ぜんぶ秦恒平文学の話

交遊録 2018年

☆ 新しい歳
佳きこと多い歳でありますように。
元気にしています。   尾張の鳶

* 年賀状を沢山戴いた。
2018 1/1 194

☆ 明けましておめでとう御座います
お元気で新年を迎えられた事と存じます。
寝たきりと認知症を寄せ付けず 八十の坂を登れるようにと願うこの頃ですが …マア 何とかなるやろ…
又…   花小金井  泉
2018 1/1 194

* 年賀状、恐れ入るほど沢山戴いた。恐れ入ります。
申し訳ないが、このまま失礼致します、もう目の前へ次々の仕事が待っていますので。
2018 1/1 194

* 年賀状やお手紙を今日もたくさん戴いた。「湖の本」の昔本を注文して下さる方も有った。

* 干支の戌をみごとに手描きされたのも数枚在り、感嘆・嘆賞に絶えない。
浅田彰さん、松本(新)白鸚さん、漆藝家望月重延さん、そして東工大院卒生の為我井ゆりか教授の「戌」たちはまさに四天王、甲乙なく、美しい。面白い。松本(新)幸四郎のワンちゃんも愛らしく画けてある。
2018 1/3 194

* 階段脇、壁際三分の一には近刊の「湖の本包み」が幾重にも積まれ、上がりきって二階窓際廊下にも文庫本新書本だけでなく雑多に単行本も置かれてある。 目につくところに『マゾヒストMの遺言』と題した沼正三の一冊があり、手にとってきた。沼正三の名も人の記憶に遠くなったか知れないが『家畜人ヤプー』の 作者だった。わたしは作家になってまだまだ駆け出しの頃に、世に鳴り響いたこの謂わば「神話」のごときマゾヒズムの名作の全書版を、著者が「会心」と喜ん でくれた「書評」を書いている。なまじいに昨夜作者に阿るような書評をわたしは書かない、書いたことがない。よく読み込んで、いいものはいい、つまらぬも のはつまらないのである。
手に取った上記本の表見返しには「秦 恒平様  沼正三」と自筆され、さらに便箋一枚に大きく書かれた手紙が挟まっていた。ちなみにこの『マゾヒストMの遺書』は2003年夏に筑摩書房から出 ていて、はや「遺言」とあるように晩年の著、あの『家畜人ヤプー』が初めて出た頃から半世紀近くも経っていた。幸いにわたしも、なお作家生活が出来てい た。見る人によっては貴重、というのも、伝説に彩られ忍者のようにながく正体を秘し隠し、人も探索に走ったほどの「沼正三」自筆の手紙である、掲げてお く。

☆ 秦 恒平様
冠省  いつもながら御高著御送付頂き 遅ればせ乍ら御礼申し上げます。なかなかの労作で敬服致しております。
ただ 何故 御高名な秦様が、私如き怪しき物書きに、かほどまでご興味をお持ちなのか解しかねます。
さて返信代りに、私の自伝兼あの頃の時代史をかねた拙著上・下二巻本 お送りします。御笑覧あらば幸甚に存じます  敬白

* 即ち 沼さんのこの手紙は上記「遺書」本にでなく、「天野哲夫」名儀で書かれた大著『禁じられた青春』上下に添って届いたものだった。「天野哲夫」と いう氏名は新潮社の編集者としての本名?で、久しく作家「沼正三」の「代理人」と称し称されていたが、上の「遺書」本にも証すように同一人格なのであり、 此の『禁じられた青春』は、(誤解されては困る。一の「表現」と受け取って欲しいが、)さながら自爆テロリストが躰に巻いた爆薬のように熾烈な筆致・筆触 で実に多くが書かれてあり、「驚倒」という実感は、あの『家畜人ヤプー』でのそれと同質だった。

* たしかに沼(天野)さんが怪訝に思われたほど、この人(たち)とわたし・秦 恒平とに共通点も所縁も無かった。ある対談の中で天野さんと対談者とが、二人してわたしの名前と小説「蝶の皿」とを挙げながら、「この人(=秦)は真正マ ゾヒストですよ」と言い合っているのを見つけ、大笑いしたことがある。わたしは、マゾヒストでもサディストでもない、ただの平凡人である。ただ、マゾヒス トだサディストだと決め付けて人を謗らず、「表現」が良ければ良いと認承できる、する、だけのこと。あの沼正三『家畜人ヤプー』を大きく「創成神話」とと らえて愛読を重ねてきたのも、「過激な逸脱者の目」と謂われた天野哲夫の「青春」から目を逸らさなかったのも、それであり、それに尽きている。

* 毎日日の階段の上り降りが書かせた一文として、記録しておく。

* 郵便局へ仕事のものを送りに。わたしはもう少なくも二十年来、年賀状という慣わしは失礼すると決めている。暮れの内に賀状書きに追われ、正月中賀状の 返礼に追われるのは余分な苦痛だと思い切ったのだ、多いときは三百近くも年賀状が山と積まれた。今年でも百通になる。湖の本や選集、それがわたしからの、 わたしならではのご挨拶と思っている。

☆  いよよ華やぐ命なりけり
小説が書かれ読まれるのは、人生がただ一度であることへの抗議からだと思うーー
暮れに読んだ本にそう書かれていたのが、心にかかっています。
また別の本には、
分析的な論理ではどうしても言い表せないものがなければ批評の文章は出来ない、まず感動がなければ自分の批評はなかった、と小林秀雄は語ったーー と。  九

* 「文学」を研究している人のお便りとしては、もの足りない。顧みてただ他を語っており、自身の立ち位置や反応や見識が伝わってこない。取り立てられた言葉とて、もの思いつつ文学や表現に向きあっている身には、新しくも刺激でもない。
だからどうだというのですか、そこが聴きたい。
2018 1/4 194

☆ 七難即滅 七福即生
今日(=昨日)、お休みをいただいたので、祇園に詣でました。
松の内でもあり、また花街の始業の日ともかさなって…たいへんな、お人の出ようでした。
濡れ羽色の御髪に稲穂をかざし、黒紋付のあでやかな裾模様を左褄にとり、足ばやに通りすぎる藝妓、舞子さんらとすれ違うのは、殿方ならずとも、心ときめきます。
ふと『祇園の子』の一節を思い出し、歩いていたのは「甲部」の…と、気づきました。
様々にもの思いますが…
「吉事おおかれ」と、唱えていました。

あらたまの年が来、はや七日経ちました。
今日の『感神院』を撮りましたので、添付いたします。ご本殿は、ご参拝の方々でたいへんなにぎわい。お人をさけて写しましたら、上側ばかりになりましたが、雰囲気なりともお伝えできましたならと存じます。
合わせて、横断歩道から写した楼門と『鍵善良房』の門かざりも送付させていただきます。
京都は今日、ときおり陽のさす穏やかな日よりでしたが…明日からは、みぞれるとか。
龗(おかみ)が、いや重(し)けに、吉事ふらし下さいますように。

寒中、お元気でお過ごしになって下さいませ。 京・鷹峯    百 拝
2018 1/8 194

* 昨日は文壇の古老高田芳夫さんから新年を祝した立派な色紙を、今日はの染織家渋谷和子さんの美しいお作を頂戴した。
年賀状、今日も、まだ数通届いていた。
さ、いよいよ、選集第二十四巻の納品を待って、送り出す。希望の方も増えて。厳しく限った部数から、やはり幾らかは残しても置きたく、しかし喜んで下さる方、また研究施設や図書館へも入れたい。
相次いで湖の本138巻も月末か二月初めには出来てくる。いよいよ「今年」が忙しく始動する。
2018 1/9 194

 

☆ 心配
HPに血圧のこと、食欲のことなど書かれていて、昨日今日と体調いかがかと心配しています。
折しも寒波到来、東京も寒いでしょう。
くれぐれもお身体大切に、それのみ願います。   尾張の鳶

* ありがとう。感謝。気を付けます。
2018 1/12 194

* めったになく嬉しい夢をみていた。初めて通勤した医学書院の建物で、金原一郎社長のなにかしらとてもおめでたいお祝いがあり、地下鉄の本郷三 丁目から赤門前五丁目の社へ駆けつけるのだった。ただ「それだけ」の夢なのにわたしは霧中に嬉しかった。おめでたいのが嬉しかった。社長の顔が見られるか ら嬉しかった。何とも浮き浮きと気分は溶け合うていて、ただ嬉しいのだった。
あの自称「どくまむし」のこわかった金原社長を、こんなにも慕った社員があの会社にいただろうかと想う。
仕事上の適切で有効な理由があって強い怖い上司なら、わたしは怖がらなかった。
仕事をまともにちゃんとすればいい、その上に工夫もくわえ、仕事に追われず仕事の尻をいつも追えるようであればいい。十五年間、担当雑誌の発行では一度 も定日発行を遅らせなかった(たとえ、スト中でも)。書籍企劃・刊行の仕事では、年間予定を大幅に上まわっても、予定に届かないことは一度もなかった。年 間週一度の書籍企劃会議に、企劃書を出さない只一週も無かった年度も有った。企劃編集職を勤めた人ならわかるだろう、ただの思いつきでない刊行書籍の企劃 書作りが容易でないことを。わたしは、そんな仕事を本気で楽しんだ。たくさんは売れない医学研究書や看護学書を、たくさん本にして送り出した。ドクターや ナースのお付き合いは格別多くかつ全国に廣かった。
わたしの作家生活への胎動は、その酔うな日々の中で烈しく昂揚した。わたしは勤務時間を浮かして、つまりサボッて、都内の到るところへ潜んで小説を書い た。ゼッタイに外せない以外の残業などしなかった。夜間半年間ものシナリオセンター通いもして課題二作のシナリオも提出した。松竹の当時副社長か専務だっ た人は、「小説をお書きなさい」と批評してくれた。
その小説で太宰治賞を受けた授賞式の会場へ、あんなに嬉しそうににこにこと出席してくれた金原社長をわたしは「親」のように嬉しく見たのを忘れない。就 職試験での最終面接の折り、金原社長はわたしのフクザツな戸籍謄本を手にしたままわたしを見て、「きみは、気にしているかも知れないが、わたしは、全然気 にしていないよ」と、それだけであった、わたしは医学書院に採用された。
金原社長は、大春闘で揺れた一九七四年八月末、相談役に引退された。同じ日に、わたしも退社し、作家生活への道に行方を賭けた。十五年余の編集者生活だったが、その基本の力がわたしを「湖の本」三十余年へ、また「秦 恒平選集」三十三巻へ歩みを支えてくれたのだ。

* 佳い写真が撮れたよ、と、ある日、金原社長は突然わたしのデスクまで来られ、「秦 恒平君へ」と署名入りの、なるほど佳い顔写真一枚をひょいと手渡して行かれた。社長は「葬式無用論者」であった。その写真は大事にして今も身近にある。夢 で逢うた社長は、写真よりもまだ佳い笑顔だった。
2018 1/13 194

☆ 寒波
安心しました。日常の何気ないことがどれほど大切なことか! 改めて深く深く感じています。
昨日は歌舞伎座で楽しまれたご様子、そしてお仕事も進捗されて・・安心しました。
少し神経質になっていたのは、シンガポールの若い知人が大晦日に急死したことにショックを受けたからだと思います。五歳、そして一歳半の双子の三人の子のパパが五十歳で亡くなってしまったのです。
命というわけ分からぬものながら、生き物に決定的な力を及ぼすものを、強く強く意識します。

一昨日10日、六年ぶりに会う人があり、日帰りで東京往復をしました。
上野の博物館、黒田清輝記念館などに行きました。日頃英語で話す機会はほぼゼロですから、帰りの列車ではとても疲れを覚えました。
今から外国語に習熟するのが自分のエネルギーを注ぐ中心にはなりようがないのですが、それにしても我ながら情けない・・。
一カ月余り、孫の世話に翻弄され、ようやく日常に戻りました。また、書くこと、描くこと、読むこと、高い壁のように迫ってきています。
まだまだ寒波の影響は続きそうです。くれぐれも大事になさってお過ごしください。  尾張の鳶

* 廣い世界をいつも独りで翔びまわってくる「尾張の鳶」には、外国語の苦労はあるまいと想う。
この私など、日本語にはいささか自負するに足る八十余年の研鑽があるけれど、外国語には力及ばず、手も出さず、大学院へ進みはしたけれど、一年で、妻の手をひいて東京へ立ち去った。
学部時代での英語の試験も、筆答はみな出来るのに、きみは会話は一言も喋らないなあと教師にしぶい顔をされた。会話の教室から遠足に出た日も、わたしは一言も誰とも英語で喋った記憶がない。
少しは読めるが、まるで書けない、書いたこともない。中学二年の三学期に、「姉」と慕った人に「my sister」と書いたのが、唯一無二ではないか。
2018 1/13 194

* 年賀状が多いと、住所氏名やメールアドレスの確認などに相当な時間が要る。放っておくと、始末がつかないし不確かなデータが残ってしまう。今夜はそれ に少し時間を掛ける余裕があった。しかし明日からは、もう余裕がない。郵袋がどっさり届き、「湖の本版元」などのハンコを全部に捺しておかねばならない。 宛名印刷は、妻が全部してくれた。払い込み用紙へのハンコ捺しもしてくれた。
これで落ち着いて、先行する「選集」の受けいれも送り出しも出来るし、下旬中の「湖の本」発送用意も確実に出来る。本来の「仕事」に気分良く取り組めるだろう。
すでに「選集」第二十七巻の「入稿」用意も九割がた調っている。
読むも書くも、想うことも思うことも、出来る。もし出来れば少しは人の顔も見、声も聴きたいが。寒くなり天候は荒れてくるだろう二月へ向けて。
2018 1/15 194

☆ みづうみ、お元気ですか
新年のご挨拶も失礼しておりまして申し訳ございませんでした。
先週よりインフルエンザで撃沈中です。水も飲めない、夜も一睡もできない、こんなひどいインフルエンザは生れて初めての経験で 入院するかと思ったほどでした。
やっと「インフルエンザ」の一言をお伝えできる程度に回復のきざしがみえてまいりましたが、全快まではまだかなりかかりそうです。
みづうみも奥さまも 人ごみ厳禁です。こんなインフルエンザにかかったら大変です。流行がおさまるまで お家に籠って暖かくお過ごしください。
取り急ぎまして。  粥  粥杖に冠落ちたる不覚かな 鳴雪

* 寒けして、洟と咳と、くしゃみ。なんとなく不調。
明晩、新宿での夜の建日子作・演出劇「らん」を観にゆくのはヤメにして建日子に通知した。ザワザッと背から寒い。
愉快でない鬱陶しい心身の日々が続いている。明日一日はゆっくりやすむ。とかく胸に軽いが深い痛みが揺れる。妻のニトロをもらうことが、ゆるやかな間隔ながら、断続している。
2018 1/17 194

* とにかくも、明日の納本を受け取れるようには用意し終えた。あとは、従来どおりに成るように成らせるだけ。思わず目を閉じているほど疲れているが、自然に老いているだけと。
わたしより少し年長だが医学書院同期入社で、早く退社し、のちに明治学院大の名誉教授になった粂川光彦さんから手紙が来た。同じ職場の朗らかな先輩女性 と結婚した、その奥さんが体調をわたしのと似た病状から弱られていると。昔の朗らかが影もないと聞くと、わたしも哀しくなる。平安を願う、心から。

* 入稿した選集の、また口絵写真を選ばねば成らず、アルバムを調べていたが。懐かしいという以上に、青年、壮年の昔のアルバムというのは、ある種ザンコクなモンやなあと眺めていた。元気や生気や活気がむんむんしている。
しかし、もう亡くなってしまった先達・先輩・友人・知人も何人も見つかる。
2018 1/18 194

☆ 氷室 火室
さきの14日、朝早くに目覚めると、前夜から降りつんだ吉事の雪に、京都は美しく彩られておりました。 窓をあけると、天ヶ峰につらなる鷲ヶ峰の稜線は、杉や檜、葉をおとした種々の樹形の玄(くろ)に、白の色をかさねて… それは、佳いながめでした。
樹々は、それぞれに枝ぶりや葉の形を違えているので、降りつんだ雪の白が一色ではなく、まばゆい白の上に、別の美しい白の色がかさなって、ゆかしい景色に見えました。その光景を目にしていると (源氏物語)『薄雲』巻の明石の君が身のそばに居るように想われました。
「汀の氷など見やりて、白き衣どものなよよかなるあまた着て ~ 」とつづく様態に、白の色をかさね打ち掛けた姿が目に蘇ってきました。
練ってやわらかくした紋綸子に、光沢をはなち肌触りよい羽二重をかさね、綾織や穀織で地紋に影をそえ、砧うちして艶やかにしたもの、貝の殻で磨いて輝きをましたもの、また風合いをかえて張りのある生絹(すずし)など、幾重にもかさねて白の色だけを着た姿。
雪の朝、若君(=のちのちの、明石中宮)との別れを胸に、悲しみに沈む(生母)明石の君がまとっていたのは「氷の襲(かさね)」 きなりの絹の白の色そのままに、どんな色にも染めず、さも美しい白ばかりをかさね着た姿は 「限りなき人」にふさわしい粧いでした。
そうして、「氷」ときいて、「氷室」が思い出されました。
『常夏』巻に、釣殿で、「氷水召して、水飯などとりどりにさふどきつつ(=賑わい)食う」とあったのも思い出しました。
鷹峯街道の坂をあがると、やがて氷室道にでます。
「氷室」と「火室」のこと、またあらためてお伝えしたいと存じます。
大寒の日となりました。
どうぞ、お大切にお大事になさって下さいませ。   京・鷹峯  百 拝

* 「薄雲」はしみじみと美しく寂しい巻で、巻の名を聴くだけで、現世のややこしさ、いやさを瞬時でも忘れられる。鷹峰界隈、真冬の朝景色 目に映ってくる。感謝。

☆ 隠れインフルエンザというのが
流行っているようで、心配してます。高熱は出なかったけれど検査してみるとインフルエンザだったとか。
どうぞご無理のないように。お大事に、お大事になさってください。 九
2018 1/20 194

☆ 雪月花のとき
松園の清らな「雪月花」など想いながら帰宅、真白な雪の降り積む郵便受けに選集第24巻が届いていました。古典をめぐる興深い編集の一冊、放送やご講演の文章などは初読になるかと楽しみです。有難うございます。
「降るものは雪」。明日の「つとめて」は、都心も銀世界でしょう。お疲れなど出ませんように。 九

* 届き始めたか。

* 東京で雪に逢うと想い出す。勤めの頃、看護学の編輯を担当の間に、当時のままいえば看護婦さんや助産婦さんら(執筆者であるからは、皆さん「先生」で あった。)と飲み食いの機会があった、或る雪の晩だったが、わたしが京の雪を懐かしがると、富山出身の助産婦先生、目をつりあげて「何が雪がいいのよ、雪 なんか大ッ嫌いッ」と怒鳴られた。あれは、視野の狭かったわたしには佳い教訓だった。北国の大雪にしみじみ迷惑してきた人の「雪」風情と、京のみやび心地 の「雪」はまるでちがう。あの当時のわたしには、「雪山」を積んだ定子皇后や清少納言の雪、雪の朝がた兼好に手紙でものを頼まれた女人が、雪の風情に一言 もないままモノを云うて来るような人の頼みなど聞くものですかとヤラレていた面白さばかりが、アタマにあったのだ。
この大雪のあと、家の前の凍り付く雪道をどう始末するかと、八十すぎてあちこち痛いわたしも妻も、今から、困惑している。
古人の詩にいう「雪月花のとき最も君を思ふ」てばかりは、おれない。雨を聴いている方が風情にひたれる。少し年かさだったあの助産婦「先生」、息災だろうか。

* 捜し物の一つ見つかり、一つが、まだ。出てこい出てこい。
2018 1/22 194

☆ 東京は都心でも
20センチ以上の積雪だそうですが、いかがお過ごしでしょうか?
この度は選集第二十四巻をお送りいただきありがとうございました。
嬉しい刺激のいっぱい詰まった集に 御礼のメイルも忘れて頁をめくっていました。
感謝です。
明日以降も一層寒気強まるとか。どうぞお大切にケガのないようにお過ごしください。
迪子さん お大事に。  下関市  碧

* 今回の二十四巻は510頁、二十一巻の440頁より70頁も多く、87グラム も重い!と驚いてきた人もある。送りは相当な力仕事であった。ちなみに此の選集は概ね「1」キロ超過、分厚さも「5」センチを超えるので、一冊に毎度郵便 代は「560」円支払っている。{150」部限定特装本の「1」冊製作費の高額なのははなから覚悟しているが、送料は「キツイなあ」と毎々嘆息する。

* 小学校五年生の建日子と出かけた中禅寺湖畔の色写真、綺麗に製版してもらえて嬉しい。「みごもりの湖」帯写真の面影をかすかに残していると見た人もあ るが、自分では判らない。この旅は、当時建日子が教室で先生や友達とうまくゆかず銷沈していたので、学校を休ませ、わたしも仕事の手をとめて、もろ手挙げ て日光へ、華厳の瀧へ、中禅寺湖へ遊びに出かけたのだった。
そんな五年生だった建日子もこの正月、五十歳というからびっくりポンである。
今、この「私語の刻」月例の写真に「美ヶ原の曙」を載せているのは、建日子が何年か以前の正月に両親を連れて行ってくれた時の撮影である。大きな自動車にのせて両親を茅野にある別荘へ連れて行ってくれたこともある。

* 「吉備の人」のお便りも、頂戴した。お一人暮らしをなさっていると。
お元気で、どうかどうかと心より願わずにおれない。
何かして差し上げられることは無いのかと 胸がへこみそうに思うのだが。

☆ 選集
無事、最新巻届きました。
おめでとうございます。

近々帰ります。  建日子
2018 1/23 194

☆ 最強の寒波とか・・
秦先生、 東京地方の大雪は4年ぶりとか。それにしては日中の気温が10度を超え小春日和のよ
うな天気が幸いし、我が家のような辺境地帯でもあっという間に溶けてしまいました。それでほっとしたところに今度は最強の寒波来襲とか。アメリカのトランプ大統領に合わせるかのように自然界も気まぐれ、予測不可。
悩みは深まるばかりです。そうした折に先生の貴重なご著書が届き 救われる思いでした。いつもの先生のご厚情に心からお礼申し上げます。と同時に、先生を囲む出版記念会などが企画されるよ
うでしたら是非参加したいと願っております。先生の薫陶をもっと早い時期に受けておればと悔や
む気持ちもあります。
私のほうは(国際ペンクラブの=)副会長とEう何が何やら分からないポジションに祭り上げられたのを機に 日本ペンからは遠ざかりつつあります。いや国際ペンも同じようなものです。
代わって 個人で 世界各地のペンクラブと直接交流、日本との橋渡しを始めています。
昨年は広島・長崎原爆記念館の企画で原爆展をハンガリーで開催するお手伝いをし、今年はスロベニアのブレドで国際ペン平和会議50周年に合わせ、同じく 原爆展を開催することが決まりました。その他、俳句の国際化のお手伝いを始めており、昨年は国際交流基金のご支援を得て、ハンガリー、セルビア、クロアチ ア、スロベニアの4カ国で俳句のワークショップを実施しました。
個人のできることは限界がありますが、少しでも文学の力を再度、結集出来ればなどと他愛のない希望を持ちつつ 今年も過ごしたいと思っています。
先生におかれましても 御健勝にて益々のご活躍を祈念申し上げる次第です。 堀武昭

* 世界でのご尽力ご活躍 わがことのように嬉しく有難く。胃癌の以前、日本ペンクラブの理事会の十余年を通じ、心親しい数少ない知己としてお付き合いが出来た。
日本ペンクラブも、今、どんなであるか判らないが、会長以下の名をみるにつけ、別世界のように知らない人ばかり、どんな文学の実績ある人達なのか、騒壇を遠く離れたわたしには見当も付かない。

☆ お元気ですか、みづうみ。
ご高齢 になるとしかたないことですが、さまざまにご体調よろしくないご様子を心配しています。雪かきなんて無茶でした。決して過剰に無理に動かれませんように。 明日(=今日)も記録的寒さとか。眼科の診察もどうぞお気をつけていらしてください。ニトロもご持参ください。わたくしはまだ咳き込んで体調戻らずです が、悪くはなっていません。

昨日は大雪の中、郵便局の方が選集を玄関先まで届けてくださいましてとても嬉しいことでした。包装は雪で濡れていましたが、中はぴかぴかにきれいでした。
第一巻を頂戴したのがつい最近のことのように思いますのに、もう二十四巻とは……。 遠い先に思えた全三十三巻完結までもう少しと思いますと、みづうみのお仕事の信じられないスピードに驚嘆してしまいます。決して立ち止まらない、休まない で着々と続ける、そのようにして今までも書いてお仕事していらしたのだと、作品以外のことにも深い感動をおぼえています。特別な秘策ではないけれど、ふつ うの人間にはとても出来ないわざでございましょう。

読むほうも大変なんです。簡単に読みこなせるものは読み甲斐もないのですが、此の選集は格闘しなければならない読書体験です。何度読み返しても新しい発見をします。心して少しずつ読みます。
ありがとうございました。 鞠  手鞠唄かなしきことをうつくしく  虚子

☆ 昨日
選集第24巻 お送り頂き有り難う御座いました。
東京は大雪とか? 寒い日が続いて居るようですが、体調はいかがですか。
先日、日吉(=母校日吉ヶ丘高校茶道部)の初釜を終えました。今日はグループの初釜でした。今月の行事も終わりました。
携帯電話がスマホに変わりまして とまどっています。
くれぐれもお身体をお大事に。  京・北日吉  華
* 暖房していても体が冷える。そして、なぜか睡くて溜まらず居眠りだけでなく、横になって寝入っていたり。

☆ 拝啓
一面の白雪、何か身を清めよとの啓示のごとく感ぜられ、九十四歳の身がひきしめられる感で胸が一杯でございます。
過日は選集の第二十四巻を御送り頂き、ただただ申し訳なく、いかに御礼をしたらよいかとなやんでおります。
ほんとに文学愛に生きられた先生の泓泓尽きぬ恵みは
とくに竹取物語は私自身が、大学の卒業論文として終戦後、大学に(兵役から=)復学して書いた最初のものゆえ、感一入の気持で読ませて頂きました。
数々の御労作、次から次へと拝読し、わが身のいたらぬ姿を見にしみる思いで読ませて頂いております。どのように御礼申しあげたらよいかと、身に余る御恩に報ゆる思いで一杯でございます。
日ごとに筆の字のゆがみに年老いた悲しみを身にしみて感じつつ、畏敬の念のみいっぱいでございますが、書く力、日々に疎くなり、御礼の意をお伝えすることの充分に出来ないことお許し下さい。
どうか、先生には、更に御長命にて御執筆頂けますようお祈りするのみです。奥様も御元気でおられる由、私は数年前に妻を失いました。ちょうど一杯ふった雪の朝のことでした。
なんとかがんばって、毎月短歌の雑誌につまらぬ文章や歌を長年書いて自分をなぐさめていますが、もう、そろそろ書けなくなりました。先生の御長命ならんことを祈るのみです。
右 とり急ぎ御礼の文をしたためますこと御許し下さい。
先生の御健康ならんことを心より念じあげます。
まずは、とり急ぎ御礼まで 乱文・乱筆おゆるし下さい。 高田芳夫 文藝評論家

* 恐懼のほかない御長老のお励まし、頭を垂れて、なおなおの御健勝を心よりお祈りする。
こんなふうに詠われている。

あはれ世をただ寂び寂びと生くるなり今日もいのちの旅の人なり
短か世を夢追ひ人と生きてゆく身のはかなさを知る由もなく
偲ぶれば一樹の影に身を宿すおのこおみなの愛の哀しさ
仏とはわが一筋の祈りなり自灯明とは誰ぞ名づけし
われ生くるいのちのひびき知るほどに一日一生(ひとよ)ありがたきかな  高田芳夫

吉井勇の「ゴンドラの唄」に寄せた感想の中には、ポール・ヴァレリーの、「千人の人に一回ずつ読まれるよりも、一人の人に千回愛誦される詩が書きたい」という述懐が引かれてあって、頷いた。

☆ 『秦恒平選集 第24巻』を
ご恵贈賜りまことにありがとうございました。
いつもながら、まずクロス装を両手で撫でて感触を楽しんでからページを繰ります。
日光中禅寺の写真、お二人とも本当にいいお顔をされていますね。
日光は私の山登りの原点そしてホームグラウンドです。日光の連山は何十回となく登っております。
日本の古典は、中学校の国語の授業以来、枕草子、源氏物語、竹取物語etc.etc.名前だけは知りながら完読したことがありません。(源氏は現代語訳だけは読みました。)
若いときから西洋文学に傾倒し、特にこの13年ほどはライフワーク的に学んでいるギリシア哲学原典講読に毎日時間を取られております。
そんな中で、秦先生の「湖の本」そして『秦恒平選集』のおかげで、日本の古典に触れる機会を作って頂いていることを大変ありがたく思っております。
書斎のデスクでは無く、リビングルームのテーブルの上に置いてページを繰っております
久しぶりの雪で心が躍り、クロスカントリースキーを持ち出そうとしましたが、流石にそれほどは降りませんでした。雪かきにシンドイ思いをしました。
添付の写真は私の書斎からの眺めです。  篠崎仁

* お庭に雪の大木が聳えていて感嘆。わが狭庭の隠れ蓑を大きくなった大きくなったと日々喜んでいる夫婦だが、南天よりは太くて背丈があるだけ、幹も枝も掴めるほどで。それでも木々も草もいとおしい。

☆ 選集24巻を拝承、感謝
秦恒平様
一昨日に『秦恒平選集』第24巻をいただきました。いつものことながら、深く感謝します。予定された時期にきちんと選集をお出しになる。それが可能とされる体力の維持をお慶びします。低空飛行だと栞に記しておられますが、それが許されていることは、大いなる恵みです。
御本をいただいて、早速に頁を括り始め、熱心に日々を過ごしました。じっくりと拝見しました。どこも読み飛ばせないのです。たくさんのことを学びまし た。『竹取物語』も『源氏物語』も、批評的な視点が根底を貫いていることを知りました。大きな収穫でした。しかし王朝という枠組みを相対化するものではあ りませんね。とにかく、日本の古典文学を見直しました。大きな収穫であったことに感謝します。
寒波が到来しております。寒さは私のような中年時代以降の循環器患者にはこたえますが、ご夫妻にも歓迎できないでしょう。御身お大事になさって下さいますよう。平安をお祈りいたします。  並木浩一  国際基督教大学名誉教授

☆ 「秦恒平 選集 第24巻」を
ご恵贈賜りまして、心より感謝申し上げます。
長年の思索がぎっしり詰まった誠に貴重な作品群と心得ます。
コツコツと昧読させていただきます。
秦さんの体調定かならざる上に、迪子さんは退院したとはいえ未だ療養中、お二人ともご無理なさらずくれぐれもご自愛ください。
追伸
先日テレビドラマ「特命刑事 カクホの女」をダブル主演の女優の真逆の性格付けと切れのいいセリフ回しで楽しく見終わって クレジットを見ると
脚本 秦建日子とあったので吃驚しました。
建日子さんのテレビドラマは「共犯者」「アンフェア」「サマーレスキュー~天空の診療所~」などが印象に残っています。  濱靖夫  妻の従弟

 

* 同志社大学図書館 早稲田大学図書館 お茶の水女子大学図書館 東京都立中央図書館 山梨県立文学館 からも選集受領の挨拶が届いていた。

* 文化出版局の中野完二さん、清酒「やまと櫻」で刊行を祝って下さる。
2018 1/24 194

* 腰かけた膝下、痛いように冷える。東京、昭和四十五年以来の零下の寒とか。

* わたしは、アマゾンであれ無かれ、兎に角「インターネット」でものを註文したり買ったりは、全然しない。仕方も識らない。時折り、アマゾンで本を送っ て下さる方はあるが、事前に報せて下さるので問題は起きない。わたしは、ネット商戦には完全に身を避け通してきたし、今も。これからも。
たった今、まことに軽い、空と想われる大きめのダンボール箱が、わたしの「註文品」だといってアマゾンから届いた。まったく覚えのないことで、しかも内蔵されているナニモノの重みも動きもない軽さ。
開けないまま置いておく。
これへ請求書が届くような詐欺行為もあり得る。類似の怪しげなメールは、日々に幾らも来ていて、即消去、絶対開けないで消してしまっている。
「押し込み買い」らしき電話勧誘など、老人の二人暮らしと知ってか、何十度も来ている。
おなじ配達の小父さんが来たので、持ち帰らせた。

☆  『選集』第二十四巻が、
夜、届きました。今朝、新聞と同時に取り入れました。
項目は、中世から平安へと移っています。読み出すには、少し構える必要がありそうです。
秦さんの古典の論評を読む度に、これまでの自分の読みがいかに浅薄であったかが思い知らされます。それは、この年になっていっそう強く感じられます。い まさら自分流に読み返す能力もなく、秦さんのお説にそうかそうかと、うなづくだけです。時には、ご指摘の作品や文章を、原文を引っ張り出して読んでみたり して、新たな体感みたいなものを感じとっています。
例によって、「刊行に添えて」から読みます。
この選集の、この項は、まとめれば一巻の随想集とも仕上げられそうに思います。この所、所収作品に「添えて」の「自伝」とも読み取れます。読みごたえがあります。
昨夕からの雪は、雨に変わっています。しかしこれから風雪が強まるとテレビで予報しています。
先週は数年ぶりの大雪でした。久々の積雪のせいか、除雪の手際も悪く、地下水が下がって、融雪装置が十分に作動しなくなったりしました。幸いそれは土・日曜に当たっていましたので、混乱は少なく押さえられたようです。
二階の雨戸越しに見える車庫の屋根の積雪は、二尺と見ました。
家の回りの雪かきには、まだ十分耐えられる体力は残っていました。
ホームページで目にした「古井由吉」に触発されて、氏の旧作「雪の下の蟹」を読み返しました。それは氏が金沢大学在職時代に遭遇した、北陸のいわゆる「三八豪雪」に材を取った作品です。私は「三八豪雪」を人に語るとき「雪の下の蟹」を読むことを勧めます。
さて、先頃ホームページで「近影」におめにかかりました。以前に歌舞伎座の楽屋でお会いした先代芝翫のおもかげをそこに見ました。おだやかなご家族の写真もうれしく拝見しました。(ふたつながら今は消されていますが。)
病気と闘いながらのご様子をホームページで見るにつけ、自分の無為な毎日がなさけなく思われます。年齢にかまけてそこから目を背けようとする自分がちょっとやり切れない気分です。
そんなとき、元気づけてくれるのは、やはり秦さんの言動です。
どうぞ目的の『秦恒乎選集』の完結を果たされることを、お二人のご健勝とともに、お祈りしています。
先刻から自室の障子が、がたがたと鳴り始めています。北西の風が強くなったようです。やがて雪でしょう。  お大事に   井口哲郎   文藝批評 劇作 前・石川近代文学館館長

* 有り難うございます。「家の回りの雪かきには、まだ十分耐えられる体力は残っていました」とあるのを事に嬉しく読みました。

☆ スムーズにお口に入りそうなものをなかなか思いつかないのですが日持ちのするものということで小布施の栗鹿の子(信州長野小布施のお土産)と 一保堂の抹茶(アマゾンを通じて)をお送りしています。   吉備の人

* ウワー大変、今しがた頂戴した「栗鹿の子」とお対の「お抹茶」であったらしい、別々の箱で、時間をおいて別々に届いて、この抹茶の方には私の宛名しか 無く、送り主の名が入ってなかった。で、「送り主不明の荷」と判断し返品してしまった。幸い、ヤマトにまだ残っていて、新ためて届けてくれるという。
有元さんのご好意がとにかくも無事に戴けて、感謝に堪えません。

☆ 寒波到来
おとといの雪にはびっくりいたしました。
高麗屋襲名の歌舞伎に出かけておりまして、夜、劇場前の雪に立ち竦んでしまいました。ホテルまでの道すがら、大の男の方が嬉々として雪だるまを作る光景にも驚かされたことでございます。しかも二人もでございます。よほど雪が珍しかったとみえます。
京都にたどりつきましたら、ご高著、第二十四巻が届いておりました。まことにありがたく、厚く御礼申し上げます。
何度拝見しても楽しいのは「京言葉で源氏物語を」でございます。人の下手へ立つまい工夫の位取りが、あの耳に快い京言葉に潜んでいたとは……衝撃でござ いました。しかし千二百年の古都には魑魅魍魎があって何の不思議もございますまい。洛外の山奥に住んでおりますが、ひそかにその幸せを感じております。
益々のご栄硯をお祈り申し上げます かしこ   京・鳴瀧  川浪春香  作家

* 香の薫った封筒には、感謝に堪えないご助勢も戴いていた。同じく、奈良の東淳子さん、江東区の藤原龍一郎さんも、ご支援下さった。

☆ お二人のご健康 お祈りいたしおります。  東淳子  歌人

☆ 「古典愛読」の収録が私にとっては、とりわけ嬉しいです。 藤原龍一郎  歌人

☆ 寒中
お見舞い申し上げます。
いつも選集をお送りいただき、ありがとうございます。
おすこやかに おすごしください。   関川夏央   作家・日本ペンクラブ理事

* 関川さん、懐かしい。永く、ペンの理事会で一緒だった。堀武昭さんといっしょで、関川さんにも安心な親愛感をもっていた。いちど、短歌にかかわる感想を聴いたことがある。宛名の「秦 恒平先生」には恐縮した。

* 立命館大学図書館 昭和女子大学 神戸松蔭女子学院大学図書館 神奈川県立近代文学館からも受領の挨拶があった。

☆ 今日は
これから中島みゆきの「夜会」、どんな舞台になるか楽しみです。
雪の「つとめて」は、家の前の雪かきをしてから、雪道を歩き、ダイヤの乱れた電車で通勤しました。
余分な苦労はしても、やはり雪は好き。美しいと感じるし、嫌いになれません。
記録的な寒波にも負けず、元気にしています。 九

* 雪は、降る雪も積む雪も、たしかに美しい。そのあとが難儀。
つい先頃、新聞に応挙の名品「雪松図」の写真が出ていた。此の作は応挙のと限らず、世界の絵画ともヒケをとらぬ名品と思っている。
松に雪…。書いている長い小説は「雪と松」の物語になる。
2018 1/25 194

 

* 浦和の出田興生さん 東近江五個荘の川島民親さん 苫小牧の林晃平さん 愛知県知田の久米則夫さん 渋谷区の佐藤宏子さん 相模原の篠崎功さん 東村山市の近藤聡さん それぞれに過分の、有り難いご支援を戴いた。

* 北杜市の色川大吉さん 京都の松本章男さん 奈良県の永栄啓伸さん、川崎市の眞有澄香さん、前橋市の宮崎弘子さん、そして国会図書館、三田文学編集部からも 受領の挨拶があった。
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* 「感謝の気持ちを込めて一足早い春をお届けいたします」と、大阪の井土厚子さん、邪気をはらう黄色に溢れて多彩にはんなり、美しい花籠をお送り戴いた。有り難う存じます。
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☆ 大雪のあとに
『秦 恒平選集第二十四巻』を拝受しました。お礼申しあげます。
誤解されがちな「女文化」の意味合いを明確に提示された文章を冒頭に、平安女文化の精華のさまざま、そして『古典愛読』へ――。いつもながら見事な編集に感嘆しています。なのに来ままな読者、『古典愛読』にまずはとりついています。自在な深さ豊かさに魅せられます。
奥様のご体調が一刻も早く快復なさいますように。  天野敬子  元・講談社出版部長ほか

☆ 冠省
選集第二十四巻 ありがとうございました。
中禅寺湖でのお写真 『古典愛読』ご執筆ごろとあります。 お若くて仲々の美男子ですね。
『古典愛読』巻頭の 古本屋に蔵書を処分される話しや、 佐々木邦の小説で古本屋の店番の助勢に恋心を「本」「心」だと伝える話の利用など、ずっと以前に読んだ折りのこと懐かしく思い出しました。
巻末の『刊行に添えて」でのご自宅玄関のご様子想像しながら読ませていたゞきました。
東京も大雪だそうですね。転倒しないように、風邪こじらせないように  どうぞお大切になお過ごしください。   三宅貞雄   和歌山県 朱心書肆主人

* 三宅さん いつもながら御好意のご支援ありがとう存じます。静岡の鳥井きよみさん、高松の星合美弥子さん、小田原の安藤啓一さんからも、変わらぬご支援、感謝申します。

* 元今治の図書館長木村年孝さん 元岩波書店の高本邦からもお手紙を頂戴した。

* 各務原市の山中以都子さん、清酒「三千盛」をたくさん、京都下鴨の澤田文子さん曽我蕭白画「牧童群牛図屏風」のハガキにお手紙を添えて、珍味をいろいろ送って下さった、有り難いことです。
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* 笠間書院編集長の橋本孝さん、特上のうまみ満喫の蜂巣蜂蜜に軽菓かりんとうを添えて下さる。
金澤の作家金田小夜子さんは、名酒「能登誉」二升を下さる。
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☆ 選集24巻ご出版、
おめでとうございます!
昨日は雪が思っていたより沢山降り、世界は瞬く間に柔らかい真っ白な衣をまといましたが…

その寒いこと!

そんな中、大きなご本が届きました。

『頑張っているよ』と、おふたりの声も届きましたよ。

でも迪っちゃん「療養中」とあり、心配しています。どうかどうか無理しないで、今は充分休養して下さいね。

風邪はもうすっかり治りましたか?

おふたりのご健康を日々お祈りしています。  琉  妻の妹

* ありがとう。日々、要心して暮らしています。

☆ 雪の美しい中、
選集が輝くように届きました。
HPで昨日雪の降るなか郵便局へ足を運ばれたことを読み 足下やお身体を案じていましたが、手渡しをしてくれた配達員の方にも感謝でした。
秦様のご本で、古典の世界からいつしか謡曲の詞章の美しさへと導いていただき、遅まきながら、古典の魅力を感じている今 とても嬉しいです。
教科書の「香爐峰の雪」から「降るものは。雪」とサロンの雰囲気を思い浮かべるまで成長させていただいている思いです。
第二十四巻とても嬉しいです。ありがとうございます。じっくりと丁寧に読みつぎたいと思います。まずは到着のお礼まで。
お二人様のご健康をお祈り申し上げます。  持田晴美  妻の親友

* 次の巻も 次の次の巻も 次の次の次の巻も 楽しんで頂けると思います。

* 読者のなかに、職分ではなくて能を観賞し、謡や仕舞を習い、能を演じる人が何人も居られる。茶の湯の人も。現代の短歌人も俳人も、川柳の人もおられ る、が、ゆはり古典を原典で堪能したり、ことに(百人一首は例外としても)和歌を豊富に常に詠めている人にはなかなか出会えない。漢詩も。漢詩はともかく も、古典文学に親炙して行かれるには和歌を読んで欲しい。和歌の面白さ豊かさ美しさ巧みさを感触できないまま源氏物語や伊勢物語や女日記の類は味わいきれ ないと思う。

* 疲れた。
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☆ 秦 恒平選集第二十四巻
有り難く拝受しました。限定本の恵贈 重ねて御礼申し上げます。
三年前から始めた「湖の本」第一巻からの再読、第百十八巻「歴史・人・日常」まできました。中には三読。四読の巻もあり、読む度に新たな味が加わり興味深まる日々です。
お互い八十二才となり、同輩の悲報も時々伝わり、賀状の数が年々減っていくのも淋しいものです。 私も耳がすこし遠くなりましたが、その他は元気にしています。
奥様も体調すぐれず療養中とのこと、あなたご自身も大患の身、その頑張りには感心尽きませんが お体大切にご活躍されることを祈ります。   高槻市  川口昇   高校同期生

* 花巻市の及川恵美子さん、大田区の青田吉正さん、ご支援下さる。

* 金澤の金田小夜子さん、「能登誉」二升頂戴の、お便りを下さる。

☆ アスクレピオスとヘロディコス
秦先生 メールをありがとうございました。
庭の水飲み場が凍り付いて、メジロ、シジュウカラ、キジバトなど常連客が、ヒメシャラの枝にとまって困惑しています。氷をお湯で融かし水を補給すると早速水浴びが始まります。この寒いのに!!
添付写真のメジロは、なぜかユーモラスにズッコケています。

プラトン『饗宴』は、日本語訳で2度通読し古代ギリシア語ではサワリの部分を断片的に100頁ほど読みました。
秦先生の、「アスクレピオス流の医療思想とヘロディコス流のそれとの対照に、大き
く立ち止まってモノを思ったのを思い出します。」には、ご慧眼に敬服致しました。
私は、この部分はあまり深読みすること無く流していました。
大手術をし命の危機を経験してからこの部分を読み直すと、色々と思うことが出てきます。
具体的には、抗癌剤の副作用で苦痛に見舞われたとしてもしかしなお生き続けなくてはいけないのか、自分の命は自分だけのものでは無いとしても最後の判断は許されても良いのではないか等々。
ヘロディコス流の生き方もまた価値があると言えるのではないか。
まだ結論を出すには至っておりません。
「回復の見込みが無いのに人工呼吸、胃瘻など無意味な延命治療はしないこと」については 文書にして、遺言書とともに妻に示しています。
昨年10月に悪性腫瘍の再再発が見つかり毎週一回計8回の通院治療中です。さいわい今のところ懸念していた副作用はほとんどありません。丁度大学が休みに入り怠惰な生活を送っています。無為自然を理想にしていますが、只の無為になってしまっています。
ボチボチ もう少し有意義な生活をと思っておりますが…。

古代ギリシアでは、医学の祖と言われるヒポクラテスのような現代に通用する医学がすでに行われていたのですね。或る医大(どこか失念しました)では、今 でも医大生たちにヒポクラテスの「誓い」(医師の倫理規範)を朗読させているということでした。再読してみると、確かに今でもそのまま通用しかつ今の医師 たちでもそれができていない医師が決して少なくないと思った次第です。

p.s. 先般添付致しました雪景色の写真はコメントが足りませんでした。ケヤキの大樹は市の公園で、借景です。
この公園のおかげで我が家の庭にも野鳥が沢山訪れてくれます。  篠崎仁

* 目白の写真添付落ちていて、残念。いま、我が家では書庫とテラスに挟まれた「隠れ蓑」「南天」へ来て、追ったり追われたりしながら、用意の食べ物を競って食べている鵯たちと目白たち、そしてまたそろそろの鳩の来臨を、夫婦して交替で楽しみ眺めているのです。

* さてさて、アスクレピオスは、人に一藝一技あって国家に資していた者が、再起不能に病めば、キッパリ言ってしまえば、そのまま死ぬるないし死なせるべし、と。
ヘロデコスは、為し得る限りの医療を為しまた承けるのが当然と。
この議論をプラトンの「国家」で読んだのは、ちょうど六年前、胃全摘されての病床でだったと思う。いろいろと思うところあったが、後に、アスクレピオス流の考えや態度は近代の優生思想に受け継がれているというむしろ肯定の意見も聞いたことがある。
篠崎さんはギリシャ語で原典をべんきょうされていると聞いていたので、感想をうかがった

☆ 寒い毎日、お元気ですか、みづうみ。
絶対にインフルエンザにかかりませんように。わたくしはしつこい咳に悩まされ、半病人とまでいわなくても三分の一病人状態で しんどく暮らしております。ここまでひどいインフルエンザは初めてで、メールを書く元気も出ない毎日。もう二度とかからないぞ、と思っています。インフルエンザさま よろしくと頼んでいます。
これから夜にかけて 2017年度の「私語」編集作業分をお送りいたします。全部で34ファイルございます。ご確認 どうぞよろしくお願い申し上げます。
雪  子をしかとかいだき地蔵雪に立つ   上村占魚

* 心より感謝。2017一年間の本欄、私の「私語」が「34分類」され纏めて下さった。十万枚に及んでいる1998年三月以降のホームページ「私語の 刻」日録が、この方の手でほぼマル二十年分、このように「分類」されてある。此の「私語の刻」はおそらく「作家・秦 恒平」最大の創作でありエッセイであり記録になっている。
すでに「濯鱗清流・秦恒平の文学作法」「バグワンと私」各二巻「ペンと政治」三巻「作・作品・批評」「歴史・人・日常」「堪え・起ち・生きる」「有楽 帖」「詩歌断想」「京の散策」そして次巻の「美の散歩」等々は、此の、心身を費やされた、とても「労作」程度のことばで足りない「大事業」無しには成し得 ようすべもなかった。有り難う、心より、ありがとう。

☆ 寒波到来、
東京は積雪大変でしたね。それこそ『妻籠』『夫籠』の数日でしょう。インフルエンザが流行り、よほどの用事がなければ、ひたすら閉じこもるのが、所謂「老人」と括られる年齢のわたしたちには最善の策です・・。
と言いつつ、わたしは滋賀や京都に出かけておりました。十数年ぶりか、記憶にないほど久し振りに銀閣寺など訪れました。絵のモチーフとしていくつか見定めたい場所があり、銀閣寺の雪の庭もその一つです。
選集が届いていて、その一つ一つがゆかしく思い出深いものばかりでした。再読改めて理解するには多くの時間がかかりそうです。夢中に集中的にこれから読むことにします。
先程から外では雪が降り始めました。数日前の雪は短時間に降りしき積もりましたが、それも翌日にはかなり溶けました。今日は静かな雪だろうと思います。 名古屋は冬の気候の影響を受けやすい地理的条件をもっています。日本海、琵琶湖から米原、伊吹山、関ヶ原、岐阜とラインを追うと分かりやすいでしょうか。 28日

故郷の街の花街について書いた本を読んでいました。わたしの祖父が通ったとか。「おじいちゃんはそこに行くと帰りに、おばあちゃんに御機嫌うかがいに櫛 なんか買ってきたのよ」と姉が話したことがありました。そのおじいちゃんは終戦の直前亡くなり、残された写真一枚もないのでわたしは顔さえ想像できませ ん。どんな人だったか、花街のこともどのように解釈しようもありませんが、本の中で取材に応じている人たちの、その方言や地名、まあ、懐かしいこと懐かし いこと! 不思議なものです。
このところ今まで書いたものを推敲したり、書いた時期にそって再構成したりで難渋しています。わたしのごく僅かのもので難渋などとは、鴉の膨大な原稿を思えば比較のしようもありませんが・・。

桜草の鉢を買いました。一人暮らしの頃は毎年必ず買い求めて 窓辺に置いて春を待ち楽しんだものです。シクラメンの白い花も蘭も大振りに華やかで楽しんでいます。が、庭の草花は雪や霜にかなり傷んでいます。
介護に困難な時期を迎えて病院に寝泊まりしている友人、半年以上も入院生活を余儀なくしている友人など、思えばわたしなど、まだまだ。今を大切にしたいと思います。
書きたい事、山ほどありそうで・・もう外は暗くなってしまいました。
近況おしらせまで、また書きます。
食欲快復されるよう、怪我などされぬよう、風邪ひかぬよう、お元気に。 29日  尾張の鳶

* わたしは、こういう佳いメールを独り占めできず、この「私語の刻」を倶にして下さる方々へも分かちあいたいのである。メールを下さる人にはご迷惑と分 かっているが、ただ「妻隠」の日々の暮らしを声なき声の対話のある佳い時間にしたいのである。だから佳いメールが来ると、何よりも嬉しい。

☆ この度は
新しい選集をお送り下さり ありがとうございました。
御礼が遅れましたこと誠に失礼いたしました。
昨日やっと六十五歳になりました。
これからが能役者(=宝生流シテ方)としての正念場と自覚しています。
今年11月には月並能で「野宮」を舞います。また改めてご案内申し上げます。
どうぞお体に気をつけて。   東川光夫
2018 1/29 194

* 京・山科の図書館学者で詩人である馬場俊明=あきとし・じゅん さんは、心優しくお便りにいつも佳い絵葉書を選んで下さる。今回は何必館=京都現代美 術館を成さしめた、梶川芳友所蔵の「太子樹下禅那」で、上半身をこのホームページ「私語の刻」一月のアタマへ飾っていた。
馬場さんは、以前に、三條大橋から知恩院や華頂山へ展望の昔々の記録写真のハガキを、また祇園八坂神社西楼門から四條大通りを俯瞰した昔昔の記録写真の ハガキをつかって便りを下さった。この二枚の懐かしさったら、ない。いくら眺めていても尽きないほど、その二枚は、わたしが四つ五つで南山城当尾の実祖父 の邸から京都市内の秦の家へ預けられ、幼稚園に通い出すよりまだ以前の記憶を、ありありと蘇らせてくれる。ことに三條大橋の東・南、いわゆる縄手(大和大 路)の起点の位置に、まるで積木の西洋御殿のような丈高い洋館がウソのように建っていて、とうのとうのとうの昔に消え失せたのだが、それが懐かしく眺めら れて夢見る心地がする。確かにこの洋館は在った。その南ならびに浄土宗のお寺が四軒並んでいた。
粟田山から将軍塚へ、東山は言葉通りに「蒲団きて寝たる」柔らかにかげった山容で、痺れるほど懐かしい。
もう一枚の東山線と四条通が廣い「T」字をなした間中に、市電が二台見えてある四條通りをまっすぐ来た電車は終点の祇園石段下で、線路を斜めに折り返し てまた四條通りを西へ帰っていった。東山線へも後に線路が繋がった。石段下四條の南側ははやくにサマ変わりしたが、絵葉書でみる北側は懐かしい記憶のまま の家並になっている。無数の思い出が噴き上げてくる。

* 写真家、東村山の近藤總さん、清酒「金婚」一升下さる。
指折り数えれば、わたしたちの「金婚」からもう九年も経っている。ふーん。有り難いと思う。
2018 1/30 194

* 鎌倉の橋本静一・美代子さんご夫妻、銀座千疋屋の見事な涼菓(DELUXE JELLY)を六つも下さる。感謝。
2018 1/31 194

☆ 平安な
新年をお迎えのことと存じます。
正月気分も抜けやらぬうちに、『選集』第二十四巻を頂きました。
源氏関係満載の巻にて、自分の浅慮がことごとく打ち砕かれるのではないかと、恐る恐る頁を繰っております。
まずは御礼まで一言もうし上げます。敬具  前・国文学研究資料館館長 九大名誉教授

☆ 「秦 恒平選集」24巻を
ありがとうございます。今回も父(故B・島津忠夫阪大名誉教授)がよめればいろいろに感想があふれるのではないかと思いますが 致し方ないことです。
記録的な寒波で雪もまだ残り寒い毎日です。少量の日本酒でしたら奥様も大丈夫でしょうか 御二人で暖まっていただけたら幸いです。  藤森佐貴子

☆ 略啓
雪は如何でしたか 我家のまはりは三十センチほど積りました。
「選集第羅十四巻」有難く頂戴しました。
奥様の御様子 まだ御恢復には時が必要なのでせうか 花の頃には御元気で会食できればと存じます 不備    寺田英視  前・文藝春秋専務

* 寺田さんの葉書は、三蹟の一人藤原行成筆の国宝「白氏詩巻」の部分で、筆の手の美しさに吸い込まれそう。

* 下野市の寺沼輝幸さん、三鷹市の唐澤篤男さん、 過分にご支援下さる。明治学院大学図書館からも「選集」受領の挨拶が有り。
2018 1/31 194

 

☆ 寒い日々が続いておりますが
奥様 お身体の調子は如何でございましょうか
「秦 恒平選集」二二巻 二三巻 再度勉強させていただきました。
「女文化の終焉」に、日本文化について興味を持ちはじめましたおり、貪るように読んだ白い本の記憶があざやかに甦ってまいりました。
「源氏物語」の中に「平家物語」が既に見えていると教えていただきますと、 みやびな十二単の絵巻がそのまま軍記絵巻に変ってゆくようでした。平家物語の 源流に、出家を許されない紫上のやむらやまれぬ心が制作した法華繪があったと知ると 「源氏物語」を生きる人たちかお゛ 急に動き始めました。
「強いことと美しいこととは、不可分に打ち重ねられて、武者の心映えとなった」
そんな平家武者が源氏に立ちむかった白旗赤旗の戦陣は さぞ見ものであったにちがいありません。
雄々しい武者たちより 我子を愛する無様で優柔不断な宗盛に心惹かれました。
「最初の中世人たち」「清盛」の中に、「二番手の宗盛に 意外に私は今も好意をもっている」という先生の言葉を見いだし 嬉しくなりました
昨秋は 京都国立博物館「国宝展」で 雪舟の代表作に再会することができました。 淺井忠があえて東京を離れて京都に移ったことに 雪舟が中央京都を捨 て尽し 地方画家として生涯を終えた決意と通いあうものがあった、とい御指摘に、ひとつ謎が解けたような気持ちになりました。
淺井忠の残した意匠に 同時代の日本風は アール・ヌーヴォーとはまるで違う深みがあるのは、雪舟が中国で手に入れたものを 日本の 京のものになずませずに 自分の目と手で描いたことに重なるのかもしれない……
それは 法皇の御物を見ることを拒否した頼朝の慧眼に通じるのかもしれない……
など、 いろいろと想像力の羽をのばして 楽しませていただきました
昔の読みと現在の私が重なったり 離れたりと 貴重な学びの機会を作っていただき、心より感謝いたします
もうすぐ 春でございます
先生 奥様 どうぞ お元気になられますようにとし お祈りいたしております
羽生 清    京都造形美大教授

* 読んで 想って 思考されて しみじみとお手紙を書いて頂いている。有り難いと思う。京・鶴屋の名菓をとりどりに寄せて頂戴もした。感謝感謝。
インタビューに保谷まで見えて頂いてから、二十八年になる…。お元気で。

☆ (前略)
本日「刊行に添えて」から拝読致しましたが、私も何度も愛読してきた(藤村作=)『夜明け前』の条りに来て、「(平田=)篤胤の『古史徴開題記』の「い わばヘーゲルなみに壮大でしかも堅実な手法や認識に支えられているのをコト細かに知ってゆくのは、思わず胸を撫でるように嬉しいことだった」「わたしの謂 う『愛読』とはそういうそういうことである」の一文に、ここまで「愛読」は徹底せねばならぬことに目を瞠らされました。その認識を与えて下さったことにま ず御礼を申しあげねばなりません。
まだまだ寒さが続きます折柄、呉々も御自愛のほどお祈り申上げます。草々不一
坂本忠雄  元・「新潮」編集長

☆ (前略)
御恵送賜りました『秦 恒平選集』第二十四巻、少しずつ拝読させていただいております 今は、(『古典愛読』中の=)「一字一句 深く読み透す」「歓喜咲楽 伏流する裏文化」 「一期一会 散ってまた咲く」を拝読させていただいたしころです。題名にございます「深く読み透す」という、その「透す」の大切さをご教示いただいてい る、と思っております。「『貫く棒のように』タテ読み」ということも、心に残りました 読書するということのひとつを学ばせていただいた気がしております  これからまた少しずつ頁を繰ってまいりたいと思っています。
末筆ではございますが、ますますのご自愛を深く念じております。 敬具
馬渡憲三郎   前・藝術至上主義文藝学会会長

* 東京大学大学院からも「選集」受領の挨拶があった。

☆ 「谷崎はブルジョア世界
鏡花はアーチザンの意気と鬱憤」という御指摘に、これまでに読んだ二人の小説が 左右にはっきりと分けられてゆく爽快感を味わいました。  京・高野  羽生清

☆ 秦 恒平様
選集第24巻 おめでとうございます!
どうぞお体大切に頑張って下さい。  琉   義妹

* いつものように多大の支援を戴いた。ありがとう!

* 中野区の安井恭一さんからも選集へご支援を戴いた。感謝申します。

☆ アスクレピオスに関する蛇足です。
プラトン『パイドン』の最終章、ソクラテスが毒杯を飲み干した後クリトンに発した最後の言葉は次のように終わっています。

「アスクレピオスに、われわれは鶏一羽の借りがある。どうか忘れずに、お返しするように」。(朴一功 訳)。
「アスクレピオスに鶏をお供えしなければならない。忘れないで供えてくれ」。(池田美恵 訳)

ダヴィッドの絵画「ソクラテスの死」に描かれているように極度の緊迫した場面での最後の言葉としては違和感があることから色々な解釈があります。

・ソクラテスは実際にアスクレピオスに鶏の借りがあったから返すように言った→  この対話編の
むすびの文章はソクラテスを「最も正しい人…」と書いているので、パイドンが賞賛している言葉 とする。
・アスクレピオスは医神とされているので、捧げ物をするという行為の指示ととる。死は病の解放
であるから医神に捧げ物をするというもの。
しかし、ソクラテスが「人生は病である」としたという記述は見当たらない。

プラトンは、読み手に明快な説明、答を示さずに、時には読者を放り出すことをしますが、これもその手法かも知れません。最後の場面を嘆き悲しむsceneにしてしまったら、ヴェルディ悲劇のオペラのようになってしまいますから。    篠崎仁

* 「鶏一羽」 微妙に難しい。プラトンは多くの場合ソクラテスの言葉に借りて著述している。プラトン自身の本音は容易に掴めない。「鶏一羽の借り」が何 らかの諷刺か皮肉であるとも勘ぐれる。アスクレピオスを神格視しての神前へ生け贄と謂える余地はある、が、ピンと来ない。判らない。
それより、アスクレピオスの人命・人間観が、近代西欧ないし現代欧米にみうけられる「優生医学」へ繋がっているのか、どうか。その先へ出て行くと中国で 実例が生まれた「人工人間」の問題とも深刻に関わり出すだろう。人間は、遺伝学やマトリックスで生命に余計な手を出し、結果、恐竜などよりも比較にならぬ 超短命で一度地球上で壊滅してしまうのかも知れない。
2018 2/1 195

☆ つひな(追儺)
赤松と椎木の林、(京=)吉田山のいただきに居ます。
たくさんの烏が鳴き交わし、その声だけでも心さわぐのに…
お寺からはマイクをとおした般若心経が、神社からは祝詞が、そして麓からは交通整理の拡声器の音までもが聞こえています。
あちらの音、こちらの音、そのうえ天からふりそそぐ音までして、神楽岡はにぎやかです。
選集二十四巻を、この頃は毎日持ち歩いています。
今日は、神楽岡で読みたいものと思ってでかけて来ました。
夜 更けてから読むのも、美しいみな底までつれて行ってもらえて楽しいのですが…
働いていると、自宅で過ごす時間が少ないので、通勤のあいだも読みついでいます。
此の世に身をおいて、ざわついた中で暮らすには、日々のさわがしさからいっときでも逃れるには、先生の御作で游ばせていただく。
言葉をかみしめて、ゆっくり味わうことで、なにごとからか救われる心地になります。
今日はお休みで、そのうえ陽もさす穏やかな天気なので、外の気にあたって読みたいと思いました。
めくる頁の白の色が、いつも家で目にする色とちがっています。やわらかく光って、文字の黒をうきたたせてくれるので、言葉がいつもより胸のふかいところにまでとび込んでくるようです。
あ! 笛の音に、太鼓までひびいてきました。
さまざまな音が、いり乱れて聞こえてきますが…
それは、邪魔な音ではなく、此の世を生きる「いとなみ」の音だと、このごろは、思えるようになってきました。
とりいそぎ『つひな』にむかう京都の音や光を、おつたえ申します。
東京は、雪のふりつむ日と伺いました。
どうぞ、お怪我や、お体調にさし障りがございませんように。
祈っております。 百 拝

* わたしも、今、吉田山にいる心地がする。感謝。

☆ 秦 恒平先生
新年のご挨拶を申しあげぬまま 立春が間近となってしまいました いつになく寒い日が続きます
奥様ご療養中の由、一日も早いご平癒をお祈り申し上げます。
先生お手ずから御発送されました 先生の選集第二十四巻を拝受 忝ないことでございます 心より御礼申し上げます。
いつもの開新堂のクッキーが 取れますのにお日にちがかかりそうですので 私の店(山本道子の店)のマーブルクッキー(二缶入)を送らせていただきます
先生 奥様 くれぐれも御身ご大切にあそばして下さいませ
奥様がお加減のすぐれません時にも御礼状をお書きいただいておりますが 御礼状ご辞退いたします 御養生下さいませ       村上開新堂店主

* ありがとう存じます。

* 湘南の永田澄雄さん 洋酒シーバス・リーガルとオールド・パーの二箱を下さる。感謝します。

* 藤森佐貴子さん、夫婦でと名酒「元文」を二種二本送って下さった。恐縮です。

* つくばみらいへ引っ越したばかりの元・筑摩書房持田鋼一郎さんから「選集」受領のお手紙。
2018 2/2 195

☆ お尋ねに、おこたえ申します。
一年のうち、大元宮の開扉は、正月三ヶ日と節分祭の三日間、朔日詣りのみと、案内板に書かれてありました。その駒札が、よく説明して下さっているので、書きうつします。

「天神地祇八百万の神をまつる大元宮は、神官卜部氏の邸(室町)から、文明十六年に吉田兼倶が移築。慶長六年建立の本殿は、正面八角に六角の後方を付 し、屋根は入母屋造・茅葺、棟には千木をあげ、中央に露盤宝珠をおき、勝男木をおく形式は、神仏習合と陰陽五行を根本にする吉
田神道の理想を具現化したもの。」

千木は、前方(南)を内削ぎ(水平)に、後方(北)を外削ぎ(垂直)にしてあります。勝男木は、前方に丸材を三つ重ねにしたものを三組、後方に角材を二つ並べにしたものを二組おいて、その中央には露盤宝珠がおかれた特殊な形です。
千木の形がわかるように、前方と後方の写真を添付いたします。
正面の切妻にかかげられた文字は「日本最上・日高日宮」と書いてあるように思えます。
三枚目の写真は、延喜式内社三一三二座の内、山城國と大和國です。
お楽しみいただけましたなら、嬉しく存じます。 百   拝

* 佳い写真を戴いた。
天を刺す神社の千木に、なぜか惹かれる。
吉田といい吉田神道といい、特異な圧力で今日の思いにすら迫ってくる。兼好法師も思い出させ、櫻姫をはじめ数々歌舞伎の妖異も想わせる。吉田山、船岡山、双ヶ丘。京都市内の三つの山の不思議さ、不思議な懐かしさ、怖さ。

* 品川区の本間久雄さん、小松市の八代啓子さん 有り難いご支援を戴く。
2018 2/3 195

☆ お元気ですか、みづうみ。
相変わらず咳き込んでいます。がっかりです。
話題かえます。
みづうみもよくご存知でしょうが、ヘミングウェイの『キリマンジェロの雪』は次のように始まります。
キリマンジェロは、高さ一九七一〇フィート、雪におおわれた山で、アフリカ大陸最高峰といわれている。西側の頂上はマサイ語で”Ngaje Ngai”(神の家)と呼ばれている。この西側頂上に近く、凍結せる豹の死体が横たわっている。このような高所にまで豹が何を求めてやってきたのか、だれも説き明かしたものはいない。(大久保康雄訳)

この書き出しを初めて読んだ時、なんと素晴らしい掴みだろうと痺れてしまいました。豹は世界でも最も美しい動物のひとつです。そのサバンナの王者の豹が標 高の高い、雪におおわれたキリマンジェロで凍結した死体として横たわっているなんて、ぞくぞくしました。そして、この一見あり得ない話はヘミングウェイが 現地で実際に聞いた話で、事実に違いないと直感しました。その後自分が拙い小説を書くようになると、『キリマンジェロの雪』という作品は、ヘミングウェイ が凍結した豹の死体の話を聞いたときに着想されたのではないかと思うようになりました。
先日BS放送の「ワイルドライフ」という番組でキリマンジェロの自然が放映され、みづうみもご覧になっていらしたようです。……「ワイルドライフ」でキリマンジャロのサバンナに生きる動物たちの姿や足跡を見せてもらった。テレビが我々には珍しい異国の大自然を見せてくれるのは嬉しく歓迎できる。……と書いていらっしゃいました。
私は途中から観始めたのですが、すぐにヘミングウエイのこの書きだしを思い出し、「これだ」と興奮してしまいました。凍結した豹の死体の謎がとうとう解けたのです。
番組で も大変貴重な映像が撮影出来たと言っていましたが、サバンナの過酷な乾季に多くの動物が水を求め、暑さを避けて移動する、ゾウのような大きな草食動物まで もが、キリマンジェロの森の中へ、さらに高い場所へも山を登っていくという事実に驚愕しました。そして草食動物を追って豹もキリマンジェロを登るに違いな いと理解できたのです。
それで も豹が頂上付近で凍死したのは謎ですが、ヘミングウェイの記述が現実にあり得ることが証明され、胸がいっぱいになりました。豹は獲物を求めるうちに高いと ころまで迷いこんだのか、あるいは野良猫のように死に場所を探しているうちに倒れたのか、色々想像は尽きません。
「このような高所にまで豹が何を求めてやってきたのか」とヘミングウェイは書いていますが、私はこの豹は獲物でない何か、今まで見知ったことのない光景を求めて野生に促されて高みに登ったのではないかと思いたいのです。
小説 『キリマンジェロの雪』はささいな傷から右脚が壊疽にかかり死にかかっている小説家ハリーが、終わろうとしている自分の人生を苦く振り返りながら、自分が いつか書こうと思っていて書かなかった小説、書くことはたくさんあったのにもう書けない小説を、次々と頭の中で描き続けます。ハリーは最後に、自分を助け にきた飛行機に乗る場面を思い描き、飛行機からキリマンジェロを眺めています。

前方に、見わたすかぎり全世界のようにひろがっている、巨大な、高い、キリマンジェロの突兀たる頂きが、陽光を浴びて信じられぬほど純白に輝きながら、その全容をあらわしているのだ。そのとき彼は自分のめざしているところはあれだなと気がついた。

キリマンジェロで凍死した豹は小説家ハリーの分身であり、ヘミングウェイ自身のことであり、小説家というもののあり方のようにも思えます。自分が生存出来 ない頂きまで登ろうとしてその途上で死ぬのが小説家の定めで、凍結した豹の死体は世にも美しい「作品」ではないか。私はそのように読んでいます。サバンナに生きる動物は過酷な自然のなかで、死体ですら数週間でなくなるのがふつうですが、キリマンジェロの雪の中で凍結した死体となっているこの「豹」の象徴するものに心惹かれてやみません。
また雪が降るという予報があります。暖かく、ご無理なさらず、病気怪我なくゆるゆるとお過ごしくださいますように。
冬  嚴といふ字寒といふ字を身にひたと  虚子

* ひしと迫る生きた言葉、胸へ突き立ってくる。

*  古証文という言葉がある。「古い証文 効力のなくなっている証文 故券」と辞書は教えているが、「古証文をもちだして」という世間でのややこしい物言いも ある。あれは、あれも、それもとか、その時は、あの時もと「古証文」を並べて押して出たり歓心を買いたげな物言い、とかく心弱い人間ほど仕勝ちではある が、宜しくは思えない。
2018 2/3 195

☆ 2月は誕生月なのにいやな月です
あなたはお元気そうで何よりです。
私は歩き過ぎたせいか軽い膝関節痛で医者通いです。
マア 散歩は中断していますが、全く歩けないわけでもなく暖かくなればと春を楽しみに待っています
又…     花小金井  泉

* わたしとほぼ同い歳で 日々に萬歩、何千歩とは無理が過ぎると思っていた。歩きすぎていいことは無いとわたしは予防している、が、まるで歩かないのも怠けすぎに相違ない。やれやれ。
2018 2/7 195

☆ 春分過ぎて
陽ざしは春らしいのですが、まだまだ冷たい日が続いています、お変わりありませんか、
今日は、京都市外の地図が手に入りましたので送りました。以前より大変開けた様に思います、
近頃はネットのグーグルが進んでまして 地図を作らない様です、銀行の粗品ですが!
色々と楽しんで頂けたらと思って、
まだまだ冷たい日が続きます、お気を付けてお過ごし下さい。  京・北日吉   華

* 京都を、うろうろと妄想し続けているのを察してくれての親切・好意と思う。感謝。
いま、わたしが気を集めているのは、「南区」。 市内中央を稍逸れていてか、精微な地理が見わけにくく、超細字を読み取るには、眼も不自由で。実地に歩きたいが。いま、感心はもっぱら京都駅よりも「南」一円。鳥羽、久我、羽束師、向日。

* 夕刻に、あだかもバレンタインチョコの風情のモロゾフの一箱を添えて到着の大きな京都周辺地図は、上の希望にバッチリの有り難いものだった。地図に書 き入れの活字の小ささはどうにもならないけれど、洛南の大模様は道路や河や緑地帯ももろともよく察しが利く。感謝、感謝、「華」さん。
さ、何としてもわたしの世界へ跳びこんで行かねば。ああ、それにしても、自在に歩き回れたらなあ。
2018 2/8 195

☆ 拝啓
「秦 恒平選集第二十四巻」を御恵送下さりありがとうございます。
古典について学者ふうにではなく、好き勝手に自由自在に「貫く棒のように」タテ読みするという読書の姿勢に、とても励まされる心持ちになりました。
考えてみれば恥かしい程の読書体験ながら、例えば中学のとき就寝時に楽しみで読んだ芥川や、高校のとき、半ば勉強、半ば楽しみで消燈前に読んだ「徒然 草」や「枕草子」の丸本 そして学生時代にやはり楽しく読んだ小林秀雄の「無常といふ事」などが 妙に一つになって感じられることがあり、あのような思い 出も、秦さんの言葉に触れてみると不思議に 貧しくとも充実した読書の営みの証しのような気がしてまいります。
ありがとうございました。 敬具   久間十義  三島由紀夫賞作家

☆ (前略)
(このところのアレコレに関わっていて) やっと古典の世界に浸る心構えになったところです。
「古典愛読」から始めましたが、のっけから愛読書の多さに圧倒され、『古事記』の「遊部」と「遊び」の解釈に 己のいたらなさを思ったりで、「楽し」む 心境に少しでも辿りつきたいと念じています。というわけで、お礼とお詫びを言上。ご自愛を。 敬具  徳島高義  講談社役員

* 選集24巻の「目次」を添えておく。

平安女文化の素質

竹取物語 連続講演 ① 前後の見境 ② 竹と富士山 ③ 文学としての竹取物語

枕草子 春は、あけぼの 放送

枕草子独白 一つな落としそ いはでおもふぞ

源氏物語の本筋

源氏物語の命脈 桐壺更衣と宇治中君 講演

源氏物語独白 桐壺の巻 加賀少納言 薫と匂 空蝉と軒端の荻と
夕顔と大顔 葵上 ほほ笑む 京言葉で源氏物語

古典独歩 秋萩帖の道風 後撰集の大輔とは誰ぞ 和漢朗詠集と女文化
古典の母子と私 竹芝寺跡不審 今昔物語の「語」

古典愛読 中公新書版   ① はじめに  ② 一字一句  ③ 歓喜咲樂
④ 一期一会  ⑤ 断絶平家  ⑥ 一知半解

選集第二十一巻 刊行に添えて
2018 2/10 195

* 京・古門前の「おっ師匠(しょ)はん」が電話でわたしの「声を聴」いて来てくれた。東京へ所用で来ていてもう帰ると。春には「奥さんと一緒に帰って来てや」と。「おおきに」
2018 2/11 195

☆ 京都から
昨日京都に来て、今日は娘と二人で歩きました。
美味しいものを食べ、と言っても ラーメンなどですが!
京都はやはりまだまだ寒いです。
明日は絵の教室、そして家に帰ります。たぶん鴉からの本が届いているでしょう!
発送を終えて、どうぞ一休み、お身体休めて大切に。
この冬はインフルエンザに特に気をつけてください。   尾張の鳶

* 九時過ぎた。もう二階から降りる。今週は、歌舞伎座へ行ける。そのあと、しばらく気の楽な日々がつづく。
2018 2/11 195

☆ 氷室わかれ
蹲に張った氷があつく、一日中とけない日が続いています。
厳寒にむすばれた氷が、宮中に運ばれる。
源氏物語『常夏』に、「釣殿で氷水召して…」とあった氷は、鷹峯街道を下って運ばれていました。
そう言えば、鷹峯街道は、千本通りに重なっていて、その千本通りは、宮中にまっすぐ突きあたる朱雀大路の別称です。
鷹峯の中ほどに、今、私の住む家があります。
もう、ずいぶん前のことになりますが、氷室を探しに出かけたことがありました。「氷室」へは、光悦寺を過ぎ、古道長坂から京見峠を越えて、城山へ至る道を辿ってまいります。
「氷室わかれ」と書かれた辻を、さらに登ると、名残りの窪地と氷池の跡に出会えるのです。
『栗栖野氷室』と往古に呼ばれた地は、一度途絶えてしまったので、今ある場所が、平安の頃そのままとは言えませんが… 四方を山に囲まれ、一段とひいやり感じられるその気配は、透きとおった水が凍ってゆくのに相応しい場所に思えました。
故地には『氷池風神』を祀るともいわれる『氷室神社』があり、主水正(=もいとりのつかさ・もんどのしょう)であった清原頼業が、奈良春日野より勧請し、拝殿は後水尾天皇の女二之宮ゆかりと書かれてありました。
「もいとりのつかさ」が司どるものは、水と粥と氷室であったと思い出し、『礼記』のことも思い出されました。そして、氷の大事な用途に、葬礼に欠かせないことがあるのだとも。『氷連』と呼ばれたこともあり、なにか葬送に関わる者であったと思われてならないのです。
こんなふうに、様々に思う時、掌を見ます。
見ながら「私は、誰なのか?」と問うてみる。そうすると、私は、人で無くなり、水になる。
いつものことではございますが… とりとめのないことで…
経信が詠んだ歌をおいて、失礼させていただきます。
「春もみる 氷室のわたり けを寒み こや くるすのの 雪のむらきえ」
お体調のすぐれないご様子、心配でなりません。
まだまだ寒い日が続くようでございます。どうぞ、お大切になさって下さいませ。
はやく良くなられますように、祈っております。 百 拝
2018 2/12 195

☆ 湖の本届きました
なんとお元気なと感心しています。
この週末には81歳
ご近所に八十七歳の元気なお友達がいますので いつも鑑としています。
気力のある間に京都へ行きたいよ。    花小金井  泉

* 81とは、まだ若い若い。
蹴躓くなかれ。気は若く若くあれ。
誰に遠慮もいらないでしょう、気力振り起こして 短い旅を 楽しまれよ。
何がしたい どうしたい こうしたい というのを思い描くこと 大事です。
思い出を喋りまくれる健康というのも、老いぼれを防ぐ妙薬です。
お喋りを楽しまれよ。

☆ 本日、『湖の本』138
「美の深窓・美の散歩」 をいただきました。早速に拝見しました。
秦さんの恐るべき審美眼に感服しました。私の知らない領域がかくも豊かにあるものかと、感銘を受けました。ありがとうございました。
「私語の刻」で昨秋、奥さまが大変危険な状況を体験して、生還なさったことを知りました。よかったですね。与えられ直した命だと思います。
ご夫妻のお幸せが長く続きますようにお祈りいたします。 並木浩一  ICU名誉教授

☆ 秦恒平様
本日、「湖の本」138巻、拝受いたしました。
早速、芹沢銈介を拝読いたしました。唐木順三先生が「近代は型を喪失した」と書かれているのを大昔に読みましたが、ご文章を拝読しながら、その意味を改めて考えた次第です。
今度引っ越しましたつくばみらい市の絹の台は、バブル末期に突如畑と林の中に出現した碁盤状の道路に整然と住宅が並ぶ街で、インフラは整備され、公園や 大型店舗が徒歩圏に散在し、緑も豊かでなかなか住みよい街ですが、歴史が浅いだけになんとなく町の香りとか味と言ったものにやや欠けるといった気がいたし ます。
ただ、我がマンションは桜の公園の真ん中にあるので、桜の季節が楽しみです。
つくばエキスプレスが都心へのアクセスの手段ですが、そのスピードの速さに驚いています。毎日の生活はいままでと変わりませんが、散歩の道がいろいろあるのが楽しみです。
今後、鬼怒川、小絹川に沿って散策してみようと思っております。
最後になりますが、ご令閨様のご快復心からお祈りいたしております。  翻訳家 持田鋼一郎
2018 2/12 195

☆ 拝啓
このところの雪害のはなはだしさ「北越雪譜」を他所事として読書していたこと反省されます。春よ来い早く来いり思い、奥様ご療養の趣、早いご快癒念じております。
『秦 恒平選集』第二十四巻御恵与たまわりありがとうございます。読書の営み 本筋のご提言に導かれ「古典愛読」愛読いした頃なつかしく思い出します。
それにしても秦少年の早熟に驚嘆、文学の創作・鑑賞ともども 教えられて成るものではないと痛感します。
実は「春風馬堤曲」学生たちと話題にしたことあり、境涯俳人とされることのない蕪村にして、作品を実人生にからませることにやや疑問を抱いたことでし たか。確かに老いてほほえましい春情うかがわせる箇所はあるものの、老いての郷愁とからませるこれまでの理解捨てがたく、「榻」、川をのぞむ堤の傍茶店の 前の床と解しておりました。
風邪こじらせ熱下がらず外出ままなりませず、小林論文再読してからお礼言上と思っており が果たせません事、失礼のだんお許しください
かはりばえしませんが郷里間(稲庭)うどん少々、どうか着到ご返書放念ください。
蕗みそを添えての年忌案内かな
最後に残った叔母の一回忌、おばが亡くなるとなんでか いとことの縁も薄くなり、血縁とは何かなど考える日々です。
くれぐれもお大事に。お礼言上遅くなりまして  草々  周  神戸大名誉教授

* 秦野市の山田吉郎さん 京・有栖川の桐山恵美子さん 福島県立図書館からも 選集へのご挨拶があった。

* 墨画伯の島田正治さん、都留文大名誉教授の宗内敦さんから「湖の本」138へ丁寧なお手紙を戴いた。
2018 2/13 195

☆ 『湖の本138 美の深窓・美の散歩』を拝受し
「私語の刻」を読んで、奥様のご不調が、真に”大患”であったことを知り、そんな中に選集をお進めになりお送りいただいていたのかと、身が竦みました。ご快癒のご様子に安堵いたしております。
母が茶道・華道を教えていたので環境には恵まれていた筈なのに、一向に諸事身につかず、今になって秦さんの文章にいろいろと感じ学んでいます。
ご恵贈ありがとうございました。   元。講談社出版部長  敬

* 故・東大法学部長福田歓一氏夫人から、故・阪大名誉教授島津忠夫さんのお嬢さん藤森佐貴子さんから、「湖の本」へお手紙いただき、藤森さんからはめずらかなチョコレート二箱も頂戴した。
妻からもバレンタイン・デーとかで佳いチョコレートをもらった。近藤聡さんにいただいていた美味い澱酒の肴にチョコが合うのに驚いたが、酔ってもしまった。
2018 2/14 195

* 京都の森下辰男君、元気なメール。選挙制度の改定運動に粉骨邁進しているようす。世の中、動いてくれるといい。

☆ 湖の本 第138巻おめでとうございます!
寒い中、またお二人で頑張って出され、本当におめでとう!
本当によくぞ頑張れますね。

私は、日々、今日は何をしたかなあ? と日記をつける時に思わず考え込むような日々を送っています。

でも今日は、水彩の絵を描きました。

青い色だけの絵を描いてみようと。

まだ自分の中からは抽象的な形を描くことは難しく、でもいつかは自分の抽象画を描いてみたいのです。
静かな風の通っていくような絵が描けたらなあと願っています。
どうかいつまでもお元気でいて下さいね。
無理しないようにしてね。 琉  妻の妹

* ありがとう。
2018 2/14 195

* 亡くした孫やす香の一のお友達、かおりさんはもうお母さんになっている。あれ以来、ずうっと分痛やお付き合いがあり、わたしには、まいとしバレンタイ ンデーにはチョコレートに添えてメッセージを呉れる。昨日も、「おじいさま 大好きです!!」とあいらしい「ゆい佳 ちゃん」と「一緒」の写真を送ってき てくれた。やす香からはるばる届いたような嬉しさと懐かしさとで、しみじみ眺め、念入りに選ばれたらしいチョコレートも感謝して口にした。優しい人。あり がとう。ありがとう。また会いましょう。ゆい佳ちゃんもお母さんもお父さんも、お元気で。 やす香のおじいやん

☆ 朝、
起きがけに玄関先から前の通りまで、3メートル足らずの間の雪かきをした(雪国での常識)のに、その後も降り積もって、『湖の本』の配達者は、深い足跡を残していきました。
「雪、大変のようで」とお見舞いをいただきました。下保谷でも先だっては「大変だった」ようですが、こちらは大変どころではありませんでした。今年の雪 の特徴は、風を伴わなかったということです。ですからどんどん積もりました。庭の灯籠はコックさんの高い帽子をかぶったようでした。窓から見回しますと、 枝の混んだ庭木の枝折れもあちこちに見受けられますが、雪が深くて近付く気がしません。
『湖の本』の届いた昨日は、月に一度の通院の日でしたので、誌代の送金だけにして、今日受け取りの筆を執った次第です。
昨日の通院は、なんとか車で行けました。途中対向車があると徐行しながらです。田舎の生活は、車なしではやってゆけません。先月、大降雪前に、高齢者運 転講習会に行き、第1次テストに無事パスしました。76点以上がAランクのところ、90点でした。もう一度、第2次テストに受からないと、免許の更新は貰 えないということです。
「138 ; 美の深窓・美の散歩」は、私の好きなテーマです。 すでに『顔と首』(サイン本をいただいています。)で内容の重なる部分は読んでいますものの、「美の散歩」が楽しみです。
『選集』24巻、24巻にして、初めて一気に通読しました。『湖の本』で「枕草子」を読んだばかりでもありましたが、いわゆる古典がなつかしくよみがえりました。
ただ、一つ気になったことがあります。『古典愛読』を読んだときからそうだったんですが、それは、「歓喜咲楽」のなかで芭蕉の「加賀中山での三吟」につ いて書かれた、その「加賀中山」という地名です。「中山」という地名にこころあたりがないので、原典にあたって確認しようと思っています。
昨年、特にその後半は、秦家にとって「大変」な日々でした。
今年は、どうぞ安穏にとお祈りしています。
『湖の本』138の受け取りまで。   お大事に
雪がふるふる雪みてをれば   山頭火
(胸のそこにも薄こおり    有即斎)
2月14日 午後5時
井口哲郎 (元・石川県立小松高校校長 石川近代文学館館長)

* 秦家の北向き塀のまえにだけ、まだ雪が長々と積んで凍って残っています。日の当たる道路の大半は平常に戻っていますが、わたしの振るうスコップは、て んで歯が立ちません。中宮と少納言のようにいつ消えてくれるか胸の内でひとり占ってますが、三月中は消えまいナアと弱っています。幸いひと様の妨げになら ぬ程度に塀へ張り付いています。

☆ 二月半ば
12日関西からの帰り、北東の空は濃い灰色の雲。米原辺りは雪だろうかと思って電車に乗りました。近江八幡辺りで白いものが降り始めたかと思いましたが、能登川、彦根、空は徐々に明るくなり、斑の残り雪はまだ溶けないものの福井や能登、金沢の雪が思いやられました。
時間が許せば能登川に降りて・・など思うばかり、車窓には早くも暮れ方の気配が広がって。
13日朝、宅急便で湖の本が届きました。『赤絵の魅力』など雑誌や新聞に掲載されたものは初めて読むことができて嬉しい限りです。
HP日録冒頭の写真、下の二行、「スペイン ブルゴス東南 サン・ドミンゴ・シロス修道院の回廊 この廊の奥の 深い闇の向こうへ いづれ帰って行くような気が」とあり、胸衝かれる思いです。
生き急がないで下さい。選集も33巻まで急がないで下さい。一読者の思い、友人としての思い、さまざまな思いのままに訴えます。抗がん剤の副作用による 歯の劣化、大事な視力の問題、当人でなければうかがい知ることもできないさまざまな困難、ただただ良き方向にと願います。
元気に長生きは誰しも願うことでしょうが、わたし自身も時に意気消沈、何やら心配することもあります。
久し振りに図書館から本を借りて或る小説を読んでいたら、来迎院が出てきました。宋から来日し建長寺を開山した臨済宗僧侶蘭渓道隆や日蓮(蓮長)ゆかり の来迎院・・と、迂闊にもこれまで知りませんでした。勿論現在の静かな佇まいを存分に味わうことに変わりありません。そして泉涌寺や月の輪陵も戒光寺も。
少しずつ春を予感します。
どうぞ元気に過ごされますように。クタビレ、早く回復なさってください。  尾張の鳶

* 雪の中でも鳶の飛翔力は底知れず。鴉は、雪の枝に身を固くして寒々ととまっているだけ、蕪村の繪では。
ますますお元気で、怪我の無いように。心ゆく詩作・画作、そして深い思索をも。

☆ 略啓
(前略) 御文中 上村松篁なきあとの花鳥画の行末を案じる御文章がありました
小生も 佐多芳郎なきあとの武者繪の後継なき事を案じました。
改めて拝眉の上にて  不備   寺田英視  前・文藝春秋専務

☆ 拝啓
このたびは「湖の本」138巻を頂戴しまして 誠に有難うございました。 奥様大病のご様子を「私語の刻」で知り、選集発送 本当に大変な作業をと、お 見舞い申し上げたのですが、それほど奥様が苦しまれたとは存じ上げませんでした。とにかく御無事で退院、暮には八十二歳のお誕生日を二人で迎えられました こと、心よりお祝い申し上げます。
やっと数日前に御『選集』24の「古典愛読」を読了したところでした。

「読書子各人の素質と語感と人生体験にそって」自分のものになって行く姿が 『古事記』から『小野お通』へ辿る道行や、「鯛」と「桜」の『細雪』まで飛翔する様  『源氏』の「色」と通底する底の深さ 『平家』清経への凝視が、太宰賞の『清経入水』に結晶される姿、『梁塵秘抄』の後白河院の深い思いが、「御口伝」 を産み、源資時という実技での高弟を得た歓び、「死なれた」悲哀より「死なせた」痛みや悔いの考察、蕪村の『春風馬堤曲』での少女と老人のかかわり等々  挙げつづけられませんが、細部から本質へ迫ろうとする著者の姿勢が、秦さんご自身の小説へいたるのだと 大納得、興深く拝読しました。
「湖の本」138での尋常ならざる古典やグループ展、能や歌舞伎まで、東奔西走とはこのことと圧倒されました。
春間近。お二方のご健勝を祈るのみです。   講談社役員  徳

* 恐縮し、心より感謝申し上げます。

* 神戸の歌人教授岡田昌也さんには、とびきりの粒雲丹60グラム詰めを頂戴した。俳人奥田杏牛さんからもお手紙と洋菓子を、四国の大成繁さんには讃岐うどんをたくさん頂戴した。

* 山梨県立文学館の中野和子さん日本文藝家協会の高橋靖典さん、静岡大教授の小和田哲男さん、練馬区の道田晴美さん、伊集院静さん、作家の杉本利男さ ん、俳人の清沢冽太さん、渋谷の佐藤宏子さん、水田記念図書館、東海学園大名古屋キャンパス図書館、三田文学編集部、作新学院大、早大図書館、上智大図書 館、明治学院大図書館から、「湖の本138」受領のあいさつがあった。

* 作家の出久根達郎さんから、「湖の本」へ四册分の送金があった。感謝。 2018 2/16 195

* 金澤の劇作家松田章一さんから「続左葉子通信」お手紙と金澤名菓の「金つば」一箱を頂戴した。金澤の菓子は京都とならんで味も姿も美味しい。松田サン トはほぼ同世代、金沢大附属高校で講演させてもらったり、街をご案内いただいて、その時、桶谷秀昭さんと出会ったりした。遠い昔語りだが、通信ではお元気 そうな。何よりです。

* 茨木の批評家石毛直道さん、前の淡交社編集局長服部友彦さん、妻の従弟の濱靖夫さん、立命館大平井記念図書館、久留米大御井図書館からも「選集」「湖の本」などへの挨拶があった。
2018 2/17 195

☆ みづうみ、お元気ですか。
私語の更新がないと、ご体調の心配、ご家族の心配、パソコンの故障など色々な想像で気を揉んでしまいます。歌舞伎のお楽しみで、ああ良かったと安心いたしました。
湖の本無事に頂戴しております。ありがとうございました。もし湖の本の読者でなかったら、自分がどんなに狭く浅い思索の中に生きていたことだろうと恐ろ しくなるほどです。湖の本は、毎回、新しいものの見方を教えてくれます。今回の巻頭の「顔と首」も、自分が無意識で無自覚であった日本における「顔」の表 現に新しい視点を与えてくれるものでした。

能面はたんに部位でも記号、機能でもない。たんに表情でもない。人を表わしながらそのままの人の顔ではない。が、神をも表わしながらひたすらに超越的な神や仏の顔でもない。有でも無でもなく、まさしき、その「間=中程」の顔をしている。

しかも日本的表現の秀れた特質を悉く文字どおりの「顔」に印象的かつ絵画的に集中させていて、断じて西欧流の「首」でない。

能面ほど美しさに於て、美しさを支える民族的個性に於て、際立った特色ある発明と創造は他にない。

文字どおり「神」と「人」との「間」に日本人の哲学も人生も美も生まれてきた特別な歴史を、我々は能面に魅入られながら、想ってみることができる。

 

以前から能面に惹かれるのはなぜだろうと考え続けていましたが、秦恒平の「言葉」を媒介として、能面の魅力が初めて自分の中に落ち着く場所をもったようで す。自分が言葉に出来なかった何かを見つける歓びは読書の幸福です。この一冊からもたくさんのこのようなしあわせを頂戴することでしょう。

御礼まで、ひと筆。   韮  畑とも庭ともつかず韮ふゆる  豊子
2018 2/18 195

☆ 謹啓
“春は名のみの風の寒さよ’,という唱歌のとおり、余寒なお厳しく冴え返る日々がつづいております。ご一同様、いかがお過ごしのことかとご案じ申しあげております。
このたびは、創刊32年のご高著『湖(うみ)の本』(138号)を賜わり、有り難く厚くお礼申し上げます。いつもご高配にあずかり、深く感謝しております。返信が遅れましたことをお詫びいたします。
さて、この巻は、先生の「多年親炙また傾倒」の「美の深窓・美の散歩」という美との出会いの「永遠の一瞬」を意識しながら拝読いたしました。
若き日、中井正一の「人々は価値のあるものとして、真実であること、善良であること、美しくきれいであることの三つを好み、尊敬し、愛するのではないだ ろうか」(『美学入門』)というシンプルな言葉に魅せられて、美術館めぐりをしたものですが、残念ながら干からびた感性なのか、いまだに「親炙・傾倒」す る「永遠の一瞬」の出会いがかないません。
本書にはr村上華岳一内なる不安の凝視Jとありますが、この冬(1月中旬)、久しぶりに、何必館の「華岳、山口薫、魯山人」展に足を運んでみました。
しかし、先生のように「両の掌で顔を蔽って泣きたくなる」こともなければ、梶川芳友館長のような「身震いするほどの感動Jに立ち尽すこともありません。おそらく小生には芸術を愛する審美眼をもちあわせていなかったということでしょうか。
それにしても、「美の散歩」を眼で追っていると、2001年秋、「梶川館長の原点、何必館創立の原点作家」の三人展に訪れておられるのを知り、この冬、 小生が何必館の三人展をあらためて鑑賞できたことを喜びとしたい。少し前の133号の「京の散策」では、先生と梶川館長が幼友達でおられたことに一驚した 記憶があります。
梶川芳友館長は憶えていなかったのですが、小生は高校2年のとき休学し、遅れて3年に入った組に彼がいました。失意のどん底の小生に声をかけてくれた数少ない親友でした。
ますますのご多幸とご自愛のほど心より祈っております。
まずはお礼とご報告まで  謹白   詩人 あきとし じゅん
<追伸>同封の(何必館その他の)ポストカード 目の保養になれば幸甚です。

* 洛東高校での同級生らしい。あきとしさんは、図書館学の大学教授だった人で、ペンの理事時代にご縁ができていた。
2018 2/19 195

☆ 今も
お向かいさんと 自分達も含めてご近所さんの老化について 長電話をしていました。
長寿を望む訳ではなく 誰もが想う 寝たきりだけは避けたいものです。
わたしの膝は先々どうなるのか分からないけれど…
歳を取るとはこんな事なんですね。
それでも昨日は息子の招きで新宿まで杖を携え 娘と出掛けてきましたよ。
そんな訳で細々暮らしています。 お休み   花小金井  泉  中学の同窓

* 秦の祖父が寝たきりだった。秦の父も叔母も母も 最後はほぼ寝たきりだった。要慎、用心。
2018 2/20 195

☆ 秦 恒平様
御本をいただきながら 失礼をかさねています。
一生をかけて、 なんと豊かな御作かとほとほと感嘆する思いです。 すさまじい執念をも感じます。
「湖の本」138を読んでいて、「私語の刻」にびっくりいたしました。
いつも御一緒の奥様の手術 生還まで 知らないこととは言え この頁に驚愕いたしました。
じつにさらりと書いていらっしゃいますが どれだけご心痛であったか。 ご生還のよろこびがよく伝わってまいります。
八十二歳になられるお誕生日を おふたりでむかえられ、 なによりと 改めてお見舞を申上げます。
全三十三巻の刊行は容易ならない事業ですが それを充分にみたす仕事をしてこられたことが驚きです。
わたくしは、美術にはほとんど縁がなく、また 京都の町は外地の引揚げの過去があとをひいて ほとんど知らない土地です。
ある日、気ままに歩いていて 誰かに誘われるように入り、 爾来、京都の印象とひとつになったのが 何必館でした。
日本、というとき、何必館の存在が大きいと思っています。
編集SUREとの おつきあいもあって 作家の黒川創さんを存じあげていますが、 本名が北沢恒さんで甥御さんとはじめて知りました。
世の中のこと 幾つまで生きても 知らないことが いっぱいあります。
おふたりお揃いにて、よき春をおむかえくださいますように――    澤地久枝  作家

* しみじみと 嬉しいお手紙で。感謝。

* 長島様 美しい 秋成本を
とても嬉しく頂戴 珍重 そしてすぐ読みはじめています。
若い日々の思い出もふつふつと涌き、また 深切な校注のお導きにも頭を下げています。
放送大学のテレビでお話しの機を家内ともども待っています。
お元気に ますますの お導きを。

私は老い そして やがて朽ちましょうが、日々読み書きを楽しんでいます。歩かねば歩かねばと思いつつ、 家に籠もっています。 秦 恒平

☆ メールをわざわざ頂戴しありがとうございました。
私の方は、筆無精もきわまって、秦恒平選集をいつも頂戴しながら、御礼も申さずまことにすみません。
わたしももう1年で東大を定年です。
暖かくなって、外出がおできになるようになり、また本郷に土日月あたりにお越しになれるようなことがあれば、お知らせ下さい。昼食でもご一緒できればうれしいのですが。
放送大学の「上田秋成の文学」は、テレビではなく、ラジオの放送です。私自身は、自分の話が下手なので、聞き返すことはしていませんが、
今、調べましたら、ちょうど集中放送をしているところのようでした。
明日は、第5回目、14時30分から45分間の放送とのことです。
明後日が同じ時間に第6回目、次の日が第7回目で、15回まで続きます。
梅も咲き始めているのに、寒さが緩んだり、きつくなったりいたします。
どうぞ御自愛下さい。  長島弘明  東大教授

* 2000.10.10の お猿のおはなし
勝田さん 懐かしく いままた 読み返していました。
お元気ですか。春が待たれます。お大事に。 秦 恒平

☆ なんとも お懐かしく
秦さんへ   ひとりで上野まで逢いに行った あの猿どののおかげです・・
春よ来い 早く来い ほんとですね
ご長男 退院なされ何よりに存じております

お見舞い申し上げます

くれぐれもお気をつけてください  勝田拝  千葉県

* 京都美術文化賞を受けてもにった漆藝家望月重延さんからも 「湖の本」へご挨拶を戴いている。

* 選集の校訂・出校などこの三年担当して戴いた有住和彦さんが勤務替えに。

* ご栄転かとも想い
いさぎよい見事な新乾坤をとお祝い申します。
お付き合いこのかた終始一貫 それはそれは よくして戴きました 心より感謝申します。初対面から 気持ちの良い方だと感じていました。本当に お仕事されている場が見たいと永く想ってきました、せめて池袋からの行き方を教えてとお願いするところでした、残念。

この後とも なおなお離れた場所からでも鞭撻して下さいませ。懸命にこれからも努めたいと思っています。

有り難うございました、と、 心より。

後任のお方にも、難儀な爺さんだが付き合ってやって と お伝え下さい。

機があらば、仕事抜きででも会いましょう、楽しみにしたいと思います。 お元気で。  秦 恒平

☆ 拝復
奥様ご療養とはうかがっておりましたが 手術ご大病だった由、早いご回復何よりでした。
美術館等の展観 いつもご一緒の由、 奥様の審美眼、秦さんに伍してさぞかしと、ともども、よき作家を励まし世に出すきっかけ果たされていらっしゃること敬服いたします。
卒業生と会うことも少なくなりましたが、湖の本シリーズ話題にした頃 なつかしんでおります。
寒暖日替りで 外出もままなりません くれぐれもお大事に。
湖にちなみ、テレビ映像によりまして、
氷きしむ暗夜神々湖渡る     草々   周  神戸大名誉教授

* 遠き世の恋なりひびくお神渡り  遠

☆ 『秦恒平選集』第24巻、
誠に有難うございました。竹取・枕・源氏、平安文学の王道の価値を再認識すべく読んでいます。先日も『源氏物語』を採り上げた修士論文口頭試問の副査を担当したのですが、あまりに細分化された研究につまらない思いをしました。
『湖の本139 美の深窓・美の散歩』、「鏑木清方と上村松固」で鏡花に言及されているのも嬉しかったですし、「天保歌妓」を認めた晴方の慧眼に着目されたのもさすがです。
今冬の京都は、積雪は少ないのですが、ともかく寒いです。  草々  田中励儀 同志社大教授

* 脚本家小山内美江子さん、聖教新聞社原山祐一氏、京都の澤田文子さん、葛飾の岩淵宏子さんから 「湖の本」へ挨拶があった。

☆ 「湖の本」は
「美の散歩」から読み始めたところ。「星」という名の修道院回廊の写真とあるのは、今月のホームページに掲げていらっしゃるものかしらと改めて見ています。
「行き止まりの無い佳い匂いのようなファシネーション」に満ちた仕事 できればと思います。難しいことだけれども。  九
2018 2/21 195

☆ 昨日の
九さんの問い、「星」というのはエステーリヤ、スペイン語で星の意味の街の名前です。
ここには12世紀のサン.ミゲル教会があります。(私語欄の冒頭の=)写真は、サン.ドミンゴ.デ.シロス修道院、巡礼の道筋ではなく、ブルゴス南方の村にあります。 尾張の鳶
2018 2/22 195

☆ いつしかと
春のけしきにひきかへて 「人日」に白馬のひきいだされる頃、定家の時代にも「小松ひき」や
「若菜つみ」は、北野や船岡山でなされていたと聞きました。

(定家に
いつしかと春のけしきにひきかへて雲井の庭にいづる白馬(あをうま) が、ある。
「人日(じんじつ)」とは正月七日を謂う。 遠)

旧暦をめくると、昨日が一月七日。『礼記月令』に「東風凍を解き…~ … 獺魚を祭り… 」とあります。
窓からの陽射しは明るさをましていて、あけ放つと、降りそそぐ光も吹く風も心地よく感じられ、家で過ごすのがもったいない陽気でした。お休みの一日を、 送っていただいた『湖の本138号』を読んで過ごそうと決めていたのですが、家にとじこもっていずに、川辺で風に吹かれながら読むことにしました。
こんな気持ちの良い日に、出かけたくなるのは出町柳のあたりです。
加茂大橋に立って見はるかすと、稲荷山から阿弥陀ヶ峰、華頂山、如意嶽、比叡山に至るまで視界が広がっていて、日頃の憂さが晴れてゆきます。川の上流には、なだらかに美しい曲線の神山に幾重にも重なった山々。その形と色あいの妙に、見飽きるということがありません。
川辺におりて、静かな場所を選んで『湖の本』を読む贅沢な時間を過ごしました。
先生の書かれたお作が、御自身の手によって編まれ、製本なった後に梱包から送り出しまで、お手ずからなさって届けて下さる御本。頁をめくるたび、本屋で 購めるものとは違う「純粋」を感じます。直接に話しかけられているようにまで感じられます。先生のお書きになられたものを読む時、漂う氣をギュッと握りし めてできた「ひと雫」を口にする。その雫を味わうことで、漱がれる。そんな風に思えます。
陽がかたむくまで、時を忘れて読んでいました。
飛び石沿いに、高野川と賀茂川が合流するところを渡って階段を上がると、すぐにバス停がありました。そこに佇み、何気なくお向かいに建つ御寺を見ていると、白泥で『常林寺』と読めました。
もしかしたら、先生の縁の御寺やも… と思い、そばまで行くと普段拝観できない所まで「京の冬の旅」という企画で、特別公開なさっておられました。御本堂に上がらせていただき、阿弥陀三尊像を拝して参りました。
伺えば、墓所は御本堂の右手にあるとの事。勝手ながら、御堂内から手を合わさせていただいて参りました。
2016年 6月に、 3年かけた修復をおえて、落慶法要なさった御堂内は、まばゆく煌びやかなご様子でした。そのご様子を先生にお伝えしたいと思ったのですが… 写真は、外観のみしか許可されておりませんでしたので(お持ちになっておられるかもしれませんが)御堂内を写したものを、転送させていただきました。
同送に、お邪魔かもしれませんが、美術館のパンフレットなども入れてございます。
もうひとつは、時期を逃して売りきれなかったものでございます。その様なもので失礼とは存じますが… 残りものに福がありますように。お酒のお供にでも… お口に合いましたら、嬉しく存じます。
末筆ではございますが、建日子様のご退院、おめでとうございます。何よりもお早いご快復をお祈り致しております。もう何十年も前のこと『比翼の鳥』を観劇に両国にまいりました折、お目にかかったのを懐かしく思い出しながら…
先生のお体調、H P を拝見し、心配でなりません。どうぞ、お大事になさって下さいませ。お元気を祈っております。 京・鷹峯    百 拝

* 京歩きマップその他「京都」の、秦家菩提寺「萩の寺常林寺」の。「京都の寺々」の、「京博」の、「祇園」の、わたしの父方「南山城」の、三浦景生や楽の、他にも「定窯」発掘成果等の、ないしは「なら仏像館」珠玉の仏たちの、なら「法華堂」の、奈良博「正倉院展」などの、写真や関係資料等をどっさり仕分けして、それに添えて京・和久傳の美味い「柚チョコ」を送ってきて戴いた。ありがたく。嬉しく。

☆ 謹啓
各地を揺るがした豪雪の猛威も漸く緩んでまいった様子、
いかがお過ごしでございましょうか お伺い申し上げます。
平素より何かと御芳情賜り、また御著書お送り戴き有り難うございます。
それにしても大変な著述のエネルギー、つくづく感服致します。

恥ずかしながら,光悦について拙論お送り致します。
二〇一五年から一年余り京都新聞に連載致しました『光悦逍遙』を、此の程漸く淡交社から新たに『光悦考』と題して出版致しました。
新聞掲載から3年、再読すれば誠に稚拙な文章にて結局再度書き直し、文章も倍以上に膨れ上がりました。 光悦は私にとりまして作陶を導く心の友のような存在です。
いま人生の終盤にかかり光悦について我が思いの丈を誌しておきたい思いが以前からございました。 京都新聞からの連載依頼はよき機会でございました。
ただそれは、光悦研究の論考と言うには程遠い「私の光悦」と言うべき心象エッセイ、誠お恥ずかしい限りではございます。
ご笑覧戴ければ幸いに存じます。

厳しい寒さも峠を越した様に思いますが 春に向かい寒暖定まらぬ季節かと存じます。どうぞご自愛下さいますよう、ご健勝をお祈り致します。
如月    謹白       樂吉左衛門 拝
.秦 恒平 様
* 広範囲へのご挨拶状と思ったら、わざわざに此の私へのご挨拶であった。恐れ入ります。気の入った堅固に美しい造本そして写真も入り、私の最も尊崇する藝術家光悦のしかも作陶に吶喊された感想と思われ、頂戴、歓喜に堪えない。
当代の樂さんは、わたしが創設された京都美術文化賞選者の一人に務めはじめて、すぐに強く推薦し受賞してもらっている。さらに四半世紀ちかく務めた選者 を退いたあとを、樂さんが引き受けて下さったと聞いている。当初から「湖の本」も購読して下さり、催しごとに招いて下さり、立派な樂歴代の写真集などもい ろいろと頂戴してきた。
しかし『光悦考』こそは此の樂当代には喫緊かつ必然の目標であったに相違なく。一書の初めて成ったのは、むしろ第二第三、四へ吶喊の初発かと想われる。期待して、ともあれ最初の力作を読ませて戴くのが楽しみである。
2018 2/23 195

 

