中で主導権争いや分派活動に割れることなく、日本を代表する文学・文藝団体として真摯な問題意識にもとづいて活動して欲しい、とい うに尽きている。
* 昨日、分派活動めくてがみを受けた後、めったになく事務局に電話して様子を聞いてみたが、要するに「ペン」の現状は「グチャグチャです」と。思わず、額に手をおいて慨嘆した。
分派活動が、一人の人の「どうかしてペン会長になりたい」希望で動いて居かねないなど、人が人ならまだしも、わたしの理事十二年実際の見聞からしても、 問題のその人は、気宇・実力において、遠藤周作会長より以前の会長らに比し、あまりに「貧相」に「気の低い」名前が上がっているのだ、ウハッと閉口した。
はっきり言うが、もし可能ならば大江健三郎または村上春樹をわたしは新会長に推したい。さらにはっきり言うが、「ペンクラブ会長」には、世界に通用する 本格派の「小説家」「戯曲家」「思想家」から選ばるべしと言いたい。理事にもP・E・Nの豊かな実績があり、世界語に翻訳して世界に通じるだけの仕事をし てきた人を招請したいと願う。リッチ・ライターでなく、フェイマス・ライターをわたしは待望する。
* 一昨日わたしの「選集」にお手紙を戴いた堀武昭さん、世界ペンの理事として久しく大活躍されてきた堀さんにも、昨日、お礼かたがた日本ペンを憂慮のメールを送り、今朝には長文のお返事も戴いていた。それは此処には明かさないけれど、「文学創作に関して真の情熱と思いを抱く本格派の作家先生がペンの世界ではほとんど見られなくなってしまった昨今のジリ貧ぶり」 という一昨日のお手紙の一節は、わたしを衝き動かした。その愁いと、「井出孫六 小中陽太郎 三好徹 山本博」四氏連名で、六人の一般会員(大原雄 丘真 也 近藤節夫 須藤甚一郎 村山精二 保岡孝顕氏ら)を新理事選で推したく、ご支援をという来信の内容とは、トーンがよほど違って感じられた。
* ま、ウソクサイこの世のこと、猿の尻笑いかと苦笑もされるが、湯に漬かって、源氏物語「若菜下」巻をゆっくり読んでこよう。
2017 3/1 184
☆ 『秦恒常選集』第18巻を頂戴し、誠に有難うございました。
中世歌謡集『梁塵秘抄』「閑吟集』の成り立ちや鑑賞をめぐってわかりやすく説かれた本書、ハードカバーの“選集本’’で手にするのも、また感慨があります。『梁塵秘抄』『閑吟集』研究者・植木朝子氏は同僚ですので、刊行を知らせておきます。
しばらく京都にお出ましになられていないとのこと、同志社大学のキャンパスでは、今、紅梅・白梅
が美しく開花しています。 田中励儀 同志社大がく教授
* 三谷十糸子描く「ひなかざり」の絵葉書に。
* 気に入りでいつも妻と休息にたちよる帝国ホテルの「ザ・クラブルーム」でサービス係をしてくれる一人から、わたしの小説など(たぶん「原作・畜生塚」 か)を読んだと手紙をもらった。「登場人物の生き生きとした描写、京都の街並み、ひそやかでしめやかな物語に吸い込まれあっという間に読了しました。
あのよえな美しい繊細な表現をされる文章に触れ、大変に感動しました。」などとある。ありがとう、読んで下さって。 また出かけます。
☆ 後白河院の息のかかった巻子本
一心に手を合わせるは、善財童子(Sudhna)の姿で、拝する数多の善知識を訪ねて旅をする物語です。
『華厳五十五ヶ所絵巻』は、断簡となって民間にも流れましたが、その大分は東大寺が蔵しています。宮中画所の余技。何人もの画師達が描くスダナは、それぞ れに違いながらどの横顔も魅力的です。添付写真は、戦時下に東大寺が刊行したザラ紙製の冊子を写しているのでモノクロですが、本
来は紅色の濃淡が引き込まれるように美しい有様です。
スダナが訪ねる善知識は、文殊・普賢の貴徳ばかりでなく、優婆塞・優婆夷、童女から遊び女まで。能の「江口」を彷彿する段もあり、見飽きぬ楽しみがあります。
添付のスダナは、たまたま同じ画師の筆によるものですが…
巻子本の楽しみは、手で繰り出しながら時間の経過や切り取り方を自分で調整できるところにあるので、描き手が別もまた一興となります。機会がございましたなら、是非お試しになってみて下さいませ。
余談になりますが… 経巻が、折本に形を変えてしまったことで、誦する人のありようまでが違ってきたと思われてなりません。 京・鷹峯 百
2017 3/1 184
* 昨夜おそくにもらったメール、聴くに足るおもしろい内容ではあり、昨夜に書き込むより今朝の一番にと思って。
☆ お元気ですか、みづうみ。
以前にみづうみは、人生には二回(三回?)噴出期があると仰っていた気がいたしますが、今のみづうみは現在五回目くらいの噴出期の中にいらっしゃるので はないかと思います。走っているみづうみの背中に仕事のほうが追いつこうとしている状況ではないでしょうか。ご無理のないようにと申し上げたいのは当然で すが、お仕事こそみづうみの健康を支えているのかもしれません。聖路加の検査結果良好で、本当に嬉しく思います。
つまらぬご機嫌伺いのメールだけは書かないようにと自分に言い聞かせておりますが、時々はみづうみの気分転換になるような雑談、許していただけるでしょうか。
少し前の日経新聞の素人向け科学記事に面白いものを見つけました。博覧強記のみづうみはすでにご存知でいらしたかもしれませんが、みづうみはヘビに一方ならぬ関心がおありですからご紹介します。
人間の脳はヘビの脅威にそなえて発達したという有力な説があるそうです。
米カリフォルニア大学デービス校のリン・イズベル博士が2006年に「ヘビ検出理論」という仮説を提唱しました。
「人間の祖先が高い樹上で暮らしていたころ、生存に危険な動物はネコ科の猛獣ではなくヘビだったのではないか」「私たちの祖先はヘビを素早く効果的に見つける必要から視覚を発達させた」というものです。
この仮説について人間の視覚システムの研究をしている名古屋大学大学院川合伸幸准教授が実験しました。
ヘビ、ネコ、トリ、サカナの四種の画像について、それぞれにノイズを混ぜて見やすさの段階が異なる一連の画像をつくり、ノイズが多くて見分けがつきにく いものから順番に被験者に見せます。どの段階で写っている動物が何かを識別できたかを比較した結果、ヘビは他の動物に比べてノイズが多い段階でも見分けが つくことがわかったそうです。イズベル博士の、ヘビを見たことのないサルや三歳の子どもを使った実験でも同じような早い段階のヘビ識別結果が出ていること から、ヘビについては脳内の情報処理が違うと考えられるそうです。
草むら や岩場に溶け込むような模様や色でカムフラージュしていて見分けにくそうなヘビのほうが、トリやネコより早く識別できるのは、目がとらえた情報が恐怖など をつかさどる扁桃体に届くスピードが他のものより早いのではないか。ヘビの場合は見てから大脳皮質を経由しないで、扁桃体に直接届くバイパスを通るからと 考えられてるそうです。
このように霊長類はヘビを見分ける識別能力を発達させたために脳が大きくなったという説が有力とのことでした。聖書におけるイブをそそのかしたヘビの話も、有史以前から人間にはヘビが脅威であったための教訓かもしれません。
ヘビを見た瞬間にギャッと叫ぶ反応は、熊やライオンを見たときの反応とは確かに違う気がします。危険と感じるより早く瞬間的に鳥肌が立ちますから、遺伝子レベルの反応といえるのかもしれません。みづうみのヘビ嫌いは、とても健全で真っ当な人間の証明とも言えます。
ヘビの話から暴走しますが、最近の青年は、本来の「男の持つべき何か」が衰退して、私には新種の人類のように感じられることがあります。人類史上初の、ヘビに無縁な人種が出現したのではないかしらと思います。
これって単にあなたが年取っただけ と嗤われそうな言い方ですが、「最近の若者は」という批判とは少し違うのです。なぜなら女の子についてはそう思わないのです。男の子にだけ感じる大きな変 化です。大学生などが集団で歩いている様子をみていると、この青年たちはたしかに女ではない。女ではないけれど従来の男じゃない新種の人類と思えるので す。
友人が嘆いていたのですが、近頃の日本の高校生は卒業すると、女の子は海外一人旅というのも珍しくないのに、男の子たちは一人でなくグループでディズニーランドに行くことが多いというのです。(せめて山歩きくらいにしてほしいと思います。)
女の子の逞しさは、もともとの女の本性だから社会的禁忌がなくなればこの傾向は強くなるでしょう。でも、私のいう新種の男子たちは、最初からヘビの出そ うな場所に行かないようです。安全かもしれませんが、危険に飛びこむことに興味のない、内向きの一定数の青年がこの社会に出現していることはたしかのよう です。彼らを育てた親世代の責任ではありますが、内輪の狭いコミュニケーション、スマホやパソコンにつかり、ラインの仲間集団の中で充分満足しているよう で、私には異星人のようです。私は古い女で、冒険するというリスクテーカーでなければ男になれないと思うのです。
昨日も電車に乗っていて春休みの旅行帰りのような大学生集団と乗り合わせて、考えこんでしまいました。昔の日本人に比べると皆背が高く、頭が小さく、足が 長く、身なりも小ぎれいにしていますけれど、私の父親世代や同世代の男性とは何かが違います。ちらちら観察して、顔立ちは悪くないけれど顔の輪郭が細面の 青年が多いなあ、顎がしっかりしていないわ、それに日本の先行きや世界情勢を深刻に憂えているオバサンと違い、何でこんなにハッピーにいられるのか、何で 男どうしでつるんで楽しいのかと、不思議の世界に迷いこんだようでした。孤独と不安と不幸せは青春の専売特許のように思っていた私の思いは、すでに化石か もしれないと思いました。
彼らは今まで私が男と見なしてきた人間と何が違うのか。
人生においてヘビと出会う場面を全く想定していない、ヘビを識別しても恐怖の反応がないような集団、そんな気がしました。顎がしっかりしていないのは、現在いる場所の居心地が良くて、「歯を食いしばる」という経験をしない結果かもしれません。
ですから別の電車に乗り換えて、たまたま近くのドアに一人立っていた高校生らしき制服の男の子を見たときに、彼が私の知っている緊張のある「男」の顔をしていたので妙に安心しました。全部の若者が男でない顔をしていたらお先真っ暗ですから。
しかし、この高校生の制服のズボンに小穴を三か所見つけ、ズボン丈が短すぎることにすぐ気づいて、安堵感も吹っ飛びました。「隠れ貧困」という言葉を実 感したのです。親が制服のズボンを新しくする余裕がないのでしょう。この高校生には大学進学は難しいのだろうと思います。この高校生がすでに「男」の顔を しているのは、自分がヘビと遭遇する危険の中に生活していて、歯を食いしばる日々にあることに他ならないのだと思い至りました。皮肉なことに貧困にあるこ とが従来の意味での男らしい男を育てているのに、その青年に未来を拓くチャンスが容易にはとても用意されていないのです。
新種の男子は大学生という一過性の現象であって、社会人となれば男らしい男に変わるのかもしれません。そう信じたい。信じたいのですが、私はそれよりもう女子に期待するほうが早いような気がしています。
何しろ昨今のカップルは女側からプロポーズしないと結婚に至らない場合が多い状況ですから、青年たちはやっぱり男のかたちをした別物になりつつある気が してなりません。日本女子にはヘビに用心しつつ、さまざまな局面で頑張ってほしいものです。それとも、女ってもともとヘビと同類なのか。
本来の「男」のいる時代に「男」と恋のできた私は幸福だとしみじみ思います。
みづうみは「男」でござる。わたくしの知る最も男らしい「男」のお一人です。
ヘビの話から大幅に脱線して相変わらずの変人枠のわたくしです。
失礼いたしました。 鮠 柳鮠さばしる水をかちわたる 富安風生
* 耳の痛い、しかし、ほとんど違和感なくびんびん来て同感できる観察で、男の一人として参りました。こういう「雑談」は歓迎。
☆ 今、急に遣らずの雨降りだして
戒光寺門下を拝借し、書いております。
釈迦如来御尊像を、御前間近で拝して参りました。
あっ。遠くで汽笛が。三度なりました。 日赤病院なのでしょうか。
小さなお子たちの声をそろえ歌う声も聞こえています。(=直ぐ近く に月輪校 )
ゆっくりと穏やかな時間が流れて、気持ちよい。 京の 百
* 懐かしい限りの泉涌寺山内 戒光寺の丈六釈迦如来立像を観にいってもらった。
背が高く偉容のお釈迦さま、だれも来ない塔頭寺の本堂へ靴を脱いであがりこみ、よく向きあって時をすごした。時には厳しく叱られ また 優しく励まされた。
☆ 拝啓 時下益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
日頃より格別のご高配をいただき厚く御礼申し上げます。
この度はご著書「秦恒平選集 第十八巻」をご恵贈いただき、誠にありがとうございました。しかも限定非売本とのことで貴重なご著書を賜りまして、重ねて御礼申し上げます。
梁塵秘抄、閑吟集ともに一般になかなかとっつき難い古典でありますのに、読み手へ配慮したこのような親しみやすさと品格を合わせ持った御作品と存じます。大変に僭越な物言いをお許し願いたいのですが、秦様の長年の研究への御熱意と軌跡に心より尊敬申し上げる次第です。
事務局の大切な資料とさせていただき、謹んで拝読させていただきます。
協会の案内小冊子を作成中ですが、たまたま昭和五十一年八月の「文芸家協会ニュース」に秦様のご寄稿を見つけました。ご承知のものとは存じましたが、お送りしてみました。ご笑納ください。
略儀ながら書中をもって御礼申し上げます。敬具
平成二十年九年三月一日 日本文藝家協会 事務局長
* 依頼のない限り「近況」の類の寄稿・投稿はしてこなかった。珍しい原稿で、私方で保存されていない稀有の一例かも知れない。
* 涼 風 秦 恒平
ひたすら暑い。梅雨もすっかり明けて、庭さきへやる眼を思わず細めるくらい真夏がまぶしい。
終日、ほとんど机の前を動かない。クーラーは使わない。来客には気の毒だが、夏はむかしから暑いときまっている。そう思いながら、ひたすら暑い。しかし 勤めていたおととしまでは、四季を通じてもっともっと暑苦しかった。この間、あるパーティの席で永井龍男先生が、「どうです。いいでしょう。お勤めやめら れて」と笑いながら仰言った、その「いい」実感が、このところひとしおなのである。
一九七四年大春闘の転々迷走のさなか、私は村上華岳を主人公の長い小説を書いていた。まる四時間日本の中世を語るラジオ放送もした。八十日の争議中、一 管理職として会社の指示選り東奔西走しながら、太平記ははじめ都合六千頁の本を読み通していた。ただ頑張るしかない毎日だった。胃袋は絞ったように痛みっ ぱなしだった、そして九月に退社した。 酷暑の今日、その大春闘を書いた『迷走』一冊が筑摩書房から発売になる。なんとしても書きたい小説を書き切ったのだから、この真夏、晴れ晴れしてい る。(一九七六・七・二十三)
* しみじみ懐かしいのは永井龍男先生のこと。お目にかかれる機会ごとにいつも先生の方から寄ってみえて、なにかと言葉優しく励まして下さった。恐縮しなが ら嬉しかった。永井先生は仲良しであられた瀧井孝作先生とお二人で恵遠法師を書いたわたしの『廬山』を、美しい作である、美に殉じた作であると芥川賞に推 して下さった。本になったとき、わたしは緊張しつつ鎌倉のお宅へまでおそるおそる届けにあがった。上へ上げて下さり縁側の籐椅子に向きあいながらお話しを 聴いた。聞かれもした。緊張していて覚えていない、会話の途中、奥の方でテレビかラジオかの音が洩れてきたとき先生は即座に奥へ叱責されたのだけ熱い気持 ちで覚えている。この用だけではるばる北多摩の保谷から来たのなら、季節もよしこの奥の紫陽花寺を訪ねていらっしゃいと奨めて下さり、その通りに小雨に色 のうるんだ沢山な紫陽花のお寺に参ってきた。
そればかりか、永井先生はわたしが「湖の本」刊行へ踏み出すとすぐに、十数人もの購読読者をご紹介下さり、「しっかりおやんなさい」と励まして下さった。
* 思いかえせば、その当時にはわたし自身でその重みや有り難みがヨく分からなくてただ嬉しがっていただけだったが、今にして、そもそも太宰賞受賞の以前か ら、ましてや以後永らく、わたしは数え切れない大先達の先生方に可愛がられ励まされあと押されてきたことに数かぎりなく思い出が膨れあがってくる。
「湖の本」だけでも、永井先生とまったく同じように十数人もの購読読者を送りんで下さった福田恆存先生があった、亡くなるときまで変わりなく激励いただ き、実は今以て奥様は「湖の本」を購読して下さっているのだ。永井先生も瀧井先生も福田先生も、その他数え切れない諸先生方も、もともと何らか師弟関係や 御縁があったのではない、御縁はただひとつわたしの「書いたみの」「出した本」を見て読んで下さっていたという一事しかない。
わが「点鬼簿」には、忘れられぬそういう方々の名がずらーっと並んでしまった。相変わらず私はそういう諸先生・諸先達に「恥ずかしからぬ答案」を書き続けようと努めていてやめたことが無い。
* 高橋事務局長から送ってもらった「会員通信」の同じ頁の末で、文末は次頁へ消えているが、興味をひかれる一(半)文を読んだ。筆者は谷真介さんとあり、存じあげないが「ある出版」と題してある。
☆ ある出版 谷 真介
安部公房氏の文学語彙に関心を持ったのは、もう二十年も前のことであった。新作が発表されるたびにそのフレーズをチェックしているうちに、その数も四百 種六百項目以上にもなったので、このあいだそれを『安部公房文学語彙辞典』として友人と費用半分持ちで自費出版をした。刷り部数は一〇〇〇部、定価一五〇 〇円でともかく一冊の本を造ったが、個人で書物を刊行するということは大へんなことであることを改めて知らされた。
まづ印刷所へ支払った一冊当りの製作費は、B6二一○頁の本で六八七円だった。造った本を書店に出してもらうには取つぎ店、書店に手数料を払わなければ ならない。それが約三割の四五〇円。つまり定価から一一三七円が差引かれることになるから、直接的には一冊当り約三六〇円が手元に入ることにな (次頁 へ消えている。手元に次頁無い。)
* 昭和五十一年八月という四十余年も以前の事例ではあるが、またそれたけにこれは貴重な証言で、此の成り行きを失礼ながら推測すれば、一○○○部製本の殆 どとは謂うまいが大方は手元に山積みになったろう。購読者を持たないまま千冊も本を造ればまさに「積んでおく」だけになる。どうかして読んで欲しい本な ら、本は心籠めた手作りで街の印刷屋で作り、読んでくれるかも知れぬひと、どうか読んで欲しい人へ「寄贈」するしかなく、手元へはいる金額を勘定しても文 字どおりの皮算用に終わる。
* わたしの初期(昭和三十七、八、九年頃)の私家版四冊は、平均しても各册二百部未満を形にし、当時、たった一人だけが三冊目のために「五百円」下さっ た。大方は、知友と著名文人へ、やみくもに、しかし敬意をこめて贈った。それが大成功した。「太宰治賞」がまさしく天から舞い込んできた『清経入水』は私 家版四冊目に、受賞第一作になった『蝶の皿』は三冊目に、『畜生塚』歌集『少年』は二冊目に、『慈子=斎王譜』は三冊目に、『或る雲隠れ考』は四冊目に、 『シナリオ・懸想猿』は第一册に、みな、作品としてもう仕上がっていた。作家生活に入ってからとんとこと、みな新たに出版され単行本に成って行った。
私家版を千部もつくって売ろうというのは、特異例はあるにせよ至難というより無謀と謂うにちかい。昨今、本は、ますます売れなくなっているとか。本よりも、小説にせよエッセイ・批評にせよ、むしろ「原稿」で雑誌・新聞等に売れるようにと勉励した方が確かな道だろう、か。
☆ 拝復
ひと度 春に触れるとぶり返す寒風はこたえます。二・二六事件当日は大雪だったなどおぞましい時代のあったこと 夢のようです。
「秦 恒平選集」第十八巻ご恵与たまわりありがとうございます。
女将の名前の奇縁はもとより、思いもよらぬ36→123の交歓など「誠に作者その心を知らざりけり」(去来集)の体言と感服します。
かくも熱心な読者がたくさんいらっしゃるのをさしおいて、引き続きご厚意いただくこと申し訳ない思いでおります。
古典の現代語訳の課題はさておいて、あまりにも濃艶な世界は教場にての未読かないませんでしたが(放送されなかった所以がわかります) なまじ古典と気取ることなく、楽しく読む妙味、いつかこのご本にて伝授いただくしかないと学生と話したことです。
(中略)
季はずれですが
放蕩も昔語りや根深汁
など案じ出しております。
お揃いでお大事にと念じております。 草々 神戸大名誉教授 周
☆(前略)
夜半まず閑吟集から一人でひっそりと秦さんの縦横の語りを堪能いたしております。どこか妖しい愉しみに更けっているような、でもとても満ちたりた時間です。官能的な歌の世界をしみじみと味わっております。
お雛様の三日に届くように魚の粕漬けをお送りしました。お口に合えば嬉しいのですが、どうぞご笑納下さいませ。 敬具 三島賞作家 久間十義
☆ 原作・清経入水 原作・畜生塚 原作・斎王譜
どれも欲しいと思っていた本でうれしいです。じっくり読ませていただきます。 2/17から26まで五個荘、伊豆河津、足利と休みなく出ており、失礼いたしました。 豊島酒造より”うがいぐすり”届くと思います。
くれぐれもお体大切に。 東村山 近藤聡 写真家
* 東村山の銘酒一升 頂戴した。感謝申します。
四国の大成繁さんから讃岐うどんをたっぷり送って来て下さった。細い面はつい呑み込んで、腸閉を起こしやすい、讃岐うどんは太くてしこしこと噛めるし、衝いてくる出汁が旨い。感謝申します。
* 元平凡社の出田興生さん、毎々の有り難いご助勢を頂戴した。有難う存じます。
2017 3/2 184
* 「選集⑳」初校をツキモノ添えて「要再校」で早く戻したいと、集中している。「湖の本134」の初校も追いかけている。
☆ 三千歳になる桃の花。
「桃」の節句の今日、ちょうど「梁塵秘抄」第五章でこの歌に再会しました。
春の初めの歌枕 霞鴬帰る雁
子の日青柳梅櫻 三千歳になる桃の花 (四三二)
「心凄きもの」も気になる歌ですが。
心凄きもの 夜道船道旅の空 旅の宿
木闇き山寺の経の声
想ふや仲らひの飽かで退(の)く (四二 九)
* 恰好の、「How are you?」で、「I love you.」であるのだろう、か。
朝から晩までテレビから、「スゴーイ」「スッゴーイ」ばっかり聞かされているが、「凄い」とは昔の人たちが身に沁みて覚えていた、「夜道船道旅の空 旅の宿 木闇き山寺の経の声」や、墓場の鬼火だの蛆わきととろいだ死骸だのお岩さんの崩れ顔をこそ、「スゴーイ」「スッゴーイ」と肌に粟していたのである。
日本の批評語はすぎらしく多彩に表現力を発揮して数限りないのに、「スゴーイ」「スッゴーイ」しか使えないとは情けない。
小倉百人一首に皇位にあった名は、天智 持統 陽成 光孝 三条 崇徳 後鳥羽 順徳天皇がある。大臣だったのは、副総理格の河原左大臣源融 同じく菅 家右大臣道真 三条右大臣藤原定方 関白太政大臣貞信公藤原忠平 摂政太政大臣謙徳公藤原伊尹 法性寺入道前関白太政大臣藤原忠通 後徳大寺左大臣藤原実 定 後京極摂政前太政大臣藤原良経 鎌倉右大臣源実朝 入道前太政大臣藤原公経 と、総理、副総理格が選りすぐり百人のなかにずらっと揃っていて、みな素 晴らしい和歌の詠手であった、つまり詩人であった。学問の神様もいたし征夷大将軍もいた。
想い比べれば、今日の宰相、大臣級はみなそういう面からは、モノ知らずコトバ足らずのいかにも恥ずかしいほど「スゴーイ」「スッゴーイ」無 教養人ばかりで時に赤恥をかいている。なにも歌人に馴れ詩人になれ学者になれとは言わない、が「ことば」は大切にして欲しい。「ことば」は文明文化の基本 の鍵ではないか。柳田国男が、りっぱに選挙制度が成功する鍵はりっぱな「国語」を身につけることと言っている。いまは政治家が率先して「ことば」を通して 文化を培う「文系」学をバカにしてかかり大学から追いだそうとすらしている。これをこそ「スゴーイ」「スッゴーイ」バカさ加減だと歎くしかない。
* 「刑事フォイル」の感銘篇を耳に聞きながら、「選集⑳」の初校ゲラ550頁の整備を終えた。のこるは奥付等の後ヅケ原稿を末尾に添え、そして口絵写真選定、函表紙組指定、さらに長編原稿の中扉六章分に添える写真選び。それでこの大作一巻要再校で印刷所へ戻せる。
「湖の本134」の初校も存外早く終えて戻せるだろう。
この校正仕事を向こうへ投げ返したら、三月は創作仕事へ熱を入れることが出来る。
* 梅原猛さんから、「貴兄の博学ぶりには驚かされます」と、自筆で。「驚」という一字が「敬馬」の二字にみえるところ梅原さん直筆の証明で、笑えた。選集十八巻のわたしは「博学」なのではない、歌謡の詩情と時代のあわれが酌めて楽しめるということ。
* 前の文春専務の寺田英視さんからは、「閑吟集 殊に面白く拝読しました」とあって、続いて「先日珍しく茶会に招かれ 気がつけば六時間経ってをりまし た。茶の効用によつて何が変るか 楽しみです」と。茶事でも六時間もかけないが、濃茶と薄茶とに酔われたか。「まだ寒さ全退せず、御自愛下さい 不壱」 と。久しぶりにまた会いたいが。
2017 3/4 184
☆ ありがとうございます。
先生がお問いかけになったことを、思いつくままに(順番どおりではないけれど…)お応えしていこう。そんなふうに考えながらメールを書いて送っていま す。私は、心にもないことを言ったりできないし、自分なりの言葉でしか話せない。それから、自分の気にかかるものや大事と思うことしか話せないので、昨日 の「ひいな」のメールのように、先生の関心のないことや、心にしまっておけばいいような余計なことまで言ってしまうかもしれない。ごめんなさい。それでも 許して 下さいますか?
こうして、先生とお話ができるようになって、もう一度生き直している。そう感じています。私が
植物ならば、乾涸びた葉や茎に水が沁みわたるように。干あがった池の魚なら、降ってきた雨で生き返るように。「蘇合香」そんなふうに感じています。深く感謝しています。何だか子供みたいに素直に書いてしまいました。
先生とお話できるのは嬉しい。 京・鷹峯 百
* わたしから何を応えまた答えられるとも言えないけれど、ともに、人生過客の一人一人。お互いに負担に成らず分かり合えるいい日本語が醸成できれば、いいと思う。
☆ 梅咲く頃
やっと機械に向かっています。
本当によく働いていらっしゃる。今日の日曜日、ぼんやりされましたか?
空腹を感じて好きな食べ物を何でも食べられたらと思いますけれど、(だからデブ鳶と自戒しつつ)鴉にとっては幾重にも注意が必要で、腸閉塞を思えば吐いた方が遥かにマシ、と。果物やお酒、それにしても日常の奥様のお心遣いは想像を超えて大変だろうと察するばかりです。
わたしなど吐くのを想像するさえ耐えられません。それに葛湯や重湯、御粥などは幼い時に大病して否応なく口にした記憶のために今は遠ざけて食べられません。
先日HPで読ませていただいた蛇の話、あるいは鷹峯の人の様々な話などに匹敵するような話をわたしはなかなか書けませんが、忙しい日々だったことも確かで、そしてそのような日々がこの先も続きそうで、とにかく頑張るしかありません。
リュックを外出に使われたとのこと、重くても平気で助かりますと書かれていたので、わたしもホッと一安心しました。とにかく転倒などしませんように、それが第一。
転倒も何もなくて、それでも痛みを抱えて鳶は目下やや行動を慎重にしています。
今しがたBSのNHKの番組を見ていました。鴉の好きな刑事フォイルではなくて,ヒマラヤで300キロ以上を走る自転車レースの番組です。およそ自分の 生涯では実現不可能なレース。それにも拘らず山や砂漠に憧れる強い衝動があり、画面の景色を大いに楽しみました。行った場所なら絵に描きたいと思うでしょ う。
時間を惜しむ気持ち、十分理解しつつ、同時に生き急がないよう、大事に大事にお過ごしください。(これは自分に対しても言うのです。) 尾張の鳶
* 今日も、とても、ぼうやりどころでなく、たくさん仕事を前へ進めた。眼球が機械で焦げて燻っている。
2017 3/5 184
* hatakさん
茶道古典全集全十二巻、椿説弓張月上中下巻、ご恵贈ありがとうございました。受け取った重さに、荷造りがさぞ大変だったのではと、気づきました。大切に読ませて頂きます。
全集第一巻の筆頭は陸羽の茶経で、「茶は南方の嘉木である」ぐらいは知っていましたが、原本を見るのはこれが初めてでした。直弼の「茶湯一會集」は第十巻に収まっていました。
今でも沖縄には「運天港」「今帰仁」「牧港」など、為朝伝説ゆかりの地名が残っています。弓張月の後半がどのような展開になるのか、先々の楽しみとしています。
三月に入り、周囲に異動の話も出て、あわただしくなって来ました。月末に東京の桜を見て、春の先取りをしようと楽しみにしています。
花粉も厳しい頃、奥様共々ご自愛下さい。御礼まで。 maokat
* 良い先へ、いい本が嫁入りしてくれて、ほっとしている。有名な「南方録」や「槐記」それに「松屋会記」「天王寺屋会記」などの黎明期の茶会記録が、その 記で読み込んでいると、ふと溶け入っていく気分に成れたのを思い出す。なかなか、今では揃えにくい十二巻になっている。MAOKATON、お疲れのときに など拾い読んで下さい。
* 京の「百」さん、下鴨神社糺の杜の「河合神社に絵馬かけるところ」「せみの小川に鯉泳ぐところ」「御手洗川にお神籤むすぶ所」の写真をおくってきた。河合神社境内に鴨長明り「方丈」の家復元模型があったと思う。見つけたときは嬉しかったし珍しかった。
2017 3/6 184
☆ 前略
パソコンの具合がよくなって、秦さんのホーム頁を開いたら、いきなり私の名前がでてきました。お返信。しかと受止めました。励まされました。ありがとうございます。以前にもこんな形の文言があったのかも知れませんが、その頁数が多くて探しあぐねています。
それから華岳を読んで、画集と照し合わせたりして、「私語の刻」を読み忘れ、今日になって拝読しました。「四人とも他人とは思」えず、秦さんを重ねて感じ取りました。
さかのぼって、「京の散策」で、十年前のHPを読み、そこにも私の名前を発見、「何十年も逢ってなくても、何の障りにもならない」とあり、胸の支えが少しばかりおりたようで、とても嬉しく思っています。
相変らず、メールがうまくいきませず、やっぱり手紙で、一言お伝えしたく筆を執った次第です。 奥様にもよしなに。 お大事に。
三月三日 井口哲郎 前石川近代文学館館長 元小松高校校長先生
* わたしが、いかに幸せ者であるかは、このお手紙一通でも優に知れる。井口さんのお手紙はいつも体温のママに温かくて優しいのである。わたしは無法者 で、とてもこういう井口さんの深切に、はるか及ばない。ただもう甘えて嬉しがっている。なにといっても石川県と西東京、お互いに仕事はあり、お目に掛かっ ただけを数えれば半世紀ちかい歳月に指を十本は折れていないだろう、しかし、そんなことは何でもない。いつでも、口の中や頭の中で少なくもわたしは勝手に 話しかけ喋っている。さらにその上に、今この機械から手を伸ばせば井口さんに戴いた「秦 恒平選集」の背の文字にやすやすと手に触れられる。十八巻に及んだそれら選集の背文字をほぼ一日中眺めかつは感じ続けている。安心とは、これである。
それでも、逢いたいなあと、思います。その為にもお互いに元気を維持して躓かぬようにしなくてはいけませんね。
* 病気以来わたしの両手指は痺れて無感覚に近く干上がっているので、ほとんど手紙もハガキも書けなくなっていて、つい、この「私語の刻」の私語で何方にもお返事した「つもり」にさせて頂いている。いくらかは妻にお礼などを頼んでいる。
* 信濃町の新聞記者原山裕一さん、川崎市の歌人小堀靖子さんからも、選集へお手紙を戴いた。小堀さんからは忝ないご支援も頂戴した。妻の従弟の濱敏夫さんにもお手紙を。また神奈川県立近代文学館からも受領の挨拶があった。
2017 3/7 184
☆ みづうみ、お元気ですか。
今日は陽ざしが明るくて春の気配を感じます。どうぞお元気に、昨日のようにお疲れにならないで、お大切にお過ごしください。
雨 いつ濡れし松の根方ぞ春しぐれ 万太郎
* 藝術を無心に語ってたいそう面白い長いメールだった。私自身の仕事のためにも、いつか役だってくれそうと欲が出て、私蔵し、ここへは引かないことにした。感謝。
2017 3/8 184
☆ 星のカフェテリヤ
開いたホームページから飛び込んできたゴッホの絵に驚きました。深く静かな青の世界を抜けて暖かな灯の元に辿り着いたような、そこに待ち人がいるような、懐かしい心持ちのする絵です。
「壺中日月長し」の願い。花のような星が耀くここも、一つの「壺中」のように思われます。 九
2017 3/8 184
* 山本道子さんから、ご挨拶とご馳走を戴いた。
2017 3/11 184
☆ (京の=)本法寺、宝鏡寺辺りを散策しています。 尾張の鳶
* 雛遊びでも名高い門跡寺など。ウーン、里ごころに誘われる。尾張から京都へは、保谷からよりはよほど近いしなあ。
すこしは花の客などもすくなくなりそうな暖かな五月半ばにも、帰りたいが。
* 高知から少年をつれて転勤上京した読者が、この三月末で定年退職と。美味しい大きい土佐文旦を故郷からたくさん送って下さった。息子さんももう立派な 社会人のはず。ああ人生、と思う。その人生に伴走して「湖の本」はまだ走り続けている。三十の人が三十年読んで下さっても六十余歳。まして創刊の頃もう四 十、五十、六十台であった読者は…と思うとうたた感慨なきを得ない。十人に八人九人は過ぎ去ってゆかれた。多年のご愛読感謝に堪えず、また、そのおかげで 今や収支の均衡は大きく負に傾いていても、気持ち悠々と刊行を続けられるのである。ありがたい晩年をわたしたちに下さったのは、間違いなく読者の皆さんで ある。
2017 3/12 184
☆ 『修ニ會』火と水の祀り
自坊を出て、別火坊に入る。
妻帯なされぬ時代には、「試別火」は、自坊で行う「心精進」であった、と、聞いております。現在は『戒壇院』の庫裏が、練行衆十一人の「試別火」宿所となり、墨痕あざやかに「二月堂衆二會別坊」と、大きな標札がかけらます。
別火坊に入る時、佐保川の上流にあたる蛭子川で汲まれた浄水を白衣の身と頭頂に、持参の物々に、ふり注ぐのです。浄水に笹を浸してはふり注ぎして自物を 祓い清め、頭頂に水ふり注ぎつたはして身も衣も清祓する。かつて『川上蛭子神社』の禊場で行われていた潔斎のなごりと、言われています。
二月ニ十日から五日間の「試別火」から、一段と厳しさの 増す三日間の「惣別火」に向けて、火を替える「捨火」がなされます。そして火は新しく、堂童子によって燧石で打ち出されて炭がおこされるのです。またその火は、練行衆の暖をとる唯一の火となるのです。
いよいよ本行の前夜には練行衆全員連れだって黙して別火坊を出立し、二月堂登廊に隣接する参籠宿所に入られます。その後、衣を改めて細殿に出仕し一列に 並ばれます。最後に出仕した咒師は礼節を済し、軒先きに出て蹲踞をなさる。そして修法を行った後に『大中臣祓詞』を黙誦なさるのです。その間、聞こえてく るのはただ松明の火が爆ぜる音ばかり。時折、木々の梢を風が渡る音ばかりです。咒師は幣をおもむろに左へ右へ大きく動かして其の場を祓い、もう一度大きく 動かして、念珠を揉み平身低頭する練行衆を祓う。暗闇に松明の炎の揺らめきで見え隠れするその一心な姿に、何かが思い起こされそうでした。すべて祓い終え た咒師が幣を襟元に戻された時、一瞬全ての物事が動きを止めたように思えました。その 一瞬に何かの「境」がなくなったような気がしたのですが… それは私の気のせいに過ぎなかったのかもしれません。
やがて、どなたもが一言も発さぬまま、練行衆は参籠所に帰り、見守っていた方々もそれぞれに散って行きました。
三月一日から「上七日」「下七日」を勤修し終えて、十四日間。まもなく「満行下堂」なさる時間が近づいてまいりました。
「別火」のこと、先生からお問いかけいただいておりましたが…先生の眼差しは遥か遠く、果てなく深いので…お伝えできずにおりました。
でも私には、ただ思うまま感じるままにしか書けないと、今更ながら分かりました。それで、いつもながら散漫ではございますが、送らせていただきます。 百 拝
* 臨場感豊かに思いも深々と伝えて戴いた、感謝に堪えない。
* 奈良あやめ池の西川絹子さん、お手紙に添えて「選集」へ有り難い助勢を頂戴した。感謝します。
* 元朝日新聞社におられた、「秦 恒平・湖の本」創刊にはこのうえない恩人の伊藤壮さんから、名酒「越乃寒梅」二升を送ってきて下さった。生ける甲斐ありと、頬がゆるむ。少しずつ少しずつ だよと我が身に誡めながら嬉しがっています。いまは各務原の山中以都子さん、お志の名酒「三千盛」純米の生酒を戴いている。四日か。五日もつかな。少しず つ少しずつだよと我が身を抓っています。
* 滋賀県の三日月大造県知事から、「秦 恒平選集」を「県立図書館」へも寄贈希望と信書を戴いた。ありがたい。手元に残部を積んでおいても意味が無く、このように仰有って戴ける施設や研究室などへ寄贈したいと願っている。
現在差し上げている方には私よりも先輩の方も少なくないが、ご不要になったときはどうか、地元の中央図書館又は大学図書館にでもお納めくださらば有り難い。三日月知事さま、感謝申し上げます。
* 京都市立中央図書館が、選集の第十三巻から第十八巻まで「計六册」を受領したと中西進館長
名で云ってきた。去年の六月以来の刊行分を一括での挨拶だ。相手が「京都」である、当然、府立へも私立へも第一巻からみな送ってある。これまで受領の返信の来ない図書館だなとは思っていたが。ま、いろんなことがある。
* 神戸市の岡田昌也さん、金の練り物のような「このわた」を五十グラムも送って下さった。冷凍し、よほどの折りに美味い酒と一緒に戴きます。感謝。
2017 3/15 184
* わたしは、しかし幸せ者であるに相違ない。蔵を建ててくれるような金づくの読者はいないけれど、雅な、静かな、心温まる手紙やメールでいつも励まされ ている。そういう人たちが身内にちかい思いで、わたしの仕事を培い励ましてくれる。人気の役者やタレントのフアンとはちがう。思いや好みの通じ合える人た ちである。有り難いと思っている。
わたしに先だって亡くなっていった同世代の兄や友や孫娘をまでを既に、少なからずもっている。その人達の分もしっかり幸せに生ききって生きたいと妻とも話している。
2017 3/15 184
* お酒がことに美味しく
さすがの「三千盛」と、嬉しいまま、ついつい呑みすすみますほど。有難う存じます。
今日はたいそう温かで、いまにも花が咲きそうですが、数日後にはまた厳しい寒さが予報されていて、花も戸惑うことでしょう。
まずまず大過なく過ごしていますが、お酒を戴くと暫く寝入ります。すると目がやすまります。お酒がたいへん値打ち物の目薬にもなってくれます。酒飲みの勝手な口実ですがね。
佳いエッセイ集が書けるはずと思うのですが、書きためていますか。見せてください。
ときどきは東京へも出て見えてますか。
日々お大事に。わたしは打ちこんで仕事を続けてまして、飽きません。仕事中は元気です。やすむと疲れます。ヘンでしょう。 ではでは。 湖
☆ Re: お酒がことに美味しく
秦先生 季節限定酒、合格点をいただけてよかったです。
なかなか進みませんが、御批正を仰げるように頑張ります。
白梅の古木に、今年は、例年になくたくさん花が咲きましたので、嬉しくて写真を撮りました。(添付してしまいました)
どうぞ、おすこやかに佳い日々をおすごしくださいませ。 各務原 都
* 豪快に華麗な巨樹白梅満開の写真、堪能した。花、は好き、どんな花も。じつは葉も好き、形の千変万化に感嘆する。
2017 3/17 184
☆ 村下(むらげ)
今日、身をのり出して触れたくなるような花を見ました。
あまりにも美しい花だったので、先生に見ていただきたいと思いました。機械的な写真に映ずるはずもありませんが… ほんの少し、せめて僅かのよすがなりとも写ればと思い、撮りました。
花は、奥出雲の山あいに咲く野生の椿です。
花は、『村下』と名付けられていて、伐って京都まで運んで下さった方がその由来を耳うちして下さいました。
深い谷あいに紅く咲くその椿の花を見た時、火花が飛び散っているように見えたと。その紅い色は、たたら製鉄の玉鋼を打つ火花に見紛うようだったと。
何故、他の人を憚って声をころして私に、耳うちをして下さったのか… それは計り知れないのですが… ただ、その時私が感じたのは、青銅器の剣や矛を鉄器が凌駕して行く時代に、どれほどのことが起こったのか、という戦慄でした。『土蜘蛛』のことが思い遣られ、鳥上山から流れ出る砂鉄の色に染まった斐伊川のことが思い出されてなりませんでした。
『村下』は製鉄を仕切る長の名です。火を取り仕切る人を呼ぶ名です。奥まった部屋に入った時、目には映らなかったのに、何か身ぶるいをするような気配を感じて振り返ると 『村下』が咲いていま
した。古い黒漆の棚の上、鉄鉢に挿して飾られていたのです。
そこには、綺麗という言葉にはおさまらない美しさが漂っていました。
先生に、いかばかりなりとも、お届けできましたなら幸甚です。
生気漲る『雲竜椿』も合わせ、 京・鷹峯 百
* 惜しいことに写真では美しさが伝えにくかったようだ。花を、スナップで美しく撮影するのは容易でない。
「村下 むらげ」は、「村 むら」にまつわる「村はちぶ」その他いろいろ在った微妙な用語に類していて、「八」「藤内 十無い」などに似た独特の労作・工作に関わった特殊な語彙のうち「火」「鐵」に至近の呼び方であるのかも知れぬ。「製鉄の玉鋼を打つ火花」「青 銅器の剣や矛を鉄器が凌駕して行く時代に、どれほどのことが起こったのか、という戦慄でした。『土蜘蛛』のことが思い遣られ、鳥上山から流れ出る砂鉄の色 に染まった斐伊川のことが思い出されて」などの洞察は的確に鋭いとわたしは読んだ。山陰と山陽との太古の見合いも想像される。
朝鮮半島の暗い政変にときおり名のでる「コムゲ」と呼ばれた一団なども、ふと「金ヘン」に関連して思い出される、但しわたしのは聞きかじりに過ぎないけれど。
「<むらげ>という花の名も、製鉄を仕切る長の名です。火を取り仕切る人を呼ぶ名」といった百さんの記事に、手近な国語辞典も広辞苑も見出しも出していない。出てこないことに「隠れた意味」のあるのが、こういう場合の「意味」なのである。あるいは平凡社刊の昔の『大辞典』になら出ているかもしれぬ、その手の発見を『大辞典』では何度も経験している。階下へ降りたとき検索してみよう。
* 山陰と山陽とは神話の太古來、なお無尽蔵に興味深い話材、題材を歴史的に埋蔵していて、しかも大規模に物語り化された例が少ない。風土記を熱心解剖さ れていたわたしの読者があったが、高齢のはず。『山陰と山陽』という大きな題で、せめて「神話時代」「伝承時代」「風土記時代」を大きく面白く誰か掴みだ して物語ってくれないかなあ。
* 小松の井口さんへメールが送ってあるが、やはり機械を開きにくいのかなあ。
2017 3/18 184
* 金沢の金田小夜子さん、名酒「能登誉」二升下さる。これまた、すこぶる美味いお酒。酔い潰れないように気配りして戴く。
2017 3/19 184
* 四国の作家榛原六郎氏にメールした。体調をどうぞ大切にと願って。
2017 3/19 184
☆ 土曜、
新宿御苑で咲き初めた枝垂桜、満開の高遠彼岸や白木蓮などを楽しみました。
まだ眼鏡の日々ですが、眼鏡のヒロインといえば『最上徳内』での「楊子」ですね。
何度も旅した北海道。六月に訪れたことは無かったはずなのに、あれは私ではなかったかしらと不思議に思えてきます。
手にした『會津八一と奈良 歌と書の世界』で、添えられた入江泰吉の写真と共に、「じやうるりのなをなつかしみみゆきふるはるのやまべをひとりゆくなり」「あをによしならやまこえてさかるともゆめにしみえこわかくさのやま」の二首が心に残りました。
PS、村下は国内で一人だけになってしまったそうですが、高梁川流域、備中国新見庄には「たたら伝承会」があります。死の穢れを厭わぬ金屋子神は記紀には登場しませんが、吉備中山にも降臨したとか。 九
* 辞典からは得られなかったが「村下」にかかわる興味深い示唆が、上記もふくめ幾つか届いて有り難かった。それぞれ、備忘として保存した。
写真もさきざき民俗として「参考価値」のある物や場所の写真は有り難い。
* わたしのカメラはシャツのポケットに入るほど小さく、なんら高級な機械でないが、気を入れ、構図も考えて撮っている。この日記に入れてきた風景や花な ども「作品」を意識して撮りまた選んでいる。佳いですねと褒めて下さる方もある。写っていればいいといった安直でへたな写真は好まない。
2017 3/20 184
☆ 梅桃の花の頃
今日は暖かくなりました。急速に周囲の梅や桃の花の色が輝き始めました。
様々なことで、三月になって既に三回も関西に往復しました。そして明日はシンガポールに旅立ちます。下の子も二歳の誕生日を迎えますので、孫守りのために行くのは今回を最後にしようと思っています。
それにしても桜の時期に日本にいないなんて!!
HPで、鴉が、充実した日々を過ごされていることを窺い、逆に励まされています。
どうぞどうぞ、くれぐれも大切に大切に。 尾張の鳶
* 楽しい旅先で「孫孝行」「祖母行」の嬉しさを、恙なく健康に堪能して来て下さい。羨ましいことです。無事の帰国をも願います。
2017 3/20 184
* 三島由紀夫が自決のあとを追うように割腹死を遂げた村上一郎さんは、初対面から最期までわたしに殊に優しい心遣いの人であった。恐縮するほどたびたび私の作に好意的に触れて下さり、歳末のアンケートに吉行淳之介とならべて私の名を挙げてられたりした。
亡くなったのは一九七五年 昭和五十年三月二十九日だった。
それより前、三月二日に、ふいと村上さん、自宅からはるばる徒歩で我が家へ訪ねてみえた。ちょうど居間に雛人形を段飾りしていて、それにも喜ばれ、目の 前で盆点てながらお茶を点ててあげたのをとても喜ばれて、静かに穏やかに腰をおちつけて雛たちのまえでわたしと妻とへ話しかけ話しかけして、来て好かった 好かったと、また静かに歩いて帰って行かれた。「お別れに来て下さった」と後に妻としみじみ話し合うたのを忘れない。
村上一郎と桶谷秀昭とを同時に喜多能楽堂で引き合わせてくれたのは馬場あき子だった。桶谷さんはそれより以前にわたしの「畜生塚」を推賞して下さっていたし、無名鬼を名乗っていた村上一郎という歌人にして思想家はそれまで何も知らなかった。
つい最近、「りとむ」同人の山口弘子さんが、その村上一郎の奥さんであった今は長谷えみ子さんを「無名鬼の妻」の題で作品社から本にし、なかに私の一文を使ったのでと本が送られてきた。
村上夫人ともわたしは村上生前からお目に掛かっていて、繪に描いたような佳人と思っていた。夫君を見送られたあとにも、お目に掛かることは何度もあっ た。夫人はいつしかに馬場あき子の門にはいって短歌に執心出精され、長谷えみ子の名で佳い歌集を一冊出され、その出版記念会にもわたしは出席してお祝いを 申したのだが、そのあと、朝日新聞の時評で、その盛大を極めたような出版記念会をわたしは厳しく批判したのだった。記念会は夫人の人柄にも歌風にもふさわ しからぬもの騒がしいモノで、祭り上げられた歌人が、いかにもお気の毒に思われたのだ。あのころは何かというと歌人たちが出版記念会を競い合っていて、背 景には結社の威勢開陳の気味も露骨だった。わたしはそういうのが嫌いなタチで、長谷さんにはまったく似合わない盛会をうとましく思ったのである。
ほんとうに久しく、ご縁が絶えていて、わたしよりよほど年長の「無名鬼の妻」が健在であると山口さんの新刊で知った、知れたのは嬉しかった。長谷さんは記念会のあとに結社から離れられ、べつの仲間との歌作にうちこんでこられたと聞き、胸をなでおろした。
* 神戸の岡田昌也さん、金沢の金田小夜子さん、上の山口弘子さんからお便りを戴いた。
五島美術館から「歌仙と歌枕」展へ、奈良の松伯美術館からは松園・松篁・淳之「三代に見る日本画百年の流れ」展へ招待状が来ている。ここのところ各種美術展への招待をみな無にしてしまっていて胸が痛い。
* 明日は夜分へかけて友枝昭世の能「三輪」に招かれている。寒さの晩に千駄ヶ谷まではすこし冒険だが、「三輪」はまことに神々しくも美しい能で、ぜひ出 かけたい。四月早々には同じ喜多流の精鋭香川靖嗣の「隅田川」が招いてくれている。村上一郎と初対面があった喜多能楽堂。
2017 3/21 184
* メールが来ないなあ、どこからもと想いながら、歌のあとで開いてみたら、京都とシンガポールから二通。嬉しかった。
☆ 都をどり
お変わり有りませんか、都をどりも近づいて来ました。3月去ると言われるとおりです、東京では桜が開花 したそうですね、こちらはまだまだ蕾はかたいです、今わが家は椿が色々と咲いてます、今年は全般にお花が遅い様です、今日、桜〓を添えて宇治のお抹茶を送 りました、楽しんで下さい。
温かくなっら帰郷できるかも? 日々お大事に 京・北日吉 華
* 感謝。高校生の少女としてしか思い出せず、この人などの今の年齢など、想いたくもないなあ。
* シンガボールの高層ビルと晴れやかな青空の写真を「尾張の鳶」さんは送ってきた。毎日、「お祖母ちゃん」をして楽しんでいるのだろう、まことに羨望に堪えない。
*十一時半。もう階下へ降りる。
2017 3/27 184
☆ シンガボールより
東京の桜開花、関東地方に寒波とは目まぐるしい気候ですね。
病院の結果良かったとHPにあり、嬉しいことです。
シンガポール、スコールがない日はやはり暑い。これから徐々に暑くなるでしょう。日の出、日の入りは一年通してほぼ7時。
送った写真は、部屋からの景色で、大体20階から30階建てのマンションが林立しています。
孫たちの元気腕白に振り回され追いかけまわされています。
家では日本語、相手によっては英語と切り替えて自然に話しているのは羨ましい。わたしは「シン」グリッシュがあまり聴きとれず、溜息がでます。が、さまざまな人種の人を見るのは興味深いです。
どうぞお元気で。大切に、大切に。 尾張の祖母鳶
* 我が家には相手をするにも孫がいない。相手をしてくれる孫もいない。ネコの黒いマゴは隠れ蓑の根方でネコやノコと仲よくしている。
わたしを「もらひ子」にした秦の両親や叔母が「秦」の姓存続をどう願っていたか分からないが、孫の建日子の代でハタと絶えてしまうのはさぞ残念だろうと、これにもわたしは二重三重に親不孝の深い歎きと憂さとを抱いている。
☆ さきに、あのよへ帰るひと
京都御所『近衛邸跡』の紅枝垂に先駆けて、出水の枝垂れ櫻がいつもなら咲きにほふ頃というに、まだ蕾。『松屋常盤』のきんとんの楊枝もつ手も悴むほど、風の冷たい一日でした。今年の薄茶一服は、櫻ではなく、青鷺の声を愛でる一服となりました。
御所東南の角にそれは見事な大樟があり、今そこに青鷺の巣が八つも掛かっているのです。たしか去年には掛かってはおりませんでしたが… 冬木立に青鷺の番いが十数羽。なんとも壮観な眺めです。
近寄ってみると、羽が落ちていました。手にすると、それは美しい紺青で、青鷺と名付けられた由来がよく分かりました。飛ぶ姿を見ている時には、灰色鷺としか思えなかったのに… 早合点をして恥ずかしいことでした。
大木に、大きな鳥がたくさんにとまって啼き交わす。賢しい方々には、揶揄される景色とも存じますが… また青鷺の声は、耳に佳きとは言い難く、愛でるにあたらぬ声ではありますが… 今朝方、三十年来の友人の訃報に接し、外に出てきたのです。
その人は鳥の好きな人でしたから、飛び交う鳥のたくさんに居る御所に来てみたのです。
「今年ばかりは墨染めに咲け」と櫻に命ずる方もおられますが… 鳥には存分に華やいで啼き交わし、飛び交わしする姿を見せて欲しい。私が見たら、その人の眼である。私が聴いたら、その人の耳である。私が触れたら、その人の手である。感じてもらいたい。悦んでもらいたい。そんな風に思います。
今は、そんな風にしか思えないけれど…また、時々に日々に変わって行くのが、この世です。
知らず、胡蝶の夢に周と為るかを。 京 百
* 深く深く呼吸して、静かにこのメールを繰り返し読んだ。わたしの心底を、隠水になっていつも流れているかすかな鬱情に、かそけくも、せせらぎ合うてくる。
* さきにあの世へ帰っていった人たちをわたしは覚えている。早く来いとは呼ばれていないのも分かっている。みんな、自分のぶんも生きてくれよと言うてくれている。
2017 3/28 184
* 京都の「華」さんから抹茶に添えて則克の干菓子を頂戴した。ちいさな甘い干菓子は、茶に合い、また疲れたとき気付けの薬にもなって美味しく、有り難い。有難う。
* 「無名鬼(村上一郎)の妻」えみ子さんからお手紙があった。
☆ 秦 恒平様
謹 啓 「秦恒平選集」第十八巻(梁塵秘抄一信仰と愛欲の歌謡 ・ 閑吟集一孤心と恋愛の歌謡)をご恵贈賜り、まことに有難く御礼申し上げます。この度 も発刊早々に賜りましたこと、愛しむように丁寧に、そしてご配慮の行き届いた梱包でのご恵贈、恐縮いたしますとともに、重ねがさねのお心遣いを有難く、衷 心より感謝いたします。
このところ、「万葉集」の継続的な読みと、発展して「大伴家持」(北山茂夫)「柿本人麿」(斎藤茂吉)へと興趣の赴くまま、また日本語の言語感覚の源流 を探る思いで、読みをすすめておりました。そこに選集第十八巻でしたので、私なりに象徴的なサジェスチョンをいただいた思いがいたしました。さっそく拝読 させていただきました。
まず「閑吟集」、それから「梁塵秘抄」と読みました。
両輯とも「湖の本」で読了のはずでしたが、既読感はなく、新鮮な思いで感受できたことが、第一の不思議な体験でした。
再読の場合、たいてい、古典であっても散文はどうしても既視感がつきまとい、興味の持続に弛緩が生じますが、韻文は、何度読んでも刺激的で、色あせるこ とがなく、読むたびに新しい意味や、レトリックの発見等があり、永遠に古びることはないのだな、と思いを新たにいたしました。
「閑吟集」を介しての先生と若女将との意志の交感は、時代を越えて詩(うた)が生き続ける証左であろうと感じさせていただきました。ここに古典がある、そして詩が生きているという思いでした。詠み手の意志を超えて、詩が新しい命を蘇らせている、と思いました。
詩_(うた)は、紙に記録された文芸である以前に、吟唱されたものであることを思いみますと、聞き手の感覚に直接的にはたらきかける詩の言葉の根源的な 力強さを感じます。吟じられて、はじめて言葉は、まさに生まれたての新鮮な驚きと、根源的で、一度きりの命を取り戻すのだろうと思いました。
そして、何より選集に取り上げられた両作品が新鮮なのは、先生の驚きと感動に満ちた好奇心の発露が、読みを導く解説の隅々に行き渡っていることでした。 無味乾燥な文献学者の知の骸を並べた解説ではなく、先生が両輯で実行されたように、心からの驚きと作家的な想像力、時空をも超える探検家の好奇心をもって 導かれたら、どのように難解な古典であっても、読者はたちまち、その作
品を身近なものに感じ、好きになってしまうだろうと、感じました。
今回の読書で私は「閑吟集」にも「梁塵秘抄」にも、非常な近代性を感じました。現在性といっても良いかもしれません。まさに、昨日、今日の間に歌われた詩という感じを持ちました。
「三八○ 遊女の好むもの雑藝 鼓 小端舟 簦翳 艫取女 男の愛祈る百大夫」の「愛祈る」という表現、さらに、
「四二三 般若経をば船として 法華経八巻を帆にあげて 軸をば帆柱に や 夜叉不動尊に楫とらせ 迎えたまへや罪びとを」の「罪びと」という表現に 現代的な意味合いを感じます。
親鸞の和讃にも「罪障重しとなげかざれ」という一節がありますが、この「罪」という言葉は、本来聖書の説くところの「罪」とは異なる「罪」概念であった ろうと思います。が、すでに聖書を知ってしまった私たちには「罪」は聖書以前の「罪」ではなく聖書の概念が混入した「罪」としか読めません。中世の日本人 が思い描いたであろう「罪」ではない「罪」で読み、また聖書的な意味合いで読む「愛」は、そして「祈り」は、まさに私たちの「罪」であり「愛」で「祈り」 として心に響いてきて、戸惑いを覚えさせます。
かなり以前ですが、藤村の新体詩に表現された「あやめもしらぬ憂しや身は/くるしきこひの牢獄より/罪の鞭責(しもと)をのがれいで/こひて死なんと恩 ふなり」(別離)の「罪」を大岡信氏はラジオ放送での解説で、明治以降布教されたキリスト教のいう意味での「罪」と解説されたのを聞いて、違和感を覚えた 記憶があります。本当にそうだろうか、それだけの「罪」なのだろうか、と思いました。「万葉集」に「罪」という言葉が使われているのかどうか、まだ全巻を 読み終えていないのでわかりませんが、もし「万葉集」に「罪」が詠みこまれていたら、私は衝撃を受けるだろうと思います。
「論語」には「汎愛衆而親仁」と「愛」がありますから、経典とともに「論語」が輸入されていれば「愛」が「梁塵秘抄」に詠まれていても不思議は無いわけ ですが、孔子は「愛」と「色」を使い分けていたように思いますので「男の愛祈る」という「愛欲」を意味する「愛」はどこから来ているのか。親鸞の教行
信証には「愛欲の公海」という一節がありますから、そうなるとやはり経典からきた概念なのだろうか? と。まあ、とりとめもないことですが、いろいろ思い巡りました。
また、「ていとんとう」「たんなたりや」「ちやうと落ち ていと割れ」「ゆららさらら」などオノマトペが単なる物理的な音や鳴き声等の再現でなく、情景 や意味を想わせる表現になっている点、現代小説や詩には見られない表現力の卓越さを感じます。オノマトペをよく使ったのは草野心平や賢治ですが、中世人ほ ど上品で、深くはないと思います。小林秀雄の「無常という事」の単行本の中の-篇に瀧の音をいう「とうとうたらりとうたらり」の謡にうながされて無常観を 述べた文章があったと記憶しますが、宜なるかなと思います。
「梁塵秘抄」や「閑吟集」の世界にくらべると、現代人の使用している日本語は、随分と日本語のいろいろな可能性や美点を失ってしまっているように思いました。
「梁塵秘抄」は☆2つの頃の岩波文庫でずっと座右に置いてきましたが、第十巻以降の口伝集に歯が立たず、読み切れていませんでしたが、「選集」を読了した勢いでしっかり読んでみる気持ちになりました。御礼申し上げます。
早く御礼を、と思いながら、読み上げてから思っているうちに遅くなりました。その上独断的で未熟なとりとめもない感想を書き連ねました失礼の段、また間違いの段は、どうぞご宥恕のほどお願い申し上げます。
もう桜が咲く時節を迎えながら、箱根では雪が降ったとか、真冬に逆戻りしたような陽気です。一日も早く、陽光あふれるあたたかな春が迎えられますよう、そして先生、奥様ともにご健勝であられますよう、心よりお祈り申し上げます。
「選集」本当にありがとうございました。
ご著書大切にさせていただきます。敬具 八潮市 小滝英史 作家
2017 3/28 184
☆ メール、嬉しく。
浄瑠璃寺の絵、HPに載せていただき、ありがたく面映ゆい奇妙な感じ。ゴッホのアルルの絵などと一緒でしたから。
日本の政情や世界の動き、以前の一人旅の頃は殆どニュースが入りませんでしたが、今はスマホから簡単に知ることができます。日本の状況に鴉が深く強く憂いイラ立つのも分かります。
能は死者の演劇?! わたしは能に関してはほぼ無知ですから何も言えないのですが、(明日の、隅田川=)ゆったり 半ば眠り爺になって楽しまれますように。
今、滞在している(シンガポール=)ブキティマは、以前書いたかもしれませんが、藤田嗣治の戦争画に描かれた場所。考えさせられます。
中心部ではありませんが、今は高層ビルが建ち並び、最近 400メートル程先に地下鉄の駅やショッピングセンターもでき、より便利になりました。
はじけないバブルの様相で、住宅価格も一億二億は普通らしいです。
シンガポールにいて、何故か武田信玄の本など読んでいます。山梨や静岡辺りの地名は(生まれの地の利で=)自然分かり易いです。これまで駿府について詳しく調べたこともなかったと改めて思います。
孫が寝ている合間の読書ですが。
どうぞお身体大切に。 尾張の鳶
* 昼下がり、用事を終えたあと、潰れるように寝た。
選集、あと、十五巻 中味の心配はないが、体力仕事が通せるかと、妻とも案じているが。あと、四年はかかる。米壽は七年先のこと。怪我とムリのないよう、用心しよう。
☆ 早々と
今日選集第19巻 届きました、有難うございました、
今日は冷たい一日でした、
今年は桜が遅い様ですが少し芽が膨らんで来たようです。が、街は人、人で東大路のバスは何時も渋滞でしばらくは、外出は出来ません。じっと我慢です。
私は年並に足腰が故障してきまして、これから温かくなって少しは楽になってほしいです、
先ず無理をせず 共々にお大事にお過ごしくださいませ。 京・北日吉 華
2017 3/31 184
* 喜多能楽堂へは、四十八年昔に馬場あき子さんに誘われたのが初めてで、太宰賞をもらったばかりのわたしの「清経入水」は新鮮な話題にされた。次の機会 には桶谷秀昭や村上一郎を紹介された。おいおいに喜多節世や後藤得三、喜多実、新しい喜多六平太らとも懇意を得ていった。見所では数十年のうちにそれは大 勢の知己を得てつき合いを深めたが、だんだんに亡くなられて、今では、意の一番の馬場あき子としか出会えない。実に寂しい。むろん今日も言葉を交わしてき たのは馬場さんだけ。実に寂しい。
2017 4/1 185
* 三田文学 早大図書館 山梨県立文学館から選集第十九巻受領の挨拶が届いていた。第一巻いらい「小説・戯曲・シナリオ」を揃えてきた(まだ二、三巻は 小説・詩歌で編めると思っている。)が、概ね「エッセイ・論攷・随筆」へ推移してきたので、数少ない寄贈先を、学者・研究者・批評家、研究施設・大学・図 書館等へ移して行く気でいる。気鋭の研究者に出会えると幸せなのだが、だいたい教職という地位を願っている学級ほど、新鮮な研究対象へは臆病で、「お馴染 みの」似たり寄ったりの撫でさすったような「試論」「序説」ばっかり追いかけていると見えるのは、残念だ。
* 下関の大庭緑さんへも届いていた。「先帝祭や源平船合戦 5月3日」を観て欲しいと。「フク」は真冬がいいです」とも。「ようやく桜ちらほら咲き始めました。どうぞおふたりもお大事に」と。
☆ 秦恒平様
本日午前に『秦恒平選集』第十九巻をいただきました。ご厚情に深く感謝を申し上げます。ご健康の維持に苦心なさっておられる。それに抗しての立派な選集 作りへの情熱には頭が下がります。気合いが入ったご本ですから、自分の仕事を中断して、直ちに読み始め、夜の9時を過ぎて味読しました。
三十代前半に身につけておられた教養の深さと表現力、魅力的な文体、的確な批判力には驚きます。当時の私はまだ、数編の論文を書いたほかは、ヘブライ語 とギリシア語での「正義」に関する思考法と語用論に関するドイツ語の辞典項目の翻訳書を出したに過ぎませんでした。日本文化に関心が向いたのは、三十代後 半から柳田国男を経て、徐々に折口信夫に惹かれるようになってから以降のことに過ぎません。
ご著書で取り上げられた、花、風、女などの具体的な言葉の背景にある日本文化の陰影の吟味には、一つ一つ、そうだな、と相づちを打ちました。
憲法で天皇は日本国と日本国民の象徴だと規定されています。人権を無視される日本人の象徴でしょうか。お書きの通り、昭和天皇は無理矢理に生かされて、 日々の生理が報道された。プライバシーはなかった。今の天皇も、特例措置として退位が認められる。「神」として死んで欲しいという政権の密かな希望は世論 に押されて、押し通せないようですが、天皇を「人間」として認めまいとする意向を貫くでしょう。今回の選集における天皇制の現在に対する批判には、満腔の 賛意を表します。
独裁・好戦志向の安倍晋三」に対する NO への厳しい姿勢に強く共感します。安倍の強みは「恥」の意識と無縁なことと、「内省」の根拠を持たないこと、でしょう。その上に「一強」。まさに怖いものなし。抵抗を続けましょう。生き続けましょう。
平安をお祈りします。 国際基督教大学名誉教授 浩
* 少しく以前に突然、京室町の「帯」屋さんのご主人か社長さんから手紙が来て、『茶の道すたるべし』が気に入ったので会いたいと。ちょっと難しいと返事 し、「宗遠 茶を語る」を送ってあげた。五月になら東京まで会いに行くとも言われ、遠慮した。今日またメールで今月六日か十二日に伺うと言われ、これもお 断りした。
メールを下さればご返事できる限りはふつうに致しますのでと。
* おう日付変わって一時だ。一大事だ、寝ないと。
2017 4/1 185
* 京室町、帯の源兵衛さんのメールで、おおよそのお人と関心とが知れて、向きあいやすくなった。ひとことで日本の「中世」につよい関心のある人のようで、わ たしの久しい仕事の大方とかなり濃厚に触れ合っている。しょせんは会って話して尽くせる程度ではないので、湖の本を読み取ってほしいと思う。
☆ 秦 兄
ご本有難うございます。兄のエネルギッシュな活躍に感服しています。
と同時に、ものを書くことの難しさを痛感している毎日です。私は今 横書きの原稿とは別に、推敲しながら縦書きに書き直しています。
「人事を尽くして天命を待つ」心境に早くならないと安倍内閣はいつまた何をしでかすかしれません。
今朝の地元紙に添付の記事を見ました。「狸橋」 なつかしい名前でしょう。
昔話をしながら兄と盃を交わす日のあらんことを念じています。
毎秋開催の早大のクラス有志会も横浜在住の幹事役が故郷の松山市に戻ることになり、今秋で一応解散するとか。小、中の同窓会も西村肇君の体調不良で開催の見込みもたちません。段々仲間たちと飲む機会が少なくなり、さびしいかぎりです。
季節の変わり目、ご自愛ください。
有難うございました。
早く兄に勉強の成果が伝えられるよう頑張ります。 京・岩倉 森下辰男
* 「白川北通り」という名前を初めて聞いた、有済橋北畔から狸橋北をへて東山線まで、せいぜい二百メートルほどを謂うらしい、わたしの育った新門前通りからは白川を隔てた戦時疎開で通された道路のことである。家から一分とかからず狸橋を渡れる。
その狸橋なる橋の由来を地元で劇にして「櫻祭り」の出し物にしたという。この疎開でできた白川北通りにはその後に櫻が植えられたのを「祭り」ごとにし始 めているらしい、森下君のメールにその新聞記事が添えられていた。記事だけで「由来」までは書かれてないのは残念だが、地誌で読んだ来はしている。何も知 らなくてもとにかくも「狸橋」はなつかしい古馴染みの石橋で、なにとはなくそこまでよく遊びに行った。橋の上が子供の遊び場になった。
橋から、じーっと真下の川波に見入って放心していることもあった、そんな放心に身を任せているのが好きだった。
狸橋となると、次々に思い出が湧いてきて、もてあましそうになる。いまここへ書き出したら湧くように話題がうまれて途方もなく時間をとられる、ウーン、誘惑はされるが今今の仕事へもかからないと。
☆ 選集第十九巻
昨日無事に頂戴いたしました。配本いただくたびに、貴重な美術品を手にするような緊張と高揚を感じてしあわせです。わたくしの本棚も荘厳に格上げされているような……。いくらお礼を申し上げても足りないくらいです。ありがとうございました。
選集を発行なさってからの益々猛烈なみづうみのお仕事量に圧倒されていますけれど、わたくしもおこぼれの一滴頂戴しているのか、今までになく勤勉に色々書いています。
以前の勢いでみづうみにメールを書いていませんが、今月は秦恒平論を書き直すことに集中します。この作業はみづうみと共生している気持ちになります。それにしましても、書き足すより削るほうが身を削るように大変なことを痛感しています。
みづうみ、お元気ですか。
そろそろ東京の桜も満開になります。今年もお花見を満喫なさいますように。目黒(能楽堂)までいらしたなら、お目にかかりたかったなあなど思いつつ、じつは体調不良でふらふらしていました。 灯 花冷えのともし灯ひとつともりけり 日野草城
* お大事に。「論」のために役に立ちますなら声を掛けて下さい。
* 今回の「選集」では最初篇に「花と風」を、次篇に「手」を置いた。前者では「永遠」の文化を思い、後者では「現実」の「文明」を 考えた。手を持たずに人間は構造的な文明を創りも保ちも出来なかったろう。文字パレットで「手」ヘンの漢字をときどきズラーァっと眺めてみる。文明の根源 を眺める気がする。わたしは美や思想をばかり観ても思ってもいない。もう一方に手のちからを見ている。
☆ 今年の寒さは
どうしたことでございましょう。平野神社の櫻もまだまだつぼみのままで 櫻まつりの旗が風にゆれております。
本日は、心待ちにしておりました第十九巻をご恵贈たまわりまして まことにありがとうございました。このところ谷崎のものを読み返しておりますが その 日本語の香りが気になります 心にかかっておりましたら 「花と風」や「手の思索」などに、その答えが あるように思われます まことにありがたく嬉しく 存じます 厚くお礼申し上げます 御身体お大切にお過し下さいませ 直筆のおたより感動いたしました かしこ 京・鳴瀧 作家 浪
* ご助勢戴き、感謝申します。江東区枝川の藤原龍一郎さんからも。感謝申します。
☆ 瀬戸内寂聴さん、新潟の藤田理史君からも、選集受領の来信。
* 奈良の、母方姪の娘前田真理子から、一刀彫をする夫の展覧会(奈良工芸の粋展)を報せてきた。
2017 4/3 185
* 小松の井口哲郎さん「苦手」にされているメールで選集受領だけのご挨拶を戴いた。
篠崎仁さんからも、メールのご挨拶を戴いた。
2017 4/3 185
* 元今治市図書館長木村年孝さん、文化出版局役員中野完二さん、元筑摩書房持田鋼一郎さん、喜多流シテ方香川靖嗣さん、お茶の水女子大図書館 から「選 集⑲」受領の挨拶があった。中野さん、山形庄内町余目の銘酒「やまと櫻」大吟醸金ラベルを送って下さる由、「とくに興味深い一巻でございます」とも。
今治の木村さん、櫻の季節にくわえて、「四国では同時に八十八ヶ所巡りの遍路さんの季節の始まりでもあります。それぞれの願いを胸に秘められておいでなのでしょう」とも。
☆ 拝復
(前略) 例によって巻末の御文から拝読を始めましたが、いきなり「『花と風』は私の詞藻にもひとしく」という御言葉に接して まず「一 花と谷崎潤一 郎」を 引返して拝読致しましたが 非常に感銘致しました。「因果の輪廻とは全く違った断面で『繰返し』の本質を把握したのである。」「『繰返し』の
中の一度一度を一生一度、一期一会の重みで生かすすぐれた判断、直観である」という御文には、書かれた折りの時空を超えた鮮度があると感嘆致しました。さ らに読み進めて参りますが、取り急いでの御礼まで一筆啓上致しました。やっと春の到来を告げる頃合になりましたが、呉々も御自愛のほど心からお祈り申し上 げます。 四月三日 敬具 元「新潮」編集長 忠
☆ お元気ですか、みづうみ。
京都の帯屋さんとはやはり誉田源兵衛さんでしたか。素晴らしく個性的な、着物好き垂涎の的の帯をお作りになる方です。時々メディアで取材を受けているの でお顔も知っています。強烈で面白い、「婆娑羅」という言葉の似合う方という印象。みづうみに会いたいと仰るような情熱的な帯屋さんは、誉田屋さんではな いかと想像していたところです。
わたくしは誉田屋さんではないかというお譲りものの帯一本を持っていますが、自腹ではとてもとても買えるものではありません。欲しいのですけれどね。
ほんものの仕事をなさる方なので、みづうみのほんものの仕事に感銘を受けられたのでしょう。
『枕草子』の現代語訳の完成待っていました。是非読ませてください。現在の日本文学者の中でみづうみ以上の訳者はいらっしゃらないと思います。湖の本になりましょうか? 楽しみにしています。
桜は明日か明後日には満開になりそう。
灰色の世相の中で 少しでもみづうみのお気持ちの晴れやかになりますように。
春風や闘志いだきて丘に立つ 虚子
* 目の前が開けました、ありがとう。虚子の句に励まされます。「枕草子」はとても全訳とは行きませんが、現代のいい日本語に出来ていると観じています。 「湖の本136」に予定します。4は歌集「亂聲(らんじやう)」 5は小説「黒谷・女坂」。
* 明日は胃全摘から「五年」経過の検査と診察。同じ明日には妻が八十一歳に追いついてくる。
なにとなく「五年生存」とやらを目標に、励みに過ごしてきたが、通過となるとかえって拍子抜けというか、目標が失せる心地で頼りない。オタオタと気迷い無く、毎日を昨日(きのう)の明日(あした)平常心で努め続けようと決めている。
* 谷崎先生の三回忌であったと、松子夫人は豪華に美しい『谷崎潤一郎の書』一巻を自編され、私にも下さった。私は、松子夫人から何もかも頂戴する一方であった。
松子夫人はさらにそれは美しい『十八公子家集』を自ら編まれて、この一巻も頂戴した。選集第二十一巻の口絵にカラーでと今し方製版を依頼し入稿した。
☆ 頁をひらくまで。
頁をめくるに至るまで。
時間が大分かかります。
並んだ力強い文字、書いて下さった宛名を目にして、伝わってくるものがあまりにも大きくて、大き過ぎて梱包を解くことができない。
しばらく離れて、他のことをする。
気をとり直して、梱包を解く。
身にあまるもの、分に過ぎたものを手にして… そのことに動じず対処できなくて、函ごと机の上に置いておく。
ひらく前から、読みだす前から、何ごとか大いなるものが伝わってきて… 手をつけられずに、しばらく、そっと置いておく。
意を決して、本を手に取って、函に指さし入れようとして、躊躇われる。
先生のお仕事が、書かれた御作をご自身で編んで刊行なさって送り出された御本。籠められた深く強い思いを感じてしまい… 畏れのような気持ちから、函から取り出すのに指で引き抜くということができない。
おしいただいた後、函の背表紙を上にして、静かに抜いて出しました。
真新しい、産まれたばかりの本をひらく時、私はいつも罪の意識に捉われる。まだ誰の手にも触れられていない清らかなものを、私の手が触れることで穢してしまう、そんな気がして…
そう感じながらも、読みたい気持ち、書かれたものとふれ合いたい気持ちを抑えきれずに、頁をひらく。先生のお書きになられたものを文字として感知し読み 始める前に、何時もまず紙に触れ、撫でてしまう。指の腹や手の平が嬉しいと感じ、気持ち良いと感じるので撫で摩ってしまう。文字の並んだ平面と、直角に断 裁された側面と、弧を描いた曲面と、それぞれの触感の違いをゆっくりと楽しみながら触れてゆく。それから頁を繰って、紙の張りや厚みや微かな重みも味わっ てみる。徐々に本と寄り添ってゆく。本と馴染んで親しんでゆく。どうしてこんなに気持ち良いのかしら?
