ぜんぶ秦恒平文学の話

交遊録 2019年

☆ 良い一年に
なりますように。
元気に。それのみ、いのり。  尾張の、

☆ 秦 恒平先生
平素の御芳情に深謝申し上げます。
宇宙の平穏と
先生の御健勝を切に祈り上げます。  渋谷和子  染色作家
二〇一九年 春

* 美しく創られたお作を額装して、戴いた。有難う存じます。ますますのお仕事をと願いつつ。

* 藤澤の永田澄雄さん  洋酒に種 18年の「シーバス・リーガル」「オールド・パア」をお年玉に下さる。有難う存じます。
2019 1/1 206

*,年賀状、今年も百枚二三十ほと゜も戴いた。
いっとう嬉しかったのは、お元気でありますようにとずうっと案じていた桶谷秀昭さんの、力ある毛筆大字の賀状の届いていたこと。まさしく、元気を戴い た。文筆家や各界人、読者、知友、東工大卒など。昔とハッキリちがうのは、出版社からの活版モノの無いこと。依頼原稿というモノを今世紀に入って、全然承 けてないのだから。ぺんへも協会へも委員会や会合へもまったく顔を出していない、もう死んだかと思っている人もいるかしれない、な。
2019 1/1 206

☆ 秦先生
新年おめでとうございます。
京都は、それほど冷え込みもせず、穏やかな年明けとなりました。
先日は、お優しいメールを頂戴し、かえって恐縮でございました。
元日は、仕事がお休みでしたので、先生に『京都』の雰囲気なりともお伝え致したく、八坂神社へ詣でてまいりました。
祇園界隈は、大変なお人の出ようで、はっきりしない写真やピンぼけしか撮れませんでしたが… 気配なりともお伝えできましたら、嬉しく存じ、タブレットか ら。 うまくお届けできると、宜しいのですが… ①②南楼門  ③本殿前  ④ひょうたん池の若い青鷺  ⑤知恩院三門
新しい年が、先生と奥様にとって良い年となります様に。
お元気でお過ごしになられます様に。 お祈り致しております。 京・鷹峯  百 拝

* 妻と朝早の円山公園や「祇園さん」の朝をそぞろ歩いたのは、わたしの「古稀」の日であった、あの脚で南座へ入った。中村鴈治郎が坂田藤十郎に大化けの舞台だった。菱岩の仕出しを楽しんだ。
アレより以降の京都へ、行ったとも行けてないとも、もう思い出せない。「千花」の酒、「松葉」の鰊そば、「蛇の目」の鮨、「梅の井」の鰻、「梅鉢」の女将、「樅」のチイちゃん、「よろづや」の三姉妹。

☆ 明けましておめでとうございます。
穏やかなお正月です。
「(平成)最後の~」「**最初の~」ということの多くなりそうな今年も、佳きこと、美しいものとの出逢いを重ねていければと願っています。どうぞお大切になさってください。  九

* 年賀状のみなさん、口をそろえたように ムリするな 自愛・自重せよと。
「間に合って」よかった、とある井上靖の詩は、東工大の諸君にけっこう意味深げに愛唱されていたのを思い出す。わたしの「間に合う」はすこしちがうけれど。
2019 1/2 206

☆ 春風献上  森下辰男
秦 恒平 兄  どんなお正月をお過ごしですか。その後体調は安定していますか。
お世話になった小著ですが無料キャンペーンに入っての拡散状況は 政治と法律の2部門にノミネートされていますが 両部門とも肝心の 売れ筋ランキングは 時間単位の変動で高下があわただしく 有料の 時はさっぱりでしたが 無料期間になった途端に両部門ともベスト10 入りも夢ではなくなってきました。  この期間中に1人でも多くの人達に選挙制度の改革に関心を持って 頂き、改憲問題よりも公選法36条の改正を実現できるよう 今年も又 頑張りたいと思っています。
どうか今年も一層のお力添えを宜しくお願いいたします。森下辰男

* 謂われている「部門」「キャンぺーン」「無料」等の意味はわたしには不案内なのだが。
森下兄が懸命に説いて拡げようとしている趣旨は、「選挙投票」の方法として、現行のように望ましい「推薦候補への単票支持投票」だけでなく、早い話が落 選させたいと思う「不良と思う候補への不支持等投票」をも併せ行うべしという大筋なのであろうと、理解している。検討に値する提議と思っている。

* 昨日今日 また沢山な年賀状を戴いた。
東工大卒の顔ぶれも、例年のように懐かしく、これはというほとんどの賀状が揃った。ひとりだけ、久しく気に掛けながら消息の知れない「小闇」さんがいる。早稲田の文芸科からは角田光代を送り出した。似た道を行ってくれるかもとひそかに期待していたのだが。
とにかく誰でもあれ、病気せず個性満帆に歩んでいてほしい。

* 長田渚左さんから、ハイカラな洋菓子をお年玉に戴いた。ウイスキー紅茶とよく合った。

* 染織作家の渋谷和子さんからもまた重ねて美しい架け額のお作を頂戴した。

* 永田澄雄さんからの「オールドパア」を「いとおしむ」ように、というか、まことにチビチビと頂戴している。
2019 1/5 206

☆ 秦 先生
温かい励ましのお言葉ありがとうございます。

お守りのように心に身に着けます。

世の人に喜んで頂けるような仕事ができるよう、精進します。

どうかお体を大切に。    古澤宏幸  東工大院卒 米沢短大教授
2019 1/8 206

* イエメンへの間断無い容赦ないほとんど理由もない猛爆撃で、何分に一人ずつという凄惨さで小さな子供達が死んでいる。そんな小さな子たちも無残に蹶起 して闘おうとさえしている。テレビ報道の画面で観ていて痛いほど胸が絞られる、どうにか…とまで口を衝いて言葉がつづかない。
写真家の近藤聰さんの年賀状にもそれへ触れてあった。
2019 1/8 206

☆ お元気ですか

謹んで初春のお慶びを申し上げます。
パソコン不調で新年のご挨拶が遅くなってしまいました。
母が「昨日に続く今日、今日に続く明日」とよく言いますが、そんな感じで 淡々と新しい年を迎えました。
みづうみの 「* 元日など要らない。大晦日から、いきなり正月二日になればいい」というお言葉に共感しています。
今年もみづうみはみづうみのお仕事を、わたくしはわたくしの小さな仕事を全うできますように、願いはそれだけです。
昨年度の「私語」編集作業分を、何回かに分けてお送りいたします。どうぞお受け取りください。
冷えていますが、どうぞ温かく暖かくして、お元気にお過ごしください。

☆ 送信終了しました。全部で32ファイル送りましたが、最初に送った「問題」は削除お願いいたします。間違っています。「こちらが正しい」と書いたほうだけ保存してください。
届いていない場合お知らせください。再送します。どうぞよろしくお願いいたします。

凪  初凪や大きな浪のときに来る  虚子

 

* 春とよんであなたの春を手招きす  みづうみ

* 深く深く、感謝。厖大量の「文藝連鎖」と心がけている「闇に言い置く 私語」の一年分を、32種に分類して下さった。シュアに生かすことが出来る。ありがとう ありがとう存じます。

☆ 秦 恒平 様
賀正のメールありがとうございました。毎回ご本を頂きながら、お礼も滞りがちで申し訳ありません。

私の方は、湖の本で、秦さんの文章に毎月出会っており、なんとはなしにお会いしているような気がしていましたが、考えてみれば、一度お会いしてからずいぶん長い年月(=数十年)が経ちました。
私もこの3月で65歳の(=東京大学)定年退職になります。本郷に勤めるようになって26年ですが、本郷界隈
お店も変わり、和食の店は少なくなりました。ハヤシライスの万定とカレーのルオーと、それに森川食堂だけが、昔の雰囲気を残しています。本屋も蕎麦屋も店じまいするところが多くなり、昭和は遠くなりにけりです。

医学書院の裏にあった料亭というのは、百万石でしようか。百万石も、何年か前に店じまいしました。もっとも私の知っている時期の百万石は、貧書生にはすでに高嶺の花でした。

一度今の東大と、東大近辺をご案内しがてら、江戸末からの金魚屋が、二十年ほど前からでしょうか、和洋折衷の料理屋を兼業していますので、話の種にでもな ればと、先年お誘いしたことがありましたが、折悪しく、ご体調をくずされた後でした。お声を掛けるのが遅すぎましたね。
私も医者に禁酒を申し渡されて5年以上経ちますが、うまい肴を食わせるところが少なくなり、禁酒がこたえないことが、かえってさびしく思われます。

一愛読者として、ご健筆をお祈り致します。  長島 弘明  東大名誉教授 近世文学
* 受賞して間もない頃に 東大五月祭に講演を頼みに来られた、当時は学生さんであった。ルオーで歓談しながら、秋成の 話題になり ぜび書けと励まされた。わたしはついに母を書いた長編『生きたかりしに』の程度で秋成から脱落したが、長島さんは今や圧倒的に秋成研究の第一 人者である。すばらしい。ますます、お元気で。

☆ 頌春 秦 恒平様

ご丁寧なおたより、ありがとうございます。ビックリ致しました。

あれ(=医学書院社宅での茶の湯の稽古)から、半世紀にもなるのですね。
この間、秦さまは、大変貴重な後生に残るお仕事を積み重ねて来られました。
今年は私も後期高齢者の仲間入りですが、元の職場(東北学院大学=教授)の後輩の先生方の調査研究のお手伝いをしたり、憲法9条の会の活動等をしております。
直近では「原発再稼働反対」「水道民営化阻止」などに取り組んでいます。
秦さま、くれぐれもお身体にお気をつけて、益々のご健筆を祈念申し上げます。
おたより下さいましたことに、改めて心から御礼申し上げます。

仙台男女共同参画財団アドバイザー  遠藤惠子  前・米沢短大学長
* 頼もしい健闘、お元気で。
2019 1/10 206

☆ 初雪は
見損ねましたけれど、佳い春を。 九

* 昏睡しそうに睡い。九時半。早く寝てしまおうと思う。
2019 1/12 206

☆ 今日は14日。
新しい年になって早や二週間が過ぎてしまいました。やっとやっとメールを書きます。
8日の記載には、鴉の「私語」を分類なさっている方の貴重な作業に足元にも及ばず、唯々、鳶
は佇みます。
同日 「途方もない別の小説が進行中の小説の中へ割り込んできて大手をひろげかねない。それもおもしろい、けど、仲をとり持ってやらねば ならない。その腕力を遣うのに疲れる。どうなるかと楽しみであるが御破算でみな崩れ落ちないと限らない。退く気にはなれない。」 とあり、興味を掻き立てられました。
数年来のお仕事に光が差し込みますように。切に願
っています。
昨日の記載には 「決定的に」少年のわたしを「先」へ押し出した「愛読書」の列記があり、大いに納得できました。人の生涯に及ぶものの意味深いことに、人それぞれの軌跡に、震えます。
僭越ながら、わたしにとって共通と言えるとしたら
「小倉百人一首」 高神覚昇「般若心経講 義」 与謝野晶子訳「源氏物語」 岩波文庫「平家物語」 「唐詩選」 バルザック「谷間の百合」 ゲーテ「若きヴェルテルの悩み」 トルストイ「復活」 エミリ・プロンテ 「嵐が丘」 森鴎外「阿部一族」 樋口一葉「たけくらべ・にごりえ」あたりでしょうか。
思いつくままに書き出すと 中学の頃に読んだのは クヴァイズエット「バラバ」、上野英彦「追われゆく坑夫たち」、式場隆三郎「ゴッホその生涯と芸術」  アンデルセン「即興詩人」 ヘッセ「知と愛」「詩経」 ヤコブセンの小説、柳田国男「遠野物語」 井上靖「敦煌」「楼蘭」など西域もの、など如何に支離 滅裂な関心と読書であったかがよく分かります。

わたしの個人的な事は、あまりに小さいと自覚しつつ、胸の痛みはどうにもできない・・ 今年に入って悲しい出来事が立て続けに起こりました。
その一つはシンガポールの娘の飼い猫の行方が分からなくなった・・と書けば、どうしてあなたがそれほどに哀しむのかと思われるでしょうか。
わたしにとっても大事な猫でした、過去形で書いてはいけませんね・・。(日本へ帰省中に=)留守の間の餌や水の供給も確保し、様子が分かるようにカメラ もセットしてありましたが、思いがけない場所・ダストシュートから落ちたらしく、地下のゴミ集積所で管理する人が姿を見かけて以後、まったく行方が分かり ません。彼の地では冬の寒さはなく、きっと生きているよと皆言って下さるそうですが、娘は探し回っては消沈しています。
皆が(シンガポールに=)帰って静かな暮らしに戻ったものの、体力の回復は以前のようにはいきませんし、気力は更に悪い状況でした。です、と現在形でも言えますが。
ただペシャンコになっていてもどうにもなりません。気力を振り絞っています。

新年早々奇妙なメールになってしまいましたが、ごめんなさい。
全国的にインフルエンザが流行っているとか。ここでも警戒警報が出ているようです。
くれぐれもお身体大切に、大切に。無理なさらないよう、これから忙しくなさりそうですから、いっそうお大事に。
もう一つ思い出しました。インターネットに キリシタン屋敷跡から出土した遺骨からシドッチ神父の顔が再現されています。篠田謙一『江戸の骨は語る  甦った宣教師シドッチのDNA』という本も出版されています。未読ですが、こういうアプローチもあるのだなと・・。  尾張の鳶

* 鳶のメールは、楽しみと刺戟とを呉れる、いつも。ものを問い合わせれば いつも 適確に意見を呉れ、おかげで難所をすり抜けることも再々。感謝。
中学時代の「詩経」には参った。
「シドッチ」の遺骨のこと、ほほうと耳にしたことがあります。「親指のマリア」とみごとに符合していた、が、ま、物書きは書いてしまえば過ぎたことにして しまう。新聞連載でありながら、通俗な物語にしなかったのを今も喜んでいるが、京都新聞も、牢屋暮らしばかりの挿絵を担当した池田良則さんも困ったろう な。
猫ちゃんの無事帰宅を祈りますよ。お元気で。

☆ 秦さん、
メール下さり ありがとうございます。
猫は、昨年4月くらいから飼い始めました。うちの中を気ままに歩き回っています。
まだ 1歳前ですが、ずいぶんと大きくなりました。妻と私は、マイペースな様子に癒されていますが、一人っ子の航太朗には、両親の愛情を二分するライバルとも映るようで、可愛がったり、張り合ったりと、すっかり小さい妹のようです。
航太朗は、はや11歳、今年は年男の小学五年生になりましたが、なんだか幼く感じてしまうのは、自分たちの時の親の目にも、そう見えていたのかとも思ってしまいます。
40年近く前の小学生に比べると、この頃の子たちは恵まれてもいる反面、少ない人数で大人たちの期待を背負わされているような面もあり、随分と忙しく、大変そうでもあります。
通っている小学校では、半分くらいの子たちが私立中に進学するようで、ご多分に漏れずうちも塾に通わせていますが、これも自分の頃とは段違いに宿題やテストなども多く、わたしも空いた時間には、回転しない頭をひねりつつ、一緒になって勉強しているような状況です。
それでも授業は面白いらしく、友達もいて、楽しく通っているのが、ありがたいところですが。
また親としては、子供と一緒になって何かを頑張れる時間というのも、きっと貴重なんだろうなと思ったりもします。
どうぞお身体を大切に。
またお目にかかれる機会を楽しみにしています。  上尾孝彦  東工大院卒

* 記憶違いなら謝るが、上尾航太朗クン誕生を祝った一首であったかと。
今度の「選集」第29巻にも入る 「光塵」のうちに  07 11 26 人を祝ひて  とある
穹(そら)をゆき洋(うみ)をゆき陽はほがらかに
大いなれきみの志すこと
十一歳か。わたしの昔で謂うと 四年生 終戦の歳で丹波の山奥に疎開していた。疎遠な田舎暮らしに読みたい本も無かったが、田畑や山の暮らしを覚えた。いい勉強をした。

* 上尾君の海外出張を励まして 日比谷のクラブで語りかつ飲んで食ってから、もう何年になることか。
いい曲を選んでありますからねと、管楽器のテープをもらったのをよく聴いたが、もう、テープの聴ける機械も無くなった。まだ音楽も、そうそう 茶の湯の稽古もしますと云ってたが、続いているかな。続いてれば嬉しいが。

☆ 選集も
はや第二十九巻の責了なのですね。
今日も冬晴れ。心地よい青空に洗濯や布団干しなどしています。  九
2019 1/14 206

 

*猛然文学の非小説と読んで親愛した梅原猛さんの死を東京新聞で知った、茫然自失、哀しみに堪えない。あなたまでもか。云う言葉がない。
親しんだ思い出は、 山のようにある。「墨牡丹」をかいたのを梅原さんがほめていたと聞いた。たまたま京都へ出向いたとき、ふと思いついて旧・京都美大(京都芸大)に就任さ れてまもない「学長」室のドアをいきなりノックした。どんな顔をした人か、と。初対面だった。突如としてわたしを日本ペンクラブの理事に引っ張り出したのも新 会長の梅原さんだった。京都中信の京都美術文化賞選者をともにし理事会でいつも親睦を深めたのも梅原さんだった。おそらくわたしを京都府文化功労賞に推し たのも梅原さんだったろうと想っている。「選集」を送れば受け取ったよと、ときに独特の悪筆で激励してくれるのも梅原さんだった。ときどき理事会で会長意見に 逆らって怒らせたこともあったがアトを引く人ではなかった。
嗚呼 わたしより十も年長だったのだ、重い病気も多年通ってきたひとだ、仕方ないかと想いつつも悲しい。
死なれるのはかなわない。
いっぺん梅原歌舞伎へと誘われながら観て上げなかった。
それにしてもあの悪筆、中村光夫先生と双璧であったなあ。

☆ 秦先生
新春のご挨拶有難うございます。

お問い合わせの作品ですが、先生にお買い上げ頂いた作品は全て覚えているはずでしたが、今回の絵については思い出せませないのです。誠に申し訳ありません。

もしも絵の写真をお送りいただくと判明するかもしれません。

お手数をおかけして申し訳ありません。

ご盟友の梅原先生の訃報に接して感慨があります。
若王子山の新島襄のお墓に同志社の学生として墓参に訪れて以来、先生の晩年のご自宅の周りを犬の散歩コースとしてきました。
やがて若王子神社の神主だった洋画家の伊藤快彦の絵を取り扱い始めることになり、その後異色の洋画家岡崎桃乞を調べるうちに、桃乞の住まいが、元々は原 三渓の別荘であり、その後岡崎桃乞のアトリエ、それから和辻晢郎の住まいとなって後に現在の梅原邸となったことを知りました。長年何も知らずに御宅の周り をウロウロと散歩していたのです。
或る日梅原先生ご夫妻に画廊に掛かっていた桃乞の猫の絵をお買い上げいただきました。絵をお届けに訪れた玄関先には桃乞の扁額が往時そのままに掛かっていました。 星野桂三

* 一度ならず若王子のお宅へ誘ってもらったのに、行かないまま終えた。 寂しいことよ。
2019 1/15 206

* 京の星野画廊に問い合わせの、親切な返事を貰えた。有難う存じます。
2019 1/16 206

☆ お正月に、
祇園『八坂神社』と『可必館』の写真を仰せ付っておりましたのに…
実は、今年に入りましてすぐに、独りの叔父に不幸があり 不馴れで苦手な事どもをすすめ行うために、十日間のうち東京まで三往復し、加えて勤め先の仕事 もなかなか休みならず…体調のすぐれぬ日々を過ごしておりました。 言い訳がましい返事を致しまして、恐縮でございますが…
昨日、いっときではございましたが、赤坂を歩いております時に小雪が舞いました。 東京も今日は、穏やかな陽ざしで宜しゅうございましたが…
どうぞ、くれぐれも、お大切にお過ごしになって下さいます様に。
願ってやみません。  京・鷹峯   百 拝

☆ おはようございます。
お優しいメール、胸に染みます。 先に行く人を見おくりながら、遺された者は、その人の分もしっかり生きようと思います。
今日『湖の本』のご発送なのですね。 お忙しい中に、メールを頂き… 恐縮でございます。      どうぞ、くれぐれもお身体にお気をつけ下さいます様、ご無事であられます様、お祈り致しております。 有り難うございました。  百  拝
2019 1/17 206

☆ 冬晴れ
メール嬉しく。老けるなとの仰せ。自分に言い聞かせる言葉は「腐るな」です。腐りそうになるから「腐るな」、です。老けるな、腐るな・・エールです。
京大近くの「私設図書館」、名前は聞いたことがありますが、訪れたことはありません。どのような規模でどのような本があるか、既に大学や人文研究所の図書と「格闘」しているわけですから、その場所は恐らく静かに本を読める環境を求めて作られた場でしょう。
銀閣寺近くのそれは恐らく本棚のある喫茶店のような場所・・京都にはその類のカフェがかなりあります・・と似て、同時にやや異なる、本を読み学習研究する場所だろうと思います。次の京都行の際に訪れてみます。
先日テレビで京都特集が4時間ほどもありました。冬の特別拝観の情報なども役立ちましたが、北白川の駒井邸、ヴォ―リーズ設計の洋風建築で市の文化財に 指定されているとか、昔何の機会か、友人に連れられて行って記憶に残っていました。気に懸かっていました。懐かしいです。彼の建築は近江八幡に残されてい て、以前廻ったことがあります。

「京の東山区はいまや外人さんで壊滅しそうだって。いよいよ遠くなります。もう帰らない方がいいかなあ。しかし、いま、どうしても、夢にでも帰らねばならない或る京都と 格闘しています。」
帰るしかありません!!!
東山区は壊滅など致しません、京都も壊滅など致しません、しぶとく生き続けます!!!
いたる処、バスが通る道筋など昔の家など殆ど見当たらないようなところもありますが、京都は生き続けます。
八坂神社の西門階段のすぐ下には民家が軒を連ねていました。東大路とて明治末以前はなかったのです。
鴉が夢にでも帰らねばならないと言われるのです、夢でも現実でもお帰り下さい。
「月天心の貧しき町を彷徨っています。」
何ともあたたかく、寂しく、・・心豊かな貧しき町か、鴉の魂の内奥の核心の・・。
今日あたりから本の発送で多忙かと察します。天気予報は寒いと。風邪引かぬよう、無理なさらぬよう。
14日の記載に現在取り組まれている作について迷われ躊躇されている。書かないと決めていても、書いてしまう、書かずにはおれない作家そのものの業(業と言う言葉はわたしは嫌いですが)を貫いてこられた。そう思っています。  尾張の鳶
2019 1/18 206

☆ 本、届きました。
知力体力 に感服。
今年(=ご主人の)七回忌の準備で、遠い鶯谷の墓所まで出向いたりと、バタバタ過ごしています。
終われば少しノンビリと過ごしたく。
同居の娘を筆頭に、子供達の手伝いがあり、助かっています。
お元気で      花小金井   泉  中・高校同窓

* お子達に恵まれて、その点、安心の老後と想われる。
用もあり、古いアルバムなど繰っていて、有乗れて間もない娘・朝日子や 息子。建日子たちの小さい頃のあどけない可愛さを観ていると、人生不思議の感に 打たれる。朝日子は六十に近く、建日子は五十を過ぎて行く。ウヘーっと声が出る。「泉」さんも中学高校時代、まことに美しい少女であった、が、逃れようも ない八十二歳のはず。見わけ付くか知らんと、我がことは棚に上げて想っている。
「湖の本」が届き始めたらしい。
2019 1/19 206

* 昨日 加賀乙彦さんの若い死刑囚にかかわられた新刊を戴いた。

* 今日、村上開新堂の山本さんからクッキーを一缶頂戴した。
2019 1/20 206

☆ 昨日、「湖の本」143 ありがとうございます。
このまえの「茶道」の本を読みました、とても参考になります。「所作」の文字に改めて茶事の時を思いだします。
昭和51年頃にも「茶」について書いておられます。私は56年に丁稚として万葉洞に入りました、とてもかないません!
それと利休の死についてですが、最近、切腹はせず朝鮮役での名護屋城にもいたのではという方がいます。本当に切腹したかは謎らしいのです。最近はいろいろな事が楽しいです、「湖の本」をお送り下さりありがとうございます。
追伸  今日のお昼頃に、プラスチックの、餠をスライスする品を送りました、深い意味はありません、本の御礼というよりも おもしろいと思ってもらえるかなぁと送ったまでです、ダメでしたら、申し訳ありませんが処理してください。  万葉洞  坂田
2019 1/20 206

☆ 秦 兄
ご本ありがとうございました。お元気にご活躍のご様子で何よりです。
奥さんはもう元の体調に戻られましたか。大事になさってください。
お互いに、というより、兄は奥さん孝行ですが、私は結婚当初から女房に厄介の掛けっぱなしで頭の上がらないままで終わりそうです。
身障者手帳を使えば乗物も二人で一人前の料金でどこへでも行けるのですが 二人で出掛けたことは数えるほどです。癖は悪くないのですが 呑兵衛が嫌いなようです。外でも家でも足が縺れるほど飲みますから。

例の小著ですが 正月の無料キャンペーン中は台風の瞬間風速なみに政治の部は3位、法律4位と瞬時ランクインしたものの 期間終了で立ち消え状態です。12月末に2,300円ほどロイヤリティの振込みがありました。
ロイヤリティは当てにしていないのですが読み手がなく心配してます。
一つ分かったことは 皆 関心がないのではということです。齢のせいか自分のことで精一杯できっと他人事どころではないのでしょう。知り合いのレビュー は西村てるさんだけのようです。今から思うと手持ちのアナログ音源をCD化することだけでパソコンを伝達用具として使う術をマスターしなかったことを今に なって悔やんでいます。
TwitterやFacebookが使いこなせたら拡散できるのですが 残念です。
何しろ右のそれもかなり視力の弱った片目だけの作業のため キーも打ち間違いばかりです。アル中ハイマーのせいかもしれませんね。
しかしFacta alea est  賽は投げられた のです。どこの国の国民も 「2票方式の投票制度」で為政者の淘汰ができる日目指して頑張ります。
今後とも宜しくお力添えを、そして十分ご自愛を。  京・岩倉  森下辰男

* ネット社会の組み立てや仕来りにまったく疎いので 森下君のやっている機械方式の全部が分かっているとは謂えないが、主張されるところは理解している。そうなればいいとも確信している。
しかし、今日の拡大しかつ拡散した世界ないし社会での主張はどうしても希薄化する。「炎上」と謂われる現象も空気化はしても結晶しにくい。
わたしは、労組の昔から、勝ち味の策に欠けた運動は所詮世の中を動かせないとアキラメに近い思いで来た。世の中がこれで動くかとわずかに実感したのはあ の1960年の安保国会取り巻きデモの一度だけ。カタチばかりのデモンストレーション、署名運動も含めてほぼ無力に同じいと感じてきた。
マスコミが大同一致して宣伝戦が出来るか、整然として厖大多数の国民が長期にわたり街頭に溢れうるか。この二つ以外には、いまの日本人の「お上」感覚では何一つ革新の成果は上がらない。
それをよくよく知って懼れた悪しき保守支配は断乎として総評と社会党を壊滅させる長期の陰険な働きに成功を収め、それをまるで気づけなかった単なる「憲 法屋」の社会党は労働する国民の組織的支持を完全に見失い抛擲して、自ら「いつも三分の一」は確保できていたのを「議席ゼロ」ほどの首括りまで無反省に演 じつづけたのだ、大組織への結集と権力への抵抗とを放棄して。バカげていたのではない、マッタクのバカ政党だったのだ社会党は。

* 万葉洞の坂田さん、今朝、お餅も添えて「お餅スライス」のプラスティク器具を送って下さった。感謝。昼食で実験してみよう。
2019 1/21 206

 

☆ 秦恒平様
本日、『湖の本』143 秦テルヲの魔界浄土・美の回廊・他 をいただきました。変わらぬご厚情に痛み入りました。早速に拝見しました。
扱われている美の世界にも、その感覚にも縁遠い身ですから、一つ一つを味読いたしました。
秦テルヲについては生涯の概略と絵の傾向についての大雑把な知識しかありませんでしたので、批評的な言葉の一つ一つを興味深く受け止めました。
「おんなとやきもの」で紹介なさった、女が踏み続ける土との一体感を性的なエクスタシーとして感ずるという、ある陶芸者の”告白”を、そうかも知れな い、との好感を懐いて読みました。女性といえば、幼い秦さんが叔母さんの豊胸に歓声を上げて飛びついたという思い出。よく分かります。
全編、興味深い書き物でした。
ありがとうございました。     IDU名誉教授  浩
2019 1/21 206

☆ 秦様
先日は新年の賀のメールを頂き、ありがとうございました。
今日は心待ちにしていました「湖の本」をご送付いただきありがとうございます。
ご一緒に梱包などいろいろのお手数を煩わして届いたご本がありがたく、愛おしいです。
また香り高く美の世界へと導いてくださる文章に、今、魅せられています。丁寧に読んでまいりたいと思っています。
また、今のところ健康に過ごしていますので、少しでも書かれています作品や、美術館やお寺など機会を作って訪ねたいと願っています。
以前 矢来の能楽堂で遠藤喜久氏の第1回自主公演「鉢木」を観ていただいた事がございます。私の謡の20年来の師匠ですが、今年の初公演で 「翁」を披(ひら)かせていただきました。
観世九皐会では毎年観世喜之師匠のもとで内弟子修行をした方が翁を披かれるそうです。喜之師匠がご自分の健康な間に、弟子たちにとの思いなのでしょうか。
「鉢木」をご覧いただき励ましのメッセージをいただいたことをありがたく思い出しています。
今日が大寒とか、まだまだ寒い日が続くことでしょうが、ともどもにお身体お愛いくださいまして、かわいい猫ちゃんとの楽しい日々をお過ごしくださいますように。  練馬 持田晴美  妻の親友

* 健康に過ごされていること、なにより日々の寶です、羨ましい。
2019 1/21 206

* 元「新潮」編集長坂本忠雄さん、紅書房主人の菊池洋子さん、江戸川区の清沢冽太さん、女性文学研究家の岩淵宏子さん、作家の利根川裕さん、共産党書記 局長こくた恵二さん、ペン会員相原精次さん、そして「三田文学」「神奈川近代文学館」「水田記念婦図書館」などから「湖の本143」へお手紙や挨拶を戴い た。}
2019 1/22 206

☆ 寒中御見舞い
今日は体調如何でしょうか。 胃(=胃袋は全摘に遭っているので、お腹)の状態は気分に直接影響しますから、とても心配しています。
インフルエンザが全国的に流行っているようで、此処(=愛知)はワースト県。姑の暮らす三十人
の老人施設でも六人が罹ったので、姑は急遽家に「避難」して暮らしています。
先週末、「湖の本」が届きました。まだ読んだことのないものもあり、興味深く読み始めました。
なかなか動きがとれませんが、こんな時こそ外への憧れ・衝動がつのります。勿論 家にいてこそ出来るさまざまなことに目を向けるつもりです。
くれぐれもお身体大切に。
寒さに負けず、風邪引かず、栄養あるものをたとい少しでもしっかり摂取されますよう。 尾張の鳶

* 繪が描け 詩の書ける日々を、心身に優しく過ごされるように。

☆ お元気ですか、みづうみ。
お仕事のお疲れがでているのではないかと大変心配しています。お具合のよくない時には病院に早めにいらしてくださると嬉しいです。
みづうみのように命がけのお仕事に日々献身なさる八十三歳は、わたくしの理想の境地です。サラリーマンの多くは現役を引退してしまうと、どんなに有能で 出世したエライ人でも日々の生活のなかで泡の消えたビールのようなうっすらとした悲哀が滲んでしまいます。年齢で、強制的に「終わった人」と最前線から追 い出されてしまうのは理不尽です。
とは言いましても、みづうみは肉体労働的には、ご年齢相応に動かれますように。くれぐれもやり過ぎのないように、お大事になさってください。
わたくしは昨年末の掃除で足の小指をぶつけて、大して痛みはないのですがいつまでも腫れがひかないので病院に行きましたら、なんとヒビが入っていました。「やっちゃいましたね」と先生に言われて、当面テーピングで自然治癒待ちなんです。情けない。
湖の本143巻 ありがとうございました。
「京の遊びの美と美術」を先ず読みました。変な感想かもしれませんが、『細雪』の世界を思い出しました。『細雪』のように、かつて日本に存在した文化で、 もはや日本にない何か、遊びを通したかけがえのない美に捧げられたオマージュだと思いながら ため息とともに読み終えました。それはこの一冊全部にいえる こと、あるいは秦恒平文学に通奏低音のように流れているものかもしれません。

何がイヤ、何に落胆しているかと言うと、「今の日本のすべて」と言ってしまっては身も蓋もないことになりますが、あらゆる分野で ここまで教養ない人間たちに乗っ取られた国が、人類の歴史的大転換期を生き延びることができるとは到底思えないのです。

わたくしに出来ること、あるいは使命といえることは もはや日本にない日本美を描くこのような作品の「読者」として「愚者の楽園」に加わらないことでしょうか。
読書は特段優れた能力を必要としないものですが、それでも「読者」がいなければ古典も優れた現代文学作品も生き存えることはできないでしょう。佳いものを読んでいる時間は何より幸せです。この幸せを大切に絶望せずに生きていきたいと願っています。

 

雲上人のみづうみはご存知ないかもしれませんが、現在下界はインフルエンザ大流行です。人ごみへの外出はしばらくなさらないほうがよろしいかと思います。そして冬を乗り切って 花の春を楽しみに……。 紅  紅梅の紅(こう)の通へる幹ならん  虚子

 

* 有り難いことです。

* 所沢市、島津忠夫先生のご遺族から風雅に選ばれたお茶とお菓子とを、京の陶芸家 松井明子さんから懐かしい「仙太郎」のもなかを 送って下さった。

*  こんどの、「秦テルヲの魔界浄土」(講演)「美の回廊」「陶の誘惑」そして弥栄中学同期の奥谷君、三好君との異色の対談は 相応に変化ある組み合わせに なった。読者によりいろいろに目の向けどころが変わるだろう。松井明子さんは何十年も昔の女流陶芸展を審査に出た折の、文部大臣賞受賞会員だった。あとで 知れたことだが夫君も陶芸家で、かつてわたしとは日吉ヶ丘高校同期の、美術科の生徒であったりした。出題が「ん…?」の永田さんはいまは原田さんと苗字が 変わり、いまも姫路の西夢前台に窯の烟を上げ続けているらしい。

*  毎朝血圧を計るようにしているが、安定した測定値であるのか分からない、ただ脈搏数が概して50台、これは少し少ない。つまは40ほどに下がったとき 即、入院を勧められたことがある。わたしが、日夜家の中でもついヨロッとするのは徐脈の故かと少し気になる。家が狭苦しいのでよろけてもモノに掴まれる が、街路や駅ホームでは危ない。

☆ 肩の寒さに目覚め、
雪かなとカーテンを繰ると、案の定細い雪が降っていました。今日一日、降りもみ降らずみ、細雪やら綿雪、降り積るほどもなく、今はあちこちに雪溜り(?)が見られるほどです。
『湖の本』は、日曜日の午後に届きました。
冒頭の講演「秦テルヲの魔界浄土」つい読みふけってしまいました。秦テルヲについては、その片仮名表記が、生理的に嫌いで、あまり興味を持てない画家で したが、講演の口跡に魅かれ、秦さんのHPの八十三歳時の写真を見ながら読みました。ずっと以前、お逢いしたその時々、こんなふうに私に語りかけてくだ さった、その息遣いまで蘇ってきました。もちろん秦さんの絵解き字解も堪能しました。
「美の回廊」はそのうち読み直します。単行本より「湖の本」の方が活字が大きいので、こちらで読むことにします。
「陶の誘惑」には、当地の九谷焼は語られません。秦さんと女流九谷焼作家の長谷川紀代さんの工房を訪ねたのはいつでしたか。その時、紀代さんが「秦さんは 九谷がお嫌いだから――」といわれたことを思い出しました。後にそのことを秦さんに正したところ、「美しいものは、なんでも好き」とおっしゃいました。紀 代さんは、なんであの時、あんなことをいわれたのか、その真意はわかりませんが、長谷川さんと秦さんの親交の有様を垣間見た気がしました。
ついでながら、秦テルヲの繪も、岡本神草のお作も、『美の回廊』のグラビヤで確認しました。確か『美の回廊』を拝見した時、グラビヤの繪(モノクロ)の色を図書館で確めたことなどを思い出しました。秦さんのお作は、いつでも何かを引き出す切っ掛けになっています。
本年は、秦さんは年男ですね。私の妻も、娘の姑も亥年です。そして本年中に「亥の子」が二つ増える予定です、娘の孫(息子と娘)が生まれるのです。私の 孫たちは、もう生まれくる子供の名前を考えているようで、両方から私に応援を求めてきています。今の流行(はやり)のネーミングは苦手なので、どんな候補 名がもたらされるのか気になっています。
今日は、散歩はお休みです。冷いものが降っているので、無理しません。十二月の末に庭の落葉を掃いていて、庭石につまづき、足の親指を傷めました。娘に 整形外科クリニックへ連行され、レントゲンを撮ったところ、骨にヒビが入っていました。そのため年末年始は、ずっと散歩はお休みでした。松の内があけた頃 から何とか再開できています。
無為な毎日、八十六歳の毎日は、これでいいのかと、自分に問いかけています。大寒にも体が冬に慣れて、ちゃんと耐えています。
お二人には、くれぐれもお大事に。
正月二十一日   井口哲郎  (元・石川近代文学館館長・元・県立小松高校校長)
秦 恒平様  朱印「冬日可愛」

* 志賀直哉を温かくしたこころよさで読ませてもらった。うれしい、いいお手紙。
もう、躓かれませんように。
年賀状で 年男「猪突猛進」を誡められていた。「亥の子」二人とはなんという羨ましさ、溜息が出た。奥様ともどもお怪我無くお元気でいてください。
原稿用紙に貼って下さった「冬日可愛」の朱の字の美しさ。わたしは、歌集「少年」の高校生時代、ことに冬と夏とが好きだった。ヒロインにも愛おしく「冬子」と呼んだ作がある。
いま、念頭に沈んでくるのは「南山」の二字。井口さんお若い昔のお作で戴いている陶淵明の名高い詩句にことに目立って胸に逼る。

* 瀬戸内寂聴さんから 「湖の本」受領の来信あり。

☆ (前略)
「粉河寺の石積み」を読んでいたところで、お書きになっていた緑泥片岩の巨石を思い出しました。これと同じ石が和歌山城の石垣に使われているのにびっくりした経験があります。恐々謹言 巳亥正月廿二日 小和田哲男 (お城研究の権威)

☆(前略)
腰の手術後は全身のしびれに悩まされています。
久しぶりに杖を突いて東博の東洋館にて常磐山文庫蔵の白磁をながめてきました。疲れました。
どうぞご健勝にて。  駒井正敏  平凡社役員

☆(前略)
原付バイクで保谷のお宅へうかがい、お酒をいただいて帰った日のことなど 夢の又夢です。 島尾伸三  (作家 写真家 島尾敏雄子息)

☆(前略)
「華岳と薫と何必館」を拝読し 手元にあった絵葉書(=山口薫 娘二人像 黒)で礼状をお送りいたします。ご容赦ください。時節柄 皆様のご健康をお祈り申し上げます、 あきとし じゅん (詩人)

☆(前略)
最近 狭山茶の専門店で紅茶(ハーブティー)をみつけました。連日のニュースで空気が乾燥してインフルエンザも大流行ととの報道、お茶を飲むことも予防の一つになると聞きました。
奥様と いっしょに 飲みくらべをお楽しみいただきながら 風邪予防にもなれば 幸いに思っております。 藤森佐貴子 (故 島津忠夫先生の娘さん)

* 奈良明日香村の画家烏頭尾精さん、三枚の絵はがきにそれぞれに制作の日々を語られ、また飛鳥京跡に苑池の発掘調査された別紙写真も副え 縷々お便りを戴いた。
秦 恒平先生 懐しいご本のご恵送 そして「美の回廊」へのご配慮に嬉しくなっています。たくさん戴きました「湖の本」手元に揃え眺めております。その濃密な文章に圧倒されています。感謝です」と。明日香村岡から、岡寺の間近からのお便り。

* 早大図書館、法政大文学部、大正大国文学からも受領の来信。
今日からどっと読者の払い込みが始まっている。用紙に 深切な嬉しいお便りの書き込まれたのも数多く、霞みきった視力でもう書き写せないのが惜しい。有難う存じます。 2019 1/23 206

☆ 「湖の本」満三十三年 第143巻到来
ウエブサイトの画像で 秦テルヲの繪を見ました。「煙突」! いいです。瓶原(みかのはら)風景(秋)もあり…、蛇塚も見ることができました。ありがたいです。
大寒 まだまださむいです。お大切にされてください。 千葉市 e-OLD 勝田拝

☆ 和歌山近代美を
見にいってきました。
最近橋爪節也さんが大活躍で、大阪画壇に興味をもっています。 名張  囀雀

☆ 「湖の本」を
御創刊なさってから、満三十三年とのこと 本当にすばらしいことですね。先生と奥さまの積み重ねていらした御苦労、 近年は病と闘われてのますますのことに感激です。
どうぞ くれぐれもご自愛なさってくださいませ。  静岡市  鳥井きよみ

☆ 「湖の本」143巻の
「秦テルヲ」という画家、未見ですが、大変興味を覚えています。
ありがとうございました。   相模原市  馬渡憲三郎

☆ ありがとう御座位ます。
昨年は獅子文六ブームが再燃したのか、文庫化した作品を娯しんで読みました。これも新しい書き手がいないことによる再発掘でしょうか。出版事情が増々悪化の一途をたどる中、秦さんをリスペクトします。   狛江市  野路秀樹
2019 1/24 206

* 千葉のe-OLD勝田貞夫さん、足の冷えをたっぷり温かにと、ふくふくとした靴下二足を送って下さった。男雛、女雛の愛らしい飾り物も添って。有り難く、嬉しく、お礼申します。
2019 1/24 206

☆ (前略)
いつもながらですが、ページを繰るごとに教わることばかりです。
とくに今回は、よく知っているべき知恩院や有田焼についてすらそうなのですから、深謝あるのみでございます。  稲垣真美  日本ペンクラブ会員

* 育った知恩院下 新門前の梅本町に「稲垣さん」と近所でも敬っていた一軒があり、えらい人とだけ聞いていたが。お名前は知っているが東京でおめにかかったことがない。

☆ (前略)
83歳、82歳の先生と奥様が寒い中、お届け下さった「作品」を、後の世代にどう渡し、伝えたらよいか、悩みます。  渋谷笹塚  佐藤宏子

☆ (前略)
秦テルヲのことは名前は聞いていましたが、どんな繪か、まだ見たことありません。秦さんの講演録読んで ぜひ見たいものです。  川崎市  島田正治  墨画家

* みなさんそれぞれに趣味の絵葉書で書いて下さり、楽しませてもらう。

* 昭和女子大、首都大、西東京市図書館 からも受領の来信あり。
2019 1/24 206

☆ 百四十三巻目の
『秦 恒平・湖の本』を拝受、今度もまた得難い贈物をいただきました。
まずは「秦テルヲの魔界浄土」で、恥かしながら初めてこの画家の魅力を教えられたこと、とりあえずネットの図像検索をしたりしましたが、いつか本物と対面したい、そう熱望させる御稿(講演)でした。
さらに三好閏三さんとの対談、これは達人同士の楽しいやりとり、加えてお好み架空のお茶席が最高の御馳走でした。名人の趣向には及びもつかないけれど、母の遺したお茶席の準備や記録のノートを開いてみるかという気持になりました。
ありがとうございました。
インフルエンザ大流行の様子、どうぞ呉々もご用心下さい。
桜桃忌を心待ちにしています。     (講談社役員)  敬

* 感謝申し上げます。ありがとう御座います。

☆ 拝復
「湖の本143」有難く頂戴しました 美術を生活の中に活かしてきた 日本人 就中 京都の人の生活感 生活観を種々考へさせられる御文でした。いつも乍らの御心遣に感謝してをります。
月がかはると もうすぐ立春ですが、その頃 一献いかがでせう 改めて御都合お伺ひします
寒中 切角 御自愛を祈りをります  不備   寺田英視  (前・文藝春秋 専務)

☆ 平成最後の新春を
いかがお迎えでしょうか。東京は好天のようで何よりと存じます。
『湖の本』143拝受いたしました。「正坐」の御論を興味深く拝読いたしました。「正坐」の仏様がおはしたとは驚きです。
二月には岩浪文庫『源氏物語』五が出ます。私の分担はわずかですが、お送り申し上げます。
今西祐一郎   (九大名誉教授 前・国文学研究資料館館長)

☆ 拝復
五月には新しい時代が始まります。
ご高著『湖の本』第一四三巻拝受、本当にありがとうございます。
先生のご本が届くと、普段の読書が即座に中断します。今回も「橋本左内」などいったん停止です。楽しみに読み進めております。
節分会も近付いていますが寒さはまだ厳しい折 ご自愛下さい。草々  作家  杉本利男

☆ 湖の本143
ご恵送賜り有難うございます。ゆっくり拝読致します。
そう言えば秦さんの部下であった頃 「七尾君の七尾は、多分、七尾根の七尾だね」と言われたのを、突然思い出しました。
寒さ厳しき折、ご自愛念じ上げます。  七尾清  医学書院役員

* 名大名誉教授山下宏明さん、また、奈良女子大文学部、立命館大図書館、上智大図書館、作新学院大、京新門前の新古美術わたなべ からも受領の来信あり。
2019 1/25 206

☆ 少し落ち着かれましたか。
お酒の呑み過ぎも水分不足もよくないですが、水分の取り過ぎによる「水毒症」というのもあるそうです。

腎臓の処理能力を超えると、細胞が膨張して低ナトリウム血症を引き起こし(特に脳の細胞はデリケートで影響を受けやすいそうです)、(胃)腸機能の低下、口の渇き、疲労感やだるさ、神経過敏や注意力低下、頭痛、めまい、吐き気、痙攣、昏睡なども。
脛を指で押して指の跡が残れば、その部分の細胞が膨張している証拠だとか。

水分補給は少量をこまめに、体を動かして血行を良くすることが大切とのことです。

『湖の本』、読み終えてからメールをと思ってましたが、ちょっと気になったので。
こんな心配は無用なら、その方がいいのですけれど。

 

せっかく先週のうちに送って下さったのに、今週は何かと立て込んでしまい、車中での読書もままならずでしたが、まずは「美の散歩」、次いでそうした日々の中で紡ぎだされた「秦テルヲの魔界浄土」を、タイトルも興味深く読みました。

(この講演、4頁に「2003年」とあるのは「2004年」の誤りですが、日にちも「1月16日」ではなく「17日」ですね。

「美の散歩」184頁にも2004年1月「16日」に「講演無事終えた」と記してますが、15日に「明日夕刻前に打ち合わせ」とあり、18日に「昨日」国際美術館の閉館式があったのに臼井さんが来てくれたとあるのですから「17日」のはず、と疑問に思って調べましたら

 

「日時:2004年1月17日(土)13:30~15:00

講師:秦 恒平 氏(小説家)

演題:「秦テルオの魔界浄土」

会場:京都国立近代美術館1階講堂

聴講料:無料

定員:先着100名

※当日午後12時30分より美術館エントランスにて整理券を配布。 」と判明しました。)

 

「秦テルヲ」との出会い(といっても、本物はまだ見てませんが)はいつだったか、何を見たかは覚えてませんが、第一印象は「こわい」―でした。

 

「過去未来にわたって想像の垂線に沿い上下する」のが性に合ってる(「清水坂」もそのような作品と推察してますが、もう一作の方は秦さんの「魔界浄土」になるのでしょうか)にしても、時には「現在の地面や水上を平ったく動きまわる」ことも必要です。

出掛ける目的地が考えつかないなら、久しぶりの「美の散歩」、行けたらと前に書かれていた竹橋の美術館の特集展示あたり、よろしいのでは。会期中に、インフルエンザの流行も下火になるといいですね。  葦

* 上の年次日付の齟齬など、責了のころには気づいていたが、妙にメンドクサクて、調べれば分かることと放置した。いい態度はないが、このアタマと視力で の誰の補助もない大仕事で、言い訳にはならないが沢山な誤植があろうと思っている。三十三巻の大尾をまち、次は第一巻から叮嚀にかつ楽しんで読み返しなが ら、正誤を拾って行きたいと実は切望している。谷崎先生も、そんな思いを吐露されていたのを覚えている。

* メールの人の名乗りは「考える葦」とみて似合うが、「葦(い)」字には小舟の意義もある。人類史にもっとも基本的な最初期ののりものであったろう。舟は、自身も他者をも搬んでくれる。
2019 1/26 206

 

☆ 美しいモダンな染色の松の額を
ありがとうございます。 謡のお稽古はこの前で、すこし厳粛にご本を開かなくては、お稽古を励まなければと、励まされる思いです。
新年会では「野宮」の謡とお仕舞を務めました。美しい詞でした。
私たちが老人なりに健康で過ごせていますのも、若いときに夫が結核で入院していた日々、どれだけお二人に励まされ、慰めていただいたことか。そのお陰と感謝しています。
秦様や迪子さんがお具合の悪い様子を読むときにはそのことを思い出し、少しでもご気分の良い日、時間の多いことをと願っています。
どうぞ日々お大事にお過ごしくださいますように。  晴

* 渋谷和子さん作の、瀟洒に、場所を塞がない佳い額繪を、額縁のいろを替えて二面頂戴していた一つを、暮れにいただいた鉢の花などの返礼に送った。だいたいいつも頂き放しに勝手に決めているのだが。
2019 1/26 206

* 折口信夫門下の石内徹さん、「湖の本」へ過分の御喜捨を賜る。もと岩波「世界」の高本邦彦さん、東京大学大学院文学部、日本近代文学館、山梨県立文学館、ノートルダム清心女子大、成蹊大図書館、多摩美大図書館 より「湖の本」143受領の来信。
2019 1/26 206

* 千葉のe-OLDの勝田貞夫さんに戴いた、ふっかふかの温ったかな靴下を穿いている。足先の氷ほど冷えるタチで、この温み、云いようもなく安らかに嬉 しい。肌身に添うものを女の方に頂戴すると心持ち遠慮もするが、勝田さんは、わたしには兄貴分のふくふくと温かな、e-OLD。久しく会えていないのがと ても残念。
2019 1/29 206

 

☆ ピーヒョロロ
「ただただ毎日 堪えて堪えて 気を散らさぬように ばからしいようなツクリ話めと顔を見合わせています。バカみたい。」と(=HPの私語に)書いてい らっしゃる。鴉の本音、内部の深いところで、堪えて堪えて、気散らさず、何年も向き合ってきたこと。そして時に些か自虐的に? ツクリ話めと・・それは逆 説として、とてもとても大切なこと。書かずに済むものならどんなにラクかと思いつつ、書かずにはいられない。そしてたとい読者には下世話な関心を抱かせる かもしれないけれど、畢生の大作、鴉が心血注いだ作であることは否定できないでしょう。励ましのエールを送ります。

「鳶のピーヒョロロが聴きたい。」「鳶のメールはいつも大きな楽しみ・贈り物です。」と書かれては調子者の鳶は喜び勇んでメールを書かずにはいられませ ん! ただし、そんなに喜んでいただけるほど楽しい事ばかり書いているとは夢にも思っていない。寧ろ戸惑いや不満を吐露しているメールであるかと思いま す。更に考えると・・あまり敬語を使わない、溜口ではないけれど意識して敢えて書く、これはわたしの不器用な「渡世」に繋がるのですけれど、一つの姿勢で 失礼は毎度の事かと懸念もあります。。
いつの頃からか、「・・させていただきます」を連発する人が多くなりました。させていただくのではなくて「・・したい」本音が見え透いているのにと斜に構えて聞いていることもあります。
説明する時に使われる「・・になります」も。「こちらがマグロのお造りになります」など言われても違和感をもちます。
「・・したい」「・・です」と率直に言って生きたい。いつまで経っても成熟できないと自覚しつつ、そう思うのです。日本語の敬語の美しさを否定しませんが、日本社会の生き難さ、息苦しさも感じないわけにはいかないのです。
寒波がやって来て、京都も一昨日は雪が降って、ただし積もらなかったと。雪景色を描きたいのですが、なかなかチャンスがありません。晩秋に撮った比良と雲の景色を描き始めましたが、まだ終わっていません。
「どうしても観たかった未見の京都」とは 一体何処なんでしょう。興味が湧きますが見当がつきません! 写真からイメージ膨らませて、どうぞ作品の中で羽ばたいてください。
目下わたしは姑の介護で、と言っても体力的に非常に困難という状況ではありませんが・・、毎日戸外の空気を吸いたいというので、車椅子に坐ってもらうのも それなりに一仕事。
スーパーで食品を買うにもニ、三時間かかるので (じっくり毎日同じものを見るのです。昼前から三時、四時まで外出です。)疲れてしまうのです。
食べることは生きること、食べ物への執着は生きる力なんだから・・と理解し、わたし自身の「修行の場」と笑い飛ばしています。
纏まりのないメールになりました。
寒さはまだまだですが、インフルエンザが流行っています。
くれぐれもお身体 大切に、大切に、大切に。   尾張の鳶

* 創る、創り出せる強みが、「ピーヒョロロ」を空にひびかせられる。
怪我の無いように。 背を押してもらって。感謝。

* 「雪景色」か。
わたしの秦テルヲ「出町雪景」は、ただただ雪に埋もれて、真っ白。ただ一点、すこし気にしている箇所があるけど。北越ならぬ間違いなく京都の一面の積雪、美しいが寒さに身震いも。

☆ 拝復
快晴続きとはいうものの、さすが大寒、寒さこたえます。お健やかにてお過ごしのことと存じます。
湖の本143 ご恵与たまわりありがとうございます。たゆみないご刊行驚嘆いたしております。
展覧会にて何か一点好きな作品貰って帰れるとしたら云々の美術評価や親愛、確かに要を得た鑑賞の楽しみのご提言と感心しました。
同じく創作と言いながら、文学、音楽などとは異なる美術世界、後代はともかく同時代にあって強力な経済的後援者と相俟って必須と感じ入った次第です。
原発事故、故郷に帰ること出来ない方々の悲憤思うにつけ、電力控える生活をと思いつつ、冷房はがまんできても、暖房には降参、言行一致の難しさ痛感しています。
出水跡残し裏山寒芽ぐむ
お揃いでお大事にと念じております。   神戸  周   神戸大名誉教授

☆ また(転居の=)ご連絡遅れました。
「湖の本」第143巻頂きました。早速ご送金をと思いましたが、ご本を整理していたとき代金未納の二冊を見つけました。(振込票がそのまま残っていたのです)。お恥ずかしい限りですが今回のと含めて三冊分ご入金しますので どうぞお笑い下さってご受納下さい。
今、昔に頂いた『いま、中世を再び』を開いています。
中世! 南北朝のことなど、子供の頃から今でも謎を含んだ時代、混沌とした、乱世というようなイメージから未だに抜けきれないこともありますが、目次に 「雪舟」の名があったこともあります。島崎藤村に 「日本に於ける中世が未だ続いてゐた社会の空気の中にあつて(雪舟は=)近代精神の最も早い先駆を成し た」(『巡礼』)とあることが、ほとんど分かっていませんので、雪舟についても読みたいと最近思っています。
そんなことを考えながらぼんやりと、遅々と過ごしていますが、取りあえず右ご連絡までに。
寒中どうぞお気をつけて下さいますよう。お元気で。奥様も。
まだ WORDだけは 何とか打てます。  横浜  宮下襄  藤村研究家       ヽ

* 桐生市の阿部君江さん 聖教新聞社の原山祐一さんからも ご挨拶があった。
2019 1/29 206

☆ 坂田(万葉洞)です。
こんばんは、寒くなってまいりました、
先般より忙しくしておりました、
正月からの風邪は治りましたが 日曜日の夜に38度の熱が出ました、自治医大で調べましたら香港A型でした、ずっと寝てました、金曜日から出社です、
テレビではインフルエンザの猛威がニュースになっております、外は厳寒ですので御自愛下さいませ。
2019 1/29 206

* 「金八先生」の小山内美江子さん、札幌市の山本司さん、鳴門教育大からご挨拶があった。
2019 2/1 207

☆ 秦恒平先生 「湖の本143」御礼・漱石「心」のこと。
「湖(うみ)の本」の第143号  「陶の誘惑」を読みました。「やきもの」が好きです。
土器を作るひとは、近年、女性に優れた人が多く、伊賀・信楽を焼く、渡辺愛子さんの片口、ぐい飲みを晩酌の友にしております。
昨年12月8日から、漱石の作品で未読の『彼岸過迄』『道草』『明暗』を読み、既読の小説も、すべて再読しました。動機は、大学時代の恩師に会いに行こ うと同期の親友に誘われたことでした。「先生」は今年、90歳です。「先生」に、38年ぶりに会いに行くとき、恥ずかしくないことをしておこう、という自 尊心から、漱石を読み始めました。
私は、在学時、(=その)「先生」が漱石の研究家ということを知っていましたが、私の卒論のテーマは「小林秀雄と坂口安吾」でした。夏目漱石は、当時の若僧の僕にとって、対象外でした。
『こゝろ』が、私の心に入ってきたのは、加藤剛さんの朗読によるCDでした。ノーカット、延12時間です。これを、57歳になる直前の9月末から10月初旬にかけ聴きました。
自分は、今まで、何をしてきたか、と思いました。
2018年12月初旬から、2019年1月末まで、漱石の長編、短編の小説、随筆を全て読みました。そして、『心(こゝろ』は、漱石の長編小説では、とくに優れていると思いました。

●なぜ、『心(こゝろ)』の澄明なトーンが生まれたのか。
●この小説は、「先生」の自殺で、唐突に終わってよかったのか。それは、破綻のない正解だったのかもしれないが、不満だ。
●「先生」の自殺は、明治という時代への殉死ではないだろう。それは、表面的な一動機に過ぎないのではないか。
以上の点について、秦先生の『戯曲 こゝろ』と、「漱石『心』の問題 -わが文学の心根に-」を拝読すると、悶々としていた臓腑が自然な運動を始めました。

「島」はそれぞれ孤立している。そこから「橋」を渡すことが文学だが、文学は、孤立を自覚することから始まる。
「先生」の死後、「私」と「静」が結ばれるという「A・1」の展開を、誰も考えていなかったと思います。
大正二年、「先生」の一周忌の9月に、「先生の遺書」の謎が、「私」から「静」に明かされるから、二人の恋愛は始まる。
「先生」が明治45年まで生きてきて、その同じ年の秋(大正元年)に死ぬことができたのは、自分の若い分身「私」に、自分の妻「静」を託すことができると確信できたからである。
『戯曲 こゝろ』は、漱石の『心』の本質、そして「謎」の部分を、明解に分析している。

『慈子』(1972)は、筆者の『徒然草』批評と、筆者の「島」の物語が、バッハの「フランス組曲」のように6章を交代しながら独自の世界を構築している優れた小説であった。
『戯曲 こゝろ』(1984)でも同じ特性が見られる。「朱雀光之」は『心』の「先生」であり、「当尾宏」は『心』の「私」である。「先生」が病死したあと、家系の秘密を明かした「利根」さんは自殺する。「慈子」は「私(宏)」の子を流産する。
批評精神と創作精神は、作者の肉体で交錯し、融和し、光を鎮め、闇を放射している。漱石との共通点である。
筆者は『戯曲 こゝろ』で、「A・1」の場面を設定し、漱石の『心』の続きを書いた。そこには、誰も解けなかった謎への解答がある。「先生」の未亡人「静」と、先生の唯一の「弟子」である「私」が、新しい家族を創生することである。

まだ、謎は残る。
秦恒平が、なぜ、『戯曲 こゝろ』を、加藤剛の「K」と「私」の二役として構想したのか。

漱石は、『心』を短篇の有機的集合体による長編として書こうとしていたが、今ある『心』を書き終えると、筆を止めてしまう。これは謎だ。
なぜ、このあと『道草』という小説を書き終え、未完になった『明暗』であの長い不毛な苦労をしなければいけなかったか、それがどうも分からない。

秦恒平先生  長い拙文を失礼いたします。
ご自愛賜りますよう、お願いいたします。   近江大津 澤敏夫

* わたしも酒器は、各地のをいろいろ愛用しているが、伊賀、信楽は抜けていた。
このごろは酒そのものが大手を振って先を歩き、気に入りの湯飲みでぐいぐい楽しんでいる。越前、萩、また志野の湯飲みや瀬戸物も清水焼も。

☆ ベネズエラの情勢が
気に懸かっています。
少し穏やかな日和になっています。
寒さはまだ続きますがお元気でありますように。  尾張の鳶
2019 2/2 207

* 島尾伸三夫妻からの、娘マホさんも加わっての面白い旧正賀状戴く。
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☆ 春大吉
お元気ですか、みづうみ。
束の間かもしれませんが、春を感じる明るく暖かい朝です。
子どもの頃から豆まきは大好きですので、今朝は家中に散らばっている豆粒を片づけておりました。足の小指は順調に回復中で、またぶつけないように気をつけています。
毎日更新されている「私語」は、どういう文藝であるか、その論攷を書くことがわたくしの目標ですが、最近のみづうみの新しい創作についての記述を読みな がら、新作への期待と共に、これは夏目漱石や谷崎潤一郎の頃には決して味わえなかった、創作者の現在進行形の苦闘の一端に触れる、これまでにない読書経験 であることをあらためて痛感しています。
秦恒平は「伝統」と「革新」の大きな文学者です。

最近は 本来ニュースになるべきものが報道されていませんので、不愉快なだけのニュースは見ないのが一番です。
どうぞ美しいものと共に、今日もお元気にお過ごしくださいますように。
紅  紅梅の紅の通へる幹ならん  虚子

* 簡単に手に入り 難解難渋の本ではないので、岩波新書「現代の日本文学」を薦めたい。こういう仕事のあと続いていないのがかなり情けない。しかし大きな風呂敷を持たないモノは、適確に的の絞れた考察を試みられたが良いと思う。

☆ 秦恒平先生
今週、また近江の地酒を少々お送りしようかと思っております。
節酒もされているようで、恐縮ではございますが……。
明日2月5日(火)以降に、当地から発送いたします。  近江大津   澤敏夫
2019 2/4 207

* 今度送り出した「湖の本」143の178頁に 「秦さん、こんばんは」と呼びかけて、「秦テルヲ展」を観てくれた長い感想が出ている、「U君」のメー ルとなっているが、このイニシアルで思い当たるのは上尾君であったろう、か。2003年の十一月末のメール、もう十五年余を経ている。上尾君は有り難い継 続購読のひとりだが、多忙の極みに有ろうよと思われ、今回の湖の本のそこへまで眼は届いていまいかと思う。少しの折があらば、だが、自身むかしの感想を読 み返しておかれるといいと思う。上尾君、現在のアドレスが見当たらないので、ここへ告げておきます。

* わたしの見落とし、上尾君のアドレスは手元にむろん有った。

☆ 前略
湖の本143 ご恵贈 ありがとうございました。 高齢のため(一九三○生)、心ならずも購読の継続を断念したものにとって 思いがけない贈りものでした。
母方が秦姓なので、ずっと関心をもっておりましたので「ハダテルヲ…」は興味深く読ませていただきました。
練馬美術館も近いので、わりあいのぞきますが、二○○三年の展示は存じませんでした。
湖の本122册 選集三冊も ハードカバー本数冊と共に愛蔵しています。
いつまでも ご健勝で。 お礼まで  草々  一月 雪もよひの日   杉並区  江藤利雄

* 嬉しい有難いお便り。こういう方々に私の文学・文藝と「湖の本」とは支えられてきた。わたし自身がいまや八十三歳、受賞以来の作家生活満半世紀、しぜ んと読者の大勢もわたし以上に高齢で、亡くなられた方ももう数え切れない、積算されている出版赤字がもう相当なのは当然の成り行きであり、だが、わたしは それも苦にしない。文学活動のために生まれて、五十年も本や原稿で稼いできたものを今こそ「秦 恒平・湖の本」「秦 恒平選集」のためにつぎ込んで遣いきって何が惜しかろう。大事なのは、もうこの上に怪我や大病はせずに、気力を充たしてなおなお「可能性」へ向け生きて努 力することだ。
2019 2/5 207

☆ 早や立春も
過ぎました、お変わりありませんか、「湖の本」に続けて 頑張って居られるのかもと!
昨日 街なかへ行ったついでに、お菓子を仕入れ、抹茶を添えて、先程郵便で送りました、明日に着くようです。
ゆっくり、やすんで下さい。
私はお正月もなく、夫の病院へ。今まで、病院とは無縁だったので、こたえています。大変な状態に、ショックです。疲れました。   京・北日吉   華

* なにか起きていそうと案じていた。やはりそうか、御無事でと心より願う。家人の入院は、自身が入っている以上にと謂えるほど、家で独りの留守や、気を張っての見舞いの方が、とても堪らなく、心身に堪える。病人の御無事も自身の安全も大切にと願います。

☆ 秦恒平先生
近江の生酒を本日発送いたしました。
今、『湖の本 143』の「子規居士弄丹青圖」を読了いたしました。
病床で絵を描く子規(1867~1902)を描いた図は、中村不折(1866~1943)の『鶏頭 子規居士之写生』の墨画を見ておりましたが、浅井忠 (1856~1907)の『子規居士弄丹青圖』は存じませんでした。これは、糸瓜を描く子規を、忠が描いているものと拝察します。今週末、大津市立図書館 へ行って、浅井忠の画集や子規の資料などを探し、ゆっくり見てみたいと思いました。
そして、秦先生の『糸瓜と木魚』を読まねばなりません。
漱石(1867~1902)の『三四郎』(1908連載)には、「深見さんの遺画」のことが書かれています。この「深見さん」のモデルが「浅井忠」だったと思います。
これで、子規・忠・漱石がつながりました。
『京に着ける夕』(1907)は、同年、東京朝日新聞社に入社し、職業作家(江藤淳の証言によれば「小説記者」)となった漱石が、早速1907年4月初 めに下鴨神社の糺(ただす)の森近くの野明敏治宅を訪ねた時の京都旅行記です。その「現在」の印象は、春の寒いこと、黒い家並がひたすら続き、「ぜんざ い」と赤く書いた小田原提灯が灯ること、でした。
この暗い情景に、15年前の1892(明治25)年7月、大学の夏期休業を利用して、松山に帰省する子規と共に、金之助が初めて京都を訪ねた時の鮮やかな記憶が挿入されます。
清水坂の狭い小暗い路地の両側の小さな窓から 白い手が次々「おいで」と誘いかけるのを二人でくぐりぬけ、夏蜜柑を頬張り乍ら、円山公園を上ったことが鮮やかに書かれていました。
漱石を知るためには、子規を知らねばならないと思います。同年生まれですが、天才・子規は、いつも、秀才・漱石の一歩先を歩もうとしていた。子規は意気盛んで演説をすることもできるが、漱石は子規の真似はできない、彼の確かな聞き役になっていた。
子規は漱石の学識を敬愛しつつ、漱石を少しは遊ばせようとして、清水坂へ誘ったのではないか。
漱石は、子規の自分勝手に困りながら、自分にない豪放を愛していたともいえる。
ロンドン留学時代に、漱石が神経衰弱に苦しんでいることを聴いた子規は、漱石をあえて馬鹿にする記事を書く。漱石は怒る。わざと怒らせて、漱石に『倫敦消息』を自分宛の書簡として書かせ、
勝手に『ホトトギス』に載せてしまう。
漱石が帰国したとき、子規は死んでいたが、弟子の虚子の勧めで、『ホトトギス』に漱石は作品を発表しはじめる。
二人の関係は、非常に面白いです。
漱石の最も早期(熊本時代)の弟子・寺田寅彦(1878~1935)は、漱石の長編・短編を解く鍵は、俳句にある、と言っています。(「漱石先生の俳句・漢詩」1934)
これから、漱石の俳句を全て読もうと思っています。併行して、子規の短歌・俳句・論随筆も全て読みます。
また、夢中で拙文を書いてしまいました。

今日の昼過ぎ、大津の加藤酒店に行って、近江の生酒2種、肴菓を2種、選び、発送を願いました。
『みごもりの湖』にある永源寺、に近い東近江市小脇・畑酒造の『大治郎』。
『秘色』の主な舞台・大津市堅田の浮見堂に近い、浪乃音酒造の『浪乃音』。
『浪乃音』は、新酒ですので、少し甘いかもしれません。
本日午後3時集荷、明日2月7日(木)の午後2時~4時、秦先生御宅へ配達指定をいたしました。

先生、奥様、お健やかに。   近江大津  澤
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☆ 昨日は
やさしいメールを戴き 有り難う御座いました。
嬉しかったです。
(家人の入院を見まもり=)一人で、色々と案じて居ります。  京・北日吉  華

* くずおれることなく、あなた自身をもお大事になさい。

☆ ご無沙汰お詫び
天候不順のおりから 何よりも お二人のご健勝を願っています。
妻は 慢性呼吸不全の症状が安定せず 入退院を繰り返しています。
今は病院が近いので 顔を見に行くのに便利です。
食事が不如意とのことで お口に合うかもと ウニの塩漬けをお届けいたします。数日後になるかも知れません。   吉備の人

* 恐れ入ります、日々心身のお痛み 身に沁みて想われます。そんななかでも御心づかい賜りますとは。有り難く 恐れ入ります。
春へ向かい、ご容態のすこしも宜しかれとこころより御見舞申します。
2019 2/7 207

☆ 「湖の本」143のご恵投、
ありがとうございました。
この2週間、鬱が続き、メール一本かくのも億劫という日が続き、失礼した次第です。ご海容のほどを。
対談「京日の遊びの美と美術」、大変愉しく拝読しました。料理や食器、茶器を語ることを通じて京都の美の伝統が伝わってくる気がいたしました。
生粋の職人が一番伝統の担い手という気がします。
最近、地元の碁の会で老植木職人と知り合いましたが、これから庭園のことを聞いてみたいと思っております。
今巻も 刺激的な一冊でした。ありがとうございました。  茨城  持田拝 作家・翻訳家

* 自身にとってまさしく刺激的ないよいよの場面へ、ぎりぎり寄ってきた。今一度、第一部、第二部を慎重に点検して第三部との致命的な齟齬がないかを調 べ、その上で吶喊する。じつはこのところ「湖の本」も「選集」の仕事も、意識してワキへ避けている。此処を乗り切ってしまうしかない。
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☆ 一日に十度も
気温差があったり、四月上旬気温の翌日が一月の寒さとか報じられますと、いかに温暖化に向かうとはいえ、少しく落着きません。
さて先日は「湖の本143」を頂戴いたしました。誠に有難うございました。
「秦テルヲの魔界浄土」 啓発され、面白く拝見しました。残念乍ら未だ実作を観ていないので、機會あればと願っています。
「美の回廊」を経めぐりながら、「美の散歩」に移ると、秦さんの「秦テルヲ」への思いが如何に根強いか、実感できました。
それにしても東工大OBの感想は素晴らしいですね。みういう生徒さんに育て上げたのかと感嘆得心。良き学生等にめぐり会え(育て上げ)た、と教育者の本懐の一端を知ることができました。
御礼とともに御自愛を切にお祈りいたします。   講談社役員  徳

* 払い込み票にもたくさんお便り頂くのだが、小さい字には視力が足らず、かつがつ拝見のみ。感謝します。

* 京の「華」さん、いい抹茶たくさんに添えて京のお菓子を数種も送って下さる。摂りすぎない限り、小粒に創られた糖分は仕事の間にもじつに有り難い。ありがとう。

* 近江大津の澤さん、珍しい選り抜きの近江のお酒二種に、見たこともないとても珍しい、美味しい酒肴を二種も添えて送って戴いた。大事に蔵していた名酒「獺祭」の大吟醸二升も飲み干したところで、喜んでいます。感謝。
ま、飲み過ぎないようにように気にかけながら頂戴します。
2019 2/7 207

* 吉備の有元さん、いい酒にこそ絶好の雲丹の二瓶もを送って下さった。有難う存じます。

* 春巻はいけなかったが、新鮮なたらの芽や玉葱、椎茸の揚げたのが、下ろし大根出汁で、久々に美味しく食べられた。嬉しくなった。米の飯は、よっぽど柔らかに炊いてもらわないと、口なかに針が立つように障って食べられない。厄介な「口」になったものです。
青汁などと気味の悪いもの言いはイヤで、わたしは抹茶を点て、また点てるヒマの無いときはただ熱湯に溶くだけで呑んでいる。棒茶も、煎茶も、番茶も、む かしから「茶喰らい」と親に笑われたほど好きでよく飲む、大量に飲んでいる。今日、「華」さんから「笑くぼ」など小粒の和三盆菓子を三種も戴いて、これは 仕事中の疲れに最適の元気づけになるのが有り難い。古門前の「おっ師匠はん」がおくってくれた「おちょま」という小粒の甘味もよかった。果物は、冬場は もっぱら蜜柑。堅いものは歯に堪える。普通の野菜ジュースと人参ジュースとを半々に混ぜて、都合一度に二缶呑んでもいる。
つまりは飲み物が腹にらく、だから熱源にお酒を愛する。洋酒も好き。
ただ、固いモノは歯の根に響いて痛み、咀嚼できない。
ま、体重はこれだと、低め維持で落ち着いている。血糖値もひどくは上がらない。
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* 京都の羽生さん、俵屋吉富のわたしのことに好きな「柚餅」のはんなり赤いのや、雲竜、白雲竜などのほかにも、いろいろ京和菓子の粋を選んで送って下さった。持ほくほく。

☆ 日ざしは春めいてまいりました。
如何おすごしでございましょうか。
『秦 恒平選集』第二十八巻ありがとうございました。  (羽生さんは、お送りした本を必ず順に読み終えてからいつもお便りを下さる。)
対談 座談会は、対になるだけの内容を持った者同士の語らい、 ひとつだけ ふさわしくないものが入っており、恐縮のいたりでございます。   (羽生さんとの対談がひとつ入っている。)
他は、それぞれ、その道の専門家との深いお話で面白く読ませていただきました。
「住んでいて、いやなことにあったことがない」という鶴見俊輔さんに「それもやっぱりたいへんな差別でしたね。身内と認めていないのだから」というお答え。東京や新潟の言葉がきつく感じるようになった私も、京都に戻るとほっといたします。
「あれだけの古典を育てた日本語ですから、京都の人の口の端に上ると独特のもの言いになる」というわけで、鈍感な人には優しく、鋭敏な人は皿に鋭敏になるよう仕組まれていることを、日々実感しております。
大原富枝さんとの対談で語られている清姫の心情、印象的でした。
悲恋とは、そもそも自分の問題。「中核となる対象を喪っている底知れない不安」があり、「当人の魂が彷徨を続ける」よう運命づけられているもののようです。
「一身 蛇となって日高川の荒波を泳ぎ渡る」ときの昂揚感は 如何ばかりか。
「男性は分の悪いところへ落ち込んでしまう」のではなく、安珍同様、男性は皆、被害者なのかもしれません。
大原さんの「自分がした恋愛というものはたった一つだったなと思い、悲恋だったなと、それがはっきりわかるには 歳月がかかるんじゃないでしょうか」という言葉に納得してしまいました。
「これからの詩性と抒情」から、 愛読してきた朝日歌壇への疑問がはっきりしてきたようでした。
「十分な”詩化”を遂げない表現であたかも日記がわりメモがわりに近い」もの、「魔力も魅力も迫力も乏しい」ものが多いかもしれませんが、でもそれらを集め、並べ直してみたら、今の時代を後の世に伝えることができるのではないかという気がしてまいりました。
戦はなかったけれど、天災、とくに原発事故という人災をまのあたりにした「平成」を記憶するための勅撰集がほしくなりました。
いつもながら、勝手な読みで申し訳ございません。
まだ寒い日々があるかと存じます。
先生
奥さま
どうぞ くれぐれもお身体、大切におすごし下さいますように。  羽生清   デザイン学教授

* しみじみと、なつかしく声音の聞こえてくるお便り、嬉しく、頂戴。
2019 2/9 207

☆ 大好きな おじい様へ
愛をこめて (大きな ハート)   かお吏

*  亡き孫やす香の、大の、一の、親友から、わたしへ、今年もバレンタインデーのチョコレート(「Nakamura Chocolate」)が朝一番に贈ら れてきた。やす香の代わりにもと思い続けてもらっているかと、涙が湧く。添えられたカードには、それは可愛いお嬢ちゃんと「かお吏」さん夫妻のいい写真 が。幸せに、お元気でと心から祝福する。おりしも、やがては三月雛祭りもちかづく。多年愛蔵してきた「繪所預」土佐光貞が画いた精緻に美しい雛の繪を上げ たいと今も妻も同意して心嬉しく決めた。やす香もきっと、天国で大喜びして賛成しているだろう。

画所預 土佐光貞 画

* 妻に、荷造りを任せた。
妻からも、チョコレートを二箱も、もらった。
ポルトガルのワインで、それぞれに食した。
2019 2/14 207

 

☆ 最近のHPの文面から
鴉の苦闘が偲ばれます。言葉は時に(常に)両刃、烈しく人を消耗し傷つけます。心配していました。命あってこそ、です。命惜しんで、大切に、大事に、元気に。
最近『風の奏で』を読まれていると書かれていたので、わたしも手にしてみました。三日ほどかかって再読したのですが、こんなに難しかったかしらと・・わたしの頭も老化しているのだと再認識しつつ。最後の「灌頂」の辺りは繰り返し読みました。
来週数日は京都にいます。何がしかのお手伝いができるならおっしゃってください。
40号の絵に難渋しています。
少しでも向かい合えばそれだけ少し進んでいますが。   尾張の鳶

* らくに作れるものは有ろうが、らくに創れるものは無い。
創るとは、無かったものを新しく生むこと と思いながら。

* 剣戟だけが切り結ぶのでない。小説・物語もいろいろ幾重に切り結ばねばハナシが生きない立たない成らない。これが容易でない。参ったと何度も謝らされながら、機をうかがって奔り抜ける。躓いたらもう御破算。やり直し。「剣客商売」という好きな時代劇がある、なかなか、ああ切れ味よく商売が出来ない。参る。
2019 2/15 207

☆ お元気ですか、みづうみ。
今日はお昼に雪がちらついたので驚きました。寒いはずです。毎日ご体調のことが心配でなりません。
ご無理を続けていらっしゃるのは明らかですが、それがみづうみの来し方ですもの、これからも同じ全力疾走しかおありにならない。せめてわたくしの願いが天に通じ、お仕事が順調に進んで完成することをお祈りするばかりです。
アンジェイ・ワイダ監督の自伝の中にこんな興味深い一節がありました。
「つまり、もしかしたら、私の失敗は独創性ゆえのことであり、長所だと思っていることは、実は他の監督たちとも共通している紋切り型の要素にすぎないのではないだろうと。」
「自分の欠点は独特のものであり、長所は平凡であることを理解した。これは重要で正しい発見だが、自分の欠点に惚れ込みすぎてはならないという条件がつく」

わたくしの書いてきたメールの中には、お叱りをうけるような失礼が多々あったと思うのですが、そんなメールの中にこそわたくし独特のものがあったのかもし れません。書き過ぎてしまう過剰な何か、その欠点こそ個性であったとしたら少しは救われる思いがいたします。直せない欠点に惚れ込まず何とか活かす道を模 索していかねばなりませんけれど。

今夜も冷えます。どうぞ暖かくお過ごしください。お風呂は適温で、短めに。
雛  仕(つかまつ)る手に笛もなし古雛(ふるひいな) 松本たかし

* 感謝しています、いつも。

* もう、今夜はぐっすり寝る。
2019 2/15 207

* 京都へ数日も出向いているという「尾張の鳶」 どこか検証してきて欲しい京都はと朝いちのメールが来ていた。幸い、小説の方はおおかたのメドが立っ た。小説と関係なく、わたしが気にしているのは、祇園石段下の旧弥栄中学「校舎」が、流行りの閉校で、すっかりもう毀たれてしまったのか。

* ま、云うなれば詮無い感傷です。育ててもらった新門前の(今は影形もない)家よりも、小学校・高校よりもわたしは弥栄中学が懐かしい。
2019 2/18 207

 

☆ 無量壽経(=大経)に云く、設(も)し我れ佛を得たらんに、十方の衆生、至心に信楽(しんげふ)し、我国(=阿弥陀如来の極楽浄土)に生ぜんと欲して(一念=)乃至十念せんに若し生ぜずば正覚を取らじと。

* さまざまに多く宗教者の宣明のなかで、他に、かくも端的に有難い確信を聴いたことがない。

* こう書いたところへ、久しい友達の、つらい病躯・病苦を日々看取っているという歎きのメールが来ていた。
ただただ祈ります。良くして上げてください。華が萎れてはだれもが寂しい。怪我なく気力をつくされよ。祈ります、痛苦のすくなかれ、軽かれと。奇蹟あれと。  遠

☆ 彼(かの)佛 今現に世にましまして(阿弥陀如来として=)成佛し給へり。當(まさ)に知るべし、本誓の重願(=一念ないし十念すれば必ず極楽浄土へ迎え攝るという誓い)空しからざる事を。衆生称念すれば必ず往生を得と。

* もろもろの雑事雑業にはしらず、ただ「南無阿弥陀仏」と称名正念の正行を選擇(せんちゃく)して委ねよと法然は、まさしくソレダケを以てよしと確信した。永く永くいろいろと経めぐってきたが、これに勝る確信は得られると思えない。

☆ ありがとう。
ただ涙です。  京・北日吉  華

* さ、もう一箇所へ書き込みたい視野がある、それで、一応は「完」と書き込めようか。2009年5月ごろに着想試筆が残っている。まるまる十年に近い。 最初の着想時には夢にも思っていなかった奇想の展開で、むかし伊藤桂一さんにいわれた、「秦さんは一つの小説で三つも四つもの小説を書いている、ボクらは その一つ一つを別に書きますがね」と、まるで、そんなことになってきた。
のちには熱愛してアツアツの愛読者に成ってくれた人が、『風の奏で』の単行本を初めて手にしてなんでこんなにムズカシイかと腹を立て、本を壁に投げつけ たと笑い話を聞いた。やはり、時空を隔てて幾重もの歴史現代小説だった、「尾張の鳶」が読み返してくれても、こんなに難しかったかと思ったとヘキエキして いる。わたしは「秘色」や「みごもりの湖」や「風の奏で」「冬祭り」「秋萩帖」等々みな読者を悩ませてしまう組み立てを好んできた。秦 恒平の作を愛してくれる人は、余程の読み手であるか、失礼だが稀有な人なのかも知れない。稀有な人に、この新作を、穏やかな仕方でどう手渡せるか、これか らはそれが難儀な思案になる。ちなみに、全編でおそらく湖の本の五冊ほどに相当する。150册限定で非売品の「選集」でなら、パンパンに張った大冊一巻に 相当するだろう。しかし150册では「湖の本」の全巻継続読者分にも、当然ながら数が足りない。特別な材料をつかった美装本なので、臨時に数をたくさん増 やすわけに行かない。

* はるか昔、四国からちいさなボクを連れて東京へ転職してきた、創刊以来の愛読者胡子文子さん、みごとに成熟した新鮮そのものの土佐文旦を五キロも送ってきて下さった。胸焼けがきついので、新鮮な柑橘類は嬉しい。ありがとう存じます。

* 京都にいる「尾張の鳶」さん、写真をおくってきて呉れた、が、閉校して漢字博物館になっていると聞いている旧弥栄中学の校舎がどんなふうに変貌利用さ れているのか。みな毀して新築されているのかなど、かなしいほど見当も付かなかった。どこもかしこも変わってしまったのだ。
お手数をかけました、感謝。

☆ 携帯の
バッテリー残量が少なくて、もっと写真を撮りたかったのですが。先に送った写真以外は後から送ります。
送ったうちの一枚の焦げ茶色の門は 隣の店で尋ねましたら、やはり元は中学校への通路だったようです。周辺を回りましたが校舎の面影なく、「記憶の中に存在」するものをどうぞ大事になさって下さい。
文士人生の最後(目前の段階)と書かれているのが、つらいです。
もう逢えないか知れぬ京都、と思わず、どうぞ慎重に無理しない予定を立てて京都にいらしてください。
携帯でメールを書くのがとても苦手、改めて書きます。   尾張の鳶

* わたしもポロ、機械もボロ。うまく仲よく釣り合っている間は、仕事はつぎつぎに出来るはず。最後は目前と覚悟して、出来る仕事を快楽したいもの。早く 帰ってこいとうるさいほどなもう一つの新作「清水坂(仮題)」にも組み付きたい。瀬戸内を実際に走れないなら魔法を使う。
新しく始められるなら始めたい創作への思案は、可笑しいほど「在る」のである。覚悟は覚悟。しかし野放図でもいいと思っている。したいだけ、したい。
2019 2/18 207

☆ 秦 兄
お二人ともお変わりありませんか。年々時計の針の動きが老骨に反比例して早くなっていくので慌てて却ってまた躓くありさまです。先輩たちが言うように 80歳を過ぎると坂道を転がり落ちるような体力の衰えを痛感しています。せめて気力だけはとささやかなターゲットをめがけては下手な矢を射ています。
拙著の出版に際して兄には何かとたいへんお世話になり有難うございました。
第一弾はPR不足のせいか4カ月経つも不発のままですが、昨日、添付ファイルのAmazon本の第2弾を出版しました。紙本原稿の一部を纏めて「ハイド氏は赤ん坊が落選させる」としました。
(添付画像はフェイスブックのカバー用です)。
12日のリンカーンの生誕日に出す予定が販売価格の件で遅れました。本書はぜひ多くのひとに読んでほしいので 価格を0円に設定したのですが Amazon の販売費用の関係で最低価格は250円とのことで、それならと前著も250円に価格設定をし直したため発売日が遅れた次第です。
何はともあれ PRがいちばんですが、そのPRをどなたかがブログでしてくれていますので検索ツールの私の本欄の下方に「ハイド氏は2票・・」犬犬工作所なるブログツールにアクセスしてお読みください。
見事なほどぼろくそに評してくれています。私はこんな酷評を待っていたのでよい宣伝をしてくれたとほくそ笑んでいます。犬犬氏の他の読後感想文も見ましたが市販本の書評の一冊に私のKindle本が紛れ込んだのはシュールな改革案が目に留まって気になったのでしょうか。
批評者は2月7日に書いておられるのですが、余計なことがくどくどしいとご立腹のご様子です。
制度自体の良ささえ分かってもらえればよいので 酷評は「蛙の面に小便」です。
すべては政治や政治家の責任という私の主張からすれば 政権批判や原発批判はあくまで小道具の一つでそれ以外の何物でもありません。第2弾でも触れてい ますが、いまの政治や政治家に憤りや不服がなければ 恐らく私はこれほど熱中して書かなかったでしょうから、良いPRで感謝感謝です。
形はどうあれ多くの人たち、特に若者世代が政治に関心を持ち行動に移す導火線になれば私の
目的は達成されるので、これからは火付け作業に(物騒ですが)かかります。
今年は選挙年ですが、この本の内容の事態が起こるように、いや起こすように老骨に鞭打って頑張りたいとおもっていますので どうか今後とも応援のほど宜しくお願いいたします。
12日に発売をこだわったのはリンカーンの生誕日が母の命日だったからでした。当日は 母の好きだった美空ひばりの歌をお経代わりにして 往時を偲びました。    京都市 森下辰男

* 機械に弱く、ネット世間に久しく無縁に過ごしているので、具体的にはどういう活動なのか把握し切れていないが、敬服している。

* 森下兄  ご苦心を察します。
西欧でも、歴史的に、時代の変革を推進した中核のエネルギー は、学生をはじめ若者達でした。その若者の中に今、革新へ励む意志がなく、保守政権をむしろ許容の気味が濃厚です、それも政治的判断ではなく、ただダラシ なく機械アソビに耽っているだけのようで、安倍は支持率を維持して自足の按配です。
情けなくて、お話にならないと嘆いています。

残年 すくなく、 成ろう限り 半世紀積んできた自身の仕事を 今一段 より良くより確かに積み上げたいと、その願いで 健康を大事に思っています。

千枚に及ぶ長編を いましも仕上げようとして、日々、渾身集注しています。

八十年余を生きて、いま、日本も世界も 残念ながら最悪の時代に思われます。

せっかく、健闘されますように。からだも労って下さい。   秦 恒平
2019 2/19 207

☆ 弥栄中学跡を訪ねて、
幾枚かの写真を送りました。が、カメラは苦手で・・ご希望に添えない写真ばかりかと案じられます。お許しあれ。
6584 八坂神社
6586 漢字ミュージアム この日は閉館 ここはショップ
6587 西側道路から南にある歌舞練場
6588 南側道路から東大路通りへの道
6589 南側道路の街
6590 校庭跡、か 南側の塀と門 後ろの建物は大路に面している
6592 校舎から大路への通路跡か
6596 再び廻った南側の道路
6603 宵の街には和服の若い女性観光客 少々けばけばしいけれど楽しそうな彼女たち
6604 漢字能力検定協会の建物
6605 四条通に戻って漢字ミュージアムの東から南を見る
取敢えず弥栄中学跡の写真を送ります。
「絶望的」と書かれている瀬戸内海から四国に関して、いくらかのお手伝いができればとも思います。わたしが実際に行った地域は 四国巡礼の徳島県、高松、琴平、祖谷、高知、足摺岬、松山あたりです。   尾張の鳶

* 弥栄中学の変容、想像もつきません。写真でわずかに判断できたのは、旧運動場南塀の外、祇園町から塀越えに西北の高みを撮られた写真一枚でした。
どんなに変わり果てたかだけははっきり了解できました。感謝。
瀬戸内の方は、小説世界へ予断を呈してはかえって気の毒なので、何も云いませんが。感謝。
2019 2/20 207

* 元朝日新聞社の伊藤壮さん、「越乃寒梅」の無垢純米大吟醸と特選の二升を送って下さる。有難う存じます。
「秦 恒平・湖の本」創刊の三十三年前、伊藤さんの全的な応援を戴けてなかったら、出だしの苦戦苦闘はたいへんだったろうと思う。おかげで創刊の「清経入水」は三刷りも出来たのだった。その土台に載って三十三年を乗り切ってきた、いまや赤字はとても免れないけれど。
むかしは懸命に読者数を殖やしまた維持すべく、刊行の作業のほかに随分手をかけていたのだが、読者の多くがあまりに高齢化しわたしたちも高齢となり、過分の作業は諦めるようになり、本の質をこそ大事にとこころがけてきた。
伊藤さんは、いまなお、嬉しい御褒美と激励とを続けて下さる。感謝感激に堪えない。

☆ 拝復
秦 恒平選集第28巻 お送りいただきありがとうございました。
私の人生一番の恩師長谷川泉先生との対談、私がペンクラブ電子文藝委員会に入る背景、芹沢光治良サロン・マグノリアルにおける秦さんの講演(初めての出 会い)と、興味ある話次々と来て、礼状が遅くなり申し訳ありません。電子文藝委員としては、校正中心ですが頑張って行きたいと思います。     岩手大 教授   渡部芳紀

* ペン電子文藝館を企画創立して主幹として指揮したおりに、渡部さんにもお願いして委員に入って頂いた。今世紀の初めであったろうか、久しいことである。
2019 2/21 207

 

* 伊藤かお吏さんへ、土佐の雛の軸は無事届いたろうか、案じている。

* 「茶杓」の研究と蒐集。自削でも有名であった亡くなられた西山松之助先生から、「今年竹」と銘を添えて戴いていた止節の清楚な一杓を、西山先生茶杓を 語られた論著一冊を添えて、多年「湖の本」の読者でもありお茶の先生をされているらしき山田宗由さんに送付謹呈した。遠慮無く受け取って愛用して下るよう に。

* 最上徳内を書くべく揃えていた千島、アイヌ、アイヌ語、蝦夷地、北方領土関連の地図や諸文献を妻が荷造りし、図書館に寄贈した。
谷崎潤一郎を研究したいと身を乗り出し掛けている秀才がもしいたら、多年に蒐集収蔵の全関連文献や論著を喜んで差し上げたいのだが、これは教授格の指導者先生の推薦が得られればのことかなあ。早稲田の千葉さん、同志社の田中さん、に教わりたいが。

* 九時半。もう今夜はダメ、眼も何もかも働いてくれない。明日の日曜に、また。
月曜は午後一番に聖路加病院へ。火曜からの選集送り出しが待っているから、遊んでは来れない。「選集」29は、せいぜいご縁の久しいしかもこれまで送れてなかった読者へ差し上げたい。なにしろ150册しか作らないのだし、手元にも残さねばならないのだし。
「選集」30は、大勢の「文学・文学者」を読み、また「美術・美術家」を語った大冊になる。対談や講演よりもより直接のことばで読みかつ語っている。やがて初校を戻せる。
2019 2/23 207

* 土佐光貞の雛の図、無事に届いていた、安心した。雛壇に雛飾りは昨今では場所が得にくい。喜んで貰えて嬉しい。大の大の仲良しであったやす香も、にっこりしてくれているだろう。元気だったら可愛い子を抱いてたろうに。
もう一人の孫娘みゆ希はもう二十代も後半の大人であろうが、どこでどう成人の日々を送っているのか、祖父母はまったく知りようもない。今や、わたしたち祖父母の血はこの子独りが受けついでいる。もう結婚して子供が出来ているのだろうか、それすらも全く分からない。

* 此の機械だけでなく、妻の機械も、ときに明らかに受信していなければならぬメールが届いていないということが、有る、らしい。ワケは分からない。あるがままてあるしかない。
2019 2/24 207

* 吉田宗由様  2019年2月22日(金) 13:03 hatak

 

ご存知かどうか分かりませんが

西山松之助さんという、 まことに勝れた有名な近世学の学者がおられました。この方はまた「茶杓の研究」でも知られた方でした。

その西山先生からわたしが頂いた、御自削の佳い茶杓を、あなたへ差し上げます。
西山先生の茶杓にかかわる御著書一冊を添えまして、いま、家内が郵送の用意をしています。週明けにも間違いなくお送りしますので、ご遠慮無く もらって下さい。

「筒」があるといいのですが、西山先生の自筆で、「今年竹(ことしだけ)」という「銘」の包み紙がついていますのを 大事にご保存ください。

「留め節」という特殊な一杓ですが、すがたの佳い、先生自信作と思います。御一緒に西山先生と同様にえらい先生と新春の「鼎談」をしたこともあり、ご生前からずいぶん若い私を引き立てて戴きました。勝れた「家元」論などある方です。

私の手もとで死蔵してはあまりに惜しく、 お茶人のあなたに謹呈します。何の遠慮もなく受け取って下さい うまく活かしてご愛用ください。返礼などは、全く全くご無用ですよ。

お元気で。 体調を損じたままですので お茶をいただきに上がれないのが残念。  秦 恒平 宗遠

☆ 嬉しいメッセージをありがとうございます。

パソコンを今使えないので返事遅くなりました。

広島に来ていまして スマホで拝見しました。

立派な方の作品をいただいていいのでしょうか? 私からしますと秦先生から頂くことも光栄です。楽しみにしています。

3月には浦和に帰ります。

お体も大変な中ですのにお心遣い本当に恐縮でございます。

嬉しいご縁をいただいて これからの茶道の励みにして参ります。

お茶会を持たせていただく時は 勉強をして楽しませていただきます。

お体をお大事になさってくださいませ。
奥様もありがとうございます。    木鶏庵 吉田宗由
2019 2/24 207

 

☆ 前にご覧になった夢、
中島みゆきの「ホームにて」がどこか記憶の隅に残っていらしたのではないですか。
ギターの弾語りはこんな風に始まります。

(ふるさとへ 向かう最終に

乗れる人は 急ぎなさいと

やさしい やさしい声の 駅長が

街なかに 叫ぶ

振り向けば 空色の汽車は

いま ドアが閉まりかけて

灯りともる 窓の中では 帰りびとが笑う~)

 

改めて夢のお話を思い出したのは、先日仕事帰りに中島みゆきの舞台「リトル・トーキョー」を観、この週末に旧友と再会したからでしょう。

みゆきの今年の「夜会」では、「帰りたさの欠片のような」「幻の場所」、「帰らないすべてがここだけにある」「嘘のトーキョー」が、繰り返し歌われていました。

旧友もまた、わだかまりあってふるさとを離れて九州に渡り、今度こちらに越してきました。

両親の十三回忌で久しぶり帰省し、懐かしい店にも寄ってきたけれど、もう二度と戻ることはないだろうと、山の斜面を彩る梅の小径を歩きながら話してくれました。

青い海と山と川のある小田原がどことなく故郷に似ているようで、何の縁もなかったけれど、ここに住むことに決めたのだとも。

いつかまた帰れるとは気安く言えないけれど、湯河原の湯に二人とも体の芯までぽかぽか温まってきました。

夢見良くないとおっしゃってましたが、創作に本の送り出しに、心地よい疲れでぐっすり眠れますように。

どうぞお元気で。

* メールの宛先がちがっているのでは。
中島みゆきという歌手の名は知ってますが 歌は、何一つ記憶にも印象にも残っていませんから、「ホームにて」とはなにのことやら、全く分からない。わたしのみた夢というのも、何をいわれているのやら。
思い入れが見当を失しているのでは。何を言いかけられているのか、分かりません。メールの宛先がちがうのでは。

わたしのこのごろ求めて見る夢は、みな、創作がらみにもの凄い京の魔境のいろいろで。

中島みゆきといえば、昔の若い知人がのぼせていて、結婚式にも持 ち出したとか、そんな噂を聞いてたかも。その彼が、中島みゆきの曲をいくつかテープに入れて、呉れたことがあったかも。うたは、何一つも記憶にありませ ん。彼女の歌が、好きというより、イヤという気持ちでしたから。

お友達との再会などのことも、なにごとか わたしにはよそ事で、しっくり噛み合って分かるはなしでなく。やはり宛先がちがっていたのでは。
2019 2/25 207

☆ 秦先生へ
ご連絡もできない日々を過ごし…受け取らせて頂いた『湖の本 143号』の御礼をお伝えするのが今頃になってしまい、申し訳ないことでございました。
不注意で胸を強く打ち、胸骨にヒビが入ってしまって…息をするのも難儀な時を過ごしておりました。
だいぶん良くなってまいりましたが…笑うことも、咳き込むことも、未だ大変な動作で… 普段何気なくしていたことができない不便を、身をもって感じています。
それでも、回復に向かっているので、陽射しが日ごと春めくのを感じながら、明るい方を向いています。
「何ぞ必ずしも」 休んでいる間中、先生の御本を読むことができ、いつもより豊かな時を過ごしておりました。 先生の御作に游び、読み返す度に新たな事に気づいて樂しみ、また学んでいます。  まだ『祇園』には、出かけられず…心苦しい事ですが、もう暫くしたら 先生に写真をお届けしたいものと願っています。
『北野天満宮』の梅は今、見ごろとのこと。 目を閉じて、境内の景色を想い描くと、古木から漂う香りが聴こえて来るようです。かえって、たくさんの人の中で聴くよりも、佳く薫る。 そんな風にも思えます。
「そこへ、行けないときは、目で游ぶ」
以前にも、先生へメールで差し上げたような気がいたしますが… 目を閉じて、そこへ行ってみるのは一興です。
今日『修二会』の練行衆は、総別火に入られます。 三月朔日からの本行では、二月堂内に参籠衆の声明が響き渡ります。 「その音が、春の潮をゆったりと、こちらに引き寄せる」と、どなたかが書いておられました。
だいぶ過ごしやすい気候となってまいりましたが、どうぞくれぐれもお身体おいとい下さいませ。   先生も奥様も、お元気であられますように、祈っております。 京・鷹峯 百 拝