☆ 謹 啓
「秦 恒平選集」第二十三巻と二十四巻ご恵贈賜りました。お心遣いまことに有難く、衷心より御礼申し上げます。大変なご状況のなか、私のようなものにまで、お心遣いいただき、ただただ恐縮するばかりです。重ねて衷心より御礼申し上げます。
二十三巻は、じっくりと、とくに「日本史との出会い」は何度もゆきつもどりつしながら、整理された展開に導かれ納得しながら読ませていただきました。差別の問題についての底深く根源的な日本史観を確かに読み取りました。
日本史を貫く視点の置きどころを、そして問題を思想として闡明にされた日本・日本人論と感じました。現に生きている我々日本人の血液に、今も流れ、ここに生きて始まりさらに続いている歴史があると思わせていただきました。
先日単行本の「日本史との出会い」を書店に頼んで1冊購入いたしました。
この春、高校に進学する友人のお孫さんに、入学祝いにプレゼントしたいと思っております。必ずや興味をもって面白く読んでくれるだろうと思います。
二十三巻は、-か月以上、一月の半ばまで時間をかけてしまいましたが、二十四巻は、巻置く能わず、僭越ながら面白く、また楽しく一気に読ませていただき ました。昔日、トーマス・マンの作品や三銃士、モンテクリスト伯の貢を繰るのを惜しんで、実にスイーツかのようにわくわくして読んだ記憶を久しぶりに思い 出しました。
深い読書から生まれた確信、推論の確かな展開、良質なミステリー作品、地図を片手に埋蔵された宝を求めて探検する心はかくや、とも感じました。
「竹取物語」の話も「枕草子」も「源氏物語」もすべて興味を抱いてきた作品ですので、長年もやもやしていた疑問の一端がはれた思いと、濁った水が澄むよ うに物語の奥まで見通せたような、一段高く、さらに歩を進めた視点から反省することが出来そうな気がしてきました。本当に先生が心から話したくてならな かった問題、発見を惜しげもなく、楽しんで語られた講演、論攷であり、先生の心臓の鼓動や温かい息遣いまで聞こえてくる巻、それが二十三巻、二十四巻であ ると思いました。
二十二巻、二十三巻、二十四巻と三巻続けて中世を論じられた選集を播きながら、二十三巻、二十四巻を読んだ今、もう一度二十二巻の「女文化の終焉」「趣 向と自然」を読み直すべきと考えております。二十二巻を読んだ時点では理解できなかったことが、二十三巻、二十四巻を読み終えた、今の眼で読んだなら、さ らにいっそう深いところを理解することができるだろうと思っております。さらに十九巻の「花と風」ももうー度、読み直すべきと感じております。感じている ばかりでなく、二十四巻を読み終えた今こそ、読み直したいと強く思っております。
久しぶりに楽しい読書の醍醐味を味わいました。有難く心より御礼申し上げます。
余寒、いまだ厳しい寒さが続くようです。早く花の季節がくればよいと願っております。選集、湖の本のご発送など大変ご苦労、恐縮いたします。
先生、奥様ともどもいつまでもご健勝でありますよう、心よりお祈り申し上げます。
本当に有難うございました。まずは御礼まで  敬具   八潮市  小滝英史  作家

* 上越市の光明寺さん、吹田市の歌人阪森郁代さんからもご挨拶があった。
2018 2/23 195

* ツイッター フェイスブック から、諦めもなくここ数年日に日に「連絡」が来るが、ガンとして「開いて読む」ことが不可能になっている。わたしの技倆 ではどう仕様もなく、むしろ好都合に放ってある。わたしを目指してものを言うて下さる人がかなりあるらしいが、諦めて戴きたい。
学校の先生に銃を持たせて銃乱射事件などを防がせるなどと、底の抜けた馬鹿大統領などの「世界」に関わって非難の矢を浴びせるなど、あまりに生きの命がもったいない。底の抜けたような「文学爺い」で日々を過ごせるのを身の幸と感謝して過ごしたい。
2018 2/23 195

☆ 『湖の本 138巻』「村上華岳」p.65に
記されている、道元禅師『正法眼蔵』「山水経」の引用に我が意を得ました。pp.64~65に描かれている華岳さんの山に対峙する姿は、おっしゃるとおり「山は超古超今より大聖の…」とは似て非なるものであると思います。
道元禅師は「山水経」冒頭に「而今の山水は古仏の道現成なり」と述べられているように、山水は無辺際なる大自然の命の実相としていまここに現成している、としています。さらにはわが身心そのものの本来相であるとしています。
私は、中学校の山岳部時代から60年余り山登りを楽しんで来ていますが、「なぜ山に登るか?」と問われれば、「楽しいから登る」に尽きると思います。敢えて言えば、山に親しむ、山と一体となる(なりたい)、ということでしょうか。
「山水経」に「おほよそ、山は国界に属せりといへども、山を愛する人に属するなり。」とあり、また『永平広録』に「我山を愛するとき山主を愛す」と有るのを都合良く解釈して、山は私を愛してくれているのだとして悦に入ったりしています。
道元禅師に叱られるでしょう。    篠崎仁

* 残念ながら、歩いて登った山はたかだか七百メートルほどの比叡山しかない。比良へも美ヶ原へも中禅寺湖へも箱根へも、みな乗り物で行った。
山が好きと思いつつ、登山の縁も用意もなく、強いても求めなかった。百メートル走なら高校で12秒前半で走れたが、二百となると苦しかった。マラソンな どとんでもなく、戦時疎開先の丹波で通学にしっかり一山越えて往復せねばならなかったのはキツかった。教科書と薄い帳面の風呂敷包みが
重たくて村の子に持ってもらったりした。ひ弱い子だった。
2018 2/24 195

☆ 寒いながらも、
日射しは明るくなって来ました。春の訪れが待たれます。
秦 恒平選集24巻 湖の本138巻 ありがとうございます。
日本の古典は、源氏も含めて、ほとんど読んでいるので、拝読するの楽しみです。
佐藤忠良さんの「帽子」ほか、忠良さんのモデルをした和井田京子さんは家内の親類で、我が家にも遊びに来たことがあります。ヨーロッパで活躍しています。
先生も増々お元気にお過ごし下さい。  岩手 渡部芳紀  教授・ペン会員
2018 2/25 195

☆ お元気ですか、みづうみ。
病院で三時間待ちはお疲れになりましたでしょう。
何かしらのご不調を読む毎日にドキドキ心配しています。八十歳超える年齢の壁といってしまえばしかたのないことですが、階段をすとんと落ちるような体力の落ち方こそ加齢の業でございましょう。
こんな文章読みました。

最も暗い時代においてさえ、人は何かしら光明を期待する権利を持つこと、こうした光明は理論や概念からというよりはむしろ少数の人々がともす不確かでちら ちらとゆれる、多くは弱い光から発すること、またこうした人々はその生活と仕事のなかで、ほとんどあらゆる環境のもとで光をともし、その光は地上でかれら に与えられたわずかな時間を超えて輝くであろうということ╶─
われわれのように暗さに馴れた目には、かれらのともした光がろうそくの光であったか、それとも燃えるような太陽のそれであったかを語ることはむつかし い。しかしこうした客観的評価というものは、私にはあとから生まれるひとびとに無難に残される、二次的な重要性をもつものでしかないように思われる。
ハンナ・アレント 『暗い時代の人々』はじめに 安部齊訳
神さまがみづうみをしっかりお守りくださいますようにいつもいつもお祈りしています。  椿  流れ来し椿に添ひて歩きけり  松本たかし
2018 2/28 195

* 樂さんから『光悦考』を戴き、昨日は、亡くなって一年、歌人清水房雄さんの遺稿集を戴いた。

* 月末には、三代襲名興行を立派に一月二月と遂げられた高麗屋の三人連名で、わたくしども夫婦へまで感謝のご挨拶があった。恐縮した。
2018 3/1 196

* 久しぶりに四国徳島の「花籠」さんから「月」様あての便りを戴いた。不幸のしらせでもあった。「人のわざ」を良く務められ、敬服した。

* 岡見、佐竹、中島先生らと岩波の「文学」でした洛中洛外屏風・上杉家本をめぐる長時間の討議録を読み終えた。面白く、またまた教えられた。わたしもよく発言できていた。
今度は、亡くなった杉本秀太郎との「洛中洛外」対談を懐かしく読みはじめている。杉本さんは受賞したわたしの「清経入水」掲載誌に、まっさきに「ジュ スィ 清経」とラヴレターを呉れた読者第一号の京都女子大の先生で、その後、文壇の人になった。
2018 3/3 196

☆ 三月、
数日来暖かな日が続き、今日は春一番。夜来の雨が明け方一時烈しく降りました。何やら不安定な空模様でしたが一日が過ぎました。
東京は20度位、こうなると花粉症が心配に成りますね。
病院での検査結果も問題なかったとのこと、本当に良かったです。血液検査ではわたしなどいつも指摘される事項があり、その点では鴉の方が健康的なのかも しれません! が、日々さまざまに困難を抱えていらっしゃる。無理はいけませんが、目的も気概も充実されて暮らしてくださいと 強く強く願っています。

中東シリアやアフリカの国々の深刻な状況に無関心でいられません。

丸山健二の作品を評価されていました。鴉とはかなり資質も表現形態も反対の極にあるかと思いました。彼の一貫した姿勢からは偏屈に近いものもあります が、一種の潔さを感じ取られたのかもしれません。「難解」な感が否めなくて、また違和感もあり、あまり多くの作品をわたしは読んではいないのですが。
古井由吉氏はドイツ文学者としての側面も興味深く、小説も微妙な空気が伝わってきます。

久し振りに詩の会に参加して、自作詩にこまごま表現上の批判を貰って、改めてわたし自身の弱さに驚いています。推敲し書き直せば済むことでなく、単純に、そして強く無力感虚脱感に襲われています。
最近は俳句ブームとやら、身近でも俳句の会や吟行に参加したと耳にします。誘って下さる人もいますが、たぶん勉強不足に悩まされるだろうと躊躇し、怠惰を露呈しています。それに「体質的」には短歌の方が好きです。
詩に関しては詩を書く人の減少、読者自体も限られ、出版しても仲間内での配布程度に終わってしまうなど現状は大いに問題があります。
人々の共感を得られず支持されないのでは詩歌と言えない・・ 以前から度々鴉に指摘されていますが、やはり今のわたしには明確な考えは紡ぎだせません。
長い時間かかってこれまで書いたものを纏めたのですが、さてそこから選ぶほどの納得いくものがどれほどあるのか・・。

芸術大の卒展を二か所で見る機会がありました。若い人たちの試行錯誤の結晶と言ったらいいのでしょうか。完成度に関しては大いに問題があり、面白いけれども見終わった後の充実感はあまりなかった・・。 振り返ればわたし自身への厳しい批評になってしまうのです。
今30号の絵を描いているのですが、樹木の色彩・質感ともに迷って進みません。技術的な問題も。情けないことです。
春らしく周囲が明るくなると、自分の中の薄暗さが意識されて 少々憂鬱な鳶です。

3・4  春らしくなりました。
鴉の花粉症はいかがですか? 新しいメガネはいかがですか?
くれぐれもお体大切に、大切に。
わたしは何処かにふうわり飛びたい。(ピンキリのきりきり旅行は常の事!)  尾張の鳶

* 鴉よりも 鳶の飛翔は遠くへも高くへもはるかに元気良く、わたしで手に負えない海外の知識や言葉のことも、面倒だろうに、聞けばいろいろと教えてくれ、助かってます。
2018 3/4 196

 

☆ お元気ですか、みづうみ。
雨が降りそうですが、ほんのり暖かくて春の雨という言葉が似合います。
本日は一つ質問させてください。
昨日の私語で、羽生清(きよ)さんの『楕円の意匠』について「語の正しい意味でのみごとな『エッセイ』である」と書いていらっしゃいます。『「研究」の名に悪酔いした程度の自称研究者では こういう独創の所産・創出、なかなかあり得ない』とも。
広辞苑の説明によるとエッセイは「①随筆。自由な形式で書かれた思索的色彩の濃い散文、②試論、小論」です。また同じく随筆については「見聞・経験・感想などを気の向くままに記した文章。漫筆。随想。エッセー」とあります。
昨今の書店にエッセイとして並ぶのは、後者の随筆をさすものが多く、作者が肩肘張らずに書いた身辺雑記であったり、作家や芸能人の余技として書かれた感想文のようなものがあふれていて、エッセイは小説や詩より気軽な読み物扱いされる傾向があることは否めません。
しかしながら、秦恒平のエッセイはそのような仕事ではなく最高の文藝です。
選集第二十二巻(女文化の終焉・十二世紀の美術・趣向と自然・中世の美術・中世の画人たち・光悦と宗達)のあとがきで、みづうみはエッセイについて、こう書いていらっしゃいます。

「エッセイ」とは最も微妙な狂気でしかも最も微妙な叡智である。旺盛で平静な観察・洞察と理解ないし会得・直観によって「言葉の藝術」になる。

 

みづうみの文学活動における「語の正しい意味でのエッセイ」とは何か、なぜあえてエッセイを書きつづけていらしたか、頭の悪いわたくしに、もう少し詳しく教えていただけましたら幸いです。
これからお昼ご飯です。昨夜作って一晩寝かせた野菜のカレーはおいしいのですよ。
雀  雀隠れに餌を撒き夫婦信じ合ふ  相模ひろし

* いつもの句名乗りの「雀隠れ」が季節感を招く。草木の芽が、春になりようやく伸びて、雀がとまったとき、からだが隠れて見えぬほど茂ったことを謂う「雀隠れ」きいわゆる季語なのである。作者を知らないが、おもしろい句だ。

* さて「エッセイ」だが。わたしは世間で軽く謂う随筆・漫筆・雑文の類とは異なって、自身に対し躾けているエッセイへの思いは、上に引用されてあるように、最 も微妙な狂気でしかも最も微妙な叡智の散文表現、それを「エッセイ」であると。旺盛で平静な観察・洞察と理解ないし会得・直観によって本質志向する「言葉 の藝術」それが「エッセイ」であると。成し得ているとはとても言いがたいが、湖の本を「創作」と「エッセイ」とに分けたときから、わたしはそう自覚してき た。「エッセンス」という意味で「言葉の本質の精華」をこそ「エッセイ」は表すのだと。表したいと。
2018 3/5 196

☆ あそび
今年、京に春一番の吹いたのは、いつもより十日おくれの弥生朔日でした。
その日、作務(さむ)の合間、三時の茶礼につらなっておりました折、和全の茶碗を持参なされた方があり、私も一服いただきました。
添えられた「春雷」銘の菓子は、淡紅色がのどかな春をあらわし、生地のひび割れてのぞき見える黄身餡が稲光りをあらわしているとのことで、季にかなった お選びようでした。それは、美しいお菓子でしたので、いつもは賑やかにあれこれ言い交わしながらいただくのですが、今日は黙していただこうという事にな り、一同それぞれの「殖ゆ」と「はる」とを想いながら味わいました。
その後、寺蔵の天目茶碗も持ちだされて、永樂和全の話になり、『菊溪窯』で焼かれたと伺い、和全の茶碗を『菊溪焼』と呼ぶのだと教わりました。
その「菊溪」という名前をはじめて知ったのは、先生の御作を読んだ時のことです。
真葛ヶ原をわたる風に吹かれたくなり、御伴の資時に逢いたくなって、『初恋』を読みはじめました。
「菊溪」の川の流れは治水され、もはや見るかげもありませんが… 流れゆく音を耳の奥に聴くようにして読みすすむうちに、雪子の家があった場所は、今、私の勤めております会社がはじめた新しい「おもたせ」の店と、ごく近 いところと気づきました。もし、雪子の家が正伝永源院「北側の前竝び」であるならば、常光院境内に建つ私どもの店舗と重なるようでございます。
その店の 弊社ご案内の栞には、『白 haku 』  一をのせたら百。ひとつ幸せなものを口にすることで、九十九の幸せに気づきます。一日をすこし明るくする美味しい小箱をお届けできる場となりますように『白』と名づけました と、書かれてあります。

下河原のあたりに立つと、雲居寺勧進の声がきこえてくるようです。
「 ~ 山にいりてもなを心の水上はもとめがたう ~ 」 と謡う観阿弥の喝食の姿も見えてくるようです。稚児を「美の童」と呼んだのは、誰であったか忘れてしまいましたが … さまざまにモノもコトも思わずにはおれない『天狗草紙』が手のうちから広がってゆくとき、胸が苦しくなる。此の世で息をしているのが辛くなる。

 

黙然

京都は、うつくしく、おそれおおい、ところです。   百  跪拝

* まさしく 「たたずむ」鳥の静かさ寂しさ、それがまた毅く見受けられる。

* 心づよく 断乎と生き 心優しく慈く生きて 「白」壽をも手にされよ。

* 和漢朗詠集が「白」の一字を題して結ばれてある。秦皇の烏頭、漢帝の鶴髪などを謂うているのだが。最終最後の和歌は、
しらしらししらけたる夜の月影に雪かきわけて梅の花をる
胸に沁みる一字である「白」は。
2018 3/7 196

☆ お元気ですか、みづうみ。
新しいメガネは如何でしょうか。役に立つとよろしいですね。
先日は、「エッセイ」についての質問にお答えいただきありがとうございました。
英語のessayには thesisのような厳密さはない評論や小論文も含まれるようですが、エッセイはじつに懐が深いもので、まだまだ開拓すべき面白い文藝ジャンルという印象を強くしました。湖の本103巻『私╶╴随筆で書いた私小説╶╴』もエッセイの可能性に挑戦した新しい文藝ではないかと思っています。
「私語の刻」も 新しいタイプのエッセイに入るでしょうか。
秦恒平は一つのスタイルに安住することなく、過去の仕事を模倣することなく、文藝を生き生きと変貌させていく作家です。
今日は気持ちの良い晴天で、春の近いことが感じられます。
お幸せな一日でありますように。  鴬  はしたなき鴬餅の黄粉かな 能村喜舟
* 昔の文学全集の魅力は優れた小説や詩歌だけでなく、仰ぎ見るほどの批評家たちのみごとなエッセイを編輯してあったことで、順不同に北村透谷、幸田露 伴、森鷗外、正岡子規、折口信夫、小林秀雄、河上徹太郎、唐木順三、中村光夫、臼井吉見、吉田健一、山本健吉、福田恆存、伊藤整、花田清輝といった、もっ と他にも優れたエッセイストが居並んでられた。批評も評論もまた「文藝・文学」作品に相違なく信奉し、わたしはみな慕うように愛読し学び教えられてきた。 文壇の外にも優れたエッセイストはおられた、何人も。
今は……、ほとんど、わたしは識らない、残念ながら。放談や放言にもいいものはあるが、やはりエッセイがエッセイになる結び緒は「文章・文品(作品)」であろうと思う。
2018 3/10 196

* 南山城の従弟からコーヒーを沢山送ってきてくれ、手紙には、名張の囀雀さん来店歓談の報があった。へへえ、そんなことも有るんだと、にっこり。星野画廊へも行ってきたらしく。不染鐵の画集も送ってきてくれた。
2018 3/14 196

☆ 「修二會」満行
二月二十日「試別火」にはじまり、「総別火」を経、「上七日、下七日」を参籠し十一面観音悔過をなさった練行衆の方々が、三月十五日未明、満行下堂する御姿に手をあわせてまいりました。
天平勝宝四年『東大寺大佛開眼會』のあった同じ年からずっと、一度として途絶えることなく続く修二會』は、「不退の行法」と呼ばれて、悔過の場の「二月堂」は、此の世と此の世ならぬところの境をなくします。
言葉でお伝えすると長くなってしまうので、今日は、写真ばかりを送らせていただきます。
1 結界の外で、咲にほふ梅
2 正面が『二月堂』
3 『参籠宿所』いり口。右側には、吊られてある「お松明」
4 『二月堂』からの眺望。中程の屋根が『大佛殿』
5 上堂なさる練行衆の「道灯り」
6 「道灯り」の「お松明」が堂上にでたところ
7 「お松明」がとおりすぎてゆくところ
8 「お水取り」と呼ばれる「香水」をくむ『閼伽井屋』の屋根の上
にいます「若狭の國・遠敷の鵜」
古都にも、春がやってまいりました。 京・鷹峯   百  拝

* あふ坂の關をや春もこえつらん
音羽の山のけさはかすめる   橘俊綱朝臣

春来んとまつの翠の遠ちかたを
かすみ被(かづ)きつ鳶の舞ひ来る  遠
2018 3/16 196

☆ 春めいてきました。
兎に角 お元気な様子で何よりです。
何と  膝関節痛を 程度は判かりませんが、姉 妹と三人共抱えている現況です。遺伝的なのかな。兎に角 車椅子状態は避けたいものです。
娘の要望で
食べ盛りの孫達の夕飯の献立、調理を週に五日間受け持っています。私のリハビリの為でしょう。
最近は 楽しいと感じる事が減ってきました。
来週は お墓参りのついでに上野でお花見をしてきます。�  花小金井  泉

* 八十という歳、珍しくはなくなっているが、五体健全とはなかなか胸をはれない。
これで、わたしは今も、自転車に乗れば颯爽、ハンドルも軽快。往復の半時間ぐらいならラクなもの。幸いと謂うべく。むしろ家の中で眼を酷使していると疲れる疲れる。しかし眼を閉じていてはわたしの仕事も楽しみも、ままならない。
ときどきは仕事を持たずに、電車を遠乗りしてこれると気が晴れるのかも。
2018 3/18 196

☆ 私語を読むたび、
ご体調を心配しています。花粉症のご様子目に浮かび、私語の記載の誤変換についてはお目の具合を憂い、お疲れのご様子には胸が痛みます。みづうみのご年 齢でこれほどのお仕事の出来る方はなかなかいるものではありません。それは神さまのお恵みですけれど、ご無理を重ねていらっしゃるのではないかと、日々心 配でならないことも事実なのです。
お元気で、一日でも長生きしてくださらなければいけません。そうなりますようにいつもお祈りしています。  芽 木の芽してあはれこの世にかへる木よ 村上鬼城

* 気はすすまないが、約束なので夕方 歯医者へ。雨が来るらしい。
2018 3/19 196

☆ 3月19日
先日のお問合せ gallantryのことを書きましたが、手持ちの辞書をあたってみて英語、フランス語、イタリア語、などで同じ記載がありました。
雨夜の品定めのような いくらかしっとりした雰囲気があったかどうかは存じませんが、男同士のその類の自慢話、笑いを誘う猥談も含まれていたのでしょ う。彼らの頭上に「パリ」があった・・と鴉が感じられたのは、さもありなんと、そして無意識であれ、幾らかの疎外感も。わたしは、勝手ながら、猥談と辛う じて距離をおく鴉に好感をもちます。
「翔び回るのは元気に身心を自身で守れるときにして頂戴」と書かれていますが、身心、殊に精神が弱っている時だからこそ、元気になるために飛翔び回るのです。良いか悪いかは別にして新しい処、人、ものの中に自分を投げ出すのは、やはり歓びなのです。
好奇心、興味旺盛なアホ鳶です・・野次馬的とは思いませんが。
今日から二日ほど曇りや雨の予報です。梅や桃、菜の花、道端の雑草もみな美しく迫ってくるような錯覚を覚え、桜に彷徨い歩く日が待たれます。

14日 ジェンダーの問題の草分けの一人 E.バダンテール の記載。
そういう本も読まれるのだな、と些か奇妙な感想をもちました。が、彼女の『母性という神話』という衝撃的な本こそ、すぐ次に出てくるルソーの話とも関係してくるのです!
生ませた子供を何人もみな他家へ預け生涯顧みなかったという、あのジャン・ジャック・ルソー(教育論『エミール』の著者)、それを知った時わたしは、再び彼の本を手にすることはしませんでした。。
そのようなことが彫刻家のロダンにもありました。(そして情熱的な像、それはカミーユの存在によって、ある部分では彼女の作品の模倣だとの指摘も。)
ルソーもロダンも、躊躇や苦悩なしに子供を手放し顧みなかったのは、パダンクールに依れば、フランスの都市で18世紀にはごく普通に里子に出していたと いう、その影響をうけていただろうとも考えられます。乳幼児など小さい時は死亡率の高さゆえに、まだ人間と見做されなかったと言われますが、その傾向は日 本にとどまらず世界の各地で見られたと思います。
現在わたしたちが思う子供とか家庭についてのイメージもまた不変のものではなく、さてどのように変容していくのでしょうか。

「文学は何と云っても文章が個性的に光らねばならない。どんな面白ハナシでも騒がしい、また凡庸な、要するに雑文ではいけない。」
そして「エッセイ」とは最も微妙な狂気でしかも最も微妙な叡智である。旺盛で平静な観察・洞察と理解ないし会得・直観によって「言葉の藝術」になる」という鴉の言葉を噛みしめ、何と厳しく遠い道であることか・・ため息、です。
先頃、掲載されていた絵、画家の「名前失念」と書かれていたのは、イギリスのラファエル前派、エドワード・バーン・ジョーンズです。「ブライア・ロー ズ」シリーズ3、中庭 1889年 ずっと昔、鴉と大原富枝氏との対談が雑誌『芸術生活』に載って、その頃にラファエル前派の記事もあり、読んだ記憶があ ります。
昨日京都から戻りました。雨の中をよく歩きました。出かけたのは竜谷大学の曼荼羅の展覧会、ここはいつも静かで、今回も二尊院の両界曼荼羅など興味深く見ました。
そして昨日は仏師松本明慶さんの美術館で約160体!という仏様に会ってきました。繊細緻密、不思議な力に 見終わって呆然とするほど。全身全霊込めて一筋の仕事をされてきた人には絶対到底かないません、鴉に対してもそう思います。
くれぐれも体調に留意され、佳き春を過ごされますように。  尾張の鳶

* この旺盛な鳶の「いきおい」をわたしは良い栄養剤のようにいつも貰って、感謝している。

* 鳶メール冒頭の、「gallantryのこと」 わたしなりのも の思いがある、もう昔井上靖夫妻と日中文化交流協会に率いられ訪中したときの、あれは北京から大同への寝台車のなかで、同室した先輩、辻邦生、清岡卓行、 大岡信という三人の盛んな会話にかかわっての、鳶へものを尋ねたのであった。わたしはあの時、サンニンの盛んな会話に一言も差し挟まなかった、差し挟めな かった、差し挟む気がなかったのだが、何でもサンニン友が盛んに口を揃えて同意し同感しあっていたのが、女性に対しては何といおうと「ギャランティ」とか 「ギャラントリー」とかが一等大事だ、そうだそうだ、それが一番だというような賑やかな結論だった。つまりは序には何よりも慇懃に世辞を振る舞うべしと異 口同音賛同しているように察しられたが、いちばん若い、しかも「パリ」暮らしになどかつて縁もなかったわたしは、くちを挟む気も余地もなかったのである。
最近、あちこちで、セクハラのパワハラのと喧しいとき、こあの昔の旅のあのような「ギャランティ」とか「ギャラントリー」とかをふと思い出し、女の人はそれをどう感じるのだろうと海外生活の豊富な「尾張の鳶」に尋ねてみたのだった。

* 断っておくが、わたしは根が女文化の京都で女の人たちの中で成人したような男である から、辻さんや大岡さんらのそんなワイワイ話に目をまるくし耳をそばだてたのではない。なにしろわたしは光源氏らおとこどもの女たらしのサマを十二分に承 知しつつ小説を書いていたのである。わたしの今回の関心は、そんな「ギャランティ」とか「ギャラントリー」 とかがセクハラに類することもあるのか、罷り間違えばパワハラにもなるのかと不思議に思ったのだった。亡くなって仕舞われたが、あの辻邦生さんや大岡信さ んの風貌が思い出され、そしてあの人らとセクハラなんぞとに縁があり得たろうかと、ふと笑えたりしたのだった。

* この先をもうすこしわたしなりに考えてみたいと、じつは、思っているのである。
2018 3/19 196

* 俳人奥田杏牛さんから、名酒「久保田」万壽を頂戴した。恐縮。
2018 3/20 196

 

* 亡くなった阿部昭の「桃」「人生の一日」を、以前に読んだ「司令の帰還」も思い出しながら、シンミリと読んだ。父、母、時。わたしには無い書かれよう だが、古井由吉、丸山健二らも、黒井千次らもともども「内向の世代」などと謂われていた記憶があり、ああそうかと思い当たったり。そろそろ第九十四巻の柏 原兵三、高井有一、坂上弘、古山高麗雄の巻へ移ろう。早くに亡くなった柏原さんは、わたしの受賞式のあと新宿のバーでの二次会へも加わっていて下さったと 覚えている。坂上さんには一度銀座での独り歩きで出会って、何階かのバーでご馳走になったことがある、誰だった一人お連れがあった。高井さんはどこか新聞 社の人として知っていた。古山さんも袖すり合う程度には面識だけはあった。
2018 3/21 196

☆ 櫻開花
視力、常に気にされているご様子に心痛みます。同時に最近読む本のことが書かれているので、活発な精神に、感服。
例年より一週間ほど早く桜の開花宣言が出ました。関東は積雪と桜が重なりましたね。
桜狂いの日々が始まります。
と言いつつ、正直に云いますと先のメールを書いた19日・月曜日に 階段で転倒落下しました。30号のパネルを持って教室への階段を上っていた時でし た。その状況を気にしながら、冷静にメールを書けるほどの状態だと自身に納得させながら書いていました。いつも怪我しないようにと書いてくださって、それ にも拘らず迂闊粗忽を免れていません。
骨折など大したことなく済んできましたが、さすがに今回は落ち込みました。事後報告です、心配しないでください。
HPに載せて頂いている詩集を読み直していました。
以前書いてそのままになっているもの ファイルとして送ります。最近のものは、2013,2014年あたりに書いたものが中心です。
鴉の選集を少しずつ読んでいます。
『資時出家』『初稿 雲居寺跡』興味深く読み返しました。わたしは到底足元に及ばず!!!
友人が遠藤周作の『沈黙』を読んで苦しかったと。鴉の本『親指のマリア』を薦めようと思っています。キリシタン弾圧を書いて、こういう視点も迫り方も描き方もあるのだと。
急に庭の草木の緑が増しました。椿やプラム、クリスマスローズの花が盛りです。冬の間に枯れてしまって残念な草木もあります。わたしは芝生の雑草引きに追われますが、これから二ヶ月ほどは庭仕事の一番楽しい季節。
木蓮の花のスケッチはかなりあるのですが 画面を構成するには枝や葉の観察がまだ足りず、咲いている今のうちに描きに出かけたい、そして中途でストップしている銀閣寺の絵も仕上げたいと、些か欲張りです。
桜を何処で楽しまれるのでしょうか。静かで近くを ゆったりと・・。
花粉症も視力不自由も飛んでいけ! お元気に、大切に。  尾張の鳶

☆ 雪櫻で
東京は大変寒いとか、お変わりございませんか、私は最近の寒さで足が痛んでます。
今日はひさしぶりにシニアの集いで外出しましたら 鴨川の堤も 桜が咲き始めてました、タクシーからの眺めですが。お花も、これから楽しめます。
京都の南部 以前の住まいから西は、ハイウェイの南インター辺りで 何もない昔の農家でした。羽束師あたりは手続きで度々マイカーで走りました。
東山渋谷へ越してから20年になります、市内 今では観光客で様変りです。
今日も 東大路は馬町から五条までバスが5台も数珠繋ぎです。こんな毎日です。
昨晩は「湖の本」の美の散歩をゆっくりと楽しんでました。
その内、美味しいもの 探してきますね!  華

* 京都駅から北だけが京都のように思っている人が多いが、とんでもない。長岡、向日、鳥羽、久我、羽束師、伏見。京都の下から沸き上がるエネルギーは八条、九条の南に渦巻いた。見えない目で今も東京から眺めている。

☆ 木精
何年たっても、何十年がたっても、ふいと耳に蘇ってくる文章があります。
まだ東京でスタイリングの仕事をしていたころ、週の何日かはテレビ局で過ごしていました。
ある日、隣のスタジオの収録モニターに目がとまり、惹きつけられて眺めていると、泉鏡花の親族の方が 空に人差し指で何か字を書いて 「おじは、文字を書いたあと、言霊がのこってはいけないと言って、きっと消していました。」
そうおっしゃると、四本の指をそろえて丁寧に、目にみえない字を消しておられました。夜会巻きのように髪を結ったご婦人のその華奢な指先の映像に
「ぼんやりしてると木精がさらうぜ。ひる間だって容赦はねぇよ。」という音声がかぶって聞こえました。
鏡花の本を開くと、行間はルビの居場所なので、落ち着いて読むことができません。書かれてあることも、読んでしまうと心がなみだって、此の世にかえって くるのが嫌になる。読んでいるうちに、身体の一部が水のように透けてきてしまう。読みすすむうちに、言葉が葛となって身体を這い、巻きつかれて息ぐるしく なってしまう。 そんな風に感じられる本なので、あまり開かないようにしてきました。
それなのに、読まないようにしてきたのに、耳にしみついた文章が聞こえてくる。私の中に、魅されるところと、うけ入れがたいところがあるのかな、と思います。
谺は、木にやどる精霊のしわざと、どなたかが言っておられましたが…
「こたま」で忘れられない思い出があります。
役小角(=えんのこづぬ)をたずね、吉野山・櫻本坊から溪を見おろしていたときのこと。丸木に括り付けられた拡声器から、町内放送がながれだしました。それは、ご高齢で亡くなられた方の告別式の場所が変更になったと知らせる内容でした。
まずひとつに、十年前とはいえ、伝達手段が拡声器であったこと。
もうひとつに、谺で聞きとりにくくなるために、言葉をくぎって話し、しばらくしてからまた次の言葉にうつる。ひとつの言葉が山上から、谺しながら溪そこにまで降りてゆく。降りつく前に、次の言葉が発
せられるので、輪唱のように聞こえてくる。
不思議な体験でした。音で聴いているのに、谺して音が動くのが目に見えるような気になる。
また、(不謹慎ながら)かさねて 歌垣が聞こえたように感じられてしまいました。
吉野山の宿坊で過ごした二晩に 『春蚓秋蛇』を読みました。山中の霊氣にあたりながら、先生の御作を読むのは格別です。黝い色がより濃くなるような、幽かな痛みをより深いところで感じるような心地になりました。
先生、以前のメールに書いて下さったお誘いに、甘えさせていただきたく… お伝え申します。
「湖の本」創作シリーズ 47 . なよたけのかぐやひめ
エッセイシリーズ 43 . 酒が好き・花が好き
45 . 色の日本・蛇の世界
通算・100巻 以降 20 . 櫻の時代
28 . 資時出家
以上の五冊を恐縮ではございますが… お願い申し上げます。
上野の櫻が、今日はや五分咲きとなりましたとか。
東博の庭の茶室のあたりも さぞやと懐かしいかぎりです。
先生のお目のお具合の、良い状態がなるべく長続きなさいますように。
祈っております。 京・鷹峯 百 拝
—追伸—
別に、『高野山』の写真をおくらせて頂きます。
高野霊峰楊柳山を源に流れくる玉川の卒塔婆は 『流水灌頂』を目に見せてくれます。もう三年も前に撮った写真ですが 添付いたします。
旅する人の渇きをいやし、生けるもの凡ての魂鎮めをなす川。
『高野聖』の川は、天生山を流れていたのでしたでしょうか?
奥ふかい山は、川は、いつでも浄めと畏れの游び場です。 拝

* 宋の謝畳山が輯し日本の四宮憲章が訓んで註釈している光風楼書房発行『千家詩選』明治四十二年三月十八日訂正四版 定価金五拾銭の袖珍本を手にしている。これも秦の祖父の遺産、程明堂の「春日偶成」に始まって、

雲淡風軽近午天
傍花随柳過前川
時人不識予心楽
将謂偸閑学少年

は、同感惜しまない。はや花を愛し風を迎えた思いである。
「心楽しむ思いを人は分かってくれず、勤しむべきを顧みないで子どものように呆けているなどと。」
2018 3/24 196

☆ 3月半ば、
まだ枯れ林のなかの小さな家、
おだやかに春の光りが差し、

窓辺で名もない小鳥があたらしい夢を啄んでおりました。

その後の思いもかけない雪嵐などだれが想像できたことでしょう。

凍えて小さくなって

それでも、あっというまに雪はとけだし、

山の頂きも輝きはじめました。
東京では例年になく早々と花が咲き出し
それでも川岸の桜だけは、まだ縮こまっているようです。
この不安ばかりの世で
鳥や
花や
と歌ってみたところで何になるのか、と思いつつ、、、、。
飛び立てないままに    鵙

* みんな「縮こまっている」ようで。「こまっている」のでしょう「飛び立てない」と。
飛び立つも、飛び立てないも、所詮自身のことなのに。
2018 3/25 196

* 選集や湖の本の刊行へ 多大のご支援をいただくこと少なからず、こころより御礼申し上げます。
2018 3/26 196

* 高木冨子さん 渾身 いのちの軌跡を、大きな詩集『痕跡』と題し、もう仕上がった草稿段階なのでもあろうが、すべてを  メールで送ってきてくれた。
なかほどに。

明日は四月一日
Poisson d`avril
その由来 諸説紛々 いずれもそれらしく
Poison de diable(demon)
悪魔の毒を連想するのは 悪意の故か
魚poissonと毒poison
sが一文字か二文字の違い
魚はイエスキリストを示唆するが
奇妙に執拗に「行く春や鳥啼魚の目は泪」の句が漂ってくる
古代エルサレム ゴルゴダの土に嘗て落ちた泪
その泪も自然に象られる
何故に魚の目に泪か  (魚もまた泣くのだよ)
わたしの目にも泪   (わたしもまた泣くのだよ)

* しかと 受け取りました。落ち着いて 精一杯 読ませてもらう。

☆ 神戸 華岳の春
hatakさん  湖の本、撰集をお送り頂きながら お返事もせず失礼しております。
先週土曜日から植物病理学会のため神戸に滞在しています。学会といっても最近は自分で研究発表することが少なくなり、座長や運営会議への出席ばかりに なってしまって、少し寂しい感じです。今回も、評議会や幹事会が3つ、座長が2セクションで、今日お昼前に最後の座長を務めると、ようやく役目が終わる予 定です。
神戸の街は先週から良い天気で、桜も満開になりました。今朝は元町から三宮まで歩き、六甲山の山麓を巡る路線バスに乗って、神戸大までやってきました。
今日は特に暖かく、朝靄に霞む六甲山と、満開の桜が見事に調和し、とろけるような春景色でした。こういった風景に育まれて(村上)華岳の作品が生まれてきたのだと思いました。
大分前にお酒をお送りすると言っておりましたが、ようやく昨日灘の銘酒をお送りしました。
お口に合うと嬉しいです。華岳の「夜桜之図」など想い出しながら味わって頂ければ幸いです。   Maokat@神戸大学より

* いいお便り、嬉しく。ますますお元気で。時には、 歌か 句か 聴かせて下さい。

☆ 淡海の日枝の山
朝、でかける時も。
夜、かえってくる時も。
京都に暮らしていれば、見ない日はない比叡山。
日になんども見あげてきた その山へ、昨日 初めて行ってまいりました。
戻ってきて、今日もまた見あげて、あそこへ身をおいたのだと思うと、不思議な感じです。
樹の声を聞き、鳥たちの姿を見ながら、めぐり歩きました。
連れて行って下さったのは、佛教にあかるい方でしたので、天台宗と密教のこと、法華経と平安のことなど、それは身近に感じられました。
香燻る根本中堂のうちにしばらく座していると、白い帳のむこうには、どなたかのおはす様な気がいたしました。
先ほど送らせていただいた写真は、西塔・転法輪堂の三本杉です。
麓には、櫻のたよりが届いていますが…山頂ちかくは、まだひいやりとして、樹々はいきおいを内に秘め、風に枝葉を揺らしています。
横川に咲く可憐な花や珍しい苔、元三大師良源廟所の渦巻く枝など(写真)送らせていただきます。横川の僧都が花や樹に、どれほど思いをいたしたかはしれませんが… 昨日、日枝に吹いた風が、少しでもお伝えできたなら嬉しく存じます。  百  拝

* 比叡山かあ…。久しいなあ。
ある年、京へ帰って妻と登った日、山上で、昔、妻の下宿していた家の、ひ弱かった娘さんが、男友達のバイクに乗せられてという元気な笑顔にビックリしたことがあった。
結婚し、建日子と変わらぬ年格好の子どもが出来、そして 亡くなったと聞いている。

* ゆく春を近江の人と と芭蕉の句にあった。まだ来たばかりの春だが、空気のやわらかさまでが懐かしい。
2018 3/28 196

☆ 今夜、御本、
受けとらせて頂きました。
お手を煩わせ、また郵便局にまで足をおはこび下さり…恐縮でございます。嬉しく、有り難く存じます。楽しんで、大事に読ませていただきます。
帰宅するなり すぐ 『はなの愛・草木の言祝ぎ』の頁をひらいて読み始めましたら、引きこまれて時間のたつのも忘れ、すっかり夜更けてしまいました。
先生の御本をひらくと、時のながれるのを忘れてしまうので…
気をつけて、体調をくずさないように、読みついでまいります。
取り急ぎ、御礼申し上げます。
ありがとうございました。
追伸  今ほど、HPを拝見いたしました。
お体調のすぐれないご様子に、心がいたみます。
どうぞ、お大切になさって下さいませ。
お具合の、はやく良くなりますように。
祈っております。 京・鷹峯   百   拝

* maokat さん。灘の名酒一升 頂戴しました。感謝。
2018 3/29 196

 

* 文藝春秋の専務を退かれた寺田英視さん、選集來着そして食事へお誘いの電話をもらった。お誘いの方は、ご迷惑を懸けてはいけないので辞退した。寺田さんはお元気そうであった、何よりのこと。
私の「湖の本」は最初の数巻まで、紹介されて、都内の某印刷所に印刷製本を依頼していたが、あまりの乱暴粗雑な製本に泣かされ、編集者の寺田さんに泣き言をもらしたら、即座に凸版印刷の古城進工さんを紹介して下さった。以来、三十余年。有り難い極みのご親切であった。
「湖の本」の旗揚げには出版への「敵性作家」とも叩く人もあったが、寺田さんはナニ躊躇いもなく即座に凸版へ声を掛けて下さり、古城さんも以来三十年、「選集」という仕事も加わって、今でも濃やかに心配りをして下さっている。
我一人で生きているのでは、ない。しみじみ、いつもそう思う。
作家、評論・批評家、各界の人たち、また何人もの各社編集者や新聞記者に励まされ続けてきた。永井龍男先生、福田恆存先生は、それぞれ十指にあまる購読者をさえ紹介して下さり、福田先生の奥さんはいま以て「湖の本」代をお支払い下さっている。なんという、幸せか。

☆ 選集第25巻を拝承、感謝
昨日、『秦恒平選集』第25巻を感謝をもっていただきました。ご出版をパンクチュアルになさる気力に敬意を表し、今回も無事に出版が出来たことを慶祝します。ミセスの体調も回復基調のご様子で何よりです。
私は「ヨブ記」注解を書くための予備的な作業、旧約聖書セレクションのための批評的な対談の仕事、学会発表などをこの歳になっても背負って日々喘ぎつつ 暮らしていますので、選集を味読することができませんが、昨日午後に早速に頁をくりました。千載和歌集は読み飛ばせず、幾つかの歌は心に留めました。
ヨブ記の詩文(のかたちでの厳しい対話)は苦難の責任をめぐる「人事」を問題にしています。預言詩もそうです。神も人事に引き込まれます。西欧の詩は恋を取り扱うこともありますが、伝統的には人事の議論に一つの文学的な手段を提供したと理解できます。
当たり前のことながら日本の詩の風土はまったく違いますね。個人の感情に収斂する。そこに日本の良さも、限界もあると、あらためて感じました。
茶道は私には体験がなく、これまでも秦さんの書き物から、そういう世界、感触か、と学んできました。今回もそうです。秦さんの博識と見識には脱帽するばかりです。
ご本は読後、東北学院大学図書館に送ります。ありがとうございました。
ご夫妻のご健康をお祈りいたします。   並木浩一  ICU(国際基督教大学)名誉教授

* 能の宝生流シテ方 東川光夫さんからも 選集受領の礼信あり。

☆ メール、嬉しく嬉しく感謝。
「ことばが 洗練と謂うよりも 生きてきたと感じながら。」という行は 楽観的ノー天気に解釈します。洗練も大事だろうけれど・・そうなると能力の限界さえ感じます。
先週初めから、あと数日は姑の世話で、何となくあっと言う間に過ぎています。立つのも困難になりましたが、まずまず元気です。
家近くの川沿いなどで桜を楽しんでいます。京都の桜は見逃しそうですが。
くれぐれもお体大切にされますよう。   取り急ぎ  尾張の鳶

* まだ途中…と、銀閣寺の銀沙灘と見える油彩画の写真も。活気、を喜ぶ。

* 送り出した選集も、順繰りに届いて行くだろう。

* 京・有栖川の桐山恵美子さんから、京の筍を、若布などと美味しく戴けるよう いろいろ親切に按配調理されたご馳走を、ほんとうに久しぶり 食事らしい 嬉しさで食した。妻の添えてくれた蛤汁もすこぶる美味、煮物でも筍飯でも筍が香りよく旨かった。筍は京都やナアと この香りやナアと懐かしかった。
2018 4/1 197

☆ 選集第二十五巻
頂戴しました。ありがとうございます。
世阿弥や利休と角逐する藝術家の導きがなければ、能も茶の湯も、わたくしは今の半分も深く経験することは出来なかったことでしょう。
みづうみは日本文化の真髄を世界に発信する最高のスポークスマンでもあります。現在の出版界でどれだけの人がそれを理解しているのか考えると、殆ど絶望的な気持ちになってしまいます。
秦恒平の仕事の大きさを、選集の どの一冊をとりましても あまりの大きさ故に理解し評価するのは本当に難しい。みづうみは過去と未来の人と歴史に向かって書く方です。

>会社勤めで、ことに二足の草鞋で忙しかった極みも、誰も驚くほど正確に大量に仕事を遂げてきた。要するに ただただ尋常な男でしかなかった。

このみづうみの述懐を面白いと思いました。サディズムもマゾヒズムもおありにならないのは当然として「誰も驚くほど正確に大量に仕事を遂げてきた」ところ に秦恒平文学の特質もあろうかと思います。驚異的な仕事量をこなす健康的な生活者=尋常な男であることが作家・秦恒平を創ったのではないでしょうか。
選集完結も視野に入ってきました。益々お身体お大切に、ご無理はなさらず、いつまでもお元気でいらしてください。 櫻  大櫻自在に花を散らしをり  八子つとむ
* 恐縮です。ま、歩ける限りは 歩一歩(あゆみ・あゆみ) 行きましょう。
2018 4/2 197

* 批評家・歌人、九十三歳の高田芳夫さん、封書に近詠の刷り物も添えて、謹呈の選集へ鄭重なお手紙と励ましとを、さらに加えて過分のご支援まで頂戴した。恐れ入ります、ありがとう存じます。
作家の森詠さんも心はずむ佳い有り難い励ましのお便りを頂戴した。恐れ入ります。

☆ 選集二十五巻
秦先生 嬉しく拝受いたしました。ありがとうございました。
「茶ノ道廃ルベシ」は、何度読んでも面白くて、ついつい読みふけってしまいます。

今年の桜はずいぶん早く咲いて、こちらはもう、散り始めました。

ご本の発送作業で、お疲れが出ないかと案じています。季節の変わり目は体調に変化の起きやすいときです。どうぞ、お大事になさってください、奥様も。
ご本、大切に読ませていただきます。ありがとうございました。  伊勢津  濱津由子

* ロスで多年お茶の先生をしている池宮さんへ、わが「花鳥風月」観に加え、「鑑賞・千載集和歌」や「能と平家物語」などの他にたっぷりと、「宗遠、茶を語る」「茶ノ道廃ルベシ」「「茶に言葉あり」「利休の茶と死」などを編纂した「選集第二十五巻」五百余頁一冊を、航空便で送った。送料二千二百円ほどかかったが、速く着くに越したことはない、海を越えて、いささかなりお役に立ちたい。
2018 4/2 197

☆ 昨日
ずっしりと重いご本が到着しました。

本当にお二人の頑張りには驚かされます。

特に秦さんの底力には!

本当に本当に、おめでとうございます!

迪っちゃんがとても気分良くお元気とのこと、嬉しく思います!

昨年は辛い時期を無事に通り抜け本当に良かったですね。

間もなく迪っちゃんのお誕生日、ささやかなプレゼントは、レターパックに入って投函するばかりになっています。

本当にささやかですが、お楽しみにね。

今日はもう4月ですね。

今年の4月24日 周参見に行くことにしました。ここ何年も長距離の旅をしたことがなく、2人の娘についてきてもらいます。

孫たちも殆ど大人? になりました。

上の子は、北大へ、下の子は早稲田に入りました。

ではお二人共 どうかお元気でいて下さいね!   琉  妻の妹

 

* うりがとう。
若い人たちの確かな行方が見えてきて、よかったですね。
迪子も周参見へ行ってみたかろうなと察していますが、力杖のわたしがよろよろと危なっかしくて、可哀想です。無事に元気にいい旅、心残りのない旅をし。恙なく帰ってきて下さい。

* 格調堂々、綿密な『良寛』を上梓された持田鋼一郎さんからも、「花鳥風月から読み始めております。なんとなく理解していると思っていた言葉の奥の深さを追及された御文章、とても興味深く存じます。」とお便りがあった。
2018 4/2 197

☆ 前略
やっと春が到来致しましたが、相変らず御健勝のことと拝察申しげます。(奥様も健康を取戻されました由 何よりお慶び申し上げます。)例によって巻末か ら拝読を始めましたが、何より茶道に携わられ、永の歳月に培われた、深い 含蓄のある御文に圧倒されました。(恥しながら、私も慶応茶道部に属したことが ありましたが、今は全く縁が切れております。)恐らく同世代の人でこれだけ「古典世界への親近」のある方はいないだろうと この巻末を拝読して、心から得 心致しました。
「茶ノ道廃ルベシ」がこの巻に収録されているのも慶びです。どうぞ奥様御一緒に呉々も御自愛の程 心からお祈り申し上げます。 草々不一   坂本忠雄  元「新潮」編集長

* 坂本さんとは同年のように覚えているが、いまもお忙しく、文筆でご活躍、心強い。

☆ (前略)
この度は「能の平家物語」「利休の茶と死」に興味があります。楽しんで拝読させて頂きます。
また、体調を崩しておられたお夫妻とも 元気をとり戻されたこと、大慶至極です。
そういう小生も まもなく 満九十三歳、老化には抗し切れず、家の中でも転倒し とか続き 病院に通います。 自然の定め 仕方ありません。  色川大吉  東京経済大学名誉教授 歴史家

* 近代・現代 この色川先生の実践と犀利な思想活動がなかったら、日本の歩みはもっともっと不確かであったろう。底支えして頂いた有り難いお一人である。感謝している。

* 元・朝日新聞社、ご高齢の伊藤壮さん、名酒「越乃寒梅」二升、下さる。文化出版局の中野完二さんも名酒「やまと櫻」を下さる。恐れ入ります。

☆ 撰集25巻届きました。
有難う御座いました。
体調よろしくない中、大変な作業をされお送り頂いた様で、感謝。
お茶(=茶の湯)の事、参考にさせて頂きます。
急いで咲いた桜も早々と散って来ました。気候の変わり目 対応に大変です。
どうぞ お二人共にお大事に。  京・北日吉    華

* 京・下鴨の澤田文子さん、例の、めずらかな京都便りのさまざま、いろいろを添えて、妻にお手紙を下さる。珍しいおみやげの一つに京都で編輯刊行のグ ループ誌も入っていて、巻頭の「京の文藝」欄に、見開き二頁を用いてわたしの『慈子』が紹介されており、泉涌寺・来迎院の懐かしい写真も大きく出ていた。 ちょっと見には発行元のアドレスが見当たらなくて、残念。

* 京・古門前、藤間流「おっショはん」の大益貞子さんは、電話で礼を言うて来た。 2018 4/3 197

* ほっこり、お酒を戴いている。

☆ 御礼
選集第二十五巻をお送りいただきありがとうございます。
先ほど再配達で受け取りました。
今日は外出先で今年初めて鶯の声を聞きました。昨日は、もうはやツバメの姿に驚いたのに…。
桜もわずか三日で満開から花吹雪。春夏同時の景色と暑さに身体も頭も混乱気味です。
荷造り作業さぞお疲れだったでしょう。今週末には寒の戻りとか。風邪など召しませんように。どうぞお大事になさってください。
感謝を込めて。    下関  碧
2018 4/3 197

☆ 『秦 恒平選集 第二十五巻』を
花吹雪とともに拝受いたしました。
迪子様ご本復とのこと、嬉しく安堵いたしました。

一度はちゃんと読むべき本と思っていた『茶ノ道廃ルベシ』をまず拝読、深い感銘を受けました。
母が「お茶の先生」をしていて、受験に失敗すれば裏千家の内弟子に入れるなどと脅かされていた遠い昔のことなどを思い出しました。(母にも読ませたかった!)
茶の湯成立以前からの日本人の美意識を射程におさめての「鉢木」論、圧巻です。
「茶の心」あっての茶道であり、その茶道は近世にあらがい続けた中世が生み出した「一期一会」の場の美学、ここに鳴らされている茶道界への警鐘は、<おもてなしの心>などと浮かれている今こそ、さらに必要とされているように思えます。
それにしても、十代にして書かれた「手前作法と愛(を)しみ心」には震撼しました。年季が違いますね。

いつもながらのご恵贈にお礼申しげます。
呉々も御身お大切になさって下さいませ。
二〇一八年四月二日    天野敬子   元・講談社出版部長

* 著者冥利、頭を下げます。

* 「三田文学」編集室 早稲田大学図書館 お茶の水女子大学図書館 から「選集」25受領の挨拶があった。

☆ 花吹雪
今日は、木目込み人形展があり、上賀茂神社迄行って来ました、初夏の様な気候で、お花は市内より少し遅く、久しぶりに御詣りしてきました、
美味しいものを高島屋からお送りしました、お口に合いますか?
明日に届く様です。お楽しみに!    京・北日吉    華

* ありがとう。お心入れ京のいろいろ、到来、嬉しく頂戴しました。

☆ くれぐれも
お体大切になさってください。
召しあがれたらよいのですが。  鎌倉  橋本静一・美代子

* 久しく久しい、橋本さんご夫妻。銀座千疋屋からお心入れの逸品を頂戴。ありがとう存じます。

* 静岡市の鳥井きよみさん、三鷹市の唐澤篤男さん、品川区の本間久雄さん、有り難いご支援のご喜捨を頂戴しました。有り難う存じます。

☆ 江古田のスタンドバーでよく出会う、ハットがお似合い、社長さんらしき青山勝俊さん、お心入れのご馳走を下さった。恐縮です。 「VIVO」と謂うたかな、その小さいバーの、わたしたち夫婦は時どき飛び入り、飛び抜けて年寄りの客。わたしは此店では専ら極く冷えのウオトカをダブル で二杯飲んで帰る。この近くの「中華家族」という店では、わたし専用のようにおいてもらってある「マオタイ」をやはり二杯飲んで帰る。こんな強いお酒は、 誰も…と呆れながらママさんは取り寄せておいてくれる。

☆ 吾亦紅   高木冨子

自負と恐れを吸い込む日々
吾も亦 紅く燃える命
強情で不確かなものに溢れかえり
小さく息する 命

浮雲の韜晦 滔滔 やがて激しさ
激しさは怒りにも似て
際どい均衡を歩く
暗がりに 明るみに 吾亦紅咲く
2018 4/4 197

☆ 豪華な御本をご恵送下さり 有り難う御座いました。

出かけるとき(電車の中や 病院の待ち時間)湖の本どれかを持って行きます。忙しかったり 難しくて読めていなかったのを 近頃はずいぶんと稼ぎました。 私も矢張り 右膝は 痛く 湿布と痛み止め薬で たらかしています。

(京都市内は一人で 観世会館や大江能楽堂 御香宮月釜 美術館 博物館 コンサートホール等)

来週の土曜日に 級友の一人を偲ぶ会を開きます。

私にまで 立派な御本 有り難う御座いました。   京・伏見区  草野貞子  高校茶道部同窓

* 京の、同人誌むらしき「どんつき」編集室へ、礼のメールを送った。
2018 4/4 197

* 大勢さんに回復を祝われて妻も、八十二歳に追いついた。朝食、赤飯と卵の汁、そして「華」さんに戴いたみごとなバウムクーヘンとお茶で、すべてに感謝し、二人だけで祝った。

* 島津忠夫さんのご遺族から、お菓子をたくさん、今朝早々に頂戴した。

☆ 秦先生、桜が散り始めました。
『秦恒平選集』有り難うございます。頂くばかりで、恐縮しております。
特に「茶ノ道廃ルベシ」を読むのが楽しみです。
高校大学の頃は、お茶の道に進みたいと思うほど夢中になっていましたが、結婚して姑がお茶とお花を教えていたのに、私の熱はすっかり冷めて、全く心が動きませんでした。
ただ香席に茶席は付きものなので、一服頂くだけで、半世紀が過ぎてしまいました。
それがこの一、二年、茶道にぐいぐいと惹き付けられるのです。今更夢中になるのは考えられませんが、明日も知人の催すお茶会に出かけます。
益田鈍翁と親交のあった、森川如春庵の茶席の再建に取り組んでいる方の席で、尾州有楽流という流派のお茶会です。(織田有楽斎の弟子の流れだと聞いてお ります。有楽の血筋を受け継ぐ織田家の有楽流も名古屋を中心に活動していますが、先代の家元・織田先生亡くなったあと、今どうなっているやら。)
私は表千家を学びましたが、すっかり忘れてしまいました。
今は、静寂の中に、あの釜鳴りや炭の弾ける音、茶筅のリズム、そして美味しいお菓子とお茶を頂くのが第一です。難しいことは解りませんが、お軸を拝見して、茶花を愛で、お道具についてのお話しを聞く。昔は嫌だった大寄せでもそれなりに楽しめる様になりました。
『茶ノ道廃ルベシ』わくわくします。有り難うございました。   名古屋市  珊

☆ 京都も
満開の櫻でございます。今年は本当に早い櫻の開花でございました。
さて昨日はご高著第二十五巻をありがとうございました。
「能の平家物語」は愛読書でございます。堀上謙氏には私もご教示を仰いだものでございます。お名前を拝見しまして胸が熱くなりました。今回 氏の写真はご ざいませんが、どの頁を繰りましても、舞台が重層的に浮かんでまいります、水際立ったご文章の魅力でございましょう。こういう格調ある御作を拝見します と、心が強くゆさぶられますし、さらに踏み込んでこの先を考察する機会があたえられると存じます。
益々のご榮硯をお祈り申し上げます  かしこ。  京・鳴瀧  川浪春香  作家

* 過分のご支援を戴いた。ありがとう存じます。

☆ 雀です。
おふたりお揃いでご自宅にてこの日をお迎えのこととおよろこび申し上げます。
先日、ご本が届きました。もったいなくてひらけない。
数年前に子宮筋腫による貧血が判明して、鉄サプリメントを服用し始めたところ、以前よりずっと元気になりまして、転んで、現在、月一回鍼灸に通っています。   名張市

☆ 秦先生
奥さまが健康を取り戻された由、こころよりおよろこび申しあげます。
『秦恒平選集 第25巻』をご恵贈賜りありがとうございました。御礼申し上げます。
茶道は憧れを持ちながら今ひとつご縁が結べません。
50年以上前、小堀遠州流に通い始めましたが毎日の残業続きで三カ月で断念しました。3年前一念発起して裏千家に入門しましたが思わぬ病を得てまたもや断念しました。
坐禅は、30歳の時に地元の坐禅会に参加、その後宇治・興聖寺の坐禅会に通い、東京に戻ってからは、駒澤大学の奈良康明先生の仏典を読む会で坐禅のご指 導をいただきました。永平寺で宮崎奕保禅師に戒を授けていただくことができました。とはいえ、なかなか茶禅一味と言うわけに参りません。先生のご本で茶味 の一端を味うことができればと存じます。
思いもよらぬ“魔女の一撃”、圧迫骨折に見舞われました。一ヶ月が経過、ようやく楽になってきました。上智大でのギリシア哲学原典講読のセミナーはなんとか通えそうです。
先ずは御礼まで申しあげます。 篠崎仁

* 転ぶという怪我を、一等多く聞く。気を付けたい。
2018 4/5 197

* 胸を破る重い悲しい便りも今日は受け取った。黙々とし、どうか安かれと祈るばかり、何も手を添えて上げられないのも悲しいこと。老いての怪我は、重い。心よりお見舞い申し上げると書いても何の役にも立たぬかと切ない。

* 日本近代文学館、立命館大学図書館、山梨県立文学館、「選集」25受領の来信。
所沢の藤森佐貴子さん(島津忠夫先生遺族)からお葉書戴く。
奈良の東淳子さん、東近江の川島民親さん、小田原の安藤啓一さん、相模原の篠崎功さん、みなさん、過分のご支援を下さった。心より感謝申し上げます。
2018 4/5 197

 

☆ 青き踏む
いち日の始まりに、目覚めてすぐ湯をわかします。
「あふみのみ」が躰に沁みてゆくのを感じながら… ちいさな和三盆糖を口にふくみます。手にした小箱には「柳さくら」の掛け紙が、そのふたを開けると『相伝・菊壽糖』と刷られた栞がはいっています。今様の技法で刷られてはいるけれど、打雲の料紙は、目にゆかしく感じられます。
お薄一服。
平安の山茶碗の金つくろいは、 すれて漆の素地がでてきてしまいました。この、大ぶりの盞のような器を形見分けにいただいた日から、もう一年あまり経ったのだと、漆の肌に触れながら… 想います。
さきに彼の世へかえる人。指おる数がふえました。
まだ明けそめぬまえに、いつも目覚めてしまうので、お薄一服いただくひと時を、だいじに過ごしています。
お干菓子も、お抹茶も、お茶碗までも、到来物でいただいているのですから… たくさんの縁と、ご加護の御蔭があって、此の世で生かされていると感じずにはいられません。そのことをつくづく有り難いと思いながら、暮らしています。

そうして昨日、先生が体調のすぐれない中、ご尽力なさりお届けくださった御本を受けとらせていただきました。
嬉しく、ありがたく、感謝申し上げます。
花曇りの今日に、大切な選集を櫻のなかで読みたいものと思い、御本を持って出かけました。
『知恩院三門』の辺りの染井吉野は、はや階段に散りしいていました。華頂山を踏みしめながら、ゆっくり登って行くと、春のやわらかな風にのって花びらが舞い散っています。萌えいでた若草のうえに、淡い櫻の色がかさなって、やさしい色合に気持ちがなごみます。
そんな道すがら、鶯の初音を聴きました。布におおわれた『御影堂』をぬけ、鐘楼のわきから境外にでて『井雪』のそばにある四阿からは、八重の櫻がよく見えたので、そこで入相の鐘がなるまで、楽しんで御作を読ませていただきました。
そういえば「入りあひの鐘に花ぞ散りける」と詠んだ能因の歌が「道成寺」に繰り返し謡われていたのを思い出しました。
お茶とお能に親しむ機会をもつことができたのは、此の世を生きる助けとなり、また悦びともなりました。
そして、先生のお書きになるものを読む縁ができたことで、独りでは辿りつけないところへまで導いていただき、文章を楽しんで言葉と游ばせていただけるようになりました。過ごし難い此の世に身をおく時間を、豊かにしていただき、深く感謝いたしております。
帰り道に、祇園へ行ってまいりました。
『辰巳大明神』の染井吉野が撮れたならと、思ったのですが… ほとんど散ってしまっていて… 残念でした。
『巽橋から白川』の枝垂櫻は、まだ綺麗だったので添付させていただきます。

 

奥様のお具合、良くなられて何よりでございます。
お元気でお誕生日を迎えられましたこと、お祝い申し上げます。
御二方のお元気をお祈りいたしております。 京・鷹峯   百  拝

* 今年はことさらの花見には出かけなかったが、懐かしい白川櫻の優しい美しいのに、ほおっと吐息し心憩っている。感謝。
家を駆けて出れば、巽橋へ二、三分で行けた。戦前戦中、秦の父や母に手を引かれ、この橋を渡って、茶屋の「廣松」から間ぢかな廓の銭湯、松湯や鷺湯へ 通った。戦後、丹波の疎開先から帰ってからは、東京へ来るまで、久しく独りで通った。戦前は、この白川右岸も、左岸と同じにお茶屋の家並みでひしひしと埋 まっていた。
2018 4/6 197

 

* 国会図書館、都立中央図書館、同志社大学図書館から、「選集」25受領の来信。

* 製作の今回分請求書も届いた。

* 江東区の藤原龍一郎さん、浦和の出田興生さん、ご支援感謝申します。

☆ 拝復
『秦 恒平選集』第25巻を頂戴し、誠に有難うございました。
「能の平家物語」 国文学専攻の学生時代、自主的に学生が活動する中世文学研究会に入っていた私にとってとても親しみやすく ”青春の息吹”を楽しませていただいています。
秦様のお父上のような本格的な領域とは遠く離れていますが、一介のレントゲン技師に過ぎなかった亡父も、大江能楽堂で仕舞を舞う機会があったらしく、番組表が残っています。金剛流の家元父子は国文の出ゆえ、私も今出川校地から近い能楽堂へよく拝見に伺います。草々
お尋ねの 脇明子さん(=鏡花研究家) の連絡先お伝えします。  同志社大学教授

* 喜多流シテ方 香川靖嗣さんからも、「能 死生の藝」「能の平家物語」から読みますとお手紙があった。
2018 4/6 197

☆ 選集25巻
有り難く拝受、心よりお礼を申し上げます。
奥様のご回復おめでとうございます。これからもお大事に過ごされますよう念じています。
娘が米寿記念に旅行せよと言うので 老骨に鞭打って上田市の無言館を見学に行って来ました。
吉備の人

* ああ、よかった。米寿、心よりお祝い申し上げます。
どうか、奥様のご平安をとも、心より深くお祈り申します。

* 小松の井口さんの日々ご心痛ご心配も、想うだに胸痛く、ただただ心より御無事でとお祈りしております。メールを開いて下さると良いがなあとも。

* 三島賞作家の久間十義さん、北海道の蟹二杯も送ってきた下さった。すこぶる美味、感謝感謝。
兵庫県、妻の同窓市川澄子さんからも手製の「いかなご」煮、また好きな塩昆布を送って下さった、ありがとう存じます。

* 愛知・知多の久米則夫さん、大田区の青田吉正さん、御喜捨を頂戴した。
2018 4/7 197

 

☆ 近況
夏のような暑さの後、ここ二、三日は冷え冷えした天気です、御身体に堪えませんように。
届いた『選集』二十五巻、古典への深い愛と造形、この一冊が大きな高い山並みを成して迫ってきます。
お茶の稽古を辞めてから何年も過ぎて、振り返ってわたしのような粗忽な者には茶道は中心にはなり得なかったという反省も込めますが、茶道に限らず、日本文化への視点、姿勢を考えてみたいと思います。
(転倒後の=)額の腫れは完璧には治っていませんが、痛みは早くから無くなりました。上腕のかなりの内出血に驚きましたが、それも一週間ほどできれいになりました。回復力はまだまだあるなと自分の意志に関係なく機能している身体に、自然の仕組みに改めて驚き、感謝です。
数日前には中央線に乗って楢井の宿まで行きました。琵琶湖一周をと思い列車に乗ったのですが、途中人身事故で運転休止になったので引き返して。尾張に移って六年、中央線に乗ったのが初めてとは、わたしの関心がひたすら関西に向かっていたからでしょう。
平野では既に桜が散っていますが、山間部ではまだまだ桜が咲き誇っていました。
わたしの家の庭でも 八重桜が今満開です。
今週は三姉妹が久し振りに会う予定です。それぞれが介護の人を抱えていますから、会う機会も少なくなりました。まあ、わたしがヒュルヒュルと比較的無責任を自覚しつつ翔んでいるのですが。

今、テレビで西部(=つとむ)さんの自殺を幇助した人のことを報じています。医療や介護を拒否し
て、自分の意志で死を選択した彼は 幇助も一切拒否しなければならなかったはず、と思いつつ、自死の難しさにも思い及びます。数十年来の友人が自死した時を思います、今でも尾を引く思いです。
長く、元気に生きること・・やはり介護されたくないなど複雑な思いと共に。
何だか暗いことも書いてしまいました。
くれぐれも大切に大切に 春を楽しまれますように。   尾張の鳶

* わたしの場合、没交渉のままにであったけれど 生母も実父もそれぞれに自死に同じい死であったらしく、実兄もまた自死してまった。ほかにも、有った。 数えれば永い生涯に幾人もの自死の知人友人を持った。わたしも、それを全く思わないような人ではないが、心している。心すべきことと胸に仕舞っている。

* 昨日 京都から送ってきてもらった、祇園白川の花櫻 綺麗ね美しいわと妻も嬉しがっている。なにかというとデスクトップから映しだし見入っている。帰りたいなあ。
2018 4/8 197

☆ 秦 恒平 様
謹啓 花冷えの候 ことしは京洛の地の桜の開花が早く、いつのまにか花よりも緑の葉桜に変わり、ここのところのそぼふる雨に鮮やかさを増しています。皆様には、ご清祥でお変わりなくお過ごしのことと拝察いたしております。
さて、過般、『秦恒平選集』第二五巻のご高配にあずかりまして、厚くお礼を申し上げます。たしかに拝受いたしました。
さっそく拝読させていただいていますが、古典を読解する資質に疑問符がつく私には、先生のご著書と対坐いたしますと、恥ずかしさに心乱れる日夜です。おもうように先へ進むことができません。ご容赦ください。
「茶ノ道廃ルべシ」の序論「匂いと色と」において、「およそ五感の重層深層を心して手さぐりすることなしに日本簿の佳さも、日本語に支えられた日本文化 の佳さも、同時にその限界をも理解することができない。」と述べられていて、「識語」に「語是心苗」と朱墨されるとある。さらに、「小説家として、日本語 の語感を尊重するところから、難くはあるが、心を養い詞藻を磨くよりほかないからである。」と。
この「茶ノ道廃ルペシ」では、詞藻(詩文)を精神的な美の様式に昇華される先生の「日々の喜びの肉声」を少しは拝聴できたかとおもいます。
ありがとうございました。
つきましては、ささやかなお礼のしるしを同封いたしましたので、よろしくご笑納くだされば幸いです。
末筆ながら、先生ご夫妻はじめご家族の皆様のご健康をお祈り申し上げます。
まずはお礼まで    2018年4月吉日     馬場俊明(あきとしじゆん)  詩人・図書館学者

* 恐れ入ります。ご支援も賜りまして有り難う存じます。加えまして、わたくし視力のために四条 仲源寺目疾地蔵様の御守りも頂戴し、有り難いことでございます。

* 目疾地蔵さんの「雨奇晴好」仲源寺へは、幼稚園、国民学校の頃 お習字の稽古に通っていた。鴨川の氾濫に備えた祈願寺であったろうと思っている。やはり家から駆ければものの五分とかから近くだった。

☆ 泣いているお地蔵さんの写真と詩、
ありがとうございます!  こういうお地蔵さんもあるのですね。とても人間的で。

私は昔から泣き虫だから、今でもよく泣きます。感動して泣くことも多いですが…
昨日は友人二人が上野の森美術館で絵を展示しているのを見に行ってきました。
もの凄い風で、桜はもう散ったあとで緑が繁っていました。いつもこの時期にこの展覧会がありますが、毎年少しはお花見できるのに、今年は欅の新緑も凄い勢いで伸びて、まるで5月のような雰囲気でした。

友人は、ひとりはプロで、もうひとりはアマチュアです。二人共私より大分若いですが、頑張る人たち。思えば私は自分が頑張ることはなく、常に応援団なんだなあと思います。
周参見のお墓(=妻の実家)では、迪っちゃんの分もおがんできますよ。私もこれが最後かな?と思ったりしています。青山墓地もあるからまあいいかなと思って…。
黒猫のノッテ、マーゴちゃんに似ていて、縁の不思議さを思います。2年前からうちに通ってきていて、外には小屋を置いて冬も越してきた猫たち。

黒い猫は、時々見えないというか、どこにいるか分からなくなることがありますね。写真も撮りにくいです。またいい写真が撮れたらお送りしますね。

どうぞお元気でいて下さいね!   琉   妻の妹

☆ :「千載秀歌」に次いで
日曜の今日は、家の中のことどもを片付けつつ 「後拾遺和歌集」を。
御体調はいかがですか。  九
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* 高松市の星合美弥子さん、小松市の八代啓子さん、渋谷区の佐藤宏子さん、花巻市の及川恵美子さん、また、藤澤の義妹から、多大のご支援を戴いた。感謝申します。

* 観世暁夫(銕之丞)さん『能の平家物語』のうち「頼政」「鵺」など読んでいますとある他に、お尋ねしていた観世恵美子さんの消息としてもう三、四年前 に亡くなりましたと。茫然。長男桂男さん、長女あこめさんは「それぞれ家庭を持」たれている由、重ねて「連絡先」をお知らせしますと。

☆ (前略)
九十二歳になる母が調子をくずしており、北海道に行っておりました。
帰る折、空港で美味しそうなカニがあったのでお送りいたしました。
どうぞご賞味ください・敬具    久間十義  三島賞作家

* 嘆賞の声がもれるほど美味しい蟹をたっぷりご馳走になりました。大好き。ありがとうございました。

☆ 秦恒平様
散歩に出ると、近くの公園に数本の桜があります。長くいられないので、ちょっと眺めて帰ってきます。
先生、お元気ですか。奥様のおかげんはいかがでしょうか。
この度は選集二十五巻をお送りいただきありがとうございました。前巻と同様、秦文学をささえる古典文学や茶道への親炙に今更ながら圧倒され、源氏物語や 平家物語など古典を読まなければ、と嘆息し反省します。まず先生の書かれたものをなんとか理解できるようにならなくてはと思いますが、目下、秦作品の根底 に横たわる思想の奥深さにまで、なかなか手が届かず、しかし、まあこれからだと自ら励ましております。
一月中旬に『罪はわが前に』論を送ったあと、「黒谷」を読ませていただきました。語り手を死者に設定された点などおもしろく、ふと、末尾の「ガシャ」と 崩れ落ちる音が、「或る雲隠れ考」の末尾に似ていると思い当たったことから、いまそれを読んでおります。原善さんに詳しい論考がありますが、影響されない ように、見ずに勝手に幻惑されながら読み進んでいます。肝心なところをわざと欠落させた作品のような気がして。
なにか書けましたらまたお送りさせていただきます。
いよいよ春の到来です。くれぐれもお身体をご自愛くださいますように。
平成30年4月5日   奈良県五條市  永栄啓伸

* 今ぶん 「秦 恒平選集」でいえば、第一巻から第十七巻の戯曲「こころ」批評「こころの心見」までが、わたしの小説・創作と、以降第十八巻「梁塵秘抄 閑吟集」からさき がわたしの論攷や批評を含んだ思想とエッセイの世界に入っている。後にもう二巻ばかりは小説・創作をと記しているが、予定してきた三十三巻では漏れ落ちる 仕事がでるだろう。
何にしても、わたしの文学・文藝は創作と思想との両翼で、その片方だけで見終えてしまうことは出来なかろうと私自身感じている。
「身内 島の思想」「一期一会」「花と風 古代と中世」「谷崎潤一郎」「古典 文学と藝能」「女文化」「和歌と美と美術」「手の思索」「死なれて死なせて」「京都と京ことば」「手の思索」「身と心 からだ言葉・こころ言葉」そして「ペンと政治」「バグワン」…そして敢えて謂えば、「性の衝動」。
どの創作にも、わたしのエッセイ・思想は裏打ちのように貼り付きしみ通っているのではないか。

☆ (前略)
本巻所収作品の「茶ノ道廃ルベシ」 家内が独身時代に拝読し深く考えさせられたと、今も大事にしております。
奥様が健康を回復されましたこと、安心、いたしました。 木村年孝  元・今治市図書館長

☆ 秦さん
こんにちは。先日新潟の実家に選集第二十五巻が届きました。ありがとうございました。
「一期一会」の本当の意味を教わったのは、『茶ノ道廃ルベシ』でした。以来、日々繰り返す営みのもの憂さを、「一期一会」が軽くしてくれました。私を支 えてきた大切な言葉の一つです。もうすぐ、また新しい「一期一会」が始まることを思い、不安はありますが、やはり幸せをかみしめています。
新潟の春はさほど遅くなく、四月には気持ちよい陽気が訪れますが、櫻だけは毎年ゆっくりで、ようやく七分咲きです。当地で二人だけで見る最後の櫻です。妻との五年間を十分楽しみました。
迪子さんともども、どうかお体ご自愛下さい。  柏崎市  理史

* 益々の幸せと健康とを祈ります。

* 元・岩波「世界」の高本邦彦さん、紅書房主人菊池洋子さんからお便り、また神奈川県立文学館からも受領の来信があった。

* 湯に漬かって、雨月物語への長島弘明さんの懇切な解説を半ば読んだ。
「青春短歌大学」も面白くまた懐かしく読んでいた。ああ、あの、あの、あのと、東工大学生諸君の記憶が生き生き甦ってきて。佳い記憶ばかりがたくさんあ る。今日も、「湖の本」新刊分へ、はるばる送金かたがた、「先生、お元気にされていますか」と見舞ってくれる男子君の便りを読んだ。

* 今日は冷える。湯冷めせぬまにからだをやすめたい。
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☆ 京では
いま山桜が美しく咲いております。
御本とお便り ありがとうございました。
(『楕円の意匠』を=)おほめいただき ひたすら恥しく、次はもう少し納得のゆくものを書きたいと思います。
二十四巻 読ませていただきました。
一度めはまだ「読書」と言わないという言葉に合点せずにおれませんでした。
「よい読者像」として「記憶力の読書」をあげておられるところで、 これまた恥しくなってしまいました。私は 読書の記憶をきれいに忘れてしまうような のです。内容は心の底に沈んで 次に意識に浮上してきたときには、まるで自分が発見したことのように思ってしまうのです。
「源氏物語とは院政待望の潜勢伏流を虚構世界へ先取りした、予兆した、まことに末恐しい批評的な創作であった。」
ただ今、「源氏物語」から「平家物語」の間に人々の意識がどのように変化し 意匠や文様がどのように変容したかを考えているのですが、そのような構想が先生の文章に方向づけられていたことに、再読させていただき気づきました。
「本は一冊を一冊としてだけ読むものではない、こうしてた本から本へ、人から人へと時を超え処を超えて長い旅をしつづけて行く根気と熱意との集積が『読書』という、人間にしかない営為なのだ」と実感させていただいております。
「古事記」から「源氏物語」、「源氏物語」から「平家物語」の間に、どのような旅が可能かと考えてみますと心躍ります。
女といたとましては、「女性が男性をおさえてリードできた歴史は日本には実在していない」について異をとなえてみたいのですが…… それには少し時間がかかりそうですけれど、
奥さまに ほめていただけますよう頑張ります
暖かにはなってまいりましたが、寒暖の差が大きい毎日でございます。
先生 奥さま
どうぞ くれぐれもお身体大切におすごし下さいますように   羽生清  京都造形大教授

* 確実に「読んで」お手紙を下さる有り難い方。好きな「末富」のお菓子まで送って下さり、嬉しく。
古事記から源氏物語へ 平家物語へ これはもう深遠な連携を読み取ることの可能な、魅惑に富んだ大きなテーマ。
切り口の冴えと言葉の活かし方の独自さにおいて、ただの学者でなく、すぐれたエッセイストであり、詩画人でもある。次著を期して待つ。

* 「無言館」へ米壽のたびをされた吉備の人、有元毅さん、おめでたい名酒で知られた「亀齢」一升を送り届けて下さった。感激そして感謝。

* 大府市の近世女性史家・門玲子さん、 千代田区一番町「ドーカン」主人の山本道子さん、上越市光明寺の一茶研究家で新潟大名誉教授の黄色瑞華さん、行 動的な評論家の鎌田慧さんからもそれぞれお手紙を頂戴した、仕事疲れで目がもう利かないので、お名前を挙げてお礼申し上げる。

☆ 秦 先生
さわやかな春の訪れを迎えました。体調はやや不安定ですが、先ずはおだやかに過ごしております。
『茶の道廃ルベシ』を繙いております。
私は音楽も文学も主として西洋の古典に親しんで参りましたが、秦先生のおかげで日本の古典に触れる機会が増えたことを喜んでおります。
地元鎌ケ谷市の麺を少々ご送付申しあげました。
我が家の贔屓の製麺屋さんです。
ご笑味いただけましたらさいわいです。   篠崎仁

* 「西洋」はあまりに廣く深く、せいぜい文学作品のほかは、ギリシャ、ローマそして英仏米等の「歴史」「美術史」を翻読してきた程度。
音楽は戴いたモノを有り難く聴く程度だが、ピアノ曲が好き。また戴き物だが「ファド」のような唄も楽しんできた。
生憎にこの機械が老化するに連れて今は音楽の音を出してくれない。映画も昔は見られたのに活動してくれない。西洋ものは結局は、映画を(テレビで)断然多く見ている。
ホメロスの二大悲劇、その他の代表的なギリシャ戯曲少しく、そして旧約・新訳聖書の全部、シェイクスピア大方の戯曲、ゲーテの「ファウスト」 ミルトンの「失楽園」その先はもう常識に類する十八、十九世紀の沢山な古典的名作小説を愛読してきた。
それが、二十世紀に入ってからは、どうも飜訳に身が添わなくて触れず、ただもう アーシュラ・ル・グゥインの『ゲド戦記』 マキリップの『イルスの竪 琴』を繰り返しくり返し読んできた。「ホビット」の長い長い物語もくり返し読んできたが、これは映像抜群の映画の方が美しい。
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☆ いにしへの わすれかたき なくさめに
今朝、はやい時間から過ごしやすい陽気でしたので… すこし歩きたく思い、靴をはきました。靴紐をむすびながら 「どうして草履じゃないのかしら?」と、違和感をおぼえるのですが… 「此の世に生きているのだから、仕方ない」と、自身に言い聞かせて出かけます。
まだ明けそめぬ道は人通りもなく静かで、十五分ほどして紙屋川のせせらぎが聞こえる辺りまで来たとき、懸崖の楓に陽が射して、若やかな葉の色をあざやか に浮かみ上がらせました。その輝くように美しい色を目にするたび「萌黄匂の鎧を著た敦盛」が、そしてまた「萌黄縅の鎧を老体に纏った実盛」が立ち現れま す。院がつくらせた『平家物語』は、遠いところのコトでもモノでもなく、身のそばに在ります。
鷹峯に住んで、八年になります。
もうそんなに此処にいるのだと、自分でも驚きますが… 住みはじめて二・三年は、何処にいるのかも、何をしているのかも分からない有り様でした。この頃ようやく、先生にご連絡させていただくよ
うになった頃から、すこし落ち着きをとり戻せたのでは、と感じています。と申しましても、苗字に「馬」がつき、「申歳」の身であっては、妄念やら執心から放たれ難く… いづれ此のたびも「修羅の道」を歩まねばならないのだと思っています。ただ、その歩のすすめかたを、昨日よりは今日、日ごと新たにして行きたいもの、ほんのすこしでも深くしたいもの、と願いながら過ごしています。
先生からお優しいメールを頂戴いたし、有難く存じます。
また「白川の櫻」が、いくらか御慰めとなりましたご様子、光栄です。奥様もお目をとめてくださったと HP で拝見いたし、嬉しく存じます。
それから朝のお茶にいただく『菊壽糖』でございますが… 先日「椿展」のお手伝いにまいりました折、たくさんにいただいたもので… いつもながらのおまわしで、お恥ずかしいことでございますが、 4月11日 到着の宅配便で送らせていただきました。一緒に試供品の「唐納豆菓子」と「桑茶」
も入っており、お口に合いますかどうか…
「丹生」の水は、宜しければお抹茶を点てる時にでもお使いいただけましたら幸いでございます。  ほんの少しばかりの物、あり合わせの箱につめて紐で括り、送らせていただいたのですが… 先ほど「紙屋川」にそって、鏡石通りを歩きながら、思い出したことがございます。『源氏物語・鈴虫ノ巻』に「紙屋の人を召して 、ことに仰せ言賜ひて、心ことにきよらに漉かせたまへるに… 」とあり『紙屋院』は、下流の『北野天満宮』の近くに在ったとか。
その『紙屋院』に、平安時代より前からあった鴨川出雲郷の『紙戸』の人たちが編入し教化につとめていたとも聞きました。「紙」は、私にとって特別に慕わ しい物です。まだ二十代だった頃に出雲へ旅した折、「斐紙」と「紙糸(紐)」をもとめてまいりました。その後四十年あまり、ずいぶん住まいを変えたにも関 わらず、未だ手元におき、折にふれ使っております。五ミリメートル巾の石州和紙を縒って糸状にしたもので、「未晒し・晒し・丁子染め」の三本の糸で結ばせ ていただきました。モノは色々につながって、様々なコトがおこります。
ほんのささやかな物を、勝手に送らせていただいた旨 お伝え申すのに、とりとめなく長くなり失礼いたしました。
あたたかな日でも、冷えこむ時間もあるようでございます。
どうぞ、お大切にお過ごしになって下さいませ。 百   拝

* 意馬心猿の自覚 や 源氏の鈴虫の巻 紙屋院 紙戸 などの すうっと文面に出てくるメールは今日そうそうは無い。瞬間、今という時を穏やかに喪う。
「菊壽唐」そして桑茶、頂戴し しみじみ賞味、ありがとう。
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* 鎌ヶ谷の篠崎さん、地産の麺をたくさん送って下さる。感謝。
京・下鴨の澤田文子さん、「松葉」の鰊蕎麦をたっぷり下さる。感謝。

* 金澤の金田小夜子さん、お手紙と金澤の酒肴に添え、選集へのご支援も頂戴した。有り難う存じます。
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* 世界ペン専務理事の堀武昭さんから、京・祇園のお茶の先生、中学同窓の橋本嘉寿子さん、そして天理大学文学部から「選集25」受領のご挨拶があった。
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* 明夕は歯医者へ。出来ればあと街へ脚を延ばしてもみたいが、夏日かと予報されている。暑いのもイヤだが。歯医者へ行くときは印刷所への支払いなどする こと多く、明日も「選集25」を送金してくる。わたしは小さな字は見えないのと機械いじりは覚束ないので妻にしてもらう。一冊について一万円見当の高額な ので、わたしは、ま、用心棒。頼りないが、紫檀の杖を持っているよ、呵々。
東工大では、学生諸君とのとてもいい出会いが沢山あった以外に、良いことが大きく二つ有って一つはコンピュータとの出会い、これが無かったらわたしの作 家生活はかなり窮屈だったろう、「騒壇餘人」とはなかなか行かなかったろう。もう一つは、教授としての給与と年金。わたしは殆どそれに手を付けなかった。 幸い必要も無かった。それが「選集」の少なくも三十三巻予告分を、まあ賄ってくれる。感謝している。
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* 中野の安井恭一さん、選集へご支援戴いた。感謝。
明治学院大学図書館からも謝状来る。
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☆ 拝啓
櫻も終り、日が長くなってまいりました。
過日は、お言葉と 「選集」第廿五巻、ありがたく拝受いたしました。
「茶ノ道廃ルベシ」 懐しいです。
いただいた当初、「選集」は全十巻くらいかと思っておりましたが、早、廿五巻、毎回いただきながら、恐ろしさを感じるようになりました。
御健勝をお祈り申し上げます。 御礼まで 敬具  前・国文学研究資料館館長

* 拝啓
真夏日はさんでのこの寒さ 花冷えなどのん気なこと云っておられません。
奥様ご快癒の趣 よかったですね 短文にあふれ出る喜び うかがうだに嬉しくなります。
『秦 恒平選集』第二十五巻ご恵与たまわりありがとうございます。湖の本シリーズにて拝読した思い出のご論の数々 読書また一期一会の思いで味読させて頂いております。
教えられるというよりなじむとの少年期の古典・能・茶の湯との出会い、さすが古都の環境と あの戦後の日々にしてと驚嘆いたします。
利休予言の確かさ はるか後世の吟味で頷けるところです。
新春恒例の初釜の新聞記事にて、権力に結びつくさま誇示しているようで違和感覚えますが、これまた伝統受けついでのことなのでしょうか、鞏固な家元制度のもと前衛の気風存続しえないのかなど 考えさせられます。
通院等かまけ お礼申し述べること遅くなりました。変わりばえしませんが郷里の(稲庭)うどん少々、どうか奥様 着到ご返書ご放念ください。 帰省して買い物するのがつとめと口ぐせだった亡き年下のいとこの言にいつも反省しきりです。
行きずりも時に会衆や春野点
くれぐれもお揃いでお大事に   草々    信太   神戸大名誉教授

* 神戸の岡田昌也さん すばらしく大きな栗でできた珍しいお菓子を戴いた。感謝。

☆ 秦 恒平様
選集第二十五巻をありがたく拝受。堀上(謙)さんとのご交流も記憶に新しいところです。
能舞台を主役に据えた小著、初めての試みと少々じふするものがあります。
ご高覧頂きたく存じます。  小林保治   早稲田大名誉教授

* 私自身は全国の「能楽堂」各自の宜しさを実地に観てまわれないが、この本は、此の道の人たちには有り難くて便宜な事典的要路のいかせる労著と思う。

☆ 大変素晴らしいご著書を
御恵送下さいましてありがとう存じます。
どうぞお体お大事にお過ごしください。   布川鴇  詩誌「午前」代表

* 「午前」は、夭折の詩人で建築家でもあった立原道造が 未刊の詩誌の題に、切に願っていたものと聞いている。
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☆ お元気ですか、みづうみ。
もう十年以上昔に書いたものをよく保存していてくださいました。読んでくださいました。顔から火が出るとはこのことです。掌説ほど才能勝負で難しいもの はないというのが、書いて実感したことで、ですから、以来書こうと思ったことは一度もありません。みづうみの掌説は極上の文藝で、散文詩ですが、わたくし のものは……言う言葉も思いつきません。みづうみからも問題外の評価であったと記憶しています。どうして「もう三編」と! 何かお考えあってのご提案と思いますので書いてみたいと思いつつ、考えあぐんでいます。
最近賛同し、お送りしたいと思う言葉を見つけました。
社会的非同調性(ノンコンフォーミズム)は 知的達成にとって必須条件である

ハンナ・アーレントの言葉です。コンフォーミズム=体制順応の人間では知的達成は無理という見本が、忖度して公文書改ざんに励む、勉強のとっても良く出来た官僚の皆様のようです。
日々のご体調の記述に一喜一憂しています。母も毎日のように不調で、それでも病院に行くほど悪くはないという生活をしております。曇り空であっても一日一日平安であることはありがたいことです。
新作の達成、お待ちしています。 水  一つ根に離れ浮く葉や春の水 虚子
2018 4/14 197

☆ 立派な御著書 感謝します
40年前から作りたかった帯を作り始めました 那智の滝図 宗達夕顔図 など まだまだ力量が足らないと自覚していますが (西陣に=)もう時間がありません
夏の頃には 那智の滝 完成予定です ご笑覧賜わりたく写真送らせて頂きます
京都に来られることがあれば お待ち申し上げます 源兵衛

* 写真は別送されてくるらしい。
さしも西陣織の帯も厳しい状況らしい、需要も、職人の確保も。
小説「蝶の皿」に豪奢な「帯」にふれて書いていた昔を思い出す。
2018 4/15 197

☆  西洋の
多くの古典に眼を通されていることを知り、それが先生の著書の通奏低音として静かに響いていることを知り あらためて敬服いたしております。
私が、西洋の古典文学を意識して読むようになったのは高校時代からでした。
大きな影響を受けたのは、桑原武夫著『文学入門』(岩波新書)です。巻末に西洋の小説50選リストがあり、これらを大学卒業までに9割方読みました。
社会人になると、手に取る本は、金融、法律、会計、統計などなど実践的なものばかりで古典文学をひもとく余裕はなかなかありませんでした。たまにモームやシャーロック・ホームズのペーパーバックの頁を繰る程度でした。
プラトンは、高校時代に大学受験を目前にしてなぜか突然本屋に注文して手に取り
ました。爾来付き合いを続けています。
古典ギリシア語を学び原典に触れるようになってからようやく少し理解できるようになりました。(この辺のことを奈良康明先生の仏典を読む会の会報に寄稿した昔の文章を添付いたしました。お目通しをしていただければさいわいです。)
会社を定年退職し5年間で三つの大学院をハシゴしましたが、これは専ら環境問題の研究に専念しました。
ようやく11年前から哲学書を楽しめるようになりました。
病と上手に付き合いながらマニアックにギリシア哲学の原典講読を続けていきたいと考えております。  篠崎仁

* 添付されていたギリシア哲学体験記も読ませてもらった。
ギリシア哲学については、つとに原始佛教との意味ある接触を識っていたので、むしろ佛教の側から好奇心を伸ばしていたが、何と云ってもギリシア哲学はプ ラトンなので、「饗宴」や「ソクラテスの弁明」などを先行させながら、岩波文庫のプラトン本を古本も含め買い集めて、読めるだけは読んだ。夢中になった程 ではなかった。一年で放棄し東京へ走った、大学院での専攻が哲学・美学だった。
ま、わたしはとにかくも雑食の読書家だったし、芯の関心は、日本史、日本の古典、日本の美学、日本の信仰にあったから、西洋哲学は、時代を飛び飛びいろ んな古典的哲学書をつまみ読みしていただけで、大方は、必要に応じ通史的な「西洋哲学史」をおよそ便宜に利用していたに過ぎない。

* 少年の昔から法然上人に惹かれて、日本化した浄土佛教を識って行き、遠祖ともいえる晋の恵遠を「廬山」に書いた。滝井孝作・永井龍男に芥川賞へ推され、永井先生には「美しい小説、美に殉じた小説」と書いて頂いた。
後年には、そして今も、禅へ心惹かれ、「バグアン」と出会って今日がある。
基督教への好奇心的な関心も早く芽生えて、とにかくもあの浩瀚な旧約も新約聖書も通読してきた。関連の映画もあまさず観てきたが、教会の歴史や在りよう には厭悪感もあり、むしろ基督教典への入門や解説をたくさん読みつぎ、ついに新聞小説で、「親指のマリア  白石とシドッチ」を連載した。
日本の神道へはじかには近寄らず、柳田国男全集 折口信夫全集を手もとに揃えて濫読に近く多読した。私の目線は高踏にはなく民俗へ向いた。もともとわた しは、信仰という人間の心根にこそ関心はあっても、宗教・教派・教団という党派色のきつい組織は毛嫌いしてきて、今も変わらない。

* こんな粗雑な回顧ででもいささか自身を顧みられたのを篠崎さんに感謝する。
2018 4/15 197

 

* 「myb」の新装新刊5号が届いた。大きな「特集①」は「『平成』は穏やかな時代だったか」で。八人の筆者のトリをとって、実に実に久しぶりのわたしの原稿が掲載されている。編集室は、ま、喜んでくれた。云うべきを、よく考え、取り纏め云うたまでのこと。
この春は、紅書房の依頼にも久々に応えた。ま、恥ずかしくなく責に応じ得たと思っている、句集の俳人奥田杏牛さんからも名だたる「久保田 萬壽」一升を戴いて恐縮した。

* 植物病理学者で茶人でもある北海道のmokatさんが出張先の灘で選んで送って下さった純米大吟醸の一升は名付けて「風花」でした。もとより「花と風」とは私の詞藻と思想面での代名詞。実に心得ていて下さり嬉しかった。

* とにかく原稿料で稼がない、出版は即出費だけの代名詞であり、卑しいけれども、ご好意の品が配達されてくるいわば「花」や「風」の賑わいを、老夫婦は心より感謝し喜んでいる。

* ああ それにしても 「おだやかではおれなかった『平成』」が、もう、三十年とはね。
2018 4/16 197

* 小林保治さん(早大名誉教授)から送られてきた、勉誠出版刊 写真の豊富な『能舞台の世界』を、手に執り ゆっくり見せて貰った。これは小林さんの仕事の中でも一、二の、現代に資した有意義本に属するのではないか。
どれだけの人が日本列島に散開するこれら佳い能楽堂にじかに関われるか興味があるかは別ごとであるが、この「能世界」のためには、初の、そしてかなり完 備した事典性に富む一冊に成っている。私には、ネコに小判であるが、写真に魅されて、こういう堂もあるのか、そうかそうかと感心している。やはり故郷京都 の舞台が懐かしい。
わたしの知友や読者にも、むしろ 茶の湯人以上に 現に能や謡・仕舞のプロもアマも何人もおられて、アレを舞う、コレを謡います、お稽古しています、来て下さいと 便りがある。
体力と視力の衰えで シテ方から能会へのお誘いをいろいろ頂いても、もう久しく、臆病なまま能楽堂へ脚が遠くなり、よほどガンバッて 友枝昭世 梅若万三郎 のお誘いには出かけているが。
ま、小林保治氏の優れた仕事が形を成したのを、同じ仲間だった亡き堀上謙も想い出しながら、喜んでいる。
2018 4/16 197

☆ (前略)
この度の巻では、まず「茶ノ道廃ルベシ」を拝読致しました この評論には深い思い入れがあります 北洋社版を書店で求めた時、まず目についたのが「廃ルベシ」でした 今考えますと、「廃 ルベシ」を勝手に読んで、買い求めた気がしております 当時、友人に誘われて茶道の先生のもとに通っていましたが、数回の練習で辞めていた頃でした 袱紗 捌きや茶杓の扱いに注意を受けるのですが、何故、それが良くないのか、の説明がもなく、「理屈はいいのです」の一言で終ってしまう練習に嫌気が差して辞め てしまいました
そんな折でしたから、「廃ルベシ」  が目に入ったと思っています そのことがいかに浅はかであったかは、拝読していくうちに、イヤという程あじわいました 銀色の(本の=)帯にある「日本文 化論」「人間関係の愛の理想を体現化する茶の本道」などとともに、頁を繰るたびに、色鉛筆で傍線を付けながら拝読させていただきました
書架から北洋社を取り出して頁を開きますと、当時のことが思い出されてきます
そんなことを思い出しながら、拝読させていただきました
これからも、折あるごとに手にする一冊と思っております こうしたご本と出会えたことを喜んでおります それにしても恥しいことを書きつらねましたこと、ご海容下さい
末筆乍ら先生の、御奥様のご健勝を心より願っております
変りやすい陽気が続いておりますので どうかくれぐれもご自愛下さいますよう念じております
ありがとうございました
御礼まで    敬具    馬渡憲三郎   藝術至上主義文藝学会 会長

☆ 待ち遠しい春でした
特に今年は心も弾んで動いています。
ご著書(=選集25)ありがとうございます
あまりお茶とは縁のない私ですが 以前に読んだ折は 頭をガツンと打たれたことを覚えています。
金澤は宝生流で能を観る機会もあり 父が謡をしていました。
別便で春のご挨拶をお送りしましたのでご笑納下さいませ
御礼のみにて失礼します   小夜子

* 京都府立京都学・歴彩館 から選集受領の挨拶があった。
2018 4/16 197

* 文春専務だった寺田さん、お見舞いにと、和久傳の「煮こごりのすっぽんスープ」を下さった。恐れ入ります。
2018 4/17 197

* 元・淡交社編集局長 服部友彦さん、選集25へ、お便りがあった。
2018 4/17 197

* 村上開新堂主人から、タップリの大缶に十数種廿種もの大小のクッキーを、隙間もなくまこと巧妙にぎっしりと詰め合わせた、いつもの贈り物を戴いた。すこぶる美味いのである。
2018 4/18 197

* なんと「**直樹」氏が、画家として知られた女性との「婚約」記念パーティーに出て来ないかと。ところが、今こう書いていて「**」の、もと都知事落 第生、ペンクラブこのかたごく親しかった姓が思い出せないとは、如何。どうしても出て来ない。こういう事が、ぽつりぽつり増えているのです。
それにしても一万円も支払って「婚約」パーティーなんてのに人は出るんだな。せめて「めでたく再婚しましたので」というふうに願いたい。
ああ、まだ苗字、思い出せない。「磯…」「池…」?
2018 4/20 197

* 専修大の新井教授から岩波新書「五日市憲法」が送られてきた。新井さんは色川大吉先生のお弟子さん、ペンの理事時代からなにかにつけ御世話になりご示教願ってきた方。「五日市憲法」には関心を寄せてきた。一勉強出来ます、感謝。

* 一勉強というと、このところ気を入れてきたのが司馬江漢の「西方日誌」で、これはもう芳賀教授の仰有るまでもなく、久しい日本の紀行史を真裏返しに まったく新しい姿勢と文辞で愉快至極に書きつづったみごとな成果なのである。もっと昔に読んでいたら、なにか徳内や白石ふうの仕事へ仕立てられたかもなあ と頭を掻いた。
肝を掴んで揺すられるような面白いモノ・コト・ヒトがまだまだ無数なのだと思うと、ふうっと力が湧いてくる。
2018 4/21 197

☆ 4月21日 土曜日
気候もよくなり 変わりやすい気温の変化に些か疲れます。今、午後四時過ぎ、外気温は27度。
最近のHPには眠気について書かれていることが多々ありますが 病院のさまざまな検査では全く問題ないと。食事もなだめなだめ楽しむところでは楽しまれ て・・それでも大変さが察しられます。特別なグルメではないけれど、できることなら生きている限り食べることを楽しめる状態がいいなど勝手に思っているわ たしは 鴉の苦しみを遠くから嘆いています。
頭が働かないと書かれていても 鴉はしっかり仕事をされています。膨大なその跡を辿るだけでも困難なほど。
取材のためと覚悟されるなら、瀬戸内の地方にも京都にも 思い立って行かれることを。先延ばしにすれば一層困難になりますし、今の季節が後押ししてくれるでしょう。
気候良きこの日々、先週は姉妹と大阪造幣局の桜を楽しみました。此処はソメイヨシノ以外の遅咲きの桜が満開でした。
翌日は一人で御室仁和寺に出かけたのですが、遅かった。
滋賀の 絵の教室に参加して、日常に戻りました。
毎日の 浄瑠璃寺の絵、屋根の彩色は紺色の上に群青で瓦の線を引いてありますね。
現代の詩人の詩集はあまり持っていません。ある程度詩人として知られていれば、或いは出版社の詩人の住所録に入っていれば 詩集が贈呈本として送られて くるようですが、わたしはその範囲の外。ブックオフで買うことはあります、安いので。ただし本の内容を貶めるつもりは全くありません。内容として持ち重り するほどの、強烈な衝撃ある、手ごたえある詩集には出会いたいと思っています。
書くこと、懸念することがあるのですが、今日は書けそうにありません。
どうぞくれぐれも御身体大切に、そればかり願います。  尾張の鳶
2018 4/22 197

* また書庫に入り時間を忘れていた。こんなの、読まずに死ぬわけにイカンなと思い思いしていると、嬉しくなってくる。
とうに亡き森銑三先生にわたしは思いの外たくさんな御本を頂戴している。小説『徳内』連載の早々にお手紙で関心を寄せて頂き、小林保治氏と二人で入院さ れていた病院へお目に掛かりに行ったときは、病室がそのまま書斎のようで、談論風発とても楽しかった、お見舞いの意味を成さないほどだった。それ以降、亡 くなられるまでに十余におよぶ新旧のご著書を戴いた。わたしはわたしで中央公論社の「森銑三著作集」全巻を買い求めて座右に置き愛読を重ねてきた。今日は 書庫から『武玉川選釈』一冊を引き抜いて二階へ持ってきた。
「武玉川」は、流れで謂うといわゆる「俳諧・発句」と後年の「川柳」との間に位置した編者紀逸の 人柄の映じたも穏和で洒落た「雑俳」集で、ことに江戸 の洒落ごころを「武」一字に誇らかに粋に示しており、なみの雑俳や川柳が陥りがちなガサツや人の悪さがない。寛延三年に初篇が成って以来、他に類例なく、 安永三年の第十八篇までもひきつづき刊行されて、川柳『柳樽』の初めて成るのを大いに刺激した。発句・川柳は衆知のように五、七、五句であるが、「武玉 川」は七、七句だけでも一句を成していてこれがとても良いと森先生は観て居られた。初篇から選釈されている冒頭初句が、

きんか頭を撫でる若君

とある。
森先生、「撫でられるのは、奥家老などの職にある老人と観てよいであらう。奥女中達に育てられていらつしやる若様が、たまたま奥家老に抱かれて、その膝 に立つと、老人の頭のつるつるに禿げて、光つてゐるのが珍しい。そこでそれをそつと撫でて御覧になつたといふ。ほゝゑましい句である。」
このまま、われわれ世間の小さな男孫とよく禿げたお祖父ちゃんとにまで広げて汲むことも出来る。どこの家でも、ちっちゃな男孫は「若様」なみであるだろうから。森先生の旧仮名遣いでの釈文、いかにもお人なりに穏和で懐かしい。
しばらく読み継ぎながら、ここへも紹介したい。

* もう二つ。
邨田海石書で、見失っていた『真行草 三軆千字文 地』篇を見つけて持ってきた。「天」篇は座右にある。この「千字」を尽く音読みできる自信、無い。し かし、ATOKの文字皿を利用しながら、やってみたい。つまりは「千字」を此の機械へ拾い出してみようと。想像をこえて難儀であるにちがいない。例えば、 上の表題の「三軆」だが、「身」ヘンのほかに「骨」ヘンの漢字もある。そういう細部にも徹して行くのはまさしく「探訪」になる。楽しそうでもあるのだが。
幸い「地」篇末に、二百五十句、全千字文の「訓點」が附してある。機械で「点」は出るが「點」は探さねばならず、まして此処に用いられた同字には下にテンテンが四つの「れっか」を要している。そんな字は、わたしの今のパソコンで探し出せない。漢字と機械との同和はまだまだまだほど遠いのです。
次の持ち出してきた一冊は、本格の茶家のお茶人でもあり、平家物語研究、「湖の本」の有り難い購読者でもある生形貴重教授の監修『マンガ 平家物語』の 初册「清盛篇」を見つけた。次册「鎮魂篇」は見つけ出してあった。画は阿部高明という人が描いている。生形さんが関わってられる以上、たんなる物語の羅列 でなく、独自の「読み」が反映しているらしいとは、頂戴し通読して察知していたのを、もう一度読み返したくなったというワケである。

* 筑摩大系の溯る次巻は、野坂昭如、五木寛之、井上ひさしという直木賞の三人一巻。気質や処世ではかなり遠方に望見していただけの三作家であるが、ペン の会長を務めた井上さんとはペン理事時代にたくさんな交渉があった。わたしより一つ年長、兄の北澤恒彦と同年で、むしろ兄との交際が先行していたらしい。 わたしが恒彦の実弟とはじめて知って、わざわざ傍へ来て「存じませんでした、失礼しておりました」と鄭重に挨拶されたときはビックリした。
2018 4/24 197

☆ ひと月前、
寒さに震える日がつづいたなんぞ、忘れるほど、暑いようなこの頃です。お躰、障りませんでしょうか。
御選集「第二十五巻」をだいぶ前に頂戴しながら、お礼の遅くなりましたこと、お許しください。
やっと『能の平家物語』(ご執筆時の福よかな顔色に感服)し『茶に言葉あり』拝読しました。「東海の漁族」とからかわれていた縄文時代の文化を受けつぎ ながら、京、上方の日本歴史中心の文化に深いコンプレックスを持っていた私には、いろいろなご事情があったにせよ、秦さんの身についた知識や教養(本当の 意味で)に、改めて敬意を表する次第です。「平家」にからんだお能に触発されての短篇のひとつ「修羅 十六」拝読、元手のかかった作品は奥深くて違うもの と、感は入りました。
向暑の砌、お二人のご健康を心よりお祈りしています。(p.224の尾形謙は緒方謙?)
徳島高義   講談社役員

* 恐れ入ります。感謝申し上げます。

☆ 今春は
気温の変化が激しいようです。
先ずは奥様がご快復とのことお喜び申し上げます。
さて過日は「秦 恒平選集第二十五巻」をご恵贈賜り、誠に有難うございました。
予てより関心を抱いてきた 千利休の生涯。これまで今ひとつ理解できない部分があったのですが、”最後の中世人利休”により、長い間のモヤモヤが晴れました。
昨年2月、創建450年を記念した特別公開が行われた聚光院へ参りました。狩野永徳と父松榮の襖絵を目にした高揚感に加え、庭園を眺めていた時に雪が降り始め、印象深い一日となりました。
時節柄、ご自愛下さいませ。   高槻市  井土厚子   ジューナリスト

* 土居次義先生の講義を 永徳や松栄の繪のまぢかで聴き入った学生時代がふーうっと戻ってきた。土居先生の大冊の論文集を嘗めるように熟読してなかったら祇園井特も識らずにいたなあと、またあの重い大冊を持ち出してきたくなった。

* 京・室町の帯匠 山口源兵衛さんから、選集へ「御礼」と、お手紙につづき選り抜きの京漬物が各種タップリと美しい荷で届いた。さっそく、とっておき無垢の「越乃寒梅」とともに戴きました。

* 「ヤママユ」「鱧と水仙」同人、もう久しいお馴染みの喜多隆子さん、新刊の第四歌集『柿の消えた空』を送って見えた。一読したが、かつてなく感心できなかった。歌が「うた」っていない。おおかたがギクシャクと斡旋も推敲も行き届いてなく、巻頭の また巻末の

暗緑の葉陰に鈴なす招魂(おがたま)の川辺に揺るる音もたてなく

くつきりとひとこえ響き夕闇の春日の森の大き静寂

まで、これは意味不明にも近く、舌も噛みそうで 胸にしみる「歌」とは聴きとれない。残念だが。

* 七七最短「武玉川」の雑俳、

子を誉めてゐる船の真ん中

の方が、はるかに正確的確におもしろく「うた」えている。
この、乗り合うてさて所在もない小さな渡船七七句のおかしさ・のどかさ、ほおえましさ、人声の聴きとれないでは、所詮 詩歌を云々するわけに行くまい、たとえ平成末年の今日人といえども。
2018 4/27 197