それは、選られた紙、字体や字間の幅から、栞の色や細さに至るまで、選り抜かれた先生の審美の賜物かしら? こうして 御作を読み始める前から、様々に堪能いたします。
そして、これから時間を忘れてしまう、先生の御作を読み進んでまいります。ちょうど今日と明日が連休で、存分に御作に浸れる余裕があるので、嬉しくてな りません。先ほど「畏れ」と記しましたのは、先生が書かれた渾身の御作を、奥様とお二方で身を削るようにして手元までお届け下さった尊い御作を、私などが 拝受賜わったりして良いのだろうか、と畏れおおく感じたからでございます。そう感じながら、御作と触れ合いたい欲求に抗えず…『梁塵秘抄』に「くすむ人は 見られぬ」という歌を見つけました。また、先生が「花を手折って下さった」のに、それを活かさなくてどうするのだ、活かせなくては花の命の甲斐がない、と も思いました。此の世の夢を見せていただき、此の世で遊ばせていただく。蕾から花を咲かせ散ってゆく、命繰り返す姿を見せていただかなくてはと思いまし た。
先生、歌を詠む機会を、花を見る機会を、吹く風にさらされる機会を与えて下さり、ありがとうございます。深く感謝申し上げます。 京・鷹峯 百 拝
————- 追伸 ————-
ずっと以前『湖の本』の読者であったころ、バックナンバーも含めて、数十冊を手元に置き読ませていただいておりましたが… 一時、奈良に住みました折、水に会って止む無く手離す次第となりました。その時たまたま別の場所に置いてあった「清経入水」と「茶ノ道廃ルベシ」だけは難を逃れて、
今も手中にあります。此の度、先生から賜った『亂聲(印)』番本を手にした時、身の内に激しい渇望を覚えました。冒しがたい威厳と気高い品格に満ちた先生の御作を読みたい、と。
先日、長年一番身近に居てくれた人に死なれました。その人が最期に私に伝えてくれた言葉は「遠慮をするな」でした。
一昨日『亂聲』番の選集を賜ったばかり、その御礼を申し上げた舌の根も乾かぬうちに、あつかましいことではございますが…先生のお誘い下さった御言葉に、甘えてもよろしゅうございましょうか。
しばらく思い悩んで三作を決めさせていただきました。
「秘色」「廬山」「蘇我殿幻想」こちらの三作が入った『湖の本』☆創作シリーズ 3・4 ☆エッセイシリーズ 1
昨年来、相変わりませず、恥ずかしくも情けない生活を送る身でありながら… 甚だ勝手なお願いを申し上げ、恐縮でございます。
その上、長々と綴りまして、失礼を致しました。
* こう喜んで頂くと、気恥ずかしくもあるが、ま、わたしの作家人生とはつまりは数少なくても心熱い、いや心慈い読者に「作品」としてよろこんでもらうことであった。
* ときどき思う、もしも私の創作・著作の全解説をと頼まれて、だれが書けて書いてくれるか、結局は懇篤の「読者」にしか出来まいと思う。
2017 4/4 185
* 上野千鶴子さん、昨日、ごく勇ましそうな一書を送ってきてくれた。
2017 4/5 185
* 山本道子さんからクッキーの一缶を、中野完二さんから大吟醸銘酒「やまと櫻」を頂戴した。
2017 4/5 185
* 石川県の井口哲郎さんからお手紙を戴いた。
いつものように心温かないいお手紙であった上に、四十五年ほども昔、金沢泉丘高校の「先生」時分に学校新聞へ書かれた、『二つの死』というエッセイ、い いや、志賀直哉の作などでいえば秀逸の小説と読んですこしもおかしくない一文を、コピーで同封してくださっていた。わたしは、お手紙の先にその方を読み、 胸のうちをしみじみと洗われた。お祖母さんの、また奥さんのお母さんの死を書かれているのだから言葉を慎み選ばねばならないのに、すぐれた「文学」の「作 品」にふれた嬉しさをまっすぐ感じた。読み終えてしばらく、ほおっとしていた。志賀直哉の「母の死と新しい母」という名作をはじめて読んだ昔の嬉しさと同 じものを感じたのだ。
残念ながら昔の新聞からのコピーで、そのままリコピーしても、小さなかすれた文字をたやすく再現できないのが、惜しい。出来れば此処へも、わたしの「e -文庫・湖(umi)」にも戴けるのに。そう思いながら、わたしは、もう一度初めから読み直した。優しい心持ちになれましたのを有り難く感謝申します。
☆ 第十九巻 いただきました。
「お便り」のペン書き(今まではほとんどボールペン書き)、なつかしく拝見しました。
「私語の刻」を毎日開き、読ませていただいていますが、「第十九巻」についてのICUの名誉教授「浩」先生のご感想、全く同感いたしました。
それにしてもあの文章(四字傍点)を夜遅くまで読みつづける精力に驚いています。読む力、読ませる力に感服し、自らの衰えをなさけなく思うことしきりです。
メールのこと、やっと開くことができました。「受信」の枠を見ますと、2012 03 03「胃全摘等の手術を経て――」という秦さんからのメールが最 終のものでした。この後、windows7にバージョンアップしてもらったり、電話、テレビと同じ回線に変更したりしたためにわからなくなったようです。 パソコンを買ったとき 初歩のやり方を電キ屋さんに教わったきりで、あとはテキストを参考に時分でいじっていました。わからなければ誰でもにきけばよいの に、すなおにそれができない、――性です。
閑話休題。 そこで おそるおそる 選集受取をメールにしてみました。うまく届きますように。(届いていますよ 秦) ちなみに今のアドレスは のようです。
次に、石川文学館へのご寄贈のこと。学芸員に連絡しましたところ、「以前に講演などで御世話になったし、鏡花がらみでも秦先生は大事な方、喜んでお受けします。」ということでした。(中略)
私は、実のところ、将来的に いただいています選集をまとめて文学館に預けようという気持ちでいました。 これで、メッセージも添えて子孫に残してやることを決めました。
残すこと、 常に考えさせられます。新聞の「おくやみ欄」を見ても、いつ死んでも不思議のない年齢になっています。
(中略)
これまで、秦さんから 「死なれること」についてずいぶんうかがっています。以前に 身内の死について書いたこともありました。(探してみましたら出て きましたのでコピーしました。お読み捨てください)。 近年親しいかった友人、知人の死も続きました。我身をおもうことしきりです。ただ、子供たちにうる さくいわれながらも、車だけは手離されません。運転はボケ防止だなどといって。ただし、妻以外の人は乗せません。 駄文を弄しました。
ご厚情を感謝しつつ。 お大事に。 四月三日 井口哲郎 (元 石川近代文学館 館長)
* 封筒の緘にはまさしき季の「清明」印が美しい。
* 新潟上越市の光明寺 黄色瑞華さんからもお葉書を戴いた。「本堂の軒下には二米ほどの雪が残っています」とある。
日本近代文学館、昭和女子大からも受領の挨拶があった。
* 大野俊明 田島周吾 林潤一 安田育代ら 馴染みの画家らの「星辰」グループ旗揚げ展の案内が来ていた。
2017 4/5 185
☆ 秦 恒平様
先生の御選集 第十九巻 拝受いたしました。いつもありがとうございます。
開花宣言から一週間余 ようやく満開を迎えております。 御本には「花と風」 嬉しうございます。
ここ半蔵門千鳥ヶ淵周辺はいつにない人出で 小さな別店ドーカンには平素の倍近いお客様がみえます。 この時季 不思議なほど皆さまが笑顔です 京も人手の少ないドーカンへ昼前に出掛けます
櫻のお菓子 昨年もお送りしたかと存じますが 一口送らせていただきます。お送りに適してないので 形や紋様がみだれるかもしれません
どうぞ 御身御大切に 山本道子
* 丹精も美しいお菓子を頂戴し、見惚れている。
☆ 今日、暖かかったので、
桜がようやく開き始めました。
陽気が良くなっても、また花冷えにもどっても、どうぞお大事になさって下さいませ。
お体調が少しでも良くなりますように、祈っております。祈っても、なんの役にもたたないかもしれないけれど…祈らずにはおれません。
どうぞ、お大切にお過ごし下さいませ。 京 百
* 寒いあいだは室内に入れてあるベンジャミンをテラスに出した。鉢の花・花も咲き、青葉にも賑わってきた。
* 神戸の岡田さんに戴いてあった美味珍味のコノワタで、中野さんからの美味い「やまと櫻」を頂いた、至福の春よ。
* 義妹琉美子、また第十九巻に多大の支援をしてくれた。感謝に堪えない。
星合美弥子、松坂弘、川島民親、唐澤篤男、鈴木定幸、本間久雄、安藤啓一、佐藤宏子、篠崎功、東淳子、及川恵美子さんから、ご支援の寄付を戴いた。
* 米田律子さん、都立中央図書館、福島県立図書館からも受領挨拶があった。
2017 4/6 185
☆ 心配
HPを読み、驚き心配しています。本は一冊でもあたれば重く痛い。
転倒も駄目です。
本当に本当に気をつけて、大事になさってください。 シンガポールの鳶
* 心配させました。御免。
* 朝一番に、湘南の永田澄雄さん、名酒一升をくださる。
☆ 花見小路
祗園や宮川町の御茶屋さんへ時折、配達にまいります。
今日は、お届けした後、摩利支天堂から建仁寺境内を抜けました。
途中「浴室」の紅枝垂れが今をさかりと咲いていました。
それは綺麗だったので、海外の方々が群れ競って撮影していらっしゃいました。世界各地から京都まで、旅してお見えになられたのですから、邪魔をしてはいけないと… 脇から、そっと撮ったので、
何だか、はっきりしない写真ですが… 京に咲いた今年の桜をいち早くお届けできればと思い、添付いたします。
花見小路を通ると、そこは中国、台湾、韓国、アジアの方々から、ヨーロッパ、南アメリカに至るまで、たくさんの国の方々が醸し出す異国情緒漂う雰囲気で、今歩いているのが何処なのか、解らなく
なってしまいそうでした。
取り急ぎ、お伝え申します。 鷹峯 百 拝
*あまり懐かしさに建仁寺浴室の春開花の写真を上にもらった。
建仁寺浴室の前まで、中学高校の昔にわたしの駆け足でなら、三分で走って行けた。祇園花見小路をつうっと駆け抜けて小門からだらだら坂をすいと降りたと ころに「浴室」はあった。なに不思議は無く、それでも建仁寺に浴室があるという、いの一番にその前に立つというのがこの名高い大寺を親しみ深いものにし た。うちの庭のように想えた。なにしろ今もそうだが京の昔にも狭い家で育ったから、知恩院でも八坂神社でも清水坂でも「うちの庭のような」ものという感覚 で馴染みもし所有もしていた。観光とか見学とか参拝といった心地は健康なほどゼロに近かったのである。
「浴室」とある、が中は見ないが「風呂」であろう。風呂とは熱いスチームを浴び発汗して清まはるので、湯に漬かるのではたぶん有るまい。
写真の紅枝垂れ、なつかしい。曇っていた青山墓地では六七分咲いてこそいたが、櫻の花やぎはなかった、今年初の美しい櫻を写真の建仁寺で見たことになり ます。感謝。祇園といい宮川町といい祇園花見小路といい、「百」さんの足どりは、そのままにありありとドッカンで目に甦る。帰りたい。。
* 京室町の源兵衛さんから、「一歩 踏み出したい」と、自家、自身の来歴等を前置きに語ってこられた。
☆ 一歩 踏み出したい
母方は彦根井伊家の御用商 特に大麻布を扱う(徳川幕府より井伊家のみ大麻布専売を許認可)戦後 没落 父方はおそらく丹波出身一族 江戸初期より織物を扱う
母方の祖父は能三昧 母は女学校より98歳までシェークスピア研究 叔父はロートレアモンに一生を捧げる
父方の祖母は 富商ながら室町の乞食と蔑称される程 粗衣粗食に甘んじるも 片や茶室を作り茶に没頭
父方母方共に没落と云う環境下 借金を抱え商売に勤しみ今日を迎えるも 遅まき乍ら中世文化に興を覚え 濫読する中 先生の御著書「茶の道 廃るべし」に出会い 何か救われたと実感した次第です 「湖の本」も有り難いです なにより先生が同時代におられることを有り難く思います
本当に何も知らない分からない者ですが もしご迷惑でなければご教示賜りますれば幸いです
なにより先生の御回復 京都にお出かけ出来る御快癒を祈念致します 源兵衛
* 私からは、とかく申し上げるナニモノもなく、ただ創作と著述とがあるだけ。どうお役に立つ何を自分が持っているのか判らないが、メールの対話ででも、もし何かが見えてくるなら、お互いに有り難いとしよう。
秦の母方のことよくは知らないままになったが、福田という元は豪儀な富商で合ったらしいが、母の父か祖父かの代から零落甚だしく、母は優等生だったけれ ど女学校へあげて貰えなかったのを死ぬまぎわまで泣いて悔しがっていた。母の兄は室町で仕事をしていたと漏れ聞いているが、よくは判らないののになった。 この伯父さん、いかにもおっとりとした好い人だった、懐かしいキワミのような京ことばを聴かせてくれた。上の娘、ほぼ同年の従妹とはいまも文通があるの で、今のうちに福田という大きな家の話を聴いておきたくなった。弥栄中学から中信の美術賞まで永くお付き合い頂いた画家の橋田二朗先生も母の出の福田と縁 戚であったらしいのに、それも何も聴かずじまいに終わっていた。
* 実の父方吉岡家は学術・教育の、実の母方阿部家は実業の、ともによほど大きな一家一門で今もありまた曾てあったけれど、わたし自身は、ほぼ生まれなが らに小さなラジオ電器屋の秦家へ貰われ、何もかも「根」に類することは極くの噂程度にしか知らぬまま、一作家の秦 恒平に成った。まして娘朝日子や息子建日子ともなれば、わたしと妻との家庭以外に、それ以前の根の知見など何一つも持っていない。思いようでは、これほど 気儘に自在自由な足場は無い。自身の目と心とで健康に心ゆく一生を生きてくれるように。
私と妻との血筋は、あまりにもかすかに頼りなく、娘朝日子の次女みゆ希独りを通してしか生き続けられない。そのたった一人きりの孫である「押村みゆ希」 の現在も、わたしたちには露ほども判らない知れないでいる。思いようでは「血縁」とは、いかにもイヤなものだ。だからこそ血縁ならぬ「真の身内」という思 想は重いのだ。わたしは幸せに生きている。
* 橋本静一さん夫妻より、海老、あわびなどのスープを頂戴した、有難う存じます。
* 立命館大、永栄啓伸さん、高本邦彦さん、青田吉正さんらから、受領挨拶があった。
受け入れ希望の滋賀県立図書館、石川近代文学館へ、全巻寄贈の発送用意もしている。ご負担感の畏れもある個人送を遠慮し、研究施設や所縁の施設へ全巻を容れて行こうと。
2017 4/7 185
☆ 術後五年 御快癒おめでとう御座います
京都はいよいよ桜開花 明日から観光地付近には近寄れません
先生の「中世と中世人」唐木先生の「千利休」を読ませて頂いております
能には親戚もおり何度も招待されるのですが 足が向きません 室町期の「能」はどうだったのか? と考え 専門故か 衣装もどうしても腑に落ちません そして明かりが駄目です そんな風に感じて観ていても本当につまらないのです
茶会も参加しません
呉服業界の付き合いも有りません
先生と唐木先生の御著書は本当に有り難いのです
のんびり御来洛の節は 是非 運転手させて下さい 食べ物の制限が有るかも知れませんが
案内させて下さい 御回復祈念致します 京・室町 源兵衛
* さもあらんと思います。懐かしい唐木先生の名前も出て来た。可愛がって頂いた。「いい文章でときどき怖い毛ずねを出すなあ、きみは」と笑われ たのを思 い出す。筑摩の全集では月報に一文も頂戴した。亡くなられてから先生の故郷の方々から呼ばれて話しにも行った。選者の臼井吉見、唐木順三、河上徹太郎、中 村光夫の四先生にはことにいつも親しい励ましや評価のことばを頂けた。幸せ者であった。
2017 4/7 185
* 藤森佐貴子(故。島津忠夫教授長女)さん、珍しい和菓子を下さる。
☆ 拝復
特装版の正本第十九巻、重厚な仕上がり おめでとうございます。いつものご厚情に感謝申し上げます。
「花と風 日本の永遠について」拝読しております 深い感慨を以て。
お互い、高齢、どうぞ、くれぐれも ご自愛下さるように。 敬具 色川大吉 歴史・思想家
☆ 拝啓
櫻が美しいこの頃です。ご無沙汰致しております。三月の末から仏事で故郷に帰っておりました。佐賀の方は櫻ね例年より遅いらしく、雨のせいか寒い旅になりました。
帰宅致しましたところ、先生のご本が届いておりありがたく拝受致しました ご恵贈、心より感謝申しあげております。
「第十九巻」の「刊行に添えて」を拝読しながら驚いてしまいました。先生のご体調のことはそれなりに存じ上げているつもりでしたが、数々の手術の多さ は、ただただびっくりしております。そうしたご体調の中で、既に『秦 恒平選集』第二十一巻を「印刷所に入稿」とのこと、再び言葉をなくしました。 先生の「『ソロバン』ならぬ『出版』の仕事」への思いに胸を熱くしておりま す 素晴らしい贈物と思っております
ありがとうぞんじます。
第十九巻は、好きなエッセイが一冊に入っていて、とても嬉しく喜んでいます。「花」と「風」という<日本>を象徴していると思っておりました世界が、多 視的な角度で展開された(誤読しているかもしれません)論述に魅了された初読時の感銘が、いま立ちかえっています。心が落ちつかぬ時は、しばしばこれまで も拝読させていただいておりました。
「日本を読む」一文字・心象日本史も時には繙かせていただく一冊です そこにもエッセイの醍醐味を味わっております。
幸いな時間をいただいている気分です。
御礼申し上げます。
どうか一層ご自愛を願いあげております。 敬具 馬渡健三郎 前・藝術至上主義文藝学会会長
☆ 御著
『秦 恒平選集 第十九巻』を拝受いたしました。ありがとうございます。
小生不勉強で秦さんの『花と風』を拝読しておりませんでした。『手の思索』『日本を読む』も、ぜひ此の機会に拝読させていただき、勉強させていただきます。
それにしても秦さんの偉業はすばらしい。見習って文学に取り組んでいかねばならないと心に銘じた次第です。ありがとうございました。 作家 森詠 日本文藝家協会・日本ペンクラブ理事
☆ (前略)
「花と風」を拝読、一期一会の考え方についてお話しをうかがったことを懐しく思い出しました。
生活の中で繰り返すことを、ただ繰り返すことに終わるのでなく、(繰り返しの一度一度を)一生に一度というくらいの重い意味をもって、清新な行き届いた心を配るのが大事だと教えられました。もう何十年も前にお聴きしたことですが 今も大切にしています。
「手さぐり日本」ご出版のあと、私の懇意の書店にお立寄りくださり、お話しとご署名をいただいたこと よく憶えています。
一気に暖かくなりました。
先生も奥様もどうぞお大切にお過ごしください。 紀の川市 三宅貞雄 朱心書肆主人
些少 同封致しました お納めください。
* 何十年も一緒に生きてきた有り難い同年の「佳い読者」、感謝します。
* 国会図書館、明治学院大学、金沢の金田小夜子さん、浦和の出田興生さん、京・正因寺の万年さんからもご挨拶があった。
* 群馬高崎市の原澤秀男さんからは有り難いお便りに添えて多額のご支援を戴いた。有難う存じます。
「湖の本・選集の発刊を続けておられますこと お嬉び申し上げます。
私も胃と胆のうの全摘出除(スキルス性胃ガンのため)をした後、18年が過ぎました。時々,胃の無いことを忘れて暴飲食するとシッペ返しをもらいます。
養生第一にして今後も益々ご活躍下さい。」
☆ みづうみ、お元気ですか。
転倒は大事にいたらずご無事で何よりでした。八十歳過ぎての(失礼お許しを)転倒は本当に危険です。今回はたまたまの幸運ですから、これからは日常の動 作一つ一つに充分お気をつけてくださいますように。数センチ足が上がらないとかそんな些細な理由でバランスが悪くなります。数日してから不具合の出ること もあります。その時には早めに病院にいらしてください。お臍の近くの鶏卵大のふくらみも気がかりです。念のために次回はご診察受けてくださいますように。 先日の五年経過の検査の時に診ていただきたかったものですが。
本は阪神大震災のときには凶器だったそうです。わが家も本棚が倒れたらと思うとぞっとします。本は大好きな必需品ですが圧死はイヤですもの。みづうみも、是非頑丈な耐震補強をなさって、揺れた場合の逃げ道はいつも確保していらしてください。
源兵衛さんのご熱心そうなメールを拝見し、湖の本の良き読者になってくださればなあと思いました。テレビで拝見したときは匠気も感じる役者とか藝術家の印象でした。呉服屋さんは商売だけの人間と着物文化に魅入られたひととの差が大きいと思います。
誉田屋の帯以外に勿論源兵衛さんのことは何も知りませんが、呉服屋さんで面白いブログを書いているひとは結構多いです。保守的な仕事のようでいて、意外 にも硬骨反骨なのです。以前にもみづうみに書いたことがあると思うのですが、着物業界と出版業界は構造的な危機の本質が実によく似ています。一言でいえば 生産者と消費者(作家と読者)を軽視して金儲けに走った結果、最高品質のものは駆逐され、もうどうにも衰退がとまらないことでしょう。
ですから絶滅危惧種の産業である着物つくりに命をかけている良心的な呉服屋さんは怒っています。和文化を愛し美の追求を仕事とすると、文化よりカネの世の中でそうなるのは必然なのかもしれません。
『源氏物語』の訳では、わたくしは橋本治の『窯変源氏物語』が好きです。円地文子や瀬戸内寂聴訳よりずっと佳いと思います。でも、本当は秦恒平にこそ訳して欲しかったですし、源氏物語の現代語訳としては最高のものが出来たのにと、こればかりは残念無念です。
では、もう転倒なさいませんように、お元気にいらしてください。
衣 花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ 久女
2017 4/8 185
* 朝のうちにも名古屋の画廊主、大脇八壽子さんから名古屋市でしか手に入らないらしいいろんな味わいの味噌をたっぷり頂戴した。酒の肴にもなりそう。佳 い手紙も添っていた。むかし村上華岳の観音像を手に入れたので観て下さいと誘われて、京都へ所用の途中下車してみせてもらってきた。以来、三十年にもなろ う、大脇さんも古稀ではないか。どんなに若かった人も確実に年を取るのだなあと天を仰ぐ、自分は棚に上げて。バカみたい。今日も銀座からの帰り、地下鉄へ おりる階段であわや転げ落ちかけて危うく前の建日子に掴んでもらえて助かった。それでいて少年のような気でいるのだ。バカみたい。
2017 4/9 185
☆ さ、神座
櫻の美しいころは、木々の芽吹きにも心うばわれるころです。
毎朝通うバスの窓から、糺の杜の大きな木々を見て過ごしますが… 寒空を刺すような冬木立のかたい枝の線が、このところ柔らかみを帯びてきました。徐々 に象を変え、色を変えていく生命のいとなみが目に見えてきました。芽吹き始めたばかりの色みは、深みのある濃い赤というのか、奥ゆきのある紫色の影のよう にも見えます。車窓越しの遠く、その色は見えているだけなのに、穏やかならぬ心地になるのは、きっと中に数えきれないほどの青や緑の色を秘めているから と、そんな気がしてきます。
下賀茂神社を過ぎて葵橋を渡る時、霞たつ川べりは華やかな櫻色と柳の淡い緑に彩られて、春おぼろの景色です。遠くに連なる山並は「墨に五彩あり」のとおり、濃く深い「青黛」のような、また淡く
にじんだ「鈍色」のような、えもいはれぬ重なりを見せて続いています。
先生、『湖の本』をありがとうございました。
賜わった御本の背表紙が、時の流れに染まって薄茶色となっているのを拝見し、胸を衝かれる思いでした。
御作を御自身で刊行なさり、御配本(御発送)までして下さる。そうして下さればこそ手にすることができ、読ませていただくことができる。それを三十年間 続けておいでになった。頭では、解っておりましたが… この度、奥付に「1987月1月1日」と記された『秘色・三輪山』の御本に触れた時、三十年の月日 を(会社の倉庫ではない)御自宅で保管なさっておられるということの、どれほど大変なことであるのかが目に見えて伝わってまいりました。先生がなさってお られることの尊さ、それを続けておられる大変さに、胸を衝かれる思いがいたしました。
また、そのことは先日、大事にいたらずに本当に何よりでございましたが、転倒なさった時の先生のお書きようからも伝わってまいりました。
今頃に気付きまして、お恥ずかしいことではございますが、読者に届けたい、と思って下さる尊いお気持ちを胸に、心して読ませていただきます。
早くに御礼をと思いながら、ご返信が遅れましたのは、先生の母校であられる大学の『啓明舘』と『アーモスト舘』それから相国寺の『法堂』の櫻の写真を添えさせていただこうとの思いからでござい
ました。見上げて撮った歪んだ写真になってしまいましたが… 先生のお心のうちに、何かが灯りましたなら幸甚に存じます。
それでは「大切なお時間」をより長くお過ごしになられますように、何とぞ御身お大事になさって下さいませ。 京・鷹峯 百 拝
* 表題にある「さ、神座」とは即ち「さくら」。日本人のことに愛してきた「櫻」はかく讃仰拝跪の思いで心中に祀られてきた。
美しいメールである。ありがとう。「さくら」のように美しい佳い仕事がしたい。
* 相国寺は大学と地続きのお隣さんであった。というより、ひょっとして元は相国寺さんの境内を同志社が分けて頂いたのかもしれないが。懐かしい。大樹が生き生きと空さしている。感謝
☆ 自信の一冊
「秦 恒平選集 第十九巻 花と風 手の思索 一文字・心象日本史」を拝受いたしました。そして先ず『花と風』も補注とともに拝読して、たしかにここに、<日本 の永遠について>が語られており、秦さんを貫くものが開示されていると納得いたしました。秦さんという器には、表には出ていなくても多くの引き出しが内蔵 されていて、それがみな芯につながっている、圧倒されます。三十四、五歳にして、こうしたいまに揺るがぬしっかりした「根」を持っていらしたとすれば、い つ、どこでこの根は育ったのか、それも不思議です。
いままさに花の季節、集合住宅の玄関を出ても風に舞う花びらについ足がとまります。
秦さんはいかがおすごしでしょうか。どうぞお身体 お大切になさってください。
いつもながらのご厚誼に感謝し、とりあえず、ご恵贈のお礼を申しあげます。
講談社 元「群像」編集長 出版部長 敬
* この一巻を編み、またこの一巻を書いてきた励みに対し、嬉しく嬉しい 最高のお言葉を戴きました。頭を垂れています。故郷「京都」にも、育ててくれた 三人の秦の親たちにも、導いて下さった中学時代の諸先生にも、感謝の頭を下げます。そしてこの老境を、もう一段、しっかり努めたい。
☆ 『秦恒平選集』第19巻を頂戴し
誠に有難うございました。
金沢と小松の諍いの話、おもしろく読みました。今、新幹線の開通効果もあって金沢は賑やか過ぎるほどですが、小松の商店街はシャッター通りと化し、こわいほどです。明らかに安部政権の失策
だと思うのですが、いまだになぜ支持率が高いのでしょう。理解できません。
研究室の窓から見えるお隣の冷泉家の桜が満開です。
ご清栄にお過ごしください。 鏡花研究 同志社大学教授 田中励儀
* 秦 恒平先生
拝啓 ますますご清祥のこととおよろこび申し上げます。
このたびは、『秦恒平全集』第19巻をお送りいただき、ありがとうございました。
先生のパワーには感服させられます。
いつか、私もこのような形で自分の著作をまとめられたらと思います。-
私は3月で東京大学を退職し、4月1日に東洋大学 情報連携学部(lNIAD)の学部長に就任いたしました。新たな気持ちで研究、教育に取り組む所存です。
先生も体調を崩されませぬようご自愛〈ださい。
今後ともよろしくお願い申L上げます。 敬具 東大名誉教授 坂村健 世界的な電脳学者
* 神奈川県知事 滋賀県知事(三日月大造氏) からも、文学館へ、中央図書館へ、の全巻寄贈に感謝状が来ていた。
* 元平凡社の出田興生さん、 選集19巻刊行!」と、静岡市の鳥井きよみさん櫻開花のおくれで「もの足りなさの中におりますのを、この19巻が救ってくださいました」と、有り難いご支援を戴いた。
2017 4/10 185
☆ 拝復
花冷えとか 櫻は咲いても冬にかわらぬ暖房にて過ごしております。
『秦 恒平選集』第十九巻ご恵与たまわりかわらぬご厚意お礼申し上げます。
井泉水のフアンレターなどうかがうにつけ、読者の一員に加えて頂くなどもったいないこと、盛年往時をしのぐご出版に読書追いつかぬこと無念です。 若冠 三十六歳にしてかくも古典諸藝に通じてイラしたことに 改めて敬服。それにしましてもご喚起 補注拝読するにつけ博大な引用には驚嘆、西海余滴集ご引用の 箇所 気にもとめていなかったなど 狭い知識にこだわっておりましたこと 反省しております。
湊川神社など日本遺産登録申請の由、楠公聖蹟巡礼など 変に古典いじくる時代の到来案じられます。
かわりばえしませんが 教理の稲庭うどん少々お届けいたします。着到ご返事どうかご放念ください。
ご大病克服とうかがいおりますが くれぐれもお揃いでお大事に。
散り際をはかり出遅き花見かな 周 神戸大学名誉教授
* 村上一郎の奥さん長谷えみ子さんからもお手紙をいただいた。
* あすも降るかもとか。
2017 4/12 185
☆ 拝啓
その後 如何おす過ごしでせうか 毎々「選集」御恵投にあずかり有難く存じます。
十九まきまで頂戴して その量と内容とに殆ど呆然としてをります。作家とはかくなるものとの感を一層深くしてゐる次第です。不備 前・文藝春秋専務 寺田英視
* 巻中の誤植をときおりご指摘いただく。多くは「は ば ぱ」等の濁点、半濁点で、実際虫眼鏡で確認しないとわたしの眼では見えない。半盲に近い視力 で、吾一人で校正しているので、魯魚の誤りもきっと免れ得ていないと残念だが、斟酌・忖度の可能なミスに止まっていて欲しいと願っています。部会が混乱す るような間違いはしたくない。
* もう、第二十巻が責了にまぢかい。二十巻で、いま目の上に作り付け書架の、まる一段を埋める。もう、十二巻 落ち着いて、いい編集に励みたい。
創作、論攷をふくめて、一つにそれら仕事の量、むろん質も、そして今ひとつに、それらの仕事をに積み上げていた年齢の若さに、漸く、プロの読み手方も、気づいてくれてきた。
2017 4/13 185
* きのう、奈良の西川絹子さんからお手紙と選集へのご支援を戴いた。感謝に堪えません。
また長谷えみ子さんからも、京都宇治からの瀟洒に雅な軽菓をたくさん戴いた。恐れ入ります。源氏物語「浮舟」の歌一首を美しい包装紙に草されてある書 は、まちがいなく懐かしい谷崎松子夫人の筆であろう、初めて戴いた数メートルもの美しい巻紙のお手とまぎれなく一つに見える。
2017 4/16 185
* 妻の従弟の濱敏夫くんから、吉祥の珍しい和風のゼリー菓子をもらった。
2017 4/16 185
* 引退したスケートの浅田真央さんについて、熱弁の、長いメールをもらった。わたしは浅田選手のスケートより「人」の方に敬愛を覚えて永く来たが、フィ ギュアスケートを舞踊の一種と眺めてしまう目には、跳んだり跳ねたりの成功や失敗でとかく謂う競技感覚、採点審査にのりにくく、愛好して競技の勝ち負けに 心寄せるならいを殆ど持たずに来たので、メールに謂われているぜんぶを理解した、理解しようとしたとは謂えないし、しかも絡めて、わたし自身の文学へも話 題が及んで行くのには、筆者にも、浅田真央さんにもお気の毒な気がした。しかし浅田真央への筆者の思いには協賛の人も多かろうと、転記させてもらう。
☆ お元気ですか、みづうみ
素晴らしいお天気のもと歌舞伎を楽しんでいらしたご様子拝読しまして、仕事漬けのみづうみに時々このような休日がありますこと、ほっといたします。
震災以後テレビニュースを見る習慣は棄てたのですが、浅田真央選手引退会見はつい観てしまいました。(他に共謀罪など報道すべき重要ニュースが山ほどある のでこのことばかりニュースになるのは腹立たしいのですが)浅田選手の重圧から解き放たれたような晴れやかな表情を見て嬉しく思いました。
ご迷惑省みず、浅田選手について前から考えていたことをみづうみに書いておこうと思います。そのためにYou Tubeで ソチオリンピックの動画などを調べていましたら、浅田選手の演技が出てくるわ出てくるわ、ロシア、アメリカ、フランス、フィンランド、中国、イタリアなど の海外放送の日本語翻訳字幕つきという動画まで色々あったので驚きました。熱心なファンがいるものです。彼女がいかに愛されていたかの証明でしょう。
そこで 感じたのは、海外の解説者のほうが正しいことを言っていると思っている日本人ファンが多いということでした。日本のスケート中継の解説者やアナウンサーは 彼女の真価を充分伝えていたのだろうか。伝えているとしてもごく控えめな情緒的賛辞であって、たいていはポイントを外しているのではないか。日本人選手な のに、重要な試合においては褒め過ぎてはいけない選手だったような気がします。
彼女の ソチでのフリー演技のプログラムが女子選手の中で一番難しいものであること、トリプルアクセルは体力のある男子選手でも難しい技であること、女子選手で彼 女だけがそれに挑戦し続けていること、そういう客観的なことも日本の解説ではなんとなく曖昧にされていますし、何より採点システムそのものがおかしい、こ んな低い点数は浅田選手に失礼だ、なんてことは外国放送だから言えることで、日本では口が裂けても言えないようでした。
私見ですが、女子フィギュアスケート選手は浅田真央とそれ以外の選手に分けられるくらい、彼女は傑出した選手、天才的な選手だったと思っています。海外では「アイス・クイーン」とか「ゴッデス」と表現されることもしばしばなくらいでした。
それにもかかわらずなぜ金メダルに届かなかったのか。明らかな理由は、彼女がトリプルアクセルというリスキーな技に固執し大舞台で失敗したからです。で は、彼女がこのジャンプに成功したら金メダルだったのか。バンクーバーオリンピックのショートプログラムではきれいに成功しましたが、彼女と首位選手の点 差は大きく開いていて無理でした。フリーでの失敗は、神のように完全無欠の演技でない限り絶対逆転できないという極度の緊張と重圧の結果ともいえたでしょ う。最高難度の技を成功させても大きな加点にならないという彼女に著しく不利な採点システムの改変はなぜされたのか。もともと彼女には金メダルの可能性は なかったのではないか。彼女は本当に公平な闘いができたのか。そう疑っているファンの多さが動画を観ているとよくわかります。自分たち日本のファンが浅田 選手を愛するあまり勝手に妄想しているのではなく、海外放送ではこんな発言もあると訴えたかったのでしょう。
浅田選 手をみていると、日本における天才の処遇の惨状をみる思いがしてなりません。浅田選手がアメリカの選手であったなら、ライバルが韓国選手でなかったら、彼 女はらくに金メダルを手にしていたでしょう。これほどの優れた選手に金メダルを獲らせることができなかったのは、日本スケート連盟の悪意に近い無為無策で しょう。
ネット では「お前らちゃんと仕事しろよ」と暴言吐かれていたくらいですが、日本スケート連盟は本当に不可思議な動きに終始しました。浅田選手を狙い撃ちしている ような採点システムの改変に一度たりとも抗議せず、ソチオリンピックの練習場に砂利だらけのリンクを使用することを浅田選手に強要し(他に良いリンクがい くらもあったのに)、あげく選手には命のように大切なスケートの刃を傷める状態でショートプログラムを迎えることにさせたのは、つまり浅田選手にだけは金 メダルを獲らせないという強い圧力が働いていたのかと勘繰りたくなるくらいでした。彼女は金儲けのための人寄せパンダでいるだけでよかったのかと。
浅田選 手の立派なところは、理不尽な仕打ちの数々にも一切の言い訳をせず、黙々と練習し、スポーツマンとして誠実に正攻法でフィギュアスケートの正統を貫いたこ とでしょう。しかも彼女は金メダルのための妥協をしなかった。トリプルアクセルは失敗して当然の挑戦であってもあきらめなかった。トリプルアクセルという 最高のものを目指すと金メダルは獲れないとは思わなかった。トリプルアクセルなしの金メダルなら欲しくなかったのかもしれません。
自分の理想のスケートを実現すれば金メダルもついてくると純粋に信じていたのは戦略として失敗だったとしても、トリプルアクセルを封印する妥協は、画家 なら売り繪を描くような妥協で、そのような妥協は天才のものではないのでしょう。浅田選手は意識していなかったかもしれませんが、彼女は金メダルを目指し ているつもりで、じつは人間の身体能力の限界に挑戦するというスポーツの理想を追いかけたことになります。
フィ ギュアスケートルールに詳しい人間ほど、バンクーバーでもソチオリンピックでも浅田選手が金メダルを獲れないことは知っていたでしょう。あの状況で理想や 正攻法が勝てる道はまずなかった。みづうみは以前に「採点競技」はなくしたほうがいいと書いていらしたように記憶していますが、スポーツとダンスの中間に あるようなフィギュアスケートを、審判の採点で優劣つける矛盾が浅田選手の場合ほどはっきり露呈したことはなかったように思います。
浅田選 手は技術主体で表現力がない、キム・ヨナ選手は表現力に優れているとよく言われてきましたが、奇妙な話だと思ってきました。表現力なら浅田選手にも充分あ り、その上彼女は完璧な身体のラインを持ち可憐でエレガントです。フィギュアスケートにおいては表現力の方が重要で表現力を競う競技であるなら、それはバ レエという身体藝術と同じものになります。オリンピック種目であるならば、身体能力の極限の技術に挑まなければスポーツの意味がありません。
海外の解説者たちは、ソチのフリー演技の浅田選手を観ながら、最初のうちはジャンプを褒めたり、回転不足をとられるかもしれないなどと話しているのです が、後半になって例外なく沈黙してしまいます。終わってしばらく間があって、また話し始めるのですが、どうやら泣いている解説者も何人かいたようでした。 そこには勿論、ショートプログラムでこの演技ができたら金メダルがとれたのにという同情の気持ちはあったでしょうが、その程度のことでは百戦錬磨の解説者 が涙を流したりはしないでしょう。悲運のアスリートはこれまでも山ほどいました。
一人の解説者が次々にジャンプを決めていく浅田選手に対して呟くように、ため息のように話した外国語がこう翻訳されていました。
「凄いファイターだ」
ひとがひとに贈る最高の賛辞だと思いました。勝てるように闘う人間と、勝目のない理想のために挑んでいく人間のどちらにほんものの勇気があるのかは、言う までもありません。どん底からのフリー演技で、彼女は果敢にトリプルアクセルに挑戦し、そして六種類もの三回転ジャンプを見事に跳んだのです。
そ の演技に対して、殆どのジャンプが回転不足と採点され、フリー演技は三位ということだったのは何か悪い冗談のようでした。審判は心が痛まなかったのでしょ うか。本来採点などできない何かを採点するとこういう滑稽な茶番劇になるのでしょう。英語圏のコメントには「痛ましいほど低く評価されている」というもの がありましたが、ほんとアホらしいことでした。彼女のジャンプは採点基準において完全ではなかったでしょうが、挑戦しない完全のほうが挑戦した不完全より 金メダルにふさわしいのか。完全な回転が評価基準だとしたら、そこに浅田選手の居場所は最初からありません。
浅田選手の演技に涙した人間の多く は、彼女が金メダルに届かないことを充分知っていたでしょうが、それでもなお理想に挑む一途な美少女の中に、純粋なスケート魂、不屈の闘志、信じられない ような勇気溢れる真のファイターを見出して胸揺さぶられたのだと思います。フィギュアスケートで落涙するという経験は私も初めてでしたが、彼女のあの演技 から、これまでの彼女のフィギュアスケートに捧げてきたすべてがありありと迫ってきて鳥肌が立ったのです。浅田選手はその選手生活で金メダルを目指しなが ら、じつは金メダルを超えたものに到達してしまって、結局金メダルの無意味さをこれ以上ないほど教えてくれた稀有の選手でした。
もっと も勝者でなければ、金メダルでなければ意味がないのがスポーツの常識で、敗者は敗者として遇するべき、思い入れはセンチメンタルという立場があるのはたし かなことです。浅田真央は戦略がなかったから負けた。戦争はどんな卑怯な手を使っても勝たなければ意味がない、勝てば官軍だというのは現実です。だから、 私は勝ち負けがすべてのスポーツはそんなに好きになれないし、戦争には憎悪と嫌悪しかありません。
フィギュアスケートにおいてもうあれ以上の演技を観ることはないでしょう。十年くらい経って次の天才が出てくるようなことでもない限り、私はフィギュアス ケート競技は卒業。観なくていいと思っています。そして、金メダルが商業的成功への切符でしかない昨今のオリンピックそのものにも冷めていくばかりです。 メダルを獲ったら芸能界か政界の花道が待っているなんて。
蛇足ながら最後は専門家のきれいな言葉を引用して浅田選手についてはおしまいにします。
確かにオリンピックの金メダルを手にすることはできませんでしたが、3回世界選手権で優勝した彼女は疑いようもなくここ10年で最高の女性スケーターでした。エレガントで勇敢で、本当の意味でチャンピオン(勝者、闘士)です。
サイモン・リード ユーロスポーツ解説者
フィギュアスケートにあまり関心のおありにならないみづうみに長々書いて申しわけございませんでした。
でも、わたくしの中ではみづうみに関連がある部分もありましたので書きました。
多 くの日本国民は浅田選手の天才を理解し応援し、愛していましたけれど、スケート連盟をはじめとする日本社会のシステムは、浅田選手のような傑出した才能を 守り育てていくことが出来ませんでした。「忖度」という言葉が話題のこの頃ですが、日本社会のシステムは組織の権力者たちの気持ちを「忖度」することで動 いていて、突出して優れたものや革新的なものに対して、上の顔色をうかがうばかりです。天才に対しての正当な評価の機会を逸し時には嫉妬まじりの妨害まで するのです。日本という国の宿痾ともいえるでしょう。「神」のいない国には神の刻印である「天才」が存在しては扱いに困るのかもしれないと思うこともあり ます。
わたくしの中では浅田真央という天才の、日本に生れたがゆえに強いられた不当な扱いと、文学者秦恒平の不当な処遇がどこか重なってしかたありません。
「秦恒平論」の手直しを続けていますが、自分の力の足りなさに絶望的になっています。うまい譬えが思いつきませんが、ネズミがゾウについて語るような、タ ツノオトシゴが天翔ける龍について語るような、とてつもない距離があります。ネズミはゾウのことを自分と比較できないほど大きいとしか言えませんし、タツ ノオトシゴは龍が天に向かうものとしか言えません。ほんとに、秦恒平と角逐する天才よ出てきてほしい、わたくしの代わりに書いてほしいと思っています。
湖の本も選集も、どれほど大胆不敵、剛毅で不屈なファイターの仕事であるのか、語り尽くせません。
春 惨として驕らざるこの寒牡丹 虚子
* 人の世を人の手がうそでかきまぜて
勝つの負けのと 欲張りなさる 有即斎
2017 4/16 185
☆ 秦 恒平先生
拝啓 陽春の候、先生にはいかがお過ごしでしょうか。
平素より 「湖の本」 のみならず、豪華限定版『撰集』のご恵投にあずかり、感謝いたしております。
私事ながら、小生 八年間の国文学研究資料館の任期をこの三月末で終え、再び福岡に戻ります。研究者にはふさわしからぬ管理職を長年勤め、『源氏物語』をゆつくり読む生活からも遠ざかっていたことに忸怩たる思いです。
東京での八年は、その間、妻に先立たれたり、猫が死んだりと、必ずしも平坦ではありませんでしたが、古書店の豊かな東京で、充実した生活を享受することが出来ました。
同封の冊子、世の先輩方にお送りするのは烏滸がましい限りの内容ですが、館の古典籍プロジェクトの一環として、手元に集まった本を眺めながら綴ったものです。お笑い捨てください。
どうか佳き春をお過ごしください。 敬具 今西祐一郎 前・国文学研究資料館館長
* 『死を想え 「九想詩」と「一休骸骨」』と題された一書を頂戴した。
御縁は、わたしの源氏物語の読み、「桐壺の巻」にあったと伺っている。衝撃を受け嫉妬さえして、しばらく秦さんの文学から遠のいていたものですと笑い話も聞いた。
新鮮な源氏物語の読みを聞かせて頂ける折りの早かれと願っています。
* ところで上の一冊だが、平安時代の物語では源氏物語以前にはリアルな死が語られなかったと書き起こされている。平安時代以前には「物語」といえる著作 は無いといえるから、源氏物語は死なれた事実へのもっとも早い文学ということになる。しかして「九想詩」すなわち屍体の腐敗を九段階にわかって見据える、 谷崎『少将滋幹の母』にみられる「不浄観」などが語られるのだが、死屍の相の凄まじい廃亡について謂うなら、見遁してならない大きな先例が古事記にすでに 的歴として表されている、すなわち妻イザナミの死をかなしみ夫イザナギが黄泉の国へ追っていったけれど、すでに「ヨモツヘグヒ(死の世界の食事)を済ませ ていたイザナミの死屍はみるも無惨に「蛆たかりととろぎて」目も当てられなかったと、ある。不浄観どころかイザナギはたちまちに黄泉の国から走って逃げて いる。
わたしが日本の「死ないし死屍」に関してもっとも早く最も凄い表現に接したのは、源氏物語よりよほど早くに古事記からであった。わたしが古事記に接した のは、国民学校一年生を終えて二年生に進む前の春休みに、なぜか秦の父につれられて木津川ぞいにお宅のあった担任の吉村女先生を訪ねた日、帰り際に先生が 私に手渡して下さった時である。四六判の、古事記と題された現代語訳の一冊だった。わたしの生涯最初の猛烈な愛読書がこの『古事記』であった。この本をほ とんど丸暗記してしまったわたしは、意気地のない弱虫から生まれ変わったように自信に満ちて教室で過ごせるようになった。わたしは先生が指名されればどん なときでも教壇にあがって、日本の神話をいくらでも同級生相手に話して聞かせることができた。
☆ 花冷えの侯、
いかがお過ごしですか。思わしくないご体調について折々「湖の本」でうかがって案じておりましたが、その後、当方も年末以来、手術を二度いたしました。健康だけは多少自信があつたので、それだけ衝撃も深く、改めて自分の高齢についても自覚させられました。
そんな中で、相次いでご著書をお送り頂き、感謝しっつ再読、旺盛なお仕事ぶりに改めて敬服しております。名著の数々が装いを新たにして再刊されるのは、とても有意義な事ですが、特に、若い世代にとつては何よりの事と存じます。
先日は、梁塵秘抄の三四七番の「小磯」について、これを相模の大磯と結びつけて固有名詞と考えている大学院生に、頂いたばかりの『選集』第十八巻の 128ページを示し、秦先生もそうらしいと教えて喜ばれました。近年の諸注では、普通名詞ととるのが一般的のようですが、私も地名と考えてきました。同じ ページに示された読みの深さにも、色々教えられ、その学生にとつて大きな収穫があったようです。
あいついでご本を頂戴しながら、遅ればせのお礼まで。 三木紀人 お茶の水女子大名誉教授
* 小説『慈子』の調べ事のため医学書院の勤めさなか、東大医学部の先生の紹介状を手に文学部書庫へ入れてもらったとき、こころよく受け入れて下さった当時の多分院生か助手であられた。久しくも久しいご縁である。
☆ ようやく
春らんまんとなりました。家のまわりの櫻も満開となり 裏の竹藪には朝夕うぐいすが来て鳴いてくれています。
先日は第十九巻をご恵贈頂きまことに有難うございました。
何時も御本を読ませて頂きこころを癒やされております。今回の一文字にも 日本語の奥深さ広がりの妙意を知って 楽しませて頂いています。まだ日常の慌しさにふりまわされていますが ゆっくりと時間をかけて御本を読み込んで行きたいと思っています。 (中略)
ご体調は如何でいらっしゃいますか お二人揃ってお過ごしになって来られた人生 どうぞくれぐれもお身体大切にご自愛下さいませ。 かしこ 奈良あやめ池 絹
* 福岡県の人からも突如として、わたしと生みの母方阿部家との縁について教えて欲しいと問い合わせが来た。「縁戚」なるものの実証的な研究家であるという。
☆ 秦 恒平 様
謹啓。
はじめまして、私は別紙に添付している参考例のような歴史上の先人や現代の著名人を閏閥で編んで繋ぎ合せることをライフワークとしている歴史愛好家で す。なお今回添付しているものは日本人ノーベル賞受賞者をメインとした閨閥や大河ドラマの主人公になった新島八重氏より連なる閨閥および多数の文学者をま とめた閨閥などです。私は主に近代以以降の各界著名人を重点的に調べております。例え歴代総理大臣経験者であれば、村山富市・小渕恵三・野田佳彦の3氏を 除いては調査をほlま完了しております。
図書館に所蔵される資料などで閏閥を探求できない場合にlよ紳士録などをもとにして著名人のご子孫の方々に直接お手紙で問い合わせをさせてもらい、あり がたいことに今までに多<の著名人のご親族からこ返答をいただいております。ちなみに最近でlよ最上徳内氏・近藤重蔵氏・坂本天山氏(ご子孫は坂本男爵 家)堀辰雄氏・八木重吉氏・山下りん氏・高田屋嘉兵衛氏・タゴール氏(アジア人で初のノーベル賞受賞者)・今東光氏などのご親族から閏閥を教えていただき ました。
添付した他にも数々の閨閥をまとめておりますが、私の力不足で現時点においては、それらいずれにも 秦 恒平様・北沢恒彦様を 連ねることができずに行き詰っております。
まことに恐縮なのですが、よろしければご本人様より詳しい閏閥をお教えいただくことによって、私のまとめている各種の閏閥に連ねることができれば至極でございます。
特に知りたい点とは、秦さんの尊族である阿部家について知りたいです。ネット上では阿部家は細川護煕首相の奥様にも連なるとの情報が記されていますが、それらを確かめることができません。
北沢家・保富家・阿部家・戸田家・上田家などの姻族を含めた秦一族の閨閥を教えていただきたいです。
まことに失礼極まりない突然の要望により、ご足労をおかけすることになりますが、何卒ご協力を賜りたく重ねてお願い申し上げます。 恐惶謹言
〒814-0165 福岡市 ** *
* 同封されてある数枚には、超細字で無数に、まことWWWめく蜘蛛の巣のように閨閥風の関係図が書き込まれていて、わたしの視力では読み切れない。
おもしろいことが降って湧くものだ。
2017 4/17 185
☆ シンガポールから
短いメールを書いていましたが、携帯画面でわたしの手際が悪く、すべて何かしら語らないまま終わったという思いを強くしていました。
三月からのHPを読み返し、鴉の日々を思い描いておりました。御身体の事、そして時間のこと。まさに「欲しいのは、時間、時間、時間。時間と健康。」ですね。
「花やいでしかも重たげな恐怖へも繋がって行く小説世界への意欲を、鬱蒼とした中世
の風景から昨夜の或る読書で甦らせることが出来た。」と書かれています。小説世界への「うながし」、老年期であるゆえの一層の切迫感を抱えて噴出する貴重な時期を迎えていらっしゃると感じます。
帰国以来、気忙しく数日が過ぎ、疲れや喪失感・・けだるさに襲われています。確かに確かに忙しかった、帰国、京都行き、絵の講習会。京都では醍醐と鴨川沿いを上賀茂神社までも歩き、桜を堪能しました。賀茂川には鴉も鳶も悠然と舞い飛んでいました。
* ・・戦後の保守権力とその手先の執拗な排撃をうけて潰され・・あらゆる労組と社会党との壊滅はそ の象徴であった。・・泣きたくなるほど時代錯誤劇に見えてしまう。
* 働く人こそが民主主義の健康な担い手でなければ、國と時代とは少数独裁強権の支配により好き勝手にされて行く。
そのように書かれるお気持ちのほぼ全てを納得しつつ、さて自分がどのように行動しているかとなれば、恥じ入るばかりの不甲斐なさですが、見続けています。
世界に眼を向けるとそのような多くの状況、多くの事象にぶつかります。
トルコのエルドアンはクーデター事件をきっかけにして大規模な弾圧を開始し、大統領権限を2029年まで自己にとって最大限まで行使できるような選挙結 果が、遂に昨日出てしまいました。エルドアンの顔がヒットラーに見えてしまうのはわたしの勝手な思い込みでしょうか、危惧に終わったらいいのですが・・。 フランスも、オランダも・・・何処の国と限定しなくても。
そしてアフリカや中近東からの難民の群れは今も続いています。
シンガポール、暑いので殆ど家の中。滞在後半から孫たちが「保育園」に通い始めたので、その送り迎えに片道歩いて十分。上の子が特にわたしに甘えて・・ おんぶして通いました。出発前から脚の痛みはありましたが、背負えるのも今回が最後と思い気合を入れて? 歩きました。身体をかばい過ぎて運動不足になる のも避けたかったのです。
保育園では午前は中国語を話す先生、午後は英語を話す先生に替わるのだそうです。
出国手続きのゲートで別れる、その時になって状況を察した孫は何回も縋りついて泣きました。その後、家までの三十分ほど眠い筈なのにじっともの言わず放心状態だったと後になって聞きました。可愛い分だけ、つらい。
再びの日常を始めます。シンガポールではない、他の場所への旅に憧れはありますが、今は日常へ。
御身体、どうぞご自愛ください。
佳い季節、楽しまれますように。 尾張の鳶
* わたしの視野など、狭い狭い。そして、日々、しんどい。
* こんな、自分に問う歌で「亂聲(らんじゃう)」を終えていた。
余念なく眠つてをればよいものを
なぜ起きてくる 死にたくないのか
疲労が滲んでいるが、まだ、目は覚まさねば。
2017 4/18 185
☆ 拝啓
「秦 恒平選集」第十九巻をご恵送くださり、ありがとうございます。
「花と風」の「花」の章、谷崎から三島へと花を媒介に軽々と飛翔するはたさんの論理に魅了されました。三十代半ばのお仕事なのですね……。三島が死んだ のは私が高校生のときで、以来、三島の天皇観については折りに触れ意識してきました。彼の戦後呪詛について、最近また考えています。
どうぞお身体大切にお願い致します。敬具 三島由紀夫賞作家 久間十義
* 全巻寄贈の 明治学院大学図書館 西東京市図書館からも挨拶があった。愛知知多の久米則夫さんから、御助勢を賜った。
☆ 秦恒平先生
ようやく春の訪れを迎えましたが、いかがお過ごしでしょうか。
当地鎌ケ谷市は、隣接の白井市、市川市と併せ日本一の梨の産地で、今真っ白な花が満開です。
この梨でワインが作られています。
秦先生にご笑味頂きたく一本ご送付申しあげました。
少々甘口でデザートワイン向きかも知れません。
気候不順の折柄、お体おいといくださいますようお祈り申し上げます。 篠崎仁
* 嬉しく戴きます。
日本の各地ワイン、すっかり今は念入りに上出来のものが増え、妙味を楽しめるようになっている。
2017 4/19 185
☆ 花は櫻
桜の季節に生まれたからなのか、とにかくもう、桜が好きです。
焦がれていた高遠の桜が開花したと聞いて、先週は信州伊那へ。
抜けるような青空、高遠湖を見下ろすように咲き初めたタカトオコヒガン。麓の絵島囲み屋敷も、ひっそり静まって花に抱かれていました。
雪を頂く南アルプス連山を眺めながら、信州牛のすき焼き、筍ご飯、桜蕎麦、お漬物。駒ヶ岳の雪解け水が音高く流れる大吊橋をゆらゆら渡って、すずらん牛乳のソフトクリーム。白山登窯では普段使いの珈琲カップも買って。
勤務や仕事は相変わらず忙しいけれど、忙しいからこそ、日常から離れた一時を持ちたいと思います。汗ばむような陽気もおさまって穏やかな天気となりそうな明日は、どんな風に過ごそうかと考えています。
「亂聲」もご新作もとても楽しみにしていますが、体も適度に動かし、気分転換もうまくはかれるようにと願っています。では。
追伸、『山の音』は、川端映画の特集が数日間に亘って行われた時に観ました。
品格のある映画、やはり原節子は得難い女優という印象が残っていたので、一昨日のテレビも録画しておきました。 東京 九
* どう死ぬかの選択は無い。死ぬまでは生きる。どう生きるか、というだけである。 2017 4/20 185
* 梅原猛さん 自筆の選集受領挨拶があった。清水六兵衛さん、下鴨へ転居、工場は従前と通知があった。先代九兵衛さんがしきりと懐かしい。
京都美術文化賞の選者を二十数年も続け合った仲間も、清水さん、石本正さん、三浦景生さんらみな亡く、わたしをここへ誘い込んで下さった橋田二朗先生も。
梅原猛さんとわたしとが生き残っていて、わたしは選者を退いている。第二回に推して受賞してもらった楽吉左衛門氏が、いま、わたしのあとへ選者で入ってくれている。
この五月下旬には今年の授賞式が予定されていて、わたしも顔を出したいが、さあ、この体調では、むずかしいだろうな。
2017 4/21 185
☆ 選集、第十九巻
本当に嬉しい。『花と風』は、岡崎に住んでいた昔からの愛読書、貴重な御本。
脚の痙攣など、お身体気にかかります。どうぞ大切になさってください。 尾張の鳶
* 元防衛相で防衛通という石破氏がテレビ朝日で喋っていた、数十発の「北朝鮮からの爆弾があろうと、七分かかる、五分の間に地下鉄へはいるか堅い建物に 入れば大丈夫、などと言うことがでたらめに過ぎる。銀座を新宿を渋谷を歩いている人にどうそれを報せ、どう皆が建物へ避難できるのか。それ以上にももし飛 んでくるのが核爆弾なら、一瞬に都市そのものが壊れ、人々はどこに逃げようと一瞬に火の玉になってしまう。あまりに口から出任せのいいかげんなもの言い で、呆れた。
* 故島津忠夫さんの遺著となった和泉書院刊の『源氏物語放談』を戴いた。「竹河」の巻を語っているわたしの一文も引用されている。
* 滋賀県立図書館から『選集』寄贈への謝状が来ていた。今後も宜しくと。島津忠夫文庫でも所蔵して戴けることになっている。
* 色んな施設や人にユーメールで贈っているが、ときに本が届かない、届いていないということも起きているらしく、困惑する。
2017 4/21 185
* あれをしよう、これをしようとしても、目も疲れ、集中力を欠き、残念だが機械から離れてできる仕事(たくさん有る)をしようと。いちばん気を惹かれる のは、やはり「読む」こと。「中世」研究書が面白く読める。なにかしら力も得られる。いま欠いている小説への刺戟もある。
源氏物語は「夕霧」の巻を読み終えたら、「御法」「幻」はとばして、いっそ「竹河」へ飛んでおいて、宇治十帖へ進みたい。島津さんの「放談」も読みた い。島津さんは源氏物語専門の学者ではないが、数十年の読みの特異さに自負もおありであった。わたしは、源氏物語というと亡くなった今井源衛さんにいろい ろ教わった。島津さんも今井さんと親しかったと聞いていたが、今度の本をまさしく置き土産に亡くなった。所沢か保谷かでいちどは私と話したかったと言われ ていた、と
* 思えば、数えきれぬほど大勢の人文・文学の碩学・研究者に親しくして戴いた。名前など挙げはじめたら懐かしくてかえって悄げてしまうほど、殆どの方々に死なれてしまったが御恩の嬉しさは忘れていない。
2017 4/21 185
☆ 通勤路に
『柊屋』さんの前を選ぶ日もあります。
今、屋根の上にある鳥よけの柵にからむ野木瓜の花が、路に散り敷くほど さかりと咲いています。
今宮門前の楓が、滴るように色を変えた姿とあわせて、お楽しみいただけましたなら、嬉しく存じます。 百 拝
京 今宮門前の大楓
* 「今宮」という神社は、京には古社、大社、名社の数えきれず多い中で、なんともこころ懐かしいはるか平安初期から「やすらい」を願う花まつりの風情を、四季、境内に抱いている。身の奥からふしぎな安息をよび出してくれる。焙り餅の床几がよく似合う。
どうでしょう、この青空へひろげた大きな青楓のいさぎよさ、美しさ。
2017 4/24 185
☆ 葉桜の季節に
入ろうとしています。このたびは御選集『第十九巻』を御恵贈賜り有難うございました。 (中略)
今巻「日本を読む」冒頭の「徳」に習えば「不徳のいたすところ」です。大久保房男さん(=亡き「群像」名編集長)から、昔、「お前は徳あって、才無しだ なあ」と、さんざんからかわれたことを憶い出しました。「葬」「私」「常」「家」「女」「花」等々「一文字」の味わい深い思索の跡追いをしています。もう 少し(=誤信類のご事情が)落ち着いたら、じっくり中世歌謡の世界をも辿り返そうと思っています。御礼ならぬお詫びまで。
とにかくご自愛なされんことを切にお祈り申し上げます。 講談社役員 徳
☆ 花、吹き払う、風
毎朝、通勤に『三条西殿』を『東殿』へ渡ります。
地下鉄「烏丸御池」を上がると『舞扇調進所・十松屋』へ出ます。宙を舞う遮那王の看板を横目に見ながら、『鈴鹿山』の会所前で信号の変わるのを待ち、烏丸通りを横断して向かい側の『新風館』へ。
『十松屋』と『鈴鹿山』は、『三条西殿』の一画にあり、『三条東殿』の一画を しめているのが『新風館』です。
平安時代、書ききれないほど数多できごとの起こった場所を通りぬける毎日です。
このところ京の町は、みはるかす山々の辺りまで、櫻の気配が失せ、輝く新芽に彩られはじめました。やはらかな淡い緑色になる前に、何とも言えない赤みを 帯びた芽生の色をまとって、樹々は微かにふるえているように見えます。生命の輝きをとじ込めているせいでしょうか、その数えきれないほどとりどりの色を目 にするたび、心穏やかではいられません。
穀雨の候、樹々の息吹がみち溢れるころ。
蕾から美しく開いた花は、さかりを過ぎて暖かな雨にうたれ散ってゆく。
さくら色は衣にふかく染めてきむ
花のちりなむ後のかたみに -紀有朋-
この歌を知ったのは、延喜式に則り染色をなさる方の講義を受けた時でした。
『花の宴』に光源氏が「櫻の唐の綺の御直衣」をまとったあるのは、表が透き綾の白い生絹、裏は蘇芳か紅花で染められた赤の「櫻の襲」の直衣であったとの ご見解で、光が透過して淡い櫻色に見え、その姿は「なまめきたる」美しさであったろうとのことでございました。また、櫻色は淡い色目であるので、歌の「ふ かく」の意味は、「思いの深さ」であろうとおっしゃっておられました。
受講しながら私は(どんなに櫻の花が好きとは言え)季にあいたる色目を選ぶ貴族階級にあれば、散った後にわざわざ着るとは考えにくく、「花」は相手が男 であれ女であれ「思ふ人」であり、「ちりなむ」は相手が「花のさかりを過ごした」か、もしくは「黄泉路へ旅立ったか」であろうなどとぼんやり考えておりま した。
いつもながら、とりとめのないことでございますが…
件名に「花、吹き払う、風」と書きました。
平安時代の『三条東殿』は、『新風館』の棟は保存しながら、190室のホテルを含む複合施設プロジェクトとして始動しつつあります。
此の世と、此の世ならぬところ、いり混じるところに風が吹きます。
花は、吹き祓はれて、また新しく生きなおす。
新しい命が繰り返されてゆくのだと、そう教えていただきました。 百 拝
* 有朋の歌の解は、とても微妙、ふつうには「櫻が散ってしまったあと(=散りなん後)あとまで花の盛りの匂うような今を懐かしみたい思いもこめ、しみじみ櫻に染めて着ているのですよ」ということになろう、けれど。
「花と風」とを斯く、思い深く読んでもらえて、有り難い。
☆ 追伸
いま、ふっと、先生に送信したメールを読み返し…伝わらない言葉で書いていると、感じました。
最後の部分を書き直させて下さい。
新しい生命が繰り返されてゆくのだと、今回「選集第十九巻」を再読させていただいて、染み入るように感じました。以前には気づかなかったことや、解らな かったことが少し見えるようになったと感じられました。先生がお書きになっておられることの、深いところまで汲みとることは叶いませんが…読ませていただ くその時ごとに、私なりに理解を重ねてゆけばいいのだと、このごろ思えるようになってきました。
改めてまた感謝いたし、御礼を申し上げます。 百 拝
2017 4/24 185
☆ お見舞い
みづうみ、お元気ですか。
* 突如のきつい胸苦しさに脈も微弱に呻いたまま気が遠くなりそうになったのを、妻が所持のニトロを口に含み、辛うじてもとに復した。
と ありましたので、昨夜からとても心配しています。奥様がいらっしゃらなかったらどうなりましたでしょう。ニトロカプセルを首にかけている方も見かけます が、そのようなご用意もあるいは必要かもしれません。でも何よりそのようにならないのが一番です。どうか早めにご受診くださいますように。そして食生活に もお気をつけてください。(セシウム蓄積されませんよう)
みづうみがお元気で、存分にお仕事をお進めになれますようにと毎日お祈りしています。 みづうみのご体調のお見舞いをしながらこのようなことお訊ねするのは大変申しわけないのですが、一つお許しください。
みづうみは以前湖の本で出版された年譜の続きを作成なさっていらっしゃるでしょうか。
「湖の本134 亂聲(らんじやう)」発送作業はくれぐれもご無理なさらないでください。お大切にお大事にお過ごしください。
春 春昼や魔法のきかぬ魔法瓶 安住敦
* あの胸の痛さにはビックリした。千枚に及ぶほどの再校ゲラを、こともあろうに「故紙回収」の方へわたし自身で廻していた(回収は今日であった)その大失錯に自、身老耄を案じて衝くように胸を痛めたのだろう。妻にも心配かけました。
わたしの機械仕事の部屋は二階にあり、手洗いは二階にもあるが、少しの息抜きも兼ね洗面所に近い階下へ降りることが多い。自然朝から夜まで昇降を繰り返 しているのだが、正直な物で、午前中はすたすた上り下りしていても、昼下がりからは疲れてよたよたしてしまえ。ゆっくりになる。そのうちかすかに胸が重く 感じられたりする。ひういう自分と気ながに付き合ってゆくのが老の坂というもの。気を付けて暮らしています、つもり。
2017 4/26 185
☆ 骸骨さん
23日のHPには・・「部屋」に(源氏物語の)夕霧、(一代男)世之介、(九相死骸骨版の)「一休骸骨」が、「呼べば襖の向こうから顔を出してくれる。骸骨さんは凄いと書かれてあり、気持ちが引っかかっていました。
『清経入水』以来、或いはこれまで折に触れて述べられてきたこと、夢の中に襖があり、開けても開けても世界が部屋が広がり続いていく、自在にものに出会う。それは秦文学の原点であると読者であれば十分に理解していることですが、それでも胸衝かれる思いになります。
そして昨日25日の胸苦しさと・・浴槽に浸かって校正をされた・・!
とにかくまず第一にお身体ご自愛ください。
わたしは骸骨さんは怖いし出会いたくありませんが、ただただ優しく美しいものばかりに出会えたらと思っています・・。
桜が散り、若葉の季節ですが、わたしの庭の八重桜は今が満開です。明日は風が吹くらしく、やはり花に嵐・・でしょうか。庭に木を植える余地は既にないの ですが、まゆみと藤を買い求めました。そして課題で描くことになっている白牡丹も。今はまだ蕾ですが、この状態から何枚もスケッチする予定です。
繰り返し、どうぞ大切にお過ごしください。
『乱聲』楽しみにしています。 尾張の鳶
* 「一休骸骨」は一休作と仮託された、中世「九相詩」本の剽げた骸骨版で、「九相詩」 のように生々しくも凄まじい美女が死屍の九変相を「不浄観」のように描いたり歌ったりしたのと趣がちがい、全て、陽気そうでさえある骸骨たちが立ち現れ、 さまざまな愛慾変相などを演じて見せてくれるので。
わたしのいわゆる「部屋」とは、「清経入水」の冒頭にあげた前文中の、あのアケテもアケテもとは違い、ま、気持ちは似ているのだけれど、長編『最上徳 内』冒頭に書いていある、さまざまな人たちとの「出会い部屋」のことである。紫式部とも会うが紫上とも逢える、いっそ陽気に喜戯愛慾にはげみ合う骸骨とも 逢える「部屋」のことである。ま、「蛆たかりととろぎ」たる女神の死屍によりは、ものも訊ねやすい。
「亂聲(らんじやう)」は、楽しみにされない方がいいと思います。
* 藤の植えられる庭とは羨ましい。
ひよどりの来啼かぬままの隠れ蓑
葉は満ちたりてかぜに光れる 八一
2017 4/26 185
☆ 京・町衆のたのしみ
先生にお伝えしようと探していたものが、今朝ようやく見つかりました。
どこかに書き写しておいたのに… なかなか見つけられなかった。
もう、ご存知のものばかりかもしれないけれど…
また、お好みとは違っているかもしれないけれど…
「京」が詠みこまれているので、取り急ぎ送らせていただきます。
京都の町で暮らし始めた時、ご紹介いただいた老舗の商家に勤めました。そのお家には茶室が四つあり、玄関脇の大炉を切った茶所は、どなたもが入れる開か れた場所でした。先代のご主人はお花が好きなお方で、床の間には季のものが、何時もそよと咲いていました。床掛けも、ご主人自身が楽しまれるかのように、 月に二、三度掛けかえておられました。
気軽な短冊なども掛かることがあり、その中の幾つかをお伝え申します。
春くれば京のやまなみ絵のごとし
光悦のやま宗達のやま 吉井勇
いざくまむ京をつらぬく岩清水 十一代中村宗哲
仁清のかまあともなくしぐれけり よみ人しらず
宗達の屏風ありやとみてあるく
鉾町あるきおもしろきかな 吉井勇
そして
京極のちまたの塵もなつかしや
昔ながらの京とおもへは 谷崎潤一郎
お忙しいなか、失礼をいたしました。 百 拝
* 仁清の句が佳い。
* なつかしみひもとく京のよみものに
はさみわすれし恋のおもひで みづうみ
☆ 「ユニオ・ ミスティカ」へと
連なっていく『亂聲』、ドキドキしながら待ってます。 九
* このドキドキは、厭わしいほどに裏切られる。
2017 4/27 185
☆ 何のお手伝いもできず…
心苦しいばかりではございますが…
何ができるかといって、ただ読ませていただくこと。
読んで感じたり、考えたりを繰り返してゆくことで、何かに気付き、何かが見えてくる。
そうすることで、此の世の生き難さの中でも暮らしてゆけるのだと思っています。その機会を与えて下さることに、重ねて感謝いたします。 百 拝
* 受け取りようは人さまざまと思うので、わたしはただ頭を低うして忝なく感謝するのみ。
2017 4/30 185
☆ 補陀洛山に
行ってきました。 と言っても、犬吠の、ですが。
草花の咲き乱れる小径の登り口にひっそり佇む「補陀洛山・万願寺」にお参りし、緩やかな坂を登りつめて「地球の丸く見える丘展望館」へ。海と空の青が彼 方で交り合い、溶け合っているのを飽きるほど眺め、岬の灯台までゆっくり下り、怖いくらいの強風に煽られながら眼下に白く砕け散る波を見ました。紛れない 「海」がそこにありました。
帰りに立ち寄った銚子の妙福寺は龍神をお祀りするお寺、京都から移植されたという樹齢750年を超える「臥龍の藤」も紫の房を重く垂れ、そろそろ見頃を迎えようとしていました。
娘を生み、そして死なせてしまった卯月の終わりに訪ねた房総半島は、なんだか異界への入り口をぽっかり空けているようにも感じられました。
帰宅後は、27日に発売されたばかりの村上春樹語る『みみずくは黄昏に飛びたつ』が面白く、残り十数ページ。
村上春樹は小説を書くことを一軒の家に喩えて、一階は団欒の場所、社会的で共通の言葉で話している、二階は自分の本とかがあるプライベートなスペースだ が、地下にも暗い部屋がある。いわゆる日本の私小説が扱っているのは近代的自我やトラウマみたいなものもある地下一階あたり、自意識に密接した部分だが、 自分(村上)が小説で行こうとしているのはその更に下の部屋で、それを人に見せて読ませるというのは大変危険なことだと語っています。
また、トランプ大統領にも触れて 、彼は人々の地下室に訴える事だけを言いまくって勝利を収めた、一階の論理が力を失ってくると地下の部分が地上に噴き上げてくる、その全てが「悪しき物 語」であるとは言えないけれど「善き物語」「重層的な物語」よりは「悪しき物語」の方が人々の本音により強く訴えかけることは間違いない。(オウムの)麻 原のように「悪しき物語」というのはおおむね単純化されているし、人の心の表面的な層に直接的に訴えかけてくる。善なるものは多くの場合理解するのに時間 がかかるが、何度も何度も噛み直せて、噛み直す度に味が少しづつ違ってくるような物語を自分は書きたいのだ、とも。
はや皐月。明日は八十八夜、ご本が届きましたら、カバンに忍ばせて躑躅を見に行こうかと思っています。どうぞお元気で。 九
2017 5/2 186
☆ どうかご自愛ください(西垣)
秦恒平先生 たびたびご高著を拝受しながら、ご無沙汰を重ねて申し訳ありません。いつも本
当にありがとうございます。
しばらく以前、風邪をひいて寝ていたところに 95歳の老母が急逝し、告別式の夜に高熱が出たりして、ばたばたしておりました。幸い、すでに健康を取り戻しましたが、もうあと2年で70歳の定年、無理はできないものだと痛感しております。
とはいえ、いただいた貴選集19巻を拝読していたところ、巻末に先生が体調を崩されていた様子が記されており、ご闘病のすさまじさに圧倒されました。そ んななかで次々と質の高いご本を刊行され、まことに頭が下がるばかりです。とうてい私などには出来ません。物書きはこうでなくては、と感銘しております。
ますますのご健筆を祈りあげつつ、一言御礼のみにて。 西垣通 拝 東大名誉教授
* 今日、ひとつ、心を決めた。
2017 5/2 186
☆ 秦恒平様
手術より「五年経過」のご息災を心からお慶び申し上げます。
本日、『湖の本』134 亂聲・詩歌断想㈡のご恵贈にあずかり、忝う存じました。仕事の手を休めて読みふけりました。
秦さんの詩才と人間性の遺憾なき横溢ですね。その恵まれた才能プラスご努力、感覚に心からの敬意を表します。楽しく拝見しました。
現今の日本の危機への怒りには共感と連帯を表明します。
アベノミックスをアベノコミックスにしてしまえ。民衆よ。「共謀罪」の成立、許すまじ。
なおも強靱な意志で心身を維持なさり、文筆の道を走りきって下さいますよう。ご夫妻の平安をお祈り申し上げます。感謝をもって。 国際基督教大学名誉教授 浩
☆ 湖の本 有難うございます。
何よりも ご健在の様子にお慶び申し上げます。
私も二月に八十台となり、佐藤愛子さんの言葉をマネて、八十歳何がめでたいなんて、ホザイテます。
取り敢えずは 体調に特に異常無しで、今日も娘と亀戸天神の藤を観に行き、その足で 東京駅の商店街を歩き回り、家に帰ればなんと三万歩ほど歩いていました。
オツムの後退は歳なりなので せめて脚力だけでも留めたいと想うこの頃です。
兎に角あなたの その精力に賛美の声を送ります。
又… 花小金井 泉 中・高同窓
* 三万歩! フエー。情けないが、負けました。
☆ ご本 ありがとうございます。
こんばんは。いつもありがとうございます。
体調のお悪いなかでのお仕事、ご無理されませんように。
連休に入って京都は人や車で賑わっています。
お天気にも恵まれて、新緑がきれいです。
どうぞお大切にお過ごしくださいますように。 みち 秦の母方従妹
2017 5/3 186
* 朝一番に金沢の松田章一さんからお便りと本二冊、もう久しい「左葉子通信」など戴いた。わたしと一歳下のもう久しく久しい友人で読者であり、同じほど の昭和の生き残りなんだなあと懐かしい。金沢大教育学部附属高校を記念する愛溢れた一冊、また金沢の偉人鈴木大拙思い出の一冊。
前者の高校へは松田さんに誘われて「私の私」と題して講演した思い出がある。超大講堂で奥の壁からわたしの声が反響してきたのを憶えている。生徒諸君とのあとの一問一答もこころよかった。
鈴木大拙の名は高校に入った頃岩波新書で禅の著書に触れたのは大きな出発点になった。角川文庫の『般若心経講義』をむさぼるように愛読していた頃に重なる。歌集『少年』の成るのに背後の空気のようにわたしを包んでくれていた。
☆ 躑躅の花の紅いのが、
見渡しても見返っても、いまを盛りと咲いている。
昨日は躑躅を見に笠間へ行ってきました。笠間稲荷の八重の藤、日動美術館の佐竹徳一なども心に残りましたが、陶炎祭の人いきれを抜け、満開のつつじ山から街や彼方の山々を見渡した晴れやかさ。
躑躅のたらたら下りは人影も途絶え、鏡花の世界に紛れ込んだような心持になって麓の佐白山観世音寺・正福寺に辿り着きましたら、井戸端の石楠花の下に一匹の黒猫が。躑躅の根方へと誘われていきました。
携えていったご本は、詩歌断想に差し掛かったところ。
みどりの日の今日も一日お仕事ですか。 九
* 笠間へは、行ったことがある。懐かしいな。
写真の黒い猫くん、マゴに似て、かすかに違う。黒いマゴは、しかし神出鬼没で岩合サンの猫写真の旅日記にもしばしばありしままの面影で元気に登場し、我々の歓声を呼び起こす。
☆ ご本 拝受
お元気ですか。いつもお心にかけていただいてありがとうございます。
安倍総理は2020年までには憲法を変えると意気込んでいますが、私はそんな人物の首をすげ替えたい。真の「主権在民」実現をめざして余生を費やすつもりです。与えられた時間は多くありませんが。今後ともどうかよろしく。
ありがとうございました。十分ご自愛のうえご活躍ください。 京 岩倉 辰
* 「干支のままの辰男の友のあらたまの年祝(ほ)ぎ呉るるメールの春よ」と歌ったのが五年前の元日でも五日の人間ドックで、
癌の疑ひ十分と医師は数枚の写真に指さした。分つてゐた。
死んで行く「いま・ここ」の我れが生きて行く 老いも病ひも華やいであれ
と歌っていた。
この友に、昨日ここへ掲載した発布当初の「日本国憲法のはなし」、送ってあげよう。
* 鷹峯の「百」さんがこの前送ってくれていた、上に出した「祈る」絵、墨の描線の豊かに力強く生きた魅力、目が離せない。不退の行法に励む善財童子で あったろうか、それは誰でもいい。この祈る姿に見事に健康な「いのち」が感じられて嬉しいのだ。「いのち」の溌剌こそ幸福というもの。
☆ 第一三四巻拝受
秦先生、『乱聲』拝受。インターネットバンキングより送金させて頂きましたので、ご確認下さいませ。
名古屋の連休は晴天に恵まれています。昨日は孫達を迎えて、騒がしくくたびれ果てましたが、きょうは幸いぽっかり空いた一日。ご本をめくって、楽しんでおります。
月に一回遊俳の会で遊んで30年余り、月一回その日しか詠まないので全く上達はしませんが、達人の俳句を読むのも楽しみ。
で、まずは先生の俳句からと拾い読みしておりましたが、やはり歌も気になります。家持の最後の歌?や百人一首の本歌取りもあるわ、と、この連休は楽しませて頂きます。どうぞ御身大切に、奥様とおそろいで、私どもに、豊饒の刻を運んで下さいませ。 名古屋 珊
2017 5/4 186
* 小田原の津田崇さん、花蒲鉾を下さる。福田歓一夫人、静岡の鳥井きよみさん 新茶を送って下さる。
* 朝いちばんに京都のお師匠はんが電話で、湖の本の礼を。叔母がわたしのお嫁さんにとひそかに画策し養女にしたかったらしいとは、このまえ、本人が電話で笑い話にしていた。これは知らなかった、が、叔母にすればしそうな思案であった、かも。
いま、京都はどこへいっても中国人と韓国人ばっかりで住み着いている人らもいると聞かされると、なんだか邪魔くさくなる。
☆ うぐいす、神楽を舞う。
昨日、勤め先の大徳寺店に風趣ある花がいけてありました。心ひかれ、お出入りの花屋さんに名前を尋ねてみると、
「ほら、すーっと伸びた小枝のさきにチョン。すーっと伸びてチョン。白い小さな花が付いていて、鶯があちこちで神楽を舞うてるみたいでしよ。」
とおっしゃった。
今日私は、いつもの堺町店に勤務でしたから、こちらのお出入り『花*』さんに「ウグイスカグラをいけて欲しい」とお願いしてみると、
「鶯の鳴き始める頃に咲く花やし、もう名残りもなんもありひん」と。
五月五日、今日洛中のあちらこちらはお祭で、笛の調べや鉦・太鼓の音、そして神輿をかつぐ人達のさんざめく声が、遠くに近くにずっと聞こえていました。
子供のころ、小学校と中学校を新潟県の鄙で過ごしました。「(略)」という地名が示すように、大きな川沿いにある集落でした。その荒ぶる川は古より氾濫 を繰り返し、小学五年生の夏におきた豪雨災害では、百名に余る方々が命をおとされました。また自宅も半壊し、建て直さざるをえず… その年のことは思いだしたくない出来事です。
何年か経ったある日、父が隣村に建てられた碑まで連れて行ってくれました。その碑には、災害時に水防と救助に尽力され殉職なさった八名の消防団員の方々 の名前が刻まれていました。父と二人、静かに手を合わせながら、『神林村』というのは「一柱と数える神様達が、何人も林のように立ち並んでいる所なのか な?」と感じたのを、今でも覚えています。
地元の人達は皆「カンバヤシムラ」と呼んでいましたが… 本来は「カミハヤシムラ」という表記であったと聞きました。そのことを踏まえても、「神」を「囃す」の意味であるのだと、今ならばよく解ります。
神まつる時。「神楽」は、「楽」を奏し「舞」をまう。
『亂聲』きこえてまいりました。
龍笛・高麗笛・鉦・太鼓。警蹕までも入り交じり… 『亂聲』ひびいてまいりました。
そう言えば『振鉾』左方・右方それぞれの舞人が二人、祗園祭の籤とらず『長刀鉾』の破風のあたりを美しく荘厳しておられたように思います。
たしか舞人は、となえごとをなさっておられた気がするのですが…
「天長地久の祈祷たり」ととなえておられた気がするのですが…
神泉苑に鉾を起て「祈る」ことから『祗園御霊會』は始まったのだと、以前に伺いました。
「鉾」なくして、生命のかがやきはうまれず。
「鉾」なくば、繰り返すことも叶はず。
『亂聲』を拝読し、様々に考えます。
楽しませていただいております。ありがとうございました。 相馬 拝
———– 追伸 ———–
先生、ごめんなさい。
とりとめなく長くなり、まとめられなくなる悪い癖で…
ご関心の大事のことのことをお伝えしようと思っていたのに、今回そこまでいたりませんでした。
また日を改めて、お伝え申します。 京・鷹峯 百
* 目を閉じ、じっと聴いている。感謝。
久しい関心事、なんとか近寄りたかった秘境へ、手引きしてもらえる予感がある。
☆ 「湖の本」134巻 拝受しました。
メールを試みましたが、またまた失敗です。
途中でいろんな記号が出てきて対応できません。(秦さんのメールも入っていません。一度だれかにパソコンの具合をみてもらいます。)
本巻は、一気に(走り読みですが)読みました。感想を書くに、ことばが見つかりません。「今慈円」のたとえをお借りしておきます。硬軟とりまぜて秦さんの思いは、自然と「うた」になってしまうようです。
『選集』第十九巻を読み返して、秦さんはやはりおそろしいお方だと、再々認識しています。以前も申し上げたと思います が、私にとって顔回のいわゆる孔子のお姿です。そのうえお作群は、まさに『百科宝典』です。「私語の刻」を読んでいますと、そういう秦さんのすばらしい読 者の多いこと、そしてそれらは個性的な見識を備え待った人たちであることが嬉しくなります(独り合点です)。とりわけその受取り礼状の書き方が随分勉強に なります。社交的辞令を越え、なにかポイントを押さえた文言に感心させられます。
とりわけ田中励儀先生(=泉鏡花学の今や一人者・同志社大教授の文章が印象に残りました。
あれはフードピアのときのエピソードのことだと思います(その翌日秦さんとお会いしたことでした)が、こちらのことをご存じである先生ならではのご感想でしょう。が、そんな小さいところまで読み通して、さりげなく付け加えていらっしゃるのが田中さんらしい。
さて、拙文(=「二つの死」)を取上げてくださってありがとうございました。自分の書くものが人様からあんなふうに褒められたことがほとんどないものですから、名誉なことです。
尚、前にもお話ししましたように、去年から親しくしていた知人・友人が何人もなくなり、「死なれる」ことをしみじみと感じました。そしてふと思いついたのがあの文章でした。秦さんに読んでいただいて本当によかったと思います。
それにつきましても秦さんが、こんな凡々たる私にやさしく親しくしてくださること、ありかたく大事にしています。そしてそれに近く、親しく接してくださった方を思い出しています。それは松本克平さんです。
もう二十年ほど前になりますが、松本さんの追悼文集に、私も請われて一文を寄せました。コピーを同封しましたので「文章」としてではなく、「内容」をお読みいただければ幸いです。
五月八日で八十五歳になります。先日、県の退職校長協会から連絡がありまして、本年度より会費が免除になりました。も うそんな仲間からも棚上げにされたような感じです。据えておかれるようなら、ごやっかいをかけぬように、退会を申し出ようかと考えているところです。新聞 の「おくやみ欄」を見ましても、八十五歳ならここに掲載されてもなんら違和感がないように思えます。「死なれる」ことより「死ぬ」ことを、時に思うように なっています。そんなときは、いつも「私語の刻」を開いて見ます。秦さんの生き方・おことばが元気を与えてくれるからです。そして「読者」の皆さんのすて きなこと一一。自らを恥じながら励まされています。
お目にさわることを気にしながら受領を兼ねまして。
ただ今連休中なので、送金が遅れることをお許しください。
奥様ともどもお大事に。 井口哲郎 前・石川近代文学館長
☆ 疎にして近 井口哲郎
昭和六十三年十月、石川県小松市立図書館で「北村喜八回顧展」が開かれた。そのパンフレッ
トに寄せられた松本克平さんの文章は、次のように書き出されている。
お互いに疎遠に見えていて、同じ築地小劇場系統であり、どこかでつながりがあり、恩恵を受けている、というのが私と北村 喜八、村瀬幸子御夫妻の場合です。昭和四年夏、私は築地でも別派の左翼劇場の研究生になったトタンに、北村喜八さんの劇団築地小劇場の本郷座公演「吼えろ 支那」の応援に派遣され、英国海軍の水兵の役でエキストラとして初舞台を踏み、今日に到っています。村瀬さんも一緒でした。その演出は北村喜八・青山杉作 の共同演出でした。つまり私の初舞台の演出は北村喜八さんだったのです。(中略)
北村さんは、小山内薫直系の芸術派で、私はプロレタリア演劇だったので、その後疎遠になったまま戦争になりました。(中略)戦後はお互いに杉並区の永福町で、同じ町内に住むようになりました。
題名は「疎にして近」。中味はかなり違うが、松本さんと私(=井口さん)の間柄も「疎にして近」なるものであったように思う。
私は、昭和四十六年六月に、石川近代文学館で開催された「北村喜八特別展」をお手伝いした
のを機に、村瀬さんから北村喜八の資料をお預りすることになった。そして、それをもとに、北村喜八の足跡を追い続けてい る。その間、石川近代文学全集の「近代戯曲」の編集にも携わった。これらの仕事を通して、その背景となる新劇史に関して、私はずいぶん松本さんのお世話に なった。
「あ、そのことなら、克平ちゃんに聞いたらいいわ、資料も持ってるはずだから」と、松本さんを紹介してくれたのは、村瀬さんである。「疎にして近」の中に、(=松本さんの)こんな記述もある。
北村さんの没後、物置きに山積している埃だらけの古い新劇のビラやチラシの整理に困った村瀬さんが「手のつけようがな いので屑屋にやってしまおうかと思っているの」と洩らすのを聞いて、私はビックリ仰天、恐る恐る「捨てるんでしたら私に下さい」とお願いして貰い受けまし た。私には昔から新劇資料収集の癖があるのです。そしてこれらを引っくり返して眺めているうちに、これで一つ何かを書いてみようと思いつき、出来上ったの が「日本新劇史-新劇貧乏物語―」で、驚いたことにこれが読売文学賞を受賞しました。北村さんの埃にまみれた紙屑の山は、こうして私の新劇史執筆を助けて くれたのです。
松本さんは、私(=井口さん)にとって、新劇史の先生である。電話や手紙で、幾度教えを請うたことか。いつの場合でも、お答えは懇切丁寧であった。部厚 い手紙を何度もいただいた。参考書や資料のコピーが、ドサリと送られてもきた。それらは、私の求めの先々を見越しての対応であった。
こうして、いつの間にか、松本さんは私の身近な人となっていた。しかし、直接お会いしたのは、三回きりである。
最初は「八月に乾杯!」小松公演の時であった。この公演は、「喜八の故郷で芝居がしたい」という村瀬さんの思いを、何とかかなえてあげたいと、小松市教育委員会へ働きかけて実現したものであった。
公演(夜一回)の日、「北村喜八回顧展」のオープンセレモニーがあり、松本さんは、村瀬さんとともに、テープを切って下 さった。そして、なつかしげに展示物の一つ一つを見てまわられた。「吼えろ支那」の舞台写真の前では、「おお、これだよこれ、これが私の初舞台なんだよ」 と大きな声をあげられた。「一番上の、浮輪の下にいるのが私、乾杯するだけで、セリフは一言もなかったけどね」と、いかにも感慨深げであった。
二度目は平成元年十一月二十六日、「有福詩人」公演の俳優座の楽屋で、そして三度目が平成
五年十月十一日、村瀬さんの葬儀の日であった。
「とうとう死んじゃったよ、さみしいなあ」という松本さんの声が、今も私の耳の底に残っている。その時、私はその年の七 月にいただいた手紙の中に「この九日に、村瀬さんは『とりあえずの死』という芝居で地方公演に出発するそうです。羨ましい限りです。(中略)来年は俳優座 創立五十周年ですが私はとても舞台はダメだと思っています。小指を揉みながら手紙を書いてみました」とあったのを思い出していた。
平成七年四月、「卒寿を祝う会」の御案内をいただいたが、私は仕事の都合で出席できなかっ
た。おわびの手紙に返事があって、「右足の膝が悪くて外出するのが厄介なので凡て車椅子で娘
に押して貰うのでヨソの芝居も見られません。不便なものです」と書き添えてあった。これが松本克平さんからの最後のお便りとなった。
「安曇野 松本克平追悼文集」一九九八年二月二十八日・朝日書林刊 より
* 筆頭に「克平さんと臼井吉見先生」という阿部廣次さんの懐かしいお名前の出た一文があり、大勢の筆者の二番目に井口哲郎さんの「疎にして近」が続いて いる。息づかいの柔らかに温かな行文が嬉しくなる。松本さんの名も村瀬さんの名も、俳優座の舞台を半世紀近くも観せて貰ってきた私にも、触れあいこそな かったけれど、懐かしい。
* 井口さん、メールが通うと有り難いのだが。手紙を手書きして郵便局へということが、なかなか出来なくて。メールだと即座に書けるが、届いていないというのでは。この「私語」を見ていて下さるというのが有り難い。
* 長い連休があったので郵便がどさっと固まった。都立大名誉教授の高田衛先生、神戸の信太周先生、元「新潮」編集長の坂本忠雄さん、新潟大名誉教授の黄色瑞華先生、厚労省から神奈川県立保健福祉大へ移られていた河幹夫さん、静 岡大の小和田哲男さん、元筑摩の持田鋼一郎さん、墨画家の島田正治さん、俳人の清沢冽太さん、それに、東海学園大名古屋、明治学院大、城西大の各図書館、 また文教大国語研等々、さらに払い込み読者のみなさんからもお便りを戴いたが、疲労も深く、とてもご紹介がならない、心より御礼申し上げます。また、折り を見て。
2017 5/6 186
☆ 湖の本134 ありがとうございました。
『亂聲』 歌はその折りそのおりの感情がよく出ていて、一気に読みました。秦さんも僕も京都出、三つか四つ違いです。ふんいきはよく理解できます。
歌は 俳句は短いが伝わるものがあります。
貘も三年ほど前 胆嚢を摘出。 まだ人生たんのうしてないのに胆嚢が失くなるとは残念 はおもしろかった。
お会いできぬが湖の本で秦さんに会っている。
(はがき一面に墨でおおきく=) 85歳 老いては妻に従うよ 墨画人 島田正治
☆ いつもながら
厚いお心づかいで「湖の本」頂戴 有り難くお礼申し上げます 「詩歌断想」(ニ) まず拝読いたしました 『亂聲』 楽しみです
以前 米原の小さな寺に行き 村内の掲示板で 蓮華寺がこの村にあることを知りました 多分茂吉の歌碑があるかも と思い寄り道をしました 昔の表忠碑ほどの大きさの医師に歌はありましたが どのような歌であったのか忘れました
大正十三年五月 和尚再度の発病で倒れ 十四年五月窿応を茂吉は見舞っています 蓮華寺へは茂吉は度々行っているので そのいづれかの時の歌かなと想像されます。
いらんこと書きましたが これも 『亂聲』 期待の故とご寛容お願いいたします。
季節の変り目 今年は一段と厳しいようです。
くれぐれもご自愛下さいますように 俳人 清沢冽太
☆ 境内に
折知り顔の鴬が来ています。例年この寺の鴬は盆過ぎまで滞在します。
早速ながら今般も亦「湖の本」をご恵投被下、ありがたく頂戴いたしました、ご体調のことを思いますと敬服のほかありません。
私の前立腺ガンは薬のおかげで落着いています 時折、メマイ タチクラミに閉口しています。
ありがとうございました。称名念仏 上越 光明寺 黄色瑞華 新潟大名誉教授 俳諧研究
☆ ご高著 ありがとうございました。
「小倉ざれ和歌百首」に興味ひかれました。恐々謹言 静岡大 城郭研究 小和田哲男
☆ 拝復
「生ける老境の不敵に語らぬ素顔」としての湖の本 『亂聲』 、しかと拝受しました。今後 愛誦する歌をこれから探索いたします。 近世文学研究 高田衛
☆ 前略ご免下さい
「少年」を拝読して以来 秦様が短歌に深い関心をお持ちになっておられることは承知いたしておりましたが、今回の「湖の本」を拝読、改めて秦様の短歌という詩型に寄せる愛情と情熱の深さとに驚かされました。
集中、「小倉ざれ和歌百首」にもっとも心ひかれました。秦様の古典的教養と抒情精神が融け合い、時にユーモラスに、時に深刻に、秦様ならではの世界が築かれていると存じました。
またさらには秦様のこれまで秘めて来られものが、三十一文字の詩型の魔力によって爆発したと思われるお歌 これはもう批評とか是非の問題とは別の世界へ秦様が踏み込まれた、というのが私の率直な感想です。
私の方は、何十年ぶりから万葉集の通読をしております。若い頃にはまったく気が付かなかった万葉の魅力に気付かされます。
かつて出版社に在籍した人間が言うのもおかしなものですか゜、近来益々出版社や編集者との交渉がほとほと嫌になってきました。秦様のように悠々と自費出版を続けられる姿勢に、共感と敬意を抱いております。
最後になりますが ご健康とご健筆、心からお祈り申し上げます。
近什一首
コーヒーを飲む老夫婦目に入れば逝きし吾妹と吾を重ねつ 元筑摩書房編集者 歌人 鋼
☆ 拝復
花にまさる新緑美しき候、御大病克服とうかがい大慶に存じます。ご執筆出版ご多忙のことがよき療養になることと感服しました。
湖の本134 ご恵与たまわりありがとうございます。いただくことに慣れてしまい恐縮です。短歌俳句自在の世界遊ばせていたきながら 「牛飼が読む」ではありませんが、芸術の定義てんやわんやです。
回覧に興ずべき唯一の友も亡くし 御著私の許で留りますこともったいなく、
厳重な食事制限申し渡され歎いていた折
カツ丼の蓋の上なるたくあんのようなお方と言われてみたい
などとからかってくれる歌人でした。
悼句
野分あとオカリナの音の澄み透る
奥さまともどもくれぐれもお大事に
月並みを恥じつつ
病むと聞くに友いちはやく花便り
とりあえずお礼まで 草々 神戸大名誉教授 周 平家物語研究
* 京の、踊りのお師匠はん、電話からすぐさまに縄手「かね正」のお茶漬け鰻一と舟送ってきてくれた。同じ学区内、わたしの育ったあの近在で、「上等」という敬意と憚りとで縁の遠かった老舗「かね正」の名前も忘れていた。おおきに。ご馳走さん。
* 目疲れをおして読み書き絶やさないので、肩こり頸こりがし歯が痛むのだろう。大連休も今日で終わるとか、心静かにますます仕事へ立ち向かいたい。
☆ 前略
先日には御鄭重にも「湖の本」134を御恵送下さいまして誠に有難うごぞいました。いつものように「私語の刻」から拝読をはじめましたが、 『亂聲』 を巻頭の序で初めて知り、「春愁に似て非なるものは老愁であり」の御感銘には同世代者として共感を覚えました。又、「私の日々には、すくなくとも和歌、短歌との相愛が生きているということ」は、永年のお付き合いで、十分に納得できる御述懐と存じます。
「述語五年」を無事経過された由、嬉しく存じますが、呉々も御体調には留意され、奥さま御一緒に御自愛のほど心からお祈り申し上げます。
本日は取敢えずの御礼まで一筆啓上致しました。不一 元「新潮」編集長 忠
2017 5/7 186
☆ ゴールデンウイークも逝きました。
今春、厚生(労働)省退官後10年勤務した神奈川県立保健福祉大学の教授職を定年(65歳)退職しました。
今般の湖の本、ほぼこの10年の歌が掲載され、またご健康を取り戻されつつあるご様子、感謝です。ご押筆もありがとうございました。少し うきうきしています。 国分寺 河
2017 5/8 186
* 久しい読者でもあってくれる正古誠子さんの第三歌集『卯月の庭』は、堅実に鋭角的な措辞の妙の光った写意・写実、近来「短歌」集の収穫かと思われる。願わくは、豊か味が添いたい。
2017 5/8 186
☆ 「湖の本134 亂聲」拝誦致しました。
拝読しておりますと 難病に苦しまれたことが歌われており 胸打たれました。 小生も昨冬以来「がん」に悩まされ入院手術して ようやく日常をとり戻したところだったからです。
数々の歌、身に沁みます。 敬具 色川大吉 歴史学者・思想家
☆ 『湖の本134 亂聲 詩歌断想(ニ)』を
嬉しくありがたく拝受、拝読いたしました。
「述懐 」の<いつも身のうちに在る>歌のほとばしりに圧倒されました。
かつて『少年』にも圧倒されたのでしたが、病身傘寿をこえてなお”みずみずしく”、同時に円熟悟達のうちにエロスも匂い出す自在境、すこしうしろをとぼとぼと歩いている身には、まぶしい背中です。
咲き残る木瓜(ぼけ)の紅(くれなゐ)しづかなりいましばしつよく生きてありたし
次掲歌
花やや匂ひしづかに木も草もうるほふ慈雨の季(とき)薫るなり
とともに 強く響きました。
「詩歌断想(二)」も含めて、豊かな時間をいただきました。お礼申し上げます。
どうぞ御身お大切になさって下さい。 元「群像」編集長・講談社出版部長 天
☆ 拝復
多彩な詩歌の中でも「小倉ざれ和歌百首」の絶妙な切り口に心を奪われております。また「詩歌断想」の幅広いテーマからもたくさんのことを学んでおります。
爽やかな新緑の季節を迎えておりますが、ご自愛のうえお過ごしくださいますようお祈り申し上げます。草々 右御礼迄 山梨県立文学館
☆ 前略 ワードにて失礼いたします。
「湖の本」をお送り頂き、有難うございました。
近年、小さな字が読みづらくなり新聞も拾い読みする程度ですが、今回の「亂聲」は活字が大きく、久しぶりに読書の楽しみを味わわせていただきました。
食通の先生が胃を全摘金満されたのは、大変なことだったと拝察いたしますが、そのぶんかなりスマートになられたのではないでしょうか?
近頃の京都の変貌は恐ろしいばかりで、もう老人がゆっくりくつろげる場所も店もありません。
先日、岡崎の泉屋博古館に行った帰りに祇園でバスを降り、小学校同窓生のやす子おばあさんが座っている「柿善」で、海苔とにしん昆布巻きとおぼろ昆布を 買って、外に出るとまるで祇園条の宵山のような人波に巻き込まれ、流されながらなんとか権兵衛の通りで北に抜け出すと「いづう」の前にもひとだかり、たつ み橋の方を見ると橋の上からあふれんばかりの人、人、人で、フェイク舞子も二、三人。
小学生の頃、あのあたりはネギやトウモロコシの畑で、今の「かにかく碑」の辺には小さな土蔵があって、中に消火用の手押しポンプが入っていた、などと言っても誰も信じないでしょうが、ほんとうに夢のようです。
末吉町の「するが屋下里」で大つつを買いましたが、ここは表の商標を描いた大きなガラス戸が不透明になっていて、店の中が見えないからか観光客はほとんどおらず、京都の老舗の落ち着いた雰囲気が残っていて好きな店の一つです。
ここから縄手通りを下がって人通りの多い四条の手前で抜けロージを通って川端通りに出て、鴨川を渡って木屋町で地下の阪急に乗るというのが、大体いつものコースです。
(頭の中で歩いてもらえましたか?)
