ぜんぶ秦恒平文学の話

交遊録 2022年

* 賀正。東村山の写真家、近藤聰さん、元旦早々に東村山の地酒一升をお年玉のように下さる。
2022 1/1

* 年賀状が、夕刻に、やっと届いた。思ったより他範囲におおぜいさんから戴いていた。
私自身は年賀状を書かないと決めて、もう久しい。暮れといい、正月といい、多くの時間と手仕事を要するのは、肝心の要事に触ってくる、それで一切、止しに決めた。それでいて沢山戴くのは喜んでいる。勝手やなあと思いますが、勘弁願います。

* 野沢利江さんお心入れの鴨鍋の美味をふたりで楽しみ、味わい、ご馳走様。ほっこりと温まりました。ありがとう。

* 和漢の古典研究の優れた専門誌「汲古」に、根を詰めた研究を連載の浦野都志子さんの新年の挨拶も在った。「黒川春村」という江戸時代の研究家の業績を丹念に精緻に再検討されている。元、東大綜合図書館の司書をされ,「湖の本」にも親しんでもらってきた。なにごとでもそうだが、「研究」と「評論」との烈しいほどの差異を教えられる。「汲古」は一見小冊子だがモーレツな顔ぶれの「研究委員会」の討議を経て、質の高い研究論文が厳選されていて、凄いほど。なぜか私は、汲古書院から毎冊頂戴し続けているが、一冊に七八篇、浦野さん「ご批正」を請うてられるが、なかなか、らくらく読みこなせる物で無い。近現代の「文学研究」誌にかかる水準のせめて一冊でもあってしかるべきだが、おおかた、研究ならぬ、読者水準からの作文的批評どまりが多いのである。残念。
2022 1/1

* 秦恒平様  メール機能が回復していないかも知れませんね。いつかは回復するでしょうから、そのときを先取りして一筆お礼を記します。
『湖の本』155 哀楽處順 を昨日いだだきました。変わらぬご厚意に感謝を申し上げます。昨日午後から拝見して、本日午前中に及びました。味読させていただきました。『閑吟集』の「うた」を「まながひ」の哀楽の観点から、想像力を駆使しての一貫した読みの姿勢には感服、共感しました。
パウロの伝道生涯の物語から読み始めて書簡を読んでおられる。驚きました。パウロの思考と語り方には徹底性がありますね。しかし彼は人間の弱さをよく知っていますし、それを裁くようなことはしません。終末の確信が人間の問題を相対化しているのでしょう。
加齢による不自由との闘いは秦さんご夫妻もわれわれ夫婦も同じです。よく生き抜き、より多くのよい仕事を残して下さい。新たな年を平安に感謝をもって迎えられますように、お祈りいたします。   並木浩一 国際基督教大学名誉教授

* ここに揚げさせて戴きます頂戴メールは、いずれも私のネット不通の最中にいただいていたメールです。応答に時間差があります。

* 秦 兄 ご本を頂いて兄が日々お元気で活躍していることが確認できて喜んでいます。そして最後のページの思い切った提言に思わず「うーん」と唸っております。この私の唸りが何を意味するか、は拙著の最終ゲラ校正が終わったら改めて説明しようとは思っているのですが。
それにしても、本を一冊書くということが、かくも大変なことだということを痛感している昨今です。と同時に兄の底知れぬエネルギッシュなバイタリティに脱帽しています。
私人の場合、口頭での意思表示は後に残りませんが、活字になって公になると様変わりしますから、余ほど慎重でなければなりません。そんなことを考えながら、改めて兄の跋に代え、を読み返しています。
お互いに、数え年で言えば、年が改まると米寿になるのですが、よく考えると身震いがします。
佳い年末年始をお過ごしください。有り難うございました。 森下辰男 (中高学友)

* お元気ですか、みづうみ。
お誕生日おめでとうございます。このお祝いのメールは届かないのかもしれませんが、あけぼのの想いはみづうみに伝わると信じて、電子空間を通してですが「おめでとうございます」と何度も申し上げます。直接申し上げたいのですけれど、この憎きコロナ蔓延の中では無理なこと。
お元気で、どうかお元気に読んで書いて楽しんでください。お幸せな八十六歳の日々をお過ごしくださいますようお祈り申し上げます。 あけぼの
2022 1/7

* 秦先生 PCの便利さに慣れるに比例して、機械の不調による不便さも比例して増大しますね。最近元プログラマーだった人が独立して出張サービスをしてくれます。一時間3,000円で不調を直してくれるので重宝しています。
体調は芳しからず、またもや入院ということになりました。時期は未定ですが多分来年、4回目ともなると臆病な私もさほど落ち込むことはありません。仏教徒ですが、聖書の「明日のことを思い煩うな。 明日のことは、明日自身が思い煩うであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。」を思い浮かべています。  篠崎仁

* 受信ししていた知友のメールを開き、時折り、超遅ればせの返信もしている。大量の時間的停滞にはなるが、九ヶ月におよぶ私からのご無沙汰は、やはり気になるので。それにしても、途絶えなく処方から声を掛けて戴いていたありがたさは。、
* 秦先生 123頁、「むそとせの・・・」は、我が家の場合は、「よくぞきたりし」を「よくぞつきあいし」と妻が訂正するのではないかと恐れております。
p.s. 「閇門」の閇の字が角川漢和辞典には見当たらず、『大漢語林』にはありました。ワープロソフト一太郎はしっかり備えていました。 篠崎仁

* 秦さんへ
謹賀新年 ご返信を受信しました
勝手に「ダメだと思い込み」郵便に切り替え その後メールもあけず ごめんなさい
嬉しいです 元気を出して e-old の元に戻りたいです
秦さん どうかくれぐれもお大切にされてください  千葉  勝田貞夫

* 秦さん  ご無沙汰しております。
国立劇場のロビーで、久しぶりに偶然拝眉する機会に恵まれたのが、最後でしょうか。大病された後、というお話でしたね。
その後は、お元気でお暮らしでしょうか。
間も無く、米寿におなりになるのですね。健やかな日々をお暮らしください。
本日、「湖の本」150、151をご恵贈くださり、安着しました。感謝します。
これは、椿事です。
秦さんは、私にとって、ペンクラブの恩師ですが、
そういうご縁は、ご無沙汰のあまり、消えてしまったと思いながら、暮らしてきましたから。
「椿事」の主は、「山縣有朋の『椿山集』を読む」です。
椿事ならぬ「椿山荘」は、今では、山縣有朋の邸宅跡に建てられたホテルとして、知られていますが、椿山荘の根っこに「椿山集」という和歌集が埋もれていたとは、知りませんでした。
「椿山荘」と命名したのは、ご承知のように、明治期の国家構想(国民を忌避警戒する構想の実践は、近代日本の国家像を歪め、1945年の敗戦まで祟った)の根幹に関わった総理大臣・元帥陸軍大将などを歴任した山縣有朋です。
山縣が1878(明治11)年に当時、「つばきやま」と呼ばれた土地を購入した、ということです。西南戦争で西郷隆盛らを破った「功」により、国から年金740円を与えられ、それを資金とし、庭、邸宅をつくり、「椿山荘」と命名した、と言われています。
時系列的には、 「つばきやま」→「椿山荘」→「椿山集」ということなのでしょうか。
「椿山集」は、没年の暮れに発行され、「非売品(つまり、限定版)」として、一周忌の品として限られた人たちに配られたものなのでしょうか。
椿山集を紐解く前に、大兄の「山縣有朋という人」を読みました。私には、山縣狂介なら、関心が湧きそうです。
「有朋」は、「朋有り」でしょうか。「有朋自遠方来、不亦楽乎」。

私も、今期まで、6期12年間、日本ペンクラブの理事を勤めました。
電子文藝館委員会委員長、財務委員会委員長などを担当しました。会長による指名理事、3期、会員による選挙当選理事、3期でした。理事会少数派の良心派理事に徹して勤めてきたつもりです。
大兄の6期12年を超えてはならぬ、という思いをなぜか以前から抱いていました。

連れ合いが体調を崩しました。今後は、彼女の介護を最優先にした生活パターンに変えなければなりませんので、理事はやめようと思っていました。メディアのジャーナリストや編集者たちと共同で出しているメールマガジン「オルタ」(月刊)の連載コラムは、書き続けます。
お世話になりました。いろいろありがとうございました。 大原 雄

* 秦先生。
ご無沙汰しております。この未曽有の混乱期の中で(世界の先進国の中で最も対応ができない日本の政治の貧困さ、低俗さにのみクレームを申し上げているのですが)超然と執筆活動を続けられておられる秦先生に、ただ、ただ脱帽、感嘆の声を上げ、同時に健康であられることを再確認でき、これほど勇気づけられることはありません。これからじっくりと1ページ、1ページをかみしめながら読ませていただきます。有難うございました。