☆ ゴールデンウイーク
「読み、書き」 そしてまずお身体に留意されてください。
先のメールで関西へ取材の事など奨めましたが、余分なことを書いてはいけないと痛感しました。以下メモのままです。
28日 土曜 今日から世の中はゴールデンウイーク、空は青空、気持ちいい朝。
この半月ほど、絵を描くことも書くことも殆どしなかった。しなければという思いは強かったが全く行動にならなかった。「疲れていた。」そういう時の通例 でただただ本を読むか、テレビを見るかで日を過ごしていた。考えさせられた。自分の弱さ以外の何物でもないだろうが、それ以外できなかった。
本は面白かった、大いに影響された。
長田弘の『読むことは旅をすること』このタイトルは嫌でもストレートに飛び込んできた。近くの図書館の詩のコーナー、決して多くはない詩の本棚の中から呼びかけてきた。持ち重りする五百ページに近い本。
折しも好きな詩人はいますかと問われて、具体的な名前を書かなかった後なので改めて考えてみたいと思っていた。詩人長田氏の詩の本はごく僅かしか読んでいない。
詩は容易に入れそうで、しかし容易に入っていけない全く理解できない世界もある。一度読んでそのままになる詩集も多い、もっともこの場合はその詩集が或る意味「安易すぎる」からだ。そう書いてしまうには些かの躊躇もあるが。
スペインやフランスを廻った時、わたしの関心はロマネスク美術と生きる人々だった。
が、長田氏はスペイン市民戦争に参加した国際義勇軍の兵士であり詩人であった人への関心に突き動かされてかの地を旅していた。その観察の姿勢には自己に 呼びかける自然必然な力が感じられた。このような視点、姿勢があるのだと感じた。サラゴサやウエスカなど地名も懐かしかった。
カタルーニャの問題からナショナリズムとパトリオティズムについて書かれたものにも注目した
今となっては些か遅すぎるのかもしれないが スペイン語やフランス語の詩を読めたらとも思う。これは文法などの基本ではなく、詩としての呼びかけを捉えることが何処までできるかが問題なのだが。
詩人長田氏はまたチェコのテレジン、ポーランドのアウシュビッツを訪れた時の思いを、その光
景、そして人々を綴る。
あまりに恐ろしく収容所に行けない気持ちが強すぎて、ポーランドへのツアーを考えられないと友人が言っていたことを思い出す。わたしも同じ。
チェコからドイツに向かう時、テレジンの駅を三回ほど通過したことがあるが、どうしても訪れる気持ちになれなかった、弱い自分を否応なく意識した。
ロシアのパステルナークやアフマートワなどの詩人にも及ぶ。
詩人ということを切り口として氏が語る世界は 決して単純でも楽しいものでもないが、久し振りに本に向かい合った数日だった。
同時に 思っていた。今後の年齢や 転倒等の怪我を思いかつ懸念し、嫌でも自分のこれからの時間を考え、何をするのか自問自答した。いろんな区切りも付けなければと焦燥感も感じた。
具体的には 描いたもの、書いたもの それぞれに出来る限り納得し区切りをつけること、広い意味合いで言えば整理すること。本や衣類、他の細々したものは人が処分してくれるだろう、多少の文句は言われるだろうが・・。
今現在のわたしはやや開き直っている。
書く力があり、集中的に描く力もやがて湧くだろう――。   尾張の鳶

* 有り余る才能そして意欲と体力も、深切な配慮下である種の管理を受けざるを得ない、それはひとつの謂わば関門、その門を通って行くのはそれが自身への激励に他ならない。そんな自覚を書き置いた「メモ」と、頷いて、読みました。

*  能美市の井口さん、奥さん、二度の入院から落ち着かれた由、妻へお便り頂き承知、胸を撫で下ろした。どうすればお見舞いになるかとあれこれ思い、井口さん ご自身へのお慰めがいいかと思案もしそうしようと用意も仕掛けていた。わたしは、鏡花を読んでいると自然に井口さんと並んで一緒に読んでいるような気が昔 からする人なので、鏡花は石川文学館の館長さんには何の珍しさも無いと分かってながら、連載初発の昔からなぜか鏡花生前の全集に入らなかった『山海評判 記』の、小村雪岱挿絵もそのままのまことに美しい特装本が手に入っていたのを、ダブルかなあダブっても井口さんなら嫁入り先をらくに見つけて頂けようと、 適当な送り函を探していた。函はいざとなるとピタリのものがなく、ゴソついて本を傷めるのもと案じ案じ、妻とも相談していた。
妻に入院されている間の独り暮らしは耐えがたいモノであった。井口さんもと、とても胸が痛んでいた。もとへともあれ無事戻られていると知り、胸を今も撫で下ろしている。

* もう一人の井口さん、東工大の頃に助教授、わたしの退任後に教授になり、その後に退職されていたというむ井口時男さんが、思いも懸けなかった句集を送って来られた。これは、びっくり。わたしの口から出放題な句などとよほど違う。そして喜んでいる。
住所が知れず、久しく縁遠かった。まさしく旧知の音づれである。
2018 4/28 197

☆ 連休前の仕事を
ばたばたと片付け、今日はかねてからの憧れの地、角館へ。
雪山を遥かに望む満開の川堤も、花吹雪舞う武家屋敷通りも、今年の桜の佳い見納めになりました。
明日は田沢湖、盛岡に寄って帰京します。  九

* 五月半ばまでパリへと発った便りもあり、元気に若い人たちは足早に動かれる。わたしの脚は枯れ枝のようになっている。達者なのは、アタマだけと云いた いが物別れは増して行く。ジョージ・クルーニイとニコール・キッドマンのドタバタ活劇を観ながら、明々白々のキッドマンの名前が半分がた進むまで思い出せ なかった。言葉としての名前よりも、容貌・声音で誰とはまだまだ誰と直ぐ理解できるが、その時も固有名詞に置き換えるのにちょっと掛かったりする。
2018 4/30 197

☆ 岡山で初物の
桃「花嫁」を天満屋経由で送りましたので 味見をしてください。  吉備の人

* 有難うございます。とても美味しく戴いております。桃太郎のお国で「花嫁」はなんともお目出度い風情ですね。
奥様の穏やかに御無事の毎日をとこころよりお祈り申します。

☆ 今、仙台を過ぎたところです
辰子姫の田沢湖の、引き込まれそうな蒼を心に残し、卯月も終わろうとしています。
お仕事は捗ってますか。
秋田のお酒、明日お手元に届く予定です。
皐月を迎えて、食欲も少し出てくるといいですね。   九
2018 4/30 197

☆ 28日(土)NHKぶらたもりで
京の東山を取り上げました。面白かった。
この番組は文学には触れないけど、地質地形が中心。比叡山と如意岳の間が窪んでいる。この窪みが京都文化を作った。地質変動により、比叡山と大文字山が残り、その間が窪み、花崗岩の部分が露出、脆い花崗岩は真砂となって白川に。白川の川底は白くてきらきら光っている。
残念! 私は「光秀首塚」を探すのに気を取られ、川底を見ませんでした。銀閣寺の銀砂灘、向月台、その他多くの枯山水は、白川の真砂を使っている。明治になって疏水が出来ると、大金持ちの別荘が南禅寺付近に建ち お庭にほんとの水で池や滝を造った。
ああ残念! もう一度京都へ行きたい!
よろよろ行って他人さまに迷惑かけたら大変、うちでじっとしていましょう。
骨折(横濱駅で女の人にぶつかられた)、突発性難聴、暮れからお正月にかけて角膜移植をしました。未だに通院しています。まだ全て抜糸していませんし、保護の為にコンタクトレンズを入れています。
よく聞き取れない、よく見えない、私の見聞はアバウトです。
早く消えたいと思っています。    横須賀市  静

* 「風の奏で」のころからの読者、もっと早かったかも。なんでこんなに難しいと、「風の奏で」壁にぶつけたそうだが、 その後に熱い愛読書になったと。この人の顕著な愛読者精神は、「湖の本」刊行への厳しい反対を徹されたこと。それも一つの心深い姿勢であったとわたしは篤 く感謝している。
講演にゆけばどの会場へも見えていて、恐縮したものだ。わたしより心もちお歳。どうやら現在も似た体調らしいが筆致は若々しく、元気。慌てて「消える」ことはないですよ。機会が有れば、横須賀に近いという鏡花の作にゆかりの海辺など案内して貰いたかった。
久々、ほんとに久々にメールのお便りに安心もした、嬉しくも。

* また十一時になってしまい、明日へ繋ぐと。
あと十日の余裕で、「湖の本」149。これはもう、「ビックリ・ポン」ですよ。しかしまた 秦 恒平だからこそ、という「仕事」でーす。
2018 4/30 197

☆ そもそもの
始まりは 「古典愛読」。びっくりして感動しました。
次に手にしたのは「みごもりの湖」。仲麻呂の乙女が池に何度行ったでしょうか…
東山(=祇園)の崇徳廟に行って、(次いでは=)四国(=讃岐)の崇徳院に関連の場所を、教育何とかの人の案内で回り、本場の讃岐うどんを食べに連れて行って頂きました(笑)   横須賀市  静

* 崇徳院には、「絵巻」で出会われたものか。
筑摩書房の仲良しの編集者に、「秦さんの読者は、熱いからナア」と云われていた、熱い代表のような、気持ちのサッパリとした有り難い読者だった。

* 北の国の純米大吟醸「まんさくの花」を送り届けていただいた。「越乃寒梅」の二升を有り難く飲み干したところで、忝ない、御礼申します。

* 鎌倉の粂川君(医学書院同期入社、東大卒、後に明治学院大名誉教授)、奥さん( 医学書院同僚先輩)をこの二月に亡くされ、ご当人もいま膵癌判明と、便り。胸をかきむしる口惜しさ。

* ロサンゼルスの池宮千代子さんも食べ物に当たって、苦しい予後を体験と。池宮さんも粂川君もわたしたちよりは先輩といえど、頑張って欲しい。わたしたちも心して日々をと切に自戒。
建日子も、用心に用心してくれよ。
2018 5/1 198

☆ メール頂いた時、
芝桜のまだ咲き残る郭沫若記念館を出て、新緑の中を吉澤ガーデンギャラリーへと歩いていました。
星野道夫というカメラマン、知ってますか。
アラスカの厳しくも美しい自然や動物、そこに生きる人々を撮り、彼の地で若くして命を落とした人です。
一枚一枚の写真の強さ、優しさや、添えられていた言葉の温かさを思いながら、午後の会議が待つ大学へ、片道30分程の真間の山道を戻りました。
成島柳北は大学受験の時に文学史で覚えましたが読みはせず、「座談会 昭和文学史」は読んだけれども、柳田先生らの「座談会 明治・大正文学史」は文庫化される前の版で、読んだかどうか。
<人間の気持ちとは可笑しいものですね。どうしようもなく些細な日常に左右されている一方で、風の感触や初夏の気配で、こんなにも豊かになれるのですから。人の心は、深くて、そして不思議なほど浅いのだと思います。きっと、その浅さで、人は生きてゆけるのでしょう。>
とも、
<僕たちが毎日を生きている瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい>
とも、星野さんは記していました。
明日から連休後半、晴耕雨読ではないけれど、降れば読書や原稿書き、編集の仕事を、晴れれば<風の感触>を確かめに出掛けようと想っています。  九

* 外感は、熟さない経験だが、内省は、いいことばと思う。
2018 5/3 198

*三田大介君や鷲津君ら、東工大の卒業生がツイッターやフェィスブックやミキシーなどソシアルネットで連絡してくれているらしいが、わたしのそれらは全てアクセス不能になっていて数年を超している。わたしの技術ではとても快復できないのです、申し訳ない。可能なら、メールを直に下さい。
2018 5/3 198

* 積んだ紙の山の下から、びっくりする大昔の、と、いっても東工大の卒業女子からだが、A4養子にビッシリ、建日子作・演出「リセット」を観てくれた感 想文、最後の最後の二行に、「奥様にもどうぞよろしく、もっと幽霊のような方かと思っていました。とっても「人」という感じがしました。」と。まったく記 憶にない手紙で、一緒に入っていたその人の作・小説二篇といっしょに大きな封筒に入っていた。仕事に追われ追われ封筒をあける余裕すら無しにそのままだっ たなら誠に申しわけなかったが、その芝居は同じ日に妻と一緒に出かけ、その頃は息子の応援に何十枚も入場券を買ってやっては学生諸君に観てもらったていた ので、観劇後に何人かも一緒に妻も入って喫茶店か鮨屋かで歓談したのだろう。
それにしても「もっと幽霊のような方かと思っていました。とっても「人」という感じがしました。」という感想は妻もわたしもついぞ人に聴いたことが無く、八十二歳同士の夫婦は腹をかかえて笑えました、なんだか嬉しかった。
わたしが、今、工大卒生でこの数年一等会いたいのはこの人なのだが、もう年久しく行き方が知れていない。残念無念。しかしまあ「幽霊のような方」とは。 わたしの小説のなかに妻として登場している描かれように、「生彩」が欠けているというのなら、まっこと、妻に申はし訳がない。やれやれ。
2018 5/3 198

* 建築家として活躍している工大出の柳君が「誕生日」ですと機械が報せて呉れてたのですぐ、メールして置いた。

* 柳君 誕生日とか
幾つになったのかなあ、おめでとう。
奥さんもお元気か。 お子ちゃんたちも元気におおきくなったろうと。
幸せに しかし正しい眼をよく現代へ見開いてお過ごしあれ。
わたしは、通院の他 家を一歩も出ない籠もり居の何ヶ月を過ごしています。算盤は抜きの「読み書き」で、残り少ない余生を全うしたい気です。とはいえ老境へ、無差別に、いいことも不快なことも寄せてきます、それも面白いです。
丸山君、降旗君ら 元気にしているだろうか。
家内は、昨秋危うく手術後生還してくれて以降 今はわたしよりもよほど元気に立ち働いています。
昨晩は建日子が帰ってきて いっしょに佳い映画を観て、共感をかわしあえ、よかった。
亡き父をこの夜はおもふ( )すほどの
ことなけれど 酒など共にのみたし  井上正一
すこしでもこういう歎きをかるくしておいてやりたく たわいない世間話よりも、互いに感性や感覚でつながりあえる「創作」を共有しようとしています。

東工大を わたしももう「卒業」していいかなあと思っています。
みんなお元気で。   秦 恒平

* 今朝、返事を呉れていた。

☆ 秦先生
誕生日祝いメールいただき ありがとございます。
今年で47になりました。
秦先生に出会ったのは20歳の春でしたから、もう27年です。
今日は今年3月2日に金婚式を無事に迎えた、私の両親のお祝いを吉祥寺の聘珍樓にて行いました。
父(昭和12年生) 母(昭和18年生)ともにまだ元気で、うれしい限りです。
写真を添付します。父母、叔父、兄、そしてウチの家族です。
上の博琴は6年生に、下の珠乃は3年生になりました。

高級中華料理を食べると、
秦先生に連れて行っていただいた目黒の中華を、そしていろいろ連れて行っていただいたお店を思い出します。
「柳くん、良いお店でご飯を食べることに怖気づいてはいけません」
「おいしいご飯を食べるだけですから」
といった趣旨のことを言われたことが忘れられません。
今は後輩や友人をおいしい食事に誘うことができます。
時間のしっかり流れるお店では、楽しい会話を交換し合い、人とのつながりを受け渡していくことが出来ます。

私という人間が社会化していく最も重要な時期に、秦先生とご一緒出来たことは、私の根幹を作っています。
ですので、
秦先生は東工大を卒業は出来ません。
秦先生にとってはたった4年間だったかもしれませんが、
つづく23年も、その4年間で受けたものがさらに大きくなっていると、
秦先生の周りにいた学生は思っていると思います。
こういう状態では 秦先生の東工大卒業はあてはまりません。

さて、
昨秋の奥様の手術の頃、丸山君との訪問を企画していたのですが、ホームページを読むと、それどころではなさそうで、時機を逸してしまい、今に至っておりました。
奥様も秦先生よりも元気になられたとのことで、
本当によかった。
また、丸山君、降旗君、中野君、新野君、瀬戸君などと、時間を作りますので、秦先生の良い所で、お会いできればと思います。    柳

* 教室で、教授室で、校外のあちこちで時間をともにした人数は数え切れない、なかでも柳君、丸山君、菅さんたち建築の学生らは自分の子どものようだっ た。定年退任のその日にも、構内からついに出てからも 一緒に食事に付き合ってくれた。なにしろみんなでよく食事した、学生達に美味い物を喰わせるのが 「秦さん」の楽しみだった。柳君らは在学・卒業後も、終始律儀に「秦先生」だった。結婚式にも招いてくれた。
そうですか。まだ「卒業」ではないのですか。
2018 5/4 198

* きのうの晩、昔の「工大」院生だった白澤智恵さんの小説「リセット」を読んだ。かなりの枚数をわたしに一気に読ませる筆力はあった、だがもっといい働 きの想像力と徹した推敲があれば、いまどきの文藝誌の新人作を優に超えていただろう、惜しかったなあと、どうやら二十年近くもものの下に眠らせていたらし いわたしの迂闊を、申し訳なく思った。それでも、このままではなあ、と、暫時、読み終えたA4束の原稿を汗ばむほど掌に掴んでいた。
添えられていた手紙、建日子の作・演出「リセット」を観てくれたあと、自分の「リセット」は斯うですと送ってきた、たぶん私小説そのものらしかった。そ して手紙の末に、劇場で初対面だったとみえるわたしの妻(建日子の母親)のことを、「もっと幽霊のような方かと思っていました。とっても<人>という感じ がしました」と書き結んでいて、昨夜、妻と大笑いした。こんな面白い手紙のことも何一つ記憶にないままだったとは、迂闊で気の毒でした。たぶんわたしもバ カ忙しい日々であったのだろう。

* 白澤さんのその後を、わたしは全然知らないでいるが、書きたいと云っていた「エンターテイメント」を書き続けているだろうか。じつに優れたエッセイの書き手だったし、短歌までわたしに習って作っていた人だ。
「工大」卒の同窓さん、誰か、分かる人はと此処で頼んでおく。
ペンネームが欲しい、つけて下さいと頼まれてあれこれ電話で折衝したこともあった。使っているのかなあ、どこかで。ひょっとして母校で専攻の先生をしてるのかも。
満杯の大教室である日の授業あと、つつと教壇へ来て、「河野祐子」と「岡井隆」の歌集が読みたい、貸して下さいと云ってきた、あの「嬉しかった」心地は 忘れていない。短歌などわたしの教室以前には無縁であったろう、河野さんと岡井さんか、いいセンスしてると、この二人の歌人を名指しで惹かれてきたことに 「秦さん」は感激した。

* 猛烈小さな活字を必要あってたくさん読み耽ったため、眼が痛い。九時半。
2018 5/5 198

☆ ゴールデンウイークの最終日
ゴールデンウィークの世の中と関係なく、お家で過ごされている日常でしょうか。
長い小説が一歩二歩完成に着実に近づいているのですから、「不埒」に小説の世界に遊ばれますように。同時に少しでも戸外で散策を楽しまれたら、など思います。やがて汗ばむ季節になります
から今こそ近隣を歩くなどなさってください。
連休の高速渋滞など全く関係なく、鳶は遠くに翔ばず、姑の世話をして過ごしています。連休の時は動きません。そのうち、と言ってもまだ何も具体的な旅は、外国に限っては、決めていません。
野坂、五木という人たちのもの、読んでいますがいずれもかなり以前のことです。
五木氏は竜谷大学に入ったり、百寺巡礼など仏教への関心帰依の方向を示していますが、テレビで解説を聞いていて、わたしにはまだまだ分からない事の方が多い。彼の幼い時の過酷な戦争体験と戦後は無視できないと思います。
同じことが野坂氏についても言えます。「野坂は特異で悪くないが、騒がしくて」というのは分かります。騒がしくないと自分の中の暗さや切なさに耐えられなかったのかもしれません。戦争体験のないわたしが勝手に憶測するのは控えますが。
ポルノを全否定する気はありませんし、表現の自由は死守すべきものと思いますが、彼の『四畳半襖の下張』など、今でも幾らかの忌避感を捨てられません。
菱田春草の「帰樵」という作品は知っています、が、実作品を観たことはありません。夕方の空が画面の半分ほども占めて、家に帰って行こうとする二人の姿が小さく描かれている。鴉の現在の心象風景そのものかと窺えます。
この頃のわたしは「春はあけぼの」の清少納言の見た東山の空の色がどんな色かと考えています。夕焼けの茜色と飛行機の窓から見る朝焼けの色、どちらも強烈ですが、あけぼの色はどうしてもやわらかな色だとしか思えないのです。
「女坂」の(二)早く読みたいです。
「若い若い世代との生き方猛烈な落差に」追いついていけない、追いついていくつもりもないのですが、改めて考えてみます。
「この歳になって驚くこと、驚けることの在るのは生きの在る証拠と」
これには全面的に同感。ボケず、最期まで生きたいものです。新鮮なものを持ち続けていきましょう。
くれぐれも大切に、大切に。
少しだけ戸外の空気を吸って歩いてくださいますように。   尾張の鳶

* わたしより一世代は若い。まだまだ生き生きと飛翔し続けてください。此の鴉はとんと意気地無く軒下で降ってもない雨を避けています。小さいときよく親に「ウチ弁慶」と情け無がられました、が、そんなでもなく育ちは育ったと思いますけれど。
敗戦直後の小学校では民主主義の生徒会をと提案し、全校選挙で初代の生徒会長を務め、新制中学でも生徒会のワンマンと云われるほどのリーダーでした。
但し、高校からは一転、表へ立たず、独り歌を詠み社寺や墓地や山を歩き、「長」という役はたいてい断り続けました。群れるのが、やはり生来好きでなかっ たのでしょう、だから全校生でする体操だの、合唱だの、分列行進だのイヤでした。文壇へも、いわば招き入れてもらったのに、「騒壇餘人」へとわれからはみ 出てしまった。社会性は見失ってない気だけど「社交性」は身に付かなかったのだから、茶人としては大x点の落第生です。
2018 5/6 198

* 能美市の井口哲郎さんから二通、いいお手紙を貰った。ご夫妻ともともあれ平穏にお過ごしのようで安心した。お二人で千葉のご親戚へ新幹線でおいでの計画もあったとか。ウーン、残念。
八十六歳におなりになる。ますますお健やかにと願い、祈ります。
久しい以前の井口さんの温顔をしか覚えない。
わたしは、髪まっしろ、は、まだしも、三種類の点眼で灼けているのか自身嫌いでイヤな赤目になってて、なんともシジむさい。

* 下野市の寺沼輝幸さん、選集25巻へ有り難い過分のご支援を戴いた。感謝します。
2018 5/7 198

☆ 秦先生
お世話になっております。東工大OBの****です。
大変お久しぶりでございます。
同級の柳博通くんから、以前に私が秦先生宛にFacebookかTwitterからお送りさせていただいたメッセージ「確認不可能」でお困りになっているとお知らせいただき、メールさせていただきました。
遡って確認したところ、5年前に先生からお友達申請をいただいた際のお礼メッセージでしたので、特に重要な内容ではございませんでした。どうぞご安心ください。
ところで、柳君より先生がご病気をされたと聞き、大変驚いております。
その後ご加減はいかがでしょうか?
私はといいますと、、、45歳となり、先生の授業を受けさせていただいて
から20年以上の年月が経ってしまいました。
現在は地元の墨田区をベースに地域密着でデザインや地域おこしの仕事などをさせていただき、おかげさまで元気にやっております。
学生時代はなかなか自分で認められたり行動にうつせなかったゲイであることも、社会人になって信頼できる良きパートナーと出会うことができ、また時代も変わってきて、今は穏やかに暮らしております。
今振り返りますと、先生の授業や 連れていっていただいたお能など、先生には本当に貴重なことを教えていただいたと感じております。
先生のホームページもまたあらためて、ぜひ拝見させていただければ幸いです。
これから暑くなってゆきますが、どうかお身体をお大事にご自愛ください。
それでは失礼致します。

* 何たる吉日ぞや。
ようく覚えていて、ツイッターやフェィスブックなど機械ではじめたとき、名前を見つけてすぐ友達申請したのだったが、何故か両方ともネットが使用不能に 陥っていた。柳君が連絡してくれたらしい、そろそろわたしも「東工大卒業」とポロッと口にしたのを柳君に「ノー」です留年を言い渡されたばかり。こうして 元気な声が舞い込むと、やはり嬉しい。
2018 5/7 198

* 井口哲郎様 八十六歳をお迎えになり、心よりお祝い申します。
奥様ともどもご平安に日々をお迎え成りますように。私たちもあとへついて参ります。秦 恒平
2018 5/8 198

☆ 公爵ラ・ロシュフコー(1613-80)『箴言集』に聴く
「誰も彼もが自分の記憶力を慨嘆し、誰一人として自分の判断力を慨嘆しない。」

* まさしく。

* むかし、わたしが此の日録を「闇に言い置く私語」と呼んで、自身を、ま、「闇」と思っていたころ(現在も変わりないのだが)、その頃の東工大卒業生で自身を「小闇」と呼んでいる人が二人いた。一人はいまバルセロナで結婚しているが、この「公爵ラ・ロシュフコー(1613-80)『箴言集』に」聴いているのを一緒に聴いてくれているとメールが来ていたこともある。

☆ 恒平さんの
ラ・ロシュフコー「箴言」、まさに!と思うこと多く、読みながらよく笑わせられます。
夫に話したら、早速フランス語とスペイン語のものを探してきました。訳はスペイン語の方がオリジナルに近いと思うのですが、才知の効いた文を理解する力があるかどうか。日本語訳も悪くないのではないかと思っています。

独立運動に当てはまるもの

「伝染病のように感染(うつ)る狂気がある。」

「最も賢明な人びとも、どうでもよいことにおいては賢明だが、彼ら自身にとって最も深刻な事柄において賢明であるためしは、まず無い。」

「自分の欲することについて完全な知識があったら、われわれはめったに何かを熱望したりしないだろう。」

膝を打ったもの
「われわれは、自分は完全無欠で敵には長所が全くない、と全面的に言いきる勇気は持ち合わせないが、しかし部分的にはそう思いこんでいる節がなくもない。」

「真の雄弁は、言うべきことをすべて言い、かつ言うべきことしか言わないところにある。」

「ちゃんとわかる人にとっては、わけのわからない人たちにわからせようとするよりも、彼らに負けておくほうが骨が折れない。」

鷲津君のニュースには、一昨日気づきました。昔から学者肌だったので、嬉しいですね。
人生で、よい先生に巡り合うことは宝の一つです。誰かにとって、そういう先生になれるといいと思います。    バルセロナの  京

* 「闇」と「闇」は身内のように溶け合う。「闇に言い置く」ことに興味や共感を寄せて下さる人もまた同じ「闇」を共有しているのかも。
もう一人の小説「櫻子」を書いた「小闇」は、こんなことを書いていたのが手元に記録されてある。

☆ 先生と私  2002.09.21
10歳のときの担任ホンマ先生は、初めて出会った大人の敵だった。私はずいぶん大人びた児童で、成績もよく(当時)、気が強かった。そして先生は、大人 びて成績がよく、気の強い児童を嫌っていた。言葉の端々に敵意を感じた。私も、嫌いだった。母親も「あの眼で睨まれたら恐いんですよね」だとか、ずいぶん 嫌味を言われたらしい。今思えば、その通り恐かったんだろう。確かに私も自分を恐いと思うよ(当時)。とはいえ所詮相手は10歳の女子。それに恐れをなす ようでは教師失格だよ。今も私を恐いとおっしゃる男性諸氏しかも年上はたくさんいるが もう驚かない。そういう免疫をつけてくださったという点では、先生 に感謝します。

15歳のころはスズキ先生、もとい教官にずいぶん可愛がられていた。学科内の権力者でありながらその授業の進め方の破天荒ぶりから私のクラスでは評判が 悪かった。そしてあいつはあのスズキ教官に気に入られているのが気に入らねぇと、いらぬやっかみを受けたものだ。しかし私はそこでバカな周囲を気にするな ということを学んだ。
ある日授業で先生は私を指名し「アイって何だね」と尋ねた。直前の話を上の空で聞いていた私はしかし、複素概論で i と言えばこれだと とっさに「虚 数単位です」と答えた。先生は哀しそうに「あとで教官室に来なさい」とだけ言った。そのとき授業は脱線中で 人類愛の講義中だったのだと、あとで級友から 聞いた。人の話を良く聞かずに返事をすると誤解を招くということを学んだ。

20歳ではハタ先生にお目にかかった。先生にとっては数多い学生のひとりだろうけれど私にしてみればその後の私を大きく変えた存在だ。曲げたのではな く、あるべき姿に近づけてくれた。出席できる講義はすべて出席した。工業大学の文学教授という存在が、その特殊な空間に違和感を覚えていた私には同輩に見 えた(すみません)。もともと好きだった読書と観劇に以前より時間とお金を割き、ことばの意味を考えるようになり、そして文章を書くようになった。感謝し てもしきれない。
ハタ先生、あなたの学生はまだ迷っていますがしかし常に卑怯に逃げこまずに生きたいと思っています。

* ありがとう。名前さえ知らなかった「東工大」の「文学」教授を引き受けて、この手記一つが読めただけでも、よかったなと思う。

☆  秦先生
ご無沙汰しております,鷲津です.
5月7日は「蘇我どん」の日ですね.
関西に移住してから,たとえばここ西宮は神功皇后が戦勝の後に上陸した場所といわれていたり,藤原純友の乱の最初の戦がここであったり,何かと歴史がある場所なので,古墳を見にいったりして愉しんでいます.
今日は先生が facebook からのメールに困っておられるということを柳(博通)さんから伺いまして,お便りさせていただきました次第です.
柳さんのお蔭です.
メールは,秦先生と全く関係ないやりとりであっても,先生がご覧になることを促すためにfacebook 側が自動的に出しているものでして,迷惑であれば本来は切ることができます.
https://enjoy.sso.biglobe.ne.jp/archives/facebook_mail/
ときどき,先生が悩んでおられるのを僕も拝見していました.
どなたか詳しい方が先生の facebook アカウントに入ることができれば切ることができますが,数年アクセスされていないようですので,難しいのでしょうか.
ただ,僕の facebook への新しい書き込みを先生のところから見られないように(本来は不本意ですが)設定しましたので,これからは減ると期待いたします.

近況ですが,春に新しい学生が入ってきまして,さらに賑やかになりました.
僕の勤務先は独立大学院なので,修士には県立大一人と,同志社,お茶大から入学しました.
博士課程には,修士まで東大だった社会人ニ人が来て,附属高校と呉高専からもインターンが来まして,地域も年齢も幅広いです.
毎年全国から学生を集めるのは大変でして,facebook やインターネットが役に立っています.
大学に赴任する前は,大学の先生方から「最近の学生のレベルはとんでもないですよ」という類のアドヴァイスを沢山いただきました.
しかし,赴任して思うに,学生の皆さんは大変優秀です.
本学は関西二番手群の学校ですが,海外の学会に出しても一人一つ必ず賞をもらってきたりしまして,全く問題ないレベルです.
親御さんや,高校・予備校の先生などが,学校を細かく差別化しすぎることによって,変に委縮させているのではないかと最近疑っています.
自動車産業に14年いた経験から申し上げますと,科学技術の問題解決の方法はいくつもあって,最高の知性をもってエレガントに解く方法もあれば,必死に 汗をかいたり,何かのヒントで偶然解決したりと,様々です.日本の大学の平均的な理工学の学部教育を受けていれば,その時点で皆さん「金の卵」なのです.
褒めて褒めて,学会から褒めていただいて,一流企業の研究開発職として送り出しています.楽しい仕事です.
秦先生も,そういえば学生の悪口を仰らない先生だったということを思い出しました次第です.東工大を{卒業}されるなどと仰らないでください.
グーグルで「教授 別れ」と検索しますと,上位数件は不倫の清算の話,それ以下は,何々名誉教授お別れの会,という話ばかりです.
つまり,研究室に何度も見学に来たけれど入学してくれない学生とは「出会う」以前であるということですし,教授との喧嘩別れという現象も存在しないようです.
ご健勝の間は{ご卒業は無理},ということで今後とも何卒宜しくお願いいたします.
> (上記のメール内容ですが,従来通り,すべて転載いただくこと,
> 適宜ご編集いただくこと,先生のご判断にお任せいたします.)

* 鷲津君は最もはやく、まだ、からの本棚ばかりだったわたしの教授室とドアをノックしてくれた人、奥のまどに近く向きあって静かに話しあったのを覚えている。バルセロナの「小闇」もいっしょにどこかの地下食堂で食事したかとも。
卒業後も、このホームページのなかで興味深い議論の風を吹かしてもらったりした。大学の先生になり関西へ赴任したまでを聞きながら、その後わたしが病気 したり。それでも盛んにフェイスブックなどで発言しているらしいとは「通知」で承知していたが、内容はわたしの川の機械故障でなにも見えていなかった。変 わらず颯爽と元気そうで嬉しい。

* 鷲津君
懐かしい声を聴きました。阪神間の住み心地や如何と想っていました、しかと根が下りたようで安心し喜んでいます。京都育ちで存外に阪神間へは疎いのです が、光源氏の落ち延びていたのが須磨、明石。ひの明石は竜宮の門ともいわれ、源氏物語と平家物語、そして古事記をつなぐ重要な結び目なので、いつも頭にあ ります。
今揉む書いていて難渋している小説の一つは、瀬戸内へ山場を得なくては成らないのですが、病後の臆病で新幹線にもう病後六年どうしても乗れなくて難渋しています。

バルセロナの岩見さんとは 時折 どちらからと無く交信しています。あなたの進路を祝い合ったり。わたしのホームページ日録なども覗いていてくれるようで、ひょこっと便りがあったりします。
数えてみたらわたしは一ダースほどの卒業生の結婚式に招かれて祝辞を述べて来ましたよ、女性も二人はありました。神戸まで出向いたことがあるんです。一般 教育の教師にしては異数でしょうね。あなたからも、柳君や三田君からもわたしの「東工大留年」を言い渡されてしまいました。自分の出た大学よりも懐かしい 縁を結んで来たんだと感慨無量です。

躰に気を付けて、永く いろいろに働いて若い後進の力になって上げて下さい。お元気で。いつでも声を掛けて下さい。  秦 恒平
2018 5/8 198

☆  秦 恒平 様

お知らせが遅くなりました。
5月2日 奥田(中出)千寿子さんが 逝ってしまわれました。

 

眠ったままの様に 朝早くに 痛みも お苦しみも無く。

4月15日にお見舞に 行く約束が 妹さんの酷い風邪で 延期し 連休明けの 5月6日 次の予定が 来るまでには 待っては 下さいませんでした。

 

頭の中がぐるぐると回り その日は それから 終日 3大ピアノ協奏曲 3大バイオリン協奏曲を

鳴らし続けました。 私流の お見送りでした。  草野貞子

* 久しくも久しい入院生活だが落ち着いてられると草野さんに聴いて、こんどの選集の「京都」篇を送って上げたい、施設へがいいかご家族にかと思案していた。死なれたか。
日吉ヶ丘高に茶道部を創設したとき、同じ二年生からは吉田(草野)さんと中出さんとが仲よく入部してくれ、いちから教えて、卒業の以降ずうっと叔母の稽 古場へ籍をさだめて茶名もとってもらった、草野さんはいまも茶人の日々を続けている。いわば、ふたりはわたしの茶の湯の弟子の二人として、永く永く付き 合ってきた。思い出は山のようにある。
その一人が亡くなったか。急に言葉もない。わたしは大学の二年生ぐらいにレポート用紙一冊ほどをちっちゃな字で埋めて小説のまねごとのような、題さえ付 かなかったような長い習作を遺していて今もその辺の抽斗に入ってある。誰にも見せたことがない、ただ、なんとなし叔母の稽古場へ通ってくる中出さんにだけ 読んでもらったという記憶があり、しかし感想も含めて何の記憶もなく作はそのまま埃まみれに打ち捨てられてきた。読み返してみたくなった。
心より冥福を祈ります。
2018 5/8 198

 

☆ 雨の日曜日
モローの一角獣の絵に一瞬見とれてから記事を読みます。
今朝は雨が降り始めました。静かな雨です。
数日前のロシュフーコー『箴言集』に、「人は他人の心中を忖度するのは好きだが、自分の心中を忖度されるのは好まない。」と。
他人の心中を忖度するのは「勝手」 ただし苦手で、窺い理解することなど到底不可能だと。
そして自分の心中は当人だって本音は分からず、忖度されても分る筈などないと突き放し・・考えるまでもなく 「不逞」を自覚することになります。エゴ、自己防衛が中心に据えられている、それも痛感するでしょう。

九十六まで生きたお母様の「一期の呟き」 が、人間生きの根を左右されるのは、「お金やな」であったというくだりには、そのまま宜うことはできないにしても、そうですねと しみじみ感じ入ります。年金の不十分だったわたしの祖母の世代はきつい老後、子に頼るしかない老後でした。
今、九十、八十の人の年金は国民年金を別にすれば恵まれているでしょう。今年数え百の姑の年金はわたしたち世代と比べてかなり余裕があります。将来は危機的状況かもしれず・・。

友達を「貧乏人」とわらうことなどとんでもない、何処が貧乏と金持ちを分ける境界線なのでしょう・・。
「貧乏こそ、人の常というもの、そこで才覚を養う以外に具体的な努力はない。」
ただしお金が人生の目的ではないと・・格差社会の只中で年金暮らしの、鳶。
自分の歳月を振り返るまでもなく、やはりお金によって左右されることは多い。9割(以上)はお金だという人もいます。

「何も遺し得ていないのは、身の竦む恥ずかしさである。」と鴉は書いていらっしゃいますが、それはまったく違います。鴉は既に十分に十分に遺されています。

源氏物語の「朝顔」「明石」、川端康成に関しての言及も納得しました。
「朝顔」はやはり素通りして読んできて、紫上を深くおびやかして・・という男の微妙な思いをわたしは読み取っていなかったと思いました。人の心は深く静かに潜み息長く複雑なもの。

羽生清 著 『楕円の意匠』からの引用文と鴉の記述は とても興味深く読みました。歌舞伎の舞台を観たこともないのですが(この歳になって!)、安珍清姫など幼い頃から自然に耳に目に心に入っていました。(男女のことは理解はしていませんでしたが。)
所謂日本人的な感性は逃れようがないと感じています。

とても散漫なメールですけれど、記述へのささやかな反応を敢えて書くのは 鴉へのエールでしょうか。示唆されること多く、新しい発見があります。
雨の日曜日、部屋も暗くなってきました。庭で咲き誇る薔薇は雨に打たれて元気がありません。蕗が大きくなり過ぎたので 採って あく抜きをして、これから炊きます。
どうぞ元気に過ごされますように。
発送の準備は終えられましたか? お疲れが出ませんように。   尾張の鳶

* 有り難い呼びかけであり 自然 対話でも交歓でもある。ありがとう。
2018 5/13 198

* 俳優座の女優で演出家でもある美苗さんから、「御無沙汰ばかりしておりますが、お元気でいらっしゃいますか?」「暑い夏ももうすぐそこですが、どうぞお健やかに楽しい日々をお送り下さいませ」と便りがあった。

* 俳人奥田杏牛さんからも句集への一文へ丁寧な謝辞が届いた、小松市の八代啓子さんにはいつも北の海産物や金澤のお菓子をいただき、お能を舞われる勉強ぶりなどお手紙で聴かせて下さる。
2018 5/13 198

* 京の帯匠山口源兵衛さんから、歯の利かないわたしのためにと、特製の豆腐に元祖柚味噌「八百三」のうまい味噌を柚のかたちの器二つに満杯送ってきて戴いた。白い豆腐と味噌の美味さ。久保田の萬壽が生彩を添えてくれた。有り難い「美食」と謂えよう。

☆  秦 兄

ご本『一筆呈上』拝受しました。
いつも気にかけていただき有難うございます。その後体調はいかがですか。加齢とともに時計の針の回りが早すぎて、やりたいことが追い付かず慌てています。目下やりたいことはただ一つ自説の選挙制度改革案を世に問うことですが。そんないらだちには関係なく政治はますますカオス状態で、TVで安倍や麻生など首脳陣の顔を見るのも疎ましく焦燥感は募るばかりです。近況報告にこんなことしか書けない自分が恥ずかしいかぎりですがご勘弁ください。
段々と気温も上がってきました。どうか充分ご自愛のうえご活躍ください。
有難うございました。   京・洛北  森下辰男  同窓

 

* 「湖の本」届き始めたらしい。 梅原猛さん、水田記念図書館より受領の来信。

 

☆ 拝啓
(前略)早速随所拝読。 往時、花田清輝氏書かれし頃の「大波小波」のことも思い起こしつつ、痛快の感のご筆致に、今日は最早諸事書くに堪えぬまで到っ ておるななど慨嘆を新たに致しました。これでは不可ぬと自戒にも活用させて頂きます。御礼までに 敬具   豊島区  稲垣眞美  評論家

 

☆ 『湖の本』139を本日拝承。
仕事を中断し、早速に読み始め、只今読み切りました。四半世紀前の日本と現在は変わっていないという感想と、あの頃は「まだよかったのだ」という深刻な思いが重なっています。
現在は、政権の「腐臭」を「問題ない」と首相が言えば、それで終わりになりかねません。本当に終わりになるかどうかは分かりませんが、とにかく官邸は 「問題なし」で押し通そうとする。腐臭には有毒ガスも含まれているが、政権から遠い周縁で毒性を発揮するらしい。権力の中枢にいる連中には、この有毒ガス は彼らの良心を麻痺させるという、都合のよい効果を持っているらしい。とにかく周縁に住むわれわれは恐ろしい芝居を見せつけられています。
「一筆啓上」で取り上げている批評はそれぞれ興味深いものでした。私の知らない文士、芸術家に対する考察はなるほどと思いました。政治の世界など、私の 知っている事柄についての批判、感覚には大体私のスタンスと重なっていますが、私の受け止め方が甘かったな、と思うことも幾らかはありました。舛添要一と いう人には、私はまったく無関心でしたが、批評子はその俗物性を見抜いておられた。さすがです。
批評子のその時のペンネームの付け方がうまいですね。「巷談者」には笑いました。真似の出来ない芸当です。この一本をお届け下さり、ありがとうございました。
ご健康が維持されることをお祈りいたします。  並木浩一  ICU名誉教授

☆ こんにちは!
いつもありがとうございます。
ご体調はいかがですか。 ご無理されませんよう願っています。
今日の京都は、葵祭。
日差しが強く、気温も30度近くなって、行列はさぞかし暑かったろうと思います。
こちらは今、外国の観光客と、修学旅行のシーズンが重なってどこもごった返しています。
又 折を見てお出でになれますよう願っています。
奥様共々どうぞお大事にお過ごしになれますようお祈りしています。 みち  秦母方従妹
2018 5/15 198

☆ 「湖の本」一三九
楽しく拝見しています。変らぬ秦さんの眼と機を確認し、自分の迂闊さを思い知っています。
今日は月に一度のぜんそくの検診日、主治医と「お話」する程度です。
昨日は久々に小松(市)での美術展(誘われ)をみてきました。作品も作家も改まっているように感じました。 お大事に。  井口哲郎

☆ (前略)
いつものように「私語の刻」から拝読し始めましたが、「前世紀の古証文」を何れも「批評する」生きものとして「曝涼」されていること、同世代の一人とし て大いに感服致しました。殊に「新聞にも、テレビの報道にも、汚物浴びるような厭悪の情をおさえられない」の御感慨は全く同感です。報道人は文章というも のが書けなくなったのでしょうか。
又、「腰」についてのいろいろな御考察も非常に目を開かれるものがありました。
拝読の機を与えていただき 心から深謝申上げます。 草々不一    坂本忠雄

☆ (前略)
頁を開き、「大波小波」を集められましたものと知り、当時のニュースなど思い出しながら拝読致しております。「前世紀の古証文」などとはとんでもないご 謙遜でありまして、現に。憂慮されている事が、平成の現在、現実としてまかり通っておりまして、ここに多くの先見の明を発見しております。有難うございま す。ご健勝のほどお祈り申し上げます。かしこ   紅書房主人

☆ 1990-1994年
そのころはメキシコにいたので秦さんのこの文章知らなかった。ナカナカの辛口であります。これには感心しました。
こころしてものいふべしとわれを叱り
われはかなしむうそくさい世を   有即斎
日本国中、美術館や記念館で埋まりそうだが、秦さんは警告している。消えてなくなる美術館がいっぱい。   島田正治

☆ (前略)
早速拝読いたしておりますが、よくこれだけ当時の文壇の権威たちに、葉に衣着せぬもの言いをされたと、感服いたしました。秦様の求道者的一面を改めて知 ることが出来ました。匿名とはいえ、作者の名は知れて了う文壇の中でずい分損をされたことと拝察すると同時に、秦様の面目躍如という思いもいたしました。
ますますのご健筆を。 敬具    持田鋼一郎

* 文藝出版社の編集者だった人。わたしの「大波小波」寄稿をみて、「匿名とはいえ、作者の名は知れて了う文壇の中でずい分損をされたことと拝察」は、すこぶる率直で、その世界の在りようがかなり露骨に察しられて面白い。
わたしがいろんな「損」らしきを背負い込んでいたらしいとは、何人もの同業ないし編集者らワケ知りのの口から聞いていたし、わたしは、いつも「どうぞお構いなく」と思っていた。
なによりも、考え得るあらゆる「損の合算」ほどの「得」をわたしは「ことの最初に」何の理解もなく承けていた。投稿も応募もせず、向こうから、選者満票の太宰治賞当選付きで「作家」として文壇に登録された。
これは、他に比類無い珍しい事例であり、その辺の事情は、津村節子さんにじつに率直で的確な述懐がある。
津村さんは同人誌に属したまま数回も直木賞候補に挙げられて授賞されず、ついに芥川賞受賞で津村さんのいわゆる「同人誌作家」から「晴れて作家」になら れた。「候補では意味がない」またもとの「同人誌作家」に戻るだけ。津村さんは切実にそれを云われている。夫君の吉村昭さんは芥川賞候補にやはり数度挙げ られながら授賞成らずに、第二回太宰治賞で奥さんの津村さんより一足早く同人誌作家から「作家」になられた。津村さんの上の述懐には、夫妻しての多年のく やしさ、なさけなさがしみ通っていていて、胸を打たれた。わたしは、そのような感懐の片端をすら察した、味わった体験無しに、まるで当たり前のようにある 日突然「作家」として文壇に迎え入れられ、仕事は跡絶えたことがなかった。みるみる著書を山と積んでいった。わたしはいかにも無神経に、実は文壇事情のな にも知らないまま、ただ当たり前に書きに書きまくっていたのだが、それが「いろんな損」に結びついていたか知れぬとは、それさえ察していなかった。ときど き人に囁かれて、そんなことって有るのかなあと思っていた。
2018 5/16 198

☆ 「大波小波」を
お書きになっていたのは、びっくりしました。40年来の東京新聞読者ですので、すべて拝読していたはずです。  江東  藤原龍一郎   歌人

☆ 「一筆呈上」
うれしく拝掌致しました。
田植えもすんで茶緑色がうれしいです。
一筆一筆…励みになります。
「武玉川」 いいですね。
どうかお大切にされてください。お元気で。  千葉 e-OLD 「か」

☆ 大雨の后
晴天に恵まれ、糺の森は輝やくばかりです。葵祭の行列は、今頃は下鴨神社に到着していることでしょう。
世の出来事の理不尽に溜め息しかない日々、「一筆呈上」に救われる思いです、感謝の念で居ります。
何卒ぞ穏やかにお過しの程を。   京・下鴨   澤田あや子  同窓

* 元・岩波「世界」の高本邦彦さん、山梨県立文学館、天理大学、作新学院大学、またエッセイスト高田欣一氏からも近況とともに、ご挨拶があった。

☆ 先生のエッセイ
実に興味深いです。
今回もその時代をふり返って思い出せる楽しみがあります。  静岡  鳥井きよみ

☆ MIHO MUSEUM
「猿楽と面」に二往復しました。気持ちのよい展覧会で、関係各県の学芸員によるシンポジウム。近江、越前。加賀、美濃、大和、伊賀。式楽以前の「面」に、どっぷりつかりました。 名張の囀雀

* 宇都宮の岡崎理恵さん、地元新聞の、地元特産の餃子がらみの劇映画を監督制作した秦建日子への大きなインタビュー記事紙に添えて、お土産を送って下さった。京の鶴屋吉信の「柚餅」「季のこよみ 水と楓」が入っていて嬉しかった。
建日子は三重県の桑名で、また栃木県の宇都宮で「地方創生」政策に参同の劇映画を制作してきたらしい。何でもいい、短篇でも小品でもまた大作でもいい、他に阿ることなく底光りのする「作品」を産んで欲しい。
2018 5/17 198

☆ 『湖の本 139 一筆呈上』
お送りいただき、ありがとうございます。
重い言葉が並んだ御本。
文字を辿ってゆくのは、できないわけではないけれど…
先生がお書きになっておられることの、いったいどれほどを分かっているだろうか? と自問してみると、ため息がでます。
ため息しながらも… 至らないなり、分からないなり、の今の自分でしかないのだから… 読ませていただいたことで、次の一歩が踏み出せる。ほんの少しであっても、前へ進んで行ける。そう思いながら、読みついでいます。
ありがとうございました。
H P を拝読し、奥様が転倒なされたと知り、肝を冷やしましたが…大事にいたらず、何よりでございました。安心いたしました。
これから、過ごしにくい暑さや、じめつく季節がやってまいります。
どうぞ、お大切になさって下さいませ。 百 拝

☆ 湖の本139巻おめでとうございます!

お元気ですか?
湖の本ご出版、おめでとうございます!

本は一昨日に着きました。
私は随分足も腰も良くなってきました。
毎日のウォーキング、ストレッチ体操(一日何回も)、夜お風呂で温める、を、私としては今までになく頑張りました。

迪っちゃんは体調が良いとのことで安心していますが、大丈夫?

秦さんも、いつも書いて下さる字を見て、お元気かなあと思っています。

いつも言うことですが、無理だけはしないで頑張って下さいね!   琉   義妹
2018 5/17 198

* 二時過ぎまで本を読みに読んでから寝た。夢見も、ま、おだやかで。目があいて、そのまま起きて機械へ来た。東工大卒の新野君がメールを呉れていた。建築の柳博通君に設計してもらった家に暮らしていると。 いいなあ。

* 工大在学中から卒業後にも学生諸君から来た書簡が幾つもの抽斗に溢れている。読み物が無くなったら(は、考えにくいけれど、)これらを読み返すだけで大いに心慰むだろう。手紙、葉書だけで無い。メールも、わたしは軽率には捨てていない。
上京このかたの各種受信類も文字どおり物凄い嵩になっている。捨てて良い類い、仕事上の依頼状とか、業者の案内とか。だが半世紀を超えてのそんなのを選 り分けるのは大変。しかし全部まとめて故紙に出すにはあまりに惜しい、各界人先達先輩の貴重な手紙類が在る。外へ出歩いて人様と付き合うことの極く少ない わたしだが、おどろくほど大勢各方面の知己を多くは文通や著書交換で得てきた。「淡交」の集積が濃密に遺存している。

☆ リラの咲くころ
hatakさん
湖の本『一筆呈上』届きました。
切り口鋭く気力と体力の漲りを感じました。少し怖いぐらい。
五島美術館の受付嬢の話、良かったです。
あそこは庭のこぶしの老木が見事ですね。収蔵品に負けていない風格があります。
札幌はまもなくライラックの花が咲きます。奥様共々お大事にして下さい。 maokat

* 五島美術館 いっしょに行きたいですね。maokatn あなた方もお大事に。 hatak

☆ (前略)
編集者時代「大波小波」は必読のコラムだったこともあって懐しく、一気に読了いたしました。
秦さんが筆者のお一人だったことは全く存じませんでしたが、匿名を有効利用しながら決して品位をおとされぬ業で、あの時代の文藝界・世相に真っ当な異議申し立てをなさっているのを楽しみました。異色の蔵出しですね。お礼申し上げます。
暑さに向かいます。どうぞご自愛下さいませ。  元「群像」編集長   敬

☆ (前略)
マルチ作家秦 恒平氏の一つの優れたエッセイ・評論・批評部門の一部、幾百の名文を読むのが楽しみです。ほぼ同年代を居って生を得て来た者として嬉しい作品です。
本当にありがとうございます。  都・府中  杉本利男  作家

* 上越市の国文学者黄色瑞華さん、都・小金井市の奥田杏牛さん、江戸川区の俳人清沢冽太さん、親鸞佛教センター所長の本多弘之さん、またノートルダム清心女子大、神奈川県立文学館、上智大学、大正大学等々の受領挨拶も戴いた。
清沢さんからはご支援まで頂戴しました。
2018 5/18 198

☆ お元気ですか、みづうみ。
帰国してからまたひどい風邪になり青息吐息で過ごしております。やっと高熱から解放されましたが、咳き込むので安眠はできません。大きな病気をしないというだけで、自分の身体能力の劣弱に心底失望します。

それでも頂戴した湖の本139巻『一筆呈上』、すでに三分の二ほど読んでしまいました。集中が続かない今の病床にふさわしい細切れ読書にぴったりです。以前から読みたいと願っていたものが本になっている嬉しさ。
見出しの題名から最後の名乗りまで、みづうみの筆の切れ味を楽しみつつ、書かれている内容の先見性も深刻さも、より無惨なかたちで現世相に証明されていると感じています。

埴谷雄嵩の遺言、
「私の独語、それが同時に人類の独語になることを目指すのが、『文学』であり、しからざるものは、ただの文字の連なりである」「『文学』を志すものは聴け、埴谷雄嵩の独語を」と 生霊2さんに檄を飛ばしていただき、早く日常生活に復帰したいと願っています。
滴  滴りの五つ六つの水輪かな  高野素十

☆ 『湖の本 139 一筆呈上』
匿名で新聞に執筆なさった文章を纏めて下さったのは大変有難く、読み終えたところです。
折に触れ訴えられてきた言論・表現の自由侵害への危機感にはおおいに共鳴、78-79も心して読みました。
「うすら寒い国文学雑誌」 お世話になった岩波の「文学」もとうとう廃刊、
「使える年譜にして欲しい」 今月末に昭和5年までの補遺を出しますが、その補遺の補遺がはや必要で、あり得べき<理想>の年譜を目指して加筆修正を心がけねばと思います。
「『代作』ノーベル文学賞?」の板坂の直観的感想が部分的に面白かろうと、代作でないことは同年刊行の三島との往復書簡や(川端康成)担当編集者の通信記録を持ち出すまでもなく、沢野らにそんな力量なぞないのでは。

新しく買ったスマホの操作不慣れな上、昨夜からパソコンがなぜかネットに接続できなくなってしまい、困っています。
なんとか復旧するといいのだけれど。手におえず、家族の帰りを待ってます。 川端年譜筆者

* 「一筆呈上」はすべて前世紀の古証文、当時の世情や風聞や思念によって「批評」として書いた者。今日からすれば当たらぬ事もあるし、しかし、今日なおまったくこの「批評」に堪え得ていない遺憾な現実も夥しいというところで、共有ないし再批評して欲しいと願っている。
2018 5/18 198

 

* 五月八日に変身した筈の鷲尾仁志君へのメールが「送信済み」にならず停頓している。理由不明。十日も遅れたが、念のためここへ転記しておく。

* 鷲尾君 メールを嬉しく。 秦 恒平
懐かしい声を聴きました。阪神間の住み心 地や如何と想っていました、しかと根が下りたようで安心し喜んでいます。京都育ちで存外に阪神間へは疎いのですが、光源氏の落ち延びていたのが須磨、明 石。この明石は「竜宮への門」ともいわれ、源氏物語と平家物語、そして古事記をつなぐ重要な結び目なので、いつも頭にあります。
今も書いていて難渋している小説の一つは、瀬戸内へ山場を得なくては成らないのですが、病後の臆病で、新幹線にもう病後六年どうしても乗れなくて難渋しています。
バルセロナの岩見さんとは 時折 どちらからと無く交信しています。あなたの進路を祝い合ったり。わたしのホームページ日録なども覗いていてくれるようで、ひょこっと便りがあったりします。
数えてみたらわたしは一ダースほどの卒業生の結婚式に招かれて祝辞を述べて来ましたよ、女性も二人はありました。神戸まで招かれたたこともあるんです。一般教育の教師にしては異数でしょうね。
あなたからも、柳君や三田君からも、わたしの東工大「留年」を言い渡されてしまいました。自分の出た大学よりも懐かしい縁を結んで来たんだと感慨深いです。
躰に気を付けて、永く いろいろに働いて若い後進の力になって上げて下さい。お元気で。いつでも声を掛けて下さい。  秦 恒平

☆ (前略)
東京新聞の「大波小波」は京都にいる時も、まして福岡では目にすること叶わず、わずかな上京時にのたのしみでしたが、それをまとめて、しかも「秦 恒平」のを読めるとは、まことにありがたいことです。御礼まで。敬具    九大名誉教授   今西祐一郎

☆ (前略)
先生による「筆誅」の一部が一巻となりましたね。
「うそくさい世」が続く限り、この腸の煮えくり返るようなくやしさがおさまることなどはないでしょう。同感、同感、同感です。  神戸市  岡田昌也

* 茨木市の石毛直道さん、東海学園大学、立命館大学からも「湖の本」139受領の挨拶があった。払い込みも順調に。
2018 5/19 198

☆ 京都に来ています。
モロー、時代と一線を画し 館で制作し続けた画家でした。その館がそのまま美術館になっていて訪れたことがあります。
武玉川の 七・七句。
対話になりそう!
明日は日本画の教室、そして家に帰ります。
昨日は近くの上御霊神社の祭礼で小山郷の神輿などが練り歩くのを観ました。
鴉、 元気に元気に。  尾張の鳶

* ぬすみ酒して達者がるやつ   鴉
2018 5/19 198

☆ 藤の季節ですね
子規の連作中、「たゝみの上に」の歌は、あと少しで「とどかない」短さを惜しむか、もう少しで届きそうな艶やかさを讃えるか、春の陽が柔らかくもの憂く差し込む子規庵の、重たいほどに咲き匂う紫を想います。
今年は桜だけでなく、藤も、薔薇も、早いようです。
亀戸天神へは先月二十日に途中下車してお参りしてきましたが、はや満開でした。
何年か前に観た足利の大藤も鮮やかに印象に残っていますが、今年のゴールデンウィーク後半は足利の先、桐生へ行ってみました。
立ち寄った帯屋さんも染物屋さんも(手軽なものしか買わなかったのですが)親切に色々と教えてくださり、自作にも街にも深い愛情と誇りを持っているのが感じられました。
懐かしい土地を繰り返し訪ねるのも、初めての土地を歩くのも好きです。
調べ物の合間に、昨日は白秋の紫烟草舎を見がてら、薔薇の美しい里見公園まで江戸川の堤を散歩してきました。
秋からは忙しくなるやもしれず、この夏はヨーロッパを周遊しようと思い立ち、期限の切れていたパスポートの申請を研修日にして来ました。
梅雨入り前のこの季節、少し気分転換なさるといいですね。  和

* 妻と思い立って足利へ飛び立つように出向いて藤満開の大庭を歩いたのはもう何年、十何年も前か、もっと前か、あの頃は思い立って笠間へも仙台・松嶋へも名古屋や横浜へも、すぐ乗り物に乗ったが。足利では帰りがけつむじ風に遭い、あれも一度きりの体験だった。
2018 5/20 198

* 豊中市の、大学同窓 安川美沙さん、地産の名酒で名高い「呉春」の精醸一升送ってきてくれた。おおッ。感謝。
ご近所の大野さん、「一筆呈上」を歓迎して下さり、大粒の苺を掌に剰るほどお裾分け戴いた。恐れ入ります。
2018 5/20 198

* 何十年来のお付き合い、今西祐一郎さん(九大名誉教授・前国文学研究資料館館長)による岩波文庫新版『源氏物語』第三巻校注者としての巻末解説「物語 と歴史の間 不義の子冷泉帝のこと」は、一度は纏めて聴いておきたいと願っていた物語核心の「準拠」問題。「少女」巻を読み終えるに連れ解説も丁寧に読み 取って、のどの閊えもスウーッとした。感謝感謝。
2018 5/20 198

☆  湖の本
梅花卯木がこのところの風で散ってしまいました。
秦先生、『湖の本139』拝受。有り難うございます。16日に入金させて頂きました。
「一筆呈上」、東京新聞の「大波小波」にも執筆されていたのですね。当地では「中日新聞」の夕刊でいつも楽しく読んでいました。「なるほど」と、その優れた洞察力や批評精神に感心するしきり。中身に沿った筆名も面白く、味わっておりました。
短文なので、再読も、ちょっとした隙間のような時間でも楽しめます。時事なのに古びた感じがありません。有り難うございます。 珊

* 「異色の蔵出し」といわれ、ま、思い通りに受けいれて貰えているようで、有り難し。
ときに敢えて試みる脱線も含むにせよ、要は、観測と批評。そして時代というのは悪しい面ほど容易に変わってくれないままかえってひどくなるのが、ありあり見えてくる。そこを的確に見つめながら対応しないと。
むかし朝日子が、時としてわたしの口を叫ぶように封じたことがある、「パパが言うと、当たっちゃうんだから」と。
2018 5/21 198

* 前の文春専務寺田英視さん、脚本家の小山内美江子さん、詩人で図書館学の馬場俊明教授、歴史学の小和田哲男教授、歌人の阪森郁代さん、国文学島津忠夫 先生のご遺族、喜多流シテ方香川靖嗣さん、大学同窓の安川美沙さん、市川澄子さん、さらにまた広島大学、 群馬の都澤しづ子さん、愛知知多の久米則夫さ ん、京・有栖川の桐山恵美子さん、金澤の金田小夜子さん、京・山科の長村美樹子さん、大阪・高槻の井土厚子さんら、「一筆呈上」熱く受けいれて下さり、ホッとしている。
とても一つ一つ此処に列挙させていただくには数も量も多くて。 感謝申します。

☆ 略啓
「一筆呈上」有難く頂戴しました。
最近の新聞も雑誌もコラムの楽しみが消え失せました。
筆人を刺すとも血を見ない縦横の切味と慎みを久々に味はひました。 不備   寺田英視

☆ (前略)
二十数年前の新聞のコラムとはおもえない いまの世を映しだされていて、先生のこの国や社会を「一言堂」にしたくないお気持をお察しいたします。   馬場俊明(あきとし・じゅん)
2018 5/21 198

 

☆ 一筆呈上
晴れやかな空、庭の花々は咲き誇っていますが、今から暑さに参りそうな・・。この季節は苦手と書かれていますが、今日は如何でしょうか。
『一筆呈上』については既に多くの方が感想意見を述べていらっしゃいます。三十年近く年月が過ぎても同じ問題が厳然としてあり、書かれたものが古びてなどいないということです。
家に戻ってから二日、漸く半ば近くまで読み進みました。東京新聞は読んでいませんし、初めて読むものです。
最初の井上靖『孔子』について、ずっと以前に感想を聞かれたことがあり、孔子、儒教が分かって書いているのだろうか、など僭越な感想を返した記憶があります。
その他、実に多くのことを感じ考えさせられています。
が、特に述べ指摘したいのは、鴉のネーミングのセンス抜群!!!という点です。
常の名乗りの「有即齋」は勿論のこと、「一筆呈上」のそれぞれの文の終りの書き手の名前、例として始めの辺りだけを書き出しても、「政治屋、不信、へんくつ、天使の詩人、御用絵師、反右翼詩人、偽善者、理想の文士、下足番・・・!!」
書き出したらキリがありません。本当に面白い、全部面白い。
天皇制に触れているところは以前から一度お聞きしたいなと思っている問題でした。京都御所の中を歩くと、いつも東京に遷都する以前、この辺りはどんな様子だったろうと思い描きます。近現代の日本の姿を思います。
日常は変わりなく、いくらかの腰痛を抱えて、遠く旅に出たいなあと嘆いている鳶です。
今回の京都行きは時間の余裕もなく、肌寒かった天候にも左右され、歩き回れなかったのが少々残念でした。
が、仏光寺御幸町下がるの京都市学校博物館に初めて行きました。「日本画開拓の時代」という催しがあったので。
竹内栖鳳や富岡鉄斎を除いては森寛斎や鈴木百年、幸野楳嶺あたりでも殆ど知る人はいないでしょう。京都市では明治になって工芸振興を図るために初等、中等教育の場で日本画を重視して
いたとか。その影響でしょう、市立学校が所蔵する工芸品もかなりあると。
知らない事の多さに驚き嘆きます。
烏丸二条の放光堂さんで絵の具を少し買って帰りました。
くれぐれも大切に、大切に。    尾張の鳶
2018 5/22 198

 

* 火曜日はふつう郵便が来ないが、東村山の写真家近藤聰さん、選り抜きの地酒一升を下さって、「秦さんの『天声人語』と称して文章中の喜怒哀楽を噛みしめております」と。
山梨県立文学館の中野和子さん、埼玉県の文教大学、西東京市図書館からも礼状届く。
2018 5/22 198

* しかし、明日も本所まで、早野ゆかり主演の芝居を観に行く。両国は、夏場所、栃の心の活躍で陽気に満ちているだろう。さてさて、疲れないように出かけたい。

☆ 先日は
ご本をお送り頂きまして有難うございました。いつもお気遣い頂きまして有難うございます。
体調は如何でしょうか。
明日14:00公演、お待ちしております。
お席のご案内は場内係にお願いしております。
どうぞお気をつけていらして下さいませ。  早野ゆかり
2018 5/25 198

☆ (前略)
「私語の刻」に大いに共感し賛同する一人です。「社会を『一言堂』になど決してしたくない」に同感です。反骨の批判精神を読ませて頂きます。   札幌市  山本司

☆ 湖の本
もっとももっともと心強いご意見の数々、するどく読ませていただいています。ありがとうございます。   練馬区   晴

* 宮下襄さんの転居通知、また大東文化大学、鳴門教育大学の受領挨拶が来ていた。 2018 5/26 198

☆ 季節のご挨拶
秦先生、 ご無沙汰しております。いつの間にか五月になりました。本来ですとまさに天下の五月
晴れを期待するところですが、なんとなく気分が高揚いたしません。自然現象より国内外の政治環境の方が影響大なる気がいたします。
先生におかれましてはますますのご健筆、まことに嬉しく「選集・湖の本」の毎回を楽しみにしております。
私の方はようやくペン(世界ペン、日本ペン)の煩雑な仕事から解放され、10数年ぶりに今までの経験を纏めようと思うのですが、いつの間にか出版を巡る 社会も変わり、容易にはままなりません。それでも今まで経験してきたペンクラブの活動を基礎に、最近は文学の現代的意義を何とか見直し、その意味で2つの 活動に重点を置き始めています。
ひとつは日本文学における詩、とりわけ俳句の力を見直し、いうなれば俳句の地球化運動ともいうべき啓発、ついで前の世界大戦で多くにシビリアンが巻き込 まれた沖縄・長崎への原爆投下、そして沖縄に焦点を当て、文学からいかなる平和構築への道を築くことができるか、その2つの命題に取り組んでいます。
先月は広島・長崎原爆記念館、ならびに国際交流基金のご支援を経て スロベニアの8つの大学でワークシップを開催してきました。この地域の日本に対する関心度は予想以上に強く、若い学生の反応は目を見張るものでした。
この10月にはハンガリー、セルビアを訪問、同じようなプロジェクトを実施する予定です。
文藝の分野における私自身の無能さを棚に上げるつもりはないのですが、今までの経験を何とか文学の分野に反映できれば、との願いでもあります。
いろいろ、余計なことをご報告してしまいましたが、今後のますますのご健勝を祈念しながら季節のご挨拶をさせてください。   堀武昭  世界ペンクラブ専務理事 日本ペンクラブ理事

* また新たなお立場から大いにご活躍下さるよう期待しています。

* 京・有栖川の桐山美恵子さん、観るから大きく美しい賀茂茄子を三つと、翠艶やかにみごとな大唐辛子、つくね芋、用意された糠や味噌や味付けも添えてお送り下さった。妻が大喜び。わたしは目を楽しませて戴いた。京野菜の精選、有難く。

* 東京大学大学院 から、選集・湖の本本へ受領の来信。
2018 5/27 198

☆ (前略)
「東京新聞」匿名の連載「大波小波」の見事な斬れ味を実感しつつ、「うそくさい世」の出版界を思いました。それにしても「通俗な文学と作家を歯牙にもか けない貧乏文士」とは。谷崎終平氏の死、森銑三先生、木下順二訳「薔薇戦争」、埴谷雄高の独語 改めて噛みしめております。襟を正す思いで読み返します。  御礼 敬具   原山祐一  新聞記者

* 神戸松蔭女子学院大学よりも受領の挨拶しあり。

* モリ、カケ、アベのウソクサイどころかウソそのものの悪政に日大アメフトのウソ・ハラ騒ぎ、吐き気がする。
2018 5/29 198

* 元・平凡社の遠藤勁さん、映画の広告を無数にあつめた刷った冊子を送ってくれた。この人、敗戦後の引き揚げ京育ちで高校時代まで過ごしたらしい。

☆ (前略)
今回の『一筆呈上』全ておっしゃる通りで無念すく思いです。当時「大波小波」い゛拝読し、筆者は誰だろうかと色々想像したものです。
さて同封の映画ポスター集、その後も改訂を日々行っています。
小学生の頃、親父に連れられて行った館で記憶に濃いのは「八坂会館」です。「ターザン」もの、「スエズ」「スタンレー探検記」もここで観ました。河原町や新京極の大きな小屋より、西部劇、戦場ものが多く掛った烏丸映劇(?烏丸四条、京極では「八千代館」がひいきでした。  遠藤勁 拝

* わたし、映画の思い出を喋り出したら際限がない。若尾文子の愛らしい「若紫」に痺れ、ジェニファ・ジョーンズの「野狐」に戦慄し、妻と出会ってから二 人で観ておぼえているのは、ミレーヌ・ドモンジョのもの、そしてカーク・ダグラスの北欧の海賊映画だった。感銘を受けて立ち見のなかで泣いたのは黒澤映画 の「生きる」だった。
2018 5/29 198

☆ (前略)
「東京新聞」の「大波小波」の執筆御常連(=2001年まで。以降は無縁)とは吃驚、怖れいりました。小生、昔のクセ直らず、いまでも毎夕、夕刊のみ配 達して貰っています。(近年=)幅が広がった分、興味が薄くなり、匿名の良さを生かした文章になかなかお目に掛れぬのは、さみしい限りです。
『一筆呈上』では、その辛口が、文壇に、歌舞伎に、ペンクラブに、政治に、直球やカーブ、さまざまな投法で、こんなにうまく書かれていたとは、感服。「東京新聞」記者の眼利きにも。
大久保房男さんの苦言へのご感想も、自称弟子としては嬉しいご発言ではありました。
御自愛を。 御礼のみ。   徳島高義   講談社役員

* わたしたちは一九五九年の上京結婚以来(最初は新聞など購読できなかったが)なにより安いのと薄いのとで「東京新聞」で通してきた。他は必要に応じ一 部買いしていた。初めのうちは気恥ずかしい広告も載る新聞でよく呻いていたが、東京新聞のことに今世紀以降の政治を観る眼には終始共鳴し、一昨年には朝日 新聞の「朝日賞」に「東京新聞」のことに政治経済社会面の編輯ぶりを候補として推薦した程である。
ただ、「大波小波」欄は、我から退き離れて以降はめったに目もむけてこなかった、むしろ妻のほうが読み続けていて、ことに近年は「味が薄い」というか、 書籍のただの評判が多いなどと聞いている。「批評」は思想の表現であり、匿名批評は匿名なればこそ公正であらねば暴言妄言に終わってた了うと思っていた し、今も(匿名批評はしていないが。)そう思っている。辛口甘口などというモノサシは気に掛けたこともない。署名で書いてきた意見や思想と背理していると も思っていない。匿名批評にはもう一つは短文の技術とセンスが必要になる。それの無い書き手は匿名批評になど手を出すべきでない。
もともとのベテラン編集者・記者から今回の『一筆呈上』の書きように賛同が得られているのには、ほっとしている。
2018 5/30 198

☆ 秦様の
以前のご本「中世と中世人」の中に書かれている西行法師の終焉の地弘川寺を訪ねました。
大阪天王寺から、電車で40分。富田林からバスで30分。1時間に1本。
一人で訪ねるには、不便が、反対にじっくりと行けるかなと、計画しました。
今年は西行法師生誕九百年にあたるそうで、記念館も展示など整備されたそうです。
文覚上人作と伝えられている座像も拝観させていただきました。
書や絵画など興味深い資料が展示されていました。
西行文庫として大きな書棚が設置され、その中に秦様の「中世と中世人」のご本も立派に。書棚には鍵がかかっていました。先に読んできていて良かったと。
記念館の開館時期は春は五月十日までだったのですが、住職様の優しいご配慮で開けてくださいました。花の時期は大層な賑わいだそうですが、この日は他にお客様は四人。
立派なお堂が山の中に厳然と静寂に包まれて、その中で西行上人様を偲べました。
慈雲法師が建てた西行堂の上の山へ。緑濃い中鶯の声に誘われるように西行法師の墳墓の前に。
慈雲法師の墳墓にも頭を垂れてまいりました。
静かな良い時間を過ごすことができました。
今年の秋には和歌山県立博物館で西行の特別展が開催されるとのこと。
西行人気も高まり、花、紅葉の時期だけでなくこのお寺も訪れる人が多くなることでしょう。
この4・5年の間に、花の寺勝持寺へは花が咲き始める前に、吉野の西行庵へは山桜が散り始める頃、讃岐の白峰御陵へは謡の稽古仲間たちと、それぞれの旅は何時も秦様のお作を思い起こしながら、訪ねることができました。
旅の充実 感謝申し上げます。  練馬区  持田 晴美

* 西行を旅したのは何十年の昔だろう、平凡社の「太陽」に『花月西行』を書くべく、編集者の出田興生さんと何日も旅をしたのが、しみじみ懐かしい。おか げで幾つかり小説にもエッセイにも論攷にも展開していった。弘川寺を大阪から車で探し探し尋ね当てたのはもう晩景に近かった、よく覚えている。
2018 5/30 198

☆ 金曜日です。
HP見て驚きました。今日は金曜日です、今日午後のうちに主治医でなくても早急に診察
していただいた方がよいと思います。土日二日待つのは不安です。早い手当てを。
僭越は重ねて承知で、敢えてメールします。  尾張の鳶

* 感謝。
わたしも、土日を手を束ねて発熱しながら週明けをまつのは危ないと感じました。医師外来へは出ていなくても泣きつく気で病院に電話し、繋がった。まずは、よかった。週明けの歯医者は予約キャンセルした。

おいおいと老いをはげまし老いらくの
老いにつまづき日々を追ひ行く    遠

* 要用に備えて、のちほど、また病院へ走る。病院というところは、ひたすら「待つ」ところ。校正の仕事はひたすら進む。心身眼 疲れるけれど時間は無になっていない。。
さしあたり、夕食には何が食べられるか、わたし。食欲薄く、しかし酒は自転車に危なく響くしなあ。

* 建日子に委細を伝えて置いた。彼、仕事で、東京にいない。

☆ それは心配ですね。 建日子
2018 6/1 199

☆ お元気ですか、みづうみ。
お身体の痛みは少し和らいでいるでしょうか。ずっと心配していました。
そしてさきほど奥さまのご入院のことを拝読しました。ご入院なさったほうが治療も看護も行き届いてむしろ安心できます。一日も早くご快癒なさいますようお祈りいたします。

みづうみ、どうかきちんと召し上がってください。食べないと便秘から腸閉塞になる危険があります。お弁当でも出前でもよいので栄養をとって、奥さまのためにも心してご自身の健康をお守りください。自転車もお気をつけてください。

わたくしのほうはやっと、なんとか、なんとか咳こまずに眠れるようになりましたが、まだふらふらです。相変わらず「丈夫」とか「頑丈」な身体と無縁ですが、細々と日常生活に復帰しつつあります。  麦  日の暮をすさびそめけり麦あらし 芥川龍之介

* 零時になっている。
2018 6/1 199

* 神戸の吉田章子さんから、お酒を戴いた。恐れ入ります。
2018 6/2 199

☆ 拝復
日替り気温の高低差のはなはだしさに悩まされましたがはや梅雨の兆し、思うにまかせぬ日々です。東京はいかがかと案じております。
『一筆呈上』ご恵与たまわりありがとうございます。年月経ても色あせぬ小気味よき痛烈な批評に感服。毎章筆名異なるので、同一筆者と気づく方いたのかな など。唐突な「秦 恒平」登場など遊び心もあり、(この度=)お名前明らかにして いっそうの迫力ありと存じます。「スパッと辞める覚悟」まさによ今日の課題でもあります。
先年 むのたけじさんの「たいまつ十六年」を読み返し昭和20年代の北方領土、原水爆禁止運動などのご発言 現代に至るも何の解決つかぬまま歎かわしいことです。
卒業生がなくなり残された母上の嘆きいかばかりかと 逆縁いかんともしがたく、回覧すべき方が少なくなり、私止りになること申し訳ありません。
初めて拝見することとて読書時間たちお礼言上遅くなり失礼しました。
お揃いでお大事に

樟若葉とよもし小兵勝名乗り

亡くなった卒業生と、古語を使用するに短詩ふさわしいこと語り合ったこと思い出しております。草々    信太   神戸大名誉教授

* 漱石は、さびしい意味で「寒しい」と表記する人であったのを思い出す。寒暑をとわず、さびしいことが小波なしてせまってくる。

* 久留米大学からも、昨日、『一筆呈上』受領の挨拶があった。
2018 6/3 199

☆ お見舞い
hatakさん
奥様のご快復を念じています。
体調維持の難しい季節、ご夫婦ともどもお大事にして下さい。
札幌も今日は暑くなりそうです。 maokat

* ありがとう。無事の退院を待望しています。あなたがたも、どうぞお大切に。
2018 6/4 199

 

* 弥栄中学におられた正因寺住職の万年元雄先生、京の煎餅菓子を大きな一缶で送って下さった。もう、弥栄中時代の先生ではこの万年先生と理科の佐々木(水谷)葉子先生としかお付き合いがない。
2018 6/4 199

* 十一時前、退院。玄関で迎えた。よかった。

☆ 退院!!!
水曜日、今日は退院。午前中の退院でしょうか。本当に良かった。一安心です。
電話が苦手でも、やはり急ぐ時には絶対躊躇なく!!! (わたしも同様でほとんど自分からかけませんが。)たとい些か強引でも、(病気や事故の折は=)それだけ当事者にとっては緊迫したことなのですから。
何事も起こらず、日常の平凡にあることが実に実に有難いことと思います。
「だんだん生きて行くのが重くしんどくなりますが、気を奮いたたせ、だからこそ、気に入ったしたい仕事を優先し、「仕事屋」になって日々を、と思います。」
これは羨ましいと思われるほど、「若い」鳶にとっても切実なことです。老後だと悟ってのんびり優雅に暮らせばいいではないかと、それはある点では潔く立 派かもしれませんが、わたしの何かを求める「貧乏性」と、まだまだできるはずと言う思い込み・過信に惑わされ駆り立てられています。
が、心ゆくまでの鳶の飛翔など、到底できないのが現状です。

鴉は今日のHPで、一人生きることの苦悩を「想像」して、到底耐えられない事と述べておられ、それだけ伴侶である迪子様への深い思いを常に語っています。それは幸福であると同時に一種の強迫観念も抱え込むのではないでしょうか。
人は自分の将来を見透せませんが、誰でも一人生きなければならない可能性は否応なくあるのです。そしてそれに耐えなければならない時間もあるのです。
わたしは可愛げない人間で、どんなに苦しくても自分はそうなっても耐える、耐えられると。一人だったらどんなにか自由に飛翔できただろう、飛翔できるだろうと。思いあがった人間です。(鴉のメールを読んで思わず泣いてしまった。)
とにかく、転ばず、飛びたいです。

生まれ生まれ死に死んで、それでもやはり人は暗冥の中。今のわたしは死後も来世も曖昧で、信じていません。何かに頼ることも恐らくないでしょう。ただ、生きる上で大いなるものへの畏敬、信仰、讃仰の念は失いません。

今週は絵の教室の展示やら雑用があり忙しく過ごしました。
以前スケッチした菩薩像、その場で写真を撮れなかったのでそのままになっていましたが、インターネットでコレクションの写真集を見つけたので描いています、十号の小さなものです。京都やスペインの風景などを描いていくつもりです。

少し前にギャラントリーについての質問がありましたが、辻邦生氏の『私のニ都物語』p84に記述があるのを見つけました。少し長くなりますが。

「たしかにフランスでも男と女のギャラントリーの楽しさはある。肉体の快楽を前提にした、それへの無限接近するプロセスの精神のゲームの楽しさとでも言 おうか。決してプラトニックではないが、かといって絶対に、ばかみたいな肉体派ではない。男と女であることの、虚栄の楽しみ、嘘を言う楽しみ、裏切る楽し み、相手の美点を数えあげる楽しみ、一緒に音楽を聴く楽しみ、驚かす楽しみ、冗談を言う楽しみ、悪口を言う楽しみ、ひたすらおごる楽しみ、おごられる楽し み、-そうした一切の楽しみをとことん味わうのが恋のギャラントリーというものだが、江戸前の女にも、それがあるということ
を・・」

彼にとって恋は、恋のギャラントリーは「楽しみ」・・か。
鳶の感性では楽しみに終わらない、あまりに深く冷たく昏いものが紛れ込み中心に巣くっています。要するに余裕がない、容量が足りない、度量の問題と言い切ってしまいたくなりますが!
遺伝子に組み込まれたDNAは生命体の存続を至上第一の目的とし、ヒトもまたその限界の中に生きています。寿命百歳の社会が、と言われても、百歳を生き るのは「シンドイなあ」と感じます。死ぬことはやはり怖いけれど、命の鎖を次の世代に繋げて、一個の生命体・わたしが朽ちていくのが自然なのだと思いま す。これから先の時間の中で、どれだけの安らかさを見出していけるだろうと問いかけます。

退院手続きにもう病院に出かけられた頃でしょうか。
お二人ともゆっくり静養されますように。栄養あるものを食されますように。
元気でありますように。  尾張の鳶

* 有難う。
以前の、オオ事だった入院からは半年余、身の衰えと絡みつくような暑さと冷えとの一週間、かなり今度はわたしがバテました。やっと湯につかったところ、湯の中で寝入りそうでした。

* 小学生からの読者の藤田理史くん、男の子のお父さんになった由、朗報。おめでとう。

☆ 謹 啓
「秦 恒平選集」第二十五巻ご恵贈賜りました。重ねてのお心遣いまことに有難く、衷心より御礼申し上げます。
発刊早々にご恵投いただきながら、御礼遅くなりましたこと深くお詫び申し上げます。
第二十五巻をいただきましたときには、「湖の本」エッセイNO,36の「花鳥風月・好き嫌い百人一首」を楽しく再読し終え、同じくNO,110、111 と2巻構成の「千載和歌集と平安女文化」を播いておりました。選集二十二、二十三、二十四巻に収められました浩瀞な中世及び平安女文化論の補注論攷ともい うべき「千載和歌集の背景」(上)「平安女文化の底流」(下)には選集で学んだ先生の中世観、女文化思想を改めて確認、再認識させていただく思いで読み継 ぎました。特にどの論攷ということではなく、私にはすべてが興味のあるテーマで、というより知らずしらずのうちに興趣の範疇とな
っていたのかもしれませんが、深い文意を追い、視界を失うことなく「学而時習之」深切、手ごたえの感じられる読書になりました。「建礼門院右京大夫」や 「一遍上人の詩と真実」等々、数え上げればすべてというべきですが、一行一行指で押さえて読む、まさに楽しい読書の時間をいただきました。
この度の第二十五巻の構成は「千載秀歌一千載和歌集を読む-」を基軸としながら「湖の本」の編集とは異なり、「能の平家物語」「茶ノ道廃ルべシ」の構成 となっておりました点、構成の意図に驚きを感じ、かつ納得いたしました。「能の平家物語」も「茶ノ道廃ルベシ」も先生の中世観の具体化ともいうべき論攷で あり、中世が生んだ思想が現代の日本に、そして日本人の生活に思想として生かされ、また生きのびて現日本人を日本人たらしめている、それを現代の目で検証 された論攷ではないかと感じました。中世は過去ではなく、まさに現代であり、今、この現実に「中世」は生きている。歴史の血流の連続を感じました。
心の片隅に、明治以降の日本人の思想をアイデンティティを失った根無し草の思想のように思う意識がありましたが、先生の作品や論攷を読むに、そうではな いのだ、千数百年という歴史と文化に、今の浮草は根をさして、浮いているのだと感じることができました。紙と木の燃えつきてしまう文化ではなく、決して焼 尽することのない「日本人」の思想と文化の核を「中世」に求めてよいのだと。
いまさら何を言っているのか、と稚拙な感慨を嗤われてもしかたがないのですが、私の田舎の僻陬の地にもヤマトタケルも紀貫之も来ていて、そこで歌を詠 み、あるいは子をなしていたかもしれない、京や江戸ばかりが歴史で文化ではなかったのだ、という思いに繋げて、本居宣長の「漢意(からごころ)」否定とま では申しませんが「日本人」であることに心を寄せていけそうな気持になっております。
もっと深く、よく読めとお叱りを受けそうですが、これからも続けて、選集の編集に添って読みを進めていくことによって、先生の思想の真意に近づけるのではないかという予感をいだきつつ、これからも読みを重ねていきたいと思っております。
御礼を申し上げるべきところ、稚拙な感想、蛇足を加えました。失礼の段はご宥恕の程、お願い申し上げます。
日々の気温の高低差、急激な夏日の到来等々、安倍内閣が国民を腐敗させていくように、不安定な陽気が健康にはダメージです。
奥様のご健康の一日も早いご回復をお祈り申し上げます。
先生もどうぞくれぐれもご健康専一に、日々ご自愛くださいますよう、お祈り申し上げます。
本当にありがとうございました。まずは御礼まで。  敬 具
平成30年6月4日     八潮市  小滝英史  作家

* 亡くなった聖路加日野原院長の先代、聖路加を病院管理・看護管理日本一の病院に仕上げられた橋本寛敏先生の時代にわたしは医学書院で編集職に励んでい た。作家になってからも五年二足草鞋で頑張ってたが、そりころ私の課に寛敏先生の孫だか末っ子だかの成敏君がいた。のちに退社し今は陶芸作家になり何度も 作陶展に誘われている。十三日から渋谷松濤でまた展示会らしい。
能楽堂もある松濤へ、もう十年ほども脚を運んでいない気がする。

* 三十二年も「湖の本」制作を御世話になっている古城さんからは、三鷹市美術ギャラリーでの、歿後70年太宰治展への招待が届いている。六月十九日には 禅林寺で墓参していた時季もあったが、久しいことになった。太宰治賞を受けたのがちょうど49年以前であった。太宰の死から21年めであったのか。選者の 石川淳 井伏鱒二 臼井吉見 唐木順三 河上徹太郎 中村光夫各先生も筑摩書房社主ほか関係の方々も、みな亡くなられている。受賞先輩の吉村昭さん(二 回) 一色次郎さん(三回)も亡くなり、遅れての宮尾登美子(七回)さんらも亡くなっている。なんだか、わたし、古物か骨董品のようになって生き残ってい るようだが、まだ若いつもりでもいる。
2018 6/6 199

 

☆ 祝・ご退院
お元気ですか、みづうみ。
奥さまのご退院おめでとうございます。早めに病院にいらしたことが正解だったと思います。早期発見早期治療が大切です。
みづうみの私語にちょっと心配しました。

>「ひとり」で老耄の命を永らえて行くどんな意味・喜びがあろう。世間も國も世界も、心惹くナニモノもなく、心惹く多くの全ては過去への記憶にある。自分一人で創れる世界はあろうと思うが、「ひとり」でのそんな営みにどんな喜びがあり得よう。

お気持ちはわかりますが、「ひとり」で老耄の命を永らえる意味がないと仰るのは、奥さまを抱き柱にしていらっしゃるようにお見受けしました。このままでは奥さまも建日子さんもご安心できませんでしょう。
みづうみが生き ていてくださるその存在の重さに、日々励まされ慰められているわたくしや多くのご友人や読者をおいていかないでください。「骨董品のようになって生き残っ ている」ことの素晴らしさは、みづうみにはおわかりにならないかもしれませんが、ふつうの人間は「骨董品」にはなれずただのガラクタになるだけですから、 極上の骨董品でいらしてください。
友人が長期入院した時にご主人さまのために頼んで便利だったという「わんまいる」という配食サービスのサイトをご参考までにお送りします。

http://www.onemile.jp/html/page1759.html?gclid=CjwKCAjw3cPYBRB7EiwAsrc-uRU4WIK0Ecne_fs23XicGE2CXEEhna8_SK7gRtzAN80bnfGQzNYHeRoC2kIQAvD_BwE

0120-548-113

奥さまのご年齢で毎日三食ご用意なさるのは、かなりの重労働と思われます。上手にこのようなサービスをご利用ください。冷凍庫に惣菜があると便利です。こ れからも奥さまのお具合の悪いときはあって当然ですから、奥さまに今のまま過重な家事のご負担がかかりませんように、一度試していただければと思います。 何を食べるかは、良く生きることとつながっています。
奥さまのご入院中、一日二回も病院に通われ ていらしたのですから、お疲れが出て当然でございましょう。みづうみのご年齢を考えると一日一回でもバテるはずです。どうかご無理のないよう、お二人ご自 宅でゆっくりご静養ください。  螢  螢火や山のやうなる百姓家  富安風生
* ありがとう。

* 気の弱りを忽ち次つぎに叱られた。
気を励ますモノが、もう、妄想ぐらいにしかない気がして、この辺でもしもミルトンの『失楽園』のような壮大な詩情が生まれたらどんなにいいかと凹むので ある。底知れぬ地獄の暗闇に堕とされた悪魔(サタン)はじめ無数の堕天使たちが懸命に再起をはかる壮烈な願いをわたしはただじっと見まもっている。

* わたしは、今、自分でない何かに化けたいと、妄想力に願を掛けているらしい。
2018 6/7 199

☆ 猫
お元気ですか、みづうみ。
ネズミの対応に追われたとのことですが、ネズミは色々な食糧、砂糖袋をかじったり観葉植物を食べたりするだけでなく、極めて不衛生で さまざまな病原菌を運んできます。みづうみと奥さまに病気を感染させるなどどんな悪さをするかわかりません。
ネズミは二センチ程度の穴からも出入りするそうなので、専門業者を呼ぶなどしないと、素人のみづうみと奥さまでは対応できるものではありません。今の状況を推察すると毎夜跋扈しているはずです。
一番効果のある方法は、しかし、業者ではなく「猫」です。猫が来たその日からネズミはでなくなります。天敵のにおいは絶対です。
今までもネズミはご自宅付近にいたにちがいありませんが、マゴ君が守っていたのです。
以前近隣でネズミ騒動があったときに、専門の駆除業者が一番効果のあるのは「猫です」と言っていたそうです。ネズミの通り道をふさいだり、毎日消毒し掃除する手間を考えると、みづうみのご自宅の場合は「もう猫しかない」と思います。
もちろん、みづうみと奥さまの体力とご年齢を考えると猫を飼うことにためらいのあることは当然です。
もし三つの条件が揃えば、早急に猫をお迎えください。お慰めにもなるでしょうし。
一、みづうみと奥さまが体力的に飼えなくなった場合建日子さんが飼育を引き受けてくださるということが絶対条件になるでしょう。
二、子猫ではなく成猫を飼われたほうがよいと思います。子猫と違い成猫は里親がみつかりにくいものですから、保護施設にはそのような猫はたくさんいます。人懐こい成猫なら、子猫より手間がかかりません。
三、完全室内飼いになさってくださ い。交通事故や病気の感染リスクをなくせますし、殆どの場合里親の条件として完全室内飼いが条件になっています。歴代の猫ちゃんたちは自由に外を行き来し ていたようですが、猫のためにも、衛生的にも、迷子になる心配のためにも、みづうみと奥さまのご負担を減らすためにも、猫がいつも室内にいるほうがよろし いと思います。

ご検討いただければ幸いです。相変わらずのお節介でございました。

取り急ぎ。  玉  玉虫の光を弾き手飛びにけり  虚子

* これしかないかと思案しています。感謝感謝
2018 6/9 199

☆ 『一筆呈上』
ピリリと辛い 読んでいると、声まで聞こえてくるような お顔まで見えるような……
痛快 痛快……    鎌倉  橋本美代子

* わたしの「大波小波」寄稿には 匿名に隠れて邪まに人や事や物を貶めようと謂う気は無かった。人気のコラヌを利してわたの「批評」を文と藝とでおもしろくもヒリリと辛くも表現したかっただけ。
2018 6/10 199

* 京都、宇治、横須賀から選集26着の返礼あり。おいおいに届くだろう。

☆ 『秦恒平選集』第26巻をいだきました。
ありがとうございました。早速、活字を追いました。
今まで拝見した論旨に何度か出会いますが、執筆時の思いをその都度に込め、書き方を工夫しておられると受け止めました。全体像の提示は意味があります。
「京都ことば」は、語用論的に考察しない限り理解できない、と痛感しました。「あの人、こんなことしたはるのえ」の方が、「自分をよく見せて、かつ相手 を低くすることができる」。このような考察は「今日ことば」の中で育たなければ、とうてい書けない語用論的な批評です。「言葉として丁寧の度が増せば増す ほど敬意は節約するくらい、徹底した社交語の正確がつよい」というご指摘もまた。丁寧語の使用が伴う反語的な性格は京都言葉に限られませんが、京都ではそ の度合いが強いのでしょう。プライド感を秘めた閉鎖社会での特色でしょうか。
梅棹忠夫が発した「キミなあ、ウラもオモテも無いっちゅうのは、叶わんものやなあ」という慨嘆についてのコメントを「なるほど」と感じつつ拝見しました。「文化」(文で化かす)という軽口は面白い。
「兄弟往復書簡」の中で、たった一つのパラグラフで、亡きご母堂の生涯と性格を印象的に語っておられる。「至極のナルシストでもあった」は、心を刺すよ うな鋭い言葉です。詩人は皆ナルシスト的だと思いますが、そのような印象を強く受けることがあったのでしょう。「どこか侘しい狂乱をはらみながら」の一句 は強烈です。すでにお書きになったものから、あれこれの場面を思い浮かべます。ご母堂も「そうよ」と言われるでしょう。
ご夫妻のご健康をお祈りいたします。感謝をもって。 並木浩一  ICU名誉教授

* 白川ちかくで育った同窓の遠藤千恵子さん、熱い読者の代表のようだった横須賀の小林志津さんからも受領の挨拶があった。
2018 6/11 199

* 能美市の井口哲郎さん、精製極上の蜂蜜一升瓶を下さった。有難う存じます。
京の帯師山口源兵衛師氏 選り抜きの京の漬け物各種を大きな一包みにして下さった。感謝申します。

☆ ご本、ありがとう。
秦 兄
京都にかかわる力作が満載のご本 ありがたく拝受しました。枕頭においてたのしませていただきます。

東京での6年と湖国生活をのぞいた半世紀を 京都の東山と北山のふもとでくらして 地下鉄車内の「日本に京都があってよかった」のポスターをみて ほっこりしています。
残念なのはむかしの思い出を語る友人が年々逝って 近くにいないことです。小中高とも世話役がいなくなり同窓会も立ち消え状態でさみしいかぎりです。

高2で発病し 帰洛と同時に宇多野療養所に入るときは半年の命とおどかされたのが 百歳現役を公言しているのですから 考えてみればミラクルです。

それにしても、ものを書くことのむずかしさを今は痛感しています。

と同時に お恵みのご本を手にして 兄に畏敬の念を抱いています。そうして残された日々を有意義に過ごしたいと改めて心に決めている次第です。

どうか兄も 十分ご自愛のうえ存分のご活躍と 今後とも変わりなきご交誼を重ねてお願いしておきます。

兄 ご夫妻のご健康を心より念じつつ重ねてお礼を、有難うございました。  森下辰男  同窓

* お茶の水女子大学  三田文学  選集受領の礼状が来ていた。

* めったになく筑摩書房からの郵便に驚いたが。奈良市の読者が、遠い昔の著書である『からだ言葉の本  付; からだ言葉拾彙」への、懇篤のご感想と一種展開の試みについて書かれたお手紙であった。

☆ 秦 恒平 様
からだ言葉の本;付からだ言葉と拾彙について
前略;小生は技術系でしたので このような本を読んだ事が有りませんでしたが、たまたま市立図書館でこの本に会い興味を持ち読破しました。
それで この本の単語を出類表ごとにまとめて表にし、パレート図(度数分布表)に書き直すと日
本人の感性が見えてきたように思われました。これらのデータを再編成して専門家に分析していただくと又興味ある結果が出てくるのを期待したいものです。
最近の若者たちで日本語が喪失している感が有りますので この本を読ましていきたいと考えています。
貴殿のご健康をお祈りいたします。なお小生は昭和16年生まれです。 草々  奈良市  竹仲亮

* 精微な理科的検討と展開が大量に図示表覧されていて、感嘆。
これは、わたしの手に負える仕事でなく、他に期待するしかないが、筑摩書房編集部へ再度転送しておきたい。幸いに選集次巻は「からだことば・こころことば」の検討を中心に編んであり、お礼のしるしに謹呈を予定しておきたい。

☆ 感謝
選集第二十六巻お送り頂き誠にありがとうございました。

今朝は家族一緒に門司港の出光美術館まで『近代日本の美』を観に出かけていました。再配達を待つ間に久しぶりホームページ読んで驚きました。
迪子さん、ご退院直後だったのですね。やはり枇杷の季節はお身体に負担がかかるのでしょうか。お疲れのなかでの作業、本当にありがとうございました。
どうぞご無理なさらずに、くれぐれもお大事になさってください。お願いいたします。
おふたりの日々どうぞお大切に。    下関   大庭緑
2018 6/12 199

☆ 有難うございます。
昨日、撰集26巻、届きました。いつも何時も有り難う御座います。
撰集たくさん並びました。26巻、懐かしい所が数々有って、楽しんでいます。
三月に80歳を越してから 気候のせいか体調が悪く、これから先 思いやられます。
梅雨に入り、御無理の無いように、奥様共どもお気をつけて下さい。  京・北日吉  華

☆ 建日子です。
撰集、無事、いただきました。

* モノは必ず失せる。むろん本も失せる。したがって文も作も、なにかしら幸運な火継ぎが無ければ当然遠からず失せる。「仕事」に向かう根底にはこの当然が当然居坐っていて、わたしは、よく承知している。

☆ 『秦恒平選集 第26巻』
ありがとうございました。
「はんなり」という京言葉は私も大好きで、一度使ってみようと思っていますが、いまだ使えません。おそらく一生、使えないと存じます。「ぶぶづけはいか がどすか」とか「ご出世はいつどすえ」、「いつおのぼりやした」といった言葉はお茶屋や、テレビで聞いたことがありますが、今号の「わる口」、実に面白く 拝読しております。
同時に、秦様の日本語に関するバックグラウンドの広さを改めて感じております。
今後もよろしくご指導ください。   持田鋼一郎 拝   翻訳家

* 京都の大益貞子さん、「鍵善」の和菓子を送って下さった。感謝。

* 能美市の井口哲郎さん、川崎市の島田正治さん、都中央図書館、早大図書館、同志社大図書館より、選集受領のご挨拶があった。小田原市の安藤啓一さんから御喜捨を頂いた。
2018 6/13 199

☆ みづうみ、お元気ですか。
更新が滞っていらしたので、お具合が悪いのか、それともパソコントラブルかと心配しておりました。まさかお風呂で溺れそうになっていらしたとは! 「ど うか叱責しないで下さい」とのことですが、以前からの忠告を無視していらしたせいだと、やっぱり申し上げておきます。お風呂でご昇天なさる方はとっても多 いことをお忘れになりませんように。この季節ならシャワーだけでもよいくらいです。
とにかくご無事で本当によかったです。
今後同じような危険をお感じになりましたら、すぐにお風呂の栓を抜くようにしてください。風邪ひくかもしれませんが、溺死という最悪の事態を防止するためです。また、水中から人体を引っ張り上げるのは大の男でも無理です。水を抜いてからでないと助けられません。
以上、わたくしの心配は 正当な理由のあることをもう一度申し上げておきます。
選集二十六巻頂戴いたしました。添えていただいたお言葉も宝物です。ありがとうございました。選集の並んだ本棚が壮観です。

早速お兄さまとの「兄弟往復書簡」を読み終えたところです。これまで一度もお兄さまの書かれたものを拝読したことがありませんでした。みづうみが「兄は 『身内』」と断言していらしたことがこれほど理解できたことはありません。秦恒平論を書く研究者にとりましても示唆に富むものであると思います。
お二人の文章の息づかいの類似に血縁だけでない魂の兄弟を感じつつ、内容の深さにも圧倒されてしまいました。
「北澤恒彦」と「秦恒平」は、父母だけでなく、京都の歴史と文化、他にも大きな何かをわかちあっていたソウルメイトでいらしたのだと痛感いたしました。お兄さまに「死なれた」ことは、きっとみづうみの人生の色を変えてしまったでしょう。

ご体調が良いはずがありません。皮膚科も薬のあうあわないがあります。億劫かもしれませんが、病院各科にこまめに通っていただきたくお願いいたします。どうかご無理なさらないでください。  金魚  思ひ出も金魚の水も蒼を帯びぬ  中村草田男

* 感謝。

* 兄恒彦との往復書簡を入れておいてよかった。わたしの希望を兄は何一言の躊躇もなく快く受けいれて呉れた。嬉しかった。生き生きと語りかけ語りついでくれて、優しかった。嬉しかった。他のだれ一人とも成し能うべくない出逢いであった。
2018 6/13 199

* 京都の国民学校以来大学までの旧友 冨松賢三君(元京都市右京区長など歴任)、島津忠夫先生ご遺族の藤森佐貴子さんより、虎屋や匠壽庵の和菓子を戴く。

☆ 倶會一處
京都の御本、いただきました。 ご丁寧に添えて頂きました御文、恐れ入ります。白川花櫻の写真をお使い頂き… あのような素人の撮った写真で宜しかったのか? と、恥ずかしいばかりで す。 また此の度は、奥様もお文をお添え下り… 重ねて恐縮でございます。ありがとうございました。     先生のお言葉で書かれた「京」を読む楽し み! これからゆっくりと、じっくりと読みついでまいります。一昨日に受け取っておりましたのに… 御礼が遅くなりました。  勤め先の慣れた方が辞めて しまわれて… これまで五人でやっていたことを、四人でまわしているのですが、なかなか追いつかず、落ち着かない毎日です。
それから、もうずいぶん前のことになりますが、激しい雨の中で美しく咲く杜若を、タブレットで撮りました折、機械の調子を悪くしてしまい、先生のHPを  1ヶ月以上も拝見できず… 残念な思いをしています。直しに行くのには、まだもう少し時間がかかりそうです。 取り急ぎ、御礼申し上げます。
梅雨時、どうぞお大切にお過ごしになって下さいませ。 京・鷹峯  百 拝

* 疲れに負けて、
からだをこわさぬように。楽しみを 見つけ 創り 育てながら気丈に過ごされよ。
わたしの本なども 強いて読むには及びません、送る本が 強迫になるのを案じています。 ゆるゆると。  みづうみ

☆ ご返信、
有り難く拝読いたしました。
先生の御本を「強迫」などと… 思ってみたこともありません。
ただ、今のところは、許容を越えた仕事が落ち着くまでは、ゆっくりと無理せず読んでまいります。  先生の送って下さる御本は、有り難く嬉しいばかりです。御本を読むことが楽しみであり、先へ歩を進めて行く手がかりとなります。また、此の世に身を置く 生き難さの中で、気丈に過ごして行く励みとなっている。そう感じています。有り難く、嬉しく、感謝しております。 百  拝
2018 6/14 199

☆ 昔、
降りみ降らずみという言葉を知り、なんというきれいな響きかと感心したものでございます。早く使って観たいと思いつつ、梅雨のない北海道(ふるさと)ではなかなか出番がございませんでした。
京都では今まさにその季節となりました。
昨日はご高著をたまわりまして、まことにありがとうございました。
絶妙京言葉等々、何度拝見しても新しい発見があり、またクスクス笑ったり、位取りに緊張したり これほど楽しい御本はございません これからも拳々服膺したい存じます お心遣い真にありがとうございました。
うっとうしい時節でございますが どうぞご無理をなさいませんよう ご自愛下さいませ
まずは右お礼まで  かしこ     京・鳴瀧  川浪春香   作家

* 過分のご助勢ご支援 いつもながら恐れ入ります。御礼申します。

☆ 『秦 恒平選集』第二十六巻
まことに有難うございました。私にとっても故山の地「京都」を集めた一巻、ゆっくり大切に読ませていただきます。
伝え聞かれているように、京都は「今や観光外国人の群集で大荒れ」。大きなキャリーバッグに、何回、ぶつかられたことか。勤務先烏丸今出川から59系統の市バス(金閣寺などを通る)に乗る必要があると時など、構えてしまいます。
奥様のご快復、順調でしょうか? 草々   田中励儀  同志社大学教授

☆ 雨の季節になりました。
長らくご無沙汰してしまいました。今日<秦 恒平選集>受けとりました。重いのに布表紙の温かみが伝わってきました。ゆっくりと読ませて頂きます。
三月の末から京都に行ってきました。満開の櫻と同時に芽吹いた柳に感激しました。
趣味で写真を撮っています。
季節の変わり目です どうぞお身体を大切にご自愛下さい。  鎌倉市  守美  中・高校後輩

☆ 『秦 恒平選集』26巻を
ありがとうございます。
何か京都のお菓子をと捜していたのですが 滋賀県の和菓子店(匠壽庵)で立ち止まり、のし紙の あじさいの花にひかれて季節限定の「あも蓬」を選びまし た。一時間ぐらい冷した方が切りやすくなるそうです。梅雨入りして蒸暑い季節ですが 奥様と ひとときの涼をお楽しみいただければ幸いです。  所沢市    藤森佐貴子   島津忠夫先生ご遺族

* 東京経済大名誉教授・思想家の色川大吉先生からもひびご不自由のなかからお手紙を戴いた。立命館大学、山梨県立文学館からも受領の挨拶があった。

☆ 「深い京都」の一冊
有難うございます。
奥さま共々 どうかどうかお大事に。  東近江市五個荘  川島民親  作家

* 川島さん、いつものように多大のご支援をくださる。

☆ 拝啓
梅雨の候ですが、野山の変化に驚く季節となりました。
突然のお手紙にて失礼いたします。
『湖の本』を(創刊の=)初めからいただいて(=購読して)いるものです。高齢で文字が流れてお読みにくくなりまして、原稿用紙を使用いたしました。
過日お送りいただきました『湖の本』(一三九)を読んでおりましたところ、二十五頁に一九九〇年にお書きになりました 「*唐木順三のあとか出ない」の項を読みました。
過日 評伝作家といわれる澤村修治さんの『唐木順三』(ミネルヴァ書房刊)を読んでおりました。
先生の『湖の本』の該当頁をコピーしてお送りしましたところ、次のようなご返信をいただきました。勝手ですがお知らせいたします。

「秦 恒平さんの気概あふれる文章、まったく同感です。唐木逝去後、時代はめまぐるしく変わりましたが、失われたものの重大さに気づかされ、茫然としてきまし た。とはいえ、かつて唐木がおり、その文章が残っているのは、救いに思われます。増田さんのご教示を受け、唐木の書いたものに襟を正して向きあう必要を再 確認した次第です。…」

勝手なことをしてしまったかと思いましたが、ご容赦ください。おつかれのことと思いましたが、あまりに偶然という感じでお知らせいたしました。 敬具  国分寺市  増田良吉
澤村さんは一九六〇年生れ、たしか中央公論社の編集者だった方です。

* 浴室で歩、かつて岩波の「文学」に載った座談会「洛中洛外図屏風について」を読み返し、とても面白かった。上杉本の洛中洛外図屏風」が岡見正雄先生と 兄弟の佐竹教授の手で刊行された頃の記念の座談会で、名古屋工大から   教授も加わられ、わたしはおそらく岡見先生の推挽で中に加えられたと思う。岡見 先生は精緻を極めた『太平記』の校注や「室町ごころ」の提唱でも当時学界に聞こえた大先生であったが、わたしの高校時代の「古典」の先生でもあられた。京 極裏寺町のお寺のご住職でもあり、学校へは袴姿に洋靴で登校されるような異彩の「ボーズ」先生だった。学界に名高い大先生などと誰も思っていなかった。古 典の授業ははじめから終いまで先生の朗読だった。受験勉強の連中はブーブー歎いていたが、わたしは先生の朗々と読まれる古典の文章を耳に聴きながら悟れる モノが多かった。耳を澄まして聴き入っていた。
作家になってから、よく励まして下さり、祇園町でご馳走になったりもした。

* それはそれとして「洛中洛外図」座談会でも岡見先生の発言はふわふわと「京都」の天上をただよう念仏のようで、しかも示唆に富み、わたしは多くをまた教えて頂けたと思っている。わたしはまだ若僧だった。えらいところへ呼び出されるなあとびっくりした。懐かしい。
2018 6/14 199

* 仙台の遠藤恵子さん、桜桃忌の前に、見事な桜桃をたっぷりの二たパックに贈ってきて下さった。ひとしお、嬉しい。

* 仙台の遠藤恵子さん、桜桃忌の前に、見事な桜桃をたっぷりの二たパックに贈ってきて下さった。ひとしお、嬉しい。

☆ 梅雨の候
御体調如何ですか。
「選集第二十六巻」有難く頂戴しました。このところ大阪へ下るときに京都で下車して夕食を攝つてをりますが 京阪と江戸の差など様々な思ひも抱く日々です。本巻も楽しみにひたりたいと思ひをります。 右御礼迄 不備   寺田英視  前・文藝春秋専務

☆ 御礼
秦 先生 『秦恒平選集 第26巻』をご恵贈いただきありがとうございました。いつもご配慮を賜りこころより御礼申し上げます。
私は信託銀行の現役時代、東京と大阪を振り子の如く3回往復して勤務し計12年間住むこととなり関西を第二のふるさとのように思っております。
特に京都に隣接した枚方市楠葉に住んでいたときはよく京都に出かけました。もっとも、京の街を通り越して北山、さらには比良山系、琵琶湖湖西、湖北の山登りに出かけることが多かったのですが。
妻は私以上に京都にくわしくなり、現地の人を逆に案内するほどでした。
今度のご本をじっくり拝読し久しぶりで京都に想いを寄せたいと思っております。
不順な天気が続きます。
お体おいといくださいますように。   篠崎仁

* 江東区の歌人藤原龍一郎さん、 高松市の作家星合美弥子さん、三鷹市の唐澤篤男さん、相模原市の篠崎功さん からは懇篤野ご支援を戴いた。
国立国会図書館からも選集26受領の挨拶があった。

