☆ メール頂き有り難う御座いました。
何時もご心配頂き有り難う、御座います。
大晦日は疲れがたまって目まいがして、とうとうダウン! お寺の除夜の鐘も聞かず寝込んでしまいました。
お陰で元日は少し楽になりました。
今年は、どんな年に成るのやら?
寒さの折 無理をせずに お気をつけてくださいませ。 京・東山 華
* 平安に四季を迎えられますように。
2020 1/1 218
* 野澤利江さんに戴いた鴨鍋を、有り難くとても美味しく妻と、晩に、食しました。感謝感謝。
2020 1/2 218
* 三ヶ日の雑煮を夫婦だけで祝い終えながら、作家五木寛之に「怨歌」と適切に聴きわけられたあの歌手藤圭子のウソのない生涯映像を、濃い共感と理解と共に見 通し聴き通した。正月気分にふさわしくないか、いやいや、真実感で徹底した若い歌人生の儚い成功と終結からは、凡百の創作を紙屑のように蹴散らす真実が痛々しく聴き取れた。感服した。
極めて短かった藤圭子の「怨歌全盛期」を、またそのリアルな生涯をわたしはよく知ってきたワケでない。美空ひばりの百の一も識らなかった。
しかも、不動の、或る切な 共感と理解とがその昔から生きていた。藤圭子の歌は、あの菊池章子の絶唱「星の流れに身をうらなって 何処を塒の」の、「こんな女に誰がした」の、あれを直に受けることで「敗戦後日 本」の地を這う呻きを「歴史的に伝えた歌手だ、と、そう、私は久しく理解し受け容れてそれを忘れなかった。
今朝の「映像と語り」を観て聴いていて、紛れもなくあの「こんな女に」と藤圭子の「新宿の女」「夢は夜ひらく」などが、当の藤圭子自身のことばで切にバトンタッチされてたと確認できたこと に、わたしは感銘し深く納得した。私は、「日本の敗戦」と「敗戦後日本の根底」を、斯く二人の歌手と代表歌とを結び繋いで、今もなお、胸の内をかぐらくも重くもしている。「戦争に負けた苦痛と無残」を背負うたのは、天 皇でも戦犯でも陸海軍でも男でもなくて、「女」だったのだと。
丹波山奥の戦時疎開先から京都の繁華へ帰ってきて、小学校、中学を終えて行きながら、わたしは胸のいっと う奥で、「こんな女に誰がした」と呻く乾ききった「女」の強いられた変容を、怖いとまで眺めていたのだ。一部の女の話をわたしはしていない、日本の女のはなしをしている。
そして、いま「令和日本」の女も男もこの機会にボケ金にボケた「精神壊滅」のアリサマは。
* 今朝 こんな年賀の所感メールが来ていた。むかし通信社の担当記者として、いろいろに私に原稿も書かせてくれ歓談も楽しんだ藤野氏の「声」 だ、上の藤圭子への思い にまんざら繋がらないモノではない。そして思う、藤野氏の此の思いは、私の「私語の刻」が二十余年繰り返し語ってきたのと変わらないと。成ろうなら、藤野 氏個人の「私」の声と言葉とでおっと思う感慨や主張を聞かせて欲しかった。このままでは記者さんの一年を顧みる綜説記事を出ていないのが残念。
☆ 謹賀新年 新年のご挨拶
昨年は散々な年でした。安倍政権は国民を見くびり、勝手放題にして省みることがありませんでした。
日米貿易交渉では、トランプ大統領にいいようにされながら、WinWinとうそぶき、疑問のある政治的行為について丁寧に説明すると言いながら、説明責任を果たしませんでした。
経済や人権、暮らしなどの指標は先進国の中でも最下位クラスになってしまいました。
いまの日本には民主主義はもちろん、まともな政治は存在しません。こういう状況は日本に限らず、世界の多くの国や地方で排他主義、自国第一主義がはびこり、人々の分断が激しくなっています。
20世紀は「戦争の世紀」と言われ、21世紀に希望を込めた人は多かったと思われますが、その希望とは逆の方向に進んでおり、さらには温暖化が激しく急激に進展して、現状を打開する決断の勇気を持たないかぎり、地球自体が崩壊しかねない事態にあります。
また去年は、こういう現状を打ち破ろうと真剣に対応して尊敬すべき人が相次いで亡くなりました。
「難民の母」と慕われた緒方貞子さん、アフガンに緑を回復して農業を可能にすることに尽くした中村哲さんが志半ばにして銃弾に斃れられました。この人たち の遺志を受け継ぐことは何よりも必要なことだと思います。だが、今の日本の政権や経済界はそれに逆行しているように見えます。
そして、沖縄では、昨年の県民投票で七〇%が反対した辺野古基地の建設をいつ完成するのかもわからずに強行しています。南西諸島では米国の求めるままに、ミサイル基地の建設が島民の安全を無視して進められています。
こういう現状を顧みて一昨年から、かつて勤務した共同通信社の記者OB十数人で、今の日本の政治や経済、社会状況を論じ、メディアの現状について改めて 見直す会を続けてきましたが、今年早い時期に、メンバーが以上のテーマで自由に意見を世に示そうとブログ「ウオッチドッグ21」をスタートさせることにな りました。長年、メディアに携わってきた人間としての責任を示そうとの思いです。
共同通信社の先輩で、先年亡くなった原寿雄氏は、ジャーナリズムのあるべき姿勢を求め続け、その実践を通じて考察を重ねられました。その遺志を次ぐ活動でもあります。
私は新聞やテレビの記者や研究者で作るブログ「リベラル21」にも参加しており、時々、寄稿してきましたが、その一つの発展形となればと考えています。
与那国島援農隊は終了して五年になります。この間、島を再訪できていませんが、いまも島のことを忘れることはできません。昨年6月、40年前の初期の援 農隊に参加され、大いに助けていただいた渡辺和夫さん(81)ががんのために永眠されたことも忘れがたいです。今年はぜひ与那国を訪ねたいと願っていま す。
年末の地域の第九コンサートへの合唱参加は、五回目でした。米国で活動する原田慶太楼指揮・新日フィルの演奏は、ユニークなスタイルで面白い経験でした。また年末にはインフルエンザに罹り、大変でした。
今年もよろしくお願いいたします。 二〇二〇年元旦 藤野雅之
* こういう藤野さんらの声や働きがぜひ、「力」となって働いて欲しいと痛切に願っている。事実他にもいろんな動きは具体化していて、わたしの視野にも届 いてくる。私も健康で体力が残っていればなあと思う。創作者たちの団体や、文学・思想・芸術の教育者・研究者にも重い腰を上げて欲しいといつも願ってい る。せめてはと、此処に「おもひ」という火を燃し続けている。
☆ 新しい年、
静かにむかえられたご様子。
わたしは介護など多忙です。
HPの天皇に関しての意見、興味深く読みました。 尾張の鳶
* 天皇「制」のことだろうと推察する。
私は、日本の保守強権独裁統治型の民主主義には絶対賛成しない。アクドい、僧道鏡型の簒奪独裁を拒絶するためにも、現状では今上徳仁象徴天皇に信頼し信愛して受け容れる。
* 「介護」にお疲れの方、多いのを承知して胸を痛める。お見舞いを伝えようとしても、いま、発信メールは「送信トレイ」に停滞したまま、向こうへどれ一つ届かない。仕事が本格に始まると、これは困るなあ。
* 23%の磨きという超弩級極美の「獺祭」を味わい尽くしながら、鴨の鍋を、それは美味しく、みな戴いた。元気になるぞ。
☆ 毎々御芳情 拝受致し乍 御無礼のまゝ 本年も余日一週間にせまって居りました。
心ならぬ失礼御赦し下さいませ。
春以来病院通いに追われる中 搬入撤去に明け暮れました。
深謝の気持ちばかり何かと思い乍ー不発のままにゆれるまなざし これは清流展OPEN二十数年前の仕事、 のかや地です。 今年今日との染織なる近代美術館の虫干しで思い付いた御目よごしです。 私の気休めで御赦し下さい。
来る年は一人前の生活に帰りたいと願っています。
何か不穏な昨今の佐近の世の中です。
先生の御健勝を切に切に祈り上げます。
御芳情に深謝申し上げます。 合掌
十二月末日 渋谷和子 京・向日町 染織作家
秦 恒平先生
* 流石にと嘆賞の個性味横溢の美しい「額」作品 そして「御笑ひ草に 和(子)」と、美しく「梅」を描き染められた「手ぬぐひ」とを戴いた。嬉しく。
渋谷さんとは、「新潮社新鋭書き下ろし」競作だった『みごもりの湖』その他を飾って戴き、半世紀に優に余る久しいお付き合いである。しみじみ有り難いこと。
* 昨日今日、年賀状がたくさん。例年通り。東工大の卒業生も、男子も女子もみな佳い顔を写真で見せてくれた。一つの大特徴で、東工大生の賀状は、例外な く「家族」写真と名前とで挨拶してくれる。そしてみな懐かしそうな添え言葉が漏れなく着いてくる。こっちも、これは誰だっけなどなく、一人一人の声音も笑 顔も書き文字も、みな覚えている。分からない、理解のとても届かないのは、建築を別にすると 他の「専攻」生の勉学の方角も中味もまったくお手上げ。それでい て、わたしの教授室に学生の姿と声音の見えない聞こえない日はめったになかった。みんなよう喋ってくれた。聴いてくれた。それが嬉しくて愉しくて四年半の道草を美味し く食べた。
ひとつ、彼や彼女らが今度は社会で定年を迎えるまでも、わたしも読み・書き・創作しつづけていたいなと思う。
* 川浪春香さん「瑞慶」の賀状、佳いでしょう。拝借します。
2020 1/3 218
☆ 新しい年を
今年も、お変わりなく、ご健康にお過ごしになりますように、祈っております。
利根川をこえると 大きな富士山が見えました。筑波山もスッキリしていました。
前を向いて、明るく生きたいと思っています。お元気で。 茨木・水戸 司
* 心づよく お元気に お元気で と心より願います。日々、大事に、怪我なく過ごして下さいよ。
* 怪我かなにより怖い。わたしはいま、冗談でなく 起ち居に全身でよろめく。危ないと思う。自転車での滑走は平気なのに、停まって、下車のときなど脚が働かず、転倒しそうで危ない。歩いてても躓く危険は日増しに増している。慎重に慎重に気はを付けているが。
2020 1/5 218
☆ お元気ですか、みづうみ。
新しい年を清々しくお迎えのこととお慶び申し上げます。
パソコンの不調がおありで お仕事に支障の出ていることはいつも心配ですが、みづうみのパソコンは他のパソコンと違って 特別な生きもののように感じら れます。とっくに寿命がきているはずですのに、未だに使えているのがふしぎな生きもの、長い年月みづうみに伴走している相棒のようです。
これから昨年2019年度の「私語の刻、編集作業済みファイル」を送信いたします。全部で「31ファイル」あります。届かないものがございましたらお知らせください。
無事にみづうみのパソコンに送信できますことを願いつつ。
松 子の日する昔の人のあらまほし 虚子
* 心より御礼申します。とんなに助けられているか知れません。
2020 1/8 218
* 昨2019年の私の「私語」の全部を、「詩歌」等々全31項に「分類」の上で、送ってきて戴いた。過去二十余年の厖大な量の「全ての私語」も、「年度 ごと」に同様に「分類」の上ですでに私の手もとへ送って戴いている。お蔭で、私はその気になれば特定の範疇により自身の生活と意見とを直ちに「湖の本」に 編むことが出来ていることは、その実際により読者も各界の知友もご存知。感謝して余りあるご協力、言葉に尽くせない。ありがとうございます。送られた分類 原稿を正確に安全に「保存」の操作、らくらくとは出来ない量になるが、シッカリ仕遂げておかねば。
2020 1/9 218
☆ 秦先生 ご無沙汰をしております
お変わりなく新年をお迎えのことと思います
昨年5月に 同居している義父が亡くなったため、新年のご挨拶を失礼させて頂きました
本年もどうぞよろしくお願い致します。
私自身の近況ですが、昨年8月に**庁に異動となりまして、以後、**の**自治体への出張が極めて多くなり、出張に伴う疲れが蓄積されるという日々を 送っております。今年も年始早々、昨日・今日と**市に出張でした。仕事の中身は・・・と書き始めると終わらなさそうなので、また今度お会いした際にで も。
我が家は皆元気に過ごしております。上の子はもうすぐ高校受験ですが、今どきの子だからなのか、我が家の子だからからなのか、あまり緊張感があるとは言い難い年末年始を過ごしており、私の方がドキドキする始末です。。
さて、本日ご連絡をさせて頂いたのは 先ほど「湖の本147」の代金を銀行振込にて振り込ませて頂いたので、そのご報告です。本題が送れて申し訳ありません。
昨年8月に**庁に異動と書かせて頂きましたが、それに伴い、郵便局が入っていない庁舎となったため、なかなか振込手続きができずに時間が経ってしま い、それならとインターネットで手続きをさせて頂きました。振込者名が記載されると思いますのでどうぞよろしくお願い致します。
それでは お体にお気をつけてお過ごしください。 ○
* 親しんだ本人の現況もさりながら お子さんの成長に真実 往時は遙かな気がする。私にダッコされていた写真を見なおして、オー 高校生になりますかと 嬉しくなる。東工大の教室で、新入生の○ちゃんらとはじめて逢ったのは教授就任から半年後の一九九二年春だった。二十八年も昔だったのだ、以来いまも親し く年賀状を呉れまた談笑のおりもある卒業生、少なくない。そして、大方のお子さんは数年のうちにもはや「大学へ」と心がけているだろう、「秦さん」 そん な日にもめでたくぜひ会ってみたい。
2020 1/9 218
* 整理分類して戴いた昨一年十二月分の「私語」を、メール・ボックスから出して独立のフォイルに取り纏めているが、厖大な(単行本にして、何册に相当す るか、優に二桁ある)分量に、仰天している。まだ、四項目がメールボックスに残っているが、今日のうちに万全の保存を終えておきたい。これをこう三十余項 目にも分類して下さったのはさぞ御苦労であったでしょう。有り難し。
すべて、無事に処理し終えた。
青磁の甕を小柄杓で覗いて、戴きものの美味いカラスミで、青梅産の清酒を酌んでいる。
2020 1/10 218
* 介護したり、介護されてたり、読者の皆さんの御苦労が仄かにも各地から伝わってくる。祈る思いのまま、日々、心強く明日へ明日へ運ぼうと願っている。怪我無かれと誰にも誰にも願う。
2020 1/14 218
* 昨日、大阪の河野能子さん、京の、大好きな「御池煎餅」を下さった。関東の堅い武骨な煎餅とは大違いの京菓子。
* やはり昨日、懐かしや猪瀬直樹くん、久々の新刊を送って呉れた。彼には、今今の政治がらみもの以上に、文学や歴史の方の著作が欲しいんだが。
ペンの委員会や理事会で馴染んだ昔が懐かしい一人。よくわたしの孤独な苦境や苦戦も助けてもらった。彼は建日子の舞台まで観に来てくれもしたし、わたし は都知事選に立った猪瀬直樹の選挙事務所まで妻とそれとない応援の気持ちで出向いたこともある。亡くなられたさきの奥さんともこの時会った
2020 1/15 218
* 京都駅から新大阪駅までの新幹線沿線のあれこれを俯瞰ふうに見せてくれ、懐かしく楽しんだ。
* 横浜中華街の紹介と案内の番組も、はでやかに、食欲を動かされた。
一度だけ、あれは美術展のついでだったが妻と門を入って、なんともかとも不案内ゆえの戸惑いで、途方に暮れたのを思い出した。フェリス女学院で講演したあ と、あのころ医学書院時代同期同僚だった粂川君も教授として在学、みなさんと一緒に中華街で歓談したのは覚えている。粂川君、明治学院大のあと、鎌倉稲 村ヶ崎から引っ越されたろうか。
横浜中華街と聞くと遠いのだが、わが家からは、直通の電車一本で終点の中華街へ行けるのだから、気軽にまた乗ってみればいい。校正のゲラを持っていれば長途の往復も退屈はしないだろうから。
2020 1/15 218
☆ メール
有り難う、御座いました。日々無理をしながら過ごして居ます。20日は夫の(=繰り返し定時の)入院です、ふらふらで過ごしてます。
それでも昨日は建仁寺初釜へ行って来ました、18日は日吉ヶ丘(雲岫会)の初釜です、暫くぶりで行こうと!
そんな日々です。何時もご心配頂き有り難う御座います。 京・渋谷 華
* 家人の入院ということが、どんなに日常生活を破綻と疲労・心労に陥れるか。上野千鶴子は「おひとり様」暮らしが出来るか出来るかと、励ますという以上に脅してくれる。正直、わたしは出来ないだろうと思っている。
2020 1/17 218
☆ メール
有り難う、御座いました。日々無理をしながら過ごして居ます。20日は夫の(=繰り返し定時の)入院です、ふらふらで過ごしてます。
それでも昨日は建仁寺初釜へ行って来ました、18日は日吉ヶ丘(雲岫会)の初釜です、暫くぶりで行こうと!
そんな日々です。何時もご心配頂き有り難う御座います。 京・渋谷 華
* 家人の入院ということが、どんなに日常生活を破綻と疲労・心労に陥れるか。上野千鶴子は「おひとり様」暮らしが出来るか出来るかと、励ますという以上に脅してくれる。正直、わたしは出来ないだろうと思っている。
2020 1/17 218
* 中川肇さんという二つ年下の詩人で俳人でいい写真の撮れる方が居られ、一度妻と展覧会へ出向いたこともあった、もうよほど昔だ。
その中川さんから、句集三、写真と文、自叙伝、そして600頁の全詩集『隠沼』と 絵葉書見本集が贈られてきた。懐かしい。
☆ ごぶさたしています。
「隠沼(こもりぬ)」という言葉、先生から教えていただきました。すばらしい御作です。
本当にふりがとうございました。
秦 恒平先生 中川肇
* 朋 遠方より帰る。 こういうことが、重なりますように。全詩集は、300部限定版で、今年五月五日の刊行と奥付にある。第一詩集「ゆめのかたち」は1964年に編まれていて、同じ年に私は歌集「少年」を編んで第一私家版『畜生塚・此の世』の巻頭におさめている。
2020 1/17 218
☆ 聖路加病院はいいですね。
残念ながら、(今住んでいる=)この街には いまなおなじめず、どんなお店も知りません。
窓の外はビルばかり。歩くのは高層ビルの谷間ばかり。空がみえません。情緒は、石を蹴飛ばしてみても、そよとも感じません。戦後のせいでしょうか。
失われたものをさがしても、夢みても、出会いません。
失われたものがなんであったのか、どのくらい郷愁があるかどうかもわからないだけなのかもしれませんが。
そのうち、ふたたび彷徨います。 どうぞお体お大事にお過ごし下さい。 風
* この人も、詩人。ペンクラブの大昔に出会った。風のまにまに住み処のよく変わる彷徨詩人さんで、久しく行方不明であった。写す鏡のわたくしは、半世紀の余、動かない。去来する景色をくっきり写してなんでもよく覚えている。
2020 1/17 218
☆ 一昨日(京都から)
家に戻りました。器械の不具合か、ネットに接続できないので、携帯からメールします。が、携帯メールが苦手で短かなメールでごめんなさい。若い人から笑われそうですが。
とにかく怪我もせず、風邪も引かず暮らしています。
今年は寒波らしきも到来なく、地球温暖化など緊急事態かと憂います。今日は神戸の地震から四半世紀、多くのことを思い起こします。
くれぐれもお身体大切に、大切に。 尾張の鳶
2020 1/17 218
* 親友の女優、原(田原)知佐子が、昨日か、上顎癌で逝去の報に愕然、哀泣に耐えず。
同志社大へ入学、文化学科の教授面接の日に、いきなり、それはそれは魅力的な(美しいショートケーキのような)子の存在に目を惹かれた。人と対話の様子 では土佐の高知から出て来て、「美学・藝術学」へと言っている。わたしは「歴史学」を念頭においていたが、たまたま美学の園頼三先生の面接と対話から、成 り行きで私も「美学・藝術学」を専攻とサマ変わりしたのだった。要は、田原知佐子の引力を受け容れたのである。
気のサッパリした佳い子であった。もう芝居仲間を持っていて、その一人が、著名な造庭家重森三玲(ミレー)の息子の重森ゲーテだった。
田原知佐子は、しかし、一年生の間に、翔ぶ鳥のように「新人女優・原知佐子」として鮮やかに映画界に引き抜かれていった、わたしはポカンと口をあいて吃驚していた。
小林桂樹と共演の「黒い画集」は印象強烈、好評で、映画女優としての地歩を築き、その後も「野菊の如ききみなりき」の姉役などで持ち役をしっかり創っていった。
わたしも重森も卒業して東京で職を持ち、重森は仲良しの原知佐子と二人で、わたしたちの、六畳一間の新婚のアパートへも気楽に歓談に来てくれたし、新宿などで愉しく、さっぱりと会うことも何度もあった。じつに気さくな女優だった。
一方、重森ゲーテはわたしの、顔を見れば「小説を書きたい書きたい」に一喝し、書きたいなら「書け」「書いて作を溜めておけ」と重い尻を蹴飛ばした。ど れほど感謝してもし足りない「後押し」だった、そして、上京ちょうど十年め、わたしは世にも難しい畏い選者先生らの満票を得て太宰治賞に当選した。授賞式には女優にして親友の原知佐子が花束贈呈役に晴れ晴れと馳せ参じてくれ、むろん重森ゲーテも来て盛んに祝ってくれた。嬉しかった。とてもとても嬉しかった。同じ大学同じ専攻で一年後輩の妻もそれは嬉しそうだった。
不幸にして重森ゲーテは病に斃れ、亡くなってもう二十年も過ぎたか。原知佐子はゴジラで売った実相寺昭雄と結婚し。けれど実相寺氏も先立って行った。葬儀に妻とはせ参じた。寂しいなかに秋色いちじるしい日だった。
その後も、原知佐子出演の舞台を何度も観にいったし、誘って、三人で歌舞伎を楽しんだりした。気性そのままのさっぱりと諧謔も添えて面白い走り書きのハ ガキや手紙をよくくれたし、「秦 恒平・湖の本」は、創刊以来三十四年もの購読を律儀に通してくれた、この急逝まぎわまでも。
* なんという寂しいことだ。大学の同期の友は、もう、一人もいなくなった。妻の同期も寂しくなっている。寂しいことだ。今日の悲しみ、寂しさは、ちょっ と堪えがたい。ま、最新作の長編小説を二つ見せることができて、あの花束贈呈にもしめくくりをつけたことになるか。吉永小百合とあんたの噂したよ、などと も聞いたりしたが。
そうそう、女優原知佐子はわたしの息子・秦建日子のテレビドラマにも出演してくれたのだ、ああ。そして、私も妻も、原知佐子の娘の舞台を観に行っている。
いい友達だった。わたしを、歴史でなく美学・藝術学へ引っ張ったエンジェルだったし、それなくては妻と私とは出逢えていなかった。ありがとうよと、呼びかけたい。
* 知佐子の逝去は、京都の森下辰男兄からも報せてくれていた。感謝。
2020 1/21 218
☆ 往年の 『バグワンと私 途上の独白』 (湖の本107摘録) 聴きつ・思い直しつ
83 * 2004 12・31
☆ 補陀落渡海と身内幻想
秦さま 丁寧にお答えをいただきまして、ありがとうございました。「身内」幻想と言ったら、お叱りを受けるでしょうか。
人間のエゴ(利己性)は体から生じるものだと思っています。意識は体を保全する目的で生じたのではなかったでしょうか。ひとりしか立てない島に二人、あ るいは多数で立つ、きっと体を乗せる余地はないでしょう。観念上でしか、あるいはネット上にしか、存在しえないと思うのです。
「ネット心中」については、マスコミは報道を自主規制しているようですが、沈黙して過ぎ去らせるなんて、言論の敗北ではないですか。
インドネシアの大地震&大津波のニュースになんともいえない傷ましさを感じます。目の前で濁流に流されていく家族を見送らねばなかった人たちのことを思 います。中世という時代には、疫病、飢饉、戦争、天災、こういう死が日常茶飯事であったことを思えば、浄土信仰というのは、生き残った人間がなおも生き続 けるための智恵とすら思えてきます。死が日常茶飯事になってしまえば、人間はあまりにも恐怖したり、脅かされたりしないように適応していくものではないで しょうか。
イラクの人たちにとっては、どうなのでしょう。
「こういう天災にあえばあうほど、人間の手で防げる人災だけは、せめて起こすなと望む。」――同感です。不幸は人間がつくりださなくても、地上にあふれていますのに。
来年、来年こそは、少しはちがった風が吹いてくれればと祈ります。
どうぞ、よい年をお迎えになりますように。
安物のワインの力を借りて、メールを送り出します。ぜーんぜん知性的でも理性的でもないので、恥じ入りつつ。 大阪・まつおより
* 「身内」は「貴重な錯覚=愛」であると思いつづけ、書き続けてきました。「幻想」と言い換えてもいい。しかもなお「愛」ゆえにそれの 「在る」ことも、わたしは知っています。「絵空事」の不壊(ふえ)の値いを。現世の論理や常識から、百尺竿頭なお一歩を踏み出す勇気があれば。
ひとつ、わたしには課題というか、気になる分岐点があるのです。
「人間のエゴ(利己性)は体から生じるものだと思っています。意識は体を保全する目的で生じたのではなかったでしょうか。」
後段の議論は措いて。
前半の「体」についていえば、わたしは逆に感じています。思っています。
人間を「エゴ」の苦へ誘い込み追い込みイタブるのは、「体」ではなく、「心」の方だと。モノとしての「体」など影のように実体がない。色即是空。物理学 もそれは認識しています。心という我執がすべて影を形にし働かせていると。「静かな心」「無心」「平生心」を久しい人の歩みが容易に得られなくて苦しんで 来たのは、それかと。 2004 12・31
* 懐かしい歳末のメール対話であった。大阪の「まつお」さんは延慶本平家物語に関した著書も持った詩人で、大阪の或る地区で懸命に働いていた女性だった、古典に取材し鎌倉初頭を書いた小説も読ませてもらった。私に出版への力があれば紹介して上げたいほどの力作だった。
この「まつお」さんとだけ、わたしは「花方」を書きますよと約束しておいた。上の年紀をみてもずいぶん久しい前のことになる。わたしはこれでけっこう根 気がいいようである。「まつお」さんからは「湖の本」の支払いが来る程度で、もう久しく話していない。会ったことはいちどもなく、どういう方か分からな い。作者と読者とは、そういう間柄である。
2020 1/23 218
☆ お元気ですか、みづうみ。
一昨日のニュースで原知佐子さまのご訃報を知り、みづうみのお寂しさ、お悲しみに思いを寄せております。ひとと出逢う、誰かを愛する、それはそのまま別離という悲しみの種を胸の中に大切に育てていくことのようです。それでもこの悲しみの種からしか、美しい(みづうみの作品のような)花は咲かないのですからふしぎです。
みづうみの聖路加の診察結果が良好で喜んでいます。どうかお元気で、今年も益々美しい花を咲かせてくださいますように。
自宅住所は以前と変わっておりません。ご本の送付先は今までの通りで大丈夫でございます。 嚏 つづけざまに嚏(くしゃみ)して威儀くづれけり 虚子
* 別れるために人は出逢うとは生涯の覚悟と、もう幾十度噛みしめてきたことか。それでも生きているではないかと思い知り、そのつど眦を決するのです、が、年ごとに堪えがたくなっています。
☆ 病院に行かれた結果は如何かと
昨晩遅くになって HPを見ました。
原知佐子氏の訃報、そして鴉ご自身の追悼の想いを綴られた文章がありました。どうぞつらいお気持ちを敢えて奮い立たせて・・過ごされますように。忙しくお仕事があるのがせめて何よりの慰
めでしょうか。お二人の日々の静穏を強く願っています。
わたしの方はパソコンの不具合でネットに接続できませんでした。家電店に行ったらウインドウ7はウィルス対策などのサポートが14日に終了、そしてわた しの器械そのものが劣化しつつあることを否応なく認識しました。が、試行錯誤しつつ接続のルートを変更して何とか回復しました!!いずれパソコンの買い替 えも必要でしょうが、もう少し粘って見ます。
以前HPで語られていた「天皇制」のことは折に触れて考えています。日本の天皇制の独自性は興味深く考えてきました。
「簒奪独裁民主主義」という言葉の意味がまだよくわかりません。格差の問題は日本でも外国でも世界的な潮流としてありますが、例えば政治家の子孫が選挙 の地盤を受け継いでいく、伝統的な技術を特権的に継承していくなど、民主的でないものに、強者に、「乗っ取られた民主主義・・」ということでしょうか?
そして「家族」の問題も念頭にあります、ただし実にとりとめもなく。
「みづうみが以前に<秦>の姓を継ぐ人間がいな くなると嘆いて書いていらした時にも同じことを感じたのですが、夫婦別姓を認めさえすれば秦の姓は残せますのに そういう方向にはお考えにならない。みづ うみは結局旧世代の家制度に属している方です。」と書かれていました。
秦家に育てられたこと自体が、秦のご両親に子供がいないための方策でした。江戸時代や明治時代、意外と思われるかもしれませんが、養子は多かった、例え ば、やや特異な例かもしれませんが、湯川秀樹氏、貝塚茂樹氏は養子縁組して湯川、貝塚の姓を名乗ったのであり、小川家を継いだのは四男小川環樹氏でした。 「米糠三合有れば・・」の価値観でもなく、長子尊重でもなく、ただし{家名存続}は必要だったのでしょうか。
話の観点がやや異なりますが、男女別姓にしたとしても、其処に生まれた子供たちは父方の姓を名乗って疑問を感じてもいません。そしてその家族・ファミ リーこそが最も大切な砦、生きていく上での基礎、家族こそすべてという類のラヴラヴキャンペーンをほぼ毎日耳に目にして心に刷り込まれています。その中で わたしたちは暮らしています。
日本的な旧家族制度、家父長制を意識することも稀になりましたが、男だから、長男だから、というような価値観、意識としては抜きがたいものもありますが。
ただ ご指摘されているように女が生きようとすれば、あまりにさまざまな障害にぶつかることは事実で、何十年か前も、今も同じでしょう。
それでも時代は変わっています。男の子よりも女の子を望む家庭も多い・・老後の介護役という「担保」、女の子は育てやすい、可愛いなどの理由で。○○家 という権威は少数の旧家や上層階級でなければ最早必要ではなくなっているのかもしれません。晩婚化、少子化、核家族、周囲の社会との繋がりの希薄化、冠婚 葬祭の規模縮小・・(わたしたちにとっては家族葬・密葬の問題があります!)
恋愛と結婚は別問題と割り切っている若者たちのテレビの番組も見ました。
先日何気ない世間話の中で、成人を過ぎた孫たちが「結婚したくない」と言っている、と。そしてその会話をしていた祖母たちも「結婚して苦労させたくな い、孫娘は結婚しなくてもいい」と。ひ孫が欲しいとまで話は及びませんでしたが。同世代の女たちが孫の結婚を半ば否定したい気持ちも大いに分かりますが、 断言できるほどの強さをわたし自身がもっているかどうか。自分の過去の多くを後悔、否定するのは悲しいことです。
わたしが結婚したいと言った時、父は喜ぶよりも哀しそうな表情をしました。結婚によって曲がっていってしまうものをいち早く父は見通せたのだと思います。わたしには分かっていませんでした。
「主婦鳶」と書かれていて、さてわたしには「主婦」という自覚はあまりありません。主婦になりたくて結婚したのではない、でも「結果として主婦」だったのか・・とあまり肯定的に捉えてはいないのです。肯定的に見定めたことはありません。
現時点で思うことは、「女も働いて、経済的に社会的に完全に自立するのが不可欠」ということでしょうか。(出産、育児という大問題を無視できませんが)
女性の社会的な地位の脆弱さ、世界の基準からも遠いことを嘆きつつ、若い人たちに大いに期待したい。未来の夢を語るには些か年をとり過ぎましたが、思いは変わりません。
書き連ねれば際限ありませんが、お昼になってしまいました。
中国からの肺炎拡大のニュース、気に懸かります。
どうぞ元気にお過ごしください。くれぐれも大切に大切に。 尾張の鳶
* ああ、遺憾にも、わたしは、男女とも大半の若い人たちの「精神と機械との環境」を、頽廃そして脆弱、さらに無自覚と いう各点から、情けないが決定的なほど憂慮しています。トランプのような遣り手に真っ向ぶち当たってくれる「少女たち」が大々的なニュースに成るのは、結 構なようで、他の男子や学生や若者らは何をしているのと心寂しい。「女も働いて、経済的に社会的に完全に 自立するのが不可欠」は分かっても、「何のために」とも彼女ら(彼ら)は自身に問いかける力をもっているのかどうか。「経済的に」の意向は強くとも「社会 的に」という真実根強い「自覚」が、例えばこの「スマホ」的環境と耽溺と放心の中からどう生まれ出るのか、ああ「頼もしいな」という実感に励まされたこと が少なくも近年ゼロに近い。安倍政権をこうも野放しにして、働く人たちは勝ち得たはずの「労働三法」などをもう忘れ果てていて、その代わりを創り出そうと もしない、出来ない。民主主義はいまやボロボロに干上がって名目だけを吾がものに奪い去った権勢が「民主主義」の名を騙って独裁を強め、しかも強国に迎合 し服従している。「若い人たち」の近未来、未来をどうかして信頼したいが、その可能な兆候が見えない。少数の強いモノが利を求めて塊まり、弱くて力無いも のがお遊びに浮かれてばらばらに盲目的に現状肯定している。
わたしは、いい社会に、いい國に成って行きつつあると思えない。若い人たちの目が明いていない。
2020 1/23 218
* 私・秦 恒平には、ほぼ四枚平均の、独特と思って愛してもいる「掌説」が有る。康成の「掌の小説」とは別のモノであり、しばらく、それを、この「私語の刻 日乗」のアタマに順序なく、毎朝掲載してみよう と思う。
早稲田の文藝科に、頼まれて二年出講したときは、こういう短い作をひたすら「書かせ」ていた。いいものを書いてくる二、三人のなかに、今、活躍してい る角田光代がいて、「作家におなり」と背を押したのを彼女もよく覚えていた。二度三度、頼まれて応援してきた。教室で提出した作は「作家になった」と知れた時 に家の物置から捜し、返却して上げたのを記憶している。
「短く」しかも自立した世界を創作するのは価値あるトライである。勉強である。試みる人があっていいと思う。
☆ 夢
夢であることを知っていた。それどころか、同じこの夢をつづけて何度も見ていた。夢の中では一本筋の山道を上っていた。
道の奥に、門があった。仰々しくない木の門は上ってきた坂道のためにだけあるように、鎮まって左右に開かれていた。
門の中へ入ると、植木も何もない一面の青芝の真中に、一棟の、平屋だけれど床の高い家が建っていた。庭芝があんまりまぶしくて、家のかたちが浮きたつ船のように大きく見えた。
家の内も隈なく明るかった。日の光は襖にも床の間にも、鎮まっていた。
家の中に人影を見なかった。気はいは漂っているのに、闖入を訝しみ咎める姿がなかった。
はじめのうちここで眼ざめ、肌にのこるふしぎな暖かさを惜しいと思った。
夢の数を重ねるにつれ襖の直ぐ向うで、何人かの人声のするのを聴き馴染むようになった。優しい女の声も快活な童子の声も、訳知りらしく落ちついた年寄り の声もあった。顔を寄せ合い、日だまりにいてたのしそうに、しかしいかにも物静かに何か話しているらしい声音を、襖のこちらで聴いた。明るさの底を揺るが す美しい波立ちが色やさしくさも流れるように、憧れ心地で僕はあたりを見まわした。
耐らず声をかけて襖をあけると、そこは、何変わることのないもう一つの明るい空ろな
部屋であった。話し声は一つ向うの襖のかげにすこしも変わらず聴こえていた。かけ寄って襖をひきあけても、声はまた一つ奥から聴こえて人の姿はなかった。
笑いをまじえたたのしそうな声音はいつもすぐそこに聴こえた。あけてもあけても襖の向うは人のいない部屋だった。光が溢れていた。哀しかった。耳の底にたちまようそれは僕の存在も憧れも寂しみも何一つ関わることのならぬ、あけひろげな、談笑の幻でしかなかった。
夢はいつも虚しく佇ちすくんだままで醒めた。
* これだけは、「別もの」である、これは、1969年太宰賞当選受賞作『清経入水』の「序詞」を成していた一編であり、これを書いた体験(こと)が後々に断続の「掌説」への動機となった、それは間違いない。
2020 2/1 219
☆ 手に受くるなになけれども日の光
秦恒平さん
ご無沙汰しています。いつも立派な著書をお送りいただき、有難うございます。
題記 秦さんの句のように なにごともなく過ごしています。日の光はほんとにありがたいですね。
ちかごろ黒川創さんの「鶴見俊介伝」を読みました。アマゾンで読み、本を買って再読しました。鶴見俊介は尊敬する日本人の一人ですので、楽しかったで す。生まれ育った環境から93才でなくなるまで、細部にわたって書き込まれた伝記文学は大仏次郎賞に値する著書でした。鶴見俊介が「9条の会」「べ平連」 の活動にかかわるところもすばらしかったです。黒川さんは秦さんの甥にあたる方と聞きました。
尊敬する日本人の何人かはぼくたちに希望を与えてくれます。
昨年末に凶弾に倒れた中村哲さん、悲しい出来事でしたが日本人がこの世界の中でなにを考え、なにをすべきかを教えてくれました。ぼくは以前から「ペシャ ワール会」に加入しささやかながらアフガニスタンでの活動を応援してきました。中村医師亡き後もこの活動が続けられることを祈っています。治安問題があり 困難な事業ですが。
函南町(かんなみちょう)での活動は大したものではありませんが、毎年の原爆展、三上智恵監督作品「戦場ぬ 止み」の上映会、去年9月には元文科省事務次官 前川喜平さんの講演会など函南9条の会が中心となってやってきました。今年1月成人の日には集まった成人 男女に9条のアピールでクッキーを手渡したりもしました。
憲法9条の日の光がもっと輝きを増してくれることを願っています。
静岡・函南 明 中高同窓 元・日立製作所 役員
* 同窓の女優原知佐子の死に滅入っていたので、懐かしいテルさんのメールに、おおげさに謂えば狂喜。文面にも、嬉しく身の引き締まるモノがあり励まされ た。中学いらいの友人を誇らしく思わずおれない。と同時に、早世していったテルさんと一対のようだった田中勉君を懐かしまずにおれない。弥栄中学のむかし の校舎が目に浮かんでくる。
なにより、テルさんの同じ老境での身を働かせての尽力。努力。 その言葉や行動に励まされる。ありがとう。わたしの句まで覚えて引いててくれて。ありがとう。お元気で。怪我せずお元気で。
* 音沙汰はないが 北澤の甥の勉強も、もれ聞いて、心づよい。病気はするなよ。
☆ 秦恒平様 湖の本148 濯鱗清流4 をいただきました
変わらぬご厚情を感謝いたします。早速に、半日をかけて味読をいたしました。2002年から2003年になされた読書とそれに関する自由なコメントを楽しみました。私がまったく知らない豊かな文学の世界があったのだと驚きました。ありがとうございました。
「日本ペンクラブ電子文藝館」の記録も、どういうものが収録されたのか、トレースしました。ご活動、ご苦労様でした。
秦さんが本巻の文章群をご執筆時の私は、第一次大戦と第二次大戦を経験し、30年代にはスイスに亡命した詩人にして思想家のマルガレーテ・ズースマンの 研究に没頭し、彼女についての長文のエッセイを執筆、2003年4月からは岩波版旧約聖書のためのヨブ記(訳・注)のための仕事に没頭していました。並行 して秋には『「ヨブ記」論集成』(教文館)を刊行、それにプラスして、大学の仕事、いくつかの学会の仕事で、息つく暇もない生活でした。
実はこの2年ほど ヨブ記に戻り、主として ヨブ記注解 を執筆する仕事に時間を費やしました。気ままな読書生活からはまったく遠い存在です。
ご夫妻のご健康をお祈りいたします。感謝をもって。 ICU名誉教授 浩
* ヨブ記 ですか。聖書のなかでも最も堅固な壁で、なかなかよじ登れないで押し戻されてきた。曾野綾子さんがうちこまれてたように聞き、お話しを聴きに行きたいと思ったこともあったが。
* 小中陽太郎さんからハガキ二枚の「湖の本 148」受領の通信有り。氏が、紅葉門の小栗風葉の縁者であること、なき梅原猛さんとも縁者であったことな どが書かれていた。今度の本には風葉とその作についてかなり厳しく触れていたので恐縮したが、それにはなにも触れられて居なかった。永くペンの理 事会で顔を合わせていた。ベ平連とも関わっていた人で、亡き実兄北澤恒彦とも縁があったろうと思う。
2020 2/1 219
☆ 秦 兄
『湖の本 148』 ありがとうございます。
正月が過ぎて年賀状の整理をしていますが、今年かぎりで年始の挨拶を失礼する旨の賀状と、年末の喪中連絡ハガキが年々多くなって さみしいかぎりです。
ガキのころ 近所に85歳の年寄りが居たかなと振り返ってみても 思い出せません。
そう思うと、就寝したまま永遠に目覚めないのでなく 翌朝は足腰は痛いなりにも起き上がれることは有難いことです。
明日は(京都)市長選挙日です。友人間での「政治と宗教の話はタブー」という亡父の戒めはやはり正解でしたが、野党がこぞって与党候補を支援する有様を見せつけられるに至っては 思考回路を大きく変える必要がありそうです。
日録(=秦の、私語の刻)によれば Jazzに目覚めたご様子。音楽に限らずこの世に存在するものは全て誰かが必要として生まれたものばかりです。私たちはそうした先人たちの遺産を享受しているのですから TPOに応じて存分に愉しませて頂きましょう。
好みに理屈は無用。すべての音楽は所詮ムード音楽で 今日は聴く気分でなくても明日は聴きたくなるかもと 家人のひんしゅくを買いながら、せっせと音源集めの言い訳にしています。
労作 ありがとうございました。 十分のご自愛を。 京・岩倉 森下辰男 中高同窓
* まことに。 ありがとう。
☆ 秦様
「湖の本 148」、本日拝受いたしました。ありがとうございます。
早速、気になるところから拾い読みを始めております。『モンテクリスト伯』のところなど、思わずわがことのように胸が締め付けられるような思いがいたしました。少年時代に心をとどろかせて読んだ思い出が堰を切ったようにあふれ出てまいりました。
とにかく、本に関するありとあらゆるご関心の中に流れる 「文学」という清流の水を深く味わっております。
長塚節について、「短歌往来」の連載に乗せる拙稿、送信いたします。ご笑覧いただければ幸いです。 茨城・ 持田 拝 (家人・翻訳家)
* 感謝。ただ、せっかくの添付文献が、私の古機械では、設定不備でか、開かない。申し訳ありません。
2020 2/2 219
☆ メール
届きましたよ! 2月前半には京都に行く予定です。承知しました。 尾張の鳶
* 自分で京都まへ行けず、けれど、ぜひ手に入れたい「見聞」の要を覚え、お嬢さんがいてよく京都へ通っている尾張の鳶さんに、可能な写真や資料入手を依頼した。少なくも目にし得た印象や感想が欲しくて。
* 常陸の人からも 懐かしい便りが届いていた。
☆ 沢山な思い出を、
今も ありがたく思っています。なんと言っていいか、ただただ懐かしく思います。
お元気でいらっしゃることを 心からねがっています。
80代はじめは 歳など感じるにはまだ早すぎますよ。
わたくしは、ここ何十年か いろんなことをしてきました。75歳になっていますが、これからも若くいようと思っています。
今は少し休んでいます。
戸外にも出て、お元気に まだまだ沢山 楽しんで下さいませ。 司
* いい犬をあげようか、送ってあげようかと云われたこともあった。とても面倒をみてやれませんと辞退した。毛筆の細字のきれいた書き手だった。
* この前 「甕覗」のお酒を戴いて、お酒は飲み干したあとも、青磁の美しい甕はそのまま、買ってきた別のお酒を一升ずつ容れては、小さな柄杓で汲んで楽しんでいる。このごろは、夜遅くよりは朝の早めに賞美している。
☆ 雪のない一月が過ぎて、
カレンダーを切り替え、掛軸を取り替えて、さてというところへ『湖の本』が届きました。
二十年前の記事を拾い読みしています。改めて自分の「読書」が 読書と呼ぶには程遠いと思い知らされ、比較するには相手が悪いと思うことしきりです。
小林秀雄が、評論とは、文学作品によって自己を語ることだというようなことを(ちょっと思い違いかもしれません)いっていたように思いますが、「湖の本 148」を、私は、そのように読んでいます。誌
上に現れる作家や作品を 秦さんと結び付けては読むなか、頭に残る作家や作品をなつかしく思い出しています。そして「参考私記録」のなかに自分の名前を見出して、だれも開くこともなかろう、せめて自分がと、パソコンのキーをたたいてみたことでした。
H.Pで、ポンチョ姿の秦さんを懐かしく拝見しています。お体の具合を気にしながらも、「ご健康で、お元気に『前』を着々歩いて」いらしゃること 頼もしくもうれしく思っています。
『湖の本』も『選集』もまだ先があるようです。思いが満たされるまで成し遂げられることを願っています。
報告すべき近況もないまま、『湖の本』の受け取りといたします。
どうぞお二人ともども ご息災にとお祈りしています。
冬つばき世をしのぶとにあらねども 万太郎
令和2年2月1日 石川・能美 井口哲郎 (前・石川文学館館長 元・県立小松高校長)
* 井口さんのお手紙があると、ああ、わたしはまだ頑張っているなと肯く気持ちになれる。嬉しいことだ。
☆ 拝啓 『湖の本 148』拝受いたしました。
早速拝読。ことに 梅原猛氏の「猛然非小説」への論評おも白く、 坂本忠雄氏もよく知っていますので引き込まれました。
日本ぺんの電子文藝館創設にご尽力賜ったことも初めて知りました。昨年は 私方の熊谷かおりがペン入会早々 その恩恵に浴したようです。御礼申し上げます。
末筆ながらご健勝ご多祥お祈り致します。 敬具 都内・豊島 稲垣眞美 作家
* 私家版本が今日も一冊届いた。題して『幸福の絆』と。速読して手厳しい感想をもったが、奥付には住所しかない。手紙を書いて投函しにゆく元気は乏しく、願わくはメールアドレスが有ればすぐにも感想が言えるのにと、いつも思う。
感想を書き、ちょうど『濯鱗清流 読み・書き・読書』を出したばかり、送ってあげたいと思ったが、ついつい、億劫に。
郵便手紙を昔から億劫がって ハガキすらめったに書かない人なのです、私は。ご無礼ばかりしている。
2020 2/3 219
☆ 年が明けて
早二月ですが 御体調如何ですか
「濯鱗清流」有難く頂戴しました
拝読しながら西鶴を再読したくなりました 古文を読むのは苦になりませんが 長く坐つてゐられないのが難儀です
昨年ギリシャへ行つて来ました 40年ぶりのヨーロッパ訪問でした 経済環境の苦しさなどどこ吹く風といふ彼らの暮らしぶりは なかなかしたたかな国民性だと感じました
武漢由来の肺炎騒ぎで落ち着きませんが 暖かくなつたら一献お誘ひします
御自愛を 寺田生 (前・文藝春秋専務)
* ほんとに永らく私は西鶴をばくぜんと敬遠して過ごしましたが、森銑三先生のお教えから、『好色一代男』や『好色一代女』等に触れて行って、おおいに有りがたく読書欲を満たされたのを思い出します。
春遠からじ、江古田に いい肴の店がみつけてあります、お誘いしたい。
☆ 湖の本148 おめでとうございます!!
目の覚めるような萌黄色?の入った 148号の湖の本着きましたよ!
色がとても綺麗ですね!
表紙も2か所 色が変わったことで 何か新鮮ですね。
それにしても、代金ちがいのことは色々大変でしたでしょう。
私の方は先日 術後3か月の検診がありました。
24時間の心電図で、一度も心房細動なしで、再発率20パーセントでした。最初は、再発率80パーセントだったの。
迪っちゃんの方は、その後如何ですか?
阪大のips細胞の治療があるから、きっと大丈夫よ。
阪大の病院は、確か千里山にあるのよね。
気温の変化が激しいですね。
コロナウイルス騒ぎで、私も外出はマスクをつけています。
お二人ともどうぞ大切にお過ごし下さいね。 琉 妻の妹
* 予後良しと。嬉しいことです。大事に大事にお元気で。
☆ お元気ですか、みづうみ。
『湖の本 148巻 濯鱗清流 四 読み・書き・読書 日本ペンクラブ電子文藝館 提案・創設・私記録』無事に届きました。
「ペンクラブ電子文藝館」の創設についての一冊は 以前から 喉から手が出るほど欲しいと願っていた大事な「記録」です。
「日本ペンクラブ電子文藝館」の価値を現在の文壇や出版界やペンクラブ会員がどこまで評価しているのかわかりませんが、これは現在と未来の電子メディア 環境を見据えた偉業です。日本語と日本文学のためになくてはならないものでした。○○賞や勲章をもらっている文学者なら可能というような生易しい仕事でな く、「秦 恒平」のような詩的な「知の人」の覚悟あって初めて可能になった達成です。
みづうみは ご自身の視力を犠牲になさって、日夜の献身、無報酬での過酷な作業を、それでも溢れる文藝への愛で楽しみながら成し遂げられたと、わたくし は讃嘆するばかりです。「電子文藝館」が、日本語と日本文学の財産で希望となりますように。未来へのかけがえのない図書館とも。
先細る読書社会ですが、少なくとも「湖の本」の読者は、秦恒平のホームページを読んできた読者には、よく分かっていることでございます。みづうみの読書 量には到底及びませんが、みづうみの書評や作家論を読むことで未読作品までその魅力を堪能してしまいます。ありがとうございました。
介護や引越しでなかなか読書に集中できなかったのですが、やっとやっと 『花方』読み始めることができました。とても面白く読んでいます。
前回配本の『花方』にはどういうわけか振込用紙が挿入されていませんでしたから、郵便局で直接振込したので きちんと振込できたか少し不安でした。
今回は振込用紙が入っていて助かります。
お手間でなければ これからは「配本を二冊ずつ」にお願いできますでしょうか。どうぞよろしくお願い申し上げます。 鮭 から鮭の切口赤き厨かな 子規
前回のメール、ご不快でいらしたらすみません。わたくしが本気でぶつかる唯一の師がみづうみなのです。
* 恐縮です。
前回戴いたメールは、基督教の根幹にふれての私の無知や不十分へのお叱りでした。十二月二十六日のバグワンに聴きながらの私の感懐へのものでした。もう十数年前の思いでしたので、拝見にとどめまして失礼しました。ゴメンあれ。不快などという思いは持ちませんでしたよ。
* 今回の「濯鱗清流」は、ま、文字のママに読んで頂いて、先人師友への感化に感謝し素直な敬愛を示した四文字でした。出典の原意で謂うと「よい時勢に会 えば名声を得られる」らしいのだが、私は、そういう思いは一向持っていない。先人往時の精華や達成を「清流」とみて我が拙い鱗を清く強く洗いたいというに 尽きています。
2020 2/4 219
* 東村山の写真家近藤聡さん、名酒一升下さる。このところ、北越光明寺さんに頂戴した名酒「甕覗」の美しい青磁の「甕」にお酒を満たしては、小柄杓でお 酒を賞美堪能している。瓶からのなま注ぎより格別の風情で、小柄杓ゆえ存外に量も控えられている。柄杓の、ふと甕にふれて鳴る色佳さも楽しんでいる。
☆ 『湖の本148 濯鱗清流(四)』を拝受
<読み・書き・読書>の巾広さに、エネルギーに今更ながら驚嘆しています。古典や近現代文学、新刊や増本バグワン(!)に加えて、この時期のペン電子文藝 館の読書の記録には興奮すら覚えましたこれぞ作家の眼なのですね。ペンクラブはいい時に最適の方を得て、内外に誇れる宝庫を公開で出来たことをいまも喜ん でいます。お疲れさまでした。
本巻は三校私記録もふくめて、後世に残すべき貴重なドキュメントです。
ありがとうございました。 敬 講談社役員 元・出版局長
☆ 秦 恒平先生
拝啓
ますますご清祥のこととおよろこび申し上げます。
このたびは「湖の本」をいただき、当時のことが懐かしく、また早い段階での電子化のお手伝いが出来たことを光栄に思います。
一層のご活躍をお祈り申し上げます。
まだまだ寒さが続きます、体調を崩されませぬようご自愛下さい。敬具
坂村健 (東京大学名誉教授)
* ペンクラブの電子化を秘薬充実させたいとわたしは理事就任、即、東大へ坂村先生を訪ねていろいろ御指導や御助言をいただいた。「聴く」ことから始めねば未熟な機械下手の私には何も出来なかった。あらためて感謝の思い深い。
☆ 拝啓
寒い風が吹きつける中にも明るい曙光を感じられる此の頃ですが 益々の御活躍、慶賀申し上げます。このたびは「湖(うみ)の本」濯鱗清流第四巻を頂き、 ありがとうございました。各章末の日付を見ると殆ど連日連夜の作業、よく身体が続くなあと舌を捲いております。今後共、呉々もご自愛の上、私どもの知見を 広めて頂けるよう、希望致します。
なお校正みす一つ。四十一頁森鴎外の遺書中「岩見」は「石見」です。これのみ気づきましたので、いづれご訂正下さいます様。今後共宜しく。敬具 神奈川・横浜 小泉浩一郎 (評論家)
☆ 拝啓 (前略)
先生がペンクラブでなされましたお仕事のうちの「ペン電子文藝館」設立から、充実を図られていくご様子がこの一冊に込められているのですね。
まず先生の読書量とそのスピードに驚いております。
かつて目にされた作品やそれ以外のものから「ペン電子文藝館」に選んでいかれる過程の一端が明かされ、先生自らがスキャン・・校正もされていらしたこと を知り、さらに驚いております。当然ご本業の、小説を、エッセイをお書きになられていらっしゃる時間以外の時を使われてのことと存じます。藤村のこと、芥 川龍之介のこと、田山花袋のこと、荷風のことなどなど、これから改めて先生の視点を参考に、繙いて参りたいと存じます。
それに致しましても 「源氏物語」の音読をなさりながら、「モンテクリスト伯」をお読みになり、日本史に踏み入り、と、先生の頭脳の抽き出しはどのよう になっているのかと、想像を絶するものがございます。常人には考えにれないことです。それだからこそなしえたことと、改めてこのご偉業を讃えたく存じま す。
昨年十一月のペンの日に集まられた方々に、このことをお伝えする術があればよろしいのに、とかなわぬことを思ったりしております。
大久保房男先生(=元・講談社群像編集長)のお名や、尊敬する小島喜久江様(=元・新潮編集者)のお名前も拝見出来、うれしく存じました。俵(万智)さんはちょっと残念でした。つまらぬこと申し上げ失礼致しました。
ご大病のあとも変わりなきご健筆を心よりおよろこび申し上げます。
まだしばらく春の寒さが続きますことと存じます。
どうぞご大切にあそばしますようお祈り申し上げます。 敬具 菊 紅書房主
* おかげで此の一巻「湖の本 148」を取り纏めて置いた甲斐があった。
「ペン電子文藝館」を引き継いで呉れている委員達の尽力、なによりも優れた作を選んで質を落とさない打ち 込んだ「勉強」をお願いしたい。当時、委員に校正を依頼しても、日本語を知らず明治大正の漢字の読めない委員・会員の多いのに、心底仰天したものだった。
下手をすると文学中老年「自己満足」の作文集の ように成りかねない。
往年の諸先人達の名作・力作・秀作・問題作をこそ集積し、湮滅させない敬意と努力とを希望する。
* 成蹊大図書館より受領の来信あり。
* 九大名誉教授(前・日本文学研究資料館館長)今西祐一郎さんから、校訂を分担されている岩波文庫新版『源氏物語』の第七巻を送って頂いた。宇治十帖へ 入った。頂戴本の到来を待ち待ちわたしはいま『若菜上」巻という微妙な岐れ場を落ち着いて読み進んでいる。本のそばには島津忠彦先生の「源氏物語放談」を 置いて併読してもいる。
* それはさて今日今西先生からは源氏物語のある箇所の「読み」にかかわる別のお手紙や所論も頂戴していて、これから腰を据えて拝見する。先年来か、雑誌 「汲古」所掲の岡田貴憲氏所論をめぐるもの、今西さんまで登場となると 私のような門外漢は傾聴の姿勢たらざるを得ないが、簡単なようで簡単にとりあげに くくもあり、まずは、今西氏考をも頭に入れたい。
2020 2/6 219
☆ 彦根、能登川あたりは雪、
京都は初雪、静かな風花の午後でした。 尾張の鳶
* 頼んでおいた 京都の写真がたくさん届いた。まだ一望しただけだが、その場へ立ったように、懐かしい。感謝します。感謝します。お手間をかけました。ありがとう。いい仕事で酬わせて戴きたい。すこし、先になるが。
2020 2/6 219
* 藤森佐貴子さんから超上等のチョコレートを戴いていた。
2020 2/7 219
☆ 昨日は北山時雨、
今日は青い冬空。クルーズ船の感染者数を今テレビが伝えています。
京都も明らかに観光客が減っています。
写真は送った以外にもまだありますが。どのあたりに鴉の関心がおありか、お知らせくだされば再度訪れますが、いかがでしょうか? わたしは日曜日まで京都におりますのでお知らせください。
寒さと肺炎騒動の日々、お大事に。とり急ぎ 尾張の鳶
* 写真いただきました。何度か出向いた先だけに写真で記憶が確かめられ、感謝感謝。折角のお力添えを、役立てて実らせたいものです。
* 近藤聡さん、山梨県立文学館の中野和子さん、ノートルダム清心女子大、鳴門教育大、文教大等、「湖の本」受領の来信。
2020 2/7 219
* 朝一番に、或る方から、私の或る小説の清書原稿をなにかの市場を経て入手したので冊子にしておきたい、題箋を頼むと言ってみえた。
☆ 拝呈
いつも『選集』御送り頂き、心より御礼申し上げます。
例によって金澤のお菓子ですが送らせて頂きます。
さて、同封のコピーは、北海道の古書店から入手いたしました、73枚の全揃いであります
そこでお願いがあります。
帙に入れて架蔵いたしたく存じ、その題簽を御書き頂きたいのであります。勝手なお願いですが、何卒お聞き届け下さいますよう御依頼申し上げる次第です。何かお添え書きもあれば尚うれしく存じます。 二月七日 章
* 間違いなく、題字と署名とは私自筆だが、一見して綺麗な妻の清書原稿であった。
後日にその方にご迷惑があってはならないので、そのことは申し上げておき、なにか手もとに残った別の自筆原稿を差し上げようと思う。
但し私の初稿は、再三にわたり全面に推敲の手が入り、まともによめた物でない、のを、妻が苦心惨憺清書してくれるのが往年、機械使用以前の、常であった。所詮は処分の必要な原稿が取り混ぜて家のあちことに潜んでいるはず。
それにしても、そんな原稿が、どこのどなたの手を経て北海道へまで旅していたのだろう。『月皓く』はむかし集英社で本になった作だが。
2020 2/8 219
☆ 新型ウイルスのお蔭で
静けさを取りもどしている京都の町ですが、ここ何年かで町の姿はずい分変ってしまいました。先日の市長選でも”観光公害”が中心になっていたくらいです。
秦さんの仰る古き佳き京都はみう無いかも分りません。
御著書有難うございました。 洋画家 池田良則 (新聞連載小説『親指のマリア』挿絵)
* 池田さんに頂いた絵葉書は、私の育った町内にも指折り数えて六七箇所もあった路地(ろうじ)
で、うちの脇のよう抜け路地でなく、路地口の上に長屋の二階が通っていて、下を短かなトンネルのように抜けるとすぐ上は青空のまま奥へだいたいΠ字のよう に両脇に平屋、奥に二階屋が在った入り口の二階下は雨の日など子供の遊び場になった。街なかも開発され、こういう路地は少なくなったろう。新門前通りには 新橋通りへの抜け路地は我が家の西脇に一筋、白川の西、切り通しに一筋だけ通っていた。祇園町へ入る人たちは必ずそのどっちかを抜けて行かねばならなかっ た。
☆ 秦 恒平・湖の本 148
十二分に楽しみ 圧倒されました。深く、感謝。 聖教新聞社 祐
☆ お元気ですか、みづうみ。
昨日は 寒い一日でした。ご無事にお戻りでほっとしました。
でも、病院の検査結果は渋いものでいらしたのですね。
知り合いからよく聞くのは 腫瘍マーカーが高くても癌とは限らない、万が一そのような状態であるとしても、みづうみのようなご高齢の場合は慢性疾患の一つで、進行はゆっくりで日常生活に痛い苦しいなどの悪さは殆どしないとのこと。
私の身内でもじつは数年前から新しい癌を抱えていますが、ドクターと相談の上積極的な治療は何もしていません。転倒骨折のほうが大変なことでした。
つい最近の検査でも別の腫瘍が疑われていますが、共存しながら老人なりに元気に過ごしています。誰でもある程度高齢になると癌になるのは避けられません。
とは言え、決して油断なさらず、しっかり検査なさって、病気も一つの肥やしとして、存分にお仕事しながらうんと長生きなさってください。
今みづうみに一番用心していただきたいのは 転倒骨折と新型含めた肺炎です。両方とも腫瘍よりダメージが大きくなると思っています。
> 当時、「ペン電子文藝館」で委員に校正を依頼しても、日本語を知らず明治大正の漢字の読めない委員・会員の多いのに、心底仰天したものだった。
これはそのまま今 のわたくしのことです。恥を申し上げますが、以前の「御迦陵頻伽」の読み方がわかりませんでした。調べましたら 「かりょうびんが」と読むと知りました。 「御」がつくと「おん」「み」「ご」なんと読むのでしょうね。さっと調べた範囲でも「御」がついた記載はたしかに見当たりませんでした。
これからは国語教育から漢文を外すだけで なく、古典をなくすという方向になるようですが、もうどうなってしまうのかと暗澹たる思いです。わたくしが 「かりょうびんが」もよめなかったのは不勉強 だけでなく、学生時代の国語教育が貧困だったせいだと思っているのです。恨めしいとはこのことです。ですから、社会人になって古文書の勉強をしたのはとて も楽しかった。
愛国心とは、古典文学を愛することだと思っています。
外は晴れやかな空が広がっています。今日もお元気に楽しんでくださいますように。
わたくしの 新しい書斎には「選集」と「湖の本」がずらりと並んで壮観です。眺めているだけで幸せなわたくしです。 梅 寒ければ寒いと言って立ちむかふ 恒平
* ありがとう存じます。私も、だいたい、そんなように、受けとめています。したい仕事が次々に良薬になってくれるでしょう。現政府・政治の鼻サキにも利く薬を塗ってやりたいですね。いま、一つ、薬研でちょっと妙なのを調じているところです。
お元気でと願います。
2020 2/8 219
☆ デジカメ
みづうみ、お元気ですか。
>わたしは今、或る和本の和活字本を懸命に筆写しているが、原本を読んで理解しながら正漢字をたくさんたくさん拾わねばならない。内容的にはマ興味津々、 身を寄せて理解しやすくはあるけれど、筆写の手間は大変。A4判で150頁ある。やっと18頁を機械に入れた、これで数日も掛かっている。美本の傷みを歎 きながら機械複写も試みたが、まったく不可能、マックロになる。写本はしかも従の仕事、原稿を創らねばならない。これはかなりアタマを使う要がある。
まっ たく見当違いのことを申し上げるのかもしれませんが、みづうみは古文書研究者がデジカメを使うことをご存知でしょうか。機械でコピーするとうまく写らな かったり、原本を傷める場合があるので、最近の研究者は原本をカメラで撮影して機械に取り込む方法をとっているそうです。古文書の勉強をしていた頃に先生 が教えてくださいました。
余談ですが、古文書虫食いの法則というのもあって、一番大切な文字に限って虫が食っていることが多いそう。
既にご存知でしたら、相変わらずのお節介とお笑いください。取り急ぎ、みづうみのお仕事が少しでもらくになればと……。 柊 柊をさす母によりそひにけり 虚子
* ありがとう存じます。最終的に機械に、原稿同様に取り扱いますので、思い願いが叶うのかも今は案じています、時間に追われる日々になるかとも覚悟しています。感謝。
2020 2/10 219
☆ 拝啓
立春の候 先生にはご健勝にてお過ごしのこととお喜び申し上げます。いつもお世話になり感謝申し上げます。
『秦 恒平 湖の本 148 濯鱗清流(四)』のご刊行をお祝いします。2002年以来の日々、「日本ペンクラブ電子文藝館」の歴代会長作、招待席諸作、物故会 員諸作、反戦・反核作品室諸作など、また、「祖が物語」や「モンテクリスト伯」等々への多彩を極めた言及を楽しみ、圧倒されました。感謝。
右、御礼にて 原山祐一 新聞記者
☆ 拝復
お礼が遅くなりました。ご容赦ください。(略)
「ペン電子文藝館」の起ち上げ、創設、盛大な展開のご苦労を拝察、推薦して頂いた一会員としても重ねて感謝申し上げます。ありがとうございました。
時節柄ご自愛専一に 京・山科 あきとし じゅん (詩人)
* いつも選び抜いて佳い絵葉書であきとしさん、今回はあの懐かしい先輩作家・富士正晴さんのネクタイ姿の自画像、これが奇抜に面白い、的確な線で簡明に 描かれていて嬉しい。惜しいことに郵便局のスタンプがかすかにであるが髪の毛にかけ写っていて。惜しい。しかし、十二分にこのまま嘆賞できる。佳い絵葉 書って、佳いモンです。画家の池田良則さんに戴いた京の町家の路地繪も胸に沁みて懐かしかった。わたしは、まだまだこういうのが、少年の心地で嬉しがれ る。
* とはいえ、昨夜「柊」さんに教わった「デジカメ」なるもの。たしかに或る時期私も「デジカメ」という語彙をしっかり覚えていたのだが、今となっては何 のことかも思い出せない。「デジタル カメラ」なのだろう、が、「何?」という按配でアタマの衰えは当か不当か日ごとに進んでいる様子。
それだけに今も何不自由のない「読み・書き・読書」は大切にしたい。この「私語」でいわゆるミスタッチの誤植は構わない、が、ここに書く文章がシドロモドロになってきたら危ないと心している。
2020 2/11 219
☆ デジカメ
勿論デジタルカメラのことです。みづうみがお得意のカメラで撮影なさった写真の数々をホームページに載せていらっしゃるように、撮影したものをパソコンに取り込んでいただければと思いました。 粕 粕汁や山の鳴る夜は闇深し 橋本花風
* 感謝。 但し本の本文を写真に撮って機械へ入れるまでは出来るのです が、その写真の本文を写真のママ書きおろしの原稿には使えず、やはり一字一句書き写すしかなく。しかも原本を写真にした本文の文字が、昨今のミン朝活字体 でなく木版時代の和活字なので、機械にそのまま転移の術がないのです。で、書き写し続けています。
* 岩波「世界」に居られた高本邦彦さん、人権尊重の弁護士五十嵐二葉さん、それぞれに「湖の本 148」へ来信、感謝。 五十嵐さんは日本の検察強引是正に奮励されており、高本さんは「おかしな肺炎が流行りそうな気配があります」とも警告。
2020 2/12 219
☆ 拝復
「月暗く」の原稿、お手紙により奥様の清書と知り、いささか落胆? ウソです。奥様の直筆も頂き感激いたしました。古書店も知らないことだったのでしょう。
しかし分厚い原稿「雲居寺跡」を御恵送頂き、目を丸くして、感動、感謝を申し上げます。
しかるに原稿には「菅原万佐」と(=署名が)あり、戸惑いました。御書簡によれば「初稿・雫居寺跡 承久前夜」の長編原稿とあるのですから「生原稿に間違いない」はずで、きっとなにかの謎かけに違いないと思い、調べさせて頂きました。
『湖の本52号 自筆年譜一』を手がかりにいたしまして、ついに発見。
「昭和二十七年四月 のち一時、菅原万佐の筆名を用いるに当たって姓や名の一部を借りた三人の元気な女生徒(菅井チエ子、原田純江、樋口万佐子)とも親しむ。」
なるはど初期単行本3作品は「菅原万佐」となっている、という処まで追い掛けました。
しかし、頂いた『零居寺跡』2部(=二た括り)の原稿には、どうもまだまだ謎掛けが潜んでいると思われますので、緊張を解かないで次回32巻の『選集』を心待ちにしようと思っているところであります。
しかしながら、このように貴重な生原稿、まして「菅原万佐」名の原稿ですから私蔵すべきものではありません。
いずれ「秦恒平・湖の本文学館」が竣工されるまで手許に置かせて頂きます。
ありがとうございました。御礼申し上げます。 敬具
令和二年如月 吉日 石川・金澤 章
* 「自筆年譜」がお役に立ったらしく、胸を撫でている。「菅原万佐」署名の極初期(受賞そして作家以前)生原稿では、短篇ながら自愛自負の作『資時出家』も、比較的綺麗に遺っていた。
2020 2/14 219
* 友人知己、ことに故障をかかえて日々通院・介護などする人らの様子も案じられる。メールで見舞うのさえ心重い。
2020 2/15 219
* そうだそうだ今朝、都内・杉並の、久しい読者である江藤利雄さんから、綺麗な筺に名酒と極上の焼酎を詰め合わせたのを頂戴した。焼酎が珍しく、すぐさま朝から、すこぅしずつ頂戴した。美味い。とても美味い。有難う存じます。
2020 2/17 219
* 江藤さんに戴いた「長期貯蔵樽熟成麦焼酎41度」の「麹屋伝兵衛」が珍しくて美味くて、お酒ではないんだからと、検査前の禁酒をやぶって、朝から愛飲。
* なんとはなし気弱にもなっているか、過ぎし昔が懐かしまれたり。むかしの東工大生の、まだ幼かった愛らしい子たちの写真を、もう高校生かなあなどと見入ったり する。東工大教授という時期、あれは人生の大きな「佳い中仕切り」だったと思う、心こめて、若い人たちと日々を無心にうちこんで楽しめた。あれから、よほ ど遠くなった。遠くなったがたくさん覚えている。
* 元気にしていますか。湖の本を、いつもありがとう。
東工大から、何年になるでしょう。
学部の四年生をとばして、院へすすまれるかどうかと話し合ったのが、まだ昨日のようですが。
歌舞伎座で楽しんだ弁天小僧の役者達にも、あれからいろいろ変化がありましたよ。
わたしは いま、八年ぶりに、二度目のガン病変を疑われ、カメラ検査についでCT検査の日を待っています。元気にはしているんですがね。京都へ帰りたいと焦がれながら、動けないでいます。
写真の、愛らしかった幼少かんたろう君は、お母さんに肖ていますか。楽しい趣味にも、人間愛にもうちこんでいるでしょうね。歌舞伎は?
みなさん お大事に。こまった感染症からも賢く逃げ延び、お元気で。 秦 恒平
☆ ご無沙汰しております。
メール、ありがとうございます。
こちらは皆、元気に過ごしています。
息子は春から中学生。
今はラグビーにはまっています。
中学校にラグビー部がないので、今通っているラグビースクールの中学生チームで続けるつもりです。
体格はがっしり。(ちょっと横に大き目。)
体重、足のサイズはとうに追い越されました。身長はほぼ同じ。
昨年のワールドカップは親子3人、ドップリ楽しみました。
(今度送りました写真は アイルランド戦観戦時の場外イベントでの息子。この後、ボール入りました。)
友達に恵まれ、先生はじめ、気にかけてくれる大人にも恵まれ、大きくなりました。ありがたいことです。
息子はこれから離れて行くんだろうなぁと、最近ふと、感じることがあります。
邪魔しないように、サポートできたらいいなぁとは思いますが、どうなることでしょうか。
お体、無理されませんように。
また、近況お知らせします。 (川口)由紀子
* 届いた中学生くんの写真は、ラグビーボールをパスのかたちで目標のホールへ投げ込む瞬間。元気そう。お母さんの「研究」の日々も充実していることと想っている。
男子も女子も、みんな、滞りなく生き生きとあれと想っている。
2020 2/18 219
☆ 拝復
進化した菌の侵入など、文化・宗教も速度こそ今少しのろくともかくばかりだったのかと感心しています。コロンブスのもたらした病気等 世界史の授業でのただ一つの思い出、ばかばかしくて試験に出せそうにないこと、昔の教師はのんびりしたものでした。
「湖の本」148 ご恵与たまわりありがとうございました。行き届いて読書案内の態、読まずして原著読んだ気になる危険な書と感服。 卒業生の訃報が続き 回覧する者いなくなりもったいないことです。
辻井喬著にかかわる
妻の訃を告げ來し友よ寒見舞
卒業生の母上など辛いお悔み状書くこと多くなり、早い者勝ちとはこんなことかなと思っています。
暖冬とはいえ冬は冬、春待ち遠しいことです。
お揃いでお大事に 草々 神戸・須磨 周
* たよりのとぎれたまま日かずを積んだ人があると、案じられる。いやな病気が流行っている時はことに気になる。
2020 2/19 219
☆ 娘の
引っ越しの手伝いで京都に来ています。
大丸さんから小さな包みが明日お手元に届くと思います。
大急ぎで送ったので 少しでごめんなさい。
肺炎、風邪などもらわないで 元気に過ごされますように。 尾張の鳶
2020 2/19 219
* 夜前の夢に、このところ二、三度もみえる昔、俳優座にいた東山千栄子と妻もいっしょにいた、ふっくらと大柄に温かな女優だった。「母」を感じていたの だろうか。場所は、なんだか新装もうるわしい佳い「社宅」の三階の我らの部屋だった。部屋の外で話したのが、むかし上司だった鶴岡八郎さんとみえて、その 実は一緒に中国へ旅した作家の辻邦生さんだった。井上靖夫妻、巌谷大四さんら一緒に中国政府に招かれていった作家は、辻さんも大岡信さんも、一人残らず亡 くなっている。ひしひしと身に迫るモノを感じる。
2020 2/20 219
☆ 秦 恒平様
いつもご著書をありがとうございます。
いつの日か、また保谷のお宅に遊びに行きたいと願っております。 島尾伸三 作家・写真家
☆ 拝啓
余寒の候 秦先生にはご清祥のことと存じ上げます。
このたびは「湖の本148 濯鱗清流」を誠にありがとうございました。
私は日中の近代文学を専攻しておりますので、先生の永年に亘る「読み・書き・読書」のなかで、多くの近代の作家と作品が生き生きとよみがえり、新たな魅力をお示し戴いていることに感銘を受けました。
私もぜひ学生に明治、大正、昭和期の作品に親しんでもらいたいと願っております。今後ともご教示をお願い申し上げます。
まずは御礼まで申し上げますとともに、昨今の時節柄、先生には呉々もご自愛の程 お祈り申し上げます。敬具 早稲田大学文学学術院 和
2020 2/20 219
☆ おばあ様
お誕生日プレゼントとカード、ありがとうございました!