小生の住む桂も阪急の桂駅と東向日駅の間に「洛西口」駅ができ、JRも桂川駅をつくったので大きなイオンもやってきて、あたりにマンションがぞくぞくと建っています。
便利にはなりましたが、楽しんでいた「桂の里のわび住い」という風情はなくなってしまいました。
終戦近くに生まれた小生の世代は、いまおもえば良き時代を生きてきたものだとおもいます。
あと少し何事もなく過ごせれば安らかに逝けるとおもうのですが、何やら近頃キナ臭くなってきたようですね。
最後のご奉公に玄武隊に召集されるのでは、と不安です。
末筆ですが、先生のご健康とご活躍をお祈り申し上げます。草々
西京・梅園 服部正実 写真家
* わたしより心持ち若く近所で育った人であり、この店々も辻々もありありと目にも胸にも覚えがあって懐かしいどころでない、が、よほど京都の街通りは変貌しているらしい。わたしは下駄履きで本を読みながら四條も河原町も歩いていた。
☆ 柿若葉が風にゆれ
朝日にかがやいています。春の陽射しはあんがいきつく、ガラス戸にレースのカーテンを引くとそこは影絵の世界に、そこへスズメが一羽、チチーと鳴いてくれたらそれは最高!!朝の食もすすみます。今年も春の訪れがおそく、不順な天気が続いています。
どうかお大切になさって下さいませ。 京・有栖川 桐山恵美子
2017 5/8 186
* こんなざれ和歌が、どこかに混じっていた。
あらざらむこひのうき身を游(あそ)ばせて
世をしら波に流されて来し みづうみ
☆ 浮き世ではありますが
遊び心をもって 賑々しく過ごしたいものです。御健勝をお祈りしつつ。 敏 妻の従弟
☆ 毎回
すばらしい内容で楽しみにしております。
ご健康にご留意され ますます御活躍ください。 愛知新城 古
☆ 夢の歌など
得難きものと拝見しています。 朝霞市 恩 歌人
* 神奈川県立文学館からも。
2017 5/8 186
☆ この度は
「湖の本」ありがとうございます。
先頃頂戴した選集台十九巻の「花」をよんだところです。日本文化論の入り口に佇み呆然としています。
さて憲法記念日に安倍首相は二〇二〇年に改憲を打ち出しています。大勢の方々と野望を打ち砕いて行きたいと存じます。 こくた恵二 拝 日本共産党書記局長
2017 5/8 186
☆ いやはかなにも
夏のはじまりの緑蔭は、ふりそそぐ陽やわたる風、そよぐ緑の色までもやはらかです。
京で勤め先の建て物は、裕福な呉服商主人の住まいだった町屋を 庭や主だった部屋はそのままに、靴を脱がず歩けるように改装したものです。今、坪庭の「いろは楓」が新緑のもと紅い小さな花を揺らし綺麗です。
毎日ながめる西の庭は「ひかりの坪庭」で明るく、奥の料亭部カウンター席越しに見える東の庭は「かげりの坪庭」で、 陰をめでるかのように植栽なども工夫されています。日がな目にする楓の花も、間もなく苔の上に散りしいて姿と色を変えてゆくことでしょう。
御作の「花と風」そして「小倉百首」のうち 小野小町に添うた一首を拝読させていただき、思うたこ とがございます。
ながめせしまに「古りゆくもの」は、花のいろ、花の散りたるという、花のことばかりではなく、過ぎてゆく時間のことも含まれているのではないかと…
また、その「古りゆくもの・流れてゆく時間」こそが「風」ではないのかと…
突風や嵐がきて何もかも吹き払ってしまうばかりでなく、ただ日々を過ごし、褻(け)の日常を繰り返していても風は吹いいているのだと、そんなふうに思ったりしてみたことでございます。
天災が起こったり、意識的に人為の大きな力が加えられたり、また意に反して人為の代償のような事故がおきたりして、物事や世の中が変わってゆく。大風が 吹きあれ立ち向かわなければならない時とともに、普段にも そよとも気づかず吹く風のあるを忘れずに日を暮らすのが大事と教えていただいた気がします。
「花、吹きはらう風」のあることを以前『湖の本』の読者であった頃も目にしながら、その時は今よりよほど若かったので 思いの至らぬことも多うございました。またこうして再読の機会を得、そのうえ新しい御作も読めますことがありがたく、深く感謝いたしております。
今日、「お花屋さん」のことを書くつもりでしたのに… 鈍なことでございます。また改めて、書かせていただきます。 百 拝
* 「風」とはそのような働きであり命でありましょう。それもまた生ける「花」を、ファシネートな「花」を真実身に帯びて知れること、とも。紙の花はイヤです。
* いかにも京も中京の家居は風情豊かで奥ゆかしく、空気に触れるように懐かしい。
どんな御縁があったのか、こういう大店に生まれ、わたしより一つ年かさなお嬢さんが叔母の稽古場へ、お茶にお花にと毎週通って見えていた。茶の湯の方は よく叔母に代わってわたしが稽古を見、いつしかに熱心に、みるみるうち、佳い「茶の湯」の風趣を身に添えていった人だった。不幸にも若くして亡くなった。
☆ みづうみ、お元気ですか。
機中から雲の上に浮かぶ富士山に見惚れながら帰ってきました。
富士山は形の美しさは言うまでもありませんが、雲海の上にあるのが富士山だけという孤高に、いつも色々なことを感じます。
湖の本は留守中に無事に届いておりまして、ありがとうございます。「亂聲(らんじゃう)」こんな面白い歌集は久しぶりです。読みたてほやほやの感想です。 ふつうの小説で描けない何かが立ち上がってくるようで それは作者の言葉に内在する特異な生命力ではないかと、今のところ考えています。歌に歌を重ね重ね て「生」を描いていく方法、新鮮さを感じました。ここからいずれ古典的歌物語とは違う、現代の物語が誕生するのではないかと期待します。歌を活かして畳み かける連続の波動によって主題へ迫ろうとする手法は、「短歌」や「小説」という様式の可能性を広げるのではないかと、私、興奮をおぼえています。歌人とし ても優れた歌の詠める強み、歌集『少年』のあとがきにありましたように歌が秦恒平の小説の根になっているからでしょう。散文にもまさる短歌という一つの力 強い手法があることを教えられたと思いました。新しい長編小説、楽しみになります。書くたびに実験のある新しいお仕事は一読者として読みたいと願わずにいられません。
連休中も「疲れた」というお言葉が多くご体調、心配です。働き過ぎとしか言いようがありませんが、働くことがみづうみの「生きている」ことなのですから、休んでくださいとも申し上げられません。せめて、もう少しゆっくり働いてくださいとお願いするばかりです。
鮎 月のいろして鮎に斑(まだら)のひとところ 占魚
* 有り難い激励と、頂戴しておきます。
☆ お元気でおすごしでしょうか
いつも本を送って下さって ありがとうございます。
瀬戸内の春の味です 御笑納下さい 姫路夢前窯 原田隆子
* いかなごであろうか「くぎ煮」を頂きました。感謝。
2017 5/9 186
☆ 秦先生
返信が遅れました。
私語の刻では、体調不良ながらも、自転車でお出かけになったようですね。
徐々に気が外に向いているのであれば、大変うれしいです。
珠乃は5/31に8歳、博琴は8/7に11歳になります。
甘やかし過ぎたのか、まだまだです。
GWに行った鎌倉鶴岡八幡宮の写真をお送りします。
博琴は、ピアノ、吹奏楽のホルンをやっています。
スポーツではドッヂビーというフリスビーでやるドッヂボールのチームに入って練習に励んでいます。
珠乃は、まだまだ甘えん坊で、お母さん、お母さんと言っています。
でもなんにでも興味を持ってやり始めています。
丸山君は関東地方整備局にこの4月から異動になっており、忙しくしているようです。→ね、丸山君。
私は、大きな建物というよりは、高度な医薬品研究所の仕事にまい進しております。おかげで午前様のタクシー帰りです。
シンドイですが、楽しくやっています。
気が向いたら、私たちの顔を見てやってください。
よろしくお願いします。 東工大院卒 柳
* 晩の食後 おもわず、夢をみていた。珍しく佳い夢であったのにもう消え失せて行く。
2017 5/10 186
* 東大法学部長を勤められた故福田歓一さんの夫人、京都の詩人あきとし・じゅんさん、漆芸家の望月重延さんや神奈川文学館や大学等から「亂聲(らんじゃう)」へご挨拶があった。
読者からの払い込みも今日多かったが、体調を損じたり損じかけたりしている人もあり、案じられる。
2017 5/10 186
☆ 風薫り
緑滴る鎌倉へ行ってきました。
小手鞠、芍薬、藤、菖蒲…。
好んで訪ねていたのは、ついつい 桜や紫陽花、紅葉の季節だったので、五月の古都は新鮮でした。
少し汗ばんだ肌に海風が心地よく、長谷寺の見晴らし台でごくっと飲み干したラムネに、初夏を感じました。
お出掛けに 至極の好季節と思いますよ。 九
* 雑踏とばんり耳に入る京都、 ひとしお遠く感じられるよ、嗚呼。
2017 5/11 186
☆ さすがに
年齢とは正直なものと自覚しますが、鴉の「老けるな」という至上命令! を肝に銘じて、そして本来の楽観主義と、いい加減さで暮らしています。
どうぞどうぞお体大切に。
鴉は手足そがれた達磨さんではありません。悟りがないからこそ、老いの苦しみの只中で、あなたの創造力はいっそうの輝きを増し、絶えざる炎を巻き上げています。
元気に、元気に。 尾張の鳶
2017 5/13 186
☆ 大型連休も終り
初夏を越え 一息飛びに真夏日かと思うと 翌日は四月下旬のと気候不穏、おからだに障らぬかと心配します。お元気を願ったております。
このたびは「湖の本134」 を有難うございました。和歌短歌は門外漢ですが『亂聲』 圧倒されました。漱石・鴎外・鏡花などの終わりに由紀夫、宏、靖など同時代作家への関心の作に及 び「こんなことしてゐたら寝られやせぬわい」と結ばれたユーモアに思わず共感の笑いが浮かびました。「詩歌断想(ニ )」の幅広くこま世界への目配りにも感嘆いたしました。一層の御自愛を祈り上げます。
御礼迄。 講談社役員 徳
* 秦 恒平先生
この度は「湖の本134」を送って下さりありがとうございました。
なかなかどうして胃の全摘手術をした後とはとても思えない世界に自由奔放に生きておられてまぶしいかぎりです。
この本の短歌をみるかぎり、近頃失われていた萬葉集以来の伝統短歌が脈々と生きており大変に私の励みとなりました。
常念岳の見える部屋の炬燵の上に置き座右の銘としたいと思います。本当にうれしく思っております。
上様
ほんの気持ちばかりですがご査収下さい。 安曇野市 柳 歌人
☆ 初夏の陽気となって参りました。
この度も『湖の本134』を 有難うございました。いつも本当に刊行のスピードに圧倒されています。 今回は 余裕の遊びがあり楽しみながら読ませて頂 きました。今の短歌を見直すきっかけもいただけたように思います。「歌ッて、何」といつも問いつづけていたいと思います。どうぞ御身お大切になさって下さいませ。御礼まで。 吹田市 郁 歌人
* 物語「いはでしのぶ」 なかなかフクザツにおもしろそうで、少し胸とどろく。
☆ 整理・処分をお考えになっている由、初出本や、国会図書館に欠けている虞のありそうな初出誌等纏めて戴けたらと思います。
つい先日、桑原武夫の遺族が京都市に寄贈した1万余りの蔵書が無断で廃棄されていたというニュースが流れましたが、散逸するのも、大学・公共図書館の閉架書庫や個人宅で死蔵されるのも、惜しく、悔しく。
より広く、深く読み継がれますことを希望しています。
微かになってきた雨音を聞いています。 神奈川 研究者
* 京都市の一件には胸が冷えた。広く、深く、そして永く読み継がれたいものと。「京都」がなあ。図書館長は中西進さんだと思っていたが。そう思って選集も送っていたのだが。「京都市」という意味は。とても気になっている。
2017 5/13 186
* 妹尾徤太郎夫妻の元へ昭和初年に集中していた、谷崎潤一郎と三人の妻達、佐藤春夫、谷崎鮎子、谷崎終平、谷崎すえらの二百通ちかい親書(多くは毛筆・ 但し写真とコピー)とを、一括して谷崎研究家の永栄啓伸さんに譲り渡した。わたしの書き下ろし論攷にすべて紹介はしたものだが、大冊をくり返し校正してい る間にも、論及仕残された「かなり大事な問題や課題」の幾らも残っているのに気がついた。もうわたしには追いかける余命乏しく、思い切って永栄さんに託し た。この人には谷崎論攷にすぐれた著作も論文もあると同時に私の作品を論策されたお仕事も粘り強く続けて戴いている。譲り渡した資料はどのように使われて も処置されても差し支えないので、せっかくの活用があれば有り難い。
谷崎の原著書で初版の原形をのこした何冊かも手元にあり、おいおいに委ねていきたい。谷崎に関する大勢の論者の著書も、このさき、谷崎論。谷崎学に向かおうとされる若いすぐれた学究にとり纏め差し上げたく、佳い出会いを願っている。
* もう、機械目が限界。階下で裸眼で校正、そして読んで、眠る。
2017 5/14 186
☆ むらさきの花咲き匂ふころ
葵祭ちかづくころ、「葵」とは「あふ」と「ひ」で「神(おおきな力)と出逢あう」ことと伺いました。
上のみやしろ、下のみやしろ、ともに御神紋は「双葉葵」で「賀茂あふひ」と呼ぶ方もおられます。東山三十六峰の二番目の山『御生山(みあれやま)』に多く自生する宿根草であったことから、選ばれ名付けられたと伺いました。
上古に行われていた始原の祭祀「御生神事」が時を経、形を変えて現在の勅祭「賀茂祭(葵祭)」となったのだそうです。かっての祭祀の形は「葵祭」に先立つ三日前、御生山に坐す『御蔭宮』を 行粧を仕立てての遷御という祭儀次第として残っていますが、古儀の「御生れ」という意義は、大分うすれてしまっているということです。
その『御生山(御蔭山)』と『御蔭宮(御蔭神社みやしろ)』のあたりの雰囲気をよく伝える文章がみつかりましたので、少し長いですが、ここに転記いたします。
寛政五年正月、津村淙庵 隠居後の紀行文『思出草』に。
「修学寺の村を入て山路をわくる事二里あまりにして御蔭山にいたる、賀茂の別社にまします。比えいの山にちかう、高野河きよく麓をめくり、岩にふれ山陰を たきりくるをと、いとさやけし。山々めくりかこみたる中にて、人とをくしめやかなる所也。みあれのあふひも此山におふるを、神つことりて内にもたてまつ り、祭にももちふるといふ。祭ちかきころにて神幸の道、はしかけつくろはれていみしう有。御社は坂をニ、三町のほりて杉の下陰にニ社まします。いとものふ り、たふたき所なり。
— みかけ山跡たれそめし昔をも水のみなかみたつねてそしる —」
まだ立ち入ったことのない山ですが… なつかしい様に感じます。
昨日、十ニ日は「御蔭祭」が行われました。下のみやしろ賀茂御祖神社・切芝の庭で、神馬と共に「東游」をめでる機会を得ました。行粧なさる宮司の明衣に かけた木綿襷と冠の木綿蔓が陽に映えて光るのを目にし、麻という素材が浄衣として用いられる理由がわかったように思えました。神馬の背に坐す御神霊は、御 生山におふる双葉葵・日蔭葛・榊・桂の葉で清々と美しく荘厳されており、その背に揺られる御様子は、神馬の歩みに揺られていると見えるより、うまれたての 荒ぶる魂の漲る力がほとばしり出て揺るがしている様に映りました。
昨日私は朝早くから、上のみやしろである賀茂別雷神社にまいっておりました。大鳥居をくぐり、神山に向かひ開けたひろびろとした清庭は、平安時代の昔 「くらべ馬」を駆けたそのままに残っています。そこに、それは見事な桐の大樹がいっぱいに淡紫の花をつけ、あたりは芳香で満たされていました。濃くただよ う匂ひに包まれて佇んでいると、咲き極まった花たちは音もなく枝を離れおちてきて、雨あがりの緑色あざやかな芝生の上に散りしいてゆきます。青々と生気を はなつ緑の草の上に、たった今、命を終えた匂ひたつ美しい花がかさなってゆく。風もないのに花々はたくさんに散って緑の色を淡紫に変えてゆきます。夢のよ うな光景に古のころに連れてゆかれる気がいたしました。社殿で拝しての帰り道、その淡い紫の色に茶色の斑点が印象ふかい桐の花をニ輪ひろいあげ、手にした まま境外に出ました。左手に曲がると、建ちならぶ社家に沿って明神川が流れています。畔りにしゃがみ、桐の花をそっと川の流れにのせると花たちは、ゆっく りと揺られながら下ってゆきます。下流に向ってすすむ私の歩む速さと、ちょうど同じくらいの速さで流れてゆくので、同行するかのようです。しばらくすすむ と摂社・藤木社の祠に行きあたり、そこで川はおおきく右に曲がり流れ下ってゆきます。駒札には、御祭神・瀬織津比賣と書かれてありました。桐花ニ輪を浄め の比賣神に託して、川から離れた私は賀茂社の御神体である神山の麓に沿う道を歩んでゆきました。今、神山は咲き乱れるどんぐりの花々に覆われて、その香で むせかえりそうです。樫・楢・椎・櫟、もちろん栗の花も
。淡い黄色の小さな小さな花たちの発する香を好ましいと思えないのは、了見がせまいなと感じながら… 稲作がつたわる前の縄文時代には、様々のどんぐりに、どんなにか命をつなぐ日の糧として助けてもらっていたのにと思いながら… しばらく歩むと山藤の紫の色が美しく杉の大木に絡まる姿が目にはいります。その山藤は、年によってつく花の量に差があり、ある年のことそれは沢山の花をつけて、風に吹かれて靡く様は「藤浪」とはこの事と、豪奢な御料が風でひるがえる様に見えたことでした。
その場所を通り過ぎると、間もなく大田神社につきます。俊成卿の「神山や大田の沢の杜若ふかきたのみは色にみゆらむ」と歌に詠まれた平安時代そのままの 場所に、同じ姿で花をつけた野生種の杜若の群生と、今年もまみえることができました。蕾のころの深紫、あでやかに花ひらいたころの赤みの紫、そして色を失 い枯れゆくときでさへ、美しい色の映えに心を奪われます。
先生、今夜も長く書き連ねてしまいました。お許し下さい。
「源氏物語」を読みつがれていらっしゃると伺い「桐壼・藤壼・紫の上」今ちょうど花咲くこのごろをお伝えしようと書き始め… 長々と続けてしまいました。そういえば、奥ゆかしく面ざし俯けて咲く葵の花も、その色は翳ある赤みの紫と私には思えます。
京都は、紫のにほひ美しくかをりたつところ。
そのように感じられます。 百 拝
* 朝一番に、ありがたい、なつかしい、めのさめるように心清しいたよりを貰った。
2017 5/15 186
☆ 長い間
ご無沙汰して相済みません。選集と湖の本134のお礼も申し上げず失礼しています。
『花と風』は40年近く前岡山市内の細瑾社という書店で見つけたのが、秦さんの単行本との初めての出会いで、特に思い入れの深い作品です。
日記に食が進まないとあり,また奥様がご不調だともあり心配しています。
天満屋デパートにニューピオーネの初入荷がありましたのでお届けします。 吉備の人
* 恐れ入ります。有難うございます。
『花と風』はわたしのいろいろな思いや行いの原点に位置する述懐であって、いつも、そこへ帰って行く、行ける思いがある。今一つを挙げるならわたしの根 の思いと気概とをみせて滞りない一冊は「ちくま少年図書館」にいれてもらった『日本史との出会い』をわたしは思う。私の思想や言動の起点はよくいわれる平 安王朝古代にではなく、間違いなく「中世」への思いに根ざしている。この少年達に向いて「後白河院と乙前」「法然と親鸞」「足利義満と世阿弥」「豊臣秀吉 と千利休」をとりあげて「日本」を問い続け語り続けた気概は、今もわたし自身の力になっている。亡き安田武が、「こういう本で歴史を知りたかった、学びた かったなあ」と大きく嘆息してくれた昔をありありと思い出す。
いま、中世が忘れられ、昭和の大政翼賛体制、国家総動員体制への強引な政治の誘導に日本は立ち枯れようとしている。もう何年も前に「いま、中世を再び」と湖の本を一冊編んだ。その思い、今なお切に切であるが。
* 世界的にハッカー攻撃が拡大し、日立社内のコンピュータ・システムが崩壊したかのニュースがある。わたしは、世界戦争は核でよりも、電脳攻撃でこそ大 乱を生じるだろうと、ペンクラブの理事を勤めていた昔にくり返し憂慮を発言した。加えて、今後の人間の環境問題は、自然環境破壊以上に電脳機器による精神 環境の混乱と衰弱こそ重大事だと発言し続けたが、ほとんど顧みられなかった。そもそも電脳機械を使えている理事など数えるほどしかいなかった。予期し予見 したとおりに人と世界とが腐って来ている。困ったことだ。
とにかくも、百パーセント確実にその人と自信の持てないメールは、過剰なまで即削除している。
2017 5/15 186
* 国文学研究資料館の館長を退かれた今西祐一郎さんから、館でも、よろこんで「秦 恒平文学選集」を頂戴したいのですとお手紙を戴いた。ありがたい。
☆ 先生、お元気ですか。
昨夜帰りましたら、宅配便が届いておりました。こんなに早く、と驚きました。
谷崎潤一郎の書簡の写真、および書簡のコピーを貼付した資料集7、8冊(「神と玩具との間」で使われたもの)をありがたく拝受いたしました。ありがとうございました。
こんな貴重な資料を扱える能力が私にあるかどうか疑問ですが、せっかく先生から宿題を与えていただいたのですから、昭和初年代をもう一度、私なりに考え てみたいと思いますい成ればよし、成らずともかまわない、とおっしやつていただいたので、秦恒平論と同様に、残りの人生の課題にしようと思っております。
(谷崎論もそうでしたが、次期の研究者の叩き台のつもりで「秦恒平論」をやっていこうと思っています。少しずつ進めていこうと思います)
今回のご配慮、ほんとうに感謝しております。また宛先を書いていただいたのは奥様でしょうか。ありがとうございました。
仕事をしていると元気だ、とおっしやつていましたが、どうか くれぐれもお身体大切になさってください。 奈良 五条市 啓
* 切に御健勝を願っています。欲しいと思われる資料等、言うてくだされば可能な限り差し上げたいと思っている、活用して下さるならば何方にでも。
☆ 藤、桐、花菖蒲など
紫いろの花の多い季節となりました。
「湖の本」有難うございます。
十年前の拙歌集についてお書き下さってることな気づきました。大変有難いお言葉… 少し甘いおほめの… 地の塩の味わいで「日本語を磨いて…」で うれしくなりました。ほんとうに有難うございます。
『亂聲』の短歌や俳句などのお作品は、感動したり、共感したり、クスッと笑ったり…して拝読いたしました。
「詩歌断想」の現代短歌に対するご批評 ご批判 同感いたします点が多く、十年経ちました今も、ほとんど同じような短歌ムラの状況だと、自分のことは棚上げにして痛感いたしております。いろいろお教えいただきありがとうございます。
季節のかわり目 くれぐれもご自愛下さいませ かしこ
京の新茶 ほんの少々でございますがご笑味下さいますよう 小誌「鱧と水仙」 ご多忙と存じますが ぱらぱとでもごらん下されば有難く存じます。 大和郡山 隆 歌人
2017 5/15 186
☆ 京都には
現在も市立図書館は設立されておらず、名誉市民でもあった桑原さんの蔵書は三度の移動の後、右京中央図書館副館長が処分を決定、万葉学者の中西進さんは京都市中央図書館と右京中央図書館館長を兼任されています。 読者より
* なんともいえないが、不愉快極まりない。
2017 5/15 186
* 午後は、妻の病院へともあれついて行く、少なくも送って行くと決めている。
* 妻、胆嚢炎で消化器外科へ緊急入院、点滴を受けている。
いつもの循環器系の検査と診察だけなら上首尾であったが、わたしは執拗に尿検査も受けさせていた、その方の結果から、即座にCT、心電図、血液検査等の追加が必要になり、黄疸も出ていて、とても放置できないと即刻入院が決まった。
今日が定日の循環器検査であって、懇意の主治医は担当からはみ出て胆嚢損傷を発見してくれた。尿の所見で歴然であったらしい、付き添って行っててまだしも幸運だった。不用意に明日明後日まだも放置していれば、危なかったと。
病院へは、私の脚で十五分、自転車なら五分で行ける。それが、ひとつの安心。いま、聖路加までの連日の見舞い通院は負担がひどくなる。こういう時は来る とお互いに感じていたが、妻が先に躓いた。ガンバッテ、切り抜けて行きたい。
* わたしはこの三日、ほとんど食事が出来ていない。戴いてある開新堂のクッキーとか、蕎麦を70グラムほど茹でて呑み込んでいる。麺はひとつまちがうと腸に詰まるので慌てないようにしないと。
* 病院から帰って、以上の日誌で九時になった。セイムスて日本酒を買ってきたのを少し飲んで寝よう。
明日の聖路加通院は、延ばして貰うしかない。
☆ 驚き、心配。
手術の必要性あるのでしょうか。
鴉、消化しやすく栄養あるものを食してください。大事なことです。 尾張の鳶
2017 5/16 186
☆ 落ち着いて
なにがいちばん大切かを考えて、あわてず、無理をせず、ご自分の耐力を過信せず、とにかく、何かを口にして。
おふたりで一セットということを忘れずに。 豊中市 安川美沙 妻の学友
* この助言に尽きると思う。感謝。 お見舞い ありがとう存じます。
2017 5/17 186
* 大勢さんにご心配を掛けている。恐れ入ります。
2017 5/17 186
☆ 謹啓 新緑の候、 いかがおすごしでしょうか。
先日は、先生の御著、『選集第十九巻 花と風など』をご恵送くださり、あつく御礼申し上げます。
短歌に関心を持つ私にりまして、日本文化、思想についてのご論考、ほんとうに心惹かれるまま拝読しております。お教えいただくこと数知れず、深く感謝申し上げます。大切に架蔵させていただきます。
末筆ながら、先生の御健勝と御活躍を心よりお祈り申し上げます。 秦野市 吉 大学教授 歌人
2017 5/18 186
* お見舞いのメール頂いているが、そのままで失礼している。 さ、また病室へ向かい、夕方まで話し相手をしながら、枕草子や「女の噂(一)」の校正などしてくる。校正仕事は停滞がない。
読書は、源氏物語が中継ぎ三帖のあたまの「匂宮」に入り、ほかに討論『中世の風景』また「絵巻」月報三、一遍聖繪につづいて、平治物語繪詞。沙翁劇は悲 劇中の悲劇の名作「リア王」 そして中世の『いはでしのぶ」 を読み進んで気持ちの平穏がえられるまで。そしてリーゼ一錠で昨夜は寝入った。
2017 5/18 186
* 五月にはロスから帰国の旅ときいて待っていた池宮さんの連絡が無く気にしているが、この状態では、何の愛想も出来なかった。
2017 5/18 186
* 今朝だったか、NHKでなんと田原総一朗が「高齢者の性衝動」を主題に話していてあれあれと思った。田原氏へも「湖の本」を送っている。
おやおや、ほぼ仕上がっているわたしの長編「ある寓話 ユニオ・ミスティカ} 何処かへ売り込んでやろうかな、時節に当たっているなあと、ニヤッとした。
☆ 御著
「湖の本」第百三十巻を拝受いたしました。いつもいつもありがとうございます。
秦さんの精力的な創作、文明批評、文藝批評り数々には圧倒されます。
長編『慈子』は申し訳ありませんが拝読しておりません。その私家版原作『斎王譜』とのこと、それも昭和四十一年五月に脱稿されたものなのですね。その 頃、小生は週刊読書人にアルバイト学生として入って働いていた頃です。存じ上げず不勉強を恥ずかしく思っています。ぜひ読ませていただきます。不一 葉山 詠 作家 文藝家協会理事
2017 5/19 186
☆ 「私語の刻」見ています。
心静かならず。安川美沙さんの思いに大賛成です。
今の「実生活」が第一。
読者はいつまでも待っています。
待っている人をがっかりさせないでください。 心より お大事に。 井口哲郎
* 有難う存じます。
2017 5/20 186
☆ 一安心ですね。
発熱から一週間、体力の回復を願っています。
胆石で胆嚢炎になり手術した友人がいて、予後は順調だったようでした。
HPには、鴉の冷凍食品との格闘? など書かれてありましたが、どうぞ楽天的に。学習と思ってください。
今日は絵の教室に出かけます。
背負い鞄、いくらかでもお役に立てば嬉しい限りです。
とにかくもご無事に乗り切ってくださいますように。 尾張の鳶
2017 5/21 186
* 作家でペン会員の杉本利男さんから花園万頭のぬれ甘納豆を頂戴した。
2017 5/22 186
* 家事的には無能な亭主と嗤われている、だろう、が、学習すればなんとか妻も助けてやれるだろう。編集者として雑用のかたまりのような仕事を 独特の工 夫と手練とで人もおどろく能率で年々歳々実績を挙げていった。あの頃の若さも理解力もうせているだろうが、頭が働いていれば自然と覚えるが、今は、ムリ だ。ひとつには辛抱が足りない。三分火に掛ける三分が辛抱しきれない。
* 見かねて、小松の井口哲郎先生、「今朝新聞に、同封のチラシが入っていました。私にできることがないかと思っていた矢先でしたので、秦さん宛てに注文 しておきました。 自分で試さないで、広告だけ観てお送りするのは軽率だったかも知れません」と、お手紙を頂戴した。① 飲むだけで「玄米」と「大豆」の スゴい栄養 ②米ぬか使用だから少量でも栄養たっぷり ③砂糖不使用でやさしい美味しさ と、チラシにある。「とにかく今は、お二人のおからだのことを心 配しています。」と。
御心配かけて恐れ入ります。深く深く御礼申しあげます。
2017 5/22 186
* 『女文化の終焉 十二世紀美術論』を読み返している。書き下ろしたのは四十五年ほども昔、また三十台だった。背丈にも及ぶかの参考文献を全部読み終えてから書き始めたのを想い出す。
いま、三十代作家でこのような論考を書き下ろし続ける人はいないと思う。あの当時でもじつはいなかった。わたしはあたりまえのように小説も書きエッセイも書き、長い広い両翼のように思いながら空高くをよほど孤独に飛翔していた。
しかし、いま想い出せばわたしは太宰賞以後、出版社づきあいはともあれ、けっして孤独な書き手ではなかった、ある時ある場所で吉行淳之介と筒井康隆とに 「よくまああんなに書くねえ」と冷やかされたほど、本は売れないけれど原稿依頼はひっきりなしに続いて、自然それらか本になっていった。十年で六十册も単 行本を出していた若い作家は事実は珍しかったのだ、しかもわたしは通俗読み物は一切書かなかったのだ。井上靖は訪中国日本作家代表に誘ってくれた。江藤淳 は東工大教授の後任に推してくれたという。梅原猛は日本ペンクラブの理事に引っ張ってくれた。文藝春秋の寺田専務は、わたしの「湖の本」刊行に凸版印刷所 を推薦紹介してくれた。
ずうっとわたしは、そういうあれこれをただ偶発的な幸運としか思えていなかった。そうではなかったと、近年つくづく思い当たるようになった。
「清経入水」のような不思議な小説が、石川淳、井伏鱒二、臼井吉見、唐木順三、河上徹太郎、中村光夫ほどの難しい大先生達の満票で太宰治賞に選ばれてい たというほどの当選はよく見聞きすれば稀有の一語にすでに尽きていた。そんなこともわたしは判らなくて、ただただおずおずと「売れない作家」業を遠慮がち に歩んできたのだった。
「女文化の終焉」は古代と中世のはざま百年の文士的論攷として、いま八十一歳の見聞から推しても、懸命の力作であるとともに、文藝としての批評でありたくしんじつ勉強したものだと微笑ましくなる。心ゆく仕事をわたしはし続けてきた。そう、いま、はっきり言える。
2017 5/22 186
* 九時過ぎた。今夜こそ安眠したい。ともあれ妻が諸検査の結果も、険悪でなくて何よりであった。よかった。お見舞い下さった皆様に、お礼申し上げます。
2017 5/24 186
* 私の第二歌集『光塵』に添えた「詩歌断想(一)」を見返していてふとこんなところへ目をとめた。
今の時節に、まんざら遠くない発言なので、ここへ再録しておきたくなった。2001年の2月2日の述懐である。15年も以前であるが。
☆ 何の番組だか、昼ごろ、歌壇の将官や佐官級が一般の短歌を品評し顕彰している番組があった。推薦して、「じつに」とか「きわめて」とか強い言葉で褒めてい るいる短歌作品を読んでも、いっこうに感心できないことに驚いた。説明的な歌、ガサガサした歌、舌をかみそうな歌、観念的な理屈の歌、要するに感動のまっ すぐ伝わってこないへたな歌が、次から次に推され、褒められ、それでは作者より「玄人」を自認しているらしい推薦者・選者の鑑賞眼の方を疑うしかなかっ た。
たとえば俵万智の褒めあげた作には、「コンビニが」「コンビニが」と二度出てくる。二度出るのは必要なら少しも構わない。しかし、「が」という助詞の用い 方に歌人として何故疑問をもたないか。「が」は、格助詞の「の」にくらべて、いやしい、きたない、という語感を国語の伝統ではもってきた。そしてその短歌 では、「コンビニの」でむしろ正しい表現であった。事実、直ぐ次に登場して馬場あき子の推した短歌では、同様の第一句にちゃんと「の」を用いていた。散文 を書いていても、「が」と書いて、すぐ「の」の方がここではいいなと、書き直す例が多い。「が」は濁音の響きも感じわるく、必要なら必要だが、一音一音に 心を入れるはずの歌人詩人にして、俵万智のような無神経なことでは、なるまいに。国語の先生ではなかったのか。いや、国語審議会か何かの委員ではなかった のか。
☆ ソ連崩壊に関して、こんな歌が或る歌集にあった。気持ちは分かる、が、あるいは「短歌」での表現の限界をも感じさせる。こんなに簡単にいわれては受け取れない、もっとややこしい感想が胸にあるだろう、一頃の大人なら誰にでも。
搾取して富まむ所業を罪悪と断ぜし思想はいさぎよかりき
人の理想かなへし国と言ひあひて恃みたりしが無力にほろぶ
しかし「戦陣回顧」しての次の作など、とても秀歌とは言えないけれど、届いてくる毅い何かはある、はっきりと。
直立し吸ひし煙草は恩賜とか味は格別のものにあらざりき
菊の紋の煙草恩賜と渡しやる人死なしむるなんぞたやすき
人間を神とまつるはなじまずと靖国神社参拝を問はれ答ふる 畔上知時
さきの番組のような場合、わたしなら、この三首にも少し立ちどまりはしても、推さない。だが、ものは感じさせてくれる。そういう作品に出逢いたいと思うが、ただの概念ではいやだ。この場合など、これは実感だなとよく分かる。
楯などにされてたまるかその上に醜(しこ)はひどいとひそひそ言ひき
天皇は神にあらずと口ごもり部隊長に答へき二等兵われは
慰安所とは何かと問ひし少年兵帰隊し笑ふここちよかりきと
たはやすく鎮魂といふなたましひの鎮まるべきや蛆わかせ死して
侵略と言ひ敢へしばし黙したり戦ひ死にし友があはれに
営庭に集められ学生服に固まりぬかく兵とさるる思ひ惨めに
慰安婦にふれず戦地より還りしと言へば不具かと呆れられたり
毛一筋残さず爆死せしありき笑ひて戦争體験語るを憎む
こういう記憶に久しく堪えながら同じ作者に以下の短歌が出来てくると、読むわたしも、ほっと息を吐く。
とりし掌の温みは知れり年長くたづさひしもの妻の掌ぞこれ
家建てて移り住みきし九世帯それぞれに喪のことありて三十年
門過ぐる我にかならず吠えし犬この頃吠えずただよこたはる
畔上さんはかつてわたしの上司であった。上司としてよりも歌人としての畔上さんをわたしは敬愛していた、今も。お元気でと心より祈る。
歌集『時を知る故に』はお名前にからめた好題で、ほかにも印象的な歌、胸に残る歌がいくつも有った。いずれも「私史の玉」であり、上に挙げたどれ一つも わたしは先の番組のような場面で安易には称揚しないだろう。「歌史の玉」とまではいい得ないのだ。 2001 2・2
* 何も付け加えずにおく。こうした感想は、感想として単独に書き下ろしてきた原稿ではない、このホームページの「私語の刻」と題してある日々の日記であ り、二十年近い間に原稿用紙にすれば十万枚できかない感想を日々に書き置いてきた。そのままでは読み返すのも大変を極めるが、一人の親切な暑い愛読者が、 これら全日記を三十種類ほどに主題別に分類してくださったので、望めば直ちに「詩歌断想」だの「京の散策」だの「ペンと政治」だのとして独立編纂が利くの である。感謝して余りある恩恵であった。すでに何冊も何冊もの「湖の本」として編纂されている。
☆ 謹 啓
「秦 恒平選集」第十九巻(「花と風」「手の思索」「日本を読む- 一文字・心象日本史」)をご恵贈賜り、まことに有難く御礼申し上げます。この度も発刊早々に賜りましたこと、恐縮いたしますとともに、重ねてのお心遣い、有難く、衷心より御礼申し上げます。
すでに十九巻、渾身のご事業です。我が家の貴重書を収める書棚も一段全てに「秦 恒平選集」が並びました。ソファーに坐れば、目の前に立つ書棚。壮観で、揺るぎない存在感に圧倒されます。
今回の御作品はいずれも「湖の本」や単行本で既読ではありますが、選集で、しかも新たに組まれたページ立て、紙質、装丁の掌に優しく治まる和装の感触、すべてを味わって御礼を申し上げるべきと思いながら、少しゆっくり読みすぎました。
「読書というものは、丁寧で親切でありたいものだ。一字一字指で押えて、著者が書いていくのと同じ速度で読みたい。」(伊東静雄)は、私の座右とする読 書法であります。作者が意を尽くすべく推敲された漢字は辞書を引き、句読点で文意を正確に追い、一節一節を味わって読ませていただきます。
「花と風」は40年ほどまえに、高田馬場駅前の芳林堂で見て、買えなかった感慨が、いまもって思い出されます。秦先生のご著書では歌集「少年」もそうでした。草加の高砂書店の棚に見出していながら、機を逸してしまいました。
釣り落とした大物のように、手に入れ損ねた本は、いつまでも見出した当時の状況と感情のまま、記憶に鮮明で困ります。もう「湖の本」で手に入れているの だから、いいじゃやないか、と納得するのですが、往時の状況がいまもって記憶の深層から浮かびあがってきて、苦い後悔に捕らわれます。
「花と風一日本の永遠について」は、読みながら、これは「日本・日本人論」だとはっきり意識いたしました。谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」を読んでも「日本・ 日本人」という意織は起きませんでした。未熟な読みであったとは思います。今読み返せば、また違った印象をもつのかと思いますが、記憶にはやはり日本家 屋、調度の醸す陰翳の美、という印象が強く、日本人を自覚的に追求した感じは残っていません。日本人としての感性のままに描かれた作品はあまたあります が、日本・日本人の本質を意識して描いた作品は少ないと思います。日本人の感性で描かれた作品から、日本・日本人の本質を剔決するのは評論家や哲学者の感 性だろうと思います。寡聞にして、個人的な感懐ですが、「花と風」にいたって、初めて日本文学、哲学は客観的・意識的な「日本・日本人」の本質論をものに したと思いました。また、ここ(「花と風」)から、アメリカやフランスナイズされない、真実の日本文学が生まれるのだろうとも思わせていただきました。
「日本を読む- 一文字・心象日本史」は、新刊と同時に購入し、読みました。カナリア色の小紋柄のプリントが上品な装丁で、今も秦さんの単行本をまとめ た書棚に並べてあります。私が最初に「湖の本」の存在を知ったのが、この本でした。ハガキで新刊を求め、おって既発刊のNO、1~NO,15を一括で送っ ていただきました。申し込みと同時に即対応していただき、感激いたしました。忘れがたい一冊です。この度改めて「選集」で再会し、時間を忘れてむさぼるよ うに読んだ往時の記憶を想い出しました。一文字を立てて、歴史と日本人の心性をズバリと裁断する論理の明確さは、すでに哲学であると感じます。
こうして読み通してみますと。今回の第十九巻は、秦先生の「日本・日本語・日本人」を考察した哲学であり「日本人という人間の学」であり「日本の根の研究」の一冊になっていると思わせていただきました。
「秦 恒平選集第十九巻」から受けた読後感は、いままでどの読書からも得たことの無い、独自な印象で心に刻まれました。この印象がどのような論理構造を もった思想となり、その思想がいかに具体的な構想で、発展する(させるべき)ものとなるか、この印象を受けた眼で、日本の古典文学を注意深く読んでいきた いと思います。
言葉足らずで、意をうまく表現できませんが、なにか感じたものがあった、という強い思いをお伝えしたく、拙文を書かせていただきました。思い込みの勝った理解不足の言、失礼の段はご宥恕のほどお願い申し上げます。
相変わらず不純な天候がつづいております。いまだ五月でありながら、このように真夏に近い気温の上昇は、あまり例がないように思います。地球の病は、政府の国民を愚弄する、そら恐ろしい暴走とともに、確実に不安定(滅亡)の方向に向かっているとしか思えません。
いろいろ大変なご状況 HPで拝見させていただいております。
奥様の一日も早いご全快と先生のご健康をお祈り申し上げます。
選集第十九巻まことにありがとうございました。まずは御礼まで。 敬具
平成29年5月24日
(追伸) ・
未整理の手書き原稿のことなど、HPで拝見いたしました、原稿の電子化(CD化)など、わたしに出来ることがありましたら、お手伝いさせていただきたく思います。お申しつけいただければ幸甚に存じます。
いまはメールもありますので、郵送とメールでことは済むのではないかと思っております。なにも出来ませんが先生のご都合のよろしいように、どうぞご検討下さい。不一 八潮市 瀧 作家
☆ すっかり暑くなってまいりました。
いつも貴重なご本をお届け下さりありがとうございます。毎回楽しく読ませて頂いて居ります。毎度身のひきしまる思いに打たれております。今後ともよろしくご指導お願い申し上げます。
くれぐれもご自愛下さいますようお願いいたします。 府中市 杉 作家
2017 5/25 186
☆ ご退院なされ、よろしゅうございました。
奥様が、ご自宅にお戻りになられる。
先生の、ほっとなさっておられるご様子、何よりでございます。
どうぞお大事に、奥様がはやくご快復なされますように。
また先生も、お大切にお過ごしになられますように。
お祈り申し上げます。 京 鷹峯 百 拝
☆ 奥様無事に
ご退院なさり嬉しく思います。
「家に二人で、たった二人だが二人でいる有り難さをつくづく思う」とのお言葉、しみじみ共感をおぼえています。
病院は他のどんな場所に行くより疲れます。九日間のお疲れをゆっくりおとりください。そして少しまともなお食事ができますように。
槐 壽を守る槐の木あり花咲きぬ 虚子
* ありがとう存じます。
2017 5/26 186
☆ hatakさん
熊本に来ております。金曜の朝札幌を発ち、羽田経由で昼前にはもう熊本空港に降り立っていました。合志の研究所で会議を終え、少し時間が あったのでビルの屋上から、遠く阿蘇の山々や宮本武蔵が五輪書を著したといわれている洞窟を望みました。夕日に照らされて牛が草を食む風景は平和でした が、案内してくれた部長から研究所の多くの施設が修復できず取り壊すことになったと聞き、まだそここに震災の傷跡が残っていることに胸が痛みました。
水前寺公園のそばに宿を取り、土曜の朝に古今伝授の間で一服してから帰ろうと思ったのですが、呈茶は十時からとのことであきらめ、水の豊かな江津湖公園 を散策して空港に向かいました。西洋では豊かな土地を「乳と蜜の流れる国」と表現しますが、日本では「豊葦原の瑞穂の国」といいますね。私も伏流水のこん こんと湧き上がるこんな土地を豊かと感じます。
奥様のご不調を案じておりましたが、まずはご退院なによりでした。ご快復を心よりお祈りしております。熊本を離れる前に、地酒一升お送りしました。お口にあうと良いのですが。 maokat
追伸
四月末に転居しました。住所が変わりましたので、せっかくお送り頂いた御本が戻ってしまっているかも知れません。もし戻っているようでしたらご面倒ですが、新住所にお送り下さい。お知らせが遅くなり、申し訳ありません。
* 水前寺公園と聞くと、震災の熊本の方に恐縮だが、ニヤリ笑えてしまう。
大学の二年生ころであったか、京都駅から鹿児島駅よりまだ先の終点指宿駅まで行く各駅停車に乗ったものだ、まあ長かったの何の、熊本駅へ汽車の着いたと きは三十時間ほども経っていて、尻は鉄板のように固まっていた。とてもとても指宿どころか、這う這うのていで下車したが熊本のくのじも知らない。水前寺公 園というなが目に入ったのでタクシーに乗った。公園が見たいのでも何でもない、すると公園入り口の真向かいあたりに銭湯の暖簾が見えたので、そっちへ足を 向けた。
銭湯は空いていて、ゆうーっくり湯に漬かって、さ、外へ出たらもう帰心矢の如く、水前寺公園に尻をむけて熊本駅にもどると、たまたま京都行き急行というのが、ある。まよいなく乗って、ひたすら京都へ帰った。それだけの汽車旅行であった。
後年、九州のやきもの取材で平凡社の案内で出掛けたときは熊本城へ上がった、が、水前寺公園には行かなかった。
ああいう汽車旅をまたしたすとは思わないが、そういう旅の出来た若い昔はなつかしい。
2017 5/27 186
* 五月には日本へと聞いて心待ちにしながら入院騒ぎなどあり気がかりで、ロスの池宮さんに今朝電話してみると、向こうも、体調を損ねいまも静養中と分かった。お大事にと願う心より。
☆ 門下
お休みの日、お寺の庭へ掃除に伺うことがあります。
さまざまな門の下をくぐる度、なぜか先生の書かれた言葉が思い起こされます。ひとつの門をくぐり、ひとつの先生の言葉を思う。 掃除をしながら進んで、また門をくぐり、新たな言葉を思う。
そうして行く度、くぐる度に、漱がれる気がいたします。 京・鷹峯 百
* 私のがわに何の自覚も記憶もない、ただこの人のいわば「浄行」の日々を想う。
* 札幌のmaokatn 熊本から純米大吟醸「瑞鷹」一升を送ってきて下さった。初めて出会う「瑞鷹」、嬉しく戴く。ありがとう存じます。
2017 5/29 186
* 印刷所へ原稿を添付フアイルとして送付したのが、メールごと、何度も届かないという事故が起きている。やり直していると「届きました」という時もある。案じている。仕事の能率が違ってくる。今回は三度送って三度届かない。
で、同じ方法で同じモノを妻のメールへ送ってみた。メールは届いている。メールならは他の何方へもちゃんと届くのだろうか。
* 気が腐る。
☆ メール届いています。安心して下さい。
通信不安定なところあれば、やはり心配ですね。
この五月はいろいろなことがありました。天気も急に夏の暑さかと思えば翌日は冷えたり。
病院の予約が取れなければ、長いこと待って一日がかりになりますが、それは苦しいでしょう。
わたしより歳上の人、歳下の人、この五月には親しい人のつらい消息を知りました。晴れ渡った空の青が哀しい。
めげず、日々を生きます。
鴉、 元気にお過ごし下さい。 尾張の鳶
* ま、なかなか想うままにはこの世のこと、成らないなあと思う。不思議なことかどうだか、こんなときこのところ無条件に手を出して頁を繰っているのはわたし自身の三册の歌集。なんとなくなんとなく自身の気持ちを納得したいと思うのか。
みなづきといひし水菓子なつかしく隠れ蓑うつ雨のおと聴く
と、五年前、二月十五日に胃全摘のうえに胆嚢も摘除したあの歳の、六月(みなづき)に歌っている。それ以前にもう一度入院し、七月にはまた目の手術で三度目の入院もした。
眼を病んで手術(オペ)受けて暑い日退院(かへり)来ぬ
あるがままあるがまま仕事に向かふ
子供の頃、お菓子「みなづき」の当たるのは、嬉しかったなあ。
* 印刷所とのやりとりを重ねるうち、「無事に届いた」と。ああーあ、よかったよかった。
2017 5/29 186
☆ 『谷崎潤一郎を読む』「夢の浮き橋 余白」に
近藤信行さんがお宅に伺ったという記述がありました。
近藤さんは私の所属する日本山岳会の先輩で、ご夫妻とお付き合いがあります。とはいえ、もう長い間お目にかかっていませんが。
近藤さんは、秦先生が中国にご一緒なさった辻邦生さんを世に出された方で、その辺の経緯は、辻さんの『のちの想いに』に詳述されています。
近藤さんは、20年ほど前岩波の『図書』に「荷風潤一郎」を連載されていて読んだことがあります。
湖の本を読んでいたら、近藤さんについて書かれていたので、一筆啓上いたしました。
気候不順の折柄、呉々もおからだおいといください。 仁
* 仁さん お元気であってと願っています。
わたしは、ひょろそょろ、よろよろと観るから情けなく歩いていますが、気は慥かに仕事しています。
近藤さんが我が家へ見えた日のこと、昨日のように覚えています。そしてこの初対面が、私の「谷崎」世界を豊かに押し拡げた大きな契機になりましたし、中 央公論社や雑誌「海」での仕事も増えました。いまもいつも感謝しています。山梨の方へ引っ込まれましてからは、私もめったに出なくなっていて、お目に掛か る機会は有りませんが「湖の本」は送り続けています。
辻邦生さんとは 一緒に訪中国作家代表として、井上靖夫妻らと一緒に、毛沢東や周恩来逝去の直後に、人民大会堂で周恩来夫人との会見に臨みました。巌谷大四、伊藤桂一、清岡卓行、大岡信さんが御一緒でした。
辻邦生さんと私とは、「反リアリズム作家」とくくられ、よく一緒に論じられました。最も懐かしい先輩作家のお一人で、優しくして頂きました。よく読みました。
谷崎の大正期の優作「アヴェ・マリア」などに、ご関心の谷崎プラトニズムがよく現れています、概して谷崎ははっきりプラトニズムをアチコチで自白的に告白しています。
選集二十・二十一巻には、谷崎関連の論攷やエッセイを結集しました。
暑くなります。くれぐれもお大事に。我が家は五月なかごろに十日ほど家内が胆石・黄疸で入院し、幸い退院しまして一息ついています。 秦 恒平
2017 6/2 187
☆ そこへ、
行けないときは、目で游ぶ。
また、目を閉じて、そこへ行ってみることもある。 百
* およぐ「鮎」三尾の繪を添えて、上のメール。さしづめ今わたしには懐かしい「京都」が見えている。即成院から戒光寺へ、そして観音寺から懐かしい来迎院へ、泉涌寺金堂へ、それから歩をさらに運んで東福寺へ。「行けないときは、目で游ぶ。」
2017 6/4 187
☆ シンガポールより
静かな安らかな一日でしょうか。迪子様の安寧を願います。
実は先月からわたしはシンガポールに来て、孫守りの日々です。育児は楽しい面と、自分の思う通りいくはずない面が綯い交ぜになって、葛藤しています。
こちらは一年中暑いですが特に暑い時期なので、保育園の送り迎えの道、歩いて十分が大変!
孫のシングリッシュ、中国語が面白いです。相手によって使い分けしています。
今月半ばには日本に帰ります。
お仕事が進捗するように、同時にお身体大切に、大切に。 尾張の鳶
* 元気を過信するのがこわい。いつも用心が肝心。
2017 6/5 187
京の 羽生教授 お手紙を添えて美味しいお菓子をたっぷり下さる。
☆ 暑かったり
急に涼しかったりの今日このごろ 如何おすごしでございましょうか
「秦 恒平選集第十八巻」 ありがとうございました。
「梁塵秘抄」と「閑吟集」 味読させていただきました。
以前は「閑吟集」の方に心惹かれましたが 今回は それぞれの違いと面白さについて よく理解できたように思えて なんだか嬉しくなりました。
永く生きて、「孤心と恋愛」の俳諧的現実より 「信仰と愛欲」の和歌的夢想の方が心にしみるようになってきたのかもしれません。
禅僧のダンディズムより 後白河法皇の哄笑の方がエネルギーを分けてもらえそうだったり……
『応仁の乱』という新書が何故ベストセラーになるのかと、購入してみました。
「閑吟集」を産んだ中世の意義について説いておられた(=秦)先生の言葉に、ようやく時代が追いつきはじめたようです。
政権の衰弱を不幸とばかり眺める視線は必ずしも民衆自身のものでないという思いを私たち現代人も持ちたいものです。
「職人歌合」からは、職人、物売、法師、芸人が混然としていて、物づくり 芸能 信仰が結びついて展開してきた様子が この国の形として よく見えてまいりました。
花籠に月を入れて 漏らさじこれを
曇らさじと もつか゜大事な
「結婚とは 何でしょう」 私も 花嫁花聟を前に祝詞を述べなければならない機会が多く、「これからが大変だわ」と言いたい気持ちでいっぱいでした。
年齢を重ね、少しづつ読書能力がついてきて ようやく先生の御本が理解できるようになってきたと勝手に喜んでおります。
梅雨の季節に向います。
先生 奥さま どうぞお身体大切におすごし下さいますように。 清
* 嬉しいありがたいお便りです。生き甲斐を覚えます。
2017 6/6 187
☆ 感謝
みづうみ、お元気ですか。
昨日は私語の更新が途切れていましたので、みづうみか奥様のお具合悪いのかしらと心配していました。さきほどご様子がわかりほっとしています。
本日無事に選集第三巻を受け取りました。いつ見てもため息のでるほど美しいご本です。ありがとうございました。そしてお手間をとらせましたこと申しわけございませんでした。
みづうみの椋鳥さんたちが巣立って嬉しいです。
こちらはツバメが抱卵しているところです。一昨年も昨年もうまくいきませんでしたので、今年こそ元気に育ってほしいとお祈りしているのです。
朴 小手かざす日ざしとなりぬ朴の花 高崎恵久子
2017 6/6 187
☆ 香港に暮らす
長女のもとへ行き、暫く滞在、帰国してからもバタバタと暮らしておりました。久しぶりに、パソコンの前に坐り「お気に入り」に入れてもらった 先生のブログを、遡って読ませていただきますと、五月の半ばから奥さまが胆嚢炎でご入院、との文面。本当に驚きました。
お大変でいらっしゃいましたね。梅雨に入る頃ご体調をくずされることが多かった、とお書きになっておられますが、お疲れが溜まったのでしょうか。
先生のご著書(=『京と、上げたり下げたり』)に関わらせていただいたいた二十年前の体力があれば、私にも、何かお手伝い出来たでしょうに…と、我が身も人の手を借りねばならぬ日々を口惜しく、もどかしく思います。
奥さまのご入院中の食生活、レンジの使い方に失敗なさったご様子などを読ませていただきまして、「虫養い」と申しますか「おしのぎ」と申しますか、あまり手をかけず召し上がっていただけるものをお届けすることを思いつきました。 常温で保管出来る食品を選びましたが、お口に合うことを願っております。
まもなく梅雨入り、お仕事も無理をなさいませんよう、「程よく」頑張ってくださいませ。 宏
* 頂戴した中の一品には、手書きで「賞味期限が6月30日です。開封し、一度で召し上がれなければ冷蔵庫に恵入れくださいませ」と。有難う存じます。
ここにも幸ありと、ふと瞑目する。
2017 6/7 187
☆ 「誠願游崑華」
「湖の本」を手にする時、いつも裏表紙の「帰去来」の印をしばらく眺めて、それから頁を繰って読み始めます。
時には、陶淵明の仰ぎ見た『南山』へ、先生の御作を読み始める前に行ってしまうことがあります。
その刻まれた「帰去来」の文字を眺め過ぎてしまうと… 『廬山(南山)』へ連れて行かれてしまいます。行って游んでしまいます。
帰るところは、何処なのか? 私は、麓の田園地帯ではなく山中へ。
小学生の低学年だった頃のこと 「大きくなったら、何になりたいですか?」と聞かれて 「雨や霧」と答えて、叱られたことがありました。同級の皆が積極的に希望をもって、なりたい職業を答えているのを見ながら…同調できず、また心にもないことは言えなかったので…
「水辺の御地蔵様」
と仕方なく答えた記憶があります。今、そのことを思い出して、仕方なく答えた理由が「なりたい」ではなく、「戻りたい」であったからだと気付きました。子供の頃からずっと、「今いるところは、違うので、早く帰りたい」と感じながら、毎日を過ごしていました。
帰るところは、何処なのか?
『廬山』の他にも『巫山』『嵩山』『泰山』へ。
それら山々の「雲や霧、雨となって降りそそぎ、漂っていた『気』」であったので、そこへ戻りたいと思うのです。
そんな思いを抱きながら、長じて美大の図書室で「文選」を繰っている時に 『巫山の夢』が目に留まり「あしたには雲となり、ゆふべには雨となって戻ってまいりましょう」と書かれてあるのを読んだ時、此の世にも私が帰る場所があるのだと安堵したのを覚えています。
「雲や霧、雨(風)」が 「幽玄」となって「お能」の世界にたち現れると知れて、能楽堂の見所に座れば連れて行ってもらえると知れて、ずいぶんと楽になりました。
お能を見つづけるうち、最初に「帰るところ」は京都だろう、と思い至りました。「帰りたいところ」はたくさんにあるけれど… 先ず、京都に帰らなければ、何も始まらない。始められない、と思って、京都にまいりました。
先生、お忙しくおられる時に、このような思いつくばかりのことを綴り、恐れ入ります。また日をあらためて書かせていただきます。 百 拝
☆ 陶潜
言はんと欲するもわれに和するもの無く、
杯を揮つて孤影に勧む。
日月は人を擲てて去り、
志有るも騁するを獲ず。
此れを念ひて悲悽を懐き、
暁を終ふるまで静まる能はず。
2017 6/8 187
* 高校以来の久しい友、遺伝学者であった天野悦夫君の訃を、夫人が深切に伝えてこられた。
言葉を喪い、しんしんと寂しい。
昭和二十九年(一九五四)の文化の日、もう大学生だった二人で、北山金閣寺、仁和寺、大覚寺から嵯峨野の野宮をすぎて天龍寺までも歩いた。天野の撮って くれた学生服の写真が、名刺大で二枚、手札で三枚、いまもアルバムに残っていて残念にも彼の写ったのが無い。おおらかに優しい青年であった。ずうっと湖の 本を送り続けていた。寂しさを超えて悲しくなってきた。
☆ 湖の本134 ありがとうございました。
「亂聲」 歌はその折りそのおりの感情がよく出ていて、一気に読みました。秦さんも僕も京都出。三つか四つ違いです。京都のふんいきはよく理解できます。
歌は 俳句は 短かいが伝わるものがあります。僕も三年ほど前 胆のうを摘出、まだ人生たんのうしてないのに胆のうが失くなるとは残念 はおもしろかった。
胆嚢も切除。ナニ堪能もせぬうちにあはれ別れの痛みのこれる 恒平
お会いできぬが湖の本で秦さんにいつも会っている。 墨画家 正治
* ハガキ一面に 威勢い良い墨で、「85歳 老いては妻に従うよ」と揮毫、闊達。励まされる。
* 京都の星野画廊のなつかしいメールをもらった。星野さんのメールは、ありがたいことに、あたりまえにも、いっぱいの繪の印象や記憶をも喚び起こしてく れるので、いっとき、そんな空気に浸っていられる。けっこう画廊で繪を買って帰っているのを、掛け替え掛け替えするつど、朱の大鳥居のみえる神宮道、粟田 坂、白川道などが目に甦り里心を誘う。誘われすぎて恋しさに息苦しくもなる。
2017 6/10 187
* 国文学研究資料館へ選集既刊の全巻を送った。
☆ 昨日
選集第20巻届きました、有難うございました。
大変な体調の中、また奥様のご様子のわるい中、大変だったろうと思っています。
私も、体調悪くしばらく外出が出来ませんでした、が、今日デパートに行って来ました。
体に良いものをと思って、前回好評のお昆布の佃煮、くず湯とか、お口にやさしい物を、送りました、明日着く様です、楽しんで下さい。
梅雨に向かいます、奥様共々お大事に。 京・北日吉 華
☆ 第二十巻 拝受いたしました。
叔父上さま叔母上さま
と、また呼ばせていただきます。お二人におかれましては、この蒸し暑さの中いかがお過ごしでしょう。お身体を少しは休ませておいででしょうか?
選集第二十巻、昨夜拝受いたしました。ひときわ重いその重さに、読者として考えさせられた45年の時間への思いと、語り続けずにはおられなかった叔父上 の時間の重さが、ずっしりと感じられます。愛読者(?)だからこそ感じる辛さ重さを、さてどのようにお伝えできるものなのか、御礼とお見舞いを兼ねて少し だけ近況をご報告。
「ヒトの声」にとらわれて、思いつくまま研究を始めて半世紀が過ぎましたが、一歩進めば三歩先の闇が、三歩進めば十歩先の闇が、おいでおいでと呼ぶばか り。音楽家でも研究者でも無論なく、最近は樹海の案内人と自らに言い聞かせております。いうなれば聴いたこともないローレライの歌声のその在り方を、訪ね まわるような有様。最近は「お能」の声のあの「唸り」は「なびき」というれっきとした和語で表されることに思わず膝を打つ。そんな毎日。
家内は、一昨年学士入学で編入した史学科の卒論のメドが立ち、今秋晴れて史学学士様の予定。元々音楽にしようか日本史を専攻しようかと迷ったこともあ り、亭主も子供らも猫たちも言うことは聞かない、聞く耳あるのは庭の花々だけ、大学生をやってみたいという言葉に私は一も二もなく賛成して、ネコと薔薇と 日本史三昧の二年間、何よりうれしいのは家の中が静かなこと。学費などはどうにでもなるできれば修士でも博士課程でもと、奨めております。卒論の題目は鎌 倉四代目の御台所「竹の御所」とか。京の奥深さには及ばなくとも、この街での生活も早45年、意地っ張りは叔父上ゆずり、いずれは仏教も研究したいと。
ネコ共は、純白の餅子とチャトラの餡太郎、14年前の台風ばかり続いた九月に迷い込んできた姉弟で、キナコという名の猫がいまわの際に呼びよせたはずの子等、キナコの記念にアンコロ餅から名付けましたが、見事にツンデレと甘ったれのまま老境を楽しんでおります。
いや長々と愚にもつかぬことをお話ししましたが、叔父上叔母上が一服なさるときにでも、お笑いくださればさいわい。言の葉を編み続け、またそこに寄り添って諸事ぬかりなくお暮しのお二人に、ふふふと和んでいただけるなら嬉しいこと。
どうぞくれぐれもご自愛くださいますように。 鎌倉 静・美
* 久しい知己たちの声に励まされる。
卒論に「竹の御所」 これは読みたいもの。
2017 6/11 187
* 京都の「華」さん、鶴屋吉信の名だたる名菓や浪速の美味秀逸の昆布など深切に選んで送って戴いた。感謝。錯覚で、若い若い人と思っていても たった二つの高校の後輩、八十に手が届いているはず。わざわざデパートへ出向いていろい選んでもらったと思うと、身内が熱くなる。感謝。
☆ 感謝
選集お送りいただきありがとうございました。
あ、重い…いつにも増して… これを荷造りなさるのは大変だったでしょう。
とうとう第二十巻。本当にありがとうございます。
迪子さん、少しは落ち着かれましたか? 梅雨入りの頃に毎年不調とか。そういえば枇杷の店頭に並ぶ頃、決まって祖母も調子を崩していたのを思い出しました。
どうぞどうぞお大事になさってください。
先週我が家の松からは 雉鳩二羽 無事に巣立ちました。 下関 碧
2017 6/12 187
☆ 秦恒平様 選集 拝受致しました。
お世話になっております。
すっかりご無沙汰してしまい申し訳ありません。
いつも御本お送りいただきありがとうございます。
そちらのごあいさつもご無沙汰してしまい、重ねて大変失礼をいたしております。
本日『秦恒平選集』第20巻を頂戴いたしました。
今後も末永く続いていくことと存じますが、20巻という節目のご刊行、まことにおめでとうございます。
最近谷崎を読み直す機会が多く、ぜひ参考にいたしたいと思います。個人的には、『春琴抄』や『蘆刈』、『盲目物語』のような 短いながらもまさに珠玉と言うべき作品に惹かれます。
結局ずっとお目にかかれぬままになってしまい とても残念に思っております。近々、ぜひお目もじの機会があればと思います。
それでは取り急ぎですが、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。 平凡社 岸
☆ 数日前、
夜中に ほととぎすの啼くのを聞き、息を呑みました。来年もこの声を聞くことができるかと、想ったからでございます。
本日はご高著をご恵贈たまわりまことにありがとうございました。百六十四頁 ほんとうに好きなものは、たにんに言えないものでございます。 私も「蝶の 皿」が なかなか人に話せなくて困っております これほど素晴らしいものほ教えるのが もったいない… 私だけの胸に秘めておきたい、大事な大事な世界と 思っております。 松子夫人の水茎の跡も麗しいおたよりに感動いたしました。
梅雨ら入りましたが、どうぞご無理をなさいませんよう、 くれぐれも御身体お大切に、
益々のご活躍をお祈り申し上げます かしこ 京・鳴瀧 浪
* 大学へ入って専攻をきめるのに、日本史かと思っていたのをふらふらっと美学・藝術学にかえた。面接された園頼三先生のお誘いに乗ったのだ。そのとき、 どんな文学作品が好きかと聞かれ、直哉の「暗夜行路」トルストイの「復活」と答え、何故かと聞かれて「男」が主人公なのでと返事した。我ながら驚いた返事 だが先生方も思わず沈黙された。本当なら、当然も当然に谷崎潤一郎の「吉野葛」や「細雪」と答えて当然であったのに、黙っていたのだ。
あのときのこと、今もよく憶えている。忘れたことがない。谷崎について思うさま書きたくて、その為には先ず小説家になろうと本気で思っていた。その通りになった、なれた。今回の、そして次回にも続く「選集」に二巻の谷崎論は、この方面で私の代表作と観て貰えるだろう。
「浪」さんのお手紙を嬉しく戴いた。いつものように過分のご支援まで併せ頂戴した。感謝に堪えません。
☆ 秦先生
「選集第二十巻」嬉しく拝受いたしました。
ありがとうございました。
奥様のお心配りのしのばれる丁寧な包装に、病み上がりのお身体のことも案じつつ、ゆっくりとほどいてゆきました。
子規の句のような、奇麗な風の一日でした。花菖蒲が、今年はたくさん咲きました。
とり急ぎ拝受のお礼まで。どうぞ、お大切に。 各務原 都
2017 6/12 187
☆ 選集第二十巻、
有難うございます。
「刊行に添えて」、谷崎愛が流露した美しい文章ですね。『相聞の俳句など』の件はまるで小説のよう。瀧井先生の八十歳は驚きませんが、七十代にしてこの ような句に詠まれる「美嫗」に溜息が漏れます。日記などの新資料を多数収録した谷崎全集もちょうど刊行されたところ、このような形でご論を纏めて再読でき ますのは嬉しいです。
追伸、郵送料の値上がりは大きな痛手ですね。A4サイズで厚さ3センチ、重さ4キロまででしたら、レターパックライトという特定封筒を使えば360円で 郵送でき、配送状況の追跡サービスも受けられます。集配サービスはないかもしれませんが、色々比較検討してみてはいかがでしょう。
日の変わらぬうちにと思っていたのに、やはり日を跨いでしまいました。メールをご覧になるのは、明朝ですね。お休みなさい。そしてお早うございます。 九
☆ 秦恒平様
『秦恒平選集第20巻』を昨日昼に拝承。忝う存じました。早速読み始め、日付が変わってからも熱心に活字 を追いました。読み飛ばせません。「眼光紙背に徹する」推理に敬服しつつ、また漱石に対抗する文学的世界の構築者を叙述する試みとしても、谷崎における人 間の性(さが)への探索・「離見の見」的な耽溺と想像力・想像力・構築力の湧出の秘密に触れる思いを味わいつつ、さらにはキリスト教的な人間観との差異と 人間的な現実との重なりを意識しつつ、と、読みつつ複雑に心を動かしました。
著者の力業と文章力には敬服のほかありません。私とは違った日本人の伝統と心術に根ざした美意識があるのだと、つくづく感じました。感想は当たり前ながら、深い衝撃が残ります。
一つ、お赦しをいただきたいことがあります。
私の死後ーーこの年になると不意に意思伝達不能に陥る危険もありますーー他の書籍ともども『秦恒平選集』が古書店に売り払われないように、前々から考え ていたことですが、集を東北学院大学図書館に寄贈する件の実行に入りました。東北学院大学には、「東北弁のシェイクスピア」の劇団をその都度結成して実行 してきた下館和巳教授(私の大学の後輩で親しい友人)がおります。下館君を介して、図書館長の意向を確かめたところ、実にありがたい、とのお返事を先週末 に受けました。そこで早速昨日、既刊分19冊を宅急便で送りました。今回の20巻以降も読了し、しばし美しい著作を手元に置いて愛でてから、逐次送り届け るつもりです。寄贈先を東北と決めたのは、文化までもが東京一極集中となることへのささやかな抵抗です。東北学院大学泉キャンパスの教養学部図書館の、開 架式の書棚に並べられます。
ありがとうございました。 ICU 浩
* このお申し越しは、まことに有り難く、私の願いのままを為し下さろうとしている。
この『秦 恒平選集』を謹呈している方々の多くは、殆どというに近く私なみの高齢の知己であり、願わくは、いつかは、然るべき施設なり個人なりにお預け頂ければどん なに有り難いかと思い続けてきた。亡くなられた国文学者の島津忠夫さんは、所縁のおありの或る記念図書館へ寄贈の手続きをしておいて下さり、わたしは安ん じてご遺族のもとへ本をお届けし続けられる。「浩」先生のおはからい、とても有り難い。
この私家版が、数は知れないがネット上に売り物として出ていることを親切な読者が心配して知らせてくれている。文壇人・出版人ないし読者の中にも贈った 本をそのように始末される人の有ろうことは、察している。屑として廃棄されるよりは有り難いことと、一人にでも多く目に触れて頂ければわたしは本望と思っ ている、が、もしご縁あって、然るべき個人や図書館や施設へ移転して行くなら有り難いことと念願している。それは、私の方からむしろお願いしたいことで あって、島津先生生前のご配慮や「浩」名誉教授のおはからいに、わたしは感激している。
他の多くの多くの方々にも、本の御処分はお任せしていますとお願いも籠めてお伝え申したい。願わくは故紙・塵屑として廃棄はご勘弁願いたい。
☆ 秦恒平先生
秦恒平選集第20巻をご恵贈賜りありがとうございました。
先生のご高配を大変うれしくこゝろより感謝いたしております。
今まで谷崎潤一郎に親しむ機会がほとんどありませんでした。特に理由は無いのですが、なんとなく優先順位が後回しになっていたようです。
この選集を頂戴した好機に読んでみようと考え、岩波文庫『吉野葛・蘆刈』を求め、また上智大図書館で新刊の谷崎潤一郎全集第21巻『少将滋幹の母』を借りて参りました。今日からページを開きます。
添付の写真は、10年前にインドの祇園精舎から来たサラソウジュの樹で、今年も青々と大きな葉を広げてくれました。
わが家には3種類のシャラの木があります。ヒメシャラ、ナツツバキ(シャラノキとも)、そしてサラソウジュ。ヒメシャラ、ナツツバキはいずれもつばき科 ナツツバキ属であちこちの庭園でよく見かけます。サラソウジュ(Syorea robusta Gaertn) はインド北部原産フタバガキ科の常緑高木で、日本国内で見ることはほとんどありません。
わが家の木は、友人がインドの祇園精舎から頂いてきた木を、挿し木してくれたものです。10年前にわが家に到来しました。鉢植えですが、背丈より高くな りました。寒さに弱いので、冬場にはリビングルームを占拠されます。淡黄色の花が咲くとのことですが、何時になりますでしょうか?
不順な気候が続きます。お体おいとい下さいますようお祈り申し上げます。 仁
***:
p.s.私事ですが、先週の病院の検査は異状なしでした。再発確率50%と言われておりましたのでこゝろの準備はしていたのですが、一息つきました。次回検査9月までは具体的に活動予定を入れることができます。
* 体調の宜しきをことに嬉しく思います。
☆ みづうみ、お元気ですか。
選集第二十巻ありがとうございました。ちょうどマンションのエントランスホールで郵便配達のお兄さんとすれ違い「○○さんですね」と渡されました。集合ポストに入らないので配達に来てくれるところだったようです。この郵便がわが家宛と認識してもらえるのも二十巻にも及ぶ定期的な配本の賜物でございます。本棚に並んでいる選集を眺めて「壮観」という言葉がぴったりと思いました。
み づうみの谷崎論に出会わなければ、谷崎文学の大半の魅力を知らなかったと思います。秦恒平によって谷崎潤一郎は第二の作家生命を生きているとすら思うので す。またそれ故に、これはそのまま秦恒平による秦恒平論であるとも読めましょう。本を読む悦びをこれほど味わわせてくれる作品はめったにあるものではござ いません。しあわせです。
秦恒平の愛読者の大きな特徴は、自分の死後の本のゆくえを心配し考えているということです。わたくしも当然遺言しています。この事実以上に文学者秦恒平の真価を証明するものはないでしょう。作家と読者のこの共生のかたちに祝福のありますように。
父の日といふ日の酒や見まもられ 絵馬 壽
2017 6/13 187
* 松本幸四郎さんから、いつもの美味い蕎麦を戴き、昼、暫くぶりの日本酒で快う味わった。
☆ 第二十巻が届きました。
書籍自体も、内容もずっしりと重いようです。
「神と玩具との間」は、資料を得ての小説(と私は読みました)で、それを活かしたおもしろいスタイルと感銘しました。石川近代文学館に寄せられた、岡栄一 郎と娘富久子との往復書簡(数字は覚えていませんが、相当の数があります)を、そのまま死蔵するのが惜しく、秦さんの手法に倣ってまとめようと何度か試み たのですが、果せませんでした、今は、そのまま眠っています。
書けなかったのは、私の努力が及ばなかったのが第一ですが、一方で、谷崎に比しての岡では、書きのこす意味があるのか、などと躊躇するところもあったの です。しかし評伝にとらわれず、小説としてとりあげるのならナニの問題、気遣いもなかったはずと、今になって思うことーー「二十巻」を手にしてーーしきり です。
「生活と意見」(=ホームページの此の日録)毎日見ています。秦さんの評する国政よりも、お二人のご様子がになります。それにつけても、外から寄せられる秦 さんへのお見舞いのことば、その深さに感じ入っています。秦さんは大勢の人たちから、ずいぶん愛されているんだなあとーー。そういえば、「この巻」の大き なテーマは「愛」だといえそうです。書く人も書かれる人も、それを読む人も、愛でつながっていることを認識しています。お体、いつもながらのくりかえしで すが、お大事になさってください。
受取りかたがた、麦茶をお送りします。これは近年愛飲しているものです。煮出さなくてはならないのがちょっとめんどうかもしれませんが。お口に合うことを願っています。
ーー私の怠け学生時代の文章が出てきました。おそれながらとコピーを同封しました。
六月十三日大安の日 井口哲郎 (元・石川近代文学館 館長)
* 金沢大学 法・経・文 同窓会創立50周年記念誌に書かれた井口さんの「金沢大学らくだの会創設譚」という一文を読ませて頂いた。いかにも井口さんの「青春」一断面が穏和な筆致で的確に描き出されていて、羨ましく読んだ。
わたしの大学時代など、教室では懸命にノートをとり、済めば構内から足早に京の街や郊外の寺社へひとりで歩きまわっていた。のちには、妻になる人と二人 で、ただただ歩きまわっていた。歩いているかぎり費用は要らない。貧しい学生だったが、たっぷり「京都」に学んでいた。
☆ 『秦 恒平選集 第二十巻』を拝受いたしました。
満を持しての谷崎論のご上梓、大切に拝読いたします。とりわけ『神と玩具との間』は、読みたい、読まなくてはと思いながら手つかずでした。
賀来壽一さんは 当方の入社当時の指導者で大恩ある方、城塚さんも懐かしく、この方々が関わっていらしたとは存じませんでした。秦さんの懐は、まだまだ深そうですね。どうぞお身体お大切に、「湖の本」「秦 恒平選集」をお続け下さいませ。
まずはお礼申し上げます。 敬 元・講談社出版部長
☆ 秦 恒平選集第二十巻のご恵投
まことにありがとうございました。
御著のご文章、旱天の慈雨のように心に沁みてまいります。谷崎に寄せる深い愛情もさることながら、秦様のご文章そのものに感嘆しております。これだけの 量の文章を、まったく遅緩することなく書き続けられる秦様の精神の持続力、なぜもっと世間で高く評価されないのか、私にとっては不思議でなりません。
しかし そうしたことには関係なく悠々と「わが道」を行かれる秦様の姿勢に深い敬意の念を抱くとともに、大いに学ばなければと、自戒もしております。
私は少年時代に父の買ってきた中央公論に連載されていた「鍵」や「瘋癲老人日記」を隠れ読むことによって始めて谷崎文学に触れたせいか、谷崎のマゾヒズ ムにばかり関心を抱いておりましたが、「文章読本」を読んで以来、文章家としての谷崎に徐々に関心を持つようになってまいりました。川端康成の「裁判の終 わったところから文学は始まる」という言葉が好きな私にとって、谷崎の文学は人間の「正常と異常」という観念を根本から疑うところから始まる、という気が いたしております。
最後になりましたが 秦様のご健康とますますのご健筆、こころからお祈り申し上げます。 草々
鋼 翻訳家・編集者
* 文藝家協会理事の森詠さん、評論家鎌田慧さん、元文科省の河幹夫さん、三田文学編集部、早大図書館、同志社大図書館、明治学院大図書館、都立中央図書館、国文学研究資料館、山梨県立文学館からも受領の礼状、返書あり。
2017 6/14 187
☆ 略啓
御健勝大慶に存じます。
御集「二十巻」有難く頂戴しました。
再読するにつけ 文豪の怪物性に何ともいひやうのない凄味を感じます。すべて秦さんの筆の力ですが 恐しい人かなと感嘆するばかりです。 不一 英 前・文藝春秋専務
☆ 拝啓
夏は来ぬの時節となりました。過日は御懇切なる御文を賜わり、ありがとうございました。
昨日、国文研(=国文学研究資料館)より『選集』二十册の御寄贈を受けたとのほうこくがありました、あのような市販されていない豪華本を館に賜わり御礼の言葉もございません。係には 外函も大切に保管するよう申し付けてあります。
御礼まで一言申し上げます。 今西祐一郎 前・国文学研究資料館館長・九大名誉教授
* お茶の水女子大学図書館、立命館大学図書館からも、受領来信あり。
* 四国の大成繁さん、美味そうに味付けの用意も添えた讃岐うどんを戴いた。
高麗屋のお蕎麦には緑いろも清々しい立派な本山葵が、調味された出汁やきざみ海苔や七味唐辛子もいっしょに、添うていた。今夜建日子が顔をみせるそうだが、どっちに手を出すかな。両方、と云うかな。
2017 6/15 187
* 歴史学者色川大吉さん、村上開新堂山本社長さん、神戸松蔭女子学院大、天理大から、「選集」へ丁寧なご挨拶あり、加えて笹塚の佐藤宏子さん、品川の本間久雄さん、小田原の安藤啓一さん、静岡の鳥井きよみさんから、まことに有り難いご支援を戴いた。
2017 6/16 187
* 紀ノ川の三宅貞雄さん、お手紙に添えて有り難いご支援を戴いた。執拗な眼病に堪えておられる。どうぞお大事になさってください。
* 島津忠夫先生のお嬢さんからも、お手紙に添えて、先生の「細雪」遺稿と目に良いというブルーベリー涼菓をたくさん頂戴した。「細雪」の稿はこのまま、井口哲郎さんの青春追憶とともに、「e-文庫・湖(umi)」に頂戴する。
菓子の包み紙が川越市街を特徴的に描いたしっかりした画作になっていて、楽しめる。
* 湖の本を読んで下さっている新座の詩人田中真由子さん、埼玉の銘菓「にいくら」を下さる。
* 村上開新堂さん、お店を代表するクッキー一缶を下さる。
* 金沢の作家金田小夜子さん、熱愛されている夢二ゆかりの手を尽くして美しい装飾版画と「夢二」署名もなつかしくやはり黒猫の見えている卓布に添えて、 選集へ激励のお手紙と過分のご支援を下さる。樹上の黒猫を描いた版画は背後の赤も、繪枠の外の和紙地の色とも宜しく調っている。尾を高く上げた「真っ黒の 猫」が嬉しい。
2017 6/17 187
* 作家の小滝英史さんから清酒「八海山・久保田」戴いた。感謝。
☆ 桜桃忌前日
如何おすごしでしょうか。散髪して20歳ほども若返ったとHPにあり!! 夏に向かってさっぱりされた軽快さが伝わってきました。
わたしはシンガポールから戻り、再び日本での日常に戻りつつあります。
留守宅に選集が届いていました。本当にありがとうございます。谷崎論、簡単には読み進めないでしょうが、ゆったり構えてまいります。
湖の本で、夜通し眠れなかった時の一連の歌にある御作
「この道を暗夜行路と見定めて夢より夢をあゆみ来しかな」・・(志賀直哉の『暗夜行路』は本当に厳しいものだったろうと察しながら。)この歌に胸衝かれました。和泉式部の「暗きより暗き道にぞ入りぬべきはるかに照らせ山の端の月」も忽ちに連想されました。
どんなに悩み足掻いてもすべてすべて我が身に引き受けていくしかない以上、見定め思い定め決然と歩くしかないと痛感します。
そして、その終わりに「こんなことしてゐたら、寝られやせぬわい。」とあるのには思わず笑ってしまいます。何回読み直してもそのたびごとに笑ってしまうのです。鴉の峻厳と軽妙洒脱? 平衡をとっていく確かさ、鴉の『智』 生きる智恵を感じます。
以前は日本を離れるとその間の国内のニュースもなかなか耳にしなかったのですが、今はスマホやコンピューターで知ることが出来ます。それでも日本に帰っ て国会の状況やら、テレビで見ていると、呆れてしまいます。国会が休みに入るという計算ずくでテロ等準備法は特殊な手法で通過してしまいました。加計問題 等も逃げ回っている政府内閣の狡猾さに怒りを覚えました。
あまり梅雨らしくない空模様で、この地方では例年の3割がたの降雨とか。
今週は教室のささやかな展覧会で外出の機会があり、少しだけ忙しくなります。今年になって繁華
街にも殆ど出かけていないので歩いてみたいなど思っています。
7月は暑さにめげず祇園祭にでかける予定です。
どうぞお体くれぐれも大切に。 尾張の鳶
* 祇園祭か。縄手の「蛇の目」で鱧を食べたなあ。もうあの店は無い。「千花」でしみじみ飲みたいなあ。あそこで一緒に飲んだ田中勉、もうこの世にいない。鰻の美味い「梅の井」の三好閏三もいない。
友よきみもまた君も逝つたのか
われは月明になにを空嘯(うそぶ)かん
天野悦夫も逝ってしまった。重森ゲーテもいない。
2017 6/18 187
* 山形あらき蕎麦の芦野又三さん、例年の、「桜桃」で、今日を祝って下さる。桜桃、すこぶる甘し。
2017 6/19 187
* 義妹からいつものように「選集」への過分の支援を貰った。ありがとう。
* 出田興生さんから、また、安井恭一さん、及川恵美子さんからも有り難いご支援を戴いた。
谷崎研究者永栄啓伸さん、今治の木村年孝さん、元岩波の高本邦彦さんからもお手紙を戴いた。
* 亡き大岡信さんから「詩の試論」集を、京の田村由美子さんから自身編著の出版物を受け取った。
2017 6/19 187
☆ 拝啓
この度は、たいへん美しい装丁ご本をお贈り下さり、ありがとうございます。早速、拝読し内容のすばらしさに、時間を忘れるほどでございます。
心より感謝申し上げます。 松濤 ギャラリーTOM(タッチ・ミュージアム)館長 2017 6/20 187
☆ 先日は
御選集 第二十巻をお送りいただき 有難うございます
”隠し子”説には 思わず笑ってしまいました 水上さんらしいですね
古川丁未子さんの 再婚相手の方は 僕らの入社時は 副社長か ともかく重役で むろん喋ったことはございません
のちに その著書を 読むと 丁未子さんのことを ”むかし不幸なことがあって”と さらり一言しか書いてありませんでした 彼女の学んだ 英語の先生が 鈴木大拙夫人 というので いろんな人がつながっているんだなと感じました。 元・文藝春秋 潔
* ご支援を、ありがたく、頂戴した。
☆ 拝啓
入梅になりましたが先生にはお変りなくお過しでしょうか 過日は『秦 恒平選集』第二十巻をご恵送賜りまして誠にありがとうございました
御礼申し上げます
今巻は谷崎潤一郎に関するご高論の集で、懐しく拝読致しました と申しますのは、お手紙ともども「春琴自害 『佐助犯人説』証明されたか」をいただき ましたのは、昭和六十三年十月一日でした。お手紙には「(新潮一と月遅れらしくて、原稿をお送りします。」とのご記述がありますように、パソコンからで しょうか、プリントアウトされた御原稿には、書きこみがあり、末尾には(昭和六十三年七月三十日)の日付も入っています。この御高論はくり返し拝読させて いただき、授業の折などにも活用させていただきました
そんなことを思い出しながら、第二十巻を拝読しております。また六興出版の『神と玩具との間 昭和初年の谷崎潤一郎』(昭和五十五年三月の再版)や筑摩 書房『谷崎潤一郎 <源氏物語>体験』なども、折にふれてくり返し拝読させていただきました書恩は云うまでもなく、先生にはいろいろとお導きいただいてい ることを実感しております ありがたいことと思っております
これからしばらくはすっきりとしない日も続くかと思われますが、どうかくれぐれもご自愛の程を、心より祈念申し上げております
御礼まで 敬具 前・芸術至上主義文藝学会会長 憲
* 詩人あきとしじゅんさん、山形のあらき蕎麦芦野又三さん、早稲田大学教授千葉俊二さんも、選集へお手紙を下さる。
* 「湖の本」を送っている作家の牧南恭子さん、美味い「りんごジュース」二ダース下さる。
2017 6/21 187
* 朝早やのニュースを次々見聞きしていると、頭が、混雑のうめきを上げる。将棋や卓球につよい少年少女のはなしは聴いても観てもいい刺戟だが、ウソが平気の 安倍総理や官房官僚たち、また、車の中で運転秘書にワメキ散らして暴言のみか暴力もふるっている自民党若手女性代議士のすさまじい声を聞かされては、叶わ ない。安倍夫妻・森友籠池事件といい安倍・加計事件といい、日本の空気を濁しに濁して恥じないウソで固めた政治姿勢に、ほとほと惘れる。イヤになる。うい うときにこそ昨日の春日大社祭儀の一年を伝えた清浄無垢の静かさが懐かしい。
☆ 春日のまつりにまかれりけるときに
今しがた帰宅し、先生のHPをひらきました。
春日のことを書いておられたのが懐かしく、以前に春日に参りました折、撮りおいた写真を添付させていただきます。小さな携帯電話のカメラで写したもので すから、何ほどのものでもなく、先生がTVで御覧になられたものに比しましたら、かえって興ざめやもしれませんが… すこしでも何かがお伝えできましたなら、嬉しく存じます。
御本殿の前に立つ「御神木」と、風になびく「一の鳥居の大幣」です。
浄き気配ただよふところ。
写真は携帯電話のメールで送信いたします。 京・鷹峯 百
追伸
春日の山にふれると、生き返るような気もちになります。
此の世においた身が如何ような状態であろうとも、山の気となりて游べば、いのち蘇る心地がいたします。
* さもあらんと うらやましく思う。
2017 6/22 187
☆ 秀逸な谷崎論
おどろきました。
谷崎の義母あるいは生母との相姦の説 賛成です。
貴兄の谷崎にかける情熱 どこから来るのか興味あります。 梅原猛
* 梅原さんにしか書けない自筆の悪筆、「夢の浮橋」や「蘆刈」を読まれたのであろう、その「興味」とあるのへ「まるで直に応えた」ような、ある「樫」署 名の人の「秦 恒平」を語る、大昔きっちり四十年まえの新聞記事が、さっき云ういろんな関連資料の袋からすぐ現れ出た。ビックリした。
せっかくであり、その一文を、ここに転載しておく。
☆ 作家の群像 秦 恒平
象徴夢の空虚さ埋める営為 (見出し)
京都新聞 昭和五十二年(一九七七)十二月三十日
ここのところ谷崎への傾倒が目立つようで、松子夫人をたすけて『谷崎潤一郎家集』を編んだり谷崎に関する評論を一本にまとめたりしている。
ここのところ、といっても秦恒平の谷崎心酔の根はふかい。それは小説を書く以前からのもので、極論すれば谷崎がいたから小説を書き出した、といってもい いほどだが、見逃せないのは、彼の捉(とら)える谷崎の背後には源氏物語があることだ。そして彼の谷崎論は、そこに源氏を重ねて徹頭徹尾母恋いの谷崎論で あるところに特色がある。源氏における桐壺、藤壷、紫の上の、紫のゆかり三代の面影を谷崎の人と作品をたずねて、その分析はまことにあざやかだと言わねば ならない。「夢の浮橋」や「蘆刈」をこの独自のキイから解く手際など、ちょっとした推理小説もどきのおもしろさなのである。
秦恒平をして、こういう源氏重ねの母恋いという、独自の谷崎読みにしたものは何か。この年代の作家にめずらしく古典につよいことも理由の一つにちがいないが、根本の理由は、もちろん、もっとこの作家本来のモチーフにかかわるもののなかにあるだろう。
彼が「清経入水」で太宰賞をとったのは昭和四十四年だが、この作品は、疎開した先の、丹波の山奥における鬼女めいた美少女との出会いというストーリーを 持ち、それに清経塚の伝説がからんで怪奇小説の趣向になっている。私小説の傾向のつよいわが国の文学的風土に沿うかのように、一見、私小説とみまがう入り 口を用意しながら、やがて夢幻の世界に招じ入れるという秦恒平の特色はすでにこの処女作によく出ている。そしてここで彼は、次のような、主人公が繰り返し 見る夢の光景を描いてみせる。
それは、どこか坂の上に、なつかしい気分をさそう一軒の家があって、主人公はそこへ入って行くのだが、入って行くと、人の気配が散ってしまう。さっきしていた声を求めて部屋をつぎつぎに開けて行っても、人影に出会うことがない。そういう夢である。
のち、「貰い子」という主題を明瞭(りょう)にする作者にとって、この空虚な部屋は彼の存在の根であり、生まれた場所である。それは彼に拒まれており、 還(かえ)ろうとしても還って行くことの出来ない場所である。そこには人がいない。あるいは居ても、それが誰(だれ)であるかわからない。
この象徴夢の空虚さを埋めることが、すなわち秦恒平の文学的営為だと言えば、先の谷崎論のこの作家においてもつ意味は解けたも同然だろう。大きく摑(つか)んで、秦恒平の文学もまた母恋いの文学だと言っていいのである。
しかし源氏における生母桐壺、またその亡き桐壺に生き写しの義母藤壺の場合とちがって、秦恒平の作品では生母は何者であるとも知れず、また知れたところでそれは主人公を拒んだ。源氏=谷崎の幸福な例と、彼がたもとを分かたねばならないのはそのためだ。
ここから彼は肉親の立場を超えた特殊な身内観に導かれる。たとえ、血はつながらなくても、出生以前の闇(やみ)において同族であったことの結果として、 この世にはふしぎな出会いというものがあるのではないか、と。「清経入水」の、疎開地で出会う鬼女めいた美女はそういう身内の一人であり、年齢のことを考 えなければ、やはり母の代理と言えるだろう。
秦恒平の文学は、わが国の文学風土には根づきにくい作風である。仕事の割に文壇に評価されないのはそのためだが、どうかクサらずに、谷崎を念頭に、気長に大成を期していただきたい。(樫)
昭和十年京都市生まれ。同志社大学文学部卒。
著書「清経入水」「秘色」「閨秀」「みごもりの湖」「誘惑」など。
* 第三者としてはたいそう良く観てもらっている。少なくも記事の当時のわたしの思いとしては「その通り」と応えても言い過ぎにならない。「秦恒平の文学は、わが国の文学風土には根づきにくい作風である。仕事の割に文壇に評価されないのはそのためだが、どうかクサらずに、谷崎を念頭に、気長に大成を期していただきたい」とは知己の弁と、感謝を新たにする。思えば何人も何人もの人からおなじ事を言われいぶや激励を受けてきた。そもそも最初に受けた新聞の文藝時評や書評でも、何人かが、わたしを名指しで「異端の正統」と大きな見出しを書かれていた。まさしくわたし自身の思いに触れていた。
さて「その後」の成り行きは、おのずとまた新たな別の知己の批判と評価にまちたい。
* 東大大学院文学部、京都府立京都学・歴彩館から選集第二十巻受領の挨拶があった。
☆ 労作有難うございます。
秦先生、昨日は台風並みの大荒れの天候で、眠れぬ夜をすごさざるを得ませんでした。昨今の気候はちょっと予想を超えることが多く大変です。
ヨーロッパから戻り、少しはゆっくりできると思ったのもつかの間、共謀罪をめぐる大紛争に巻き込まれ、国際ペンとして2度目の抗議声明を発表する羽目に なりました。サンケイ、読売が内政干渉だと大騒ぎを始め、日本ペンも右翼からの抗議電話で追いまくられたとの事でした。だんだんいやな社会になってきまし たが、それにしても我々の無力さに絶望せざるを得ません。なんとも口惜しい気分です。
こんな折、たて続けに先生からの著作が送られてきて元気を頂きました。これだけ規則正しく出版を続ける先生の熱意と言うか、動きつづけるエネルギーと覚悟にはただただ脱帽するばかりです。
とあれ、梅雨もこれからが本番。先生におかれましてはくれぐれもご自愛のほど切に願っております。 国際ペン専務理事 昭
* 御苦労をかけている。どうかお怪我など無くご尽力下さい。
* 安倍総理と内閣との卑怯としか言いようのない不誠実な政治対応の数々、反吐が出そう。
2017 6/22 187
☆ 『秦恒平選集』第20巻を頂戴し、
誠に有難うございました。
谷崎潤一郎研究に逸することの出来ない名著『神と玩具との間』を中心とした谷崎研究の数々
を改めて拝読しています。
第21巻も谷崎論集とのこと、秦様の長年に亘る熱意が窺われます。当時、-部で流れたという谷崎の隠し子との噂も、今となっては興味深いエビソ一ドです。
新『谷崎潤一郎全集』も完結。研究の進展が期待できる一方、谷崎研究会が閉じられたことが残念です。
鏡花研究会は健在。 田中励儀 鏡花研究家 同志社大学教授
* 鏡花研究会は結集の当初から熱心な研究ひとすじで、羨ましいほどだった。
松子夫人のお元気な頃から、「谷崎研究会」の結成を熱く望んで、わたし自身は研究者ではないけれど、いろんな面で応援もしたかった。だが、わたしに声を 掛けてくるだれ一人もなかった。谷崎学のためにわたしはあくまで「外野」に過ぎなかったらしく、研究会がどんなふうに開かれていたのか、どんな見るべき成 果をあげたのかも、全然、目にも耳にもしたことが無かった。もうすでにわたしとしてやれる「谷崎愛の成果」は出し切っていたし、けっきょく、「谷崎研究 会」などというモノが本当に存在していたのかすら今日まで知らずじまいだった。知らぬままに、いつ知れず「閉じられた」と。
「鏡花学」もまた「川端学」も「健在」と聞いている。「谷崎学」には適切で的確な太い柱になれる学者・研究者が寄らなかったのか、ぜひ将来の優れた学究に期待を掛けたい。
* 光明寺の黄色瑞華さん、大阪池田市の陶芸家江口滉さんからも、お便りがあった。
2017 6/23 187
☆ 拝啓
やっと梅雨らしい時期になりました。庭での紫陽花や梔子、合歓木がしっとり落ち着くようです。
さて、このたびは『選集第二十巻』を御恵贈賜りまして、誠に有難うございます。次巻もそうだそうですが、全巻、谷崎潤一郎氏に覆いつくされた中身に圧倒されます。
六興出版の賀来壽一さんは講談社の一年先輩で輝かしい存在でした。遅まきながら、巻末で『神と玩具との間 昭和初年の谷崎潤一郎』出版の関わりを知りました。瀧井孝作先生の姿も、元担当者としては懐かしく「相聞の俳句」もふくよかでいいですね。
軽々に感想は申し上げられません、じっくり、愉しく味わわせていただこうと存じます。
まずは御礼のみ。御自愛を。 敬具 講談社役員 徳
* 選集第二十巻の「あとがき」を読み直した。こみあげる思いあり、目の前の谷崎夫妻の写真に見入りひょこりと頭を下げた。
* 文化出版局の中野完二さん、名酒「やまと櫻」下さる。
* 紀ノ川市の、朱心書肆主人、わたしと同年の三宅貞雄さん、案じていたより元気な、昔のままの声音で御電話を下さる。ながく選者を務めていた京都美術文 化賞の受賞者も三十年、九十人に及んで、三期に分け全受賞者の展覧会を開いていて、第一期展を観てきたと。そんな元気があれば頼もしい。わたしの方はまる でダルマさんのようで。
* 国会図書館、妻の従弟濱敏夫くんから、受領の挨拶あり。
2017 6/24 187
☆ 選集
お届け まことに有り難うございました。お礼を申し上げるのが遅れまして申し訳ございません。
読みの深さに圧倒され 再読三読した作品です。
奥様のお見舞いも兼ねて マスカットと白桃をお送りします。
白桃は7月6日に届く予定です。 吉備の人
* 恐れ入ります。私かたから何のお見舞いもよう致しませんのに。家内共々御礼申し上げます。
2017 6/25 187
* 吉備の人、岡山のすばらしい「マスカット」の大房を留守の家へ届けて下さっていた。二〇〇六年五月十六日にもマスカットを戴き、
掌において身の衰への忘らるるマスカットの碧(あを)の房の豊かさ
と歌っている。
☆ 冠省 東京と様異なり関西は雨の日の少ない梅雨にしてなかなか雨読の境とまいりません。気象まで住みにくい世になりました。
秦 恒平選集第二十巻ご恵与たまわりありがとうございます。矢つぎばやのご刊行に驚嘆、味読追いつかぬこと もったいないことです。
湖の本拝読当時、読者の落度の推理、ご考証、一々に合点がゆき、古典専攻の学生と談じ合ったことなつかしく思い出します。当時、深い谷崎愛にまでは思い 及ばず、これなくして作品の真の理解ありえないこと、よき読者に恵まれること、谷崎作家冥利のことと今にして思いあたります。
奥様 どくだみ活け花のことうかがい、故郷から移し植えてこの時期楽しんでいた母のこと思い出します。
どくだみの白きがひそと厠かな
亡くなったいとこがふるさと大使を務め、お届けは郷里の物、それにしても変わりばえのしいない物のみと苦笑していました。確かに変わりばえせず申し訳ありませんが (稲庭)うどん少々お届けしたく、奥様 返書どうかご放念ください。
お礼申し述べること遅くなり恐縮です。
お揃いでお大事にと念じております。 草々 神戸大学名誉教授 周
* 十薬の白い花をひそやかに妻が手洗いに置いていた、それを吟じられたか。
付けて とのもは雨にかぜの匂ひて
* 滋賀県立図書館からも第二十巻受領の挨拶有り。
☆ 参考文献なしで卒論をお書きになったとは。ふつうの学生は参考文献の切り貼りでフーフーしながら卒論書いていますから、担当教授は驚愕なさったのではありませんか。参考文献なしということだけで落第ものなのに、卒論が認められたというのはそういうことです。
テレビや新聞のニュースを観ると憤死しそうで、心落ち着くのは難しいものです。
みづうみは、いつものようにお仕事でございましょう。どうぞご無理のないように、いつもいつも楽しんでくださいますように。 蘆 満目の青蘆に雨やむ間なし 蒼石
* 参考文献無しの卒論、自分でも今になってビックリしているが。評点の80だったのは覚えていてそのまま院の文学研究科に進学したが、一年で中退し東京へ出 た。しょせん学者にはなれなかったろう。東工大でもわたしはガンとして「作家」教授だった。博士号も大学院教授も奨められたが受ける気はなく六十歳定年退 官を選んだ。続けていれば、「今」はなかった、たとえたいしたことのない「今」であろうとも。
白状すると、谷崎論も、書架をこぼれるほど人様の研究著書など頂戴していながら、殆ど頁も開いていない。自分で書いた批評や鑑賞や読み・書きは、ただ谷崎全集を読み耽るだけで済む論攷であった。事実それで事足りている。
2017 6/26 187
☆ 今日(=昨日、院が見せてくれたもの
三尾のひとつ、高雄山『神護寺』へ今日、配達にまいりました。
烏丸御池を発ってから小一時間、バスに揺られて着くと、清滝川まで下ってゆきます。河鹿蛙の澄んだ声を聞きながら、朱塗りの橋を渡り、鳴き交わす山鳥達 の声に心あらはれながら、四百ある階段を登ってゆきます。昨日の慈雨に草木達は芯からうるおひ、あおあおと深い緑の色を重ねて、一
山はまるで一つの珠となって光り、輝いている様でした。何度おとづれても何時も、引き込まれる気配ただよふ山と感じます。階の一段一段を上がるたび、空海の書いた一文字一文字が目に浮かびます。その灌頂歴名の筆 致に、時の流れきた幾星霜を思います。灌頂とは、元はインドにおいて、国王の即位に際し頭上に四大海の水を注いだ儀式であったそうですが… 佛道においては、法灯を継ぐもの。
時をこえ、形を変えてものごとは為されてゆくのだと、山中に人の設えた階を踏みしめながら思いました。
本坊に、お届けしてからの帰り道。奇麗な風が吹いて、名高い青楓の葉を揺らします。小さな葉は一枚ずつ陽を透かし、光を放っているように見えました。身が山中にあると、頑ななものや強張ったものが躰外から排され、軽やかな心地になります。
一時間に一本しか通らないバスは、まだ先。役得とありがたく… 樹々や草々の息吹にふれながら歩を運んでいる時 「日陰蔓」の群生に目がとまりました。陽あたりのよい斜面一帯が覆いつくされていて、その漲る生命力は『クテシフォンの絨毯』を眺めるようでした。
また 「斎串たて神酒すゑ奉る祝部が髻華玉陰の見ればともしも」と 思い出されもしました。ほとばしる様に伸びてゆく蔓の葉先は、緑の色がいっそう濃く なっていて、触れたなら指が染まってしまいそうなほどでした。天岩屋戸の前で天宇受売命が舞ったとき、肌身につけていたのが「日陰蔓」であったのだと、頷 ける光景を見せていただきました。
『神護寺』の蔵する『文覺上人四十五箇絛起請文』には、後白河院の宸翰が付され、御手印も加えておられます。その朱の鮮やかな色は、目から離れ難く、蔓の緑の色の上に重なって見えます。
もう何十年も前のこと。「日陰の蔓」の群生を初めて見たのは『大悲山・峰定寺』ででした。鞍馬から、なお五里あまり。花脊の奥、桂川の源流のひとつであ る寺谷川を訪ねた折に参詣いたしました。寺宝に、院の御奉納「牛皮華鬘」があると知り、思いたっての参詣でした。其処は、俊寛僧都の妻子隠棲の地。妻女は 男児とともに、寒気にあたって没されたと伝え聞いておりました。冬に亡くなられたと知り、冬に参じなければと思い、一月に伺ったのでしたが… 雪深い里のこと、寺門は閉ざされておりました。
あくる年の初夏に再度訪ね「日陰蔓」の逞しく生きぬく姿を目の当たりにしたのです。たくさんに立ち上がった茎の先に胞子嚢をつけ、ひそかな風に揺って胞 子がたゆたう様は、まるで淡く色のついた霞がたちこめるようで不思議な光景でした。此の世のことも、此の世ならぬことも。人の生きることも、人にあらぬモ ノ達のことどもも。とけあって、分かち難くなっている。そんなふうに感じられました。
毎朝、「三条西殿」にでて「三条東殿」へ渡る日々を送っています。京に暮らし居れば、洛中にとどまらず、院の息のかからぬ所は無く… 関わらぬことも、モノも無い。
そんなふうに感じながら暮らしています。 京・鷹峯 百
追伸
「今日」と書き出しましたが… 昨夜、送りそびれてしまったので… 「今日」ではありません。 今朝の空は、雨もよい。鈍色の雲が、樹々の緑を深くして、鷹峯・鷲峯・天峯の三山は、沈むような気配です。
これから、ご近所の十四代続く農家の方の作っておられる野菜を買いに出かけます。鷹峯に住んで、有難いと感じることは数多くありますが… 樋口さんが今朝採ってきて下さった野菜を、口にできる仕合わせは、なにものにも代えがたい悦びです!