☆ 秦先生 降旗です。
湖の本(=秦教授の自問自答)ありがとうございました。
びっくりしたのは、先生の自答が あますことなく載っていること。
先生のこの「挨し」に、「挨し返しては揉まれる」しなやかさを持ち合わせたい、持ち続けたいと思うのですが、そのとおり行きますかどうか。
警察官、続けてます。20年経ちました。
ずっと警察署の現場仕事を続けています。管理職になることもありませんし、本部勤めになることもありません。
何かの実現のためにではなく、何かを理解するためにムキになっている、ちょっと変わったお巡りさんです。
家族は、妻と小学4年の男子で三人暮らし。千葉市の外れの郊外に住んでいます。
妻と交際中、「名前はただの記号だから。」と嘯いていたら、じゃあそっちが名前を変えてね、と言われ、そのとおりにする他なく、**になりました。
20年ぶりの自己紹介、は、書いていると緊張します。
お会いできるのが楽しみです。  ** 敦

☆ 明日6/16夕刻の時刻
秦先生、連絡が途切れ申し訳ありません。
明日の時間は 何時に帝国ホテルに伺えばよろしいでしょうか。  柳

* 明日は、東工大卒業生の三人と お喋りを楽しみます。

* 夕過ぎて、京都の、内田豊子さんの姪という人の電話を受け、豊子さんが六月五日に亡くなっていたと知らされた。瞑目。心より悼みます。
内田さん、というより豊子ちゃんとは戦後の新制弥栄中学に入学した年の二組同級生で、それはそれは温和しい「祇園の子」だった、その年の全校演劇大会 で、わたしは、この口もきけないような温和しい子を「山すそ」という劇の主役に口説き落として猛烈に演出し、みごと全校優勝したのだった、何十年経って再 会してももわたしらの話題は、必然あの「山すそ」共演の感激へ奔ったものだ。そして、この優勝劇を、「よかったえ、おめでとうさん」とわたしに声かけて細 い路地中の家へ走って帰っていったのが、隣の一組の劇で主役をつとめ「二位」を獲ていた小説「祇園の子」のヒロインだった。彼女も病重いと風の頼りに聞い ていた、もうなくなったであろうか。
内田豊子の「祇園の子」としてのプロフィールもわたしはエッセイに書きのこしている。彼女は終生独り身をつづけて祇園に温和しい静かなバア「とよ」を開 いていた。帰郷のつど、時に妻も一緒に呑みに行った。彼女とごく近所育ちで大の仲良しだった横井千恵子、チイちゃんも祇園に「樅」といういいバアをもって いて、其処へも好く通った、妻がカラオケの歌を唄うのを此処でわたしはめったになく聴いた。
弥栄中学同学年の、男友達にはわたしの知る限りもう四人に死なれているが、初めて女友達にも死なれてしまった。なによりもあの中学時代のいい笑顔が、親切だった優しい笑顔が想い浮かぶ。もう一度逢って置きたかった、まことに残念。
2018 6/15 199

* 西東京市図書館より選集26受領の挨拶あり。

* 世田谷の「珠」さん、「ちょいボトル」と名付けた小さな12本各種の名酒を下さった。なるほど。「誡め」られてある意味をも、有難く頂戴する。

* まだ東工大を「卒業させません」と、卒業生達に呼ばれて、今夕、街へ出る。久々。飲み過ぎないように要心を、そして楽しく過ごしてきたい。

* 日比谷のクラブ、奥の部屋へ入って、柳、降旗(松林)、新野三君と、まず小さいカップのビールで久々の再会に乾杯のあとは、先日妻の買っておいてくれ たトビキリのスコッチを一瓶明ける気で、私の好みの賽子ステーキとエスカルゴ、それにクラブ・サンドウィッチなどで談論風発、いわばむしろ生真面目なほど の話柄のまま皆が甲乙なく思いのたけを語り合った。昔の、秦サンの教授室のままであった、人の消息や噂ばなしはヌキに、ひたすらかなりむずかしい「文明と 文化」の議論に楽しく心よく終始できた。朱塗りの大鉢に稲庭饂飩、そしてコーヒーと好み好みのアイスクリームで仕上げた。みな、なによりも超特級のウイス キーを大歓迎してくれて嬉しかった。こな、本当にいい大人、いい仕事人・家庭人になっていて嬉しく安心した。「東工大」への深い意味での感謝を覚えた。

* あえて九時半ごろには切り上げ、ロビーで三人と別れて案じたほど疲れも弱りもなく、(要心して私自身は多くも呑まず、ごく少なくたべてきたので、)地 下鉄と西武線を乗り継いで、駅でタクシーは待ったけれど十一時前には無事帰宅した。遠藤恵子さんお心入れ、桜桃忌まえの美しい桜桃を十顆ほども、甘く、し みじみと口にした。

* やっと、地方での襲名興行に今年前半の一段落があったか、高麗屋「松本白鸚』名で今夏八月の歌舞伎座案内が届いていた。例年通りの三部制、新幸四郎と 染五郎の出勤、真夏の三部通してはしんどいかと、通し狂言の「盟三五大切(かみかけて さんごたいせつ)」 裏忠臣蔵とも裏四谷怪談とも謂える「ど歌舞 伎」を楽しもうと、藤間さんへ、座席二つをすぐお願いした。

* 留守のうちに鎌倉の橋本静一・恵美子夫妻から、鮑など大きく三種もの美味そうなご馳走を頂戴していた、感謝感謝。

☆ 秦 恒平選集第二十六巻
ご恵贈賜り有難うございます。
私は札幌で育ち、京都は憧れの地でした。その京都で仕事をするようになり「はんなり」という言葉に出会いました。
後年、京町家を映像化する仕事にプロデューサーとして携わり、ビデオのパッケージやチラシ、思いを込めて「はんなり」の文字を使いました。私にとって、景色も文化も、京都イコール「はんなり」だったのです。
近年の京都は外国からの観光客も増え、騒がしく、「はんなり」とは程遠く感じます。それでも出掛けたい場所ではあるのですが…。
ご本、楽しみに拝読させて頂きます。時節柄 ご自愛下さいませ。
取り急ぎ御礼まで。    高槻市  井土厚子   映像作家

☆ 選集第二十六巻拝受 ありがとうございます。
「この頃初孫やす香の祖父母になる。」とキャプションのあるお二人の写真、 若いおばあちゃま(道子奥様)のお嬉しそうな笑顔が心にしみます。新米おじ いちゃまの先生は、ちょっと緊張気味?かとお見受けしました(笑)。おしあわせなスリーショット、しばらく眺めていました……。
やす香さんがお二人のご健勝を守ってくださっていることでしょう。  渋谷区  佐藤宏子

* 佐藤さんにも、愛知県知多の久米則夫さんにも、いつものように過分のご支援まで戴いた。
千代田区村上開新堂ご主人、今治市の木村年孝さんからもお手紙を戴いていた。恐れ入ります。
2018 6/16 199

☆ 洛東巷談とホテルフジタ
hatakさん  函館で二日間会議をし、週末に戻りました。
日曜の午後になりようやく疲れも取れて、いただいた選集26巻の頁を繰っています。
高校生のころ、通学路の南武線中野島駅前の書店で立ち読みした「朝日ジャーナル」に連載されていた「洛東巷談」が、秦さんとの初めての出会いでした。筑 紫哲也編集長ばかりでなく、読者の私ものけぞっていました。京ことばの恐ろしさを学習したおかげで、成人後は茶道関係の方々とのおつきあいで、助けられた こともありました。その後何度も「そ~ら来た来た」を経験しましたが、位取りのもの言いの一番鮮やかだったのは、柊屋さんの仲居さんだったように思いま す。所詮関東者や道産子では歯が立ちません。
それももう二十年ほど前のことになりますが、京都の言葉文化は今でも健在に伝承されているでしょうか?
なくなってしまったホテルフジタの五階から見た朝ぼらけの風景は、今でもよく憶えています。今選集を手に取り、若いころに 秦さんの著作に親しんでいてよかったと、あらためて思っています。
荷造り、発送、ご夫婦の手で大変だったことと思います。お疲れ残されませんように。くれぐれもお大事に。お元気でと、祈っています。 maokat

* お互いに過ぎしむかしがふと甦りますね。「いい読者」に恵まれて私は幸せ者です。 2018 6/17 199

* 八潮の小滝英史さん、いいお酒を二種選んで送って下さった。 感謝。
2018 6/18 199

☆ 梅雨の晴れ間で、
この二日ほどは、過ごしやすうございました。
此度は、「京都」への思いのこもった選集廿六巻をお送り下さり誠にありがとう存じます。大切に、拝読させていただきます。
慥か、先生は亡き(片山=)慶次郎叔父と同じ同志社美学専攻であられたかと思います。どうか御健勝でいらして下さいませ。 お礼まで   井上八千代   京舞井上流家元

* 同じ新門前通りの八千代さんは西之町、わたしは東隣の仲之町で育っている。慶次郎さんは京観世先々代片山九郎右衛門の次男で、同じ美学専攻の三年先輩 で親しくしてもらった。慶次郎さんから借りたというより貰った日本史の一冊が私をより強く深く「日本」の奥へ押し込んだと覚えている。八千代さんはわたし より少なくも二世代ほど若く、少女時代から知っている。木挽町の歌舞伎座で「あらあ」と声を掛け合ったりもしてきた。なつかしい。

☆ 『秦 恒平選集』第二十六巻を拝受いたしました。
余人では成立し得ないこの一巻の深さと楽しさ、そして京のいけずを早速に味わっていますが、何といっても私にとってのこの一巻の白眉は、北澤恒彦さんと の往復書簡です。北沢さんの京都のいまのいく街を歩きながらの省察に対して、京の歴史をさすらう秦さん、お互いに敬愛を内包しての 対峙は、冒頭から達人の真剣勝負の緊張感をはらみ、京都のみならず、日本の歴史、現在、さらには「あす、あさって」へと読む者を誘います。お二人のエッセ ンスが生命をもった言葉で綴られていて、世にありふれぬご兄弟の縁と絆を感じ、強く惹かれました。
北澤恒彦さん、魅力的な方ですね。
いつもご高配ありがとうございます。
うっとうしい気候が続きます。どうぞ呉々もご自愛下さいますように。  敬  元・講談社出版局長

* こう言ってもらえれば、ますます兄が恋しい。血をわけ身を分けた最良の只一人だったと思う。出会って十余年と有るか無いかのあまりに短い兄と弟であった。

☆ (前略)
「此の巻では『わが京都』への容赦ない批評とを心からの親愛にも即して展開・編輯」されたとのこと、これは他の誰もが記せぬ御感慨であり、深く感銘致しました。じっくりとゆっくりと味読致したく存じ居ります。
いつもながら同世代人として、益々の御健筆御健勝心より祈り居ります。 忠  元「新潮」編集長

* 和歌山御坊市の井領祥さん 静岡市の鳥井きよみさん「京のお話、楽しいです。」 世田谷区の野澤利江さん「お二人の無事をいつも祈っています。別便で ささやか 贈らせていただきました。御賞味下さい。」 花巻市の及川恵美子さん 中野区の安井恭一さん「小生は東京生まれの東京育ち、ほとんど東京の地を 雄離れたことはありませんが 以前にもまして京都の地へのあこがれは強くなっています。不思議なものですね。ご自愛願い上げます。」方々、みなさん過分に 選集ご支援頂き感謝、感謝。 「京都府立京都学・歴彩館」かにも受領の挨拶があった。

☆ (前略)
「秦 恒平選集 第26巻」をご恵贈賜り恐縮に存知ております。
私のような「大阪人」からすると「京都」は歴史の重みと進取の気概が綯交ぜになったある種近寄り難い何か、と感じています。
その「京都」についての縦横な語り口、存分に味わいたいと思っています。
それはそうと、小生が日頃利用している光が丘図書館で「秦 恒平」と検索すると、6頁53件ヒットしました。
大阪府北部を震源とする地震の影響は広範囲で 京都にも被害を及ぼしているようで心配です。
2018/06/18   濵 靖夫拝   妻の従弟
2018 6/18 199

* 朝一番、もう何十年来、桜桃忌を期して頂戴してきた山形県「あらき蕎麦」又三さんからの色美しく熟れた桜桃がたくさん届いた。湖の本購読者としての 「あらき蕎麦」とのご縁をつくって下さったのは生前の福田恆存先生である。一度に十数人もの購読者をご紹介いただいたのだ、全く同様に永井龍男先生も十数 人もの湖の本読者をご紹介下さった。福田先生の奥様はいまも毎回本代を送ってきて下さる。有難いことである。
2018 6/19 199

☆ 有り難うございます。
明るく元気に過ごしております。
思い出さないはずもなく、お元気でと いつも祈っております。  茨城・那珂  司

☆ 水無月半ばの
今朝(=昨日)はビックリしました。駅前の病院に予約をしてましたので、急いで朝げの準備中(=の大地震)でした。急いでガスを止めて—– 神戸のあの大地震を思い出しました。こわかった! 今日、京都のお菓子、お抹茶おくりました。明日届く様です。お楽しみ下さいませ。身体に気を付けて  華

* 災害の少しでも少なく狭く無事に近からんことを。お見舞いの言葉をすら喪う。
2018 6/19 199

 

* 留守中に、京・山科の詩人あきとし・じゅんさん、東村山の写真家近藤聰さん、京・嵯峨の編集者田村由美子さん、京・来た日吉の加門華子さん、金澤の作家金田小夜子さんかおらの戴き物が郵便局留めになっていた。恐縮。

* あきとし・じゅんさん、金田小夜子さん、京都中信の平林幸子さん、神戸市の市川澄子さんからのお手紙も届いていた。

☆ (前略)
先生の「京都」縦横無尽の博学と痛快さに目が眩み、気がつけばこの始末です、ご挨拶が遅くなりました、ご容赦ください。
先年亡くなった母親は、京生まれ京育ちちの一人娘で、よく『京のわる口』や真下伍一氏の『京こしば集』などを”京とはんなり”しいいながら楽しんでいたのを憶いだしました。ご芳情感謝申し上げます。
時節柄ご夫妻の体調を案じ、無病息災を祈っております。ご自愛ください、とりあえずお礼まで。
追伸 なお別便にてこころばかりのお礼のしるしお送りいたはましたので…  あきとし 拝

☆ (前略)
「京都」が一杯詰まった選集をありがとうございました。
お兄様との往復書簡 心に染みました。あとはゆっくり読ませていただきます。
別便で お酒など 送りましたので お二人で楽しんで頂ければ幸いです。
くれぐれもご自愛の程 祈念しております。   金田小夜子

☆ 大地震
昨日朝の大阪の地震、一日早く日曜日に京都や滋賀から帰宅していて、災難にも遭わずに済みました。ご推察の通り(=出向いていたの)ですが、ご安心ください。ありがとうございます。
届いた選集はこれからの楽しみです。皆さまが言及されていますように、北沢氏の文章には殊に関心を抱きます。御兄弟二人の独自の感性がまざまざと現れて貴重です。
思い起こすと 神戸の大地震の時も前日に高速で伊丹飛行場まで行き、その後に京都まで足を伸ばして夜帰宅。三ノ宮の 狂ったような夕焼けを思い出しま す。何れも一日の差で難を逃れています。安穏と災厄の間の淵を知らず知らず人は通り過ぎ通り抜けているのだと思わずにはいられません。

昔々、(京都大学の=)女子寮で度々真夜中までおしゃべりしたり、お腹すいたと出町のお寿司屋さんまで夜遅く出かけたりした、その三人。一人は五年前に亡くなり、そして一人が五月末に亡くなったと知らせがありました。
彼女は京都で教師になり、月の輪中学に勤めたこともありました。大阪でやはり教師だった妹さんが退職前後、早くに亡くなったので、健康にも気をつかい、同時に何か覚悟のようなものを内に抱えていたようにも思えました。
残りの三人目はわたし、です。残された者は 生きる しかありませんし、彼女たちの分も頑張らなければなりませんが、それにしても 風が吹き渡るように寂しいです。しっかりその歳月の分だけ年老いているのが現実で、心は些か苦しい。が、それが自分です。

書くことに、小説に打ち込んでいらっしゃる日々を遠くから応援しています。くれぐれも無理なさらないよう、重くなりがちな日々を 軽妙に楽しめますよう。  尾張の鳶

* 同期同級の友達に先立たれるのは、ほんとに、きつくて、寂しいね。
2018 6/19 199

* 昨夜來、今日へかけ仰天するほど沢山な戴き物や来信で、まだ、のけぞったまま。先に、昨日桜桃忌の日記を書いておかねば。

* わたしの留守に、ご近所の奥さん達の「歓談会」があって、四時過ぎてわたしの帰宅の方が早かった。玄関を入ると、予告のあった方々の名酒、京菓子、洋 菓子等々、他にも湘南の永田澄雄さんの12年もの洋酒二種や宇治市の水谷(佐々木)葉子先生からの宇治茶などがお手紙も添って山になって届いていた。嵯峨 の田村由美子さん、東村山の近藤聰さん、高槻市の同窓川口昇君のお便りお手紙も嬉しく拝見した。
それどころでない、日吉ヶ丘高校の同期で、じつは何度か私、小説にも顔を出してもらっている写真家の小橋亮三君から、びっくりする多額の支援まで郵便書 留で届いていて、身の縮むほど恐縮し、しかし有難く心より感謝した。元・平凡社の出田興生さん、和歌山朱心書肆主人の三宅貞雄さんからも、過分の有難いご 支援を戴いていた。

☆ 拝啓
平素ご無沙汰ばかりで失礼しており誠に申し訳ございません。
この度はご丁重にも貴兄の特別な装丁本を御恵送賜り恐縮いたしております。
平素こちらから何の連絡もせず著作本を頂くばかりで申し訳なく思っているところへ、さらなる特別装丁本をお送りいただき、ただただ驚くばかりで申し訳なく思っております。
お互いこの歳になっても、未だに貴兄のようなご活躍ぶりを拝見して、おこがましい言い状ですがまだまだ我が同級生も捨てたものではないと心強く感じてお ります。最も自分はガタガタの体でなにも出来ませんが、そうゆう方がおいでになると思うだけで何となく元気が出るのと一種の安心感を持つ事が出来ます。
思えば貴兄とは日吉に在学中しか接点がなかったのに、今こうして貴兄のご厚情により浅薄な小生にまで貴兄の著件本を頂戴出来る幸運に感謝いたしております。
日吉の3年の時、茶道部の写真を小生が撮ってその代金を頂くに当たって、小生が仲間内でお金をやり取りするのに疑念を感じ、青臭い議論を言いだして中に立った申出千鶴子さんか吉田貞子さんを困らせたことがありました。
その時貴兄に相談されて 「モンテーニュ選集」の本を一冊頂いたことがあります。
その本を選んだのが貴兄だったので、高校生でこんな難しい本を読む人がいることに驚いた記憶があります。その本は今でもわが青春の-ページとして大切に持っております。

貴兄も以前に大病をされましたが、小生も昨年11月に脳動脈癌破裂とその治療中に心筋梗塞を起こし 二度死に損ないました。それまで大病をしたことがな い哀しさで、それ以降体が以前のように自由に動きません。日常の生活にはさほど不自由はありませんが頭が何となくふら付き ヨレヨレしながら動いておりま す。
その上2年前から右目が加齢黄班変性症で物が見にくくなり、正常な左目と整合性が取れず、両目で見ると物がチグハグで真っすぐ歩けませんので、左目片方 だけで見ています。その左目も白内障が進行してきて、老眼鏡をかけても暫くすると文字がボヤケテ見にくくなってきます。従って本を読むのもごく短時間しか 見られません。
頂いた本もすらすらとは読めずに 時間が掛かるかと思いますが、楽しんで読ませて頂くことにいたします。
人生大過なく間違わずに過ごしてきたように思っても、.仕事を離れてその後に何をするというあてもなく、ただただ無為に過ごすことが多くなった今日この 頃、貴兄の様に生涯をかけて取り組むものを持っておられる方との違いをまざまざと見せられて自分を恥ずかしく思います。ただ人生の最後に向けて迷うことな く始末をつけられればと願うのみです。
それまで何とか呆けずにいられたらと、一生懸命 週-のゴルフを続けるよう心掛けております。いまだに日吉が丘の同級生ばかりが集まって年に4回ゴルフコンペを続けております。今月も開きましたが 段々人数が減ってきて10名に達しなくなってきました。
本人の具合だけでなく 奥さんの体調も影響してきますので 以前の様に気楽にはいかなくなりました。貴兄と弥栄で一緒だった冨松賢三氏も頑張ってくれています。この歳で彼だけが若い時と同じすごいスコアで未だに回っています。
面白いのは 皆 歳がいって自分の打ったポールが見えず キャディをつけてプレイしないとボール探しに時間が掛かり過ぎて他のプレイヤーから苦情が出ます。
まあ年に4回ですので多少費用がかかっても誰も文句は言わずにプレイを楽しんでおります。だって他の人には一緒に連れて行ってもらえないのですからね。この辺にも歳をとる事の哀しさを痛感します。
貴兄もお身体に十分お気をつけられてご活躍を続けられんことを祈ります。
誠に失礼とは存じますが同封のお金をご笑納下さいます様 お願い申しげます。
今まで賜りましたご厚情とご高配に対する御礼の意味を込めてお送り申し上げます。金額にしたら僅かばかりでお恥ずかしい限りですが、年金生活者の余裕の無さとお笑いください。 敬具
京都  小橋亮三 拝

* こんな 心温かな手紙を昔の同級生から貰えるという「幸せ」は何にも換えがたいではないか。
わたしは、小橋君や、手紙にもある冨松賢三君(先日、ご馳走を送ってきて呉れた)らをいつも遠目になんとなくうらやましく、懐かしく昔から眺めていた。颯爽としてまことにカッコいい男子だった、こっちは「茶の湯」なんぞ嗜んでいたのだ。
小橋君は、毎年欠かさずねんがじょうを呉れて、その述懐にはいつもじっと目を留めさせるものがあった。2012年の正月というと、その五日にドックで胃癌を確認された年だが、その春の年賀状に反応して、 「友に」と題し、
寧らいでさもあらばあれ「いま・ここ」を楽しむ友よ常磐にあれや
と一首を書き置いていた。小橋君の賀状だった。上の手紙にも何カ所も胸に届いて鳴る言葉がある。元気でいてください、誰もかも。

☆ (前略)
健康状態すぐれぬ中での御活躍感嘆します。本当に有難うございました。
この三年来すすめてきた「湖の本」全巻第二回(三回・四回の巻もあり)通読、第一三六巻まで、了。この間毎日「秦 恒平」にどっぷり浸かり、味わってきました。
幸いまだ足腰達者なので、昨日は京都東山一帯を歩きました。阪急河原町駅を出て四条通りを東へ、八坂神社、円山公園から大谷廟に参り、円徳院を経て一旦東山線に下り、車で九条へ。東福寺、日吉ヶ丘(高校)の校庭をゆっくり散策してきました。
先日火事で焼けた「千花」の跡はまだそのままのようでした。
お大事におすごし下さい。  大阪・高槻市  川口昇  日吉ヶ丘高校同級

* 幸せ者とわたしは思っている。

☆ 冠省  (前略)
兄弟往復書簡を読ませて頂きました。
もういぜんのことになりますが 北澤恒彦著『家の別れ』を求め、ご母堂阿部鏡著歌集『わが旅 大和路のうた』のあることを識りました。 ご実父やご生家のことも書かれていました。
書簡の中に (何十年も拒みつづけてきた生母と実兄との出会いを、動機めいて言い表わすなら、そこに「京都」があった)と書かれてあり、京都への深い思いがひしと感じられました。
『洛東巷談』では、何必館、建仁寺、来迎院 なども くわしく案内されています。NHKテレビで、雨の東福寺 傘をさして案内されていたのを思い出します。
「私語の刻」の文中に『四度の瀧』(=朱心書肆刊 極上限定美装)をお求めくださった方のお名前を見て 30数年前の手紙の往来を懐かしく存じました。
梅雨天候不順の折から、特にご病後の奥様も旁々お大切にお過ごしください。
湖の本『一筆呈上』 痛快に読ませていただきました。
新しい小説が楽しみです。     三宅貞雄
些少ですが同封しました。お納めください。
1ぴつていじょうあ目のTOW服地
2018 6/20 199

* 花柳章太郎と山田五十鈴の絶品、泉鏡花原作、桑名船津屋を舞台の映画「歌行燈」を観て、滂沱の涙にくれ感動、心身の不快を洗い流す。

☆ ご無沙汰をしております。
秦先生  大変ご無沙汰をしております
また、先日は折角の柳たちとの懇談にも参加出来ず、私としても残念だったのと同時に機会を作っていただいた先生に申し訳ない思いで一杯です。
そんなことを考えていたところ、急な話なのですが、近々(まだ、確定では無いですが来週金曜です)西東京市で打ち合わせ等があり、市役所にお邪魔する機会があります。
そこでお願いですが、もし先生のお時間が許すのであれば、来週金曜の夕方、保谷駅近くで会って頂くことは出来ないでしょうか。色々と聞いて頂きたい話が山ほどありまして….
保谷駅に行ける時間などは市役所での予定が決まり次第ご連絡をします。場所は、どこかお店などご指定いただければ何処へでも。
急な話で勝手を言って申し訳ありません。取り急ぎ先生のご予定を確認させて頂きたく、ご連絡した次第です。
どうぞよろしくお願い致します。 丸山宏司 東工大院卒  国交省
(今、長野県大町に向かう電車からメールさせて頂いています。今日は大町市と松本市に行く予定です。日々、色々な地方公共団体とまちづくりの話をしています。)

* 嬉しい声を聞いた。先日の出会いに名が漏れていたので案じていた。忙しいのだろうなと思いつつ、お子達もみな大きくなったろう、逢いたいなと思っていた。ぜひ逢いたい。
先日の降旗、新野君ら三君も、あんな会合でなんとか満足して呉れたろうか。

* 「歌行燈」の佳い余韻にかぶって丸山君のメール、ひとしお嬉しく。
2018 6/21 199

* 奈良市の歌人東淳子さん、藤澤市の義妹より、多大のご支援・応援を頂戴、有難う存じます。

* 京都の画家池田良則さん「今回の京都特集」楽しんで」と、去年の日展作「フクギの集落」の写真に添えて。
2018 6/21 199

☆ メール有り難う御座いました。
お陰様で私の方は何もなかって結構でした。が、夫の姉妹で(茨木のマンション)はガスが止まり、先ほどお風呂に入りにきました。
中出さんの事、長い間の(=病状)お気の毒でした、三女の佐登美ちゃんも数年前に亡くなって寂しくなりました。
だいじな命です、感謝して頑張ります。では、お休みなさいませ。 京・北日吉   華
2018 6/22 199

 

☆ 秦先生
先日はありがとうございました。御礼遅れ申し訳ありません。
学生時代と同じように、先生に問いかけられ、私たちの感じたことをぶつけ、また、違った角度から見ることを促され、また考える、という楽しい時間を過ごすことが出来ました。
先生も、私たちの話を聞きたい、と言われていましたが、時間と共に、ご自分でよく話され、まだまだお元気だな、と感心・安心しました。
私としては、先生の「島」の話に 新たな光を与えていただいたことが、最も大きな収穫でした。
これまで 1人しか立てない島に2人(以上でも=)が立つ、幻想かもしれないそういう島にはとても静かなイメージを持っていました。一つの島に一緒に立 てる奇跡という言葉のイメージから、勝手にそう思っていたのだと思います。しかし、どうやって二人で立てるようになるか、ということがずっとわかっていな かったのです。それは奇跡を待つことによってしか作りえないのではないか、というとても受動的なイメージをもっていました。
しかし、今回、「私が「呼びかけ」ているのですよ。そのそれぞれの呼びかけで海全体はワァーワァーとにぎやか・うるさい…のかもしれないですね。そういう中で、その呼びかけに応えるのです」というお話を聞いて、ふっと腑に落ちました。
私にとって「呼びかけ」が、音のある世界が とてもクリアにイメージでき、受動的ではなく、能動的に「二人で立つことを欲していることを表すことが、そ の世界を成立している重要の要素である、という認識が生まれ、とてもうれしく、そして安堵しました。自分に何かできるんだ、と。
いつも自分の認識の話ばかりで申し訳ありません。もっと文化的な話が出来ればいいのですが。
また、お時間を作っていただくお願いをさせて頂きます。次回は、また輪を大きくできればと思っております。よろしくお願いします。   柳博通  東工大院卒 建築家

* 申し分なく、嬉しい。
2018 6/22 199

* 懸命作業、夕刻ほぼ見通し立つ。

☆ 謹啓
梅雨も半ば。今年は明けも早く、暑さ厳しくなりそうとの予報、奥様ともども健康をご案じ申上げます。
さてこのたびも御「選集第二十六巻」を頂戴いたしまして誠に有難うございました。
今集は、秦さんの過去、現在、未来にかかわる「京都」とあって、中身も厚さも尋常ならざるものと感じます。
まずは、北澤恒彦さんとの「兄弟往復書簡」を拝読、改めて実兄恒彦様との心の交流が実生活同様、束の間といってもよいような短い時間であったと知るにつ れ、このような形で「京都」を語り合ったこと、本当に貴重で示唆深い交歓のときだったと思います。甥の黒川創さんにもご兄弟の血が色濃く流れていてご活躍 になっているのでしょうね。
御身大切に。御礼まで。    徳島高義   講談社役員

* 思い立と、よく往復書簡を実現しておけた。よかった。書簡やメールの往来こそあれ、やはりこうしたたとえ「湖の本」であれ表立ったかたちで言い交わし 語り交わしていないまま死なれていたらどんなにか寂しかったろう。「湖の本エッセイ28」の『死から死へ』は江藤淳の自死から兄北澤恒彦自死までの半年を 日記でつないだものだが、重いきつい辛い二つの死であった。わたしには死ぬなと教えていったような二人であった、一九九九年の後半年だった、歳月の歩みの 険しくも速いことよ。
2018 6/23 199

☆ 拝啓
久しぶりの大揺れでした。家屋倒壊少なしとはいえ、行政対応不備含め 不運亡くなった方もおり、つくづく生かされていること痛感します。福井原発事故なしが救い 帰還困難地域指定 他人事ではありません。東京 ご無事を念じています。
『秦 恒平選集』第二十六巻ご恵与たまわりありがとうございます。湖の本で拝読しておりましたが お名前の由来うかがうにつけ 京都を語るにふさわしい秦流京都批評 重層的に迫り圧巻です。
陰湿な位取り、差別と逆差別等々、ただ京都在の方は笑って受け流し、この風潮 代々引きつがれてゆくのでしょうね。天皇制にたどりつく「手に余る話題」等、京都に限らず人間の業のむごさ感じられてなりません。
ご結婚が出東京のきっかけとこれまで拝読しながら思っておりましたが、まさか京都の物の言い様が脱京都の因とは、ますます京都批評が身につまされます。
この季節、やす香さんのご発病・逝去と湖の本でうかがっておりますだけに、巻頭お写真、残された方々はもちろんとしてご本人のつらさ思うだにいたたまれ ません、六月ご発行、ご供養かと言葉尽くせませんが ご冥福お祈りいたします。それにしましてもお若い祖父母でいらっしゃいましたね。
郷里の(稲庭=)うどん かわりばえしない物で恐縮、どうか着到ご返書ご放念ください。
お揃いでお大事に

十薬の繁るにまかせ雨読かな

乱筆、駄句にて失礼します。 草々  六月二十二日   信太   神戸大名誉教授 国文学

* いつもいつも まこと こころよいお優しいお手紙を心嬉しく頂戴します。

* 県立神奈川近代文学館からも「選集26」受領の挨拶があった。

☆ 湖の本 140 をいただきました
秦恒平様  今年も厳しい夏になるな、と思わせる一日でした。体調を維持されているようで何よりです。
本日、『湖の本』140号をいただきました。ハイスピードのご出版に驚いております。早速に御本を拝見しました。芸能への造詣の深さに感じ入ります。見るべきほどのものは遠慮なく見る、ですね。評言を興味深く拝見しました。
「文藝家協会を率いる江藤淳『南州随想』その他の「後ろ向きなパセチックな危うさ」とはよく見抜いておられましたね。
巻末、「穏やかではおれなかった『平成』」の基調には頷くしかありません。
来年行われる「皇位継承の儀式」では三権の長が新天皇を仰ぎ見て、「天皇陛下万歳」を三唱するでしょう。これが宗教儀式でなくてなんでありましょう。日本がアメリカの「醜(しこ)の御盾(みたて)」であることを、その瞬間だけは忘れていられるということでしょうかね。
ありがとうございました。ご夫妻の平安を祈り上げます。  浩  ICU名誉教授

* 「湖の本140」も届き始めたらしい。
2018 6/25 199

☆ 有楽

先生のHPを読むことができず… もう、だいぶん長い日が経ちました。
開いて読むことは、できないのですが… かろうじて撮った写真は送れそうです。 もしかしたら届かないかもしれないけれど、送らせて頂きます。
先生からの御本『湖の本 140 有楽帖(二)ほか』を手にして、嬉しい気持ちでいっぱいです。言葉にふれる喜びを与えていただいて、樂しむ時間を過ごせると思うと、嬉しくてなり ません。 有り難うございました。
今日(=昨日)、京都は今年一番の暑さで、34℃になりました。これから、一段と過ごしにくい日がやってまいります。どうぞ、くれぐれもお身体おいとい下さいませ。 先生も奥様も、お元気であられますように、祈っております。 取り急ぎ、御礼申し上げます。 鷹峯   百  拝

* 南嶺か。どこで採取できたのだろう。

* わたしの此のホームページはかつて悪辣な妨害を受け全滅したことがある。なんでそんなことがしたいかと惘れるだけだが、ま、どうにでも成って行くものだ。

* 新刊が刊行になると印刷所は決まって一部抜きという刷り出しを二部届けてくれる。「湖の本」も選集も本紙だけを天地とツマミとをきれいにカットしてく れるので、表紙製本分を手にするよりまことに気軽にバッチンで留めて、気軽に持ち歩けるし読み返せる。書き込みも遠慮要らない。気軽に扱い好い。創刊以来 みな揃っている(はず)なので、その気になれば「読み返し」ながら「誤植訂正」もしておける。
今は忙しいが、気づいた限り、てぢかな巻から実行できると好いなと思いついた。
2018 6/26 199

 

☆ ご本 届きました。
昨日今日と もう夏? それとも梅雨の中休み?  すっかり暑くなってまいりましたね。
先生もおげんきそうでなによりでございます。
ほんとに たまにはお茶でもしたいですね! 美味しいお店をご存じならば教えてくださいませ。
日曜日にお気に入りのピアニストのコンサートで、鎌倉、鴎林洞という素敵なカフェにいってきました。鶴岡八幡宮のお池の蓮の花もみごとでした! ジューンブライドなのか 結婚式二組も目に。外国人は喜んで写真をとっていました。  ゆめ

☆ 秦先生
大阪の岡崎です。
「『湖の本』140 有樂帖(二) 一筆呈上(続)他」落掌。ありがとうございます。毎回、いただくたびに拝受のご連絡を…と思いながら拝読してから…となってタイミングが遅れるとお送りしにくくなり…という悪循環で 失礼しております。
「おだやかでなかった『平成』」を読ませていただき、今年5月以降から来年末までの恒例行事は「平成最後の」という“枕詞”がつく現在について考えております。
その前から、いろいろと思うところもあり、今年のゴールデンウィークは久しぶりに沖縄本島にも行き、宜野湾や嘉手納の基地、戦時中に前線基地や野戦病院などとしてつかわれたガマ(洞窟)などを見てきました。
8月6日には(仕事に絡んで)広島に平和祈念公園に行く予定です。
17歳のときに
昭和37(1962)年生まれの私は「はっ!」としたことがありました。
自分が生まれたのが敗戦から17年後、
「17年」が自分のまだまだ短い人生に収まる歳月だと思ったら「戦争」がそれまでになく生々しく立ち上がってそれまでとは少し違った感触のようなものを覚えたのです。
そして平成30年。
昭和60年から平成の27年9月末まで 「新聞記者」として生きてまいりましたが、どこの社に所属していたかは関係なく「新聞記者」だからこそ、見えてなかったこと…死角のようなものですね…のさまざまに愕然とすることがあります。
世の中の「事件」は 新聞記者ならではの「物語」の鋳型にはめ込まないと、発信できないというシステムがあるような気がします。
否定する関係者も多いでしょうが、強く否定する人物ほど、自分が落ち込んでいる定型的な「物語」の鋳型の存在に気づいていない、という思いは新聞社を離れ別業界に移って約2年半、確信となっています。
しかし
一方で文字で「事件」を伝達するテクニックとしては それを凌駕するシステムがまだ出現していない気もしています。
それは 「受け手」の側も長年の癖で鋳型にはまったものしか咀嚼しにくいからかもしれません。
ここまで書いて
自分は、いったい何が書きたいのだろう、というバカ丸出しの状態になっておりますが、まぁ「死角」には気をつけたい、ということで。
いつも、とりとめのないことで、すみません。
ちなみに
18日の地震は 大阪・北千里は けっこう揺れました。北千里のある吹田は「震度5強」で阪神大震災のときと同じだったのですが、震源地に近いせいか、より大きく感じましたし、家のなかの荒れ具合も今回の方が大きかったです。
その日は 最寄りの阪急、北大阪急行・御堂筋線、JR、大阪モノレールのすべてが動かず、仕事場にも行けませんでしたが、無事でした。
今年は梅雨明けが例年より早く暑さも厳しいという予報。
お体 何卒ご大切に。

☆ 御礼
「湖の本」140 有楽帖(二)一筆呈上(続)・他  のご恵投に与り、ありがとうございました。
今回も歯切れのよい現代世相批判を堪能いたしました。
それにしても沢口靖子からジャック・レモンまで、イチローから小錦までといった芸能・スポーツの世界にいたるまでの秦様のご関心の広さに 改めて感服いたしました。優れた作家の条件の一つが幅広い好奇心であることを 改めて認識した次第です。
私のほうは次作「西行」のためにいろいろ文献を読んでおりますが、『義経記』のようなエンターテインメントといってもいい作品が室町時代に既に存在していたことにいささか驚いています。『保元』『平治』に比べ、はるかに読みやすく親しみが持てました。
私も 西行が「小夜の中山」を超えた年齢を超え、己の人生を真剣に振り返らなければならないと思っております。今後もよろしくご指導ください。  持田  拝
2018 6/26 199

* 起きて、まっさきに二階の機械に電源を入れておき、故紙回収への重い荷(わが家からは選集や湖の本本の故紙はじめ本も雑誌も新聞も、ダンボー ルなども、しこたま溜まる。妻の荷造りもたいへん、わたしの運びもたいへん。足腰の痛むことは。)を十も十五も指定の場所(わが家の塀外)へ運び続け、草 臥れて一時間半ほど「また寝」してしまった。
その間に、昨日の留守に戴いていた文化出版局中野完二さんから「(選集26)お祝い」「お中元」にと二本の名酒「やまと櫻」が届いていた。
二階へ上がって機械にさわると、いつもの十、二十分の一の速さでこの「私語の刻」の画面が現れ稼働可能になってくれた。好感、この上なし、とにかくも機械を電氣であたためて置くのがなによりらしい。ひとつ確認した思い。

☆ 京尽くし、ありがとうございました。  バルセロナの、京
恒平さん
最近、「読む」と言えばe-bookばかりなので、久々に手にした立派なご本の重さと心地よさには、驚かされました。小学生の頃、月に一度、母が車で連れて行ってくれた、隣り町、五井市の大きな図書館を思い出しました。。 入口を入ると兄と私は左手に、母は右手に分かれ、そこで何時間も何時間も過ごしましたっけ。
帰り際、バーコードを通してもらった本を、一冊ずつ受け取る時の嬉しさ。懐かしいです。むろん、外箱まで付いたご本はありませんでしたが。
何年か前、母に、「子供の時、図書館によく連れて行ってくれて、ありがとう。」と言ったら、「あら、お母さんも楽しんでいたのよ。」と返され、それも驚きでしたっけ。
恒平さんのご本、ゆっくり楽しみます。

先日、東工大の卒業生と会われたんですね。なんとなく懐かしい気分になっている自分に気付き、思わず笑いました。
私もいつの間にか、(東工大への)嫌悪感に囚われなくなったようです。嬉しいです。

年を経て、日常の当たり前だった出来事を、ありがたかったと感じるようになった時、固執し続けてきた胸のしこりが解け、どうでもよく思えるようになった時、ああ、歳を重ねることも悪くないな、と思います。元気だから、言えることかもしれません。

迪子さん、恒平さんのご体調に、はらはらする日が続きましたが、どうかどうかお大事にお過ごしください。 京

*  東工大の卒業生には、秦教授ほ「先生」「秦さん」「恒平さん」と呼ぶ三種類の学生が居た。京都でも育ったこのバルセロナで幸せに結婚生活している「京」 ひとりだけが、むかしから「恒平さん」と呼んでくれる。「東工大」に馴染みにくくて、わたしと出会ってなかったら退学していたとさえ、(本当らしい)、言 うていた。この人がいるというだけで不思議と行ったことのないバルセロナやヨーロッパを身近に感じている。卒業すると、すばやくドイツヘ飛んで行き、毎週 欠かさず絵葉書で便りをくれたのか今もたっぷり残っている。そしてバルセロナ人のハズバンドと出会って幸せに結婚した。よかった。

☆ 秦 恒平様
いつもいつも『湖の本』を御恵投賜り、厚く御礼申し上げます。拙い句集(『銀』しろがね)を同封致しますので御目汚し頂ければ幸いに存じます。 暑さへ向かう中、御健やかな日々でありますようお祈り申し上げます。不一   明治大学(教授)  西山春文

* 句集は概してにがてなのだが、頂戴した『銀』からは胸へ届いている佳句が次々に見つかり、嬉しがっている。西山さんは昭和三十四年生まれの明大教授、 わたしたちの上京結婚した年の誕生というから、若いなあというより先に自分の歳のとりように驚いてしまう。西山さんの先生は、大岡信さんだったというから お若いわけだ。大岡さんとは井上靖さんに連れて頂き一緒に四人組追放直後の北京入りした仲だ、亡くなるまで、亡くなってからもご子息の手で何度も遺著を 頂戴している。

☆ 『湖の本140』いただきました。
「一筆呈上」のつづき、楽しく読ませていただきます。
中に、中村真一郎さんの記事が目に留まりました。秦さんを知る前には、私が興味を寄せていた作家は、中村さんでした。ずっと前、日本近代文学館で全国の 文学館協議会なるものがあって、当時委員をなさっていた中村さんに何度かお会いしました。休憩時にパイプをふかしていらっしゃった(記憶に誤りがなけれ ば)中村さんと言葉を交わしたことがありました。「オンデイーヌ」のことなど話題にしたような覚えがあります。
この方のお作も気楽に読めないこと、秦さんに通じる(意味が違いますが)ものがありました。お二人に通じる私の印象は、あえていうなら「好奇心旺盛」ということのように思います。お二人とも私を未知の世界に導いてくださいました。
先日旧知の松本徹さん(前三島由紀夫文学館館長)から『西行 わが心の行方』という著書が送られてきました。西行の後追いで京都が書かれています。秦さ んのお作と取り上げ方は違いますが、これはこれで興味深く、『選集』の記事と重なってこのところ「京都浸け」が続きました。「読める本」が重なることは、 嬉しい限りです。
H・Pで拝見しますと、秦家もこのところ「安泰」のようでなによりです。当家もようやくおだやかな日がかえってきています。
さて、ちょっと近況を付け加えておきます。
第100回全国高等学校野球選手権大会 記念映画として「ああ栄冠は君に輝く」が企画されました。(余計なお世話かも知れませんがチラシを同封しまし た)。大会歌の作詞者加賀大介のお話しで、それが能美市の方だったので、監督がロケ地を求めて来県、それを案内して私の知人が拙宅に釆ました。「加賀大介 宅」の撮影に適した家はないか、相談に乗ってほしいと言うのです。とりあえず入って貰い、お茶など飲みながら話すうち、この家を借りられないか、というこ とになりました。そしてそういうことになりました。
家具も文具も提供、隣接する件の家も控えとして開放し、近所の人が、一体何事が起こったのかと驚くような三日間でした。
いま、老人クラブの余技展に出品する刻字「坐忘」を制作中です。
以上、『湖の本』の受け取りついでに近況報告まで。お大事に
6月25日     井口哲郎
秦 恒平様    (奥様、おはがき 恐縮でした)

* いいお手紙で 嬉しくなる。 「坐忘」とは! 『荘子』のなかでも 身に沁みて慕はしく厳しく会ひがたき一語。

* 小松市の八代啓子さんからも、お便りあり、能の舞ひの御修業もお楽しみも着実に。「選集」へ有難いご支援も戴く。

* 笠間書院の重光徹さんから、京大名誉教授川端善明さんの新刊『影と花 説話の徑を』を送ってきて戴いた。広い視野から選び取られた優れた説話の懇切な紹 介で、大いに楽しめること、目下再読しつつある中国の『聊斎志異』に似てまた幾味もことなった読み物と思われ、早速毎晩読書の書目に加わってもらう。
2018 6/27 199

☆ お葉書有難う
迪っちゃん(=妻の名)

今日は一日家にこもっていたので、夜になって郵便受けに新聞や手紙を取りに行ったら、お元気そうなお葉書が入っていました。

うちは庭仕事は、*さん(=夫君)の分野で、私は道路のお掃除係です。

雑草も育てている人なので、どれを抜いていいか私には分からないのよ。

道路と塀との隙間に草が生えるのも 最近は素晴らしく早いですね。

私は草むらの絵を描きたいのですが、なかなかいい草むらに出会えません。

夏になってきたので、草が伸びすぎたのね。

四月に高円寺の教会の前の空き地に、素晴らしい野原が出来ていました。私がいい野原ですね、と言ったら先生は変な顔をされていました。

老人ホームが建つそうです。

なんとなくお二人共お元気そうなので、

嬉しく思っている 琉(=義妹) より

* みーんな、元気でいてほしい。
2018 6/27 199

☆ みづうみ お元気ですか
『湖の本第140巻』ありがとうございました。100巻のお祝いを昨日のことのように思い出しつつ、もう140巻となり感動も一入です。150巻はもうすぐです。
200巻目指して、どうぞお元気に長生きなさってください。
穏やかではおれなかった「平成」から拝読しました。

み づうみのお考えは読者であれば以前から知っていたことですが、秦恒平のように(夏目漱石しかり、司馬遼太郎しかり)日本が亡びゆくと激越に苦悩する文学者 とワールドカップで渋谷の街を陽気に埋め尽くす恐ろしい数の若者たちとの言葉=思想の乖離には茫然とするしかないわけで、芹沢光治良の『知識人の言葉と責 任』の「唖の娘」を思い出していました。
これはワールドカッ プでサッカーを夢中で応援することが悪いとか愚かという意味ではなく、この若い集団がこのままの幸福をいつまで享受できるのかという猛烈な不安に胸がしめ つけられて苦しいからです。彼らが兵隊になったり、海上を漂う難民船の一員にならない保証はどこにあるのだろうと、そんなことを憂う私がただのバカなのか もしれません。いえ、心底ただの妄想バカであってくれと祈っています。

うそくさい闇の世ながらさりながら心な折りそ眼をみひらいて

絶望にのまれて諦めてはいけないと思いつつ、何度も何度も心折れてとっくに諦めている身としては、この一首に、出来ることはあるとみづうみに諭された気持 ちになっています。これほど合法性が問題とされなくなった国家の行く末は見えているのに、周囲に見える人間の少ないことには驚きしかありません。自分が社 会の「変人枠」の少数派の一員である限り、幸福なオバサンになれないことだけは間違いないでしょう。

毎 日書いているのは、一つの死に支度、遺言作成のようなものです。生き永らえる価値のある日本を少しでも守りたい、早くしないとと、ただただ書くだけです。 秦恒平の「身内」について、わたくしの読み方を格闘しつつ書いていますが、自分の力の足りないことがうらめしいばかりです。

 

六月二十二日の柳博通さんのメールに書かれていた「身内」理解についてのみづうみのお言葉にあらためて瞠目しました。秦恒平論を書く人間のために、是非み づうみご自身の文章でも「私が呼びかけている」、受け身でなく呼びかけ合う海の賑やかさのことをもっと書いていただけたらと願ってしまいました。

みづうみのご体調は、絶好調とは申し上げられないのかもしれません。それでもみづうみのご年齢での日夜の仕事量を考えますと、同世代の方よりお元気でなければ不可能なことでしょう。
どうか、ご無理だけはなさらないで、秦恒平という文学者を生き切ってくださいますように。
「有楽帖」のなかのみづうみの観劇や映画、歌舞伎鑑賞のお時間にほっとします。人生楽しんだもの勝ちですね。
こちらは相変わらず体調が万全とはいえず、書くだけに体力を使うようにして外出はほとんどせずにおります。  牛  冷やされて牛の貫禄しづかなり 不死男

 

*  胃袋を全摘し体重を一気に20キロ落としたのは結果的に好かったと思う。覿面に糖尿は改善された。いつ検査を受けても腎臓のおとろえは年齢(82歳半)相 応で肝臓も心臓もきれいですといわれてきた。筋力の衰えは情けないほどで寝床から起つのに苦労するほどだが、これはサンザ言われているのに歩かないから で、自業自得。しかし自転車で少々の坂道なららくに走っている。すれちがいにご近所さんに「お元気そう」と声をかけていただく。
それにしても疲れは早いが、お酒はシッカリ戴いている。

杜子美 山谷 李太白にも 酒を飲むなと詩の候か    隆達小歌

と居直っているが酔いは早く、よく寝入る。寝るは健康法と勝手にきめている。

* 京・下鴨の澤田文子さん、お香を。山口の平野芳信さん、とらやの菓子を、紅書房主の菊池洋子さん、お手紙に添えて鶴屋八幡の和菓子を下さる。

* 共産党のこくた恵二さん、脚本家の小山内美江子さん、作家の島尾伸三さん、詩人のあきとし・じゅんさん、墨画家の島田正治さん、お手紙を下さる。
諸大学・諸施設、「湖の本」140受領の挨拶届く。
2018 6/28 199

* 猪瀬直樹と新夫人、元は女優いまは画家と聞く蜷川有紀と共著の「新刊」一冊が送られてきた。以前婚約披露とかにも呼ばれていたが失礼した。猪瀬直樹が 幸せなら、それでよろしい。それに猪瀬直樹の顔はもう安いテレビがめんでなど観たくない、もっと本格に「文学」や「論攷」の畑へ戻って欲しい。

* 京都の、秦の従妹より「湖の本」140を受け取って、「一筆呈上」の続きを読んでいます、と。
2018 6/28 199

* 五時過ぎ、保谷駅の喫茶室で東工大卒、国交省官僚の丸山君と会い、駅近くの居酒屋で、呑み、かつ大いに話題も栄えて、それはそれは楽しいことであっ た。奥さんの健康や、取り分けて子たち成長の様子をいろいろと聞いて、我が孫のようにいろいろと嬉しかった。夫婦仲も 結婚式の昔のママまこと健全に仲よ くて わたしの心もおおいに安楽であった。なんという幸せな「パンキョウの教授」であったことか。
中学二年の上の子は、西欧の文学などもすでに盛んに愛読し、たいそうな読書家だと。なんと嬉しいことか。おみやげにサガンの文庫本などを10册ほど持って出たのがムダには成らないらしく、なんとも頼もしく、嬉しかった。
もうむかし、帝国ホテルで家族四人と歓談の機会があったときは、まだわたしにダッコされて小さかった。はや中二と小学校六年生と納得してしまうと、我が身の老いも知られながら、この「孫たち」の結婚式までも「おじいちゃん」長命したいものだと本気で思った。
よく呑んだ。丸山君も好く喰べて呑んでくれた。もっと飲み食いし、いつまでても話せたむけど、家族へ帰してやらねばと、七時半には保谷駅から帰りのタクシーに乗せた。また会うことがあろう。わたしもタクシーで帰宅、妻は二階でピアノを鳴らしていた。
2018 6/29 199

☆ (前略)
とくに今号には 「おだやかではおれなかった『平成』」のなかに、まさしく痛論激語を見出し、深い共感を覚えました。
近ごろのジャーナリズムの腰抜け、平和ボケに 激しく怒っておられるくだりに、深く共感致します。さの「激語」 一々腑に落ちました。
「なにが不沈空母なものか 原発を三基もねらい撃てば 日本列島は地獄ぞ」
「今にして屈辱的な、この米国を守る最前線の『醜の御盾』以外のナニモノでもない。 ここでハシゴを外されたら 安倍総理の喚いている北朝鮮への最強の圧力など…… 国土を焦土化し、国民を奴隷にすることが目近に見えてきている。
何という恥知らず ”I am not ABE” と大声で云わざるを得ないのが、今の現実なのである。
日ごろは静かな 国文学者 作家の秦 恒平さんが、こうした激語を述べられている感慨に、深い敬意と賛意とを示さずにおれません。 今の体制化した日本のジャーナリズムもマスコミも 叱責せざ るを得ません。 敬具    色川大吉  東京経済大学名誉教授 思想家 歴史学

* ペンの理事のころ、「ペン電子文藝館」へご寄稿を懇願してこの方、お付き合い願い続けている。心酔して愛読中岩波新書の『五日市憲法』著者新井教授は 色川先生のご指導で五日市憲法の発見と研究へ一切を捧げてこられたと聞いている。色川先生は「自分史」という新境地の発想者でもあられた。93歳になられ ると思う。

☆ 前略
すぐに読み始めました。面白いですね。 島尾伸三  作家・写真家

☆ (前略)
秦さんを育くんだ京によせる重いの詰まった一巻、「洛中巷談」は目を剥くような面白さです。北海道ウマレノ山がつには、ただただ羨ましいばかりです。ありがとうございました。
お身体御大切に!!  敬具   久間十義   三島由紀夫賞作家

☆ (前略)
秦さんの京都へのこだわり、ひしひしと伝わってきます。「京言葉と女文化」「京のわる口」「京と京ことばの凄み」 面白く拝読しました。そうだったのか という思いの連続で、いまさらながらに自分の不勉強を悔いております。とりあえず御礼まで。不一   詠   作家 文藝家協会理事

☆ (前略)
”歯に衣を着せず” の論評に時が経つのを忘れ、睡眠不足です。
ありがとうございました。   京・山科 あきとし じゅん  詩人

* 京との懐かしいえ葉書を選んで送って下さる。目に沁みます。

☆ (前略)
吹くからにアベノミクスのうそくさい屁よりも軽き自画自賛かな
ほんとうに ほんとうに そのとおり。
総理には文化藝術のひとことでも言ってもらいたい。  墨畫家  島田正治  86歳

* 元・岩波書店の高本さん、陶彫家可部美智子さん、首都大学、立命館大学らからも、ご挨拶があった。

* 十時半。もう、やすむ。
2018 6/29 199

☆ 「湖の本」通算第百四十巻の刊行をお喜び申しあげます。満三十二年もの間、よくぞお続けになられたと、ただただ頭が下ります。
今回の「有楽帖(二)」「一筆呈上(続)」も早速、楽しんで拝読いたしました。文化・芸能の具眼のエピキュリアンにして(だからこそ)憂国の士でもある秦さんの本領がぜいたくにこぼれおちています。匿名文中の<秦 恒平>の登場も愉快でした。

長い長い間のご厚誼に御礼申しあげます。せめても祝意と感謝を示したく、失礼とは存じながら微意を同封いたしました。御送料の一助にでもして下さると幸甚です。

本格的暑さ到来のようです。どうぞご自愛の上、更なる「湖の本」の歴史を重ねて下さいますように。  二〇一八年六月二十八日     天野敬子   元「群像」編集長 講談社役員

* ありがとう存じます。嬉しくお手紙頂戴致しました。

* 京の画家池田良則さん 名代「村上重」の京漬物をいろいろ下さる。
所沢の藤森佐貴子さん(故・島津忠夫先生ご遺族) 珍しいご馳走をお手紙に添えて、いろいろ選んで、下さる。
中野完二さんに戴いた名酒「やまと櫻」の肴に頂戴・賞味する。
東村山の近藤聰さん佳い地酒を二種、お手紙に添えて送って下さる。

* 九大名誉教授今西祐一郎さん、漆藝家望月重信さん お手紙を下さる。

* 沖縄の名嘉みゆきさん、選集へ過分のご支援下さる。

☆ 満32年 通算140巻
楽しい時間を 一杯いただきました。
「穏やかではおれなかった『平成』」 は、まったく同感です。
おからだお気をつけ下さい。 愛知・知多  久米則夫

☆ 32年 140巻
ありがとう! 宝です!  「選集」も。 奥様共々お元気で。 丸亀市  大成繁

☆ 「湖の本」創刊されて 32年
深い感銘を覚えます。先生と奥さまの積み重ねていらした歴史が、140巻もの作品を世に送り出してくださっているのですね。
ご無理も重ねられて体調を崩されたのかもしれません。どうぞくれぐれもご自愛なさって一日も早くご恢復なさいますようにお祈りいたします。  静岡市  鳥井きよみ

* 昭和女子大、成蹊大から湖の本受領の挨拶があり。
京・神宮道の星野画廊、祇園囃子にさそわれて「夏の風物詩」展をしていますと。いずれ図録をおくって呉れるかな、楽しみに。京都へ、帰りたいなあ。
2018 6/30 199

 

* 元朝日新聞記者伊藤壮さん、名酒「越乃寒梅」を二升も下さる。
故・弥栄中時代の橋田二朗先生のお嬢さん、同じ弥栄中同年の横井智恵子さん、京の「村上重」などのご馳走を送って下さる。同じく弥栄中同期、日立の役員を務めた西村明男君からも「両口屋是清」の和菓子を頂戴した。
2018 7/1 200

* 丸山君の佳いメールガ届いていた。ふたりの子たちの写真も送られてきた。前に会ったときは抱っこの子たちであったのが、中学と小六。まあ…感嘆。

☆ 秦先生
金曜日はお忙しい中、また、暑い中、わざわざお呼び立てをしてしまい申し訳ありませんでした。更に、子ども達へのおみやげ(=サガン文庫本の短篇集八冊ほど)まで頂いた上にご馳走にまでなってしまい、帰って、妻に“何やってんの!”と怒られてしまいました。。。
子ども達からもお礼を言付かっておりますので、写真を添付致します。上の子は、他に読書待ち(?)の本が未だあるようなので、頂いた本には未だ手をつけ ていませんが、短編というのはやはりとっかかり易い様で、パッと手にしてとても好印象の様子です。良いのか悪いのか、また新しい扉を開きそうな予感がして います。

当日は、色々と私の話を聞いて頂いてありがとうございました。先生から頂いた様々なメッセージの延長線上に、今の自分のやっていること、考えていること があるとの自信はありましたが、ここ数年間の個人的な様々な経験や職業柄日々感じるジレンマなども踏まえると、時々、その自信は自分勝手な妄想に過ぎない のではないかとドキドキすることもあり、久しぶりにお話をさせて頂いたことで、逆に私が元気を貰ったような気がしています。
自分が望むか否かに関わらず、いつか(中堅官僚としての=)背番号を外す日が来ることは間違いありませんが、自ら背番号を投げ出すつもりの人間の話など誰も聞きはしませんし、誰も応援してくれはしないと感じました。
毎日毎日の積み重ねが未来に繋がっていくという思いをもって、これからも色々な地方公共団体の方たちと「まちづくり」の話をしたいと思います。
ありがとうございました。   丸

* 健康でさえいてくれればいい、他は、何も案じていない。たくさん話し合えて、よかった。

☆ みづうみ、お元気ですか。
この暑さの中の病院往復、消耗なさったのではないかと心配しています。お部屋を涼しくしてお大事にゆっくり休養なさってください。
梅雨明けのこの時期は苦手です。身体が暑さになれていないせいもありますが。

どういうめぐりあわせなのか、やす香さんの眠る瑞聖寺は近いので、用事で通りかかる度に、みづうみのお悲しみが想われてやす香さんのご冥福をお祈りせずにはいられません。

みづうみの懸命のお仕事が、みづうみのお幸せの場所になりますように。

 

虹  虹立ちて忽ち君の在る如し  虚子

追伸  この暑さの中でも相変わらずネズミは暴れているようですね。ご存知とは思いますが、猫をお迎えになる方法の一つとして、マゴ君の通っていたような獣医さんに問い合わせてみるという方法があります。獣 医さんにはやさしいひとが拾った猫を持ち込むことがあり、里親募集している場合があります。獣医さんからもらうのは、健康チェック済みですから安心です。 また、猫が長期的には飼えないけれど、猫を一時的に預かる里親ボランティアという制度もあります。ご検討ください。なるべく早くお手元に可愛い猫ちゃんが 来ますように、ネズミが退散するようにお祈りしています。

* 神奈川・二宮町の高城由美子さん、大学時代の恩師であった芹沢銈介さん(=わたしの「湖の本 美の深窓」に感想を書いていた方。)の懐かしい思い出ば なしを、短いながら妙味の短篇のように書いて来て下さった。便箋に七枚手書きの佳いお便り、紹介したいが、今晩ははや十時半も過ぎて、他にもいろいろとあ るのだが、残念ながら疲れたからだをやすめたい。

* このわたしの「私語の刻」はいうまでもないわたしの創作世界であり、その世界の生彩をたくさんな読者や知己・友人らの呼びかけて下さる声・声からも嬉しく有難く、かなり厚かましくも、頂戴しています。この「世界」 「懐かしい世界」なのである。
2018 7/2 200

* 近江の川村芳治さんが誕生日とフエイスブックが「見出し」だけで報せてきた。わたしの機械は相変わらずフェイスブックもツイッターも、わたし自身の持ち場さえ見ることができず、どんな内容も見られない、読めない。
芳治さんはわたしの母方、父のちがう長姉の子、ま、甥の一人にあたるが会ったことがない。幾歳の誕生日なのかも知れないが、不束を極めたインターネッ機能のおかげで、こういうことも伝わって来る。健勝でと願います。

* 名古屋の「珊」さんから、選集も湖の本も届いている、また「和久傳」の涼菓など送りましたと朝一のメールあり、お心入れを頂戴。感謝。
また大阪市の河野能子さん、亀屋良永の「御池煎餅」下さる。感謝。

* 昨日は疲れて、ここにご紹介できなかったが、神奈川・中郡の高城由美子さんの長い佳いお便りをはじめ、元東北の短大学長で仙台にお住まいの遠藤恵子さ ん、府中市の作家杉本利男さん、京・伏見の元・淡交社出版局長服部友彦さん、聖教新聞社記者の原山祐一さん、また、福島県立図書館から、いろいろに濃やか にお便りを戴いていた。「湖の本」140への払い込み通知ももう大方が届いている。感謝。

* 筑摩書房の社長山野浩一氏が退任の通知、「長い間、御世話になりました」と手書きが添っていた。長い間「たしかに湖の本」はきちんと送っていたが、長 い間、年度年度の「太宰治賞」の通知一つ来なかった。「母港」へ船を寄せることすら出来ない無縁の三十年だった、よほど「湖の本」など嫌われたらしい。

☆ 前文、ごめん下さいませ。
梅雨も明け、猛烈な暑さですが、先生、お障りなくお過ごしでいらつしやいますか、お伺い申し上げます。
先日は、『湖の本 140 有楽帖(二) 一筆呈上(続)』 をご恵与くださいまして、まことにありがとうございました。厚く御礼申し上げます。
(中略)
同封の 『【新編】 日本女性文学全集 (=岩淵宏子・長谷川啓監修)』 は、当初刊行していた菁柿堂が閉社され、新しく六花出版から刊行を再開するこ とになりました。第五巻は、私の担当巻ですので、献本させていただきます。お暇な折に、ご笑覧いただければ幸いでございます。
まずは拝受の御礼まで申し上げました。
今夏は、とりわけ暑さが厳しいようですので、くれぐれもご自愛くださいますよう、お祈り申し上げます。どうぞお元気で。  かしこ   岩淵宏子  日本女子大名誉教授

* 戴いた全集第五巻は 野上弥生子 長谷川時雨 宮本百合子のほかに吉屋信子 鷹野つぎ 野溝七生子を揃えて、代表作の長編も惜しげなく収録の佳いもの で、有難い。全十二巻の五巻までが出来ていて、しっかりした編輯である。あ、あの作家が抜けていると思うのも稀に在りはするが、ま、わたしの頭にある女性 作家の名は ほぼ大方網羅されているようだ、重量感に満ちている。「真知子」や「風知草」など、また読んでみたくなった。
(中略)のところで岩淵さん、御苦労の様子など書かれていて、気に掛けている。この前は「フゥミニズム文学論集」を戴いている。

* 京都の服部正実さん、かなり以前に服部さん多年撮影の瓦鍾馗について「美術京都」誌に招いて対談したが、今日、『私は瓦鍾馗』なるお見事な写真と文章 との佳い一冊を送ってきて下さった。 京の町家の軒に場をしめ厄難を祓って下さる瓦の鍾馗さんの造形には子供の頃から眼を留めてきた。服部さんは夥しい数 の、しかも選り抜きの逸材を撮影し続けてこられた。佳い本になってよかた。

* 横浜の小泉浩一郎さん、著書へ、鄭重なお便りを頂戴した。上智大学からも。
2018 7/3 200

☆ お便りありがとうございます。
71歳になりましたが、まあまあ元気にしております。
寝たきりになればえらいことやと、できるだけ歩くようにしています。
また、ボケの防止にと、毎週火曜日の午後は、近くの公民館で囲碁をしています。下手ですが、話もできるし、歩いて5分ほどのところですので、ありがたいと思っています。
母が死んでから37年ほど経ちました。早いものです。
娘も元気にしています。
私はヘビースモーカーでしたから(19年前にやめました)、毎年秋に肺ドッグを受けています。
歳をとってくると、無理ができなくなってきますね。信号が赤に変わりかけてても、以前のように走って渡ろうとはしません。走ると。膝が痛くなることが多いからです。
どうぞお体をご自愛ください。
そして、引き続いてご活躍ください。   滋賀・大津市   芳治  実母方の甥

* 姉とは、ただ一面、この甥の親娘とは一度も会えていない。
碁か…。もう、どれほどながく碁石に触ってないことか。
2018 7/4 200

* ロサンゼルスの池宮宗千さん、なんと抹茶と「とらや」の佳い最中を送って下さった。ロスでは荷歩かの何でも買えるらしい。
京の羽生清さんからも京の和菓子を選りすぐって送って下さった。お手紙も。羽生さんは選集、一巻一巻読み終えてお手紙を下さる。有難く、嬉し。

☆ 梅雨があけ
暑くなってきているようでございますが 如何 おすごしでございましょうか。
秦 恒平選集第二十五巻ありがとうございました。
読み終えますと、「千載秀歌」と「能の平家物語」とが合わせ鏡のように見えてまいりました。
それぞれ固有な世界を形づくっていたように想えた和歌も どのような人が どのような時に詠んだものかを知りますと また違った味わいが生まれてまいりました。
誰も死なないけれど 命絶えるより残酷な生きながらの死が描かれた能「俊寛」の、その後に、
思ひきや志賀の浦波立ちかへりまたあふみともならむ物とは
という平康頼の歌があったと思うと 少しほっといたします。
後白河法皇と式子内親王の御歌には、父と娘の対照的な生き方が凝縮されているような気がいたしました。
思ひきや年の積るは忘られて恋に命の絶えむものとは
ながむれば思ひやるべきかたぞなき春のかぎりのゆふぐれの空
あくまで積極的な父に対して、どこまでも沈潜してゆく娘。孫後鳥羽院の御製には 祖父と伯母の血をつないでいるようなものを感じます。
思ひ出づる折たく柴の夕煙むせぶもうれし忘れがたみに
多くに「死なれ」「死なせた」建礼門院について書いてみたいと思いましたが うまく進みません。
先生の小説構成の見事さには、奥さまとおふたり人生の道行が見え隠れしているようです。
ひとりき気楽 最高などと思ってまいりましたが、深い対話なしには、小説世界は動いてゆかないものなのかと、今ごろ気づいたりしております。
『楕円の意匠』(=羽生さんの名著)をテキストにした大学院講義 受講生十六名のうち十四名が留学生という現実を前にして どのようにしたら、三時間を意 味あるものにできるのかと悩んでおりました折、先生の御言葉が力になりました。「一会の茶の湯には避くべからざる勢いとして、一種の演戯性が働く、はやい 話が『芝居気』である、台本のない演劇とでも謂える」
知識はネットですぐに手に入る時代、中国、台湾、韓国、インドネシア、日本の院生が 今・此処にいる一座建立を大切にして、学びあえる場をどう演出した らよいか、沢山観てきたお芝居に助けてもらいたい気分です。思えば 京都工芸繊維大学の「あぶく座」で大根役者(夫の方は名優、名演出家だったのですが) をやっていたことがありました。
講義は いながらにしていろいろな國の話が聞ける良い機会と前向きに頑張らなくてはと思っています。
いよいよ本格的な夏でございます。
先生、奥さま、 どうぞ、くれぐれも お身体 大切におすごしくださいますように。   羽生清

* すこし遅れたが来信の山に埋まっていてはと、書き写します、ゆるされよ。

☆ きのうは六月中というのに、
早くも 梅雨が開け
今朝は 初秋の高原のような さわやかな風が吹き通っています。 先週は蓼科高原の霧ヶ峰に行き レンゲツツジとコバイケイ草とみどりの草原を楽しんでまいりました。 毎年同じ時期に訪れるおなじみの場所で 私の少女時代から大好きな高原です。
日光キスゲも咲き始め ノビタキが営巣する草原は カメラマンの大きな望遠レンズの砲列も毎年同じなのですが 一年に一度は霧ヶ峰に行かないと気持ちが落付きませんが これもいつまで続けられるか心配になるこのごろです。
さて、湖の本と選集をありがとうございました。 気になる所から ワガママに拝読させていただいております。
何号か前に 芹沢銈介先生のひらがなをデザインした作品のお話がありましたので 芹沢先生のことを書きたいと思います。
昭和三十二年 私は女子美大の工芸科に入学しました。 この時 先生は名誉教授でいらっしゃいました。入学して二ヶ月程した時 芹沢先生のアトリエを見 学するという授業がありました。先生の染場は大田区蒲田の町工場の間に割って入ったような 元は農家だったと思われるお家でした。町工場の側の道の端には 工場の廃水を流した一間程のドブ川があり 板の橋を渡って入りました。 お庭は昔の農家の作業庭なのか 土を突き固めた堅い地面で草一本無く 庭の中央に  目通り30センチを超える椿の大木が黒々と葉を繁らせて立っていました。六月の事で今にも降り出しそうな雲の色が 今年出た新しい色を残している葉に反 射して銀色に光っているのが印象的でした。 私たち学生は先生をとり囲んで 先生の手元を見つめていました。すると先生は 型紙の上に張った下図など全く 無視して 全々違う図柄を彫り抜いて行かれます。その小刀の動きの確信に満ちた 迷いの無い、それ以上無い完璧な速さに目をみはりました。この刀の勢いが染め上った作品の勢を造っていくことを 実感しました。
冴えざえした、完成した型紙はそれだけで芸術作品でした。この時提出したレポートが返却された時 この部分に赤鉛筆で傍線が引かれ 欄外に一言「よく観た」と書いて下さっていてうれしく思いました。
芹沢先生は一学期に一回づつ学生の作品の講評をして下さいました。それは大変きびしく、「こんな色でこんな模様を付けたのでは 染める前の白い布の方が よっぽど ましだ。 こんな下手に染めるのは白い布に申しわけ無い」「柄と地とがバラバラだ」「こんなミミッチイものを染めるな」等、何となく手仕事にあ こがれて入学して来た新入生は ここで 「この布は楽しい」「この布をインテリアに使いたい」「これを着たい」と思える布の制作をめざすようになりました。
芹沢先生から直接技術的な事を教えていただく奇怪はりませんでしたが 布というものに対する姿勢を教えていただいたと思っております。
先生はこの講評会でめったにほめて下さいませんでしたが 沖縄の嫁入りに使う紅型の大風呂敷を実習した時、(150cm巾の正方形の厚地木綿に筒書きで 松竹梅の大きな丸を描き 中央に鶴亀が向合った小さな型紙の丸を染めて全体を藍で地染めします。)この中央の鶴亀の型染部分を熱心にご覧にめなり「これは 誰の作だ」と問われました。「私です」と申し上げるとしげしげと私の顔を見つめられ、「この型はとても良く出来ている この型は大切にしなさい」と言って 下さいました。私はうれしいより ある後悔が心にあふれて泣きたいような おかしな顔をしたと思います 先生は私の反応にあきれたように もう一度私の顔 をのぞき込むと 次の作品に移っていかれました。それは この時点で私はこの型紙を紛失していたからです。 これを染めた三ヶ月前の日 私は 今の夫との デートの約束に気を取られ 染場に型紙を忘れて帰り その後 どうしても見つからなかったのです。 自分の粗忽さをこの時ほど身にしみて感じたことはあり ません、 六十年前の今はもうはるかに消えて行きそうで でも消えない(消せない) 型紙は消えても これも やはり 芹沢先生の大切な想い出です。
はやばやと梅雨があけ 永の夏が始まるのでしょうか。
どうぞ先生 奥様 共々お大事にお過し下さいませ。    神奈川・二宮町   高城由美子

* わたしたちにホンの少し若い方、われわれはずうっとお若い方と想っていた方の 筆のやわらかに滞らないこと、嬉しくなるほどの一編のエッセイを詠ませて戴いた。

☆ 拝復
災害の報かけめぐるなか、福井ひかえておりますだけに原発はだいじょうぶかの不安つのります。
「穏やかでおれなかった『平成』」身にしみます。
「湖の本」140  ご恵与たまわりありがとうありがとうございます。回覧していた卒業生、先年逝去の方に続いて、この四月亡くなり、本が私どまりになり残念でなりません。
あの鋭い論法にして正論の猪瀬直樹でも金銭誘惑にひっかかるのか不思議でなりません、こと政治家、全幅の信頼など無理なことでしょうか。

友の家に出征旗はや山法師

この時期 友のさびしさ想いやることもなく過して 少国民の頃を反省しています。
二十年経っても色あせぬ(「一筆呈上」等の)批評の数々敬服いたします。
お揃いでお大事に  遅くなりましたが お礼言上まで  草々  神戸市  周  神戸大名誉教授

* 広島大、ノートルダム清心女子大、作新学院大から、「湖の本」140受領の来信。

* 印刷所から、選集26  湖の本140 へ、ドッカーンと請求書。

* 感謝、そして感激。

☆ 連日 暑い日が続いております。
いつも湖の本 ありがとうございます。
御節介かと思いますが 地方紙の「歌壇」に 元 みすずや書店主 竹内正様の短歌が載っておりました。
お送りいたします。
今後ともよろしく御指導の程お願い申し上げます。  群馬・桐生市   住吉一江

☆ 『桐生タイムス』 六月二十七日号 「歌壇」に

時流には乗らず読みたる秦さんの
「みごもりの湖(うみ)」今も心に    竹内 正

* 竹内さんも ご病気まで 熱心な「湖の本」を愛して下さった購読者だった。一度、保谷のわが家まで尋ねて見えたことさえあって、覚えている。それにし ても「湖の本」創刊から三十二年で、新潮社から新鋭書き下ろし長編小説として『みごもりの湖』が世に出たのはわたしが上京・結婚このかた十五年半勤めた医 学書院を退職の翌日、昭和四十九年(一九七四)九月一日だった。四十四年もの大昔になる。そして「湖の本」でも上中下の三巻で復刊している。竹内さんは本 屋さんであって本の入手も読まれたのも早かったろうと想われる。
なんという、懐かしい、嬉しいことだろう。
群馬県、ことに桐生市の読書会はよく呼んで下さった。群馬県内には住吉さんや竹内さんのように久しい親しい読者が多かったし、今も。冥利を覚える。

☆ 近況
少しご無沙汰してしまいました。
台風の影響とか、昨日、今日明日は雨降り、盛りを過ぎた紫陽花がたわわに、時折激しく揺れています。
昨日はサッカーで少し気落ちしました。特別熱心に応援していたわけではありませんが、夜中に目を覚ましてテレビを見ると 2対0で日本が勝っていたのです!
次に見たのは2対2の同点、そして終了直前に敗れました。勝負はそういうものと思っても落胆。そ
れでも彼らはよく頑張りました。
先にメールしたのは何時かしらと遡ってみましたら 6月19日(桜桃忌)でした。18日の記載に 庭の白韮のことが書かれていたので、思わず韮寿司を思 いました。岡山の黄韮寿司が有名ですけれど。白韮、黄韮が手に入ったら試してみてください、寿司ご飯に載せるだけですから。
そして最近のネズミの件。
大変でしょうが、特に夏という季節柄、早急に衛生面での配慮が必要かと思われます。できる限り綿密に調べて、出入りできないよう、駆除のための薬も、業者に依頼する必要があるかもしれませんが・・。
そして猫ちゃんも。いずれにしても早く解決できるといいのですが。
わたしの生家は食品を取り扱っていたので 特に気に懸けていました。
小さい頃の思い出があります。戦後ですからハエやネズミは日常に存在して、夜中になるとネズミが天井を走る音は何やら怖かったし、物置で生まれたばかりのネズミを見た時は驚き、ネズミ捕り器の中のネズミを可哀そうとも思いました・・。
「雨もよいをものともせず、たかいところで涼しく舞っている」鳶の状況ではありませんし、特に、「たかいところで」どころか地面を這いまわっている感じ がします。少し腰を痛めてママならぬ日常で、祇園祭の京都に行くことを願い、夏の旅は諦め、秋になったら旅に出かけたいと思っています。
絵は少しずつ。少しご無沙汰してしまいました。台風の影響とか、昨日、今日明日は雨降り、時に集中的に、と。ま、それなりに進んでいきます。大きなもの、小さなもの取り交ぜて並行して描いています。先週は教室の人たちとの展覧会があり、その方の用事で過ぎました。
とりとめないメールになりました。
東京はかなり暑い日が続いているようですが、くれぐれも体調に留意されますよう。そしてお仕事が一歩も二歩も先に進むよう。
鴉こそ 元気で元気でいてほしいです。  尾張の鳶
2018 7/4 200

* 寺沼輝幸さん、金田小夜子さん、過分のご支援を戴く。

* 神戸の岡田昌也さん、大きな焼きあなごを二本、送ってきて下さり、いっそ、永田澄雄さんに戴いていた「オールドパー」をコクコクと傾けながら、早速ご馳走になった。美味。

* 鳴門教育大、神奈川県立文学館、二末学舎大、常磐大から「湖の本」140じゅりょうの挨拶があった。

* 吉備の人から、お気持ちの籠もった、「酒一筋」岡山の名酒「赤磐雄」の一升瓶が二本、美しい化粧箱入りで夕方に頂戴した。
焼きあなごがあり、焼き鮎があり、幾種類もの好きな京野菜を妻はわたしの歯に食べやすく刻んでくれている。奴の豆腐もうまい味噌もある。
真夏の日本酒は、冷やしても燗でもそれは美味いのです。有元さん、ありがとう存じます。
お一人の日々がお寂しいことと いつも胸を痛めお噂しております。吉備までもお見舞いに行けるといいのですが。意気地なく、毎日家に籠もっています。ま、「読み・書き」には懸命で向かいおります。
2018 7/6 200

* 夕食前に、今日届いた「三田文学」で、坂本忠雄(元・新潮編集長)さんが石原慎太郎氏への聞き役を勤められた長い対談を読んだ。次号にも続くらしい。
石原氏の例の両手足をふりまわして一人舞台のような言いたい放題は、ほとんどわたしには縁がないなりに、二人での話題に登場の、小林秀雄、永井龍男、大 久保房男等々多数の今は亡き文壇人の名前には、私なりの懐かしい交渉や接点があって、そんな思い出にも手伝われてついつい読んでいった。
小林秀雄という人があつて私の「清経入水」選者満票の招待受賞はあり得た。わたしは私家版を小林さんにおそるおそる謹呈はしていたらしいが、筑摩書房の 「展望」も「太宰治文学賞」の存在も全く知らなかった、それほど「遠い外」にいて一気に文壇へ招いて貰った。あの大冊「本居宣長」を人を介して当時の勤め 先へ贈り届けても下さった。中村光夫さんから、「あんたのような人がもっといなくてはいけないんだが」と文壇へ慨嘆の言を聴き、また吉田健一さんに小説 「閨秀」を朝日時評の全紙を用いて絶賛されたときにも、わたしは小林秀雄という人の存在を見えない電波のように感じていた。
ただ、わたしは、石原氏がまさしく文壇での賑やかな先輩同輩後輩との付き合いようを謳歌されているのとは逆に、めったなことで人に文壇人には顔を合わさ なかった。本のやりとりに限ろうとして、会わなかった。それでも、作品『廬山』を芥川賞に推して下さった瀧井孝作さんにはお宅へ何度も呼ばれ、また同じく 永井龍男さんのお宅へも、一度だけ「帯」を戴いた単行本『廬山』を持参し鎌倉まで出向いた。瀧井さんにも「本」の帯を戴いたことがあるが、本の題を「糸瓜 と木魚」にしたかつたのに版元のきつい註文で「月皓く」に換えられていたのを瀧井先生は無視され、帯では「糸瓜と木魚」を大きく取り上げて下さつて、とて も嬉しかったのを忘れない。
永井龍男さんはコワイひとだったと対談の二人とも話されてたが、わたしにはいつも親切に優しい方であった。わたしが甚だ反文壇的な「湖 の本」を始めると、永井先生はすぐさま、十数人もの購読者を紹介して下さり、実に有難く励まされた。おなじ事は福田恆存さんも、あッという間に御親切にご 配慮下さった。嬉しかった上に、ビックリした。劇場で、初めてご挨拶したとき、「アア、想ってたような人ですね」と、それは優しい笑顔だったのにもビック リした。
井上靖さんに中国まで連れて行って戴いたのも、ある日突然に御電話で誘って下さったのであり、むろん同行した他の作家・詩人らとも、その折が初対面だった。
「群像」の鬼といわれた編集長大久保房男さんとの接触がいつであったか、俳人の上村占魚さんが紹介して下さったのだろう、「群像」との作のヤリトリは一 度も無かったのに、亡くなるまでそれは親しくして戴いた。その余恵のように、今も、「鬼」の弟子と自称の徳島高義さんや天野敬子さんのご親切を毎度得られ ている。しかし、このお二人とたとえ道ですれちがっても、わたしは見わけられまい、さほどまでわたしは、概して文壇の人たちと は「淡交」に徹しながら作家生活を六十年近くも続けてこれたのだ。

* ただ、淡交の親交者は、文壇を遠くはみ出て、文化界のひろくに、我ながら驚くほど知己を得てきた。わたしは孤立して生きてきたのでは、全く無い、ただ残念なことに多くはもう先だって逝ってしまわれているのだが。

☆ お見舞い頂き
有り難う御座いました。雨、水 ともに避けてくれていますようで、変わりありませんが、まだ雨は降る様です。
祇園さんのお祭り懐かしいですね、歳久しく、色々と思い出が!
今日は、雨の中 地区のシニアの(老人)会の七夕会へ行って来ました。いい知り合いも作って置かないと—-
京の様子、ずいぶん変わりましたけれど、お祭り時分の嬉しいようないい気分に変わりありません。何とか、頑張って帰ってみえられませんかねえ。お逢いしたいよね!  京・東山   華

* 桂川のもの凄い荒れ、鴨川のこわいような増水。そんな映像でさえ、京都は心を惹く。秦の菩提寺は高野川と賀茂川が合流し鴨川一筋にぐっと大きくなる、 その其処の東岸に在る。久しく掃苔も墓参も出来ていない。せめて家の墓の守役は務めて呉れよと息子に頼んではあるが、嫁も子もなく、手は届いていまい。息 子は、はや五十歳。もう何を歎いても仕方がない。ときに、生母の故国近江大津辺にでも小さな家を見つけて移転しようかなどと妄想したりする時もある、が。 いやいや。

☆ 今夜は七夕
とは言え、西はまだ雨。
実家は大丈夫だったようですが、地元の小学校に避難した人もいらしゃるとか。  九

* 七夕は、むかしの暦にしたがえはむしろ九月に近い。愛蔵している飛鳥井雅章七夕懐紙の和歌も、今夜では逸れて想われる。ただ、笹の葉さらさら軒端に揺れる という唄われる笹は、若い笹の昨日今日にのびざかりのが、文字どおりささやかに似合っているのかも。
一年目どころか、何年も何年も何十年も、七夕にも逢えていない人が、たくさん、誰にも、いるこどだろう。夢を頼むしかないと想う人が今夜も数え切れまい。
2018 7/7 200

☆ アネア動物病院の横町です
秦さま  こんばんは。
先日は湖の本をありがとうございます。すぐにお礼をしようと思っていたのに、先に秦さまからご連絡頂き恐縮しております。仕事、家事、育児など日々の生活を過ごすだけでいっぱいいっぱい、お盆に1週間ほど娘を金沢の実家に預ける予定なので、その時にゆっくり読ませていただきます。
マーゴちゃんが亡くなってもう2年になるのですね。
病気で 家での補液が必要になる猫ちゃんが来院される度に スタッフみんなでマーゴちゃんの話をしています。
ちょうど本を頂いた2日前に、私が病院の外を見ていた時に 秦さんが自転車で輸液剤を取りに来られていた以前の状景が目に浮かび、スタッフに 「秦さん元気かな?」と話していたんですよ。
虫の知らせだったのかもしれませんね。

奥 様のお体がとても心配です。メールを読みながら心臓がバクバクしてしまいました。看病もきっと大変でしたね。いつもニコニコされてた奥様の笑顔が、これか らも永く続くことを願います。これからもご夫婦仲良くお元気に過ごすことができますようお祈りしています。今年の夏はとても暑くて、気圧の変化も大きく、 体調管理がとても難しいので あまり無理なさらず、お身体ご自愛ください。
またお会いできるのを楽しみにしております。メール とてもうれしかったです!
2018 7/8 200

 

☆ 謹啓
ヤケに涼しい今日ですが 二、三日後は猛暑に戻るとか。ご体調、慎重に気づかわれながらお過ごしと存じます。このたびは『湖の本140』を頂戴致しまして誠に有難うございました。
2001中心の「有楽帖」 活溌な行動力と好奇心で歌舞伎やテレビ等、鑑賞される姿に圧倒されました。いつもながら沢口靖子へのご贔屓もホホえましく。
また「大波小波(一筆呈上)は、元編集者としても現場意識働き、「純文学の鬼」大久保房雄師匠へのご指摘も誠に意を得、末尾のペン名前(?)も愉しみな がら付けられた曲球、直球面白く。結構やってたのですね。何といっても圧巻は、「穏やかでおれなかった<平成>」です。「吹くからにアベノミスクのうそく さい屁よりも軽き自画自賛かな」賛成。「大波小波」が20年近い前の発言とは思えぬリアリティに打たれます。
御共々に弥栄に。     徳島高義   講談社役員

☆ 満32年
おめでとうございます。
凄すぎます! 尊敬の念しきりです!
どうぞ、いつまでもお元気で!   日比幸一  元。筑摩書房編集部

☆ 七月五日の
断続的な大雨で 四条大橋からの水量がびっくりするほど嵩さを増し、嵐山の渡月橋では濁流に怖さを覚えました。 六月の地震といい 永年なんとなく免れ ていた天変地災も順番が来たか!という思いです。 今までひと事の様に眺めていたところがありましたが、心して受けとめなければと思っています。    京・有栖川   桐山恵美子   読者

☆ お暑さも本番となりました。
ご高著『湖の本』を賜りまして御礼申し上げます。
<穏やかではおれなかった「平成」>は、いろいろな示唆をいただきました。アベノミクスで見えていなかったことを気づかせていただけました。いつも本当にありがとうございます。
御身お大切にお過ごし下さいませ。  大阪・吹田市  阪森郁代   歌人

☆ 秦先生
おはようございます。 メールをありがとうございます。 昨日に頂戴しておりましたのに… 返信が遅くなり、恐れ入ります。 ご心配をおかけ致しましたが、私は無事に過ごしております。 ただ、出社できない方がいたりもして… また、商品の製造ができなくなったり、配送に支障があったりなど、様々に影響があり大変です。 少し落ち着きまし たら、改めまして。先生のお心遣い、嬉しゅうございした。 御礼申し上げます。 暑い日々、どうぞお大切にお過ごし下さいませ。 京・鷹峯   百  拝
2018 7/9 200

* 京・祇園の同級生橋本嘉寿子さん、亀屋則克の珍しい、と謂うも、この季節に少ししか作らない涼菓、磯馴籠(そなれかご)入りの「濱土産(はまづと)」を選んで送って下さった。蛤に、寒天と砂糖などを一緒に煮つめたものを流し、まんなかに濱納豆一粒が入る。風流な磯馴籠(そなれかご)に入って、真夏だけのめずらしいつ京の名菓。感謝。

* 能の梅若万三郎さんも、まことに珍しい洋菓子を銀座から送って下さった。有難く。

* 京。山科の馬場俊明さん、涼しそうな蕎麦をたくさん頂戴した。感謝。
2018 7/10 200

☆ 秦 恒平様
このたびは過分な御著書をいただき身に余る思いであります。
桐生タイムス歌壇につたない文を出して須田利一郎選者の門をたたきました、その一首が六月の歌壇に入選いたしました。

時流には乗らず読みたる秦さんの「みごもりの湖」今も心に  竹内正

これも「みごもりの湖」が心の底にもぐっていたからです。ありがとうございました。
「生きたかりしに」 貴重な著書 拝読させていただきます。  群馬・桐生市

* 東大大学院文学部、選集26 湖の本140 受領の挨拶があった。
2018 7/10 200

* 秦先生、

ご無沙汰しております。転居したままご連絡差し上げず失礼致しました。

現在、私は吉祥寺に住んでおります。3年ほど前に引っ越しました。

住所は以下の通りです。

*********

後楽園は大学から近くて良かったのですが、手狭なのと、窓を開けると車の騒音がうるさく、子どもも産まれて何かと不都合だったもので、今のマンションに引っ越しました。

井の頭公園や動物園があるので子育てに良いだろうと思って選んだのですが、緑も多く、車の音も滅多に聞こえないので快適です。
私の方は相変わらずでして、気の晴れるような良いニュースには残念ながら恵まれずといったところです。やはり40台半ばという年代はしんどいものなのでしょうか。
今まで忙しいとか大変だと思ったことはあっても、こうも長期に亘って「しんどい」と思ったことはあまり無かったのですが。
しかし、今回の大雨で被災された方々のことを思うと、生活のことで大きく悩むこともなく仕事に打ち込めているのですから贅沢を言っているのかもしれません。

義理の両親が広島におり、今回は幸いにも大きな被害には直接的には遭わなかったものの、

高速道路等が分断されているため流通が滞り、スーパーから食品がごっそりと無くなったそうです。

飲食店なども軒並み閉店していて、生活に大きな影響が出ているようです。2011年の東北の地震の際、東京のスーパーやコンビニの食料品売り場の棚が空っぽになったのを思い出しました。

あまり景気の良い話でなくて申し訳ありません。

先月は学生実習の担当でバタバタとしていたのですが、ようやく時間も出来て参りました。先生のホームページも時折拝見させて頂いております。奥様のご病気、大変でした。しかし快方に向かわれて良かったでした。

私と同年代の東工大卒業生とも会われたそうで、羨ましく思います。保谷と吉祥寺は直線距離では近く、電車ですと大回りしなくてはなりませんが、バスが走っていたかと思います。そのうちにご都合の良さそうな時にお目にかかれましたら幸いです。

暑い日が続きますが、どうぞご自愛下さい。

それでは失礼致します。     岩﨑広英

* 院からは東大へ、そしてアメリカの超一流大学でながく研究生活し東大へ帰還してきた学生君。自身の考えを堅実に持ち、メールを交しながら、いろいろわたしが教わった。聞いてみたいことはむしろわたしの方に今もある。いい家庭人でもあるだろうなと想う。
2018 7/10 200

☆ お元気ですか、みづうみ。
仔猫ちゃんをなんと二匹もお迎えになられたとのこと、おめでとうございます。さぞ賑やかなことでございましょう。強力助っ人登場でネズミの問題は解決ですが、しばらくみづうみと奥さまは、二匹の可愛さと元気さにふりまわされるに違いありません。
建日子さんの仰るように、絶対に室内飼いをお勧めいたします。保護猫の施設でも里親の第一条件は室内飼いでそれを実行できる里親にしか譲渡されません。 もともと野良猫という場合でもない限り、みづうみのお考えのように外に出すことは、猫の幸せではないようです。その説明を詳しく書いているサイトはたくさ んありますので お手隙の時にお調べいただいても……。外は病気の感染リスクや交通事故リスクがいっぱいです。室内飼いで猫は充分幸せに生きられる動物です。朝早く外に出してあげたり、帰ってこないと心配したりと、みづうみの生活を乱す心配もないほうがよろしいかと思います。
仔猫ちゃんたちの姿を想像するだけでニコニコしています。どうぞ楽しい猫ちゃんズとの毎日をお過ごしください。

さて、話かわりまして、一つ質問させてください。

7月3日の私語に下記のような文章がございました。

初出の書籍から依頼執筆分をとにかくコピーしておかねばならないのが、まだ身のそばに、押し入れに、二階にも階下にも「凄い」量が残っていて、いちいち 機械に入れて保存するのにひどい手間と時間が掛かる。いくら掛かろうと放っておくワケに行かない。健康さえゆるしてくれるなら、「湖の本」の200巻な ど、何でもない。よう書いていたものだ。本は「むずかしく」てたくさん売れなくても、原稿には原稿料が必ず支払われていた。おかげで「選集」が豪華な非売 限定本でも、「湖の本」が赤字を出していても構わずやって行ける。地道に暮らしても行けている。次から次へと、もう依頼原稿は書きませんのでと断るまで、 たくさんたくさん書かせてくれたたくさんな版元を、今も、有り難いと思っている。 2018 7/3

 

依頼原稿は書きませんので、とお断りになり始めたのはいつ頃からか具体的にお教えいただけますでしょうか。みづうみが、文学者としての在りかたを変えていった時期というのは、秦恒平論を書く際に必要な情報かとおもいました。答えるに能わずということでしたら、この質問どうかご放念くださいませ。いつもとりとめないことで申しわけございません。

夏風邪は流行していますし、熱中症になりかけたという話もよく聞きます。クーラーをつけていても暑い毎日です。
くれぐれもご自愛くださいますように。 藻  藻刈舟雨ふる方へ帰りけり  子規

* ありがとう。

*  わたしは、書いて発表する日々に入ると、すぐデータを妻にカード化して貰い初め、よくよくの不注意がない限り、何頁から何頁にいたる掲載誌や新聞や版 元の全部を残してきた。それがあって、初出記録も作れた。三宅貞雄さん(朱心書肆)に満五十歳記念の限定美装本『四度の瀧』を作って頂いたとき、巻末に妻 が作成の「初出全書誌」を入れてもらった。福田恆存さんにまだ五十、若いのだからもっともっと「書く」ようにと叱られた。で、「湖の本」創刊へ踏み込んで いったのが一年後の昭和六十一年桜桃忌だった。むろん、その頃以降もながく原稿依頼に応じていたから、カードは増え続けていた。平成二十一年には「湖の 本」創作の五十二巻めとして「自筆年譜・一(作家以前)」と「全書誌」を刊行している。
それ以降のどの辺から、もう依頼原稿はことわって好きにホームページでだけ仕事しようと決めていったのか、妻が書いていた初出カードを調べればおおまか にその時期の見当はつくだろう。ともあれ、今年に相次いで紅書房と雑誌「myb」の依頼に応じたまで、かなりの期間わたしは依頼原稿を書かなかった、書い ていたとすると依頼と持ち込みの上手な「myb」一度か二度短文を上げたかとおもう。
先日やっとこさでデカイ本から原稿を電子化した「大歳時記」の各所に妻がデータを書き出してくれた初出カードが挟まれていて、一九八九年になっている。 大袋に詰め込まれた沢山な中の『円地文子事典』に気儘な思い出を書いていたのが2011年とあり、ま、この辺が依頼原稿を受け入れた最期の方かと漠然と思 われる。
『四度の瀧』の初出一覧に継ぐ作業、カードはほぼ書き取れていても、もう整備する手も時間も無い。せめて妻が書いていたカードの散逸を防ぎつつ保存して おくだけ。それさえあれば、五十歳時作成の前例に倣えば、続きがつくれる。残念ながら今はそのための余力が妻にもわたしにも無い。
2018 7/12 200

☆ 暑中お見舞い申し上げます。
自分の生活の凡なるにつけ、西の方の人たちのことを思いやって心をいためているこのごろです。
さて、『湖の本』を拝読していますにつけどうしても一気に読みきることは無理で、栞が必要になっきます。誌中にさしこまれている添書を使ったり、てぢかな紙切れをはさんだりしています。
ふと思いついて、年賀状に使った版木を利用し、手元にあった和紙に刷ってみました。予想には、すてきな栞になるはずでしたが、刷りあげてみますと、何とも不粋な仕上りになってしまいました。
木と石という材料は異なるものの、木山氏や大西氏(=湖の本奥付の印の刻者)に申し訳ないような模刻になってしまいました。
当初は、読者の皆さんに『湖の本』にさしはさんでもらって、なんかと思っていたのですか、これではさしあげるるといえたものではないですね。
取り敢えず何枚か刷ってみましたのでお送りします。ダメモト覚悟ですので、捨てるお手数をおかけします。
墨は、古梅園の「お花墨」を刷って使いました。スタンプやコピーでないので、紙ー頁を汚すことはありません。
以上暑さ凌ぎのお遊びでごめんなさい。
お二人の平安をお祈りしています。    井口哲郎   元・石川近代文学館館長・小松高校長

* なんと心温かな嬉しいお便りかと、ほろりと心励まされ力づけて頂いた。なんともこころよく清潔な栞で、まっさきに私が「湖の本」のまた「選集」の栞として頂戴する。妻もしっかり手を出している。
濫読(とは自身は思っていないのだが)に近い読書家のわたしにいつも栞は不足し払底して、手近な紙切れを千切ってくるほどにして間に合わせている。今西祐一郎さんか館長さん時代にはよく研究資料館特製の栞を贈ってきて下さったが、それでも足りなかった。
井口さんお心入れを忝なく戴いた上で、もし可能なら送本に添え、久しいお馴染みの読者に貰って頂けたらいいなと思う。皆さんに行き渡るようにというので は、刷って頂くお手間が大変になる。が、うんと引き絞っても五百か。費用をお支払いしますと謂うて受け取って下さる井口さんとは思われず、ウーンと夫婦し て唸っている。刷るには墨も紙も、何より労力と時間とが、ぜひ必要になる。いかん、いかん。ダメです。
2018 7/12 200

* 昨日 新潟の光明寺さんから味わい佳い蕎麦を頂戴した。
淡路の、世界的な童話画家田島征彦さんの、七年ぶり「そうべえ」の新作を頂戴した。むかしむかし朝日ジャーナルに連載の『洛東巷談』に、豪放な挿絵を担当してくれた。選者を務めていた頃に、京都美術文化賞も受けてもらった。
征彦さん描く淡路島の「閑静居」を紹介しておく。遠い海を航く船影こそないが、わが「ハタさんち」に似ているのです。

田島征彦・畫  淡路の閑静居

* やはり昨日、和歌山・すさみ町の魚問屋「大五」(妻の母方従弟が経営)から、いろいろな干物を、いつものように、たくさん貰った。

* 今朝、小松市の八代啓子さんから 心涼しく美味しい 極めつきの「葛切り」を八つも頂戴した。
金沢市の金田小夜子さん、金澤のめずらかな海産物を、とりどり選りすぐり頂戴した。
2018 7/13 200

☆ 鴉に
今、東近江の能登川駅。京都行きはいつも鈍行列車の、尾張の鳶です。
みごもりの湖の世界を想います。

* 東近江の能登川は、生みの母の故家があった町、あれは中山道の宿駅でもあったろう。そしてまぢかに作家の川島民親さんの五個荘町がある。

* 祇園会は御神輿の渡御。みごとな夕立に遭ったこともあり、御神輿のあまりの重さに、戦後のひ弱なバイト青年たちが担ぎかね、立ち往生の歳もあった。昔 も今もそれは美しい金色燦爛、八角、六角、四角の御神輿に、いつからか子神輿も加わった。有済学区の若松若竹町だけは、きまって最重量の四角神輿を、いち どもへこたれずに担ぎ通してきた筈。そんなことでも応援していたんだと、懐かしく思い出す。
2018 7/14 200

* 井口さんへ 「湖の本」の栞を刷って戴けるかなあと。この場から打診のようなお願いをしたのを引き受け手下さると。恐れ入ります、この熱暑のおりで す、すこしもお急ぎなく、お気の向くままゆるゆると刷って下さいまし。「紙は、むかし版画に凝っていたころに求めた買置はいくらもあります、使えば紙への 功徳? にもやと思います」と。お気遣いのことも、そのように致します。感謝感謝。
2018 7/14 200

* 吉備の人 有元さん、名産の美味い葡萄ピオーネの大房を二つも送ってきて下さった。有難うございます。何のお返しも出来ないで心苦しく家にこびりついています。お変わりなくお元気にと心より願っています。
2018 7/15 200

* 勤め先で「庶務課」の責任をもつことになり、(夜前の夢です。)社に来客があれば茶をたてて供することにして以来、社内で立礼の茶法を習いたい者が何 人も出現、専務や編集長の奨励もあって稽古をはじめた。希代な、ありうべくない夢ではあったが、医学書院で十五年半の編集者務めのあいだに、わたしたちの 結婚して二年暮らした市ヶ谷河田町でのアパート一室へも、うんと遠くなった当時保谷町の社宅へまでも茶の稽古に通ってきた人らが何人かいたのは事実。
同じ社宅の独身寮にいた人らにも稽古を頼まれ、建日子誕生の数ヶ月前まで教えていた。その同じ社宅住まいだった後輩編集者の一人が、のちに、東北学院大 教授から米沢短大の学長さんまで勤め上げた仙台市住まいの遠藤さん。いまも久しい「湖の本」の読者、よく仙台名産の美しい蒲鉾など送って来て下さる。
社宅のお弟子には、もう一人遠藤さんの仲良しのお連れがあり、その二人に何かのおり戴いた白玉(しらたま)の小ぶりの湯飲みたちが実にいい姿と上品な色 で、何十年にもなるが、お正月にはかならず福茶の用に愛し続けている。ふしぎでもないが、多年愛用しつづけているとわれわれ夫婦とも、下さったその人をた ちをそれは心親しくよく想い出せて、何十年も再会していないなど、思われない。
2018 7/16 200

* 尾張の鳶、祇園会の鉾の写真など送ってくれました。
2018 7/16 200

 

☆ 祇園祭
昨日、山鉾巡行を見た後、祇園さんに手を合わせ、連日のあまりの暑さに早々に退散して(尾張の)家に戻りました。本当は暑さにめげず歩き回りたいのが願いですが、年寄りの冷や水ならぬ熱中症は避けなければ・・と。
長刀鉾が九時に動き始め、わたしは四条通りの南のアーケードの下を烏丸から河原町まで歩いたのですが、それだけでも大変でした。高島屋の開店を待って思 わず店内の椅子に腰かけて一休みしたほど。折しも画廊で愛知芸大出身の日本画家の展覧があって、お世話になっている先生の絵もあり、そこでも一休み。
とにかく暑かった、です。
日曜日の宵々山には、絵の教室が夕方に終わって、祇園祭に行ったことがないという人を「案内」して菊水鉾、放下鉾、蟷螂山、鶏鉾の辺りを廻りました。できるだけ混雑を避けて歩いたのですが、彼女には楽しんで満足してもらったかなと思っています。
二年前、宮脇売扇庵に立ち寄り、祇園祭を一緒に楽しんだ友人は六月に亡くなって、思うとスーッと寂しさに取り囲まれます。
八坂神社は暑熱の中、いっそ静かな感じでした。
用事ができて器械から離れます、あらためて書きます。
くれぐれもお身体 大切に、大切に 過ごされますように。 尾張の鳶

* ありがとう。
祇園さんにお参り下さり、ありがとう。
面白くて珍しい鉾周囲の情景も楽しみました。 御苦労さま。 鴉

* 上のメールを追いかけるように、祇園さんの厄除け「蘇民将来子孫」のちまきをはじめ、「老松」の王朝菓「御所車」 若狭屋の珍しい「稚児餅」などを送ってきてもらった。さっそくちまきは玄関外
に掛け、またいいお茶を淹れてご馳走になった。妻は「稚児餅」を声に出して嘆賞。
重ね重ね ありがとう。
2018 7/18 200

 

☆ 栞
○ 手元にある用紙を総動員しました。紙質はそれ故 玉石混淆です。
○ 版木は、シナベニヤは量刷りに耐えられないので ホウに彫り直しました。刻は原作に近くなりましたが、ムード的には、前作がよかったかも知れません。
○ テレビを見ながら(スモウなど)の作業でしたので、心身の疲れは全くありません。
○ 数は足りないようですし(正確に数えていません。)、紙質に納得できないものがありましたら、版木ありますので増刷り可能です。(紙は新たに探します)
○ 前述のように栞に可能な紙を手当たり次第に使いました。人様にさしあげられないものも含まれているかも知れません。刷ったものをすべてお送りしました。
○ シミ、シワ、ヨゴレなど、自家用使い捨てにでもできましょうか。
○ 『湖の本』が出そうなので急ぎました。
順不同にお伝えしたいこと以上です。 とり急ぎ  井口哲郎  前・石川近代文学館館長

* びっくりポンの素早いお仕事に 心より恐縮 縮みましたが、嬉しいです。
刻の、清潔そして温和、お人のままに表れるのに、感じ入る。
とりあえず、この場で深く御礼申し上げます。
このホームページでわたしからの思いや言葉は通じるのが嬉しい。わたしは、もう久しく自筆でどなたにも手紙というものが書けないほど、手先、指先が痺れ 震えたまま、辛うじて、ぶざまに一本指で機械のキーを押してモノを「書いて」います。メールのほかでの返礼・返信は尽く妻が季節のはがきで書いてくれる。 助けられている。

* 佳い「栞」です。 さ、どのように読者のみなさんに差し挟んで上げられるかナ。 2018 7/18 200

☆ 暑中お見舞い申し上げます
いつも「湖の本」をご恵投いただき有難うございます。
かつての「大波小波」には記憶に残っている内容があり、歳月の重みをかみしめました。
今夏は異常な暑さが続いています。
くれぐれもご自愛専一に願い、ますますのご健勝をお祈りしております。
三〇年盛夏閻魔詣りの日    重金敦之   エッセイスト 元・朝日新聞記者

* 大正大学の野呂芳信さんからも「湖の本」一筆呈上への謝辞が届いていた。
2018 7/18 200

* ありがたい多大のご支援があり、ただただ、感謝。

* 栃木に、いいエッセイを書かれる渡辺良枝さんがおられ、ペンの会員に推薦した。もう高齢でずいぶん以前に亡くなられたが、ご子息がいまでもご丁寧な季節の挨拶を送って下さる。ご縁である。
2018 7/20 200

* 四国の榛原六郎さん、同人誌「滴」を「謹呈の辞にかえて」 「薔薇の夢」と題したお祖父さんをしのぶ小品が送られてきたのを、今、読み終えた。五月に は六十九歳になったとある。老文学青年の筆致には骨が通っていて、しっかりもし骨ばる気味もあるが、志賀直哉に深く学んだ人のまだ成熟して行く筆つきで頼 もしい。まだまだ、書けると思う。

* それより更に驚いて、いわば「奇遇」を賛嘆したくなったのが、彼榛原氏の「滴」巻頭「短歌八首」と題したこれも思い出の小品。
短歌八首がまず並んでいて、高校生のときの宿題作だとある。ま、その出来ばえには触れない、驚いたのは宿題を出した先生というのが玉井清弘さんだとい う。おおーっと声が出た。玉井さんは、わたしが朝日新聞だったかの短い短歌時評を四度ほど連載した一度にとりあげて称賛した歌人であった。そして玉井さん は今もわたしの「湖(うみ)の本」の久しい購読者でいて下さる。いい先生に習ってたんだ、榛原クンは。
驚きは、まだ有る。「歌人の東淳子さん」がこれまた埴原六郎高校一年時代の「国語の担当教師」だとあるのだ、びっくりポンである。東さんは、初めて歌集 を戴いて以降多年にわたりもっとも優れた歌人の一人として、早く亡くなった河野裕子らとよく一緒に名前を出し、戴く歌集もつぎつぎ愛読してきたひとなので ある、東さんも創刊当初來、今も「湖の本」を購読して下さり、「選集」の刊行をさえ手厚く支援して戴いている。
玉井さんは四国にお住まいでなるほどと思うが、東淳子さんは知り合った頃から奈良に住まわれているので、ひょっとして同姓同名のとも危ぶむが、わたしの 識るかぎり気稟の清質に満ちた歌人の東淳子さんは、一人だけ。榛原産の父君は「コスモス」同人だったとこのエッセイに出ていて、「ジュン子さん」はお父さ んらの歌仲間で「アイドル的な存在だった」とか。びっくりポン、である。

* 「滴」には読者であり、「選集」をしっかと支援して下さっている星合美弥子さんが「丸帯」という短篇を掲載されていて、今、読み終え、ほーおっと息をついている。
豪華を極めた丸帯はお母さんのお嫁入りに締められた品だった。この目くるめくように美しい生地の厚い帯を、お母さんは鋏で切り刻んで、四歳の星合さんの ためのリュックサックにつくりかえ、そのようにして占領ソ連兵らに追われるように無蓋車で旧満州から苦労に耐えて耐えて日本の九州へ帰り着いたとある。
胸のつまる、しかしデッサンの利いた短篇といえば謂える作になっていた。このままでは惜しいがナアという気持ちは榛原さんの「短歌八首」以上にあった。彼はそれと自覚されつつ「薔薇の夢」を書き足し送ってくれたのかも。よく書けていた。

* 同人雑誌は降るように来るが、今度の「滴」のように、作を「読ませる」ものは稀有。おおかたは創作「ゴッコ」に近く、文学の文章文体とはあまりに程遠い。
2018 7/20 200