* からだを傷めているのではと案じていたが。ま、一安心か。京の香りが届いてきた気がする。
2019 2/26 207

☆ お元気ですか、みづうみ
少し暖かくなってまいりましたが、通院のお疲れとれましたでしょうか。
先日、杖の話を書いていらっしゃいました。

* 「杖」のはなしをしたが、胃全摘の手術後に二本ほど安物買いの銭失い電車などに置き忘れてきた。で、松屋で、妻に紫檀のやや高価な一本を買ってもらい 以来失くしていないが。
杖というとわたし、漱石『彼岸過ぎ迄』に出てくる、なんでも蛇のアタマを握りにしたとかいう杖が 初対面から気になり 今も妙に忘れがたいばかりか、わたしも何かしら恁う、竹でも木でも何でもいい珍しいツクリの愛用に耐える杖が見つからんかなあと、ずうっと半ば夢見ている。
古道具や古物をあつかう店が無いのかなあと思いつつ、東京では知らない。京の街中にはときどき古びた店があったものだ、落語に出てくるようなハナシにならない珍物も 店の隅や表に転がっていた。
東京では、識らない。浅草でそれとなく探したが、表を厚い硝子戸で締めてあるような店では、弁慶が小野小町にやった恋文のようなヤツは見当たらない。
仙人が背丈より高い「杖」をついてる繪などみると、どこかしらにわたしにも妙なシロモノが見つかりそうな気がするのだが。
そうそう 長い自然木の杖は地面をつく先っちょがよく小さな二股になっている。あれは、杖の安定のためでない、蛇を抑えくるっと巻いて掴み取るのである。なんとも、はや。

 

何か「珍しいツクリの愛用に耐える杖」をみづうみのためにお探ししたいなあと、ネット上で探していました。
大量生産大量消費の昨今のものはまったくツマラナイものばかりなのは分かっていましたので、アンティークもので探してみました。そうしましたら、多種多様な杖を発見し驚きました。とっても面白い世界です。杖にも熱心なコレクターがいるのですね。

一本とても気に入った杖は、イギリスのアンティークでした。製作年代は十九世紀から二十世紀初頭と推定されるもので、銀製のハンドル、シャフトは木製、石 突きは水牛の角。一番の特徴は 純銀のハンドル部分が美人の裸婦像であることです。胸もお尻もボリュームのある女性ですが、その横たわる裸婦の形状がとて も握りやすそうでした。少し摩耗して丸みが増している感じがするのは、百年以上の時間の中で何人かの持ち主に愛用されてきた証拠かもしれません。遊び心あ る富裕な顧客の注文によって作られた逸品だと思いました。杖一本にも手間と時間とお金をかけられた時代が羨ましくなります。この一本ならくすりと笑えて、 みづうみが手にして出歩くのがちょっと楽しみになるのではと思いました。

オークションで 八十件ほど入札が入っていましたが、少し無理すれば落札できたかもしれません。
それでもやはりわたくしからプレゼントするのは憚られました。息子である、妻である、というような関係なら、ユーモアのある贈物ですが、女性読者から、アンティークのコレクターズアイテムとはいえ、古びた裸婦像つきの杖などお送りしたら常識を疑われてしまいます。
というわけで、想像の中でみづうみにプレゼントしたつもり、みづうみも手にしたつもりになっていただければ幸いです。

文学以外には欲のないみづうみが、珍しく欲しいとお望みなのですから ひき続き面白そうなものをお探しいたしましょう。
鹿の角を使っていたり、ゾウや犬のハンドルのものや純銀、純金の贅沢な彫物入りなど、なかなか奥深い趣味の世界ですので そのうちこれというものが出てくるかもしれません。

全然話がかわりますが、みづうみに二点質問させてください。

一、 選集一冊には原稿用紙にすると何百枚、あるいは千枚程度入っているか、およその量でかまいませんのでお教えいただけますでしょうか。

 

二、『慈子』の中で、お利根さんはよく紙衣の着物を着て描写されています。なぜ紬ではなく紙衣なのでしょう。京都のひとは紙衣を日常によくお召しになるの でしょうか。かるくて丈夫で、作るのに手間がかかるとは聞いておりますが、東京の呉服屋の店頭ではまず見つかりません。わたくしも存在は知っていますが、 見たことはないのです。

お利根さんに紙衣を着せたことは、お利根さんの人物像を表現するためのものと思いますが、まったく見当違いのことを考えている可能性がなきにしもあらず。紙衣そのものを触ったこともなく知らない読者が大多数の現在、何か作者からのヒントをいただけますと嬉しいです。

勿論、この質問、ご興味なければどうかご放念くださいますように。

 

そうそう、今まで申し忘れておりましたが、二月九日の三笠会館のネクタイ姿のみづうみのお写真は好きです。知識人かくありという一枚でした。

選集楽しみにしておりますが、くれぐれもご無理のないペースでゆっくり作業なさってくださいますように。  燈   春の灯や女はもたぬのどぼとけ  日野草城

 

* 疲れの抜ける、面白い、嬉しいメールを、ありがたく。
杖のはなしに反応してもらったのが楽しい。
文学作品で「杖」に印象を濃くしたのは漱石先生のアレだけだが、杖は、からだの弱味を庇うだけでないとは、明 治や大正 多くの例でなんとなく納得していて、しかし妻にも杖をついたらと奨めると、「イヤっ」と声が大きくなるのは、女と杖とは食い合わせがわるいらしい。 『彼岸過ぎ迄の』を手放さないを彼など、書生の若さだった。杖が弱った爺さんの専用でないと、あの小説でなんだか愉快に納得したのだった。
お尋ねのわたしの「選集」一巻収容分量だが、此の選集、一頁 10ポ組み 一行42字 一頁19行と 決めてある。一巻の頁数はこのところ600頁を越すことも あり、終盤へ来て収録分をつい増やしたくなるのだが、大体580頁ぐらいが平均か。大雑把に400字原稿用紙一枚で計算してもらえば、大きくはちがうまいと思います。

『慈子』に書いたお利根さんの紙衣のことは、夕食後の作業を奨めて休憩の頃に、あらためて。

* 紙衣姿で一に思い出すのは、上方歌舞伎のわたしの好きな「吉田屋」へ、勘当されている伊左衛門が、夕霧の顔見たさにやってくる「やつし」姿が紙衣で。
伊左衛門はチョー大店の豪儀な若旦那であり、とくに卑下して紙衣に身をやつして居るとも云えない、また紙衣じたいが貧相の衣類というより、心持ち身を引いて慎んだお洒落の行儀に近い。
お利根さんの処世は、卑下ではないが、慎んで控えめであり、そこにまたひそんだ気概・気品を抱いている。紙衣は、お利根さんの場合、どんな衣裳、装いよりも慎んだままに身の晴れの出来る心がけであり、よく「似合う」と思って採用した。
紙衣は、もとより紙であり手荒には着られない、それだけにまた決して粗末な仕上げでない独特な渋などで紙の質を守ってもいると聞いている。
2019 2/26 207

☆ 感謝
みづうみ、お元気ですか。
発送作業にお疲れの中、早速質問にお返事いただき恐縮でございます。ありがとうございました。
お利根さんの紙衣については、なかなか良い質問をしたのではないかと自画自賛したくなりました。
>お利根さんの処世は、卑下ではないが、慎んで控えめであり、そこにまたひそんだ気概・気品を抱いている。紙衣は、お利根さんの場合、どんな衣裳、装いよりも慎んだままに身の晴れの出来る心がけであり、よく「似合う」と思って採用した。

最高の作者解説です。わたくしは、自分の財布の範囲内とはいえ着物道楽をしてきましたが、それでも紙衣との出会いはなくてイメージが掴みにくかったのです が、これで長年の疑問が解決いたしました。紙衣が絶滅危惧種の衣類になりつつある現在、みづうみのこのご説明は将来の読者にも大きな助けとなるにちがいあ りません。みづうみが作品を隅々まで完璧に創っていらしたことが改めて身に染みます。
私見ですが、女には染めの着物、い わゆる「やわらかもの」の似合うタイプと、織の着物「かたもの」の似合うタイプがあります。お姫さまタイプとお手伝いさんタイプというとわかりやすいけれ ど、お姫さまが上でお手伝いさんが下という誤解を与えてしまいそうで差別的でしょうか。
ある大学の先生が「女には奉仕され る女と奉仕する女の二種類しかない」と言っていましたが、それに近いのです。前者は着物を父親なり夫なり恋人なりに買ってもらい、「やわらかもの」が似合 う女。後者は自分で着物を買う、経済的にも自立した働く女で「かたもの」が似合うのです。前者は昭和の女に多く、後者は現代のデキル女。美醜にはまったく 関係ありません。お姫様系のブス、お手伝いさん系の美人はたくさんいますから。

『細 雪』の蒔岡四姉妹は間違いなく着物を買ってもらう「染めの着物」が似合うお姫様たちです。平安神宮の花見で松子夫人と姉妹たちが華やかに着飾って写ってい る写真をみたことがありますが、「はんなり」そのものの「やわらかもの」をお召しでした。『慈子』の肇子や慈子は、やっぱりお姫様のほうでしょう。
着物に関する著作がおありで「かた もの」の似合うのは、学者の鶴見和子さんや田中優子さんです。お二人とも美人ですから友禅などのやわらかものも勿論お似合いですが、紬などの「かたもの」 がスーツのような仕事着であり、こちらをお召しの時のほうがニンに合っていますし、そちらのほうがお好みでもあるようです。

「紙 衣」はどちらかというと「かたもの」に分類されるのでしょうが、堅牢な結城紬や郡上紬とは違うものです。「やわらかもの」ではないけれど所謂「かたもの」 とも言い難いような気がして、わたくしはどうしてお利根さんは「紙衣」を好んでいるのかしらとずっと思ってきました。控えめな装いであろうとは思いつつ、 水を通すほど身体になじむ結城紬ではない理由があるのだろうと。「紙衣」という微妙な選択に、作者の深慮がおありだったことがよくわかりました。色々お教 えいただき本当に感謝申し上げます。

今日の作業のお疲れが残りませんように。
衣   繕ひて古き紙衣を愛すかな   虚子
勿体なや祖師は紙衣の九十年  大谷句佛

* わたしは、『畜生塚』の昔から、作の女たちにずいぶん和服を着てもらってきた。わたし自身の好みがつよいが、いましも初稿脱稿まちの今度の長編でも、ところどころに好みの和服を用意している。さ、似合うのかどうか。
2019 2/28 207

☆ 今日朝、
選集29 頂戴しました、
限定版で 数少ない中お贈り戴き 恐縮です。
拝見!‼  なんと懐かしい、中、なつかしい写真まで。お互いに、考えられない程の歳を取りましたね!。
少年—山のべの道—思い出します。良い思い出です。有り難う御ざいました、
一時 お便り途切れてましたけど、今は 嬉しい限りです。
今は 役目を果たさねばと、おっしゃる通り 病人を見まもり 頑張っています。 京・北日吉  華

* メールを読んでいるうちに、覚えの震えが左掌や指へ来て気 持ちわるく、急いで階下で血糖値を測ると。昨夜中と同じ46という言語道断な低血糖で、二日も同じ値の低血糖の続くのは例がなく、砂糖などを多めに口に入れて、ほぼ回復した。低血糖で入院する ような人も有ると耳にしてイヤな気分で居たが。
気をつけて過ごさねば。

* 十時。今夜は何も出来ず。もう、やすむ。二月が逝く。
2019 2/28 207

☆ 秦様
ようやく寒気が緩んでまいりましたが、お変わりなくお過ごしのことと存じ上げます。
『秦恒平選集29巻』のご恵投、ありがとうございました。29巻は詩歌の巻、楽しく拝読しております。
藤村の「まだあげ初めし前髪の・・・」の詩は、少年時代に読んで以来、いまだに時々思い出し、   『若菜集』を披くほど好きな詩で、わが意を得たりの 感を抱きました。現在読んでも少女から女へと変わりゆく娘の初々しさと、淡くほのかなエロティシズムが私の心をひきつけてやみません。
「乱声」の歌に、谷崎を熱愛する秦様の一面を拝見した気がいたしました。若々しい秦様の精神に感嘆。「鍵」、「瘋癲老人日記」に匹敵する作品をお書きになることを期待いたしております。
窓近く蝋梅の咲くを今日知りぬわが生に新しき喜び一つ   鋼  歌人

☆ 庭の紅梅が
やや盛りを過ぎ、白梅の芽にまぶしいころとなりました。
このたびはご高著第二十九巻をご贈与たまわりまことにありがとうございました、過激なまで大胆な御作が並びますとむしろ清冽な泉を覗き込むような感慨に ひたったことでございます。品位、品格にいささかの揺るぎもないことに、驚き入ってしまい、感嘆のひとことでございます。
益々のご榮硯をお祈り申し上げます。
御身体 くれぐれもお大切にお過ごし下さいませ  かしこ  京・鳴瀧  川浪春香

* 恐れ入ります。過分のご支援までいただき、恐縮、感謝に堪えません。

☆ すっかり
ご無沙汰しまして申しわけありません。
一月は なんだか それまで(=一年余の高麗屋三代襲名興行)の疲れがでて、年相応に膝が痛くなったりで、歌舞伎座にお出かけの時ご挨拶できず失礼しました。
本日はご本 第二十九巻目をお届けいただきありがとうございました。。
先生のものを書かれるパワーには いつも頭が下がります。
今月は(=歌舞伎座で)お目にかかりますのを楽しみにしております。
奥様にもよろしくお伝えくださいませ。   藤間紀子  二代目松本白鸚御内儀

* 三月は、昼と夜と分けて、二度歌舞伎座を楽しむ。楽しみが、二倍になる。

* 新刊の「選集」29 には前半に、前後二つの対照的な歌集『少年』と『老蠶』とを収め、『老蠶』には「光塵」「亂聲」の二集を収めた。序や跋のたぐい、また全一巻の後記も、いの読み直してみた。これらがきちんと書けていてわたしの重いと齟齬するまた欠けるなにも無いので、安心している。これはこれで、よろしい。
後半の鑑賞詞華集は、わたしの全仕事の一角を成す代表作であり、愛読して戴くに十分足りている。詩歌、ことに和歌短歌はわたしの文学・文藝の欠かせぬ先駆であり一角であり、この集の成ったことで、「秦 恒平選集」を心がけた半ばが満たされたと喜んでいる。
逢えて掉尾とは謂わないが、仕上がりへ日々近付いている或るいみでは猛烈をきわめた長編小説『オイノ・セクスアリス 或る寓話』も、大いに顰蹙を買う末期の暴作になるだろう。

☆ ご健康を支えられて
『秦恒平選集』第29巻を無事に刊行なさったことを 心からお慶び申し上げます。ご恵贈にあずかり、ありがとう存じました。
実は私は「ヨブ記」を読んでみたいという一般読者ならびに牧師たちのための注解書書きで難渋している最中です。当分、難渋します。
選集29巻をいただき、思考の中断は困ったものと思いましたが、いただいた限りは読むという私の決意があり、早速ページをくくりました。まぶしいばかりの少年時代の詩の数々を再び拝見し、近年の詩作に触れました。とにかく脱帽の一語あるのみです。
『愛、はるかに照らせ 愛の歌 日本の叙情』の部は、再び丹念に拝見しました。透徹した鑑賞・批評眼、温かなコメントに浸りました。「愛、はるかに照らせ」という新たなネーミングに、著者の言い得ぬ思いが込められているものと感じました。
ありがとうございました。ご夫妻のご健康をお祈りいたします。  ICU名誉教授  浩

☆ 選集第29巻おめでとうございます!
すっかりご無沙汰ごめんなさい。お手紙も有り難う。いつもそろそろご本が着くかな? と待っていると、必ずずっしり重いご本が届くので、「お元気で良かった!」と受け取っていますよ。今頃は発送が終わってほっとしていらっしゃる頃と思います。
私は薬を変えてもらったせいか、とても調子が良くなっています。よろよろはしていますが、転ばないでいます。
気候が安定しませんが どうか お二人共日々大切にお過ごし下さいね。
秦さんにおめでとうを伝えてね。     琉   妻の妹

* 体調の宜しいのは、何よりのこと。 いつも、励ましてもらっている。ありがとう。 2019 3/1 208

☆ 感謝
ご連絡遅くなりました。
夕方に選集届きました。ありがとうございます。
秦さんの歌への想い、しっかり受けとめ読んでいきます。
お疲れが早くとれますように。どうぞお大事に。  下関  碧
2019 3/1 208

☆ 昨日は、
三日ぶりの雨(雪ではなく)でした。午前、散髪に行きました。外套なしで。
午後、「お荷物」が届きました。ちょうど来宅していた嫁が受取りました。嫁に秦さんのことを少し語りました。
今日の午後、ちょっとした検診(この年になると、何かあるものですね)に、金沢の大きな病院へ行くことになっています。混雑を避けて、高速を使えば、三 十分余りで行着きますので、大丈夫だというのですが、家族はみんなでだめだというのです。そこで嫁が運転手をかって出て、私の説得に来ていたのです。結局 私が折れて、嫁に助けてもらうことにしました。

『第二十九巻』、嫁の一声は、「すごく立派なご本ですね」でした。中味の「立派さ」を語っているときりがないので、それきりにして、病院行きの打合せ──時間などを──に移りました。
改めて『第二十九巻』、こうして「見せつけられる」とち、秦さんの「うたごえ」の大きさに圧倒されます。挿入されている識者の論評を読んで、ますますそれを深めています。今更ながらですが──。
これまで、いろんなお作に接する度に、舌足らずなことばを添えて「受取り」をお伝えしてきましたが、もう「ことば」もなくなりました。特に「うた」は、ただ感じることしかできない──ので、時には頁を繰って「感じ」させていただきたいと思っています。
次は三十巻の大台に乗ります。この刊行のご努力、ご苦心、こっちにもほとほと敬服しています。この精神力、体力と共にお大事にとお祈りしています。
奥様、この所穏やかなご様子とお察しし喜んでいます。
三月一日 午前十時   能美市  井口哲郎  前・石川近代文学館館長・県立小松高校校長

* 検診のご無事通過を祈ります。
お嫁さんの御助勢 羨ましい限りです。やはれ車は、ご用心下さい。
いつも封筒に御自刻の美しい印、なかなか読み取れはしないのだが、佳いものであるなあと。
わたしには図画工作の能がぜんぜん無くて情けない。
目の真ん前の書架にずらっと勢揃いした「秦 恒平選集」という函装の背文字は井口さんに刻していただいたもの、いつもまぢかに温かなお人を感じられて嬉しい限り。お元気でと願うばかり。

☆ 今日、
お送りいただいた『選集第二十九巻』を手にしながら、その重みに深く感じるものがありました。
頁の多さもさりながら、編まれた先生の思い、また書かれた方々の籠められ思いが伝わってきて…しばらく頁を開くことができませんでした。
歌は、詩華は、少ない文字の中に「作者の思い」が色濃く映っているので… ひとつ、ひとつ、よんでゆくのが、私にはかんたんなことでないのですが…  その、ひとつひとつの言葉をおって、ゆっくりとよみ、またよみおえた後しばらく経ってから、余韻、言葉の響きに満たされ、のこり香につつまれた心地とな るのです。 その馥郁とした時間の流れは、佳く醸された美酒に酔うのににています。
才たけた方々の、選ばれた言葉をよむと、美しいものにふれる時ばかりでなく、崖のふちにたつ時も、たいせつな人を喪うかなしみの時にも、言葉に籠められた 力によって、いざなわれきよめられて行く。そんなふうに、私には感じられ、豊かな時間を過ごしています。
お陰様で…有り難く、御礼申し上げます。
あたたかな日と、ひいやりとする日が交互におとずれるこの頃です。
どうぞ、お身体お気をつけ下さいませ。 『選集』ご配送のお疲れが、どうぞお出になりませぬ様、お祈り致しております。 京・鷹峯   百 拝

☆ 「選集」第29巻
昨日無事に頂戴いたしました。ありがとうございます。
ありありと、生々しいほど、みづうみの面目が蘇ってきます。歌の底力に畏怖の念を感じています。
歌を、秦恒平文学の主柱とは思ってきませんでしたが、「少年」から「老蠺」まで歌集としてまとめて読むことで、文学者秦恒平の旅路、みづうみの命の軌跡は、どうしても歌で表現しなければならなかった必然を感じました。
貴重な一巻でした。  囀  囀をこぼさじと抱く大樹かな  星野立子

☆『愛と友情の歌』講談社版 昭和七十年刊 は
常に座右に置き、折りにふれ頁を繰る大好きなご本です。
選ばれた作品の力、それ以上に、読む力、味わう力をしみじみとかみしめながら。
「選集第二十九巻」嬉しく拝受しました。ありがとうございました。
だいぶあたたかくなりましたが、朝夕はまだ寒さがきついですね。先生も奥様もどうぞお身体を大切におすごしくださいませ  かしこ  各務原  都

☆ 待望の
第29巻、嬉しく。
ゆっくり詠ませていただきます。   葦

* 同志社大学図書館、「三田文学」編集室からも受領の挨拶があった。
2019 3/2 208

* 東村山の写真家近藤聰さん、地酒一升と、「東村山」自讃宣伝の菓子一折とを下さる。

☆ 狛江の野路です。
「選集29巻」を恵贈下さり感謝いたします。
前巻で 短歌の行く末を案じての緊張感溢れる鼎談記録を拝読しておりましたので 「千載集」以後のお手本集のように読ませていただきます。
以前「湖の本」エッセイ17」の栞に書かれた「秋露如玉」のような仕掛けを探して愉しみます。
2019 3/3 208

☆ お世話になります。
「シグナレス」の森野です。
新作の完成が近いとのことで、おめでとうございます。
自分がほんの少しでもお役に立てていれば、本当に光栄で、うれしく思います。
遅くなりましたが、郵便物、本日受け取ることができました。
貴重な本をお送りいただき、本当にありがとうございます。
少しずつ、読ませていただきたいと思います。
「シグナレス」も次号に向けて、動き出しました。
今回は執筆者の方が製作に係わっておられる映画を特集する予定で、4月には発行したいと思っています。
3月になりましたが、春はまだもう少しという感じですね。
季候の変わりやすい季節ですので、お体を大切になさってください。
ありがとうございました。

* この、事実上未知の人の実のある援けが得られていなかったら、この長編『オイノ・セクスアリス』は仕上げられなかった。感謝に堪えません。
2019 3/3 208

☆ 田舎から
浦和に帰りますと 先生から頂きました茶杓が届いていました。

留め節のお茶杓でしたので 唐物のお稽古に 早速使わせていただきました。

お使いになる前に 先生からのメールをご覧いただいたので (お稽古の=)皆様驚かれて 感謝してお使いになられたと思います。

磨き込まれたお茶杓 拝見しても素晴らしいですね。

お包みにも みなさまと感激しました。

大事に使わせていただきます。 ありがとうございました。

落ち着かなくて ご挨拶遅くなり失礼いたしました。

先生も奥様もお身体を大切に お元気でいらしてください。 木鶏庵  吉田宗由

* 茶杓博士で削者でもあられた西山松之助先生にいただいた留節茶杓「銘・今年竹(ことしだけ)」が、無事おさまるところへ蔵まった。茶道具は秘蔵すべきもの でない、愛用され生かされた方がいい。お弟子を持たれた方にと思案していた。筒もつくって上げればもっとよかったろうが、その楽しみは木鶏庵さんに委ねよ う。
2019 3/4 208

☆ 秦恒平先生
『秦恒平選集 第29巻』拝受いたしました。ありがとうございました。厚く御礼申し上げます。
いつもながら、まず立派なクロス装の感触を楽しんでから表紙を開きます。
お写真、 “18歳の少年” と “酉の八十二歳” と お変わり有りませんね。あやかりたいと思います。
お言葉に従い、巻末の「愛、はるかに照らせ」から頁を開きました。
大変楽しく味わっております。
「男女の愛」もさることながら、今の私には特に「夫婦の愛」に臨場感を感じております。50年も連れ添うとお互い空気のような存在になってきましたが、一つずつ詩歌を読んでいくと自分自身 まさに“こんなことがあった、あんなこともあった”と思い起こしております。
3年前の大病、入院手術を経験してから、夫婦の関係が若干昔に戻ったような気がしております。病も悪いことばかりではありません。
p.s. キジバトの夫婦が我が家を気にいってくれたらしく毎日訪れます。
先日は、1時間以上庭を歩き回ったり居眠りをしたりノンビリとくつろいでいます。この写真の時はなぜかひとりで来訪、夫婦げんかをしたらしい!?  篠崎仁

* こういうふうに読んで頂けると、書いた甲斐があります。

* 二三日前に、「日本ペンクラブ理事選挙と山田健太氏メール」と題して、

<連絡先>
東京千代田法律事務所
梓 澤 和 幸

(日本ペンクラブ理事、平和委員会委員長、弁護士)

 

株式会社コールサック社
鈴 木 比 佐 雄
(平和委員会副委員長、詩人、評論家、会社経営)

と名乗る人のメールを受け取った。日本ペンクラブの理事選挙に関わる「表明」と読めて、むろんわたしも会員の一人と看て送られてきたに相違ない。
今日はまた、「日本ペンクラブ理事選挙の件です。」と題して、「グラフィックデザイナー 写真家 編集者 斎藤芳弘   平和委員会に所属 主に日本ペンクラブ主催イベントの記録撮影を担当しています」という人からも同様のメールが来て、つまりは理事會多数派工作と読み取 れた。理事に推してくれと謂う名前が双方20人ほどずつ挙げてあり、「ペン」マンとしてのツマリは文学・文藝の作者・筆者としての業績・実績を存じ上げて いる殆ど誰もないのにもびっくりした。
こんな風に{組んで 、徒党感覚で動き回る文学者」というのを、「雑誌同人」はしらず、プロレタリア文藝このかた「知らんかったなあ」と吃驚している。主義主張はあるのだろ う、が、要は、何かしら分派、勢力争いに他ならない。これでは物を書いている知友に、「入会」をお奨めするよりも、自分が「退会」したほうがあとくされ無 いかなあと思ってしまう。
しかし、わたしは「日本ペンクラブ」会員としての責任を忘れていない。わたしを会員に推薦して下さった大先生・大先輩方何人もの名を思い出せば、また、 藤村、白鳥、直哉、川端、光治良、中村光夫また井上靖、遠藤周作等々の過去の「文学者」会長の名と伝統を思い起こせば、投げ出せないよなあと慨嘆する。

☆ 瀬戸内寂聴さん、元・新潮編集長の坂本忠雄さん、故・島津忠夫さんご遺族、写真家・近藤聰さん、歌人阪森郁代さん、立命館大学図書館等々、「選集」へお便りを戴いた、が、もう眼が利かないので。

☆ 東近江の作家・川島民親さん、江東区の歌人藤原龍一郎さん、愛知県知多の久米則夫さん、静岡市の鳥井きよみさん、過分のご支援を戴く。
品川の本間久雄さん、相模原の篠崎功さん、花巻市の及川恵美子さんにもご支援を戴く。
2019 3/4 208

☆ 選集を頂きました。
『愛の歌・日本の叙情』は 最も親しく何度も読み直した本の一冊です。
高校生(=大学一年)の頃の写真を載せたのは初めてですね。表情から色々なことが小説の中の鴉と重ね合わせて窺え、興味深いものがありました。
自分の写真でも思い起こすと唯懐かしいだけでなく・・それに引き換え現在の姿を思えば、些かの気概と共に大いに努力をしなければと・・まあ、女は大 変!!?? と何やら奇妙な方向に考えが流れてしまいます。(が、アンチ・エイジング、若見えとか毎日のようにテレビから吹き込まれています。)
少しずつ作品(=十年がかりの長編)が仕上がりに近づいている様子を想像していました。三部に分けて書き継いだ様子が述べてあり、千枚以上のものを完成 させるには 中途でのさまざまな試みや工夫、難儀があったのだと思いました、そして一挙に進んでいく時期になったのだと。

下の娘が海外勤務になるかもしれず、現在は京都住まい。そのために時折わたしの京都行きが可能になっているのですが、彼女が遠くになると思うと哀しく て、わたし自身の子離れができていないのかと改めて考えさせられています。今のうちに出来る限り京都滞在を増やしたいと思っています。
今年は寒い日があまりなかったような感じがします。
花粉症に悩む頃でしょうか。そして病院の検査も近いかと思います。無事放免されますよう!!!くれぐれも大切に。

手荒い仕事とありますが、文章全てに神経尖らせて細部に拘る、その一方でラフな感触のまま、一気呵成が良いこともあると思います。また読む人もその点に関しては問うたり批評できないでしょう。何しろ大真面目に正面から「セクスアリス」に挑まれたのですから。
待っています。全神経(全身ではなく)全霊傾けて 大真面目に読みます。
「いろいろ助けてもらいましたが」と書かれていますが、わたしの助けなど一体どれほどのものか、微々たるものです。   尾張の鳶
2019 3/5 208

☆ 秦先生、
ご丁重なメールをいただき恐縮しております。つい先だってフランスから戻った途端、先生から選集が届き、これから目を通そうと思っていた矢先です。
同時に留守中にペンの騒動、実にたわいのない、政治家の派閥争いみたいな手紙、メールが舞い込み、いよいよペンからから退却かな、と思っていた次第です。
いずれのグループも自分の仲間を集めることだけに精力を注いでおり、ペンの理念などとうの昔に捨て去ってしまった気がいたします。
国際ペンも大同小異で そろそろ引き時と考えていたこともありますが、半面、これが理由で辞めるというのもいかにも情けない気がします。
来週からまた トルコ、スロベニア、クロアチアなどに出かけます。ペンとは直接関係ないのですが最近はこうした「核」に関連した運動に力を注いでいます。 今回は広島―長崎原爆展をスロベニア、クロアチアの国立歴史博物館で開催し、それに合わせ 平和に関するワークショップを連続しておくため かなり長い滞在になります。その間にペンの紛争の行方も決まるでしょうから、その意味では助かります。

ここ数日はまるで冬に戻ってしまったような気候ですが、それでも三寒四温を繰り返しながら春が到来するでしょう。
同時に先生のご健康も自然のエネルギーをいただき回復されることを切に祈っております。
一度戻りましたら 折を見て活動報告などをさせてください。

先生は私にとって 日本を代表する真の小説家であり、最も尊敬し、世界の誇れる大先輩であります。これからもますますご自愛の上、ご活躍いただくことを願っています。
お礼とご報告まで。    国際ペン専務理事  堀武昭

* 堀さんの、お怪我無く、地球規模での絶えざる御活躍が続きますよう、心より願います。
日本ペンクラブが、凛然として文学・文藝への自覚と精進を深め、一致して保守悪政と戦いつつ、作品豊かな創作活動の真の充実を望みたい。
2019 3/5 208

☆ 色川大吉先生、同志社国文学教授田中励儀さん。今治の木村年孝さん、作家の杉本利男さん、調布の中野完二さん、それぞれにいいお便りがあった。が、 転写紹介の視力が無くなり、残念。他に、奈良女子大、神奈川近代文学館、昭和女子大日本文学科、早稲田大学図書館からも受領の挨拶があり。
2019 3/5 208

☆ 秦 恒平様
この度も 型破りともいうべき「詞華集」をお贈り下さり、誠にありがとうございます。また「秦 恒平選集」も第二十九巻に達しました、
人間一人の文業として空前とさえ拝察致します。 小生如き 車椅子頼りの老人(当年九十四歳)には嘆称すべき偉業とい云わざるをえません。以て無限の老廃人に対する励みと致します。
ありがとうございました。
「春」到来とは云え氷雨ふりしきり
梅、花いまだ開かざる高地でございます。
この度の歌集のかずかず ”少年””老蠶” それに『愛の歌 日本の抒情』の諸編は、小生らの手の届かざる偉業というべきものかと拝察致します。
積年のお礼のしるしに、四月ごろ刊行の拙著『歴史家の見た宮澤賢治』を御進呈致したく存じます。 尚 これへの返礼は無用です。 多分、小生は他界に遊行中であるかもしれず。
(”老兵は ただ 消えゆくのみ”  D ダグラス・マッカーサー 元GHQ総司令官)
敗戦直後、浅草の芝居小屋で聞きました、庶民の歓声のなかで。
平成三一年二月二十八日    色川大吉  (歴史家 思想家 東経大名誉教授)

☆ 前略
『秦恒平選集』第29巻をご恵送いただき、誠に有難うございました。
巻頭の写真は同志社女子大学のキヤンパスでしょうか(=栄光館の前)
「歌集」3編、18歳の歌集『少年』に解説を書かれている田井安曇さん、今年93歳の義母が『綱手』に入れてもらっていました、その縁もあり、本学国文学科書庫に『田井安曇著作集』を入れました。
「詞歌集」、じっくり楽しませていただきます。 草々  同志社大学国文学教授 鏡花研究家

☆ (前略)
特に先生の歌集『少年』『老蠶』とともに『愛の歌・日本の抒情』が収められていて、大感激いたしました。先生の解説や鑑賞のお言葉に大層教えられました。ありがとうございました。
「やまと櫻」の蔵元から大吟醸一本、お祝いに送らせていただきました。
ハガキにて失礼します。    調布市  中野完二

☆ 先生
悪性の風邪が流行っていますが、大丈夫でいらっしゃいますか。御無事を祈っております。
このたびは先生の生涯の業績の一つ、『選集』の第二十九巻を下さり恐縮に存じます。すべての点でみごとな作物で感服しています。本当にありがとうございました。ゆっくり落着いた雰囲気の中で読ませていただきます。
余談になりますが、幾年も前から、ペンの理事選挙で先生の御名を投票しています。今年もすでに投票ずみでした。
ずい分長い間貢献頂いているのに、今さらと思いますが、「「ペン電子文藝館」の創設以来のご苦労を、現在の役員の方々に忘れて頂きたくない一念でのことです。
とかく我々は ことの由来や経緯を忘れ、発端初志をおろそかにしがちです。己れに言い聞かすイミです。草々   府中市  杉本利男  作家 ペン会員

☆ 「秦 恒平選集 第29巻」
ありがとうございました。
今巻の特に詞華集「愛の歌 日本の抒情」に対する先生の思いの強さ深さに 心、打たれます。
静かな思いで再読いたします。先生のお気持ちに添うような読みを心がけつつ。
日々ご多忙のことと思いますが、体調の崩れやすい季節です。奥様共々 お体十分に御自愛下さい。   愛媛・今治   木村   図書館長

☆ ご無沙汰しております。
大変立派な装丁の高質な内容のあふれるほどの 『秦恒平選集』をご恵送いただき、心よりお礼申し上げます。読ませていただきます。
(以前に送られてきた=)絵はがきは 自画像ではありません。ドイツの絵はがきです。
川縁の小さな公園で 桜が咲いています。カワヅサクラと札が下がっておりました。
季節柄どうぞご自愛くださいますように。
肩こる文も ときにはいいものだと思います。

しょざいなく

いつもゆらゆら浮いてばかりの身ですゆえ  かしこ   新川の  水草   詩人

☆ (前略)
「慕一枝春」の栞を拝読致しまして、(中略)私は瀧井孝作先生の晩年代表作『俳人仲間』を担当致しましたので、先生の「妻の肌乳張つてゐる冴返る」と 「しぐれ行く山が墓石のすぐうしろ」が懐しく、先の句の「力ある愛」と後の句の「はかいし」の訓みに感銘致しました。「谷崎潤一郎とは対極にあったがよく 認めていた。『私のような者でも谷崎論を成すつど、よく激励や賞賛の電話を貰った」とあって、私にも同質の感銘を述べられたことを懐しく思い出しました。 いずれ「詞華集」も拝読致しますが、取り急ぎの御礼まで一筆啓上致しました。
呉々も御体調には御留意下さいますよう。 敬具  元・「新潮」編集長   坂本忠雄

☆ (前略)
御立派な大冊にまとめられ、近代以後の 詩、歌、句全般に 先生がどのような視点でのぞんでおられるのかが、分かるような気が致しました。それは愛と美 だと思えて来ました。大切なこととして実作の上でも心がけねばと思います。沢山学ばせて頂いて居ります、御礼申し上げます。
くれぐれも御身お大切におすごし下さいませ。 かしこ  大阪・吹田  阪森郁代

* 詩歌句 とも一言にいえば「うた」という詩である。詩の「ことば」はさまざまな表現において根で「詩化」されえていないのでは、雑文・駄文または散文に過ぎぬ。

☆ ご本深謝
アルファマの石段登る老婦追うライカの絞りやや浅かりし   近藤聰
節句の終り 能登川に泊り五個荘に雛匠東元湖氏の平成の東元湖雛の撮影に行ってきます。
加齢・合併症の諸々生涯は無視して、ライカという薬が伴侶です。右眼は文字が読めなくなりました。
お奥様のひなまつり・ 東村山の名物で祝ってください。栗どら焼きが私のお勧めです。
心ばかりの地酒 ご笑納ください。いつまでも御多幸で。

☆ (前略)
この巻は先生の歌集が編まれているのですね。
現在  父(故・島津忠夫先生)の遺歌集も考えてはいるのですが、まずは最後の仕事の残編を本にする予定でおります。
今回は 抹茶の生チョコレートを楽天ネットショップからおくらせていただきました。
奥様とご賞味いただければ幸いです。  所沢   藤森佐貴子

* 心遣いの優しいいいご遺族をおもちで島津先生が羨ましい。

☆ (前略)
拝読しつつ 歌に托する想ひと俳句に表現された事象との差について 改めて考へました。
生来無調法にてにて どうも歌作はできませんやうで かへつて俳句の方ができ易いかもなどと愚考する次第です。
四月になれば御一報します。 不備   寺田英視   前・文藝春秋専務

* 私の俳句めく作には、駄法螺も同然なんらの価値も無い。
俳句は、短歌、和歌の何倍も何倍も 実に難しいと感じている。テレビでも大騒ぎの俳句教室が人気のようだが、深々とかつ厳しい俳句の妙境からは、ただ地に堕ちた俳句ゴッコに過ぎぬと見聞きしている。

☆ 雨に
誘われるように虫たちも戸を啓く準備を始めたようです。
このたびは、立派な選集をご恵投いただき有難うございました。長く保存し 秦ワールドを実感いたします。
寒暖の差の激しい季節、ご自愛下さい。 草々   重金敦之  エッセイスト 元・朝日新聞記者

☆ 拝復
『秦 恒平選集第二十九巻』 またまた厚く御礼申L上げます 秦さんの本を見るといつも 「あの頃
秦さんはもう こーんなことまでしてたんだ!」と思います
大学病院のエレベーターがまだ蛇腹扉の頃 ひょいとリ乗り込んだら 品のいいおじさんがニコニコLて妻が抱いていた赤ん坊の頭を撫でてくれました  高見順!(と後で気付いたのですが)ドアを押さえて待っていてくれたのでlす 本を戴いてすぐ頁を捜しまLた
今日はゆっくり『亂聲』で遊べました いつも素晴しい印で 見入っています
春ですが呉々もお大切にされて下さい  敬白    千葉 e-OLD  勝田貞夫

 

* 井口哲郎さん刻の「亂聲」印を喜んで下さったのも、嬉しい。勝田さん、此の二字をハガキ一杯の大きさに色刷リして楽しまれたらしい。
高見順の記事がひとしお嬉しく懐かしい。『愛の歌』には高見順の佳い詩を三作採り入れている。何ともいえず佳い詩である。小説家高見順と同じく伊藤整と の詩は、胸に沁みる。詩人と名乗る人の詩作が、独り合点の意味不明、表現雑然という例が多いのは残念だ。「詩」とは何なのであろう。
2019 3/6 208

 

☆ 選集第29巻 ご上梓 おめでとうございます!
どうかお体大切に頑張って下さい。 応援団長  琉美子  妻の妹

* いつものように多大の支援で激励して貰った。ありがとう。
和歌山・御坊市の井領祥夫さん、三鷹市の唐澤篤男さんからもご支援戴いた。感謝。
神戸松蔭女子学院大学図書館、山梨県立文学館、都立中央図書館から受領の来信あり。

☆ 秦恒平選集第29巻ありがたく頂戴しました。
18才の頃の写真が 日吉ガ丘(高校)時代を思いださせます。
歌と茶の湯に終始した人と、田舎出で受験勉強に必死だった者と。
あれから幾星霜 再会することもなく、お互い異なる人生を歩いて来ましたが、私の心底には文学に対する憧れと親しみか絶えることなく、今も続いています。
[湖の本]も第1巻から読み続けています。
『愛の歌 日本の抒情』巻末跋の結び
[娘朝日子の華燭の日に]
の言葉が胸に響きます。  川口  高校同窓

* 心より、有難うと申します。

* 「やまと櫻」がうまいこともあり、飲んでは寝入っている。八時半にもならないが、睡い。

* 十一時半に 就寝前の服薬・注射などして。小説の仕上げへも、肉薄している。

* 村上開新堂の山本さん、クッキーのぎっしり詰め合わせ、下さる。

* 江藤利雄男さん「選集 詞華集 ありがとうございました。皆様で召し上がって下さい」と舶来の焼き菓子を下さる。

* 鎌倉の橋本静一・美代子夫妻、銀座千疋屋のミカンゼリーを下さる。

* ご近所の立川さん、新潟煎餅を大きな筺で下さる。

☆ (前略)
愛の歌・日本の抒情  拝読しました。
昭和59年6月、妻を亡くした折、先生からいただいた 吉野英雄の歌集、当時は取り紛れて余裕がなく、すぐには読めませんでしたが、その後 幾度となく読ませていただきました。
病む妻の足頸にぎり昼寝する
末の子をみれば死なしめがたし

亡骸にとりつきて叫ぶをさならよ
母を死なしめて申訳けもなし

信ずれば子らを頼むといまさらに
あにいはめやといひて死にけり
35年前のことがまざまざと昨日のことのように思い出されます。 そんな折、御著「四度の瀧」出版させていただけたことが 大きな励みになりました。 今は、一同恙無く 日々を過ごしています。
このところ春めいた日々が続いていますが、二月堂のお水取りのころは、また冷えるのかと思われます。
お二方、どうぞお大切にお過しになられますようお祈りしています。
些少 同封しました。お納めください。   和歌山・紀の川市  三宅拝 (朱心書肆主人)

* 胸に沁みるお便り、往時を想い昨今を思う・三宅さんとは同年。はるかにはるかなお付き合いである。稀に見る美装特製の限定本『四度の瀧』はわたしの限 定本各種のなかでも最高の仕上がりで、今回選集を思い立ち印刷製本の専門家達と協議の折も、参考にみてもらったが、「完璧!」と驚かせた。谷崎松子夫人の 題字をはじめ、装幀も口絵も美麗を極めた。三宅さんはなにもかもを完璧な水準で印刷所も製本所もプロなら誰しも羨む最高の先を選ばれたのだった。 懐かし い。
昔も 今も 有難う御座いました。
2019 3/7 208

* 昨日 萬葉洞の坂田さんから伝行成筆「伊予切」を本席の床にかけた茶事の会記が送られてきた。いい取り合わせで、むかし懐かしかった。
ただ「伝行成」筆の「橘花」をうたった和歌二首の先の一首、

さつきまつ はなたちばなの かをかげば
むかしのひとの そでのかぞする

は 「よみびと知らず」らしいが 行成の撰らしからぬ 拙な歌とまゆをひそめた。
「かをかげば」「そでのかぞする」と「か」音 「香」の意 の無用の重複、さらに「香を嗅ぐ」という獣めく表現、清少納言と仲良し行成らしからぬ優雅を欠いている。
もう一首は、まずは秀歌とほめてよいのに。

ほととぎす はなたちばなの かをとめて
なくはむかしの ひとやこひしき

「とめて」は 求めて 尋ねて 慕って と。和泉式部日記などが目に浮かぶ。

* 仙台の遠藤恵子さん、名産の蒲鉾を多彩に下さる。ぴたり酒肴の彩。感謝

☆ 拝復
このたびは「慕一枝春」のご挨拶に併せ「選集第二十九巻」のご恵贈にあずかりまして ご芳情にただただ感謝いたしております。厚くお礼を申し上げます。
数年前、母親の最期を看取りながら手慰みに短歌を作り始めた私にとって、本書はまさに紡ぎだす神秘の宝庫にめぐりあったようなときめきを感じました。
<心から机に向かうときめきのいよよ濃くなる夜の碧空>
『少年』の青春前期の深い揺れる心情を受けとめつつ、わが貧しき少年時代に思いをはせて、羨望の溜め息をふっと漏らしています。
『詞華集』では、ひとりで短歌に付き合いはじめた読者として作者としてこころよい知的な刺激にうたれています。
秦文学の原点ともいうべき詩歌の内在する世界にお導きいただきありがとうございました。
つきましては、ささやかなお礼のしるしをお送りいたしますのでご笑納くだされば幸です。
末筆ながら先生ご夫妻のいっそうのご自愛とご長寿を重ねられますようお祈り申し上げます。
とりあえずご報告方々お礼まで。 敬具   京・山科  あきとし じゅん 詩人

* 京都の都心 四条河原町東北の永楽屋は、京都で暮らしていても眉を張る名菓・名菜の店、そこで選りすぐりの品を揃え、あきとしさん、お送り下さった。 「選集29」の歌集『少年』 詞華集『愛の歌 日本の抒情』が頂戴した御馳走、今夕、建日子が久しぶりに寄って呉れるという、「セイムス」で山田錦の清酒 を買ってきた、せめて酒肴を楽しんで欲しい、有り難いこと。
恐縮です。 花さそふ風のほのかににほふまで春はきにけり桃のはやしに  恒平 2019 3/9 208

☆ ごぶさた致しております。
過日は、またまた貴重な限定本 ありがとうございました。
ちょうど 例のアベ蒲鉾の「春の想い」の季節となりましたので、御本への御礼がわりにお送り申し上げました。
この冬は仙台も暖冬で雪もほとんどなく、櫻の開花も間近なようです。
秦様 も 奥様共々おすこやかにお過し下さい。
先ずは御礼まで。    遠藤恵子   前・米沢短大学長 東北学院大名誉教授 医学書院同僚

* 美しい御馳走が増えた。 建日子がこの世に生まれ出る直前まで、医学書院社宅でこの遠藤さんともう一人に 茶の湯の手前の手引きをしていたのだった。

☆ 東京大学大学院文学部から、また大阪茨木の石毛直道さんからも 「選集29」受領の来信。
2019 3/9 208

☆ 肝を冷しました。
ご無事に歌舞伎座からお戻りで何よりでございますが、歌舞伎座ではなく 病院に直行なさるべきだったと、半ばあきれながら 本当に心配しております。
おどかすようですが、心臓の強い痛みは心筋梗塞の前兆の可能性もあるのではと存じます。明日病院で診察をお受けください。聖路加までは遠いので 奥さまのかかりつけの病院でもかまいません。次に同じような痛みがきたときには、ニトロだけですむでしょうか。

わたくしの切なるお願いです。まだまだ完成させたいお仕事がおありなのですから、そしてご家族のためですから、どうかすぐに、明日病院で検査をお受けください。

それから次にもし同様の強烈な痛みが来た場合、便意をもよおすようなことがあればその場でもらしてください。以前お医者さんがそう書いていた記事を読みました。トイレにいったら命とりとのこと。心筋梗塞の特徴だそうです。奥さまの場合も同じことです。

明日は月曜日ですから、どうか診察にいらしてください。検査で何もなければ安心できます。とり急ぎのお願いです。 春  一つ根に離れ浮く葉や春の水  虚子

* 恐縮です。ありがとうございます。
根っからの病院嫌いで 行かずに済ますヘリクツばかり育んでいます。
十三日に聖路加へ行きます、内分泌科の血液と尿の諸検査があり、その評価と指導をうけておいて、結婚の満六十年を自祝、ついで二十二日、カメラ等々腫瘍 内科七年目の検査を受けます。問題が有れば否やもなしの入院でしょう、それまでに、新しい長編を、活字にしてしまえるよう用意を終えたいと。
ありがとうございます。いま、脈は確かにきちんと打っています。疲れは拭いようありませんけれど。
2019 3/10 208

☆ 芳醇浩瀚の『秦 恒平選集 第二十九巻』を
嬉しく拝受いたしました。
いつになくまとまった時間のとれぬ中、折々に気ままに読ませていただいている 『愛、はるかに照らせ』、各項それぞれに切々と身にしみ、とりわけ「さま ざまの愛」の諸歌に感銘を受けています。<愛ならぬ詩は、ない> そのことを深く感じます。日本の歌は豊かですね。そして、その豊かさは秦さんが開示して 下さったもの、 遅くなりましたが深くお礼申しあげます。
寒さは幾分かゆるみ、櫻の蕾もふくらんできたようですが 油断大敵、どうぞお身体お大切になさって下さい。    敬   講談社役員 元・出版局長

* 無類の読み手が、「さまざまの愛」をとりわけ取り出して下さった。
いま、一巻のそれらの頁をひらいて、わたしの心籠めて選び取ったさまざまな愛の詩歌と「あとがき」を読み返し、諸作の「うたの品位」に嬉しく親しく新た めてあたまをさげた。と同時に、ああこの「あとがき」を書いた日に、丹誠育てた愛する娘の朝日子を、押村高(現・青山学院大教授)に嫁がせたのだったと、 きりきり、胸が痛んだ。
だれよりも朝日子と建日子とに、生涯かけて『愛、はるかに照せ』よと、懸命に書き下ろした一冊であったが。
娘・朝日子の顔を、婿押村高の顔を、ちらとみた最後は、もう十数年前、押村夫妻共同で、名誉棄損の損害賠償請求裁判「被告席」へ「父のわたし」を立たせた、あの日。ありうることか。
懸命に、仲に入って祖父母の傷心を慰め和ませつづけてくれた孫のやす香は、肉腫に斃れ、成人の日を前に急逝し、もう一人の妹孫みゆ希とは、久しく不自然に往来遮断されたまま。
肉親の愛を、うまれながらに喪って「もらひ子」で育ったわたしは、もともと肉親以外との「身内の愛」を早く、年幼く、少年の日々から慕い始めていた。繪に描 いたようなわたしのそういう人生だったなと、今にしてしみじみ思う。
新作『オイノ・セクスアリス 或る寓話』も、老境の性を無慙に書いたなどというより、遙かに重く、ほかへ ほかへ、べつの事件へ逸れて行く。

* さ、その入稿を、能うかぎり真っ当に用意しなくては。

☆ こんにちは。
選集29巻が届きました。感謝いたします。
7日(木)の「私語の刻」を拝見して  胸の絞られるような痛みにニトロで改善したとのこと。
どうぞ早めに受診をなさってくださるようにと思っております。
お大切にとお祈りします。    沖縄・豊見城  嘉

* 過分にご支援 感謝します。
中野区の安井恭一さん、小田原の安藤啓一さん、ご支援 感謝します。
2019 3/11 208

* 馬渡憲三郎さん、熟れてきた土佐文旦をたくさん下さった。
2019 3/12 208

 

☆ 拝復
なかなか春になりません。お健やかにてお過ごしの趣 大慶に存じます。
『秦 恒平選集』第二十九巻ご恵与たまわりありがとうございます。十七歳などとあることから『少年』として、物怱な場面に仰天、それにしては雅語を多用しはや老 練の感の味わい、感心しながら拝読したこと思い出します。歌中、朝日子さんのお名前散見、また(詞華集)『愛の歌』巻末 わざわざ昭和六十年六月八日 朝 日子華燭の日にと記されていらっしゃることなど、なまじ「湖の本」にて確執うかがっていましただけに 切ない思いです。
高校一年授業の折、結城(哀草果)門の先生が、自作短歌、楽しそうに解説され、それは今もよき印象として残っているのですが、(茂吉先生より哀草果の方 が偉いとの評判でした)入試に出る茂吉の歌の解説の方がなど 他愛ない高校生でした。せめて一首なりともわがノートに書き留め愛唱することあったならと今 にして反省しています。
年下の本家のいとこも亡くなり ふるさと感薄れましたが、近々三ヶ月毎のCT検査に出かけますので、いつもの(稲庭)うどん少々お届けいたしたく、お礼言上遅くなりましたことお許しください。
奥様 着到ご返書どうかご放念ください。
お揃いでお大事に。
離れ住む子等の賀状や他人(ひと)めきて
草々   信太   神戸大名誉教授
* いつも佳い句を下さるのが、なんとも嬉しい。

☆ 謹啓 綻百蕾春 ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
このたびは『秦恒平選集』第二十九巻をご恵贈賜り心より御礼申し上げます。貴重な一五〇部のうちの一冊を私の手の上に載せていただき、まことに恐縮しております。一頁一頁大切に捲りつつ拝読いたしました。
あらけない世の行く果てに身をちぢめ嘆いてゐても詮無いぞ 起てよ
<花は生彩あってこそ>と、詞書にございましたが、まさにそのお言葉に励まされ、喜寿を前にして、「起寿」でなければならぬと身を奮い立たせているとこ ろです。先生の、社会に対する高潔にして先鋭な批評眼にはいつも感服し、その強靭な精神を他の作家には見習ってほしいと思っています。

「書下し長編『ある寓話 オイノ・セクスアリス』の為の試作」には、世代を追うひとりとして大いに感銘を受けました。性愛の短歌表現として、斎藤茂吉、 吉野秀雄、岡井隆などの典型を読んできましたが、先生の作品群は現役たる生彩にあふれ、臨場感が顕ち現れ、まさに「愛ならぬ詩はない」ことを感じさせられ ます。老いて生彩・精彩のない日々は、残日消費でしかない。そこを創造的に燃焼させようではないか、という気概が生まれてきます。
荷風、川端、太宰、‥・母恋ゆえに女性に憧れる、だから私もそうだ、と私自身も合理化してきましたが、先生の一聯のお歌の核となるのは母の乳房を歌った作品ではない かと思つた次第です。真の性 愛とは、共同の創造物であるということも理解されます。美の創造物というべきでしょうか。

『少年』
ぅす雪を肩にはらはずくれがたの師走の街にすてばちに立つ
苔のいろに雪きえてゆくたまゆらのいのちさぶしゑ燃えつきむもの
たずねこしこの静寂にみだらなるおもひの果てを涙ぐむわれは
汚れたる何ものもなき山はらの切株を前に渇きてゐたり
舗装路はとほくひかりて夕やみになべて生命のかげうつくしき
遁れ来て哀しみは我にきはまると埴丘に陽はしみとほりけり
うつつなきはなにの夢ぞも床のうへに陽に透きて我の手は汚れをり
かくもはかなく生きてよきことあらじと友は黙って書(ふみ)よみやめず
ハイネなく百三も読まずなが病みにこころとらへしサザエさんの漫画
私の場合、百三、リルケ、ヒルティ、ショウペンハウエル‥・こんなところばかり読んでいましたが、なが病みの恒平少年の窓を開けてくれたのはサザエさん だったという体験は、なるほどと思いました。看脚下ということでしょうか。「すてばちに立つ」、「燃えつきむもの」、「みだらなるおもひ」、「渇きてゐた り」、「我の手は汚れをり」、いずれも悩まLくして哀切な自意識の目覚めを表わLています。また共感致します。人生で最も麗しい心情を表わす季節がここに 表現されています。授業より京都とおっLやる先生と比較して恥ずかしいばかりですが、静岡県立清水東高校の文芸部員だった私は、
満員の車輌のすみに佇ちゆれて目のやり場なくひとりとまどふ
などという歌を作って自分をなぐさめていまLた。
訃はlそこに野ずゑは風の吹きあれて母はいづくに魂まよふらむ
風の音にあこがれゆかむ夜の更けの保谷野(ほやの)に母のわれを喚ぶかと
「生母訃報二首」と添えられた作品の「魂まよふらむ」の行方の危うさと、「われを喚ぶかと」 の 「喚ぷ」 の強い磁場に、出自の不思議を感じました。が、「母と『少年』と」を拝読して、言わんとされるところがよく理解できました。
奥山は暮れて子鹿の啼くならむ大和の国へ雲流れゆく  (阿部鏡)
今はみずから慈しむものが無い・・…と産んだ子を思う母のこころの叫びと、先生のついに見ることのなかった母へのあこがれが、右と左から虹を結んでいるのですね。

『愛、はるかに照せ』は、結社歌人では不可能な広い見識と深いお心による解釈によって、目を瞠く思いがしています。表白和歌の伝統についてのご指摘、また、私の好きな歌人、前川佐美雄、斎藤史、岡井隆への言及もうれしいです。
まだまだ勉強しなければ、と御著を拝読して強い励ましをいただきました。まことにありがとうございました。
辛夷の花は天上に。もうすぐ花の季節です。
まずは御礼かたがた、ますますのご健勝をお祈り申し上げます。
謹白
二〇一九年三月十二日      上野重光  作家・歌人

* ありがとう存じます。私こそ、まだまだと思っています。まだ が、生き甲斐というものですね。

* 「歌人」である上野さんに「読んで」貰えたのが、ことに嬉しい。

* 京都市中央図書館より、受領の来信。
2019 3/13 208

☆ お元気ですか、みづうみ。
昨日の病院ですが、「心エコー」の予約だけでいらしたのですか?
専門医師の診察ならびに現況の心電図をとるという最低限の検査はなかったのでしょうか。急ぐ必要はないという医師の判断であれば ひとまずの安心ですが、痛みがおありの場合 ふつう心電図くらいとるものではないかと思います。
もし簡易検査もなかったのなら、ご安心なさるためにも、お近くの病院でよいので至急ご受診なさるべきだと思います。
それから ニトロは 奥さまからもらうのではなく、ご自身ですぐに服用できるようにいつも携帯なさるべきでしょう。
お節介ではございますが、この件書かずにはいられませんので、どうかお許しくださいませ。
今日の晴れやかな青空は ご結婚六十年を寿ぐものでございましょう。

どうぞ楽しくお幸せなお二人の祝日をお過ごしくださいますように。そしてくれぐれもご無理なさいませんように、お元気にお戻りください。  雲  少年の見遣るは少女 鳥雲に   中村草田男

* ありがとう存じます。
2019 3/14 208

* 「雲」さんの警告が的中 歌舞伎座で、体調不安、「盛綱陣屋」はかろうじて観たが、つぎの所作事「雷船頭」を終えたところで、のこる高麗屋父子の出揃う 「弁天娘女男白波」を、稲瀬川勢揃い 景気よろしくと大いに楽しみにしていたが、急遽失礼し、日比谷のクラブで食事や休息もみんな諦めて、そのままタク シーで帰宅した。間近い聖路加とは分かっていたが、救急へ跳び込むのはイヤだった。家に帰って、すぐ床に就いた。

☆ 読者の島野雅子さん、「選集」受領の来信があった。
2019 3/14 208

☆ ごぶさたしております。
何と、私の如き、歌心なく、また想像力に乏しい者に、このような立派なご本をお送り下さり恐縮しております。正直、いささかうろたえております!
しかし「うた」は「うったえ」でもあると聞けば、これは秦さんの「うったえ」が凝縮された「うったえ本」であるから、声に出して読み、耳で受け止め、心 にとどめたい、という想いにかられます。身近に感じられたり、はるか上のかけ離れた存在に思えたり、様々ですが、秦さんに対する敬愛の念はずっと変わらな いです。ありがとうございます。
お二人とも、どうぞ、安々と、お元気で!   日比 拝    元・筑摩書房編集者
2019 3/15 208

* 昨日、地元で、久しくご厄介になっていた眼科の佐藤先生からお菓子を送って頂き、真実恐縮した。眼はサンタンたる状況のママ聖路加眼科にかかっていたが、愛想が尽きて行かなくなり、しかし佐藤先生へ火曜には微妙に遠い距離がつらくて久しく行ってないのである。
いま、この機械の側のおおきな笊に、なんと十個の眼鏡が雑居していて、現にもう一つ最新に調製の眼鏡をかけているが、どの一つも視力に合っていない。最新の眼鏡すら、今や、眼から三糎も浮かせば鮮明で、普通に掛けては視野が曇っている。ほとほと諦めてしまっている。

* 医学書院の編集者時代に「臨床眼科」という月刊誌を担当したこともあった、が、その頃から、なんとなく医学のなかで眼科学というのが一等頼りない、眼 の外側へガラス玉を添えて能力を補助しているだけのように信頼感が薄かった。どうもその罰が当たっている気がするが、とはいえ、眼鏡というモノの高価と あっけないほどの役立たずは、あまりに情けない。縁を切ってしまうことも出来ない。ほとほと困惑しています
2019 3/16 208

* 今西祐一郎さんから、校訂者のおひとりとして、岩波文庫新版『源氏物語』の第五巻を送ってきて下さった。感謝感謝。

* 府中市の斎藤誠一さんから「選集29」への謝辞が届いた
2019 3/16 208

* 留守中、メールで、まことにモットモに、モーレツに、叱られていた。
もし妻の体調がこうなら、仰有るよう慥かに、引っ担いでも病院へと思う、まったくその通りと思 い、お叱りに感謝しいる、のだが。
それでもわたしは病院より、日曜の人出の街へひとりで出て行った。
妻は従姉を中野の病院までお見舞いに行き、しかし従姉はもう退 院していて、「から振り」だったと。かなり笑える。
胸は重い。腹は渋い。ガスは抜けている。便意も尿意もまともにある。
要するに、ただ、シンドい、ので、寝に行く。
2019 3/17 208

☆ 鴉に
HPを読んで。
叱咤激励の言葉を書いても鴉は聞いてくださるでしょうか。
鳶は茫然と言葉を失いそうになります。
お身体の平穏を何よりも祈ります。
そして納得いくまで仕事を進めていかれるよう。
今日関西から戻りました。東大寺のお水取りも見ました。京都、まだ寒かったです。 尾張の鳶

* 鳶は、トビ舞われて、まこと羨ましい。ま、鴉のわたしよりも十ほどは若いといえども。
そういえばわたしの今より十あまり若かった喜寿には、京の南座へまで芝居を観に出かけたのだった。
京都はまだ寒いと。わたしはこのところ始終「寒い」。二階で25度にも暖房していて、背に膝掛けを巻いて胸でとめている。階下へ休息におりると暖房が 切ってあり、震えてまた二階へ逃げる。寒がりでもあるが、いまは体熱を疲労に奪われているのだろう。十一時になる。もう、寝よう。
2019 3/17 208

☆ 庭の梅は
美しく咲いています。
白木蓮も蕾を大きくしています。
また春がきました。
バランスをとりながら、
毎日、人の出入りにお茶の世話などしながら 大切に日をおくっています。  茨城  司

* たいせつな家人の病状を見まもりながら深切に暮らしている人たちが、何人も。こういう頼りに接すると、事情は見えないなりに、ホッと一息つく。年を取るということの現実なのであるが。
静かに美しいメールと、くり返し眺めている。

* 国内の、国外からの報道の、あらけなくこころないさまざまにホトホト、現世逼塞の窮状と発狂時代かという情けなさを覚える。もはや人間は人間としての尊厳を打ち捨てるのか。ああもう「、わが人生、こんなとこで」 アガッていいのかナと思う。

☆ 櫻の頼りが
心待ちな頃となりました。お変わりございませんか?
先日は 選集を送っていただき ありがとうございました。
昨日、息子も無事 結婚式を挙げ 皆さんに祝っていただき 嬉しいひとときでした。
季節の変り目 くれぐれもご自愛下さいませ。 盛岡にて 2019 3 17  胡子文子

* 盛岡での挙式であったか。胡子さんが四国高知から転勤上京の折は、息子さんは小学生に成る成らずであったが。まこと矢の如く歳月ははしり、おめでたも生まれる。いずれ可愛い孫も生まれよう。
祝言のお裾分けに三種の北国名酒と洋菓子とを戴いた。

☆  拝啓
お彼岸前の気温差のある日々ですが、お変わりなくご健筆のご様子、心よりおよろこび申し上げます。

このたびはご立派な『秦恒平選集』第29卷をお送り賜りまして厚く御礼申し上げます。

拝受致しましてすぐ御礼を、と思い、中を開きましてそのお歌を拝見致しますと、その世界に引き入れられ、ま た次の頁、次の頁へと目が及び、お歌の生まれた状況や作者の思いを想像致しておりますばかりに時が経ってしまいます。お心遣いへの感謝の気持ちをお伝え致 しますのがあとになりました。

お若き日の歌集「少年」から、ほぼ現在に到りますまで、先生がかた時も「うたごころ」をお忘れでないことが、この一巻から如実に伺えます。

「少年」は何度拝読致しましても、ピリピリするような若者の繊細さや純真さ、そして大人へと成長していく過 程特有のお心のゆらぎがくみとれます。そして何より驚きますことは、その言葉の斡旋の流暢なことです。これが本当に十代の少年の作かと疑ってもみたくなる ほどの完成度の高さです。先生のご生母様もすぐれた歌人でいらしたとのこと、遺伝子も大いに影響していることでしよう。

あとがきに「蠶が性懲りなく繭を吐いている」と、その自然の営みに、歌作りをたとえていらっしやるところが、凡人と違うところではないでしようか。
『光塵』 『亂聲』 いずれも自在な詠みぶりは、お身体のどこかに、三十一文字を生み出す臓器をお持ちのようです。手術の折に、お医者様は、そちらには手を付けませんでしたようで、何よりよろしかったことと、ひとりごちしております。

小説や随想、 評論の世界はまた別の臓器から生み出されるものでしようか。

益々巾広く、かつ深く、それぞれのジャンルを高めていらっしゃいますこと、ご尊敬申し上げます。
これからも 折々繙かせて頂きましては、豊かな歌の世界を味わう喜びにひたりたいと存じます。
有難うございました。
季節の変わり目、くれぐれもお身体お大切におすごし下さい。
末尾になりましたが、御奥様もどうぞお大事にとご念じ申し上げます。 敬具
三月十四日     紅書房 主人
2019 3/18 208

☆ 最近の病院の検査などもあり、そこでは腹くくる想いも覚悟もなさったり、鴉ご自身が切実に全身で感じていらっしゃる。
それにしても最近の記述には 生きる辛さが滲み出て・・ 日々の食欲のなさ、消化に伴う困難、胸や脚の痛み等々、そのことをわたしもまた
遠くから受け止めています。
京都行も断念しているのに 「歩き回っていますよ」とおっしゃる。実際の京都よりも脳裏の、懐かしい山河や街の京都の方が現実味を帯びていますよ、と。 何回も京都へいらしてくださいと書いてきましたが、脳裏にあるものが現実を超えることにも思い及びます。納得しています。ただ悲しい。エネルギッシュな 鴉、元気な鴉を見たい。
京都はまだ寒かったと書きましたが、直前には暖かな日もあり既に桜が咲き始めたりしていました。
たくさん歩いてさまざま感じ考えましたが、先回歩いた葛野という地名、平安京造営の頃の葛野氏の存在もいささか気になっています。
花粉症も、お疲れも、みんな飛んでいけ!!!
少しでも良くなりますように、元気でありますように。  尾張の鳶

* ありがとう。ありがとう。
実地に「歩ける」のは、宝を抱いているようなもの。
しかしもう羨んでみても叶わず、それならそれなりの「道」を創って歩く。
今度の『清水坂(仮題)』の京都は、ほぼ知悉しているものの。知っていることがジャマになるということは、まま有る。知らぬふりして知らない世界を探し たり創ったり。ま、そういう日々をこれから当分楽しみたいが、やがては「選集」30の再校、31の初校が、高波のように逼ってくる。よほど、しんどくなる が乗り切らねば。一作だけ前に書いて置いた、『女坂』というのの、第二、第三作もじつは念頭にあり、もっと本格の創作・小説もこれからだこそ書ける・書き たい気が、機も、動いている。ムダに疲れないよう気をつけたいです。

* 奈良の歌人東淳子さん、過分のご支援を下さった。感謝。

* 九時半。もう機械を離れる。眼を休めねば。
2019 3/18 208

* 作家で駆けだした頃の、最高にこわい先生は雑誌「新潮」での担当編集者だった、小島喜久江さん。寡黙で峻烈。鉛筆での短い傍線だけで教えられ 鍛えられ、小島さんがタダの傍線だけでなにを指摘しているのか、その意味を、歯噛みしながら覚えていった。「蝶の皿」「畜生塚」「或る雲隠れ考」「青井 戸」がフリー・パスし、「青井戸」がもうちょっと長い作だと芥川賞に推せるのにと小島さんは惜しがってくれたのを嬉しく覚えている。
しかし、筑摩書房の<展望>で井伏、石川淳、臼井吉見、唐木順三、河上徹太郎、中村光夫 六選者満票当籤の太宰治賞「清経入水」と 瀧井孝作、永井龍男に推された芥川賞候補作の「廬山」とは、どう悪戦苦闘しても、「新潮」編集部では通らなかった。
作品の評価とは、それほども微妙にややこしいことを、作家志望の若い人たちは心得ていて、やみくもに自信喪失しないようにと励ましたい。
とにかくも、しかし、夥しい人数の編集者たちと「満五十年」もつきあってきたが、小島喜久江さんの鞭撻はわたしには最高に有り難くまた怖かった。「作 品」読み取り励ますとはこういうことかと、この「女弁慶」の鉛筆一本に追いまくられた私「牛若丸」は大汗をかいた。感謝しきれない。わたしよりも一回りほ ども年長であったのだろうか、いまもお元気か、どうか。

* 夜前の夢で、じつはその編集者小島喜久江とのうれしくも親密な夢をみたのである、ビックリ、そして夢のあとあじは温かに嬉しいものだった。それを書いておきたく、余計かも仕入れない前条をも書き置いたまでである。
2019 3/19 208

☆ 拝啓
「秦 恒平選集」第二十九巻をご恵送くださり、ありがとうございます。御礼のお葉書を、と思いながら、例によってずるずるてと遅くなってしまいました。どうぞお許し下さい。
所収の「少年」、以前文庫本でいただいたとき、あヽ、秦さんはなによりもまず”歌を詠む人”なのだ、と感じたのを憶えておりますが、「亂聲」は、その思 いを増々深くさせる歌集で、どきどきするような「うったえ」に、心を、ぐい、と掴まれる感覚に陥りました。有難うございます。
お身体くれぐれもお大事に願います。 敬具   久間十義  三島由紀夫文学賞作家

* 「亂聲」には、新作長編『オイノ・セクスアリス  或る寓話』のため、作者自身を鼓舞すべく、想像の限りをつくしたモーレツな試作歌がならべてあり、お行儀のいい方々にはとてもお勧めできない、顰蹙を買うだけと警告もしてある。
それもあり、この「老いの・性的生活」を寓話として書き上げた長編新作は、森鴎外先生唯一の発散作「ヰタ・セクスアリス」のあとを慕って発禁などという厄はさけたく、「非売本」の「選集」へ入れてしまうと決めた。
これまでも、自分もふくめ200部(150部限定)しか製本していないが、それだけの「装幀・造本」であるとともあれ自負している。願わくは収録の中味も相応した仕上がりでありたいと、ま、懸命に努めてきました。
2019 3/19 208

☆ 嬉しいことに
花粉症なし、アレルギーの検査を昨年したのですが、埃に反応するくらいでアレルギー反応はなし、感覚が鈍いのだと娘に笑われます。彼女たちは花粉症や猫アレルギーで悩んでいます。
22日の金曜日に友人を案内することになり 京都に行きます。24日帰宅予定。
リクエストの「黒谷」の写真、撮って送りますが、あまり自信はありません・・。。
その日、鴉はカメラ検査の日ですね。確かに病院は行きたいところではありませんが、自分の身体ですもの、守る以外ありません。どうぞ堪えてください。祈っています。 取り急ぎ  尾張の鳶

* 前の、国文学研究資料館の館長今西さんから「選集」29の礼信に添えて、「少し前、テレビでヒンズー教の世界遺産の番組を見ておりましたら、インドネ シアの若い女性が、神像の前に<正座>して供物を捧げていました。日本以外にも正座はあるのでしょうか」と、書き添えてあった。
立つと臥るは世界中大差あるまいが、座法は世界にいろいろあるだろう、ただ日本人のように脚を折っての正座の國は少なかろう、礼拝や平伏にも、似ていても「跪座」が多かろうと想っている。

☆ またまた
素晴らしい選集第二十九巻を頂き心から御礼申し上げます。御礼の手紙を差し上げるのが大変遅れてしまい申し訳ありません。(中略)
それにしても今回の歌集『少年』は、初々しくも素晴らしい歌ばかりで、いまさらながらに感銘を深めさせていただきました。『老蠶』も胸打たれ、『愛、はるかに照せ』には、これまでのことを思い起こさせられ、思わず感涙した句も……。詠ませていただきます。
とりあえず御礼と感謝を申し上げたく。   葉山   森 詠  作家

* よく頑張っていた 川崎市の「みやび出版」の出していた雑誌「myb」が、「終刊」を伝えてきた。
意外で、惜しまれる。
2019 3/20 208

☆ 明日の
カメラ、無事 痛みなどなく終えますように。お休みなさい。  尾張の鳶

* ありがとう。カメラ体験、数度目か。神武 綏靖 安寧 から大正 昭和 平成 までを数回諳誦していると終えます。

☆ 病院に行かなければ
絶対癌にならないというジョークがありますが、そんなことをしていたら生活の質が耐えがたくなるだけです。必要なことはさっさと済ませて、いつものみづうみの一日をお過ごしになっていただきたいと願うばかり。
心エコーの前に心電図だけでも早めにと思います。
本日の検査、良い結果で無事に通過しますことを切にお祈りしています。
すっかり春めいた良いお天気ですが、花粉症対策万全でお出かけください。
霞  一斉に衝きだす鐘の霞みけり  虚子
66ghf
* 感謝。花粉症「対策万全」如何に。教わりたし。惨憺。
初櫻 罪はわが前になげに咲く  みづうみ
2019 3/22 208

* 小松市の八代啓子さん、選集29へ有り難いご支援を戴く。

* 京・有栖川の桐山恵美子さん、選集へ来信。

☆ 都・杉並区の柏木洋子さん、写真趣味の方で、作を、幾つも。いろいろ書かれた中に。
「東京丸の内に温泉湯があるのご存知でしょうか。
数年前の工事中にお湯が涌き出て温泉施設が出来ています。
今冬、三菱地所とバスクリンと共同開発した入浴剤「大手町の湯」を 地所で仕事をしています息子が宣伝してよ、と持って来たので秦さんへと確保しておきながら季節はずれになってしまいましたが 本物の温泉湯の様で効き目もありますのでどうぞお試しになってみて下さい。
(ケーキの=)ダークフルーツはほんの気持ばかりですがコーヒータイムにと同封いたしました。
どうぞお元気で お過ごし下さい。
奥様によろしくお伝え下さいませ。  柏木

* ロス在住のお茶人池宮さんの友人、お目に掛かったことはないが。その温泉湯(いわゆる温泉マークが打ち出せない)へ行ってみたいな。どこかな。入れるのかな。

☆ 龍天に昇る
雲を起こし、風を呼ぶ龍。
龍は鱗虫の長、能く幽、能く明、能く細、能く巨。春分にして天に登り、秋分にして淵に潜む、とか。
春分、駅前は殊にビル風が驚くほど強くて。帰宅しましたら、テレビでは春一番と開花の報せでした。

* 大学の女先生からのメールだが、ただ「春分」と謂うだけに「龍」の飾り立ては、オーバーですな。
まして、「長い」のの大の苦手なわたくしに。
都心に温泉というお知らせの方が、疲れもとれて小さな驚き。妻の調べでは大手町辺の地下にあるそうだ、入浴だけなら千円ほどだとか。湯が好きなのに多くは温泉を知らない。四度の瀧に近く山に包まれたような宿の温泉がなつかしい。
2019 3/22 208

* 井口哲郎さんから、実は、渇望していたお手紙を頂戴した。ただ、書き上げた長編新作との濃い関わりがあって、詳細をここで公表するわけに行かない。ただただ井口さんの慮り優しいご厚情に頭を垂れて感謝のほかはない。嬉しい。

☆ 庭の
紅梅の花が衰えはじめました。山茱萸は咲き続け、木瓜が元気になってきました。
三月六日のH・Pに「勝田貞夫」さんが、「亂聲」印を楽しんでくださったという記述を発見し、ちょっといい気分にんりましたが、これは秦さんの「おことば」だからこそ、さりぬべしと、思い直したことでした。
ただ、それをお示しくださったこと、気にとめたお人があったことは、嬉しいこと、でした。
(あえて、中略)
秦さんのお気持ちに応じた私の思いとお受取りください。

お口添えのあった『北越雪譜』を引っばり出して、「眺め」ています。(著者鈴木牧之の洒脱に巧みな挿画も数多い。 秦)黄色の帯は健在?ですが、頁の上 部はうっすらと汚れ(ヤケ)が入ってきています。昭和四六年八月一○日 第一八刷発行の岩波文庫です。高校時代に読んだはずでしたが、それは図書館で借り たものだったのかと思い返しています。さし繪だけでも楽しめますが、お示しの「佳い文章」を読みかえしてみます。
「雪」で雪国に住む私のことを思いつなげてくださったようですが、今年の当地(=石川県・能美)、全く頼りない?くらい雪が少く、関東地方の雪の情報を気にしたくらいです。
田んぼでは、もう春の動きが始まっています。荒耕(あらおこし)も済み、水がはられている田もあります。稲田は、六反を標準に区画されている(集落の周りは二百歩前後の水田が残っていますが)そうで、そこに夕陽が映えて、ちょっとした眺めです。
平凡な日常には、お伝えするようなニュースはありません。無理に書くのも「おたいくつさま」でしょう。  文章も内容も乱れ飛びました。
先だってはH・P作で出会った秦さん、目ざしに何か「意欲」みたいなものを感じ取りました。念願の思いが達成なされることを念じています。
お二人の春を願っています。    井口哲郎   前・石川近代文学館館長 県立小松高校校長

* 何十度頂いても、嬉しい、温かい、思わせぶりもゴアイサツもない、ほんとうに自然にお声の聞こえてくるお手紙で。こうありたい、こう書きたいといつも思いながら、わたしはしゃちこばっている。人間の出来がちがうんだなあと、情けない前に、懐かしいと思う。
申し訳ない、タネはあかせないが、おかげで、新作長編に華を添えて頂けた。嬉しい。
2019 3/23 208

☆ 病院での検査に
いくらか安堵されたことでしょう、良かったです、本当に良かったです。
いくつもの試みに励まれていかれますように。試みが成就されますように。
庭のプラムの花が真っ盛りです。これまでに咲き続けている椿、水仙、クリスマスローズなどに加えて今週のうちには桜が咲き始めるでしょう。
慌しい日が続いて、やはり疲労を感じます。昨年の転倒の影響が出てきたのかと些か心配もします。
京都では、友人と東寺、平等院、伏見稲荷を廻りました。
東寺講堂の菩薩様は26日から東京国立博物館の特別展に「出張」されているとのこと、残念ながら少々空き空間を意識しつつ拝観。
平等院の御堂の壁絵には来迎の仏様たちがまだ残されています。楽器を奏でる菩薩様の穏やかな像はいつ見ても佳いです。
お稲荷さんはいつ行っても外国からの観光客で溢れています。
そして 一人で歩き回った寺々も想い深いものでした。
デパートの画廊で好きな絵にも出会ってきました。きつい批評も・・。洋画と日本画の境界は何処にあるのかなど曖昧で半ば愚かな問いかけもしました。今も問いかけています。アマチュアだからこそ、こんなことも書けるのかなど自嘲もあります。
桜が咲き始めたのに寒い日が続いて風邪引きそうなほどでしたが、幸い元気に戻りました。
今回は 今年の春は 京都の桜を楽しめませんが、近所の桜を大いに楽しむつもりです。桜となると浮き立って完璧日本人ですから。
どうぞ春を楽しんでください、花粉症を少し忘れて楽しんでください。
お身体くれぐれも大切に。
オフレコ 笑わないで下さいね、歌は詠めない・・。
我無言 比叡も無言 やはらかに正面(まおも)に対ふこの黙(もだ)の時
写真のこと、少しはお役に立てたのかなと・・良かった、嬉しいです。
黒谷は、これまで(=大学のある)吉田神社の側から行きましたが、今回は熊野神社から東に向かいました。お彼岸の頃の日曜日、学校は春休みとあって、墓参の人の姿もちらほら、人影絶えることはありませんでした。普段は怖いほどひっそり閑としています。
冬の寒さではありませんが風もあり、いっそ墓地を訪れて写真を撮るのには良かったのではないかと思えました。
墓地、そして空の青、雲の動き、京の街、愛宕から山崎までの西山の連なり・・どの写真がベストでしょうか。    尾張の鳶

* ありがとう。六十余年の昔が写真に蘇りました。せめてもう一度、黒谷をさすらい歩きたい。
花粉症は瞬時もわすれえず、ことに眼の痒さは苦痛です。

☆ お元気ですか、みづうみ。
腫瘍の検査がご無事に合格でおめでとうございました。喜んでいます。そして、ようやく循環器科への診察の道筋もついて安心いたしました。良い先生にしっ かり診察していただき必要な治療の始まりますことを願っています。本格的な診察も検査もこれからですから、それまでどうかご無理なさらないように、いつも ニトロをお手元に用意してお過ごしくださいますように。
選集第三十一巻『オイノ・セクスアリス 或る寓話』が一体どのような作品なのかまったく予想もつきませんが、「呆れかえって殴りかからないで下され」というようなものでしたら、それは大成功なのではないでしょうか。
女には絶対にわからない境地が表出されていて、世の中に溢れている男女の性愛を描くポルノグラフィックな作品と一線を画す、ありそうでなかなかない、男という力の真実、男の性と生の実相が迫ってくる、独創のように思います。

話変わりまして、本日火曜日夜7時半よりBSプレミアムの「イッピン」という番組で「究極の帯」と題して山口源兵衛さんが誉田屋として出演なさるようで す。以前、みづうみにお会いになりたいと熱心に言ってこられた方です。個性の強い方ですから、好き嫌いはあるかもしれませんが、逸品を創る創作者としてみ づうみに感銘を受け共感なさっていらしたのだと思います。ご参考までにお知らせしておきます。

 

わたくしは親不知が時々痛むし、細々した不具合が他にもいつもあってすっきりしません。丈夫に生まれていないのはしかたありませんが。晴れやかに元気であるために、美しいものを身近に置こう、読もうと心がけて暮らしています。

朝晩はまだ肌寒さを感じます。お風邪など召されませんように。

蝶  方丈の大庇より春の蝶  高野素十

* ここで自作を暴くのは、良い趣味と思えないので沈黙します。

*  女の「帯」を気を入れて書いたのは、『蝶の皿』かも。昭和四十一年八月五日に、二週間かけ一気に脱稿しており、三十歳半の当時まだ多忙も多忙のサラリー マン医学編集者だった。あの厳しくも難しかった「新潮」編集部が、一字の変更もなく受け容れてくれた作品で、太宰賞受賞後翌月の「新人賞作家」特集号(昭 和四十四年九月号)に載った。
実は此の作、私家版の第二冊『齊王譜』巻頭に入れたのちに、「小説新潮」へ送ってみたところ、編集長から、この作は、むしろ「新潮」の方へ送られてはと示唆があったのを覚えている。
* 「選集」第三十巻の表紙や口絵の初校がきた。やがて再校が出て、これが、新元号での第一
作となり、追って「選集」第三十一巻の初校が押し寄せて、これが桜桃忌には作家生活満五十年記念の、名作でも秀作でもないむしろダメ作かも知れないが、「問題作」には成ってくれよう。良くも悪しくも私のこれまでの多くの小説を、或る意味で「締めくくる」でもあろう。
但し、それで「おしまい」では、決してありません。すぐその次の難儀な坂で喘いでいる長編を、なんとしても坂上まで押し上げたい、できれば、「湖の本」のために。
五月の永い連休より先に「選集」30の製本納品は所詮無理と観て先へ延ばすことに決めた。
2019 3/26 208

 

* 京の帯や、譽田屋源兵衛氏らによる苦心の帯製作のテレビ放映を多大の感銘をもって見終えた。堂々のトラマのようにも心惹かれていた。源兵衛氏から、ぜひ観て欲しいと事前の知らせも早くに有った。
カメラが写してくれた那智瀧実写の美しさにも感動、大学時代の初の独り旅で那智瀧をはるか遠くにまさしく拝見したのも思い出された。
2019 3/26 208

☆ 御視聴有難う御座いました。  譽田屋源兵衛
番組では短期間の表現になってますが 実は四年に亘る撮影でした
20代後半に 国宝那智の滝図を見て  この絵師は ただひたすらに荘厳して神を描いていると感じ 私にとって特別なモノとしていつか「帯に」と考え  なんとか実現した次第です
先生に京都に来て頂き お話し出来たらと念じております。

* 伊藤壮さん、お酒、一升送って下さる。有難う御座います。
2019 3/27 208

☆ 秦さん  沖縄韓国のことなど    テル  中・高同窓  元・日立重役

ご無沙汰しております。「私語の刻」がもう20年、一日も欠かさず書き継がれているとは本当に驚きです。また立派な著書を次々と刊行され、送っていただき深謝いたします。

私は秦さんと同じ年に生まれ、弥栄中、日吉ケ丘高と同窓ですが、秦さんの生活と文筆活動は全く信じられない思いです。
考えてみれば三条神宮道の洋服屋のうちに生まれ、一介のサラリーマンとして今までボーと生きてきた自分と秦さんをくらべるのは無理な話ですが、その分よく遊んできたのと少し人の気持ちに寄り添えるようになってきた思いがあります。
いま心を痛めているのは沖縄と韓国の人々の事です。

先日沖縄に出かけて3月16日那覇市で開かれたオール沖縄会議「土砂投入を許さない!ジュゴン・サンゴを守 り、辺野古新基地建設断念を求める3・16県民大会」に参加してきました。1万人超える参加者から次々と立って話されたことは県民投票で示された民意尊重 の訴えでした。
故翁長雄志さんが沖縄の歴史をふまえ「魂の飢餓感」と表現された「民意」に寄り添うことが、できないものでしょうか。

沖縄と同じ構図が韓国の民意にもあると考えるのは、おかしいでしょうか。
韓国国会議長の「日本の天皇がひとこと謝ってくれれば」の発言に日本の民意は猛反発しているようですが、私は同意できません。
このところの韓国問題に過剰反応することは日米戦争勢力を利するだけと考えます。

友人と宮古島に行ってきました。自衛隊ミサイル部隊が着々と配備されています。この島の人々はトランプ・安倍が企む「中日限定戦争」に巻き込まれることになるのを恐れています。可能性がないとは言えません。

添付「宮古島旅行報告」  秦さんに読んでいただければうれしいです。

* ちょっとズレルかも知れないが、ひとまず率直に。

* テル さん
メール嬉しく。旅行記はこれから拝見しますが、沖縄 韓国 に関わって 今 乱暴なほど率直にいえば、

沖縄には 「独立」運動の声のあがることを期待します、ありえな いことですが、かつ一つの真剣な擬制・擬声として有効な何かがあろうと思うのです。日本政府も米国も、とにかくは当惑し警戒するでしょう、何より中国は  もの欲しげに沖縄の揚げる旗へちかづくでしょう。 もう、ほかに運動の手は無いとわたしは観測しています。沖縄の知人達には、物騒なのでこれは、いまぶ ん、話しかけていません。

 

韓国は、明らかに図に乗っています、というより、そう動くしか政府は国民と結びあう手加減ができないのでしょう。
天皇の謝罪云々は、日本の憲法への無知と横暴はまぬかれず バカげています。
日本国がシャンとした政府なら、「国交断絶」を正面に。対峙していいと観ています。そんなことになれば、韓国は、北朝鮮、なにより中国の、そして米国の舌なめずりに出会うでしょう、モットモ望ましくないはずの孤立を敢えて招くだけです。

 

外交とは、世界史的に、「悪意の算術」である とは数十年のわたしの持論です。
日本は下手すぎますが、韓国もいま、かなり強気そうにビビッテいて賢くない、と、わたしは眺めています。

 

旅行記を読めば、また考えを新ためるかも知れませんが、とり急ぎ、メールへの感謝と感想まで。  秦

☆ 秦さん
私もとりあえず、貴兄の見解に関し、乱暴なかつ素直な返信を致します。
外交は騙しあいで、いき詰まれば戦争に持ち込むというのは 帝国主義時代の手垢にまみれたやり方です。
また戦争によって領土を奪い自国のものとすることも正義と考えられていた時代が長かったです。いまだにこの帝国主義時代の考えを振り回す大国の指導者がいることも事実です。
このような「悪意の算術」をいつまでも通用させて良いものでしょうか。
人類は第2次世界大戦で貴重な人命と文明の破壊を経験しました。中でも日本はかって経験したことのない原爆の惨禍に見舞われました。国益・人種・宗教など紛争の種はつきないけれど、この解決の手段を核兵器をちらつかせたやり方に依存することは間違いです。
70年前に日本国憲法の前文と第9条が人類の正しい方向を示しました。
この考えを理想論とか空想とかいう人がいますが、人類が存続するにはこの方向しかないと考えます。
沖縄についていえば 世論の力で時代遅れの基地普天間の撤廃と辺野古建設断念を実現できないでしょうか。
韓国問題は難しいですが、秦さんの「持論」は理解できかねます。  てるさん

* 憲法と悪意の算術と闘いと人類史のこと。

テルさん  走り書きですが 「私語」で 思いをもう一度述べてみました。御覧下さい。 秦

* このようなテルさんの返事があろうとは重々分かっていた。それでも、思ったままを書いた。
かつて、「湖の本」118で「憲法は抱き柱か」と語ったので、わたしの憲法感や問題への活動ないし闘争への意識についてはかなりを語り終えている。
日本の現憲法に匹敵ないし凌駕する良い憲法をもったままヒットラー・ナチスは暴虐を平然と冒したし、中南米諸 国の憲法条文は敬服の他ないほどだが、施行も履行も全然といえるほど為されていない。良い憲法をただの「抱き柱」に終わらせないためには 意識ある国民は不 当な権力と闘わねばならないが、「闘い勝つ」方法を持とうともしないで ただ条文を讃美していても、所詮は働きのないボヤキで終わるしかない。「闘うなら勝 つ気概と手段」をこそ持たねば、空論に終わってしまう。
事実、日本の現憲法は、戦後の「統治型保守権力」の前に、ただの「抱き柱」と年々歳々に化しつつあ るのは、明瞭。

「世論」という二字が出てくるが、 「悪意の算術・政権」の前で世論が操作されまた圧伏されてきた歴史は、その逆の数百千倍に相当してきた人類史の事実を思えば、かりにも「世論」で悪や 悪政と闘って勝ちたいなら、デモや署名やコールで事はかどらせようなど、国民性にも依るが、日本人の最も拙で弱い方法だと、もうもう気づいて良い筈。
闘う なら「勝つすべ」を持たねば世論は空論の代名詞で終わる。大方、それで終わっていればこそ、安倍内閣の支持率は、歯痒いほど下がらない。しかも、「悪意の 算術」に最も長けたいわゆる大資本企業の「算術」の前にも、立ち向かう労力も知性も脆弱を極めている。

外交とは「悪意の算術」というわたしの多年の指摘は、近代の英仏独米露等 西欧の帝国主義どころか、はるか昔のエジプトやギリシア・ローマの昔から、また、中国でも インドでも、三韓の朝鮮半島でも、アラビア世界でも、はるか上古から「善意の外交」に徹した例など無きに同じく、呆れるほど強慾な「悪意の算術」を繰り 返し続けてきたし、日本のちっちゃな戦国時代ですらそうだった。明治維新でも、事実上は「悪意の算術」で結着していった。
第一次大戦でも、その講和後勝者國の 「悪意の算術」は、ほぼそのままナチス誘引の理由になっていたし、第二次大戦後の日本占領政策が「悪意の算術」のまま、今なお続行して、「敗戦日本」はいまも日々「悪 意の算術」の前に身をひしゃげているのは、「沖縄」が、「首都の空」が、「安倍のトランプを平和賞にという追従」などにも歴然としている。
「いつまでも通用させては」云々でなく、人 間の外交的優劣の争いは、本質において、たぶんネアンデルタールの、北京原人の昔からすでに変わりなく、これからもほぼ絶対に変わらないとわたしは歎きもし信じて もいる。
その先へつながる「わたしの人間・社会」観は絶望的で、出来れば、はやめに一度目か何度目か知らないが、人類は滅亡して出直した方がいいとぐらいに思っている。
今の ままで行けば、科学政略文明と人文創造文化との軋轢は果てしなく、後者の敗亡と破壊・沈滞・消滅は必至とまで、わたしは望みをほぼ失っている。余命・残年のすく ないであうろうことを、無責任にも、むしろ有り難しと待っているほど。
だからこそ、ヘンかも知れないが、老耄を励ましてわたしはわたしの創作に励みたい。

* ま、この程度を 今一度 答えておきたい。 テルさん、いかがでしょう。
この議論に加わって下さる方は、どうぞメールを下さい。

☆ なんと元気なお爺ちゃん
この年齢で 自宅で普通に暮らせる幸せはないと思う。
高校同期会のお世話を 毎年計画してくれる男性がいて その気力に報いる為にも毎年出かけて、守美ちやんにも会います。
京都弁でワイワイと話してきました。
この五月の連休明けに こちらの息子夫婦が 私の親のお墓参りに京都へ連れて行ってくれるとか。
泉山には久し振りで楽しみです
又…     花小金井   泉   中・高校一年後輩

* わたしは、
聖路加へ電車一本で通うのが、せいいっぱい、永くも歩けず、食も、極く細、目も半ば霞んでいます。京都はおろか、都心の花見にも行けません。
ただ 気はまだしゃんとしていますが。
京都で観たい仕事に必要な写真は、頼んで撮って送って貰っています。
お元気に、楽しめる限りを 楽しまれよ。  湖

* これは、テルさんとのメール交換とは、別のたより。なんとも、なにもかも 嬉しい。秦の親のお墓、どうなっているのだろう。しかもわたしは、実の父、生みの母の墓が何処にあるのかも、まったく知らないでいる。

* どこへか、「倶會一處」とだけ刻した小さな石の下で、骨の一欠け、灰の一摘みずつでいい、希望の人の誰も拒まずに同居できれば、それもいいなあと思ったりするのである。肉親というものにわたしは失望し尽くしたまま生まれて、成人した。死ぬときはどうか。
む緒
2019 3/28 208

* 昨日の「テルさん」とのメール交換に触れて、一言。
「外交は、悪意の算術」という持説は、「外交は騙しあい」と謂う意味では決してない。外交には同意もあり妥協もあり決別もあり延期もあるが、あくまでよ く考えられた「算術」でこそあれ、「騙し合い」ではあり得ない。当然のことである。ただし「善意の算術」もあり得ない。「外交」があくまで「自国無いし自 国民の利」を図っての交渉である限り、「善意での妥協」を原則としていては往々自己矛盾の被害のみに遭うてしまうから。
2019 3/29 208

* 一昨日來の、遠い昔からの友「テルさん」とのメール交換にふれて、しみじみ思うことは、わたしが、人類社会の前途や人間の善意や信念に、ほぼ、今、希望を 喪いないし諦め、絶望の方を受け容れているという自覚である。毎月、この日録の冒頭にわたしは自身現在の「述懐」を托して幾つかの詩句を借用しているが、 今月のそれをわたし自身で顧みても、肌寒いまでに自分が明るくて望ましい人間の未来を見捨てているかがハッキリしている。そしてそれを今、深く訝しむ、否 定する、拒むという気が涌かないのである。

ししむらゆ滲みいずるごときかなしみを
脱ぎてねむらむ一と日ははてつ       田井安曇

身のはてを知らず思はず今日もまた
人の心の薄氷(うすらひ)を踏む       石上露子

これやこの往きて帰らぬ人の世の
つきぬ怨みの夢見なるらむ          遠

人も押しわれも押すなる空(むな)ぐるま
何しにわれらかくもやまざる         遠

あすありとたがたのむなるゆめのよや
まなこに沈透(しず)くやみのみづうみ   遠

* わたしはこれらを通してほぼ現代にも未来にも幻想は持たない、持てないと、諦めて表白している。

* テルさんから、もう一度の存念が伝えられているらしく、まだメールを開いていない。とにかく、読んでみよう。

☆ 秦さん
私の拙文に対し丁寧な返事を2度にわたった頂き、恐縮しています。

何度も読み1日考え、以下返信することにしました。

・「絶望の虚妄なるは希望に相同じい」とは魯迅の言葉ですが、私はこの言葉にずいぶん励まされてきました。いまの日本に比べてもはるかに絶望が社会を覆っていた時代でした。秦さんの絶望は大きくて深いものだと理解します。でもその中に希望はないのでしょうか。
是非聞かせていただきたい。

・「悪意の算術」が人類の歴史を支配してきた、とのお説ですが確かにそういう時代がありました。単純に考えて悪意は他人を押しのけて自分だけが得をする、生き残る、ヒトラーやトランプのあからさまな作動です。
このような人たちが人間の悪意を利用し、国民を扇動し、歴史を支配したことは否定できません。
すこし話が変わりますが、我々ホモサピエンスは共生の遺伝子を持っており、そのことでコムニティをつくり、言葉を紡ぎ、文字を持つてきたということを聞 いたことがあります。「悪意の算術」に対抗できるのは「共生の算術」と思います。人権宣言やワイマール憲法や日本国憲法は人類の共生の思いを体現していま す。
今は確かに「悪意の算術」がすこし優勢な時代かもしれませんが、悪意はそう長続きはしないと思います。
人類は必ず核戦争による絶滅を避け、生き残る道を見つけるに違いありません。

・「憲法9条は抱き柱」とのお説ですが、納得出来ません。
私は「憲法9条は灯台」だと思っています。この灯台の光は少し陰りはありますが、日本だけでなく、世界のひとたちの心をてらしています。そしてこの灯を消してはいけない!!「安倍9条改憲」を成功させてはいけないし、成功しないと思います。

以上偉そうなことを書き恐縮ですが、ほかの方のご意見も伺いたいです。 てるさん より

* 素晴らしい、羨ましいほどの意欲と肯定のテルさんの言葉で、真実敬服する。じつに、まことに斯くありたいものと願う。
それでも、わたしは、望みは望みとしてその望みの実現性を、「人間が人間であればこそ」絵空事に近い、同じいと、楽観できないでいる。
プラトン(ソクラテス)が人間の築く「国家」を精緻に論じ尽くしたが、その実、その最良・理想としたような国家ないし支配者を、絶えて人類は、人間は、 (極言とは承知で謂う)ほぼ一度も一例も持ち得てなどこなかったし、悪しき支配者と悪しき政治と悪しく果てない人間の強慾と怠慢とが、日々に日々に濃厚に 醜悪に地球を冒しつづけ、良くなってきたと思えるほとんど何ものをも喪いきり見失い続けているのを、わたしは悲しくも予感、いやもはや実感している。極論 すれば、「文明」の悪と便利とが「文化」の精美で優秀な無用性を損ない続けて行く年々歳々と情けなく見ている。
「人間支配の悪意」こそ歴史を蔽って来続けたが、「人間本然の善意」はただ寶玉に似て、日々の人間生活を堅固に永続的に支え切れて来なかった。歴史は、 おおむね人間が惹き起こす「悪しき事変と争乱」とで、結果、より不幸な「人間支配の度」を増し続けてきた。 トランプ、プーチン、習近平、金正恩その他世 界中の強権悪政者たち、そして安倍晋三ら、彼らの欲に根を生やした支配意図こそがますます増殖されて行き、私民はほぼ禁獄にちかい被支配にこそ喘ぎ続け る。歴史は、その「逆」を示したことは稀に稀にまれに過ぎている。
日本國憲法が素晴らしいのは、実は非道の政治家でさえ知っている。国民も知っている。しかし「知っているだけ」のハナシにされている。「抱き柱」と謂うわたしの譬喩は泣きの涙とともに、そこに生じている。
闘うなら、勝たねば。勝つには真の智慧と手段が要る。今日の世界で、虐げられた弱者の闘いに
、遺憾にも智慧も手段も無いにひとしいと、誰よりも悪しき支配者どもが大嗤いして知っている。希望は持ちたい。しかし希望は、ただ持っているだけでは、縋り付くだけのか細い「抱き柱」に過ぎない。

* もう一度、さきに挙げたわたくし「述懐」の歌を、わたし自身、読み返す。悲しい実感である。

* 友どちよ、きみらの考えを聞かせて欲しい。
2019 3/30 208

☆ 毎日多忙です。
娘から頭の体操と思ってか 土、日以外の夕食を任されていて まぁ頑張ってこなしてます。幸い皆 好き嫌いがないので楽です。
息子夫婦から京都へ墓参りにと誘われて 近々行ってきます。泉涌寺の塔頭で、日吉(ヶ丘高校)の校舎の丁度上辺りで 見晴らしが良く 平安神宮の赤い鳥 居が見えます。父親が気に入って、お前の高校を見下ろす場所だと言っていたのを思い出します。 花小金井   泉  中・高校1年後輩