それにしても日本の政治家のテイタラクには絶望どころか、憤りさえ感じる昨今です。
高齢者のワクチン予約受付がはじまりましたが 毎日どれほどの老人が電話、メールに縛り付けられ少なくとも午前中いっぱい予約ができることを願いつつ徒労に終わっています。彼らの限られた時間がどれほど無駄に費やされているのか、むしろ政府は高齢者の命を搾取し続け、絶望に追いやっています。
ウエブサイドの受付を見ていると、自治体はすべて外部に委託、その専門家集団さえ本当に高齢者に適したシステムを開発できているのか、それすら疑心暗鬼になってしまいます。
まあ、次の世代には少なくとも日本は決して一流国ではないことを口酸っぱく訴え、教え続ける必要があるのではないでしょうか。

と、まあ老人の愚痴話に終わってしまいましたが、とにかく自分たちでもこの危機を乗り切り、新しい人材発掘ができるまで頑張りたいものです。
くれぐれもご自愛のほど。   堀武昭   世界ペンクラブ会長

* 堀さんは、日本ペンクラブ時代を僅かに懐かしめる とても大切で大事な知己、ほとんど唯一人の知己であった。世界を駆け巡ってられる、またそう願わずにおれない視野と見識を持ってられる。いつも励まして戴きながら、何かの都度、美味しい洋菓子を選んで、送って下さるのである。興趣増しつつ喜んでいる。

* テレビのコマーシャルに出て、顔としゃべりとを「売って」いる肩書き「作家」を眺めながら、むかしはテレビなど無かったなあと思い、ついでながら、もし明治にも、大正、昭和敗戦までにも、テレビがもうあって、あの方達は、漱石は、藤村は、荷風は、鏡花は、秋声は、直哉は、潤一郎は、康成は、「文学の作家」と名乗りながら「てれび・コマーシャル」に顔を売って世事や世辞で余に知られただろうか、決して、と思う。
貧苦にあえいだ作家たちならば。ああ、いや、それも、むしろそれ故に、決して無かったと私は思う。太宰治ならば、三島由紀夫ならば、いやいや。
例外か、化粧品宣伝をしていた老女作家はおられた。あの亡くなった尼僧作家はどうだったか。なにをしても勝手じゃないか、という声に今の時世なら賢げに嗤われるだろう、か。そうかもな。自恃とは謂うまい。覚悟と謂う。覚悟の欠けた文学も文学者も意味が無い。張りとばされるかな。

* RE: ホームページの更新が止まっているようで心配しております
>  Date: Mon, 8 Nov 2021 01:18:25 +0000
秦先生   何はともあれ、メールが回復して良かったです。 体調などもお変わりありませんでしょうか。
こちらは9/2に義父が永眠し、 バタバタと四十九日までを済ませました。 春から重度の糖尿病にて入院しており、治癒の見込みがないということで、 転院したばかりのことでした。
私の父母はコロナにて巣篭り生活を続けておりますが、元気にしております(父84才、母78才)。
またコロナが蔓延した後、友人の大事な友人が自死したとの話もあり、言葉にならない言葉を考えます。
死とは秦先生の言われる「死なれる、死なせる」ことである、と感じます。
先日、練馬へある建築家の方にうかがうために、バスにて保谷駅まで行き、西武池袋線に乗りました。
さて、バスの道中どこかな、と探したのですが、 大学1年の夏に先生に「京都」を教えていただいた食堂は、もうないのですね。
変わっていくものと、変わらぬもの、年を取るというのはこういうことなのだな、と感じます。
パラパラと書いてしまいました。
また、落ち着いたらお顔を見に参ります。 柳

* 柳 博通 <yanagi.hiromichi@takenaka.co.jp>
ホームページの更新が止まっているようで心配しております

* 前略  昨四月このかた 九ヶ月 機械からインターネットが無能化して、ご無礼もあり ご無沙 汰もいたしました。ともあれメール受発信だけは回復のご 挨拶のみ申し上げます。
まだまだ「ホームページ」電送には 私ども 手の施しようもなく、私の「文 藝」活動に欠かせない設備・設定だけに、ほとほと困惑しています。
むろん、「書き置く」仕事は欠かしておりません、新たな創作にも、今も日々 打ち込んでいますので ご休心下さい。
日々のご健勝をこころより願いおります。匆々   十一月五日   秦> 恒平

* ところが、このときも、機械操作で受発信とも,出来なかったのです。

* From: 柳 博通
ホームページの更新が止まっているようで心配しております
Date: Tue, 1 Jun 2021 14:53:37 +0000
秦先生  (関西在住の) 鷲津さんから連絡もらい、先生のホームページもの更新が止まっている、と。
お身体の調子が悪いのでしょうか、 機械の調子が悪いのでしょうか。
助けが必要であれば、参上いたします。  柳

* 柳君は超級に忙しい建築設計家だからなあ。お仕事の障りにはなってはならない。し、

* 秦先生、 残暑見舞い、立秋見舞いなど巡るましいこの一年ですが、今度は立冬。いやはやコロナ禍はわれわれの一斉に肝に満たない人生を ここぞとばかり振り回してくれたものです。ただ、かんせんりょくにもややかげりがみえ、日ごとに感染者数が減っていくことはうれしいことです。願わくはこのまま他のウイルス同様、人類とある程度のバランスを築いてくれることを祈るばかりです。コンピューター、とりわけインターネット機能が回復されたとの由、心からお喜び申し上げます。今まで蓄積された情報、履歴などが一時的であれアクセス不能になったとは他人ごとではすまされず 気にしておりました。何より喜んでいます。
確かにコロナ禍で在宅勤務が急増した時、私のパソコンもほとんどログ・インができない状況が続きイライラ続きでした。
それでもここ直近の状態は大幅に変化、あまり不都合を感じなくなってきたような気がいたします。
いずれにしましてもほぼ完ぺきに復調、ということは先生の「書き置く」作業も一気にはかどられることと存じます。
ますますのご健勝とご健筆を祈念する次第です。 堀   世界ペンクラブ会長

* 嗚呼、まだこの段階では、機械回復の仇夢を観ていたのだった、そして、今。メールの受発信は出来そうなのだが、ホームページは、何のメドも建っていない。嗚呼

* 本(「親指のマリア  シドッチ神父と新井白石」)のこと、みづうみにお願いするつもりはなかったのですが、結果的に催促になってしまったようで、厚かましいことになり大変申し訳ございません。深く感謝申し上げます。ありがとうございます。学長に良い手紙の書けるようがんばります。
信仰者内村鑑三や遠藤周作とは別の視座からの、日本とキリスト教の高貴な魂の出逢いを描いた感動の名作『親指のマリア』は日本のカトリック教会関係者にも広く読んでいただきたい作品です。我ながら善いことを思いついたと思っています。
聖書のなかに「天国に宝を積む」という言葉があります。現実世界の損得を考えず、天国に徳の財産を積むようにしなさいという意味に理解していますが、秦恒平文学紹介活動は、天国の文藝に宝を積むことでありましょう。それはわたくしの何より幸せなこと。
感謝をこめて   春はあけぼの

* 機械破損の九ヶ月中に承けていた夥しい数の受信メールを点検しつつ一日が過ぎて、とけいを観ると九時半。右肩が凝り凝り。懲りて投げ出すことは出来ない。
しかし、やすもう。明日には継ぎの「湖の本」初校が出てくると。
2022 1/7

* 故障機械から辛うじて発掘されたたくさんな受信メールを、やはり感謝しつつ読んで処置しておかねば。と云ううちにも階下へ「湖の本 156」初校が出そろって届いたらしいぞ。

* じつに終日、夥しい数の受信未見メール整理と受納作業に費やして、まだまだ終えていない。文面ばかり収納してるので、昨年四月中旬以降九ヶ月、昨正月六日までの日付でたーなど、およそ読んで察するしかなくなった、が、大事と云うに当たらず、察しは何とでも付く。明日もう一日かかるだろう。「湖の本156」初校へもとりついて、幾らか、数十頁ほどは追加の必要があろう。放って措くことは出来ない。}
2022 1/8