どうぞ、今日も良い一日をお過ごしになって下さいませ。 拝
2017 6/27 187
☆ 「選集第二十巻」を
ご恵贈いただきました、心より感謝申し上げます。一読者として 幸福(しあわせ)の極み! でございます。
「夢の浮橋」では
P33 -L5~L1 P70 L5~L7
「春琴抄」では P138 -L7 P160 -L7
ご教示いただきました。
P144 -L6 「佐助 それはほんたうか」
P156 L8 「佐助 もう何も云やんな」
この二行は ゾクゾクするほど素晴らしいと思いました。 P552Kの「趣味の娯楽」にも
今日は一行、明日は一行と云ふ風に、書いては眺め書いては眺めして行くであらう。
とあり、 私も先生の 全作品を一行、一行と大切に読ませていただいています。 渾身の作品には 全心、全身で応えたいと思うんらです。
末筆ながら、 ご夫妻のお健やかな日々をお祈りして 練馬豊玉北 裕
* 四国の星合美弥子さん、小松市の八代啓子さん、品川区の青田吉正さんからご支援を戴いた。
* 福島県立図書館より選集20受領の来信も。
2017 6/29 187
* 秀歌秀句をさりげなく引いてくるのは、たやすいことでない。いつもメールに添えて季の俳句を呉れる読者がいて、よく吟味されている。
わたしの好みと知っていて古歌を添えて、また主にしたメールももらうことがあるが、かなり意味や意図の直か付けになり、とかく歌の妙や秀がしみじみとれていない。秀歌・秀句の「撰」は容易くはない。優れた物語での相聞・応酬や引歌のうまさにはいつも感嘆する。
* とはいえ近年のわが作歌・作句の行儀悪く構わないことは、度が過ぎているとあちこちで叱られているだろう。
2017 6/30 187
☆ ゆっくりお昼をとっている間に
小雨も止み、日枝神社へ。
女坂には紫陽花や白百合もひっそり咲いていましたが、境内は夏越の祓をする人で賑わっていました。
「水無月の夏越の祓する人は」「思ふこと みなつきねとて」と心の中で唱えつつ茅の輪を八の字にくぐって、帰りには赤坂見附に出て、和菓子「水無月」「白水無月」も虎屋で買って。
カレンダーも七月になりましたね。気力・体力が回復なされることを願っています。 九
* 夏越(なごし)の祓い で 茅の輪を「8」の字に潜る。夏越の「な」は古来「蛇(ナーガ)」の意味を体していて「茅の輪」の「ち」も、むろん「おろ ち」「かがち」の「ち」即ち蛇体が成す輪。「8」の字にというのも、八岐大蛇神話に由来する。へびは、精力猛然、その力を戴くための夏越(なごし)の茅の 輪なのである。おのづと炎夏に負けまい願いがこもっている。
出雲の神話の、大国主は、また、大名貴(オオナムチ)ないし大巳貴(オオナムチ)とも敬われた。大きな貴い蛇神、巳ィさんこそが、即ち大いなる国の主なのであった。出雲大社の祭りは日本海からの「蛇迎え」から肇まる。
☆ お元気で何より
私も怪我も無く暮らせています
同居人(=子や孫)の平日の食事を任されているので、献立 買い物料理と一日がすぐにたちます。頭の体操と、有難くこなしてます。
白川、懐かしいですね、風情の佳い通学路でした。
最近 テレビで京都が舞台のサスペンスものを、景色が見たくて観ていますが、あの白川や行者橋 古川町と懐かしく。なんで京都に残酷な事件が多いんや、なんて笑い乍ら。
因みに美しい沢口靖子さん出演の科捜研の女や、名取裕子の京都地検の女 等々を。 泉
* 「テレビで京都が舞台のサスペンスものを、景色が見たくて観ていますが、あの白川や行者橋 古川町と懐かしく。なんで京都に残酷な事件が多いんや、なんて笑い乍ら」には、まったく同感。
* 日本近代文学館、選集⑳の受領、来信。
☆ 六月尽
昨日のHPでは低血糖の症状について書かれてあり、驚きました。これまでも何回かそのことに触れていますが、数値の意味する緊迫感が伝わってきました。くれぐれも大事に大事になさって下さい。
明日から早や七月、今年の半分も過ぎ去ったと驚き、さて暑い日々が思いやられます。
何ヶ月か続いて浄瑠璃寺の絵、そして七月の祇園祭の写真二葉、鴉にとっての京都を思わずにはいられません。おそらく半ばは「空想の京都行き」として書か れているコースなど、そのいずれも読むとお気持ちは十二分に察せられます。ただし体調を考慮すれば日帰りは本当に大変で無理があります。勿論一日タクシー を頼んで、
せめて一泊されてゆったりと京都の時間を楽しまれません!!
良い季節を選んで、体調も整えて、どうぞ現実の時間となさってください。
梅雨前線の微妙な動きをテレビの画面で確認しながら、さて今日はあまり雨も降らないだろうと・・一日一日が過ぎています。
先週は一週間のうち三日も展覧会場に詰めていたので疲れました。何と言うことなく疲れました。
世の中のさまざまなこと不愉快なこと、哀しいことに心痛みます。
本格的な暑さを迎える前に旅に出たかったのですが。
庭のプラムが沢山実をつけて、わたしたちも鳥たちも、おそらく食べきれないでしょう。
この春に京都を歩いた時、哲学の道の疎水縁から若王子の方に足を向け、坂道を下って
学生時代最も過酷な日々を過ごした時期を想いました。真昼の不思議な静けさでした。一種の「隔世」の感・・50年という歳月は確かに「隔世」かもしれな い・・様々な変化、江戸や明治は遠くなっているのですね。鴉にとっても楽しい話題であろうはずなく・・ただただ幾らかを読み取って下さい。
去年行ったスペインの小さな町の廃屋の絵は10号ほどの小さなものですが仕上げました。そしてHP六月冒頭の写真にあるガクアジサイ、それも空色から群 青色に変わっていくアジサイの絵を、いま、描いている途中なのですよ。家の東北側のアジサイと梔子が見頃なのです。椿も何種類も増やしてしまいまし た・・。が、花の絵はわたしに限って言えば、どうしても単なるキレイに終わってしまいそうで、どちらかと言えば敬遠しそうになります。風景になりますが テーマを絞って何枚か連作したいと思っています。外国のもの、そして京都や奈良のもの・・。
とりとめなく書きましたが、わたしの日々がいくらか散漫になっている反映でしょう。気持ち引き締めて七月を迎えます。
マードレデウス、バッハ、モーツアルト、ドビュッシー、そして現代の幾人かの曲、を楽しんでいます。バイオリンやギターの音に引きずられそうになります。
どうぞどうぞお元気でいてください。 尾張の鳶
* しっとり癒される、便り、感謝。
関西の、京の、空気。飾らない行文の自然さが中味の濃いリアルな映像を喚び起こしてくれる。
それにしても此の、尾張住まいの鳶の、いつも自在に翔んでいることは。羨ましい。低血糖の危ないショックで、真っ白にシュウシュウ鳴った奇妙な筒の中を吹き飛ばされているのでは、お話しにもならない。
2017 6/30 187
* 伊藤壮さん「越乃寒梅」二升、橋田有子さん「牛肉の時雨煮いろいろ」、杉田博明さん「京辻利・漬物いろいろ」、織田衛さん「鯛茶漬け沢山」、平野芳信さん「菓子いろいろ」、水口千恵子さん「三輪素麺・メロンゼリー」お送りくださる。
* 昨日、「自分史」名付け親の色川大吉さん『自分史の裏街道』を送って下さった。 2017 7/1 188
* 同窓、京の横井千恵子さん、京漬物をいろいろ、同じく西村明男くん、両口屋是清の菓子、を下さる。
2017 7/2 188
☆ 拝復
御無沙汰いたしました。御健勝にていらっしゃいますことと御察し申し上げます。
このたびは『秦 恒平選集』第二十巻を御恵与下さり 心から御礼申し上げます。
春琴が佐助を「佐助」に仕立てたという観点から展開なさった御論考に多く学びました。敬具
神戸女子大名誉教授 孝
2017 7/3 188
☆ さ、水垂(みだれ)
一昨日の「吉符入(きっぷいり)」をうけて、京の町に二階囃子のひびく頃となりました。
今朝、船鉾町では「神面改め」の儀がおこなわれたとニュース映像が伝えていました。七月の、ひと月をかけて祭禮は続き、晦日の疫神社夏越祭まで、町は、特に中京の辺りは『ハレ』の氣ただよう場となります。
逝ってしまった六月は、私の生まれ月でしたが… 子供の頃ずっと、誰に聞いても「水無月」の疑問を解いて下さらなかったので… 誕生日が好きではありませんでした。高校に入ってから漸く「七夕の星あひの空」は、梅雨どきの七月ではなく、およそひと月あまり先の八月であり、それは旧 暦にのっとっているのだと知りました。それで漸く、年月が決まった日にちで割り切れるものではないことや「月の名」に紛れ、混乱していたことが少しずつ 解ってきました。ちなみに今日は、旧暦では(閏の月なので)五月十日です。先一昨日(さきおととい)に降った豪雨を「集めて、早く流れる川(最上川)」を (芭蕉が)詠んだ季と、疑問なく重なる月です。
打ちつける激しい雨風にさらされた、先一昨日(さきおととい)の六月三十日は「夏越祓」でしたが… 浄めの露でもあったかのように、昼過ぎからは陽も射す天気となり、たくさんの方々が茅の輪をくぐっておられました。私も夕刻に『北野天満宮』へまいり、御神事を拝見いたしました。
帰宅して夕食をとっている時、能『水無月祓』の謡いが耳から離れません。「越ゆればやがて輪廻を免る」と。
時計を見ると、午後八時からの人形流しに充分間に合う時間です。『水無月祓』のシテが出掛けたのは、下賀茂の神社でしたが… その日「夏越大祓」をなさっておられたのは上賀茂の『賀茂別雷(わけいかづち)神社』であったので、バスに揺られて行きました。
二の鳥居の前では篝火が焚かれており、廻る瑞垣(みづがき)を背に火の番をする人を衛士に見紛うたのは、老眼鏡のせいかもしれません。その先の、それは大きな茅の輪の向こうに見える、双の立砂は厳かで美しいのですが… 細殿を覆うたアクリルの板や、床に敷かれた化学繊維の安手のカーペットを目にすると、穏やかならぬ心地して… なかなか落ち着くことができませんでした。
それでも、御手洗川と御物忌川の交わる所に建つ橋殿で、二川が合流して「ならの小川」と名を変えた流れに、人形を一枚ずつ祓うように落としてゆく所作を 眺めていると、静まることができました。宮司の唱える「大中臣祓詞」がひびく中、流れに揺られ数多の人形は、斎串(いぐし)に留まったり
、また流れたりして行きます。見ていると自身が水の流れである気がしてきて、引き込まれてしまいそうでした。
全ての人形を流し終えた後、麻布を裂き、綿布を裂いて流します。その後に、参列した人々を祓った「麻緒」を結った榊を、二つ折にして、それも流れにのせるのです。「氣吹き放ちてば、失いてむ」と唱えておられるように、聴こえました。
白石の参道を歩んで帰るとき、また心が痛みます。一ノ鳥居との間に建つ外幣殿には、名入りの高張提灯がぐるり常設に吊り下がってしまっているのです。もちろん御事情がおありとは、察せられは致しますものの…
先生が、御存知の景色とは、もう大分違ってしまっているのです。
下の御社である賀茂御祖(みおや)神社は古式に倣って、旧暦に合わせた立秋前日に「夏越神事」をなさっておられます。神事の内容は、時を経て、形を変えて続けておられるようでございます。そして ‼︎ 境内に建設されたマンションはすでに完成し、分譲が始まっているとのことでございます。
花、吹き祓う風。 新しいその花は、どんな花を咲かせるのでしょうか。
花屋さんの店先に並ぶ園芸品種の花々を見る度に… 人が良かれと思って手を加えていった先に、出来上がった花々は、私には痛ましいとしか感じられません。
祗園御霊會も、凄まじい風にさらされながら受け継がれてきた祭禮であるのだと、京に暮らすようになって、より一層感じるようになりました。この炎暑のひと月は、私にとっても何かを感じながら、いつもとは違う気持で過ごす日々となりそうです。
本日も取り留めないことで、失礼を致しました。 京・鷹峯 百 拝
* なによりの京土産、こういうたよりの貰える幸せをしみじみ思う。感謝。
* 徒歩で十分な近くに、送られてきた同人誌で小説を書いている男性のいるのを見つけた。
* 図書館長斎藤誠一さん、大学教授谷地快一さんから、鄭重に選集⑳受領の礼信が来ている。
2017 7/4 188
* 粟田校ので、弥栄、日吉ヶ丘の同窓、もう今では数少なくなった昔の友のひとり西村明男君からメールが繋がった。近来の朗報。最晩年を、心おきなく話しあえると嬉しい。
* 豪雨鳴る。
* テルさんの有り難い、嬉しい一文を貰い受けた。ここへ出すことはまだ断れていないが、内容から観て、独りでも多くの人に読んで欲しい伝えたいので、転載します。
☆ 辺野古座り込み報告―補足 2017・4・15 西村明男
(1) なぜ 座り込み?
戦後70年日本は戦争に巻き込まれず、我々の世代は戦争で命を落とすことなく懸命に仕事に励み、家族を養い、何とか年金で暮らすことが出来ています。この 後もこの平安・平和が続くでしょうか。当今の世界の情勢・日本政府の対応を見ていると何かきな臭い危うさを感じます。世の中はトランプ、安倍晋三、習近 平、金正恩たち政治家の思惑や駆け引きで動いているのでしょうか。私たち「小さな市民」はただ黙々とこれに従うほかないのでしょうか。
昨年末に沼津で「しかしそれだけではない・・加藤周一幽霊と語る」という映画を見ました。加藤さんは太平洋世界戦争時、戦争で亡くなった人たち、戦争に反 対した人たち恩師・学友と語り合います。その人たちの思いを今の世に生かしたいとの痛切な気持ちが伝わってきました。加藤さんは現役世代とも語り合いま す。志はあっても役人・サラリーマンはなかなか行動に移すことは難しい、頼りになるのは若者と老年世代だと。「小さな市民」が声を出すことで戦争を止めら れないでしょうか。
(2)沖縄・辺野古で
沖縄では「小さな市民」の声が大きな力になっています。沖縄では昭和20年はまだ終わっていません。沖縄島民の4人に1人(本島では3人に1人) が、米軍に日本軍に自分の家族に殺されました。同じことがまた起こるかもしれないと考える人が増えています。戦争が始まれば、沖縄が標的になる可能性は高 いです。辺野古は普天間からの移設だけではありません。戦闘機滑走路・空母接岸湾・火薬庫を備えた大規模軍事基地の建設が進められています。辺野古基地建 設反対闘争は沖縄の「島ぐるみ」です。これを沖縄だけの闘いにしてはならないと思います。
(3)与邦国島・宮古島・石垣島への自衛隊配備
戦争はいつも自衛の名のもとに始められます。尖閣島への中国人上陸への備え?小規模日中戦争?ありえないと言えますか? 戦争は始まると止めることができない。
(4)三上智恵監督ドキュメンタリー「標的の村」「戦場ぬ止み」「標的の島」
三上さんは東京生まれ、大阪毎日放送・琉球朝日放送を経て、民俗学を
学びながら、沖縄の人たちに寄り添いつつ貴重な映像に結実、見ごたえのある3作品を世に問われました。(キネマ旬報2015文化映画ベストテン第2位)諸兄姉にも機会あれば是非ご覧いただきたいです。 以上
* 「テルさん」と、京、祇園石段下の弥栄中学の時代から、だれもが呼び慣れてきた。高校から京大へ、そして知らない人のいない大企業で、副社長とか社長とかになったと聞いている。
そんな彼の上記の体験記であることも言い添えたい。
2017 7/4 188
☆ 拝啓
(略)六月はさんざんでした。(略)枕元で二十巻目を拝読。頁を繰りながら、ふと亡くなった私の祖父を思い出しい感慨にふけりました。以前にも書いたか も知れませんが、私は祖父に可愛がってもらい、小学校の数年、寝起きを供にしたのですが、時折、寝つかれない夜、孫に祖父が語る物語の中に「恋いしィくば 訪ね来てみよ信太のもゥりの…」があり、祖父が若い頃親しんだ人形芝居の葛の葉の子別れの話だと思っておりました。
しかし、思い出をたどれば祖父の本棚には「細雪」や「瘋癲老人日記」があり、祖父もまた、谷崎のファンだったのかもと…。また祖父は祖父の祖父に育てられた人であり、母恋いの性質だったのかも知れません。
ちなみに私が初めて読んだ谷崎は中三のときの「春琴抄」です。
私事を書きつらねました。遅ればせながら、二十巻目の御礼を申し上げます。ありがとうございました。 敬具 三島賞作家 義
* 実のある佳いお手紙を戴いた。
2017 7/5 188
* 拾遺和歌集を手にとってあけた頁に、いきなり雅致女(まさむねのじょ)式部、まさしく和泉式部の一首が目に来た。
暗きより暗き道にぞ入りぬべき
はるかにてらせ山の端の月
はじめて出逢ったとき ハッと目をとじ胸に手を置いて、「ああ、はるかに照らせ」と祈った。
この日録の冒頭、花にうもれた自身の写真に「あの世よりあの世へ帰るひとやすみ」と書き添えて、わたしは今もそん思いで暮らしている。
式部の歌についで、こんな和歌も読んだ。
極楽ははるけき程と聞きしかど
勤めて到るところなりけり 仙慶法師
特別な秀歌ではないが、この法師なりの納得、会得、頓悟のごときが端的に息するように表れている。ただ遙かに遠いだけでない、今生をよくよく「勤めて」こそ到りうる極楽なのだ、そうなのだと。
十、十一世紀のわが知識階層は、聖行・勤行をつくし得てこそ極楽は可能と明らめ諦めていた。「勤め」は容易なことで成らなかった。空也の、恵心の、そし て十二世紀法然の念仏易行へは距離があったのだ、まだ。「勤めて到る」の厳しい重さにどう取り組むか。美しい写経、美しい造佛・造寺はみな「勤め」の積も りで成されていた。信仰が美と美術に置き換わっていた。中世の親鸞も日蓮も道元も美の表現には頼まなかった。
* 後拾遺和歌集もパラッとあけてみた其処に、何重にも◎をつけて伊勢大輔の一首があった。
別レにしその日ばかりは巡りきて
いきもかへらぬ人ぞ戀しき
わたしの「点鬼簿」にも、いまや、数えがたいまでそれぞれ生前の氏名が「親族」「恩師」「先達」「親友」「各界知己・知友」等々、あまりに多すぎるほど居並んでいる。まこと「別れにしその日ばかりは年々に巡り」くるが、だれ一人生きかえって声を掛けてはくれない。
このごろ、そんな故人の夢をよく見ている。夢の間は自覚がなく、目ざめてから、あああのひとだった彼だったと思い至る。夜前は、ロス在住池宮さんの、は やくにシスコで亡くなった姉の大谷良子さんを夢見ていた。秦の叔母に茶の湯、活け花を習いに来ていた。わたしより五、六歳上の美しい人であった。
2017 7/6 188
* 吉備の人有元毅さん、日々老老介護と伺いながらお見舞いも出来ずにいますのに、先日の凛々しいほどの「マスカット」についで、また、みごとに美しい岡山の白桃を六顆も送って下さった。有難う存じます。
* 奈良の西川絹子さん、なにかとご多用でお疲れのなか、「選集第二十巻」へのていねいな挨拶に添え、いつもながら過分の支援を頂戴した。有難う存じます。
2017 7/6 188
* ペン会員の歴史研究家相原精次さんから、図版と口語訳による『解析「日本書紀」』という大著が贈られてきた。古事記とともに日本書紀の名を知らない大 人はいまいが、片端でも読んだ人も極めて少なく、通読した現代日本人は、専攻の学者はべつにすると限りなくゼロに近かろう、わたしはとにかくも一度は通読 しておいたけれど、古事記の読みやすさとは極度に対照的に難読の大著なのである。相原さんはこれを極めて明快に解剖・解析されて、書記の全貌・全容を「七 層次」に整備・整頓・表覧にもされて、実に読みやすいまでの道しるべを建設・配備されたのである。余人のよく企て及ばぬ快挙と云える。有り難い。
2017 7/6 188
* 入院の経過を案じていた寿司の「和可菜」が、夕食後の自転車走で見にゆくと店を開けていて胸を撫で下ろした。久しい馴染みで若い人のつまづきはとても 傷ましく気に掛かっていた。夕食も終えてけっこう呑んでいたので、躊躇いもしたが銚子一本で、中とろ、雲丹、青柳、比目魚を切らせ、一服してきた。帰りの 自転車問題なく、心安んじて帰ってきた。
* 夏を、海外で過ごす人もあるのだろう。テロなどにどうか巻き込まれないようにと願う。
日本でも、いつ、どこで何が起きるかと、安心ばかりはしていない。
2017 7/6 188
* 能美の井口哲郎さんからお手紙を頂戴した。はやくに戴いた「倶會一處」印は、井口さんが此の道のお師匠から賞められたお作だった、と、教えて下さった。感謝も新た。「選集」を人さまに贈る際、よく用いています。
倶會一處 くえいつしょ 心励ます嬉しい願いである。
* 吉備の有元毅さんに戴いた 美しい白桃 勿体ないねと言い言い、教わったとおりの順をふんで、今日、仕事の合いに夫婦して一つずつ食した、その美味かったこと、声をあげた。
* 小松の八代啓子さん、今日、金沢の森八の「葛切り」を送ってきて下さった。これも教えられたままに氷水でよく冷やし、じつに美味い蜜で、二人して戴いた。ウーン、最高!
いながらにこういう美味に出会える老境の幸を喜び合った。
2017 7/7 188
* 「栴陀羅」と題して読者のメールを受け取った。よく心得た内容で、理解できたが、ここへは紹介しない。日蓮は自身を「栴陀羅」と呼んでいた。
2017 7/9 188
☆ 湖の本 届きました 頑張りますね。有難う
まぁ なんと暑い事。
私はウオーキングが減り、運動不足気味なのに食欲は旺盛、ヤレヤレとお腹をさすってます。
元気印だった弥栄中の一人が 最近 車椅子生活になりショックを受けています。
あなたは元気ですね。
余談ながら再放送の「科捜研の女」の沢口靖子さん
美しいから 話は別として 観てみて。 花小金井 泉
* なにしろ日々万歩あるいてきた老女、食欲旺盛とは羨ましい。
靖子(うちでは沢口も敬称も、いつも略で話している)の「科捜研」は、舞台が京都。昔々の一年後輩さん、京都のいろんな映像がきっと懐かしいのだろう。祇園石段下のわれらが弥栄中学も廃校になってしまって…。
はろばろと昭和は遠くうす澄みて
なにも見えねば目をとぢてゐる
2017 7/10 188
* 千葉のいすみ市 田邊一廣さんからお手紙を戴いた。まじめな仕事の信仰に触れた小説を送って見えたので、感想を送った。めったにそういうことはしないのだが、このところ、やや心動いたので二人に返信しておいた。
2017 7/10 188
☆ 今宵、境内に初蝉の声
今朝、祗園會の神用水清祓式が十時から行われていました。
神輿を、渡御に先立って洗い浄める御神事を、先生に写真でなりともお伝えしたいと思いながら、間に合わず… 残念なことでございました。
四条大橋の中程に斎竹を立て『鴨川』が其処だけ『宮川』と名を変える水を、紐で結んだ手桶を降ろして汲み上げるのを初めて見た時、「水むすぶ、つるべの縄の繰り返し…」と謡う、お能『檜垣』の一節が思い出されたことでした。
京都はこのところ、三日続けて夕立にみまわれておりましたので、今宵は如何と、心配でございましたが… 夕方になって、ようやく辿りついた八阪神社の境内には降る気配もなく、油蝉の声が響いておりました。
今年聴く、初音に耳を澄ませていると、おって熊蝉まで鳴きだして…夏のさかりを知らされました。お装束をつけた『児武者』が、御神水の湧くお伊勢遥拝所のあたりを走り回っており、遠く鉾納め所のあたりには『馬長稚児』の姿も見えました。小さなお子たちが、紅くて丸い小ぶりの提灯をさげて西楼門前に居列び、洗い浄められた御神輿をお迎えする姿は愛らしく、また素肌をさらしていてさへ暑い最中にたくさんに着込んで務めている姿は健気で、胸にせまります。赭熊をつけたお子たちは、とくに稚く… しゃがんでしまいそうになるのを励まされて頑張っておられました。南楼門から入られた御一行は、神輿ましまされた後、舞を奉納なされます。復興された『白鷺の舞』は先代茂山千之丞師が振付けられたそうですが… 詞に室町の声音がするようでした。お装束も津和野や出雲・浅草とも、違う様で… 雅びた都ぶりが伝わって来るようでした。白鷺たちが、羽をたたんで退いていく頃、東山から十六夜の月が顔を見せました。人の聲さんざめく境内に、閑かに光が降るようで…
人の声音が篳篥ならば、降りそそぐ月光は笙の音。風月同天。東の京にまでお届けできましたなら、幸いでございます。
浮きたつ心地のまま、遅くに帰宅すると、『湖の本』が届いてい、嬉しいことでございました。ありがとうございます。心して読ませていただきます。 百 拝
* 受け入れて胸の内が光るほど有り難い便りであった。幸せ者だと思う。蝉の声がそのまま耳にある。八坂神社の西、四條大路末、石段を一段一段のぼった上の朱楼門の美しさ懐かしさが身に迫るほどまぢかに実感できる。もういちどでもいいから、彼処に立ちたい。
☆ 秦恒平様
本日、「黒谷・女坂・女の噂⑴」のご恵贈にあずかりました。いつもながら忝う存じます。
私は仕事を中断中でしたが、ちょうど他の義務を済ませたところで、これでようやく仕事に戻れると思っていた矢先にご本をいただきました。いただいた以上は、すぐに読むのが贈り主に対するお礼だと思っておりますので、早速に拝見しました。楽しみました。理想の女を求めてのちょっと気楽な旅が始まりましたね。私が人間はどこまでもエロース的な存在だとの思いを噛みしめるようになったのは、還暦を超えてからでした。そういう人が多いのではないかと密かに思っています。
暑くなりました。ご自愛下さい。そしてよいお仕事を。
ありがとうございました。 浩 ICU名誉教授
2017 7/11 188
* さ、十一時。機械から離れます。 京都は、祇園会。宵山もまぢかく、コンコンチキチンが聞こえてくる。わたしの腸にまでしみとおった祇園会への思いは、『慈子』にある。寺町で後祭りの山や鉾をみたあと、紙屋川にお利根さんの家を訪ねて慈子に逢っている。あの静かさ、のなかに通り過ぎてきた祇園祭の本当の魅力が溶け合うていた。あの静かさへ帰りたい。
☆ 七月十日「祗園會・神輿洗」――追伸
神輿洗いを待つ、午後六時から八時の間、四条大橋には二階囃子が流れ、行き交う人々の耳を楽しませていました。橋の西側に建つ『東華菜館』の納涼床は、ビアテラスの室礼(しつらえ)で、隣家の二階座敷から流れる「菊水鉾」のお囃子の特等席となっていました。
先生のお耳と、お目に懐かしいのではと思いながら… 書き落としてしまったので、追記させていただきます。 百 拝 また、今朝方に送信いたしましたメールは、昨日の十日(月)に書いたものでしたが… 送信を忘れて、日にちが一日遅れとなりまして、あいすみません。
☆ メールを頂戴した、お礼が遅くなり…申し訳ないことでございます。
先生から頂戴したメールを拝読し… 戸惑っております。
私はただ思い付くばかりを書き連ねたばかりで… 先生の奥深く見据えておられる眼差しの先とは、比べようもないものと思っております。面映ゆいなどとは申し上げもならず… 。
その上で、頂戴したメールをもう一度読み返し、思いついたと申しますか… あつかましいことではございますが… もし、お許し願えますのなら… 以前(ひと月ほど前)先生のおっしゃったお言葉に、甘えても宜しゅうございましょうか。「欲しい本のあらば、言うて下さい」と書いて下さった、その言葉を鵜呑みにさせて頂いても宜しゅうございましょうか。
メールに掲げて下さった御作を、読むことができましたなら、何かしら気付くことが出来るのではないかと… 思ったのでございます。有り難く存じ… 伏してお願い申し上げます。 身勝手なことで… 恐縮でございます。 百 拝
* 読んで下さる方があっての創作者です。ありがたいことです。
2017 7/11 188
☆ 湖の本、最新刊を落掌いたしました。
梅雨明けと思い誤るほどの猛暑です。
相変わらず旺盛なご活躍、うれしく感じ入っております。
断片的な「メール言語」を駆使した実験的かつ意欲的な試みの「女坂」、興味深く拝読いたしました。新しいジャンルとLて確立する予感がいたします。
当方は「徐脈」症状で難儀いたしましたが、静穏に過ごし小康を保っておりますのでご休心ください。
向後長い夏の到来ですが、異常気象は政界にも及んでいます。
ご自愛尊一に願います。草々 元・朝日新聞記者 エッセイスト 敦
☆ 秦恒平先生
いつもご著書を頂戴いたし申し訳なく存じております。
御礼のおたよりもマゴマゴ致しております内に、時が過ぎていってしまいます。失礼をお許しいただきたく存じます。
さて、お元気になられましたことは、ご著書を拝見いたしながら、嬉しくそして、先生はじめご家族様の先生の作品への情熱に心から感銘致しております。ありがとうございます。
この蒸し暑い季節のお見舞いにと、ささやかでございますが、昨日果物をお送りさせていただきました。お召上がり下さいましたら幸いです。
以前先生がお話になっておられた父と林芙美子さんの展示を添えさせて戴きますチラシのように、沼津市芹沢光治良記念館で致しております。仮に20年前でございましたら、先生をご案内させていただけますのにと 月日の流れ残念に思えます。これからもご健康に沢山ご注意いただけますようにお願い申し上げます。 7月11日 岡玲子 芹沢先生ご遺族
☆ 本日は
「湖の本」135 お送りいただき有難うございました。
「女の噂(一)」から読んでいます。沢口靖子さんのくだりに注目。
私はNHKの大河ドラマ「秀吉」の(考証等の)とき、沢口さんとはご一緒したことがあり、なつかしく思い出しました。恐々謹言 小和田哲男 静岡大学教授
☆ ご本ありがとうございました。
先生のご本は通算百三十五巻(創刊満三十一年)とのこと、敬服いたします。
「湖の本」 いいですね、ほんとに。 ありがとうございました。 青木生子 ペン会員
☆ こんにちは
湖の本届きました。いつもありがとうございます。
うだるように暑い毎日です。
祇園祭の巡行ももうすぐ、夏まっ盛り、仕方ないですね。
どこへ出かけるのも、暑さと人の多いのに二の足を踏んで、出不精になってしまいます。
どうぞ、奥様共々 お身体お大切にお過ごしくださいますよう。
ありがとうございました。 みち 秦方の従妹
* 沖縄の名嘉みゆきさん、選集19 20へ有り難いご支援を戴いた。感謝。
* 杉並の柏木洋子さん 美味しいオレンジ・ピールを頂戴した。
2017 7/12 188
* 小学校六年生の一年だけ同窓だった、京都古門前の大益貞子さん、美味しいスープを送ったよと、電話。三宅邦子の若い頃よりも美少女だった。八十二の人をどう想い浮かべてみても、無理。逢わないできた幸せというコトがあるのだ、まことに。
* 国際ペン専務理事の堀武昭さん、ホテル・オークラのみごとな涼菓を下さる。恐れ入ります。
* 夕刻、自転車を郵便局へ走らせたが、ま、日ざしの熱かったこと。いっそ爽快に感じた方がいいぞと思い思い、最短距離を行ってまた帰ってきた。
☆ 寒暖計が
古いのかも知れません・自室はただ今40度です。西日がさしこみはじめています。しかし「湖の本」を手にしていますと、暑さは消えます。これから読みます。楽しみです、久々の小説で。
ご様子は 「私語の刻」で拝見しています。ハラハラしながら。お大事に。右、受取りまで。
「誌代」を振り込むにつけて、『選集』のせめて送料の と、心ばかりお送りしました。不躾をお許しください。 能美市 井口哲郎 前・石川近代文学館館長
* お心遣い嬉しく有難く、心より感謝申し上げます。いつもいつも御好意に甘えてばかりいます。身の幸と思います。
☆ 酷暑のお見舞い申し上げます。ヒドイ! この暑さは、高齢になると耐えがたいものがあります。
ご書籍、いつも拝受の連続です。谷崎へのご傾倒、黒谷への思いなど拝見しています。
お礼を申し上げます。 高田衛 都立大名誉教授
* お大事になさって下さい。
* 紅書房主人菊池洋子さん、写真家近藤聡さん、墨画家島田正治さん、翻訳家持田鋼一郎さん、妻の親友市川澄子さん、からいいお便りを戴いている。また、お茶の水女子大、山梨県立文学館、三田文学編集室、多摩美大からも「湖の本」受領の挨拶があった。
2017 7/13 188
☆ 秦恒平様
「湖の本135」を拝受いたしました。
今回はなんと新作2篇!
早速拝読、猛暑を忘れる面白さでした。
「黒谷」は、秦作品中、異彩をはなちつつも秦さんならではの世界、その自在な語り口、そして底冷えする怖さを堪能しました。
「女坂」の「メール」言語による文学的表現効果には驚き、そして楽しみました。真打はあとに控えているとのことなので、これ以上は触れませんが、併催の「女の噂(一)」といい、秦さんの女性観、「女文化」観には、谷崎、源氏を後景に、京生まれ京育ち+αの底深い何かがありますね。
「女坂」に敬意を表して、はじめてメールでのお礼を申しあげます。(当方いまだにメール言語は使いこなせませんが。) 元・講談社出版局長 敬
* まっさきに「女の噂」をとばかり聞いて、いささかクサッていたが、「黒谷」へ思い描き願っていたとおりの批評を戴けて、欣喜雀躍、そしてさすがにと嬉しくかつ敬服した。これで今回の一冊、送り出したかいがあった。
* 元・新潮編集長の坂本忠雄さん、元・岩波「世界」の高本邦彦さん、岩手大教授渡部芳紀さんからも「湖の本135」へ懇篤のお手紙を戴いた、また東大大学院、立命館大学、文教大、大阪芸大からも。
* 九月秀山祭、夜に吉右衛門らの「逆櫓」、それに松貫四(吉右衛門)作・監修の新作を染五郎が演じる。昼夜はもう避けて、ゆっくり楽しみたく、さっそく予約。
☆ 秦 恒平様
湖(うみ)の本 135 黒谷・女坂・女の噂(一)」を拝受しま した。
まず「女の噂(一)から読み始めました。沢口靖子、私も好きな女優の一人です。NHK朝のテレビ小説「澪つくし」は見ていませんが、その後の主演作「科捜研の女シリーズ」「鉄道捜査官シリーズ」「検事・霞夕子シリーズ」は欠かさず見ています。最近は鼻下のほくろが消えて一段と美しくなったように思えますね。
ところで、「世界も日本も、まことに道危うい只今かと」のお説のように、今、中東カタールを渦中にして欧米列強がこれまでの石油争奪戦争から天然ガス争奪戦争へとの大転換が起ころうとしています。カタールは我が国の天然ガス(LNG)輸入の安定的かつ最大の供給元ですのでその争奪戦争の帰趨がとても気になります。
熱中症予防に欠かせないのは水分の補給と良き睡眠だそうです。
くれぐれもご自愛ください。 靖 妻の従弟
☆ 猛暑の中、
日々のご製作、送付とお身体の事案じながらありがたく頂戴いたしました。
いつもとは違う感じの作品「黒谷」「女坂」を読ませていただきました。
「女坂」は次の作品の試みとか。次作を楽しみにしています。
女坂の寄稿者の熱心さは、作とはいえ、異様さも感じられました。
それに比して「私語」の秦様のご意見もさることながら、「祇園会」の御神事の様子・雅な「白鷺の舞」が舞われている境内の様子などを知らせてくださっているメールや地方の様子など知らせてくださっている文などは、何時も感心しながら楽しんでいます。
136巻は清少納言の「枕草子」の現代語訳とのこと。これもまた待ち遠しく楽しみです。以前のNHKの放送のテープを聞きなおしたい気持ちでいます。まだまだ暑さは続くことでしょうが、お二人ともくれぐれもお身体お大切にお過ごしください。 練馬 晴
* 歯医者の帰り、江古田和食の店「笑雲」でわたしは蟹を割ってもらい、妻は、鮎の塩焼や生海老や鰹の刺身や茄子のしぎ焼きなどをせっせと食べていた。
階下の馴染みのバーでわたしはウオツカを二杯も妻はいい赤ワインで、顔なじみの相客と愉しくいろいろ話し込んできた。ほどよく、店を出てすんなり帰宅。留守に、金沢の金田小夜子さんの宅急便が来ていたと。
2017 7/14 188
* 同志社大の田中教授から、春陽堂版「鏡花全集」十五巻を引き取りますと連絡有り、目の前の書架の一一郭をきっちり占めていた大冊の十五巻を研究室へ寄贈できることになった。目の真ん前の書架にぽっかりアキが出来た。わたし自身の「選集」ののこる十三巻がそこへ入る。
春陽堂版の鏡花全集は鏡花の文学生涯の前半の全作を網羅していて、しかも天金の美麗特装版。むろんのこり惜しくはあるが、鏡花作品の主なモノはべつに所蔵本で十分読める。鏡花研究で今日の学会をリードしている田中励儀三の研究室へ収まるなら、願ってもない。
作家でもある秦建日子が、いっこうにほんものの文学の読者でなく、わたしの蔵書にいっこう気がない。しかたなく図書館等への寄贈を考えているが、あまりに惜しい。柳田全集、折口全集、谷崎全集、藤村全集、二十世紀世界文学全集、日本古典文学全集、日本歴史大事典集、講談社版日本現代文学全集、筑摩版現代日本文学全集、そのた尚二十種にあまる全集・選集類を、命のある間に適切な施設ないし人さまに譲り渡したい。
ともあれ価値ある春陽堂版「鏡花全集」大冊揃いの十五巻が同志社へ贈れることになり、嬉しく、ほっとしている。
単行本の小説等々で数十年のあいだに莫大に著者から寄贈されている。署名本も多い。いちはやく著者謹呈署名入りで贈られてきた俵万智の歌集『サラダ記念日』など、今も座右に愛蔵しているが、建日子には猫に小判に類する。愛蔵してくれる人に譲ることになる。そんな本が書庫に溢れている。佳い本であればあるほど、よくひとを選んで譲りたい。
井上靖の「短篇集」五巻、「世界紀行集」四巻も、できれば小説が詠みたい少年・青年にあげたいと、東工大学生君達の子女を目がけているのだが、これは乗り気の相手でないと勿体ないことになる。
2017 7/14 188
☆ ひさしぶりに
湖の本を読みたいままに通読しました。
「黒谷」 こわいんだから、もう。はじめから不穏がただよっていました。
「女坂」女の噂(1) たまたま女を描けばこういうことで、他の何かへも、アンテナがはりめぐされている、感じがします。それが稀有の作家だから、と思いました。
あとで、男坂、男の噂を私が書いてみたら、と可笑しかったです。
夜中に起きていることが多くて、自分の、バランスの悪さに、気がつく時、(このホームページの=)「私語の刻」を読みます。
不思議に、何かが静かになります。ありがとう。 柚 大学の同窓
* ありがとう。
☆ メール嬉しく。
ご心配いただいた雨は、心配なかったようです。ようですと言うのも、数日来わたしは京都に来て居るからです。祇園祭を楽しみます。但し日曜日は絵の教室です。
メールにあった桂川鴨川のこと、鴉の現在の関心が向かっている辺りですね。京阪電車に乗って行くと観月橋や競馬場、淀、岩清水八幡などが近い。川が合流して広々とした景色に出会えます。
暑さに負けて体調はすぐれず、今回は街歩きもあまりしていません。
取り急ぎ。
帰宅したら湖の本が待っていてくれます。
暑さ厳しい折、くれぐれもお気をつけて。大切に大切に。 尾張の鳶
* 上では省いてあるが、耳寄りな、これまで気づかないでいた意味深い大事な示唆が、京都からのメールに含まれていた。感謝。
☆ 早々に
送って下さった『湖の本』は、昨日のうちに届いておりましたのですが… 家の小さな郵便受けには入りきらず… もち戻りになってしまいました。郵便局に引き取りにゆける8時から20時の間には、繁忙のこの時期仕事の都合で間に合わず… まだもう少しの間、手にすることができず、残念でなりません。
せっかくに、先生が送って下さった大事な御本を、まだ受け取れず、もどかしく… 満足な御礼も申し上げられず…… 京・鷹峯 百 拝
2017 7/15 188
☆ 秦先生、『湖の本』拝受。
有り難うございました。インターネットより誌代、送金させて頂きました。
この数年、どの本も、時間の隙間(地下鉄の中とか病院の待合室等々)、隙間でしか読まず、ぷちんぷちんと切れた読書でしたが、昨日は夕食後、久しぶりに、封を切るとそのまま「黒谷」を読み始め、途中止める事が出来ず、深夜2時過ぎに「女の噂」の途中で、もう寝なきゃと、食器洗いをした次第。
やはり私の読書は一気読みに限るようです。隙間読書なんかしていたので、文学から遠ざかっていた様です。
面白かったです。
今朝は6時に目が覚めて、少しも眠くありません。体調が直ったようです。有り難うございました。 名古屋 珊
* 石神井の、元・岩波「世界」の高本邦彦さん、夕張の、西瓜の小玉ほど立派なメロン二顆下さる。抗癌剤でぼろほろになった歯は、堅いものを噛むちからを喪っているので、ことに炎暑下の果物は貴重な食べ物になっている。有難う存じます。
金沢の金田小夜子さん、香ばしいお漬け物を選んで頂いた。感謝します。
* 江戸川区の清沢冽太さん、金沢の金田小夜子さん、小石川の安藤典子さん、「湖の本」のお便り頂く。神奈川県立文学館、広島大大学院、川村学園大、水田記念図書館からも「湖の本」受領のあいさつ有り。
2017 7/15 188
* 昨日戴いた金沢からの珍味のうち、烏賊の巻き寿司を賢明にこりこり噛んで美味しく食した。酒にも絶好、なるほど「鮓」だと、嬉しかった。
* 電話をくれていた古門前の大益からの「帝国ホテル」スープ 缶の詰め合わせ到来。感謝。
2017 7/16 188
☆ 祇園会神幸祭宵宮
今日の宵山に、出勤が遅番となって、頂戴した『湖の本』をようやく拝受いたしました。
1990年6月から、1992年11月まで。2年半をかけて先生が刊行なさった11冊の「おく、ふかく、おもい、御本」を手にすることができました。今、これから出社いたしますものですから、言葉を添えられず…申し訳ないことでございますが… 取り急ぎ、御礼申し上げます。
今朝、早くに撮った「神幸祭宵宮の八阪神社境内」の写真を添付させていただきます。ピントが合っていなかったり、何だか分からない写真だったりしてして、 失礼ではございますが… 少しでもお伝えできましたなら、嬉しく存じます。 百 拝
* 十日朝の四條大橋の儀式は、わたしも観たことがない。 鴨の清水をもってする御輿洗い、三基の神輿の中御座を四条大橋へ担ぎだして清める。まだ朝曇り、北山を遠くのぞんだ鴨川がしみじみ懐かしい。
森友も加計も安倍夫婦も、トランプも、みんなイヤイヤ。
相撲を観に階下へ降りよう。白鵬が小兵俊敏の逸材宇良の初挑戦を受けるのが楽しみ。白鵬には無事に確実に最多勝記録を積み上げた上で全勝優勝して欲しいと願っている。
2017 7/16 188
* 東大名誉教授久保田淳さんに戴いていた「源平盛衰記」の第七巻に久しい関心事への言及のあるのをいまごろ見付け出し、呆れ、また喜んでいる。仕事を押してくれる。
2017 7/16 188
☆ 『伊勢』は
山下道代さんのご本でしょうか。あの本を読んで、伊勢のこと、ますます好きになりました。
眼は、せめて傷だけでも治さなければと、仕事以外のパソコンは開かぬよう、湖の本も少しずつ、と思ってましたが、新作二篇は、読み始めたらやめられず…で困りました。
迷わず「女坂」から読みましたが、「物語の上等なヒロインにはならない」と三村秀樹自身が放り出し、「力萎えて終えた」と作者も述べる作、前へ前へと読ませていく推進力は感じました。
書簡体小説は、難しいですね。まして、封書と異なり、幾重にもベールで覆わざるをえないメールの向こう側に、魅力あるヒロインを顕ちあげていくのは、至難の技でしょうね。
「もし彼の子供を身ごもっていたとしたら」との万紀子の「告白」に、「誘惑」末尾(「「町子」はぼくの子どもも産んでくれてますよ」)等思いましたが、秀樹(世之介の一回り上ですが、それが障りという訳ではなく)とまり子や紀美子らと間にはそのような展開は考えられそうにないですね。
素知らぬ顔で夫婦生活を続けていたと言えば、「黒谷」の郁恵もですが、続いて読んだこの作品では、祖母と母の二代の女の実在感や息子の方が印象に残りました。
滅んでいく旧家の血と、絶えたかに見えて皮肉にも「庶子」から「庶子」(厭な言い方です。まだ何も知らぬ「命」は、この先どう生い立っていくのでしょう)へと繋がれていく血と、それら全てを見透かして毒を帯びた雛と。まさに「怖い夢」ですね。
暑さをうまく凌いで元気にお励み下さい。
追伸: 送信前に、今日のホームページを拝見しました。私も、母も娘も、低血圧で何度か倒れました。少し落ち着いてから測ってもらって、上が60という時も。特に夏は、要注意です。
どうぞ、お大事になさって下さい。 九
* 「黒谷」の読み、そんなに難しいかなあ。
2017 7/16 188
* 祇園会鉾巡幸の実況を懐かしく楽しんだ。鬮あらための所作なども楽しんだ。さすが祇園会のとほうもない大きさ深さ美しさ。
☆ 山鉾巡幸の朝
昨日、京都は夕立にみまわれ、宵山に水をさしましたが… この時期、天の浄めとも思われます。
今朝も、うす曇りで少し心配な空模様です。
添付の写真は、八坂神社舞殿にまします「中御座の神輿」です。
(今、通勤のバスの車中です。たった今、白鷺の舞う賀茂川「葵橋」を渡りました。)
このところ湿気と熱気にまとわりつかれる連日の暑さ、今日も続くようですが… (中京に入り)ハレの気配あたりに立ちこめてきて、気分も昂揚いたします。)
今朝のこと、取り急ぎお伝え申します。 京・鷹峯 百
2017 7/17 188
☆ 秦 兄
湖の本135号拝受しました。有難うございます。お礼が遅くなり失礼しました。女房の次兄が11日に亡くなり海外在住の近親者会葬の都合で通夜告別式が15.16日になり 八王子から昨晩遅く帰洛しました。紫野高・同志社大ではフェンシングをしており、24才で東京五輪にも出場した元気印ですが病魔には勝てなかったようです。
そんなことで学生時代に友人たちと高尾山に登って以来の西東京でしたが、丘陵地も全てに住宅が立ち並び当時の風景とのちがいにおどろきました。
京都に着けばこちらは祇園祭の宵山、地下鉄烏丸線も大混雑でひとしきり汗をかきました。
今年の鉾巡行もKBSのTVで観ながらキーを叩いています。
地球温暖化と加齢の相乗効果でしょうか、年々京都の夏が息苦しく感じられるようになりました。御地の夏は如何でしようか。精々ご自愛のうえご活躍ください。 森下辰男 京・同窓
☆ 「黒谷」の読み
予断によって、すっかり目を眩まされてました。降参です。 九
* 作者が過去に日記などで喋ったり書いてたりを足がかり手がかりにする小説の「読み」は、しばしば作者にだまされバカされる結果になる。谷崎読みで徹底的にわたしは覚えた。
作の全ては現に書かれ只今読んだ「現作の表現」に尽きていて、それを眼光紙背に徹して如何なる行間からも読み取らねば、ただ賢そうな「知ったかぶりの読み違いや読み落とし」に陥る。
過去の古証文にばかりとりついて、眼前の本文から心眼を逸らした「研究と称する軽い読み」が、とかく、はやりがち。作者たちはたいがいそう思っているだろう、作者が万能で神の如き者とは決して言わない、とても言えない、けれど。
2017 7/17 188
☆ 祇園祭
暑い日、市役所前、河原町御池角で山鉾巡行を見て、これから尾張へ帰ります。
昨日宵山はやや雨にたたられましたが、わたしは宵々山に行き、昨日は教室でした。
(中略)
今は列車の中、改めて書きます。
泉山戒光寺の仏さんに叱られに行きたいでしょうね。叱られなくてイイですが!
お元気で 尾張の鳶
* いま、「京都」の地名とともに、むせるほど想いをめぐらせている「或るモノ・コト・ヒトたち」のために、帰りの車中から、的確でたくさんな「オフレコ」のアドバイスがあった。おおかたは自身もう目を向けてはいたが、背後を支えられたようで自信ももてる。ありがとう。
* 誰もいない畳敷きの御堂にあがりこむと、内陣の奥に大仏さんがおいでになる。座像でない立像で、お顔は覗き込むように見上げる。静座したり胡座になったり、時には昼寝もした。だーれも来ない。戒光寺の丈六釈迦はわがものては言わなくても、いつも二人きりで向きあってきた。日吉ヶ丘高校に通って、一つは泉涌寺の来迎院、二つは奥の観音寺、三つは広大な東福寺の全部、それら泉涌寺末寺のひとつ戒光寺の丈六さんの御堂。安らかにいつも一人きりになれてお釈迦さんに日により叱られたり笑われたり知らん顔をされたりした。高校時代も、大学へ行ってからも、東京で暮らして帰ってくるたびにも。
たまらなく懐かしい。
2017 7/17 188
* 「湖の本135」へ大勢の払い込みがあり、なかには選集へ支援のお志もまじり、また、何人もの方からお便りも戴いている。
ただ「黒谷」へ手が出ないで、「女の噂」から読んだというひとが多いのに苦笑。「黒谷」は、そんなに難しい作だったろうか。かなりの読み手であって可笑しくない人も、読みが届いてなくて、ひとこと示唆を送ったら、「予断によって、すっかり目を眩まされてました。降参です」とあやまって来られた。
谷崎先生と同じにみるのはオコガマシイが、「蘆刈」「春琴抄」「夢の浮橋」などあたら名作を何十年も正しく読み解かれぬまま亡くなったのは、残念を越してさぞ可笑しかったろうと想う。
* それにしても書きかけの「或る寓話 ユニオミスティカ(仮題)」に期待が寄せられ、有り難いが困惑もしている。これは、とてもこのままは本にしかねるほど性の秘儀に嵌って行く。どうしよう。これよりも早く『清水坂(仮題)』を進展させたいのだが。これと絡み合うようにいましも「賽の河原」へ関心が向いている。「信じられない話だが」と前置きの連作にも心惹かれている。こんな浮わ気ではいかんなあと手綱をしぼるのだがこの年になって「意馬心猿」のあばれようにヘキエキしている。
* 順不同 漆藝家望月重延さん、国文学者信太周さん、前文春専務寺田英視さん、脚本家小山内美江子さん、故福田歓一夫人、山梨県立文学館中野和子さん、陶芸家松井明子夫妻、國學院大學図書館からお手紙戴いている。
寺田さん、すこしは涼しくなったころ、秦さんと「女の噂」をしてみたいので誘いますと。ウーム。
☆ 拝復
「黒谷」 ずいぶん以前の落想の趣、谷崎愛の一環と拝読。秦文学を電話で話すことのあった年下の友人も逝き、他に回覧供する者とてなくなり、もったいないかぎりです。
「黒谷」巻頭第一行を読み落し 「ものの順」にて合点がゆくあり様、 近親相姦など性愛の業のおどろおどろしさにおののきながら、料理尽くし、花尽くしに女文化を味読いたしたところです。
何だか順繰りに災害が襲うようで、せめて原発地域だけは無事でと願うばかりです。それにしても被害地の無惨なニュースを被害なき地でてれび見物など罪深さ感じられてなりません。
くれぐれもお揃いでお大事にと念じております。
裏表紙印に応じまして
帰去来はかなはぬ夢か梅仕事 周 神戸大名誉教授
* 帰りなんいざ闇の世を闇の世へ 遠
☆ 読みました
黒谷。
結構手強く難しかったので、もう一度読んでみます。 建日子
2017 7/18 188
☆ あまりに
ささやかですけれど、祇園祭を思う縁のモノを 昨日郵便で送りました。
豪雨や雹、そして暑さの日々、くれぐれもお身体気をつけて。 尾張の鳶
* なんだろう。ありがとう。
* 尾張の鳶から、 蘇民将来のちまき。すぐ玄関外へ掛けた。「祇園会」最新の案内書も。役に立ちます。
2017 7/19 188
* 文学研究家の矢部登さん、深澤晴美さん、明治学院大、大東文化大、久留米大、作新学院大から、来信。
2017 7/19 188
* 夜前、床に就いてからものを「読み」に読んで、おまけに夜中に、録画してあった「NCIS」を一時間観て、さらに横になってから『絵巻』月報や中世王朝物語全集の『いはでしのぶ』の超入り組んだ関係系図を検討したり、京都市内地図に見入ったりして、四時頃、リーゼの助けを借りて寝入った。寝過ぎたかと思ったが八時過ぎに目ざめた。
国内外をとわずいま現代小説にまったく手が出ない。宇治十帖のみごとな文体にふれたり、和歌や秀句を読んだり、絵巻の世界や史実の闇をまさぐったりしていると、とてもかったるい現世ものへ気が向かない。あきらかにわたしが異常なのであろうが、しようがない。宇治十帖「椎本」巻では八宮が薨じ、のこされた二人の姫に薫や匂がからみついてくる。もののあはれしみじみと行文の確かさ美しさ、これはもう現代では稀有というより絶望的に出会えまい。
文学という藝術は溌剌とした生きの命である文体と表現の個性で自立する。独自の文体を持てなくては作家などと謂えない。いま世間にばらまかれている、私の所へも送られてくる安い同人誌の作のほぼ全部は、ただの自伝風か回顧録ふうに止まっていて、文体なく表現なく雑な「説明」に終始している。情けない。
歌わない音楽、独特な息づかいが刻む「間」の流れの飛沫くほどの確かさ美しさ、ちからづよさ。
むかし、亡くなった杉森久英さん巌谷大四さんと銀座を歩いていたとき、ある中年過ぎた作家志望の女性が熱心にあとを追ってきて、しきりに杉森さんからの助言を求め続けていた。しまいに、何が一番大事でしょうと訊ね、するとそれまで黙って応えなかった杉森さんは一言、「文体」とだけ言われてそれだけだった。
そのあと、わたしは巌谷さん杉森さんに「はちまき岡田」でご馳走になった。わたしは店が自慢の美味しい料理以上に、作家でもあったし名編集者でもあった杉森久英さんの、端的に「文体」といわれた一語を公案のように胸にとりこんだ。一緒に中国へ旅した巌谷さんも名編集者だった。後に、亡くなる日まで丁寧にお付き合い下さった、大久保房男さんも、いまもことあるつど励まされている新潮社の坂本忠雄さん、講談社の徳島高義さん、天野敬子さん、文春の寺田英視さんらもみな勝れた名編集者だった。もっともっと早くには、太宰賞に満票で選んで下さった選者先生もとびぬれた名編集者でもあられた。おそらく、どのお一人も違うことなく「文学は」とお尋ねすれば「文体」と言われたに相違ない。
* 「季節風」という百巻を超えて続いた同人誌があり、三原弘といういい作家がいた。在野というのもへんだが、そういう風に書き続けて最も立派な仕事をしていた、三原弘は、もうひとり四国の と並んで光る双璧であった。「季節風」は手慣れた書き手達の同人誌で、いつも送ってこられる作を読んでいたが、三浦さんが亡くなってからは、雑誌がただ届くだけになっていた。たまたま片づけごとをしていて「季節風」百一号が出て来た。懐かしくて同人の一人に電話したら病気だった。別の一人にかけたら娘さんで、お父さんは三年も前になくなり、じつは同人の只一人市尾卓さんだけが健在と教わった。声を呑んだが、聞けば皆さんわたしより一世代上であった。
* 国文学の島津忠夫さんのご遺族から、また歌人の坂森郁代さんからも、お心入れ美味そうな夏菓子を頂戴。ご馳走さま。
いま、四国今治の木村年孝さんから、夏栽培の甘いお蜜柑を二十四顆も頂戴した。よく冷やして食べると佳い味わいと香り。有難う存じます。
* 岡山のノートルダム清心女子大、親鸞仏教センターの本多弘之所長ほかからお手紙を受け取った。
2017 7/20 188
* 湖の本の久しい読者でもある表千家茶人で金蘭千里大名誉教授の生形貴重さんから、「利休」研究のずっしり重い本を頂戴した。秀吉と利休を介してわたしの「中世」を読み直したばかり、有り難い。生形さんには茶の湯に関わる本を何冊ももらってきた。変わり種では、研究成果を踏まえられた「平家物語」のマンガ本ももらっている。
と、追いかけて裏千家茶人、淡交社社長まで勤められた昔なじみの服部友彦さんから、入魂の句集『華胥枕』を戴いた。
「華胥・かしょ」とは、シナ太古の黄帝が、昼寝して夢に見た華胥氏の住む理想郷のこと。転じて「昼寝」のことにもなっている。いい「枕」である。
わたしの昼寝にはそんな佳い夢、あらわれない。雑念や妄念があたまに蔓延っているのだ。
* こういう久しいお付き合いに恵まれていて、やはりわたしは幸せ者である。総理だの大臣だの議員だの官僚だのという難儀な生き物の百鬼夜行ぶりをいっときでも振り放ち忘れられる。
* 服部友彦さん、歌人の阪森郁代さん、いすみ市の田邊一廣さん、日本近代文学館から便りを受ける。
2017 7/21 188
☆ 秦 恒平先生
暑中お見舞申し上げます。
東京は九州にも勝る暑さとのこと、お変りございませんでしょうか、
このたび、昔の「新日本古典文学大成」(=岩波書店)をもとにした文庫版で『源氏』を出すことになりました。分担の(校訂=)作業ゆえ、第一巻には小生は関わっていませんが、昭和・平成の「大源氏読み」の秦先生にお目通しいただきたく、全九册を追ってお送りさせていたゞきます。
暑中くれぐれも御自愛下さいませ。 敬具 七月廿日 今西祐一郎
* 嬉しいこと、九大名誉教授、つい先頃まで国文学研究資料館の館長を勤められていた今西祐一郎さんから、新しくなる岩波文庫版で校訂を分担されている『源氏物語』全九巻の、先ず第一巻「桐壺ー末摘花」が送られてきた。
すばらしい。
明るい頁づらで、原文と対応して詳細な校注がついている。
高校時代に島津久基校訂の岩波文庫『源氏物語』全巻を買った。この本を通読するのはそれはたいへんな苦労だった。
次いで玉井幸助校訂の新版の岩波文庫『源氏物語』を手に入れ、これは読みやすく、数え切れないほど読んだ。
さらに小学館から日本古典文学全集本を全巻戴いたなかから、この大判の『源氏物語』も繰り返し愛読してきた。小学館は普及版の古典全集も出していて、これも全巻贈られていて、四六判で軽いので、持ち歩いて読むときはこの方を愛読してきた。今しもこの版で宇治十帖「椎本」巻をしみじみ読みすすんでいるところだが、それはそれで「夢の浮橋」巻まで滞りなく読み終える一方、今度今西さんに戴いて、お手紙に「全九巻」とも下さるとある「新岩波文庫版」でもまた心新たに五十四帖を楽しんで読み通そうと決心した。
これまで、全巻を「音読」もしたし、何か人生の大ごとを抱え込んだときなど、それに屈したり惑乱しないため、とにかくも『源氏物語』全巻を読みはじめて読み終えるまでは他事に頓着しないと決心しつつ読み果たしたことも二、三度はある。太宰治賞の最終選考に『清経入水』をさしこみますので諒承してと筑摩書房から電話があった日からもとに書くも一日一帖を必ず読破と決めたのを思い出す。そしてあの長い「若菜」巻を、勤務や管理職会議のかたわらで速読し続けた日に「当選」通知が留守宅へ届いていた。そういう大事な大事な「源氏物語体験」を、与謝野晶子訳と出会って以来、もう六十五、六年も経てきた。
今西さんとの久しい御縁も、「源氏物語」の「読み」から、であった。嬉しくも幸せ限りないことだ。
* 元平凡社の駒井正敏さん、元講談社の徳島高義さん、奈良五条市永栄啓伸さんからお手紙。からだ具合の不調を聞くことが多くなる。みな相応の高齢なのだ。
2017 7/22 188
* 明け方まで、中学時代の恩師、懐かしい懐かしい西池季昭担任の先生の夢を見続けていた。学校をあげての大がかりな同窓会がどこか遠い観光地で開かれていて、西池先生、シックな正装で参加して下さっていた、昔のままの元気なお若さで、そういえばわたしたちもセイゼイ社会人一年生ほどの若僧だったが、こまかしい夢の記憶はなく、ひたすら先生を懐かしく取り囲んでいた。そして会も果て、先生をどこか遠くへお見送りすべく、大きな駅まで誰であったか男子生徒と二人で町を歩いていった。
西池先生はもうとうの昔に亡くなられ、わたしは東京からかけつけ、告別式で弔辞を読んだ。先生は京の菅大臣神社の神主さんのまま、祇園石段下わたしたちの弥栄中学で数学の先生をされていた。懐かしいいい先生方にたくさん恵まれ、事実上の新制第一期生だったわたしたちは、一年生から、自主性と、進取の気象、そして社会性を植え付けてもらった。
いまも、あの当時の先生、お二人、お若かった佐々木葉子先生、万年元雄先生とお付き合いがある。
夢の西池先生、懐かしかった。列車に乗ってどこへ帰って行かれたのだろう。
2017 7/23 188
☆ 「河合」 賀茂川と高野川、出あいて鴨川となるところ
四条の橋の上から見はるかすと、川と川、であう辺りが恋しいせいか、その景色が目に映る気がします。実際は、直線距離で三キロメートル近くもあるので見えはしないのですが…
このあいだ、その辺りへ「蘆刈」に出かけました。
今、こうして私が京都で暮らしていられるのは、何人もの方々のお蔭があってのことです。その内のお一人が、草木が好きな外国のお方で、日本の伝統に興味をお持ちでいらしたので、『日本書紀』の言葉を添えて以前に差し上げたところ、たいそう喜んで下さいました。
そのような訳で今年も「蘆刈」にまいりました。朝ずいぶん早くに出かけましたので賀茂川の水面
が陽の光を映じて美しく、その光景を見た時に、先生にお伝えしたいと思いました。
もう一枚の写真は、大徳寺塔頭の庭に咲く「鬼百合」です。陽ざかりに、いきいきと咲く夏の花の勢いを、先生にお伝えしたいと思いました。
私は今、勤めておりますが(恥ずかしいことながら)お給金が生活に間に合わず、食事がままならなくなってしまうことがあります。そのような時、お寺でお掃除をさせて頂き、食事を頂戴いたします。お庭の掃除をさせて頂くだけでも、美しいものにであい、様々なことに気付く、有り難いことでありますのに… その上、お食事まで頂戴いたしてしまい… 深く感謝しながら噛みしめます。
また、先生がお届け下さる御本に捺された「謹呈」の文字を目にする度、私にできることは何だろう? と考えます。「京都の美しいモノやコト」をお伝えする。今のところ、それ以外に思いつけず… 勝手ながら送らせて頂いております。お好みに合わなかったり、的はずれであったりも致しておるかと存じますが… いくばくかお伝えできましたなら、嬉しく存じます。
京都は、連日の酷暑の中、明日は還幸祭です。
先ほど、勤め先に御縁の『北観音山囃子方』の御一行様が店に立ち寄られ、振る舞い酒の接待をいたしました。『日和神楽』の音が帰宅した今も繰り返し響いています。先生のお耳にも届きましたなら幸いです。 鬼百合 拝
☆ 波都賀志神
「葛野川、鴨川、であうところ」 今日、書き始めたメールでは、そこまで辿り着けませんでした。 また、日を改めて書かせて頂きます。 百
* 図星を指すように、当面わたしの関心へ「百」さん、接してきている。京の地理、地図が光条となって交錯する。
☆ 春陽堂版『鏡花全集』全15巻を
ご寄贈賜り、誠に有難うございました。
文学部および国文学科の図書を充実できて、嬉しい限りです。院生・学生に大正期~昭和初期に刊行された図書の美しさを体感させます。
祇園祭は、只今、後祭の最中。見物客も少なめでゆっくり楽しめます。
この絵葉書の大船鉾も復活しましたし、鷹山も数年後の復活をめざし、囃子が演奏されます。
湖の本「黒谷」を読んで、久しぶりに「味ない」という京都言葉に接し、懐かしい気持ちになりました。 田中励儀 同志社大学教授
* もっとも望ましい先へお嫁入りさせて、本望。感謝します。
☆ 秦 恒平様
謹 啓 「秦 恒平選集」第二十巻(「谷崎潤一郎を読み直す」「神と玩具との間」)をご
恵贈賜り、有難く御礼申し上げます。この度も発刊早々に賜りましたこと、恐縮いたしますとともに、重ね重ねてのお心遣い、有難く、衷心より御礼申し上げます。
読む順序としては、お書きになられた年代から言って「夢の浮橋」「蘆刈」「神と玩具との間」「春琴抄」となる、と思いましたが、谷崎潤一郎の作品の読みという点でいえば、「夢の浮橋」「蘆刈J「春琴抄」が一連であり、谷崎潤一郎の人となり、作家の創作の原点を闡明するという点で、総合的人物像に迫る論考として、また個々の作の読みとは別ものとして「神と玩具との間」は読むべきか、と、思い込みのまさった考えではありますが、そう考えて読ませていただきました。
「漱石作『こころ』の心見」でも感じましたが、読みの徹底、あるいは深い論究的な読みには、はたしてそこまで…、と背筋を正したくなるような鋭く怖いものを感じました。俳句の読みなども、わずか十七字の表現に、深大にして複雑な状景、心理的綾を読み取っていると思える芭蕉や蕪村の評を読みますが、はたして眼光紙背に撤する読みとは、表現された作品を超えた、「新たな読み」という「作品化の読み」であり「創作」ではないのか、と己れの想像力一思考力の欠如をリアルに感じさせられて、無力感に捕らわれました。
「夢の浮橋」「蘆刈」「春琴抄」を読んだ目で、今回湖の本巻頭の「黒谷」を読みますと、随所に伏
線が張られているように思え、緊張しました。死霊である正美の蘇りのひとつひとつに、問わず語りに、あるいは言はでもの云う、謎や秘めた思いなどが、計算された周到さで鋭く立ち上がっている言葉があり、「ここだな」と油断ならないものを感じました。
「黒谷」については、これからいろいろな人によってご批評が書かれ、論じられることと思いますが、一読ですが、私の受けた強い印象を述べさせていただくと、京薩摩の大皿をごく幼い紘子の顔の上に落とす行為に、正美の「優しさ」を感じました。正美に似ない母郁恵似の紘子は、生涯、皆に疑いの目をもって顔を注視されながら生きていかねばならず、やがては北岡に似てくるかも知れない危うさを想うと、顔が潰れるとまではいかずとも、大きな傷を負った紘子の顔は、もはや郁恵でもなく正美でもなく、まして北岡のでもない、顔に傷を負った一人の少女として、そして女となって、八尋家の嗣子を全うする存在となっていくのではないでしょうか。傷ついた顔を持つ紘子に、誰も北岡の面影を探すことはしないでしょう。大皿で傷つけてしまったという祖母、母、嫁郁恵、北岡たちの共
通の罪責感に労わられて、紘子は濁りをしらない、幸せな少女に育っていく。正美の悲しい願いが、大皿落下に籠められている、と感じました。
しかし、もし紘子が大皿落下で「死んで」しまったら…、正美の復讐となり、あまりに陰険で、それが幼児紘子に向かうことは、北岡、郁恵に生涯にわたる贖罪を強いるとはいえ、不倫、裏切りの代償として、あまりに可哀想で残酷な気がいたします。紘子が死にいたらないことを、私は願いたいと思いました。
未熟な文章、縷々書きました。ノートをとってちゃんと論じなければいけないところですが、思い込み誤読、多々あると思います。一読者の気ままな感想としご宥恕いただきたく思います。
ニ十年ほど前に上野の古書市で見つけた新書版「谷崎潤一郎全集」(昭和三十二年版、中央公論刊)を段ボール箱から取り出して机上に積み上げております。これから、改めて読み直してみたい、と思っております。
御礼、大変遅くなりましたこと、深くお詫び申し上げます。
連日の厳しい暑さ、身にこたえます。
先生、奥様ともども呉れぐれもご自愛くださいますよう、こころよりお祈り申し上げます。まずは御礼まで。 敬具 平成29年7月22日 小滝英史 八潮市 作家
* 御批評 心より御礼申します。
2017 7/24 188
* 創刊三十二年へ向かっている「湖の本」 よく続けられていると我ながら驚いているが、読者のおかげである。残念ながら経費的には累算赤字はもう何年も前から赤々と積み重なってはいるが、高齢読者からよぎなく人数が減って行く以上当然のことで、この程度の赤字でよく保てていると、それも感謝に満ちた驚きである。廉価どころかかなり高い一冊値段でお願いしているが、送料を加算し送金して下さる方も多く、値上げしてもいいよとまで言われたり、加えて特別のご支援を下さることもある。読者にまもられていると、しみじみ思う。ますます慎み、頑張りたいと思う。
2017 7/26 188
☆ 秦恒平様
梅雨が去って猛暑の中に突入しました。 しかし僅かな涼味は生活の隙間に見出されるはずです。
七月中旬は、室蘭市港の文学館での講演会をはさんで六日間の北海道旅行をやり遂げて羽田に降り立ちました。当日の十五日は、敗戦一ケ月前 幌別沖からの米軍の艦砲射撃に曝された日でした。
そんな書き出しで数通の礼状をしたためているうちに、 急にこんな次第になりました。どうぞあとはお見捨て下さい。
『女坂』に「涛の本の事」とある「湖(うみ)の本」は「黒谷・女坂・女の噂(一)」 つくずく享受堪能さ せていただきました。作者による自作享受解題としても。 個人的にはメール友湯川まり子の家庭小説の来歴に 「千葉大学の文科を出たあと、車で木更津市に、あと、職場に出勤している」 とある共通に驚いたりしました。
医学書院の長谷川泉を師と仰ぎ、谷崎潤一郎研究に携わったこともある私には 何時の日かど こかで「秦恒平文学」を論じる夢をいだいております。
同封のあれこれは、目にしていただければ幸いです。
津軽海峡を越えた北国育ちの東京、京都の文学憧憬、 お礼と報告までです。無論ご放念ください。
お身体ご自愛第一に。 草々 竹内清巳 千葉大学教授
* お元気なようで安心したが、すこし汲み取れないところも。
2017 7/27 188
* ごく僅かな朝食のあと、ガマン成らず睡く、潰れたように二時間ほど寝ていた。それでも夢は見る。それも突然に父方とおぼしいしかも若々しい何人かが、この我が家の居間の窓まで連れて来て「恒平ちゃん」と呼んだ。窓を開けると、若々しい元気な女性の一人が、(いちばん年若かった叔母かと想われたが、)窓の内へ手を伸ばし、笑い声とともに洋酒とも中国酒ともみえる瓶を一つ手渡してくれ、そして、水が流れ去るようにみな消え去っていった。「だるま」と呼び慣れているウイスキーの瓶に重さも似ていた。わたし自身もせいぜい二十代の若さで、まぢかに妻もいっしょだった。身を揉むように目ざめた。十時半。
玄関へ荷が届いた。
「湖の本」創刊の一の恩人である元朝日新聞社の伊藤壮さんの頂戴もので、大好きな、素晴らしい山梨の桃、 たくさん。やや柔らいでから、よっく冷やして食するようにと。嬉しい。
2017 7/28 188
☆ 秦先生
こんにちは。
ご無沙汰をいたしまして、申し訳ございません。
明日、隅田川花火大会、ご都合いかがでしょうか。
お目にかかることができましたら、嬉しいです。 望月太左衛
* 例年の、有り難いお誘い。この数年は余儀なく失礼していた。行きはまだしも帰りの脚が安全に確保できないのと、体力とで。
めずらしく妻が、久しぶりに行ってみたいと言う。それならば腹をくくって、遊山でこそないが、往き帰り、やすみやすみ時間を気にせず「浅草」物見を楽しみに行こうと決めた。かなりの冒険だが、太左衛さんに、御好意に甘えますと返事した。
2017 7/28 188
☆ 波布里曽能 「居籠祭」
昨夜、疲れていたのか… 「冬祭り」を読もうとして手に持ったまま眠ってしまいました。まだ明けぬ夜に目覚め、窓辺から月を探してみましたが見つかりません。またたく星を眺めているうちに、河原に立っているような気がしてきて… 定家の歌が思いだされました。
いづみ河かは波きよくさす棹の
うたかた夏をおのれ消ちつつ
巨椋池にそそいで、やがて淀川に合流する木津川は、紀には輪韓川と云って、東に『和伎座天乃夫伎賣神社』 対岸には『羽振苑社』のまします所。祝部が、罪や穢れを放り浄めます所があると知りました。
先生のお書きになられた御本から教わったと、そんな風に感じています。
先生の御作を読ませて頂いているうちに、導かれて辿り着いたと、そう感じています。
そう言えば、茅葺屋根に天道花を立てた唱聞師の家が描かれた屛風を見た時、陰陽師といへども、鴨川で「七瀬祓」をする宮仕えの者達とは凡そ違って活き活きとしていたのを、思い出しました。
もう、何十年も前に見た絵を思い出してみて、今どちらの境遇でありたいかと尋ねられたなら、どちらであってもかまわないと、答えます。どちらが良いとか悪いとか、思ったり選んだりすることが、おかしなことであると思えるのです。若かった頃には、そうは思えなかったかもしれないけれど… また、もう一つ踏み込んで考えてみると、どちらもして来た気がするのです。
生を受けて、与えられた命を活かす。そうできたなら、此の世に居るのも悪くはないと、この頃は思えるようになって来ました。
思いつくままに、取り留めの無いことで… すみません。
『女坂』のお二方、万紀子さん・紀美子さんと同類の、 百 拝
—–追伸—–
日付けが変わってしまったので、昨日のことになりますが、28日は「神輿洗式」でした。
いよいよ祇園會も、大きな行事は、29日の「神事済奉告祭」と31日の「疫神社夏越祭」のみとなり、逝くモノを惜しむ気配となります。
この間まで御旅所に鎮座の三座神輿が金色に輝く姿を目にした時、八瀬童子を思い出しました。
「大喪の禮・葱華輦」の出来事は、幾重にも配慮に欠けていたと、思われてなりません。様々に考えさせられる出来事でした。
時は移り、コトは変わって行きます。なかなか良い方には変わって行かず… 私が京都にうつり住んでからのたった七年の間にも、残念な変貌に、鬱屈してしまうことしきりです。
添付の写真は、10日「おむかえ」の日の「宮川町・神用水清祓所」です。
この間送付しそびれ… 今頃になって恐れ入ります。あまりはっきりしない写真ですが、川辺を懐かしんで頂けましたなら…
2017 7/29 188
* 昼過ぎ、かなり暑い。
花火の浅草へ 往復よほどシッカリしていないと夫婦して凹むかも。克服してくれば、次のステップ、短い旅への自信になる。
* 生憎の小雨になったが、ごろごろ会館前でタクシーをおり、浅草寺の大賑わいの中をゆらゆらゆらと散策、大きなホテルの上の階の食堂街で、海鮮和食で軽く夕食した。酒は避けた。ビールが冷えて美味かった。妻が脂っけを禁じられているので、好きな米久でのすきやきは諦めていた。この食道街、また来ても佳いなと思った。
六時半に、招かれている先へ、着。雨になっていた。様子を見て待つべく、太左衛さんの案内で近くの店でお茶を呑んだ。花火強行とわかり、雨の屋上は避けましょうと太左衛さん(弟・望月太左衛門、望月朴清)のお姉さんの私室へ通してもらい、窓際から真正面の花火をタンノウした。お喋りは女性がたにまかせ、わたしは一時間半、じいッと花火に吸い込まれていた。有り難かった。
やす香の告別式のばん、わたしたち祖母夫婦は、来会を硬く拒まれていた。わたしは太左衛さんの花火の招きに応じて、天上したやす香といっしょに夜空をみあげながらやす香と語り続けていた。太左衛さんは、静かによくいたわってくれた。忘れない。
おじいやんと呼びて見上げて腕組みて
はげましくれし幼なやす香ぞ
2017 7/29 188
☆ 秦先生
奥様
おはようございます。
昨日は雨の中のお出かけ、おつかれさまでした。
段取り悪く、お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。
また先生には貴重な御本を頂戴いたしまして、おそれいります。
有難うございました。
昨日の花火大会は私にとりましても
いままでと違い、落ち着いてみることができ、姉とも久しぶりに話をすることができました。
ありがとうございました。
お送りしたあの帰り道、車を拾えたので、まだ先生方が近辺にいらっしゃるようでしたらと思いケイタイへお電話してしまいました。失礼いたしました。
また来年、よろしくお願いいたします。
追伸
先生、奥様にお目にかかれて同行した**さん(邦楽のお弟子さん)も大変よろこんでいました。
奥様とのピアノつながりの会話をきいていて 連弾のように感じました。
いつも接している音楽の影響は大きいなと思いました。
発見でした!!
囃子をしているとどういう会話になるのかな?
お祭りみたい!? などと考えてしまいました。
感謝申し上げます。
惚(ほう)けたる老いそれなりに花やいで ありがとうございました。 望月太左衛
* 太左衛さん
なによりも 久々にお目にかかれたのが 心強う嬉しいことでした。お姉さんとも久しぶりした、無体なとびこみにかかわらず終始ご親切に お部屋までお入れ下さり、すばらしい花火を存分にほれぼれと見上げることができました、なにもかも太左衛さんのご好意からと、帰る道、道も二人して心から喜び感謝しておりました。
言問へば花とばかりぞ川開き
一閃のいのちか光(かげ)か花火かな
惚けたる老いそれなりに花やいで
こんなことを思いながら夜空を見上げていました。亡き孫娘も天上でいっしょに見ていたにちがいなく。
お弟子さんにもおめにかかれて嬉しく。またそんな機あって話の花も咲かせたいものですとお伝え下さい。
夕べは、言問通りを あのまま河童橋とかいうあたりまで、ゆっくりゆっくり歩きまして、そこの交叉点で、脇からきたタクシーに乗れましたので、そのまま池袋まで走りました。西武線でも二人とも座れまして、さしたる疲れなく保谷駅からまたタクシーで、十一時過ぎに帰宅しました。
思い切って、頑張って、出掛けて、本当に良かった、有り難かったと心から笑い合ったことでした。これで少し自信を付けて、こんどは電車に乗り一泊ぐらいの旅もと願っています。
けさは、わたくし、さすがにかなり朝寝坊しましたが、もう元気に仕事をはじめています。
アドレスを存じません、お姉さんに、くれぐれもくれぐれも御宜しく御礼の気持ちお伝え下さい。
太佐衛さん ありがとう。 ますます御活躍を。怪我せず事故に遭わずにお元気で。
七月三十日 午後 秦 恒平
2017 7/30 188
☆ 「よろしゅう、おたのもうします。」
八月朔日に、農家の方々が新穀をおさめ「田の実の節句」として祝う初穂献上の風習が、武家の贈答儀礼「八朔の禮」に転じていったのは何時のことであったのか… 思い出せません。
旧暦に則ってなされる行事ですから、本来ならばまだ先の(今年の暦では)九月二十日ちょうど彼岸の入りの頃にあたるのですが…
毎年この日、八月一日の夜のニュースには、凛として華やいだ祇園藝妓舞子の方々の御挨拶まわりの映像が放じられます。「田の実」が「頼み」になったのだと、どなたかに伺った覚えがあります。恩義ある方に御禮を申し上ぐる日。
先生、此の度も同じ時代に生まれ合わせ、御作を読むことのできる仕合わせを、御本を送付いただいて、手にすることのできる有り難さを、深く感謝し心より御禮申し上げます。
猛暑の最中に送り出し作業の、お身体へのご負担は、さぞや…と、祈るような気持ちでおります。
何のお慰めにもならないとは存じますが… 勤め先に、八坂神社から授与されたばかりの護符がありましたのを、写真に撮ってみました。勝手ながら、添付させていただきます。
どうぞ、お大切になさりながら…と、お祈り致しております。 京・鷹峯 百 拝
* 八朔(八月の一日=朔)の今日(京)は、新門前の我が家のまえも、端麗に正装した祇園甲部の藝妓が、西町の京舞井上八千代家へ 「よろしゅう、おたのもうします」とあいさつに出向く姿を、例年、見かけた。我が家は新門前通り仲之町の東端にあり、西之町には井上流家元(=京観世片山九郎衛門家)の住まいがあり、祇園の女たちはこの日はのこらず日頃の謝意をつたえに参集する。たぶんそんなニュース映像は今日もながれるだろう。
夏の夜もすゞしかりけり月影は
庭しろたへの霜とみえつゝ 民部卿長家
なんの誇張でなくこの詠のままに、足もとから浮かぶような涼しい夏の月影を浴びたこと、何度もあった。この和歌、ただ歌合のための修辞でなく、みごとな写実であったと想う。
2017 8/1 189
* もう、早大図書館から、「秦 恒平選集」第二十一巻受領の返信が来ている。下関の大庭緑さんからも。
☆ 暑さお見舞い申し上げます、
近日特に暑い日が続いてます、にもかかわらず、今日選集21巻をお送りいただき有難うございました。谷崎潤一郎の、力の入った様子が解ります! 楽しみです。暑い中お送り頂き感謝です。が、体調が心配です、ご無理の無き様に。
私は冷房が体にさわり、扇風機で我慢しています。
ぎをん祭りもあっという間に過ぎ、8月に入りました、相変わらず観光客が多い四条界隈です、昔が懐かしいです。
くれぐれも無理無き様にお過ごしください。 京・北日吉 華
☆ 秦恒平様
本日、『秦恒平選集第21巻』のご恵贈にあずかりました。まことに忝う存じます。
それにしても出版の間を置かないお仕事の速さは驚異的です。つい数週間前に第20巻をいただいたような気がします。加齢現象と戦いつつ、また通院も怠ることなく、選集の刊行のお仕事に専念されておられる。変わらぬ敬意とともに、お疲れに対してねぎらいを申し上げます。
本日午後から、先ほどまで、谷崎潤一郎論の後編を熱心に拝見しました。すでに拝見しているものも、新たな気持ちで読み直しました。圧巻でした。
潤一郎の祖父の久右衛門徳方がニコライ派の信徒だったとのことですね。子供時代の潤一郎が「マリア像」を「子供の官能と賛美の念で見つめて、非常に強い感銘を得ています」という一文を、そうか、という思いで読みました。
私は子供時代に横浜の山手通りのカトリック教会の前のマリア像の彫刻に惹かれたものです。その頃、母はすでに病没していました。中学時代にプロテスタン トの学校でキリスト教に触れなかったなら、マリア像に惹かれてカトリック教会の門をくぐるようなことがあっただろうかと考えてみます。
幸か不幸か、大学生時代にレリジャス・エロティシズムに対する批判的な感覚を身につけてしまった私は、中学生以来のプロテスタント世界で過ごしております。
その私が壮年時代の終わり頃、長崎の友人の誘いで隠れキリシタンが多かった外海地域の黒崎教会を訪れたときの感動は格別でした。坂道を上り詰めた時に、 教会堂の脇に立って迎えてくれた美しいマリア像を見上げた私はうっとりしました。このマリア像は若い女性をリアルに気高く刻み出しており、美しすぎます!
渡辺直巳が谷崎潤一郎の『犯罪小説集』文庫本の「解説」で、「読者への意図的な戯れ」と特色づけているのですか。奥泉光夫妻主催の花見の宴(奥泉家は野 川公園に北面しています)に参加したしたときに、渡辺氏にお目に掛かり、多少の話をしたことがあります。彼は饒舌ですが、なかなか気さくで巧みな表現をす る人です。
「わたくしの谷崎愛」の中で、優れた論文は「正しくて面白い」、優れた評論は「面白くて正しい」とのお考えを披瀝なさっておられますが、同感です。
聖書学の専門論文ですら、専門外の人に「面白い」と感じていただけないようなものは、学問的にもたいしたことはないと感じています。ご指摘に大賛成です。
ありがとうございました。感謝をもって。平安。 ICU名誉教授 浩
☆ ご本、有り難うございます。
一度行ってみたくて、今年は日程も可能だった諏訪湖(母の旧姓は諏訪、養家が村の諏訪神社をお祀りしていました。)の花火も、京都への立ち寄りも、全て よしにして昨日真っすぐに帰省、涼やかな朝顔が迎えてくれました。今朝写真を撮ってみました。やはり、露を含んだような「今・ここ」の美しさは写せなく て…
久しぶりに、この夏は地蔵盆前くらい迄、故郷でゆっくりできそうです。
どうぞお元気にお過ごしください。 山陽 晴
2017 8/2 189
☆ 鬼前太后崩
先生、メールをありがとうございます。
ご発送の作業を無事に終えられて、何よりでございました。安堵いたしました。
ここ数年、からみあった蜘蛛の糸がときほぐされる様に、とても難しくて手に負えないと思えていたコトが、少しずつ明るんできたと感じます。賽は投げられているのだから、その目を読めばよいのだと、この頃は思える様になってきました。
(今、ふと思い出したのですが… 美術室でモノ知りの先輩が「古くは生贄にした獣の踝を祭壇でころがして占った」とそな風に言っていた気がします。)
修学旅行で初めて法隆寺金堂に入った時、たくさんのコトがやって来すぎて具合が悪くなってしまいました。すぐに外に出てしまったので「薬師如来像」しか目に入らなかったのですが…それで、もう充分でした。
帰ってから図書室で「釈迦三尊像」光背銘に『鬼前太后崩』とあるのが気にかかり、ずっと心の内にくすぶっていました。その頃は『埿部穴穂部皇女』と読んでも何だかよく分からなかったけれど… 長じて、丹後への旅で間人を巡り天橋立や籠神社に詣でてみて、その帰途に京都博物館にたまたま展示されていた『海部氏系図』を目にして、水底に光りが届く様に、辺りが明るんできたと思えました。
そして一昨年の五月に「糺河原勧進猿楽」が五百五十年ぶりに催された際、縁あって拝見した『賀茂』の後ツレが、かけていた若女の面には『稲目』という銘がつけられていました。
モノ、コト、は交錯する様に伝わってきます。
『厩戸皇子』を生んだ『埿部穴穂部皇女』の母方の祖父が『蘇我稲目』で、その女の『小姉君』は寺川沿いに宮を構えておりました。寺川の源流は、多武峰にあり、今は談山神社と名を変えた妙楽寺山間の滝が清い音をたてて落ちていました。
勧進猿楽の十日程前、神社に伝わる『摩多羅神面』をかけた観世宗家が『翁』を舞うのを拝見する機会を得、その時に撮った源流付近の写真を添付いたします。ピントも合っていない小さなものですが… 世阿弥も縁の水辺です。
とりとめもなく綴ってしまい… むりべ、ぬりこ、はじべ、きぢし、に辿り着くにいたりませず… 恐縮でございます。
先生がお尋ねの『雲上公』と、くそうず、について思い出しながら、いつかまた、書くことができましたなら… 京都 百 拝
* 籠神社まで出て来て、おうおうと声が出た。このお宮が所蔵する国宝の「系図」は神話世界へまで深まっているモノで、いつもアタマの中に置いている。異様にも貴重な歴史的光源である。
☆ お礼
秦さん 「秦恒平選集」第21巻拝受、いつもながら立派な書籍をお送り頂きありがとうございます。
もう60年以上前になりますが、弥栄中学3年生の時、谷崎潤一郎著「少将滋幹の母」を秦さんから借りたことを思い出しました。
秦さんのホームページ時々拝読しています。体調にきずかいながら、充実した生活を送っておられる様子なによりです。
「I am not ABE」「安倍政治を許さない」「改憲反対」と世論はうごいているようですが、すでに「安保法案」も「共謀罪法案」も成立・施行され始めています。
移ろいやすい世論と日本人の本音を見極めていかないといけないと思っています。
静岡県の函南という小さな町で「9条の会」に入れてもらい、函南平和展の開催などに協力しています。
9月の平和展に沖縄の映画「戦場ぬ止み」(三上智恵監督作品)の上映を企画しているところです。 てるさん より
* てるさんの 嬉しいメール。励みになる。お互い、新制中学一年からいっしょに七十年も生きてきたのだもの。元気で、努めたい。
2017 8/3 189
☆ 暑い日が
続いていますがお元気の御事と存じます。
当尾、今のところ皆 元気に致して居ります。
二、三日前より 恒平様の本を整理いたして居りましたところ、本を開けると 紙きれと共に (「死なれて 死なせて」の御本です。) そのビラの用紙には 当尾の叔母様へと… 感激いたし涙があふれ出ました。
いつかの日、はんげっしょ の だんご作ってた時に。 暑い暑い日でした。
結婚式の時は 9人の兄弟皆々元気でしたが 今は私一人になりました。
私も昭和三年産まれで 木津川市より 1m四方の座布団を頂きました。
恒平様 いつまでもお元気でネ、 頼りにして居ります。
新茶が少々入りましたので お送り致します。 当尾 吉岡嘉代子
* 守叔父さんの奥さん 叔母さんの 思いがけないお便りを戴いた。嬉しく、胸を熱くする。
* この日ごろわれのさ庭に米まけば
鳩のきて喰ふが 嬉しくてならぬ 湖
ぽォと呼べば鳩のつがいは羽うちて
小屋根のはじに胸ふくらます
* 中野完二さん 清酒「やまと櫻」を下さる。
☆ 『秦恒平選集』第21巻を
ご恵贈賜りまことにありがとうございました。135冊の「湖の本」と並んで、本棚で辺りを払っております。濃紺クロス装の感触を楽しみきれいな扉を開いて目次に眼を通し、先ず“刊行に添えて”を拝読しました。
谷崎文学は、なんとなく手に取る機会が無いまま年を取ってしまいました。
秦先生のおかげで少しだけ新しい世界が広がってきました。ぽつぽつと作品に親しんでみようと考えております。
「ギリシア哲学原典講読」の授業は夏休みに入り、一息ついています。相変わらずプラトンをカタツムリの歩みより尚ゆっくりと辞書を繰りつつ 『饗宴』を自習しております。
今年の夏の暑さはさすがに応え すっかり出不精になってしまいました。ずぼらを決め込んでおります。
先生もご無理をなさらぬようお体おいとい下さいますようお祈り申しあげます。 仁
☆ 八月に入りましたが、
猛暑はまだまだ続きそうで、蝉時雨が降るようでございます。
さて本日はご高著「選集第二十一巻」をご恵贈たまわりまして、まことにありがとうございました。谷崎はもちろんのことご講演を興味深く拝見いたしまし た。”日本語で「書く」こと「話す」こと”の 京都人、ものの言い方は、ついつい読みふけるほどの面白さ… 十八歳まで札幌(いなか)で育ちましたので、 京都に嫁いだときは、異国かと思ったものでございます。
しかし今はもう半世紀近くなりましたので 京ことばの「違うのと違うやろか」が耳に快く、嘘を楽しむのが大人だと言い切ることさえできるようになりまし た。人間がそもそも割り切れない生きものですのに、断定してしまって どうするのでしょう 配慮し合うのが知恵かと存じます。沢山、学ばせて頂きました。
益々のご栄硯をお祈り申し上げます。
御身御大切にお過ごし下さいませ かしこ 京・鳴瀧 浪 小説家
* 封緘に、お澄ましなオードリー・ヘプバーンのアメリカ切手が貼られ、ペン書きで 「アツおすなァ」と。
封筒をあけると、忍ばせた香袋がここちよく匂う。京の香りである。有り難いご支援まで頂戴した。
* 相模原市の篠崎功さん、品川区の本間久雄さんからも、ご支援戴いた。感謝。
* 仙台の遠藤恵子さん、大阪松原市の岸田準二さん、同志社大図書館、三田文学編集室、昭和女子大からも 受領の旨来信があった。
* 涼しいとさえ感じていたのが夜分になり、蒸し暑い。じわと汗を感じながら、小説を書き、選集の初校と再校をすすめ、「湖の本」のために鏡花に関わる昔 の色あせた座談会ゲラを苦心して読み読み電子化原稿に書き直している。「騒壇餘人」の「閑事」である。さればこそ出来る仕事。
八時半、だが、もう眼が見えない。
音楽を聴きながら、猫たちを写真で懐かしもうか。
2017 8/4 189
☆ 秦 恒平様
八月十一日から店が夏休みに入ります。夏だけの杏の半生菓子をお送りしようと思っておりました時に
先生の選集大二十一巻が届きました。ありがとうございます。
お身体くれぐれも御大切に。 村上開新堂 社主
* 杏菓子に加えて特製のクッキーぎっしり詰めの一缶を戴いた。感謝。愛らしいカードのお便りがついていた。
* 立命館大図書館、都立中央図書館、日本近代文学館、日本文藝家協会、そして京都市中央図書館から選集第二十一巻受領の挨拶があった。このなかで、京都市中央図書館(中西進館長)への寄贈は今後中止する。
この京都市中央図書館は、亡き桑原武夫の一万冊におよぶ寄託本を一層廃棄したことで話題になり、ヒドイ話だと思っていた。かりにも京都、日本の現代文化や思想に大きく寄与された桑原さんの遺沢本だというのに。
今回、わたし方への受領挨拶は、こうである。
☆ 秦 恒平 様 平成29年7月31日 京都市中央図書館 館長 中西 進
このたびは,下記資料の寄贈のお申し出をいただき,誠にありがとうございました。
なお,資料の所有権は京都市が保持するものとし,取扱い(図書館資料としての登録の有無,登録する場合の配架場所及び将来における処分等,並びに登録しない場合の市民や公共団体への譲渡及び処分等)については,京都市図書館に一任いただきますようお願いいたします。
記 資料名:秦恒平選集 第19巻,20巻 計2冊
ちなみに、他施設からの挨拶は例外なく、ほぼこういう内容である。
☆ 秦恒平様
時下益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
このたびは、下記刊行物をご寄贈いただき、誠にありがとうございました。厚く御礼申し上げま
す。
今後とも都立図書館へご高配を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
平成29年8月4日
記
秦恒平選集第21巻(平成29年8月1日 受領)
<問合せ先>
東京都立中央図書館 サービス部資料管理課寄贈資料担当
☆ 謹啓 ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
この度は、左記の資料を寄贈いただき誠にありがとうございました。日本近代文学館の貴重な資料として永く保存し、有効に活用させていただきます。
今後ともよろしくお願い申し上げます。 敬具
二〇一七年八月四日
公益財団法人 日本近代文学館
記
御著書
『秦恒平選集』 第二一巻 (湖の本版元刊) 以上
* わたしは京都市中央図書館の言い分をじつはよくよく理解している。本は、架蔵・所蔵に場所を塞ぐ。図書館や記念館が、ましてや個々の読者の方々がその 点で苦慮ないし辟易もされるであろうことは、重々察しながら しかも心してお送りしている。書かれているような処置は、どんな施設でも同じ心づもりであろ うことは重々承知しながら、献本している。胸の内では、あまり場所塞ぎとなりご迷惑な際は、いかような形ででも他へ差し上げて下さればと願っている、願わ くは「故紙回収」にではなく、と。
それにしては中西館長名での上の挨拶は、寄贈「図書」への挨拶でなく寄贈「申し出」への挨拶にとどまり、好意は受け取るが処分は任せてくれという「通達」に他ならない。なんとも行儀の悪い傲岸な挨拶であり少なくも「文化」事業の施設とは思われず、「京都市中央図書館」という名乗りに対しわたしは故郷「京都」のために痛ましい思いがする。
むろん、この館へは第一巻から贈り続けてきたが、これが「初めて」の返事で、それにも他と比して異な思いを実は抱いていた。
☆ (谷崎潤一郎への)重い巻が
二巻重なりました。ありがとうございます。両巻ともすでに読んだはずの文章を確かめながら、果してどれだけ理解して生きたかりしにたものやら、印象をたどって読み返したいと思っています。
先日友人が贈ってくれた『句集』の中に
暑き日のインクの色は青がよし
というのがありました。そこで、久々にモンブランのROYAL BLUE をとり出してみました。選集のお礼には、ちゃんとした<こと>を書く自信がないので、近況を二つ書きます。(お読み捨てください)。
一つ、七月二十六日は、森山啓の野の花忌で、毎年安宅の海浜にある詩碑の前で偲ぶ会が催されます。小松の文芸協会の主催です。その時、記念俳句会があって、お招きをいただいている私も参加せざるを得ません。一年に一度きりの作句です。今年の兼題は「露草」でした。
つゆ草やいまのいのちをいとほしむ
と、投じましたら三位に入りました(投句数──出席者──は三十二句)。
当地では相当の俳人もいる中での入選で、申し訳なく思ったことでした。
二つ目は刻印についてです。
毎年能美市老人クラブで連合会余技展というのがありまして、係の人に請われて、ここ二三年来、刻字を出品しています。作品は「大事」と彫りました。お大事にとそのままです。(このこと前にお話したかも知れませんが──)
秦さんのホームページに「閑事」のことが書かれていまして、秦さんと私の現在の格差は、「閑事」と「大事」のそれかなと思ったりして、貧弱な生活を恥じています。
お二人様どうぞお大事に。 (乱筆失礼) 八月二日
井口哲郎 前・石川近代文学館館長
* 井口さんのこの柔らかに深く寛いだ行文の優しさに、いつもいつも心惹かれる。わたしの「閑事」など、まだまだ硬直していて、恥ずかしい。
「つゆ草」の発句に次韻して
つゆ草やいまのいのちをいとほしむ 哲
老いのなさけを人とわかちて 平
☆ 谷崎論攷を集成した
『秦 恒平選集第二十一巻』を有難く拝受いたしました。『第二十巻』とあわせて大切に大切にいたします。
谷崎愛に貫かれた秦さんの文章を拝読していると 多くを学ぶと同時に、谷崎を理解するにはあまりに小さな自分の器に気づき愕然とし、「いい読者」の資格 はないと実感もします。でも読むことはやめられず その一筋に救いを托して、これからも頁を繰りつづけようと思っています。
いつもご配慮を賜り恐縮いたしております。
これからが暑さ本番、どうぞ御身お大切になさって下さいませ。 八月四日
元・講談社出版部長 敬
☆ 拝啓
炎暑の候、お変わりなくお過ごしのことと存じ上げます。
この度は御著『秦恒平選集 第二十一巻』のご恵投に与り、ありがとうございます。いつものことですが、秦様の驚異的なエネルギーに圧倒されつつ、拝読しております。
二十一巻は谷崎についてのご論考を集められた一冊、秦様の谷崎に対する積年の敬愛の情が迸る、まことに読み応えのある巻と存じ車す。
「谷崎潤一郎論 藝の魅惑と本質』(1972)のような重厚な谷崎論をよく若い時代にお書きになれたと感嘆いたしております。私も谷崎には人並みの関心 がありましたが、とてもここまで深く谷崎の世界に参入することは出来ませんでした。「真に勝れたものに涯てしなく近づくという謙虚の内に個性と独創の開花 をじっと待ち望んだのである」というご指摘は、近代の欧米の文化よりも日本の伝統芸能に親近感を抱いた谷崎の本質をえぐる見事な視点だと存じます。
また、引用されている谷崎の文章に秦様の視点が重なって感じられ、感慨深いものがございました。たとえば、補註の中の「小便をたれるやうに歌をよんだら いいのである」という引用にはショックを受けました。この即物的な感覚に何よりも谷崎の美学が潜んでいるよぅな気がいたしました。女体を神とも仰ぎ、玩具 とも弄ぷ谷崎のフェティシズムに私も惹かれるところがあります。
右の手の指の関節が痛み、ペンを取れませんで、ワードを使いましたこと、ご海容のほどお願いいたします。
最後になりましたが、秦様のますますのご健筆、お祈り申し上げます。 敬具
平成二十九年八月三日 持田鋼一郎 歌人 翻訳家
☆ 台風5号の
影響もあるのでしょうか、暑い毎日が続いております。皆様ご健勝でお過ごしでしょうか。
『秦 恒平選集』第二十一巻、お届け下さり、ありがとうございました。
『生きたかりしに』上中下再読をいたしました。前回、同様、涙がとまりません。
異様な気候がつづいております。
お体、くれぐれもお大切にお過し下さい。 元今治市図書館長 木村年孝
☆ 温度差の
大きな日々が続いています。
『秦 恒平選集』第二十一巻拝受致しました。ありがとうございます。湖の本の『神と玩具との間』は拝読しておりましたが、二十一巻の諸論も座談会もとても興味深いものです。この八月に少しずつ読み進めて行こうと思います。 江東区 藤原龍一郎 歌人
* 妻の妹から、今回も多大の支援をしてもらった。感謝に堪えない。ともども、健康に生きついでお互いの創作に思いを尽くしたい。
☆ 偉業に
ただ敬服あるのみです。ありがとうございます。
裏庭にオニユリが咲き出しました。
向暑 どうかお健やかに。 近江五個荘 川島民親 作家
* 過分のご支援に心より御礼申します。
藤原龍一郎さん、奈良の東淳子さん、小田原の安藤啓一さんからも嬉しくご支援を戴きました。
☆ 暑中御見舞い申し上げます。
今夏は荒れ気味の気象です。政局も、国際情勢も先行き何か有りそうな…。
秦先生の御健筆を祈り上げます。
著書をいただき心から御礼申し上げます。 元・朝日新聞社編集局 伊藤壮
☆ 暑中御見舞申し上げます。
選集第二十一巻 御恵与 厚く御礼申し上げます。
風鈴や仲見世二三割高し
寺涼し十四五人の靴並び
石抱いてまだ蟷螂の鎌細く
大学が同じえにしや湯帷子(ゆかたびら)
香水にひとへ瞼に覚えあり
人に心あり紅葉には傷みあり
紅葉散る水面にたらひ舟往き来
鉦叩(かねたたき)聴いてをりしが寝付きたる
末枯(うらがれ)といふたまさかに揺るるもの
露をみるやうになりしはこの句以後
芭蕉会議
海紅山房日誌 埼玉嵐山町 谷地快一 東洋大教授
* 幸せなわたくしである。
2017 8/5 189
☆ 元気です。
ご心配かけてしまってごめんなさい。
姑の世話、医者通い、ただし大した病ではありません。
やや忙しく、やや疲れ、日々が過ぎてきました。 あらためて。 尾張の鳶
☆ お元気ですか。
こちらは隅田川の花火ならぬ エッフェル塔での革命記念日の花火でした。
これからの仕事は自分の人生の終活を視野に、益々元気であること、「自分の仕事」を全うすることだと思います。
願うのは健康であることですが、こちらですこし体調をくずしました。
湖の本と選集と ありがとうございました。
日本はお暑いようですが、こちらは長袖で過ごしております。
こちらで考えたこと感じたことは山ほどございますが、それはまたお便りします。
お元気で、そしてどうぞご無理のないよう、この夏を乗り切ってくださいませ。
このメールの無事届くのを願いつつ 清 絶壁の巌をしぼる清水かな
2017 8/6 189
* 島津忠夫さんのご遺族からカステラを頂戴した。
2017 8/7 189
* 梅原猛さん、寺田英視さん、藤森佐貴子(故島津忠夫)さん、新潟の藤田理史君 選集受取りのご挨拶を戴いた。疲労に負け、内意は略させて頂きます。感謝申します。
高松市の星合美弥子さん、愛知知多郡の久米則夫さん、三鷹市の唐澤篤男さん、渋谷区の佐藤宏子さん、花巻市の及川恵美子さん、世田谷区の鈴木定幸さんすらは有り難いご支援を戴いた。感謝申し上げます。
☆ 暑い日が続いておりますが
如何お過ごしでしょうか。わたしは無理を申しあげて、先生から定本・清経入水をお譲りいただいた者です。
おかげさまで、原稿と定本の二册の「清経入水」を並べて、先生がどのように手直しされたのかつぶさに勉強することができました。
その結果、ムダを削ることがいかに大切であるかが実感としてわかりました。
今後とも自分の文体を創るべく努力をしてゆく所存です。
今回はほんとうにありがとうございました。 草々 千葉いすみ市 田邊一廣
☆ 立秋
hatakさん 東京は暑いことでしょう。お見舞い申し上げます。
湖の本135巻をお送り頂いた際、前回分から振込が滞っていたことに気がつきまして、郵便局を通りかかったら振り込もうと思い、振込用紙を鞄に入れたま ま、7月を過ごしてしまいました。振込用紙は私と共に、北大、岩見沢、道庁、ハワイ、東大、小田原、網走と旅をして、ようやく北大近くの郵便局から振り込 まれていきました。
7月は研究所に在席していたのは僅か4日。閑事とはほど遠い一月でした。今日立秋を迎えた札幌は、日が短くなり、朝夕涼しくなりました。一足先に夏が暮れていきます。
暑さ想像もつきませんが、無理をせずくれぐれもお大切に。 maokat
* 朱明の炎暑に、はや白蔵の秋が近寄っていると。天を仰ぐ。maokatn お元気で。
2017 8/7 189
* 九大名誉教授今西祐一郎さんからお便り、明治学院大図書館から選集受領のあいさつを受け取った。
朝日新聞社からは朝日賞への推薦に対し謝辞が届いた。
2017 8/8 189
* 笠間書院編集長の橋本孝さんから、栄養満点、蜂巣蜂蜜や蜂蜜かりんとうなどを頂戴した。畏れ入ります。笠間書院からは、中世物語全集を刊行ごとに頂戴している。
このところわたしは専らのように古典ないし周辺の歴史ばかり読んでいるが、厖大な日本古典文学全集百余巻、四六判古典全集数十巻、いずれも全巻揃えて小 學館の寄贈を受けている。この恩恵は底知れず測り知れない。場合に応じ両方を読み分けながら座右に引き抜いて来ていない時がない。
* 最近に「これは! 名著!」と声の出た本を二冊戴いている。一冊は亡き島津忠夫さんの遺著「源氏物語放談」で、新しいもう一冊は茶人で歴史学者である千里金襴大名誉教授生形貴重さんの
「千利休と伊達政宗」。
前者は卓見に富んで「放談」という語り口を緻密に活かした聴き応え満点の源氏物語腑分けの探検。
後者は綿密に文献資料を先立てながら間髪を入れない事跡の追及と確認操作を莫大に具体的に積み上げ積み上げ大きな歴史を把握し開顕してゆく、その手続き手際がまことに明るいのである。
* もう此処まで来るとわたしには「読みたくて読める本」が貴重で、もう読まないな読めないなと良い本は、型の伝わりやすい良い施設や良い読者に手渡した く、てわたし始めている。私の著作も、多くの送り先で同様の判断に出逢うだろう、願わくは新たな人や施設へ手渡ることをこいねがう。
2017 8/9 189
* 神戸大名誉教授信太周さん、詩人あきとし・じゅんさん、故福田歓一東大法学部長夫人の、さらに東大大学院国文学研究室からも、選集へのご挨拶を受けた。
浦和の出田興生さんから、また小松市の八代啓子さん、大田区の青田吉正さんから、有り難くご支援を戴いた。
2017 8/9 189
☆ 暑中 お見舞い
台風五号が去って、昨日の関東は体温酷暑だったようですね。如何お過ごしでしょうか? 病院などの必要な用事以外はひたすら居心地よく楽をして暑さをやり過ごして下さい。
幸い、そして家の中でのお仕事が鴉に実りをもたらすのですから!!