ゆい佳も私も、あのシリーズの絵本が大好きです。でも、読んだことのない絵本も入ってて、本当に嬉しかったです。
もうすぐお雛様。頂いた掛け軸(=繪所預 土佐守光貞が、蛤の殻に精美に描いた雛の繪)を、先日飾りました。何度見ても可愛くて、暇さえあれば眺めています。同時に、みんなが新型コロナにかかりませんように、ともお願いしています。
コロナが怖くて、私も出歩けないです。仕事以外は外に出ません。
どうか、おじい様おばあ様が何事もなく コロナが終わりますように。 かお吏
雛の繪 土佐光貞・畫
* みんな、お大事に。
2020 2/22 219
☆ メールをありがとうございました。
最近はパソコンを開く回数が減ってメールに気付かず、お返事が遅くなってしまいました。
50年前を思い出していただいて恐れ入ります。 昨年子供たちの発案で、50年を記念してふたりで南紀を旅してまいりました。
夫は軽い糖尿病を抱え、ふたりとも歳なりにあちこち老化はしておりますが、なんとか日常生活は送れております。
秦さんの御本が届く度に、体調を整えながらお仕事に向かわれているお姿に敬服しております。
どうか今後もお気をつけて、私共を楽しませてくださいませ。 竹澤由美 (元・同僚)
* 受賞後五年は二足の草鞋を履いていた。その五年の早い時期に、由美さんは竹澤夫人となり、社内結婚式に私も招かれ、祝辞を述べたと憶えている。竹澤君 は組合の執行委員長で、わたしの方は管理職課長であったが、そんなことは問題外。由美さんには「湖の本」創刊以来支えてもらっている。誤植をみつけるたび 竹澤夫人に叱られるなあと歎くのだが、この目ではナア、ますますと申し訳ない。察して読み取って下さい。
南紀かあ。わたしの学生時代の独り旅は、出雲・鳥取砂丘へ、大阪天王寺から南紀へ、各駅停車で京都から熊本までのトンボ返し、の三度が早い時期だった。それぞれに懐かしい。
2020 2/23 219
☆ お元気ですか、みづうみ。
明日の検査 無事に通過しますようにお祈りしています。
新型に限らず色々なウィルスがありますから、しっかりマスクを装着なさって 手袋もなさって お出かけください。
検査は気の重いものですが、俎板の鯉はしかたありません。さっさと済ませて お元気にお戻りになりますように。
花の春はすぐそこに。 鰤 寒鰤のいづれ見劣りなかりけり 鈴木真砂女
* ありがとう存じます。思い切り朝はやに行こうと思っています。宵の七時半、もう今日の仕事はおさめます。
あなたも みなさんも お大事に。
2020 2/24 219
☆ 何となし不安な状況。
それでも、鴉の、病院での検査結果に安心しました。外出しないで思い切りお仕事に専念されますよう。何より、活発な精神の活動で身体をも刺激されての相乗効果だと思います。
鳶も、ピーヒョロロの声失わず、思いの健やかを努めますので、どうぞご安心ください。
21日の夜に引っ越し業者の作業が終わり、京都から尾張へ戻りました。京都でのベースがなくなるのは悲しい事ですが、これからも鳶の「放浪癖??」はま だまだ健在でしょう。と言っても、コロナ肺炎の影響は大きく、海外旅行も、そして国内旅行さえ今は難しい。わたし個人に限って言えばこの半年は最初から翔 びまわる予定をいれてなかったので、とにかく今は本拠で充実した日々を過ごしたい、本と絵、それに尽きます。
娘が戻って、さて彼女の意見を汲めば、物に溢れる状況を見逃せない、「断捨離」しようと。勿論わたしとて理解し、日頃些かの努力もしているのですが、やはり思いきりの程度が緩いのでしょう・・。
今年、ここでは雪が積もることもありませんでした。今は庭の椿がそれぞれに花を咲かせています。
今夜は先程まで2,26事件の番組を見ていました。あまりに知らないことが多くて絶句しました。当事者だけではなく、周囲の、後々の人々の心にまで、生 涯に大きな重いものを背負わせた・・事件と時代でした。さて現代はどんな時代と問いかけますが、自分がその中にいる現代も、正体など分る筈もなく・・。暗 くても重くても、それでも面白い興味深いと目をしっかり見開いていきたいと思うのです。
くれぐれもお身体大切に、大切に。
無理なさらず、体調管理。肺炎など絶対ダメですよ。 尾張の鳶
* 明治四十三年の大逆事件から昭和十一年の2.26事件までの「日本」は戦争と敗戦という大きな犠牲のもとに一応は「過去」へと葬り去れたようでいて、 それも、あの「岸を倒せ」の一次安保闘争まで、その後は岸の孫の安倍まできて、国民の気力は萎え切っている、それを政権は舐めきっていると私は感じてい る。鳶はまだかなり若く、それだけに「面白い興味深い」余地があるが、鴉には不安と怒りとが「歴史に問い、今日を傷む」末期の火になっている。
2020 2/27 219
☆ お元気ですか、みづうみ。
検査結果が良好でとても嬉しく思いました。油断してはいけませんが、どうかこのまま心ゆくお仕事の日々をお元気にお過ごしくださいますようにお祈りいたします。
二月の連載、「夢の夢 秦恒平・掌説の世界」を読んで、毎日視界が青く澄んでいくように感じています。一日一話を読むという読み方が、この作品群にはふさわしいことに気づかされました。
じつは今までみづうみの「掌説」はみづうみの他の作品のようには愛読しないできていました。ごめんなさい。苦手意識があったのです。散文詩として読みたいなと以前から思っていましたが、正直読むのが辛かった。描かれている世界が凄絶で怖かったのです。
今読み直してみてもやはり恐ろしい衝撃です。みづうみの「掌説」に似ているものを探すと、たとえばカフカの凍えるような不条理の短編の数々が思い出されます。黒澤明監督の『夢』という映画も近いかもしれません。こんな夢を見た、と次々に登場する悪夢の映像。
カフ カを尊敬していますし、カフカなしの現代文学はないほどの巨大な作家だと思うのですが、その小説世界は底なしの地獄でありましょう。ただし、詩美の極北の ような言語で表現された地獄です。それがカフカの天才の在り方でした。ああ、でもこのような悪夢を見る人間がしあわせになれるのでしょうか。カフカを思う 時、天才というのは悪夢に生きざるを得ない「呪われた」人間だと思い知るのです。そしてみづうみもそんな「呪われた」文学者のお一人であることが「掌説」 では隠しおおせません。みづうみは「泥を吐く」と表現なさいましたが、カフカを悲しむように、みづうみのことも悲しみます。その言葉の詩美に酔いながら、 自分が、あるいは作者が刺される一瞬の刃物の輝きをみるように「掌説」でわたくしは救われないのです。
わたくしの容量では、一日一話の悪夢にしか耐えられない、だから今までまとめて読めなかったことがよくわかりました。みづうみに他の多くの小説や評論やエッセイのお仕事のあることをわたくしは愛して喜びます。
晴れやかな青空が広がる冬晴れの一日、みづうみの文学仕事を存分にお楽しみくださいますように。 鉢 これはこのあたりの僧や鉢叩 巌谷小波
* 私の「掌説」が、初めて正当に批評された思いに黙然と肯いている。
書いていた私自身にも怕い思いがいまも在る。こんなのがつぎからつぎへ跳びでてくる自身が不可解で始末のつかない怕さ。おそらく他の誰からも生まれてこないだろう孤立した怕さ。それは、それなりの強烈な自負でもあるのだったが。
2020 2/27 219
☆ 時ならぬ
コロナウイルスの騒ぎで、落着かない毎日です。
いつも、御高著をお送りいただき、有難うございます。
先日の「湖の本」を読んでいたら、思いがけず、私のことが、あんなふうに書いていただき、とても励みになります。いま、「**」論を単行本にまとめてい るところです。秦さんの谷崎についての考察が、参考になります。20 2 26 都・杉並 川本三郎 近代文学研究・評論家
* 川本さんには何冊も著書をもらい、よく読んできた。実績に「実」のこもった批評家として今日数少ない存在と思って期待を寄せつづけてきた。
2020 2/29 219
* 李恢成さんから廿年かけた超大作の大冊完結編を戴いた。心より祝したい。
2020 2/29 219
☆ 謹啓
御著『湖の本148』を頂戴し、御礼がこんなにも遅くなったことをお詫び申し上げます。
本書は「序にかえて」と「参考私記録」「私語の刻」を拝読すれば、中身を実に的確に把握され、二○○二年(と、○三年春まで)の「ペン電子文藝館」長と しての大要が読み取れますが、逐一、頁を重ねるごとに、この仕事にかける誇りと大変さが身に沁みてくるかと存じます。不勉強な小生には、筆名だけ知って中 身には触れ得なかった作品が多くあり、改めて恥じ入りました。
ホッとするのは、篇中、「喉ごしのうまさを楽しめば、読書は最高」とか、「小澤征爾指揮でムローヴァのバイオリンを聴いた」り、「古典は声に出してどれ ほど正しく読めるかが、ポイント」とお嬢さんの受験勉強を手伝ったり、「年譜の大切さ」を説いたかと思うと、「(寝)床のそばに本があるというよりも、本 の間へ床が取れている按配」にニヤリと共感する自分を発見したりすることです。
それにしても「某医系書肆」に入社早々の秦さんが上役に即座に抗議する挿話は、凄い。
話がおかしな方向に行きましたが、連日、新型コロナウイルスに神経をつかわされる日々故、ご容赦を。とにかく御自愛専一に。 敬白 高 講談社役員
* ありがたいご感想。
☆ 謹んで申し上げます。
過日は「湖の本」148を御恵送下さいましてありがとうございました。私は母の面倒をみる日々が続いておりますが、時間のある時は「濯鱗清流」を拝読させていただいています。
目が老いて銅版画づくりは厳しくなってきました。 都・神田 岩 造形作家
2020 3/5 220
* 原善君から「湖の本」に払い込みがあり、連絡が付かないと書き添えていたので、すぐ返事したが、テンで出て行って呉れない。携帯らしい番号に電話しても出てこない。
仕方がない、送った気のメールをここへ貼り付けておく。
* 善さん
きみとのメールの交信はいつも一度送ったきりでブツッと途切れたまま、打てども何も響かず、なんとも味気なく感じていました。メール機能の不出来が関わっているのかも知れないが。
そんなこんなのまま、コロナ騒ぎで、わたしも家に籠もって、余儀ない病院通い以外は、楽しみにしていた三月歌舞伎座へさえ、座席券を無にしても、行かずに済まそうとしています。電車やバス、タクシーにすら乗るのを今は避けています。
腹を割った歓談を希望していたのに、打てども響かない太鼓のまえに 歳月を無にしてきました。
わたしの歯医者は江古田二丁目バス下車して三分ほどの近く、きみの宅からはさほどの距離と思えないが、その近在に佳い小店も見当たりそうになく(知らないだけですが)、昨今の剣呑では、たとえ気に入りの
小店の空気すら遠慮される始末。いつも、バスの「丸山営業所」とあるのを見て、「善くんの家はこの近くだよ」と家内と噂したりしています。
私の日常は HPの「私語」でみてもらえるが、きみの日常は察しもつかない。
ま、そんなところです。 ご家族のお幸せを願います。 秦
* さっと翔んでいってくれたメールも有るのに、何度書いてもその人へはメールが出立してくれない例も。よほど機械もいけないが、新型のウイルスに遣られているのかも、流行のようで。
2020 3/8 220
☆ メール、届きましたよ。
メールの送受信に問題があるとHPに書かれていたので、気になっていました。
文献の書写を終えられたこと、大変でしたでしょう。
書写しながら、同時に考えがまとまっていく側面もありますから、書写も意味あると・・それでも、やはりご苦労だったことでしょう。お仕事の順調に進んでいることを願うばかりです。
愛知県もコロナ肺炎の感染者が多いようで、それでも検査が漸く進捗し始めた段階で、これからどのように事態が変わっていくのやら。経済的な打撃も・・。
わたし一人に限っては元々日常の暮らしは極めて狭い行動半径で、今現在も変わりません。曖昧さの中で気持ちの萎縮していくことは避けたいものと。
なかなかメールも書けずに。楽しいばかりの日々ではありませんが、考えようでは、満たされている実感もあります。いずれお話ししたいと思います。
取り急ぎ メールいただいて嬉しい気持ちそのままに。 尾張の鳶
* わが愛機クンの気むずかしさと今日もなんとか仲よく付き合って行かねば。
2020 3/10 220
* 村上開新堂さん、クッキーを送って下さる。有難う存じます。
2020 3/11 220
☆ みづうみ、お元気ですか。
嬉しいことにみづうみのメール無事に届いています。お声の聞こえるようなメール、読み返しています。
メール不調について、古い機械のトラブルの可能性が一番高いのでしょうが、もしパソコン本体に問題がないとすれば、outlookがだめでもインター ネットが通じている限りメール機能は使えると思います。乏しい知識ですがインターネットでグーグルからニフティに接続して契約のパスワードやIDを打ち込 むと、その手間はかかるもののふつうにメールのやりとりできた経験があります。
また最近はセキュリティーの問題なのか、アクセスを断られるサーバーもあるため、戻っ てきてしまうメールは珍しいことではありません。その為、Gmailに新しいアドレスを作る方法などあります。私も、以前持ちまわりで某NPOの理事をさ せられていた時のGmailアドレスがありますが、最近同窓会からもう一つGmailにアドレスを作ってほしいと言われています。活動別にアドレスを分け ることで全員に連絡とれないリスクを減らすという考え方なのかも。パソコン音痴のわたくしが何か申し上げるのは冷や汗もので、とんでもない見当違いでした らごめんなさい。
コロナウィルスのせいだけでなく、引越し以来家に引きこもり状態です。外 出は必要に迫られて行く病院くらい。美容院くらいは行きたいのですが、自分の感染以上に自分から母への感染リスクが怖くて事態を観察中。都心のデパートに 行った知人曰く、客は三人しかいなくて店員ばかりだったとか。株価暴落で意気消沈している面々も。経済的な影響は想像以上に深刻になるのかもしれません。 八月オリンピックは常識的に難しいでしょう。世界はこういうふうに予期せぬ出来事で予期せぬ展開になっていくのかと、自分がパンデミックの渦中に、歴史の うねりに放り込まれていることを妙に実感しています。これをきっかけに社会のIT化、テレワーク、オンライン会議、ネットバンキング、ネットショッピング などの流れが一気に進むことになるのかもしれません。
メルケル首相がドイツ国民の六十から七十パーセントが感染すると話してしましたが、日本国民も似たような感染確率になることでしょう。(こんな誠実な発 信をするリーダーを持っているドイツ人が羨ましくなりました)みづうみも奥さまも万全の体制で感染を避けてください。わたくしも、感染するならなるべく遅 い時期に、ワクチンなど治療法が確立してからにしたいと願っているのです。
昨日は雪になってしまうほど寒い一日でしたが、今日は晴天で嬉しくなります。どうぞ心ゆくお仕事をなさってお元気にお過ごしくださいますように。
芹 薄曇る水動かずよ芹の中 芥川龍之介
* お大事に お互いに。 不調の中に調子を見出し好調を創るという それが大事ですね。
2020 3/15 220
* 松本白鸚丈(ご夫妻)より、のけぞるほど華麗に豪奢な盛花を、私たち「結婚六十一年」を祝して贈っていただいた。ひとしおの喜びと心より感謝申し上げ ます。この三月十四日を歌舞伎座で高麗や父子の「沼津」をひとしお楽しみ待っていたのが、コロナ騒ぎで流れた、それも慰めて貰ったのだろう、たしかに残念 なことであったが、舞台の上で支障の起きかねないのを、もっと案じていた。
豊饒なまで咲いた花籠は、ガラス越し書庫正面の広いカウンターに飾った。贈って下さった方々の健康も願って、乾杯しよう。
* 好天の青空。
2020 3/18 220
☆ 春日和
コロナウイルスに世界が揺れ動いている状況に唖然としつつ、日常近所のスーパーに出かけるだけの曖昧さの中に危機感は溶けだしています。
HPで改めて読む掌説の面白さを楽しんでいます。天変、恋慕、来客、桜子みな自在に、そして深く訴えてくるものがあります。
以前、鴉は孫が欲しいと書かれていました・・それだけに気が引けるのですが・・孫が昨17日生まれました。男の子、孫は三人とも男の子です。出産に立ち会い、気疲れでしょうか、夕方も夜も眠り続けました。
孫の事があり今年前半は旅行も考えていませんでした。
今はお知らせまで。
どうぞくれぐれもお身体大切に大切に それのみ願います。 尾張の鳶
* ウーン、羨ましい。おめでとう。
コロナ。油断しないで。
掌説、読んでくれて、ありがとう。 鴉
2020 3/18 220
☆ 秦 恒平様
ごぶさたしております。
お障りなくお過ごしでいらっしゃいますことを祈っております。
私どもも 今までのところ会社のスタッフに問題なく仕事をつづけております。 一旦 ことあればの覚悟はしておりますが、 さまざまな局面で危機感が欠如していると反省しております。
御身くれぐれも御大切に。 村上開新堂 道
* 美味しいクッキーを日々に戴いて お茶を楽しんでいます。
2020 3/20 220
☆ コロナの騒動の中、いかがお過ごしでしょうか。私は相変らず出張三昧で、今日は、宮城県の郵便局から振り込みをさせて頂いています。
我が家の二人の子供達は休校でずっと家に居ます。上の子は、無事に第一希望の高校に入学がキマリ、ここぞとばかりに毎日本を読みあさっています。下の子は……これからですね。
お体に気を付けてお過ごし下さい。 国立 ○ 東工大院卒 国交省
* 嬉しい便り。この間の 川口さんといい今日の○ちゃんといい、お子さんがみな孫のように思われる。
2020 3/20 220
☆ 湖の本 届きました。
有り難う
お元気そうで何より
この明るい青空に反して、世の中コロナで騒然としたこの頃です。うまく収束すればと、先の短い私でも願うのみです。
膝を痛めて以来、外出は控えていましたが、やっと楽になってきたので フラフラ散歩してます。
鶯谷菩提寺のお墓参りを兼ねて、上野のお花見ができれば なんて…
歩いて数分の円山公園の桜が懐かしい。 京都産まれやなァ 花小金井 泉 中・高同窓
* 膝の恢復はなによりだけれど、この時節に上野の花見とは、勇敢な!
2020 3/21 220
☆ 秦恒平様
本日、『湖の本』149 流雲吐月(三)歴史に問い・今日を傷む を、感謝をもっていただきました。早速に拝見し、共感ばかりしておりました。
中国人と韓国人による日本の土地購入は問題の種です。国土の保有という観点ばかりでなく、彼らの購入した土地の管理がなされないということにおいても問 題です。丹沢の杉林の一部も中国人によって買われているとのことですが、購入者が杉林の手入れなどするわけはない。山は荒れるばかりです。日本国の荒廃と 無責任体制の象徴のようなものです。
私事ですが、もう、10年ぐらい前に「九条の会」から、会への加入を勧誘する封書が届きました。この会を知らないはずはなかろうという姿勢で書かれた文 面だと感じました。そもそもこの文書を誰の執筆責任で送ってきたのか、この会の代表者たちがどのような顔ぶれであるかが何も記されていない。どうもこの誘 いは「集団」への帰依を促すに等しいような感じがして、私はそれを無視しました。無責任体制と権威主義は、この国の権力者だけのものではありませんね。
ご本の最後に記されていた、この国が「ローマ法の精神」を学ばず、学び得ず、という批判にはまったく首肯しました。
ローマ的精神は三権分立に要約できるでしょう(皇帝権、元老院と民会の権利ーー三者のチェック・アンド・バランス)。それは「権力」は分割されなければならない、という信念です。分割されない権力は腐敗し、民衆はポピュリズムに走る。
アベの執拗で露骨な権力追求を支えているのは、「経済第一主義」(その実態はポピュリズム)に引きずられる民衆ではないのか。
政治家の「世襲」を支えるのは民衆を支配する「家元」意識でしょう。天皇家はこの国の最大の家元でしょう。この国の諸々の家元は「権威」と「特権」の保 持を「自然」なことだと決めてかかる。「自然」の前では、個々人の権利と義務の確認に基づく「契約」は人為的で「わが国」の伝統にはそぐわない。人々は 「憲法」すら戦後のいきさつが生みだした所与であり、それがこの国の為政者と人民の間の権力制約と権利についての取り決め(「公法」)であるという意識を 持たない。憲法が「社会契約」なのだという認識がない。
アベは「支配の道具」として憲法を見ている。改憲の意図は支配の強化にあるのでしょうね。ことに軍事力を掌握したいのでしょう。
アメリカの軍事基地が日本を救うためのものではないこと、「アメリカ・ファースト」であることは、トランプによってはっきりしました。彼は国家の「悪意」を正直に表明する男です。新型肺炎ウイルスを「チャイナ・ウイルス」と言ってみたりする。
「批評」とは「選択・選別のこと」というご納得には、なるほどと思います。「よきものの」選択・選別と言うならば、さらに説得的であろうと思います。批 評家は「よきもの」を選択しているか否かについて、他者から批評される存在なのでしょう。大澤聡『批評メディア論 戦前期日本の論壇と文壇』岩波書店、 2015年によれば、戦前に三木清が「批評家」とは「批評する者のことでなく、批評される者のことである」と記しているとのことです。
腫瘍マーカーが二桁を示した由。心配に及ばずという結果が出ますように、心から祈念します。ご健在で長く執筆活動をなさって下さいますよう。 ICU名誉教授 浩
* うれしい、ありがたいご感想を得て、一冊を送り出した思いを、黙然、肯いています。有難う御座いました。
2020 3/22 220
☆ 秦先生
ご無沙汰しております。
大阪の岡崎です。「流雲吐月(三)」=湖の本149=落掌しました。ありがとうございます。新しく出されるたびにお送りいただいておりましたのに 御礼 のメールを…と思いながら 何か気の利いた内容にと 力量以上のことを自分に期待するものですから 当然のことながら無い袖はふれず…。呆然というか、 ボーッとしているうちに、気がつけば新刊が届くという悪循環でした。
すみません。お恥ずかしい限りです。
今巻の「日録」は 「2006 1・20」からですね。ちょうど私が大阪本社から東京本社に転勤になって
谷中で暮らしていた時期と重なります。先生とも直接、お会いできるチャンスだったにもかかわらず
子会社の立ち上げや新しいデジタルメディアの構築に従事してけっこう多忙な時期でしたので 結局、その好機は活かせませんでした。
この年の6月に大阪本社の文化部に戻った途端、それまで頚椎ヘルニアの影響だとみられていた症状が筋肉の病気であることが判明し 阪大病院に2カ月近くも入院したことなどを思い出しました。
(その際にもご報告していたかもしれませんが、おかげさまで適合する薬が見つかり翌春には寛解し、その後、完治といって差し支えない状態になりました)
今巻、まだ、サーッと全体に目を通させていたいた下読みのような段階ですが、「対馬」や「電子メディア」「中国」などへのご見解は 僭越ながら慧眼と感じ入りました。
ドイツのメルケル首相が 「第二次大戦以来の試練」とするような時節で、終息の時期も見えませんし 検事長の停年延長という、白昼堂々の公衆の面前での 犯罪のような、「権力」の異様な行いがまかりとおり、こればかりは いかにしても「白紙撤回」が相当…と事態の経過を見つめております。
2015年9月末に53歳で新聞社を退社し 翌月から取締役に就任した(家内が代表をつとめる)会社は 若い社員の将来も考えて平成31年4月にM&Aで安定した会社と業務提携を結んで同社の子会社となり、私は取締役を退任させていただきました。
その前の同年1月から医薬品会社の「企画・制作」の部署に勤務しており、現在の上司(72歳)の後を引き継いで 70歳くらいまで、のんびりと勤めて社 会人生活を終えるという流れにまかせる気分にかたむいていたのですが、思うところがありまして現在、別の方向への転換を進めております。
現在の職場にもなんとか了承を得ましたので なんとか来月初めには迷惑を最小限にできる状況を整えて、新しい仕事に着手いたします。
以上、御礼というより 単なる近況報告になりました。ご容赦いただければ幸甚に存じます。
時節柄、何卒、御身お大切になさってくださいますよう、衷心よりお願い申し上げ、擱筆いたします。
* 大学の後輩かと破屋している。テキパキの新聞記者さんから、旺盛に世渡りして行かれる。元気が伝わってくる。「対馬」「電子メディア」「中国」への言及に目を留めて貰えただけで、感謝。お元気で。
☆ 秦 兄
しばらくのご無沙汰ですが お元気なご様子で何よりです。 「湖の本149巻」ただいま頂きました、有難うございました。
例によって お礼は後日するとして「私語の刻」で批評家の文字が目に留まり フト 「批評家は本職の成り損ない」の文句を思い出しました。
監督や指導者と同一視はできませんが 「名選手必ずしも名監督ならず」からすると イチローさんは名監督になれるだろうかと 長嶋茂雄の監督時代を振り返って苦笑しています。
では野村や王さんは、ということになりますが 天才型と努力型とのちがいだろうと 今どき呑気なことを考えたりして 不真面目な爺です。
安倍暴政への憎まれ口は あれ以来 専らtwitterやFacebookで発散しています。と言うより山本太郎との首のすげ替え作戦を思案中です。
片肺の老躯には肺炎がいちばんの強敵。兄も十分のご自愛を。 京・岩倉 辰 中・高同期
* 腕白爺さんの息づかいが聞こえる。
2020 3/22 220
* 森川曾文(呉春の子景文の孫弟子)の 櫻と雉 紅葉と鹿 の双幅を貰ってもらった。
戴いていた井上靖の小説・紀行の「選集」十巻余を、読書へ熱中と聞いた春からの新高校生クンに喜んで差し上げた。井上文学は読みよくて質も高い。亡き・井上先生も喜んで下さるだろう。
2020 3/22 220
☆ 御礼
秦様 当地は桜が七分咲、明日か明後日には満開になり、週末には散ってしまいそうです。書斎の前に佇つ桜の木を一日中眺め暮らし、桜の歌を思い出しております。
本日、「湖の本149 流雲吐月」、拝受いたしました。ありがとうございました。いつものように早速拝読いたしております。
今回の時事的なご発言が、十年以上経っても古くなっていないことに改めて驚き、感心いたしております。
とくに、中国に関するご発言はますますリアルな認識になってきていると存じます。秦様の歴史に対する深いご関心と読書の所産と拝察いたしております。
秦様の日本古典の教養に裏打ちされた歴史認識に、深く学ぶところがございます。わたくしも年を取るごとに歴史に対する関心が強くなってまいりました。
わたくしの方はこの五月に、『世界史上最高のスパイ』(仮題)なる訳書を上梓いたします。今日、訳者あとがきを書き終わったところでございます。
今後もよろしくご指導の程、お願いいたします。 茨城・水海道 鋼 翻訳家・批評家
* 「十年以上経っても古くなっていないこと」に批評や判断や思想の要点があると私は思っています。
☆ ありがとうございました。
秦先生 本日、大きな&重たい荷物が届きました
葵さん(=新・高一のお嬢ちゃん)と一緒に開封し、葵さんは小躍りで大喜びです。先生の大切な本を頂いたことはもちろん、あれだけの大きい&重たい荷物を先生に荷造り頂いて送って頂いたことに感謝です。本当にありがとうございました。
早速、大事に大事に2階の自分の部屋に持ち込みました。加えて、「お父さん、これが入る本棚無いから買ってね」とねだられてしまいましたが・・・
本人、きちんとお礼の手紙をお送りすると言っています。
休校措置もあり(既に卒業式が終わっているので、今の時期はどのみちお休み期間ではありますが・・)、本人の時間はたっぷりあるはずですが、先生の手元にいつ届くのかは正直分かりません。
また、失礼があってはいけないとは思いつつも、本人から直接送らせますので、もしもの時はどうぞご容赦ください。
私は「復興庁」に来てはじめての3月11日を過ごしました。
今までテレビや新聞等での震災に関する報道をいかに他人事のように見聞きしていたのかと恥ずかしく思います。
自分の目で見たあの場所の、そしてそこに住んでいた方々の9年前の被災の状況と考えるだけで、こんなにも違う思いになるんだと。被災地であろうとなかろうと、様々な地域やそこに住む人たちの毎日を支え続けられればと思います。
今週は気仙沼市と石巻市に出張予定です。 都・国分寺 ○ 東工大卒 国交省
* 葵ちゃんが喜んでくれて、本望。いい本ほど、読みたい人の手にわたって行くべしと願ってきた。井上靖先生も喜んで下さろう。
誠心誠意の○ちゃんを、どんなときも、信頼している。お努めあれ。
2020 3/23 220
☆ 謹啓
御著『湖の本』149巻 ありがたく拝承致しました。御選集とともに ギネスブック的持続力と驚嘆致しております。「國公立・公職・公務員というものが、度を超して公権力に隷従させられる傾向の強まって行くのは、おそろしい気がしませんか」(P20)
こんな國になるとは、若い頃、想像もしませんでした。
御快癒お祈りいたします。 都・清瀬 慧 評論家
☆ 過日は
『湖の本』149 「流雲吐月(三)」お送りいただきありがとうございました。
読んでいて、八十五ページに私の名前が出てきて、びっくりしましたが。恐々謹言
庚子三月廿二日 静岡市 小和田哲男 歴史学者
* 2007.8.3日日付の項に、こんなふうに書いていた。
* あまりたくさんな『閑吟集』へのお手紙で、感謝してバンザイの体だが、歴史学の小和田哲男さんから、「戦国武将、信長、秀吉、家康の時代を勉強して いる者として、一一八から九ページのあたりの記述にハッとさせられました。自分なりにとらえ直さなければと思った次第です」とあるのに、感謝した。いちば ん戴きたかった指摘であった。わたしはそこでこう書いている。
* 十五世紀の百年は、足利義政による応仁文明の乱をまんなかに抱きこんで、いわゆる東山時代なる禅趣味貴族文化を、破産に導いて行きます。前にあげた 宗祇、珠光、雪舟といった人材の独創は、明らかに東山文化の似而非ぶりへ、内から外からつきつけた厳しい反措定としての、ほんものの性根をもっています。 三人に先行して反骨一休の禅をおいてみればもっとよく頷けるところです。
さきに、この時代、自然な趣向をうるに好環境だったかどうかの判断がむずかしいと私が言いましたのは、一般の説とはかけちがうかも知れないのですが、い わゆるまやかしの東山文化なるものと、雪舟、宗祇、珠光らが精神の重みをかけて求めたものとの、拮抗と隔差に、この時代の創造的環境としての意味や評価を 見なければならぬと思うからです。
一つの見当として、あの申楽の能の天才世阿弥の存在が、十六世紀へと近づいてくると、さすがに変容変質を強いられて、能の中に、傾(かぶ)きの要素が近 づき浸透してくる。それ自体は積極的な「趣向」要因なのですが、世阿弥が理想とした幽玄な〝花〟の美しさが、彼の直接の後進の手でより深められたとばかり は言うわけに行かず、むしろ雪舟、宗祇、珠光らの方が世阿弥の高邁と深玄そして優美とを、それぞれの分野で承け嗣いだ感がある。
世阿弥を世阿弥として消化も吸収もできなかった体質として、私は反庶民的な禅趣味に終った東山文化を否定的に考えています。さらに言えば東山文化と闘っ た雪舟の藝術は、狩野派がこれを受けとってやがて官僚的画風へ変質させ空洞化させます。宗祇の藝術は『閑吟集』という異色の子をなして、その後は、俳諧の 芽がそして芭蕉の新芽が芽ぶくまでのあいだ、立ち枯れを余儀なくされます。幸い珠光の茶だけが利休の茶へ大きく育つのですが、しかもそこで躓いた。利休は 秀吉の手で裁断され、後継者は茶の道を容易に立て通せなかった。あげく頽廃の繁栄へと今日にまで導いた。
この三様の挫折。それは信長、秀吉、家康の成功と当然に表裏していました。武家の側からみれば、十六世紀の戦国大名時代そして安土桃山時代は上昇そして 勝利の時代でしょう。が、民衆の側からみれば、全く同じ時代が雪舟、宗祇、珠光らの余儀ない変容変質へと下降そして敗亡した時代でした。
安土桃山時代は、実は、私の表現を用いれば、〝黄金色(きんいろ)の暗転期〟にほかならなかったのです。 2007 8・3
* いまも、およそそう考えている。
☆ 最近の
日本のニュース全般の緩さというか、緊張感、緊迫感のないことを憂慮しています。これほどの国難なのに国民はごまかされていませんか、と。
世界のコロナウィルスのニュースを観ていると、日に日に深刻さが伝わってきます。
コロナウィルスについての、「ドイツ、メルケル首相のスピーチ」を速攻で翻訳してくれた親切なひとのブログがありましたので、少し長くなりますが引用させてください。(すでにお読みでしたら失礼)
☆ コロナウィルス対策についてのメルケル独首相の演説全文
(コロナウィルス対策としてさまざまな個人の行動を大幅に制限する厳しい措置が取られることになったため、昨日(2020年3月18日)メルケル独首相は国民に理解と協力を求める演説をしました。
演説全文を掲載していたのは翻訳時点では Kölner Stadt-Anzeiger “Merkels Corona-Ansprache im Wortlaut „Nur Abstand ist der Ausdruck von Fürsorge” のみで、首相公式サイトには掲載されていませんでした。(2020/03/20更新、ようやく首相公式サイトで演説全文のテキストが公開されました。興味 のある方はこちらをご覧ください) この演説全文をざっとですが日本語訳しました。
【試訳】
親愛なる国民の皆様、
コロナウィルスは現在わが国の生活を劇的に変化させています。私たちが考える日常や公的生活 、社会的な付き合い ― こうしたものすべてがかつてないほど試されています。
何百万人という方々が出勤できず、子どもたちは学校あるいはまた保育所に行けず、劇場や映画館やお店は閉まっています。そして何よりも困難なことはおそ らく、いつもなら当たり前の触れ合いがなくなっているということでしょう。もちろんこのような状況で私たちはみな、これからどうなるのか疑問や心配事で いっぱいです。
私は、今日、このような通常とは違った方法で皆様に話しかけています。それは、この状況で連邦首相としての私を、そして連邦政府の同僚たちを何が導いている のかを皆様にお伝えしたいからです。
開かれた民主主義に必要なことは、私たちが政治的決断を透明にし、説明すること、私たちの行動の根拠をできる限り示し て、それを伝達することで、理解を得られるようにすることです。
もし、市民の皆さんがこの課題を自分の課題として理解すれば、私たちはこれを乗り越えられると固く信じています。このため次のことを言わせてください。 事態は深刻です。あなたも真剣に考えてください。東西ドイツ統一以来、いいえ、第二次世界大戦以来、これほど市民による一致団結した行動が重要になるよう な課題がわが国に降りかかってきたことはありませんでした。
私はここで、現在のエピデミックの状況、連邦政府および各省庁がわが国のすべての人を守り、経済的、社会的、文化的な損害を押さえるための様々な措置を 説明したいと思います。しかし、私は、あなたがた一人一人が必要とされている理由と、一人一人がどのような貢献をできるかについてもお伝えしたいと思いま す。
エピデミックについてですが、私がここで言うことはすべて、連邦政府とロバート・コッホ研究所の専門家やその他の学者およびウイルス学者との継続審議か ら得られた所見です。世界中で懸命に研究が進められていますが、コロナウィルスに対する治療法もワクチンもまだありません。
この状況が続く限り、唯一できることは、ウイルスの拡散スピードを緩和し、数か月にわたって引き延ばすことで時間を稼ぐことです。これが私たちのすべて の行動の指針です。研究者がクスリとワクチンを開発するための時間です。また、発症した人ができる限りベストな条件で治療を受けられるようにするための時 間でもあります。
ドイツは素晴らしい医療システムを持っています。もしかしたら世界最高のシステムのひとつかもしれません。そのことが私たちに希望を与えています。しか し、わが国の病院も、コロナ感染の症状がひどい患者が短期間に多数入院してきたとしたら、完全に許容量を超えてしまうことでしょう。
これは統計の抽象的な数字だけの話ではありません。お父さんであり、おじいさんであり、お母さんであり、おばあさんであり、パートナーであり、要するに生きた人たちの話です。そして私たちは、どの命もどの人も重要とする共同体です。
私は、この機会にまず、医師としてまたは介護サービスやその他の機能でわが国の病院を始めとする医療施設で働いている方すべてに言葉を贈りたいと思いま す。あなた方は私たちのためにこの戦いの最前線に立っています。あなた方は最初に病人を、そして、感染の経過が場合によってどれだけ重篤なものかを目の当 たりにしています。
そして毎日改めて仕事に向かい、人のために尽くしています。あなた方の仕事は偉大です。そのことに私は心から感謝します。
さて、重要なのは、ドイツ国内のウイルスの拡散スピードを緩やかにすることです。そして、その際、これが重要ですが、1つのことに賭けなければなりませ ん。それは、公的生活を可能な限り制限することです。もちろん理性と判断力を持ってです。国は引き続き機能し、もちろん供給も引き続き確保されることにな るからです。私たちはできる限り多くの経済活動を維持するつもりです。
しかし、人を危険にさらす可能性のあるものすべて、個人を、また共同体を脅かす可能性のあるものすべてを今減らす必要があります。人から人への感染リスクを可能な限り抑える必要があります。
今でもすでに制限が劇的であることは承知しています。イベント、見本市、コンサートは中止、とりあえず学校も大学も保育所も閉鎖され、遊び場でのお遊びも禁止です。
連邦政府と各州が合意した閉鎖措置が、私たちの生活に、そして民主主義的な自己認識にどれだけ厳しく介入するか、私は承知しています。わが連邦共和国ではこうした制限はいまだかつてありませんでした。
私は保証します。旅行および移動の自由が苦労して勝ち取った権利であるという私のようなものにとっては、このような制限は絶対的に必要な場合のみ正当化 されるものです。そうしたことは民主主義社会において決して軽々しく、一時的であっても決められるべきではありません。しかし、それは今、命を救うために 不可欠なのです。
このため、国境検査の厳格化と重要な隣国数か国への入国制限令が今週初めから発効しています。
経済全体にとって、大企業も中小企業も、商店やレストラン、フリーランサーにとっても同様に、今は非常に困難な状況です。
今後何週間かはいっそう困難になるでしょう。私は皆様に約束します。連邦政府は、経済的影響を緩和し、特に雇用を守るために可能なことをすべて行います。
わが国の経営者も被雇用者もこの難しい試練を乗り越えられるよう、連邦政府は、必要なものをすべて投入する能力があり、またそれを実行に移す予定です。
また、皆様は、食料品供給が常時確保されること、たとえ1日棚が空になったとしても補充されること信じて安心してください。スーパーに行くすべての方に お伝えしたいのですが、備蓄は意味があります。ちなみにそれはいつでも意味のあるものでした。けれども限度をわきまえてください。何かがもう二度と入手で きないかのような買い占めは無意味ですし、つまるところ完全に連帯意識に欠けた行動です。
ここで、普段あまり感謝されることのない人たちにもお礼を言わせてください。このような状況下で日々スーパーのレジに座っている方、商品棚を補充してい る方は、現在ある中でも最も困難な仕事のひとつを担っています。同胞のために尽力し、言葉通りの意味でお店の営業を維持してくださりありがとうございま す。
さて、今日私にとって最も緊急性の高いものについて申し上げます。私たちがウイルスの速すぎる拡散を阻止する効果的な手段を投入しなければ、あらゆる国 の施策が無駄になってしまうでしょう。その手段とは私たち自身です。私たちの誰もが同じようにウイルスにかかる可能性があるように、今誰もが皆協力する必 要があります。まず第一の協力は、今日何が重要なのかについて真剣に考えることです。パニックに陥らず、しかし、自分にはあまり関係がないなどと一瞬たり とも考えないことです。不要な人など誰もいません。私たち全員の力が必要なのです。
私たちがどれだけ脆弱であるか、どれだけ他の人の思いやりのある行動に依存しているか、それをエピデミックは私たちに教えます。また、それはつまり、どれ だけ私たちが力を合わせて行動することで自分たち自身を守り、お互いに力づけることができるかということでもあります。
一人一人の行動が大切なのです。私たちは、ウイルスの拡散をただ受け入れるしかない運命であるわけではありません。私たちには対抗策があります。つまり、思いやりからお互いに距離を取ることです。
ウィルス学者の助言は明確です。握手はもうしない、頻繁によく手を洗う、最低でも1.5メートル人との距離を取る、特にお年寄りは感染の危険性が高いのでほとんど接触しないのがベスト、ということです。
こうした要求がどれだけ難しいことか私は承知しています。緊急事態の時こそお互いに近くにいたいと思うものです。私たちは好意を身体的な近さやスキン シップとして理解しています。けれども、残念ながら現在はその逆が正しいのです。これはみんなが本当に理解しなければなりません。今は、距離だけが思いや りの表現なのです。
よかれと思ってする訪問や、不必要な旅行、こうしたことすべてが感染を意味することがあるため、現在は本当に控えるべきです。専門家がこう言うのには理由があります。おじいちゃんおばあちゃんと孫は今一緒にいてはいけない、と。
不必要な接触を避けることで、病院で日々増え続ける感染者の世話をしているすべての方々を助けることになります。こうして命を救うのです。多くの人に とってこれはきついことでしょう。誰も一人にしないこと、声かけと希望が必要な方たちの世話をすることも重要になってきます。私たちは家族として、また社 会として別の相互扶助の形を見つけるでしょう。
今でもすでに、ウイルスとその社会的影響に対抗する創造的な形態が出てきています。今でもすでに、おじいちゃんおばあちゃんがさみしくないようにポッドキャストをするお孫さんたちがいます。
私たちは皆、好意と友情を示す別の方法を見つけなければなりません。スカイプや電話、イーメール、あるいはまた手紙を書くなど。郵便は配達されるのです から。自分で買い物に行けないお年寄りのための近所の助け合いの素晴らしい例も今話題になっています。まだまだ多くの可能性があると私は確信しています。 私たちがお互いに一人にさせないことを社会として示すことになるでしょう。
皆様にお願いします。今後有効となる規則を遵守してください。私たちは政府として、何が修正できるか、また、何がまだ必要なのかを常に新たに審議します。
状況は刻々と変わりますし、私たちはその中で学習能力を維持し、いつでも考え直し、他の手段で対応できるようにします。そうなればそれもご説明します。 このため、皆様にお願いします。噂を信じないでください。公的機関による通達のみを信じてください。通達は多くの言語にも翻訳されます。
私たちは民主主義社会です。私たちは強制ではなく、知識の共有と協力によって生きています。これは歴史的な課題であり、力を合わせることでしか乗り越えられません。
私たちがこの危機を乗り越えられるということには、私はまったく疑いを持っていません。けれども、犠牲者が何人出るのか。どれだけ多くの愛する人たちを 亡くすことになるのか。それは大部分私たち自身にかかっています。私たちは今、一致団結して対処できます。現在の制限を受け止め、お互いに協力し合うこと ができます。
この状況は深刻であり、まだ見通しが立っていません。 それはつまり、一人一人がどれだけきちんと規則を守って実行に移すかということにも事態が左右されるということです。
たとえ今まで一度もこのようなことを経験したことがなくても、私たちは、思いやりを持って理性的に行動し、それによって命を救うことを示さなければなりません。それは、一人一人例外なく、つまり私たち全員にかかっているのです。
皆様、ご自愛ください、そして愛する人たちを守ってください。ありがとうございました。
【試訳終了】
日本語の表現としていまいちなところもあるかもしれませんが、スピードを重視した結果ですので、目をつぶっていただけたらと思います。
メルケル首相のスピーチを読みながら私は途中で泣けてきました。ドイツ在住の作家多和田葉子さんは、ドイツの好運としてメルケル首相のいることを書いて いましたが、ドイツには人のいのちにかかわる重要なことを誰にでもわかる言葉で真摯に伝えようとする首相がいて、政府があります。どうして日本人はそのよ うな政治家をもてないのか、もったことがないのか、情けなくて泣けたのかもしれません。フランスのマクロン大統領のスピーチも立派なものでした。欧米の政 治家も政治家であるかぎりクリーンでない部分はたくさんあるとしても、人間まったく心に思っていないことは言えません。だから国民に伝わるのです。
一昨日でしたか政治家の言語能力の彼我の差について書かれた新聞コラムがありましたが、私は政治家の言語能力以前の問題ではないかと思います。誰かが書 いた原稿を読むだけで、心底思っていないことは決してひとの胸には届きません。日本のエライ政治家たちにはいのちを守るという思想がない、決定的にない、 少なくともコロナウィルスに関しては。そう思えてしまうのです。私が間違っているのでしょうか。
数日前に読んだオックスフォード大のデータで 日本におけるPCR検査実施数は10205件 国民100万人あたり80.5 韓国は4831 イタリアは1420 感染者が少ない台湾が676 ロシア532 イギリス450という数値が出ています。日本の感染者数がまだましであるのは、検査していないからだとしたら、すでに日本は、東京は、見えないだけの爆発 的な感染拡大状態にあるのかもしれないのです。現時点で日本が検査数を抑制しているのは、経済的理由やオリンピックを開催したいためにすぎないでしょう。 ドイツのコロナウィルスによる致死率は一番低いのですが、早い段階での検査のせいと云われています。日本は諸外国から検査を抑制していると非難されていま す。このままいくと日本は国際信用を失うことになります。もし意図的でなく単に多くの検査が出来ない体制だとしたら、日本の国力はここまで落ちてしまって いるのです。
オリンピックが延期になったらすぐに緊急事態宣言が出るのかもしれません。みづうみには今日からでも食品、日用品の備蓄をお勧めします。建日子さんがア マゾンから品物を送れるとメールに書いていらっしゃいましたが、本当に簡単な操作でみづうみのご自宅に配送手続きが出来ます。とりあえず、運ぶのに重たい 猫砂、猫缶、ミネラルウォーター、お米などの必需品の配送をお願いなさるべきです。ネットでも高額になってしまっているトイレットペーパーもです。という よりそうしなければ、イタリアやフランスやスペインのように長蛇の列で買物をしなければならない、しかもスーパーの棚がからっぽという品物がない事態にな りかねないからです。
家族以外の二人以上の集まりを避けるようにと指示している国まで出てきています。致死率が高くないといわれていても、かかった人の経験談を読むと尋常で なく辛い闘病であったことがわかります。自宅籠城しかありません。幸いみづうみにはご自宅でなさりたいお仕事がたくさんおありです。籠城生活も楽しく、ど うかお元気にお過ごしくださいますように。
潮 春潮の彼処に怒り此処に笑む 松本たかし
* メルケルという小母さん宰相を、アメリカのあの蒙昧大統領爺に比して、我が家では誰よれも敬愛してきた。この長ァい演説にも共感し教えられた。読みやすく訳して下さった方に感謝。
☆ 秦先生 湖の本 ありがとうございました。
先生、大変ご無沙汰しております。お元気でしょうか。アイピロー(=むかしむかしに、眼を労るようにと、戴いた。)の荒川です。
帰宅して集合ポストを覗いたところ、湖の本が届いていました。ありがとうございます。
それで…いきなり本題で失礼します。実は、2年前にお電話を頂戴してから、ずっと先生のパソコンのことが気にかかっていました。
「調子が良くない」を慎重に言い換えると「できないことが少しずつ増えていった」のではありませんか? 古いOS(オペレーション・システム)をお使いですと、ある日突然、昨日までできていたことができなくなります。
「新しいOSに対応するため、古いOSでのサービスを順次終了させていった」とお考えになればわかりやすいかもしれません。
現在、ウィンドウズパソコンの最新OSは「Windows 10」です。
先生お使いのOSは、Windows98あたりでしょうか?(違っていたら申し訳ありません)
インターネットに関することで、ウェブの閲覧、ツイッターなどの双方向サービスなどは切り替えが非常に早いです。容赦なく、どんどん、できなくなってい きます。同じ理由で、買ってきた外部装置が使えないことも多発します。(つないだ装置を動かすソフトウェアのサービスが終了して
しまっている)
ですが、メールやホームページのアップロードは技術の進歩が緩やか(というか、ほとんど進んでいません。サービス自体が単純なため進む必要がないのです)なので、先生お使いのソフトウェアにニフティが対応している限り、どうにか可能な
はずです。
あと、パソコン本体に関して、ハードディスクは消耗品とお考えになると良いかと思います。突然だめになります。メモリや電源装置も(ハードディスクほど弱くはありませんが)やはり突然だめになります。
パソコンで一番大切で重要なのは「保存しているデータ」です。
古いOSのパソコンから、新しいOSのパソコンにデータを移すことは難しいかもしれないですが、まずは、どうにかデータを退避させておくことをおすすめします。
うまくいくことをお祈りしています。(いざとなったら専門業者もあります。お高いですが…)
長くなりました。また気付いたことがありましたらメールいたします。それでは!
* リツ然とするばかりで、戦いている。荒川さんには、ペンに「ペン電子文藝館」を建てていた頃に智慧を借りたりしていた。遠方のお住まいで、ちょつとお 願いとはとても無理。今は、どの世間でも幹部級に出世している東工大卒業生の助けも借りられず、毎日ヒヤヒヤしながら古代人のような機械と向き合ってい る。新しい機械も買ってあるのに、親切な説明書が無く、持ち腐れにしか成っていない。わたしは徹底して「機械」にがてで、買ったばかりの携帯電話も新しい 小型カメラもテンで役に立てられないまま「置いて」ある。
* なんとか、この機械の全部の現設定や現内容を、新しい方の機械へ「入れた」「気」ではいるのだが、あやしい。ま、よろよろと日々の足を前向きに運んで いるだけ。どなたか、「秦 恒平・湖の本」150巻は「優にギネスブック」級とおだてて下さった。励まされました、が、機械クンに感謝です。
* 岩淵宏子さん来信を添えて女性文学全集の第11、12巻の完結分までを戴いた。
講談社役員の天野敬子さんからもお手紙を、井上靖先生のお嬢さんからも、元岩波書院「世界」の清水克郎さん、妻の従弟の濱靖夫さんからも、「三田文学」編集室、大正大学国文学研などもう何通も戴 いており、医学書院の七尾清君からは電話ももらっていながら、何ともいえずシンドクて、このまま寝入ることにする。『選集32』発送の宛名書きという用意 が全然出来ていないが、今は断念してでもやすむことに決める。
2020 3/24 220
☆ 世界中が
新型コロナ猖獗の様相をみせ、足下の揺らぐ不安感漂うなかに、
「湖の本149 流雲吐月(三)」が届きました。
2006年から2008年
秦さんが「何を、どんな理由で、どう考え、愛し嫌い重んじ疎んじてきたか」、それを今、読ませていただいていると、何だか足下が固って動揺がおさまるような気がいたします。
<歴史に問い、今日を傷む>という言葉に尽せる一冊です。
拝受後、つい読み耽ってしまいました。
お礼申し上げます。
第150巻、楽しみです。
どうぞ呉々も
御身おお大切に。二○二○年三月二三日 敬 講談社役員
* 身に沁みる。励まして戴く。感謝。
☆ 櫻の花も満開で
とてもよい気節になってまいりました。が、どこのテレビをつけましてもコロナウイルスで世界中が大変なことになっております。年寄りにはとてもこわいウイルスのようで どうぞお気をつけ下さい。
「湖の本」お送り下さり有りがとうございました。たのしく読ませて頂きます。何十年も前 父母(井上靖)生前の時 世田谷の家にお越しいただいた時のこと思い出しております。お元気で。 幾世
☆ 例年より早く
櫻が開花したと言いますのに、コロナウイルスの脅威に取り巻かれて落ち着かない日々でございます。お障りもなくお過ごしでいらっしやいますか、お伺い申し上げます。
過日は、『湖の本一四八』を、昨日は、『湖の本一四九』をご恵送賜り、まことにありがとうございました。厚く御礼申し上げます。もっと早くに御礼申し上げなければいけませんでしたのに、取り込んでおりまして、このように遅くなり、まことに申し訳なくお詫び申し上げます。
間もなく刊行されます新・フェミニズム批評の会の論文集の編集委員としての仕事や、水田宗子先生の支援のために参加しております一般社団法人 国際メ ディア・女性文化研究所の決算報告書作成(会計を担当しておりますため)、中国の院生の博士論文の添削にも追われておりました。自分の原稿もあるのです が、何か追われていて手が届かない状況でございます。
いただいたご本により、先生はご自分のお仕事だけでなく、日本ペンクラブ電子文藝館のお仕事をされていらしたことを存じ上げました。また、『作家・秦恒平の文学と生活 私語の刻』というホーム
ページをもっていらっしやることも知り、早速ネットで検索させていただきました。いずれのご本も、大変興味深く、少しずつ拝読させていただいております。
同封の『〔新編〕日本女性文学全集』(=岩淵さんは、監修者 意義深い佳いお仕事であった。)は、これで完結となりました。初の近現代女性文学全集ですので、やはり感無量でございます。お暇の折に、ご笑覧いただけましたら幸甚に存じます。
コロナウイルス騒ぎは、いつ収束するのかわかりませんが、くれぐれも御身ご自愛のほどお祈り申し上げます。 敬具 岩淵宏子
2020 3/25 220
☆ 「湖の本」が届きました。
ありがとうございました。日々の学びの様子がとても刺激的です。おおいに触発されました。ありがとうございます。 金丸弘美 作家 日本ペンクラブ環境委員
☆ 「湖の本 149」を
お送りいただき ありがとうございます。
最後の頁に書かれている辻邦生さんの『背教者ユリアヌス』には、高校生の頃を思い出します。遙かまえなので 物語の内容はおぽろげですが 世界史の先生が雑談で話してくれた本でした。
女子高生 2人で 読み終わった後 喫茶店で盛り上がり もしも画廊喫茶を開いたならば『喫茶ユリアヌス』がいいねと話して。その頃の名古屋は 気のきいた喫茶店が 多くありましたので そんなことを思ったのだと思います。
先日 いただき物の海苔菓子が風味よく美味しかったので 夫に調べてもらうと熊本の海苔店が造るお菓子でした。風雅巻きしょうゆピーナッツは、日本酒にもあうかと思います。
毎日コロナのニュースばかりですが 奥様と お楽しみいただければ幸いです。(楽天ショップからなので 夫の名前で送らせていただきました。) 埼玉・所沢 藤森佐貴子 (島津忠夫先生ご遺族)
* いつもいつも 佳いおてがみとともにお心遣い下さる。感謝。
* 妻の親友 練馬の持田晴美さん、友枝昭世らしき「猩々」の、雅な墨畫に、「一曲の能の果てる、あの静けさほど輝く至宝は無い」と二○○八年六月に書い ていた一文を添え、「そうありたいです」とお葉書戴く。あまり佳い繪なので此処へもうつしたかったが、プリンタを使えない私の不器用、残念。
* 山梨県立文学館からも受領の来信。
2020 3/25 220
☆ 「湖の本」149 おめでとうございます!
迪っちゃん 昨日「湖の本」届きました!有り難うございます。秦さんにおめでとうとお伝え下さいね。いつも頑張っておられて感心しています。迪っちゃんもよく働きますね。
実はうちは現在大工さんが入っていてあちこち修理中なんですが、私がギックリ腰になって、家族に迷惑を掛けてしまっています。大分良くなってきましたが、やはり年ですね。働きたいのに出来ないのは本当に辛いです。でも家族が元気なので助かります。
どうかくれぐれも無理しないようにして下さいね。 琉 義妹
2020 3/25 220
☆ 今日を傷む
今日、湖の本が届きました。流雲吐月・・歴史に問い・今日を傷むとあり、鴉の想いが伝わってきます。「今日を傷む」は今現在のコロナ肺炎に直面した抜き差しならない世界の状況であるとも重ねて思われます。
東京では感染爆発の危機だと会見が報じられています。
ひたすら健康に留意して外出も控え、どうぞこの日々を無事過ごして下さい。それはこちらも同じで、加えて月曜日に退院したばかりの新生児と暮らしている のですから、何気なく暮らしていけることが既に十分に幸いと思わずにいはいられません。同時に世界の多くの人々が苦しんでいるこ
とを忘れてはいけない、と心しています。
とにかく今は極力外出を避けて暮らすこと!どうぞこの困難な日々を乗り切って下さい。
本を何気なく繰っていましたら、p98にわたしの文章が載っていて驚きました。書名など細部は忘れている部分もありますが、基本的な姿勢は変わりような く・・。友人の一人に住井すえ氏に大きな影響を受けたという人がいるのですが、彼女とその点についていつか話し合ってみたい思っています。
P120辺りからのチベット問題、中国共産党の問題も今もって重要な事柄、本当にビンビンと響いてきます、ヘンな表現ですけれど。
孫の世話の手伝いが最優先の日々、決心しないと本も絵も飛んでいってしまいそうですが、頑張ります。
再度。くれぐれもお身体大切に、風邪も肺炎も絶対だめです。 尾張の鳶
* 油断大敵 という四字をいやほど聴いた時代があったが。いま、コロナのまえでそう自身にも誰にも言い聞かせねばならない。
☆ 拝啓
櫻が満開となりましたが、コロナ感染症拡大のニュースに、日々愁いが増すようです。
ころなころなかんせんしョウ
このたびは「湖の本 149 流雲吐月(三)」をご恵送賜りまして恐縮いたしております。心より厚く御礼申し上げます。まだ全てに目を通してはおりませ んが、政権に対するご批判やご意見は、これが十何年前のものと思いますと ほとんど体勢が変わっていないことを痛感させられます。
そんな中、閑吟集とそれにまつわる「船津屋」の美しい若女将のお話は、何とも匂やかで素敵ですね。本当に聡く、藝達者でもいらして、その上お美しい方、鏡花ゆかりのお宿にぴったりでしたことと、先生のご満悦ぶりが思い浮かびます。
また、奥様が活けられましたお手洗いのお花の佇い、それを上からこそ見るべきもの、と、折々楽しくご鑑賞されていらっしゃる先生の美意識をお伺いし、私もこんど実行してみようと思います。
いつもお送り頂き、たくさん学ばせて頂くばかりではバチが当たりそうです。
ほんの少々ですが、お茶のお伴に、粗菓をお送り申し上げます。
ご体調を崩されませんよう、お変りなきご健筆のほどお祈り申し上げます。 かしこ
三月二十五日 菊池洋子 拝 (紅書房主人)
* 恐縮です、感謝感謝。
* 私の「湖の本」には、小説や短歌、戯曲等の「創作」 古代現代の多方面に亘る論攷やエッセイ、随筆、観劇・美術鑑賞。音楽等々日々の随感随想や、かな り激しい政局や時代への嘆息や批判など、それに仕事のメモや用意、大勢の方々とのメールや書簡等を介しての交流が、毎日書き込まれて二十数年、総量すでに 十万枚を超して、ほぼ一日として欠かしたことがない。
それが斯く「湖の本」のかたちをとって、何らか「的を絞った」独特の批評や感懐の本に成りうるには、或る一読者の多年懸命のご尽力で、猛烈な量の感想群 をほぼ「三十余項目」に分けて分類整理して下さってあればこそ、なのである。「濯鱗清流」「流雲吐月」「京味津々」「ペンと政治」「詩歌断想」「バグワン と私」等々のシリーズが成り立つのは、一に、その方の莫大なお力添えあってのこと、改めて篤くここで更にお礼申し上げる。
* そうそう都市封鎖の成る昨今とは思えないが、賢しらに動き回るのは人メイワクから我が身に災厄をまねくことになる。
こんな時こそ可能な人はしずかに本をよむことだ。
* 京都、宇治の水谷葉子先生(敗戦後新制の弥栄中学へ入学時の、理科の先生)、お便りと宇治茶を送って下さる。
☆ 都をどり(=京祇園、井上流)の(コロナ自粛でか=)ない春は、
私にとってはじめてのこと。振付とお稽古の日々から、一転、稽古場(八坂クラブ)も閉めてという事態になりました。
新門前(井上家やもと私の育った秦家が在った通り=)でできる稽古を、グループ別に、窓をあけてすることにいたしましたら、予想以上に、若い子が喜んで熱心に来てくれまして、久方ぶりに、体育会系の熱の籠もった毎日です。
夜は時間ができ、先生の御本を手にとることも多く、本日、流雲吐月が着きまして、いまから楽しみにいたしております。何とか、焦らず、気負わず、穏やかに過ごしたいと思います。
どうかお身体お大切に! ありがとうございました。 八千代
* 「こころ ばかり」と、湖の本へご喜捨戴いた。有難う。
東の仲之町から白川を渡って八千代さんの西之町へ。途中に仕出しの「菱岩」があり、井上家を通り過ぎるとすぐ縄手、疏水、そして鴨川、川西は先斗町。帰りたいなあ。
☆ 梅が散り果てて
馬酔木が咲いています。深紅の木瓜を剪り取って床に移すとピンクに変わって、桃の花然と収まっています。
『湖の本』149号が届きました。この読み方は、先号に準じてということになります。
私が「小説家」秦恒平に魅せられ、その小説を愛して現在に至っていますが、その間「批評家秦恒平」を見せつけられて、その「言」に深く引き付けられていることは、以前からも申し上げているとお
りです。恐らく秦さんの読者は、みなさん私と同じ感想ではないかと思っています。本号の「私語の刻」での記述は、納得納得です。
以前にお話ししたかも知れませんが、この28日から徳田秋聲記念館で、「岡栄一郎展」が始まります。館長の上田正行先生から、期間中に「岡栄一郎」について語ってくれないか、とのご依頼があ
りました。70歳を過ぎてから、人様の前で話すことがほとんどな
くなっています。「岡栄一郎」を知ってほしいことはやまやまですが、頭のなかの事柄が、なかなかことばになって出てこないのです。そのことを告げてお断りしたところ、館長との「対談」ということでど
ぅだと言われて、上田先生に助けていただけるならと、お受けしました。それで今、久しぶりに手元にある「資料」を読み返しています。いまさらながらもっと きちんと、そして丁寧に調べて、まとめておくべきだったと思うことしきりです。一方で、熱い思いで「資料」に接していた日々をなつかしく思い出していま す。
『選集』も完結間近というところまできているようです。思いが完遂されることを願っています。
とりあえず『湖の本』の受け取りといたします。
どうぞ お二人ともどもご息災にとお祈りしています。
(追) H・Pでの掌編小説を愛読しています。
雨がちにはや三月もなかばかな 万太郎
令和二年三月二十四日
石川・能美 井口哲郎 前・石川近代文学館館長 元・県立小松高校校長先生
* 嬉しい、佳いお便りを戴いた。生誕一三○年記念企画 「岡 栄一郎の陰影」展の内容等も知らせて戴いた。「今 生きている証の一つか」などと。お大事と書き添えて戴いている。おなじ声と言葉とを送り返します。
井口さんの懐かしい声に、「対談」を介し聴き入りたい、が。
☆ いつも
心にかけて頂きありがとうございます。『湖の本 149』拝受 感謝しています。
前巻『148』を読了、思う所あって、『147』の『花方』を読み返しました。選集で拝読した『オイノ』、『花方』などを含めた総集編 一種の創作の完 全版に当たると思いました。そうすれば先生から頂いたメールの主旨がすこし読み込めたと思いました。あれやこれやありがとうございます。「流雲吐月」読ま せて頂きます。
くれぐれもご自愛下さい。穏やかな世になって欲しいものです。
総理一派のインペイもなくしてほしい。草々 都・府中 杉本利男 作家
* 湖の本への支払いをかねた佳いお便りも大勢の方から戴いています。有りがたいことです。
十年も前の日記なのに、かえってそれが今にも当たっていてか、前回につづき、いい反応を獲ている。思ったまま 真っ向 書いている。不快に思う方もあろうけれど。
「批評家」とはホンモノへのなり損ないとか批評するひともいる。小林秀雄、山本健吉、中村光夫、唐木順三、福田恆存等々のホンモノに鍛えられたので、そん な批評には即、随わないけれど、一世を指導してくれる文学批評家の出動を待ち焦がれている。器が小さく、なにより批評の文章がホンモノの文藝に逸れすぎて いる。それでは創作者の宗に響かない。
2020 3/26 220
* 東村山の写真家近藤聡さん、地酒一升下さる。感謝。
* 上代史研究家相原さん、熱の籠もった新刊を下さる。感謝。
2020 3/28 220
☆ 春陽のみぎり 健やかにお過ごしでしようか
扨て 昨今東京都では終末の外出自粛の要請が出され、物々しい状況となつて参りました 一日も早い終息を願うばかりです
この度神宮司庁よりご依頼を頂き「御大礼と神宮」のナレーションを担当致しました
大変美しい映像となつておりますので、ご覧いただきたくお送り致します
くれぐれもお身体お大事にお過ごし下さい
令和二年三月二十七日 松 本 白 鸚
* まことに美しい映写と冊子。私は今上の陛下にはご両親ゆずりの優れた理性と知性とをお人柄を信頼している。記念の美しい、めったには観られない映像をお届け頂いた高麗屋さんに御礼申し上げる。
2020 3/28 220
☆ 前略
『湖の本』の新巻 ご恵送賜わり有難うこざいました。
医学書院でのお仲間でしたか、粂川光樹君の名前があって懐かしみました。今春の東大國文関係者からの賀状で、平成十八年暮れに粂川君死去のこと知ったば かりです。昭和四十年頃ゝ同人誌にいたこともあり、つづけて直木賞候補となったこともあり、小生は京一中昭和十八年卒、彼は昭和十九年入学で、年代こそち がえ、駒場で共にすごしたり、思い出は尽きません。
熊谷かおり(鳩居堂10代主人孫)が今度日本ペン広報委員に就任とかで、今度の御本を読むようにもと、回しました。
京都のために奮闘してくれよう願っております。敬具 都・豊島 稲垣眞美
☆ 大変な世の中になってしまいました。
恐竜もこうして滅びたのかと思ってしまいました。じっくり時世を見守ろうと思います。
湖の本149 感謝申し上げます。
(瀬戸内=)寂聴の全集14 ここ過ぎて、 白秋と三人の妻 515ページおいささか疲れました。
(秦 恒平昨の=)『{みごもりの湖』『罪はわが前に』で四月誕生月を過す予定です。
地酒「東村山」めしあがってください。 都・東村山 近藤聡 写真家
☆ 謹んで
申し上げます。過日は『湖の本 149 流雲吐月(三)』を温恵送下さいまして有難う御座いました。
まず「私語の刻」を拝読・150巻とは、ものすごいことだと思います。どうかこれからも御執筆、永く続きますよう強く祈念申し上げます。 都・駿河台 岩佐なを 造形美術家
☆ 『流雲吐月』
久しぶりに秦節に接して心躍りました。
特に、安倍総理(私は彼のこと、”あの千枚舌”と呼んでいます。)と山縣有朋を「ひき較べて」みたいという試み、ぜひぜひ早くお願いします。安倍をはじ めとする政財官から日本の風潮に対して文句、悪口を言うのですが、回りから無視され原ふくれてパンクしそうです。コロナウイルスは天罰ではないかと案じら れて仕方ありません。
先生、病は気からと思って病をケトバシて、なんとか実現させて下さい。心よりお待ちしております。(私もだいぶ体が弱ってきました。) 都・小石川 典
* 御茶ノ水女子大図書館その他からも「湖の本」受領の来信あり。
2020 3/28 220
* 小、中、高、大学も一緒だった冨松賢三君、湖の本の礼にと、とらやの羊羹など送ってきて呉れた。ことのほか嬉しく。こういう友達は、一人っきりになっ ている。いま小学校だけの友達も、ときどき甘味「おちょま」を送ってくれる林貞子(踊りのおっ師匠はん。)一人しかいない。寂しくなったなあ。
2020 3/29 220
* おたよりも十通ちかいが、草臥れていて、失敬します。
ひとつ驚いたのは、ペンの理事時代から親しい作家の森詠さんから、「日本ペンクラブが、いま大変な状態です。(略)存続の危機に陥っているという噂もあ ります。また後ほど。不一」とあるのにビックリもしなかった。なにしろ「ペン」は持つのかも知れないが、「文学・文藝」の「作品」で世に立っている作家の 異様に少ない「雑居」所帯で、藤村、白鳥、直哉、康成、光治良、光夫等々の「日本」を「世界」へ代表できる光った「文学会長」が、遠藤周作、井上靖の以 降、ほとんど停頓。「理事」の席を望んで右往左往のチャチな徒党騒ぎまで伝わってくる。 やれやれ。
2020 3/30 220
☆ お礼
湖の本149号 御贈呈有り難うございます。迪子奥様わざわざのお添え書き痛み入りました。
困難に敢然と立ち向かわれる秦さんを見習わねばと励まされています。
反面 長生きが時間とお金の無駄遣いになりそうな心配もあります。 吉備の人
* ムダとおもう中に値打ちもありましょう。せいぜい気を張って長生きなさってください。
☆ 保谷の霙?
昨日の保谷は霙でしたか? 世田谷辺りの積雪をテレヴィで見て 保谷は雪かしらと思っていました。
コロナの感染者が増え続けて、特に東京は緊迫した状況に。
元気に「逼塞」して日々を乗り越えてくださいとばかり念じます。
「眼 耳 鼻 舌 身 みな頼りなくなり、残るは 意」 ・・と。般若心経を繙いているような気になりました。眼耳鼻舌身・・から離れて、鴉は 既に半ば以上自由な境地に至っているのです・・。
新生児の成長は著しく、生まれて半月ですが 何やら顔が大きくなったように思えます。
育児の補助をしながら人間の成長を再度見直しているような感があります。それにしても乳幼児を育てることは、人間一人が大きくなるというのは、 大変なことと改めて思います。不思議な得難い日々ですが、無理だけはしないようにと身体を庇っています。
繰り返し くれぐれもご自愛ください。お大事に。 取り急ぎ 尾張の鳶
* 孫、孫、孫している鳶バアを 羨ましいと思います。
お互いに、コロナ、気をつけましょう。
☆ 湖の本
ご連絡遅れましたが湖の本第149巻、『流雲吐月 歴史に問い・今日を傷む』無事に頂戴しています。ありがとうございました。
この「凄み」の一冊に粛然と襟を正して対峙し続けたいと思います。
『花方』を、理解の及ばなさと共に楽しんだ読書とは異なり、古今東西万巻の書籍を読み、考え抜いた文学者の「今日を傷む」しかない呻きと絶望に出逢うのですから 相応の覚悟がいります。この一冊を冷静に読めるひとがいるとはとても信じられません。
変な譬えかもしれませんが、漱石の『心』を読むような、シューベルトの『冬の旅』を聴くような、心が千々に乱れる悲劇を追体験しなければならないのです。みづうみがどんなに苦しい生を生きているかが切々と胸に迫り、わたくしには心傷む読書になります。
読み始めてすぐに出逢うのがこの一文。
※ 称賛は、百人分で一人分。(激励も含んだ)批判ないし非難は、一人で百人分と受け取るべきである。
名言ですが、本当に突き刺さるように激烈。そして次頁を繰ると出逢うのがこの文章です。
※ 一人一人が自身の微力を疑って抛棄すること、これがおそろしい道を選ぶことに繋がると、(芹沢光治良先生)に教わったと思っています。
秦恒平ほどの読者、文学者であればこそ、芹沢光治良作品(『死者との対話』のことだと思いますが)を読みこみ、真実の鉱脈を掘り起し一行で見事に表現し得たと思います。ただの一行ですが、批評の理想とはこのような表現の創出だと教えられています。
この一冊は、以前『ペンと政治』に書いていらしたような「ひどい悪のひどさの度が過ぎれば、民族の生きていけない危険が迫る」「迫る国民最大不幸」とい う痛嘆が 一段と深い絶望の域に達しながら 「歴史から学べば、かなり多くの愚が避けられる」という、今の時代を代表する一人の文学者、知識人の「微力を 疑って抛棄すること」「おそろしい道を選ぶこと」をあくまで拒む、「寒ければ寒いと言つて立向かふ」勇気ある闘いの記録でありましょう。
わたくしがこのような拙い感想を書き送って、時々私語の刻に載せていただいている内容を、さぞ笑われているだろうなと思うことがあります。アイドルの熱 烈追っかけファンみたいなバカと。バカなことは認めますが、わたくし自身は「熱狂」とは程遠いところで、著者秦恒平との静かな対話をしているつもりです。 秦恒平文学の美酒に酔いつつ、自分にとっての「飲んではいけない毒」は決してのまないように「批評とは、選択、選別のこと」を心しているのです。谷崎を読 んでも、川端康成でも、太宰治でも、三島由紀夫でも、それは同じです。
以前、批評家の東浩紀が日経新聞のコラムに「天才をひとりにしないこと」と題してこんなことを書いていました。
「天才はたしかにひとりで現れるが、ひとりのままでは生きられないと信じている」
「才能は、才能を支える共同体を必ず必要とするのだ。」
「ではデビューできなかった小説家志望者や美術家志望者たちは『負け組』なのだろうか。そうではない。芸術とはそもそもそういうものではない。彼らプロ になれなかったアマチュアたちこそが、次世代の才能を見抜き育てていく。その循環がなければ芸術は存続しない。その点で彼らも、芸術の立派なプレイヤーな のである。」
「天才待望論は資本主義の論理である。才能を買い付け、売り抜ける。編集者もギャラリストも、いつからかそんなひとばかりになってしまった。でもそれで はだめなのだ。天才を理解し許す聴衆を育てなければ、文化は育たないのだ。いま日本に欠けているのは、その聴衆のほうである。」
「湖の本」は 秦恒平と彼の作品を読み続ける読者共同体によって遂に150巻を迎えようとしています。「湖の本」は秦恒平と彼を読み続けてきた読者共同体の文化的達成といえます。
しかしながら、肝心の出版業界、文壇はどうでしょう。
この本のあとがきに、『選集』について「盛大な笑われ仕事」と秦恒平に書かせてしまうことでよいのか。秦恒平という作家をひとりにしていませんか、恥ずかしくないですか。わたくしはそう問いたいと思います。
わたくしは同時代の読者として、秦恒平を支える共同体の一員である理由を素直に書き続けてきました。それはごまめの歯ぎしりにもならない微微微力ですが、それでも彼の居場所をその分だけでも守りたいという試みでありました。
原題が「Hidden Life」という最近話題になった映画があります。ナチスによる徴兵を拒否し頑なにヒトラーを礼賛しなかったために処刑された名 もなき農民の人生を描いたものです。この題名はジョージ・エリオットの『ミドルマーチ』からとられたとのことですが、学生時代四苦八苦してあの大長編を原 文で読んで感動したのに、そんな文章のあったことまったく気づきませんでした。二十歳になるやならずの学生には読んでも有難さがわからなくて通り過ぎた文 章だったのでしょう。翻訳で読むと次のようになります。
世界の善性を育むのは、幾分かは非歴史的行為に依存する。君や私にとって、物事が思っていたよりも悪くはならないのは、半分は頑なに隠れた生をいきた人の、もう半分は訪れる者のない墓の中にいる人のおかげなのである。
歴史の泡と消える名もなき凡人は世界をより善くまでは出来なくても、より悪くなることを阻むことは出来ると信じていますし、信じなければいけないという ことかと、励まされました。微力を断じて抛棄しないで「頑なに隠れた生」を生き切ることは難しいですけれど、そう在れたら人生の終わりにこれで良しと微笑 むことができそうに思います。たとえ「訪れる者のない墓」に入るとしても。
この作品は著者の一言一句深く考えながら読むべき一冊で重たい、とても重たい読書ですが、たしかに「読者」が読んでいることをみづうみにお伝えできたら幸いです。
海外在住の知人から、日本のコロナウィルス対策は甘すぎると深刻に心配されています。マスクだけでなく手袋必須、エレベーターのボタンやドアノブにも直 接触ってはいけないと警告されました。危機感が桁違いです。「戦地にいる」、そんな感覚に近いのです。みづうみも、どうかどうかお大事に「籠城」お続けく ださい。選集発送作業もご無理のないようになさってください。わたくしも決して頑健ではないので注意深く日々を過ごさなければなりません。
このウィルス禍の一日も早い終息を願いつつ。
鐘 一斉に撞き出す鐘のかすみけり 虚子
* 文明は危うし文化はうす暗し
* 「眼 耳 鼻 舌 身 みな頼りなくなり、残るは 意」 ・・と書いていたらしい。よろよろの爺には、かなりな言上げに思われる、が、それしかもう有るまいに。ただ「意外」という怖い言葉もこの世間には通用するからなあ。
2020 3/31 220
* 吉備の人、珍味の魚料理を送って下さる。恐れ入ります、感謝。
2020 3/31 220
☆ 御礼
秦先生 『湖の本 流雲吐月』、そして『秦恒平選集 三十二巻』をありありがとうございました。いつもながらの儀式のように、クロス装の手触りを楽しみ巻頭の写真、目次をじっくりと眺めてから巻末の「刊行に添えて」を拝読いたします。
私は再発、再々発を繰り返し、昨年末の入院・手術後はひたすら蟄居していましたが、さらにはコロナ禍ということで家族と医師・看護師以外は会話を交わしておりません。
とはいえ、家にいる限りはさほど不自由でもなくPCでのメールで友との交流を続けております。
ということで、秦先生の新しい御本もこれからじっくりと楽しませていただきます。
『湖の本 清経入水』を取り出して参りました。記念すべき第1号、1986年6月27日に単身赴任の地広島で頂戴しています。それからもう34年が経つのですね。
149冊がずらりと書棚に並び壮観です。実はまだ未読の巻が何冊もあります。大学のギリシア哲学原典講読のセミナーが、コロナ禍のあおりで聴講生は募集停止となってしまいましたので、この機会に完読を目指します。
もう5年近く 山に出かけておりません。先日の雪に山を想い山に焦がれています。
p.s. 先日大学の同窓会誌に寄稿した「なぜ山に」の小文を添付いたしました
お目通し頂けましたらさいわいです。 神奈川・鎌ヶ谷 仁
* 「なぜ山に」も、すぐ、拝読。私自身は「山」は遠くから眺めて喜ぶばかりですが、「仁」さん一文の締め括りに「仁者楽山」(孔子)のお気持ち、よく伝わります。
* 本を送り出し終え、イイ意味で「脱落」感に身を任せている。安堵と疲労とにくるまれているよう。幸い、これでしばらくは「急がれる」仕事から見放していてもらえる。
☆ 秦先生
「湖の本 149 」ありがとうございます。
すさまじい読書意欲、批評精神、継続の力に、眞底圧倒されます。どこを開いてもわが意を得たりという感じです。
「私語の刻」を読んでいろいろなことがわかりました。
安倍首相のところで嬉しくなりました。ぼくも大嫌いです。多分歴史に残る愚かな宰相でしょう。ぼくもチラット書きました。(P23)(=送られてきた、主宰される短詩誌「宙」の。)
P24の短い文章お許し下さい。もし俳句(べつの大冊の句集から=)選んでいただければ感謝感激です。
☆ 秦 恒平・*子・建日子
秦*子という人から封書が来た。一瞬ドキッとした。敬愛する作家の奥さまの名と知っていたからだ。何かの通知かと…。
秦さんの典雅な作品に、まるで私小説(或いはエッセイ)のような感じで度々登場してくる優雅な人のお名前。
ちなみに、やはり作品に度々登場するご長男は、ぼくが知った頃はたしか高校生だったはずだが、今や有名な作家、秦建日子。
約40年前ぼくが詩集「嬰児行」をお送りしたとき、父子で読んでくださり、詩集に入っている楽譜(きみに)を見て、ギターを弾きながら歌ってくれたという建日子さんが、いつのまにか、ミステリー作家になっていようとは…。
結局、奥さまの封書は、ポストカードの注文であった。詩のついているものをと。嬉しくなって、言葉がついているものをほとんどすべてお送りした。約100枚。
ぼくの今度の詩集名「隠沼」(こもりぬ)という言葉は秦さんから教わった。同名の短篇がある。奥
さまが実名で最初から最後まで登場。「私」の恋人(いわば不倫相手)の名は龍子。親友の妹である。この兄妹の近親相姦めいた話といかにも魅力的な陶器をからめた名品。
こういう作品を読むと、僕なんかは、まっ先に、奥さまはどんな気持ちでこういう作品を読まれるんだろうと思ってしまう。素人の浅はかさか…。
いただいた「秦恒平選集(29)」から一首。
12・03・23 *子 ステント手術
術半ばかと胸に手を置き妻のため祈るなり
倶に永く生きたし
* 私の、ごくごく稀な私小説のほかの物語には、一貫して妻でない女性が輝やかに姿をあらわす。そのために私は書いている。女性は一貫して一人のようでありぜんぶ別のようでもある。あたりまえである。
添えられた私の歌一首は、私自身が二期胃癌で胃全摘の手術後のまま入院中の作であった。妻がどんな人かは私のここで謂うことでないが、つい最近に古いモ ノをかきまわしていたとき、間違いなく東工大院生だった頃の彼の子だなと思える手紙があり、息子の芝居を見てくれたとき、あとで私達とお茶をのんだのでも あったか。永い手紙のおしまいに、「奥さん」に会えてよかった、「幽霊のような人かとおもってましたが、『人』らしい人でした。」とあって、笑えた。
* 私にはまだ俳句を読むちからはない。芭蕉、蕪村、子規、虚子、孝作らの作を懐かしめるだけである。
2020 4/1 221
☆ 拝復
コロナウイルス騒動ただごとでなく ご無事でしようか。学校林植樹に励んだ末が杉花粉症、とんだ因果論、くしゃみ、咳と危険人物扱いです。
『湖の本 149』ご恵与たまわりありがとうございます。いつものことながら旺盛な読書欲、お風呂でも読書には感服。私など風呂でうたたね、あやうく水死の思いしたことあり長風呂厳禁であります。
『日本のいちばん長い日』にふれ、陸相阿南の軍紀違反の指摘、また鈴木首相の辞任はともかく、後任東久邇宮内閣、近衛国務省任命またGHQの政治犯釈放 等の指令に同意出来ずとしての辞任等の記事読むにつけ あの終戦決意は何だったか、父母の世代いかなる思いで過ごしたか聞かずじまいで残念です。
湖の本(知人・学生らへの=)回覧、長い療養でもう読書かなわずと言っていた知人の訃が届くなど身辺さびしくなりました。奥さんに弔句届けたところです。
折からの花ゆすり一枝棺にひそと
とんでもない花の季ですが お揃いでお大事に。 草々
三月二十九日 神戸・須磨 周 神戸大名誉教授
* 「歴史に問い 今日を傷む」と題した「湖の本 149」だった。
経済の毛虫のような総理副総理が国会で並んでいる図は、醜い。歴史など識らず 今日をコケにしつつ自利自利の「うわべ・ほなね」を晒し続けている。と
周先生のお手紙に映画の題がでていた。わたしは日本の歴史映画のなかで敗戦と降伏を決断の「日本のいちばん長い日」にいまも胸うずき、繰り返し見てものを思う。どうはでやかでも真珠湾攻撃の「トラ、トラ、トラ」にはイヤな感じに胸が痛む。
☆ 御礼
選集第三十二巻が届きました。誠に有り難く心よりお礼申し上げます。
まず年表(=「作家」となるまでの、自筆年譜)に惹かれました。『四度の 瀧』所載の年表も拝読しましたが、この度は、年表というより{長編の物語(作品)}のようです。
お疲れが早く取れますようにとお祈りしています。 吉備の人
* よかれあしかれ誰も書かない・書けない「息のつまる」ようなウソのない年譜を書いた。「作家」以後の事蹟は最終次巻にはいる「秦 恒平単行本等・湖の本・選集・私語の刻 全書誌」が自ずから語ってくれる。「作家・創作者」は作品を通してのみ自身を語りうる「存在者」で、普通に所謂 「私」は、実在はしているが存在しないのである。
☆ 選集32巻
今日届きました。
体調優れない中、頑張っての作品と 感謝です。早速パラパラ拝見。
私の体調の方は、日夜の温度差で痛みます、ヨロヨロとしながら頑張ってます。
夫の方は検査が続き 4月は3.4日と入院します。
昨年は、ばたばた続きで桜も気に入ら無かったが、今年は、西大谷、太閤坦、博物館、鴨川堤等々の桜はとっても美味しいし、観光が少なくて、静かで心地良く、最高で、ほっとしてます。思い出して下さい!