* 午后、久しぶりに 岸惠子 佐久間良子 吉永小百合 古手川祐子競演の、谷崎松子夫人ことば指導の 映画『細雪』の もののあはれ を堪能・感嘆した。ただ豪華な画面作りなのでは亡い。昭和十三、四年、もう日本の国は間近に迫る太平洋戦争へ、敗戦へと大きな地滑りを予感していた、その時世の崩れゆく家と人と美しさとの避けがたかった「あはれ」に打たれて泣けてしまうのだ。
私は此の映画の制作中から撮影の現場にも立ち会い、俳優、女優そして撮影家たちとも話し合う機会を幾度も持てたし、新潮社からの華麗な写真集に、エッセイ、解説等の原稿も頼まれて書きのこしている。松子夫人もお元気な頃であった。
そして今なお新ためて谷崎先生、ご生涯一の御作は『細雪』と申したい。
『細雪』は私の、敗戦後新制の中学高校のおりに爆発的に名作の誉れを浴びた。かつがつの小遣いでやっと一冊本を手にし、当時 誰よりも大事に、いまでも遠く離れたまま大事に無事健康を祈っている梶川道子と、分け合うようにして読みふけったのだった。後年に、私が谷崎潤一郎論で小説よりもさきに認められ、松子奥さんにお声もかけられ、お亡くなりになるまで家族みなを可愛がっていただけた、その深くて大きな「根」 それが新聞連載で真っ先に驚愕した『少将滋幹の母』であり、さらに胸打たれた『細雪』との出会いであり、岩波文庫の『蘆刈』『春琴抄』であり、後年上京後の『夢の浮橋』であり、それらの自信に満ちた論攷であった。浩瀚な『秦恒平選集』全三三巻のうち、私は谷崎論攷のために第二十巻 第二十一巻を宛てている。その基盤を得たのが懐かしい『細雪』だったと言い切れる。
はしなくも映画をまた観かえって私は思わず「もののあはれ」という古典的な一句に心寄せたのを、それだ、と、懐かしくいま肯っている。
2022 1/9

* 秦様
「湖の本151号」の成島柳北を読み終わりました。さすが秦様とまず感嘆したことをお伝えします。読み下し分でも読むのピーヒョロロにかなり難渋する文章をよくぞ読み下してくださったと存じます。「嗚呼、人情ノ翻覆スル、唯,金而己。金也、能ク痴ヲ変ジテ慧トナシ、醜ヲ化シテ美ト為ス。」、「守宮ヨリモット効クノハ佐渡ノ壌」、「学問文章ノ事業ニ於ケル、豈軽易ニ之ヲ成シ得ルト謂ウ可ケンヤ、苟モ勉励刻苦セズシテ其ノ訣ヲ悟ラズ、自ラソノ拙ニ安ンジ、其ノ陋ヲ甘ンジテ得色アルモノ、豈蝶二ニ対シテタン然タルナキヲ得ン也。」・・・何か所にも傍線を引いて再読、三読いたしております。次号も楽しみにしております。ありがとうございました。  持田鋼一郎 拝   作家・歌人

* 秦先生
「湖の本」151号、本日拝受いたしました。山縣有朋に対する歌を通した新視点、大変興味深く存じました。私感を申し上げれば、伊藤博文の漢詩との対比を書いていただければ、さらに興味深くなったと存じます。また、わたくしも明治政府の人間たちが感じていた国家存亡の危機感を現代の政治家がどれほど抱いているか、不安に感じております。イデオロギーの眼鏡をはずし、つねに肉眼で現実を見る御態度はますます貴重になって来ると存じます。尖閣に中国の武装民兵が上陸する可能性が、1%以下であってもそれに備える国民的自覚は必要だと存じます。日清・日露は明らかに自衛の戦争だったと思いますが、一次大戦への参加は漁夫の利を狙ったいささか「あさましい」戦争、第二次大戦は明らかに中国への侵略が契機となった、愚かな戦争だったと考えます。次に日本が巻き込まれる可能性がある戦争といえば米中戦争でしょうが、これをどううまくさばくか、「政治的狡知」(=わたく秦は、外交を「悪意の算術」と理解しています。)に長けた政治家がいないようで不安に存じます。幕末・明治の転換期と現在の対比を今後も是非お続けください。楽しみにいたしております。
成島柳北はこれから拝読します。『柳橋新誌』しか読んでおりませんが、そのときデカダンスの極致を見たような気がしました。柳橋は旧幕臣の遊び場で新橋は薩長の遊び場所だったという歴史を知り、柳橋に一度行ってみようかと思ったことがありました。成島の反骨とデカダンとの関係をどうお書きになっているか、興味深々です。 持田鋼一郎拝

* 秦 兄 労作の『山縣有朋と成島柳北』有難く拝受しました。成島柳北の名は母校早稲田大学を大隈重信が設立したときの関係者の一人として知る程度ですので、緩々読ませて頂きます。
幕末から明治維新の日本は西欧の先進諸国に追いつけ追い越せの気迫に満ちたダイナミックな時代であっただけに若者には覇気があり、政治家も矜持があり、威厳や品位を備えて堂々とした風格がありましたが、近頃のセンセイたちに至っては比べるのも疎ましく、カネのためなら如何なる反社会的なこともする暴力団やチンピラよりもタチの悪い人種です。私の生家の近隣にも往時ヤクザの親分が住んでいましたが、昔の侠客は堅気さんには手を出さない義理人情の厚い任侠の徒でした。
わが家にも市からコロナのワクチン接種の申し込み用紙が届きました。私は60年ほど前に外科医のオペを受けて以来、大量の輸血による肝炎も合成薬品の服用は避けて漢方薬で治したこともあり、今回のコロナ禍もアスコルビン酸(ビタミンC)の大量摂取でガードしていますので、接種後に体調に異変があれば症状によっては3万数千円の見舞金が出るような物騒なワクチンの接種は受けないつもりでいます。
まだ当分は命が惜しいのと、効果も分からないワクチンや注射器具の発注にも甘い汁を求めて群がる政治屋の記事をネットの書き込み情報で見て吐き気を催しているからです。ネット情報はフェイクが多いので信憑性はともかく、センセイたちの眼付や面構えを見ていると満更フェイクと言い切れないものを感じます。
そんなコロナ禍の終息の気配も見えない中での五輪開催の件も、躍起になっているのは利権に絡む者ばかりで、国民の多くは白け切っているのではありませんか。無観客でも強行するに至っては誰のための五輪かと言わざるを得ません。
国営から民営への行政改革の進む一方で、国や東京都が主体になって住民の血税を使っての五輪開催などはナンセンスで、オリンピック競技も今後は発祥の地ギリシャで何年かに一度定期的に開催するようにすればよいのです。ギリシャは経済的に逼迫していますから五輪開催で利権を持つ各国の民間企業がカネを出し合って主催すればよい話です。観光国ギリシャも喜ぶことでしょう。
夢のような話は尽きませんが元気に暮らしています。兄の健康と健筆での活躍を祈っています。 亰・岩倉  森下

* 秦 恒平 様
ご無沙汰しております。「山縣有朋と成島柳北」大変な労作、ありがとうございました。
3名の友人に贈って、ぜひ読ませたいと思っています。が、そちらへの送金先がわかりません。湖の本には00140-8-168853となっていますが…。 至急、送金いたしたく、送金先金融機関名をお知らせください。
小生、諸々の事情で、左眼がほとんどダメ。読めない、書けないで、書くこと読むこと、休止中です。それでも、まずは「私語の刻」はしっかり読みました。「安全弁」としての天皇制、まさに同感。国破れて山河もなくなる一歩手前の危機意識を持っていない政治屋諸君をどこぞで教育してやって欲しいですね。
コロナ騒動、収束のめどが立っていません。くれぐれもご留意ください。 敦  作家

* 秦先生。
ご無沙汰しております。この未曽有の混乱期の中で(世界の先進国の中で最も対応ができない日本の政治の貧困さ、低俗さにのみクレームを申し上げているのですが)超然と執筆活動を続けられておられる秦先生にただ、ただ脱帽、感嘆の声を上げ、同時に健康であられることを再確認でき、これほど勇気づけられることはありません。これからじっくりと1ページ、1ページをかみしめながら読ませていただきます。有難うございました。
それにしても日本の政治家のテイタラクには絶望どころか、憤りさえ感じる昨今です。
高齢者のワクチン予約受付がはじまりましたが毎日どれほどの老人が電話、メールに縛り付けられ少なくとも午前中いっぱい予約ができることを願いつつ徒労に終わっています。彼らの限られた時間がどれほど無駄に費やされているのか、むしろ政府は高齢者の命を搾取し続け、絶望に追いやっています。
ウエブサイドの受付を見ていると、自治体はすべて外部に委託、その専門家集団さえ本当に高齢者に適したシステムを開発できているのか、それすら疑心暗鬼になってしまいます。
まあ、次の世代には少なくとも日本は決して一流国ではないことを口酸っぱく訴え、教え続ける必要があるのではないでしょうか。
と、まあ老人の愚痴話に終わってしまいましたが、とにかく自分たちでもこの危機を乗り切り、新しい人材発掘ができるまで頑張りたいものです。
くれぐれもご自愛のほど。  (世界ペンクラブ会長)