* 羨ましい 京都行き。
わたしの分も 泉山 眺め 歩み 楽しんできて下さい。
いそがしい毎日と。忙しさを楽しまれるのは大切な老境の良薬です。
わたしは、心臓不安に対処の「心エコー」検査をうけに今日出かけます。今朝も、血圧低く 脈搏速く。けれどカメラでの検査も心電図もキレイに穏やかでした。
仕事は、しっかり続けて、十年がかりの新しい長編小説二編の一つは仕上げ、もう一つの仕上げに勤しんでいます。京都を観られないのには困るのですが、さすがに京都は、「分かり」ます。また協力してくれる読者や友人も居ます。
瀬戸内海を舞台にと願っている作が、この弱りようでは危険で行けず、観られず、魔法を使うしかありません。気はシャンとしています。
無理しないで、長生きして下さい、少なくも私よりは。  湖
2019 4/3 209

☆ 平年より早い櫻の開花と思うと、
ここの処は花冷え。週二回デイサービスのリハビリを続ける身にはいささか酷ですが、それでも、それでも、今回の御選集第二十九巻の「歌集」「詞華集」に は、秦さんの心の奥底が滲み出てきて、その真(深・心)情を味わい得たと思いました。お礼が遅くなりましたが、新巻第二十九巻を頂戴いたしまして誠に有難 うございました。
高校時代中心の「少年」は、自分の全く無智な時代の生き方を考えると、ゾっとするほど奥深い世界が 選び抜かれた言葉で織り成され、秦文学の金塊が埋まっていると拝見しました。上田(三四二)さん、竹西(宏子)さんの文章、いいですね。
「亂聲」は、「少年」が幹を太くして、詩歌の世界を拡げ大きくしたもので、苦さもユーモアもエロティシズムも大事にして表現しており、小説と倶に貴重な作品群になりました。
「愛の歌・日本の抒情」はおいそれと粗見せず、じっくり拝見したく、まずは御礼を。
新元号が発表された夜に。    徳    講談社役員

☆ 桜が開花したかと思えば、
また寒のもどりだそうです。先生、その後いかがお過ごしでしょうか。
先般は 『秦恒平選集 第二十九巻』をいただきまして有難うございました。
短歌も俳句もわかりませんが、自在に歌われた「亂聲」には、惹かれるところ多くありました。
どんな次の小説になるのだろうと期待も膨らみます。
さて、『或る雲隠れ考』についての小論が出てきましたので同封させていただきました。相変わらず的はずれなことを書いているのかもしれませんが、全力で読み、全力で考えています。
次々とはいきませんが、ぽちぽち頑張っていこうと思っています。
今後ともよろしくお願い申しあげます。平成31年4月1日
奈良県五條市       永栄啓伸
2019 4/3 209

* 元日から急激な病魔に襲われて以後の、目をおおう痛ましい抗癌剤点滴等のその後の危うい推移を、京都の久しい親しい友の便りで知り、ただ祈るのみ、お気の毒で、今朝、暗澹としている。
対応している医師・病院の判断やケアに、思いの外の大きな落差が生じてくる。結果、自宅へ患者が戻されてくる。
わたしが医学書院の編集者時代、京都では、京大、府立医大、二つの日赤病院ぐらいしか、大手の病院がなかったが、いまはどうなのか。バカな役人の忖度と追従とで政治がムダ金に糸目をつけず使い捨てながら、医療と看護と、予防を充実する体制づくりは、寒々としている。
国民は、本当に、本当に、本当に怒って、「福祉」から手をぬく一方の命令・統治政治に退陣を迫らねば。
2019 4/4 209

* 東工大時代の同僚井口時男氏のなおなお文学青年らしき俳句27句と短文との載った、同人雑誌か、「てんでんこ」が届いていた。昨日は、口語短詩誌の編集者からエッセイ集が届いていた。
京都府歴彩館からも「選集」受領の挨拶があった。

☆ 謹啓
桜も散り方になってまいりましたが、ますます御清祥にてお過ごしのこととお慶び申し上げます。
さて、 私こと この三月をもって東京大学を定年退職致しました。東京大学在職中は、ひとかたならぬご厚情にあずかり、まことにありがとうございました。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。
四月からは九段の二松学舎大学文学部で特別招聘教授として勤務することになりました。大学は、桜の名所の千鳥ヶ淵にほど近いところです。お近くにお出かけの折には、是非お立ち寄りください。
本来ならお葉書で挨拶状をお送り申し上げるべきところ、メールアドレスを存じ上げている方々には、心安立てに略式のメールでの挨拶にさせていただきました。いささかのぶしつけをお許し下さい。
末筆ながら、ご健康とご多幸をお祈り申し上げます。  敬具   弘

☆ 秦 兄
メール有難うございました。兄と てるさん とのメールのやりとりを読ませていただいて、たいへんうれしく思っています。
昭和も一桁の終わりから二桁はじめ生まれといえば既に故人か病人か、でなければ精々テレビに向かってぼやいているだけの人たちの多い中で、腐敗し切った政治と堕落した政治家にエネルギッシュな行動で怒りを昇華させている二人を友人に持っていることを誇らしく思っています。
「政治と宗教の話は友を失うからするな」は亡父の口癖でしたが、改竄・隠蔽・恫喝・背任・偽証・忖度など、やっているお偉方自身でも読み書きがむずかしそうな悪事をして平然としているのを、これほどまで見せつけられると亡父の戒めも破らざるを得ません。
『よき市民の第一の義務は必要な時に怒ることである。そして行為によってその怒りを示すことである』と言った英国の政治家ジェームズ・ブライスの言葉ど おり、兄たちお二人がそれぞれのやり方で怒りを表わしておられるのに触発されて、私も昨秋から年頭にかけて 『ハイド氏は2票方式で落選させる』 と  『ハイド氏は赤ん坊が落選させる』 の2冊をAmazonのKindle本にして出版したのでした。
兄たちお二人の熱心なお力添えにもかかわらず地味なジャンルの電子本のせいか、まだ燃え上がらずにくすぶったままですが、一刻も早く燎原に燃え広がるよ うに悪戦苦闘しています。2冊とも初版を読み易いように書き改めて改訂版にしてあります。私が怒りを昇華させるのはこのような形でしかできませんが、いず れにしても実証しなければ画中の餅にすぎません。
わが国も今の処は代議制の法治国家で、一強独裁の権力者といえども選挙に落ちればタダの人ですから、テロ行為以外なら、どんな方法・手段ででも落選させ ることに全精力を集中させなければ目的は達成できません。グランドで戦っている選手に外野の応援席から大声でいくら怒鳴っても選手を鼓舞はしても9回裏の 逆転満塁ホームランは飛び出しません。ましてプロの対戦相手が草野球チームなら尚更です。
ソフト面の十年一日のごときマンネリ応援を姑息にいじくりまわすことに腐心せずに、ハード面の草野球チームの選手を変えることに全精力を集中すべきです。そのためには法令の改廃をする707人の議員をズボ替えする以外方策はありません。
5,000万人の無党派層と2,200万の未成年者の合わせて7,200万の人たちに投票権を行使させることができたら、707名の国会議員の首のすげ替えは可能になります。そのやり方を2冊の『ハイド氏は・・』に詰め込んだつもりです。
われわれ世代に与えられた残り時間は左程多くありません。各自各様のやり方で世直しの一端を担おうとするなら コスパを考えて効率よくエネルギーを使う べきです。パソコンの普及発達で、洛北の片隅からの発信が瞬時に世界の隅々に拡散・伝播する時代です。「はやぶさ」が小惑星の異物を地球にもたらすような シュールなことを可能にする人たちがいる一方で、その人たちを悩ます病気や台風や豪雨を予知し無くする手立ては捗っていません。これはすべて政治家の責任 です。自国第一の政治家が「経済効果最優先」の物差しで森羅万象のすべてを測り、おのれの利益本位に動いているところに問題があるのです。物質文明に精神 文化が追い付けずにいるひずみは守銭奴たちの振り回す「経済効果最優先」の忌まわしい刃物に因があります。
21世紀の「ノアの方舟」としての2票方式によって707名の政治家を淘汰するためには、これらの改革案を世論にまで高めなければなりません。
一億の有権者に2票方式の改革案を知ってもらうだけなら左程時間がかかるとは思いません。数学の「べき計算」で 例えば1人が4人の人たちにSNSで拡 散・伝播する時間が30分かかるとしても 6時間もあれば知れ渡るからです。問題なのは時間ではなく 各人の意識の問題です。
ある人が私の改革案に対して 「たしかに2票方式はよい制度だが、所詮は画中の餅で賞味することは不可能だ」と評しました。しかし、不可能でないと言う 人が 1人でも居れば、それは実現することをその人は知るべきです。現に2票方式は必ず実現すると言っている人が居るのです。それは他でもないこの私で す。
いままで誰もできないと思っていたから2票方式は誰も思い付かなかっただけなのです。だれもが思いつかなかったことが当たり前であったから、当たり前でないことが生まれても、それが理解できないので不可能と否定するのです。
人間の頭脳は通常、自分が分からないことは理解できない構造になっているのです。コペルニクスやコロンブスも当時の人たちからは、そう思われていた異端 の人たちでした。発明や発見のすべては、そんな環境から生まれてくるのです。常識が常識でなくなるところからしか新しいものは生まれてはこないのです。
いまは一見、実現不可能にみえる「2票方式」も 何年か後には当然の選挙制度になっていることでしょう。私は固くそう信じています。
兄お二人とは手段は違いますが、私自身はその確信を実証するために余生の限られた時間を刻んでいくつもりでおります。日本で受け入れられない改革案であるなら、世界の人たちに問いかけようと英語に書き換えるために原稿をいじくり回しています。

秦 兄からの送信メールに対して私なりの所感を書き連ねましたので、ご判読のほど宜しくお願いしておきます。洛中洛外は内外からの花見客でにぎわっています。 住まっている圓通寺や妙満寺界隈の桜を人気の少ない時間帯にほろ酔い気分でぶらついて 学生時代に 6年にわたって眺めた面影橋の神田川沿いの桜並木を思 いだしています。女房は親父さんや兄たちの時分から酒臭いのが苦手らしく、連日のように友人たちと観光スポットをお上りさん気分でとび回っているようで す。
冗文になりました。どうか奥さま共々十分ご自愛のうえ日々愉しくおすごしください。有難うございました。  京・洛北  森下辰男   高校同窓・同級
* むろん、実現を心より期待し応援したい。
2019 4/6 209

☆ 拝啓
(前略)  『歌集 少年』の昭和三十九年の「跋」で、「今の私はもう歌をはなれたと言っていい。」とあり、そこが強く印象に残りました。 集中の「歌 の中山」の情感が好きでした。「母と『少年』と」の、102頁の六首も心にかかりました。 『光塵 述懐』の「花むすび」の十二編は、詞章として、一冊に なそれも袖珍本のような一冊が欲しいと思いました。 『光塵』の137頁の「朝日子の…」の句にそえられた下の句も出来ていたのに、忘れた。」という、そ の「忘れた。」という一語に、何か多くの想いがこめられているようでした また、160頁の「鴉」の二句、楽しく、そしてものかなしさも感じております。 198頁の「この道は…」の一首、「逆らひはせぬ」が心にささりました。
『亂聲』の「胃全摘(オペ)」に関する数首、言葉がありませんでした。また、264頁から始まる作家についての歌、お作についての歌、孰れも読みかえしました。 271頁の「寝られやせぬわい。」ということも、読者としては読みたいものです。
「戯れ和歌・小倉百人一首」は楽しく、納得したりして、拝読していきました。
『愛、はるかに照せ 愛の歌 日本の抒情』は、お選びになった作品の解説が、作品をより素的にしていると思いましたし、同時に作品鑑賞の素晴らしさを実感しました。
375頁の蕪村の「燃立」の句で、夫婦と取った方が、句の色気、濃やかに健かであろう」との解説を拝読しながら、楽しみました。
「師弟の愛」は、数少なく収められておりましたが、いろいろと思いおこすことが多くありました 啄木の歌にしても、千樫の歌にしても、自分が今あることを省みる機会ともなりました。
この第二十九巻は、今しばらく机上に置いて、おりおりに手にしたいと思っております。
ありがとうございました。御礼申しあげます。
末筆乍らご自愛を念じております。 敬具   馬渡憲三郎   前・藝術至上主義文藝学会会長

☆ 謹 啓
後ろ向きだった春がようやく前を向いてくれたような温かい日和になりましたが、不規則な陽気の変化、内外諸事油断なりません。先生には御身体くれぐれもおいといくださいますよう、お祈り申しております。
この度も「秦 恒平選集」第二十九巻ご恵贈賜りました。今回ばかりでなくエッセイ・論攷の各巻もご恵贈いただきながら、御礼も申し上げず、誠に申し訳なく思っております。どうぞ失礼の段お許しくださいますよう、心より御願い申し上げます。
第二十六巻、第二十七巻、第二十八巻、いずれも私には、啓蒙の書でありました。漱石・鷗外などは文学を明らかに啓蒙の一助と意志していたと思います。娯 楽でも懺悔でもなく人間の真実を明らめる探求が啓蒙として目的にあったように思います。高貴な使命感であったと思います。葛西善蔵や太宰治には啓蒙の意志 はあっても方向が違っていたように感じます。
「身内」「抱き柱」「歴史観」 独特なものを感じます。先生の生き方が思想と一つになって文学的な光輝を発しておられる。ただ読む、そして静かに浸透し てくるものを味わう、そういう読み方でよいのではないかと読ませていただきました。感想もまた批評です。読む、味わう、心に残るものを発見する、読書の楽 しみを純粋に味わいました。
自己流の思い込みでありますが先生のご著書を読みながら「作家の眼」というものを感じさせて頂きます。
「ああこれは作家の眼だな」と思った初めは「紫式部日記」であり 源氏の「蓬生」の巻の一文でした。外部を語りながら自然に自己の内面を照らしている。 彰子のお産を語る筆で自ずと内省に向かう眼。明石、須磨の流謫を許されて、本当に久しぶりに末摘花を訪ねる源氏の、殆どあきれ返えるばかりに、荒れに荒れ 果てた屋敷を見る眼。末摘花ばかりか源氏の内面までもが申し分なく象徴的に語られていると感じます。
同じように歌集『少年』から「光かげ」(昭和二十八年 十七歳)と纏められた歌と、その構成にやはり「作家の眼」を感じました。
「偽りて死にゐる轟のつきつめた虚偽が蛍光灯にしらじらしい」
「生きんとてかくて死にゐる蟲をみつつ殺さないから早くうごけと念じ」
と 擬態する虫を詠んだ眼が、返す眼で
「擬死ほども尊きてだて我はもたぬ昨日今日もそれゆゑの虚飾」
「灯の下にいつはり死ねる小虫ほども生きようとしたか少なくも俺は」
と厳しく内省に向かっています。
そして内省する眼は 「うすれゆくかげろふを目に追うてをればうつつなきかも吾が傷心は」と自然に外部と内部の一体化に昇華していました。
十七歳の歌人にして、すでに作家の眼を具えられていたと感じました。訴えるばかりの歌ではなく物語り訴える、歌の内部のストリーとプロットを見据える眼 をお持ちだったと感じました。これが「作家の眼」だと。このような「作家の眼」を感じさせてくれる作品、感動的な作品に出合えたことを感謝
いたします。
『愛と友情の歌』は先生の詩論であり俳論・歌論であると読ませていただきました。『少年』『老蠶』があって『愛と友情の歌』がある。先生の歌を論攷するに必須の完成された一巻になっていると感じさせていただきました。
よいご著書を頂戴いたしました。有難く心より御礼申し上げます。
これからも油断ならない陽気の変化が続くかと思われます。ホームページからいろいろ大変なご様子承ります。どうぞ先生には新作はもとより、選集の完成に向け、御身体大切にご自愛くださいますよう、心よりお祈り申し上げます。まずは御礼まで。 敬具
平成31年4月6日    八潮   小滝英史  作家
(追伸)
心苦しいのですが、一つお願い申し上げます。
私が家内ともどもお世話になっておりますお寺に「白蓮寺」(草加市)がございます。ここの開山とは大変に昵懇にしていただき、お会いしてすぐにバグヮン の『存在の詩』をいただきました。しばしばバグワンのお話をお伺いしながら 先生の『バグワンと私』と共通な受容を感じ、「湖の本」を開山に差し上げまし たが、開山は全ページをコピーして、本体をお返し下さいました。そして秦さんの「バグワンと私」に触れてからは、就寝前に必ず読んでいると申されておりま した。また『バグワンと私』の一節を参詣される方の読経供養のあとに読み上げることもあります。以前はもっぱらヘッセのエッセイか三浦綾子の詩などを読み 上げておられましたが。
「極限の悲しみ」ということをよくいわれます。真宗の僧侶でありながら一宗教を超えた普遍的な悲しみを見据えられており、理解されている僧侶であり思想家であると思っております。
勝手を申し恐縮ではございますが、もし叶いますならば、「バグワンと私」(上下)「死なれて・死なせて」「死から死へ」「対談集(死なれることと生きること他)」の4点を 恐縮ですが、白蓮寺開山にご寄贈いただきたく、お願い申し上げたく思います。
住所は下記の通りです。
急ぎません、ごついでの折りにご配慮いただけますれば幸甚に存じます。 頓首

* さっそく 贈呈本 雨に降られながら 郵送しました。

☆ 桜が満開、
風が吹くとそろそろ散り始めそう。まわりの自然が噴き出す感じがあり、負けずに明るく過ごしたいものですが。
お身体の疲れは如何でしょうか。案じています。
わたしは三月には東大寺のお水取りに出かけたり 家の事やら忙しく、いつになく疲れて 元気ない一ヶ月でした。今も元気とは言いかねます、昨年転倒した時の影響が今になって顕著に表れているようです。
最近のHPから さまざまに考えさせられます。
新元号が決まった日に、早くも鴉は 「令」の意味するところを明確に指摘されました。「令」という字のもつ使役・命令の意味は 少しでも漢文が読める人 なら分かるはずです。わたしはまず最初に「命令」を連想し、娘は逮捕令状の「れい」だわと電話口で言いました。政治的立場などでない素直な受け取り方でし た。マスコミの報道では 新元号に7割の人は肯定していると・・命令など思うのは野党の偏屈だと言う人もいますが、日本人は本当にご都合主義だと思いま す。いずれ新元号に慣れていくのでしょう・・。
旧友・級友テルさんとのメール交換から 「友どちよ、きみらの考えを聞かせて欲しい。」と書かれていて、さて事が多少なりとも政治的社会的な事柄に関わるだけに、率直な意見を述べるとなると「敬遠」される傾向もあるのでしょう。どなたかが、と期待していました。
6日には 級友の方のメールがあり、改竄・隠蔽・恫喝・背任・偽証・忖度のまかり通っている政治への批判もふくめ 興味深く読みました。
「その先へつながる「わたしの人間・社会」観は絶望的で、出来れば、はやめに一度目か何度目か知らないが、人類は滅亡して出直した方がいいとぐらいに 思っている。」と、鴉は書かれていますが、しかし いったんそのような事態になれば 文明の人間の歴史はどこまで退くか、どのような道筋を辿るかは全く保 証などありません。滅亡や出直しと軽々に語ってはいけないと思います。どれほど問題が集積していようとも 軌道修正をしながら この世界は進んでいくしか ない。AIという重大な「武器」を懐にもった人類は さらなる問題を抱え込んでも、やはり打開すべく努めていくしかないのです。
「今の ままで行けば、科学政略文明と人文創造文化との軋轢は果てしなく、後者の敗亡と破壊・沈滞・消滅は必至とまで、わたしは望みをほぼ失っている」。「余命・残年のすく ないであうろうことを、無責任にも、むしろ有り難しと待っているほど。」
これはわたしにとっても言えますが、それでも卑近な例の、子供たち、孫たちに、また世界のすべての若い世代にそのようなものを手渡してはいけないのです。
テルさん、元・日立で重役をされた(経営側に立っていた・・)方が沖縄や韓国の人たちの事を考え、沖縄での県民集会に参加されたことに、まず驚きました。(これはわたしの偏見、思い込みですね。)
県民投票の後 「県民に寄り添う・・」と白々しく述べた首相。その首相も、議員、政治家もそして厳しく問うなら基地問題を身近に受け取っていない「内地」のわたしたちも また同じではないでしょうか。再び早や埋め立て工事が始まっています。
今日の世界で、虐げられた弱者の闘いに 「遺憾にも智慧も手段も無いにひとしいと、誰よりも悪しき支配者どもが大嗤い」「希望は、ただ持っているだけでは、縋り付くだけのか細い「抱き柱」に過ぎない。」
それでも貧者の数、細い「抱き柱」の数を無視はできません。
いつからか頻りに 「寄り添う」と言う言葉で表現されることが多くなりました。「寄り添う」・・わたしは気味悪い言葉だと感じています。勝手に寄り添っ てもらいたくないのです。寄り添って、相手が何をわたしから観察し何を評価し、監督していこうとするのか・・気味悪く落ち付かない、怖いです。よほどの天 邪鬼、偏屈な人間かナ、わたしは?
とりとめなく書いてしまいました。心置きなく楽しめる一人の時間がなかなかもてません。韓国も沖縄についても、いつか書いてみたいです。
元気であって欲しいです。繰り返し、 無理せずお身体大切に。花粉症、少し軽快しましたか?
清水坂は鴉にとって、これまでの作品の中でも語られてきましたが、深い深い、同時に昏く、また温かく懐かしく誘われるものでもありましょう。
一度だけ 京都に来た父に 三寧坂で抹茶茶碗を買ってもらった思い出があります。  尾張の鳶

* ありがとう。

* この分なら、わたしの『清水坂(仮題)』は、みなさんに、よっぽどビックリしてもらえそう、「清水坂」は、仮題だけれども。
2019 4/8 209

* 真岡尚平(なおひら)くん 誕生を 心より祝ひて

尚(ねが)ひつつ 尚(なほ) 尚(たふとび)つ 平らかに
幾世を生きて成せよ大きく     恒平

向 と 八 から成る 「尚」
向 は光を迎える窓。 八 は神気のあらわれを示しています。
大きい力の慈しみにまもられて 平生心を尚んでください。

☆ 秦 恒平様
御名前 御礼申し上げます。
恒平元年に賛成。
恒久平和 尚平らかに…

内祝いを少々。御笑納下さい。  真岡哲夫

* 乾杯!
2019 4/9 209

☆ 雨の櫻も
佳いもの、でしたね。
誕生日を鎌倉で祝い、週末は薪能「吉野天人 天人揃」を観て参りました。
湖の本を 能を舞う友人、研究なさってる方 に差し上げたく、もし残部に余裕がございましたら、小説36『修羅・七曜』を二冊、エッセイ22『能の平家物語・能』(薪能についてもお書きになってましたね)を三冊、いただけますでしょうか。
お手数をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
花冷えの頃、お風邪など召しませぬよう。お元気でお過ごしください。  蔵

* 「湖の本」全巻購読して下さっている方には、欠巻になったモノやご要望の巻を、在庫に余裕ある限りは 何種何冊でも 「ただ差し上げる」 ことにしている。
昨日も、六册 送った。
今日もご希望があった。
在庫分を埃まみれにするより、どれほど良いか。  ご遠慮無く。
ただ、荷造りして送り出す手間と千円平均送料が掛かるので、即座にとは行かぬこと、御承知を。
2019 4/9 209

☆ 新元号『令和』について

 

秦さん

「友どちよ、きみらの考えを聞かせて欲しい。」

とありましたからと言って、私ごときがメールを送信させていただくのは不遜極まりないとは存じますが、「令和」にたいする違和感・不快感を拭いえないゆえ、キーボードをたたくことにしました。

「令和」の「令」に対しては、初めて耳にした時から 秦さんと同じ印象で、安倍政権への、その無知・横暴ぶりに怒りを覚えました。

問題は、「万葉集」から引用したことに対する満悦振りの自省の無い得意ぶりです。

学生時代の友人から、「新元号<令和>についての万葉集に興味深い考察がありました。読んでみてください。」と 送信されてきたものです。すでにご承知であれば、余計をお許しください。

私は ここは、こここそ 信頼できる学者の登場すべきところかと思っております。

メールとしては少し長いかもしれませんが、要領よく述べられていると思います。 永田澄雄 拝

 

品田悦一氏の説から  「令和」から浮かび上がる大伴旅人のメッセージ  (以下、永田さんの御好意を戴いて一度は品田氏論攷を転載した。しかし「著作」であることに遠慮し、一夜明けて、省いた。 秦)

* メールを下さった「友どち」の永田澄雄さんは、わたしの「湖の本」などの久しい読者で、上の、品田悦一氏 の、ま、論攷を送ってきて下さったという次第。品田氏の、筑紫の旅人と周辺そして大和での長屋王事件の陰惨な政権闘争は、云われて居るままで、ほぼ常識に 類しているとわたしも承知している。
王羲之の「蘭亭集序」の名も現れて、作家代表団で中国へ旅した昔も懐かしく思い出せた。佳い 拓本を買って帰って、いまもこの仕事部屋に在るのを、「令和」事件にうんざりしながら思っている。

* 安倍総理は、愚かなまで、見当を失した知ったかぶりをしたのである。
2019 4/9 209

* 昨晩 永田澄雄さんから頂いた新元号批判の品田氏論攷は「著作物」であり、かつ品田氏ご本人は未知の方でもあり、一夜掲載を経た今朝、感謝しつつ此処からは割愛しておいた。

* 永田澄雄さん ありがとうございました。新年号【令和】について

こじつけ の見本のような 安倍総理 「令和 万葉集典拠」の辨でしたね。

いつも ご支援 嬉しく感謝しています。

品田さんの論攷 要はそこに尽きていますが、ま、長屋王らと藤原氏との抗争の陰惨こそ、その後の日本史を永く決定したモノでした。

明らかに品田さんの「著作」なので、一夜だけ拝借しておいて、今朝、この私的な日乗からは省きました。

私は 十年がかりの長編を一つ仕上げ、同様にもう一つの長編に日々組み付いています。病院各科へも通い詰めですけれど。
食が極度に薄く、飲み物でばかり熱を摂っているような日々ですが、気は、幸いシャンとしています。

冷え冷えと雨の音がしています。 日々お元気にお大切になさってください。  秦 恒平

☆ hatakさん 乾杯!
最高の贈り物をいただきました。
言祝いでいただいた尚平は幸せ者です。
子供が生まれ、年明けから私の生活も大きく変わりました。
加えて、四月からは仕事の役職も変わり、所長に次ぐ席次となってしまい、研究活動にはほとんど関われなくなってしまいました。
公私ともに体力気力勝負の大わらわですが、子育てはつらいなかにも可笑しみがあって (家内は必死でそれどころではないと思いますが) 楽しんでいます。
今日は日帰りで つくば出張、家に戻るのは日付が変わる少し前です。
最近は便利なもので、飛行機の中からメールが送れるのです。
そろそろ羽田です。取り急ぎ、御礼申し上げます。  maokat@ANA機内にて

* 尚平クンも お母さんも がんばって。 「幸福を追わぬも卑怯のひとつ」と教わってきた。
2019 4/10 209

 

☆ 秦さん
メールありがとうございました。

もとより私は、自分が納得しない論考を、秦さんに送信したりしません。

そして、「日乗」から、省かれられた揺るぎない姿勢に、「日乗」への信頼を増し、賛同いたしました。

一晩にしても、心労をお掛けしたことにお詫びと感謝を同時に申しあげます。

(京の)白川の流れに沿って、東大路通りの東と西の違いはありますが、育った環境のにおいが

作品から一寸した描写に敏感に感じられて、秦文学は私の体内に根づいています。

やってきた季節外れの寒波は、今年最後のものだそうです。

増々のご健筆を祈ります。そしてお躰の安らかなることを祈ります。  永田澄雄

* 感謝。

* 京都の田村由美子さんのプロデュースに成ったらしき、劇映画『嵐電』の案内と招待券が送られてきた。特級の映画批評家が京都から「名作」が現れたと賞讃している。これも見ようでは地方創成協賛作かとも思えなくないが、用は佳い作ならばけっこうなのである。
田村さんはもともと京都の人だが東京で結婚生活を送っていた。小説も書いていた。不幸にして家庭に破綻があり、歎きを聴いてあげたり励ましたりした昔を 覚えている。わたしの胃癌で入院ときまったとき、夜分未知に迷いながらも家まで見舞いに来てくれたのを、感激とともにに記憶している。「プロデューサー」 ふうの仕事の出来る人で、お母さんと京都へ帰られて仕事も順調に続いてきたらしいのは、何より。
『嵐電』とは、まあ、なんと懐かしい。
脚がしっかり地について、軽い思いつきナンかでなく仕事の出来る女性は、堅実で、逞しい。

* 明朝が早い。十時過ぎだが、もう休まねば。
2019 4/10 209

* 病者を介護されている読者や友人達が、とても気になる。無事でと願われる、ぜひにも。
2019 4/11 209

☆ 合掌
今般は御書多数、しかも真筆の添状までたまわり、うれしく、ありがたく存じおります。
『バグワンと私(上、下)』は、全頁コピーして枕元に常設しておりました。
秦様の御道程は、あたかも「阿闍梨の道」の如くと思うております。  草加 白蓮寺開山

* 「バグワン」の『存在の詩』『般若心経』『究極の旅』三巻は、父わたくしに遺し置いていった、娘・朝日子の有り難かった遺産である。
2019 4/12 209

* ありがたい、嬉しい長文を友どちの優れたお一人から貰えた。どうか、大勢の方にも読まれたい。むろん賛否の声も聴きたい。

☆ お元気ですか、みづうみ。
検査結果のご無事をお祈りしていました。とりあえず即刻入院というような事態にならなくてよかったと思います。まだ検査が続くとのことですが、現代医学の恩恵を受けられることは心強いことでございますね。
こちらは、母が今年に入ってもう二回も救急車のお世話になり、無事に復帰していますが、介護生活真っ只中。
自分の体調も良好とはいえませんが、なんとか頑張っています。
* 友どちよ、きみらの考えを聞かせて欲しい。

この、みづうみの重い問いかけに答えの見つからぬまま時間ばかり過ぎてしまいました。

> その先へつながる「わたしの人間・社会」観は絶望的で、出来れば、はやめに一度目か何度目か知らないが、人類は滅亡して出直した方がいいとぐらいに思っている。
今の ままで行けば、科学政略文明と人文創造文化との軋轢は果てしなく、後者の敗亡と破壊・沈滞・消滅は必至とまで、わたしは望みをほぼ失っている。余命・残年のすく ないであうろうことを、無責任にも、むしろ有り難しと待っているほど。
だからこそ、ヘンかも知れないが、老耄を励ましてわたしはわたしの創作に励みたい。

> 一昨日來の、遠い昔からの友「テルさん」とのメール交換にふれて、しみじみ思うことは、わたしが、人類社会の前途や人間の善意や信念に、ほぼ、今、希望を 喪いないし諦め、絶望の方を受け容れているという自覚である。
毎月、この日録の冒頭にわたしは、自身現在の「述懐」を托し、幾つかの詩句を借用しているが、 今月のそれをわたし自身でいま顧みても、肌寒いまでに自分が明るくて望ましい人間の未来を見捨てているかがハッキリ看て取れる。そしてそれを今、深く訝しむ、否 定する、拒むという気が容易くは涌かないのである。

> 日本國憲法が素晴らしいのは、実は非道の政治家でさえ知っている。国民も知っている。しかし「知っているだけ」のハナシにされている。「抱き柱」と謂うわたしの譬喩は泣きの涙とともに、そこに生じている。
闘うなら、勝たねば。勝つには真の智慧と手段が要る。今日の世界で、虐げられた弱者の闘いに、遺憾にも智慧も手段も無いにひとしいと、誰よりも悪しき支 配者どもが大嗤いして知っている。希望は持ちたい。しかし希望は、ただ持っているだけでは、縋り付くだけのか細い「抱き柱」に過ぎない。

>  日本の現憲法に匹敵ないし凌駕する良い憲法をもったままヒットラー・ナチスは暴虐を平然と冒したし、中南米諸 国の憲法条文は敬服の他ないほどだが、施行も履行も全然といえるほど為されていない。良い憲法をただの「抱き柱」に終わらせないためには 意識ある国民は不 当な権力と闘わねばならないが、「闘い勝つ」方法を持とうともしないで ただ条文を讃美していても、所詮は働きのないボヤキで終わるしかない。「闘うなら勝 つ気概と手段」をこそ持たねば、空論に終わってしまう。
事実、日本の現憲法は、戦後の「統治型保守権力」の前に、ただの「抱き柱」と年々歳々に化しつつあ るのは、明瞭。

 

 

みづうみのこのような述懐を読みまして、夏目漱石が友人への手紙に、自分が死んだら棺の前で万歳してほしいと書いていたことを思い出しました。
森鴎外も、日本に心底絶望して死んだと思います。
楽観的な小説を書いてきた司馬遼太郎でさえ、対談の中で日本人は亡びると深刻な絶望の予言を言い置いていました。
三島由紀夫も太宰治もそれぞれ絶望の結果自裁したと思います。

絶望してはいけないと訴えた文学者も勿論たくさんいましたが、それも常人には及びもつかない絶望あってのことで、絶望を胸深くに抱かずに死んだ文学者は絶無ではないかと思っています。
彼らがなぜ絶望せざるを得なかったのかを想像すると、詩と真実の理想に殉じていたからでありましょう。理想がなければ絶望もありません。富や権力に仕え て永遠に届こうと試みない俗物であれば、あるいは思考停止の傍観者であれば絶望することは出来ないと思うのです。絶望しているみづうみは 正統な文学者の 系列におられます。
現在の日本の惨状は、ドストエフスキーの「金はあっても理想のない社会は崩壊します」という言葉に尽きましょうか。

先日の誉田屋源兵衛さんの帯は見事なものでしたが、あの帯は商売にはなりません。誰が買うでしょう。買えるでしょう。値段のつけようのない作品で、美術館に展示する以外に使い道がありません。コスパを徹底的に無視したものです。
番組の前半を見ていないので推測にすぎませんが、西陣の帯業界は近い将来消滅するので、源兵衛さんは「終活」として遺作として採算度外視の究極の帯を作 る仕事に挑んだのではないかと思うのです。もう西陣の帯を織る機械を新規に作るメーカーはないのですから、現在稼働中の機械の寿命が尽き、職人が高齢で引 退した時にすべてが終わります。紬のような織物なら、志ある個人によってまだ続けられますが、西陣のように高度で複雑な分業制をとる場合は、工程のどこか 一か所でも壊滅したら二度と復活出来ないでしょう。源兵衛さんは間に合って良かったと思っているに違いありません。
残念なことですが、私たちの子や孫世代はお古以外にもう最高の帯を手にすることは出来なくなります。
着物と同じように、コスパの悪い高級品、家具とか漆器とか、あらゆる理想を目指した美しいものがどんどん衰退していきます。
文学も量が売れる読み物ばかりが流通していくしかないのでしょう。そこそこのもので間に合わせることに馴れてしまって最高のものを求めない、理想を知ろうともしない社会は、猛烈に地盤沈下し続けるしかありません。

憲法九条も日本人の血と涙で贖った理想で したが、現実を見ろというコスパ至上主義の、理想という理想が駆逐されていく日本で、いつまで生きられるでしょう。広告会社やテレビ局は改憲決議を待ちわ びていると読みました。国から改憲に向けての莫大なCM料、広告宣伝費が入るからです。朝から晩まで世論誘導のための物凄い量のCMを垂れ流すことになり ます。元を正せば国民の税金でありましょうが、不況のテレビ局には大儲けのチャンス到来で大歓迎とか。公正中立な報道や国民的議論なんてコスパが悪いので す。正義や理想は金儲けの邪魔、ジャーナリズムの精神を棄てて久しいわけ……。こちらもいよいよテレビの捨て時が来るかと考えているくらいです。

着物や帯がなくても死ぬわけではありませ んし、憲法九条がなくなっても戦争がすぐに始まるわけではないとしても、こういう「理想のない社会」が永く続くとは到底信じられません。日本の愚劣な敗北 を見る前にこの世とオサラバ出来ればと、愚かさにおいても人後に落ちない私でさえ思うこの頃です。
「闘い勝つ方法」があるとしたら、ハンナ・アーレントの云う 「考える力がないという凡庸な悪」からどれだけ多くの人間を目覚めさせることが出来るかどうかにかかっているのでしょう。
その力のあるのは文学者や知識人でありましょうが、彼らの言論がコスパのせいで世の中に出回らないのですから、闘う手段がありません。
それでもあえて意志的な楽観主義を表明するとしたら、ドン・キホーテのように嘲笑われても理想のために一人で起つという人間が少数でも途切れずにいたか ら、人類は絶滅せずに何とか続いてきたという真実以外にありません。ドン・キホーテを嘲笑う集団が圧倒的にツヨイのは古今東西変わらないからこそ、ドン・ キホーテは、世界54か国の著名な文学者100人の投票による「史上最高の文学百選」で1位を獲得しました。
文学者はドン・キホーテになってこそほんものでありましょう。

変な激励かもしれませんが、文学者秦恒平 にはこのまま、理想の追求も絶望も全うして書き続けていただきたいと願っています。わたくしはみづうみがホームページを始めたばかりの頃からみづうみの底 なしの絶望を読んできましたし、これからもみづうみの絶望の先の理想の追求を読み続けるでしょう。
読者は文学者の同伴者となって生きるのが務めで 幸せなのです。

最後に、わたくしは日本人の先行きについてはどっぷり絶望しつつ、それでも人類についてはまだ絶望まではしていないことはお伝えします。
世界にはまだまだ闘士がいることを異国の親戚などを通して身近に見知っているせいでしょうし、気高い亡命者もみてきました。世界は広いのですから、理想を求める日本語人が世界市民として生きる道もあるだろうと、そう信じる意志は失いたくないのです。

新元号について、ネットで下記の記事を見つけましたので貼りつけておきます。この件では、みづうみがそれほど少数派とも思いません。

スクープが一切なく、全国民に向けて同時に発表された新元号「令和」。
直後は好意的な受け止めが多い印象だったが、時間が経つにつれ、その選考過程も含めて新元号に対する違和感を持つ人も出てきた。歓迎ムードに隠された政権の思惑と新元号の影響は?

「なんでイチローの話が進まないんだ! 時間がないぞ」

4月4日午後、官邸では幹部がイライラを募らせていた。「令和」初の国民栄誉賞を、3月下旬に引退した元プロ野球選手のイチローに授与することを真剣に検討していたからだ。官邸が意識していたのは、この夏に予定されている参議院議員選挙だ。

「参院選は改元後初の国政選挙だから、絶対に勝たなくてはいけない。そこで参院選前、東京五輪イベントなどを絡めて、イチローの国民栄誉賞はぜひともやりたいというのが、官邸の意向。とんでもない話題になりますからね。参院選のPRとしてはこれ以上ない。イチローさえOKだったら、いつでも、というスタンスでした」(官邸関係者)

しかし、あっさりとイチローは辞退。翌5日、菅義偉官房長官が閣議後の記者会見で、授与検討の見送りを明らかにした。

「正直、官邸は誤算だったようです。イチローは引退会見で神戸は特別な街と語っていたので、授与式は神戸でとも考えていた。みんなガッカリだよ」(同)

改元に絡んだ話題づくりに余念がない安倍政権。そもそも新元号の「令和」も官邸主導で決められたという疑念がぬぐえない。

候補は「令和」「英弘」「広至」「久化」「万和」「万保」の六つとされる。9人の有識者から意見を聴く「元号に関する懇談会」でも令和を推す声が多く、すんなりと新元号が決まったようだが、その文字について首をひねる専門家は多い。

東京大学史料編纂所の本郷和人教授はこう語った。

 

「『令和』以外の他の五つだったら、ケチ のつけようがないくらいにいいと思いました。『英弘』は、『英』は英国を表すようになったのは幕末明治の時代からで、もとはエクセレント(優れている)と いう意味なんです。『広至』は広く行き届くの意味です。『令和』だけはダメなんです」

どこがダメなのか。

「『令』の字を見て、上司の顔が浮かびませんでしたか。『令』を漢和辞典で引くと、最初に出てくるのは“命令”。おきてや言いつけの意味。後に“よい”という意味が出てくる」

さらに続ける。

「皇太子殿下は、『令旨』という言葉をご存じだろうと思います。皇太子の命令という意味で、天皇の意を受けた命令文書は『綸旨』。だから、『令』は天皇にふさわしくないのです」

 

こうした意見を聴くと、最初から結論ありきで1日の発表まで進んだという印象がぬぐえない。実際、閣僚の一人は、こう明かす。

「令和が本命なのは、わかっていた。全閣僚会議で示した資料で令和は左端、英弘が右端です。英弘は、ひでひろなど名前として使われているので“落選”は誰の目にも明らか。令和で官邸はいきたいのだろうと容易に想像できた。11時半には発表で、論議している時間もない。最後は安倍首相一任となることはわかっている。結局、暗黙の了解で、令和で流れていった」

懇談会のメンバーの中にも、意見を聴くと言いつつ単なるお飾りだと感じた有識者もいたようだ。
新元号発表直後の1日に、テレビのインタビューに冗舌に答えていた安倍首相。新元号のスクープが一切なかったのは、周到な準備をしていたからだという。官邸関係者は語る。

「衆 参議長、副議長がとりわけマスコミのターゲットとなっていたようですが、『陛下のご署名がないときに、元号が明らかになっては』と、それとなくプレッ シャーをかけていた。やはり陛下のご署名がないと、元号にはなりません。そこが今回のポイントだったと思います。これまでは、陛下が崩御されての改元でし たからね。それを踏まえて、官邸はあらゆる事態を想定。もしどこかがスクープすれば、それを消すために六つの元号案すべてに首相談話を用意していた」

共同通信社の世論調査によれば、「令和」に「好感が持てる」が73・7%、「好感が持てない」は15・7%。内閣支持率は前回より一気に9・5ポイントも上がり、52・8%になった。慶応大学名誉教授(憲法学者)の小林節氏はこう話す。
「安倍政権の新元号パフォーマンスはやりすぎと思いますね。瞬間風速的に支持率が上がってますが、愚かな話だと思います」

調査では、新元号と西暦で「新元号を使いたい」は18・8%、「西暦を使いたい」は34・0%、「両方使いたい」は45・1%だった。この数字を冷静にみれば、新元号に歓迎ムードがあるとはいえ、すべてが安倍政権の思惑どおりに進んでいくとは限らない。その一例はイチローの国民栄誉賞辞退であり、“忖度発言”で塚田一郎国土交通副大臣が引責辞任したことだろう。
自民党幹部はあきれる。
「忖度なんて言葉、使うかね? 森友学園、加計学園問題であれほどたたかれたのにさ。副大臣クラスがこんな発言をしていて、安倍首相も問題ないとしてい たのは、さすがに緩んでいるとしか言いようがない。ある派閥では、統一地方選の応援の演説も気を付けるようにと指令が出ているよ」

実は「令和」と忖度は関連があるとか。本郷教授によると、「令」の字は、中国の孔子の言葉をまとめた「論語」や教科書にも出てくる言葉だという。

 

「『巧言令色鮮し仁』という有名な言葉があります。『巧言』というのは巧みな弁舌という意味。『令色』は作り笑い。つまり忖度の意味ですね。『鮮し仁』というのは仁(今の言葉で愛)には遠いという意味です。安倍首相はどうしてこの『令』を元号に取り入れたのか」
「万葉集」からの出典は初の国書からの典拠だとして、政府は得意げだが、皇室で和歌を教えてきた、岡野弘彦さんは指摘する。

「大和言葉を使った和歌ではなく、漢語的な表記で歌われた和歌です。あの時代、宮廷で仕える役人は、中国の漢文を使うのが普通ですから、これまでの元号と変わりはありません」
それを国書からと声高に叫ぶのは、いかがなものかと思ってしまうという。
「そもそも始まりの神武天皇から、元号は漢語がふさわしい。大和言葉で元号をつけようとすれば、間が抜けてしまう。提案した学者もそのあたりは承知の上でしょう。政治家にも、ぜひ理解してほしいですね」

 

改元に絡んだドタバタ劇を4月9日発売の週刊朝日で詳報している。
(本誌・上田耕司、永井貴子/今西憲之)
週刊朝日2019年4月19日号より抜粋

袷   春袷かろやかに着て招かれる   兼子

 

* ありがとう。心して、三度読みました。いろいろとモノを思います。ありがとう。

☆ 何時も色々と
ご心配頂き有り難う御座います、(夫君お見舞い=)通院のお陰で 今年はあちこちの桜の花を蕾から桜吹雪まで観られ、ほっとしてます。後は 成りゆきにまかして行くしかと思ってます。私の体力も考えて。
最近ホームページをご無沙汰してますが 秦さんの体調はいかがですか。奥様共々に、お大事に。
選集29巻 楽しく長い時を感じました、あと終版迄 無事に運べます様に念じて、心ばかり「湖の本」の口座へ送りました。   京都・北日吉   華   高校の後輩

* せめて小康をでも得てられるといいがと心痛めていたが。心づかい濃やかな、ひとしおのお茶人でもあり、日々、少しでも寧らかに過ごされるよう願っている。
2019 4/13 209

☆ 京は
花から緑の季節に移ろうとしています。
秦 恒平選集第二十九巻 ありがとうございました。
十七歳の先生はお詠みになりました。
右ひだり禅座ありけり此の日ごろ我にも一の公案はあり
十七歳の私にも解けない問いがありました。けれど禅座なく、日々は過ぎてゆきました。
山かひの路ほそみつつ木の暗(くれ)を化性はほほと名を呼びかはす
この一首が理解できるようになりましたのは、比叡の山を眺めながら散歩して暗くなってしまった折のこと……
京に生まれ、多感な少年時代を京都で生活されたことが話し秦文学の核と今さらながら。感じました。
黄の色に陽はかたむきて電車道の果て山なみは瞑れてゆくかも
海の匂いのする新潟から京都へ来て、この光景は慥かに私も見たと思いました。
私の好きな歌は、
あまぎらふ夕さみどりの木がくれに恋ふればめぐし迪子わがいのち
しゃくりあげ胸に顔をよす吾子の背をまばゆきほどの秋日がつつむ
遠くなってしまったけれど、私の中にあった感情を想い出させていただいだ歌でした。
歌はそれぞれ時分にひきよせて読むことができるから、こんなにも長く愛されつづけてきたのでしょうか。また、歌は過ぎてしまった今を現出そせます。
五代勘九郎の弥生の出こそ惚れ彫れと恋しきものの極みなりしか
恥ずかしそうに色っぽく、その奥に勘三郎さんの茶目っけを隠した弥生の出、歌舞伎座が一つの呼吸になっていました。
真夜中にふと妻の手をつかみたるわれを独りにするなよ妻よ
秦 恒平先生の実感あふれるようでした。
気になりました歌
嫁ぐなく一と頃は男かよはせて永き一生(ひとよ)を足らへり叔母は
お茶や歌、三味線などのお師匠さんとして生きた江戸、明治、昭和の女性に心惹かれます。
心許す人無きままに守銭奴と言はれつ叔母は長く生きたり
東村鈴子さんの歌にも登場する叔母さま…
他人が何と言おうと、それはそれ、時分の才覚で世を渡る醍醐味を知っていらした方と思いたいです。
またまた勝手な感想を並べてしまい申し訳ございません。
急に冷めたくなったりもいたします。
先生 奥様 どうぞ くれぐれもお身体 大切におすごし下さいますように。  京  羽生清

* 嬉しくも実のある あたたかに自然な感触と筆致のお手紙。粋をきわめた京菓子と都とともに頂戴し、妻もともども、嬉しく頂戴した。
2019 4/13 209

* 寺田英視さんにメールを送った。
2019 4/13 209

* 京の加門さん、ご主人看病の日々のなかから、わたしの「選集」が無事に結集しますようにと、ただいのご支援を送ってきて戴いた。深くあたまを垂れ、ご 軽快と平安とをお祈りする。お互い、この歳になって大事な家人に病気の不安があるのは、わたしなど、臆病でもあり堪えがたい。少しの苦痛もなかれと願うば かり。
2019 4/15 209

☆ 昨日はお疲れでした。
今朝は如何ですか?
15日
病院での検査、大変でした。お疲れでしょう。
実は私も昨日CTの検査を受けた所でした。たった一つの検査なのに緊張して、帰宅してからは疲れを強く意識しました。そして結果は一週間後。
東大の入学式での教授たちによる新入生へのメッセージ、その中の上野千鶴子氏の話が話題になっています。何十年にわたって彼女が貫いてきたこと、ジェン ダーに関する問題提起、そこから発されたメッセージでした。同時に若い世代の女たちにとっては上野氏のメッセージさえ既に物足りないものになっている部分 もありました。
人間て何だろうと、夜 NHKのライオンのオスたちを取材した番組を見ながら考えさせられました。生物、動物、哺乳類・・ヒトが人間であること・・。
16日 朝一番にテレビを見て絶句。パリのノートルダムが炎に包まれて塔が崩落していました。修復工事が行われていて、屋根裏のようなところから出火したらしいと。法隆寺金堂壁画が消失したことを思い起こしました。
今日から連休明けまで忙しい日々が始まります。頑張ります。

今書かれている小説、生涯の問題作を今現在書けること、何にも優ります。書かれていることが「何というモノ」かもしれませんが、作に地がたとえ露出して しまっても、そのような側面を「文学」はもつものです、人間だれしもそのような要素をもつものです。(何だか変な口調になってしまいました、ごめんなさ い。)
どうぞ元気にいてください。春の日を楽しんでください。  尾張の鳶

* 検査の無事を願いましょう。
2019 4/16 209

 

* きのう 川柳の速川和男さんに北海道の愛らしいケーキを戴いた。出入りの大工さん、めずらかに出来た「どら焼き」を玄関までもってきて呉れました。
2019 4/17 209

* 持田鋼一郎氏 「米欧亞回覧の会」編になる『岩倉使節団と日本近代一五○年 歴史のなかに未来が見える』と題した、盛大そうな、シンポジウムか学会よ うの集会での持田氏「発言」を含む一冊を送って下さった。不平等条約にぎりぎりに縛られた明治政府のよく踏み込んでの苦闘につぐ苦闘を想ってみた。
いまの、厚かましいほどの敗戦後統治型保守政権の、さあ、いらっしゃい、不平等ケッコウとでも言い続けて米国の支配にひれ伏すように従属して盛んに故障する古物武器や飛行機や軍艦を買いまくってる安倍晋三等にこそよくよく考えさせたい。情けないワン オブ アメリカ め。
2019 4/18 209

* 埼玉の茶人吉田宗由さん、抹茶の新茶三缶に添えて新しい茶筅と和三盆を送って下さる。有り難し。
2019 4/19 209

 

☆ お礼
秦恒平様
ご転送頂きましたメールを、確かに拝受いたしました。
残念ですが、もうご決心は揺らがないということなのですね。
ご講演・ご寄稿を頂きました頃が、懐かしく思い起こされます。
長きにわたりお力添え下さいまして、誠に有り難うございました。
後日改めまして竹内清己会長よりご挨拶いたしたく存じますが、まずは略儀ながらお礼申し上げます。
ご健勝を心からお祈りいたします。
芸術至上主義文芸学会会務委員長 *****

* 「参与」という名目で学会に名前を借りたいと頼まれたのは、はるか昔。もうそんな必要はあるまい、名簿からわたしの名前を外して欲しいと伝えたのへ、上の「芸術至上主義文芸学会会務委員長」と、いかめしく「肩書」付きガチガチにご大層なメールのご口上、わるいが、吹き出してしまった。つねづね私的なメールを頻々と呉れている久しい読者の一人なのに。肩書のさせるご軽忽か。
重ねての「ご挨拶」など、どうぞご無用に。
2019 4/21 209

 

☆ お元気ですか、みづうみ。
昨日の検査結果を とても心配していました。ご無事で嬉しく 安堵いたしました。入院も手術もしないにこしたことはございません。
それでも、老若男女、誰も安心安全な身体ということはございません。
益々のご用心とご配慮を お願いします。
ニトロは奥さま任せになさらず、常にお傍に置いてくださいますように。
勤勉もほどほどになさってくださいますように。
くれぐれもご無理なさいませんように。

取り急ぎお祝いのメールを送らせていただきます。
雨   蜆汁昼止むといふ雨細し  貞峰

 

* ありがとう。正直のところ ほっとしています。
帰路、めずらしく奮発して「北京飯店」の「北京ダック」や佳い紹興酒など、すこし贅沢し、いい酔い心地でよろよろと帰宅しました。水分が涸れたのでしょう、電車の中で手足が攣ったのをなんとか堪えました、校正しながら。水分は出歩くとき必ず多めに持つようにしています。
お疲れなどは、癒えていますか。十連休は、例の海外であろうかと想っていました。お大事になさいますよう。
2019 4/26 209

* 馬渡憲三郎さんから、芸術至上主義文芸学会へ「参与」としての名義参加を解いて戴くお手紙を頂戴した。
わたしのからだが、いつも蒲田近くでの例会などに参加できる丈夫だといいのだが、保谷からでは途方なく遠くて、多年欠席の失礼をつづけてきた。私、今は 「外向き」の役や用事をみなお断りしていて、この「参与」も会のためには有名無実の役立たずと感じて申し訳なく思っていた。
ま、講演も寄稿も二度ずつくらいを四半世紀ものあいだに勤めたのが何よりであった。それぞれに私としてはまともな「仕事」だったと思い出せる。
それ以上の何のお役にもたてず、かえって申し訳なく。
手先が痺れ、ペンの字が乱れ流れて見苦しく、失礼ではありますが、この場を借りて、お詫びのご挨拶まで。「会務委員長」さん、しかるべく、ご伝達をお願いします。  秦 恒平
2019 4/26 209

* 神戸の岡田昌也さんに、「新茶」二缶を頂戴した。村上開新堂のクッキーが美味しい。
2019 5/1 210

* 静岡の鳥井きよみさん、今年も新茶を早速に贈ってきて下さった。
2019 5/3 210

* 八時半。終日、京都縄手の「梅の井」で、昔の同級生と話し込んでいた、いや長いハナシを聴いていた。聴きながら書き取る難しさ。歯を噛みしめている痛さ。
2019 5/5 210

☆ 遠い他国の空?
5月6日  10連休がやっと終わります。どこぞに大行列ができて 何時間待ちなど 騒がしい世間が報じられています。
わたしの家では 7人、8人の大騒動の日々でした。4歳5歳の暴れん坊たちを相手に連日疲れました。興味が恐竜から魚へ移った孫に 魚の絵ばかり描かされました!
今や いくらか風邪気味で喉を痛めています。
「遠い他国の空を舞っている鳶」かと想像されるかもしれませんが、そうでありたいものですが、現実は甘くありません。連休や 歳末年始の旅行は とても高くなりますし、混雑も覚悟しなければなりません。フワッと出かけるには 時期も自分の中の関心も熟していないと・・。

改めて 鴉のHPを読み返しながら メールを書いてみます。
五日  願(つね)に人をおもひ友をおもへども、逢ふに由無しと嘆するも 酒飲めばアルコールに弱き鳶、ただ赤らみ倒れ伏す。
四日  「清水坂」へ飛んでいく翔が欲しいと 鴉言う。想い想い想い続け 羽生えて飛べば良い。荷物は最小限軽くして、(ただし仕事できる範囲) 京都駅からタクシーで移動、御身大切に大切に、それが第一条件。
上野(千鶴子)氏の 『生き延びるための思想』は読んでいませんが 「ジェンダー平等の罠」という、その言葉の微妙さに思いを馳せます。軽々しく主張できない。
「惜しいことにこの本は『オイノ・セクスアリス』のためにはタイミングとして間に合わなかった。」と書かれています。
鴉 ご自身で何か気づいたこと、変わることなどがあったでしょうか。
上野氏の 東大入学式での話はやはり興味深かったです。
勿論それなりに疑問点もありました。ジェンダーの研究や問題を提起し、現在に至るまで影響力を持ち続けたのは上野氏一人だと読んだことがあります。
日本の「飼い馴らされてきた」女たちの不甲斐なさ、その一人に違いないわたしでさえ、その現状を嘆きます。勿論有名でも影響力をもたなくても 考え行動し続けた女たちを わたしは知っています。
同時に、彼女(=上野さん)が結婚しなかったこと、子供をもたなかったこと、それ故に可能になった
部分もあったはず、・・ただしそう書いてしまったら 以前の ボーボワールの例さえ出てきそうで、それでは問題提起の仕方が全く同じになり、いつまで足を引っ張るような議論をもちだすのかと言われてしまいます。
三日 「これからは、有り金はたいて楽しみを尽くし、駆け去って行く残りの歳月を過ごすことにしよう。子どもたちには財産など残すまい。死後のことまで思いわずらう必要がどこにあろう。」(陶淵明の詩句)と書かれていて、同じ意見の知人も多くいます。
が、わたしは 自分が「金」に関する限り親からは貰わなかった、親としては育てたことで区切りをつけざるを得なかった状況でした。それだからこそ金銭的なことで苦労させたくない、子供には残したい、残さなければと思ってしまうのです。
有り金はたいて消尽してみたいものですが!!??
「書きたいだけを書きたい」ということ。「これが、命を日々食い破るほど、厳しい。わたしの闘いである・・」と。
どうぞどうぞ ひたすらに書いてください、書いてください。
二日 「時代が変わる動くなどと、惑わない。私自身最期への「常の日々」が始まるだけ、続くだけ。」
もし時代が動くとしたら、日本に限って考えてみれば、少子化に伴うさまざまな事柄がまず予測されてしまいます。しかもかなり萎縮していく予測。未練たらたらで、わたしは嘆き惑い怒り、目を見開き続けたい。
四月三十日 「明日からは、思い新たに「恒平」の日々、歳月を、生きうるかぎり生きる。」
恒平の年、長くあれ、靭くあれ、平安であれ。
「古代末中世初の「清水坂」・・わたしの京都は、「風の奏で」「冬祭り」「雲居寺跡・初恋」「黒谷」等々、そして「オイノセクスアリス 或る寓話」についで、この「清水坂(仮題)」に集約されるだろう。」とあり、「古代末・中世初」がまさに鍵なのだと。
大いにそそられています。既にその時代を書いた小説があり、どのような趣向かを詮索することは・・やはり僭越、それより何より不可能ですから 楽しみとしてとっておきます。
黒いまごちゃんの写真を見て、娘の猫のことを書きます。
大晦日か元日に行方不明になった猫ムッチを探して 子供たちが眠った後に殆ど毎晩周辺を歩きまわったそうです。が、気配を感じたことはなかったと。
あまりに娘が落ち込んだのを見かねて、飼い主を探している子猫を暫く預かることにしたのが4月でした。今現在はその子猫を飼うことにしたようです。ベラという名前の、やや長毛の白と黒の人懐こい猫です。わたしは今もムッチを思っています。

長く纏まりのないメールになってしまいました。
夜8時半近い、もう画面から離れているのでしょうか。
眼 いたわり、くれぐれもお身体無理しないよう。    尾張の鳶

* 灯をともされたような メール。ありがとう。
2019 5/6 210

☆ 陶淵明の短詩句に聴く。

翩翩飛鳥 翩翩(へんへん)たる飛鳥は
息我庭柯   我が庭柯に息(いこ)へり
斂翮閒止   翮(つばさ)を斂(おさ)めて閒(しづ)かに止(とど)まり
好声相和   好声 相ひ和す。
豈無他人   豈(あに我に)他の人(友)の無からんや(しかも)
念子寔多   子(君)を念(おも)ふこと寔(まこと)に多きに
願言不獲   願(つね)に言(ここ)に不獲(えず)
抱恨如何   恨みを抱いて如何(いかん)かせん

「好声相和の人」を想い 願い 待つ。この気持ちが失せれば人は涸れ枯れる。
2019 5/7 210

* 京都の羽生清さんから、新著『紋様記』を戴いた。
「古事記 持統天皇」「源氏物語 女三宮」「平家物語 建礼門院徳子」を芯に 日本の文化と政治と男女と美醜とが語られて行くらしく、どんなにみごとに 美しく語られるかは、前著の濃やかな記憶があって、確言できる。研究と生活と思想と文体とが溶け合って独自の文様が批評的に造形される。文学にしか眼の届 かない文学研究者のちまっとした論攷にくらべ、或る意味で巨大に柔軟・辛辣な文学論や演劇論を読ませてくれる人である。京都造形大特任教授。女性。
「好声相和」の人とまず指を折りたいほどの一人、すぐ、読み始めている。

* 日本共産党の穀田恵二さんから新刊の「前衛」が送られてきた。共産党は、「政権」政党をうたって前へ踏み出して欲しい。野党に甘んじて好き勝手だけでは日本をよくする力になれない。

* 羽生さんの、持統天皇の半ばを読んだ。これが日本語で書かれる「詩」であり「物語」の原形と思う。想像に恃んだフィクションではない、周到に史実を読みこみ、含蓄ゆたかに詩われた文学作品の最たる一つである。作家も学者も、羞じらうであろう。
2019 5/7 210

* 羽生さんの成りきった「持統天皇」の語りは、素晴らしかった。この素晴らしさは、折口信夫の『死者の書』を或いは凌駕したかと想わせるほど。持統=鵜野皇女はわたしもきを入れて『秘色』で書き挑んでいたのでひとしお引き入れられた。
つづく「女三宮」は持統天皇でも、つづく建礼門院でもなく、架空の物語を物語らねばならぬ難しさが有ろう。
建礼門院徳子へも、深い慕情をさえ籠めて『風の奏で』でわたくしなりに肉薄したつもり。羽生さんはお手紙に、わたしに数々教えられてきたと書かれていた が、まったく風を異にして語り尽くされるであろうと楽しみにしている。これから、「女三宮」の語りを聴く。じっと、聴く。
2019 5/8 210

☆ お元気ですか、みづうみ。
長い連休も関係なく相変わらずのみづうみのお仕事ぶり、そしてお疲れのご様子を案じておりましたが、他の過ごし方などみづうみにはおありにならないのですから、やはりどんなにお疲れになろうと書いて書いて書き尽くす日々こそがお幸せなのだと思っています。
先日の記述興味深く読みました。
* こんな「私語」に視力を浪費しなくてもと想う方もあろうけれど、わたしは、これで、この「私語」を書くことで、少しでも佳い、生き生きした文章の勉強 をしているつもり、句読点の打ち場所や、テニヲハなどの置き方や、漢字とかなとのバランスなどを、詩歌のさいにわたしのよく謂う「語の詩化」を意識して推 敲している気でいる、なかなか行き届かなくても。
ま、煙草で一服ということの無いわたしの、それが幾らかは「あそび」に類しているのです。

秦 恒平の「私語」は ひとりの文学者が如何に「単独者」として闘い続け、誇りを持って苦しみ尽くしてきたかの、世界のどこにもない稀有の記録であることに思 い至りました。どうか長生きしてくださいますように。同時代に生きて、文学者「秦恒平」が何ものであったか、「秦恒平」の真価の一端に触れることのできた 一人、「私語」を同時進行で毎日読んでいた読者の目撃証言者になれることを願っています。
大きな病気があるわけではないのですが、色々あって体調が良いという日はあまりなく外出先といえば自分と老母の病院、美容院、日常の買物、銀行、郵便局だけで。でも、やがて みづうみの新作が読めると思うと元気が出ます。
竹  今年竹同じ高さに二本かな  高野素十

* 感謝します。お互いに 怪我ありませんように。
2019 5/10 210

 

☆ GWに帰省したのは何十年か振り、
躑躅と藤の倉敷を起点に、山陰は牡丹祭の大根島から隠岐の島を遠望する美保灯台へ、蒜山の温泉に温まり、父の里・備中高梁では蕗や蕨も摘み、蓮華畑の吉 備路を過ぎ、瀬戸大橋を渡って、幼い頃に駕籠で登った金比羅さんや丸亀城天守閣から讃岐富士も眺め、新緑の季節を満喫してきました。
名の通り山陰は曇天でしたが、伯耆富士(大山)を越えて山陽に戻ってくると晴天、「晴れの国岡山」と誇らしくはありますが、四国や中国地方の山々に守られた陽光の地は、「裏日本」を一段低く見てきたようにも思います。

 

吉備路は出雲と大和を結ぶ神々と文化の通り道、吉備王国は越の国と同様に前つ国・中つ国・後つ国に 三分割され、総鎮守の吉備津神社も、備中の吉備津神社(元々の吉備津神社。娘のお宮参りもここでした)、備前の吉備津彦神社、備後・福山市の吉備津神社に 分けられ、出雲の神も降り立ったとされる吉備の中山が備前・備中の境になっています。地元には両備バスを始めとする両備グループという企業もあり、備前 焼・備前長船・備中神楽・備中松山城など懐かしく思われますが、備後(後つ国。ここにも上下意識が潜んでいるのでしょうか)にはなじみが薄く、すぐに思い 当たるものがありません。

 

海から離れた吉備地方が交通を海に求めたときに目を付けたのが倉敷、酒津(今は桜の名所。昨春は自転車で花 見に行きました)は吉備の美酒が高梁川を下って荷揚げした河口の港、昔はここから南は浅海が広がっていたそうです。実家のある福島や近隣の中島・黒崎の地 名にも海が感じられます。

添付した写真は児島の王子が岳。地元の人にもあまり知られていない私のお気に入りの場所です。瀬戸大橋が春霞に少し霞んでいました。このふもとに塩田王の野崎家旧宅があります。ここの庭園の躑躅はまだ咲き始めでした。   吉備女

* 予期した多くがそれとなく語られていて興を覚えるメールだった。山陽ことに吉備人には存外に瀬戸内海への共生感はうすく、山陰への対抗感や優越感があ ろうかと遠くから察していた少なくもなかばは確かめられた。九州や四国の人たち、南海道の人には瀬戸内海は必須の要路だったろう、が、ことに吉備路の人か らは都へ確実に地続きという下意識が優勢に働いて、海賊の巣のような瀬戸内海に多くを賭けて生きる必要はなかったろう。そう想ってきたので、上のメールは はからずも多年のわたしの推察をむしろ微妙に支持するての表現がいくらも読み取れ、有り難かった。さしあたって現下のわたし自身の関心事からは逸れてい て、つまり、手放しに忘れていてすむ範囲が確認できた。有り難かった。
2019 5/11 210

 

☆ 陶淵明の短詩句に聴く。

結廬在人境   廬(いほり)を結んで人境に在り、
而無車馬喧   而も車馬の喧しき無し。
問君何能爾   君に問ふ 何ぞ能く爾(しか)ると、
心遠地自偏   心遠ければ 地自(おのづ)から偏たり。
採菊東籬下   菊を東籬の下に採り、
悠然見南山   悠然として南山を見る。
山気日夕佳   山気 日に夕に佳し、
飛鳥相與還   飛鳥 相ひ与(とも)に還る。
此中有眞意   此の中(うち)に真意有り、
欲辯已忘言   辯ぜんと欲して已(すで)に言を忘る。

陶淵明の全詩中 もっとも心惹かれ傾倒の思いを深く深くするのは、「飲酒」と題された連詩句のこの「其の五」である。ここに悠然と眺める「南山」とは かの虎渓三笑の「廬山」を謂い、しかも胸懐の「青山=帰るべき奥津城」をも謂うている。
若き日に心決し心籠めて
採菊東籬下
悠然見南山
と剛毅に刻された心友井口哲郎さん二行の板作を頂戴してわたしは私室に日々に眺め、先頃には、重ねて「南山」朱白の二印を乞うて美しく刻して戴いた。小説 『廬山』は私の心籠めた代表作であり、瀧井孝作、永井龍男先生の知遇を得、また小学館の「昭和文学全集」にも採られている。

* 亡き安田武さんに貰っていた岩波新書『昭和青春読書私史』は、身につまされるほど面白く体験を共有していた。なにしろ大デュマの『モンテクリスト伯」 にはじまりレマルクの『西部戦線異状なし』で結ばれていて、取り上げられた夏目漱石、中勘助、モーパッサン、田山花袋、島木健作、ツルゲーネフ、水上瀧太 郎、ジイド、永井荷風、川端康成とならぶと、喚声をあげたくなるほど「すべて来た道」であり、唯一わたしの無縁であったのはジョルジュ・サンドの独りだ け、彼女の作にはまったく触れた記憶がない。
安田さんは同じ保谷の駅近くに住まわれていて、会合でも西武電車でもよく顔が合いよく話した、わたしより丁度一回りも年輩だったがそんなに感じないほど若々しい元気な人に思えて安心していたのに、亡くなって仕舞われた。
安田さんに言われたことで、二つ、忘れがたい言葉があった。
先の一つは、「秦さんの仕事にはとっつきにくかった、が、いちどとっつかれるとアヘンのように放せないよ」と。とても励まされた。
もう一つは、「ちくま少年図書館」に『日本史との出会い』を書いて「後白河天皇と乙前」「法然と親鸞」「足利義満と世阿弥」「豊臣秀吉と千利休」という 四つの出逢いをとおして古代から中世へを中学高校生のために「語って」書いたとき、安田さんは「ぼくも、こういう本でこそ日本史が学びたかった」と、書き も話しかけもしてもらったこと。
新書本を読み返しながら、しんみりと安田さんも懐かしくわが「青春読書私史」も懐かしかった。こういう本をわたしも書いておきたかったと思い、ここの「私語」では十分に書いているとも思ったが、やっぱり、書いてみたいなあと思う。選び出すのが大ごとだけれど。

* ボー然と疲れたまま書庫の整理に入ったが、本が手に重く感じられた。一冊一冊が読んで欲しい、も一度読みなさいと奨めてくる。戴き本の貴重なのが、あ らためて茫然とするほど数多い。大辞典も大事典も大史料や大資料本もガンとして勉強しろと逆に迫ってくる。遁げだしてきた。疲れた。
戴き本の貴重な小説や論攷やエッセイがたくさん遺っている、ほとんどの方が当然のように亡くなっている。健在と知れているのは、桶谷秀昭さん、加賀さん、大江さん、李恢成さんらぐらい。愕然とする。
2019 5/13 210

* 吉備の人から超特級の名酒「獺祭」を頂戴した。ほっぺたが垂れて落ちそう。奥様の介護もなさってますのに。恐縮です、有難う御座います、嬉しいです。
2019 5/15 210

* 階下へむきかけて、メールボックスを明けたら。「獺祭」を下さった有元毅さんからの奥様の訃報が届いていた。 嗚呼。 かねてご病気、老老介護のかな り長い期間を耐え抜いてこられたのだった。胸塞がり、瞑目をついて涙が零れる。かるがるしい口などきけない。お気の毒…。今はそうとしか。

* 言葉を喪ったまま、胸のつまるのを堪えている。

* 今夜は、何も書かない。
2019 5/15 210

☆ 蕪村の絵、
いつも意識にあります。独り在る鳶は 決意の表現と見なしています。
鳶は決して洋々悠々舞っているのではありません、高く飛翔しているとも思えません。

鳴滝の文徳陵、そして門徳池。もう長い年月、行ったことがありません。陵も不思議な美しさがあり、近くに保田與十郎の家も。 訪れてみます。
お元気で。
眼、身体の違和感がいくらかでも和らぎますように。  尾張の鳶

* 保田さんの家の隣近所に、わたしの『三輪山』を超美麗豪華本に造ってくれた、弥栄中学一年先輩、同期のテルさんの兄さんの西村豊嗣さんや、創画会の橋田二朗画伯のお宅があった。鳴瀧をふく風の音色がきこえる。もう、何十年になるか、嗚呼。
2019 5/16 210

☆ 文徳陵
京都に来ました。
花園駅近くの法金剛院、常磐野小学校から北に住宅街を抜けて、文徳陵へ。強い日差しの午後でした。
その後博物館の「一遍聖絵」を丹念に見てきました。
文徳陵、周囲の状況が わたしの記憶とは全く異なり、戸惑っています。
人影ない石段と参道、萌えたつ緑の木々。
水量足りない池はやや荒廃気味。
不思議なことに、一羽の鴉が木に止まって、わたしを見ていました。  尾張の鳶

* 写真をみせてもらっても門徳池の風情が見えてこない、ただ鬱蒼というほどの緑陰に鳴瀧の澄んだ空気が翳っている。なぜか京都の御陵というと、わたしは東山の清閑寺陵、泉山陵のほかは、北山の文徳陵へ重いが翔ぶ。写真をありがとう。

* それにしても尾張の鳶が思い立てばすいと京都へ飛べて、北山からまた七条の博物館で大部の「一遍聖繪」が鑑賞できるとは。新宿御苑近くまで出向いただけで草臥れている鴉は、なんという弱さだろう。
2019 5/17 210

* 雨、風。マリア・ジョアオ・ピレシュのピアノ・コンチエルトを聴いている。東工大の卒業生が呉れた、盤。ピアノを弾き 山に登り 卒業してからは 倉 敷勤めのせいであったか美術にも興味をもってくれた。学部や院の頃にはよく家まで自転車で話し込みに来てくれた。ああ思い出した子松時博君だった。この 頃、というよりもう近年、なかなか人の名もモノの名も本の題もすっとは思い出せず絶句する。そうそう子松君。転勤の多そうに思えていたが。元気にしている かな。

* 永く 東工大を退任春の大櫻にまみれた笑顔の写真を、久しく、四半世紀も此のHPのアタマへ置いていたが、もう卒業したいと、この春、「方丈」二字にすっきり取り換えた。歳の垢は逃れがたくついてまわる。思い出は澄んで綺麗に越したことはない。
2019 5/21 210

☆ 夏のような
(=前夜の)九時過ぎ、目が疲れて既に階下に行かれた頃でしょうか? 熟睡したいと昨日書かれていましたが、眠れましたでしょうか?
まだ五月と言うのに夏のような暑さに驚いています。関東も同じですね。
昨日はバラ園に出かけたのですが、花を存分に楽しむより木陰ばかり求めていました。
家の薔薇は早々にピークを過ぎてしまいましたが、ブラシの木の赤い花が重たげに咲いて、時計草も咲き始めました。
「思い立てばすいと京都へ飛べて=羨ましい)」と書かれていましたが、スイと動きがとれる鳶では
ないのですよ。日曜日に絵の教室があるからこその関西行きで、それも目下娘が京都に住んでいるからこそ可能に。
今日は珍しく手元にある上野千鶴子氏の随筆? を読んでいました。
ほぼ同じ年齢、世代で状況は読みとれます。人それぞれの性格や資質の相違からでしょうか、かなり違う道を辿ってきたと痛感します。わたしはもっと異なった道を歩きたかったのにと愚かなことを痛感しています。後悔、とまでは言えないかもしれませんが。
絵を脇に置いて 暫くは本の世界に埋没したい、そんな時期です。
くれぐれもお身体大切に。
暑さに負けないよう、穏やかに、力を溜めてお過ごしください。  尾張の鳶

* メール嬉しく。声が聞こえそうに、ありがたく。読者としての鳶といったいいつ頃出会ったやらあまりに歳月を経て容易に思い出せないが、京都の博物館の辺で偶然声を掛けて貰ったのだったかも。
京都博物館。もうどれほど久しく訪れ得ていないか。
瓢鯰図のまえで、早来迎の前で、高台寺蒔絵の前で、崇福寺址出土の秘色などに驚いて、こわい倶生神像に怯えて、『みごもりの湖』を引っ張り出してくれた奈良時代の古写経に、等々、京都は、博物館はわたしの想像力や創造力を刺激する静寂の宝庫であった。

* ああいけない。思い出はどう懐かしくても、今の鋭気を弱めかねないのだ。

* そうか。尾張の鳶と上野さんとは同じ京大の社会学系で学んだ同士あったのかも。
上野さんの本は、数えれば十数册ももらっていて、大方は目を通してきた、手に負えないのも、棚上げしたのもあったけれど。いま読んでいる最新の『生き延 びるための思想  ジェンダー平等の罠』は、冒頭からまことに読みごたえがある。精力と思索に充ちた「研究」の成果と数えられることだろう。
2019 5/25 210

* どうかしたかなと案じていた人から、メールがあった。からだも、機器も損ねていたと。
猛烈な熱暑が懸念される。人も我らも用意用心が大事。
2019 5/27 210

 

☆ 秦先生
長い間、ご連絡もせず… ご無沙汰を致してしまい、申し訳ないことでございました。       4月初旬から、使えなくなっていたタブレットを、先ほど久方ぶりに開き… 先生から、メールを二通も頂戴していたことに、今頃になって気付きました。 ご心配をおかけしてしまい… 恐れ入ります。
体調を崩して、働くことができずにおりまして… タブレットも使用できない状態になっておりました。このところ、お陰様で漸く回復してまいりました。
先ほど送信させて頂いた『何必館』の写真は、三月に撮ったものです。詳細などにつきまして…勝手ながら、今日は疲れてしまいましたので、また日を改めて申しあげます。
京都は、このところ5月とは思えない暑さです。 東京も、北海道も、あちらこちらで不自然な陽気が続いています。 先生も、どうぞお大切に過ごされて下さいませ。
先生のHPを、引き続き読めない状態で…(分からず不安な気持ちなのですが)どうか、奥様もお元気であられます様に。 京・鷹峯   百 拝

☆ 秦先生 おはようございます
ご連絡、ありがとうございます。
近々、またメールさせて頂きます。
今日も、暑くなりますとか… どうぞ、お気をつけて、お過ごし下さいませ。 百  拝

☆ 「何必館」 八坂神社など
この頃の京都は、先生の記憶の中にある「京都」と は、もうずいぶん様変わりしてしまいました。   特に「祇園」は、旅行にいらした方々の立ち寄りたい場所であるので… 何と申し上げて良いのか… それはそれは何時も、賑わっているのです。かなり早い時間に出掛けても、八坂さんには、お人が居られて… なかなか写真を撮ることができず、残念な思いを しています。 でも、また出掛けてみますので、もう暫くお待ち頂けませんでしょうか。
『何必館』に久しぶりに伺ったのは、三月末の頃でしたので、今はもう「ウィリー・ロニス 没後十年展」に変わっておりますが…
先ほど、写真を別送でもう少し、送らせて頂きました。
「何必館コレクション 村上華岳・山口薫・北大路魯山人 展」と銘うたれており…  もう、先生はすっかりご存知と、そう思いながらも… 少々お伝え申します。
最上階の「光庭」は、いつもながら行き届いてい、苔も黒石も水を打たれて、清らでした。エレベーター脇の展示室には、山口薫のペン画の素描など、小品七点が並んでいました。
下の階に降りると、突き当たり(四条通りに面した場所)に絶筆の「おぼろ月に輪舞する子供達」 東側には「ある時ある日白い雨」と「ある春の唄」な ど大作が三点。 西側には「花の像」それから(タイトルは忘れてしまったのですが…)「農園~」「牛と切り株~」「童形不動明王~」「滝~風景図」の五 点。それと『甲斐虎クマ』と一緒におさまった写真もありました。
二階の村上華岳作品室には、正面の西奥小部屋に女子俑 そして、縫裂で額装された「法語」が置かれ  東側に「崔 山+鬼繊月」と「武庫山春雲」の二幅。 西側に「秋寂」「寒 山+由枯林図」「糸+言+糸+山 峯茂松」など五幅が掛かっておりました。
一階に『枢機卿』はおられますが、かって「漢俑」がおられた場所には、「太子樹下禅那図」のための床のある茶室、写真にも映っている「白磁大壺」の作家でもあられる近藤高弘氏の「MONOLITH‐銀滴彩‐」が立っておら れます。
一階には、三者それぞれの経歴と写真。
華岳「不動降魔釖観音慈悲帰」一行物(だった様な気がします)うろ覚えで、すみません。       山口薫「娘二人像」  魯山人「玄遠」イカット装  が展示されておりました。
地下一階には、常設の魯山人作品。色絵椿文大鉢・白磁「天上~」呉須釉文字大壺・信楽手付き大鉢・総織部檜垣文釘彫大壺・志野「春夏秋冬」鉄釉文字大鉢・ 内白磁外黄釉双魚文大平鉢 「閑林」横物更紗軸装・磁印陶印・備前筒花生・など等など
思い付くまま、羅列いたしましたが… ご不明の点など、どうぞお尋ね下さいませ。
それでは、お元気であられます様に。 お祈り致しております。   鷹峯   百  拝

☆ 追伸 先ほど送付した写真の「柳と櫻」ですが
一枚目の山櫻は、相国寺。 二枚目の柳は、六角堂。 三枚目と四枚目の紅垂れ櫻は、京都御苑です。 たくさんに、写真を送ってしまい… ご迷惑だったのでは、と心配しています。  百  拝

* 京都ですもの。決して決して メイワクなんかではありません、感謝。 日々お大事に。

☆ お元気ですか、みづうみ。
夏のような暑さの中の通院お疲れになりませんでしたか。
じつは先週、母が室内で転倒して大腿骨骨折してしまいました。注意していたのに典型的な高齢者の骨折をしてしまい残念です。寝たきりにしないためにもリハビリが肝心です。介護する側がばててしまってはいけませんので、気力体力ふりしぼって、ここが踏ん張りどころと。骨は本当にはずみで折れてしまうこともあります。選集の発送作業どうかご用心ください。くれぐれも転倒したり階段から落ちたりなさいませんように。ご無理のないペースでなさってください。
お元気でいらしてください。   竹   竹植うる日の夕あかりいつまでも  星野麦丘人
* 心よりお見舞い申します。みなみな御無事の平安をと願いつつ。
気を付けます。
2019 5/27 210

* 河野能子さん、京の名菓の中でも、ひときわ味わい美しくかるくて甘い、大好きなせんべいを送ってきて下さった。ありがとう存じます。

* 色川大吉先生、最新刊を送ってきて下さった。
2019 5/28 210

☆ 大変ご無沙汰しております。
いかがお過ごしでしょうか。
私は、口が達者になってきた娘と、楽しくも慌ただしい日々を送っています。
昨日は、大変痛ましい事件が起きました。
カリタス小学校の児童たちと関係者が男に襲われ、2名の命が奪われました。被害を受けた方々が、どれだけ怖かっただろう、痛かっただろうと考えると、涙が止まりません。
幼稚園からカリタスだった私も小学生の時は、被害を受けた児童たちと同じように、列に並びバスに乗っていました。そして、ニュースに映る事件の現場は、 少し変わりはしたものの、やす香(=我々の愛してやまなかった孫娘の、姉の方)と私の懐かしい通学路です。そんなやす香と私の思い出の場所で、こんなにつ らい事件が起きるなんて、今でもどう受け止めていいか分かりません。
学校の記者会見で話していた先生方も、全員私の知っている先生です。中高で教えていらした**先生もいらっしゃいました。やす香も授業を受けていたはずです。
カリタスという言葉を聞いて、懐かしいはずなのに、とてもつらい。
こんなふうに自分の学校を見たくはありませんでした。
本当に本当につらいです。
暑くなってきました。
水分をたくさん取って、なるべく涼しくしてお過ごしくださいませ。  琳

* ひどい事件が、待ったなしに起きてしまう。堪らない。
2019 5/30 210

☆ 秦恒平様
ご無沙汰してしまいました。その間に季節も移り変わり、年号も平成から令和へと変わりました。
この度は選集第30巻をお贈りいただき有難うございます。
厚く御礼申しあげます。
脳梗塞、大動脈解離と次々思わぬ病に襲われ、幸いいずれも命取りにはならず、”普通に”家で過ごしていますが、読むのは大丈夫なのですが、書く方がメー ル、文章ともに暇がかかり(これは脳梗塞の後遺症)つい何方にも筆無精しています。その間、メールやご本をお送りいただきましたのに、
ちゃんとお返事もさしあげず失礼申しあげました。
というようなことで、どこへも出かけず、でも家での雑用は今まで通りにこなすという不思議な生活をして毎日無事に過ごしているのですが、何分にもいずれも全く何の前触れもなく起こったことなので、再発しないように気を付けて、と言われてもどうして良いのか?
とにかく血圧を測って、あとはおとなしくしています。
夫(=中学・高校で秦の同窓同期)の方も 衰えは隠せぬものの、一応元気にやっています。
この先も何があるかわからぬ年齢だと痛感いたしました。
悔いのない日々を送りたいものと思っています。
2019/05/31     藤

* 十年余も以前にもらった、ある日のメールに反応し刺激されながら書き始め、今も孜々として書き継いでいるのが、小説『清水坂(仮題)』なので。未提出の宿題に取り組んでいる気分であります。

* 選集31が東京から届き始めたようす。
いま、私にとって日本の郵便小荷物は、都内、 関東・東北・北陸・東海、 近畿、 中国・四国、 九州、 北海道、 沖縄に分別されて、ま、以前から思 えば、おっそろしい郵送料を請求されている。それでいて「お客様」とは思ってくれてない気さえする。「配送、どうぞお願い申し上げます」と頭を下げてお頼 み申している心地。

☆ 御選集30巻 本日頂戴しました いつもながらの御厚意に感謝します 今年はいろいろな意味での記念の年なのですね
御体調の加減で 外食が叶ふなら 一献差し上げたいと思つてをります 御近況お知らせください   寺田生    前・文藝春秋専務

* ご厚意に感謝有るのみ。
このところの疲労感はただごとでなく、食欲もなく、病院以外に外出する元気がわかない。なんとか「十九日桜桃忌=作家生活満五十年」には、歌舞伎座夜の 部を楽しみたいと心用意しているが、この十一日には「湖の本」144巻・ 創刊満三十三年記念の一冊を送り出す手はずを今も妻が頑張ってくれている。
今日も午過ぎて、機械の前でうたた寝しているうち、刃物で刺すほどの、胸、いや喉もとの「焼け」に堪えかねて階下へ駆け下り、水と茶とを一気に沢山(ペットボトルの二本分ちかく)呑んで、やっと落ち着けたというあんばい。
なにしろ、扱うモノが本で、本は時に石のように重い。フタリいる猫の手も借りたいが、そうも行かない。

☆ ご丁寧な返信を賜りまして有難うございます。
御昨「清水坂」がいつ出来上がるのかーーーー楽しみに いえ もっと強い関心で待っています。
八十を優に超えて、その意欲にただただ感嘆です。
体力が最後まで持続することをお祈りして、お待ちしています。2019年5月31日    藤

* まことに体力と気力の日々であるしかない。
しかし昨日、私より丁度十歳うえ九十三歳の色川大吉さんには、宮澤賢治にお触れの一冊を頂き、まだまだお仕事なさろうというお気持ちが熱いほどであった。
藤さんは、小学校は六原校か新道校の卒業生であったろう、「清水坂」は知恩院下で育った私よりもまさしく身近。どんな予想と関心で脱稿を待って下さるか、それがまた私の楽しみにもなる。

* また胸(のどもと)焼けがしてきた。さきごろ、カメラを嚥む上部消化管検査は無事にパスしたのだった。ま、水分を摂りに撮るようにしよう。

☆ 御礼
選集お送りいただきありがとうございます。
いよいよ第三十巻。おめでとうございます。
授賞式のお姿(お手元)に、謡や仕舞を習っていた頃を思い出しました。普段歩くときにも手のかたちを意識するよう言われたのに、身につかなかったなと。
体調の整えにくい季節ですが、早くお疲れとれますように。お大事になさってください。
本当にありがとうございました。   下関市   碧

* 中国四国方面へも届き始めたか。
2019 5/31 210

☆ 前略
『秦 恒平選集 第三十巻』をずっしりと拝受、さっそく、秦文学の<芯>がさりげなくしかも確固と示されている冒頭の「虚像と実像」を読みました。
(歴史<時代>小説論に関しては、O氏の後輩ながら、全面的に秦さんのお考えの側に立ちます。)
それからはわがままな読者、多彩な編成につい摘み食いをすると、どこからも ここからも 秦さんの「真摯な品隲」の声が聞こえ、思わず襟を正しました。
ふっきらと豊かで楽しい諸論・諸説、この大冊を味わうには時間と余裕が必要のようで、まずは拝受のお礼を申しあげます。
御予告の書き下ろし長編小説、楽しみです。拝読するに必要な気力をなんとか保持したいものです。
新作二編を完成なさるくらいですから ご案じ申しあげる必要はないとは存じますが、それでも どうぞどうぞ御身お大切になさって下さい。 草々
二○一九年五月三十一日    敬   講談社役員

☆ 選集第三十巻いただきました。
秦恒平様   ご夫妻の心身の健康が支えられて ダイヤモンド婚を通過されたこと、また選集第 30巻の無事刊行に漕ぎ着けたことを寿ぎます。お届け下さる変わらぬご好意に深謝いたします。
昨日の昼に着本、以来、ヨブ記注解の苦行に似た仕事を放擲し、本巻を夜までに読み終えようと読み始めましたが、その姿勢が砕かれました。秦さんの、ひと り一人の文学者・芸術家の魂に肉薄し、作品と作風を時代との関わりで味わい、批評する見事な筆裁きに感じ入り、只今ようやく読了しました。脱帽です。
とにかく教えられました。
文章力を嫌と言うほど感じました。切り口も議論もすべて違う。この人にはこの論法と言葉しかないという表現を使われる。恐れ入りました。
第31巻は意欲的な新作で、すでに刊行しかるべしとの判断を下されたとのこと。世の老人の通念に挑戦する意欲作でしょう。良い作業をなさって下さいますよう。
平安を祈り上げます。    浩   ICU名誉教授

☆ 御心配戴きまして。
何時もご心配頂き有り難う御座います、今日選集届きました、有り難う御座いました。
其々の味、楽しみに拝読させて頂きます。
梅雨が近くに成りました、体調にお気をつけ下さい。  華   京・渋谷坂

☆ 選集第三十巻

有難うございました。大冊の発送、お疲れになったことと思います。

受賞時のお写真、若くて細っそりなさってますね。この頃お逢いしたかったけれど、私はまだ小学生でした。

今朝からご編集の順に読み始め「若山牧水の「幾山河」まで読み進めたところですが、冒頭の3篇は秦文学を考える上でも 私自身にとっても 殊に重要なものと感じました。
「そこへ接近する「実」だけでは覚束なく「虚」の道を発見しながら見えない闇に踏み込むしかない」、「生きるとは本当は怕いこと」。
ご新作2篇もやはり、「真実」へ迫るべく「闇に踏み込」んでいく怕い作品かと心待ちにしています。

9頁 みえてくるならぱ

102頁 自然な私小脱作品

は誤植ですね。

調べましたら2012年に出た秋葉四郎編『茂吉幻の歌集『萬軍』 : 戦争と斎藤茂吉』が、大学のメディアセンターにあるようです。
選集を読み終えましたら、こちらも見てみようと思っています。  九

* 茂吉自選の『朝の蛍』で短歌へ眼をひらかれた私には、『萬軍』はあまりに痛ましいとまで思う。謄写版で刷ったような一冊と上記の刊本を持っているが。
『朝の蛍』は小遣いなどほとんど無いような貧しかった高校生のはじめごろ、東山線菊屋橋ぎわのいつもいつも立ち読みに入った古本屋でなんと「買った」のだ。懐かしい。あの世へもぜひぜひ持って行きたいと思いつつ、思わず知れずいま泪を零している。

* 「三田文学」  早大図書館  都立中央図書館  山梨県立文学館 から受領の挨拶あり。
2019 6/1 211

☆ お元気ですか、みづうみ。
選集第三十巻届きました。ありがとうございます。
あと三巻でこの大事業の完結を迎えることに信じられない思いです。終わらなければよいのにと思いながら惜しみつつ読了せざるを得なかったみづうみの色々なご本を思い出してしまいました。
「作品」とは何か。わたくしにとっての基準は この本が 人生最期の一冊になってもよいと思えるかどうかです。
秦恒平選集はどの一冊をとっても人生最期の一冊に値する文学です。
この巻もぎっしりと詰まった文藝の宝庫。わたくしは人生最期の日まで秦恒平を読んで読み尽くす読者でありたいと願っています。
身辺落ち着かずなかなかメールを書く時間もとれませんが、いつもみづうみのご健康と心ゆくお仕事をとお祈りしています。    玉   玉虫の光を引きて飛びにけり  虚子

* そういう作をお手元へ届け続けたいと願っている。

☆ 前便では触れませんでしたが、
112頁「孫弟子」というの、やはり気になります。
「そこ(上手ないい芝居を遠い所から立ち見しているような感じ)へ落ち込まないよう」「力強く彫り込む」のが志賀・瀧井(先生)なら、「美しいものが遠くで動いているような」作品は藤村流になるように思うのですが。

* ありがたい指摘のようで、見当を逸れています。一文を導いている気持ちが、即 「瀧井先生」への「私淑や思慕」にあり、こういうことを「言って・訓え て戴ける」ことへの喜びや嬉しさや納得を書いている。その背後には、同じような注意を、瀧井先生はご自身が師の志賀先生の「藤村への批評」を介してうけ自 得されていて、それを、私にじかに伝えて(話して)くださることで瀧井先生から教わり、納得し、自得したことをこの「一文」の主意としている。
瀧井先生は父ほどに思う志賀先生に子の心地で聴きもし教わられ、その瀧井先生がおなじ事を私に教え伝えられている、そのお気持ちをこそ大切に、あたかも 「孫弟子」のようと心服し歓びつつ心して一文を成している。藤村のそれに似たかどうかはただの事例であり、根本は、志賀・瀧井そして秦へと伝えられた具体 的な「教え」の重みや有り難みや嬉しさにある。
上の文学研究者の読みは、紙背を流れる意図や真情をまるで読み違えている。

 

☆ 128頁 「~無意味な、だが妙に快い。”音声””音調”なるがゆえに~」の句点は不要ですね。

* 要・不要でなく、明らかな校正での削除落ち。六百頁もの大冊を、独りではせいぜい二度読んでも残年ながら、これが出る。みるから分かり切ったミスは勿 体ないが分かって下さる「読者」と信頼して余儀なく甘え掛かっている。上のミスなどはわたしが気づかねばならなかったが。

☆ ようやく 「井上靖の「美」と美術」です。

作家生活満五十年記念に刊行なさった第三十巻の一篇、一篇は、秦恒平と一人一人の文学者・美術家と、或いは一つ、一つの作品との、得がたい出会いを刻んだ書と思って大切に読んでいます。
怠慢でまだ読んでいなかった作品、再読したい作品に、私も御著でもう幾つも出会いました。有難うございます。
(前にもご注意しましたが、水は一気に沢山飲むのではなく、適量を随時心がけてください。運動も睡眠も、です。)   九
2019 6/2 211

☆ 御礼申し上げます・
私家版の貴重な御著書を思いがけずお送り頂き驚きと嬉しさで筆を取っております。
時節柄御身お大切にお過ごしになられますように。  倉田裕理子

* 倉田さん、「なだ万」のチリメンジャコをたっぷり送って下さる。酒によし飯によし。感謝感謝。

* 井口哲郎さん、鶴来の「萬歳楽」を送ってくださる。ありがとうございます。
2019 6/2 211

☆ 選集第30巻ご上梓おめでとうございます!
迪っちゃん 今日、ずっしり重い30巻目を頂戴しました。
秦さんに、「おめでとうございます!」と伝えてね。
目標まであと少しになりましたね。
きっと今頃は、おふたりでほっとされていると思います。
本当によく頑張られますね!
どうかゆっくりおからだ大切にお過ごし下さいね。
来週はあーちゃん(従妹)の展覧会に行ってきます。
秋には、(青山へ、父母兄らの=)お墓参り 楽しみにしています。  琉   義妹

* ありがとう、琉っちゃん。 恒

* 今日は日曜で、郵便がない、
2019 6/2 211

☆ 秦 恒平様
5月31日、「選集」第三十巻が届きました。 H・P 5月30日の記述に「送り出し終え」て「疲れた」とあり、さぞかしと心を痛めていたところです。
しかし、巻頭の写真を拝見し、少し気も晴れました。太宰治文学賞受賞時の秦さんの生新なお姿、その面構えはそのまま今に繋がっていると見ました。そし て、秋艸道人の扁額の文言はそのまま秦 さんの心情を映しているように思いました。本文に及べば、またまた秦さんの「文学と美術」にぉける造詣の深さを知らされることになるのです。項目ごとに拾 い読みも楽しいかと思います。
さて、随分の御無音、お詫びいたします。このところ、筆を執ってもお伝えするようなこともない無為な毎日を過ごしています。ただ時は進んで、3月には、 私もダイヤモンド婚、5月8日には、87歳の誕生日を迎えました。この日は、金沢にある県立病院での検診日でした。平日のこととて、子供たちから送り迎え はできないが、絶対にマイカーで行かないでくれといわれ、バスにしました。高齢者の交通事故を危ぶんでのことと、素直に言い分を受け取りました。娘からは 「誕生日なのに病院は、つらいね」とラインがきました。私は「ここまで生かされたことに感謝。今の自分が確かめられることは、幸せなことです」と返事を 送ったことです。
この「ほぼ一と月」秦さんの「陶淵明の詩句に聴く」を傍聴させていただきました。選び出された詩句のいずれもが、現在の自分の心に響いてくるものばかり でした。すてきな文言も少なくなく、以前の私なら、すぐにも石や板に彫ることを考えたかも知れません。しかし気は急いても、鉄筆や鑿の力にすっかり自信を 失っています。わけても刻字は、秦さんのH・Pの冒頭に掲げられている「方丈」を見せつけられては、いくら勢い込んでも、たちまちその気は萎えてしまいま す。秦さんが東福寺へ足をはこばれたのも、「宜なるかな」です。

麦の秋さもなき雨にぬれにけり   万太郎

今、散歩道は、早苗が育ち、ところどころに黄金に広がる麦畑、まさに麦秋です。今日は雨なので、散歩は中止しました。
30巻達成のお祝いに、心ばかりの品(=鶴来の萬歳楽)をお送りしました。奥様に受取りの気遣い、御無用にとお伝えくださ
い。
巻を並べて、ますます標題が貧弱に見えてきてなりません。お大事にと願っています。
5月31日     井口哲郎    (前・石川近代文学館館長 前・県立小松高校校長)

* 選集を一巻一巻出してきた そのときどきの 井口さんにいただくお手紙こそは最良のご褒美と私はなにより嬉しい。こういう温かい筆致をわたしも得たいのに、真似もできない。
お元気でありますように、少しでも永く御一緒にこの世を歩み続けたい。「方丈」「学規」「陶詩」に触れて頂いて本当に嬉しい。
封緘の白印「芒種」六月六日の印も季の和やかなよびかけ。

☆ 一昨日、
御本が届きました。
確かに函のサイズがきっちり過ぎて発送までの御苦労が偲ばれました。
どうぞ今は身体休めて過ごしてください。
鴉の選集は、 纏まったら適当な時期に地域の図書館なり適当そうな施設へ遣って下さい と書かれていますが、安易にできるはずもないでしょう。わたしが読むことができなくなったら覚悟します。或いは多くの人の目に触れ読まれることを選ぶ時にそうします。
今は 落ち着いて暮らしていません。仕方ないことです。
娘が京都にいることは確かにわたしにとってありがたいことです。救いのようなものです。
京都で宿が確保できないと思われているようですが、ネットで簡単に探せますよ。オリンピックの後、相当数のホテルなどが危惧されるのは 東京ではないでしょうか。オリンピック観戦なども地方との温度差は歴然とあるように感じます。
改めて書きます。
どうぞ元気に過ごせますよう 尾張の鳶

☆ そろそろ
梅雨かと空を見上げておりましたら、ご高著の選集第三十巻、頂戴いたしました。
目次を拝見、その多彩なことに驚いております、勉強させていただきます。お心遣い厚くお礼申し上げます。
近作の印刻「隠さんとすればいよいよ露わる」 お目にかけます、お笑い下さいませ。
益々のごかつやくをお祈り申し上げます。 かしこ   京・鳴瀧  川浪春香  作家

* 封筒から優雅に香がにおう。また、過分のご支援をも頂戴した。恐れ入ります。

☆ 『秦 恒平選集』第30巻をお送りいただきありがとうございます。
今回は「文学と文学者を読む」とあり、 父(故。島津忠夫先生)ならば 各所の感想をいろいろとお伝えすることができたのではと、遺影をみると苦笑しているように感じました。
地元の新茶が出回る季節ですので 狭山茶を送らせていただきました。香りの「初摘み」、旨みま「さやまの極み」 どちらがお好みの風味でしょうか、奥様と お茶のひとときをお楽しみいただければ 幸いに思います。   藤森佐貴子   所沢市

* ありがとう御座います。

☆ 御著書
御恵贈頂き有難うございます。拾い読みしていて、新聞連載『親指のマリア』挿絵の昔を懐しく思いました。 永く京都を離れられ、祇園祭を思い出して頂ければと、(北観音山色紙繪と絵葉書)同封させて頂きました。 京・下鴨   池田良則  画家