コロナ感染で恐ろしい世の中になり どうなる事かと心配です。
くれぐれも お大事にお過ごし下さい。 京・北日吉 華 高校同窓・茶道部
* 京の櫻、櫻、櫻。いずれもいずれも 目に沁みるように懐かしく見えてくる。白川辰巳橋からの優しい櫻を此処へ取り込 んでみた。この橋は、秦の母につれられ祇園甲部の銭湯、松湯か鷺湯かへ往き来の要だった、この西向きの右一帯もびっしりと御茶屋の裏手であった。「枕の下 を」流れる瀬音の聞こえた吉井勇短歌のままだった。もっとも戦時中は灯火管制の真の闇を、ただ瀬音だけが流れていた。
2020 4/2 221
☆ 感謝
選集第三十二巻 お送りいただきありがとうございます。
写真の地図に見入って 飽きません。
そして今回もまた 編集のわざ? 力? ~うまく言えませんが、引き出される魅力の増すことを深く感じています。
とてもお疲れになったとか。いっときも早く快復されますように。
どうぞお大事になさってください。
今日から数日お天気も良さそうなので、見頃の桜を散歩がてら楽しみます。
負けないでいます。 山口・下関 碧
2020 4/2 221
☆ 秦恒平様
本日、選集の32巻をいただきました。この巻までの刊行によく漕ぎ着けることができましたね。慶祝! 変わらぬご厚意に感謝いたします。明日、東北学院大学図書館に郵送いたします。
ガン・マーカーの件は「異常なしで」けりが付いたのはないかとお察しいたしますが、十分にお気をつけ下さいますよう。特に蔓延の兆しが強まっている新型 コロナウィルスには、十二分にご警戒を。かく申す私も同年の高齢者ゆえ、スパーに買い物に行くことは、どうしても、という時に限っております。通院は仕方 ありませんね。4月中は私どもの所属する教会も礼拝も休みにしております。「交わり」を重視する教会にとっては手痛い事態です。
昨日は十数年後輩からの学術書をいただき、お礼と共に早速にすべての頁に目を通し、夜には長いメールを打ちました。今日の午前中にも学問上のやりとりがありました。
それをすませて、午後は至急の仕事に戻れると思いきや、最新刊の選集を頂戴した次第です。いただく本や論文は、私はすべて直ぐに読むことをげんそくとしてきました。本日は先ほどまで、このご本を拝見しておりました。
新作の「花方」は練達の書法ですね。中世を中心とする歴史的世界の登場人物たちと著者との幻想的な交流は見事です。日本というものの歴史と人間のうごめ き、呻きを感じます。すでに公開済みの書き物は再読ですが、再読する度に新鮮な思い、ときめき、を新たにします。秦文学は日本の「異類婚姻譚」が書きえな かった若い男女の相互発見とときめき、老年にまで持続する若さへの回帰願望、それらを根底に秘めた時に怪しい幻想小説なのだとの勝手な思いを深めました。
選集のお仕事を貫徹できますようにお祈りします。ご自愛を。
ありがとうございました。 ICU名誉教授 浩
* 「秦文学は日本の「異類婚姻譚」が書きえなかった若い男女の相互発見とときめき、老年にまで持続する若さへの回帰願望、それらを根底に秘めた時に怪しい幻想小説なのだとの勝手な思いを深めました」 と。ありがとう存じます。
* 「湖の本150号」校正が 4日(土)午前中着で届くと連絡有り。さ。どんな一巻に成りうるだろうか、的中してくれるか、的はずれか。楽しみにまつ。
* 中野完二さん、折もよくいつもの名酒「やまと櫻」を下さる。
2020 4/3 221
☆ 秦 恒平様
今年も櫻の季節がめぐって参りましたが、例年のような花やぐ気分にはなれず、櫻にも申し訳ない感じでいます。
お元気で御活躍なご様子とても嬉しいです。いつも立派な御本をありがとうございます。
このような時節柄、外に出るのもなかなか不安なので、せっせと拝読させていただきます。いつも私のような者にまで。有難うございます。心を耕していただき、未来を感じさせていただきます。
文学をむきちんと勉強したことがないので、恥しいですが、今も『秘色』を拝読させていただいたときの胸の高鳴りは覚えています。
どうぞくれぐれもご自愛下さいませ。 拙著ながら私もお送りさせていただきます。
お礼まで。 長田渚左 日本ペンクラブ理事・スポーツ・ジャーナリスト
* 恐れ入ります。感謝。
2020 4/3 221
☆ 雨です。
世情おだやかならず落着かない日を送っています。
昨日散歩中に、郵便物の不在票が来ていました。今日気づき、再配達の連絡をしましたが、それを待たずに女の人が配達してくれました。
本巻も「あとがき」に納得。
年譜が、初めてお会した十年前で切れているのを確かめたところです。
いよいよ完結かとその達成をお祈りしながら、とりあえずお礼まで。
お大事に 石川・能美 井口哲郎 前・石川近代文学館館長 元・県立小松高校校長
☆ 朝から晩まで
コロナに持ち切りの日々でございます。京都もいよいよ怪しくなってまいりました。
本日はご高著をご恵贈たまわりましてまことにありがとうございました。
上田秋成をしらべておりましたので、 秋成八景にとび上がってしまいました。勉強させて頂きます。世の憂さを忘れられます。厚く御礼申し上げます。
御身体くれぐれもおいとい下さいませ かしこ 京・鳴瀧 浪
* ご支援いただき、有難う存じます。
* 同志社大図書館や神奈川近代文学館など、「選集」受領の来信。
☆ 過日は
私家版限定非売本『秦 恒平選集』第三十二巻お送りいただきありがとうございました。
四七九頁からの「自筆年譜」の詳細なのに驚嘆しております。恐々謹言
静岡大教授 哲
* 小中陽太郎さんからも葉書を戴いたが、要所要所の字が読めなくて、残念。
☆ この度は
又、早々に選集(第三十二巻)を頂き、ありがとうございました。とても嬉しいです。
何時も変らず精魂を込めて、一所懸命の人生、感服しております。でも、身体を壊されないようにと願っております。
先に頂いた「湖の本」で知りましたが、上部消化管の内視鏡検査(検査技師さんの)で「申し分なく綺麗」とのこと、その後の造影剤によるCT検査の主治医さんの診断結果、大丈夫だったのでしょうね。
そして現在、新型コロナウイルス感染拡大が続いており、不安が募る日々でございます。
昨夜は円山公園のシダレザクラ、今朝は平安神宮のベニ八重桜がテレビで放映され、ほんの一時ほっとし、懐かしく見ておりました。
どうか 秦さん、奥さま、お体にはくれぐれもお気をつけて下さいませ。益々のご活躍をお祈りします。
ありがとうございました。 京・宇治 水谷(佐々木)葉子 (市立弥栄中学の先生(理科)
* 小・中・高・大学の先生で、直に教室で教わったたったお一人ご健在の先生、宝物のように思える。蛋白質、脂肪、炭水化物そしてビタミンと、初めて教えて下さった。あの新鮮な驚きを忘れない。
どうぞお元気にお過ごし下さい。
☆ 御選集32巻
有難く頂戴しました このところ 「墨牡丹」や「あやつり春風馬堤曲」を読み返し これから「親指のマリア」に取掛らうといふところでした
それにしても 32巻所収の「年譜」は目が眩みさうです
僕は日記をつけてゐないので 10年前のあの日に何をしたかなど全く判りません 秦恒平研究を志す人にとつては 何とありがたい資料でせうか
猖獗を極めてゐるコロナウィルスですが 落着くには天佑神助を待つのみなどと暢気なことをいつてはゐられない感じです ワクチンと有効な薬が一日でも早く開発されるのを 首を長くして待つてゐるしかありません
奥様ともども御自愛を祈りをります 英 前・文藝春秋専務
2020 4/3 221
* 義妹の、筆紙に余る応援をはじめとし、続々、「秦 恒平選集 第32巻」への厚いご支援を戴いている。もう一巻。まだ編輯を終えないが、大きな悔いをのこさない最終巻を組み立てたい。
* 胡子史子さん、「タイミングよく実家に帰る用があり、まだ文旦がありましたので」と、仰天しそうにみごとな土佐文旦を、持てないほどの大筺に積めて送って下さった。ありがとう。柑橘の美味をふかぶかと味わいます。
☆ (前略)
今回は、「自筆年譜(一)」をまずゆっくりと叮嚀に読ませていただきました。綿密な、中味の濃い作品と、感じ入りました。
「清経入水 第五回太宰治文学賞・当選原稿」を 改めてゆっくりと拝読させていただきます。 山形の大吟醸「やまてと櫻」を一本 蔵元から送らせて頂きました。
多謝! 都・調布 中野完二
* 村上開新堂さんからも、妻の従弟の濱敏夫さんからも、またお茶の水女子大、山梨県立文学館からも、「選集」受領の来信あり。
* 藤原龍一郎さん、川島民親さん、本間久雄さんらからも、ご支援を戴いている。
2020 4/4 221
* 東近江・五個荘の川島民親さん、静岡の鳥井きよみさん、都・渋谷の佐藤宏子さん、相模原の篠崎功さん、そして義妹の琉ちゃん。選集へ手厚いご支援、御礼申します。佐藤さんには間違えて二册送り送り返して頂いたり。日に日に、粗忽になるなあ。
☆ kokoです。
メール ありがとうございます。
喜んでいただけて 良かったです。
3月に(土佐へ=)帰る予定だったのが コロナの影響で
4月になり 文旦も そろそろ終わりだなと思っていたら
思いがけず 良さそうな感じだったので 急いで送りました。
コロナで 大変ですが くれぐれもご自愛くださいませ。
* すてきに美味しく戴いています。
* ポストへも外出を控えている。自然、手紙・ハガキでのご挨拶を省かせて頂いている。
「メール」という機能だけには、感謝、感謝。「ソシアル・ネット」のほとんど全部を、私は、機械(パソコン)を使い始め巨大な「ホームページ」を働かせ始めた「前世紀末」以来、遣う人の度量や器量しだいで「公害」を為すものと警戒してきたが。
☆ おばあさま、お誕生日おめでとうございます!
これからの一年が、どうかステキなものになりますように!
新型コロナの影響で主人の仕事がしばらく休みになったので、私以外の家族は1週間以上ずっと引きこもっています。私の仕事はなかなか休みにもリモートワークにもならず、マスク着用と手洗いを気をつけて通勤している毎日です。
子供が 一日中家にいるのは、やはり退屈なようで、そんな中でベランダでの日向ぼっこはとても楽しいようです。晴れるとぬいぐるみ達を連れてベランダで過ごしています。
ベランダでテントに入ったり、布団でテントを作ったり、押入れにベッドを作ったり…私が小さい頃に大好きだった遊びを、好んでやっています。いつの時代も子供はワクワクすることを見つけるのが得意ですね。
コロナの影響で心晴れない日々を送りそうになりますが、とにかく楽しいことを考えて前向きに毎日を過ごしています。
おじいさま、おばあさまも、楽しいことがたくさん起こる毎日でありますように! 馨
* やす香の親友 いつもやす香に代わってのように優しい便りを呉れます。ありがとう。ご主人もお子さんも、それにお勤めのいそがしいあなたも、くれく゜れもお大事に。にぎやかに晴れやかにみなで会える日のまぢかいことをたのしみにしましょう。
2020 4/5 221
* 月曜日で、たくさんなお手紙おはハガキ、きたお払い込みや、「選集」への多大過分のご支援などを頂戴した。とても、一つ一つ記録していられない。好物 の和菓子をたくさん送って下さった安田鏡子さん、はじめ、宮川寅雄先生のお嬢さん宮川木末さん、日中文化交流協会理事長も務めた佐藤純子さん、谷崎先生御 夫妻のお孫さん高萩たをりさん、愛媛・今治波方の木村年孝さん、早稲田を退かれた小林保治さん、亡き島津忠夫先生のお嬢さん藤森佐貴子さん、静岡の鳥井き よみさん、それに「最近はコロナビール」ばかり「注文しています」と写真家・作家の島尾伸三さんらの来信、「湖の本」払い込み票でも、選集へ迄ご助勢の出 田興生さんや真岡哲郎さん、及川恵美子さん等々、ほんとにありがとうございました。
2020 4/6 221
* 鎌倉の橋本夫妻、銀座千疋屋のいかにも口涼しいゼリー菓子で、東村山の近藤聡さん選りぬきの「名酒」一升で、『選集32』を祝って下さる。
2020 4/7 221
* 嬉しい、懐かしい、佳いお便りが昨日もたくさん、今日も、郵便の数少ない火曜日なのにたくさん頂戴したが、もう、手も目も頭も疲れていて、記録出来ない。
繪も入って歌舞伎の高麗屋白鸚さんご夫妻、「鞘走らぬ名刀」と早くに表した能の喜多流シテ方友枝昭世さん、「秦さんはいまも現役ばりばりの作家」と作家 の森詠さん、大阪の石毛直道さん、さいたま市の松井由紀子さん、町田市の浦城幾世さん、山梨県立文学館の中野和子さん、津市の山下愛子さん等々、恐れ入り ます。嬉しく拝見しました。 2020 4/7 221
☆ 湖の本(流雲吐月) ありがとうございました。
秦恒平先生 大変ご無沙汰をしております。東工大OBの新野です。
ご著書お送りいただきありがとうございました。言い訳ですが、年度末の折 久しぶりの部署異動と在宅勤務への移行が重なり、余裕がなくなっていた時期でした。
漸く仕事のペースが少し掴めてきましたので、お送りいただいた本を手に取り、頁を繰っておりますと、何と言いますか 緊急事態宣言が出されたこの日に備えて編まれた気がしてくる文章が続き、驚きました。
浮き足立ちがちなこのような時だからこそ、歴史の文脈に位置付けて冷静に考えることを先生のこのご著書から教えていただいた気がしております。
何せ この状況です。
先生におかれましては、くれぐれもウィルスにお気をつけいただければと存じます。ウィルスが落ち着いた頃、お目に掛かることができると嬉しいです。 聡
* 新野くん。ありがとう。生き生きと、お仕事を。心ゆく日々でありますよう。
☆ 連絡も出来ずにおり……恐縮です
どれくらい、ご無沙汰をしてしまったのか… 思い出すこともできません。
四月に入り、京都に戻って参りました。母の具合が悪く、私の具合も悪く、時ばかりが過ぎて行きました。
『湖の本』を三冊も頂戴いたしながら、御礼も申し上げず… 情けないことでございます。深くお詫び申し上げます。
携帯電話の契約も切れておりましたが、漸くし直して、先ほどタブレットから写真を送付させて頂きました。
何もかにも、相変わらず余裕のないことで、タブレットの不具合もそのまま、先生のHPも読むこともできないままですが…
その上、大変な状況にある今日に、なぜ写真を送付などするのか… ただ、私には『祇園』に花が咲いていて、それを昨日たまたま撮ることができたから、としかお伝え仕様がないのです。此の世に生きているただ今に、できることを致しました。 御礼を申し上げますと同時に『祇園』を送ることくらいしか、今の私にはできず… お恥ずかしいことながら… 取り急ぎ 京・鷹峯 百 拝
* 案じていたので、まずは、一息。全心身にぜひ生気を吸い込みつつ、いちにちいちにちお元気でと願う。
2020 4/8 221
* 十人分ほども、戴いていた佳いお手紙を「記録」している間に、ワケの知れない妨礙で、全て消え失せ た。がっくり。機械君の故障というより、しきりに何か「しろ」と請求されたのを拒んだまま、画面がもとへ戻らないまま、保存もならず消去したのだから、 ぜーんぶ無くなった。お手紙そのものはみな在るからいいのだが、此処へぜひ保存したいのが多かった。ま、今晩は、このまま打ち切ろう。アーア。幸いに、籠 居の日々。また明日にでも。
2020 4/8 221
☆ 春庭
選集が届き、32巻、いよいよ最終の33巻がこれからと思うと、感無量です。
非常事態宣言が出された首都圏、関西、福岡。 愛知県は入っていないので地元では「名古屋飛ばし」かと・・。
世の中の犇めく事態はありますが、保谷の日常にお変わりない事と察します。
週一度の買い物以外、殆んど外出もせず、時折日光浴を兼ねて、庭仕事。春爛漫、一斉に花も葉も輝いています。桜はまだ二分咲きくらい、椿もまだ咲き続け ています。薔薇のやわらかな蕾や若葉にはアブラムシが付くので 毎日気をつけています。友人に分けてもらった種を蒔いた矢車草が花芽をつけました。
昨日のHPに、女医の山田さんとあったのですが、今朝見ましたら岡田さんになっていたので安心しました。わたしたちは「春恵ちゃん」と呼んできましたが、ネット上で「コロナの女王」と呼ばれて、何となく嫌な気持ち悪い世間を感じています。
玉川氏、田崎氏、毎日見て意見を聞いていますが、鴉の言いたいことはとてもよく分かります。いずれにしても 今は徹底的に人との接触を避けて 早く早く事態が収拾の方向に向かうことを願うのみ。
孫の世話。新生児ですから眠る時間が多く、育児の大変さの入り口に佇んでいます。人生の40年ほどを巻き戻して、昔子育ての時に出来ていなかったことを 再学習して納得いくほどに孫を見てあげたい、娘の仕事が継続できるよう手伝いたいと、これはささやかなわたしの願いです。
それにしても、ああ、旅に出たい。今は考えられない情勢ですが、空想の中で・・。
先日の京都の桜の番組、殊に丸山公園や醍醐の枝垂れ桜の見事さ、懐かしさ。やはり京都に住みたいと、見果てぬ夢・・か。
どうぞくれぐれも気をつけて、そして日々を楽しまれますように。 尾張の鳶
* メールは簡単に記録保存できて、たしかに便利。人さまの姓名を間違えると謂うより記憶できにくくなった。編集者時代は、夥しい人数の筆者や関係の印刷所の 電話番号も住所も姓名も覚えきっていたが。ま、自然な成り行きと自分を許している。
* 夕過ぎての三時間ちかくをフイにした。「鳶」さんの声もとどいたこと、もう機械から離れて下で、校正したりテレピを聴いたりとよう。
2020 4/8 221
☆ 櫻の花も
満開をすぎ 風に華びらが舞っています。
御本をありがとうございました
芝居も次々と中止になり、お目にかゝのも久しくなりました
今までなかったお休み続きで、外に出かける事もなく のんびり過しております
一日も早く終熄にむかう事を願うばかりです
御夫妻様も どうぞ健やかにお過し下さいませ。 紀子 (高麗屋二代松本白鸚丈夫人)
秦先生
(繪に並はずれ巧みな白鸚さん手描き鸚鵡
の顔が描かれ「鸚」の朱印も。)
* 三月、し私達61年めの結婚記念日にも絶好席を用意して下さっていたが、歌舞伎座公演は中止になった。白鸚さんご夫妻から、代わりに、文字通り豪華な祝意の花籠が贈られてきて驚き喜んだ。
私の本意は、公演の強行で舞台の役者さんたちに怪我が生じてはならぬということ、中止はと膳だった。五月、成田屋團十郎襲名予告にもすぐ予約は入れたものの、中止が当然と思っていた。いい役者ほど掛け替えは無いのだから。
白鸚さん奥さん また幸四郎さん夫妻ほか高麗屋のみなさん、静養のうちに英気を養われ、またまたご活躍の舞台を楽しませて下さい。
☆ 拝啓
コロナウイルスにより、まことに不穏な今日です
能会も次々 中止・延期で モチベーション、体調の維持に苦慮しております
秦様も 通院は危険で、苦慮なされてると思います
どうぞ どうぞ お大事にして下さいませ
秦 恒平選集をご恵贈賜り深く御礼申し上げます
以前にもご贈呈戴きましたが 立派な造本、装幀で 大切に読ませていただきます
御礼が遅くなりましたこと ご容赦下さいませ
右 御礼まで 敬具
四月五日 友枝昭世 喜多流シテ方
* 毛筆美しいなりに、「モチベーション、体調の維持に苦慮」 は、さこそと想われる。昭世さんほどの当代の名手なればこそ、まことさもあろう。またそれだけに、コロナウィルスの悪戯に禍されたくない。まだまだ数多い昭世能を見せて貰わねば。お大事に。
友枝さんには「湖の本」も久しくご支援戴いている。感謝しています。
☆ 常ならぬ世を
強く感じているとき、いつに変らず、時間を、そして<日本の「歴史」「古典」「文化」>を濃縮した大册『秦 恒平選集大三十二巻』を拝受し、嬉しゅうございました。
大尾も近づいた本巻に、作家にして作家を超えた批評家の眼による編集の冴えを感じつつ、まずは「此の世 処女作」を拝読し、二十七歳にしてすでに確固とした秦さんの世界をお持ちで、それが巻頭におかれた最新作「花方 異本平家」にまっすぐにつながっていることに空恐ろしさすら感じました。
そのあと入りこんだのが「自筆年譜(一)」の森、読むものを魅きつけてはなさない見事な文学作品です。「私語の刻」を発表なさり始めて以降はともかく、 作家誕生までの時を、どのようにしてかく精密に 魅力的に<再現>されたのか、驚くばかりです。いまもなお森の中にいますが、まずはお礼を申しあげます。
文明社会を一気に崩壊させかねない新ウィルス禍、どうぞ 呉々もご用心下さいますように。
二○二○年四月六日 敬 元・講談社「群像」編集長・出版局長
* 編集者の中の最たる編集者に戴く批評である。篤く感謝し、なおこの先へ践みだして行きたい。
☆ その後 お変りなく、お過しでしょうか。
私も 九十五歳になりなから、今も尚 大著の執筆に精進しております。
さて この度は「花方」「原稿 清経入水」「秋成八景」などの玉稿を八篇も読ませて頂き 誠にありがとうございました。背後に「平家物語」の唱えたる樂音が聞こえてくるようでした。
筆(ペン)を走らせながら その背景に嫋々たるメロディを奏でる名編であると存じます。誠にありがとうございました。 山梨・北杜 色川大吉 歴史学・思想家
☆ 秦 恒平選集第三二巻
拝受いたしました。いつもいつも驚き、かつ己れは何をしているのか、と反省しながら選集を戴いております。
今回は最新作『花方 異本平家』を収めたとあり、本当に驚きました、秦さんは いまも現役ばりばりの作家であることを証明なさっておられますね。小生も 見習って小説を書かねば、それもつまらぬ小説ばかりではなく、秦さんのようにしっかりした小説をとあらためて思いました。
コロナ禍、家に留まる間にぜひ読ませていたきます。 詠 作家、ペン・協会理事
☆ 謹啓
陽春の候、花に風とはよくたとえられますが、ここ(京都)山科の疏水は、桜が散り乱れ、花筏の風情に誘われる頃となりました。緊急事態宣言のさなかとなりますが、皆様には、お変わりなくご清祥のこととお慶び申し上げます。
先般は 『湖の本 149』『選集 第三二巻』のご高著のご恵与に預かり、深く感謝申し上げます。お礼が遅くなりましたが、有難うございました。
ところで、新型コロナウイルスの発生から感染拡大に伴う政府の危機管理対策に関心を寄せながら、「流雲吐月=歴史に問い・今日を傷む」 を拝読していま すと、十数年前の批評の言葉でありながら、まさにいまの日本社会を映しだし 「現在人」 の心に鋭く問いかける重い発言となっているよ
うに、その息遣いを感受するばかりです。
「安倍総理の、上の、ノー天気なほど楽観的な姿勢には、じつは、思いつきに等しいほどの歴史観の貧弱、というより欠如が心配される」事態は、第二次政権 (二〇一二年)以降の現実がすべて裏付けています。
また、ペンクラブに電子文藝館を創設されたときからの先生の 「根本的危惧」 の 「インターネットの監視警戒の対象としての法規制強化」 「似而非の 文学・文藝が氾濫し、『文学・文藝』の真価が問われる」「放埒な自己表現の麻痺薬にアテられ、若い世代の精神に多大の毒がまわってしまう」などは、だれも がその現在におののいていることでしょう。
「歴史に問い学ぶことを忘れてはいけない」 そこには、先生の 「認識や判断や意見の下敷きには、人類の歴史への思いがあり、それによって得てきた、鍛えてきた 『人間』 への思い」 が秘められていることを、あらためて痛感しました。
わが国の古典文学の滋養をとりながら、名作『清経入水』などを創作されてきた秦文学の凄みには、洞察力の乏しい私にはとてもおよばぬところで時間ばかりを費やしているところです。どうかご容赦ください。
まずはお礼まで 敬具
二〇二〇年四月七日 あきとし じゅん (詩人)
なお別便にて心ばかりの御礼のしるしお送りいたしましたので ご笑納いただければ幸いです。
* 恐縮です。恐れ入ります。
☆ (前略)
先生の精力的なお仕事ぶりには簡単致します。今巻はむ太宰治賞当選作と、最新作が収録されていて興味深く存じます。また、詳細な「自筆年譜(一)」は、全部で第七部まであるそうで、研究者には大変有難いお仕事と存じあげました。よく勉強させて頂く所存でございます。
まずは御礼まで申し上げました。くれぐれもお大事にお過ごし下さいますようお祈り申し上げます。敬具 都・葛飾 岩淵宏子 近代女性文学全集全巻 監修者
☆ 秦 恒平様
平常心を保たねばと思うこと自体おかしいと思っておりますところに 先生の御選集が静かに揺るぎない姿で届きました はっとおもいました ありがとうございました
店(=村上開新堂)は今まで幸に感染者も出ず無事に過ぎておりますが 毎朝 社員の状態が確認できる迄 心が落ち着きません
先日のクッキーと続いてしまいますが いつ休業になるかもわかりませんので 御礼のクッキーを送らせていただきます
どうぞ御身御大切にお過ごし下さい 道
☆ (前略)
今回は、「自筆年譜(一)」を゜まずゆっくりと叮嚀に読ませていただきました。綿密な、中味の濃い作品と感じ入りました。
「清経入水 第五回太宰治文学賞 当選原稿」を改めてゆっくりと拝読させていただきます。
山形の大吟醸「やまと櫻」を一本、御礼として蔵元から送らせていただきました。
多謝! 都・調布 中野完二 文化出版局役員
☆ (前略)
自筆年譜 読ませていたゞきました。詳細な 日常 日付 人物名等、よくぞこれ程記憶記録されていたものと感心させられました。「秘色」「春蚓秋蛇」の御縁をいただいて ほぼ50年 思い出は尽きません。第2部以降 選集33巻がますます待たれます。
コロナ・ウィルス禍 終熄が見えません。
久しぶりにお声もお聞きいたしたく こゝ数日 何度かお電話させていただきましたが 通話中音でした。結局、このような形にて 些少 同封致しました、お納めください。
櫻はテレビで楽しませてもらいました。
先生も 奥様も どうぞお大事にお過しください。
和歌山・紀ノ川 三宅拝 朱心書肆主人
* ごめんなさい、どうも電話がヘンで、受発信とも出来ないままになっています。
お心入れ、有難う存じます。
三宅さんとの初の出会いの頃もよく憶えていますよ、懐かしい。ただ、最終巻の収容量からみましても「自筆年譜」の二以下は入りません。作家以前はとにかくも、「作家」となったあとは「作品等」の全書誌こそが物語るべきとも思っています。
☆ 秦 恒平選集 第三十二巻 深謝
春雨の清水三年坂、いい写真ですね。しっとりとしたうるおい、なんとも言えません。
新型コロナ騒ぎ、私の誕生祝いの家旅行も中止です。毎日が読書タイムと あちこちに本を積みあげています。
お酒、東村山、豊島酒造から送りました。お疲れ休めになれば…
お体 大切に。 近藤聡 写真家
* 有難く。 この巻の選集口絵写真は 私自身 気に入っている。三年坂のは、胃癌より早くに、自分で撮っておいた。顔見世の南座満月は、「尾張の鳶」さんに撮って貰った。
☆ 秦 恒平様
この春を恙なくお過ごしのご様子なによりと、嬉しく存じあげます。
先に配本されました湖の本(一四七)の「花方」を籠り居を幸い、ゆっくり読みすすめ久し振りに物語の楽しさを堪能させていただきました。ずっと身近に置 きあちこち頁をめくり返しながら余韻を楽しんでおりましたら、思いも思いがけかけず、立派な装幀で造本された御本が届きほんとうにおどろきました。このよ うな限定本を頂戴するメンバーに加えて下さり観劇いたしております。まことに有難うございました。
私も九十歳目前 今は繪を描くよりも俳句を楽しみ、暮らし全ては不要不急の気楽な立場で、世の中を眺めております。そんな私にとりまして湖の本は毎回な によりも嬉しい賜りもので 枯れかけた身のほとびる思いで読み通しております。それにしても 先生がお書きになるものへのこの懐しさ親しさは何なのか不思 議な気もいたします。
今年の櫻は思いのほか長持ちしました。櫻が好きで毎年”花・花”と騒いだ亡夫と歩いた道を、今回は娘が車で廻ってくれました。芽立ちの始まった里山に花は柔らかに溶け込んで、美しい夕景でした。
不粋なコロナ騒ぎは、いつ納まることか、これはなにかの罰でしょうか。
どうぞどうぞ御身お大切にお過ごしくださいませ。湖の本(一四九)を心待ちにいたしております。 四月五日 さいたま市 松井由紀子
* こういう、心地柔らかな佳い手紙の書けるさらなる老境が願わしい。ありがとう存じます。
いまは亡き夫君がNHKでドラマのディレクターをされていた昔からのお馴染みで、奥さんは画家として立っておられた。懐かしい。
それにしても「湖の本」149 届いていないらしいのが心配。
☆ 前略
「湖の本 149」 只今読み終えました。先に頂いた本に立ち戻ったり、気になる作品の読み直しをしていて、今日になってしまいました。実はこの間に 「選集三十二巻」が届き拝受の御礼をと思い、「自筆年譜(一)」に目を落とし、ただただ資料の深さ重さ、正確さ、最初の数ページで秦さんの生まれ落ち、幼 少から漢籍、日本の古典原本になじんでおられ、小説、評論、エッセイなど文藝の七堂伽藍を八十余年を費やし造営され、全体で文藝曼荼羅世界を創ってこられ たと思います。本当に普通で通じる人生ではない広大さだと思います。
私には、この先生の自筆年譜は、秦文藝の宝物館、博物館の位置づけだと感じています。
「選集」でまた『花方』読みます。
二人三脚で来られた奥さまともどもくれぐれも御自愛下さい。 草々 都・府中 利 作家
☆ 拝啓
陽春の候 妙なウィルスが暴れております。
此度 湖の本149を御恵送下さり有難うございます。 内容が第一次安倍内閣の時期のもので、今日の情勢と比較し大変面白く拝見させて頂いております。 私自身の教員生活でいいますと五十歳台後半の時期で、安倍首相が「政治生命を賭けて」と 教育へ注文をつけて来た時期です。現場を預かる校長として大変迷 惑なことばかり突きつけられた記憶があります。さまざまな疑惑の中で、北朝鮮やコロナが暴れることで政権の延命をはかって来た首相も、「マスク」で本性が 誰の目にも露わになってきたように思います。
公職を一切離れ住職だけの生活を送るひびですが、宗教が一体何をしてきたのか、これから出来ることがあるのかを地道に考えねばと思うことのくり返しです。
今、流行のウィルスで自分の生命が危険に曝されるのは仕方ないにしても、少年に剣道を教えていますので、子供たちに危険が及ぶのは避けねばならないと色々考えてしまいます。
先生も十分御自愛いただき、様々情報発進して頂きますようお願い申し上げます。敬白
滋賀・東近江 浄光山 乾徳寺 合掌
☆ このたびは
「湖の本 149 流雲吐月 歴史に問い、今日を傷む」 心より御礼申し上げます。
歴史を通して鋭くとらえた現代社会や政治への秦先生のおことばを噛みしめながら拝読しております。 櫻が散りはじめ 桃が満開になってまいりました。
ご自愛の上 お過ごしくださいますようお祈り申し上げます。 山梨県立文学館 和 拝
☆ 早や名残の櫻となりました。
過日は、ご高著『湖の本 149』を賜りまして ありがとうございました。
じつに沢山の本を読破しておられますこと 改めて知りました。それでないと、ものは書けないのだということも…。短歌を忘れて じっくり本が読みたくなりました、いつも本当にありがとうございます。くれぐれも御自愛下さいませ。 大阪・吹田 阪森郁代 歌人
☆ (前略)
たまたま、今、「異体字の世界」という本で、漢字の難しい字にふれていて、読める字が余りなく残念に思っています。秦さんの文にも難しい漢字が使われていますが、振り仮名で助かっています。
これおからも お身体をご自愛され、
ますますのご活躍を祈っています。敬具 神奈川・横須賀 濱敏夫 妻の従弟
* 都・町田の浦城幾世さん、三重・津の山下愛子さん、御茶ノ水女子大、神戸松蔭女子学院大、文教大、成蹊大、天理大等々 「湖の本」また「選集」を受け取っていると来信有り。
* あきとし・じゅんさん、京・永楽屋の御馳走を、 所沢の藤森佐貴子さんからも好物のお菓子を頂戴した。食に、励まねば。痩せて行くのは困りものです。
2020 4/9 221
* 困惑を通り越し、迷惑なこともさし迫り襲いかかる。国分寺市で「宙」という詩誌を主宰の中川肇さん、わたしの差し上げた「選集 二九巻」の中から、或 る箇所の或る作品群を引き抜いて、何回にも分け転連載させてほしいとハガキを寄越された。
電話と速達とで、即座に、「絶対にお断り」と通知した。
わたしは著作・創作を自身で発表公開しても、不用意に無意味に転載まして連載などを決 して「他誌紙」に許可しない。プロの作家として、作品はまた大事な売り物でもある。商品なのである。研究者が論攷の中へ引用・批評されるのとはまるで別事 であり、私の没後三十年、五十年後著作権が切れてからなら兎も角、同じ立場の創作者に、創作物を軽く思い扱われるのは御免あれ。中川肇さんご理解下さい。 秦 恒平
2020 4/10 221
☆ お元気ですか。
選集第三十二巻ありがとうございました。あとは最終巻を残すのみとなりましたこと、読み終わりたくない思いも一入に、大切に読書の日々を歓びたいと思います。
今回の一冊では、『雲居寺跡』 初稿 附・創作ノート や『清経入水』の当選原稿、巻末の自筆年譜、など現在及び将来の秦恒平文学の「研究者必携」の内 容が入っていることが特筆すべきことでありましょう。あるいは、小説家のための小説家とヘンリー・ジェイムズが評していたツルゲーネフのような、小説家を 志す人間のための貴重な一冊ともいえます。
読んでも読んでも読み尽くせない、読みこなすことなど不可能な自分の非力、菲才を悔しく思いつつ、残りの人生かけて読み続けていくことを幸いに思います。
発送作業がお済みになりましたので別メールで『死なれて・死なせて』について書いた一文を送らせていただきます。長いのですが、もしみづう みにお時間とお気持ちとお目に余裕のあるときがございましたら、ご笑覧ください。くれぐれもご無理はなさらないで、ご放念いただいてよろしいのです。全力 で書いたものであってもこの程度のものしか書けない自分がただただ情けないのですが、わたくしの人生の色を変えてくれたこの一冊について書くことができて 幸せでした。今年中に本に出来るとよいのですが。
先日初めて細胞診なるものを経験しました。甲状腺部分に針を刺すなんて痛そうとビビっていたのですが、痛くなくて結果も問題なくて一安心でした。コロナ 禍が済まないと、病院では病床不足のため手術が出来ないそうですから、この時期に病気にならないことはとても大事です。みづうみもどうかどうかお元気でい らしてください。
桑 岐れ道いくつもありて桑の道 虚子
* いま、懸命に「湖の本150」の初校をむし終えるのに苦辛していますが、そのあと、読ませてもらいましょう。
細胞診の無事、なにより。今は、うかとも病むわけに行きません、お大事に。
2020 4/10 221
☆ 又々
ずっしりと 『秦 恒平選集 32 南山本』をご恵送戴き厚く御礼申し上げます。
「自筆年譜」を拝見し、驚くばかりです。
秦さんの保谷の新居が建つ頃私は三日も四日も家に帰れず働いていました 無給医局員でした。みうよく憶えてなくて幸いです。
地球中が”コロナ”で困ります 老人ホームでも外から病原を持ち込むのは先ず職員なので戦々恐々です。何とか頑張っております
どうか呉々もお大切にされて下さい 敬白 千葉市 e-OLD
2020 4/11 221
* 福田恆存先生の奥さまから、穏やかに過ごしている、湖の本などを日々に楽しんでいますよとお手紙があり、もったいないほどの洋菓子を送って下さった。 私からお見舞いもなにもサボっていますのに。ありがとう存じます。今この難儀な日本の日々を、どうぞお大切に安全にお過ごし下さいますように。
* すぐ目の上の書架、手の届くところに福田恆存「全集」「飜訳全集」が並んでいて、いつも仕事ぶりをみてもらっている。
* 旺然として、懐かしい先生方、先輩方の名や声や表情が指折り数えきれずに思い出せる。わたしは、実に実に大勢の先生先達に、もったいないほど、その時々、優しく温かに声かけて戴き、背を押して戴いていた、決して忘れない。
2020 4/12 221
* 昨日は、心親しい布川鴇さんから、錚々の詩人達を「同人」に招き寄せみずから詩も書きエツセイも書きながら編集に任じてられる立原道造にゆかりの詩誌「午前」新册が、清々しい顔をして届いた。ちょっと当節に類い稀に透徹の静謐を湛えた詩誌である。詩は苦手とする私もこころよく頁をくっている。
☆ 拝啓
ご無沙汰致して居りますが先生にはお変わりなくお過ごしのことと存じます。
先には『秦 恒平選集』第三十二巻をご恵送賜りました。ありがとうございました。ゆっくりと拝読させていただいておりました。所収の「自筆年譜」の詳細さは驚きでした。上下二段組みがで九十頁に及ぶ分量でありながら、まだ(一)ということにびっくりしていました。
かつて研究室で一緒だった横光利一研究家であった保昌正夫さんが年譜についての思いを、日ごろよく話しておいででした、わけても、「年譜は研究や論文などのための調べる資料でなく、作品と同じくらい読みこむものです」という話しは記憶に強く残っています。
先生の「自筆年譜(一)」を拝読させていただきながら、「エー」とか「ヘー」とかいいながら一行一行進みました、例えば「喫茶店という場所に生まれて初めて入った」という十八歳の記述は、ひどく身近さを感じたりしました。
先生の若い日の姿をあれこれと想像させていただきました。こういう拝読の仕方は失礼かと思いつつも一行一行にひきこまれていきました。
これだけの詳細な年譜の裏には、日々、しっかりした記録を残していらっしゃったはずと思いますと、そのこと自体が驚きでした。
今しばらくは「自筆年譜(一)」から離れられそうもありません、くり返し拝読させていただこうと思っております。(後略) 敬具 相模原 馬渡憲三郎 前・芸術至上主義文芸学会会長
* 何度も書いてきた、仲間というモノを持たなかった私の「文学の教科書」は、京都から上京の以前(角川・昭和文学全集)も以後(講談社・日本近代文学全 集)も、これらの作品と等質・対等に各先達作家達の「年譜」だった。食い入るように年譜を読んでいた。具体的に何が何をということでないが、底知れないエ ネルギーをわたしは作家達の、批評家達の「年譜」から汲み取って一度も飽きなかった。
それと今度の「自筆年譜(一)」との関わりを謂う道も術も持っていないが、これだけは書いておくべきだと思い、虚実を推し測る意味などではなくて、懸命 に生きて「必然」の呻きのようなモノに成ったと思っている。「作家に成ったまで」で留めたし、それ以降の半世紀の「年譜」を同じように書くことは何でもな く用意できているが、私は、「作家以前」はともかく、「作家」として今も生き続けている以上、私を語りうる資料は「作品・文藝」でしかない、あってはなら ぬと想っている。幸か不幸か今世紀に入る少し前からこの機械に書き始めた「日蔵 私語の刻」はすでに十万枚を超している。呆れて嗤ってもらっていいことで ある。
☆ (前略)
『秦 恒平選集 第三十二巻』 私が最初に読ませていただいた先生の作品が『清経入水』だったと思います。
先生の全選集が揃う棚は そこだけ輝いて見えます。大切にさせていただきます。(略)
本当にありがとうございました 草々 府中市 斎藤誠一 図書館長
* 伊勢市の 皇學館大国文学研究室からも 受領の来信あり。山口大学の平野芳信さん定年退職されたよしお知らせあり。
* やがて十時、疲れた。
2020 4/13 221
☆ お変わりありませんか 秦兄
コロナ禍で世界中がパニック状態ですが 兄の身辺は日録の「私語」からは 大事もなく察せられ安堵しています。
「湖の本 149 流雲吐月・歴史に問い、今日を傷む」のお礼に、昭和21年からはじまったNHKのラジオ歌謡でも編集しようかとテープの箱をひっくり返していたのですが、昨日の日録を見て選曲を止めました。
「あざみの歌」詞 横井弘、曲 八洲秀章(昭和24) 「さくら貝の歌」詩 土屋花情、曲八洲秀章(24年) 「白い花の咲く頃」詩 寺尾智紗、曲 田村しげる(25年) を聞いていて「気味が悪い」と書かれては、こりゃだめだと思ったからです。これらはいずれもNHKラジオ歌謡の初期の作品で音楽学校出の実力者が歌う曲だ けにうーんと唸りました。「歌はすべてTPOのムード音楽」というのが私の口癖ですから兄はきっとこれらの曲を聴く気分でなかったのでしょう。
すくなくとも戦後間なしのこの時期には 今風に言ういわゆる演歌はまだ登場していなくて 歌謡曲や流行歌と呼んでいて これら3曲は抒情歌として親しまれていた曲でしょうに。
近ごろは ポップス系以外の歌謡曲を押しなべて演歌と呼んでいますが、小節をきかせた歌い方は1960年代の美空ひばりあたりからで、童謡や唱歌や抒情歌といわれるジャンルは小節(メリスマ唱法の一つ)を多用して歌うことは余りありません。
そんなことで堅苦しい理屈は抜きにして、その日その時の気分によって聴き分けたら音楽は「音(オン)が苦」にならないので 音源を悪く言わずに、聞く気分が曲にフィットしなかったと納得してくださいというのが音楽好きからのお願いです。
(* まったくその通りで、そのとき私は抒情の気分になれなかったのです。生と死とに掴まっていたのです 秦)
ところで、15日の日録に Michelle Pfeifferの、ピアノ伴奏での歌が聴きたいとありますが、米映画「The Fabulous Baker Boys 邦題・恋のゆくえ」で歌っている曲をこのメールの添付ファイルに付けておきますので聴いてみてください。
添付ファイルの曲名の左の●印をダブルクリックして 開いた画面の開く(O)をクリックすれば聴けるとおもいますのでお試しください。 京・岩倉 辰 (中・高の同窓)
* 感謝感謝。 不手際で機械に弱い私の機械処置でうまく聴き出せるといいですが。
2020 4/16 221
☆ 拝啓
今宵 あのアベ内閣が、前回の発令につづいて、残りの全道府県に「緊急事態宣言」をいたしました。
そんなこんなで落着かぬ二○二○年ですが、如何お過ごしでしょうか。案じています。
先日は 御書『湖の本149 流雲吐月 歴史に問い、今日を傷む』 と 『選集第三十二巻』を頂戴し、誠に有難うございました。2008,年2月に中央公論社の『世界の歴史』まで計42巻を完讀したとあり、それも全頁斜め読みしなかったと、脱帽しきりです。
それでいて手洗いにおいた唐銅の筒の生け花を便座のまうえから眺める洒脱さ。そんな姿勢の大本が『自筆年譜(一)』あると分かり、胸に落ちました。何なのでしょうこの真実稠密は凄い。奥様への一貫した芳情も見事です。
とにもかくにも御二方の健康を心より祈り上げます。敬具 講談社役員 義
☆ 拝啓
秦 恒平選集第三十二巻めをご恵送くださりありがとうございます。
今回は目が直ぐに自筆年譜に――。これまでご著書でなにとなく知り、また想像していた秦さんの人生を著者の筆でたどることは何ともいえぬ愉しみでした。『少年』の歌が編まれたのはどのようにしてか? また奥様とのご結婚の経緯は? ときょうみが尽きぬものがありました。
それにしても、祇園の目の前でのお育ちと、茶の湯が秦さんの中で占める大きさを改めて認識した次第です。続きの年譜を楽しみに致しております。ありがとうございました。敬具
武寒コロナ、なんとも息苦しい世の中ですが、
どうぞお大事にお過ごし下さい。 都・杉並 十 三島由紀夫賞作家
☆ 拝啓
コロナ騒動のさなか、いかがお過ごしでしょうか。東京はあぶないと思っておりましたら 当地福岡も危険地域になってしまいました。
過日は「湖の本」ならびに『選集』第三十二巻を賜わりありがたく存じました。
御年譜(一)の詳しさに圧倒されました。
時節柄 くれぐれも御自愛下さい。 祐 九州大学名誉教授 国文学
☆ 拝啓
若葉の候となりましたが、お変りなくお過しのことと拝察致します。この度は選集第32巻を御恵投頂き有難く感謝申し上げます。
コロナ感染への安倍政権の無策停頓ぶりにはあきれるばかりです。
御健勝をお祈り申し上げます。 元・岩波書店「世界」編集長 邦
* 八時まで、コツコツと頑張っていた。
2020 4/18 221
☆ 鳶、いまは翔ばず
メール嬉しく嬉しく。
3月17日に生まれた孫の一ヶ月検診を終えました。ふっくらムチムチ成長し、声を発して反応します。出産した病院も今は看護師に感染者が出て、外来診療 「お断り」になりました。これから出産を控えている妊婦さんには厳しい状況にある方もいるようです。テレビの報道では癌などの手術が延期になったりと深刻 な事例も多いとか。ホント、戦争、ですね。
毎日コロナの情報で、そして否応なく閉じこもって暮らす日々ですが、今年は初めから孫の誕生を思って旅行も全く考えていなかったので、我慢とも思わず淡 々と暮らしています。週一回の買い物と姑に食料を届けること、そして家事と孫の世話で一日が慌ただしく過ぎていきます。今は長いメールも書けません・・。
「なるべく家に・・」という点に関しては、どうぞ心配なさらないでください。絵を描くのはほぼ不可能です・・が、本は身近に置いています。
HP 読むのを楽しみにしています。
どうぞ元気に、この厳しい日々を乗り越えてください。何よりそれを願います。
取り急ぎ 尾張の鳶
* いまは、うかと、何であれ罹患罹病に厳重注意しなくては。たしかに妊婦さんなど、当人も家族もどんなに心配だろう。
印刷所も、宅配も、郵便局も、勤務態勢や時間が大きく変更されたりしているらしい。感染に侵されませんように。
2020 4/21 221
* 大事なメールが。書けているのに、朝から、飛んで行ってくれない。困るなあ。
* やっと、メール、飛んでいった。
2020 4/21 221
☆ 恭啓
過日は『秦恒平選集』第32巻をご恵送いただき、誠に有難うございました。「清経入水」の太宰治賞当選原稿をはじめ、貴重な資料が収録された1巻を興味 深く拝読しています。詳細極まりないない「自筆年譜」には圧倒されました。昭和29年の同志社大学入学、金田民夫氏、郡定也氏など、懐かしいお名前に接す ることができました。
今日は、「泉鏡花研究会会報」第35号、および、最近の拙稿2編を送らせていただきます。
「南地心中」は、鏡花が住吉大社宝の市について取材メモを取っていたことに驚きました。
「夜叉ケ池」は、原作者泉鏡花が上演に深く関わっていた事実が判明して、なかなか興味深く思いました。お手隙の折にご笑覧いただければ幸いです。 敬具
秦恒平様 2020/4/18 田中励儀 同志社大学教授
2020 4/22 221
* 吉備の人、最上のお酒を送って下さった。今朝 生協配達の四号瓶二本は三日で消えるなあと気弱に勘定していたので、ひときわ嬉しく、御礼申し上げま す。日々お寂しくはないかと妻ともよくお噂しているが。お大事になさって下さい、ぜひにも。この方には「湖の本 150」の中仕切り本、ゆっくりご味読頂 けると佳いなと願っている。
すこし、背が、ぞくっとしてきた。おやすみなさい。
2020 4/22 221
* もう十年頑張りましょうと書き添えて「湖の本」を送ったロサンゼルスのお茶人ちょこチャンから、十年するとわたしは百歳と手紙が来た。
☆ こちら
今日は雨が降って居ります。
何か変な世の中になって、家の中に閉じこもってゐるのが良のかなと 窓から外を眺めて居ります。
御本頂きました ありがとうございます。
この頃は皆さん機械ばかり使ってゐられるので 私のように 本を読んでる と 言ふとびっくりする人が多いです。(それに手紙も) と言うのは 三四日前から御電話をしてゐるのですが 何時もブーブーと話中のような音がするだけで掛りません。
最近気がついたのですが TVの中で「キリンが来るの中で 女性は皆片膝をたてゝゐますね、前に日本人の正座のこと書いてゐられたのでおぼえてゐるので すが 韓国の友達がどうして日本人は罪人の坐り方を日常するのと言ってました。やっぱり色々のことがよそから来てゐるのですね、オかしいですね。
「せめてもう十年ガンバリましょう」と(「湖の本」に添えて=)書いてありましたが、十年たったら私は一○○才ですよ
どうでしょうね、 世の中が落ち着付いたらもう一度日本に帰るつもりです。 生活は此処の方が気に入ってますので。
早く 又 きれいな空気になります様に
お二方共 どうぞお元気で。
四月九日 千代子
ひまなので (コヘちゃんの=)「茶もありげに」を再読してゐます。 いゝ事ばかり書いてあります 私らのうなずく事ばかりです。
* お手紙ありがとう、嬉しく拝見。
* 我が家の電話はなにがどうなっているのか、よそから掛からなくなっているらしく、妻は建日子とだけ 私は印刷所とだけ携帯電話で話せるようにしてい る。私は、仕事上の所用でない会話電話は苦手で、建日子ともまだ一度も話していない。携帯電話の使い方、掛け方も受け方もまるでアタマに入ってない。向こ うサンの電話番号を機械に入れておくと掛けやすいそうだが、機械に入れておく技倆も持たない。 手紙もハガキもまるで書かない、「湖の本」や『選集』を送ったり献呈する際にちょっと白い紙に走り書きする程度。私の状況は、上の本と、かなり詳細にこの ホームページ「闇に言い置く 私語の刻」で語っている。
2020 4/24 221
☆ お礼
選集第三十二巻が届きました。誠に有り難く心よりお礼申し上げます。
まず年表に惹かれました。『四度の瀧』所載の年表も拝読しましたが この度は 年表というより長編の物語(作品)のようです。
お疲れが早く取れますようにとお祈りしています。 吉備の人 毅
* ありがとうございます。日々をお静かにお過ごしかと察しながら、どうか心身お達者でありますようにと願っています。 もし話し相手にもとお思いの時は猶予なくお声を掛けて下さい。この「私語」にしても、いつも念頭に吉備の方を置いてなにかと呟いています。(吉備の人から の上のメールは、以前に戴いていたものと、例によって私の機械操作のトンチンカンであったらしい、が、こう書きました気持ちは只今のマッサラな思いで す。)
2020 4/25 221
☆ お久しぶりです!
「私語の刻」で窺える相かわらずのご活躍ぶりで、一安心しています。ご体調にはくれぐれもお気をつけてお過ごしくださいますよう。
今日は爽やかによく晴れています。
金閣寺も、ご多分に漏れず人っ子一人見えず、森閑としています。
天気の良い日は 30分ほど歩くようにしています。
金閣寺の前を通り過ぎ、三条天皇のご陵を少し北へ行って戻ってきます。
いつも左大文字の火床を見上げて、この夏の送り火が無事灯りますようにと祈らずにはいられません。
もみじの新緑がきれいだし、花みずきや藤の花が咲き出しました。
以前の穏やかな日常に一日も早く戻りますよう願っています。
奥様共々どうぞくれぐれもお気をつけてお過ごしください。 京 みち 秦の母方従妹
* メール嬉しく。人心地のつくメールはいまや上等のお茶に類する。いい散歩道を人ずくなに散歩できるなど、昨今の恵まれた贅沢の筆頭、羨ましい。
* 私の「私語の刻」へは、何方でも立ち寄っていただけて、不良な悪戯でない限りだれ一人も拒絶していない。ソシアルネットのように人寄せして数で何か稼 ごうなど考えていない。ただ、人様に合わせてもの言おうともしていない。私の思いを私の言葉でただ呟いたり書いたり思案したりしています。毎日必ず読んで いますという方も少なくないらしいが、声の掛かってこない限りそのまま私はスルーしている。
2020 4/25 221
☆ ご無沙汰
テレビはコロナ一色
昔の香港旅行で不衛生なキッチンに辟易したのを思い出してます。
最近は(京で同窓の=)芦田姉妹とも疎遠… お元気でお過ごし下さい。 花小金井 泉
* 寒けは、まだ少し。飲食ぬきのまま、寝てしまうか、ナ。
☆ re (通院 たいへんなのではと 遠)
メール有り難う御座いました。最近足腰が痛くて、今日は朝から電気治療に近鉄九条迄出かけました。 帰宅後は、介護の担当の方が来られまして、打ち合わせ等。そのあと夫の体を拭いて洗濯を!帰りみち泉涌寺で買い物をして、今夜は鯛と筍の煮付で。
なかなか用事が多くて、二三日前には消化不良で寝込みました。無理をしてますね。
来週は外来診察です。
コロナの件では気を使いますね。
近頃はこんな毎日で何とか過ごしてます。庭で、いろんな花が咲いてくれてまして、ほっとしてます。近々牡丹が咲きそうです。いつか白い大きな牡丹の写真を送ったでしょ、あれですよ!楽しみです。今日は此れにて、お休みなさいませ。華
メール有り難う御座いました。
最近足腰が痛くて、今日は朝から電気治療に近鉄九条(東寺)迄出かけました。
帰り泉涌寺で買い物をして帰宅、今夜は鯛と筍の煮付でした。 華
* 鯛と筍かぁ。京都やなあ。
お大事にお大事に。
* あ、十時半。.
2020 4/25 221
* 橋田二朗先生のお嬢さんから、京の名産 若筍を八本も、糠まで付けて、頂戴した。京の筍は、念入りに育てた京野菜と同じく、地方で、ただ竹藪から伐り 出しただけの筍とはまるでちがう。ふんわかと柔らかに口に優しいふくらみと味わいに溢れる。北日吉の華さんが、今日は筍と鯛の煮付けととメールに書いてい てウーンと羨ましかった。
有子さん、有難うございます。
橋田先生とは弥栄中学で教わり、卒業後から、先生のおなくなりになるまで、京都美術文化賞の選者を梅原猛さんや清水九兵衛さん、石本正さんらと勤めてい たころもずうっとほとんど肉親、親類のようにお世話になってきた。私の慕った、今も慕っているもう亡い一年上級生の担任の先生でもあった。
橋田先生の廣い美しいお宅は鳴瀧にあった。有子さんは、その昔から染織作家であったと思う、お宅でそんな器機をちらと眺めた覚えもある。秦の母に聞いたことだが、橋田先生と母の家とはかすかにも縁続きであったとも。
筍、ありがとうございました。嬉しく、懐かしく京の味ともどもに御好意を戴きます。
☆ 椿山集
昨日、到着しております。
内容を見て 大変貴重な品であると実感しました。
撮影して 休み明けには返送いたします。
宜しくお願い致します。 凸版印刷 宏
* 分かってもらえて、嬉しく。
なにとはなく、あの、こわかったような(その実、手ひとつ触れられたことも叱られ怒られた記憶のない)秦の鶴吉祖父にいま さらに深い感謝を覚えている。和本の帙入り『湖吟集』全册などは、九大今西名誉教授に謹呈した。今は、『椿山集』のあと『(成島)柳北全集』『孫子講話』 「(内藤)鳴雪俳話』に親しんでいる。何十作も収めた大冊の「露伴集」は、文春専務だった寺田英視さんに謹呈した。『韓非子』『唐詩選』『古文眞寶』だ の、ほかに『左史春秋』や『史記』等々の史書や詩集もまだまだ手もとに遺されてある。金銭に換えがたい有難い嬉しい遺産であった。そして私だからそれらを 無にしないで重宝と感謝も出来る。大方他の人には、紙屑として、故紙回収に処分されていたことだろう。感謝。感謝、おじいちゃん。
2020 4/27 221
* 午前に、初めて携帯電話を用い、ロサンゼルスの池宮さんと暫時懐旧歓談。あと十年で百歳など想えない昔のママ元気なチョコちゃんの声だった、逆に、ただし私の、息がぬけてうまく喋れないのに喫驚。歯が無いからナア。
2020 4/30 221
☆ 躑躅
ご無沙汰致しております。お変わりなくいらっしゃいますか?
ツツジが満開になり、季節が早めに巡ってくることが、よくわかります。
コロナ騒ぎ、こちらは余り影響はありませんが、どうぞご用心なさって。
ごゆっくりお過ごし下さいね。 常陸 那珂 司
* コロナ禍にまみれてないようなのを、この節、何よりと思いますよ。
躑躅ですか、そうでしょうね。この辺、下保谷でも、出歩ければ綺麗な、盛りに近いきざしに出逢えると思います。意図して逼塞していますけれど。私の日々は この「私語」に聴いて下さい。常陸の大きな景色を身に負うて、お大事にこころよい日々を。
2020 4/30 221
* 静岡市の鳥居きよみさん、今年も「新茶」を下さる。湖の本創刊いらい歩みを倶に、歳久しい。ありがたいこと。
2020 5/3 222
* 寺田様
お変わりないことと想っています。
山縣有朋の「椿山集」をあっかった「湖の本 150」 刊行のめどが立ちました。
このところ 「成島柳北全集」や明治期の「孫子講話」を面白がっています。どっちもすこぶる面白いです。
柳北隠士は、御存じのようにたいそう有能な幕臣から維新後は新聞社主の身で闊達をきわめた雑文や紀行にたいした力量を見せています。面白いんです。
面白いというと、「孫子」というのは面白くて分かりいいですね。老荘孔孟より時にウフウフ笑いながら原文が読めます。
日々のHR「私語の刻」の最初に、私の「枕草子」選訳を抄録して、みなさんに読んで貰っています。
いま、選集の最終巻を締めくくるのに「全書誌」を整備しています。まあ歌集「少年」以来の文学・文筆修行、よくもこんなに色々に様々にという大量に驚い ています。福田恆存先生には及びませんが。福田先生の奥様、ご養生のなかから先日お手紙も添ってお菓子を送ってきて下さいました。「湖の本」など楽しみに 手にしていて下さるとお家の人からも教わりました。嬉しい限りです。福田先生、そして永井龍男先生、懐かしいです。
私ほど多くの勝れた先達に声を掛けて頂き励まして貰えた人はいないのではと感謝しています。
籠居は何の苦にもならず、好きな読書を、いっそ盛大に楽しんでいます。体調は、こういう時ですから妙に微妙にイヤラシイですが、ま、無事なのであろうと厚かましく構えています。
寺田さん 御家族もむろん、 お大事にお過ごし下さい。 秦 恒平 五月三日
☆ 家内中みな元気にしてをります
「湖の本 150」楽しみですね
孫子は様々な人が注釈をかいてゐますが フランス人がフランス語に訳した孫子を日本人が日本語訳したものまであります 一番古い注釈は曹操がつけた「魏武註孫子」ではないでせうか
以前に山形へ御一緒した時 福田先生の奥様の健脚ぶりには驚嘆しましたが さすがに昨今はあまり外にはお出になつてをられないやうです
小生も溜りに溜つた本を読むにはよい機会ですので 励んでをります
疫病退散後にお目にかかれるのを楽しみにしてをります 寺田生
* 山形へ とあり、「おらき蕎麦」を思い出す、生前の福田先生の大勢紹介して下さった「湖の本」各地の読者に、「あらき蕎麦」のご主人の名も有って、い まも継続購読して頂いている。永井龍男先生も大勢の読者をご紹介下さった。福田先生とは三百人劇場ではじめてお目に掛かった。「想っていたようなお人でし たよ」と笑顔が優しかった。永井先生とは、芥川賞に瀧井孝作先生とともに推して頂いた「廬山」が本になった時、鎌倉のお宅へお届けに出向いた。帰りに、近 くの紫陽花寺へぜひ寄っておゆきなさいと。たまたま出会うことがあっても、先生から寄って見えて声をかけて頂いたり。
こういう思い出も、たくさん書いておくといいかも。
☆ 日替わりのお天気ですが、お変わりありませんか
毎日の感染者の数などに、気持ちが塞ぎ込みますよね。それでも不安の中で3月4月と日が経ってしまいました。
家のなかで、手足動かして、食べる物で免疫力を付けてと、けなげな老人をしています。
秦さまの今月のブログの写真
京 祇園石段下、小磯良平の絵画、躑躅、皆々美しく見せていただいています。
枕草子はNHKで放送された頃を思いだしながら、楽しみに読ませていただいています。
自粛中の楽しみです。ありがとうございます。
お二人様の日々のご健康を祈っています。どうぞご自愛を。 晴美 妻の親友
* 有難う存じます。
☆ 大型連休も何のその
外出を控えてぼ-っとしてます。
疲れが段々とでてきます、連休が過ぎたら 又 通院が続きます、
牡丹が咲きました、写真を送ります、上手く送れますか、な? 京の 華 高校同窓
* どうか、お揃いで無事でと、心底、願う。
* 花の王ともいう、牡丹。瀧井孝作先生に、牡丹寺へ連れて行って頂いたのを思い出す。
あの日は妻も、小学生の建日子も一緒だった。
* 十時。骨休めの晩になった。
2020 5/4 222
☆ おはようございます。
昨夜のうちに、これまで撮りためておりました内から、選って「祇園」の写真を送らせて頂いたのですが、それに添える文まで辿りつけず…今朝になってしま いました。
思う様に、身体がついてこず… また、心やすまらない毎日ですが… 「鷹ヶ峯」に連なる「天ヶ峯」や「鷲ヶ峯」が日々美しく、緑の色を深めて行くのを眺めながら暮らせて居れるのは、本当にありがたい事と思っています。
どうぞ、先生も奥様も、お元気であられます様に。お祈り致しております。 京 百 拝
2020 5/5 222
☆ 薫風の候 ご清栄を
およろこび申し上げます。
戴きました『秦 恒平選集』 立派な貼函に納められたずしりと手応えのあります布表紙の特製本は、手にいたしますたびに感動をもって開かせて頂いております。すでに三十二巻と巻を重ねていらっしゃいますご偉業を心より尊敬申し上げます。
このたびの巻は、先生の晴れやかな作家としてのスタートとなりました記念すべきお作品「清経入水」の、太宰治文学賞ご受賞の当選原稿を収められ、心躍る 思いで拝読いたしました。選考委員の六名(=井伏鱒二 石川淳 臼井吉見 唐木順三 河上徹太郎 中村光夫)の錚々たる先生方が全員一致で選ばれましたと いうことも、作品の持つゆるぎない良さの証と感じております。
そして先生の戦時疎開でのご経験がこの作品を生み出すマグマとなっていることを熱く感じました。その特異なご体験を、先生の目と感性により見事な虚実ないまぜの不思議世界へと読者を誘う技をすでにこのデビュー作で身につけられていて、驚くばかりです。
先生とお目にかかりましたのは、たしか昭和のおわり頃か平成のはじめ頃かと、今はその年度はおぼろですが、すでに沢山のご著書をお持ちで、旺盛なご執筆 活動やご対談などでご活躍でいらっしゃいましたので、思いもよらぬことでしたが、この「清経入水」は、ご自身で作られました私家版からの出発だったことを 知りました。巻末の詳細極まる年譜は、読物としても興味深く、読み耽ってしまうほどです。その年譜の「清経入水」が太宰治文学賞の候補になり、ご受賞の電 報(時代の証ですね、)をご帰宅後に受け取られます間にも、他の作品を新潮社の小島さんにお渡しなさったり、「源氏物語」の一つの巻を一日で毎日読み進む という課題をお決めになって実行なさっていたり と、様々の動向が記され、圧倒されております。またご受賞後もその名誉に甘んじることなく進んでいかれま したご様子が伺え、ご自身を厳しく律していらっしゃいましたことが現在の先生につながっていますことと敬服致します。
年譜中、池袋の「オードール」で馬場あき子さん他ご会合にお使いになられておいてですが、私も忘れておりましたが、母に連れられて姉と何回か行った記憶がございます、懐かしい気持で拝見致しました。
本巻の味読のものも 引き続き拝読して参る所存でございます。「清経入水」で感じました 五十年以上前のお作品の新しさを、その珠玉のお作品でも感じさせて頂きたいと楽しみに致しております。
有難うございました。
くれぐれもお大切になさって下さい。
一日も早く平穏な日々が戻りますことを祈りつつ、
敬具
五月三日 紅
* 有難く。恐縮です。
「清経入水」を、当選作と受賞「展望」発表作と、両方を『選集』に別々に収め得たのは「心ゆく」有り難さであった。
受賞した五十一年前の文壇では、「清経入水」のような、「反リアリズム」の怪奇に「リアリティ」をもとめた小説は、事実として、ほぼ全く記憶がない。い まではリアリティに欠けた反リアリズム劇が氾濫気味に想われる。イズムはどっちでも構わないが「リアリティ(真実感)」は見失ってはならないと想う。
2020 5/7 222
☆ 秦 恒 平 様
いつか秦文学に、鴎外文学研究を成し遂げて、なおその側溝をすくいあげた長谷川泉師を思いつつ、向かう自分のあることを願って来ました。しかしいつも手に負えない自分に出合っています。あまりに妙なる豊穣な文学世界に。
流雲吐月
いつも言葉の風雅をいただきありがたく、これに「歴史に問い・今日を傷む」の副題あるのを同時代を生きているものとして、今を「 痛 」んでおります。
それに鴎外、龍之介に比肩する古今東西の文藻に挑む作家の有様を感謝申しております。
源氏物語の全巻を音読しおわり、いま古事記のあとに「『日本書紀』三十巻「音読」し通した」とか、「今度の古典は何を読むか。長い長い『太平記』を読もうかという文字通りの「勉強」には頭が下がる思いです。
先日「群系」(全国同人雑誌賞)を受賞しましたという雑誌から「平成三十年間の思い浮かぶ作家と作品」というアンケー トに応えて、
秦 恒平『オイノ・セクスアリス 或る寓話』
「老いの生と性の浄悦」として、挙げさせていただきました。
選集第十四巻の『四度の瀧』は『秘色』『三輪山』と連、『蘇我殿幻想』は、今住んでいる房総の歴史に関連して興味深く読了しました。「上総の蘇我殿」「近江の蘇我殿」「飛鳥の蘇我殿」から「不安 の京」までの展開には脅威の目をみはらかし、
上御霊神社へと、重い頭をさげに出向かずに居れなかった。
冬に向かう日の京の西山を染めた淡い夕茜があの小櫃の
御腹川を流れる血の色にふと想えた。
に結ぶ壮大な歴史ロマンが 更級日記の著者の願いと怨みに重なり、読後しばらく目を開けること が出来ませんでした。
秦文学と少年期。バタイユ「文学とは、ついにふたたび見いだされた少年時」を思い、堀辰雄の『燃ゆる頬』を川端康成が同時代評で「この作品を読んで私は 少年の日を思ひ出し、しかも私には少年の日などなかつたかのやうな歎きに清められる」と評したのを引用したことを思い出しました。後年堀は、「これは私の ヰタ・セクスアリスである。さういふ主題のものを、できるだけ冷たく硬い筆蝕で 描いて、一種のペイソスを出してみたかつた。それについて川端康成さんに いい批評をしていただ いたのは、いまだに忘れられない、」と書いていました。
長々、秦文学に見た「生と性の浄悦」 のプロムナードにもならないことを書きました。ご海容いただければ幸いです。
性欲を追求する熱情、冬の寝覚に、落葉を掃く響き、
老愁ハ葉ノ如ク掃へドモ尽きず
江戸の漢詩を引く荷風の老いにも出合いました。
全くどうしようもないコロナ、石川淳 『至福千年』 に描く江戸末期のコレラ騒動、それ以上の今日、官権の対応の不手際。
どうかご健勝でありますよう、心からお願いお祈り申し上げます。 草々
二○二○年 五月七日
竹内清巳 (千葉大学名誉教授 芸術至上主義文芸学会会長)
* 恐れ入ります。感謝。
2020 5/8 222
☆ 鴉に
もうお休みになられたでしょうか。
HPの血痰の記載に驚いています。無理せずお身体休ませて下さいますよう。 尾張の鳶
* 「湖の本 150」を送り終え、『選集』最終33巻の納品をみるまで、たとえ、何かしら病状を呈しても決して入院しない。私にしか成し終え得ない仕事であるから。少なくも其処へは地力と自力とで辿りつく。要心はしながら、
2020 5/9 222
☆ 昨日の、
改めて確認するまでもない、簡潔な鴉の姿勢、「湖の本 150」を送り終え、『選集』最終33巻の納品をみるまで、たとえ、何かしら病状を呈しても決し て入院しない。私にしか成し終え得ない仕事であるから。」を 荘重な思いで受け止めています。同時に 成し終えた後こそ気持ちを更にしっかりもってくださ いと今から鳶は強く強く伝えます。
コロナの影響、将来への懸念、さまざまな報道にも注意しています。民主主義と独裁制、AIや経済の事、格差社会の事・・今更ながらつくづくもっと英語力があればと思います。
こちらでは感染者の数も数日来ゼロの日があったりして、いくらか落ち着いてきたようです。が、外出は買い物に週一回、家から20メートルくらいの公園に行く程度。それでもあと一週間で二カ月になる乳児を見守る日常は 無理しないようにと心がけています。
シンガポールの状況も大変なようですが、ここでは早くから娘の在宅勤務が始まり、既に二カ月以上になりました。休校になって 腕白少年二人の世話も苦労のようです。が、皆元気です。
くれぐれも、くれぐれもお身体大切に、そしてお仕事の歩みを進められますように。 尾張の鳶
* I see. ありがとう。お孫さんの多いの、羨望。
2020 5/10 222
☆ 連休明けて。
何時もご心配頂き 有り難う御座います。
今日は、歯医者へ行った帰りに、久しぶりに高島屋へ行き、リフレッシュ!