☆ お電話ありがとうございました。
思いもよらず、先生のお声が聴けて喜んでいます。
ありがたいお言葉をいただいたので、「薔薇の夢」もう少し書き進めてみようかとおもっています。

連日の酷暑、どうぞ無理をなさいませんように。  香川・三豊市  榛原六郎 拝

☆ 秦恒平様
西日本各地で豪雨の被害が出ております。またその後一転して酷暑の日が続いております。お身体の調子はいかがでしょうか。
長い間ごぶさたいたしまして申し訳ありません。ここ数カ月体調をくずしまして、再検査や経過観察のような日々をすごしております。
その間、「湖の本」139,140冊をお送りいただき、また秦文学の根幹にかかわる『選集二十六巻』も頂戴いたしました。ありがとうございました。
先生が「大波小波」の執筆者であったことは驚きでした。多岐にわたる分野への鋭い言及は、「湖の本」の読者であればなるほどと納得できることでした。日々痛快に読ませていただいています。
「罪はわが前に」論、先月、初校をすませました。また「或る雲隠れ考」も、8月になったら送ろうと思っています。
これから体力、気力の回復につとめ、また頑張っていこうと思っています。
祇園祭りだそうです。あの賑わいも雑踏も50年前の出来事になりました。
暑くなります。先生もくれぐれもご自愛くださいますように。 奈良・御條市  永栄啓伸
2018 7/21 200

☆ こんにちは !
まぁ〓 懐かしい お便り有り難うございました〓 お変わりございませんか?
昨年 奥様が icu へご入院との事で 私もその後の事を気にかけておりましたが~
こちらも難病パーキンソン症の発症かと診断されてショックを受け 病院通いの一年間を過ごしておりました!
その後 義兄の3回忌法要と 長姉の一周忌とを 何とか無事滞りなく済ませてホッとしている所です〓
子供の居ない夫婦のお世話は本当に大変ですね〓
正雄兄も 義姉が一昨年病気で旅立って 今は一人ですが 元気に畑仕事など楽しんでいます! 80歳まで無事に過ごせて良かったと あれこれ考えて 身近でお互いに助けあって人生を過ごして行くのが 良いのでしょうか?
災害が多くなった平成も終わりに近くなって 未来を過ごす子供達が明るく幸せな時代を 送って欲しいものですね〓
酷暑の続く毎日ですが  どうぞくれぐれもお身体お大切にお過ごし下さいませ〓
〓有り難うございました〓   奈良・あやめ池   西

* 日吉ヶ丘高で二つ下の、茶道部。兄の伊藤正雄君が同級生だった。病気かと永く気に掛けていたが、持ち前の朗らかに優しい返事があり、安心した。お大事に日々をお過ごしあれ、なにかとコト多くもありましょうけれど。
2018 7/23 200

* 能美市の井口哲郎さんの佳いお便りと写真とを戴いた。写真は身近に、嬉しく心地安らいでいる。

* 吉備の人有元毅さんお心入れの名酒「酒一筋 赤磐雄町」純米の大吟醸をゆっくり戴いている。

* 京都で「シグナレス」というバラエティ同人誌をやっている若い森野公之さんから便りを貰った。いわゆる文藝同人誌ではなく、わたしには名称は分からな いが一種のタウン誌か。最新刊の特集は「さよなら昭和」とあり、去年の一月には「カッコわるい人」というおもしろい特集を編んで、「宇野浩二」「葛西善 蔵」「近松秋江」「田山花袋」「岩野泡鳴」「獅子文六」「尾崎方哉」等々の取り上げかたが面白い。
2018 7/24 200

* 東工大の「文学」で一緒だった井口時男さん(現在は東工大を出、独立の文藝批評家で、俳人とも)と最近連絡がとれていて、昨日も「鹿首」という一風あ る雑誌に、「いつも『湖の本』をいただきありがとうございます。ことに古典詩歌論から学ばせていただいています。ひょんなことから俳句を始め、けっこう楽 しくのめりこんでいます。 この酷暑、どうぞお元気で。2018.7.26」と書き添えて送ってもらった。句集『をどり手』も先頃戴いて教わるモノがあり 感じ入っていた。もうはや堅固な俳境を歩まれている。凡百の同人俳誌に見られない強硬な表現が読み取れる。

* 「鹿首」という、同人誌らしき雑誌の題に驚いたが、「詩・歌・句・美」という提唱らしい。諏訪市の研生英午(みがき・えいご)氏が「編集人」と奥付に 出ている。内部参加人(同人か)と外部参加人(寄稿者か)のかなりの人数で、短歌俳句川柳詩評論美術作がいろいろに詰まっている。なるほど…と思いながら 頁を繰った。
「同人商売」といった感の、しかも綴り方なみ小説同人誌の氾濫ぎみにヘキエキしていたが、「鹿首」はそんな域は跳び越えているよう。ま、特集題の「イメージの血層」などは、鈍なわたしの理解を超えているが、若くて元気と謂うことか。
2018 7/28 200

* 颱風が近づいているらしい。異例の東海から関西、中国への進路が予測されているが、先頃大きな怪我のあった方面ゆえ、事なきをただ願う。

☆ 異常気候らしく
思いがけない進路をとっている台風12号、東京の今の空模様はいかがでしょうか。
こちらは曇りですが まだ明るい空です。数日前までかなり暑い日が続いたので、昨日の34度でいっそホッとしたくらいでした。
昨日本を送りました。北沢恒彦氏の本を読んだことがないと書かれているのを読んだことがあります。偶然北沢氏の『隠された地図』見つけたので、思わず買い求めました。
本の後ろの黒川氏(=創 実兄故恒彦の長男)が書かれた年譜だけを読んだのですが、胸が詰まりました。鴉ご自身と重なる多くの事柄が映されています。
ちょうど昨日のHPに丸山真男氏の『日本の思想』からの感想が述べられており、『隠された地図』の中の丸山理論に関しての著述に、鴉の関心が重なるかと思いました。
もしこの本が既にお手元にあるとしたら・・差し出がましい事とも思いますがご容赦ください。
今日は午後あたりから台風の影響が強まりますでしょうか、くれぐれも大切に、用心して過ごされますように。    尾張の鳶

* 尾張の鳶の好意、配慮、まことに有り難く。有難う。
むろん、甥に当たる黒川創(北澤恒)が亡父北澤恒彦の年譜を詳細末尾ににあげているこの一冊、その署名はオロカ存在をすらわたしは今日まで知らなかった、知らされても送られてもいなかった。
兄の「自死」したのは、江藤淳が七月二十二日に「自死」 を報じられたと同じ一九九九年(平成十一年)の十一月二十二日であった、らしい。二十三日朝六時半頃、恒彦次男の北澤猛の電話で告げられた。やがては「二 た昔もまえ」のことになる。わたしは京都での葬儀にも、思い出の会といった催しにも出掛けなかった。兄の年譜に尽くされていると思う謂わば「北澤恒彦の公 生涯、表生涯」に実弟のわたしは徹底して無縁によそで育って指一本も触れる折がなかった。生まれ落ちて以後に初めて再会したのが、もはやお互い壮年時で、 その後もわたしは「兄の表世間」とはまったく触れなかった。兄とのことで、鶴見俊輔はよく心得ていたらしいが、わざとは触れて話すことが無く、兄について わたしに片言でも話しかけてくれた人は、筑摩の編集長だった原田奈翁雄や作家の真継伸彦、井上ひさし、小田実らだった、われわれの間柄にまったく気がつい てなかったと云い、井上さんは「失礼しました」と、真継さんは「えらい男だよ」と囁いてくれたし、小田さんとは亡くなるまで親しく、「敬愛の気持を込め て」とまで献辞を添え『随論 日本人の精神』を贈ってくれたりした。
兄とは、亡くなる暫く前間で、頻繁に交信したり、時に会って食事したり一緒に人と会ったり忙しく立ち話で別れたり、「往復書簡」をもちかけて京都の話をしたりはしつづけながら、それでも、わたしは
兄の表世間へも兄の知友らの間へも一切意識して顔を出さなかった、唯一の例外は茶房「ほんやら洞」主人の甲斐扶佐義氏ひとりであろう、彼とはわたしの編輯 していた「美術京都」で対談もし写真家として京都美術文化賞を受けてもらってもいる。しかしひの甲斐氏からも兄の遺著のことは何一つ聞き出す機械すら無 かった。

* 兄のことを死以来忘れていたときは無い。つい先頃の「選集」第二十一巻には往復書簡を容れて反響があった。しかし北澤家からはなにも聞けなかった。そういう二人の生まれつきなのだと思うことにしてきた。

* 黒川創のあんだ北澤恒彦年譜にも、わたくしの名前が出てかすかに実親らと戸籍上の関係だけは記録されてある、わたしは恒彦の表社会とは全く無縁に等し かった以上、それが自然なのであろう、記憶の限り、一度だけ兄らの何かの会合で「作品」として「秦 恒平への手紙」というのを読んで発表したと有りびっくりした。その年次をいま覚えていないが、或いは兄弟往復書簡「京・あす・あさって」の実現した昭和五 十四年(一九七九)九月-十月より後日のことであったろう、推量に過ぎない。

* 兄がわたしを「弟」とみた上で手紙を寄越したのは、実は大昔のことで、東京で暮らし始めてからも何度か来信が、時に電話もあって「会わないか」とあっ たが、わたしはその全てを受けいれなかった。芥川賞候補になり瀧井孝作、永井龍男両先生に推された「廬山」を筑摩の「展望」に出したときにも、その作にも 触れながら兄が「家の別れ」というエッセイを「思想の科学」に出して送ってきてくれた。それは読んでいる。が、それでもわたしから兄の京都の勤め先を顔を 出し、ものの十分足らずも立ち話の初対面を実現したのは、ずーうっと後年であった。
わたしはそれを悔いているだろうか。悔いていない。そして出会って以降もわたしは兄と弟とだけの「付き合い」に終始して満足していた。その結果として、 兄はもう死んでいて、わたしの全く知らない兄の知友らの顔を見、声を聴くだけの葬儀にも思い出会にも、とても堪え得なかった。行かなかった。行かなくても 兄恒彦は弟わたくしの内にいつでも入ってくる。今もそう信頼している。

* 兄は筆まめでもあり親切でもありいろんなモノを、仕事の上の書類やレポートなどもたくさん送ってきた。メールになる以前の私信も、長年月に相当量届い ていて、復刻とまでいかなくても書き写して電子化データにはしておけるだろう、もうそんな残年がわたしに許されていそうにないのも慥からしいが。

* 年譜のことにばかり触れていたが、まだ『隠された地図』本文は、一行もまだ読んでいない。北澤恒彦の著書のうち五条坂の陶芸にふれたような一冊が記憶にある。『家の別れ』と総題した一冊がうちにあるのかどうか確認できていない。
ま、兄のそのような本や雑誌へのもの言いは、それこそ北澤恒彦の世界・世間のモノと思っている。「深田(阿部)ふく」と「吉岡恒」との仲にいしくも生ま れ落ちた兄と弟との世界・世間は、「北澤」とも「秦」とも縁の切れた別の「身内」なのである。それがわたしの向こうまで持って行く覚悟である。

* 「湖の本 エッセイ20 死から死へ 闇に言い置く」の末尾で、兄の死を思い新たに悼んだ。

* 兄の『隠された地図』本文の三編は、いずれも私の理解や関心の外にあった。もののみごとに私たちの知的理解や関心の範囲はズレていて、接点は、やはり、往復書簡で交叉し語り合えた「京都」であった。
2018 7/28 200

☆花火大会
秦先生 こんにちは。
ご無沙汰致しております。
隅田川花火大会は昨日延期 今日になりました。
早くからご連絡せず申し訳ございません。

もし今からでもいらっしゃるようでしたら、ご連絡下さい。
浅草稽古場におりますので、駆けつけます。
暑いので、お気をつけてください。よろしくお願いいたします。  望月太左衛

* 太左衛さん
颱風は東京をそれて行きましたが、まだまだこの季節は永く、さきが案じられます。各地へ移動なさるにもお大事になさってください。

去年の 雨の花火を懐かしく思い出していました。 あれから妻の二度、三度の入院など有り、わたしも日々の疲労濃く 今年はご親切に甘えられないなあとも。

日延べになりましたとか、爽やかな花火の夜でありますようにと、私どもはテレビで夜空を仰ぎます。
お誘い、有難うございました。

一昨日は孫の亡くなった日でした。十二年前のあの夏も、二十九日に、天上の孫娘といっしょに美しい花火を見せて頂いたのを想い起こします。涙もろいことでした。

どうぞ お元気で ますます御活躍下さい。
お姉様、お嬢さんへも、お元気でとお伝え下さい。   秦 恒平
2018 7/29 200

☆  秦先生

おはようございます。

メールをありがとうございます。
昨日はお稽古日でしたので、見られないかなと思っておりましたが、欠席の人が多く、たまたま来たお弟子さん二人が花火を見たことないというので、姉のところに連れて行きました。  後半、月が出てきて、 花火、月、スカイツリーのスリーショットになりました。

来年は是非浅草にいらしていただきたく、お願い申し上げます。

奥様によろしくお伝えください。

まだまだ暑いです。

お身体お大切になさってください。   望月太左衛

* 歌舞伎座囃子方の常連望月太左衛門、太左久兄弟のお姉さんで、弟たちを率いるほどの威勢でひろく活躍している太左衛さん。その大鼓、小鼓も、太鼓も、胸の奥へま で美しくとどいてくる。もう何十年か前、国立小劇場での演奏を聴いて震えたのを、なつかしく思い出す。情に篤い親切なお人である。娘さんも藝大のドクターをもう卒業した頃か。お母さんに負けていない。
2018 7/30 200

☆ お元気ですか、みづうみ。
最近の東京の夏はアフリカより暑いそうですから 生きているだけで大変。サウナとクーラーを行き来しながら脱いだり羽織ったりを繰り返し、体温調節に苦 心いたします。わが家の高齢者も「お迎えが近い」とげんなりしておりますが、もう十年前からそう言い続けておりますので、この時期はただ通り過ぎるのを待 つしかないのかもしれません。
わたくしも少し外出するだけで熱中症気味に頭がボーッとして消耗したり、冷やし過ぎて夏風邪ひいたりの不調続きです。ご近所さんは長袖長ズボンでクーラー設定温度をかなり低くするのが一番、エコに貢献したら死ぬと言っておりました。

そんな毎日ですからみづうみのご不調の感じはいつもいつも心配しています。
一時間もの読書入浴はサウナの中でサウナに入るようなもので脱水や脳梗塞の危険があります。いくらお好きな時間でもこれは体調不良に拍車をかけるものと お見受けいたします。この時期は十分程度のシャワーで充分。冷房の中での読書のほうがずっと健康的です。これからのたくさんのお仕事のためにもおやめいた だけないかと申し上げることお許しください。

今年は台風で隅田川の花火が延期になりましたが、この花火の時期になると、やす香さんを想い泣きながら浅草を歩いていらしたみづうみの「私語」が思い出されます。

ホームページのやす香さんと奥さまの良いお写真を初めて拝見しました。やす香さんがみづうみと奥さまとの時間を、特別な嬉しさで楽しんでいらしたご様子が 伺われます。ベレー帽は被り方が難しい帽子の一つですが、お若いのにマフラーと一緒に上手に扱ってお似合いで、そんなところにもやす香さんの自立したお人 柄を感じました。十九歳でしたが、精神的にはもっとずっと大人でいらしたでしょう。

女には帽子の好きな女とそうでない女、帽子の似合う女と似合わない女があると思っています。帽子が好きで似合うタイプの女は、みづうみの表現をお借りする と「芝居気のある」女でしょう。帽子が似合うかどうかは、顔かたちよりある種の「気合い」があるかないかで決まります。この気合いは演技力のようなもので 「芝居気」に通じます。藝術家肌ともいえます。やす香さんがご存命であれば、恋もたくさんなさったでしょうし、魅力的でさぞお洒落なマダムになったでしょ う。何より「芝居気のある女」のお好きなみづうみの最良の話相手になられたような気がいたします。
十三回忌を迎えても癒えることのないお心のうちをお察しいたします。

やす香さんは最後のお仕事として、あの年、もう一度みづうみと奥さまのもとにいらしたのだろうと、そんなことを思いました。哀惜の念に堪えません。やす香さんがみづうみの作品の中にいのちを得ていることを幸いに思います。

いつの日も生まれるに良き日であり
いつの日も死に逝くに良き日である    ローマ教皇 ヨハネス二十三世

 

絣   白絣着てまぎれなく老いにけり   西島麦南

* ありがとうと瞑目しています。ほんとうに、ありがとう。

* 笹をゆる風と文月を見送りつ
ゆくもとまるももののあはれや
2018 7/31 200

 

☆ 今年の夏は
殊の外猛暑の毎日でございますが、お変わりなくお過ごしでしょうか。
一月から始まりました襲名披露興行も四月、六月、七月とお陰様で無事に終わり、唯今 十月歌舞伎座公演に向けて克電させて戴いております。
十一月には新開場する京都南座へ高麗屋三代襲名披露でお伺いします。
是非お運びくださいませ、お待ち申し上げております。
平成三十年 盛夏                  二代 白鸚

* 白鸚さん 十分にお大事に。
十代幸四郎(前の染五郎君)はもう、八月、九月の舞台を早く予告していて、わたしたちは楽しみに観劇の当日を待っている。おそらく十月にも出るだろうし、新装の京都南座こけら落としにも。一年、ぶっ通しだったと思う、からだ、重々労って怪我の有りませんように。

* 長島弘明さんの『秋成研究』で、「天皇」に関連して宣長と秋成のちがいを示唆的に教わった。もとよりわたしの思いは秋成のそれに副っている。
2018 8/5 201

☆ 酷暑お見舞い申し上げます。
なかなかメールが届いてくれないので、また大学のものからお出しします。

もっと暑苦しくなりそうなもので恐縮ながら、生きているし、書いてはいることをお見せしたく……。

ご自愛ください。  原善

* 相変わらずの「川端屋」さんらしい論題が添付されていた。よく見ると、別にもう一つ有った。
わたしはもう、自身の最終段階に、日々、気を入 れて向きあうしかないので。よくよく考えもし感じもして書きたいことがまだ涌くように有る。気を散らさずよく選びながら、楽しんで書きたい。読むのは、と びきりの名品、名作、名著にかぎらねば、衰えて行く気力への栄養にならない。荘子には笑われようが。
2018 8/6 201

☆ 残暑お見舞い申し上げます。
今までに経験の無い酷暑が続きます。
いかがお過ごしでしょうか?
銷夏の一助にと当地名産の梨を少々ご送付いたしました。
ご笑味いただけましたら幸甚です。
私自身は不安定な体調が続いておりますが、昨年見つかった悪性腫瘍は、昨日の検査結果では “まだおとなしくしている”ということで、手術、投薬も3カ月間執行猶予となりました。
つかの間の安堵です。

まだまだ猛暑が続く由、くれぐれもお体おいといくださいますように。  仁

 

* 有難う存じます。
くれぐれもお大切に、平穏なご快復 ご養生をと 心より願います。 恒平
2018 8/8 201

☆ 台風13号
台風が犬吠埼を掠めてゆっくり北上している様子。西東京は如何でしょうか。
こちらは先日の台風12号の時も何故か殆ど雨は降らず、暦の上では既に立秋ですけれど、連日38,39,40度など暑く、外に出ると皮膚感覚の違い、灼 かれる感じがします。今日も空は真っ青、39度の予想です。室内でひたすら過ごします。あまりに暑い日が続くので朝夕水撒きしているのですが、庭の樹木の 葉が落ちたり、小さなものは枯れ始めてしまいました。

普段二時間の番組などは殆ど見ないのですが、映画『日本のいちばん長い日』、NHKのドキュメンタリー・ドラマで『華族・最後の戦い』を続けて見ました。
終戦前後のことは実体験として捉えることは出来ませんが、漠然とした知識や理解以上のものを欲しい・・と思います。憲法や天皇制、或いは中国や韓国朝鮮 問題など考える時にどうしても必要なこと。昭和史の発掘には目を逸らせませんし、毎夏、この時期には戦争に関係した番組が多いので、重い気持ちになります が 意識して見ます。

カナダに住む友人は、シリアからの青年をこの一年住まいに引き受けました。その間のことを「4人の青年との生活は一言でいえば 「oncein a lifetime experience。・・物書きだったら、風刺喜劇が書けます!」と述べています。
さまざまな国で相変わらず不幸な出来事が続いています。シリア青年の背後には大きな悲劇がありますが、この一年の彼女を巻き込んだ風刺喜劇、その重みも軽さも現実なのだと思います。

家に引きこもっているので絵の方もほぼ一段落し、本を読む時間が増えました。
読み返すと以前には分からなかったことがフッと鮮明になることもあります。
原善さんの著作の解釈もその一例でした。折口信夫に関する『執深くあれ』もそうでした。かなり以前に読んだ本についても同じ感想がありました。

HPにあった八坂神社から見る四条の夜景の写真を思い起こします。
夏を乗り切って清々しく秋を迎えたいとしきりに思う毎日です。
どうぞ元気にお過ごしください。くれぐれも大切に。   尾張の鳶

* わたしも、こころして、リメーク映画『日本のいちばん長い日』を姿勢を正しながら妻と観た。もっくんが昭和天皇を、役所広司が阿南陸相を演 じていて、以前の同題映画とは場面の演出がそうとう違っていてほとんどの役者が早口に言語不明晰だったが、こういう空気感の出し方もあると同感も共感も喪 わず観続けた。八月にこういう映像に触れるのは、同じ危機を幼い(十歳)ながら友に越えてきた身には務めのような気がしてしまう。それとともに、切実に思 うのである、実感するのである、

戦争に負けてよかつたとは思はねど
勝たなくてよかつたとも思ふわびしさ    恒平

軍国主義の「建前」になってしまう天皇制を、「国体」として悪用し続ける國になっては、絶対にいけない。悪しく歪んだ陸軍を強硬に傲慢に育てたのは、長州の山県有朋総理元帥であった。忘れてはならぬ。
NHKのドキュメンタリー・ドラマで『華族・最後の戦い』というのには気づかなかった。華族の復活は厳 格に阻止しなくては、だが今に大きな「持ち出し」として日本の保守政治はおもむろに自身を飾り立てたがるに相違ないとは、もう、すくなくも三十、四十年前 にわたしの予測し危惧し嫌悪してきたこと。新しく立たれる次の天皇さんの、憲法とともに在る決意と叡智を期待して已まない。いまの「皇太子」さんを、わた しは、いまの天皇ご夫妻の良き後嗣として信愛している。だが、とかく周囲がうごめきやすいのが皇室の難。美智子皇后さんの存在は、「平成」の国民には有り 難くいつも心和んだ。その感化が、賢く、ただしく新時代に承け継がれますように。政権との適切な距離は正確に保たれますように。
2018 8/9 201

☆ 湖の本139巻『一筆呈上』の中の
記事「漏らさじと、もつが大事な」の感想を書かせてください。

高橋和巳の『悲の器』に秘められた恋があろうがなかろうが、「没後20年」 で名乗って出た大林律子という女の気持ちは、よく分かる。よく分かるが尊敬の念はもたない。同情もしない。感謝もしない。人に知れても困るが、知れないま までは惜しい仲だと歌った秀逸の都都逸がある。しかし、嬉しいなら一人で嬉しがっていれば、いい。だれも共有できないタチの嬉しさなのだから。
この手の告白をタメにした女が過去にも大勢いた。文学(鑑賞)的な貢献をした例は極めて少なく、『悲の器』の場合もどうだか。アダ花が一輪散った感じだ。(一筆呈上)

『悲の器』を読んだのはあまりに昔で内容を殆ど忘れてしまっていますから、この女性のこともまったく知りませんでした。没後二十年経ってからのカミングアウトは、そのことによって傷つく関係者がいなくなるのを待った上での告白ではないかと推察します。
不倫ですから「尊敬の念はもたない」のは当然としても、「人に知れても困るが、知れないままでは惜しい仲だと歌った秀逸の都都逸がある」と一刀両断に斬 りつけられては彼女が少し気の毒と思いました。なぜなら大林律子とわからないように配慮したかもしれませんが、高橋和巳のほうも自分の恋愛か情事を書いて 発表したのですから、高橋和巳のほうにも「知れないままでは惜しい仲」という気持がなかったなんてことはないと思うのです。
下世話な言い方をすれば自分の「モテた」ことを書いたわけです。書いた人間が才能ある作家なら公表を許されて、素人の告白であれば許されないというのは 不公平だなあと思います。「この手の告白をタメにした女が過去にも大勢いた」と一方的に女側が責められるのはあんまりです。
一番の責任は先に書いた側にありましょう。作家が書かなければいらぬ告白も存在し得ないからです。作品のモデルになった人間が後で告白することのみを責めるのは片手落ちではないでしょうか。勿論作家とモデルの「男女逆」の場合も同じです。
暴露本というかたちはたしかに醜いものですが、それでも高橋和巳も大林律子もお互いさまの身から出た錆ではないかと思いました。作家とモデルの才能の格 の違いや文学的な貢献の有無は批判されても嗤われても当然ですが、カミングアウトそのものについては男女同罪だと、私は考えてしまうのです。
さらに、この「一筆呈上」の記事後半は次のように続きます。

作家がどれほどのラブレターを書くものか、一概には言えない。が、「藤十郎の恋」的なものを意識し繰り返してきた者の方が多かろうことを、相手の女(男)は心得ていた方がいい。不真面目だと決めつけられて余儀ない奇妙な営みを、小説家も詩人も、自身で「かきたて、かきたて」している。傲慢にいえば、かなり真剣に肥やしにしている。相手をダシにはしているが、仕方じたいは真剣で、必ずしもニセ紫の愛や恋と限らない。
覚悟を含め、じっと黙っていい肥やしになって果てた、どんなに沢山なホンモノの恋人たちがいたことか。昨今のそのてのウワサの無さ過ぎる文壇の方が、いっそ物足りない。(フーテン老人)

「藤十郎の恋」と「相手の女(男)は心得ていた方がいい」については、相手への真実の愛はないけれど、ラブレターの中に書いた愛には文学としての、芝居としての真実がある、という意味かしらと理解しています。ここまでは納得します。
「傲慢にいえば、かなり真剣に肥やしにしている」「じっと黙っていい肥やしになって果てた、どんなに沢山なホンモノの恋人たちがいたことか」については、長年の秦さんの愛読者の私でも、まったく賛同できません。
このく だりは、作家という高尚な藝術家からの、究極の「上から目線」ではないかと思いました。この文章は、モデルの女は「藤十郎の恋」の相手、セックスの相手だ けして黙って肥やしになって果てればいい、それが作家相手のホンモノの恋人の作法だという意味に受け取れます。作家が作品のためにひとを肥やしにすること は許されるという考え方、肥やしにする、される、という関係性のどこに「ホンモノの恋人たち」があり得るのでしょうか。才能という上下関係しかないので は? その作家は文学と自分の才能や作品を愛しているのであって、相手を、人間を愛していないのです。
肥やしにする作家は何をどう書いて もいいが、肥やしにされたほうは我慢して沈黙の美徳を貫くべきとは、才能あるものがないものに対する、まるで金持ちと貧乏人の関係のようなひどい差別で、 傲慢の誹りは免れません。秦さんのことを傲慢だと思ったことは一度もありませんが、この文章に限っては私には失望を禁じ得ないものがありました。
誰かを まったく傷つけずに書くことは出来ないことですから、小説に書いてモデルを傷つけた以上、書かれた側の発言が(たとえ一方的なお粗末なものであっても)後 から世間に出る場合があることも覚悟の上で作家は書くべきではないでしょうか。読者にとっては事の真相など、実際はどうでもいいのです。作品さえ佳けれ ば、肥やしにしたほうでもされたほうの作品でもかまいません。場合によっては肥やしにしたほう、されたほう、両方に読む価値のある作品があるかもしれませ ん。
秦さんが、どういうかたを念頭に 「じっと黙っていい肥やしになって果てた、どんなに沢山なホンモノの恋人たちがいたことか」とお書きになったのかわかりません。私の想像では作家相手に 「黙っていい肥やしになって果てた」場合は、相手の女が単に文学に関心がなかったか、自分が「藤十郎の恋」の相手でしかなかったことに気づいて自分のバカ さ加減に諦めて沈黙したただけの場合もあろうと思うのです。  一読者

*  わたしは、「家族以外」いわゆるあの人この人と明確に人物が実在のだれかと分かる小説は、ただ一作しか書いていない、『罪はわが前に』であり、この作が 深刻な後遺症を作中の人たちに残したらしい事実は漏れ聞いている、が、三人姉妹のどの一人からも周辺の知人達からも、一言半句の怒りの言葉も告げられたこ となく過ぎ、最愛の人は、自身の病衰と死去とを、絶対にわたしには知らせないでと厳重に周囲に懇願したまま、亡くなっていた。わたしはその逝去から一年半 をも経て、漸くその弟夫人を介し、ついこの先頃報された。
一年半。
それは、その人がわたしのために最期に贈ってくれた愛情と配慮であったと思う。
危篤と臨終とを俄かに告げ報されたとして、わたしはどんなに歎きかつ身動きも成らぬまま絶望的に悲しんだか、じつのところ、わたしはここ何年も日々にその時の到来に虞れ戦く気持ちでいた。
あの日、郵便箱の中に一通の美しい筆上書きの封書を見つけ、差出人の住所と名前をみた瞬時に、わたしの血は凍った。しかし、二階へ上がり、親切な親切な その手紙を読み、もはや故人である人の深切なある配慮を知り、そのまま階下で、妻にも手紙を読んで貰った。そしてその日の日記をすべてかき消し、ただ一 言、大きく、
哀悼
とのみ書いて、以降、ひとこともそれに触れてモノを云わなかった。妻も、云わなかった。
実は、ただ独り遺った、遺された三姉妹の次女も、この一年半、いやもっと以前からもじっと黙したまま、わたしから送り届ける本の全部を黙々と受け取ってくれ、姉にはかならず見せていますと。

* そのこと自体は、なにも上の「一読者」の投書ないし抗議とは関わらない、判然とした私事、重い重い私事であって、これ以上もう触れない。

* わたしは、露骨にそれと誰彼にも判明な「モデル私小説」など書かない、ないし書くなら上手に書こうという気でいる。

* 『悲の器』がらみには何を蒸し返す気もない。似た幾つかの「例」を朧ろには覚えているが、ことが「文学」たる「作品」如何にかかわりない限り、それらに深い関心も敬意も持てない。男女問わず「作 家」の人と「作品」とに光彩を添えてくれるものなら、いい批評行為にもなるであろうが、男と女の愛憎をただ読み物にしてくれても、わたしは、そこで時間つ ぶしはしない。男女・女男の葛藤を「文学作品」にするなら分かる。ただ噂の種にして終えるのもご勝手ではあるのだが、所詮、掻くのは恥の方ではなかろう か。

以前 柳美里作にかかわってモデルからの問題提起があった。請われて毎日新聞に一文を送った。書かずにおれないから作家は書くべし、ただし覚悟はせよと云いきった気がする。

この議論、もう繰り返さない。

* 今治市の木村年孝さん、四 国産果実各種の、香り花やかな濃厚果汁をたくさん送ってきて下さった。この季候にこの上ない贈り物、有難うございます。お約束の、しまなみを四国へ渡って 行くはずの小説「清水坂」が、このところ立ち往生しているのが申し訳なく、とにもかくにも元気に健康を保つことがなによりの推進力と思っています。

* 白鸚さんから、十一月新装の南座へと誘われていて、仔猫たちを建日子が預かってくれるならいっしょに行けるかなあなどと、成りそうにないハナシもしているが。暑い夏も永ければ寒い冬も早いかとビビってしまう。
2018 8/9 201

☆ 酷暑の日々です。
耐えて折られることでしょう。
本日、『湖の本141 語り合う日本の古典風景』をいただきました。変わらないご厚情に感謝を申し上げます。
早速に諸氏を交えての秦さんのご意見を拝見しました。
私には遠い世界ですから、自分の国に対する無知を恥じつつ、面白く皆さんの自由なご意見を拝見しました。
「洛中洛外図」はドローンのない時代にドローン的な視点から描いた人々の生態だと受け止めています。日本人の好奇心驚くべしと。
涼しくなる日を待望しつつ。私は幸い私の仕事に追われて暮らしております。
ご夫妻の平安をお祈りいたします。    並木浩一  ICU名誉教授

* 届き始めたらしい。もう払い込んで下さった読者もあり、早いのに驚きました。
2018 8/13 201

☆ こんばんは。
御本ありがとうございます。
大切に読ませていただきます。
京都は毎日暑い暑い日が続いています。
大文字送り火が終われば少しは涼風がたつかと願っています。
ホームページの最近のお写真、昔の面差しが思い出されて懐かしく拝見しています。
まだまだ外国人観光客が多いですが、季節がよくなって、おいでになれましたら嬉しいのですが。
どうぞ奥様共々くれぐれもお大切にお過ごしください。
ありがとうございました。 みち   秦母方の従妹

* 昔の面差し かぁ。十代からこんな渋い顔つきだったのかなあ。
2018 8/13 201

☆ 本日「湖の本」頂戴いたしました。
眼が悪くなってからあまり本は読まないのですが、今回の「洛中洛外屏風をめぐって」は面白く読ませていただきました。
岡見正雄さんは裏寺にある私の檀那寺、称名寺の「おっさん」でした。
家に来られたときに、今度は八坂神社について書くんや、と言っておられましたが、突然亡くなってしまわれて、お聴きしたいことがいろいろあったのに、残念でした。

脇田晴子さんは『私は瓦鍾馗』のなかの、「牛頭天王」のところで、『中世京都と祇園祭』を引用させていただきました。

京都は暑く、東京は大雨、日本ばかりか世界中がおかしなことになっておりますね。

毎日、ニュースを見て腹を立てたり、がっかりしたりしているので、体調もよくありません。

先生もどうかご自愛ください。

有難うございました。   京・桂   服部正実  瓦鍾馗研究家
2018 8/14 201

☆ 僕は
京都中京区生まれ、育ち。
秦さんと杉本(秀太郎)さんの対談読んでp102に杉本さんの紋かき屋さんの話が出てきて。まさに僕の父は紋かき屋でした。表に面した4畳半が仕事部屋でした。そとから光を取るので、街頭を往く人たちもちょっと窓越に見ていく人もありました。
洛中洛外のことは難しいです。東山あたりは僕らは東と呼んで遊かくばかりある地域と思っていました。
ちなみに僕の実家は小川通二条下る、です。   島田正治  墨畫家

* わたしより年輩の島田さんは現在川崎市に住まわれている。葉書に千枚の墨画を心がけられていて、今日戴いた三枚目の繪「太陽の顔」が気魄にみち、なかなか佳い。
2018 8/14 201

☆ 残暑お見舞い申し上げます 森下辰男
秦 兄
ご本有難うございました。連日の猛暑ですが、その後、体調はいかがですか。
当方(=の新事業)は やっと、産気づいたかなという段階で、生みの苦しさを味わっています。産声を聞くのは何時のことでしょう。
去年まで不要だった扇風機が、今年は連夜、二階の寝室で明け方まで廻っています。京の岩倉も今年の夏はさすがに暑い 。
五山の送り火は、台風の影響で雨かもしれません。九月歌舞伎座秀山祭の座席がきまった。
時節柄、十分ご自愛ください。有難うございました。
* 久々の夏歌舞伎を楽しんでくる。九月歌舞伎座 秀山祭の座席もきまったと。十月昼の部ももう頼んだ。十一月は、京の南座でと。ウーン。

☆ 秦様
『湖の本』141「語り合う日本の古典風景」のご恵投に与り、ありがとうございました。現在、西行を集中的に読んでおりますので、「今様の世界」に強く 惹かれました。12世紀という時代の意味を実に的確に摘出されていると存じました。イタリアの歴史家クローチェに「すべての歴史は現代史である」という言 葉がありますが、いみじくもその名言を思い出した次第です。分け入っても分け入っても果ての見えない古典の世界の道案内として、秦様のご著書をいつも楽し みに拝読しております。
私の雑誌「此岸」は 原稿はすでにそろっているのですが、製作費調達がままならず、滞っております。秦様の創作・読書・制作費の調達の三拍子を見事に実 現して来られた道程に、敬意の念を新たにするとともに、遅まきながらなんとか見習おうと存じております。今後もご指導のほどよろしくお願いいたします。     茨城   持田拝
2018 8/15 201

 

☆ 秦先生、
湖の本をお送り下さり有り難うございました。先日お伝えしました住所に無事に届きました。
「私語の刻」はいつも読ませて頂いております。
最近、猫をお飼いになったとのこと、良かったです。「私語の刻」に明るい光が差したような印象を受けております。生命の力というのは本当に大きいと思います。
私の方は色々とお話したいこともあるのですが、まだ纏まらない事も多く、ここに書くには至らないことばかりです。もう少し時間が必要なようです。
今年の夏の暑さは例年にも増して酷いですね。
うちの4歳の息子も 「今日は一日家に居る」と毎朝宣言して、引きこもっています。幼稚園に入るまでは無類の鉄道ファンで、休日というとどこかへ連れて 行かされていたのですが、どこへも行かないと言われてしまうと 途方に暮れます。1年前までは、ベビーカーを引いて雨の日も風の日も踏切などに出かけた り、遠出して電車に揺られ、ベビーカーの中で息子が寝るのを待ったりしたのですが、そんな日々も既に遠い過去のように思われます。そのベビーカーも、もう 不要ということで、欲しいという方に先日お譲りしました。
できなかったことが少しずつできるようになる。必要だったものが不要になる。これからは、ずっとこの繰り返しになるのでしょうね。頼もしくもあり、寂しくも感じます。
一方、今までできていたことができなくなる、不要だったものが必要になる、というのがこれからの私達の世代かもしれません。先日、東工大のサークルの同 期と久しぶりに飲みました。中には数年会っていなかったような者もいましたが、話題といえば老眼の話や健康の話など。大学時代からは考えられないことで す。
私もここ最近、老眼が進んできているなという印象を受けていましたが、同期の中には用途に分けて眼鏡を3つも用意している者もいて、まだ彼よりは大丈夫だな、などと思ったりしました。いずれ避けては通れない道ですので、そんな差は誤差の範疇なのでしょうが。
職場では同年代の人と接することはそれほど多くなく、ジェネレーションギャップに苦しむことも増えてきているのですが、こうして久しぶりに会ってたわいもない話で盛り上がる同期が居るということは幸せなことだな、と感じた次第です。
酷暑の折、どうぞお身体にお気をつけ下さい。
奥様にも宜しくお伝え下さい。
秋になった頃、またご連絡させて頂ければと思います。   英

* こういう、生活感・日常感に滲ませてやわらかな述懐の聞こえてくるメールが嬉しい。もうわたしの東工大も最後の最期のころに狭苦しい地下の止まり木で 食事したように覚えているのだが。家まで来てくれたこともあったが。アメリカでの研究生活も永かったが、そのなかでも、静かに「私語の刻」を紡ぐことの出 来る卒業生だった。そういう男子学生の少なくない大学だった。
ご家族とも仲よく、ますます元気でやって下さい。

* 昨日、出掛ける少し前に、京・古門前通りの「おっしょ(師匠)はん」から、「本、届いたえ。おおきに」と娘時代のママのような元気な挨拶があった。言 うてはワルイか、わたしと同い歳だもの。声は年取らないのだな。ますます元気で踊って下さい。新門前通り、もとのわが家からは西之町には、京舞の井上八千 代さんがいる。この人はわたしらよりも若い。京観世の優れたシテ方だったお兄さんが、わたしの大学の先輩だった。この人の貸してくれた、というよりそのま ま呉れた日本の中世史一冊を繰り返し翻読したのが、のちのちの、「日本」を観て行くわたしの姿勢になった。

☆ 暑中お見舞い申し上げます。
今夏の京都の暑さは並大抵ではありません。
先日の大阪北部地震で震源に近かった拙宅では、書棚が倒れて書籍が散乱状態にありますが、あまりの暑さに未だ手を付けられていません。
『湖の本137泉鏡花』、まだ在庫がございましたら、あと2部、お頒ちいただけませんか? 書籍代・送料をお教えください。
まもなく大文字。 研究室の窓から眺めます。(絵葉書は 池田遥郁 大文字の送り火)
同志社大教授  励

* 地震と書架とは相性が悪い。心身御無事でよかった。
いま機械に向きあっている私の五十糎前には重い全集が四段にぎっしりの書架。五十糎の背中にもあやふやな勝手棚に「湖の本」全巻ほかが、びっしり。すぐ身近な右にも左にも、倒れ込んでくる重い、軽い書籍が沢山。遁れようがない。防禦の手もなく遁れる櫑地も無い。

☆ 雷鳴とどろくなか、本日、ずっしりと重い湖の本141巻が届きました。ありがとうございます。炎暑のなかでの細やかな送付作業、本当にお疲れになったことでしょう。
お二人のご労著に感謝しつつ、じっくり読ませていただきます。
日々、御身お大切に。お礼まで。8月13日   笹塚  さとう

* うちの、アコに似た猫のふたりが、洋水仙の大鉢のそばで機嫌良く昼寝の絵葉書、小さい方のがうちの弟黒いマゴに似ている。心遣いして送って下さる絵葉書、嬉しくて、佳いものだ。

☆ 残暑お見舞い申し上げます。
今夏の暑さは格別ですが、先生にはお障りございませんか、お伺い申し上げます。
本日はまた、『湖(うみ)の本 141 語り合う日本の古典風景』をご恵与賜りまして、厚く御礼申し上げます。まことにありがとうございました。勉強させていただきたく存じます。
何度かお礼状にも書かせていただいておりますが、城西大学前理事長の水田宗子先生が、元文科省事務次官により失脚させられ、水田先生の支援をした私は、 今年度から雇い止めになりました。水田先生支援のためもあり、連合系東京ユニオンの下部組織の組合をつくり、現大学側と団交を通して雇い止め撤回運動を 行っております。
このたび、『週刊金曜日』 がこの間題を取り上げて、上・中・下の三回にわたり連載してくれるそうで、先日、上が発売されました。
先生には、ご迷惑かとも存じましたが、是非ご一読いただければ幸いでございます。何卒よろしくお願い申し上げます。
まずは、御礼まで申し上げました。まだまだ暑い日が続くようでございますので、くれぐれも御身ご自愛のほどお祈り申し上げます。 敬具   宏  近代文学・女性学研究家

* 「週刊金曜日」は、ペンの理事や委員時代に創刊され、わたしとしては珍しく、ま、気持ち応援していた週刊誌。送ってもらった八月十日号で、問題の城西大学乗っ取り事件のやや詳細な経緯の一部を知った。
水田宗子さんとは、よほど昔になるが井上靖会長時代の環太平洋ペンの大会での演説原稿を英訳して下さり、演説の時の司会もして戴いたことがある。この演 説はすでに『湖の本』にも加え、また近く選集にも収めることになる。城西大のことは何も知らない、創始者の水田氏が著名な政治家であったことだけ覚えてい る。図書館もたしか水田記念図書館といった名である。
週刊金曜の今回記事に見る限り、また上の便による文学研究者の何度もの手紙によっても、これはかなりアクドい「乗っ取り」事件としてイヤな容貌が見えてきそうに思われる。成り行きを観ていたい。

* もう一人、沖縄から、翁長知事をうしなった「沖縄」の悲しみと不安や怒りにかかわる長文の手紙を受け取っているので、ぜひ、紹介したい。

☆ 秦 恒平様へ   沖縄の声を届けします。
いつもご著書やホームページの「私語の刻」に励まされています。

「私語の刻」に翁長沖縄県知事に触れていたのを拝見し、どうしても沖縄の現状をお伝えしたくて、お手紙を書かせていただきました。

翁長知事が辺野古埋め立て承認撤回を表明したにも関わらず、日本政府は8月17日の辺野古沖への土砂投入を強行しようとするでしょう。それは、絶対に阻止しなければなりません。

「はいさい、ぐすーよー、ちゅう、うがなびら。」

「うちなーんちゅ、うしぇーてーないびらんどー。」

「うちなーんちゅ、まきてぃーないびらんどー。」

過去、2回参加した県民大会での翁長節が今でも耳に残っています。8月11日の大会では、それを聞くことは できませんでした。この日のために知事が準備し病床に置いていたという辺野古のイメージカラーの青の帽子を、知事の思いをどうしても伝えたいと出棺を前 に、駆けつけ登壇したご子息によって、知事が座るはずだった席に置かれました。ご子息は「父、翁長雄志は最期の最期まで、どうやったら基地建設を止められ るか、あらゆる方法を探るために病室のベッドで資料を読みあさっていました。ウチナーンチュが、心を一つにして闘う時、おまえが想像するよりもはるかに大 きな力になると何度も何度も言っていました。」と語っていました。台風14号が近づき、決して小雨とはいえない雨の中、那覇市の奥武山陸上競技場に参集し た7万人の人たちはその場を離れませんでした。傘をさし、カッパを着て雨をしのいではいましたが、誰一人動かず、皆、真剣な顔で壇上の人の話を聴きなが ら、「そうだ、そうだ」「あきらめないよー」「ウチナーンチュの島なのに」など声をあげていました。

前知事の辺野古新基地建設承認の報道を受けた時の衝撃。未来を絶たれたような衝撃。新基地を建設してしまっ ては、もう永久に米軍基地が沖縄からなくなる希望は絶たれてしまう。戦後、県民の意思とは関係なく造られてしまった米軍基地。基地があるゆえの、かぞえき れない沖縄県民への人権を無視した米軍の横暴が永久に続いてしまう。私たちの子や孫へ永久にこの悔しさ、怒りを引き継いでしまう。あの時の絶望感、震憾は 今でも忘れません。

翁長知事の県民への呼びかけは、あの絶望感に希望を与えてくれました。これ以上基地を「絶対に造らせない。」という意思を強固にしてくれました。              ト

沖縄にいると日本が真の民主主義国ではないということがよくわかります。それは基地周辺や辺野古では顕著で す。基地建設反対の市民への警備隊の暴行。建設反対の市民が警備隊の暴行で骨折をしたなどという新聞記事は珍しくありません。実際に座り込みをした私の友 人は、警備隊は、わざと市民が警備隊へ手を出すよう、怒りを煽るように、互いに腕を組み座り込む市民の腕を強くつかんだり、暴言をあびせていたと話してい ました。これが、民主主義国で起こっていることです。実際に、私が辺野古へ行った時、集まった人たちは、少し拍子抜けするほど穏やかな雰囲気で、警備隊に 煽られることのないように注意を呼び掛けていました。

前知事が基地建設の承認をする際の条件として、沖縄防衛局が設置した環境監視等委員会。大会で は、その元副委員長で琉球大学名誉教授の東氏からのメッセージも読み上げられました。「埋め立て区域も含めて、ウミガメの産卵場所、海藻分布と密度、ジュ ゴンが何頭いるか、どれくらいの頻度できているかなどの調査を何度依頼しても、防衛局は毎回何も調べていなかった。委員会で藻場の話をしても議事録には載 らず。防衛局は、自分たちに都合の悪いことは一切書かず、一方的な記述となっていた」と。同氏は、2015年に意味のない委員会に辞任を申し出たが、正式 に辞任を認められたのは2018年だったそうです。同局からは「辞任の件で取材があれば、事務局に聞いてくれと答えなさい」と言われていたそうです。東氏 は、「辺野古大浦湾の環境は非常に優れている。それを埋め立てるのはもっての外」という思いから大会主催者からのメッセージの依頼に快諾したそうです。

他県出身の大学の教授との会話のに中で、「辺野古で反対しているのは、ほとんど県外の人なんで しよ。県外の過激な人達が建設反対って騒いでいるんでしよ。」という言葉を聞いた時には、耳を疑いました。少なくとも豊かな知識があるとみられている大学 の教授が、沖縄に住んでいながら、いったいこの人は何を見ているんだろう? 地元の新聞やテレビ、ラジオのニュースで辺野古の現状を報道されない日はあり ません。地元の現状を見ずに、本土の一部の報道を真に受けた言葉。怒りで声が震えるのを必死に抑えながら 「辺野古で反対しているのは沖縄の人がほとんど です。沖縄の人は本当に怒っているんです」という私の言葉に、はっとした様子で 「ただ反対、反対って言っていても‥。もっと別の方法を沖縄の人は考えた ほうがいいと思うけど」。別の方からは「反対って、じゃあ普天間基地はそのままになってしまうよ」。

なぜでしょう。なぜこの人たちは、気づかないのでしょう。沖縄にあるのが前提、他県に移設するのは無理という前提で基地問題を語るその感覚がどれだけ傲慢で無神経なのものなのか。

日米安保条約で周辺国からの脅威から守られている、しかし、「基地問題は沖縄の問題」という当 事者意識のない、想像性のない日本国民の言葉を聞くことは、悲しいことに珍しくありません。翁長知事たちが東京でオスプレイ配備反対の横断幕を持って抗議 の行進をした際に、周囲の歩行者からあびせられたという暴言からも、その人たちにとって「基地問題は沖縄の問題」「沖縄は黙って受け入れるのが当然」とい う心情がわかります。もちろん、そういう人たちばかりではなく、県外からわざわざ日帰りで辺野古へ駆けつけ、県民と一緒になって反対運動をしている県外出 身者もいます。

他が受け入れないから、辺野古。なぜでしょうか。軟弱地盤も指摘されている辺野古。なぜでしょうか。沖縄県 民も他の県と同じように、いやそれ以上に反対しています。基地があるゆえの苦しみ、日米地位協定に対するやり場のない怒りを戦後ずっと味わってきた沖縄の 県民は、同じ苦しみを他県の人たち、他の地の人たちに味わわせてしまうことは決して望んでいません。凶悪な事件を繰り返す、大学構内、保育園、住宅街に上 空から物を落下させる、有害物質を埋めた土地をそれと知らさず平気で返還する米国の基地を、他県に押しつけることは決して望んでいません。しかし、もうこ れ以上沖縄だけに負担を強いるのはやめて欲しい。国民全体で議論して欲しい。

国はあらゆる手を尽くして、県民をあきらめさせようと必死になっています。防衛局職員が夜襲の ように、事前の連絡もせず、人気のない真夜中の県庁への資料搬入や、夜間、基地建設反対の人たちがいなくなった辺野古への資材の搬入など、まるで建設反対 の県民を恐れているかのような政府の行動が焦りに見えます。
8月17日金曜日に辺野古沖へ土砂投入が開始すると防衛局は予定しているそうです。土砂を投入してしまっては、破壊された自然は取り戻せません。

自分たちの安全を守るために他の犠牲を強いることを黙認していて本当にいいのですか。

辺野古の埋め立て、土砂投入を阻止しなければという思いから、長々とまとまりなく書きました。多くの国民が辺野古に注目することを希望します。

毎日が、少しでも体調の良い日であることをお祈り申し上げます。
沖縄・豊見城   宇智きよ海

* 沖縄を、あまりに過酷な依然とした占領下状況へ、当然のように孤立させたまま、「戦後米国の世界支配をす羅願う新安保政策」への、卑屈なまでの屈従姿勢を日本国民に多年平然保守政権が強い続けてこれた、それには明歴々の「理由」がある。
それを、正確に掘起啓蒙すべき役割の野党がほとんど死に体にちかいという不幸が、昨日今日明日はもとより未来にわたる「日本崩壊の不幸」を動かぬものにしている。
少なくも国民は、ことに若い国民は、早くそこへ気づいて「少なくも日米の戦後史」に学び、また自主自立日本へ意識を結集しなくてはならぬはず。

* 疲れた。十一時。床に就いて、ゲラを読み、そして寝に就く。うまく熟睡したいが、夜中二度はマコとアコが甘えに来る。
2018 8/16 201

☆ 「湖(うみ)の本 141 語り合う日本の古典風景」を拝受しました。
対談・鼎談は読みやすいけれども、内容は深く いろいろ考えさせられます。行きつ戻りつしながら読んでいます。
酷暑も少し峠を越した感がありますが、まだまだ油断大敵。ご自愛ください。
2018/08/17    練馬区  靖夫拝   妻の従弟

* 食欲が薄く、量も入らない。

* 能美市の井口さん、冷蔵された、一升瓶、とびきりの名酒を送って下さった。有り難いこと。有難う存じます。
同志社の鏡花学者の田中教授あて、「泉鏡花」を数册、謹呈でお送りした。研究や学習のお役に立つのは本望です。

☆ 酷暑 御見舞申します。
『湖の本』141「語り合う日本の古典風景」 有り難く拝受致しました。
同じ京育ちながら、小学校は地域に関わりない附属育ちで近所の子供達と遊んだことがなく。子供部屋の書棚には、親父の部屋に入り切れない。カトリックの エンサイクロペディアや、ドイツ語のゼーマンの画集、オクスフォード版? のシェクスピア全集、サンガー女史の本等 洋書が並んでいました。そして旧中学 五年の夏休み 帝国文庫の『南総里見八犬伝』の毒婦舟虫の章に到って、モーパッサンの『女の一生』のある箇所を読んだとき以上に驚き――といった古典入門 の私には、ご尊台や杉本さんの京育ちが羨ましい限りです。  東京・目白  稲垣眞美

* 恐縮です。

* 「ラインの仮橋」という、ちょっと角度の変わった、アズナブールら主演の仏独戦争映画を観た。地続きの國と國の戦争という、日本人の感覚では掴みきれ ないところに巧い視点を据えて、血腥い凄惨な戦闘場面のない、いっそ田園地区の生活感が生かされた、巧みな、巧んだ、愛憎劇だった。
甲子園の夏野球もときに楽しむのだが、心情的に馴染んだ平安や近江などの試合は、むしろ避けて観ないでいる。過剰な興奮は歓迎できないので。

* 亡兄北澤恒彦の来信を散逸させまいと、妻に、機械へ書き起こして貰っており、やっと七、八通になった。まだ何倍もある。独特の書字でけっして読みやすくないが、気持ち温かないい手紙が揃っていて嬉しい。

☆ 恒平様   昭和五十三年(一九七八) 六月 一九日

たいへん、失礼なことをしているのではないかしらと心配です。 (筑摩)文学大系の一冊、それに、その前のNHKブックスの一冊送っていただきながら、なんの挨拶もできずに。
NHKブックスの方は、ざっと目を通したのですが、とうていイメージを結ぶに至る条件になりません。他日を期す。

文学大系の方、おめでとう。立派な本ですね。 畜生塚を始め、じっくり読みたいものばかり。
畜生塚は私家版で届けてくれたことがありましたね。よくわからないなりに、哀切で、残忍な歴史のトーンが伝わってきた記憶があります。

大系の方の年譜  ぼくのいない場所で 鶴見俊輔さんが、それに触れて重宝していたそうです。 そうです じゃないな、 気を利かした奴がテープを、とってきて、貸してくれたのだから、 実際、 この耳できいたわけだ。 なんだか、兄弟論ばやりだ。

詳細なわりに、 簡として要をえた、いい年譜でしたね。プロというのは、いい意味で抑制が利いてくることなのかな。

 

恒は ボートで大変です。もちろんそれにひっかけて いろいろ余禄があるのでしょう。 一度 長浜であった試合の観戦にいきました。 どん尻だったけれど 長浜の町は、 なかなかよかったな。 次は、 石山だそうだから 又 雨が降らなかったら、 フラリといくつもり。

朝日子さんは勉強で大変でしょう。 好きだから文句をいうことはないでしょうが。

お大切に。

恒彦拝   六月一九日

付  中世論は くれますか?

* たまたま、桜桃忌の日付けで書かれているのも懐かしく、声も聞こえてきそうだが、実のところ、まだ文通と著作のやりとりだけで、一度も顔を見合わせて逢えてはいなかった時期と想われる。

☆ 残暑御見舞い申し上げます
今年は格別に暑い日々が続いておりますけれど、先生お元気そう! いつもエネルギッシュだなあと感心しきりです。ご本いただきました。
まあいつもそうなのですけれど、先生のご本はそうそうすらすら読めません(笑) NHKbooks「梁塵秘抄」「閑吟集」を引っ張りだしたり、年表をみ たり、あれこれ考えながらすすむので、かなり時間が必要になります。まあ頭を錆びないようにするのに大変よいことになっております。
朗読は日々つづけておりまして、年三回の図書館朗読もずっと参加しています。アンケートをとると圧倒的に人気あるのが「時代もの」。10月は藤澤周平「果たし合い」を読みます。
9月に入ってこの暑さも少し和らいだころ、久々、ほんと久々におあいできれば嬉しゅうございます。      西東京・田無   ゆ
2018 8/17 201

* 「湖の本」払い込みが一気に届き始めている。
今回は「先ず読者の皆様分」に(後々への枚数を考慮して)、井口哲郎さんに「刻と刷」のお手数を戴いた「栞」を挟んでお送りしたが、大勢の方から喜んで 下さる声が集まっていて、ておいた嬉しい。まだ枚数に余裕を残しておいたので、次の機会には、知友への便にも、はんなりと差し挟ませて頂ける。有難うござ いました。
その上に、よく冷やしとても珍しい無濾過生原酒を戴いた。恐縮しつつ、嬉しくて、もうはや三合ほども戴いてしまいました。

☆ 『湖の本』いただきました。
エヤコン嫌いがエヤコン漬けの毎日、それが涼風をもたらしてくれました。
「いま、古典をどう読むか」は、、とても興味深く、教えられることも多かったことを思い出し、『国語教室』をとり出し、並べてみたりしています。若い感動でした。
若いといえば、おことば(「私語の刻」)通り、本誌には「若かりし」秦 恒平を思い出す語り口が読みとれ、それがまた嬉しい一巻です。
いつかも同じような感想を申しあげたことことがあったようですが、数回お会いして お話ししただけなのに、秦さんのお話ぶりの印象は耳の底にしっかり残っていて、文章を拝見していると、それがよみがえってきます。
H・PにI奥さまのご体調のこと、ちょっと書かれていましたが、どうぞお大事にと祈っています。
「湖の本」141は、机上に置いて、じっくり秦さんの若い声を聴くことにします。
「湖の本」は(八月)十五日のおひるごろに届きました。あの日中学(旧制)一年生の私は夏休みで、天皇の放送を父と聞きました。テレビのニュースを見ていたら 受取の筆がすすまなくなってしまいました。

十六日になりました。誌代をお送りしたついでにこの町で一軒のみの酒屋さんで、秦さんへの暑中見舞を送ってもらうことにしました。萬歳楽ではありません が。当地で有名な農口という杜氏の手になるもので。セガレが酒好きの友人にプレゼントしたところ、たいそう喜ばれたというので、それにしました。おためし ください。
酒屋を出たとたん大雨です。ほぼ一ヶ月ぶりの雨です。パソコンのレーダーで見ましたら80ミリくらい。大雨警報が出ています。
ただ、樋を越す雨足も一時間ほどで弱まりました。レーダーは、黄から緑にかわっています。
この暑さの中で、外に出るのも憚られて、家の中でうろうろし、ふと自分の年齢を確認したりしています。さしたる不便もない体、無為な日々を、年齢のせい と、自分にいいわけをして、それがまた腑甲斐ない思いにかられるのです。 秦さんに初めてお目にかかってから、もう四十年ほど経っています。この間のご交 誼は、私の人生の中に強く彩られています。
雨がまた強くなるやも知れません。なにかとりとめもない受取りの文になってしまいましたが、ここで打切り郵便局へ行きます。
お二人のご健勝 心から祈っています。
八月十六日十二時三十分
石川・能美市  哲  前・石川近代文学館館長 元・県立小松高校校長

* ふかふかと心温まって無用のいらだちや懸念などを忘れさせて戴くお手紙、いつもながら嬉しいこと。ペンの字が震えて書けなくなってしまい殺風景な機械での「私語」ばかり読んで戴いて。御免なさい。

☆ 秦恒平様
この度は「湖の本」を贈呈賜り、心から感謝申し上げます。もう27年も前になる脇田晴子さんとの対
談と対面できるとは、まったく思いがけないことでした。この対談の記憶は非常に鮮明で、会場は先生ぉ気に入りのホテルフジタ、レストランに奥様とご一緒に入ってこられました。冬の午前の日が差し込んでいました。
実は対談のお相手として考えていたのは、文化勲章受章者の脇田さんには大変恐れ多いことですが、御粽司の川端道喜さんだったのです。読み返しても、道喜 さんならここはどう言っただろうという思いになります。ところが川端さんが重い病気にかかっていることが分かり、脇田さんにお願いしたのでした。脇田さん は快諾されましたが、のちに「秦さんは手ごわいと聞いた」と緊張されていました。
こちらも川端さんとの対談で描いたイメージとはずいぶん違うし、お二人には利休像にずいぶん違いがあるのでハラハラして見守っていました。
実際火花も散ったし、読み返して後半の緊張感はかなりのものがあると感じます。編集上、お二人の分量はほぼ同じにしましたが、全体として秦先生が押して いて(はっきり言えば圧倒)P159の「黄金色の暗転期」の部分は、実際にはこれに続いて「利休の黒茶碗」をどう考えるかがあり、秦先生の問題提起に脇田 さんが立ち往生してしまいました。編集上は大変悩んだところでしたが、今にして思えば、このくだりを文字にしていないのは、大変失礼なことでした。
そんなことで編集者としては全く自信がな〈、読み返す気にもなりませんでした。そもそも組み合わせが失敗ではなかったかとか、お二人には不快感を与えた のではないかとか、原稿には目を背けられたのではないかとか、感想をお聞きするのも憚られるなどなど、そういう思いをずーっと持ち続けておりました。
27年ぶりに対面する機会を得て、対談者には笑われ、叱られるかもしれませんが、編集としてもそんなに悪〈ないな、と勝手に思っている次第です。私も古 稀になったので自分を慰めるすべを知ったのかもしれませんが、先生から贈っていただかなければ、そんな思いにならなかった訳で、本当にありがたいことで す。
それでも、終わり方はもう少しまLなまとめ方があるだろうに、お二人から引き出しようがあるのにと、冷や汗が噴き出してまいります。編集者はとうにやめてしまっているのに。
杉本秀太郎さんとの対談、楽しいですね。杉本先生のお宅でされたのですか。私も先生が「平家物語」を上梓されたとき、お宅でインタビューさせていただき ました。鼻に抜けるソフトな声が耳に残っています。「しかるを平家一平家物語は語勢がいい」と言われたことを覚えています。
永井路子さんとの対談も読ませていただきました。
脇田さんにも道喜さんにもお伝え出来なくなった私の思いを勝手に書かせていただき、申し訳ありません。お盆の中日、この27年の間に鬼籍にいられ、お世話になった方々への思いもよみがえりました。本当にありがとうございます。
炎暑下、暑苦しい手紙をお許し〈ださい。先生のご健康をお祈りいたします。
2018年8月15日
京・西ノ京  林信一郎   元・京都新報記者

* 編集記者と著者とのこういう出会いや良い意味のストラッグルを数限りなく繰り返しながら、わたしは心ゆく仕事をたくさんたくさんさせて貰えた。今の「湖の本」も「撰集」もまさはくその余慶として可能になっている。ありがとう、と思わずアタマが下がる。

☆ 拝復
残暑厳しき折、皆さまお変わりなくお過ごしのことと存じます。
先般、「湖(うみ)の本」 たしかに拝受いたしました。厚くお礼を申しあげます。
さて、「日本の古典」 を読むのが苦手の小生は、本書の冒頭の鼎談で、先生が危倶された「悪い意味の教養主義へと外れて」「いささか不幸な人生」を送っ てきたので、余生はゆっくり鑑賞したいとおもいます。 お礼方々 平成三十年八月十五日  京・山科  あきとし じゅん拝  詩人
_
* 今回は、松園描く「紫式部」の色美しい絵葉書でお便り下さる。

* 篠崎仁さんお心入れの「梨」がドッカーンと重々しく届いた。もう熟して、美味豊かに、弱い歯にも優しい。

☆ 残暑お見舞い申し上げます。
お障り無くお過しでいらっしゃいますか。
いつも”有難いお心”を賜り有難うございます
ことしの京都は例年にも増して暑さ厳しく、一寸凹んでしまいました。
本日久し振りに外出叶いましたので、粗品、お送り申し上げました。失礼お許し下さいませ。
感謝の思いにて   京・下鴨  あや   妻と同期 大学の後輩

* よく選んでくださった二種のお酒、あやさん、嬉しく乾杯します。

* 東村山の写真家近藤さん、いつもながら、選りに選り抜いていただいた地元の純米酒を戴いた、感謝感謝。
中学・高校の同級生濱田美範くん、京の小粋な軽菓を送ってきてくれた。感謝。
また、都内杉並の柏木さん、中村屋の「カレー」セットを下さる。明日の楽しみに。 感謝。

☆ 湖の本141拝受
昨日今日とやっと凌ぎ易くなりましたが、猛暑の最中にご本発送のお仕事をしていただき 手元に届きました。ありがとうございました。
迪子様共々の重い大きなお仕事のご労苦は お身体に大変な事だったと申し訳ない気持ちです。
井口哲郎様御作の栞も嬉しく、貴重な作品をありがとうございました。
初めの「今古典をどう読むか」での対談者、歌人の尾崎左永子様のお話興味深く読ませていただきました。
ちょうど私たちも「源氏物語」を読む会で、70台から80台の人が多いのですが(70人ぐらいのグループ)講師が選ばれた尾崎様の訳で読んでいます。宇治の方は瀬戸内さんです。
先日も中学3年生の孫の諒太がどうして今、歴史や古典を読んでいるのと聞いてきたばかりです。
本人も姉の高校1年生も学校では苦労しているのでしょう。
また、馬場あき子様、永井路子様方も日ごろご本を読ませていただいていて親しんでいましたので秦様とのご意見交換も興味深く読ませていただくことができました。
夏の初めには「湖の本」35の「あやつり春風馬堤曲」を読み返していました。いただいた20年前とはまた違って読めるのが嬉しいです。
秦様も迪子様も 子ネコちゃん2匹と元気にこの夏を乗り切ってくださいますように。

* 妻から転送されてきた。何方か知らん、恐れ入ります。

* 十一時に。
2018 8/18 201

* 自転車で、マコ、アコのために排便用の重い砂を三袋も買ってきた。ついでに久々にとインスタントの塩ラーメンも買ってきた。一応食べきれたのに、下痢。おやおや。
晩には戴いた中村屋のカレーが美味しくお腹に落ち着いている。感謝。
川柳作家の速川和男さんさん、是も巧そうな地産いろいろの生饂飩を下さった。むかしから、パンよりも麺に心を惹かれる。

☆ 野路です
「オイノセクスアリス」完成間近の前書きとして 「日本の古典とエロティシズム」を楽しく読ませていただきました。の前書きとして 「日本の古典とエロティシズム」を楽しく読ませていただきました。

* 「出任せ」に題のように書いてみたのだったが、読者の側から容認されたかのようで、ちょっと胸が前へ出た。

☆ 湖の本
お元気ですか みづうみ
お盆休みで東京を離れておりましてご連絡遅れました。ポストに「湖の本141巻」が無事に届いておりました。嬉しいです。ありがとうございます。
秦恒平の文学について何か書きたいと願う人間には必読の、宝の山の一冊にちがいありません。羽生清さんのインタビュウをまず拝読いたしました。
僕は、もの書きのする「批評」とは、文章を書くだけではないと思う。とくに作家や批評家が一種の社会的な存在になってきたかぎりは、書いてする批評と同時に、「してする批評」というのもあると思いますね。

みづうみが現在毎日更新なさっているこの「私語の刻」も「湖の本」と両輪の「してする批評」であると思わず膝を打ちました。

歴史を知らないと、どうしてもデッサンのゆるい現在と未来を書く。

昨夜溜まっていた新聞を片付けていて読んだ八月十四日付の、鴻上尚史さんと村田沙耶香さんの新聞対談で1979年生まれの村田さんが鴻上さんの『不死身の 特攻兵』を読んだ感想として「特攻は命中率が低く、効果的ではなかったのにやらされていたことを初めて知り、ショックでした」と語っていたので、みづうみ のこの言葉が痛烈に響きました。
村田沙 耶香さんは作品が絶賛されて芥川賞を受賞しているくらいですから、ふつうの人間より読書量もあるはずだと思うのですが、村田さんのこの発言に 私は椅子か ら転げ落ちそうになりました。村田さんは、鴻上さんのこの本を読むまで特攻隊の歴史を読んでいなかったのかと愕然としました。特別に勉強しようと思わなく ても、ふつうに先の大戦を描いた小説や映画に接すればわかるものと思っていました。鴻上さんと同世代の人間くらいまでは特攻隊が効果のない作戦であったこ とは常識だと思うのですが、村田さんの世代では その常識のないことに 現在の日本の病根 があるわけです。
「えっ、アメリカと日本は戦争したの? それでどっちが勝ったの」という世界は、芥川賞をとるほどの小説家でも現実なんですね。本当にびっくりしました。
先月も二十万部も売れたという政治小説を面白いと勧められて読まされたのですが、憲法九条を非現実的と断じて笑いものにしているので驚きました。「デッサンのゆるい現在と未来」の筋にあんまり驚いて最後まで読みました。
憲法九条をお題目のようにしている土井たか子や福島みずほの教条主義はいくら批判してもかまいませんが、九条そのものに関係ありません。九条を否定する のは自由ですが、論じる場合は 九条がどのようにして成立したかを歴史として正確に学んだ土台あって初めて可能なことでしょう。
書かれた内容から推察すると、この作家はそもそも日本国憲法をきちんと読んでいるとは信じられず、立憲主義も民主主義も理解せず、小田実や鶴見俊輔の文章なども読んだことすらないと思われます。
誠実な勉強なしのノリで批判するのは、物書きとして恥ずかしい。そして昨今恥ずかしい物書きが増えていくのは、何より「読者の責任」です。エセ京都弁を 駆使して面白可笑しく書いたものが二十万部も売れて、作家として生計が立てられる時代になったことに、もうオバサンの出る幕はないと諦めてはいけないので しょうが、長生きしたくないと ため息ついてしまいました。

「湖の本」の詩と真実に出逢えたことは、私の人生の喜びで読者冥利に尽きます。
萍  萍に大粒の雨到りけり  星野立子

* いろいろ有るということでしょうか。

☆ ものを知らないわたし、
対談に、編集があるとは。録音を、そのまま、起こしているものと思っていました。隔靴掻痒(これパソコンでないと書けない)の訳がわかりました。
あらためて、湖さんの ものごとにたいしての、真摯なとりくみを感じました。久しぶりに本を読みました。
毎日、決断の連続で、くたびれていますが、わたし、しぶといみたいです。 柚

* 新聞のように字数制限のきつい媒体では記者やデスクが編集しています。隔靴掻痒感は生じやすいですね。
文藝雑誌等の場合は、速記録を各自確認修正してそのまま活字になるのが普通です。かなり激しくなってもそのまま活字化されています、わたしの経験では。
2018 8/19 201

☆ きびしい残暑の日々
お変りなく御健勝の御様子、大慶に存じます。
「湖の本」141では、かつての鼎談をお拾いいただき汗顔の思いです。
「洛中洛外屏風」の座談会を二十数年ぶりに再読いたしました。「正座」のお説、すっかり忘れていましたが、すばらしい御着眼だと感服いたしました。脇田さんとの対談とあわせて、勉強させていただきました。     今西祐一郎  九大名誉教授 前・国文学研究資料館館長

☆ 略啓
「湖の本141」有難く頂戴致しました 御文中それぞれの座談に 読んでゐるお前はこれらの問題についてどう考へるのかとの問かけえが肺腑にこちへました。ゆっくりお話をおうかがひしたいと思ひな乍ら 酷暑にとまどふ日々です。
改めて拝眉の機を    不備   前・文藝春秋専務取締役  英

☆ 残暑お見舞申上げます。
『湖の本141 語り合う日本の古典風景』を拝受、暑さにへたりこんでいる脳に「興深い」刺激を与えてくれる有り難い一冊でした。とりわけ洛中洛外屏風について学んだ後、 杉本さんと洛中洛外「対決」を読むと緊張感とともに京の奥深さが伝わってきてワクワクしました。
「よい読者」にはなかなかなれませんが、編集の妙も存分に楽しませていただきました。お礼申しあげます。
異常気象が続きます。どうぞお身体お大切に。  講談社役員 元・出版局長

* 錬磨の読み達者のお目に触れるのが、とてもとても有り難く嬉しく、励まされる。

☆ (前略)
この暑さ 都心へ出るのも嫌なのに、サハラ砂漠のタッシリ・ナジエールへ壁画を見に行きたいなど妄想を画いております。おそらくドクターストップがかかるでしょう。
遅れてしまった「みごもりの湖」読み始めました。猛暑、なんの障りもありません。
別便でお酒送らせていただきました。   写真家   近藤聡

☆ (前略)
まさに 『いま古典をどう読むか』の心境なのですが 高校時代の古典の授業は 二人の 父(故・島津忠夫先生)の教え子先生がいて 出来の悪い私にとっては、苦痛で苦手な時間でした。
最近 ようやく 父の本や、先生の御本に接する機会に恵まれて 古典への苦手な気もち 少しずつ克服しているように感じております。
茶そばは お好きでしょうか?
奥様と御賞味いただければ幸いです。   埼玉・所沢市  佐貴

☆ 今朝の涼しさは
「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」
平安時代の歌ならずとも おどろいています。
湖の本141 ありがとうございました 読書の秋、拝読させていただきます。
(ロスの=)池宮さんは元気になられて今秋来日なさるそうで楽しみにしています。
別便にて心ばかりの中村屋のカレーお送りしました。
お忙しい時は手抜してお試し下さい。御礼まで。  杉並区  柏木洋子

☆ 今夜は
大文字送り火  小松谷正林寺さんの山門から 鳥居 が見えるので 今年も 数人の方を送って来ました。年々 送る人が増えて さみしいかぎりです。
連日の暑さの中 お大事に。  京・小松谷   華子

☆ お盆の
16日を送り 今朝はさわやか、秋風を感じました。7月 長かった暑さ、日中はまだ30度前後の気温が続くことでしょうが ホットしています。五山の送 り火をとベランダに上がりましたが 周囲の建物で透き間すらなく おぼろ月が遠くのほうで小さくかすんでいました。大文字やきがすぎると あつい夏も終り  なんとなく物悲しかった昔を思っていました。  京・有栖川  桐山

☆ 初めまして、
「シグナレス」同人の山中太郎と申します。小冊子「どんつき」では『慈子』の執筆を担当させて頂きました。先日はシグナレス同人宛に立派な装丁の選集を 献本頂きありがとうございます。今、手元にある選集の面白そうなところからかじり読みしておりますが、「京のわる口」は京都に住む小生でも知らぬことが多 々あり、普段話す言葉に隠れる面白みを感じる処であります。
さて、先生は体を養生されているとのこと。シグナレス同人では健康長寿を祈願して 浄瑠璃寺の本尊の一つでもある薬師如来の梵字を進呈させて頂きます。同人は先生の感想がとても励みになっております。
今後も引き続きシグナレスの小冊子をお読み頂ければ幸いです。
酷暑の折、御身お体をお大切に   京・太秦  山中太郎

* お心づかい 恐縮。感謝。
2018 8/20 201

☆ 拝啓
残暑厳しき候ですが 先生には ご無事の日々をお過しのこととお喜び申し上げます。
日頃 御世話様になり感謝申し上げます。このたびは「湖の本141 語り合う日本の古典風景」のご刊行、おめでとうございます。錚々たる方々に交じり、ひと際 存在感のある先生のご発言を興味深く読ませていただいておりま す。『梁塵秘抄』における後白河院だったり、洛中洛外屏風の鴨川だったり、利休の正座だったり、上村松園の「天保歌妓」だったり、その重みを味わう思いで おります。
益々のご発展を祈念いたしております。 右、御礼にて。 敬具   原山祐一  新聞記者

☆ (前略)
今回は座談会・対談特集で。多彩な諸先生かたとのお話に興味がわきます。
冒頭の司会長尾高明先生は、小社より『庶民の歌 川柳と歌謡』をお出しになられたこともあり、またもうお一人が尾崎左永子先生ということで、このお顔合せにびっくり致しました。
拝読致しまして、常に古典文学を身近に思っていらっしゃる先生方のお考えがとても自由であるということに新鮮な印象を抱いております。
先生が末尾の締めに語っていらっしゃいますお言葉、「現代を深く広くより正しく見なければいけない。そのためにも遠き古の伝統を、よくよく見なければい けない。そしてその伝統の中の、悪しき伝統と闘うことをしなければいけない」という文言、しかと心に受け止めさせて頂きます。
続く「今様の世界」、「現代に生きる『平家物語』」、「洛中洛外図屏風」など、興味津々です。これから楽しみに拝読させて頂きます。
猛暑の中 数日外に出かけましたが疲れが尾を引いておりまして少々バテております。体力温存に努めたく存じております。
先生も くれぐれもご無理なきようにとお祈り申上げます。
とりあえず拝受の御礼申し上げます。 敬具   豊島区  紅書房主人

☆ 御本が届き、
読みました。
メール嬉しく。
今年は大文字の京都には行けず、介護に過ごしています。
改めてメールします。
お元気で、夏の疲れ残されぬよう。   尾張の鳶

* 老老介護、さぞやと思う。ご平穏を願う。
2018 8/21 201

 

* 所沢の藤森佐貴子さんから生の茶蕎麦で十一月までも もつ というのを沢山頂戴した。ご飯というのが、ボロい歯ではやや食べにくくなっていて、想えば わたしの主食の最たるものは戴いてきたいろんな麺類なんだと気がつく。京育ちの子供の頃からの好みが老いを助けてくれている。感謝。

* 京の羽生さん、京のご馳走を選んで、お手紙添えて送ってきて下さった。感謝。
ちなみに羽生さんは 京都へ 他郷から入ってもう久しく住まわれている。

☆ 送り火(=大文字など)のあと、
京都は急に秋めいてまいりました。
暑かった夏でしたが 如何おすごしでございましょうか
『秦 恒平選集第二六巻』ありがとうございました。
今年の京都は 地震 大雨 炎暑といろいろありましたが、高野(=羽生さんのお住まい)は 京とは言わない郊外のようで、なんとか無事にすごすことができました。
「みそぎ」「いくさ」「あそび」「はふり」と 歴史の中でくっきり姿を変えてきた鴨川は、今も 川近くに住む人 それぞれに まるで違う貌を見せているように感じます。
「何年 京都に住んではるの」と笑われる私は、「自然なお点前」を再校のほめ言葉と喜んでおりましたら、要するに 「洗練されていない」「粗野な」ということであったと判明し、目の前では悪く響かない言葉を的確に選択する京女の知性に感激いたしました。
京の「あて(=わたし)」は 貴 (=詠みが、アテ)
「うちら」は 京の仲間うち
差異がはっきりしているだけ、私は 生きやすいように感じました。京の 位取り文化を観客席から楽しんでいる性格の悪さを自分の中に発見しながら……
北澤恒彦さん(=秦の両親を倶にした、兄)が、知人の奥様のお母様を話題にして、「源氏物語の集まりがあるので上機嫌」ということから、「清少納言も一 個の戦闘者ではなかったか、 婦人にはイデオロギーがあるのだ、 われわれの方はどうか、 率直にいって、この面の旗色は悪い。 プロセスに楽しみがあ り、やりとりに増殖感をともなうグループ形成は至難の業である」 と書いておられます。
先生の書かれますものに共感いたしますのは、 男性が書くもの少ないこの増殖感のようなものが 私には嬉しいのですが……
緻密に構築された言葉がスタティックになってしまうことに抵抗しているような浮遊感……うまく言えないのですが、 秦 恒平の文学世界でありながら、読み手である私の場所が残されているような…
このような感覚は、京言葉を使って成長してこられたことにも由来しているようにも思いますが、 何より 奥様との対話(もちろん言葉に限定されない)に依る女の側からの感性を包みこんでいるからだと かねがね考えてまいりました。
大学卒業後も勉強したいという卒業生と始めた塾と読書会が十五年経て、美味しい食べものだけでなく 詠み巧者となった女性たちの会話で盛りあがっていま す。『湖の本141』の目次に私の名があり びっくりいたしました  もし 可能でしたら 六册、購入させていただけませんでしょうか
馬場あき子さんとの貴重なお話、永井路子さんとのスリリング対談等々、古典好きな仲間に贈らせていただきたいのですか……
先生、奥様、 どうぞ夏のお疲れのでませんよう
くれぐれもお身体大切におすごし下さいますように!  京  羽生 清

* 羽生さんは、選集のような大冊でも、かならず「読みおえてから」お手紙を下さる。昔からそうである。有り難いことである。

* 此処で 一つ 私どもとしては 「思い切って重大な提示・広告」を致します。「ご遠慮無くご利用」下さい。

今日現在も 「秦 恒平・湖(うみ)の本」の「全巻継続購読者」(ほぼ全員が 創刊以来の全巻購読者)の皆さんに「限らせて頂きます」が、三十余年にわたる「湖の本既刊本」(現在141巻 今後も継続)の、「小説・エッセイを問わず、どの巻であれ、何册であれ、在庫の限り」を、ご希望次第で、例外なく「無料で呈上」します。
「文学」の作として、お仲間なり、ご子弟・ご知友なりと、宜しいように自由にご利用くだされば、作者・著者として幸いです。
ただ、「巻」によっては、すでに在庫のもう払底、ないし払底しかけているのもあります。しかし斟酌なく、むしろ秦を助けると思って、「何巻を何冊」と、ご遠慮なくご要望下されば、可能な限り、すべて無料で、荷造りして送り出します、何の御斟酌にも及びません、喜んで差し上げます。
私ども夫婦の「残年寡き」を思えば、「一つの潮時」と、たった今、ハッキリ思い立ちました。発送にいささか年寄りのモタモタのありがちなのは、ご容赦下さい。
一つには、没後に在庫を残しても、事実上私の本意を践んで残部を活用できる者は無く、故紙同然に廃棄されるのは必至だからです。いっそ秦を援けてやると思われ、ご遠慮なくお申し越し下さい。
2018 8/22 201

* 機械の温まる? のを待つ間に、珍しく中世説話の『今物語』巻頭一話を、三木紀人さんの解説で勉強した。「源氏の下襲の尻は短かるべきかは」と、「大 納言」が所持の扇繪をめぐる傍輩たちの誤解を見抜いて囁き去っていった女房に大納言が心奪われてしまう。扇の繪、弁という官職、その特徴ある下襲、源氏物 語の場面への読みや推察、その間違いの指摘など、わずか文庫本12行の説話が生きもののように揺らぐ面白さ。教えられた。
三木さんは朝日子が御茶ノ水に在学の頃の教授であられただけでなく、わたしが医学書院に就職して間なく、母校の紀要に論文が送りたくて、仕事の間をぬす んで会社から目の前の東大国文学科を訪れ、書庫へ入れてもらえないか本が読みたいと頼みこんだとき、応対して許容してくれたのが三木さんであった。わたし は毎日のように書庫へ通って学生、院生らの勉強にまじり、けんめいに「徒然草」関連の文献を読みかつノートしつづけた。徒然草の執筆時期を追った論文は二 回にわたり母校専攻の紀要に載ったが、それより何よりこのときの勉強が、最初期作の一つの仕上げになった長編『慈子(初題は『齋王譜』)のなかへ濃厚に生 かされた。いまも胸の鳴るような思い出である。
講談社学術文庫『今物語』も三木紀人さんに戴いた。

* 上の三木さんとのように、わたしは、作家としてスタート以降、幸いに、信じがたいほど優れた国文学・日本史学の学者・研究者に仕事を識っていただけ て、永く長くいろいろに教えても応援してももらえた。とてもお名前を列挙などできないほど大勢、それも目を剥くような森銑三、下村寅太郎、角田文衛、岡見 正雄といった大先生から「ファンレター」も貰っていた。文壇という世界へは我からこまごま近寄ることはしなかった代わり、他分野の碩学や優れた藝術家に は、敬愛しつつ親しんで、多くの示教に恵まれつづけた。残念、しかし当然にも、もう九割の余も亡くなられたが、今も、梅原猛さん、久保田淳さん、興膳宏さ ん、井口哲郎さん、信太周さん、高田衛さん、今西祐一郎さん、長島弘明さん、黄色瑞華さん等からそれぞれに多く深くを、つい先頃までは島津忠夫さんに源氏 物語の読みの詳細を感嘆しつつ教わっていた。

* ご縁というものを、わたしは大事にしている。大先輩にも、若い後生らにも。
2018 8/23 201

☆ 拝復
朝夕の涼風が救い、残暑きびしきことですが、お揃いでお大事にと念じております。
湖の本141 ご恵与たまわりありがとうございます。行きつ戻りつ座談の妙、思わず再読の機に恵まれましたことお礼申し上げます。
岡見(正雄)先生の博学なることは驚異で、授業でもうんちく傾けていらしたことと思っておりましたところ、古典朗読一点張りの授業とうかがい意外、僧職 できたえられた朗読と合点もいくところです、ただ、教育の難しいところ、古典のリズム感捨てがたいところとはいうものの、クラスの何人が秦さんのような感 銘もって以後の古典愛読のきっかけと過ごされたか 課題と存じます。
韻文鑑賞もいかにあるべきか、自らの選歌眼確かめるためにも 教科書に採りあげられる歌句と異なるものに接することが肝要と思っておりました。現代、古語を自らの語としてあやつることができるのも 歌句なればこそと学生達と話したこと思い出します。
(湖の本など)回覧供していた卒業生も亡くなりさびしいかぎりです。
門口に誰そ朝採りの胡瓜など
お礼言上遅くなり失礼のだんお許し下さい  草々    信太   神戸大名誉教授

* いつも句のお作を添えて下さる。門口に  佳句ではあるまいか。
岡見先生の高校での授業は、先生のじつは世に卓越の大先生と生徒達がしらず、ボロい袴すがたにボロい革靴すがたの「坊主」をわらってばかり、騒がしかっ た。で、みごとな朗読に つい なった。少なくも受験対策の授業ではなかったが、わたしは、ただただ懐かしい。先生がただけの校内短歌会に生徒のわたしが 一人招き入れてもらえたのも、岡見先生、上島先生ら国語の先生がたのお声がかりだった。歌集「少年」の作はそこへ持ち出され、批評されていた。

☆ 残暑お見舞い申し上げます。
いつもいつもご高著をご恵送頂きまして心から感謝いたします。
いつまでもご自身の著作を愛されているご様子、自分の履歴書やアルバムさえ自宅のどこかに終い忘れている私としては反省しきりです。
8月13日に満90歳になりまして、いよいよガタがきました。しかし今の政府を崩壊させるまでは死なないつもりですが。毎日夜中の3時すぎまで起きてい るせいで視野狭窄症になり、おまけに数日前からはひどい腰痛(右)で整骨院に罹っている始末です。病院の診察券が増えるのと「寄る年波」という言い習わし は嫌いです。未だ朝日カルチャーの講義(2講座}を続けておりますし(もう40年以上)。
前からのご本の感想も書けずにいるのですが、今回の「有楽帖Ⅱ」を途中まで拝読しての連想を少しずつメモしてみます。(右手の指の第一関節が前から半ば死に体) - 数字はページ数。

* 「中村冨十郎」  30台のころ、家族が大阪にいましたので、学期ごとの休みなどには、後に千日デパートになった(そこも大火)旧歌舞伎座で歌舞 伎、中座で歌舞伎や新喜劇(寛美のフアン)を見まくったものです。鶴之助(のちに中村富十郎}と大谷友右衛門(のちに中村雀右衛門)が贔屓で、市川壽海は 森田勘弥や市川中車と共にそのセリフ回しに惚れていました。壽海(元。壽美蔵)の後継の壽美蔵の子供2人と姪が教え子なので、大阪の我が家と堺の彼の家と を親類同様に行き来したものです。壽海は先の姪の結婚式で隣り合って歓談する機会を持ちました。壽美蔵さんは律儀で、息子の中学校英語劇(脚本と演出は 私。区で健勝、都で健勝、劇は本になりました・泰文堂)の際には在京していたので、わざわざ『ベニスの商人・法廷の場』の出演生徒に化粧をしてくれまし た。その出演者は今でも何かあると集まります(82。 前の横浜国大副学長もその一人)。アントニオ役をした壽美蔵さんの長男(毎日放送。退職後、中西進 さんの万葉の仕事の手伝いとか) その彼が高校時代に一緒に『双蝶々曲輪日記』の一部を演じたのが当時の延二郎(仁左衛門 =後の延若か)の兄でした(今 の芸名は?)。 6
* 「喜撰」 - 三代前の舞踊の名手・三津五郎の芸を歌舞伎座で見ましたが、まるで「空気」のようでした。フグで死んだ簑助(先々代三津五郎)は好きで、宝塚劇場でも観ま したが、その息子の三津五郎(惜しくも数年前に死亡)が、私の中学時代の恩師の後藤亮先生(私も編集委員をしていた同人誌『詩と散文』に連載した正宗白鳥 の評論で読売文学賞受賞)と親しく、毎週私と青山学院大の講師室で歓談していた先生のところへ話しに来て、可愛かったですね 一 惜しい。
後藤さんには銀座のスナック(?)葡萄屋などに連れて行ってもらいましたが、丁度来合わせた井上靖に挨拶をしていました。彼の内緒話によると、「新潮」だったと思うのですが、大岡昇平の女性関係について触れたとかで怒らせてしまったということでした。 16
* 「玉三郎」 私の妻も後援会の会員で、家中(トイレまで)彼のカレンダー類が貼られています。私が神奈川後援会の会長をしていた当時、よく会った河 原崎国太郎が玉三郎との関係をしばしば話していました(主として舞踊の指導)。国太郎は中学生の時に邦楽座で見た溝口健二の『元禄忠臣蔵』でのことが忘れ られませんでした。
守田勘弥(=坂東玉三郎の父)は早世でした。空襲で焼け出される前は四谷見付(数軒隣に桜隊の丸山定夫夫妻の家) にいましたので近所の弁慶橋辺を通り 水谷八重子の家が見えると彼のことを思い出しました。 - 7
* 「じゃじゃ馬ならし」 – ストラットフォード・オン・エイブンで観劇。ヒロインが美人で見とれた覚えがあります。 118
* 「細雪」 戦後すぐ(未だ学生)に出たひどい造本(2冊)が未だあるほずです。4姉妹の名前を『四人の姉妹』(『若草物語』)と共にすらすらと言えたのですが、今年はあやふやです。 特に「Bたらん」は印象的でした。
沢口靖子は『みおつくし』(?)以来の贔屓ですが、努力家ですね。
佐久間良子と有馬稲子も好きですが、佐久間には因縁があります。私が親しかった荒牧鉄雄さんの自宅の庭続きの隣家が彼女の家で、子供の頃始終遊びに来て 縁側で子供同士芝居ごっこをしていたそうです。荒牧さんの子息は東大教授(地震専攻)になった人でしょう。学会の発表中でも良子のエピソードを喋るのが滑 稽でした。拙宅の茶庭に置いてある小さな石地蔵は、彼が京都の大徳寺から運んだ100体からもらつたものです。行倒れた旅人などが素人ながら彫って置いて いったものだそうです。荒牧さんのベストセラー英語参考書(三部作・三省堂)は秦さんもお使いになったかもし
れません。依頼されて我が家に持ってきた彼の蔵書(参考書類)が500冊位あり、今やワイフに嫌われています。- 8・9
* もう眼が霞んできました。また暇を見てくだらないことを感想に代えて書いてお送りします。あきれながらお読み捨て下さい。
ちょっと涼しいようですが、長続きはしないでしょうから、くれぐれもご自愛ください。有難うございました。   8月20日
秦 恒平様     世田谷  速川和男拝   川柳作家でも

* 卆壽のご老人にこんな微笑ましい佳い思い出を書いて貰えたのは 望外の余録であった。せっかく御健勝を心より願う。
速川さんのお手紙には、ときどき、今日のにも、美術展等催しの招待券が添えられてくる。今回の、九月半ばから十一月末まで三井記念美術館での「仏像の姿(かたち)」展へは、心惹かれている。感謝。

* 京都には、二○二一年に文化庁が移転する。
はや「国際的会議の開催を期待」の声も届いているが、わたしの希望は、とかく空疎に終えやすく実りの薄い、文化人らの文化祭めく国際会議よりも、京の自 然・市街、かけがえ無い文化・文物、未来へ花咲く人材への、実(じつ)のある保全、保護、育成の府政・市政こそ願わしい。

* 滋賀県の三日月大造知事、冨士谷あつ子さんらからも、お手紙を戴いている。
2018 8/23 201

☆ 秦先生
暑い日が続いてますが、いかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか(今日も暑いですね)。
この度は「湖の本」お送りいただきありがとうございました。
昔から対談が好きなこともあり 楽しく読ませていただいております。
時代がそうなのか、それとも古典の語り方自体がそういうものなのか分かりませんが、話の繊細さ、時間の進むスピードの遅さ、情報の濃さを感じながら 少しずつ読み進めているところです。
これまであまり考えたこともなかった、古典に親しむことの魅力、意味を教えていただいております。
また先日は楽しい時間をいただき、貴重なお酒を、勧めて頂くままにいただいてしまいました。ありがとうございました。
文明と文化といったようなスケールの大きな話題でお話ができ、記憶に強く残る時間を過ごさせていただきました。
仕事柄、ITを 日本社会(企業)にどのようにローカライズさせるかに興味関心を持っておりますが、文明と文化という図式によって一段理解が深まったようにも思います。重ね重ねありがとうございました。
引き続き、何卒宜しくお願い申し上げます。  聡   東工大院卆

* さきごろ柳君、松林(降旗)君といっしょに、クラブで歓談を尽くせて楽しかった。あのあと丸山君とも、心ゆくまで保谷の飲み屋で議論と談笑・食事が楽 しんめた。大勢が、いいお父さん、お母さんに成っていて、年賀状はみな申し合わせたように親子家族の写真が届くのに、笑える。
ま、年齢的にも、みな今や企業や官庁の中軸の位置に定まっていて、そうそう容易には出会えないのだが、会えば二〇余年以前の学生諸君と秦さんの時間にすぐ煮立ってくれる。
卒業後も、よく会いよく飲み食いしたような二十人余もの男女卒業生の名が思い浮かぶ、笑顔や声音や話柄のいろいろも思い浮かぶ。ああ、だれか、只今東工 大に在学の後輩のなかから、わたしの古物のような機械や、使いこなせないでいる新しいコンビュータに手を貸してくれるような人、紹介してくれないかなあ と、情けなーいことも思ってたりする。
2018 8/25 201

 

☆ 残暑お見舞い
24日    台風20号が足早に四国近畿を通り抜け、大雨暴風の幾らかを夜の数時間感じました。台風一過の青空ではありませんが、東北北海道などが被害少なく穏やかに終わることを願っています。
かなりの時間、携帯で、HPの記載を慌ただしく読んでいたので今日は改めてゆっくり器械の画面で読んでいます。
二十三日 木曜日の 速川和男氏の
「満90歳になりまして、いよいよガタがきました。しかし今の政府を崩壊させるまでは死なないつもりですが。毎日夜中の3時すぎまで起きてい るせいで視野狭窄症になり・・」と書かれている。90歳の気概と言うのでしょうか! (わたしは夜中の3時まで起きていませんが、緑内障の視野狭窄もあり、その他ガタガタしているのは 気概が足りません。)
「佐久間良子と有馬稲子も好きですが・・」とあり、大昔に時代劇のエキストラのアルバイトに行った時に見た佐久間良子は、本当に美人、綺麗でした。世の中不公平だとお馬鹿な女子大生は思ったものです。有馬稲子も筋が通っていて好きです。

羽生 清氏の
「自然なお点前」を最高のほめ言葉と喜んでおりましたら、要するに 「洗練されていない」「粗野な」ということであったと判明し、目の前では悪く響かない言葉を的確に選択する京女の知性に感激いたしました。
京の「あて(=わたし)」は 貴 (=詠みが、アテ)
「うちら」は 京の仲間うち
差異がはっきりしているだけ、私は 生きやすいように感じました。京の 位取り文化を観客席から楽しんでいる性格の悪さを自分の中に発見しながら……

半ば身につまされながら、そうだろうと推測し、だから京都は嫌やとも思ってしまう・・。楽しめるほどの強さがわたしにはないのでしょう。
北澤恒彦氏は「婦人にはイデオロギーがあるのだ、 われわれの方はどうか、 率直にいって、この面の旗色は悪い。 プロセスに楽しみがあ り、やりとりに増殖感をともなうグループ形成は至難の業である」 と書いておられます。 婦人にはイデオロギーがあるのだ、という点に関しては肯けません。同性を評価したいけれど、わたしも女だけれど、イデオロギーがあるとは・・・、女バカと言われる方がまだ納得できそう・・。

沖縄の翁長知事をうしなった「沖縄」の悲しみと不安や怒り。彼のような人が、癌に、それも予後生存率の厳しい膵臓癌に(以前より治療方法は進んできたと言っても)、そして早くに亡くなって行かなければならないのか・・。
宇智きよ海さんのにじみ出る文章が多くを訴えています。
日本国内の報道よりも丁寧な報道が外国で為されていたというのも 些かと言うより深刻な現実でした。
「はいさい、ぐすーよー、ちゅう、うがなびら。」
「うちなーんちゅ、うしぇーてーないびらんどー。」
「うちなーんちゅ、まきてぃーないびらんどー。」
哀しいことに内地の人間であるわたしは言葉の意味が分かりません・・嗚呼!!!
沖縄の苦しみの上にのほほんと日常を過ごしていることを恥じます。
科学技術が進み、新たな軍需産業は自分たちがつくり出したものを必然として「実験・試用」し「消費・使用」しなければならないのです。広島長崎への原爆投下もそのような要請あってのことでした。
国家の国民と領土を防衛するのが国家の責務であり、国家が存在する意味であり、軍隊は不可欠と。平和を求めると言いながら 国家は戦争を常に正当化するのです。
堂々巡りの悪循環、単純に軍備にかける資金を福祉や辺獄を漂う人々・難民にまわせたら新しい展開があり多くを解決できると思います、たとい単純幼稚と批判されても。

ここまで書いて十分長くなってしまいました。
湖の本の対談は初めて読むものばかりで、興味深く読みました。感想は改めて書こうと思います。
残暑厳しく、野分の後の清々しさ、寂しさとは程遠い日が続きそうです。
元気に過ごされますよう、エアコンもコンピューターも良い状態でありますよう。
繰り返し、御身体大切に、大切に。   尾張の鳶

* ありがとう。ほぼおなじことを ほぼ同じに感じ考えて呉れている人の声を聴くのは、生き甲斐を励まされます。
しかし、いかがな生き甲斐もこころ・からだの均衡・健康が無くてはつらい。だいじにされますよう。

* ところで、このところ、クソまじめなほどに思い耽っているのは、ミルトンの『失楽園』を耽読のなかで頭を擡げてきた世界史の、とまでは謂いたくない が、キリスト教世界が根の根から抱え込んでいる「イヴ 女」の問題、そこから、旧約・新約・ローマ教会を経、決定的に、悪辣なまでに構築されてきた苛烈な 「女性蔑視」の問題。今日も、革新的なキリスト教神学書の「女性蔑視」の章を熟読していた。
上野千鶴子に「女嫌い(ミソジニー)」の一冊がある。貰って、読んで、特には立ち止まらずに、自分の小説世界を考えていた。
わたしは「女文化」という文化史の発見提唱者であり、ま、信者であって、「男はきらい、女ばか」とは思いながら、「ミソジニー(女嫌い)」とは感じていない、が、「要検討」なのか。
イブは、とても「女ばか」だけでは済まされていない、が、……
旧約の「創世記」ではまだ掴みにくい「堕罪のイブ」が、『失楽園」では過酷なまでに、アダムや神や天使たちと対立した気味に把握されていて、この問題 は、このままにしておけんなあと、また改めて(じつは、おなじ事は過去にも何度も感じながら、イヴではなく、マリアの方へ視線を送り続けていたのだが)  キリスト教の世界と歴史とがウンザリとアタマにのしかかってきた。重い。

* これ、セカセカとはとても扱えない。尾張の鳶には、たくさん教わりたいことが有る。

☆ 地蔵盆の前に

(東京へ=)戻ってきました。留守の間に届いていた湖の本、さっそく通勤電車で楽しく読みました。

古典風景を語ることは、(秦さんの場合は特に)京都を語ることに繋がっていくのですね。

ちょうど帰りの新幹線で井上章 一『京都ぎらい』を読んでたのですが、その第一章「洛外を生きる」は、京大建築学科在籍中に杉本家を調査で訪れた井上さんが、「どこの子や」と尋ねられて 「嵯峨」と答えたところ、杉本秀太郎氏は「なつかしい」と言い、「昔、あのあたりにいるお百姓さんが、うちへよう肥(こえ)をくみにきてくれたんや」と告げたと、「いけずを言われた」エピソードから始まってました。

「洛中洛外・歴史の風景」は、その杉本氏との伯仲する話の中で互いに厳しい位取りをなさっているなあと感じつつ、「鴨川」についても(「畜生塚」の主たちのことなど想い浮かべながら)改めて考えさせられました。
御土居の話題も出てましたが、この夏のヨーロッパ旅行、モンサンミッシェルやローテンブルグは住民と宿泊客以外の車 は入れない塀の中のホテルに泊まり、夕食後(夜九時過ぎにようやく日が暮れ始めます)や朝食前の散策も楽しみましたが、中世都市の「城壁の中の住民」(洛 中の人)を指して「ブルジョワジー」と呼んだのだそうですね。
ブルジョワジーたちが富と力を蓄えていったことで、貴族や聖職者が主体であった体制を覆すブルジョワ(市民)革命も可能になったのでしょう。

(「墓の山」と呼ばれていたモンサンミッシェルが聖地とも要塞ともなり、一時は監獄ともなった歴史については別の興味がわきます。)

「日本の古典とエロティシズム」では、「ぐっとくる」かどうかが一つの価値規準になってましたが、座談会に女性が加わっていれば少し話の流れも変わったかなとも想像してみました。

「文学表現の世界でしか性の醍醐味のようなものは書けない」「藝術創造の原点には性的な欲望がある」との思いは、今も変わりはないですか。
まだ暫くは異例の暑さが続くようです。こう暑くては外出もできないかと思いますが、気持ちだけは元気でいますか。
「できるかぎり正しくて、しかし面白い」論文を書きたいと思い、日々励んでいます。  澤

* 井上章一さんの話、さもありなんと、笑えた。

* どう暑くても、明日午後には聖路加の診察を受けに行かねば。呻くなあ。

☆ 秦先生
今日も暑かったですね。
ご返信いただき、ありがとうございます。
はい、頑張ります。次お会いする機会があった時、胸を張って自分が取り組んでいることを話せるように。
『対談・選』ですか。嬉しいです。
まだしばらく暑い日が続くようですが、何卒ご自愛ください。  聰

* 600頁を越す大冊、年内にと、用意しています。楽しみに待ってて下さい。
2018 8/26 201

☆ 拝復
湖の本137『泉鏡花』8冊、拝受しました。追加購入を申し込みましたところ、思いも掛けず多数冊を
ご恵贈賜り、恐縮至極に存じます。
泉鏡花研究会会員のうち、私も上から4番目の年長者になってしまい、若い研究者に、先行する研究書を紹介する立場になりました。今回、申し込みましたのも、若い方のリクエストに応える必要からでした。他の会員にも渡させていただきます。有難うございました。
京都は地蔵盆。
子供の減少で寂しくなりましたが、六斎念仏の子供の太鼓は やはり可愛いものです。草々
励    同志社大教授

* 全巻を継続購入して下さっている方には、既刊ならどんな巻でも、可能な限り、何冊でも、無料で差し上げる と思い決めている。言ってきてさえくだされば、可及的速やかにお送りする。

* 田中さんの写真ハガキ昔むかしの「京都市電」で路線交換しているのだが、ハテ、何処だろうと考えている。四条河原町かなあ。

☆ 「湖の本」
まことにありがとうございました。
お言葉に甘えて、古典に対する先生の深い洞察を仲間との学びの助けとさせていただきます
彼岸過迄、私もエネルギー消費を最小限に生きてゆきたいと思っております
どうぞ御無理をなさいませんよう お身体 最優先におすごし下さいますように   羽生清

☆ ご連絡、ありがとうございます。
病院を優先していただいて、全然問題ございません。

頁数の節約を(内容の充実を)考えて、
原稿扉が奇数頁へ来ても偶数頁へ来ても、
一頁で建てようと、少なくも今回はそう決めてみました。
変則ですが、ご容赦下さり、どうか適宜にお進め下さいますよう。
承知いたしました。

こちらご指示通りに改頁にて進行いたします。

零校出校日につきましては、23から24日に営業へ送る予定ですので、

その後、先生宛に出校となります。

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本日の天気予報が見事に当りまして、

護国寺の駅前は、大変な大雨&雷で、スゴイことになっております。

酷暑に続きゲリラ豪雨、どうやって帰宅しようかと同僚と模索中です。

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何卒、よろしくお願いいたします 。  凸版印刷  村

* 十一時になった。ガンバリ過ぎたか。
今日は、校正のほかに、キリスト教神学の本三冊ばかり、目次を拾って覗く程度ではあったが、確かめたいことのある気持ちで調べてもいた。一般にアメリカでのと限って「解放神学」といわれるものにも、大きな裂け目があることなど、確かめられた。

さ、機械から離れる。
2018 8/27 201

☆ お見舞い
昨日は関東方面大雨とか? 異常有りませんでしたか? 何が起こるか分からない毎日です。
用事があって、今日は暑い中、思いきって街に出かけました。
甘いものを送りました、最近滋賀県から、評判が良くて来店しました。ご正味下さい。
先程は地震があり びっくりしました、又 雨がふりだしました。すんなり秋は来ない様です?
洛東巷談等 あじわい懐かしく拝読。
どうぞ体調にお気をつけて。  京・北日吉   華

* ありがとう。
地震、いやですね。 こちら、昨日の雷雨は凄みがありました。 日々お大事に。  2018 8/28 201

* 朝いちばんに京の「華」さん、お心入れの甘味名菓たっぷりを頂戴した。日吉ヶ丘へ高一入学、茶道部へ入ってきた後輩に、割稽古の一から教えた。今は執心出精のお茶の先生をしている。その間、六十数年。久しいことだ。
さらに久しい、冨松賢三君のような、国民学校の戦時このかたの友達もある。
ものを書き、読んでもらえてこその歳月と思う、有り難いことだ。
2018 8/29 201

 

☆ 恒平さん
湖の本、ありがとうございます。井口さんの栞も 嬉しく頂きました。そして何より、お支払いが滞ることになってしまい、申し訳ありません。この春から、 母に次の送金を頼もう頼もうと思ってきたのですが、(母の)兄の危篤、(母の)不調、病院、夏の猛暑と続いたため、その都度、少し離れた郵便局まで行って くれるよう頼むのが憚られ、恒平さんへ失礼を通し続けることになってしまいました。10月末に一時帰国しますので、どうかそれまでお支払いの方お待ちいた だけるでしょうか。
湖の本ですが、「止しましょうか」という恒平さんのお言葉を読んだ瞬間、「とんでもない」と思ったのですが、その後色々考えた末、これをもって止めさせ ていただこうと思います。恒平さんとの繋がりが切れてしまいそうな錯覚に、一瞬胸が痛んだのですが、落ち着いて考えれば、それで切れるようなものではあり ません。
この8月には義母を亡くし、夫の家族では夫が最長老になりました。昔、「閊えがあるうちがよいのよ。それが無くなると、次は自分だから。」と言われたことがあります。
最近、友人知人と会うと、親や自分自身の「老い」が必ず話題に上ります 。そういう年齢になったのだと思います。そして、それが「今」を楽しむ原動力にもなっています。
どうぞ恒平さんも、迪子さま共々 お大事にお過ごしください。  バルセロナ  京

* バルセロナから「湖の本」への支払いを求めることが、もともと無理があり、毎度「謹呈」すればお互いに手間の省けることと「提案」しておいた。それだけのことゆえ、「京」も、なにも思い煩うことは無いのです。
東工大卒で「秦さん」と呼んでくれる元学生は少なくないが、「恒平さん」と直に呼んでくれるのは、いまや、日本中でも三人とはいない。「京」はなかで一 番若いが、それでも「老い」を謂うほどの歳月が流れてきた。元気に旺盛に穏やかにバルセロナの生活を、しっかり培って下さい。

* この人のように消息の知れてある人は、どんなに日本から遠く暮らしていても何の不安もないが、東工大卒で、つよく心に残っている学生でありながら、以 来消息の知れなくなっている人もある。健康に、元気に、心ゆく日々を過ごしてくれているといいがと、時にとても懐かしく思い出すことがある。
2018 8/29 201

☆ 今年は
例年に無いお暑さでございますが
お障りなくお過ごしでいらっしゃいましょうか。
此の度は 御高著 湖の本「語り合う日本の古典風景」を賜りまして真に有難うございました
古典に疎い 私にはとても貴重な一冊でございます。
尚、尾崎左永子様とは昔、紀伊国屋洋書部で御一緒だった事もあり、馬場さんにもとてもお世話になりましたので 古典の勉強と共に懐かしく拝読させて頂き ました。  この夏は歳の故か、夏バテ気味ですべてが遅れ勝ちになり御礼も大変遅くなり申訳ございません お許し下さいますように。
台風の季節となりました  何卒くれぐれも御身大切になさって下さいませ
本当に有難うございました
乱れ書きにて  かしこ   栄
2018 8/30 201

☆ 「湖の本141」を
頂きまして ありがとうございました。
「語り合う日本の古典風景」は、私たちが古典とどう向き合うべきなのかについて、本当に示唆に豊んだ内容だと思います。私など「悪しき教養主義」に陥っているので、姿勢を正すべきだなあと痛感しています。
暑い日が続いています。御自愛のほどを。不一   詠  作家・文藝家協会理事
2018 8/30 201