今年の夏、広島長崎の原爆投下の日が過ぎました。
今日は娘が暫くぶりに帰ってきます。
さまざまな雑用や人間関係にともすれば挫けますが、挫けるほどの苦しみではないと思っています。姑を身近に見ていると百歳近くまで生きるのは、或る意 味、気の毒に「罰」を受けているのではないかとさえ思えてきます。身体の自由がきかなくなり、一歩一歩に脚も肺も苦しい・・それでも人はやはり命ある限り 生きたいという本能に突き動かされて生きています。わたしもそう。同時に違う方向へも考えが思い及びます。
先日テレビの「百年住宅」という番組で谷崎潤一郎の京都での住まい『潺湲亭』が紹介されていました。引っ越し好きで、生涯で**回も転居したと。(わた しもかなり引っ越しした方ですが及びません)それにしても下賀茂神社横のあの潺湲亭の中には入ったことなく、ただただ想像するしかありませんでしたか ら・・。勿論熱海に移転の時に谷崎から買い取ったニッシン電気という会社に対し、住まいの現状維持を条件とし、会社も亦それに努めてきたそうです。管理、 維持するだけでも大変なことです。今になって思うのは、そのような暮らしは自分のものでないという、至極当たり前な感想で、静かに充実できる些かの空間が 確保できれば、十分、ということでしょうか。
下賀茂神社もずい分変わりました。世界遺産になり観光客は増え、糺の森もいくらか埃っぽくなった感があります。ロープが張られ、泉川に手を差し伸べることも出来ませんし・・。
「湖の本」の感想、改めて書きます。と言ってもわたしなど浅い理解で・・書きますなど言うだけで冷や汗が出ます。真如堂界隈の独特な雰囲気、紅葉の頃の 真如堂に向かうなだらかな階段を、宗忠神社から吉田への道を、黒谷の少し怖い静けさを思い浮かべつつ、敢えて想定外の? 読み方も出来るのかしらな ど・・。
「女坂の万紀子さん、紀美子さんと同類」と自分のことを書かれていた「百」さん、(ももさんとお呼びするのがいいでしょうか)の一行に驚きました。その ように自分を規定し断言できてしまう、それは自負、誇りでしょうか? 同時に作者は手厳しい批評もされているのです・・。彼女のメールの独特の雰囲気に留 意しつつ、ああ、それはわたしには足りないものだと痛感しています。
どうぞ暑さに負けず、夏をしのいでください。大切に大切に。 尾張の鳶
* 尾張の鳶は色々話してくれてそれが自身の生きにとどまらず此のわたしの思いとも輻輳して響き合うに書いてくれる。その深切さが鳶の便りをつい心待ちにさせる。うえに言う「百」さんの生きようと鳶の体験に裏打ちされた関心とはかなり膚接している。
京大生だった「尾張の鳶」は、あの吉田山をまぢかにまたいでわたしの書いた「黒谷」世界はよほど日常的に熟知のはず。どんな「想定外」の読みが聴けるか、楽しみ。
☆ 暑さお伺い
今日猛暑の中、用事があって外出したら、五条通りは陶器まつりで、松原通りでは六道珍皇寺の参拝者で大勢の人出でした。この後、お盆の人出が終われば、大文字の送り火です。変わらぬ行事が続き 何となく暑いなか暮らしています。
高島屋から涼しそうなお菓子をお送りしました、明日にでも着くかと。京都を思い出しながら楽しんで下さい。 京・北日吉 華 高校同窓
* 俵屋吉富の、干琥珀がきらめく京菓子「貴船の彩」 笹屋伊織の青竹に包んだ涼しい「くづ切り」をたくさん戴いた。糖分には力づけられます。五条の陶 器祭り、地獄の釜の蓋が開くという六道珍皇寺のもの恐ろしい参拝。まこと、さもあらんと幼少を思い出す。ああ「清水坂」に命と思いを託した昔人たちが、北 僻のあのねぶた繪のように甦る。
* むかし朝日新聞社におられ「湖の本」創刊を絶大にたすけて戴いた伊藤壮さん、山梨の名菓「白桃」をたくさん下さった。真夏絶好の冷菓。有難う存じます。
平家学者で神戸大名誉教授の信太周さん、「稲庭饂飩」を大きな一箱で下さった。おそれ入ります。
☆ 交通止めの解除された瀬戸大橋を渡り、四国に行ってきました。
四国の地酒をと思いましたが、お土産屋には手軽な品しか見当たらず、岡山で、純米大吟醸「喜平」を手配しました。二、三日中には着くようです。
東京も猛暑で、秋はまだ名のみ。お体をいたわり、お仕事、お励み下さい。喜び多き日々でありますよう。 倉敷 深澤晴美
☆ 選集第21巻
ありがとうございました。
新作の小説「黒谷」「女坂」は、どうしても拝読致したく 家内の応援を得ながら読ませていただきました。新しい形の小説と存じました。
選集では「谷崎の歌」をゆっくり読んでいます。潤一郎家集ご刊行のころが懐かしく思い出されます。
台風5号 ノロノロと我が家の上空を通り抜けて行きまして、また暑い日が続きそうです。くれぐれもお大切にお過ごしください。 和歌山・貴志川 朱心書肆主人
些少、同封致しました。お納めください。
* 感謝。お目をお大事になさってください。同齢、相憐れみながら、こつこつと気強く生きて行きましょう。
☆ 暑中お見舞い申し上げます。
選集ありがとうございました。「谷崎の妻」から読みはじめました。先生の谷崎論攷堪能できて暑さも忘れてしまいそうです。
今年は「ルビーロマン」の出来が遅く九月になれば大丈夫とのひとで、もうしばらくお待ち下さいませ。くれぐれもお体おいといなされ、益々の実りゆたかにと祈念しております。
御礼まで。 金沢市 金田小夜子 作家
* 神奈川県知事、神奈川文学振興会理事長、県立神奈川近代文学館館長連名の挨拶あり。
2017 8/10 189
☆ 選集二十一巻
まことに有り難うございました。お礼を申し上げるのが遅れてしまいました。
時季外れのような気もしますが 冷凍保存も出来ますので 鮒寿司をお送りしてみます。14日に到着予定です。
アキアカネが飛んでいますが暑さに変わりはありません。
お大切にとお祈りしています。 吉備の人
* 有難う存じます。どうぞ、お揃いでくれぐれもお達者でいて下さいませ。私どもも努めます。
2017 8/11 189
* 朝一番に国分寺市の写真家近藤聡さん、地元のみごとな大房の種なし葡萄「藤みのり」を送って下さる。天与の美味。
* 原稿料や印税といった収入と縁を切って、つまり依頼原稿等々を一切お断りして、もう歳久しくなる。全くといえるほどの無収入と「湖の本」の赤字、非売 の「選集」では出銭の暮らしを続けている。若い日々、年々に頑張っておいたおかげで、老いの日々をかつがつ、もう数年は生き延びられるだろう。子供達に遺 す必要も気もない。慈善といった余裕もない。風が吹き抜けて行くようなわたしたちの暮らしである。
そんな暮らしなので、大勢の皆さんからいろいろに頂戴するのは真実こころも花やいで、賑わってただ嬉しいのである。それは稼ぎではない、まさに頂戴している。心よりお礼申し上げます。
* ツイッターを介してわたしにダイレクトメールする人がいますと「ツイッター」がメールで報せてきたが、何度も云うように、数年前から、わたしの此の機 械ではツイッターへもフェイスブックへも全く繋がらず、何一つ読み取れない。わたしに用や話があるなら、わたしのメールアドレスで直に言うてきてもらいた い。
2017 8/12 189
☆ 冠省
いつもながら、美しい 見事な御本、ありがとうございます。
日頃あたふたと暮してますが 肌さわりのいい美本と 静かな御考察に、新世界に誘われております。 ありがとうございます。 草々 鎌田 慧 評論家
☆ 残暑
お見舞申上げます。
今年の暑さは格別ですね。お変わりございませんか。くれぐれもご体調を崩されません様に お大事にお過ごし下さいませ。
御恵贈頂きました 谷崎先生へのお心の深さにあらためて感じ入っております。
私こと まだ相変らず右手がふるえて不自由ですが 何とか日常生活は 何とか無事に過ごしています。集中力がなくなって 八十歳の坂道は 大変ですね!! お身体 お大切に お二人お揃いでお元気にお過しくださいませ。 かしこ 奈良あやめ池 絹 高校後輩
* いつもながら手厚いご支援、感謝します。
* 静岡市の鳥井きよみさん、栃木下野市の寺沼輝幸さんからも、過分のご支援を頂戴した。御礼申します。
国会図書館、西東京市中央図書館らも受領の挨拶があった。
2017 8/12 189
☆ 鎌ヶ谷の梨
秦 先生
猛暑がぶり返してきました。如何お過ごしでしょうか。
鎌ケ谷市名産の梨を少々ご送付申しあげました。当市は、周辺の白井市、市川市などと併せて日本一の産地です。
収穫時期を農家に任せておりますので、発送は15日前後になります。
銘柄は幸水です。これから豊水、かおり、新高などの銘柄が続きますが、私は幸水が一番好きです。今年は出来がいい由ですが、私もまだ食しておりません。
御笑味いただけましたらさいわいです。
p.s.月下美人が咲きました。昨夜20時に開花、今朝はすっかり萎んでしまいました。 篠崎仁
* 梨というと、清少納言と紫式部を思い出します。この張り合っていたような二人は、同時代にごく珍しく梨の花を賞めていました。大陸の好尚を受け入れていたか、目に見えない感性の同調が有ったのかと。いましも、この二人を軸に「選集」第二十四巻を編んでいた最中でした。
よく冷えて佳い水分をたっぷり含んだ梨の歯触り、気持ちいいですね、夏から初秋への天恵で、子供の頃から大好きです。
有難うございます。お大事に、お過ごし下さい。
☆ 今朝の山陽新聞に
谷崎潤一郎が津山へ疎開した際の備忘録が発見されたとありました。宕々庵での日々が、お世話した得能家側から新たに明らかにされたようです。
選集第20巻、三篇の作品論は記憶も鮮やかでしたので、今回は「神と玩具との間」にはっと思わせられるところが多く、面白く再読しました。
丁未子夫人(「丁未末子」となっていた箇所がありました。あと、「根律(津)家」、「佐簾(藤)」「佐蔭(藤)」、「祭(察)しがつく」、「傍点秦」と しながら傍点の抜けなども。一段と眼を悪くなさっているかと心配です)は、戦後に川端康成の「女であること」のモデルともされた人ですが、「若妻との新婚 生活に「満足」が表明される(あの谷崎の)『語る書(佐藤春夫に与へて過去半生を語る書)』は、実は日々にその「満足」が「失望」や「落胆」へと内から掘 り崩されて行く自覚あってはじめて表現の動機をえていたことを、我々は正確に読み取らねばならない」、佐藤夫妻を過去完了に押しやる余勢で現夫人との結婚 生活をすら「過去」視しはじめているのが『語る書』―それとは裏腹に、「谷崎にとって「幼少時代」と「青春」は「過去」でなく内なる現実現在」に他なら ず、「表立たない幾度もの暗い淵に臨んだに違いなくとも」、「妻」の内なる「女」が理想の「母」へと通い合うものゆえに「妻」松子を他の「女」に見換えて しまうことはなかった、とはなんと鋭い理解であり、厳しい真実であったかと思います。
また、「恋文は谷崎文学に於ける「松子」効果を後々にまで確認する作者発行の「保証書」としても書かれていたのだ」との言葉に深く頷かされながら、メールの時代へと変わった今、どのような趣向を凝らした「恋文」や創作が可能かと考えてもいます。
自生の鷺草も見頃と聞いて、今朝は吉備路を散策してきました。
誰もいない湿地は、トンボが飛び、純白な花が秘めやかに咲いて、柔らかい秋の風でした。
長いと思っていたこちらでの休みも、あと4、5日。選集21巻は、戻りましてからの楽しみにします。お元気で。 深澤晴美
* いつも案じている昔風に謂う「誤植」に恐縮し困惑する。こういう間違いが出ると分かっていて直し洩らしまた見落としている。校正を重ねればいいと分 かっていても、内心に「早く」と願う思いに引きづられ恥ずかしいことである。たしかに眼は、如何ともしがたく弱っている。上田秋成の晩年が思いやられる。
* このところ、浴槽はわたしの校正と読書室になっている。永いときは二時間ちかく読んでいる。ハカが行く。眼を洗い洗い読めるので機械仕事よりラクなのである。機械の前では「仕事」をしなくてはならない。
2017 8/13 189
* 吉備の人有元さん すこぶる美味の近江鮒鮓をたっぷり下さる。早速に一献、まことに美味し。
2017 8/14 189
* 今日の外出と観劇は、いまいち落ち着き悪くすぎて、雨の中を、時間を考えてクラブにもよらず帰ってきた。何よりの衝撃は、懇意に馴染みを深め てきた 「茜屋珈琲店」の店主千葉好信さんが急逝されたよし店に貼り紙の出ていたこと、声も言葉もなく夫婦して表に立ちつくした。残念でならない。心より冥福を祈 ります。
野田版の「今日カブキ」も、わたしにはいまいちに思われた。なによりも、カブキ言葉だとあれほど明晰に発語できる歌舞伎役者の殆どの出演者が、ただの早口、 それも言語は不明晰でへたくそなのに惘れた。なにを言いなにを演っているのか、面白く耳に届かない。これなら俳優座や劇団昴の俳優達の方が詞をよく伝えて くれる。詞がハキとせぬまま騒ぎに騒ぐのだから、演劇というより「にわか」のようなもの、主役の勘九郎が時に亡き父勘三郎に似て見える分、父のまあるい溢 美柔軟な魅力にはまだほど遠く、四角く硬い。七之助はよくやっていた。が、染五郎は役不足で影が薄く気の毒だった。おもな役者の何人かは楽しそうに芝居はし ていたが、肝心の野田脚色はとても完璧の魅力とは遠く、混雑の賑わいだけでかけずり回っていた。演出には部分的に惹かれる場面もむろん何度も遭遇できた が、総じて客を存分に満足させているとはとても見えず、笑いも拍手も低調。カーテンコールは一度だけつき合い、失敬してきた。
時間と雨とを見合いに、クラブも断念して帰ってきた、保谷でタクシーを待つ間もしとどの雨だった。
* 元新潮編集長坂本忠雄さん、作家森詠さん、写真家近藤聡さん、昔、ペン電子文藝館を手伝って貰った船橋市の荒川美代子さんからお手紙を戴いていた。
また中野区の安井恭一さんからご支援を戴いていた。みなさん感謝します。
* 往復の電車で「選集二十三巻」のあとがきもともに初校を終えてきた。
* もう日付がかわって、盂蘭盆会を、また敗戦の日を迎えている。茜屋珈琲店主千葉さんを悼み、また亡き数のだれもかれものことを懐かしく思う。
2017 8/14 189
☆ (前略)
「刊行に添えて」を拝読致しまして「身震いのするような目覚ましい谷崎論の生まれてくる道理」の一言を「わが谷崎愛からの遺言としたい」結ばれているこ とに深く感銘致しました。前巻に相次いでさらにこの三十五編の谷崎論を読破するのはかなり時間がかかりそうですが、机上の傍らに置き、じっくり読了致した いと存じております。
私は新前の頃、編集部にかかってきた、谷崎先生の御声を今でも時々懐かしく思い出しています。
右、遅くなりましたが、御礼申上げます。草々不一 忠 元・「新潮」編集長
☆ 暑さ厳しい日々が続きますが、
如何がお過ごしでしょうか。
先日は秦 恒平選集第二十一巻をご恵送くださり、ありがとうございます。
秦さんの「谷崎愛」に触れるにしたがい、自分自身には秦さんの谷崎に相当する作家がいないことに愕然といたします。
時代が下り、品が下った身の上としては、それでも何とか頑張るしかありませんが……。
お身体どうぞ大切に。 敬具 久間十義 三島由紀夫賞作家
* 次なる「湖の本136」発送の用意を余程進めた。「選集」第二十四巻の入稿用意もずんずん進んでいる。
* 十一時過ぎた。今夜は眠らないと。
2017 8/15 189
☆ 京の大文字
送り火を賀茂川岸辺から。松ヶ崎の「妙法」も微かに。
今年になってからも数人と界(よ)を異にし、胸に迫る想いを送り火と重ねました。
神戸の詩の集まりと絵の教室に参加して帰宅する予定です。
天候不順なこの夏、お身体大切に。 尾張の鳶
2017 8/17 189
☆ 拝啓
四十八年ぶりの日照時間の少ない八月の由ですが、先生にはお障りなくおすごしでしょうか。
過日は『秦 恒平選集』第二十一巻の御恵送に与り、誠にありがとうございました。
頁を繰っては立ちどまり、これまでの自らの読みのあささを反省したり、先生のご指摘の諸事に、あっそうか、と大きな喜びをいただいたりしての拝読でした。
「わたくしの谷崎愛 いま、谷崎文学を本気で読むために」や「座談会谷崎潤一郎の軌跡」は、これから谷崎文学を読もうとしている人にとっても、大切なこ とが提示されていると思っております。私どもの研究会「藝術至上主義文藝学会」の参与をお願いし、会のご指導を賜っていた三人の先生の「座談会 谷崎潤一 郎の軌跡」は、これからの会を考えていくうえでも心すべきことがあると思いました。
「谷崎潤一郎を語る二十五篇」は、とても贅沢な思いで拝読致しました。おりおりにご発表になったものを、一冊の書物のなかで拝読できますことは、魅力でし た。そこでも、「谷崎語」、「大坪砂男」と「千代」などのことなど、心に残りました。大坪砂男については出帆社版の二巻本で読んでいながら、千代のことは 全く気付きませんでした きた以前の拙稿「『侘びしすぎる』論」で論じなかった多くのことを、「和解の手紙(谷崎潤一郎と佐藤春夫)」「小田原事件の谷崎潤一郎と佐藤春夫」「細君譲渡」などの御高論から学びました。
これからまだゆっくりと拝読させていただきます。谷崎文学については勿論のことですが、文学の楽しみを知ることの出来る、とても贅沢で貴重な一冊を手にする喜びを味わっております。
本当にありがとうございました。
異常な陽気が続いておりますので、くれぐれもご自愛下さいますよう祈念申し上げております。
御礼まで 敬具 馬渡憲三郎 前・藝術至上主義文藝学会長
* 恐縮です。
2017 8/17 189
☆ 地蔵盆
くにの実家は川を見下ろすこんもりした丘の上にあり、丘を登りきった裏手にお地蔵さんが祀られています。
夕方と朝にお餅とお菓子の接待もあり、帰省中であれば、母に連れられ、娘も連れて、巾着にお米を入れてお詣りします。
暑いのは苦手ですけれど、子供の頃から夏休みが一番好きでした。
土曜夜市、花火、夏祭、盆踊、従姉のいる田舎、長い旅。
日常を離れたハレの時であり、都会に出てからは、古里でほっとできる時となりました。
「晴れの国」岡山は、今日も夏休みらしい入道雲と蝉時雨(今は虫の音)でしたが、東京は異例の雨続きとか。
珍しく雨だった一昨日は、庭の百日紅の先に山を眺めて朝湯しながら、この夏も終わってしまうなぁと、過ぎていく日々が無性に愛おしく思えました。
こちらの地蔵盆は二十三日。地蔵盆の思い出も、十年、二十年の昔になってしまいました。
* 篠崎仁さん、鎌ヶ谷の梨「幸水」を沢山くださる。有り難く。
神戸の岡田昌也さん、精製された雲丹をくださる。感謝。
☆ 『秦恒平選集』第21巻を
ご恵送いただき、誠に有難うございました。
34編もの谷崎論攷の一挙収録。秦様の“谷崎愛”の集成を楽しませて頂いております。
新『谷崎全集』、まだ細かく見ていませんが、巻によって精度が異なっているようです。
もしも新しい『鏡花全集』が刊行されるなら、『新編泉鏡花集』の経験を活かして、少しでもいいものを目指すのですが、昨今の出版情勢ではむつかしそうです。
今夜は、大文字送り火。
研究室の窓から、如意ヶ嶽大文字を眺めています。2017/08/16 田中励儀 同志社大学教授
☆ 秦先生
この度は「選集 第二十一巻」をご恵贈賜りまして 恐縮と感激の思いで いっぱいでございます。
読了致し(8/18)ましたので、大好きな処 納得(感) レポート(報告)させていただきたいと思います。 練馬豊玉 宮本裕子
(以下、横細罫便箋三枚に 小さい字でビッシリ。眼をこらし心して、よく、ありがたく拝見し終えたが、此処へ転写するにはあまりに眼が見えないので、心よりお礼を申すにとどめます。有難う存じました。秦生)
* 宮本さんは、わたしが医学書院の若い編集者時代に『肺気腫』という一冊を書き下ろして頂いた日大医学部外科の教授であられた宮本先生のお嬢さんにあた る方。後年に「ミラクル会」といううまいものを喰う会を同じ日大小児科の大国真彦教授が主催されていて、そこで初対面、宮本先生のと相識った。以来「湖の 本」をいつも上のように大事に読んでくださる有り難い「いい読者」のお一人である。
☆ 拝復
湖の本ありがとうございます。「女の噂」を楽しく読みました。いろんなTV番組を観ておられることに驚きましたが、お好きな女優らもわかり、「へえー」と思うことしきりでした。
さて 私どもの「政権への意欲」のご指摘ありました。
ご承知の通り、野党連合政権構想を打ち出し、「市民と野党の共闘」で政治を変えようと考えております。
国政の私物化と憲法九条の改悪の企図が鮮明になる中で、安倍政権への批判が高まっています。
東京都議選、仙台市長選での自民党の敗北は、その国民の意志の現われです。安倍内閣打倒を明確にして、国民的運動を起こす所存です。今後ともご教示の程お願いします。
小生この度、日本共産党国会対策委員長二○年を機に「議会制民主主義の発展をめざすつどい」を開催しました。その際に発行した小冊子『市民と野党の共闘が拓く新たな時代』をお届けします。 ご笑納ください。 こくた恵二 拝
2017 8/18 189
* 元岩波「世界」の高本邦彦さん、取手市の飯島満男さん、選集受領の挨拶有り。
2017 8/19 189
☆ 思わぬ大雨に遮られて
帰宅がすっかり遅くなってしまいました。
早起きして、朝の少し靄った江ノ島を眺め、深煎りのモーニング珈琲を飲み、鶴ヶ岡八幡宮へお参りしてきました。
開く音は聞けませんでしたが、見事な蓮の花、花…。不忍池も思い出されました。 九
2017 8/19 189
☆ 恒平さん
もう何年も失礼していた私のことのなに、ご心配くださってとても恐縮です。ありがとうございます。
(バルセロナで、全速蛇行の自動車テロ=)事件があった時、私は友人と現場より1km地点にいて、横断歩道を渡りながら、警察のバイクが凄まじい勢いで通り過ぎるのを目にしました。その後私は家へ向かいながら、やけにパトカーや救急車が騒がしく走っていくな、と思ったものです。
私と別れた友人は、用事があって、事件現場の方に向かったのですが、5分も歩いたところで逃げ惑う集団に出くわし、踵を返して一緒に走り、近くのお店に逃げ込んだそうです。
皆、自分が逃げるのに必死で、走りながら、前方からは、かなぐり捨てられた荷物やベビーカーが降りかかり、後方からは、他人の首筋や腕を掴んで押しのけようとする人もいて、ここで転んだらもうお終い、と、それに恐怖を感じたとのことでした。
土曜の朝は、どこもかしこも活気が溢れているのに、今朝は、スポーツジムに行っても、市場に行っても、スーパーマーケットに行っても、街が急に、一回りも二回りも萎んでしまったように感じられました。
取り急ぎ、ご連絡とお礼まで。
頂いたご本のこと、京都のこと、私の頭の中だけで送信済みの恒平さんへのメールは、近い将来お送りします。
ご無沙汰してしまって、本当にごめんなさい。
メール頂いて、嬉しかったです。 バルセロナ 京
* 簡潔に要を得たレポートで、揺れる空気まで感じられる。バルセロナでもう久しい結婚生活をしているこの京都育ちの「京」は、東工大の卆業生、「教え子」と ためらわずいえる一人、大概の学生は「秦さん」だったが「京」ひとり、ずうっと「恒平さん」。入学してすぐ退学したくなっていたのを、その年(平成三年) から講座を持ったわたしと出会えて「卒業できました」と、その後、ドイツへまたスペインヘ、そして向こうで結婚してからの帰国時には、夫さんも紹介してく れた。
ま、それにしても、バルセロナのこんなめに、東京や京都で出遭いたくないなあ、ほんま。
2017 8/20 189
☆ 残暑お見舞い申し上げます。
といっても、連日の曇天では夏らしい気分になれません。
御礼が遅くなりましたが、『御選集第二十一巻』を頂戴しまして、誠に有難うございました。三つ上の兄が亡くなり、先週までその整理に忙殺され、なかなか 潤一郎の世界に入れなかったのが実情です。長谷川泉・橋本芳一郎氏との座談会や、日大藝術学部での講演を拝見して、一層「谷崎の妻 紙と玩具との間」に正 対せねばと覚悟しました。それにしても二巻になるとは凄いものですね。
話は変りますが。「ソ連出版文化通信」81年8月号に、岩波・新潮社の編集者と。ソ連作家同盟の招待で、トビリシ・キエフ・エレブァンまで足を伸ばした 旅行報告記を偶然見付け出し。小生の文中に「秦 恒平氏の最新長編『冬祭り』にエレーナさんが登場し、ソビエトの風物がロマネスクな世界にたくみに生かされて」と記されているのを発見、呆然としていま す。 講談社役員 徳
* これは「湖の本135」の『黒谷・女坂・女の噂(一)』への或る大学の現代文学研究者の礼審であったが、「『女坂』 の試みには感銘を受けました次第 です。また『女の噂(一)』には学ぶところの多いことを感じております」とあるのには、『黒谷』には触れられてないのにも、ビックリした。「女坂」など は、ま、通俗な遊び書きだし、「女の噂」もホームページの日記から抜粋した女優やいわゆる「女」への感想に過ぎない。
それよりも『黒谷』、どうも大勢さんがこれはトバして前記の二編に感銘してくださるのは、解せない。現代物雨月物語の一篇と作者は気を入れたが、なにか、失敗していたのかな。
* 十時。終日、よく努めた。
2017 8/21 189
☆ お元気ですか、みづうみ。
昨夕無事に帰国しました。とはいうものの帰国数日前より本格的な風邪をひいての帰国で、サウナ状態の日本に戻り、身体がびっくり仰天。重苦しい暑さと時差ボケでふらふらです。
本日は一つだけ急ぎのお願いです。溜めてしまった「私語の刻の編集作業」をしようとしましたら、なんと先月七月分の記載を見つけられません。どこにあるのかリンク先をお教えいただけけますでしょうか。宗遠日乗には2016年3月末日以降のものも見つかりません。慌てています。行方不明の「私語」に焦っています。これ以上作業を滞らせたくなく、何卒よろしくお願い申し上げます。
体調不良のため用件のみのメールで申しわけございません。
絽 夏衿の細きうなじや母ゆづり 荻野泰成
* 日々に追われ、超肥大したホームページ内容の整備・補強が出来ていない。困った、困った。が、ま、みな過ぎにしこととも。これからを一に大事にしたい。
2017 8/24 189
* 東 大名誉教授の久保田淳さんから、ちくま文庫特大の上下巻で『藤原定家全歌集』を頂戴した。以前には『西行全歌集』や『無名抄』その他、富士山の本や隅田川 の本や泉鏡花を廃ったエッセイ集も戴いて、いずれも愛読し、愛読し続けている。久保田さんは私より二歳の長者で、お目に掛かったことは無いのである。有り 難いことである。
元来が出掛けて行くタチでないわたし、碩学や先達と面識が出来て知り合った例は少ない。と謂うか、面識無くおつきあいの深まった先生・先輩の方が大勢お られて、著作の交換も数え切れない。とても自前では買えなかったろう大冊の研究書が書庫にずらと居並んでいる。そしてそれらを、ただ並べては置かなかっ た。数々書いてきた著作にそれら戴き本の養分が、しみ通っている筈である。感謝しきれない。
2017 8/24 189
☆ 黒谷
如何お過ごしでしょうか。
東京は、太平洋側の東日本は八月に入ってからの日照時間少なく、野菜やコメの生育が打撃を受けていると。
こちら(=尾張)も幾分ヘンな夏です。
火曜日午後に小牧のメナード美術館に出かけて、日本画家・田淵俊夫の作品を見ての帰りに少し雨に遭いました。その夕方から夜にかけて、絶えまない雷雨と強烈な雨でした。スーパーセル謂われる巨大な雷雲、トルネードが、名古屋の西、清州で起きたとか。
早や八月も終わろうとしています。暑さを乗り切って無理せずお過ごしください。
『黒谷』より『女坂』や『女の噂』について大勢さんが感銘され書いてくださるのを解せない・・と21日のHPにありました。感銘されるかどうか以前に、読みやすいと言えば読みやすい、分かると言えば分かりやすいのでしょうか。
『黒谷』 現代物雨月物語は、鴉ご自身にとって極めて近く親しい愛しい物語世界。そしてかなり多くの読者がそれを「前提」として読み進むでしょう。「黒谷」「両親を亡くしている」信子さん、出町の萩の寺「常林寺」等々、想像できる馴染みの設定があり、そしてそれらを存分に操るように書き進めていらっしゃる。
小説の最後に棚から大皿が幼い紘子の頭上に落下する瞬間を述べて、物語が終わります。
どなたでしたか、だいぶ以前、七月でしたが、『黒谷』について述べてらして、大皿が紘子の頭部顔面を無残に害することを予測した人は、紘子を不憫と思いつつ、同時にそれが因果応報とも霊となった正美の怨念とも読み取ったように思いました。
わたしも一読した時はその解釈でそのまま納得しました。
後で読み返していくと本当にそれだけでいいのかなと疑問も湧きました。確たるものではないけれど、もしかしたら・・というほどの微かな・・。
内裏雛の顔、びっしり生えた黴の壮絶な「群落」はまさに告発すべきものの証でもあります。
お雛様を飾るという行為が、この小説の中で「象徴的な」意味をもっているのも感じます。
八朔という言葉が出てきましたので「八朔雛」という言葉も思い起こします。(わたしが以前
住んでいた地方に、中世から? 瀬戸内海で重要な港だった室津があります。その室津では八朔雛を飾ります。黒田官兵衛の妹が浦上氏との婚礼の日に龍野城主赤松政秀の急襲に遭い死んだのを悼んで、八月一日、八朔の雛祭りを行ったとか。)八朔雛には健やかな成長を願うよりも哀しさの方が感じられました。
物語を読み返していきますと、さまざまな箇所で「祖母」のひそかな目論見、願望として正美と信子(三歳年上の姉さん女房であっても成立したかもしれない)、その延長線上の異なる展開を小説世界は内包し隠しもっているように思われます。隠しているというより、正美と信子の間には十分な感情の往来があることが窺えます。寧ろ二人のささやかな好意、次第に迸りでそうになる感情は随所に語られています。黒谷の二階の、まさに北岡と郁恵の行為が行われた、あの場所での、結婚生活に失望した信子と正美の行為もまた仄見えてきます。取り落としてしまった過去の時間をどのように手にするのか、そのような時間は、正美には十分に残されてはいませんでしたが。
そして北岡との関係と同時進行かは不明ながら、正美郁恵夫婦の間には新婚以来それなりの性関係がありました。少なくとも白い結婚ではなかった。
郁恵と北岡の関係がいつ始まったか、これは重要な問題です。郁恵は妊娠が分かった時、自分の子宮に宿った子が誰の子かと断言できたのでしょうか。生まれてきた紘子に正美の面影は乏しいとしても、正美・郁恵夫婦の子供である可能性もまた否定しきれないのです。
この場合、紘子に向かって落下していく大きな重い皿の意味するところは、曖昧なままに終わるだろう紘子誕生の秘密に終局を引き寄せたいということか。正美自身の血脈への、紘子という存在を拒否峻拒し、血脈の切断を自ら図ったという、これもまた重く重い行為になります。
書き足りないことはありますが、今日はここまでにします。『黒谷』に関してページの引用など抜かして大雑把なところでストップしています。
18日の記載
ロシュフコーの箴言「一つの問題に幾つもの打開策を見つけるのは、創意工夫に富むからというより、むしろ明知を欠くために、頭に思い浮かぶことのすべてにこだわって、即座に最善の策を見きわめることができないためである。」の後に、鴉自身の「しかり而して、小説に行き詰まると幾つもの打開策ばかりが跳梁する。やれやれ。」と。これは書き手としての率直な思い。
読者としてのわたしは「最善の解釈」など出来るはずなく、幾つもの妥協ともいえる誤読・・「可能性ある解釈?」を述べるしかありません。
黒谷の墓地、真如堂、宗忠神社、吉田神社、(京都大学の学生のころ=)どれほど多くの時を過ごしたことか。本を読み耽った独りの時間がありました。休講になると必ず吉田山に出かけました。(蛇足ながら、黒谷の塔の下で露出狂の男性に出遭ったこともあります。石段を一目散聖護院の方に走り降りましたよ!)
そして吉田山で命を絶ったクラスメートを思い出します。
真如堂に下宿していた友人、男子も女子も思い出します。
今は、フランスの修道院の絵を描きあぐねています。
京都の絵も描きたいです。
日本画の紙やパネルはやはり油絵より値段が高いです。絵の具も種類によりますが高いものもあ
ります。来月の教室では金箔銀箔を使って切り箔や砂子を学びます。
白牡丹の絵に砂子を散らそうと思っています。
京都に行きたいと書かれています。ホテルは心配しなくても予約できると思いますよ。暑さを避けて、もう暫く待って、ぜひぜひ行かれますよう。
必ず必ず京都を歩かれますよう。作品のために。鴉ご自身のために。 尾張の鳶
* ありがとう。この「鳶」さんは、たしか、わたしより十ほど若い、敗戦直後の生まれではなかったか。世界中を「トビ」まわって、旺盛な知性と意欲とを磨いている「詩・画」人。たくさんなことを教わってきた。
鳶と鴉とは、一対の世界史的な嫌われ者なんだけれど、わたし自身は敬愛して已まないあの与謝蕪村描く、雪中の鳶と鴉の繪が好きである。
* 順不同、祇園の子 蝶の皿 絵巻 三輪山 青井戸 隠沼 加賀少納言 鷺 夕顔 於菊 余霞楼 孫次郎 露の世等々 その他連載した短篇集、掌説集などこつこつ書き置いてきたが、 今度の黒谷 も、この中へ加えてよしと思っている。先行作のどれに通うかと指さすことで、作の性根の読み取りも変わってくるか。
☆ 今 お孫ちゃんより
親友が危篤状態との報せで、大津までお見舞いに行くかどうか悩み、日帰りはムリ さて独りで宿泊は? 等々考え 断念しました。一昨年まで会ってました。儚い 💧💧💧
あなたは強い方。今だに仕事に打ち込めるなんて…
若い家族に迷惑をかけない為 せめて寝込まない様にと思いつつ この熱暑ではウオーキングもママならず ヤレヤレ
なんと 暑くても食欲は変わらず 良いのか悪いのか
分かりまへん
涼しくなったら 久々に会いましょう か。 花小金井 泉 中高の一年後輩
* 中学時代、美少女でしかもソフトボール部のスラッガー、レフトの奥までかッ飛ばしていたのを何度も眺めた。友人達を誘い合わせて、わたしに茶の湯の手ほどきを受けに通ってきてもいた。早くに恋愛結婚したご主人は後に早稲田大図書館に勤められ、何度も私の調べ仕事を親切にたすけて頂いた。
それにしてもあっちでもこっちでも危篤の入院の検査のと。心あわただしい時節ではある。
2017 8/26 189
* 夕方、突如として吉祥寺の天才柳博通君が自転車で訪ねて来てくれた。とっちらかつてどうしようもない台所で、久々に歓談、懐かしくも嬉しくも有難い一時間ほどを過ごせた。東工大で四年間、ほんとうに仲良く過ごした。いまは竹中工務店で設計の大きな成果をつぎつぎに積み重ねている。わたしは定年で教授を退官して二十年余、すこしも気分は互いに変わらない。なにもかも昨日のことのように忘れていない。工業大学の専攻でない一般教育の「文学」教授で、こんなに永く今も十数人の卒業生と縁のある「先生」なんか他に一人もいませんよと柳君は云うてくれる。
なんだか、久しぶりに大勢と逢ってみたいなと思う。みな、世の中の中堅の位置へ来ていてさぞ忙しいことだろう。
2017 8/27 189
* 昨日、柳君はよほどわたしの日々が心配になり来てくれたのだそうだ、外庭へ降りていた妻に自転車から声を掛け、最初にそう云ったと。
☆ 昨日はありがとうございました。
秦先生、 昨日は、突然伺いご迷惑をおかけしました。
思い立つと、まずは行動してしまうところは学生時代から変わりません。
昨日の話の中で、ここでも秦先生の影響か、と思わされた内容がありました。
私が医薬系研究所の仕事をしている、その仕事にスッと入っていけたのは、先生が医学書院におられて、初期の仕事をされていたお話を聞いていたから、ではないか、と感じました。
医学と文学、医学と建築学というパラレルな物事への取り組み方、自分の専門からの広がりというところで、私の体の中に何かが入ったのではないでしょうか。
長崎の熱研のこと等も、お話がつながるところが、面白いことだなぁ、と感じました。
今年の京都の写真をお送りします。
貴船と仁和寺です。
子供たちも大きくなりました。 柳
* 写真には解凍パスワードがついていて、サテ、これの処置が分からない。設計製図などの転送には当然こういう措置が必要なんだろうなと、柳君の職場の空気など感じられる。博琴君、珠乃ちゃんらの写真、おいおいに見られるようになるだろう、楽しみにしよう。
2017 8/28 189
* 昨日柳君が来てくれて、何のお構いもサービスも出来なかったので、もう帰りがけ、わたしは彼を二階の機械部屋・書斎へ連れて行った。電器屋は二三度入ったことがあるが、めったに人は入れていない。ま、あまりな部屋の混雑ぶりをみてもらって何のサービスにも当たらないが、これを契機にすこしでも片づけたいと思っていた。
で、午後おそめに、小説の仕事をそこそこ捗らせたあと、それだけは気に入りの佳いソファ、建日子が欲しがっているソファをもう十年来満杯のダンボールたちが占拠しているのをなんとか排除しようと懸命に無い知恵を絞り、ま、ソファの上だけが本来の顔を見せてくれた。黒いマゴがその上ですてきに似合った敷物をひろげて躯を柔らかに沈めたのが涙が出そうに最高だった。そのまま機械に入っている歌を聴いた。小鳩くるみの「埴生の宿」、そしてペギー葉山の「大学時代」など。望郷の思いのなによりも迫ってくる歌を目をつむって聴いた。
もとの木阿弥にまたならないように、ソファ、だいじにしてやりたい。疲れたらソファに沈んで憩いたい。
* わたしは、いまも心幼い少年のようだ。恥じても始まらないが。
* 湯槽のなかで、中世を考え、ロシュフコーとしばし対話し、鳥辺野と化野の地誌をしらべていた。
2017 8/28 189
☆ 秦 恒平様
関西地方はあまり雨が降らず、暑い夏です。
先生お変わりございませんか。
ワープロがこわれたあと、慌てて中古パソコンを買って練習していますが、英語教材を作るときなど細かい作業がわからなくて困ります。
早くに『選集二十一巻』をお贈りいただきながら、お礼を申し上げるのがおそくなりました。ありがとうございました。お知らせできるような出来事もなく、この夏はなんとなく疲れて日々を送っています。
先日から『罪はわが前に』を読み始めました。緊密な文章で、大切なこころの内を語られている点は「畜生塚」と同様で、心に染みます。
原善氏のような緻密な分析などできませんが、できるだけ素直に感動したいと思っております。
季節柄どうぞご自愛なさってくださいますように。 奈良五条市 永栄啓伸
* あすには「湖の本137」の零校が出来てくる。
* 「選集」へ、今日も多大にご支援を戴いた。感謝に堪えない。
2017 8/30 189
* 友人たちの繪を観ている。細川君は中学で同年、堤さんは高校で二つ若く、高木さんは「いい読者」で十ほど若い。繪の描ける人、羨ましい。図画工作はに がてだった。観る方へまわって、言葉で美しいモノを書き続けた。京都美術文化賞の選者を二十数年担当した。京都にいた若いうちに観られるかぎりをよく観て 歩いた。茶の湯の御蔭で広い範囲でじかに触れたり近づけたりもした。京都はそれだけで大きな美術館・博物館であり専門学校であった。『花と風』『女文化の 終焉』『趣向と自然』『手の思索』『茶ノ道廃ルベシ』らは、いわば京都「学部」生としての気負いの卒論であった、か。
2017 9/1 190
* 金沢の金田小夜子さんが名付けたと聞いているみごとな葡萄「ルビー・ロマン」一房を頂戴した。
2017 9/2 190
* 細川君の対照的な風景を二つならべてみた。
☆ ご無沙汰しています
アマデウスの稽古も佳境に入り、連日、幸四郎さん頑張っています。
演出と主演で しかも新しいキャストなので大変なようですが 皆さん熱心で いい雰囲気の様子です。
私は 襲名が滞りなく無事に いい襲名興行になりますよう 頑張っております。
茜屋さん千葉さんは 本当にびっくりしましたし、残念でした。いつも行くと秦先生のお話をしてられました。
美味しいホットチョコレート、紅茶、 そしてなによりコーヒーが飲めず。
お店の あの雰囲気は代え難いものでした。残念ですね。 高麗屋の女房
* 「アマデウス」 とても楽しみ。
* 今夜は、はからずも京都の田村由美子さんが、よほど昔に書いて寄越していた未完成長編の原稿へふと手が出て、なんと長時間をいとわず読み終えた、しっ かり読まされた。とくに前半の運びと仕上げには感心させられた。惜しいことにかなり欲張ってしまい、何もかも、書ける限りは書いてしまおうという後半の盛 り込みになり、質的な未完成は免れていないし推敲も雑になっていた。
しかし、話題も時代も青春も変転の人生も、人間も、薄くはなく踏み込んで把握されていて、ああ、このままでもし放り出したのなら惜しかったと思った。
思いがけぬ夜更かしになった。しかし、よさそうな可能性に触れ合うのはわるくない楽しさだった。
ほっとしてメールを開いたら幸四郎夫人のたよりが届いて、にっこり。
2017 9/3 190
☆ お元気ですか、みづうみ。
お元気ですか。
九月に入りまして、少ししのぎやすいようでございます。わたくしは帰国後もまだ風邪が治りきらず、情けないかぎりです。人並み外れて体力のないことは、自分が未だ何者にもなれていない一因でしょう。それでも、まともな「読者」くらいにはなりたいものです。
『黒谷』『女坂』 面白く拝読いたしました。
『黒谷』は「鳶さん」も書いていらしたように、みづうみの『雨月物語』系列の中の一篇と読みました。作家秦恒平の底流に蠢いている「モノ」を描いている作 品です。雛人形はじつは怖いものと、知っていますし感じてもきましたが、こういう使い方はやっぱりコワイ。泉鏡花文学の血脈も感じます。変な言い方かもし れませんが、怖がりながら大いに楽しみました。あえて深読みせず(出来ず)に秦恒平の世界に浸ったともいえます。
『女坂』のほうは、わたくしが簡単に感想を言いにくいものですが、秦恒平の今までの作品に登場しなかったタイプの「女」が次々に登場するところに新鮮さを感じています。
「女の噂」の中で、
「現実の女」など妻一人で足りている。……
わたしのたとえ自己中心の好みであろうが無かろうが、孤立して此の世に生まれたわたしは、それゆえの強い依怙地な好き嫌いをもっているし、好きになれない ものは好きになれない。だから「好きなヒロイン」だけを書いた。それがわたしの「宇宙」への甘えであり、それが個性であろう。我執と謂われてもかまわな い。
……所詮「現実の女」から好かれる男ではない、わたしは。好かれたくもない。不壊(ふえ)の値いの「絵空事になれる女」なら、たとえ悪女でも、玲瓏珠のようでなくても、化性の女であっても、いい。
と書いていらっしゃいますが、登場する三人の女は、みづうみの「好きなヒロイン」像ではない気がしますし、この後に続く作品でその女たちがどのようになる のか想像できません。「絵空事になれる女」になりそこなった、みづうみが好きになれない「女」たちがどう描かれるのか、それともやはり「絵空事」になって しまうのか、興味深いことです。
以前に無惨な結末と予告してらしたことを思い、たぶん「絵空事になれない」愚かしい女の姿が描かれるのでしょう。それは秦恒平文学の新境地の予感がします。
みづうみは、ご自身の嫌いなタイプの女を描いても素晴らしいです。
たとえば『お父さん、繪を描いて下さい』の山名の妻啓子のような女のリアリティは、文学的に見事な表現で私は大好きです。
『逆らひてこそ、父』の夏生もとても魅力あるヒロインです。
『生きたかりしに』のお母上ももちろん。親子関係のきれいごとでない葛藤が真に迫っています。
好きではないタイプの女だからこそ、天才の筆力で容赦なく描かれて、そこに読者は人間味や生彩を感じます。好悪を超えて、身近にこんな「困ったちゃん」はいるいると共感して、面白く感じるのだと思っています。
昭和の頃なら、谷崎潤一郎と松子夫人や渡辺千萬子のように、作家と手紙のやりとりしていた女性が、二十一世紀の機械環境の中でメールのやりとりに変わった とき、そこにどのような人間関係の変質が見えてくるのか、それとも本質は何も変わらないのかという視点でも、今まで描かれていない男女の本音が表われるよ うで、「続き」を読ませていただきたいと願っています。 菌 爛々と昼の星見え菌(きのこ)生え 虚子
* 「黒谷」は、最初の一行、最期の一行、の二行で書けている。意外に気付もしなかった人多いらしく、笑えた。
「女坂」は書かなくてもよかった手すさび手ならしに過ぎない。ただ、長編「ユニオ・ミスティカ ある寓話」のための柔軟体操にはなった。あんなのなら「女坂」いくらでも書けようが、「作品」を得るのが難しい。
2017 9/4 190
* 橋本孝さんに戴いた、巣のままの蜂蜜、美味い。金田小夜子さんに戴いた、見事な大粒の葡萄「ルビー・ロマン」も最高だった。元気になりたい。
2017 9/4 190
☆ 湖の本拝受
やっと人心地のつく季節となりました。 お元気で何より
この度**ちゃん(=高校時代の下級生で、わたしから茶の湯を習っていた何人かの一人)が旅立ちました。
体力的に(=関西まで)日帰りは無理、かと言って一人で知らない宿での泊りの自信が無く、最後の対面を断念しました。
人柄の良い彼女
沢山の弔問客に見送られたそうです。
人生 儚い! 花小金井 泉
* まことや。哀悼。
☆ 秦恒平様
本日、『湖の本』136 をいただきました。いつもながらのご厚意に深謝いたします。『枕草子』は有名な箇所のみを大昔に「国語」の教科書で読んだのみで、現代語訳ですら手に取っ たことがありません。興味深く拝見しました。平安の女性たちの感覚、人間観察、文章力、恐るべしですね。とにかく楽しみました。ありがとうございました。 ICU 浩
☆ 御著 深謝
益々お元気にご活動、嬉しく存じます。「枕草子 現代語・選訳」頂戴しました。ありがとうございました。早速、「私語の刻」を拝見、きっぱり、そして じっくりと感銘致しました。私事ですが、不届ききわまる争事にこの2年間苦しみ、余生きわまるこの貴重なときに、書くこと読むことほとんどやめて同人誌も 若き友人に任せて訴訟を起こし、このほどやっと終えましたけれど(でも疲れ果てて)、目下、失った時間、向後の人生を空しく考えているところでした。が、 回顧の情をさらりと昇華してつややかに過ごす秦恒平の〝息づかいまで感じ取れる〟「エッセイ」を読んで、思わず、再出発への気持ちが一層強く湧いてきまし た。ありがとうございました。
有難き御著を下記三人へ配送お願い致します。
まれに見る天候不順も終わり、あっという間に秋来るの感がありますが、くれぐれも御身お大切になさって下さい。 敦
2017 9/12 190
☆ 季節のご挨拶
秦先生、 ようやく酷暑も収まり秋の気配となりました。御健勝にてご活躍のことと存じます。
この度の湖の本、枕草子現代語-選訳版をお贈りくださり心からお礼をもうあげます。先生のおっしゃる通り、私にとりましてもまさに「抜群の至宝」で秋の 夜長にふさわしく一気に読ませていただきました。もともと古典には素養のない私ですので現代語訳で改めて古典文学「枕草子」の偉大さを再確認するほどでし た。心からお礼申し上げます。
その後、ヨーロッパで開催された、いくつかの人権・言論会議に出席し先週戻りました。
ヨーロッパでの会議の中心は中国で初めてノーベル平和賞をもらった劉暁波の死去、西欧では獄中死という扱いかたをしているのですが、それに対する中国の 人権、言論弾圧に対する抗議運動を如何にしたらもっと効果的に実施できるか、また残された彼の奥さんをどうやって中国から救出させるかという西欧らしい戦 略的な会議でした。
同時にこの件と併せ、中国が周辺国家、あるいは辺境民族への弾圧を徹底して続けることに対して、西欧が如何にして従来より効果のある抗議運動を発展でき るか、そして世界のメディアに対して有効な活動を強化する方策などが議論されました。勿論、日本の感覚とは少々違うこともあり、日本人としての参加は小生 一人でした。痛感したのは日本国ではこうした少数民族への苛斂誅求・迫害についてほとんど語られない、それゆえ関心すら持たないという「蚊帳の外」意識を 強烈に持たされたことでした。
それにしても北欧が一致して強い関心を持ち続けることには感心するばかりでした。
疲れも取れないうちにまたウクライナ、ハンガリー、そしてクロアチアに出かける予定が入っていま
すが、まあ働くのも年内のうち、来年はもう少し自由に動こうと考えています。
ますますのご健勝を祈っております。 国際ペン専務理事 堀 武昭
* 活躍していただけるのを心底信頼し感謝している。ペンの理事生活を十余年体験して堀さんと出会えたのが大きな感謝であった。堀さんのご家庭に慶事のあったのもメールで知られ、私も慶んでいます。ますますのお幸せとご安心とがありますよう祈り居ります。
☆ (前略)
いつもように「私語の刻」から拝読を始めましたが、『枕草子』現代語訳を出版された事情がよく分かりました。酒井編集長、円地文子さん等々、懐しい名前が出て来て、過ぎた歳月がしのばれましたが、太宰賞作「清経入水」や問え千の経緯も精しく知ることが出来ました。
私もまた「枕草子」を通読した数少ない読者には入っておりませんので、この「選抄」を拝読致したく、御芳情のほど心から厚く御礼申し上げます。
「湖の本」も通算百三十六巻を迎えられましたこと、何人も成し遂げられぬ御偉業と併せてお慶び申し上げます。
本日は取り急ぎの御礼まで一筆啓上致しました。草々不一 元「新潮」編集長
☆ (前略)
「枕草子」現代語訳 早速拝読致しております。冒頭から啓蒙され、あらためてたら秦様の日本古典についての御造詣の深さに感嘆致しました。「枕草子」が一条皇后定子の後宮サロンの産物であることを先学にして全く知りませんでした。
このところ、秦様の日本古典文学の世界へのお誘いにすっかり中毒してしまいました。英語やドイツ語でいくら翻訳書のために原典を読んでも、隔靴掻痒の感 は免れませんが、日本の古典の場合は、正確に意味が把握出来ない場合でも何となく理解できたような気になります。枕詞などその最たるものと存じます。ぬば たま、みすずかる、たらちねといった言葉の美しい響きは日本人にしか味わうことの出来ないものと存じます。
このごろしきりに秦様の日本文学史を読んでみたいという気がします。ドナルド・キーンの日本文学史を越える傑作が期待できるのではないかと創造する次第です。
最後になりましたが ますますの御健筆、お祈り申し上げます。敬具 鋼 歌人・翻訳家
* 京都の宇治にお住まいの水谷(旧姓佐々木)葉子先生から湖の本「枕草子」着の御電話を戴いた。お元気なお声で、なによりに思った。
☆ 新しいご本届きました。
こんばんは。いつもありがとうございます。
厳しかった残暑もようやく落ち着いてきました。
「枕草子」はお恥ずかしいですが、ほんの少しかじったほどしか読んでいません。
秋の夜長にゆっくりと読ませていただきます。
どうぞお仕事のお疲れなど出ませんよう願っています。
ありがとうございました。 道 秦の母方従妹
* 名だけなら知らぬ日本人はいないほどの「枕草子」だが、源氏物語よりもなお読んだ人は少ないだろうと書いたとおりで。そんな人たちに、少しは今度の「湖の本」 役に立ってくれるだろう。
* 十一時半。もう、機械仕事はやすもう。
2017 9/12 190
* 朝、まだ寝坊の熟睡中に、そして昼前に京・古門前の「おっしょはん」から「枕草子」着の礼の電話を受けた。まずまず昔のままの声音と聞こえてケッコー であった。立派な邸に一人住まいなのか若い誰某らが面倒をみてくれているのかは分からないが、健康そうなのが何より。もう自分では踊れないでいるという が、弟子筋に稽古はつけているらしい。尾上松緑こと藤間勘右衛門の門下。ま、おきばりやす、元気に。
2017 9/13 190
* はやばや「湖の本137 泉鏡花」一巻の再校が出そろってきた。選集二十三の再校ゲラ、選集二十四の初校ゲラがもう届いていて、湖の本も。息を呑むほ どの仕事量の上に、選集・湖の本ともに新しい次々の巻の編輯と入稿も必要になってくる。そして小説も要注意の微妙な仕上げにまさに今取り組んでいる。
病気も怪我も、とても、していられない。幸いどの仕事にもわたしは興がって打ち込める。残念だが京都へ帰っては行けそうにない。あれが食べたい食べたい などと云う欲もない。酒量だけが、気を付けないと日に二合がこなからの二合半に上がりかけていて、べつにワインと缶ビールに手を出していることもある。熱 量は摂れるが、蛋白質がつい不足しがち。
* 選集第二十二巻「日本の中世論攷」の前篇、九月三十日に納品と連絡あり。追いかけて、十月中にも「湖の本137 泉鏡花」篇もほぼ間違いなく発送となるだろう。まだ腕力はあるが重量の持ち運びで足腰を痛めないようには気を付けねば。先は長いのだ。
* 「お城」の教授小和田哲男さんから、枕草子本文と戦国武将の手紙との「句読点」に触れて、「恐々謹言」のお便りがあった。「三田文学」「早大図書館」「山梨県立文学館」からも、受領挨拶あり。
京都の森下辰男君からも。
* 「ある寓話」に読み耽っている。どうしようかと思案の首をあっちへこっちへ投げながら。売り物にしてはならないか、しかし湖の本の読者にはお目に掛け たい。二册では入り切るまい、三册とも無料の非売献呈もたださえ出血しており、キツい。ま、きっちり仕上げたい、まずは仕上げて納得したい。
2017 9/13 190
☆ みづうみ、お元気ですか。
本日「湖の本」頂戴しました。とても読みたかったもので、早速読み始めています。まさに「きらめく感覚の饗宴」で、皇后定子のサロンの藝術的香気に酔いしれそうです。
みづうみに教えていただかなかったら、清少納言を書記者と読む視点を欠いて、『枕草子』の読み方を大きく間違えていたでしょう。みづうみの読者である幸福の一つです。ありがとうございました。
読んで書いて考える、この時節、この幸せの時間を守るためには、みづうみの作品を読むのが一番かもしれません。現実生活の汚れを浄めなければ病気になりそうです。
お疲れがおありのようですが、これほど働いている八十一歳は見たことがありません。時々は何もしない休養日を作っていただけたらと願うのですが、それがで きるくらいならこのようなお仕事の山ができるはずもございません。どうかご無理なさいませんようにと蔭ながらお祈りするばかりです。 旱 大海のうしほはあれど旱かな 虚子
* つぎの「泉鏡花」篇も、大勢のいわゆる鏡花読者をあらたな視野でギョッとさせるだろうと、わたし自身、楽しみにしている。
2017 9/13 190
* 地震があった。
☆ 美しい御本をいただいたので…
美しい言葉のならぶ、声に出して読むと綺麗に音のながれる、それは美しいモノを届けていただいたので…
何をお伝えできるか? わからないけれど… 「祇園」へ。
へたな写真と拙い文を、送り付けてしまっては、ご迷惑なだけかもしれないけれど…
「今日の祇園」
➀ 雲間から、ときおり陽の覗く空と、舞殿。
➁ 神馬舎わきに植えらた木槿の花。「祇園護」と名のついた半八重咲きの純白は「浄衣」の色と見えます。花期の長い花で、梅雨入りの前には咲き始め、後の月「十三夜」のころまでも咲いているので「無窮花」と韓国では呼ばれていると聞きました。
➂ 円山公園七代治平の庭に、今日は疎水が流れてい、種々の秋草が花を咲かせ、実を風に揺らしていました。
『枕草子』を大切に読み続けてまいります。
此の世ならぬ人やモノとの付き合いかた、難しいですね。それでも、此の世で生かされているのだから「くすむ人」であってはならないと思っています。
どうすれば「気が澄む」のか、気を澄ませて、やることが、あると思っています。 鷹峯 百 拝
* 祇園守とも書き、茶花にも使われる。
☆ (前略)
今度の巻は「枕草子」の現代語訳という試みで、興味津々、拝読させていただいております。
げんだいの小説家が 古代の古典「枕草子」をどう読むか どう現代語に訳すかは 私の知りたいところでした。 それもすべてではなく、選ばれており、 尚 「折に触れて」で後段に移すなど 自由自在で。 たのしい経験をさせて戴きました。
御礼申し上げます。不一 東京経済大名誉教授 歴史家 色川大吉
☆ (前略)
学研版の『現代語訳 日本の古典』は大判で著者はぜいたく ビジュアルを生かし、従来の古典全集とは違う画期的なものだった記憶が鮮明です。
早速拝読して読み込みの深さ(これは源氏親炙の実績から当然でしょうか)、選訳にあたっての大胆な構成に圧倒されました。枕草子の魅力を再発見し、同時に、気力充溢した四十代の秦さんの姿がみえるようです。
円地(文子)さんのことも懐かしく思い出しています。
いつもご配慮ありがとうございます。どうぞご自愛を。 元講談社出版部長 天
☆ (前略)
いつも私語の刻 最初に読みます。
秦さんは若いころからほんとうに勉強家、努力家だったと思われます。そして病気をかかえてのお仕事 えらいもんです。
おっしゃる通り、枕草子 どれほど読んだでしょう、ほとんど知りません。秦さんの文でいろいろ勉強いたします。
僕は目下 ミニミニ墨画1000点の政策中です。その一点をお送りします。 墨画家 島田正治
* 「生椎茸」雷魚画 おみごと。「僕85歳」と添えてある。
☆ (前略)
七十数年前 拾い読みしたことなど なつかしく思い出しております。余年わずかの今 どのように読みとれるのか
作者の感性のさわやかさと 御著の訳の優しさは わずかに頁を開いただけでも 心にずんと入ってくるのでした。 楽しくよませて頂きます。
今年の夏の気候の変り方は異常でした この秋はおだやかに無事であってほしい と願っております そして なによりお身体を大切にご活躍のこと 切に祈っております。 俳人 清沢冽太
☆ 水曜日
また暑さが戻ってきました。
「湖の本136 枕草子 現代語選訳」拝受致しました。まだ拾い読みなのですが、結局、自分は「枕草子」に関して、何も知らなかったのだと思い知っております。
精読させていただきます。 歌人 藤原龍一郎
☆ (前略)
本日 ご恵投賜りました「枕草子」 読み了りました。秦様のみごとな訳文にひき込まれ、気がついたら読み了っていたという次第です。(中略)
私は英語から日本語への飜訳を何冊か刊行し、飜訳について年来関心を抱いてまいりました。またいろいろ考えてまいりました。 結論として、「原文が読み たくなるような飜訳」が最上の飜訳 と考えるようになりました。若い頃、上田敏の『海潮音』を読み、カール・ブッセの「山のあなた…」の詩のドイツ語を諳 誦したことなど、なつかしく思い出します。秦様の訳文は「枕草子」をもう一度原文でじっくり味わってみようという気にさせます。名訳と考える由縁です。
また、ところどころに短い解説が付されておりますが。これが何ともすばらしいと存じました。第八一段の解説に、「『枕草子』世界に厳存する階級社会の最 底辺をまざまざ見せている。」の一行にショックを受けました。こういう指摘をされたのは、秦様がはじめてではないでしょうか。秦様の「枕草子」論を是非拝 読したいという思いしきりです。国文学者がまず考えつかない視点からの「枕草子」論が生まれるのではないでしょうか。
「湖の本」はいつも有り難く拝受拝読いたしておりますが、今回もまた 多くの感銘と刺戟とを与えられた次第です。
最後になりましたが、ますますのご健筆お祈りします。草々 歌人・翻訳家・編集者 鋼
* ご指摘の八一段に関しては、芸能論や古典論で他の事例とともに繰り返し語ってきた。「秦 恒平選集」やがての第二十四巻で竹取物語 枕草子 源氏物語など平安の古典論攷を取り纏めている。
☆ 九月も半ばとなり 「アマデウス」初日が近づいてきました。11月顔見世公演も発表となっていますので、襲名が、日一日と近づいてきています! 期待と興奮とが入り混じっていますが、うまくサポートできるように頑張りたいと思います。
「湖の本 枕草子」 ありがとうございました。
美しいもの、楽しいものを目にすると元気になります!
お身体 お大切に。 松本幸四郎事務所 博
* 神奈川県立文学館、城西大水田記念図書館、親鸞仏教センター、作新学院大からも「枕草子」受領の挨拶が来ている。
2017 9/14 190
* 妻の若い従弟濱敏夫くんから月兎を想わせる、祇園町南の銘菓を頂戴した。美味い。 2017 9/15 190
* 『ユニオ・ミスティカ ある寓話(仮題)』は、湖の本で一部分などといわず、「選集」特別版一巻本にし、有料で、読者全員にというありがたい提案があった。残念だが、ああいう贅沢な限定小部数製本なので、製本材料のすでに用意されてある分量に限度がある。
2017 9/15 190
☆ 啓
昨日(12日)『枕草子』を受取りました。「学研版」は、教員時代に授業で活用させて頂く機会はありませんでした。ただ図書館で借りて、気楽に読んだ記憶があります。私も「定 子」は気になる存在です。何となく孤独感を感じさせるお人に思えます。清少納言は、それを感じとりながら、そしらぬ顔で、一生懸命にお伽ぎをしている。そ れが読む私にも伝わってくるような気がするのです。「秦恒平訳」からは、特にそんな気分が強く感じられたように思います。「商売気」(授業という)を離れ て読んだせいかもしれません。──もう一度ゆっくり読ませていただきます。秦さんの「枕草子」のカセットテープを久々にとり出してみたのですが、テープが 劣化していて明瞭さに欠けていました。しかしアノ京都風な語り口だけはなつかしく響いてきました。
昨日は、出かける矢先に『湖の本』が届きました。それで「受取」が後になりました。(お払い込みを慥かに頂戴致しました。秦)
実は、鶴賀若狭掾の新内を聞きに行ったのです。私の脚色した「註文帳」を演ってもらってから、二十年来のお付合いになります。数年前、若 狭掾さんが、白山市松任学習センターコンサートホールの名誉館長になられて以来、毎年一、二回の演奏会が開催されています。昨晩の浄瑠璃は、ご自身の脚本 の「酔月冗語」(「花井お梅」のパロディ)でした。藤山新太郎さんの「手づま」の併演がありました。(私はじっくりしたおとろえのない新内だけを聞きたい のですが、 中略)
「おとろえ」といえば、お出かけも、夜(の運転=)はパスしてくれと家の者がいいます。本数の少いダイヤを何とか選んで、バスを使いました。それはそれ なりの気分は味わいましたが少し情ない思いです。ほとんど毎日の散歩も、五千歩前後が、苦になることもあります。年が年だからあたりまえだと、自分で自分 を慰めている次第です。ただ毎日の生活にはそれなりに対応できるだけでも「いいのかな」と思っています。
秦さんのおことばにひかれて、『古文真宝(前集)』を引っばり出してあちこち拾い読みしています。
どうぞお二人には、お大事に、お大事に。 九月十三日 井口哲郎 前・石川近代文学館館長
* 日に「五千歩」とはのけぞって尊敬します。わたしなど出かけもしないので、家の中はともかく、半月、二十日にも戸外杖衝いて五千歩なんて歩けていませんねえ。タマに自転車でポストまで走りますが三、四分で往復できる近さ。腕力はあるけれど、脚力は危機にちかいです。
* 井口さんの自動車に夫婦して乗せて頂いたことがあり、此の自動車は国産のいかなる乗用車とぶつかっても壊れませんと聞いてビックリしたのを忘れない。
井口さんのお手紙は私信という以上にいい随筆を読むようにいつも楽しむ。封緘の「白露」の印も美しい。「朱明(夏)白蔵(秋)」の印を彫って頂いてい る。まぢかにお若い頃の作と伺った陶淵明のなつかしい詩句を彫られた大作も頂戴している。「選集」の謹呈印はおおかた井口さんに甘えて戴いた作である。此 の月末にはまた選集新刊に印を捺す。
『古文真宝』前集へいま手を伸ばした。五言古風短篇をひらけばすぐ陶淵明の「四時」や、好きな賈島の「訪道者不遇」に出会えて、しばし瞑目。
四時 陶濳
春水満四澤 夏雲多奇峰 秋月擧明輝 冬嶺秀孤松
訪道者不遇 賈島
松下問童子 言師採薬去 只在此山中 雲深不知處
☆ ご高著「枕草子」拝受致しました
六十年以上遠ざかっている書物に、先生のお蔭で接することができます。本当にありがとうございます。日頃のご精進に感心いたしております。なかなか見習えないものです。
くれぐれもご自愛下さいますようお願い申し上げます。 府中市 杉 作家
* 東京大学大学院人文社会系研究家・文学部 また 日本近代文学館 より湖の本受領の挨拶あり。
書籍は、保管に書架・書庫という場所を要するので、寄贈先をえらぶのが難しい。大学。研究施設。知名の図書館はよろこんで受け取ってもらえるが、高校となると難しい。
* 今日は食事のつど、あと、疲労というよりも腹部不穏になやみ、そのつど横になり、横になると幾種もの「校正」がはかどり、また読書もできる。宇治十帖 は「早蕨」を、岩波文庫本では「末摘花」を読み進んでいる。「絵巻」月報は残り少なくなり、いまは「華厳絵巻」などの巻に触れたいろんな知見や感想に教え られている。
実は、和綴じ木版本の「参考源平盛衰記」まで三十五六巻以降を枕元へ持ち出し、調べ始めていて、すこぶるというかムチャクチャに面白い。
今一冊、はじめて知った女性筆者の「京都魔界案内」のような文庫本を参看している。太秦にうまれ秦氏にすこぶる関心も知見ももった人のようで、すなおに愛読している。 2017 9/15 190
* 久しい読者の山瀬ひとみさんが書き下ろし長編小説『消えた弔電』をリアル・ミステリとうたって幻戯書房から刊行された。
「e-文庫・湖(umi)」に、同題でつとに掲載されていた作を「かなり書き直し」たと手紙が添ってきた。幾らか書き足されたのかとも思われる、読み返 してみたい。美しく装われ清明な印象の一冊に成っている。帯も、簡明なことばでよく意を尽くしている。推敲の力量をさらに更に加えつつ、臆せずに、次作へ も踏み込まれていいと思う。
* 京・山科の詩人あきとし・じゅんさんから奥飛騨のご馳走をいろいろ有り難く頂戴した。
みなさん、いろいろ佳い旅をされてるなあと羨望に堪えない。
* 山形村山市あらきそばの芦野又三さん、妻の従弟の濱靖夫さん、濱敏夫さん、昭和女子大日本文学科、川村学園女子大図書館、多摩美大図書館からも「湖の本」受領の挨拶が来ていた。
* 弥栄中学時代の佐々木(水谷)葉子先生、御電話に次いでお手紙とお住まい宇治の銘茶を下さった。
☆ 懐かしいお声に触れ
嬉しいでした。 常々ご精進なさっておられるお姿には、感服しております。(「枕草子」)ありがとうございました。 私、
おかげ様で九月二十日に九十歳を迎えます。勿論五箇所のお医者さんにかゝりながら、現在も、一応、家事をはじめ、庭の草抜き、木の剪定、花づくりのと、楽しみながら生きております。
貴方もどうかお体くれぐれもお大事になさって下さいませ。
奥様をお大事に。
お茶 一服 どうぞ。 かしこ 宇治市
2017 9/16 190
☆ 黒谷さん
「黒谷」実に面白かったです。
面白い、と言っては不謹慎かもしれませんが、面白くて、面白くて、初めは少し捲るだけのつもりが、一気に読み切ってしまいました。昔から、超自然現象の現れる話には入り込めないことが多いのですが、「黒谷」は違いました。読み始めからぐいぐい引かれ、読み進めば進むほど緊張感が漲り、、息を飲んで迎えた最後は・・・二重の奇襲、おうっと声が出そうになりました。
面白くて、面白くて、読み返さずにはおれませんでした。
こんな話がもっと読めたら、と思います。
幼い頃、祖父母の家に帰る度、家の裏にある方広寺の幅広い欄干を滑り台にして遊んだことは、お話ししましたよね。
記憶には全くないのですが、大仏様が焼けるのを、家の二階から怖いほど近くに見たそうですし、当時は国家安康の鐘も、通りすがりに好きに衝けましたし、夕暮れ時、閉まったばかりの門が煌びやかに光る一刻を狙って、豊国神社まで兄と駆けっこもしました。あれが秀吉の耳塚だ、と指され、たくさんのひからびた耳耳を想像したこともあります。
そんなご近所さんに、唯一 「一人では、決して行きなさんな」と言われていた場所がありました。豊国廟です。
効き目は覿面でした。人数少ない小路や一角を好んで歩いた私が(恒平さんにお会いする前から、清閑寺にも泉涌寺にも足を延ばしました) 東山七条のバス停から延びるあの道には近づこうともしなかったのですから。いつも女子学生の流れを見ていながら、私には、あの道は存在しませんでした。
二年前、突然そのことに思い至り、居ても立っても居られなくなり、見てきました。
オープン間際の高級ホテルを横目に(叔母はここの専売病院で出産しています)、まずは新日吉神宮に寄り、京都女子大のことは聞いていたものの、付属の学校がこんなにも広く、大学がこんな奥まったところにあるとは知りませんでした・・・そして豊国廟の聳える階段。
階段の脇に、入場料を払う小屋があり、上って下りてくるまでどれくらいかかるか聞いたところ、ワンピース姿の私を見て30分かな、と。時計の針は11:10。五条の「半兵衛」さんで友人と11:30に約束をしていたのですが、私たちの足なら急げばきっと間に合うだろう、と走りました。
それにしても長かった。長いだけでなく、階段の上りにくいこと!高い段、低い段、高い段、低い段、と段差が交互に変わるのです。リズムがとりにくく、思いのほか大変でした。それにしてもあの階段、見上げても見降ろしても圧倒されます。京都に行ったら、また辺りを散歩したいと思っていますが、観光客のあまりの増加に(私たちもそのうちの一人ですが)、しばらく京都はおあずけです。
豊国廟の感慨、すぐ恒平さんにお伝えしようと思っていたのに、二年も経つと、やはり忘れてしまってダメですね。残念。
ちなみに、吉田山にも、その時初めて訪れました。昔、京大の衛生学教室でバイトをしていた母の話に時々現れ、これも気になっていた場所の一つでしたから。おかげで「黒谷」さん、ちょっとだけ町を知った気分で読みました。 バルセロナ住 京 東工大卒
* 京 ありがとう。
ハズバンドとときおり日本へ、京都へ帰っているとは聞いていた。
豊国廟!! 想うだに、あの石段の登りの凄さには脚がすくむ。京に親しんだわたしでも、生涯にたった一度しか登りつめていない。懐かしいけれど、夢の夢で。
しかし東山七条の市電駅から東向きに、豊国廟石段下までのいわゆる太閤坦(たいこだいら)は佳い環境だった。新日吉神宮のすぐそばに中学で理科を習った 佐々木葉子先生のお宅があったし、佳い月釜の掛かる名席「桐蔭」もある。清水寺まで見晴らせた、界隈に果物畑などもあり、印象はひろやかな山の麓、昔の小 説にも書き入れているし学生の昔、妻ともそぞろ歩いた。
「黒谷」を、喜んでくれて、アリガトさん。
この「京」には、ときおり人の書いてよこした小説を読ませ、感想をことさらに聴いたりした。
バルセロナで今も暮らしている京おんなの「京」にも国際的な小説を書かせてみたいものだが。
お元気で、幸せに過ごされよ。
2017 9/17 190
* 乱取りよろしくたくさんな仕事を手当たり次第に前進させている。仕事では疲れない、食べると疲れる。食べないわけには行かない。
出かけて、人と話してくることが「必要」な気がする、完全に欠けているのが、いま、それだと思う。
もともとわたしはよその家へ出向いて話し込んでくるマネができなかったし、ただ話すのなら妻とで充分足りている、が、それは社交でない、夫婦生活だ。
理事会や委員会のあった昔には人との会話にコト欠かなかったし、帰りには好きに馴染んだ店へよって人と話せた、が、いまは完全に払底している。
といって、せっかく会っても煮えない「文学」のはなしなど、必要もなく、退屈し、ウンザリしてしまう。面白い雑談がいい、気を兼ねた高尚そうなおハナシ 合いでは退屈で疲れてしまう。いちばん困るのは「退屈」だ。人と退屈に過ごすぐらいなら独りで環状線にのり校正している方が充実する。
あの「茜屋珈琲店」の店主となら、歌舞伎や役者らの話題や噂ばなしがいろいろ聴けて、妻もわたしも大いにトクをして、楽しかった。しかも目を瞠るすばら しい珈琲カップでうまい珈琲が出たし、手洗いは清潔に綺麗だったし。珈琲でもジュースでもケーキでも何もかも千円札一枚で五円(御縁)のおつりが出た。八 月の歌舞伎座も九月の歌舞伎座も、茜屋がなくて、何割も寂しかった。
2017 9/17 190
☆ 秦 恒平様
いつも「湖の本」をお送り下さりありがとうございます。
酒井順子さん訳「枕草子」の解説を書いたことがありますので興味深く拝読。
座の中の「書記」とは。 枕草子の文章が多声で持ち上がってきて 目からウロコが落ちました。
新刊 『また 身の下相談にお答えします』一冊 お納め下さい。 <上の> 東大名誉教授
* そのうち、そう遠くもなく「身の下」上野さんに、また、目のウロコはどうなるか知らないが、驚いてもらうことになる。上野さんを仮想の標的にしファイトを燃やして「性の寓話」を書いてきたとも謂えるので。
☆ 秦 先生
「湖の本 枕草子」拝受。
多くの日本の古典の中で、特に私の好きなのが枕草子です。
13頁、読み方の提案に深い共感を覚えました。有益な示唆を頂戴しました。原文を横に置いて読んでおります。
“山登りの人生”を送ってきた私がもう2年間出かけておりません。山を想い山に憧れていますが、まだ一歩が踏み出せません。
大きな辞書を開いて、プラトンの原典をコツコツと読んでいる毎日です。 篠崎仁
* わたしはもう七年ほども故郷京都へ出かけられないでいる。仕事以外に、何の躊躇もなく手当たり次第に古典や史書に読み耽り、古人に出会いつづけ。街へもロクに出ず人とも出会っていない。精神的にも不健康すぎるが。
2017 9/18 190
* 昨夜は四時まで起きて、『消えた弔電』という本を読み終えた。
途中、源氏物語早々の「末摘花」を読み終え宇治十帖の「宿木」で読む息づかいを静め和らげた。
すさまじい作物であった。
* 下記は、いま結婚してスペインのハズバンドと暮らしている東工大卒生が、むかしむかし小説らしきを書き起こして送って来たのへ感想を送り返そ うとして送らぬままにしたのが機械の中で眠っていたので、この一両日にメールの往来があった際に、それも遅ればせに送って置いたのだった。
☆ 受信 創作の書き出しに
恒平さん
昨夜は、気持ちが高揚してなかなか寝付けませんでした。
恒平さんからメールを頂いて、「書く」という、葬ったはずの願望が再び首を擡げたからです。大学時代の灰色の思い出も、たくさん頭を過りました。
私への一文、とても嬉しく読みました。客観的に捕らえる難しさは、メールを書いていても感じます。また、余計な説明を省きたいと思うばかり、つい必要な ものまで削りがちで、その見極めがうまくできていません。感情移入しながら客観的、とは、ずい分難題に思えますが、把握の強さこそが、それを可能にするの だろうと想像します。最近Colm Toibinの「Nora Webster」や「Brooklyn」を(残念ながら英語ではなく)スペイン語訳で読みましたが、とてもよい一例に思われました。
恒平さんは、私が書き始める前から既に、私が陥るだろう罠をよくよくご存じで、一瞬、もう自分は何か書いて既に恒平さんに送っていたのではないか、という錯覚を起こしたくらいです。恒平さんのお言葉、本当にありがたく、繰り返し読んでいます。
実は最近、自分の日本語の衰えを感じています。もっと適切な動詞が、表現が、あったはずなのに、思い出せない。自分の日本語の使い方が正しいかどうかす ら、自問する機会が増えてきました。辞書はすぐ見ますが、辞書では解決できないことの方が多く。恒平さんへのメールがなかなか出せない要因の一つでもあり ます。言い訳の一つでもあります。 バルセロナ 京
* 「余計な説明を省きたいと思うばかり、つい必要なものまで削りがちで、その見極めがうまくできていません。感情移入しながら客観的、とは、ずい分難題に思えますが、把握の強さこそが、それを可能にするのだろうと想像します」は、しっかり謂えている。
山瀬ひとみさんの今度の本は、逆に、書ける限り気負って限度まで書き込んである。勢いすさまじい、が、小説が演説へ変身しかねない。簡潔(スリム)に絞れば絞るほどいい意味の凄みは生きるだろう。すさまじいと、いい意味の凄みとは、異質である。
* 山瀬さんからも、しかと踏み込んだ良い述懐ないし反省も届いている。うしろへ退くことはない、前進されれば良い。「作」が静かな美しい「作品」を得て創意が実ること。実らせかたは人さまざまで良い。
2017 9/19 190
* 信田周さん、福田良子さん、奥田杏牛さん、金田小夜子さん、柏木洋子さん、山梨県立文学館、大阪市大等々、お手紙など戴いている。
2017 9/19 190
* 都澤さんから葡萄を たくさん戴いた。
京都の澤田文子さんには、菩提寺常林寺の資料や月見趣向の和三盆を頂いた。
☆ 略啓
御健勝の事と存じます。「湖の本 枕草子」有難く頂戴しました。御説興味深く拝読。「枕」は読者の教養や美観の深浅によって味が異つてくるのが面白いのでせう。
近々 御聯絡申上げます 不備 前・文藝春秋専務 寺田英視
☆ 「湖の本136 枕草子」
有難うございます。
現代の作家の新訳などと比べるまでもなく、ここには平安「定子」文化圏への深切な理解と愛情が満ち溢れています。
日本の古典のエッセンスの把握(漱石「こころ」も含めて)を先生の御著書から学んだ者として湖の本シリーズの持続と先生の御健勝を心から祈ってやみませ ん。ナショナリズムの鼓吹者たちの「日本」なるものが、どれだけ「美」から隔絶したものかが、先生の存在自体によって明証されるのですから。 御礼まで 不一 八王子市 水島英己
* 東洋大野呂芳信さん、歌人堀江玲子さん、成蹊大、二松学舎大からも挨拶を戴いた。
* 「湖の本 137 泉鏡花」を全責了で送り返した。十月十六日ころの納品になるだろう、発送用意に取り組んでおかねば。
2017 9/20 190
* 会社勤務の頃の後輩、のちに米沢短大学長の、仙台在住遠藤恵子さん、三つ重ねに美しい色とりどりの蒲鉾をたくさん送って下さる。酒にも合うて有り難く、栄養も。感謝。 2017 9/21 190
☆ 玄関に
シュウカイドウを 床の間に水引草を、白も赤も今が一番いろ鮮やかです。 仏様の花も庭の草花でほとんど済ませていたのですが そろそろ花屋さんにも頼らなければと思っています。オハグロトンボも行ってしまいました。18号台風は無事通過しました。
御身大切になさって下さいませ。 京・有栖川 桐山恵美子
* 明治学院大、広島大大学院、湖の本受領の挨拶あり。
* 中学と大学の同窓、松嶋屋の惣領片岡我當君、療養中にかかわらず二万円も湖の本へ送ってきて呉れた。ありがとう。
とにもかくにもお互い、シッカリと生ききりましょう。
2017 9/21 190
* 「墨彩」という古書画ま写真誌が送られてきた。べつに珍しいことではないが、送ってきた「わたなべ」という店が、京都市東山区新門前中之町の花見小路 西南角と略地図までついていて驚いた。この現在「わたなべ」のある同じ場所、わたとの育った同じ中之町の町内に、わたしが京都を離れるまで近藤さんという やはり古美術や版画系の店があり、幾つか上の兄上級生と妹同級生と、もっと小さい弟がいた。縁があるかないかは知るよしないが懐かしかった。ちょいとメー ルで、「懐かしく」とも書いて送った。新門前通りがふわあっと眼に浮かぶ。
2017 9/21 190
☆ お元気ですか
すっかり秋らしくなりました。今日は雨になりました。
頑張ってお過ごしの様で何よりです。
今日は雨のなか用事が出来て! 出掛けました。
懐かしい界隈で手にいれました、ご賞味下さい、明日夕方に着くかと思っています。
今年中に帰郷出来たら良いのにな!! 日々御大切に 京・北日吉 華 高校後輩
* ありがとう。
* 三日も余裕が有れば、帰りたいと願うが。思い切り、であろうか。
☆ 日ごとに秋らしくなって参りました。
錚々たるメンバーの現代語訳の中の一冊、大変ありがたく存じます。枕草子は、京都の人の心持ちをよく御理解の先生の訳、味わいも一入だと思います。(雨月・春雨の=)訳者後藤明生先生は晩年近畿大学でご一緒の時期がございました。時の流れを感じます。
季節の変わり目、くれぐれもご自愛下さいませ。かしこ 阪森郁代 歌人
☆ 拝啓 (前略)
「春は、あけぼの」「きらめく感覚の饗宴」「折に触れて」に分けられ定子皇后のサロンの様子を、そして「誇らかに、宮仕えの日々」で平安の「女文化」のあり様を生き生きと描かれたことに感心いたしました。「句読点を省いて、適宜分かち書き」も生きていると思います。
ますますのご活躍をお祈り申し上げます。 敬具 原山裕一 新聞記者
* 常磐大学から受領の挨拶あり。
☆ 枕草子は
授業で教える度に、学研版の美しいご本を繰り返し参照してきました。
筆記者清少納言の、お説にも促されて、「春はあけぼの」や「うつくしきもの」など、句点で交替するリレー読みやグループ読みをさせてみますと、少女達の声は幾分あどけないですが、生き生きとした定子のサロンの様も想像され、興深く思われます。
湖の本は、「まえがき」「私語の刻」から始めて少しずつ。まだ「類想的(類聚的)章段」(趣向を凝らした編集ですね)を過ぎたところです。 九 女学校教諭 2017 9/22 190
* 神戸の岡田昌也さん、美味しい粒雲丹についで、大粒の翠美しい「かぼす」を二段詰め数十顆も下さった。ビタミンCをたっぷり補い、汁ものなどが美味しく戴けそう、深く感謝。
2017 9/23 190
* 晩がた、京都の「華」さん、東山安井「柏屋光貞」の京菓子「おおきに」を抹茶に添えて送って来てくれた。なんと懐かしくて美味しいか。安井は祇園の南 寄り、建仁寺の東、絵馬のおもしろい安井金比羅宮がある。「おおきに」とはおかしな名付けと思われるかしれないが、祇園の舞子藝妓たちは日ごろから「お互 いに 思いやり 気をつけ合うて にっこりと」と躾けられ、「おおきに」を、欠かさぬ口ごとにしている。わたしがきっと懐かしがるとよく察して選んで、こ の日ごろ草臥れきったわたしに送ってきて呉れたのだ、「おおきに」ありがとう。
先日は、大学で妻と同期の友達が、「京便り」のいろんなパンフなどをやはり好きな和三盆を添えて送ってきてくれた。
みなが、元気で元気で長生きしてくれますように。
わたしは独りの孤りっ子で育ったので、根が、すこぶる人懐かしいタチなのである、根の哀しみを琴線に晒して暮らしてきたと思う。
2017 9/23 190
* 鏡花の「高野聖」を読み進み、薫中納言と宇治中君とのフクザツな仲らいをともに歎くほどに読み進み、音頭口説が語りつ唄いつ「明石の殿さん」の極悪非 道に呆れ果て、枕草子を語り、足利義満と世阿弥とを語り、はては「酒が好き花が好き」を拾い読んでも今日一日を過ごした。世界も日本も政治はあまりに醜 く、見向くのも辛い。
山科の詩人あきとし・じゅんさんに、焼いた山女魚を戴いたのを、教わったとおりさらに焼き温めて竹筒に入れ、熱燗の酒を一合もそそいで、香ばしく飲み干した。美味い茶を淹れて甘い小粒な京菓子を楽しんだ。佳い一日であったのだ。
早稲田の文芸科を二年間手伝ったときの学生、小説を書かせて読んで、「作家になれる、なりなさい」と背を押した角田光代が「源氏物語」を現代語訳し始めたとも、今日知った。しっかり完成するように。
2017 9/23 190
☆ 先日、
ご近所のお寺の庭を掃いておりましたら、積み重なった瓦の中に「祇園まもり」を見つけました。謂れは、聞けずじまいでしたが… 何か、不思議を感じました。
空が高くなりました。手をつきあげて、背伸びして、思わず駆け出したくなるほど良いお天気です。
でも…駆け出す元気はないので、ゆっくり秋を楽しみながら、のんびり歩いてきます。 鷹峯 百
* 京の散策 羨ましい。鷹峯からは西山まわりに金閣へも、北山ぞいに紫野や船岡へも。「空が高く」という嬉しさが目に見える。ゆっくり、のんびり、それが今は最良の境涯。大切な元気は、だれもかもしっかり抱きしめていて欲しい。
2017 9/24 190
☆ 十月が目の前
21日
月半ばには関西に行ったのですが、台風18号の日本縦断がとてもゆっくりで、絵の教室は休みになってしまいました。京都市内の風雨は短時間で終わりました。
23日の選歌より
ありしこそ限なりけれあふ事のなどのちのよと契らざりけむ 源兼長
立チのぼるけぶりにつけておもふ哉いつ又我を人のかく見ん いづみしきぶ
式部の歌にいつも引き寄せられます。哀傷の痛切、これは若い時には理解しようにも理解できないことと、今は痛感します。
「わたしはなかぞらに浮游の気味で頼りない」と。その浮遊感覚と作家活動。とにかくお身体大切にと繰り返し述べるばかりです。
「音頭口説」、わたしにはほぼ未知の世界ですが、高校生の時に郷土研究会に属して県下の民話などを採集したり、養蚕農家の二階に行って蚕の生 命力に驚いたりしたことがありました。京都という都と、地方・鄙という図式は簡単ですが、一歩進んで考え始めると途轍もない、出来れば大きな問題提起がな されるでしょう。
音頭口説、埋もれつつあるもの失われつつあるものに、若い人たちが関心を寄せて欲しいと思います、しかもそれは緊急の課題です。
「もう四半世紀早くに読んでいたらわたしは不思議な小説を何編か書けていた気がして、もったいないロスをしたとやや 悔いている。わたしの身内にひそんだ「根の哀しみ」にかならず何かが触れて来るに相違ない。」
そう述べられる、その一端であれ、どうぞ書いて下さい!!「日本の文学文藝の理解から取り外してはなるまい。」のですから。
枕草子のテープのことが書かれていましたね。懐かしいテープ!!!