少し最中を送りました。(選集32卷を、少しづつ読んでいる内に、2階(高校二階の茶室)でみなで最中をご馳走になったのを思い出して!)
コロナがなければ良い気候に成ったのに、残念です。 京 北日吉 華 高校茶道部同窓
* コロナ禍は、大波の揺り返すように 当分は退ききっては呉れまいと憂慮される。 くれぐれもご用心。
2020 5/12 222
* 京都の華さん、「仙太郎」の最中を送ってきて下さる。甘味、感謝。「仙太郎」の最中は、敗戦後、私の新制中学生ごろすでに有名で、叔母のお茶の稽古日には、言いつかってよく買いに遣られた。小説「花方」世間のまん中に仙太郎の店はあった。
2020 5/12 222
* 山形 村山市の「あらきそば」芦野又三さんが亡くなった。長女の真弓さんから、「秦さんと おつき合いさせて頂いて、父は何よりのはげみになったと思います」と添え書きして下さっている。
芦野さんは、福田恆存先生のご紹介で「湖の本」の継続購読の読者になって下さり、桜桃忌には毎年きまってすばらしい桜桃をたくさん下さるのが三十年近いならいであった。心より、ご冥福を祈ります。ありがとうございました。
* 松本幸四郎丈より、残念ながら舞台からお目にかかれないがという、皆々様へご挨拶のハガキが来ていた。
昨晩も 芸能花舞台で、莟玉襲名を祝う鴈治郎、愛之助らの「釣女」でおおいに笑わせて貰いながら歌舞伎座に遠のいている残念をしみじみかこったことであった。
それにしても幸四郎君、「歌舞伎職人」になると宣いつつ、一枚の葉書の文面、こまごまとした総じて堅苦しい謹慎の口調に、いっこう「歌舞伎の味」わいうすいのに苦笑した。
こういう時節である、「歌舞伎職人」を自称し、コロナでなくなった志村けんに「師事」するぐらいな気分なら、こういうあいさつのハガキ一枚にこそ職人としての「かぶき」を生み創れるのが筋だろうにと、ちと残念に思いましたよ。
2020 5/18 222
☆ 秦先生
お世話になります。
(進行上の)ご確認ありがとうございます。
コロナ禍、まだこれからだと思われますのでお気を付けください。
昨日、仕事で銀座に出かけたのですが、まるで早朝を歩いているかのような人通りでした。
これからのコロナ動向、経済後退動向、社会生活変化等、自分が対応出来るのか心配ばかりです。
あまり話題になりませんが児童の罹患が気になります。
公園等では大人は距離を取っていても子供達は相変わらず顔を突き合わせるように遊んでいます。児童から児童、児童から親への感染は高確率だと思われます。
自身はとにかく目を直接触らない事に注意して出勤しています。
お大事にしてください。 (印刷所担当さん)
* 出勤し外交しつつ仕事をして貰っている方の、有り難さ。だれもだれもの無事と健康を願わずにおれない。
2020 5/19 222
☆ 秦 兄
その後体調はいかがですか。前にメールで映画のBGMを添付送信しましたが受信不能だったようですので今回は別の方法でテスト送信してみます。
これなら下のURLにカーソルを持っていきCtrlキーを押しながらクリックするとYou Tubeの送信画面が出ますから支障なく受信できるてしょう。
曲目はYou Tubeの画像からJ.S.バッハの4台のクラブサンのための協奏曲BWV1065です。パイプオルガンの音色と奏法をお愉しみください。第一楽章の途中からの奏者の足元にもご注目を。
無精者は読書とパソコン相手に退屈もせずに平凡な日々を送っています。
支障なく受信できたらその旨返信ください。 京・岩倉 辰
* 残念ながら
私の機械操作の無知故と思いますが、何ともなりませんでした。
この方面からの お心遣い ご放念下さい。 この古機械が ようまだ精一杯よう働いてくれると、胸を撫で下ろしおろしの毎日です。機械に余分の負担はかけられない段階にいます。
お元気にされてますか。 せめてのびのびと、この難儀な日々を、楽しまれますように。
そばの音楽は もっぱら 静かなジャズを鳴らし続けています、いつも、終日。
疲れやすく、体重は減り続け とても元気とは言えませんが仕事の手は休めていません。
京都が静かでありますように。 兄も お大事に。 秦 恒平
2020 5/19 222
☆ 関西は解除
首都圏の緊急事態宣言解除はいつになるでしょう。籠り居はもともと日常の事なれど、いささか、いえ大いに鬱屈した思いにもなることでしょう。そんな暇な時間はないとも察します・・が。
『選集』33巻という、33という数の意味するもの・・わたし一人の勝手な解釈では、巡礼、お参りの感が強いのです。それで結願!!という感じ と書く とお叱りを受けそうですが、西国33番巡礼を連想してしまうのです。ただし33を以て「収束・終息」することなく、気力保って、創造のエネルギーを消尽し ないでください。
「山縣有朋などという陸軍の巨魁には何の関心もなかったでしよう」といわれると、確かにわたしの関心の外。日本の近世近代は曖昧なままに過ごしてきたと改めて強く思います。
以前江戸期の傑出した思想家として鴉の挙げられていた「富永仲基」を思い起こします。取り繕うほどに調べたりしたものです。その他、宣長も篤胤も梅岩なども名前のみで、ほぼ無知に近いのですから恥ずかしい限りです。
山縣はドラマの中、例えば「せごどん」西郷隆盛との関連などで何回か見たことがあります。薩長の確執、西南戦争での関わりを経て彼がどれほどの傷みを もって後の時間を生きたのかと思います。軍人としての山縣の生涯はやはり分からない。住居や庭に大いなる関心を持ったことは、彼の生い立ちとの関連で窺え る気がしますが。
新潟への関心は夙に述べていらっしゃいました。三面川のこと・・平家伝説に関連することでしょうか? 古代からの鮭漁のことではないはず・・。
三面、白河、この二つの単語が、地名人名やや交錯しているために想像逞しくなりますが。
国内旅行に関して、残念ながらわたしの経験は乏しく、何となく土地勘としてわかるのは東京以西から関西、広島あたりまでです。四国や九州、長野、石川、 福井はまあまあの程度。新潟から東北は殆ど知りません。国東半島や長崎、月山、純粋に自然へ惹かれるところも多くありますが、現実としては身動き容易なら ない日々です。
本当に事情が許せば歩き回りたい、放浪したい!!! こう書くと、鴉はきっと畳の上で存分に十分に想像によって旅を満喫していますよと言われるでしょ う。それでもそれでも、わたしは其処に未知の場所に自分を置く旅をしたい。現場のその実感には掛けがえのないものがありますから・・。
コロナウイルスの脅威に世界が喘ぐ現状では旅行は論外ですが、一年先になるだろう計画でも立てたいと思うのです。
薔薇(パガニーニ、ダ・ヴィンチ、ラファエロなどの名前が付けられていると思わず買い求めてしまったり)何て贅沢だろうとも思いつつ、庭の15本近くある薔薇の花を楽しんでいます。そして友人からの矢車草の種を撒いたら見事に所狭しと咲き続けています。
早や藪蚊が飛び始めました。庭を純粋に楽しめる日々は限られています。
散漫なメールになりました。
忙しさに負けて絵を描くことができません。鉛筆画を少し始めてみようと思います。
選集最終巻の編輯、恙なく終えて 卒業されますよう。
コロナもその他の病も近づけないように 元気に元気に お過ごしください。 尾張の鳶
* メールに、眼も思いもやすめています、感謝。33は、3と11とでしか割れんなあと、算数ダメ人間が妙なことを思います。巡礼という思いは無いです ね。わたしは、亡くなったどんな人ともネコたちとも、史上の人とも架空の人とでも、好きな人であれば、一瞬に、直かに出逢えます。話せます。
* 選集最終巻は、半ばが、私の歩みと仕事との「記録」になります。見ようではバカげているのですが、 年譜も書誌も、だれのでもない「私自身」の表現で、一字一句といえど私以外の誰にも書けない事実なので、それもまた創作と表現に類しています。
2020 5/22 222
☆ 疲労のいかほどか、
気にかかります。大事に大事になさってください。
首都圏宣言解除、やはり慎重に過ごされますよう。こちらも籠居は変わりません。一日三食作り、(孫の)育児はきついですが、日々成長しているのですから!
世界は確かにヘンです。
今世紀は、この20年良いことないです。20世紀も戦争ばかりでしたけど。 尾張の鳶
* 七時、もうこれ以上今夜の仕事はムリ、ボヤーっとしていたい。
2020 5/25 222
* 今日、京都の羽生さんにいいお手紙と鶴屋の甘味をたっぷり頂戴した。この歳になっても、やはり戦時育ちから甘い味わいにとことん弱い。寝床のそばへご く小さな容器に生の白砂糖をひそませ、時に夜中に掌にぽちっと落として口にしている。砂糖をぬすむはなしは狂言にも逸話にもちょくちょく有る。昔から同情 していた。
* 岩手の国文学者渡部芳紀さんからもお便りが来ている。なにやら、勲章を貰われたという。癌を心配されてたらしいのも無事に免れたと、それは、めでたい。
* 健筆の門玲子さんからは、「百名山」の著者を書かれた小説のような評論のような一冊を頂戴している。
2020 5/26 222
* 東郷克美さんからお手紙があった。「選集」を出しますといったら一等早く、「全部欲しい」と言ってみえた研究者。読者にもお一人そう言ってみえた人があったなあ。
2020 5/27 222
☆ 秦 恒平選集 第三十二巻
ありがとうございました。巣ごり期間中、私は 読みごたえある作品を存分に楽しませていただきましたが、
先生、奥さま 如何おすごしでございましたでしょうか
パンデミックなど、歴史や小説の中の出来事と考えておりましたのに、この度、『平家物語』『方丈記』と先生の作品が重なり、公家から武家へと変化した社 会は「はやりやまい」のせいだったかもしれないと思ってしまいました。中世からルネサンスへの転換にペストの大流行が関与していたように。
イタリア都市の人口が半減したという事態と京の街の惨状…… 小説の京が私の暮らしている京と溶け合い 『平家物語』の人々がまわりに生きているような気持でした。
『平家物語』の中とは違う いや同じ貴公子「熊野」の宗盛は魅力的です。
盛りの櫻を最も心に適う女と見たいと強く願う感受性豊かな宗盛、満開の時を手中におさめたいと望む心に
あいにくの村雨
女の歌を手にして 天の意向に気づく宗盛
女の心に在る都は 東
雅びな業平の東下りに劣らぬ暑い熊野の東上り
『源氏物語」をこえて『平家物語』登場の気配がする『更級日記』
そう 『源氏物語』には居なかった自分の運命を自分で創る女性 あの皇女は作者の創作……
少年時代、孝標女に親密な共感を抱いたと書かれる先生の御明察に嬉しくなりました。
やたらに夢の多いあの日記は、老境をの現在を現の夢にみちていた少女時代に戻す装置…と考えて 先生の作品が同じ仕組みを隠しているように思われてきました。
長く 映画を観ていると、 ストーリーより映像、更には監督の意図が気になってしまうように、小説もまた、それが生まれる現場に心惹かれるようになります。
随分、時間がかかりましたが。 いよいよ読書が 先生の作品が面白くなってまいりました。
先生、
奥さま
季節の変わりめでございます、
どうぞ れぐれも お身体、 大切におすごし下さいますように 京 きよ 造形藝大教授
* 源氏物語に真に肉迫して「夜の寝覚」という文学史上唯一の成果をのこした菅原孝標女というおばさん作家には何としても心惹かれる。やったなぁという賞 讃の舌打ちが出る。不幸にして此の長編物語は歴史の荒波等に流されその幾分を流され喪っているが、それでもなお傑出の光輝を充分にあましている。「夜の寝 覚」そのものを活かすこと、更級日記著者の現像をしっかり造形してみることは、まだ残された創作者の課題であろう。『チャイムが鳴って更級日記」で後者の 思いをいささか伸べてはみたが、ホンの筆先に過ぎない。
* 『初稿 雲居寺跡』に托した「承久前夜」も、しっかりと詳細に誰かに挑戦してみて欲しい、あくまで大きな「文学的彫啄」として。羽生さんの期待にそこまで副えなかった悔いが身に痛む。
☆ いつも
秦 恒平選集 湖の本をお恵み下さりありがとうございます。お礼もさしあげずに失礼おゆるしください。三十二巻の年譜繰り返し読んでおります。
大学の一年先輩で(秦と)同じ年の十二月十日生まれの(歌人)寺山修治氏の文庫本を併読しています。(小生は(昭和)十一年の十二月九日生まれ)
どうかお体おいとい下さい。小生と同年生まれの奥様もお大事にお願いいたします。
こんなはがきですみません ご平安を祈念いたします。
追 作家自作年譜は多いですが このように浩瀚でかつ客観的なものを見たことがありません。
早稲田大學教授 近代文学 克
☆ 拝復
お元気でなによりです。小生も、膵臓癌ではないかとの思いこみから CTスキャン、胃カメラと色々調べてもらいましたが、今のところ大丈夫といわれ、一方にコロナもありますが、ひとまず安心したところです。
この度は、選集三二巻お送りいただきありがとうございます。先生の文章を読みながら共感できるのは、私も、先生にはとうていおよびませんが、学生時代休 みになると、リュックに岩波古典大系を入れて帰って、日本の古典はほとんど読んだこと、学生時代、東大の 能・狂言がご専門の小山先生のもと「平家物語」 を何度も読んで感激したこと、関根祥六さんのでしが友人で、良く観世会館に能楽狂言を見にいったことなど 近代文学者としては、古典に親しんでいたことが あるのかなと想いました。
先生には、到底及びませんが、これからも古典をふまえて先生の作品に接して行きたいと思います。
この春 叙勲で、瑞宝中綬章を受け はればれしてしまい本の御礼遅くなりましたことおわび申し上げます。
又、癌かと思いこみ、湖の本も購入続けられないかと思い込んでしまったこともやわび申し上げます。まだしばらくは、むおよびが無いようなので、「湖の本」の購入も続けたく、送本よろしくお願いいたします。148号まで拝受しております。
コロナで騒がしき折、先生にはますますお元気にご活躍下さりますよう祈り上げます。
五月二六日 岩手縣 芳紀 国文学者 大学教授
追伸 最近出した同人誌の小文、お送りいたします。おはずかしいものですが……***は家内です。
2020 5/28 222
* 暑いのに、ひどい嚔みを連発する。
* 和歌山の三宅貞雄さんへ「携帯」で電話してみた。つながり、久々に少しく話したが、つくづく電話下手になっていて惘れた。編集者時代は若い社員がびっ くりするほど私の仕事電話は要を得て簡潔だった。いまは、「用」が無いので、話そうと努めるほど声ばかり大きくなり、何の電話かと向こうさんの迷惑ばかり 思ってしまう。
それでも、電話ででも人と話さないといかんなあと思っている。
2020 5/31 222
☆ ハ ッ ピ ー ニ ッ ポ ン ☆ 邦 楽 ネ ッ ト
みなさん、お元気ですか 望月太左衛です。◎^-^)v
6月になりました。桜咲く春、また新緑の季節をステイホームしているうちに衣替えのころとなりました。もうすぐ咲き始める紫陽花のきれいな姿は皆さんで見ることができますね。
今年の5月は連休あけのあと、ツイッターの上で、三社祭を楽しませていただきました。
【 望月太左衛 https://twitter.com/@tazae2 】
準備から金曜日の宵宮、 土曜日は浅草の町を約100基以上の御神輿が担がれる連合渡御、 日曜は本社神輿渡御と続き、 おかげさまで元気いっぱいになりました。
「今ごろ、宵宮の御神輿が上がるだな」とか、連合渡御の後、土曜日の夜中は、浅草神社の境内で、早朝からの宮出しを待つ人々がたくさん集まっているような気がして、お祭りの時と同じく寝ることができませんでした。日曜日は一日、あるはずのない祭囃子の音が
風にのって、遠くから聞こえてきているような気がしていました。
そして夜、あー宮入りの時間だ、と思うとさびしい気持ちになりました。
翌日月曜日はいつもと同じ筋肉痛もあり、不思議でした。
お祭って本当にいいなと思いました。
御神輿を取り囲む、何十、何百の担ぎ手と祭囃子の意気、ノリが一つになる、一体感は格別です。
祭囃子の醍醐味はここにあります。舞台とは一味ちがう、野外というスケールで大自然と協調していることも実感します。
人はなぜ音楽をするのか、
その原点に通じるそのものが祭囃子の中にはあると思います。
私が祭囃子を始めたのは、18才、大学入学とともに国指定重要無形民俗文化財・江戸里神楽若山流四世家元若山胤雄師に入門させていただきました。
町中で演奏する祭囃子は町の人が演奏しますが、神社の境内にあります神楽殿で行われる里神楽はもともと神職の方が担当されていて、今は、神楽の専門職・神楽師の方々がされています。
私の専門としている邦楽、歌舞伎の囃子には、里神楽や祭囃子の手法が数多く取り入れられています。父・十代目望月太左衛門は、歌舞伎囃子が専門ですが、ずっと以前から、祭囃子を習っていて、若山師の演奏会に「寿獅子」という囃子の曲で出演したこともありました。
父は歌舞伎の囃子が、お祭の場面などで里神楽や祭囃子の手法を使わせていただくことができるのも、若山師が代々守ってこられたおかげだと、敬意をはらっていました。
私もそれに倣い、祭囃子や神楽囃子を勉強したいと考えました。若山師はお稽古だけでなく、その御指導のもと、三社祭はじめいろいろなお祭に参加させてくださいました。江戸時代のままの古い形を残している東京佃島の住吉神社のお祭の印象は今でも忘れられません。また、第六天榊神社、銀杏八幡神社などでは、神楽殿で白い行衣を着て、神楽囃子もさせていただきました。
私の先祖達が住んでいた人形町の末廣神社のお祭で神楽囃子を一日中させていただいた時は感無量でした。そして1986年、若山胤雄社中によるCD「江戸の祭囃子(財団法人ビクター伝統文化振興財団)」に、私は本名・安倍久恵で参加させていただきました。
<billboard-japan・視聴できます>
http://www.billboard-japan.com/goods/detail/4381
若山師には毎年三社祭の前に、特別稽古をしていただきました。平成16(2004)年、若山師は、若山の山のついた「山桜会」と、私達のグルーブを命名してくださいました。現在は、同若山社中・尾股真次氏による指導のもと、三社祭はじめ、5月・鉄砲洲稲荷神社、6月赤坂日枝神社山王祭、
8月・千葉神社、及び天沼八幡神社、9月・赤坂氷川神社等の御祭に参加させていただいております。
一昨年には、伊勢神宮内宮・参集殿におきまして、演奏させていただくことができました。
伊勢神宮の青空に、祭囃子が響き渡って行った時はうれしかったです。
今回、三社祭をツイッターを通して、リモートワークのように、一歩離れたところから体験することができました。こんなに楽しいお祭そして、祭囃子をもっと多くの方にお伝えしたとあらためて思いました。
今年の三社祭は初めての秋のお祭、10月16日~18日に行われます。お祭を見に、また祭囃子でのご参加も今から練習してできます。
お待ちいたしております。
『うちは東京じゃないし・・遠いし・・・』という、どなたかの声が聞こえてきました。 今回のコロナのおかげでわかったこと、囃子はリモートワークできる音楽なんです。
私は5月8日行われる船の進水式での演奏を日本舞踊家の観帆真伎氏から依頼されました。
以前、長崎での進水式に初めて依頼されたことがあり、今回2度目となりました。 ドックで作られた船が、つながる一本のロープを切断され、初めて海に浮かびます。この支鋼切断という儀式とともに演奏を始めます。くす玉が割れて、軍艦マーチが鳴るというイメージをお持ちの方もいらっしゃると思います。
観帆さんは伝統芸能の方でもありますので、あの軍艦マーチの代わりに日本の音楽で、と依頼してくださったのです。
今回進水式が行われる広島県豊田郡大崎上島に、私は偶然にも以前行ったことがありました。
約20年位前になりますが、歌舞伎の巡業で瀬戸内を廻った時に立ち寄りました。
私のお弟子さんの故郷でもあり、島にはたくさんのミカンの木がありました。
瀬戸内海で7番目に大きい島だそうです。
島の神峰山の山頂から瀬戸内海に浮かぶ115の島が見え、
映画『東京家族』(山田洋次監督)のロケ地にもなった美しい島です。
櫂伝馬という伝統文化があり、太鼓に合わせて一同に息をあわせて小舟を漕いでゆく様子は
海の上の御神輿のようだと思いました。
進水式もお祭と同じく、神事の要素を含んだ儀式だと思いました。
笛は、もとは神道の岩笛をルーツにした能管です。
神楽の手法による大崎上島の神峰山から海に向かう神風を表しています。
締太鼓はまっすぐに進む船と寄せくる波を
連打と「寄せ地」という手法によって表現させていただきました。
進水式当日は、現地のスタッフの方が、音出しのタイミングを何度もリハーサルしてくださり、
無事にできたそうです。
よかった!
お会いしたことが無い現地の皆様ですが、
観帆さんを通じて、船にかける思いはひしひしと伝わってきました。
当日、私も今ごろ進水式が始まるなと同じく晴れていた東京の空を眺めながら思っていました。
「囃子」は距離を越えて、思いを通わすことができる音楽だと確信しました。
囃子という音楽の一番大事な中心は、
「間」です。
ただの休止符ではないのです。
聞こえないけれど、ある音、それが「間」です。相手を思う気持ち、お互いの思いやりが「間」になります。
「間」をもつ「囃子」の可能性は無限です。
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* 太左衛さんは、私の友達のなかでも最高に活溌に活躍している女性です。元気な文を借りて紹介したくなりました。
☆ 日本や世界の
深刻な話題には事欠かないのですが、曇天の上に辛気臭い話はいやですね。何か気の晴れる話題はないかとさがすのですが、これが全然なくて、申し訳ない。
> こういうとき、置き忘れてならないのが、「美しい」モノ、コト、ヒトとの触れ合いかと思い当たる。
「美しい」かどうかわかりませんが、ネットでちょっと感動した写真を観ました。今、人種差別に抗議するデモで荒れに荒れているアメリカですが、マイアミ警 察の警官グループ(白人八割くらい)が抗議に押し寄せた群衆に対して帽子をとり地面に膝をついて頭を垂れて出迎えているものです。デモ隊の一員と警官が抱 き合っている写真も。全体からみれば少数でありましょうが、この警察官たちの被害者への弔意と共感の姿勢におどろくと共に、こういうアメリカ警察がまだあ ることがアメリカという国の底力で希望のように感じました。他州でもデモ隊と一緒に行進した保安官がいたニュースがありました。良いものを見たと思いま す。民主的な社会は集団的良心の土台がなくては成立しません。
そろそろ梅雨入り。歩かなくてはなどと頑張らず、ご自宅で足踏みなどなさって籠城楽しんでくださいますように。
父 父の日といふ日の酒や見まもられ 絵馬壽
* 頭をさげ、感謝します。
☆ この二三日
疲れが出てぼおっとして何も出来ず。明日は、日赤外来診察です。
暑くなって、そろそろ京都も梅雨が近いらしく、庭の花々はすっかり夏の様子、紫陽花、ホタル袋、鹿の子草等々。
このところ家事に追われてま–す。 京 渋谷坂 華
2020 6/1 223
☆ 特にコロナのせいでもなく、
綺麗な自然に囲まれた自宅に静かにしております。
全くの町育ちでしたから、木々のなかや田植えのすんだ広い田をみているのは好きですね。時々ドライブし て北の方へ海を見に行きます。
少しづつ若くなっているのかもしれませんが、最近は児童書を片端から読んでいます。よく考えてかいてあることに改め て感動しています。 常陸 那珂 司
* 映像で、各地一斉に五分間うちあげられた花火に、いささか胸がつまった。花火といえば、昨夜紹介した望月太左衛さんのご好意で、浅草の花火を多年とて も佳い席で楽しませてもらってきた。一昨年には妻と一緒に見せてもらった。ただ、もう、終えてのち浅草から鶯谷まで歩き、山手線、西武線で帰宅するだけの 体力が無い。去年は太左衛さん玩具につくったヒューゥ、パチパチパチと打ち上げ花火の音と光を送ってきてくれました。
2020 6/2 223
☆ お元気ですか。
丸一日、いえ半日でも何もしないでぼーっと休んでいただけたらなどと妄想しますが、これまでも無理せずに成し遂げた仕事などおありにならないのでしょう ね。選集完成の暁に、消耗しきってしまわれることを殆ど恐怖に近い思いで案じています。無駄な騒音と知りつつ、もう少しゆっくりお仕事していただけたらと お願いすることお許しください。 一読者
2020 6/2 223
☆ 秦先生 おはようございます。
思いがけず、嬉しいメールをありがとうございます。
表をしめた歌舞伎座の前を通ると寂しい気持ちになります。
浅草も一時期、人っこ一人いない風景が続いていました。今月になり、やっとの人出でほっとしました。
浅草は、最近オリンピックめざして作られた小さな宿がたくさんあります。ぜひ、隅田川にちなんだ作品、お願いいたします。
隅田川が育んだ文化を盛り上げようと、台東区、墨田区が新たに協力連携しています。私も近年、両国のシアターカイさんでいろいろさせていただいております。
この6月7月も、国際舞台芸術祭が行われます。7月7日に出演します。
http://www.theaterx.jp/20/200613-200712p.php
長年隅田川を見ていますが、 シアターカイさんに行くために昨年初めて両国橋を歩いて渡って隅田川をみました。
「ああ、大川だな」と今までとは全く違う川の姿を見ました。
最近 シアターカイさんに行く時は両国橋からいくようにしています。
先生の作品、楽しみにしております。
よろしくお願い申し上げます。
追伸
今年は花火大会中止です。
残念ですね。
また次回。 望月太左衛
* うてば響く人である。太左衛さんの鼓、太鼓。心身を一気に血の奔るような確かさ、美しさなのです。
2020 6/3 223
☆ ツバメの
ひなが五羽、巣からこぼれ落ちんばかりに丸々と巣立ちも間近になってきました。すっかり近隣のアイドルと化し、見物人が絶えません。フィリピンから渡ってきた親鳥の必死の給餌の日々が報われて、五羽全員無事に大空に羽ばたいていくことを願うばかりです。
そろそろ梅雨入り、どうかどうかご自愛専一に、室内の熱中症にはお気をつけてお過ごしださいませ。 朴 小手かざす日ざしとなりぬ朴の花 高崎恵久子 2020 6/5 223
* 朝ちばんに嬉しいお便りが届いていた。
☆ ごぶさたしております、神戸のe-oldです
秦恒平先生
おはようございます。
長い間、ご連絡もせず申し訳ございません。
秦先生と東京會舘でお会いしたのが2003年の確か2月、月日の経つのがはやいです。
あの時は食事とワインをご馳走になりました。
その東京會舘も建て直しになったそうですね。
この17年の間に私は、20**年に妻を亡くし、20**年の4月に突然襲ってきた脊柱管狭窄症のため歩けなくなってしまいました。
外科はもちろん整骨院に行ってみたり雑誌の特集記事に掲載されたストレッチ体操を試みるも改善しませんでした。
六ヶ月も経ったある日、これも突然歩けることに気がつきました。非常勤だった大学の職を失いましたが、未読の溜まった「湖の本」を読む時間ができまし た。その結果、やっと追いつき、今では新刊の「湖の本」を心待ちするようになりました。そして、生かされていることに感謝する毎日です。
e-oldの私も数年前に古希を迎えました。血圧も高く、3週間ごとに医者に行きまして薬をもらっております。一方、まだ社会に役立つことがあればと、写真展を開いたり、要望があれば神戸の下町の気になる店のことなどの講演をしたりしております。
以下のホームページの「What’s New」に掲載しております。
http://msibata.org/
東工大がらみで嬉しいことがありました。
私は神戸市立工業高専(一回生)に通っていたのですが 高専(八回生)の後輩になる益一哉さんが2018年4月から東工大の学長を務めています。
高専出身者の学長は初めてと思いますが、東工大の風通しの良さを象徴する出来事のようです。人文社会系の分野においてもユニークな先生方を招聘する伝統も失われていないですね。
私のところには特別給付金どころかアベマスクも届いておりませんが、新型コロナウイルス対応を含め政権のやることは闇だらけ。情けない国になっています。とは言え生きて行かなければなりません。
秦先生のことはホームページの「私語の刻」で毎日のことがわかります。無理をせず、頑張らないで日々大切に。ではまた。 2020.06.06. 神戸のe-old
* こういうこと、あるのだなと思う、この方のことをどうされてるか、また機械のことで教えて貰えるかなあ、前に、電話やメールでなにかとお尋ねして教え て貰ったが、と、ついこの一両日にも思っていた。東工大の学生君達はみな今しも働き盛りで邪魔はしたくないし、機械音痴はますます極まって来しナア、懐か しいなあ、どうされてるかと。
還暦ですか。病気もされてましたか。奥様のこと、残念極まりなく。
神戸の匂いが届いてきた。まだまだお互いに元気に生きなくてはと思う。早速に最新刊「湖の本 150」が送れる。もし途切れていたなら言うてください、すぐ送って差し上げます。
* 九時前。そろそろ新刊が到着する。雨に降られず送り始めたいが。
2020 6/6 223
* 村上開新堂さん、いいお手紙も添って、クッキー一缶を、今日もまた、嬉しく頂戴した。
2020 6/6 223
* 謹呈贈呈分は 送り終えた。順が逆で申し訳ないが、読者の皆様には今、荷造りをしていて、送り出せるのは明日になるかも知れない。佳い一冊になってくれたと思っていますが、さ、どうでしょうか。
☆ 秦 恒平様
コロナウイルス感染の事態は一向に収束の気配が見えませんが、恙なくお過ごしでいらっしゃいますか。
高齢者は危いと娘達に心配され四月初めから五月末まで富士宮で過ごしておりました。人が少なく人に会わずに森の径を散歩ができることにひたすら感謝の日々を送りました。
江戸時代にできた用水池そこから一続きの高台の住宅地の間に思いがけず昔からの保全された森があります 絶滅危惧種の金蘭の花束のような蕾から咲き終え る迄を見届けることができました 東京ではクッキーの製造と配送を続けるべく時間短縮で娘たちと従業員が頑張ってくれました
ぼつぼつ店を開けて営業を始めておりますが 当分限られた範囲で細々とやってまいります
どうぞ 御身 ご大切にお過ごし下さい
令和二年六月五日 村上開新堂 道
* 思えばもう三十四年も「湖の本」を応援し続けて下さったのである、出会いは、まことに フトしたことであった。人生で人との出逢いのありがたさ、不思 議さをいつも思う。要は、誠心誠意というに尽きていた。お互いに、一心に自身の仕事に立ち向かっておればこそ、親愛も生まれるということ。
2020 6/7 223
* 送信トレイに滞留していたメールが、からになっている。よろしい。
2020 6/7 223
☆ 湖の本150拝受
秦 恒平先生 コロナ闇にもめげず紫陽花も彩りをましております。
首都圏の緊急事態宣言解除後の東京アラートの赤色が悲しい音を奏でているようです。
ひさしくお目にかかっておりません。ご無沙汰をしております。
本州の西端の草庵まで、ご恵送たまわり恐縮しております。
折に折りに希少な重厚本を賜り、「黙って納めよ」と言われたことに甘えております。
のんびり流れていく老いの時間に、なまけごころに「カツ」をいれられるようでもあります。
本日拝受いたしました『湖の本150 山縣有朋の『椿山集』を読む』はとくに感激いたしました。
かなり以前(横浜在住時)、国会図書館で『山県公遺稿 こしのやまかぜ』というのを開いたことがあります。
その折、「椿山集」の「風雲集」あたりをコピーしましたが、枚数制限があり全部をコピーできませんでした。
秦先生の思いの文章とともに復刻全文を手にすることができました。ありがたき幸せに存じます。
楽しみに読んでいこうと思います。
とりいそぎ一言御礼もうしあげます。 山口縣 淳 歌人
☆ 湖の本 拝受
コロナ騒ぎの昨今 如何ように落ち着くものやら…
マスクの箱買いの残品が多数あったので これは何時の時 かと調べてみたら、遥か昔のスペイン風邪流行の時でした。 その恐怖は若いからこそ しっかり覚えています。箱には飛沫 風邪 花粉用とあります。考えれば花粉症なんてヤワイもんですね。
何とか我が家で暮らせていますが 、子供達には何かと助けて貰っています。
どうぞお元気でお過ごし下さい。
まだ自転車に乗って ますか まさか 花小金井 千 中・高同窓
* 長時間 長距離は 避けていますが、近距離短時間なら自転車はあるくより遙かに颯爽とらくらく乗り回せていますよ。
* さすがに、ホッコリ息がつけている心地。猛暑とか。 本が届き始めているらしく。核心に触れた感想や批評・批判が来ればいいが。
2020 6/9 223
☆ 目な高に山法師咲く孤なりけり 杏牛
『「椿山集」を読む』 拝受有難うございます。
このコロナを瀬戸に文藝の世界も変るでしょう。今は寂しい限りです。
南山先生のご健筆 列びに奥様大事になさって下さい 匆々
* 「南山」の名告りを受けていただいた。 南山は とみにわが目に浮かんで見えている。陶淵明の昔から南山は心穏やかに眺める懐かしい景色であった。
☆ 謹啓
初夏の候 貴殿におかれましては、ますますご清祥のことと拝察いたし、お慶び申し上げます。
平素より格別のご厚情を賜っておりますこと、厚く御礼申し上げます。
さて、このたびは、『湖 (うみ) の本』第一五〇号をご寄贈賜り、大変有難うございました。ご寄贈賜りました書籍は今後ヒも、当センターの骨重な研究資料ヒして活用させていただきたく存じます。
末筆ながら、ご自愛のほど切に念じ上げ、御礼とさせていただきます。 謹白
二〇ニ○年六月八日 親鸞佛教センター所長 本多弘之
☆ 御礼
秦様 湖の本150号のご恵投、ありがとうございます。山縣には興味があり、早速拝読し始めております。秦様とは歴史観、政治観を異に致しますが、秦様の直観的な、また経験的な歴史把握にはいつも刺激され、啓蒙されております。今号も実に興味深く拝読しております。
ただ、山縣が明治天皇に信愛されたということはないのではないでしょうか。研究書を読む限り、山縣は明治天皇にも、大正天皇にも疎まれたとあります。こ の反論をご教示願えれば幸いです。また山縣と2.26事件に関する拙文、添付いたします。ご笑覧いただけたら幸いです。 鋼 生
* お便りを有難く。
私は 明言していますように、もともと山縣有朋には反感や厭悪こそあれ、興味ない一人でした。ただ、不思議の経緯で手もとに美しい非売品の「椿山集」原本があり、この度び初めて読んだというだけ、それよりも同じ長州出の総理安倍晋三のほうがアタマにきていました。
山縣に関しての研究書とかは一切読んでいません、ただただ、『椿山集』一冊の詩歌だけは、叮嚀に気を入れて繰り返し読みました。全部「手寫」もしたのです。
明治や大正の天皇さんが彼を疎んじていたかなども関心なく、しか し、多年に亘り数多くの詩歌の実作実感を介して、彼山縣が、天皇や皇室に敬虔なほどの神的敬愛を捧げていたことは、数々の「表現」や「事蹟」からも疑いよ うが無いと思われます、かれが「偽り多き」「虚言の詩歌人」だと説得証明されるならば別ですが、とても、つくりもののうそくさい歌人詩人とは読みとれない と信じます。
また彼のいわゆる栄位栄達の順調な経路にも、疑念や不自然は感じ られませんし、彼の奇兵隊時代からの当然の体験と痛感とが、日本国と日本列島の安寧のためには「主権線・利益線」を意識し続けつつ「軍」への最大の配慮を 謀り続けたらしいのは、政治家としても軍人としても、まこと余儀なく「当を得ていた」ことはみとめざるを得ず、それなしには、とても二本差しのお侍軍団な んかで、清国や朝鮮やロシアと対等以上の抗戦が出来たわけのないのは明々白々でした。よしあしの問題でなく、皇室が、終生彼を元勲・枢密院議長として遇し た「事実」は当然のことで、余人を以て替えがたい「眼」と「策」とを國のために山縣の持ち続けていたことは確か、公の史実としても詩歌の私情表現からも、 まぎれなく読み取れます。
さりとて私は、昭和を生きた一私人としては、山縣有朋とつきあいたい気は全くありません、が、安倍晋三と比すれば、スッポンに対する月、汚泥に対する明雲ではあるなと認めざるを得ません。
山縣の反民主主義や反政党主義はまるで認めませんが、世界の動きと帯同しつつ「眼の利いた人」だなあとは思っています。和歌も詩も、そこそこに純真に感じています。歌と詩とを一つ一つ、よく読んでやって下さいませ。
大正十二年には死去している山縣の、十数年後の二・二六事件との係わりについては、何一つ知識も関心もありません。いまの私は 安倍政権への憂慮と懸念しかありません。
歴史観、政治観を「異にする」とおっしゃっていますが、持田さんのそれをそれと伺ったことがなく、古今の日本史や世界史を通じての「異」なのでしょうか。
いま、私は、山縣有朋は忘れて、次かその次ぎかの目標に、山縣へのそれとは全く異なる視線と関心とから、「幕末と維新」を生きた一人の男と、興味津々付き合っています、呵々。
お元気で。 秦 恒平
* 四国の大成繁さん、たくさんの素麺を下さる。食のてんで進まないいま、ことに有難い。感謝します。
* まだ六時だが、どうしようもなく草臥れきっている。
* 十時まで寝潰れていた。
☆ 秦様
ご丁寧なご返信ありがとうございました。わたくしも山縣に限らず、日本の近代の政治家は、秦様のおっしゃるように、もっと内在的に、つまり彼らの「生き た時代に即して」理解されなければならないと存じております。戦後の歴史学研究会の連中はマルクス主義史観に立ち、日本の近代を断罪してきましたが、これ はとてつもない誤りだったと存じます。
遠山茂樹はコミンテルンの1932年テーゼに従い、要するに、ソ連の革命戦略に沿って歴史を書くと昭和史論争で明言しております。とんでもない妄言だと考えます。
ただ、山縣が明治天皇、大正天皇に疎まれ、国民にも嫌われたことは事実と存じます。そして、時に政治家は国民に嫌われることも必要だと存じております。 日ロ終戦交渉のポーツマス会議から帰国した小村寿太郎がロシアに譲歩し過ぎたと国民から総スカンを食い、夫人が精神に変調をきたした事実と、松岡洋右が国 連を脱退して帰国したときの国民の大歓迎ぶりを比較すると、このことが明らかだと存じます。
安部首相に対しては、小泉や鳩山に較べれば ずっとましだと存じます。とにかく小泉が竹中を登用し、新自由主義経済学に基づく経済政策を推進したのに比 べれば アベノミクスはずっとましです。コロナ発生までは、わずかながら格差は縮小し、失業率は減り、求人倍率は上がり、自殺者数は減少傾向にありまし た。子供の貧困率も 6人に一人から7人に一人に減りました。犯罪率も世界一低いようです。
外交面でも対中国に慎重な姿勢を取り、尖閣問題を先鋭化させていません。対韓国に関しては韓国の方に問題があると存じます。拉致問題の解決は現行憲法では解決不可能だと存じます。
もちろん、政権批判は大いにすべきで、その批判に安倍が耳をどれだけ傾けているかは不明です。
「政治を軽蔑する国民は軽蔑するに値する政治しか持てない」とトーマス・マンは言ったと言われていますが、私も同意見です。
私の政治に対するスタンスは、ベターよりベストを求めるのではなく、ワーストよりワースを求める、ということです。
安倍と山縣の比較は後世に任せたいと存じております。
問題は憲法改正に関してですが、中国が覇権主義を露わにしつつある現在、尖閣諸島を武装民兵などで占拠した場合、自衛権の行使がどこまで許されるかとい う問題を含んでいると存じます。この問題を議論しているうちに中国は尖閣を事実上、施政権下に置いたと宣告するでしょう。仮に尖閣を中国に譲れば、中国は 沖縄を自国の領土だと言い始めます、中国ではすでにそう言い始めております。
また、憲法の条文と現実との矛盾を、解釈で繕い、そのままにしておいた方がよいのか否かという問題もあります。憲法学者のたしか8割は自衛隊の存在は武 力にあたり、憲法違反だと言っております。憲法機関説との関連についても意見がありますが、これは長くなりすぎるので控えます。
山縣の歌については これからじっくり読もうと存じております。
また秦様がこういうご努力を密かにされていることには 多大の敬意の念を抱いております。 鋼 拝
* 有難う存じます。たくさん、教わりました。ことに、中国との今ないし今後には私は深い懼れをもっています、今世紀に入って以来、絶え間なく。
幸いにして山縣有朋の実像に触れずに生きてこれたと思いつつ、彼ならば 尖閣などの不安にどれほど前からどう対処していたのだろうなと思ったりします。 日米安保とかに安閑と頼って米国追従の姿勢ではたして緊迫の事態がどう乗り切れるのか、政治を頼みとしたいだけに現状を肌寒く思っています。
☆ 秦恒平様
昨日、『湖の本』150をいただきました。いつもながらのご厚意に感謝いたします。本日、武蔵野日赤への通院から帰宅してから、いただいたご本の頁を括りました。
山縣有朋の歌のすべてからではありませんが、彼の歌からは 柔らかな詩情を感じ取ります。しかしそれは、秩父騒動を武力弾圧して、日本の自由な民意形成 ヘの道を閉ざした暴力行使者の苛立ちとも、弾圧される者の痛みとは関わりがありません。山縣の歌には国土の拡張を誇る晴れがましさが感じ取れますが、弾圧 された朝鮮人の悲惨は視野から消される。ただ朋友伊藤の死を悼むのみ。
詩文が人事と政治的な抵抗の手段であったユダヤ的風土と西欧の文明に親しんできた私には、山縣という権力政治家の人間性、人間の尊厳へのアパシーには驚きます。このアパシーが美と暴力を結合させる。 今回の読書は、日本人とは何かの認識に資するところがありました。
アベ政権下での梅雨入りは不快の念を深めますが、そんなこの国の風土にへこたれない精神を培いたいものです。どうぞご自愛下さい。失礼しました。 並木浩一
* 山縣への批判・非難は私の久しく持して離さなかったそれと変わり有りません。と、同時に、ことの善し悪しを措けば、幕末から維新以後の、昭和以前の日 本の近代が、山縣の軍形成と指導と方法なしに西欧列強の威嚇や東洋の先進清韓露等との軍事抗争に堪え得て日本国土と国民とを無事護り得たろうかとは思われ るのです。鎖国可能の時代ではゼッタイにあり得なかったでしょうから。日本の近代史の最も難しい問題点と感じたことでした、政治家山縣が(私自身からも) 幾重にも批判を受けねばならない、にしましても。
☆ 秦様
立派な「椿山集」をご紹介いただき、貴重な機会をありがとうございます。じっくりと読んで参りたいと存じます。
お目をお身体も 大切にお過ごしいただきますように。
次の作品も楽しみにしています。
迪子さま
自粛生活の間にも季節がどんどん移り、周りの木々のみどりもすっかり濃くなってしまいました。育ち盛りのネコちゃんと賑やかに楽しく過ごされているようす 何よりとホツトしています。
このところ 私は謡のお稽古をリモートでしています。スマホで先生とつながり、間違えばその場で訂正していただけ、声の質も直ぐ側で聞いているようです。仕舞いもビデオ録りして、一緒に見ていただき、先生のお手本も見れるのです。電車やバスで外出しなくて済んでいます。
何時までも続きますコロナ騒動ですが、熱中症にはならないように、お互い身体大事にすごしましよう。
ずっと以前、秦様にパソコンはOLDの良い杖になると薦められました、感謝です。
練馬 晴美
* 建日子へは本が届いていない、と。
* 十一時になった。もう、機械も止める。疲れた。今度の本はそれなりに考えて頂ける刺戟は持てたようで、肯いている。
2020 6/9 223
☆ 秦 恒平様
「湖(うみ)の本 150 山縣有朋の『椿山集』を読む」を拝受しました。
創刊34年、第150巻の偉業、慶賀に堪えません。才能の発揮はもとより、出版から配送までのあらゆる工程を夫婦お二人の不断の努力で成し遂げられてきたことは まことに稀有なことと拝察しております。
新型コロナウイルスの鎮静化に未だ遠い昨今 くれぐれもご自愛ください。
令和2年6月10日 濵 拝 妻の従弟
2020 6/10 223
☆ 謹んで申し上げます
この度は湖の本150「山縣有朋の『椿山集』を読む」を御恵送下さいまして、ありがとうございます。
山縣の仕事をじっくり考えてみようと思います。
さっと『椿山集』をながめただけで。安倍にはこの百分の一も語彙がないことがわかります。はやく消えて欲しいものです。 千代田 なを 美術家
2020 6/10 223
☆ 秦 さん
お元気でご活躍の様子で何よりと よろこんでおります。
本日、「山縣有朋の『椿山集』を読む」を頂戴しました。ありがとうございます。ゆるりと読ませていただきます。
昨年来、山口県の方とSNSで交信しています。
幕末から維新を主導してきた長州人の中でも萩の人は特に誇り高き人たちが多いようで安倍一族では安倍寛を聖人と崇める一方で 孫の晋三へは酷評しきりです。
そんな折に萩人の山縣有朋の歌集を手にして萩の聖人寛を祖父に持つ晋三の人となりを思うとき乖離の大きさに隔世遺伝の突然変異の悪戯に失笑を禁じ得ません。
こんな他愛のないことに一喜一憂しながら余生わずかな日々を一病息災のままであれかしと過ごしています。
コロナ禍の終息を念じてご自愛の日をお過ごしください。
ありがとうございました。 森
☆ 秦先生、
きょう『湖の本』150号頂きました。有り難うございます。今夜インターネットより入金致しました。
ご無沙汰で失礼致しております。コロナもありますが、腰痛がひどくて、やる気も失せておりました。
150巻到達おめでとうございます。「山縣有朋の『椿山集』を読む」のタイトルにびっくり。あの政界の妖怪のような山縣有朋をお好きなのかしら、信じられないと。解説を読み、では山縣有朋はどんな歌を詠むの? と『風雲集』の巻頭の歌を詠み感心しました。
花とのみ見てやかへらむ嵐山松のこのまのもみちそめしを
ほんとに、古今集の一首といわれたら、私など、そうですかと頷いてしまいます。
『椿山集』を取り上げられたこと、良いものは良い、美しいものは美しい、という先生らしい取り上げ方だと。それに先生の解釈がコロナの蹂躙でかき乱されたこの世相に問う内容だと。
とても面白そう、味わって読みます。このところ眼の調子も悪く、本もろくに読んでいませんでしたが、少し気分が晴れていきそうです。
取り急ぎ御礼まで。 愛知 珊
2020 6/11 223
* 講談社の天野敬子さん、哲学の石内徹さんから、「湖の本 150」へお祝いをいただいた。お励まし、こころより御礼申し上げます。
☆ 「秦 恒平 湖の本」第百五十巻
『山縣有朋の『椿山集』を読む』の刊行を
お祝い申しあげます。
前巻で、山縣のことを書くとの予告はいただいていましたが、 想像をはるかに超える珍しくも貴重な一冊でございました。
秦さんにこのような形で見出され、余に問われること手は山縣ありせば欣快とするところでしょう。願わくばしばし世にあらわれ後輩総理を叱りとばしてもらいたいものです。
鷗外の名が出て来たのも予想外でしたが、「老いぬれば世の箏のみかなく蝉の聲さへ耳に疎くなりぬる」などという感慨にも驚きました。
祝意とお令の微意を同封する失礼をお許し下さい。
人智の統御を嘲笑うごときウイルスです。どうぞ御身お大切に、さらなるご健筆を祈念いたします。
二○二○年六月十日 天野敬子
* ありがとう存じます。
☆ 拝復
梅の実が甘い香りを放つよい時期になりました。
本日 御労作の「湖の本 150」拝受いたしました。厚く御礼申し上げます。
些少ですが印刷代の一部に御利用いただければ幸いです。 敬具 千葉 石内徹
☆ 「湖の本」いただく。
私語の刻 読む。 秦さんは深いこと考えている。僕も88歳という年齢。ここいらで終止符を打とうかと思う。
秦さんの一生涯の仕事はたいへんなものだった。 墨畫家 島田正治
☆ 『湖の本』一五○巻
おめでとうございます。
「山縣有朋の『椿山集』を読む」ありがとうございました。安倍総理との対比 まことにその通りです。
「私語の刻」孫子も興味深く読ませていただきました。 恐々謹言 静岡大教授 小和田哲男
☆ 『湖の本』第百五十巻の
ご刊行心よりお慶び申し上げます、
たいへんお恥ずかしいのですが これまで知ることのなかった『椿山集』を秦先生のお導きにより親しむ機会を得ましたこと まことにありがたく存じております。少しずつ味わいながら読み進めております。
また「私語の刻」にございます、コロナ禍における現政権への鋭いお言葉一語一語噛みしめながら受けとめております。
秦先生のお住まいのあたりではご心配なこともまだほまだ多いことと拝察しております。くれぐれもご自愛のうえお過ごし下さいますようお祈り申し上げます。 山梨県立文学館
☆ この度は 又
創刊三十四年「湖の本150」を贈って下さいまして有難うございました、心よりお祝い申しあげます。
長い長い間に亘り:研鑽を積まれ精進なさっておられるお姿を思い 頭が下がります。常に願っていることですが お体は くれぐれもお大事になさってくださいね。
こちら宇治は、ここ数日三十三度ほどの暑い日が続いて いよいよ梅雨に入りそうです。
梅雨、コロナ、そして猛暑 どうか体にお気をつけられて、奥様とお二人、お健やかにお過ごしなさいませ。
ありがとうございました。 かしこ 京・宇治 水谷(旧・佐々木。弥栄中)葉子(先生)
* 県立神奈川近代文学館、西東京市図書館、城西大水田記念図書館、天理大学図書館からも、「湖の本 150 山縣有朋の『椿山集』を読む」 受領の来信。
2020 6/11 223
* 京・宇治の水谷(佐々木)葉子先生、「宇治」選りすぐりの銘茶を、たっぷり選んで送って下さった。宇治茶のうまさは、格別。楽しませて戴く。先生、有難う存じます。
☆ 山縣に関しては
勝海舟評の、「胆力の井上(馨 か)、利口者の伊藤(博文 か)のあとに、「山縣(有朋)に至っては、あれは正直一方の男さ」が目に残る。
勝の理屈っぽい歌より、山縣の調べの美しさに驚きました。
明治の政治家達はよく歌をうたいますね。
ありがとうございました。 狛江 野路秀樹
* 教えていただきました。 山縣和歌の穏和に優麗な調べでなかったら、私は立ち止まらなかったかも知れません。
* 所沢の藤森佐貴子さん、いつもお心づかいの、めずらかな「旬のめぐみ新茶とお菓子」を頂戴した。「ひだり団扇」とある、美しい模様で小さく造られた団扇も二枚副っていて、おもわず夫婦して破顔。
* 京・有栖川の桐山恵美子さん、寺町三條の老舗「とり市」から、美しい大きな加茂茄子をはじめ生鮮の京野菜いろいろを沢山に下さる。感謝。
* 四国の大成繁さんはタップレと讃岐素麺と饂飩とを、神戸の信太周さんは故郷の名品「稲庭饂飩」をたくさん送って下さった。逼塞して暮らしている老夫婦には気の晴れる有難い賑わいです、御礼申します。
* 参議院議員福島みずほさん、所沢の藤森佐貴子さん、聖教新聞の原山祐一さん、元中央公論編集長粕谷一希氏夫人幸子さん、作家の杉本利男さん、杉並の柏 木洋子さん、井上靖先生の娘さん浦城幾世さん、また上智大学、東海学園大学名古屋キャンパス、お茶の水女子大学、山梨県立文学館、大正大学等々よりお手紙 また受領の来信あり。
下関の大庭緑さん、横浜の安田鏡子さんからも送金に副えてご挨拶があった。感謝します。
* 機械不調、メールの往来が昨日から杜絶、試みに階下から妻に送って貰ったテストメールも届かない。やれやれ。
いま、通った・
☆ 秦恒平先生
神戸のe-old道です。
先ほど、湖の本No.150山縣有朋の『椿山集』を読むが届きました。
送り出すのに大変だったと思います、ありがとうございます。
山縣有朋の名前は知っていますが、どのような人物であるのか考えたこともなく、作品を残していたとは。じっくり読むことにします。
さて、先日は突然10年ぶりになるメールを差し上げまして、驚かれたことでしょう。
秦先生はパソコンのことを「電子の杖」と仰ってましたね。パソコンが世の中に登場してから随分と経ちますが、用途と言いますか、使い方はあんまり変わっていない気がします。
文章を書く(write)、計算する(calc)、絵を描く(draw)、通信(mail)が主で、動画等が送れるようになったことはありますが。
私は、壊れないものだから、いまだに10年前のノートパソコン(widows vista)を使っています。
やはり遅いです。
これが壊れたらwindows10にしますか。
あるとき従来から使っていたスキャナーが壊れました。使用頻度がそれほど多くないので必要になったらコンビニのマルチプリンターを使います。
プリントアウトは1万円台の安いレーザープリンターでモノクロだけは印刷します。
めったに印刷しないカラーですが、家庭用のカラープリンターは、インクの故障が多いので、やはりコンビニを利用します。保守が要るようなものはなるべく自宅には置かないようにするだけでも気が楽です。
で、働き盛りの卒業生君らは多忙でしょうね。秦先生、機械のことで困ったことが発生しましたら
取りあえず、私にメールください。
パソコンの本を書いたのは20年も前のこと(本は東工大の図書館にまだあるようです)、すぐ役立つかどうかは保障できませんが、私にわかる範囲でしたら遠慮なく。
* 心づよく嬉しい限りです。「友軍あり」という嬉しさ頼もしさです。
2020 6/12 223
* 石川・能美の井口哲郎さん、醇乎とした蜂蜜を思い荷にして送って下さった。このところ私は或いは栄養失調の懼れもあり、有難く朝夕に戴いて元気を取り戻したい。幸いに私は幼來甘味にアリのように惹かれるタチ。井口さん、お元気でお元気でありますように。
* 今回の送本は、宅急便の事情からか、必ずしも荷を托した順序で各地へ届いているようでなく想われる。よくは分からないけれど。
2020 6/12 223
☆ 秦 恒平様
6月10日午後4時30分。ただ今の自室の気温は31.7度、湿度44%です。先ほど、温められた郵便受けから、『湖の本』を取り出してきました。HP で諸氏の感想を拝見していましたが、現物を目にして、私には直ちに入っていけそうにはありません。とりあえず「山縣有朋の『椿山集』を読みて」をたよりに 拝読したいと思っています。
先頃、150号到達を記念して、「流雲吐月」を篆刻にと鉄筆を手にしたのですが、途中でなんだか彫った覚えがあるような気がして、調べてみましたところ、平成27年10月20日「秦さんに」と印譜に残っていました。思いの証しに、未完の印影を添えておきます。
それにしても空気の重い春でした。老人の日常生活には特に変動はないものの、なんとも気鬱な毎日でした。その間、5月8日、八十八歳に到達しました。と たんに左膝を痛め、整形外科に診てもらったところ、水がたまっていました。水を抜いて貰いましたが、痛みは抜けきっていません。これも年をとった証拠と耐 えています。
その五月、珍しく二つの出来事が降りかかりました。私がその年譜や著作を調べた北村喜八と岡栄一郎に関することです。
北村喜八については、北陸中日新聞が「わがまちの偉人」というシリーズに取り上げてくれました。若い女性記者が取材に来ました。大ざっばに話して、後はご参考にと、手持ちの資料を貸し与えました。まあまあ無難にまとめてくれました。
岡栄一郎の方は、徳田秋聲記念館が、「生誕130年記念企画展『岡栄一郎の陰影』」を催してくれました(チラシ同封)。開催期間中に、講演の依頼があり ました。頭に浮かんだことが、なかなか言葉にならないとお断りしたところ、館長さん(元金沢大学国文科主任教授)から、「私の質問に応えるかたちでどうで しょうか」とまでいわれて、結局「対談」ということでお受けしました。しかし5月16日の実施予定が「例にならって」中止となり、現在に至っています。お そらく開催期間中(6月28日まで)
の実行は無理でしょう。お声を掛けてくださった館長さんには申し訳ありませんが、正直なところほっとしています。
今夜から雨の予報が入っています。今、庭はカラカラですが、紅と白の杜鵑花(五月躑躅)が爆発的に咲き誇っています。花言葉は「愛の喜び」だということだそうです。いろんな「愛」に受け止めたいと思います。
歳月や傷の夫婦にさつき咲く 角川源義
という句が目にとまりました。近況報告でおじゃましました。
お二人にはどうぞお大事にと、お祈りしています。
<追>「近況」については、以前にお伝えしたような気もしています。
無為な老人の身の回りには、エピソードも少なくなっていますので。
元・石川文学館館長 井口哲郎 元。石川県立小松高校校長先生
* 米壽、おめでとう存じます。積み重ねられたご業績に触れてのまだまだご用事の有るのは、何よりの健康薬です。きかいのあるつど、どうぞ元気にお出向き下さい。
「流雲吐月」 の印影 美しく。なんでもない句のようですが、なにかしら一歩を踏み出す気概で原典の一字は省いて四文字を脳裏にいつもおさめています。
☆ 拝復
コロナ大変の季節 かわらぬ執筆意欲 お健やかにお過ごしの趣 大慶に存じます。
湖の本ご恵与たまわりありがとうありがとうございます。
時代の要請等 同時代後世の人物評相違するのは理のあること、山縣有朋の再来望むところはありませんが確かに人品卑しからぬことが肝要、発掘資料ご披露、警世の書と拝読いたしおります。 時々の感懐を歌に詠むこと廣く人々の教養であった時代に思いをはせています。
それにしても、軍人、文人の違いはあるにしても「厠半ばに出かねたり」と詠んだ漱石にあらためて親しみ感じました。
コロナ第一波のがれたにしても 第二波・第三波の怖れ観念、くれぐれもお大事にと念じております。
厠何処せわしき夢や夏の月
三月來 お礼言上出来ずにおりましたが やっと外出
郷里のうどん少々お届けしました。 草々 神戸 周 国文学者
☆ 拝啓 梅雨の候
お変わりなきご健筆をおよろこび申し上げます・
湖の本150「山縣有朋の『椿山集』を読む」を賜りまして、厚く御礼申し上げます。
タイトルの「山縣有朋」にまず、あらと思い、中を開きましてそのお歌の多さにびっくりしております。
元勲として、政治家としての存在でしか捉えておりませんでしたが、短歌、漢詩など、これだけ沢山残していらっしゃったことに驚いております。まだ全てに 芽を通しておりませんが、お歌から、お心の澄明でありますこと、また沈静された物の把握が感じられ、また新たな一面を知ることが出来ました。
いつもいろいろなこと、いろいろなものをお教え頂き、深く感謝申し上げます。
これから、折々このお歌の味わいを一首一首かみしめ読ませて頂きます。
粗菓ですが お疲れ休めにでもお召し上がり下さい。
ご自愛のほど お祈り申し上げます。 かしこ 紅書房主
* 感謝します。
* 海江田万里さん、皇學館大学国文学島田規代さん、神戸松蔭女子学院大、作新学院大からも受領の来信。大勢さんの払い込みも頂戴した。
* 古門前の「おッ師匠(しょ)はん」が、祇園四條「鍵善」の砂糖菓子「おちょま」を送ってきてくれた。わたしと同い歳で、まだ踊りの弟子を育てていると。えらいもんだ。
戦時疎開先の 丹波からもとの小学校へ帰ったのは、五年生の二学期もおそく、三学期だったかも。学校には知らない顔がいっぱいだった。日本中のあたこちから空襲の被害な どのなかった京都へ避難の家庭が多かった上に、中国や朝鮮からの帰国家庭も戦禍を浴びることのほぼ無かった京都へ親戚等を頼って、同じ町内にも何軒もそん な家があった。
「おッ師匠(しょ)はん」は、そういう戦争被害の転入者ではなかったのだが、妙に事情のありそうな転入生で、しかも、小学生ながら遠目にもおッとおどろく頗るの美少女だった。敗戦直後の小学校は、独特の新鮮と劇性に溢れていた。私は六年生になると、初の民主主義的「公選」を経て当選「生徒会」初代会長になった。
後々の若柳流「おッ師匠(しょ)はん」は、おどろいた、私の叔母が出入りの豪商と謂うていい大きな茶道具商の「ワケあり」な「もらひ 子」であったらしい。私の叔母は其の子を将来の私の嫁にとめがけていたらしく、叔母には叔母ならではの打算が働いていたろうが、成るはなしでなかった、そんなウラ 話は私らがもう古稀も過ぎての久々の(電話での)再会時に「おッ師匠(しょ)はん」の口から初めて聞いた。笑えた。
以来、わたしは京都へまったく帰る元気も機会もなく、美少女の極みであった「おッ師匠(しょ)はん」がどんな婆さんになってるやも知らない。湖の本を送ると、京の菓子を、時には縄手の好い「鰻」を、送ってきてくれる。どんなときも熨斗紙にはいつもただ一字「そ(粗品の「そ」カナ)」とあり、「おッ師匠(しょ)はん」の現姓が書かれてある。「おッ師匠(しょ)はん」は宝塚に入団後のいろんなドラマを経て「同性」の旦那さんと結婚した。私も一度は会ったことのあるその旦那さんはもう亡くなって、「おッ師匠(しょ)はん」は、いま、息子娘夫婦のような養子分に支えられながら、やっぱり「おッ師匠(しょ)はん」をしているらしいのである。
この世に、知らぬまに「お嫁さん」にし損じていた美女が一人いるなど、ちょっと面白いではありませんか。電話口では昨今、仲よく会話しています。人生は、おもしろい。 2020 6/13 223
☆ 第百五十巻 「山縣有朋の『椿山集』を読む」
頂戴いたしました。ありがとうございます。巻頭の『椿山集』のカラー写真を見ると山縣有朋がこの一冊を、心を入れて作ったことが感じられます。私家版 『畜生塚・此の世』を頂戴したときに美しいご本だと感じ入りましたが、その時の印象に少し似ています。あえてカラーになさった理由もそのあたりにあるのか しらなどと拝察しました。
(秦補注 『椿山集』は山縣有朋死後に養嗣子伊三郎の名で為された「非売品」であり、生前すでに現在の家集名と造本とを指定指示していたかは分からない。が、そのほぼ全容は有朋が平生自愛の感懐でありえたろうと思う。)
椿はわたくしのことに愛している花で、椿の歌を集めていたくらいですから、『椿山集』という題名も表紙の色や椿のデザインも気に入りました。美意識やセンスはあらゆるところに顕れてしまいますから、野暮なことばかりしている人間としてはコワイなあと思います。
(秦補注 云うまでもなく集の名の『椿山』は、東京ではことに知られた山形嗜愛の別邸目白の「椿山荘」等に関わっていよう、山縣の好んだろうことは、集にも繰り返し椿また椿山荘の名がみえている。)
山縣有朋については批判的な言説を少し読んだことがあるくらいで、彼が歌集を作っていたことも全く知りませんでした。ましてその歌が、斯様に採り上げら れる「作品」を備えているとは全く意外でした。山縣の和歌や漢詩がどこまで味わえるか自信がありませんが、時間をかけて少しずつ読んでまいります。
総理大臣が文学者の鑑賞に堪える歌を詠めた時代の日本人と、現在の日本人はDNAのまったく違う人種ではないかと思うくらい違います。理由は色々あるで しょうが、この傾向は益々顕著になっていくでしょう。昨今の珍な短歌を目にしながら、消滅しつつある和歌の世界を愛し支えた日本という国を、牧水のように 「ほろびしものはなつかしきかな」と思うしかないのでしょうか。
(秦補注 ことに古今集の古来、貴顕と権柄のひとほど和歌やその前は漢詩に述懐の才能を持っていたことは源氏物語や枕草子が、また多くの和歌集が明瞭 に証言しています。今日でも皇室の歌会始に伝統化されていますが、敗戦後は殊に政治家にも世間の要人にも文筆・読書の教養が底をついたこと、一つには文 学・文藝の人たちにまず能が涸れ乾いた情けない現状なのでしょう。)
ボンヘッファーはナチの政治宣伝によって人格の内奥まで汚染された《愚かさ》によって、ただちにデモクラシーという政 治形態に即応資質を欠いている民衆について「そのときまでは、愚かな者を説得しようという試みを、われわれはすべて断念しなければならないであろう」と書 いていました。「愚かさは悪意よりも、いっそう危険な善の敵である」とも。月とすっぽんを相手の、如何なる説得の試み も、今は無駄で危険でしかないと思っています。
夏 夏めくやうなじに揃へ髪を切る 秀
2020 6/14 223
☆ お久しぶりでございます
~先日はご丁寧に「湖の本」記念号をご送付頂き 誠にありがとうございました!
今年は歴史上にも残る様な新型コロナウイルスの蔓延に生活様式まで変化してしまっています
この時節に有朋翁のおおらかな和歌に癒やされるものもありましたね
どうぞこれからもお身体お大切に ご活躍下さいませ
当方 まだガラ系で失礼いたします! 有り難うございました 奈良 雪
* 今日東京のコロナ感染者は47人にはね上がっていた。都知事選挙めあてに「アラート」なる自重と用心をもとめる警告を、洟紙を棄てるほど簡単に抛擲・撤廃したツケの来ないことを願う。
2020 6/14 223
☆ 足元が
ふらふらしながら頑張ってます。暑さは大変ですが、寒さより足腰痛まないので、ましです、どうなる事かと思いながら過ごして居ます。
京都の観光客はまだまだ少なく、市バスもがらがらで、大学生も、帰省したまま、馬町通りも静かで、祇園祭も中止とか、です。
お互いに無事で有ります様に願ってます。 京・北日吉 華
* ご主人をリハビリの通院、想うだにたいへんと案じられる。怪我の無いように。
* ぴんぴんしていますなどという老人を一人も知らないことに妙に安堵している気味、やれやれとばかり。
2020 6/15 223
☆ 湖の本
真剣 熱意 冷静なとり組みが、150巻達成という大事業を成し遂げました。 藤澤 永田澄雄
☆ 「山縣有朋の『椿山集』を読む」
珍しいモノを読ませて頂きます、そして、増々のご健筆 慶賀に存じます。折からお体お大事にして下さい。 八潮 小滝英史
☆ 激電の如き悪疫が東西に混乱を及ぼしております。いかがおすごしでしょうか。
「もみつ」の精確な用法の学びが巻頭からあり感謝。 朝霞 恩田英明
* 妻が往年の親友兵庫県の市川澄子さんよりお便りに副えて有馬温泉の軽快な銘菓煎餅を頂戴した。感謝申します。
* たくさんなご送金もあり、京の漆藝家望月重延さん、文教大国語研究室等より受領の来信もあり。
2020 6/15 223
☆ 拝呈
「湖の本」百五十巻目の刊行、心よりお祝い申し上げます。三十四年間に亘り出版をつづけられたご偉業に感服しております。何よりそれらがすぺい御自身の作品であることに驚く次第であります。
妙なウイルスが世界中にただよっていますが、そして亦 誰もがマスクにたよっていますが 近づかないよう逃げるばかりが能ではありませんが、これも生きている「楽しみ」にしたいと思っているところであります。
例によって石川の菓子(=中田屋のきんつば)一折 お送りいたします。百五十巻の御出版祝いのつもりであります。
私こと 昨年より一年ばかりかけてオペラ台本を書きました。 鈴木大拙(=いま、秦のすぐ手もとにある『無心ということ」の著者、世界的な禅家・師表) を主人公にした『禅 ZEN』というものです。作曲も出来上ったそうで、明年二月に上演するそうです、ちょっとお知らせまで。(簡単なことではありません でしたが)。
お大事に 不一 金澤 松田章一 劇作家
* 松田さんには、本当に永らく永らくたくさん沢山のお世話をかけてきた。大拙先生の「オペラ」とは胸に鳴り響いてくるよう。この日ごろも機械の側に角川文庫『無心ということ』、こころより、妙薬のように読み継いで騒ぐ心を静まらせている。
そして「金鍔」が美味いのだ。感謝感謝。
2020 6/16 223
☆ 拝啓
過日 「湖の本 山県有朋の『樺山集』を読む」 ご恵与賜りましたこと御礼申し上げます。
先生の巻頭や巻末のお言葉を読ませていただきながら、改めてこれに掲載されています数々の
歌を拝読いたしました。私なりに心に残った歌について自分の心覚えのために拾ってみたくなりました。
さりげなく読まれていて心に残る歌が数々あるものの、作られた時の年齢などを思いやりつつ読みかえしてみると、山県有朋という人の、その時々の状況・背 景などについて全く知織のない私にとって、この淡々とした表現の「背後は?」「時代は?」などとフト思うと、取り上げてみたい手にも、いささかのためらい が生まれてしまいます。
そういう意味で私は神奈川県に住み、舞台となった地名や風景になじみのある歌は安心してみる
ことも出来るという思いも働き、取り上げたくなったものは多くあり、また巻末に近い「常磐会選歌」は特に柔らかい心の現れた作品集で、作者の「老境の歌集」か、そんなことさえ思われ、親しめた気がいたします。
とりあえずいくつかの歌をここに上げさせていただきます。
「風雲集」 より
かしましき蛙の聲にひきかへてにほひゆかしき春のうぐひす
草まくらむすふもつらきおもひねの夢のすゑとふ郭公かな
(時あたかも我が家の近く、夜中を含めて早朝などホトトギスの鳴く音を とりわけ近頃多く聞い ています・相原)
船にのり車にうつり海山とかはるうき瀬をめぐりきにけり
戦ひしあとなほのこる山かけに身にしむはかり筒の音する
「風雲拾遺集」 より
夕なきに小貝ひろひしあともなく白洲は海になりにけるかな
松風も磯うつ浪もおとたえておとろくはかりつもる雪かな
めなれてもめてたきものは朝窻にむかへる富士の高ねなりけり
(横浜在住ながら、丹沢山と富士山のコラボは日々、
朝の目覚めの天気判断になっています・ 相原)
ふたつみつ帆かけもみえて江のしまの山のあなたは雨はれんとす
「年々詠草」 「大正七年」 より
七草の花にもまさる匂かな色香も探き畑のなりもの
「常磐會選歌」 より
山川のきしの大巌くさむしてひとすぢほそき水もおちけり
草まくらひかずかさねて野路山路よごとにかはる月をみるかな
末尾に、私ごとですが「歌を捨てた大伴家持」について、後半生の持つ意味について、今執筆
中です。「無粋なテーマ」と先生には叱られてしまいそうですが、「家持の生涯の一部分は語られていない」「古代史は何かを隠している」これが若い頃からの 私の思いこみでした。その私、年齢も近々七十八歳になろうとしています。やはり確認したい、そんな思いでおります。 勿々
二〇二〇年六月一四日 相原精次 作家
* 莞爾と笑む山縣の老境が甦るようです。 感謝。
* たくさんなお便りや本・雑誌等を戴きながら、機械へ転写に、逐一「保存」を欠いていたからか、ちょっとの隙に「全部」消滅した。沢山な時間を掛けていたのに。
もう繰り返す元気はなく。
* 元・岩波「世界」編集長高本邦彦さん、近代文学研究家岩淵宏子さん、作家美術家の島尾伸三さん、参議院議員の蓮舫さん、桐生の歌人竹内正さん、山梨・ 南巨摩の読者石澤えり子さん、神戸のエッセイスト芝田道さん、「星灯」同人でアカハタ記者の北村隆志さん、「三田文学」編集部さん等々。
無駄骨になったのは残念という以上の疲労になる。それも私の機械クンとのつき合いに配慮がないため、か。小説や創作文の事故でなかったのはまだしも幸い。
2020 6/16 223
* 京・山科の詩人あきとし・じゅんさん、めずらかに、健康促進の酢や出汁、濃厚の果汁等々の飲料をいろいろに下さる。食をすすめないと疲労が衰弱へ傾きつつあるとき、ご厚意に御礼申します。
* 五時に起きて九時半。すこし休息しないと危ないか。
* 正午近くめざめる。
吉備の人、鰻の御馳走を下さる。有難く。
高麗屋から、「優茶」のボトル戴く。 感謝。
2020 6/17 223
* もう、「湖の本150」としての「山縣有朋の『椿山集』を読む」は吹っ切った方がいい、別の新しい仕事のなかで、山縣有朋は再吟味すればいい、何かと 対照になどしつつ。「近代国家」としての「日本」の苦渋や増長とともに、政・軍といわば風雅などとの対照・対峙を直かにテーマ化したほうがいいように思わ れる。予想し想像していたよりも遙かに今日のみなさんに「山縣有朋」的存在の近代史としての課題性が読めていない。むりからぬことか。
それなら、また別の日本人に問いかけた方が適切か、と。
☆ 梅雨の候
お見舞申し上げます。コロナ禍中の昨今、いかがお過ごしのことかとご案じしております。
(中略) 本巻を拝読し、山縣といえば「政界の黒幕」とか「軍国主義の権化」とか負のイメージがつきまとっているだけに、晩年の老いの身を詠っているギャップに若干心が動きました。
本日別便にて京都西陣の老舗「孝太郎の酢」をお贈りいたしましたのでご賞味いただければ幸甚です。 京・山科 あきとし・じゅん (詩人)
* 練馬区の宮本裕子さんに頂戴したお手紙が、胸に沁みて私の「湖の本 150」の意図や願いと共鳴していて嬉しかった、ただ宮本さんのお手紙の字はごく小さくて、かろうじて読み取れて有難いが、此処へ書き取れないのが残念です。
2020 6/17 223
☆ 「選集32巻」拝受しました。
ありがとうございます。
文筆家、政治家の貧困が我々国民ひとりひとりの為体の総意によるのなら、「湖の本」愛読者の総意が秦恒平を生み出したと誇りに思いたい。 都・野川 秀
* とにもかくにも 幸いに懸命という生き方を保てているのを喜びとしています。
☆ 湖の本149 流雲吐月(三 実は四)を拝読致しました。
納得、共感、ステキ!なところを記します。
P16 文学はほんらい音楽です。文学の根は詩歌ですもの。優れた文体は音楽です。
P156 詩も歌も「うた」にほかならず 音楽の美を見捨てた詞の藝術が成るはずがない。詞の一つ一つが十分な「詩化」を遂げているかどうか、そういう基本の語感が歌でも詩でも俳句でも大切なのは言うまでもない。
P176 秘めておくことでもない、私は私の八十五年の生涯に思いも想いもしなかった、むしろ強く 厭い嫌い続けたような、あの「明治の元勲」長州「山縣閥」の頭領「公爵・元帥 山縣有朋」に触れて「述懐」「批評」を試みたいと意図している。そんな試み じたいが私・秦 恒平の奇妙なでまともな「批評」を成してくれるか、さ、どうだろうかと。
秦先生 湖の本 150 山縣有朋の「椿山集」を読み 拝読
P165 「有朋和歌を、或る喫驚のそして嘆賞の思いで読み進み」 (私も全く同じ想いで読みました。)
P164 (「おおかたの訓みがなに 濁点や促音拗音が無く…」 故に私には新鮮で、これこそ「うた」だなと想いました。)
好きな数首を記します。
P42 ことにふれ時につけつゝうつれるは心のほかのこゝろなりけり
P75 新宿御苑にて 御手づから御杯をたまひけるとき
海山にたゝかひかちしおもかけもいたゝく酒にうかふけふかな
P84 西行の畫賛
うつり行くよし野の春も津の國のなにはの秋もゆめの世にして
P102 床頭の撫子の花を
いつくしむまゝにそたちて又一つ花咲きそひぬ鉢のなてしこ
P109 時事有感
親しきも疎きも友はさきたちてなからふる身そかなしかりける
P123 八十歳の誕辰に
しる人もまれになるまて老いぬるを若きにましるけふの楽しさ
玲和二年六月十五日 練馬 みやもと
* 「椿山集」の歌人も 泪していよう。
西行画賛によせた一首など、「よし野」の春、「なにはの」秋と、慣用にも自然に馴染みつつ、さすが歴年を行事してきた山縣有朋らしい感懐が美しいまで詩化されている。
撫子の歌など、床頭に幼い撫でし子の声さえきこえそうに、体言どめの実感ゆたかに、美しくもの「想われ」る。相当な藝よと読める。
現今、日本を総理の宰相には、こうした「ことば」の誠と美とが決定的にな欠けて卑しいのを私は歎くのである。
☆ 梅雨
「部屋で転んだ・・?!とHPにありましたが、どうか転びませんように。転倒は後々に響きます。わたしは背骨の圧迫骨折の後、不快な痛みに悩まされています。
梅雨、その合間の空は既に真夏。なかなかメールが書けません。目下自分の日々は殆どを孫のことに費やされている現状ですので・・ 鴉のHPからの感想を述べてみます。
今回の湖の本、山縣の『椿山集』への反響、なかなかのものがありました。それにしても維新の頃の武士、或いは知識人という括りに入る人たちの教養や嗜み というべきものを現代のそれと比較すると あまりの隔たりに驚きます。文学に限らず絵画や建築などに至るまで、そして肝心の思想の枯渇まで思い至るので す。
歌集には三分の一位でしょうか、およそ40程の七言絶句の漢詩が載せられています。が、
わたしは比較的漢詩に接した方だと思いますが、それでも山縣の漢詩をすらすらとは読み進められません。それは夏目漱石の漢詩でも同じです。短歌はかなり自然に読み進められるのに・・。
(熊本陣から最期の=)西郷に宛てた書状の痛切。熊本には縁があるので、自然に西南戦争の事は身近に思えてきます。そして横井小楠のことが思い浮かびます。
京都に行くと必ず歩くのが寺町通、その寺町丸太町にある殉節地と刻された碑が気になり横井小楠を知りました。明治2年に暗殺された彼を勝海舟は高く評価していました。
山縣の朝鮮人民への「無思慮」、伊藤博文暗殺と彼への哀悼・・はやはり納得できないことです。
森鴎外の『渋江抽斎』 実によく分かる・・この牽引力は何でしょうか。
近世、近代史をどのように考えていくかという新たな方向への展望は見えず、思索には至らず・・けれど興味は尽きません。
細切れな日々の時間と幾らかお疲れ気味な体力と怠け心、頭の中はかなり散漫になり、時には混乱しています。孫は三か月を迎えて首はとうに据わり、抱っこ も楽になりました。喃語を盛んに発し、時には一人自分に向かって語っています。とにかく最優先して頑張るしかありません。腰痛も追い払うしかありません。
まとまった集中できる時間が欲しいというのが率直な願い!!