* 「唱歌集」の歌詞はわたしの「文学・表現」への手引きだったと、つくづく納得する。好きな歌詞、嫌いな歌詞、なぜ好きでなぜ嫌いか、子供ごころに執拗に多年にわたり詮議してきたと思う。
「螢の光」の一番二番にはしみじみと賛同したが、三番四番の「教訓臭」は爪はじいて忌避した。
「あおげば尊し」は全身で共感し愛唱したが、「すめらみくにの、もののふは」だの「皇御國の、おのこらは」などいう「皇御國」なんてのはイヤだった。それより「四季の月」の四首の和歌仕立てであるのなど、美しいと思った。
一 さきにおう、やまのさくらの、花のうえに、
霞みていでし、はるのよの月。
二 雨すぎし、庭の草葉の、つゆのうえに、
しばしは やどる、夏の夜の月。
三 みるひとの、こころごころに、まかせおきて、
高嶺にすめる、あきのよの月。
四 水鳥の、声も身にしむ、いけの面に、
さながら こおる、冬のよの月。
こういう感触がたしかに日本のとは言い過ぎまいが岩、京や古典世界には実感として在った。唱歌や歌謡曲には四季を寓した佳作が多く、概してわたしは好き である。上の和歌の表現でわたしに自然に教訓してくれたのは、「花のうえに」「「つゆのうえに」「まかせおきて」「いけの面(おも)に」等、上三句の「字 余り」の美しさや確かさであった。四首いずれの三句裾の「に」や「て」音を落としたときの堅苦しさは歌の内在律には致命的になる。時に「六音の妙」 そう いうこともわたしは唱歌の歌詞にいつとなく学んでいた。

* 昨日おそく、ふと目に入った歌詞があり、「残暑お見舞い」に尾張の鳶へ送った。

* 『日本唱歌集』をめくっていたら、「とんび」という歌(葛原しげる作詩)に出会ったよ。知らなかった歌でなく、歌える歌でもあるので、二番まで歌ったよ。

とべ とべ とんび、空高く、
なけ なけ とんび、青空に。
ピンヨロー、ピンヨロー、
ピンヨロー、ピンヨロー、
たのしげに、輪をかいて。

とぶ とぶ とんび、空高く、
なく なく とんび、青空に。
ピンヨロー、ピンヨロー、
ピンヨロー、ピンヨロー、
たのしげに、輪をかいて。

いろいろ(=老々介護や創作や) シンドクもあるでしょう、察している。
が、
ま、時に 「とんび」にも なりなされよ。  保谷のからす

☆ からす、ありがとう、ありがとう。
歌詞の一行目だけメロディ知ってます。
空高く飛びたいですね。
元気に!       とんび

* 金澤の金田小夜子さん、今日日本産「葡萄」の最高峰を一房送って下さる。一顆一課の豊かに大きいこと豪華な宝玉のよう、まず目で愛しむ。 感謝感謝。
2018 8/31 201

☆ 秦恒平先生(初めて手紙差し上げます。大津市: 敏)
秦 恒平 先生
拝啓 滋賀県大津市から初めて手紙を差し上げます。**敏*と申します。
私は京都市の教材出版会社で37年働き、10月31日で定年退職をいたします。
同志社大学の国文学科を1981年3月に卒業し、中学校の国語の副教材の編集をしてまいりました。
今、国語便覧の「平家物語」のページに取り組んでおります。会社員としては、最後の仕事です。
昔、友人から譲られた『清経入水』(角川文庫 昭和51年12月30日 初版発行)を、昨日、読了いたしました。
その友人は早熟な男で、高校時代から谷崎潤一郎、マルキ・ド・サド、この後で失礼ですが「秦恒平」の大ファンで、、
「君は同志社なんだから、この本はぜひ読んでおけよ。」と僕に渡してくれましたが、40年も経って、やっと読むことができました。
今読んでも難しいですが、自分で朗読し、音楽として体験しています。
一昨年(2016年)5月、若王子の同志社の墓所に、同窓の友人と一緒に登り、河野仁昭先生の共葬墓(分骨)にお参りをしました。
河野先生は、在学中から、詩の指導をいただいた恩師です。
秦恒平先生の「隠水の」で 「私と妻の結婚式は」「京都の若王子山頂の校祖墓前に並んで頭を下げた」という言葉を読んだとき、あの登りの道のりと途中の瀧の清さを思いました。
「清経入水」の「比叡山の頭が寒々と光っているのを遠眼に確かめながら僕は大学の門まで市電に乗ってきた。キリストという馴染まない異国の使徒に神の息 を吹きこまれた大学、その表門の簡素なかたち、それを蔽って巨きな樹木がゆさゆさ揺れていた。」 という情景は、19歳になる年の二月の私の心象に近しう ございます。
「蝶の皿」の若王子の麓の「道路から右手へ一段低いがけ下に人家の屋根が沈むこんでみるみる暗くなります。」 という場所の近くに、妻の縁者が住んでいたと思われます。
「閨秀」は、切手の図案になっている「母子」「序の舞」以外は、インターネットで確かめながら、楽しんで、勉強しながら、鑑読しました。
今日から、『湖(うみ)の本』で、「みごもりの湖」を読み始めております。難しい言葉、私にはすぐ朗読できない言葉が多く、調べながら読んでいきます。

急に、勝手に、長い手紙を差し上げましたこと、お恕しくださいませ。
残暑厳しい折、お体を大切にしていただきますよう、ご高作の創造が進みますよう、祈り上げます。
誠に僭越ながら。湖国より。   敬具
2018年9月1日        澤 敏夫

* 作者の 最良最高のよろこびは 斯く、未知の知己の心に溢れる親しいお便りに触れたときである、比類無いものが身内に涌いてくる。ありがとう存じます。

☆ 炎暑お見舞い申し上げます。
殊の他、異常な暑さに音を上げながら、毎日を過ごしています。
先日は『湖の本141』を頂戴いたしまして誠に有難うございました。
總タイトルの「語り合う日本の古典風景」は、日頃、ご著作で馴染み仲となったテーマで、それぞれの分野で活躍されている学者先生などの活達な発言も面白 く、身になりました。「日本の古典とエロテシズム」「今様の世界」「洛中洛外屏風をめぐって」がそれですが、小生にとって、最も手応えのあったのは、杉本 秀太郎氏との対談「洛中洛外・歴史の風景」で、ご両所、京都で生れ、育ち、文学を目指した者ならではのやりとりが言外に滲み出て、良かったですねえ。秦さ んの杉本氏評、「洛中生息の井伏鱒二の山椒魚」には思わず、大笑いしました。
大暑をやり過ごした時のお躰、応えると案じます。
ご自愛専一に。     講談社役員 元・出版局長   徳

* 「対談」は、一種独特の創作行為で、ぶつかりあって咲く火花に妙趣がある。この一冊、幸いに受けてくれて嬉しく、お相手の皆様にもどうかご容赦いただきたい。

☆ お元気ですか。
蒸し焼きになりそうな通院は さぞお疲れになりましたでしょう。お怪我ありませんように。
今日は お願い、です。
永く購読してきました「湖の本」ですが、色々プレゼントしたりしまして、現在、相当に歯抜け状態になっています。厚かましいお願いですが、もし在庫冊数に余裕がおありでしたら、「湖の本全冊」頂戴できますでしょうか。
お送りいただける場合は、力仕事ですので、何度かに分けていただければと存じます。くれぐれもご無理のないかたちでお願いいたします。当然のことですが、送料着払いになさってください。よろしくお願い申し上げます。

九月に入りました。台風も来るそうです。
どうぞお大事にお過ごしください。  読者

*  わたしからの「私語」の上での申し入れ・要望に副ってご希望頂いたと思う。本が、実質的にわたしの手もと以外で生きてくれるのは、なにより本望。何方に も無制限にというわけにも行かず、一応、創刊以来「全巻ご購読下さっている方々」を念頭に、いわば「湖の本」活用・利用のご協力を願っている。本が、お役 に立ちますように。
送本、手早くとは行きませんが、間違いなく全巻を揃えましょう、先ずは荷造りの函から物色しますので。暫時お待ち下さい。
なお残部が、他巻に比し僅少になっている巻も出来てきています。ご希望の方はいっそお早めにお申し越し下さい。

☆ 秦 恒平 先生
ありがとうございます。こんなに速くご返信を頂戴でき、感激しております。
ご創刊・第一巻「みごもりの湖」「秘色」「三輪山」をぜひ、購入させていただきたく存じます。
また、「こヽろ」(戯曲・漱石原作)、「初恋」も拝読したいと思います。その巻すべて購入いたします。
お支払いの作法、銀行振り込み、定額小為替、現金書留などを、ご教示たまわりますようお願いいたします。
メールをお送りしたあと、29日(水)録画した「甲陽軍鑑」についてのNHKの番組を、小生も見ておりました。
信玄公は偉人ですが、単語、その関係、構文の研究で「偽書ではない」ということ証明した酒井憲二という国語学者の仕事は尊いと思いました。
能登川には知人がおりました。大きな、黒い木の水車が「伊庭内湖」(いばないこ)にございます。彼はそこで廻っているように思います。そろそろ回転から解放してあげたいと思い、挽歌を書いています。
近江は、大阪、京都へのJRの便よく、ベッドタウン(カントリー)になって、人口もトラブルも、増えてておりますが、琵琶湖は変わりません。
すべてを包んでくれる深さをもってくれているようです。

此の路やかのみちなりし草笛を吹きて仔犬とたはむれし路   阿部 鏡(あべ きょう)

来週、大きな台風が列島を横断する気配、どうか、お気をつけていただきますよう、お願いいたします。   近江大津  澤

* 能登川の、生母阿部鏡の歌碑もご存知でいて下さり、懐かしく。
2018 9/1 202

 

☆ 今日は
昼頃から台風21号の影響が危惧されていますが、今9時45分、青空が綺麗に晴れて、まだ風も強くありません。
小説を三つも抱えていらっしゃる、いいお仕事をと、強く望みます。
わたしは今月末に旅に出ます、さまざまなこと、放念、です。
元気にしています。元気です。  尾張の鳶

* 海外の旅でしょう、賢く、用心して下さい。
2018 9/4 202

☆ 酷暑の夏も
ようやく終りそうな変りやすいお天気のきょうこの頃でございますが ご夫妻にはご無事にお過ごしでしたか 異常ともいえるこのお暑さの中にもお仕事にご精励なさる先生のご気力に敬服いたします。
このたびも 『湖の本141 語り合う日本の古典風景』をご恵贈賜りこころから御礼申し上げます。
女学校時代に勤労奉仕に時間をとられ日本の古典や漢文など学ぶ機会のなかった私のような者にも本当にありがたいご本で とても嬉しく感謝しております。私は
この数ヶ月の気候に老齢の身が適応できず 視力の方も後発 白内障になったりしてお礼申し上げるのもすっかり遅れましたことお詫び申し上げます。 私も今 や全人口の二割たらずになったさきの戦争体験者の一人としてひどいいやな世の中になってきたと悲しく残念に思うばかりでごさいます。
ご夫妻お揃いでご無事に日々を過ごされますよう願っております  かしこ
故・福田歓一東大法学部長 夫人

☆ 秦 恒平 先生
本日、御著書を確かに拝受いたしました。ありがとうございます。
今朝8時、台風21号は高知県の沖にあり、朝の近江大津は空青く日が射しておりました。本日は、関西のJR・私鉄は午前に運休となり、会社の判断で自宅待機となりました。
「湖の本」の表紙の美しさに魅かれました。
141号の「現代に生きる『平家物語』」(永井路子先生との対談)を拝読いたしました。『平家物語』は、語りを取材する「ミニ編集局」とそれを統合する 時代の動きの中で今の形になってきたということを今は理解できます。語り部の「祇王」「有王」は納得できますが、那須与一もそうであったのかと驚きまし た。もっと、勉強をしなければいけないといけないと思います。
午前10時45分、空が暗くなり、風が巻き始めました。山が鳴っております。朝から雨は全く降っておりません。
御礼まで。   近江大津   澤
2018 9/4 202

* 「湖の本」既刊全巻欲しいと聴いて、まず創刊後五十二巻の小説を一冊ずつ書庫から抜いてきた。 ついで、エッセイ四十八巻を、さらに百一巻以降の四十一冊を抜き出して来る。よう書き、よう本にし続けたなあと、よう読者の皆さんに支えて戴いたなあと感に堪えない。
2018 9/5 202

* 全巻所望の方へ、とりあえず創作1-52巻を送った。残りは十日からの選集27送り出し終えてから、また二度に分けて送ります。
2018 9/5 202

このところ、わが下保谷もこういう空模様、怖いような。九月、平穏なれ。
停雲靄靄 時雨濛濛 八表同昏 平陸成江 良朋悠邈  掻首延佇 有酒有酒 閒飲東窗 2018 9/5 202

* 上に大きく出している凄みの空模様の下へ、書き添えたのは陶淵明の詩句を摘んだものです、良朋悠邈  掻首延佇  は、手の届きようのない能美の井口さん、吉備の有元さんらを案じた気持ち、颱風通過の真下で、さぞお困りであったろうと。酒を飲んだのは、どうにも仕方がないからで。ご容赦あれ。御無事を祈っています。
2018 9/5 202

☆ 「旅に出るので」と短く書いたからでしょうか。
フーテンの寅さんのような感じがするのでしょうか。或いは少々自棄になっているのではないかなど。平常心100%からはやや遠いくらいの、ただし普通の気持ちで、勿論楽しんで用心して旅行します。しかも今回は全くの個人ではなくツアーです。
台風は昨日午後の2,3時間、風雨ともに激しく、部屋にいても ゴーッという音で揺すられるようでしたが、関西の被害ほどではありません。
関空は何度も利用してきましたが、復旧までにやや時間がかかりそうで、経済的な影響も危惧されているとか。

「キリスト教の、教父や法皇達の、教会の、女性やユダヤ人・ユダヤ教にむけた本質的な蔑視のきつさ」と書かれています。
イエスがどのような生涯を生き、のちの者たちに何を託したかは最早推測も出来ませんが、キリスト教が確立されていく過程で様々な操作が為されたことは言 うまでもなく。幾たびもの宗教会議と正統異端の確執闘争。近親憎悪とでもいうのでしょうか、ユダヤ教やイスラム教に対する攻撃の歴史。そして女性蔑視・・ それは仏教においてさえ確かにある・・。
マリアとイヴ、さらにユダヤ教やキリスト教が生まれた中近東、ことに文明化の早かった地域エジプトやメソポタミアの宗教や世界観も無視できず、そこまで領域を拡げる必要さえ生じます。例えば、エジプトの神々の中のイシス、オシリス・・・生命再生の場での女性の重要性。
旧約聖書の中のエデンの園の禁じられた果実のくだりでのアダムとイヴも、注意深く読むと、いっそアダムの軽さ弱さも浮かび上がってきます。全てがイヴの誘惑の結果ではない・・。
マリア崇拝は殊にカトリック教会の古代から中世にかけての宗教会議で正統異端が厳しく論じられ、規制し、ローマ教会の権力が増大するにつれてマリア崇拝 も「利用」されてきたのではないでしょうか。ラテン国家イタリアやスペインのマリア崇拝と、家庭内でのマンマの位置。聖母たるマリア、そしてもう一人のマ リアの微妙な問題もあります。
先頃話題になった本と映画『ダ・ヴィンチコード』その他多くの本が出版されていますが、処女・聖女・母なるマリアと対極にあるマグダラのマリア。彼女は イエスの妻ではなかったかと。例としてレオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐の絵のキリストの脇に坐るのはマリアだと提起されていますし・・。
ユダについてもさまざまな論が展開されています。
興味だけを頼りに読み進むのは確かに面白いですが、時に自分に慎重であるようにと促しています。
遅ればせの勉強でも何でも、とにかく勉強も知識も、すべてすべてどんなに追いかけても追いつけない、際限ない。そして自分に与えられた時間は圧倒的に残りわずかと痛感し、いっそすべて断念したらいいなど思ってしまいます。
先日の「湖の本」から今様の歌を挙げれば
「我等は何して老いぬらん 思へばいとこそあはれなれ」です。
本当にそう思います。
そして「今は西方極楽の弥陀の誓ひを念ずべし」という立ち位置を得てはいません。

とりとめないことを書き連ねてしまいました。
残暑厳しい今日でした。くれぐれもお身体大切に、大切に。   尾張の鳶

旅は黒海とカスピ海に挟まれた地域、アゼルバイジャン、ジョージア、アルメニアに行きます。

* グルジア(ジョージア)とは懐かしい。

* 世界的な宗教には、少年の昔からとぎれなく関心をもちつづけ、仏典にも、旧約・新約聖書にも、ギリシァ・ローマ神話にも、コーランやユダヤ教の日々の行儀にまでも、粗い目は通し通し続けてきた。
新聞連載の『親指のマリア』でシドッチ神父を書くために、地中海の神話も含めて、キリスト教史をあたう限り調べた記憶もまだ新しい。
そして、近年、フェミニズムやジェンダーへの関心や読書と帯同して、キリスト教の「解放神学」をことに気を入れて読んできた。一つには今書いている長い 小説のためにも必要があり、一つにはミルトンの『失楽園』へ巨細に目を向けながら、もういちど創世記や教会史の面から「第一のエバ」ないし「マリア」に関 わる自分なりの思いにポイントを見つけたくなっていた。当然に、女と男と、肉と性との問題から、わたし自身の『オイノ・セクスアリス』ないし「ユニオ・ミ スティカ」の創作により良かれと意図してきた。
わたしには、昨日今日の興味や関心を超えた、しかしまだまだ理解不足な、重くて沢山な宿題なのである。
尾張の鳶には、いろいろと教わってこれた。何といってもわたしは鳶さんのように「西欧の空気」を直かに呼吸したことがないのだから、もどかしい。
映画「ダビンチコード」その他「絵解き」ふうの探索からは、面白くはあったが、さて身に沁みた実感は得られなかった。マグダラのマリア、ないしイエスの妻に関しては、ロレンスの小説などでも目に触れてきた。
中学でバーグマンの映画「ジャンヌ・ダーク」を観て以来、アヌイの劇「ひばり」や、ミラ・ジョボビッチの映画なども介して、ジャンヌに寄せてきた重い関心にも、どこかキリスト教と「女」との問題が絡んでいると思っている。

* ま、疲れるワケです。

☆ 早速に、
ご本の荷造りしていただきましたこと、ありがとうございました。くれぐれもご無理のない時期と方法でご発送いただけますようお願い申し上げます。何度でも申し上げますが、最近送料値上げが甚だしく ばかになりません。どうか着払いでお願いいたします。
アコ、マコちゃんたちご活躍ですね。
猫はどうして障子が好きなのでしょう。わが家のネコも、ある日 ずぼっと障子をぶち抜いて登場したのでびっくりしました。出入り口を自力で作る欲求抑え がたいようで 張り替えても無駄とあきらめ、人間がテープで修理いたしました。不細工ですが着物部屋なのでまあいいかと。
ペットがいる限り美しい部屋はのぞめないようです。まして若くて元気な猫ちゃん二人では……可愛さも被害も倍なのはいたしかたございません。益々のおイタ報告楽しみにしています。   波  あら波や二日の月を捲いて去る  子規
2018 9/5 202

☆ ふる里、颱風は大丈夫だったようです。
勤めの方はまだ進展なしです。
前回のメール、パソコンからは写真二枚、スマホからは一枚を添付しましたが、やはりパソコンからは届かないですか。
今回は朝の雨にけむるモンサンミッシェルです。

* 写真は、何を、何処を撮ったかには関心も興味もない。どうでもよい。どう撮ったか。それをわたしは観る。上手いと手を拍つ写真はめったに送られてこない。いいと感じたら、保存したり此処へ拝借したりしているが。
仕事でも、同じで。「何を」には関心も興味も湧かない、湧きにくい、仕事の価値は「どう」に在ると思っている。論文なら正しく面白く、評論から面白く正しく。「どう」という発明・発見こそが仕事の命だと思う。
2018 9/6 202

☆ トド ソブレ ミ マドレ!
「スペイン映画!」「バルセロナが舞台!!」

「オール アバウト マイ マザー?」 聞き覚えがな・・・と思った瞬間、あっと思いました。
「トド ソブレ ミ マドレ」です!

嬉しいです。私も好きで、もう何度も見ています。

ちょうど2週間前にも見たところだったので、感動を分かち合ったようで、ますます嬉しいです。

バルセロナの   京

* 快哉!  街がバルセロナとあったから 「京」を想っていて、元気であれと念頭に極めて優秀な映画作品に感銘を受けていた。独りの折に観ていたので、妻にも勧めたら妻も一人観てやはり強い感銘を覚えたという。はからずもバルセロナと西東京とで交感出来ていたのも心よい。お元気で。
2018 9/8 202

 

☆ 「闇に言い置く  私語の刻」を毎日拝読しております。

「黒いマゴ」と「ありがとう」を見交わしたことをお書きになっています。
今、ご高作「畜生塚」を読了いたしました。
『湖の本』第11巻の49~52ページで、「私」が「町子」に「伝えた夢想」が書かれています。

「死後の世界、いいえ、本来の世界では、私という存在はただ一つではありません。私のことを身内と考え愛してくれた人たちの数だけ、その人たちのそれぞれの家で私はその人たちの家族として生きるのです。」
「あの世では、一つの蓮(はちす)の花の上に生まれかわりたいと昔の人は願い、愛を契る言葉として実にしばしば用いていますが、それは私のいうこの本来 の家と家族との意味を教えているように思います。(原著:改行)笑う前に考えて下さい。これは私の理想です。これが信念になるとき、私は死を怖れず望むよ うになりましょう。」

この詞を読んで、私は「泣くまい」「生きよう」と思いました。
「町子」への「夢想」(手紙)は、「黒き猫」が導いたのだと思いました。

先生のご健勝を祈念いたします。   近江大津  澤 敏夫

* 「湖の本」142 要再校ゲラに表紙等ツキモノ添えて送った。
2018 9/8 202

* 仙台の遠藤恵子さん、美しくいろいろな名産「花蒲鉾」をたくさん送って下さる。とっておきの名酒
「越乃寒梅」を明日の「選集27」出来を祝って戴く、最良のお肴。感謝感謝。

* 鎌倉の橋本静一・美代子さんご夫妻、甲斐名産の種なし葡萄「巨峰」の立派に大きな六房を送って下さる。食の進まないわたくしに、最良のビタミン。感謝感謝。
2018 9/9 202

☆ 狛江の野路です。
夏バテは運動不足の血行不良が原因になる場合が多いので、なるべく身体を軽擦するようにしています。
「湖の本」の既刊在庫分を(創刊以来全巻購読の方に限り=)無料でお分け下さるとのこと。
エッセイシリーズの37,38が残っておりましたらいただけますか。
95歳になる母に読んでもらいたいと思っています。

* 早速 送る用意をしますよ。感謝。

☆ 秦先生へ
『湖の本』を、お届け頂いておりましたのに… 御礼が今頃になってしまい、申し訳ないことでございます。 体調を崩してしまい、ご連絡が遅れましたこと、深くお詫び申し上げます。 「電気的なモノ」「機械的なモノ」に触れられない日が続き… ようやく回復してきた今、メールさせて頂いております。
仕事に取り組めず休んでいた間、ずっと先生の御本を読ませて頂いておりました。先生の言葉と文章に触れることで救われて、回復できたのだと思っていま す。 重ねて御礼を申しあげます。    どうぞ、先生も奥様もお元気であられますよう、願ってやみません。
— 追伸 — タブレットの調子は、悪いままで… 進展させる余裕と申しますか、直せる余地が無い状態です。 先生のHPを読むことも出来ず、タブレットに届いたメールも読めないことは、とても
残念なことですが…今は、仕方がないと諦めて、いつか直せる様にしたいと思っています。      携帯電話のメールからで失礼しておりますが…取り急ぎ、お伝え申します。 京・鷹峯  百 拝

* 連絡が付いてよかった、案じていた。機械は機械。それよりも 健康を一に。

☆ 重陽
神奈川近代文学館のある港の見える丘公園は、海の青もまばゆく、夏の名残の蝉時雨でした。九
2018 9/9 202

☆ 秦先生
メールをありがとうございます。
『湖の本』を読みながら、思っていました。
以前、東京で暮らしていた頃には、想像で補わなければならなかったことが、京都に暮らすようになって八年経った今では、すっと身に沁むように解るようになってきました。 洛中洛外の道や場所、建物、鴨川に架かる橋。京言葉の声音と位取り、花の彩りを揺らす風。
京都に越してきたのは、先生の書かれたものの本質を知りたい、触れたい、という気持ちがあったのだと、気づきました。 もちろん、生まれ育った訳ではないので、理解は浅いものに過ぎませんけれど… 何と言ったら良いのか、まだ濁ってはいるけれど、前よりはずっと清んできた様な、そんな気持ちがしています。
「そこ」に居る、「その場」に立てる仕合わせ。 旅先ではないから、慌てて帰らなくても時間に余裕がある。
先生の書かれた京都と向き合う時、京都を感じる時に必要な「落ち着き=普段の生活」が今、あるので、有り難いと思いながら、暮らしています。
とりとめも無いことですが、お伝え申します。 鷹峯   百 拝

* 心身 健康であれば生きのびる甲斐がある。

* 思い立ち、京都の井上章一さんに選集の「京都」篇、湖の本本の「一筆呈上」「古典対談」を謹呈した。たぶん京都を語ってサイクルが近いかなと。
狛江の野路さんへ、ご希望の湖の本に、今度の選集がちょうど足並みを揃えているので、揃えて送った。「閑吟集」などを希望してきた方へも送った。
2018 9/10 202

* 郵便代のモーレツ値上がりで、一キロを楽に越す「選集」一冊の送料は、九月以前に比べ、倍以 上(千円以上)になり、仰天。国民の一等利用せざるを得ないような所ほど搾り取る政治であるなと惘れる。使いも使えもしないアメリカのお古兵器など、日本 政府、ヘコヘコと買うな。その金を福祉や国民へのサービスに回せ。

☆ 秦恒平先生
8月22日の日記のお言葉に甘えて、下記「湖の本」をご送付賜りたくよろしくお願い申しあげます。私の友人のフランス文学者は、仏文学の古典には造詣が深い(当然ですね)のですが、余り日本古典を読んでいません。少々啓発してあげようと考えています。
NO.9,10 『慈子、月皓く、底冷え』

NO.41 『閑吟集』

NO.42 『梁塵秘抄』    鎌ヶ谷  仁
* 有り難いことです。すぐ揃えて送り届けます。送料着払いを希望した経験が無く、「湖の本」通常装本の際にでも、適宜になさって下さい。必要なら、またまた追加の書目をご通知下さい。

☆ このところ
西日本大災害や北海道の大震災、その上 安倍政権による改憲案が国会で発議されそうになってくる等々 災難続きですが、いかがお過ごしでしょうか。
仙台のかまぼこの方は「里の秋」の季節となりましたので。、ほんの少しばかりお送り申し上げます。
天候、国政、国際情勢、不順の折り、くれぐれもお二人ともお大切にお過ごし下さい。
仙台市  遠藤恵子  (前・米沢短大学長 元・医学書院同僚)
2018 9/10 202

☆ 甘えてお願いしました「湖の本」を
只今落手いたしました。思いがけないプレゼントも頂き恐縮しております。ありがとうございます。
一昨年父を見送ってから 母は寂しさを紛らわすように 読書三昧の日々を送ってまいりました。
知らなかった言葉の思いがけない真義に触れられることが無上の喜びなのだと息子には見えます。

私は勝手に陶淵明~一休~バグワン~秦恒平の流れを「オイノセクスアリス」と感じます。
一休の「狂雲集」207にあるように
紅菊を愛する淵明の像
赤心片々として、秋風を約す、
西晋の風流、議未だ空しからず。
応に是れ淵明が皮下の血なるべし、
東籬の衰色、晩花紅なり。
柳田聖山氏の口語訳ですと
陶淵明のあかい菊
まごころひとすじ、秋を歌うた、
西晋文学、ほこりもたかい。
陶淵明の、血しおのなごり、
東の垣根の、紅い菊。
柳田さんが夢閨の章の副題につけた「孤児の色歌」というネーミングにも惹かれました。
引用は「一休 狂雲集 夢閨のうた」(「禅の古典」6 )(講談社)です。
見当違いな返答を述べてしまいました。
改めて新作の完成を待望いたします。  狛江の  野路
2018 9/11 202

☆ 台風の影響へのお気遣い、
ありがとうございます。統治は、その進路のド真中に当り、とても心配していました。ただそれが、足が速いのと、深夜に及ばないだろうという予測で、たと え真面に来ても耐えられるだろうと思っていました。夕方六時頃、風が強くなりました。前庭の松、直ぐ近くの神社の松、杉のゆれに、その強さを感じながら、 小枝と落葉が地面に散り敷いた程度(私の認識)で終ったようです。
風速十メートルを超えると、二階の寝室がゆれます。この夜も階下にふとんを敷かねばならぬかと思っていたのですが、午後九時過ぎには風も弱くなり、安心の夜をすごすことができました。
その後は、テレビのニュースで知る、災害の大きさに驚き、それを被った人たちの辛苦はいかにと、心を痛めるばかりでした。
それに重ねての北海道地震、何ともことばがありません。
八日九日は、鎮守の秋まつり、雨でじょんがら踊りの会場は小学校の体育館に移りました。
今日は日本列島、あちこちで雨、「白露」を感じ取っています。

高麗屋の襲名披露は、口上と勧進帳をテレビで見ました。新幸四郎は一生懸命、富樫は安心のバックアップと見ました。ただ大物を揃えた四人衆は、何か重々しく――と思いました。
「事のついで」に申しあげれば、勧進帳を初めて見たのは、終戦後間もなく、小松の映画館で鏡獅子との二本立て――映画でした。
七代の幸四郎の弁慶に、十五代羽左衛門の富樫でした。鏡獅子は六代目菊五郎です。この二作(二本)の印象は強く、七十年経ったぬ今でも思い出されます。その後、何人の弁慶を見たことか、前進座や市川少女歌舞伎を含めて、それぞれに心に残っています。
とるにたらないことを書いてしまいました。そういうわけで、台風は、耳に気圧を感じた程度で終ったことをご報告――お見舞いのお礼といたします。
本日気温はそんなに低くないのに寒さを覚えます。今までが暑すぎたせいでしょうか。
お二人は、どうぞお大事にと申しあげておくれましたがお礼といたします。
九月八日  白露の日   井口哲郎  (前・石川近代文学館館長)

* 穏やかな井口さんの息づかいがかおのずと文体を成して、わたくしは、声を聴くほどに大いに寛がせて戴いた。
それにしても七代目幸四郎の弁慶、十五代羽左衛門の富樫 また 六代目の鏡獅子とあっては、映像とはいえ 垂涎の思い。わたしが京都南座で初めて顔見世 を見せてもらったのは、高校一年生であったろう、初世中村吉右衛門が、のちの勘三郎、のちの八代目幸四郎、のちの六代目歌右衛門らを引き連れて関西へ乗り 込んできた師走だった。籠釣瓶の斬れ味におどろき、なにといっても花魁八橋の道中の豪華さに驚嘆した。
もっともその以前、まだ新制中学での演劇大會で、上級生たちが「修禅寺物語」をそっくり演じたのを観ていて、あれが歌舞伎体験への入門だった気がする。 その舞台には松嶋屋の娘が出ていたのだと後々に聞いた、気がする。松嶋屋の長男我當、今の秀太郎や仁左衛門の兄は、わたしの学年にいた。
顔見世へよく出て来た高麗屋八台目(初世白鸚)は、わが家のすぐ東に定宿を持って、そこから、夫人や、若い若い今の白鸚や吉右衛門を連れて、南座へ出勤していた。時に電器屋のわが家へ寄って乾電池など買って行く相手をわたしがしたことも有る。高麗屋贔屓の遠い遙かな起源である、呵々。
2018 9/11 202

☆ 秦さま
ご無沙汰しております。
家族ともども元気に過ごしております。
本日、書籍、受領いたしました。ありがとうございました。ゆっくり楽しみたいと思います。
近況を。息子は小学5年生になりました。
大きく、大きく育ってくれて、目下の悩みは肥満傾向であること。
相変わらずラグビーをやっていますので、運動はしているつもりですが、足りないのかもしれません。
学校でも、ラグビースクールでも 素晴らしい仲間に恵まれて楽しんでいます。
私たちの友達に会わせる機会がたくさんあるからか、息子の生まれ持った性格がそうしているのか、可愛がってくれる大人の「お友達」にも囲まれています。
(息子に会うために我々にスケジュール調整で連絡をくださる方もいらっしゃいます。)
私は今の仕事に転職して丸4年たちました。
一応、人並みに最低限の仕事はこなせるようになりましたが、今後のことも考えていかないといけないなぁと思っています。
それでは、また、連絡します。   山川幸子   東工大院・東大院卒

* 三年生から飛び級で院へすすんだ学生だった。四年生を体験しなくてもいいでしょうかと、教授室へ来て相談された。東工大から東大へ移っていった。
結婚・出産後も先進の研究者として、またすてきなお母さんとして、佳い育児の日々を永らく書き送って、大いに楽しませてくれた。
文学概論の大教室で、ある日、授業の終わった教壇へ女子たちで寄ってきて、「歌舞伎が観たいんです」と。
そうかそうかと、みな連れ立って、歌舞伎座の、最前列に近い真ん中の席で、菊五郎の弁天小僧や、日本駄右衛門以下五人の例の河岸のツラネなどを盛んに楽しんだ思い出がある。
研究生活の方でも、今やますます立派な「先生」になっているのだろうと想っている。

☆ 選集到着
暫くでした。お変り御座いませんか。
ひどい台風でしたけど、何とか無事でした。今年の夏は大変でしたね。北海道は、気の毒なことです。
今日 選集27巻 到着しました。有り難う御座いました。立派な本を沢山頂き感謝です、京都の事、改めて楽しんで学んでいます。
気候、不順の折、 奥様共々お大切に 。
京・北日吉   華   市立日吉ヶ丘高校後輩

* maokatn 本は送りましたが
地震のお見舞いを言い忘れたのは お恥ずかしく。
お怪我無く 御無事であればと、今も願っています。くれぐれもお大事に。 hatak
2018 9/12 202

☆ 『選集 二十七巻』を手にして
嬉しくて、思わず笑んでしまいました。
紙でできた本に触れるのは、プラスチックでできた携帯電話に触るのとは違い、「手」が「からだ」が悦びます。 そして、本に書かれた先生の「言葉」で「こころ」が清まわる。
時間をかけて、樂しませて頂きます。游ばせて頂きます。
ありがとうございました。 御礼申し上げます。 京・鷹峯   百 拝

* 今度の巻には、やや心躍らせてこんなアイサツを添えた。

「心珠自現」  ご健勝を心より願いつつ、『秦 恒平選集』第二十七巻を謹んでお届けします。
今回の一巻は、私の「日本人と日本語」理解のなかで一等面白く意義ある展開と自負しています。
東工大に請われ道草を食っていた時、この『からだ言葉・こころ言葉』の考察を論文に博士号を取得し大学院にぜひ残って欲しいと請われたのを辞退、無事定年退職してきたのを思い起します。
『青春短歌大学』は、東工大<文学教授>としての私の信念また学生諸君へ親愛の結晶となっているのを疑いません。
この「教室」で、無事に「単位」がお取りになれますか、どうぞ「ご試案」なさって下さい。

* 神戸の吉田章子さん、太めで出汁が旨くて好きな讃岐うどんをたっぷり送って下さった。早速、戴いた。感謝。

* とにもかくにも郵送困難の現況にどう対応して、あます予定の六巻を送り出しきれるか、一種の戦争状態とも覚悟して対策に無い知恵を絞るしかない。もう二年。どう夫婦して頑張れるか。投げ出すのは簡単だが、投げ出すという選択肢は持っていない。

☆ 選集第二十七巻
ありがとうございます。
7月からパソコン不具合を放置したままで、ホームページも拝見していません。お変わりなくお過ごしでしょうか。
迪子さんもお元気でいらっしゃいますか?
この頃は秋バテというそうですが、季節の変化でお疲れではないでしょうか。
どうぞお大事になさってください。 ありがとうございました。  下関市  碧
2018 9/13 202

☆ みづうみ、お元気ですか。
本日またたくさんのご本を頂戴しました。荷造りも大変でいらしたことでしょう。ありがとうございました。自分の本はラインと書きこみだらけなので、美本 をよそにお嫁入りさせてしまうのは惜しいと思いつつ、優秀な読み手にどんどんお届けしたいと願っています。わがままなお願いをかなえていただき心より御礼 申し上げます。

それにしても配送料の値上げ幅には驚いてしまいます。さらに総務省は人手が足りないから郵便の土曜日配達を廃止検討しているニュースを知りました。日本の 郵便は世界に誇れる正確さと迅速さ勤勉さだったと思いますが、これからはどんどんそのシステムの根幹が揺らいでいくのでしょう。郵便の長い歴史のある土曜 日配達をこんなに簡単に撤退してよいとは思えません。この人手不足はアマゾンの配送を日本郵便が請け負っていることが理由ではないかとのことですが、優先 されるのは公共性であって、一企業のアマゾンの仕事ではないはずなので解せません。

まあ国がダメになっていくというのは堤防にあちこち穴があくように国の根幹が弱って決壊に至るものなのかもしれません。わたくしは気分的には国内亡命者のような、世捨て人のような生活をしていまして、間に合うように仕事をしようと結構忙しくしています。

選集の到着も楽しみに。  寒  うそ寒や障子の穴を覗く猫  富田木歩
* まことに。
2018 9/13 202

☆ 本日、
秦恒平選集第27巻をいただきました。無事に第27巻を出版なさったことをお慶び申し上げます。
ご著書前半の「からだ言葉」については順調に面白く拝見しましたが、後半の「青春短歌大学」には少なくとも6時間を投入し、味読しました。
以前、『湖の本』で一読しておりますが、あらためて「穴埋め」に挑戦して考え込みました。やはり詩人の言葉はすごいもんだと感心しながら。秦さんの少年時代の短歌には驚きます。以前にもその才能に驚きましたが、何度でも。
秦さんは今回のご著書の中でもまたまた慨嘆しておられますが、この日本は 自民党への隷属にいつまで甘んじるのでしょうね。人々はパンのためなら自由を 喜んで手放す。国民の誇りも、わずかに「光る」人権の根拠である個の尊厳も、すべて憲法から削除したい政党に、人々は自覚なしに従う。民衆が権力が意図す る「忖度社会」の仕上げに手を貸す。我慢なりません。
ご著書では「大逆事件」の再審を阻んだ戦後の裁判所について言及しておられますが、日本ではすでに三権分立も崩れています。私はこの状況の中でほんの少しの抵抗を続けていますが、目をつぶらないことの維持だけで精一杯です。
酷暑からようやく解放され、過ごしやすい日々となるでしょうが、どうぞご夫妻共に体調を維持なさって下さい。平安をお祈りいたします。  ICU名誉教授

* 敗戦後史を徹底的に勉強しているので、日本の現状が今斯くのごとくである保守政権支配と統治政治の筋道」、それへ、われわれ国民や働き手がどうあしらわれ、追い立てられ、飼い慣らされてしまってきたか、いま、わたしは、おおよそ手にとるように理解し実感出来ている。
まさしくわたしたちが東京へ出て来て就職した「六十年代」からの日本の動き、池田内閣の所得倍増政策以降の経済対策、また岸内閣以降の米追従安保体制下での擬制民主主義国民統治への強硬な足どり。
その双方によっていわば惨殺されたのが社会党と総評、そして労働組合だった、徹底的に保守のその意嚮は奏功したのだが、いまもって、野党は徹して勉強不 足で暢気なもの。福島瑞穂の「国会をみに来て」運動に露わな、歴史の読めないノンセンスが、働く人たちの健康な本来の意識を屈従へ落とし込んで、圧政と悪 政を安心仕切らせていることに、まだ、気が付かないありさま。
2018 9/13 202

 

* 選集第二十八巻(一の大冊)の再校ゲラが届いた。本になるのは間違いないが、無事に送り出せるのか、心もとない。鬱に陥らぬよう、行政への怒りに潰されぬよう、せいぜい美しいものへ触れよう。以前なら、美味い物を喰おうと云ったものだが。

* 文化出版局の中野完二さん、名酒「やまと櫻」を、 写真家の近藤聰さん、山梨産の聞こえた名果「ピオーネ」一房を下さる。

☆ 災害の多い年
などと言えないくらい、毎月の天災に言葉をなくしております。台風はいかがでございましたか、大雨は如何でございましたか?
さてご高著二十七巻ごせ恵贈たまわりましてまことにありがとうございます。早速、青春短歌大学を、試案中、なかなかむずかしゅうございますね。よく知っ ているはずの歌が、漢字一字抜けただけで、はて?と考え込んでしまいました。頭と言葉を、競技にする楽しさは最高でございます。よくこういう問題をお作り になったと感心しております。東工大でも さぞ評判だったことでございましょう。
からだ・こころ言葉を ゆっくり勉強させて頂ききます。
やっと猛暑からはのがれたようで、朝夕の涼しさに息をついております。どうぞお身体 くれぐれもお大切になさって下さいませ。
まずは右 お礼まで   かしこ   京・鳴瀧   浪   作家

* 心葉に香の小袋を添えた美しい封書で、 いつものように、多大のご支援まで頂戴した。有難う存じます。
香は、胸ポケットに、また持ち前のかばんにも入れ、折ごとに懐かしく、感謝しています。

* 早大、同志社大、お茶の水女子大、山梨県立文学館からも、選集受領の挨拶が来ていた。

* ソシアルネットの通知に、この一年程か、「ERIKA TOH 藤えりか」という人の名が、毎日のうちにしばしば伝わってくる。まったく記憶にない氏 名。記事があっても何度も云うように現在わたしの機械では何一言も読み取れない。何方であれ、御用をお持ちの通信者は、どうか、公開もしてあるホームペー ジなりメールアドレスの方へ直にご連絡戴きたい。

☆ ご夫妻の
思いのこもった選集第27巻のご贈呈に ただただ感謝でございます。
気力体力ともに衰えが進んでいますが 秦さんの日記を読むのを 一番の楽しみにしています。さきの台風21号についても『良朋悠邈 掻首延佇』と格別の思い遣りをいただいて感激ひとしおでございます。ご健勝をお祈りいたします。  吉備の人
2018 9/14 202

☆ お礼
秦恒平選集第27巻 拝受いたしました。ありがとうございました。
この巻は私にとってとりわけ魅力的な一巻となりそうです。
早速「青春短歌大学」を拝読いたしましたが、実に面白く、また、いろいろ考えさせられました。高校時代から短歌を作ってまいりましたが、どうやら「青春 短歌大学」には落第しそうです。まったくお恥ずかしい老歌人です。こういう試みを若い時からもっとやっておくべきだとつくづく感じた次第です。
心身と言葉の関係、じっくり拝読いたします。ますますのご健筆をお祈りいたします。  翻訳家・歌人  鋼

* 東村山の写真家近藤聰さん、葡萄の「ピオーネ」に重ねて豊島屋の名酒一升をまた下さった。有難う存じます。

* 国会図書館 立命館大図書館 三田文学 都立中央図書館より 選集27受領挨拶在り。

☆ 大シリーズ『秦 恒平選集』の
第二十七巻を拝受致しました。
学兄が東工大に請われて教えておられたとき、学生たちに『青春短歌大学』を講じておられた時の”私の信念・親愛”を示したもの云われ、興味津々です。
また、作家、詩人の秦さんは八十三歳になろうとされていて、小生は九十三歳で。十年違い、これも不思議なご縁と想います。   東京経済大名誉教授 歴史家  色川大吉

☆ 重いご本の
発送作業 本当にお大変だったことと存じます。ありがとうございます。内容ももとても楽しみな構成で、ワクワクしながら、ページを繰っております。
秦教授の「青春短歌大学短歌大学」再読も楽しみ! 99歳の母(夫の母)と ( )埋めを少しずつ挑戦してみようと思います。母は歌歴半世紀を越え、昨 秋白壽記念の歌集を、短歌はまったく素人の夫と妹二人、私の四人で編集し、上梓しました。現在も通信添削で学んでいる母の、知恵、センスを借りて挑戦しま す!   渋谷区・笹塚  宏子

☆ ジェーン台風 伊勢湾、第二室戸
そして今月の台風21号 四つも大きな颱風を経験するトシになりました。山寺乾徳寺も杉の大木が根こそぎ。拙宅は何とか無事でした。 何となく世界が怖くなる時代を迎えたのでしょうか。不一
東近江・五個荘   川島民親   作家

* 多大のご支援 ありがとう存じます。

☆ 秦先生 奥さま
おからだのお加減は、いかがでいらっしゃいますか。 「選集」に「湖の本」に、次々と作品を発表されるお姿に、本当に感激です。
私も、母のリハビリ入院の付添 できる限り努めます。
くれぐれも お大事になさってくださいませ。  静岡市  きよみ

* 六人もの方から ご支援を戴いた。

☆ 秦 恒平 先生
前略 お作「初恋」を拝読いたしました。
終章「八」の「雪子」と「私」との、京都のアンダーグラウンドの旅に息を潜めました。『古事記』の「イザナギ・イザナミ」の物語、西欧の「オルフェウス」譚を思います。
【引用始】
==============
「眼ェつむって、ついて来よしや」と「木地雪子」が「人さし指をしっかり竪(た)てて命令」します。
「下湿(じ)めりの古茣蓙(ふるござ)の襤褸(ぼろ)にくるまれて二つ三つの女の児同士が遊んでいた。」
「出来て間もない、何階もそして幾棟もの集団集宅の庭を、雪子は私をつれて突ききった。」
「川がどっちへ流れているかも私は無視していた。夕暗に時おり白く光る雨脚に打たれてどっと雪子が水際に坐りこんだ時、遠い北山の雪が一瞬の夕日に桃色に映え、すぐまた墨の色に沈みこんで見えなくなった。
──何かから夢中で遁げるように、川下の巷を振切って丸太町より上(かみ)までいくつもの橋の下をくぐった。どの橋の下にもわびしい小屋がけの幾世帯かを見て通ってきた──。
腕一本で雪子の背をわずかなりと庇う庇う隣りに蹲踞(かが)んだ。雨はセルロイドのカラーを伝って背筋を濡らす。丸太町の、あの橋の下までもどろうと言 いかけて、やめた。雪子が決めることだった。と、雪子は立った。かと見ると、そのまま、くるくるっと二度、眼の前で一世一代のトンボを切った。ついとしゃ がんで、のみを拾う猿の真似をした。巧かった。
きわどくこの期(ご)に愛丸が物狂(ものぐるお)うて見せた遊んで見せたと思った。が、雪子はそのまま影法師になってうずくまると、足もとの小石を力まかせに川面へなげた。がっくり顔を垂れて影法師はもう起’た)なかった。」
===========
【引用終】
「木地雪子」の「木地」は、ろくろで木を成形する職人「木地師」に由来する姓で、東近江の愛知川の小椋から起こり、惟喬親王を祖とするものと拝察します。熊野で炭焼・林業を営みながら小説・随筆を書いてこられた宇江敏勝さんの文章で知りました。
山岳の民、山を熟知し、素早く移動していく。芸能に秀で、京都に、いっとき腰を置いたのが、「愛八」「雪子」だったのでしょうか……。

「湖の本 141」。「洛中洛外・歴史の風景」で、先生と、杉本秀太郎先生との対談を拝読しますと、「洛中」とは、御所周りのなんと狭い区画であるか、 裏返せば、「洛外」とはなんと豊穣な力を持った広い地域かと思います。京都は、真空の御所を中心に、受容・排除を繰り返すことで、都市機能を発達させてき たのかと考えます。
今の京都市は「都」でなくなり、私は三年棲んだことがありますが、そのときは、北は北大路通、南は七条通、東は鴨東の東大路通、西は西大路通が、「洛中」ではないかと思っておりました。
私の棲んだ南区は、今でも「洛外」、「観光都市・京都」の外ですが、近江に帰ってからも、ときどき、電車に乗って銭湯に行き、隣の店でお好み焼きが出来 るのを待ちながら、ビールを飲んでおります。冬はでんち、夏はランニングシャツで、自転車で一分の銭湯に通い、サウナで「グリコ・森永事件」の伝聞を覗 い、プールのように大きな水風呂に飛び込み、露天風呂の寝椅子で、東京から伊丹にとぶ飛行機の機影を眺めることは、私の30代の南区棲みの日常でした。

「一世一代のトンボ」を切る雪子を思います。

とりとめもなく。草々  近江・大津  澤敏夫

* よく読んで下さっている。小説「初恋(雲居寺跡)」は、亡き日中文化交流協会理事長をなさっていた宮川寅雄先生から直かに、「この作品は、有り難かった」と云って頂けたりを懐かしく思い出す。
「木地師」については、いずれ読まれるだろう長編『みごもりの湖(うみ)』でシカと出逢って戴ける。佳い読者に出逢えるほど嬉しいことはない。

☆ 秦恒平先生
『秦恒平選集 第27巻』、そして『湖の本』をご恵贈賜りありがとうございました。
いつもいつもご高配を賜り厚くお礼申し上げます。
『青春短歌大学』、十七年前は途中で挫折しましたが、今回は秦先生の「この教室で無事に単位が取れるか…」に挑戦してみることにしました。「湖の本」を持ち歩いて一問ずつ解いています。立ち上がりは悪くないですよ!!
この十一年余り、古典ギリシア語に明け暮れていますが、秦先生の「こころ言葉」の考察法を参考にさせて頂きギリシア語の解釈を試みてみます。
十七年前の湖の本で、「鏤月裁雲」の言葉を戴きました。まさに、そんな季節になりました。
先ずは御礼まで。   千葉・鎌ヶ谷  仁

* 漢字のたった一字が虫食いになった短歌や俳句の、その一字だけを推察して埋めるぐらい、「カンターン」と思われるなら、優秀な東工大生たちが四苦八苦 したのを尻目にしてみられるといい。よほどの詩人、歌人、俳人、文人になる気で試みないと、ま、惨敗する。出題者のわたしでも同様に試みられたら惨敗の憂 き目をみるだろう。東工大生はみな優しかった、だから「秦サン」に同様の課題を突きつけたりしないでくれた。じつは、それは恐ろしいことであった。以来、 いかなる同様の挑戦的出題も受け付けないと決めている。逃げている。
十ほど、例題を並べておきます。埋めるのは「漢字一字」に限ります。作者の原作を越す名作に仕立てることも可能なのです、秦教授はむしろそれを学生諸君に期待していました。

死ぬまへに( )雀を食はむと言ひ出でし大雪の夜の父を怖るる   小池 光
起き出でて夜の便器を洗ふなり 水冷えて人の( )を流せよ   齋藤 史
病む母の( )きの証ときさらぎの夜半をかそかに尿(ゆまり)し給ふ   綴 敏子
父の髪母の髪みな白み来ぬ子はまた遠く( )をおもへる   若山 牧水
草まくら( )にしあれば母の日を火鉢ながらに香たきて居り   土田 耕平
平凡に長生きせよと亡き母が我に願ひしを( )もまた言ふ   池田 勝亮
独楽は今軸傾けてまはりをり逆らひてこそ( )であること   岡井 隆
父として幼き者は見上げ居りねがはくは金色の( )子とうつれよ   佐佐木幸綱
思ふさま生きしと思ふ父の遺書に( )き苦しみといふ語ありにき 清水 房雄
亡き父をこの夜はおもふ( )すほどのことなけれど酒など共にのみたし 井上 正一
子を連れて来し夜店にて愕然とわれを( )せし父と思えり   甲山 幸雄

* 学生達がこの十倍二十倍の出題にいかに四苦八苦していい頭を使ったかは、湖の本『青春短歌大学』上下巻に丁寧に報告してある。

* 「鏤月裁雲」の季節。平穏であって欲しい。

* 吉備の人、先だっての風水害で大きな被害を受けたと報じられた日本中で屈指の美味い酒「獺祭」を、二升も送ってきて下さった。有難うございます。秋成 は「生涯在酒」の印を所持していたと聞くが、酒は呑まなかったという解説もあり、しかしわたしはどうやらほんものの「生涯在酒」の老境にある。ほどほどに 歓を尽くして味わいたい。有元さん、有難う存じます。
2018 9/15 202

☆ 友人の読後メール
16日 20:31の日付のメールが今しがた友人から届きました。「中」と書いてあるのは 湖の本『親指のマリア』の中巻のことです。

「たった今“ 中”を読み終わりました。  高鳴る胸は何なんでしょう。 ・・15日昼過ぎ
16日 20時過ぎ 下巻読了!  朝~昼抜きで疲労困憊。 熱い思い有るもまとまらず、あなたの旅が終わったら会いに行くので いっぱい話し、聞かせて、下さい。」
このメールに先立って
13日 14:39 「取り急ぎ~「親指のマリア」は私には恐るべきスピードにて中巻に至ってます、あれこれほったらかしで。 済んだら「みごもりの湖」をも一度読もう
と、歴史部分と分けながら。」

彼女は昨年の旅で知り合った人。石馬寺に行ったこともあるとか。遠藤周作の『沈黙』についても話しました。それで 鴉の 『みごもりの湖』『親指のマリア』を送ったのです。こんなに感動してくれて 鳶も嬉しい。
取り急ぎ
書きかけのメールは改めて送ります。元気にお過ごしください。  尾張の鳶

* 嬉しい便りをもらいました。 鳶の 月末から海外へのツアーが無事であり、 その後にフタリでの対話が高まり継続しますように願います。ありがとう。

* かかる便りこそ、何にも勝る励まし。
2018 9/16 202

 

* 所沢の藤森佐貴子さん、両口屋の「二人静」二箱も頂戴、感謝。

☆ 秦先生
選集をお送りいただきありがとうございました。その立派さに思わず身の廻りを片付けてから読み始めました。
最近、偶々自らの学生時代(卒論を書いていた頃)を強く思い出す機会があり、その気持ちで青春短歌大学の文章を読むと、より自分事として先生の文章が染みます。
なかなか連休くらいの時間がないと居住まいを正して本を読む時間がありませんが、大事に読ませていただきます。
先生の益々のご活躍を祈念しております。  新野聡一郎   東工大院卒
2018 9/18 202

 

☆ 秦 恒平学兄
選集第27巻をいただきました。 H.P「生活と意見」を読んで、予期はしていたものの、なぜか不意に届けられたような感じがしました。このところ、冒 頭の写真が楽しみです。写真で秦さんの来し方をそれとなく辿っています。この巻では、東工大の授業風景が、お話を聞いて想像していたとおりでした。聴講者 が多いのは、秦さんの授業のなせるせいだったのでしょう。『東工大「作家」教授の幸福』を読み直したいと思っています。
秦さんは、巧まずして理科的な文学授業をなさっていたのだなと感じました。「虫食い詩歌」の課題は、うまく学生たちのインタレストの隙をつついたのでは ないでしょうか。これは、単なる興味本位のクイズではなく、答え合ゎせをしたあとで、「うた」の思いがぐーんと迫ってくることが「実験」してみてよくわか りました。
この巻は、他の文章も、どこから読んでも楽しめるところがうれしいですね。
楽しみといえば、「生活と意見」でみる読者の感想をとてもおもしろく読んでいます。秦作品をこう読んだか、というのがおもしろいのです。
私の趣味の一つに、「書票」があります。日本書票協会の会員ですからそちらの関係で書票が手に入ります。一方自分でも自票を作ります。このほど調べて見 たら、選集の巻数に並ぶほどになっていました。これまでも気に入った書籍に自票を貼っていますが、選集の巻ごとに意匠の異なるものを、秦さんのメッセージ とともに挟んでいこうと思っています。各巻の確認にもなりますので、ゆっくり
やってみることにします。

「事のついで」のついでに、先にお話しした「勧進帳」の映画のことですが、ご覧になっていないとおっしゃるから付け加えたいことがあります。それは「門 の内へ」入るときの富樫の「思い入れ」です。羽左衛門は、さっと天を仰いで身をひるがえし(涙を呑んで)臆病口に入ります。これが一つの形となったとか聞 いています。
もう一つ、六代目の弥生の所作について、映画館で私の横に座っていた二人のご婦人の会話です。踊りの最中に扇子を操りますが、それを「どこから取り出して、どこに仕舞うのか、いくらよく見て
いてもわからない]というのです。この人たちは、映画を何度か見たのか、本舞色を観た事があるのか知る由もありませんが、気になるささやきでした。(70年前のことですが、こんな記憶が残っていま
す。)

はっきりしない陽気が続いています。『選集』を手にして、気持ちが明るくなっています。お二人ともお大事にと申し上げて文を閉じます。  9月15日  井口哲郎  元・石川県立小松高校校長

* 病院から一度家に戻ったときにポストから頂いた。胸が温かくなった。

☆ 略啓
早速乍ら御選集第二十七巻有難く頂戴しました。
本巻 読進むにつれて新しく視えてくる事も多く感慨を新たにしました。
涼しくなったら一献如何ですか 御連絡しますので  不備  英  前・文藝春秋専務

☆ 湖の本 選集
私にとって大事で大切な本です。
湖の本139 140 「一筆啓上」を読み終え、心にひっかかる物事を考える視点、気持ちがすっきりいたしました。  くれぐれもお体大切になさって下さい。  元・今治市図書館長  年

☆ 娘夫婦に連れられて、
山梨へ行ってきました。これからがにぎわうようです。味を見て(ピオーネ)選んだつもりですが召し上がってみてください。家に戻りましたら、ごほん、は民選集二七巻が届いておりました。感謝感激です。
散歩の折 季節限定のおさけがあるとのこと お送りしました。
青春短歌大学 パラパラ読んでいましたら なんと岡井隆さん昭和百人一首に歌集「少年」から二度も選ばれたと知りびっくりしました。昭和36年安保の頃 私は近藤芳美さんの未来に所属していて、いわば岡井さんはこわい先輩でした。遠い昔。  東村山 写真家  近藤聰

* 愛知・知多の久米則夫さん 香川・高松の星合美弥子さん 岩手・花巻の及川恵美子さん 東京・三鷹市の唐澤篤男さん 神奈川・相模原の篠崎功さん からは、過分のご支援を戴いた。

* 藤森佐貴子さん、澤田文子さんからもお便りいただいた。神奈川県立近代文学館、 日本近代文学館からも選集受領の挨拶があった。

☆ 秦先生
選集第27巻を頂き有り難うございます
早速懐かしく「青春短歌大学」を読み返しています
ちなみに、冒頭の「生きて~」を上の娘に出題したところ、かる~く“興味”と返ってきました。
たくさんの興味に囲まれてこれから何にでもなれる存在である若者にあてられた気分です・・・
と、そんな事を考えているとまた先生に叱られてしまいそうですね。
先日、保谷でごちそうになったとき、色々と言った私に対して“でも辞めてはダメ”とおっしゃった先生の言葉を思い返しています。
また是非ご一緒させてください。今度こそご馳走させていただきます。
お礼まで   丸  東工大院卒

* 生きているだから逃げては卑怯とぞ( )( )を追わぬも卑怯のひとつ  大島史洋
この歌は、東工大でのわたしの教室のハタ印のようであった。漢字二字を入れて、そして考えて下さい。
2018 9/18 202

☆ みづうみ
お元気ですか。
みづうみのご体調如何かと、毎日ドキドキしながら私語を読んでいるのですが、さきほど奥さまご入院、手術をと知りました。さぞご心配のことと思います。
現代医学の力を信じています。ペースメーカーの方も何人も知っております。
奥さまの一日も早いご快癒と、みづうみのご不調のでませんように、切にお祈りいたします。
取り急ぎお見舞いを申し上げます。 竹  嵯峨竹の一輪挿しや仙翁花 山中納士
2018 9/18 202

☆ ご著書御礼
秦先生、 朝夕、ひんやりした風を感じ、躰も少しずつ楽になってまいりました。人間同様この猛暑で痛んでしまった植木鉢の草花の手入れを楽しんでいます。
利 休梅やブーゲンビリアが狂い咲きなのか、遠慮がちに花開き、私が「お姫様」と呼んでいる真っ白の木槿も、今頃になって一日一輪か二輪、可憐な花を楽しませ てくれます。狭い庭やベランダを行ったり来たり、背中が痛いのも忘れ、重い植木鉢を運ぶのも楽しい時間です。(後が大変ですが)

『選集第二十七巻』有り難うございます。

好みからいえば「古典の、こころとからだ」からかなと思いましたが、ぱらぱらとめくり「からだ言葉の日本」も読み出したら面白くて止まりそうにありません。

でも巻頭の、先生の東工大の講義風景の写真を見て(なんと大勢!遅く行ったら席がない!)、「青春短歌大学」から読み始めることに決めました。つまり全巻興味津々です。有り難うございました。 ただし、卒業試験はきっと赤点でしょうね。
一問目、(理)(想)と書きましたから。  愛知  珊

*  なんでも無げであるが「からだ言葉」「こころ言葉」への着眼は、日本人の心身観の理解と腑分けにこのうえない文化遺産なのである。しちめんどうな「心」論 や「身体」論をはねとばしそうに的確な示唆を与えてくれる、多くを拾えば拾うほど。亡き川嶋至主任教授が、ほとんど辞を低うするほどに、これを論文に仕立 てて博士になり、大学院大学へも残ってほしいがと云われたのを感慨深く思い出す、わたしには、博士になる気も、教授職を長びかす気もなかったので、低調に 遠慮したのも思い出になった。
2018 9/19 202

☆ 拝啓
九月の半ばをすぎ゜ても、夏の残照まぶしき日が続いております。
「選集」第二十七巻の大冊、ありがたく拝受いたしました。
折しも 岩波文庫新版「源氏物語」四が出来ましたので謹呈申し上げます。
何とぞ御自愛下さいますよう。 敬具
秦 恒平先生
今西祐一郎  九大名誉教授  前・国文学研究資料館館長 岩波源氏校注者

* また源氏物語世界へ帰って行ける。

☆ 『秦 恒平選集 第二十四巻』を
有難く懐しく拝受いたしました。
古典から近現代文学にまで通暁し、言葉のプールの厖大な作家・秦さんならではの、具体性に富んでいて面白く、それでいて高度な日本後論の達成でもあるエッセイの集大成された本巻は、貴重な賜物です。折々に再読、楽しみながら学ばせていただこうと思っています。
以前『青春短歌大学』を拝読した折には、このような講義を受けられる学生諸氏を羨んだものでしたが、再度トライしても同じ感想を持ちました。詩歌について、作者について、日本語について、遊び心とともに芯に届く感じ――。
今年の酷い夏を、この大著の作成にあたっていらしたと思うと頭が下がります。暑く御礼申しあげます。
どうぞ呉々も御身お大切になさってください。  講談社役員 もと出版局長   天

☆ 拝啓
「秦 恒平選集」第二十七巻目をご恵送下さりありがとうございます。
巻中の「青春短歌大学」、私も恒平教授の教え子になったつもりで穴埋め問題に挑戦。自分のバイアスを知るとともに、学生の多様な感受性に舌を巻きまし た。それにしても今更ながらに、取り上げにれている短歌、歌人の歌の詠み方、秦 恒平教授のさり気ない読み方、説き方に畏怖の念を感じた次第です。 敬具  ありがとうございます。   久間十義  三島由紀夫文学賞作家

☆ この度は
「秦恒平選集」をご恵送下さり誠に有難うございました。たびたびのご厚情に何のお報いも出来ぬことをお詫び申し上げます。
昨夜、「からだ言葉の日本」をばらばらと拝読させていただき、ひとつひとつの章の深い洞察に感銘を覚えました。
ジャーナリズムが秦さんを拒否しておられるのか、秦さんがジャーナリズムを拒否しておられるのかわかりませんが、こういうコクのある文章が、最近の新聞雑誌で読めないのが残念です。
じっくり読んで機会があれば、御文について書かせていただきます。
ご栄硯をお祈り申し上げます。  高田欣一

* 読んでいただく、読んでくださるということの有り難い微妙さを感じる。

☆ お召し上がりになれそうな物、
見繕ってお送りしました。今日の集荷は終わってしまい、届くのは明後日だそうです。
冷凍庫はいっぱいだろうと思い、常温保存できる食品だけにしました。
お見舞い帰りにお弁当やお惣菜をお求めになれればよいのでしょうが、なかなか食欲も湧かないことでしょう。
ご病気や手術のことはよくわかりませんが、一日も早くご家族皆様に平安な日々が戻ってきますようにと願っています。
どうぞお大事になさってください。  九

* おそれいります。
2018 9/19 202

* 近江大津の澤さん、おみまいメールで戴く。感謝。お手紙・お便りは、何とかぎらずいろいろ戴くが、わたくし、手先の痺れで字がかきづらく、おおかたお返事が出来ないでいる。この「私語」を見て戴ける方は、ここで、気持ち、代替させて戴いている。
メールを頂く場合も、「私語の刻」に、気分、謝意を示すに止まってしまうのをおゆるしください。頂き物のお礼のハガキなど、大方みな妻が代わってくれている。

☆ 心配
すべて、すべて良い方に向かいますように。
お身体大事に   尾張の鳶

* いまは、こういうふうに大まかに案じて戴けるのが、とても気が休まる。ありがとう。できる限り、じいっと、機械に向いて創作世界へ入り込みたい、不安から逃げ込むのではあるが。
2018 9/20 202

 

元平凡社の出田興生さん、元中央公論社稲垣みゆきさん、紅書房の菊池章子さん、石毛直道さんらからご支援やお便りを戴いた。

* 村上開新堂の山本社主、美味しい季節の杏菓子をくださる。
2018 9/20 202

* 作家の高史明さん夫人岡百合子さん、選集またその他へ、長文のそれはしみじみとしたお便りを戴き感激、重ねて過分のご支援まで頂戴。恐れ入ります。御礼申し上げます。兄恒彦とご縁のあったご夫妻でもありお話しの聞けるのもありがたいこと。

* 奈良の歌人東淳子さん、選集へ過分のご支援。感謝申します。

☆ 大雨に大風 御自愛下さいませ。
早速ながら、今般も亦ご新著『選集27巻』御恵投被下 ありがたく頂戴仕りました。いつものことながらお恵みに心から御礼申上げます。
「青春短歌大学」御授業に列席させていただくような気持ちになり夢中で拝読いたしました。
外国人留学生とのことなど、私の経験に重ねて拝読いたしました。
通院と法務のいずれが本業かという毎日です。
ふりがとうございました  合掌  上越・光明寺  黄色瑞華  新潟大名誉教授
* 妻の親友持田晴美さんからもお見舞いのハガキ頂いた。

* 京都府立京都学・歴彩館(旧・京都府立総合資料館)から受領の挨拶あり。
2018 9/21 202

☆ 冠省
選集第27巻 拝受いたしました。有難うございます。
からだ言葉 こころ言葉は 小・中学生だった孫たちと、いくつか読みながら話しをしたきおくがあります。
先日来、眼の手術などで、しばらく拝読できませんが、折りを見てまた一緒に読ませていただきたいと存じます。
奥様、入院 手術とのことと承りました。今夏の暑さもこたえたのかも分りません。ご本の発送などもお手伝いされているそうですが どうぞご無理なされませんように、充分ご養生されてお元気になられることをお祈り申し上げます。
御礼おそくなりました。
些少同封致しました。お納めください。 和歌山・紀の川  朱心書肆 三宅拝

* お眼、お大事にご養生下さい。いつもながら感謝に耐えません。

☆ 拝復 ようやく新涼の季節となりました。
(前略) このたびは、『秦 恒平選集第二十七巻』をお送り賜りまして恐縮至極に存じます。心より厚く御礼申し上げます。もう二十七巻と巻を重ねていらっしゃいますこと、弛みなくご発行をつづけていらっしゃいまして、本当に頭の下がる思いです。
今巻は、「ことば」をテーマになさった一冊、隅から隅まで、「ことば」に関します蘊蓄満載で、一語から派生する意味やイメージの何と豊かな幅広いことかと、頁を捲りながらしみじみ感じ入っております。
東工大での俳句・短歌の一字隠しは、最初、そのご発想にびっくり致しましたが、回答を拝見し、またびっくり、という思いは、今も変わりません。学生の中 に眠っていた詩的イメージを、きっと本人も気付かないことだったかもしれませんが、どこかから引き出された先生の問いかけは、貴重な経験だったのではない でしょうか。後世に残る御本と存じます。
仕事柄、「ことば」に対しては、常に謙虚に、正確に、と心がけておりますが、思い込みや誤って覚えていることもなしとは言えず、この本で、感覚を研ぎ澄ましたいと存じます。
今日、ようがあり、鎌倉に出向いて参りましたが、お口に合いますか気がかりですが、少々甘味をお届け申し上げます。
どうぞ御自愛のほど お祈り申し上げます。
御礼までに  草々    紅書房主  菊

* 有難う存じます。

☆ 朝夕は秋めいて参りました。
(前略)東工大は理系の頭脳をお持ちの学生さんですが、文学的な回路をとても巧く導いていらっしゃると思います。穴うめ問題はなかなかむずかしいことが 分かりました。あれこれ考えることに意味があるのでしょうけれど…。先生のお声が聞こえてくるようでした。心より御礼申し上げます。
季節の変わり目くれぐれも御自愛下さいませ かしこ。 大阪・吹田  郁  歌人

* 千葉・浦安の島野雅子さん、神戸松蔭女子学院大からも 受領の手紙など受け取った。

* 妻の妹から、毎度のように多大の支援を受けた。感謝にたえず心よりお礼を申します。
2018 9/22 202

* 京・蓮台野の川中沙千江さん、とても珍しい、出逢ったことのない菓子か餅か、太々しい粽ふうの「あくまき」を送ってきてくれた。薩摩節の戦陣食であったと。珍しい。
川中さん、むかし半田さん、日吉ヶ丘高の茶道部でわたしから点前作法など習った、美術コース日本画専攻生。はんなりと愛らしい面白い子だった、が、この 人も、私よりたった二歳の年下、北日吉の加門さんと同じ。おお、往時はなんと渺茫、六十五年。今も元気でいてくれるのが何より嬉しい。
2018 9/23 202

* 京・山科の詩人あきとし・じゅんさん、過分のご支援を戴く。感謝。

* 村上開新堂主人、びっしり数百の美味しいクッキー大缶を送って下さる。感謝感謝。
2018 9/23 202

☆ お元気ですか。
奥さまのお具合如何でしょう。とてもとても心配しておりました。
急に涼しくなりましたので風邪も流行っているようです。お大切に少しずつ、ゆっくりご養生くださいますように。
どうかご無理なさらないで、ご看病に専念なさってくださいませ。そして、みづうみご自身もお大事にお過ごしください。 月  はなやぎて月の面にかゝる雲  虚子

追伸

今回の選集におさめられた日本語論というべき優れた作品群を拝見して、わたくしに一つの確信が生まれました。みづうみは「日本人」ではなく「日本語人」と いうべきだろうと思ったのです。ハンナ・アーレント伝を読んでいまして、その中に、彼女が自分を「ドイツ人ではなくドイツ語を話す者と思っていた」という 記述があったことを思い出したからです。
周知のように彼女はドイツに生まれ 育ったユダヤ人ですが「ゲーテからの正しい引用がつねに身近にあるドイツ文化の雰囲気のなかで」育ち「私にとって、ドイツ語は母国語であり、哲学であり詩 です」というように終生ドイツ語に生きてドイツ語を愛しました。彼女の友人ランダル・ジャレルの詩にこんなものがあります。

僕は信じる

╶─僕は確信している、僕は確信している╶─

僕がいちばん好きな国はドイツ語だと。

みづうみは日本人ではなく詩人、そして日本語の国に生きる「日本語人」。ハンナ・アーレントやカフカがユダヤ人ではなく「ドイツ語人」であるように…。みづうみの敬愛する紫式部や和泉式部や夏目漱石や谷崎潤一郎なども同じ「日本語人」でありましょう。
現在の、日本国を牛耳る「日本人」も、日本のメディアも、断崖に向かうことに無関心な「日本人」も 「日本語人」とは無縁な人種であろうなと思っています。

わたくしも日本人より日本語人になって生きて終われたらと願っています。
みづうみ、奥さまとご一緒にお元気でいらしてくださいね。

* 恐れ入ります。ありがとう。よくよく用心して過ごします。感謝。そしてお大事に。 2018 9/24 202

 

* 数日前には戴いていた香川・高松の歌人玉井清弘さんの新歌集『谿泉』は、いい歌集で、心慌ただしい間にもわたしは何度も頁を繰り、相当数の短歌を読み 味わって清冽の思いに恵まれていた。むかしむかし朝日新聞に外野の小説家の身でかんたんな短歌時評を書いていたとき、玉井さんの歌をここちよく称賛した覚 えがあり、今度の歌集も、むろん少々の瑕瑾が混じるのは避けられぬとして、わたしを心静かに喜ばせた。大きな結社誌巻頭あたりの「蕪雑」としか云いようの ない独り合点の書き殴り短歌ばかりに出逢っていると、玉井谿泉境には心洗われる。感謝。
手紙でお礼を書いていられない。玉井さんの教え子で、この「私語」の読めるはずの作家榛原六郎にそれとなく伝声をお願いしておきたい。よろしく。
2018 9/25 202

☆ 秦先生
御奥様、ご無事にご退院なされましたそうで、何よりとお慶び申し上げます。

医学のことも詳しいことは全く存じませんが、今、ペースメーカーを入れている人も結構いるようです、が、それでも手術はそれなりにお身体に負担がありますものとお察しいたします。

どうぞご無理のかかりませんよう、お大事にお過ごし下さい。今年の夏の暑さと、このところの急激な冷えも影響しているのではないでしょうか。

先生ともども、御安泰にとお祈り申し上げます。

郵便代については、去年からじわじわと値上げし、とくにゆうメールに厚さ大きさ制限をかけ、ついにこの9月から、3センチ以上のものは扱わなくなったという一方的な規則に、全く憤慨しています。

ご立派な秦恒平選集は、そのご発送に際し、まさに影響大かと推測しております。お気持ちお察しいたします。
一度郵便局の人にこのことを尋ねましたら、ポストに入らない場合、再配達となるので、その二回分の配達料を込めている、というような返答でした。このことによって、今後、内容豊かで重厚な本の出版が減少していくことが危ぶまれます。

昨夜の十五夜月はきれいでしたが、十六夜月は残念ながら泣きぬれているようです。

お風邪などにお気をつけ下さい。   紅書房主人

* この程度の説明すら、西東京の郵便局はしてくれなかった、上が勝手に決めましたことでと。やれやれ。
2018 9/25 202

 

☆ 早い快癒を 静穏に、
元気に生きている実感へ手を伸ばしていると 鴉は言う
その指の先 祈りの向かう先へ 何かしらを祈ると言う
いいえ、明確に勁く烈しい望み
鴉の唯一の祈り
その人の快癒

鴉は言う
「一年でもながく「この家で」一緒に生きたいとだけを願っている。
そういう人生であったのだから。」

一日も多く
一時間も多く
一分も 一秒も多く

そう、そして
一秒も 一分も長く
一時間も長く
一日も長く
一月も長く
一年、一年、一年・・・長くあれと わたし 尾張の鳶は言う

平屋根の上部中央に大きく光る あれは「星」
京大西部講堂 その大屋根に鳶がとまっていると人の言う
鳶の眼に何が映っているだろう
昔ボロボロだった西部講堂
七十周年記念行事か、何十周年記念か
いつしか いかついコンクリートの建物になった
鳶は睥睨もせず 嘆きもせず
茜から紺に沈む空を見つめている

* 鳶 海外へ いい旅を、健康に無事に。 鴉
2018 9/25 202

☆ 拝復
『秦恒平選集』第27巻をご恵送いただき、誠に有難うございました。
「からだ言葉の日本」の、『日本文学全集』収録作に沿って‘gからだ言葉”を考察される展開、紅葉・鏡花・秋聲とつづく件りを楽しませていただきました。
鏡花「日本橋」冒頭、確かに特徴的です。
桜花欄漫を背景とした口絵グラビア写真、いいですね。
大学は来週24日から秋学期が始まります。 草々   田中励儀  同志社大教授

* 石川・小松の八代啓子さん、いつものようにご支援下さる。能舞台でのご修業きびきびと展開されているようで、感服。日々お元気で。

* 全巻購読のお一人から、ひとそろい既刊の全141巻をご希望いただき、すでに前半の100巻を送ってさしあげ、つづく41巻分も揃えた。荷造りだけ。積極的に各方面へ本を生かして下さるのが嬉しい。
「とびとびの各巻」でも、もし手元で「欠巻」になってたり、読み手のお友達あるいは受けいれ可能な図書室などに上げたいなどあれば、(全巻購読のみなさんに一応限りますが、)すこしもご遠慮なくお申し越しください。差し上げます、むろん無料。

☆ 拝啓
(前略)「青春短歌大学」を教材とされての「秦教室」は、なかなかの設問で、(私は=)単位未収得となったようです 「名答」とはほど遠く、迷答、珍答の有様でした。先生作の 「月皓く死ぬべき虫の( )かな」を「悟」と解答した学生に脱帽しました。
入試問題を解く気分の「青春短歌大学」や、所収の詩論でした。後輩の、先生になった人達にも国語の教師の必読書として薦めています。多くの後輩たちから喜ばれています。
現在、私は週一回のボランティアで、「日本語教室」に参加しています 受講生は、社会人で、技能研修生の名目で来日した若者です なかには福祉関係に将 来はすすみたい、という人もいて、「からだ言葉の日本」「こころ言葉の日本」は、とても役立っています 私自身がボランティアを始めて、日本語の難しさを 実感しています。日頃使っていながら、いざ説明する段になりますと、困ってしまいます。
おとりあげになっている一つひとつが、とても役に立っています。「いろは日本誌」も興味深く拝読致しました。
今巻は、日本語を使っている自分の無知を実感する内容でした。これからもおりおりに拝読させていただくことになるようです。
ありがとうございました  敬具   馬渡憲三郎   前・芸術至上主義文芸学会会長

* 恐れ入ります。

☆ 秦先生へ
天候不順の折、 HP拝見しては案じております。奥さま大変で一日も早いお治りを念じつつ、先生もお元気でお過ごしなされますように!
選集をありがとうございました。大冊をゆっくり読ませていただきます。
日本の政治は 本当になさけなくなりますね 諦めずに頑張ります 子供や孫のためにも!
気持ちだけですが 些少お送りします、よろしく。  石川・金沢  金田小夜子  作家

* 妻へも、手厚いお見舞いと 金澤ならではの菓子を頂戴した。感謝申します。
2018 9/26 202

☆ 秋になりました
暑さに悩まされて居るうち 急に涼しくなりました。暫くぶりにメールアドレスを見たら、奥様の体調が悪い事を知りました、退院できてよかったですね。今日お抹茶とお菓子送りました あす届くかも。点てられないけど、楽しんで下さい。
体調くれぐれもお気をつけて、無理をされないように。   京・北日吉  華

* なつかしい声が届いてくると、ほっと胸が温かくなる。八時過ぎ。朝食に階下へ。

* 沖縄の名嘉みゆきさん、東京・中野区の安井恭一さん、ご支援を戴く。西東京市中央図書館も選集受領の挨拶あり。
2018 9/27 202

☆ 深く深く感謝
お元気ですか。
昨日、湖の本全册たしかに頂戴いたしました。色々ご心配もおありの中、重たい本の荷造りを三回もしていただいて ご厚情 感謝にたえません。
全冊並べてみました。「凄まじい」としか言いようのないお仕事の量、かつ美しい「詩と真実」の眺めに圧倒されます。お作が世界中に旅立っていくように、少しでもお役に立ちたいと願っています。
わたくしの自分では買わなかったようなご本での(詰め物の)数々も面白そうで。本当にありがとうございました。
ぐんと涼しくなりました。お風邪など召されませんように、どうかお大切にお過ごしくださいませ。  一読者

* 本も、さぞ喜んでいますことと。
2018 9/28 202

 

* とっておき、名酒のなかの名酒「獺祭」二升の一本口をあけた、じつに美味い。へたをすると五合も今日にも飲みそうで、抑えている。日に二合、ないし昔からいう「こなから・二合半」はぱぱっと飲んでしまう。

* 元・朝日新聞社の伊藤壮さん(湖の本創刊時に絶大の後援を戴いた恩人)から、いつものようにこれまたとびきりの名酒「越乃寒梅」二升を頂戴した。ありがとうございます。
わたしに「越乃寒梅」を初めて贈ってくれたのは、わたしより若いのに最近亡くなってしまった俳優座の、加藤剛であった。

* 神奈川の永田さん、ウイスキー「オールド・パー」「シーバス・リーガル」12年ものを送ってきて下さった。ありがとうございます。
わたしは、ウイスキーを水で割ってなど飲まない、生のママがいちばん。美味い佳い味をうすめるなど、もってのほか。日比谷のクラブに置いてあるブランデーもスコッチもむろんいつもストレートでと女性達承知してくれている。
2018 9/30 202

* 加藤剛のお別れ会を報道していた。わたしは、とても出向ける体調でなく、その生涯に「拍手」を求めている嗣子頼の要請に応えて「拍手」を送った。わたしの人生で彼との出会い、「心 わか愛」上演に至る出会いは、異色に大きい重いものであった。
さきにあの芝居の「K」が逝き「先生」も逝った。ああ。

☆ 至急のお願い
昨夜の私語を拝読して至急のお願いです。島尾敏雄の轍を踏まないでください。独りで箪笥を移動なんて、いけません。
『小高へ 父島尾敏雄への旅』の中に、島尾敏雄の死因となった行動について息子の島尾伸三が書いていました。
父親と母親の世界が混同しないように住居の一階は母のもの、二階は父親と妹のものとわけていたが、一階がゴミ箱のようになり、溢れかえるミホの着物をしまう場所がなくなったために、着物箪笥を二階の島尾敏雄の部屋に置くことになった。
島尾敏雄は自分の重たい書籍を車庫を改造した寒い書庫に移動していて、その作業中に脳内出血で倒れたのです。
「おかあさんの浸食力が無限大であることを知らされ、自分の配慮の足りなさを嘆きました」とも伸三さんは書いています。
秦さんは、いま、同 じことをしようとしています。秦さんのご年齢でする作業では絶対にありません! 本の移動だけでも滅茶苦茶無謀でした。若者でも厳しい肉体労働で秦さんが 病気あるいは怪我をした場合、「配慮の足りなさを」奥さまと建日子さんとに生涯後悔させることになります。秦さんにはまだまだすべきお仕事がたくさんあり ます。出来なくなってよいのでしょうか。
どこでも八十代の住まいは基本的にゴミ屋敷です。当然です。体力的に片づけられなくなるのは自然のことです、だから掃除業者などの需要が多いのですし、業者は乱雑さには馴れています。
建日子さんが手伝えないのですから、彼がアルバイトを探すか業者に依頼して、費用も払う、これ息子として当たり前です。老親の面倒を適当にしか出来な かった私ですら長年やってきたことなのに。わたくしは怒っています。無謀なお父さんと気の利かない息子さんに。後で建日子さんが嘆く前に、建日子さんを嘆 かせる前に、すっぱり秦さん自力の箪笥の移動を諦めてください。至急のお願いです。
奥さまのご体調いつも心配しています。秦さんを支える強い使命感がおありと拝察いたしますので、またお元気に乗り越えてくださることでしょうが、どうかお大切に、日常の家事負担をどんどん軽減なさってください。
早いご快癒を心よりお祈りしています。  一読者  石川県

 

* ま、言われそうなことを言われてしまった。島尾敏雄さんの最期がそんなだったとは知らなかった。
だいたい、なんでも自分の判断と力とでやっつけてきた久しい習いが身に付いている。人に頼るということは極力しないし、しんから頼れる人などめったに無 いことは、生まれ落ちた事情から、育てられた家の事情、家庭を持ってからも分かっていた。子供が出来ても、子供には子供の生活と仕事と意欲とがあって自然 当然、手助けということでは、ま、頼りにならないものと初手からあきらめてきた。「山の音」や「東京物語」のようないい嫁にも助けてもらえずじまいに終わ る。父親わたくしの不徳と無能ということもあるのだろう、仕方がない。

* 箪笥二つの移動は、むかし事ではあるが実体験している、階段の上げ下ろしなど出来ないが、部屋から部屋へ水平移動は出来るだろうし、しておかないと夫婦とも下敷きの危険は免れず、気は急く。
御親切、身にしみ有り難いことです。

* やりかけたことは、遂げておかないと、睡眠もとれず<安眠もならない。すこし妥協して洋服箪笥だけの部屋移動を渾身決行。
上下段に大きく積まれた欅の衣装箪笥は、上段分を洋服箪笥移動の跡へ下ろして、上下を平らに、背丈ひくく列べ置くことにした。これで倒れかかる心配はほぼ確実に払拭、 部屋が平らに、すこし広く感じられるのも佳い。
それにしても欅の箪笥は、本体はもとより、抽斗の一段一段がしたたか重かった。渾身の力をふり絞った。今日は暑くて、汗もしとど。
もう二度と居室の模様替えはしないだろう。が、二階の仕事部屋の危なさは、とても遁れようがない。本棚に囲まれた「底」で仕事しているのだから。

* 書架を移動し、洋服箪笥をもちこんだ和室の方、もう少し按配の必要あり、余儀無し。
2018 10/1 203

☆ 翔んだトンビはトビリシに。
台風日本直撃、縦断。心配していました。
鳶はジョージア(=グルジア)に。
緑豊かな国、トビリシも見るもの多く。昨日は世界で一番高い所にある教会に行きました。
無理せず 大事にして お過ごしください。  鳶

* 旧ソ連のころであった、作家同盟の招待で、宮内さん、高橋たか子さんと三人で訪ソの旅を楽しんだなかでもわたしにはグルジアの三泊がことに嬉しかっ た。ホテルからきはるかに河がみおろせた。代議士で詩人のノネシビリさんに大歓迎して頂き、ご馳走にもあずかり、古い古い美しい教会や美術館へも案内もし ていただいた。作家同盟からついていただいたエレーナさんとの旅もすてきに和やかであった。
いまもノネシビリさんのお宅で戴いてきたいろんな佳いお土産を大事にしている。大きなソ連と難しい東欧にはさまれたいかにも国情難しそうなグルジアてあったが、そんなことを忘れさせる麗しい風光と人情であった。
十人近い日本(古典も含めた)文学研究者達と熱く会談した思い出も懐かしい。
尾張の鳶ははるばる翔んでいったんだなあ。

☆ 台風一過
一昨夜の雨風が嘘のようにきれいな秋晴れ。
昨夜はようやくゆっくり眠れました。
月も変わりました。
読書の秋に加えて、少しは食欲の秋・運動の秋にもなるといいですね。お元気で。  小田
2018 10/2 203

☆ 夏には四十度を超える
灼熱の暑さといったかと思えば、何十年ぶりの台風、その間を涼しい日が僅かに訪れるという奇態な三ヶ月でした。お躯にさわらぬかと他人事ならず気になります。
先月は御選集・二十七巻を頂戴して有難うございました。手遅れな御礼となり済みません。
『からだ言葉』が秦さんの造語とは全く知りませんでしたが、本書に収録された「からだ・日本語」の多さには改めて瞠目させられました。
「共同通信」扱いの週一回、三年丸々の連載は、よくよく神経を集中持続して書かれたものとして感嘆いたしました。
後半の「青春短歌大学」は、頭脳を柔らかく、ゆったりした時間を造って楽しみたいと思います。
いつもいつも内容・造本とも高い御本を、多謝いたします。
陽気の変り目、御自愛をなにとぞ祈り上げます。 徳    講談社役員

* 恐れ入ります。感謝申します。
2018 10/7 203

 

☆ 神無月
ご無沙汰しております。秋らしくなり、美しい稲穂の景観も刈り取られて、コンバインの音とともに、懐かしい香りを残していきました。お変わりなくお過ごしのことと思っております。
お元気で。    茨城  司

* ご家族のお加減で、久しく途切れていたメールがフイと舞い込み、嬉しく。お見舞いしたいなと昨日から想っていたので、契合のよろしさに感じ入っている。お元気でありますよう。
2018 10/8 203

☆ ようやっと
選集二七巻を読み終えました。
「共同通信」の三編は未刊でしたでしょうか。まずはここから頁をめくり、書く方も読む方も毎週さぞ楽しかったろうと思いました。
(もう解決済みで余計かもしれませんが、「からだ日本誌」で話題になってた「首ッたけ」の語源は、「足のつま先から顎までの高さ」の「首(っ)丈」、は まり込んだり、夢中になるさまを「首まで浸かる」ということから用いられるようになったようです。 近世前期の上方では「くびだけ」、中期以降に江戸を中心に「くびったけ」の形が用いられるようになり、四代目三遊亭円生の落語の原話の一つ、天明年刊の話 に、溺れている女郎を馴染みの男が助けずに逃げ、女郎が「そういう心とは知らず、こんなに首ったけ、はまりんした」とあるとか。)
「古典の、こころとからだ」は、再読ながら殊に面白く、改めて歌もながめ直しました。
「青春短歌大学」の歌は胸に深く刻まれたもの多く。
「ことば」も「こころ」も、根は「からだ」から、ですね。
どうぞおからだお大切に。      港区  秋

* 感謝。

* 「肩肘を張って」日本人の「からだ」を論じる、「こころ」を論じる、という人は過去にも大勢いたが、「からだ言葉」「こころ言葉」をヌキにして論じた のでは、よほど難儀な観念論に陥っていたであろうと笑止に想われる。笑止とは、「お気の毒」という意味である。川嶋至さん(わたしの在任当時の主任教授) が、充分に博士論文に纏め得られる観点であり、博士取得をぜひに奨めますと云ってくれていたのは慧眼であったと思う、ただわたしにその気がなかっただけの こと。
2018 10/8 203

☆ 拝啓
せいぜい飲料水備蓄につとめるぐらいですが、六月來エリアメールがひびいております。東京はいかがかと案じております。
『秦 恒平選集』第二十七巻ご恵送たまわりありがとうございます。
「青春短歌大学」、読む人は創る人、造る人は読む人、音読とともに、短詩型文藝鑑賞のよき指針と教父書く拝読したこと思い出しております。選歌の難しさまた痛感、「誠、作者その心を知らざりけり」(去来)のような例はなかなかないものと悟りました。
安倍政権糾弾を痛快に拝読してから久しく、少しは改まるかと思いきや、ますます醜態さらすことたえがたく、大阪では教育勅語諳誦することだけが自慢の学 校開設がはかられたり、安倍夫妻のみならず、大阪の教育審議会までも後押ししたりしたこと あまり問題にされないこと 不審です。
かわりばえしませんが、稲庭うどん少々、どうか奥様、着到ご返書ご放念ください、いただく度に、申し訳なく思っております。
開拓の苦難碑文に大花野    信太   (神戸大名誉教授)
お揃いでお大事に   草々

☆ 御著
選集二十七巻を拝受いたしました。ありがとうございます。「からだ言葉」「こころ言葉」いずれも日本文学の根幹にかかわる論考ですね。ぜひ拝読させていただきます。
ともあれ、秦産の偉業は、こうした日本語や日本の古典文学から日本の文学を考えるところにあるか、と。 不一    詠     作家・文藝家協会理事

* 何十年も前から知り合いの、はや還暦の文学初老が自前で文庫本にして小説を送ってきた。読みかけて、第一行出だしの「漆黒の闇の中」であとを読む気が しなかった。それでも六行の一節分を読んでみたがあまりひどいので、電話をかけ、苦情を呈した。悪い見本にここへ書き抜くのはあまり気の毒なのでしない が、文学初歩の才能は「推敲」に露われる。「私語」を書き放しの日記はまだしも、小説の文章が推敲出来ないのでは、お話にならない。

* 京都の友達が、毎日新聞に載った太宰治賞の授賞式と受賞者紹介の記事を送ってきてくれた。過去の受賞者のなかにわたしの名も入れてあるが、昔は来てい た授賞式の案内も、掲載誌も、もう久しくも久しく受け取ったことがない。 何でや。 社長が交代しましたという案内より、よほど機微にも触れように。

☆ ご丁寧なメ-ル、
有り難うございました。懐かしく思っております。
いろいろな出来事がありましたが、今は最後の仕事をしています。夫には幸せな人生だったと、おもってもらいたいと、思っております。子供には、これが最後の母親としての教育です。
東京の空襲で少年期に母親を亡くした夫に再びの幼児期があたえられたと、大切に接しております。母のように、看護婦のように。
ですから、私は若いと言われながら、明るく元気におります。
ご健康を祈っております。またいつか。    司

* 有り難いことと思う。心身ともの御健勝を祈ります。
2018 10/9 203

☆ 帰国
歌舞伎を楽しまれるのはいつでしょうか? 落ち着かれたご様子が窺えます。大事に日々
を過ごされますように。
帰国、そして些か体調よろしからず数日が過ぎました。ただし心配はいりません。
旅は、十分楽しみました。高地にある教会への坂道では苦しくて年齢を意識しましたが、気持ちは常に前向きでした。
漸く 落ち着いて日常に戻れそうです。  尾張の鳶

* もう帰ってくる時分と想っていた。いい旅からいい「生き」甲斐を得て帰ったろうと思う。無事でなによりでした。
今月の歌舞伎は、明日、楽しむ。そのためにも、今日は、ふたりとも疲れを溜めぬよう過ごしたい。
2019 10/10 203

 

☆ 「青春短歌大学」につきまして
「日記」拝読しております。お元気です。
猛暑、水害、台風、地震。悪政あるところ、災禍あり。
幣のごとく、秋来ります。
「青春短歌大学」の十一首、自分で(  )を考えましたが、難しく、楽しく。

【1】死ぬまへに( 雲 )雀を食はむと言ひ出でし大雪の夜の父を怖るる        小池 光
【2】起き出でて夜の便器を洗ふなり 水冷えて人の( 愛 )を流せよ        齋藤 史
【3】病む母の( 聖 )きの証ときさらぎの夜半をかそかに尿(ゆまり)し給ふ     綴 敏子
【4】父の髪母の髪みな白み来ぬ子はまた遠く( 歌 )をおもへる          若山 牧水
【5】草まくら( 旅 )にしあれば母の日を火鉢ながらに香たきて居り         土田 耕平
【6】平凡に長生きせよと亡き母が我に願ひしを( 妻 )もまた言ふ         池田 勝亮
【7】独楽は今軸傾けてまはりをり逆らひてこそ( 人 )であること          岡井 隆
【8】父として幼き者は見上げ居りねがはくは金色の( 吾 )子とうつれよ      佐佐木幸綱
【9】思ふさま生きしと思ふ父の遺書に( 痛 )き苦しみといふ語ありにき    清水 房雄
【10】亡き父をこの夜はおもふ( 黙 )すほどのことなけれど酒など共にのみたし 井上 正一
【11】子を連れて来し夜店にて愕然とわれを( 放 )せし父と思えり         甲山 幸雄

以上が、私の答えで、妻は、「先にとられた、損やわ」と言いつつ、あえて別の漢字を、

【1】死ぬまへに( 小 )雀を食はむと言ひ出でし大雪の夜の父を怖るる        小池 光
【2】起き出でて夜の便器を洗ふなり 水冷えて人の( 朝 )を流せよ        齋藤 史
【3】病む母の( 赤 )きの証ときさらぎの夜半をかそかに尿(ゆまり)し給ふ     綴 敏子
【4】父の髪母の髪みな白み来ぬ子はまた遠く( 雪 )をおもへる          若山 牧水
【5】草まくら( 父 )にしあれば母の日を火鉢ながらに香たきて居り         土田 耕平
【6】平凡に長生きせよと亡き母が我に願ひしを( 鹿 )もまた言ふ         池田 勝亮
【7】独楽は今軸傾けてまはりをり逆らひてこそ( 一人 )であること          岡井 隆
【8】父として幼き者は見上げ居りねがはくは金色の( 天 )子とうつれよ      佐佐木幸綱
【9】思ふさま生きしと思ふ父の遺書に( 苦 )き苦しみといふ語ありにき    清水 房雄
【10】亡き父をこの夜はおもふ( 暮 )すほどのことなけれど酒など共にのみたし 井上 正一
【11】子を連れて来し夜店にて愕然とわれを( 愛 )せし父と思えり         甲山 幸雄

と、考え、毎日、夫婦の会話の種子になっています。
正解を探さず、一つに求めないので、対話で思考できるのではないかと思います。
答えはいっそ出ないほうがよいのでしょう。
詠んだ歌人は、その歌を通過して、次の歌に向かっているのです。
すぐ、スマホで答えを求めたがるのは、老いも若きも、時代の習性で、それは損ということを、この「虫食い漢字テスト」で学びます。
先生の東京工業大学のご講義は、どんなに楽しかったことでしょうか……。

●「秦 恒平選集 第二十七巻」……「青春短歌大学」所収
●「湖の本エッセイ 27」……「東工大「作家」教授の幸福」
購読いたしたく、ご恵送を、お願いいたします。(ご送料・着払い可能でございましたら、是非。)

九月に「慈子」を再読しました。
「みごもりの湖」をいつも枕頭にしております。  近江・大津 澤敏夫

* 澤さんは作者の表現を二首で共有され、奥さんは一首で共有されている。それぞれに思案のあとがうかがえます。

* 「秦 恒平選集」は、限定非売本で、著者用を若干加えて手元に残しているだけ、第二十七巻の印刷製本請求額は、203万円余。それでも「ぜひに」とご希望の若干の方には、申し訳ないが製作実費分だけをご寄付願っている。
選集と湖の本とでは、断然「本」としての造りも映えも収録の量もちがうけれど、内容は同じです。ただ、選集はだいたい湖の本原本の五、六册分を収録しています。
2018 10/11 203

* 出久根達郎さん、湖の本へ送金してくださる。「春」さんからも選集へ過分にご支援いただく。山梨県立文学館からも選集へ謝礼の状、それに草野心平展への図録も戴く。
草野心平さんとは、上村占魚さん主宰の俳誌「みそさざい」三十三年記念日の席でお目に掛かっている。「群像」の鬼編集長大久保房男さん、とも。あの日、わたしは、斎藤茂太さんに次いで、記念講演を頼まれていた。

☆ 秋の実感がまだ…
メール有り難う御座いました。清閑寺 すっかり懐かしい昔話になりました。行く度にだんだんと木々がすくなくなるようで、見透しはよろしいが、あちこち様子が変ってきてます。
最近のニュースですが、祇園下河原のあの茶箱弁当の「美濃幸」さん、後継者問題か? 閉店されて、跡へホテルが建つらしいです。
近年京都は様子が段々と変わってきました。
相変わらず気候が良く有りませんが、くれぐれも無理をされない様に、奥さまにもお大事に。 華

* 清閑寺陵の大紅葉は炎を噴き上げるよう、文字どおりにもの凄かった。もう観られないのかなあ。
「美濃幸」はいい料亭だった、本屋だったか放送局だったかに頼まれ取材に入って、ご馳走にあずかった思い出がある。八坂神社南正門のまえを八坂通りまで 南行する道路を下河原というが、川は無いのにと思う人もあろう。菊渓川と、清水の方からの轟川が合流していたので謂うていたが、暗渠にされて今は川がな い。雲居寺跡から西へ走っていた菊渓が永楽家の脇で暗渠に沈んで行くサマはすぐに見つかる。あの辺はうちの庭かのように慣れ親しんでいた。
2018 10/11 203

☆ 先生、ご心配おかけして
…申し訳ないことでございます。
頂戴したメールに、返信したつもりでおりましたのに… 今日になって、送信できていなかったことに気が付き、慌てております。
もう、ひと月も前になりますが… 『選集二十七巻』を頂戴した御礼に、先生宛のメールを送信させていただいたきり、メールを使っていなかったものですから…
また、もともと、機械的なものや、携帯電話の手触りなど、投げ出したくなる位、苦手なので… 何かと難儀です。
夏の間、私は体調があまり思わしくなかったのですが… この頃、ようやく取り戻しつつあります。
でもまだ、勤めに出ると、余裕というものが全く無くなってしまいます。
考えたり、感じたりする事が、疎かになってしまう。
そんな訳で、先生に『京都』をお伝えできずにいて、心苦しく思っています。
これからの過ごしやすい季節の内に、しっかり整えて行きたいと思っています。 先生の御本を読むのが「薬」となり、また「糧」ともなると感じています。
未だに、タブレットの不具合はそのままなので… 先生のHPを読めず、残念です。メールを頂戴し、お元気の御様子に安心いたしました。
この間まで、あんなに暑かったのに、この頃は急にひんやりなども致します。 どうぞ、くれぐれもお身体お大切に、お過ごし下さいませ。お元気であられます様に、祈っております。何だか途切れ途切れに、思い付くままの羅列となってしまい、失礼いたしました。    京・鷹峯   百  拝

* この歳になると、身の回りに元気ハツラツなどという人は少ない。
此の長寿傾向社会で、世間を退いて・退くを余儀なくされた高齢者社会の「三十年間」を安心安定できるどんな政策が出来ているかと想うと、そぞろ肌寒く恐 怖感をすら覚える、現に覚えて怯えている人数は総人口の何割にも達していよう。安倍自民統治政権はこの点で目立った何もしていないどころか老齢福祉を割愛 して行こうとのみ模索し実行しようとしているかに想われる。現実にソウとしか想われない。安定多数を超保守の時代逆行自民に与えてしまった国民の選挙ミス の被害は日に日に傷を広げて行く。
2018 10/12 203

* 機械の草稿の四分の一ほどをプリントしたのを持って、明るい静かな喫茶店ででもあれば、推敲すべく坐り込みたいのだが、いまの下保谷にはそれらしい佳い喫茶店が無い。知らない。
むかし、会社勤めの頃には本郷三丁目に若い三人姉妹でやっていた「とっぷ」という落ち着いた店があり、そこのひそとして佳い二階を借り、小説を書いたり推敲したりしている内に、太宰賞が向こうから舞い込み、作家に成った。
その店は今は無いが、姉妹三人の一人は結婚してから亡くなり、しかし今でも二人住まいしている姉妹には、湖の本を送り続けて感謝している。
あの店は、つねは午食を出し、晩はバアになっていた。劇作家の木下順二さんとも懇意の店で、上品な母親がときおり店に顔を出していた。午後は開展休業 で、そんな時刻、わたしのために静かな二階を、頼めばいつでもこころよく貸してくれた。会社からは三分とかからぬ近所なのに、そんなところで独り小説を書 いていたとは、社の、だれも知らなかった。わたしには、そんなふうに、いろんな恩人達がいろいろの時機にいろいろに助けてくれたなあ、と思う。佳い食べ物 屋や飲み屋とはすぐ仲よくなれる人でわたしはあった。
2018 10/13 203

☆ 一昨日の晩、
世界遺産という古くからある番組で、ジョージア(=グルジア)の北方、5000メートルの山が連なるコーカサス山脈のチャジャシ村を紹介していました。 鴉も観てらしたのですね。現在37人のスヴァン人が住み自給自足の暮らしを続けている村。此処に9-13世紀に建てられた石の塔が注目され世界遺産に。割 ると薄い石片になる結晶片岩を積み重ねて、外敵から一族を守るための塔を造った。石は近くの川に尽きることなくあると。
そうか、薄く割れた小さな石片を、わたしも他の地域だったが拾ってきました。あの石は結晶片岩と言うのか・・と再認識しました。

食欲不振ではなく食欲がない、という鴉の日常。わたしもここ一ヶ月近く食欲がありません。空腹感がないのです。旅の終わりから体調ははかばかしくなく、漸く回復。まだ空腹感は戻りませんが味覚はあり、胃の調子も普通で、食べる量や栄養を考えて暮らしています。
思い切り好きなもの、美味しいものを鴉に召しあがっていただきたいと、迪子さんも心砕かれる日々でしょう。鳶も遠くから思うのです・・。
そして、書くお仕事が順調に進むこと。イヴやマリア、女性という存在、愛欲・・HPで読むつど難渋されている状況を感じます。作者の基本姿勢が問われているからでしょうか。或いは行き泥む状態を楽しまれていらっしゃる・・?
先月半ばのHPにアウグスティヌスに触れた箇所がありました。
信仰・宗教と愛欲はいつも敵対するものとして並べられます。彼が古代の思想・プラトン派の哲学やマニ教から離れキリスト教に回心していったのは、彼の心 の葛藤、情欲、性欲から離れ真理探究・貞潔な暮らしを求めていったから。そしてその回心は彼個人の回心にとどまらず、(おそらく従来の古代的な世界観をと り込んだまま)、中世のキリスト教の世界観・倫理観への道を明らかにしていった、そこに意味があったと人は評価します。その陰に、回心以前のアウグスティ ヌスの若き日に日々、カルタゴで共に暮らした女性も子もいたのです。その女性を題材にとった小説などもありますが。
現在のお仕事とのつながり、21世紀の日本に生きるわたしにはなかなか理解しがたいのですが。

勝手なお願いですが、湖の本の『みごもりの湖』『親指のマリア』を戴きたいのです。
先に友人に送って読んでもらいましたが、彼女の友人に読ませたいと。その人は北海道に暮らし、癌で闘病中とか。

佳い季節を楽しまれますように、美味しいものをたとい少しでも楽しまれますように。
風邪など引かないで、無事に過ごされますように。   尾張の鳶

* 湖の本 すぐ送ります。単行本もありますが、湖の本の方が軽く持てますね。在庫のあるかぎり何でも云うて下されば、喜んで差し上げます。北海道の方なら めずらしく北海道を書いている「最上徳内 北の時代」もあります。ま、役に立つなら何でも遠慮なく云うて下さい。
全巻購読の方、遠慮無くお手元で欠巻になってたり、お友達にあげて読んで欲しいという巻あれば仰有ってください。

* 関心を分かち合えて双方から踏み込んで、ものを思い、また言い合えるメールは、心励まされてことに嬉しい。いろんなことを訊ねたり聞いたり意見を求め たりでき、すぐ応じて貰えたりすると、励みがついて生き生きする。ずいぶんきわどい質問もあえてしているが、適切に返事がもらえて、もう何十年、とても助 けられてきた。
2018 10/16 203

☆ 本日10月16日、
「秦恒平選集 第27巻」「湖の本 エッセイ27」を拝受しました。ありがとうございました。
17日(火)に、ご同封いただいた振替用紙にて、13000円を送金させていただく予定です。
『湖の本』を含めての、ゆうパックご送料830円が、どうも13000円(=選集27巻の一冊当たり製作実費を含む。)に含まれていないようですが、今回は御厚意に甘えます。
また、近江の酒をお送りさせたいただきます。
「浅茅生」(大津市中央:三井寺、逢坂山近し)、「月の里」(大津市石山寺)、「萩乃露」(高島市勝野)、「一博(かずひろ)」(東近江市五個荘)、「七本槍」(長浜市木之本)、「神開(しんかい)」(甲賀市)……近江は、米、水、酒蔵、杜氏すべて恵まれております。
当地には、鮒ずし、湖魚(稚鮎、若鮎、もろこ、ひうお、ゴリ など)の佃煮もございます。えび豆もございます。
「秦恒平選集 第27巻」「湖の本 エッセイ27」をゆっくり拝読させていただきます。
読了後、「湖の本」を友人、とくに若い友人に購読を勧めてみようと思っています。
小説は、「みごもりの湖」 → 「秘色」 → 「冬祭り」の順で読んでいきます。先生の本で、近江を学習します。
秦恒平先生の日々ご健康と、ご創作・ご推敲・ご出版が、天馬のごとくありますよう祈り上げます。
近江・大津   澤敏夫

* 「逢ふ見」の意も想わせる近江はわたしの、母国。能登川に育った生母と姉(二十歳過ぎぐらいな若い母が幼い姉を抱いている)の写真が、すぐ身近にある。それにしても酒といい肴といい、きのう、今日と酒を止めてきたので、ぐっとくる。小説「秘色」堅田の当来寺近くの宿で出た食事が懐かしく甦る、あれも創作の内だったが。

* 尾張の鳶さんへも、早速湖の本「みごもりの湖」「親指のマリア」各上中下の六册を郵送贈呈した。

* 夕食後もずっと小説「ある寓話 オイノセクスアリス(仮題)」を推敲していた。「湖の本」の上巻または第一册としてなら、もう手を放せそう、だが。

* 作家の安西篤子さんから、湖の本141対談篇への礼状を戴いていた。
2018 10/16 203

☆ 「堅田鮒の包み焼」と滋賀の酒のこと
「十月十六日 火」の「日記」を拝読しております。
六十一年前の京都の大学生時代、東京の医学書院のご初任時代。
保谷で『突如、小説(短篇「少女」と長篇「或る折臂翁」)を書き始め、以降一日も、元日も病気でも途切らせず、決然、貯金を使って私家版本を四冊つくった。』という劇的な展開。そして「清経入水」へ。
「決然」というお言葉に、「はっ」といたしました。
私は、今月10月22日(月)に還暦を迎えますが、これまでの人生で「突如」「決然」としたことがあったろうか、と考え込みました。
『湖の本 エッセイ27 東工大「作家」教授の幸福』を昨晩、54頁まで拝読しました。
理系の学生さんたちは、私の35~38年前の国文学専攻時代のほの暗い甘え、斜めに構えて実は誰かに寄りかかっている態度ではなく、先生の課題に真摯に真っ直ぐ取り組んでおられるように思いました。
ゲーム感覚と、日本語表現について自然に考えさせる授業の面白さ深さ、教授と一人一人の学生との対話があるからこそ、先生の教室は満員になったのでしょう。
さて、「秘色」では、堅田の「当来寺」の「幻化庵」(げんげあん)の真鴨すきの場面で、語り部「私」は、
いにしへはいともかしこし堅田鮒つつみ焼なる中のたまづさ   (藤原家良)
を踏まえ、「堅田鮒の包み焼」を所望します。夢幻の世界です。「中のたまづさ」(手紙)が重要で……。
今、この料理を無茶に再現するといたしますと、鮒ずし(ニゴロ鮒の子持ち)のスライス一切れずつを、ライスペーパーで一つ一つ丁寧に包んで、オリーブオイル少々でフライパンでソテーするといったことが、思い浮かびます。
本日17日、大津市膳所周辺でもっとも滋賀の酒が揃っている酒店に、会社の帰りに寄って、老女店主の説明を聴きながら、滋賀の生酒を2種、肴少々を2種、選びました。
「節酒」をされていた先生に、いま、誠に不謹慎でございますが、お送りいたします。
「火入れ」していない生酒ですので冷蔵庫に置いていただきまして、ご創作の一休符、睡眠前の夢見の「薬」として、お役立ていただきましたら幸いでございます。
クロネコヤマトのクール宅急便で、大津から18日(木)発送、先生の御宅には19日(金)配達指定をいたしました。
お電話番号を存じ上げませんので、「希望時間帯」は「指定無し」にしております。
ご都合の良い時間帯を本日17日中にメールでご連絡いただきましたら、酒店に電話して、変更してもらいます。
猛暑から秋冷に変わりました。
お体を大切にしていただきますよう、お願いいたします。 近江・大津  澤敏夫

* 恐れ入ります。有難う存じます。

* 和歌山御坊市の井領祥夫さん、選集二十七巻にご支援下さる。
2018 10/17 203

 

☆ Kindle本に
秦 兄   その後、体調はいかがですか。
産気づいてから随分長いあいだ陣痛に苦しみましたが、お陰様でようやく添付のような第一冊(森下辰男著『ハイド氏は2票方式で落選させる。』)が誕生しました。一人でも多くの有権者に読んで頂けるようなスタイル(Kindle本)に設定しました。誕生まで兄にはいろいろとアドバイスを頂いて心から感謝しています。
その上での厚顔なお願いですが、ご笑読頂いて是非ともレビュー欄にご感想などお書きくださるようお願いします。次の国選では あの「どや顔」だけは絶対に見ることのないようにしたいとおもいます。
明日は日吉ヶ丘高の同窓会ですが、案内状は届いていますか。
取りあえずご報告方々お願いとお礼を申し上げておきます。
向寒の折、十分ご自愛ください。   京・岩倉  森下辰男

* 執心出精の一著が誕生のよし、よかった。
その方面にまったく疎いので、「Kindle本」とあるのが、何を謂うのか識らない、機械から取り込め るのかどうかも識らない、メールに添付されている画面の字があまりに小さく、弱い視力では全然何も読みとれないため、途方に暮れ立ち往生しているが、森下 君の本意の何にあるかは察していて賛同している。大勢の方に読まれますようにと願っている。
可能であれば、願わくは本文を「メール」で送って貰えると、字も大きく換え、目に易しく読めるのだが。

* 高校の同窓会は、いずれ京都でのことだろう、案内をもらったことは一度も無い。

* 近江大津の澤敏夫さん、実に美味いお酒に、鮒寿司、奈良漬を添えて頂戴した。
日本酒は、ほんとうにその土地土地の精魂をやどして、微妙に味わい異なり且つ美味を成している。スコッチやバーボンではまだそういう美しいほど微妙な旨味のちがいを感得し得ない。
日本酒は、藝術品。
2018 10/19 203

☆ 昨日
携帯から めーる を送信したはずが、届いていないことに気づきました。改めて器械でメールを書きます。
湖の本、早々に送っていただいて感謝。本当にお手数かけました。ありがとうございます。
届いた午後に郵便局から友人に送りました。本の郵便小包の値段が変わって、かなり値上がりになったと鴉が書いていましたが、実感しました。郵便局は、恐らくこの近くに限らず、やや非能率的で、いつも窓口でサービスの悪さにイライラさせられます。
ましてや値上げは・・!