* 近づく祇園会 感謝。

☆ 本格的な夏を前に
不順な天候が続いています。いかがお過ごしでしょうか。『秦 恒平選集』第三十巻ありがとうございました いつも温かいお心遣い感謝いたしております。大変、興味深い巻です。じっくり味わいたいと思います。
近々刊行予定の作品、早く読みたいものです。
お忙しいとは思いますが 奥様共々 お体第一に、どうぞ御自愛下さい。 今治市 木村年孝

* 東近江の川島民親さん、愛知知多の久米則夫さん、江東区の藤原龍一郎さん、小田原の安藤啓一さん、花巻市の及川恵美子さん、相模原の篠崎功さん  有り難い過分のご支援に感謝します。

* 日本近代文学館 立命館大図書館 からは受領の来信。

* いま一人、かつて日中文化交流協会専務理事で、さらに昔、井上靖団長ご夫妻等と一緒に中国政府の招待で訪中時、同行の秘書役をして下さってた佐藤純子 さんからの長文のお手紙を戴いている。団長夫妻のほか巌谷大四 伊藤桂一 清岡卓行 辻邦生 大岡信 そして私のほかに協会の白土吾夫秘書長、佐藤秘書の 総勢十人での日本作家代表団であったが、いっとう若くてともに同年の佐藤さんと私のほか、みんな亡くなって仕舞われた。しぜんお手紙も長くなる。加えて、 井上靖論はもとより辻邦生論も、また当時日中文化交流協会に深くかかわっておられた宮川寅雄先生、山本健吉先生にも巻中触れていて、佐藤さんの思い出はつ きないのだろう。純然私信と謂うに近くて長文なので此処には遠慮しておく。
さらに加えて、宮川寅雄先生のお嬢さんもともども、亡き宮川先生がお馴染みでわたしも一度御馳走して頂いたお店(=の、気がする)で会いましょうと誘われている。
これは、ちょっと体力的に躊躇われるなあと、いま、思案投げ首、昔話も懐かしいけれどなあ、しんどいかなあ。
寺田英視さん(文春 前の専務)の再三再四のお誘いにも伺えずにいる。
2019 6/3 211

* 井上靖先生の長女、浦城幾世さんから、著書『父・井上靖と私』に添えて、私の『選集30』への懇篤の礼状が届いた。
お茶の水女子大図書館からも。
土日の挟まる火曜は郵便物が寡い日。それでも凸版印刷からは、はや、ずしっと重い請求書が来た。あと三巻、支払えるかナ。かなり厳しくなってきたが、滑り込みセーフで済みますように。

☆ 秦先生
『秦恒平選集 第30巻』をご恵贈いただきありがとうございました。
御芳情の程 厚く御礼申し上げます。
頁を繰ると、先ず秋艸道人の学規が眼に入りました。
私はこの書を早大の會津八一記念博物館でコピーを手に入れビニールシートに入れて保管して
おります。以前に高校の出前授業に出かけたとき、講義の枕にこの書のコピーを学生に配り話をしたことがあります。
この書をお手許にお持ちの由、うらやましい限りです。
今回の選集もまた得るところ大でした。私は日頃はギリシア哲学の原典講読に追われ、ギリシア語、英語、ラテン語の文字に追われておりますが、今回の選集で改めて日本文学,日本美術の楽しさ、奥の深さを教えていただいております。
リビングのテーブルに置いて,一章また一章と楽しみながら頁を繰っております。
ありがとうございました。
不順な気候が続きます。お体おいといくださいますようお祈り申しあげます。
p.s. 私の体調は、4月の検査に際しては入院・手術を覚悟しておりましたが、次回10月まで“執行猶予”となりました。
山を想い山に焦がれていますが,中々踏ん切りがつきません。
p.s.2 いま我が書斎からの眺めは樹木の緑一色、若葉の匂いでむせ返るようです。
篠崎 仁   神奈川 鎌ヶ谷

宮川寅雄先生に頂戴した会津八一『学規』 そして荻原井泉水のわが『花と風』へのフアンレターと言われての揮毫『花 風』二大字額は、書斎の誉れである。

☆ 選集第三十巻
お届けくださり有り難うございます。
読みたい内容に溢れていて楽しみです。メールで失礼いたします。  吉備の人

* お寂しい日々と想いますのに。 恐れ入ります。お大事になさって下さい。

* 佐藤純子様 (元・日本中国文化交流協会)
嬉しい、なつかしいお手紙を頂戴しました。有難う存じます。
大病後 抗癌剤の影響で手先痺れ、目も歯もガタガタになりました。震えて、まともな字が書けませんので、こんな機械書きの御無礼をしております、お許し下さい。
今日は 井上(靖)先生のご長女幾世さんの御著に添えて「選集30」へのお手紙を頂きました。
それにしても、あの楽しかった嬉しかった旅に限って申しましても、文字どおりに佐藤さんと私との二人だけが今も斯く過ごしておりますこと、まこと、往時 渺茫の思いです。あの旅で出会いましたたくさんなたくさんな顔が思い出されます。たくさんな写真、克明なノートが残っていて、ときどき眺めます。
胃全摘等の大きな手術時 87キロ近くあった体重が 今は62キロ、それも食が全く進まず、日々に体重をへらし続けています。飲食へほとんど気が向かわ ず、杖を頼ってよろよろと月に何度か築地の聖路加病院へ通うだけ (時たま、好きな歌舞伎や観劇だけ)の外出になりました。
家で、創作の日々を送り続け、最近には十年がかり千枚の長編二作を脱稿また脱稿近くまで書き継いできました、作家生活満五十年 気はシャンとして、そういう意欲は大切にまだ失っていませんが、外出という体疲労は否応なく慎み続けています。
うれしいお誘いですのに、出向く元気の有りません事を どうか、ご容赦下さい。
もう久しく京都へも帰りません。一度でいい帰りたいなあと 日々嘆息しています。
どうぞ 日々お大切にご長命なさって下さい。
宮川(寅雄)先生のお嬢様とも会えるなんてと胸を弾ませましたが。
残念至極。ご無礼をお詫び申します。
お手紙、まことにまことに嬉しく頂戴しました。御多幸を願います。 敬具  秦 恒平
2019 6/4 211

* 「齢九十」加賀乙彦さんから『自選短編小説集』を頂戴した。作家としては五十年のお付き合い、その以前には医学書院編集者と医科歯科大精神科医との関わり があった。太宰治賞に関わって出会った作家達は吉村昭さんも宮尾登美子さんも、みーんな亡くなっている。

* 和歌山県の朱心書肆主人三宅貞雄さん、高松市の星合美弥子さん、三鷹市の唐澤篤男さん、有り難く過分のご支援下さる。
藤沢市の義妹からも、毎々のように多大の有り難い支援が届いた。ありがとう。

☆ 岩手県の渡部芳紀教授、府中市の作家杉本利男さん、千葉市のe-OLD勝田貞夫さん、川崎市の真有澄香さん、「選集」台三十巻に、それぞれ深切なお便りを頂戴した。同志社大学図書館からも受領の来信。
いずれも、いずれも、忝なく、有難う存じます。
2019 6/5 211

☆ メールを頂戴しておりましたのに…
すぐ、ご返事できず、失礼いたしました。 お優しく、お気遣い頂き… ありがとうございます。先生のお言葉の様に、心がけてまいります。
先生のお体調が、心配です。 どうぞ、くれぐれもお大切にお過ごし下さいませ。
新潟に、年老いた父がおり、病院からの電話を受けて帰郷しておりましたが… 落ち着いた様子なので、今夜には帰洛できそうです。
近々、先生の新しい御本を手にする、読ませて頂けるのを楽しみに、また励ましにして京都へ帰ります。
ありがとうございました。 鷹峯 百  拝

☆ (前略)
世に小説家、評論家は存在します。両方を手がけている人もおられます。この場合、多くは、片方にのみ優れている方が大方です。秦さんは双方とも立派に作 品を残され、さらに学者としての顔も意義深く、その上 エッセイでもしっかりした時局観を身につけ、どの分野でもその底に哲学がしみています。稀なことで す。
そしてそれを一人で(奥様と)出版のかたちで完成しておられる。本当に有難うございます。御自愛下さい。 草々    府中市   利   作家

* まことに過褒であるが、私の期している文学への姿勢は、こうである。こう勉め続けたい。

☆ (前略)
先日來 折にふれて 折柴句集 と 断腸亭日乗 を読んでいましたので、本巻中の「瀧井孝作先生」「素の心持」と、「永井荷風の写真」から読ませていただきました。改めて、お二方の未読の作品も読んでみたいと思いを新たにしています。
次巻 いよいよ新作ですね。どんなお作なのか 大いに楽しみにしています。
時節柄 お二方 どうぞお大切にお過しください。
些少、 同封いたしました。お納めください。   和歌山  三宅拝  朱心書肆主人

* こういう読書へのきっかけにもなれば、書いた、本にした甲斐がある。感謝。

☆ 拝啓
青葉若葉が美しい好季節、その後、お尋ねもいたしませず、ご無沙汰ばかりで、失礼をお許し下さいませ。
さて、この度は、先生の「選集 第三十巻」をお送りいただき誠にありがとうございます。御代が替わって令和発行の「選集」を手に取り、歳月の長きと、変 わらぬ先生の厳しいまでのお仕事ぶりを思いながら、ご交友、お門が広い中、いつもお心にかけていただき、恐縮に存じております。
平素、「湖の本」で先生のご日常の一端を伺っておりますが、ご療養されながら、着実に功績を残されるお姿に敬服いたしております。
本年早々に、梅原(猛)先生がご逝去きれ、これまで賜ったご厚情に感謝申 しあげつつ、美術財団運営には皆様のご指導ご協力をいただき、継続していきた いと存じております。お陰様で、事業開始以來東30数年を経て、「公益財団法人中信美術奨励基金」の評価は徐々に高まり、先般は京都市長から表彰状をいた だくことができました。先生のご指導を仰ぎながら試行錯誤いたしておりました草創期のことを考えると感慨一入でございます。
何よりも御身お大切にとお祈り申しあげつつ、今後とも、ご指導賜りますようお願い申しあげます。
略儀ながら、書中にて御礼申しあげます。
敬 具    京都中央信用金庫副会長  平林幸子

* 恐縮。 平林さんは、高校の後輩。京都美術文化賞の新設、雑誌「美術京都」の創刊から、理事、選者の一人として力を協せてきた。
発足時の選者は 梅原さんを座長役に、順不同 清水九兵衛さん、石本正さん、三浦景生さんらの全員が次々に亡くなってしまわれた。今のことはよく知らな いが第二回銓衡で強く推して受賞してもらった樂吉左衛門氏が、わたしの辞任後に入って頂いていると覚えている。受賞者の何人もを人も作も印象深く記憶して いるが、30数年、一回に各ジャンルから三人銓衡していたので、もう大変な人数に授賞したことになる。ますます真摯に発展されたい。
平林さんから、懐かしい京菓子一折りを送って頂いた。

* 郵便局へ、送本と投函に自転車で。炒りつけるような日光と暑さ。坂道を歩いてではとてもとても。自転車だと下りはらくらく、実は上り坂も普通になら苦 にならない。日に何十回?と家の短い階段を上下している御蔭かも知れない、脚力はある。しかし歩行には杖が欠かせない。視野の鈍さか二本脚だけではよろ付 くのです。
眼鏡は、新調して十日ともたず視野が滲み、むろん車も人影も道路も家々もその存在はまちがいなく把握できるけれど「クリアにものの見える」ことは無い。全体に、茫然としている。それでも生きては行けると思うことにしている。
けど、六月初めにしては暑すぎる。

* 色川大吉先生(東経大名誉教授・歴史家・思想家)長文のお手紙戴いた。仙台の遠藤恵子さん
(前・米沢短大学長)大阪の石毛研究室の石毛直道さん、医学書院金原俊社長からも叮嚀な来信、また西東京市図書館、神戸松蔭女子学院大学、京都府立京都学・歴彩館からも。

* 静岡の鳥井きよみさん、過分のご支援と西瓜の繪の涼しげな葉書でも佳いお便りを戴いた。お母様ともどもの平穏無事を願います。

☆ 選集三十巻 ありがとうございます。
ずい分の ぜいたく を させていただきました。
みち子さん 手や指の節々は、大丈夫でしたか? 私は さがしものの時間が多くて、気がつけば、一日の短いこと!
上手に年とつき合いましょうね。  豊中市  美沙   大学同窓

* むかしむかし、市電の走っていた京都の四条大橋を、西南の西石垣(さいせき)か ら視野を東北へ開いて、まんなかに、南座ま向かい、目に灼きついた(現在もまだ残って建っているのだろうか、七八階もの屋上に特徴の あった、喫茶店もレストランも、なにやかやと在った)クラシックなたけ高い洋館「菊水」、遠い背景には、けぶったような寝たるすがたを想わせて、粟田山、東山の見晴らしか゜、ほんわかとしたカラーの葉書で。
一日中見つめていてもどの家々のかげにも無数の思い出が溜まっている。京都が恋しいわたしたちへの思いやりに溢れた一枚、ありがとう。

* こういう思いやり、慰め励ましは、同志社の田中励儀教授からも、詩人のあきとし・じゅんさんからも戴いてきた。三條大橋沙、祇園石段下等々、いつも身のそばに置いている。

* 懸命に「清水坂」を這いのぼっている。繪は見えているが、繪にックっていては自然な繪に成らない。何としても物語との話し合いをしっかりつけて収まり を得なくては。さこが急所で難所で息が詰まる。藝術はただ成るものでなく創り上げるものであるが、ただのツクリものでは話しにならない。創り手の血がにじ み本音本性が表現されねばならない。この「表現」というのが最たる難物。
2019 6/6 211

* 吉備の有元毅さん、最良の「獺祭」二升も送って下さる。心して静かに頂戴する。
ありがとう存じます。日々の御安心を切に祈り居ります。

☆ 4日にチューブシャント手術を受けました。
一応術後は良好で、10日退院となりました。と言っても以前より良くなったわけではなく、これ以上悪くなるスピードを遅くするだけの事。ただ死ぬまで真っ暗ではないと言う事。
片目だと、距離感、段差が解らなく、年令以上にヨチヨチしています(笑)
今日の段階では、まだ瞼が腫れていて、眼帯無しでは…
帰宅後はお風呂シヤンプーOKと言われましたが ちょっと二の足を踏みます。  横須賀  志津

* この昔昔からの古い古い読者は、私より少し年嵩なはずだが、このメールのタッチはまだまだ気は若い。不自由は不自由でも、それはみなお互い様、気を張って長生きして下さい。
2019 6/7 211

☆ 御礼
秦様  いよいよ梅雨入りですが、お変わりなくお過ごしのことと拝察いたしております。この度はご高著『秦恒平選集30巻』 のご恵投に与り、ありがとうございました。自分の関心の赴くままに、楽しく拝読しております。茂吉の『萬軍』についての御文章は、特に興味深く拝読しまし た。岩波が全集に入れなかった歌集ですが、そのことからいろいろなことが分かってくるような気がいたしておりました。
『家畜人ヤプー』もその代理人を称する天野哲夫という人物が「展望」(筑摩刊)の外校正をやっていた関係で、いろいろなことを見聞しておりましたので、懐かしく(?)拝読いたしました。天野氏はマゾヒストで、その体験談を聴かされ、驚いた記憶があります。
最後になりましたが、ますますのご健筆、お祈り申し上げます。 鋼 拝  元・筑摩書房編集者
2019 6/7 211

☆ 秦 恒平様
選集第三十巻の刊行 おめでとうございます。(造本について、中略)
日本近代文学史、思想史を専攻してきたものとして、老生(当年九十三歳)は、読み進めると共に、鞭打たれる想いを致しました。そのため 他人事とは想えない経験を致しました。これほどの緊張にどこまで耐えられるかと思ったほどです。
しかし、あなたの身の処し方の執拗にして軽妙なのには、率直にいって驚きました。能、歌舞伎から、近・現代文学へと飛び、(いずれも呵責なき筆鋒で)、さらに漱石、鴎外、芥川らの「文豪」批評にも展開し、変幻、自在なること、小生などはふりまわされる想いを致しました。
近時の私は、いわゆる「文豪」などへの関心を脱し、宮澤賢治のいわゆる「童話作家」 じつは内外(とくに世界)に広範な読者(西欧まみならず、中國、イ ンド、アラブ圏までをふくめ)の国民的作家に最近では関心を強く持つようになりました。近著『イーハトーヴの杜で考える  歴史家としてみた宮澤賢治』が それです。
これは(あまりにも大きなおかど違いなのに) 私が少年時代より、わけもわからずに「アメニモ負ケズ、 日照リニモ暑サニモ負ケナイ」と教えられ、そら んじてきた「ふしぎな人」への関心がはじまりでした。この「文豪」には余りにも遠い人への記憶が、成人してぼつ然と 私への花巻のこの作家への関心を昂め たのです。
とんだ余談になりましたが、秦さんの広大な学識に刺激されて、浮かび上がって来ました。
だが、 going myway 九十老になっては引っ返せません。   色川大吉

☆ 確かに
かう気温が上がり下がりすると 風邪もひきやすくなりますし 鬱陶しさも募りますね
いつでもメールして下さい 僕も気が付いたことをメールしますので
昔の映画を見直してゐると やつぱりいいなと思ふものと どうもしつくり来ないなと思ふものがあります
メルヴィルの「いぬ」は前者 ヴェルヌイユの「ヘッドライト」は後者でした
御自愛を祈ります   寺田生  前・文藝春秋専務
☆ 拝啓
紫陽花の彩りの美しい季節となりました。ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
このたびはまた貴重な御選集を賜りまことに有難く、恐縮しております。心より御礼申し上げます。
御作からご教示いただくことがたいへん多く、先生の孤高な精神と深い美学に魅かれている者のひとりです。
今回の『虚像と実像』では、作家のスタンスに対する或る学者の意見に触れておられます。
<虚と実、表現と論証、ともに方法を異にしている。だから一つを「文学」といい一つを 「学問」というのである。>
<現代であれ歴史であれ、私の小説を 「ただの読みもの」 にしたいと思わない。そんなものは書きたくない。いつも、その作品を「書いた」ことが何かを 「見つけた」 「創った」 ことになるよう書きたい。材料がある場合もその材料に、私らしい切口を付けたいと、いつも願っている。>。
先生と同じく太宰治賞を受賞された吉村昭も、史実を綿密にたどりながら、史実どおりに書くのではなく、そこに想像力を働かせ、抽象化を促すということを書いています。
『森鴎外の自然』に書かれましたように、
<歴史に取材して小説を書くことの多い私は、鴎外に学びながらなお私なりの「歴史離れ」に身を寄せ、分厚い「趣向」で歴史の「自然」を適切に面白く刻みたいものと。幾分のウソの発明にいつも心=想像力を用いている。>
この「趣向」に作家の個性が現れるのですね。読者にはその「趣向」を見つける楽しみがあるわけです。

『朝の蛍 斎藤茂吉自選歌集』
先生が入手されました昭和二十一年十一月十五日発行 改造社版(定価二十円)初版本『朝の蛍』に、私は近鉄奈良駅近くの大学堂古書籍部という古書店で出 会いました。インク消しの跡をたどると「過ぎし日のこの日の思ひ出に 一九四六年 比佐夫」とあり、そこに何かの縁を感じたことがありました。以来、茂吉 の歌に馴染み、その弟子佐藤佐太郎の歌に行きついています。
『綴方教室』で有名な豊田正子戦時中の作品を探している時、婦人公論一九四二年十二月号に掲載された、内閣総理大臣東條英機「大東亜戦争一周年を迎え て」の檄文と並んで、斎藤茂吉「大東亜戦争一周年讃歌」十首が載っているのを見つけました。茂吉はこういう歌人だったのか‥・と愕然とし、改めて調べてみ ますと、歌人による茂吉言及は極めて少ないようで、塚本邦雄や岡井隆でさえ深く追っておらず、失望しました。私の見るかぎりでは唯一、品田悦一著『斎藤茂 吉』が、戦時中の茂吉の歌作について詳しく批評していました。昭和八年、妻輝子が加わったセックス・スキャンダル、輝子と別居している間の永井ふさ子との 恋愛、そして万葉集研究、本気で作った戦争賛歌‥これには、必然的な流れを感じました。さらに大日本短歌部会、「愛国百人一首」などで果たした中核
的役割などを知ると、天才歌人への失望と批判が生じているところです。

『念々死去の人 私の立原正秋』
<読者は立原文学における「美しい物」の占める意味深さについては、十分な理解をすでに持たれていると思う。「美しい」ということが分かるかどうか、こ の芸術家は、それこそ命がけでこの課題に投じた気味がある。愛読者はその迫力に魅されてきたと言えようか。立原正秋の批評的素質も能力も、思うにもっぱら そこへ打ち込まれてきた。>
孤高と美学、これは秦先生からも共通して感じることでもあります。立原の作品は『薪能』はじめ湘南を舞台にした『雪の朝』など哀憐小説、随想集『雪舞い』などを読みましたが、特に『美しい村』は手強くも見えざる鬱塊、透徹した精神というようなものに魅かれました。

子規、一葉、太宰治、井上靖、水上勉等々、秦先生の善意の人間学による筆さばきに感じ入りました。先生か親しくされた梅原先生は、晩年、東京新聞に哲学的エッセイを連載されましたが、後進として平和の哲学を伝授された思いがして感謝しております。

あらゆるいのちの幸福を願うことのできる平和の持続継承を根本の意思として、創造と想像に遊ぶ、それは確固とした弧の自立がなければ成し遂げられないものだと、今回の作品群を拝読することによって教えていただきました。
まことにありがとうございました。
ますますのご健勝をお祈り申し上げます。  敬具
二〇一九年六月七日    作家  上野重光   葛飾区

* 渋谷区の佐藤宏子さん 過分のご支援を戴いた、感謝。日々の食欲の極端に薄いこと、体重の落ち込みでもご心配頂いた。
東京大学大学院文学部からも 受領の来信があった。

☆ ギリシア哲学、   From 篠崎
秦先生  ご返信をありがとうございました。
古典ギリシア語を学んで,最初に取り組んだのが プラトン『国家』でした。
“ katebhn chthes eis Peiraia ~ ” で始まる冒頭の文に初めて触れたときは、年甲斐もなく感激しました。六六歳の手習いでした。本当に難しい言葉で、12年間読んでいてもなかなか  fluent と言うわけには参りません。定年退職後の“暇つぶし”には、もってこいです。
今は、クセノポンの『ソクラテスの弁明』を読んでいます。プラトンの『ソクラテスの弁明』と対比しながら読むと新たなソクラテス像が浮かんできます。
体調については予断を許さないのですが、「明日のことを思い煩うな。 明日のことは、明日自身が思い煩うであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。」を毎日つぶやいております。
先ずは御礼まで。

* いまも慎重に思案してみて、『清水坂(仮題)』への宿題はまだまだ山ほどあると気づいた。周章てまい、落ち着いて濃厚にも軽妙にも物語の味をわたし自身が楽しまねばいけない。

* 今日は、やすみなく仕事していた。おなじ疲れるのなら、こうして疲れればいいと思う。
2019 6/8 211

* 神戸の岡田昌也さん、京。北山の純米とびきりの原酒「六友」を送って下さる。嬉しく。京都の桐山恵美子さん、大きなまん丸な賀茂茄子や唐辛子など妻が 大喜びの京野菜を送って下さる。ありがとう存じます。 神戸の信太周先生、稲庭饂飩をはるばる一箱送って下さる。いつもいつも有難う御座います。
今日は、日曜日。手紙は来ない。
2019 6/9 211

☆ 選集 三十巻お礼
hatakさん
選集三十巻お送りいただきありがとうございました。口絵の受賞写真のしゅっとした立姿が印象的でした。
やはり華岳の「密室の祈り」に自然と目が行きます。私は華岳の「制作は密室の祈り」に倣って「研究は密室の祈り」と想っても来ましたし、実際に行っても来ました。但し精進の研究室に満ちていたのは、残念ながら? 牡丹の香ではなく茶の香でしたが。
「創作の基本とは堅実な想像である。どんなに物を識っていても想像力が自由でなければ小説は書けない」という個所を見つけ、そのまま「研究の基本とは堅 実な想像である。どんなに物を識っていても想像力が自由でなければ論文は書けない」と読み替えられるな、と新たな発見をした気がしています。
六カ月になる子の飽かず絵本を見る様子が嬉しく。「平の字」効果でしょうか?
東京は梅雨入りとか。どうぞご自愛ください。  maokat  札幌
2019 6/10 211

* 東村山の写真家近藤聰さん、地酒純米の「東村山」を一升下さる。感謝。

☆ 「選集三十巻」を
ありがとうございます。
手書きで宛名を書いて頂き、奥様のお手までも煩わせて…恐縮でございます。
御本を手に致す度び… 御文を書き、編んで製本のご指示をなさり、自ら配送作業までもして下さる… 持ち重りのする一冊に、深く頭が下がります。 忝ないことでございます。
読ませて頂くのを楽しみに、時を過ごしてまいります。 ありがとうございました。   先生も奥様も、どうぞお身体お大切になさって下さいませ。 お元気であられます様に、祈っております。 京・鷹峰 百  拝
2019 6/10 211

☆ 暫くご無沙汰してしまいました。
飛ぶように日が過ぎていきます。
落ち込んでいますが、まあこれは常態として努力もしているのです、人から見れば元気印の鳶なのかもしれません。
色川(大吉)氏が 「あなたの身の処し方の執拗にして軽妙なのには、率直にいって驚きました。
」と書かれて、その後に「能、歌舞伎から、近・現代文学へと飛び、(いずれも呵責なき筆鋒で)、さらに漱石、鴎外、芥川らの「文豪」批評にも展開し、変 幻、自在なること」と続いていますので、身の処し方とはやや方向が変わってしまうのですが、執拗、確かに・・そして軽妙・・そうでしょうか? 鴉は軽妙で しょうか? ある意味では鈍重にして不器用(失礼は覚悟)・・但しそれを上回って余りある気配り心遣い、優しさ一途さ、行動を支え 素早くさまざまを処理 できる能力 ではないでしょうか。

色川氏は『ユーラシア大陸思索行』に始まって『シルクロード悠遊』や『わが聖地放浪』など、まあ鳶の大先達のような方で、ただしその後の氏の日本近代現 代に及ぶ思索まで、わたしは追いついていないのが現状です。近世、江戸の後期から昭和まで、これから意識して勉強しないといけません。
近時の色川氏が宮澤賢治への関心を深めているとのこと 賢治は感性に於いても信仰に於いても独特な人でした。何年か前、娘と盛岡を訪ねましたが、惜しいことに花巻までは至りませんでした。
「九十老になっては引っ返せません。」と色川氏。そこから見れば わたしたちは「若い」、それでもわたしたちだって引き返せませんね。引き返せたら、どんなに良いか!!
わたしは鴉の生き方を見つめます。あなたの言葉は厳しく遠い。
「齢の歯、また二つ落ちた。老耄 見る影もない。いいのだ。五体に、観て欲しい見せたいなにが無くても、命は意志として働いている。しょせん無心とは縁 がない。おもひ という火の消えるまでは生きて行く。」
白楽天の詩の数々、そして折臂翁のこと(兵役拒否はあまりに語られないものです)、安倍政権の軍備拡張の事、年金問題等々、海外の難民問題の深刻さ、天安門事件からの三十年という時間、今まで分からなかったことの幾つかが透いて見えるようになりました。

薔薇の花は終わり、紫陽花や時計草、早々と木槿の花も咲き始めました。
再び御本の発送などきつい作業が始まるのでしょう。くれぐれも大事に、少しづつ 無理なさらず。好きなものを美味しいものを食し楽しまれますように。   尾張の鳶

* さ、 作業継続。
2019 6/11 211

* 熊本菊池郡の武田昌憲さん、西瓜かと見まがう特大の甘いメロンを二つも送ってきて下さった。びっくり、そして嬉しく感謝。
和歌山・御坊の井領祥夫さん、ご支援を下さり有難う存じます。

* 京・山科の詩人あきとし・じゅんさん 鄭重のお手紙に添えて過分のご支援を賜った。有難う存じます。お手紙は詳細の長文で、用紙・活字とも特異でわたしのブリンタで取り込めないのが残念。

☆ 前略
選集を繙くとなると、文学・藝術に造詣の深い作家でおられるので、読み進めるには生半可な覚悟ではダメだと構えてしまうところがあり、ついつい時間を費 やしてしまいます。本巻(第三十一巻)は「先達への向くの敬愛」を込めて選び抜かれた文学者・藝術家の作品の批評であり、同時にそれは作家秦 恒平の「文学」「藝術」観を提示しておられることにもなっているので、たいへん興味深いものがございました。
収録されているなかで、異質な「小説なみに面白い”非小説”」を創作する哲学者梅原猛を取り上げておら れます。(中略 その処女作ともいうべき)『闇のパトス~不安と絶望』に共感し、「著述の歩みは哲学学(3字傍点)への背馳を示している」と言及されてい る。その眼光紙背に徹する批評態度の一貫性には頭が下がるばかりで深い敬意を表します。(中略)
本書には、すぐれた作家や藝術家らの「虚像」と「実像」が照射されていました。(中略)
末筆ながら、ご夫妻のダイヤモンド婚のまばゆい光と強い絆により、さらにご長壽を重ねられますよう祈っております。 敬具     馬場俊明(あきとし・じゅん)
2019 6/12 211

* 村上開新堂主人山本さん、お手紙とクッキーびっしりの缶を送って下さる。感謝。
湘南の橋本静一・美代子ご夫妻、銀座千疋屋の涼菓、ずっしりと送り届けて下さる。感謝。

* 久しい友と想う奈良の歌人東淳子さん、入院と、親しい読者からお知らせがあった。案じていたが。静穏に養生され回復されますよう、切に願う。
2019 6/13 211

☆ 秦 恒平さま
お返事ありがとうございました。
今東(淳子・歌人)先生の病室に来ています。
秦さんからいただきましたメールを読み上げてお聞かせしました。とても嬉しそうでした。
「元気に頑張ります。そちらさまもどうぞくれぐれもお大切にお過ごしください。」とのことです。
今日は 東先生のご主人の横山先生が、生きておられたら 103歳になられるお誕生日です。
今日のおやつには お祝いのお赤飯と 散らし寿司を持参しました。
昔の話を聴いています。   岡田祥子

* 東さんは、私より心持ち若い人と思ってきた、むかしむかし「村上華岳」について竹橋の国立近代美術館で講演した折りに奈良から見えて、講演後に初対面 のご挨拶を受けた。その折りに馥郁と豊かな一連の香袋を頂戴したのを、今も家に掛けている。措辞の適確で静かに毅い歌風で、始めて歌集を戴いてから、もう ほんとうに久しい。切に快復を祈っています。

☆ お変わりなく お過ごしをと願いながら
寒暖の差激しく、体調いかがですか?
チケットの件では迷わせてすみません。どうぞ お馴染みなので シアターナインス(=白鸚方)でお受けします。
秦先生のお申込みは、いつも楽しみです。
よろしくお願いします。    高麗屋の女房

* 八月 三部制の歌舞伎座第一部、「伽羅先代萩」御殿の政岡を、はや中村七之助(故・勘三郎次男)が演じると。叔父福助の病を援け、大きな女形に成ってほしい。
新幸四郎は八汐と床下の仁木弾正で。そして怪談だろう、「闇梅百物語」を幸四郎が扇雀・弥十郎と。
暑い盛りだが、桜桃忌についで八月のお盆に、歌舞伎を楽しむ。「茜屋珈琲店」の無いのがなんとも寂しいが。

☆ ご本 ありがとうございます。
こんばんは。
いつもありがとうございます。
作家生活満五十年、おめでとうございます。
十年の歳月をかけられたお作、大切に読ませていただきます。
こちらは五月も六月に入ってからも、暑かったり寒かったりと落ち着かない気候です。
もう物静かな京都は望めませんが、住み慣れたここがやはり一番です。
ぜひ一度おいでになれますよう願っています。
どうぞ奥様共々くれぐれもお大切にお過ごしください。 みち   秦の母方従妹

* 「湖の本」144 届き始めたか。三部ある第一部だけとはいえ、驚いて眉を顰める人も少なくなかろうと思うが。ま、ここにも瘋癲老人とおもっていただこう。
もう問題は、次の創作が盛り上がってくれること。じつは、そのほかにも、もう書き上げてあるさほど長くはない作もある。書こうとしているものもある。処 女作時期に手書きで書き詰めた原稿のままの長い作もある。清書して徹底的に手を加えている時間の余裕が無いのだ。やれやれ。昔の説話本などを拾い読んでい ると、これこれと意欲の動いて行く世界があちこちに有る。やれやれ。
2019 6/13 211

☆ 秦 恒平さま
東(淳子)先生へのメッセージありがとうございます。
若草山と東大寺の屋根が遠くに見える居心地の良い先生のマンションの居間で、村上華岳の話を伺った日のこと、先生が華岳を詠まれた歌のこと、ありありと思い出しました。
今日は 切実に 「もう一度家に帰りたい」と話されていました。
もう一度家に帰れるよう、頑張っていただきます。
「私語の刻」先生にお伝えします。ありがとうございました。  岡田 祥子

* 確とは知らないが 東さんは奈良女子大の先生ではなかったかと想う。

* 京、古門前の「おっ師匠はん」からの電話を、しばし楽しんだ。縄手「舟和」の茶漬け鰻を送ってくれる気らしい。酒の肴にも絶好。いまのうちに、ありがとうと。

☆ 秦恒平様
昨日、『湖の本』144のご恵贈に浴しました。いつもながらのご好意に感謝します。
昨夜遅くに、眠気も催さずに拝見しました。益荒男の伝統を引く「をのこ」であれば、書いてみたい類いのものですね。
笑いながら拝見。ありがとうございました。
ご健勝をお祈りいたします。     並木浩一  ICU名誉教授

* この『オイノ・セクスアリス』第一部の主要趣旨には、カトリック基督教への烈しいほどの批評が一眼目になっていますのへ ご批評 ご批判の無いには すこし拍子抜けの思いがしました。
ただに「をのこ」の問題だけでなく、「性」「性行為」への姿勢は、基督教と教会の歴史を大きく根底から揺るがし続けて、現在では、事実上の破産に到っている大問題かと私には見えているのですが、お教え願えるのを期待しておりました。

☆ 秦恒平様
お忙しい生活の中から、思いがけないメールをいただき、恐れ入りました。
カトリックへの批判はよく分かります。アウグスティヌスの女性蔑視など、酷いものです。しかも原罪を性欲と結びつけて理解した。これが後世への影響は大きなものです。
女性蔑視と聖職者の結婚奨励はルターによって行われましたが、原罪理解の呪縛からの完全な解放は現代世界に入ってから、もっと厳密に言えば、フェミニズム神学の台頭を俟たねばなりませんでした。

私は十数年前に東京神学大学で非常勤講師をしばらく勤めましたが、私が親しかった学生のペアは神学校を卒業すると直ぐに副牧師としての赴任教会で結婚式 を行いましたが、女性の方は妊娠6ヶ月ぐらいのお腹を見せながら、気後れする様子もなく結婚式に臨んでいました。彼らは神学校でも、仲間からも、奉職教会 からは祝福されました。これだけの変化がプロテスタント教会では起こっています。

ボン大学の教授時代に、ナチスと戦って指導的な役割を果たし、キリスト論的な教義学の大作を中途まで書いた神学者のカール・バルト(1886ー 1968)は、秘書のキッシュバウムによる口述筆記、討論、校正などで献身的な協力のお陰で膨大な仕事をしました。夏は山荘で二人だけで生活し、当然、性 的な関係がありました。
バルトは妻のネリーにキッシュバウムの件を告白し、責任を認めて離婚を申し出たようですが、ネリーはその申し出を退け、二人の関係を苦々しい思いで受け入れて離婚することはありませんでした。
バルト家ではキッシュバウムは一室を与えられ、夜中にバルトに起こされて口述筆記をしたようです。キッシュバウムが60歳代に病気入院するまで、バルト家では奇妙な同居生活が続きました。
もちろん、バルト家では家庭秩序が守られたものと思います。バルトはキルシュバウムの存在について、対外的に隠すようなことをしませんでした。彼女の存 在と寄与は公然のことで、バルト家を訪ねる学者その他の人々とのディスカッションにはキルシュバウムが同席して議論に加わっていたようです。

バルトは教義学の創造論の中で、結婚と男女の役割について美しい叙述をし、「一夫一婦制がキリスト教の立場である」ことを明確な言葉で記しました。よく ヌケヌケと書いたものだという批判をする人もあったようですが、この叙述は自己への審判と懺悔を行いつつ記したものと受け止めるべきでしょう。
バルトの論述は誰のものよりもリアルで柔軟です。キリスト教教会はこの件でバルトを葬ることはありませんでした。むしろ、人々はバルトの倫理学から具体的な男と女について学んだのです。
ただし、バルトが当然と考えていた男女の役割論は古い考え方として退けられています。

カトリックにおける聖職者への禁欲の要求は、現実には神父たちによるセクハラ事件を多発させ、女子修道院はレズビアンたちを排除できないというようなことはよく知られています。今日は聖職者の減少に悩んでいます。
カトリック教会もいずれ教義を改訂し、性の抑圧を撤回するでしょう。

応答までに一筆しました。   ICU   並木浩一

* わたしの必読の愛読書の一つはミルトンの『失楽園』であることは、何度か話題にしてきた。基督教に関しては『シドッチと白石』を新聞連載するより遠く 以前から関心深く勉強もしてきた。そして世界史的にみてわたしは基督教への親愛や前向きの関心を少しずつ失って行き、否定や否認へ傾かざるをえない方へ歩 んできたと思う。解放神学やフェミニズムへの理解が加わるに連れて、その程度は大きくなっていた。
『オイノ・セクスアリス 或る寓話』は、老人の性行為をおもしろづく書こうとしたものでは全然無く、「益荒男の伝統を引く「をのこ」であれば、書いてみたい類いのものですね。笑いながら拝見。」というのには強く引っかかったのである。
わたしが、今度の作で意識の芯に置いていたかも知れぬのは、「一夫一婦」というある種模範的な、ある種無惨な人類史の「一制度」がもたらしているかと思われるきついヒズミを、せめて指摘だけしてみたい思いであった、かと。
2019 6/14 211

* 元「新潮」編集長の坂本さん、多忙の中から、瀧井孝作先生、立原正秋さんへの思いなど、葉書で伝えて下さった。

* 五島美術館、いつもの招待状も有り難く受け取った。
2019 6/14 211

☆ 秦 兄
「湖の本」 有難うございました。
兄の日録でご活躍の様子に触れ、おのれの不甲斐なさを嘆いております。
高2の六月に肺結核に罹って以来、毎年六月はブルーな月になりました。こんな憂鬱な時期にJune bride というのは地中海性気候の国々での話で 温帯季節風気候の日本ではナンセンスですが、空調の効いた式場で挙式しジェット機で地中海への旅行なら、まぁいい かぁ~。

ただ長い闘病生活での収穫は、梅の実の熟する頃は夏バテのシーズンで 田道間守の時代から梅や柑橘類に含まれているクエン酸を古人が愛でたことを知って以来、内科医とだけは無縁の日々を過ごしていることです

参院選も間近ですがどうなることやら。野党連合も烏合の衆でなければよいのですが、同床異夢の即席部隊では牙城攻略はむずかしいでしょう。
日本の有権者に対して書くことだけは終わったので、いまは次の構想を練っているところです。
ご本のお礼方々 変わり映えのしない近況報告です。
日々ご自愛ください。  2019-6-14   京・岩倉   森下辰男  同窓

* 「老いのセクスアリス」を聞かせて欲しかったが。お行儀がわるいと思うのかな。

☆ 『オイノ・セクスアリス 或る寓話』第一部を読み終えました。
開巻一頁、恋歌を引いた章(帖)の小見出しに、まず惹かれました。
「早い時期から」「事実上不倫の小説を幾つも発表していた同じ京生まれの作家」その人の文章も引きつつ、「吉野氏、此の私吉野東作氏は」と、確認するか のように幾度も繰り返しつつ語られていく喜壽(「喜寿」の表記が混在してます)間近の「私」の物語は、まだ序破急の「序」、でしょうか。
「一夫一婦の結婚」という制度を「深いところで「異様」とも思っていた」「私」、「ユニオ・ミスティカ」を「会得した気でいた」「私」が、古稀(こちら も「古希」の表記が混在してます)を前にした「雪」との出会い以後、「そやけど…、待ちや…」の先がどのように語られ、そして閉じられるのか、今はあれこ れ申し上げず、息を潜めて「やへここのへに」待っています。
作家生活満五十年ですね、おめでとうございます。
心ばかりの祝いの品を一昨日発注しました。お届けは来週あたりになろうかと思います。  九

* すべてが「吉野東作という私人」の走り書き、書きっ放しの体ゆえ、表記の混雑など気にしていない。雑食型の素人の筆 者が、思うサマに何をどこまで書いて言い得られるか、終始一貫して文筆を職とはしていない男の「雑記」のまま。それが言いよどみも矛盾や記憶違いも自在の 狙いで、作者の意図でもある。そういう書き方、話し方の可能を探ってみた。単純な一人称記述ではなく創ってみた。
2019 6/15 211

☆ お元気ですか、みづうみ。
湖の本、ありがとうございました。この重厚な作品を読みこなす力があることを願いつつ、繰り返し読ませていただきます。

六日の記述に京都中央信用金庫の平林幸子 さんのお名前があったのに驚きました。勿論、直接の知り合いではありませんが、わたくしが時々読む京都のひとのブログに登場している方です。ご出世してい る有能なビジネスウーマンかつお着物大好きな方ということで、そのお着物姿をよく拝見していました。みづうみの後輩でいらしたとは! みづうみがご著書を お送りするような関係でいらしたとは夢にも思っていませんでした。インターネットの世間も広いようで案外狭いのかもしれません。先日も友人の活動を思いも かけないブログで読む機会があったことを思い出しました。

そう言えば、わたくし自身もよそさまのブログに書かれていたことがありました。お稽古関係の方のブログで二度ほど「セレブマダム」と表現されていたので爆笑しました。人間生きているとあり得ない誤解を受けることもあるものです。どうでもよい話ですみません。

じつは私生活のほうは慌しいのです。みづうみにメールもなかなかできずご無沙汰しておりますことお詫びします。メールがない時は、入院の母のことで疲れはてているとお思いください。

みづうみが奥さまとのご協力のもとに、選集や湖の本のご出版を続けていらっしゃることは、偉業と申し上げてよいことでございます。
お二人がいつまでもお元気にご出版をお続けくださいますこと、益々お幸せでいらっしゃいますことを心よりお祈りしています。   橙   橙の花や社務所の裏戸口  岡本圭岳

* ご無事と平安を願っています。
この人にもジェンダーの面からも、基督教と、性愛や結婚や女性の問題での感想や批評が聴きたかった。
2019 6/15 211

 

* 小松市の八代啓子さん、ちかごろのお能のお稽古や見学のことにあわせ、選集へご支援下さる。感謝。

* 九大名誉教授今西祐一郎さん、静岡大教授小和田哲男さん、評論家の小中陽太郎さん、所沢の藤森佐貴子さん、練馬高松の持田晴美さん、安曇野市の青柳幸秀さん、お便りを戴く。

* 国会図書館、神奈川近代文学館、「三田文学」編集部、山梨県立文学館、上智大学、作新学院大学から、「選集」や「湖の本」受領の来信。

* 読者がたご病気の報が相次いで、胸が痛む。ご平安を切に願う。
2019 6/15 211

☆ 秦 恒平さま
東(淳子)先生の病室からの帰宅中です。
秦さんのホームページのメッセージを病室で読みました。
東先生は大変感動され、「ありがとうございます。秦さんのお言葉を励みに頑張ります。」とのことでした。  岡田 祥子

* とにもかくにも粘り強く病気に立ち向かって欲しい。東さんの場合は、短歌という「言葉」の秘術がものを言うて欲しい。「沙石集」を読んでいるとしきりに歌詠みの徳が強調されている。和歌徳を活用し快復し元気になられるように。

* 夕過ぎて、金沢の金田小夜子さんのご主人の電話があった。機能障害が起きて、いま、リハビリにまで漕ぎ着け、療養中と。わたしの本のことなどなにも気に掛けず根気の要るリハビリに専念し病気を凌駕して欲しいとお見舞い申し上げた。

* ま、八十すぎた夫婦のお付き合いであれば、致し方もなく心身に故障を生じやすい年輩の方が多くなる。みんなみんな、ガンバっていただくしかない、我々もまた。当面、無事に酷暑をのりきりたいと願う。

* 墨画の島田正治さん、毎日自画像を描いていると。わたしより幾らか年長。
2019 6/15 211

* 新座市の詩人田中真由美さん、いつもの重厚な甘味「にいくら(新座)」を下さる。一つを四つに切った一片で十二分に美味しい菓子。感謝。
2019 6/16 211

* 作家の森詠さんから「選集」30へお手紙を戴いた。「湖の本」144も届いたところらしい。

☆  秦様
「湖の本」144号のご恵投、ありがとうございました。早速「オイノ・セクスアリス ある寓話」を拝読しておりますが、感想や批評を拒む、秦様の執念の 叫びが感じられ、しばし、感慨にふけりました。『鍵』、『瘋癲老人日記』や『眠れる美女』に匹敵するような小説作品の完成を期待しております。次号も楽し みです。     持田鋼一郎拝  歌人・翻訳家 元・編集者

* ことにこの第一部は、男女人間の「性」「性愛」「性行為」にかなり多面的に、口調は雑談風だが、よほど突っ込んで踏 み込んでいるので、よほどの読書人でもなかなかまともには向き合えまいと思っている。エロ小説と読むほどの人がむしろ多いかと思い、そこを揺るがしてみた いと考えてきた。

☆ 昨夜帰宅すると、
ポストに「湖の本 144号」が届いておりました。
先日「選集第三十巻」を頂戴したばかりでございましたのに… 重ねて恐縮でございます。 嬉しく、有り難く…手にしたまま、しばらく玄関のあがり框で思案して… すぐに頁を開いて、読みたい気持ちを抑え… 読むのは日付が変わってからと決めました。 それは「選集」を読みかけていたから、というばかりではなく… 六月十五日は、たまたま誕生日にあたり、お休みの日でもあったので… 一日をかけて『先生の新しい作品』を読んでみたいと思ったのです。
誕生日を祝ったり、特別な事をする習慣は無いのですが… 新作を拝読できる機会を頂戴し… この上ない賜り物と感じられました。
今日の一日をかけて、ゆっくり読ませて頂きました。 そして、感じたのは「(白い)光」でした。
太陽の光は、色がないように見えますが、そう目に映っているだけで、実際は無数の色が重なって白に見えているのだと教わりました。
御本を読み進めながら感じた「無数の色」とは…
一つには、先生が生涯をかけて読みついできた、膨大な量の本の数々。もう一つには、先生ご自身がこれまでに書いてこられた小説・エッセイの数々。
その膨大な量の一つ一つが、それぞれに無数の色を放ち、重なり、白い光となって輝いている。 太陽の光が遍く「モノ」を照らしている。
そして、照らされた「モノ」の背後には、影ができている。
そんな風に感じられました。
その重なった量が、どんなに膨大であっても、先生おひとりがなさっていらした事なので違和感なく重なって、光となって届くのです。
また別に、時の流れを感じずにはいられませんでした。
もう、ずいぶん以前 「朱心書肆(しゅしんしょし)」の三宅様より、それは美しい装丁の『四度の滝』をわけて頂き、今も大切にしています。 『オイノ・セクスアリス』を今、読む時… 重なった年月を感じます。
まだ、だいぶん若かったあの頃、気が付けなかった事があったのだと。
「ユニオ・ミスティカ」とは、「性の交わり」をあくまで美しく嬉しく「生きて死をすらわかちもつ」即ち「相死の生」にほかならん  そう、書いていただい て… 白い光にさらされた心地して… ようやく気付くことができました。
また、キリスト教(とりわけカトリック)のきつい「女性蔑視」を、鎌倉新仏教・老子・ギリシア神話・ローマ神話・シシリー地中海沿岸の大地母神信仰・ヒン ズー教・タントラなど、他の宗教や信仰心と比して語って下さった事で、すこしく理解がいきました。 とは言え… 先生がお書きになっている事の深さには、到底たどり着くことなど望めないのですが…
先生の御本を読む悦びは、読みかえす度、前には気付けなかった事を見つけられる。
そして、作品を読み終えた後には、浄い水に漱がれて、清らな心持ちになる。
お陰様で、佳い一日を過ごす事ができました。 ありがとうございました。
梅雨時、体調を崩しやすい頃。 奥様は、この時期より一層お大切にお過ごしになられます様に。 ご健康をお祈り致しております。 京・鷹峯   百  拝

* 二部、三部へむけて 「性愛」と「愛」とは重なり得るのか、延々と読んで下さる方は、かなり惘れもされるだろう。あだ疎かには書かなかったつもりだ が、叱正や叱声も受け容れねば成るまいか。ただ、こんな作は 他に誰も書かない、書けなかったろう。鷗外先生に、衷心、感謝申し上げる。

☆ 秦恒平様
湖の本オイノ・セクスアリス第一部、受け取りました。
いつもありがとうございます。
パラパラとめくり 拾い読みしています。
私は女ですから、何でも男並みにといっても、性のことだけはお互いのわからないところがあり、それは当然だと思っていますし、そういった視点でこのご本は興味深くあるのですが、そこまで読む力が、今は回復していません。

「清水坂」の方がどんな内容かは想像もつかないのですが、 (中略) 三世代、二家族がひしめいているなかでの一人っ子だったせいもあり、中高も今出川 の同志社女子だったせいもあって、いつも”家のあたり”に友達がおらず、子どもの身でありながら、観察者としての”ませた”視線で周囲を見ていた気がしま す。
寒い日があり、暑い日があり、どうかお身お大切に。  2019/06/16   杉並区   藤

* 「生い立ち」などに触れたらしい創作らしき文章『のぎく』をファイルで送ってみえた。京での地理などにも私の「清水坂(仮題)」と内容がもし触れ合っては困るので、自作が仕上がってから読もうと思う。

* 「私は女ですから、何でも男並みにといっても、性のことだけはお互いのわからないところがあり、それは当然だと思っています」と「ぱぱら拾い読み」したとあるのは、ごく尋常の「女」の人の思いだろうナとも思う、「男」もそうかも知れないが。
この作では、「老いの」という視座をおき、「セクスアリス」「ユニオ・ミスティカ」を男女文化としても考えたが、独り合点が過ぎているかも、なあ。

* 「藤」さんと同じ京大卒の「尾張の鳶」さんには、「三部通して読後に」感想が聴きたいと伝えてあり、今日は、懐かしい「高台寺」の写真をたくさん送ってきてくれた。感謝。
高台寺から清水三年坂へは、一本道。『みごもりの湖』では、朝日子も連れて夫婦で散歩の途中、名ばかり丹波の壺を古物の店で買ったり清水焼「鬼の面」に 驚いたりしたのが「書き出し」であったかも。月釜がかかると茶室時雨亭へも通った。「高台寺」は、『雲居寺跡 初恋』の舞台、そして現在でも『初稿・雲居 寺跡』の仕上げがわたしの宿題になっている。
壮絶なほどの大竹藪は 私の愛してやまない、清閑寺陵奥の景色であろうか、『冬祭り』の恋しさを思い出したが。ありがとう。

* 高台寺だけでなく、ナーンと近江の石馬寺へまで脚を伸ばして貰っていた。なんという、懐かしさ。初めて石馬寺を訪れ、庭の見えるお部屋へあげてもらい ご住持のお話を伺ったのは、何十年の前か、むろんわたしは会社員・編集者としての出張を利してあの石段をのぼったのだ、また小学生の建日子を連れてもでか けた。あそこへ行けてなかったら、「名作」までいわれたわたしの代表作「みごもりの湖」は書けてなかったろう。
「尾張の鳶」さん、京の出町菩提寺の「秦家墓」の現状も写真で送ってくれた。墓碑は綺麗だが卒塔婆はみな荒れている。少なくも、わたしの古稀いらい、十 余年は躯が許さず、掃苔すら出来ていない。建日子に寺と墓のことは依託してあるが、彼も目下働き盛りの忙しさ、かなしいことに頼むに足るお嫁さんがいな い。
2019 6/16 211

☆  秦先生、お変わりありませんか?

後期高齢者になったとたん、転倒しました。

早朝の散歩中つまずき、二車線の真ん中付近からたたらを踏んで、反対側の歩道奥のガ-ドレ-ルに顔をぶつけて止まるという、脚力の衰えと全身の痛みを痛感するできごとで、拝領の「選集30」や、「湖の本144」の御礼の遅くなりましたことを、深くおわび申し上げます。

取り急ぎ、家人に頼み、144巻の代価のお振込みをさせていただきます。

老いるとは、なかなかにタイヘンなことでございます。しばらくは落ち着いた読書もままなりません。

とんだ醜態。

お体ご自愛下さいませ。   都

* いつ自分も遣りかねないとと、用心ししている。家人等も気を付けよと言い続け、自分にも言い続けて暮らしている。

* 「湖の本」144へ支払いが入って来つつあり、二、三部はご不要の方はハッキリ仰有って欲しいと挨拶を入れておいたが、今日の送金用紙にはその旨の障りは なかった。有り難いことではあり。しかし次を考えて配本しなくてはならない。売り本にはどうかと遠慮している・随意に喜捨願うことになるか、なにしろ「湖 の本」はいま完全に赤字を承知のママ出版し続けている。難しいところである、思案しつつ「湖の本144」の様子を暫く眺めたい。

* 講談社の天野敬子さん、全巻読みおえてから感想をと、過分のご支援を頂戴しました。恐れ入ります。
2019 6/17 211

☆ 感想私信
リーアン・アイスラーの「聖杯と剣」を読みました。
女性原理社会から男性原理社会への移行による男性支配社会の出現・運営への不満と将来への改善策でした。
私見ではキリスト教団と言うのはイエス死後の相続権争いでできた教団のことでしょうから、男性使徒の女性信徒への嫉妬、恐怖による女性支配がテーゼになるのは当然だったのでしょう。
中世のカタリ派虐殺にしても、法王庁のやっかみと自らの不品行の隠蔽のための八つ当たりでしょうから、地球の歴史を有史以前から鳥瞰的に眺められれば 「一夫一婦制」も違う形態をとったことがあるのでしょうし、これからも、いや今でも制度の意識の中で余裕をもって性生活を満喫している男女はたくさんいる ことでしょう。
荷風さんのように結婚せずとも多くの女性に「一悦」を求めて生き切った散人もいました。
と、老耄のとりとめのない脳内整理はこれまでにして、
「オイノ・セクスアリス」では鴎外、荷風に連なる慷慨作家の系譜を垣間見ました。
全編を読んでいないので感想も上っ面の見当違いになりますが、歌舞伎の十八番を好きな一幕のみ繰り返し味わうように「性愛交歓場面の所作」に我を忘れました。読み終わって部屋の空気が変わっているのが不思議でした。スカッとしました。
「雪」さんは「濹東綺譚」の「お雪さん」や「細雪」の「雪子」を絡ませて私の脳内で動いていたのかもしれません。
元東大学長の「伯爵夫人」の味気なさに比べても、改めて秦さんの文体の美しさが醸し出す悦びを感じました。
「ほんもの」「似せもの」論も、井筒俊彦さんの「形而上体験」の無い「形而上学」は無いを思い出しました。
「ほんもの」を知ってる老人に贅言を費やしてもらって、その一端に触れてみたいのが今の私の愉しみです。「似せもの」に老いの繰り言を積み重ねられても「ほんもの」ができるわけじゃあるまいし。
秦さんのように わざと老耄ぶりを文章化するのではなく、 支離滅裂、独断偏見の本当の耄碌感想をお笑いください。
続篇を愉しみにしております。  野人

* まだまだ先でどう「落っこちる」か知れないので多くは語れないが、どうなりますやら、私自身がどきどきしています。見て見にくいものごとをきびきびし た文章と化して提供して行くのが作家の作品のお役目であると思っている。選集は月明けに出来てくるが「湖の本」ではどう早くてもあと二巻を送り終えられる のは八月中頃かなあ。男性には男性の、女性には女性の厳しい叱声がきかれるだろう。
ちなみに、『オイノ・セクスアリス」という標題を献じて下さったのはこの読者である。「伯爵夫人」とあるのは<私、なにも識らないが、わけもなく妙にドキッとしました。

* 小滝英史さん、銘柄のお酒二種下さる。感謝。

☆ 竹藪は高台寺の
傘亭、時雨亭から下る道に。風強い午後、うねり騒いでいました。
今週はグループの展覧会があり、今日は介護。  尾張の鳶

* 『雲居寺跡 初恋』を書いた昔が懐かしい。坊さんに叱られ叱られ好き勝手に境内を経めぐっていた。「吉野東作」氏、あの傘亭多く向こうに奥さんとの二階の「寝どこ」を造っていた。京都という風土には美味しい御馳走が満ちあふれている。
展覧会への出品も介護も、御苦労さま。
2019 6/18 211

* 新潟、村上、山形地方の激震を悼む。こわいことだ。

* その山形の芦野又三さんから、もう何十年来、桜桃忌の耀くような「桜桃」がたくさん贈られてきた。有難う存じます。

* 桜桃での祝杯には、吉備の人に頂戴したとっておきの名酒「獺祭」二升の一升瓶を明けた。じつにうまい。
わたしが『獺祭』を称えるのは、何といっても、「純米」山田錦の「磨き」が「三割九分」という、とほうもない超精米であること、むろん醸造用アルコール での「味付け」を全くしない「大吟醸」であること。むかし、子供心にも大人が、特級酒、一級、二級酒という云い方をしていたのを聞き覚えてきたが、『獺 祭』は「超特急の吟醸」なのである。むろんほかにも多くこのような純米大吟醸酒がある。日本酒は、醸造用アルコールという混ぜモノをしない限り、世界に誇 れる超級の清酒であり精酒である。
記念の桜桃忌に獺祭で山形の桜桃が戴けたとは、最高! です。
この勢いで新作の長編を突貫したい。
2019 6/19 211

 

* 「湖の本144」 オイノ・セクスアリスの一部へ支払い分が来始めているが、二部三部は不要の方は仰有って欲しいと言って置いた。二割あまりは忌避さ れそうな成り行き、数字は予想通りだが、受け容れて下さる人と忌避される人とには予期をずれたものがある。とても大事なテーマ、主張をふくんだ、とても誰 にもよそ事であり得ないことを扱っているのだが、そうは問屋が卸さないのは致し方ない。二部、三部を楽しんで待つという読者の多いのを、ちからづよく感じ る。おそらく結末への展開を予想し得ている人は、あるまいかと思っている。何にしても、二部も三部を「湖の本145・146」として用意しなくてはならな くなっているが、売り物にはしたくないと。
2019 6/19 211

☆ 拝啓
「秦 恒平選集」第三十巻を、ありがとうございます。
「文学と文学者を読む」 まずは多少なりとも自分でも判るかも知れぬ作者からと、小林秀雄、上田秋成とピックアップして読み始めました。「書くこと」が 「考えること」になっている小林秀雄の執拗な繰り返しの指摘に、しばらく読んでいなかった小林秀雄の読後感を思い出し、また上田秋成の「人は人としてなま なり(四字傍点)、鬼としてもなまなりの中途にさまよう」、「無残なのは秋成であるよりも、私であろうよ」との結びに、久しくお目にかかっていない、秦さ んの有難い言葉を耳にしたような気持になりました。最高の読後感です。
末筆になりましたが、『限界病院』をお読み下さり、ありがとうございます。秦さんに気にかけていただけると思うだけで勇気百倍です。 敬具  久間十義  三島由紀夫文学賞作家

☆ 梅雨どきの
生け垣を這う蝸牛に風雅の趣あり。 「湖の本」144ありがとうございます。たしかに拝受いたしました。
「紙碑」としての長編三部作を心して、耳を傾けたいとおもいます。
創作、執筆、出版を重ねながらの加療におつとめだけに、その心労いかばかりかと拝察します。くれぐれも御自愛下さい。とりええずお礼まで。 京・山科   俊

☆ いつしか
梅の実も黄ばんでまいりました。「湖の本」第一四四巻 ありがとうございます。
相変わらずのご健筆ぶり、お喜び申し上げます。これから心して読み始めます。
老いとセックスは、実に切実な問題で、多くの人に受け入れられるテーマと思います。
梅雨の真っ直中、くれぐれもご自愛専一に願います。  元・朝日記者 エッセイスト  敦

☆ 透き通る青い空を見ると、
学生時代のある光景を思い出します。
天候不順ですが、お元気ですか。
この度は、『秦恒平選集 第30巻』および『湖の本 第144巻』をお送りいただきありがとうございます。『選集』は、宛名書きを直接書いていただいているのを見ると、いつも申し訳なくありがたく思っています。
小林秀雄の項、納得して読みました。
また川端追悼の「廃器の美」は、<死なれた>と使われた最初ではないか、と思ったりしました。一度調べてみたいと思います。
このように纏めてくださると便利になります。
また『湖の本』では直筆のコメントを添えていただき、距離がずっと近づいた気分になります。刺激になります、ありがとうございました。
先に、「蝶の皿」論を書いて例のところへ送りました。ほんとうなら『冬祭り』に行く予定だったのですが、十分の体力がなく、前回の「或る雲隠れ考」のイメージを引きずったまま「蝶の皿」へ、また妖しく惑わされてしまいました。
先生 どうかお身体大切になさってください。   奈良・五條  榮

* 小林秀雄についての一文は、わたしとしても、やや「会心」の心地でいる。読んで下さったのだろう、まだ勤め先にいたある日、会社の受付へ、「小林秀 雄」名刺に「秦 恒平様」と自署されて当時評判の大著『本居宣長』が、人手を介し届けられてきたときの嬉しさ、忘れられない。一度もお目に掛かったこともない。
同様のことが、井上靖について初めて書いたときにもあり、びっくりした。亡くなるまで永い御縁がはじまった。
『選集30』の七十数編の文章中でも、巻頭の「虚像と実像」のほかにとなると、上の二編にはっきり自信があった。巻は異なるが潤一郎の「夢の浮橋」論、漱石の「こころ」論を大事に思ってきた。
評論は、把握と表現とで興趣深くかつ内容の正しいことが必須とわたくしは思い続けてきた。

☆ 拝復
ご高著「湖の本」通巻第144巻『オイノ・セクスアリス 或る寓話』第一部を ありがとうございました。少しずつ読み進めておりますが 谷崎潤一郎の晩年の小説にも通じるように受けとめております。今後ともご指導くださいますようお願い申し上げます。
長雨の季節を迎えておりますが くれぐれもご自愛のうえお過ごしくださいますようお祈り申し上げます  かしこ   山梨県立文学館

* 谷崎先生晩年作、たとえば『鍵』は、国会でさえバカげた声が舞った。最晩年には『瘋癲老人日記』があり、すこし早くには『夢の浮橋』もあった。谷崎作 の世界に尻込みし、また悪罵していたフツーの読者の声はよくよく聞いたし、それはそれで谷崎世界とは縁無き衆生であっただけ。しかも谷崎先生の世界は練達 の物語世界であり、論や攷の性格は淡い。
わたしは、昔から小説を用いても論じ究求したいものを平然と作の中へ持ち出してきた。『オイノ・セクスアリス』の吉野東作老人は、老いの精力を誇るべく 物語って出ているのではない、「生まれる」という受け身、「死なれる」という受け身、「もらひ子」という運命への悲と哀を通して愛と性愛との衝突を問うて いる。問い方はあるいは冷酷と謂うに近くもある。
谷崎先生の晩年作が私の念頭に無いはずがなく、しかも、どう、どこへ、そこから離れ得られるか、離れての世界が創れるかを、十年、考えつづけてきた。第一部だけでそれを推してもらうワケにはやはり行かないはず。
読者との久しい「縁」を大切に思ってきた。大切に思っている。

☆ 「オイノ・セクスアリスの生命力に感嘆」と小中陽太郎さん。「一葉について学び」、「長谷川泉先生にふれた二編がことに懐かしく」と 岩淵宏子さん来信。

* 東大大学院、早大図書館、法政大学、大正大学、久留米大学、首都大学より、また元岩波「世界」の高本邦彦さんよりも、受領の来信。

☆ おはようございます。今年も早や梅雨入りして不安定な気候が続いておりますけれど、先生にはお元気で執筆のご様子、何よりでございます。
先日新作をいただきました。そしてページを開いて、まずその文字量に圧倒されました。「命つきるまで書いて書いて書き続けるぞ」という先生の気迫が空から襲い掛かってくるようで、思わず身をすくめそうになりました(笑)
さて いただいた今作、結論から申しますとこれはちょっと私には高度な作 品だったようです。こういった作品を読むたびに、男性と女性の性や恋愛についての考え方には大きなひらきがあるなあと思ってしまいます。もちろん恋愛やそ れに続く性というのは、とりもなおさず「生命力の発露」であり、「生きる希望」なのだと理解はしているつもりです…。でも    ゆめ
* 前の三分の一だけで読み始めて貰ったのは、製作の作業としても経費としても余儀ない事ではあったが、わたしも残念。 感想や批評は全編を終えてから願いますと告げておきたかったが、こういう作は「読みたくない」という方の思いを封殺したくなかった。「湖の本」の購読者が 赤穂なみに「四十七人」になっても、それとても「私の文学生涯」と思うけれど、幸い、そうはならないだろう。感謝に堪えない。

* 作者は、老いた男の性を、男の視線でエゴイスティツクに書こうとしたのではない。むしろ出来るだけ数多くの、意識的な国内外女性たちの著述や言葉をなるべくよく参照しよく聴き取って書いてきたつもりでいる。
「男性と女性の性や恋愛についての考え方には大きなひらきがある」とは、ほんとうのことだろうか、また それが男性にも女性にも老いにも若きにも 「よい・いい」ことなのか という疑義を作者は今も持っている。同時に、愛と性愛との意味の「重なり」や「離 れ」は、男女を問わずきちんと洞見されてきただろうか、何がほんとうに自分には重いのかとも、わたしは問いかけたかった。

☆ 市場で
ドラゴンフルーツを見かける季節となって居りました。沖縄藝大に通っていた頃の仕事です。暑中見舞と手渡した人に ”こんな物自分の処に置いとけ ば”ー”お金を呼ぶ波動があるヨ”と何はとも角。思いついての複製 お送りし様と思い居ります矢先、先生より御恵送 毎々恐縮に存じます。
陳列を目前に今から祇園祭を料理し様と云う私、次は清流展、そして秋迄に二つの個展、かたわら二年半に亘るやけどの始末と昨年来の地震、台風被害の後始末とー 昨今 益々はちゃめちゃ余生です。ほっと一息ついた時 楽しみにはいどくさせていただきます。
予測の出来ない昨今の季候です。何とぞ御自愛ひたすらにー 先生の御健勝祈り上げ 有難うございました  合掌
秦 恒平先生   京・向日町    和   染織作家

* 今、私に大事なのは、次の長い新作を書き切ること。そのためには歩いて食べて健康を維持すること。分かってます、つもり。
2019 6/20 211

* 湘南の義妹から姉へたくさんな吸い物など送られてきた。食事の用意に苦心惨憺の妻をたすけてくれているのだと思う、感謝。

☆ 秦 兄
兄の労作に対する感想文は いずれ後にするとして、その第一部に接して、まず思い浮かんだのは 「本能」の二字でした。生きもの全てが先天的に持ってい る本能は各人各様の分類で千差万別ですが、万人が一様に「食本能」と「性本能」を挙げるのは生きもの全てに備わっているからでありましょう。
この二大本能による行為自体はシンプルなもので 人類も他の生きものも大差はありませんが、性本能は、他の生きものには発情期というけじめがあるのに対して 万物の霊長である人類は季節昼夜のけじめがなく意のおもむくままに交わる点でしょう。
これに次ぐ本能として 群生本能を挙げる理由は、食本能を個体の保持、性本能を種の保存のためとするなら群生本能は「おのれ」ひとりだけでは絶対に生存できないという宿命を持つからです。
最低この三つの本能は生きもの全てが持っていますが、万物の霊長に限って言えば 「願望本能」を挙げなければなりません。この本能は量質の違いはあれ哺 乳類にもあり、帰巣を願望と捉えれば願望本能は下等生物にもありますが、願望本能を「文化」を育み、進歩発展させるためと捉えるのは万物の霊長である人類 だけでありましょう。
文字の文化を例に取れば、猿や象やアシカなどが絵筆で図(ず)書(しょ)を描いたとしても 所詮は人間が仕掛けたパフォーマンスにすぎません。

この・・・したいという願望本能こそが人類のあらゆる文明・文化を育み、進歩発展させる基になっているのですが、その願望本能と性本能をコラボさせて生みだされたのが 兄の労作だと解しています。
この本能を文字文化に昇華させて生業とする作家の特権を羨ましく思うと同時に、凡人に才能や勇気の持ち合わせのないことが悔しくてなりませんが、仮にできたとしても稚拙な筆致の代物では、それを銭に替える術もありません。
しかし、この二大本能が人並みにあることは、食い盛りのガキの頃から食本能は大戦中や戦後の食糧難と相俟って全開の極限でしたし、性本能もまた銭湯文化 や近隣の遊里によって大きな刺激と影響を受け感性は培われました。受験期に肺病に罹ったのも、これらと無関係ではないはずです。

市電の知恩院電停前にあった古本屋には、借りるのを憚られる類いの本は店主に背を向けて盗み読みをしたりなど、随分と世話になったものです。
大学受験に予備校ならぬ病床で参考書に古文はクイズ紛いの□□だらけの西鶴や、英文はD.H.ローレンスやヘンリー・ミラーの作品などと読んだスティー ヴンソンの『ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件』の願望本能を 兄の労作にも見るのですが、兄は発表の年齢やジャンルは別にして、文人としての天命である 性本能というテーマを文字文化によって見事精緻多彩に表現し切って創作し、このたび万人に披露されました。
私はジキル博士とハイド氏の二重人格性を多くの為政者に見て、憤怒を『ハイド氏は2票方式で落選させる』と『ハイド氏は赤ん坊が落選させる』という選挙 制度改革案に昇華させて、兄たちのおかげでアマゾンから2冊の電子本にしたのですが、読者を法悦境に誘(いざな)う兄の労作と比べようはありませんし、水 を去ると書く「法」に関する本は まさしく無味乾燥で退屈な代物ですが、強いて共通点を求めれば、次元・程度は別にして 文字化による願望本能の披瀝とで も言わせてもらえるでしょうか。
しかし、いちばん大きな違いは、兄の労作は世に出た瞬間から その存在が万民に認知されるのに対して、当方の代物は成果を実証して世人に認知させなけれ ばならないのですが、残念なのは成果の実証を読者である有権者に100%委ねなければならないところに歯がゆさが残ることです。ただ私は 長い闘病生活で 「想像力は願望に勝る」というエミール・クーエの法則を良しとするオプチミストですから 歯がゆさは感じても悲鳴はあげません。

兄の労作が万人の涸れた心の「オアシス」として存在しつづけるように、私の二つの小冊子は今の世の荒廃し切った為政者の首のすげ替えを万民が自由自在になし得る改革案という点で、万民の主権奪還と言う大義名分だけは備えていると自負しています。
何よりも、気が滅入った時に安らげるツールがあるのは有難いことです。読書や音楽鑑賞は医療ミスや薬害による片目・片耳での楽しみ方ですが、不自由さは今はまだ最悪ではありません。
そんなことで、第一部で感じた一端を記して、畢竟、性本能と言う万物に共通の性(さが)を、続篇でどんなテーマをどのように展開させて完結させるのか(しないかも)と想像を逞しくしつつ楽しみにしております。
ただ、今の兄も 体力より気力が先行の状態でしょうから、奥さま共々くれぐれもご自愛専一を心掛けてください。 2019-6-21  京・岩倉  森下辰男  同窓

* 実に 嬉しいメール。白楽天がしきりに遠く離れた友への詩句をうたいやまない気持ちが分かる。ありがとう。頑張って生きましょう。

* 古門前電停前の「古本屋」とは、まあなんという懐かしいことを聞いたことか。秦の家から早足なら二分とかからなかった、この古本屋サンこそは敗戦後わ たくし少年期の「立ち読み」専門店であった。まああんなに立ち読みしていてもおばさんは黙っていてくれた。敗戦後にどったと出た新刊の雑誌「ロマンス」 「スタイル」などはまだ無難にめを剥く婦人誌だったが他にもやたらめたらに刺激的な変な写真誌が並んでいた。どきどきした。しかし、この本屋さんで
素晴らしい買い物もした、乏しい小遣いで。その超第一等は 斎藤茂吉自選歌集『朝の蛍』だった。こりと出会わなかったらわたしは歌詠みにはなれなかったろう。それから、使い古された英和辞典を買った。家に使いやすい規模の英語辞書など無かったのだ。
それともう一つは何度も何度も書いてきたユーモア小説、「心」という本を帳場の娘へもってゆき、本と題とを指さし指さし恋心を「本・心」「本・心」と訴えた青年の純情。あの作者の名(佐々木邦、か)を、今、ド忘れしているのが悔しい。

* 森下君は昨日、手紙も添えて、例の自編「懐メロ特集」盤も送ってきてくれた。これが、私、手近なラジオの操作手順を忘れてしまい聴けないというのが、 悔しいのである。ラジオ屋の息子で育ちながら、情けない。機械は難しい。建日子の呉れた機能優秀らしい小さいカメラもまだ旨く使えない。超ロートルのこの パソコンも気息奄々のままで、新品に替える勇気がない。なさけない。

☆ 秦兄
過日は労作を有難うございました。
きょうはお気に入りの歌手に出合いましたので、「感動の独り占めは罰のない罪」と常々口癖にしている通り、兄ご夫妻にも強要しますので是非ご一聴ください。歌手の名前は********で検索すれば懐メロがずらりとでてきます。
はじめて聴いたときは、どこかのカミさんが夕餉の支度をしながら歌っているのかなと思うような素人っぽい印象を受けたので、高音部や低音部は上手く出る かなと気を揉みながら聴いていたのですが、音程もたしかで癖のない楚々とした歌い振りに 聴くほどに魅せられて、ついつい20曲ほどつづけて楽しみまし た。
さて、どんな歌手かと検索してぴっくり仰天、なんと年齢27歳で身長158センチの合成音声のイメージ・キャラクターだったのです。八十路を過ぎた爺さんはヴァーチャルの歌姫の歌声に魅せられたという次第です。
例年、東京で開催の早大クラス会に持参していた手製の記念CDも、軒事役が自宅を出たら帰路が分からず迷子になることが屡々なのでご放免ねがいますと奥 さんからの連絡で昨秋かぎりでクラス会は自然消滅となり、CDの選曲作成の手間は省けたものの、ひとつ愉しみがなくなりました。毎秋、押しつけの被害を 被っていた学友たちも半数近くは逝き、生存者も五体満足なのは数名の有様です。
そんな状況下で、兄のバイタリティには脱帽するしかありません。
今度のこの労作は一見して コンビニで週刊誌を立ち読みする部類ではないので 性根をすえて読ませていただきます。
読後感はいずれお伝えするとして、続篇を楽しみにしておりますのでご記憶ください。
またメールいたします。 2019-6-16 森下辰男

* ラジオ 働いてくれんかなあ。

* なんとか機械めをごまかしたようなワケ分からずに音盤が鳴りだしてくれた。なーるほど、なんとも妙味 の女声ナツメロで、しびれる。いま「並木の路」を聴かせてくれている。この辺の音楽はすべて中学時代そして高校の青春に、しかもなお戦時の世情ともかぶっ てくる。「流浪の旅」に変わった。22曲。「誰か故郷を想わざる」は、丹波の山奥の疎開先で歌っていたのだ、半分泣きながら。
階下で、妻と、22全曲を時に感動し時に感嘆しつつ機械女声のいい歌を楽しんだ。ありがとう。

* 「湖の本」145『オイノ。セクスアリス 或る寓話』第二部の「あとがき」を書いた。明日にも、入稿の手順を踏む。やはり今日も疲労したが、森下君のメールなどに有り難く励まされ、相応に働いた。

* ノートルダム清心女子大、文教大、成蹊大から受領の来信。

* 読者のみなさんからも有り難いお便り多かった。二部と三部だけは辞退するという方も二、三。この際に購読もやめたいという方も数人、みなさん高齢であ り、年金問題の喧しい時とて、予期していた。満三十三年も「湖の本」が、相当な出血は負いながらなお毎巻一半の単行本並みの内容で刊行出来ているというの が、おそらく世界にも類が無いかしれない。感謝に堪えない。
2019 6/21 211

* 仙台の遠藤恵子さん、眼のさめる見事な大玉の桜桃二箱を美しく詰め合わせ、送って下さった。桜桃は、美しくて甘い桜桃は、この時季、とりわけ身に沁み嬉しい。ありがとう。

* 宮川寅雄先生のお嬢さんから、「選集30」へ懇切な礼状を戴いた。口絵には宮川先生に頂戴した秋艸道人の「学規」を掲げた。頂戴したお手紙が「絶筆」 であった。先生には、他にもいろいろ、やきものやお描きの繪など戴いている。お使いでいらした南島の土と窯で手づから焼かれた実に佳い 湯呑みも戴いている。昔は烈しい強い闘志でいらしたと伝説のように聴いていたが、わたしの存じ上げた頃の先生は温顔そのものの美術史学者でもあられた。
宮川先生、山本健吉先生、永井龍男先生等のような方によく声を掛けて頂けたわたしは幸せな若手作家であったとしみじみ思う。

* 府中市の図書館長斎藤誠一さんからもお手紙を戴いた。

* 藤森佐貴子さんお心入れのあでやかに多彩な「吹き寄せ」干菓子の缶も好きなお茶にまことに快く美味しい。亡き島津先生の『源氏物語放談』には、日ごろお世話になりつづけです。

* 雨。季節の便りと分かっていながら、雨が降るか、などと思っている。
むかし、祇園祭の頃には烈しい夕立を爽快に体験したものだが。
妻の従弟の濱靖夫さんすら、「湖の本」受領のメール。

* 池田さんに頂いた祇園会北観音山の色紙を間近に立てた。
2019 6/22 211

☆ 二十二日は夏至です。
「ォィノ・セクスアリス」を読み終えました、ふと思い立って(森鷗外作)「ヰタ・セクスアリス」を、70年ぶりに読み返してみました。少年のころ、おそ るおそる読み始めたものの、読後は全く予想外の感動を覚えたことを思い出しています。「オイノ・セクスアリス」の場合は、予想も読後感もほとんど変わらぬ ものでした。H.Pに記されている秦さんの気持ちは、しっかり受け止めています。秦文学の、というとちょっといいすぎになるかもしれませんが、「愛の讃歌 の集大成」と感じました(見当違いだったらお忘れください)。H.Pでいろんな方の反応を読むのが楽しみです。
文中に、「書斎」に「有即斎」の篆額を掲げたということが書かれていました。これは事実でしょうか。私は篆刻を貰っていただきましたが、篆額の方はどなたのお作か気になりまして。    一
実は、もう何年も前のことになりますが、福井に住む若い友人の「書斎」に刻字の扁額を差し上げたことがあります。彼はずっと詩や小説(私小説系の心やさ しい小説です)を書き、同人誌に発表したり、本にまとめたりし、その都度私に送ってくれています。ある時、自分の書斎をテーマに? した作品を載せた同人 誌が送られてきました。定年を機に家をリホームし、書斎を改めるにあたり、それにまつわるいろんな思いをからめた内容でした。そこに家の間取り図や書斎の 見取り図が挿入されていました。書斎は彼の雅号をそのまま名付けてありました。私は、以前、かれの著書のお礼に雅号の落款を彫ってあげたことがありました が、今度は書斎の見取り図から想像して、ここにどうかと、雅号を、手元にあった板に刻して、送ったのです。彼からは、ぴったりだったと受け取りが届きまし た。(ごめんなさい、よけいな話でした。)
閑話休題。 H.Pの六月は、白楽天になりましたね。陶淵明は結構頭に残っている詩句があって、うんうんとうなづきながら拝見していましたが、白楽天の方はあんり広く読んでいないので、興味深く拝読しています。
「萬里 朋侶  三年隔友干」 は、ちょっと胸のいたい詩句ですね。
「人各有癖 我癖在章句」
私は、秦さんの「癖」は嫌いではありません。『選集』の完成と、「オイノ・セクスアリス」の完結を、そしてお二人のご健勝を願っています。
追記 「湖の本」の振替用紙が見当たりませんので、受け取りついでにこんな形ご送金をお許しください。
6月21日    井口哲郎   (前・石川近代文学館館長 元・石川県立小松高校校長先生)

* 嬉しいお便り、ご厚情でした。
私の家は、仔ネコのふたりが加わっただけでてんやわんやの狭い狭い家で、それで「吉野東作」氏ののためには私からは羨ましくて堪らない家を 贈呈してや りました。「有即齋」はなんともいえず意味ありげに好きな私の勝手な三字ですが、頂戴した印は、本にも捺しやすく、また「東作」氏の腹蔵ともいささか、或 いはよほど響きあった三字と、御印を心情深く愛用しています。字形も好きです。

井口さんには 陶淵明の素晴らしい詩句を早くに板に刻されたという御作を戴いていて。これはいつも目に立つ場所に掛け向かい合っています。三行目「南 山」二字が胸にしみ入り、重ねておねだりをしてしまいました。この詩人に「南山」とは、私の若き日に小説に書いた「廬山」にほかならず、また陶淵明には必 ずや奥津城とすら自覚されていた二字、大事に思って、朱印も白印も愛蔵し愛用しています。
「倶會一處」 「帰去来」 「念々死去」 等、みな井口さんの温かい息を吹き込まれた文字と、いつも心して用いています。
私は 数えきれぬほど頑なに重苦しいコンプレックスを抱えて生きてきた男です。井口さんはじめ多くの方に支えて頂いて辛うじて大きく転ばないで済んできました。悠然と南山をみて残りの生を汲みたいと願っています。
御送金忝なく。恐縮です。

☆ 湖の本・秦 恒平 様
「オイノ・セクスアリス」拝領致しました。いつもながらのご厚意、有難うございます。(中略)抜き差しならず、小役人根性の汚濁に満ちた世界を見聞き往来する生活が続いています。そういう折であればこそ、御著の序文に触れ、感銘しました。
続、続々篇とつながるとか。それを楽しみに、この第一巻から第三巻まで、一世代下の無二の親友、私の『琅』を第31号から引き継いでくれている東京学芸 大学名誉教授・松村茂治氏に送付頂きたく、注文致します。本日、ネット送金を試みました。明日には届くと思われますが、送金確認された場合に、下記宛て送 付頂ければ幸甚です。よろしくお願いいたします。
私事ながら、いろいろ不快なことを味わい、ペンクラブを退会致しました。但し、研究・執筆活動は、これからも同様、ブログ欄を含めたホームページ上を中心に、最終コーナーを回るつもりです。よろしくお願い申し上げます。
ご健康とご健筆、心より祈念申し上げます。  宗内敦

* この七月二日には「選集31」として極く少部数非売の一巻本が出来てくるのを、宗内さんからの御呈贈本として松村さんにお送りしましょう。暫時お待ち下さい。

* 高麗屋さんから御中元が届いた。恐縮。
2019 6/23 211

☆ こんばんは  岡田祥子です。
先日いただきました秦さんのメールのお言葉を 東淳子先生にお伝えしたところ 先生からのご返事です。
「夜の眠れない時間に、人間の生死や己の歌の心を探り、歌のメモをどんどん取っています。
秦さんのお言葉を力に頑張っています。
何より 秦さんご夫妻のご健康をお祈り申し上げております。」

ギリギリをその人は生き一口の蜜柑の果汁に命うるおす
腕時計探しに入る主いぬ書斎の椅子の今立ちしごと
いぶき島四里向こうに見えそこに夕陽沈むを毎日見ると  岡田祥子

* 東さんに
夢のまもいのちは重くただ重くめざめて懐(おも)へ人とし生きしと
手にうくる重きいのちの目に沁みてよみがへる日をおもへ淳(しづ)かに  秦 恒平

☆ 今年また災害多き年の先触れ、地震地など 死者なきこと幸いなれどこの梅雨の季、被災の方々難儀嘆きつつ過ごしています。
ご大病克服ご執筆ますますお盛んなこと敬服いたします。
新刊『オイノ・セクスアリス』ありがとうございます。性科学のテーマたりうる「相死の生」、新作でのご展開興尽きません。ただ 書き出し南座観劇に始ま り これまで湖の本にてなじんでおりました秦さんの随筆 アタマにしみこんでおり、創作といわれてもとまどうばかり過激な描写が 著者の本意と離れて評判 になることもやと案じております。 一茶の七番*との符合に若き頃興じたこと思い出しました。
お揃いでお大事にと念じております。
万緑のなか一条の出水跡     周   神大名誉教授

* 作者と作中の吉野東作氏との「あはひ」を何となく抱き合いに浮揚させたく、また「オイノ」古稀から語り始めるにも幸便と、南座の顔見世で語りはじめ、 しぜん吉野氏が京都人で京都が世界であることを明示してみました。第一部は全部の三分の一弱の進行になっています。七月二日には「秦 恒平選集 第三十一巻」 作家生活五十年の新作として全編が纏まります。

☆ 拝啓
「湖の本」一四四 拝受いたしました。先般、選集第三十巻の後書にて予告なさいました『オイノ・セクスアリス』、心秘かに楽しみにいたしておりましたが、何と今回の「湖の本」にて第一部を刊行なされ、びっくりいたしました。恐る恐る頁を開いているところです。
拝受の御礼まで一言申し上げます。  九大名誉教授  祐

* 「湖の本 144」として「第一部」を先行させましたのは、「第二・三部」 145・146巻で完結とすることで、湖の本創刊・満三十三年記念の新作 としたかったからです。「湖の本」で大冊一冊は難しく、「選集」は限定百五十部の特装非売本で、私用の例外を含めても二百冊しか作れませんので。

☆ 「湖の本144」
ありがとうございます。  島尾伸三  島尾敏雄息 写真家・作家

* 深澤晴美さん ありがたい美酒を二種 送って下さる。感謝。

* 入浴前に 静岡の方でも地震と報じられた。無事を願う。

☆ 東(淳子)先生の病院からの
帰り道です。
短歌ありがとうございました。
紙に打ち出して病院に持参しました。
東先生は大変感激され、自分も短歌を頑張るとおっしゃっていました。  岡田祥子 2019 6/24 211

* ロサンゼルスの池宮千代子さん、電話で 「湖の本144」第一部を歓迎、続きを待つと。おおらか。
現に自身で小説を書いて送ってくるような人が、十年掛けた「老い」の新作の、三分の一をみただけで以降読まないという二人、三人のあったのには、ビックリした。縁無き衆生。

☆ 夏至すぎて
再びお忙しい日々が控えているかと察しますが、如何お過ごしでしょうか。
慌しい日々が続いて、先週は四日も街中に出かけ・・先日京の写真を送ったままになっています。
湖の本が届き、少しずつ読み進めていますが、皆様の感想も参考に、それでもまだ半ばあたりで難渋しています。誰にとってもテーマは重大で振り返れば人生 の大問題なのに、ましてや文学として真正面から取り組み書くというのは・・・!!! 興味から軽々によまれるのはどうしても避けたい事、と思われます。
鞍馬から貴船への道を歩きました。
午後から雨という予報もありましたが、いっそ暑さを凌げるかと思い立ち、鞍馬神社本殿から奥宮までの木の根道へ。八瀬の辺りから少しずつ窺える昨秋の台風被害での倒木はそのまま放置され、権現杉も無惨に倒れていました。
奥宮から貴船にかけては急坂ながら木立の清冽も楽しみました。
今、何故この場所か、それは昨年亡くなった友人の伴侶の方から手紙を頂いて、その中に療養の合間に訪れたであろう貴船神社の写真があったからでした。彼女は山歩きなど到底不可能だったでしょうが、わたしはどうしても鞍馬から貴船に行きたかったのです、彼女の分までも。
貴船は川床は今や外人観光客で賑わっていました。
奥宮の船形石を上方から撮りたかったのですが・・叶いませんでした。以前見た形を思い出して、いつか描きたいと思います、ひたすら想像して。
石馬寺は帰途に立ち寄りました。低気圧の通り過ぎた後で風が強く、石馬の集落に入るまで身体が吹かれ押されるほどでしたが、繖山の懐に入ると無風になり 静かな時が過ぎていきました。石馬寺への石段はいつもひっそり苔に覆われて、ひたすらひっそり。此処は長い石段が続きますが、その石段の幅も傾き具合も意 外なほど疲れません。(直角になっている新しい石の置き方ではなく、石自体が10度か20度の傾斜で並んでいます。)
本堂の入り口の小野篁作と伝えられる大きな閻魔様の濃い臙脂の顔、その向かい側に控える司命、司録。そして阿弥陀様、十一面観音、役行者などに取り囲まれて至福の時間でした。
勿論 繖(きぬがさ)山や金堂の集落など みな『みごもりの湖』の世界です。
夏至も過ぎて、夏はこれから。申し込んだツアーは催行されないと連絡があり、がっかり、さてどうしよう、個人旅行を楽しもうかと思いつつ、まだ何も決められません。とにかく夏の暑さに弱い鳶です。
くれぐれもお身体大切に、大切に。
東先生との短歌の往来、心に沁みます。
東先生の回復、お二人の安寧を祈ります。   尾張の鳶

* 自在に飛んでいるような鳶が羨ましくて成らない。いい便りを呉れるから許すけれど。鞍馬、貴船、石馬寺、 ああなんという世界だろう。『冬祭り』  『みごもりの湖』 いまも胸に生き生きと呼吸している世界。京、近江。妻と二人で乗った比良の秋へのケープルカー、前夜の鞍馬の火祭。
さながらにわたしは自作の小説をそののまま呼吸して生きていた。
東さんの容態は分からない。広い講演会場の狭い通路で行き違いながら言葉を交わしただけの歌人だが、歌集を介しての親和親睦は久しい。奈良の、なにか高層のビルの上の方で暮らされていたのではないか、泊まるところがなかったらいつでもお使い下さいと云われても居たが。
胸に沁みる歌を念じ歌いながら元気を取り戻されるように。

☆ 秦 恒平様
ご無沙汰申しております。
昨春に二冊目の拙著『浦島伝説の展開』刊行しました。お送りすることをひかえておりましたが、前著を熟読していただいていることもありましたので 遅くなりましたが、新資料も付して 私としては新展開を試みております。
お忙しい毎日とは存じますが お暇な折いでもお目通し下されば幸甚に存じます。
末筆ながら益々のご健筆とご健康をお祈り申し上げます。  林晃平 苫小牧駒澤大教授

* 林様
前年の大著が二た昔も前に想われます、新刊の実現を祝します。
頂戴して、大冊ながら、目次も後記も参照しつつ概ねどうどこへ到達されたか、まだ先が遠いかなど、あれこれ感じました。

大まかには、前巻を大きく抜いて新展開・発見著しいというのは、容易ならぬ現状と拝察しました、浦島太郎に「限局」しての追究では、やはりむりからぬことかと感じました。

うすぐらい私の推測にしか過ぎませんが、日本列島の河川池沼はともあれ、日本をとり巻く「海」の伝承や説話の蒐集と検討究明が、学会でも十分ではないのかなと感じています。
それらとの関連とともに「浦島太郎」の座標が、よりいろいろに組み替えられはせぬかなどとも、今回、ふと想いました。

ますますの御苦労に期待を寄せたく存じます。 お大切に。  秦 恒平

☆ 拝啓
梅雨の候 いかがお過ごしでいらっしゃいますか。
先日は、貴重な御本『選集30」を私にまでお贈り下さいまして 誠に有難う御座いました。(中略)
先ず巻頭写真(口絵)の會津八一の額に目を奪われました。素晴らしい作品をお持ちでいらっしゃいますね。昔、若い頃 お習字の先生に教えて頂いて以来、 八一の歌の大ファンです 目次を拝見すれば、もう亡くなった 以前熱心に読んだ作家の方々の名があります。本当に有難う御座いました。 気候不順の折り、 くれぐれもお大事にお過ごしなさいますよう お祈りいたします。 かしこ  川崎市  近藤和枝

* この近藤和枝さんは、三十三年まえ、わが「秦 恒平・湖(うみ)の本」創刊の、第一番目の継続購読申し込みの方、歴史的に有り難い方、である。お元気でいて頂きたい。

* やっと「選集31」送り先の宛名書きを始めた。局指定の何枚重ねもの用紙に書くのは、封筒に走り書きより何倍も手間も力も要る。捗りがわるいだけに、よけいに早めに用意を遂げておかないと、本の納品時に泡を食うことになる。まだ三分の一にも行かずにいて、草臥れる。

* 三分の二に近付いたか。筆圧を掛け、かし郵便番号が正確でないと戻ってきたりするが、こういう大事な数字に限って小さく、右目だけで辛うじて見えた り、拡大鏡でも読み取れなかったり。ま、編輯そして出版、郵送とはむかしから、そんなものだった。編輯・出版の仕事とは「雑用」そのものだとわたしは理解 していた。理解できない人の仕事は雑で、いやいや感がにじみ出る。

* ま、すこし休憩してこよう。
2019 6/25 211

☆ 「新しい長編も
所詮は感傷でした。」と書かれている。「おとなしい寓話」におさまったと書かれる『オイノ・セクスアリス』でしょうか。おとなしい寓話でしょうか?
「三十三間堂にも、泉山の戒光寺へも、平等院へも行きたい。」と。
東京から新幹線で、そして緩やかな数日を過ごされますように。良い季節に思い立って行動して下さい。
絵を描いていて、色彩に納得できず、今日は3回も塗り直して、その試行錯誤に疲れていました。漸く夕方になって少しだけ前に進んだようです。
台風になったとニュースは伝えていますが、降ったり止んだり、静かな雨の一日です。
どうぞ元気にいてください。   尾張の鳶

☆ おそい梅雨入りの翌日に
祇園會も間近。 「八坂神社・西楼門」の辺りの写真を送らせて頂きました。先生のご記憶の景色とずいぶん変わってしまわれているかと存じます。時の流ればかりでは無く、昨 年・一昨年と続いた大雨と大風が、大樹をかかえていた京都の神社や寺の姿を、すっかり変えてしまったと感じます。   西楼門を入った正面の「疫神社」を覆う様に並んでいた樟の大樹も、折れたり倒れたりして、昔日を知る目には痛ましく映ります。
モノやコトは、常ならぬ。そうと知ってはいても… 此の世の現実に、ついて行けず、息苦しい日々を送っています。
今年は、ずいぶん遅い梅雨入りでした。「天候が不順なのは、常」 この後に又、大変な事が起こらないよう願うばかりです。
どうぞ、くれぐれもお元気でいらして下さいませ。 京・鷹峯   百  拝

* 私の 感傷 の原点は、当尾の祖父母の邸で犬ころと地べたにしゃん゛んでいた(上記の)写真でも、戦中戦後の丹波の山村暮らしでも、有済小学校の五年 で送辞を読み六年の卒業式に答辞を読んだことでも無い、 原点は 八坂神社の西楼門の裏で、優しく力強く「背」を押して、「さ、ひとりで行きなさい」と励 まされた日に在る。意識も意嚮も自覚もあのときに点火された。

* 「百」さん、 ご足労掛けました、ありがとう。

☆ ‐追伸‐ 追加の写真を
先生に、わざわざお見せする必要はないかも知れないのですが…
一ヶ月ほど前に撮った、御苑の姿です。 今出川御門を入って、すぐの辺りの様子です。
御苑は「なるべく人為を加えず、植生の営みに委ねる」という方針だそうですが… 様々にもの思わざるを得ない姿に、心おだやかでは居れません。 ただ、その痛ましい樹々の足元には、鮮やかな緑の営みがあり、生きて行く事を励まされます。 四枚目の写真は、同じ日の、鴨川辺りの風にそよぐ葦を撮ったものです。
風の役わり。 先生の書かれておられた「花と風」を思い返して… しばらく川辺で時間を過ごしました。 少しですが… 前に進めたような気がします。 百  拝

* 大木も風に折れ、かそけき草も風に遊ぶ。
2019 6/28 211

☆ 秦 兄
憂鬱な季節が早く終わることを念じながら、遅々として進まない作業の手を止めて、兄の日録から「オイノ・セクスアリス」にたいする反響などを興味ぶかく 拝見しています。兄は文人として宿願の一つを達せられました。いまはその最初の一部しか知り得ませんが、その続篇にもまして、最後の ? 大作を大いに期待している一人です。
仮題の「清水坂」から日録の読者諸氏はどんな内容を想像し期待しておられるのでしょう。
京都の観光スポットの上位を占める清水坂ですが、私はこの仮題を最初に兄の日禄で見たとき、反射的に類義語として「奈良坂」が閃めきました。
京都人の兄なら 文人として、平安から鎌倉・室町時代にさかのぼる「賤民」に関心がない筈がないと確信しています。「性」と同様、この大きなテーマにも是非とも取り組んで頂きたい、否、取り組むべきだと私はおもいます。京都人の作家として。
もし、私の勘が外れているなら 酷な言いようですが、この難題に対して病身老躯に鞭打って作家 秦恒平の心血の最後の一滴まで注いで頂きたいとおもいます。
「遊女」「河原者」「乞食」等を快刀乱麻、どのような切り込み方でも結構ですから何としても最後の最後の力作として後世に遺してください。
そのためにも、日々じゅうぶんご自愛のほど。 2019-6-28 京・岩倉   森下辰男  少年期同窓

* 森下君は、わたしの仕事の一部分しか目にされてないので、わたしの多くの仕事の一貫した大きな主題が京都で学んできた「人間差別」へのつよい批判だと 気が付いていないようです。わたしの京都観や京都批評はもとより、小説「風の奏で」「冬祭り」「あやつり春風馬堤曲」「最上徳内 北の時代」「シドッチと 白石」 批評でも 『日本史に学ぶ』や中世論等々、仕事の大方が、人間差別への強い批判や批評の仕事なのです。それに気が付かない人は、秦 恒平は「美と倫理」などと云うてくれるのです。それもケッコウですけれど。
『オイノ・セクスアリス』も例外でなく、仮題『清水坂』は、全然例外であるどころか、作家生涯のカナリに辛辣な批評の物語に成るでしょう。京都生まれそだちだからこその仕事をわたしは最初から意識的に積んできました。出世作となった「清経入水」も当然の出発点でした。

* わたしの小学校は有済校でした。「堪えて忍べば済す有りと」と刻んだ石が校門内の草むらに埋もれていたのを知っています。学区のかなりの範囲が歴史的 な被差別地区であった日常と現実をわたしは少年の昔から体験的によくよく知っていて、だから、批評的な作家になったのです。近隣の粟田小学校区にもそうい う地域の含まれていたのを知っています。いえいえ、京都には実に広範囲に同様の問題があり地域が広がっていました。なんの、京都には限らないのです。忘れ ていてはならないのです。

* 森下君 「最後」ということばを何度も使ってくれていますが、私はまだ「最後」というより、まだ昨日今日明日の課題と心得ています。出来る限り、努めますから元気で観ていて下さい。
2019 6/28 211

* 珍しく阿生(あお=新聞記者)が妻へ寄越したメールを読んだ。ちっちゃな頃、よく両親と、わが家へ遊びに来ていた。可愛いいい子だった。建日子によく馴染み、建日子も可愛がっていた。
いい新聞記者に成った。記事もよく書いている、らしい。わたしは新聞の字がもう見えないので、妻から聴いている。
もう何年前か、久しぶりに大相撲の桟敷へ呼んで、妻と三人で本場所を楽しんだ。その帰り際にわたしは前のめりに座席の金棒へ額から落ち込み、カーンと高い音がした。医務室へ運ばれた。
阿生のお父さんとは、彼が平凡社の編集者時代からずうっと続いて親交あり、私の「選集」にも「湖の本」にも有り難い力を添えて貰っている。
2019 6/29 211

☆ 梅雨の候 お見舞い申し上げます。
老躯を励まし『清水坂』を登っておられるご夫妻への心ばかりの「差し入れ」です。夏越の祓に間に合うよう別便でお送りしています。ご笑納くだされば幸です。
丈さやぎ夏越の星の流れたる  三汀    京・山科  あきとし じゅん  詩人