くれぐれもお身体大切に。夏の暑さに慣れるまで特に注意なさって、コロナは拒否、滋養のあるものを・・美味しくなくても頑張って食してください。元気に元気に。 尾張の鳶
* ありがとう。心行くいい激励に感謝感謝。
無隣庵をせっかく調べてもらいながら、写真など生かせなかった。が、まだ此の仕事は、向きを換え表情も替えて先へ進みます、と、言い切ってもヤバイが、その気で居ます。
西郷さんへの山縣書簡はもっと長く、声涙ともに下るもの。たしか、伊藤のあと二人目の総理をつとめたこれもヒドイ黒田が、やはり西郷に充てたさらに長文 書簡も、例の、妙な明治の「作文三千題」に入ってました。昔の人は内容と表現のある長文の書簡がかなり自在に書けました。負けますね。
* 法政大学文学部、武庫川女子大図書館から「湖の本 150」受領の来信あり。 衆議院辻元清美議員からも。しかしまあ、先の蓮舫議員のもそうであった が、いかに型通りの挨拶とはいえ、何という貧しいi日本語なのであろう、そんなことではいけないよと安倍総理を戒めた「山縣有朋の『椿山集』を読む』で あったが、こんな陳腐な日本語でしか挨拶できないのでは、野党議員の日本語に生きる「程度の低さ」も極まっているとみられよう。或いは、たんに代議士先生はお高いの か。
* 明日は桜桃忌。太宰治賞をうけて、満五十一年めになる。湖の本創刊から満34年、150巻を積み重ねてきた。雑誌ではない、総べて定価がついての優に 単行書並みの量、そして秦 恒平個人の創作と文筆とで出来てきた。日本の近代文学に例を見ない。たぶん世界でも稀有と思う。
「コロナ籠居」の日々で、どこへも出かけない。妻と二人で乾杯か。
2020 6/18 223
* 山形の「あらきそば」さん、久しいお付き合いの又三さんがおしくも亡くなられ、娘さんの手で、今日、此の桜桃忌にもどっさりと見事な珠玉桜桃を賜っ た。ほんとに嬉しい。心より御礼申し上げます。お父上に何度も誘われていたのに出向けぬママのお別れとなったのが、残り惜しい。そして「あらきそば」さん を湖の本の読者にとご紹介下さったあの福田恆存先生の温かな御厚意も懐かしく有難く思い起こされる。大勢の方にお力を戴いての半世紀を超す創作と執筆と出 版の日々であった。有難い日々であった。すぐ目の前の谷崎先生御夫妻の写真にも目をむけ、感謝している。
☆ 先生が
「椿山集」を復刻なさったことで、私達も拝読できましたこと、秦先生でなければ成し得なかったことと深く感謝申し上げます。「山縣有朋」という人のイ メージと「椿山集」の数々の和歌のどの歌にもやさしい美しい調べ響きがあふれているように感じられて、今までの想いと結びつかないことが一番の驚きでし た。 静岡市 鳥井きよみ
* 甲斐がありました。感謝します。お友達にもお送りせよと。ありがとう存じます、お送りしました。
2020 6/19 223
☆ 鳶は飛ばず
今は孫が眠っていて静かな時間です。トルコのイスタンブールで撮ったローマ建築の崩れた石、彫刻された建物の一部の石を描いています。
東京はやはり人口密集地、どこに行っても人が群れて感染の可能性大。どうぞ無理せず、STAY HOME. 大事に大事に。 尾張の鳶
2020 6/21 223
* 母校の美学藝術学科へ、「写真 日本の美術」の手もとで永く愛用し便利した二百册余をダンボールの六箱にぎっしり(みな、妻が)詰めて荷造りして送っ た。贈ったつもりでも、どうだか重複も案じられる、が、重複していても相当に役立つ適切な写真も豊富な佳い文献に出来ている。捨ててしまうには惜しい貴重 な学者らの業績本がまだ書庫に相当ある、文学、古典、藝術、美術、歴史等々の論考本や、珍しい、また貴重に役に立つ資料本もたくさんある。研究生活へ進ん で行く学生や先生方にご希望が有れば呈上したいが。ま、断・捨・離の葛になって行くのか、本、書籍・雑誌のそれは運命らしいが、「渋江抽齊」を読んでいる と、いかに文献が大切にされていたか分かる。今は、コンピュータでコピーが利くので「本」という形への愛は学者・研究者の間でさえもう地に落ちてていると か。時勢であるよ。
2020 6/21 223
* 小瀧英史さん、松竹梅の山田錦全使用の大吟醸「飲み比べセット」を下さった。ありがとう存じます。
* 京・古門前の大益貞子さん、祇園「ささ木」の瀟洒に凝ったゼリーを送ってきて下さった。ありがとう存じます。
2020 6/21 223
☆ 「湖の本 山縣有朋の『椿山集』」頂きました。
その前にも「濯鱗清流」「選集三十二巻」を頂いておりますが、お礼のお手紙何度も書き始めたまま今日まで来てしまいました。おわびしますっ振替で今回のお代金のほか、わずかですがお送りしましたので軍資金の一部にお加えください。ほんの少しで恐縮です。
私事ですが、三月の二十三日の八十六回目の誕生日を今年は入院先で迎えてしまいました。ほとんど症状もなく、病気の自覚もありませんでしたが、手術もす み、その後通院で先週八回目の注射も終了、これでほぼ四ケ月半、この後は一か月ほど間をおいて経過を診る再検査をするようです。このご時世、病院も完全な 臨戦態勢、通院の度、入口で並んで検温、問診を受けています。病気の方は当たり前のように過ごしていますのでご安心ご放念ください。
ほとんど何の症状もありません。むしろそのほかの老化、劣化の甚だしさ、このほうが何とも鬱陶しいのですが、別のお医者からは多少愚痴交じりで訴えますと「立派なお齢ではないですか」と褒められるのか慰められるのか-
『椿山集』、無性に読みたく手にしますが、目もカサカサで、今は眼を閉じているのが楽です。それでも退院後、少しつつ本を開いて、ご著作『花方 異本平 家』読了。最初は「異本平家」という題に惹かれてのことでしたが、京の路地を彷徨うような、何とか迷路から抜け出そうと「祇王」「熊野」「小督」など。そ れから『冬祭り』へと、新たな迷路のなか、また彷得いつづけながらもう少しで終わります。しばらく休んで次は『畜生塚』と勝手に考えています。
コロナ禍の終りも見えないまま、空を覆うバッタのニュースなど、昔読んだパール・バックの『大地』など思い浮かべます。この地球、人間だけのものではないと改めて思い居りますが、厳しいお仕事の日々、どうぞお体お気を付け下さいますよう祈ります。
六月二十一日 横浜 宮下 嚢 詩人・島崎藤村学者
* 「学研」にお勤めだった頃、『明治の文学』シリーズでの『泉鏡花』の一巻を担当させてもらった。久しいなあとしみじみ思う。病後をどうぞお労り下さり、お大事に、お元気でと願います。
☆ 「椿山集」を読む
ありがとうございました。
山縣有朋という人は私の中でははなはだイメージがわるい人でしたが、近所の椿山荘をはじめ、ゆかりの京の庭は美意識にあふれた秀作ばかりで、そのアンバランスを不思議に思っておりました。
今回拝読した本でその秘密を垣間見た、解けたような気がします。
得に安政期の詞書がおもしろかったです。
千枚舌の総理にうんざりしているばあさんより
* 私の知る限りの過去に、「山縣有朋」を語って、評して、『椿山集』にもふれていた一例も記憶がない。刊行の際すでに「編輯兼發行者」養嗣子公爵「山縣 伊三郎」の名で「非売品」と奥付に明記された特装美本であれば、心知った、ないし係わりの先々へ遺族からの寄贈品であったろう。たまたまと謂うよりない、 その一冊がいつか市井に溢れ出たのであろう、大正末ないし昭和初にかけていつ頃か「秦の祖父鶴吉」が手に入れていた。祖父の思いは察しもつかないが、上 の、東都の椿山荘に遠からぬ暮らしといわれる「ばあさん」と同じに、私も、この「有朋家集」を読まぬうちと、読んでのちと、「元帥山縣」を観る目と思いに 明らかに添えて加わるものの有ったことは、とても否認・否定できない。
私は現代の文士であり。「日本の言葉」を用い、詩歌をふくめ文藝・創作を衷心受け容れてきた八十四老である。尊皇倒幕と明治維新を経てほぼ大正時代を通 じ表向き「元勲」として生きた一軍人政治家に、かように私的私情の文字と言葉の慎ましい「表現」も在った、在りつづけた事実を、また一面の真実・真情と受 け取るのは、こと「人物」の観察・批評に及ぶかぎり妥当で至当の姿勢と思わずに居れない。「湖の本」の読者に同様の反応や感想のうかがえたのも自然な情意 であり、むしろ「有朋詩歌」には自身触れぬままの「山縣嫌い」だけが吐き出されていたのなら、ま、余儀ないことと、私自身も強く思い合わせて頷くしかある まいが、私は「秦のお祖父ちゃん」のお蔭でこの『椿山集』と出逢えたのを、やっぱり。「よかった…よ」と思っていて、それを羞じない。
2020 6/23 223
* 大阪の河野能子さん大好きな京の御池煎餅を下さった。嬉しく戴きます。
都内の中野完二さん、名酒「やまと櫻」を下さった。有難く戴きます。
* 金澤の金田小夜子さん、大病を克服されて多年念願の創作集一冊『小夜子抄』を出版された。大好きな金澤の甘味を添えて、送って下さった。
おめでとう。よかったですね。ありがとう。
くれぐれも、なおなお、お大事にされて下さい。
* 奈良の西川絹子さん、「湖の本」150巻の上梓へ「御祝」の応援を頂戴した。ありがとう存じます、恐縮です。「絹ちゃん」というと、どうしても、「雲 岫」席の茶道部へ入部してきた高一の初々しい顔しか見えない。わたしは三年生、点前作法を部員に手ほどきしていた。あの頃の高校生、みんな、それは行儀良 かった。65年も昔のことだ。
2020 6/24 223
* 島尾敏雄さんとミホさんの子息で作家・写真家の伸三さん、「いつもご著書をありがとうございます。私の一生はついに両親の為に消費されてしまったよう です。近年の、父と母の出版物です。お収め下さい」と、奥さん(写真家)の作に添えて、父上の『琉球文学論』母上の『晦嘯』『祭り裏』『愛の棘』を下さっ た。有難く頂戴します。
お元気に、伸三さんの作も、また。お嬢さん・まほさん、頑張ってますか。
2020 6/27 223
☆ 疫病の終熄はまだ見えませんが
御体調は如何ですか
「湖の本 150 山県有朋の『椿山集』を読む」有難く頂戴しました
「椿山集」の歌ですが 維新前の作は伴林光平の歌の風情を感じますが
維新後の歌は 明治天皇との関係では 「臣」の立場からした感情が強く滲み出てゐるし 全体に見て 志士の慷慨調一辺倒の歌とは明らかに違ひ 和歌の伝統を踏へた歌作りの姿勢があると感じました
良いものを読ませて戴きました
外出にはまだ注意を払はなければなりませんが 御自愛を祈り上げます 寺田生
* 肯いて、有難く拝見しました。 時に感奮はみえても慷慨という気張りのない和歌であるなと私も読みました。天皇や皇室への思いも無理筋とはよめず、しいて思いをかざっていない。
寺田さんの感想を汲みながら、私の目をとめた作をすこしく検討しておき、その思いを先々へ繋いで見たい。
2020 6/29 223
* 福岡の、今西祐一郎さん(九大名誉教授。岩波文庫源氏物語校訂者のお一人)、コロナを按じていたが、変わりない手紙をいただき、ホッとした。
両手先が四六時中ジンジン痺れていて、ペンで字が書けず、手紙もハガキも書けなくてたくさん失礼している。メールというのは助かります。
2020 6/29 223
☆ 「椿山集」 誠に 誠に
<面白く> 一気に拝読 実家(横山)長州藩士 曾祖父 松下村塾生~松門神社に祀られています。 無隣庵(現東行庵に祖父の顕彰碑 父母の句碑アリ)
絶望的 今日日本の政治の中 <政治家は詩人でアレ>と言った父の語を重ねております。
北九州市小倉 谷 俳人
* ここに謂われてある「詩人」とは、必ずしも詩歌俳句の作者たれという意味ではない、「言葉を、日本語を」 心して、美しく、確かに語れよ、書けよとの 願いであり教えであったろうと思う。私が、敢えて山縣有朋の家集『椿山集』を書き写すという苦労もいとわず敢えて「湖の本」記念の巻におさめた真意は誠に 「其れ」であった。この方とはNHKで俳句を語り合ったこともある。
2020 7/3 224
☆ 梅雨の合間
東京の感染者数が百名を超えたというニュースはやはり不気味でした。とにかく首都圏では格別の警戒感があるでしょう。くれぐれもくれぐれもご自愛くださるよう。病院の定期検診途中の電車などでの感染の可能性を考えると、やはり怖い。お薬などはどうされていますか?
アメリカは一日四万人感染など、これはもう想像を超えた恐ろしい状態。けれど具体的な差し迫った脅威です。
日本から EUに入国可能になりましたが、仕事ではないのですから、今はまだ出かける「勇気」がありません。わたし自身の年齢・・紛れもなく高齢者・・そして0歳の孫に移したら弁解もできませんから。
香港の状況、法律が制定され即反対運動取締が始まりました。それ以前のアメリカやヨーロッパの国々の曖昧な態度は歯がゆかったし、習近平の強硬な様々な動きは止まることがないのでしょう。
世界を見続けていくと厭世観に覆われそうなになります。さてどこまで見届けられるのかとも。
庭のプラムが実って、毎日食べきれないほど採れます。鳥たちも待ち構えるように実を啄んでいます。レモンは今年は不作、ゆり根や三つ葉は少し確保、ささやかな楽しみです。
右足の甲は以前から時折痛みがありましたが、最近その度合いが多くなり宥め宥め過ごしています。
諦観や悟りから遥かに遠い心理状況で、自分に鞭打つように鞭打つほどに何かを始めたい、試みたい、これまでの事にプラスしたいと、凡そ足掻きに似た思いもあります。忙しい日々なので一層そのように思っています。
どうぞお元気で、大切に大切に。 尾張の鳶
* 「庭のプラムが 楽しみです」の二行に心和んだ。
2020 7/3 224
☆ ご体調やお眼のことなど、
いつもどんなに心配していることでしょう。このパンデミックの中で、検査ばかりの病院にいらしてくださいとは申し上げにくく、それでも戦地の最前線にいらっしゃるようなお仕事ぶりをHPに拝読しています。毎日生き生きと「生きて」いらっしゃいます。
九州は大雨で大変なことになってしまいました。
どうか色々お気をつけてお過ごしくださいますように。 眸
2020 7/4 224
* 京都の万年元雄先生、小松市の八代啓子さん、静岡の西村明男君、それぞれ多彩に佳いお菓子を立派な箱入りで頂戴した。わたしは、白砂糖を小匙で掌にのせて真夜中にも口にする甘い好き。京、金澤、名古屋の名菓、頂戴します。
2020 7/4 224
* もと岩波「世界」の高本さん、選り抜きのお酒を二本下さった。有難う存じます。建日子の呉れた洋酒の瓶が明いた。花をさすか、ワインを移すか。
ワインの為には、グルジア(ジョージア)にたびしたとき、代議士のノネシビリさんのお宅で、すてきな壺を貰ってきた。愛している。また、反り返った牛のだろうか、山羊かの、 反り返った角のもとと尖とへ鎖を渡した大小も貰って帰った。これ、飲み干さないと置けない。ビールを注ぐと最後まで美しい泡が消えない。ノネシビリさん、スターリン・ロシアとの政争で亡くなったともれ聞いた。親戚の伯父さん死なれた気がした。グルジアからの力士をつい応援したくなる。
2020 7/7 224
☆ 御無沙汰致しておりますが、
お障りございませんか。此の度は湖の本「山縣有朋の『椿山集』を読む」を御恵贈賜りまして眞に有難うございました。承れば創刊満三十四年百五十巻に達せられました由 心よりお祝 申し上げますとともに 一層の御活躍をお祈り申し上げております。
山縣有朋の一生と倶に 秦様の御身上の種々を拝読して 感慨を深めております。椿山荘も京都も私には懐かしい土地でございます。何か昔に戻った様な気が致しました。貴重な一冊を頂きまして厚く御礼申し上げます。
コロナ問題も不安がつのりますが、どうぞくれぐれもお大切になさって下さいませ。大変遅くなりましたが 本当に有難うございました。 御礼までに かしこ 小平栄美 歌人
* 小平さんはすぐれて佳い歌人のお一人で、昔にはお宅へもあがったことがあり、我が家へみえたこともあり、懐かしい。作家に成り立ての頃、批評家桶谷秀昭さ んとも一緒に、馬場あき子さんの紹介で識りあった詩人今は亡い村上一郎さんの奥さんである。「佳人」というなら、この人と、早く亡くなった、能の故喜多節 世さんの夫人とが思い出される。
今度、前編輯の克明な「年譜一」に較べると、作品本位に雑駁に編んだ、受賞後まる十五年分の「年譜二」では、文学者世間でのわれながら信じられない多彩 な人との出会いが記録されている。それならそれでもう少し漏れなく拾っておくのだったとすこし悔いが残る。村上一郎さんとの出会いは書けているが、三島由 紀夫を追ったような村上さん壮烈の死の前後が漏れている。村上産は死の前日か前々日にお宅から「歩いてきましたよ」とにこやかに我が家へみえて、ちょうど 三月の雛飾りがしてあって、私が盆立てでお茶を点ててさしあげたのをとても悦んで下さったのを忘れない。お別れに来て下さったのだと、今も、はっきりと思 う。
* 今の私達には、もうそういう家を往き来の交際ということが無い。上がって頂く畳半枚の余裕もなくなっているし、妻とのまだまだ気ぜわしい友働きで日々 を送り迎えている次第。玄関まで見えて、余儀なく路上の立ち話でお帰り頂いた失礼が何人も何度もあるのです、恥ずかしながら。この「私語の刻」は、さしづ めそういう方々との声ならぬ言葉での対話ふう独り言と心がけている。
携帯電話の使い方もまだ分かってない、スマホなどの流行の機械も持っていない。ソシアルネットの類も全然見られない、世間の喧噪の一切からまさしく機械 的に我が家は隔離されてある。メールも、いまでは無いに等しく減っている。その分が即ち「濯鱗清流 読み・書き・読書」に日々成っている。コロナの騒ぎ で、もう永く永く完全な籠居。幸いそれは苦にしない、体力減を歎くほかには。
* お孫さんと「まごまご」して幸せな「おばあちゃん」からも、「籠居」に慣れて元気にしていますと。我が家には、いま曾孫がふたりいます。初代が「ネコ」 その娘の「ノコ」ついで「黒いマゴ」が今もみないとおしく、現在は兄と弟の「アコとマコ」とが仲よく狭苦しい家を駆けめぐっています。障子という障紙はす べて原形をとどめず、書斎の襖も。用済みのカレンダーを毎月押しピンで貼り足しています。
2020 7/8 224
* 弥栄中學の二年生で同じ組にいた横井千恵子さん、例年のように私の好きな今日の漬け物、それも歯の弱い私にありがたい美味しい各種を送ってきてくれま した。有難う有難う。彼女、祇園の御茶屋の娘で、やはり一年生のとき私と同じ組だった内田豊子さんと近所住まいの大の仲良しだった。二人とも長じて祇園で 感じのいいバアをもち、あまりそういう店へ出入りしない私も、この二人の店へは妻も、友人島尾伸三さんや、甥の北澤恒や猛も連れて行って、好きに仲よく歌 など唱わせていた。私は唱えない人で、ただ飲んでいた「強いねえ」と「チイちゃん」にも「トヨ子ちゃん」にも呆れられながら。
なつかしい二人それぞれのそんな店も、いつしか祇園を出て、内田豊子さんはもう亡くなった。横井さんは私の長編『お父さん、繪を描いてください』巻頭の 「一、拝殿と山路」早々(湖の本では9頁)に、掃除当番のモップの柄で男子のわたしたちを音楽室から追っ払う「淺井多恵子」として、颯爽と登場している。
同い歳。どうか、元気でいてくれますように。このごろ、だれに向いても同じことを呼びかけている、ほとんど、頼んでいる、まるで。
友よきみもまた君も逝ったのか われは月明になにを空嘯(うさぶ)かん
そう呻いたのは二○一一の十月だった。歳あけた正月五日の人間ドックで私は二期胃癌と診断された。あれから十年余の歳月を積んできた。
2020 7/9 224
☆ 「山縣有朋の『椿山集』をよむ」
ありがとうございました。
小生の郷里は栃木県奈須高原ですが、そこに有朋をはじめ乃木ら明治の元勲たちが我先に国有地払い下げて買い込み、英国貴族風に大農園を作っていました。會津ひいきの土地者としては、長州の者たちが、という思いで見ていました。
小生も少年のころからその思い強く、有朋はどうもなじめません。残念です。不一 詠 作家
* ストレイトな感想で、思わず笑えた。ま、わたしも「山縣有朋」と見ると聞くとそんなだった、彼の閲歴のほとんど何も正確には知らなかったままに、である。
上の文面に「乃木ら明治の元勲」とあるが、乃木希典のことなら彼は「元勲」とは呼ばれていない、明治十八年より後に「華族制度」が成り、この折り「新華 族で伯爵」に叙された者らが以降「元勲」と通称されのちのち「元老」と呼ばれていったと覚えている。明治三十七月二月に日本は対ロシア宣戦布告し、翌年一 月に乃木・ステッセル二将軍水市営の「旅順開城約成」るのだが、總参謀の山縣は旅順攻落に苦戦の乃木希典 へ叱咤にちかい歌一首を大本営から届けているし、明治天皇の崩御に夫妻して殉死をとげた「乃木将軍を悼」む歌一首も献じている。どうも乃木希典に那須野の 大農園はあまり想い浮かばないが、この奈須というのは帝国陸軍の大演習地でもあって、明治四十二年、伊藤博文が朝鮮国で撃たれて死去のあと、十一月初めに もすでに侯爵にして元帥の山縣有朋は「那須野原の大演習に供奉したりけるとき」の歌一首も『椿山集』にのこしている。「供奉」とあるからは「大元帥」陛下 に随行していたのである、調べてみないと分からないが「大農園」の分け取り
のようなことがあったとすると、広大な演習地が払い下げられたのか。それと察しられる詩も歌も無く、広壮な奈須別邸の名も見えない。とはいえ、私は山縣有朋の根に「農」を重んじる気持ちのあったろうとは数多い『椿山集』詠歌から観じ続けては得ていた。
また『椿山集』にかぎればその詩歌または柿その詞書に「奈須」の文字も記載もみえないが、詠さんが慨嘆のことは無かったよりあり得たろうと謂うしかない。
2020 7/10 224
* ペン会員の長田渚左さんから、沢山な缶ビールやジュースを頂戴していた。恐れ入ります。
2020 7/11 224
* 朝早に床を出て「マ・ア」と、キッチンに坐り込んでテレビをつけると、びっくり、文化庁がつくった『日本遺産」とい う連作の早朝番組で「奈須野」を解説の途中だった。先日「詠」さんから慨嘆の手紙をもらっていた関連の内容が美しい映像とともに紹介され、女優の斎藤由貴 が訪ねていた。山水と大農園の美しさはたしかに目をうばうものがあり、間違いなく時の総理大臣山縣有朋のおそらく首唱にしたがい、まさしく日本の農村離れ のした整然広大の農園が、みるからに美しい生鮮野菜やみごとな果物を栽培していて、その種類・品質と生産高とは想像を超えていた。しかも「山縣有朋記念 館」には、五代の子孫にあたる山縣有徳氏が来客の斎藤由貴を和やかにもてなしていた。建物のありようはまさしく瀟洒に美麗の西洋風で、まさしく「日本離 れ」がしていた。
那須高原のかかる整然たる開発を、番組では「明治貴族」の発想と尽力で成ったと解説していて、詠さんが名をあげていた乃木希典の、勲章をたくさん胸にし た軍服姿も、係わっていた一人として写されていた。ほかの顔写真まで記憶しきれなかったが、最後に、そんな「明治貴族たち」を束ねる態に、第二次山県内閣 の総理大臣有朋像が大きく映し出されていた。詠さんの書かれていた「事」はいわば「史実」であった。史実をどう読んで評価するかは私の荷にあまるが、一例 が、敗戦後吉田茂のワンマン大磯道路などと比して、那須の「山縣農場」ほかとの行政価値はどう較べられるか、あの奈須高原のみごとに広大で整然ととした大 農園には、比較にならぬ大きな「明治貴族」の特権行使でこそ成し遂げ得た大開発であったのだろう、それはそのまま今日の大規模農業の現実としてひきつがれ ているのだった。「農」に「根」の思いのある人と『椿山集』を読み終え即座に感触していた私の想いとは齟齬はしていないのである、が。
2020 7/12 224
☆ 機械不調とのこと
秦先生 おはようございます。
前触れもなく機械の電源が突然切れて、書いている途中の原稿が消えたとのこと。
私は 10年以上も前の2009年7月に購入した ノートPC(Windows Vista メモリー2GB)をまだ使っております。メモリーが少なく動作が遅いです。
買い換えればいいのでしょうが、そうもいきません。
夏場は室内気温が高く、電源を入れてから数時間で突然、電源が切れるということは私もよく経験しております。ですから外が暑い日にはPCの連続使用時間を少なくし、しばらくしてまた電源を入れるようにしています。
今は雨が多くて室内温度も高くなくて、そういう事態には至っていませんが、参考になれば幸いです。
さて、東京は新型コロナウイルスの感染が4日連続で200名超え、加えて東京以外の地方では大雨による甚大な被害が続出です。
こんな事態でも政府は”GO TOキャンペーン”を行うつもりだという。
国民の命より 自分たちの腹を満たすためには 何でもやる馬鹿です。一刻も早く消えてほしいものです。
どうか秦先生におかれましても、お大事になさってください。 神戸e-old 道
* 機械のことで困惑すると相談をもちかけるこの「e-old」さんは、この方面の専門家であり、頼みにしている。感謝します、ちょっと安心しました。同じ「夏」といっても、年々に酷暑の加わる日本の夏になりました、機械も閉口するのですね。
私のこの機械の活用ガイドは1998 7月初版とありますが、まさか前世紀の機械ではなく、今世紀のどこかで買い替えた機械と思います。相当な「G」容量は持っているようです、が、それでも時々、「C」の「D」の残量が「不足気味」と苦情がでます。
アタマが鈍ってきているので新しい機械に代えたいとは思えません。実は身近に、もう二台、のちのちに買い入れた大きな機械と ポータブルな機械を 買っ ていながら、仕様がちがって使用しきれずもう何年も稼働していません。今の機械の内容を「保存」の意味で全部移転して置こうかと。いやいや、もともと「機 械」に弱いヒトがアタマも日々に弱まっていて、ま、あきらめ気味でいます。
いま弱るのは、どの機械のマウスも万全に働かないか、不調で閉口しています。
ああ、グチりました。せっかく活動していた自分のフェイスブックもツイッターも、機械の中で行方不明になり、いまもネット世間では生きているか死滅して いるのかも知れません。こつこつとホームページで「私語」しながら、小説や文章を書き継いで行くのが天性の働きと思っていますので、この機械君の健在が切 望されます。
☆ 秦先生 お世話になります。
「選集三十三巻」
・本文前半分の戻し
・ケース 入稿
・扉 入稿
を受領しました。
連日の都内コロナ200人超えですね。
これからの動きにも目が離せない状況ですが、
電車通勤者としては複雑な気持ちです。 凸版
* 電車は、とにもかくにも「気」になりますね、冗談でなく、お気の毒です。無事安穏を祈ります。
2020 7/13 224
☆ お元気ですか、みづうみ。
今年は梅雨が長いという印象です。酷暑はいやですが、雨続きもなんとなく気持ちまで湿っぽくなります。
最近猫が不調で薬をのませようと悪戦苦闘しているのですが、どんな好物と混ぜてもすぐに見破られてしまいます。のまないとまた注射か点滴なのよと説得し ても、「いま・ここ」を生きるお猫さまに通じるはずもなく、人生少し暗くなっていましたが、自力回復の兆しも少し見えてきました。
原稿用紙にしたら三百枚以上になる、厳選したみづうみの引用文蒐集をよく読み返しています。とても幸せな時間です。関わりはないにしても、お声を感じ、息づかいを感じます。
コロナはあと何年かかるのでしょう。もともと家にいるのが好きでひきこもりでも苦にならないのですが、オンライン会議やスカイプやズームばかりではさすがに人恋しくなります。
最近、お疲れを、私語を拝読していても感じてしまいますが、これもしぜんなことかもしれなくて、そこに時間を重ねていらした豊かさもお幸せもあるように思います。
コロナ退散、どうかお元気に末永くお仕事お続けくださいますように。
浪 白南風(しらはえ)の夕浪高うなりにけり 芥川龍之介
* 幼稚園ののこり数ヶ月から、国民学校四年生の八月夏休み中までが私の「戦時中」だった。子供心にも息苦しい、とかく心貧しく窮屈な時期であった。ちょうどこの籠居生活、これもいわば「戦時中」のように感じる。 夏籠(げごもり)や月ひそやかに山の上 村上鬼城
2020 7/18 224
* 神戸の岡田昌也さん、見るから豊かに美しい立派な桃、大好きな桃を下さった。このところの極端な食欲不振でも、果物とお酒とには籤ちらず、手も口も嬉しく働く。有難う存じます。
食べ物で、最近声をあげて美味に感謝したのが 京漬け物のなかの茄子だった。煮た茄子も焼いた茄子も田楽の茄子も子供の昔から親の仇のように嫌い続けてきた茄子なのに、漬け物の茄子は大の好物、ことに京漬け物の味わいは、なんとも深い。
わたしは、野菜も、ことに煮た魚も、焼いた魚でも逃げ腰で、食べさすモンが無いと秦の母を泣かせていた。戦時の白砂糖は貴重だったが、ときおり盗んだ。今でも、真夜中にでもホンの小匙が舐めたくてまくら元の戸棚に隠してある。
味噌醤油も好き。戦時疎開していた丹波での大家さんでは味噌も醤油も自家製で、ことに「もろみ」を戴くのがそれは嬉しかった。但し白い飯はなかなか口に 入らぬ時代だった。茄子並みにいやだった南瓜がよく飯に混ぜられヘキエキした。田舎暮らしで贅沢したのは、栗と柿と、丹波の茸類だったなあ。こんな「私 語」の止めどないこんな八十五になる爺さん、いるもんだろうか。
2020 7/18 224
* 能タタカヒニハテシワガなやちの梅若万三郎さん、特製の美味しい大きなソーセージを下さる。岡田昌也さんに戴いた美しい大きな桃といっしょに、ワインではやめの昼食にした。いい果物といっしょに、脂肪もある蛋白質を久しぶりに賞味できた。深く感謝。 2020 7/20 224
☆ 梅雨明けも
そろそろでしょうか。
過日は『湖の本』をありがとうございました。記念の第百五十巻、圧倒されつつ、感慨深く拝見しました。
「鎮山集」に井上通泰の名をみつけ少し驚きました。じつは兄嫁の祖父(岩野誠一)が学生時代にずっと通泰に和歌を学んでいたと聞いていましたので。
家が近く、その祖父のこと憶えています。ご本から当時のことがいくらか見えて来ました、うれしい一冊となりました、心より御礼申し上げます。
どうか御自愛下さいませ。 大阪・吹田 郁 歌人
2020 7/21 224
* それよりも、とてもとても案じていた、しかし薬石甲斐のなかった訃報が届いていて、やはり、愕然。お気の毒というもお気の毒で、私も心萎れている。看病の疲れに悲しみが加わった。哀悼というしか今は表現できない。
独り生き延びてある人に、それでも、お大事にと、心より願う。
2020 7/21 224
☆ 北斎
今日は目の具合、いかがでしょうか?
今年の梅雨は長く、梅雨の合間も少なく、と言っても夏の暑さの耐えがたいわたしには、却って落ち着く気分なのです。豪雨の被害に遭われた方々の苦労はたいへんなもの、そしてコロナと関連して不安感、猜疑感も、日々を暗くしています。
先日 HPに 葛飾北斎と娘お栄のテレビ番組について書かれていました。途中からその番組をわ
たしも見たのですが、北斎が富士山と天に昇っていく龍を描く場面がありました。三十年近くも経つでしょうか、鴉が、NHK日曜美術館で、信州小布施の記念 館を訪れ、あの絶筆となった絵の前で語っていたのが 昨日の事のように思えます。今もって長野方面に出かける機会もなく、コロナの現在、旅、はすべて夢。
墨田の駅からやや東に北斎の美術館が何年か前にオープンしているのは、ご存じかと思います。東京では、やはり銀座や日本橋、そして上野、浅草や墨田の辺りが好きですが。
10日に、歌人岡井隆氏が亡くなられました。92歳。
わたしは殆ど経歴も何も知らないのですが、いくつかの歌に惹かれたことがあります。戦後の短歌の世界で前衛であったと・・「宮廷歌人」となったことに対 し批判と論争が巻き起こったと ウィキペデイアは簡単に述べていますが、改めて短歌の世界の事も調べたい、など思っています。
毎日あまりの忙しさ、「しあわせ」かもしれませんが、とにかく時間がないのです。
順調に育ってくれて早や寝返り、不安定ながらお座りする孫、「可愛いですよ」と書けば、まさにバ
バ馬鹿ですね。
そして姑の事。時折血圧の低下が認められるようになり、介護度が上がりました。週二回施設に届けものと見舞い。
様々な老後を考えてしまいます。
今日22日のHPに(古典のこころとからだ=)「この連載、けっこう佳いと思うんやがなあ」と書かれています。佳いですよ。演歌、そして最近の若い歌手の歌詞さえも画一的なもの多いですから。
とりとめなく書きました。
くれぐれもご自愛ください、来る夏の熱さを乗り切って下さい。 尾張の鳶
* 「鳶」さんには、いま続けている「仕事」に触れて、意見の聴きたいこといろいろ有るけれど、四世代の家庭を切り盛りしてそれは忙しくも愉しそうにも見え、時間をぬすんではいけないと遠慮している。
これまでの多くの「仕事」で、視野の広いこの人に、なにやかや難航するつど意見や感想を聴いてきた。しかし、「改めて短歌の世界の事も調べたい」なんて、ツマランよ。それより、自身の「短歌」を創りなされ。
2020 7/22 224
* 北越の光明寺さん、名酒別撰「越乃寒梅」を戴く。感謝。国際ペンで専務理事などをつとめられ御活躍の堀武昭さん、いつも銀座で選り抜き、実に美味い洋菓子を下さる。感謝。
2020 7/22 224
* 北越の光明寺さん、名酒別撰「越乃寒梅」を戴く。感謝。国際ペンで専務理事などをつとめられ御活躍の堀武昭さん、いつも銀座で選り抜き、実に美味い洋菓子を下さる。感謝。
2020 7/22 224
* 山口県の未知の人から、「山形有朋の『椿山集』を読む」を譲って欲しいと、メールが来ていた。
2020 7/24 224
☆ 国益強化のため
軍事にすべてを収斂させた人として記憶に残る山縣有朋の歌は敬遠したい気分でしたが、歌詠みの歌にはない言葉の力を感じることになりました。
山にすみ海邊にゐても世のうさのはなれかねたる身をいかにせむ 京 羽生
* さすがに。
明治四十三年の、山縣有朋一首をひかれている。歌人は頷き、感謝し瞑目していることと思う。
* 原善君、近業のあれこれを選って送ってきてくれた。なかには私にも触れて書いた文章もまじっているらしい。
* 善さん たくさんいただきました。
活動しているのが知れるのは嬉しいことです。
仕事の合間に 少しずつ読みましょう。
完全に籠居の、息子も遠慮して近寄ってこない数ヶ月です、まだ先はとほうなく永そう。御家族 お大事にと心より願います。
このメールが 例によって 届くのかどうか不安心ですが。私の日常、あらましはHPで察して下さい。
江古田で一に気に入っていたフレンチの「リオン」がシェフの病気で廃業、残念。
店の雰囲気の面白い「中華華族」 けっこう佳い肴の出る「うお功」とい二軒に親しんでいましたが、コロナ禍で、久しく、覗きもなりません。
それに私も、老衰で、食細く、高校生の昔の体重。スマートといえば、スマートですよ。呵々 秦 恒平
* ざっと送られたものを眺め、追加して忠告しておくが、この程度の半ちくな仕事を幾ら重ねても、文学研究史には何の寄与もしない。
絶対的に大きな現代文学研究の主題は、好きなくも「平成」を閉じるまで「敗戦後日本文学」の総説的展望にみごとに眼識を展開すること、これはもう秀吉・ 光秀の「天王山」に相当の最大緊急の題目。これの出来る批評家・研究者がいそうにもないところに、かつての小林秀雄や河上徹太郎や中村光夫や福田恆存や山 本健吉や臼井吉見らを欠いている情けないような今日の文学史的・文藝批評的なおおきな欠落がある。みな、ちまちまと「論文」と自称するただの覚え書きを書 き並べている。それでは文学愛好の読者達を大きく導いて行ける度量がない。情けないんではないですか。
一つには文藝出版にかかわる出版社の見識もそこへ届いていないということ。岩波新書や中公新書の編輯企画者に目の明いた勉強家が欲しい。
☆ 暑中お見舞 申上げます
梅雨あけはもうすぐと思います。
お身体御自愛下さい。 望月太左衛
* 花火 愉しく頂戴しました。
子猫の兄弟も楽しんでいます。家内はひときわ「花火」に心を奪われる人で、花火のテレビと聞くと追っかけています。
歳どしに頂いた「花火」 揃えて 身近な抽斗に残しています。有難う存じます。
コロナで 老境を完全「籠居」の数ヶ月です。要心に越したことなく。幸い私の仕事は籠居むきで。それでも気晴らしが欲しいなあと思ったり。
食がすすまなくて、痩せてきました。高校時代の体重です。いまごろスマートになっても、ショウがないですよね。
稼働 二百パーセントの太左衛さん、じゅうぶんご用心あって、ご健康には万々ご用意ください。
お姉様にもお大切にとお伝え下さい。 秦 恒平
* バグワンに教えられ、自身を「鏡」と、心している。鏡は 来れば写し 行けば追わない。
☆ 色々とご心配頂き、有り難う御座います。
何から申して良いものか定まらず、何とも仕方ないことです。この連休にも実姉が94歳で無くなりまして、バタバタの日々です。今し方、友人から電話が有りお話して居りました。
独り暮らしになり 何もかも忙しい事です。まだ、提出書類等でも忙しくして居ります。
私の体もガタガタです、明日は内科へと外出にも忙しく、転ばないよう気を付けて。
こんな毎日です。
色々とお話ししたいですが、そんな機会を待っています。
* 夫婦仲が独りになることの寂しさ、胸を刺すように察しられる、
若いから老人だからではない。
何もしてあげられない辛さも 嶮しいほど痛い。
2020 7/26 224
☆ 秦先生
こんばんは。
メールをありがとうございます。
今年の花火は、どこも中止になってしまいました。
この日のためにと、
1年かけて花火を作ってこられた花火師の方々のお気持ちを考えると残念なばかりです。
また、オリンピックや高校野球なども、
コロナのためとはいえ、
簡単に中止されてしまった選手の皆さん達はどんな気持ちでいらっしゃるのか、、
また多くの人々も、
今年の夏は、
夏だ、海だ、山だ、祭だ、とも言えず、
冬のようにマスクをして、息をひそめています。
が、
この様な時こそ、元気に皆さんの気持ちを
私のできることで 囃したい と思います。
まずは
先生にご心配いただいた通り
私自身が健康でいることを心がけます。
これからも御指導の程よろしくお願い申し上げます。
望月太左衛 浅草
* 太左衛さんの鳴り物 太鼓といい 大鼓 小鼓といい、笛といい、三味線等といい 豪壮なほどに力あり、美しい。聴きたいなあ と願うのだが。
* 年譜を読み返していて、藤間由子に頼まれ 私の作詞「細雪 松の段」に振り付けて国立小劇場で松子夫人も御一緒に初演したとあるのが懐かしかった。泣いておられた。
由子には、歌舞伎座真ん前まん中の席に連れてゆかれ、先々代勘三郎が舞台上で寄ってきてひょいと投げ粽を手渡すほどに呉れたりしたのも懐かしい、その頃 の惜しくも若死にさせた先代勘三郎はまだ「かんくろチャン」であった。由子には、抄子ちゃんという愛らしくて元気な娘がいたが、柳橋とか新橋とかへ藝妓に 出て、清香といったか、一度だけ新橋演舞場の舞台でそれは綺麗な囃子方として出ているのをみたことがある。
藤間由子は、早い時季からの佳い「読者」で、先先先代になる大成駒家の鴈治郎、今の坂田藤十郎のお父さんと、大舞台を二人で踊るほどの達者であった。私の 「松の段」を京都先斗町の歌舞練場で盛大に芸子らに踊らせてくれたのも由子だった。早く死なれてしまった。余儀なくて最期を澪る事の出来なかったのは、い まなお心残りでならない。抄子ちゃんに詫びる折りもなかった。
* どう見映えもない作家だが、想ってた以上にいろんな世間のいろんないい人たちと私は出会って来れた。大きな励ましであった。
2020 7/28 224
☆ コロナは大丈夫ですか
ご無沙汰しておりますが、おかわりなく、コロナ関せずで、お静かにお過ごしでしょうか? 花の世話などで、流石に東京へもでないまま、一人住まいにもなれてきました。
お仕事がはかどりますように祈っております。 那珂
* 様
前半再校出の頁の読みが確認できないので、適宜に、前を受けて後半の頁付け、お願いします。
また、それゆえに 最終巻としての「あとがき」が、量の配慮上、書き出せていません。あとがきと、アトヅケとの入稿は、様子を見させて下さい。
口絵がうまく行くかなあと 案じています。よろしくお願いします。
散髪に行きたいが、「密」度をおそれています。白髪を左右・うしろ背へ垂れています。暑苦しいです。
みなさん、お大事に。 秦 恒平
☆ 秦先生
いつもお世話になっております。**です。
ご連絡、ありがとうございます。
こちらも、先程 前半分の出校準備ができましたので、明日には手離れをいたします。
後半の出だしは、前半のページに合わせて進行いたします。
あとがきと、アトヅケの入稿は、様子を見させて下さい。
承知いたしました。
訂正紙が戻りましたら、作業を進行いたします。
8月1日から8月6日は、夏季休暇となります。
メールでご連絡をいただければ、ご対応いたします。
こちらもコロナの影響で、今年は実家にはかえれなそうです。
ゆっくり、引きこもってようかと思います。
何卒、よろしくお願いいたします。
2020 7/29 224
☆ コロナ
今朝ネットのニュースを見ていたらアメリカのGDPが32.9%減、過去最悪とあり、経済学者スティグリッツ氏はトランプが行った疾病対策センターの予算削減、疾病対策部局の解体を批判し、
1、有給休暇制度の不備・・8割の労働者は除外、 2、州政府や地方政府への支援不足、 3、負債を抱える人々への措置が講じられていないの三点を指摘しています。
アメリカの保険制度や格差については既に多く論じられています。
日本政府の、安倍首相の曖昧さ・不能は今更述べるまでもなく・・。
漠然としていたコロナの不安を身近に感じることがありました。
姑の居る介護施設に来る往診の医師が陽性と判明したのです。スタッフ、入居者など全員が検査を受け、その結果全員が陰性と知らせがありました。気掛かりでしたが、とりあえず一安心。これか
らも注意深く過ごすのみ。
この地方の感染者数の急増も懸念されます。STAY HOMEは コロナ以前からの在り方ですから抵抗感はありません。寧ろ現在の方が育児に時間とエネルギーの大半が費やされて、数冊の本を漸く読み終わったのが不思議なほど。
絵はなかなか進みません。確かに絵を描くには時間は勿論のこと、一定の広さも道具も必要で、テーブルの上には絵具やら筆、絵皿(プラスティックのプリン の容器なども!) いつも綺麗に整頓されているとは限りませんが。仕事する、という意味にはそれ以前の準備、整える作業も大いに含まれていると痛感しま す。何を描くか決めること、資料集め、下図を描くなど。そして明窓浄机という状態はやはり様々な意味で精神的なもの、姿勢も含めて重要と思います。
更に器械に向かう時間があまりに少ないのは嘆かわしいことです。
とりとめなく書いてしまいました。
どうぞくれぐれも大切に、お身体ご自愛くださるように。
慕わしいでしょう京都、けれど、今はあまりにも危険。梅雨明けであまりに暑く・・。
それでもいつか必ず行けると思い続けて、そして実現なさってください。 尾張の鳶
* 愛知の久米則夫さん 素晴らしい葡萄の色々を送って下さった。嬉しく、有難く、感謝。
2020 8/1 225
☆ 暑中閑話
五十代の頃、久しぶりにお目にかかった師に、
「すっかり年を取ってしまいました」
とぼやいたら、
「バカ野郎、年寄りってえのは九十になってから言え」
と怒鳴りつけられました。
言われた御本人は 「五百年後にまた会おうぜ。」と言い残し、六十代でさっさと逝かれました。
「四十、五十は洟垂れ小僧。男盛りは八、九十。」
私も後期高齢者にはなっても、まだ「年寄り」にはなれません。 秀
* 九十には私、今しばし。秦の父も叔母も母もみな九十台でした。
年寄りというより、要は「疲れるなあ」と実感の日々です、それも当然で、「読み・書き・読書」の幅も量も時間も減ってない上に、よく飲んで、食べる方はちょっぴりで。運動は、二階と下との上がり降りだけ、日に、二十度ほどです。せいぜい大声で「憤る」よう勉めています。
☆ 早々と暑中お見舞申し上げます
日露戦争後の秋山好古の遺した教訓歌に、「自労自活は天の道、卑しむべきは無為徒食、一夫一婦は人道ぞ」とありました。
わかりやすくて 素直に受け入れられます。
これは全くプロテスタントの生活そのものですね。
最近は結婚前に両親の了解の元、男女の同棲期間を設け、性生活を含めた双方の適合性を確認してからゴールインするカップルが増えていると聞きました。
失敗を恐れて事前に綿密な計画を立て、それから最善を尽くそうとする人が多くなってきているのかな。
うまくいけばいいですね。
そういう人が思い通りに事がうまく運ばなかった時はどうするのだろうか。
生きてさえいれば何度でもやり直しの効く人生ですからヤケにならないで欲しいですね。
「私語の刻」に 塚原渋柿園の「孫子講話」の一節がひかれてありました。
「幕末の江戸風俗」(岩波文庫)を読みながら 渋柿園の語りの妙に引き込まれています。「桜痴先生と柳北先生」などは二人の性格を見事に表していました。 秀
* 女性と性行為へ蔑視の強烈だった基督教では、中世・近代へと及ぶに連れ結婚と出産とは認めざるなく、そこに「愛」のあることを「前提」としたような流 れがありましたとか。それが、現代へきて愛を確認して結婚に至るべく、婚前の性を恰も手続き的に常套化してきたとかいうことを本で読みました。いろんなこ とが云われ為されそれが成り行きという意味なのでしょうかね。
明治の古本のうしろの広告に渋柿園の名がちょくちょく出ていて、に前だけはかなり昔から知っていました。明治の人たちは、いろんな方面と方法とで、勉強 家でしたね。私の小さいころまでも、「べんきょう」という言葉は何かしら「奮い立たせる」わるくない響きを持っていました。
もっとも京都(ないし関西)のお店では、お客が主人や店員に「勉強して(負けて)」と、値切りに頻用していましたが。
* 烈暑の日々です、お大事になさって下さい。メールが欲しいなと思っていた時でした。感謝。
2020 8/7 225
☆ お元気ですか。
東京の気温予報を見ていますと だんだん暑くなるようで、お疲れになりませんようにと祈っております。
私は、水戸よりはかなり涼しい環境におります。セミの声が凄まじいのですが、周りは緑一色になり、今になりますといい環境を選んだと思います。
水戸へはたまにしか出かけません。
今日は私のほうの 京都のお墓参りに 従弟たちに代参してもらい、のんびりしております。
関西からは みんなが、来るな❗ と申します。秋には落ち着いてほしいものです。
お気をつけてお過ごし下さいますように。 那珂
* ほんとうに、秋には落ち着いてほしいものですが。 日々、油断無く、お大事に。
* 墓参かあ。秦の寺と墓のことは、秦建日子にみなゆだねてある。
私は、実の父や母の墓の何処にあるのかも、誰からも教わっていない。知らない。
わたし自身の墓は要らない、骨は灰にして家のネコたちの墓に分けて納め、他は、京都で希望の場所へ撒いて呉れるようにと頼んである。
☆ 長崎被爆 75年
昨晩遅くNHKのドキュメント番組を見ました。一枚の写真、長崎被爆の後、死んだ弟を背負って焼き場の炎の前に直立している少年の姿。
この写真は以前にも見ていましたが、それがいつ、どこで撮られたものか、そして少年がどんな状況だったか等を検証していく番組でした。同時に両親を失った孤児たちの過酷な戦後の日々の語りもありました。
戦争の実体験がないわたしですが、泣けて仕方なかった。自分の事では泣くことはないのに泣けて仕方なかった。
今朝の日曜美術館の無言館の戦没絵学生の事も絵も。
ありきたりですが、何とわたしたちは恵まれているのだろうと、コロナも様々な問題も生きる苦しみに満ちていても。
戦争はいけません。 尾張の鳶
* 保谷の鴉は、今日の、長崎市長の被爆75年のあいさつをじいっと、泪に濡れながら聴き入りました。鴉は、ヒロシマ・ナガサキの被爆を、国民学校四年生 なりに、丹波の山奥で知り、新聞も読んでいたのです。戦争に負けるとはこういうことと思い知りました。一日も早く負けた方がいいと思いました。安倍総理の 挨拶に、広島でのあいさつともともども、今日も、失望もまた重ねました。
わたしは、今度の「仕事」で、鳶の「戦争はいけません」の、その「アト」を書いて、書こうと、苦悶しています。
2020 8/9 225
☆ 私も
『こしのやまかぜ』という歌集は知っていましたが、この『椿山集』は存じあげていませんでした。
山縣有朋はどちらかというと政治的な黒幕のイメージがありますが、和歌や作庭に通じた人物である点は、伝記などで知りました。
近代政治史を少し勉強したことがあるだけです。出身は九州なので、山口にきて、萩に山縣有朋騎馬銅像があるのを見て驚いたことがありました。
続編も含めて完成されることを期待しております。御自愛ください。 竿
*日についで
山縣有朋の続稿を追い、そしていろんな意味から、対比に興趣も問題も豊かな、もう一人との出逢いを、心して日々追っています。
山縣有朋は 明治の政治世界では、「黒幕」どころでなく、ほぼいつも「表舞台」に存在感を見せていた勲章だらけの軍人であったと観ています。
家集「椿山集」は、私情ゆたかなケレン味のない佳い所産でした。一般に常識化してきた山縣評ないし山縣嫌いには、その一面はほとんど抜けていて、ある浅 さや傾きがあったかも知れません。その辺のわたくしの見解は、いま、もうほぼ書き終えて、「別の今一人」への探訪により、さらに歴史的な新たな見識も視野 も可能になるかなと思案しいしい、書き継いでいます。「秦 恒平・湖(うみ)の本
第151巻」として纏められればと期待しながら。
烈暑の日々、八十五老、籠居に徹しています。
日々お大事になさって下さい。 秦 恒平
2020 8/11 225
* 東近江五個荘の乾徳寺さんご住職から『「近江商人の魂を育てた 寺子屋』一冊を頂戴した。同じ川並の川島民親さんからも以前近江商人を主題の共著本をいただいたことがある。
乾徳寺さんの本に、「寺子屋」の先生に書を教えた勝見主殿(本姓越智)という先生が、私の育った新門前通りの「狸橋」を「住所」とされていたらしい、わたしの朧ろな記憶に「越智さん」「勝見さん」の覚えが絡んでいる、今となっては確信は持てないが。
手先の痺れと不自由でわたしは今、ペンで字が書けない、メールだと何とかなるが。
ひょっとしてこの日記、川島民親さんの目にもしとまれば、本のお礼と上のうろ覚えだけを、お伝え下さるだろう。
* 参考にと「湖の本 43 もらひ子」をめくってみた。憚って多くを仮名で書いていたのが今となっては残念だが、克明にものをよく覚えて記録していて、 なつかしい。この前に「丹波」が、このあとに「早春」が書かれ、三部作で私の幼少から新制中学「入学」頃までがほぼ言いつくせてある。そして長編「罪はわ が前に」へつながる。読み返し始めたら「子供の昔。少年の昔にありありと立ち返れる。気恥ずかしかったが、思い切って書き置いてよかった。
2020 8/11 225
* コロナ禍も安倍政治禍も燃え広がってやむ気配無く。自衛あるのみ。
* 上一行、こう書いただけで、コトンと機械前で寝入ってしまってた、十時半を廻ってて、夜も更けたかと慌てた。おハナシにならない間抜けたハナシ。
e-old神戸さんからメールを三つも貰っているのを読まねば。「機械」の命脈にふれて教えて頂いているのだろうか。ウーム。読むのが怖くもあるが。
☆ ADSLのサービス終了について、 e-old神戸
おはようございます。
8月13日の私語の刻を拝見しました。
ADSLのサービスが中止になるとか、時代を感じますが、古い技術は捨て去られる運命なのでしょうか。「DSLならできる超高速インターネット」(日本実業出版社刊)を20年前に上梓した私として複雑な思いです。
解決策としては、ADSLの後に登場した光ファイバのサービスに切り替える
ことになりましょう。
お使いのPCとブラウザのバージョンは何でしょうか。
* 感謝します。 遣っている機械は判るとして、「ブラウザのバージョン」とは何のことか、よく考えてみないと。
☆ e-old神戸
私もポケベルから始まって、PHSの電話を使ってましたが、これもサービスを終了すると言われ、通常のケータイに変更しました。ところがこんどはG3のサービスも止めると通告されています。
さて、ADSLの代わりとなりますと光ファイバかCATVでの接続になります。
このインターネットサービスをしている会社に、現状のPC環境で問題なくFTPサービス(サーバへのデータアップロード)などができるか見てもらってはいかがでしょうか。
* さて、「会社」に問い合わせ「見てもらう」という、その「会社」と先ず連絡をとるのに途方に暮れる。
弱ったなあ。
機械を新しく買い、その機械で何もかも新しく設定するということになるんやろか。いまどき、乗り物を乗り換えながら街のまん中の繁昌人出の大店へ出か け、新しい機械を買ってくるのは、コロナが物騒。また何もかも「新たに設定」のできるアタマの働きも無いように思える。「やめよ」との潮時が宣告されてい るのか、ナ、たぶん。
せめて、九月いっぱいは通して貰いたいが。
2020 8/14 225
☆ 今日は息子と娘と
三田市にある永沢寺まで墓参りに行っておりました。我が家から片道1時間半はたっぷりかかります。
さて、ADSLに代わるインターネットへの接続ですが、私も難しく考えてしまっていました。
現在のADSLの会社が光インターネットサービスを提供していればそれに契約変更すればよいと思います。
工事の際にインターネット接続の設定もやってもらったらいいでしょう。IDとパスワード程度の入力のはずです。
いままでとの違いはISP(インターネットサービスプロバイダー)までの接続だけのことですからFTP等の環境はいまのままで継続できると思います。 e-old神戸
* ああ、感謝感謝です。大切な御用に加えてお心遣いさせてしまいました、御免なさい。
2020 8/14 225
☆ ADSLのつづきですが、神戸e-old
秦先生 おはようございます。
ADSLの続きですが、@niftyのADSLサービスを契約されていると拝察します。このサービスは2021年9月30日で終了とのことですから、あと一年は猶予があります。
終了の一ヶ月くらい前までに同じ@niftyの光ファイバーサービスに乗り換えるのが良いと思います。
その場合、電子メールのアドレスが変わるのではないかとご心配かもしれません。これは多分、現在のアドレスを引き続き利用できると思われます。
したがって、新しい機械を購入する必要はないと思います。
あと、ホームページを置かれているレンタルサーバーは******のようですね。私もこの会社を利用しています。
どのプロバイダーを利用するにせよ、サーバーへのデータのアップロードは今迄の方法で問題はありません。
@niftyの光回線への乗り換えお問い合わせ先は以下のようです。
ご参考まで。
@niftyお申し込み受付デスク
0120-50-2210(フリーダイヤル)携帯電話・PHS 着信可
受付時間:毎日10:00~19:00 神戸e-old
* ウワっ! 何たる朗報!! ありがとうございます。
少なくも いま一年生きていよ、今までのまま努めよと天の声を聞いた心地。ありがたし。感謝。
* 旺然と胸を安堵でひろげました。
御礼申します。「一年」の余裕は典の賜物に思えます。
**様 私のこの機械が Lavie と謂うのはたしかですが、その他判りません。以前に壊れた機械が PC98 とあったらしいですが、同じか異うか、マニュアルの写真を見ても判断できません。
最近気にしているのは、キイの左脇に妙なモノが刺さっていて、抜き差しは簡単なのですが、これが何か役に立つのか不要なのか、判らぬママ気に掛けていま す。機械を使い始めて以来 気も付いてなかった妙なチップです。写真機にもそんなのが内蔵されているんだとか、小耳にはさんだ気もしながら、手に触れたこ ともありません。
よくよく 機械ダメ人間だと思いますが、四半世紀もホームページを運営できてきたなあと呆れています。
23度に冷やしている部屋ですが、汗が湧きます。
お盆です。明日は京都は大文字の夜ですが、今年は ナンダカ と聞いています。
ナンダカ の多い今年ですね。ますます ナンダカづくし になってゆきそう。
お大事にお過ごし下さい。 時には 話し相手にしてお声かけて下さい。
* メールでお礼を書いても返事を書いても、この機械に停留のママ飛んで行かない、らしい。この分では、来ているかも知れぬメールも容易には届いていない懼れ有り。シャー無いか。
2020 8/15 225
☆ 元気にしています。
孫8キロを抱えて右腕痛み、ただしめげず。コロナの夏を乗り越えます。
暑さ厳しく、くれぐれもお身体に気をつけて過ごされますよう。
今夜は 大文字 送り火。 尾張の鳶
2020 8/16 225
☆ お元気ですか、みづうみ。
連日の猛暑酷暑で、消耗なさっていないでしょうか。心配しています。
梅雨が長かったせいか、毎日の暑さが堪え ます。今年の夏は湿度が高いのか、クーラーを二台稼働させていないと部屋が充分冷えない気がします。みづうみも奥さまも熱中症になりかけたなんて大変で す。クーラーを二か所か三か所つけてお過ごしくださいますように。扇風機やサーキュレーターで冷風をひろげるのも効果があります。猫ちゃんズのためにもそ のほうが安心。節電を気にしていたらご昇天になりかねません。がんがん涼しくなさってください。上着をお召しになっても部屋の温度を下げていただきたいと 思います。
それからマウスですが、どうして別のマウスが使えないのかふしぎです。マウスは消耗品で定期的に新しいものと交換するものと思ってきました。接続のせいでしょうか。こういう時プロのアドバイスがあるとよいのですが。
暑さもコロナも当分居座るでしょう。三十六計逃げるに如かず。ご自宅での毎日を心ゆくまでお仕事しながら楽しんでくださいますように。 バテバテながら元気なわたくし
* メール、感謝。
九時過ぎ。 アタマがよろしく働かない、機械の操作も呆れるほどモタモタ。もう、やすむ。
2020 8/18 225
☆ メール有り難う、御座いました。
私、一昨日から急急で入院中です、どうなる事かと? 困って居ります、意識はしっかり有りますがどうにもならない、もどかしさです。 京・日吉
* 日々に、このように時節は逼ってくる。ただ身を固くして佇んでいる。
2020 8/19 225
* 樂さん、琵琶湖畔佐川美術館での毎年のコラボレーション、今年は画家斎藤隆と。入場券二枚も副えてお誘い頂いた。感謝。 残念至極、身動きがならない。
* 喜多流夏の青年能 また友枝雄人主公演の招待もいただいているが。
喜多能楽堂 しみじみと懐かしい、それほど御無沙汰している。前々の家元喜多実さん、後藤得三さん、喜多長世、節世さんの能に何度も何度も招いて頂いた。みなさん、もう居られない。嬉しいことに名人といえる友枝昭世が活躍、健康と無事を心より祈る。
☆ 毎々御芳情に
甘えさせていただき 恐縮至極に存じ居ります 有難く厚く御礼申し上げます。
世界を覆う不穏な気、 加うる曾て無い猛暑、 ひょっとして 天の制裁か と思う様な、 その先の見えない日が続き居ります
ひたすら 何とぞ何とぞ御自愛下さいます事を 祈り上げます
自分の気安めみたいな物 送らせて頂いただきます、 お赦し下さい、
二○二○年八月十一日 合掌 渋谷和子 (京・向日市 染色作家)
* 「近畿で 注染めの発注が出来なくなりました 名残りのお笑いぐさです 渋谷」と、 瀟洒に目に沁みる染めの「ふきん 花」を 、さらに「酷暑お見舞 い申し上げます」と「南国の果実」をシュールな彩色で染め上げた額繪とを頂戴した。毎年のお心遣い、ありがとう存じます。
☆ この夏はあつかったですが、
もう蝉があちかちに落ちています。短い夏を楽しませて、おわってしまいました。
今朝はからりとした風があり、開け放した窓からの風が部屋を通り抜き、隣の林のさくらは葉をちらしはじめました。 植物は自然をよくしっているのでしょう。 絶え間なく散る落葉の季節には遠いのでしょうが、確かに秋が見えてきました。 気持も前に進みたくなりますね。
コロナは休む理由を提供してくれたようで、私はひき隠っていられて落ち着きました。
お元気に秋をお待ち下さい。 ご発展を祈っております。 那珂
* いい秋、来ておくれ。
2020 8/23 225
☆ 選集
いよいよ最終巻ということで 集中して励んでいらっしゃるご様子。その緊張感と、幾らかの寂しさも伴うのではないかと 鳶は少し心配しています。が、とにかく納得いくまで心血注ぐ鴉にエールを送ります。
鴨川西の夜の光景は例のごとくカップルが列なして座っていて、独りではなんとなし歩くのも憚られました・・。二人で座った経験なしと書くと、何やら寂しい青春やなあと言われそうですけれど。
この夏は川床もひっそり、灯りも静かでしょうか。
疫病退散御礼に始まる祇園祭り、それゆえ コロナに負けぬよう、こんな時こそと八坂神社の氏子宮本組が神輿?で街を練り歩いたのをテレビで見ました。
魂送りの大文字も例年とは異なる形でしたが行われました。
そして今は処暑、早くこの酷暑が和らぐことを願っています。比較的近い多治見など 記録的な暑さでした。名古屋は暑いところです。
わたしの日常は変わらず、ひたすら「籠り」と「子守」の夏です。娘が腰痛で抱っこできないので、さまざまに頑張っていますが・・腱鞘炎になりそうです。
まとまった十分な時間が欲しいです。集中できる時間が欲しいです・・これはボヤキですが、まだまだ積極的な姿勢を忘れるわけにはいきません。
どうぞくれぐれもお身体大切に。
熱中症など論外、目は、本当にお大事に。 尾張の鳶
* 孫チャンの抱けるなど、羨ましい。
先頃、載せていた大文字もいまの鴨川西の夜景も、私人で画家の鳶さんが、去年京都から送ってくれた写真で、さすが。
☆ みづうみ、お元気ですか。
久しぶりの 思わず笑ってしまうメールありがとうございました。スマートなみづうみのお姿を想像しています。
新型コロナやとんでもない猛暑や介護生 活、さらに最近の読み・書き・読書では、自分がこれからファシズムにどう抵抗できるかばかり考えているので、鬱になりかけていました。色気の花もすっかり 枯れそうでしたが、みづうみに水やりしていただいて、今日のお天気のように干天の慈雨、少し持ち直したかもしれません。心の潤いの色香は益々大切にしたい ものです。
選集最終巻、湖の本の新作をどんなに心待ちにしていることでしょう。みづうみの作で あれば何万枚でも読みたい、読みたくてたまらない読者がここにおります。暑さのお仕事ご無理なさらないで、選集最終巻に力を使い果されませんように、どう かお元気にお過ごしくださいますように。
蒜 にんにくを噛みつつ粥の熱き吸ふ 長谷川素逝
* 短くなった鉛筆ほど縮んで細くなって、 ざんばらの白髪白髯。それでも86キロもの出っ腹だった病気前よりは宜しいかなと思うまでですが。散髪屋へ行ってくれば、かなりマシかもと、それも今はア キラメています。家の中で熱中しないよう要心しつつ、何はあれ仕事を続けたいだけ。
2020 8/23 225
☆ あと
三十年くらいは長生きしていただかないといけません。 みづうみ お元気ですか。今日も暑さは少しましのようですが、湿度は高いので 熱中症にはどうかお気をつけて。 美しい一日をお過ごしください。 夏は、夜
* 「脚が棒になる」と謂う。歩き疲れの表現だろうが、この数十年のわたしの脚は、棒どころか太い柱のようだった。それが、いまは時として、細い真っ直ぐな二本の棒に見える。棒の上もほぼ釣り合っている、が、元気旺盛とは、とても。痩せただけのこと。歳に相応か。
2020 8/25 225
* ご主人をなくされたあと、入院と聞いていた京都の華さん、26日に退院と。まだまだ何かと不自由そうだが、怪我なく元気を回復されたい。わたしもそうエラソーな口の利けないほどへこたれて過ごしているが。
2020 8/30 225
* 望月太佐衛さんのメールマガジンによると八月歌舞伎座の四部講演は無事に終えたと。コロナ対策も万全だったと。よかった。
ただ私の場合だと、バス、西武線・地下鉄そして場合により銀座一丁目からタクシーを使うことになる。この長い途中をやはり高齢基礎疾患者としては要心のほか無い。
いつまた尋常な状態で歌舞伎が楽しめるのかと、ヘコむ。
太佐衛さんの月々のメル・マガはじつに元気に溢れていて清々しくなる。このわたしは、グタっと全身で草臥れ弱っている。弱気というのではない、が、活気 が無い。船頭の多いばかりで「政策」も「医対策」も実効に結びつかず、船は同じ場所でぐるぐるとただ回っている感じ。「私語の刻」がグチっぽい。やれや れ。
2020 9/2 226
☆ 今は
コロナ騒ぎと夏の暑さで、引きこもって庭の世話などでゆっくりしておりまます。
秋の虫が鳴き、星空も正直に秋に変わってきています。
随分長い期間をゆっくりとすごしました。コロナを理由に何となくでしたね。
どうか秋はじめお疲れが出ませんように。お元気でお過ごしください。 那珂
2020 9/4 226
☆ 九月
日々慌ただしく、それでも 元気にしています。 尾張の鳶
2020 9/5 226
☆ 猛暑が続いておりますが
変わりなくお過ごしのことと存じます。
今年は梅雨が長く果物の出来が良くなかったのですが ようやく良品が入荷したとの連絡を受けましたので 桃をお送り致します 冷やして召し上がって下さいませ。
先祖筋にあたります鎌倉武士たちのことを調べ調べ、息子達のために我が家の話を書きのこしておこうと思っております。 神奈川 二宮 百合
* ぜひぜひ しかと書いて置かれますよう。私もよませていただきたい。初稿の『雲居寺跡』でかすかに接近していた世界と思われ、私もよませていただきたい。
2020 9/5 226
* 神奈川二宮の高城さん、目を瞠るみごとな桃を下さった。
2020 9/6 226
* きのう 銀座の万葉洞が、なんと奉書を昔なりの立て文にし、毛筆で残暑を見舞ってきた。奉書のまんなかには鳥獣戯画の兎と蛙とで達者な遊び繪まで毛筆で描いてある。
☆ 秋きぬと目にはさやかに見えねども
風の音にぞ おどろかれぬる 敏行(=藤原敏行 古歌ぞ
とございますが まだまだ
厳しい暑さ続きます
(蛙が仰向けに両手足をひろげ 下に朱字で 「まだ暑いよう!!」とノビているのを兎が覗き込 むように励ましている 墨畫)
呉々も御身体を
御自愛 願います
九月五日 万葉洞
秦 恒平様
皆々様
* あはれひとのいのちとみえて咲く萩の
うす紅(くれなゐ)に秋の風立つ 恒平
2020 9/8 226
* 読書が好きと聞いている丸山君長女のまただちっちゃかった葵ちゃん、生まれて間もない次女の結ちゃんを、帝国ホテルで会って抱っこした写真をみつけた。もう葵ちゃんは高校を出るほどかも知れない。どんな本が好きで読み耽っているのだろう。
お父さんのマルちゃんは、国交省の官僚、こう日本列島に風水害や地震がひどいと、住宅派の丸山君は東奔西走の忙しさだろうとメールなども控えていた。
懸命にビル住宅を設計し建てている柳君は、もう沢山な部下や同僚を叱咤激励している時分かなあ。
2020 9/8 226
☆ 秋きぬと目にはさやかに
8月9日より19日まで夏期休暇にて、滋賀の実家からは、コロナウイルスにより「帰って来てほしくない」と電話があり、そうかと言って旅に出る気力も無 く、大宮の家は狭く、仕方なく通常どおり出勤し、銀座の店(=万葉洞)の奥で、エアコン効かせて涼しくして、図録を読んだりしましたが、ふと「摸写」を思 い付き、描き始めました、最初は「梁楷筆 李白吟行図」に挑戦、真剣に描いていると夢中になり、あっという間の一日、次に(鳥獣戯画の=)蛙と兎に挑戦、 そして差し上げました手紙となり、10日間の休みは絵手紙の日々でございました。 亮
* 仰向きに腹を盛り両手脚をひろげて 覗き込む兎へ、蛙の「まだ暑いよう!!」と音をあげている繪は、筆致ものびやかでケッコウでした。奉書で立て文の手紙をもらうなど滅多にあることでない。
2020 9/10 226
☆ 前略
「湖の本」の新しい読者を紹介させて頂きたくお便りいたします。
千葉県 *****
私自身は「湖の本」刊行当初からの愛読者なのですが どなたかを紹介するという経験はした事がなく、どんなかたちで良いのか迷った末、このようにお手紙しました。笑ってお見過ごし下さい。尚、お支払い等にかんする御懸念は一切ない方ですとも申し添えさせて頂きます。
亡夫の作品を自宅で公開するという小さな小さな美術館も十年目に入りました。
継続する事の大変さと大切さを身に沁みて感じています。
「湖の本」と秦先生御夫妻は私にとって心の支えになっています。
御健勝をお祈りいたします。 和泉春美
* 深く申し上げ、こころよりますますお大切に日々をと願います。昔に頂いたご主人のお作は、いまも家内のデスクの間近に架け、いつも見入っています。
* ありがたいこと、うれしいお励ましである。34年余の「湖の本」継続はこういうお力添えがあって成ってきた。
☆ 厳しい残暑が続きます。
お元気でいらっしゃいますでしょうか。
コロナ禍が続きますが、お元気でいらっしゃることを願っております。 倉敷 時博
* 懐かしい東工大院卒生の一人、はるばる「湖の本」の新刊へ送金があった。江藤淳の後任にと東工大教授の辞令を手にしたのが一九九一年十月だった。翌年 四月に新入生との初対面があり、今も何人もと「湖の本」等も介して連絡があるが、以来三十年ちかい。さすがに遠い日々となった、こういう心よい便りに、し みじみする。
2020 9/10 226
☆ 秦 恒平様
コロナの収束の見えないまま 残暑の厳しい日が続いておりますが いかが お過ごしでいらっしゃいますか
店(=村上開進堂)の仕事は 不ル回転ではありませんが 何とか無事に続けることができてります 私のやる仕事が(=しっかり後継ぎが出来)減ったお蔭で 仕事の見直しをしております 次の世代に少しでも残せるものがあればと念じております
(間が=)あいてしまいましたが(クッキー詰めの缶=)送らせていただきます
どうぞ 御身 御大切にお過ごし下さい (=村上開進堂・社主 菓子・料理研究家)
* ありがとう存じます。 「湖の本」創刊このかたの、懐かしい有難いお付き合いを戴いている。
2020 9/11 226
☆ お電話ありがとうございました。
秦先生
先ほどはお電話ありがとうございました。勤務中のため出ることができず失礼致しました。明日こちらからお電話させて頂きます。
コロナ危機のため不自由な生活を送られていると思います。
東京ではお出かけすることもままならないと思います。
コロナは命に関わるウイルスですので、どうかご無事でいらっしゃることを願っております。
こちら岡山は感染者が少ないのですが、工場を止めることが無いように、社員全員が感染防止に気を配って生活をしております。
東京の父母の元へも半年以上戻っていませんが、仕事のことを考えますと、今は東京への移動は避ける方が良いと思っております。
コロナ危機は自分一人ではどうにもならないことなので、予防をして静かに生活するしかないと、諦めております。今のところは元気に暮らしております。 倉敷 博
* 手順も不確かにかけみた倉敷へのケイタイが、話せなかったけれど、わたしからと判ったらしい。電話のお喋りは苦手で繋がってもろくに話せないけれど、人の「声・言葉を聴く」のが今はクスリのように思われる。
学生時代と少しも変わらないきちんとしたメールで、嬉しく。昔は、音楽好きな学生君だったが、卒業前ころから美術にも興味がと聞いていた。倉敷にはいい 美術館があり、岡山には遙かに濃厚な上古・古代の日本史もある。元気に旺盛な日々をと願います。今は何も何も要心して、お大事に。
2020 9/12 226
☆ お元気ですか、みづうみ。
今日は曇天ながら暑さがやわらいでほっとしています。
最近カラヤンやベームなどの演奏をよく聴 き直していますが、全身総毛立つようなああいう演奏はもう二度と聴けないことを痛感します。ベルリンフィルもウィーンフィルも格が落ちましたし、そこ そこ良い指揮者、演奏家はいますがみんな小粒になってしまいました。俗物化しました。ヨーロッパの、クラッシック音楽の黄金時代は終わったのかもしれま せん。もはや失われて今はない演奏を懐かしむことしかできません。
「人との出会いは僥倖による。同じ時代、同じ空間にたまたま居合わせたという僥倖である。」
みづうみのお言葉で、これ以上胸に迫る言葉はありません。わたくしにはみづうみとの出逢いが生きた甲斐ある僥倖であったのは間違い ないことです。
日本のニュースには殆ど採り上げられていませんが、BBCなど見ますとコロナは後遺症がかなり深刻なようです。かかったら「損」です。慎重な籠居お続けください。「ワクチンは高齢者優先」というニュースを読むと、先ず高齢者で人体実験するつもりかと突っ込みたくなるわたくしはへそ曲がりでしょうか。
説教メールではありませんが、一つお願い です。見事においしいブドウを召し上がる際には、重々ご注意ください。ことに立派な大粒は、以前母が喉につまらせてあやうく窒息するところでし た。幼稚園児がブドウで窒息死したというニュースも先日読みました。つるっと喉にはいるからこわいのです。
『選集最終巻』もいよいよ完成段階に入っているご様子ですが、どうか体力を使いはたすようなご無理はなさらないでください。
今日もみづうみの心ゆく美しい一日でありますように。
露 もの言ひて露けき夜と覚えたり 虚子
けさの露はや乾きゐて石白し 明子
* 有難い出会いと心より感謝しています。
* 気をゆるめてコロナ禍に向かうのは老境にはことに危険と、かけた錠をまだまだ手放さない。十月には歌舞伎座、国立劇場から歌舞伎の案内があり、気持ちはみたいと疼くけれど、怺えて、まだ出向かない。
大粒の葡萄を喉に、ということ、心している。老耄には、喉は命の難所ゆえ。
誤嚥はことに危ない。
2020 9/13 226
* 生母ふくの長女、私には異父姉の子息、大津市の芳治さんにメールをもらった。母の墓所などを尋ねておいたのに返事ヵがもらえた。
☆ 少しはましになりましたが、
暑い日が続いています。コロナとこの暑さで 胃の調子が悪い人が多いと、先日医院で聞きました。
さて、おふくばあさんのお墓ですが、多分、能登川にある安楽寺(東近江市能登川町門の内986)だと思います。
http://www.tendai-shiga.com/urahoku-30.html
私が小学校の高学年か、中学生1年生のころだと思いますが、母が奈良に入院しているおばあさんの写真を撮ってほしいので、一緒に病院に行くように言いましたので、一緒に行ったのを覚えています。その写真を撮ってから1,2年して亡くなられました。その時撮った写真が(能登川町)須田の家の離れの床の間に置いてありました。
毎年母と、夏に安楽寺にお参りに行ってたのを覚えています。そのお墓には、おふくばあさんの夫に当たる方(=姉と三人の兄の父親・深田氏)が入っておら れます。太郎おじさん(=姉のすぐの弟)が亡くなられてからは、太郎さんがそのお墓に入っておられますので、私の従妹にあたる子供が毎年墓参りをしていま す。おばあさんが亡くなられたころは、私もまだそういうことに関心がなかったので、確かなことはわかりませんが、多分そうだと思います。
安楽寺(以前はそこの集落の地名を「安楽寺」と言いました。おばあさんの歌碑はこのお寺にはありませんが、人の良く通る(能登川町内の)道路に面しておばあさんの歌碑が立っています)。この歌碑は母が、おばあさんに生前に頼まれていたものです。
こういうことを考えると、母も随分といろいろ苦労をしたように思います。
まだ当分暑い日とコロナが続きます。どうぞご自愛ください。 川村芳治
* 親切な便りに、こころより感謝。この(謂わば) 甥にあたる人にまだ会ったことがない。会えるかどうか、墓参が出来るかどうか。
墓所が知れて、それだけでも、よかった。
2020 9/14 226
☆ ウオーキングが過ぎて膝痛になり、
杖は持たなくても歩けるけれど 、最近は近場をうろつくだけの老人となり、マア 注射で何とかなるかなと…
話変わって、実家(京都)の墓所は、日吉ヶ丘高校に隣接する泉涌寺塔頭の来迎院にあります。大人数の兄弟の末っ子だった父が、お前の学校の傍やから決めた、と言っていました。
故郷を離れて偶(たま)に行くお墓参り、楽しみです。一昨年息子夫婦が連れて行ってくれました。
余談ながら墓所から平安神宮の赤い鳥居が遠くにはるばる望めるのも嬉しい。子供の頃の遊び場でしたから。
最近は、テレビで見る五山の送り火に心打たれました。昔 、あの大文字山「大」の中心部に立った事あったなぁなんて…
これが京の昼寝か 倉
* お墓は 悲田院では。そう聞いたことがあります。
来迎院は、泉山に隠れていて。平安神宮の鳥居どころか高校のグランドも見えませんよ。まぢかに観音寺があり、山川があり、直ぐ上には御陵があり。
悲田院の墓地は高校のホンの間際なので、よく知っています。日吉ヶ丘高の運動場はすぐ眼下に見えて、なつかしい。
来迎院の庭からは、何も、何処も見えません。いま私の機械の日記に、来迎院のお庭・含翠庭の写真が出ていますよ。
京都の思い出話がたくさんできるといいね。
* 倉さんは、もう数十年の小金井暮らし。京都では、中・高校の一年下にいた。ほとんど同い歳とは信じられないが。
☆ 秦先生 お元気ですか。
スマホのデータをチェックしていましたら、お電話を戴いてたようで、気が付かずに失礼いたしました。何か大事な御用がおありでしたか? どうぞ留守電に入れてください。
私は先月には、コロナではないものの暫く入院するほどの高熱が出まして、まだ本調子ではないです。なかなかお会いできる機会巡って来なそうですが、どうぞご自愛ください。
Hotmailからのメールが届かないようですので、成蹊大のアドレスからお送りします。
これに対して「全員に返信」で送ってくだされば、相性の悪い方でもHotmailの方にも届くことが多いです。ぜひ試して見てください。 原善拝
* 打てども響かない代表みたいな人で、別段なにの必要もないのだけれど、この何年も、まともに連絡の付いたことが無い。
☆ 秦恒平先生、改めての御礼とお願い(アナホリッシュ国文学)
本日、ご本『湖(うみ)の本』三冊を、確かに頂戴しました。重ね重ね有り難うございます。
「秋成八景 序の景」を拝読し、その描かれる世界の豊かさに心震わせております。秋成当人と、秋成をめぐる文人たちの交流とはまさにこのようであったのか、と 御作を流れる時間に身を委ねさせられつつ、何か大きく腑に落ちる思いを味わっております。
この作品を掲載させていただくこと、やはり是非ともお願いいたします。必ず、ゲラを先生に校正していただきます。
三冊中の御作品を、すぐにも全部拝読いたしたいと思います。
ひとまずの御礼を述べ、改めて「『秋成八景 序の景』掲載のお願い」をさせていただきます。
引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。 (アナホリッシュ国文学)編集長 2020 9/16 226
* 朝いちばんに私の好きな「杏のお菓子」を頂戴した。やわくてボロボロな私の歯にもごく優しい。有難い。
☆秦 恒平様
今月の末で杏のお菓子が終わりますので その前にお送り致したく存じました 勝手にはからいまして恐縮です
厳しい残暑も時に途切れるようになり 少しは過ごしやすい日が ふえてくることを願っております
どうぞ 御身 御大事になさって下さい 村上開新堂社主 道
* 実を言うと 「湖の本」を始めたこの35年近くも昔に、私はこの方にただ一度、それも私は昼食の出来るお店「ドーカン」の客席に、向こうは、ちいさな 覗き窓向こうの調理場で白いキャップで仕事中の横顔だけをちらと看た、それだけ。まともに言葉一つかわしたこと無く、今日まで、ほんものの「こころ」御縁 を頂き続けてこれた。有難いことだ。
2020 9/17 226
☆ 阿部(周吉=私の生母方祖父)さんの(=裔の)
(現東近江市=)能登川の家は、20年ほど前に売却されましたので、今は別の建物が立っています。
よくわかりませんが、詳しく知っている方は、(もう)おられないと思います。
少し過ごしやすくなってきましたが、どうぞご自愛ください。 滋賀・大津 芳
* 祖父周吉は、東海道の宿駅「水口」宿の本陣鵜飼に生まれ、能登川の阿部家に養子として入り、三女をなし、私の生母はその第三女であった。長女に養嗣子 が入り、次女伊勢伊賀の方の休暇に嫁ぎ、私の母同じ能登川の隣家に嫁し、長女と三人の男子をなして夫と死別、彦根に移り住んで、彦根高商などの学生を下宿 させるうち、若い學生吉岡恒との間に恋愛が生じて京都市へ奔り、兄恒彦と私恒平とを西院で生んだと戸籍には出ている。その後、京都府視学に任じていたらし い教育畑父方祖父らの強力な介入で実父母は生木を裂かれ、私の戸籍原本は、私の独り名で新立造籍されていて、同父母兄である恒彦とは「全く」切り離されて ある。兄の場合も同じであったろう。
私にはそんなことは何でもなく、どんな意味ももはやないのだが、能登川の阿部家がどう四散して仕舞ったかは時折気にして、今度も母の長女、私には異父姉 の子息である「芳」さんに聞いてみたのだった。近江商人の家であったろう母方の阿部家に入った水口本陣出の祖父周吉側も大きな一族で、幾らもの「ものがた り」があったらしいが、これも追跡のしようもなく湮滅に均しくなっている。
2020 9/18 226
☆ 九月も
半ばを過ぎてしまいました。八月の酷暑も和らいで、近くの田は早いものは刈り取りが済み、残りの田は黄金色に。
Go To キャンペーンに誘われて国内旅行もしてみたいと心ばかり騒ぎます。
一昨日は用事で京都まで日帰りしたのですが、地下鉄や新幹線を避けるために車での往復でした。さすがに疲れて最近の睡眠不足、入眠に問題ある状態も、この日は吹き飛びました。
生後半年になった孫、離乳も本当に徐々にしか進みませんが、元気が何よりで、いつもニコニコ笑っています。腱鞘炎のババ鳶は育児の大変さを改めて身に染みて感じ、過ごしています。
コロナ一色だったマスコミの話題が新政権の話に向かっていますが、多くの事が通り過ぎていくかのようで、何やら他所事に感じられるのもいっそ寂しいものです。
それにしてもトランプのアメリカを始め、ロシア、ブラジル、中国・・・大国の何処も何処も第一の人の少しも偉くないとしか言いようのない世界に愕然とします。
最近 シルクロードの番組がよく再放送されています。かなり以前の番組ですが漢詩が纏められていました。西域に官吏、或いは戦士として赴いた漢人達の 詩。何十年も前に西域に憧れた頃には、彼らの懐郷、哀愁にしか思い至らなかった、そのうすら寒いまでの自分を思い、これまでとは全く異なった観点から、西 域の人たち・異民族の観点からシルクロードを見つめたいと思いました。
今現在のウイグルに対する弾圧、それはチベットも同じですが、強制収容所や不妊手術など恐ろしいことです。
コロナの状況が変化して外国旅行に行けるようになったら、やはり古代やロマネスク関連の場所にと思い、日本に目を向けた場合は11世紀までかと、そう見定めても対象が大きすぎ戸惑います。年齢をイヤでも意識します、時間が足りないと。
今は、極端に、一人に集中できる時間がありません。
くれぐれも、くれぐれもお身体大切に、ご自愛ください。久しぶりのメールで、自分の事ばかり書いてしまってごめんなさい。 尾張の鳶
* 「世界」が視野に、気力旺盛。羨ましいほど。
2020 9/18 226
* 仙台の遠藤恵子さん、秋の香のあふれた色々の蒲鉾をたくさん送ってきて下さった。感謝感謝、酒のさかながきれたなあと思っていた。ありがたし。
2020 9/19 226
☆ 大事なく
お元気でお過ごしのご様子、安心いたします。それにしましても突然に涼しくなり、朝の芝生はこのところ夜露でびっしょりになりました。
コロナも特に生活に響くことはなく、気にもならず、庭で花の世話を楽しんでいます。ご近所も同じです。
前の道に吾亦紅が咲き、ススキが咲きミソハギが咲き、日本の田舎の秋になりました。
月に一度、茨城空港の近くまでまいります。コロナは関係なく 休まず読書会が開かれてきました。
時々 このまま空港から乗って出かけようかな? と思います。可笑しいですか?