* hatakさん  メール開通うれしく拝見しました。
湖の本もお送りいただきありがとうございます。
私も今年定年ですが、そのままつくばの所長で再雇用になりそうです。
さすがに二人目はちょっと、、、というところですが、尚平の絵本好きがどの ようになっていくか興味深く見ています。なにしろトイレの中でも絵本読んで、図書館の人になると言ってますので。。。
作文の方はもっぱら行政文書ばかりで、今日も今週の会議資料を作りに午後から職場に来ています。尚平がもう少しおおきくなったら、物語をかいてあげようかと構想は練っていますよ。
(植物)ウイルス学者としてオミクロン株は興味深く。ひとつはホスト(人間)を殺さず生かさず(弱毒化し)、自身はこれまでにない強い感染力を身に着けた点。これは植物ウイルスの生き残り戦略とよく一致しています。もうひとつは、ブースター接種が大切ということ。私が扱った20頭近いウサギの試験でも、2回接種は抗体は少なく、3回でドカンと跳ね上がりましたので、やはり人間もおんなじだと納得した次第です。
とにかくメールが通じてうれしいです。またお便りします。普通の風邪やインフルエンザもありますので、奥様共々くれぐれもお大事にしてください。  maokatn

* 秦様 「湖の本」152号のご恵投に与り、ありがとうございました。まだすべてを読んでおりませんが、大変面白く、興味深く拝読しております。山縣有朋へのご関心、不思議な気がしますが、彼を内在的に理解されようとなさる姿勢には大いに共感いたします。彼が生きていたら昭和の大戦は起きなかっただろうという気が今でもするときがあります。彼の死後15年にして天皇機関説が葬られた事実は、陸軍の後進たちが山縣の真意を結局は分かっていなかったという気がいたします。昭和に入ってからの陸軍の暴走を山縣も予想していなかったのではないでしょうか。
成島柳北について、『柳橋新誌』を読んだだけですが、わたくしもひそかに関心を抱いており、新たなご論考を期待しております。それにしても秦様がなぜ谷崎賞を受賞しなかったのか不思議でなりません。「文壇七不思議」のひとつではないでしょうか?
またご老体とご病気にめげず、つねに新たな目標に向かって全身全霊で進まれる秦様のお姿を自分の人生の鏡にしております。
今後のますますの御健筆、心からお祈りいたします。 持田拝 (作家・歌人)

* 秦 先生
『湖の本152 綽綽有裕』をご恵贈賜りありがとうございました。毎頁をうなずきながら共感しております。
2020/6/27 「からだ」にとって老いることがいかに厳しい意味を持つか、この頃、しみじみ分かってきた。”
私も実感しております。
3月の入院手術後体調はベストと言い難く、先月から計8回通院による薬投与を受けています。副作用はなんとか許容範囲、家に籠もっている限りは無難に過ごしています。とはいえ、集中力、根気力が続かず怠惰な生活を送っています。
p.s.「ギリシア哲学原典講読」のセミナーが、オンライン授業で再開との連絡を教授から受けました。からだに鞭打って集中力を高めています。
お体おいといくださいますようお祈り申しあげます。 篠崎仁

* hatakさん
湖の本『綽綽有裕』ありがたく頂戴しました。
茨城の黒い瓦の家並みと三十数年ぶりの梅雨の日々を旅人のような気持ちで味わっています。雨音に寄り添うてくるのは茶筅摺りか袱紗の清めか、いろいろな音が古い記憶の底から引き出されてきています。
所長の日々は〆切に追われ、子育ての日々は子供の変化のスピードに親が追いつけないでいます。苦しくも楽しい毎日です。
メールの開通と「私語の刻」の復活をお祈りしております。無理をなさらず に、お大切にお過ごしください。 maokat

* 秦恒平先生
大変ご無沙汰しております。(東工大OBの)新野です。
いかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。先般、湖の本151をお送りいただき、お礼を申し上げる間もなく152もお送りいただいてしまいました。申し訳ありません。また重ねて御礼申し上げます。
私は在宅勤務が続くこの状況に自宅で仕事をする利点を覚えつつも、一度ペースを崩した時の切り替えの難しさにどうも慣れず苦戦しておりました。そんな中、いただいた本を拝読しておりますと、先生は文章のところどころでお疲れのご様子を書いておられる一方で「おもしろい着想や好奇心が絶えない」とも書いておられました。この表現に驚くと共に、揺るがない先生の日々の生活に感じ入った次第です。
先生が日々書かれているコロナ禍におけるこの社会の在り方についての考察にも多く刺激を受けています。私は仕事柄、ITを考えることになりますが、ITが社会に浸透しつつもまだITが活用できないのがこの日本という社会です(もちろん日本固有の問題はあれど日本にしかない問題というつもりはありません)。ですが技術が活用できていないとすると、それは技術ではなくこの社会そのものにあることが分かります。この社会状況をどう受け止めるのか、秦先生の文章を縁とし、引き続き考えていきたいと思います。ありがとうございました。
ウィルスは遠からず落ち着くことになるのでしょうか。先生におかれましてはどうかご自愛のほど何卒お願い申し上げます。長くなり失礼致しました。

* 四月もあっけなく終わりましたが、お元気でいらっしゃいますか?
三月は、婚家の方の家族の心臓手術で、二週間ほど東大病院へ出入りしておりました。桜が満開から吹雪くまで、あのあたりをうろついていたことになります。
五月一日には、友人の現役の精神科医、87歳のお供兼運転手で、県立近代美術館へ講演を聞きに行きました。
精神科なので、女性の先生の方がいいという人もいて辞めにくいようです。月に一度、私と美術館行になっています。
展示の中に、華岳が一点あり、昔、ご講演をなさったのを聴きに行ったことを懐かしく思いだしました。
私はワクチンは外れてまして、次回の6月15日の二回目の申し込みになってしまいました。
安全な生活をなさっているだろうとは思っておりますが、どうぞお大切に。 司

* 秦先生。
ご無沙汰しております。この未曽有の混乱期の中で(世界の先進国の中で最も対応ができない日本の政治の貧困さ、低俗さにのみクレームを申し上げているのですが)超然と執筆活動を続けられておられる秦先生にただ、ただ脱帽、感嘆の声を上げ、同時に健康であられることを再確認でき、これほど勇気づけられることはありません。これからじっくりと1ページ、1ページをかみしめながら読ませていただきます。有難うございました。
それにしても日本の政治家のテイタラクには絶望どころか、憤りさえ感じる昨今です。
高齢者のワクチン予約受付がはじまりましたが毎日どれほどの老人が電話、メールに縛り付けられ少なくとも午前中いっぱい予約ができることを願いつつ徒労に終わっています。彼らの限られた時間がどれほど無駄に費やされているのか、むしろ政府は高齢者の命を搾取し続け、絶望に追いやっています。
ウエブサイドの受付を見ていると、自治体はすべて外部に委託、その専門家集団さえ本当に高齢者に適したシステムを開発できているのか、それすら疑心暗鬼になってしまいます。まあ、次の世代には少なくとも日本は決して一流国ではないことを口酸っぱく訴え、教え続ける必要があるのではないでしょうか。
と、まあ老人の愚痴話に終わってしまいましたが、とにかく自分たちでもこの危機を乗り切り、新しい人材発掘ができるまで頑張りたいものです。
くれぐれもご自愛のほど。 堀 世界ベンクラブ会長

* 疑問
秦様  湖の本を拝読し、日本の安全保障についての秦様のお考えをもう少し深く伺いたく存じました。日本の安全保障は現在、アメリカの軍事力に大きく依存しておりますが、秦様は日本をアメリカが見捨てる日が来ると予測されております。その際当然、日本が独自の抑止力としての軍事力を持たなければならないとも主張されております。すると当然のことながら、憲法を改正し、戦力の保持を明記し、同時に自衛権の保持を明記すべきと存じますが、この点についてはどうお考えでしょうか。
現行憲法のまま、解釈改憲で行くべきとお考えなのでしょうか。
米軍が撤退すれば、中国が尖閣諸島を奪う可能性は、フィリピンのドゥテルテ大統領が米軍を撤退させたと同時に中国が南沙諸島を奪ったことに鑑み、十分ありうることだと存じます。
一切の武力の保持を否定し、交戦権を放棄した憲法が中国に対してどれだけ抑止力としての機能を果たすのか、私は疑問を抱いております。持田拝