* さすがに、疲れやすく、交替で 横になっている。食がすすまず お酒がすすむ。量は抑えているつもりだが。
2019 6/29 211

☆ 返信が遅くなり申し訳ありません。
澤田(=文子)さん(=大学の同窓 妻の一の親友)のことは自分も気になっていました。

3月に小包をお送りしたのですが、受け取られないまま返送されてきました。そして、その後もお手紙をお送りしたのですが、筆まめな澤田さんには珍しく、返信もありませんでした。

今回、メールをいただいたので、思い切って、今日、初めてお宅を訪ねてきました。

呼び鈴を押しましたが返答がなく、お隣の方にお尋ねしたところ、3月にお亡くなりになったとのことでした。
澤田さんとはいつも手紙のやりとりでしたが、非常にやさしく、あたたかく接していただいたのに、自分は何もできず、このようなことになってしまい、本当に申し訳ない気持ちで一杯です。
今はただご冥福をお祈りするしかありません。   京・伏見   森野公之

* 茫然…  妻には、わたしとちがい同窓の友の訃報を知らないのを羨んでいたが、音信が途絶えているのを案じ、「シグナレス」の親切な森野さんを煩わせて、かかる悲報を受け取ることになった。
2019 6/29 211

☆ 世田谷線は路面電車
昨日は午前から三軒茶屋へ。
沿線の立葵は、小雨に濡れそぼって尚、凛と華やいでいました。
この月末、小文二本を活字にしましたが、同人誌「群系」の特集は「八・一五の青い空 戦争と文学」。目次と巻頭言を添付しました。
冊子、よろしければお送りしましょうか。
夏越の今日は、曇りがちのようです。   九

* 「尚、」「凛と」と云うから、陳腐な説明になる。文学の「研究者」に、こうした悪文にちかい駄文を書く人が、けっこう多い。文学の「表現・文章」にかかわる専門家のつもりであろうに。
いまは目のためにも時間のためにも、当面「必用のない紙誌」の類は手にとっていない。新聞など何ヶ月も読めていない。楽しみたい各種「文庫」作品や「調べ」仕事のために視力を労り節約している。ニュースの類いは、仕方なくテレビかラジオで
2019 6.30 211

* ペンの堀武昭さん、ホテルオークラの涼菓を、箱根のテルさん、両 屋是清の和菓子を、京の橋染織家橋田有子さん吟味の塩昆布を送って下さる。ありがとう存じます。
塩昆布で美味しく、午、お酒が味わえた。良い塩昆布は実に美味い。
2019 7/1 212

☆ 拝啓  (前略)
『秦 恒平選集』第三十巻も愉しく拝読し、またいろいろと思い起こすこともありました。「太宰治に衝突」「太宰治 違和感からの出逢い」などから拝読しました。
「太宰治に衝突」初出の雑誌「太宰治」八号は、特集に井伏鱒二があって、友人なども執筆しました。
また「太宰治 ー 違和感からの出逢い」の「桜桃忌刊」にひかれて久しぶりに桜桃忌前日の十八日に禅林寺出かけましたところ、境内を掃除していた方が、 「明日は、いつものことだけど、煙草で大変なんだよ」って言いながら、太宰の墓石の周囲を掃き清める姿が印象的でした。御文章の末尾の「新稿」は読み返し ました。
「長谷川泉 毅い弓」のなかの『井上靖研究』は南窓社刊でしたが、南窓社の「二十世紀論究・近代文藝」の一冊でした。このきかくは三巻だけで終りました が、企画段階ではもっとあったように思います。江上照彦さんという方が、 私の篇をさせていただいた『女流文芸研究』が刊行されるように南窓社への橋渡し をして下さったことを思いおこしています。
「硬玉 長谷川泉先生」のなかで中野重治の「歌」を読まれたお話は、はじめて知ったことでした。
「永井荷風の写真」は、<随筆>の楽しみを味わいました。<随筆>のあるべき姿を見た思いです。最終行の「ウーン」はいつまでも残りそうです。
「繪とせとら私観」の「日本的という意味」「作品という意味」は、強く印象に残りました。
こんなふうに、書き続けてはいけないと思い乍らも、「井上靖 話情の詩人」、「円地先生、有難うございました」「阿部昭 批判的になつかしく」など等、一編一編に、多くの思いをいただきました。「円地先生、有難うございました」の玉稿で、芸術至上主義文芸学会の『円地文子事典』が意味ある一冊になりましたこと、深く感謝申し上げております。(中略)。
この数日、なんとも厭な天候が続いておりますが、どうかくれぐれもご自愛をなさいますよう心よりお願い申し上げます。  敬具    馬渡憲三郎   前・芸術至上主義文芸学会会長

* 深く心より感謝申し上げます。 秦 恒平

* 時間を惜しんで、創作へも気を入れ手をかけていた。明日から、躯を使って、頑張らねば。いい季候とは謂えない、周章てず、時間をあえてかけてゆっくり作業したい。
2019 7/1 212

* 中・高同窓の京の横井千恵子さんから、京の漬け物をいろいろに送ってもらった。
横井さんとは近所で無二の仲良しだった、内田豊子さんは亡くなっている。西村肇君も、三好閏三君も田中勉君も、亡くなった。大学の重森ゲーテも早くに。
死なれてしまった人たちのことが、しげしげと思い出される。
今日出来てきた本の長編小説も、割り切って謂えば、「死なれて 死なせて」というわたしの本の主旨を物語化したとすらいえようか。
今度の本の口絵には 表にも裏にも色の写真をしっかり入れた。「湖の本 第一部」で、老人のエッチな噺と先を予測し尻込みされた読者が、これら口絵写真を見たら、あれれれ、どんな噺かと驚かれるだろう。
2019 7/2 212

* 雨を聴く しとど。それも。やむ。

☆ 瀧のような
雨の中、御本を抱えて通勤。
昨夜帰宅後、夕食や入浴もそこそこに読み始め、仮眠を挟んで朝食前にも読み、急ぎの仕事だけ済ませて、あれやこれや思いつつ、先程読了しました。
「今は、とりあえずこれだけです。」 とは ヒロインのメールでしたね。  市川

* 第一信が届いた。感謝。 自分でも、作の始末のところを読み替えしてみた。ま、作者なりに納得もした。そうそうは容易く書ける、書けた小説とは思わない。半世紀、五十年 を書いて創って生きてきたと思う。

* 感謝
今巻 みな送り終え、ともあれ、手を離れました。

つぎは 清水坂で立ち往生しないよう、頑張らねば。 秦 恒平

☆ 発送作業、お疲れでしたでしょう。
暫く少しゆっくりなさってください。
先程 午後の配達便で選集が届きました。
第一部は既に「湖の本」で読んでいますが、第三部の終わりは、514ページ。すぐには読み切れません、ゆっくり読んでいきます。その最後の、
「ユニオ・ミスティカ=性一致の恍惚境は、まちがいなく在る。叶う。
だが、男女の愛、大きな愛には「その先」が、まだ有る。人と人の愛に、どんなに良い「性」があっても万能の通行手形ではない。・・
分かっていた。むごいと知りつつも。」
重い言葉を、繰り返し読んでいます。
吉野東作氏=秦氏と書けばお叱りを受けるかしれませんが、二重写しの人物として読んでしまうでしょう・・。
6月28日 の森下辰男氏の文の後に、秦文学の一貫した大きな主題は「人間差別」へのつよい批判であると書かれています。
京都を舞台にしたこの小説には 『風の奏で』と重なる部分があるのではないかとも・・
佐比の河原、西院、わたし自身も実際に歩いて さまざまに感じるものがありました。同時に『風の奏で』の終わりの辺り、河原灌頂を思い起こしています。
今はとりあえず、本を手にして、これから読みます。
今日は東京は強い雨が降ったようですね。こちらも夜中に降りました。
お身体、大切に、大切に。

書かれていました、九十老三人・・「京都からこっちへ引っ張り出したのを、つくづく、今、申し訳なかったと謝っています。」と。
どうしたらよかったのでしょう。長年生きた京都の地から剥いだと感じればつらいけれど、精一杯をなさったのだと思いますよ。   尾張の鳶

* ま、いつも「罪は、わが前に」あるのだが。何かしらは 久しい読者にはしかと伝わるのだろう。かつがつ 五十年を歩み続けた記念の作になったのかもと。
澄んできれいな焔を自身も感じ読み人にも感じて貰いたかった。誰もが、徹して此処までは書けなかったように書ききりたかった。さもなくては鷗外先生に申し訳が立たない。

* 選集三十一巻が長い書架一段の大方を占め、「小説・戯曲」等の創作が十八巻、論攷・批評・エッセイ等が十三巻が並んだ。
言っておかねばならない、『秦 恒平選集』の実現を率先して望んでくれたのは、妻の迪子である。「湖の本」だけでは、作品が可哀想と思ってくれた。「非売本」で、よくこれだけの特装美本 がと、不思議と案じて下さる人もあるが、たねを明かせば、是は東工大教授として招聘されたおかげで、就任から退任までの全給与賞与に一円の手もを着けず、 年金とともに、一口座に放りっぱなしにしておいた。「選集」一巻一巻には予期した以上の高額の支払いまた送料が必要だったが、幸いに、あと二巻、預金はす べて使い果たしても、義妹をはじめ、有り難い読者方おりおりの手厚いご喜捨やご支援も得て、なんとか、かつがつ払底しても赤字は、出てもごく僅かと思って いる。
妻は、昔々貧の極の頃に、乏しい貯金をとりくずして四册もの「私家版本」を造るのも賛成して、表紙の繪まで描いてくれた。この私家版本がなかったら、応 募とか投稿とかをまるで考えていない私に突然『清経入水』への太宰治賞とか、「新潮」からの原稿依頼など、ありえなかった。
選集三十三巻は、この時節に お伽噺のような豪華版になる。今時の出版不況、全集を出してくれる出版社など皆無だろう。
作や原稿を山のように書いて置いたからではあるが、かれらに「晴れの姿を」と。いわば希望し提案してくれた妻に感謝している。
2019 7/4 212

 

☆ 秦恒平様
本日、『秦恒平選集』第31巻をいただきました。ご好意に感謝を申し上げます。選集の着実な刊行には毎回のことながら驚きます。心身が維持されていなければどうにもならないことですね。今回も刊行が可能にされたことをお慶びします。
先日、『オイノ・セクスアリス』の第一部は『湖の本』で拝見していましたが、本日、始めから再読しました。先日は、第一部での問題提起(キリスト教批判を含む)の意図は分かりましたが、小説としての本筋の方はどうなるのだろうとの不安を懐いていました。
本日も、第二部を読んだ時には、ますます不安は高まりましたが、第三部を最後まで読んで、そうだったのか、と私なりに分かりました。
秦さんの小説が 最初から追ってきた少年にとっての「少女」の問題、「性」の目覚めの問題、「部落差別」の問題をその行き着く先までラディカルに徹底 し、そのことに、「私」(書き手が仮構する「私」)が老いゆく現実、身体的・性的能力低下の焦りとそれに基づく妄念を絡ませて、エロスとタナトスの徹底的 な相関関係を描いて見せたのだと。
それは美しく書かれた小説の「ネガ」(裏返しの現実像)を提示したのだと言えるかも知れません。見当外れの読み方かも知れませんが。

男女の性交の満足感において達成される「相死」は、相互の独占欲・嫉妬という「ネガ」によって拍車を掛けられるものであることも、よく描けていると思い ます。「ユニオ・ミスティカ」の完璧な非宗教化ですね。私は「ユニオ・ミスティカ」を最もいかがわしいものの一つと見ておりますので、秦さんによる「相 死」への置き換えはよく理解できます。総じて「神秘主義」は性的合一感情の少し上品な言い換えに過ぎないと思っております。
性のポジティヴな役割については、小説家の関心ではないと思いますが、キリスト者には気になることですので、一言書きます。
キリスト教が性の抑圧という大きな負の役割を果たしてしまったことは弁解のできない事実です。もともとはパウロが独身を貫いたように、「終末」の切迫感 に基づく性欲の抑止が起源でしょう。しかし、終末論に束縛されない時代の旧約聖書は性については、積極的な姿勢を示しています。男女が一つになることの祝 福は、それによって男女が一つの人格共同体に「変容する」ことにありました。男女が夫婦の関係になることへの憧れを率直に記した『雅歌』がそれを示唆して います。グリム童話などでもそうです。醜いカエルを王女が受け入れることによって、カエルと王女は「王」と「妃」という婚姻関係、新たな身分へと「変容」 します。人間は異質なものを受け入れて変容するのだというのが、キリスト教的ヨーロッパの基本的な人間感覚です。
それに対して、日本では(日本だけではないでしょうが)、「異類婚姻譚」での「異類」は結局、異類としての本性を暴露されて、人間の許を去るように、人 間は性的結合によって、新たな共同存在へと上昇できません。異質な他者を排除する今日の政治状況と同じですね。聖書は一つになった男女は両親の元を離れる こと(血縁としての「家族」からの離脱による「家庭」の建設)を命じています(創世記2章24節)。夫婦単位で行動する。その裏側として、新たな共同存在 にまで変容できない性的結合を評価しないということですね。修道女がキリストの花嫁になって、キリストと一体となるという神秘体験や「聖心」(the Sacred Heart)などは気の毒な変容願望です。
ありがとうございました。ご夫妻の平安をお祈りいたします。 浩   ICU名誉教授

* 心より感謝申し上げます。 ご批評を給わって 作が 幸せを喜んでいると思います。もっとも根底へ人間の 男女の 老若の 幸不幸の 信不信の問題を提起しようとした甲斐がありました。

* 更に様々な毀誉褒貶を得て 作がしかと起って呉れますようにと願います。有難う御座いました。

☆ 日々
大変お疲れの中、早々に選集、第31巻御送りいただき有り難う御座いました。体調等ヒヤヒヤと思っています。
私もわが身の治療に努力中です、日々の疲れがたまっている様です、が、頑張ってます!!其方のご両人様 日々お大事にお過ごし下さい、新しい作品楽しみです。  京・北日吉   華

* お二人の容態の平穏とご恢復とを願っています。

☆ 平安京
メールをありがとうございます。 このあいだ、送らせていただいた写真が、届かなかったのでは… と心配しておりました。無事におとどけできていたと伺い、安心いたしました。
安らかであるとか、平安ということばなどが、遠くにあるように思えます。
先生がおくってくださった「選集」は、今夜にはまだ届かなかったので… そのうち、を楽しみにおまちいたします。 おおくり下さり、ありがとうございました。
何だかからだもこころも自身のものでないようで… 先生がおっしゃるとおり「疲れを深めてしまった」のかもしれません。
それと、ご心配をおかけして…   地震は「村上」をゆらしましたが…親族や知己は無事でありました。 知り合いが無事であればよいというものでもありませんが… このところの九州の雨といい、心なみだつことばかりつづきます。
また、わたくしには「ジェンダー」や「フェミニズム」などの言葉にちかよるさえなく、ましてや批評などおよびもつかないことです。
わたくしはかたよった人間であり、そのうえ今は、何にもよゆうのない状態です。          こんな、言葉のられつのメールで、気のひけることですが… とりいそぎおつたえ申します。  どうぞ、お元気であられますよう、祈っております。    京・鷹峯   百  拝

* まさしくも余儀なくも人はそれぞれに苦渋の日々を負って歩んでいる。励まし 慰め 労ることさえも効無いかと嘆かれる。それでも 怺えて 踏み込んで 生きて欲しい。

* 昨日 ペン理事の同僚だった長田渚佐さん、最新で広告されている缶ビールをたくさん下さった。昨今は 妻もピールはやや好むようになり、有り難いことです。
今朝は、元朝日の、「湖の本」生みの親とも感謝している伊藤壮さんから「越乃寒梅」二升、上越市の光明寺さんからも「越乃寒梅」一升 頂戴。 感謝し、白楽天に聴く。
日入多不食 日入りて多く食らはず
有時唯命觴 時有りて唯だ觴(酒杯)を命ず
何以送閑夜    何を以て閑夜を送らん
一曲秋霓裳    一曲 秋の霓裳

* 小松市の八代啓子さん 金沢の名菓、美味しさで聞こえた涼しやかな「葛切り」を送って下さる。好きなお茶が美味しくなる。有難う存じます。
2019 7/5 212

 

☆ 平安京
メールをありがとうございます。 このあいだ、送らせていただいた写真が、届かなかったのでは… と心配しておりました。無事におとどけできていたと伺い、安心いたしました。
安らかであるとか、平安ということばなどが、遠くにあるように思えます。
先生がおくってくださった「選集」は、今夜にはまだ届かなかったので… そのうち、を楽しみにおまちいたします。 おおくり下さり、ありがとうございました。
何だかからだもこころも自身のものでないようで… 先生がおっしゃるとおり「疲れを深めてしまった」のかもしれません。
それと、ご心配をおかけして…   地震は「村上」をゆらしましたが…親族や知己は無事でありました。 知り合いが無事であればよいというものでもありませんが… このところの九州の雨といい、心なみだつことばかりつづきます。
また、わたくしには「ジェンダー」や「フェミニズム」などの言葉にちかよるさえなく、ましてや批評などおよびもつかないことです。
わたくしはかたよった人間であり、そのうえ今は、何にもよゆうのない状態です。          こんな、言葉のられつのメールで、気のひけることですが… とりいそぎおつたえ申します。  どうぞ、お元気であられますよう、祈っております。    京・鷹峯   百  拝

* まさしくも余儀なくも人はそれぞれに苦渋の日々を負って歩んでいる。励まし 慰め 労ることさえも効無いかと嘆かれる。それでも 怺えて 踏み込んで 生きて欲しい。

* 昨日 ペン理事の同僚だった長田渚佐さん、最新で広告されている缶ビールをたくさん下さった。昨今は 妻もピールはやや好むようになり、有り難いことです。
今朝は、元朝日の、「湖の本」生みの親とも感謝している伊藤壮さんから「越乃寒梅」二升、上越市の光明寺さんからも「越乃寒梅」一升 頂戴。 感謝し、白楽天に聴く。
日入多不食 日入りて多く食らはず
有時唯命觴 時有りて唯だ觴(酒杯)を命ず
何以送閑夜    何を以て閑夜を送らん
一曲秋霓裳    一曲 秋の霓裳

* 小松市の八代啓子さん 金沢の名菓、美味しさで聞こえた涼しやかな「葛切り」を送って下さる。好きなお茶が美味しくなる。有難う存じます。
2019 7/5 212

☆ 藤原龍一郎さん、過分のご支援戴く。篠崎功さん、本間久雄さん有り難いご支援戴く。

☆ 小中陽太郎さん、杉本利男さん、ご挨拶を戴く。東大大学院、三田文学、山梨県立文学館、受領の来信。
2019 7/5 212

☆  秦 兄
本日、お送りいただいた選集第三十一巻の重みをしかと両手に受けとりました。有難うございました。感想や感謝の念は読後に改めます。
七月に入り蒸し暑さに加えて選挙運動の車が日頃は閑散な通りを往ったり来たりと騒々しいことです。 恥を忘れた政治屋と怒りを忘れた国民が何年かに一度ポーズをとる行事になり下がった選挙を「主権在民」の政治にする選挙制度改革の狼煙を何としても京都の地からと焦燥しています。   1200年の古都には古くて新しい気風が漂っています。大戦の戦禍こそ免れましたが、京洛は為政者の権力抗争による乱で幾度も廃墟と化しましたが、その都度京都人の心意気で甦りました。

京都人は優柔不断と言われますが、何のなんの、ほんとうは正反対の勇猛果敢そのものです。それは幾多の戦乱をくぐり抜けてきた強かなバイタリティによるものです。

京都人の持つ雅と雑草のしたたかさ、つまり一見「らしくない人間性」を京都人は持っているようにおもいます。私はガキの頃から「らしくない」と言われてきました。学生の頃は学生らしくない、社会人になれば会社員らしくないと言って「変人」扱いをされてきました。
そんな私からみれば、兄もテルさんも同類のようにおもわれます。「類は友を呼ぶ」でしょうか。そう言えば、国民学校は勿論、弥栄中学にも日吉ヶ丘高校に も変人の先生方が多くおられました。校風もリベラルでした。私たちはそんな先生方の薫陶を受けて今日があるのだとおもいます。
弥栄、日吉ヶ丘で変人先生方の薫陶を受けて各界で名を遂げた人たちを同窓生の一人として私は誇りにおもいます。

 

オプティミストの私は、変人と言われても「変わった人」ではなく「変える人」と聞くようにしています。そんな人間性を育む京都が私は大好きです。兄たちもそうでしょう。兄の帰巣本能が、望郷の念が作品を通して一層その思いをつのらせ、掻き立てているのでしょう。
県人会や同窓会に集うのもその表れ。一見、グローバル化の時代に逆行するようですが、個の塊が結合して拡がっていく、これが真のグローバル化であり群生本能による文化で、これを受容して発展させていくのが文化人でしょう。
寿命は成人に要する年数の五倍とか。二十歳が成人なら百歳が寿命です。してみると私たちには最低でもまだ十三年の年数が残されていることになります。

 

先のメールで最後を強調して最後の大作をと書いた失礼をお詫びすると共に、十三年もあれば思いのたけは幾らでも言い表せるでしょうから、ただただ、ベストとは言わないまでも体調管理を奥さま共々心掛けてください。
次作の「仮題・清水坂」を楽しみにしながら 第三十一巻を堪能させていただきます。有難うございました。  2019-7-5 森下辰男
* 京都観 分かち合っている。貴賎都費を永く共有し、市民は保守にのみ流れず、新味に立ち向かい賞翫も育成も出来た。

☆ その後
御体調は如何ですか
本日「御選集31巻」頂戴しました 「湖の本 オイノ・セクスアリス 第一部」を頂戴して読み始めましたが これは「31巻」で一気に通読した方がよいのではないかと思つて中断してをりました 早速拝読します
それにしても既刊31巻を並べてみると その存在感に圧倒されます 秦さん以外に誰がこれをなし得たか 改めて敬意を捧げるしかありません いよいよあと二巻で完結の由 鶴首して待ちたいと思つてゐます 一層の御自愛を祈ります  寺田生   前・文藝春秋専務

* しばらくぶりに外出して、マオタイも身に沁みて ほっこりしてしまったよう。十時になる。

* みんな みんな 健康に 元気でいて欲しい、しみじみとそれを願う、そればかりを願う気持ちでいる。
2019 7/5 212

* 天野敬子さん、鎌田慧さん、島田正治さん 選集受領の来信。
2019 7/6 212

* 東近江の川島民親さん 過分のご支援にお礼申します。小田原の安東啓一さん、ご支援頂きました、感謝。早大図書館、都立中央図書館、受領の来信。
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☆ 昨日
(『オイノ・セクスアリス』選集本で=)読み終えました。
さまざま感想まとまらず。
書きたいこと、思い切り書くのが作者の在り方。
改めてメールします。   尾張の鳶

* 作者が踏み込んで書いた分、読まれる方はシンドイことでしょう。「選集本」の余分あらば製作費負担で欲しいという声が届き始めている。本は厚くて重いが、一気に読み通せて、むろん、その方が数倍良いにきまっている。

☆  秦恒平様

便箋が 手元にないので、さりとて買いにゆくこともできず、大腿骨骨折のひとり身では、どうにもならず、定期的に来る介護ヘルパーの来るのを待って、その人に頼んで町の文房具やまで買いに行ってもらうのです。

天涯孤独で、家族というものを知らない私には、賢夫人を持つ秦様は羨ましい存在です。

今回の31巻は (改めて、大冊をご恵贈賜り、ありがとうございます) 『オイノ・セクスアリス』(鴎外先 生の『ヰタセクスアリス』をもじったか) という通り、地味な国文学者という世評を笑うかのような セクシーな内容で、(とくに老人のセクシーは、若い純 情とは違って どろどろとしたものであり、それが博識の底に 濃厚に流れており) むしろ、私などに親しみ安いものでありました。

貴兄のは 能、歌舞伎の教養に裏打ちされたセクシーなどで、私など 井原西鶴ばりの泥々としたものとは違い ます。 戦後のダダイズムにまみれた 「老臭」 のするものです。戦中、戦後、私は永井荷風などに耽溺していたものでした。 私はいわゆる堕落(情痴)小 説などを愛読しておりました。

そんな訳で、あなたの作物は 対象的な興味を持って読んだものであります。お許し下さい。

それにしてはご高齢にして、尚、枯れない 秦さんの色好みには驚嘆いたしました。文学者はこういうものでなくてはならないのです。 いわゆる「文豪」谷崎潤一郎のように。

歴史学者の私は、いかなる場合でも クールでなければならないスタンスに縛られているのが時折、情けないです。 そういえば 谷崎も「ヰタセクスアリス」という作品を書いておりましたね。

付録の「黒谷」は 昭和54年ごろの追想であり、主人公・語り手の祖母、母たちとの人間関係が よく書かれ ており、現代風の能、狂言を読み進んで行くような感じを持ちました。三島由紀夫の「能楽集」とは、まるで違うものでした。暖かく、親密で、一家の血脈の流 れているのを 感じました。

以上 一読しての感想を 縷々述べましたが、 いつもながら尻切れとんぼの惰文で、これ以上の恥はかきたくございません。

まだツユあけ遠く 時節柄、どうぞ 御自愛下さい。 敬白 令和元年7月6日
94才老人  色川大吉  歴史家・思想家 東経大名誉教授

☆ 夏椿が、
盛んに咲いて、盛んに散って、隣家の庭まで白い輪をひろげています。お隣の分だけでもと、ちり取りに三杯捨てました。
咲くのはいいが、散るのはいやですね。散って錆色に変わっていくのはなおいやです。
第三十一巻が届きました。第三十巻も、『湖の本』144も、まだ机の上に置いたままです。
「黒谷」(好きなお作です)は、『湖の本』で読んでいますので、しばらく措いておいて、「オイノ・セク
スアリス」を拝見します。見た目は乱れていても、奥に芯がちゃんと通っていますので、その乱れ方もまた一興です。亂聲は無為な毎日を送っている私には、かえって心地よく響きます。ゆっくり読ま
せてください。
それにしても、冒頭のグラビア、こちらは一驚です。まぶしく眺めています。陶淵明の「南山」印顆は、白楽天をも介して、やはり平安文学がらみでの選択で しょうか。日々の私語、こんな形で読ませていただけるのは、ありがたいことです。そうでなければ、この先、白楽天を読む機会を持てなかったかも知れませ ん。秦さんには、レベルも幅もとうてい及びもつきませんが、私もわりかし雑読のほうなのでそれなりに読むものも回りに結構積み重ねてあります。(秦さんの 選集は本棚です。圧巻です。)
車庫の側面に、陽除け代わりに這わせてある凌霄花が咲き出しました。かたわらの苔に、点々と朱い花が散っています。これはそのままにしてあります。そこ に近くの神社から種が飛んでくるのか、小松がつぎつぎと芽生えます。雑草とともに抜くのですが、とんだ季節外れの小松引きです。
受け取りを兼ねてのごあいさつです。お二人ともどもお大事に。
明日は 小暑・七夕です。
井口哲郎   (前・石川近代文学館館長  元・石川県立小松高校校長先生)

* 咲いても枯れても花の匂うようなお手紙に感謝です。
「蔵書印」として吉野東作氏が愛蔵の印顆とは、作中でもう一度御出会い下さい、どうぞ。

* 藤澤の義妹 いつものように多大の応援を送ってきてくれた。ありがとう。嬉しく、深く感謝。

 

* 「人間の原点、言葉なく圧倒されております」と、京・鳴瀧の作家川浪春香さん、毎々の香り高いお心入れに添えて手厚いご支援まで戴きました。感謝。

* 愛知・知多の久米則夫さん、岩手・花巻の及川恵美子さん 過分にご支援下さる。感謝。

☆ 77年頃でしたか
出版された「誘惑」に魅了されて、秦さんの イタ・セクスアリス 読んでみたいと思っていたことがありました。
はからずもそれが読めるなんて夢みたいです。そしてこの選集本、ケースにピタリ。そんな所も秦さんの性格の一端でしょう… 心ばかりのもの(=佳いカス テラ一箱)送らせていただきました。しばし奥さまと憩いの時を持ってください。御礼 かたがた  東村山  写真家  近藤聰

☆ 今回の作品は
先生の より強い思いの深さを感じています。次作の長編小説も心待ちにしています。何かお役に立てるなら、何なりとご用命下さい。
季節の変わり目、くれぐれもお体お大切に。   愛媛・今治市  木村年孝  図書館長

* 現代文学研究家 馬渡憲三郎さん、岩淵宏子さん から選集31 受領の来信。

☆ 選集 第三十一巻
ありがとうございました。読み終えました。
むごい、凄まじい話であったと ため息をついています。
「雪繪」は 『初恋』の「木地雪子」の生まれ変わりでしょうか。
消えゆくをさだめと花火きほひ咲く     みづうみ

* 『オイノ・セクスアリス』には吉野東作という語り手の爺さんが仕掛けたややこしい仕掛けが野放図に隠されていて、この爺さん自身も生まれつき背負うたややこしい仕掛けに難儀に、悲しげに絡まれている。
まだ、今分は内容に触れてこの「私語の刻」に露わにモノの云いにくい物語なので、お手紙や長いメールで戴く褒貶の如何にかかわらず、この場での微妙な、種割りに繋がりそうな対論は避けておきます。
なによりも今の私は、次の「清水坂(仮題)」長編を怪我なく仕上げること。
2019 7/8 212

☆ 『選集三十一巻』を
お送り頂きましたのに、留守に致しておりまして… 一昨日ようやく受け取ることができました。手にとると、しらず捧げもち、しぜん頭がさがります。ほんとうにありがとうございます。              読むのを楽しみ(いつもの御本とは違った感覚で…たんなる「楽しみ」と言いきってしまえないのですが…)にしておりましたところ、急の報せをうけ新潟 に帰ってまいりました。落ち着きましたら、ゆっくり読ませていただきます。
このところ、なにも何も、余裕のない日々ですが… しっかりしなければ、と思っています。   此の世に生まれ、生かされているのですら、前に進んでゆかなければ、と思っています。  先生も奥様も、どうぞお元気でいらして下さいませ。祈っております。 京・鷹峯  百  拝

* らくらくと暮らし生きている人は、少ない。ご無事でと願うほか無い。
2019 7/9 212

* 東工大で教授室を並べ、騒々しくなにかと迷惑を懸けていたにちがいない橋爪大三郎さんから懐かしい便りがあった。今回の長編では、上野千鶴子さんとな らんで、橋爪さんの著書にも多くを教わった。それにしても教授室へひっきのなし学生達の出入りでやかましく、メイワクをかけたやろなあ。
元「新潮」編集長坂本さんにお手紙戴いているが、葉書に独特の走り書きちいさいペン字が、もうわたしの視力では読み取れなくなった。色川さんの字も小さかったが行間があり、階下の妻に読んで電送してもらった。

☆ 作家生活
50年ですか。 役者生活 60年をすぎて、 今年は病院に長いことです。そのくせ途中で、天草まで、映画とりにいって、 帰って来ても病院に置いてもらってあきれますが、ま、いいかと……私も終りに近いなあと  フフフです。
楽しんで読みます。
今は家にいます。家にいるより、それなりのところに入ってもらいた云うのが、本根(音)のようであります、まわりの人達のネ。
ありがとう、本。
身体、気をつけてね、奥様もですよ。 じや、   映画女優 原知佐子  大学同期同窓

* 大学二年で日活の新人女優で活躍、小林桂樹との「黒い画集」など印象に濃い。わたしたちが上京以来のずうっと仲良しである。元気でいて呉れよ。

☆ 文運長久
御健勝を心底からお祈りしております。
それにしても凄い。秦さんの作家魂、頭が下がります。どこから作品を書くエネルギーと着想が湧き出てくるのか……いま漱石(=猫が横に筆を使っている漱石の絵葉書に。)先生といえるのではないでしょうか。
感服しております。   神奈川。葉山   森 詠  作家

☆ 拝復 (前略)
十年もおかけになられたという長大な物語、興味深くも手強い題名に はてさてどのようなカオをして拝読いたしましょうか、どのカオもこのカオもないのですが、なかなかむづかしく畏れるところでございます
そういえば 以前 父(=宮川寅雄先生)の蔵書を整理した折、書庫の奥の奥にて (中略) しばし感慨があったことを思い出しました
これから拝読を楽しみにいたしております。
前便で申し上げそびれておりましたが、頂戴いたしました選集第三十巻 冒頭(=の写真)に秋艸道の学規(=宮川寅雄先生に頂戴した。)が掲げられてあり ありがたく感激いたしました
不順な日が続いております どうかくれぐれもお労り下さいまして お障り少なにいらっしゃいますよう願い上げます   御礼までに  かしこ    宮川木末

* 今度の作も「学規」と少しも逸れた姿勢では書いていない、どうも 表題にこだわられるようで。『生まれ、死なれ、死なせて、生きる』などとしても、 ちっとも構わなかった。それなら私小説を書いて済んだが、それでは作家として、50年の仕事に一矢をむいることは出来ない。

* 神奈川県立文学館から、受領の来信。

* 九時。眼 花曇りで、なにもかもアテずっぽうでキイを捜している。

* 久間十義さんから京の粕漬けを、中野完二さんから銘酒「やまと櫻」を、森野公之さんには吉富の雲竜と銘茶を、八坂中の昔の万年先生からは小倉山煎餅の大函を頂戴した。ありがとう存じます。
2019 7/9 212

* 沖縄の名嘉みゆきさん、香川の星合美弥子さん、さいたま市の出田興生さん、三鷹市の唐澤篤男さん、選集31に過分のご支援を下さる。深く熱く感謝。
東村山市の近藤聰さん、カステラに加えて銘酒「東村山」一升送って下さる。感謝。
京・山科の馬場俊明さん、口に合いそうな品を高島屋から送りますというお手紙に添えて、竹久夢二の絵葉書、小磯良平の「D嬢の像」(1962)を下さる。いかにもいかにもいかにも小磯良平の繪浸く示威把握と表現で、これは妻の手からわたしが巻き上げてきた。

* 故・阪大名誉教授「島津忠夫著作集」完結後の浩瀚な『残篇』一冊(私家版)を、お手紙を添えられご遺族の藤森昭・佐貴子さん、鄭重に送って下さる。編輯も刊行までも、さぞ御苦労であったろうと、お気持ちの熱さに胸打たれた。

* 練馬区の高本邦彦さん、船橋市の胡子文子さん、「三田文学」 「神戸松蔭女子学院大」からも受領の来信。
2019 7/10 212

☆ 秦先生
『秦恒平選集 第31巻』をご恵贈賜りありがとうございました。
青春の多感な時代に、鷗外の『ヰタ・セクスアリス』を期待しながら読んで肩すかしを喰らったことを思い起こしました。
10年を閲しての傑作『オイノ・セクスアリス 或る寓話』、簡単に “笑って受納”とはいかず 感想は追って…。
目下、クセノポンの『ソクラテスの弁明』を、プラトンの『弁明』と比較しつつ辞書と首っ引きでカタツムリのごとく読み進んでおります。
気候不順の折、お体おいとい下さいますようお祈り申しあげます。  篠崎仁

* わたしは今 さながら愛に捧げる演説集の『饗宴』を、何度目か、読み返している。むろん岩波文庫の飜訳でであるが。愛と性愛との難題に取りついて、ここ十年「オイノ・セクスアリス」を歩んできた。
いっしょに大学院へ進んだ大森正一君はプラトン学が専門だった。わたしが院を見捨てて上京就職結婚して間もない頃、早稲田での美学會に誘ってくれて会い に行った、園頼三先生、金田先生方ともお目にかかれた。その大森君、早くに亡くなった。美学で一の仲良しだった(と、わたしは想っていたのだが)重森ゲー テにも若くして死なれてしまった。ごく最近には同じ美学で一年下、妻の一の親友だった澤田文子さんが亡くなった。もはや避けがたく思い出はみな誰かの死へ 繋がれて行く。白楽天ででもそんな詩ばかり拾い読んでしまっている気がする。
今度の小説にも書いたが。
ただ「倶會一處」の四文字を刻むほか何一つ加えない小さなまるっこい石の下に、誰彼となく真実懐かしい人らやネコたちと、いつか、笑顔で輪を囲みたいものだ。それまでは、妻と、出来ればいっしょに百歳まで生きてみようと笑っている。

* じりっと先へ出たが。
すこし怖くなってきた。
2019 7/10 212

* 元・岩波「世界」で『最上徳内 北の時代』を書かせてもらった高本邦彦さんから夕張メロンの超大二顆を戴いた。夏には冷えたメロンがすてきに美味しい。感謝感謝。

☆ 拝復
『秦 恒平選集第三十一巻』 拝掌 有難く 厚く御礼申し上げます。
時が経って 今でもホームページで秦さんに会えている気になれるし、 『湖の本』やこの『選集』でも楽しめているし……こんなすごいことはない です。
「都の人はいいなあ」と感想しながら仕事に励んでいます。
天候不順 お大切にされてください  敬白     千葉市  e-OLD 勝田貞夫

* 練馬の持田晴美さん 静岡の鳥井きよみさん 多分のご支援 有難う存じます。
2019 7/11 212

☆ 秦 恒平選集三十巻ありがとうございました。
読ませていただき、これからお手紙を、と思っておりましたら三一巻 拝受いたしました。
まずは、三十巻のお礼を申しあげます。
藝術についての論考に あらためて 沢山のことを教えていただきました。
「おくのほそみち」を読んでおりました折、
芭蕉の感動している歌が 実は西行のものでないという解説に なんだか興ざめしてしまった記憶が 私の中にありました。
今回 先生の
「芭蕉の思ったような西行の漂泊であったとは限らない、…芭蕉の『言葉』に生きた西行の像は 虚像のままに或る歴史を積極的に実現した精神そのもの……」
に、 そうなのだと嬉しくなりました。
藝術が 時代の流れと共に変容してゆく様子を目のあたりにしています。

「黒田清輝の繪に古びが見えるのに較べ、淺井忠の方が日本の四季と交流した抒情故に、絵画としての真価を顕わしている」
という御指摘に京都で学ぶことのできた喜びをかみしめています。「知性の深い参加に負うてきた美術」の意味について 淺井忠の試みた意匠の数々が語っているような気がします  子規が写生の裏側に隠した「こころだくみ(=趣向)」が見えてくるような…
東京で小説に取り組んでいた一葉と、京都で繪を描いていた松園が同時代人だったとは驚きです。一葉は昔の人、松園さんは今日につながる上村家のお人…… 太宰治や井上靖「猟銃」「通夜の客」のヒロインつながりなから、手のある人、手に技を持つ女の凛とした強さが私の憧れでした。
「画は漢字であれ、かなであれ、線の藝術を成してきてそれへの尊敬や崇拝がおのずから。画中の線精神を振起してきたという歴史がある」
を読ませていただき、かつて(大学へ=)教えにこられていたコレクターのハリー・パッカードさんが 日本画家の下絵がすごい、あの線を手に入れたい、売ってくれないと歎いていたことを想いだしました。
石川九楊さんが、「西洋の音楽が日本の書である」と語るとき、アルファベットは音で、漢字は身ぶりと思えてきます。
四月からイタリア語を習いはじめました。
勘三郎さんのいなくなった歌舞伎はなんとも淋しく 賑やかなイタリアオペラにずいぶん慰められました。
「白石とシドッチとは深い敬意をわかちあい… 初の克明な西洋事情と地理的情報とを記録したこの『奇会』に恵まれねば、蘭学も洋学も、また開国も よほど遅れたであろう、シドッチ神父へのわれわれの感謝はこれまで薄きに失しているように思われてならない」
先生の小説に書かれた大好きなシドッチさんに近づけるような気がして 遅々として進まない語学学習を楽しんでおります。書くことより 読んで学ぶことの方が面白いです。
「文様記」について考えていたときは、持統天皇が憑依して人格が変わるようでした、怖いです。
三一巻をゆっくり読ませていただける夏休みまで、もう一息頑張ろうと思います。
天候不順な折でございます
くれぐれもお身体大切におすごし下さいますように   京   羽生清  美大教授 意匠研究家

* 俵屋吉富の京の名菓いろいろを送って下さった。いつもながら懇切なご愛読に、深く感謝。

* 村上開新堂社主山本さんからは、季節の美味しい洋生菓子を頂戴。感謝。

* 和歌山紀の川市の三宅貞雄さん、愛知新城市の古市貞雄さん、選集31に過分のご支援を戴いた。感謝。
三宅さんも黄斑変性と。わたしは手術したが、視力は乱調弱化。ゆーっくりお読み下さい。久しいそして詳細な読者の方ほどいろいろと今度の長編から気づかれることが有ろうと思います。

* 皓々同窓の川口君からメールをもらったが、わたしの機械の不十分からか乱れて脱落もありげ。なにしろ、モノスゴイほど降る機械なのです。
2019 7/12 212

* 京・古門前の大益(林)貞子、口寂しく糖分の欲しいときに恰好の、鍵善良房・和三盆、小粒の「おちょま」や、老舗の水羊羹を送ってきてくれた。
敗戦後の小学校で同学年。秦の叔母宗陽が、ひそかにわたしの嫁にと先の親へ声を掛けていたとは、近年になって当人から聞いた。ありそうなことだったと、 驚きながら聞いた。事実は舞踊仲間で同性の先輩と「結婚」した。幸せそうと聞いていた。いまは独りになり、いまでも舞踊の弟子を指導していると。元気がな によりです。佳い京菓子、心入れ、ありがとう。

☆ 選集について
久しぶりにホームページ拝見しましたら、ちょうど一週間前に選集第三十一巻の発送を終えられたとか。驚き、戸惑っています。
もし残部がありましたら、お送りいただけないでしょうか。
いつも勝手なお願いばかりで申し訳ありません。どうぞよろしくお願いいたします。
東京は梅雨空が続いているようですね。下関は平年の20%も降っておらず、水不足を心配しています。
どうぞお大事にお過ごしください。   碧

* 創刊前にいちはやく「全巻・下さい」と只一人希望された読者。
今回の作は、どうかなあとこっちで送るのを遠慮したのだった、が。
2019 7/13 212

* 昨日おそく、 京・山科の馬場俊明さんから、すばらしいワイン「LEROY」を頂戴した。『清水坂(仮題)』への励み、脱稿成ったなら、高々と乾杯させていただこう、有難う御座いました。

* 神戸の岡田昌也さん、大好きな美しい大きな桃をたくさん下さった。夏むきには、果実の潤いが言いしれず嬉しい。ありがとう御座います。

* 東大大学院の博士課程の頃に出されてた佐伯順子さんの、むかァしに戴いてた本を書庫で掘り出しよみ返し、いまどうされているかと知人に尋ねたら、同志社大教授と。昭和六十二年ごろ、「謹呈 秦 恒平先生」と鄭重な献辞だった。母校の教授になってられるかと、完爾。
若い日々の仕事は果敢なのがいい。
尋ねたのは「連絡先が分かれば…」だけであったが、もらった返事にいきなり佐伯さんの仕事への貶辞がくっついてきたのには驚いた。
「同志社大学教授ですが、「聖なる遊女」論はユング心理学の一派である娼婦原型を用いたものとして、小谷野『江戸幻想批判』『日本売春史』等で繰り返し 批判されています。またその恋愛近代化論も、徳川時代後期の遊びの世界のものに過ぎない「色」を前近代日本全体に当てはめるものとして批判を受けていま す。若くして注目を集め、一時期マスコミにもてはやされたようですが、川端に言及していたものもいい加減だったので、その後の著作は読んでません。取り急 ぎ。」
そんなことは、いずれ私自身の判断することである。
そもそも研究者の仕事は、それぞれに毀誉褒貶の渦に巻かれ、それに堪えて行くことで学問としての成果が積まれて行く。一人一人が自身自信の仕事を提出し合うことこそ大事。とかく陥りやすいが他を貶ってるだけでは何の手柄にもならない。
2019 7/14 212

* 『オイノ・セクスアリカ 或る寓話』を、もう何度目か、全編また読みかえした。書いて良かった、納得した、作家生涯五十年にこれは必然の作と 自身納得できた。そのためにかなり多くの、久しい、ことに女性読者を喪うかもしれなくても、わたしとしては。よく読んで欲しいと押し戻すしかあるまい。

* 性愛は「相死の愛」と。愛は「共生の愛」と。その思いを覆す理解に今のわたしは思い当たらない。

☆ お元気ですか、みづうみ。
わた くし程度の蔵書量でも次から次に湧いてくる本にあきれるばかりです。とうとう梱包業者の手を借りましたが、何しろ桐箪笥にまで本を入れていたわけで……。 今回のリフォームの理由の一つが本の収納対策でもありました。みづうみのような桁外れの蔵書のおありの方は決してお引越しなさいませんようにお勧めしま す。

 

今回の『オイノ・セクスアリス 或る寓話』については、まだ考えがまとまらず、次回配本予定の「湖の本」でもっと読みこんでからと思っています。「選集」には書きこみや線引きや付箋貼ったりしたくありませんので。

でも、みづうみのご質問には即断即決でお答えできます。

 

同じ女として、「雪繪」には共感せず、したがって雪繪を愛することもなく、雪繪になって愛されたいとも思いません。

吉野東作=秦恒平とは、勿論思いませんが、みづうみの好みの女人はたとえば豪奢な(経済的な意味ではない)谷崎松子さんと思ってきましたので、登場した雪繪の造形には最初戸惑いました。今までのヒロインとは違います。

 

『初恋』の木地雪子はわたくしの愛してやま ない、ひたむきな美しいヒロインですが、雪繪は雪子とは被差別側にいたという点以外はずいぶん性格を異にしています。わたくしには共鳴しにくいヒロインで した。性的な魅力が描かれれば描かれるほど、彼女の本音というか正体が見えなくなります。あえてそのように作者が描いたのでしょうが、俗世間では「セフ レ」という関係以外のなにものでもない。慈子が当尾宏の絵空事への愛の象徴であると読めば、雪繪は吉野東作の性の、性欲、性的妄想の産物のようにも読めま す。

男の ひとが雪繪のような女を好むのはよくわかります。渡辺淳一の書くような通俗小説から純文学藝術作品にいたるまで男の作家はみな同じような女を好んで書いて います。自分より能力的にも経済的にも社会的にも少し下にいること、結婚してくれと言わず、妊娠させる心配もなく、したがって責任をとる必要がなく、自分 の生活は守れる上に、性的な相手はとことんしてくれて官能的で最高に魅力がある、まさに理想的です。そんな都合のいい女は世界のどこにもいませんが、男の かたの見果てぬ夢というものでしょう。女が自分を性的に裏切らない男はいると信じているのと似ています。

わたくしは天性の娼婦を愛しますが、雪繪 はそうではありません。マノン・レスコーになれない中途半端なインテリ女です。雪繪にはわたくしが生理的に受けつけない何かがありました。美空ひばりの天 才を称賛しますが「血の昏さ」がやりきれないというのに近い感情でしょう。しかも雪繪には美空ひばりを輝かせていた歌はなく、彼女の交際相手と同じ色合い の前向きでない「辛気臭さ」を感じました。

 

わたくしは男でも女でも闘士に共感しま す。晴れやかに明るく立ち向かう人間が基本的に好きなんです。人間の不幸の在り方は底なしですから、被差別部落出身であるという理不尽な受け身の不幸でさ え不幸のランクではましな部類かもしれません。ハンセン病患者やナチス政権下のユダヤ人でも立ち上がった人間はたくさんいました。差別されたことが、愛さ れなかったことが自殺の一因になるなら、人間誰でも何度も死ななければなりません。雪繪は幸福になれたし、自分ひとりの力で幸福になるべきだったと、そう 思えてなりません。

第一印象ですから、この感想も今後変わる可能性がありますが、大きくは変わらないと思っています。
雪繪に抱く「好きになれない」という手厳しい感情は、しかしながらこの作品の評価とは無関係なことです、作品としてはとても面白かったのです。
でも、雪繪についてのこの感想を、みづうみがもしご不快に思われたらほんとうにごめんなさい。
愛とは「共有の生」を謂う╶─けだし名言でありましょう。
しかし、わたくしはみづうみにこう問いたいのです。

性愛に執することが愛から遠ざかることだとしても、みづうみは「共有の性」「相死の生」の前提がなければそもそも「共有の生」に至らないとお考えではないかと。
ユニオ・ミスティカなき男女の愛はありますか?

 

読むべきもの書くべきものが山のようにありますのに、日常生活の雑事の多いことにはうんざりです。なかなか体力がついてきてくれません。
みづうみの優れたところは名作を書くことだけでなく、作品を本にし配本までこなしてしまわれる超人的実務能力にもあると、ただただ感嘆するばかりです。
でもご無理しないでごゆっくり進んでくださいますようにと、毎回無駄と知りつつ書かずにはいられません。
萍   萍に大粒の雨到りけり  星野立子

* 作が いい読者に出逢えているのを、喜ぶ。

 

* 今度の長編ではまず「性愛」を問い、「愛」との差異を問うて行くような経過となった。

* しばしば作中に、性愛を「相死の生」と謂い、肯定しつつ、それが「所有」の思いに帰着し固着するのを惟い、しかし「愛」とは「共和の生」「生産の生」を謂うのであると思い寄っていた。「性愛」に執すれぱむしろ「愛」に背くか遠ざかるのでは。
『饗宴』のソクラテスが、ディオテマから「愛」をどう教わっていたか忘れているが、今、読み返し始めている。

* 最後まで、新長編を何度目か読み返した。少なくも、必然、書かねば済まなかった作と思えて、さらに先があるとしても、作者としてそれは一つの納得である。納得はまだまだ幾重もの先を擁しているはず、「書く」ことで彫り起こす以外にない。

* ソクラテスの『饗宴』を読み返していて、あの「寓話」を書きながら、「性愛」を論じた或る学究の本に只一度も「美」に触れて語られていないのに、語り手の「吉野東作氏」が不満を漏らしていたのを思い出した。
ソクラテスに「愛」を教える聖なる智者の巫女ディオテマは、「要するに、愛とは善きものの永久の所有へ向けられる」ものと云い、ソクラテスが「愛の名に 値するほどの熱心と熾烈な努力とを示す人は何ういう途を進み又どういう行動を採るのか」と問うたのへ、それは「肉体の上でも心霊のうえでも美しいものの中 に生産することです」と言い切っている。「生産は ただ 美しい者の中でだけ出来る」とも。従って「産出に際して運命の女神や産の神の役を勤める者は<美 の女神(カロネー)>なのです」と。
「ソクラテスよ。本当のところ愛の目指すものは、貴方の考えるように、必ずしも美しい者とは限りません、」「美しい者の中に生殖し生産することなので す。」「では、なぜ生殖を目指すのでしょうか。」「愛の目指すところ善きものの永久の所有であるとすれば、 必然に出てくる結論は、愛の目的が不死という ことに在るということになります」と。

* あのアダムとイヴの生殖の愛を決定的に女の躯の死すべきホドの「悪」と否定した 正統基督教の教父や教皇らの姿勢や理解とは、まったくかけ離れている。
ギリシャの性愛にも日本の性愛にも「神」的に美しいちからの臨在が云われ、基督教では神が見放した女ゆえの悪かのように断罪され、その行き過ぎの是正が性的放埒へ濁流となって流れた。
秦 恒平作「或る寓話」ではどうであったか。

* 十時を過ぎた、機械から離れる。
2019 7/15 212

☆ 選集第三十巻
お送りくださり有難う存じました。前回の二十九巻の御礼も滞ったまま、今日まで失礼しました。お詫びします。視力減退、ご本を熟読するのも辛くなりましたが、立派なご本をいつも有難く手にしています。
前の詩歌集でも感じました。言葉があふれるように湧き出て来る、こんな少年がいたのだ。上田三四二さんが「いのちの歌」とおっしゃっていますが、今更のように、自分にはない溢れる「いのち」を改めて感じていました。
もう一つ、「老蠶」 の文字が頭に残ります。
学童疎開の信州で蠶棚のある家の暮らしもしました。あそこにも黙々と桑を食んでいた年老いた蠶が居たのかもしれない。「性懲りもなく繭を吐いて」という事ではなく、黙々と「日々歌っている」ーー
こんな感想ばかりでごめんなさい。
私はといえば、中途のままの原稿だけでもまとめておきたいと思ったり、『テーヌ管見』の校正・修正なども続けていましたが、なかなか捗りません。ご同 様、PCも不機嫌、昨今は図書館通いも大変です。何もかも機械で、私などは若い館員さんに付きっ切りで教えてもらう始末。それだけでも疲労困憊なのに、地 下鉄の国会議事堂前から国会図書館、広尾から都の中央図書館など、あの道を歩くのも二、三年前は何でもなかつたのに。
右のような事、書いたまま日にちばかり経ってしまいました。この度はまた選集三十一巻頂きました。有難うございました。いきなりの事でかえって失礼と思 いましたが、いつもの御礼に気持ちばかりのものお送りしました。僅かなもので恥ずかしいですが、前から考えていました。どうかご受納ください。軍資金の足 しにでもしてくださいますよう。
老齢、六月の末から脳神経外科を出たり入ったりしました。結果は加齢相応の諸徴候で取りあえずは解放されましたが、もう一つは白内障の悪化か、ふらつき やめまいが多く、特に生垣や空など遠くに目を馳せて歩くと足元がふらつくようになりました。手術も考えながら今月末に検査ですが、昔、網膜の大きな手術を しているのでリスクも大きいのではと、さっぱりしません。
それでも昨日、「湖の本」で 『黒谷』を読み返しました。前と同じように題名の「黒谷」に惹かれ、お作の不思議さに惹かれながら。
またゆっくりお手紙したく存じます。
いつものようにご健康を念じっつ。  七月十五日   宮下襄  島崎藤村研究家 詩人
二度の返事を一回にしてしまいました。 ご本はずっと楽しみにしています。

* 嬉しいお便りに添えて、多大の軍資金まで戴き、感謝に堪えません。お礼申します。

* 渋谷・笹塚の佐藤宏子さん、中野・中央の安井恭一さん、ありがたいご支援を頂戴。感謝。

* わたくしの ふらつきも宮下さんと同じで。とにかく、よろよろする。術後から躊躇いなく杖を頼んで、これは役に立っている。杖の御蔭で階段り昇降が安 定もし力にもなってくれる。明日は、久しぶりに杖を頼りに聖路加病院での諸検査を受けに出向く。血糖値はごく安定している。

* 天候が異様に異例つづきで、世の中とともに鬱陶しい。祇園祭の頃は空が抜けるように青く、そして叩きつけるように心地良い夕立が駆け去っていったりしたものだが。
2019 7/16 212

 

* 湖の本の久しい読者でもある樂茶碗の樂吉左衛門氏、来信。家督と「吉左衛門」の名乗りを子息に譲られ、樂直入(ちよくにう)の名で創作し続けますと。時代は、動いているが、動かざるものも時代は握りしめている。

* なぜ こう グッタリ するのかな。
2019 7/16 212

☆ 祇園祭です
秦 兄
きょうは50年ぶりに「祇園祭」を観てきました。と云っても山鉾見物ではなく、烏丸三条東の京都文化博物館で西口克己の小説「祇園祭」をドラマにした同名の映画です。
主演は中村錦之助、岩下志麻、三船敏郎など独立プロならではの豪華キャストで半世紀前に新京極の封切館で観たときは河原者の庭師善阿弥の娘あやめに扮し た岩下志麻の妖艶な姿だけが強く印象に残っていたのですが、美空ひばりも若衆のチョイ役で出ていたのにきょう気付きました。北大路欣也も「つるめそ」の若 者役でした。

映 画化の前に原作を読んだのですが、西口はあとがきに「私は京都市会議員にえらばれた二年前の夏、平和行進に加わって雨のなかを五里ほどあるきました。たく さんの労働者や学生たちも、ずぶぬれになって、あるきました。それからまもなく有名な祇園祭がやってきました。すると、平和行進には知らん顔をしていた市 長が大紋烏帽子姿で、この祭りに加わり、山鉾巡行のくじ改めをしました。山鉾を曳いていたのは日当なにがしかのアルバイトにやとわれた学生や貧しい人たち でした。それを招待席の外人たちが、パチリパチリとカメラに写していました。私は、はずかしいとおもいました。たいへん腹が立ってきました。・・・祇園祭 は世界に知られた日本の代表的な祭です。それは優美で、マンモスで、ワンダフルだといわれています。だが、本来この祭は自然や社会の暴力にたいする民衆の 平和への意志の結晶とでもいうべき性質をもっていたのです。いいかえれば、祇園祭は、われわれの祖先の偉大な平和行進だったのです。・・・」と記していま す。

原作が出版された頃、府は蜷川知事、市は高山市長が長期間担当していた捩じれ府・市政の時代でした。
この映画は京都府政百年記念事業の一環として制作され、著作権は京都市が持っているので当時封切館で上映された以外は毎年祇園祭の時期に市が上映する以外は陽の目をみることのない名画です。

時 あたかも参院選への真最中。幕府・侍所と京町衆・土一揆衆・馬借衆・つるめそなど河原者の連合体が対峙する映画は構図は異なりますが、与党対野党連合その ものです。ただ往時の連合体は纏まる共通の存在として「祇園祭」がありましたが、いまの野党連合にはそれに匹敵するものがありません。まさに烏合の衆その ものです。共通の旗印がないのですから。
「一億二千万の国民が〇と×の投票用紙で投票する選挙制度に公選法を改正する」と野党連合が公約に掲げたら与党は狼狽するのですが野党の党首たちが「真っ平ご免」と逃げているのは「同じ穴のむじな」だからです。
数日後には又おなじ顔触れの「どや顔」を国民は見る羽目になるでしょう。総理在任期間の最長記録保持者として日本憲政史に安倍晋三の名が刻まれるのは時間の問題です。
しかし、次の衆院選に向けて諦めずに、手綱を緩めずに頑張りましょう。お互いに身体を労わりながら。 2019-7-16    京・岩倉  森下辰男  中・高校 同窓 市民活動家

* 選びたい候補者と 落としたい候補者を 連記の二項投票という提案には 抜群の意義が有る。わたしは、はっきり支持している。

* 同志社大に勤務の親しい読者から、問い合わせへの親切な返信をもらった。感謝。
2019 7/17 212

☆ 暑中お見舞い申し上げます。
『秦恒平選集』第30巻・第31巻をつづけてご恵送いただき、誠に有難うございました。雑務に追われてお礼が遅くなり、申し訳ありません。「「文学と文 学者」を読む」では「泉鏡花研究会会報」にご寄稿くださった「泉鏡花の蛇」も収録していただいたので、尾崎紅葉・樋口一葉などとともに、それぞれの魅力や 問題点を再認識しています。「露伴にも鏡花にも一葉が死んだ明治二十九年以前に今に生き残る作は認めにくい」ですか。う~む。
第31巻は新作「オイノ・セクスアリス」、胃の全摘手術を受けられたというのに、ご健筆何よりです。南座の歌舞伎鑑賞や京の老舗がでてくる冒頭から、身 近な舞台を楽しませていただいています。そういえば、今夜は祇園祭前祭の宵々山、きっとインバウンドだらけでしょうから、足が鈍ります。一方、数年前に復 活した後祭は、露店も出ず静かなので、期待できます。今年は、嘉祥閣で宵山能「花月」を見てから山鉾巡りをする予定です。
お礼にもなりませんが、「昭和文学研究」誌からの依頼を受けて書いた「〈研究動向〉鉄道と文学」を送らせていただきます。マニアックな内容ですが、私の 鉄道趣味が単なる“趣味”ではなく“研究”にも寄与していた(?)事実をお伝え致したく、お送りする次第です(誤植:×菊地→○菊池)。それから、おかげ さまで継続発行できている「泉鏡花研究会会報」最新号も同封しました。今後ともよろしくお願いします。    田中励儀     同志社大学文学部教授

* そうか、鉾はもう動いたんだ。 わたしには 祇園会のあいだいっそ静かな八坂神社 夜の境内が懐かしい。

☆ 感謝申し上げます
只今選集第三十一巻を確かに受け取りました。
お天気を危ぶんでいましたが、やはり雨の中、自転車でお出かけ下さったとのこと。申し訳ありません。本当にありがとうございました。お怪我なくてよかった。
仰せのとおり、しっかり読みます。
お疲れが早くとれますように。お大事になさってください。   下関  碧
2019 7/17 212

* 京・古門前のお師匠はん 縄手のお茶漬鰻と、昔むかし秦の叔母社中たちのなつかしい写真を数枚送ってきてくれた。知る限り、いまも存命なのは お師匠はんのほかに只一人だけ。

* 昔の女友達に会いたいなどと思わなくなった、自分をかがみに映せば、当然の思いである。じつに鮮明にみなみな小中学校時代の少女のママで、早くに東京へ出たので、だれもその後の容貌などまるで知らないのである。
知らなくて幸いと思える歳になってしまった。
この「お師匠はん」にしても、宝塚に跳び込んだほどの美人、小学校六年で隣の組へよそから転入してきたとき、あまりの美貌に遠くでのけぞったほどであっ た。それを記憶している以上、同年同歳の八十三婆は、いくら懐かしくても、電話程度で遠慮したい、親愛の気持ちでいつまでもいたいのだから。

* 八和歌山御坊市の井領祥夫さん、選集へ過分のご支援を戴く。
2019 7/18 212

* 友禅の模様を、鴨川でも白川でも水洗いしていた光景をよく覚えている。なにとなく繰り返し繰り返し洗いながら好き進めているようないまの長編ではあるが、先に『オイノ・セクスアリス 或る寓話」三部完結分に適切なあとがき「私語の刻」を付けねば。それが済むと、十年掛けた長編と、まずまず一時的にも手が切れる。

☆ お元気ですか
みづうみのお疲れのごようすを心配しております。みづうみは、いつも全力疾走で、ペダルを漕いでいないと倒れてしまうという紳士かつ猛者ですが、少しだけでよいので どうかごゆっくり進んでいただければと願っています。
『オイノ・セクスアリス』を読みながら、吉野東作に必要だったのは妻との関係で充分満たされている「共有の生」の愛ではなく、性への渇望に苛まれる男を癒す「雪繪」との「相死の生」の性愛のほうであったのだろうな、と。独断と偏見ですが。
お元気で、お健やかに、毎日お仕事楽しんでくださいますように。
飯   麦飯もよし稗飯も辞退せず   虚子

* 「吉野東作氏」を本質動かしていたの は、生まれたという根の哀しみと、死者への思慕とで、「オイノ・セクスアリス(老境の性)」は有ってよし、無くて仕方なく、「相死の生」はどう重ねても所 詮不毛と見ていたのではないでしょうか。「雪繪」もそれが分かってきたのでは。
2019 7/18 212

* 元・筑摩書房の、いまも親しくしている編集者の日比幸一さん、美しく大きな桃をずしっと送って来て下さった。感謝。

☆ 梅雨空
折に触れて感想を書き継ぎましたが、今月慌ただしい日々を送って、十分な再読に至っていません。
今年の梅雨、日照時間が少なく関東から東北の不作が危惧されています。
昨日は京都六地蔵の痛ましい放火事件。娘の仕事場から煙が見えたとか。
くれぐれもお身体大切に、元気に。  尾張の鳶

* ゆーっくり読んで下さればいいこと。誰も彼もみな日々慌ただしい時節でです。 怪我だけはありませんように。フアイルは、わたしの機械と技術では開けませんでしたが、気に懸けないで下さい。

* 昨日送られてきた昔の写真の一枚は、間違いなく縄手の龍ちゃん宅の炉開きの茶会だろう、先生である叔母宗陽をなかに七人がいわば記念写真に入ってい る、うち今も健在なのは、高校生だった龍ちゃんと藤間のお師匠はんの、二人だけ。六十余年もむかしの写真ということ。そんな時が事実在ったのだというこ と。

* 高麗屋の女房さん、気さくな葉書での来信、村上開新堂の山本社主からも、ご丁寧な来信。

* 京都の読者、長村美樹子さん、同志社大に新設の社会学部長佐伯順子さんへの連絡など、親切に仲介して下さった。佐伯さんへもメールできた。
2019 7/19 212

 

* 神戸の信太周先生、府中市の斎藤誠一さん、お手紙を戴いている。また京都府歴彩館からも受領の来信。

* 同志社に新設の社会学部長に就任した佐伯順子さんの「喜んでいます」と、鄭重なメールを、出先の廣島から貰った。
昭和六十二年に東大院の博士課程にいた佐伯さんが、中公新書『遊女の文化史』を、献辞添えで「謹呈」して下さって以来の、ま、(会ったことは一度もない のだが)再会ということになる、心楽しいことである。その後の久しい研究や業績もおいおい知れることだろう、それも楽しみ。研究者は業績を、作家は作物を 積んで行く生涯。

* 古門前の大益「お師匠はん」の送ってくれる京祇園の小粒の砂糖菓子「おちょま」は、まえは「おちょぼ」と謂った。
「おちょぼ」という語は、祇園町に接して育ったわたしには、御茶屋に働く少女らへいささかわるくちめく投げことばだったし、それゆえ改名したのだろうか、
「おちょまとは何ぞや。長松の愛称なり。長松とは誰ぞや。乞ふ、文楽の寺子屋の涎くりを想ひ出し給へ」と、店主売り出しの挨拶が付いている。あの大柄で洟 垂れの涎繰りにしては、小粒で愛らしい白無垢和三盆の頭には、美しい紅一点が点じてあって、「おちょぼ」の俤をしっかり伝えている。
そしてこれが、小粒なりにまことに美味い。甘い。ほっと疲れたときに何とも謂えず口に含むのが嬉しい。
菓子の木筺には、白紙の 上へ「そ」の一字 下に「大益」と苗字 墨で自筆の札が載っていて、むろん、「そ」は 粗品の、あるいは素志の意と読める。 ああ、京都やと 懐かしい。
2019 7/20 212

☆ 梅雨入りのうっとうしい日々でございます
今月も御本お届け下さいましてありがとう存じました
いつも御夫妻共々前むきでお目にかかって気持ちよくお心が伝わり見習いたく思っています
主人(=二世松本白鸚さん)と息子(=十代目松本幸四郎さん)の巡業も半分をすぎ後半になりました
又 お会いするのを楽しみにしています   松本白鸚 内

* わたしたちは二十年来 高麗屋のえらい役者さん以上にそもそも「高麗屋の女房」さんのフアンのようなものであったと思う。わたしが或る婦人雑誌に連載 時、いつも隣り合って連載されていたのが「高麗屋の女房」と題したエッセイで、みごとに美しい落ち着いた和服姿の写真に見入っていた。ご夫婦にペンクラブ へ入ってもらい、松たか子さんにも当時の染五郎さんにもペンに入ってもらった。みな筆が立ち著書も次々に出ている。白鸚さんには句集もある。お祖父さんの 初世中村吉右衛門も「顔見世の楽屋入まで清水に」などと、佳い俳人だった。
大昔の思い出になるが、京都の新門前、父のハタラジオ店のわきに新橋通りへ抜けて行く路地があり、初世白鸚さん(まだ市川染五郎そして松本幸四郎を襲名 頃であったろうか)が南座へ出勤時には、ご家族(夫人、まだ少年ぽい今の白鸚さん吉右衛門さんら)は東の梅本町の定宿からお揃いで出勤されていた。時にお 父さんが店の戸をあけられ、乾電池などを買って行かれ、わたしが応対したこともあり、重厚かつ穏和ないい顔をされていて、久しく久しい御縁の緒となった。
人生、なかなかに味なものではあるまいか。

* 気むずかしいと思ってる人もあるか知れないが、中学時代のあだなは「へんくつ」「ワンマン」だった。高校では「坊主」だった。わたしは、いわゆる「人 見知り」をしない。これはと思う方だと大先輩でも大先生でも大人気ものでも怖じ気づかず、そのためか、いろんな方からたくさんなことを教わったし、目も掛 け手を牽いても頂けた。すばやく仲よくなり会話が弾むということを、むろん敬愛できる相手でないとイヤだが、いわば得手にしている。多くの多くのコトを人 に教わってきた。独りだけでの勉強ではタカが知れている。

* 福田恆存先生の奥様から沢山な夏菓子を頂戴した。わたくしからお見舞いもしませんのに、恐れ入ります。「湖の本」に、福田先生もあの永井龍男先生も大勢の 継続読者をご紹介いただいた。わたくしの厚かましいような孤軍奮闘を面白くも御覧いただいたのかと想い、お懐かしい。福田先生にお目に掛かったのは先生演 出の「ハムレット」を三百人劇場へ夫婦で観にいったたったの一度だが、ご挨拶すると「ああ、想ってたようなお人だ」と仰有った。奥様には、いまも「湖の 本」をご購読頂いている。我ながらビックリし感謝申し上げている。
2019 7/21 212

* 下関の大庭緑さん 和菓子を送って下さる。感謝。
2019 7/21 212

☆ 秦先生へ。
お気遣い賜り、おやさしいメールを頂戴しておりましたのに… ご連絡が遅くなりまして…失礼いたしました。 はや、父の初七日も済み、京都に戻っております。
七月は祇園會の月。前祭の山鉾巡行を終え、今、御神輿は御旅所におさまっておられます。
この間の宵山に、町会所で『つるめそ』を描いた軸を見ました。 京都へ来るまでは『七十一番職人絵合』の中に「弦売」とあるのを見知っていましたが…「弦、召し候へ」と売り歩く掛け声から『つるめそ』と呼ばれると、聞 いてもおりましたが… また「清水まで、いらせ給へ」と、『七十一番職人絵合』の『たち君』に添えられた詞書を読むにつけ… その奥深くに籠った重いものを感じずには居られません。 すみません。 思いつくまま、まとまりもないままに長々と書いてしまいました。
天候不順。 おかしな夏です。どうぞ、くれぐれもお大事になさって下さいませ。 お元気であられますよう、お祈り致しております。 京・鷹峯   百 拝

* この十年、のぼり降りの「清水坂」にかかわって、六、七十年にかかわる見聞や勉強に深く関わったこの人なりの知識が書かれているが、HPでの検討には露わに過ぎるので割愛されてもらう。
あいつぐご不幸のあとを、どうぞ心づよく元気にお過ごしあるように。

* 『オイノ・セクスアリス 或る寓話』第二部(「湖の本145」)は、この二十九日から発送できる。第三部完結の第146巻も「責了」になっている。おそくも八月中にお届けできる。

* この長編は作者が八十年身に抱いてきた葛藤のいろいろを、苦心惨憺のなかで自身検討し自身賢明に慰撫している作のように想われる。そんなものを客観的 な叙述の小説になど出来はしない。「吉野東作氏」という「わたくし」の発明で、この、一人で二人に、二人で一人に、いささか無責任に喋って貰うことで、根 の深いコンプレックスや身のふるえるほどの思慕や自愛の欲求を、対象視も諧謔視も誤魔化視もしてもらえたのだ、と想っている。ただりスケベー読み物かのよ うに身を避けられた五十人ほどの読者とのお別れは残り惜しいが仕方ない。
2019 7/22 212

* 森下君に戴いた2016録音の一枚をさっはからずっと聴いてて、いま、織井茂子の「夜が笑っている」に胸を押されていた。

* いまも同じ盤の二度目を聴いている鶴田浩二がの「東京詩集」を歌ってて今はまた織井茂子が「夜が笑っている」に聴き入っている。森下君にたくさん貰ってきた中でこの盤は一二に気に入っている。若原一郎の「オーイ中村君」になる。

☆ メール、
ご返信いただき、ありがとうございます。  祇園會の写真をお届けできて… よろしゅうございました。
故郷新潟の鄙には、鄙の良さがありますが… 帰洛して、山にたなびく雲を見るさへ、京は格別と感じます。
京の地に積み重なった底なしの畏れも、私には魅了される要因のひとつとうつります。  先生のお具合、疲労困憊と伺い… 心配でなりません。
お体調がなるべく良くあられます様に。ご新作のご完成と合わせて、心ゆくまでお取り組みなられます様、お元気を祈っております。 鷹峯  百  拝

* この人の故郷をむろん行ったこともなく知らないのに、しかも其処でしか書けない説の宿題をもう何十年も怠ったまま抱き込んでいる。「信じられない話だが」とだけ書き出してあるけれど。長生きして、面白い中編にしたいものだ。
2019 7/22 212

☆  秦 兄
参院選が終わりました。テレビの開票速報を見ながら早々の当確の万歳三唱や、当選者のボードに薔薇を貼りつけているドヤ顔の党首を白け切って眺めていたのは私だけではないでしょう。
特別に入れたい人も政策もなく、それでいて絶対に投票してはならない人や党はあるのに、どうすることもできないじれったさ。「×票」の制度さえあれば、あのドヤ顔も見ずに済むのにと ゴマメの歯ぎしりの一頻りです。と言って、決して詮ないことと諦めてはいません。

さて、ようようにして大作の『オイノ・セクスアリス 或る寓話』を たいへん興味ぶかく読み終えました。冒頭の、私たちが生まれ育った近隣界隈の活写に一々頷きながら 1781年創業の老舗・鯖ずしの「いづう」の店名に出くわし 早逝の洋画家に思いを馳せました。

 

洋画家の名は ネット検索にもちらっと見えますが 明治19年に旧宮侍(宇治の堂上日野家家老船川仲)の家に生まれた船川未乾(本名貞之輔)で、大正のはじめに「いづう」の娘・佐々木咲子と結婚し 知恩院山内樹昌庵に住まいし、園頼三の詩画集や高倉暉、川田順らの挿絵や装幀をし、1922年4月咲子と渡仏。A.ロートに学び ピカソ、ブラック、ブラマンクらと交遊し翌年帰国、鹿ケ谷法然院西のアトリエで主に静物画を描き 1930年4月9日肺病で夭逝。享年44歳。
榊原紫峰を葬儀委員長に葬儀、百万遍の知恩寺に納骨。昭和41年園頼三(同志社大名誉教授)・矢部良策(創元社社主)・尾関岩二(児童文学者)の連名で知恩寺内に戒名龍光院未乾貞昭居士の石碑建立。
入魂式のときの咲子は姓も変わって坂崎咲子であったとか。

 

この船川未乾は、私の家内の父方の大叔父で、船川仲の三男に当たります。ちなみに長男華州(本名清一郎)は日本画家、次男六蔵は家内の祖父で港井家に婿入り。こう見てきますと世間は何とせまく 悪いことは到底できないと今更のようにおもわれてなりません。
毎年文化の日を中心に知恩寺での秋の古本まつりには未乾の墓参りを兼ねて足を運んで昭和2年発行の園頼三の「怪奇美の誕生」や尾関岩二の「お話のなる樹」などを掘り出しました。数すくない未乾の絵は散逸していますが 北白川宮家に買い上げられたほか矢部良策、薄田泣菫らが所蔵とのこと。

冒頭から脱線してしまい失礼しましたが、大作の感想は改めてつづることにします。
選挙結果と高温多湿で意気消沈ですが、バロック音楽で癒しています。面白い音源をまた披露します。
エアコンで夏風邪など引かぬようご留意ください。   京・岩倉   森下辰男  同窓

 

* はからずも色んなコトが知れてくるのでおもしろい。
森下君のたよりのなかに なんどか園頼三先生のお名前が出て、一入懐かしい。
大学での恩師・大学院でも指導教授。参考文献を一本もつけない学部卒論に80点も下さり、院へ入学も即許可して下さった。それなのに、たった一年で、東 京へ一年下の妻と「駆落ち」の許可も申し出て許して下さった。私家版も喜んで読んで批評して下さり、亡くなった枕許にはわたくしの本が置かれていたと聞い ている。
『怪奇美の誕生』もむろん所持しているし、なにより園先生独創の「美的事態論」を本気で卒論へ迄追いかけたのはわたくしだけであったろうと思う。
それは優しいお人柄で こころより慕っていた。
矢部良策さんの名もひとしお懐かしい。
実はわたしは院をやめ、矢部さんが社長をされていた当時の大阪創元社に勤めたいと、大阪まで矢部さんを尋ねていったことがある。矢部さんは、しかし、同 じなら東京へ出てお行きなさいと奨められ、結果として、東京本郷の医学書院を受験、金原一郎社長、長谷川泉編集長(鴎外記念館館長、著名な国文学研究家) の薫陶を得つつ太宰治文学賞の受賞式当夜にまで到ったのだった。
多くに教えられ 多くに見まもって貰いながら 人生は紡がれる。

☆ 秦先生
暑中お見舞い申し上げます。

先日はご丁寧なお便りを頂戴いたしながら、出張先からの短いお返事で大変失礼をいたしました。あらためまして、ご丁寧なメールを頂戴いたしまして、心よりお礼申し上げます。(同志社の文学部社会学部の広島父母会で、広島に出張いたしておりました)。

先生におかれましては、胃の手術をなさったとのことで、大変遅ればせながら、心よりお見舞い申し上げます。 無事にご復帰をなさいまして、選集のご刊行、心よりお喜び申し上げます。同志社大学とご縁ができたのは、本当に不思議なことでございますが、先生がご令室 さまとともに美学藝術学のご出身でいらっしゃいますことに、さらなる不思議なご縁をいただき、感謝にたえないことでございます。

同志社大学のすばらしさ、特に、文学部のご研究の京都ならではの蓄積に、いつも感銘をうけつつ仕事をさせていただいております。田中励儀先生とも、鏡花研究会等でときどきご一緒させていただいております。

近年、同志社に限らず、私立大学は研究、教育以外にも、いろいろと仕事が増え、数年来単著の出版ができないままでもどかしく存じてはおりますが、『遊女の文化史』をご高覧いただきまして、光栄に存じます。

先生のご長編も、心より楽しみにさせていただきます。

蒸し暑い季節となっておりますが、どうぞお体をお大切に、ご執筆がすすまれますようお祈り申し上げております。    佐伯順子  同志社大教授 社会学部長

* 恐縮です。佐伯さんの社会学には、おそらく清水坂も鴨川も花街も、佐比河原も遊行女婦たちの遍歴も関わっているだろうと、多年のお仕事にやがては触れうるのではと期待している。

* 何時頃からか知れない、いま、三時半を過ぎていて目ざめた。眠れて良かった。疲れれば眠るに過ぎた薬はない。願わくは夢も見たくない。人と話したい、 声が聴きたいと思う。ちっとも出かけないのでそれがない。メールは声がしない。私用の電話を掛けるのが、掛かってくるのも、昔からむしろ苦手で嫌い。編集 者の仕事では電話をかけるのが本分で、わたしは実に電話仕事で能率を上げていた。その反動で私用の電話が嫌いなのだ。

* 颯爽という二字にいま憧れる。グッタリしている。
京都へ帰りたい。祇園、円山、清水坂、泉山、東福寺。歩きたい。博物館に入りたい。盛京亭で炒飯が食べたい、松葉で鰊蕎麦が食べたい、千花で酒がのみたい。小学校も中学も廃校という、なんということだろう。なんということだろう。

蒸し暑い季節となっておりますが、どうぞお体をお大切に、ご執筆がすすまれますようお祈り申し上げております。    佐伯順子  同志社大教授 社会学部長

* 恐縮です。佐伯さんの社会学には、おそらく清水坂も鴨川も花街も、佐比河原も遊行女婦たちの遍歴も関わっているだろうと、多年のお仕事にやがては触れうるのではと期待している。
2019 7/23 212

☆ 梅雨
鬱陶しいですね。
先の京都行きでの 柳のなびく白川行者橋の辺りの写真を送ろうとしたけれど マア 余計なお世話かなと 止めました。懐かしい佳い通学路でした。
最近は京都迄、新幹線も非常に速くて又行きたい気分。  花小金井  遠藤千恵子  同窓

* いまのわたしには 毒を呑む心地。
2019 7/23 212

☆ 秦先生 兵庫の,(東工大卒)鷲津仁志です.
先日は,「オイノ・セクスアリス 或る寓話」をお送りくださいまして,ありがとうございました.拝読して反芻している間に 今日になりました.中巻,下巻がもうすぐということで,是非,拝読できればと存じます.振込用紙ももちろん入れていただけますと幸いです.
先生は,もともと谷崎潤一郎について教えてくださった方ですし,家畜人ヤプーを評価された最初期の方ですので,性について語られることは,いわばど真ん中のテーマだと拝察いたします.
読者の皆様方の感想も,なるほどと拝読させていただいています.
小生の近況ですが,先日,東工大生命理工学部の第3回の同窓会に行きました.創立30年ほどなのに第3回ということで,団結の苦手な人々ですが,懐かしい友人や先生方にお会いでき,こういう機会も悪くないと思いました.
仕事では,今年科研費の大きなものに当たりまして,これから5年間忙しくなりますが,その裏で,本を書いております.研究者の業績,にはならない本でして,理工系の学生のための就職活動の指南書です.
私のいた自動車会社の研究所には,高卒や文系短大卒の女性が社内教育で立派な研究開発者に育ち,特許を100件出し 研究室長として大学院卒を従えて,学会賞を取るといった人が沢山いました.学歴的に実に多様でありました.
昨今のメーカーの採用活動では,ネットを用いたエントリーが一般的のため大量の学生が来ます.そこで,企業側としては,大量の若手社員を配置して,選別 を行います 彼らは自分の会社にとって必要な人材はどういう人か,伸びる人はどういう人か,といった判断はできないので,必然的に履歴書に書かれた学校の ランクや,集団面接で気の利いた一言を言えたかどうかといった表面的な判断をしてしまいます.
結果的に,これまで多様であった本社の人材が画一化し,系列企業に優秀な人が流れるという,空洞化が生じます.これは日本のモノづくりにおいて大きな損失です.
そこで,これまで日本の産業を支えてきた国内10位から150位くらいまでの大学の学生を対象に,理工系就活のテクニックを伝授しよう,というのが本書の企図です.私はネットの「理系就職偏差値
ランキング」トップクラスの企業で10年以上,全国の就活強者のエントリーシートを見てきましたし,現在は,首都圏の方々はご存知ない地方公立大学で就活 を指導し,自称,素晴らしい成果をあげています.実は,本書を出していただく出版社の担当編集者氏ご自身の就活を私がアドヴァイスしたご縁で,本書を出さ せていただけることになった次第です.
ろくに自分自身の就活をしなかった私がそんな本を書くのは不思議です.詩でも音楽でもない,完全なる実用書であるというところも愉快です.また出来ましたらお送りさせていただければと存じます.
先生におかれましては,奥様ともどもご健勝をお祈り申し上げます.
今後ともご指導のほど宜しくお願いいたします.
兵庫県立大学大学院シミュレーション学研究科 教授

* 独特の着眼と実行力でチャーミングな仕事を仕遂げて行く、打てばきっちり響く人。懐かしいナ。

* 群馬の医学部へ祝って送り出した岩崎君は、以来、音信無い。みんな、働き盛り。さぞ忙しくしているのだろう。
2019 7/24 212

☆ 住まいへの引越しが
無事にすみました。ダンボールに埋もれながら生活しているところです。本のダンボールがやたら多かったらしく、引越し業者に「学者さんですか」と訊かれてしまいました。学者の引越しは本が大量で重たいので、引越し業者に嫌がられるみたいです。
本の処分はしないと家族に宣言していたものの、今回、『淡交』と『和』は大量に捨てました。もったいないと思いつつ、図書館ですませてもよいものはあきらめることにしたのです。
本に限らずとにかく物が多いことを猛省しています。大きな家具は業者に頼んで処分しましたし、食器や洋服などはどんなに高価なものでもばっさばっさと誰かにあげたりできるのですが、本や着物は、これを手放すと同じものは手に入らないと思うのでなかなか処分できません。
しかしながら、昨今の断捨離ブームに乗りたくないのも本音です。ミニマリストとか、すっきりした室内は写真映りは良いかもしれませんがインテリアとして も面白くないのです。美的に散らかっている室内のほうがずっと好きで理想です。掘り出しものがありそうな古本屋のような家が好き。それに震災を経験してか ら日用品や食品の備蓄は不可欠だと意識改革しました。うーん、これではゴミ屋敷になりかねません。
私語の記述にみづうみのお疲れがにじみ出ています。今年のように梅雨明けの遅い七月は初めてのことですし、そもそもみづうみは仕事をしすぎていらっしゃ います。一週間くらい、いえ、せめて三日くらい何もしないでお過ごしになることはできないでしょうか。ただ寝て食べているだけという日があってもよいと、 願っています。母のことを見ていても、八十代に入るみづうみのご年齢では体調が悪いのはある意味常態かもしれませんが、とにかく休み休み前進なさってくだ さい。お元気でいらして、毎日を楽しんでいただけますように。   飯  水飯に味噌を落として濁しけり  虚子

* 言われる通りか。すこし休息しさきに明るみを見つけたい。
2019 7/24 212

☆ 秦 恒平さま
メールありがとうございました
週末に1か月余ぶりで入院から戻ってきました。もっとも手首のギプスと肋骨五本のバンドは、まだ半月ほどはとれそうにありません。
成田駅の外階段で、乗るバスが停留所に着いていて、あわてた挙げ句がこのていたらくです。お恥ずかしいことです。頭をうたなかったのが、不幸中の幸いです。これからは、年齢相応に慎重にいきます。
秦さんの、万全ではないご体調の中での踏ん張り、私語の刻などで拝見し、私ももう二仕事でも三仕事でもしなくてはと思っています。

どうぞお元気で。  長島弘明  東大名誉教授 近世文学

* 転んではならぬと、それは四六時中願っている。それでも何が起きるか知れないと用心している。長島さんのアタマは貴重品なのである。
2019 7/24 212

* 望月太佐衛さん、浅草明日の花火に例年通り招いて下さったが、とても体調およばず、感謝して辞退。七月二十七日は、娘朝日子の誕生日、孫娘やす香の命日。嗚呼。

* 岩波文庫新版の『源氏物語』第六巻「柏木から幻まで」を校注者のお一人今西祐一郎さんからいつものように頂戴した。あとは匂宮三帖を含む宇治十帖夢の浮橋まで二巻。生涯、身のそばを離れまい。
2019 7/26 212

* 谷崎松子夫人には家中のものがいろいろにものを頂戴したが、私の頂き物の中に、「お手づくり」のそれは美しいふわふわの大座布団があり、あまりの勿体 なさに美術品なみに置いてきたが、もう何十年、すこしのへたりも無く健在なのを惜しみ、ソファに背もたれとして置き、大きな体をゆったりと安楽に使わせて 頂きましょうと、目の前のお写真にお許しを願った。潤一郎先生も「いいよ」と言うておいでに見える。

* なにもなにももう心して心入れてだいじに、しかし心地良く使うものは使って気持ちを楽に大事にすべき時機にきていると思う。
2019 7/27 212

☆ 秦先生
メールをありがとうございます。

隅田川の花火 台風の中、開催できてよかったです。

ツィッターアップしました。

今年は稽古が長引き、雷門の稽古場から少しだけ見ました。

今、夜行バスで金沢に向かってます。

柿木畠商店街の水掛神輿に参加します。

今後ともよろしくお願いいたします。  望月太左衛

* 毎年お誘い頂いて。去年は妻も一緒に、太左衛さんのお姉さんのお部屋からみごとな花火を堪能させてもらった。
もう十二三年になる、肉腫に奪われ愛しい孫やす香の逝ったあの年にも、天上のやす香と地上の私は一緒に花火を見て、泣いた。とりかえしのつかない悲しみであった。幸せな妻にも母親にもならせたかった。元気に仕事もさせてやりたかった。
2019 7/28 212

☆ 今年の祇園祭も過ぎました。
何時もご心配頂き嬉しいです。
私の体調が今一で。日々の家事、何とか過ごして居ますが今日の様なお天気は特に辛いです。
夫の方は 週明けには外来でバタバタです。私の体力が衰えて来たので困った事です。
何か楽しい事 探してます!  京。北日吉   華

* 年寄りの二人暮らしで片方が大きな怪我をしてしまうと、ほとんど共倒れに同じようになる。何もしてあげられず、見舞いを書き送るすらかえって気の毒になる。平穏なご恢復をただ願うばかり。

* 土佐の出の女性読者、東京へ転勤して、以来何十年、連れてのぼった一人のボクちゃんが、今は父親に成っているという。時の流れの強かさよ。
この人、土佐の産、猛烈と謂いたい美味さのお酒に添え、珍しい食べ物や飲み物をいろいろ送って下さった。ほくほくと頂戴している。
戦中戦後を極く貧しく育ったわたしは、免れようないいやしんぼうで、口に入るものを頂くと恥ずかしいほど嬉しい。感謝 という他の言葉がない。
十歳の疎開先山国で敗戦、十五歳で祇園石段下の新制中学を生徒会長で卆えた。二度とイヤという思いと、いっそあの時代へもう一度とも思う。それほど、今の日本の政治は危なくて、嫌い。安倍政権は嫌い。危ない危ない。若い人たちよ、眼をしかと開いてくれ。
2019 7/28 212

 

* 昨日もらった胡子文子さんの土佐のお酒、あまりうまくて、例になく五合瓶を半日で空けてしまった。日々の白楽天の、酒好きに見習っている感じ。

☆ 拝啓
「秦 恒平選集」第三十一巻をご恵送くた゜さり、ありがとうございます。
今回は秦さんのヴィタ・セクスアリスである「オイノ・セクスアリス 或る寓話」の巻でもあり、どこまでが秦さんの実体験に由來し、どこからが夢想や奇想 へとつながってゆくのか、はなはだ興味深い物がありました。もともてと「山がつ」の私ゆえ、作中の舞台の京都や主人公である吉野東作の持つ深い文化や趣味 性に圧倒され、怖れのような心持ちで読み進めました。「松」と「雪」のメールのかけ合いや、作中引用の秦 恒平「罪はわが前に」の出現に「私語の刻」やご係累への連想が働きましたが、しかし、ふとこれは題名通りの「寓話」であり、すべてが作家・秦 恒平の心の中の現実や、作家の観念の表象かと……。
暑さがきびしくにりました。
どうぞお身体、大切にお願い申します。敬具   久間十義   (三島文学賞作家)

* 「或る寓話」というところへ最初の批評・感想が寄り添ってきた。「寓話」とは、中国でもなかなか含蓄も背景もある表現分野で、にほんの近代文学では簡単には出会わない。久間さんが、「寓話」の二字へ踏み込まれたのか逃げ込まれたか、もうすこし聴かせて欲しいところ。

* 京・岩倉の森下辰男兄から、また新しく編集された音盤を五枚も送ってもらった。ショパンやハイドンもありフランク・永井はともかく、島津亞矢や藍川由美といった知らない名前の歌謡曲もある。

☆ 秦 兄
相も変わらず五目飯的な音楽をお届けしますので、ひと息ついたときなどにお聴きください。
きょうは同封していませんが、ジャズも懐メロもクラシックもすべてはムードミュージック(気分青菜)というのが私の持論で、あらゆるジャンルの音楽をその時々の気分しだいで愉しんでいます。そのために若い頃からいろんなジャンルの音楽を集めてきました。
音楽は人生のスパイスで栄養価はなくても調味料として人生を謳歌するのに不可欠な要素の一つです。読書もまた然り。
大学の有志会用のCDはご当人より家人の評判がよかったとみえて、「女房が森下さんは顔に似合わず甘い曲が好きなようねと言ってたぞ」と、たわけたこと を宣う友人には「おまえのかみさんは顔で音楽を聴くのか。器用やなあ。おれもラテン音楽はオイドで聴いてるけれど」と笑わせていました。「オイド (oido)はスペイン語で耳のことや」
そんな冗談を言い合っていた仲間たちも恍惚の人や仏さんになり、当人の音楽の趣味も道楽が
高じて極道(楽)になると、「お宅のご主人いい趣味やね」と言われる家内にとって私の音キチは往年のタケノコ生活をおもうと「音が苦」以外の何ものでもないのやろうなと今更のように思い遣っています。
財界人の友人が銀座4丁目で毎年開いていた絵画展に便乗したクラス会は途切れましたが「おまえのCDを聴きながら制作に励んでいるよ」とうれしい便りを もらうと松山市と西束京へ同時投函になりますが、その時々の思いつきで控えもなく、又これかと言うことも年々繁くなるかもしれませんがどうか悪しからず。
祇園の後祭も終わり、京の夏は五山の送り火を残すだけですが、街中はとくにアジア系観光客で混雑しきっています。モれでも圓通寺界隈にはまだ静けさがあります。子連れの鹿を見かけることも珍しくありません。
白川小学校もホテルに化けることが決まりました。青蓮院のならびに大きな鉄筋の建物ができます。
私は市電の廃止に大反対でした。せめて東大路、北大路、西大路と九条通の市の外周にはチンチン電車を残しておいてほしかった。京女(京都女学校)の生徒たちと市電で通学していた頃がなつかしく思いだされます。古都の俤が年々うすれていくことを危惧しています。
現市長は公の場をきもの姿で通していますが、古都が観光客に媚びて合わせるのでなく、毅然として観光客を古都のしきたりに従わせるぺきです。観光バスの 通行の邪魔になるから市電を廃止の発想は本末転倒も甚だしい。観光客の宿不足から古い町屋を民宿街に模様替えする愚かさ。経済効果第一の姿勢はナンセンス モのものです。
宿泊は周辺都市でして 公共の交通機関で入洛し のんぴり見物をどうぞ、でいいのです。
ひさしぶりに用事で京都最大の遊郭だった五条楽園を訪れましたが、応対に出たのは日本語の
通じないアジア系のオーナーでした。日本の土地も何もかもその内にそっくり外国人に買い取られてしまうでしょう。
高瀬川に沿ってそんなことを考えながらの猛暑の半日でした。
しかし、今いちばん恐れているのは 目と耳の機能低下です。兄もおなじような悩みをお持ちでしょう。そうであれば尚更のこと、いとおしく悔いのない日々を過ごしたいものです。
同封の音源の中にご夫妻の気分転換になる曲があれば幸いです。
梅雨が明けてこれからが夏本番です。くれぐれもご自愛くだきい。    森下辰男

* 白川小学校がホテルにとは。青蓮院の並びに鉄筋のビルがとは。古い町家を観光客のための民宿街にとは。オオーっ、信じられない。極端な云い方になるが、はやく逝ってしまった懐かしい人たちが羨ましいという気分になりかねぬ。
しかししかし、わたしは小説世界へ矢よりもはやく飛翔したいのだ、いまは。

* ありゃりゃ。もう十二時になる。
2019 7/29 212

* 吉備の人、有元毅さん、見事に美しいマスカットと桃とを送ってきて下さった。真っ先に、とびきりの眼福を喜ぶ。ありがとう存じます。お寂しい日々でしょうかと、いつも、心より穏和な毎日を遙かに願っております。
2019 7/30 212

* 森下兄に送ってもらった JOSEPH HAYDNの「弦楽四重奏曲ニ短調を、三つの弦楽四重奏団が競演しているという盤を聴いている。これはとても 楽しめる。若い女性歌手の歌唱力に欠けた演歌、歌謡曲の方は、李香蘭に較べては可哀想なほど聴くに堪えない。クラシック音楽は、聴き惚れながら聴き入れ る。何をしていても心が和み、落ち着く。
2019 7/30 212

 

☆ ご無沙汰お許しください
「湖の本」「選集」をいただきながら お礼も申し上げないまま過ぎてしまいました。
ホームでのくらしにも大分慣れてきました。
折に触れて いるはずのない妻の声が聞こえたりしています。
東京も一転暑くなったようです、どうぞお大切にお過ごしください。  吉備の人

* 深い深い息をつく、泪もにじむ。どうか日々をしかと歩んで下さいませ。美しい桃、みごとなマスカットに見入りながら吉備のかたを想っています。
わたくしの作や文章や拙い日録がすこしでもお役に立ちますように。

☆ 七月尽
昨日 湖の本の発送作業を終えられたとのこと、お疲れが残りませんよう。
今日は夏本番の暑さ、青空が輝いて挑むようです。
先に送った(長編への感想=)ファイルが開けないとのこと、以来読み直し書き直ししています。そのファイルは消去してくださればと思います。
今月半ばに京都に行った折、小説の舞台になった辺り・・久我橋から羽束師橋まで歩きました。夏本番でないのに、曇り空なのに湿度が高いためか、たちまち火照った身体を休めなくてはならず、退散。現実には目にしたことない幻の池・巨椋池のやや底冥い風情を想像しました。
今朝の吉備の方の消息など、身につまされること多いかと思いますが、どうぞお二人 元気に過ごされますよう。
それにしても社会へのどうしようもない大きな大きな慨嘆。日本も、そして生きる最低限の条件さえない、さまざまな国の人たち。嘆きの少し先までは何かができると思うのです。
夏を乗り切って下さい, 熱中症などならぬよう。  尾張の鳶

* 『オイノ・セクスアリス 或る寓話』への感想は、題名ないし第一部だけで閉口・退散された方もあり、なかなかご迷惑もかけていそうな気がする。第二部 にすこし「あとがき」を添えたが、第三部完にも倍ほどの「あとがき」を添えた。いまここへ持ちだしてもいいのだが、それでは「湖の本」を愛読して下さる方 には味気ないだろう。

* それよりも次の作へと、喰って掛かりたい。
2019 7/31 212

* 朝 いちばんに、豊中の松村さんより、めづらかな、丹波西山 純米大吟醸稀有の「小鼓」一瓶を贈られ、欣喜、にっこり。感謝感謝。
もう同志社美学での友人は、妻と同期の松村美沙さんただ一人になってしまった。(女優の原知佐子は、一年余で日活ニューフェイスで翔び去った。)
元気でいて欲しいと 切に願う。
だれもだれも、もう わたしより先に逝ってはならない。

* 昨日 京都中央信用金庫より『公益財団法人 中信美術奨励基金(京都美術文化賞)三十年の歩み』が贈られてきた。三十年間の授賞者と作品とが佳い写真 になっていて。「美術京都」誌刊行や各回作品銓衡等々の、発足当初から、選者・理事・編集顧問等を24年間担当し続けたわたしには、古証文ながら懐かしい 有り難い記憶の助けになる。当初からの選者仲間だった、梅原猛、石本正、清水九兵衛、三浦景生、小倉忠夫さんら、すべて逝去、懐かしい橋田二朗先生も。
授賞者の顔と作品を観なおしていると、懐旧の思いに襲われてよろしくない。自分で強く推して当選された人数も夥しく、樂吉左衛門(直入)さんら何人かとはいまも親しい交信がある。
いい記録を作ってくれました。感謝。
2019 8/1 213

 

☆ 秦恒平様
『湖の本145』著者呈上の巻をいただきました。変わらぬご厚情に御礼を申し上げます。
「私語の刻」を拝見して、この巻が「性愛」と「愛」とは重なりうるか、との課題を問い詰める過程の道半ばの書であることを教えられました。第三部を読み 終えた折り、雪繪が吉野に明かしていない問題意識を持ち、それを追及し、破れたのだと感じましたが、彼女の問題意識がこれだったのかと、「私語の刻」を読 んでようやく私なりに気づいた次第です。
この問題意識から本書の全体を振り返ると、もともと無理な状況の中での課題の追及を雪繪がしたものだと感じました。吉野が問題としたのは56頁以下の、 現代における性の自由と自由の限界を探ることでしょう。男と女にはそもそも意識における相違がある。女は性技を尽くしつつも、その底で実は「愛」を追い求 めているのでしょう。見当外れな感想かも知れませんが、一言。
酷暑の折、御身お大事に。   浩   ICU名誉教授

* 感謝。
第三部の「あとがき」を読んで下さるとさらにお考えも動くか知れません。感謝しています。

☆ 酷暑
「新しい仕事(=小説の脱稿へ)は、
もう、まぢかい辺りに終焉の景色が見えそうなのですが、書き手(=秦)がへんに怯えて、佇んで・・」と書かれています。
へんに怯えて という状態は鴉らしくないです。今回の「セクスアリス」で「湖の本」の読者で以後の購読を断った方があったことで、幾らかの喪失感、躊躇などがあるからでしょうか? 我が道を行くしかないのです。どうぞ迷わず創ってください。
性描写に触発されて『チャタレー夫人の恋人』全訳版を読んでいますが 発禁、裁判など 現在では何故 と 逆に質問が出るほどに思われます・・。
「いまだに、絵を技術として教わり習っているそうですが」と 厳しいです!
絵を技術として教わり習っているかと問われれば、部分的にはそうかもしれない・・技術として学ぶ段階ではなく、(技術的なことがこれからも問題になる時 はあっても)自分のテーマは何か、何を描きたいかというのが最大の問題だと思います。描くものを一度自分の中で消化し変形? 再生していく作業が不十分だ と気づきます。