お変わりなくお過ごしください。 那珂
* 暮らしと季節とがめに浮かぶ、いいお便り。ほっと息がつける。感謝。
☆ 転倒も
無傷で良かったですね。
2018年、通勤途中に道路で転倒し膝のお皿をきれいに二つに割りました。
通勤中であった為、労働災害扱いとなり 恥ずかしい思いをしました。
「全責了」本文 本日発送いただけるとの事、ありがとうございます。
原稿到着をお待ちいたします。 印刷所 關
* 段差とかすかな傾斜とが怖くなってきた。いまさき、宅急便扱いの店まで自転車で走ったが、自転車走は快適で、何の不満も不安も、まだ、無い。
二階の機械だけでも階下へ移せたらとの助言もいただくが、これはムリ。機械の部屋には執筆や仕事に関連して必要な資料や本が満ちあふれていて、必要のつ ど階段を上下するのでは疲労よりも気が散って集中力が失せてしまう。わたしはもう、この古馴染みの愛機と大小の書籍と資料の部屋で最期まで過ごすしかな い。たとえ死期をはやめても入院はしない。
2020 9/23 226
☆ 「湖の本150」御礼(近江大津・澤敏夫)
秦恒平先生 過日は、「湖の本150」の【山縣有朋の『椿山集』を読む】を賜り、ありがとうございます。御礼が遅くなりまして、申し訳ございません。
「山縣有朋」とは、私の中で、司馬遼太郎や松本清張の評論・対談の中で語られる悪のイメージでしかありませんでした。陸軍閥を形成、この国を日中戦争、太平洋戦争へ導いていった悪の根源です。
松陰門下では、早逝した高杉晋作、久坂玄瑞、逸話の多い桂小五郎に比べ、血気盛んな若手武闘派「狂介」として働き、同輩の伊藤博文(俊輔)は旧憲法と議会発足で功績が明らかですが、山縣は隠然たる悪の巨魁としてイメージしていたのでした。
秦先生が、手写復刻・出版された『椿山集』を拝読しますと、「山縣有朋」への印象が、少し変わりました。彼が、このような歌集をもつ文人の側面をもっていたことに驚きます。
彼の短歌は上手でこなれたものですが、歌の前の序詞と一体になって、訴えるように思います。オペラのレチタティーヴォ(前語り)とアリア(詠唱)の関係に似ています。
「高杉東行(當時變名谷潛藏)の櫻山のかくれがにゆきて酒くみかはして世のことなどかたりあひて
つま木こり小貝ひろひて磯山のあそひもゆかし谷の下庵」(p.35)
いつ頃の場面・歌かと思い、調べました。功山寺挙兵(1864年12月)の翌年(1865)1月、晋作は廃嫡され、9月に藩命で「谷潛藏」と改名させられます。
「つま木こり」の有朋の歌の直後には
年のくれ 何事もなすことなしにおこたりの身にもおとろく年のくれかな(p.35)
があり、山縣は1866年6月の第二次長州征討で奇兵隊を指導、高杉の海兵部隊と協力して活躍します。「つま木こり」の歌は1865年9月から12月までの或る日の場面と推測しました。
「つま木こり」「何事も」の歌のあとは、慶應3年(1867)に入り、
「四月のなかば高杉の身まかりけるとき
なき人の魂のゆくへをつけかほにをちかへりてもなくほとゝきす」(p.36)
があります。
『風雲集』は、幕末、戊辰戦争の歴史を調べながら読む歌集だと思いました。
秦先生が山縣有朋『椿山集』を出版されたのは、同じ「長州」の出である長期政権の首相への「謹呈」を込められたとのことです。先日、新首相が決まりました。
文人が政治家になることは無理ですが、せめては、この国の指導者に読書や作文の素養があれば、虎皮借りる姑息な狐狸の跳梁する官邸を統御する術はあったと思います。
山縣有朋のような隠然たる巨魁は困りますが、自分の心と言葉をもって思考し、情報の収集・精査能力があり、説得力のあるスピーチができ、政策で実現できる人物が首相になるべきと思いました。
近江大津 澤敏夫
追伸 近江の生酒を2本、お送りいたしました。「不老泉(ふろうせん)」(滋賀県高島市新旭・上原酒造)「唯々(ただただ)」(滋賀県湖南市石部・竹内酒造)でございます。
* お酒も嬉しいが、山縣有朋の『椿山集』にありがたいお便りのあったこと、何とも何とも、嬉しい。これで、次なる「湖の本 151」への意欲と意気がしっかりしてくる。山縣有朋をさらに大きい視野で考案し品隲しつつ、また、別に一人の維新のサムライに立ち向かっても行ける。
『選集 33』の校了にかなり足止めを食っていたが、ぜんぶ印刷所に渡し終えた今日、このお便りは何にも増しての励まし。真実、有難う存じます。
2020 9/23 226
* 群馬の都澤しづ子さん、黒い、まん丸い、大きくて美味しい葡萄を、たっぷり、下さった。身も心も美しく潤う。感謝。
* 大津の澤敏夫さん、近江の銘酒二種に酒肴も二種添えて下さった。ありがとう存じます。
2020 9/24 226
* 機械の向うには心に触れてくる本や便利な和洋の辞典などをすぐ手に取れるように並べて ある。本は和綴じの和本の唐詩選や三体千字文、また柳北全集など置いているが、堅い本では『王朝日記随筆集』そして摂政藤原兼実の厖大な日記『玉葉』と、 前の京博館長興膳宏さんに戴いた、「定本漱石全集」中の第十八巻『漢詩文』一冊を いつも眺め、時に頁を繰っている。漱石本には有難いお手紙も添ってお り、巻頭第一首は漱石二十歳代の作。俳優座で劇化上演した『心 わが愛』で、「先生」と「K」との旅の懐かしい一場面を彷彿させる。
☆ 冠省
いつもご高著の恵賜を辱くし、厚くお礼申し上げます、お返しといえるほどのものではありませんが、お納め下さいますよう。
二○一八・十一月 興膳宏拝
秦 恒平様
☆ 鴻臺二首の其一
鴻臺冒曉訪禅扉 孤磬沈沈斷續微 一叩一推人不答 驚鴉撩亂掠門飛
* 座右になにものをも置かないという境涯もある。なつかしい知友の多くが他界された今は、寂しさを私は座右いろいろの賑わいに慰めている。
2020 9/26 226
☆ おはようございます。
光回線を敷設に来る業者の方は、作業の最後に回線がインターネットに繋がったかを確認するでしょうから、わからないことがありましたらお尋ねされると良いでしょう。
心配は無用です。 e-Old 神戸
* 感謝。
2020 9/30 226
☆ 迪子様
ご丁寧なおたより ありがとうございました。
この夏は熱中症や脱水症で苦しまれた由、本当に大変でいらっしゃいましたね。
おたよりは いつもリズミカルで どこかユーモアも含まれていて詩のようで、おたよりをいただくために (仙台の=)かまぼこなどをお送りしているような気がしております。
ようやく涼しくなってまいりましたが どうか油断なさらず お大切にお過し下さい。
仙台は朝夕は肌寒いほどです。 恵子
* 仙台で大学教授をされ、短大の学長をも勤め上げた、久しい「湖の本」の読者で、遙か以前には私の勤め先の後輩さん。建日子が生まれる直前まで、社宅 で、茶の湯の手前を私が教えていた。そのころお歳暮に戴いたまことに美しい和風卵手の湯呑みで私達はいまも毎年正月の大福茶を頂いている。
読者の方から御好意のお便りなど戴くと、妻にハガキでのご挨拶をみな頼んでおり、絵葉書での返礼をさしあげた方の人数はもう数え切れないだろう。脚を運 んで人さまと出会う話すはまったく無い暮らしゆえ、妻にもこれは好い窓口になっていよう。手さきが痺れて字の書けない私は助かってもいるが。
☆ 秦先生
お元気ですか、(帝国ホテルの=)クラブルームで(ホステスとして=)先生と楽しくお喋りした日々が懐かしく、愛おしいほどです。 私は子育てと家事に あくせくしながら、(日本画の=)制作を続けております。横浜に居を定め まだ馴染みませんが 以前より京都(と京都での日々)が愛しいです。 と共に、 先生が思いうかびます。「湖の本」を戴いていて なかなか ご連絡できず、申し訳ございません。
この冬に40歳を迎えます。 人としても、作品も、こんなにも(=個展案内のパンフがあり、)未熟なままです。平穏な日々を暮らしておりますが、思うよ うな制作や活動が出来ていない事がずっと心に刺さったままで、(秦の長編=)『お父さん 繪を描いてください』の文章が思い出されます。 もう少し大人 になれば、こんな暗中模索も楽しめたり、すっぱりと諦め、静かな境地に行けるでしょうか、 まだまだモヤモヤが続いて参ります。
自分の事ばかり、失礼致しました。 表現の大先輩として 先生に憧れています、 また、ゆっくりお話ししたいです。
こんなコロナ禍ですが、併せて 朝夕冷えてまいりました。 どうかくれぐれもご自愛下さい。 かしこ 2020 9 30 阿部友子
* 京都藝大で日本画を専攻卒業、在学中2002の日展入選以来、卒業後「日春展」で各賞を受けたのを手始めに渋谷東急本店で個展など「無所属」のまま活 躍、この十月十五日からもまた渋谷東急本店で「個展」をという報せの便りであった。妻と歌舞伎座の帰りにはいつも寄っていた日比谷のクラブでアネバイトに ホステスをしていた阿部さんと談笑の機会が幾度もあった。われわれとの共通項に「京都」「美術」があって話題に事欠くことのない懐かしさがあった。
冴え冴えとした装飾性の風景や花鳥に特色の日本画で、案内の図譜もなかなか美しい。
「何度でも立ち上がり進み続けるちから すべて受け入れ、しなやかに飄々と流れていくちから そんな自然の力強さ、おおらかさが私の中にもきっとあ ると信じながら 混沌とした世の中を生きていきます 阿部 友子」 とも書き入れてある。ま、繪はことばでは画けないもの、繪を観たいが、渋谷東急へま で今月のウチに出向くことは出来まいなあ。健闘されよ。
* コロナ禍で、クラブには飲み物も置いたまま 今季四月から一度も行っていない。なにしろ聖路加病院へ受診にも行っていない。阿部さんとはずいぶん以前の歌舞伎座で、新婚さんらしきお連れと ちらと擦れ違ったことがあった。
☆ お元気ですか、みづうみ。急に涼しくなりました。
自転車での転倒、階段での硬直、吐かれたり、その他 諸々と心配な記述が続いています。わたくし、どんなに気に病んでいますことか。なにをどう申し上げ ればよいのか途方にくれますが、どうか、「元気でいたい」というお言葉のように日々お身体もお大切になさってお過ごしくださいますように。
選集最終巻の出来あがりを待つばかりになり、おめでとうございます。ご無事の達成を日々お祈りしていましたが、この六年という歳月の偉業を振り返ってわ たくしまで胸がいっぱいになっています。あとは発送作業を残すばかりですが、ゆっくり少しずつご無理のないようにお願い申し上げます。
先日「ロレンスという作家の表現のちからに身震いしている」と書かれていました。「身震いしている」というお言葉があまりに図星でわたくしも身震いしました。
ロレンスの文体は一種の「性的」ともいえる吸引力があります。強烈な麻薬のようで、だからこそその世界に深入りしないほうがいいと思ってきました。
モーパッサンやヘミングウェイの、天才というしかない凄みの短編も読んできましたが、私はロレンスの短編に「身震い」するほど惹かれてきました。日本語 の翻訳では大きく抜け落ちる肝心の何かが悔しくて、学生時代に自分の能力も顧みずいくつか翻訳を試みたことがあります。原文の魅惑の千分の一も日本語に出 来ず、翻訳者の方々の偉大さを思い知らされた苦い経験です。ケチつけて申し訳なかった。
ロレンスの短編は難しくない英語なので、是非、一篇でもいいから原文で読んでみてほしいと友人には勧めています。自分の虚栄心の果てにわが子を死なせて しまう母親の話や、ずっと昔のある男とのただ一度の忘れられないキスの記憶に引き寄せられるように炭鉱町に戻ってきて、幸せになれない結婚をしようとする 女の話など、読むたびにぞくぞくして鳥肌が立ちます。ロレンスはほんとうは「女」ではなかったかと思っているのです。
話変わりまして、米大統領選討論会は観ませんでしたが、酷評は嫌でも目に入りました。あのような討論会はデモクラシー国家ではありえないとか、六歳児の話し合いのほうがましだとか。
まともなアメリカ人は相当怒っていますし、待機していろと言われた白人至上主義者は大喜びらしいと。
この大統領選は対岸の火事どころか、直接わが身に降りかかる火の粉ですが、どちらが勝っても日本に良いことはないと思っています。手強い相手と思われない国は、捌かれる鶏みたいなものでしかありません。捌く人間が誰かという違いだけではないかと。
コロナ禍はまだまだ続くでしょう。人生の最後まで残る喜びは、読書の中にしかないと思っていますが、他国の政治に翻弄されるまま戦争やファシズム体制になったら、ロレンスなどは「不健全」「厭戦的」などと真っ先に禁書になりかねません。
好きな本を好きなだけ読める自由のために、一体何が出来るでしょう。奮起しようにも……報道を観るたび、もう……。
伊丹万作の「戦争責任者の問題」に、「過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかった事実、個人の基本的人権さ えも自力でつかみ得なかった事実と、まったくその本質を等しくするものである。」とありますが、それでも植民地にならずにすんだのは一部の立派な日本の知 識人層のお蔭ではないかと思うのです。そのような知識人層が政財官の要職から払底している現在の惨状では先行きにどう希望を抱いたらよいものか。庶民は、 負けずに、ロレンスなど権力者に嫌われそうな本もしっかり読みながら生きのびるくらいしか思いつきません。情けないことです。
こんなこと書いていましたら。
トランプ大統領夫妻がコロナ陽性のニュース。あらまあ!
袷 先を読む分別さみし秋袷 矢島志恵子
* 読んで身のひきしまる好いメール、共感の弾む 嬉しいメールだった。こういういい声の届く境涯を大切に喜んでいる。感謝。
2020 10/2 227
* 懐かしい童謡の合唱番組を二時間も聴いて観て、たくさん泣いた。「親をたづねて」なく濱千鳥の歌などを、どれほど人に隠れて此の「もらひ子」は独り唱い独り泣いていたことか。
童謡の詩に、たくさん日本語表現への美しい道を案内されていた。百人一首と優れた童謡とが、私の、最初の日本語の「先生」であった。秦の親たちに幼稚園 にいれてもらい、戦争の日々を迎えて山奥へ疎開し、進駐軍の無数に往来する京都へ帰って少年は民主主義と、新制中学へ入って社会性と自主性を習い、そして 「ほんとうの身内」という身に沁みる出会いに恵まれた。たった半年で、そんな往時は渺茫と、わたしはやがて八十五になるが少年の懐と疼きとは、いまも涸れ ていない。つい近作である「オイノ・セクスアリス 或る寓話」も、「花方 異本平家」も、出来不出来など知ったことでなく、ただ少年の往時とともに懐かし いのである。
2020 10/3 227
☆ いつも
大変お世話になっております。
『シグナレス』新刊をおくらせていただきます。
朝夕 かなり涼しくなってきました。くれぐれも おからだ 御自愛ください。
『シグナレス』 森
* 田中絹代監督の映画などを語って、いろいろと興味ある「シグナレス」新刊に添えて京の佳い和菓子まで戴いた。恐縮、そして感謝。
『オイノ・セクスアリス 或る寓話』のために下鳥羽、桂・鴨合流地点を探訪のいい写真を送って戴いた。これあって、踏み込んでふの長編最期の幻想場面をこころ懐かしく描ききることができた。感謝しきれない。
もうすぐにも 『選集 33』をお届けしましょう。 秦 恒平
2020 10/3 227
* 人の声が聴きたくて、ケイタイを使って、京都の「樅」のママの声と、東工大卒の忙しいに違いない官僚「マルちゃん」の声を聴いた。電話というのは、も う私の場合は向こうさんも高齢で、ウカとは誰彼なしに掛けるものでなく、顔を見ないとやはりモノ足りない。こう「籠居」の日々に携帯電話を買ったのはムダ に近かった。
2020 10/4 227
☆ 秦先生
先ほどは突然のご連絡に驚き、アタフタしてしまい申し訳ありませんでした 早速メールの方を改めてチェックして見つけました 日々の多くのメールに埋もれてしまい、先生からの大事なメールを見落としてしまうなんて 大変失礼をいたしました。重ねてお詫びいたします。
申し上げたかどうか記憶に無いのですが、今、私は**庁というところに所属しておりまして、*日本被災地域のまちづくりのお手伝いをしております。
仕事柄出張が非常に多く、毎週、1日か2日は被災地、主には私が担当している**市に出張に行く日々が続いております。
被災地の復興については色々な意見もありますが、役所の職員だけでなく地域の方達が経験されてきたこと、それを経てある “今” を見ると、尊敬の念しか感じません。皆さんの“これから”に少しでもお役に立てるようにと取り組んでいます。
家族は皆元気です。
お電話でもお話しましたが *さんは高校1年生となりました。部活(吹奏楽)に日々勤しんでいますが、勉強の方は今ひとつのようです。ただ、このような 社会情勢のせいか、あるいは元々そういう時代の流れなのかは分かりませんが、私の高校生の頃よりは社会や学校のルール・マナーのような“縛り”が強いよう で、自由に青春を謳歌する、という雰囲気を感じないのが少々かわいそうかな、と。親の立場としては“安心”であるのは確かですが・・
*さんは、中学2年生です。姉の高校受験を目の前でみて、自分の立場におきかえて考えざるを得ない環境を感じつつある今日この頃。部活(剣道部)も2年生という中心学年ということもあり、気持ちが微妙に揺れ動き、(男親としては)難しいなぁと感じています。
なんで勉強をしなければいけないのか、なぜ高校に行かなければいけないのかなどの問に対して、子供だましの答えしか持ち合わせていない自分が残念でなりません。彼女の“これから”にきちんと寄り添っていかなければ、と思っています。
妻は・・・相変わらず飛び回っています。*校の先生は大変だな、と ホントに思います。コロナで(余計な?)仕事が増えたと憤りながらも、朝早くから夜遅くまで、週末も学校に行って仕事をしています。だからと言って給料が増えるわけではなさそうですが。。。
コロナの影響で 生活さえままならなく家庭があるなか、公務員(しかも2馬力)の我が家は本当に恵まれていると思います。この恵まれている状況に感謝しつつ、皆元気に過ごさせて貰っています。
長々と近況方向をしてしまいました
先生もお体に気をつけてお過ごしください。
是非、この先のいずれかの時期に、お会いしたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
それでは。
P.S 実は今年は結婚20周年の年でしたので、結婚記念日に近い、8月末の週末に 先生行きつけの(?)帝国ホテルでお祝いの食事と宿泊をしました。 ちょうどコロナでお休みが続いていた後のオープン時期に重なっていたこともあり、色々とおもてなしをして頂き、良い記念になりました。
次回、先生とお会いするのは帝国ホテルかな、なんて思っています。 ◎司
* こんなに心嬉しく心温まって ほーぅッと佳い息のつけるメールをもらい、心底 ああよかったと嬉しがっている。教授室で別れてきてから、夕に四半世紀 を超えて、みなほんものの働き盛りに日々活躍していることだろう。笑顔も声音も筆跡までもみな覚えている。ますます元気でと心底願う。
2020 10/5 227
* 先日のこと。
* 村上開新堂 山本様
ながい籠居の疲労と憔悴で 食細く手さきなど痺れまして、かよう不粋な機械文字でのご無礼 お許し願います。
お変わりないご清栄 何よりと悦んでいます。今朝も、 頂戴しました杏菓子での朝食のあいだも 何とか はやくにまた「ドーカン」までも参りたいのにと、いささかコロナ君を誹っておりました。
じつは先日来 まことに古い古い汚い箱に覆われました
飛來(ひき)一閑作の 一閑貼角折四方盆を眺め なんたる渋さよと半ば惘れておりました、が、私は此の一閑ものの紙の命を活かした趣向には 以前から好感をもってまいりました、
ああ、こう麁略そうな地味な器には 茶席では 色目の干菓子など置いていたが 山本さんの心籠めて製されるクッキーなとも 馴染んで盛れぬではあるまいかと、ふと、いくらか趣向も誘い心地に想ったりしていました。
電車に乗り、また歩いて 「ドーカン」へ持参できれば、なによりお目にもかかれるしと願っていたのですが、何としても、もう暫くは感染の難は避けねば と、失礼なから郵送に頼んで、いくらかお笑いぐさにもと、伝来の粗末な包みのままに 謹呈したいと思い至りました。どうか、ことば通りにご笑納くだされば 心嬉しく、加えまして ますますの 軽やかにそして質実なご境涯をと念じ上げます、おゆるし下さい。
大病この方 もう十数年も京都へ帰れないのを寂しがっております。なにもなにも平穏に健康でありたいと願っています。 秦 恒平
☆ 秦 恒平様
御礼のことばも思いつかぬまま 日が過ぎました
茶道の嗜みもなく ばたばたと生きてまいりました私がいただいていいものかと思いながら見入るうち この器の息遣いが伝わってまいりました。
クッキーのバター 砂糖 卵粉を合わせる作業は 職人の手が その日の天候や材料の様子を受け止めて 調節しながら行われます 手でまとめていく工程で 材料がお互に程よく馴染めば 生地には それ以上強引な力は加えません 職人の技で均一な生地に仕上がりますが 大量生産の単一さとは大いに違うはずと 信じて 手間隙をかけているのです こうして作ったクッキーは おこがましいのですが 息をしていると私には感ぜられます
飛来一閑作 一閑貼角折四方盆と 私どものクッキーを列べて書きます失礼を許しりください 先生がこの器にクッキーを盛ったらとお想いくださったのです から そのお気持とともに ありがたく頂戴いたします まだ実際には盛るところまで行っておりません 器をながめるうち クッキーのことで想い到ったこと がございます もう少しお時間を頂戴してからお話ししたいと思います
余りに遅くなりました御礼 拙くともお出しせねばと認めました 拙文 また気付かぬ失礼も多々あることと存じますが 何卒 ご容赦くださいまして 私の感謝の気持をお汲みください
どうか御身 お大事にお過ごしください
十月五日 村上開新堂 山本
* 器に盛るというのは楽しい工夫で。さしあげたのが天正の昔の渡来者飛来(ひらい)一閑の作とは思われないが、その独特の紙工技法は「一閑貼り」の名と ともに永く伝わり、和紙と漆との閑雅な友愛から成る工藝として今も愛されている。わたしは好きである。秦の叔母宗陽は柄の大きい漆いろの美しい佳い一閑の 炭取を所持し、時には晴れの菓子器としても巧みに用いていた。死蔵していて可哀想であるのだが。
2020 10/6 227
☆ おはようございます。
(東工大同窓会=)蔵前工業会関西支部が毎月第一火曜日に開催している午餐会に行ってきました。お昼ごはんを食べて講演会を聞くスタイルの会です。卒業生の紹介があれば、どなたも参加できます。実際、今回お二人のご夫人が参加しておりました。
コロナの終息が見えませんが、母校の近況も知りたく、また先輩方のお顔も拝見したく思いまして、行きました。10年ぶりくらいになります。
今回は昭和40年卒業の菊池光治氏の「近江漫遊…Part Ⅲ」…滋賀の(祭り)・歴史・文学散歩がテーマの講演でした。菊池さんには「近江漫遊」という著書もあります。
源氏物語と近江、紫式部と石山寺、米原・山津照神社などについて、スライドを用いて講演されました。
私にとって、源氏物語と近江が少し近くなったかなという感じです。
概要をブログに書きました。
https://ameblo.jp/msibata/entry-12629925114.html
以上、近況でした。 e-old神戸
* 『近江漫遊』私の書庫にもありそう。育った京都と生母の故国である近江の本は、こころして手もとに置いてきたから。
* 近江漫遊なら、むしろ湖西、はるか溯って天智・天武・弘文天皇らが葛藤の「近江大津京」、さらには愛された女帝孝謙天皇から「恵美押勝」の名をもらっ て権勢をふるいながら、同じ重祚した称徳天皇に逐われ、琵琶湖畔で無残に斬殺された権臣藤原仲麻呂などの「湖西」の史実に凄みも哀れもあるのだが。
ないし、「瀬田の大橋」一つに限って、係わった多くの史実や伝説を集中的に語られると、興趣澎湃たるものがある。
源氏物語はまさしく世界に冠たる名作だけれど、紫式部と石山寺とには確たる物証も傍証もとらえにくく、後人付会の気味もあるとされている。石山寺が上流の婦女子のことに愛した小旅行の先であったのは明らかだけれども。
2020 10/7 227
* また一人、また一人、肅然 生死の巷に見失った知友があり、どう焦っても手の施しようがない。そんなまた一人に自身も加わって行くのであろう、それま た為すすべ無い。仕事をする、し続けるだけ。この数日は颱風のなか降り次ぐ雨と予報されている。天気は天にゆだね、わたしは機嫌を損ぜず仕事するだけ。
昨夜は、いつになく、愉快に心嬉しい夢を観つづけていた、のに、もう思い出せない。かき消すという、まさに夢はかき消すように失せる。だから、いいので あろう。しつこく記憶に居坐られては叶わない。とはいえ、身に沁みて忘れるのの惜しい夢も、愉快な夢もある。有るには有る。
* 亡き出岡実さんの「持幡童子」の写真を久し振りに持ち出した。展覧会の場で即買い取った気に入りの作だった、胃全摘八時間の手術をして下さった聖路加 病院外科の先生にお礼に差し上げた。出岡さんは同じ保谷に住まわれていて、中日新聞文化部長の林さんに紹介された。『四度の瀧』や中公新書『古典愛読』ほ かいろいろの装幀や挿絵でお世話になった。もうはるばると遠くへ行ってしまわれたが、こうして強い佳い繪に見入っていると、何かしら守られているような励 まされるような力を感じる。好きな繪を三つならべ、「うん」と肯いている。
2020 10/8 227
☆ 選集を待ちつつ 尾張の鳶
台風がゆっくり近づき、数日は空模様は雨曇りとか。さすがに秋らしくなりました。
器械に向かう時間も稀れ、読み止しの本が何冊か積み重なりました。やや疲れ気味ですが、孫の笑顔に励まされます。一日一日変わっていく様子・・最近の科 学番組で見た神経組織が縦横に成長していく人体の仕組みの鮮明な映像と重ね合わせています。とても人間的、あまりに人間的に成長していきます。同時にこの 歳になって育児に「奮闘」することになるとは・・ 鴉は羨ましいと書かれていますが、それ以上の複雑さ、思いがけない事件でもあります。
鴉のHPを本日の記載から九月半ばまで遡って改めて読み直したところです。
歌の重苦しいまでの愛と悲嘆にわたしの心は揺れ、そしてさまざまに立ち向かっていらっしゃる鴉
の日々を思います。
読み返している本の一冊はボーヴォワールの『老い』。書名だけでも本当は「敬遠」したい本ですが、出版から半世紀も経つと問題の捉え方や社会情勢や人々 の意識の変化も感じて、本自体の持つ説得力に少し違和感も感じています。 が、とにかく老いは日常の大問題であることに間違いありません。老いを生きてい るのですから。
旅行好きの友人はコロナで外国旅行もママならず、鬱になりそうとか。
わたしも旅に出たいと思うのですが、GO TOキャンペーンにも縁のない本と絵、それ以前に育児家事という暮らしぶりです。
長いメールを書けません。
鴉、元気に元気に過ごしてください。視力大切に、風邪ひかず、コロナもインフルエンザも峻拒されますように。
* 生まれてまもない赤ちゃん孫。羨ましい。
私達の、もう二十年近くも行方知れず見失っている孫娘押村みゆ稀は、どこで、どう暮らしているのやら、私達の曾孫をもう産んでくれてさえいるか知れず、はや三十歳にも近 づいている孫のみゆ稀。心身共に健康でありますよう。曾孫が生まれていたら、その児も、ぜひぜひ幸せに。
2020 10/9 227
☆ (引っ越して)やっと
地上におりました。草の匂いがあり、空がやわらかです。車の騒音ものぼってきませんので、静かです。
新宿といっても道路を挟んで向かいは港区。高層の建築規制のところです。街にはむかわないですみます。でも病院は、やはり、築地に。 露
* 引っ越すのを苦にしない人がある。わたしは、思うだにお手上げになる。ちっと、羨ましくもあるが。
この歳(もうすぐ八十五)になりうらやむという気持ちは浅ましくも俗でもうす汚くもあるけれど、もうしばらく前から羨ましい男のデレビ番組があり、つい 見てしまいながら犬が唸るように羨ましく僻んでしまう。顔も役もよく知った馴染みの五十代ほどの俳優が独りで街歩きして、ふいと食い物矢の暖簾を肩で撥ね たりする。そして、まあその店自慢そうな美味そうな食べ物を飯も汁もお茶になるまでじつに美味そうに嘆声をもらしてしたたかに食う。そして、舌なめずりす るほどにまた外の道へ出て向こうへ行く。あたまに来るほど羨ましいが、さて、食っている一々のかなりのモノがわたしは必ずしも好きでない。肴は煮ても焼い ても大方気に入らず、鍋の鱈のほか、魚は刺身でしか食えない。肉のゲテ物は全然ダメ。野菜はキャベツていど、どの季節の青いのもみなダメ。料理屋でいそいそと手を出すのは吸い物。これが、たいていお代わりが利かない。卵料理にはいつも嬉しそうに手を出してたのに、このごろ卵の味が舌にこない。妻に気の毒。
それにしても、テレビの彼氏の、食通でなんとも美味そうに食うことは。黙って、いつも眺めているだけ。
2020 10/11 227
* 夢に、懐かしい重森ゲーテと田原知佐子(女優・原知佐子)とが一緒に、ほがらか・なごやかに登場、呼ぶようにわたしへ声かけていた。「も、少し、待っててよ」と手を振ったような。
いま上へ掲げてある東大の三四郎池「秋色」の写真は、原知佐子の夫君の葬儀が本郷であって、妻と参列の帰りに、東大構内を歩いたときに撮った。静かなしずかなさびしい秋の日であったが。その後にも、原知佐子の舞台も夫婦で観たし、一緒に歌舞伎や建日子の芝居も観たが…。
2020 10/13 227
* 仕事先の人から。
☆ コロナと
上手く付き合って、と言われている中、同僚が、濃厚接触者として2週間自宅待機をしております。
症状が出ないと言われている、小中高の学生が近づくだけで怖いです。
* コワイなあ。
2020 10/13 227
* めまいを感じ、MRI検査を受けた。脳、至って健康でしたと、「お忙氏(女性)」のメールあり。
まだまだ 「脱水と熱中」とには、厳重の要心を。「めまい と 軽い頭痛 そして 異様な吐き気」とは顕著な前駆症状。妻も、何度か、「しつこい眩暈」 と「かるい頭痛」を訴え、そのつど、大量のお茶やオレンジジュースで回復してきた。私も、この夏、秋になってからも、一度二度、機械の前で、アレッと思っ た。私は少年來 親も惘れる「茶喰らい」が習いで。それでもあの大きな術後、退院して、「脱水」とは知らず、手洗いで、吐き続けたきつい思い出がある。
2020 10/14 227
☆ 涼しすぎるような
田舎の秋ですが、今日は久慈川の堤防まで行ってみました。
刈り取りの済んだ田や、まだこれからの田があり、川の氾濫原は広く、こんな広いところが、水で一杯になるのが不思議な気がします。
去年の台風では那珂川も久慈川も袋田の滝も氾濫して、大変だったようです。
今年は雨もそれほどでもなく 悪天候という程度でした、が、すっきり秋晴れとはなりませんでした。
今年は見たこともない草に花がついたり、見たことのない雑草が生えていたり、落葉する木も順番違いで、何だか変ですね。
柿は、それは見事な柿色になっての落葉ですのに、紅葉しないで、葉を落とし始めました。
今頃、しろや黄色の蝶蝶が飛んでいます、ほんとなら赤とんぼ、アキアカネでしょうに。 カエルも小さいです。
吾亦紅も咲き、ホトトギスも咲き、ススキは紫に花をつけて、開くとシックな薄い紫になります。三日くらいで差し替えています。
またお便りをいたします。お元気でお仕事お励みください。 良
* 目に胸に 秋色のしみ入るお便り、嬉しく。
☆ お正月以来の倉敷です。
秋に帰省するのは、なん十年ぶりでしょう。
紅葉にはまだ間がありますが、父の葡萄は収穫の最盛期です。
右手を骨折った母も、だいぶ手指が動かせるようになりました。
ひと息ついたら、私もまた研究室に戻ります。
コロナ感染拡大も心配な日々ですが、
くれぐれもお体を大切になさって、存分にご執筆ください。 澤
* 故郷へ帰れる、うらやましいことです。
2020 10/14 227
☆ 建日子さんのアドヴァイス
「一太郎で保存するときに、型式を選べると思うのですが。別名保存というのがあるはず。そこで、テキストを選べば僕も読めます。」についてですが、
一太郎で文章を保存する時に、一太郎形式以外にソフトに依存しない文章だけのテキストで保存することができます。(ワードでも同様にワードに依存しないテキストのみで保存できます。)
一太郎を使っていないので、以下の操作は私の想像です。
一太郎で文章を保存するときに、メニューの「ファイル」を選びます。
その次に、「名前をつけて保存」を選びます。
ファイル名とファイルの種類の入力の画面になると思いますので
さらに、「ファイルの種類」で「テキスト」を選びます。
ファイル名をつけて保存をクリックします。
この操作で出来上がったファイル(つけた名前.txt)を建日子さんにメールで送ればいいと思います。
お役に立つことを願っています。 神戸e-old
* 東工大教授に選任されたとき、さてこそと、貰ったばかりの研究費で、こわごわ、学内生協で特価廉売中の一台を買い、「一太郎」とも出会ったので、学生諸君に 「報告」したら失笑の声が大教室に流れた。なにを笑われているのかも分からなかったが、「一太郎」と口にした時の笑いが大きかった。
以来、親切な学生君 らに一から教えられた、いろいろと。いや、彼らは「教える」と謂うより、さっさかといろんな設定を廉価機械君に設定してしまい、「はい、これで使えます」と云う、が、 当分の間は手も脚も出なかった、定年までの在任中には、麻雀パイで「ゲーム」するのと、メールが使えたのと、そのほかは真っ白だった。第一その頃は文士に も機械の出来る人などまだ無きに等しかったし、知友とメールを交わすのもゼロ、僅かに、出版社、編集者との交信だった。
そして退官後に、自宅へ、コンピュータ専攻の学生君にきてもらい、新しいまずまず水準の機械を秋葉原で買うところから付き合ってもらい、そして私の希望の ままに、現在只今のこの「ホームページ」を表紙からみな希望どおりデザインして貰ったのだ。
一九九八年三月半ばから、この『作家・秦 恒平の文学と生活』という「HP」は活動を開始、此の、「闇に言い置く 私語の刻」なる日記も、はや二十余年、欠かさず書き綴ってきた。さすがに少しは何代かの機械君たちとも馴 染んだが、根が機械いじりには超絶鈍感なヘタクソで、ただ手探りと試行錯誤でどうやら現状を、理解でなくただ機械的に保持するだけしか、何の応用も多用も出来ない。大教室で笑われたらし い「一太郎」クンとのつき合いしか、それすらトチリがちにしか出来ないのが、私と機械との只今なのであります。
教えていただいたのを、ともあれ、試みるかなあ。それより早く、さきへさきへ「書き下ろし」を進めた方がいいかなあ。
2020 10/16 227
* 神戸の岡田昌也さん ふくふくとした大生りの枝豆をたくさん送って下さった。ふっくらと大きく甘みあり、私は 主食のように戴けてありがとう存じます。
お目に掛かったことがないのに、みなさん、親類のように懐かしく有難く思われる。御縁を頂いて、いつしれずに何十年も経っている方も。寂しいと謂うことがない。有難いことです。
2020 10/17 227
☆ 日にちのずれ
10月15日が抜けています。14日から16日に飛んでしまっています。
* 本格のボケか、この日記のどこかで、一日 日付が抜けていたようだ。今日が十八日 日曜として、溯って行くと 一日 トンデいる。一日も書かない日は無いのだから。
ま、厳密に日付の必要な記事でも感想でもない。ま、いいや。
この記述は十八日ではなく、十七日のことではないでしょうか。取り急ぎご報告です。
寒くなってきました。お風邪など召されませんように。
柿 濡れ縁に当り年なる柿の影 静江
* 謝謝。 朝寒むのマウスちいさく柔らかく 恒平
めんどうなので、あるままにしておきます。
2020 10/19 227
☆ 小豆島を経て
香川を回り、昨夜遅く戻ってきました。
山の方から色づき始めた四国、お遍路さんではありませんが、二万歩以上歩いた日もありましたよ。
あの白峰神社にもお参りして、父の作ったシャインマスカットを 讃岐富士を見晴らしながら摘まみました。
首都圏はもう、上着が必要な寒さなんですね。
半月近く留守をしている間に、季節も進んだようです。
お風邪にもコロナにも気を付けて、お仕事を進めて下さい。
どうぞお元気で。 和
2020 10/22 227
* 送り用意 全て修了、午後予定した全部が送り出せた。
* 文藝春秋 前専務の寺田英視さん、「秦 恒平選集」刊行の終了を いの一に電話で祝って下さる。ひとしお嬉しく。
☆ 撰集、無事に届きました。
口絵の木樵、素敵ですね。
お二人の写真も良いものを選ばれていて ほっこりとしました。
撰集の完結、おめでとうございます。 ☆ 秦建日子
* ありがとう。
☆ いつもいつも
国文学の詩文に關する大著を頂戴し、ありがとうございます。深く感謝申し上げます。 私も
當年九十五才にして 最後の力をふりしぼり大作を書き上げました。
これもみな 先生の先例に従ったまでです。
コロナ禍が猛威をふるう今日、どうぞ、御健在でありますようにと
心からお祈り致します。 色川大吉 歴史学 思想家 東経大名誉教授
☆ 選集第33巻拝受。
ありがとうございます。また 選集の完結、おめでとございます。
御執筆はもちろん、湖の本、選集の出版事業、大変な偉業と思います。まだ 読了できていない巻もあるのですが、ながく読書間伴侶とさせていただきます。 藤原龍一郎 歌人
☆ 弥栄中学の昔の一つ下の、芦田(旧姓)守美ちゃんが電話で、選集の完結を祝って呉れた。とても一つ歳下などと思えない朗らかに 感嘆。
☆ 御茶ノ水女子大図書館が受領の来信。
☆ お元気ですか。
選集三十三巻の完結おめでとうございます。この日を祈り、待ち望みなが ら、まだまだ続いてほしいと願っているわたくしがいます。凡人の杞憂でしょうけれど、大きな目標達成のあとのみづうみの心身のお疲れも虚脱も心配してしま うのです。みづうみを現実世界に引きとめているものは常に次のお仕事でした。「湖の本の151巻」を緊張感をもってお待ちしています。世界は長居したくなるような場所ではありませんが、それでもどうか一日でも長くお元気で書き続けてくださいますようにと願いつづけています。
今の 若手小説家の中の一番の期待株と思っている中村文則という作家が、「基本的に小説家なんてみんな不幸です」と発言していました。たしかに不幸でなければ小 説なんて書かないというのはほんとうのことですが、本を読む人間も、小説家ほどでなくても基本的に不幸であろうと思います。
『細雪』を読みながら そこに描き尽くされた、もはや消え去った美しい日本を愛惜するように、 秦恒平の選集も「もはやない日本」の遺産であろうと思い 涙します。文学者の、藝術家の仕事はすべて滅びゆくものへの挽歌でしょうか。
これまで本の中で読んできた日本人とは異 質の人間が異質の感情をもって異質の力をふるい支配する、真綿で首を絞められていくように自由が窒息していく今現在の日本を不幸に感じ嘆きながら生きてい ます。在りし日の日本の面影を追い求めて自分で選んだ不幸を生きている読者は困った人種ですが、絶滅危惧種とまで言い切れるでしょうか。
アンジェイ・ワイダ監督の映画に、ポーラ ンド騎兵隊がドイツ軍戦車に勇猛果敢に突撃していくシーンがあると読んだことがあります。この歴史映画を観ていませんが、情景があざやかに目に浮かび深い 感銘をおぼえます。アンジェイ・ワイダの生涯はこのような闘いであったでしょう。そしてみづうみも。
私は自分が騎兵隊の最後尾についていく一 兵卒としてでも誇りある最期を終えられたらと願っています。騎兵隊を選ぶ人間が滅ぼされ尽くすことはなかったから、人間はまだ地球に存在していると信じた いのです。 菊 しらぎくの夕影ふくみそめしかな 万太郎
今、郵便配達のお兄さんが「選集」を届けてくれました。こんなに早く、ありがとうございます。みづうみに敬礼。
二十日に 郵便局から「湖の本版元」に心ばかりのお祝いの気持を送らせていただいております。どうかご笑納ください。
* ゆつくりがつい早足に老の坂 心して、仕事をつづけます。感謝感謝。
☆ 秦先生
こんにちは。
先ほど、『秦 恒平選集』第三十三巻が届きました。
700ページを超える大作、しかも 見たこともないような立派な箱入りの美しい装丁のご本です。
この重いご本を送り出すのに、たいへんなご苦労がおありだったことと存じます。
大切に扱って、読ませていただきます。
まずは、無事到着のお知らせまで。 芝田道、神戸e-old
2020 10/23 227
☆ 感謝
夕方に選集最終巻が届きました。
ありがとうございます。
完結おめでとうございます!
年譜を読みながら、懐かしさがこみあげてきました。
これからまた新たな気持ちで御作を読み返します。本当に有り難く、この想い、嬉しさ、言い尽くせません。深く感謝申し上げます。
おふたりのこれからの日々も益々豊かな時となりますように。
ご健康をお祈りいたします。
今年の冬は寒さ厳しくなりそうだとか。どうぞお大事になさってください。 下関市 大庭緑
2020 10/24 227
* 寺田英視さん、京都のあのすっぽん料理で聞こえた「大市」本店から、ごちそうをドサっと大きな一箱詰めで送って下さった。有難く御馳走になります。
2020 10/24 227
☆ 秦 恒平選集33巻を
お送りいただきありがとうございます。そして選集の完結 お疲れさまです。
また、また、新たに進んでいかれることと思いますが ちょっとここで 一息 きっと 御二人で乾杯ですね。
今は 残念なコロナ禍なので外でのお食事は控えていらしゃるかと思い 鰻の佃煮を送らせていただきます。ひと口サイズなのでお手軽に お酒のお供 おかずの一品に おためしください。木箱なので ふただけ取って 一分ほど 電子レンジで温めるのもおすすめです。
所沢市 藤森佐貴子
☆ 神奈川近代文学館、同志社大学図書館、「三田文学」編集部、山梨県立文学館、 『選集33』受領の来信。
☆ 選集
完結 おめでとうございます。 藤原龍一郎 歌人
* 過分のご支援を有難く頂戴した。恐れ入ります。感謝申し上げます。
* 松戸の、徳島高義さん。六月にご逝去と。久しいお付き合いであり、終始激励頂いてきた。哀悼に堪えない。寂しさが身に迫る。
☆ 慶祝 秦恒平選集!