* 世界史的にもあきらかな、「外交」とは「悪意の算術」以外の何でもないと想います。ギリシャ・ローマも、中国全史もそれを明らかに見せつけている。久しかった鎖国日本は、その点で盲目のママ、明治、大正、昭和を過ごし、敗戦後日本の統治息のみ強い捕手政治家は「外交における聡明な悪意の算術」に零点をとり続けています。徹頭徹尾、かつ緊急に「悪意の算術」に日本の政治が刮目覚醒すべきが、先決。
戦争は負けたら惨憺。負けた国民のすべては身にしみている。日本は、昭和の敗戦の勝利国が足並みを乱していたおかげで、マッカーサー支配の緩さに助かったのでした、それでも「負けた国の」無残さは私のように少年だった者もよく覚えている。日本列島が、中・朝・韓、露の戦勝つ支配下に置かれたときの惨状は、かつては勝者国民としてしたい放題をやってきた記憶にさらに報復的に数倍百倍を覚悟せねば済まない。
七すべき備えは、憲法をあらためても必要なのは明瞭、「平和」は夢であるが、敗戦は悪夢ですら無くて、現実に,国土と国民ことに女性の悲惨と文化財の破壊や略奪、日本史の倒産を将来するは必至。寝ぼけていて、きがつけば、生き地獄に堕ちている。そう想うことで備うべく、世界史にも人間悪にも学ぶべきで有る。 私は、そう思うようになっている。

* 秦恒平様
「剣呑」(お使いになっていた言葉です)な時代にお変わりなくお過ごしのご様子で、慶賀に堪えません。
本日、『湖の本』153号をいただきました。変わらぬご厚情に感謝します。早速に「卒読」(私はじっくりと味読することの反対語として、勝手に使っています)申し上げ候。読書や思い浮かぶ事柄、ことに「うた」を自在に引用してみせる実力には、いつもながら感服です。
書き出しの頁の「昔の詩歌に『からだ』という語彙を見出すのは至難で、記憶にもないほど」の一文を読んで、そうでしょう、と思いました。東地中海世界で「からだ」(ソーマ)という語を僅かながら提出したのは、都市の政治的な「連合体」(その意味での「政体」)のような、日常生活を超えたレベルでの概念として出現しました。
新約聖書の、ことにパウロがこの語を「肉」と「霊」とを統合して生きる存在のあり方として用いました。自然的人間の欲望に基づく「肉のからだ」に対立して、「霊のからだ」を装丁して論じています。これは彼が「からだ」を「肉」を蔑視しないが、肉の傾向性に逆らってキリストの霊に従って生きる信徒の生き方に転用した結果です。現代社会でも、「肉」を蔑視せず、理想化もせず、生の具体的なありかたとして「からだ」を重視することは、一つの思想的な行為であると、私は考えています。
藤村の「林檎をわれにあたへしは」の一句はアダムとエバが性の知識、羞恥心を覚えるに至った「木の実」のやり取りを示唆していますね。「木の実」の共食は彼らの知の獲得であり、性的な存在者になったことの換喩です。藤村が深く理解していたとは思いませんが、美しい詩語であると思いました。
ありがとうございました。ご夫妻のご健康をお祈りします。  浩 icu名誉教授

* 見落とし 取りこぼしも多かろう、たくさんなメールを、九ヶ月の機械欠損の閒に戴いていたのを、やっと、取捨調整できたかなと。ハアーッと息を継いでいる。この「私語の刻」へ取り入れたのもそうでなく承け納れたのも、思案のうえでなく、機械操作での成り行きで有った、とても疲れた。この現代での機械通信の欠損、それも九ヶ月にも及べばどんなことになるかと、つくづく降参した。

* さらにまだ、親切を尽くして多年し遂げては送って下さるお一人の読者から、最新一年の「全部の私語」を三十余の部類項目に分け整備し収拾して下さった大量のメールが、届いている。感謝に堪えない。それあってこそ、私は「湖の本」を興趣の題目に分けて編成し出版し続けられる、まだ何十巻でも。
こんな幸せな「現役作家」が日本に、世界に、おいでだろうか。浩瀚美麗の『秦恒平選集』三十三巻、継続刊行中の『秦恒平・湖(うみ)の本』現に進行の「第156巻」その一環はすべて優に単行本一冊の分量を凌いでいる。しかも私はこれらを「売らない」で刊行している。私は「売らない」現役作家として「やそろく翁」の今を生き続けている・世界に例が無いと思っている。マルクス・アウレーリウスのような私は聖帝でも皇帝でもない。敢えて刺激的に謂うておくのである。続く人が有るなら、続けともおもう。そのためには「作」の量も「作品」としての質も、不可欠だと。
2022 1/10

☆ 西都の鴉 お疲れさま
niftyの画面に鴉のメールを見て、ひたすらおどろき、ひたすら喜び! これはお年玉です!
そして暮れ24日に届いた湖の本は、わたしにとってクリスマスプレゼントでした!
これからメールを読みま-す。
明日から再び寒くなるそうです。
くれぐれも大事に。元気でありますよう。お正月十日  尾張で ピーヒョロロ
2022 1/11

* ご近所の大山産、わたしの部屋の電灯をみて、勉強中なんだと、玄関まで、ぎんなんを沢山添えて好物の紹興酒を届けて下さったと。感謝感謝。

* 「春はあけぼの」さんと。ながいメールの交換。こういうことが、久しく出来なかった、のだが、それもよく覚えていないほど。もう、やすみたい。「湖の本 156」の「要再校」作業で心身、ぐったり。しかし、この大仕事で、すこし視野に寛ぎが産まれる。
2022 1/13

> ツバイクの『マリー・アントワネット』は大昔に読んだきりです。面白く読みましたが、最後が辛かったので読み返してはいません。いつか再読しなくては……。メリー・スチュアートもそうですが、エリザベス一世、二世からダイアナ妃、わが国含め歴史上も現在も、皇妃が幸福であったためしがないというのが私の実感です。
日本ではマリー・アントワネットはあくまでちょっとおバカなお姫さまという扱いで、革命が起きたのは彼女のせいにしたいのかもしれません。民衆蜂起の歴史の必然は、たとえ異国の話でも封じたい、そんな意図を感じるのは考えすぎとしても。
フランスでのマリー・アントワネットは、政治的視座に欠けてもたしかな美的センスの持ち主として、その時代を代表するファッションアイコンであり、今も根強い人気があります。民衆に処刑されたものの、時代が変わればアイドルという皮肉。
その一例として、マリー・アントワネットという銘の有名な紅茶があります。ベルサイユ宮殿で育てたバラとリンゴの香りが素晴らしく、ピンクのパッケージもおしゃれでフランス土産として重宝します。パリに、マリー・アントワネットが大好きだったケーキを再現して食べさせてくれる店もあります。ピンク色のチョコレートコーティングされた美味しそうなお菓子でいつか試してみたいものですが、マリー・アントワネットがそれを見たら、庶民の商魂にびっくりするでしょう。民は度し難いものだと。

以上のんきなことを書きましたが、    春は、あけぼの

* ふーん。なるほどなあ。
2022 1/21

* 衆議院の辻元きよみ議員が、ときどき声をかけてくれる。前から,期待し励まし「湖の本」も読んで貰っている。
2022 1/23

* 親友のテルさんから,「外交」は「悪意の算術」という私見に、ドイツのメルケル首相などを挙げながら、「首肯しにくい」とメールをもらった。

○ 湖の本152巻、153巻と長文のメール拝受。ありがとうございました。
恒平さんの最近のお考え、また諸兄姉からのお便りを読んでどういう気持ちであと短い命を生きるか、またあの世に渡るかを考えさせられました。
・秦さんの(外交は)「悪意の算術」論には納得のいかない気持ちがあります。
トランプやプーチン、習近平など自国の利害のみを言い立て他国の人々に配慮することをしない国際社会はまさに悪意に満ちているといえます。しかしこの世界に善意はないのでしょうか。メルケルさんの評伝(「メルケル」カティ・マートン著 文春刊)を読みました。ドイツの首相として16年間ドイツの復興とEUの危機に対峙した外交実績は自国の利害のみを優先したものではありませんでした。なかでも2015年中東からの難民100万人をドイツに受け入れた決断は「世界の良心」を世の中に示したと思います。
次元はちがいますが、私も仕事の関係で外国(アメリカ・中国・ヨーロッパなど)たびたび交渉を行いました。もちろん主張すべきは自企業の利害ですが相手会社の事情をよく聞き共存・共栄をめざすことが重要課題でした。悪意の算術だけでは外交は成り立ちません。
憲法の前文で「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して。我らの安全と生存を保持しようと決意した。」とあります。井上ひさしはこの解説で「二度と武器では戦わない。これは途方もない生き方ではないか。勇気のいるいきかたではないか。日本刀をかざして敵陣に斬りこむより、もっとずっと雄々しい生き方ではないか。度胸もいるし、智恵もいるし、とてもむずかしい生き方ではないか。」と語っています。(「子どもにつたえる日本国憲法」講談社刊)そのとうりと思いますが、日本には中村哲医師のようなひともいる。憲法九条をみんなでもっと大事にしていきたいです。。
・山県有朋の評伝は立派なお仕事だとは思いますが、私には違和感があります。
山県のの遺産とメンタリティーがその後の日本陸軍にどれだけ影響力を残したかは定かではありません。しかし暴力非人道の内部体制・中国への侵略戦・南京大虐殺・日独伊軍事同盟・日米開戦時の策動・玉砕の強要・沖縄戦の展開・敗戦時期の延伸(国体維持のためどれだけの貴重な人命が失われたか)どれをとっても旧陸軍が日本と人類に残した罪科は永久にきえることはありません。「椿山集」に残されたやさしい詩歌と旧陸軍の傲慢な所業の折り合いをつけるのは難しいことです。
山県の覚悟「戦争は安易にシテはならない。だがシカケられたらもっとよくない。負けたらお仕舞い」も当たり前のことで、軍の責任者の誰もが考えていることと思います。
西村明男