音声にやや劣化が認められるとも。わたしも確かめてみなければなりません。
テープからディスクに移して、希望する人に・・というのは著作権などに触れて違法でしょうか? 多くの人に聞いてもらえればと思うのですが。
早々と季節が移り、我が庭にはいつしか殖えてしまった彼岸花が咲いています。
どうぞくれぐれもお身体大切に、大切に。
「三日も余裕が有れば、京都へ帰りたいと願うが。思い切り、であろうか。」
そうです、思い切り、ですよ。奥さんとお二人で、京都を堪能なさってください。お二人でなら安心、そして降り積もる多くのものを分かち合える筈です。尾張の鳶は、心底そう思います。
* ありがとう。
☆ 拝啓
ようやく秋らしい気候になってまいりました。お変りなくお過ごしのことと拝察致します。
この度は「枕草子」を、寔に有り難く感謝申し上げます。
枕草子は有名な割にはあまり読まれていない作品だと思います。小生もその同類です。文庫の原典と較べながら拝読したいと存じます。敬具 元・岩波「世界」 邦
☆ 枕草子のなつかしさ。
それを、日本と日本語へのハタ先生の思い入れが、さらに増幅して……。いつもながら、たまりません。
カボス 少しだけ。どうぞ。 神戸 昌
☆ 定子のサロンに
集うた女人たちの文化的な香りを、秦先生のお書きになった文章から感じ取りたい、と思って不読ませていただいております。
それにしても、秦教授の授業を受けたかった! 学生として。(お元気で!) 笹塚 宏
* 久留米大、鳴門教育大、東海大名古屋、神戸樟蔭女子学院大から「枕草子」受領の挨拶あり。
* 美学藝術学会への案内があった。
* 駐日ポーランド共和国大使館から、ペン会員つかだみちこさん表彰の会に参加して欲しいと招待があった。
* 豊中の、大学同窓安川美沙さんから東京で開催の「麻田浩展」への招待券二枚が届いた。練馬区美術館で、近い。ありがとう。
2017 9/25 190
* 高麗屋三代襲名の立派な記念品を頂戴し、真実、恐縮している。
* 橋本静一さん夫妻からも、すばらしいピオーネを三房も頂戴した。感謝。
2017 9/27 190
* 順不同、相模原の松村茂治さん、京・伏見の服部友彦さん、八潮市の小滝英史さん、脚本家の小山内美江子さん、仙台の遠藤恵子さん、それに専修大学の山口政幸さんから、お手紙、お便りを戴いていた。
2017 9/29 190
* 東工大卒の**君がふとなつかしく、「元気にしていますか。このごろは、どんなことに力が入り どんなことを思っていますか。健康ですか。ご家族も増えたのでは。心ゆく日々でありますよう願っています。
わ たしは相変わらず 本を書き続け 本を出し続け 本を読み続けながら 病院に通っています。視力の衰えだけが難儀です。」とメールを送って置いたのへ、昔 と少しも変わらない律儀で率直なとてもいいメールがいま戻ってきた。敢えて名は伏せて、真率なその声を聴いても戴きたい。
☆ 秦先生、
ご無沙汰しております。メールを下さり、有り難うございました。
ご様子は、時折、ホームページで拝見しておりました。お体のことは心配ですが、以前と変わらぬ情熱を傾けて本を書き続けていらっしゃるご様子に畏敬の念を抱いております。
少し前、奥様が入院されたと知り、案じておりましたが、最近は大分ご回復のようで何よりです。
私の近況ですが、なかなか明るくないなというのが正直な実感です。あまり暗いことばかり書いてもどうかと思いますので、まずは明るい話題から。
先生もお察しのように、家族が一人増えました。結婚した翌年に息子が生まれました。もう3歳になります。なかなかのひょうきん者で、いたずらばかりして います。電車が好きで、休みの日になると電車に乗りたいとせがむので、私の週末は山手線か井の頭線の車中で過ごすことが多くなりました。新幹線よりも在来 線が好きなようです。山手線の新型車両と、井の頭線のレインボーという車両が大のお気に入りで、このいずれかに乗りたがります。常に周囲に対してアンテナ を張り巡らせているようで、次から次へと色々なことをしますので、こちらも休む暇がありません。
今年の夏休みに家族で行った小岩井農場での写真を添付しました。
無事に開けると良いのですが。
仕事はなかなか思うように進みません。研究に割くことのできる時間はとても限られています。教育は良いとして、真の意味での雑用があまりに多いという実感です。研究者が研究に専念することを政府や社会が良しとしていないのでしょう。
大学の運営費交付金は小泉内閣以来、毎年削減され続けています。研究者の興味から行うボトム アップ式の研究ではなく、いわゆる「役に立つ」研究テーマがトップダウン式に与えられ、後者に多くの予算が割かれています。「選択と集中」というと聞こえ は良いですが、これは科学にとって「自殺行為」であることは多くの研究者達によって指摘されています。しかしこの傾向が変わることは当分無いでしょう。
学位を獲っても職が無いのは一層深刻な状況となっており、そのようなリスキーな仕事を目指す優 秀な若者はどんどん減っています。私自身もそろそろ次のステップを考えなくてはならない時期に差し掛かっているのですが、なかなか思うようにはいきませ ん。自分の実力というものも、だんだんと目に見えてきてしまっていて、いつまでも目をそむけている訳にもいきません。この仕事をしてきて、正直、今が一番 辛いという実感です。
さらには先生もご承知の様に、昨今の政治の悲惨さには目を覆うべきものがあります。安倍内閣のひどさについては辟易さされ続けてきましたが、その受け皿となるべき政党がない。民進党の事実上の解体には呆れるばかりです。
小池百合子の原発廃止は全く信用できないと思いますし、彼女が政権の中枢に座るなら、安倍よりひどい憲法改正がなされることでしょう。極右二大政党制など日本に必要ありません。何故、こんなことになってしまったのか。
ただ、真に悲惨なのは、これだけ好き勝手をやってきた安倍・自民党を支持し、憲法改正・人種差別をよしとする者が私の周りにさえ多く見られることです。かつては、こうした右翼的思想の持ち主は、ある程度限られたポピュレーションだと思っていました。
高い水準の教育を受け、それなりの地位にいる者が同じような考えをもっているのを見ると、もはや絶望的な気持ちになります。そんなにみんな、戦争がしたいのでしょうか。
アメリカでも同じようにトランプが大統領となり、次々とアメリカの良い部分が壊されつつありま す。しかしアメリカでは、そうした暴挙に反発するメディアや声を上げる人々がありますし、司法が歯止めとなって良識を守っています。日本はといえば、メ ディアや司法は政権にべったりですし、政権に反旗を翻すようなことを発言することさえ躊躇わざるを得ない雰囲気があります。
自分の職業の現在の状況、国の状況を思うと、どうしても暗い気持ちになります。何か心が晴れるような、夢のあることをしなくては。そういう研究ができると良いのですが。
なんだか暗いメールで申し訳ありません。
今週末から10月。秋も深まって参りました。
くれぐれもご自愛下さい。奥様にも宜しくお伝え下さい。
* この、言葉の真意において「健康で真っ当な」声にじっと耳澄まし目を見ひらいて聴きかつ読むのが、苦しい。不幸な日本へ、これからの若い、幼い真摯に生きて行く人たちを苦しめてはならない。
**君、ありがとう。真率な「挨拶」を全身で受け取りました。添付の写真がどうしても開けないのが、残念。
2017 9/29 190
* きのう「mixi」が、東工大卒生の誕生日を告げてきていた。記事は全く読めなくなっているのでその事実しか分からなかったが、当のその人のことはよく知って覚えていたので、メールで慶祝を伝えて近況を問うておいた。
今朝、元気な返信があった。よかった。文化財の補修保存の科学的な基盤研究に携わっている。在学の頃からブレのないそれが目標の学生だった。教授室での対話など懐かしく思い出す。
☆ 秦先生
ご無沙汰しております。
メールありがとうございます。
こうして時が経っても気にかけてくださる先生がいらしてくださるのは、宝物です。
メールいただいてほっこりしました。
おかげさまで相変わらずバタバタとせわしなく暮らしつつ、平和な日本を享受しております。
子供達は高2、小5、小3になりました。
誰に似たのか理系科目の全くできない娘の進路が非常に不安ではありますが、本人は中学受験して女子校に入って5年目、とても楽しそうです。
課外授業でずっとお茶を取っていますが、随分上手に立てるようになってきました。
この子も含めて三人ともサッカーをやっています。
下二人の男子は暇があればボールを蹴っていて、本の虫だった母から見ると全く読書量がなく、先が思いやられますが、いくら本を並べておいても手に取るかどうかは本人しかできず、心配しています。
仕事の方も順調です。
年ごとに「これ以上できない」と思っていますが、それでも毎年仕事量は増えています。
長い間出張日数は年間70日程度でしたが、数年前から90を越えました。もはや移動中は貴重な仕事時間になっています。
雑用も政治的なことも爆発的に増えていっているため、流されそうにはなりますが、その中でも成果を出し続けていかれる程度の研究資金と優秀なスタッフさんが揃っている今の境遇に本当に感謝しています。
しかし、年も取ってきました。
例えばある事象についてある程度文献を集め、読み込んで「理解した」と思っていても、ふと気がつくとその事象についてこ こ数年でたくさんの研究が出ていて、全て自分自身の中でアップロードし直さなければならない、ということが増えてきました。「知っているよ、そのことにつ いて」と思っていても調べ直すことを基本にしなくては、と肝に命じています。
世の中はどんどん変化しており、自分もまた変化しているのを肌身で感じています。
短歌は、以前ほどの頻度ではないですが、文章にできない思いがわくと歌にしています。箱に入れて鍵さして墓場まで持っていくような感情が歌になっていっています。
仕事が忙しくなり、子供達もそれぞれに家を出ることが多くなり、前ほどべったり過ごせなくなってきました。少しでも一緒にいられる時間が貴重になっています。
先日は運動会の代休の日に仕事は休みを取って一緒にいました。近くの旧久米正雄邸は建物は別の場所に移築されましたが、生垣はお茶の木で手入れもされずに残っています。
子供達に「これ、お茶の木だよ」と教えたところ、「え、作りたい」ということで、こっそり少し摘んできました。(厳密には違法ですよね、すみません。)
少し蒸して、揉んで煎って、とやっていたら、それなりのものができました。
こんな時間があとどれだけ取れるのだろう、と思いつつ過ごしています。
子供達の写真を探したのですが、三人全員写っている写真がなかなかなく、昨年の写真になりますが、お送りいたします。
娘に浴衣の着方を教えつつ、二番目の子が来ている浴衣の丈出しをしている最中に撮ったので、息子のはあまりにもツンツルテンでみっともないのですが…。(そして私もスッピンです)。
そうそう、家族が一人増えました。2年前に出張中の道の駅で拾った三毛猫です。
もともといた猫は娘と同じ年で、なかなか受け入れてくれませんでしたが、ようやく同じ部屋にいても怒らなくなりました。
などなど相変わらずの生活です。
先生も奥様も、大病を乗り越えられてお元気でいらっしゃるご様子、ほっといたしました。
いつまでも、いつまでも、お元気でいらしてくださいませ。 鎌倉 典
* 生き生きしてくる。「スッピン」も元気そう、お子さん、みな愛らしく、羨ましい。
お茶のお稽古というのも、嬉しい。
☆ 秦先生、
先程、ホームページを拝見しました。私のメールを掲載して頂き有り難うございました。
写真が開けなかったとのことでしたので、以下のリンクを貼りました。クリックして頂けば、小岩井の旅行の際のアルバムが開くようになっております。
私や妻の両親に宛てて作ったアルバムですので、あまりに多くの写真や動画が入っており、少々気恥ずかしいものもありますが、適当に取捨選択してご覧頂ければ幸いです。
親バカで恐縮ですが、息子は掛け値なしに可愛いです。
時折(いや、しょっちゅう?)ワガママを言っては私や妻を困らせますが、それでも彼は我々にとってかけがえのない存在です。息子が楽しく人生を過ごせる世の中であって欲しいと心から思いますし、そうなるべく私達の世代が努力しなくてはならないと思っています。 英
* ありがとう。老人も励まされます。
* さ、写真を楽しみに、仕事、励みます。
* 仕事して、機械の前へ来て、英君の写真を見ようとしてが、指示通りクリックすると、例の「インターネットエクスプローラーではこの頁は開けません」と。
* 原善君がメールを呉れて、添付した論文を読んでくれと。読もうとしたら二段竪組みの雑誌頁がめんが竪のまま。半分盲いほど視力の弱いわたしにはとてもこんな小さな字を機械では読めない。
2017 9/30 190
* 選集第二十二巻の送り終える。
☆ 秦 恒平 様
この度は(谷崎を論じた=)貴重なご著書を、2冊も賜りすっかり恐縮しておるところです。夏休みに入り、研究室へ行く機会がなく、お礼をながく仕損じてしまい、誠に申し訳ございません。
豪華な装丁の選集の一巻一巻として、これら二つの大著が加えられたことは、谷崎の研究者にとって、また新たに越えなければならないハードルが大きく目の 前に現れた感がする、というのが偽らざる感想です。丁度、今年をもって、長くあった研究会もひとまず閉会となり、研究の方向性が、全集の刊行完了ととも に、やむかのように見えた矢先だったので、これは大きな励みとなる、と実感する次第です。
そう言えば、作家の方で、旧来の日本近代作家に自分を意識的に近づけていこうとする方も、めっきり減っていったような気がいたします。丁度、我々が大学 の教員になりたての頃に、テクスト論が学会を席捲し、カルスタやフェミニズムなどの流行から、まだしも谷崎は忘れられなかったですが、志賀直哉などは研究 者自身も、どうかかわりを持ち直していけばよいやら、まだ模索中の作家になってしまったようです。時代の推移といえばそれまでですが、直に彼らの文学を滋 養とする現役作家の方はもういないという中で、秦先生のように、研究史的にも重要な仕事をされた方は、きわめて稀でしょう。そして今後、こういった研究の スタイルは生まれないと断言できると思います。
また、研究文献目録を作りながら、網羅はできなかったとはいえ、多くの貴重なご論考を見落としていたことを改めて知り、申し訳なく思います。特に今個人的関心からですが、「谷崎潤一郎を語る」二十五篇を、あちらこちらとひも解くのが、大いに楽しみです。
私は、先生の注目される美としての谷崎より、大正時代の模索期の彼の方を追いたいと思い、直接先生のご論に何か申し上げることはありませんでした。正直 谷崎の研究も、今は積極的にしておりません。しかしこの労作を徐々に徐々に解読しながら、また新たな谷崎を自身の中で取り戻せるかを考えてみたいと思いま す。本当に、貴重なご労作を下さり感謝に堪えません。ありがとうございました。 平成29年9月 専修大学教授 山口政幸
* お手紙を、嬉しく拝見した。谷崎学のお一人として私の「思い」を深く汲んで下さり、感謝に堪えない。
☆ 秦 恒平様
謹 啓
「秦 恒平選集」第二十一巻(「谷崎潤一郎論 藝の魅惑と本質」「谷崎潤一郎論攷 全三十四編」をご恵贈賜り、まことに有難く、心より御礼申し上げます。全部読んでから、と思い御礼を申し上げるのが大変遅くなりました。お詫び申し上げます。
「春琴抄」改めて心を入れて読み直してみました。春琴自傷も佐助失明も「愛すればこそ」の自然な帰結と感じることが出来ました。春琴火傷ののち、佐助が 自らの目を針で突き、完全に失明してから、春琴に、もうお顔を見ることはないと告げる。「佐助、それはほんとうか、と春琴は一語を発し長い間黙然と沈思し てゐた佐助は此の世に生まれてから後にも先にもこの沈黙の数分間ほど楽しい時を生きたことがなかった」なぜなら「佐助それはほんとうかと云った短い一語が 佐助の耳には喜びに慄えているように聞こえた。」からであると、作者は佐助に述懐させています。二人の愛の本質がこの一語に凝縮していると感じることがで きます。
佐助も春琴の自傷を理解すればこそ、自らの目を突けたのであり、春琴に恨みを抱く門弟や美濃屋の利太郎の犯行、あるいは暴漢の行きずりの犯行であったな ら、犯人に向かう感情一怨嗟や絶望が春琴を、恨みと後悔が佐助を捕らえ、こうも二人だけの純粋な観念の世界に向き合うことは出来なかったろうと思います。 春琴の自然と佐助の無私がここで見事に結晶して、論理を超えた形象による人間学が語られていると感じました。
改めて気づくことは、句読点、とりわけ句点を強力抑制した文体でした。文章を停滞させる「。」を夾雑物として極力排除し、語りの息遣い、抑揚さえ感じさ せるように書いています。谷崎潤一郎はよほど視覚に鋭敏なタイプの形象性を重んじる作家であったと感じました。また人物の名前 鵙屋琴、鴫澤てる、と鳥の 名が連なり、加えて春琴が最も飼い慣らし難い鳥類 鴬や雲雀、駒鳥鸚鵡目白頬白を飼う。佐助の名もまた、鳶や隼などの俚諺にあるのではないかと感じまし た。このあたりにも谷崎潤一郎の仕掛け(思想)が透かし織されているのではないか、このような細部にまで象徴を行き届かせて「春琴抄」は古典的な名作に なっているのだと思います。
また歴史小説について語られた「歴史的な現象、あるいは事件というのは現代に及んで、往々持続的な多くの意味を持ち、その理解も変わっていく、理解が変 わるにつれて時代の意味、あるいは解釈も変わっていく。そういうアクティビティをはっきり作中に抱擁しているのが歴史小説で、ただの時代ものとは峻別すべ きだ」(座談会 谷崎潤一郎の軌跡)に、まさに秦文学が語られていると、秦文学はこの歴史小説観で書かれている
と感じました。座談会(無論論攷を含めてですが)には鋭い示唆に富む沢山の思想を見出しました。考え、噛みしめるべき思想、文学観は谷崎潤一郎をより深く 読む指針ばかりでなく、私にはむしろ秦文学を読み解く重要な鍵になる言説、思想に満ちたものと感じさせていただきました。
その意味で、選集第二十一巻は秦文学の研究に欠かせない重要な一冊になっていると思います。
日本語で書くことの難しさについて、また小林秀雄についての疑念など、どこか裸の王様的なところのある世界への覚醒を促す提言であり、理解できない自分 の非力を託(かこ)っていたものには、もういちど新しい目で、小林秀雄という文芸評論家を再評価してもよいのではないかと思わせてい
ただきました。判らないものは判らないといえる自己に対する信頼がなければ、真に良い作品との出会いは実現しないだろうと思います。
いろいろ思い沸くことはありますが、御著書を拝読しながら「ああ。やっぱり」「そうか」「そうだったのか」と何度も何度も思わせていただきました。楽しい、有意義な真に読書に値する時間を持たせていただきました。
有難うございました。改めて御礼申し上げます。
この週末から気温が下がり一気に軟から冬の気配へと陽気が変化するとの予報です。どうぞ先生、お奥様ともに呉れぐれも御体大切に、ご自愛くださいますよう、心よりお祈り申し上げます。
本当に有難うございました。 敬具 平成29年9月28日 小滝英史 (作家)
* くわしく、よく呼んで頂き、感謝に堪えません。
* 選集世界が論攷とエッセイ篇へ展開して、「花と風」「手の思索」「日本を読む」という私基本の思想を枕に、わたくしを作家生活へかりたてた動因の「谷 崎潤一郎」を語る二巻を送り出し、かく有り難い感想や激励をいただいたところで、今日からは、「私の、中世」論攷とエッセイ篇とが大冊で二巻続くことにな る。私がいかに「現代」への悔しいまでの飽き足りなさを「中世」への思いで支えてきたか、それは昨日今日の政界へのほとんど憎しみに近い思いの分厚い裏打 ちちでもあることを率直に断っておく、その思いは主に美術を語っている第二十二巻よりも次へ続く巻に吐露している。
「日本」を語り、「谷崎」を語り、「中世」を語り、次々にこの選集は「私」を容赦なく「暴露」して行くだろう。
2017 10/1 191
* 今朝受け取って読んだ下記のメール、よく、深く、大事に読み取りたい。
☆ お元気ですか、みづうみ
朝夕秋の訪れを感じるようになりました。
八月下旬に帰国してから冴えない状態が続いておりますが、少しずつ体力気力を復活したいと願っています。
この夏はパリに六週間以上長居をしたので、日本のことを少し離れて眺めていました。この夏の総括で、あちらで感じたことを 時系列でみづうみにご挨拶がわりに書いておきます。お読み捨てください。
日本でどの程度の話題になったのかわかりませんが、七月十四日のフランス最大の祝日革命記念日にフランスはトランプ大統領夫妻訪問のニュース一色でした。
革命記念日パレードにトランプ大統領のような人物を招待することはふさわしくないという反対運動もあったようですが、エッフェル塔での三ツ星シェフ、アラン・デュカスのディナー含めてマクロン大統領は大歓待大歓迎でした。
その数日後には今度は中東和平交渉で、イスラエルのネタニヤフ首相を出迎えました。フランスから強制収容所に送られたユダヤ人の追悼式典で、神妙な顔を して過去のヴィシー政権を反省してネタニヤフ首相の機嫌をとるのに大忙しのマクロン大統領をみていると、民主主義の守護者の顔をしつつ実利追求のフランス の外交が百枚舌と揶揄されている理由がよくわかり面白い見物でした。
でも、相手国も相手国で お互いさまなのです。
こういう情報をしっかり把握していないと、パリ市民は通行制限に巻き込まれて迷惑します。警備はすごいものです。エッフェル塔の上にはヘリコプターが飛 びまくっていました。私の滞在中もフランス国内の小さなテロのニュースは二件、バルセロナの暴走車両のテロがありました。
フランスのように引きも切らずどこかの首脳が来ている状況、毎日国際政治とテロと日常生活が直結している感覚は、日本人にはあまりないなあと思います。あったとしてもせいぜいサミット開催の時くらいでしょう。
日本は首相がどこかに出かけていっても お金をばらまくかアメリカに同調するだけで、真の意味での外交は殆どない国に見えます。
経済規模でいえば日本はフランスよりずっと大きな国ですが、国際政治の表舞台ではまともな交渉相手とみなされていない事実、わかってはいましたけれど、 実感です。少なくとも経済以外の問題に日本は関わらせてもらえない。世界政治の中心からまったく遠い極東の辺境といってもいいくらいの国だという印象を新 たにしました。外務省に言わせればそんなことはないと叱られるかもしれませんが、庶民レベルでは欧米の世界地図の通り、日本なんて遠い東にあって地図から 落っこちてても気づいてもらえないくらいです。北朝鮮で戦争が勃発しても、シリアの内戦よりも関心をもたれないでしょう。
それがどんなに恐ろしいことか。
世界を動かしているのは欧米ユダヤの白色人種であり、彼らは絶対にアジアやアラブやアフリカが世界政治に関わったり影響を強めることを受け入れないでしょ う。あらゆる手段で、武力や内政介入をしてでも妨害します。世界の支配者は永遠に彼ら自身でなくてはならないのです、彼らには。
もちろん個人のレベルでは互いの深い友情も敬愛の念も存在するでしょうが、国家としての扱いでは、日本はアメリカの属国でありG7に入れてもらっているのは便利な財布程度のことでしかないと、口角泡を飛ばすあちらの政治討論番組を観ていて感じていました。(高度なフランス語はさっぱりわからないので)
主義主張が違うのは当たり前で、そこから何とか戦争を避け、自国の利益を守ろうとあの手この手の交渉をするのが外交であるとするなら、どんなに危険で嫌いであっても日本は中国や韓国、北朝鮮などの周辺アジア諸国と上手く言論で交渉して生き延びる以外にないはずです。
アメリカと同盟関係を結んだところで、結局彼らは、みづうみのよく言われる「悪意の算術」という外交力で利用したいだけ利用する気で、アジア人と対等に 関わるつもりなんかありません。同じ黄色人種の近隣アジア諸国と協力して、アジア人の住みやすい世界にする以外に方法がないのです。
「オバマ大統領やクリントン支持者より、トランプ支持者の田舎のおじさんおばさんたちとのほうが理解し合えることに、日本人の大多数が気づいていない」 と、面白い意見を書いている人がいました。アメリカ支配層の根にあるアジア人蔑視はどちら側も同じで、それを表に出しているかうまく隠しているかだけの違 いに過ぎないなら、単純で素朴で差別心に正直なひとたちとのほうがまだしもわかりあえる可能性があるということでしょうか。
そんなことを考えていましたら八月一日、私には衝撃的なニュースが入ってきました。ニュースはもっぱらネットで読んでいたのですが、AIのニュースです。みづうみもお読みだったかもしれません。
AI開発に力をいれて取り組んでいるフェイスブック社が、「ある実験を中止」したというものです。「ボブとアリス」と名付けた二台の機械が人間の理解できない言葉を使って意思疎通をしていたためです。
日本でどの程度大きなニュースであったかわかりませんが、これには心底ぞっとしました。
これまでもAIがナチス礼賛の言葉を話し始めた例はありましたが、それはある人間がそういう暴言を吐くように操作した結果でした。
今回は人間の意図しないところで、AIが自分勝手に学習し、制御できない領域に達してしまったことが大問題です。
AIは、まだ開発の始まったばかりの技術にもかかわらず、すでに人間の手に負えないレベルに暴走するのだということが明らかになりました。こんなに簡単にです。
ホーキング博士が、「AI」が人類の終末をもたらす可能性を指摘していましたが、それが現実になりそうだと、私のにぶい頭でも恐怖を感じました。
これもネットで読んだのですが、ケンブリッジ大学のヒュー・プライス教授、哲学者は「注意深い楽観主義者でありたい」としながらも、「将来、人類は非常に高度なAIと同じ地球の上で暮らしていくことになるのです。これは『惑星レベルでの歴史的転回』とも呼べる大変革」であると述べていました。
プライス教授は、さらに長期的には「人間の脳とAIを繋いで知能の飛躍的向上をはかる」人間も現れるだろう、また「生物的な意味での人類は絶滅して、知能機械が人類の持っていた価値観を引き継いで生き残る」という、人類滅亡の可能性にすら言及しています。
ことほどさようにAIの問題は現在進行形の深刻で不気味な様相を呈していることに、庶民レベルでももう少し危機意識をもたないと、とんでもない結果を招く と、暑さを忘れるくらいの冷気が背中に走りました。知恵の付いた機械に仕事を奪われる程度の問題は、短期的な小さな問題なのでした。
AIの登場は「人類滅亡に向けてスイッチが入った」ということで、人間がはたしてどこまで暴走を防いでいけるか、私は悲観的です。現在地球の支配者である人間が、AIにその座を明け渡す未来の可能性、AIが人間の存在を脅かす可能性について、日本でも議論を深めるべきなのは当然です。
この流れはもう止められないとしても、少しでもましなAIとの共存を模索していかなくてはなりませんが、もちろん、この分野において日本が大きな遅れをとっていることはご想像のとおり。
日本がAIどころか国の十年先についても何も考えていない何よりの証拠が、このAIのニュースの二日後に発表された、内閣改造後の政府基本方針です。ネットで読みました。
復興の加速化、人づくり革命の断行、一億総活躍社会の実現、という項目にも突っ込むことは色々ありますけれど、最後の、「世界の中心で輝く日本」を読む にいたり、絶句しました。人類が、世界の中心で輝けない未来の、濃厚な可能性・危険性があるというのに……パソコン画面の前で固まり、パリの空を見上げ て、ため息しかありませんでした。
世界の中心がどこなのか、何なのかもわからないのですから、「世界の中心で輝く」とは日本語としても意味不明・理解 不能な表現です。それは、私のような、簡単な計算でも間違える人間がアインシュタインになると公言するよりさらにあり得ない見苦しい願望であり、閣議決定 の場でこんな文言を基本方針に据えることに反対する人間の一人もいなかったことに茫然自失しました。
このままいくと、みづうみもよく歎かれる、「素晴らしい文化と自然の長い歴史ある日本という国は亡びる」と、残念無念ながらそう思わざるを得ないと感じて おりましたが、それは百年後のこと、いえせめて私の生きている間くらいは大丈夫だという楽観も少し持っていました。その願いは木っ端みじんに打ち砕かれま した。
この政権と心中させられるのは来年? いや来月、来週かも?
さらに魂消たのは「一億総活躍社会の実現」を目指した、この「世界の中心で輝く」つもりの内閣が何一つ活躍も輝きもしないまま国会を解散したことです。 これは、サッカーは手をつかってはならないというようなゲームの基本ルールを無視した民主主義逸脱の悪手法で、この内閣が度々行なってきたことですが、そ れを許してしまう国民も含めて、驚愕するというより悪夢をみているようです。
このことが更なる凶と出ないことを祈りつつ、何だかもう自分の好きな本を読んで愛するものと一緒に亡んでいくしかないと思うこの頃なのです。そもそも紙の本の寿命にも終わりが見えてきていますけれど。
長々と失礼いたしました。
楽しいメールにならなくてすみません。 露 もの言ひて露けき夜と覚えたり 虚子
* 機械が人間を亡ぼすに至るかという懼れは「ロボット」出現の昔に既に芽生えていた。わたし自身は、人間が悪用に到った「核」 そして人間が人知を尽くして 作りだした「精緻極まる知能機械」 このどちらか、ないし双方によって、ほぼ確実に必ず人間は破滅すると想ってきたし、今もほぼ信じている。
自然科学技術の進展がもたらす人間の安楽や幸福の期間は、今云うそういう危険を聡明に回避しうるのかどうかで、信じがたい短期間内に最期を迎えかねない。
わたしは、それを、人間の永遠など有り得ぬ事を、しかと想いながら、しかも心籠めて「今・此処」で創作し、執筆し、出版し、また楽しんでいる。今・此処の「生き」を心して道化て生きているにすぎない。
* 先日、わたしの育った京・東山新門前の美術商「わたなべ」から図録「墨彩」を送ってもらって、返信かたがた故旧の思いでメールしておいたのへ返信があった。懐かしい内容に富んでいるので、記録させて貰う。
☆ 秦 恒平 様
お便りありがとうございます。また、お返事遅れまして申し訳ありません。
新門前、古門前界隈は昨今の海外からの観光客の関係で様変わりしております。
私は、古門前切通(きりどおし)どんつきの思文閣から15年前に独立しまして、近藤さんと同じ場所で商いをさせてもらっています。
私が中之町(=秦の育った町内)に来るまでは、近藤さんの後をご親戚の横田さんが版画(浮世絵ではなく近代作家の創作版画)を商いされていました。
横田さんは怪我をされて息子さんも跡を継いでくれない理由で、店を畳まれました。横田さんがお便りの馴染みの方かどうかわかりませんが、今は比叡平にいらしゃるようです。
そのあとへ私が入ったわけです。
様変わりを一報します。
古門前の林さんの立派な家は本年に取り壊されて、その跡地に只今旅館が建設中です。
申し訳ないのですがハタラジオさんの場所の記憶は私にはございません。
花見小路新門前の東南角には金光教さん(数年前に全焼、その後再建)、その東隣に古美術の中島さん(ゲンサンは亡くなり孫が店主) その隣が一階が店舗のマンションビル(ここですか?) そのまた隣が(鬘の=)八木源さんとなります。
(東の梅本町の=)美術倶楽部前の鶴来さんは店を畳まれ(店はそのままでご夫婦でお住まいされています。)美術倶楽部隣の真珠の駒井さんも店を畳まれ、数年前に新しいビルになりました。
繩手のたる源、今昔、新門前の菱岩は健在です。
その他いろいろありますが、移り変わりがこの数年で激しくなりました。
どこか気になる所がありましたら、出来る範囲で偵察に行きますのでお知らせください。
それでは簡単ながら現状報告を終了します。 新古美術わたなべ
* 声を放ちたいなつかしさいっぱいの便りで、興奮した。
古門前の林本家・別家・分家からも、縄手のたる源、今昔、切通しの菱岩からも、叔母の稽古場へお茶・お花の稽古に何人も通って見えていた。わたしが叔母に代わって代稽古したこともしばしばであった。
「わたなべ」の今ある同じ場所・家で、三つほど年かさの秀才先輩、同学年の女生徒、少し年離れた弟がいた。お母さんという人が、お父さんとべつに二人一緒に暮らしていた。
古門前の「思文閣」会長とは、理事時代の「美術京都」へ呼んで対談したことがある。息子の社長がお宝鑑定団で古画の鑑定に出ている。
新門前通りの東際には京都美術倶楽部があり、その西に駒井という真珠の専門商、向かい南側に「鶴来」という古美術商があり、古風なマントをきて雪駄の大 将が、妙にひそひそとよく我が家のわきの抜け路地を抜けて祇園町へ脚を運んでいた。新門前通りは、文字どおり美術骨董の店通りだった。中の町、梅本町の表 通りには、ほかに煙草屋、散髪屋、饂飩屋そして我が家のラジオ・電器屋しかなかった。戦後になり、「鬘」を扱って時代劇テレビによく名の出てる「八木鬘」 が加わった。
西の町へ行くとも瓦屋、仕出しの菱岩、花岩、それに井上流家元などがある。
☆ (前略)
学研版でこんな素晴らしい古典の現代語版の編成を改めて知り、本巻を通読して、「枕草子」の奥行の深さと面白さをタンノウさせていただきました。
昔、受験用や教科書でごくごく一部をつまんで、知ったフリをしていた自分を恥じ入る次第です。
「きらめく感覚の世界」が馴染み易く、自然の交歓が、だんだん平安中期の「宮仕え」の実態を「書記」少納言の言葉で知るにつれ、最終編の「誇らかに宮仕えの日々」の人事の有様や、男女の関わり、教養の深さ等々、身近になりました。
時間があれば、原典も、と今更ながらトシふる自分を歯がゆく思います。深い謝意を申し上げます。 講談社役員 徳
☆ 湖の本 毎巻 感動の連続です。
お体の不調はある程度仕方ないと 私自身は不調とも仲良くつき合いつつ、加齢のせいと一種あきらめムードです。
偉大な敬愛する大先輩から教わることばかりです。お元気で!! 愛知・新城市 古市貞雄
* 平凡社役員駒井正敏さんからも湖の本へご挨拶があった。
☆ 急に秋めいてまいりましたが
いかが お過ごしでいらっしゃいますか
夏の間 作っておりました杏のお菓子が 今日までですので もう一度お目にかけたくおくらせていただきます
以前お目にかけました『村上開新堂』の続篇の仕上げにかかっております。
母のこと 私のことが中心で 只事を並べたようになるのではと気に懸かりますが 出来ましたら 送らせていただきます 道子 開新堂社主
* いつも戴くまことに美味しい特製の杏菓子の包みを、心嬉しく開いた。見た目も美しく。感謝。
* 漆藝作家望月重延さんから新匠工藝会の、喜多流シテ方友枝昭世さんから能「松風」などへのご招待があった。
* 感謝 感謝 たくさんの感謝。 選集が揃って西東京郵便局から出て行くのは今日のことと想われる。
2017 10/2 191
☆ 秦恒平様
秦さんのご健康が支えられて、選集第23巻を刊行なさったことをお慶びします。
今日、その巻を頂戴しました。
巻末「刊行に添えて」をまず拝見しました。「一期一巻」。なるほど。私も専門書を7冊刊行してきて、そう思います。
目下、土曜日に迫った公開講演会の準備に追われておりますので、拝見が来週になります。どうぞお赦し下さい。ご厚情への御礼まで。 ICU名誉教授 浩
* 選集はもう届き始めたようだ。
十一時過ぎ。機械仕事は終える。階下へ。
2017 10/2 191
*もうはや、昨日の並木先生に次いで、早大図書館、出光美術館、東京のやました清昌堂から「選集題二十二巻」受領の挨拶が届いた。
☆ 昨日、
(選集=)着きましたよ。いつも有難うございます!
秦さん、本当に頑張っておられて凄いですね。
いつも肉筆のお便り有難うございます。
お二人共疲れておられるのではないですか? しばし、休養を取られますようにね。
明日の中秋の名月、見られるといいですね。 妻の妹 琉
* いつもいつも、心づくしの多大な応援を貰っている。有り難う。いい仕事を積む以外に感謝の示しようがない。
☆ ありがとうございました。
二十二巻すべてに言えることですが、この一冊の中にも、最高峰の日本の藝術文化が息づいています。
NHKBSの歴史討論番組を観ていましたら、高橋源一郎さんが「国というのは軍事力や経済力ではなく、文化じゃないか」という意味のことを発言していて、私もその意見に共感していました。
国の栄誉を担うのはオリンピックのメダリストではなく、優れた芸術家に他なりません。
たとえばモネの水蓮にひとはフランスをありありと感じ、谷崎潤一郎の『細雪』を愛するのはそこに日本が生きているからなのです。
秦恒平のこの一冊(=選集第二十二巻)にもわたくしは「日本」を抱くことができます。大切に読み続けます。
「ゼッタイ長生きを」というお言葉をいただきましたが、それなら、みづうみは、せめて百歳くらいまでは生きていてくださらないと困ります。みづうみと同 じ時代に生きていられなくなれば長生きなんてしたくありませんから。 絹 新絹やさらりと展べて見惚れぬる 矢嶋志恵子
* 日本は、いつも繰り返し云うように「政治」「経済」の国ではない、「文化」の日本なのだ。文明ではない、「文化」の日本なのだ。少なくも、「文質彬彬」でこそあらねば心貧しい下品な国に落ちこんで行く。安倍や小池の口から、文化への謙遜な愛をだれが聴いたろうか。
* 「創作」的な仕事をする人間は、「嫉妬」されても仕方ないが「軽蔑」されてはいけない。それも技術的な上手下手のレべルではない、「作品を欠く」こと によって軽蔑されてはいけない。あたら才能もフイにしてしまうのは「人」に「作」に「品」という「花」が無いからである。
☆ 昨日
選集22巻送って頂き 有難うございました。
「女文化の終焉」 以前生協で購入して読みました時、難しい本やな! と思いました事を、思い浮かべています、再度頑張って読みます。
昨夜の雨で今日の午後は気持ちの良い秋の日でした。
体調は足腰が弱く成り、筋トレをして頑張っています。
いつもご丁寧に奥様からお葉書を頂き恐縮です。
秋らしくなりました、裏庭には程なく秋明菊が咲きます。
朝夕冷えて来ました体調ご無理の無いようお大事に。 京・北日吉 華
2017 10/3 191
☆ このあいだ、お彼岸の中日に
「み吉野」まで行ってまいりました。
京都駅から近鉄線で橿原神宮前駅へ。乗換えて下市口駅へ。
そこから、バスに揺られて丹生へ。またそこから、吉野へ。
思いもかけず、丹生川と吉野川の清らな水に触れてきました。
計画をたてて出かけた訳ではなく、急に都合がつかなくなった同僚の代わりに『丹生川上神社』と『吉野水分神社』の御朱印をいただく役目を仰せつかっての「吉野ゆき」でございました。
同僚のお母様は病が重く、御朱印を目にしたい「ご神水の山水」を口にしたい、と願っておられたので… お役に立てるならと思い、出かけましたのですが…
独り山間の道をバスに揺られながら、車窓を眺めての小旅行は、かえって私が佳い機会を与えてもらったのだと、後から気付きました。
前日の雨に潤った樹々の緑は美しく、一斉に咲いた淡黄色のタラノキは身を震わせるように風に吹かれて花を散らします。また、白い小さな金平糖をたくさん 纏ったように見える虎杖(いたどり)の花も、粉雪が舞い散る美しさです。水辺に向かって葛の葉がなびく様は、銀地の屏風を後ろに立てかけて、いつまでも愛 でていたい見事さでした。
秋風に葉の舞い散るころ「秋山吾者(あきやまわれは)」と詠んだ『額田姫王』を思い出します。そしてお能の『国栖』が想われて、それと同時に先生のお書きになられた『秘色』 の様々が胸の中を駆け巡ります。
『選集・第二十二巻』を拝受して、頁を繰ると、吉野川に架かる橋に先生は立っておられました。
眼差しの先にあるものを、お伺いしてみたい。
でも、教えていただいてしまったら、それは一つきりになってしまうから、そっとしておいたほうが良いのかしら、とも思います。
「美しい」モノとコトとオモヒとを書いて下さった御本。
ゆっくり読むことで過ごす豊かな時間を頂戴いたしたと、嬉しい思いで一杯です。深く感謝申し上げます。ありがとうございました。
秋野の美草刈り葺き宿れりし宇治の宮処(みやこ)の假廬(かりほ)し思ほゆ
額田姫王の歌ではないやも、とのことですが…
「美草」は「尾花」と聞き及び、吉野の川辺に咲く「薄」を撮ってみました。一緒に写っているのは「紅虎杖ベニイタドリ」で、向こう岸に見えているのは吉 野杉です。添付させていただくには、余りにも…はきとしない写真ではありますが… 「紅虎杖」の別名は「明月草」とのこと。中秋に免じてお許し下さいませ。
吉野の秋の 芒・紅虎杖
先生が写っていらっしゃる四十数年前のお写真の、多分少し川下の最近の光景です。
そう言えば、歌にある「宇治の宮処」は、行宮が営まれた「下居」の辺りとおっしゃる方がおられました。。
長々と思いつくままに、失礼を致しました。
『秘色』を読み『枕草子』も読み、届けていただいたばかりの選集も開いており、興がおさまりません。
でも、落ち着いて! ゆっくり楽しんでまいります。 京・鷹峰 百
* 感謝。
* 京の神宮広道(粟田口)の星野画廊が新発見の小波魚青の大作「戊辰之役之図」を報せて呉れている。伊達宇和島藩の若者が目撃のまま写生し二十三年後に内国勧業博覧会に出品し褒状を得ている。「大政奉還150周年記念展」を開いていると。
知恩院三門から瓜生石、青蓮院を経て粟田坂を下りながら平安神宮の大鳥居を。星野画廊は坂の下、三条通を渡ってもうすぐ東側にある。行きたいなあ。
* 先の文春専務寺田さん、電話で今回の第二十二巻、ことに面白かったですと。今月下旬に、池袋辺で食事を、妻も一緒にどうぞと、日の約束をした。
☆ しばらく
東京を留守にしていて今戻りました。
選集22巻、無事受け取りました。
ありがとうございます。 ☆秦建日子☆TAKEHIKO HATA☆
* 吉田万由美(宗由)さん、目に優しいというブルベリージャム、透明ですこぶる美味なみかん蜂蜜を各二瓶下さる。
佐藤宏子さん、ご支援頂く。
東川光夫さん、谷地快一さん、東京都中央図書館、三田文学編集室、受領の挨拶があった。
2017 10/4 191
* 例の、わたしの機械では使用不能になってしまっているFACEBOOK当局から、あれを見たか、これを開けと通知だけは来る。たくさん来る。そんな中 に東工大卒鷲津仁志君の「近況」というのがあって、これは知りたかった。で、当の鷲津君に直接メールしたら、心うれしい返事(下記)がすぐ届いていたの を、今朝一番に読んだ。
☆ 秦 恒平様
『選集』第二十二巷届きました。ホームぺ-ジでそれを予測していましたが、その間のご苦労は、さぞかしと思う一方で、秦さんが今を生きていらしゃること のひとつの証しを、そこにうかがっています。『選集』を手にする皆さんにiそれが伝わっていると思うと、感慨みたいなものがわいてきます。二尺七寸五分の 本棚のスぺ-スが一杯になり、次の段に移りました。『湖の本』はいつも二三冊机上にあります。
さて、この巻に入っている渾身の作品が発表された時期(昭和50年前後)は、出版社を辞して、作家として独立なさったという、秦さんにとって、生活面で も大変なときだったんですね。冒頭の写真、先を見据えて進まんという、生き生きとしたお姿、まさに「不惑」の様相です。いい写真です。
豪華な装丁本は気分がいいので、既に読んだなかでも、好きなものを拾い読みしたいと思っています。それはこれから楽しみながらたどっていきますが、とり あえず目についたのは、挿絵の入った「十牛図」です。『湖の本』に載ったとき、新井満の『十牛図』と並べて読んでいますとお便りしたような記憶がありま す。
ところで、私が「秦恒平」の存在を知ったのもこのころではなかったかと思います。秦さんからお手紙をいただいたのも、お目にかかったのも、その数年先に なりますが。その後四〇年ばかり、たくさんの「もの」をいただきました。そしてそれがまだ続いています。ありがとうございます。
書かずもがなですが、近況を付け加えておきます。
9月29日、文楽を見てきました。演目は「桂川連理柵」です。長右衛門の「語り」(というんでしょうか)の場面の鶴繹清介の三味線がすばらしかった。浄 瑠璃は豊竹呂太夫でした。年に一度の金沢公演ですが、太夫も三味線も人形も、私が親しんだころの人たちの孫の代になっています。
年に一度といえば、先にお話しした新内、野村万さんの狂言、春風亭小朝さんの独演会などがあります。県外にでかけての観劇は、もう何年もなくなってしまっています。歌舞伎にしてもでかける煩わしさが先立つようでは、もうだめですね、年のせいでしょうか。
石川近代文学館の企画展のチラシを同封しました。岡栄一郎が遺してくれた賢料が役立っています。それらを整理したころが蘇っています。そんな仕事だけしかできなかったけれど、やっぱり私なりになつかしく思い出されます。
先日久々に大型書店にいってきました。もうほとんど本を買うことはなくなっていますが、「秦」という字が目に止まって、建日子作『ザーツと降って、から りと晴れて』を求めました。しゃれた短編集でした。句点の打ち方に、やや父親の文体の匂いをがぎましたが、ひがめかもしれません。
『選集』の受け取りです。お二方にはお大事に
10月14日 井口哲郎 前・石川近代文学館館長。県立小松高校校長
* ありがたい。なつかしい。お手紙の封筒からも ほっとお人の温かみが感じられる。良玉不彫 また 心珠自現 といった文字を井口さんというと自然に思う。
* 石川近代文学館では、十一月二十六日まで「漱石とゆかりの作家たち」展が開かれている。
☆ (前略)
こんどの巻の中で、眼をひいたのは「女文化の終焉」で、 「あとがき」のごとき中にも書かれていのしたが、 日本文化の本質をそこに見出された鋭い識見に感動いたしました。
私にお返しできる何があるか、
どうか十一月の新著までお待ち下さるようお願い致します。 色川大吉 東京経済大名誉教授
* 色川先生はわたしより一回りも年長のはず、思想家としての旺盛なお仕事にいつも心打たれる。
☆ (前略)
まだ、読みはじめたばかりですが、秦様の歴史を捉える構想力とそれを支える日本古典に関する該博な知識に圧倒されております。
私は和辻哲郎の愛読者で、彼の日本倫理思想史、日本精神史などの影響を受けてまいりましたが、今回の秦様のご論考は和辻哲郎の著作に匹敵するものではな かろうかと愚考いたしております。驚きました。また心から敬意の念を新たにいたしました。 敬具 持田鋼一郎 歌人・翻訳家
☆ 秋涼のころとなりました。
昨夜は鹿の声を聞き 驚いたところでございます。ここ音戸山は深山ではなく、このような人里に鹿が出没するとは、余程、数がふえているのかと……
しかし妻恋ふ鹿の声は みやびでございました
本日は ご高著をご恵贈たまわりましてまことにありがとうございました
丁度 明日から 七条の博物館で国宝展がはじまるところでございます、 どのページを繰りましても 如拙や雪舟や高閲の知識が満載とは嬉しいかぎりでございます、このご本を拳々服膺して展覧会に参りたいと存じます。
益々のご栄硯をお祈り申し上げます かしこ 京・鳴瀧 川浪春香 作家
* 封書に香が秘めてあり、封緘には「酔候」という優しい雅印が捺してある。そして同封して過分のご支援まで戴いていた。
あの音戸山で鹿が啼くかと、啼いても不思議でないなと想う。音戸山には弥栄中学の恩師で画家の橋田二朗先生のお邸があり、近くにわたしの「三輪山」を豪 華に美しい本に仕立ててくれた弥栄中先輩の西村豊嗣さんも住まわれていたので、何度となく訪れている。近くに、門徳池につつまれて文徳天皇御陵もあり、雪 に吹かれながら永く独り佇んできた思い出もある。
* 藤原龍一郎さん、鳥井きよみさん、本間久雄さん、篠崎功さんから、有り難くご支援を戴いた。また、立命館大図書館、昭和女子大日本文学科、山梨県立文学館からも選集22巻受領の挨拶があった。
☆ 秦恒平様
ここ2,3日関西地方は雨模様です。おかげで涼しくなりました。
先生、お変わりありませんか。
先日は『湖の本136枕草子』をお送りいただきありがとうございました。すっかりお礼が遅れまして申し訳ありません。
その後、『罪はわが前に』を読了しました。当然のことですが、昭和50年代に初めて読んだときと印象がちがっていました。新しく思うこともありました。その辺のことを考えてみたいと思います。『湖の本』になって<未完>となっていることに今気が付きました。
それにしても、林(富士馬)氏や笠原(伸夫)氏との対談には重要な証言や指摘が満載です。その点も考えながらもうー度読んでみたいと思います。先に書いた『畜生塚』周辺のことは、トラブルがあって遅れています。
急に寒くなりました。
くれぐれもお身体を大切になさってください。
平成29年10月2日 奈良県五條市 永栄啓伸 文学研究家
☆ hatakさん
撰集二十二巻お送り頂きありがとうございました。「女文化の終焉」も「趣向と自然」も、三十代に読んで、我が身の血となり肉となった作品です。
先にお送り頂いた「湖の本」は、まず 「いはでおもふぞ」にため息を。。。良い主に巡り逢えた幸せと誇りが 千年後まで伝わってきます。
定子・清少納言の打てば響くやりとりは、茶事の主客のやりとりにも似て、かけがえのない時間だったのでしょう。
札幌はやがて零下になろうとしています。紅葉もまにあわず、山には雪が降り始めました。
明日は日帰りで東京。暑くないと良いのですが。奥様共々どうぞ、ご自愛ください。札幌 maokat
2017 10/5 191
* 「カタロニア」から、アツアツの湯気のたっている情報と見解とが寄せられた。本意ない火傷を負ってほしくないので、「海外の友」からというにとどめ、しかし、日本人には無縁などと謂えることでないので、心して紹介したい。
☆ 秦さん
日本にもニュースが届いているようですが、今、スペイン国カタロニア州は非常に残念な事態に陥っています。
憤りが大き過ぎて、黙っていられなくなったので、簡潔さには欠けますが書かせてください。これは、一般市民の私が見て、感じたことです。
カタロニア州は、フランコ独裁者時代(1938-1973)に、カタロニア語の使用を禁止されるなど弾圧された歴史があり、中央政府マドリッドに対しては常に不信感を持ち、対立してきました。マドリッドは首都であるのに、経済的に最も豊かな都市はバルセロナ、という事実も、両者の対立を深め、サッカーの試合など、自分のチームが勝てば喜ぶのは元より、最近は相手のチームがどこかに負けても花火を挙げて喜ぶ始末です。それでも、15年前はまだ、互いのファンが互いをからかって済む関係であった、と記憶しています。
ですので、昔からカタロニア独立派が存在したのは確かですが、ずっと少数派で、やはりフランコに弾圧されたバスク地方で、独立派ETAが武力行為に走っても、カタロニアの大半の人たちは自分たちと重ねて考えることなど思いもよらなかったと思います。
スペインの政党を知らないと状況が理解できないので、まずはその説明を。
現在政権を握っているのは、フランコ末裔の政党とも言われる右派(通称ペペ「スペイン右派」、)で、日本の自民党と考えると分かりやすいです。2003年のイラク戦争で、アメリカ、イギリスにいち早く協調し、武力行使に参加したのもこの政権で、当時カタロニアの多くの人々は猛反対し、100万という市民がデモに繰り出しました。夜10時には家の窓からみなで鍋を叩いて抗議し、私はその時初めて、「ここの人たちが好きになったかもしれない」と思ったのを覚えています。
2004年3月14日の総選挙では、ちょうど3日前に起こったマドリッドの列車爆破テロ事件を、イスラム過激派犯行の証拠を握っていながら、バスク独立派の犯行と発表し、自分たちの得票に有利に運ぼうとしました。幸い、前日にその事実が明るみに出て、「社会労働党」に政権を譲りましたが、2011年に奪回し、今日まで政権を担っています。汚職の規模と頻度が並み並みでなく、それにも拘らず総選挙では選ばれる、その事実に、多くのカタロニアの人たちは苦い思いをしてきました。
一方、カタロニア州も、長年右派(「カタロニア右派」)が政権を握り、汚職も「ペペ(スペイン右派)」に勝っても劣りはせず、国会では「ペペ(スペイン右派)」と協力関係にありました。近年「カタロニア独立派」が勢いづくとともに支持率が落ち、人々の目を、明るみに出始めた汚職から反らし、かつ支持率を上げるために、急遽、政策をカタロニア独立路線に切り替えました。
「カタロニア独立派」は、スペイン中央に対抗する意味合いから、「自称左派」ですが、思想的には「右」です。近年急激に支持率を伸ばし、現在「カタロニア右派」と連携して「州政権」を担っています。
「カタロニア独立強硬派」は、4-5年前に台頭した「極左派」で、思想は反エスタブリッシュメント、アナーキズムに類似し、「カタロニア右派」とは当然相いれないはずですが、唯一、「カタロニア独立を実現させるために」、現在手を結んでいます。自らの目的を遂げるためには「法は無視する(ましてやスペインの定めた法律など!)」と公言し、「スペイン」は存在しないも同然、現存する君主制も認めないため、8月のバルセロナテロ被害者追悼セレモニーに国王が参列するなら自分たちは参加しない、と最後まで揉めました。
「カタロニア独立」の動きを、肌で感じるようになったのは、10年程前からでしょうか。
「カタロニア州は国に税金を一番多く納めているのに、その見返りが少ない、不公平だ、差別だ」という話が、メディアを通して流され始めました。俄かに、誰もが経済的不公平、カタロニア差別について唾を飛ばして話すようになり、自分たちは被害者だ、という意識が社会に蔓延し始めました。
それまで「税は、お金のある富裕者層が多く負担し、貧しい人たちの比率は下げるべき」と、当たり前に考えることのできた人たちでさえ、です。
EUの中で貧しかったスペインが、EU諸国からどれだけたくさんの経済的援助を受けてきたことも忘れたようで、「被害者」を盾に、自己本位の集団に変わり始めました。
不公平感、被害者意識を吹き込むのに成功した「独立派」は、次に「決める権利 (right to decide)」というキャッチフレーズを考案しました。これが当たりに当たりました。
民主主義を尊重しよう!カタロニア人にはカタロニアの独立を決める権利がある、と。
「民主主義」「決める権利」、もっともらしい響きに惑わされ、あれよあれよと落とし穴に落ちてゆきました。
カタロニア人はカタロニア州の独立を決める「権利」があるでしょうか?
大阪人は大阪の(日本からの)独立を決める権利があるでしょうか? 質問を日本に移せば、考えやすいと思います。
国の独立は、国民投票で決められることではありません。少なくとも私たちの今の民主主義では、別のプロセスを追う必要があり、では民意はどうやって反映させるか? というと、それが選挙であり、投票です。また、たとえ国民投票をしたとしても、カタロニア州はスペイン国の一部ですから、これはスペイン人全員の問題であって、カタロニア人だけで決めることではありません。
いずれにしても、洗脳され一丸となった集団を見るにつけ、国民投票とは非常に危険で怖い面があることを感じました。
そして極めつけは、「カタロニア独立派」か「ペペ(スペイン右派)」か、という二者択一の構図を作り上げたことです。多くの生真面目で朴訥なカタロニア人は、ペペ派と一緒にされることほど屈辱的なことはありませんから、たとえ独立に反対していても、親ペペ派とみられる疑いを晴らすために、独立派に靡いて行きました。
こうして勢いづいた感情的集団は、止まることを知らず、一記者が、企業家が、作家が音楽家が少しでも独立を危惧する声を上げようものなら、彼らを裏切り者 となじり、脅し、罵倒し、近年のカタロニアは次第次第に「独立派によって抑圧」されるようになっていました。独立反対の親の子供はいじめられ、独立反対の 家は村八分にされ、徐々に友人が、家族が、社会が分断されてゆくのを、今、私は身をもって感じています。
この八月、「州政府」は、違法な国民投票を認める法案を、憲法に違反して強硬成立させました。
この投票で独立賛成が過半数を越えたら、48時間以内に(スペイン国が何を言おうと)一方的に独立を宣言できる、というもの。
投票率は問わないのです。つまり十人しか投票しなくても、六人が独立賛成なら過半数を超えるので「独立を認める」という次第。この投票自体が違法なのですから、反対派は投票に行くわけがなく、賛成が過半数を超えるのは必至です。
司法は投票を認めず、カタロニア州警察に阻止するよう命じましたが、州警察は当日になってそれを無視し、国家警察が阻止に当たらざるを得なくなりました。
メディアでは国家警察が一般市民に対して暴力をふるっている場面だけが切り取られて繰り返し流され、怪我人が480人(今現在900人近くに増えていま す)も出たと報道されましたが、その大半は転んだ、ぶつかった、興奮して気分が悪くなった、という人たちで、入院したのは目にゴム弾が当たった人と、気が 高揚して心臓発作を起こした人の二人。まっ、そのうちカタロニアのメディアは怪我人が千人を超えたと発表するでしょう。
この背後にメディアがいることは、ご想像通りです。
人々を洗脳し、独立を扇動するために果たしたカタロニアテレビ局、カタロニアラジオ局の役割は、重大です。
戦時、あるいは独裁社会で、メディアがいかに事実とかけ離れたニュースを流すか、知識では知っていたものの、それを経験することになるとは思っていませんでした。
番組の合間合間に流れるニュースは「独立運動」に関するものばかりで、独立に関係なければ重要なニュースでもカット、独立に関係あればどんな些細なことでも取り上げられ、まるで社会全体がカタロニア独立に向けて動いているかのように錯覚させるのに成功しました。中央政権に対する常に歪んだ解釈と憎しみを助長する内容に、人々は愛国心を掻き立てられ・・・嘘に嘘が積み上げられても、それが毎日繰り返されると、「本当」になるものです。
自分たちには決める権利がある! 民主主義を尊重しろ!
誇り高く、正義ぶって練り歩く人々を見て、正直白けました。
民主主義を遵守していないのは誰ですか?、民主主義を崩壊させるのは誰ですか? カタロニア州の「独立派」ではないですか? 自分たちが法を犯して暴走していることは、棚に上げるのですか? 市民をを抑圧していることに気付かないのですか?
デモに向かう若者たちの顔は狂喜に輝き、昔読んだエリック・ラーソンの「第三帝国の愛人」に現れるヒトラーユーゲントを連想し、ぞっとしました。
私は、私の好きだったカタロニアの人たちに失望しました。心底、憤っています。嘆いています。
https://elpais.com/elpais/2017/10/03/inenglish/1507025584_438952.html
(これについての記事です。スペインで最も信頼できる新聞「エル・パイス」の英語版です。)
* わたしには、「カタロニア」というと、覚え違いか知れない、本が手元に無くて確かめられないが愛読した『モンテクリスト伯』に登場する主人公エドモン・ ダンテスの理想的な恋人メルセデスや、このヒロインと結局結婚した従兄、のちのモルセール伯爵が、カタロニアの出ではなかったかと。フランスの港湾都市マ ルセイユではたしかかなりの差別を受けていたような。
ま、これはわたしの記憶違いかも知れないので、このままにしておくが。
* 現代昨今の伝えられてくるスペインでの「カタロニア独立」問題には、よほど混乱しているなと謂う感想を抱いてきた。経緯と現況とをこう報されてそえなのか、やはり…ウーンという実感である。
日本では戦国の群雄割拠やのちの幕藩という封建分国状況こそあったものの、九州が、四国が、北海道が「独立国に」ということは、大まかに見て皆無だっ た。維新のとき北海道函館に立て籠もった一派にわずかにそんな気概があったかも知れないが、さて、いま、長州閥の安倍一強の横暴はゆるせないと薩州閥が九 州独立を言い立てる現実感はやはり乏しく、成立基盤はみえてこない。「国家」とは何かと、何を以て独立国家といえるかとなると、現代ではとまれ基本合意法 としての「憲法」への誠意を謂うしかないのでは。
世界を翔び繞ってきた「尾張の鳶」さんなど、カタロニアにかぎらぬ各国での差別や独立の痛みに意見があるのではなかろうか。
* 京都室町の帯屋山口源兵衛さん、山科の詩人あきとしじゅんさん、茅ヶ崎の吉川幹男さん、所沢の藤森佐貴子さん、国会図書館、国立近代文学館、東京大学大学院、同志社大学図書館から選集受領の挨拶があった。
* 妻の妹から「どうかお体大切に頑張って下さい」と多大の支援をもらった。ありがとう。
☆ いつも
ありがとうございます。本当に勉強になります。
幾十年も前に妻と二人して石馬寺山すそから移植した萩の花がこぼれ咲いています。野の萩の美しさにほとほと。秦 恒平作品の言葉と重なります。不一 近江・五個荘 川島民親 作家
* 多大のご支援を戴いた。有難う存じます。
* 高松市の星合美弥子さん、小田原市の安藤啓一さん、三鷹市の唐澤篤男さん、ご支援いただき感謝申します。
* 四国・今治市の木村年孝さん、ここ数年心がけ書き継いできた小説へ応援の地誌資料をたくさん送ってきて下さった。有難う存じます。行きたい、が、とても行けそうにない、どうしようと思い歎きつつ辛うじて近縁のテレビ番組などで辛うじて想像していたが。
読まねばならない。いまわたしは「読む」という好意に生活の大半を捧げているが、じつのところ視力はサンザンで小さな活字は見えない、読めない、インクが薄くても読めない。ひどいときは、源に今もそうなんだが、いろんな眼鏡を「三つ」も重ねている。
それでも読まねばならない、読みたい意欲はむしろ旺盛で、だから家中の到るところに積み重ねた本の幾分かでも処分したくても出来ない。手に取ると、あ、 も一度読んでからなどと思ってしまう。読書に趣味のない息子にでも命じて、おれの留守に一斉に始末しといてくれとでも頼まねばならない。
本の誘惑というのは、きつい。目下は徳に関心も用もない本なのに、手にとり題を見てしまうと、あ、これはまた読みたいと思ってしまう。まだしも「お寶」というに値する書画骨董茶道具を人様に差し上げてしまう方がし易い。ほんを貰って喜んでくれる人はあまりに少ない。
* 愚痴っているより、送って戴いたのを今晩は読もう。幸い妻にも手伝って貰い、「湖の本137」発送の用意はもう七、八割がたできている。『ユニオ・ミスティカ』最期の仕上げも近づいている、手を掛ければ際限ないけれど。
2017 10/6 191
* 京・山科の馬場俊明さんから頂いた絵葉書でのお便り。その繪写真が、三條大橋西北詰めから東山を眺望していて胸が熱くなるほど懐かしい。しかもこの写 真にはわたしの通学した鉄筋三階、屋上に重要文化財の火の見櫓を載せていた白堊の有済小学校校舎が見えない、無い。いつごろにあの校舎が新築されたか覚え ないが、ソレより以前の光景だとはっきりし、またひとしお懐かしい。三条京阪駅は昔、昔の感じでしかと見てとれるが、驚いたことに、大橋東南詰めに、まる で絵本に出てくるまるで玩具積木のような、背の高い飾りたくさんな小さな塔まで載せた洋館が建っていて、これは、わたしの記憶に、まったく無い。厭わしく はないがまったく不似合いな建物、何だったのか識りたいもの。
この、縄手道(大和大路)が三条大通りを起点に南へと起きている辺には、三縁寺はじめ数軒の寺院が並んでいた。それで、そうしたあたかも「寺壁」の東手 一帯をあの辺では寺裏と呼んでいた。「松竹」の発祥地とも想われている、また祇園会真四角の一等重い御神輿をもっぱら祇園会には担いで出る若松町・若竹町 が其処にあった。
そのはるか、遠い東山の山懐には知恩院三門も大きな御影堂もその大屋根を白う浮かべて見えている。
三條大橋は、擬宝珠もそのままに何変わってもいない。小雨なのか、日照りなのか、傘を差した人もいる。いま、この橋の上も外人さんでいっぱいなんだとか。
母校有済校の辺とみえるところにはあの火の見櫓らしきが小高く見えるとともに、ひときわこんもり大きな木立の影が立っていて、校庭北寄りに木曽義仲愛妾 を祀った碑とより添っていた天文記念物の大椋の樹であろうと思う、あの辺、古門前通りや縄手の町屋には他にそんな大木は無かった。
絵葉書には極めて薄れた細字ながらかろうじて「水清き加茂川に架る三條大橋(京都名勝)」とかつがつ読める。その上には英字で同文とおぼしきが印刷されている。「絵葉書資料館」のハガキらしく、詩人のあきとしじゅんさん、お心入れのお便りと感謝する。
☆ 鷲津君 新乾坤を拓かれ 嬉しい限りです。 秦 恒平
Date: Thu, 5 Oct 2017 10:03:29 +0900
秦先生 鷲津です
温かいお言葉をありがとうございます.
また,お取り上げくださいまして,ありがとうございます.
*子さんも,しっかりバルセロナで生きておられて 素晴らしいと思いました.
偶発的な不幸は避けていただかねばと思います.
取り急ぎ,失礼いたします.
☆ 選集のお願い
木曜夜半からの雨がようやくやみました。そちらにはまだ雨雲かかっているでしょうか。
選集第二十二巻を発送されたとのこと、もしまだお手元に残っていましたら私にもお送りいただけないでしょうか。
いつもご厚意に甘えるばかりで心苦しいのですが、中世の論考、大好きで、どのような編集かとても気になります。
何とぞよろしくお願いいたします。
朝の冷え込み厳しくなりますね、どうぞお大事になさってください。 下関 大庭緑
* 選集、どの巻も どんな必要や要望があるかも知れないので、若干部数は手元に確保してある。本は、読んで下さる方のために在る。
☆ 昨晩のHPに
カタリューニャ情勢に関して如何と記述がありました。さまざまに考えることがありますが、目下忙しい日々なので、改めて書くことにします。ごめんなさい。
先週は北陸の白山辺りに行ってきました。その間に御本の不在届けがあり、今は手元に。懐かしいものばかりです。
養老元年(717)、越前の僧泰澄が初めて白山に登り、翌年山頂に奥宮を祀って以来1300年にあたる今年。以前五箇山に行った時も強く感じた白山への 思いを新たにしての旅でした。秋の初めの山は緑濃く樹々埋もれるよにうにむせ返っていましたが、やがて色づく紅葉を待ち望んでいるかのようでした。
季節が移ろっています。風邪ひかず、視力何としても回復できたら、と願っています。
くれぐれも大切に 尾張の鳶
* 白山というと、鏡花の作へ思いが走る。そして山麓鶴来の銘酒「萬歳楽」。
☆ 『秦 恒平選集 第二十二巻』を拝受いたしました。
日本文化の素質を「女文化」と読み解かれた秦さんによる『女文化の終焉』 読みごたえがありました。十二世紀への眼を新たに開かれた気持ちです。中味の濃い真の意味のエッセイに、無学を恥ならら多くを学びました。
「趣向と自然」はこれから拝読いたします。
中世もまた興趣つきぬ時代のようですね。
ご恵贈ありがとうございました。
ますますのご清祥をお祈り申しあげます。 講談社 元・出版部長 天野敬子
☆ 選集第22巻ご贈呈
誠に有り難うございます。いつもお気遣いを賜り恐縮に存じます。
私事にわたりますが家内が心不全で緊急入院したりでバタバタしています。
衆院選も近くなりましたが 立憲民主党の誕生でほんの少し気が晴れています。
近く酒一筋の赤磐雄町ゴールドと、ピオーネ・シャインマスカットの詰め合わせをお届けします。
吉備の人
* 奥様の御不例、わがことのように胸痛み心騒ぐ。どうかどうか、お大切にご回復むご快癒あらむことを切望し祈念申し上げます。
ほんとうに、ご病気と聞くと老若のべつなく 頭を垂れて苦悶する。御無事でと真実願う。
☆ 拝復
高著 御恵贈賜り、篤く御礼申し上げます。
宛先を拝見して、永らく、ご無音に打ち過ぎておりましたこと、申し訳なく存じおります。
この荷を開封しましたのは、何を隠そう滝井です。
先生の八十路と同じく、何時の間にやら 服部(=友彦)以下男性陣が定年退職し、私が最年長になってしまいましたため、歴代編集局長の席末を汚しております。それに伴い 三年前に京都本社に転勤、現在は(琵琶)湖の末端に 昭和九年生の母と暮しながら通勤しています。
近況が長くなりました。
「京都」「茶の湯」「古典」の文字が並ぶ第二十二巻を弊社に、いや、私にお送り下さった御心に応えて、一年をかけてでも、この一巻を読み通し、理解することが叶えば 汚している席の塵の一片でも払われるかも知れないという思いです。
秦先生には、どうぞこれからも御健勝にて、
有り難きことを全うされますよう、心よりお祈り申し上げます。 草々 淡交社 滝井真智子
* 驚いた。石塀小路育ちの元気な嬢ちゃんが服部さんのあとを襲って「編集局長」になっていたとは。東京支社の「なごみ」で活躍してた頃、何度も何度も原 稿を書いたり連載したりしたのを思い出す。ナンと言っても母上が昭和九年生まれ(わたしが十年)だもの、まだ若い若い。小津安二郎の映画で浪花千栄子の娘 役をしていた石塀小路育ちの山本富士子と出会うと「滝さん」を思いだしたモノだ。
* 奈良の歌人東淳子さん、金沢の作家金田小夜子さん、愛知・知多郡の久米則夫さん、まことに有り難くご支援を戴いた。
* 東淳子さん、新刊の歌集を頂戴した。堅固に慥かな批評の歌ではじめられてある、丁寧に読みたい。
文化出版局の中野完二さんも銘酒「やまと櫻」を下さる。
2017 10/7 191
☆ 恒平さん
今日はスペイン全土で、”Let’s talk” をスローガンに、平和的な解決を願う人々が白い服を着て、各市役所の前に集まりました。
参加者はきっと多くないね、と言いながら、私たちも赴いたのですが、バルセロナ市役所前広場に着いたら、白い人々で溢れかえっていました。何かが少しでも変わるきっかけになれば、と願っています。
https://elpais.com/elpais/2017/10/07/album/1507369667_772451.html?rel=cx_articulo#1507369667_772451_1507382438
(デモの様子が写真で見られます。)
そちらの夜十一時は、こちらの午後四時です(十月の終わりに時差が七→八時間に変わります)。
昨夜は、十一時近くまでネットの前にいたのですが、私ですら目が擦れてよく見えない状態で、こりゃあ恒平さんが見えなくなっても当然だわ、と思いましたよ。 京
* インターネットの功罪は甚だしく分裂する。バルセロナと西東京とが瞬時に言葉を交わせるとはね…。これはもう福音にちかいのだが。
* 昨日戴いた東淳子さんの新歌集『とはに戦後』を、就寝前に、最終章から読みはじめ、「衝撃」的な、歌われてある内容にも歌われてある措辞と表現とにも、感銘と共感を得た。
東さんは今日の短歌界で屈指の、真の詩人とわたしは久しく敬愛してきたが、こんどの集でこの(わたしとそう年齢・年功の違わない)歌人は、凛然と、ズレ もクルイもない日本語で、「戦後」を歎き怒り、「現在日本」に憮然たる不承の思いを、ただ観念ででなく、事相の凝視と批評とで「歌い」抜いており、聊かの 蕪雑や雑駁を峻拒して美しい、きりっとした「日本語」を創作し得ている。
びっくりするほど、感じ入った一首一首のゆえに、こころみに、短歌表現になど何の関わりも持たない妻に、おなじ最後の章から読ませてみたら、好餌に食いついた魚のようにみごと歌集に掴み込まれてしまったのは、愉快であった。
短歌の行儀をたしかに備え、措辞のおろそかの少しも無いままに「現実日本」を一首一首が突き刺している。
この歌人は、人間の時間は、洋の東西も古今もなく 「戦後」 を抱いて生きる時間・歳月と見切っている。仇疎かに生きていない、生きられない人なのである。
わが歌に身丈のありてそこよりは
遠くへ翔びたちゆけぬ言葉ら
と結ばれてはいるが、立派な歌集に恵まれたと思う。
* 野澤利江さん、選り抜き無垢純米の名酒二種、送ってきて下さる。
せめて、この日ごろ、こころよく酔いたい。感謝。
2017 10/8 191
☆ (前略)
「中世の画人たち」 毎月 雑誌刊行の都度 待ちかねて 読ませていただきました。 初出誌は大切に所蔵しています。
視力ははかばかしくありません、が、美しい満月は何とか見ることができました。月もこちらを見ているように思いました。
朝、夕、気温が下ってきました。
くれぐれもお大切にお過ごしください。 紀の川 三宅貞雄 朱心書肆主人
些少、同封しました。お納め下さい。
* 感謝申します。
2017 10/8 191
* 東工大で学生諸君が秦教授につきつけられて書きに書いた挨拶は、四百字用紙にして三万枚に及んでいた。もう保管に堪えなくなり、全部「燃える紙」と して処分と決めた。レポートの類も全部処分した。大学関連の書類や資料も処分するときめた。とにかくも家の中にすこしずつでも「場所」を作らねばならな い、モノに人間が圧し潰されないために。
いやおうもなく「国立東京工業大学・教授」からわたし自身も「卒業」して行く。「あの世からあの世へかえるひと休み」も永くなってきた。
2017 10/8 191
☆ ラ・ロシュフコー「箴言」
恒平さん
今日は、憲法遵守とスペインの一体を願うデモがバルセロナでありました(昨日より大規模です)。今まで、抑圧され沈黙してきた反独立派が街に繰り出した、 そのこと自体は必要かつ重要でよかったと言えるのですが、何のために、このカタロニアはここまで分断されたのだろうと、嘆かずにはおれませんでした。思想 が右でも左でも、浅はかでも賢明でも、愚行をするときはみな愚行をするのだと思いました。
恒平さんのラ・ロシュフコー「箴言」、 まさに! と思うこと多く、読みながらよく笑わせられます。
夫に話したら、早速フランス語とスペイン語のものを探してきました。訳はスペイン語の方がオリジナルに近いと思うのですが、才知の効いた文を理解する力があるかどうか。日本語訳も悪くないのではないかと思っています。
独立運動に当てはまるもの
「伝染病のように感染(うつ)る狂気がある。」
「最も賢明な人びとも、どうでもよいことにおいては賢明だが、彼ら自身にとって最も深刻な事柄において賢明であるためしは、まず無い。」
「自分の欲することについて完全な知識があったら、われわれはめったに何かを熱望したりしないだろう。」
膝を打ったもの
「われわれは、自分は完全無欠で敵には長所が全くない、と全面的に言いきる勇気は持ち合わせないが、しかし部分的にはそう思いこんでいる節がなくもない。」
「真の雄弁は、言うべきことをすべて言い、かつ言うべきことしか言わないところにある。」
「ちゃんとわかる人にとっては、わけのわからない人たちにわからせようとするよりも、彼らに負けておくほうが骨が折れない。」
鷲津君のニュースには、一昨日気づきました。昔から学者肌だったので、嬉しいですね。
人生で、よい先生に巡り合うことは、宝の一つです。
誰かにとって、そういう先生になれるといいと思います。 バルセロナ 京
* 党首討論、つまらない。
2017 10/9 191
* 京都造形美大教授の羽生清さん、すばらしい京菓子を添えてお手紙を下さる。この方は、きっちり、ゆっくり読み上げてお手紙を下さる。
☆ 「秦 恒平選集第十九巻」ありがとうございました。
再読のたび、さまざまなことを新たに教えていただけますのは 先生が「不易流行」をしっかりと捉えていらっしゃったからでしょうか。
「技術とは 人間の専有で機械や道具もその所産所有であるといった尊大な自負は 今では当の機械たちによって嘲笑され否認されている」とは、まさに現代の状況について預言されていたようです。
「繁栄による平和と幸福」というスローガンと共に松下電器産業で一所懸命に働いていた昔が可笑しくもあり、また、妙に懐しくなります。
電子工学を勉強していたけれど これからはA・Iにできない芸術・文化を学ばなければと、志望を変えてやってきたという受講生の話を聞く時代になりました。
「そうなのだろうか」と思う一方で、これからの時代を生きる人たちには 自分たちの未来を察知する本能が潜んでいるのかもしれないとも思います。
未来のために学ぶときには見えなかった人生の深さに気づく毎日です。
野ざらしを心に風のしむ身哉 芭蕉
「風」を見据えた定家や芭蕉は 「花」に殉じた西行に比べてわかりにくかったのですが ようやく少し理解できるようになってまいりました。
和漢の学習を基礎とした定家の本歌どりの幻妙な技術を識るには年月が必要でした。
「日本人の好む清さはやはり「風」の つまり自然の色がはらんだ淡泊な心にたまらぬ露のような清さであった」 「心と物とがおなじ清さを汲むことで流れ合うように一つになる…」
「人の住む場所と外なる山野とがこだわりのない一つづきになる。」
先生のお言葉と毎日の散歩で出会う高野川の自然にあらためて、清という名を大切にしたいと思いました。八月に姉を亡くし 『日本を読む 一文字・心象日本史』が大きな慰めになりました。
「遊びの根源にある畏れ、必死に鎮め慰めねばならない意図と工夫」
「畏れを深く抱いたまま またそれ故にこそ 千秋万歳 壽福増長 偕楽成就を『祝う』ことが『遊び』の人の 芸能の人の守るべき必然 かつ最高の勤めになっていった」
残された人もまた 畏れを胸に それ故にこそ感じる存命の喜びをかみしめ生きてゆかなくてはならないと納得いたしました。
季節の変わりめでございます。
先生 奥さま どうぞ くれぐれも お身体 大切におすごし下さいますよう。 京 羽生清
* 生みの母方の甥(といってももう定年後)から昨日近況をというそしあるネットらしいのから通知があり、わたしの機械ではこの手の通知は開けないので、直にわたしのメールへ頼むとメールした。
☆ お元気でお過ごしですか。
私の方からは何もしておりません
昨晩突然メールのパスワードが何者かに変更されたようです。 その関係ではないかと思います。メールのパスワードは再設定し、変更しました。
このようなことは初めてですが、セキュリティには気を付けなければと思っています。
昨晩の連絡には何もしないでください。メールであれば削除し、念のためウイルスのチェックをしてください。
どうぞお体には気を付け、楽しい日々をお過ごしください。 芳治
* ホオ 驚いた。わたしは受け取るメールで少しでも不明な石不審なものは、即決削除し「開かない」と決めている。そのために本当はたしかな友人知己の便りかも知れなくても、読めていない失礼が在ろう思っている。
機械に魂を抜かれたような 子供達 少年少女・青年達 大人達 老人達 と、戸外へ出ればたちまち出会う。街へ出れば、もはやこれは人間の世間かと危惧する。
機械は頗る有用であり すこぶる危害の凶器でもある。
仏は 夢から覚めよと教えてきた。心ある人はこの世は夢、覚めようと心していた。いまや、大統領も総理大臣も機械を弄くって呟くだけのウツケたバカである。
☆ 御著書
「選集」二十一巻をいただきありがとうごさいました。
貴兄の学問 多好奇心におどろいています。 梅原猛 哲学者
☆ (前略)
日本文化の「女文化性」の御指摘が「私自身のエッセイ(「観測」と「実感」)である所以を探リ説得力をもて述べられてあり、「一期一会」は茶の湯で云えば「一期一碗」であり、わが『湖の本』や「選集』でいえば「一期一巻」であるとの御感慨も深い感銘を以て受けとめることができました。(「八十一歳、今更に、おどろいている」との御言葉は同世代者としても驚かざるをえません。)
呉々も御自愛のほど、併せて心からお祈り申上げます。 草々不一 元・「新潮」編集長 忠
☆ 湖の本136 枕草子 現代語選訳
ありがとうございました。
よのなかの動きがわけが分からなくなった中で、「春は あけぼの ようよう白うなりゆく山ぎわ すこしあかりて…」てを読み、高校時代を思い起こして、少しホッとしています。
秋の好季節ですが ご自愛をお忘れなく。 草々 元・参議院議長 江田五月
☆ 秦恒平 先生
『秦恒平選集 第22巻』をご恵贈賜りありがとうございました。
御芳情に厚く御礼申し上げます。
いま、「趣向と自然」を読んでおります。趣向と自然という概念の対比を大変興味深く思いました。
私は、大学院地球環境学研究科で自然保護について、特に自然保護法とその思想倫理について研究をしました。(添付の小論文は、日本山岳会の年報に掲載されたものです。)
イギリスのジェームス・ラブロックは、ガイアの理論として地球を有機的な存在として論じていますが、秦先生のご本を読んで自然自身にも趣向があるのではないかなどと考えております。
先ずは御礼まで申しあげます。 篠崎仁
* 篠崎さんは、いまいまの院生ではない、わたしとおっつカッツの老境にあって学ばれている。
戴いた論文は難しい。篠崎さんは病気に屈せず、いまもギリシャ語の本を原文で読んでられる。
☆ 急に寒くなり
体がビックリしています。先日はわざわざ大切な御本をお届け下さり有難うございます。いつもいつも御不礼な事で済みません。
この頃は小さい時の事がとてもなつかしくんりました。言い出すと切りがありません……。
お元気でがんばって下さい。
御礼の一言まで。 失礼 京・縄手「今昔」主人 凱
* お母さん、姉の龍ちゃん、弟の凱ちゃん、女中さんたちもみなお茶の稽古をしていた。懐かしいかぎり。先頃の「お宝鑑定団」に凱ちゃんの息子が珍裂の鑑定役で出演していたのに驚いた。
☆ 秦さん こんにちは。
秦さんのエッセイから いつも「日本語」を学んできました。
何気なく使う言葉の意味を立ち止まって考えてみる。秦さんなら どう表現するだろうか……と。
さて、一つ嬉しい知らせがあります。この度、子どもを授かりました。来年五月に産まれる予定です。妻の躰の中に、新しい命が動いている……不思議で素敵なことですね! 柏崎 藤田理史
* 初めて読者として便りをくれた理史は、まだ中学に入ったかどうかという最年少の読者であったが、じつにきびきびといい文章の長い手紙を新潟からよく呉れた。
九大へ入り、卒業して、ベターハーフと出会い、職場的な洗練を次々受けながら、今は新潟の柏崎に、そしてお父さんになるというではないか、嬉しいことだ。
ご両親もほんとうに久しく久しい読者で、お元気。 嬉しいことも、ちゃんとこのようにこの世に有るのだ、諦めてはいけない。
☆ 今年のお月見は天候も良く
美しいお月様でした。日々秋らしく冷えて来ました。お変わりありませんか。
地図を送ります お宿などの参考にして下さい TELナンバーを記入しておきました。大きなホテルは外資系が多く高価だそうです。他は商人宿や修学旅行向けが多いです。
東福寺の紅葉まで 少し観光客が少ないかも。清水寺からギオンさん迄は中国の方々が多く来られています。わたしは四條方向へは行きません!!
とりあえず(懐かしいに違いない)地図 同封します。 草々 京・北日吉 華
* 岩手花巻の及川恵美子さんから、ご支援を戴いた。
* 福島県立図書館、神奈川県立文学館からも選集受領の挨拶がきている。「三田文学」も送られてきた。
2017 10/10 191
☆ 秦 恒平 様
この度は著書を恵贈いただき、大変ありがとうございました。早速、(故・長谷川=)泉の仏前に供えました。
泉が亡くなったのが2004年ですので、時の経つのは早いものです。l
医学書院時代には森鷗外の様に、社長と文学者の二足のワラジをはいて、夜遅くまで原稿を書いていたのを思い出します。
秦様の医学書院後の小説家としてのご活躍は泉からよく聞かされておりました。
海外旅行が好きで、ハワイには年に数回行きますが、古稀に近くなるとだんだん日本の古い物に惹かれるようになりました。京都は女房も大好きですので、来月行く予定です。
日本人は心の中に日本の古い伝統をDNAとしてちゃんと持っているのでしょう。
ご著書はゆっくり読ませていただき、日本文化を考えさせていただきます。
関西方面に旅行しておりましたので、お礼が遅れて申し訳ございませんでした。 長谷川洋
* 著作権継承者として長谷川泉先生のあとの方が見つかり、しみじみ懐かしく嬉しい。よかった。
☆ ようやく秋らしい
気持ちのいい日に恵まれました。
(杏菓子に=)奥様からお葉書をいただき 御用をふやすようで恐縮です。時を同じくして先生の選集を拝受いたしました。預託史には過ぎた本でございますが 謹んで頂戴いたします。
走り書きで申し訳ございませんが 一言御礼申し上げます。
どうぞ御身お大切にお過ごし下さい。 村上開新堂社主
* 西東京市中央図書館からも受領の挨拶があった。
2017 10/11 191
☆ 前略
このたびは思いがけず御高著をお送りいただき まことにありがとうございました。
もとより御高説の一端は存じておりましたが、まとめて勉強させていただく恰好の機会ですので 楽しみに拝読させていただきます。
まずは とりいそぎ御礼まで… 浅田彰
* 期待というのも漠とはしているが、この人にと思いを懸けて初めて送ったので、この返信はこころよかった。しかも雪舟の山水図「倣玉澗」重要文化財の絵葉書が用いられていて、
「注文主に見せるサンプルだったのか、弟子に学ばせる見本だったのか、不思議な二重のサインではあります。」
と添え書きしてあるのが嬉しかった。団扇なりの中に破墨と見えるみごとな山水図に添えて「雪舟」の署名があり 団扇なり外の右下に「玉澗」の名もあり、同筆に見えるのが珍しくも面白くもモノを思わせる作なのである。
* 元平凡社の出田興生さんから、また奈良あやめ池の西川絹子さんから、いつものように、「第22巻御上梓 御祝 おめでとうございます」と 過分のご支援を頂戴。感謝申します。
☆ 「枕草子」は 訳者・編者によって、また、時代。読む年齢によって大きく変わり、いつも新鮮であることに驚きました。
このたび、通読させていただけたことを仕合わせに思いました。
先生 奥様 どうぞお身体大切に。 京・高野 羽生清
☆ 自宅で、
友人たちと「枕草子」の読書会を行っております。
「源氏物語」とは違う平安人の姿が、若かりし日に読んだものと違って、又”イイネ”と皆で言い合っております。 横浜 稲垣みゆき 元・中央公論社編集者
* 稲垣さんには中央公論社刊の単行本『閨秀』を美しく立派に創って頂いた。もう何十年になるか。久しい有り難いお付き合いである。
* さらにもっと久しい、弥栄中学時代の一学年下、後に東大へ進んで、飜訳やエッセイストとして活躍してきた石川( 平田)布美さんが「入院」と、夫君平田卓さんの代筆で「湖の本」へ払い込み旁々お知らせがあった。胸、締め付けられる。
☆ 10日、BS海外ニュースでは
カタルーニャの独立反対デモが報じられていました。35万人が参加という、これもまた大きな数字。カタルーニャ自治政府は「独立宣言」をするのでしょうか? その場合スペイン中央政府はどのように対処するのでしょう?