最近何故か絵筆を手にすることなく日々が過ぎていきます。旅の事を思い出しながら文章を書いていますが、自己満足なのかと問いつつ、です。
ツアーで一緒になった人たち、全てとは言いませんが、何ケ国行ったか、何を見たか、が関心のようで、さて皆の感情や精神にどれだけのものが食い入ったのか。それはわたし自身への問いかけでもあるのですが。
旅もショッピングと同じで、断捨離が叫ばれ、既に物が溢れたから今度は旅・・なのでしょうか。
わたしたちの世代までは何となく「通り抜け」して 経済的にもまずまず、老後も多少は楽しんでいる様子に見えます。勿論これから先の老後にはそれなりの介護やら病の問題が待ち構えているわけですが。(今現在でも生活するのがやっとという人たちもいます・・)。
若い人たちの中には希望を持てない人たちが控えています。最近は労働力不足が深刻とかでニートの人たちにも新しい局面が出ているようですが、賃金は上がらず、格差は広がっている。問題を挙げれば限りがありません。
それにしてもわたしたちは若い世代に何を手渡そうとしているのでしょうか。
何だか繰り言を書いてしまいましたが、鴉が常に指摘している事、日本の政治と安倍内閣、その他さまざまな国際問題も常に注意しています。
今はサウジアラビアの記者の殺人事件、本当に気味悪く恐ろしい。

すっかり秋らしくなり、庭の赤い薔薇や秋明菊を楽しんでいます。一昨日は姑を連れてコスモスを見に出かけました。
少しボケてきたかなと思うこともありますが、年齢を考えればそれも自然かと。
あまりのどかに暮らしていると、絵の事が迫ってきます。既にパネルに紙も貼って準備は出来ていますのに。下図とか、やはり日本画にハードルを感じることもあります。思い切り油絵具で描きたいと思うこともあります。欲張りすぎているのかも。
近況報告のようになりました。

秋の静かな日々、どうぞ自然を楽しんでください。お庭の、近所の自然も、そして出来たら少し遠出して。
お身体くれぐれも大事に。   尾張の鳶

* 幾らかざわざわと生きているらしい、文章に自然にあらわれる、息づかいのように。からだもこころも、大事にして下さいよ。
寺社へ出向いては朱印をもらって満足そうな人の多いのは聞いている。外国旅行もそんなふうに流行っているのかな。
2018 10/20 203

* 心嬉しい、まさしくニュ-スを朝一番に手にした。じつは昨日の内に第一便かとひそかに察していたメールが来ていた。岩崎君らしい叮嚀な挨拶であった。

☆ Re: 元気にしていますか  秦 恒平
秦先生、
大変お世話になっております。東工大卒業生の岩﨑です。
差し支えなければ先生のお宅の電話番号をお教え頂けないでしょうか?
また、ご住所は202-0004 西東京市下保谷2ー8ー28で間違いないでしょうか?
不躾なメールで恐縮ですが、何卒よろしくお願い致します。  岩﨑広英

* > 岩崎君
> お元気のことと思います。
> 住所、間違いありません。
> 電話番号は、原則、一般にご勘弁願っています。メールを使って下さい。ときどき卒業生君らと街で会っています。それが運動不足のわたしの運動になっています、呵々。
> ま、なんとか日々無難に、けれど忙しく過ごしています。各巻500頁を越す「選集」も予定の三十三巻に、のこるところ五巻になりました。寿命と体力さえあれば、「湖の本」はまだ幾らでも続けられます。
> 胃全摘からは六年半を過ぎました。来春、あらためて胃カメラ等の検査を受ける予定です。
> お元気でと心より願います。   秦 恒平

☆ 御礼とご報告
秦先生、
ご返信有り難うございました。
まず、第27巻の選集をお送り頂いたにも関わらず、御礼がこんなにも遅くなってしまったことをお詫び致します。
立派な御本をお送り下さり、有り難うございました。『青春短歌大学』、単行本も今なお手元にありますが、このような形で拝見すると やはり新たな気持ちになると共に、もう30年近くも前のことが昨日のように思い起こされます。
本の御礼が遅くなってしまったのは、お伝えしたいと思っていたことがあり、それが今日まで他言できないことだったためでした。
今年の12月1日付けで**大学医学部の教授に就任することが正式に内定しました。約1ヶ月程前に内々定は出ていたのですが、あくまでも教授会での決定でした。今週、執行役員会で最終的に承認されたとのことで、これで先生にもお伝えできることとなりました。
研究者という職業があるということを知ったのは小学生の頃でした。憧れたものの、自分の身の回りにそんな仕事をしている人はおらず、果たしてそんなものに自分が就けるのだろうかという不安が常について回りました。
この年まで幸いにも研究と教育でなんとか身を立ててこられたことに感謝しておりましたが、今回、**大に職を得たことで、何か大きな問題でも起こさない限りは 定年まで研究と教育で食べていけるということになり、少年の頃からの夢が叶い、心から嬉しく思っています。
これからが本当に私の研究ということになりますので、気持ちを新たに引き締めて頑張らなくてはと思います。
本日、メールで電話番号をお聞きしたのは、御本のせめてもの御礼にと思い、お酒を送らせて頂いたためでした。決して高い酒でないため、お送りするのも躊 躇われたのですが、私と妻が好んで飲んでいるお酒をと思い、澤ノ井の「蒼天」という酒を送らせて頂きました。ご存じかと思いますが、澤ノ井は東京の奥多摩 の小澤酒造が作っている酒です。東京出身の私は、東京でもこんな酒を作っているところがあるということを、密かに誇りに思っております。
本当は先週、**に行った折に**馬の酒をと思い、デパートに寄ったのですが、これまで私には馴染みの無い土地のため知らない銘柄ばかりで、飲んだこともないお酒をお送りするのもどうかと思い、高価でなくても自分の好きな酒をと思った次第です。
私と妻は、日本酒の好みは驚く程似ております。二人ともあまり沢山は飲めないこともあり、どちらかというと辛口の酒よりも旨口の酒が好みなのですが、お酒を好まれる先生にとっては少し甘すぎるかもしれません。
日本酒をお送りするのは難しく、あまりにもバラエティーに富んでいて、しかもその人その人で驚く程好みが分かれるように思います。できれば**に赴任し て身の回りが落ち着いたら、色々な酒を試した上で、改めて美味しいお酒をお送りできたらと思っております。どのようなお酒がお好みか、今回お送りした「蒼 天」よりも辛口が好みか、あるいはこの位で良いのかなど、忌憚のないご意見を伺えたら幸いです。
月曜日にクロネコヤマトの宅急便で届く予定となっております。送り状番号は( )ですので、お届けの時間帯を指定なさりたい場合にはお電話頂き、この送り状番号をお伝えの上、ご希望の時間帯をご指定下さい。
その後、奥様の体調はいかがでしょうか? ホームページで拝読して案じておりました。先生もご心配がたえないこととお察し致します。
どうぞくれぐれもお二人ともご自愛下さい。それでは失礼致します。 岩﨑広英

* おめでとう、岩崎君。
人事というのは微妙なので就任先は伏せておくが、この医学部は、わたしが医学書院の編集者でいた昔から、免疫学や難しい病気へ独特の研究や治療の成果を あげていた公立一流大で、アメリカで多年勉強していたころからの岩崎君の研究が、さらに精緻に前進するであろうことを疑わない。
おめでとう。マサチュセッツ在のむかしから君とのメールの交歓・交換はいつも内容の濃いわたしにはとても嬉しいものであった。わが家へも話しにみえたこ とがあり、懐かしい。「医学部教授」に折角健康でと願うのはナンダカ可笑しいけれど、日々「機嫌よく」お努め下さい。おめでとう。

* 「沢ノ井」のお酒は、妻と青梅を探訪の昔に醸造元まで出向いて賞味したこともあり、近所での買い物のおりにちょくちょく仕入れてくる。日本酒では一方の雄、よろこんで頂戴し「乾杯!」しますよ。
2018 10/21 203

☆ 秦先生、
ご配慮有り難うございます。おそらく車が納車されてから伺うことになるかと思います、せっかくのご好意にも関わらず、お待たせすることとなってしまい申し訳ございません。こちらの準備が整い次第、改めてご連絡差し上げたく存じます。
息子の幼稚園のことなどもあり、引っ越しは2月頃を予定しており、それまでは東京におりますので、引っ越しまでにはまだ時間があります。向こうに引っ越 すまでは東京から電車で通う予定でおります。乗っている時間は長いのですが、通勤ラッシュとは逆方向で必ず座れますので、論文を読んだり本を読んだりする のにちょうど良いと思っております。電車に乗っている時が私は最もデスクワークが捗ります。また、向こうでは官舎に住む予定で、そちらは少し早めに借りて 掃除をしようと思っていますので、遅くなるときはそこに泊まることもできるだろうと考えております。

ホームページで**大のことを触れて頂いておりましたが、確かに**大は地方大学でありながらこれまで優れた研究成果を数多く報告しております。特に私 の専門である神経科学は、過去も現在も優れた研究者が数多く在籍してきましたので、赴任したら色々と勉強になることが多いだろうと期待しております。
少し前になりますが、医学書院の「生体の科学」という雑誌に小文を書きました。かなり歴史のある雑誌と伺っていますので、書きながら、「もしかしたら秦先生もこの雑誌を手に取られたことがあったかもしれないな」と思いながら書いておりました。
それでは何卒よろしくお願い致します。  岩﨑広英

* おお! 「生体の科学」とは。医学書院に数十種ある雑誌のなかで、頁数を抑制し、つねに最高度に厳格で優秀な論考を銓衡掲載した学界でも権威の刊行 物、社の誇りの一誌であった。編集委員の先生方による編集会議に、そう長期間ではなかったが編集制作を担当していたわたしは、いつも肅然と畏敬の思いで席 に侍していた。
わたしは「脳と神経」それに、「精神神経科学の進歩」といった専門誌の刊行責任にも、かなり永く当たっていた。医学部、神経医学と、思いがけず岩崎君とのご縁が見えてきた。永生きのおかげです。

* 澤の井のお酒 戴いて、乾盃。

* 尾張の鳶からも、恐縮、純米大吟醸の「嘉永元年」そして名菓とお茶とを戴く。心遣いに感謝。
2018 10/22 203

* 終日 根気仕事に取り組んでいて、眼も神経も背も腹も草臥れた。で、気晴らしに押し入れ下の半分をなんとかカラに整理してやろうとしてみたが大きな筺 に東工大の学生達が在任中や退任後によこした手紙やハガキや書き物が入っていて、これは気分的に捨てようがなく、むしろ面白がって読んでみたりしていた。 じつは学生が寄越した通信は、階下の抽斗棚の幾つもの抽斗にまだ詰まっていて、これをどうするかは難題なのである。ヤっと棄ててしまうのが早いが、一人一 人を顔も声も姿もみなよく覚えているのでそれらを棄てるという思い切りがつかぬばかりか、話(小説)のタルネになりそうなモノが一杯見つかり、まさしくお 手上げの体でいる。
2018 10/22 203

* 昨日届いていた 岩手・一関の読者千葉万美子さんの郵便の中に随筆集第5号として「万華鏡」と表題のA4版小冊子が含まれていた。今朝早起きの第一番に収 録七編の随筆「根雪」「一畳台の宇宙」「さらばよ留まる」「邯鄲の宿」「夢の国 夢の時間」「蘇える者 蘇えらぬ者」「降る雪に」を、みな読んだ。しっか りした達意の文章で一編一編に云いたい思い行いが書き切れてあり、まず、めったにはなく感じ入った。
同封されていたお手紙も此処へ添えさせてもらう。

☆ 秦 恒平先生 2018.10.20
一筆申し上げます。秋色の候、お元気でいらっしゃいますでしょうか。

先月9月30日、昨年から準備を進めて参りました「喜多流能楽祭」が無事終わりました。その中で私自身も二度目の演能、今回は「龍田」を半能で勤めさせていただきましたが、そちらもまずは舞い切った感があり、今は充足感でいっぱいになっております。

今回はチラシやポスター、番組の作成、祝賀会の準備まで先頭に立って行う立場になっての能楽祭でした。それだけに全体がイメージ通りに仕上がったのは嬉しいことでした。

遠方でご案内はいたしませんでしたが、頑張ってやっています、とお伝ぇしたく、番組(プログラム)と個人随筆集をお送りさせていただきました。

当日は、台風の影響で祝賀会を早めに閉じることとなり、会場では私の感謝の挨拶を割愛してしまいました。その際に出席の皆様にお話ししようと思っていたことを、代わりに手紙でお話しさせていただいております。

昨年の1月か2月、たまたまテレビを見ていたら、私と同じ年頃、出身地も新潟と近い女性の冒険家が、今は早稲田の留学生センターの先生となって出ていま した。その人は大学生の煩から、留学や、アラスカの山、凍った北極海などの冒険など、誘われると二つ返事で挑戦してきた人でした。では、私はどうして冒険 をしなかったかな、と思いました。それは常に私の支えを必要とする家族がいたからだ、と答えに思い当たりましたが、すぐに、いや、違う、違う、私の冒険は 謡と仕舞だった、と思い直しました。当初は他の皆と同様に舞囃子という面も装束も付けない形式で参加するつもりでおりましたが、それが私の冒険ならば、能 楽祭では高い山に登ろうと、能をさせていただこうと志願したのでした。

今回龍田川を渡りました。今後も山があれば登り、川があれば渡るつもりです。

次は10年後100周年記念の能楽祭です。自分の内側に根拠のある曲を舞いたいと思っております。

能楽の方が一段落いたしまして、いよいよ、書くことに力を注いでいかなければ、と思っているところです。

最後になりましたが、先生の一層のご自愛をお祈り申し上げます。
失礼いたします。 千葉万美子

* 千葉さんとの出会いは、小説「畜生塚」 そのなかで触れていた謡曲「羽衣」への共感であったと思う。今度の冊子表紙にも「邯鄲」の写真が大きく掲げて あるように、この人は喜多流を汲んで自身も舞台でシテを勤めるほどの能世界の住人なのであるが、初めてご縁のできた頃は小説を書いて送って見えた。ちょっ と佳い感じの藝道ものだったように思う、激励の感想など返事していたが、いつしかに小説よりは能樂のほうへ大きな力がかかり、わたしは時折り、「文章」も 書かれるといいと奨めていた。こういうことを奨めるのは稀なことで、それだけ推敲の効いた文才を、そして見え隠れの自信自負をも惜しむ気持ちがあった。そ のまま「湖の本」の欠かさぬ読者として三十余年をわたしの方が励ましてもらってきた。
「万華鏡」五号とあるが、創刊からの分も送って欲しいと思う。
随筆というのは何を書いてもいいようで、なまじ小説のまねごとより遙かに難しいのである、文章の斡旋にゆるみが出れば雑文ないし記録に過ぎなくなる。
わたしは能謡曲の実演には縁遠い部外の者だが、中学高校から親しんできた。東京へ出てからは縁あり馬場あき子さんの手引きで喜多流、亡くなられた喜多 実、後藤得三、喜多長世、喜多節世さんらとも物静かなお付き合いが出来ていたし、今でも喜多流を一身に支える友枝昭世の能は心して見続けている。十一月四 日には、国立能楽堂での「卒塔婆小町」に招かれている。この人も「湖の本」をつづけて手にしてくれている。
まさしく千葉さんとは喜多流を介してもご縁があったわけで、ほっと胸あたたまる。折角、随筆集も永くこころよく書き続けて頂きたい。もう娘さん達も成人されているようだ、目黒の喜多能楽堂まで新幹線でこられることもあるとか。佳い日々をと願います。

* 脇のラジオがスメタナの「モルダウ」の流れを聴かせてくれていた。いまはリストのピアノが鳴っている。東工大卆の子松くん、いまもピアノ弾いているか な、たしか今は倉敷住まいか。管理職生活で忙しいだろうが。美術へも新しい関心を持ちはじめていたが。倉敷の美術館は佳いよ。

* 神戸の岡田昌也さん、タップリの大枝豆についで、「田舎娘 なれど 柿姫 参上」と朱紙に金書の美味しい干し柿をたくさん下さった。みごとな柿の紅葉も添えられていて、これは手近な『有職故実大辞典』に捺し葉にすべく挟んだ。有難う存じます。

* 尾張の鳶が心入れの愛知・常滑「白老」の創業百七十年記念酒「純米大吟醸 嘉永元年」がじつに美味い。つい寝る前にも一献、早起きしても、まず一献。

☆ 「わたしの
目下の願いは「オイノ・セクスアリス」の心ゆく脱稿(出版でなく)と、選集三十三巻の粘り強い仕上げ。そして 京都へ帰りたい。」という文を昨日来何回も何回も読み返しています。
やり遂げたという地点まで、心ゆくまで、進めますように。
東山周辺の当今の観光ブームには観念して目を瞑り、ひっそり来迎院などを訪れてください。あまり冷え込まない時期、或いは春、桜の頃。
抹茶などこの地方の店のものを送りましたが、何しろアルコールに弱いわたしの事ゆえ、あれで良かったのかなとか 後になって考え込みます。栗粉や蒸し羊羹なども美味しいのですが 日持ちが悪いので羊羹にしました。
静穏な日々でありますよう。
少しづつ秋が深まります。くれぐれもお身体大切に   尾張の鳶

* ありがとう。
2018 10/23 203

☆ 秦 恒平先生 こんばんは。
一関の文学仲間の団体「文学の蔵」で今春創刊した「ふみくら」の原稿をようやく書き終え、送稿しようとパソコンを開いたところ、秦先生からのメールを見つけました。

しみじみ嬉しさをかみしめています。ありがとうございました。

能楽と文学を両輪にしてここまでやって参りました。

どちらも拙いものではありますが、それぞれがそれぞれを強いものにしてくれています。

書き続けております。ご安心ください。

今月末に喜多流の自主公演に参りますし、人気であっと言うまに満席となってしまう友枝昭世先生の会には、伺わないつもりでしたが、秦先生もいらっしゃるとなると俄然行きたくなりました。

どうぞ、お体をお大切に。

随筆の 第1集から第4集までと 「ふみくら」をお送りさせていただきます。
岩手・一関  千葉万美子

* 棒を折らない。眼によく見、耳によく聴く。それに尽きる。
2018 10/24 203

☆ 秦先生 おはようございます。
ご連絡が大変遅くなり、申し訳ございません。

いつもいつも気にかけていただき、ご本もお送りいただいて、嬉しく拝見しております。

思い返せば学生時代。

自分1人では到底考え得ない、難しい、しかし大切な題目について、授業の間に真剣に考えて必 死に文字にしていました。最初は授業中だけだったその思考が、いつのまにか日常生活でも当たり前のようにいろんなことを考えるようになり、次第に、考える こと自体が、自分の中に根付いていったのだと思っています。

今、大きな病気を2つも患い、闘病しながら、家庭と子育てと仕事と、そして、自分の豊かな人生とを、どれも諦めずに実現しようと努力しています。

病気になったことで色々なことを考えましたし、発見…いい発見も、辛い発見もありました。

何より、味方だと信じていた人が、そうではなかったと知った時は、立ち直るのに時間がかかりました。いえ、今でも戦っているのだと思います。

そんな時、学生時代にいろんなことをいろんな角度から考えた、先生の授業を思い出します。どうにか相手の立場に立って考えてみることで、理解できなくはない部分を発見したりして、あの時の経験が今に繋がっているのだと実感しています。

感情や思考は、鍛えるとどんどん磨かれていくものなのだと、そう感じています。

これからも頑張っていこうと思うとともに、人生を豊かにするキッカケを作ってくださった、先生の授業、そして先生に、とても感謝しています。

先生のご健康とご多幸を、心から祈念しております。

またお会いできる機会があることを、願っております。   東京・三鷹   麻紀

* 和やかに美しかった結婚式でお祝いを述べたのが、まだ昨日のように想い出せる。優秀はちっとも珍しくない東工大でも、仲良しの為我井ゆりかさんとこの 麻紀さんとは、抜群だった。わたしの教授室で、いま手がけている研究のはなしを興味津々熱心にかつ分かりよく語り聴かせてくれたあの日を、掌にした緑色の 宝石のように覚えている。「緑色」の秘話であった。
大企業に就職そして結婚後に難しい病気に襲われながら、耐え抜いて、いつも健康で優しい言葉を送ってきてくれる。忘れがたい卒業生の山ほどの東工大だが、結婚式にも招かれた学生クンらはひとしお記憶に刻まれて懐かしい。
つらいこともかなしいことも有るのが人生だが、そんな時にふと思い出してくれるだけで力になれるならと思ってきた、誰にでも。人により、いろいろに向き 合わねばならないが、基本はおなじこと、美術館で美しい佳い物に見入るのに、横に並び、なるべく視線の向きを同じにして「それ」を受け取るようにと。
どうか、毅くて 佳い日々を、麻紀さん。
2018 10/24 203

* 麻紀さんからしみじみとした述懐の返信があった。
2018 10/24 203

☆ 祇園お練り
三年をかけて、耐震補強工事をしていた南座が、十一月初日の『顔見世』興行で新開場なさるとの事で… 歌舞伎俳優七十名の方々が、南座正面から八坂神社西楼門まで練り歩かれて、広く皆様にお知らせなさいました。
『高麗屋三代』の皆様方もおられると伺い、写真でなりとも先生にお伝えできれば良かったのですが… たまたまお休みの日にあたっていたにも拘わらず… 祗園まで出掛ける身体の余裕も、気持ちの余裕も無く、お伝えできませんで…残念なことでした。
「京都」の何もお伝えできぬまま、時を過ごしてしまっているのを申し訳なく思いながら… 家でぼんやりしていると、郵便局の方が『湖の本』を届けて下さったので、急に元気になり、早速読み始めました。
先生の御本を読むと気力が湧いてきます。
何故か、嬉しくなり、浮き立つ心地になるのです。 いつもお送り頂き、本当にありがとうございます!!  ただ感謝するばかりで… 何もできず恥ずかしいことですが…
読ませて頂きながら、考えたり自分に問うたりして、ゆっくりとじっくりと読み進めて行きたいと思っています。取り急ぎ、御礼申し上げます。 ありがとうございました。  京・鷹峯  百 拝

☆ 秦恒平様
本日、湖の本142「わたくしの批評と述懐」をいただきました。御礼を申し上げます。
早速にページをくくり、味読しました。
あらためて、秦さんの少年時代の鋭い文学的感性の働きと表現力に接しました。脱帽です。お嬢さんにかつてつけられたお名前には、若き日の詩人の憧れが込められていたということを発見しました。
秦さんが人間性への洞察、情感、文学的な表現能力を磨いておられる頃の私は、家業の小さな化粧品と雑貨の問屋の仕事に巻き込まれており、人間の尊厳と自 由、社会の矛盾、そしてキリスト教の関わりの問題が頭を占めておりました。大卒後、一年に満たない時期に、家業を継ぐという父の期待に沿うことを止め、家 との「別れ」を経験しました。東京教育大学大学院の倫理学専攻に入学しましたが、以後は、外から次々に与えられる課題に巻き込まれました。未熟な答案ばか りを書いてきた私は、その後始末は学問的な苦闘でしか果たせないことを知っておりますので、その義務を果たすための苦闘を続けて今日に及んでいます。
私は他の研究者たちよりも視野が広い積りですが、秦さんのご本を拝見すれば、私には想像もつかない日本の芸術的世界とそれに対する批評とが眼前に広がります。新鮮な気持ちで拝見しました。
「安心して死ねるといいな」。本当ですね。共感します。
「わたしは安らかに伏し、また眠ります。
主よ、わたしを安らかにおらせてくださるのは、ただあなただけです。」(詩編4:8、口語訳ーー新共同訳では4:9)。
これは私の愛唱聖句の一つです。
「黙」には 「雄弁を超えた純真の大黙もあり」との表現にハッとしました。思わず、ヨブが神の弁論に対して示した寡黙な応答に思いを馳せました。
「身」と「心」が対の関係を築くまでに象徴化されたというご指摘は興味深いものでした。「心」は肉体的なものから区別されるが、超越との関わりに離脱し て、「精神」にはつながらない。不安をもたらす精神と関わらなくてもよい道を提供する。それが日本なのだな、と思いました。
ありがとうございました。ご夫妻のご健康をお祈りします。  ICU名誉教授   浩

* ま、小冊子ではあるけれど今度の「湖の本」142『わたくしの批評と述懐』は、比較的ストレートにわたしの言葉がまっすぐ出ているだろうと思っています。いろんな話題を通してものを云うてみた。
2018 10/27 203

☆ おやさしいメールを、
ありがとうございます。 お気遣いいただき、恐縮でございます。
心身すこやかでありたいものと願いながら、なかなか整わないこの頃ですが… 少しずつ良くなってまいりました。
今年、京都の夏はあまりにも暑く、また地震が揺って、大風や大雨にもみまわれたので… その影響から、抜け出せないでいるのかもしれません。
ものごとは、日々変わり、刻々と移ろって行くものと知りながら… そのことに、ついて行けないでいるのかもしれません。此の世に身を置いているのだから、しっかり生きなければと、自身を励まして暮らしています。
日々を過ごす中で、先生の御本を読む、豊かな時間をもてるのが、嬉しく有り難いことです。     どうぞ、先生も奥様も、お元気でお過ごし下さいます様に。
お祈り致しております。 京・鷹峯 百 拝
2018 10/28 203

☆ 本を有難う!
千葉在住の弥 レ(=弥栄中学卆<レディ>の自称らしい。)の親友が墓参りで娘さんと二人で帰京し、あちらの弥レと合流して歓談してきたとの☎を受けました。
あなたは京都へはよく行きますか。
私は、足場が無くなり、宿泊がネックで、テレビのコマーシャルを観て満足してますワ。

京都の紅葉はよろしいな

話変わってウォーキングが過ぎたのか 膝関節痛で医者通いです。まあ何とか歩いてますが…

近々御茶ノ水で日吉(=日吉ヶ丘高校)の同期会があるので 最後かなと 出席します。守美ちゃん(=旧姓芦田 現姓野村)にも会えるかも。

お元気でネ 又…    花小金井  遠藤千恵子 一年後輩

* 一年下の「弥レ」で健康を案じ消息を確かめたい一人があるが、分からず、案じている。
メールに紅葉の写真でも入っているらしいが、開く技、もたない。

* 機械が使えなくて、わたしの現況は見えていない。「京都へよく行くか」の段ではないのだが。
この人、七十半ばまでバドミントンをやり、日に万歩歩くのを努めて励行していたような人だが、「膝」へ来ているらしい。
わたしは、これで、現在比較的足腰穏便にかなりの力仕事が出来ている。湖の本の発送も、多いときはダンボール函に荷に作った70册を持ち上げ、キッチンから玄関へ運んでいる。腰に痛みを覚えても痛み止めの一錠を予防的に服する程度でおさまっている。
2018 10/28 203

☆ ご本拝受の御礼
秦 兄  いつも有難うございます。
巻末私語の刻「2007.8.19」分の  「らしい」だけの存在が、きらいだ。 を見て同感と叫びました。  私自身はと言えば大学生時代は学生らし くない、社会人になったら社会人らしくない、と言われっぱなしのはみ出し野郎だったので、いまだに年寄りらしくもないなどと言われていますが、それでいい のだと言い聞かせてきました。
20日は 日吉ヶ丘(高校)の互福会があり 30名の参加で 東京からの箕中夫妻と久し振りに歓談しました。
「ハイド氏は・・」の方は 紙本と違って人目にもつかず、やはり口コミやSNSを駆使しないとダメなようで、目下Facebookを検討中です。それでも Amazonのプライム会員は \0 の設定なので 何人かは見てくれてはいるようです。
いろいろと有難うございました。今後ともよろしくお願いします。 京・岩倉  森下辰男

* もう11年余も昔の「私語・述懐」だが。「世の中の秩序や安全のためには<らしい>方がややこしくなくていいのであろうが、ウンザリだ」と書いてい た。「みな、<自身>をやすやすと見喪って時代や社会の鋳型どおりの<枠>内に安住している」と、例の美空ひばりに共感していたようだ。
わたしの「闇に言い置く 私語の刻」は1998年にホームページが出来て以来、莫大な、ほぼ間違いなく10万字分も 上の 此のたぐいのわたしの思い・ 考え・批評・述懐に満ち満ちている、筈。わたしを作家として論じようというほどの人が此処を通過していては論旨の根を堅められまい。

☆ 湖の御本
こんばんは。
いつもありがとうございます。
発送作業やお仕事にお疲れがでませんよう願っています。
今日もよいお天気でしたが、朝夕は寒くなってきました。
あっという間に猛暑からもうすぐ紅葉の季節、相変わらずの暮らしですが月日の経つのが矢のようです。
どうぞ奥様共々お大切にお過ごしくださいますよう。
平安をお祈りしています。 みち   秦母方の従妹
2018 10/28 203

* 妻の歯医者からの帰宅も知らず機械の前で疲れきって寝ていた。あやうく荒物屋に頼んで玄関のドアを毀して入ろうとしていた。
絶えず睡い。しかし横になるとそのままモノを読んでしまう。新潮社版古色蒼然誤植いっぱいの世界文学全集『モンテクリスト伯』上下巻の上巻を読み終え た。頸の付け根硬く痛く、額も痛く、両掌はもう六年半もジンジン痺れ、十本の指には深いシワが立ち、殊に重ねた薄い紙を扱うのにも、小さな字を書くにもと ても不自由している。頸が落ちそうに睡いがサテすぐには寝入れない。いつのまにか倚子の昏睡してしまっている。

* 世界ペンクラブの副会長堀武昭さんから『二刀流英語の使い方』というとてもわたしの手に合いそうにない新刊を頂戴した。わたしの日頃の「強烈な刺激」を受けて成ったなどと云われ、アタマを掻いてしまう。
先の、裏千家淡交社社長の服部友彦さん、墨画家の島田武治さんからも今度の新刊『わたくしの批評と述懐』に有り難いお手紙を戴いた。
2018 10/29 203

* 世界ペンクラブの副会長堀武昭さんから『二刀流英語の使い方』というとてもわたしの手に合いそうにない新刊を頂戴した。わたしの日頃の「強烈な刺激」を受けて成ったなどと云われ、アタマを掻いてしまう。
先の、裏千家淡交社社長の服部友彦さん、墨画家の島田武治さんからも今度の新刊『わたくしの批評と述懐』に有り難いお手紙を戴いた。
2018 10/29 203

 

* 京・宇治の水谷葉子先生(八坂中・理科)御電話下さる。九十一のご主人を転倒で亡くされたと。わたしの声をぜひ聴きたいと電話口へ。しっかりと明るい声音は昔のママ。転倒こそ、ほんとうに怖い。すこしでも電話野での話しが慰め励ましになるのなら有り難いこと。

* 京・古門前の「おっ師匠はん」からも電話あったらしいが、遠慮してわたしを電話口へは呼ばずじまいに。叔母が、養女にと相当熱心に本気で懇望し掛け合っていたという、そこまではわたし、想像もしなかった。
2018 10/29 203

☆ お元気ですか、みづうみ。
何度かみづうみにメールを書きかけたのですが、何とも気の滅入りそうな内容になったので、みづうみに鬱気分の伝染はいけないとそのままでご無沙汰してしまいました。メールいただいてとても嬉しく思いました。
今のわたくしの楽しみは、 ゲーテのいうように「詩人を理解せんと欲するものは詩人の国に行かざるべからず」で 将来京都に一年くらい住んでみたいなあ、 みづうみを育てた舞台を見たいなあ、住むとしたらどこがよいだろうなどと妄想することでしょうか。読んで書いて考える、それだけをしている毎日ですが そ の時間は幸せです。

湖の本無事に届きました。ありがとうございます。毎回、この一冊はわたくしのための本だと思ってしまいます。これは私の本だと…。病膏肓の読者です。選集も楽しみにしています。「湖」の新作もどんなに待ち焦がれていますことか。
ただし、みづうみはご無理がすぎます。無理が効くことは素晴らしいことですが、箪笥を動かしたり、痛み止めを飲んで本を移動なさったりと、ハラハラドキドキすることばかりです。みづうみはお幾つでしたっけ?

みづうみにお怪我やお病気がありませんように、奥さまお元気でいらっしゃいますように、パソコンが壊れませんようにと、毎日私語を祈るように読んでいます。

もうじき十一月です。
今年もあっという間に終わりそうな気配です。寒くなりますのでどうかお風邪などお気を付けられ、ほんとうにご無理なさいませんように。

紅葉  猫そこにゐて耳動く草紅葉   虚子

* 京都に住む、か。一年…。想うだに羨ましいこと。耳に届くいろんな噂ではもうとても京都では宿もとれぬとか。「おッ師匠(しょ)はん」はうちで泊めたげると言うて呉れるが。

☆「湖の本」142を
有り難うございました。
「わが「島」の思想」も懐かしく。
『わたくしの批評と述懐』も、大切に読ませていただきます。  九

* 八時半 これから朝食。

*この数日苦しいほどであった腹部の快通あり、少しく気分を持ち直した。

☆ (前略)
今回の「私語の刻」は多様な自在さがあり、大変面白く拝読致しました。私が非常に親しく担当していた。河上(徹太郎)・吉田(健一)両先生の一言は、ま さに両先生の日常を懐しく蘇らせましたし、美空ひばりの「天才」の御指摘、「文学はほんらい『音楽』です」の御感慨、こころから共感致しました。同年齢の 私から致しますと、加齢相応の自在さが色々とにじみ出ているのにも深く感動致しました。
呉々も御自愛の上、さらなる御健筆をお祈り致して止みません。 草々不一  元「新潮」編集長 忠

☆ 『湖の本142
わたくしの批評と述懐 二十篇』を拝受いたしました。
冒頭から出版業への本質的な視座を与えられ、杉山平助という存在を名のみしか知らなかった不明を恥じました。
それぞれに決して長くはない文章の中に、エッセンス(秦さんのまっすぐな批評と述懐)が惜し気もなく入っている、大冊ではないけれど、「(幸)(福)」とは何かを、私なりに考えるための大切な一冊です。ありがとうございました。
気候は相変らず不安定です。奥様ともども どうぞお大切になさって下さい。 講談社役員  敬

☆ 冠省
先生にはますます御清祥の段お慶び申し上げます。
『湖の本』142お送りいただき有難うございました。「流通する文学」「作家自身による出版」感銘深く拝読するとともに頭の下がる思いで読ませていただ きました。また「風の流れ」を読みまして、今年自分で風について拙い文章を書きましたが 考え方、感じ方の浅さ甘さを痛感しました。今後ともご指導ご鞭撻 賜りますよう何卒よろしくお願い申し上げます。敬具  岩波書店 元「世界」編集者 克

* 石毛直道さんから、故「中央公論」編集長粕谷一希さんの夫人から、紅書房の菊池さんから、評論家平山城児さんから、作家の杉本利男さんから、等々、懇切なお手紙を戴いた。
2018 10/30 203

☆ 御礼
秦様   「湖の本」142号、ありがとうございました。
「流通する文学」、「作家自身による出版」、自分が出版社に在籍したことがあり、著述や翻訳を業としてきただけに、身につまされつつ拝読しました。
パソコンの操作に弱いと同時に、紙の本に対する愛着が強い私は今でも取り残され、細々とものを書いておりますが、今後ますます絶望的になってゆくだろうという予感がします。
藤村が妻をめくらにしたり、子供を死なせたりしながらも小説を書き続け、自費出版した態度に、書くということの業を負った作家のど根性といったものを改めて感じた次第です。
もはや今の出版界は長期低落どころか短期陥落の時期に差し掛かっているのではないかとさえ感じます。編集者が「感動」より「売れる」を優先して本を出す時代に対する貴重なご発言、共感いたします。
短歌の試問にはまた落第のようです。
現在、西行を集中的に読んでおり、次は西行を書こうとしておりますが、出してくれる本屋はまずないだろうと考え、何となく悲観的になりますが、そんな時、秦様の存在は大変な力になっております。
ますますのご健筆、お祈り申し上げます。  持田 拝   元・筑摩書房編集者

* 妻の診察、今日の結果は珍しく上乗で、嬉しくなった。その妻が、外来の待ち時間に読んで、今度の「湖の本」巻頭の「流通する文学」が面白かった良く書けていたと、珍しく褒めてくれたのに照れた。
講談社の天野さんのお手紙にも、つよく触れられていた。
わたしも躊躇なく巻頭に置いた。
持田さんも言われるように、おそらく文学・文藝との実のある関わりでいえば、今日、「書籍出版」はもはや壊滅に同じいのであろう。時代をリードする文 学・文藝作品の噂など、かき消えたように無いが現実である。「文豪」がいないのである、鴎外(阿部一族 渋江抽齊)、漱石(それから こころ 明暗)、藤 村(家 新生 夜明け前)、秋声(黴 あらくれ)、鏡花(高野聖 歌行燈)、荷風(濹東綺譚)、直哉(暗夜行路)、潤一郎(痴人の愛 芦刈 春琴抄 細雪  夢の浮橋)、川端(伊豆の踊子 雪国 山の音)、三島由紀夫にならぶような、江湖の喝采を得たらしい「名作」の噂を聞かない。これでは文藝復興は、事 実、じつに覚束ない。その一つの表れは、日本の「文藝家」や「ペン」を「世界」へむけ「代表」しているのは「誰なのか」と観れば、すぐわかる。
いま一つを云うなら、今日日本の文学・文藝の世界に、真に畏敬され重きを成している批評家の仕事もまた、事実、観も聴きもならないという現実、これが情 けない。小林秀雄 河上徹太郎 中村光夫 福田恆存 山本健吉 唐木順三 臼井吉見 平野謙 伊藤整 等々の仕事を超えて行く今日的な文学批評の、噂さえ 聞こえてこない。じつに心細い。
2018 10/30 203

☆ 秦先生
御多忙の折、貴重なお時間を煩わせるようなことはしたくなかったのですが、この本(=『「二刀流英語」のすすめ 情報力・英語力を使いこなす』 論創社)を書くにあたって特にペンでお世話、ご指導を預かったおふたりの先輩の お言葉を念頭に書いたもので、何としてもご報告申し上げたくて送らせていただきました。これが一般大衆向けに書いたものでないことは一目瞭然ですが、長い ペンとの出会いの中で忘れえない貴重な教訓と刺激を私に与えてくださったのが遠因ですのでお許しください。
思い出すのは2つの出会いでした。
一つは越智道雄氏と話をした時の光景です。「ペンは文学者の集団で我々は文学者になろうと思ったときもあるが、その才はなく、結局は大学の先生で終わっ てしまうのだ、でも少なくとも物書きの末席を座ることくらいはできるのではないか」などと半ば冗談を言いながら国際ペンの活動に関わってきました。
もう一つは秦先生の純文学者としての矜持を毎回拝見しながら、少しでも勉強しようと思い、これまでペンのなかで活動を続けることができました。数ある秦 先生のご発言、あるいは著作を毎回勉強しながら、書くための糧としてまいりましたが、その中で頭の中にこびりついた言葉がありました。
「闇に言い置く」という姿勢でした。
その言葉から 以来、ペンの活動の中でなんとか自分の体験をベースとしつつ、ある特定の人物につねに自分の心の思いを託したいと思い書いたものが 今回の本の動機でもありました。
ということで極端に言えば 各章ごとに特定の人物を念頭に書いてきた気がします。
本来なら、もっと過激にアナーキーに書いてみたかったのですが、それはまた、若しくは余命があればということになりそうです。
無能な小生ごときが「ペン(クラブ)」を知ったおかげで予想以上の経験を重なることができました。心からお礼を申し上げます。
余計なものですが、ペンに関連する件についてはほとんどが海外での発言、発表になってしまいますが、時に別添のような雑文を書き、気を紛らわせています。ご笑読いただければ望外の幸せです。
異常気象の中での猛暑もようやくすぎ、気が付けば晩秋。風邪などめされぬよう くれぐれもご自愛の上、ご活躍ください。    国際ペンクラブ 副会長  堀武昭

* 恐れ入ります。ますますのご健筆をと願いおります。

* 京都の 当(十五)代・樂吉左衛門さんから、さきの文字通りの力作『光悦考』についで、『吉左衛門 X WOLS』が贈られてきた。シュールなWOLS絵画と剛毅な吉左衛門茶碗のいわば「激突」版である。感謝感謝。

☆ 秦 恒平 先生 グレン・グールドを聴きながら。
「湖(うみ)の本 142 わたくしの批評と述懐」を拝受しました。ありがとうございました。
「流通する文学」[「芸術至上主義文芸」平成十七年(二〇〇五)十一月二十七日刊 ]を読了いたしました。
出版業界から「フェイマス」が絶えず排除され、今は「リッチ」も存続できない状況が続き、作家、出版社、読者にとって不幸なことである、と読みました。
(執筆以来=)十一年後、その通り になっているのではないかと、思います。
最後のノンブル「18」の
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しかし、わたしの思うところ、本当は「編集の鑑賞力」を売るのが一番なのではなかろうか。
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これは、秦恒平先生だけのご卓見です。
先生は、作家であり、編集者であり、版元であり、取次(仲卸)を置かない直接の販売者であり、読者の感想の直接の受け手であるからです。
それを「日乗」で書いてくださり、創作の日常が、読者に直截に分かるからです。
この完璧な円環の藝術の形を長く実行されているのは、私見では、秦先生しか、いらしゃいません。
私の勤めてきた出版社は、教材出版社で、文芸書出版社ではありません。けれども、間接的に、どういう本が売れているか、その本が、単行本から文庫本になり、品切れ、絶版になる悲しき速度を、少しは把握しておりました。
十数年前、児童書専門の出版社の大先輩・編集者が、講演で語りました。以下、その主題による変奏ですが……。

「デジタルの時代が来ても、紙の本はなくなりません。子どもが指でページをめくるでしょ。
紙の縁は刀のように鋭い。だから紙は厚く、断裁したあと、さらに丸く仕上げなさい。
その子が読み疲れたとき、開いたページに頬を伏せてずっと眠れるよう、上質なインクを使いなさい。
子供の舌で舐められる本、いいえ、子供が食べられる本を創りなさい。
その子が大人になって、コーヒーをこぼして浸みを作ったり、余白にたくさんの書き込みができるように。」

グレン・グールドを聴きながら。「編集の鑑賞力」が「批評と物語の交感」へ展開した『慈子』について申し上げたいのですが、長々となりますので、次へ改めます。
秦恒平先生、奥様のご健勝をお祈りいるたします。
奥様、美しいお葉書をありがとうございます。   近江・大津 澤敏夫

* 秋冷えが加わってきた。十月の内にこうも肌寒くなったろうか。

寒ければ寒いと云つて立ち向かふ

自愛の句で。 「つらい」でも「悲しい」でも「口惜しい」でも「憎い」でもいい、泣き言を言うてもいい、ただ、立ち向かえ。
2018 10/31 203

 

* 寂聴さん、三田文学、山梨県立文学館、大正大学等々、受取りの手紙戴く。

☆ 湖の本拝受
ありがとうございます、厚くお礼を申しあげます。
『人の話しことばを「耳」によく聴いて分ってあげること。その習熟が、「本」の行間や紙背を読みこむ五巻の豊かさになり、文章・文体を読み解く力を培い助ける』『本ものの読書とは、「再読」から始まる』
勉強させていただいてます。
悪意なき夜来の雨のひとしずく
味読の秋に栞を挟む (俊)
日増しに寒気もつのってまいります。
ご健康にはくれぐれもご自愛くださいますよう。  京・山科  あきとし じゅん

☆ 拝復
各地地震の報しきり、大震災の前ぶれでないこと願っています。東京はいかがでしょうか。
「湖の本」142 ご恵与たまわりありがとうございます。老々介護の日々、加えて離れ住む妹が倒れるなどあわただしく 拝読終えぬままのお礼言上、失礼のだんお許しください。
茫々 卒業生と会う機もなくなり、文通含めて秦文学話題にした友もなくなるなど残念です。
この時期、 あなたのことではありませんとことわりつつ、百閒「つわぶきの花」をおもかげに
偏屈も一興なれや石蕗の花
と使いまわしております。冬の季語のようですが、ひっそり咲いております。
くれぐれもお大事に  草々    神戸・須磨   信太   神戸大名誉教授

* 今は亡き粕谷イッキさんの奥様、八十八歳長文のお手紙もしみじみするものだった。

☆ 秦先生
「湖の本」お送りいただきありがとうございます。
このようなペースで刊行されていることを知らず そのことにも驚きました。
法然(上人)のお話が出てきますね。
私は浄土宗の学校(中学高校)を出ており、一枚起請文だ! とまでは思ったものの、それ以上の展開がなく、懐かしいで終わってしまいました。読ませてい ただきます。 夜になると寒さを感じる季節になって来ましたが どうかご自愛ください。  新野聡一郎   東工大卒業生

☆ 拝復
(略) ぱらっと開いた頁に 高校時代 毎日智積院境内を通って通学されましたよし、あの(等伯父子による=)櫻楓図の見事な襖絵を身近にしていらした ことを羨ましく存じております。また、京の風と東京の荒っぽい風のちがいなど、これから和歌を鑑賞しますのにも役立ちそうで、大変有難いご示唆と感じてお ります。
ご自愛を念じております  かしこ   紅書房主人

* 佐怒賀正美句集『無二』戴く。
2018 10/31 203

☆ 時雨から
霜、霰、霙と、気忙しく変る十一月は、加賀では一番気になる(私には)陽気です。
昨年の十月二十五日の日記に、「秦さんの奥さん大変なみたい」と書いています。「われを孤りにするな」と詠まれたのは、その十一日(H・P)でした。お 互い年齢(とし)になるとこうした気遣いは避けられないようです。私どもは、いま落着いています。お二人のご養生をお祈りしています。
『湖の本』142、届きました。秦さんの博い世界を知ることになります。それは切がないようです。なんとかついていきたいものです。体はともかく、頭の 方はどうだか。お作はそれだけ読めばすむのではなく、文中の人や、古今東西の書物を引っぱり出して(到底手持のものでは追いつけません)、なるほどと納得 する、その作業?が私に刺激を与えてくれます。
一方で、『湖の本』や『選集』をだされるその間のご苦労は、想像を越えています。どうぞ、十分に心して、と祈ります。
最近の散歩は、コースを変えて、農道を行くことにしました。農道といっても、車が交差できるくらいの舗装道路です。稲刈りの終ったこの頃は、車もほとんど通りません。
南の方は、白山を中心に裾に流れる山々で、視界の一八○度を占めています。北側は、以前には手取川の堤防が、地平線のように、反対側の南の山々に対して いたのですが、それは、四角い建物で、限られてしまいました。工場がずっと建っています。そのむこうに新幹線の橋桁が切れ切れに続いています。今建設中? です。金澤から敦賀までーーとおれるようになっても、それまでは生きてないでしょう。その思いは、ちょっと老を感じさせます。無駄なおしゃべりになりまし た。『湖の本』の受取りついでです。
どうぞお二人ともお大事に。
十月三十一日   井口哲郎  前・石川近代文学館館長 元・県立小松高校校長先生

* 「降霜」の朱印の美しい封書のお手紙は、手ざわりの温かな宝もののように想われる。お元気でと心より願っています。

☆ 冠省
『湖の本』142 拝受致しました。
今回のご本には、ペン電子文藝館に有縁の芹澤光治良氏、梅原猛さん、それから横浜事件と現在の日本事情に到るまで、いずれも自分自身親しく関わった人 々、自身憂慮してきた自称が親身に記されて、これまで以上に身に沁みて読みました。法然さんに到っては、同じ京都生れの時空を越えています。
東京七十年、京都二十年(一九四○年代まで)の私ですが、妙に『ヴァイキング』の山田稔が好きで、近く彼を誘い込んで、鳩居堂の娘や、織田作の姪と一発( )、京都でやらかそうか、など企らんでおります 匆々    稲垣眞実  詩人・評論家

* 早大、上智大、大東文化大、首都大、親鸞佛教センター当からも受領の来信あり。

☆ 秦 恒平 様
「湖(うみ)の本 142 わたくしの批評と述懐 二十篇」を拝受しました。
「読書」ではなく「本を読む」と言った。わたしの小さかったころは。
そして「声に出して読む」ことが文章・文体を読み解く力を培い助けるのである。」
・・・というご意見に首肯します。
余談ですが、「黙読していても頭の中では音読しているので読むスピードが遅い。ページを丸ごと画像として読み取る速読のほうが利点が多い」という意見があります。
こういう意見の背景には「難関校の入試に臨む児童は、試験時間内には読みきれない膨大な量の問題文を読みこなす必要に迫られる、そのためには、遅くとも 小学校4年生の段階で、頭の中で文字を音にする習慣をやめさせて、文字を映像のまま、ひとかたまりの情報として処理する技術に慣れて行く必要がある」とい う事情があるようです。
小生は今でも頭の中で音読しているし、画像処理なんてとてもとてもという感じですが。
2018/11/01     濵 靖夫 拝   妻の従弟

* すくなくも 文学・文藝の本質も美質も「音楽」に類している。古典や近代の名作の文体の美を、紙面映像と観てとってどう胸をうたれるだろう、雑文ではあるまいし。

* 西宮へ赴任の東工大卒生 鷲津仁志君から 純米大吟醸の名酒「福壽」一升を贈られ、恐縮しまた喜んでいる。
2018 11/1 204

 

☆ 秦先生
少々ご無沙汰しております,兵庫の鷲津です.
地元 灘の酒の「福壽」をお送りいたしました.ご賞味いただけますと幸いです.
兵庫県というのは人工的な県だと言われていまして,日本の中でも最も多い旧5ヶ国から成り立っています.しかし,淡路と但馬を除いた3ヶ国については, 播磨の米を,丹波の杜氏が,摂津の灘(神戸から西宮まで)で酒にしていたわけでして,酒を通じてつながっていた次第です.
灘や伏見の酒は,一時期評判を落としたようですが,こちらに来て酒蔵見学などをして呑んでいると,日本酒発祥の地としての矜持を取り戻しているように感じます.
お酒は,前からお送りせねばと思っていたのですが 今日になってしまったのは,お盆から,ずっと仕事が,土日も含めてほぼ毎日続いておりまして,この 2ヶ月ほどでアメリカ3回,イギリス1回,マレーシア1回と学会出張続きの上に,次々と週末に予定を入れられてしまいまして,今に至った次第です.
大学の教員は,理系特有かもしれませんが,週末にプロジェクト研究の打ち合わせなどの会合を入れることが多いです.
また,最近はグローバルサイエンスキャンパスという枠で 高校生が週末に研究室に来て赤血球のシミュレーションをしていまして,そういうイベントでも潰されます.
今年は,そうした高校生を連れてシアトルに一週間,学会旅行に行きました.いずれも本来の仕事ではないので,引き受けなければいいのですが,研究をやめてしまうと何のために転職したのか
わからなくなりますし,高校生の相手をするのは楽しいですし,多分世の中にとって有意義です.
平日は,いわゆる講義は週に1コマしかないので,本来は楽なのですが,サラリーマン根性が抜けないので,家でできる仕事しかなくても研究室に出勤しておりました.
そこで,最近ふと,毎日研究室にいるよりも有意義で健康的な時間の使い方があるのではないかと,気づきました.
要するに,平日にもう少し休むべきだと悟りました.
先生は,編集者をお辞めになって専業小説家になられたときに,時間について,観念的というより日常生活的に,どのようにお考えになりましたか. またお教えいただけますと幸いです.
余談ですが,ほぼ同世代の岩崎(宏英)さんが(医学部)教授になられたことは,素晴しいと思いました.ご活躍を祈念いたします.
またも日記のようになってしまいましてすみません.
先生とご家族のご健勝を祈念しております.
失礼いたします.    鷲津仁志  東工大卒業生

* 思索的な生活感にみちて目標を達し続けて行く学生の多い東工大であるなかでも、いろいろにわたしをも刺激して呉れる一人で鷲津君はあった、卒業して世に出てからも。
とびきりのうま酒を、ありがとう。

* 京・宇治にお住まいの水谷(弥栄中の頃は、佐々木)葉子先生、ご主人のお最期を告げつつ、わたしたちの健康を願うとお手紙に添えて宇治の茶の上乗を送ってきて戴いた。有難う存じます。
弥栄中学の昔を想うと、胸が絞られる。あの人、あの友、みなみな元気でと願われる、日吉ヶ丘高校の友だちも、同じ。
2018 11/2 204

☆ 略啓
その後如何お過しですか 「湖の本142」有難く頂戴しました。
142巻とは よくもこれだけ幅広くお書きになられたと心より敬服しました。
集中「風の流れ」は興を同じくするので感深いものであります。 不備   英  前・文藝春秋専務

☆ ようやく
澄んだ青空を眺められるさわやかな秋となりましたが、長く続いた酷暑の時期にもこのご本の出版のためのお仕事に精励なさったご気力に敬服いたします。ご体調はいかがでいらっしゃいますか お案じしております。  私は
今や二割たらずとなったさきの戦争時代の生き残りの一人として 八月はどうしてもテレビにかじりつく日が多くなります 改めてノモンハン、インパールの 白骨街道、レイテ島等々 とても言いつくせない様々な場所での悲惨な戦争の結末を思い出しては胸が痛み悲しくなります。われわれはどうしてもっとしっかり 歴史に学ばないのだろう、今も続く指導層の無責任体制を改められないのだろうなど ついついおしゃべりがすぎてお許し下さい。  悪政と原発  いま横浜 事件に思う  陸軍と海軍 などから読み進ませて頂いております。
貴重なご本を頂き 重ねて厚く御礼申し上げます。
御奥様にどうぞよろしく申し上げて下さいませ
お二人のご平安心からお祈り申し上げます  かしこ  故・東大法学部長福田先生夫人

☆ 『湖の本』142
お送りいただきありがとうございました。
「作者自身による出版」に書かれていることに一つひとつ納得しながら読ませていただいております。  小和田哲男  静岡大教授

☆ 酷暑と検査に萎えた夏も
あっという間にいってしまいました。
先生、お元気ですか。
『湖の本』141冊、142冊、『秦恒平選集第二十七巻』とお贈りいただきありがとうございました。
お茶の作法で、利休も正座していなかったという視点にハツとさせられました。
また『湖の本』の動機と意義についてもよくわかりました。私は、『湖の本』の存在は、先生の「身内」論の社会的実践ととらえていました。
また、「からだ言葉」や「青春短歌大学」もつねにそばに置いて拝読、勉強させていただいております。
なによりありがたいのは、活字の大きさです。最近、夕方から夜には小さい活字が読めなくなってきました。
極端な気候変化で、寒い冬も予想されます。どうかお身体に気をつけられますようお願い申し上げます。     永栄啓伸   文学研究者

☆ 前略ごめん下さいませ。
いつも「湖の本」をお送り下さいまして、まことにありがとうございます。「私語の刻」など毎回楽しく読ませていただいております。今号の「流通する文学」は身の引き締まる思いがしました。
送っていただいているお礼というにはあまりに粗末な者ですが、弊社(=筑摩書房)で作っておりますカレンダーをお送りいたします。時代としての江戸、エ リアとしての江戸の食文化に特化したカレンダーなので、お楽しみいただけるか悩んだのですが、ご笑覧いただけましたら幸いでございます。
『湖の本』は本来あるべき出版の姿だと思います。
これからも楽しみにいたしております。
秦 恒平先生

* 以前、著者代送で筑摩書房本を送ってくれた編集者、それ以降「湖の本」を送っていた。

* 島津忠夫先生ご遺族からお便りと「秋の味覚 栗甘納豆」を頂戴した。立命館大、文教大等からも受領の来信。
2018 11/3 204

* いま夜九時半。国立能楽堂で午後一時開演の友枝昭世の能「卒塔婆小町」だけを観て、帰って、そのまま今まで寝入っていた。灼くようなのどの渇きで目ざめた。池上彰の番組でフランコ政権に手荒に揺れたスペインの現代史を現地で解説していた。
能は、さすがの老い小町であった、二十年ほど以前の昭世初演もわたしは観ていたはず、その記憶はたどれなかったが、今日の昭世小町の毅然とした境地の不思議な美しさとあわれさには胸打たれた。ワキの二人があまりに歳も藝も若くて気の毒であったが。
一時間四十五分の能と心得て行き、じつにピタリと一時間四十五分で終えたのにも感じ入った。 「九十よ」と云う馬場あき子と、ほんの少し言葉をかわしたのが、能楽堂で唯一の知人だった、大勢のかつての知人達の、他にだれ一人ももう見当たらなかった。
わたしは能一番で、十二分に体力を使い切ったようであった。能楽堂を出ても、もう池袋へもどるだけ、それでも頑張ってメトロポ地下の寿司「ほり川」まで行ったが、半分ものこしてしまうさんざんの不味さ。そのまま、帰宅したが、機械の前で寝入り、階下へおりて寝入り。
想っている以上に自分のひ弱いのに惘れている。
今夜は、もうこのまま寝てしまおうと思う。
2018 11/4 204

☆ 京都の紅葉も
美しく色づいてまいりました。
『秦 恒平選集 二十七巻』 ありがとうございました。
まず、東工大・文学概論・階段教室にあふれる学生の写真が目に入ってまいりました。
皆さん 賢そうな顔をしている…それに楽しそう…
若者たにならって、今回「虫くい」問題に挑戦いたしました。
何とか、言葉を入れてみる…その面白さと、結果、感じる喜びと悔しさ、この学びは、大人にも、いや年齢を重ねた者にこそ、頭の体操として価値あると考え、頑張りました。
IT AI とやかましい世の中だからこそ、人工知能ならぬ自然感性を大切にしたい…そのために、いくつになっても必要な一般教育、人間教育であると思いました、
など言いながら、以前読ませていただいていたにもかかわらず結果は悲しいものでした。
短歌にくらべて、俳句の方に政界が多かったのは、十七文字の短さ故、記憶に残りやすかったのかと思いましたが、しかし、「短歌はたいてい『私』のことや 気持ちを歌っている、私性の濃い表白である。それに対し、俳句は私性をおおむね没却し、人一般の思いを普遍化し代弁してくれている作が多い」からと気づか せていただきました。
短歌の方では、作った人のものより 学生の入れた文字に共感してしまいました。
生きている だから逃げては卑怯とぞ
二兎(=原作は、幸福)を追わぬも卑怯のひとつ
「結婚も仕事も」と真正面から二兎を追う欲ばりな私でした。
もうひとつ、
繪(=原作は、夢)のなかといへども髪をふりみだし
人を追ひゐきながく忘れず
重要文化財、村上華岳の「日高川清姫図」、
川とも蛇とも、女の髪とも、また清姫の魂とも見える墨を流した背景を跣足でかける女の姿。
あのような情熱が私の中にも確かにあったと思いたいのですが、今となってはすべてが夢の中。
学生達の解答に触れ、青春時代に戻って笑いあっていらっしゃる先生と奥さまが目に浮かんでまいりました。
現代の若者たちを見ておりますと、すべてが生産主義的に手段化されていた私の時代にはなかった多様な感性を身につけてきているようにも感じます。
いや、風や花や体に心をとめる者と、そうでない者に二分化してきているのでしょうか。
「あらくれ」(=徳田秋声)「たけくらべ」(=樋口一葉)は、それぞれ個性的なヒロインが心に残った小説でしたが、近代を意識した作家が、からだ言葉を使っていないとは……驚きの発見でした。
寒さが身にしむ季節となってまいります。
先生 奥さま くれぐれもお身体大切におすごし下さいますように。
羽生 清  京都造形大名誉教授

* 京のいろいろの銘菓に添えて、懐かしいお手紙を戴いた。

☆ 秦先生より
貴重な『湖の本』をたびたび頂戴しながら、畏れ多く、御礼も申し上げずまことに失礼致しました。  私は  齢七十五を超えて尚、世の中に対する怒りの ようなものにまかせて雑文を書いておりますが、狭い範囲ながら読者対象となる友人知人からの反響も急速に乏しくなり、相互映発の喜びをわかち合うことも難 しくなつてきました。肉体的精神的理由から、「読めない」、「よくわからない」という無感動に接するばかりで、表現活動のむなしさを感じているところです が、
秦先生の、現代社会に対する批評精神には、まさに胸のすく思いが致しまして、後塵を拝する思いで、まだ書き続けております。
「今・此処」の思考によって、日々実存を確認し、晩期の小器横溢を願って生きる勇気をいただいております。
< だからわたしは文学も歴史も美術・演劇も、床屋政談も、飲食も好色も、家庭生活も楽しんでいる。「夢」 のような 「影」 に戯れていると思っている。希望しないし絶望もしていない。>
このようなお言葉に救われます。信仰についての章もございますが、
煩悩即菩提
娑婆即寂光
に行きつく思いが致します。「今・此処」現世、現生が極楽浄土であり、いかなる煩悩もまた味わい深いものである・・・そのような「明らめ」でよろしいでしょうか。
「煩悩」も「娑婆」も、無為のままで結果が出るわけではなく、格闘の対象であり、その格闘の手段が文藝である、というような理解です。
これまで拙い同人誌を出してきましたが、36号をもって終刊とすることに決めました。まことにお恥ずかしい作物ですが、破れかぶれで書いたものとご理解いただきたく、ご笑覧のほど何卒よろしくお願い申し上げます。
まずは御礼方々
ご家族みなさまのますますのご健勝をお祈り申し上げます。 敬具  上野重光  葛飾
(次号より 「湖の本」再購読致したく よろしくお願い申し上げます。)

☆ 霜降の候 (前略)
杉山平助さんや、 「読みたくても本が無くて読めない、読まれない」読者への私家版「湖の本」発刊の思いを、実感。「ペン電子文藝館」のこと、更に、 「今、この時代に…私の絶望と希望」「わたしの信、念仏、法然」「わが無明抄」で肉声をうかがっている気持ちを深めております。ますますの御活躍をお祈り します。 敬具   聖教新聞社  原山祐一

* 参議院議員福島みずほさん、歴史学の相原精次さん、札幌の山本司さん、作家の森詠さん、鳴門教育大、ノートルダム清心女子大、神戸松蔭女子学院大、昭和女子大、作新学院大等々からも受領の来信があった。

* 印象的なこんなお便りも。

☆ アベニモマケズ
雨ニモマケズ/風ニモマケズ/雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ/丈夫ナ心身(カラダ)ヲモチ/付度ハナク/決シテ怯マズ/イツモシヅカニイカツテヰル/
一日ニ憲法ノ前文ト/九条卜少シノ条文ヲ読ミ/崇高ナル理念ヲ/ジブンカッテニカイシャクセズニ/ヨクギロンシ迷ワズ/ソシテ改憲許サズ/ (略)
ヒトリノトキハナミダヲナガシ/デモノキセツハオロオロアルキ/ミンナニデクノボートヨバレ/ホメラレモセズ/クニモセズ/サウイフモノニ/ワタシハナリタイ   (ひとり市民運動  京・山科 G)
2018 11/6 204

☆ 冠省
いつもご高著の恵賜を辱くし、厚くお礼申し上げます。お返しといえるほどのものではありませんが、お納め下さいますよう。 二○一八・十一月  興膳宏 拝 京大名誉教授 元京都博物館館長

* 嬉しく 有り難く 愛読させて戴く。

☆ 湖の本142
湖北の旅から戻り拝受いたしました。
作者自身による出版を読んで ご家族とのチームワークのみごとさに驚嘆いたしました。外野からエールを送るばかりの私は せめてはとお酒おくらせていただきました。
お体大切に御活躍下さいますよう祈念いたしております。  東村山  近藤聰  写真家

* 岩波の「世界」に「最上徳内 北の時代」連載させてくれた編集の高本邦彦さん、東海学園大名古屋から「湖の本」142受領の来信有り。
2018 11/7 204

* 神奈川近代文学館、田畑の矢部登さん 奈良の画家田島周吾君ら 「湖の本」受領の来信。
2018 11/8 204

☆ 紅葉の頃
久しぶりに鴉にメールを書き始めて、不思議な感覚があります。メールは目の前から一瞬のうちに遠くに、地球の反対側にも届いていきます。それでもメールを書く人の、わたしの内面はそのような速さには追いついていかない、いけない。さまざまなもどかしさを抱えています。
『女坂』そして『清水坂』と 鴉が集中的に向き合った成果・精華を一日も早くと読者は待ちます、わたしもその一人、読みたいです。
四国巡礼の阿波一国参りに出かけていました。
十一番の藤井寺まではかなり以前に済ませていて、今回は日和佐の二十三番薬王寺まで。と言っても本当の「歩き遍路」とはならず、バスで。それでも、たと い門前近くからの坂道や階段であれ、息切れして、嫌でも衰えを感じました。お参りしていると 逆に 自分にどれほどの信仰心があるのかと鋭くつらい問いか けが始まります。これだけが絶対に正しいという位置を定められないからです。
四国は至る所に寺や石碑、野の仏があり、小説の題名のように「死国」・・かなあとも思えるほど。同時に山岳が多い日本の、その山々の木々の豊かさを感じ ました。勿論、山林が 人手不足や木材が売れないなど、さまざまな事情から荒廃していると言われていますが、乾燥地帯の国々は勿論、中国や韓国でさえ日本 のようには緑の森がない。人間にとっては森が荒廃して原生林に帰るならそれでもいいではないかと思うほど・・緑を 黄葉を 心にとめてきました。以前、白 山に出かけた時にも同じように自然を感じました。
アメリカ大統領選挙の開票の昨日は携帯やテレビのニュースを確認しつつ過ごしました。下院まで共和党多数になるとしたら本当に「嘆き」以外なかったです から、得票数、女性や若い人の動きは、当然でした。今世紀に入ってずっと、アメリカに限らず 嫌な世界に 悲観的になります。南米から押し寄せている人々 の群れ、シリアやイエメン、アフリカ・・ どうなるのかしらと気に懸かります。
ジョージア(グルジア)のアブラゼ監督の『祈り』三部作は かなり以前のものですが、最近日本の映画館で上映されています。ジョージアに旅した後の興味 の続きで、その一作目の「祈り」を観ました。ジョージア北西部のスヴァネティ地方らしき塔が立ち並ぶ村(先日世界遺産の村としてテレビで紹介されてました ね)を舞台にし、民族や宗教の混在する地域での不条理極まりない束縛の中で生き、死に、殺されてもいく姿。暗く重く哀しいけれど、美しい映像やセリフ(ナ レーション)は厳しく精緻な「詩」そのものでした。
正倉院展も何年ぶりか。
11月にしては汗ばむ陽気に 数日来の疲れを意識しています。
国画会の渡辺貞一という人の絵を観ました。「私の信仰は絵を描くことです」とパンフレットの言葉に魅かれて。
鴉にも言えます・・「私の信仰は小説を書くことだ」と。
元気に元気に、お身体大切に  紅葉を楽しんでください。  尾張の鳶

* 眼をみはる行動力、心底 感心し、羨ましい。電車でまぢかまで行けて、能楽堂で一時間四十五分の能一番を観ただけで、舞台の上の卒塔婆小町よりもクタクタに疲れて出てしまうわたしとは、大違いの、つよい鳶。切に願わくは 怪我の無いように。そして、詩。そして、繪。
さっきから押し入れを「片づける気で、ただ)かき回していて、早くから心底いい画家と思ってきた画家のたくさんな習作やプリントをあれこれ観ていて、あ あ、これはわたしなどの手元にあるより尾張の鳶へ送って上げた方がいいのではと思っていた。この詩人にお奨めの詩人は一人もいないが、繪なら奨められるな あと思っていた。
小説を「書く」のが、わたくし・鴉の「信仰」とは、その言葉通りには思っていない。「業」か、とは感じているけれど。お遍路の 長い高い遠い「石段」を登るようなもんです。しんどいもんです。

* アメリカで、まだ若い しかもイスラムの女性下院議員が出来た事実に、声をあげた。「若い」「女性」の感性と根性とに日本でも期待したいのだが、あの 「かぼちゃまつり」のバカ騒ぎを観ていると、所詮は一度亡ぼされる國へ落ちこむなりゆきかな、と思ってしまう。安倍政権を支えているのが「若い人」たちだ と、調査の数字はいつも情けなくも、露わ。
2018 11/10 204

* 京・古門前の「おっ師匠はん」干菓子の「おちょま」を送ってくれる。就かれた居りに一粒口に含む甘味に救われる。わたしは、ま、だれがみても大酒の方 に相違ない、むかしは編集者に悲鳴をあげさせた、秦さんと飲むといつもこっちが先に参ると。八十三のいまも健康に許され、かつ美味い酒なら、おさえても一 升瓶を二日で明けたい。自省して、なんとか五日保たせようとしているが、ま、よくて四日で空けている。その一方、甘いモノないかと毎日のように妻に尋ねて いる。和三盆の干菓子や小粒の柚餅が好きで、有ると、妻にことわり、つい機械の側へもってきてしまう。いい和菓子は日本の藝術品と思っている。
2018 11/12 204

* 「金八先生」の小山内美江子さん、大阪・吹田の歌人阪森郁代さん、埼玉・草加の姉妹関本佳・雅さん、山梨県立文学館の中野和子さん、山形・村山のあらきそばさんらの湖の本受領のお手紙をもらっている。
2018 11/12 204

* しばらくメールが無かったので、無事でと気に掛けていた札幌のマオカットンから胸を撫で下ろすメール着。

☆ なこそほしけれ
秦恒平様
夏頃からになりましょうか、永らく音信が途絶えておりました。ご無礼お許しください。遅ればせながら滞っておりました「湖の本」の代金と、お送りいただいている選集への支援を昨日お送りしました。
その後奥様のお加減はいかがでしょうか? 季節も少し楽になりましたので、力をつけてお元気にとお祈りしています。

お詫びかたがた春からのいろいろなことどもをお知らせしたいと思います。

北海道で農作物に関わる仕事をしていると(=筆者は、著名な植物病理学者)、いつも天候を気にして過ごすことになります。今年は春は暖かかったものの初 夏に一時低温があり、夏は日照不足、その後大雨、台風、地震と続きました。毎年極端気象といわれる中で、小麦、ジャガイモ、お米、豆、それぞれがそこそこ の出来栄えに落ち着きそうでほっとしているところです。この先は暖冬になるとの予想ですが、そういう年はドカ雪が降り大渋滞になることがあります。さて今 年はどういう冬になりますやら。

研究の現場を離れてもう五年以上経ちましたが、この四月からは、自分の部内だけではなく全国の専門分野の人事も担当することになりました。とはいうもの の勤務先は大きな組織ですので、受け持ったのは全体の二十分の一程度にすぎません。それでも百人近くの生身の人間を、北海道から沖縄、場合によっては海外 まで、出したり戻したりするのです。皆それぞれ家庭を持ち、介護や子育てをしながらの仕事ですので、なかなか水の流れる様にとはいかず、あちこちで滞った り、溢れたりしてしまいます。研究をしていた頃には、実験がうまくいかない苦労も楽しみの一つのようなところがありましたが、管理職になってしまうと、苦 労はそのまま苦労で、なかなか仕事に楽しみを見いだせなくなりました。

先日もある人事で問題が起きて、急遽日帰りで当事者と面談することになりました。先方の昼休みに、霞が関の職場を抜けて来てもらい、お昼を食べながら相 談を受ける、というものでしたが、待ち合わせの場所が帝国ホテルのラウンジでした。秦さん、覚えていらっしゃいますか? 一度だけ秦さんにお目にかかった のは、帝国ホテルでしたね。確か今から十年前の師走のことでした。クラブで カチカチになっていたのを恥ずかしく想い出します。

その帝国ホテルで、秦さんにお叱りを受け、果たせずに来たことがありました。もう少しでいただいてきた宿題ができるかもしれません。四年前に結婚した家 内が、クリスマスの日に出産予定なのです。四月から、仕事も忙しくなり、妻のつわりや、絶対安静や、とにかく毎週いろいろなことがあって、何とかやりくり しているうちに、九月を迎えました。五日に大きな台風が、職場の樹齢百年のカラマツ並木を根こそぎなぎ倒していったあと、六日の未明に大きな地震がやって きました。

九月六日午前三時の地震は今でもはっきり思い出せます。ゆらゆらとした揺れで目を覚ますと、横揺れが次第々々に大きくなって、ベッドから転げ落ちそうに なりました。それでも身重の妻を庇って、大丈夫大丈夫と叫んでいたことを覚えています。私も つくばで震度四や五近い地震は体験していますが、今回の揺れ はそれとは全く違うものでした。揺れもさることながら、あらゆるものが軋み、壊れていく大音響に、強い恐怖を感じました。幸い、揺れる方向と家具の配置が 噛み合わなかったのか、被害といえば琉球塗りの干菓子器の上に物が落ちて傷がついた程度で、家具の倒壊や食器の破損は免れました。お隣の部屋の方は、食器 全部が割れたそうですので、我が家は単に幸運だったにすぎません。
大変だったのはその後の停電です。最長三日の停電で、職場の貴重なサンプルや、家の冷凍・冷蔵食材を失いました。我が家はオール電化でしたが、幸いなこ とに断水にはならなかったため、カセットコンロで調理をし、ろうそくの明かりで食事をしました。おかげさまで衣食住、特に困ったことはなかったのですが、 やはり家内はその後体調を崩し、回復に長い時間を要しました。

ブラックアウトになった三日間で、妻と決めたことがあります。生まれてくる子供の名前です。家内は典型的な理系なので、何をするにも事前に調査・研究を し、バックデータを取ってから事に臨みます。私はといえば、長年研究職として論文も50報ほどですが世に出してきましたが、実は結構いい加減なところもあ り、半分センスで生きてきたようなところもありました。
妻は地震の前から、文献を揃え、画数を調べ、ネットのサービスを駆使して、何十通りもの名前候補を考えていましたが、あれだけ大きな地震に会ってしまう と、画数などどうでもよくなってしまい、これまで二人が生きてきた中で、大切にしたいと思うような名前にしようという心境になりました。ろうそくの光の下 でわりと自然に出てきたのが「尚平」という名でした。一文字目は沖縄の私の師匠の名から、二文字目は恒平さんの「平」の字を勝手に頂戴してしまいました。 地元日本ハムから大リーグに行った大谷君は「翔平:しょうへい」ですが、そうは読まずに、「なおひら」と読ませたいと思っています。平安の歌人の様な響き があり、何より私の人格形成に大きな影響を与えてくれた茶の湯と文学のお二人に因んだ名前を付けられたらと、もう親バカですが思っています。

近況報告のつもりが、どこの家にでもある命名の顛末話になってしまいました。なにとぞご容赦ください。地震に免じてお許しいただけたら幸いです。

重ねて奥様と秦さんのご健康をお祈りします。お元気にお過ごしください。  maokat

* なんと嬉しいお便りであろう。ふと胸に掌をおいて目をつむり喜びを呼吸している。平らかに、すばらしい歳末の静かさ暖かさを身に浴び元気に産声をあげて頂戴よ、なおひらクン。東京でも、待っています。
マオカットン、奥さん、どうぞ日々お静かに。お平らに。
2018 11/13 204

* 一つ、気づいたことを書き留めておく。
ひとに感謝の気持ちを告げるのに、もう久しく、簡明に「ありがとう」と云うている自分に気づいている。妻のそれを耳にしていても、ごく普通に「ありがと う」と云うているようだと気づいている。つまりは、それで済む高齢になり、謝意を伝える相手がおおかた若い、うんと若い人になってしまったと云うことだ。
しかし、今でも、たとえば石川県の井口哲郎さんにむかい、「ありがとう」などと決して云わない、云うなら「有難うございます」「有難う存じます」と云 う。咄嗟の場合はともかく、敬意を抱きかつは年長の人へむかい、ふだん、軽々に「ありがとう」など云うてきた覚えは一度もない。堅苦しいとは思わない、年 長の先達へのそれはあたりまえの礼と弁えている。

* 横浜の小泉浩一郎さんから送本への謝状を戴いている。
2018 11/13 204

* パウ・カザルスのカサブランカでの演奏会を聴いている。仰天しそうに素晴らしい弦の音色に魂を奪われそう。

☆ 恒平さん
カタロニア民謡「鳥の歌(EI Cant dels Ocells)」は、カタロニアに生まれた、パウ カザルスのチェロの調べによって、世に広められました。「鳥」の歌はカザルスの歌であり、カザルスは鳥 となって、今もその胸の内を歌い続けている、ここカタロニアにいると、それが感じられます。
この(2003年の)3月、アメリカがイラクに攻撃を仕掛けた日、その日最後のラジオの曲に、このCDの「鳥の歌」が流れました。ホワイトハウスにも、カザルスの平和の音色に耳を傾けようとした時代があった。そう思うことは、私をひどく悲しくさせました。
不思議なものです。カタロニアの歌であり、カザルスの歌である「鳥の歌」は、私にとって、長い間、鷲津仁志君の歌でした。チェロ弾きの彼は、私に「鳥の歌」でチェロを、カザルスを語り、弦を震わせました。あの時の私が、今住んでいる土地、それがカタロニアです。
今日は恒平さんに、そのカタロニアの民謡をお送りします。

税関で問題がなければ、生ハムが同封されているはずです。
賞味期限は9月26日まで、0~9度で保存と書いてありますが、店頭では常温で置いてあり(冷たい生ハムは、おいしそうに見えないせいでしょうか)、2 週間程で召し上がるようでしたら、冷蔵庫に入れる必要はないと思います。いずれにしても、召し上がる前に常温にもどし、ハム同士をはがして、少し空気に触 れさせることが、おいしく召し上がる秘訣です。

おからだ 大切になさってください。  2003年 6月 30日  京子

* 曲目の一覧を書き出してくれている。「鳥の歌」に続いて クープラン シューマン メンデルスゾーンらの曲が続く。音量豊かに深々とした演奏で 息をのむ。
バイオリン  アレクサンダー シュナイダー
チェロ     パウ カザルス
ピアノ     ミエチスラフ ホルショフスキー     とあり、演奏には 曲ごとに 盛大な拍手が響く。
こんな手紙と盤にハムのご馳走も添え、はるばるカタロニアから送って来てくれたのがもう十五年余の昔になる。東工大の院を出て欧州へ奔った、仲良し、京育ちの「京」である。 お元気で。
2018 11/14 204

* 下関の大庭緑さん、 粒雲丹の二瓶、それに失礼ながら山口によくぞと思うほど美味い「外郎」など沢山送ってきて下さった。感謝、感謝。
2018 11/15 204

* 昨日 西宮の井上美地さんから届いた新歌集『残照』は最近になく胸によく落ちた佳い歌集だった。大声でギャアギャアと騒ぐばかりの「都市詠」とやらの 雑駁とはしかと一線を画して私史の玉をよく歌史の玉へと近づけていた。「私」へのよく透徹した省察を生かした文藝こそが短歌をよきものにする。
2018 11/15 204

* アマリア・ロドリゲスのファドを聴いている。わたしに「ファド」を初めて聴かせてくれたのは「尾張の鳶」で、マドレデウスの盤を何枚も送ってもらって いる。ファドの歌声が好きで、盤が摩り切れそうなほどよくよく聴いてきた。日本の演歌はほどと嫌いだが。ロドリゲスの盤はいつどう手にしたのか憶えない が、よく響く歌声、好き。

☆ 秦先生、
(前略)
一昨日、研究室に初めて行ってみましたが、まずは教授室の大掃除から始めることとなりそうです。
鷲津さんと私は同学年でした。クラスや学科が違ったこともあって、直接お話をしたことはありませんでしたが、格好いい方だな、独自の世界を持っておられ る方だなと思っていました。先生のホームページで彼の教授就任を数年前に拝見し、素晴らしいと思っておりました。今回、お祝いの言葉を頂き、大変恐縮して います。お互い、頑張っていきたいものです。
もうひとつ、先日、先生のホームページで (北海道の=)maokatさんのメールを拝読しました。
ご結婚、奥様のご懐妊、大変嬉しく拝見していました。
maokatさんとはお会いしたことはないものの、mixiや 先生のホームページで 色々な文章を拝見していたもので、なんだか他人とは思えないものがあります。大変嬉しいメールでした。
ご多幸を心からお祈り申し上げます。   岩﨑広英

* 岩崎君 十二月でいいんですよ。
つまりは遠慮無く どうぞ という連絡です。心おきなく新任地でのあれこれを、上手に片づけられますよう。
人がらみの浮き世です なかなかラクラクとは行くまいと思いますが、だからこそ いい意味の好奇心も働かせて 踏み込んで行かれますように。
こういう時は、風邪などひかぬことが 肝要です。それとご家族とのやすらぎ大切に。
わたしの方の都合など懸念に及びませんよ。
maokatn にも、お友達がいるよと伝えましょう。 秦 恒平

* 雑誌『文芸思潮』編輯長の五十嵐氏より、「湖の本」142巻頭の「流通する文学」を新刊に転載の希望があった。この論攷はよく読まれ、ほかにも佳い反響があった。どうぞご自由にと、承諾。
山梨県立文学館の中野和子さんは「「わが無明抄」「心が気になる」を、歌人の阪森郁代さんは「佳い日本語を創る」をあげてこられた。阪森さんは、「推敲 する力と根気」「文学は音楽です」ということに、また「゛安心への道」「人間なんだもの」という一文にも魅かれました、と。
2018 11/15 204

* 鷲津君 カザルスの「鳥の歌」を聴いています。秦 恒平
15年余も前にカタロニアから「京」の送ってきてくれた盤です。添っていた 手紙に鷲津君が「鳥の歌」をよく弾じられたとあり、なつかしく。手紙は今日 の日記に。
力ある いい曲ですね。
お酒 おいしく戴きました、ありがとう。ありがとう。 お元気で。

☆ 秦先生  鷲津です
カザルスは,我々チェロを愛する人にとって,やはり特別です.世界平和の問題において,音楽家が音楽家以上のものになりえるということを知ったのはカザルスの存在あってですし,チェロの演奏技法の革新者であったことも紛れもない事実です.
巨大な人ですから,批判しても良いというわけではないのですが,カザルス前後で演奏家というものがどう変わったか,について最近よく考えていることを書きます.

カザルス以前は,著名なチェリストの大半は作曲家でもありました.自作の協奏曲でデビューするのが当たり前で,その後は全欧のツアーを通して,自作を演 奏して回ったものです.ボッケリーニ,デュポール,ロンベルク,セルヴェ,ダヴィドフ,ポッパー,クレンゲルといった錚々たる演奏家の歴史がありました.
カザルスは,自分でも相当数の作品を書いたようなのですが,それを途中から封印しました.そして,バッハ,ベートーヴェン,ドヴォルザークをはじめとす る専業作曲家の作品ばかりを演奏するようになりました.レントヘンを始めとする,同世代の専業作曲家からも多くの作品を献呈されましたが,いずれにせよ自 作は「鳥の歌」を除いて,人前では演奏しませんでした.
カザルスは,レコード産業の黎明期に活躍した人でもあり,「深い精神性」という言葉とともに,前世紀のヴィルトゥオーゾ的な活躍の仕方を否定したのです.
カザルスには,カサドという弟子がいて,彼は,積極的に自作曲を演奏,出版して現代でも良く演奏されています.
カザルスが,どうしてカサドのように生きなかったのか,大変興味深いですが,僕にはその答えはまだ判りません.
いずれにせよ,カザルスがヴィルトゥオーゾを否定したため,現代のチェリストは作曲をしなくなって久しいです.しかし,カザルス以降「忘れられた」前世紀の名作の数々が,最近,再び演奏されるようになっています.
僕の友人であり息子の師匠である林裕氏は,そのようなヴィルトゥオーゾ作品を積極的に演奏するチェリストの一人でして,カサド作品の復活演奏をしたり,最近はベルギーの大家セルヴェの作品を世界初録音したりしておられます.

何はともあれ,僕は世界が多様であれば喜ばしい,と思うものでして,カザルスのホワイトハウスの演奏もときどき聞いています.メンデルスゾーンのピアノ三重奏は,あのカザルスの演奏に勝るものはないと思います.
また聞きたくなりました.ありがとうございます.

* わたしが、東工大での四年半を、多くの学生諸君と倶に珠玉のように楽しみ握りしめてきた理由(ワケ)がわかってもらえるだろう。

* あの元総理の菅直人が、東工大の卒業生だったと聞いている。彼は、まだ決して隠居していい年寄りではない、なんで、なおなお「イラ菅」の面目を輝かし この厭わしい安倍政権の前面を冒して烈しく闘わないのか、おさまりかえっててはいけないだろうと、何度も、文字どおりに「激励」しているのだが。
2018 11/16 204

* 昨日、美しい新著『村上開新堂 Ⅱ』を、筆者・著者である五代目主人山本道子さんのお手紙も添って、頂戴した。
『Ⅰ』も、以前に頂戴した。

京都から、東京の麹町へ。知れ渡った洋菓子老舗中の老舗。毎々頂戴しているクッキーの缶、美味しさは云うまでなく、加えて、その缶への詰め方は、心篭もる「名人藝」というしかなく、多彩かつ一分の隙もない心入れの豊富さに、毎々、真実感嘆する。
季節の杏菓子の、香り柔らかにふくらむ美味しさにも、紅茶党の妻はいつも大喜び。

このお店は、文字どおりに、伝統と工夫開発との前向きに前向きに沸騰して行く進取の姿勢に貫かれている、その成果(成菓)が、文字どおり「文化」そのま まに美味しく体現されかつ成功し続けてきた。それも「伝統」のままに、各代女主人の優美かつ敢闘と発明の姿勢に多くを負うてきたし、いずれ六代目も、娘さ んが華麗にあとを襲われるであろう。

戴いた新刊の本は、そんな母と娘との「生気のリレー」を羨ましいまで実感させる「佳い読み物」であり、綽々達意の文がみちびく謙虚な「意志表明」になっている。

昨夜、おそくまで読みふけった。
山本さんの、心静かに読ませる「語り」の妙にも、名菓の匂いがしみていた。
拍手 そして感謝。

* 九時。わたし、めずらしく今、空腹を覚えている。朝食に降りる。
2018 11/17 204

☆ 昨日、
すこし体調に余裕があったので、光悦寺まで出かけました。
このところ、先生に『京』をお伝えできず…心苦しく過ごしておりましたので…  わずかなりとも、お目の慰めになりましたならと、タブレットから送信させ て頂きます。多分、写真はお届けできるかと存じますが… 相変わらず、HPは拝見できない状態が続いていて、残念でなりません。 立 冬の声を聞いた頃から、冷え込む日も多くなってまいりました。 どうぞ、くれぐれもお身体お大切になさって下さいませ。
先生と奥様がお元気であられます様に。 祈っております。  京・鷹峯 百 拝

洛北・光悦寺の秋晴れ

* 光悦会ではじめて、そして只一度 光悦の茶碗で一喫した体験は感動の余りに記憶からは霧消した、が、洛趣会の懐かしさ、またひとり自転車で光悦寺まで はしり、広い庭に散在の茶室の縁をかり、持参の茶菓と湯で一服また一腕、こころゆくまで鷹峯を眺めて喫茶・安息した早朝の清寂など、忘れない。
2018 11/17 204

 

☆ 秋深く
紅葉も進み、秋が深くなりました。庭の椿もそれぞれに蕾を膨らませています。先日訪れた鶴林寺の参道で、遠目では山茶花かしらと思ったのは椿でした。
今日も真っ青な秋空で、歩き回れば汗ばむでしょう・・地球温暖化という言葉が嫌でも浮かんできます。
日常のさまざまなご苦労、とくに体調と御自分の意志との葛藤を読むほどに思いやられます。大切に、大切にと遠くから述べるしかできませんが・・。
京都に帰りたいと時折書かれている鴉に 気候の良い時に無理なさらず京都に、とわたしが書いて・・鴉の返信には 「毎日毎夜 京都を いたるところ 歩いています。」とあり、一瞬絶句。そしてさすが作家の魂は強靭にして潤沢なのだと思い知らされました。
こんな風に書くとお叱りを受けそうですが、全面降伏でした。それでも愚かに付け加えるなら、やはり実際に京都での日々を過ごされますように・・と鳶は思います。
京都徘徊の顛末を書いて欲しいです。

昨日の記載に 辻邦生の大冊上下「春の戴冠」とあり、懐かしく思い出しました。この本との出会いは長く、今までに三回ほど読み直しました。ルネサンスや フィレンツエを歴史書や旅行記で読んでも、なかなか実感がもてなかった頃に読んで、体熱ある呼吸している人間を感じ取れた(気が)したのです。イタリア は、フィレンツエはわたしにとって特別な街です。でした と過去形で書きそうになりますが。
『背教者ユリアヌス』のテーマも興味あるものでした。
辻氏は原稿を書き上げて殆んど推敲することなく終えたと、ものの本で読んだことがあります。その点では疑問も残ります。また彼の視点と座標が何処か浮き 上がっているのかもしれないとも。(もっともわたし自身かなりその傾向にありますが。)ただし日本の小説家の中で特異な位置にあって 清々と輝いていると 感じます。
旅の後に絵を三点、小品ですが描きました。3号、10号、そしてもう少しで終わる20号Pです。いずれも朽ちていくような感があるものですが、それが自分の心象風景かと問われれば半ば肯定することにします。
「わたしは、今、セクスアリスというよりも エロスの底をかきまぜながら「魔」に触れようとしているの かも。あるいは…魔の京都か。」と書かれている。 以前 川端康成の晩年について話した時に、やはり「魔」に触れてらした。下村寅太郎先生も晩年に「魔」 の一字を思ってらしたのでしょうか。
「もう余分なことに力を割いてはおれない。仕残しがあり、それどころか、もっと新たな、したい、書きたいことが切ないほど湧いてくる。」
鴉の切実が響いてきます。
繰り返し、どうぞお身体たいせつに、仕事進みますように。 尾張の鳶

* 野垂れ死ぬ覚悟が 大事と感じている。よき友の視線や声を心底ありがたく思っている。

* 長谷川泉さんが、昭和文学史の試みを成されたとき、その一章にたしか「反リアリズム」と題して辻邦生と秦恒平の二人を挙げていて下さった。辻さんとは、中国の招待でご一緒に旅が出来た。四人組追放直後だった。
あの旅から帰国するとわたしは、作家代表団の一人である責めを果たす気持ちで、すぐ、「華厳」を書いた。この素早さには解散の顔合わせのおり井上靖団長 以下同行のみんながビックリしてくれた。「華厳」は自愛の作の一つ、リアリズムか反リアリズムかは思わず、小説はいつもこう書きたいと願ってきた。そのよ うに書いた。
2018 11/18 204

* 八時。漱石の漢詩を読み読み、まともな機械始動に一時間ちかくかかった。朝一番の、やれやれ。ピレシュの静かなピアノを聴きながら。
インシュリン、三単位注射。 朝食。 ういろうを一枚、柿、ちいさなパン一枚、生姜の紅茶。ビタミン二種をはじめ、ゆるい緩下剤二錠も含め、いつものクスリを、計18錠。
2018 11/19 204

☆ 寒くなりました。
秦さんへ

美空ひばり 唄入観音経

https://www.youtube.com/watch?v=Sp6YGrh7sO0

どうか お大切に  勝田 拝

* 勝田貞夫さん  寒くなりましたね。
お変わりなく 平穏にお過ごし有りますようにと いつも願っています。
わたくしは、例によって例の如く。なんとかゆるゆる過ごしています。
「インタネットエクスプローラでは開けません」と、この数年、なにをしてもこの「通告」に阻まれて、見たい物も全部見ることができないでいます。古機械の 傷みなのか、わたしの無知蒙昧のせいかも理解できないままでいます。そのため、雨あられと「通知」の来るソシアルネット筋の報知も、何一つ見られぬまま  抛擲状態でいます。

ま、それもいいかと思い、せめて自分の仕事はと 心しています。
わたくしの「私語」など、穏当に届いているのやら、それも自信有りませんが。

お元気で、どうぞ。 またまたお声を掛けて下さい。  秦 恒平

* 会いたいなあと思うばかりで、この 親しいe-OLDのお顔を見ないのも、十年どころでなくなったか。

* たちまちに眼が霞んでくるので、仕事へ向き合うのに気合いでわほど踏み込まないと手がかりが掴めない。が、愚痴は言ってられない。 困ったら困ったな りに立ち向かう。ピレシュのモーツアルトが今も慰めてくれている。この盤は、東工大卒、ピアノの弾けた子松時博くんが勤務先からプレゼントしてくれたので す。

☆ お元気ですか、みづうみ。
みづうみにメールを書いていたところでした。体調不安定であっちこっち不具合で、今も熱はあるわ咳はでるわ……。深刻なものではないのですが体力のある丈夫なひとが羨ましくてなりません。
みづうみに読んでいただくことだけを目標に毎日書いていて、ついついメールはご無沙汰してしまいました。でも、毎日みづうみの文章に触れていることはいつもご一緒に生きていることだと勝手に思っております。
最近のニュースがあまりに不愉快というより、日々世界が壊れていくようで 最近ほんとうに鬱をやわらげ手なづけるのに苦労していますが、みづうみを見習って自分の仕事に励み、猫と音楽でなんとか気分を持ち直しています。

みづうみには、以前にわたくしが送ったCDも聴いていただいているようで とても嬉しいことです。
私語で久しぶりにエリザベート・シュワルツコップの名前を読み、ほんとうに懐かしく感無量でした。
シュワルツコップはヨーロッパが一番輝いていた時代の、ヨーロッパ文化の精華のような芸術家、理想的な女性で、音楽の最も洗練された名花、二十世紀最高 のソプラノの一人でした。うっとりするような容姿に美しい歌声、舞台では衣裳から香水にいたるまで完璧だったそうです。彼女と同世代の日本の批評家は誰も 彼もぞっこんでした。私は時代が間に合わず、マリア・カラスと同じように全盛期の実際の舞台を観る機会には恵まれませんでしたが、映像や録音でたくさん聴 きました。
魔性も秘めつつ、勤勉で理知的で、マリア・カラスのような破滅的な恋はせず、夫と二人三脚で栄光の頂点に立ち、引き際も見事で、九十歳の天寿を全うしました。
彼女の歌唱で『最後の四つの歌』を聴くと、いつもヨーロッパの黄金に輝く秋を思い出します。日本の真っ赤な紅葉ではなく 黄金の底光りの秋です。秋ほど ヨーロッパが美しい姿をみせてくれることはありません。滅びていく前の最後の芳醇で絢爛たる絶景を前にすると、死に抱かれていることの恍惚さえ感じてしま います。
シュワルツコップのような芸術家が一身に尊敬をあつめた場所は、もうヨーロッパにはありません。世界のどこにもないでしょう。さびしいことです。わたくしの世代は辛うじて彼女の体現していた黄金の秋の残滓を味わうことが出来るのがせめてもの幸い。
ふりかえって祖国日本、未来の日本文壇に文豪が現われ、生きる場所があるという幻想はもう持ちません。これから芸術としての文学はどうなるのでしょうか。
シュワルツコップの言葉に 「リート(歌曲)を 聴く前と聴いた後では、その人の人生は変わっていなくてはなりません」がありますが、すべての芸術はそういうものでなければ偽物だと思います。誰かの人生 を変えるような作品を生み出すのが芸術家の悲願でしょう。みづうみの作品を読んだあとに、わたくしの人生は変わりましたし、それこそが幸福でした。
間に合ったことを感謝しながら、みづうみが、どうか一日でも長く書いてくださいますよう祈る毎日です。
やっぱり鬱傾向のメールになってしまったでしょうか。ごめんなさい。
今日もお元気で。  菊  しらぎくの夕影ふくみそめしかな  久保田万太郎

* ま、「鬱むき」が今日の正常でしょうよ、こんなウソクサイ毎日にはしゃいで暮らせるのは文字どおり行き止まりの「鈍つき」と思う。わたしはリアリストでないので、こんな際にも別世界を迎えとってウソクサイでなく「真正のウソ世界」の住人になれる。
わたしのそれとはそもそも無縁なのであるけれど、それにつけふと思い出すのは、もうよほど以前になるが珍しく、おそらく是までに只一度だけ息子が、秦建日子が「おとうさん」に新刊の本をもたらし呉れた、「ル・グウイン 好きでしょ」と。
名品『ゲド戦記』の作者によるその本の題は、『なつかしく謎めいて』で、まこと自然に、微塵不自然にでなく、不自然のすこしも実在しないあちこち沢山な 「うそ世界」へと「旅」のできる人の物語なのであった。版元をみれば建日子の読み物をたくさん売ってくれる出版社で、グゥイン好きな父親のため貰ってきて くれたのだろう。おもしろく創られた世界と世界観が楽しめた。

☆ やっと秋空がつづくようになりました。
(前略) 二十一世紀に入ってからの「わたくしの批評と述懐」に、冒頭の 杉山平助「商品としての文学」論が、今に続いて、更に一層現在に至る問題と驚くとともに、秦さんご指摘の「文学を愛する力ある編集者」への渇仰が痛いほど胸に沁みてきます。
就中、「わか『島の思想』」「わが無明抄」「心が気になる」「風の流れ」などが勉強になり、この十八日(=昨日)に満八十四歳の老愚生、マトモになりなさいと痛感させられました。
お二人の御健勝を祈るのみです。  徳  講談社役員

* 俵万智さんから新歌集ならぬ若山牧水を語った新著に、いい手紙が添って届いた。一等最初の『サラダ記念日』をいの一番に貰っており、テレビでそれを若い人向き、鶴瓶司会番組に呼び出されたときに推讃したこともあった。
既製の自称大歌人たちの手ひどい歌集が目に附くつど、俵さんのそもそもの初めから内在律を生かして歌い得ていた成績を、現代短歌自省のためにありがたいとすらわたしは想うようになっていた。
2018 11/19 204

* フエイスブックには「お友達」なる要請や承認がある(らしい、忘れている)が、毎々云うようにわたしには今機械的にどう左右することも不可能で、た だ、自分のかつてのそれらが残存して人目に残されているらしいとしか理解できない。それをスッカリ削除・解約するすべも今のわたしには分からない、出来な いでいる。どうかご容赦願いたい。願わくは、個々の接触や交歓は、このホームページの「私語」を介しつつ「メールの交換」でなし得たい。
2018 11/20 204

* 岩淵宏子さんより 女性文学全集の第六巻を戴く。平林たい子、林芙美子、尾崎翠、佐多稲子、壺井栄、中里恒子の集で、前にも第五巻、野上弥生子、長谷 川時雨、吉屋信子、鷹野つぎ、宮本百合子、野溝七生子の集を戴いている。わくわくする大きな名前が並んでいて、本そのものも柔らかな表紙で読みやすいのが 嬉しい。
全十二巻もある。
既刊の第四巻には平塚らいてう、与謝野晶子、田村俊子らが入っており、次回第七巻には、岡本かの子、網野菊、太田洋子、宇野千代らが並んでいる。なかな かの重量感。最終の第十二巻になると、山田詠美、荻野アンナ、松本侑子、小川洋子、村田喜代子、多和田葉子、河上弘美、鷺沢萌え、角田光代、江國香織、桐 野夏生の名が並んでいて、みな、名前しか聞いたことがない。角田光代は早稲田文芸科でわたしの実作教室にいて、作家におなりと背を押したのを覚えている。

* 作家の森詠さん、「湖の本」142へ感想を戴く。ペンの理事会で、ながく同席していた。

* 五島美術館から、阪急の小林一三、東急の五島慶太という『東西数寄者の審美眼』なる豪奢な図録一冊が送られてきた。逸翁美術館、五島美術館が選りすぐりの名品集、なんとも嬉しい超絶の眼福である。
今夜、ゆっくり、美しい写真を楽しもう。東工大へ出ていた頃は学生も連れてよく上野毛の五島美術館へ出向いた。もう今はあんまりも遠くなったが。懐かしい。

* 出展されている里見勝三の風景畫 観たいけれど京都まで行けず残念と星野画廊主人にメールしていた。懐かしい返信をもらった。

☆ 秦先生
随分前(11月3日)に、久しぶりにお便りを頂戴していながら お返事も出せずに失礼していました。

前回10月に開催した黒田重太郎の明治期の素描展が好評で、最近企画した画廊の展覧会としては大混雑の日々が続きました。

10月末に展覧会終了後、11月6日の滞欧作品展の開催日までに素描100点を倉庫にしまい、改めて大きく て重い油絵の額およそ40点を倉庫から引きずり出して陳列する仕事。これらを3日間で終えました。その最中には横須賀美術館での矢崎千代二展に貸し出す矢 崎の油彩画とパステル画30点を倉庫から探し出しておかなければなりませんでした。11月7日(展覧会2日目)の午前中、横須賀から来た集荷クルー4人が狭い画廊で集荷作業。展覧会を見に来た人も驚く大混雑の会場でした。
先生からメールを頂戴したのはちょうどこの大混戦の最中で、お礼のメールを差し上げる暇もありませんでした。お許しください。

開催している滞欧作品展に来るお客様は少なく 拍子抜けの有様。それでも京都画廊連合会ニュース12月号の編集など雑用は絶え間なく襲い掛かるので、始終バタバタしています。
時折 先生の HPを拝見して、逆境にもめげずに変わらぬ仕事をされているご様子に心打たれ、私もやらねばと尻を叩かれています。

先生が興味惹かれる絵が画廊にゾロゾロと並んでいますが、残念です。
残念なことはもう一つ。今年が国画創作協会創立100周年というのに、記念する展覧会が京都では開催されませんでした。笠岡の後は和歌山県立近代美術館で現在開催中です。私が発見した作品なども数多く並んでいるのですが、それらと再会する時間があるかどうか思案中です。

奥様にもよろしく。   星野桂三

* もっとも信頼し、活躍を期待している画廊主ご夫婦、京都へ帰る大きな楽しみの一つが神宮道の星野画廊に立ち寄ることであった、平安神宮の朱い大鳥居が みえ、三条通と交差して心嬉しい粟田坂や大樹の聳えた青蓮院。まぢかには中学高校での友人達が男女とも何人もいた。すこし西へむけば白川が流れ、もとの粟 田校の脇道を東へ向かうのもしみじみと佳い古道であった。
またも里ごころがついて、長嘆息。
2018 11/21 204

* 正午過ぎ、岩崎宏英君、車でちかくまできて、そこから徒歩で玄関外まで来訪。医学書院の「生体の科学」誌に掲載論文抜き刷りを持参。
あいにく家の中は座布団一枚を敷く余地もなく、同乗してきた家族は近くのセイムス前に置いた自動車にと聞いたので、玄関外で双方立ったまま、医学部教授就任のお祝いを申し、帰ってもらった。
2018 11/24 204

* 井口哲郎さんに山芋をたくさん頂戴した。すりおろし、卵を溶いて、主食に戴ける。有難うございます。

* 歌人の松平盟子さんから、エッセイ集と主宰歌誌二册を戴いたが、なかみ、あまりに薄く軽く、これはいかんなあと、拍子抜けした。
小説の幾つも載った同人誌も別に届いて、気は入って感じられたが、どれも読み進めなかった、何より各編とも、小説の文章にホンモノのちからが感じられなかった。
辻邦生の、ま、超大作というる『春の戴冠』、実は今回初めて読みかけ、まさかこうはと驚くほど雑に足早にせわしない文章なのに白けている。読みつげるかしらんと心もとない。
是に較べれば木下順二訳になる雄大な歴史劇『薔薇戦争』は、手綱を引き締めたいほどずんずん面白く惹き込まれて手放せない。戯曲だから、か。
『北越雪譜』『山上宗二記』『定本漱石全集 漢詩文』等々、それに『源氏物語』 それぞれに心根に響くように触れてくる、むろん『モンテクリスト伯』も。本があり目が見えている限り、けっして退屈しない。
2018 11/24 204

☆ お火焚
今月に入って、京都の社寺のあちこちでは「お火焚」をなさっておられます。 新暦に、さだめられた「新嘗祭」の昨日には、特に多くなされた様でございました。
宮中の祭祀が形を変えて、お蜜柑を火にくべたり、三角形の柚子おこしや、火焔宝珠の焼き印のおまんを町内の方から頂いたりなどする、初冬の行事として身近にあります。
余所から来た私のような者でも、京都に十年近く暮らすと、毎年くり返される古風な行事が、当たり前のことのように馴染み始めています。
先生、先日はお優しいメールを有り難うございました。 すぐにご返事できず… 時を過ごしてしまい、恐れ入ります。
心穏やかに、暮らしたいものと願いながら… ただ日々に追われるように過ごしています。もう少し、落ち着きたいものと思いながらも、時は流れて行ってしまいます。
今は、先生のお言葉に甘えて、どの『湖の本』を選ばせて頂こうかと、あれこれ考えているのが楽しみです。 もう暫く、楽しく迷いながら、時を過ごしたく存じます。 お心遣いいただき、有り難く感謝いたしております。
寒く冷え込む日が多くなってまいりました。 どうぞ、お大切にお過ごしになって下さいませ。
お元気であられます様に。 京 鷹峯 百  拝

* 「冬祭り」 も過ぎていった。 鞍馬で火祭りを 比良で満山の紅葉を 安曇川で穏やかな一泊を楽しんだ、昔。妻は いまもあの旅がいちばんと云う。

☆ (京都の=)シグナレスの森野です。
お電話いただき、ありがとうございました。
ちょうど、映画を観ており電源を切っておりました。申し訳ありません。
どうも、シグナレスのメールアドレスからは返信が届かないようです。もしかすると、フリーメールですので、ブロックされているのかもしれません。
また、本日、お送りしたメールも ファイルが開けなかったとのこと。
原因が分かりませんが、ひとまず別の方法でお送りしてみます。
次のURLにアクセスして、ダウンロードしていただきますよう、お願いします。
もし、これでもファイルが開けないようなら、別の方法を考えてみます。
お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします。    「シグナレス」森野

* お手数を掛けているのはわたしの方で 恐縮している。観たい京都で観られていない場所を一つ、写真に撮って貰えませんかと、若い人たちで活動している グループの方にお願いしていた。写真を電送して下さったというのだが開けなくて、残念至極と夜分に電話で重ねて泣きついた。
さて 指定されているファイルが わたしの機械、わたしの不器用ゆえに、ちゃんと開けるかどうか心細い。
なにしろ 今は、なにをやっても 「コレは インターネット・エクスプローラーでは開けません」と拒否されてしまい、その先へ手の打ちようが分からな い。おかげで、それは活溌に文章を公開し続け、たぶん今も残っているだろう ソシアルネットの どれ一つも開けないままで、事務局からだろう毎日のように いろんな通知が来るのに、何一つ見られずにいる。ま、それも無用の時間の節約になると断念しているが。
森野さん ありがとう。
2018 11/25 204

* 京都の澤田あや子さんから、来年の干支、私のまわりどしである「亥」の飾りが送られてきた、香り高い香料とともに。

* 村上開新道の山本さんから、鄭重なご挨拶があった、恐縮。

☆ 秦さん
大変失礼致しまLた 秦さんのホームページが固まっていたのが治ってうれしかったので ついはしゃいでしまいました。
秦さんのページは ほぼず一っと 就寝前に拝見しております 感無量でlす 励みにさせていただき同じ時を頑張れております 見てるこちら側はあまりご無沙汰感がなく ごめんなさい
皆・・・暮らしの時が過ぎ・‥「鴬谷駅前の蕎麦屋『公望荘』は店を畳んだ・‥j そうで 懐かしく寂しいくせに 「そうか・‥そうすればいいのか!?j などとわけのわからない納得をしています
じつは  夏前から腰の不具合が進み 現在は「屋内のみ四つ足歩行器で移動」介護認定「要支援2」です。 「訪問在宅医療」を受け管理して貰っています 歩けるという事は大変なことです
老人ホームの手伝いは何とか続けられています 長い廊下は車椅子ですが 親Lくなっている入居者さん(同年輩で元えら駅長さん)に 「なんだお前もか…」などと言われ笑い合っています
ご休心ください
職場柄先ず職員からインフルエンザの予防注射が始まっています  冬です  くれぐれもお大切
にされてください     e-0ld Katsuta 拝

* 鶯谷駅前の蕎麦屋「公望荘」でドクター勝田と出会って散策を楽しんだこともあった。わたしに大病が出て出逢う機会を失い続けてきた、残念の極み。お大事になさって下さい。
幸いにわたしは杖こそ手放さないが背負い鞄を背負って、時には小走りも成るほど、ま、階段も含め歩行に不自由していない、ただ疲労に気遣いし、怪我のないようにますます要心をと思っている。
2018 11/26 204

* 六時半、朝一番のメールで、京都の「シグナレス」森野公之さんから、依頼というより懇願してあった「現地」写真が十葉ちかく電送されてきていて 感激した。感謝感謝、感謝に堪えない。
地誌は調べが付いても、風景・光景は目で、耳で、鼻で、手足で捕えないと。どれも今のわたしには不可能であったが、辛うじて親切な写真を送って貰え、嬉しくてならない。有難うございました。
2018 11/27 204

* メールがうまく送れていないようで、ワケ分からす困惑している。シグナレスの森野さんへの礼文も、送信済みに成らない。ウーン、弱る弱る。
しかし送ってもらえた十枚ほどの写真はまさしくわたしの夢見つつ望んでいたとおりの光景で、興奮を抑えがたい、嬉しい、有り難い。有難う有難う。

* 気づかぬうちに「オフライン」とかになっていて、送信が滞るらしい。このため来信も停頓するのではないか。
2018 11/27 204

* シグナレスの森野さんのご厚意、嬉しく、重ねて感謝します。
2018 11/27 204

 

☆ お変わりなく
おすごしでしょうか。
能勢の酒「秋鹿」の発送をたのみました。鶴瓶の番組で知られたので、現物がなくなり、一週間程度かかるか と とんだことになっていました。ちっとも知らない事ばかり。世間ばなれしてきました。
どうぞお大事に。いつも有難うございます。  安川美沙  美学同窓

* 池田満壽夫のリトグラフ絵葉書に、息づかいの聞こえそうな便り。

☆ 平成30年11月27日
京都市左京区   「私設圖書館」
秦 恒平 様
「私設圖書館」の田中厚生と申します。
このたびは二度にわたり御著のご寄贈をいただき、思いもしない著者みずからのご恵投で驚きましたが、大変嬉しく美しい本を開けさせていただきました。
お名前は書店や新聞で以前から承知していましたし、書名は忘れましたが、以前に一度どなたかが寄贈くださいまして、読ませていただいたこともあります。さっそく書棚に並べさせていただきました。
個人で「私設圖書館」を創めて、今年5月には開館45周年を迎えました。
学生さんのほか一般の方々も多数来られて、本を読まれたり勉強されたりさまざまに利用していただいております。
その「私設圖書館」の45周年を記念して、というより私自身の45年間の人生の区切りとしてささやかな手記をまとめ、出版することにしました。3年くらい前から書いたり削ったりしてきたのですが、ようやく陽の目を見ることになりました。「私設圖書館」45年のエピソードと私自身の生き方のようなことを書いたものですが、「私設圖書館」の受付を通して見て来た若い人たちへのメッセージでもあります。
ご高名の方に自分の書いた本を送りつけるのは大変失礼なことかもしれませんが、ご高覧いただければなによりの喜びです。
また機会がありましたら、「私設圖書館」をご紹介いただければ有り難いと思っています。
失礼の段、お赦しください。
ご健康をご活躍をお祈り申し上げます。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

* 四十五年がどれほどの重みか いくらかわたしにも分かる。敬服する。テレビで紹介されているのをたまたまちらと観て心惹かれ、詳しいことは見えなかっ たので、美学同窓で京都在住の澤田文子さんを煩わし、観て来てもらった。よし と確信でき、湖の本を送り始めた。選集、湖の本、それに出版された全著書も 直ぐにも揃えられる。荷造り役の妻の手に負える順序で、すこしずつでも送り届け、応援したい。               、

* 「未来山脈」という現代口語短歌誌を標榜する歌誌を以前から貰っていて目を通している。今日届いていた十二月号巻頭の一首に目を惹かれた。理由があって敢えてこの上触れないが、別欄に書き留めておく、小説のどこかでへ引かせて貰うかも。

☆ メール嬉しく
選集は、12月半ばの帰国の楽しみに。
明日(=旅立ち)の支度をしながら、おでん、カレー、ビーフシチューなどお鍋いっぱい作り、掃除
やら、夕食終えて さすがに疲れました。だからいっそうメール嬉しく。
寒さはこれから、どうぞ風邪ひかず、御自愛下さるように。  尾張の鳶

* 師走は、すこしゆっくりした気分で、しっかり過ごしたい。
2018 11/29 204

☆ 秦恒平様
おからだが支えられて、『秦恒平選集』第28巻が無事に刊行されましたことを、お慶びします。お届け下さり、感謝です。
昨日、大冊を夜遅くまでかかって拝見しました。
対談における共鳴も、無理解に対する相互の丁々発止も面白く、考えさせられつつ、読みました。
169頁の秦さんのご発言、
「どんなことばでも、その文脈の中で詩語になるかならないかだけの問題です。だから私は” 詩化” と言う」。
その通りだと思います。
もう一つ、178頁。
「私は、あるジャンルというものは絶えず他のジャンルとの揉み合い、あるいは外のジャンルへはみ出るような部分での格闘があって、本当にそのジャンルの 良さがでるものだと思う。だからそういう意味では、外のジャンルへはみ出していったり、それとストラッグルがあったりすることは良しと認める。」
多分、その根底には実験的な精神があるでしょうね。それが総じて言語芸術として、どれだけ日常性を超えでているかの高さを達成しているかどうかが問われ るでしょう。私はここで、古典音楽はもちろん、ロマン派音楽をも超え出て表現主義に演歌に片足を突っ込んでいるかの観を呈するグスタフ・マーラーによる後 期のシンフォニーを思い浮かべます。あれは外のジャンルへのはみ出しであり、伝統への果敢な挑戦であり、新たな精神と芸術性への探検でした。だから私は惹 かれます。   モーツァルトも好きですが。
川端文学を 「幾分危険な『廃器』」と言ってのける文脈におけるイメージの躍動に感服しました。さすが美学専攻です。
ご夫妻の心身が支えられて選集の完了に漕ぎ着けられますように。平安。
浩   ICU名誉教授

* マーラーの交響楽五番だったか、を聴いたばかり。しかし、聴くばっかりで音楽も音楽家も識らないし何も分かっていない。幸い「マーラーの恋」という未完の力作を、もう以前に、読ませてくれた読者がいる。上の 「浩」教授のお説について解説して貰おう。
2018 11/30 204

 

☆ 今日、
「選集」第28巻 到着しました、何時もいつも恐縮です。
対談、楽しみにしてます。
11月16日 清水寺落葉忌でお献茶に行って来ました(織部流お家元)。成就院の前のお池の所はうっすらと色付いてました。
あと、裏山から清閑寺へ行って来ましたが、まだ紅葉には早かったけど 久し振りに、懐かしく思い浮かべて居ました。案の定、木々が少くなって 市内の見 張らしが良くなってました、が 辺りは観光化し過ぎて風情が無くなって残念でした。足元が悪いので 気軽に一人では行けません。
今年は 松林寺の紅葉も特に美しく映え 日々楽しんでます。
しばらく風邪を引いて、やっとおさまりました。
気候不順にお気を付け お過ごし下さい。   京・北日吉   華

* 清閑寺御陵の紅葉こそは うち重ねた大木のまま 風に騒いで凄みの炎のようであった。美しかった。あんな閑静の地も観光化されているのか。
清水寺の成就院 なを聴くだけで おもわず眼をとぢる。

☆ 選集をありがとうございました。
実は再配達の時間に間に合わずにまだ受け取れていません。
ポストに収まらない大冊だったのだろうと、編集・発送のご苦労を想っています。
もう、明日から師走ですね。
家じゅうのカレンダーをめくっていくのは, なんだかいつもワクワクしますが、それも最後の一枚となりました。
お疲れがでませんように。 おやすみなさい。  都内  九

* ポストに入らないという理由で返送されてきた例が、過去にも何回かあった。ウーン。
2018 12/1 205

* 北越の光明寺さん、ペンの長田渚左さん、染織の橋田有子さん、栃木の渡辺佳寛さん、同窓の横井千恵子さん、いろいろにお歳暮を下さる。
日々、ヘンクツに引き籠もり暮らしている身に 心賑わい温かに 有り難いことです。
2018 12/1 205

* 昨日のうちに早稲田大学図書館から「選集」28巻受領の挨拶があった。

☆ 選集第28巻 おめでとうございます!
お元気ですか?
昨日選集が届きましたよ。

本当におめでとうございます!