* 分かる。私も、妻も、メルケル首相への賛嘆と敬意とは,実に山のように送りづめだった。
井上医師の活躍なども感謝に堪えず心より賞讃する。が、外交は「政治」の概念であって、私的な善行や英雄的努力や奉仕とは混同できない。私は、そういう善意や活躍の話を外れて、国家が政治的に苦心惨憺する「外交」は、よくもあしくも「悪意の算術」になり、ソレへ徹していないと、いたずらな国家的危険や損害がでるということを云っている。そこの混同はこの際の議論の外にあること、まず指摘し断っておく。
問題を、世界の歴史、人間の歴史、の大きな様態にみて、つまり端的に世界史的に眺めて、「概して謂うを要する」とき、「外交」は、やはり「悪意の算術」として、遺憾にも殊に大国において歴々といつも強硬に用意され、訓練され、行使されつづけてきたと云うしかない。
メルケル女史の外交は、遺憾にも「稀な」ほどの少数例、希少例と謂わざるを得ないのではなかったか。ノーベル平和賞にも優に値いしただろう、だが、遺憾にもソレは「それだけ」で、すぐ、人間の歴史は「悪意の算術」へと駈け去って行く。
「悪意の算術」 それが善いと、良いと、是非にも然かあれよと、私は言わない。云いたくないのが本意である。けれど、エジプトであれ、ギリシャ、ローマであれ、中国であれ、印度であれ、近代の帝国主義に奔走した欧米各国であれ、遺憾にも「善意の算術」で礼を尽くし善意に花咲かせつづけた「外交例」は探しようもなく、有っても希少に過ぎるということ。そんな「人類史的事実」に基づいて各国・各国民は、余儀なく政治的に政治として思案し用意し、要心していないと、大変な国家国民の不利や危険を蒙ってしまう。屈辱の苦難が覆い被さって来る。事実わが日本国へも津波のように、蒙古まで遡らずともペリー以後繰りかえしそれは来ていた、あげく不平等条約に四苦八苦してき国よと、私は、言いも想いもせざるを得ないのです。
残念至極、メルケル風の外交配慮は、歴史上の結果として一過性に過ぎ、後継者がそれを嗣いで育てるかどうかは、どんな国のどんな国民の政権も、ほぼ百パーセント近く保証し確約などしてくれない、出来ない、のが遺憾にも「史的現実」に成っている。しかも「悪意の算術」が成功する保証も実は無い。
だから「善意」でか。
だからこそ「悪意の算術」に徹して長けて聡明であるべきなのか。
これは思案のしどころでしょう。
わたしは、「日本」という国と国民と国土とを、他国の支配や陵略には任せたくない、「世界平和」という言葉での幻惑に「日本の未来」を唯々として、易々として、委ねたくないと思っているのです。

* 山縣有朋等、近代日本の「軍」の、近隣諸国等へ為し続けた暴虐無道は、全く弁明の余地無く、「湖の本」に 一冊は山縣の歌集『椿山集』を紹介し、もう一冊では新聞人として山縣内相の悪辣に抵抗した文人成島柳北を採り上げたのでした。
繰りかえし云うていますように、「山縣有朋」を私は少年の昔から忌避し嫌悪していましたし、それでも、また軍人政治家としての「人」とも見、お互い「一人の人」としても見る視点が大切だとは、山縣にと限らず、いつも考えています。
日本の、明治以降昭和の敗戦に至るまでに、一山縣有朋の占めていた栄爵よりも、一日本人としての覚悟と資質と風雅とを、私は今も興味深く眺めます。また昭和天皇が「名将」と評価されていた意味も、やはり日本の「国と国土と国民」との上に重いなと感じています。彼の「主権線、利益線」といった支配と利益の思想はとてもやすやすとは肯定できませんが、しかも重い「示唆」ではあり、日本の明治から昭和を、西欧の帝国主義なみに懸命に山縣は学習していたのだなと感じます、肯定とか否認とかではなくて。
大切な、思考を再確認の刺激を呉れて、ありがとう。とても嬉しかった。
お元気に、感染の猖獗をくぐり抜け抜けお過ごしあれ。 お互いに やそろく翁
2022 1/24

* 鴉 お元気ですか   尾張の鳶
寒い日がまだまだ続きます。
一昨日の日記の記述、興味深く読み、ほぼ理解納得しました。何より『老蠶作繭』を読
みたい、です。
メルケル元首相の事は関心を持ち続けてきました。彼女に対しての毀誉褒貶は、書店に
並ぶ書名を見るだけでも驚きますが、それだけ彼女の影響力があったわけです。ネオナ
チの動きも常にあるドイツ社会の状況を嫌でも考えさせられます。
政治に、政治家に関してはわたしは不信感ばかり。アフガニスタンも、ウクライナも・
・。国家の存立理由は国土の防衛確保、国民の生命安全の確保にあるとしたら、否応な
くその利益国益の追求を存続するというナショナリズム・エゴに貫かれるしかないので
す。国って何でしょうね。
とりとめなく無意味に近い想いかもしれませんが、穏やかな世界であってほしいと願い
ます。

今すぐにもどこかに飛び出したいとか、外国に行きたいとかは思いません。が、やはり
閉塞感には悩まされています。焦燥感と言うより倦怠感です。濫読している時の鳶はや
や宜しくないのです・・。

コロナの三回目のワクチン接種と感染がピークアウトするまでは、やはりよほど注意し
て暮らしたいと思います。感染して悩み苦しみたくないし、周囲への影響も無視できま
せんから。東京は人口稠密なだけに保健所や病院にアクセスするだけでも更に大変だと
懸念しています。
どうぞどうぞ元気でありますように、コロナも他の病気も注意なさってください
2022 1/28

* 郵便局は「お休み」流行りで手紙も届けてくれないし、機械故障と知れていてメールも来ない。コロナ禍はとても下火にとは行かない、とないだけでも「万」台の感染巣が日々に延びあがっている。歯医者通いもお断りした。建日子も帰ってくるのを敢えて遠慮して呉れている。あ。右で鼻血、危うく膝へ真っ赤に落ちかけた。もう休まねば。
2022 1/30

* このところ ずーっと私の方が早起き、それもやや過ぎて早い。キッチンを瓦斯と暖房で温めて茶を煮る。茶は私の好きな、井口哲郎さんにいつも戴いている、加賀棒茶、これが朝の生気を呉れる。有り難し。
2022 1/31

* 前にも抄録させてもらったが。

△  ツバイクの『マリー・アントワネット』は大昔に読んだきりです。面白く読みましたが、最後が辛かったので読み返してはいません。いつか再読しなくては……。メリー・スチュアートもそうですが、エリザベス一世、二世からダイアナ妃、わが国含め歴史上も現在も、皇妃が幸福であったためしがないというのが私の実感です。
日本ではマリー・アントワネットはあくまでちょっとおバカなお姫さまという扱いで、革命が起きたのは彼女のせいにしたいのかもしれません。民衆蜂起の歴史の必然は、たとえ異国の話でも封じたい、そんな意図を感じるのは考えすぎとしても。
フランスでのマリー・アントワネットは、政治的視座に欠けてもたしかな美的センスの持ち主として、その時代を代表するファッションアイコンであり、今も根強い人気があります。民衆に処刑されたものの、時代が変わればアイドルという皮肉。
その一例として、マリー・アントワネットという銘の有名な紅茶があります。ベルサイユ宮殿で育てたバラとリンゴの香りが素晴らしく、ピンクのパッケージもおしゃれでフランス土産として重宝します。パリに、マリー・アントワネットが大好きだったケーキを再現して食べさせてくれる店もあります。ピンク色のチョコレートコーティングされた美味しそうなお菓子でいつか試してみたいものですが、マリー・アントワネットがそれを見たら、庶民の商魂にびっくりするでしょう。民は度し難いものだと。