秦 恒平様
遂に『秦恒平選集』の最終刊に到達しましたね。これを、ご夫妻が、力を合わせて完成された。同慶の至りです。「幸福」は「達成のよろこび」(657 頁)。稀な人のみが生涯の著述、思索活動を自らの力でまとめ、解説し、人生を意味づけうる。その人のみが与えられた人生を恵まれた状況の下で使い切りう る。
最終巻を完結後、ご夫妻で祝杯を挙げられたことでしょう。爾後の人生の味わいがきっと変わると思います。
いただいた最終巻は昨日の午後以来、先ほどまで、じっくりと拝見しました。以前より、秦さんの政治観には基本的に共感しております。健全な反応です。も し、ここで敢えて意見の相違することを述べれば、私は「死刑」を仕方のないこととは考えません。人間の「生」は無条件で保護されなければなりません。そう 思っています。
「他者」の存在と生をどう考えるか。それがあるので、私は「神」の存在から離れることができません。信仰の問題は仰るように「立場」の問題では断じてあ りません。「他者」が「存在する」限り、自分も他者にとっての他者である限り、神の存在は私に先行しています。シドッチも日本人も、無視できない他者と受 け止めて日本への潜入を試みたのでしょう。思いがけず、私の生の根本を一方的に言い述べてしまいました。お赦し下さい。
秦さんのお仕事、そして生きる世界と私はまったく違う世界であると思っておりましたら、思わぬところで小さな接点が一つあったと気づきました。『湖の 本』の読者であり、少なくとも一時期は読者の会の出席者でもあったであろう谷村玲子さんの学位論文『井伊直弼 修養としての茶の湯』については、私は専門 外指導教員の一員として審査委員会に名を連ねておりました。私は彼女の仕事をフォローもしておりましたし、主査による博論審査結果報告書の原稿を書き改め ることもいたしました。もう5年ほど前のことですが、彼女のお宅から10分ほどの吉祥寺のある喫茶店で、彼女に長年貸しっぱなしになっていた(彼女がその ことを忘れて英国に行っておりました)、ある書物の返却をしていただき、久しぶりに旧交を暖めました。それからたいして時間を空けることなく、彼女のパー トナーは亡くなりました。急の病ではなかったかと思います。
秦さんが明治が産んだ優れた女性の一人、岸田俊子に深く共感を覚えておられることをうれしく拝見しました。
ペンクラブの理事会で「心こそが諸悪の根源であるかもしれません」と発言した時に、瀬戸内寂聴さんが深く相づちを打ったことも興味深いことです。彼女をちょっと見直しました。
「えぇやないの、狐でも蛇でも」との「信田狐」へのご感想には共感しました。日本では生来の生のあり方(人間か動物かの差異、ひいては生まれつきの身分 の差異)は基本的に超えられないのです。西欧との違いは、この差異が変容しうることです。「醜い蛙」は女性による「受容」を介して美しい王子様に変貌しう る。少年は「青年」へと、少女が「女」へと「変貌しうる」。他者(神が最大の他者)への「応答義務」の引き受けによって社会的に責任を取る存在者として誕 生する(アダムとエバの物語はそのことの失敗の問題を取り扱っています)。
日本でもまったく人間に変貌がないとは思いませんが、いわば「異類」への変貌として人間の成長を受け止める(実は「信仰者」の誕生もそう受け止めています)ことはないでしょう。
「中国」の「首席」皇帝化と、異民族(信仰も人種も)の同種化、中国化への強制、東シナ海の中での軍事基地化などへの動きを、秦さんはとうに見通してお られたのだと、洞察力に感服しました。この状況下では日本の敵基地への先制攻撃の主張など、愚の骨頂です。まず、原発をなくすべし。
実のお父上の「ノートの一部を読みショックを受ける」とは、どんなものであったかをお訊ねしませんが、人を理解すること、適切に振る舞うことの難しさを示唆する一行でした。
ありがとうございました。
ご夫妻のお幸せな最晩年をお祈りいたします。 並木浩一 ICU名誉教授
* 日本国からの空挺先制攻撃など、考えられない。それを、させない・されない軍備と外交とがどのように可能か、それは日本人が國を挙げて用意しておくべき緊急の宿題になっている。なるようになるという楽観の許されるどんな条件も我が国には用意できていない。
2020 10/24 227
☆ ご本拝受のお礼に副えて
秦 兄
秦 恒平選集の最終巻の完結、おめでとう。兄を、弥栄中学、日吉ヶ丘高校の同窓生として誇りにおもうと同時に長年の友情に感謝しています。ほんとうにありがとう。
選集の、穏やかではおれなかった「平成」によって、今更のように政治の腐敗、政治家の堕落に怒りを感じています。
しかし、怒り嘆じているだけでは埒が明かないので、悪の根源を根絶やしにする否認票の新設を提唱しているのですが、これがまた一向に埒があきません。
別段、変わったことを言っているのではなく、わが国の投票制度の歴史をみれば分かるように、70年以上も前に賞味期限が切れた1人1票の投票制が機能障害を起こしていることが政治の腐敗、政治家の堕落の元凶だと説いているだけなのです。
選挙は人と政策の2つを選ぶ機能をもっています。ところが1人1票制は人と政策のどちらか1つしか選択できません。
明治23年の第1回衆院選のときは、直接国税15円以上納税の満25歳以上の日本国民男性が有権者の資格条件の制限選挙制でした。 当時の有権者は富裕 層でしたから、身分的にも経済的にも同質性が多く、政策面では選挙の争点にならなかったので、もっぱら政治家としてのカリスマ性や適性など人物本位の選挙 が行われていました。
このような制限選挙制のもとでの政党政治は、党派を対立させる原因の主なものは政策ではなく、政治家の人的な関係でしたから政治責任の所在は明らかで、責任の追及も容易にすることができました。選挙の機能で政治家の責任を追及する機能が重要なことは言うまでもありません。
近代国家になって社会基盤が大きく変わり、技術の進歩で物品の大量生産が可能になり、交通網や通信・情報手段の進歩は生産者と消費者をむすぶ流通部門を増大させ、商業や金融業やサービス業など多岐にわたる業種に従事する人たちが急増しました。
業種の多様化で社会が複雑になるにつれて、経済的・社会的な弊害が生まれた結果、必然的に利害の対立が激しくなりました。
この大きな変化に応じて、はじめは都市部の労働者を中心にして賃上げ問題や労働環境の改善などの経済的な運動がはじまり、やがて、その解決を政治に求めるようになりました。
それまで政治への参加は、おもに多額納税の富裕者に限られていたのですが、工業化や都市化によって政治への参加の機運は、あらゆる業種の人たちのあいだに急速に広がっていきました。
このようにして労働者の意識改革は経済的な問題の解決から、やがて政治的な権利として選挙権の獲得を目指すまでになりました。
その結果、明治33年に制定された衆議院議員選挙法が全面的に改正されて、大正14年5月5日に成人男子による普通選挙を規定する法律が制定されまし た。これによって有権者の数は、第1回衆議院選挙の450,872人(人口比1.13%)から、改正3年後の昭和3年3月には、約1,240万人(人口比 20.1%)になり、有権者数では約27.5倍、人口比は約18倍になりました。
国民の意識改革もあって生まれた普通選挙制は、高額の納税者に限られていた有権者の資格条件がなくなって、善くなるはずが、反対に機能不全に陥ってしま いました。それは有権者の急増と有権者の質が多様化したことによって、1人1票制の投票制度が機能的に対応できなくなったからです。
普通選挙制になって変わった点は、有権者の資格条件から高額納税者が取り除かれて有権者が急増しただけで、1人1票制の投票方式は変わりなくそのままでした。
実は、この時点で1人1票制の賞味期限が切れて機能障害が起こりはじめたのですが、そのことに誰ひとり気付かないまま、1人1票制は今日まで弊害を起こしつづけているのです。
制限選挙制の最後期の有権者は、国民の5%ほどの富裕層の人たちで、議員(候補者)同様に、身分的にも経済的にも似た点の多い等質的な人たちでしたから、選挙も特に争うほどの政策はなく、もっぱら政治家としての資質や適性などを問う人物本位の選挙でした。
人物本位の選挙では、責任の所在は明らかで、責任の追及も的確にできるというメリットがありました。その、人物本位の選挙が普通選挙制になって、急増して多様化した民衆の政策のための選挙に変わったのです。
政党も多様化した民衆のための政策を掲げるので、議会での政党間のやりとりも以前とちがって融通性や弾力性のない議論や審議になって、議員も党議拘束の義務を負うようになりました。
普通選挙制では選挙結果がすべてで、議会での政党間の力関係は選挙で獲得する議席数で決まってしまい、議会での話し合いによる妥協や融通性はうすれてしまいました。
もともと、選挙は人物を選択する手段ですが、制限選挙制で選挙が機能を発揮できたのは利害が等質的であったので、政策よりも人物を選択することに大きな意義とメリットがあったからです。
それに対して、普通選挙制では利害の等質性がうすれて多様化した有権者のために、人物の選択よりも政策の選択が優先されるようになりました。
しかし、選挙は、もともと人物を選択する手段ですから、人物の選択と政策の選択を1枚の投票用紙で行なうことはできません。
それを1人1票の投票方式で選ぼうとすれば、人物と政策のどちらか1つを捨てなければなりません。
普通選挙制になって、1人1票制が多様化した有権者の利害に対応した政策の選択と、政治家の責任追及の選択の2つの手段になると、有権者の選挙にたいす る期待感はうすれて、不安感や不信感が大きくなります。そしてジレンマに陥った有権者は、選挙に幻滅を感じて棄権をするようになります。
多様化した有権者が増えるにつれて、投票率が悪くなる傾向は投票率の推移を見ればよく分かります。
制限選挙制の第1回衆院選の投票率は93.73%の高率で、制限選挙として最後の第15回目(1924年)も91.18%でしたが、普通選挙制になった 最初の第16回目(1928年)は80.33%に下がり、明治憲法のもとで最後の第22回目(1946年)は72.08%まで下がりました。
新憲法になって最初の第23回目(1947年)は、女性も加わって満20歳以上の成年者が有権者になったのですが67.95%と低調で、直近の第48回目(2017年)は53.68%と投票率は低下しつづけています。
投票率の低下は、1人1票の投票制が機能障害を起こしているのが原因で、棄権者は増えて投票率は低下しつづけています。選挙が持っている人物の選択機能が弱まると、当然ですが選挙で選ばれる人物の質は低下します。
政治家の質をよくするには、1人1票制を変えなければならないのですが、1人1票制は賞味期限が切れて形骸化していることに気付かないかぎり投票制度の改革は望めません。
そこで大胆な仮説を立てて、賞味期限が切れて形骸化した制度を、憲法の精神に適った投票制度に代えるために、是認票に加えて否認票を仮定して、1人2票制にすれば1人1票制の二者択一で選んでいた人物と政策がともに選択できて十全な投票制度になると主張しているのです。
ながい選挙制度の歴史のなかで、選挙人資格の差別的な制限事項が1つずつ取り除かれて、ようやく一定の年齢以上の人たちに1票が平等に与えられるようになりました。
一見して差別のない平等にみえる1人1票の投票制度が、普遍的で唯一絶対的なものだという万民の強い思い込みが盲点となって、いままで1人2票の投票制度の出現を妨げてきたのです。
7年以上も悪政をつづけて、歴代総理のなかで最長の在任期間の記録をつくり、これまた官房長官として総理のしでかす悪事の弁解役に徹してきた番頭が総理大臣になりました。
坊ちゃん育ちの前総理は脇の甘いところもありましたが、新総理は一筋縄では行かない、したたかな人物です。なにしろ前総理の尻拭い役を長年してきただけに、国民を欺くことにかけては右に出る者が居ないほどのしたたか者です。
権力を最大限に振りかざして恫喝で相手を屈服させる人物はヒトラーとスターリンを1人にしたようなもので、国民は益々基本的人権を悪の法囲網で雁字搦めにされるのは必至です。
しかし、弁慶にも泣き所、アキレスの腱があります。それは「投票用紙は弾丸よりも強し」の至言や「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちればタダの人」の大野伴睦の言葉どおり、投票で落とせばよいのです。そのために否認票を作ればよいのです。
法律を作るのは713名の国会議員ですが、自縄自縛の法など金輪際作りませんから、いまの議員たちに法改正を求めても詮無いことです。
しかし、一億二千万の国民のなかには、私の提唱する1人2票の投票制度に賛同して、法制化を公約に立候補する人は、713名ぐらいは居ると信じています。
もちろん、ことの性質からいって、一億の有権者が危機感を持って立ち上がらなければ、わたし一人の力だけでは事は成就しません。
長くなりましたが、公選法36条を「投票は、各選挙につき、是認と否認の一人二票とする。(以下省略)」とすることで、2票方式に改正されると、投票の結果は候補者ごとに、「是認票総数]-[否認票総数]=[候補者得票数] になります。
科学の世界では、市民の宇宙旅行が実現する日も間近ですし、政治の分野でも、いまは夢想譚のようですが、有権者に本気度さえあれば画中の餅が賞味できる日はまちがいなく来ます。来ると信じて頑張っています。
「もしできれば、と言うのか。信ずる者には、どんな事でもできる。(マルコ伝9章23)」
「そこで、あなたがたに言うが、なんでも祈り求めることは、すでに叶えられたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになるであろう。(マルコ伝11章24)」
冗長な文を読んでくれてありがとう。
先月、85歳になりましたが、休肝日なしの毎日で、多分にアル中ハイマー症候群気味ですが、目的意識が働いているうちは大丈夫でしょう。お互いに生死をさまようような大病をしましたが、あとは余禄の人生と達観すれば恐れるものはありません。
コロナ対策にアスコルビン酸(ビタミンC)を毎日多量に服用しています。40年以上つづけて実証ずみですから、兄も是非飲んでください。季節の変わり目です。どうかご自愛のほど。
「革命は、いつでも、どこでも偶然には起きない」 森下辰男 京・岩倉
* 森下君は、早稲田大学で学んだ人。校租・大隈重信への「熱い手紙」とも読みたい。甍だけが聳えてもハナシにならない。
若い大勢の「元気」のなかへ、この森下提案が着々浸透して、大きな声と塊となり、日本列島のさまざまな社会へ拡がってくれますように。
2020 10/25 227
☆ 選集の完結
誠におめでとうございます。
八十歳を超えてなおこれだけの大仕事を成し遂げられたことに 感嘆の外ございません。
お心にかけてくださって本当に有り難うございます。
お疲れを出されぬよう奥様ともどもおからだお厭いください。
遅くなりますが 11月1日に届くよう 日本酒をお送りいたします。 有元 毅 岡山市
* 恐れ入ります。なにもかも、世紀を越えてご鞭撻ご愛読頂きました賜物です。お元気でお過ごし下さいますよう、衷心。願い上げます。
2020 10/25 227
☆ 昨日、三島賞作家の久間十儀さん、妻への電話で、選集完結を「花」でお祝いします、明日(今日)には届きますと。
たった今、お心入れ、みごとに美しい「胡蝶蘭の大花籠」が配達されてきた。
感謝感謝、喜んでおります。恐れ入ります。感謝。
「ま・あ」兄弟も、見るから喜び挙って「花とお遊び」姿勢は、オソルべし。書庫の見晴らしへ丁寧に置いた。書庫に入ってしまうと、本に身に沁みて触り始め、容易に出られない。今の寄稿は書庫が暑くなく冷え込みもせず、恰好の安息所になる。
* 午後、郵便が、音もしそうにたくさん配達された。感謝。
☆ 秦 恒平 様
選集第三十三巻が届きました。完結おめでとうございます。この際おめでとうございますということばが適切かどうか分かりませんが、ほかに当てはまることばが見つかりません。選集中最も分厚く仕上がった第三十三巻を前にして大きく息をついたところです。
やはり一番気になるところは「題字」(=井口さんに書いて刻して戴いた。)です。『秦恒平選集』の品位を汚していないかということです。よくぞお取り上げくださったと、改めてお礼申し上げます。
口絵の「歸樵」は、帰路につく夫婦の姿が象徴的です。白身重い荷を背負いながらも、疲れた妻を労るがごとき夫の表情が何ともいえません。空は夕焼けですね。明日はきっと晴れでしょう。本当に奥様のご助力、ご苦労は想像に余ります。文字通り「内助の功」が当てはまります。
さて、この巻には、生生しい秦恒平の息遣いが詰まっているようです。既に『湖の本』などで拝見した文章もあるようですが、おいおい、じっくり読ませてい ただきます。秦恒平の後を追っかけます。ただ、これがひとまずの区切りであって、この先どのような展開が繰り広げられるか待たれるところです。
私のこと、長い間ご無沙汰お許し下さい。暑さとコロナ騒ぎにうちひしがれて、無為の毎日でした。夫婦ともども、定期的検診に病院に通い、時々の買い物に と、お出掛けはそれくらい、車の運転もそれくらいです。遠出は子供たちが認めてくれません。来年五月の免許更新は無理かもしれないと考えています。
膝の痛みが治まりましたので短いながらも散歩を再開
しました。
延び延びになっていた、「岡栄一郎をめぐる対談」は、秋聲忌の催しにあわせて 11月14日に、その菩提寺で開くことになりました。聴衆も人数を少数に限定して予約受付になるようです。
先日何げなく、谷川俊太郎の詩集をめくっていましたら、こんな一節がありました。
言葉には私の過去ばかりがあって
未来はどこにも見当たらない
このこと 前にもお話したかも知れませんが、ちょっと気になる言葉です。
口絵の お二人の写真を、つくづくと眺めています。目の輝きに元気をいただき、あやかりたいと思っているところです。そのご気力続きますように。そしてお体お大事にと祈りながら受け取りのことばを閉じます。
追伸 別便にて心ばかりのお祝いの品をお送りしました。ご笑納下さい。
令和二年 十月「『二十四日 石川・能美 井口哲郎 (前・石川近代文学館館長・批評家)
☆ 秦 恒平様
随分寝んだつもりで目覚めましたが、時計を見ましたら、まだ前日の内(二○二○年十月二十四日)この立派な「選集第三十三巻を拝受致しました。御礼申し上げます。
前日 不思議なことがございました。フト入りました四谷荒木町の店で一刻致しましたが、その店主と夫人の話題に よく訪れた客人として、新潮社の新田 敞、そして『新潮』の元編集長の坂本忠雄、それに軽井沢にひき籠もった由の元『藝術新潮』の山川みどり、いずれも既知の人々 絶えず訪れくれし、との話 に、未だ文運尽きぬ思いこみ上げ、その翌日、かくも立派な御本をお届け賜りました。ただただお励ましとのみしか私には申し上げられませぬ。
旧友の死せる粂川光樹の名も医学書院時の同僚として前の前の前のご本に出ていてハット致しましたことも思い合わせ、同じ京都で高校まで、あとは東京、い ざ、秦の家のあった知恩院新門前通りの我が家からくっついた東の梅本町の「稲垣」さんの少しく年輩であった人のように想われてならない。
☆ 『秦 恒平選集』最終巻の大冊、第三十三巻をずっしりと拝受致いたしました。ご恵贈を感謝し、 簡潔間お祝いを申しあげます。
「歸樵図に招じ入れられた本巻は、眼の弱りを歎いる当方にも一節、一章ごとに味わえる有難い構成で、早速机上に開いて、文学を基盤にさまざまな方位に拡がる秦さんの世界を つまみ食い(スミマセン)させていただいています。
「穏やかではおれなかった「平成」に輪をか掛けて、穏やかではないこの令和の日々に、類のない独自編集の選集を世に送り出され、さらに「創作・執筆の日」継続宣言をなさっていることに心底敬服しています。
ささやかな祝意を同封いたしました、失礼おゆるし下さい。
一気に寒さが押し寄せそうです。どうぞ 迪子さまともども御身お大切に。「励み」の日々をおすごし下さいませ。
二○二○年十月二十四日 天野敬子 元・講談社出版局長 「群像」編集長
☆ 冠省
『秦 恒平選集』全巻完結! お目出とうございます。
長い営為の御持続が圧倒的な量感を示して 小生の書棚を飾っています。なにかにつけて取り出しては、刺戟とヒントを得て参りました。
ありがとうございました。 草々 東京・清瀬市 鎌田 慧 文藝批評家
☆ 秦 恒平様
冬を呼ぶ雨がふっています。昨日、インフルエンザの予防注射をうってきました。高齢者優先(無料)の週で人がいっぱいでした。
今年は、コロナ、長い梅雨、猛暑と続き、気が付いたらもう秋も終わりです。先生、お元気ですか。
この度は『秦恒平選集 第33巻』をお贈りいただきありがとうございました。先生や奥様による、梱包、宛名書きなど作業のたいへんさを思うと申し訳ない 気分です。最終巻にふさわしい盛沢山の内容でした。最終巻といっても、先生のことだから別巻1 とか 2 とかで続くのでは、と期待もしております。先生 の場合は、お壮事を続けられることが健康、長寿の秘訣ですから。
先日、『冬祭り』論を書いて送りました0先生の作品は論じるのに疲れます。作品内を彷徨っていて、なかなか作者に辿りつけない、といった疲労感です。勉強不足だと思いますが、その点、原善さんは断言できるから感心します。
これから冬にむかって、インフルエンザやコロナの再流行も懸念されています。どうかご自愛専-にお願い申し上げます。
2年10月23日
奈良県・五條 永榮啓伸 国文学研究・文藝批評家
☆ ついこの間まで頸に氷を巻いておりましたのに、もう冬物の支度でございます。丁度よい季節の短いこと…。
本日は第三十三巻をご恵贈いただき、まことにありがとうございました。
「秦教授の自問自答を拝見しましたら、頁を繰る手が止まらなくなりました。以前から何度も目にしておりますのに 名前や父や別れで やはり涙がポロポロ(手垢のついた詞ではございますが)こぼれてしまいました。
この選集はこからも心の支えになって、無知な私を救ってくださると信じております。長い間、ほんとうにありがとうございました。お心遣い暑くお礼申し上げます。
奥様も荷造 発送など 陰でささえるお仕事の大変さをお察し申し上げます。どうぞお身体をおいとい下さいませ。くれぐれもご無理をなさいませんよう、御身、お大切に お過ごし下さいませ まずは右 お礼までまで かしこ 京・鳴瀧 川浪春香 作家
☆ 第33巻 拝受いたしました
湖様 ご無沙汰しております。 波です。
秦恒平選集33巻 ここまで続けてこられた強い熱意と意志に畏敬の念を感じます。
立派な選集の中でもひときわ重厚な最終巻、ゆっくりと読み進めております。
湖のように静かに深く、しかし時代が流れてもぶれることなく岩のように動かない思想を感じています。
秋が急激に深まってきます。 どうぞご健康に十分ご留意の上、ますますご活躍くださいますようお祈り申し上げます。 波
☆ 急速に
秋がふかまりましたが、お障りございませんか、お伺い申し上げます。
本日、ご高著 『秦 恒平選集』 第三十三巻を拝受いたしました。毎巻ご恵投くださいまして恐縮至極に存じます。ありがとうございました。この巻を以て選集を完結されたそうで、まことにおめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。
これから拝読させていただきますが、グラビアに掲載されているお写真は、先生と奥様でしょうか。とてもお似合いの素敵なカップルですね。知的な雰囲気が、とってもお似合いで、羨ましく存じました。
お礼にもなりませんが、私の属している新・フェミニズム批評の会から、『昭和後期女性文学論』 を三月に刊行いたしました。週明けになると思いますが、お届けいたしますので、お暇な折にご笑覧いただければ幸いでございます。
取り急ぎ御礼まで申し上げました。コロナ禍は一向に収まりませんので、くれぐれも御身ご自愛くださいますよう、お祈り申し上げます。 敬具 岩淵宏子 城西国際大大学院教授
☆ 美事な33巻
おめでとうございます。 これはもはや偉業以外の何物でもないと 感服致しています。
東近江・五個荘 川島民親 作家
☆ 選集完結
お祝い申し上げます。
著書第一作「懸想猿」以来 たくさんの作品を読ませていただき、読書への世界に導いて戴いただいた事 感謝申し上げます。これからも作品をヨ増せていただきたいと待っています。
完結巻の発行者が迪子様にされています事、秦様のお気持が伝わって参ります。嬉しいです。
又 口絵に選ばれた「歸樵」を見せていただ お二人の長い年月の道のりに、思いをはせています。
これからの道も健康に恵まれ ゆっくり ゆっくりとお歩み下さいますようにお祈り申し上げます。
又、私たちもそうありたいとねがっています。
先日の好天に誘われ 目白の細川氏の永青文庫を訪ねました。
お二人の アコ・マコを想って (菱田春草の「黒き猫」重文の縦長絵葉書に。)
東京・練馬 持田晴美 妻の、女学校このかたの親友
☆ 選集 第三十三巻
ありがとうございます 日々の御活躍、ますますご健筆をおいのりしております。
当方、 小さな史料館の館長をしております。 新潟・燕市 渡邊 憲
☆ 立命館大学図書館、選集33 受領の来信。
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☆ 選集33巻を
有り難うございました。専用の本棚に大切に収めました。お気持ち大切にして、いつまでも良い読者でいようと思っています。
お身体によいものをと考えて、ジュース(=銀座千疋屋総本店の濃厚リンゴ・ジュース沢山)を送ります。重い品物でごめんなさい。
ご夫婦とも お身体大切に、大切に。 鎌倉市 橋本静一 美代子
* ありがとう存じます。じつに美味しいです。
☆ 拝啓
秋の日はつるべ落としと申しますが、日脚の短さには驚かされます。
先生におかれましては、いかがお過ごしでしょうか、お伺い申し上げます。
過日、ご高著『秦 恒平選集 第三十三巻』を拝受いたしました。私にまでお恵みいただき、誠に恐縮にぞんじております。本当にありがとうございました。また、先生のこれまでの長い歩みが、ひとまず結ばれたこと、誠におめでとうございます。心からお喜び申し上げます。
自らに厳しい先生が、それを一つ一つ丁寧に、言葉や文章として表出されてこられた道のりを思うとき、文学者として生きることの「覚悟」に胸を打たれま す。コロナ禍により、学校現場だけでなく、社会全体がソーシャルディスタンスをひつようとされている今は、「言葉の力」がいかに重要かを痛感しておりま す。「言葉」でしかコミュニケーションが取れない今、リモート授業でも「言葉」を探し、「言葉」を選び、「言葉」で伝えることの難しさと格闘しながら、 「言葉」との出会いを楽しみたいと思います。
先生の近影にも接し、少し安堵いたしました。どうか くれぐれもご尊身お大切に、今後ともご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。
甚だ略儀ながら、ご労作拝受のお礼まで。 敬具
神奈川・川崎 真有澄香 近代文学研究家 大学教授
☆ 選集 全33巻 完結を祝し
私も 燦讃纂 と洒落てみたくなりました(=33300をお振り込み戴いた)。ホンマに阿呆な奴っちゃなあと御笑納いただければ幸甚です。
奥様も いつもお心使いに感謝しております。
ご健勝をお祈りしております。 都・荏原 本間久雄
☆ 最終巻と
なってしまいました。
ありがとうございました。 (過分にお振り込み戴いた。) 愛知・知多 久米則夫
☆ 『第三十三巻』の発刊を
心よりお慶び申し上げ、『湖の本』百五十巻と共に これまでの先生の創作、ご執筆、ご研究をここまで達成尽くされたご成果に ただただ感服いたします。とてもありがたく感謝申し上げ、私の一生の寶ものとして大切に読み返させて戴きます。 静岡・駿河 鳥井きよみ
☆ 法政大学文学部 「選集」受領の来信
☆ 秦 恒平様
選集33巻の完結 おめでとうございます。150部限定のうち 私のためにもご恵送いただき深く感謝しております。秦さんの選集は書架の一画を占めております。
奥様との二人三脚 ご夫婦の絆が伺われます。
コロナ禍のもと、どうぞ御自愛下さい。
拙著一冊(=『人生のやめどき』樋口恵子さんとの対談)お送りします。読み捨てて戴くようなものですが、笑っていただけるかと。 東京・吉祥寺 上野千鶴子 (東大名誉教授)
☆ 前略
「第三十二巻」落手。
ありがとうございます。 東京・豪徳寺 島尾伸三 作家・写真家
☆ 秦さんへ
こんなことをLては……と思ったのですがこ人の表情に引き寄せられて‥Lて仕舞いまLた
草鞋の紐にまで気持ちが滲んでいるようで 指めがねでもながめています ごめんなさい
『秦 恒平選集第三十三巻』 心よりお慶び申上げます いつも本当こ有難うございます ご無沙汰ばかりですが秦さんのホームページはほぼ拝見できております 益々のご健勝をお祈り申L上げます
呉々もお大切にされてください 深謝敬白 千葉市 若葉 勝田貞夫 e-OLD
* 口絵の春草画「歸樵」は原作の左半を拝借したが、勝田さん、夕焼けを負うて山を降り家路を歸る小さな小さな「樵」夫婦の原像を絵葉書大に引き延ばして送って下さった。まだ若い夫婦に見えて懐かしく、あらためて春草画伯の名作に胸を打たれまた温められた。
勝田さん。感謝感謝。
* 元「週間朝日」におられ、私に京都と京ことばについて書き続けるキッカケを頂いた、実はたいそう食通の重金敦之さん、『落語の行間 日本語の了見』なる新著を下さった。「なぜ八っつあんと熊さんの会話は面白いのか」と帯にある。読まざらめやも。
* 新・フェミニズム批評の会がまとめられた『昭和後期女性文学論』を、共著者35人の一人、岩淵宏子(日本女子大名誉教授)さんが送って下さった。「昭和後期」とは敗戦後ということになる。
わたしは何人かの研究者に早くから男女となく『戦後日本文学史』が必要で欲しいと望み続けてきたが、もう在るのかまだ無いのか、この大仕事に単独で挑め る剛力かつ博覧の批評家がいないのかねと思い続けている。東工大教授を定年で六十歳定年で引いた時が一つのチャンスだったろうが、私の思いはやはり創作と 「湖の本」出版に寄っていた。当然であった。「時代」を「読む」のは大事で興味深い仕事。覗き読んでみよう。
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☆ 拝啓
「秦 恒平選集」第三十三巻をいただきました。ありがとうございます。選集のご完結、おめでとうございます。早速、自筆年譜の続きと、秦教授の自問自答から 気ままに頁を繰りはじめております。
秦さんを 先達として尊敬いたしております。
昨日、ささやかながら、お花(=美しい白い胡蝶蘭)をお贈り致しました。ご笑納いただければ有難いです。 敬具 都・杉並 久間十義 三島由紀夫文学賞作家
☆ 東京大学大学院・文学部より選集受領の来信。
☆ 朝夕の冷え込みも
増して参りました。
この度は、又、御書籍「秦 恒平選集」三十三巻をお贈り下さいまして ありがとうございました。
日々 弛まなく。ご研鑽され ご執筆されておられる事 頭が下がります。ゆっくりと読ませていただ
きます。
奥様といつも共に日を過ごされておいでのお姿を思い 尊敬するばかりですが どうか、お二人 お体を御大事になさって下さいませ。 京都・宇治 水谷葉子 弥栄中学時代 理科の先生
* 宇治の銘茶をたっぷりとお送りいただいた。有難う存じます。
もう、幼稚園。国民学校、小学校、新制中学、高校、大学を通して、教室で教わり、こういうご挨拶の今も出来るのは水谷葉子先生(旧姓・佐々木先生)お一人となった。深い感謝を覚え、お懐かしい。ますますお元気でいらして下さるよう願ってやまない。
* 藤森佐貴子さんからの鰻の佃煮を頂戴した。酒の肴として、まことに有難く。
* 猪瀬直樹君、「作家生活40年の集大成」とうたった『公 日本国・意思決定のマネージメントを問う』一冊を送ってくれた。大脱線の「都知事落第」とい う失着を考慮に入れれば、こんな「コラム記事なみ」手前味噌の仕事で、「事、終えた」かと謂うような按配は、かなり考えが甘い。もっともっと「作家」らし き本格の仕事をし遂げて、あの「都知事ブザマ」の尻ぬぐいを、しかとしてもらいたいと、友人として切に励ましたい。世の中を甘くちっちゃく嘗めていてはい けない。「作家」とはあつかましく、「評論家」までで安く足踏みしている感じ。惜しいと思うから、云う。久しく会わない。会いたい。
☆ 秦 恒平様
全33巻 完結まことにおめでとうございます。
平成26年4月、第1巻を刊行されましてから6年はんが過ぎました。 その間、ご夫妻には健康上のご不調もございました。先生には新作の発表も、湖の本の刊行も続きました。 よくぞ、庶幾の目論見通り完遂されました。
そして此の最終巻を、私自身、自分の手に拝受することができました。 こんなうれしいことはございません。改めて厚く御礼申し上げます。
第三巻は、東京のホテルで直接拝受しました。こまやかな祝盃、ご相伴にあずかりました。
コロナ禍が収束し、先生のご体調 軽快されましたら 京都で完結のお祝いが実現できたらと思っています。
私は 選集の刊行 巻を追うごとに、力をいただき、励まされて参りました。
こののちは 時間はかかりますが、好きな作品から 拝読させていただきます。
コロナ禍に加え インフルエンザも心配です。どうぞ日々 お大切にお過ごしください。
和歌山・紀の川 三宅貞雄
些少 同封致しました。お納めください。
* 久しく久しいご厚誼にこころより感謝申し上げます。
☆ 御礼
秦恒平 先生
『秦恒平選集 第33巻』結び終えたこと、まことにおめでとうございます。このコロナ禍のさなかに正に偉業で こころから敬服いたしております。
何時もながらクロス装の手触りをゆっくり楽しんでから扉を開きました。
「帰樵」、お二人のお姿だなと直ぐに察知いたしました。我が家もあやかりたいと感じた次第です。奥さまに、はじめてお目にかかりました。
わが書棚も「湖の本 150冊」と「選集」が相並ならんで壮観です。
現下の重く暗い世情を、本を読む楽しみで前向きに生きていきたいと考えております。
先ずは御礼まで申しあげます。
p.s. 添付写真は、庭に咲いているランタナ(Lantana)です。
一つの花が時間の経過で姿を変える不思議な花です。右の花が数日で左側の色に変身します。別名七変化と。 神奈川・鎌ヶ谷 篠崎仁
* ちかごろの若い人らの口にしている「ほっこり」とはちがっていそうな気がするが、さすがに大きなコトを終えた実感に京ことばふうに「ほっこり」している。もう一両日できちっと卒業したい。
* けじめに、最終巻に副えた「あとがき」を記録しておく。
* 『秦恒平選集』 全三十三巻の完結に添えて
完結最終巻の口繪に菱田春草の名品『歸樵』の左半を心して拝借した。一日の山仕事を終え、夕焼けに染まって今しも山を下り帰路にある「樵夫婦」の二人連れに生涯の感懐を托した。
筆名菅原万佐で私が「私家版本」最初の一冊に「まえがき」を書いたのはのは「昭和三十九年(一九六四)八月二十日」だった。日々、葱は一筋買い大根は半 分に切ってもらって買う暮らしだったが、妻は一言の否やもなく、繪を描いて、四度に及んだ私の私家本を飾ってくれた。ただ一人の最初の読者であった。作家 になった「秦恒平」の単行著作は、以来百冊を越えている。
フリーランスの思いで『秦恒平・湖(うみ)の本』を「創刊」したのが、「昭和六十一年(一九八六)六月十九日」だった。今年令和二年(二〇二〇)六月、 同じ記念の桜桃忌には、通算して「百五十巻」を出し終えた。毎度毎度の読者や謹呈先へ、妻は、一度も欠かさず荷造りと発送に励んでくれた。
そして今しも予定通りに「完結」する『秦恒平選集』の「創刊」第一巻に「あとがき」を書いたのが平成二十六年(二〇一四)三月十四日、妻と結婚届をして満五十五年目だった。
『選集』の制作を提案し希望したのも妻であった。「湖の本」だけでは作品が惜しいと云ってくれた。久しい知己の井口哲郎さんに立派な題字も戴き、『全三十 三巻』を以て、思いがけないコロナ禍の最中ながら刊行を了える日が近づいた。思い新たに妻・迪子に「ありがとう」と言う。私は「作品」を創り、妻は「作 家・秦恒平」を創った。われらが「歸樵」の降り路は、いま幸い穏和に夕焼けている。つつがなく家に帰れば、また新たな励みの「明日の朝」があるだろう。背 に負うだけの樵荷ではあれ、それはそれ、と口癖のまま二人して老いの坂を往き来の日々を、また、感謝して受け容れようと思う。
さて、先立っての三十二巻分には、殆どを創作や、論攷・批評、随筆、講演・対談等々で満たした。此の最終巻では、取り分けて秦恒平の「私」自身にいろいろに語らせている。
和尚と呼ばれた『バグワン・シュリ・ラジニーシ』との出逢いは、ソクラテスや仏陀や老子やイエスとのそれに同じい、言う言葉もないほどの「運命」であっ た。「死の間近で」ごく素直に述懐すべきを私も述懐している、どう是非されても仕方ない、この出逢いを心より徳として老境の坂道を私は歩んできた。歩んで これた。有難かった。
よほど片寄ってはいるが、少年来、「読み・書き・読書」を私は何より好んで、好みを慈しむほど身に負うたまま八十五年を生きてこれた。「濯鱗清流」の気持ちで、文藝に勤しむ日々を、好むままに満喫してきた。その片端を書き留めておいた。
同じ好みはいわゆる「歴史」へも向き、それは「今日只今」へ.なおざりに出来ない批評や感傷と表裏していた。流雲の月を吐くように自身を問い世間へも問 うてきた、いろんな言葉、かずかずの言葉で。パソコンのホームページの一部に「闇に言い置く 私語の刻」と呼んで日々欠かさない日録を根拠に、もう二十余 年「自と他」の視野・視界を私は「批評」し続けてきた。彪大な書き置きからのそんな一部を抽き出してみた。
生きるとは、日々に暮らすとは、つまりは「批評」し「選別」しているのではと想っていた時期があり、無私無心のバグワンふう禅寂には程遠いと恥じもしな がら、「東京新聞夕刊」で人気の『大波小波』欄に、文字どおり書きに書いていた時期がずいぶん長かった。優れた寄稿者にも富んだろう歴史のあるこの欄に、 私ほど回数多く方面も博く『一筆啓上』し続けた書き手は他に一人もなかったのではと、一気に公開しずいぶん知友からも驚かれた。新刊本をただ生ぬるく評判 して済む『大波小波』じゃあるまいしと、視野を、日々日本や世界の現実に拡げて書いた。便利が売り物の「機械」や「ネット世間」が、幼少年から成人もの精 神環境をあまりにやすやすと汚濁に沈めて行くのを、早くから、むろん今も、私は案じ続けている。
「秦数授(はたサン)の自問自答」はまさしく「自白」であり由来は瞭然、まことに書き難い答え難いサマザマを東工大の学生諸君に強い続けてた昔を、「秦教授(はたサン)」 なりの償いでケリを付けておかねばと。それにしても学部の、院の、千人もの学生諸君、三万枚、なんと気を入れて書いてくれたことか。一人として巫山戯な かった。わたしもよほど真正直に書きました。あえて一間付け加えようか、「文学の秘鍵は?」即答「女」。ご機嫌を損ぜず、嗤ってやって下さい。
締め括りはこれも「問われて」顧みた「平成の三十年」。間違いなく「不安の温存」の三十年だった。いまなお汚泥に似て機能しない政治の「アべノリスク」や「コロナ禍」に明け暮れての「令和」の開幕。夏目漱石が健在なら「アブナイ、アブナイ」と、また叱るだろう。
「作家」としての活動にほぼ限った『自筆年譜』の続きも単行著書の『全書誌』も、五十余年になる「作家生活」の「前三分の一」ほどを、ともあれ心覚えに具体的に証したまで。
* 以上
2020 10/28 227
☆ 選集第33巻
ご上梓おめでとうございます!
最終巻までご無事に成し遂げられましたこと 心から嬉しく思っています。 藤澤市 琉 妻の妹
* 終始一貫 筆紙も及ばぬ多大の支援と激励とを貰い続けました。心より深く厚く感謝申します。
どうか 日々お元気に みなさまもお障りなく お過ごし下さい。 コロナ禍がなければ 逢いに行きたいなと切に願うのですが。
☆ 長引くコロナ禍の下、
お変りなくお過ごしでいらっしゃいましょうか。
この度は選集の第三十三巻を拝受しました。ご著作の集成であるこの選集が首尾よく完成したこと、何よりも喜ばしいことと心より慶賀申し上げます。わが書架に列ぶ三十三册の偉容を仰ぎつつ、長きに亘るご努力の跡を想います。
向後も御自愛の上、さらに精力的な創作活動を続けられますよう祈念申し上げます。
また全巻の恵賜を辱くしましたこと、深謝いたします。
京・宇治 興膳 宏 京大名誉教授 前・京都恩賜博物館館長
☆ すっかり
秋めいてまいりました。今年は、本当にいつの間にか春が過ぎ 夏の猛暑が過ぎ 秋になり もう暮れになるって感じです。
先日は三十三巻完結、お送り下さり、ありがとうございました 主人(=高麗屋 二代目松本白鸚丈) 「心」の部分がほんとうにわかりやすくすばらしいと僭越ながら申してました。
劇場も すっかりかわりましたが舞台に立てる事はありがたい事だと 申しています
あまりにも世の中 ぜいたくすぎだったとも色々考えさせられることも多々ございました
ご夫妻にお目にかかれます日を 楽しみにしています
くれぐれも御気をつけて お過ごし下さいませせ
都・港区 高麗屋 二代目松本白鸚 奥方
☆ 秦 恒平選集
全巻刊行祝 石川・金沢 松田章一 劇作家
* 大好きな「森八」の甘味に副え、過分のお祝いを頂戴した。久しい久しいおつき合いと共に 感謝に耐えません。
☆ 選集33巻
完結おめでとうございます。
ありがとうございました。 さいたま市 出田興生 元・平凡社
* 変わりなくご支援戴き 感謝申します。
☆ 秦 恒平選集 全三十三巻
完結おめでとうございます。いただいた一冊 一冊 大切に大切に読み進めて参ります。
「みごもりの湖」「冬祭り」を再読 あらためて「花方 異本平家」 これもまた再読いたしました。作品を通して、人と人がまつわる不思議な時の流れ が、 想いは平安です。
コロナ禍 くれぐれもご自愛下さい。 愛媛 波方 木村年孝 今治図書館長
☆ 選集のご完結
おめでとうございます。その記念すべき最終巻をお贈り頂き感謝に堪えません。
しかもなお百五十巻の後に続くご執筆をお続けの由、 そのえネルギーは何処から来るのでしょうか。敬服致すばかりです。右、心からの御礼まで。 千葉・流山 小林保治 早大名誉教授
☆ 「秦 恒平選集」第三十三巻
見事 完結 おめでとうございます。すばらしいお仕事に心から啓復致します。益々のご健勝を心よりお祈り申し上げます。 都・中野 安井恭一
☆ ごぶさたしております
この不自由な状勢下、重苦しい気分で暮らしている中 御本が届きました。大変うれしかったです。ありがとうございました。
楽しみに読ませていただきます。
益々の御活躍を。 千葉・八千代 竹澤由美 元・医学書院同僚
☆ 都立中央図書館、 天理大学国文学 選集33 受領の来信。
☆ 秦 恒平選集
完結おめでとうございます。 都・大田区 青田吉正 元・中央公論社
* 石川・能美の井口哲郎さん、名酒一升を送って下さった。恐縮しつつ嬉しく頂戴した。米の飯をはぶいても美味しいお酒に親しんでいる。それで善いとばか り思うのではないが、目下の所 美味いお酒は御飯より身の養いに思えている。思いすぎてはならぬと心得てはいるけれど。ありがとう存じます。
2020 10/29 227
☆ 選集第33巻 有難うございます。
「略年譜」「全書誌」もお収めになった最終巻、殊に嬉しく拝受しました。
(所用もあり、熱海・沼津へ出掛けておりまして、お礼を申し上げるのが遅くなりました。毎日、海を眺めていました。)
選集ご刊行等のお話を伺いましたのは 2014年のお正月、以来、「湖の本」やご新作とも並行させながら選集のお仕事が完結なさいましたこと、心よりお慶び申し上げます。
この6年は、私にとりましても予想もつかないほどの激動の(しかし愛おしい)日々でもありました。
どうぞ、今は 十分ご休養なさってください。ご健勝を祈っています。
(ご所蔵のご本、散逸するのは惜しく思います。近代文学館等なるべく一ヶ所に、まとめてご寄贈がよろしいかと考えます。 千葉・市川 深澤晴美 近代日本文学研究家
* いいお仕事が これからますます成りますように。
☆ 本を
お送りいただき ありがとうございました。
先の本(=私家版の第一册)は先生の大事な本なのに ありがとうございました。
今度の本は最終巻とのことで、お疲れさまでした。
私はタブレット端末を使って文章を書いていくように頑張ります。
これからは先生のHPも見させていただきます。
ではまた。
お元気で。 石川 金沢市 金田小夜子 作家
* 十分な回復へ 堪えてご養生下さい。
2020 10/29 227
* 井口哲郎さんに頂戴した加賀白山「萬歳樂」一の、名醸「白山」を、朝いちばん、好きな萩の大盃で一献頂戴した。しみじみと。
2020 10/30 227
☆ 秦 恒平 先生
拝啓
ますますご清祥のこととおよろこび申し上げます。
このたびは、先生の撰集第三十三巻をお送りいただき、ありがとうございました。また、撰集の完
成おめでとうございます。このような形で著作をおまとめになられるのは素晴らしいことだと思いま
す。まだまだ若輩者ですが、私も目標としたいと思っております。
ところで、今月、久しぶりにNHK出版新書より『イノベーションはいかに起こすか』というタイトルの
本を出版いたしました。日本にイノベーションを起こすために、どのような制度設計にすればよいの
か、人材をどのように育てていけばよいのか等、常日頃、私が考えていることを一冊の本にまとめ
ました。ご笑覧いただければ幸いです。
先生の一層のご活躍をお祈り申し上げますとともに、お体を大切に過ごされますようお祈り申し上
げます。 敬具
2020年10月28日 坂村 健(毛筆) 東京大學名誉教授
YRPユビキタス・ネットワーキング研究所 所長
* コンピュータは「蜘蛛の巣」ですから、一筋の道が切れても、なんとしてでも通れます、簡単に傷みませんと、ペン理事の頃に、いろいろ教えて頂いたなかの印象深い一言、忘れない。
戴いたのは、『イノべーションはいかに起こすか AI・IoT時代の社会革新』 感謝。
☆ 拝啓
良い季節を迎えながら、いまだコロナ感染の脅威去りやらぬ日々ですが、お変わりなくお過ごしのことと大慶に存じます。
このたびは『秦恒平撰集』完結巻の超大冊をたまわり、いつもの事ながらありがたく、心よりお礼申し上げます。加えて全三十三巻の大撰集の御完結は、ことのほかの大慶事にて、お慶び申し上げます。
貧弱な私の書架に並んだ大全集三十三冊をながめつつ、このような豪華な贈り物をいただける資格が自分にあるのかと、しばし自問自答の時を過ごしました。 また、御年譜を拝見し、年々日々のご精進とご活躍を改めて目の当たりにする思いで、怠惰に過ごしてきた我が七十余年を恥じること切なるものがありました。
四十数年前に始めて拝読して以来の多彩絢爛な御著述の思い出が脳裏をかすめますが、年齢による記憶力の退化は押しとどめるに術なく、断片がかろうじて脳内に残存しているというていたらくは、お恥ずかしく残念至極です。
先生におかれましては、今後とも御著述をお続けになり、『撰集』続編の必要もあるやにお見受けいたしますが、何卒ご自愛下さいますよう、切に御祈り申し上げます。
意を尽くしませんが、お礼まで一言申し上げます。 敬具
十月二十七日
秦 恒平 先生 今西祐一郎 (九州大学名誉教授 前・国文学研究資料館館長)
* いまも校訂を担当されている岩波文庫『新版 源氏物語』をはじめ、今西先生から戴いた各種の大きな研究書は、十種で利かない、いっぱい教えて貰ってきた。感謝にたえない。
私は、いわゆる文壇人とはほとんど平生のおつき合いが無い、寡い。その一方、研究者・学者の諸先生とは求めてでも久しくお付き合いを重ねてきた。森銑三 角田文衛 目崎徳衛 藤平宗男 長谷川泉 などもうとうに亡くなられた諸先生等に頂戴した研究書が 間近にも書庫にも数えきれぬほど。たくさん教えて頂 いた。 今西先生もとより興膳宏先生 久保田淳先生らとも有難いお付き合いを続けさせてもらっている。贅沢な半世紀を過ごしてきたなあと思う。
☆ 撰集 全三十三巻 編輯し刊行なさいましたこと 大事業でございました。終刊となり さびしくなりますが おめでとうございます。 香川・高松 星合美弥子
☆ 撰集 第33巻拝受
ご完成 お慶び申し上げます。 都・渋谷区 佐藤宏子
* 33度の刊行を通じて おふたりとも 有難いご支援を戴き続けた。心より御礼申し上げ、ご体調のじうぞ良かれと願います。病牀にあると代筆の御状も二人三人いただいた、ご快復をいのる。
☆ 東村山の写真家 近藤聰さん撰集完結のお祝いにとわざわざ近江の名酒一升 送って下さった。「みごもりの湖」が御縁の初めであったように、近江でのお仕事がお好き。 感謝申します。
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☆ 御体調如何ですか
一つ教へて戴きたいことがあり メールしました
我々は若い時から茶の湯の事は 「茶道(さどう)」と教へられ また呼んできましたが 今テレビではみな「ちゃどう」と呼んでゐます これは元から茶の世界では さう呼んできたのでせうか それとも最近何か変へるべき理由が生じたのでせうか 御教示下さいますか 英生
* ちゃどう さどう のこと
およそ承知しておりますが、念のために 明日 少しくモノも見直してお返事させて下さい。
咄嗟の思いでは いずれかといえば、 「ちゃだう」は根の生えた もの謂い であったと思われます、「さだう」に先行していたと思います。ただし「茶の道」といった意味の立つまえに、「ちゃだうばうづ 茶道坊主」のよ うに茶にかかわって奉仕の態のものたち 芝居の河内山宗俊めく「茶坊主」たちへ呼びようが定まり広まるにつけ、別に 「茶道 さだう」と 畏まる希望や必 然も 意識的な「茶人」や「流儀」の内から芽生えたと。利休は、信長や秀吉の「おちゃだう」であったと思われます。
今日では、たんに 茶道が「さどう」と訓めない人がふえ、「ちゃどう」と文字のままに茶の道を謂うが分かりよくなっているかもしれません。
叔母の稽古場でも 社中は 「ちゃどう」のほうが「さどう」よりわかりいいと笑う大人がおり、むしろただ「おちゃ」「おちゃのお稽古」などと謂ってました。学校では「さどう部」でも、女の子の部員中には、「お茶部」などとも謂うていたようでした。
家元筋では「さどう茶道」にこだわってましょうが、流儀によっては、根の遠い古い「おちゃだう」へ意識と身構えを戻しているとも思わ想われます、ただし「ちゃだうばうづ」などとは思いますまい。
私は 概して 「さどう」「ちゃどう」でなく、いつも 「茶の湯」と、 または「茶の道」とも謂いも思いもしていました。
* 昨夜、メールでお尋ねがあった。咄嗟当座の思いだけお答えしておいた。書庫で関連の本や文献を確かめてみるが、おおかた大差ないように思っています、今は。
* 英様 「茶ちゃ」と「茶さ」と
概して 前便を 訂正したり認知したりの必要もないほど 茶 道史 での 「ちゃ」と「さ」は 親密かつ大概に密着していて、 漢音の「茶 サ」に拠るとも 慣用音の「茶 ちゃ」に拠るとも 互いに論難の的ともな く、禅の榮西が伝えた「喫茶養生記」も、通常慣用の「きっさ」と読んで咎められることもありません。
「ちゃ」「さ」の孰れを読むか昨今の流派流儀の自己主張もみえ、私の習ってきた裏千家の監修している『原色茶道大辞典』は便利な良い本ですが、「ちゃどう」「さどう」の歴史的混雑を認めて、「どっちでも」の融通をはっきり是認しています。
畏まって「さどう」、実感に馴染んで「ちゃどう」と受け取っても大過なく、それほど「茶の湯の歴史」が永く、長く係わってきた人もいろいろ、ということでしょう。
私は、昨夜も申しましたように 「茶(ちゃ)の湯」「茶(ちゃ)の道」で、著書を成しております。
ま、こんなところで ご容赦下さい。 宗遠 秦 恒平
☆ 「茶ちゃ」と「茶さ」と.
精細にお教へ下さいまして有難うございます さういへば私も小さい時から お茶を習ふとか お茶の先生とか聞いたりしてゐました 「ちや」といはうと 「さ」といはうと いづれでも好きにせよ といふことですね その時と場合によつて また気分によつて使ひたいと思ひます 多謝多謝 英生
2020 10/31 227
☆ 拝啓
秋も深まってまいりましたが、お変りなくお過ごしのことと拝察致します。
この度は撰集の最終巻を御恵投下さり、ありがとうございました。拝読するのを楽しみに致しております。
本年もご厚誼をたまわり有難うございました。
御礼の気持を込めて その内。伊予みかんをお届けさせて頂きます。 敬具
都・練馬 高本邦彦 元・岩波書店「世界」編集長
☆ 「秦 恒平選集 第三十三巻」 拝受
厚く御礼申し上げます。
撰集の完結をお祝い申し上げます。 大阪・茨城 石毛直道 石毛研究室
☆ 国立国会図書館 撰集33 受領の来信
☆ ハ ッ ピ ー ニ ッ ポ ン ☆ 邦 楽 ネ ッ ト
☆2020/10/30 【号外】鼓楽庵メールマガジン
お元気ですか 望月太左衛です。
11月3日(祝)午後2時~
第9回江戸伝統文化推進燈虹塾が開催されます。
江戸吉原で継承されてきた二調鼓の吉田睦子さんの江戸伝統文化の継承者としての認定式、及び二調鼓の演奏会が行われます。
江戸は当時の世界の中でも有数の大都市だったそうです。その江戸で、文化の中心の担っていたのが、吉原でした。
その吉原の伝統芸の一つ、
二調鼓(小鼓と大鼓を一人で同時に演奏する)を通して 江戸の伝統文化を継承保存している功績が認定されました。
1998年、吉原最後の料亭・松葉屋さんの閉店の際、「吉原の二調鼓を残してほしい」と松葉屋さんよりご依頼を私は受けました。
それからは 多くの皆様のご理解とご協力をいただき、今回の二調鼓の吉田さんの認定という運びとなりましたことを大変うれしく思います。ありがとうございます。
演奏会には 二調鼓のほか、
江戸吉原に関わる 狐舞ひ、江戸吉原の木遣りなどの御披露があります。
また燈虹塾設立にあたり、縁結びとなりました「樋口一葉たけくらべ」の朗読もあります。
コロナ禍により、関係者のみに入場は限られておりますが、オンライン無料配信(zoom)がございますのでぜひご覧ください。
☆以下アドレス・事務局まで事前にお申し込みください。
edodento_tokojuku@yahoo.co.jp
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。 望月太佐衛
* 元気いっぱい クリクリっと優しい女先生です。太佐衛さんのお囃子の会が、私は、好き。
☆ いつもお世話になっています。
日本共産党としての次なる総選挙で 政権奪取宣言を行いました。
そのパンフレットと、活動の一端を、「*」紙ならびに「前衛」誌九・十一月号及び市民と野党の共闘の現段階と議員団の活動を議論の「*」会議録を、お送りします。ご笑納下さい、今後ともご教示の程 よろしくお願いします。 国会議員
* 私は共産主義の知識も党との関係も支持者でも何でもない一都民に過ぎないが、野党としてはガンバって欲しくはあった。しかしながらこの党は、久しい活 動の中で、殆ど一度も「政権」への意欲を表明しないタダの野党でしかなかったので、政権を目指さない政党・野党がどうして支持したり応援したり出来ようか と、「党名の変更」もともども、志位委員長にも苦情を通したことがある。東京新聞の名高い匿名欄でそれをあげつらったこともあり、はやく前二十世紀いらい の「インネン」であった。思いは変わっていないので、折りあれば幸便を介し伝えてきた。
とにもかくにも野党は すくなくも三分の一以上の議員を獲得すべく必死に努めて貰いたい。昔には一党で三分の一強を確保できていた社会党を、アタマと口 サキばっかりの女党首二人してムチャクチャに潰してしまった。その情けなさの理解と対策とが全野党に無ければならないのだ、が。共産党の責任も重いのだ。 政権を目指さない野党なんぞ 失せろと思ってきた。
* 二時間ほども 播磨屋の口跡で、京都の、超美的贅沢世間の交際ぶりを見せてもらった。舞台廻しの役どころを、昔馴染み、新制中学で同級の女 友達が嫁いだ、料理の「浜作」三代目が演じていた。、二代目の奥さんになった洋子ちゃん、洋子洋子と呼び捨てにしていた彼女の着物姿も、久し振りにみた。 二代目はわたしの一年か二年先輩で親しかった。先輩、洋子ちゃんにゾッコンだった。京都の「ええし」らの超贅沢など珍しくもなく、テレビ画面での昔をしの ぶ女友達を見たのが懐かしかった。
☆ 今夜も、
大きく美しい月があがりました。 お元気でいらっしゃいますか?
先日、仙台まで、旅! をし、仙台まで全線開通した常磐線に乗ってみました。
ずっと車窓を見ていましたが、地震や津波で壊れた駅は、すっかり綺麗な駅になっていましたが、手入れができていなくて 夏草が新しいフェンスに絡まって、盛んでした。
退屈しない列車の旅でしたが、単線だったのは驚きでした。 お休みなさい。 那珂 司
* 旅が出来るとは、いまどき、いちばん羨ましいこと。
水戸から常磐線に乗って 仙台へ、松島へ行ったことがある。島巡りの船にも乗った。鴎が、さわれそうな近くまできた。荒城の歌ができたお城跡へも行った。
昔は、都内の駅まで行って、ふっと思い立つとそのまま水戸へも仙台へも、足利へも、名古屋へも、横浜の中華街へも行けた。コロナ禍が無かったなら、いま、どうだろう。
* もう そろそろ『撰集』のことも、本当の完結となろう。
あとは、からだの勝負、健康第一に要心しつつ ジリジリと書き進む。
2020 10/31 227
☆ 吉備の人 ご静養のなかから、選り抜きの名酒 二種二升を はるばる お送り下さった。御礼の申しようもなく、有難く嬉しく頂戴致します。 日々、どうか御恙なくお過ごし在りますように願い居ります。
☆ 謹啓
黄葉の候 街路樹も色づき、京の街角に彩りを添える季節となりました。
先生ご夫妻には、お変わりなくお過ごしのことと拝察します。
このたびは『秦恒平撰集』全三十三巻の最終巻のご恵与に預かり、心より厚く御礼を申し上げます。本撰集は漱石、谷崎などの近代文豪の個人全集を意識され た装幀(印刷・造本・製函)の美しい豪華版・私家版であり、平成26年第一巻を創刊されてから令和2年秋に結び終えられました作家魂にたいし、あらためて 深い敬意を捧げ、お祝いを申し上げます。お疲れさまでございました。ほんとうに有難うございました。一読書人としてこのうえない名誉と喜びを噛みしめてい るところでございます。
お礼状が遅くなりました。最終巻を読みこなしてからと思案しているうちに、秋の日は釣瓶落としのように過ぎ去って、たいへん失礼をいたしました。ご賢察くださいますようお願いいたします。
とりあえず、書面にて『撰集』完結のお礼と心ばかりしるしを同封いたしましたので、お役に立ててくだされば幸いでございます。
半世紀にあまるご夫妻の情愛こまやかな絆に感服しご祝詞に代えさていただきます。
朝夕はめっきり涼気がひとしお身にしみます。
末筆ながらご自愛のほどお祈り申しあげます。 敬具
2020年10月30日 京・山科 あきとし じゅん(馬場俊明) 詩人
* 役に立つどころでない ご支援に与り、仰天もし 感謝いたしおります。装幀と製本とには、題字を戴いた井口哲郎さんを一に、凸版印刷の方達の惜しみない応援が得られました。なにもかも ご支援の方々のお蔭で成った仕事でした。有難う存じます。
☆ 選集完結
おめでとうございます。
有言実行、見事です。
更なるご活躍を愉しみにしております。
鷗外の「安井夫人」をまた読みました。
それから「ぢいさんばあさん」を読みながら秦夫妻を思い浮かべています。
元気をもらえます。 都・狛江 野路秀樹
* 感謝します。
* こういう時節なので 病気していないかなあと案じられる先もある。何人もある。齢だからなあ。
ゆうべの「浜作」の女将は、ひょっこりと上景気なテレビ画面に、元気そうに昔を偲ばせる笑顔を出してくれて。ホッとした。
コロナ禍は一向に沈静しない。欧米のような惨事になって行かないよう切に願う。東京の感染者数が容易に減らない。西東京市では増えていたり。医者にも病院にも通いかねている。誰も誰も健やかであって欲しい。
そういう私自身が、なんとも肌寒い。湯は、避けた方がいいのかも。
2020 11/1 228
☆ 作品が待っています。
お元気で まだまだお元気で。
目は、誰にも心配ですが、現在は素晴らしいレンズが開発されています。ご安心なさっては? 保険が利かない範囲ですが。 那珂 良
* 眼鏡屋にも歯医者にも 美味い店にも 行ける日が待たれる、が。
コロナとは よき頃なしのこころとや こころころころころがりやまず
2020 11/1 228
* e-OLD勝田貞夫さんが「帰る樵夫婦」を拡大の絵葉書で送って下さった。若々しく仲よくみえて微笑む。勝田さん 感謝。
かくて ほんとうに老境に「帰って」ゆける。証拠かのように機械の扱いなどいろいろ、日々に忘れて行く。戸惑い戸惑い「何方様で」と伺いながら機械君と付き合っている。
2020 11/2 228
☆ 秦おじいちゃま ; 迪子おばあちゃま
大変ご無沙汰しております。
おじい様のご本、ありがとうございました。
完結されたのですね。
おじい様の人生が詰まったご本、大切にさせていただきます。
***には絵本をいただき、本当にありがとうございます。私の大好きな絵本ばかり。
ヨシタケシンスケさんはユニークな本をいっぱい出していて、私の好きな作家の一人です。でも、まだこの本は読んだことがなかったので、本当に嬉しいです。
私は最近、大切な家族をたくさん***ました。
*******:
そんな中、おじい様おばあ様から素敵なプレゼントをいただき、本当に心が暖かくなり、気持ちが少し落ち着きました。まだまだ前の日常には戻りませんが、いただいた本を読みながら、ゆっくりと過ごそうと思います。
本当にありがとうございました。
写真は、子供に人気のアニメ『プリキュア』の衣装を着て喜んでいる***です。 馨
* 孫やす佳の一のお友達。やす佳に代わっていつも私達に優しくしてくれる。ご不幸もあったようだが、堪えて、前を向いて御家族皆々力強く心優しく歩まれるように。コロナに十分気を付けて下さるように。
やす佳も元気でいたら、わたくしたちの曾孫を抱かせてくれていたに違いない。ただ、じいっと目をとぢ、堪えている。
2020 11/3 228
☆ お変わりございませんか
先日は撰集最後の巻送って下さりありがとうございます。
津田沼に「治一郎」のお店が出来たので ちょっぴり嬉しくなって買い求めました。ご笑納下さい。
コロナもまだまだ気が抜けませんが 併せて日ごとに寒くなって参りました。
ご自愛下さいませ。
ありがとうございました。 千葉 津田沼 胡子史子
* 奈良五条市の永栄啓伸さんに追走本への礼の電話が来たと。電話は苦手なので妻が応対してくれた。
2020 11/3 228
☆ 前略ごめん下さい
先日は御本が届きました。いつも何かと気に留めて頂き有難うございます。
私もやっと七十六才、姉龍子は八十才で、ますます母ミツ子はんに似てきました。弟正治郎は七十三才で 皆それなりに元気にしております。
本日は少し荒れていますが無(舞)楽装束の断片を送りました。江戸初期のものです。
どこかにでもぶら提げて下さればうれしいです。
コロナ禍の折 お体に気をつけられまして おきばり下さいます様に……
十一月二日 凱 京・縄手 珍裂「今昔」西村主人
* これは、もう 嬉しい…。
私の「京都」といえば いまも現在感覚と馴染みとで生きてあるほぼ唯一の懐かしいつき合いは戸の「今昔」西村家しかない。母親の「ミツ子はん」をはじめ として一家とも、叔母秦宗陽の茶の湯の社中 秦玉月の生け花の社中、龍ちゃんは、かけがいもなく愛していた私には一の妹弟子であった。稽古場に通って来始 めたのは、まだ同志社女子中時代であったか。お父さんともお母さんとも同じ小学校区内で十分に親しかった。そして凱(ときお)ちゃんは、いまもなお「湖の 本」の久しい購読者でいてくれる。頂戴した裂も美しく素晴らしい珍品の額装だが、この一家との思い出は何にも優る懐かしいものなので。とても嬉しい。
2020 11/4 228
☆ ”やっと ”やっと
おたよりを書く気力をふるいおこしました。 太く、力強い筆のお励ましの おことば どんなにか 私に力を与えてきて くれたことでしょう。
そのたび 、頭の中で お返事のことばが ふつふつ浮かぶのですが 書きとめることが出来ませんでした。 申しわけない御無沙汰お許し下さいませ。
秦様方も大きなご病気をこえてこられた御身で かくまで 頑張っておられますのに、私方 ベッドの上にしばられたままの生活、二年にもなります。 今 一番こまりますのは、白内障(?)がすすんで本がよみづらく、「湖の本」の 椿山集の活字が めがねで やっと よめるほどです
そこで、 暗い世の中、暗いニュースばかりの気分転換にも 頭の運動にも と、ふと思いたって かの橘曙覧の <たのしみは……>という ざれ歌を私も まねてみることにしました。 毎日、ベットの上で何か一つ くらい 私にも たのしみはないものかと 書きとめてみますと 案外 出てくるものだと気つせ きます。
○ たのしみは 今日の予定のなにもない白紙のページひらきみること
○ たのしみは ボーヤの如き介護士が老いをしきりになぐさめくるる
○ たのしみは 口はもとより目も耳もいよいよ老ひしと言ひふらすこと
○ たのしみは わが夢の中足がありすきに散歩も買ひ物もする
○ たのしみは 病窓晴れて一日に飛びゆく鳥をかぞへみること
乱筆 乱文 お許し下さい。
どうか 御身 くれぐれもお大切になさって お励み下さいますよう
十一月 一日 大阪 天王寺区 東 淳子 歌人
秦 先生
(私の病気 すべての世話 岡田祥子さん<=たぶん奈良女子大での教え子。湖の本の読者>が 実の娘以上にやってくれ 私の命を助けてくれました。)
* これも 私にはアレしい最良のお便りの一通、永く案じ続け、岡田さんからかすかに様子を窺っていた。天成の歌人らしき「たのしみ」を見つけられたこと、私も嬉しい。
☆ 冠省
とりあえず葉書にて失礼します。
御撰集完結おめでとうございます。
長年の揺るぎないご執筆活動の成果が圧倒的な重量感で存在しています。
浅学の者に深い刺戟と博い教養を与えて下さいました。ありがとうございます。
都・清瀬市 鎌田 慧 作家・批評家
☆ 千葉県山武市の和泉春美さん、京都府立京都学・歴彩館 撰集33受領の来信あり。
2020 11/4 228
☆ 拝啓
(略) 最終巻 口絵に全巻のお写真と、先生、御奥様のお姿を拝見し、久しい御業の大きさ、ご夫妻での弛みなき出版活動の意義について思いいたしております。
口絵の始めには春草の「帰樵」図、ご心境を想いしみじみ眺め入っております。
結巻にふさわしく、七百頁を超す大冊、どこにも読み進んでいける読み易さがあり、「湖の本」で拝読しておりましても、またドレもと新鮮に心に響く御行文に惹かれます。
巻末の「自筆年譜」の詳しさに圧倒されております。先生の日々の送りーーにこれだけ多彩な方々とのご交流がおありでしたことを知り、驚嘆しております。 これらもまるで読み物のように拝見できますことは、やはり先生の筆遣いの技でしょう。小社でも本を出されました方々のお名前もみつけ御縁を感じ居ります。
話が前後して恐縮ですが、第一篇の「バグワンと私」の、「死の間近で」というサブタイトルにどきっといたしました。これを冒頭におかれました意味も合わ せて考えますと、終わり近くに、死は「敵」ではない、という文言が出て参りまして、あっ、先生の伝えたいことはこのあたりにもあるのかと、あらためてバグ ワンの思想にもう少し深く触れてみたいと思っております。言葉が足りず、感動を思うようにお伝え出来ませんで、もどかしいばかりですが、これからも大切に 折々学ばせて頂く所存でございます。
以前より手がけておりました泉鏡花の俳句集がようやくまとまりまして、間もなく出来上がる予定でございます。近日中にお送り出来ます者と考えておりますので、ご高覧のほど賜りますれば幸甚に存じます。
また、ささやかな物ですが、千疋屋さんのフルーツの瓶詰を手配いたしました。ご笑味頂けましたらと存じます。
向寒の折、御奥様ともども一層のご自愛のほどお祈り申し上げます。
お礼が遅くなりましたことお詫び申し上げます。 敬具
十一月二日 東京・豊島区 菊 紅書房主
* 紅書房さんというと、つい「群像」鬼編集長の大久保房男さん、俳誌「みそさざい」主宰上村占魚さんなど、亡くなられた懐かしい顔や声音を「間近に」想 いおこし、胸のせまる心地がする。もっと長生きしていただきたかったと、縋るほどの思いで懐かしむ諸「先生」達。私の作家人生で到らなかった大きな一つ は、同世代作家らとの親交があまりに少なかったこと。そういう世代の人も大方がもう亡くなっている。残念という二字に鞭打たれる。
千疋屋の美味しい果実菓子、有難く戴きましたれ物
☆ 初雪
hatakさん 秋の始まり頃にお便りいただいていました。
ご返信もせず、今朝初雪をみて、あわててお返事をしたためています。
北海道ではコロナがまた増えてきました。
いつの間にか街の人通りも増え、地下鉄も込み合っています。これからさらに寒くなると、室内は暖房で閉め切って乾燥状態となり、もっと感染が増えてくるのだと思います。
半分逼塞したような半年を送ってきましたが、家族はみな元気で、尚平(なおひら)も 来月二歳になります。立って坐って走って転んで、笑って泣いて寝ています。
私はといえば、今年三月に 日本植物病理学会から学会賞をいただきました。授賞式も記念講演もコロナ禍で中止になってしまいましたが、長年続けてきた研 究を評価していただいたことを素直に嬉しく思っています。受賞記念に掲載した英文レビューの謝辞の末尾に、家族への感謝を書き込めたのもよかったことでし た。
(ここから少しくは 秦さんだけに) (中略)
選集33巻完結おめでとうございます。まだまだ読めていないですが、いづれゆっくり頁を繰るときが来ると楽しみにしています。
食のお悩み、道産で何かお口に合いそうなものはありますか? これといっていただければ、直ぐにでもお送りします。
東京は三年ぶりに木枯らしが吹いたとやら。寒くなります。
奥様ともどもくれぐれもご自愛ください。 札幌 maokatn
* ご受賞 おめでとう!。
maokat hatak と呼び合い名告りあってメールを交換し合うようになり、もう何十年経ったろう。
maokat は、そのころ沖縄諸島の一島で、孜々として、しかもいかにも楽しげに、植物や生物のめずらかな「研究」生活をし、しかも、茶の湯に趣味と経歴があり、且つ、なかなか読ませる雅致ある小説も書ける人だった。
北海道へ、札幌へ転勤され、結婚され、久しい念願の尚平ちゃんが生まれて、ほんとうに喜ばしかった。私の一字まで用いて下さり 欣快かつ名誉に感じました。私たちのなんとか元気なあいだに逢えるといいが。
maokatn とは たった一度だけ 日比谷のホテルで歓談の思い出がある。とにかく論攷論文と研出張や学会との多忙な人で、しかもガサガサしない、やはり茶の湯ひとなのだ。お元気で、奥さんにも尚平クンにも、よろしく。
2020 11/5 228
☆ 光通信
<処置無く、帰ってもらう結果になった。参ったなあ。
とのこと。
本来契約書によるパスワードが必要とのこと。
今回の光通信用にパスワードが付与されるのかと推測していましたが、これは予想外なことです。
何十年も昔にniftyに加入した人で、大事に書類を残しておればいいが。
あとは、郵便かなにかでパスワードを教えてもらうしか手はないのでしょう。
困りましたね。 神戸e-old
☆ 光通信
秦先生 おはようございます。
昨日の光通信のあれこれ、残念でしたね。
接続するために必要な nifty の id はメールアドレスの @nifty.comの前のモノで足ると思われます。
パスワードは 電話連絡して、万一教えてもらえない場合でも、niftyのホームページからご自分で再設定することができます。
その場合、メールのパスワードは再設定したパスワードに変更する必要はあります。
お近くでしたら、すぐにでも行ってお手伝いできるのですが、困りましたね。 神戸e-old
* ま、在来の ADSL に戻して貰って、それで従来のまま「仕事」出来る間は、幸い、問題ない。問題は向こうサンが、ADSL をやめますと急に決めてきたら、アウト。そのためにも、ナントカ手を打たねば。そもそもの 契約書とやらをこの混雑した我が家のどこかから捜索発見できるか、それもヤッテみるが。
ご心配いただき有難う存じます。もうとても、お互いに「卒業」して久しい東工大卒業生には頼れない。
☆ 秦先生、国際ペン(専務理事)の堀です。
御著落手いたしました。いつものお心配りをいただき 心からお礼を申し上げます。とうとう先生の作品だけで本箱を丸ごと一杯にすることができました。ベッドの傍らに置き、そのタイトルを眺めてはその日にあった巻・号を取り出しては一人ご満悦、といった状況です。
コロナ禍も収まるどころか、冬に向かいますます猖獗を極める状態、なんとも憂うべき事態です。 そんな中でアメリカの、醜態を極める大統領選。嘆くだけで我々はいかんともしがたいのですが、一つだけ思い知らされたのは、言論の自由も民主主義もメッキがはがれ、もはや機能しなくなっていることではないでしょうか。
ポスト・コロナには少し期待するところもあったのですが、まさに暗黒時代に戻るような気がしてなりません。
こういう時だからこそ、先生におかれましては ご自愛、ご健勝上、ご活躍のほど伏してお願い申し上げる次第です。 堀武昭
* 世界人である堀さんの目に思いにして斯うかと、暗く思いふたがる。言論表現の自由は何としても守り抜かねばと思う。日本政府のその辺の動向もかなりに険呑・不安。言語道断の政治の行方は要心に用心し、迂闊に見過ごしてはいけない。
☆ 拝復
酷暑にたえ やっと迎えた秋ですが、気温の高下 ついていけません。
気力、体力、ご充実 豪華版選集ご完成に感服、ありがとうございます。「帰樵」図に託された同志奥様ともども この大事業を企画継続された強いご意志の根源は何か、その作家としての業のすさまじいこと。
ご本回覧した闘病久しい卒業生がいましたが、。身辺さびしくなりました。御作に触れながら離れ住む血縁についても思案いたします。
敗戦時 宮家首相による全国民總懺悔の発言、それはないよなあと思いながら過ごしてきましたが、ありばて証明 折々のご発言有意義に存じます。 アベ政 権を許さないとまで酷評された政権政策の継承をうたい(きたこれが支持されるなど合点ゆきません)それにも増す暴政のきざし、陰湿などと、東北県民性が云 々されるなど、秋田出身であること今さらながら羞じねばならぬ世の中になるとは思いもよらぬことです。
妻ともども感染恐れながらの通院の日々、お礼言上遅くなり恐縮です。今年は報恩講中止とも菩提寺から案内ありましたが、
國なまり法話果てての温め酒
落ち着いて読書の妙楽しむ日迎えたく。
くれぐれもお揃いでお大事にと念じております。
ふるさと大使務めた亡きいとこの誕生日が 11月3日、自分のための祭日…と。愉快な人でした。お届けはふるさとの物を が口ぐせ。彼の供養もかね かわりばえしませんが うどん(稲庭)少々お届けしました。
着到ご返書、どうかご放念ください。 草々 神戸市・須磨 周 神戸大名誉教授
* 戴く 一句 にいつも無上の風趣、思わず 嘆声を贈る。ありがとうございます。いつも、実に美味しい稲庭饂飩 今度も頂戴した。歯のボロボロな口に有難く、柔らかい。
☆ 拝啓 (前略)
全三十三巻のご刊行、心よりお祝い申し上げます。書架の全三十三巻を拝見しながら、ここまでの月日の重さを考えております 「湖の本」のご刊行もあるな かでの選集というお仕事の大変さは 私などには考えもつかないことと思っております。一読者としては、読みたい時に、いつでも手にすることのできる選集が 書架にあることは、何よりの喜びです。これから 選集を手にしたり「湖(うみ)の本」を手にしたり、することの楽しさは貴重です。
今巻の「濯鱗清流」や「流雲吐月」を拝読しながら、考えねばならないこと、読まなければならない書物のこと、気づいてはいなかったこと など実に多くの ことに出会いました。頁229からの結城信一についての「敬愛するが、わたしは同行しない」という一文にふれて、若い日におめにかかった作家のことを思い だしたりしながら、あらためてそこで感じていたものを考えました。頁272からの「◎参考記録」は、本当の意味での文学の森とおもいました。
面白く思いましたのは「秦 恒平 一筆呈上」でした。ご署名の付け方が、それぞれの内容とからみ合って、署名もまた批評であることをあらためて実感致しました。
多くの小説と同様に、多くの批評や評論も、これから今一度拝読させていただこうと思っております。
選集の完結を、少し淋しい思いでおりましたら、先生が 『作家生活』の『前三分の一』ほどを、ともあれ心覚えに具体的に証したまで」と「添え」られておりましたので、これからもまた心まちにしております。
朝晩は肌寒い日もありますので、くれぐれもご自愛下さいますようこころから祈念申し上げております。
ありがとうございました。 敬具
十一月三日 馬渡憲三郎 元・藝術至上主義文藝学会会長
* 恐れ入ります。感謝申します。
2020 11/5 228
☆ 十一月
ご無沙汰してしまいました。
選集の三十三巻にての完結、皆様の祝詞・・ わたしは余程のひねくれ者、天邪鬼でしょうか、複雑な思いもあります。半ば以上は寂しさでしょうか。完結は 当初からの目標・覚悟であり区切りは大切とは言え、さらにずっとずっと続いて欲しいと見果てぬ夢を見ていたいと思ってしまいます。勝手な感想ですが、敢え て書きます。
勿論それ以上に鴉が 以後の創作に励まれて湖の本を編まれていくのを願っています。
孫の世話と家事、否応なく忙しい日々です。インフルエンザ・ワクチンを接種したら腕が腫れあがって数日気にかかっています。もう一つは緑内障の目、右目 の異常です。コンピューターの画面を見ると無数の極小の点々と藻屑のような形が流れ漂って暗くなっています。検査では網膜の特別な症状はないのですが。と にかく視力はこれ以上失いたくないです。
パスポートの更新・受領のため久しぶりに車で出かけました。銀杏並木はすっかり黄葉し、秋が深まっています。庭の白い秋明菊とサフラン、芝生に座る孫は無心に花びらを毟ってしまいます。
昨日からアメリカの大統領選の結果も方向が光が見えてきました・・まだまだ紆余曲折はあるかと思いますが。
インフルエンザのワクチン接種、済ませられましたか?
風邪に、インフルエンザに、コロナに罹らず、目は特に大事に養生なさって、転ばぬよう。どうぞお身体大切に、大切に。 尾張の鳶
* 『秦 恒平選集 全三十三巻」 ま、体力を思えば、加えて、豪奢といえる「非売品」をここまで続けた何より資力を思えば、すくなくも一つの「上がり」時機であった。よく続きますねえ、どう算用が成ってるのですかと、不思議そうに、心配して下さる方も何人もあった。
「完」という時機がきたので、つまらぬ憶測で混乱させてはいけないので、ハッキリ記録しておく。
私が、降って湧いたように、今は亡い川島至教授から、慶應へ移られる江藤淳教授の後任として東京工業大学教授として就任してくれないかと一本の電話を受けたのは平成三年であっ た、受けた電話のそばに丁度建日子もいて、私が「そんな、工業なんて大学が あるのかね」と不審顔に応答しているのへ「名門だよ、父さん」と声をあげたの をよく覚えている、それほど意外な申し出でであり、結果的に平成三年十月一日付の「辞令」を受けたのだった。私はこれで、「太宰治賞」を受けてくれるかと いう筑摩書房からの電話と言い、変なことを謂うが「天からふんどし」を大小長短何度か受けている。いま謂う二つは最たるものであった。
私は、江藤さんの推薦とのちに耳にした「東工大教授」としての一切の給与・歳費・賞与の類に一円たりと手を付けないまま定年退官した。その銀行通帳には いわゆる年金も振り込まれている。私は、いつか、この通帳の一切を惜しみなく私の文藝のために費おうと決意していた。考え方としては困窮ないし有用な社会 へ、世界へという考え方もあり得たろうが、私は、「もらひ子」このかた私自身の「生き」と「勉強」と「文藝」を深く愛おしみ大事に思ってきたので、『選 集』という発想と実現のためにあの「東工大」体験のぜんぶを費やそうと決心できたのは、まことに自然であった。そして、事実、それで事は成って完結した。 最期の、760頁にもなった「第三十三巻」の製作請求書が凸版印刷株式会社いからま私の手もとに届いていて、さ、通帳の残高で足るかどうか、「年金」も加 わっていたこと、最終の支払いに当惑することはまず無くて済む。建日子はかねがね母親に囁いて、トーサンの選集、「一億」はかかってるんじゃないかと案じ て呉れていたらしいが、ま、幸い、其処までは行きませんでした。しかしまあ、まことに程よい潮時で完結出来、満足している。「東工大教授」という「お蔭」 を、私は、私なりに、きちんと「頂戴」したのである。感謝。 御心配下さっていた方々にも、ご放念いただきたい。
何処かでは、きちっと打ち明ける気でいた。「尾張の鳶」さんに、代表でお答えし、「続ける」よりも「収める」選択だったとお応えしておく。
「湖の本」は、これはもう、赤字を積みに積んでいるけれど、幼少来 お金は遣えなかったし、結婚してからも、医学書院に在職の十五年半、いわゆるボーナス には一切手を付けない生活をしてきたように、車の、別荘の、海外旅行のといったことには二人とも気がなく、日々の暮らしにほぼ満足して「売れない作家業」 を平然と為しまた成してきた。そして、いましも夕焼けの山を、かすかな「樵」の荷を背に負うて「家」に帰ろうとしている。子供の頃に、ひそかに想い描き期 待していたとおりの人生であったなあと、ほのかに、満たされているのです。
☆ この度は
『秦 恒平選集』結びの第三三巻を御恵贈賜りまことに忝なく存じます
身に過ぎる貴重な御選集をいただいてまいりましたこと ひたすら御礼を申し上げるほかに表現できずにおりす
どうぞお許し下さい
重ねて御礼申し上げます 道 村上開新堂社主
過日 飛來一閑作の四方盆をいただき、初めてうちのクッキーの形が特殊なことに気づきました うまく写真に撮れませんでしたが 銀紙で包んだこのクッ キーは角型ですが 四隅が切り込まれた形をしています 私が もの心ついた時にはこの形でした。 おそらく戦前から変わっていません 普通の角型よりは若 干抜きにくい形ですが 日本の伝統から笑まれた形故 大事にしてきたのでしょう 元の意味は不明になりつつ…
四方盆に申し訳ない拙い写真ですが クッキーと列べて写真を見ていただきたく 同封いたします
角折四方盆を職人達にも見せたいと思っております 形の相似以上に 職人たちが籠めた命が体現されていますように思えます
突飛なことを書きまして申し訳なく存じます
御選集を編み終えられた時にお疲れを募らせるような冗長な手紙になってしまいました
御身 くれぐれも御大切になさって下さい 道
追伸 お盆にクッキーを盛ることが まだできておりません 追って お目にかけたいです
* まあ 実に 差し上げた四隅折一閑盆とそのままの姿おもしろい昔のクッキーを写真で見せて頂いた。ビックリした。
さしあげた盆になじんで、すがた相応しい新しいクッキーもお出来に成ればと楽しみにしています。 いつもの、クッキー満載の大きい一缶を頂戴した。感謝します。
☆ 下関の大庭緑さん 三十三巻揃いましたと、 赤間の雲丹の二壜と土地の名家二竿を送ってきて下さった。選集刊行を予告したら直、折り返し「全巻下さ い」と言ってみえ、ビックリしたのを懐かしく想い出す。どこか一巻送り盛れたときも、即、催促された。こういう読者とも久しくお付き合いしてきた嬉しさ は、私のような妙な変わり種作家ならではのものと思う、今晩は 美味い雲丹でお酒がいける。
☆ 秦恒平様
爽やかな秋の空です。
先日は、選集の欠巻をたくさん(=七册)お送りいただき ありがとうございました。
ぉかげさまで 全巻そろいました。宅配便をうけて衝動的にお電話をさしあげましたのに、奥様には、やさしく明るく気さくに接していただき、ありがとうございました。
秦文学の世界は深くて大きいので、まだまだ時間がかかりそうですが、精一杯がんばります。
先生も奥様も どうぞお身体に気をつけてお過ごしください。 奈良・五條 永栄啓伸 研究家
* 無用にお金まで添えられ、却って恐縮した。永栄さんは<久しきわたり 秦 恒平 の「人と作」とを論文に書き続けて頂いている。お送りして当然で、送り作業のヘマで「欠巻」が有りそうだった、申し訳なかった。
☆ 都・東村山市の写真家 近藤聰さんのお手紙、 都・府中市の大学教授 斎藤誠一さんのお手紙が、一瞬に機械から消え失せた。お手紙たしかに頂戴しました。
機械の様子が何だか異様に揺らいでいる。少しずつでもいちいち「保存」しつつ書かねばいけないらしい。
京都市中央図書館 第三十三巻 受領「お礼状」の来信あり。
2020 11/7 228
* 岡田昌也さん、『選集』を「大偉業」と祝って、豪華な羊羹の箱をくださった。恐れ入ります。
写真家の近藤聰さんも、重ねて「カステラ」で祝って下さった。
大庭さんに頂いた赤間の雲丹の美味さ、酒の味が生き生きする。
が、心身 頽れそうに疲労、奮いおこすように鞭打ち、書き下ろしつづけているが心身働いていない。
聖路加病院内分泌科へ、出向かねばすまぬ日が近づいている。
2020 11/8 228
☆ ご無沙汰、選集33巻有難うございました!