一冊でも重い本を梱包したり、宛名を書いたり、運んだり… 迪っちゃん 裏方さんのお仕事も大変ですね。お疲れが出ないか心配しています。
年を取るということはなかなか疲れることですね。
私も段々よろよろしながら、休んでばかりの毎日です。

明日は、友達とコンサートに行くのですが、今はそういうおつき合いが私には負担です。

秦さんも、どうかご無理されませんようにと願っています。

迪っちゃんもくれぐれもお大事にして下さい。   琉   妻の妹

* この詩人であり画人である義妹には、いつもいつもいつも こう、励まされたり慰められたり こころより親切に気づかってもらっている。
身内のありがたさ、身に沁みる。
元気で元気で いてほしい。
2018 12/2 205

☆  『秦恒平選集 第28巻』を
ありがとうございます。いつもご高配を賜り厚くお礼申し上げます。
まず巻頭の写真、秦先生の笑顔が何とも楽しく 私もしあわせになってきます。
対談選、多彩な顔ぶれを一遍ずつ読み進めるのが楽しみです。秦先生のお人柄が、対談ににじみ出てきていますね。
講演はぜひ一度直接拝聴できればの思いを強くしました。
『臨済録』は本棚で眠ったままですが、『正法眼蔵』は書斎、リヴィング、寝室それぞれに置いて頁を繰っています。相変わらずどこまで理解できているか疑問ですが、一繙くことになるでしょう。
日増しに寒くなってきました。体調は不安定でこの冬も蟄居を決め込んでいます。
秦先生もお体おいとい下さいますようお祈り申しあげております。   篠崎仁

☆ みづうみ、お元気ですか。
ずっしりとした選集第二十八巻お送りいただきありがとうございました。伝票の個別の手書き、どんなに大変な作業でいらしたことでしょう。本当に申しわけ ないと思ってしまいます。それにしても利用者に負担をかけるような制度の変更には腹が立ちます。郵便利用の先細りを目指しているのでしょうか?
世の中おかしなことだらけですが、それはひとまず置きまして。

今回の一冊も、私の欲しかった素晴らしい一冊です。巻頭のお写真も毎回楽しみです。みづうみのお若いこと。

秦恒平の著作は膨大ですので、湖の本の何巻のどこに入っていたかと年中探し物ばかりしているわたくしとしては、著者が選りすぐりの対談集、講演集は本当にありがたく、御礼申し上げます。わたくしの書いている拙論攷にも不可欠なものです。

さて、マーラーについてのお訊ねがございました。わたくしにとってマーラーは青春の熱病のようでした。この音楽のように恋がしたいと願い、そうできないだろう自分にため息をついて……。

白水社の『マーラー頌』という一八九〇年代から一九七〇年代までのトーマス・マンやシュテファン・ツヴァイク、、リヒャルト・シュトラウス、アルノルト・ シェーンベルク、ブルーノ・ヴァルター、カール・クラウスなど錚々たる書き手によるマーラーの「人と作品」論をあつめた一冊があります。現在この本は古書 でしか手に入らないと思いますが、愛読していました。

その中で私がとくに共感したレナード・バーンスタインのマーラー論を、少し長いのですが引用してお答えとさせてください。

《マーラー》という言葉が口にされるとき、ただちにわたしの心に浮かぶ最初の自然なイメージは、魔法のような日付変更線、一九〇〇年にまたがる巨人の姿である。その左足(心臓に近いほうだ!)は肥沃で最愛の一九世紀にしっかりととらえられ、その右足は、それほどしっかり踏まえることなく二十世紀にゆるぎない地盤を求めながら、彼はそこに立っているのである。ある人びとは、彼がこの足場をみいださなかったといい、ある人びとは(わ たしは彼らと同意見であるが)、もしもその右足が威圧するような地響きをあげてその地を踏まなかったらば、われわれが現在知っているような二十世紀音楽は 存在しえなかっただろうと主張している。いずれの評価が正しいにせよ、そのイメージは変わることはなく、彼は二つの世紀にまたがっているのである。シュト ラウス、シベリウス、そしてもちろんシェーンベルグとともに、マーラーは 十九世紀ロマン主義の最後の哀歌をうたった。だがシュトラウスの非凡な才能は、 あまり主観的ではない卓越した技巧の道を歩み、シベリウスとシェーンベルグは、きわめて異なりながらも個人的な、新世紀への独自の道をみいだしたのだっ た。 マーラーは二つの世紀にまたがったままであり、彼の運命は、バッハからヴァーグナーにいたるドイツ=オーストリア音楽という、実にすばらしい財宝を総計し、一括し、最終的に埋葬することであったのだ。

それは恐ろしい、危険な遺産であった。彼がみずからを、モーツァルトにはじまる長い系列の最後の交響曲作家とみなそうと、バッハにはじまる系列の最後の 《神聖なるドイツ芸術家》とみなそうと、彼は同じ不安定な運命にあった。その系列を再現し、それを絶頂まで導き、そのすべてを彼自身の情熱の火により溶か され融合されたひとつのものとして示すこと╶─これが歴史と運命により彼に割り当てられた役目であり、その役目は数年にわたる嘲笑と拒絶と苦痛を意味していたのである。

しかし彼は強迫観念にとりつかれ、躁病にかかっていたので、選択の余地はなかった。彼は陳腐な手法を含めて、すべての(すべてのである!)ドイツ音楽の基 本要素を取り入れ、それらをその極限にまで追いやった。彼は休止の瞬間をぞっとする沈黙に変え、上拍を、致命的打撃を予感させる爆発性の予備音に変えたの である。呼吸休止(ルフトパウゼ)は衝撃のあえぎや恐怖におびえた緊張感となり、アクセントは増大して、響きと音の考えうるありとあらゆる手段によって達 成される、巨大な強調となった。リタルダンドは延長されてほとんど静止状態となり、アッチェレランドは感情の激発となり、強弱法(デュナーミク)は洗練さ れて、神経衰弱の敏感さまで誇張された。マーラーの行進曲は心臓発作のようであり、彼のコラールは、すべてのキリスト教徒が狂気になったかのようである。 古い月並みの四小節楽句は、鋼鉄で輪郭が刻まれ、彼のもっとも伝統的な終止形は、苦痛が緩和する瞬間のように祝福を与えてくれる。マーラーはn乗されたド イツ音楽なのである。          中略
…マーラーの運命 は、ドイツ交響曲の偉大な系列を完成し、その後新たな系列を開始することは許されずに死ぬことであった。このことは、いまではわれわれにとって明らかであ るかもしれない。だが存命中のマーラーにとって、彼の運命は明白どころではなかった。彼自身の心のなかでは、彼はすくなくとも古い世紀と同じくらいに、新 しい世紀の一部となっていた。彼は苦悩にみちた、分裂した人間であり、その眼は未来に向けられ、その心は過去にあったのである。

だがその運命のおかげで、彼は多くの美を贈与し、音楽史のなかで独自の位置を占めることができたのだった。交響的音楽に賛意を示すこの立場にあって、誇張 と歪曲をつうじ、あの輝かしい果実から最後の一滴の果汁までしぼりだすことをつうじ、自分の素材にたいする絶望的で執拗な再吟味と再評価をつうじ、調整音 楽をその極限まで押し進めることをつうじ、マーラーは最後の言葉を得て、最後の吐息をつき、最後の生きた涙を落とし、最後の別れの言葉を口にするという栄 誉を与えられたのである。なににたいする別れだったのだろうか? その相手は、彼が知っていて記憶にとどめたいと望んだ生であり、汚れない自然であり、罪 のあがないへの信仰であった。だが別れを告げる相手はまた、彼が知っていて記憶にとどめていた音楽であり、調整の美の汚れない自然であり、その未来への信 仰であった╶─そうしたすべてのものにたいする別れの言葉であったのだ。『大地の歌』の最後のハ長調三和音は、彼にとってはファウスト的な歴史のすべてを閉じる、最後のハ長調三和音であった。彼だけにとってであろうか

わたくしはこの論旨の核が、日本文学の古典の系列を完成し「輝かしい果実から最後の一滴の果汁まで」しぼりだし、「その眼は未来に向けられ、その心は過 去に」ある「最後の言葉を得て、最後の吐息をつき、最後の生きた涙を落とし、最後の別れの言葉を口にするという栄誉を与えられた」秦恒平という偉大な日本 語文学者にも少なからずあてはまるものではないかと考えてしまいました。

どうぞ発送作業ご無理なさいませんように。お疲れのでませんように。機械がんばって動いてくれますように。   冬  柴垣も透く日も冬に入りにけり 久保田万太郎

* 難しい。わたしの場合、音楽は、音楽で聴いて感じるしかない。マーラーの交響曲五番 また 聴いてみます。

☆ 無事に
選集届きました、ご安心ください。
ありがとうございました。
宛先の「川」が一字抜けてたのですね。
雲丹、お気に召してよかったです。    下関市  碧

* 以前はプリントの貼り付けで済んだ宛名をすべて手書きしなくてはならず、そこで手落ちが出来たようだ、他にもあるかとヒヤッとしている。届いてよかった。
2018 12/2 205

* 奈良の五條市の永栄啓伸さんに、かねて書いていますと聞いていた「『罪はわが前に』論 聖域をめぐる物語」が送られてきた。感謝。
「天」を仰ぐのみの思いを分かち持ったあのメルセデスとモンテクリスト伯 かつてのエドモン・ダンテスとの永別を、つい昨夜から今し方へかけわたしは読んでいた。
思えば いつ知れずのうちに 死なれ・死なせるという重い重いかなしみを、わたしも此の人生で幾度も重ねてきた。
永栄さんが、何を、どう、どのように此処で論攷されたにせよ、いま、拝見する元気をわたしは持たない。
2018 12/2 205

☆ 選集御礼
秦さん   『秦恒平選集第二十八巻』 拝受致しました 厚く厚く御礼申し上げます

先ず 「対談 マンダラを描く 前田常作(画家)(昭和五十年)」を拝読しました。全てを包み込む曼荼羅図 と それらを 容赦なく消してゆく 山水・花 鳥図 を「検索」画像を見ながら やっぱり両方好きだな と思いました  お伊勢参り や 熊野(那智参詣)曼荼羅もありました

ゆっくり読ませていただき 『秦恒平選集第二十八巻刊行に添えて “帰去来”印』を 読み返し読み返ししたいと考えております(なんともあやふやですが。)

ついに師走です 分厚い靴下がいいです くれぐれもお大切にされてください

ciba e-old katsuta 拝   2018 12/3 205

☆ (前略)
六百頁を超える大冊を拝見しておりますと 編集者としての私の眼に入りましたのは 担当として作品を書いてもらった加賀乙彦さんや川端康成さんです。
加賀さんとの対談は 作家になられる前の生い立ちやその歩みを極めて率直に語っていられるのに感銘しつつ お二人の親しい関係もよく伝わってきました。
川端さんの方は 遅筆で、一まとめにしていただくのを待つのに非常に苦労しましたが、その抛ってきたるところが 作家の眼でよく捉えられているのに感服致しました。
対話や講演で語られているところからも、その率直さがよく伺え、面白く思いました。御礼申し上げます 草々不一    元「新潮」編集長  忠

☆ 今年は
遅い紅葉の季節で 街も大にぎわいでございます。
本日 ご高著を のことにありがとうございました。
この對談集は、その道の大家ばかりでございますね。拝見するだけで身のひきしまる思いがいたします。 私は 鏡花の「天守物語」「海神別荘」のお話くらいしか、知識がございません。ゆっくり勉強させて頂きます。
南座が三年ぶりに開場いたしまして、芝居好きはほっとしております。 あの小ぶりな劇場の雰囲気は他にはないものでございます、いつぞや、奥様から古い南座の絵はがきを頂戴いたしました、厚くお礼申し上げます。
向寒の折 くれぐれも御身体 お大切に  かしこ    京・鳴瀧  川浪春香  作家

* 過分のご支援を賜り 感謝申します。

* 同志社大学図書館、慶應義塾大学「三田文学」 選集受領の来信。

* 江東区の歌人・藤原龍一郎さん、港区の作家・山瀬ひとみさん、相模原市の篠崎功さん 有り難い過分のご支援を賜り 感謝申します。

* 清水六兵衛さんの展覧会ご案内頂いた、が、残念ながら、大阪。おもしろい作をなさっている。亡くなった先代九兵衛さん、懐かしい。
2018 12.3 205

 

☆ そろそろ
お目覚めでしょうか。おはようございます。
選集は日曜お昼に拝受、手書きの文字も懐かしく、ご苦労も想いながら、講演の方から面白く読み始めたところです。有り難うございました。
今は、羽田です。もう多くの人が活動しています。
今日は札幌に泊まります。雪の予報の明日は、小樽の予定。今から、もこもこ厚着です。
美味しいものも色々食べ、いい土産話もお聞かせできればいいなぁと思います。
風邪など引かぬよう、元気にお過ごしください。
では、行ってきます。     九

☆ 本日、御本(選集28)受け取りました。
お心遣い、ありがとうございます。
本当に申し訳ない限りです。
ゆっくり読ませていただきます。
ありがとうございました。   京  「シグナレス」森野公之

* 夢にも追うほど観たかった或る京の風景光景を鮮明な写真でいろいろに送ってきた貰えた、心より感謝し、出来たての「選集28」でお礼に代えた。御親切感謝します。

☆ 師走を目前に
大冊『秦 恒平選集第二十八巻を拝受いたしました。お礼申し上げます。
「「話体」の文藝・文体・言語表現に好奇心」をお持ちくださったおかげで、幅広く秦文学の択び抜かれた果実を味わうことが出来そうです。
お正月にかけて楽しむつもりなのですが、冒頭に置かれた敬愛する竹西寛子さんとの對談をつてつまみ食い、気鋭のお二人が、まっすくに『みごもりの湖』を語っておられ「若々しさ」に感慨深いものがありました。そして今観若々しい秦さんの文業に、あらためて敬服しています。
郷里の冬の名物を少しだけ、出来次第ということでお送りします。(長いつきあいの老夫婦は閉業、若い人達の”企業”なのでお口にあうか不安ですが)
寒くなります、どうぞお身体 呉々もお大切に。   敬   講談社・元出版局長 役員

 

* 村上開新堂主人の山本さん、
「ひときわずっしりとした選集を頂戴いたしました。ありがとうございます。いよいよ十二月 いささかの緊張感をもって段取りをつけるのも幸せな慣です。どうぞ御身ご大切に」と、選りすぐり満杯のクッキー大缶を下さる。感謝。

☆ 秦 恒平選集
第二八巻をありがとうございました。
私が伺う機会のなかったご講演の数々、紙面上で拝読し、その深い、広がりのある内容を心に受けとめております。心より感謝申し上げます。
どうぞお体をお大事にお過ごし下さいますようお祈り致します。
聖ろか病院は、安心のできる大変よい病院でございますね。 匆々  中央区新川  空  詩人

* 元・文化出版局の中野完二さん、お好きな吟醸清酒「やまと櫻」を下さる。感謝。

☆ 拝啓
いつの間にか師走となり、何かと慌ただしくなりました。お障りなくお過ごしでいらっしゃいますか、お伺い申し上げます。
このたびは、ご高著 『秦恒平選集』第二八巻のご上梓、おめでとうございます。このたびもご恵送賜り、まことにありがとうございました。心より厚く御礼申し上げます。
お懐かしい長谷川泉先生との対談、大変興味深く拝読いたしました。他の対談や鼎談、ご講演なども興味深いのですが、何かと取り込んでおりまして、これから拝読させていただくのを楽しみに致しております。
私ごとですが、城西国際大学前理事長水田宗子先生が失脚された支援をしたため、私は本年四月より見せしめ解雇をされておりました。そのため組合をつくり、解雇撤回運動をしてきた結果、十二月から再び客員教授として戻れることになりました。
振り返れば大変な日々でしたが、ともかくもスジを通すために頑張ってきましたので、来年度一杯頑張ろうと思っております。
お礼にもなりませんが、水田先生たちと創設いたしました「一般社団法人 国際メディア・女性文化研究所』の機関誌第2号に、拙いエッセイを載せました。お暇な折にご笑覧いただけれぱ幸いに存じます。
まずは御礼まで申し上げました。向寒の折柄、くれぐれも御身ご自愛くださいますよう、お祈り申し上げます。 敬具   岩淵宏子  国文学者

☆ 前略
本日は御著書『秦恒平』(第二八巻)有難うございました。
座右に置きすこしずつ拝見したいと思いますが、まずはひとこと御礼申し上げます。
私自身も、自分の俳句をさらに追求しながらも、これまで先輩たちが俳句に注いでこられた熱い思いを引き継いでいきたいと思います。
向寒の折、ご自愛専一にお過ごしくださいますように。 草々  練馬区  佐怒賀正美  俳人

* 県立神奈川近代文学館、西東京市中央図書館 から受領の来信あり。

☆ 秦 兄
返信遅くなりましたが元気にやっています。
西村肇君が逝って幹事の居なくなった粟田(小学校)同窓会の世話役の一人にされて 11月22日に「あわだち有志会」として15名で再開しました。関東からは藤江(孝夫)君が帰洛してくれ 30数年振りに歓談しました。去年まで現役で多忙だったようですが 大学時代はスキー部にいた彼はまだ滑っているようです。彼の奥さんが 兄の大ファンだそうですね。

三羽烏の西村明男君は 都合で欠席でしたが 私のKindle本のレビューを投稿したから見ろとのことで開いたら評価の ☆ が一つで  ?  と確認したら ☆ は一つがいちばんよいと勘違いをしていたようで 早速Amazonに訂正させるとのメールでしたが 現時点では未訂正です。
我々アナログ世代はデジタル機器には不器用ですが、これからは少しづつマスターする必要がありますね。
私も7台のパソコンを使い分けていますが、機械音痴で 音楽と画像の処理以外の操作は西村君を笑えません。

 

今は Kindle本の英語版を来春頃には仕上げたいと頑張っていますが 何しろアル中ハイマーの予備軍で晩酌が過ぎるため中々捗りません。度の強いスピリットを多飲するので酔い覚めまで音楽を聴く時間のほうが多くなっています。

道楽の音いじりも 戦後歌謡史は第3集で止まったきりですが、音源のテープも物置で劣化しつつありますので、せめて昭和の40年代ぐらいまでは主要曲をオリジナル盤に早くと気がせいています。それぞれの曲を楽しみながらの作業ゆえ これまた思うように進みません。
後世の歌手のカバー版もそれなりの良さはあり、なかには原盤以上のものもありますが、主要曲だけはオリジナルで通そうと思っています。いずれにしても英語版が出来上がるまではゆっくりできません。 パソコンも数だけはあるのですが、大事な音源が詰まっているものが多いので ウイルス感染を避けて出来るだけネットの接続を絶っているのと 迷惑メールが 毎日わんさと届くのでつい大事なメールの読み落としがあり失礼していることも多々あって恐縮している次第です。
兄のメールも 早くに頂いておきながら そんな訳で返信が遅れてしまい失礼しました。

西村明男君のレビューも見てやってください。
いつぞやも沖縄へ何日間か座り込みデモに行ってきたとメールがきました。箱根の山で晴耕雨読の生活を羨ましいとおもっていたのですが、大学時代は京大新聞部で活躍していた男ですから 未だに若い血潮が騒ぐのでしょう。
バライティに富んだ仲間たちに恵まれて 私はハッピーな余生を送っています。
今後共どうかよろしくお願いします。
何はともあれ健康第一。ご自愛のうえ存分にご活躍ください。
Kindle本の拡散・伝播もよろしく。   京 岩倉  森下辰男  中・高同窓
2018 12/4 205

* 西村明男君から、藤森佐貴子さんから、 お菓子を戴く。感謝。
2018 12/5 205

* どうやらメールがちゃんと機能していない、らしい。受発信とも 出来ないと機械は警告している。どうすれば直せるのか、全然アタマ働かない。機械の気まぐれを期待するだけ。

☆ 秦さんからの「荷物」が着くのは、
週末が多いみたいです。ですから受取の手紙は、次週まわしになっています。
「第二十八巻」が届いたのは、丁度散歩中のことでした。前にお話ししたいつもの田ん圃道です。  平成十五年以降に造成された住宅地を抜けると、稲田が 広がっています。東西七百米、南北六百米ぐらいか。途中、東西のほぼまん中、北寄りにJAの、ライスポート、ライスセンターがあり、西寄りには、一里塚が あるだけです。
田ん圃は稲の蘖と、麦の新芽が同じくらいの背丈で黄緑とみどり、その中あちこちに、丸いもの掘り出した跡が黒く、植付けた所はビニールカバーが光っています。
草紅葉も結構美しいと思って眺めて歩いています。
「荷物」は不在案内によって郵便局へ電話し、夜の再配達を頼みました。
さて、二十八巻は、なつかしい作品が見られました。
(巻頭 竹西寛子さんとの對談)「死なれることと生きること」は、『波』で読み強い感銘を受けました。秦作品が気になる、きっかけになったかと思います。
金澤での二つの講演をなつかしく読みました。劇作家の松田章一さんが、その頃金大付高に在って、できれば金大付高での講演をはさんでもらえまいかと声をかけてくれて、秦さんにお願いしたのでした。あの時金大教授森英一さんを囲む「イミタチオ」の人たちと座談会ももたれたのではなかったかと思い出しています。
「蛇と鏡花」はしっかりと聞き、後に印刷されたものも読みました。石川近代文学館主催の講演では、出色のお話だったと思います。
これらの「日付」を認めて、その日を思い出しています。秦さんをお迎えして、もたもたして、十分の対応ができていなかったのではないか、と今更ながら思うこと、しきりです。
(用紙替わって)
駄弁を弄しているうち、用紙がきれました。
はや十二月、「実」のない一年は、ふり返る要もなさそうです。
お二方 お大事にと祈っています。  十二月二日  井口哲郎  前・石川近代文学館館長

* 井口さんの、筆致も温かな懐かしいお手紙を戴くと、ああ選集をまた一巻つくれたんだなあと妻と二人でしんみりし、嬉しくなる。井口さんが書いて下さった題字や、篆刻に守られて、一巻一巻と送り出せてきました。ありがとう存じます。

☆ 冠省
『秦 恒平選集 第二十八巻』御刊行 お目出度ございます。
「湖の本」シリーズ、『選集』の 「ドンキホーテ」的な「文学史的」(三二三頁)快挙。
この大事業への心意気。読者も 壮大な気分になれます。ありがとうございます。
どうか お元気に。   鎌田慧   評論家

☆ 近くの屋島
きれいに紅葉しています。
立派な限定非売版のご著書 ありがとうございました。
あいかわらず苦しみながら 短歌とともにすごしています。  香川・高松  玉井清弘  歌人

☆ 今年は
一二月で紅葉を楽しんでおります。年を追うごとに紅葉の季節が、どんどん遅くなっているようです。これはこれで大変心配なことですが。
秦 恒平選集第28巻 ありがとうございました。「読む」楽しみが また ふえました。
今年は暖冬といえど、朝晩 かなり冷え込む日もあります。
お身体にお気をつけください。  愛媛・今治  木村年孝  図書館長

* 木村さんには 書きかけ長編のための懇切の参考資料や地図をたくさん頂いており、なんとか「瀬戸内海」を見にゆかねばと思いつつ、病後のからだが不安で行けないままでいる、痛恨。
京都は、まだ風景や気配に察しが効くのだけれど。

☆ (前略)
今回は一段とずっしり重みのある御本で 発送作業も 奥様供々 お疲れになられたのではと 恐縮です。
日持ちのする「葛もち」を送らせていただきました。常温で お召し上がりになれますので お好きな時に お楽しみいただければと思っております。
埼玉・所沢  藤森佐貴子(島津忠夫先生ご遺族)

* 立命館大学図書館より 受領の来信。 メール受発信の回復がどうすれば効くか。まいる。

☆ 『秦恒平選集第二十八巻』を拝受いたしました。
ありがとうございます。
対談で取り上げられている作品を 順番に読み返しています。
特に 「知識人の言葉と責任」は 芹沢光治良という作家を知るきっかけになった講演録でしたので、改めて感慨深いものがありました。  東京・狛江  野路秀樹

* 『秦恒平選集第二十八巻』 對談選 講演選 各13篇の目次を出しておく。

 

● 秦 恒平 対談・鼎談・座談 選

死なれることと生きること   竹西寛子…………………………
生け花と永生    長谷川泉…………………………
創作 きのうのきょう きょうのあした   羽生清……………………………
創作への姿勢と宗教    加賀乙彦…………………………
京ことばの京都と日本    鶴見俊輔…………………………
日本の古典とエロティシズム   中野三敏・今西祐一郎…………
日本の美意識と表現    下村寅太郎・西山松之助………
これからの詩性と抒情    篠 弘・笠原伸夫…………………
鏡花文学をめぐって    篠田一士・笠原伸夫・脇明子……
一遍聖繪と一遍の信    望月信成…………………………
マンダラを描く    前田常作…………………………
極限の恋    大原富枝…………………………
歌は時代のいのち    淡谷のり子・山本健吉…………

● 秦 恒平 講演 選

マスコミと文学…………………………………
私の私……………………………………………
知識人の言葉と責任……………………………
色の日本…………………………………………
島崎藤村『破戒』の背後………………………
藤村文学と私……………………………………
お静かに・夏目漱石と日本人…………………
川端康成の深い音………………………………
蛇と公園…………………………………………
蛇と世界…………………………………………
蛇と泉鏡花………………………………………
「ペン電子文藝館」とIT時代の文学行為……
憲法は抱き柱か…………………………………

選集第二十八巻 刊行に添えて………

*  テルさん
お変わりなくお元気のことと思います。お互いこの歳になると、そう思いたいというのが本音です。 お揃いでお達者に過ごして下さい。
先日 音楽好きな 京・岩倉の 森下辰男くんのメールをもらいま した。なんだか難しい設定のモノを開いて読んで欲しいとのこと、内容は察していましたが、機械を扱うのは大のヘタで苦手で、開けませんでした。ガンバッテ  主張しているらしいこと 大事なこととおもっていますが。

弥栄中の昔の、理科の佐々木葉子先生、豊嗣さんの担任だったか知れないお坊さんの万年元雄先生と、交信があります。橋田二朗先生のお嬢さんとも。

八坂神社の境内で「同窓」の写真を撮りましたね。三好君も亡くなってしまいました。彼とは生前に好い「対談」が出来たのをせめてものことと思っています。

人に「死なれる」のは、真実、イヤです、悟ったようなことが云えません。

藤江君は元気なようです、團ピコの近況は全然わかりません。
テルさん 奥さん お大事に。  秦 恒平
☆ 秦さん
いつも立派な著書を送っていただき、ありがとうございます。
また毎日書き込まれる「私語の刻」も 感心して拝見しています。
秦さんを支える人たちがたくさんおられ、うらやましいです。念々死去、念々新生も。

森下辰男さんの著書は 「アマゾンキンドル本」で購入(505円)しても 読む手順が難しかったです。息子(52才)孫(19才)に聞くと、今の世代は本も新聞・雑誌もこの方法で読んでいるようです。

「ハイド氏は2票方式で落選させる」では 選挙制度についての提案(大本はギリシャ時代のオストラキズム?)をされています。小生のレビューは短いので下記します。

「なんとか現実的な方法で選挙制度改革が出来ないか、この本の著者が素晴らしい提案をしている。是非多くの人に読んでもらいたい。」

奥さまによろしく    西村明男   中・高同窓

* 機械はまるで酔いどれの千鳥足のように、ワケ分からずに不安定の極。
昨夜は深夜に苦戦を重ね、今朝は六時台から悪戦苦闘しつつ、小説もじりじりと書き進めて。
2018 12/5 205

☆ 師走に入って
無事に撰集も発送出来た様で おめでとうございます。お疲れ様でした。
今日は建仁寺の月釜でした、お軸は「無事」でした、紅葉も盛り 暖かくて最高。帰りにお菓子を仕入れて送りました、お歳暮で混んでますので郵便局のレターパックで送りました
あすでも届くかな!    京・北日吉  華  高校後輩 茶道部

* ありがとう。楽しみ。

* いま、一日中 ちょっとずつお酒を口にふくむ一方で、 京の和三盆「おちょま」を、仕事のあいの糖分として愛している。
もともとは「おちょぼ」だった、のを改名したらしく、妙な名だが、歌舞伎の寺子屋にあらわれる「涎くり長松」の愛称で。
「口に入れてはしんとろとろと溶けゆくその甘さ」「手習の墨にあらぬ紅をちょとつけたるも愛嬌」で、一粒一粒和紙できりきり捻ってくるんである。それを ほどく手間があり 一気に多くを口にしないのも功徳で、佳い木函にたくさん入っている。古門前の「おっ師匠はん」がもう何週間もまえに送ってきてくれ、ま だ少し残っていて有り難い。
身のそばに いろんな本と 音楽のCDたくさん、そして「おちょま」 落ち着きます。
2018 12/6 205

* 元・朝日の伊藤壮さん名酒「越乃寒梅」二升、写真家の近藤聰さん純米大吟醸「金婚」一升、下さる。恐れ入ります。

* 京 もと「ほんやら洞」の甲斐扶佐義さん (河合佐智子さん)、来年のカレンダーを送ってきて呉れた。

* 「がちがち、ぶるぶる、滑って、石になります。」とあるメールを昨日か今朝かもらっていたが、「寒い」ということかしらん。いま小雨の中を自転車で郵便局へ坂道を走ったがもさほどには感じなかった。
2018 12/6 205

* 義妹から、多大の選集支援を貰い。恐縮、感謝に堪えない。
和や山の三宅貞雄さんからも、ご支援頂いた。
東近江、五個荘の作家川島民親さんからも多大のご援助、ありがとう存じます。「いつも日記に励まされています。美しい御本ほんとうにありがとうございます。お健やかに。それが何よりの願いです」などと。嬉しいことを。
四国高松の星合美弥子さんからも、「大冊」へとご支援、静岡の鳥居きよみさん、渋谷・笹塚の佐藤宏子さん、品川・荏原の本間久雄さん、小田原市の安藤啓一さんからも ひき続きご支援を頂戴した。

* 元医学書院の竹澤由美さん、向山肇夫君から来信。山梨県立文学館、東京都中央図書館から受領の来信。
みなさん、いろいろ書いてきて下さるのに、いましも半盲状態で、小さな字がまったく読めないのが申し訳ない。まだ 七時半なのに、今日はもう、機械仕事は出来そうにない。機械も容易には言うことを聴いてくれない。

* 今日も、また、わたしのメルアドを宛名に、下劣な脅迫で滑稽を極めた何百ドルかの金銭脅迫メールが来ていた。こういうのが、幾らでも来る。一切、相手 にしない。あいてにしてはいけない。混成が始まり、わたしはヨチヨチで機械を使い始めたときから、この手の犯罪が横行するであろうと頻りに警告をわたしは 発していた。機械が人間を駆動すべく成長し増長して行く現象は露骨である。あんなヘッポコな担当大臣で、賢すぎる機械の成長悪に立ち向かうことはゼッタイ にムリ。人類は、一つは気象の大変化、一つは機械化の支配意志化、この二つで一度は徹底的につぶれるのだろう。ターミネーターはもう、身のそば・掌の中に までうろついている。
2018 12/6 205

* 京の「華」さんから、鶴屋吉信の「柚餅」 玉壽軒の「紫野」をたっぷり戴いた。美味いこと最高級、しかも日にちをかけて好みの折や疲れた折に 小さな一つずつを口にして寛ぐ嬉しさは涎くり長松の「おちょま」とも同じ、ほおッと肩の荷や痛みがほぐれる。小粒菓子や干菓子こそは真実実用に益した美味 の最たるもの。
2018 12/7 205

* 二代目松本白鸚さんから、お歳暮戴く。三代襲名の一年を無事過ごしてホッとされているだろう。明けて初春の歌舞伎座でまた会いましょう。

☆ 冠省
選集 第28巻 拝受 有難うございます。
「これからの詩性と抒情」 厳しい指摘、提言を、はらはらしながら読ませていただきました。
ご講演は、この巻には収録されていませんが、2004年1月17日、京都国立近代美術館での秦テルヲの軌跡展での記念講演「秦テルヲの魔界浄土」は現地で拝聴させていただきました。つい、この間のことのように思いますが、もう15年も経つのですね。

今秋 西行法師生誕900年記念が催されました。元永元年(一一一八) 現・紀の川市で生まれ 出家ののち 高野山や天野で隠遁生活を送りつつ、のちに全国に遊行の旅に出た。と知りました。久保田淳氏や佐佐木幸綱氏らの講演がありました。

京都、中信美術館で開催中の「石本正のアトリエより――ロマネスク素描紀行――」を観て来ました。 橋田二朗先生からお譲りいただいた、作品「中世の町」も想い浮かびました。

初夢や亥年八巡目ざす旅  と戯れてみましたが、とてもとてもの今日この頃です。
先生も奥様も どうぞ、どうぞお大切にお過ごしください。 乱筆にて欠礼します。
些少 同封しました お納め下さい。   和歌山・紀の川  三宅貞雄  朱心書肆主人

* いつもながら佳いお手紙を嬉しくまた有り難く。三宅さんと出逢った頃は まだ三十代の末ごろだったかとも。

☆ この度は
選集第二十八巻をありがとうございました。大変恐縮しております。楽しみに読ませていただきます。
不安定な季候の折、 お体をお大事になさって下さいませ。 埼玉・八千代  由美  元・医学書院後輩

☆ 秦 恒平様
拝復
「秦恒平選集 第28巻」お送りいただき恐縮しています。
本に添えられた手紙に “久しぶりに金原社長を拝し給え’’ とありました。
文面の意味をもう少し知りたいと思いお手紙します。
金原社長にお会いしたいということは、故金原一郎社長を題材にした小説をお考えなのでしょうか。
もし、金原社長(現在は、優会長、俊社長)にお会いしたいなら私より七尾清氏がいいと思います。まだ現役で医学書院の特別職(別紙名刺)で活躍されています。七尾氏に連絡を取り金原(俊)社長へ趣旨を伝えられる方が良いと思います。
取り急ぎご連絡いたします。
天候が不順です、くれぐれもご自愛ください。  敬具   向山肇夫 医学書院後輩
追伸
ペンクラブの電子文藝館は、全国の文学館とリンクを広げています。これが出来るのも秦館長
の遺産があることだからと思っています。

* この手紙には、驚いた。
向山君は入社早々わたしの係につき、わたしに追い回されながら仕事を覚え、わたしの退社のころは課長になっていた。小説三部作『迷走 課長たちの大春 闘』の初編「亀裂」の冒頭へ登場の課長職の、ま、モデルである。彼も定年で退職してしまえばさぞ退屈してるだろうと、理事時代に推薦してペンクラブに入 れ、わたしの委員会で手がけていた「ペン電子文藝館」のあれこれを手伝ってもらった。いまでは、すっかり「ペン会員」を楽しげに満喫している。金原一郎社 長とは、私的にはほとんど一言も口をきいたこと無かろうと思うが、まさかに俤など忘れてはいまいと、口絵のある「本」を上げた。
七尾君は、わたしの課長時期に入社し、配属されてわたしから雑誌編集の仕事を習った。よく働いてくれた。そのうちにわたしは太宰治文学賞を受け、作家と 兼業の五年を編集者のママ過ごし、退職。この七尾君の姿も、小説『迷走』のどこかでスケッチしたと憶えている。彼が、いまだに同じ会社で奉公していると知 り、いささかならず「呆れ」ぎみにビックリした。

* 敬愛も思慕もした金原一郎社長を、「小説」に書こうなど、つゆ思ったこともない。そんな関わりから現在只の 「孫」にでもあたるであろう医学書院会長 や社長に「わざわざ」会いたいなど、少しも思わない。往年の深い深い謝意と敬愛とを「本」の中でつたえて、ご霊前にも と思ったまでのこと。
本郷赤門わきの医学書院に、わたしは十五年半勤めた。その年の八月末で社長は「相談役」へ退かれたのを機に。同日付けでわたしも退社したのだった。
ひとえに金原一郎社長、長谷川泉編集長からつねに無言・無形の鞭撻を受け続けた十五年余であった。この出逢いがなくて、わたしの「作家」五十年など、容易には実現しなかったはず。

* さきの後輩の「由美」さんは、当時労組委員長だった若い人と結婚し、社内であったと思うが 和やかな披露宴で祝辞を求められたのを、心温かに忘れていない。三十余年、今も創刊以来の「湖の本」を読んで下さっている。
フェリス女学院から明治学院大教授へ進んだやや年嵩な粂川光樹さんとも同期入社で、いまもお付き合いがある。米沢短大の学長になった仙台市の遠藤恵子教 授も、向山・七尾君に挟まったあたりで入社の後輩、社宅で、他の人もいっしょにわたしから茶の湯の作法の手ほどきを受けていた。
みな、懐かしい。

* 東京・東村山の近藤聰さん、兵庫・神戸の市川澄子さん、来信。
国会図書館、東京大学大学院、国文学研究資料館、来信。

* 愛知・知多の久米則夫さん、東京・三鷹の唐澤篤男さん、過分のご支援を戴く。唐澤さん、すでに次巻予告が「大変うれしいです」と。
2018 12/7 205

 

* 豊中の親友安川さんから、大吟醸純米の名酒「秋鹿」一升、無事着到、感謝感謝。ありがとう。
戴く一方で、わたくしからは、どなたへも自分の作と本としか差し上げていない。それゆえに、ひとしお無垢に心温まって有り難い。嬉しい。ものを戴かなくても、受け取って読んで下さるだけで十分嬉しい。有り難い。

* メールが届きにくいらしく、こっちからも、全然送りにくい。送れたという確証を「送信済み」として認識できない。かなりのご迷惑また失礼を重ねかねないと、此処でお。同類の故障が、あたかも戦闘行為のように世界で交錯し始めたらたいへんなことになる。 2018 12/7 205

☆ 無事帰宅しました。
雪は時折舞う程度でまだ積もってなかったけれど、白い波がしらが激しく打ち寄せる海は、瀬戸や犬吠とは全く別の、北の海でした。
今日は、暦の上では大雪。これからが冬本番ですね。
暖かくしてお過ごしください。  九

* 「選集」という仕事を終えたら、よろよろしながらでも気儘な旅を重ねたいなど言うている、が。叶うかどうか。はて。さて。
2018 12/7 205

* 金澤の作家金田小夜子さん、お手紙に添えて過分の御支援を下さる。歯にも柔らかそうなするめの二袋まで下さる。
能の梅若万三郎さん、鎌倉の橋本静一さん、 神戸の市川澄子さん、 それぞれに、結構な洋菓子を下さる。

* 電脳の世界的権威のお一人、TORON主宰の坂村健(東大名誉教授)さん、「いつも先生のパワーに敬服です」「私も先生の全集のようなのを作りたいと いう思いが強くなってきました」とお手紙に添えて、「TORONシンポジウム」へご招待があった。恐縮です。ペンの理事時代に格別お世話になりお援け戴い た。

☆  略啓
御健勝大慶に存じます。
「選集第二十八巻」有り難く頂戴しました。
巻中 篠弘さんとの議論ですが あれほど篠さんが秦さんの真意を理解できないのが不思議です。 しかし面白く読みました。
よいお年をお迎え下さい。    英  前・文藝春秋専務

* 京・山科の詩人あきとしじゅん(馬場俊明)さん、大阪・茨城の石毛研究室 石毛直道さん お手紙を下さる。
2018 12/8 205

☆  秦恒平選集28巻
ありがとうございました。
「島崎藤村文学と私」の中の出版社批判、私も出版社に勤務した経験があるだけに、深く共感いたしました。
このところ近くの図書館から村上春樹の小説を借り出し、8割くらい彼の作品を読みました。
確かに彼の作品は 社会や個人の背後に潜む闇の部分に迫ろうとするモチーフがあり、ストーリーの展開は読者を引き付ける力があり、間違いなく「才能」を感じさせます。
ただ、藤村や漱石と比べるとやはり 軽いという気がいます。もっともその軽さがベストセラー作家であるゆえんであるかもしれませんが。
藤村・漱石のような若い作家の出現を期待しております。
ますますのご健筆お祈りいたします。   鋼 拝   評論家・翻訳家・歌人

* わたしは不勉強で 村上さんの作を一つも識らずにいる。うえの批評に「軽さ」が指摘されているが、まだ東工大にいた ころ、評判らしい村上作を学生に借りて読み始めたが、文章が、「フワフワのポン」みたいに思え、そのまま撤退した。建日子が何冊かは今も持っているか知れ ない、借りて、腰を入れて読んでみたい。とにかくも、今日の大きな作家、しっかりした作家の、本格の作に出逢ってみたい。
低度の「読み物」は要らない。
むかし、「ペン電子文藝館」の館長をしてた頃、日本ペンクラブ理事諸氏に自作の提供を、それはもう繰り返し求めに求めたが、出してくれる人は少なく、出 してくれた作で、ウムと頷けたほど今も記憶に残る小説には一作も出逢えなかった。わたしの提案し設置した物故作家ら「招待席」には、紅葉・露伴・鴎外・漱 石・藤村・鏡花・一葉らにはじまり直哉、潤一郎、川端、太宰、三島、清張等々、さらには不幸にして湮滅作家にちかかった人たちからも、ガーンと胸に響く傑 作、力作、問題作がたちどころにたくさん呼び込めた。「ペン電子文藝館」が一気に輝いた。日本の「近代」文学は立派だったなあと確信できた。
だが、現代、それも「平成」を背負って、鳴り響くほどの作、真実の評判作には、わたし自身の不勉強もあろうがいっこう出逢えない。自身忸怩の思いで情け ないが、総じて現代文藝は軽く、ちいさく、一度でポイの消耗品のよう。「文学の世界」を足音も高く重く率いて歩く文豪らが、近代日本、すくなくも敗戦後の 昭和までには何人も実在したのに。創作者といつも帯同して、倶に、大きな批評家・研究者もおられたのに。今日の批評・研究で大柄に地響きするような何の評 判も聞けない。埋め草のような仕事ばかりになり、それも不要ではないが、やはりお手軽。
長谷川泉さんの、鴎外作せいぜい中篇の「ヰタ・セクスアリス」一作に、千枚もの詳細稠密の研究のあるのを昨日再発見し、往年碩学にとって「研究」の何であるかを痛い ほど思い知らされた。
わたしは「研究者」への人生を遠慮し「大学に残る」という道を自ら避け、作家の「創作」そしてつねに「述懐としての批評・観察」を両 翼に、ま、残念ながら低空飛行してきた。「文学・文藝」への責任は容易に果たせていないのを嘆いている。
2018 12/10 205

☆ 真冬日
hatakさん  『秦 恒平選集 第二十八巻』お送りくださりありがとうございます。
週末から真冬日になり、札幌も零下八度を記録しました。
冬になりましたので、羊蹄山のゆり根をお送りしました。淡白ながら滋養がつくと思います。ご夫婦でお召し上がりください。
今日明日は、さらに寒い帯広へ、明後日からは筑波出張です。走り回る歳末です。
車中にて    maokat

☆ 急に冬になりました。
お元気ですか?
記念のお祝いの日を、お揃いで、お元気にお迎えになりますように、と祈っております。
茨城  司
* ありがとう存じます。
2018 12/10 205

* 香川の、作家埴原六郎さん、みごとに色肥えた讃岐蜜柑をたくさん下さる。
京・正因寺の万年先生、ペン会員の作家磨樹並み牧南恭子さん、京煎餅、クッキーを大きな箱で下さる。昨日の留守にみな戴いていた。恐れ入ります、感謝。

* 石川・能美の井口哲郎さん、お正月用の大福茶を送って下さる。札幌の真岡哲夫さん、北海道の甘い百合根をたくさん食って下さる。山口の平野芳信さん、虎屋の羊羹を下さる。感謝。

* 凸版印刷からのカレンダー戴く。来年度の画家は何方かな、楽しみ。
永く新日鉄から、動物たちのカレンダーが来ていたが、縁が切れて。いつの年かの三にん(?)の仔ライオン兄弟の写真は、いまも大事に身近に置いて、太郎、次郎、小次郎と名付けていつも話しかけている。向こうからもちゃんと笑顔で同感を示してくれる。
大相撲のカレンダーは、横綱日馬富士が抜け、見かけ倒しの横綱入りで、ちと目出度くないが、今年も相撲茶屋の「竹蔵」くん、送ってきて呉れた。
「湖の本」はもはや当然に毎回かなりの出血出版だし、「選集」は 豪勢に非売本だし、依頼原稿はほぼ一切今は受けていないのだし、稼ぎとは全く無縁に暮らしているが、たくさんな方々との有り難い交流に恵まれているのは、 私語している通りで、まことに心温かに賑わい感謝に堪えない。八十三のこんな歳までこまように心賑わって日々有り難く暮らせるなどと、素寒貧で就職、上 京、結婚したころ夢にも想い描けなかった。六十年が経つ。
ま、こういう賑わいも、孰れ遠からず消え失せて行くわけだが、万一夫婦二人して辛うじて健康に恵まれていれば、よろよろとでも、小刻みな旅を楽しみたいなと実は期待している。可愛らしい夢を見ているが、さ、あと何年ゆるされているか。
2018 12/11 205

*  諸検査、朝食より前に、機械に電源だけを入れておいた。階下でモーツアルト、バイオリンとピアノの美妙で軽快なコンチェルト一枚を楽しみながら、餅二つ出汁雑煮、酒「秋鹿」を猪口に三杯。相伴は「マ・ア」たち。
そして二階へ。尾張の鳶 「無事帰国」と。
2018 12/12 205

 

☆ 拝啓
寒さが厳しくなって参りましたがお変りなくお過ごしのことと拝察致します。
本年も数多くの御高著を 寔に有難うございました。
御礼のしるしに愛媛のみかんを贈らせて頂きました。御笑納頂ければ幸いです。
どうか好い御年をお迎え下さい。  敬具  元・岩波「世界」編集長   邦

* 元・平凡社の出田興生さん、「祝 選集第28巻 お元気 お祈りしております」と、過分のご支援を下さる。
中野区の安井恭一さんも、有り難いご支援を下さる。

* 凸版印刷からは、機械の不調を案じて 手伝えることはないかと云うて頂いている。有り難い。ただ、何をどうお伝えすればいいかが、ボケアタマではお手 上げで、分からない始末です。機械の野放図にわたしが付き合っていると謂うより、このわたしの無能と根気とに機械の方が野放図なままかつがつ付き合ってく れているというのが正確か。 2018 12/12 205

* 京の同窓澤田文子さん、京・ほんやら洞の濱田佐智子さん、京都府立無歴彩館 来信。
2018 12/12 205

☆ (前略)
對談と講演の巻 素晴らしい文学者と秦さんりやりとりを 面白く、ため息とともに読み進みました。畏敬する方々や秦さんの言葉をあれこれ思索しながら受 けとめつつ、ああ、もう自分の世代はこのような形で「文学」とともに生きる喜びを喪失しているのではないか? どこか、途方にくれた気分でそう感じまし た。
何んだか愚痴めいてしまいましたが。
御本、有難うございます。 敬具  三島文学賞作家  久間十義

* 熊本の武田昌憲さん、受領の挨拶に添えて、「毎日<擬議>の生活です}とあって、笑んだ。あとがきに、臨済の一喝を書いていたかな。

* 奈良市の東淳子さん 岩手・花巻の及川恵美子さん、過分のご支援、感謝申します。

* 国際ペン副会長の堀武昭さん、銀座の洋菓子を下さる。 今治の木村年孝さん、四股の大きな蜜柑をたくさん下さる。 京・山科の馬場俊明さん、お正月用のご馳走を下さる。 石川・小松の八代啓子さん、盛大な昆布を下さる。 感謝 感謝。

* 作家五十年、作家また画家と限定しても、これほど付き合いの悪いわたしにして、実に多くの文学者、研究家、美術家、芸能の方々と識り合い触れ合いまた 引き立てて戴いたと、今にしてあきれるほどである。三十三、四歳で作家として迎えられたのだから、そう若くなかった、が、若いと言えば断然若かったので、 先達の諸先生に引き立てられたことは数限りない。思い出の一々を書き出せば大きな一巻がたちどころに出来てしまう。思い出の中で大切にしている。こんど 「選集第三十巻」には関連の熱い文章をしっかり集めておく。
2018 12/14 205

☆ 秦先生
ご無沙汰しておりますが、お変わりありませんか。

このたびは、ひときわ大部の選集を、誠にありがとうございました。

口絵写真の「みごもりの湖」のご本は、私の本棚にもあります。

発行が49年9月20日、私が入手したのは、同じ23日とあります。

まさかあのころ、秦先生にこのようにお話しできる日がくるとは、夢にも思っていませんでした。

遙かな時間が流れたのだなあと、しみじみ振り返っています。

寒さが厳しくなりました。奥様も共に、風邪など召されぬよう大切におすごしくださいませ。

明日か明後日、蔵元から「三千盛」お手元に届くはずです。
ありがとうございました。   岐阜  いと  詩人

* 健康だといがと 心配していたが、うれしいメールをいただき、安堵。

☆ 重いけれど、
家ではゆっくり読書できないので、通勤の電車・バスで選集を読んでいます。
ロシアの大陸を蛇行する大河、夏の渡欧の際「ああこれが…」と思って飛行機から見下ろしたのを、「蛇と鏡花」を読んでまた思い出しました。
佳いお誕生日、年の瀬をお過ごしなさいますよう。  九

☆ 師走の京都です。
こんにちは。
冷たい風が枯れ葉を散らして今年も後少しになりました。
ご体調はいかがですか。
今年は膝の調子が悪く東京へは行けずじまいでした。
長女一家は荻窪にマンションを購入、もうこちら(京都)には住まないと思うと ちょっと寂しいです。
CDの「Secret Garden」
以前 一度お目にかかった折、貰っていただきました。
でも後になって 恒平さんはクラシックの名盤がお好きだとわかりました。
胸にしみ通るようで好きだったので、自分の好みで失礼なものを差し上げたのではと後悔していました。
木江の「私語」で あのCDのことが書いてあるのを読んで 飛び上がるほど嬉しかったです。
もう何年前になるのでしょうね。
どうぞお元気でいてください。
よいお誕生日をお迎えくださいますよう、来る年もよい一年でありますよう心よりお祈りしています。   みち   秦の母方従妹

* おー、そーでしたか、ありがとう。たった今もそばのラジオで 静かに しみじみと聴いていますよ。
みなさん、お元気で、いい春、お迎え下さい。
2018 12/14 205

* いつも嬉しい有難い感想をお寄せ下さる講談社の天野敬子さん、神戸の岡田昌也さん、繪に画きたいほど野趣と人手との美しい干し柿を頂戴した。有難う存じます。

☆ 拝啓
寒くなりましたが、お健やかにてお過しのことと存じます。(中略)
京の昼寝ではすまない、ご研鑽のご成果、諸道通暁のこと感服いたします。
藤村『破戒』、文芸必ずしも正論開陳ならずとも、当事者の思いいかばかりか、私も(原作を)読み終えて釈然としない感引き摺ったこと思い出します。
それにしましても『破戒』が緑陰叢書第一巻、「湖の本」がその後を慕ってのご企画であったこと知り 敬服いたします。
稲妻や幼子のいるデモの列
まっとうな意見が通る世であると信じたいのですが、選挙年齢引き下げが保守層を利する手立てであったなど思いも寄らないことでした。(中略)
あわただしい季、お揃いでお大事にと念じております。 草々   神戸大名誉教授  周

* 有難う存じます。 佳い句を いただきました。
流れのはては風にまかせて

☆ 『秦恒平選集』第28巻を
誠に有難うございました。
「対談選13編」「講演選13編」、“蛇と鏡花”を筆頭に 上品な語り口を楽しませいただいています。
それにしても、数多くの対談・講演をなされてきたのですね。
『選集』も28巻を迎え、だんだん『全集』の域に達してきました。
こうなると “秦恒平書誌” の巻がほしくなりますが、積み重ねてこられたお仕事の質や量を考えると、たいへんな作業となりそうです。 草々   田中励儀   同志社大教授

* 光悦の赤樂「加賀」の写真がまことに美しく、確かで。いつも絵はがきを撰んで下さり、目も思いもやすまります。感謝。

☆ 冬めいた日が
急に襲い、何日かつづくと、いささかゲンナリもします。(中略)
「對談・鼎談・座談選と」「講演選」佳句十三篇中、竹西寛子さん、加賀乙彦さん、鶴見俊輔さん(「湖の本」刊行の経緯など改めて対面)、山本健吉・淡谷 のり子篇に先ず目が行き、ご自身の創作中心に論じるものに得心したり、「歌は時代のいのち」での淡谷さんに気を遣いながら、山本さんと古典の世界にじっく りと愉しみながら拝見しました。
また「講演」冒頭の「マスコミと文学」は、二〇一八末でも基本的にずっと継続している問題で、一層深刻になってしまっていることを、「元」編集者として痛感しています。(他社を見ても、いい編集者と、これはという本はあるのですかねえ。)
話し言葉での世界をじっくり堪能したいと思います。
奥様ともども佳き新年になりますよう。    講談社役員   徳

* ありがとう存じます。感謝に堪えません。

* 岐阜縣の山中以都子さん上乗の清酒「三千盛」 たっぷり下さる。感謝。
京・有栖川から、正月用の栗などご馳走を、幾色も、ずしっと下さる。ありがとう存じます。

* 石川・小松の八代啓子さん、過分のご支援を戴く。恐れ入ります。

* 先に死なれてしまった京・縄手の料亭「梅の井」主人の三好君との対談を読み終えた。
京の味噌汁は、正月は白、寒いうちは白で、少しずつ赤を合わせて行き、暑い夏には赤みそ、それからまた赤を減らし減らして、白へと。
なるほど、そういう風であったナと、また教えられた。
京をしらない妻の味噌汁は、正月の雑煮のほかは、年中いつでも赤い味噌。
2018 12/15 205

* 京・岩倉の森下辰夫君、お手製の「戦後日本流行歌史 第四集」恵投、目次を見ると、さすが同年、お互いに懐かしい歌声の好みも記憶も似ているなあ。感謝。うまく鳴り始めてくれるといいのだが。

☆ 秦 兄
内外共に多難であった一年も終わろうとしています。今年も兄には随分とお世話になりました。ほんとうに有難うございました。
今年の漢字は災ですが、来年lま息災であってほしいものです。しかし各国の政治家の顔ぶれを
みれば平安な年になるでしょうか。私も今年は少し力み過ぎたようで、あせっても詮無いことにようやく気づきましたので 来年は猪突猛進をせずにマイペースに戻って後悔のない一年にしたいと思っております。
それには目の酷使は程々にし、音楽を愉しむのがいちばんと 衰えた聴力で戦後歌謡史のCD
化を少しずつ始めました。ラベルなど手抜きの仕上がりですが第4集をお届けします。
この時代の流行歌は 多感な年頃と重なり 独特の雰囲気があってどの曲も楽しめます。カセットの磁気テープは劣化して再生中に切れたり伸びたり捩れたりで修復に手間取っていますが 楽しい
作業です。好きなことなら面倒でないから不思議です。詮ずる所は気の持ちようということに落ちつくのでしょうか。
来る年はお互いによい年でありますよう、より良い年にするように残り少ないエネルギーを燃焼させましょう。変わらぬご厚誼をお願いします。
洛北も急に寒くなりました。十分ご自愛の上よい年末年始を愉しくお過ごしください。
2018-12-12   森下辰男
追伸、Kindle本の拙著を 来年1月3日の午前0時から7日の午後11時59分までの5日間は 無料でお読みいただけるキャンペーン期間に設定しま した。是非この機会に兄のフアンの方にもこのキャンペーンの存在をSNSで拡散伝播してくださいますようお願いしておきます。

* 森下君は 選挙法の改善を願って独特の理解と理論で論を為し続けている。

* ここに「SNS」とあり「Kindle本」とあるのも、どういうことか、わたしは知らない。それほどわたしはこの機械世界に関して不勉強で無知の儘にこのホームページを二十年も運営してきた。愚の骨頂なのかオコの沙汰なのか、知らぬがホトケなのか、我ながら嗤ってしまう。
この間にも懐かしい歌声が聞けている。だいぶ珍しい曲もまじっているようだ。当分、愉しませて戴く。
2018 12/15 205

 

☆ 拝啓 (前略)
『選集』の大冊、ありがたく拝受いたしました。
全体では何巻になるのでしょうか。想像を絶するお仕事ぶりにただただ目を見張っております。
御自愛のほどお祈り申し上げます。    九州大学名誉教授  今西祐一郎

* 三島賞作家の久間十儀さん  川柳作家の速川和男さん  香川・丸亀の大成繁さん  それぞれにお心入れの品々戴く。
2018 12/16 205

☆ 事始めが過ぎると、
慌ただしくなって来ました。
十四日 三年ぶりに 南座の顔見世に行ってきました、やはり南座は宜しいです、役者は、代替りで、少し、物足りなかったけど。
出し物は、寺子屋、新口村、鳥辺山心中等でした。
先日のお軸の「無事」は、縦二字で、鵬雲斎の大きな筆でした。
今年も無事でお誕生日が迎えられますこと、昨日お祝いの品、(桃のしずく) を送りました。
楽しんでください。    京・北日吉    華

* ありがとうよ。
南座、行ってみたいな。役者は代替りで、少し、物足りないという気持ち、わかる。たとえば新幸四郎が本幸四郎に大きく成るにはどうしてもしばらく客の方でも踏み込んで待ってやらねばならない。
襲名とは大きな化け時だが、成長への即効薬では決してない。

* 南山城・木津川市の、父方従弟の岩田孝一君から、自分で炒っている珈琲豆を送ってきてくれた。ありがとう。
荷のなかに手紙と写真。

☆ 秦 恒平様
選集28巻 ありがとうございました。
先月は 関西吉岡家いとこ会があり (神奈川・川崎在住の、わたしには異母妹にあたる=)昭子さん、ひろ子お二人が久しぶりに泊まっていかれました。
(孝一君の)姉が孫娘の写真を送ってくれました。母(=わたしには叔母)のひ孫の風貌かと思うとおもしろいものです。
良いお年をお迎へください。  孝一 拝

* 京都四条大橋の西南づめ、南座から鴨川を西へ隔てた支那料理の(と子供の頃から思いこんでいた)東華菜館五階へ寄ったらしい。
写真の人数をざっと数えると、幼児二人を除いて、総勢二十一、二人。ま、旧家とはそういうものだろう、最年長の広田英治さんが八十八歳とある。
川崎の妹二人はとにかく、他の、だれ一人もわたしは識らない、面識も記憶もない。血縁上の「いとこ」というと、この他に 存命であれば北澤恒彦も数えられていたか。
ま、父方でこうなら、生母近江能登川の阿部家方「いとこ」らも大変な人数だったろうなと思う。むろんだれ一人とも面識無い。
恒彦のことは分からないが、わたしには、こういう集いの「感覚」は、ま、まったく無い。
秦家には、「もらひ子」のわたし以外に無かった。建日子が今のまま子供をもってくれないかぎり、秦家は秦建日子で「絶」える。これだけは、秦の両親や叔母に申し訳ない。
わたしたち夫婦の血縁は、独りだけの孫・押村みゆ希に伝わるだけ、この孫娘が結婚したか、親になったか、まったく分からない。やす香の死後、只一度も逢えていない。

* 所詮、わたしに「血縁}はあまりに淡い。
しかし、「身内」という「島」の思いを確かと創り上げてきた必然に、わたしは生涯迷い無く立ってきたし、今も立っている。それでよかった。

* いまも書き進めている小説での「実感」では、しかし、わたしの生涯の主題・拘泥は、まちがいなく「もらひ子」という「身の程」にあったことが、よく分かる。痛いほどよく分かる。生涯わたしはそんなことで「もがき」続けていたらしいのである。
2018 12/16 205

* 京・北日吉の「華」さん、「お誕生日 お祝い」と、名酒「桃の雫」一升を。感謝感謝。
酒米を十二分に刻してある純米の大吟醸酒はじつに美味い。
あと三日は棚に祭り、二十一日の八十三歳に、しみじみ戴く。クリスマスイヴには飲み干しているかな。
わたしは戦時中のわが家で母が粕汁をつくってくれるのが、それは嬉しかった。秦の父は粕汁にも真っ赤になる人だったが。敗戦後のまだ小学校時代に叔母に 連れて行かれた琵琶湖畔の園遊会で、初めて清酒を口に含んだ。美味いと思った。しかし学校、大学の頃に酒との縁はほとんど無かったし、上京し結婚・就職し てからも、編集者としては先生方に酌をする務めこそあれ、呑むという機会は少なかった。社をあげて旅行しても、わたしはみんなでの夕食が済むとさっさと独 りで東京へ帰ったりしていた。ワイワイと仲間で呑むという好みはもたなかった。家に酒はほとんど置いてなかった。
作家になって、それはもう盛ん接待の酒をふるまわれ、ところがわたしは飲み続け、接待役の編集者の方でさきに酔いつぶれることが多かった。
いまも妻と歯医者の帰りによる中華料理店は、わたしのためにだけ(誰も他の客は呑まない、呑めない)マオタイ酒をいつも取り寄せておいてくれる。五十度 を超す、しかしわたしにはそれは美味い、中国で覚えてきた味わいである。この店のちかくにちっちゃなスタンドバーがあり、。ここへもときどき立ち寄るが、 わたしの註文はきまって、マオタイに負けない美味さ強さのウオツカ、これはソ連作家同盟の招待旅行で覚えた。

* ただし、もう老境での酒量は極力抑えている、つもり。             2018 12/17 205

* 機械に向けてボヤクからだが、やや失調気味のからだのこと、不調の機械のことで、いろいろ叱られたり教わったりのメールを戴いて、恐縮この上ない。
とにもかくにも、ガンバッテみるつもり、どうガンバルのかも、しかとは、よく分かっていないのだが。
何より、『ある寓話』の第一部をともあれ仕上げたと思うので、つぎは第二部を徹底させて行きつつ、今一つの『清水坂(仮題 題は決まっているが、ナイショにしておきたい)』を、能う限りおもしろく取り纏め仕立てたい。
明日には、やはり大冊になる『選集』第二十九巻の再校が出そろう。大事の記念碑の一つとして、美しく仕遂げたい。
『選集』第三十巻の編輯と本文の研覈は、毎日の仕事として、少なくも三分一量はもう進展している。新春の月半ばには無事入稿できるようにする。
「湖の本」143の「責了」は、年内、もういつなりと出来るところへ来ている。ただ「湖の本}144の編輯には手を付けていない。「145」も含めてすこし先をみながら、ゆっくりめに進めたい。
2018 12/17 205

☆ お祝い
お誕生日おめでとうございます。
日記によりますと 連日ご奮闘のようで 少々心配にもなります。
長い間ご無沙汰しましたが 妻がホームで転倒して大腿骨頸部骨折で手術入院 2ヶ月の後12日に退院しました。
その間に妹が大動脈解離で入院手術するなど 気忙しい日々を送っていました。
お届けいただいた「湖の本」と「選集」に折に触れて目をとおして楽しんでいます。  吉備の人

*  久しくこちらからもお伺い致しませぬまま、お案じ申しておりました。心痛に 言葉もみうしなうほどです、心よりお見舞い申し上げ、皆様のご平安をこころ よりお祈り申します。奥様の ともかくもご退院の成りましたのをせめても嬉しく、ご起原宜しうにとお見舞い申し上げます。
私どもも 心して日々を過ごしたく存じおります。
2018 12/17 205

* 吉備の有元さん、ご看病でたいへんな中から、本邦一二と思ってきた名酒「獺祭」を、誕生日の祝儀に二升も送って下さった。ありがとう存じます、たっぷり頂戴します。

☆ 秦先生
めっきり寒くなりました。いかがお過ごしでしょうか。
私のふるさと栃木市の地酒「杉並木」をご送付申しあげました。高校、大学の先輩が造っております。ご笑味いただけましたらさいわいです。
『湖の本』142号「書の魅力」を拝読、まさに共感いたしました。
妻は60年以上書を親しみ書家の端くれですが、私は流れるような「続け字」となると、まったく読めません。
先月、奈良市の書の美術館を見てきました。ただ眺めるだけ、さりながらいい時間、空間にいっとき身を置くことができました。
妻も「書の魅力」を拝読致しました。我が意を得たようです。
日ごとに寒さが厳しくなっています。くれぐれもお体おいといくださいますようお祈り申しあげます。
神奈川・鎌ヶ谷   篠崎仁

* 書家と画家と競作のカレンダーを上村淳之さんから毎年戴いている。現代の書家の書を味わうのはじつに難しい。優れた書蹟は、リクツ抜き瞬時に即、胸へ響いてきてビリビリと嬉しくなるのだが。

* 府中の斎藤誠一さん、聖教新聞社の原山祐一さん、渋谷・笹塚の佐藤宏子さん、杉並の柏木洋子さんから佳いお手紙を戴いているが、目が見えにくく、お礼申すにとどめる。
2018 12/18 205

☆ 拝啓 「秦 恒平選集 第二十八巻」
たいへん興味深い内容で 拝読を楽しみました。
以前にも申し上げましたが、気品のある装幀で 列べて見入りますとその点が際立ちます。
先生のお仕事の集大成であることがよくわかります。本当にありがとうございます。
これからが冬本番で寒い日が続きます。
どうかどうか ご自愛ください。 敬具    府中市  斎藤誠一  図書館長

☆ 拝啓 (前略)
『秦 恒平選集 第二八巻』のご刊行 心よりお祝い申し上げます。
竹西寛子、加賀乙彦、鶴見俊輔、中野三敏、下村寅太郎、西山松之助等々碩学の大勢との語らい、また芸術至上主義文芸学会や藤村学会などの場でのご講演を読む機会をいただけたことに感謝いたしおります。
数々の身にしみて忘れがたい確信やご指摘に富み、胸打たれました。
また「これからの詩性と抒情」の適確なご見解や厳しい姿勢にも教えられました。「ペン電子文藝館」のご創設といい、島崎藤村の「緑陰叢書」への身を寄せたご見解・ご行為といい、素晴らしいお仕事ぶりを仰ぐ想いでおります。
先生が 医学書院での編集者生活を大事に思われているのを 大切なこととつよく共感します。
「紙の本」の時代が大きく転換する時流をはやくに見透されていた先見を、私も一編集者として学んでまいります、
一遍聖繪、マンダラ、そして憲法九条と教えられまして、いかに、自分が先生を、これまで「色の日本、日本人の色と色好み」などの面からのみ眺めていたかを反省する次第です。貴重な読書の機会をいただいたことに深く感謝申し上げます。  敬具   新宿  山

☆ 師走も残り少なくなりました。
先生のお誕生日までに、と、郷里島根の海の幸を少々お届けいたします。二十日には着くと存じますので、お納めくださいませ。お口に合うとよろしいのですが……。
寒くなりますので、どうぞご自愛くださいませ。匆々   笹塚  佐藤宏子

*  ありがとう存じます。

☆ 油断しておりましたら
急に本格的な冬がやって来ました。
湖の本142 大変読み甲斐がありました。
良くも悪くも今年も終ろうとしています。元気が何よりの亥年でありますように ご多幸を祈り上げます。
北海道の”白い恋人”のメーカーで出しましたチョコレート同封しました。
ほんの気持ばかりです。    杉並区  柏木洋子
2018 12/19 205

* 鎌ヶ谷の篠崎仁さんから、清酒「杉並木」を戴いていた。感謝。
金澤の金田小夜子さんからも季節の海風を感じられるご馳走を頂戴していた。ご馳走様。

* ペンの委員会で同僚委員を務めてもらっていた作家の牧南恭子さんと、メールの交換有り、お互い様 年齢を加え からだに故障を抱え。ま、なんとか元気にやって行くしかない。
「たゆまず精進していrっしゃる先生には、及びません。先生が、永~く、お続けできますよう、祈っております」と。感謝。

* 古美術の「万葉洞」と、メールでの予備交信の道をつけること出来た。銀座へ出る、筋がついてきた。
2018 12/19 205

* 妻の親友、練馬の持田晴美、暮れ正月を飾る鉢植え利の話し頂戴した。感謝。

* 医学書院の現社長金原俊さんから「選集」28受領の謝状が届いていた。口絵におそめた初代社長から数えて四代目社長であるらしい。
2018 12/19 205

☆ 秦 恒平様
選集をいただき、湖の本をお送りいただきながら、御礼を申すこともなく打ち過ぎて申し訳ありませんでした。
実は私、先の夏の終わりに 軽い脳梗塞を起こしました。
それが変な症状で、メールが書けなくなったのです。
あとで、文章を書くのも少し遅く、漢字も間違ったり飛んだりすることもわかってくるのですが、一番最初に気づいたのがメールでした。
そこで早速脳神経外科の診察を受け、CTを取ったら、あら小さな梗塞が、でもハッキリと起っているではありませんか!
それからは常法通り二週間の入院生活を送って(別の病院で)、「あとは今まで通りの生活がリハビリですから、普通にしていればよろしい。再発には気を付けて」と最初の医院(井荻にあります)に戻されて来ました。
ここの先生も良い方で、ニコニコ笑って、とにかく何事も”落ち着いてゆっくりやれば出来るから”って。
確かにメールも”時間さえかければ”こうやって書けます。
でも、やはりあちこち”変”なところがありますね。
脳梗塞というのは起こってしまったところはもうそのママ、(もはや壊死してクチャクチャになっているらしい)周囲から少しずつ補って行くのを待つだけなんですね。
幸い後の機能は概ね被害を受けていないようです。
しかし考えて見ればこのくらいで済んだ事を感謝すべきで、運? 次第ではどうなったかーーー
とにかくこんな事があってもちっともおかしくない年だと思い知りました。
お陰様で藤江(=ご主人。秦と中高同期学友)は元気にしています。
この間 ”もう最後かも知れぬから”と粟田小の同級会に行き、森下辰男さんに親しくお目にかかったようです。
同級会は有志の元気な人達で、まだまだ続くらしいです。
秦様は 沢山の病を抱えて、それでもお仕事を続けて居られます。
私もめげず、でも無茶せず、やって行きます。
とりあえずご無沙汰のお詫びまで。2018年12月20日   藤江もと子

* 案じていました。半分余、ほっとしています。

* 前夜祭に、篠崎さんに戴いた「杉並木」を一気に飲み干しそう、実に美味い。いい酒米を4割まで精米しての大吟醸は、ま、極言に近い。美味いワケである。あんまり美味いと一気に瓶が明きかねない。

* 小滝英史さん、「松竹梅」二升お祝いに戴く。感謝。金澤の金田小夜子さんの下さった蕪鮨が、酒の肴に絶好、ご馳走様。感謝。
2018 12/20 205

☆ お誕生日を迎え、
新たな佳き日々でありますように。
尾張の鳶は 5歳、3歳を相手に お正月まで 大賑わいです。

* 羨ましいこと。お元気で。

☆ お誕生日
おめでとうございます。とても嬉しいお誕生日です。その上、今日はお祝いにふさわしく冬晴れの一日となりそうです。

お元気ですか、みづうみ。
みづうみのように勤勉な八十二歳はいらっしゃらないと驚くばかりでございましたが、新しい八十三歳の一年もまた素晴らしいお仕事を積み重ねていらっしゃることでしょう。
アンジェイ・ワイダ監督は九十歳で亡くなる数か月前にも映画を完成させていましたが、みづうみもさらにさらに長く書き続けてくださいますように。もちろん、働きすぎは、とくに肉体的な働きすぎはいけませんけれど。

このようなことを申し上げる失礼も重々承知ですが、わたくしはいつも失礼なのでどうかお許しください。

最近『ハンナ・アーレント伝』という七百頁もの本をようやく読了し、彼女が遺著管理人(メアリー・マッカーシー)を生前に決めていて、彼女の死後に遺著管理人が中断していた原稿をうまくまとめて本にしていることを知りました。

ハ ンナ・アーレントは子どもがいなかったということもありますが、そもそも子どもがいてもその子がそういう仕事に向いているとは限りません。みづうみの場 合、本来なら朝日子さんこそ遺著管理人にふさわしかったでしょうが、残念ながら…。建日子さんは、みづうみの息子であることから自由になりたい、自由でな ければご自身の仕事が成り立たないような場所に立たれているように感じています。

遺 著管理の仕事は大きな文学者に不可欠なことは言うまでもありません。芸術文化の仕事は本人の死後に完成するもので、作家が生前から誰かに指示して方向性を 決めておくことは大事なことと思います。みづうみには、みづうみの文学を愛し、その思想を深く理解し、信頼できる緻密な誰か、生前から仕事内容に深く関わ る管理者がいなくてはなりません。秦恒平の仕事は、同時代だけでは理解しきれないほどの広がりと深さがあります。秦恒平の仕事の意味を明らかにするため に、その遺産を正しく継承し保管できる誰かが必要です。

わ たくしにその能力があれば喜んで手をあげますが、こちらはみづうみの遺伝子を受け継いでおらず、学者にすらなれない、極めて無能な一読者に過ぎません。し かも保谷に通って資料整理するような体力すらありません。無私で献身的で、文学愛のある有能な管理者を今からどうかお探しください。これはみづうみと奥さ まの「義務」のようなものです。

わ たくしは、みづうみの書いたものの電子化や、私語の刻の編集作業、海外への紹介などのお手伝いが出来たらと、そして少なくとも一冊は秦恒平論を本にする と、なけなしの能力と体力で青息吐息です。天才じゃないのはしかたないとしても、せめてふつうの意味で有能であれたらよかったのにと、今ほど残念なことは ありません。

み づうみに読んでいただくことを目標にして、今年中に書き上げようとしていたものが仕上がりそうになく、自分の力不足を日々嘆くものの、嘆く暇があれば少し ずつでも前進あるのみと頑張っていますが、いつも思うのはとにかく時間が足りないということ。今年一年も瞬く間に終わろうとしています。来年こそ火事場の 馬鹿力を期待します。

相変わらずごちゃごちゃ書いてしまいましたが、どうか佳いお誕生日をお迎えになり、この新たな一年もお元気に「文学」を生きてくださいますよう、心よりお祈りしています。

月  地球凍て月光之を照しけり  虚子

 

* 著作権のことは、以前から案じている。べつにどうして欲しいという希望など何も持って居ない、ただ安心して預け切れればいい、信頼し安心できる出版社があればと、内心に切に願ってはいるのだが。
2018 12/21 205

☆ 秦先生、
岩﨑です。
12月1日付けで 群馬大学に無事に着任しました。一日は土曜日でしたので、三日に辞令を受け取りました。着任してからは 挨拶回りや 東大からの荷物の搬出・搬入を終えました。
顕微鏡などの実験機器はまだ手付かずのものがほとんどですが、教授室は大体荷解きを終えました。
先生に頂いた絵を飾りました。素晴らしい絵を有難うございました。
まだ挨拶回りも終わらず、全く年の瀬という気がしないのですが、先生も奥様もくれぐれもご自愛頂き、良い年の瀬をお過ごし下さい。  岩﨑広英

* 着任 おめでとう。
2018 12/21 205

 

☆ 年歩む
お誕生日、おめでとうございます。
七度目の年男となられる年譜に、新たな代表作が加わりますことを心より願っています。 九

* 寺田英視さん、お心入れの新著『国風(くにぶり)』を頂戴し、読み始めている。
自著の用意読みも進めていて、眼にきつい。「華」さんに戴いた「桃の滴」の半ばも呑んで楽しんだ。
今日の食事では、井口哲郎さんお心入れの「山芋」。これがとびきり美味かった。大ぶりの木の変わり椀に盛って、すこし海苔をふって。美味かった。
2018 12/22 205

* 妻の昔からの友達 晴美さん、シクラメンを下さった。「マ*ア」がふたりがかり殺到して花で遊ぼうとするので、花に申し訳ないが、テラスへ出してガラス越しに色好さを眺めている。

☆ シクラメン
ピンクのシクラメンも猫ちゃんたちにはちょっと気の毒をしました。
仲良くなってくれればと思いますが、しばらくでも華やいでいただければ良いので、アコ・マコチャンたちが叱られないように、枯れても。お気づかい無いように。
昨日は秦さんのお誕生日おめでとうございます。
お写真見ると、お元気そうですが 随分と細くなられて、お若い頃のようですね。

昨日は秦さんの太宰治賞をいただかれた時の「展望」128号「清経入水」を、お誕生日のお祝い?にと読み返しました。(活字が小さいので少々疲れますが)
受賞のことばで 「静かに、心こめてこの道を進みたい」と。
長い長い道を立派に突き進んでこられて。そして今も と感心しています。

湖の本142号では「わが無明抄」を吸い込まれるように読んでいます。
行きつ戻りつの感じですが、繰り返し読んでいます。
どうぞお礼をお伝えください。

この秋ごろから、一念発起して、家の片づけをしています。
ご存知の園田の家の荷物が父母が越してきたときそのまま手つかずで屋根裏の物置場に。私たちのものも、子どもたちの教科書、作品まで。
たくさんたくさんの迪子さんから頂いた手紙、はがき。
懐かしくて読んだり、そのまま、また箱に入れたり。
今、読み返さないと、次は?
少し片付いても疲れは残り、気分は晴れないので、世にいう断捨離は無理です。お進めはしません。が、実感です。

秦さんのPCはご苦労なさっておられるようですので、
迪子さんより どうぞよろしくお礼お伝えください。
お二人のご健康をお祈り申し上げます。  晴美

* ありがとう存じます。思えば ナンという久しいことでしょう、有り難いことです。
2018 12/22 205

* 、金澤の劇作家松田章一さん、お心入れの名菓を、藤村研究家の宮下襄さん、山村で手間入りの「美味いころ柿」をたくさん、下さる。感謝。

☆ あつという間に
今年も終わりに近づきました。
九月にご本を頂きながら 何一つ御礼もご連絡もしませんでした。ご無礼の段お許しください。
転居の影響もありましたが、猛暑も含めて 夫婦共々 疲れ果ててしまいました。前から気づいてはいましたが、加齢といえばそれまでのことかもしれません。お蔭で良くも悪くも老々介護とはこういうことかとしみじみ思い、家事の過酷さをも思い知りました。
でも どうぞご放念ください。気を取り直して何とか快活に向き合おうと思っています。
遅くなりましたが 山梨の枯露柿をお送りさせていただきます。押し詰まったころで申し訳ありません。私共がうろうろしていましたので遅くなつてしまった のです。クリスマスのころまでにほとんど出尽くすということでしたが 何とか間に合いました。いつものことですが 甲州、信濃の国境をめぐつた山旅の日々 の思い出と一緒に。
さつきご本を開いて、伊藤整の「病む父」が目にとまりました。高校生のころ、この作家の詩集を手にしたことがありました。ごく当たり前の生活、当たり前 の心遣いが、どうしてこんなに心を打つのだろうというような思いをしたことを思い出します。多分、詩人とか詩とかを特別なものと思っていたのかもしれませ ん。
恥ずかしいことに鉄幹の「誠之助の死」は 初めて見ました。こんな詩もあつたのか。
この年齢になつて思い出を書くとしたら、いつもふと浮かぶ二つのことがあります。
一つは中学生のころでしたか、二十歳のエチュードを残して死んだ若い原口統三のことでした。
もう一つは、中央線の鉄路で亡くなつた原民喜でした。
二人の死が共に写真と一緒に新聞に報じられていましたが、それがなぜいつまでも残像のように残っているのか。
海で死を見つめる「海と少年」という詩を書いたことがあります。
また原民喜詩集にもこんな詩がありました。

ねむれるにあらずや

仄かにしたはしき海
たまきはる命をさなく
我はまことになべてを知り得ず

寒い日々になりました。どうぞご無理なさらずお元気で。
奥様もどうぞお気をつけてお過ごしくださるよう。  十二月二十一日
秦 恒平 様     宮下 嚢

* いいお手紙。しみじみ再読。お元気で。

☆ メール
有難う御座いました。
何かうれしい事が有りそう ?‼?   京・今熊野  華
2018 12/23 205

☆ 鳶おばあちゃんは
チビさんたち(=シンガポールからの孫達)と格闘? しています。ちびさんは昼寝もせず、頑張って わんぱくばかり。頭の中はもっか恐竜で ほぼいっぱい。
わたしは疲労困憊寸前?!何とか暮らしています。
28日には娘(=ちびくんらの母か)が帰国しますが、早や正月3日には戻って行きますから、あと10日ほどの 多忙ながら貴重な日々。
明日はシンガポールの知人が来訪の予定で、夕食にしゃぶしゃぶのリクエストあり。
怪我せず風邪ひかず、過ごしたいです。
鴉のメール嬉しく、ひたすら嬉しく。
お身体、くれぐれも大切に。    尾張の鳶

* そんな「貴重な日々」を、わたしたちシジ・ババはもてない、嗚呼。

☆ ありがとう御座いました。
今日、午前中に到着しました。
あまりにも立派で、びっくり。
早速に 我が家の床へ。半間で小さいのですが、掛かりました、なんとカンロク! です。お濃茶を頂きたい気持ち。遠慮なく 頂戴します。
荷造りも上手だったので 破損無く届きました、奥様に感謝です。

この後、女性は大変な仕事を!頑張ります。
暮れから寒くなるようです。
ともども、お大事にお過ごし下さい。  京・今熊野    宗華

* 無事着 よかった。
函の外に 毛筆で
若宗匠 玉 と 寿 横物
御箱書御願申上ます
林 弥男

箱の蓋裏に 鵬雲斎若宗匠時代の自筆箱書
自筆 寿 玉 横物  鵬雲

何歳頃の若書きか分かりませんが。
この宗匠は あまり達筆のひとではありません、昔から。
「林弥男」 は 知恩院古門前通りで古美術商の大家 「林」「本家」の婿で、総番頭だった人。
「林」は 京の道具屋としてはとびきり大きい一統の「本家」でした、今は商い絶えたそうですが、「千家」家元筋へも、宗匠らの方から辞を低くするほど、大きな存在、商家でした。

「弥男(みつお)」は、わたしの小説『或る雲隠れ考』(「湖の本 17」「選集 17」所収)で、本家の娘「千代」の婿に入る「弥一」に相当、 ヒロイン「阿以子」の父親です。
もっとも小説の骨格はリアルですが、物語がフィクションなのは、いつも通りです。

今の裏千家大宗匠の「若宗匠」時代の「若書き」ながら 大きな「祝儀物」として重宝でき、わたしたちも、連年、正月の居間に掛けてきました、が、大暴れする幼いネコの「ふたり」が、絶対に引っ掻き落とすと分かっているので、お正月前に、心籠めて 呈上します。
一切、遠慮も斟酌も返礼も無用です。私の「思い」です、喜んで酌んで下さい。返礼も遠慮も、ゼッタイに無用です。
今の内なら、うまく頼まれれば 鵬雲斎自身 或いは当代宗匠の「箱書」がもらえるでしょう、今となっては珍しい 使い勝手のめでたい 大物の軸ですから。
ま、道具屋の「扱い」ですから マッカなニセモノということも無きにしもあらずですが、間違いないと観てきました。
おめでたいお正月用の一軸なのは 相違有りません。  宗遠

* 読者で、はっきり裏千家系のお茶人と知れている人は、海外に一人、京に一人、関東で一人しか識らない。関東のお一人とは面識がない。持ち腐れになる茶 道具を道具屋に扱わせて金に換えるのは、実、気が進まない。気心知れて真実心親しく思っている読者筋へ、できれば差し上げたいというのが本音である。趣味 も関心も知識もない、しかも心通わない先へ投げ込むのではモノが可哀想すぎる。仕方なく、銀座で一軒の道具屋と繋ぎだけはつけてあるが。ほかに三軒ほど電 話で見せよと頼んでくる道具屋があるが、信頼に到らない。
かりにも美術館つとめをし、植物としての「茶」や、漆器に関心を深めかけていた娘の秦朝日子なら、ものの値打ちを少しは分かって大事にしてくれるだろうに、と、これも情けない。

☆ 湖の上には
穏やかに静かに風がふいていることでしょう。

川にも、冬の日を光らせてゆるやかに水が流れていきます。

海は波はげしく、岩場ばかりで、遠浅の永遠を想うばかりでした。

お体 お大事に よいお年をお迎えください。   水草

* 面識も交際もあった「詩人」というと、井上靖、大岡信、義妹の黒澤あぐりのほかに、ペンクラブで出逢った知り合った数人だけ。当然といえ、それぞれの詩の風の異なることは。
2018 12/24 205

* 辰男版の戦中軍歌から敗戦後の流行歌を鳴らしながら仕事していた。軍歌はつくづくイヤ。しかし、バタやんの「かえり船」から菊池章子の「星の流れに」に来 ると、胸がふさぐ。「こんな女に誰がした」という歎きは聴くに堪えない。歌も歌詞もみごとであるだけ、もうもうぜったいにこれだけはイヤだと泣けてしま う。「戦争に負ける」「占領される」とは、こうなのだ。だが、いま、この歌を聴いて意味のとれる大人がどれほどもいなくなっている。それでいいとも、それ がこわいとも思う。「こんな女」今も巷に「平気で」溢れているではないかと笑う者もいよう。ちがうなあ。
2018 12/24 205

☆ お元気ですか、みづうみ。
ちょうどクリスマスですが、『ディアコノス 寒いテラス』全自筆初稿、天からの、プレゼントのように感じています。感謝の言葉をいくら連ねても足りません。ほんとうにありがとうございました。

みづうみの直筆、流麗に感じられます。初稿と伺いましたが、才能でらくらくものにしてしまった作品のような、呻吟懊悩とは無縁の 迸る筆跡を感じています。

また、『手さぐり日本』初版本はこのようなものであったのかと嬉しく、
『秦恒平の文学世界』は存在すら知らなかったもの、秦恒平を論じると論者のほうがコケルとは常々思っておりまして、諸先生方の手法に興味津々です。

今年もあと一週間ほどになりました。みづうみの充実のこの一年に比べ、成果の乏しいいつもながらの一年を過ごしたわが身を恥じ入るばかりです。

来年がみづうみにとりましてさらに華やぐ一年でありますよう心よりお祈りしています。       蔦  ゆるやかに幹を縛め蔦枯るる   清崎敏郎

 

* ようこんなのが残ってたと思うような  便箋ようの何十枚もの用紙にびっしり書き、推敲らしきもこまごま書き入れて、長編といえるほどの「寒いテラス」完全の初稿が、ふとものの奥に見つかった。書き始めから書き終えるまで、日付なども入っていて。
「機械」使用の以降ではとても在りえない、ま、珍しい自筆モノで、とはいえ、もうわたしの手もとにあっても処分されるだけと見きわめて、日頃かずかずお力添え戴く方へ贈った、お副えモノすこし添えて。
なんだか安心した。
自筆の未完稿や手入れ原稿、まだ幾らか残っていそう。
単行本の著書も 隣家の書架に溢れるほど残っており、西東京市の中央図書館から、全册揃えて呉れと望まれている。二階から揃えて全册運び卸すのは、えらい力仕事で。なによりこの頃階段を降りるのがいささか不安になっている。脚立に登るのがちょっと怖い。
2018 12/25 205

* 奈良女子大 御茶ノ水女子大 神戸松蔭女子学院大 そして元・中央公論社の稲垣みゆきさんから、「選集28」受領の来信あり。稲垣さんには、単行の小説集『閨秀』をたいそう美しい装幀で出版して戴いた。
2018 12/25 205

☆ 穏和に静かな
歳末をお過ごしのことと思います。
編集なさった『古美術読本 書蹟』を借りてきました。

「春蚓秋蛇」を巻頭に、靫彦「良寛の芸術」など。錚々たる顔ぶれですね。 『秋萩帖』をご上梓なさったのはこの翌年だったのですね。

慌ただしい師走でしたが、悪筆を恥ずかしく思いながら、昨夜どうにか年賀状も書き終えました。
寒波到来とか。お風邪など召しませぬようになさってください。  九

* いま、宝の持ち腐れになると困惑しているのが、中国産・製の古墨五の一式、どの一つにも華麗に先賢の故事を美しく題して彩画してあり、一つ一つがずしっと重い。総じて二キロもあろうか五つともに一函に収めてあり、中国語で、製産発行の鑑定と証明もついている。
なぜにわたしがそんなのを所持しているかはこの際打ち明けないが、わたし自身は、書には深く篤く惹かれるものの無類の悪筆で、毛筆など年に一度も持たない。
よほどもよほど趣味深い愛好の人に差し上げたいが、書に深い愛と技倆の人を、実は一人も知らないのである。

* ことのついでに付け加えておく、中国政府の招待に「日本作家代表」の一人として渡航のおりに蘭亭を訪れて買ってきた、名高い王羲之「蘭亭序」の佳い拓本が、押し入れに逼塞していた。
もう一つ、これも大物だが、「唐周昉簪花仕女図部分之四  榮寶齊木版水印」堂々の一軸がある。榮寶齊は北京で最高の古美術商で、訪中の客は必ずのように案内される。この名高い唐周昉による原画は、たしか大英博物館の秘蔵品かと。美術史的にも「源氏物語絵巻」に匹敵する声名高い大きな名画の「部分」を軸装してあり、濃厚に美しい。
眼も鑑き、愛好の人に差し上げておきたい、が。

* いまぶん 東京でなら五島美術館と根津美術館には縁があり、いざとなれば、茶道具や書画もふくめ、受け取ってさえ呉れるなら、みな寄贈し処分を任せてしまいたいと思っている。深い理解も篤い愛もない手に、「お宝」かのように渡っても仕方がない。

* 早稲田の文芸科での教室にいた角田光代から、人を介して頼み事がきている。
なにはあれ、心ゆくいい仕事を元気に続けて欲しい。

* 馬渡憲三郎さんから懇篤のお手紙を戴いているが、視力よわく、今日は戴いておく。 2018 12/26 205

☆ おはようございます。
クリスマスイヴに 素晴らしいメッセージをありがとうございました。
主人(=二世松本白鸚丈)が、当然の事とはいえ、本当に素敵なお言葉の数々、ありがたいねえと喜んでおります。
(高麗屋三代の=)襲名の準備から入れると、三年くらいかかりっきりの毎日、お陰様で無事に終わり、主人も、体も元気に勤めることができて ホッといたしました。
何より 多くの方に応援していただきましたことは、感謝、感謝です。
これからまた前に進んで 新たな白鸚としての舞台を勤めて欲しく思っています。
先生も 奥様共々 どうぞ冷えない様に、お風邪にお気をつけて下さいませ。
新年(=の歌舞伎座で)お待ちしています。   藤間

* 恐縮です。

☆ 秦先生
こんにちは。
たいへんご無沙汰しております。
いつも選集を送ってくださいましてありがとうございます。
質量ともに すごいお仕事だといつも思っています。
先日は杉並区のビデオを作っている人から秦先生に連絡が行ったかと思います。今そのことを知りまして(メールアドレスも教えていただきました)、
たいへん失礼いたしました。
写真をお借りできるとのこと、本当にお手数をかけてしまって申し訳ありません。
対応していただきましてありがとうございました。
どうぞよいお年をお迎えくださいませ。    角田光代

* 早稲田の教室で、あたかも「鬼編集長」役をつとめた二年間のうちで「作家におなり」と背中を押してやれ、成功してく れた只一人であった。その後、いちどだけ文春ビルでの何かの委員会で再会したが、むかしのままの少女のようであったのを覚えている。真実「心ゆく」仕事を するようにとだけ願って、ひっそりと応援している。

* 歌人の俵真智にも、「短歌」の新鮮な律のために似た期待をかけている。彼女の『サラダ記念日』初版の贈呈を受けてまっさきに公然(テレビ番組などでも)認知したのは、わたしであった、随分批判もしたけれど。
彼女からも最近、久々の新刊と手紙をもらった。
2018 12/27 205

 

* 福田恆存先生の奥様が脚をいためられ療養の日々に入られた、が、わたしからの書き物をいつも心待ちにしているようですと、ご家族から、逆に私へお見舞いのご馳走とお手紙を頂戴した。
どうかお大事に、そしてご回復の速やかでありますようにと祈る。

* 作家の杉本利男さん、水仙の花束を届けて下さった。正月が目の前に。感謝。

* 詩人のあきとし・じゅんさん、名酒「獺祭」でも、極限まで精製されてあるそれはみごとな一瓶を下さった。精米中の精米である山田錦を、信じ難いまで磨きに磨き抜いてある、これほどのを眼に、手にしたのは、初めて。感謝と驚嘆のまま、雑煮とともに元旦を祝いたい。
2018 12/28 205

☆ 拝啓
今年も残り僅かとなりましたが、秦様には御健かにお過ごしのことと存じます。
いつも御著書をお送りいただき、誠にありがとうございます。
母(=福田恆存先生の奥様)は、今年初めに股関節が悪化いたしまして車椅子での生活を余儀なくさせられましたので、施設に入所させていただきました。
幸い 他の健康面での心配はございませんので 施設で 日がな一日、読書を楽しんでおります。お送りいただく御著書を心待ちにしております。
どうかお体を大切に遊ばしまして、来る年も御活躍なさいますよう お祈り致します かしく
十二月二十七日     福田敦江 代

* くれぐれも御大切に 故先生の分も生き生きとご長命なさって下さい。いつもいつも御励まし、ありがとうございます。

* 湘南海産のご馳走まで頂戴した。ありがとうございます。

☆ 拝啓 (前略)
立ちどまり立ちどまりしての拝読ですっかり時間がかかってしまいました。
今巻には、ご講演賜りました「「ペン電子文藝館』とIT時代の文学行為」を再読しながら、その折の芸術至上主義文芸学会のことを、あれこれ思い出しておりました  時代を証するご講演として、ありがたく思っております。
巻頭に置かれている「對談・鼎談・座談 選」を拝見して、「歌は時代のいのち」を最初に拝読しました 對談の相手に「淡谷のり子」とあったからです。末尾のところで「余談・余話」とありましたが「割愛された部分」も。拝読できればと思いました。
竹西寛子さんとのお話は、先生の文学世界を理会する上で、とても重要なことと思っております。
また長谷川泉先生とのお話のなかの、「評論の根本に言葉に対する愛着・関心」、「『源氏物語』との出会い」等、大変、勉強になりました。
「講演 選」の、どれもが勉強になりました この最初の「マスコミと文学」が、芸術至上主義文芸学会でご講演いただいたものですが、このご講演のことは、今でも学会で話題になります。「前置き」を拝読しながら、このお話の重要性をかみしめております。
「島崎藤村文学と私」のなかで、「緑陰叢書」と「湖の本」とのこと、深く心にとめました。
末尾に置かれておりました「憲法は『抱き柱』か」は、とても印象的でした。「勝ち味に出た攻撃の運動」、『角書き」などという言葉の向こう、あるべきひとつの憲法への姿勢を学んだように思います。
学ぶといえば『「辛抱のいい」読書』のこと、出来るかぎりの努力をしてと、思いました。
ありがとうございました。
今年も残すところ数日となりました。これからまた寒くなるかと思いますが、くれぐれもご自愛下さいますよう心から祈念申し上げております。 敬具
馬渡憲三郎 拝   前・芸術至上主義文芸学会会長

* ありがとうございます。

☆ 秦先生
雪降る、一日となりました。
お店の在る中京は、それほどでもありませんでしたが… 鷹峯へ帰宅すると、一面の銀世界です。
降りつむ雪が、何処におきましても、災いとなりませぬ様に、祈らずにはおれません。         昨日の朝、郵便で小さな荷を送らせて頂きました。 お手元には、明日か明後日、年の瀬の慌ただしい最中に、届くかと存じます。 お口に合いますかどうか、ほんの少しばかりの佃煮とお干菓子でございます。
また、メールについてで、ございますが… 何やら、私の機械の不具合で、先生の機械にまで届いておりますか、どうか? 不安でございますが… 先にメールさせて頂きました通り、『選集・第二十八巻』有り難く、 楽しみ・考え・思いを馳せながら拝読いたしておりますこと、もう一度お伝え申し上げま す。
穏やかで良いお年越しとなられます様に。 お祈り致しております。  京  百 拝

* 気遣いしなくていいのですよ。ありがとう。
機械は、わたしの機械のほうがよほど変調で、遅れているのやら、貰えているのやらも 確信が持てない日々なんです。「閉口」です。この「へいこう」はわたし恒平のむかし「あだな」でした。よほど迷惑モノであったのでしょうか、呵々。
穏やかに健康な新年を迎えて下さい。
佃煮、和三盆、頂きましたよ。酒の肴が出来、疲れたときの口直しができ、嬉しいです。

☆ 秦恒平様
ご無沙汰しています。いつもご本を送っていただき、大変感謝しています。
とりわけこのたびは、立派な選集第二十八巻をありがとうございます。
鶴見俊輔さん、加賀乙彦さんと 懐かしい人たちとの対談もあり、少しずつですが、楽しく読んでいます。
長谷川泉さんは、医学書院で上司だったたことを初めて知りました。長谷川さんとの対談は、そんな関係はオクビにも出さず、「生け花」をめぐっての対談が 興味深かったです。私は生け花のことは何も知りませんが、「生け花」とは実は死なせた花を生かすのだというのには、ドキリとしました。
「趣向」については、井上ひさしさんが「趣向に命を懸ける」等と言ってたことを思い出しました。
「小説神髄」が日本の小説をつまらなくしたとは、厳しい指摘で、考えさせられます。
鶴見さんとの対談では、人間同士の「位取り」の駆け引きの話が、演劇のなかの人間関係のようだと思いました。イギリスのハロルド・ピンターの戯曲は。ま さに少数の登場人物同士の、優位な立場を互いに争うのが一貫したテーマです。私は鈍感でのんびりしたたちなので、あまり「位取り」を気にせず、気づきもし ないのですが、そうした目で周囲を見ると、これは小説のネタにもなりそうです。
「徳は得」というのもなるほどと気づかされました。利他的に「徳」を考えがちですが、そうではないのですね。目からウロコです。
最後の「憲法」の講演、「抱き柱」でなく、若い人の結集を、というのも同感です。ただ、なかなかそうならないのが、現実で、寂しく じれったいところです。私も現状を現状たらしめている一人かと思うと、忸怩たるものがあります。
また、「湖の本」を出しはじめた事情も 初めてはっきりわかりました。80年代からずっと続けておられることに改めて敬服しました。私の拙い同人誌等まだまだです。
それでは良いお年をお迎えください。
来年もよろしくお願いします。2018年12月27日   北村隆志  新聞記者・作家

* 野澤利江さん、 歳末のご馳走に鴨の鍋料理を下さった。すこぶる忙しい日々を医療の現場で過ごされているように察し、元気かなと思い思い気に掛けていたが。諏訪の方へ、つつがなく帰郷されたかな、どうかなと思いつつお礼申します。
この人、私とは他流ながら茶の湯びとであり、袱紗などを至極に縫いつくれる佳い趣味の人でもある。流儀に関わりない道具など、出逢える折があれば差し上げたいと思っている。

* 昼に晩に、鴨の鍋を、まことにまことに美味しく戴いた。70度ぐらいの低温で肉をヒタして食べるのが、柔らかで、美味くて、最高のしゃぶしゃぶ、牛蒡、椎茸などの野菜も蕎麦も、いい出汁で、堪能した。感謝。感謝。

* 京の仏師、江里康慧さん(截金の名手だった亡き江里佐代子さんの夫君)から、お手紙に添えて「選集」へ多大のご支援があった。ありがとう存じます。

☆ 拝啓
平成三十年の年の瀬も押し迫り、やがて元号が改まる新たな年を迎えようとしています。
先生におかれましてはご清祥にてお過ごしの御事と拝察申し上げます。
この度はご労著「選集第二十八巻」を恵贈賜りまして誠に有難うございました。
先生のご健康を秘かにお案じ申し上げておりましたが、拝受致しました大著はそれを吹き飛ばすようで ご活動に対し畏敬の念を禁じ得ません 同時に大きな お励ましを戴いた思いでございます。折に触れ味読をさせて頂きます どうか今後もお身体を大切にして頂きまして 更なるご活躍を念じ上げます。
心ばかりのしるし、ご受納下さい 合掌  臘月二十七日  江里康慧 拝上

* 昨夜送った寺田英視さんへのメールが、戻ってきた。あドレス替えがあったものか。

* 寺田英視様

御著 「國風」 を 頂戴し つい今し方 一読し終えました、ありがとう存じます。

軽率に感想など申し上ぐべき御本ではなく, なおなお年をも重ね、胸に畳むように、立ち止まり立ち止まり読み次ぎたいと思います。

いまも抗癌剤いらいの手・指の痺れに日々難渋、かかる「機械」での殺風景な失礼をお許し下さい。

歳末の寒気に雪もと報じています、穏やかな新年をと願っています。ご健勝を心より願います。

相変わらず 杖をひいてよろよろと歩いていますが、それも築地までの病院通いぐらいで、居籠りの日々を重ねています。歳が新たまれば、御本のお話なども伺う折あれかしと思います。三月下旬に、今一度のすこし大がかりな検査を控えていまして、其処を無事に通過したいとも願っています。 不一   秦 恒平

くれぐれも日々お大切に、平安に新年をお迎えになり、御著作のまたも成りますようにと願いおります。
2018 12/29 205

* 染色作家、京都の渋谷和子さんより 新年を祝う額装の新作を頂戴した。感謝。
2018 12/31 205

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