* 海外へ出ていない私には、こういう視野や指摘は羨ましくも、面白くもある。
『マリー・アントアネット』  今しも歩一歩と、立派なほど人として女として母として毅然・凜然と 断頭台へ歩を運ぶ王后を見送って、なかなか読み進めない、まるで一節、一行ずつのように 実は二度目を読んでいる。そして、この辛いほどのわが読書体験、いまいまの私自身の仕事と、異様にも遠くかけ離れていない。
2022 2/1

* いきなり玄関へ「日吉ヶ丘高校 同窓会員名簿」を届けに来られ、ま、いいかと請求の金額を支払った。 なにしろ「72年」もの卒業生、私は開校されての「第5回生」、せいぜい前後の四、五年生に知った名が有るかどうか、まずは自分の同学年せいだけを記憶しているかどうか、だが、なによりも逝去の友が多いのに愕然、所在不明の名も多いのに胸が痛む。先生方がこの72年にどれほど数多教壇に立たれてたかにも、数の多さに息を呑む。72分の1しかほぼようの無いかいものだけれど、見始めると時間を忘れそう。多くは無いが校舎、教室、運動場、往来した路などの写真の入っているのも嬉しく、懐かしい。
高校は現存しているけれど、かなしいことに弥栄中学も有済小学校も廃校になって校舎すらもう失せているとか。永く生きてきたなあと想うまでの感慨であるが、幸い私には刊行の著作があり、そのおかげでびっくり仰天の昔の学友、先輩後輩とすら交歓の降り機械を得ている。探しに探して現住所不明の友もたくさんあるのが胸を痛める。
2022 2/1

◎ 立春になり、ました、と、言葉だけでも、気分は緩みます。一番寒い感じでもやはり春がくるという気分が致します。お変わりないことを祈っております。
陽があると温室のような部屋で、普通に過ごして、贅沢なことだと思います。     お出掛けになられることがあるといいと思ったり致しますが、難しいことかもしれませんね。お仕事の順調なことをお喜び申し上げております。  瀧

◎ 立春。春らしくと書きたいところですが、今日は雪が降りました。
コロナ感染者の、特に我々高齢者と幼い子らが憂慮されています。
さらに慎重に用心深くお過ごしのことと思います。
東京や大阪は・・と思っていたら、尾張でも感染者多く、友人知人は何かしら憂鬱、無聊に陥っています。わたしは 昔書いたシルクロードの文章のプリントを見つけたので
、それをコンピューターに取り込んでいます。疲れます。が、早く終わらせたいです。
あと数日したらワクチン接種です。元気にしています。
どうぞ元気に、元気に。血圧の数値やや高い日もあるかと心配しています。寒さの折で
す、近くの医者でも血圧の薬は容易に出してくれると思います、聞いてみてください。
老婆心ながらお許しください。取り急ぎ  鳶

* 我が家の三回目ワクチンは 三月十何日かになると。
もう十時半。しかし、何が、今日、出来たといえるだろう。混乱また混雑また惑乱。こういう時もある。寝入る前の読書へ、階下へ。疲れ切っている。生きている証拠。
2022 2/5

* なんだか、朝から機械が狂ってる。メールで、繪の話を、絵描きとさんと思う人に送ったつもりなのに、繪と縁の無いクリスチャンへ送ったことになっている。参るぜ、朝から。
2022 2/7

○ お便りありがとうございます。
生活と意見を読ませていただくことができるようになっていましたとは、露知らず、開けても見ない日々でした。ただただ嬉しいです。
私の方も、新しいPCになってから、思うように扱えず、秦様のHPも読めないと、ついついPCから離れがちでした。これから、じっくりと読ませていただきます。
お尋ねくださった謡曲の方は
6日の日曜日に、謡の先生の 、門下生だけの新年会=研鑽会が矢来の能楽堂でありました。
私は「巻絹」のキリを舞いました。謡は練馬のお稽古仲間で「巴」を連吟いたしました。
コロナ禍のなかですが、ある時はリモートでのお稽古だったりしながらも、細心の注意を払いながらも、少しづつではありますが、お稽古を続けています。
おしゃべりをする相手もないまま、いつも心の中ではみち子様(=妻、少女来の親友)相手につぶやいています。ちょうど、若いときに離ればなれになった頃のようです。
夫も毎晩の少々の(本人曰くです)晩酌を欠かさず、食欲旺盛で元気に過ごしています。
みち子様ともにお二人の ご健康を祈っています。   晴

* 快いご勉強の近況が知れた。この人、妻と同級の親友、もうすぐ八十五歳。私の六十余年もの実感で、この人ほど、人生を豊かに満喫し成長された人を識らない。ごくごく普通の高卒生から銀行勤め、結婚し、上京して以降、何が機縁であったか目を見張る自覚的な勉強で、殊に熱心に「謡曲」を習い始めた。
謡曲と一言でいうが、途方もなく深く豊かに遙かな、いわば異世界。
謡曲という独吟・連吟による古文藝の味読が在り、独自の唱歌音曲の世界が在り、独自の歩行と仕舞が在り、装束や能面への親近がある。
どう見てもまるまる無縁と思えた境遇から、まさに一念発起、それも興趣を全身で楽しんで打ち込んで行く勉強ぶりだった、すばらしい一人生と、はために敬服している。地位とも名誉ともすがすがしく無縁に楽しめて、眞実、興味津々なのだ、羨ましいほど。
2022 2/8

* 亡くなっている縄手「今昔」の龍ちゃん、愛おしかった茶の湯の妹弟子で有済小学校後輩の龍ちゃんが変わらぬ笑顔で夢に現れた。ほんの數瞬であったのだろうが喜ばしい気持ちのまま夜中の夢から覚めた。このところの苦渋に満ちた日々を励ましに来て呉れた、そう思えて嬉しかった。無垢の和と喜と楽にいつも満たされて仲良く親しんだ子。妹。

* 思うまでない今、わたくしは正真正銘の「やそろく爺」で、それとはなく末路の景色も目に観ている、のに、あの敗戦後の新制中学生の年頃に得た「真の身内」と許し合えた梶川三姉妹を今も一日として忘却したことなく「むかし」」のままに思慕もし親愛もして変わりなく「少年」のままに胸に抱いている。「今昔」の龍ちゃんも、また右の三姉妹に同じい愛おしさで日々忘れたことがない。この人達と「結婚したい」などということは、まったく思いも寄らない、次元外のこと、それ故に慕情や愛情の深い真実が光るようにいつも潜在した。
私は、そのような『少年爺』として、奇跡のようにそんな「今」をいつも抱いている。今も「人生の原始期」で燃えた焦点のように彼女たちは私の人生に炎えつづけている。
四人の三人は、もう亡くなった。
今日も存生と想っている妹の一人は、京都での所在こそ知れているが文通一つ無く、六、七十年も顔を見ていない、けれど、『選集』も『湖の本』もみな届いている。電話一つ掛けたことが無い、そんな「必要が無い」のである。姉の亡くなったときは、何必館夫人の義妹を通じて知らせてくれている。臨終の折り、姉は、恒平には必ず「間をおいて」から知らせてと言い置いていった。龍ちゃんも、子息の手紙で知らせてもらえた。「今昔」の弟は、いつも「龍ちゃんの日頃」など、便りしてくれていた。
私は、生まれつきリアリストでは無かったし、そう生きて来れた、来れている、此の人生を、感謝している。双親を識らず「もらひ子」として幸せに成人した私の、それは寂しさを克服する命がけの「フィロソフィー」であった。
2022 2/11

○ お元気ですか、みづうみ。
ちょうどみづうみにメールを書こうとしていたところでした。
二月十二日の私語、大変嬉しく読ませていただきました。お願いなのですが、お時間のおありの時に、二月四日から十一日までの分もご送付いただけますでしょうか。以前二月三日まで頂戴している分は、編纂済みです。「私語の刻」は多ければ多いほど喜ぶわたくしです。
昨日知り合いから、三回接種済み介護士さんがオミクロン株に感染した話を聞きました。高齢者施設でもかなり感染が広がっているようです。人ごみにお出かけのときには本当に本当にお気をつけください。軽症ですんでも、予後不良の方が少なくありません。三回接種しても安心できないと肝に命じています。
朝から寒い雨ですが、雪にならずに助かります。これから病院(歯科)です。全然楽しくありません。
みづうみはどうか暖かいお部屋で、猫ちゃんズと、ぬくぬくと、読んで書いての善い一日をお過ごしくださいますように。   春はあけぼの
2022 2/14