先日の京都の一日のメモから
「竹田からバスに乗って南へ 洛北と異なって広やかに開けた場所、鴨川に沿って歩いて行く。車は入れない土手の道は日曜日とあってサイクリングの若者が多かった。
巨椋池はとうに歴史的な暗がりの彼方に退いている。七月下旬の息苦しい湿気と真夏ではないものの熱気に消耗した。喫茶店に入り取敢えず水とアイスコーヒーで体を冷やす。去年の祇園祭の時に感じた熱中症に罹ったかもという恐れが走ったので、とにかく休憩。
落ち着いてからバスに乗って・・地下鉄の乗り換えなどすべて煩わしかったので京都駅までそのままバスの座席に身を沈めた。前の席の女の汚れた首筋と薄い耳が寂しい。
京都駅でバスを乗り継いで祇園へ。
何必館の 中野弘彦展を見る。これからの日本画・・・答えなど出てこない問いかけだが、それでも問いたい。梶川氏が30年にわたって彼に注目してきたと いう。無常をテーマとしている彼の内面が窺える絵もあり、また画面、特にバックの処理の仕方では考えさせられもした。ただし、彼の作品と自分のそれとは大 いに距離があるのを痛感する。自分の方向を見定めるには時間がかかる。」
梅雨明け、そして連日猛暑。多治見や豊田など隣接する市が37度以上、東海地方は暑いです。今日は夕方烈しい雷雨で停電がありました。
ごめんなさい、思うままに書いてしまいました。熱中症にならないで、よほど必要なこと以外は部屋で、大事に大事になさってください。   尾張の鳶

* まず、「へんに怯えて」の意味は作を読まれたときには、これかと、氷解するでしょう。わたしが書きながら怯えるモノは、ま、きまってますから。
繪のこと。 WHAT?  HOW?
テーマは 双方に関わり、関わらせ方が根の問題になるのでは。
中野弘彦は京都美術文化賞の選者時代の受賞者の一人でしたが、わたしは推さなかったと思います。繪の「つくり」に 概念 のようなものがうすぐらく先行潜勢している感じがして。
繪を描くのに「方向」を見定めますか。概念・観念・私心が先行の危うさ、ありませんか。
暑い暑い 苦しいほどです。家の中ででも熱中しているので熱中症になりかねない。
日々を お大事に。蹴躓かないように。  鴉カアカア

☆  [湖」の本144を
ありがとうございました。

ずいぶん濃厚そうな内容でした。このなかでカトリックの教義を論じられると不思議な宗教のような感じがしました。  東京・新川   草   詩人

* 以前に『選集』をさしあげたときの挨拶が下記のようであったので、仲良しに甘えて、一言、返呈したことがあった。

もっと素直に質実な言葉で語って欲しい。「大変立派な装丁の高質な内容のあふれるほどの『秦恒平選集』をご 恵送いただき、心よりお礼申し上げます。読ませていただきます。」なんてのは、言葉に心籠もらないゾッとしない着飾って着飾り損ねたもの言いです。こんな 言葉で「詩」を書いているのですか。今日いただいたメールも、異な心地がした。セクスアリスとカトリックは取り合わせが「変」ということかな。アダムとイ ヴの昔から根本義で触れ合っていた気がしているが。

☆  秦 兄
すてきな表紙絵の湖の本ありがとうございました。  京・岩倉 森下辰男

* すてきな表紙繪は城景都画伯の美しい傑作の一つ、わたしのお気に入りです。
2019 8/1 213

* 京都の森下兄、『オイノ・セクスアリス 或る寓話』へ読了長文のメールを呉れた。
ただ、「湖の本」読者のほぼ全員が、完結作として本にした『選集31』は目にされていない、つまり完に到る作の第三部をお届けできるのは八月下旬になる。この第三部「完」の行方に直か触れの評判をここに紹介するのは、多くの「湖の本」読者 に申し訳ない。森下兄の感想は、ここへは「控えます」と一旦書いたものの、批評感想の大方は上の禁忌には触れ「ない」森下兄の直の議論なので、大半に当たるその箇所は、兄からの熱い好意として紹介させてもらう。女性の皆さんからは矢来の直撃も有るか知れないが。
森下兄、ありがたく、感謝します。
わたしは、「湖の本版 第一部」に短い序を副えたが、これは作の発送や成り行く経緯に触れただけ、作そのものへの作者の思いまでは出さなかった。だが 「湖の本版 第二部」後記の「私語の刻」には、やや踏み込んで作者の手法や主人公(吉野東作)の語り口などに意図をもたせておいた。それはそれなりに私・ 秦 恒平の思いに副うているので、森下兄の批評のあとへ添えておく。しかし、やはり「湖の本版 第三部完」にも添えた、やや長文の作者・秦 恒平の「私語」は、八月下旬の版本まで、当然のこと伏せておく。

☆ 冗文ですが
秦 兄  労作「オイノ・セクスアリス・ある寓話」を読み終えて、作者が読者に望み、期待するような読後感かどうかをためらいつつ感想をできるだけ省エネ文体でメール分送しよう。
(中略失礼 秦)
年来の読者の幾人もが本作品に拒否反応を示されたようだが、恐らく一種のカルチャー・ショツクを受けられたのだろう。ひとは願望本能によって常にY路に立たされ二者択一の選択を重ねつつ一つの文化からより高度の文化に向けて脱皮をくり返しながら成長をとげていく。

未知の文化に触れたときの戸惑いや受容の可否は、願望本能の強さと自身の属する文化圏によって異なる。

作者は、作品を一つの寓話に仕立てた。寓話でナポリの美術館にある16世紀中庸のフランドルの早逝画家ピーター・ブリューゲルの「盲人を導く盲人」を思 いだした。寓意は異なるが兄の寓話は生きとし生けるものが持つ二大本能の一つである性本能の赴くところは世間や社会が、誰が何と言おうとおおらかで心地よ く、その極致が「ユニオ・ミスティカ」であるとよむ。

そうであれば、二大本能の食本能を堪能するものはグルメと称し美食家と自慢するのに、なぜ性本能を全うする好色家は助平や漁色家・猟色家と蔑称され、性 を公然と語り、書くことは憚り、忌避し非難されるのか。見方や表現によっては、レストランで女性がソーセージをかじり、ソフトクリームを舐めているポーズ がよほど卑猥に見えたりする。そうならまるで「目くそ、鼻くそを嗤う」ではないか。

食本能を満たす時はさしたる規制や非難はないのに、性本能を満足させようとすれば、なぜに無粋な法や倫理や宗教が直ぐにシャシャリ出てくるのか。

人の理系か文系かの見分け方は「氷が解けたら何になる」の答えが「水」なら理系、「春」なら文系だというが社会科学系、わけても法律をすこし齧ったもの は理屈っぽくて嫌われる。だから私は法律が嫌いだ。法律は必要悪と思っているから少ないほうがよい。無粋な法を振りかざすより、ニワトリの哲学者やネコの 物しり博士に寓話やお伽噺を語らせて処世上の教訓を垂れさせるほうが居心地がよい潤いのある世界ができあがる。そんな世界の構築は物書きの領分であり特権 である。

日本の性の風習・風俗が窮屈になったのは儒学者による「礼記」の「男女七歳にして席を同じうせず」の堅苦しい思想が入ってきたころからではないのか。

混浴や夜這いなど日本の性の風習・風俗は長いあいだ大変おおらかで開放的であった。現に昭和40年代でも社員旅行の温泉旅館が混浴で修学旅行の女子高生 の一団と大浴場で鉢合わせをして若い男性社員たちがのぼせたことを思いだす。裸の娘たちも大勢なら羞恥心より好奇心や挑発心が勝つことを実感した。

願望本能は止まるところを知らず、次から次へと湧き上がってくる。道徳や宗教や法律で抑圧抑制すればするほど大きく膨らんでくる。隠すほど見たくなるのが人情なのだ。

そんな願望本能と性本能の合体から迸りでた「オイノ・セクスアリス」を兄はある寓話という。どんなに恰好をつけても所詮、性は性(さが)である。性行為 は種の保存のための営みであることに間違いはない。生あるものがこの営みを嫌い怠れば種は断絶する。ゆえに、この営みをこの世でいちばん快感のともなう行 為に造物主は指定されたのである。答えてくれるなら、お前たちも絶叫するほど気持ちがいいのかと蝶やアリにきいてみたい。ある寓話は読者に問題を提起し挑 んでいる。

性行為を「繁殖作業」と捉えてしまうと閉経後の性交は無用で無意味な行為に堕してしまうことになる。そこから某元都知事の「閉経後の女が長生きしても無 駄」発言が飛び出してくることになる。この発言に世の女性たちは目尻を大きく吊り上げる。しかし、ある寓話の「いいわ、もっと奥まで」にはニコリともせず 目尻を下げない女性がいるという。これは摩訶不思議である。自家撞着ではないのか。

男尊女卑なる語はここで出てくるべきではない。かつては若衆買いを愉しんだ上臈女房も居たし、いまもホストクラブのイケメンに入れ揚げるマダムやカミさ んも大勢いる。性の快感に男女の違いはないし、五感による行為も男が主で女が従であるはずがない。大方の男性読者は「爺さん、何を食って長時間も精力絶倫 なんや」「五感だけでなく、第六感や想像力で制御しているのか」「男はかくこそあらまほし」と鼻の下をのばし、よだれを垂れているが、兄の女性読者にもこ んなイケメン・ペットを飼いたい願望を持っているひとは大勢居るはずと放言したら集中砲火を浴びるだろうか。桑原くわばら、雷が落ちないうちにひとまず区 切ろう。   2019-8-2   森下辰男  中・高 同窓

* 『オイノ・セクスアリス』 第二部 作者後記 (湖の本145 版)

私語の刻

『オイノ・セクスアリス 或る寓話』は、老人の性交為をおもしろづく書こうとしたものでは全然無い。今度の作で意識の芯に置いていたか知れぬのは、「一夫 一婦」というある種模範的な、ある種無惨な人類史の「一制度」がもたらしているかと思われるきついヒズミを、せめて指摘だけはしてみたい思いであった。夫 には「妻」、妻には「夫」が生涯に占めている、重さ。
すべてが「吉野東作という私人」の走り書き、書きっ放しの体裁ゆえ、表記の混雑など気にしていない。超雑食型の素人の筆者が、思うサマに何をどこまで書 いて喋って、言い得られるか。終始一貫して、文筆を職とはしていない一老人の「雑記」「雑談」のまま。それが、言い淀みも矛盾や記憶違いも自在の狙いで、 また作者の意図でもある。そういう「書き方、話し方」の可能を探ってみたかった。単純な一人称記述ではなく創ってみかった。
二部、三部へむけて 「性愛」と「愛」とは重なり得るのか、それはあだ疎かには書かなかったつもりだが、叱正や叱声も受け容れねば成るまい。ただ、こんな作は 他に誰も書かない、書けなかったろう。鷗外先生もあの「セクスアリス」で、「若い女」は書かれなかった。
まだこの先でどう「落っこちる」か知れないので多くは語れないが、見て見にくい「もの・こと」をきびきびした文章で提供して行くのが「文学作者の作品の役目」とわたくしは思っている。男性には男性の、女性には女性の厳しい叱声がきかれるだろうけれど。
ちなみに、『オイノ・セクスアリス』という表題を「老いの」と謂うた気でいたが、九州人なら「オイノ」は「おれの」とも読みますと馬渡憲三郎先生に教わった。外国語でならもっと奇抜な意味に読まれるのかも。
谷崎(潤一郎)先生晩年作、たとえば『鍵』には、国会でさえバカげた非難の声が舞った。最晩年には『瘋癲老人日記』があり、すこし早くには『夢の浮橋』 もあった。谷崎作の世界に尻込みし、また悪罵していた「フツーの読者」の声はたくさん聞いたし、それはそれで谷崎世界とは縁無き衆生であったというだけ。 一言付け加えれば、谷崎先生の世界は練達の物語世界であり、論や攷の性格は淡い。
わたくしは、昔から、小説を「用いて」も論じたい究求したいものごとを平然作中へ持ち込んできた。『オイノ・セクスアリス』の「吉野東作老人」は、老い の精(性)力を誇るべく物語っているのではない、おそらくは「生まれる」という受け身、「死なれる」という受け身、「もらひ子」という「根の悲しみ」を老 いてなお見つめつつ、且つ「愛と性愛との衝突」を問うている。問い方はあるいは冷酷と謂うに近くもある。谷崎先生の晩年作が私の念頭に無いはずがなく、し かも、どう、どこへ、どこまで、そこから離れ得られるか、離れての世界が創れるかを、十年、考えつづけてきた。「第一部だけ」でそれを即、推側してもらう ワケにはやはり行かないはず。第二部へ入って、第一部からの印象、男の視線や思いでばかり女が語られているという先入主は、意外な方角へ新ためられると 思っている。
何はあれ、読者との久しい「ご縁」を本当に有り難く大切に思ってきた。今もこれからも切にそれを思い願いながら、永くはあるまい残年をしっかり書き続けたい、何の躊躇いもなく。

* それにしても「湖の本145 第二部」の表紙繪、それはそれは美しい女性裸像ですよ。
2019 8/2 213

☆ 月様
湖の本145の配本を終えられたとのことで、届くのを楽しみにお待ちいたしておりましたがまだ届いておりません。家を留守にすることが多くなり、連絡させていただきました。
暑さことのほか厳しいおりにお手数をお掛け致しますが 配本のこと、よろしくお願い申し上げます。 徳島市   花籠拝

* 発送ミスかも知れず、炎暑を浴びながら自転車で走って、すぐ送った。連絡も。「花籠に月を入れて」という閑吟集の小歌いらい徳島在住の久しい読者。

☆ 有難うございます。
思えば閑吟集が縁となり湖の本を拝読させていただくようになりまして四半世紀近くになるのかと、思いを深く致しております。
昨夏に自宅(五階) の階段を下りる途中、膝を痛めてしまい、腫れた膝から水を抜くこと数度、痛み止と湿布での治療。レントゲンとMRIで骨に異常がなくて手術にはならなかっ たのですが、いまだに痛みが残り、だましだまし仲良くしていくしかないかなと思っています。松茂の空き家にしている家の補修(ブロック塀をフェンスに取り 替え工事)、敷地や横の沼あげ地の除草、孫たちの子守りに通っています。バスの便、回数が激減していて不便この上なく、目の前にあるバス停に止まる下車の できない高速バスを羨ましく眺めています。
新聞の「ちょっとええ話」への投稿も二年前から休んでいて、代わりというわけではないのですが、とくしま文学書道館の「初歩から学ぶ川柳講座 」を受講。二年目の昨年、初投句した二句が最優秀賞と優秀賞を頂き、ビックリです。
私事を書き連ねてしまいました。ご免なさい。
今日も厳しい暑さとのこと、奥様ともども お疲れを癒やされましてお過ごしくださいませ。花籠拝

☆ 「湖の本」
創刊三十三年とは! びっくりです。   静岡大名誉教授 小和田哲男
2019 8/3 213

☆ 暑中お伺い申し上げます。
今夏も厳しい暑さとなっておりますが、お変わりなくお過ごしでいらっしゃいますか。
襲名披露の巡業公演もお陰様で兵事に終わり、 いよいよ 初演より五十年目の
白鸚として臨む 「ラ・マンチャの男」 の稽告がはじまります。
是非お運びくださいます様、お待ち申し上げております。
令和元年 盛夏       二代  白鸚 (先の九代目 松本幸四郎)

* 「ラ・マンチャの男」は、掛け値無しにもはや現代での古典的かつ真新しい名舞台で、わたしたちは繰り 返し観てきたが「繰り返し」という印象のない、いつも新しい工夫の加わる面白いミュージカル、白鸚丈が「歌手」としても素晴らしいのに、いつも感嘆する。
未見の 方々には、ためらいなくお奨めする。
2019 8/3 213

 

☆ 此の暑さの中、
湖の本 145 届きました、有り難う御座いました。しばらくHP(=秦の私語の刻)ともご無沙汰です。
暑さの中お二人の体調 心配しています。
七日から京は六道まいり、続けてお盆、大文字と。
日々お大事にお過ごし下さいませ。
私は気を付けながら(ご主人の介護に=)頑張ってます。
取り合えず。   京・北日吉   華

* 金縛りに遭っているように、ボーゼンと腕組みして機械を睨んでいる。
遠雷か、花火を打ち上げているのか。

* 色川大吉さん、黄色瑞華さん、杉本利男さん、濱靖夫さん、深澤晴美さん、早大図書館、大正大、昭和女子大、神奈川近代文学館、文教大、親鸞佛教センターから、お手紙また「湖の本」受領の来信。
2019 8/3 213

 

☆ 湖の本を
頂戴いたしておりましたのに… ご連絡が遅くなってしまい…  恐縮でございます。
もともと、体調がすぐれなかったところへ、連日の猛暑で、家にはクーラーがついていないこともあり… すっかり、調子を崩してしまいました。
また今年は、北国の叔父と父との新盆でもあり、そのうえまだ納骨もすんでおらず…  身体も、気持ちも、とても落ち着かず…  どうかおゆるし下さい。
先生がお元気であられますよう、祈っております。 お元気で、この夏をお過ごしになられますよう、祈っております。 京・鷹峯 村上

* わたくしの本など気にかけず。京の凄みの夏に負けぬよう 心静かに一足一足日々確かに生きて欲しい。

☆ お礼
秦様  酷暑が続いておりますが、お変わりなくお過ごしのことと拝察しております。
さて、「湖の本」145のご恵投に与り、まことにありがとうございます。
恋の道具に書簡ならぬメールが登場、やはり新しい感覚と存じました。
また秦様が、食物のみならず、文学・藝術、街、風景、それに女性に関しても大変な「グルメ」でいらっしゃることを改めて感じた次第です。
毎日スーパーの総菜と即席みそ汁の食事をしている私としては、食に関するところが一番面白く、感興深く拝読いたしました。また、「玉門深くから女の蜜はとろうっと白く濃く溢れて甘かった。」というところでは思わず目を見張りました。
とにかく秦様の奔放な想像力に驚きと羨望を感じております。
ますますのご健筆お祈りいたします。
わたくしはこの夏は『イスラエルを救ったエジプト人スパイ・天使』なる本の翻訳で終わってしまいます。
日本古典が読みたくてたまりません。荻生徂徠、林羅山、中江藤樹あたりをどこか涼しいところでじっくり読むのが夢です。   茨城   鋼

* 一休和尚の詩を読んでいれば、「目を見張る」ようなことは無いのですが。
わたしが何に向かっても「グルメ」なのは、京育ち、しかも胸を開いてものごとへ向かう体質からしてむしろ当然なのです。「奔放」でも何でもなく、真向かって観ているというだけのことです。部分的に意識し勉強し調べて書いていても、それはホンの肉付けなのです。

* まだ第三部完を観て戴いてない方は、第三部を読まれれば第一二部に伏線がいくつも敷かれていたことを気づかれるだろう。荷風訳のボオドレエルの詩など も、ただ無意味な面白づくで置かれているのではないのだが、わたしの置きようが下手なのかも知れぬが、「雪繪」の莫大なメールもごみをかき集めるように置 いてあるのではない。劇はそこでも意図され進行している。
2019 8/4 213

☆ 『日本への遺言 福田恆存語録』(抄)に聴く

性    よく身上相談などで、「彼は一個の精神的人格として、私を求めてゐたのではなく、ただ私を通じて女を求めてゐるだけだ」などといふ憤懣が語ら れます。が、ロレンスにいはせると、「それなら、まことに結構」といふことになる。男は女のなかから花子を選びだしてはならぬ、花子のなかから女を引きだ せ、さう、ロレンスはいひます。もし男が他の女ではない花子を選ぶとすれば、その花子が相手の男にとつて最も女をひきだしやすい女であるといふ理由をおい てはない。さういふ恋愛と結婚とのみが、真の永続性をかちえる。精神だの人格だのいつてゐるからいけない。といふより、誰も彼も自分の性欲を、精神的人格 といふ言葉のかげに、押しやつてしまふ。人々は性に触れたがらない。いや、直接に触れたがらない。精神的愛といふ靴の革を通して、霜焼けを掻くやうに性欲 をくすぐつてゐるだけだ。さうロレンスはいつてをります。

* 上の語録は、福田先生の奥様から「謹呈」して戴いている。これを出されて福田先生は逝去された。奥様は、いまもわたくしからの送本を「心待ち」に老境を静かに過ごされているとご家族に伺っている。
2019 8/5 213

* 岩手・八幡平の歌人伊藤幸子さん、「鷲の尾」という珍しいお酒一升を下さる。さっそく戴く。
2019 8/5 213

 

☆ 「暑い!」で
すべてですね! 涼風は、「湖」から。145受取りました。
自分ながら恥ずかしいくらい何もしませんしできません。
セガレの勤める高校の甲子園
を待っています。
どうぞお二人とも お大事に。  井口哲郎  前・石川近代文学館館長 元・県立小松高校長

☆ いつも乍ら
有難うございます。
『オイノ・セクスアリス 或る寓話』  書くことへの新たなあくことなきご挑戦、深く敬意を表したく存じ上げます。  京・伏見区 服部友彦  前・淡交社編集局長

* 瀬戸内寂聴さん、 漆藝家・望月重延氏、墨画家・島田正治氏、東海学園大、天理大、オフィス伊集院、「湖の本」145受領来信
2019 8/5 213

☆ 青空に猛々しく立ち現われた雲の峰がひときわ暑さを加えます。
暑中お見舞い申し上げます。
「湖の本145」拝受いたしました、篤くお礼を申し上げます。着想から十年の「寓話」に読者として巡り会えました幸せを噛みしめております。 京・山科  あきとし・じゅん  詩人

☆ こんなに暑い時
オリンピックなんて信じられないなあ  わたくしの思ひであります。
何も出来なくて、ただ生きている、最近ダメな女です。
21歳の時の映画、一応、**にはしてありますけれどね。 昔の映画は、心安くて とは私の長唄の先生の言葉です。
カーブスに身体 楽しませるため出かけます。
あ、御本、ありがとうございました。     原知佐子  女優  大学同窓

☆ 御礼
秦 先生 猛暑が続きます。いかがお過ごしでしょうか。
『湖の本 オイノ・セクスアリス』をご恵贈賜りありがとうございました。
『秦恒平選集 第31巻』と両方が本棚に並んでいます。『湖の本』を友人に進呈しようかと思いましたが、145巻並んだ書棚に空白ができるのも残念なの でどちらも蔵させていただきます。夏休みに入りましたので、これから拝読させていただきます。読み進むにつれ、さらに暑い夏になりそうですが…。
鎌ケ谷名産の梨を少々ご送付申しあげました。日照りにめげず今年も出来はよいとの由。農家が頃合いをみて収穫するので10日余りかかるかも知れません。ご笑味いただけましたらさいわいです。
とにかく猛暑です。くれぐれもお体おいといくださいますようお祈り申しあげます。 篠崎仁

* 九大名誉教授 今西祐一郎さん 日本女子大名誉教授 岩淵宏子さんからも 「湖の本」145受領の鄭重の来信。

☆ 原爆の日で

秦 兄 労作に対する読後感のつづきは第三分冊が全国の読者に行き渡ってからのことにして。
今年も8月6日がやってきた。広島では原爆死没者慰霊式・平和祈念式典が行われた。子供代表の小学生ふたりのよどみない口調にひとしきり感心したあと、安倍首相の通り一遍の空疎な作文の朗読を今年も鼻白む思いで聞いた。

毎年「原爆の 日」を神妙に迎え、平和の祈りを心から捧げるのには特別の思い入れがあるからである。太平洋戦争末期当時のアメリカ陸軍長官の首の振り方如何では広島が京 都であったからである。アメリカが原爆を日本に投下することを決め、候補地の筆頭に原爆投下責任者のグローブス陸軍少将は 執拗に京都市を推したのに対し て スティムソン長官は頑として首を縦に振らなかった。
京都市を忌避した理由が 数多い文化財の喪失よりも 日本占領政策に対するその後の影響を苦慮してのこととしても、今日、私たち京都市民が生きて在るのは 広島・長崎両市の幾多の市民の犠牲の上にあることを肝に銘じて両手を合わせると同時に、改めて核の廃絶を訴え、軍事・平和を問わず核利用を推進しつづける 為政者を一掃せんとして投票制度改革案を江湖に知らしめんために私なりの努力を重ねようとおもう。それが今も生ある私たちの身代わりとして昇天された御霊 に対するせめてもの供養と心得ている。 合掌   2019-8-6 京・岩倉   森下辰男  同窓

 

* 深く深く 肯く。

☆ 秦 恒平様   野路です
「選集31」をいただきました。ありがとうございます。

 

☆ 秦恒平様    野路です。

「湖の本145」を頂戴いたしました。ありがとうございます。
選集で一気に読んだ時とは違った感興を得ました。
『黒谷』の「お気に入り」から『オイノ・セクスアリス』の「とくべつ」へ が妙でした。
上田秋成の本名「東作」からの命名よりも 『北の時代』の平秩(へづつ)東作からの方が私にはしっくりきます。
本名の立松懐之が狂言回しになりますものね。

* この有り難い感想の妙味を汲んでいただける読者が多いとどんなに嬉しいか。
しかしまた次の『湖の本146」を独立のていに読み通して頂けると、またちがった視野が在ろうかと期待しています。
今日、秋成研究では断然の第一人者、氏の東大生時代からお付き合いの永い長島弘明さん(東大名誉教授)にあ或るお願いの「質問」メールを送った。お願い のなかみは今明かせないが、『オイノ・セクスアリス 或る寓話』に、ひょっとするとまた「秋成・上田東作」と絡み合った「吉野東作」 本名 秦 恒平の一の別世間が創作可能になるかもしれません。私自身が、長島さんからの有り難い示教を、いま、切望しているのです。
2019 8/6 213

 

☆ 秦 兄
兄の(髭面の=)近影を日録に見て、お互いに齢をとったなぁーとつくづく思う。
毎朝、洗面所でご対面している分には左程変わりようは分からないが、数十年も会わない友には私の面も、また道ですれ違っても、素通りされるのだろうかと 思うとさみしいことだが、仕方がない。それでも気だけは若いつもりでいるが、もの忘れが甚だしい。とくに人の名前が直ぐには出てこなくなった。
昨年の日吉が丘の有志会で 「いょっ森下君」と呼ばれても相手の名が出てこない。そんな時には一呼吸おいて素直 ?  に「えーと名前は」と聞くことにしている。
「〇〇やがな」
「〇〇は知ってるがな。苗字とちごうて名前のほうや」
恥をかかない苦肉の術を是非お試しあれ。
哲人セネカが言う。
「髪が白くなったとか、しわが寄ったからとて、その人が長く生きたという証にはならぬ。長く生きたのではなく、ただ長く在ったに過ぎぬのだ。諸君は永遠 に命あるがごとく生きていて、諸君の弱さが脳裏をかすめることもない。すでに過ぎ去りし時間のいかほどかには注意を払わず、まるで湯水のごとく時を無駄遣 いしている。無益に費やしているその一日が、諸君の最後の一日になるやも知れぬというのに。いまにも死ぬるがごとく、すべてに恐れ慄いているその諸君が永 遠に死なぬがごとく、すべてを切望しているのだ」。
きょうの朝刊の訃報欄に 米黒人の女性作家として初のノーベル文学賞に輝いたトニ・モリスンの名を見た。
「お読みなさいと他のひとに薦める本がないのは、まだ誰も書いていないから。だからあなたが書くべきなのよ」 の モリスンのエピソードに触発されて私は「ハイド氏は2票方式で落選させる」と「ハイド氏は赤ん坊が落選させる」の改革案を電子本にした。
折角この世に生を受けた以上は 分相応に生きたいとおもう。有意義か無為な時間かは己が満足していればよいだけのこと。
兄の「清水坂」(仮題)を心待ちにしている一人として、この猛暑に兄ご夫妻の健康を心から祈るばかり。   2019-8-7   京・岩倉    森下辰男

* 朝から、もう十何度目になるのか「清水坂(仮題)」をまた読み返していて、その感覚に推されて前へ出ようと。読む。読む、読む。そして把握をつよめ表現を呼び寄せる。 2019  8/7 213

* 島尾伸三さん 藤森佐貴子さん 原山祐一さん 山梨県立文学館 から受領と感想の好意あるお便りが届いている。
2019 8/7 213

 

☆ お元気ですか、みづうみ。
ご連絡遅くなりましたが、湖の本第145巻 『オイノ・セクスアリス 或る寓話』第二部、無事に受け取っております。ありがとうございました。
振込用紙を入れていただきたかったのに、ちょっと困っています。第三部の配本の際には是非わたくしには振込用紙を同封なさってくださいますように。
みづうみが今回の本をわざわざ「呈上寄贈」としてご遠慮なさる必要はどこにもないと個人的には思っています。性愛が大きなテーマになっている作品に性描写があるのは当たり前ですし、性愛を通して人間の真実に迫る試みであればなおさら避けられないこと。
今時は 新聞小説でさえ過激な性描写が堂々と描かれて社会的に許容されています。思い 出しても、渡辺淳一、林真理子、高樹のぶ子の連載等々、昭和のはじめであったら発禁ものでありましたが、時代はどんどん変わっています。ジェイムス・ジョ イスやD・H ロレンスが破廉恥と集中砲火をあびたのが嘘のよう。
そもそも、わたくしはまだ中学生くらいの時に家にある本の山から 『ファニー・ヒル』も取り出して読んでいた記憶があります。当時は内容がよくわからなかったし、面白いと思いませんでしたが…。けしからん文学少女でした。
こんなふうに書くと 生来スケベ心のある読者なだけと笑われるかもしれませんが、性的妄想さえ恥じる品行方正を信条とする人間なら、そもそもあらゆる「小説」の「読者」にはならないでしょう。「品行」と「品性」は別ものです。
現在ダンボールに埋もれて、色々なものが行方不明になっているので落ち着いて感想を書 かせていただく環境にないのですが、『オイノ・セクスアリス 或る寓話』は 「男」の真実を知るための一冊、そして「男」について「女」について考え続け てきたわたくしには山ほどの問題提起をしてくれる本当に面白い作品だと、まずお伝えしておきます。
手厳しい意見があるとすれば 性描写についてではなく (これは見事なもの) むしろフェミニズムの観点からありそうで 大いに論客の皆様で議論を戦わせてほしいと思います。ただしこの作品はかなりの難物で 私に読みこなせる力量があるかどうか、まったく自信がありません。
「吉野東作」という主人公の名前で すぐに「上田秋成」のことを思い出したのは、わた くしがみづうみの長年の読者であるからにすぎなくて、作者の真の意図にはまだ思い至れません。もう少し作者からのヒントをいただけたら、などと虫がいいお 願いをするわけにはいかないでしょうねえ。
今回はあとがきについて簡単な感想を書いておきます。

>『オイノ・セクスアリス 或る寓話』は、老人の性交為をおもしろづく書こうとしたものでは全然無い。今度の作で意識の芯に置いていたか知れぬのは、「一夫 一婦」というある種模範的な、ある種無惨な人類史の「一制度」がもたらしているかと思われるきついヒズミを、せめて指摘だけはしてみたい思いであった。夫には「妻」、妻には「夫」が生涯に占めている、重さ。

「一夫一婦制」を批判するのは女より圧倒 的に男が多いと思いますが、この制度は男が自分の財産や地位を自分の血を分けた子にだけ継がせたいというところから始まったという説を読んだことがありま す。男の女への強権支配の一つでありました。それ以前は日本にも「夜這い」の時代があり、母親の産んだ子の父親は正確には誰かわからなくて、集落全体で育 てたような時代があったとか。
一夫一婦制が確立してから現代にいたるまで、まじめな「男」ほど、皮肉にもこの制度に手枷足枷のように縛られる不自然に苦しんで? きたのかもしれませ ん。「一夫一婦制」がもたらしているかと思われる「きついヒズミ」は男の側により大きい。男の性はどこまでいっても一夫多妻志向だからです。「一夫一婦 制」は男側のモラルがより多く問われるものです。
わたくしの素朴な疑問は「一夫一婦制」を批判する「男」は、はたして自分の妻が他の男と性交渉をもつことを許容するのかということです。妻が他の男と寝 ることに平気でいられるのか、育てているのが自分の子かどうかわからない状態に耐えられるのか。そんな男が一般的になる日がくるとはとても信じられませ ん。吉野東作さんは、自分と同じように妻が若く性的に旺盛な男と不貞行為をすることを歓迎できるでしょうか。妻を愛していればそんな地獄に耐えられるはず がないと思うのです。『暗夜行路』の時任謙作はただ一度の妻のあやまちでさえ苦悩深かったのですから。
「一夫一婦制」のヒズミをいう場合、多くの男は自分が裏切られることは想定外で「一夫一婦制」を批判しているのではないでしょうか。もちろん、現実には 妻側の婚外交渉も少なくないのは承知ですが、夫側の裏切りほど公然とはされてこなかった。むしろ妻の人生の一部には必ずといっても過言ではないほど、夫に 裏切られる悲哀と苦悩が存在してきたのではないかと思います。どんな誠実な夫であっても、この点に関しては浮気性で遊び人の男と似たり寄ったりと思ってい ます。これは女が怒ってもどうにもならないことで、しかたないとしか言いようがないのでしょう。

>「愛と性愛との衝突」を問うている

 

これは男と女ではまったく違う様相をして いる指摘だと思います。極論をいえば加害者と被害者のようなコインの裏表の問題です。男の場合は愛と性愛が必ずしも重ならないのに比べ、女には愛と性愛は 分けられない。分けられたとしても少なくともこの二つが衝突まではしない。吉野東作との性愛を極めて「愛」に届かない雪繪の絶望はそこにあったのではない かと悲しみます。結末のむごさはショッキングです。結局吉野東作は自身の日常生活を変えることなく生き続ける「男」という加害者であり、雪繪は「女」とい う被害者として終わってしまった。
しかしながら、吉野東作はひどい男ではまったくないわけですから、益々始末がおえません。男が誠実に男であろうとした結果、あるいは男の自然に従った結 果、かくなる惨状が露呈した。吉野東作の罪深さは、男というものの定めであり業であるのかと、女である私は慄いていました。男というのは結局そういう性的 存在であり、それにつきあわなければならない女もその程度のものであるということになるのかもしれません。

演説メールになっていないことを願いま す。この『オイノ・セクスアリス 或る寓話』本文についてわたくしが思うことは、じつはもっと強烈なのですが、それはまたじっくり考えて書いてみます。 「湖の本」のお蔭で、わたくしは一生考えることには困りません。あと何十回生まれなおしても足りないくらい。

今日も猛暑日だそうです。外出などなさらずクーラーの効いた部屋でゆっくりお休みいただきたいと思います。
右眼も大切になさってください。受診も早めになさいますように。
わたくしは午後から外出しなければならないので戦々恐々。
闇   金亀子(こがねむし)擲つ闇の深さかな  虚子

* まことに幸せな作者だと感謝する。
その一方、まだまだスレ違っている要所があるなあとも感じている。
「一夫一婦」制は 歴史的に観て男からの要請、女への強請であったろうか。女性こそが歴史的に久しく切に願望し要請し形成してきた制度かとわたくしには見えている。
明治から(ごく控えめに)敗戦までの(と遠慮しておくが)日本の支配的男社会は上層部や富裕層ほど 「一夫一婦」制など奉じている気も必要も認めていなかったろう。わたしは子供の頃から妾宅へ出入りの男大人の例を幾らも見知っていた。わたしはイヤだと思っていた。
わたしが「一夫一婦」を今度の作で問い直したのは、本来は女性側の願望として起ち上がりながら、西欧的なフリー・セックスやウーマン・リブ、フェミニズ ム等々の思想的洗礼を受け容れ、むしろ性的に解放されてくればくるほど、「一夫一婦」制は、むしろそれゆえの嶮しい制約かのようにも見始めていないか、 と、問うたのである。信頼に足るという広範囲な社会学調査の数字もそれを裏書きしている。解放された今日の女性の好色(コケット)からすると妙に制度的に 「超えがたい制約」に変わってきているのではと。そこでわたしは「性愛」と「愛」の差異を、少なくも認知しかけたか、とは謂えるのかも。
もっともこの作に籠もった主題は、しかし、性では、制度では、無いと自覚している。「吉野東作」の根が、あの平秩東作よりも「上田東作」に生えているか という自覚もそこにあるが、残念ながら長島教授にもわたしの「ひっかかり」を解く文献も研究も「ありませんねえ」とのことであった。

* わたくしの内なる「闇」へまた迷い込む手がかりにも、「第三部」の「あとがき」を読者へお届け前ながら打ち明けておこう、か

私語の刻   湖の本146 『オイノ・セクスアリス 或る寓話』三部完の後記

むかし まだ子供の頃にも、「親子か夫婦か」という選択にわたしは終始一貫 夫婦 と口にし、内心にも思っていた。「肉親」という存在への徹底的な失望 感 喪失感を持ち続けていたのだと思う。「世間」で出会った「他人」の中から「真の身内」、独りしか立てない小さい島に何人ででも立ち合える、そういう 「身内」をと切望し続けた。生みの親たちや、得た娘や孫を思うとき、冷え切った血縁にひたひたと胸を浸される悲しみに身もよろめく。わたしの内なる愛は (息子建日子と孫やす香と実兄北澤恒彦の他)悉く血縁の外へ外へ漏れ零れていった。新作の長編『オイノ・セクスアリス 或る寓話』では無謀なまでかすかに それを取り戻そうと喘いだらしい。「真の身内 島の思想」は逃れがたいわたしの運命であり発見と願望であった。
今度の長編ではまず「性愛」を問い、「愛」との差異を問うて行く経過となった。しばしば作中に、性愛を「相死の生」と謂い、肯定しつつもそれがとかく 「所有」の思いに帰着し固着するのを惟(おも)い、しかし「愛」とは「共生の生」を謂うのであると思い寄っていた。「性愛」に執(しう)すればむしろ「真 の愛」に背くか遠ざかるのではと。
『オイノ・セクスアリス』に、作者は、「雪」ないし「雪繪」と呼ばれる、まだまだ若い女性を、もっとも多く言葉を費やして創作した。が、思い有って、人と して女としての印象を、内容は複雑なまま説明は一切抜きにすべく、語り手から「相手・他者」として関わり描くのを敢えて避けた。ひたすら「独り」の女をた だ「一方向き」に描いた。ごく最初の出会い場面以外では文字どおりの「対話」場面は無く、ひたすら女の「独り語り」ないしその記録に徹した。こういう書き 方を、わたしは意図して、初めて試みた。しぜん長編の「創作」として、かなり効果をあげたか知れないのは、「雪」「雪繪」と名告る若い女性を、徹して 「メール」という手段でのみ人物表現できたことかと思っている。ちょっと愉しい「ラヴレター」の創作であった。作家として、過去無慮無数に受け取ってきた メールの断片が女性の造形に「ヒント」を呉れいい「役」をして呉れた。「メール」は、通知や交渉や陳述であるより、自然と「恋文」になりやすい表現手段で あろうと、機械(パソコン)を使い始めた二十数年前から予感していた。
結果、女の印象は一面的にだが、徹底した。そのため、あたかも「雪」「雪繪」がこの長編の「女主人公・ヒロイン」であるかとつい読まれるであろう、それ も作者は意図に容れつつ、しかしこの長編小説で彼女「雪」「雪繪」は或る意味、疎外された「独りの他者」のままに終えて行く。この小説の主人公は、決定的 に語り手の「吉野東作氏」その人であり、小説世界は一貫して、彼自身の「生まれ、死なれ、死なせ」て「生きている老い」が、幸とも不幸とも云わず終始無残 なまでに語られる。「オイノ・セクスアリス」の「オイノ」は、読みようでは「老いの」よりも「俺の」でもありますねと、すでに一読者から指摘されている。 早い時期の小説『初恋 雲居寺跡(うんごぢあと)』の「雪子」を「また書いたか」とも指摘されている。この吟味や検討は、「愛」と「性愛」に触れて微妙な より多様の推量を読者に要請するだろう。性愛は「相死の愛」と。愛は「共生の愛」と。その思いを覆す理解に今の作者わたしは思い当たらない。
それにしても、昨今、死なれてしまった人たちのことが、しげしげと思い出される。此の十年掛かりの長編小説も、割り切って謂えば、『死なれて 死なせて』というわたしの主著の一冊をあだかも物語化したとすらいえようか 倶會一處(くえいっしょ)。ま、所詮「罪は、わが前に」いつもあってそんな五 十年を歩み続けた「記念」の作になったのかと。自身 書くべきを、思い切り書いただけ、書かなかったら悔いたであろう。
余儀ない次第で、第一部から、歴史ある正統基督教への「不承の言」を多く吐いている。横道へ逸れたとは思わない。かねてミルトン『失楽園』を繰り返し愛読しながら、今日の解放神学やジェンダーの著の何冊にも目を配ってきた。
性行為の容儀などは、所詮は当事者間のいわば勝手で、ハタが喧しく批評できることでもすべきことでもない、ただそこに犯罪意志や行為がまじってはならな いだけ。しかし性の交わりに、罪、原罪などと持ち込んだ古代・中世基督教の宗教感覚は、普遍かつ不変とは到底思いにくかった。アウグスチヌスの言うように いえば、人類は絶えて仕舞ってこそ神意にかなうのかと反問せざるを得なかった、かえって今日現代世界の性的紊乱と暴走の頑固で滑稽なほどの根は、カトリッ クにこそあると思わざるを得なかった。
作者が踏み込んで書いた分、読まれる方は何かとシンドイことでしょうと思う。それでも作家生活満五十年、少なくも、必然、これは書かねば済まなかった作 と思え、さらに先があるとして、それゆえにかなり多くの、久しい、ことに女性の読者を喪うかもしれなくても、作者としてそれは一つの納得である。納得はま だまだ幾重もの先を擁しているはず、さらに先を先を「書く」ことで彫り起こす以外にない。
「吉野東作氏」を本質動かしていたのは、「生まれた」という根の哀しみと、死者への思慕とで、「オイノ・セクスアリス(老境の性)」は、有ってよし、無くても仕方なく、「相死の生」はどう数を重ねても所詮不毛と見ていたのではないでしょうか、と自分に問うている。。
ソクラテスの『饗宴』を読み返し、此の「寓話」を書きながら、「性愛」を論じていた気鋭の或る学究の本に只一度も「美」に触れて語られていないのに、語り手の「吉野東作氏」が不満を漏らしていた箇所を思い出した。
ソクラテスに「愛」を教える聖なる智者の巫女ディオテマは、「要するに、愛とは善きものの永久の所有へ向けられる」と云いきり、それは、「肉体の上でも 心霊のうえでも美しいものの中に<生産>することです」と言い切っている。「生産は ただ 美しい者の中でだけ出来る」とも。従って「産出に際して運命の 女神や産の神の役を勤める者は<美の女神(カロネー)>なのです」と。
「ソクラテスよ。本当のところ愛の目指すものは、貴方の考えるように、必ずしも美しい者とは限りません、」「美しい者の中に生殖し生産することなので す。」「では、なぜ生殖を目指すのでしょうか。」「愛の目指すところ善きものの永久の所有であるとすれば、必然に出てくる結論は、愛の目的が不死というこ とに在るということになります」とディオテマはソクラテスに教える。あの、アダムとイヴの生殖の愛を決定的に女の躯の死すべきほどの「悪」と否定した 正 統基督教の教父や教皇らの姿勢や理解とは、まったくかけ離れている。ギリシャの性愛にも日本の性愛にも「神」的に美しいちからの臨在が云われ、基督教では 神が見放した女ゆえの悪かのように断罪され、その行き過ぎの是正が性的放埒へ濁流となって流れている、嗚呼。
2019 8/7 213

* 愛知の久米さんから、立派な葡萄のいろいろを戴いた。歯の利かないわたしにも葡萄は有り難い果物です。感謝感謝。
所沢の藤森佐貴子さんからはお洒落な焼き菓子を戴いた。歯に優しく、わたくしの有り難い「主食」になってもらえる。有難う存じます。
2019 8/7 213

* やす香一の親友 かおりさんから、石神井の「ちひろ美術館」へ一緒にとお誘いがあったと妻に聞いた。
ああ、残念だが、この炎暑に外出は、八十過ぎたよろよろの老夫婦にはやはり危険すぎる。家へお迎えするには、次の「湖の本」発送など控えて、家中を縦横無尽のアコとマコともいて、お客様に坐って頂ける余地もない。
ウーン。
も少しいい季節に会いましょうねと妻は返事したという。ま、仕方ないなあ。
2019 8/7 213

* 尾張の鳶から届いていた長編へのかなり長いと想われる感想が、ほたしのインターネット・エクスプローラが昨日していないため読み出せないままになって いる。この超古物機械は至る処でひっかかって働いてくれない。単純なメールがいちばん有り難い。幸いにメールは昔と違いよほどの長文も届けてくれる。
2019 8/8 213

* 村上開新堂さんから、真夏のお見舞いを戴く。
凄い 暑さ。二階の廊下に立つと、ものの数分で熱中症で斃れそう、危険も危険。
2019 8/9 213

* 懐かしい 千葉のeーOLD勝田貞夫さん、和歌山の三宅貞雄さん、御茶ノ水女子大(もう教授になっていると想うが)谷口幸代さんから、それぞれにお便りを戴いた。武庫川女子大、法政大文学部からも。
2019 8/9 213

☆ 拝復
「湖の本145 オイノ・セクスアリス 第二部」ご恵送戴き厚く御礼申し上げます。 この表紙は?
と探し 『湖の本101 103』と見つけました 折角なので又読み始めました。 秦さんの作品はいつでも新鮮だと思います。 でも自分はどこまで分かっているのかとも…… また読みます。
いつか六義園で撮って頂いた写真(=この葉書)が出てきました。若かったですね 感謝です。
天候不順が続きます。 どうかお大切に。 敬白   千葉市 e-OLD 勝田貞夫

* われながらよく撮れた写真で 勝田さんも六義園も物静かに奥深い。ちょくちょく会えていたのに、わたしに馬力が切れて 久しく会えていない。歩きまわるのはムリとしても、むかしにも有ったように日比谷のクラブででも談笑したいものです、が。写真を機械のわきに立てた。

☆ 仙人
お元気ですか。みづうみの白いお髭の写真、文学仙人みたいです。なかなか気に入りました。Tシャツが黒っぽいと、あるいはお着物ですと もっと仙人になりそうです。

 

「一夫一婦制」が女性側の要請であったと いうのは一度も読んだことも考えたこともありませんでした。わたくしの見解が間違っていたのだと思いますが、女の願望で男に「一夫一婦制」を承認させるほ ど、それほど女が強かったとはなかなか信じられません。男は昔も今も圧倒的な強者です。フェミニズムなんて所詮ごまめの歯ぎしりに過ぎない、特に日本で は。
さらに、もし女側に願望があったとしたら、それは一夫一婦制のかたちをとるのではなく「多夫多妻制」ではないかと思うのですが。

「一夫一婦制」であろうとなかろうと、実 質的に男は自分たちに都合のよい一夫多妻をずっと生きていると思います。建前としての「一夫一婦制」を利用することに男側のメリットもあるから、この制度 が現在も続いている。男側が有利でなければ「一夫一婦制」がこんなに長く続いているはずがないと思います。男は建前を堅持しつつ、自分の好き好きに一夫多 妻を、「吉野東作さんのようにでも」生きている例が多いのではないでしょうか。厳密な意味で「一夫一婦制」を実行しているのは、現在の天皇陛下くらいだろ うと どこかで読みました。

キリスト教の女性蔑視、女性差別はもちろんそうでありましょう。ですが、イスラム教や儒教や仏教に比べたら、まだキリスト教がましではないかと思っていますが、このあたりは如何でしょうか。
イブは諸悪の根源とみなされていたとしても、男を惑わすほどの魅力を認めている点で、女子と小人とは……の世界より女に少し重きがあります。みづうみのお考えを、もし機会がありましたらお教えいただければ幸いです。

昨日 チェーホフの「カシタンカ」を読んだのですが、ため息しかなく相当めげてしまいました。生涯左派に投票し続けた男チェーホフは、ましな飼い主からひどい元 飼い主のもとに嬉々として戻って行くカシタンカという愛らしい犬の姿にロシア国民をみていたのではないかと思い、それがそのまま日本国民のことと重なって しまいました。むごくてせつない話です。傷がひりひりして涙さえ出ない。みづうみがチェーホフについて書いた文章が胸深く響くのです。それにしてもこんな 短編一つにでも、チェーホフの見事なそして救い難い才能が!

 

明日(=今日)もたぶん猛暑。クーラーの中でお静かにお過ごしくださいますように。

 

炎  骨の音させて溽暑の立居かな   大野林火

 

 

さきほどホームページから仙人さんの写真が消えて さっぱりしたみづうみに変わっていました。少しがっかりしています。

* メールにも人それぞれのクセがあるというか、この読者のメールは少しくむ「挑戦的」であっても快い刺激と問題提起にいつも満ちていて、時にはいささか気押され、閉口もする、が、快くもある。
最近もらったメールに、「この一年は、公以上に私的な人生の転機となりそうです。(今はまだ、そうとし か言えません。)」というのがあり、何、これ、と。メールでは「思わせぶり」に「吾が田に水を引きたげ」な語りかけは、意味をなさな い。インテリジェンスのズッコケのようにしか受け取れない。

* で、さきの率直に端的なメールだが、チェーホフへの思い入れには深く共感。
女性差別は、「イスラム教や儒教や仏教に比べたら、まだキリスト教がま しではないか」とのこと、適確な知識も無くそういう比較は、私には出来ない。わずかに「佛教にくらべたら」という点、他国は知りませんが日本の顕著な祖 師・大師佛教で女性をアウグスチヌスや古代中世の教皇たちが女性に示したような無意味な暴言は誰も吐いていないようです。
源氏物語で、ただ一人、ガンとして光源氏の求愛に従わなかったのは、「槿 アサガホ」という貴女でした。男の来訪と愛をただ待つ寝殿造り對屋や壺の一人になど、なろうとしなかった。
女の誰もが男 制度の一夫多妻を心に厭いつつ随順した歴史は、何よりも「皇室」を第一義の「例」として実在した。日本の皇室は「男系の皇胤皇統」を絶対に必要としたから。
現在、ないし一二代前からの敗戦後天皇さんらが、あたかも率先したかのように一夫一婦制を「象徴」的に実行してこられた、必然のツケが今ないし明日、明後日の喫緊の問題になっています。平成 夫妻の一夫一婦のみごとな実例はまことに麗しかった、しかし、久しく久しい男系皇胤天皇制厳守の日本史が袋小路に入りかけている、とも謂える。
「一夫一婦」を内心に願い続け た久しい日本女性の意向と願望とは、敗戦後の新憲法で制度化ないし同然となり、それゆえの皇室をめぐるてんやわんやはこの先でこそ続くでしょう。
一般国民の性を伴う男女関係は、完全に放免まては手放しの状況へ無軌道化し、男女を問わず、「性的お付き合い自由・出来ちゃった婚当然」の時代へ、実は、もう、とうから歩んでいて、今回「小泉・ク リステル」カップルにより「模範的な社会常識」化したものと見える。久しく久しい男系日本史の果てへ来て、「女の勝ち」機運がいましも見えてきたのか、どうか。

* 「も し女側に願望があったとしたら、それは一夫一婦制のかたちをとるのではなく <多夫多妻制>ではないかと思うのですが」という発言もサキのメールにあっ た。もう少し聴いてみたいが、教会による「祝福」制結婚の事実上の質的無意味化が働いてくると、性的に自由と日常の行為で自認した社会、先行社会では、事 実上の多夫多妻そして子供は社会が養育という思想が揺らめく水の影のように先行しているのは、先進国ほどありえているのではとわたしは観じている。今日の 西欧思想とはよほど異なるけれど、ソクラテス・プラトンらの思索的な討論の中にもすでにそういう兆しは皆無だったのではない。

* ま、深入りできる用意はない。わたしには「清水坂」を駆け上るか駆け下りるか、が、目下の難儀。

* 静岡市の鳥井きよみさんから元気なお便りを、また東大大学院、徳島文理大からも長編二部受領の来信。
2019 8/10 213

* 瀬戸内海を右往左往してる最中に 京都宇治の伊藤さんから、じつに久々 の電話に呼び出された。もう昔に東京勤めから京都へ帰ったぬそとで、京都へ帰ってこい、帰るべし派の人で。電話の中味は、とても信じられない異様な、「京 都市」という名称が某大企業の画策で変わろうとしていると。それはないでしょう、あってならないと思うが。とにかく情報が欲しいと頼んでおいた。あり得な い、あってならぬコトとわたしは思う。
2019 8/10 213

☆ メール、うれしく、
厚く御礼申し上げます。恐縮です。

じつは、本棚の秦さんの本を並べかえたりしていまして、「六義園」に逢えました。

それで、 『廬山』 を読みました。 長い年月を待って、間に合った祖父母に、恵遠になった劉が、

「此の世のことはみな、夢まぼろしと思せよ」の一言 を、また聞けました。

恵遠が、秦さんの日本語で言ってくれてよかったです。
ありがとうございます。 励みます。 励みます。   千葉市  e-OLD 勝田

* 『廬山』かァ。懐かしい。
目の上の書架に、550頁平均のわたしの「小説」選集が18巻分並んでいて、芥川賞候補作となり、瀧井孝作先生、永井龍男先生に推された『廬山』は、そ の第四巻目に、「蝶の皿」「青井戸」「「閨秀」「墨牡丹」「華厳」とともに並んでいる。不十分で恥じ入る作は一つもない。今も読んでいて下さる方の有る有 り難さ。冥利である。

* もう書き進むしかないまで読み替えした。書く、しかない。

「湖の本146 第三部完」の納品へ、きっちり十日。発送の用意はもう出来ていて、半日の歌舞伎を楽しむほか仕事は書きかけの長編を書き進めるだけ。ただ書けばいいわけでない、覚悟して十分にしかと書かないと、惨事に落ちる。勝田さんのメールが、今夜はことに嬉しかった。
2019 8/11 213

 

* 心待ちにしてきた「尾張の鳶」さんの『オイノ・セクスアリス 或る寓話』への 批評・感想が届いた。有難う。こうも読まれれただけで、「書い」てムダでなかった。有難う。
しかし「選集」に一巻という纏まった形で作が本になったのは、六月末のこと。「湖の本」版で第一部 が送れたのは桜桃忌だった。
第一部だけで、五十人ほどの以降受取拒絶に遭ったが、予期の範囲。その後にも断片的に感想は届き、そつどわたしは常ならしな い、作の意図や姿勢や願いをこの日記に漏らした、いささか誘導に類するかと気が咎めもしたが。

* 全文の紹介には却って誤解を導きかねぬモノもあり、それは避ける、が、感謝を込めて、なるべく送られてきた感想ないし批評・批判・非難の大方を(整然 とした書きようではなく、日記風であるのだが、)ここに示しておきたい。断っておくが、この人は文学研究者でも批評家でもない。一家庭婦人で、祖母 でもあり、詩を書き繪を描き、相当に広範囲の世界を旅し、京大出という縁からも京都に、京都の貴賎都鄙や差別問題に、とくべつ詳しい人である。私より十ほどは若い。

☆ 感想 (『オイノ・セクスアリス 或る寓話』への)

「今度の長編で、「創作」としてもっとも「効果」をあげたかも知れぬのは、「雪」「雪繪」と名告る若い 人を、徹して「メール」という手段を活かし人物表現できた ことかと思っている。なかなか「愉しい創作」であった。」
作者はそう述べています。
メールという形式は、時間の経過を窺える利点があると同時に、お話し、お しゃべりであるならば、深い掘り下げができないという欠点もあり得るとも。(若い人より年配の人が多いと考えられる)読み手は、彼女を魅力あるヒロインと して捉えきれないのではないかと危惧します。

* 秦   「魅力あるヒロイン」と読まれる必要はなく。若い大学出の普通の女性のいかにも「メール」依存の日々がこうなのであれば、人と しての評価などともあれ、生活も人がらも感覚もきっちりそれらしく伝わると作者は勘定をつけていた。このメールは、モデルなど有って出来る表現ではない。

作者の十年にわたる長い道のりに多くの思索、探求、工夫、戸惑いがあったかを、遠くから察します。
ジェンダーやカトリックなどさまざまなことを思索しての、そのうえでの現時点での総決算に近い思い、問題提起でありましょう。カトリック、プラトンの思想など容易にわたしの理解の及ばない点も多々あるので、脇に置きます。
現実の作者と作中の吉野東作氏が、奇妙に微妙に重複し、同一人物とも。ごく自然な手法ですが、この作品においては重複の度合いが増していると感じます。現時点 で「選集」を読める幾分間近な位置にいる読み手には、東作氏と作者を分ち難く、互いの翳が濃く重なって感じられます。小説家と、出版印刷業に携わってきた人、ダブルの映像、ほぼ重なり、 同一人物として読みます。

* 秦   離れるも近寄るも 作者がわざとの意図で、どう読まれようとも読者しだい。

何故、小説家は他の人に「投企」するのでしょうか。投企・project・・自己の存在を他者に託し、その存在を肯定・了解し、小説の中で他者として描 写することで創造の可能性を見出しています・・が、それ以上に突き放して他者・吉野氏を自在に動かしているようにも感じます。

* 秦  「突き放す」のでなく 吉野東作さんの好き勝手に作者はしてもらっている。

東京ではなく京都という舞台。京都に帰りたいと作者は切望し、帰らず切望するからこそ、京都は理想の土地、故郷。そして時間感覚の曖昧さを自由に遊泳され ています・・ 例えば巨椋池は現在どれ程その名残の水域があるのか、また場面として登場する建物や店舗は変遷烈しいので、現在を識っている者には意外な感も あります。架空の名前だったら構わないのですが・・。
桂川近くの寺の名前など、これは些末の問題というより 小説そのもののもつ自由、秦文学の持つ幻想 性、現と幻の交錯混在融合でしょう。同時に極めて意識的に緻密に書き進めているのだと思います。読み手としてはクイズを解くような興味が加わります。

* 秦   「昨今現在の京都如何」は、小説としては問題外。巨椋池など、むかし、ひどいときは東寺の足もとへも逼ったほどの大遊水池だった し。このへん はみなフィクションの特権行使。東作自身の年齢も、結婚から古稀をさえ超えて行くくらい。「時間」経過は作の中で「たぷたぷ」していて問題なしと。特定の 店の名など、実名にしておいた方が、つくり話にならずに実感で書ける。体験的には知る限り、「作時間」のあいだでは大概みな「実在」していたことだし。

浩氏(ICU名誉教授)が指摘された 少年にとっての「少女」の問題、「性」の目覚めの問題。
性的な部分に関して男の子を育てていないからでしょうか、漸く今になって納得がいく話もありました。男の孫二人を垣間見ていると、既に赤ん坊の時から性器を意識し、それが全く陰湿な要素なくあっけらかんとしており、性は生きる喜びなのだと考えさせられます。
少女、女は異なります。女にとっての性、性交とは「何か」と問われて、一歩も二歩も曖昧な地点で語る女とは明らかに異なる男性の在り方です。
第二部にある女性医師・研究者の性に関する質問に対しての返答は、確かに吉野氏の求めからは遠いものだったでしょうが、女性としてはやはりあの程度にとどまるものかもしれません。
私自身がこれを問われていても基本的にはあまり違う内容を付け加えられません。つまり、一歩も二歩も隔てた所から半ば逃げの姿勢で構えている・・確かに不十分ですね。
性行為そのものについて書くとして単なる個人的な性史を描けば少しは問題提起ないし新局面の発掘になっていたのでしょうか。
例えば田中優子氏の江戸時代の文化研究から生まれた著書『春画の研究』『江戸の恋』や上野千鶴子氏や佐伯順子氏の一連の研究と著書。彼女たちは臆することなく性についても論じています。
若い世代の女性には もはや言葉に臆することなく闊達に自己の経験を話すことなど今更の感があるのかもしれませんが・・。
弁解めきますが結婚している場合の「縛り」もあるでしょう、少なくとも特に女にとって。婚姻制度は、一夫一婦制度、そしてそれに伴う「世間」の判断は容 赦ないのが実情です。特に「家庭」自分の経済基盤を確保すべく主婦は願います。田中氏、上野氏、(佐伯氏?)ともに独身であり、本音・ホンネを言える場を確保 していると思います。わたしにはそのような勇気や価値観は十分にはありません。ジェンダー、フェミニズムなど真正面に据えて生きてきた道筋ではなかったけれど、意識も、現実に対処することにも、決して逃げてはこなかった…とだけしか言えません。
そして日本社会は依然として男女平等からは遠い処にあります。

上記の「浩」氏は述べています、作者は「老いゆく現実、身体的・性的能力低下の焦りとそれに基づく妄念を絡ませて、エロスとタナトスの徹底的 な相関関係を描いて見せたのだと。」
エロスとタナトス、窮極の生きる問いです。
作者は語ります 「もっとも根底へ人間の 男女の 老若の 幸不幸の 信不信の問題を提起しようとした」と。 熱い苦しい思い、覚悟が伝わってきます。
「ふだん記したいけれど出来ない、 出来ないけれどしたかった、 してきてよかった、とても出来なかった、よかった、いやだった。・・そういう赤裸々な 性の描写・表現が かくも徹底して成された」・・性の極致は、人の「生まれて・死なれて・死なせて」に直に交叉してくる。男女の悲喜劇はまっこう此処に生 まれる、多くの目がただ逸らされているだけなのだが。」と書かれている。(7月7日のHP記述より)
それはやはり 男であることにも依っています。夫人は苦笑いされながら、しかし夫であり、作家を見守っているのでしょうか。秦文学にまさに殉じて。妻 として、揺れるものはあるはずです・・。また健康問題から仕方なかったとしても性行為を他の女に任せて安住できるものとも到底思われません。そしてさらに 思うのは、このように書いてしまうわたし自身が解放されていないことを如実に露呈しているのです。

性描写、それ自体に限定すると、無数の人の無数の限りない描写が、そして切実な叫びや涙が溢れてくるでしょう。
吉野東作氏の記述は優しい、性の場面での記述は優しい。裏返せば性を媒介した時、その前後の幾らかの語らいの優しさも。「部屋」と表現されるその場は「家」ではありません。その外では彼東作氏の冷たさを感じます。
小説の主人公、決定的に語り手であり主人公である吉野氏。彼は「生まれ、死なれ、死なせ」て「生きている老 い」が、幸なのか不幸なのかは云わずに終始語っていく。幸不幸、彼に迷いはなく、幸福に生きたい(誰しも幸福に生きたいですが。)人とのつながりある幸福、殊に妻との固く結ばれた絆に一瞬の迷いもなく、運命を感じ続けてきたのです。
女はそのような妻になりたいでしょうか、答えは些か否定的です。
源氏物語の紫の上、源氏最愛の妻である紫の上になりたいでしょうか? なりたくないので す。愛ゆえに一層閉じ込められてしまう女の生き方は残酷です・・勿論閉じ込められていなくても、それでも人は孤独ですが・・。
源氏物語の中で特異な存 在・・最後まで男を拒否した槿という女性・・ただし彼女は身分高く、経済的基盤にも恵まれた存在だったと思います。今日においても経済的な自立は勿論重要 です。(雪・世津子にあっても無視できない問題でした。) 槿が穏やかな暮らしの中で幸せだったと言い切れるか、それは分かりません。
つきつめれば 誰しも孤独な一人であり、疎外された他者として終えていくのではないでしょうか。それは存分に分かっており、早くから感じ取っていたように思います。むごくも寂しくも間違いなく事実・真実なのだと。

* 秦   源氏物語の女性達と、いわば「一夫一婦」のことでは、すこし見解を前に書いて置いた。
この長編物語ですくなくも物語に顕れる限り、「一夫一婦」ゆえに世にも稀な「さひはひ人」と羨ましがられたのは、「明石尼君」ただ一人であり、「一夫多妻」 を忌み厭ったのは他の全ての女人、撥ねのけぬいたのは「槿」が一人、厭って死んだのは「宇治大君」が一人。
女性の「一夫一婦」願望を暗に社会化した源氏物 語は明らかに一つ大きな力になったし、すぐ引き続いて、「更級日記」の著者も名作「夜の寝覚」の魅力的なヒロインに、いわば男支配社会への闘いをすら試みさせ ていた。「そのような女になりたかった」女性は、やはり想像以上に多数であったろうと、わたしは当然のように思う、容易には実現しなかったけれど。

7月11日のHPに
「今度の長編ではまず「性愛」を問い、「愛」との差異を問うて行く経過となった。・・しばしば作中に、性愛を「相死の生」と謂い、つよく肯定しつつ、それが「所有」の思いに帰着し固着するのを惟い、しかし「愛」とは「共有の生」を謂うの であると思い寄っていた。「性愛」に執すればむしろ「愛」に背くか遠ざかるのでは。」と書かれています。
「共有の生」性を含んで、なお共有の性ならぬ生であると強く思います。それ故に性愛を強調したくないとも思います。「これ」がこの作品を読んでの終着点ではないでしょうか。生きる哀しみを思います。

* 秦   以下、まだ「湖の本版 第三部完」を読まれていない方のために、完結への推移に触れた部分は此処には省く。

作者の根の哀しみ、死者への思慕、本当はこのことこそが作者の思いの根底・中核だと。痛切に受け止めながら、同時に厳しい問いかけも始まります。     尾張の鳶

☆ 今「感想」を送信しました。
読み返し最初にファイルとして送ったものを少し直しましたが、感想の域にとどまり 不十分に終わっていますが お許しください。まだまだ読みが浅いのです、痛感しています。
連日の暑さ、そして今週は 台風の行方が心配、ちょうどその頃に関西に行く予定なのです。
『清水坂』の上り下り、いかがでしょうか。
とにかくお身体大事に、大事に。 取り急ぎ  尾張の鳶

* この場で割愛の内容にも、重い指摘や批判がつよく出ていて、それらを引き出せたことに作者として喜び感謝し、おそらく吉野東作氏も頭を下げていると思う。ま、概しては、「尾張の鳶」さんでも、作世界の奥へまで手をつっこんでは読めてない感じでしたなあ。
機敏に察しがきけば、第一部冒頭にわざわざ置かれた短い「雪繪」メールに、「ひとこそみえね(あきはきにけり)」の一句がかぶせてあるだけで、「雪繪」の 自意識そして全作の成り行きに察しがとどく、わたしが作者でなくても、とどく。作の組み立てに、部分の表現と対抗するほど気を遣っていた、ただの趣味で百人 一首の句・句をただ綺麗事には見出しに使ったりはしなかった。
2019 8/12 213

☆ 残暑 お見舞い申し上げます
書簡範判に則りつつのご挨拶、それにしてもこの酷暑、家の造りは夏をむねとすべしとの言、納得する日々です。郊外とはいえ、東京の暑さただならぬものと存じます、
お揃いでお大事に
盛んな執筆意欲に驚嘆、「湖の本」145 ご恵与ありがとうございます、
公序良俗は別として、人悲しませる恋をしてのむごさ、身辺に見聞きしてきたことです。人 それぞれに生きがたい思い重ねていること痛感いたします。

たまさかの帰省寺僧も老いにけり

父がお世話になった住職の孫の世代、寺の会計報告により、本山納付金が(総会計の)三分の一を超えていることを知り、なんだかやくざ社会にも似た構造です。  草々  周 (神大名誉教授)

☆ (前略)
「オイノ・セクスアリス」は 肩の力を少しだけ抜いて読ませていただけるのがうれしいです。知的な会話の中に、時代の空気感があり、又、書物なども紹介されていて 私にはいろいてろ教えられること多く、ためになります。
一四五巻とのこと、圧倒されるばかりでございます。どうかくれぐれも御自愛ン下さいますよう。
御礼まで 申し上げます。  大坂・吹田市  郁  歌人

* 北海道の山本司さんお葉書下さる、鳴門教育大、広島大、二松学舎大からも 受領の来信。
2019 8/13 213

* 篠崎仁さん、梨をたくさん下さる。歯をいたわり、ジュースにして美味しく頂ける。有難う存じます。

☆ 秦 恒平様
まことに矢継早なお仕事に圧倒されつづけて、とてもついてゆくことができず、本が届いても、開くことさえ出来ずにいました。
こちらは九十二歳、もはや気息えんえん、やっと息をしているばかりなので、秦さんのご気力は、小生にとって毒気でさえあったのです。
生の根元に挑まれている模様、途端にノックアウト、完敗です。
同封のお金は、その完敗記念、幸福の印です。まっこと、すごい御気力です。
奥様も、そんな旗産をお支えになって、がんばっておられる。
ほんとうに世の中の、尊い気力の代表選手のおふたりです。
いよいよのご精励を。   原田奈翁雄  元・筑摩書房「展望」編集長 出版局長

☆ 残暑お見舞い申し上げます。
京都は38℃に及ぶ猛暑で、どうにもなりません。
このたびは『湖の本145オイノ・セクスアリス第二部』を頂戴し、誠に有難うございました。今号はご恵与にあずかれるとのこと、厚くお礼申し上げます。
『秦恒平撰集』との同時刊行、今夏、重いめの喘息でダウンしていた私には、「性愛」と「愛」とは重なり得るのかというテーマがまぶしく見えます。
久慈芳江が二役で演じたという、ちょっとこわい映画『九ッ谺』、ぜひ見てみたい。誰か実現してくれないでしょうか。作中の オリンピックの時代、丸物は 近鉄だったはずですが、それも「記憶違いも自在の狙い」「作者の意図」なのですね。いろいろ懐かしい京都の店がでてくるのも、楽しみです。
前便でお送りした『泉鏡花研究会会報』には、『湖の本137 泉鏡花』書評を掲載しました。若い研究者に書いてもらったのですが、「私語の刻」にも触れてほしかった。それでも、秦様の鏡花研究の先見性は理解されたと思います。
現任、金沢の泉鏡花記念館図録の改訂作業中です、「主要参考文献」リストに『湖の本』も増補収録します。 2019 08 12 田中励儀   (同志社大教授)

* 梅花女子大より受領の来信。
2019 8/14 213

☆ ごぶさたしています。
秦さんは、もう「清水坂」ですのに、まだ、「寓話」に、とらわれていましたが、作品は一人歩きしていいのだ、と気がつき、やっと私なりに読めました。ほっとしています。
めずらしく、作品について何度も書かれていましたね。それに、生活と意見のはっきりした言葉も新鮮です。
毎日の、暑さがこたえているのか、なにもかも変調です。
あした(=今日)は、余力をはかりながら、(=歌舞伎)楽しんでいらしてください。
猛々しい天候にも、お気をつけて。  柚

* ちょっと「寓話」の話をしすぎたかと反省しているが、ま、それだけ吐露した容量も多かったかと。方法的にも常にない試みも無遠慮にしている。話題も方 面もけっして淡泊でなく、また幾隅かで作者ひとりひそと楽しんでいたりもする。えげつなくいえば此のさくを論じられるなら秦の少なくも全小説を論じ直すぐ らい奈コトになるのかも知れない。

* 留守の内にやさり『寓話』へ踏み込まれた編集者、研究者のありがたいお手紙も届いていた。ただ、なんとも知れず気が萎えて疲れてしまい眼も弱っている ので、明日へ送っておく。じつは「清水坂」から目覚ましく遁走しかけていもいて、そいつをシカと追いかけるのにはよほど気力と体力と筆力が要る、むろん想 像力も。ビビッテはならない。
2019 8/15 213

☆ 残暑お見舞い申し上げます。
台10号が上陸と、連日落ち着かぬ気候、お躰案じています。
先日来、御選集三十一巻と『湖の本145』を頂戴し、お礼が遅くなり失礼いたしました。
平山周吉さんの『江藤淳は甦える』800頁の力作を読み終り、二男の車で久々に帰省(銚子)、墓参も済ませ(済みません 以上、言訳です)、連日深夜、 十年がかりの大作『オイノ・セクスアリス 或る寓話』を拝読いたしておりました。『湖の本144』で第一部拝読、御選集で第二部から第三部に入ったところ で『湖の本145 第二部』を頂戴いたしました。経緯はともあれ「オイノ・セクスアリス」のヒロイン、雪繪(湖の本の表紙繪は雪繪の裸身そのもので、絶頂 期の表情まで描出、と感嘆しました。)
我等がヒーロー吉野東作はほぼ小生の年齢と同じ、それ故に、余計「ユニオ・ミスティカ」の意味がこたえ(三字傍点)てきます。
何はともあれ、主要部の二人の逢引を説明抜きでこれだけ描写するのは、相当にエネルギーを要したことと拝察。姉芳江や妻道子と東作の関わりの深さはこれから先々考えたいと思い、加納世津子の投身自殺の効果思案を巡らしたく。末尾の五行は納得します。
ともかくご自愛を。御礼迄。     講談社役員   徳

* 「雪」「雪繪」をヒロインと読むか読まないか、そう書いているか書いていないか。そこが作世界の大きな読みまた批評の割れ目になる。

☆ 拝啓
ご無沙汰致しておりますが先生にはお変りなくお過しと存じます。
御作「オイノ・セクスアリス 或る寓話」を拝読して、数日が過ぎました。どういう言葉で申し上げて良いのか、なかなか気持ちに添う言葉がみつからずにおります。
実に難解な御作と存じました。いわゆる小説というものとは違う力がありました 表現の形式も、手紙というより メールのようでもあり、「某年 春 某 日」式のところはにっきのようでもありました くりひろげられていく話、人物、書物等々、時代や空間をこえて洪水のようでした 死生観から文学論まで、ど こを拝読しても、それはそれとし一つの世界があるように思いました  ふと思いましたのは、生きている、生きてきた過去をふり返ってみると、万華鏡を覗く ようなものかもしれないと、
遅くなりましたが、「湖の本」145 ありがとうございました 御礼申し上げます 「私語の刻」を参考にしても、「オイノ・セクスアリス」は難解でした。
「私語の刻」でお書き下さった「オイ」が「自分」という一人称については、『ふるさとの歴史散歩 武雄』という本の巻末にある「知っておきたい武雄の方 言」に書かれています。高校までは武雄市内で育ちましたので、いまでも郷里の人と電話する時は、方言です 御国訛は関所の手形そのものです つまらないこ とを書きました ご海容下さい
まだまだ暑い日が続きそうです どうかくれぐれもご自愛をと願っております。
御礼まで   敬具   相模原市   馬渡憲三郎   前・藝術至上主義文藝学會 會長

* 徳島さんに「最後の五行」に「納得」したと言われたのが、作者として感慨深い。この五行に「怒った」読者も有った。
2019 8/16 213

* ジリジリと「清水坂」で苦行しつつ、気慰みに、「選集 第三十二巻」に収録小説集を検討、目次を立てていた。いわゆる版元からの単行本出版にはしな かった、みな「湖の本」版。さきざきでまだ新作が出来ると思っているが、この巻では最新作長編「清水坂(仮題)」で締めくくれるようでありたい。最終巻に は、「私」ものの思索・感想・記録・年譜等々を取り纏めたいが、未公表・未収録分を含む詳細な作品年譜までは手が届かない。私自身まだ生きているのだか ら。

* そこへ京都から、写真。 嗚呼!

尾張の鳶・寫  今宵 京の大文字
2019 8/16 213

* 朝 早々に中野完二さん、名酒「やまと櫻」を下さる。
2019 8/17 213

* どんな大昔になっていることか、千葉の勝田貞夫さんと六義園に遊んだ日にわたしの撮った写真を最近葉書にして送って頂いた。その勝田さんの佳い温顔と六義 園の静かな情景がわたしの目さき三、四十センチの間近にある。ショパンもいいが、勝田さんのまだ髪は半白の温顔にいつも逢えているのは、まこと心和んで嬉 しい。小磯良平描く某少女の繪もいいし、手づから献辞を書かれて金原一郎社長ご自身わたくしのデスクまで持参謹呈頂いた「告別」式用の温顔も、とても懐か しい。仕事しながらこの八十三翁、少年のようなセンチメントで身近手近にいろんな人やネコたちの写真や繪を置いている。
わらって下さい。
2019 8/18 213

* 写真 感謝感謝
懐かしすぎて 胸がいたい。
改装の成った南座も知らない。わきの、鰊蕎麦「松葉」は残ってるかしらん。
東華菜館も菊水も 先斗町の床も  思い出も みなコワイほど生き生きと。

☆ 南座の上に満月
蕎麦の松葉、九時半閉店とインターネットにあったのですが、九時過ぎ、既に閉店。祇園は外人観光客であふれ、暑い暑い京都でした。   尾張の鳶
2019 8/19 213

☆ 秦先生
今年の隅田川花火大会 テレビでご覧になれましたか?
またの機会にいらして下さい。
暑い日が続きますので お身体ご自愛下さいませ。
奥様によろしくお伝え下さい!!    望月太左衛

* この暑中見舞い状の表側が珍品で 下町の町並みの上高々と額縁状の花火になっていて、右上の隅の花火の芯を捺すと ピューゥ、パチパチっと花火打ち上げのいい音・色が出て、額縁の中一杯、外側にも沢山な花火が赤・青点滅して光る。
いい気分の出るこころよい仕掛けで、さっきから繰り返し楽しんでいる。
太左衛さん、 ありがとう。  湖

☆ 大文字も過ぎ、
週末より、猛暑が続きそうです。
突然のお便り、貴重な湖の本、秦 恒平選集を頂戴しながら、御礼も申さず時は過ぎ、重ね重ねの非礼、誠に申訳ございません。
日々妙に追いつめられたような気持ちで、気があせるほど、事は成せずというお恥ずかしい状態のなか、時折、御作品に触れることが、楽しみでもあります。
このような時に、ずっと気になっていたこと、一言 お聞きいただきたく筆をとりました、
選集廿録巻にて、兄弟往復書簡を拝読、今となっては、わからぬこと乍ら、恐らく、私が廿代後半から三十代まで、はや三十年以上前のことですが、私の拙い 舞の會のお客様で、北澤恒彦様という方がおられました。自宅での澪の會にもお越しいただき、府立文化藝術会館での催しにもおいでいただいたように思いま す。
秦様の兄上様であられたか、当時の私は勿論、知る由もないことでしたが、御自筆での御署名が、頭に浮かんでまいります。
送り火を見た翌日、北澤様のことが気になり、勝手乍ら、秦先生のお兄様と決め付けて、今更乍ら、無言で背中を押して下さった方々のおひとりと思うことにいたしました。
こんなきっかけがないと、御礼もお詫びも申し上げられないこと、どうかどうかお許し下さいませ。
大きなことは何もできませんが、選集が、続きますように、細々乍ら 私で続けられるカンパをさせていただきたく存じます。
無礼を承知で、同封させていただきます。
どうか、のこる暑さ、くれぐれもき おいとい下さいませ。
八月十七日     井上八千代   (京舞 井上流家元)
秦先生
追って、  先日、久方ぶりに中信の平林様におめにかかり、先生のことをお話させていただきました。

* 亡き兄に触れられてあり、懇篤深切の毛筆のお手紙に感動した。この八千代さんは、京で育ったわが家から一つ西町にお宅と稽古場とがあり、下の御兄上片 山慶次郎さんは大学の専攻で三、四年の先輩、なにかとお世話になった。これを上げると戴いた日本中世の専門書はわたしのその後の視野をほぼ決定した貴重な 發條となった。谷崎先生ご夫妻も、大学の恩師里井六郎先生も片山九郎右衛門家(井上八千代家)へ^よく出入りされていた。いまの八千代さんは小学校では私 の後輩になり、たまに東京歌舞伎座でパタと出会って声をかわしたこともある。
兄恒彦が、井上八千代の舞いにつよく心惹かれていたことは、兄からじかに聴いたこともあり、ホホウとびっくりした記憶がある。
なんという心篤いお手紙であることか、わたしは、茫然とした。泪も出た。「心ばかり」と驚きの「カンパ」まで戴いた。いましもわが家へと夕焼けを浴びて山をおりてゆく私達夫婦への、もう少しガンバレよとの励まし、有り難くお受けした。感銘した。

☆ 残暑お見舞申しあげます。
長梅雨のあと、細々ながら本を読む気力が戻ってきたところに、『湖の本145 オイノ・セクスアリス第二部』をいただき、背中を押されるように『選集第 三十一巻』を繙きました。結果、老来堪性がなくなっている私にとっては、第三部までひとつながりで読めたことは幸せでした。
各部それぞれの主題・楽しさ(京の風物や食べ物、歌舞伎や文学作品の話柄、そして某年某月の記…、吉野東作氏、いえ作者は人生のエピキュリアンですね) を味わいながら、心にひっかかること(雪・雪繪=世津子の<根>)や解けない謎を残されていたのが、第一部、第二部、第三部と読み進むうちに変転し、重層 化し、司会が拡がってゆく、そして結果、魅力ある寓話として結晶する。
話者に、「過剰なほどの雑食系の読書家」と自認する印刷所社長にして「作家秦 恒平」とも近しい吉野東作(!)を据えられたこと、それが作品世界に自在に「性」も「愛」も「知」も「老い」も「死」呼び込み、さらに「根の悲しみ」を彫みこみえた淵源でしょうか。
ここには、書きつづけて八十代を迎えられ、かつ気力溢れる秦さんにしか書きえない美しさ、哀しさ、そして楽しさがあります。
古典に明るいとはいえない身には理解の届かないところ見逃している小判の多いことは自覚しつつも、自分なりにボールを受けて考え、また存分に楽しみました。
厚く御礼申しあげます。

台風一過後の酷暑来襲、どうぞ御身呉々もおたいせつになさって下さい。
二○一九年八月一六日        天野敬子   講談社 元・出版局長 (群像)編集長

* 有り難い、この上ないねぎらいと励ましとを頂けた。書いて、書けて良かった、まだまだ足りぬにせよ。いい落想から「十年」が よく生きて働いてくれた。
さ、次があるぞ。

☆ 残暑きびしき中、
おかわりなきご健筆をおよろこび申し上げます。
このたびは「湖の本」第145巻をお送り頂き、暑さでボーッとしているところに少なからぬ刺激をお与え下さり、厚く御礼申し上げます。
メールの文言を中心に、他は読者の想像にまかせ紡がれていくストーリーに、独特のテンポ感を感じることが出来ました。「オイノ」に「アンチ」が付いてもおかしくないのでは…。失言おゆるし下さい。季節柄ご自愛下さい。 かしこ    紅書房主人

* 全巻を通して読まれたのと、第二部まででの読みでは、むりからぬ大差がある。やがて『第三部完』をお送りしますのでご再読くださらば幸い。

☆ (前略 第二部御礼)
第一部から 谷崎潤一郎の雰囲気を感じつつ 現代的なところもあり おもしろく拝読しております。   山梨県立文学館  中野和子
2019 8/19 213

* 尾張の鳶、「松葉」の鰊蕎麦を送ってきて下さる。せびったか催促したかのようで申し訳ないが、鰊の妙味を味わいたい。感謝感謝。美味しいモノを頂くと 理屈抜きに嬉しがるというのは、これはもうあの「戦時」「戦後」少年の餓えていやしい尻尾の残りなのである。お金はその気があれば何とか稼げるにしても、 美味い物はかくべつということ。朝日子や建日子らには分かるまい。

☆ Re: Re: めったにない佳い(=大文字等の)写真でした、感謝。
京都からの写真、喜んでいただけて幸いでした。
発送が済んで一息、「清水坂」の難所に集中される頃でしょうか。
八月も下旬に入り、確実に少しづつですが暑さが和らいできました。大気が不安定とか、昨夜はかなり強い雨で、今も部屋は薄暗い。
昨日珍しく街に出て友人と何時間も話し、帰途に松葉の鰊蕎麦をクール便で送りました。お店で食べるものとどれ程違いがあるかは分かりませんが、どうぞ食してみてください。
神戸の詩の集まりに一年ぶりくらいで参加しました。あまりのご無沙汰でしたが。先の京都アニメの事件に対して世界から20億円ほど寄付が集まり、多くの人が献花に訪れ、アニメの影響力の大きさを再確認しましたが、
同時に詩の影響力のあまりの微小を痛感しています。
それは詩に限らず文学一般にまで言えることでもありますが、言葉の持つ力を弱めてはいけない、言葉の美しさを喪ってはいけないと強く思います。
身辺、多くの事があり、対処しきれないとつい悲観的に感じますが、何とか過ごしています。元気に過ごしています。
器械の不調、いくらかでも回復しますように。やはり根本的に状況を改善しなければならないのでしょうか。
くれぐれもお身体大切に、大切に。
夏の終わりは殊に留意されますように。   尾張の鳶

* ありがとう。

* さっそくお午に頂いた。香ばしい鰊が歯にも合って、美味しく一食。感謝。そして、ぐっすり昼寝してしまった。
2019 8/23 213

☆ 秦先生
「湖の本」 オイノ・セクスアリス3部作を頂戴いたし、まことに有難うございました。
小生、かなり以前から小さな字を読むのが苦痛になり、読書からも遠ざかっておりましたが、今回の先生の3部作を一読驚嘆、興味津々、勇気凛凛となり、読了いたしました。
京都も最近はどこの国の街かわからなくなり、出歩くのもためらわれます。

まだまだ残暑は続くようですので、くれぐれもご自愛くださいますように。

かさねて御礼申し上げます。  京・桂    服

* ま、からかわれているのだろう。
女性の読者の方が、受容にせよ拒絶にせよ 切実に読んで下さっている。性のこととなると男の心根はとかく軽くて細い。
2019 8/24 213

* 東村山の写真家、近藤聰さん、地元の地酒一升と食事になるたっぷりのカステラとを朝一番に頂戴した。有難う存じます。

☆ 秦恒平様
『オイノ・セクスアリス』第三部をいただきました。ご厚意に感謝します。
「私語の刻」で記しておられることですが、女性の側からの一方的なメールを動力にして、二人の関係を始め、そして終わりに至る手法を、私も面白い試みと 感じていました。その手法が真の対話なき人間関係の不毛を象徴していると受け止めました。三回に亘る「私語の刻」は重要なので、選集に収録されることを期 待します。
前々便で記しましたが、現代のプロテスタント教会はキリスト教が長く陥ってきた性の抑圧からかなり解放されていますが、現代に出現したプライヴァシーの 時間・空間における個人の自由な行動と、神の前で誓約した夫婦の関係をどのように調整するかは、キリスト者に課せられた課題です。キリスト教は血縁的な家 族ではなく、人格的な信頼関係に基づく「ホーム」を重視していますから、ホームの信頼関係を壊さない範囲での個々人の自由は、神学者バルトの例に見られる ように、ある制約を課して認められる余地があるでしょう。しかしキリスト教は「対話性」を重視しており、同性愛を含めてセックスは対話の特別なかたち(第 三者を排除した関係)として考えているので、このような関係を夫婦以外に築くのは、通常のキリスト者にはちょっと負いきれない重荷です。
酷暑の峠をようやく越えたと実感できるようになりました。
ご夫妻のご健康をお祈りします。  ICU名誉教授   浩

* 得難いご示唆を頂戴したと感じ、内心に深く感謝申し上げている。

* {女性の側からの一方的なメールを動力にして、二人の関係を始め、そして終わりに至る手法」とは間違 いでないが、この「吉野爺さん」からもメールはそのつどに出ていたはずだが、それを敢えて交換メールにせず、女性からのメール一筋で状況をさせたことで、 重かれ軽かれ女の存在感と言葉の味が出せたのだと思っている。若い女と爺さんのメールがえんえん交換剃れて表へ出ていたなら、堪らない通俗に陥る。雪絵の メール一本槍にすることで紛れもないこれぞ今日の恋文としか謂えぬ効果をあげ「人」も表せた。ばかげた対話をえんえん読まされてはだれでも往生する。爺さ んのよくもあしくも「根性」は、自然と「某年・某月・某日」に尽くせたと思う。
2019 8/25 213

* 京の「華」さん老夫妻の老老看護ゆえの窮状、切なるものあり、言葉を喪う。間隔をあけての点滴つういんが六度目になり、介護の「華」さんも動けなく なった。これまで辛うじてマイカー通院が出来たのも高齢故(華さんが多分八十二にもなったか)に免許を返上したという。それ自体は賢明な判断に相違ない が、通院や付き添いははるかに難儀となろう。ただこの上の怪我無くと願うのみ。嗚呼。
2019 8/26 213

* 墨画家島田正治さん、写真家近藤聰さん、歴史家小和田哲男さん、飜訳家持田鋼一郎さん「湖の本」受領の来信、 栃木の寺沼輝幸さん、ご支援を戴く。
2019 8/26 213

☆ 瀧井孝作さんは「事実、あったことしか書かない」と。これを水上勉さんに話したら、僕はちがう。作り話も多い」と。
『オイノ・セクスアリス』を読んで、どこまでが事実でどこまでが創り話か、そう思って読みました。
けっこうデートするのに食べたり、タクシーに乗ったりお金のいること、僕にはそのまねはできません。こういう話もあるかと思って読んでいます。
つまり寓話ということでしょうか。 納得。2019 8 25  神奈川・川崎  島田正治 墨画家

* 島田さんはわたしより四、五歳年長のお人。「つまり寓話ということでしょうか。」で、けっこうです。

☆ 秦様
湖の本146号のご恵投、ありがとうございました。内容については前回同様の感想を抱きました。177ページ、式子内親王の歌の解釈のところで、井上宗 雄の名前を発見大変懐かしく存じました。この先生は、私の早稲田高等学院時代の国語の恩師で、源氏の須磨の巻を教えていただきました。いまでも「波はよる よる」のよるが夜と寄るの意味を重ねているとおっしゃたことをよく覚えています。
神は細部に宿る、秦様の作品の細部の面白さを今回も堪能いたしました。
ますますのご健筆お祈りします。    茨城  鋼

* 「波はよるよる」とは微笑ましい。わたしより若くても十もあるない文筆家だが。やはり高校の古文教室で初めて習い識ったのかなあ。こういう縁語や掛詞のあやのある文語唱歌は子供の頃から幾つも唄っていたろうに。
「いつしか年も、すぎのとを、あけてぞ けさは」とか、「かたみにおもふ ちよろずの こころのはしを ひとことに さきくとばかり」とか。蛍の光の一 番二番など 幼稚園の卒園式いらい延々とうたってきたから、「過ぎ=杉の戸をあけて」 とか、「互み=形見におもふ」「千萬ずのこころの橋=端を」「ひと ことな 「幸く=先久」と「ばかり=だけ」など  一度も先生方は説明しなかったけれど、自然に日本語の面白さとして覚えていった。和歌はこういう日本語 の美しい結晶なのである。せめて歌人 詩人 俳人には よくよく心得ていて欲しい。

* 石川・能美の井口哲郎先生 金澤名菓「落雁」の老舗「諸江屋」から、弱い歯にも優しい「なま落雁」を送って来てくださった。甘味は、浮き沈みのはげしいわた しの心労をおいしく宥め励ましてくれる。有難う存じます。甲子園の優勝旗に惜しくも届かなかったお見舞いを申し上げるべきが先だったのに。
有難う存じます。

* なんとも心身怠く、ともすれば寝入ってしまうが。処暑のバテで、わたとしては多年夏バテは九月も中頃にヒドかったのが、一月早い。凄いほどな暑さの中 で、わたしとすれば二篇多年の創作で四苦八苦したのが堪えていて、のこる一編行き詰まりの苦境に喘いでいる。先の一編への読者からの反応反響もさすがによ 今回は重い重い、今日も例になく多くのお手紙をいただいたが、よくも重くもハラに堪えた。「湖の本146」は『オイノ・セクスアリス 或る寓話』三部の完 結編で、結末は、読者の百に九十九人はひろいんと目されていただろう若い人妻の投身自殺というむごい悲劇で終えていて、結語の一行は(作者自身ではない、 が)「物語」終始一貫の語り手のことばで、「分かっていた。むごいと知りつつも。」と 全編の「完」を告げ終えている。いますこしこの一言に先立てての、 彼「吉野東作」老人の見解は恁うである、

ユニオ・ミスティカ=性一致の恍惚境は、まちがいなく在る。叶う。
だが、男女の愛、大きな愛には「その先」が、まだ有る。人と人の愛に、どんなに良い「性」があっても万能の通行手形ではない。
吉野に、此のわたくし吉野東作に謂えたのは、それだけだ。
分っていた。むごいと知りつつも。                 ──完──

* 小説の「結び」はじつに難しくて気を遣うが、こんなに過酷な結びを書いたのは初めてだろう。
これへいたる、ほぼ千枚余の長編小説は、時を経るに従い多くを、ことに若い未婚・既婚の男女にも、家庭の、また老境の夫婦にも問いかけ続けるだろう、性と愛とを。

* それにしても、多くコレまでに戴いた反響に、動かぬヒロインと目されているらしい若い人妻へのに批評がマッタクと言っていいほど無いにも作者は驚いている。

* たくさん頂いたお手紙お便りの紹介は体調を憚り、せいぜい気概も体力も新作のほうへまわしておきたい。

☆ 『湖の本146』が届き、
「私語の刻」を、思い深く拝読、<さらに先を先を「書く」ことで彫り起こす>ご覚悟に感銘いたしました。本作を全身全霊こめて産み出されたことによって、さらに湧き出した泉水を汲み出して下さい。そのためにも、どうぞ呉々もお身体お大切に。   講談社役員   敬

☆ 拝啓
朝夕少しずつ秋めいてまいりましたね。日昼の日差しはそれでもまだ強く、セミの声もかしましい程ですが、確かな足取りで秋はもうそこまで来ているようです。
この度は「湖の本「第百四十五、六巻を併せ賜わり有難うございます。想いもよらぬ贈本(=呈上本)に感激すると共に恐縮もしております。
早いものでもう創刊三十三年にもなるのですね。私もいつの間にか七十歳になってしまいました。
初めて『秘色』(=筑摩書房からの第一册)に出会い、以来秦様の作品を追い続けた日々がまるで昨日のように憶い出されます。と同時に、それにも増して「湖の本」の刊行、及び「秦 恒平選集」の刊行、ただただ頭の下がる思いです。
追いかけ始めた以上、最後まで追い続けようと決意したのは、やはり第百巻(=創作・エッセイ総合して、『濯鱗清流 秦 恒平の文学作法』下巻)でした。年令と共に眼もおもうにまかせなくなり、昔のように読書が楽しめなくなったことも要因です。しかし、好きな作家の好きな作 品に囲まれた生活をしたいと言うのが若い頃からの夢で、今はほぼその夢が実現しそうなところまで来ています。
贈本頂いた時、すぐにも御礼をと思いながら、ペンを執るのが難しくなり、この書面も原稿用紙に顔をすりつけるようにして書いています。近視の上に遠視までもが重なり、マス目さえもが見にくくなってしまいました。誤字はむろんのこと、読みづらい点はお許し下さい。

それにいたしましても秦様の情熱、と言うよりも執念のすさまじさ、お教えられること実に多大で、私もまた「いよいよこれからだ」との想いで生きて行きたく存じます。
「湖の本」「選集」最後までおつき合い、お伴させて頂きたく思っております。どうぞよろしくお願い致します。

秋はそこまで、と申しましても夏の疲れが表われるのはこの時期。くれぐれもお体ご自愛下さい。
何にか子供の字のようで恥かしいのですが、お礼だけは自筆でと思いました。
現在、私もパソコンを利用しています。パソコンの良いところは二○○パーセント、三○○パーセントに拡大できるところです。
おかげで二○○パーセントモードで使用しています。
いろいろとお話しをしたいことなどあるのですが、なんらかの形でメールなりホームページなりにアクセスさせて頂きます。
この度の重ねての贈本、心より御礼申し上げます。有難うございました。 敬白
八月二十七日
秦 恒平様            和歌山・御坊市   井領祥夫

* なんという私は幸せ者であるか。日々の御平穏を感謝とともに心より願いおります。お力を頂き奮励したい。

☆ (前略)ありがとうございます。
秦さんもいよいよ谷崎先生、森鷗外先生の心境に入ったということですか。
私自身、老境に入っており、いろいろ考えさせられます。ひきつづき秦さんの思いを読ませていただきます。よろしく。 不一    森詠   作家

☆ (前略)
先日 京都の父(今は亡き島津忠夫先生)の知人の方から本(島津忠夫著作集 残篇)の返礼に 上品で美味しいお菓子が届きました、(「ときわ木」「野 菊」)  先生も多分お好きな味ではと思い、夫に店のホームページを調べてもらって、ネットショップで買うことができましたのでおくらせていただきまし た。
奥様と いっしょに 京都の味をお楽しみいただければ 幸いです。   埼玉・所沢 藤森佐貴子

☆ 拝復
処暑ともなれば夜風にそぞろ秋の気配が漂ってまいります。(中略)
同封の折鶴は、数日前耽読で富士山頂へ登頂した折、「鶴は千年、冨士は万年、折り鶴ができて数百年」のキャッチコピーとオリジナルデザインの色紙に魅せ られ(富士山頂上 浅間大社で=)購入したもので、先生ご夫妻の健康長寿を祈って妻が折ったものです。稚拙な折り方ですが秋のひと夜<鶴の背に冨士>楽し んでてただければ幸いです。
『清水坂(仮題)』の完成を祈っています。   京・山科   あきとし・じゅん  詩人

* 瀬戸内寂聴、井口哲郎、信太周、稲垣真美、斎藤誠一、杉本利男、持田晴美各氏、御状頂戴、多謝。さらに大正大学、徳島文理大学、城西大学水田記念図書館、親鸞佛教センターなど受領の来信。

* ちょっと時間を無駄遣いしてしまったが。ま、明日へ。
2019 8/27 213

奈川・二宮の高城由美子さんからお心入れのお手紙に添って、大きな、香りよく素晴らしい梨をたくさん頂戴した。有難う存じます。

☆ (前略)
先日にお礼を申し上げましたが、満作家生活五十年に、本作(『オイノ・セクスアリス 或る寓話』)を書く必然に同世代として大いに鼓舞され、「イイ加減ニ生キルンジャナイゾ」と、中味の濃さもあって刺戟されっ放しです。
稔りの秋を胸中に受け取られますように。
御自愛を切にお祈りいたします。     講談社 役員   徳

* 大阪・天王寺 和泉書院社長広橋研三さん、 京・大枝 漆藝作家望月重延さん、また、昭和女子大学からも受領の来信。
2019 8/28 213

* 朝いちばんに、さいたま市の吉田宗由(茶人)さん、ブルーベリーのジャム三瓶を下さる。視力への労りと想われて有り難く。

☆ 日々のご平安を祈りながら

お世話になっております

暑い日がまだ続きますね。

九州は大雨が大変そうですが、体調は大丈夫ですか?