秦 恒平さま
ながらくご無沙汰です。
幸いまだ生きています。コロナ騒動で半年ばかり大人しくしていますが、何とか足腰は大丈夫、食べる方も今日現在問題なしです。
年にニ・三度は京都に墓参、弥栄中一組の生存者に声をかけて食事を共にするのを楽しんでおります。
京都には花見小路の「ノーエン」の従妹が唯一の縁者、時々連絡をと取り合いながら無事を確認し合う状況です。
先日、「秦恒平選集第33巻」をお送りいただきました。
いつも忘れず送っていただいて有難う。だいぶ目が弱くなり長時間のものを読む気力が衰えてきましたが、毎回興味をそそる項目を拝見しております。
今回は巻尾の「穏やかにおれなかった平成」、共感をもって読ませてもらいました。
安倍時代はようやく終わり、今 菅実務内閣が稼働開始、少しは積み残した諸問題を片付けてくれることに期待しましょう。
時あたかもトランプの退任も確定の様子、新たな変化を観ることが出来ること念じます。
いつも忘れず心遣い頂き感謝です。
年寄りでも食べられるカステラ少々、お届けしますのでご査収ください。
また、ホームページを拝見しますので、掲載時にはご連絡ください。
一つ、片岡我當くんを気にしていますが、消息ご存知でしたら教えてください。
千葉・浦安 團 彦 元 昭和石油社長
* 弥栄中学の懐かしい友達。彼が一年一組、私が二組の昔から、一等仲よく張り合った仲間。嬉しい便りを呉れた。思い出が 山のようにある。そ の最初が、演劇コンクールで、一年二組が一位、一年一組が二位になり、その日の帰校時一瞬の思い出が「祇園の子」という処女作というて佳い、のちのち「評 判作」「出世作」のように取り上げられた。敗戦後の新制中学、われわれはその最初の一年生だった、活気に溢れていた。宇治にお住まいの佐々木(現在水谷) 葉子先生も、一年五組の担任をされ、理科最初の授業で、初めて「蛋白質と脂肪と炭水化物それにビタミン」と教えて下さった。すっごく新鮮だった。
当時の同期では、日立の重役を務めた西村テルさんや歌舞伎松嶋屋の片岡我當(秀公)クン、原子力関連で実力発揮と聞いている藤江孝夫クンらがいて、そし て選挙「是・非」二票投票制の実現に邁進中の森下辰男クン、懐かしい限りの元京都市政で活躍した冨松賢三クンがいて、ああ、それくらいになって寂しい限り となった。女性では、祇園の御茶屋の橋本嘉寿子さん、浜作女将の森川洋子ちゃん、実業で腕をふるった横井智恵子ちゃんくらいか、わからない。みーんな同い 歳なんだから、しょうがないのかなあと、瞑目。
ダンピコと呼び慣れていた旧友中の旧友、昨夜に受け取ったメールだけれど、今朝一番の、此処へ置く。横井さんから、ダンさん病気してたけど退院してると聞いていた。元気でいてくれて、嬉しい、とても。
脚を痛めて舞台をやや離れている我當(秀太郎、仁左衛門の長兄)をとても心配しているのだが、様子は知れないでいる。
懐かしい佳い思い出というのは、よく効く「ふくらし粉」のよう。幸せというべし。 2020 11/9 228
* 「片づける」とは、広げたモノや用を一角に、見やすく、仕舞う意味。「始末する」という大人の物言いは子供の頃からよく聞いた。用を済ます意味であ り、出費を惜しみ控える意味でもあり、「ほかす」つまり「処分」のはてに捨ててしまう意味でもあった。「片づけて」いるうちに「始末するしんない」モノ は、歳をとるにつけ、有る有る。今は、東工大で講義用に毎年用意したモノ、それと、学生からきた夥しい手紙・ハガキが山のようにあり、レポートの類いや感 想の類いも大量にある。読み返すことはもう無いと思うが、書き手の顔や声音は実によく覚えている。結婚式にまで私を呼んだ学生が十余人もいて、おめでたい 手紙をみると、ちょっと処分しにくいが、さて、そのまま遺しておいてもあとのモノが困惑し、始末してしまうに違いない。そういう性質のモノがかくも大量に 残っているモノかと驚いてしまうが、学生たちももう卒業して四半世紀も経ていて、せいぜい年賀状程度で、日頃のつきあいは当然のように無い。
幸か不幸か四年間いた東工大生の文学感覚は、二年間の早稲田文藝科とはべつもので、早稲田の私の手伝い教室からは角田光代のようにそっちへ大きく伸びた学生がいたが、東工大生にはそんなことはハナから望めなかったし、そもそも望んではいけなかった。
それでも、いまでも、あの子はどうしたかな、「エンターテイメント」が書きたいともらしていて、長めな作の、ちょっと読ませるモノを二、三読ませてくれ たが、多忙を極めそうな就職先と漏れ聞いたまま消息は知れない。それにしても学生クンやサンは、在学中も卒業して二三年は、なんとたくさんな手紙を呉れて いることか、のけぞるほど。やっぱり、処分かなあと、嘆息しながら「片づけ」ている。
2020 11/9 228
* 嬉しい頂き物があった。團くんから、妻の曰くとても名店からカステラ二本。ありがとう。歯にも優しくて。
* もう一人、日中文化交流協会の理事長などしてくださっていた宮川寅男先生のお嬢さんから、生前の先生がご趣味の手慰みで刻しておられた印形のなかから、大きな「恒」一字の刻作を見つけ出されて贈ってきてくださった。
☆ 拝復
この度は選集第三十三巻をご恵投下さいまして深く御礼申し上げます。 最終巻とのこと 心よりお慶び申し上げます。
濯鱗清流を拝読いたしますと、かつて私も読んだあれこれ、好きな方 気になる方が次々で、再び読み返してみたり、秦先生のご指摘に教えて頂くこと多々で ございます。 そのなかに意外な方のお名前を見つけてびっくりいたしました、画家の橋本博英氏、ずい文以前になりますが、銀座の和光の雑誌な長く携わって おり、和光の画廊で展覧会をなさる画家や工芸家の先生方からお話を承って 案内記事を書くことがございました。そのようなご縁で橋本先生には幾度もおめに かかり、秦先生がわずか一度のご同席で橋本先生に特別の印象をお持ちになられたのに我が意を得た思いがいたしました。
これからまた時間をかけてご本未読させて頂ききす。
なお、同封の陶印ですが、父の印の箪笥の奥から見つけたものです。 父は晩年 唐津や所々の窯で焼物をいたしまして陶印もよく作りました。基一(佐々木 氏)、心平(草野氏)といった印もあり、好きな方のを勝手に作ってあそんでいたようです。 この印は一字(=恒)ですが、父の周辺にこの一字名前の方はな く、秦先生のように思われます。ただ先生は優れた落款を多くお持ちと存じますし、このような釉もかけておらず 下手くそな素人のものを、ご迷惑かとも思い ましたが、お手許にお捨て置き下さいましたら幸いでございます。 またご本のなかで、お名前についてのこと拝読し、さらに恐縮ではございますが…
窮屈な世上は先も見えませんが、先生にはどうかくれぐれもお障りなくご自愛下さいませ。
ご温情にあらためて御礼申し上げます。
二○に○年十一月七日 宮川木末
* まさしく豪快な、しかも威張っていない大きな「恒」一字の印で、宮川先生の優しかった笑顔が瞼へ熱いほど甦る。嬉しい。
実は宮川先生には、それはもういろいろ頂戴してきた、お宅から、ねだってモギとってきたようなのも大事にしている。なにより先生には恩師の会津八一筆の「学規」の額はわが書斎の寶もの。焼き物も絵もいろいろ頂いてきて。みな座右に親しい。
木末さんとはお目にかかったという確たる記憶はないのだが、井上靖夫妻らと一緒に中国へ行ったとき日中文化交流協会から秘書として同行された佐藤純子さんから三人で会いませんかと誘われたこともあった。体調の整わないときで遠慮したが。またそんな機もあろうかも。
画家の橋本博英さんの名も。これまた痺れそうなほど、懐かしい知友であった。ぜひにも長命してほしかった。いまは奥さんが、そのまま「湖の本」を支持し続けて下さっている。
2020 11/10 228
* 東 淳子さんはいましも久しい病床にあり、渾身の手跡で手紙を下さった。先人のひそみにならい、「たのしみは」と歌い出すのを楽しみとしていますとも。私も倣おうと思っている、たとえば、
たのしみは 難しい字を宛て訓んでその通りだと辞書で知ること
いまはそんな私の毎日。
たのしみは居眠りの池をうかび出で夢に泳いで飽かざりしこと
* 神戸松蔭女子学院大学院大学図書館、昭和女子大学日本文学科 選集33 受領の来信。
2020 11/14 228
* 石川県能美の畏友井口哲郎さん、すり下ろして食せるでっかい山の芋を下さる。歯無しの夫婦にはまっこと有り難く。感謝感謝。
* 祇園下河原「浜作」のいまや大女将の洋子ちゃん、浜作自慢の「ぎをん時雨」を送ってきてくれた。下河原の店は息子たちに譲って、中京でマンション暮らしらしい。元気でいてくれれば宜しい。
弥栄中学へ二年生で私のいる組へ転入してきた。祇園のお茶屋「有楽」の子で、家同士にいくらか縁があったのですぐ仲良くなり、三年生でも同じ組だった。 わたしは卒業するまで、わたしだけの特権のように、ただ、「ヨーコ」「洋子」と呼んでいた。二年先輩の「浜作」二代目に、「あの人」引き合わせてくれない かと頼まれ、それが縁で「浜作」二代目の女将になった。辛抱の良い子だったので、落ち着いたいい女将さんに成った。二代目が亡くなった後、三代目をよく育 てたのである。
「ぎをん時雨」はよくおろした大根と合って、とても佳い酒肴。おおきに。
2020 11/17 228
☆ 秦 兄
せいぜい訪ねるようにしている兄の日録が 11/13(金)で途切れていますが、日録によると年代物のパソコンらしいので、恐らく機器の故障とはおもうけれど、体調に異変があってのことか分からないので案じています。
機器、身体とも上手に使えば、まだ当分は使用に耐えるとはいうものの、いつ何時、機能停止になっても不思議でないほどお互いに年期が入っているので要注意です。
兄との連絡は、郵便以外はこのメールだけですが、機器が不調なら受信不能だろうが安否確認の送信をしてみます。
電話番号の控えを目下探している最中です。2020-11-18 京・岩倉 森下辰男
* 電話も貰いました、ご心配かけました。
なんとか光通信への切り替えが済みました。あやうい限りのこの機械クンですが、かろうじて元へ戻り、ともあれ安堵。なんとも、かとも。人生の視野は薄くらがりです。それはそれ。この口癖で、歩一歩歩いて行きます。
使えていない新しい機械が二台あり、それへ切り替えましょうと、今日光通信の確定に来て呉れた木村さん、遠からず、諸設定をお願いすることに。
それでもこの深い馴染みの機械クンとは仲良く過ごし続けたい。
2020 11/18 228
☆ お元気ですか みづうみ
「私語の刻」の復活嬉しく、おめでとうございます。ずっと心配していました。ただ建日子さんのツイッターに飛んでみて異変が感じられませんでしたので、 みづうみも奥さまもご無事でたぶんパソコンの不調だと勝手に判断していました。(息子さんが有名人だとこういうとき助かります)
みづうみのパソコンが動いているのは、世界七不思議にいれてもよいくらいのことで、本当に何度も甦っている「断末魔にちかい」「老耄」機械クンを褒めてあげたいです。
長年みづうみのもとで頑張って働いてくれたのですから、そろそろ引退させてあげてほしいですし、是非新しい機械にお仕事うまく移行してくださいますように。
コロナはあちこちで大変なことになりつつあります。
「自助」しかない国ですので、どうかこの冬を 用心に用心を重ねて乗り切ってくださいますよう念じております。
お家の中でも転倒などなさいませんように、くれぐれもお大事にお過ごしください。
温 かならずしも銘柄問はずぬくめ酒 てるまろ
* ありがとう存じます。
機械よりも、使い手の手もあたまもあやしくなってますが。おげんきで。
2020 11/22 228
* しげしげと来ていたメールの人が、少なくもいま二人、ふっつと途絶えている。一人は急々の入院と告げてきたきり。見舞っても返信がない。もう一人もず いぶん体調を損じながら過労の気味の勤め仕事と想われた。身内に相次いでご不幸があった気配も感じとれていて、案じている。
* 嬉しいのは京・縄手の珍裂「今昔」の凱くんから戴いた江戸初期と謂う裂を生かした美しい額で。いつも目に入るいい場所に掛けて、まことにホンモノの魅 力満点、嬉しい。裂の美しさだけでなく、これを眺めるとそのまま「今昔」一家の懐かしい声音や笑顔が真っ向甦るのだ。お父さん、お母さん、姉娘の龍ちゃ ん、弟の凱ちゃん、正ちゃん。この一家とは青春いっぱいの思い出がたっぷり、若さと共に生き延びている。両親は亡くなったが。龍ちゃんらはわたしより半世 代は若い。記憶はみな若々しい。
☆ 余りに暖かい美しい
秋の日々で、出掛けなくとも、楽しいのですが、暇に任せて車で出掛けております。
コロナも報道からしか感じられませんが、人に会わないことが一番の予防のように思えます。
地震は仕方ありません。
東京に地震がありませんように。
お仕事がはかどりますように、
いい記念日をお迎えくださいませ。 茨城・那珂
* そういえば地震があった。無事ですように。
* 私より相当に若い男性読者が急の難病をつげて来られた。胸が痛い。穏和に平穏に向かわれますように。せめて、この「私語の刻」でお出合いが続きますように。
2020 11/23 228
* 案じていた一人の、「体調不良でフラフラしていますが、日々なんとか頑張ってます」の一報あり、わずかに愁眉ひらく。
☆ 庭では、ドウダンとウメモドキが朱を競っています。
HP 一事跡絶え、キカイの故障? それともおからだがーーと心配しましたが 復活したようで ほっとしています
「林下十年夢 湖辺一笑新」 (禅 会元)
気持ちばかりのブレゼントを喜んでいただき、何よりです。選集の完結、お疲れさまでした。
どうぞ お気持もおからだもお大事にと祈っています。
石川・能美 井口哲郎 もと・石川文学館館長 もと・県立小松高校校長先生
* みごとな刻印の美しさに 目を見張りました。 寛閑深靚 のお人が見えます。
☆ 拝復 大部の『秦恒平選集第33巻』を恵送いただき、誠に有難うございました。みごとな完結をお祝い申し上げます。
自筆年譜や100冊を超える著書の書誌に至るまで、充実した〈選集)に圧倒される思いでいます。
個人全集の出版が絶えて久しい中、次世代に読み継がれる基本図書としての意義はとても大きい。
京都の作家として、同志社大学出身の作家として、親しみを持って今後も諸作品を読ませていただきます。
先日、泉屋博古館から永観堂を訪ねました。コロナ禍の中、紅葉狩の人々が多いのに驚きました。 草々 田中励儀 同志社大学教授
☆ この度は
ご高著『初恋』温恵贈賜り (木末さんお父上、宮川寅雄先生刻の=)印もお使い下さいまして重ね重ね有難う存じます。嬉しいお便り、どれから拝読 と迷います。
お能でなじみの固有名詞も多く、本日「木賊」を見、帚木を思い「加賀少納言」を拝読いたしはじめました。大切にいたします。
向寒の折 どうかお大切に。再拝 都・白鷺 宮川木末
☆ 寒さ厳しくなる頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。新型コロナウィルス感染予防で鬱屈した気分が社会にひろまっています 毎日落ちつかないです
さて、先日は「秦 恒平選集」三三巻をお送りいただき感謝です。
これまでのご執筆活動を思いますと、「補遺」巻が発刊されるのではないかと、期待しております。
今後もご健勝にてご活躍されるますことをお祈り申し上げます。 敬具
THANK YOU SO MUCH 神奈川・横須賀 濱敏夫 妻の従弟
2020 11/24 228
* 女性二人で書かれた歌舞伎台本への感想を手紙にした。快く読ませてもらいました。ただ、手の痺れつよく、手紙を手書き出来ないので、機械書きし、妻に印刷を依頼。
わたしの印刷機がもうずうっと何故か働いて呉れない。実に実に不便。何故傷んでいるのか分からない。どこか接続が不十分なのかも。それももうアタマが働かない。年相応にか過度にか、私のボケは日に日に濃厚。モノやヒトの名前が出てこない。
2020 11/25 228
* またお一人 訃報が。八十一歳とはじめて知った。作家であり、久しい私の読者として本を送る都度厚い便りをいつも下さった。お目にかかったこと、ないのである。
* 全国の読者と、当然ながらお目にかかったという機会は全然に稀で。ときどきお話ししたくなるが私は電話がとても苦手。編集者時代はそばの同僚が感心してくれたほど電話上手だったけれど、それは「仕事」が介在していたから。
いまも鳴るように手が痺れていて、いま手紙も郵便もろくに書けず大方というより全部妻に頼っている。しかし、メールなら書ける。私のメールアドレスは「湖の本」奥付下の方に入れてあります、なにかお話が可能な時は、遠慮無くメールで話しかけて下さると嬉しいです。
2020 11/25 228
☆ 否応なしの
「ひきこもり」の冬を迎えようとしています。従来通りの引き籠りでもあるのですが、世の中の事に半ば驚き、そして半ば以上の? 困惑。
既に第三波の切迫が叫ばれ、札幌、東京、名古屋、大阪と具体的な都市名が挙げられています。
姑が熱を出して・・と 介護施設からの連絡があり、もしコロナだったら濃厚接触者に該当しますから数日落ち着かない日々でした。幸いなことにコロナではなく回復し、食欲も回復しました。
なだれ込むように時間が、月日が流れ過ぎていきます。目下相変わらず家事育児に忙しい日々です。孫はやっと這い這いしていますが、立ちたい歩きたい気持ちが強く、あまり這い這いしません。とにかく安全であることが大事。
昨晩NHKで産まない女の生き方を扱った番組を見ました。産む女、産まない女、その両者の気持ちが痛いほど分かります。或る意味 孫の世話でわたしは過 去を 産んだ女を 「再現」しているのですが、今こそ静かな稠密な時間をも過ごしたいという強い思いもあります。少しずつ読書と絵、それさえ体力と同時に 気力と向き合っていなければできません。
鴉は HPで 度々「老い」を述べていらっしゃいます。以前は俳優女優の名前をいくつ言えるかなど書かれていました。今数えたら 忘れてしまって、言える数は僅かに減っていますか? それとも激減ですか?
わたしは元気なつもりですけれど、やはり様々なことを忘れていると気づきます。が、焦ることなく、ため息はホンの少々に留めて 嘆いても仕方ないから笑い飛ばしています。
ごめんなさい、なかなkメールが書けません。
くれぐれもお身体大切に、この冬の始まりにコロナの状況を見定め、できる限り注意なさってください。元気に過ごしてください。 尾張の鳶
* 忘れるのは 名前 名詞。老け込んだ顔を映像で見ても、これは昔の誰それで映えていた、よかった方、これはダメだった誰々と、ま、思い出せます。昔々のことほど正 確にものや人の名も覚えています。小学校、中学、高校、大学、職場、文壇と、あとへ行くほど忘れています。自筆年譜をかなり大事に書いておいたのが何かの 助けにと。
からだが三つもあれば、もっと記憶を生かした仕事、創作が出来るのになあと思う。 2020 11/27 228
* 春 草画「帰樵」の、一日の山仕事を終えて荷を負い山を下り家路にある「夫婦」だけを勝田貞夫さんが写真ハガキにして送って下った。足取りの確かさ、妻にもの 云うている夫がこんなに小さいのに生彩にあふれて空気があたたかい。手の届くところに起ててあり、疲れると眺める。勝田さんに感謝深し
2020 11/28 228
* NHKブックス「梁塵秘抄」や「閑吟集」をつくって下さった安田鏡子さんから、キウイを沢山戴いた。
岩波「世界」に『最上徳内』を連載させて下さった高本邦彦さん、温州蜜柑を大きな箱で下さった。
京・古門前林の「おっ師匠はん」 果実菓子を沢山送ってきて呉れた。痛みきっている歯に有り難い。
ありがとう存じます。
2020 11/30 228
☆ 『秦 恒平選集』 ありがとうございます。
秦さん
秦恒平選集完結 おめでとうございます。最終巻を拝受、今まで書いてこられた著作の集大成を立派にまとめられてよかったですね。
ぼつぼつ読ませていただいておりますが、第三十一巻の「オイノ・セクスアリス」が 着想から10年をかけられた力作、秦さんの代表作の一つになると思います。
私にとっても京都のどこそこの風景や食事処など、今となっては行くことがかなわないところが秦さんの筆力によってよみがえり 楽しい作品です。
「うそっぽい」ことばかり多くまことに住みにくいいやな世の中ですが、その埋め合わせに おいしいもの楽しいこともたくさんあり、長生きしてよかったと思っています。
添付は、11月14,15日に「函南(かんなみ)9条の会」の仲間と「医師中村哲さんの足跡写真展」を開催し、たくさんの人に見てもらいました。
その時のアピール文です。 静岡 西村明男 元・日立重役 中・高校同窓
☆ 中村哲医師の死を悼んで 2020.8.25 西村明男
昨年12月4日 アフガニスタンの医療・水利・農業復興につくされた中村哲さんが 何者かの凶弾に撃たれて亡くなった。私は中村医師を支援するNGOペシャワール会に加入し、ささやかながらアフガンでの事業に賛同し、応援してきました。残念な気持ちを抑えられません。
・「人は愛するに足る」
中村哲さんは1946年生まれ、九州大医学部卒で精神科医であったが、38才の時パキスタン・ペシャワールのミッション病院に乞われて その地でハンセ ン病の治療に従事することになる。その時から昨年末に亡くなられるまで36年間、アフガンの人々の命を守ることに懸命の努力をされた。
・「真心は信じるに足る」
アフガニスタンは人口2400万人、ヒンズークシ山脈とイラン・パキスタンに囲まれ、部族社会を主とし旧ソ連の侵略(1979年)にも屈しなかったイス ラム教を信じる誇り高い人たちの国。しかし度重なる自然災害(干ばつ,飢饉)と2001年9.11事件の震源地と見なされて国連制裁、アメリカ・イギリス 軍の大規模空爆を受け、多数の死者・治安の悪化・国土の荒廃にさらされた。そのような状況の中で中村さんは現地語も覚え、誰彼の差別なく人に接し、わかり やすく目標を示し現地の人々と一体になって事業を進められた。
・「まず、生きよ!」
中村医師の事業はアフガン東部での診療所設置・医療活動であったが、住環境の悪化による衛生状況の改善のため各地で井戸を掘る活動にとりかかった。 PMS(ピースジャパンメディカルサービス)の井戸掘削は1600箇所におよび人々が生き残るために水の確保につとめた。(中村哲著「医者井戸を掘る」に 詳しい)さらに干ばつが長期化したアフガン東部に用水路の建設を開始した。(同「アフガン緑の大地計画」参照)用水路は2009年に25km開通し、難民 となっていた人たちが帰農して3000ヘクタールの荒地が緑の大地に復活した。
・「アフガンの罪人と聖人」
中村医師の死を悼んでイギリスの有力紙(フィナンシャル・タイムス)がアフガン空爆・最大15万の軍と費用を投入したアメリカをアフガンの罪人と断じ、 中村医師をアフガンの聖人と称えた。(2020.1.8日経新聞掲載) 一人の日本人の行いが世界の人々を感動させ、世界各国で起こっている紛争の解決が どうあるべきかを考えさせる契機ともなったと思う。
・「信じて生きる山の民」
アフガンの人たちが中村さんの成し遂げてきた事業に信頼を寄せ、こんごの展開にさらに期待していることを示す中村さんからの最後の報告が12月25日付 けのペシャワール会号外に掲載された。またアフガニスタンのガニ大統領は自ら中村さんの棺を担ぎ、今後PMS事業がアフガン復興のカギになるとコメントし た。中村さんのアフガンに残した遺産は大きいが、今後この事業を継続できるかどうか日本ペシャワール会、アフガンPMSの人たちがいま必死の努力を続けて いる。 以上
◎ ペシャワール会(個人会員:3,000\/年、
TEL092-731-2372、
メールアドレス:peshawar@kkh.biglobe.ne.jp )
* 新制弥栄中学ではじめて出会った。以来「てる(明)サン」と呼んできた。粟田小学校からの進学、私は有済小学校からの進学だった。粟田校からの田中勉 君、福盛勉君、弥栄校からの團彦太郎君らと、高校を卒業まで極くの仲間、よく話しあった。よく遊んだ。相撲も取った。社会人になってからも、再々はムリ だったが、連絡はあり、顔を見合う機会もあった。田中君は亡くなった。福盛君は奈良にいる。團君は千葉にいる。テルさんは函南にいて、わたしの本をよく見 てくれている。メールも出来て、私の京恋しさの一片を体してくれている。彼は、日立をやめたあと、沖縄問題などへもアクティヴな関心を寄せ、出向いても往 く。感じ入る。
* 『オイノ・セクスアリス』を「代表作」と観てくれる有り難い読み手である。この作については自分でも改めてしっかりモノを言うておきたい気がある。感謝感謝。
* その弥栄中学のころ、一學年上の、テルさんの兄さんたちの担任先生であった、僧侶の万年先生から、今朝、京でも名品の「かきもち」の大缶を、また頂戴し た。弥栄中の先生では、大方というよりみなさん亡くなられ、いまは市内の万年先生と宇治の佐々木(現・水谷)葉子先生とお二人だけ。昭和二十三年から五年 までの出合いであった、七十年余も大昔になるが、昨日今日のように想われて懐かしい限り。子供に帰れるなら、あの、弥栄中學時代にこそ帰りたい。
2020 12/1 229
* テルさんに、今している仕事などメールを書いていたが、疲労に負けて途絶。両の肩が石垣のように堅く重い。ま、そこそこ仕事ははかどらせたのだから、休もうと思う。酒が、いま、わたくしに良く効くのか重く障るのかも分からない。「ホビット」と別世界へ旅してくるか。
2020 12/2 229
* 高麗屋、二代目松本白鸚(九代目末もと幸四郎)丈、歳末の私誕辰を祝って下さり華やかに大きなポインセチアが贈られてきた。有り難う存じます。
このぶんで、いつまた歌舞伎座へ芝居が観にゆけるのだろう、いまは何よりも、海老蔵の團十郎襲名を心から祝ってやりたい、なんとかコロナ禍がおさまって欲しいと願う。
それにしてもなんと大勢の役者たちに先立たれたことか、中村吉右衛門がなく、中村歌右衛門も松本幸四郎も中村勘三郎も亡く、先代片岡仁左衛門、先代中村富十郎、先々代中村鴈治郎がはやくに亡く、次の中村富十郎も早く、近くは彼と並んだ坂田藤十郎がなくなった。若い市川團十郎がなく、板東三津五郎、惜しんであまりある中村勘三郎も亡くなった。そして私は、生きて在ると思うと時として不可解にさえ思われる。
坂田籐十郎亡くなったいま、中学以来の友松嶋屋頭領片岡我當は最長老、ついで松本白鸚丈は、尾上菊五郎丈が最長老となる。せっかくご要心あって、いついつまでも華の舞台をご精勤いただきたい。市川猿翁丈にも、顔を見せていただきたい。
* 訃報がらみの年賀状辞退通知が年々に多い。致し方もなく。
2020 12/3 229
☆ 先月27日に届いたメール、
繰り返し読んでいます。ありがとう、ありがとうございます。
「鬱屈のことと想います。しかし、うかとは軽率に翔ばないで、もう半年は、ガマンなされと勧めます。」と書かれています。昨年から2020年は(娘の出産で)旅行は出来ないと覚悟していました。それにコロナ禍が更に強力な抑止力! となって押し寄せました。
視野が限られているとは感じない、寧ろ内省の時間として必要だったとさえ思うのです。これは些かの強がりもあるのでしょうが、直接触れることはできなくても世界に人にものに向き合い感じ取ることは可能です。飛べない鳶もそれなりに考えるのです・・
「こういう時にこそ・・てがけた仕事を、生みかつ創り、成る可く成し遂げて行かれるように。」
この作業が最も困難です。単純な理由、時間が確保できないのです。同時に弁解めいて一種の逃げではないかと自分に問うています。未成熟、未完成の状態、非力さに泣きますが、その事実を曖昧にしても仕方ないこと。「仕事」をまとめ上げることの必要を痛感しています。
鬱屈していると感じられるでしょうか? あまり鬱屈していないと主観的には思っています。
「テルさん」の文章をHPで読みました。函南という地名も懐かしく、そしてアフガンでの中村哲さんについての文章も・・・。折しも今日は彼の命日です。
アフガンはわたしにとっても思い入れ深く大切な国です。高校時代に出会った一人のアフガン人アブドゥラさん、この方は井上靖さんの文章に出てくる人と同人物だと思われるのですが、確かめる
術なく・・。以来アフガンの、殊に仏教遺跡は「見果てぬ夢」でした。
バーミヤンの大仏は爆破され破壊されてしまいました。ソ連軍の介入以後、半世紀近くにわたるこの国の惨状はあまりに過酷です。過日、麻薬中毒に身を持ち 崩した若者の映像を見ました、若者の横に「神がこの首を鎖につなぐかのように この流浪は流砂のごとく人を飲み込むから・・・」と書かれた條りを読み、そ れは衝撃でした。わたしは自分の伝えたいことの一つとして 書き 描き たい。
寒さに負けず、コロナに出会わず、過ごされますように
このメール一度に書いたものではないので、何だかおかしいのですが、ごめんなさい。 尾張の鳶
* 「何だかおかしい」のは、肩肘が張れているからかも。
「十」ガンバルより、「一つ」でも「柔らかにいい言葉」が吐き出せればと願い、それが実に難しい日々です。「インテリゲンチャ」がうしろに隠れ、背後で「ポーズ」を唆してくるあいだは、たいしたことは出来ない。
いまは、飛んだり翔んだりの時節でなくて、鳶も鴉も、雪が降ろうと風が荒れようと、じいっと、しっかり自身の枝にとまって目は瞠らいていたい時機かと思う。
2020 12/5 229
* テルさん、なじみの茶菓子一箱、送ってきてくれた。わたしは、昔からの「茶くらい」(秦の母の呼んだあだ名)で、朝から晩まで、大薬缶のお茶、いわゆ る番茶を愛飲という以上にガブ飲みしていた。一つにはひもじさを宥めてもいたろうが、番茶煎茶は避けて通れぬ殆ど主食の一部だった、好きだった。茶菓子が あれば、たとえ炒り豆でも驚喜した。テルさんの茶菓子は上等である。感謝。
2020 12/5 229
*フェイスブックが、鷲津君の誕生日をしらせてきた。変わりなくハツラツ と想う。東工大も卒業生も遠くなった。自然なことと思う。
このところの一つの楽しみは、『史記列伝』のおもしろいこと。昔から耳慣れ口にもし慣れてきた熟語と沢山、まさしく旧知のように出会う。明らかに日本人 の処世や発想とは異なる価値観が歴々の古典の重みで伝わってくる。何度もはじき返されてきたが老子、そして韓非子を気を入れて読んでみたくなっている。
「総角」の巻で宇治の大君が薫中納言のまえで息をひきとった。薫という人をいちまつ許し難い男のように思い続けているここが原点。それだけ、物語のつよい効果がここで露われる。たいへんな力量で物語られていると怖いほども納得させられる。
『指輪物語』は、フロドとサムらの大長編。世界的には先だってビルボ・バギンズが大活躍の前長編が有るが、それは映画でしか受け取れてない。本になっているかどうか、知らない。
評判作であったらしいホーーガンとかいう人の『星を継ぐ者』とか、サイエンス・フィクションにはなかなか乗り切れない。わたしは、あまりにも「サイエンス」に疎い。
2020 12/7 229
* 亡き橋田二朗先生のお嬢さんから、思わず叫んでしまったまさしく京の「松茸佃煮」を一折り頂戴した。最高。有り難う存じます。
切れていた酒をせめてと早速「セイムス」へ走ろうとしたが、二度 出を試み二度とも転倒のおそれを感じてとりやめた。頭がふらつくのでない、カラダがよ ろめく。何を用意してもらっても、口へ運べていない日々が続いている。栄養失調のよろめきかと思われる。とにかくも自転車での転倒は怪我にもつながる。
2020 12/7 229
☆ 秦先生
お世話になります。
カレンダーを明日AM着でお届けいたします。
インフルエンザ発症数が例年に比べ減少をしているニュースを聞きました。
コロナ対策の副産物としているようです。
良いような悪いような・・・
東京ではコロナ患者数が激増していますが自分自身これ以上の対策は不可能です。
コロナの発生は歴史に残るのでしょうね。
お大事にお過ごしください。 憲
* これ以上の要心は無いほどですもんね。それでも、せめては要心しましょう、何もできませんもんね。
2020 12/7 229
☆ Re: **君 祝 お誕生日。
秦先生 お世話になっております,**です.
Facebook からメールが届くとのことで,お困りかと思いますが,ありがたくもあります.
いやはや,東工大の卒業生たちもアラフィフになろうとしております.僕も50歳になりました.企業にいると課長や部長になる年齢でして,前にいた企業研究所の経験からすると,部長というのは,
一週間の予定が一時間ごとの小刻みな会議でビッシリ埋まるという感じで,給料はあがりますが,自分の都合で動くことが難しく,大変だと思います.
その点,大学にいますと,僕の研究室の場合は,スタッフ7人,客員3人,博士7人,修士6人,他インターン生や高校生という感じで,20人以上の大所帯 になってきましたが,自分たちの研究をやるためのメンバーですので,気は楽なものです(研究者4人,秘書1人の給料を確保するために自転車操業ではありま すが).
今日はスパコン富岳の状況を簡単にご報告いたします.
おかげ様で,富岳は本年6月,11月のTOP500(アメリカで開催される学会で半年に一度公表されるランキング)で2期連続世界一でした.
博士論文の研究で使わせてもらっていた東大のSR2201という機種が1996年度の世界一だったのですが,それ以降,世界一の計算機を四半世紀4代にわたって使わせていただいています.
何故,世界一をとることが大事かというと,
京コンピュータの責任者の先生が仰っていた言い方ですが,
「10年後にコンピュータを通してみることができる “景色” を事前に見ることができるから」です.具体的には,2011年に世界一だった京コンピュータよりも速い計算機は国内に現在5台ありまして,
僕の所属大のスパコンはそれより遅いので10数年前の世界一,研究室にある計算機はさらにその数年前の能力という感じで,逆算しますと,10数年後に当たり前になる景色を,富岳では見ていることになります.
国内のスパコンの利用については,
HPCI という組織が計算機時間を公募で割り振っていて,昔だったら東大に所属すると東大のスパコンを使えて大変有利でしたが,今ではいろいろな機関にいても最高峰の機種を使えるようになっています.我々も北大から九大までの HPCI スパコンを,富岳や地球シミュレータを含めて使わせていただいています.
ただ 計算機があっても,計算する中身がなければいけないわけですが,
僕の研究室は富岳の所有者である理化学研究所の研究者にクロスアポイントメント制度を使って准教授になっていただいて,その方は銀河系の計算をしています.来年は,コロナウイルスのタンパク質の計算をしている研究室の人に来てもらおうと計画しています.
また,最近,「マスクの着用が大事」として空気の流れの動画がテレビで流れているかと思いますが,その流体力学の研究室で9月まで研究していた人が,この10月から僕の研究室に来ています.
新型コロナつながりですと,人工心肺装置 ECMO を使い続けると血液中のタンパク質などが
機械表面に付着して詰まるために使い続けられないという問題がありますが,僕の研究室では,タンパク質が吸着しにくい高分子コーティングの研究もしています.
これは,表面の水分子の挙動が関係していることがわかっていて,高分子と水の分子計算をしています.
別の研究テーマとしては,
海の上に浮かぶ風力発電機の潤滑油を,現在は5年おきに交換していますが,交換しなくても壊れないような潤滑油の分子設計を,省庁系のプロジェクトとして石油会社と一緒にやっています.
銀河系から省エネルギーまでかかわるようになりまして,何だか役に立つという雰囲気は感じていただけたかと思います.
しかし,スパコンを使った先端研究は,基本的には基礎物理学でして,どの研究者も任期付きです.僕自身も,この10月に5年の最初の任期が切れて更新したところです.つい先月,「優秀研究活動賞」をいただきました。
昔は,任期付きなのに結婚したり子供を育てるなんて無責任だと思っていましたが,最近の人たちはポスドクの間に結婚して子育てをする人が増えており,逞しさを感じます.
僕は基本的には修士を出たら企業に研究開発職として就職して,摩擦の研究者として頑張ることができるように,学生の職探しをしていますが,最近は,スパ コンを使ったシミュレーションの研究者として覚悟を決めた人には,別のサポートをするべきかと思い始めています.具体的には上手に説明できませんが,互助 会のようなものを構築しつつあります.
相変わらず締まりのない報告となってしまいましたが,無理にまとめますと,この分野は課題も多いですが,まだまだ日本も負けていません.
先生の日記,ご本も拝読しておりまして,楽しみにしております.
昭和12年に荒神口に生まれ育ち同志社を出ました母も息災でして,昨日は林檎や煎餅を送ってくれました.
先生ご夫妻のご健勝を祈念しております. 鷹
* こういう私信メールを、ここへレコードすることに遠慮はある、が、むかし教授室にいても、学生たちのこういう「研究」体験を聴くのが一の楽しみであ り、それを世の関心有る知友へもひろげることに、確信ではないが、なにかしら意義や必要すら感じている。この現在ハツラツの「教授」の、まさしく親切心に あふれた研究室余話をどんなに私が喜ぶかよく識ってくれての佳いメール、私の方が「誕生祝い」を貰ったようで、ホクホク。
ますますお元気にお努めください。
☆ Re: 翔ばない という大事さも勉強を
飛ばない勉強をいつもしているのですよ。ヤケじゃなく。鳶もトシをとっているのです。
ハートの温み、伝わってきます。
健康診断、今年は自覚症状は多々あれど無病放免、頑丈なる婆は、孫、体重ほぼ9キロを抱っこして四股踏んでます。
鴉、HPでの鋭い指摘を感謝。さすが、さすが鴉と心底感服。
東京も名古屋もコロナ、コロナ。わたしは二月に京都から戻った時以来、地下鉄にさえ乗っていないのです、我慢ではなく、感染発病は絶対避けたいから納得いくように暮らしています。
どうぞくれぐれもご自愛なさってください。冬を乗り切りましょう。 尾張の鳶
* 冬も、來べき新たな春も夏も秋も、老境の粘りで乗り切りたいものです。
2020 12/8 229
☆ 12月も
すでに一週間が過ぎ、クリスマス一色になりました。ご体調いかがでございますか? ご養生なさりながらお仕事に集中なさっていることと思っております。
最近はすべてのことが、インターネットで処理されるようになり 勉強になるからいいとも言えますが、便利なのか不便なのか考えてしまいます。遠くの人とはインターネットの中で会ったりするので距離感がなくなってしまいます。
コロナは感じ方に温度差もあるようですが、茨城も増えてきたせいで慎重になってまいりました。
美術館での講演も、突然に中止となったりしております。ガッカリいたしましたが仕方ありませんね。
朝の真っ白な霜に 流石に冬になっていることを感じます。
お仕事がご順調なことを祈っております。 那珂
* 機械の温まるのにとても時間がかかり、辛抱よく待つ。
目を遊ばせて「待つ」ものなら、目近にふんだんに在る。山下へ帰って行く樵夫婦のしみじみと春草画く佳い繪、妻が描いた懐 かしいネコの娘ノコの肖像、やはり妻の画いた幼い頃の孫やす香の愛らしい肖像、「秦 恒平君 社長 写真一枚お贈りします お受け取り下さい」と自署を添えた医学書院金原一郎社長写真の、「告別用だよ」と笑ってられた懐かしい温容、沢口 靖子の笑顔いろいろ六枚、谷崎先生夫妻の肖像、小磯良平の「D嬢」 そして目近に大きい、作りつけの書架、本、本。
この部屋の、この機械前の席が、なによりも、何処よりも安息できる。機械クンは、待ってれば必ず「働き」始めてくれる。この超古機械クンが働いてるなん て、「信じられませんねえ」と先日、プロの人に感嘆、というよりも、驚嘆された。想像を絶する大量のコンテンツにハチ切れそう。私の書いた六十年の仕事 は、作も日記もその他もほぼ尽く収容されてある。むろん、全部、他へも収容保管してある。
買ったけれど使い道の理解しきれない大小二つの新しい機械は、身のそばにただ置かれたまま。もう私のアタマでは、「役」に立つ日は無いだろう。せめて音楽と映画とが楽しめるといいのだが。
2020 12/9 229
☆ こんばんは〓〓
今日(十日)は佳き日だったそうで。[クラッカー] 例年のシクラメンの園芸さんは、ついに終わり。温室がガランとして寂しいです。光が丘のショップから、小さい花鉢を送らせていただきました。
「マ・ア」ちゃんたちのじゃまにならないように。
明日の昼過ぎに届くとのことです。
選集完了の際にもお祝いも致しませず、失礼したまま。
外出がママならぬせいにして。お許しください。コロナ禍はひどくなっていく一方ですが、くれぐれもお身体お大切にお過ごし下さいますように。 練馬 晴美
☆ 総理 自粛をお願いしますと。
お願いされるとは、立場が反対です。と、家ではブツブツ文句言っています。全く無能な政治家さんたちですよね。
がんばっている医療関係者に、申し訳なくないのでしようか?
この期間中も 能の先生方たちも、地方の小、中学校へ、せっせと能の普及公演に出かけられています。
せめて能の定例会には出かけようと、完全装備[?]し、能楽堂には出掛けています。 晴美
* 美しい、愛らしい、色こまやかな ミディ・コチョウラン の愛らしい鉢植えを頂戴した。卓のまんなかに置いて、喜んでいます。ありがとう。
* 感謝感謝。この人も、われわれと同年。精神は、いつも活躍されている。われわれは苦しかった時代をいまでは価値ある記憶として背負っている。その記憶がエネルギーになる。
2020 12/11 229
* コロナ禍のイヤな時節で、通信のフツッと途絶えている人もある。心配しながら、あらわには大丈夫ですかと健康や生活の問いかけにくい人もある。ただただ無事でと願うのみ。
2020 12/12 229
☆ お元気ですか、みづうみ。
「文学の秘鍵は?」 即答「女」 最近このこと よく考えています。文学にならない「女」はみづうみにとってはいないも同然でしょう? (エバ このかた 「文学」にならない「女」はいません、が、「文学」に出来るかどうか 「秘鍵」を持っているのかどうか、が 男ないし作者の問題。 秦)
さて、つまらぬ繰り言はやめて。最近のみ づうみのご体調の記述に心配が続いています。遠くから気を揉むばかりで、何もすることが出来ません。せめてみづうみの気分転換にならないかしらと、「お見 舞い雑談メール」を書かせていただこうと思います。読んでいただかなくても、読み流していただいても、どちらでも……。
震災後からでしょうか。色々思うことあっ てテレビを観る習慣を棄てていたのですが、ひきこもりの家時間が長かったせいで、母の食事の世話をしている間とか、新聞読みながら、料理や掃除をしながら テレビを流していたため、視聴時間がいつもよりありました。それまでも肝心のことを伝えないようにしているニュースとかドラマやバラエティー番組のくだら なさとつまらなさに呆れていたのですが、本当に驚くしかありませんでした。二〇二〇年、日本のテレビは、ごく一部の自然の映像を捉えた番組とか、ドキュメ ンタリーによいものはあっても、全体的レベルがここまで堕ちたかと目を瞠りました。(あるいはもっと前からだったのかもしれませんが)想像を超えた惨状に言葉を失います。
そういうわけでケーブルテレビ契約をし て、銃撃戦の多いアメリカ製以外の海外ドラマを観たのですが、これが面白いものが多くて逆の意味でびっくりでした。主にミステリードラマを観たのですが、 緻密な脚本、美しいカメラワーク、俳優の力量、どれも素晴らしいんです。緊迫した映画のようでした。どこにでもいるふつうの人間が、誰でも持っているほん の少しの欲望、出世したいとか、子どもに良い教育を与えるために少し儲けたいとか、不倫とか、そんな理由でいつの間にか犯罪の深みにはまっていくさまが見 事に描かれた汚職刑事ドラマ、犯人がわかっても結局真実はわからないという香港舞台の作品にも感銘を受けました。そして巨悪は生きのびるというのは世界共 通の真実。
日本のミステリードラマは善悪の狭間のグ レーゾーンが描けないものが多いのですね。最初から犯人がわかるように作って、最後はお説教で終わるみたいな決まり事があるらしい。この差は、悪く考えれ ば日本の視聴者がバカにされている、好意的に考えれば日本人は仕事で毎日疲れているので、テレビ製作者は親切心を発揮してくれている。視聴者が頭を使わな いでよい番組、ヒトラーがプロパガンダの条件にしたように、最も知能の低い人間にあわせたものを作るように心がけているせいかと、思いました。
海外ドラマのような、視聴者が必死に観な いとストーリーについていけないものは、日本のテレビでは好まれないのでしょうか。日本の脚本家は少しでも複雑な話を書くとムズカシイと没にされるのか、 スポンサーに配慮して書けないことが多いのか、タブーに触れて干されるのが怖いのか、あるいは俳優が訓練されていなくて、海外ドラマのような長くて複雑な 台詞を覚えられないからなのかと想像します。
日本のある監督が俳優リストを残念帖とか 何とか呼んでいるとかどこかで見た記憶がありますが、日本の俳優は、例外的な舞台役者さんを除くと俳優というより芸のない芸能人、芸ノー人かも。芸がある ということはある種危険なことでもあるので、忖度社会にあってそういう要素は淘汰されていくからツマラナイのか。
テレビ離れと言われていますが、ここまで 鑑賞に堪えない番組ばかりでは、まともな大人なら誰だって逃げ出すでありましょう。たかがエンタテインメントのドラマですが、これはそのまま国力の問題に なるであろうと思っています。以前「おしん」が世界で放映されて共感を呼びました。おしんは日本の一つの「顔」となって日本に好感をもってもらえる助けに なったでしょう。
今、日本から世界に出て行く一体どんなテ レビドラマがあるのか? 私は観ていないのですが、韓国ドラマの「愛の不時着」を夢中で観ている、はまっているという話はうんざりするほど見聞きしまし た。昨年のアカデミー賞の映画もありましたが、韓国は面白いドラマ製作で韓国の顔をどんどん発信しています。日本のドラマの低レベルは日本の顔がなくなっ ていくような国力低下ではないかと憂慮するばかりです。
視聴者はお粗末にもっと怒るべきです。そ の価値もないテレビかもしれませんけれど、やはりテレビをこのまま愚民化のための洗脳装置としてしまうことは戦前の自由に物言えない社会を招きかねませ ん。もし現在の日本のテレビをひどいと思わない層が多いなら、日本は本当に国家存亡の危機ですが、私の周囲ではテレビは、天気予報とか地震情報、時間を確 認するものであって、真剣に観ない人たちばかりなのがせめてもの救いです。
長々と雑談メールを書いて失礼しました。
あと九日でみづうみのお誕生日です。どうかご無理のないよう、免疫力を高めてコロナ退散! 暖かくお過ごしくださいますように。
鯉 寒鯉の雲のごとくにしづもれり 青邨 2020 12/12 229
* 妻の、昔むかしの女学校友達から、関西ふうの「おかき」を戴いた。
2020 12/14 229
* 京、有栖川の さん、丹波栗を甘煮の瓶、丹波黒豆を甘煮の瓶、ずっしりと戴く。 下保谷眼科の佐藤千里子先生、「とらや」の最中をたくさん 戴く。
栃木の渡邊佳寛さん、名産の超大粒の苺・とちをとめをたくさん送って下さる。
練馬の持田さん、重ねて、めずらしい蘭の鉢を贈りくださる。
もう、我が家には「今」でしかない、やがて無くなって行く「日々の華」やぎ。感謝しつつ私は素直に嬉しく頂戴している。ありがとう存じます。
* 高麗屋 松本紀保の主演する新年芝居の案内があった。観たいなあと声がでる、が、ガマン。
* 八時過ぎて。今日も相応には働きました。
昨日今日、相当にからだがよろめいてヒヤッとすること二、三度。目のせいか、体調か。壁に手を軽くそえて足踏み機械をシッカリ「踏む」だけなら、かなり重く設定してあっても160度も踏めるが。朦朧と五体のよろめくのはアタマのせいか。
狭苦しい家のお蔭で、どこででも、一瞬ハッと崩れかけてもどこかに手が届く。支えられる。狭い家も、怪我や事故防ぎにはなるんだ。
春草畫『帰樵』 山をくだる夫婦部分の繪ハガキに目をやっては、気疲れを癒している。勝田貞夫さんに戴いた何度もの写真類で、ダントツ心穏やかに懐かしい有り難い一枚、左の手を斜めに出せば触れることも出来る。
2020 12/15 229
* 京の冨松賢三君、国民学校から大学まで一緒だった唯独りの懐かしい心親しい親友が、色優しいウマイ京菓子を送ってきてくれた。ありがとう。元気でいてよと心底願い祈る。
* 京・向日町の染織家渋谷和子さん、美しいナウ・センスの作品を、何点も、惜しげなく贈ってきて下さった。新潮社刊『みごもりの湖』、筑摩の『繪巻』など以来 何作も本の装幀をして下さった。有り難うございます、お大切に年を越して下さい。
* 小説『花方』の産みの親でも春愛媛今治波方の、もと図書館長さんだと聞いている木村年孝さん、愛媛名産のバレーボールかとおもうほどの大きなお蜜柑を ずっしりと贈ってきて下さった。今や歯のアウトな私にはまことに嬉しい生き生きとした見事に見栄えの果実。感謝感激です。
* 川本三郎さんから谷崎先生の『細雪』に触れた一冊本を頂戴した、感謝。谷崎文学も読み返して楽しみたいなあと思っていた。戦後も早い時期の新制中学時 代に、一冊本の『細雪』を小遣いで買って(オオッ!!)、一つ歳下の梶川の妹と分け合い愛読した昔を懐かしく思いだす。七十年ほども逢っていない、が、私 よりも達者に長生きして欲しい。三人姉妹の下の妹ははやくに、姉はつい近年に亡くなりましたと、何必館のしらせがあった。
2020 12/17 229
* 義妹から、私八十五歳誕生日へのお祝いに、美味しいクッキーと、猫たちの Happy Birthday to you大合唱のちっちゃな飾り棚とで届いた。,ありがとう。
85歳のお誕生日 (21日)
おめでとうございます!
世界では 色々なことが起きていますが
どうぞ 心と体は 穏やかな日々でありますようにと お祈りしています
お二人揃って 長生きして下さい! 琉
今月は妹の誕生月でもあるのに、私からは、妻(姉)まかせで、メールやブレゼントでは何を云ってもして上げてもいない、のに。
恐縮し、嬉しがっています。いつもいつも好意を満喫しているばかりの勝手な私で、ごめんなさい。
* 神戸の岡田昌也さん 美しいとも謂うべき立派な「山の芋」を、ずしっと贈って下さった。ありがとうございます。
2020 12/18 229
* 高浜虚子に並ぶ俳人荻原井泉水さんには、私、作家に成り立て早々雑誌「春秋」に書いていた『花 風』連載の途中で、突如として「ファンレター」を戴 き、追いかけて、「秦 恒平雅兄一餐」とそえられた「花 風」大字をまで贈って戴いた。井泉水さんといえば正岡子規門のすでに歴史的な方であったから、太宰賞ほやほやの若僧には それはまぶしい名前だった。「ファンレター」も揮毫も、嬉しい以上に仰天した。どんなに励まされたことか。大字二字の揮毫はいい表具をして額装し、今もこ の機械席の右上間近な高みに掛け、肌身にふれるほどにいつも振り仰いでいる。
* 私は、同世代ないし若い世代の文壇人とはほとんど付き合いが、無いと言えるほど数少なく過ごしてきたが、選集の「年譜」で、驚かれる人もあった、二、 三世代も上の大先輩との、私から求めて近づいたことは滅多にないのに、ご縁は多かった。太宰賞候補に推薦されていたことすら当選の通知以後まで知らぬほど だった、応募していなかったのたから。「懐かしい」ということばの意義をあらためて思いながら懐かしいそういう先生方のお名前を自身びっくりするほど思い 出せる。幸福と謂うしかない、が、同世代の人らとの付き合いに励まなかったのは、しぜん「騒壇餘人」へ身をひいてゆくことにも成った。
2020 12/19 229
☆ 急に寒くなり
北国からは大雪のニュースも聴かれるようになりました。お元気でお過ごしのことと存じます。
先日はありがとうございました、お読みいただき どのように感謝の気持をお伝えしたらよろしいかと。 私の唯一の専門の職、手織りの膝掛けを織らしていただこうと思い立ちました。
ひざ掛けなど昨今の暖房の行き届いたお宅ではかえっておじゃまになるかも知れませんが、その時はソファーカバーなどにお使いいただきたいと存じます。こ こ数十年 展覧会用のタピストリーをむ一年一作と自分に荷しておりました。日用品の制作からは離れておりましたのでだいぶん下手になり手際も悪くなり糸が 飛んでも気が付かなかったりして八十一歳という歳を感じております。糸を染めたり紡いだりしながら織っているので デザインは頭の中に有りますが、経糸と 緯糸の色の重なった時の色彩が少しの色の違いでも全く感じが異ったりしてやってみないとわからない事が沢山あります。一度糸を入れたら抜くのは大変で糸も 傷むので避けるようにしています。
お気に召しませんでしたら 又 年明けに織直し致します。その時はお好みの色や手ざわりをお知らせ下さいませ。
素材はウールに絹が少々入っています。お洗たくは手流かクリーニングでお願い致します。
もう一つ 小さなマフラーが入っておりますが これは奥様にお使いいただきたく織りました。 私の好みの色を楽しんで織込んでおりましたら ピンクが多 くなってしまいました。子供っぽいとお思いかと存じますが 明かるい色はお顔の色を華やかに見せると思います。 地味な色の丸首やVネックのセーターの首 元に二巻きして前で軽く一結びしていただくと落着く思います。 むすび目にパールや彫金のブローチを富めても素敵です。
お使いいただければ幸です。
では よいお年をお迎え下さい。
コロナの終息を祈るばかりです。 神奈川縣 二宮 高城由美子
* ありがとう存じます。この機械に向かう膝に、日々冷えを覚えておりました。有り難く頂戴、愛用させていただきます。
家内もとてもよろこんでおります。 お書きかけの作、十三世紀前半を彩る関東武門懸命の絵巻へも成長しますようにと期待します。
* 見事に美しい温かな「織り」の美術作で、日用にはもったいなく思えるほどだが。膝の上の感触は柔らかにふくよかで、ちょと息を呑むここちの文字通りの「美しい作品」に感嘆もし、心より感謝もしています。有り難うございました。
* 宮崎櫻の郷酒造の凄いほどに美味い焼酎「赤魔王」の芋・麦セットを、三越を介して贈られてきた。私名宛で送り主は都内中野区本町の「株式会社エトー様」と荷札にあるが、はて。確かめもせず飛びつくように先に「芋のうま味」にのけぞった。すばらしい。
☆ ことしも残すところ
わずかとなりました。皆様にはお変りございませんか いもご芳情賜りましてまことにありがとうございました。
選集全33巻の完結とこの一年の感謝をこめて 地酒をお贈りすることにしました。(12/21 着)
くれぐれもご自愛専一に
よいお年をお迎えくださるようお祈り申し上げます 京・山科 あきとしじゅん 詩人
* ありがとう存じます。
* 練馬の宮本裕子さんに戴いていた、選集最終巻へのお手紙、いつものように、思い切り小さな字でたくさん、しかも引用とともに具体的に書かれていて、気に入った箇所や表現への賛同や共感に満たされてある。ありがたいこと、私は幸せである。
* 高城由美子さん「作」の膝掛けが温かい。文章も的確に書かれる。
2020 12/29 229
☆ お誕生日 おめでとうございます。
引き続き奥様ともども 老いの坂道を 焦らずにゆっくり歩まれることを願っています。
私事で恐縮ですが 私と亡妻は 山間部の複式小学校で同級生でした。89歳までを共に生きられたことを よしと しなければと思う一方で、やはり独りは寂しいなと……。
お祝いの気持ちを 22日に届くよう送りました。 吉備の人 毅
* お言葉が 胸にしみ入ります。どうかどうか 日々のご境涯を胸を開いてお大事に、そして、つたない私どもの余生をもご叱正し続けて下さいますよう。 秦生
* 暖房の機械まえも冷え込む。高城さん手編みの膝掛けが 寛かに温かく有り難い。
* 小滝英史さん、清酒「越之寒中梅」三種下さる。感謝感謝。
2020 12/20 229
* 梅若万三郎さん、年越しの饂飩を下さる。恐れ入ります。
2020 12/20 229
☆ 2020年の暮れに、神戸e-old
秦先生 おはようございます。
新型コロナウイルスに始まり、解決をみないまま暮れようとしている2020年です。
私にとりましては途絶えておりました秦先生とのメールが再開できたことが嬉しいことでした。そして『秦恒平選集』の最終巻をご恵送いただいたのも同じ思いです。
生協で奥丹波を購入したと私語の刻で述べておられましたね。
私も毎年末に奥丹波の山名酒造から正月用に購入していまして、お礼とお誕生日祝いを兼ねて純米吟醸と酒粕を手配いたしましたので、到着までしばらくお待ちください。
さて、いまごろになって源氏物語を読んでいます。現代語訳は古くは与謝野晶子や谷崎潤一郎ら、いろんなヴァージョンがありますが、先生の教え子の角田光 代さんの訳によるものを読んでおります。角田さんは源氏物語に思い入れがあるというわけでもなく、読みやすさに注力されたそうです。実際、大変読みやすい 訳になっています。
上中下と3巻になっていて、ちょうど中を読み終えました。あと一息です。残りは正月の楽しみとしましょう。それにしても、もっと早くに読めばよかったと呆れています。
新型コロナウイルスの終息は先が見えません。日々大切にお過ごしください。
芝田道、神戸e-old
* 『奥丹波』という「うま酒」の名を識ったのは、頂戴したからで、芝田道さんからであったろう、 06 02 26の日付で こんな戯作が家集『亂聲』(湖の本 134)に遺っている。
雨降り冷え冷え ひなあられ 白酒いやいや 奥丹波 辛口ひたひた 富士夫作 刻銘「花」とよ ぐいと呑め つち色くろぐろ うまざけの さかなはなになに 菜種あえ 雛にもそれそれ めし上がれ 蛤汁(はまつゆ)あつあつ 弥生を待つ待つ
☆ Happy Birthday to You ! 森下辰男
秦 兄 まずは月並みな祝意ですが 85歳の誕生日おめでとう。
元気に85歳の誕生日を迎えられたことを共に喜びたいとおもいます。
12月21日と言えば 冬至で 京都人なら東寺の弘法さんの市を思いだしたり、共産党員ならスターリンの生誕日だと言う人もいるでしょう。
長くも短くも人はこの世に生を受けて、多くの人の記憶に残る人物も居れば、歴史から抹殺される人も居ますが、兄はその点非常に多くの傑作を書き残してこられたので 秦恒平の名は作品とともに末代世人に受け継がれていくことでしょう。まことに羨ましいかぎりです。
と同時にそんな兄と70年もの長いあいだ、友人の一人として今日の佳き日を元気に迎えられたことを心から嬉しくおもっています。
願わくば次は米寿から卒寿へと身体の各所に手当をしながらも互いに元気でその日を迎えたいと念じています。
互いにまだまだするべきことが残っているので、身体を労わりながら日々を無難に過ごされるよう願っています。
85歳の誕生日おめでとう。 京・岩倉
* 大いに照れくさいですが、ま、胴上げして貰った心地で、こころより感謝申します。一つのまた刻みを踏んだということ、謙遜に身をいたわって日一日と気を新たに過ごして行きましょう、文字通りにお互いに。それにしても京が恋しくてなりません。
* 京。山科の詩人 あきとし・じゅんさん、 名酒なかの名酒「獺祭」下さる。感謝感謝。橋田有子さんに頂戴の松茸佃煮と塩昆布で戴く。
☆ 八十五歳
お誕生日を迎えて思い新たに。
冬至、再び陽の蘇る時。
どうぞ 滋養あるものを無理しても食し、元気に暮らせますよう、強く切に祈ります。 尾張の鳶
* ありがとう。
2020 12/21 229
☆ お元気ですか、みづうみ。
お誕生日おめでとうございます。
今年何より嬉しかったのは、みづうみの選集の完結を読、者として現在進行形で迎えられたことです。こんな大事業を遂げられても、少しのんびりなさる間もなく、みづうみはすでに新作を入稿済み、次作へと、勤勉さを絵に描いたような毎日をお過ごしです。
あちこちお疲れもご不調もおありでしょうし心配していますが、それでもみづうみと同年代の多くの方は 要介護や要支援が当たり前のことですから、みづう みはかなりお元気な八十五歳といえます。どうか新しい一年も、たくさん読んで書いてお幸せな日々をお過ごしくださいますように。
コロナだけでなく転倒にはくれぐれもご注意ください。
>「寝てもの想ふ」という発想法もあり、これまでも何度も援けられてきた。
みづうみならではの名言だと思いました。「もの想ひ」すぎると眠れなくなることもありますが、力が抜けたときに何かがひらめくことはよくあります。さすが!
>(エバ このかた 「文学」にならない「女」はいません、が、「文学」に出来るかどうか 「秘鍵」を持っているのかどうか、が 男ないし作者の問題。 秦)
男の文学者が自分の「女」のイメージを乗せて造形しやすい、表現しやすい女とそうでない女があると思います。たしかに、それは男である作者 の問題ではありますが、作者をその気にさせない「女」はいないも同然の存在でありましょう。作者の想像力と創造力をかきたてない「女」である自分はツマラ ナイ女だと思っている、という意味で書きました。宮本輝さんの小説の登場人物が、騙されやすさというのは女の大変な魅力だと言う場面があり、なるほどなあ と思ったことがありました。
>「文学の秘鍵は」「即、男」と確信して書いてきた女作家を知りません、結局男がらみにいろんな「女」を、リアルに掘り且つ彫り出していたようで。それがよくないということは何も無い。
ただ、リアリズムの外を開拓した ル・グゥインなどはかえって「男」への関心の深さへ突き当たってイデアルな別世界を創りますね。
このご指摘には思わず唸りました。「女の敵は女」とよく言われますが、女は「男」より同性の「女」に強い関心のある生き物かもしれないなあ と気づかされました。あるいは「女」にとって異性の「男」は、「男」にとっての「女」ほど重要なものではないためではないかとも考えられます。「女」の作 家は「男」に愛されるか愛されない「女」に関心があるのではないか。「男」との性より「母」であることのほうが女を変えるというのが私見です。
ル・グゥインの「男」への関心の深さというお言葉も、読みこんでいらした方ならではの鋭い洞察だと思います。
『闇の左手』をすぐに思い出しました。地球の男と両性具有の異星人とのふしぎな愛を描いたあの名作は、地球のLGBTという概念をまったく超越している 独特の魅力がありました。「男」でしか成立しなかったでしょう。あの愛の関係には生臭い「女」的なものは全然感じなくて、だからこそあれほどピュアであれ たと思います。
>中学以来の友人が 突如 はたクンの代表作は『オイノ・セクスアリス』と思うと云うてきて、
『闇の左手』から突然『オイノ・セクスアリス』へ話が飛ぶのですが、『闇の左手』の二人には性関係がなかったことが愛をより清らかに出現させたのに対し て(ルグゥインが女だからかも)、『オイノ・セクスアリス』の二人には性関係がありすぎて、愛の不在がよりむごいかたちに露わになった印象を受けました。
『オイノ・セクスアリス』については一度きちんと感想を書きたいと思っているのですが、わたくしごときが何か書くには作品世界が、深く大きすぎて、途方にくれたままになっています。
わたくしは女の代表というわけではないし、独断と偏見だらけですから、私という、他人から見たら「女」であるひとりの女の読者はという視点で申し上げる のですが、この作品は「性」という業を負った「男」全般の罪深さを描き尽していると思いました。雪繪だって罪深い、女は罪深い。それはたしかなのですが、 『マノン・レスコー』のような「女」の「男」に対しての罪深さは、むしろ男をある種の幸福に至らしめるものであるのに、「女」の性愛を食い尽くす「男」の 罪深さは、愚かな「女」に死さえもたらすのか。もしそれが真実なら、女は適当な時期に「性愛」を見切ったほうがよいだろうと思いました。
『オイノ・セクスアリス』は、私にとってはどうやら「男との性愛」はさよなら、というそんな感想を呼び起こす作品のようなのです。男女は性関係がないほ うが、人間の成し難い愛の頂きに届くのではないかと、そんなふうに妄想したのです。しかし、「男」は性愛だけでは不充分でも、それを介さずに「女」との純 愛にはいたらないでしょう。だから男女の愛の実現には絶望を感じています。
何かの記事で読んだのですが、女のおよそ半分かそれ以上( 記憶が定かではないのですが想定以上の多さ)は、オーガズムを知らない、経験しない、というような内容でした。「性」関係をそれほど良いもの、必要だと思 えない女は世間に多いのではないでしょうか。実際、中年以降性愛がなくても痛痒を感じない女は少なくないでしょう。マレーネ・ディートリッヒですらセック ス嫌いと言われていたようです。『オイノ・セクスアリス』はそういう女へのとどめの一押しをしてしまう。女にとっての「性」は愛にいたる道の障害物で、性 愛は子どもを持つことで完結させるべきものではないか。男女の性愛が恋愛でなく友情へと万が一でも転換できれば僥倖ぐらいに思って生きたほうが少なくとも 「女」は幸福ではないか。
「文学の秘鍵は」「即、男」と確信して書いてきた女作家を知りません、という理由をさらに突き詰めると、結局「性」の問題は男の問題だからではないかと 感じます。(出産が「男」の問題にならないようなものです。)『オイノ・セクスアリス』は「男」の「男」による「男」のための「寓話」として、古今東西の 誰も書かなかった、書けなかった性の境地を描いていると思いました。
この「寓話」にわたくしのようなう「女」の入る余地はありません。この作品を最初に読んだときの憤りに似た感情の一因がそこにあったのか、なかったの か……。日本に恋愛の大作がないと、以前書いていらしたと思いますが、その理由もこの作品から読みとれるのではないかと思っています。
来年にはまた違う感想が湧いてくるかもしれません。色々な読み方、つまり誤読と曲解が出来ることが名作の条件でもありますので、現時点でのわたくしの稚拙な感想をどうかお許しください。
ここ数日急激に寒くなっています。どうかお風邪など召されませんよう、暖かくお過ごしになり、ご家族で楽しくお祝いなさってください。
おめでとうございます。 冬 仏壇の菓子うつくしき冬至かな 子規
* 思案刺激のいいメールだが、さしあたり私の『オイノ・セクスアリス』に触れて謂えば、多くの読者は作中の「雪」という若い女人へ、その性へ引きつけら れてしまうだろう、そのようにも書いているのは確かだが、吉野東作という老境の失楽園そして果てない夢見「倶會一処」透明に捨象された「セクスリス」の対 象は、それとはまるまるの「別」世界にこそ根ざしていて、ひたすらな憧れの故に暗闇の下鳥羽の森や湿地や、大河の出会うおそろしさへと誘われる。その世界 こそが、「雪」「雪繪」が必死に求めていた「まだ行ったことのない京都」という魔でも救いでもある聖地であった。いわば「性」よりも「聖」という生来見失 い奪われていた「魔」への憧れが書かれている。それはいかなる「性」を介しても所詮は到達しづらい別天地、それをこの吉野東作という爺は哀しいほどに知り 得ていた。
ついでながら東作の名は、あの秋成との対だと悟る人は、この物語に別の鍵を探ることだろう。必然「秋成八景」と予告された私のつぎの秋成を追う一景は、用意されてある。『オイノ・セクスアリス』はその大げさな予告とも謂えようか。
東作西成 春作秋成 は同じ意義を抱いている。あるいはあの秋成の秘めた憧れを私はこの「東作」さんの「セクスアリス」に隠したのである。
2020 12/21 229
* 朝一番。作家の牧南恭子さん、りんごジュースのずしん重い一箱を下さる。感謝。ペンの委員会で席をならべていた昔から、遙かというほど久しくなったなあ。私よりはお若い。お元気で。
2020 12/22 229
* 吉備の人、最上等の「獺祭」を二升、贈って下さった。師走を正月へ、何より。有り難う存じます。
* 元 講談社の書籍出版を統帥されていた天野敬子さん、例年のご厚意、すばらしい一連の吊し柿たくさんを贈って下さる。『選集』の三十三度を、心底深切 をきわめて励まし続けて戴いた。わたしは本当に果報者であった。心より御礼申し上げます。コロナのさなかです、どうぞお大切になさってください。
2020 12/22 229
* 北越の光明寺さん名酒「越乃寒梅」を、神戸のe-OLD芝田さん伝統の丹醸に、手触りも美味しそうな新酒粕を添え、送って下さる。ありがとう存じます。
2020 12/23 229
* 上野千鶴子さんが、岩波で新刊の『近代家族の成立と終焉 新版』に手紙を添えて送ってきて呉れた。江藤淳に触れて書いてあるのを「読んで」と。東工大 教授へわたしを推薦しておいて慶応へ「帰って」行ったといえるのが、江藤淳。上野サンとは思想的に合うという人でなかったが(上野さんがそう云うている) が、批評家としては「戦後批評の正嫡」と尊重していたらしい、そういうことはあり得る。私は、生前の江藤さんには 彼のなにか大きなお祝いゴトのパーティ で、かなり遠い場所から、しかし、丁寧に黙した一礼を送り。すると打ち返すように江藤さんはすてきに穏和な笑顔で返礼された、その一度しか会ったことがな い。東工大の「と」の字にもお互いに触れなかった。その後に、最期ちかくに、二冊、自著を送って下さった。
江藤さんのの亡くなった衝撃のまま、後半季を黙々耐えて、今度は歳末ちかく実兄「北澤恒彦」に同様に自死された。いまも残ってある『湖の本エッセ1イ20 死から死へ』(2000 2 20刊)は、その折りのいいよう無かった痛苦の名残だ。
* この二三日、自分の『オイノ・セクスアリス ある寓話』を読み返していたが、この長編作の前半
をかなりの気負いと勢いとで爆走いや無茶走りが出来たには、察している人が多かろうか上野千鶴子編輯の、ウーマンリブ生き残りたち合巻共著を無礼なほど踏 み台の一つにしていた。上野さんの本は沢山もらっていて、かなり読んでいる、手堅い論考ものなどを、むしろ気を入れて読んできた。ま、私はシンパシィのあ る方の上野読者なので。ま、彼女やそのお仲間たちへ都合良くツケをまわしたりしてわたしはあの新しい「セクスアリス」を、あれこれと引き出しの隠し戸から ひみつの「私自身」を楽しんだのだった。 「近代家族」が「終焉」したのか変容しているのか、その辺は上野新著でまた勉強しましょう。
☆ 秦 恒平様
お礼が遅くなりました。コロナ疎開で都内を長く離れておりましたので。秦 恒平選集 全33巻最終巻 たしかに受けとりました 光栄です。色川(大吉)さんの『不知火海民衆史』の自費出版のお手伝いをしましたので 本作りの大へんさは身に沁みております。
江藤淳さんの(東工大教授=)後任だったとは。江藤さんの推挙があったのでしょう、東工大はユナークに文学者の採れるポストをもっているのですね。
同封の著書(『近代家族の成立と終焉』)で、昨年神奈川近代美術館で講演した江藤淳論を収録しました。お目汚しですが ご興味がおありでしたらごらん下さい。
コロナ禍のもと、どうぞご無事でおすごし下さいますよう よいお年を。
12/21・2020 上野千鶴子 東大名誉教授 社会学
* お大事に。お元気で、よい春を迎えて下さい。
江藤淳さんといい、色川大吉さんといい 、ご縁ということは有るものだ。堅苦しいこと抜きに気軽に懐かしい思い出でこの六十年の東京時代に出会った抜群 の先生、先達、先輩、後輩方の思い出を、ちょくちょくと、しかも含蓄の、「一言や場合いを」書き置くだけでも結構心嬉しい大冊になるだろうなと思う。
2020 12/23 229
☆ 秦 先生
いかがお過ごしでしょうか。
コロナ禍で蟄居しているうちに一年が経ってしまいました。電車に乗らず、家族以外の人たちにもほとんど会わず、という希有なありがたくない経験の一年でした。
唯一の救いが、上智大の「ギリシア哲学原典講読」セミナーのオンライン授業に教授の計らいで参加させてもらったことです。
孫のような若い真摯な学生達との学びがコロナ禍の憂さを晴らしてくれました。正直なところは、とにかく難しい古典ギリシア語の予習に難儀する毎日で、まさにシンドサを楽しむという感がありました。
まだまだコロナ禍は収束してくれそうにありませんが、お体おいといくださいますようお祈り申しあげます。
p.s. 我が郷里栃木市の地酒大吟醸「杉並木」をご送付申しあげました。私の高校、大学が同窓の先輩が造っています。
ご笑味いただけましたらさいわいです。 篠崎仁
* 有り難う存じます。佳い名乗りのお酒ですね。楽しませて頂きます。
胸傷むばかりな一年でしたが、そのうちにも励みはありました。
お達者に無事によい春をお迎え下さい。
2020 12/24 229
☆ 秦 恒平選集第三十三巻
ありがとうございました 完結 おめでとうございます
全巻読ませていただき ほんとうに佳い勉強をさせていただきました
二度目 三度目の読書は年齢を重ねただけ 読みが確かになっているように思います
また最初によんだときの感情があざやかに甦り あの時に比べて今はなんとおだやかに読書を楽しんでいるかと感慨深いものがあります
十月には卒業生との あずきや読書会で 『語り合う日本の古典風景』(湖の本141)をテキストにさせていただきました
式子内親王ファンで自身も歌を作っている女性から 「思いを調べに重ねる苦労話」をきくことができました また友禅染を仕事にしている女性は
「『梁塵秘抄』を読んでみたい」と言い
「それならいい本がある」と言って
桂本元彦さん(ゲストハウスあずきやを営んでいる卒業生のおつれあい)が書斎から持ってきたのがNHKブックス出版の先生の御本でした。
桂本さんは以前 ナポリ大学で教えていらした方で 今は私のイタリア語の先生です
『親指のマリア』を面白く読んだという桂本さんが 「歴史というものは小説を通して記憶されてゆく」と話していました。 同感です。
河本先生(=私も妻も大学の教室で講義をうけた先生)のところでデザインについて考えたあと 学生たちと日本のデザインについて勉強をはじめたとき 先 生の御本が沢山のことを教えて下さいました 好きな日本をきちんとみるためにイタリア語を 今、学んでいます。外国語の学習は これまでになかった自分と 出会う機会を与えてくれます
「不立文字の禅」ではありませんが 学校時代の外国語学習とは違う 字ではなく音で学ぶ体験は 身体に言葉を溜め 芯から自分を変えてゆくような気がします
「ブッダたちは=インフォメーションには関心を示さない、彼らの関心は変容=トランスフォーメーションにある」という文章が納得できたようでした。
その時々の「今日只今」へのなおざりにできない思いが集められた「濯鱗清流」「一筆呈上」は、その今日が昔になり、明日だった日が今日になっても なお 批評性を失っていないというより 今こそ読むときと感じる言葉が沢山ありました ないがしろにされてきた問題を コロナ禍の状況が目に見えるものにして います
「完結に添えて」を読ませていただいたあとの(口絵の=)「歸樵」は ほんとうにおふたりが歩いている映画のように見えてまいりました どうぞ 佳いお年をお迎え下さいますように
京都 羽生 清(きよ) デザイン美學藝術學 草分けの研究者
* ありがとう存じます。 京都の 温かみの匂い清い和菓子もどっさり頂戴した。
* 篠崎仁さん なんとも名も清雅な清酒「杉並木」を下さった。感謝申します。
2020 12/25 229
☆ 暖かいクリスマスです。
沢山のお恵みがありますように。
静かなクリスマスの夜です。祭壇のろうそくの灯りが美しいこの夜です。 那珂
2020 12/25 229
☆ 京・三条粟田坂下の星野画廊さん、例年の、私の好きな煎餅を下さる。
☆ もっと早く
ご連絡すべきでしたが、病気の方は検査も終えて再発の徴候もなく、今は普通に過ごしています。今後は定期的に検査をしていくことになるようです。いろいろご心配をいただきましたがどうぞご安心ください。
もっとも年齢を数えてみれば何も驚くこともないようです。ずいぶん遠くまできたのだと、自分でもやっと気づくほどです。未完の仕事もあるので先日は勇を 振るつて駒場の近代文学館に行きましたが、月曜が休館なのもすっかり忘れていました。入口をさがして公園の周りを一回りしましたが公園がそもそも月曜休園 でした。
渋谷の駅の周りもすっかり変わって、井の頭線の乗り継ぎもだいぶまごつきました。たまに出かけるとこんなことも多く、これもこの年齢の当たり前のことなのでしょう。
今年も甲州の枯露柿をお送りしようと楽しみにしていましたが、もうそろそろと家内が依頼の電話をしましたところ、驚いたことに今年は柿が全滅してしまっ たということでした。小さな粒が幾つかなっただけで、何が原因か、今年の長雨・豪雨、酷暑のせいか、そこの農園には大きな甘柿もあるようですが、これもほ とんど実がならなかったとご主人の話しです。異様な気象が柿の樹にまで及んでいたとは、甲州全体がそうであったのか、その柿の樹に何が起こったのか、暮れ を前に農家の方の暮らしは等々、気にかかることばかりですが、今年はお送り出来ず唯々残念に思っています。
コロナも まったく収まりません。どうぞ健康にご留意してお過ごしください。
また楽しい手紙も書けると思います。奥さまにもよろしくお伝えください。
柿といえば 高校生の頃の、こんな歌があったのを思い出しました。
子規の喰えるという柿はいかなる柿か
今喰える柿は甘くなかりき
療養所に入っていた時、俳句や短歌の回覧誌に誘われるままに出したものでした。子規の句と戯れているような感じですが、そんなに余裕があるわけではな く、青年になる手前の、未熟な一生懸命さで作っていたように思います。短歌や俳句といってもまだ教科書に出ている程のものしか知らない頃でした。何となく その頃のことを思いだしたので書き留めてみましたが、よくまあ、こんなものだけを覚えていたものだと、自分でも驚きです。
お笑い下さい。
今日も寒い日になるようです。繰り返しになりますがどうぞお気を付けてお過ごしください。
よいお年をお迎えください。
十二月二十五日 横浜 襄 近代文学研究家 詩人
* 懐かしいお手紙を戴いた。同じほどな歳恰好の久しいお馴染み。お達者のようす、嬉しく。
2020 12/26 229
☆ 秦 恒平様
ご無沙汰いたしました
お元気でお過ごしでいらっしゃいますか
私どもも
無事に元気で暮れを迎えることができ ほっとしております 先々の注文をお受けしながら コロナなどで仕事が続けられないことになれば お約束が果せなくなります 大晦日までのあと数日を支障なく過ごせればと願っております
先生 奥様どうか御身ご大切になさって穏やかな年(これは希望ですが)をお迎えになられますよう願っております
何を書きましても ことば足らずで お気持を損じましたら お許し下さい
この一年の感謝を籠めて
令和二年十二月二十五日 村上開新堂 道
* 心の籠もったクッキーの缶を戴いた。お店には「菓子」コーナーと「レストラン」とがある。この方は開新堂を率いてられるだけでなく、いわば日々の「食 事」の開発と工夫の料理家でもある。もう35年近くもの、真正面で顔を合わせたことの無い「親友」と謂えよう。「湖(うみ)の本」その他が私にもたらした 恵みは遠くも近くもただ読者だけではなかった。有り難い。
☆ 鴉、
どうぞお身体に気をつけて 尾張の鳶
* 鴉と鳶というフザケた呼びようはわたしが付けたが、苦情もあったように、鴉と鳶とは鳥仲間のなかでも人間からはあまり親愛されていない、ことに西洋では。
しかしわたしは、霏霏と雪の飛んで降りつぐ冬木の枝に、ただじいっと息を潜めている水墨の名画が、鳶にも鴉にもあるのを深く敬愛してきた。
2020 12/27 229
☆ お元気ですね
最近は気力失せて、でも寝付く程の体力なしでもなく…
娘家族と同居で話相手に事欠かないし近所にもいい話相手がいます。
新宿も馬場も銀座も遠くになりました トホホ。 もっとも 今は外出は控えねばネ
あなたは元気で結構 結構
佳いお年を… 花小金井 千
* 翠苔いちめんに真っ白く霜をうったよう、いつも冴え冴えとした一つ下級生だったが。
老いは、誰一人も見逃さないか。
アタマが荒縄で縛られたよう、ナニも出て来ない。ナニをせよとも教えない。結構 結構か。
音楽を聴く。
* 聴きながら寝ていた。はや、二時半。
2020 12/28 229
☆ ご懇篤な
お便りに恐縮いたしました。
「柿渋は新型コロナウィルスを不活性化する」という研究の報道があって以来、柿園はてんやわんやのようで、今年の干し柿の出来に不安を感じていました。及第点をいただけて安堵いたしました。
ここ一年程急に視力が衰え、読書もままならなくてへたっていたのですが、ご不調をおしての「「湖(うみ)の本 151」へのお取り組みや、心に蔵された”湖”から無尽に汲み出される題材のことを汁と、元気を出さないとバチがあたるという気になりました。
どうぞ用心には用心を重ねられ
新しい年を鮮やかにお迎え下さい。
二○二○年十二月二十八日 天 講談社役員
* 気負わず、之を次いで之をと生気のまま書き継ぎたい。愚痴に沈む齢ではない。
2020 12/30 229
* 昨日。野沢利江さん 例年のように鴨鍋一式のご馳走を送ってきて下さった。年越しに、有り難く温かく戴きます。
今日は小松の さん、すばらしい昆布を山のように送って下さる。有り難く、新年のお雑煮の用に頂戴する。感謝感謝。
東工大を三年から院へ、そして東大へ、いちはやく大学の先生へと、みごとに駆け抜けていった為我井さんから、変わりなく「湖(うみ)の本」へ支援の送金 があった。感謝します。やはり同じ道を進んでいき、同じように応援してくれる川口さんもある。早く家庭に入って幸せいっぱいっばいの和田さんも。みな、生 直ぐに和やかで聡明な女子学生だった。ますますお元気出と願う。
男性の方は、みな、あまりに今や忙しそう。
2020 12/31 229