・・バスク、
漸く安定したバスクは再び独立を叫ぶでしょうか? わたしに分かるはずもありませんが、重大な危惧を抱いています。ナショナリズム、民族主義云々と あまりにも多くの要素が噴出しています。
カタルーニャはスペイン経済の20%を担っているといいますが、独立した場合には有力な企業のいくつかは移転して去るという、一種の威嚇でもあり、また混乱を避け、企業の論理を徹し、危険を排除するためでもあるでしょう。
バルセロナの「京」さんのメールが緩急を伝え、その土地に生きてある切実を感じます。
12日 カタルーニャの自治政府は独立宣言を数日延期と述べ、これに対し中央政府は、延期がいつまでのものかと追及しています。
イラク政府はこれまで「対IS」との限りにおいてはクルドと姿勢を同じにしていましたが、今となっては完全に敵対勢力とみなして、国民投票を呼び掛けたトップの逮捕命令を出しています。
シリア、トルコのクルド人の動き。ヨーロッパに向かった難民に対しての各国の動き。特にハンガリーなど東欧諸国は厳しい姿勢を見せています。
そして今は。オーストリアの選挙。
それぞれの守るべき暮らしがあり、利害がある。国家は国民の安全と財産を守るのが第一の使命であり、そこに国家の存在意義がある。
その大義名分と、わたしたちの民族主義や国民主義・・私たちはともすれば感情・熱気に動かされやすい。常に意識していかないと恐ろしいことになりそう。 ただしキレイごとでなく自分に直接的な利害が関わって来る時、私たちは何処まで冷静に、慈しみをもって行動できるでしょうか。自戒していきたいです。
それにしてもいつも思って、忘れません。白い布にくるまれた幼い子の亡骸。(わたしたち
の孫は何と恵まれているのでしょう。)
不安と絶望に浸された若い人、年とった人、一家を支えなければならない人・・。いつの時代にもそのような、無残なことがあった。苦しみは絶えることはなかった。それでも見据えていなければならない世界の、多くの事が痛く痛く響いてきます。
あまりに硬い文章ですが、お許しあれ。対象が大きすぎて書けません。感傷的な思いです。
日々、忙しくて自分を少し見失っています。数日来、夏のような気温で身体が驚いています。
とても疲れて、眠気に負けています。それでも元気にしています。
鴉の体調を思えば、鳶の呟きなど比較にもなりません。
最近、血圧のことに触れていましたが、如何ですか? 血圧計が原因か、或いは薬など新しい処方を考えるなど相談されるのがいいかと思います。
大切に。大切に。 尾張の鳶
☆ 秦先生
ご返信ありがとうございます。
いきなり写真も失礼かなと思いつつ、甘えてお送りしてしまいました。
ついこの前つわりだったような気がするのに、もう10年経つのかと思うと本当に不思議です。
つわりの時にはお抹茶に合うお菓子が頂きたくなるのも不思議で、あの頃は、富山の月世界や山梨の葡萄で作られた月の雫をやたらに取り寄せていました。(書いていると食べたくなってきてしまいますが・・・。)
娘へのお気持ち、本当にすみません。かえって申し訳ありません。
住所は下記になります。
〒
お道具も絵も、身近にいて面倒を見てくれる人がいる状態が、作品にとっては一番良いなぁ、と最近しみじみ思っています。
博物館などでよい環境に置いてもらえるのもよいのかもしれませんが、手塩にかけて愛でてくれる人がいることが一番。
そちらの方も佳き出会いがありますよう。
京都では、いま京都国立博物館で国宝展をやっています。全国の国宝の1/4だか1/3だかを集めたとのことで、素晴らしい展覧会ですが、仕事で出入りしておりながらも、なかなか会場に行かれていないのが残念です。
この京都という街に月に最低でも1、2日、多いときは5、6回行っていますが、私の中では、いつまでも特別な土地です。この街からもこの街の人からもたくさんのことを教えてもらいました。
祇園の料理屋さんでご飯を食べながら、カウンターに座っている男女を見ながら
「あの人、素人さんじゃないんじゃない?」
「いや、あれは同伴ではないね」
「でも、髪の綺麗さが普通じゃないから、素人さんではないと思うの」
「うーん、なんだろ」 などという話をする程度にいろんな経験をさせてくれた街です。
(このときは京都生まれ京都育ちの同行者が「オフの芸妓さんかもしれへんね」と答えを教えてくれました。)
京都は、紅葉には少し早いですが、朝晩は冷え込むようになりました。
最近、絵画や建造物だけでなく、ようやく染織品のことに携われるようになりました。もともと大学の専門も染織をやりたくて選んだのですが、いろいろな紆余曲折を経て、初心にかえることができて本当に嬉しく思っています。
定年が遠くに少しだけ見えてくる年齢になりました。その時までどれだけの仕事ができるかな、どんな仕事ができるかな、と逆算するようなことも少し。
短歌、続けていこうと思います。 鎌倉 典
☆ ただいま選集第二十二巻を受け取りました。
お手数おかけしてすみません、本当にありがとうございます。
『趣向と自然』 ここに入るのですね。
読みます。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。厚かましいと想いながら、お願いいたします。
お身体どうぞお大事に。
感謝を込めて。 下関市 大庭緑
2017 10/12 191
* 福田恆存先生奥様、文藝家協会理事の森詠さん、大東文化大、国文学研究資料館 から選集や湖の本に挨拶があった。
2017 10/13 191
* 朝一番に 吉備の有元毅さんからめのさめるように美しい立派なピオーネとマスカットの大房を頂戴した。見映えだけでなく堪らない美味さについ手が出てしまうのを夫婦して有り難く自制し、戸棚に仕舞った。
奥さん緊急のご入院と聞いている中で、名酒「磐雄町」についで岡山のすばらしい名菓までも頂戴、恐縮も恐縮、感謝に堪えません。有り難うございます。
ご容態好転回復され、平安なご退院を切に切に念じ居ります。
* 今治の木村年孝さんからどっさり頂戴した、私「目当て」の瀬戸内地誌には、歴史も地理も写真も豊富で、眼を凝らして読みかつ見入っています。木村さん、有り難う存じます。
* むかしNHKブックス二册「梁塵秘抄」「閑吟集」の刊行をたすけて貰った編集役の安田鏡子さんから、わたしの体調を気づかいながら食事並みにもと選ん でいただいたお菓子をどっさり頂戴した。美術館の学芸員である夫君の抗癌剤服用も通過され、腸閉に気づかいながら日ごろの食事にいろいろ苦心されている様 子、堅固なご回復をと祈ります。甘味、選んで下さり有り難う存じます。
わたしは、よほどの左党(お酒)なのに、幼来甘いのにも目のない方で、今も、疲れると甘いモノはとその辺を物色し、眞夜中にも、枕元に用意の生砂糖を掌にポッチリ嘗めたりする。低血糖への要心とは、ま、口実の、根が戦時育ちで甘みに飢えていた「砂糖」好きなのです。
* 只今、 井口哲郎さんからの贈り物がとどいた。有り難し。戴きたいなと願っていた「印」 それも私のひそかに自身に思い宛ててきた「樂此不疲」の四字朱印。それに加え添えて加賀白山鶴来の名酒「萬歳楽」を一升。ウーン。嬉しい。
☆ 秋の深まりを感じます。
床に、鈴木翠軒の李白詩「日落長沙秋色遠──」(遊洞庭湖)を掛けました。花は、ウメモドキにらフジバカマ、庭から採りました。
機会ごとに、いい詩句、詞句をいただいています。「良玉不彫 心珠自現」──ありがとうございます。
いつかは、なにかいいことばをさしあげたいと思いながら、勉強不足、読み足らずで、なかなか思いがかないません。
ふと思いついたのは、高校時代に、漢文を習った先生からのお便りの一部です。
我自此樂 不為疲也
後漢書の光武帝の言葉です
死ぬまでこのやうでありたいと念じてをります
それがいつだったか、どんな時にいただいたものかは忘れましたが、私のファイルの中に残っていました。先生は、おなくなりになりましたが、おことば通りの生活であったように思い出されます。
樂此不疲 井口哲郎さん・刻
彫ってみました。お目にかけます。「その心あまりて」刀力が「たらず」という結果のようです。ただ詞句が秦さんの境地のように思えまして、印影だけにし ようと思ったのですが、稚拙なうえに手元にあった粗石ですがお送りします。お気に召さねば、いかようにでも、とお願いします。
ホームページで「鏡花 白山 萬歳樂」と拝見しました。お好みなのかと思い一本お送りします。ハンコもそこへ入れさせてもらいました。ちょっと無風流かと──お許しください。いつもながらのことばですが、お二方にはお大事に、お大事に
十月十二日 井口哲郎
秦 恒平 様
* これは、わたしの寶ものである。数十年に無数の寶ものを戴き続けてきた、わたしは何も差し上げたことがない。心を尽くして読みまた書きまた静かに思っ て「此を樂しみ疲れず」に生きて在りたいと願うばかりである。有り難うございました。此の印も大切に「選集」にも捺させていただきます。
2017 10/14 191
☆ 拝啓
このたびは、なつかしい「女文化の終焉」を含む選集第二十二巻、ありがたく拝受いたしました。
又、先に賜わった「枕草子」の「湖の本」、御執筆の舞台裏を興味深く拝読いたしました。
清少納言書記説は、「枕草子」が「座の文藝」という日本文学の王道につらなるものであることを見事に立証する御提言として感銘いたしました。
今西祐一郎 九州大学名誉教授 前・国文学研究資料館館長
☆ 拝復
選集第22巻、 拝受 恐縮です。
『女文化の終焉』は発刊時から、名著と感服致しておりました。
この22巻には、秦さんの中世観が集結されているように伺われます。未読のものをゆっくりと拝読させて頂きます。
堀上謙さん(=能評家)が逝き、橋本敏江さん(=平曲伝承)も旅立たれました。まわりが寂しくなっていきます。呉々もご自愛下さい。 拝具 小林保治 早稲田大学名誉教授
☆ 拝啓
秋の候、朝晩の冷え込みを感じる頃となりました。
秦様には益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
この度は、「秦恒平選集第二十二巻」 の貴重な私家版をご恵贈いただきありがとうございました。
かつて神保町で手にした『女文化の終焉』との再会、嬉しく存じます。たしか装幀は白を活かした上品ないかにも教養書の趣が一社会学士にまぶしく、文化論としてとても新鮮な刺激を頂いたと記憶します。改めまして拝読させていただきます。
いつもながら格別のご厚情をいただきまして、厚く御礼申し上げます。略儀ながら書中をもって御礼申し上げます。敬具 高橋靖典 日本文藝家協会書記局長
* 石川県小松市の八代啓子さん、過分のご支援を戴いた。仕舞の舞台、熱心に勤められている。大槻文蔵と福王茂十郎の能「姥捨」で「いちはやく名月を楽しみました」とは、懐かしい。
* 奈良の東淳子さんからも、新歌集『とはに戦後』にふれて送った手紙に、「たっぷりの勇気と元気をいただきました」と。
2017 10/14 191
* 村上開新堂さんから、いつものように、缶にびっしり、それは丁寧に詰め合わせた多種類たくさんな香ばしいクッキーを頂戴した。感謝。
2017 10/15 191
* 膚寒くなってきた。ますます外出しない勝ちになりそうで、いけない。但し火曜には歯医者、金曜正午の腫瘍内科検査を挟んで水曜日からは「湖の本 137」の発送、来週月曜正午前にも感染症内科診察、お医者と伴走している気味であるが、木曜日には、久々に文春の寺田英視さんと会食予定。妻も一緒。こ の前は、もう久しいが建日子も一緒だった。
2017 10/15 191
* 岩波の高本邦彦さんから、受領のあいさつに添え、「総選挙が降ってきて野党がぐちゃぐちゃになっているのが残念です」と。同感。サマ変わりが願われる。
2017 10/16 191
☆ 拝啓
急に寒くなってきましたがお変わりなくお過ごしでしょうか ご案じ申し上げております
(中略)このところ体調の変化もあって拝読するのが遅々としていることもありますが、少し拝読しては立ちどまるというような牛歩のような拝読ですがひとつひとつを心に落としていくのが楽しみです。
「湖の本」ら接する以前に、先生のエッセで拝読させていただいたのは『手さぐり日本 手の思索』『茶ノ道廃るぺし』(この書題を本屋で見た時は驚きまし た)などで、谷崎潤一郎に関するものとは、また違った味わいをしておりました。 創作と同様にエッセの世界も好きでした いたるところで、そうか、と目を 開いていただくことが楽しみでした
第二十二巻は、「刊行に添えて」から拝読致しました無そこでの「見方」「体験」「発見」が実に重いもの心にかかっております。 更に「観測」「実感」に付されたルビの「エッセイ」き、エッセとは何か、どうあるべきものかを示唆していただいた気持ちでおります。「エッセイ」とは「最 も微妙な狂気でしかも最も微妙な叡智である」というお言葉などは、これから考え続けていく仮題のように思っています。
「趣向と自然 中世の美術」から拝読させていただいておりますが、「六章 十牛 求められた自然」を南海も拝読しております 「一」から「十」までの、それぞれに付された御文章と繪とを。見くらべ見くらべして飽きることなく拝読しては楽しませていただいております。
もう少し拝読してから、などと思っておりますうちに とんでもない時間が過ぎてしまい、失礼を致しております 申し訳ございません。
こうした読書の充実した時間をいただいております幸を感謝申し上げております
心より御礼申し上げます
末筆ではございますが、どうぞ一層のご自愛りほどを願っております。
御礼とお侘びまで 敬具 馬渡憲三郎 藝術至上主義文藝学会会長
* 神戸の岡田昌也さん、丹波黒の大きな枝豆三把下さる。感謝・
* 中野区の安井恭一さん、選集にご支援を戴く。感謝。
☆ 近所の
楓の街路樹が色づき始めています。黄葉、紅葉・・もうそんな時期かと一年の早さにただただ驚きますが、その早さに納得できないのが正直な思いです。
数日来、空は暗く雨模様の日が多く、殊に東京では夏のような暑さの翌日には気温急降下とか。体調を崩されませんように。
昨日から一人の時間に没頭していました。極めて普通に、普段通りの時刻には休み、起床し、ただし一人のための食事は冷蔵庫にあるもの、料理の手間もない もので・・。一冊の本を読み終わり、詩の推敲・・これには難渋し、進まず、纏めているのですが改めて全体の構成を考えていくと、一つ一つの詩も気になっ て、終わりが見えてきません。
絵、教室に持っていくものと仏像の絵、50号の完成、次に描くものを考え・・外出することなく夕方になってきました。
タイに出張する娘の空港からの電話やメール、今しがた四時前には日本に戻っていた友人がカナダに帰る間際に空港から電話。シリアの若い人数人を一年間受け入れるので忙しくなると。
折しもシリアのラッカが ISから奪還されたとニュースを耳にしたばかりですが、友人たちが受け入れていく様子が、日本に住む私たちには実感として捉えがたい。国の成り立ちが根本的に違うのですから当然ですね。それにしても日本は「閉鎖社会」ですけれど・・。
選挙や北朝鮮の情勢など懸念はあまりある日々、一昨日には選挙前投票に行ってきました。無力感やらありますが、普通の事、当たり前と思われること、その一つ一つを大事にしないと。あらゆることに思いを拡げて受け止めたいです。
勝手な感想ばかり書きましたが、近況報告まで。
どうぞお体大切に、風邪ひきませんよう。
メガネ新しいもの入手されましたか?
11月8日からルーマニア、ブルガリアに行くことにしました。ツアーですから気楽です。ご安心あれ。ギリシアから北に向かうルート。ビザンチン文化への関心と言ったらいいでしょうか。その先のウクライナやロシアに通じるルートです。 尾張の鳶
2017 10/18 191
* 国文学研究資料館 神戸松蔭女子大図書館から「選集」受領の挨拶があった。
2017 10/19 191
* 永田さんから、シーバス・リーガルとオールド・パーをボトルひとつずつ頂戴していた。久しぶりの洋酒で嬉しい。おそれいります。
2017 10/20 191
* 朝一番に、尾張の鳶さん、京都鷹峯の百さん、お見舞いのメール貰っていた。感謝。 2017 10/21 191
☆ 冠省
御「秦 恒平選集」第二十二巻 ありがたく拝掌致しました。
中世の画人を身近かに感じられるようになりました。
大山脈にただ感嘆させられるばかりです。 鎌田慧 評論家
* 京都宇治の佐々木葉子先生、湖の本137着に御電話下さる。病院へ出向くところだったので、失礼あり、御免なさい。
☆ 湖の本137をいただきました
秦恒平様
先日は選集22巻を頂戴し、痛み入りました。「ヨブ記のダブル・ヴィジョン」と題した講演を終了し、出席者とのメールでのやりとりを終了した先週中頃に一気に拝見しました。
女文化として見る日本芸術史(文学がメーンでも、芸術意識と受け止めます)を教えられつつ、興味深く読了しました。鎌倉文化については点が辛いのだと分かりました。
私は政治文化史的な観点から北条泰時が主宰した13人衆による『関東御成敗式目』の作成を画期的な作業であり、法制史的な意味を持つと評価しております。
本日は『湖の本137 泉鏡花』のご恵贈にあずかりました。いつもながらのご好意を感謝します。早速に拝見しました。泉鏡花については教科書的な知識し かありませんでしたから、現代語訳『龍潭譚』に引き込まれました。「座談会 鏡花文学をめぐって」には関心を引かれ、丹念に言葉を追いました。
ありがとうございました。台風が接近しております。日本各地の被害が最小限でありますように。明日の選挙が日本の宝を守りうる結果をもたらしまっすように。 並木浩一 ICU名誉教授
* 鎌倉時代を真に創りあげたのは北条義時、泰時父子で、傑出していたと思う。
☆ ご本を拝受しました 森下辰男
秦 兄
いつもいつもご本をほんとうに有難うございます。偶々、数日前からベッドサイドに国書刊行会の
日本幻想文学集成の泉鏡花を置いて、寝付くまえのひととき読んでいます。
(総選挙投票前日なので 中略)
大型台風が接近中です。これも悪しき政治の産物の一つです。地球温暖化対策にトランプは背を向けています。ぼやき出すときりがありません。ありがとうございました。ご自愛のうえご活躍ください。
昨日、(早稲田の)クラス会で銀座に行ってきました。一応今回で発展的解散ということで・・・
2017 10/21 191
* 留守中に、写真家の近藤聡さんから、東村山の高級な大吟醸酒を頂戴していた。
* 染色家の渋谷和子さんからもびっくりするほど美しい作品三種もを頂戴していた。
渋谷さんは、新潮社からの「みごもりの湖」 筑摩書房からの「蘇我殿幻想」を装幀して下さった、もう本当に久しいおつきあいの藝術家である。妻が退院してきたら喜ぶだろう、いや、病室で観せてやろう。
☆ 変らぬ御芳情賜り乍
御礼の一言も申し得ぬまま、本年 早 余日二月余となって居りました。(展覧会等々超多忙のこと 中略) 何はとも角、今更乍、先生に御礼だけはとあわてゝペンを握っております次第。(中略)
先刻、病院から帰宅、郵便受けに先生からの贈本を拝受致し居り、はり飛ばされたような心地です。本当に本当に有り難うございます。
甚だ間の抜けた 深謝の気持迄 大変御無礼重ねて 御赦し下さいます様 合掌
先生の御躰こそ
ひたすらな御自愛願って止みません。 京都 渋谷和子 染織作家
* 詩人の山中以都子さん、秦の母方従妹から、見舞いのメールを貰っていた。
2017 10/22 191
☆ 颱風の夜
自転車で転倒された、と。大丈夫ですか?
骨折こそしなかったとしても、骨のヒビや捻挫も軽視できません。早い手当てをなさいますように。
台風の風雨、窓を叩く雨音が頻りです。
選挙開票を耳にしつつ、さまざま暗い思いが過ぎります。 尾張の鳶
* ありがとう。
2017 10/22 191
☆ 今日、
137巻「泉鏡花・濯鱗清流(四)」いただきました。
ありがとうございます。
ゆっくりと、じっくりと、読ませていただきます。
そして。
奥様のご容態の回復をお祈り申し上げます。
先生のお怪我の大事にいたりまぬように、お祈り申し上げます。
どうか、お大切に日々をお過ごしになられますように。
祈ることしかきませんが… 祈らずにはおれません。 京・鷹峰 百
☆ お見舞い申し上げます。
迪子さんが緊急入院されたとのこと。
一日でも、一時間でも速いご快復を祈っています。 練馬 持田晴美 妻の学友
* 通り雨のように騒然と雨を聴いた。すぐ過ぎていった。
2017 10/22 191
☆ お元気ですか、みづうみ。
奥様のご入院に驚いています。大変ご心配のことでございましょう。現在の医学の至れり尽くせりを信じ、奥様の胆石の一日も早くご快復なさいますことお祈 りしています。こういう時だからこそみづうみも一層お大事になさってください。きちんと食事しなければだめです。それに大雨の中の自転車もいけません。若 いひとでもあんな大雨の中の自転車は転倒の危険があります。大怪我にならなかったのは幸いでしたけれど、救急車のお世話になる可能性のほうが高かったので す。肝を冷やしました。弱り目に祟り目になりませんよう、本当に気をつけてください。
以前にもみづうみに書きましたが、今気落ちしている自分を励ます意味でもまた書かせてください。
「希望の喪失はすでに敗北の先取りである。人間にできることがなお残されている限り、希望を失うことは許されない。」 カール・ヤスパース
ウィキペディアからの引用
精神医学から哲学に転じたヤスパースは1921年から1937年まで同大学哲学教授を務める。この時代にハンナ・アーレントも彼の教えを受けた。ナチス台頭後、妻のゲルトルートがユダヤ人であったことやナチスに対する反抗で大学を追われたものの、妻の強制収容所送致については自宅に2人で立て籠もり、阻止し通す。大戦も末期の頃、ヤスパース夫妻の収容所移送が決定されもはや自殺する以外に打つ手がなくなるところまで追い詰められたが、その移送予定日も残すところ数十日程度に迫った、1945年3月30日にアメリカ軍(アメリカ陸軍第7軍第3歩兵師団)が、ヤスパースの住むハイデルベルクを占領したため、移送を免れた。後年自ら「自国の政府により殺される寸前、敵国の軍隊により命を救われた」と述懐しており、この戦争体験はヤスパースの哲学に対して見逃すことのできない強い影響を与えたと言われている。
追いつめられて早々に自殺していたらヤスパースの戦後の仕事はなかったのですから、希望を棄てたら負けなのです。何事もあきらめたらそこで本当に終わって しまいます。一日一日自分の仕事を大切にしながら、一庶民としてできることが残されている限り、希望をもってなんとか楽しんで、死ぬまで生きていきたいも のと思います。
湖の本ありがとうございました。
『龍潭譚』は以前大判の学研の本をだいぶ探して見つけたときは嬉しかったことを憶えています。
泉鏡花は魔物のように魅力的ですが、じつは読解力不足のため何度読んでも筋がよくわからない作品がたくさんあります。情けないことですが筋のわからない ものは、もうストーリーではなく泉鏡花の絢爛な日本語表現を味わうことにしています。秦恒平という翻訳者が訳した『龍潭譚』は、これ以上ないほど原作の美 を引き出しつつ、輪郭をくっきりさせてくれてとてもありがたく読ませていただきました。今回は注の部分もじっくり考えながら読むつもりです。
こういうものを拝読すると、みづうみが宇治十帖の翻訳がしたいと書いていらしたことを思いだし、読みたい、読めたらと願ってしまいます。秦恒平であれば宇治十帖を見事に現代に甦らせてくれるでしょう。わがままな読者ですね。
「泉鏡花世界を満たしているのは明白に水であり……」
全くご指摘の通りであることをあらためて感じています。
昨日の台風の烈しい雨音を聴きながら、『由縁の女』の水の描写の凄まじかったこと思いだしました。この作品も筋は結局曖昧模糊のままでしたが、水の描写にうなされるほどでした。
読みこなす力はなくても、泉鏡花の日本語を百年先にも守りたいと切に願うのです。
みづうみも奥様もどうぞお大事に、お大事に乗り切ってくださいますように。
粟 粟畑をつつ切る道の天気かな 松本たかし
2017 10/23 191
☆ 前略
此度は「湖の本137」を御恵送下さいまして洵に有り難うございました。
泉鏡花は昔から興味はありながら、腰を据えての読み通しはしていませんので、この鏡花文学論かにまず入ってみたくろ、その機会を与えられましたことを深謝申し上げます。
「濯鱗清流 文学を語る」で、インタビューに答えての私の体験談を縷々と言及されていましたのには恐縮致しました。果褒のお言葉、心から厚く御礼申し上げます。
それにしても贈られてくる最近の文藝雑誌の作品は志の極めて低いものが掲載されていますのには唖然とさせられます。
本日は御礼まで 一筆啓上致しましたが、気候不順の秋、呉々も恩自愛のほど併せお祈り致します。 不一 元「新潮」編集長 坂本忠雄
* 漆藝作家望月重延さんからも手紙を貰っているが、今日はそのまま頂いておく。
階下に用事が溜まっている。
老朽核家族のつらさは予期できていた、覚悟の上。妻と一緒に堪えているのだから、いっそ幸せといえる。
2017 10/23 191
☆ まず、
奥様のご病状いかがでしょうか、お見舞い申し上げます。先日(消印-18日)お葉書をいただいたばかりですので驚いています。私の娘婿が同じ病で苦しんだことを知っていますので、さぞかしと思い、いち速いお治りを祈っています。
「濯鱗清流(四)」が届きました。「龍潭譚」は、『明治の古典』が手元になく、前巻の「枕草子」同様、図書館で読んだ記憶があります。その上、石川近代文学館にいただいた「生原稿」でも読むというなんとも贅沢な体験もさせていただきました。
「座談会」で、鏡花の作品は気軽に読まれないから、新たに作品の刊行もむつかしいというようなお話があったようです。秋声の方は、その記念館で毎年一冊 ずつ文庫本が出され、もう十冊にもなっています。平成27年出版の『爛』は、私の大好きな木村荘八の挿絵入りです。これらにしてもどう読まれているか知り ませんが、鏡花の万一一記念館ではそんな動きもないようです。
さて、「講演」、とてもなつかしく拝読しました。講演が終ったあとでのお話会で、私が的外れな発言をして同座の顰蹙をかったことを恥ずかしく思い出して います。ただ、参集の人たちは、ひとかどの鏡花通ばかりだったので、皆さんがとても感銘されていたことも記憶に新しいことです。
改めて目を通してみますと(冒頭に私へのお呼びかけを発見、恐縮です。私の方こそこのご縁は、生涯の大事です。)
講演のあちこちに秦さんの学識がちりばめられていることに気づきました。以前の「聞き」「読み」はなんだったのだろうかと、その浅さを恥じています。このことは、秦さんの作品を、読み重ねる度毎に思うことです。
それにつけても、ホームページに寄せられている読後感のすばらしさに敬服しています。前にも申し上げましたが、秦さんは、すごい知人、友人、読者をお持ちなのだとその都度感心しています。
(ここで筆がゆるんでしまいました。実は、長さが10間あまりある手作りの板塀の一部が隣家〈今は取り壊されていますが〉の屋根雪や雨のとばっちりを受 けて破損していました。幅1間ほど、板なら10枚足らず。それを手直ししていたのですが、台風襲来ということで仕上げを急いだのです。そのため疲れて-- やはり年ですね一中断しました。)
22日、総選挙の投票から帰り、簾を巻くなど台風の備えなどを終えました。お便りの続きです。台風情報によりますと、こちらよりも関東地方の方がが風雨が強そうなので、入院中の奥様のこととともに気にしています。いずれもいずれもできるだけ穏やかにと念じています。
近ごろは、手紙を書くことも少なくなっています。秦さんにはメールをお送りできればすむことなのかも知れませんが、相変わらず思うようにあやつれず、駄文を弄する結果になってしまいました。煩わしさお許しください。
お大事に 井口哲郎 前・石川近代文学館館長
* 病室の妻は、この井口さんのお手紙を拝読して、それから数時間後、集中治療室へ移された。感謝申します。そして妻の無事を願う、心底から。
集中治療室へうつるとも知らぬ前に、病室で、わたしは、選集第二十四巻のための「あとがき」を妻に読んで聴かせていた。もしわたしに何かの折りは、子供達にこの「あとがき」の気持ちをよく伝えて欲しいなどというて間もなかった。
* 神戸大名誉教授信太周さん、写真家近藤聡さん、喜多流シテ方香川靖嗣さん、法政大文学部、昭和女子大等等、お便り頂いているが、疲労困憊しているので、このまま、頂戴しておく。
* 台所のとっちらかりを少しでも片づけて。
☆ 鴉に
あまりのことに震えています。
一番つらいのは迪子さま、そしてあなたご自身。
今はお家にいらっしゃるのでしょうか? 病院で少しでも近くに、と願いたいのに面会制限は厳しい、悔しいです。
病状好転され回復されますよう、鴉もお身体大事にして、気持ちしっかりなさってください。
祈っています。 尾張の鳶
* ありがとう。ほおっと胸に灯が入るようです。
2017 10/14 191
☆ 恒平様
その後みっちゃんの様子は如何でしょうか?
昨日は読めた「私語の刻 日記」が 今日はどうしても見つかりません。
すみません。
もしよかったら、お見舞いに伺いたいですが、病院の名前を教えて頂けますか?
時間は、何時ごろがいいでしょうか?
快方に向かっていることを切に切に願っています。 琉 妻の妹
* 琉っちゃん 集中治療室は厳重で
一定 一時間内に消毒マスクつきで十分間しか面会が許されません。遠方からおいではとても無理なことで、事態の推移を見まもっていたいと思います。うまく落ち着 いてくれば数日内に大部屋へ(個室にいたのですがめが届きかねるというので、大部屋へと謂われています。)それが幸いいつになるかの予断が出来ていませ ん。
病院は **********。 これまで消化器外科でしたがほとんどギブアップの体で循環器内科に転じています。迪子本人が 家から遠い聖路加病院より、近い(私の自転車なら数分の)厚生病院を希望し循環の先生を信頼し続けてきました。
今 朝は早起きして、故紙回収の大きな超重い荷物を十ほど(我が家は校正済みゲラの山や寄贈雑誌等々やたらと故紙が多いのです。)慣れない手つきで荷造りし、 集積所へ何度も何度も運んだのですが、腰骨が折れそうに痛みました。迪子はこの荷造りを毎度黙々と自分でし、集積所へ運ぶ力仕事だけはわたしが手助けてい ましたが、迪子の頑張りように、真実驚嘆を新たにしました。
や がてヤクルトが届き、さらに生協が註文の荷をどっさり運んできますのを冷蔵庫へ保管。いちばん悩ましいのは次週からの註文をどうするのか、手順手はずが まったく分からないことです。ま、なんとか方法を勉強して凌ぐしかありません。わたしは、小さな字はほぼ全く読み取れない視力ですので、これは苦労しそう です。
ま、気持ちをなるべく湿らさずに、積極的に起ち居を渋らず、少しでも気づよく明るい心地を保ちたいと願っています。
自身の仕事も山ほどあり、「樂此不疲」懸命に。十一月末には予定の「選集」二十四巻の送り出しには、少なくもて退院していて欲しいと切に切に希望していますが。むろん作業はわたし独りでやりますが、手順などなにもんも迪子に教わらねば。
ま、 今朝は、そんなところ。病院事情は全く分からず任せるしか許されていません。
琉っちゃん ありがとう、心強いです、迪子もさぞや逢いたかろうと察しているのですが。容態の好転と安定とを祈っています。 恒平
☆ お忙しい中、
お返事有難うございました。
最近はゴミ出しも老人にとっては本当に大変なことです。無事に古紙回収の大仕事を終わられ、私もほっとしました。
建日子さんも今日は来られるようですので、何とかこの危機を乗り切って下さいね。
迪っちゃんに「パパもママもついてるから頑張って!」とお伝え下さいね。 藤沢市 妻の妹
☆ お祈りします
昔、父も集中治療室に入っておりましたが、入ったときより元気に顔色良く戻ってまいりました。回復のための集中治療室です。大丈夫と信じています。切に切にお祈りしています。
みづうみも頑張りすぎませんように、どうかご無理のないようにお過ごしくださいませ。 祈 一人の強者唯出よ秋の風 虚子
☆ 迪子様の苦しさ。秦様の難儀さを思いますと
居ても立ってもおれない、駆けつけたい気持ちです。
ただただ、少しでも苦しさが少ないことを祈っています。
何かお役に立つことが有れば、お手伝いさせていただきたいと思います。
家の電話番号
携帯番号 です。
比較的 お近くですから、お申し付けください。
湖の本届きました。
ご送付時にも迪子様の手を煩わせていたのだと、深く感謝しています。 練馬 晴美 妻の学友
* 御親切ほんとうに身に沁みて有り難い。
* しかし、中には、見舞いのひとことなく、この際「朝日子」と「和解」すればなどと、賢しらな、ワケ分からずの差し出口が、娘ほども若い人からわたくしに「あなた」呼ばわりで来る。よしてもらいたい。
* 「湖の本138」の初校が出そろってきた。どうかどうか、無事に、また妻と二人で発送できますように、そばにいてくれるだけで良いから。
2017 10/25 191
☆ 秦恒平様
今日からまたしばらく雨の模様ですね。
「秋晴れ」の空がみたいです。
ご連絡どうもありがとうございました。
奥様の緊急入院、心配です。
一日も早いご快復を心からお祈りします!
お代金のことはお気になさらずにいらしてください。
現金書留もご面倒でしょうから、当日劇場ででも大丈夫です。
どちらにしましても、落ち着かれたところで全く構いません。
秦様におかれましても、くれぐれもお身体にお気を付け下さい。
こちらは九州公演が本日千穐楽を迎えます。
東京に戻ったら、11月の稽古が始まります… 松本幸四郎事務所
* 二階書斎窓外の戸袋へ 小鳥がまた帰ってきたようだ。
☆ 秦さん
迪子さんは、がんばってくれます。
昨日は、身動きのできない人の、移動方法を、お知らせしょうと、お電話を、とも思いましたが、信頼されている医師、秦さんの近く、ということでしたら、それにこしたことはありません。
洗濯ものが、かびれば捨てればよろしい。
古紙もためてすこしづつ。
生協の注文は、理解してください。
二人で出来ていたことを、ひとりでしょうと、決して思わないで。
我が家の、ありさまを、お見せしたいです。 柚 大学の学友
2017 10/25 191
* いま、六時。一呼吸入れたまま、食欲よりも躰を横にして寝入りたい。
「こんな時だからこそ、まずあなたが倒れてはいけない、クリアな頭で的確な判断をなされなければならないと思います」などというアッタリマエなことは、云われるまでなく、それでしか乗り切れないと覚悟し、身も心もフルに動かせている。仕事の手も抜いていない。「洗濯ものが、黴びれば捨てればよろしい。二人で出来ていたことを、ひとりでしょうと、決して思わないで」といった血の通った激励に「人」のぬくみを嬉しく感じる。
妻の帰る日まで酒は呑まないと決めた。喰う楽しみはいま極めて淡い。結局は、仕事して読んでよく寝るだけ、か。次の月曜にはまたわたしの方の病院へ通う。もう集中治療室を出てられると有り難いが。
2017 10/25 191
☆ 冠省
秋風はやっと息吹きかえしたのもつかの間 はや冬支度、災害多きに加え 以前と違って寒暑変動激しきこと嘆じております。福井原発を控える関西住みとしてせめて事故なきこと願うのみ、東京のお暮らしはいかがでしょうか。
全巻に続いて「秦 恒平選集」第二十二巻ご恵与たまわりありがとうございます、以前拝読した折りの思い強く残っているということもあり、長い年月隔たっての読書もまた楽し、ただ文学を談ずる友が少なくなってしまいました。
後白河院を分母とする女文化のご構想興深く、それにしましても建春門院、建礼門院サロンの記事が平家物語に登場せず、なかでもかんじんの「平家納経」が平家の盛衰に位置づけられないことなど、平家物語の問題に興尽きません。
思いついて改めて「清経入水」拝読。いただいた選集第二巻の奥書、やす香さん(~孫娘)さんのご命日記述に月、家族とは何か考えさせられまして、父方本家の叔母亡くなり父母ゆかりが消滅 故郷ますます遠ざかります。
鰯雲ふるさと子等と異にせり
通院の途次 かわりばえしませんがせめてお礼とお届けしました ご返書ご法然ください。
お揃いでお大事に 周 神戸大名誉教授 平家学者
☆ 略啓
早速ながら 奥様のお加減如何ですか。一日も早い御恢復をお祈りしてゐます。
「湖の本137 泉鏡花」有難く頂戴致しました。
奥様御本復後 改めて一献し上げたく存じます 不備 寺田英視 前・文藝春秋専務
☆ 久しぶりの青空が戻ってまいりました。
世の動きのことを考えますと、日本人の大方の心の真意がつかめず、落胆の思いをつのらせておりますが、そんな中、先生におかれましては、滞りない水の流れのように、ご自身の文学をご披露下さり、そのご姿勢に深く頭を垂れております。
「湖の本 137 泉鏡花」お送り頂きまして恐縮に存じおります。
ちょうど、鏡花の俳句のことを考えておりましたり、 また鏡花文学に近寄ってみたい思いにかられておりましたところです。
「龍潭譚」、読み易い大きな字で、しかも解説付きとは有難いことです。これからじっくり読ませて頂きます そしてぱらぱらと頁をめくりまして目に飛び込 んできました 2000 7-7の御文、まさに、この頃 強く思っておりましたことを、簡潔にお言葉にして頂き、嬉しく拝見致しました。十五年も前の先生のご希望に賛同なさる方が これからも少しずつでもふえていきますこと、ふえていくように、微力ながら、努めていかなくてはと、考えている次第です。
日々 お寒さがつのりますこれから、くれぐれもご自愛のほどお祈り申し上げます。
染筆乱文ながら御礼まで申し上げました。 敬具 菊 書肆主人
☆ 「枕草子」につづき
「泉鏡花」まで読めるチャンスを与えて頂き感謝しています。
わたくしは昭和十三年の生まれ よくぞこの歳までと複雑な思いです。
先生の病身と戦う意気と行動にはただただ驚いています。病魔のほうが戦いているのでは…。
本当に有り難いことです。 草々 杉本利男 作家
* ペン会員青木生子さんから二通もお便りがあった。
他に、韜晦学園大名古屋 山梨県立文学館 三田文学編集部 成蹊大図書館 作新学院大 多摩美大図書館から「湖の本 泉鏡花」へ受領挨拶があった。
* 別に 京都府立京都学・歴彩館から、「選集第二十二巻」受領の挨拶が来ていた。
* 茅ヶ崎市の吉川幹男さん 「選集第二十二巻」のため「失礼ながら印刷代の一部として」と「一万円」御喜捨戴きました。感謝申します。
* 俳優座から一月公演の招待が来ている。しばらくぶり、妻も一緒に行きたいと思う。神山寛 川口敦子 小笠原良知 児玉泰次 そして美苗まではお馴染み サンである。「いつもいつも君を憶ふ」というタイトルは旧仮名です。ぜひ妻と行きたいが、高麗屋の毎々の配慮と、俳優座とはちがうので、招待席は丁度中ほ ど。いまの視力で届くかとは心配。「湖の本」を送っている美苗に声をかけてみるか、そんなことが出来ると嬉しいが。
* いまぶんは、妻の転院は考えにくい、が、そんなさいの移動手段についていろんな便宜をことこまかに教えてきて下さる方もあり、たたただ感謝。。
2017 10/25 191
* なんとか自身を鼓舞してこの「おひとり様」仮住まいからの早期回復に努めたい。妻にも頑張って病を克服して欲しい。
* バルセロナの「京」からもメールで見舞いの言葉が来ている。
* からだフラツクが、堪えて、とにかく起ち居を面倒がらずムダになっても立ち働いている。
2017 10/26 191
* 明日の面会時間までが千万日に想われる。
仕事しよう、打ち込もう。時間を打ち消そう、それしかないのだし。
さっき聖路加の副院長先生と電話で話したが、わたしのことも心配して下さった。凸版印刷株式会社担当の人ちちも、メールでいろいろに見舞って下さった。
* 京都の「百」さんが、申さばご自身の日々の食い扶持を欠いてまでお見舞いの食べ物を送ってきて下さった。感激に堪えない。お手紙が添っているのに、わ たしの衰えた視力で、それが容易に読めない。もう半分失明してきたかと嘆かわしく、白い紙にほそい字は、 でも読んでみる。
☆謹啓
「水」の鏡花のつかわした雨龍が長く空にあるように 陽のない天気が続いています。
長い雨は、先生のお心晴れぬ反映でもあるように思えます。
奥様のご容態を拝読し心苦しく胸痛みます。一刻も早いご快癒を願ってやみません。
此の度 同送させていただきました食品は「お誕生日券」(=従業員用では。)を使って。自社製品をもとめた物でございます。手間いらずの佃煮を詰めまし たが、先生のお口に合いますかどうか、お好みに添えるとも限りませんが 少しなりともお役にたてればお食事を召しあがられる、お伴になれたなら など思い 勝手ながら送らせていただきました。「お茶漬け」に合う「ほうじ茶」も同封いたしておりますが、お茶漬けになさらずとも そのまま召し上がっていただけ るほどの味付けの濃くない佃煮でございます。また食後に「紅花」で染めた和三盆糖(=わたしの大の大好き)のお干菓子も入っております。しばし美しい「さ くら色」をお楽しみいただけましたなら 嬉しく存じます。
どうぞ 奥様のためにも しっかりとお食事をなさって下さいませ。
先生のお身体のご無事と お怪我の治癒をも 奥様と同様に心からお祈り申し上げます。
なによりも奥様のご病状の一刻も早い好転を願って願ってやみません。
お忙しい中に 長々と失礼をいたしました 敬白 鷹峯 相馬百合子
* 幸せな夫婦だとしみじみ思う。ありがとう存じます。ご馳走になります。このところ、まったく食事と云うことをしていない。今日は生協の葡萄の房にかこ つき、建日子の持ってきた蒸した様な黒い薩摩芋を皮ごと囓っていた。気が向けば好きな白砂糖を掌から嘗めていた。酒を断ってしまうと、気分転換が効かない が、よろけて転倒もしない。夜中寝床の上から堅い硝子戸へ頭突き転倒したのには驚いた。
* 元の総理大臣菅直人から「泉鏡花」への礼状が来ていた。わたしは菅直人に生来のイラ菅ぶりを復活しつつ枝野を補佐して立憲民主の旗をより高くして欲し いのだ。菅や枝野なら、福山や辻元や加わるであろう山尾しおりも、共産党の志位や市田や穀田や小池ともゆるやかに連携できると見ている。機会あるつど、わ たしは懇意な穀田や市田や、文化委員会へ、意嚮を伝え続けてきた。
菅の奮発に期待する。
* 東大大学院文学部、親鸞仏教センターの本多弘之所長。静岡大学日本史教授小和田哲男さん、古典文学者青木生子さん、墨画家島田正治さん、島津忠夫先生のお嬢さんからも、「泉鏡花」や「枕草子」に縷々お手紙戴いているが、もう転写の体力・視力尽きた。
それにしても、他にも大勢の購読者からの「払い込み通信」があり、これも嬉しい。皆々様のおかげで神技いに狂いそうな胸がやわらげられ、たくさんの時間を戴いた。心配だけの独りの時間、寂しがりのわたしは堪えられないのである。
☆ みづうみ お元気ですか
本日の私語を拝読して動顚してしまいましたが、父を思い出すと肺炎で危険な呼吸困難でした。母の手術後を思いだすと譫妄状態で、とんでもないことを口走っていました。二人ともまだ七十代でした。
奥様のご年齢を考えますと呼吸困難も譫妄もどちらも症状としてあり得ることです。
お慰めにはならないかもしれませんが、父も母も無事に帰還しました。人間は想像以上にタフです。
みづうみはお怪我なさらないよう、栄養失調になりませんよう、お元気に無事奥様お家にをお迎えになれるようにお過ごしください。
ただただお祈りしています。 茸 とりあへず松茸飯を焚くとせん 虚子
* ありがとう。「松」に祈ります。松
☆ ご快復を祈っています。
hatakさん
湖の本のお礼をと、HPを開きましたところ、奥様が集中治療室とあり、驚き狼狽しています。
札幌からですと何もできませんが、「入ったときより元気に顔色良く戻ってまいりました」となりますように、奥様のご快復と秦さんのご無事を家内と共にお祈りしております。 maokat
*感謝します。
2017 10/26 191
* おやの郷里の教会からの先生の迪子へのたよりによっても、妻迪子の日ごろ最大の願は、「ご主人様のお仕事 願どおり運ばれます」ことで、「体調はじ め」ご加護のあるように祈念しますとある。妻の本意・本心がひたすらわたしの仕事「選集」「湖の本」にありつづけていたことが証言されている。ありがとう よ。よくよく、わかっているよ、ありがとう。
☆ 先生のご本読んでいますと
山から涌き水が流れてくるような感じを受け 楽しくもすがしい気がいたします。
ご本 ありがとうございました。 さいたま市 青木生子 国文学者
* 著作集十五巻をお持ちのペン会員、わたしよりやや年長かと。今回三度もお便り頂いている。お大事にご養生下さい。
* 三つよっ上の京の先達、墨画の島田正治さん。発起のミニミニハガキ大墨画1000点の製作より、二作目を下さる。赤い唐辛子が六本。なかなか味わい合って、佳い。
* 藤森佐貴子さん(故島津忠夫先生のお嬢さん)佐賀の珍しいお菓子を下さる。
京都宇治の水谷葉子先生宇治茶を下さる。
2017 10/27 191
☆ 病院でお会いします。
恒平様
今日は美しい朝です。
迪っちゃんがみんなの祈りのなかで 健やかな朝を迎えていますように。
迪っちゃんは、昔から勇敢な人です。
恒平さんのためにきっと病気を克服してくれると信じます。
どうぞご自身のお体もくれぐれも大切にされますように。
毎日 おふたりのことを心をこめて祈っています。 琉 妻の妹
* 四時半、緊急手術が始まった。迪子のガンバリを祈る。医師の渾身の力量を祈る。
* 難しい手術でしたが、ひとまず成功しました。
琉っちゃん(妻の妹)、はるばる遠方まで。
無事に帰宅されたかと案じておりました。有り難いお心づくしのあれもこれも、ただ有り難く嬉しく深く感謝申し上げます。
手 術は七時半過ぎて、ほぼ目的を果たしたそうで、壊死していた胆嚢が切除されていました。多くの周辺異常を抱え込んだままの手術でしたから、予後も相当難し く、何より呼吸力の快復へ細心の配慮と処置が必要、現在は「人工呼吸」の状態で、要心に要心して呼吸力回復へ向かわねばならないとのことでした。
手術段階をなんとか乗り越えたのは、しんからホッとしました、が、ドッと疲れています。建日子が終始付き添ってくれて帰宅まで付き合ってくれたのは心強いことでした、
とりいそぎ心からの感謝とお報せで、今夜は失礼します。ありがとう、琉っちゃん。
さらにさらにこの先の平安と無事をどうか祈ってやって下さい。
手術室に入る前も、術後の集中治療室でも、二度三度も、あのむごい状態の迪子が「琉っちゃんが来てるよ」の声に「しかと反応」してくれたのは嬉しくて、泪が溢れました。ありがとう、どんなに迪子の力になったか知れません。
おやすみなさい。 恒平
* 一度急用有って手術前に帰宅しまた病院へ走り出すまぎわ、練馬から持田晴美さん(妻の高校の友達)がお見舞いにいいろいろとご馳走などと持参し来て下 さったのに、もう何の猶予もならない緊急手術だったので、家の前からご挨拶もそうそうにお引き取り頂いたのはまことに申しわけ有りませんでした。
* 京都の澤田文子さん(妻の大学の学友)から、お便りといろんなご馳走に与っていた。
* 今日の郵便もたくさん。今夜は、もう休ませて貰う。とにかくも妻の平安・平穏を願いつつ、一週間ぶりに熟睡させてもらいたい。一夜の、予後平和を願う。
* 講談社役員の高島高義さん、同じく天野敬子さん、神戸の名誉教授信太周さん(二度目)、三島賞作家の久間十義さん、金沢の作家金田小夜子さん、思想家 清沢冽太さん、さらには明治学院大、上智大、立命館大、神戸松蔭女子学院大等々からも、ご挨拶があった。幸いに「湖の本」には有り難い読者からの払い込み に添えたいろんなお声が聞ける。
* 凸版印刷からは、「選集第二十三巻」を十一月二十七日に納品できるがと、事情を聞いてきてくれている。手伝えなくても、家で、そばに妻がいてくれると嬉しい。
東天紅がもう正月のお節料理を云うてきている。
2017 10/27 191
* 京都の秦方従妹、練馬の妻方従兄から見舞いのメールあり、
* 「みち」様
まだ人工呼吸の厳しい段階がつづきますので、
家内は頑張らねばなりません。わたしも懸命に努めねばなりません。
祈ってやって下さい。 恒平
* 濱靖夫様
有り難う存じます。手術成功とはいえ人工呼吸での迪子のガンバリがどうしても必要になります。どうか、祈ってやって下さい。昨日、妹琉美子が手術前にこえを掛け反応してくれていました。
わたしは家事ということに慣れずに来ましたので、戸惑いつつも懸命に迪子を助けてやるために努めます。
励まして下さり心より感謝します。 秦 恒平
* 持田晴美様
失礼を重ね申し訳なく。
迪子の容態はまだまだ楽観できない人工呼吸成功へのガンバリを要します。
琉っちゃんの声に、くるしい呼吸の中でしかと反応し手術室へ入りました。
手術は成功しましたが、呼吸回復へ、これからが長丁場のガンバリになります。
呼吸(いき)を揃えて頑張ります。どうか祈ってやって下さい。秦 恒平
いろいろ頂戴し、恐れ入ります、感謝します。取り急ぎまして。
2017 10/28 191
* 前の淡交社編集局長服部友彦さん、文教大国語学、ノートルダム清心女子大から「湖の本137」へご挨拶在り。大勢さん払い込み在り、沖縄の名嘉みゆき さん、選集への有り難い御助勢にくわえ、いろいろと、また練馬の宮本裕子さん、大阪の岡田祥子そんこまごまとお便り。視力をつくして拝見。
☆ 秦様
難しい手術成功の由ホッとしています。
人工呼吸成功の頑張りを応援します、祈ります。
昨夕はご迷惑にならぬように。お玄関先に置いてくるつもりでした。お気になさらないでください。お気持ちにご負担掛けましてごめんなさい。
思いがけず、お目にかかれて手術のことを聞き成功を祈ることができました。ただただ迪子さんの頑張り、秦さんのお心の平安を祈るのみです。私もこの4・5日は家の中でウロウロするのみです。
秦様もお心が落ち着かれないまま重ねてお怪我などなさらないようおん身大切にお過ごしください。
秦様の優しさがきっときっと良い導きになります。 練馬 晴美
☆ お見舞い
みづうみ、お元気ですか。
昨日は心配で息を詰めるように過ごしておりました。奥さまがご無事に大きな手術を乗り切られましたことにほっといたしました。と申しましても、まだ人工呼吸器でのご病状ですから、ご心配は続くことと存じます。ご快復を心より心よりお祈りいたします。
病院との往復でさぞお疲れのことでございましょう。
みづうみご自身のお食事以外の家事はすべて後回しになさって、どうかご無理なさいませんように。
みづうみにはお元気に奥さまのご退院を迎えていただかなくてはいけません。
皆様のお祈りが天に届くことを信じています。
爽 爽やかにあれば耳さへ明かに 虚子
* ありがとう。でも、やっぱりね、十の一つ二つでも妻に代わってしてやらねばね。難しいが。今も新聞代集金。玄関に、封筒にきっちりの小銭が用意してあって、助かった。同じようにしておいてやりたい。
2017 10/28 191
☆ (前略)『清経入水』
再読しておりました折りだけに、蛇談、蛇の視線欠いて文化史成り立つかとのご提言、また草田男句から趣向と自然語り出すご工夫の程 感服しました。公園をして人工との解、草田男の自注自解にどうあるのか、「誠に作者その心を知らざりけり」かと感じました。
母方本家の蔵に蛇を住みつかせ畏怖していたこと、原体験です。
夢幻の鏡花世界なじめず、あいにく原典に親しんだことなく「龍潭譚」秦訳の真骨頂感ずること果たせず申し訳ありません。
この時期、百閒にちなんで
偏屈も一興なれや石蕗の花
に、これはあなたではありませんと書き添えて使いまわしております。
お揃いでお大事に、読了まで時間かかるふがいなさ、とりあえずお礼まで 草々
信太 神大名誉教授
☆ 颱風21号去って、
秋晴れと思いきや、又、22号接近の報せ。こんな不穏な時期が当り前になったのでしょうか。衆議院総選挙では、<国民の「私」を尊重しない「公」などを容認しない(2002.4.30)>結果に、暗然としています。
御礼が後になりましたが、「湖の本」137を御恵贈賜りまして、誠に有り難うございます。先日、御「選集22」巻を頂戴、「女文化の終焉 十二世紀の美術」を読み終える処でしたので、御礼言上も出来ぬうちの拝来物で、恐縮至極に存じます。
十二世紀美術が、その前の王朝公家文化の”手”わざを如何に継承し、否定し、深めて、平家三十年の栄華を収斂する平家納経に至るかが、いかにも、藝術家 秦恒平の全身で抱えられて、一章々々躰に浸み込ませながら拝読しました。強調される「男が女に誂え、為さしめ。また成さしめた「女文化」の素晴らしさが ”今様”の中でどう盛流となりどう衰退していったか、漢字の多い緊迫した文章翫味させていただいた次第です。
「鏡花文学をめぐって」の座談会でも、秦さんのお考えは理解しましたが、「濯鱗清流 文学を語る」の坂本忠雄さんやのインタビュー紹介は美味でした。純文学と編集者の見識は、先輩では大久保房男さん、同時代では坂本さんが揺るぎなく傑出していると手思います。御礼迄。
講談社役員 徳島高義
* 『湖の本』を拝受いたしました。
泉鏡花の良い読者ではないのですが、世界文学の中に位置づけ、<蛇>を最大主題とする視点に蒙をひらかれました。座談会を入口に、絶好の鏡花入門書ともなっています。
老いてなお、新しい学びを得られるのは嬉しいものですね。ありがとうございました。
寒くなりましたぬ。どうぞ呉々もお大切に。 講談社・元出版部長 敬
☆ 拝啓
「秦 恒平選集」第二十二巻目を御恵送くださり、ありがとうございます。
日本文化の素質を「女文化」と読み解くエッセイに秦さんの文章の持つ勁さの由来について、いろいろ納得がいくような気持になりました。
巻末の「一期一会」の説、気がつけば六十歳を過ぎ気力を喪失しかかっている自分が「しっかりせよ」と督励された心持ちになりました。
ありがとうございます。不一 久間十義 三島由紀夫文学賞作家
☆ 此の度は
選集並びに湖の本のご新刊を 心より御礼申し上げます。
殊に選集に御収録の「女文化の終焉」と「趣向の自然」は、若き日に蒙を啓いて下さった御作として、懐かしく拝読いたしております。 前・淡交社編集局長
* 妙な手紙も届く。はるかな以前、ペンクラブへ歌人として会員に推薦し、主宰していた委員会でも委員として仕事をしてもらってた、もうよほど年輩の女性 (今も会員かどうか知らない)から、「先生のご様子、仄聞すること、なきにしもあらずでございますが、多分、事実とは乖離してゐませう」と、思わせぶりに 意味不明の文言を含んだ手紙が来た。ことばは仰々しいまでていねいなのだが、まったくワケわからず、気色がわるい。
今世紀初めにはペンクラブからは、名目の「表彰会員(昔は名誉会員か)」で居残っているものの、百パーセント顔出しもしてないばかりか、いわゆる「騒壇餘人」に徹して関わらず、心親しい知己へのみ著書を観て頂いているだけ。
「仄聞」とは気味が悪い。いい意味では使わない二字である、わたしの日常生活はすべてといえるほどこの「私語の刻」で自問自答し続けていて、他に、なーんにも有りません。創作と出版と家庭・身内と、読者・友人・知己。それだけ。口出しをするのは、文学と政治とだけ。
2017 10/28 191
* 陶淵明に聴く
翼翼たる帰鳥 載(すなわ)ち翔り載ち飛ぶ
遊を懐(おも)はずと雖も 林を見れば情は依る
雲に遇へば頡頏(きっこう)し 相鳴きて帰る
遐路 誠に悠かなるも 性愛 遺(わす)るる無し
「翔」はまわりまわり飛ぶ。
「頡頏」は上へ下へ避けて飛ぶ。
「遐路」は遠い道。天空。
「性愛」は古巣への忘れられぬ情愛。
* 迪子 元気に帰ってくるのを 待っているよ。
2017 10/29 191
☆ ご本と帛紗 ありがとうございました。
秦先生 お礼が大変遅くなりました。(送信したつもりがフォルダに残っておりました。申し訳ありません。)
ご本と帛紗、ありがとうございました。
明るいピンクの紅葉柄、・・・いかにも娘の年齢、そして今の時期のものですね! ありがとうございます。
西村さんの小帛紗、大事に使わせていただきます。
私も娘も表(千家)なのですが、眺めているだけでも嬉しいので、飾っておかれればと思っております。
ご本もありがとうございました。
10年前よりも少し深く、美術品にも日本の文化にも京都にも触れられるようになりました。
天才というものの存在も深く感じています。
頂いたご本、味わい深く読ませて頂いております。
(表紙の先生のお写真が、最近ネットでお見かけするご子息のお写真とそっくりですね!)
先生の存在に感謝しつつ。 鎌倉 典 東工大院卒
* メールを戴くと気が晴れて有り難い。怪文書めくのはノーサンキューだが。
* よく降るなあ。
2017 10/29 191
* お見舞いを戴いていた。感謝、感謝。 昨日も今日も、病院へ出かける直前に、京都から、ロスから、事情の知れない池宮さん、大益さんの電話を受けたが、先日の宇治の佐々木先生の御電話同様に慌ただしく失礼しました。
☆ 月の光
そちらは今暫く台風の影響を受けている頃でしょうか。こちらでは既に月の光がさしています。
病院での貴重な時間、鴉の真摯な思いが伝わってきます、一日も早く回復されますよう、願っています。
食事、一日のうち、せめて一度は外食でもお弁当でもいいですからしっかり食べて、あとは簡単な調理で、ただし栄養バランス考えてみてください。お身体案じます。
さまざま大変でしょうが、どうぞ乗り越えてください。
遠くからエールを送ります、祈ります。 尾張の鳶
☆ どうぞ無理せずに
迪っちゃん、すやすや眠れるようになって本当に良かったです!
まだまだ問題を抱えているとは言え、とにかく生きていて眠っているということ、本当に有難いことですね。
迪っちゃんは恒平さんの健康についていつも心配していました。
選集が全部出来るまでは頑張って欲しいと。
だからどうか無理せずに体を大切にして元気で下さいね。
恒平さんが健康でおられることが迪っちゃんの一番の願いです。
家事はヘルパーさんとかに助けてもらうことは出来ないでしょうか。どなたかに相談できるといいですね。
私は、迪っちゃんの手術の日はとても元気でしたが、ちょっと疲れが腹痛になって、昨日今日とごろごろ過ごしました。
今は元気になっています!
またお見舞いに行くのを楽しみにしています。
おふたりのご健康を心からお祈りしています。 藤澤の妹
☆ お見舞い致します
秦恒平先生
先生執筆の本や日記の愛読者です。
奥様のお身体はもちろん、先生のお身体も 心配しております。優しい息子様で、奥様も病床で励まされて いらっしゃることでしょう。
一日も早く奥様がお家に帰ることが出来ますよう 毎日、お祈りしています。雀より
* 有り難うございます。
とても佳い 雀二羽の写真も頂戴していながら、私の技術不足で此処へ再現させて戴けないのが、申し訳もなく残念至極です。
* 降りしきる雨音を 聴いています。
お辛い日々をお過ごしのこと、胸が痛みます。
ゆっくり湯船で温まれましたか。
今はただ、奥様の一日も早いご回復を祈ります。 九
* 明日の診療を受けられない事情を、簡単に手紙にして先生へ速達しておきたい。
2017 10/29 191
☆ 手術の成功
ほっとしています。ホームページを拝見しながら、胸とおなかを痛めていました。漢方の胃薬を何服のんだことか。とにかくひとまず安心しました。しかし、おことば通り「その後の無事と平安」をこころからお祈りしています。
奥様はもちろん御主人の方の「ありよう」もとても心配です。
お大事に お大事に。 井口哲郎
* 「吉祥如意」の印を捺してハガキを戴いた。ありがとう存じます。
2017 10/30 191
☆ 秦恒平様
平素より御世話になっております。
松本幸四郎事務所です。
お忙しく、お心も落ち着かない中 ご連絡いただきまして誠にありがとうございました。
11月公演、襲名披露会につきまして、承知致しました。
お二人でお越し戴きたかったので残念ですが、まずは一日も早い御快復を!
1,2月と 新たな高麗屋をぜひ観にいらしてください。心よりお待ち申しております!!
秦様もくれぐれもご自愛ください。 2017/10/30
* さきざきにまだ機会は有ると思いたい。
2017 10/30 191
☆ 良かったです!
恒平さん
迪っちゃんが大きな眼を見開いたとのこと、
私もまるで本当にその場にいるように、
私も迪っちゃんに見つめられているように想像しています。
恒平さん、本当に良かったですね!!
先日手術の日、迪っちゃんが手術室に入ったあと
みんなで一度家に帰ろうということになって外へ出ましたね。
あの時、恒平さんが自転車に軽々と乗って、バスに乗った私に
「有難う。それじゃ又ね~」と手を振って去っていかれたとき、
私はまるで無垢な少年の恒平さんに出逢った気がして驚きました。
全く老人ではなく、どう見ても子供のような感じがしたのです。
きっと迪っちゃんは、この純真な少年の恒平さんといつも一緒にいるんだなと、
その時ふいに納得したのです。
これは私にとってのある種の感動であり、喜びでした。
迪っちゃん、おうちに帰る日を楽しみに頑張ってね!
いつもいつも祈っています。 琉 妻の妹
* 最大の励まし。 琉っちゃん ありがとう。
☆ 水の京
京都は今日、ときおり陽の降りそそぐ日和でしたが… 重い湿り気をおびた足下の土や、大樹の幹など、どこもかしこも芯まで水を湛えているようで… 乱れ吹く 冷たい風に襟もとを掻き合わせないではいられない、秋というよりは初冬の気配でした。
鳥辺山の辺りから、清閑寺、清水、華頂山と、東山を目で追って… 比叡山まで見渡すと、峰々はさかんに内に抱えた気を放っていました。鴨川にかかる橋に 佇んで、飽かずにしばらく眺めておりますと…集まっては消え、また湧いては漂う、刻々と形を変えてゆく気の姿に『淮南子』を文字で読むのではなく、目で見 せてもらっていると、そんなふうに感じました。
大変な時を過ごしておられる先生の、ほんの少しでもお気晴らしになればと存じ、京の山々のことなど、書かせていただきました。
後先で失礼ではございますが…
奥様が難しい手術をご無事に乗り越えられ、ご回復にむかっておられるご様子。ほんとうに宜しゅうございました。
ご快癒なさって、早くご自宅にお戻りになられ、先生のお傍で穏やかな時をお過ごしになられますよう、お祈りいたしております。
それから、先だって送らせていただきました小さな荷のことでございますが… 何か、お手間をおかけしてしまい、恐縮でございます。
すぐに、簡単にお召し上がり下さるのでは、と勝手に思い込んで送ってしまいましたが… かえってお手数をおかけしておりますようで…恐れ入ります。また、添えた文も、細いペンで書いてしまい、配慮に欠け申し訳ないことでございました。
先生の目にご負担をおかけし、またお手数などおかけしておきながら…
どうぞ、お大事になさって下さいませ。お大切にお過ごし下さいませ。と、申し上げさせていただきます。 京・鷹峯 百 拝
* ありがとう、京の視野にひととき和みました。わたしがうろうろしていて御好意のご馳走に手がつかず、ごめんなさい。酒を飲んでいれば たちまちに頂き尽くしていたでしょう。白い飯を焚いて頂くのを楽しみにします。お元気で。
2017 10/31 191
* 鏡花研究会の母校教授田中励儀さん、「泉鏡花」を追加で送ってと。
元東大法学部長福田歓一さんの良子奥様から「湖の本」へ謝状。
山梨県立文学館、神奈川県立文学館、首都大学(元・都立大国文学)からも「湖の本」へ礼状。
宇治の佐々木(水谷葉子)先生からお見舞い状。
ロスの池宮千代子さんからまだ事情分からぬ日の、消息。池宮さんの友人で茶人、杉並区の柏木洋子さんからも礼状と洋菓子を戴く。以上、取り敢えず記録。
* 一時。気がかりのいろんなことが輻輳。二時にもなって、 高麗屋暁会払い込みに、そして田中励儀教授からの「泉鏡花」要望に応じて送本のために郵便局へ。いつもは妻が書いている頂き物への礼状もわたしが走り書き でご容赦願って投函してきた。また、払底の髭剃り刃やティシュペーパーを手に入れに近くのセイムスへ。みな自転車で走る、転ぶまいと気を付けて。
雑用ばかりのようで、みな放っては置けない。編集と家事とは似ている。
午前中にも あれこれ気に掛け気に掛けながら、こころよいわたし自身の一仕事も出来ていた。
2017 10/31 191
☆ 拝復
『秦恒平選集』第22巻、誠に有難うございました。
現在、人気が高い雪村・友松・蘆雪らに早くから着目されていたことに驚かされました。
巻末に記された エッセイと研究の区別、「最も微妙な狂気」「最も微妙な叡智」にも考えさせられました。
湖の本137「泉鏡花」は、待望の一冊。泉鏡花研究の仲間にも知らせたく思います。定期購読者用以外にも増刷されているのでしょうか? 可能なら4册お送りください。可能な場合、本代が同じ2500円で良いのかどうかも併せてお教えください。 草々 田中励儀
* 京都大学の「花山天文台全景」の絵葉書に、郷愁しきり。感謝。
☆ 秦 恒平先生 (前略)
ご指摘していらっしゃるように 私も鏡花はとても日本的な明治の作家という先入観を持ち興味を持たず今まで彼の作品を一冊も読んだことがありませんでした。
ご教示によって古典文学に目を開かせて頂きつゝあることを感謝いたします
ご体調にどうぞお気をつけ下さいませ。
御奥様によろしく申し上げて下さいませ。 故福田歓一先生夫人
☆ お祈りしています。
先週金曜日久しぶりにホームページを見て驚きました (その前、振込時には何も知らず書きました)。
手術受けられたのですね。
ずっとお祈りしていました。少しでも早く快方に向かわれるように、秦さんにもこれ以上お怪我などないように、と。
今は人工呼吸でも、頑張っていらっしゃるのがわかり、ホッとしました。
まだ大変な時が続くとは思いますが、たとえ僅かずつにでも良い方に進みますように。
どうぞどうぞ お大切になさってください。
(メールしている=)いま、ちょうど面会時間ですね。
よい時間となりますよう お祈りします。 下関 大庭緑
2017 10/31 191
☆ 奥様のご回復をお祈り致します
秦先生、
このところ、締切仕事に追われ、仕事以外でパソコンを開くことがあまり無かったため、今、久しぶりに先生のホームページを拝見し、奥様が大変なことになっていたことを知り、大変驚きました。
手術が無事に成功し、ご回復のきざしが見えたとのことでホッと致しました。まだまだご心配なこととお察し致しますが、奥様の一日も早いご回復を心よりお祈り申し上げます。
先生も大変お疲れのことと思います。くれぐれも、どうぞご自愛下さい。
このメールにはご返信頂くには及びません。
この十月は、私にとっては書類仕事に明け暮れた一ヶ月でした。
ようやく一段落し、来月は出張続きの一ヶ月となります。
まず、来週は韓国の釜山で開かれる学会に行って参ります。
韓国へは今年になるまで行った事が無かったのですが、夏に大邱にある研究所に招かれてセミナーに行きました。
今まで全く行ったことがなかったのに、今年早くも二度目の韓国です。
夏に訪れた際には、車がアメリカと同様、右側通行であることや、看板のハングル文字が何一つ読めないことで、異国に来たのだなと痛感しました。
中国には行ったことがありませんが、漢字を見れば何となく意味が分かりそうですが、ハングルでは完全にお手上げです。少し時間的な余裕があれば勉強して行けたのでしょうが、まだ荷造りさえ何一つ済んでいません。
前回はお客様として行ったので何から何まで人任せで済みましたが、今回は自分一人で行動しなくてはなりませんので、さすがに少々不安です。
幸いコンビニは日本のものとほとんど同じような感じで、日本のビールなども普通に売られていました。コンビニで飢えをしのぐことになるかもしれません。
来月後半は沖縄での会議に参加します。
こちらは既に何度も行ったことのある研究所ですし、何より日本語が通じますので、さほど心配はしていません。
ただ、風景は韓国よりも異国のように感じます。実際、かつては琉球王国だったのですから当然かもしれません。
沖縄の海は美しく、多くのリゾートホテルが林立していますが、琉球王国の歴史や現在の沖縄の姿を思うと、美しい海を見ても、なんとなく心が痛みます。
とりとめのないことをつらつらと書いて失礼致しました。
奥様が大変な時期にこのようなことを書くのはどうかと思いましたが、逆に何か気晴らしにでもなればと思い、書いた次第です。
どうかお早いご回復を。
新春歌舞伎をお二人で楽しまれるよう、心よりお祈り申し上げます。
岩﨑広英 東工大・東大の院卒
* 心優しいメールに気がすこし晴れました。ありがとう。気を付けて行ってらっしゃい。
わたしは、妻入院の二十日より以前から忘れ果てていた「入浴」を、ふっと思い出しました。
2017 10/31 191
* 従弟の濱靖夫さんから重ねて懇ろなお見舞いを戴いていた。
* 滋賀県知事の三日月大造氏から、手紙が来ていた。
2017 11/2 192
* 尾張の鳶が、写真(だけ)を送ってきてくれた。ハテ。あの千呪陀羅尼のみほとけだったか。海外とは思われず。
☆ お元気ですか
奥さまのご快復基調の「私語」を大変嬉しく拝読しています。と申しましてもまだまだご心配のことでございましょう。一日も早いご退院をお祈りしています。
お見舞いというにはささやかすぎますが、お役に立つかしらと、本日パック入りの白飯を送らせていただきました。明日届くはずです。(京都・和久傳の=)つくだ煮に白飯が食べたいと書いていらしたので、お米を炊かなくてもよいものにしました。
電子レンジ加熱の場合: 明け口のシールを少しはがし、500wのレンジで2分以上加熱してください
湯せん加熱の場合: シールをはがさず15分以上加熱してください。 加熱直後は熱いので、ご注意下さい。
オーブンでの調理は出来ません。
ということで簡単に召し上がれます。
たとえばスーパーで売っているような鰻の蒲焼などをのせる、シンプルな卵ごはんに、レトルトのカレー、お茶漬けにも、一人分のごはんが欲しい時には便利で す。間に合えば京都のインスタントのお味噌汁やお吸い物もつける予定でしたが、まだ届かないのでパックライスだけ先にお送りしました。
実用一点張りで味気ないもので申しわけございません。以前にお米は食べたくなくなったと書いていらしたこともおありでしたので、お口にあわないかもしれません。その場合は災害時の備蓄食料にまわしてください。
みづうみの毎日のお食事のご様子読みまして、困ったことだと心配しています。
お弁当の配食サービスも各自治体がやっています。市役所に電話して訊いていただきたいです。食事はバランスよく、量も召し上がりませんと、便秘いたします し、それは腸閉塞をまねくおそれがあります。体力も弱ります。奥さまと交代でご入院などという事態になりませんよう、外食でも出前でもよろしいので、毎日 きちんとお食事なさってお元気でいらしてください。
ゴミ出しにもご苦労なさっているご様子に驚いています。
これからはみづうみにも奥さまにも家事代行の人手が必要となりますでしょう。
奥さまはもちろん、みづうみも どうかどうかお大事にお過ごしくださいますように。
萩 低く垂れその上に垂れ萩の花 高野素十
☆ 快方への兆し
hatakさん
一般病室でお食事も。快方への兆しなによりでした。
嬉しく拝見。 札幌 maokat
* 感謝感謝。
2017 11/2 192
* 昨夜「尾張の鳶」が送ってくれた仏様は泉涌寺山内戒光寺の丈六釈迦像であった。京の立像では昔から三番めに丈高い仏様として知られ、日 吉ヶ丘高校時代から数えきれぬほど独りで御堂にあがっては向かい合ってきた。ま、何かと叱られに参ったのである、送られてきた動画には、添って、お坊さんと見学らしい客との対話のような場面も 在り、じつは此 の戒光寺本堂でわたしはついぞ参拝の客人はおろか住持の僧ともたった一度も出会ったことがない、いつもお釈迦様と二人きりの時間を満ちたりて過ごしていた。で、ま さかと、戒光寺と思われず、ひょっとしてあの泉鏡花「龍潭譚」最後の場面になるお寺かと想ったりしたが、訝しんでいた。
今朝「鳶」 がメールで一と言、戒光寺と報せてくれた。ありがとう。京都で、どこが一等心静かに成れたか、それは泉山の来迎院、戒光寺、そして東福寺、八坂神社だった。
戒光寺ならお寺に大きく「丈六釈迦」とあったように思う。
* 不思議に動く写真を、ここへ取り込むスキルを持たず、惜しい。
* 十時まえ、いま、昨日の「萩」さん、メールの通りに白いご飯が食べられそうな大きな宅急便が、着。ありがとう、感謝します。
* 一章読むのにたっぷり一時間余を要する原稿を十二章の七章まで読み進んだ。もうすぐ午になる。先刻到来好意の荷を開けに、階下へ。
*「萩」さんに戴いた白ご飯パックの数多いに一驚、そして本当に久しぶりに温かい白いご飯、そして京都の「百」さんから戴いてた「穴子」や「鯛味噌」で、 煎茶を淹れてお茶漬けも出来た。一とパックの半分で満腹。有り難う。分かりよく飯を温める手引きをして貰っていて安心できた。電子レンジの指示文字が暗く て黒くて読みづらく、アテズッポウをやったが。
2017 11/3 192
☆ 戒光寺
戒光寺の仏様の映像を欲しいと思ったのはかなり以前の事でした。が、インターネットの記載にも、お寺の栞、パンフレットにもお顔と上半身だけの5センチ四方にも満たない写真しかありませんでした。
一昨日、京都の仏像の番組があって見ていましたら、戒光寺が写されていたのです。思わず録画しました。動画でないものを、と書かれていましたので、そのように。但し録画からですので緻密な画面にはなっていないと思いますが、その点はご寛恕のほどを。
今年になってから戒光寺には二度お参りしていますが、スケッチも少しばかりしましたが、やはり写真は撮れませんでしたから、わたしにとっても貴重な映像になりました。
京都にいらしたら必ず泉涌寺辺りを歩きたいと書かれていました、その思いの深さ、現在の日々に帰洛実現はむつかしいと察しますが、それだけに京都への思いもまた痛切かと。数枚の写真で補って楽しんで下されば嬉しいです。。
迪子様快方に光が見えて、お家でのさまざまなことも「学習」されて、食事以外は何とか片付いてきたと書かれています。一安心、ですね。
疲労をためず、無理なさらず、お身体大切に、自転車転倒しませんように。
来週は旅行です。
慌ただしい日程ですが楽しんできます。以前ギリシアに行った時、スパルタ郊外のミストラスというビザンチンの「遺跡」で長い時間を過ごしました。今回はその延長のような、但し初めて訪れる国への旅です。 尾張の鳶
* ありがとう。
気を付けて 健康な佳い旅を。
2017 11/3 192
* わたしも昨日の異様な疲労の深さに懲り、今日は病院へ出るまでにも、ベッドサイドでも、せいぜチカラを付けるように心用意した。行きも帰りも異様な強 風だったが慎重に自転車を使った。ご飯もレンジで温め、濱夫妻に戴いた「今半」の牛肉料理も湯煎で温めて、シッカリ食べた。お茶も呑んだ。家から運びの食 べ物も少しずつなら食べて良い、ただし口腔内や喉にザラつくものはいけない、しっとりと柔らかなものならとも赦されていた。
ともあけベッドサイドでは正四時間ブッ続けに「校正」してくるので眼は痛いほど疲れきっている。それでも、もう少し今からも原稿読みを続けてキリまで進めておきたい。
* 順不同、山科の詩人あきとしじゅんさん、下鴨の澤田文子さん、聖教新聞社の原山祐一記者、横浜の小泉浩一郎さん、吹田の歌人阪森郁代さん、二松学舎大、府中の平田布美夫妻、武庫川女子大、中央美術協会の後藤明子さんらから来信あり。
2017 11/4 192
☆ 短いお昼寝お薦めします。
迪っちゃん、段々回復が進んでいるようでとても嬉しく思っています!
恒平さんは、今頃は病棟で校正のお仕事をされている頃でしょうか。
あまり頑張り過ぎないで、毎日少しでいいですから、お昼寝をお薦めします。
短い時間寝るのが苦手でしたら、お布団の中でゆっくり10分ぐらい暖まるだけでも体が休まります。病院にお見舞いに行かれる少し前に、5分でも眠れれば頭がすっきりします。
ところで猫のカブトが11月2日に21年8ヶ月の生涯を閉じました。
とてもとても安らかに逝き、大往生というようなものかも知れません。
老人の私たち夫婦に勇気を与えてくれたように思います。
いいお知らせではないので書くのをためらっていましたが、お二人にも精一杯生き抜いて欲しいと敢えて書かせて頂きました。
それには、どうぞどうぞお体を大切になさって下さいね。 妻の妹 琉
* ありがとう。
2017 11/5 192
☆ お元気ですか、みづうみ。
奥さまのご様子 おめでとうございます。みづうみのために頑張ってくださっているのでございましょうね。
パックライスと同様実用品で恐縮でございますが、本日高島屋の京野菜のお吸い物最中というインスタント食品をお送りしたので、明日届くと思います。ご存知 とは思いますが、ビニールの包装から取り出した最中をお椀に入れて、お箸などで真ん中にグルグル穴をあけお湯を注ぐと最中から具が出てきます。
汁物を一人分つくるのは無駄がでますから、一人暮らしの方には便利な食品です。お口に合わないときにはこちらも備蓄食料にしてください。
月 はなやぎて月の面にかかる雲 虚子
2017 11/6 192
* いま、「月」さんから昨夜メールで予告の「吸い物」が到着した。有り難う存じます。これで、白いご飯を何といっしよにと迷わず食べやすくなります。
☆ 恒平さま
昨日、福田恒存の文章を読んで思い出したのが、先日再放送されたカズオ・イシグロ「文学白熱教室」でした。
彼が日本に来て、若い学生たちに話しかけ質問を受ける形の番組でした。
中心にあるのは、人は何故小説を書き、小説を読むのかということです。
文学と政治について語られている福田氏の文章とは視点が少し違うかも知れませんが、恒平さんがカズオイシグロのこの語りをどのように感じられるか、ビデオから一部を書き起こしてみました。
* *
迪っちゃんがどんなに家に帰りたいか、それを考えると胸がいっぱいになり、泣きたくなります。
もう少し迪っちゃんが楽に喋れるようになったら、お見舞いに伺いたいと思っています。
どうか無理せずに頑張って下さいね。 琉 妻の妹 詩集『薔薇の旅人」がある。
☆ イシグロ・カズオの言葉 (妻の妹から送られてきた)
(残念 わたしの機械では 何かしら必要な手続きをしないと 読み出せないと機械に云われてしまった。もう古い古い機械なので、こういうツマヅキはよく起こる。琉っちゃん、御免)
2017 11/7 192
* 桐生市の久しい愛読者だった阿部君江さん、美しい桐生織を一品戴いた。
* いろいろと親切に私の、ないしわたしたちの「仕事」へ具体的な手順などご助言下さる方もある。感謝。
ただ、只今のところ右往左往していて、出来ることしか出来ないでいます。ことに機械の上での新しいシステム風の立ちあげなど、今の弱ったアタマでは不安 心で、使い慣れている機械に思わぬ頓挫など生じては今やっている「仕事」の何もかもがストップしかねず、臆病なほどそれは怖い。妻の「持ち機械」二台と も、わたしにはワケ分からず、手が出せない。ご親切の生かしようもなく申し訳ない。
幸いアタマはハッキリしている妻の、無事退院帰還を切に待つしか無い。
機械は微妙を極め、たとえ同社の製品でも、システム稼働の仕方は段階的に大違い、らしい。ウカとは触れない。危ない。
2017 11/7 192
* 秦野市の妻の従妹(画家)より見舞い状。隣家の大野さんから、御守りのお札戴く。
☆ 何度も「湖の本」をいただきながら
お返事も出さずお詫びします。
前回の『枕草子』、今回の『龍潭譚』と、ご一緒だった仕事の日々が胸にせまりました。そして、
「短編にしても『化鳥』(明30)その他読んで欲しいと思う作品が結局みな選から洩れて行く。スポンサーは安全率ということもあって、やはり『高野聖』『歌行燈』……。」
座談会のこの個所で当時の苦い記憶も蘇りました。これはきっとあのときのことです。我々の当初の現代語訳案にも『化鳥』(だったと思います)があったはずでした。そして最後にお願いして『化鳥』を外し『歌行燈』を入れました。
でも、「この三編成で一の「鏡花論」をすらわたしは遂げたかった」とも、また「「龍潭譚」「高野聖」「歌行燈」……この三作だけでもし「泉鏡花」を全て 語れと注文があれば、不可能でないとすら想っていた」の文を読んで、思わず安堵の息というのか、感謝の気持というのか、そんな気持がわき上がりました。
以前「湖の本」をいただいた時、「黒谷」という題に惹かれ、このお作を読みました。京都など何も知らないのになぜか京都が出てくるお作が好きです。「斎 王譜」も「畜生塚」もしっかり読んでいるわけでもないのに、古い町の名や寺院、門前の名が出てくるだけで京都という知らない都が思い浮かびます。狭い町屋 でも、角を曲がると暗い森があり、細いふみ道をたどっていくと、昔、世を去った人の隠れた住いがあるような……こんな光景も浮かんできます。その上「黒 谷」では亡くなった人まで生きているままに語っている。
坂をのぼると塔があった
我々を見下ろす高い塔があった
見渡すと
深い谷を越え
その先にまた塔があった
暗い森に埋まり
若い頃のこんなメモを発見……。取材の度にあちこち彷徨いました。
残された時間で、私も未整理の原稿整理をしますが、先はなかなか見えません。東京の例会で発表した三つの小さな論や、『テーヌ管見』の最後に置くはずだった「一つのアプローチ、『巡礼』の頃へ」というのをもう一度読み返して残しておきたいと思っています。
「……ゲーテの世界文学という「夢想的理想」や、世界の近代思想
の流れが「人類の解放へと向かつてゐること」を疑いなく信じなが
ら、国家の文化意思を懸命に跡付けようとする藤村の文を読みなが
ら、私は我々の父祖が生きて来た時代のいくつもの苦しみや悲しみ
を読むのである。」
いくつもの戦争や「聖戦」という戦いの頃をも生きた人を、こんな文で終えたいと思っています。
急に寒くなってきました。
いつも大変な毎日のお仕事。どうぞご無理はなさいませんように。
奥様のご入院も始めて知りましたが、「妻の快方を幸いに」という文も読みました。一日も早いご快癒を念じています。私もいつまでたっても終わらぬ医者通 いにうんざりですが、立ち枯れた野薊やうず高い落葉の道をせめてもの楽しみに通います。風に揺れる蜘蛛の巣を見つけるのも楽しみですが、今年はなぜか黒揚 羽が目立ちました。これも例年と違う不思議なことでしたが、風に乗って、小さな妖精のように舞っていました。
十一月七日 宮下 襄 (詩人 島崎藤村研究家)
秦 先生
* 吹きかよう晩秋の白風を覚えるお便りで、懐かしく。学研におられた宮下さんに現代語訳日本の古典「枕草子」や明治の古典「泉鏡花」の編集を担当してもらった。いい仕事をさせてもらえた。 何年、いや何十年になることか。
2017 11/8 192
☆ 辰巳大明神
奥様の日に日にご回復なさってゆかれるご様子、何よりでございます。
昨日、祇園のお茶屋さんに配達にまいりました折 『辰巳大明神』の前を通りかかりましたので、思わず手を合わせました。
主にお商売の繁盛や、芸事の上達を願う神社と存じながら… 奥様のご快癒と、先生のご無事を祈らずにはおれませんでした。
お届けした帰り道、もう一度通りましたので、今度は鳥居をくぐり、鈴を鳴らして拝しました。そして、櫻の葉がもみぢして綺麗だったので、先生にお見せし たいと思い写しました。時間が気になり、気が急いて、一枚しか撮れなかったので… ちょっと曲がったような写真ですが…添付させていただきます。小さくて見えないかもしれませんが、お供物に卵が六個あがっているのも写っています。
御二方ともにご自宅で、お過ごしになる日の早く訪れますように、祈ってまいりました。
お昼は暖かくても、朝晩は冷え込む日々が続いております。
どうぞ、くれぐれもお大切に、お身体おいとい下さいませ。 京都 百 拝
追伸
ほんとうに、よろしゅうございました。
退院のお日にちが決まられたと。
夜中に目が覚めて、先生のHPをひらいて知りました。
お祝い申し上げます。
ご快癒をお祈り致しております。 鷹峯より
* ありがとう、ありがとう。
何と黄葉し落葉しかけた「辰巳さん」の懐かしい風情、我が家から軽く駆け足すれば二分とかからない新橋ぎわに祀られている。小さい頃からいつも祠を眺め 眺め秦の母や父につれられ、祇園の廓なかの銭湯、松湯や鷺湯へかよった。女湯は、男湯の倍以上も広かった。わたしは平気で三年生ぐらいまで女湯で母にアタ マなど洗われていた。
* も一度、ありがとう、と。不徳ナレドモ孤デナイ嬉しさを身に痛いまで感じる。
2017 11/9 192
* 東工大卒の西山昂志くんが、フェイスブクでもわたしと交流したいと申し出てくれているらしく通知があったが、生憎、もう何年もわたしのフェイスブックもツ イッターも、この機械で開けなく、使えなくなっとしまっています。耄碌の始まっているわたしの手際でこれを改善することはとても出来そうにない。西山君、 ゴメンね。ほかにもたくさんの人からいろいろ声が掛かっているらしいのに、どうにもならない。
2017 11/9 192
☆ 今日も
一日お忙しく過ごされたことと思います。
本当にお疲れ様でした。
これからも色々大変かも知れませんが、ふたりで居ることで色々相談できるのは心強いと思います。
明日は、短い時間で失礼するつもりです。
迪っちゃんも、恒平さんもお疲れのないようにと思っています。
(画家の)麻田浩氏とお知り合いだったとは! でもご病気で残念でしたね。
パジャマをひとつだけ持参するのをお許し下さいね。家に帰られたら着て頂きたく思います。
確かに絵を見るのは、疲れますね。もし疲れて帰りたくなったら帰らせてもらうかも知れません。
でもお会い出来るよう楽しみにしています! 琉 妻の妹
* 疲れてはいるが、尻を追われる急ぎ「仕事」は片づけたので、一息ついている。で、「大忠臣蔵」の録画も観た、大門未知子も楽しんだ。ボンヤリとでも、なんとか食べてもいる。妻の帰り支度の頼まれモノもほぼ見つけた。
* 今夜はただボーっとしたままで、寝入ろうと思う。
あと三日、金、土、日と病院へ通勤し、月曜に、妻退院。事故無くしっかり実現したい、ひたすらそれを願っている。
2017 11/9 192
☆ 秦 恒平様
前略
いつも「湖の本」をいただき恐縮しています。
毎回九割がた読んだら少し感想を記してお礼をと思い続け何年もたってしまいました。毎度六七割読んではバイト嬢や姉に廻して感想を聴いたりもしています。『亂聲』には感嘆の声をあげています。
一冊一冊、姉に読ませたいのですが、手離せば戻って来ないのでは、と思いなかなか送れません。店の手近な場所と、家の、ベッドから手が届くところに置いてます。
お前は今 何をしているかと問われれば、少し返事に窮します。
何もかも中途半端のままです。
(長い 中略 どうしてどうして旺盛な活動と想えるが。)
愚痴ばかりでご免なさい。
個展も 約束のカザフスタン バタペストも 来年後半には実現できたらと思ってます。
来年はパリ・京都姉妹都市六○周年(今年?)で 個展の話が持ち上がったり消えたりしてますが、
来年五月には北白川伊織町のロンドクレアントという梅マヤオさんのギャラリー 三十五点位の個展を予定しています。これは秦さんらもDMを送らせていただきます。
(優秀な二人の科学者の息子さん達について 中略)
くだくだしく自分の事を書き連ねましたが、
秦さんの驚異的なエネルギーに感服ばかりしていないで、爪の垢でも煎じて飲んで、来年から頑張ろうと思っています。 敬具
甲斐扶佐義 写真家・エッセイスト 京・木屋町 八文字屋主人
* 焼けた、元の「ほんやら洞」の主人、亡き兄北澤恒彦の年来の同行者だったと。深くは識らないが、京都の市井を優れた写真で確保して行く藝術家で、京都美術文化賞にも選考し、「美術京都」へ招いて巻頭対談したことも佳い写真集がたくさん有る。
久しく会わないが、兄恒彦に繋がる故旧として、わたしには唯一というに近い知友である。
甲斐さん、長い手書き手紙とともに、来年の「甲斐扶佐義カレンダー」を三册も送ってきて呉れた。これが有り難い。来年からは新日鉄のカレンダーが来なく なる、多年塩漬けだった株を手放したから。美術系の美しいカレンダーを呉れていた松下圭介君も亡くなった。来年は佳いカレンダーに不足かなと案じていたが 甲斐三の写真を家のあちこちで楽しめる。なんだか希望がふくらむ。
☆ 拝復 湖の本137『泉鏡花』4冊、拝受しました。早速、ご送付くださいまして、誠に有難うございました。奥様が手術入院されたとのこと、心身共に お忙しい時に申し訳ありません。心よりお見舞い申し上げます。恐縮ながら、書籍代として計1万円を送金させていただきました。ご査収ください。
先日の台風で、帰宅時に乗ったJRが暴風で停まり車内に閉じ込められたことから、風邪をひきました。10月下旬に台風とは気候がおかしくなってきていますが、京都も紅葉が美しくなってきました。 草々 田中励儀 同志社大教授
*「京都」の声が聞こえてくる。ほんとうに、そろそろ京都へも帰れるかしれない、少なくもこの三週間、わたしは杖を手にしていない。歩行はしっかりし、自 転車にも二十日の日の病院へ駆けつけのとき転倒したけれど、以降は危なげなく乗り繋いできた。「尾張の鳶」に頂いた収納力のある安定した背負い鞄がどんな に役立っているか、御蔭でわたしは両手を開放できていつでも使える。病院へモノを運ぶにも実に有効に助けられている。
2017 11/10 192
☆ ルーマニア中央部
ブラショフという街に来ています。ドイツ商人の影響残る静かな旧市街です。途中、庶民の小さな可愛らしい家を見かけますが、一割くらいは荒れていたり、売りに出されていたり。
フレスコやイコン画を丹念に見たいです。
元気でありますように。ケガしないように。 ルーマニアの鳶
* 羨ましい。
* 写真家の近藤聡さん近江長浜木之本の地酒を送りましたと。もう届いていて、無事に禁酒を終えて戴きたいと待望している。
☆ お変わりございませんか
木之本の浄信寺に眼の祈願に来て、その後 長浜を撮影しております。
木之本の冨田酒造よりお酒送らせてもらいました。前回の秩父の酒も地酒ですが飲み比べてみて下さい。
私はモノクロームしか撮らないというライカモノクロームボディに、40年使用しているズミクロン35mmf2のレンズをつけての撮影です。店のしまった暗い街を撮り歩いています。 近藤聡
☆ 「湖の本」第百三十七巻を拝受いたしました。
ありがとうございます。
泉鏡花は小生も好きな作家の一人です。いま住んでいる葉山付近を舞台にした「草迷宮」を思い出しました。いまも泉鏡花の世界を思わせる古い館が深い森の中にある風景が残っています。
寒い季節がめぐってきます。くれぐれも御自愛のほどを。 森 拝 作家
☆ 久しぶり
東福寺の通天橋を渡って来ました。まだ色づき始めた頃で観光客も少なくゆっくり参拝できました。三門も拝観できました。娘が父親のことを心配して鹿児島 から顔を出してくれましたので親子三人でぶらぶらとひと時を過ごしました。 (払込用紙に) 京・有栖川 桐山恵美子
* 豊玉の宮本裕子さん、選集第二十二巻485頁本文を 綿密に読んで胸に響いて届いたという文章を 細字で便箋何枚にも指摘して頂き、心より有り難く。お送りし甲斐があった。感謝。
* 鳴門教育大から、「湖の本」137へ受領の挨拶があった。
* 苫小牧の林晃平さん、「選集」へと、多大のご支援があった。恐れ入ります。有り難く。
2017 11/10 192
☆ 新しい次元のような…
何か扉が開かれたような感じがしました。
ベッドで迪っちゃんが眠っていて
そばで恒平さんが静かに静かに仕事をしておられる姿
とても美しかったです。
この静寂の中にこそ本当の姿(真実?)があると感じました。
それから迪っちゃんが思わず笑って
姉妹で笑えたことも素晴らしかったです。
笑いこそが迪っちゃんの強さなんです。
本当に良かったという言葉しか出なくて…
私は(帰りの)電車でも眠って、夜も早々と床について
今日は元気です!
いつも素敵なおみやげを有難うございます。
迪っちゃんによろしくね。 琉
* 励まされているのだ。
漱石の『こころ』に出会ってこのかた、どんなに「静かな心」の持ちにくいこと、持てなければどうなるか、を怖いほど教わってきたのだが。情けなく心騒ぐ。
2017 11/11 192
* かねて不調をご当人からも伝えられていた弥栄中学同送の西村肇君が、九月になくなっていたと森下辰男君から報せてきた。
「肇サン」とみなに親しまれ、本来なら生徒会長だったわたしのなすべき同窓会の設営に、いつも率先当たってくれた心温かな名幹事役で、京都の大きな織物会社の役員さんであった。「湖の本」購読も最初から、まことに久しい深い縁であった。とても寂しい。
田中勉、三好閏三、そして西村肇。わたしの耳に届いてこない少なからぬ訃も避けがたい事実となっていよう。
友よきみもまた君も逝ったのか
われは月明になにを空嘯(うそぶ)かん
2017 11/12 192
* 三週間の余、親切を尽くしてお見舞い下さいました何方にも、心より御礼申し上げます。
☆ 秦様
(個人誌「此岸」創刊へ=)メール、ありがとうございます。
ご入院、さぞご心配なことと拝察いたします。私も亡妻が初めて倒れた時には身も世もあらぬ思いをいたし、眠れなくなりましただけに、ご心境、他人事とは 思えません。くれぐれもお大事になさって下さい。ご回復を、今度の木曜日と、日曜日、吉祥カトリック教会にてお祈りいたします。主のお恵みが秦様ご夫妻に ありますように。
「イエスはわたしたちの患いを負い、わたしたちの病を担った。」(マタイによる福音書8章) 持田拝
* 歌人で翻訳家の持田鋼一郎さん、ご自身のための文藝誌「此岸」を創刊された。短歌集、小林秀雄論、飜訳の三部で成った。「後記にも記しましたが、秦様 の多年にわたるご好意、無言の激励と存じ、努力してまいりました。」と挨拶があり、「編集後記」には、面映ゆいが、こうある。
☆ 「此岸」編集後記 持田鋼一郎
*幕末の儒者、佐藤一斎の『言志四録』を四十代のとき仕事でお目にかかった作家の小島直記先生に教えていただいた。それ以来折に触れて手に取り愛読し、 「言志晩録」の「少にして学べば、則ち壮にして為すこと有り。壮にして学べば、則ち老いて衰えず。老いて学べば、則ち死して朽ちず」を座右の銘にして来 た。本誌の創刊を思い立ったのも一斎のこの言葉に刺激されてである。「志操は利刃の如く、以て物を貫く可し。肯えて迎合して人の鼻息を窺わず」 本誌を出 し続け、生涯学ぶ自分の証しとしたい。
*また、この十年来、尊敬する作家の秦恒平さんから個人誌「湖(うみ)の本」を送っていただいている。「湖の本」を手に取るたびに秦さんの文学に対する熱い思いがひしひしと伝わってくる。
秦さんは太宰治賞(一九六九)受賞以来、多くの小説、評論、随筆などを商業出版社から刊行して来られた、現代の日本を代表する小説家のお一人である。そ の秦さんが喜寿を超えてなお文字通り「身銭を切って」ご自分の著作の刊行を続けられているのである。秦さんの業績や日本の古典に関する造詣の深さにはとて も及び難いが、とにかく秦さんの驥尾に付し、自分も自由な表現の場を作りたいという思いが沸々と湧いて来たことも本誌刊行を決意した動機の一つである。 (以下略)
* 壮志健勝の成果を祈ります。
☆ お元気ですか、みづうみ。
奥さまのご退院本当におめでとうございます。ずっと待ちつづけご無事をお祈りしていました。
義妹さまが病室でのお二人の静かなご様子を書いていらしたのが、『親指のマリア』に描かれていた日本の夫婦の美しい姿と重なり感銘をおぼえておりました。
病院は心底疲れる場所です。お見舞い皆勤賞三週間とは、どれほど消耗なさったかわかりません。みづうみも奥さまもどうかご無理なさらずこれからごゆっくり休養なさってください。そしてお元気でお二人ともに冬のお誕生日をお迎えくださいますように。
晴 秋晴のどこかに杖を忘れけり 松本たかし
* 妻は入浴もできた。気を確かにし、平常の健勝へゆっくり戻って行くが佳い。
2017 11/13 192
☆ @伊藤です。
お世話になっております。
奥さまの体調が戻られたとのこと、心配していましたが良かったです。
秦さんご自身も無理なさらずに、健康に気をつけてください。
今後とも宜しくお願い致します。 トッパン印刷株式会社
☆ 秦様
お疲れさまです。
有住です。
心配してました。
戻られて良かったです。
ひとまずは落ち着かれてると思いますが、ご無理はなさらずに。
引き続き私どもでできること、精一杯させていただきます。
よろしくお願いいたします。 トッパン印刷株式会社
☆ 秦先生
お世話になります小川です。
メール拝見しましたホットしました 本当に良かったです。
先生も無理しないで下さい。
選集23巻11月27日納品致しますので宜しくお願いします。 トッパン印刷株式会社
* ありがとう、感謝します。
☆ 奥様のご退院
本当におめでとうございます。
まだまだこれからのご養生など大変でしょうが、お二人で過ごされほっとされたことでしょう。
どうぞ奥様共々お大切に、お元気になられますよう心からお祈りしています。 みち 秦の従妹
2017 11/14 192
☆ 秋深くなりました
すっかりご無沙汰してしまいました。
昨夜HPを見てびっくりしました、奥様のこと一向に存じませず、無事退院されておめでとうございました、色々とおつかれ様でした、
ちょっと何かがあれば大変な歳になって来ましたね!
我が家も、殿が足を傷め(こうの所にバイ菌が入って切除しました、まだ完治出来ず)毎日マイカーで活躍中です、これからが、思いやられます!