まだまだ「書きたい作品」が頭に浮かぶとは、秦さんの創作意欲には、ただただ敬服致します。

無理なさらずに、まだまだお元気に願います。

* 新作の脱稿まで、暫時真入稿は待機してもらっている。
2019 8/29 213

* 井口さんお心入れで頂戴した、金澤の、「方丈」と銘した落雁を上煎茶で口にしつつ、暑さ負けの不行儀なわが恰好、申しわけないと苦笑している。この暑さ、九月いっぱいも続くのかなあ。
2019 8/29 213

* 元「新潮」編集長坂本忠雄さん、京・鳴瀧の作家川浪春香さん、千葉・鎌ヶ谷の篠崎仁さん、ご挨拶のお葉書やメール有り難く頂くも、夕刻にしてもう目が見えず、葉書の細字がまるで読み取れない。立命館大学、山梨県立文学館からも「湖の本146」受領の来信。
2019 8/30 213

* もとNHK出版で、わたしの『梁塵秘抄』『閑吟集』刊行を手がけてくれた安田鏡子さん、新作へ激励の花束を贈ってきてくださった。感謝。しっかり駆け抜き、書き抜こう。 午になった。

* 奈良県の歌人喜多隆子さん、詞華集『愛はるかに照せ 愛と友情の歌』に共感され、地の珍しいお茶にお心持ちを添えて送って下さった。感謝。

* 成蹊大学、日本近代文学館、『オイノ・セクスアリス 或る寓話』全 受領の来信。

* ポストまで自転車で。やや下り坂道を利して矩形に走ってくると、らく。
2019 8/31 213

* いつも元気爆発の、邦楽 望月太左衛さんの「鼓樂庵メールマガジン2019.9月号」が届いている。機械画面などハチ切れそうな多般・多彩・多方面な活躍・活動。いろんなビタミンを一気に何十と服した気になる。
今夏にも浅草花火に誘われながら行けなかった、その見舞いのように面白い葉書大の手紙をもらっていた。表の一つボタンを押すと ひゅーぅ パチパチと たくさん花火が一面に光る コレが面白く楽しくて、嬉しくて 貰って以来、仕事の合間に もう百ぺんも 味な「花火」を楽しんできた。佳いモノだった、感心した。嬉しい の一と言をお礼に、「八月も逝きます。 お大事に稔りのいい秋をお過ごし下さい。秦 恒平」とメールしておいた。
花火も 大文字も 消えた。

* 神奈川・川崎の近藤和枝さんから、りっぱな梨をたくさん頂戴した。感謝。この近藤さんは、「秦 恒平・湖(うみ)の本」の本、創刊一等最初の「継続契約読者」であった。あの感謝、忘れない。

☆ 或る寓話 拝受しました  (波)
湖様    「湖の本」を長い間ご恵送いただいているにも関わらず  何のご挨拶も申し上げない失礼を心からお詫び申し上げます。
この度は「或る寓話」を拝受いたしました。 まだ一読しかしておりませんので浅い感想しかお伝え出来ませんが 女性の性愛と愛の身勝手さ、を感じております。

持病はいくつかあるものの 何とか元気にしております。
一昨年伯母と母を相次いで看取りました。

 

蒸し暑い日々、どうぞお体に十分気を付けて 執筆活動を続けられますよう、遠くから応援させていただきます。   波

*  懐かしい。「恵送」どころか多分に永く叮嚀にご支援頂いてきた。経営者であり大学の講師もしながら、高齢のお年寄りを身近に日々介護されていると分かっ ていて、つい伺うことも遠慮していたが。やはり寂しいことであったと。私の此の歳では、赤ちゃんが生まれた喜びよりも、身寄りまた自身の年の弱りを聞くこ とがもっぱら。
「何とか元気に」の一言にふと安堵する。
心嬉しい久々のお便りであった。感謝。
短い当座の感想のようでありながら、男性の、ではなくて「女性の性愛と愛の身勝手さ」という指摘・批判は、これまで接した大勢さんの感想に、無かった。なぜかなあと思っていたのである。ただし斯く謂われている「女性」が「誰」を指さしているのかは明瞭でない。

☆ 「オイノセクスアリス・ある寓話」の感想文のつづき  (辰)
秦 兄  8月2日に「オイノ・セクスアリス・ある寓話」の読後感をつぎの出だしで送信した続きを少々。

「『合 は離の始め、楽は憂の伏すところ』で、これ以外の結末はないだろうと予想していたので最終章は一応納得できた。一応と書いたのは読み終えた読者諸氏がウー ンと唸るとすれば、それは最後の雪の消え方と原因に戸惑い、様々な反応があろうという意味。この大作を完結させようとすれば、松と雪の関係をこれ以上つづ けるには無理があり、秦恒平と吉野東作がジキル博士とハイド氏であれば松は死ぬところだが、秦=松ではそれはならず、となれば雪が溶けて消える以外の結末はない。
遺書でもないかぎり、自死の原因について第三者の無責任な詮索は死者を冒涜することになるのだが、それでも多くの読者の感想や批評を兄以上に日録によむのを楽しみにしている私は野次馬である。」

と書いて兄の労作に対する読者諸氏の感想や批評を楽しみにしている一人だが、秦文学の愛読者は性を主題にしたこの作品にはいささか戸惑っておられるようだ。

そんななか、或る女史の7月15日の掲載文には大いに頭を掻くところが多々あった。
作者はこの作品で多くの問題提起をしているが、その一つ「一夫一妻制度」について語り手の吉野東作氏は明言していない。病身の妻を慮って性生活から遠ざかっているときに雪繪が現れた。

しかし、一触即発の欲情も最初の性行為にいたるまで数年を要しているところが心憎い。雪繪と性関係を持つことで妻に対する後ろめたさを他の気配りで補填しているところなど、秦恒平と吉野東作は私の好きな「ジキル博士とハイド氏」さながらで興味ぶかい。

読 者もまた二重人格的性質を多分に持っていよう。しかし、日録に送信することは実名・ハンドルネームを問わず、その人の思いが反映される。話題が当たり障り のないものなら気楽だが「性」に関わると送信者の実像に直結するから簡単ではない。読者諸氏が口を閉ざす所以であろう。

東作は妻の性生活の途絶えに対する思いの記述を避けている。一夫一妻制に触れる以上、この辺の描写も多少要求される。妻は東作の情事を知ってか知らずかも含めて。

作者「私語の刻」のことばを借りれば、「すべてが『吉野東作という私人』の走り書き、書きっ放しの体裁で・・・」と、するりと躱されるのだが、私はここに秦文学の一大特徴をみる。他の作家は延々たる「私語の刻」を持たない。いまでこそHP活用の作家はいるが、「私語の刻」を嚆矢とする。作者からの一方通行でなく読者との双方向性はマスコミ(アナログ)とSNS(デジタル)の相違とおなじである。

作品はいったん作者の手を離れた瞬間から全ては読者の読みに委ねられるのだが秦文学はちがう。30年以上にわたり「日録」をつづけている偉大な業績はこの作品に至って一段と光彩を放っている。

秦夫妻が並々ならぬ老躯の労苦を厭わず私家版に拘る所以は実にここにあるのだとおもう。私は秦文学を一言で表すならこの点を挙げる。「私語の刻」を持つことの意義は計り知れない。

案ずることはただひとつ。視力にはじまる身体の衰えである。私もキーボード上で隣接のキーを叩くこと屡々である。あるのは意欲と気力のみ。あらゆるサプリメントを用いてつぎの大作の完成をねがう。独断と偏見による私の音楽サプリが兄に役立つことを念じて。

一夫一妻制度や宗教との関わりについてはまた別の機会に。 2019-9-1  京・岩倉  辰
2019 9/1 214

☆ 雨で
ムシ暑い日が続いています いつもご叮嚀な受取は恐縮です HPでちゃんと見てますので、お心づかいなきように。 諸江屋は落雁が「ウリ」の老舗で  「方丈」が HPの字に似ているので、聞いたところ、電話に出た女性は (東福寺のとは=)チガウと応じました ちょっと気がひけましたが、ついでに(失 礼)秦さんへの注文をしたという次第です。
甲子園への応援、ありがとうございました 高校野球と相撲は、地元のに力が入ります わけても今度はセガレがかかわっていますのでなおさらでした 準優勝でもすごいぞとセガレをねぎらってやりました
もう九月です 年月の経つのが早く感じます  どうぞお二人にはお大切に
(表へ) この頃よく、まだ車に乗っているのかと聞かれます 通院や買物など車がないと大変です 八十歳になると、市から杖がプレゼントされます しかしまだ置いたままです 車をはなして杖にすがる日もいつか来る事でしょう
石川・能美  井口哲郎  前・石川近代文学館長 元・県立小松高校校長先生

* 「方丈」二字の額とは いろんなお寺で出会える。京・真葛原高台寺の「方丈」二字も立派だったと憶えている。落雁「方丈」お茶とよく合いましたよ、感謝。
私は 胃全摘で退院してすぐ「杖」を使い始めました。最初のは気に入らず、二本目は妻に紫檀の一本を買ってもらい、今まで愛用している。階段の上り下りにはとくにラクでまた安心できる。
2019 9/2 214

* 和歌山・紀の川の三宅貞雄さん、群馬・前橋の宮崎弘子さん、神奈川・茅ヶ崎の吉川幹男さん、「湖の本」へお便り下さる。
御茶ノ水女子大、早稲田大、久留米大からも受領の来信。

* 五島美術館より秋の「筆墨の躍動」展へ、俳優座劇場より十一月の稽古場公演に、招待される。

* 京の森下兄より、数枚もの音盤届く。感謝。

* 『オイノ・セクスアリス 或る寓話』へ かなり長文の感想が届いたが、大きな読み落としも見受けたのと、余の読者の方の読みに障るかも知れないので、僅かな書き始めの方へだけ、私なりの感想を直にメル返しておいた。
2019 9/2 214

* 元・岩波「世界」の高本さん、新聞記者の原山さん、京・祇園 弥栄中同級の橋本嘉寿子さん、お便りを戴く。
2019 9/3 214

* ロス在住の年輩の茶人池宮千代子さんから、お手紙と、「湖の本」へのご支援を戴いた。なつかしい。五ないし六十年以前の仲良しで、姉上の大谷良子さん が叔母の元へお茶を習いに見えていた。大谷さん夫妻も、池宮さんのご主人もアメリカで亡くなり、もう久しい。「こんなの」も書くのかと驚かせたらしい。

* 妻の、濱家の従弟からもたより。二松学舎大、皇学院大からも受領の来信。
2019 9/4 214

* 元 文藝春秋の明野潔さんからお手紙に添えて、過分のご支援を頂戴した。ありがとうございます。

☆ 残暑 御見舞 申し上げます
いつも 湖の本 また典雅な御選集を お送りいただき 有難うございます 素晴しい沢山の御文章に接するたび 感嘆しております
いつぞや水上勉さんのことを書いていらっしゃいましたが 私も 御原稿をいただきに百万遍のお住いや 上田の別荘に何度かうかがったことがございます
撮影のため 京都の街を御一緒したときは お住いの下にある 至文閣美術館の女性はもちろん 街行く若い女性に 気軽に話しかけられるのに 一寸びっくりいたしました
手土産に鍵善のくず切りを持参したときは 御自身がくず切りの推薦文を書いていらっしゃるのを あとで知り 赤面したものでした
そんな昔のことばかり 思い出しているこの頃です
どうぞ お元気で     明野潔

☆ まだ夏らしい天気で、
昨日は午前中から雷雨、夜も烈しい雨でした。それでも近くの田んぼには稲の穂波が黄金色に揺れています。新米が早くも出回って、早速食しています。
しばらくメールを書きませんでした、書けませんでしたと言う方が正確で・・。
京都に行った以外、何処にも行かないで夏が終わります。そして秋深まり、憂鬱を追い払ってフラフラ動きたい、です。
近況報告にもならないようなメールでごめんなさい。
HP、心して読んでいます。励まされます。   尾張の鳶

* どうしてるかなあと気に掛けていた。ともあれメールが来て、何より。
その気になればフラフラ動けるのだから羨ましい。
わたしは、ともすると今日も瞼がとぢてくる。
琵琶湖畔佐川美術館での、樂吉左衛門家襲名記念の展覧会開会式へ「特別ご招待」状がとどいているが、残念。館が開館の折、妻と出かけ、琵琶湖添いにタクシーを走らせ、帰りには石山寺へ立ち寄った昔が懐かしい。もういちど石山寺の紅葉が見たい。

* 岡山のノートルダム清心女子大から湖の本受領の来信。

* 亡き近藤富枝さんの文学碑が軽井沢に出来たとご遺族より通知。
私の紙碑は、作品。「秦 恒平選集」33巻と「秦 恒平・湖の本」おそらく150巻以上と、HPの厖大量の「闇に言い置く 私語」と心得ている。何も、加えてくれなくてよい。
2019 9/5 214

☆ 住所(=宛名)を書いて、
すっかり安心していました。 ごめんなさい。 そして ありがとうございます。
だんだん、時をすごすので下手になったのか、であります。
「ウルトラマン」の中の バルタン星人をとった カントク、 東京、本郷の人だったので、「ギブミーチョコレート」と えろ本、子供の頃を小説に書いたよ うです。ちょっと私達のより年上です。田舎育ちの私には経験のない 子供です。 国民学校に入学して 小学校を卒業したよねえー
御元気で     原知佐子

* その通り 昭和十七年四月からの新入学は わたしの場合も 新制の京都市立有済「国民学校」で、卒業は 昭和二十三年三月 昔へ戻って京都市立有済「小学校」、四月には京都市立弥栄「新制中学」に入学したのだった。
原(本姓田原)知佐子 元気に怪我なく、ベテラン女優としてガンバッテ永生きして呉れますように。大学同期で同専攻というのは、彼女がたった独りきりになってしまった。
2019 9/6 214

* 仙台の遠藤恵子さん、名品の色蒲鉾を二重ね、送って下さる。学長職は退かれても大学の先生としても活動されていよう。今少し近くで親しく出会えれば、昔々の医学書院同僚のよしみで、いまいまの女性学のことなど具体的におそわり啓発して貰えるだろうに。
さきの長編でわたしは若い女性を書き損ねたろうか。あるいは老い男の性と生の表現を間違えてたろうか。
2019 9/7 214

☆ 『湖の本・146巻』お送り頂きまして、
有り難うございます。
先日来、父の納骨で新潟へ参っておりまして… 御礼申し上げるのも遅れてしまい… 失礼なことでございました。
その後、手付かずになっていた、住まいの片付けがこれから始まります。その様に慌ただしい日々なもので…御礼と、ご返事が遅れましたお詫びを申し上げます。
新潟に戻りました時に、稲田を撮った写真をタブレットから送信させて頂きます。
まだ暑い日が続き、過ごしにくいこの頃です。  どうぞくれぐれも、お元気であられます様。お祈り致しております。 百 拝
2019 9/7 214

☆  秦 兄
台風15号の被害はありませんでしたか。案じています。
被害が微少でありますよう念じています。  京・岩倉   辰

* 感謝。
折角戴いている音盤が、わたしがラジオをよう正しく扱えなくて、まだ聴けていない。これまで、あちこちのボタンを押しまくって、たまたま鳴りだしてくれると、電源を切らずに何日も聴いていたが。これで、「ハタラジオ店」の息子だったとはなあ。
永かった人生で一等苦痛で困惑したのは、高校か大学の頃の夏休みに、秦の父に命じられ、ナショナル門真の工場へ通い、「テレビ」なる機械内部の扱いを講 習させられた時で、皆目分からず手も足も出ぬ苦痛で、しまいには門真駅を毎日通り越し大阪市まで行き、ぶらぶら歩きしては京都の家へ帰っていた。今までの 人生で、あれ以上シンドかったことは無いなあ。しかし馴染みのない大阪へとは気が利かなかった、京都でなら街や山歩きが楽しめたのに。わたしは、どこか抜 けているのです。
2019 9/9 214

* 紅書房主・菊池さんから『オイノ・セクスアリス 或る寓話』へのお手紙を戴いた。 東京大学大学院からも受領の来信あり。

* 千葉の勝田貞夫さん、春草の名品「帰樵」の色調を、ことに夕焼けの暮れゆく空に赤みを添えて写真にして下さった。私の目近に、カレンダーに利用された 原画写真があり、それから複写したわたしの写真は、赤暗い微妙な夕焼けがただ黒ずんでしまっていた、も少し赤がまじってしかも紛れない暮れ色の空なのだ。 勝田さんも、かなり苦労なさったように絵葉書をお見受けする。
原画は空は赤暗く、山はほぼ黒い。そして何よりの焦点は樵の山を家路についている夫婦の姿が二人と見えねばならず、これが空と山との境の稜線上にいかにも小さいのが「お見事」なのである。

* e-OLDの勝田さん、「秦さんのお仕事のご様子を拝察しながら、私も頑張っております。」「稲刈りが始まり庭のえさ台に雀が来なくなりました  敬白」と。
2019 9/10 214

* 村上開新堂の社主より、「頬のとろける」が誇張でない美味しい季節の「杏菓子」を、たくさん頂戴した。珈琲にも紅茶にも佳いワインにも、ぴたり合う。感謝感謝。

☆ ごぶさたしております。
先生の御選集に加え「湖の本」145・146を頂戴しながら御礼も申し上げず過ぎましたこと お詫び申し上げます
七月-九月一杯は生菓子をお休みいたしますので、私の朝一番の菓子の仕事もお休みです。その間は杏のお菓子になります こうした ゆとりのある季節です が「暇があるから」という思いに却って力んでしまい「あれもこれもしたい」と気が急くのです。 こうした愚かさを書き連ねて 先生のお目を煩わし恐縮です
今月一杯の杏のお菓子をもう一度お送りしたいと思いましたら つい筆が滑りました。
台風の残していった猛暑 どうぞ
御身ご大切にお過ごし下さい       道
2019 9/11 214

☆ 感想
「湖の本」146(長編『オイノ・セクスアリス 或る寓話』完結編)をいただきました。ありがとうございます。
何度読んでも本当の父と娘の濃密な関係イメージが頭から離れません。
『生きたかりしに』が再生の書でしたら、こちらは救いの書でした。     東京・狛江  方外野人

* これは意外に意表に初めて出た感想で、ビックリした。同様の感想を持った方もあったうか。『生きたかりしに』は、私生母との、母死後久しくての邂逅の旅の ような私小説長編だった。
今回の長編は、あくまで作中吉野東作氏の終始自語りで、作者の私からは虚構の「寓話」のつもり 、今も改めていないが、小説は読者にどう読まれても当然な構えで書かれてあるもの。
「救いの書」の意義如何、私も知りたい。

☆ 「湖の本」146 落手
ありがとうございます。
奄美へ行って来ました。
子供の頃の夏の空気が残っていて 気持良かったです。 作家・写真家 島尾伸三

* 日本近代文学館 京都府立京都学歴彩館からも受領の来信。
2019 9/14 214

☆ 言わずもがな
吉野東作は上田秋成の「蛇性の婬」からのネーミングかな。
こだわり過ぎかもしれませんが、父親にとって一番の「お気に入り」は愛娘でしょうし、娘にとっての「とくべつ」は父親ではありませんか。
雪絵の「嫌いです」は「だ~い好き」と聞こえますし、その他のメールにも父親に甘える娘の調子が
数多く見受けられます。
巻末の「むごいと知りつつも」は 親が娘を導きそこねた述懐のようにも響きます。
更にはいとし子が自死による水の浄化を受けたあと、荼毘に付されようとしている雪絵に 「生きたかりしに」と共に 火の供養が待っているのは、再生の願いも込められているのではありませんか。
「ユニオ・ミスティカ」が到達点ではなく、そこから始まる父と娘の新たなる「生きたかりしに」物語としても成り立つと思いました。。
勿論寓話ですから典型を描かれたものと承知いたします。
相変わらずの自分勝手な感想で失礼しました。
秦恒平様      東京・狛江    方外野人

* 虚を衝かれた。そして、胸を衝かれた。

* 虚を衝かれたのは、「蛇性の婬」の飛び出したこと。私の創作世界では東作秋成の「蛇性の婬」という作はよかれあしかれ大事に絡みついている。こうはっ きり指摘された人、私の評者におられたろうか。重い、そして必然の指摘である、『オイノ・セクスアリス 或る寓話』で然りとまでは言わぬけれども。

* 胸を衝かれたのは。
「事実」という何かに即して言われているのでないと分かっていても、私にとって、「娘・朝日子」との久しい絶縁状態は、やがて死んで行く身にも思いにも 大きく「重い」。しかし私自身は微塵も何らかの打開にと動いていない。愛おしんだ昔の思い出を抛っていないだけ。此の「私語の刻」末尾にほんの少々並べら れた写真が雄弁に証言している。
妻(母)や息子(弟)が何を考えているかは私にもよく分からない。唯一関わりのあった事実だけをいえば、 妻が、つまり娘の母が命も「あはや」と危険だったとき、弟にそれを告げられても、「見舞わない」と一言で峻拒したと聞いている。
私は、なにらの利害や傷害や障碍も無いまま、父親を指さし「名誉棄損」と称し裁判所の「被告席」に立たせて賠償金を取り立てた「娘(婿・大学教授 も)」の「人」として、知性としての誠実が全く理解出来ないまま、ほぼ二十年を暮らしてきた。理解できないまま私は指一本もどう動かし働きかけることも出 来ないできた。娘との楽しかった、愛おしかった思い出だけが今も時として澎湃と甦るだけである。
切に願っている、出来れば娘・朝日子にだけは、こんな、子として人として恥ずかしい行儀のままに終わらせたくないとだけ願っている。亡き孫娘のやす香も心 からそう願って祖父母との親愛を切に繋ごうと努め続けてくれていた。そのやす香が、二十歳成人の直前に重い病で逝ってしまって、はや十三年。今月が誕生月 であった。

「おじいやん」と「やす香」

* プラトン、ソクラテスは嗤っている、真に徳と誠を得ているつもりの知性なら、およそ裁判官や弁護士の判断になどすがる真似はしないと。

* それにしても「オイノ・セクスアリス 或る寓話」が斯かる方面から読まれるなどとは、作者は夢にも思わなかった。恐縮し、かつ何だか虚を衝か れた心地である。感謝しています。言い遺しておいて遣りたいと思っていた多年の思いをすこし書きおく機会を下さったとも。そして次作でも、ちょっとのけぞっ て下さるかも知れぬと。
2019 9/16 214

* もう一台在った、これも古い古い「複」用の機械が、 ライ゛オもテープもCDも聴けるとわかった。少々場所を取られるが、なんとかこの部屋へ持ち込んで音楽を楽しみたい。いまも、もはや大昔ばなしになるが東 工大でたしか上尾君が、わたしのために曲を選びましたと、フルート曲のテープを教授室へ持ってきて呉れたのを、久々に聴いて懐かしい限りであった。
上尾君とは、たしか特許庁からの海外派遣を、日比谷のクラブで食事して送り出し、帰国した時にまた日比谷で迎えて食事していらい、少なくも十数年逢っていない。奥さんお子さんと、元気に幸せにすごしてもうエラクなっていることだろうな。
2019 9/16 214

☆ メール頂き
有り難う御座いました。ご心配頂きうれしいです。
今日水曜日は一番忙しい日でした、介護サービスで2時から夫のお風呂、続きヘルパーさんのお掃除、4時からは生協の受取りと続き夕食と運びました、返信遅くなってしまいました。
これからはまだまだ色々と起るでしようね!
明日は私の内科診察です、お薬のお陰で血圧が下がったのですが!!、まだまだ頑張らねば!
お休みなさい、    京・北日吉   華

* 八十過ぎての坂道をこのように日々歩んでいる方は想うだに多い。ただただお大事にと願う。妻と私とも、心して日々怪我に落ちぬように願うばかり。元気イッパイの「マ・ア」が足元を時に疾走する。この子らのためにも無事でありたい。
2019 9/19 214

* 能管は まことにケッコウです。ただ惜しいことに、誰に戴いたか、ひょっとしてあの名張の囀雀さんであったか、テープへの録音に何箇所か躓きがある が、そんなことは気にしない。声・詞にも旋律にも聴き煩うなにもなく、ただもう佳い笛の音色だけが走り流れる。「書き」にも「読み」にも絶好の音色が嬉し い。少し少し要所へ書き進んでいる。ただし歯が痛む。痛み止めの厄介になり午食に階下へ。
2019 9/19 214

☆ 東京はかなり涼しくなったようですが、
こちらはまだ30度の日々です。
体調を凌ぐ決意と執念で日々を繋いでいらっしゃることをHPから察します。明晰な精神の活発を自在に示されています。「書くことが、生きること」と。
土曜日にはシンガポールから家族がやって来ます。暫く孫たちに振り回されて暮らします。そして、
老々介護。
夏の暑さを乗り切って疲労が溜まるこの時期はくれぐれもお身体ご自愛ください。
とにかく、何よりも何よりも鴉が元気でありますように。   尾張の鳶
2019 9/20 214

* 金澤の金田小夜子さん、例年の、それはみごとに美しい「ルビー・ロマン」一房を送って下さった。もう怪我は良くなられたろうか。予後をお大事に願う。
2019 9/20 214

* 東大の久保田淳さん(名誉教授)から岩波文庫新版の『後拾遺和歌集』を頂戴した。和歌の好きな私のいちばん心惹かれてきた一巻、詳細で読みいい註と懇切な解説も有り難い。
久保田さんには、さきごろ、興味津々の論考一文も送って頂いている。もう久しいお心寄せ、お礼申し上げます。
2019 9/20 214

* 観世流 山本真賀らの謡曲「清経」をいましみじみ聴いていた。
大学の教授室でもよくこれを聴いていた。
男子も女子も学生たちのよくドアを明けて入ってくる教授室だった。文学の話題で訪れる学生はめったにないが、その他は万般。五時六時までいすわり、その まま帰路一緒に食事を奢ることもまま有った。呑まないがよくいっしょに食べた。学生らとは不快に感じた何ひとつもなかった四年半だった。コンピュータを教 わったのも、このホームページを表紙から設計してくれたのも学生君であった。家まで話しにその後も何年も尋ねて来る何人もあった。結婚式で祝辞をあげた卒 業生も、十人もあった。もうだが定年退職して、二十数年。惘れてしまう。

* 思えばこれで私はいずれも短期だが医学書院を退社し筆一本になりながら、縁有って三度大学の教壇に立っている。退社と聞かれて、きみ食えないだろうと お医者の先生に等々力の東横短大や大阪芸大への講師に推され、大阪は辞退したが等々力の方は断りにくくて、一年、漫談に通った。もっとと請われたが強引に やめた。けっこう楽しくはあり、一、二小説も書けた。今も親しい卒業生読者がいる。
建日子が早稲田の法科にはいった歳に、誰であったか先任の先生が留学するので「文藝科」を非常勤の講師で助けてくれと断り切れない依頼で、ここは二年 通った。徹底して短い小説を書かせつづけ編集者の役で批評し続け、その中からいま活躍している角田光代をみつけて、「作家におなり」と背を押した。それだ けで、講師役から退散、これはこれで稔りがあったと謂えよう。
その後にも、同支社女子大や武蔵野女子大からの依頼が来ていたが、創作優先で、お断りした。
さらに、また間をおいて東京工業大学教授にと突如委嘱され、文部省辞令で、当時満六十歳定年までを勤務した。小説は書けなかったが、学生達との日々に満 たされていた。もう一つは、給与や賞与や退職金の手つかず全部が、いま「秦 恒平選集」三十三巻の全製作費を満たしてくれている。これは感謝していい。ときどき、どうしてるのかと訊く人があり、答えておく。

* こんな、何度も何度も繰り返してきた思い出で間をとり、「新作長編」仕上げへの気合いをじっと怺えて図っているのてす。「私語の刻」そのもの。読まれることは実は念頭に無い。
2019 9/21 214

* 群馬・玉村の都澤ちづ子さん、名産の葡萄をどっさり送ってきて下さった。ありがとう存じます。
2019 9/22 214

 

☆ 秦さん
長編小説を書き上げられたとのこと、おめでとうございます!
でもずっと体調がすぐれないご様子で、大丈夫でしょうか。
そんな中でも最後まで粘り強く仕上げられるご姿勢には、大切なことを改めて教えていただいているような思いです。
フルートのテープをまだ聴いてくださっているとは・・! 大変に嬉しくも、また懐かしくも思われます。
今年でいつの間にか、勤続20年となりますので、大学時代は、はや四半世紀も昔のこととなのですね。
一方、学生時代のことは、自分の中で生き生きと思い出されることも多いので、客観的に考えると、そんなにも時間が流れたんだなと、むしろ意外な気すらしてしまいます。
秦さんの授業を受けたり、教授室でお話ししたり、食事に連れて行っていただいたりしたことも、ほんの少し前のことのようです。
我が家は、皆元気にしております。
妻はこのところずっと、着物の着付けの勉強をしており、先日師範科の卒業試験に合格しました。
子供は小学校六年生になりましたが、来年受験をする予定で、塾に通いながら勉強を頑張っています。(今日も朝から日曜講座に出ています・・) 我が家 は、まだ好きな習い事も続けつつ、ややゆるい感じでの取り組みですが。それでも自分たちが子供の時に比べると、最近の子たちは競争も激しくて大変そうで す。
私も脳トレのように子供の勉強に付き合う毎日です(苦笑)
猫(こむぎ)は1歳半となり、外の世界を知らないので、警戒心もなく、すっかりのんびり気ままに育ち、今も私の前で寝ております。(写真を添付いたします。)
私自身は、職場では段々と責任を負う世代になってきました。
役所のご多分に漏れず、数年を置かずに色々な部署に移り、7月からは、以前の部署に10年ぶりに戻りました。30数年で辞めていく方々も多いので、そこまでいたとしてもあと10年余り、気を付けないと、これまで以上にあっという間に過ぎてしまいそうです。
40にして惑わず、どころか、天命を知るべきとされる年齢が近づきつつありますが、相変わらず、不惑の境地にも達していないように思われます。果たして何の迷いもない境地など有るのだろうか? と懐疑的にすらなります。
もう少しやりたいと思いつつ、久しく手を付けられていないことも多い気がします。日々の忙しさのせいにしても、時間は容赦なく流れていきますよね。いつか、ああしておけばよかったと後悔することの無いようにしたいものです。
今日は久しぶりに家で一人で過ごしているため、長々と思いつくままに書いてしまい済みません。
それでなくとも夏の疲れが出る時期かと思いますので、新編完成のお疲れが出てしまわないようにゆっくりと休養され、くれぐれもお身体を大切にされ、お元気にお過ごしください。
また秦さんにもお目にかかれる機会があると嬉しいです!
それではまた、失礼いたします。   隆

* 昔ながらの穏和な声を聴くようなメールを呉れて、嬉しい。ありがとう。想っていたような日々らしく、それにも安心させて貰った。お元気で、皆さん。

☆ 秦恒平様
ホームページをときどき拝見して 「清水坂(仮題;」の脱稿が近いことを知り楽しみにしておりました。おめでとうおざいます、というのはまだ少し早いのかもしれませんが、やはり、おめでとうございます。
これからの推敲が大変なのでしょうが、完成の日を楽しんでいます。
それまでお疲れが出ずにいることをお祈りしています。
私も去年の病気以来お医者に言われて体重を落としましたら、やはり学校を出た頃の体重にもどりました。そうしたら、若いときのままで、80才をすぎたお ばあさんになったようで、何かなつかしい姿顔になりましたの。でも、それがわかるのは自分だけ、傍目にはやつれただけでしょう。
やっと涼しくなって来ました。
奥様ともども、お大事に。 2019/09/22    藤

* 「藤」さんに戴いたもう遠い昔のメールが、今度仕上げた小説のまことに恰好の刺戟的ヒントとなり、フクザツ怪奇な物語世界が浮かび上がったとも謂える。感謝しています。
2019 9/22 214

☆ しばらくです。
ほんの少し、秋らしくなってきました、体調はいかがですか。
私はリフレッシュしようと、元気を戻そうと、お抹茶を取り寄せました。其方へも、今日お送りしました、明日にでも届くかと思います、
元気を出して新しい作品を--。   京・北日吉   華

* 案じていて、あまりに心配だとかえって見舞いの言葉も送りにくかった。すこぅし安心した。
メールの、どこからも全く跡絶えて久しかったので、それにも、ふしぎに気が明るんだ。
お元気出と願う。
2019 9/30 214

☆ 秦 兄
雑食系音キチからの音楽便。
何に限らず好き嫌いのないことだけが取り柄の老生だが 時の権力者の長期にわたる居座りだけ
はご免蒙りたい。
11月20日には歴代総理在任期間の最長記録保持者になるが、日本憲政史に最悪の一頁を加え
ることだけは絶対に許さじと Amazon本を出したが、紙本に拘り 2年間を無駄にして時間切れを
迎えることは真に慙愧に堪えない。
死の商人と二足のわらじを履く世界中の悪徳政治屋を-掃せんとして2冊のKindle本を纏めて
〟The best way to wide out bad politicians in eIection〝と題してAmazon本にして地球温暖化にも触れたが、傷心無念の老生にとっての救いは スエーデンの少女GretaThunberg のこの度の国連での名スピーチである。
世界中の政治屋は何と聞いたことか。蛙の面に小便の破廉恥な政治屋にたいして「あなたたちを
絶対に許さない」と断じた少女のような未成年者に選挙権を与えて ×票 で悪徳政治屋を一掃せんとする私の主張は必ず陽の目を見るときが来ると 少女の演説を聞いて確信した。
やっぱ半端ない、などと気色のわるい言葉を大人までもが平気で口にしている日本人には愛想が
尽きるが 嘆いていても埒が明かないので根気よく活動をつづけることにしよう。
9月19日に 84歳になり 耳目に支障はあるものの 肺同様に2つある臓器は 1つあれば最低の用は足せると楽観視して1次目標の百歳めざして猪突猛進するので 兄にも是非お付合いを願いたい。
乳牛ですらモーツアルトを聞けば良質の乳を出すそうだから 万物の霊長なら効果のない筈もな
いので これからも独断と偏見の音楽レシピの中から見繕って精々届けることにしよう。
きようは兄の好きな李香蘭の秘曲第2集とBGM用にJ.S.バッハの名曲を聴き比べていただこう。
李香蘭の音源は大半がSP盤のため針音が気になるがスクラッチノイズの中から妖艶なソプラノを
聴きとるのも亦一興かも。
バッハはモダンジャズに化けたものも入れたが 出来るだけ刺激のすくない演奏を選んでおいた。
カーステレオでも聴いていた音源ゆえトランキライザーになるだろう。随分と逡巡したが誕生日前
に免許証を返納したので もう運転しながら 音楽を聴くこともなくなった。
20数年湖国にいた頃と違い 京都に戻ったので不便は何もなく、森下の棺桶は車と言われていた
だけに心配事がなくなり 家人も安堵していることだろう。
では愛息ご手配の装置で音楽の五目飯をお二人でご賞味ください。2019-9-30 森下辰男

* 感謝、感謝。 幸い建日子の呉れたCD専用?機 好調に音楽を聴かせてくれる。持ち駒はテープよりCDがたくさんなので、音質も悪くないので喜んでい る。森下君の選んでくれた「これが芸人だ」という音盤では、東京ぼん太の歌のうまさ、坂上二郎の「鉄道員」の歌、渥美清の「遠くへ行きたい「人生の並木 道」にほろっとした。植木ひとしの「はいそれまでよ」「スーダラ節」にも、久しぶりに笑えた。今日もらった李香蘭秘曲第二集は題をみても全部知らない。楽 しませてもらいます。感謝。
2019 10/1 215

* 共産党国対委員長の穀田恵二さん、お手紙が添って、党の理論政治誌「前衛」の10月号を例により、下さる。共産、立憲民主、国民民主だったか、この三野党 じれったい。
共産党は、一党で自民党に対峙し「政権をうかがう」という強く闘う姿勢が見えぬ限り、支持のしがいがない。「前衛」という思想、いまや曖昧模糊として意 味不明に近い、と、わたしは、じれったい。二つの民主党には共産党の志位委員長ほども党首脳に大きな覇気と存在感が薄い。スターを立てねば旗色が鮮明に耀 かない。
2019 10/1 215

* 徳島文理大、武庫川女子大、「湖の本」144<145<146 受領の来信。
2019 10/1 215

* ドップラーのファンタジーが快調に笛の音を響かせている。森下君のお蔭です。感謝。曲が、メンデルスゾーンのわたしでも聴き馴染んだバイオリン・コンチェルトに代わった。

* 京・北日吉の「華」さん、老々介護の自身怪我・苦痛の中での買い物ついでに、私にまで、宇治小山園の抹茶と松露とを送って下さった。感謝。そしてご夫妻ともお大事に、平安に。
2019 10/2 215

☆ しぶとい暑さに
閉口しながらも、朝晩少しずつ秋の近づいてきていることを感じるこの頃です。みづうみ、お元気ですか。
固唾をのんで見守っていた「清水坂」の完成 ほんとうにおめでとうございます。何より嬉しいことでした。そして新たな創作への思いも伺い、感動をおぼえ ます。私語を拝読しながら、鬼気迫るものを感じていたのはわたくしだけではないでしょう。みづうみが命を削るようにして書き続けてくださいますことが、生 きる甲斐ある日々にもなっています。

世の中を見渡すと、どこぞのおエライさん達が、誰かさんが怖くて五十万円の背広をもらったなどという「非常識が常識」になりつつあることが多すぎ、毎日口あんぐりです。
それでも、世界には新鮮な動きも╶─╴。ノーベル賞のマララさんといい、今回のグレタさんといい、女の子が元気です。糠に釘の日本では、子供たちの大規 模な気候変動抗議のデモなんて異世界の話ですが、こういうやり方があったかと嬉しい驚きでした。最近の千葉の台風被害も温暖化による異常気象の一つであり ましょうが、次世代を大切にしない大人たちの愚かしさの結果で、わが身を省みても恥ずかしい。

女の子の元気の秘密、非力とされてきた女の子が大人社会に一石を投じることが出来るのは、男の子ではないからといえるかもしれません。小さい頃から女という制限、理不尽な経験を積んでいる女の子のほうが失うものが少ないせいかと……。
男の子は世界のどこでも「男」という分厚い既得権益に守られて大人になれるので、早い時期にわざわざ非難の集中砲火を浴びる道を選ぶ必要はありません。 男の子ももっと自由に生きてほしい、とくに日本の男の子には受験勉強だけでなく社会参加も頑張ってほしいと思うのですが、今年のハロウィン騒ぎでまたまた 失望する予感がしています。
みんなと同じことをすることが楽しい、楽しくて何が悪いというような雰囲気の中で、芽を摘まれてしまうグレタさんのような秀でた個性が泣いているのではないかしらと。

つまり「みんなと同じ」ことが大事な親が増え、秀でた個性を見守り育てる親が激減しているということでもあります。子世代は親世代の鏡です。また最初の 非常識の話に戻って、強迫されたという理由でどうせ似合いもしない五十万円の背広なんてもらうなよ、だから子育て失敗するではないかという、当たり前の話 になりそう。

余談はここまでにして、

> 伊勢うつくし逢はでこの世と歎きしかひとはかほどのまことを知らず   恒平
と歌集に載せている。これは、「逢いたいな」と誘うラブレターに相違なく、だが、冗談ほどにも伝わらないから、おもしろい。おもしろくもない。だから、こんな歌も作られる。
分らないまま問い続けていく。問い続ける相手のいることそのものが無上の幸福で、それ以上望むのは愚かしいと思うようになりました。天才であろうと凡人であろうと、人生は問い続けて答には届かず、死によって強制終了するようなものに思えます。

歯痛は治りましたか。お辛かったことでしょう。どこかが痛いと人生暗くなりますから、しっかり治療なさってください。

猫砂を定期的に買いに行かれているようです。わたくしはネットで注文しますが、ネットで買物をなさらない場合も、今は電話で簡単に注文できます。代引き という方法が一番簡単です。届けてもらえてその場で現金払いです。通販はらくですから是非お試しください。猫砂は重たいです。自転車で転んだら大変。それ に災害時のためにも猫砂のストックは充分あったほうがいいです。相変わらずのお節介。

とりとめなく書きました。  燈     秋燈下小説の恋死で終る  さき

* どうあがいても とり返しつかぬ事がある。生まれてきたということ。
2019 10/3 215

☆ 十月
朝夕少し涼しくなりましたが、まだ汗ばむ日が続いています。
『清水坂』脱稿は嬉しい事でした。安堵と幾らかの解放感と寂しさ?・・複雑な心境かと察します。きっと再び何かを書き始めでしょう。鴉はそうしているのが自然なのですから。もっとも 日々のHP自体が書き続けていること、そのものの軌跡です。奇跡です。
「どうあがいても とり返しつかぬことがある。生まれてきたということ」と書かれています。深くため息しつつ、わたしも強く思います。
夏以来わたしは薄い霧の中を歩いてきた感があります。霧は晴れず、ただしこれからはその状況を受け止めて、今より強く生きなければ。
九日より 暫く日本を発って遊んできます。
くれぐれもくれぐれもお身体大切に 秋の気配を楽しまれますように。  尾張の鳶

* 孫たちを迎えて賑やかになると前便にあったので、メールも控えていた。この鳶は、しかしかなり自在に「日本を発って遊んで」これる魔法の絨毯の持ち主で、羨ましい。もっとも私はそう海外に憧れない。まして体力も無い。読書で十分。
2019 10/7 215

* 誰の何のなど考えない、しみじみ美しいフルートの曲を繰り返し今朝から聴き続けている。東工大の頃の上尾敬彦君のプレゼント、彼ならではの選曲の優しさも嬉しく。
で、私はいま何をしているか。濯鱗清流。もっぱら入稿原稿づくり。
「選集第三十二巻」の小説原稿がもう順序に配列されている。入稿の前に、処女作から最新作まで。とはいえ、手書き原稿から器械へ写せるなら、もう何作か が埋もれているのだが。間にも合うまいし、本にそれらを含む収容力もない。やはりそれは何れ「湖の本」で初出刊行を考えた方がよい。 「選集第三十三完結 巻」の編輯は難しい。書誌、年譜、随筆等々、自身に関わり深い資料的原稿をつくりながら新作の短篇等を拾い採るか。
慌てまいと思う、ただそりためには体調と健康とは維持していないとし損じる。「選集」を早くアガッてラクになりたいという気分もある、にはあるが。
2019 10/7 215

☆ 秦 恒平様
今日は寒露にあたります。無為な日数の経過をぼんやりと振り返っています。
先日、43回も続いている「中野重治を読む会」の案内がありまして、久々に金沢の文学館に行ってきました。このところずっと出席していなかたのですが、 福井に住む若い友人(以前「書斎」の扁額がらみでお話ししたことがあります)が「『春さきの風』考拾遺」というテーマで発表するというので、それを聴くと いうよりも、彼に会うのが目当てでした。発表はともかくそこで彼をはじめとして何人もの旧知の人に会い、懐かしい一時を過ごしました。「文学」について語 り合うことのなんと久しかったことでしょう。
そこで彼は私に、7月で運転免許証を返納したことを話し、この会のために金沢に出ることも、もう今度で最後になるかもしれないといいました。体調が余り すぐれないとかいうことでしたが、それについては深く聞きただすことはしませんでした。車を運転できない不便さや体調不良のじれったさは、自分の身に引き 換えて、話題にしたくなかったからです。
私にもそんな日が明日にも訪れるかもしれません。世にいう米寿を迎ぇているからです。しかしそれを子供たちが祝ってくれるというのです。この手の祝い事はあまり好みませんが、せっかく祝ってくれるので、素直に受けようと思っています。
その話は、春頃からあったのですが、子供たちはそれぞれに仕事の関係やなんかで、なかなか日程の調整がとれず、やっと10月の末ころにそれも「昼食会で ごめん」と、決まったようです。子供たち夫婦に孫に曾孫、絵勢11人になります。ほかに3、4人は他用で出られなくてすみませんと知らせてきました。ふ と、母の米寿を祝った時のことを思い出しています。
秦さんのH.P.の10月の「うた」のなかに、良寛さんの「世の中に」がとりあげられています。この和歌は、ずっと前から気になっていたもので、「刻 字」にしようと思って、下書きを試みたこともあったのですが、思うようにできあがらず、あきらめていました。今もテーブルマットの下にその歌を書いた紙片 が挟まっています。
その流れで最近目に留まったのが、「瓦全」という詞です。荷風の「断腸亭日乗」に「多病徒に余命を貪る、瓦全の歎甚切なるを覚ゆるなり」とあります。新 潮社の『波』に、川本三郎氏が「荷風の昭和」と言う文章を連載していて、それで見つけました。そんな詞や歌が目につくのは、気持ちのうえでそれに繋がるも のがあるせいでしょうか。
去年の日記、10月1日の記事に「秦さんの奥さん入院か?」とありました。寒くなります。お二人ともどうぞお大事に。
令和元年10月8日 夕  井口哲郎  前・石川近代文学館館長 元・県立小松高校校長

* ご気分に かなり間近く日々を過ごしています。もうとうから、どうジタバタしてもどうにもならぬと、何事よりも先へ先へ諦めながら、じっと堪えて厚かましく生きています。

☆ 台風明後日、
心配です。気をつけて、元気に!
今 ドバイ国際空港、これからイスタンブールへ。  尾張の鳶

* これくらいかけ離れていると、アッケラカンと、どうしようもなく。
2019 10/10 215

 

* 万葉洞が中里隆、大亀、健太三代展の案内を呉れている。わたしは唐津を旅した時、彼等の先代中里太郎右衛門(無庵)が、没我の表情でかすれた口笛を楽しむように日当たりの下で轆轤を使っているのをまぢかで観てきた。何十年まえになるか。
2019 10/11 215

* 昨日の「ラ・マンチャの男」には二度三度と泪を拭った。白鸚がまだ染五郎の名ではじめて演じたのが、一九六九年であったと聞いている。私が『清経入 水』で第五回太宰治文学賞を受けた年だ。満五十年が経ち、わたしはたぶんまだペンクラブの理事時代にはじめて、そう、あれはアルドンサを松たか子が演じた 時に観た。以来何度も繰り返し観て、新たな感動を得続けてきた。
胃全摘の八時間手術を受けた年の八月にも感動して観た。
在るとみえて否や此の世こそ空蝉の夢に似たりとラ・マンチャの男
と詠み置いている。今度も胸に堪えることばをしかと聴いた、何度も。
高麗屋とのお付き合いももう久しい、大方の舞台を観続けてきた。三代襲名も祝った。上に掲げた松の栄えを祝って京都以来愛用してきた淡々齋好みの「末広棗」は、もうよほど昔によろこんで当時の九代松本幸四郎丈に贈った品である。
2019 10/11 215

* やっぱり、亡き富永いく子のいっとう美しいと思う木槿満開の繪を観たくなった。美しいものにこそ身も心も添い寄る日々でありたい。

* 二代松本白鸚丈の「句と絵で綴る」句文集『余白の時間(とき)』が贈られてきた。句も絵も高麗屋の文字通りに大好きな得手で、楽しさに溢れて、墨書も みごとに流暢。いままでも何冊も本をもらっている。その文筆の滞りなく胸に届くのをよろこんで躊躇いなく日本ペンクラブの会員にも推薦したのが、さあ、も う昔のこと。文筆の妙は白鸚さんだけでなく、奥さんも、松たか子も、十代目を襲名の新・松本幸四郎も佳いエッセイを折に触れてしなやかに、生き生きと、多 彩に書かれている。
この前の、あれは幸四郎として最後の本であったか、自分は「いま、ここ」が大事で好きだと表紙にもでていたと思う。
私も、歌集『光塵』の結びに近く 2011・8月「病む」と題しながら、「いま・ここ」に生く と二首を成し、9月1日にも、
「いまここの生きの命よ秋さりぬ」 と書いている。年明けて、二期胃癌が見つかった。
私にも「いま・ここ」の強い思いが常にあり、それなくて「生きる」ことは無い。
2019 10/12 215

☆ お見舞い
台風19号が関東地方を襲いましたが 被害はなかったでしょうか。 京 岩倉 森下辰男

* 颱風お見舞い 感謝
森下兄   幸いに当方は事無く。深甚の被害今しものあまりの広さ多さに胸痛めています。
文化よりも文明を妄走させてきた人類史終焉警告の鐘が温暖化と熾烈な暴風雨により乱打されていると思います。やがて海水高温化の破壊的な異様が目に見えて来るかとおそれています。
日々お大事に。  「清水坂(仮題)」は、もう初校を終えようとしています。  秦 生
2019 10/13 215

 

☆ お元気ですか、みづうみ。
昨夜の台風をご無事にお過ごしでしょうか。雨風に洗われた青空がひろがっていますが、暑い一日になりそうです。
先日のみづうみから頂戴したメールを複雑な思いで何度も読み返しています。

>わたしは、後世 後生 というのを心底は信じていないので、

『畜生塚』や『死なれて・死なせて』ではかくありたい願望を書かれたのでしょうか。「身内」観は真理に王手をかけた秦恒平の思想でありましょう。
わたくしはキリスト教で育った人間で、キリスト教の教える愛が骨の髄までしみこんでいます。しかし、みづうみの「身内」観は、これまで信じてきたその愛のかたちを変え、ある意味わたくしを再構築してしまうほどのものでした。
「身内」とは、つまり倶會一処のことと理解していましたが「後世 後生 というのを心底は信じていない」ということは、「身内」の愛は所詮みづうみの創作、今生の夢にすぎないと理解すべきなのか。
歌は、日本語美の極致でしょうが、わたくしは心底和歌の真実を分かったと言いきれたことはないのです。歌は赤裸々に説明せずに、暗示やほのめかしで互いに察しあう心情の伝え方に妙味があるのでしょうが、何が真意か、解釈はいかようにも成ります。
「伊勢うつくし 逢はで此の世と歎きしか ひとはかほどのまことを知らず」は愛なのか、性愛なのか、どちらにも受け取れます。言い尽くさないことは詩美 をより深めるとしても、言い切らないことで逃げ道が出来るという日本語の欠点をこれほど抱えた文藝もないのではと思うことがあります。素人感剥き出しの感 想で申しわけないのですが。
バートランド・ラッセルの『幸福論』の中に、幸福であるために「望んでいるもののいくつかを、本質的に獲得不可能なものとして上手に捨ててしまう」という言葉がありましたが、みづうみと出逢ってからのわたくしの道のりはもしかしたらこの道のりであったのかもしれないと思うことがあります。

幸いみづうみは多くの作品を与えてくださっています。作品と出逢い続けている限りみづうみはいつもわたくしと共に生きてくださることになりましょう。フランクルの云うように、レモンからなんとか美味しいレモネネードを作らなければなりません。

 

 

みづうみの新作が待ち遠しい日々です。でも、過剰にお身体をお使いになりませんように。どうかどうかお元気でいらしてください。
梨  剥きたての梨の光れる夜の雨  戸塚久子

* このメールには、直に答えるという以前に、私自身で自身に問い返しておかねばならない難問がある。
このホームページの頭には以前から、今も、こんな自句をかかげている。

あのよよりあのよへ帰るひと休み  と。

これは、はたして言い得ているのか、と。
2019 10/13 215

☆ 雑事に取り紛れ
すっかりご無沙汰してしまいました。台風は大丈夫でしたか。
暑さ疲れのせいか食欲がおちていますが そのうちに回復してくれるのを期待しています。
「私語の刻」は欠かさずに読んでいます。
お二人の健康状況に安心したり心配したりです。
お仕事が順調に進捗しますように!   吉備の人  毅

* なにかにつけ案じている方である、日々の様子のずいぶんと変わられたのではないか、お一人でご不自由は無いだろうかと。ことに今度の新作は京も清水坂から瀬戸内へ視野を延べていたので思いはついつい西へ向いていた。どうかお変わりなく、元気にお過ごしありますように。
2019 10/14 215

☆ トルコから
ヒッタイトやローマのシリア州に併合された、コンマゲネ王国の墳墓ネムルトを廻りました。シリア国境から100キロ余りに位置しています。折しもアメリカとトルコの確執が懸念されていますが。青い空の下、日本の二倍の国土を移動しています。
ワイファイの接続も時折問題があり、数日振りに台風被害の記事も読みました。
体重60キロを割ったとか、「食べる」ことも生きるための闘い! どうぞ滋養あるものを食し体力をつけてくださるよう。   尾張の鳶

* 怪我に遭わぬように。

* ロサンゼルスから池宮千代子姉 颱風見舞いの電話を妻が受ける。
2019 10/16 215

* 吉備の人、超特級「雄町」の純米大吟醸酒を下さる。なんたる口福。御礼申します。有難う存じます。

* 京の羽生清さん、京の和菓子をたっぷり添えて、お手紙を下さる。篤く感謝。

☆ 大雨 大風 御見舞申しあげます
『秦 恒平選集第三十一巻』ありがとうございました。
夏の暑さの中で読ませていただいた「オイノ・セクスアリス 或る寓話」。
これまでの秦文学のようには、感想を書きすすめることができませんでした。
「雪絵」と名告る若い女性を新しい手法で効果的にえがきあげられた作者の力量のせいか、メールを使わない私にとって、メールのラヴレターが持つ迫力のせいか分かりません
物書きになりたいと頑張っている卒業生、不妊治療中という若い人たち、それぞれと重なったせいかも知れません。ヒロインの最後が、あまりに淋しく感じら れました。多様な推量を読者に…というお言葉に甘えて、また今年度、大学院生のクラスを想いだしてしまいました。たった一人の男子受講生は、元気な女子院 生(とりわけ中国女性たちの問題意識は鋭いのです)に攻撃されながら「男は自分の遺伝子をできるだけ多く残そうとするし、女は一番いい遺伝子を選ぼうとす るものだし……」と反論していました。
セックスとジェンダーとは違うのだ、では片づかない問題がたくさんあるように思えてまいりました。
「ほんとは、この人の遺伝子が残したいのではない」と女性の中の遺伝子が訴えているような社会は困りものです。
性愛を「相死の生」、愛を「共生の生」としているのもひょっとして社会制度かもしれないと考えこんでしまいました。
「ミロのヴィーナスの『あるべき腕があればもっと美しいのか」「それは疑問やわ」とおふたりでお話しされていたころ、私は母と鑑賞しながら、「見事な身 体だけれど、服を着せたら台無しやね」と、現代衣服の似合う細い体と それだけで美しい古代の体というものの違いに驚いていました。
玉三郎さんと菊之助さんの「京鹿子娘二人道成寺」、私も観ました。
「うまい玉三郎」と「美しい菊之助」、二人が離れますと、どちらを観ていても、他方が気になってしまったことを記憶しています。
毎度ながら、勝手なことばかりを書かせていただき恐縮でございます。
タイ風との 寒暖の差の激しい毎日、
先生
奥様  くれぐれもお身体大切におすごし下さいますように  京  羽生清  美大大学院教授

* 作に触れながら その余の現実や過去を しみじみと考えあうような こういうお便りが嬉しい。
2019 10/16 215

☆ 秦 兄
新しい装置で音楽を楽しんでますか。
私も朝からヴィヴァルディの『四季』をイ・ムジチのLP盤で聴きました。
チャイコフスキーやアストル・ピアソラも「四季」を残していますが、厳寒の地や南の国で生まれた音楽を何の抵抗や違和感もなく自然に享受できるのは 春夏秋冬の多彩な日の本に生まれ育まれた感性があるからでしょうか。
遺憾にもその繊細な季節感も 科学技術の進歩によって昼夜の別も寒暖の差も平坦化され鈍化しつつあることは否めません。
平坦化現象を歓迎する向きもありますが平坦化は没個性につながり面白味がありません。
春夏秋冬の自然を花鳥風月として愛でていられるこの星も 経済効果最優先の政治屋たちの怠慢でやがてはカオスの星くずに化してしまうでしょう。そんな危機感を1億2000万の何割の国民が持っているでしょう。
ネットのtwitterやFacebookをのぞいても 反吐の出そうな書き込みばかりで辟易します。そんな時は決まって George Lewisで「The World is Waiting for the Sunrise」(世界は日の出を待っている)をボリュームを上げて聴くことにしています。
彼の名演から 私の一押しの曲を17の楽団の演奏による聴き比べ盤をけさ投函しました。
テレビや新聞記事に苛ついても詮無いことですが、ひとときのトランキライザーにでもなれば幸いです。   京・岩倉   森下辰男

* この歳(やがて八十四歳)この期(痩躯ゆらゆら)に及んで力強くも認識正鵠の友あるを、心底心丈夫に典を仰いで感謝する。
ごく一時期、フェイスブックにもツイッターにも 活溌に意見・意嚮を述べていたが、幸いにと(今は思っている)全部機能的に目の前から消滅したので、想 像の付くヘドのようなバカ騒ぎから離れ得ている。わたしは家賃払いの「ブログ」を奨められたがガンとして自前の「ホームページ」を構想し運営し、そして書 き語り続けてきた。まだまだ、このまま思うままに「今・此処」を生きてゆく、少年の心地を喪うことなく。
森下兄。 お互いに!

☆ 秦さんの
プレゼントは <おなか>にずしんときます。
冴えた見事な拓に見入っています。
美麗は 愛用の印で、これ以外に使ったことはありません。買い増ししようと思って 要るかなと迷っていた矢先で タイムリーないただきものでした。
叮嚀な荷造り 奥様のお気持を感じました。
お礼まで   石川・能美   井口哲郎  前・石川文学館館長 元・県立小松高校校長先生

* 「蘇東坡大楷字帖」「顔真卿麻姑仙壇記大字帖」「柳體楷書間架結構習字帖」「宋黄山谷書墨竹賦等五種」質 素な四册、私の手もとに置いても楽しむに限界しるく、みごとに篆刻なさる井口さんにまだ幾らかでも楽しんで頂ければと思った。印肉は、綺麗な祥瑞なみ貝殻様の綺麗な祥瑞なみ容れ物に入っていたが、私には使い捨ての気がなく永らく保存していたので、中味に古色なり黴なり無かったかととてもしんぱいしながら、気は心の添え物でお送りした。傷んでたら、御免なさい。書は、いつまで眺めて頂いても腐らないので、嬉しい。
お元気に、楽しみを滋養に御夫妻ご長命ですように。
2019 10/18 215

* 昨日、わが家では思想的に共感し信頼している山口二郎さんから、瀬戸際に立つ日本『民主主義は終わるのか』を戴いた。<政治の常識>はなぜ消えた?
ソクラテス(プラトン)は、理想的に賢明な哲人王が統御するのが理想的な第一の国家だとし、それが叶わ ぬなら、そういう人たちの合議国家が好いと云う。それも成らないなら民主主義国家でもいいが遺憾にも安定永続しないといい、そのうちに国家と国民と法律と 権力を吾がものと悪し様に利する集団が、好き勝手に国と民の運命を歪め支配する僭主型支配国家に陥るという。目下の自民党統治日本はそれに相当していると わたしは観ている、山口さんも…と思われる。それどころかソクラテスは、さらにその先に最悪の「独裁僭主」支配国家を観ている。日本国家は、この最悪独裁へと日々に近付きつつはないか。よくよく、よくよく見きわめて真摯真剣に対応しなくてはなるまいか。山口さんの新刊をしっかり読みます。

☆ 秦兄
愛息からプレゼントのC・Dでジャズを愉しんでおられるとか。彼女と入った店で聞いた曲が好きに
なってそのジャンルの音楽にのめり込む羽目になったり、きのうまで騒々しい雑音にすぎなかった
曲が今日は耳に心地よいということはよくあることです。なにしろ「すべての音楽はムード音楽」
なのですから。兄のジャズも偶々モんなTPOにフィットしたのでしょう。
どんな類いの音楽でも夫々に良さがあって気分にフィットする時がきっとあるとあらゆる種類の
音源を若い頃から私は集めてきましたが 齢とともに音楽と酒に依存する度合いが多く濃くなって
いくようです。
ミシシッピー川河口の港町ニューオーリンズで生まれたジャズとラ・プラタ川河口の港町ブエノス
アイレスで生まれたタンゴは共に移民・港湾労働者・売春婦などの共通項を持つ音楽の双生児です。
20世紀初頭ニューオーリンズで発達しニューオーリンズ・ジャズともディキシーランド・ジャズとも言われた音楽がシカゴやニューヨークに移ってスウイング・ジャズやモダン・ジャズなどの新しいスタイルを生み出しました。
兄の日録にある「Bye bye black bird」はモダン・ジャズでマイルス・デイビス(Mills Davis)の演奏が定番ですがヴォーカルやピアノにも名演が多くあります。
ジャズやタンゴは曲の主題を演奏者の感性でアレンジして奏するところに醍醐味があるので好み
の曲の聴き比べの愉しみはまた格別です。
そんなことで今日は私の好きなディキシーランド・ジャズの名曲St・James Infirmary「聖ジェームズ病院」を聴き比べて頂こうとおもいま す。売春婦の情夫が彼女の死を知って聖ジェームズ病院にやってくるところから歌の曲は始まりますが、それぞれの楽団が薄幸の女の死をもの悲しい旋律で紡ぎ 出しています。
手元には今300曲近くありますが、のめり込むとまさしくこれは麻薬です。
そのなかから選び出した17曲を聴き比べてみて夫々のアレンジの妙をどうかお楽しみください。
ジャズもタンゴも港町の場末の芥から生まれた魂の叫びだけに一層聴く者の胸を打つのでしょう。
聴き比べてクラシック音楽とは又違った雰囲気の魅力を発見されるでしょう。特にトランペットやトロンボーンやサックスやクラリネットなどの金管や木管楽器の音色は華やかで騒々しさの中に哀感のある音を奏でてクラシック音楽とは違った魅力を見せてくれるでしょう。
これらの曲たちが仕事に疲れた兄の気分を変えるよすがとなり、ますます良い作品を生み出すためのサプリメントになりますように。   京・岩倉   森下辰男

* 私は、ほんとうに、幸せ者である。世離れて孤独に生活しているが孤立はしていない。「孤独はええの。孤立はいかんえ」と教えてくれた人を思い出す。

* 四人から出発した歌誌「新短歌」が「未来山脈」へ展開して七十年記念大会を。「招待」して頂いた。近年、日本ペンクラブも文藝家協会その他も、一つに はからだがシンドイからだが、一切出ていない。出向くのは劇場と能楽堂(稀に)と病院だけになっている、が、今回のお誘いの会で藤原龍一郎さんがお話しさ れるというのに立ち止まって思案している。一度お目に掛かりたいお一人であるので。ただただ、このよろよろの歯抜け爺が顔出しでは何の花にもなるまいし。 ウーム。。

☆ 秦 兄
兄がきのうの日録でつぶやいておられた「赤とんぼ」の飛び交うピアノ曲は、おそらくR. シューマン(1833-1856)が20代に作曲した「序奏と協奏的アレグロ Op.13」でしょう。三木露風の詩に山田耕筰(1886-1965)が曲をつけたのが1927年ですから、元祖は言わずもがなでしょう。その山田がオペ ラ歌手の三浦環が歌うのにジプシー音階の箇所を変調した滝廉太郎(1879-1903) の「荒城の月」(1901)もバロック期のイタリアの作曲家で41歳の時に暗殺されたIgnatio Albertini (1644-1685) のViolin Sonata No.1 D Minorの模作だと私は10年ほど前にネットの音楽サイトのレビューでつぶやいて、兄にもお送りしたかとおもいます。
わが国に西洋音楽がもたらされた黎明期にはこんなことは頻繁に行われていたのでしょう。
かの大バッハでさえVivaldiのViolin Concertoをそっくりそのまま頂戴しているぐらいですから 大らかな時代だったのですね。そんな頃を「古き良き時代」というのでしょう。
「古き良き時代」の音源を これからも折に触れて送信します。  京。岩倉   森下辰男

* 驚嘆 教わりました。荒城の月でも、それと感触したのを記憶しています。
ジャズの概史を教わったのも嬉しいことでした。なーんにも識らないで聴いているばかりですが。ま、それも気楽という楽ではありますけれど。
2019 10/20 215

☆ 木犀が花盛りです
他所の垣根が、金と銀の交互であることにきづきました。においが少しちがいます。
千里の保富家の、ご兄妹それぞれ一本ずつの木犀のなかで、迪子さんのが、いちばんおおきかったのを覚えているのですが、なんで千里かが不明です。なにもかも、曖昧模糊なのがおそろしい。
この物忘れは、とし相応かとか、精密機械みたいな人間のありようが、どこかに影響を及ぼしているらしいとか。
はずれ感がつよい毎日で、ひきこもりがなにより、を改めたいのですが、体力が。
ジャズに開眼、おめでとう!
お怪我のありませんように。 大阪・豊中 美沙

* 「開眼」は、おそれいるが、食わず嫌いに馴染まなかった「いいモノ」がまだまだまだ、あるのだろう、出会えるなら出会いたい、ヒトでも モノでも コトでも。欲張って云うのではない。生きてあることを喜びたい。

* 妻の妹が、予定の入院日を今日迎え、手術に備えた。
無事の成功を切に切に心より祈る。
2019 10/21 215

☆ 今日、月曜日は、
10時半に老人ホームの迎えの車に(=お医者さんとして)乗せられます。いただいたメールを はげみに うれしく 出かけました。行けば現場ですので一生懸命やってきました。
こちらこそ 感謝感謝です。

一日の終わりには、ほぼ 秦さんのページ を拝見していますので いつもお会いしている気になっています。ページの『秦さんのお写真』『方丈』や『美しい絵』も何度も拝見します。

秦さん どうか お大事に お大切に なさってください。

わたしも ぜひぜひ 元気で 頑張ります。  千葉 e-OLD 勝田貞夫

* もう むかぁし 六義園の散策をふたりで楽しんだ時に私の撮った勝田さんの写真を、ちかごろになって絵葉書にして下さったのを、この機械の真左に立ててあ り、いつも温顔を眺めている。勝田さんがそういう方なのであるが、われながら巧く撮れているナアとちょっと自慢なのである。私よりすこし年輩で、いまも老 人ホームの医療を担当されているのだから、えらいもの。

* 音楽の恵みを惜しみなく私に注いでくれる京都の旧友森下辰男兄は、「早大一法35J」卒とCD版に書いている。同窓の「呑んべえオヤジ」さんらと旅行 も楽しんでいたようで。森下兄は、思えば、わが息子の作家・秦建日子の直の大先輩だったのだ、今まで気づかなかった。いま、フランク永井と松尾和子とが 「昭和枯れススキ」を歌っている。「昭和」ははるか三十数年も昔に影を遠くして、もはや枯れススキですら無くなっている。
いやいや、今日を明日を思って、怯むまい と 生きている気。

☆ 森下さんが、
きっとバッハの本歌取りのCDをつくってくださいますよ。
わたしは、どちらかというと即興演奏のほうに、興味がありました。緊張感のある、各人のやりとりと、ひとつのものを創ろうとする一体感や、スリルに魅か れたらしいです。聴いている人もふくめて、それなりの形式もできていたような。むかしのことです。迪子さんと、そういうピアノあそびを、すればよかったと おもうのです。
しかも、バイエル連弾の件はなにも覚えていない。
メールのおかげで、元気でしょう?
お二方もお元気でありますように。 美沙

* ショパンの、ノクターン。なんという…こんな清らかな音色の美しい曲が 他にそうはあろうか。胸のふるえる心地で聴いている。

* 妻の妹の手術、無事に終えたと。よかった。ほんとうによかった。
2019 10/22 215

☆ お元気ですか。

エスカレーターでは、難を免れ何よりでした。転倒は怖いものです。後遺症が残って寝たきりになる場合も。これからはお荷物は必ずリュックにしてくださいますように。(=むろん、鳶さんからプレゼントの背負袋を背負っていて、右手に杖と、もう片手に、血糖値検査後の針などを大きな袋に入れ病院へ持参していた。)
話題変わります。
わたくしは、夕方五時から放送されている BS世界のドキュメンタリーシリーズを、料理しながら良く観ています。作業しながら流しているので肝心な部分を聞き逃していることも多いのですが、毎回驚 き呆れることが多くて 「ひどい」ではなく 「ひでェな」と行儀悪い言葉で憤ってしまうことが多いのですが、同時に世界には正義や真実を求めるこれほど多 くの報道関係者、作家やジャーナリストや監督たちがいることに感動も覚えるのです。

一昨日の、タイタニック号がなぜ沈んだか、というドキュメンタリーをご覧になっていたでしょうか。その場合は、読み流していただければと存じます。

 

偶然、百年以上前のタイタニック号の処女 航海出航時の写真アルバムが発見されたことから、「タイタニック号沈没の真相に迫る」という番組でした。本来衝突でも持ちこたえられる設計であるはずの巨 船が、氷山にぶつかっただけでなぜあれほど短時間に沈没したのか。長い間「謎」とされてきましたが、それにはたしかな理由があったのです。

結論から言うと、新発見の写真から、タイ タニック号は出航前から、船底の燃料貯蔵室で石炭火災が起きていたことがわかり、これが「沈没の主因」でした。会社はこの火災を把握していたにも関わら ず、経営上の問題で強引に出航し、船員たちには厳重な箝口令を布きました。乗船客は火事を知らされずに船旅を楽しんでいたのです。
船員たちは航行中も燃えた石炭を取り除くという作業を必死に続けましたが、大量の石炭を鎮火出来ず 火事は広がるばかりで 収拾できませんでした。
氷山が航路上にあることは分かっていましたが、石炭火災処理のため、航行のスピードを安全速度に落とすことが出来ず、氷山に衝突。千度にもなる石炭火災 により、本来浸水しても船が沈まないための防水隔壁が脆くなっていて一気に水が侵入し、沈没に至ったということが、現代科学で証明されたという話でした。

生きのびた乗組員の火災の証言があったに もかかわらず、この火災は、船舶会社の息のかかった事故調査委員会で「無視」され、「沈没の真相が明らかにされず責任者は罪を免れた」ということでした。 会社の経営優先の結果、千五百余名が海の藻屑となるまったく無惨な「ひでェ話」でした。

一連のドキュメンタリーシリーズを観ながら、いつも感じることは、「世間に流れている定説はすべて疑う必要がある」ということ、「庶民に決して真実は知らされない」ということ、「歴史は殆どが権力側の嘘で出来ている」ということです。

さらに、「わたくしたち日本人は、船底で 火事の起きていることを知らない、あるいは見ようとしない「タイタニック号の乗船客同然」であるかもしれない、という思いが拭えなくなりました。悪化する ばかりの経済然り、収束不可能な原発事故然り、瀕死の民主主義然り、「何か一つのきっかけ」で、「氷山程度のきっかけ」で、海底深く沈没する船に乗ってい る国民よと。
私語に毎日記載されている「天野哲夫(=沼正三『家畜人ヤプー』)著『禁じられた青春』に<戦中・戦後>を聴く」を読んでいるせいでしょうか。強い危機 感を抱きながら、わたくしごときにも今・此処で何か出来ないかか、出来ることは本当にないのか、と、自分に問うています。

私語の頁に掲載されるさまざまなお写真を見ていると、みづうみが美しいものしか傍に置いていないことがわかります。花も絵も淡々斎好みの末広棗も志賀直哉全集も。

どうぞお元気にお過ごしください。  濁  老の頬に紅潮(さ)すや濁り酒  虚子

* デカプリオと、ケイト・ウィンスレット の「タイタニック」に胸を騒がせたのは何年まえか、昨日のように思えるのに、文字通り「凄い」ことを聴かされた。ちらと「隔壁」の話題を耳にしたと思う が、タイタニックのそんな凄惨な悲劇とは思い寄らず、二階へ戻っていた。何という、欲深い権勢の無責任な「殺人」か。日本人はいまそんなタイタニックの船 客ではという指摘と指弾は胸を震わせる。なんということか、なんということか。

* 「父よあなたは強かった」「暁に祈る」などという歌を流行らせた時代。いやだった。ほんとにいやだった。
そしてあげく、菊池章子は歌声せつせつと「星の流れに身をうらなって」泣いたのだ。敗戦とはあれに極まっていた。繰り返してはならぬ。そのためには國 は、政治は、国民は何を考え何うこころ励まして勤めねばならぬか。文学者達よ、何を考えているのか、言いたまえ。悪政・失政のために、きみの「言葉」をま た売るのか、空しくもウソくさく「父よあなたは強かった」などと又しても。

* 「明日はお立ちか」という小唄勝太郎の 唄った歌を、あなたは覚えているか。特攻へ立つ青小年兵を泪声で見送るおばさんの歌だ、ボロ飛行機とともに敵艦へ体当たりに散りに逝く子を見送る「母」の 歌と聞こえる。決行指揮官の大西中将は、特攻第一陣機の兵士らへこう語ったという。
「諸子は今や神である。諸子は体当りの結果を知ることはない。しかし、それは決して無駄なものでないことを確信してほしい。本官は、及ばずながら諸子の英 雄的行動を最後まで見届け、これを、畏くも大元帥陛下にご報告し奉ることを約束する。諸子は既にして靖国の神である。安んじて往かれんことを。最善を尽さ れんことを要望する。」

* なにかしら最期の命を削っているような心地がする。
2019 10/27 215

☆ 秦 恒平様
たいへんな雨でございましたが お障りなくいらっしゃいますことを念じております。
異常気象が今後常態になっていくのかもしれないと思いますと おそろしゅうございます。
御身 くれぐれも御大切に   村上開新堂  山本道子

* 食の進まぬ私には、一枚一枚の特別なクッキーが美味しい栄養源になってくれます。有難う存じます。日々お元気に、ますます佳いお菓子を創ってくださいますように。
2019 10/27 215

☆ メール頂き
有り難う御座いました。ご心配頂きうれしいです。
日々 なんとか過ごして居ます、今日(=昨日)は久方ぶりに良いお天気で、北側の土手の草取りをし、土からエネルギーを頂いてました。
先程まで NHKの古典芸能への招待を見て楽しんでました。
明日は 日赤へ外来診察です、日々スケジュール一杯です。
22日の時代祭は 即位の為 26日に変更され、何時もの様に大勢の人出とか、此れから東山付近は観光客で大変です、
私は外出しない様にして居ます。では今夜は此にて。お休みなさいませ。 京・北日吉   華

* 老老家人の看病に心身を尽くしている人の多いこと。…たしかに、小さい頃、これほどの歳まで命あるとは思いも寄らなかった。戦時の徴兵をも念頭にわた しは人生二十年とさえ少年の胸で思っていた。健康、そして長命はだれしもの祈りであった。秦の父を91歳、叔母を93歳、母を96歳で見送った時は医学の 勝ちとさえ思ったものだ、が。いま、人生百歳という可能性を、人は、いや私たちは、今、どう受け承れているのだろう…。
だれもだれも、怪我なく、恙なくありたいと、それを思う。
2019 10/28 215

* 尾張の鳶、帰国。「大い」な「収穫」と。何に生きて表現されるか、観たいもの。
2019 10/29 215

* 白鸚丈、「ラ・マンチャの男」を無事、盛大に打ち上げられたと、礼を副えての来信。お疲れ様。佳い舞台でした。「中村仲蔵」「シーザー」「サリエリ」なども観てきた。セルバンテスは数度も観てきた。師走の、盛綱も楽しみにしている。
来月には、大楽しみ、松たか子の芸術劇場があり、幸四郎・染五郎で歌舞伎座の「連獅子」もある。三日には、友枝昭世の能「井筒」、能の見所はラクでなく、脚の便も国立能楽堂へはやや重いけれど、屈指の美しい能、観えにくくても、耳を澄ましよく聴いておきたい。
2019 10/29 215

 

* 藍川由美という藝大出の声楽家を知らなかった。森下辰男君のおかげで、この人の、静かに歌いつぐ20曲の歌謡曲を聴いている。伴奏はごく控えめなピア ノだけ、少し浮き上がるかと感じもしたが、歌い手の「歌」だけがまこと静かに美しく聴ける。歌謡曲を「声楽」の「博士」がこう歌うのかと、「青い山脈」 を、今も、こころ新たに聴いている。いわゆるあのいやらしい演歌も。この人の歌で試みに聴いてみたくさえなった。声量で圧倒する歌い方ではない。清潔感の美しさ。 人によれば物足りぬかもしれないが。
2019 10/30 215

☆ 西条の干柿
ほんの少しだけ、お口にあえば 幸いに存じます。
選集も いよいよ千秋楽近く、 何卒
お体 ご大切に、よき日をお迎えになられますよう、 念じ上げております。
十月三十一日                神戸   岡田昌也

* 文字通り、頬の落ちそうにとろーうっと甘くて美味しい手づくりの干し柿を今年も送って下さった。
妻と、さっそく一つずつ戴き いいお茶とともにしみじみ賞味、身のふるえそうに佳い秋の味わいを、しみじみと。有難う御座いました。

☆ 十一月になってしまいました。
帰国後、用事で京都に出かけたり・・ 漸く 少し落ち着いた感はあるのですが、日常に戻り、やや失速した気分になっています、従来と変わりなくというよ り、最近スローになっている読書も、絵のことも 改めて見回す必要を感じています。年齢は意識しませんが、常に好奇心に溢れ歓びを見出すには、やはりエネ ルギーが要るものです。
一昨日、NHKで正倉院宝物の番組がありました。宝物の 何と九割が日本で制作されていたと!! 中国渡来の物をただ珍重していたのではないと。
終わりの方で京都の染色家、古代からの草木染に造詣深い吉岡幸雄氏が出てみえたのですが、口調に歯切れなく、どうしたか・・と思い、ネットを見たら十月一日に亡くなっていました。同年齢の方です。人の中に自分の中に無常を いやでも感じ取ります。
正倉院展、東京でも開催されているらしいですが、きっと人に溢れているでしょうね。
11月中に奈良に行きたいと思うのですが、さてどうなりますか。
今は 滅茶苦茶に本を読みたいと・・旅の後の纏めもしたいし、絵も頭を掠めているし・・。根底には解決できない事柄を抱えているのですが。

トルコへは四半世紀前、今は亡き母、姉と出かけたことがありました。先回行った処から更に東の地域が旅程にあったので、ツアーに参加しました。
トルコの地方は思った以上にインフラ整備も整い、工場や高層住宅も建ち、アメリカの経済制裁を受けながらも人々が活発に暮らしていると感じました。
ヒッタイトの遺跡やネムルト山頂の墓所は、行って良かったと思います。紀元前後の、ヘレニズム期のコンマゲネー王朝の墳墓・ネムルト山頂の遺跡、其処に上る途中の 北斗七星体験は忘れがたいものになりました。
東南アナトリアはクルド人の多い地域で、折しもアメリカがシリア北部から撤退と述べ、これに乗じてトルコ、シリア、ロシアも動きました。向こうで連日放 映されるテレビ画面を見ましたが、さすがにトルコ語は理解できず、携帯でインターネットから様子を知ることになりました。ISの指導者が殺されたニュース も刺激的でした。あまり離れていない処を観光している ノー天気なわたしたちは一体何者かという奇妙な感覚と鋭く痛い自己批判の混じった思いでした。

今日は久しぶりに近所の図書館に行き、絵に対する自問自答にヒントになりそうな本、ボスニアの作家の小説など何冊か本を借りました。
最近 鴉は HPに天野哲夫氏、今月からはバグワン、などを最初に掲げられ、そこから思いを
述べていらっしゃる。
戦争の前後の記憶を辿ることも生涯の起点であるだけに、そして今現在まで引き寄せられることだけに、親しく、そして重い感想だと受け止めています
。衣服に関する昨日の文章は、少し意外でした、面白かったけれど。
佳い季節です。無理なさらないように、どうぞ良い季節を楽しんでください。  尾張の鳶
2019 11/1 216

* 森下兄
藍川由美唱歌に魅了されています。流行歌のかぶっている埃りをここまで洗い流すことの是非には、議論があるやも知れませんが、本格の清潔に心惹かれ、耳も喜んでいます。重ねて感謝します。
秋冷えせまる日々、体調など くれぐれもお大切に。  秦 恒平

☆ 秦 兄
兄の日録を 毎日楽しみにしています。
いろいろな音楽を愉しんでおられるようで何よりです。
用途別に 目下 6台のPCがフル稼働しているのですが、あいにく音楽専用ソフトの入ったPCが酷使と耐用年数オーバーかダウンしました。
PCと音楽ソフトの調達中で作業開始まで 1週間ほどかかりそうです。
「戦後日本流行歌史」も24-5年の第4集で中断したままのため 続行を第一に考えています。
日本の歌謡界は一人前の歌手になると持ち歌がレコーディングされ、自分の歌を持たない歌手は肩身のせまい思いをしていますが、そんなカバー歌手の中に逸材がいるものです。
「戦後日本流行歌史」も 旋律と歌詞とが私の心を震わせるあいだは続けるつもりですが 藍川由美さんが歌っているような美しい日本語の歌詞や旋律が心をゆさぶってくれるのは いつ頃まででしょうか。
近頃の歌は ゼスチャーと衣装だけが目立つテレビ向きのものが大衆受けして、目を閉じて聴くに堪える曲や歌手がたいへん少なくなりました。
個性化が叫ばれる時代ですが ラジオやCDで聞いたら 皆おなじような曲調を同じような唱法で歌っているようで、興が湧きません。
これも老化現象の一つでしょうか。古いものを愛でるのが老化と笑われるなら クラシック好きの10代は早や老人と言うことですかね。
兄ご夫妻も ご自愛の日々をどうぞ。   2019-11-2 森下辰男

* 批評、わかるなあ。美女美女めかした演歌歌手など、歌っているのか気取って身をくねらせてるのか、どっちと思ったりする。いい作詞作曲もガクンと減っ ていないか。懐かしのメロメロで、今今の歌手が昔のヒット曲を歌わせて貰っているよう、映えない。どの世界でも創作力がメタメタに落ちていそう。

兄ご夫妻もご自愛の日々をどうぞ。 2019-11-2 森下辰男
2019 11/2 216

* 高校の同期、川口昇君 元気に電話を呉れる。だれもみな元気がいい。
2019 11/4 216

 

☆ 今日は
秋らしいお天気で、建仁寺の月釜に行ってきました、お茶の花が咲いてました、お饅頭(亥子餅)お茶(辻利)美味しかったです。
足の痛いのを我慢して、久し振りに、買い物などして帰って来ました。やっとです。  華

* 建仁寺の月釜にはわたしも時折出向いた。家からすたすた歩けばものの十分とかからない。境内に茶の木の植わって花のさくのもよう覚えている。
ま、脚の痛む中でも、茶席へ出向いてこれたというのが、ここ何ヶ月の老老介護の日々からみて、悦ばしい。

☆ お元気ですか、みづうみ。
能楽堂から無事にお戻りになって安心しました。外出に少し自信をもたれたことでしょう。外出時に携帯電話、いわゆるガラケーをお持ちになることは大賛成 ですし、是非お願いしたいと思います。昨今公衆電話は街中にはなく病院のような場所にしかありません。緊急連絡が必要な時はとても困ります。若い世代に とっては電話といえば携帯のことで、パソコンのように一人一台が当たり前になりつつあります。好むと好まざるとにかかわらず、近い将来、現金を入れた財布 の代わりに、携帯とカードだけを持って外出する時代が来ます。

タイタニック号のドキュメンタリーは本当に驚きで、途中で料理の手が止まってしまいました。
ですが、この世界のドキュメンタリーシリーズでは決して珍しいことではありません。
アフリカの根深い賄賂社会(小学校の先生が賄賂を持ってこない生徒には教えないというほどの)の話とか、
リーマンショックの内部告発者たち(正義ゆえのホームレスと 責任を問われず富も権力も失わなかったトップ)の話とか、
人間さまのお蔭で地球上最後のキタシロサイ一匹が静かに絶滅していく話とか、
アメリカのオルトライト、極右勢力の指導者が 「世界にイスラム教徒が多すぎるので彼らを核兵器で亡ぼすべき」と語る潜入ジャーナリストが隠し撮りした映像とか、
もうもう「ひでぇ話」があるわあるわ……あるわあるわ。

つまり世界は、誰にとっても基本的に「ひでぇ場所」なんだと思いました。
地球に人間はいないほうがよいと思ったことは、何十回ではききません。それでも、このようなドキュメンタリーが数多く存在することは、巨悪や無関心に立ち向かう人間もたくさんいるという何よりの証拠でもあり、そこに人間の勇気も希望もあるわけです。
好奇心というより 義務感さえあって、時間の許すかぎりはこのようなドキュメンタリーを観るようにしています。それがわたくしのような凡人にも出来る、「よりましな世界へ」の応援の一つです。

ドキュメンタリーシリーズには不出来なものもたくさんありますが、時には得難い感動に魂の震えることもあります。
みづうみのお書きになる「身内」の達成の実話が 世界にはたしかに在ります。「身内」となった彼らの流す涙の美しいことは、すべての人間の悪を補って余りあるとすら思えます。

みづうみは後世をやはりお信じにはなりませんか? 「身内」は今生限りですか?

 

秋晴れの一日は本当に気持ちがよいです。わたくしはストレス山盛りの日常ですが、それほどひどい場所にはいません。こんな青空を眺めていると心も晴れます。
みづうみもお幸せな一日をお過ごしください。

 

 

追伸

みづうみが視界のご不自由な中、ご苦労なさってキーボードをお打ちになっているのがわかります。
十一月 述懐 の最初の句が、

露の世は露の世ながらさりだから   小林一茶

となっています。お時間のあるときにご訂正ください。

* いいメールを、ありがとう存じます。教わりもし 助かりもします。

* 後生のことは、考え得ない、分からない、手に負えないと、手放している。

露の世は露の世ながらさりながら   小林一茶  とばかり。

* 摂政兼実の『玉葉』を調べながら、「儲貳」という二字が出た。幸い理解していたし、そこに関心の核心があった。念の為に近年の大きな辞書を調べたが、出てなかった。
平凡社がウーンと昔に何十巻と揃えた辞典を、一気に大きな大きな重い重いただ「二册」に縮刷したのを見ると、ちゃんと出ていた。
あれは小雪のちらつきそうな日だった、松園を書いて「閨秀」を発表の直後だった、未知の平凡社編集者の出田興生さんが、この重い重いデッカい二册の「大 辞典」をお土産に背中に背負うて、本郷の勤め先医学書院へ私を初めて訪ねてみえたのを、今もなつかしく嬉しく想い出す。四十余年も昔のことになる、
出田さんは、いまも「湖の本」を購読し、選集を次々呈すると、きっとそのつど支援のお祝いを送ってくださる。人生のいい物語、嬉しい物語もまた、しずかに編まれつづけて行く。
出田さんの長女はわたしのことに可愛がった子であった。早稲田で、在学中から活躍していた。いつぞや本場所の桟敷へ誘い、妻と三人でほくほく大相撲を楽しんだ。
出田さんとも阿生とも、また逢いたいなあ。
2019 11/5 216

* 政治や時世への口調も激越な主張と批判をふくむ論文がこの「私語の刻」へ時に送られてくる、私自身も似たことは書いているので貰ったそれを読むのは苦 にしないが、あくまで此処は、「作家・秦 恒平の生活と意見」「私語と交際」の欄として、読んで下さる方々は「秦が、また云うておるナ」と、笑って読まれもすれば辟易して読みトバされもする。あく まで「秦 恒平の私語の刻」であって、誰しもの開かれた「論壇」としては運営していない。分かって頂きたい。ご自身の「ホームページ」を設営され、そこで論陣を張ら れるようお奨めする。または、文量に制限がなく想えていた(私はそこからは完全撤退しているのだが、)「フェイスブック」を活用されてはどうか。
わたしの「生活と意見」には、 万般、私自身生来の「好み」が下地になっている。古典も和歌も美術も京都も歴史も信仰も文学も観劇も趣味も、飲食も旅も。
「湖の本」購読者と限らず、広い範囲で何十年来の、また最近の読者が読まれているらしく、その雰囲気は維持して行きたい。ご理解下さい。
2019 11/7 216

☆ 初雪
hatakさん  御本お送り頂きながら、すっかりご無沙汰をして失礼しております。
尚平が生まれて やがて十一ヶ月になります。そろそろ 歩き始めようとしています。家中が混沌としています。その混沌にも慣れました。
一昨日、先ごろの十ヶ月検診で医師から指摘があり、今日は朝から息子を連れて大学病院へ行ってきました。
幸い特に問題なく、両親胸を撫で下ろして帰ってきました。日々一喜一憂して過ごしています。
札幌は昼から雪になりました。長い冬の訪れです。
hatakさん 奥様、どうぞお元気にお過ごしください。   maokat

* 研究に、指導教育調査に、また行政に、 そして夫として父親として遺漏のないいい日々を過ごされていることといつも安心していますよ。みんな、お大切に。尚平ちゃんの健やかな成長を願っています。
2019 11/7 216

* 「国家はなぜウソをつくか」と、エスパス・ビブリオで話される、ペンの昔の同僚委員だった(と思う)梓澤和幸氏に、聴きに行きたいが体調かなわずとメールしておいたのへ親切な返信があった。
「尾張の鳶」の浄瑠璃寺、岩船寺等への小旅行写真も届いていた。

* が、もう、もう一度寝る。明日は歯医者。
2019 11/13 216

* このところ相次いで「エスパス・ビブリオ」という団体?からメールをもらった。不良メールかもと即消去しかけたが、一回目に山口二郎X村上誠一郎氏の 「民主主義の危機を語る」対談か討論らしきを予告の記事が目に留まり、山口さんなら、近時最も信頼している論客で、最近にも敬服敬愛の新著(岩波新書)を 貰っていた。おやおや何だろうと思ううち、今度は梓澤和幸氏の名前のある二度めのメールが来た。「国はなぜウソをつくか」という問題点に論究されるらしい 予告であった。出かけて聴きたいが体調が容易には許すまいと、メールで遺憾の意と久闊を叙する思いを伝えて置いた。昨日、それへ梓澤さんの親切な返信が来 ていた。
「エスパス・ビブリオ」のこと、まだ何ともよく見えない知らないが、注目していようと思う。
2019 11/14 216

☆ メール嬉しく嬉しく。
鴉の体調、お疲れの様子が気になります。食が少しでも改善されることを願っています。
朝晩は冷えるようになりましたが、秋晴れのこの季節、一昨日は 友人のリクエストで浄瑠璃寺と岩船寺、昨日は正倉院展、大阪市美術館の仏像展を、そして今日は永観堂の紅葉?を見て、四条へ。
三日間よく歩き廻りました。
新門前のお家の跡は 今や inn宿泊施設になっていました! 外国人観光客に溢れる京都奈良の現在の姿を痛切に感じました。
週末は娘と静かに京都で過ごして家に帰ります。
くれぐれもお身体大切に。   尾張の鳶

* 古稀にして、世界を、国内を「歩き(とび)回れる」元気。鳶の羽根はしっかり出来ているんだな。鴉の羽根は、へろへろです。
育てられた秦家の址が、外人さんの inn ですかあ。往時は茫々です。
2019 11/16 216

 

* 石川・能美市の井口さん、素晴らしい、ごっつい、すり下ろして卵と溶いてなど食べる山芋を何キロもの大きさで送って下さった。食の進まない私に、これは噛むという歯の負担もなく、ご親切の賜物です。有難う存じます。さっそく戴きます。
こどもの頃、自然薯と呼んで母がすり下ろしていたのは細みの薩摩芋大であった気がする。井口さんに戴くのは一つ一つが黒い岩塊のように重く、大きな存在感。そして美味い。感謝。
2019 11/16 216

☆ 今日は良いお天気で、
清水寺の落葉忌(月照上人の忌日)に行ってきました、織部流の御献茶で、時々お誘いを受けます。
すばらしいお天気 辺りは少し早い紅葉でしたが、貴方には想像できない程の観光客で、情緒無しでしたよ! 清水の舞台は 只今工事中です。
それでも久しぶりにリフレッシュ出来ました。あとは、頑張って帰宅。  京・北日吉    華

* 夫妻の病状など すこしは治まっているかと、ま、よしよし。
2019 11/16 216

☆ お元気ですか。
バグワンの透徹をまた懐かしく拝読しながら、宗教でも哲学でも思想でも、命がけで人間の生き方を問う言説が、これほどまでに尊重されない時代はあったのだろうかと、ただ手をこまねいているしかない現状に途方に暮れます。
11月23日から26日まで 38年ぶりにローマ教皇フランシスコが来日されます。わたくしはこのローマ法王を 現在の世界を導く精神的なリーダーにふ さわしい方とお見受けしています。アルゼンチンの軍政を経験したフランシスコ教皇に強い発信力を感じ共感を覚えるのです。世界の政治が もう少しこの教皇 の言葉に耳を傾ける場所であることを願うのです。
今回の訪日に際し、死刑囚の袴田巌さんをミサに招待したニュースがありました。教会は死刑に反対の立場をとってきましたが、日本政府に対し、はっきり政治的ともいえる行動を起こした教皇は初めてかもしれません。
既婚男性を司祭として認めるなども 九百年の伝統の歴史的大改革です。
また広島、長崎の両被爆地を訪問し 核兵器廃絶を訴えるとされています。
フランシスコ教皇は、死んだ弟を背負った有名な「焼き場に立つ少年」の写真を、平和を求めるメッセージのカードにし、既に配布されていますが、核兵器を所有すること自体倫理的に許されないと訴えられています。
環境問題についても危機感をお持ちで 水の重要性から水道民営化にも反対されています。
「無関心のグローバル化」を憂慮し、苦難の中に生きる忘れられた人たちに教会のほうから出向いていくべきだとする姿勢は、受洗するキリスト教徒を増やす ことより、キリスト教の福音を伝えつつ違う立場の人間と共生していこうというフランシスコ教皇その人の思想を感じるのです。利己的ゆえに如何なる責任も感 じない人間たちが、弱者を「自己責任」と切り捨てる現在の風潮は、フランシスコ教皇と真逆のものです。
日本のカトリックは、人口の0.3パーセントにすぎませんから、一過性の「風」にすらならないかもしれませんけれど、本物の宗教者の言葉を聴いてみる日本であってほしいと願っています。
「湖の本」の発送は、くれぐれもご無理のないペースでなさってくださいますように。
そして、心臓については早めに病院にいらしてくださいますように。
茸    取敢へず松茸飯を焚くとせん  虚子
2019 11/19 216

* 下関の大庭緑さん 最上級のウニを二瓶、ういろうを大箱にたくさん、送って下さる。明日には生協毎週の日本酒がくるだろう。好きな美味い「うに」が楽しみ。

* 高麗屋幸四郎特製分につづいて、相撲茶屋の呼び出しタケちゃんから、来年のカレンダーが届きました。
2019 11/19 216

* 昨年師走にある国立大医学部教授として赴任した東工大卒業生、そのまま便りもなく頼りなくて案じていたのが、以来初の長いメールが来た。よほど大変な日々であるらしい。
国立と雖も昨今 國の手当てはとても十分とは云えまい。全国的に昨今「行政」傘下のいわゆる「限定病院」の実情などは容易でないと聞く。ドラマの「ドク ターX」でもそんなことを言い立てている。これが國の失政、国民の福祉軽視に繋がりかねない事、云うまでもない。國は、全国へよくよく目配りして、結果が 国民の福利厚生に難なきを考えるのがスジだろう。

☆ 秦先生、
赴任以来、大変ご無沙汰、お詫び申し上げます。

戴いた絵は、教授室に飾っています。良い絵を有難うございました。
昨年12月1日付での着任でしたので もうすぐ1年になります。本当に慌しい1年でした。まだ自分の研究を本格的に行うには至らず、この1年間は研究助成金の申請書作成と学生実習の準備に明け暮れた1年でもありました。

頑張ります。

急に寒くなって参りました。
先生も奥様も、くれぐれも御自愛ください。  英

* たくさん書かれてはいたが、障りがあってもならぬ。それにしても、現住所か大学内アドレスぐらいは欲しかった。
何はあれ、ご家族とも力あわせ、頑張って下さい。
2019 11/22 216

☆ 夢を見ました。
秦さんの家の呼び鈴をならしたのですが、御返事がなく、それでも、と、門扉を押しましたら鍵は掛っていなくて。そうしたら、しろくろの子猫が、おずおず と外へ出ようとしていて、これは困ると、両手のひらで、抱えました。素直なこねこで、すっぽりと、おさまってくれました。
あたたかくて、ふわふわ。
どうしょうかと、そとの、二本からまったような高い樹を観ていましたら 家の、横から、秦さんと迪子さんが。
迪子さんが、柚みそを、持って帰るかと。暗くなると迷うからと、早々の、おいとまを。
オシマイ。 いい夢でしょう。 柚

* 気分柔らかに、心地優しく 嬉しくなった。いい夢、わたしも観たい。
お元気でと願う。

* 歳をとったらスカスカのカスカスかと昔は年寄りを観て思っていた。そんな年寄りたちよりもいま私は年寄っているのに、ふしぎなほど身内にも思いにも青少年の元気や憧れが息づいている。
柚さんも そうなのだろうな。
2019 11/24 216

☆ 鴉に
鴉が、家の外で鳴いています。カーカーとは限らず、以前指摘されていたように、アーアーとも鳴いています。動物の鳴き声は人の耳には曖昧、いかようにも聞き取れる不思議なものです。

(鴉という字の音読みは、「あ」です。 鴉)

かなり温かく、美しい青空が続いた十一月が過ぎようとしています。早々と過ぎていきます。
トルコから帰って一カ月以上になるのに、いったい自分は何をしていたのだろうと思うほど。
半ばに再び関西に行き、奈良で友人に会い、彼女のリクエストで浄瑠璃寺、岩船寺を廻り、翌日大阪の仏像展と最終日の正倉院展へ。大阪市立博物館には山口 コレクション、田万コレクションなど中国仏像のコレクションがあり、戦前日本が大陸に勢威を伸ばした頃に蒐められたものでしょう。詳しい経緯は知りませ ん。が、圧倒されます。以前、写真撮影禁止の常設展示の静かな会場で、デッサンさせてもらったことがあります。デッサンといっても実物とは大いに異なりま すが、何年ぶりかの実物との再会に 一瞬 絶句するほどでした。まあそれはそれ、よりほっそり描けた姿はわたしの願望の顕れ・・でしょう。
信仰心薄いけれど、寺社や教会などに強く惹かれていく、情動にも似た思いは何だろうと常に思います。
27日
昨日のHPでは、「生まれて初めてタコ焼きなるものをビールで・・」とあり、食べている様子を想像して思わず微笑み、京都と大阪の食文化の違いを改めて 意識しました。(大阪では 90パ―セント以上の家庭にタコ焼き器と リプトンのプリン容器のガラスコップがあるそうです。)
その後で生牡蠣や刺身を楽しまれたご様子、良かった、いつも食べる楽しみが得られないと述べられていますから。
今日今頃は発送作業に精出していらっしゃる頃かと。時々休憩して無理されませんように。
トルコの旅で訪れたヒッタイトの遺跡を描いています。小さな画面ですがなかなか進みません。大小サイズ合わせて4枚ほど描きたい、その他の場所も描きたいものがあります。
用事ができて、ここでストップです。最近 鳶はあまりメールを書いていませんが 寛恕あれ。
インフルエンザの流行が早いと伝えられています、くれぐれもお身体大切に。  尾張の鳶

* 大阪の「タコ焼き」のはなしにはビックリした。わたしは、東京でも名高い「もんじゃ焼き」なるもの (一度東工大生らのそれに遭遇)には、ただオソレをなす。「お好み焼き」には一度二度出会ったが、ヘキエキした。昨夕の、ふらっと入った小店の「タコ焼 き」は、六つ出たのの四つ呑み込むのがやっとだった。何が「蛸」で何が「焼き」か、ゆるゆるの練り物を揚げたようで、ビールがなかったら「ごめんなさい」 と逃げ出したろう。とはいえ、入ってきた学生君は上智大の人で、今日、フランシスコ法皇の「おはなし」を聴いてきましたというのには、羨ましい想いをし た。そのかれは、「たこ焼き」を実に美味そうに食うので、これにも参った。店を替え、生牡蛎を八つと、多彩に美味い刺身の盛り合わせを喜んだのは、その直 後。久々に満腹したのだった。
2019 11/27 216

☆ 『湖の本』147『花方』をいただきました。
直ちにページをくくり、ただ今読了しました。いつもながらのご厚情に感謝いたします。
確かに、「現代の怪奇小説」の新たなヴァージョンですね。愛の開花までの美しいポエジーを切れ切れに散りばめつつ、平家の時代から現代までの人間の執念 を、ときになまめかしく絡ませています。日常を突如浸食する異空間・異時間の怪しい情念と美しさを言語の力によって、一瞬読者の脳裏に像を結ばせる。その 筆力にはいつもながら感嘆しております。
ガンの心配から解放されているご様子で何よりです。
ありがとうございました。お二人の平安をお祈りします。  IDU名誉教授  浩

* 怪奇は人の心を「白」くする。「怕」いの本義であろうか。
今回作『花方 異本平家』は、怪奇に重きを置くよりも「愛」の奇妙を楽しんで「語り」たかった、結果として何かしら美妙に「騙り」えていればいいと、文 章や語りにも思うまま遊びを拒まなかった。それぞれに色徴の異なっている「宗盛」 「花方」 「颫由子」 三枚の色よい花びらを一つの「花」へと組み合わ せ、その花が風車のように文学として舞い舞ってくれるといいが、と、楽しんだ。太宰治賞の「清経入水」へ河上徹太郎先生の下さった批評、野呂芳男さんの期 待と予言をもう年久しく胸に置いていた。
2019 11/28 216

 

☆ 湖の本147号、
今日拝受いたしました。ありがとうございました。
早速、私語の刻を拝読、今回もまた秦様の旺盛な創作意欲と文学・演劇・音楽に関する飽くなきご関心に感嘆いたしました。
ご病身で目もお悪くしていらっしゃるにもかかわらず、このエネルギーはどこから生まれてくるのだろうかと、ただただ感嘆するのみです。佐藤一斎の『言志四録』の「老いて学べばすなわち死しても朽ちず」を座右の銘にしている私を大いに鞭打ち励ましてくれる御文章です。
このところドナルド・キーンの『日本文学史』全18巻の内16巻まで読み終わりましたが、キーン氏の「凄さ」と秦様の「凄さ」に共通するものを感じている次第です。
小説「花方」はこれからじっくり拝読いたします。まずは御礼まで。  茨城  鋼  翻訳家
2019 11/29 216