10月末の、日・月曜に、京阪電車、京都市等が主催で、日吉ヶ丘の高校が東福寺のマルシエのイベントに参加し、茶道部が抹茶と和菓子で接待し、英語科が外国人を案内しました。お茶のOBもお手伝いに参加しました、両日雨でしたが、まづまづの成績でした。
足腰をかばいながら等々、結構忙しく過ごして居ます。
今日は雨の一日です、これから冷たい日が続きますくれぐれもお気をつけくださいませ。 華
2017 11/14 192
☆ 退院おめでとうございます。
迪子さんの無事ご退院をお慶び申し上げます。
大変厳しい3週間を乗り越えられて、よくぞ生還されましたね。
夫婦の絆が一段と強まったことと拝察しております。
当分は養生専一にお過ごしください。
秦さんもご無理なさいませんように! 2017/11/15 濱 靖夫(妻の従弟)
* 感謝。
* 持田鋼一郎さん創刊の個人誌「此岸」に走り書きのような感想を送った。
☆ 大変な事態の中での
ご懇切なメール、まことにありがたく心して拝読いたしました。
小林秀雄との経緯、さすが秦様だと改めて感心した次第です。
やはり古典の熟読が日本語で文章を書くための必須の条件だと存じました。
江藤淳が秦様を東工大教授に推薦されたのも、この点にあったと確信いたしました。
「湖の本」「選集」の御文章を拝読しながらいつも、日本の古典文学を本当に味読した人間にしか書くことのできないご文章であると、感嘆いたしております。彫心鏤骨という言葉がありますが、秦様のご文章はまさにこの言葉の実現と言っていいと存じます。
私も若い頃に古典文学をもっと読んでおけばよかったとつくづく後悔しております。
身過ぎ世過ぎのために始めた翻訳ですが、私なりに精魂込めて行っております。ボードレールの詩の翻訳は鈴木信太郎の訳を使おうとしたのですが意味不明で、英訳を参照して行いました。仏語がよく分らず恐る恐る翻訳した次第です。
今後もよろしくご指導くださいますよう、お願い申し上げます。
最後になりましたが、ご令閨様のご回復、本当に良かったと存じます。
また秦様の今後のますますのご活躍、心からお祈りいたします。持田拝 (歌人・翻訳家)
☆ よかったです!
ご無事の退院とうかがい ホッとしております。
本当によかったです!
日毎のご快復をお祈りしております!
秦様におかれましても、どうぞご無理をなさらないように。
明けて新年の舞台でお待ちしております!! 高麗屋事務所
2017 11/15 192
* 「自然居士なら、雲居寺門前に始まって、琵琶湖畔<志賀辛崎の一つ松>、そして共に京へ、ですね」というメールが届いて、首を傾げている。
自然居士は雲居寺門前で、少女の布施を受けるが、人買いがあらわれ少女を連れ去るのを自然居士は近江まで追い、布施の小袖を人買いに与え、強いられるままにさまざまに藝を尽くして少女を引き取り、京へ帰る。
いま、の、わたしとは何の触れ合うものも無く思われるが。
2017 11/15 192
☆ 秦先生、
建日子さんのフェイスブックで奥様の入退院を昨日知りました。
大変だったと思います。
でも、無事退院なされたとのことで、ホントにホントに良かったです。
私語の刻を読んで思いましたが、
車での移動などが必要であれば、いつでも連絡いただければ、私の都合をつけます。
気兼ねなくご連絡ください。
では、秦先生も充分お気を付けください。 柳 東工大院卒 建築家
* ありがとう。
* 松本幸四郎ご夫妻から、妻の退院を祝って頂き、豪華な花瓶が届いた。家が、華やかになりました。感謝、感謝。
2017 11/16 192
☆ 奥様のご退院 (谷内正遠の木版画「笑顔で花をささげ来る天女」絵葉書に)
おめでとうございます
その後もどうぞご養生のことお祈りしています。
ホームページの読者の皆さん、ほっとしていらっしゃることと思います
お二方 お大事に お大事に 濃美市 井口哲郎 (前・石川近代文学館館長)
* 有り難う存じます。今朝は、余儀ない要件もあり、手をつないで郵便局まで諸支払いに往復しました。お天気も宜しく、幸いにゆっくりゆっくり歩いて用を果たしました。「生きて帰った、帰れた」という喜びを家内は心底実感しているようです。
皆々サンの御健勝を願わずにおれません。
* わたしの方が、芯で草臥れている感じ、郵便局から帰って、そのまま、一時半まで寝入っていた。幸い「選集第二十三巻」の出来てくるまでもう九日の余裕がある。差し迫って追われている仕事も今はなく、せいぜい休養して備えたい。滞っている聖路加への通院も急に復さねば。
☆ 奥様のご退院、
ほんとうによろしゅうございました。
ご自宅での御二方のご様子、穏やかな日常が戻りつつあるお姿を拝読し、ほっとしております。
先日、メールを頂戴しておりましたのに…ご返信が遅くなってしまい、すみません。
風邪をこじらせ、落ち着かない日々を送っています。
また、日を改めてご連絡させていただきます。
先生もお風邪など召されませぬよう、どうぞ気をつけてお過ごし下さいませ。 京・鷹峰 百 拝
2017 11/17 192
* 元・朝日新聞社、「湖の本」刊行の恩人、伊藤壮さん、お見舞いの電話を下さる。妻は電話口で声が出ず、わたしも痩せて入れ歯が浮いてうまく話せぬままで、失礼した。お見舞い、有り難いこと。
* 大学同送の澤田文子さんもつまへ電話が来たが、話せなくて失礼した。
☆ 奥様のご退院
おめでとうございます。
先生のお嬉しそうなお姿が、目に浮かびます。本当に、よう 頑張られました !
ご退院後、何かと家事なども気になることが多いでしょうが、奥様、どうぞボツボツと、ご無理ないようになさいますように! お食事作りの「手抜き」の出来 そうな品を、送らせていただきます。それぞれ、我家でも試食いたしました。召しあがってくださいませ。
「ふぐのみりん干し」は、私の郷里の産物でございます。サッとあぶって召し上がってくださいませ。お酒のお肴にも、お茶受けにもなろうかと存じます。
日々寒さも増してきました。どうぞご自愛くださいませ。 かしこ 十一月十八日 佐藤宏子
秦 恒平先生
迪子奥様
追伸
適当な大きさの箱がございませんので、大きなダンボールになって、詰め物代わりにティシューなど入っております失礼を、おゆるしくださいませ。
返信のおハガキなど ご無用になさってくださいませ。
* 胸の芯にほっと温かな灯のともるような嬉しさでお心遣いの恰好の品々をたくさん頂戴した。妻には心強い有り難い品々で、二人してほろっとした。有り難う存じます。
* 芯の疲れが残っていて頸筋など凝っている。おいおいに、おいおいにと、ムリはしないでいる。睡い。妻は大相撲を喜んでいる。
* 今日もひとつ訃を聴いた。寂しいことだ。
2017 11/19 192
* 九大名誉教授、先日まで東京の国文学研究資料館の館長をされていた今西祐一郎さんから、待ちかねていた岩波文庫新版の『源氏物語』第二巻を送って戴い た。前巻が「桐壺」「掃木」「空蝉」「夕顔」「若紫」「末摘花」だった、とても読みいい新刊で、校注陣のお一人今西さんに戴いて、すぐ読み終え、次巻を待 ちかねていた。「紅葉賀」「花宴」「葵」「賢木」「花散里」そして「須磨」「明石」までの第二巻。ビッグなうねりである。
そのうちに小学館本の宇治「蜻蛉」「手習」を読み通して「夢浮橋」をゆっくり渡り終えるだろう。
『源氏物語』の文学としての舌を巻くみごとさに、飽くことなく新鮮に出逢い続けて終点がない。
* 思想家、東京経済大名誉教授、九十二歳「行動する歴史家」色川大吉さんからも、岩波書店の新刊『わたしの世界辺境周遊記』を、今日署名付きで頂戴し た。「フーテン老人世界遊び歩記」「ふたたび」の巻である。語の本来にまかせて謂うと、これは「凄いまで面白そうな」一冊である。わたしには三遍生まれ直 してきても出来そうにない「世界歩記」のようである。ルーマニア中央部ブラショフという街から便りをくれていた「鳶」なら嗤って読めるのだろうな。
☆ 昨日は、メールをありがとうございました。
お言葉を拝読し、重いものを受け取った気が致しました。
それは、弟ひとりのことでなく、私だけのことでもなく、「その分(=も生きよ)」とおっしゃった先生の、身のうちの「何か」までが聴こえてきたように思えてしまい…背負いきれないものを感じ、息苦しくなってしまいました
でも、それは私の悪い癖で、自分ひとりの始末もできないのに、自分ではない人の分まで感じては「此の世」に居られなくなる。そうと、わかっています。
落ち着こうと思っています。
今、新幹線の車中です。
メールを書き始めてから ( 何度も中断をしているので… )もう、四時間あまりが経ちました。
伊吹山を過ぎ、大井川を渡り、雲間に隠れる富士を目にし、先ほど、東京駅で乗り換えました。
京都から遠出し、東へ向かうのは十数年ぶりです。
先生のお住まいの近いところを通っているのだなと、上野や北区を通り過ぎながら思いました。同じ「此の世」なのに、京都とは別世界に感じます。
でも、今、私の暮らしているのは、時を過ごししているのは、「此の世」なので、しっかり生きていかなければと思っています。
とりとめの無いことで… 恐れ入ります。
長々と書いてしまい、お忙しい先生のお邪魔をしてしまいました。
先生も奥様も、どうぞお大切にお時間をお過ごし下さいますように。
お祈り申し上げます。 百 拝
急に、何となく「鴨川」の写真を先生に送りたくなりました。
今月の初旬に撮った、ピンボケの写真ですが…
若いアオサギが、初々しい一枚です。
今朝、離れたばかりでも、もう 「京都」が懐かしい。
* 悲しみを抱いて故郷へいそぐ人の思い、やすやすと慰めるすべを持たない。「死なれる」ものは堪らないのである。安易に「生きよ」と言い放ってすむことではなかった。加茂川のアオサギに見入っている。
2017 11/20 192
* 吉備の人・有元毅さんから、幸いに禁酒の解けたのを祝って下さり、「獺祭」という日本一を競っている最高の一升を頂戴した。幸せ、嬉しい戴きもの、心 より感謝申します。妻の退院から一週間の今朝、カラッポだった「瓶・缶」の容れ物に、日本酒の四号瓶が六本も入っていたのにビックリした。
また、同じ今日、下関の大庭緑さん、名だたる名酒の肴にもと、下関一の名品「粒雲丹」を二瓶も、さらに加えて種々の名菓も送ってきて下さった。思わず眼とじ、嘆声を漏らした。有り難う存じます。
2017 11/21 192
* 能美市の井口哲郎さん、栄養食にと地産の美味い山の芋を送って下さった。すり下ろし、卵を溶いて、わたくし幼来の好物、ありがとう存じます。
* 吉備の人、名酒「獺祭」に相次いで、妻宛て、岡山の名菓「ピオーネ・マスカット」を頂戴した。恐れ入ります、ありがとう存じます。
* 相撲茶屋の「竹」ちゃんから、来年のカレンダーが送られてきました、ありがとう。さて、横綱四人が顔を揃えて呉れてるかな。
なんだか「ちゃんこ鍋」が懐かしいな。むかし、妻と、友綱部屋がやってるちゃんこの店に二度三度通ったことがあり、まだ大関を張っていた魁皇關が部屋入 りと聞いて、わたしの奥さんは道の向かいの建物へ階段を駆け上り、魁皇關と握手してきたものだ。そんなアトで魁皇は優勝もした。最多勝記録にも達して、そ して引退した。ちゃんこも美味かった。
2017 11/22 192
☆ その後いかがですか
大変冷たい日々が続きますが、いかがお過ごしですか、
京都も紅葉が見頃になりました、
先日嵯峨へ用事があり出向きました、
外国の観光客が多くて、東山も同じく、その上、国宝展、東福寺の紅葉で 日本人も大勢の人出です、結構な京・東山に住んでいるので大変も半分です、
久しぶりに買い物に出ましたので 何か美味しい物を、手が掛からず、食せるかと、今回はスープにしましたが有名ホテルは撤退されて 良さそうな物が見付からず、適当な物を送りました、明日午後に届くとか? ご賞味下さい。
奥様も家に帰られるとつい無理に成りますので 十分に、無理せずにご静養されます様に、
来月は早ゃ顔見世です 南座の耐震工事がまだ出来ず 今年は岡崎の旧京都会館での顔見世です、1日に行って来ます。
くれぐれも無理をされずに、今年を過ごされます様に。 京・北日吉 華
* 山茶花に染みし懐紙に椎の実を
ひろへば暮るる東福寺僧堂
はりひくき通天橋の歩一歩(あゆみあゆみ)
こころはややも人恋ひにけり
十六、七歳、高校一、二年生の頃は、東福寺紅葉の秋もひっそり閑としていた。夕暮れの境内がことに好きで、こころこめて短歌をつくっていた。授業途中で教室を抜け出ては東福寺や泉涌寺を訪れていた。
* 華さん、いろんなスープを沢山送ってきて下さった。感謝。ひとしおの日吉ヶ丘の青春を感じさせてくれる人で、郷愁をかきたてられる。「どこもかしこも人出で、結構な京・東山に住んでいるのは大変も半分です」とは贅沢な嘆声。人出の一人になって歩きたい。
2017 11/23 192
☆ 京・光悦寺 鷹峰界隈(の写真を添えて)
美しいものは、生きることを支えてくれる。
目にうつる、鮮やかな色も。
心にひびく、先生の言葉も。 鷹峰 百 拝
☆ 紅葉
帰国して時差ボケ数日、そして今は京都の紅葉を楽しんでいます。鴉には羨ましがられてしまいますが。
東福寺の人出に疲れて昨日は友人と植物園、上賀茂神社、本法寺へ。
今日25日は天神さんに行きます。
白楽天の本、岩波文庫に全詩がまとめられているか不明ですが、お手元に届くと思います。吉川(幸次郎)先生の本も。
機械の不調を解決できたらと願っています。
寒くなってきましたが、くれぐれもお身体大切に。 尾張の鳶
* 選集の仕事が、編輯が「京都」へ動いているので、京の便りはひとしお身に沁みる。京そだちだから成った仕事、京育ちでなければ成らなかったろう仕事を、莫大にと云えるほど積んできた。
ただ、思うのである、わたしの京都には、二年にも満たなかったが京都府下の深い山村疎開暮らしも含まれていて、この体験には感謝を禁じ得ない。俳優のひ の野正平が自転車で日本列島をはせ廻っているあの「故郷」感覚をわたしは、一方で京都市街での暮らしと同列にあの丹波の山奥にも篤くまた熱く抱いている。 京都や東京だけが日本ではないという国土愛を大事に大事にしている。処女作の「或る折臂翁」も文壇処女作「清経入水」も丹波というわたしの「京都」に根を 生やしたのだった。時折り、ひの正平にてがみを書きたくなる。
2017 11/25 192
* 吉川幸次郎、小川環樹が編集・校閲した『白居易』上下巻(岩波書店)を送ってもらった。文字の小さいのが残念、作は辛うじて読めそうだが註はあまりに細字で、視力は届かない。しかし、詩は読める。
毎朝読んでいる「選註 白楽天詩集」は国分青厓・閲 井土霊山選、明治四十三年八月第四版、定価金六十五銭の袖珍版で、文庫本より小さめだが幸い字は大 きい。絶句、律、古詩に分類してあり、かなりの厳選で、戴いた岩波版ほどは網羅されていない。この愛読してきた明治の本に出会ったのは国民学校の三年生以 前、そしていつしか「新豊折臂翁」を識って、小説という物が書きたくなった。根気よく胸に抱きしめ、会社勤めの第一次安保闘争時に刺戟され、とうどう書き 始めたのが処女作『或る折臂翁』だった。わたしの白楽天は、平安古典からの照り返しでなく、秦の祖父が蓄えていた数多い漢籍中のちいさな一冊『白楽天詩 集』に直かに衝突していたのだった。
残年は幾ばくとも知れないが、白楽天の詩、陶淵明の詩からは終生多くを恵まれ続けるだろう。
高木正一注の上記『白居易』上下を送ってきて下さった「尾張の鳶」に、感謝感謝。初見の作にたくさん出会いたい。ことに白詩の極めつけ自選の「新楽府」全五十詩が上巻に揃っている。公任や少納言の気分で読み続けたい。
☆ お元気でお過ごしのことと
拝察しておりましたが 奥様 入院 手術とのこと びっくりいたしました。
おはがきでは快方に向っていられるとのこと、少し安堵いたしました。心ばかりのお見舞送らせていたきました。いつも心暖まる礼状楽しみでした。さらなる快復祈念いたしております。
北国街道撮り歩いてきました 人の絶えた夜の道 何度往復したことか。
お大事に。 東村山 近藤聰 写真家
☆ 謹 啓
この度も「秦 恒平選集」第二十二巻(中世の美術と美意識)をご恵贈賜りました。お心遣いまことに有難く、衷心より御礼申し上げます。全部拝読させてい ただいてから、と思いながら、いろいろ出来湧くもの思いにさまよっておりました。早々にも御礼を申し上げるべきところ大変遅くなりました。お詫び申し上げ ます。
先生の「中世」観、深くこころにしみました。
「‘‘日本人’’というコンセンサスが、「中世」がはじまり、終わる、その経過そのものの中で確実に達成されて行く。その「中世」に現代の我々がよくも あしくも原点を感じ曙光を望み、知るべきを知り、学ぶべきを学び直そう、と願うのは自然な反応であり、またそれ故にも「中世」観を偏頗に見錯ることは「現 代」をも錯りかねないのである。」(「趣向と自然」第十章「中世と現代」)
法然、親鸞、一遍、道元等の宗教思想に触れながら、彼らが生き抜いた時代背景について、はっきりと見据え、とらえてはこなかったように思います。いかな る時代が呪術的貴族宗教から、民衆救済宗教を生み出したか、「女文化の終鳶」「趣向と自然」と読み進めながら、知らずしらずに思いを巡らしている自分がお りました。まさに彼等はこのような混沌、動乱の苦悩の時代、新時代の草創期を生き抜いたのだと、そしてこの「中世」がなかったら「救い」を見極める宗教思 想はけっして生まれることはなかったろうと、リアルに感じることができました。「親鸞ひとりがためなり」と呻かせ救済の曙光を仰がせた時代、民衆一人ひと りが時代を超越して、「人間」たる自覚に目覚めた時代がまさに「中世」であったと思い知ります。時代が思想を生むという実感のうえに、「中世の美術と美意 識」を読み、浄土思想をもう一度深く読みすすめたく思わせていただきました。深切な論致、座右すべき名著をいただきました。有難く御礼申し上げます。
「湖の本」136巻「枕草子」、137巻「泉鏡花」、有難うございました。
先生の現代語訳では是非「源氏物語」を読みたいと思っておりましたが、今回の「枕草子」現代語訳を拝読して、思いの一端を満たしえたように感じました。
二八六段の「気の許せないもの」は私が所持している岩波文庫本にはなく、新鮮で印象深く読みました。
「拷縄」は憶良の歌で記憶に残っておりましたが、清少納言の思いと重ねて、海女の命綱の厚さ、危うさを感じ、創作の示唆を得ました。小品を書いてみましたが、書いてみると、少納言の表現に比して、情けないことですが非才にして平凡、つまらないものになってしまいました。
こうして改めて「枕草子」を現代語にして読ませていただき、無駄のない簡潔な表現がいかに暗示的で象徴性に富み、しかも時代を超えて決して古びないもの であるかを、改めて感じます。贅言を弄しない簡潔な表現にこそ言語芸術である文学の真髄があるのではないかと、認識します。
詩においても、表現は自ずと簡明にして象徴的であるべきだと、そんなことを考えながら読ませていただきました。
贅言を蔑しながら、只管御礼を申し上げるべきところ贅言を弄しました。
本来読み筋ではない読み方をしてしまったかもしれません。失礼の段はご宥恕のほどお願い申し上げます。
秋らしい秋もないまま、急に寒さが増し、一辺に冬の季節になってまいりました。
奥様ご入院には、はらはらいたしましたが、事なきを得られてご無事に退院されましたこと、安堵、慶賀に存じます。回復期が大切であると伺います、どうぞ呉れぐれもご用心のうえ、ご自愛くださいますよう、心よりお祈り申し上げます。
誠に有難うございました。まずは御礼まで。 早々頓首
平成29年11月24日 八潮 小滝英史 作家
* 今日の作業は終えた。
☆ お元気ですか、みづうみ。
奥さまのご退院でどっとお疲れが出ていらっしゃるように感じて心配しておりました。お二人とも、復調なさるのは来年のことでございましょう。ご無理のないように、どうか充分休養なさってくださいますように。
お心の晴れるようなメールが書きたいけれど、前後左右、上を見ても下を見ても腹立たしいことが多すぎて書けなさそうで、しかも長々愚痴ってお目のご負担になっては申し訳ないと、ご無沙汰してしまいました。
みづうみにメールを書きまくっていたわたくしが、もう沈黙したくなるほど、世の中最低になってきました。ずっとみづうみの作品を読んで、考えて書いて過 ごしていました。ですから、みづうみのメールいただいてとても嬉しいです。 爽 爽かにあれば耳さへ明かに 虚子
2017 11/27 192
☆ 選集23巻おめでとうございます!
迪っちゃん
まだまだ続けられて良かったね!
ひとつの大きな山を越えたあとで、今回は特に感動的でしょうね。
本当に良かったです!!
でもあのお見舞いに伺った日のお二人が、
迪っちゃんは眠り、秦さんはお仕事をされていた
ただそれだけのことなのに、
窓辺のひかりを受けて、一枚の聖なる絵となって私のこころに残っています。
私は何度もその絵をそっと見るのです。
今日も美しい秋の日で、すべてがきらきらしていますね。
私はやっと平熱になり、少し遠い逗子の整形外科にこれから出かけます。
JRの逗子駅の近くですが、そこに大きな魚屋があり、いつもカブトに新鮮なアジやお刺身を買うのが習慣になってましたが…。
どうぞお大切にね。 愛とひかりを送ります 琉 妻の妹
* ありがとう。励ましもありがとう。
あなたも、からだ大事に大事にしてください。元気にまた合いましょう。
☆ ご退院おめでとうございました。
また選集お送りいただきありがとうございます。
月曜日に迪子さんからお便りいただき、今日選集を手にして、あぁ帰ってこられたんだ、と嬉しさを実感しています。
帰られて間もない作業、さぞお疲れだったことでしょう。どうかご無理なさいませんように。ゆっくりゆっくり、ですよ。
東京は午後から一気に冷え込み、と、天気予報でしたが、どうぞお大事にお過ごしください。
本当にありがとうございました。 下関市 碧
* お茶の水女子大図書館、早稲田大学図書館より、選集第二十三巻受領の挨拶在り。
* 永栄啓伸さんから「秦 恒平『畜生塚』をめぐって 伏流する怨念の物語」と題した論攷が送られてきた。
☆ 先生、
ご無沙汰しておりますがお元気ですか。
時に暖かい陽ざしが感じられる日があってほっとします。
遅くなりましたが、奥様のご病気のご快癒、ほんとうに安堵いたしました。
先生も今後あまり無理をなさらず創作活動、出版活動をお続けくださいますようお願い申し上げます。
先には『選集22巻』に続き、「湖の本137巻」をお送りいただきありがとございました。泉鏡花はあのように現代語訳や注をつけていただけると、やっと読めたという実感がいたしました。対談、講演録も興味深く拝読させていだきました。ありがとうございました。
今年3月に書きました「畜生塚をめぐって」、やっと出ましたので抜き刷り同封させていただきます。間口を広げすぎてまとまりのないものになりました。的外れな、失礼な物言いもあるかと存じます。
いま『罪はわが前に』に取り組んでいます。ワープロは壊れ、パソコンもうまく使えず、先行文献の情報も入らずで、またも勝手に、勝手なことを書いています。
ますます寒くなります。くれぐれもご注意くださいますように。 奈良・五條市 永栄啓伸
2017 11/29 192
☆ 選集23 巻
今日夕方、到着しました、大変お疲れの中 早々と送って頂き有難うございました。感謝 。
先の谷崎潤一郎ゆっくりとあじわいながら楽しみました、お蔭で色々と学ばして頂いて有難う御座います。
東山も後半の彩りです、何時もより早く彩りも濃く、黄色が映えているようです。
今年も後1ヶ月に成りました、我が家も 殿の足が良くなってほっとしてます、お互いに、年末まで無事に過ごせる様に願っています。
奥様お大事に 京。北日吉 華
☆ 御礼他
秦様 玉案下
この度は御著『秦恒平選集第23巻』のご恵投に与り、ありがとうございました。今号は「中世」を扱っておられる一冊、これから楽しく拝読したいと存じております。
それにしても日本文学史の全体、それに隅々にまで目を通しておられる秦様の幅の広さと深さに改めて感じ入っております。
アララギの万葉偏重に対して、『古今』や『新古今』に対しても公平に目を配られる秦史観は素晴らしいとかねがね存じておりましたが、今号でその秦史観を堪能でき、これも楽しみの一つです。
また、毎回申し上げますが、装幀・造本・活字に対しても「プロの技」を感じております。
ますますのご健筆お祈り申し上げます。
ご令閨様のご看病、大変なことと存じます。
向寒の砌、切にご自愛ください。 持田鋼一郎拝 歌人・翻訳家
☆ 選集23をいただきました、感謝
『秦恒平選集第23巻、今、中世を再び』を昨日頂戴いたしました。いつもながら、風格異彩を放つできばえです。 早速、昨夜、夜更けまで頁をめくりました。人物、歴史、時代、社会意識を総動員した中世像に引き込まれました。
力と宗教権力の二元的な構造を作り得ず、利休によって主張された「精神の自由」も正統性を得ることはありませんでした。利休の茶の湯は芸事に堕していきま したね。その他の世界でも、家元の権威を確立していきました。しかし権力者の世界では井伊直弼が使用人にまでお茶を自ら振る舞ったようですから、身分を超 えた交わりの場の創出という茶の精神がかろうじて生き残ったことに、私は何かホッとしたものを感じます。中世の精神はまったく絶えたわけではありません ね。
政治権力は精神の自由を抑圧しかできませんが、精神そのものを根本から奪うのは経済です。アベノミックスなるものはその典型ですね。アベにおける精神の貧困の露呈は当たり前ですが、良心の痛みを感ずることのない神経を育てのは、エコノミックスへの拝跪でしょう。
ご著書の書名が主張する「いま、中世を再び」を実践できる基盤がどこにあるのか。課題を与えられたと思います。
天皇制が孕む問題の指摘はその通りだと共感します。ありがとうございました。東北学院大学の図書館に転送します。
ご自愛なさって貴重なお仕事に専心なさいますよう。平安。 ICU 並木浩一
* 三田文学編集部、昭和女子大、日本文藝家協会事務局長からも受領の挨拶があった。
* ロサンゼルスから帰ってみえている池宮千代子さんの電話が、留守にあって、妻が出た。もっとも人工呼吸を余儀なくされていたため、まだ喉もとの不自由でうまく話せなかったろう。虎屋の菓子、また純米大吟醸酒まで送って頂いていた。恐縮。
* 香川の作家榛原六郎さん、みごとに色づいた蜜柑を一箱送ってきて下さった。感謝。
* 京・古門前の「おっ師匠はん」大益貞子さん、帝国ホテルのスープをいろいろたっぷりと送って来て下さった。ありがとう。
2017 11/30 192
* 元朝日新聞社の伊藤壮さん、無垢・特級の「越乃寒梅」二升で我が家の漸くの復帰を祝って下さる。
中学・高校の同窓、元日立の役員西村明男、即ち昔も今もテルさんから、両口屋是清の菓子で妻の退院を祝って貰った。
2017 12/1 193
☆ 昨日選集が届きました。中世!
何故か近世近代より朧げなだけ、より一層好奇心を刺激されて憧れに近いものをもちます。
早や師走、一年の時の早さに驚き胸衝かれます。
十一月はルーマニア・ブルガリアと旅して、その後京都へ。そして明日はシンガポールに発ちます。鴉から、一体どうなっているのと声が聞こえそうですが、 これは、旅とも言えない・・半月ほど「日常」を暮らして孫たちと戻ってきます。正月が過ぎるまでわたしは大忙しでしょう。
少しづつ詩や文の推敲や、絵も、続けています。先日大山崎の美術館で久し振りに有本利夫の絵に会ってきました。現在いろいろ絵に関して抱いている疑問も考えさせられました。自分が描きたいものは何か、それは分かっているのですが。
最期は やめない事、諦めない事に尽きます。
杖をつかなくなったなど、気を引き締めなければならなかった日々から、穏やかな日常へ。当たり前のことが、何気ないことが実はとてもとても大切と、わたしもまた感じています。
くれぐれも御身大事に、風邪ひかぬよう。 尾張の鳶
PS 白楽天、 岩波文庫の二冊も同時に注文していますので、いずれお手元に届くと思います。
(まだ発送したというメールは入っていませんので)
* ありがとう。怪我のないよう、幸せに新年を迎えて下さい。
☆ 第二十三巻
いただきました。ホームページで拝見した限り、たいへんな状況のなかでの刊行で、むその間のご心労お察しいたします。
『日本史との出会い』がすっぽり収まっています、この本は、ずっと私の「愛書」の一冊になっています。知人の原田維夫さんの装幀・さしえもそれを助けています。
私には、秦さんのお作を云々することはもうできません。この頃特にそう思います。ただじっくりと拝読するだけです。
選集をいただく度毎に、まず「刊行に添えて」を読み、そこに秦さんの肉声をお聞きします。巻が重なるにつれて、ことばがきびしくなっているように感じて います。巻々の「刊行に添えて」だけでも一巻を巻くだけのものがあるように思います。お気持ちの強さ、どうぞお気の済むまで続くことを祈っています。
奥様からご丁重なおはがきをいただきました。わずかばかりの気持です。いちいちおことばをいただくまでもありませんのに。ただその筆はこびに、ご容体の 回復がお見受けできるようで、嬉しく思ってます。このうえも十分にご養生なさって元の元気をとり戻されるようお祈りしています。
奥様のご入院中の秦さんの生活ぶり(ホームページによる)は、それを筆のあやとばかり見過せないことがありました。それは、これまで、奥様は、いかに秦 さんが「文学」に専念できるように心を配っていらっしゃったかということです。秦さんの現在があるのは奥様の支え(少しあまやかしすぎと勝手に思うふしも ありますが)があればこそと私自身つくづく思いました。
「選集」も「湖の本」も重いの限り続くことと、お二人のご健勝(平凡なことばですが)を心からお祈りしています。 お大事に 十一月二十九日午後三時 井口哲郎 (前・石川近代文学館館長)
* 私たちには、これぞ「寶もの」のように戴くお手紙である。生き甲斐を覚えながら感激に耐えない。
☆ 嵐山の紅葉狩は
沢山の人で、とても見物とはまいりません。双ヶ丘から仁和寺の塔をながめてひとりたのしんでおります
このたびはご高著をご恵贈たまわりましてまことにありがとうございました。いつもながらのお心遣い熱くお礼申し上げます
「日本史との出会い」のおもしろさは無類でございます、職人の登場の中に「心太(こころぶと)売り」とありまして、辞書をひきましたら、こころはこごるの意、太は薬のこと、とありました。
何も思わずに ところてんはこういう当て字と信じておりましたので、おおと声を上げてしまいました。己の無知に恥じ入るばかり…
ゆっくり勉強したいと存じます、
奥様がご病気と伺いました、一日も早いご恢復をお祈り申し上げます。
まずは右お礼まで かしこ 京・鳴瀧音戸山 川浪春香 (作家)
* 封書に香りほのかにこめ、過分のご支援を今度も戴いた。感謝申し上げます。
☆ 秦恒平選集 第23巻』を
ご恵贈頂きありがとうございました。今回の「いま中世を再び」、大変魅力的です。
今回の「いま中世を再び」、大変魅力的です。
私は、ヨーロッパの中世については、中世哲学を学ぶことで幾分文献も読んできたのですが、日本の中世についてはほとんど学んだことがないので、この巻はその意味でも貴重です。
『日本史との出会い 中世に学ぼう』
子どもたち以上に大人が読むべき本ですね。私も含め多くの人たちは受験のための日本史で、秦先生が説かれるような学び方をしてきていませんから。
“人間のいない時間と空間は歴史といえない。歴史から学ぶとは、そこで生きた人間の思いを学ぶのです。” 共感しました。
かつて、歴史観については、E.H.カーの『歴史とは何か』に多くの示唆を得ま
したが、秦先生の上記のお言葉に相通ずるものを読み取りました。
因みに、高校では、世界史は上原専禄先生の教科書だったので、楽しく有意義に
学ぶことができました。受験も世界史を選択しました。
生まれ故郷の栃木市に墓参りに行って参りました。近龍寺というお寺で、山本有三のお墓もあります。故郷の山、大平山にも登ってきました。
紅葉が見頃でした。 篠崎仁
☆ 拝啓
比較的に温暖な冬日が続いていますが、お変りなくお過ごしのことと拝察致します。奥様が御入院中の由、早い本復をお祈り致します。
この度は「選集第23巻」を御恵投下さり寔に有難うございました。
別便にておみかんをお送り申しましたので、御笑味下されば幸いです。
好い御年をお迎え下さい。 高本邦彦 元・岩波書店「世界」編集部
☆ 早速
「日本史との出会い」読みはじめました。
”中世に学ぼう”との思いが湧いてきました。好い機会をいただきました。 藤原龍一郎 歌人
* 藤原さん、手厚いご支援、感謝申します。
* 橋田二朗先生のお嬢さんから、「美濃吉」のご馳走を頂戴した。恐れ入ります。
* 文化出版局の中野完二さん名酒「やまと櫻」を下さる。
☆ 平成29年11月28日
国立国会図書館 受領書
西東京市 秦恒平 様
このたびは、下記の資料を御寄贈いただき厚くお礼申し上げます。
御寄贈いただきました刊行物は、広く公共の利用に供するとともに、国民共有の文化的資産として永く保存してまいりたいと存じますので、今後ともよろしくお願いいたします。
なお、下記にある資料も含め、御寄贈いただいた資料については、当館での作業終了後に「国立国会図書館蔵書検索・申込システム(NDL-OPAC)」で検索できるようになります。
作業途中のデータが受領書発送後1週間程度で検索可能となりますが、この時点ではデータに誤りが含なれることがあります。すべての作業が終了するには概ね1か月前後かかりますので、御了承ください。 .
資料を御寄贈いただいた際に当館が取得した情報は、当館の収集業務のみに利用し、他の目的のために利用することはありません。 ′
今後も国立国会図書館の活動に対し、御支援、御協力を賜りますようお願い申し上げます。
記
秦恒平選集 第二十三巻 1冊
* 他に、国会図書館、東大大学院、山梨県文学館からも、鄭重に選集受領の挨拶あり。
2017 12/1 193
☆ 空港で
シンガポールへの搭乗口にいます。
先月ルーマニアに行く時は成田からでした。
お互い、生きているのですから、生かされているのですから。感謝します。
お元気にお過ごしください。 尾張の鳶
* 藤森佐貴子さん(島津忠夫さん遺族)からご馳走を戴く。
すさみ市の妻の従弟からも、海の幸を戴く。
中学高校同窓の横井千恵子さん、京の漬け物をいろいろ戴く。
* 予想した以上に、「尾張の鳶」にもらった『白居易』上下巻が、嬉しい。漢詩集というと律詩とか絶句とかに分類されているが、編輯校閲された吉川幸次 郎、小川環樹両碩学は、上巻に、詩人自負自選の「諷喩詩」百二十首余から、我が平安朝の詩歌を多大に感化した「新楽府」五十首を置き、下巻には諷喩詩中の 「秦中吟」三種を冒頭に抜き、次いで「閑適詩」「感傷詩」を並べ選し、ついで「律詩」の多くを選抜して、最後に年譜を添えられてある。
胸の内を清みやかに洗われるほどの感興を誘われ、幸福感に打たれる。有り難し。まことに有り難し。
漢詩と聞くだけで閉口する人があまりに多く、正直の所、漢詩が好きで座右から手放せないなどと云った人に出会ったことがないのだが、清冽これに過ぎるも のを多くは知らない。和歌、俳句、歌謡、そして漢詩は、わたしの日々のよろこびを成し呉れて歳久しい。有り難いと謂うに尽きる。
☆ 鏡に感ず 白楽天
美人 我れと別れしとき
鏡を留めて匣中に在り
花顔去りてより
秋水に芙蓉無し
年経て匣を開かざりしに
紅き埃りの青銅を覆へる
今朝 一たび払ひ拭ひて
自づから顦顇の容を照す
照し罷わり重ねて惆悵す
背に双つの蟠れる龍有り
「双蟠龍」の艶めかしさ、春愁遙かに、老愁はひとしお。
☆ お変りございませんか
このたびは御著『湖の本』(137 泉鏡花)に続きまして、秦 恒平選集第二十三巻御恵贈頂き、ありがとうございました。
中世の文化や文学に触れるような日常を送っていないものですから、眼から鱗の境地でして、秦山脈が立ち上がってくるのを感じさせられています。
いつもながら、大きな刺激を受けさせて頂いています。 鎌田慧 評論家
☆ 「秦 恒平選集」23巻を
お送りいただきありがとうございます。
『日本史との出会い 中世に学ぼう』は、未熟者なので 中学生に戻ったつもりで勉強させていただきます。
その後 奥様のお身体の方はいかがでしょうか
これから益々寒い季節ですので ご無理のないようにお過ごしください。
常温で保存が可能な鯛茶をおくらせていただきました。 島津忠夫先生ご遺族
☆ 選集23巻の
ご出版うれしいことに存じます。
ご療養中の奥さまのご快癒をお祈り致します。 高松市 星合美弥子
☆ 前文ごめん下さいませ。
昨日、ご高著『秦恒平選集』第二十三巻をご恵送いただきました。このたびは、思いがけずご高著を拝受する栄に浴し、何と御礼申し上げたらよいかわかりません。まことに恐縮至極に存じております。ありがとうございました。心より厚く御礼申し上げます。
近代文学を勉強している私が、何故先生のご高著を頂戴したのか不思議でたまりませんで、「刊行に添えて」を拝読し、医学書院にお勤めだったことを存じ上 げました。同社の長谷川泉先生には、私の恩師井上百合子先生のご縁で、大変お世話になり、お写真を懐かしく拝見敦しました。
また、私は、先生の漱石 「こころ」 論を拝読し、授業で紹介させていただいたことも懐かしく思い出しました。
今、「秀吉と利休」を書いた野上弥生子の解説を書かなければなりませんこともあり、いただいたご著書の中の 「日本史との出会い」 の 「永遠の葛藤《豊臣秀吉と千利休≫」大変興味深く拝読させていただきました。
お礼にもなりませんが、拙文が入っているものをお送りさせていただきます。お暇な折に、ご笑覧いただけましたら、幸甚に存じます。
取り急ぎ御礼まで申し上げました。いよいよ師走に入りますが、くれぐれも御身ご自愛のほどお祈り申し上げます。 敬具 宏
* 同志社大学図書館 立命館大学図書館 東京都立中央図書館からも、選集受領の挨拶が有り。
2017 12/2 193
☆ 真冬日
hatakさん
奥様ご退院後、お加減はいかがでしょうか。お一人の危機数日間をサバイブされ、ほっとしまして、何か滋養のつく食材でもお送りしようと思案しておりまし たが、家内が調理に手間のかかるものは却ってご迷惑というものですから、今は考え中です。多分速やかにカロリーが摂れる液体(お酒)になるのではと考えて おります。
秦恒平撰集第二十三巻『いま、中世を再び』をお送り頂きありがとうございます。
「刊行に添えて」は「『受け手』の感受性が茶の湯、文学、演劇、人生で問われている」で結ばれていました。研究も まったくその通りだと思いました。
今年は冬の訪れが早く、札幌は師走に入る前から真冬日が続き、雪もどうやらこのまま根雪になりそうです。インフルエンザも流行ってきております。お二人がお健やかに年越しを迎えられますことをお祈りしております。 maokat
* ありがとう、maokat さん。友の「存在」をいかほど距離はあろうとも体感できている幸せを、しみじみ思います。年々歳々、そう実感します。
* 能美市の井口さんも選集の跋に触れて下さっていた。身の内に散点している火薬のような熱源が弾ける気持ちで、「あとがき」し、述懐している。
* 高麗屋さん、毎年の年越し蕎麦を、青やかに新鮮な本山葵も添えて、下さる。
ご一門の耀く新年初春の三代襲名と相成りますよう、心より心より祈ります。
* 猪瀬直樹君が、日本史「語り」で顔を売っている若い歴史家との、明治維新を語るらしきPHP対談本を、例の達筆で署名し、送ってきた。猪瀬君へ、選集今回の「中世」巻を送っていなかった。失敬した。
2017 12/3 193
☆ 第二十三巻の御礼
寒さひとしおの今年の冬ですが 奥様のお加減 また先生の御体調いかがでしょうか
本日 出張から帰り 第二十三巻 目をとおさせて頂いております 本当に有難う御座います
道誉の墓参りは たまにしております
先日来 京都博物館にて41年ぶりの国宝展見てまいりました 4期に分けて展示が変わりますが2期のみ行きました 連日 長蛇の列で三度ほど入口で諦めました
井戸茶碗喜左衛門は何度観ても良いです 若い頃は初代から四代までの楽がいいと思ってたのですが
染織に 石擦りという技法が有りまして 少し荒い紬布を擦って味をつけます 室町時代の染法と言われてますが 江戸の美意識とは違い 明治から復活しています まさしく茶人好みの風合いです
日本人の美意識は本当に凄いと感じることだらけです
御体調ご快復お願いします
祇園新門前で過ごされたよし 是非 お加減の良き時 京都へお越し下さい
京 帯の 山口源兵衛
☆ 秦さんへ
お二人の日常に戻られたこと 心よりおよろこび申し上げます。
この度は またまた
『秦 恒平選集第二十三巻』を戴き 誠にありがとうございます。
学童疎開で本など無く 「眩しい少年」では全くなく 「裏を支えた」その他大勢にも入れなかった少年にもどり 一生懸命 読もうと思います。
『湖の本エッセイ 18 19 中世と中世人(一)(二)』も机に並べました。しばらく かなり 中世 で暮らせそうです。
重ねて熱く御礼申し上げます。
寒くなりました。くれぐれもお大切にされて下さい。 敬白 勝田 拝 千葉市
同封は(折り紙です 卓上ごみ箱にもなります 老人ホームでおぼえました。)
☆ 今年も
年の瀬をむかえ、朝夕めっきり冷え込むようになって参りました。「秦 恒平選集」第23巻、届きました。ありがとうございます。
いつか、再読を、と思い続けていた「日本史との出会い 中世を学ぼう」 年末の楽しみです。
奥様が、療養中とのこと 早いご快復を願っております。
先生も、体調を崩されない様お過ごしください。 木村 今治市
☆ 奥様(快復)
本当によかった。何より嬉しいことです。どうかどうかお大事に。
今、中世の「村」と取り組んでいます。
いずれ ゆっくり、時折、近況報告を致します。 東近江五個荘 川島民親 作家
☆ 選集第23巻
拝受いたしました。 ご退院早々の荷造りは、お疲れになったことでしょう。先生も奥様も、日々お大切に。
「日本史との出会い 中世に学ぼう」を、中学生の昔に返ったような、ドキドキ、ワクワクした気持ちで、読みはじめました。ふりがとうございます! 渋谷区 佐藤宏子
☆ じっくりと
味わせていただきます。
御二人とも お体 気をつけて下さい。 愛知知多郡 久米則夫
* 川島民親さん、久米則夫さん、佐藤宏子さん、花巻市の及川恵美子さん、品川区の本間久雄さん、多大、過分のご支援を有り難うございました。
* 神奈川近代文学館からも選集23受領の挨拶があった。
2017 12/4 193
* いやなこと、ばっかりの中で、高麗屋三代襲名は二度目の盛儀、こころより祝してお祝いを贈った、十一月顔見世を観られなかったのは惜しかったが、ぜひ、体調を整えて一月、二月の襲名興行をこころよく祝い、かつ楽しみたい。
2017 12/5 193
☆ お元気ですか、みづうみ。
奥さまのニトロのお世話になったこと、本当に心配いたします。ご年齢的にも体調不具合はしぜんな流れとはいえ、どうかうまくやり過ごしてくださいますよ う 切にお祈りいたします。ご自身がお薬をペンダントに下げて常に持ち歩いてくださいませんか。そもそもきちんと診察していただく必要もありましょう。ど うかご検討ください。ご無理なさいませんように。
寒いのも心臓によくありませんので、暖房をお家全体に、特に廊下、トイレ浴室洗面所などにも効かせてください。
義妹さまがお見舞いにいらした時のことを、「でもあのお見舞いに伺った日のお二人が、迪っちゃんは眠り、秦さんはお仕事をされていたただそれだけのこと なのに、窓辺のひかりを受けて、一枚の聖なる絵となって私のこころに残っています。私は何度もその絵をそっと見るのです。」と書いていらっしゃいました。
みづうみの選集は あとがきに至るまで極上の文藝で「受け手」冥利につきます。
毎日お大事になさってください。 鴨 鴨の中の一つの鴨をみてゐたり 虚子
* 心配かけないようにしましょう。
2017 12/5 193
☆ お忙しい中、
メールいただきありがとうございます。
秦さんの日録拝見しております。「日々精一杯,懸命に送り迎え」が伝わります。
奥さんの快癒ほんとによかったですね。
「安倍9条改憲NO!憲法を生かす全国統一署名」を仲間と取り組んでいます。
なんとか生きながらえて、仲間を増やしたいです。護憲・反核・非戦・反基地の仲間を!
西村明男 中学・高校同窓 元・日立取締役
* 有りがたいと思う。
* 選集第二十四巻大冊 全「責了」紙を送った。
☆ 選集の
順調な刊行 おめでとうございます。 梅原猛
☆ 略啓
その後 奥方様のお加減如何ですか。御本復なされば 又 お誘ひします。
「選集二十三巻」有難く頂戴しました。 道譽については以前より深い関心を抱いてをり 改めて共感を覚えつつ再読しました。
年末 切角御自愛を祈り上げます。 不一 寺田英視 前・文藝春秋専務
☆ いつも
御高著を有難うございます。 西垣通 東京大学名誉教授
☆ ご本嬉しく頂戴いたしました。
有り難うございます。ゆっくりじっくり読ませていただきます。
それが一番のお礼になると思っております。
お二人ともどもお体どうか大切になさって下さいませ。
(千疋屋総本店 林檎「サンふじ」五顆)
召し上がっていただけたら嬉しいです。 鎌倉市 橋本静一・美代子
* 林檎の大きいことに、びっくり。感謝。先日は真岡市の渡辺佳寛さんに頂いた苺のみごとら大きくて美味しいのにもビックリした。
2017 12/6 193
* 東近江五個荘の乾徳寺さん、正因寺さんからは、京都「末富」などの名菓を、たくさん頂戴。恐れ入ります。
☆ 珠玉の作品をいつも有り難う存じます。
湖の本136「枕草子」で 学研の『現代語訳 日本の古典』の企劃を知り、その執筆陣容を見て驚嘆しました。文学方面に疎い私にもすぐ分かるお名前、こ のような方々を擁した企劃をりアルタイムでは知らなかったことを、今更に驚いています。『枕草子』では、山寺で産まれ育ちました私には「冬は、つとめて (早朝)」の下りが受験勉強の頃にも印象深く残ったのを思い出します。
全体を通してサラサラと楽しんで゙読め、文法などにこだわらざるを得なかった受験時代の読書は一体何だったんだろうと不思議に思いました。先生ご尽力の精華を拝読していることを心に沁みて思いました。
末尾の文に、『枕草子』が定子皇后のサロンで産まれた賜物かと書かれています先生の独特の感性と女性観を感じさせて頂いたと思いました。
寒さに向かいま どうか御自愛専一に願い上げます。 頓首敬白 乾徳寺 中野正堂合掌
* 島尾伸三さんから、尊父島尾敏雄さんの『琉球文学論』を戴いた。多摩美大での講義録に島尾さん自身で半ばまで校閲されていたのを、以降仔細に検討して刊行に至ったという。
☆ 秦先生、ご無沙汰致しております。
ご立派な選集をまたも頂戴して恐縮で、大感激しております。しかも興味津々の「中世」。
佐々木道誉は立花に優れ、香木の大コレクター。
かれこれ三十年前、名香の席で、道誉所持・附銘の「暗香」をたきましたが、上がってしまって、香木を灰の中に落としたことなど、懐かしく思い出しました。
「暗香」とは闇に香る、つまり白梅のこととききました。たぶん銘の出典は漢詩からだと思いますが、不勉強でわかりません。ただすばらしいかおりだったことだけは覚えています。
道誉のことはまだまだ知りたいので、楽しみに拝読させて頂きます。
今、16日に名古屋の芸術創造センターで上演されるコラボレーション「桃太郎」に関わっていて、忙しくしていますが、此のご本を手にするとそれどころではない気がして参りました。とても嬉しいです。有り難うございました。
いつも変わり映えがしませんが、和久傳より「西湖」と、蕪のお漬け物少々お送りさせて頂きました。週末にはお手元へ届くと思います。
奥様、体調はいかがでしょうか。お揃いで、くれぐれも御身大切に。 水谷三佐子
* 茅ヶ崎の吉川幹男さん、巻中の「ちくま少年図書館」版『日本史との出会い』楽しみです」と。
* 日吉ヶ丘高校同窓の川口昇君から長文のお手紙を貰っている。心静かに読みたく、明日聖路加眼科の受診に出向く往復に読ませてもらう。
* 亡くなった江里佐代子さんのお嬢さんが、また自身の截金展を、十三日から日本橋三越でと、案内がきていた。
2017 12/6 193
☆ 木のま隠れの月が、枕もとまで光をとどけるとき、
先生の御本を「よみ続けていたい」と思うけれど…
今年いちばん、月があかるく大きく輝いていたころは、人の思いをのせて、様々にたくさんな品々が世間をゆき交っていたころに重なっていたので、仕事がらとても忙しく、よみ進めることができませ
んでした。
昨日ようやくお休みで、陽の光のもとでも時を忘れてよみましたが… 知らず寝いった夜更けに、月の光に起こされて目覚めてからも しばらくは、時も所も人であることも忘れてよみ入りました。
いったい、先生の文章にひき込まれると、帰って来るのがむずかしくなるのです。其処は、私にとってとき放たれて「游ぶ」場所。身をおいて無理のない所なので、そこに「居続けたい」と思ってしまうのです。
五日前に、ご恵贈いただいた御本を、こころ游ばせよみました。
私にとって先生の文章をよむということは、たとえて言うならば、「湖の水面におちた雪のかたまりが、美しい文体にふれ、書かれた内容を感じてとけてゆく」 そんなふうに思えるのです。
此処、京都で暮らしていれば「湖」とともにあると同じです。
朝おきて手をあらい、湯を沸かして茶をいれる。
凍らせたアイスキューブも、冷えた身体をあたためる湯船のなかも、どれもみな琵琶湖の水なのです。
京都に暮らしはじめて、ようやく落ちついた理由。
それは、毎日のむ白湯も、お茶も、私の身体のなかの何割かが「湖」なのだからと感じられるからです。
身を此の世において、生かされているのだから、「中世」の親しい人々の声をきき、思いを感じてゆくのが大事。その声と思いとを、きいて感じてゆくだけで はなく、きたる明日をより明るい日としてむかえよう、切り拓こう、という姿勢を支えるエネルギーとしてゆくのが大事と、思えるようになってきました。
先生の御作を読ませていただく機会を頂戴し、感謝しております。
昨日、出町柳でバスを乗り換えたとき、寺の門前にたつ二十四節気の墨書が 通りを隔てて読めました。「橘はじめて黄ばむ」 まもなく「大雪」 寒さもひとしおでございます。
くれぐれも、ご無理なされませぬよう。ご無事でお過ごしになって下さいませ。奥様のお具合もますます良くなられますように。 祈っております。 京・鷹峯 百 拝
* お元気に、生彩豊かな日々をと、健康もともども願っています。
☆ 秦 恒平様
先生の選集第二三巻を御恵贈いただき ありがとうございました。
奥様 御療養中の由 早いご回復をを祈念いたします。
十二月に入り 店が忙しくなりましたが 商人にはありがたいことです。
今月のうちに クッキーを送らせていただきます。
御身御大事に 道子 千代田区一番町
☆ 選集第23巻
ご出版おめでとうございます!
これからもおふたり揃って お元気で
出し続けていかれますように心からお祈りしています。 琉 妻の妹
* このたびも手厚いお見舞いにまた重ねて 選集へも多大の応援、本当にありがとう。心より感謝します。
☆ 奥さまのお加減はいかがでしょうか。一日も早いご快癒をお祈り申し上げます。
今回の選集の「中世」 私の中では難しい時代ですが『日本史との出会い 中世に学ぼう』のお話は、わかりやすく説明下さって興味深いものでした。歴史は、過去のできごとでなく、今がくり返されて現在までつながっている……納得できました。 静岡市 鳥井きよみ
* 嬉しいお便り。過分のご支援もいただきました。浦和の出田興生さん、中野区の安井恭一さんからも手厚いご支援。有り難う存じます。
2017 12/7 193
* 「尾張の鳶」さん、中国詩人選の『白居易』上下巻に次いで、岩波文庫版、川合康三訳注『白楽天詩選』上下巻を送ってきて下さった。字も大きめで読みやすい。感謝、感謝。
祖父譲りの『選註 白楽天詩集』もあり、これでほぼ完璧に白楽天世界に親しめる。
岩波文庫で、さきには松枝茂夫・和田武司訳注の『陶淵明全集』上下巻も「尾張の鳶」に戴いており、祖父が遺してくれた古本『唐詩選』も『古文眞寶』も手近にそろっているので、漢詩世界は十二分に楽しめる。漢詩が、平安和歌と並んで、ますます心親しく思われる。
☆ 『秦 恒平選集』第二十三巻
実に久々に学生にかえった気持で、「中世文化の源流」や「中世に学ぼう」などを拝読させていただきました。感無量でした。感謝致します。 教えられること絶大です。
こういう読書が いかに硬化した頭にとって大切か思い知らされました。
いよいよ歳の月、寒さきびしい中、切にご自愛を祈ります。 草々 色川大吉 思想家・歴史家
☆ 『秦 恒平選集 第二十三巻』拝受
まずは『日本史との出会い』を拝読、これは名著でした。(批評家の=)安田武さん(若い頃随分と御世話になり、祇園にも何度かお供しました。秦さんは苦 笑なさるかもしれませんが、大の京都好きでした。)ではないけれど、こういう歴史を若年にして学んでいたら、歴史感覚が身の内に入っていたことでしょう、 むろん、今老いて読んでも刺激的で豊かな本です。中世の意味合い、そらに日本の歴史の流れが、この四組八人をキーにして総体として開示されてきます。教科 書的羅列ではなく、ふくらみをもった高度の学び。これを読んだ中学生はいまどんな大人になっているのでしょう。吉野さん(=ノーベル賞作家?)の『君たち はどう生きるか』が話題になっていますが、この本をもし絶版なら是非復刊してもらいたいものです。
秦さんの土台は平安、女文化かと思っていましたが、浅慮を恥じています。これから順次拝読するつもりです。
ありがとうございました。どうぞお身体お大切に。 天野敬子 元・講談社出版部長
* 嬉しい励ましを戴いた。
☆ 拝復
はや寒波到来 ふるえあがっております。東京はいかがかと案じております。奥様ご療養とうかがい早いご快復念じております。「秦 恒平選集」第二十三巻ご恵与たまわりありがとうございます。限定私家版いただくご縁光栄 せめてよき伝搬者たらんの思いはあるのですが、なかなか果たせず ふがいないことです。
刊行時評判の「日本史との出会い 中世に学ぼう」 全編貫いて 人の下に人を作らず、人の上に人を作らずに裏打ちされ、歴史に学ぶとはこのことと感服したこと思い出します。学生ともども大いに鼓舞されたのですが、ますます下落の途たどるかの現状、茫々四十年です。
実は、六波羅蜜寺からの帰途、異界に迷い込んだかの思いで足早に立ち去り再び訪れることなく、余人はさておき、見て見ぬふりのわが身の罪深さ引きずっております。天皇の名の下の悲劇の数々。伯父は戦病死です。
ご看病多忙のおりくれぐれもお大事に。
通院待合室で古い歳時記冬の部に入営の季語を見出しました。
秋病むや妻添ひくれて比翼読み
かわりばえせず恐縮ですが (稲庭=)うどん少々お送りしました、 草々 信太周
* くれ秋を病む妻の手のちひささよ 遠
* 世田谷の川柳作家速川和男さん 和歌山の朱心書肆主人三宅貞雄さん、金澤の作家金田小夜子さんから手厚いお見舞いを頂戴した。感謝。
* 凸版印刷株式会社、例年の大きいカレンダーが届いた。今年の画家は小倉遊亀だったが、さ、来年は誰かな。奥村土牛。楽しみ。
2017 12/8 193
☆ ご壮健で何より
この年齢になれぱ、回復して退院出来るラッキーな老人は少ないと聴きますよ。
最近 膝に少し痛みを感じて散歩控えています。
車椅子になるや アッと云う間に永遠の別れとなった親友、ゆりちゃん(弥栄中学の同窓)が反面教師です。
今日は好天、久々に 近くのグリーンロードを歩きたい気分。 花小金井 泉
* 四国今治の木村年孝さん ソフトボールほど大きく美しいお蜜柑「媛まどんな」を一箱も、また神戸の岡田昌也さん、貴重な粒雲丹の一瓶を、新潟光明寺の 黄色瑞華さん北越のお蕎麦を、京の杉田博明さん千枚漬け一樽を、名古屋の水谷三佐子さん和久傳の漬物や粽などをいろいろ、頂戴した。恐れ入ります、有り難 く。
* 求婚満六十年の前夜祭を「吉備の人」に戴いた名酒「獺祭」、神戸の岡田昌也さんに戴いた越前仕立て「汐うに」、京都の横井千恵子さんに戴いた千枚漬、そして名古屋の水谷三佐子さんに戴いた和久傳れんこん味の粽で、祝った。美味。
ともに八十一歳、わたしはこの冬至に、満八十二歳になる。
明日は日曜、あえて外出せず、家で静かに六十年の歳月に感謝し、妻の快復を重ねて祝したい。
* 誰も誰も、元気に幸せでと祈る。
2017 12/9 193
* 画家上村淳之さん、ご自身の花鳥画との書家の書との競艶カレンダーを送って下さり、加えてやはり書家たちと画家達とで成されたカレンダーも併せて戴いた。来年の部屋、部屋、写真家甲斐さんから届いているカレンダーもあり、楽しみなこと。
妻と、新宿河田町で新婚の頃は、カレンダーが手に入らなくて、買う余裕もなくてかなり困惑した。会社へ出入りの印刷所や製版所の営業さんらに頼み込んで、例年一つ二つを辛うじて手に入れていた。
* 小滝英史さん、名酒「松竹梅」を豪勢に二升下さった。凸版印刷の古城進工さんからは恰好のお肴をたっぷり頂戴した。有り難いこと。
2017 12/10 193
* 井口哲郎さん、大福茶、加賀棒茶を下さる。十二月はわたしたちの祝い月とよく知っていて下さる。嬉しいこと。
2017 12/11 193
* 作家の森詠さん、読者の藤田理史くん、来信。
2017 12/11 193
☆ 2017-12-11 秦 恒平 様
拝啓 ご著書(選集第二十三巻)をお送りいただきありがとうございます。
(夫君長谷川先生=)泉が亡くなりましたのが2004年ですから、時の経つのは早いものです。
12月10日が命日で、墓は千葉県の松戸の八柱霊園にあります。いつも命日には行くことにしておりますが、今回は頂きましたご著書を持って行きました。
頂きましたご著書は仏壇の前に置いてありますが、やはり墓前に報告するのが一番と思いました。泉も医学書院からの文学者の誕生をさぞ喜んでいるのではないかと思います。写真を撮りましたので同封させていただきます。
選集を作るというのは大変な仕事だと思います。泉も晩年、かなりの精力を割いて自分の全集を編集しておりました。いつも夜遅くまで作業をしておりましたのが思い出されます。
お体の方はいかがでしょうか。
だいぶ寒くなってきましたので、くれぐれも健康にはご留意ください。 長谷川洋(泉先生ご子息)
* 有り難う存じます。
* 医学書院社長金原一郎、編集長(国文学者)長谷川泉は、まこと傑出した人物であり恩人であった。お二人とも私の仕事をほんとうに喜んで下さり励まし続けて下さった。
金原社長は、全社員がふるえあがるほど厳格で怕い社長だったが、入社以来、退社の日まで、わたしは只一度も叱られたり怒られたりしなかった。太宰賞授賞 式状へもそれは嬉しそうにお出でになった、あんなににこやで楽しそうな社長、社内ではだれ一人知るまいとすら思われ、わたしも無上に嬉しかった。退社後 も、折に触れてお声を掛けて下さり、井上靖さんらと作家代表で中国へ招待されたときも、わざほざ長谷川さんをお使いに餞までを頂戴した。「秦 恒平君」と署名して、これを最期の時の写真にするよとポートレートを戴いたのが今も手元に在る。
いろんな人と出会ってきたんだ、しかし別れてもきたんだと、静かに顔を伏せる。
2017 12/13 193
* この機械で久しく楽しんできた音楽が、まったく聴けなくなった。「音」が一切消え失せてしまった。末期症状が露わになってきたか。
不正・不良メールは露骨に来るが、一切受け取らない。万一、しかと把握できなくて知友からのメールで有るかも知れぬものも、確認できそうにないメールは、過剰なまで、受け取らないと決めている。
2017 12/13 193
* 毎日、お花やお菓子やお茶やお酒や食べ物を頂戴し、ほこほこと温かい気持ちで感謝し申し上げています。正直に喜んでいます。
2017 12/14 193
* 藤村研究家宮下襄さん、わたしに泉鏡花の仕事をさせて下さった、もと学研の宮下さん、お心入れの「ころ柿」をたくさん送って下さった。
京・有栖川の久しい読者桐山恵美子さんは、ずっしり重い、どうやら瓶詰めいろんなご馳走らしきを送って下さった。まだ荷を明けていないが。
宮下さん、桐山さん、ありがとう存じます。
2017 12/15 193
* 世界ペンの専務理事堀さんからお歳暮を戴く。恐縮恐縮。久しくお目に掛かっていない、さぞお忙しいでありましょう。お大切に。よい春を、迎えたいですね。
2017 12/16 193
☆ 無事(シンガポールより)
帰国しました。
みな風邪を引いたり何かと忙しいですが、新しい歳に向けて思うこと頻りです。
白楽天の本、どうぞ楽しんでください。
元気にお過ごしください。
取り急ぎ。改めて書きます。 尾張の鳶
* 親子孫、世代を重ね賑やかなお正月を迎えられるのだろう。羨ましい。
☆ また御礼のお返事遅れました。
選集『いま、中世を再び』ご恵贈いただき有難うございました。
「中世」という時代に強く惹かれています。まったく何も知らないというのが本当です、だから余計に、これまでも重く暗い森を遠くから見ているように、気にしていました。ゆつくり読んでみたい、ゆつ
くり考えてみたいと思いつつ、ぼんやり遠くを見つめるばかりです。
それでもあの遠い時代に心引かれます。ご本の重い言葉の一つ一つに心が引かれます。
藤村の 「芸術と実行」 という講演に出て来るドストエフスキーの「一文学者の手記」を読もうと、分厚い全集の「作家の日記」を借りてきました。多分7・5ポイント(6号活字)の、上・下巻、千何百
ページを読めるのかどうか、難行苦行三週間で二百数十頁だけ進みました。この作家がこの「手記」に託した思いがいくらか分かつたように思いましたが、さらに読み進むことはこれも気の遠くな
る思いです。
いつも拝見していて、きついお仕事を続けていらつしやる。どうぞくれぐれもお気をつけてと念じます。
奥様のご退院も安堵しています。
いつものものですが、甲州の枯露柿、お送りさせていただきます。今年はよくできたようでした。召し上がっていただければ幸いですが、強い粘着性のあるも のですし、硬すぎるかもしれません。薄くスライスしていただけたら召し上がれるのではないかと、余計なことですが思っています。
私も夏の七月から歯科医に通い続けて、まだ終わりません。八十年の歳月を思うばかりです。
気の付かないうちに十二月、今年もわずかになりました。繰り返しますがどうぞお大切に。
年末のドタバタの中で忙しいお返事になつてしまいました。またいつかお手紙書きたいと思っています。
(今年はあの十二月八日も、気づかぬうちに過ぎていました。)十二月十三日 宮下 襄
* 詩人の文章は、簡潔に美しく、清んで流れるせせらぎのように嬉しく読める。
☆ 前略 ごめん下さいませ
寒い日が続いております。
今はすっかり落ちた櫻葉の 仄かに漂っていたかをりもどこかに消えて行きました。
少しずつ少しずつよませていただいております。
御本 ありがとうございました おん礼申し上げます。
奥様のお身体 いかがでいらっしゃいますか、
先生ともども ご自愛下さいますように かしこ 京・有栖川 桐山恵美子
* この方のお便りも、いつもほのかにお住まいの風情をゆかしく届けてきて下さる。
* 帝国ホテルのクラブ、例年便宜している来年度のダイアリー手帖を送ってきて呉れた。なんとなく、ほっとしている。
今日は、來新春に十代目松本幸四郎を襲名する現・市川染五郎君も例年自家製の新年写真カレンダーを送ってきてくれた。
☆ 先ず
悲しいお報せをせねばなりません。
杉田博明氏が亡くなられました。十五日が本葬です。
いつも御著書お送り頂き有難うございます。
京都の冬の味少々別便にて送らせて頂きます。御賞味頂ければ幸です。 洋画家 池田良則
* 深く頭を垂れる。元京都新聞社の記者でエッセイストとしても著名によい仕事を多く遺された杉田博明さんは、なによりも、この私に朝刊のしめんを明けて 連載小説『親指のマリア シドッチ神父と新井白石』を書かせてくれた有りがたい人。池田良則さんは、この杉田記者の紹介で朝刊の連載小説に挿絵を担当して くれた若き画家であった。お祖父さんは文化勲章の池田遙邨画伯。
ホオーッと吐息している。時世はイヤも応もなく動いて行く。この体調では葬儀にも馳せ参じられない。心より感謝を捧げつつご冥福を祈る。わが「点鬼簿」らまた一人を加えねばならぬ。
☆ (前略)
村田珠光の「我慢、我執」が第一悪としているのに「拡大解釈」が「利く」という御指摘は今日の風潮を鋭く指摘していらっしゃいます。妙なご縁で、私は観 世榮夫さんとおつき合いがありましたが、「大きな混沌」という御感慨にも深く共感致しました。 (略) 一層の御健康、御健筆を心よりお祈り申し上げま す。 元・新潮編集長 坂本忠雄
* 二十三巻の跋「刊行に添えて」はいつもより分量も内容も一本立ちの論攷、エッセイとして気を入れて書いている。此処へも挙げてみたいのだが、長いので、また折りを見よう。
☆ 今年も残り少なくなりました
お体の具合いかがでしょうか 先日はご丁寧なお葉書 又 奥様からも 秦 恒平選集二十三巻うれしく拝受いたしました、
先日の眼の検査結果は 右眼もう文字読めない、左眼を大事にということでした。そこで(このハガキ一面)のことを思いついたのです。
せわしない暮れのひととき、東村山の地酒をちびりちびり味わってみて下さい。
来春二月末 五個荘を訪れてきます。
お願い、もしバラでの購入が可能なら 秦 恒平選集第一巻と第七巻を購読したいのですが。正月に みごもりの湖 罪はわが前に を豪華本で読むという贅沢もしたいのですが。
支払い方法等よろしくお教え下さい。眼の具合いさえよければ継続したいのですが とぎれがちでもと悩んでおります。 東村山市 写真家 近藤聰
* 少部数限定の非売本だけれど、愛読し、また保存無いしいい嫁入り先を用意して頂ける方には、残部さえあればご提供したいと思っている、私の手許にお いても、畑ちがいな息子の手元に残しても死蔵に同じいので、熱心ないい読者やいい施設へはむしろ送り出したいと願っている。
☆ 拝啓
色鮮やかな秋はあっという間に通り過ぎ、冬が寒さを伴ってやってきました。
この度は「秦 恒平選集 第二十三巻」をご恵贈賜り誠に有難うございました。
美しい装丁の作品を再び手にすることができ、感激いたしております。
暫く家を留守にしておりましたため、拝受の御礼が遅くなりましたこと、お詫び申し上げます。
近年読書の殆どが 持ち歩きに便利な文庫本になってきていました。
掌に伝わる本の重さ、丁寧に頁を繰る嬉しさ、何より机に向かって本を読む充足感を忘れておりました。
扉の次頁にある先生の口絵写真を拝見し、ペンセミナーで司会させていただいた時のことを思い出しました。
三十五年も前になるのですね。
「面白い話」というテーマでご講演いただきました。細部までは記憶していませんが、中でご紹介下さった閑吟集の『なにせうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ』は、今に至るまで鮮明に覚えています。
慌ただしい気持ちに背中を押されるこの時期。ゆっくりと中世を味わいつつ、豊かな時間を楽しみたく存じます。
奥様がご療養中とのこと。一日も早いご快復をお祈り申し上げます、
時節柄 ご自愛の上、どうぞ佳い年をお迎え下さいませ。 敬具 高槻市 井土厚子 アナウンサー
* 永いあいだに、いろんな出会いがあり、だいじなことはそんな出会いの多くが、ずうーっと今に続いていること、これがわたしの喜びであり自慢でもある。懐かしい思い出ばかりが積み重なっている。
2017 12/16 193
☆ 21日の
お誕生日が近づきました。既に寒波やら寒い日が到来していますが、東京は如何ですか。
白楽天の本のこと、良かったです、嬉しいです。
吉川(幸次郎)先生の本は以前読んだことがありますし、(京大での=)講義も耳齧るほどは受けましたが、文学専攻でなかったので・・権威ある吉川先生を「敬遠」してしまったのです。
小川環樹先生、貝塚茂樹先生ご兄弟(=湯川秀樹も)の博識な話題がポンポンかわる話、小野川秀美先生の優しいけれども殊に息子さんを事故で喪ってからの背中の御姿など思い起こされます。
高橋たか子さんの夫君、高橋和己先生も短期間でしたが構内でよく姿を見かけました。ずい分異なるお二人の個性を不思議にも思います。すべて遠い日の事です。
わたしは今となっては、漢文も、ドイツ語もほぼ頭から飛び去って、我が身の愚かさを痛感しています。
比較的漢詩は好きでした。
高校の頃は学燈文庫を始まりとして、殊にシルクロードへの憧れと重ねられていました。
岑参の胡笳や王翰の涼州詩などあまりに有名ですが・・。その頃はただ憧れだけで、中国からの遠征軍に携わった人々の詩であり、周辺民族の側からの詩ではないことまで 思い及んではいませんでしたが。
三年生になると漢文は必須ではないのでクラスの僅か数人が、一種の気概を以て授業を受けていました。先生はその時間だけ通ってらした小柄な白髪の先生で教科書や漢籍を風呂敷に包んでにれました。
些か感傷的な、いえ、それ以上に大切な思い出です。
(シンガポールから揃って帰って=)目下、あまりに慌ただしく、孫二人にこちらの力が吸い取られ消えそうです! 食事や昼寝など基本的なことも、男の子二人はエネルギーで撥ねつけてきます。とにかく負けず、忍耐強くいくしかありません。
そう書きながら ババは風邪引きで、昨日はやや心折れて寝込んでいました。弱いなあと実感します。
御身体大切に、大切に。
風邪引きませんよう・・・ 尾張の、風邪引きばばの鳶より。
* 我が家も揃って風邪ひき風邪ぎみ、ついつい横になってからだを温めている。尾張の鳶には、洋の東西と古今と無くこの数十年にどれほど「本」を恵まれた か知れない。世界中をトビ回ってきた鳶だ、ときどきおっそろしい難しい西欧の小説ももらって音を上げるが、出逢えてよかった嬉しいと感謝したいろんな本 が、指折り数えられない。ありがとう。
とにかくも、風邪をなおしましょう。
男孫が二人かァ。羨ましい。
2017 12/18 193
☆ 霜葉
凍てつく朝、紅くなった葉の周りを霜にふちどられて、草たちはかじかんでいるように見えます。その様子を「霜葉」とよぶのだと、一昨日、ドイツの方に教わりました。
「僕は、留学生 ( ルガクショウ ) で来日しました」と自己紹介なさり、おもむろに棹物の生菓子を取りだすと、 それは器用にさらさらとお茶を点てて下さいました。
そのお菓子には、資料が添っていて、
—- 霜にあたって、表面が紅色にかわった葉のことを「霜葉」といいます。『霜の葉』はその様子を、白の薯蕷製、緑の羊羹製と紅く染めた白小豆で表しました。 — と書かれていました。
そんな風にひとつひとつのお菓子を解説した資料が『とらや』から毎月届くそうで、ひと月に十二種ある中から選って、月に二回茶寮で生菓子を食べると、日本のことがだんだん分かってゆく。そうおっしゃっていました。
なるほど、お寺の掃除をさせて頂いていた私達五人の日本人は、誰もその言葉を知らなかったので、唐詩のいわれも含め多く学びました。
大徳寺塔頭寺院の三時の茶礼では、普段なかなか巡りあえない方々との出合いがあります。お話を伺っていると、何かがひらかれることもあります。
此の世の人とまじわり難くなった時、ただ「庭を掃く」ことが救いでした。掃除をしながら、広い庭に点在する門をくぐってゆく。掃きながら先生の言葉を想い、くぐりながら書かれた内容を心に刻む。
長い間、和尚さまとも挨拶の言葉しか交わさず過ごして来ましたが… この頃は、ようやく三時の茶礼の席に座ることができるようになりました。それは、ちょ うど先生のもとに戻った頃にかさなる、今から一年ほど前のことで、その頃からようやく、此の世でもう一度生き直していると感じながら過ごしています。
心や身体に少し余裕があると(なくても、憑かれるようにして)、お寺や神社にでかけることがあります。
そこは、静かで落ち着くことのできる場所だから、と思っていたのですが… さきほど先生の H P を拝見し、知らず、まだ深い意味をも感じていたのかとも思います。
今日も用事にでかける道すがら、呼ばれたような気がして賀茂御祖神社(下鴨神社)で乗り物をおりました。
その時に撮った写真を添付いたします。
「橋殿」と「架かる橋」と、流れゆく「奈良の小川」です。
京都では、三日ほどまえに初雪を見、冷えこむ日が続いています。
東京も、寒さひとしおと伺いました。
お二方の風邪がひどくならないよう、祈っております。 京・鷹峯 百 拝
京・下鴨神社
2017 12/19 193
☆ お誕生日
心底より嬉しく有難く またおめでたく お喜び申し上げます。さぞ、ご看護の月日、お大変であったでしょう、お察しするに余りあります。
一身をなげうつほど祈りに祈り また祈りに祈り続ける日々でした。
これからも決して油断成らず、ひしと寄り添って互いに守りあわねば成りません。
どうぞどうぞ、有元さんご自身をもこれからお大切になさり、奥様とともどもの日々の「毅い柱」と成って下さいますよう、私たちからも心よりお願いしお祈り申し上げます。
お互いに医者通いの絶えない日々を過ごしながら、徐々に新年を安らかに迎えられるのを期待しています。
有元様
どうぞ奥様ご退院のお喜びを御大切になさってくださいませ。
寒さは日一日と厳しく成ります。お大事になさってください。
嬉しさと安堵とのままの走り書き、お許し下さい。 秦 恒平
☆ お元気ですか、みづうみ。
みづうみも奥さまもお具合が悪いのかしらととても心配しております。更新もないのは、パソコン故障かもしれませんが、こちらも別の意味で気がかりです。
とにかく、どうかお大事になさって明日のお誕生日を元気に元気にお迎えくださいますように。取り急ぎお見舞いメールです。 鴉 かわかわと大きくゆるく寒鴉 虚子
2017 12/20 193
☆ お誕生日おめでとう
その後 奥様はいかがですか、
今年は例年に無く紅葉が長く美しい風情でした、まだ所どころ枯れ葉を残しています。
私も風邪で大変でした、この時期のびないよう頑張ってたのに、段々と体力が落ちて来て困っています。
昨日お抹茶と紫野(干菓子)、を送りました、お好みの京都のお抹茶楽しんで下さい。
無事に迎春をと 願っています。 京・北日吉 華
☆ お誕生日
寒くて清 潔な朝です。みづうみ、お誕生日おめでとうございます。昨今では八十二歳は「お若いわね」と言われるようになりました。お具合の良くない部分が出てきまし ても、病院と仲良しでも、まだまだこれからの長い旅の途上でございます。新しい一年も、たくさんのお仕事と共に、益々お元気に、お幸せにお過ごしくださ い。心よりお祈りしています。
お心のこもったお言葉いただきありがとうございました。身に染みます。
これまで多くの問いかけをしてみましたが、お答えいただいたことは殆どなかった気がします。お答えになる価値のあるほんものの「問い」が出来ていなかったせいでしょう。これからもそうかもしれませんが努めていきます。
みづうみの今のパソコンは動いてい ることが奇跡のようなことです。どうか一刻も早く全部のデータを移動してお守りください。自分が使ったことがないので説明することもできないのですが 最 近はデータをネット空間に保管してパソコンクラッシュに備えている方も多いようです。私語などすでに公開されているものの保管にはよいかもしれません。パ ソコンにお詳しい方にお訊ねしてみていただけますか。
今日がみづうみにとっておめでたい日であることが、わたくしにもどんなに嬉しいことか。 年 湖を見てきし心年惜しむ 高野素十
離れ住みて一つの年を惜しみけり 上村占魚
☆ Happy Birthday!
誕生日おめでとうございます
厳しい寒さが続きます。
くれぐれもおからだをおいといくださいますようお祈り申しあげます。
千葉名産の梨のワインをご送付申しあげました。
奥さまと乾杯なさってください。 篠崎仁
* 有り難う存じます。 秦 恒平
☆ 厳しい寒気続き
金澤も三十センチの雪でした。体調を案じながらホームページ見ています。
お風邪の由 早く恢復されますよう。奥様ともどもくれぐれもご自愛下さいませ。
息もつかぬ刊行に先生のご決意がひしひしと伝わり胸が熱くなります!
二十二日頃に少し金澤の珍味届くと思いますので御賞味下さいませ。
良いお年を ! 金田小夜子
☆ 湖へ
お誕生日 おめでとうございます! 奥様とお二人、お元気というには少し不足でも、この日を無事にむかえられたこと、嬉しく 頭のさがる思いでおります。
秋深く、御心配な日々に役に立てず申し訳なく思い、それでもいつも心の中で祈っています。どうかお元気で。
追伸 同封は、久しぶりの稽古で縫った古帛紗です。奥様と 手元に置いて 使って頂けるとうれしいです。
月末には、いつものお歳暮になりますが、鴨鍋を送らせて頂きました。すこしでも血と肉になってくれますように祈って! 珠
* 二人にそれぞれに頂いた{干支の戌}を愛らしく縫い取って、すこぶる雅に美しい古帛紗に感嘆した。銘々に、愛蔵し愛用させて頂く。
妻へも別筆 お見舞いとのどに優しい甘味とを頂いた。 感謝感謝。
☆ 拝啓
寒さが加わって参りました。久しぶりに本当に久しぶりにお手紙を差上げます。
今日、十二月二十一日、 お誕生日とか、 おめでとうございます。
ご本 (選集第二十三巻) ありがとうございました。 早速、「日本史との出会い」を拝読いたしました。今、地域の歴史好きと一緒に、ふれあいを楽しんでおります。いろいろと参考にさせて頂きます。
今年の初め 私が喋る番になって、 歴史はとかく勝者の記録になる、勝ち組の言い分になる、などと申しましたら、なぜかそれが流行してしまいました。最近は、敗者、無能、暗愚とされる人々に少しは別の光を当ててみようと思っています。
お手紙に選りますと、奥さま ご不例の由、どうぞお大事になさってください。
新しい年を晴れやかにお迎えなさいますよう。 不一 越谷市 小山光一
☆ 今年も残り少なくなりました。
国の内外共に余り明るいニュースはありませんが、来年こそはと毎年言いつづけて八〇余年。精神的には若い頃と少しの進歩もなく停止したままですが、肉体的には各所にガタが出てきだして 恒例の記念CDの作成で、ささやかなⅩmasのプレゼントに化かしてしまいました。
音楽に限っても雑食動物ですが、近ごろは日本語も碌に喋れない日本人が多くなり、端末機と指先ひとつで 対面せずに絵文字や符丁で会話?をする潤いのな いご時世ですから せめて往時の拝情的な詩句でも思い出して口ずさんで頂こうと 古い音源で恐縮ですが、あれこれ取り混ぜて編集してみました。
来年もCDの編集・作成で呆け予防ができれば有難いとおもっています。
十分ご自愛のうえよい年末・年始をお過ごしください。
秦兄 奥様のご容態はその後如何ですか 案じております 一昨年の秋 右手首を骨折以来左手で字を書いていますが (云々とあり わたしの目もわるく判読中断)
01 ジングルベル 02 上海ブルース 03 逢いたかったぜ 04 さ<らさ<ら 05 池袋の夜 06 夜霧のブルース 07 上海帰りのリル 08 ふるさとの 灯台 09 リラの花咲く頃 10 サーカスの唄 11 湖畔の宿 12 サンタが町にやってきた 13 水色のスーツケース 14 月の沙漠 15 南国の夜 16 あざみの唄 17 柿の木坂の家 18 別れのブルース 19 黒いパイプ 20 泪の乾杯 21 長崎 ブルース 22 上海の街角で 23 サイレント・ナイト
京・岩倉 森下辰男 1017.12.21
* 残念なことにわたしのこの機械、今や 一切の音響を喪い、雑音の一つも鳴らない静寂の極にある。たくさん蓄えてきた名曲達も まったく聴取不可能なん です。しかし機械は気まぐれで、と謂うよりもわたし自身の操作ミスが幸いして復活しないでも無かろうと天佑を待っています。
* 京都府立京都学・歴彩館資料課、神戸松蔭女子学院大学図書館、日本近代文学館からも、選集第二十三巻受領の挨拶が来ている。
西東京市の中央図書館、明けて二月には、寄贈本を受け取りに来ると。゛セット本など、もう何惜しげもなく受け取ってくれる本はみな寄贈する。
もしわたしが、親や祖父からそんなことょ聞かされたら、けんか腰でやめてくれ、本は棄てないでと懇願しただろう。
しかし、本は役立ててくれる人の手元へ収まるのが何より。
* 今日の視力・視野のデラメ加減は酷すぎる。どう光を加減しても、目の前がうす暗い。
* 京の華さんから、抹茶とお菓子を戴く。いつもいつも、戴いている。京都の、東山区のいろんな地図を送って下さる。地図があればわたしはいくらでも好きなままに歩き回れるのだ、京都なら。昔の京都が目に、脚に、肌によみがえる。
いま無性に、小松谷正林寺界隈へ思いが走る、しかも森々とした夜景に。わたしの小説がその辺で迷子になっているのです。
2017 12/21 193
☆ 師走もあと旬日で
暮れようとしています。寒さも続きます。
御『選集第二十三巻』を頂戴いたしまして誠に有難うございました。
今巻の中核といわれる「ちくま少年図書館」の『日本史との出会い 中世に学ぼう』をまず拝読いたしました。これだけ骨太の核心を持った中世の本当の意 味の啓蒙書はなかなか無いのではないでしょうか。<ーーとーー>では、第一章の「後白河と乙前」がとりわけ新鮮で、秦さんが最も強く言おうとされた差別の 問題が浮かび上り、少年少女ならぬ、後期高齢者の小生も「義満と世阿弥」「秀吉と利休」まで一貫して流れるテーマとなって身内に強く迫ってきました。21 世紀に入ってもこの世に続くのが、哀しい気持ちです。
奥様とともに、良き新年になりますように。 徳島高義 講談社役員 元・出版部長
* 先日、新潟六日町の「今成漬店」から「錦糸瓜」の珍しい漬物を頂戴していた、神奈川・二宮の高城由美子さん、長文の、とてもおもしろく興味深いお手紙を下さった。
日を替えて、此処へも記録させて頂きたい。高城さんのお家は、鎌倉武士直系を今に嗣がれており、ご夫婦で生き生きと現代を暮らされている。
* 吉備の人、戴いた名酒を追いかけるように贅をつくした珍味「鮒寿司」をたっぷりと頂戴した。感謝に堪えない。
* 京・神宮広道の「星野画廊」さんも、例年戴く私たち大好きな「京煎餅」を大きな缶で下さった。そういえば、星野で買って帰った秦テルヲ画の「出町深雪」を持ち出して佳い真冬になってきた。
* 金澤の金田小夜子さん、珍味、美味い蕪や大根でしかと締めた新鮮なを下さった。有り難く。
* 藤澤の義妹も、心入れの、めずらかな甘味をプレゼントしてくれた。ありがとう。また神奈川まで妻と連れて、せめて横浜まででも逢いに出かけたいもの。
2017 12/22 193
* 梅若万三郎さんから凝った焼き菓子を、篠崎仁さんから珍しい梨からのワインを戴いた。
2017 12/23 193
☆ 選集23巻に
気持ち送金いたします。
「~阿弥」はどういう意味があるのだろうと以前から疑問に思っていましたが、成る程とおもいました。有り難うございます。おくさまの体調を心配しております。よくなられること祈っております。先生もお気を付けになって下さいませ。 小松市 八代啓子
2017 12/23 193
* 元・講談社の天野敬子さんに、風情豊かに野趣に富んだ縄に鈴生りの干し柿をたくさん戴いた。すこぶる美味しくて、美味さに驚かされた。有り難う存じます。
2017 12/25 193
* 天野恵子さんに戴いた西条柿の干柿が、「おどろきの自然の甘さ」なのに驚いている。篠崎仁さんに戴いた「梨」のワインの風味にも驚いている。
2017 12/26 193
☆ 拝啓
(前略) 実は十一月の頃から体調がすぐれず、読み書きも出来ずにおりました (略) 二ヶ月ほど落ちつかない状態でした。どうにか明るい彷徨にあります。
この数日 御高著の第二十三巻ょ少しずつ拝読させていただいております。
巻頭の御高論を拝読しながら 「中世」という世界の深さであり、広さであり、そこにあるエネルギーのようなものを感じておりました。何故、「再評価」す るべきなのかも、私なりに感銘しております。 また「中世」の庶民像にも、しばしば立ちどまって読みかえし、心にとめおく箇所がいたるところにありまし た。 時には、それらの一行一行を拝読して、これまでモヤモヤとしていた疑問が解けたりもしました とてもありがたいことだと感謝申し上げております。
まだ長時間続けての読み書きが出来ませんので、ゆっくりと第二十三巻の諸御高論を拝読させていただくつもりです。
お手紙のなかには御奥様がご「療養中」とございましたが、如何でございましょうか ご案じ申し上げております。
一日も早いご恢復を祈念申し上げております 佳き新年をお迎え下さいますよう 念じております。 敬具 馬渡憲三郎 (前・藝術至上主義文藝学会会長)
追信 第二十三巻の(井上靖邸へ、亡き長谷川泉とともに招かれた=)口絵写真、 とても懐かしい気持で 何回も何回も見ております。
☆ 秦先生
メールをありがとうございます。
奥さまからもご丁寧なおはがきをいただき恐縮いたしております。
私は仏教徒なのであらたまってクリスマスには何もしませんが、今日は一日遅れでバッハの「クリスマス・オラトリオ」を聴きました。私のごひいきのカー ル・リヒター版です。パンをかじりコーヒーを飲みながらこころ楽しく聴けます。ミサ曲、受難曲はBGM代わりに聴くわけにはいきませんが。
私が23年余にわたって仏教経典のご指導をいただいてきた駒澤大学の奈良康明先生が今月10日に遷化されました。学問的なご指導はもちろんのこと、人生の師でもありました。残念です。
体調については、至って元気なのですが悪性腫瘍の再再発が見つかり来年から薬による治療が始まります。副作用を覚悟せねばなりませんが、今から心配しても詮無いこと、「明日のことを思い煩うな」と言い聞かせております。
来年も良い年で有りますよう、そして平和な年で有りますようお祈り申しあげます。 篠崎仁
* 御快方へと着実にむかわれますよう切にお祈り致します。お大切になさって下さい。
私も よく音楽を機械で聴いてきたのですが、何故か機械が全く音響を発しなくなってしまい、音楽が遠ざかってとても寂しく過ごしています。
2017 12/26 193
☆ 加賀では、
冬至の前に冬白白が訪れたようです。十二月は一月(イチガツ)の陽気でした。
冬至の日のホームページには、誕生日祝いの音信がたくさん見られました。無事に傘寿も過ぎた誕生日をお迎えになったことは、おめでたいことです。ただ、 以前に奥さんの大病があって、秦さんがご苦労なさって、その後奥さんのご退院で秦さんも落ちつかれた。そのあげくに迎えられた誕生日でしたから、お祝いの ことばの裏には、みなさんよかったよかったという気持ちが、きっとあったのだと、私はそう思います。遅ればせながらおめでとうございます。
さて、先日、久世光彦の「眼中の人」を読みました。
久世さんには、何度かお会しています。私が「摩郁夫人像」をご案内したなかで、それに見入った時間が、二番目に長かった方です。一番は秦さんでした。
久世さんの「粛々館日録」が鏡花賞受賞のとき、私は地元の推薦委員でした。強く推しましたら、本選への推薦文を書かされました。受賞式の会場へ文学館か らそれが恒例の、著書にサインを貰いにいきました。そのとき横に座っていた五木寛之さんが、「宛名は書いて貰わない方がいいよ」と助言してくれました。
「眼中の人」には、「粛々館日録」に登場する作家《児島粛々》のモデルは小島政二郎で、その人に「眼中の人」という作品があると書かれていました。
その作品は、むかし、私小説を読みあさったいたころに、読んだ記憶がありました。白樺系のものに比べて、脆弱な印象を受けたように思います。
改めて小島政二郎の「眼中の人」を読んでみました。久世さんのいう「小島政二郎の滑稽な切なさ」が伝わってきました。私には「滑稽さ」より「切なさ」が 強く感じられました。加えていろいろ感じさせられるものがありました。小島作品が脆弱なのではなく、白樺系のものが勁すぎたのだろうと思います。
作中、関東大震災の記述がありました。加賀耿二の「土地はだれのものか」のなかに、昭和九年の手取川大洪水のすさまじさが描かれています。ふたつなが ら、作品中のひとこまかも知れませんが、「記録」としても意味があると思いながら読み比べました。(私の家からは、手取川の堤防が見えます。洪水当時村の 回りは随分長い間河原だったそうです。二歳の私には記憶はありません。)
《眼中の人》の意味は、大河内昭爾さんによると、瞼を閉じると自ずと目の裏に浮かぶくらい懐かしい人-と久世さんが説いています。それなら私にもそんな人があるように思います。
話が流れてしまいました。高校生みたいなお便りになってしまいました。お許しください。
空がまた荒れ始めました。寒い年末になりそうです。奥様ともどもお大事に。どうぞよいお年をお迎えください。
陶淵明から白楽天へ。おだやかにおだやかにとお祈りしています。
12月 27日 井口哲郎
* 井口さんのお手紙から伝わる温みは 懐かしい の一言に尽くせる。目を閉じてやわらかに嬉しく受け取る。
降雪しきりと伝えられている。心温かなご迎春、お二方お揃いのご健康をこころより願っています。
* お手紙に名のある もう昔の、小島政二郎、大河内昭爾、五木寛之は覚えているが、ほかの二人は識らない。潤一郎を書かれた小島さんの本が、わたしが 「書評」ということをした最初だった。大河内さんはわたしを武蔵野女子大へ教授で来てと頼んでこられた。お断りした。何度か書評してもらったこともある。 五木さんは一、二作読んだが無縁のまま来た。
2017 12/29 193
* 「珠」さんに今日戴いた「鴨鍋」で蕎麦を美味しく夕食に。越乃寒梅みともども、とても美味かった。感謝、感謝。
2017 12/29 193
☆ 年末番組編成で
最近はBSでドキュメンタリーの放送が多いようですが、一昨日でしたか「インパール作戦 戦慄の記録」という番組をつい観てしまいました。インパールに ついては勿論知っていましたが、この無謀な作戦を率いた帝国陸軍随一の愚将ともいわれる牟田口廉也中将の足跡を、これでもかこれでもかと思い知り、彼が戦 犯として処罰されることもなく自己弁護しながら天寿を全うした理不尽に、憤りを通り越して心底呆れはてておりました。
東京裁判ではなく日本人の手で責任者を裁くべきでした。
そして、現在の我が国が第二のインパール作戦途上でないと思いたいと願いつつ、思えてしまうのはなぜか。愚将たちに率いられて真実を見ようとしない国民にどんな明るい未来が開けるのでしょう。 雪 松に月義士討ち入りの日も過ぎて
* すこし前のことだがたぶん同じ番組をわたしも観た。唖然としたまま息苦しく、胸を痛ませた。こういうハメに国民として陥りたくない。愚将に率いられては成らず率いさせてはならぬ。
2017 12/29 193
☆ おことうさんどす
「事始め」の前日に、賀茂御祖神社(下鴨神社)では、「御薬酒神事」が行なわれました。
斎院であった式子(後白河の内親王)ゆかりの清庭に御井があり、若水を汲み神前に供える神事
があったと聞きました。
いにしへには、宮中典薬頭より奉じられた「白散・度漳散」をもって「御薬酒」を調整し献上したとのことです。
ご神事に参列された方から、その「御薬酒(屠蘇散)」を頂きました。
えもいえぬ佳い香りがただようので… 先生に差し上げたくなりました。
よろしければ、お試しになって下さいませ。
また、先日に、かつての同僚から『白雲龍』が届きました。
そのお菓子を先生が懐かしいと思って下さいますかどうか… そして、お口に合いますかどうか…
頂きもののお回しなどして、お恥ずかしいことでございますが…
明日の到着便で送らせていただきました。
先生からお優しいメールを頂戴していながら、返事が遅れて… 今頃になってしまい、恐れ入ります。
また昨日にも、メールを頂戴いたしまして、ありがとうございました。
「春に踏み出して」と書いて下さった先生のお言葉を読み返しながら、今日ずっと「反閇」のことを思っていました。
明日は、大つごもり。
知恩院の鐘の鳴りひびくのも間近です。
少し前に撮った「大鐘楼」の写真を携帯電話から、送信いたします。
お二方そろわれて、穏やかに過ごされておられるご様子、何よりでございます。
どうぞ、お大切に。
お体調が整われますよう、お祈りいたしております。 京・鷹峯 百 拝
* 蕪雑に暮らしている私どもには勿体ない、過ぎた頂き物、今朝のうちに到来、嘆声とともに頂戴した。「おことうさんどす」 ありがとう。京と京ことばを、知恩院の大釣鐘の写真も、こもごも懐かしみながら、元旦を待ち祝います。
☆ 拝啓 「秦 恒平選集」第二十三巻をご恵送いただき
前巻に引き続き中世に取材した御本の頁をめくりながら、歴史と文学について、つくづく思い馳せることになりました。何時からかは判りませんが”戦後”に ついて評価が変わり、子供の頃にそうと信じた戦後像がくっきりと結ばなくなってきました。文学についても同様 先行する文学者との絆が断ち切られるような 悔しい昨今です。
そんなとき秦さんの「歴史の読み」が入ったこのような御本は、まさに、旱天の慈雨です。自分なりに信じこまされていた歴史ではない、目をかっと見開いた時代や文学のこし方、行く末を考えたいと思った次第です。
秦さん、奥様、どうぞお身体御大切に。
ありがとうございました。 敬具 久間十義 三島由紀夫賞作家
* ちから有る壮年の文学者から歳末を大切に結んで戴けて、果報を覚える。精神を奮い立て、身体を労りながら来年へしかし脚を運びたい。
2017 12/30 193