☆ お元気ですか、みづうみ。
湖の本の発送をご無事に終えられましたこと おめでとうございます。本は 読者に届けられてこそのものと、みづうみほど自覚的に動いていらっしゃる文学者は少ない気がいたします。
来週早々の引越しを控え、仮住まいで荷造りに追われておりまして。湖の本新刊を読む日を とても楽しみにしております。
リフォーム後の壁面いっぱいの書棚に 湖の本全巻と選集全巻を並べる日が待ち遠しいのですが、ダンボールの山を見上げると気が遠くなりそうです。
蔵書などせずとも電子書籍があるではないかと言うひともいますが、わたくしは紙の本でないと読んだ気がしません。紙の本でないと「読書」という実体験にならないと信じるのは、決して時代遅れとは思わないのですが。
みづうみ お疲れがでていると思います。風邪も流行中です。どうか暖かくなさってよくおやすみください。眠るのはよいことです。落ち着きましたらまたゆっくりメールさせていただきます。  葉   静かさに耐へずして降る落葉かな   虚子

* 感謝。無事のよきお引っ越しを。

* 「ペン電子文藝館」を懸命に育てていた 頃は、致し方なく 近代多数の力作や問題作を機械の上で「校正」という仕方でそれはそれは沢山読んだけれど、そのほかでは私も機械の中から往時の作家達の 優れた作品を読むなどは、一切しない。そんな読み取り機械も持たなくて出来もしないのだが、出来ても決してしない。メールで、読んで欲しいと送られてくる 作家以前の方も、大方はきちんとプリントして届けてみえる。
目がひどくなって来て、ちっちゃな古くもなった印刷字はつらいけれど、「文庫本」という大きさ軽さはまことに有り難い、手軽に持って出られる。岩波文庫 を断然筆頭に、新潮、角川の文庫にも中学高校このかた山ほどお世話になってきた。中学二年生の昔、卒業して行く上級生から「春陽堂文庫」の漱石作『ここ ろ』を、手渡された。嬉しさが身に沁みたのを忘れない。その人にも、いつとなくなく死なれてしまっていた。人から伝え聴いた。

* 『花方  異本平家』四章の三まで読み返した。余計だったかも知れない長めの「私語の刻」も読んでおいた。入れない方が良かったかも知れない。

☆ 「花方」は目出度しさなり石蕗の花   奥田杏牛
最新作早々頂き感激です。
ご養生の躬・踏ん張っての創作 低頭です。
御令閨 伴の御身大切に、御活躍祈っております 匆々   東京・小金井市

☆ 「湖の本147」落手
ありがとうございます。
先日、長野の湯田中という温泉に行きました。雪も無く サルも見ませんでしたが、湯の温度42度は熱いでした。   東京・世田谷  島尾伸三  作家・写真家

☆ 『湖の本』147巻目を
お送りいただき、ありがとうございます。
年をとられても ご健筆をふるわれておいでですね。 大阪・茨木  石毛直道研究室

☆ 「湖の本」147(「花方 異本平家)拝受
読ませて頂きます。本当にありがとうございます。
過日の「オイノ・セクスアリス」は先生の「選集」31巻でも読み了えました。
只今 かつて読んだことのある鴎外の「ヰタ・セクスアリス」を取り出して読み始めています。一寸面白い比較ができるかもと思います。
先生の「オイノ」の荘大なケウな血の流れなどみごとに創造想像そして実在実存をみごとに描き処理されていると思いました。
ただ、(これが先生の個性、固有でしょうが)セクスアリスが具体的過ぎ、文芸(アートとかクンストですが)を越え出ている風にも思え、私としては 放言お許し下さい 一寸惜しい気がしています。草々   東京・府中  杉本利男  作家

* 感謝。 後半のご指摘 放言どころか たぶん大方の読者 辛抱して下さった方も 投げ出された方も つまりはここへ感想が寄っていたことと思われ、常識ないしは良識からも ま、それが普通かと思います。
ただ、こうも思っています、この千枚もの長編で、稀有なまでの老人と若い人との関わりが多年に亘り続いた「性の出逢い」も 女性からのごく自然で実情実 感の籠もった多年連続厖大な数の「ラヴコール」 この二つは、「作の構造」そのものの構築上の要請で、これを おシルシ程度に省いては、建造物としてのこ の一作はかえつて薄味に、作の主要な主題や意図や語りをただのおはなしに貶めてしまいかねない、その勘定にこそ作者は意を用いました、そのためにも第一部 をことさらに「東作」氏の述懐や見解や論述や短歌等でバランスしたのでした。この作での「老い」と「若き」との「性」は幸せにも三回でも三十五十回でも等 質の燃焼を得ています、だから三回分書けばいいではないかというのでは、潤一郎先生の云われていた文学の構築的美感、構造的真実に背きかねないと懸念しま して、読者数を喪う危険もあえて「このままの作物」として本にしたのでした。
さらに、ご批判下さい。

☆ 法政大学文学部 山梨県立文学館 城西大水田記念図書館 親鸞佛教センター からも受領の来信あり。
2019 11/30 216

☆ こんばんは
秦 兄  お礼がおそくなりましたが 昨夕「湖の本」147号を拝受しました。ありがとうございました。
何日か徹夜続きで寝不足のせいか、めずらしく風邪で寝込んしまい、ようやく起きだしてメール箱を開いています。
40年近く内科医とは無縁の男ですが 鬼の霍乱というやつでしょうか。それでも魚の干物や梅干し等で熱燗を飲んでは寝ているだけの至極シンプルな民間療法で どうやら完治です。
「戦後日本流行歌史」も昭和25年の「東京キッド」で中断のままですが、弥栄中の3年の頃の流行り歌など またぞろ20数曲ピックアップし始めましょうか。ただ なつかしいというだけの歌ですが、それを称して「懐メロ」という、理屈抜きで歌はそれでいいのです。
弥栄中の3年生の頃か、鰻の「梅乃井」の(三好)閠三君や、(西村)てるさんらと 図書室で修学旅行用の案内パンフをガリ版刷りしていた階下の音楽室では (石塚)公子さんと渡辺(節子)さんがピアノを弾いていたりして、
第5集は そんな頃を思い出しながらの作業を愉しむことにしましょうか。
師走とは、師も走るほど せわしないのか、師へお礼参りに忙しいのか。サンデー毎日の身でも何とは なしに気ぜわしく落ちつかん月です。
兄もマイペースで誕生日や年末・年始をお迎えください。  京・岩倉  森下辰男

* 中学時代の、懐かしい思い出の断片が幾つも混じったメールで、ウホッと思っている。修学旅行用の独自の「案内パンフ」というのを 三年生の五つの組が 互いに競争心を燃やして創り合った、よく覚えている。森下君は四組であったのか。私は五組であった。日立で活躍したテルさんとは今も付き合いがある。「梅 乃井」の三好君とは「美術京都」で洒落た趣向の対談を楽しんだのに、その後羅に急逝された。
も一つ、ピアノを弾く(弾ける)二人の女生徒の名が出てくる。間違いなく昭和二十五年頃の弥栄中学でピアノの弾けたのはこの二人キリだった。二人とも、 容貌も挙措もよく記憶している。森下君は石塚公子をひそかにか好いていたと以前に聞いて「へえっ」とビックリした。この「公子さん」 わが家の真向かいの 子で、一年間 一緒に専用のバスで馬町上の京都幼稚園まで通った。わたしなどは、「公子(きみこ)」でなく 「ハム子」と呼んでいた。「渡辺節子」の方は 当時敗戦後の弥栄中学の雰囲気をいちじるしく逸れた、(生徒会長を続けた私も、運動靴はぼろぼろ、時に跣足で登校したし、帽子の庇もヒンめくれていた し、)しいて謂えば「令嬢ふう」であった。二人とも、ま、一般に冷然とシカトされていたと見えていた。
私はというと、学年の違う三姉妹を心底愛し親しんで 気持ちは今日只今も少しも変わらない、が、姉と、下の妹にはもう「死なれて」いる。中の妹が、いま京 の町なかで、どのように暮らしているのか、中学を卒業以来、何も知らない。住所と聞く先へ「湖の本」は送り続けているけれど。ただただ無事に、元気でいて 欲しい。
中学生って、ふしぎだなあと思う。 往時渺茫、けれど懐かしい。

☆ お元気ですか?  望月太左衛です。◎^-^)v

 

 

 

 

 

11月、天皇皇后両陛下は御即位の御報告のため伊勢神宮に行かれました。内宮に上がられる石段の上に木製の階段が作られている様子をテレビで拝見いたしました。伊勢神宮に行かれた方にうかがったお話ですが、春頃から図面を作って準備を重ねてこられたそうです。

昨年12月 伊勢神宮で私達は「和楽器演奏」御奉納をさせていただきましたが、伊勢神宮のテレビ映像を拝見しながら、御奉納演奏の時の雰囲気を思い出しました。

清澄な空気にみちた内宮に私達の演奏の音が広がって行ったかと思いますと 夢のようです。そして内宮・正式参拝(御垣内参拝)をさせていただいた時のことが甦ってきました。白い大きな玉砂利の上を一歩一歩進ませていただき、御正殿の前にて拝礼させていただいたことが思い出されました。緊張しながらもどこかなつかしい、あたたかい気持ちになりました。とても優しい雰囲気です。

その雰囲気に天皇皇后両陛下がお二人で並ばれている御姿は 家庭の原点だと思います。お父さんお母さん、そして子ども達がいる家の形です。

どんな人でも親から生まれてきました。親が好き嫌いは関係なく、両親がいて私達は生まれました。それら一人一人の日本人が集まり、日本があります。

日本は、親のように天皇皇后両陛下がいらして、子ども達が集まってできている国のように思います。

天皇皇后両陛下のお姿を拝見していて私が一番感じるのは、両陛下が同じく横に並んでいらっしゃるということです。この姿はひな祭りの内裏雛と重なってみえます。宮中祭祀のおかれましても、ともに大切になさっていらっしゃいます。天皇陛下を皇后陛下が敬い、天皇陛下が皇后陛下を

たいへん気遣っていらっしゃるご様子は、男女平等を越えたものだと思います。上下なく、違いを認め合い、寄り添う御姿は光り輝いてみえます。

私も見習いたいと思います。

家族の中で、職場や学校、地域の中でもこのような関わりができてゆくことで、広く日本、そして世界の人々とも仲良くできてゆけると思います。

 

先日11月末、福岡の森本能舞台で舞の会がありました。そこで会主の御主人様がご高齢ながら初舞台を踏まれました。

能・高砂の謡に合わせて、葛桶に座ったままの舞姿、入退場は奥様とお二人ご一緒でした。古典芸能を中心に、長い人生をお二人共に歩まれてきた歴史が凝縮された舞台に感動いたしました。この会で創作初演された唐津の「さよ姫伝説」にある大伴狭手彦と松浦佐用姫に通じるお二人のご縁の深さを感じました。

私もこれから、今、ここにともにいる方々との出会いを大切にしてゆこうと思いました。

まずはメルマガを通じてお会いしている皆様に感謝を込めて、ますます気合いをいれて発信してゆこう! 伝統文化普及活動をしてゆこう!! と思います。

 

今後ともよろしくお願いいたします。  望月太佐衛

 

 

* これはこれで、佳い。いろんな人といろいろに関わって生きてきたのだなと思い知る。
ガンバッテ下さい、太佐衛さん

☆ 湖の本着きました!  琉   義妹

* 妻の妹、手術が無事に終えてよかった。ウーンと長生きしてもらいたい。
2019 12/1 217

* 森下君へ、少し思い出話などメールした。際限なく、走って帰れるほど、何でも想い出せる。
2019 12/1 217

☆ 湖の本147、無事届きました。
いつもありがとうございます!
雨の日も多く、発送は本当にお疲れ様でしたね。
私は以前、保谷の方に行った時、案外楽に行けましたよ。迪っちゃんが逗子の展覧会に来てくれたのは、迪っちゃんが80歳の時だったと思いますが、あの時は大変でしたか?
年上のみんなが、「80代は大変だからね」と口を揃えて言います。
私の受けた手術、無事にうまくいき、本当に良かったと思っています。
お二人からも色々応援してもらって、本当にありがとう!
迪っちゃんもあまり頑張りすぎないで、日々お体を労わって下さいね。   琉   妹

* 無事の成功 ほんとに善かったね。

☆ 「花方  異本平家」 湖の本 147巻
ありがとうございました。
『平家』を 違った角度で読み直すいい機会になります。   静岡大教授  小和田哲男

* ルオーのキリスト像からの墨畫に添えて 島田正治さんから、また 神奈川近代文学館からも、『花方 異本平家』 受領の挨拶があった。

☆ 湖の本、花方、
お送りいただき有難うございます。
早速読みたい、と思う一方で、軽々と読むのは勿体ない。
ぱらぱらと見ましたら、私のメールが引用されていてーーー
私はどんなお役にたったのだろうと思うと、ますます  これはじっくり読まなくてはーーーと思っています。
とりあへず、受け取りと御礼まで。  2019/12/02     藤

* 創作された小説にも、いろいろな動機や刺戟や勧誘が働いている。すこしずつでも作へ立ち入った感想や批評が欲しいなと期待している。「読んでから」と思ってられる方が多かろうと、心待ちにしているが。
2019 12/2 217

* 10:25 軽微ながら地震。

☆ 「湖の本」147を受け取りました。ありがとうございます。
秦さんの作品は難しいという噂とか。
本は難しいくらいでないと読むに値しないのではありませんかね。
司馬遼太郎さんの紀行文に、贈呈された本を読みきるのに一年かかっていた在日韓国人の話がありました。途中引用されている原典に全部当たって、その都度読み終えてから先を読み進められたのだそうです。
私も見習いたいものだと思いました。
と言う訳で 今作品を読み切るにはしばらくかかりそうです。怪しい仕掛けがたっぷりありそうですので。
秦恒平さま     秀

☆ ご高著をご恵与下さり
ありがとうございました。
拝読するとしばしば感じるのは、過去と現在が一つの土地・空間で交錯する不思議な感覚です。その土地が、自分が過去に訪れた場所であると、後継が思い出されて、一層強い思いに囚われます。
ご厚情に深く感謝申し上げます。  敬具   秋田大学教授  正

* 瀬戸内のしまなみを実見に行きたかったが、とても体調が許さず、苦心惨憺、出向かず実見せずに『花方』終幕を思い切って書いた。わたしの実感では、行 けなくて、実景などみられなくて、そのまま猛烈な飛行(ひぎょう)が書けたのは、幸いにその方が良かったのだと思えている。浅々しい実景を見分して書いて いたらとても思い切った創作はできなかったろう。今日、おちついて終章終幕を読み替えして納得した。あれで善い。

☆ 早速のメール
ありがとうございました。私の拙い感想は『オイノ…』読了後すぐに拝読した『黒谷』が、より私には心地よい作品でしたので、トクにあのような表現だった のだと思います。「黒谷」は湖の本135にのったらしいのですが、私が病気で入院していた折で、135号のみ欠いていました。幸い選集も頂き、『オイ ノ…』と合本されていて拝読しました。『オイノ…』が稀有の意欲大作傑作であることは間違い有りません。今度鴎外作『ヰタ・セクスアリス』を読み返してそ のように感じました。
これから「花方」に対します。多謝!!
全ゆるツールを駆使してトクに自己の出版形式を確立して、全身で奥様、ご子息らと共に文学できたすばらしい人生に、カンパイ!!    東京・府中  利   作家

☆ 大東文化大日本文学会からも、受領そて今後とも刊行の際には引き続き送ってきて欲しい旨の来信有り、感謝。
妻の従弟 濱靖夫さんからも。

* 恩師、故・橋田二朗先生のお嬢さんから、京都の軽妙にさまざまな野菜を頂戴した。また中学高校の同窓、懐かしい横井千恵子さんからも京都の漬け物いろいろをタップリと頂戴した。
有難う存じます。
凸版印刷から、例年の、大きな繪で美しいカレンダーが届いた。感謝。
ご近所の大山さん、枝なりに蜜柑のたくさんついた二枝を戴く。一枝を、幸便に、玄関の飾りに板壁に掛けた。見映えしている。
2019 12/3 217

☆ メール
有り難う、御座いました。今日は夫の八回目の抗がん剤点滴です、どうなることか心配です、朝からバタバタです。私の体調が良くなくて困ってます。
先日、湖の本届きました、有り難う御座いました。懐かしい限りです。折りが有ったので送金して置きました。
何時もご心配頂き有り難う、御座います。   京・北日吉  華
2019 12/5 217

☆ お手数をおかけいたしましたが、
2日に「花方」 大学の方へ届きました。拝読しましてからお便りをと思っていました。
ご心配のメールを頂いた昨朝は、乗換駅の御茶ノ水で押されてホームに転倒、左側頭部を柱で打ち、病院へ参りました。
幸い大事には至りませんでしたが、最初の24時間の観察が重要とのことで、夜も長いアイスノンで頭を巻いて冷やしておりましたが、ひどい頭痛や吐気はなく、今日もう一日の安静を心がけます。
はや今年も師走ですね。
ご健康ご健筆を心より祈っています。   千葉

* 転倒の怪我は怖い。お大事に。
2019 12/5 217

☆ 瀬戸内寂聴さん、元・岩波の高本邦彦さん、「花方」へ来信、大正大学日本文学科からも。
京都の同窓 森下辰男兄からも、「戦後日本流行歌史」第五集音盤を戴く。
2019 12/5 217

* 最新作小説『花方』へは、今治市で図書館長されていた木村年孝さんにまさしく豊富な地誌・地図・史料等々のご支援を戴いていた。すこし落ち着いたら、 あらためてお礼を申し上げたい。例の私の「怪奇小説」ゆえ、ご迷惑の向きもいろいろに書き込まれてあるやも知れないが、お許し下さい。
それにしても一度、「しまなみ海道」を山陽から四国「波方」まで通ってみたかったなあ。元気なら行けるのだが。

☆ 師走
12月6日 金曜日  冬の青空です。東京の空は如何、寒くなり、雪かとも天気予報は伝えています。
湖の本が届いたのは 11月30日の土曜日でした。その日の午後、早速読み始め50ページ程 読み進めました。が、いかにも作者の世界そのものを、『風 の奏で』や『冬祭り』の世界と深くつながる世界を感じつつ、同時にやはり難解でもありました。古典を単に読むだけでなく、そこに疑問を呈することができる ほどの蓄積が自分にはないのを痛感、これも例の如くです。その日の日記を書き出してみます。
11月30日 土曜日  本、届く。50ページあたりまで読む。『清水坂』と仮の題をつけていた作品はテーマそのものから 『花方』と命名されている。まだ終わりまでは到底見えるはずもない。
テーマそのもの、平家物語の時代と世界だ。それは作者少年の日から直感と、長年蓄えられた膨大な知識と心底からの熱い思いに支えられている。結果としてわたしも含めて多くの読み手は、漢字の難しさどころではない、史書文書の類から何を読み取るのか、
人間模様の複雑、歴史的事実の煩雑に・・圧倒され困惑し 絶句さえしてしまう。
が、作者の語り口は昔の作品とはやや趣を異にする。先の『オイノ・セクスアリス』にも見られる軽妙洒脱に近く、優しさをも含んで 明るいとさえ言い得る、こなれた語り口なのだ。
清水界隈の通りからやや奥まった家に住む母子の図も 以前の作の中にあった。
ふゆこ、の「ふ(颫)」の字は ワードの画面の単漢字を調べても出てこない・・「嵐」の意味と。
が、ふゆこは冬子、『冬祭り』のヒロインであり、その墓所は作中に清水寺南に位置する清閑寺とされている。此処は高倉天皇、六条天皇の陵があり平家との因縁は言うまでもない。阿弥陀ヶ峰も視界の内にある。

そして用事もあり、なかなか読み進められなかったのです。
花方についての作者の疑問、探求が書かれて、ずっと以前から瀬戸内海方面に旅したいと言ってらした、その理由を納得しました。その土地に実際に行ったから書けるとも限らず、作者の想像力・創造力の豊かさに支えられれば、それで十分と納得もしました。
そして、敗者の系譜、或い?は穢れを浄める人々、流浪遍歴の人々・・先の『オイノ・セクスアリス』ではあまり書かれなかった・・中世以来の事柄も胸に沁みました。
再度読みましたが、まだ理解できたとは言えません。
わたしなりに(京都人にはなり得ない・・)改めて清水界隈、建仁寺界隈の空気を思い切り吸ってみたいと思っています。馬町や今熊野も懐かしく、但しここは若い日の一番つらかった時期に暮らしたところですが・・。

アフガニスタンで中村哲氏が殺されたこと、ウイグル民族のこと、香港のこと、さまざま思いが渦巻いています。
嘆きつつ、せめて友人から貰った矢車草の種が発芽生長しているのを、遅まきながら今日は植え替えしようと思っています。
くれぐれも寒さ対策なさって風邪ひかぬよう、御身体大切に、大切に。  尾張の鳶

* 尾張の鳶にして難渋の様子、『花方 異本平家』は、すくなくも「読みづらく」「難しい」小説に「なってもた」らしいナ。

☆ 「オハナシ、オハナシ」と
おとなを、追いかけていたころを、おもいだしました。
自分で、少し読めるようになっても、覚えてしまった本でも、読んでほしくて、終わるのが惜しくて、「・・・とさ。」となるところを 「・・・と。」で  止めていました。変な子です。
「花方」もそう。何度も読み返された息使いをかんじます。とてもやさしい。
錯綜する内容は、これからかんがえます。 柚

* こういう風に読んでもらえて、それで感じて考えて楽しんで頂けるなら、じつに嬉しい。

* じつは、かなり立ち入った作者の発想・構想を細かに書いて、ブチ撒けようかとも思っていたが、ま、まだその時期であるまいし、愛媛県今治市からは、本を、かなりまとめてご希望らしい電話もわたしの留守中(散髪)に頂いていたらしい。
ま、まだ作者のわたしが突っ込んでモノ云うのは早いと思う。それよりも、

* 今日も払い込みを戴き続けている中に、さきの『オイノ・セクスアリス ある寓話』へのきついお叱りで「購読をやめる」という一通があった。「湖の本」最初期から三十数年の、それよりももっと古くからの愛読者のお一人であった。恐縮した。

☆ 今回で
「湖の本」の配本をやめさせていただきます。
「オイノ・セクスアリス」 文章も内容も全くついていけませんでした 秦先生が一体何故このような方向にいかれたか全くわかりません。それ故 今回を最後とさせていただきます。
長い間 どうもありがとうございました。  東京・世田谷  定

* よくお気持ちは分かるし、こういう思いから立ち去られる方の出るのを、明瞭に念頭に置きつつ、あえてあの長編は「書かれて自然当然」と作者は考えてい た。作者も、成長し変貌を遂げつつ処女作以来の思想や感性や文藝を弱いマナリズムから守り勝ち抜き徹さねばならない。たんに作者の年齢・体力の問題だけで ない、人間理解の久しい宿題に新しい「解」を表現し続けるということである。
奇驕を狙うのではない、少なくも男女をとわず「人間の在る」意味を、生活感とともに問い続けねばならない、作家は。なかでも「性」は、そんな男にも女にも老いにも若きにも、無視し見捨てて済む課題ではない。
あの「オイノ・セクスアリス」では、しかも「性」「性行為」の行き着く限界を見つめながら、「真の身内」の思いや悲しみにもたとえまだ微かにでも、真相 をまさぐり掴みたかった。作者が老いればこその視野もあろうと思い、真剣にまさぐっていた。今だからやっと思い切って書ける課題を選んだ八十の老境。愚劣 でへたくそなエロ小説を書いたのではない。
若い女性と老人との性的な情事は、ごく顕著に頻発してくる「人間喜劇の主題」であると、フランスのラ・ロシュフコー公爵はその「箴言集」で二百年も昔に 喝破していた。わたしは、それにも頷く。誰かの真似をしたのでなく、私だから書けた人間劇を語る騙りで「物語って」見せただけりこと。

* 「花方」を、ノートルダム清心女子大、文教大。上智大、天理大からも受領の来信あり。

☆ 秦先生
ご無沙汰いたしております。毎日がとても慌ただしく過ぎて行きます。
亡くなった叔父の色々な手続きも未だ進まないままに、夏には父も亡くなってしまい… そんな中、母は入退院を繰り返すようになりました。
漸く帰宅した昨日に、先生の御本を受け取らせて頂きました。ありがとうございます。御礼を申し上げるのが遅くなりまして、申し訳ないことでございました。
また、このところ長年使い続けていた携帯電話の調子が悪く… 受け取れていないメールがあったことに気付きました。もし、先生がメールを下さっていたら… と 存じ、取り急ぎお伝え申します。   何もかにも、ややこしかったり、滞ったり していますが、今は そういう時期なのかと思い、過ごしています。 先生の新しい御作は、もう少し気持ちが落ち着いてから読ませて頂きたいと存じます。
勤め先も、一番の繁忙期なのですが、休みがちで同僚に迷惑をかけている様な状況です。
新潟は、雪が降り始めました。京都は朝晩の冷え込みはありますが、例年に比べれば暖かい冬に感じます。
それでは、 先生も奥様も、どうぞくれぐれもお元気であられます様に。
お祈り致しております。   京・鷹峯   百 拝

* 案じていたが。お気の毒に思う、お大事にされたい。

* 京・岩倉の森下兄の送ってくれた盤で、いま、昭和二五年(一九五○)の美 空ひばり「越後獅子の唄」を、懐かしく聴いた。ひばりの歌声はもとよりとして、この唄は、また「私は街の子」も、ひとしお懐かしい。中学のころ、「妹」と 真実心より愛していた梶川道子、貞子姉妹は唄がうまく、二人ともことに美空ひばりの唄をそれは上手に愛らしく歌ってくれた。今聴いたひばりの歌声は 妹た ちと同年のもの、まだまだ少女のあどけなさと哀しさとで胸に沁みた。あの子たちも、こういう声で、私のために愛らしく歌ってくれたのだった。貞子ちゃん は、はやくに婚家で亡くなったと聞いた、一つ年下の道ちゃんが、あの昔から今はどう過ごしているか、京都で結婚とのほか、まるで分からない。知らない。た だただ、元気でいて欲しい。
2019 12/6 217

☆ オフレコかな?
早速のメール、嬉しく。
清水坂が本舞台でないことは、小説の半ば以後の展開から容易に理解できました。最後にかかるあたりでは再び微妙に感じるものがありました。
昨晩の 読者の方の「湖の本断り」のメール。『オイノ・・』に関連して予測でき、また実際に断る人々があったのは承知していても、やはり複雑な思いでした・・。
性を語るのは既にタブーでなく、世の中にはもっと露骨で暴力的な記事や小説が氾濫しているのに、そして現実のいとも日常的な行為としてあるのに。拒絶のメールとは、つらい。・・鴉は、勁いなあと思います。
あの作品に関して余分な感想ですが、吉野氏が世津子(雪・ 雪繪)との行為を重ねながら、不可侵の領域に妻を置いています、一瞬の迷いもなく。世津子との事はあくまでも世間で言う「浮気」「不倫」であり、糾弾され る行為です。吉野氏に世津子を痛切に恋し求めるものがあれば、それもまた人の心の様相として読者はまだ許せたのかもしれません。
とても常識的なことを書いてしまいました、ごめんなさい。  尾張の鳶

* あやまらないで。云いたくて「黙って」たことを 云った、云ってくれたということでしょう、ありがとう。 さて、清水坂でないなら、何処と見ましたか。
ところで、予想の範囲内ですから、向き直って作者から云えること、チャンとあるつもりですが、暫く措いて、他の方々の感想も誘えればと想います。
と云いつつ、やはり一つは云うておきます、「不可侵の領域」に措かれているのは、少なくも「真に身内を分かちもつる」妻をふくめ姉と妹の三人があり、東作氏を含むかれらはその世界を現実とも夢とも緊密に「身内」として分かち持ち、他界へすら飛翔できること。
それとは異質に、若い「雪」からの「誘い」を平然受け容れた現世の「東作」老には、浮気とか不倫とかとは擦れ違う「何か」冷酷なほどの確信があり、「雪 繪」を受け容れたのではない。「雪繪」にも、他の男との同棲、入籍、結婚式、出産願望といった、吉野東作老とは切り離れた別方角に「実生活」期待が膨れて います、不幸にして容易に酬われないけれど。結局そういう「老いと若いと」の出会いが実質実経験したのは、只一つ、どう悦ばしく嬉しく満たされようともか らだで営む「性・性行為」どまりで、「その先」は、どう「むごく」とも当然「無い」ということ。
それが、あの作の見分けた作者の「思想」というものでしょうか。長大作の敢えて大半を尽くすことで意識して言わしめたのは、「性行為の満足」で人生・生涯の構築は、成らない、ということ。

* ご批判も得たく、作の上の議論としての。。

☆ その後
如何お過ごしですか
「花方」有難く頂戴しました
一読して 小説作法が一段と奔放自在になられたと感じました
「私語の刻」では 外出も折々にされていらつしやる由拝見し お誘ひしようとも思ふのですが 寒風厳しい様子で なかなか踏み切れません
年が明けて寒気にも慣れたころに 改めてお誘ひします
少々早いですが よいお年をお迎へ下さい  前・文藝春秋専務   寺田生

* しきりに寺田さんへ、せめてメールででも話したいと何度も想っていた。俳句に季が向いていると伺っていたので、俳句交歓のメールもいいなあ、ただしわたしに俳句は難しいなあなどと。
「小説作法が一段と奔放自在」は、さすがの嬉しいご指摘で、「オイノ・セクスアリス」でもそれは強く意識していたけれど、今回の「花方」では、序詞のア トの前説の運びなども、三枚三色の花びらをくるくると風車のように好きに舞わしながら、しずかに悲しみの赤身へ筆と想とを運んでいった。風車がうまく舞い 舞ってくれれば「花方・波方」も「颫由子」も心静かに「圭介」を見まもって呉れようかと。

* 京・山科の馬場俊明さん、京老舗「永楽屋」の御馳走や名菓を下さる。感謝申します。

☆ 拝復
何かとあわただしい年の瀬が巡って参りました。先日は湖(うみ)の本147「花方」を拝受し、ご心労いかばかりかとお察しいたします、ありがとうございました。厚くお礼申し上げます。
遅ればせながら別便にて心ばかりの品を送らせていただきましたので、ご笑納くだされば荒神に存じます。
遠ざかる夜汽車の谺
在りし日の切なさに似て人の恋しき (俊)

* 「花方」は 「花方」も お歌の思いが「喪った往時」への要所を為しています。感謝

☆ 木枯らしの候
先生にはお元気にてお過ごしのこととお喜び申しあげます。
「湖の本」147「花方 異本平家」のご刊行を心よりお祝いします。
清水三年坂を舞台に、「花方颫由子」の話。後白河、ハカタ……圧倒されております。
お身体御自愛ください。 敬具    東京・信濃町  祐一

* 「読んでいただく」ことの難しさを しみじみ、つくづく 想うことです。

* 廣島大、神戸松蔭女子大、成蹊大からも受領の来信あり。

☆ ご返信頂き、ありがとうございます。
新しい携帯電話に変えて、使い方に不慣れで… このメールの前のメールは、空のまま送信してしまいました。あいすみません。
新しい機械と接するのは、骨がおれます。
『冬』は 『殖ゆ』で あるとも、先生から教えて頂きました。『一陽来復』 どんな時でも陽は射していると感じています。 先生から頂いたメールのお言葉を胸に刻み、過ごしてまいります。ありがとうございました。  京・鷹峯  百 拝

* 今回、なぜか極く少数の方、それも宛名のかしら字が「カ」行の方から、「花方」書代として皆さんにお願いした(ホンの奥付にも明記の)金額 3500円に、桁違いの高額を送って下さる方があり、何かしら私どもにも分かりかねる「お間違え」または私方の「間違え」があったのかと案じて問い合わせ ている。書代は本の「奥付」に掲げるのが普通で、お人によっては振替手数料もご負担加算して下さるけれど、桁違いの高額請求など、どう考えてもあり得ませ ん。ご理解願えれば幸いです。なにか原因在るかさらに調べはしますが。

* 私の、不可解なシクジリが見つかった。私の衰えなのであろう。事務能力が落ちたのだ。明白に とっぴな金額を書き入れた刷り物が届いていたことを、千葉の勝田さんに教わった。アタマ抱えている。
金額を入れた送金依頼の紙片はA4用紙に同文五つを刷り、一片ずつにカットする。そのうちの一片だけが、あろうことか 一冊「3500円」と有るべきに、「35200円」ご送金お願い申し上げます。となっていた。「2」の一字が混入したのだ、嗚呼。かなりの人数にそんな法外なお願いが届いていたわけで、しかも何方かという特定が不可能なのである。総数の五分の一人にはそんな間違いが行ってしまった ああ参った。御免なさい。
2019 12/7 217

☆ 『バグワンと私  途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ

38 * 2003 06・06   今日もいろんなことをしました。あんまりいろいろで、忘れてしまいそうなほど。忘れてしまっても、ちっとも構わないのです。覚えていなければいけないような、何ほどのことが有るでしょうか。
道元は、日本の仏教に愛想を尽かし、禅の本道を学ぼうと宋に赴いたといいます。そして、天童山に入ったある日も、一心に古人の「語録=本」を読んでいま したとか。ある坊さんが、何のタメにそんなものを読むかと尋ね、道元は、古人が修行のあとを知って学びたいからだと答えたそうです。坊さんは「何のタメ に」と、また聞きました。郷里に帰って衆生を教化したいからだと道元はまた答え、さらにまた「何のタメに」と聞かれて、道元は衆生のために役に立ちたいと 答えたといいます。そこで「僧のいわく、畢竟してなにの用ぞ」と。道元はついに窮して答え得なかったのです。
禅を「言葉」に学ぼうとしていたからです。それは「行」ではなかった。そして彼道元はついに「只管打坐(しかんたざ)」へと極まって行ったといいます。
親鸞にも似た話があります。彼は念仏の多念一念論議でも、徹して「一念」がよしとした人です。「南無阿弥陀仏」のただ一念で足ると人に教えてきました。 ところが、ある時に、衆生救済の奮発として浄土三部経を千度読もうと発起したというのです。すぐ、恥じてやめたそうです。南無阿弥陀仏の一念でよいと信じ ていながら、なぜに経典の読誦にこだわったろうと恥じたのですと。親鸞は生涯にこういう「惑いに、二度襲われた」と反省しています。
* バグワンは、経典や聖典に頼ってそれを「読む」行為に「甘え」てしまうのを、著しい「エゴ」の行為として、いつも戒めます。わたしは、つくづくそれ を嬉しく有り難く聴きます。何かの功徳を得ようと読む聖典などは、ただの「抱き柱」に過ぎない。それあるうちは打開などあり得ないと思うからです。バグワ ンは、聖典や経典はすでに真に打開し「得た」人にとってのみ意味のあるもの、納得できるもので、そうでない者にとって真実の導きには決してならぬどころ か、そこで「わかった」という「エゴ」があらわれ、躓きを繰り返すに過ぎないと言います。全くその通りだろうとわたしも思う。
それでいて、バグワンを繰り返し「読み」つづけ、大部の源氏物語を毎日「音読」しつづけ、夥しい量になる「日本の歴史」を欠かさず「読み」続けたりして いるのは、迷妄・執着のかぎりのように思う人もあるか知れませんが、ちがうのです。わたしは源氏を読んで心から楽しんでいるだけで、「畢竟してなにの 用」とも関係がない。それは「日本の歴史」についても同じであり、ましてバグワンはただもう「読む嬉しさ」で読んでいるのであり、一時の道元のように、バ グワンの教えを「学ぼう」「識ろう」としてでは無いんです。学んでみても始まらないことをわたしは知っていますし、覚悟しています。わたしは、ただ「待って いる」だけです。何を待つとも、待っていて「間に合うとも間に合わないとも」わたしには何も分かりませんが、それは仕方ないこと。バグワンの声が耳に届くの が嬉しくて楽しいから読みやめないのであり、他の本もおなじこと。何も求めていないから楽しいし、何もいまさら覚える気もない。自然にゆったりと、無心に 、したいことをして楽しめればよく、まだまだそんなところへわたしは達していないけれど、達しようとして達しられることでもなく、恥じてみても始まりませ ん。

* 十六年余も以前の述懐ですが、いまも、「読み・書き・読書」どれも「ただ楽しく」てしているだけ。

* その「楽しみ」にも不覚の失敗で狼狽し慨嘆を余儀なくされる日もある。昨日発見した私自身の不用意なミステークは、明瞭に「五人に一人」の方に迷惑を かけていて、しかもそれらがどなたであるかを把握のすべが無い。願わくは「送付挨拶」から目を「奥付の表示」へ転じて、粗忽な挨拶では数字の誤記があった とご判断頂けると有り難い。
三十四年もおなじ事を続けていて、こんなミステークは初めて、アタマを掻いて恒平は閉口しています。
2019 12/8 217

 

「* 東村山の清酒「東村山」を写真家近藤聰さん、埼玉の銘菓「にいくら(新座)」を詩人田中真由美さん、京・祇園の愛らしい甘味「おちょま」を京・知恩院下の大益貞子さん、下さる。有り難く。
2019 12/8 217

☆ メールは苦になりませんので
いつでもお送りください
芭蕉と蕪村はいづれも全句集を読んではゐます 他の俳人にしてもまあ好きな句の拾ひ読みです 近代では橋本多佳子の句集は持つてゐますが ……
御目にかかれる日を楽しみにしてゐます  寺田生

* 寺田さん
読むのも佳いですが、俳句や短歌は 自作してみたい相手です。創り合って楽しむ道はいかがですか。
迂闊にも最近に出会った 石田波郷の後輩で、永井龍男先生のお弟 子筋の石川桂郎の俳句は、めざましい出会いでした。夫人の手塚美佐さんの編んで註した脚注名句シリーズ(俳人協会)に入っていました。自身俳誌「琅玕」を 主宰した手塚美佐さんは、永井先生が、「湖の本」のために大勢ご紹介下さった購読者の一人でした。

手もとに、内藤鳴雪という 子規年長の門下人の著した『鳴雪俳話』という明治の古本がありまして、小さい頃に感じ入って読んでいた思い出があります。読みやすい本でした。

そうそう、書庫に、明治も早期の文士成島柳北の全集一冊本がありました。「柳橋新誌」なんてのも入っていますよ。

さらにそうそう、明治の元勲、あの椿山荘の山縣有朋公爵が自編自作の非売本、和歌と文との美しい和装『椿山集』があります。珍しいものと想います、なんで秦の祖父が手に入れていたか分かりませんが。

話題は いろいろありますねえ。 「剣客商売」なんていう連続テレビ劇もありますね、ご覧になったことありますか。

と、際限ないので、此処までで。日々お大切に。  秦 恒平

* 寺田さんは、真剣も遣われる現代本格の剣士と伺っている。
2019 12/8 217

☆ 前略
待望の新作『花方 異本平家』の御上梓をお喜び申しあげます。「湖の本147」を拝受して 圧倒され堪能して拝読いたしました。
秦さんのこれまでのお作品のさまざまな流れが合流した大河(海)を、無碍自在な語り(カタリ)の櫂に導かれるままに、上流へ、下流へ、また上流へ、海へ と運ばれる快感ーーこれぞ小説の醍醐味でしょうか。老練にして若々しい艶のある文章に感嘆します。「もらひ子」の越智圭介と「花方颫由子」を、そして平家 物語と清水坂下の「花方」を結んでいるものを求める旅を終えていま、圭介にとって「花方颫由子」とは小説(文学)の化身そのもののようにも感じられます。
錆びついた頭では味わいきれなかった無念はさて措いて 豊饒な世界へのご招待を感謝申し上げます。

本格的寒さとなりました。郷里では「干し柿」づくり本番、疲労回復の一助にもと、出来上りを待って少々お届けいたします。どうぞ御身お大切に いい年をお迎え下さい。  草々
二○一九年十二月六日   敬  講談社 元「群像」編集長 出版局長

* 嬉しくて。書いてよかったと、しみじみ思う。若い若い頃の、「みごもりの湖」や「慈子」とは全く違う話法や文体をすこし放胆気味に探ってきた、老いの 遊び心も読み取っていただけ、嬉しい。昔とくらべて昔と違うと責められることが作者には有りがちだが、同じでは、只に似ていては、生涯勉強の意味が無い。

☆ このたびは「湖の本147 花方 異本平家」を心より御礼申し上げます
最新の御作を少しずつ読み進めつつ、脱稿までの一ヶ月を綴られた長い「私語の刻」では 執筆の現場に立ち会わせていただいているかのように 記録を貴重なものとして受けとめております。
どうか今後ともご指導くださいますようお願い申し上げます。
今朝は霜柱が見られ 改めて冬になったことを実感いたしました くれぐれもご自愛のうえお過ごしくださいますようお祈り申します。  山梨県立文学館  中野和子 拝

☆ 前の国文学研究資料館長 今西祐一郎さん 「源氏ばかりにかかわっていますと(=岩波文庫新版の校訂者であられる。)平家、太平記のような帰伏著しき物語に心惹かれます。」と。
写真家の近藤聰さんは近江の撮影に勤しんで帰ってこられたところ。お酒「東村山」感謝。
鳴門教育大学から、受領の来信。
今日も大勢さん払い込みして下さった。3500円を 35200円と誤記した方、さぞ憤慨されていようかと。奥付の価額を見て下さるといいのだが。その ままの高額を送って下さった方には個々に返金しつつある。どれだけの何方へそんな請求が行ったかをどうしても今は確認できなくて、恐縮しつつ御連絡を待っ ている。

☆ 石川・能美の井口哲郎さん、お正月のめでたい大福茶と名産の棒茶とを送って下さった。有難う存じます。
元・岩波書店「世界」の高本邦彦さん立派なお蜜柑を一箱送って下さった。有難う存じます。
弥栄中学時代の万年元雄先生、小倉山の名を冠した優しい吹き寄せのかき餅を大きな一缶送って下さる。お元気でしょうか。ありがとう存じます。
2019 12/9 217

☆ 椿山集とは
珍品ですね
剣客商売の主人公は 中村又五郎より藤田まことの方が 数倍いいですね  寺田生

* 播磨屋の又五郎が秋山小兵衛役を演っていたとは、知りませんでした。
2019 12/9 217

☆ 「花方  異本平家」
有難うござ座いました。ただただ感謝です。このお作品 良い所 良い人に手渡して参りたいと考えています。
「波方」の歴史、地誌等の知識 驚き入りつつ読み進めています。長い歳月、お疲れでした。
寒さが厳しきおり お風邪などお召しに鳴りませぬように。
愛媛・今治・波方  木村年孝  元・今治市図書館長

* 京都の「シグナレス」同人の森野公之さん、「俵屋吉富」軽妙の干菓子と銘酒「奥丹波」を下さる。懐かしい美味いお菓子、懐かしい美味いお酒です。

☆ 最近は
心を暗くさせられるようなニュースが多いですが、 あまり悲観も楽観もせずやっていければと思います。 寒い日が続き増すので くれぐれもご自愛下さい。 京  「シグナレス」 森野公之
2019 12/11 217

☆ 紅書房の菊池さん、大阪・吹田の歌人阪森郁代さん、「花方」へのご挨拶あり。

* 長い「私語の刻」を入れたので、作「花方」よりそっちへの挨拶が来る。私の編輯ミスであった。せめてもう二、三人の方の「花方」批評ないし批判が聞き たく、その上で私の構想、作を構築の狙いなど纏めておきたいが。天野さんのような感想があったのだから、読み手の方には失敗作とは思わないが、分かり佳い 読み佳い小説を書いた、前作よりもと思っていたが、前作の方が流のママに大筋が掴みやすかったかも。いくらかガッカリしている。せめて四章をただ一、二、 と数えず、「序詞」「一 宗盛」「二 花方」「三 波方」「四、颫由子」とでもしておけばよかったか。物語そのものがなにのことやらと掴めないままの方も 多そうに思われて、申し訳ない。
2019 12/12 217

☆ 師走も
半ば近くなりました、今年の紅葉は近年に無いいい彩りです、2階の窓から眺められ、あの若かった日々にもこんなに美しかったかな? と!
昨日街への折、お誕生日のお祝いにと 京都の清酒を贈ってきました、そのうち着くと想います、お楽しみ下さい。
明日は夫の退院で、打ち合わせの為 今から家を出発します。  京・北日吉  華

* 余分に
心遣いさせてばかり、申し訳ない。
春は花 秋は紅葉とは 正確なもの言いですね。馬町から北日吉へ渋谷(しぶたに)へは なんと幼稚園の昔から行き通った、祇園界隈に次ぐ親しみ多いところ。
思い返せば、何かというと、北日吉、清閑寺、清水を小説家として書き続けてきたなあと思います。
ご退院の予後のよかれと願われます。老老介護はたいへんですが、自身も労り労り 日々お大事に。おやすみ  遠
2019 12/12 217

☆ 拝復
はじめてお便りをさしあげる失礼をお許し下さい。私は早稲田大学の教員で、近代文学を専攻しております。
このたびは、ご高著『花方 異本平家』を戴き 誠にありがとうございました。『清経入水』以来の美的な先生の小説に憧れ、また『神と玩具との間』をはじめとする谷崎論、近代文学研究に示唆を受けながら私もまた勉強を続けて参りました。
このたびの『花方 異本平家』はそうした先生の創作とご研究、私小説と虚構、現代と古典との自在な往還から醸し出され虚実皮膜の美的世界を、まさしく堪 能させていただきした。平成十二年起筆、平成三十一年脱稿という、その日付に、小説を書くという営みの荘厳に触れた思いで、「胸の内からほろほろと「おも ひ」という「火」のもえた言葉がただ溢れ出てほしい」という一行に感銘を受けました。
まずは拝受のご報告と御礼まで申し上げますと共に、先生のますますのご健筆とご自愛のほどを不覚お祈り申し上げる次第で御座います。 草々
十二月十一日   和

* ありがたいお手紙であった。「胸の内からほろほろと「おもひ」という「火」のもえた言葉がただ溢れ出てほしい」とは、私の日ごろは秘めた鍵言葉、真っ向拾って頂いたこと、喜びと感謝に耐えない。

☆ 「花方 異本平家」のご本をありがとうございました。
毎日の「私語の刻」を読みながら完成を楽しみに。そしてお二人の発送のご苦労を思いやりながら
指折るように上梓を待っていました。、
それなのに、手元に届けていただくとホッとして、お礼を申し上げないまま日を過ごしてしまいました。申し訳ございません。
ご本を読み進んでいきますにつれ、今までは平家物語を平板に読んでわかったつもりでいて 何と無知だったかと思い知らされています。色いろ解釈することもせず、文字を追っていただけなのですね。
謡曲で平家が主題のものを習っていても、いろいろ想いをめぐらすこともないまま。
此の度のご本は 読み仮名もふっていただき、読みやすい文体に気を使っていただいていますので、じっくりと読み返し読み返したいと思っています。

シクラメンの栽培農家の方は私より4.5歳上だとか。一年に一度の売り出しにだけ顔をだされるとか。がんばっておられる姿に励まされます。
そのお元気も添えて一鉢届けます。猫ちゃんたちには迷惑かな?
先週。孫娘群馬大学の医学部に推薦入学の許可をいただきました。我が家で 生後すぐに迪子さんに抱っこして祝福していただいたのがつい最近のようです。
天候が不順で過ごしにくい季節ですが、お二人ともお身体お大切にお過ごし下さい。
東都・練馬    晴美  妻の親友

☆ みづうみ、お元気ですか。
お蔭さまで引越しは無事に済みました。ただ、後が大変で……荷物の山と格闘しても格闘しても全然片付きません。『花方』の早く読める日がきますよう願い つつ、動き回っています。要介護4の母の世話でも体力気力を使い、ふと気づくと椅子に座ったまま寝てしまっている日々です。
そういうわけでお振込みが未だに出来ず大 変申しわけございません。わたくしのほうにも間違ったのが届いておりました。いつもと桁違いの大枚を振り込まれた読者がいらしたのは、さすが「湖の本」に は ものの価値のわかる目利きの読者が多いと、嬉しく思いました。みづうみには痛恨のミスだったかもしれませんが、思いがけず「湖の本」を支えてられる読 者の素顔が垣間見えるご経験でいらしたとも言えましょう。

お誕生日が近づいてまいりました。
お風邪などお召しにならず、佳いお祝いをなさってくださいますようお祈りしています。
菜  通ひ路のほそぼそのびて冬菜畑 汀女
2019 12/13 217

* 神戸の岡田昌也さん、みごとな山の芋を下さる。有難う存じます。
ペン委員会で同僚だった牧南恭子さん、虎屋の名菓を下さる。感謝。
2019 12/13 217

* 携帯電話で初めて、ロサンゼルスの池宮さんと用もなく歓談。
入れ歯沢山の口では、口八丁のなんとか女史のように、話しづらかった。
2019 12/14 217

* 今治波方の木村年孝さん、愛媛特産のおおきな美味い蜜柑をどっさり送ってきて下さる。感謝。

* 東横短大の教室へ漫談に通った昔から、もう五十年近くも仲良しの吉原知子さん、広島県北のすまいから、地産の銘酒と想われる美味しそうな紅白ワインを 送って下さる。懐かしくも嬉しくも。愛らしい賢い学生だったが、今は地域を基盤に各種の活動にも励んでいると。最も早くから永く佳いおつきあいの読者の一 人。ありがとう。
2019 12/14 217

☆ 12月14日
赤穂浪士討ち入りの日。昨日、漸く振込みしました。郵便局までもなかなか出かけない日々、いささか情けないです。遠くに一人で行くのは出来るのに、日常の暮らしでは買い物一つも車で、一人の行動ではないのです。
15日 夜 HPの記載が金曜日以来二日ストップしているのを気に懸けていました、そして漸く読めました。活発な時間を過ごして、新しい書き物が 「信 じられない話だが・・ もう筆はするする動いている」と。 驚きます、創作にかける執念、精神の活発。わたしはその反対で 「抜け出してしまった」かの虚 脱に近い日常を暮らしている・・。
16日 朝、メールに気づきました。
正月に向けて賑わい多忙でしょうと書かれていました・・が、賑やかならぬ静かな正月になりそうです。孫が早や小学校に入学で、シンガポールでは入学式が1月2日。
思えばこの50年、欠かさず嫁らしく? 暮れ正月の支度をし続けてきました。もうそろそろ「卒業」したいけれど、まだ簡単には実行できません。
携帯電話のこと、常に「初心者」のわたしが言うことではないと思うのですが。必要な、そしてあったら良いなと思う機能だけは使える方がいいです。
例えば電話のフェイスタイム・・テレビ電話です。サファリ、携帯で容易にインターネットに繋がります。メールも送れます。WhatsApp や LINE も便利です。
カメラで写真も、解像度も、保存容量も佳いです。
どうぞ周囲のどなたかに聞いてみてください。携帯電話の会社の方に操作の手順を教えてもらうか、操作を頼んでみてください。
画面が小さく、文字も読みにくく、扱いにくいだろうと察しますが、どうぞいくらかでも慣れるように。差出がましい老婆心です。
ps
選集口絵へ、南座の写真、どうぞお使いください。
お身体くれぐれも大切に。体重増のこと、嬉しいです。そして食べ物が美味しくいただけますように。   尾張の鳶

* 携帯電話のこと、これだけ聞くだけで、バンザイ、つまりお手上げ。成るべく携帯電話は遣わずに済むようにと、そっち へアタマの取られぬようにと願っています。緊急時の連絡。それだけは余儀ない必要かと。なにしろ鳴るように指先が痺れていて、とてもちっちゃな多様にやや こしいボタン操作は、みな断念している。

* 正月の餅を生協まで買いに行き、帰りに道に迷い往生した。へとへと。

* 尾張の鳶が、機械のなかでどう混乱したか、受信欄に従来古くからの「鳶」メールばかりが何十と並んで、いましも届いていた凸版印刷から問い合わせ等の メールなど消え失せてしまった。返信も出来ない。なにがどう障ったのか、回復しないのか、全然分からない。なんだか、アキラメの心境。

* この「私語の刻」は送り出せたように思う。
メールだけの事故なら、それはそれ、仕方ない。はずみで また直ってくれるかも知れない。

☆ 大阪市大 武庫川女子大 から「選集」「湖の本」受領の来信。
2019 12/16 217

* 三通のメールが来ていると通知されながら、来信を受信することができなくて。受信欄は乱雑に、既往の受発信の多くが消失したようです。すくなくも現況、私へのメールは届かない。困惑しています。
2019 12/17 217

* メールを沢山受けているようだが、受信欄の異様な故障で、すべて開いて看ることが出来ない。ご迷惑の筋もあろうかと案じるが。よほど大事に緊急の場合、番号をご存知の方は家人の方へお電話を戴きたい。
2019 12/17 217

* 受信欄の大異状がなんとかなったか、ならないのか、まだ分からない。

☆ 北越光明寺の黄色瑞華さん、とてもめずらかな杓付き「甕覗」の名酒を甕なり送って下さる。甕と杓と酒と。更級日記冒頭の説話がなつかしく思い出される。嬉しく頂戴する。感謝。

☆ 京・北日吉の華さん、私二十一日八十四歳の誕生日を、京・佐々木とびきりの名酒「京生粋」一升で祝って下さる。ありがとう 感謝。いい誕生日にしなくちゃ。食より呑むほうがはるかに多いかなあ。

☆ 四国・丸亀の大成繁さん、美味しい白い讃岐うどんを下さる。なんと佳い舌触り・のどごし。美味かった。感謝。

☆ 今日は
昼前から冷い雨が降り出し、寒いのでえやこんをつけ、炬燵にもぐっていましたら、あたたかい贈物が届きました。
「エッ!」(中学時代にはやった喜びのことば)とおもわず口にしました。
文房具は好きですが、お金をかけて(そんな余裕もありませんので)あつめるほどではありません。
ただ筆は「寫巻」、硯は「端硯」(安物です)、紙はいろいろーーレターペーパーでは、この丹波黒谷の紙が好きです。高価なので、使い分けていますがーー・
墨はというと、使うのはいわゆる中國製より奈良黒が好みです。
今度いただいた徽墨は、蝉や剣をかたどったものなど二つ三つありますが、こんなすごいのははじめて手にしました、ありがとうございました。
当分、机の上に置いて楽しませていただきます。観賞用の文房具をつくる中国の人の気持を いいなァと思いやっています。

「花方」は、再読の要がありそうです。「清経入水」や「冬祭り」のように、すいすいと頭に入ってこないのです。もう一度気楽に読みなおしてみます。
「湖の本」は巻を重ねています。『選集』の完結はゆっくりでいいです。「未完」には期待と希望があります、それがつづきますように。
寒さは深まります。お二方にはお大事に。
十二月十四日 雪はまだです。
よいお年を ! 石川・能美   井口哲郎 (前・石川文学館館長  前・県立小松高校長)

☆ 拝復
『湖の本』147 ご恵与たまわりありがとうございます。
全てと言わぬまでも『平家』挿話を事実談とすることができるかは課題ですが、『平家』唐突な登場の「花方」を狂言廻しとしての物語、「もらひ子」を底流 に清水坂ならではの魔界を舞台に、古典、現代の交錯する秦文学定番幻想世界、読みなれた筈の身にして誠に難解な展開とは云うものの、しばし読書の妙に浸ら せていただきました。現代の怪奇小説との評、『花方』にも当てはまることと言い得て妙と感心致しました。
寺町二条の古書店店先との書き出し、竹苞楼のたたずまい思い出して引き込まれ、「桐君集』など、思わず國書総目録検索しかけました。女でありげな「花 方」に発する、浪方を波方に、更に「元の名乗りは波方・伯方」等の異本化、秦文学の本旨ではありませんが考証としては付会の感、なまじ『平家』や実在の人 物が登場するだけに、創作物語としての読みに没頭できませんこと残念です。
(中略)
寒くなりましたが、お揃いでお大事に。
この時期、今年もですかと笑われながら使いまわしております。
在釜と張り出す門や京師走
12月 15日      周  神戸大名誉教授

☆ 徳島文理大から「湖の本  花方」受領来信

* では、いよいよ最新作の物語『花方』への私の立ち位置と展望を、ほどほどにも開かしてみよう。

* 『花方』では、序詞の「電話」が示唆しているように、語り手「越智圭介」の「幼なじみ颫由子(颫うちゃん)」との「喪った愛」を、双方から追っている、そこに一つの軸線または主幹が立っている。謂わば「怪奇系の恋物語」が意図されたのを「序詞」は前置きしている。
そんな「颫由子」が、初めて、幼少「圭介」の寝ている枕がみに現れると読める怖い箇所に気づけていれば察しられ読み取れるように、「颫由子」は、舟玉の ツツ神であり、海の女神と読み取られて行くのを作者は期しているが、にそれをハナからあらわに示唆はせぬよう用意した。しかし、繰り返されている 「持っ てるか」「持ってる」という確かめの対話での「何」か「紐」様のモノを察しうれば、この物語世界の基調はすでに試薬に明かされてある。蛇の別名は、より広 く「くちなわ」「くくり」「ツツ」などであり、『花方』の世界は、瀬戸内・海=海底・海神達の世界、海没した「平家」とも必然脈絡を持ってくる。「颫由 子」のそのような世界と交響して、「異本平家の世界」を、一方では八島大臣「平宗盛」の異様が語り、もう一面では八島へ赴き平家に面体を焼かれて帰った院 宣の正使「花方 波方」の異様が語る。
小説『花方』は、平家学者達がこそっとも見捨てて障らなかったママの「花方・波方」の「出」の不審を語り手なりに解決して行く段取りとともに、平家を代 表した「宗盛」という存在の異様さを数多い「異本平家」の証言を利しつつ見開いて行く。いわば色彩のちがう「颫由子」「宗盛」「花方・波方」という三枚三 色の花びらを持った物語に創ってみたのである。その色違いな三枚が、ぐるぐるとメリーゴウランドのように回りながら、越智圭介の深い「悔い」とも「物哀 れ」ともいえる「述懐の物語」を為しかつ成して行く。
「清水坂」を便宜に「仮題」にして書いていたが、「作世界の真の本拠」は「(瀬戸内)海」なのであり、それも「海の底」であり、「海神達(ウワツツオ・ ナカツツオ。ソコツツオの蛇神たち)」なのである。「花方・颫由子」は瀬戸内の海底を「おのが世界」として抱いた女神ようの存在であり、それへ悪しく立ち 向かった平家(宗盛・時忠)の無残がけわしく「対置」されている。
小説『花方』は、喪った愛の残響を抱いた老人作家越智圭介の「悔い文」という結構を書き置いたもの。「颫」は「あらし」と示唆しておいた。海を支配しているのは「異本平家の世界」でも「龍蛇」なのであり、さればこそ「颫由子」は『冬祭り』の冬子の再来なのである。
断っておくが、この物語『花方』は、およそタダの一箇所も事実そのままを利した場面も展開も無い・完全な作者の創り語りである。さてこそ、これまた「異本 平家」一つの「追加」というほどの笑いを孕んでいる。山ほどの異本平家にさらに付け加えた「異本」と読まれてよく、事実・史実を穿鑿されるのはきっと微妙に面 白いはずだが、なによりもこの物語を私に書かせたのは、どんな『平家物語』本にも登場の、しかも人別不明なままの院使「花方」を放り出したままの学者先生らへの「注文」でも「抗議」でもあった。その一言は付け加えておく。
ま、こんな作者の解説が必要では失敗作だが、私としては書き置きたかった「怪奇小説」「冬子復帰」を意図し、かつ深く「楽しんだ」作、「自愛」作ということになろう。
ほんとは、まだ此処で云いたくなかったのだが、鏡花学者なら理解して下さろうが、この『花方』は秦 恒平なりの、一の『海神別荘』でもあるのです。

* メールの受発信、なんとか回復したか、と期待している。
2019 12/17 217

* 点鬼簿に存命の名を書き入るゝ日に日を増してただ目を瞑(つむ)る   宗遠
2019 12/18 217

☆ 恒平さま
お誕生日  おめでとうございます!
これからの人生に さらに新しい発見がありますように……。  琉  妻の妹
(ネコ達が五人ならんだ小屏風に添えて=)黒い仔猫は、私が背色鉛筆で塗ったので、ちょっと変でゴメンナサイ  (黒い仔猫はバンザイして=)いつもお元気でありますように

☆ 先日はありがとうございました
さて、片付ごとをしてましたら ごらんの酒杯がでてきました。二代八十吉の亥文です この正月に、年に一度酒を一ト口 飲むのですが、その時出して仕舞忘れたもののようです そこで 秦さんのエトが亥であることを思い出し、もらっていただこうと思った次第です ところが、 箱がどうしても見付かりません 焼物の箱なしでは価値はないとは知りつつ 使う分には箱不要と自分にいい聞かせて 送らせていただきました 御無礼は承知 の上です お腹立ちのないことを念じています。
おわびの気持は、同封の初代八十吉の杯でお許しいただけたらと思います これとて八十吉特異の吉田屋風ではありませんが 私の好きな絵柄で手もとに置い てあったものです ご存知の下戸ですから愛用したわけでなく 眺めていただけですから 死蔵といえるかも知れません もし使っていただけると 杯も生き延 びると思います
ただ 好きの押売りにならねばよいがという懸念もありますが  奥様への(諸返礼用に有り難い=)繪ハガキは受入れていただけたようなので 調子に乗っての押し付けをお許しください。
十二月とも思えない一日でした お腹立ちのないことを願いながらーー
押しつまった感じはまだのようです
どうぞ来年も お二人によい年であるようにとあわせて願っています
石川・能美市    井口哲郎 (前・県立石川文学館館長 前。県立小松高校校長先生)

* もう早速の待ったなし、お心づくし二代八十吉「亥」の繪盃、初代八十吉の名杯で、しみじみと、井口さん御夫妻ご家族のご健勝を祝し願いつつ、過ぎゆく 私の亥年にも家内の来る子年にも思いを馳せ、私誕生日目前、ご祝儀の「京生粋」を三献、いえ五、六献もを嬉しく味わいました。肴には、戴いたばかりのいい胡露柿を、美味しく。
幸せ者です。

* 老いまさる心の萎へはふたりして励ましつ夕焼けの山を降りゆく  恒平

☆ また年末になりました。
いつも同じものばかりですが、甲州の枯露柿お送りさせていただきます。かたいもので申し訳ないと思いましたが、どうぞスライスして召し上がってみてください。私も歯が悪くなって以来、薄く切っていただくようになりました。
生産者の農家の方のお話しでは、今年も思わぬ天候の異常さに苦労されたようです。秋には雨が続き、大切な最後のころも湿度が高すぎて心配だったと話されていたようです。(妻が電話で聞いたお話しです。)
「花方 異本平家」 いただいたまま、またどんどん日が過ぎています。
相も変らぬ医者通いで、何とも気の重い日ばかりですが、特に目の衰えはこたえます。間もなく八十六、当たり前と言えば当たり前ですが、明日は眼鏡処方箋 をもって眼鏡屋さん訪問の予定です。どこまで改善されるかわかりませんが、それでも、ご本の冒頭のほんの僅かをたどっただけですが、
その先に広がる世界をもっと読みたいと思います。
寒くなりました。どうぞお体お気を付けください。お仕事の過酷さ、身に潜みて思いますが、どうぞご無理なさらぬようにと心から念じています。  十二月十七日  宮下 嚢  詩人
奥そまにもよろしくお伝え下さい。

* ありがとう存じます。
まこと、つくった眼鏡の利いてくれる期間の短さ、廃れ行く期間の早さには、泣かされますね。
なんとかかとか生き延びています。仕事を「生き薬」のようにしています。これまた「業」ですねえ。宮下さん、お大事に。また詩も読ませて下さい。
2019 12/19 217

* 書庫へ入っていたら、恩師園頼三先生の昭和二年(私は昭和十年生まれ)の旧著『怪奇美の誕生』を見付けた。
私の太宰賞受賞作「清経入水」を「現代の怪奇小説」と支持していただいたのは選者のお一人河上徹太郎先生だったのを懐かしく思い起こし起こし、こんどの 『オイノ・セクスアリス』や「花方 異本平家』を書いていた。大学の「美学・藝術学」の恩師園先生にこの著の在って、買い入れていたことが思い出せた。大 学院へ推薦して頂いていながら、一年で、東京へ奔った、私。優しい恩師であった。

☆ 小滝英史さん、新潟の名酒三種を送って下さった。感謝。

☆ 有元毅さん、上々の越乃寒梅 を送って下さる。恐れ入ります。お達者にお過ごしでしょうか。お近くならお目に掛かってもお話し出来ましょうに。どうぞ、メールででも、お気持ちのママにご遠慮なくお声掛けて下さいますよう。お大事に。お大事に。

* 京都の羽生さんへ、例の、35200円というのが行っていた。なんとも、申し訳なく恐縮。とにかくも五人にお一人へはこう間違えた額の請求が行っているワケで。観も心も縮む。
羽生さん、「花方」を堪能して下さったと。それが嬉しい。
2019 12/20 217

* 十五年半もの昔ばなしだが、齢重ね、老いの坂に杖つきながら、思いは呆気ないほど変わりも伸びもしていない。よくもあしくも「やれやれ」の誕生日です。
朝から、久しく久しい読者からの お祝いを戴きました。

☆ お誕生日 おめでとうございます。
甘いものはお体によくないかとな…と思いながら、 でも ひと粒くらいは召上がっていただけたら うれしいです。
どうぞ よい1日をお過ごし下さいませ。   鎌倉   橋本静一 美代子

* フランスのかな「プラリネ」という(=なんにも知らなくて。御免=)チョコレートの美しいリボンの包み。ありがとうございます。

* けふの日をけう(稀有)のふしぎとよろこびて
数重ねきし歳をことほぐ  恒平

* 昨日、豪奢な筺入り「越乃寒梅」を下さった、久しく久しい有り難い「吉備の人」からも。

☆  お誕生日おめでとうございます。
私語の刻を通じて 秦さんの日常を身近に感じています。
私は戦時短縮で旧制中学を昭和21年4年生で卒業したため 20歳で高校教員になりました。
(名高い=)閑谷学校が最後を迎えようとしていた頃 昭和10年生まれの生徒33人との交流が懐かしく思い出されます。秦さんが同年配と思うと感慨深いものがあります(当時県による閉校の方針に対抗して和気高校在学の生徒から少数の希望者を収容していました)。
湖の本『花方』は、夢見心地で一気に読みました。
秦さんの日記の記述を参考に もう一度ゆっくり読み直したいと思っています。
ご健勝をお祈りしています–。  有元 毅

* そんな頃の生徒さんたちと同年の私も昭和十年(一九三五)生まれてした。

* 有元さんは「吉備の人」 わたしは「古事記(現代語訳)」を国民学校の先生に戴いた二年生早々の昔から、なぜか、神武東遷の神代の昔から、大和入りま での途中、吉備におもいのほか長期滞在していたらしい史実(?)に心惹かれ、吉備の神話に親しむ思いが濃かった。はじめてお手紙をいただき、その後数え切 れないご厚意を戴きっ放しのなかで、有元さんを「吉備の人」と思い沁みながら過ごしてきた。いつか出雲とのかねごとで書いてみたいと懐にモノを隠したまま でいます。
お元気でいて下さい、私の「私語」など、お笑いつづけ下さいますよう。
2019 12/21 217

* 国際ペンの堀武昭さん ホテル・オークラの見た目も綺麗なお菓子つめあわせを、下さる。恐れ入ります。感謝。
2019 12/21 217

* 京の「華」さんに祝って貰った名酒「京生粋」で妻と乾杯し、昼の「赤御飯」を祝い、食後には鎌倉の橋本さん御夫妻からのチョコレートをいただいて、美味しさに感嘆、感謝。コーヒーも美味く。

* 晩には、建日子が、夕食を一緒にしに来てくれる。有元さんに戴いた「越乃寒梅」、光明寺さんに頂戴の珍しい「甕覗」の杓酒を、こころよく楽しませて頂く。愛らしい「マ・ア」もたちも食膳のまわりを賑わわせてくれるでしょう。
2019 12/21 217

 

☆ お元気ですか、みづうみ。
八十四歳のお誕生日おめでとうございます。
みづうみの闘いの新しい一年を、みづうみの波立ちに共振する「読者」として、不遜な言い方が許されるなら「戦友」としてご一緒できますよう願い続けます。
冬  冬の水潺々(せんせん)として沼を出づ   前田普羅

☆ 八十四歳、
実りある一年になりますよう。
第一にお身体大切になさってください。  尾張の鳶
2019 12/21 217

* 医学書院の原稿用紙に200枚ほども書いて、猛烈に改作し推敲した大昔も昔の小説習作が現れ出てきた。ほかに、大判のレポート用紙か便箋様のまる一冊 以上にびっしり書き込んだ小説らしきモノも現れ出てきた。前者を妻に機械の一太郎に入れてもらっているが、半年はかかりそう。
よっぽど本気で小説家になりたかったのだ。
「黒谷」のように、いまいまの読者からも「好き」といってもらえた旧作も生き返っている。まったく新しい作も、いま、仕掛かりが三作あり、書き進めている。
この歳になって、『オイノ・セクスアリス 或る寓話』『花方 異本平家』とつづけて長編を読者の手もとへ送り出せた今年は、まず、有り難い一年だった。 有元さん、羽生さんら、わくわくして読み 堪能して読みして下さる方が『花方』にも有ったのが、嬉しい。来年も、思いの、乗り載った新作を期したい。
2019 12/21 217

* 優しかった美学の恩師園頼三先生の著『怪奇美の誕生』表題論文は95頁もの長編。大学院を一年で退いて上京結婚就職し、ほぼ一路創作へ立ち向かったの だった。昭和二年十月初版のこの恩師の著を、いつ、どこで手に入れたか覚えず、ずうっと書庫にしまわれていた。選者満票を得た太宰賞の『清経入水』に河上 徹太郎先生が「現代の怪奇小説」「先ずもって第一等」と選評していただいたときにもその先生の御本には思い至らなかった。
しみじみ読みたいと、先生の温顔にもさも似たもの柔らかにしかも堅固な大冊本を私は今 両の手に抱いている。大昔の本なのに、古色こそ免れないが、なんとしっかり上出来の函・製本だろう。
2019 12/22 217

☆ 拝復
早稲田大学の  と申します このたびは、貴重な「湖の本」創刊分「湖の本エッセイ」創刊分 ならびに『秦 恒平選集』第三十巻をお恵みいただき、誠にありがとうございました。重ねてのご高配に深く御礼を申し上げます。
「湖の本エッセイ」第一册あとがきの「私語の刻」に記された、「エッセイがそっくりフィクションとなりそのまま小説世界を創ってしまう」という一行に、秦文学の創造の秘密の一端を垣間見たように思いました。
文学作品の出版が増々厳しさを増してゆくなか このようなスタ地でお作を読ませていただけますこと、研究者・読者にとりましても何よりの喜びでございます。
末ながらご自愛賜りますとともに、どうぞ良い新年をお過ごし下さいますようお祈り申し上げます。草々      宗   早稲田大学文学学術院 教授

* 本望の喜びです。

* ペン 協会 理事で作家の森詠さんからも、受領の来信あり。

* 原善君、わたしには読めない中国語に訳の本を送ってきた。ネコになんとやらの類い。
しかし近々にも江古田で出会えそう、か。

* 「花方」は、結果的にみれば、鏡花の「海神別荘」のようなと自身記録したのが十七日の「私語」だった。「同感」しての払い込み票記事と今日二十三日にはじめて出会った。もっと早くこの感想がまっさらで届いてたら、手を打って歓んだろう。
2019 12/23 217

☆ H.Pを観て
ホッとしています。
「子」の杯も探しましたが 見当りませんでした。
(八十吉)初代にかわいがられた母は いくつか作品を貰っていたようです。しかし戦中戦後の食糧難の時に お米に代ってしまったとか。母は のちにその ことを初代に話してわびたところ、初代は「うらのもんが間に合うてよかったがいや(私の作品が役立ってよかったね)」といってくれたそうです。
市川に住む九二才の姉が、佐伯泰英にはまり、読み余った文庫を処分がてら? ダンボールに詰めて送ってきました。少年時代平凡社大衆文学全集に夢中になっていた私のことを思い出したからというので。
姉は、夫を亡くした後、減った気分を剣豪小説がふっ切らせてくれたということでした。
読まないのなら処分して、ということでしたが、久々に(初見です)読んでみようと思っています。
来年は 「(秦 恒平)選集」完結か。
年女の奥様ともども よいお年を。お大事に
石川・能美  井口哲郎 (前・石川文学館長・ 県立小松高校校長先生)

* 簡要にして雅な お葉書 楽しみました。感謝。猪(亥)の盃で 暮れのお酒も楽しんでいます。ほどよい酒量でおさまるのも徳としています。
佐伯泰英という作者の名を、少年の昔の記憶にさぐってみて見当たりませんが。わたくしも「見えない飛行機」とか、古本屋立ち読みの佐々木邦ユーモア小説 など思い出します。剣豪というと吉川英治の「宮本武蔵」しか記憶にありません。武蔵は、本よりも徳川夢声の読み語りをラジオで聴いた気がします。
両手指先が、寒さと関わりなくびりびり痺れます。他は、目の他は、元気にしています。人と対話を楽しむ機がなく、仕事していても音楽を流しています。
奥様と御ともどもお大切に、おこころよくお正月お迎え下さい。

☆ 引越し荷物は
エンドレスに片付きません。想定していたより本が多すぎました。アチコチからわらわらと本が湧いてきます。年内に片付く見通しは甘かった。
今年もあと一週間です。
どうかご無理な外出はなさらず、本とお仕事に囲まれて暖かく心穏やかに歳末をお過ごしくださいますように。    鰤  寒鰤のいづれ見劣りなかりけり  鈴木真沙女 2019 12/24 217

 

* 天野敬子さん ビックリの、甘い美味い吊し柿をたくさん下さる。妻は歓声、私も引き込まれて一つ、堪能。ありがとう存じます。

* 能の梅若万三郎さん、雅に見映えの佳い洋菓子を下さる。
京・神宮道の星野画廊さんから、軽妙な京味横溢、永年馴染み惹かれてきた煎餅のひと缶 戴く。
感謝感謝。

* 時代も嶮しい時代で貧しく飢えて育ったからか、人間の根もいやしいのだけれど、賑やかに頂戴物があると小学生中学生のように嬉しがる。笑われ窘められているのだが。人さまと顔合わせて賑わうという日々でなく、心寂しくいるのかも。
2019 12/24 217

☆ 秦先生へ
メリークリスマス!!  真冬の寒さになって来ました  どうぞお身体ご自愛下さい。
よいお年をお迎え下さい!   望月太左衛より

☆ 浅草の名物「せんべい」に綺麗なまるい器の和三盆、それに太左衛さんらしい趣向の愛らしいクリスマスツリーは、ボタンを捺すと音楽につれライトがきららかに点滅する。  ありがとう。

☆ 京・有栖川の桐山恵美子さん、正月用の大栗甘煮の瓶 丹波の大黒豆煮の瓶などたっぷり送って下さる。有り難し。妻が、ひとしおに。

☆ 調布・深大寺の中野完二さん、北の名酒「やまと櫻」を下さる。感謝。

☆ 藤澤の義妹、夫婦の頸まわりを温めてくれる色ちがいのブレゼントを贈ってきてくれた。ありがとう。頸周りが柔らかな感触で温かいと健康を実感できます。
2019 12/25 217

* 望月太左衛さんとメールで話した。ジャズを聴きながら。
2019 12/25 217

☆ 秦先生
先日はご丁重にご高著をありがとうございました。
瀬戸内の遊行女婦の姿が海の香とともに 先生のたおやかなご文章からうかびあがり、タイムマシンにのせていただいたようでございました。
しばらく単著がなく、エッセイの雑誌で巻がそろわぬまま大変恐縮でございますが、まだ単著まで少し時間がかかりそうでございまいので、不十分なもので失礼でございますが(「究」既刊分)お届け申し上げます。
おすこやかに よいお年をお迎え下さいますようお祈り申し上げます。
佐伯順子  同志社大学社会学部長

* 銘菓もそえて頂戴した。感謝します。良い単著のご上梓を待望します。「花方」にいたるまでに多くを学ばせて頂きました。
2019 12/26 217

* 原善君 携帯へ電話くれる、なかなかうまいことスット「受信」へ至らず、モタモタした。会いたいと、わたしも思うがそう元気でなく、その時々の体調と よく相談の上で着替えしたり履き物を考えたりしなくてはならない。じっとしてれば若い人なりにアタマも働いてくれている気でいるが、動くとなると老耄との 安全な相談が欠かせなくて。
昔のように来客をスイと家にあがってもらいもてなせるといいが、建日子の一人ですらどうどこに坐らせるかを考えるような物置同然の家になっている。「マ・ア」たちの障害物運動会にはもってこいなのだが。

* 医学書院は毎年正月四日に社でラフな簡略新年会をしていた。久しぶりに出向いてみたい気もして問い合わせたら、もうそういうのはしていないと。久しぶりに昔の部下の七尾君、いまは編集長としばらく携帯電話で歓談。声若く、昔のママだった。
2019 12/26 217

☆ 拝啓
ことしもはや余日わずかとなり なにかと気ぜわしい年の暮れと拝察いたします。
本年もいろいろご御高配にあずかりまして衷心より厚く御礼を申し上げます。
年末にあたり本年賜りましたご厚情に対しいささかの謝意と年賀のご挨拶として、心ばかりの品(獺祭)をお送りいたしましたので 新春の宴にでもお口よごしにしていただければ幸いです。(31日着)
くれぐれもご自愛専一に、よいお年をお迎えくださるようお祈り申し上げます。 敬具
京・山科   あきとし じゅん 馬場俊明  詩人

* ありがとう存じます。お葉書の、今はただなつかしい富士正晴さんの軽妙におもしろい飲酒涅槃之図の達筆にもう名酒「獺祭」の香がただよいます。もったいないほど嬉しいお気持ちです。

* 義妹の贈ってくれた、なんと謂うか「頸の輪」でほかほかと暖かい。ひところ、この機械部屋に暖房も無かったころの痺れるような寒さだったことを、ウソのように思い出しかねている。
2019 12/27 217

* 東工大生でわたしに音樂を聴くのをすすめてくれた一人、よく家へも遊びに来た子松君に携帯電話を試みた。留守電にもの申して置いたら倉敷から掛けてきて呉れた。元気ないい声をしていて懐かしかった。
わたしのアドレスブックで携帯電話のある人が、親疎を問わねば総勢で百人をラクに超える。ま、気の置けない人も二、三十人は少なくもありそう。ときどき人声を聴かせて貰いたいが。煩がられるのも困るし。
2019 12/27 217

☆ 石川・小松の八代啓子さん、お正月用にと例年の立派な昆布を頂戴した。めでたくも、ありがたいこと。感謝。

☆ 作家で元長野県知事の田中康夫氏から、愛犬を写した十二つきカレンダーと、政治活動の報告や披瀝が届く。

☆ 東大名誉教授上野千鶴子さん、文庫になった『おひとりさまの最期」に手紙添えて、恵投。
「秦 恒平様 次々にお出しになるご本のスピードに、お礼状が追いつきません。 どうぞよいお年を」と。

☆ 羽生清さん、徳島高義さんからも来信。

☆ 染色作家渋谷和子さん、美しい作品 額物や手拭いに添えて心親しく懇篤のお手紙、頂戴。

* なにごとのおとづれもなき年の瀬を
売る笹も持たずつくばうてをり    いま源五
2019 12/28 217

* 「汲古」76所収の源氏物語「紅葉賀」巻の一部分にかかわる論攷で、すこしく技癢を覚えた箇所へ編集室あてメールで問い合わせた、が、メールは発信出来ていないよう。 2019 12/28 217

* 源氏物語を読み進めて「紅葉賀」巻にいたると光源氏のいわば晴れて公儀の麗姿に視線が集まる。なかでも競争相手の頭中将を「花のかたはらの深山木」ほどにおしのけて光は「青海波」を唄い舞う、そのみごとさを「佛の御迦陵頻伽の声」と褒め称えてある。優れて印象的な賞讃のことばであり忘れがたいのに、ある一抹の思いを 私も初読のむかしから感じていた。だが、ここは、無数の過去の読み手がほぼたがえず、光源氏の歌声が「佛の迦陵頻伽の声のよう」と解され読まれてきた。最新の岩波文庫版でも、「これこそ迦陵頻伽(極樂にいる絶妙な声の鳥)の声」とのみ註されてある。
これに対し、今年三月になってはじめて、鶴見大の年報に田口暢之氏が新解釈として、「佛の御 迦陵頻伽の声」と列びあげて読まれた。
「御(おほん)」は、他例少なくなく、この場合だと「佛の(御経を説かれる)御 声」を意味し、また例えば「帝の御」なら、帝の御歌とか御文や命令を意味し、これに準じて類例文が異数に稀などということなく通用している。わたしは田口 氏の新たな提言をほぼ受け容れたい気持ちでおり、これを新たに紹介しつつさらに微妙に意見を重ねられているのが最近の雑誌「汲古」7に、国文学研究資料館 の特任助教岡田貴憲氏の出された論文がある。私は、岡田氏のそれを読んで溯って田口氏所説の要点をのみ承知したのであるが、それにつれ田口氏のやや緩やか な感想ふう論攷に、付け足して教えて貰えると田口氏説もろとももっとしかと腹におさまる気がした。つまり少し物足りない箇所が在ったのだ。
で、資料館の岡田氏に伝えて欲しいと、古典研究会編「汲古」編集室へ、下記のメールを送っておいた。私のいたらぬ賢しらに過ぎないのかも知れぬが。

* 「汲古」編集室御中

いつも「汲古」賜り 欠かさず愛読しています。この歳末も極まれる時になって、甚だ恐縮ですが、
今回「76号」巻頭の 岡田貴憲さんご発表論攷、かねて気にしてきた論題なので 今しも気を入れて拝見しました。
ひとつ 筆者にお教え願えればと。 叶うならご仲介くださいませんか。

問題の  「佛の御迦陵頻伽の声」 ですが、

一つ、「佛」を 即(イコール)視して「迦陵頻伽」と申す例は  在るのか 多いのか、

二つ、「迦陵頻伽」のことを 「御迦陵頻伽」と 「御」字を副えて敬い申す例は  在るのか 多いのか、

この二点にも 言及しておいて頂ければさらに論旨が立つかと思いました。

 

幼來の源氏読みで、ここの「御迦陵頻伽」の「御」という敬辞にときどき「ひっかかって」気にしていました。
また久しく在来の読みでは 「御佛」でなく単に「佛の」 単に「迦陵頻伽の」でなく「御迦陵頻伽の」とあるのにも 少し気味のよくなさを覚え続けていました。 田口暢之さんの新説が、今時分にやっと出たというのもやや訝しく感じました。

以上 失礼ですが 論者の岡田さんへお伝えくださらば有難う存じます。

よき新年をお迎え下さい。    秦 恒平

* よけいな差し出口だったかと肩をすくめるが。先の 国文学研究資料館の館長さんだった、久しく昵懇を願っている、新版岩波源氏の校注者のお一人である今西祐一郎さんの感想・示教も得たいもの。
2019 12/29 217

* 村上開新堂の山本社主、いつもの、社を代表の精菓を送って下さる。感謝。

☆ 元年晦日
鴉は 静かな朝を迎えてられますか?
この一年も精力的なお仕事を進められ、更に来年につなぐさまざまな思いに溢れていらっしゃる。切に切に佳い日々でありますよう願っています。
鳥類の鳶はもピーヒョロヒョロと何やら頼りなげなイメージですが、実は猛禽類だそうですよ。
ですが、さて、わたくしという鳶は、高くに舞い上がりもせず、飄々の境地まで達しもせず、庭のレモンを摘んでレモンチエッロを作り、南天や水仙、椿は正月の室礼(しつらい)に、など日々の現実に向かい合っています。
新しい年は「激動の年」と覚悟しています、元気です。冷静に見渡せば年齢に伴う「故障」は意識しますが、それでも元気です。
どうぞ 佳いお年をお迎えください。
お身体健やかでありますように、大切に大切に。   尾張の鳶

* ありがとう。
保谷の鴉は 遠く高く翔んでゆく翔は喪って、起ち居もあぶなげに杖を頼んでよろめいていますが、読んで・書いて・創り出す気構えは頑固に抱え持っていま す。酒量は、「うまい」と味わいつつむしろ増えていて、食も少しもどり、それに、ふしぎなほど自転車は、幼來の感覚というか、平地ならまだらくらく走れま す。ご近所さんには「颯爽」と見えるらしいです。呵々
これからの歳月は、人も国も、堪え性でもちこたえて行く道のりになる。どう賢く堪えぬくかが課題でしょう。

☆ 拝復
この度は 湖の本147をお届け頂き、まことにありがとうございました。
益々のご健筆ぶりに敬服致すばかりです。言葉への透視力の豊かさが見事に活かされている『花方』に、これが作者の力量というものかと舌を巻きました。
「颫由子慕情」とでも呼びたい一編、当方も幼い初恋を呼び覚され胸が熱くなりました。秘恋のはかなさに涙を誘われました。    早稲田大学名誉教授  保

* 事の事実と創作との差異をいわぬかぎり、頂戴したこのお言葉は身に沁み我が意を得て、適確に作の意図や願いを核心を指さすように仰有って戴いた。嬉しい、とても。この機械の間近にいる絵葉書の「颫うちゃん」の絵葉書も嬉しそうに首肯いている。感謝。 2019 12/30 217

* イングリット・バーグマンとユル・ブリンナーの映画「アナスタシア」を楽しんでいた。パーグマンの卓越した演技力と美しさとは有り難いことに決して古びない。皇太后と抱き合う場面が静かに沁みる。
さて、この映画の感想とも何処かで響き合うのか無関係か、戴いた以下のメールは、歳末の論議としてはあまり重いが、わたしの大まかな感想は、先に(この二十八日の私語に)漏らしたとおりです。「論議」は、ここ(私語の刻)へ来て下っている方々へもお任せしたい。

☆ みづうみ、お元気ですか。
少しでも、真摯な裏付けに欠ける言葉を書くと見破られてしまいます。「思わせぶり」「支離滅裂」「無意味」と手厳しく。大いに反省いたしました。書き過ぎること、身振りの大袈裟な表現をしないこと、舞でいうと「間」を大切にすることを心がけていかなければと思っているのですが、難しいことで らくに乗り越えられる課題ではありません。
年末慌しい時期ですが、みづうみの二十八日の記述に深く考えさせられました。

> 天皇制が、万世一系男帝の血統に執着してきたのは、女帝がワケの分からない男性を夫に迎えたり子を為したりしたとき、その(道鏡に類する)男が簒奪した り、その子孫が即位して男系皇統一系の(血の)乱脈に陥るのを憂慮警戒したからで、その是非や可否はともあれ、久しく久しい日本の天皇制は、一種壮麗なフィクション・ 夢物語(ロマン)を頑固なほどほぼ徹して護りぬいた 世界に類のない「神がかりの国体構図」なのであって、これを取り崩し、地球上どこにも在る ごく普通 不安定な「王様制度」へ転換した時は、それはもう 「是非はともあれ」 あの「大嘗祭」等の神秘を信じて来た「天皇制」では全然無くなる。

今ま で不勉強で、このような視点で男系天皇を守り続けた日本の伝統についてのご指摘を読んだのは初めてでした。普通の「王様制度」に転換することで、天皇制は 今までの天皇制ではなくなってしまう。女帝論は慎重であるべき、つまり女帝、女系に反対なさっていることがよくわかりました。みづうみのご指摘は日本の歴 史と文化への正統的な理解なのだろうと思います。
しかしながら、この「一種壮麗なフィクション・夢物語」をこれから続けるには民主主義を棄てるしかないのではと思わずにはいられません。戦後憲法の民主主義を棄ててまで守るべき男系天皇制なのか、私には正直よく分からないのです。 (秦=  日本のあの敗戦後、今日の、今日以降への「民主主義」は 極めて悪しく醜い「簒奪独裁民主主義」に陥ってゆくだろうと、ほぼ 望みを持ちかねているのを申しておきます。)

素人の素朴な疑問を書かせてください。

 

> 女帝がワケの分からない男性を夫に迎えたり子を為したりしたとき、その(道鏡に類する)男が簒奪した り、その子孫が即位して皇統一系の乱脈に陥るのを憂慮警戒したからで、

男子天皇がワケの分からない女性を妻に迎え子を為し天皇とした例もたぶんあったはずですが、それは男子天皇だから許される。皇統一系の血脈の「穢れ (ではなく、逸れ=秦) 」は女帝の場合のみ問題になるという男尊思想が伝統的な天皇制であることを理解しました。  (秦= 皇妃ないし律令の許した桐壺更衣のような貴族身分のほかにも、天皇には様々な愛妾や召人が出来、遊女妓女の類も混じったのは、常識的に知られてい ます、が、そういう女性の産んだ、親王ならぬ「庶王」が登臨即位の例は、寡聞にして私は識りません、かつ、まさかの場合も、男帝の血脈なら或いはあり得も したでしょう。明らかに日本史の天皇制は 制度的に、律令制以前から少なくも昭和まで、男尊女卑に相違有りません。 秦)

 

>思い切って謂う、根幹の論題は、こと皇室に関するかぎり、「側室」「一夫多妻」を超憲法の極限定制度として容れるかどうかに関わって来そうなのは、二千年の日本歴史が証言している、上皇后さん、現皇后さん、次々の皇后さんのためには、決してそう在っては欲しくないが。

これ は側室制度を認めれば男系天皇が維持できるという意味に受けとれますが、それは既に科学的に不可能だと証明されているのではないでしょうか。不妊の原因の 半分は男性側にあると言われていますが、天皇なり将軍なりに原因がある場合側室が何百人いても解決する問題ではありません。徳川家でもあれほど多く側室が いたのに直系男子が続いたのは三代まででした。つまり天皇家だけでなく子沢山の皇族全部に広く側室を認めなければ、男系男子天皇など到底維持できるはずが ありません。(不妊治療は進歩したものの、まだまだ男女産み分け医療は不安定でリスクの大きいものですし、倫理的な問題もあります。)皇 族の範囲をどこまで広げるのか、当然大変な人数になるでしょう。みづうみの記述の「極限定制度」は天皇家だけでは全く意味がなく、広く上級国民とされる階 層に側室制度を認める結果になりかねない。つまりそれは天皇家だけの問題にとどまらず、日本の一夫一婦制を根幹から変更し、憲法の国民平等、男女平等の理 念を放棄することでしか達成できないのではないかと思います。  (秦 = 概ね仰有る通りのようですが、そこに日本史は、「皇族」という親類親族を「藩屏」として設け、緊急の男系天皇を要請してきたのです。徳川が御三家、御 三卿を設けて「血縁」を確保したのとは、「男系」維持という一点で異なると謂えますけれど、多くの天皇が執拗なまで「男王」が産まれるためにいかに多くの 側室を持っていたか、また男 系の親類を要していたかは史実が示しています。また藤原氏も平氏も徳川氏も女子を宮廷へ送り込んでただ外戚であろうと狂奔しても女帝にはむしろ冷淡でし た。仰有る「医学的不妊や男子少産」が話題になってきたのは、久しい皇室の歴史でも、御承知のように「ごく最近」のことなのです。 一夫一婦制とは、問題の性質がてんで違っていました。
はっきり言い替えれば、民主主義憲法にしたがえば、男系一統の天皇制は難しいということです。同時に、日本人の広く国家社会がそんな天皇制の「消滅」にハイハイと従うのかど うかも、歴史的感情ないし親和感から観て、容易に信じがたい。あの昭和の敗戦時にすら、そうは成りませんでした。)

欧米の皇室が実質的には一夫一婦制でないのは承知していますが、それでも一夫一婦制は揺るぎません。なぜならもし側室が公然と認められることになれば現 代の王室は国民の信頼を失い早晩消滅するのが明らかだからです。欧米の王室の権威は昔日の面影もありませんが、それでも王室そのものの絶滅を避けるため に、王室の安泰のために、女帝、女系を認める方向に変わるしかなかったのだと思います。  (秦= 仰有るとおりです、西欧ほかの皇室について深い知識も 関心ももちませんが。 ただ、「皇帝」と「天皇」との呼称の差異には、不思議なモノがからみます。「天皇」受容のそんな類例が世界に無いのも事実のよう で、日本人の意識がどう動くかは、とても私の口を挿める問題でないと思っています。)

生き残るのは 強いものではなく変わることのできるものだというのがダーウィンの説でもありました。誰かを不幸にしてまで維持する必要のある伝統があるとしたら、伝統を 棄てるか変えるべきだというのが現代の良識ではないかと思います。男系維持に固執していれば、いずれ天皇制そのものの消滅を招くと思うのは間違っています か。天皇制度を維持したいということであれば、民主主義を棄てるか女系を認める選択しかないのでは。天皇制が欧米の王室のようになることと、民主主義を棄 てることを測りにかければ、国民にとっては民主主義のほうがより切実な必要ではないかと感じます。  (秦= 仰有ることはカッコ付きの「正 論」です。論としては異論ありません。が、とかく「論」だけで生きてこなかった「日本人の歴史」でもある。それに、私は日本人が立派な民主主義を堅持し育 てて行ける国民なのか、心底、憂慮しています。「簒奪独裁民主主義」という「国家」として最悪のどつぼに嵌りかねない、嵌りつつあるのを心底憂えていま す。)

そもそも天皇家に一夫多妻を認めるとした ら、現代女性は、良家の子女であればあるほど皇室に嫁ぐことはないでしょう。子ども、しかも男子を生むことだけを期待される場所にみづうみなら娘を嫁がせ ますか? 平安時代であれば天皇の母になることには大きな幸福があったかもしれませんが、現代の天皇はあの時代の天皇とは違う、カゴの鳥のような、実権の ない文化的な象徴でしかありません。例外的に成り上がりたい女が嫁ぐことはあり得ますが、そういう女ほど女に嫌われる存在はなく見え透いた野心が在る限り 「皇后」として国民に愛されることはないでしょう。 (秦= 私は、例外的に「成り登り」たがる、道鏡なみに困った男らの出現をも案じています。その余に はコメントしません。)

価値 ある伝統である男系男子天皇を維持するために法律的に側室を広く認めるというのが日本国民の総意として認められるなら、それはそれでかまいません。伝統と はそれほど大事なものなのかもしれないからです。ただし私は娘を外国に出します。そこまで女を、子ども、それも男子製造機のように見下す祖国に生きていて どんな女の幸福があるものかと思うからです。子のない女、男子を生まない女は二等国民であるとされる社会は、少なくとも女にはひどく生きづらい社会です。   (秦= 日本という国が、国民の生きやすい國であったかのかどうか、なんとも言えません。ただ、現在、レマルクを読み継いでいますし、西欧各国や中 国・朝鮮の歴史を、基督教史や儒教もふくめて或る程度心得ていますが、私自身は、「日本の文化」を「女文化」を、こころから愛して守りたいと思っていま す。)

現在 海外で仕事をしている日本女性と日本男性の大きな違いは異国に骨を埋める覚悟のあるなしと言われています。女は死ぬ気で異国に働き、男は日本に帰るつもり で仕事している。日本は男には住みやすい国であって、女には決して住みやすい国ではないことが大きな理由でしょう。日本の男は大概はやさしいし真面目で誠 実ですが、制度としては女に徹して冷たい国です。だから当然の帰結として少子化に歯止めがかからない。今後もこの流れは加速するでしょう。  (秦=女性 の逃亡、悪政との戦いの放棄とも聞こえますが。)

国連から女性差別 と指摘されている夫婦別姓を認めない法律もその一つです。みづうみは男ですから、現在の女子校の同窓会名簿作成現場の大混乱など想像もできないでしょう。 旧姓で仕事をしている、離婚した当時の姓で仕事をしているが現在の戸籍の姓は二度目の夫のものだ、などあらゆる場面で表記を統一しようがないのです。姓の 変わらない男なら結婚していようといまいと同じ表記なのに、女は( )内に旧姓表記する必要があることですらこれまでずいぶん差別的でした。名簿をみるだけで、あの人まだ独身なのかなどと個人情報がある程度知られてしまうわけです。しかも、本来の出生時の旧姓が隠れることで探したい人間を名簿で探すことにハードルがいくつもある状態です。 (秦= だから外国がいい、日本へ帰らないというのでは、国民としての努力の放棄になりませんか。)

 

現在では、仕事で通用している旧姓表記で( )内を戸籍の結婚後の姓にしてほしいという要望があまりに多いにもかかわらず、旧世代では( )内は旧姓にしか思えないのでそれが出来ないという厄介なことになっています。説明をつけても誤解する人間が跡を絶たず名簿表記はうまい解決方法がなくて複雑で紛糾、お手上げの状態なのです。

みづうみが以前に秦の姓を継ぐ人間がいな くなると嘆いて書いていらした時にも同じことを感じたのですが、夫婦別姓を認めさえすれば秦の姓は残せますのに そういう方向にはお考えにならない。みづ うみは結局旧世代の家制度に属している方です。それが悪いという意味ではなく、単にそうだということです。みづうみへの批判ではないのです。特権を持って いる人間には、結局わからないことでありましょう。わたくし自身も意識していない色々な特権があるはずで、悪意なくても誰かに酷いことをしているに違いな いのです。
以上、差別され続ける女側の負け犬の遠吠えとしてお心に留め置かれてお笑いください。 (秦= 結局は こういう「捨て台詞」で幕を引くのでなく、早い機会の「立候補」を奨めます。)

 

 

お寒さ厳しくなってまいりましたが、どう かお風邪など召されませんよう、お元気で楽しい年末年始をお過ごしください。やっと年賀状書き終わりましたが、年賀状スルーと言う言葉が最近はあるそう で、若い世代は年賀状を書きません。年賀状も絶滅危惧種となっています。世の中どんどん変わっていくことをこんなことからもしみじみ思い知るわけで…。   煤   煤竹の女竹の青く美しく    高野素十
* かなりややこしいので、その場その場で半端なコメントを挟んでおいた。

* 思い出した。「花方」で、すさまじい平家物語異本を背後に、決して史実ではない、兄宗盛が妹建礼門院の閨へ 母時子の嗾しで這い寄ることを書いていた。
小説作者の私は否認しているが、あれなどは、きわどい問題意識の露出であった。

* 元朝の心用意もした。
2019 12/30 217

 

* 午后。風がやや荒い。

* 京・山科の詩人 あきとし じゅん さん、最高級の「獺祭」を年賀に下さる。心より感謝、有難う存じます。
2019 12/31 217

☆ 秦 恒平様
本年もあとわずかとなりました。
貴重な選集を次々お送り下さいまして そのお礼も十分申し上げないまま 年が暮れます。
お正月にお召し上がりいただきたいと存じ いつものクッキーを送らせていただきます。
どうぞ御身 御大切に。
佳い年をお迎え下さいませ。   山本道子  (村上開新堂社主)

☆ 秦先生 「花方」 入金いたしました。
秦先生   柳です。

ご無沙汰しており申し訳ありません。
花方、12月初旬に受領しておきながら、冬休みに入るまで、心落ち着くことができず、開封できずにおりました。
心の落ち着かなさの原因は(建築の=)昇格試験で、私も来年度から自分のグループを率いることが出来そうです。
グループはまだわかりませんが、昇格はできそうです。
入金、先ほど完了し、私のところにも 35200円とありましたが、事前に「私語の刻」を確認させていただき、3500円 入金させていただきました。
35200円でも入金したのですが、ケチな性分が災いして、失礼ながらも事前確認させていただきました。
年が明けましたら、また、秦先生と東工大の皆とでお話しできる機会を作りたいと思いますので、
心の準備をお願いします。

写真は熊谷へ家族で行った時のものです。
ps.ヤフーメールからメールしましたが、迷惑メールに入っている恐れがあるので、再度会社メールから送信します。  柳

* メールが、嬉しく。変わらずハツラツの柳君なのも嬉しく。大学の内外で仲よくしてた昔からもう二十年越している。働き盛りで、みな元気いっぱいだろうな、そうあって欲しいといつも願っています。
私自身がなによりよたよたしないで、出会いたいものです、機会あらばお馴染みのみんなにもよろしく伝えて頂戴。
大きな写真でうまく全容が掴めないが、みんな佳い顔に写ってる。何よりです。
お仕事のますますの優秀と盛大を天才君のために祈ります。私の日々はホームページ「私語の刻」どおりです。
2019 12/31 217

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