○  お元気ですか、みづうみ。
昨年の分、二〇二一年、九月十四日から年末十二月三十一日分までの「私語の刻」が行方不明とのことでまだ頂戴しておりません。もし器械からひょっこり顔を出してくれましたら、是非ご送付いただきたく どうぞよろしくお願い申し上げます。
今日は少し暖かくなりましたので外歩きをしました。コロナ以来運動不足もはなはだしいのです。ラジオ体操もします。日本のラジオ体操はただただマジメな体操の時間ですが、同じ曲でイタリア語バージョンがあり、それが身体を動かしながら笑ってしまうくらい陽気です。お国柄でしょうか、楽しくて気に入っています。
血圧は薬で簡単にコントロールできるものなので、もし服薬していらっしゃらない場合は是非ドクターに処方してもらってください。どうかお元気に。春のあけぼのを楽しみに。
2022 2/15

○ お元気ですか、みづうみ。
とうとう身近に何人もの感染者の話を聞くようになりました。オミクロン株の感染力はおそるべき勢いです。
先日友人から、写真つきのメールが届きました。同居九十五歳の親が介護士から(ワクチン三回接種済みにもかかわらず)感染したため、東京都から自宅療養者支援キットが届いたけれどどう思うかと。
ダンボール二箱にぐしゃぐしゃに入っているのは、カップラーメン、赤いきつね、緑のたぬきのインスタントのうどんとそば、レトルト粥、スパゲティ乾麺(病人が鍋いっぱいのお湯で十分も茹でる想定?)種々栄養ドリンク類でした。
一見して、在庫処分セールで購入した防災備蓄食品みたいな品揃えです。支援物資が届くだけありがたいのかもしれませんが、せめて白米のレトルトパックとか鮭缶とか果物くらい入っていたらと思いました。飢えないというだけで、栄養も量も全然足りていません。しかも病気の高齢者が食べたくなる内容ではない。
もとより愛情は期待しませんが、少しの配慮があればこのような中身にはならず、ケチかつ税金の無駄遣いだなあと眺めていました。
幸い陰性の友人は、濃厚接触者として現在も自宅隔離状態にあり、家庭内で自家製の防護服(ビニールのレインコートとシャワーキャップ)を着て看病にあたっています。この防護服姿に怯えて愛犬が後ずさりするという笑うに笑えない話も。
親御さんは自宅に看護師さんが来て最新薬モヌルピラビルの点滴を受け、熱も下がり快方に向かっておられます。医療逼迫で高齢者の入院が難しい中での措置のようですが、介護者のいない独居感染者や老老介護中のご夫婦はこんな対応で命をつないでいけるでしょうか。
これまで被災地に支援物資が届くニュースをよく見ていましたが、内容が似たようなものだとしたら、被災された方々は本当に惨めな食生活であったと、支援物資内容に無関心であったことを猛省しているところです。

このようなことを書きましたのは、至急に食糧備蓄をお勧めするためです。それから 避けていらしたインターネットでの買物もはじめていただきたいです。食糧を玄関先まで届けてくれるシステムは本当に病気の時の助けです。日本の政治下では自助努力しかありません。
まだパンデミックは続きますし、いずれ別の新しいパンデミックも起きますので、ご自宅に可能な限りのお好みの、食べたくなる食品を貯めこんでくださいますように。
みづうみ、どうかお元気で。わたくしは、今のところ元気です。

* 困った事態、嘆かわしく、恐ろしい。
「至急に食糧備蓄をお勧めする。 避けていたインターネットでの買物もはじめてほしい。。食糧を玄関先まで届けてくれるシステムは、本当に病気の時の助け。「日本の政治下では自助努力しかありません。」と。ウーン…。
2022 2/19

○ 嬉しい便りでした。「湖の本」新刊が届くの 楽しみにしています。
朝、早起きのご様子・・それにしても丸餅ふたつ白みそか鰹出汁とあるのは、さすが京都育ちと感じ入りました。
海外ニュースは長いこと聞いていますが 日本のニュースを補ってとても有益だと思います。
お父様との対話は進んでいるでしょうか。資料が残されていること・・。わたしにはそのようなものこそないけれど、いっそないことを清々しくも受け止めています。
京都を懐かしむ記憶が狂気のように身を刻まれると・・なんとかして京都までいらっしゃれる日が来ることを、そして何処も何処も訪れて楽しまれることを、と強く願います。
ロシアやグルジア(ジョージア)が西欧かどうか微妙ですが、中東でも東洋でもなく、雰囲気としては西洋だと。これはわたしの実感として、建物、村落や都市の在り方、宗教など。
マルクス・アウレリウス・・一つ一つ胸に叩き込まなければと思うことしばしば、到底近づけないほどの言葉です。が、訳された神谷美恵子氏の事を思い出します。話したこともないのですが・・以前わたしが住んでいた住まいの通り一筋向かいに或る日救急車が停まり、彼女は運ばれていった。それを今も記憶しています。あまりに立派すぎる生き方をされた方で、近づきようがないほど・・。
本当に稀なのですが、体調が今一つでした。此処に移って十年、身の回りの混乱状態?を幾らかでも整理して気分もスッキリしたかったのです。これまで何回も引っ越しして、その時の疲労は十分に体験してきました。が、今回は年齢を痛感しました。
混乱状態はまず何より物が多すぎることで、その半分は、半分以上は自分たちのものではないということ。これまでも少しずつ努力してきました・・。
今回は自分の本や私物の整理です。二、三家具も移動して、ただし直後から覿面 あまりに疲れを感じました。身体が動かないのです。こんなことは今までなかった・・!まだ
回復途中です。
話が大分逸れてしまいました。
先のメールで戴いた「私語」の中で、文字入力の逸話に思わず微笑みました。右手の一本の指で・・資料など左手でページを押さえていれば、どうしても右手だけになりますもの。それで毎日大量の文字を打ちこむのは大変なエネルギーと根気です。
わたしは普段左手はa,s,e,rあたりを使うだけです。コンピューターの使い初めからblind touchの訓練をすればよかったのですが、速さがそれほど必要なく、自己流で本当に不器用なままここまで来てしまったという状況です。
思いつくままに書いてしまいましたがお許しあれ。
三回目の接種を終えて、春の到来を待ちましょう。
調子が悪くても病院に行かないと考えるのも、理解できます。とにかく無事に過ごされますように。   尾張の鳶

* とにもかくにも機械操作の安定が切望される.今し方機械を開いての、ワケ解らない一斉射撃のようないろんな画面の乱舞には肝が冷えた。いま、この「私語」゛めんにありついたのも、私が着地したので無く、たまたまに現れてくれたので。このさき、どう沈静するのやら。
2022 2/20

○ 「湖の本」156をありがとうございます。
手にした瞬間に「お元気なんだ。」と安心いたします。
「生きたかりしに』も最後まで読めませんでしたが
「わが旅 大和路のうた」も最後のうたは私の双湖に溶け込んで行きました。
母性を尊敬せずにいられません。
どうぞこの先もごゆっくりお過ごし下さい。  野路

○ 「湖の本」156 おめでとうございます。
やそろく様  まだまだお寒いなか 今日は 湖の本をお届け頂き 有り難うございます! 色々発送のお仕事も よく頑張っておられますね。送料もお払いせず 申し訳なく思います。これからお母さまのお話 読ませていただきます。
どうか無理せずに おふたりで お元気でいてくださいね。いもうとより

○ 三月も間近となり、仙台は 風は冷たく寒いですが、陽の光はずいぶん明るく力強くなりました。
たった今「湖の本」拝受致しました。これから、ゆっくり拝読するのが楽しみです。
秦様も奥様も「マ、何とか」お元気そうで何よりと存じます。私の方も何とか元気に暮らしております。
ところで、突然ですが、今度の参院選で全国比例代表に立候補予定の「辻本清美」さんの小さなパンフをお送りしてもよろしいでしょうか? そのパンフをご覧になって、誰に投票するか の参考にしてしていただければ ありがたいです。(彼女に投票することを、無理にお願いするものではありません。)
よろしくご検討ください。 仙台:遠

○ 早速のご返信、ありがとうございます。恐縮致しております。
そうでしたか、秦さまは、ずっと以前から辻本さんを叱咤激励していらしたのですね。
はい、もちろん辻本さんが 何とか国政に復帰できますよう、私も東北で 仲間の皆さんと頑張っております。
いろいろご教示 ありがとうございました。  恵

* 参ってしまわず、日々を、てくてくと行かねば ぼちぼちと。右肩、岩のよう。
2022 2/24

○ 秦 兄
「老蠶作繭」拝受しました。有り難うございました。お変わりなくて何よりです。それにつけても兄ご夫妻のバイタリティには今さらのように感服しています。
「初めての経験」ということもありますが、一冊の本を上梓することが如何に大変なことか「体験してみて」はじめて分かりました。こんな苦労の何倍ものことを一年に何回も何十年も続けてこられた兄ご夫妻の苦労は計り知れないものだと痛感していると同時に感嘆しています。
「白紙に一字一字書き進めていく作業に始まり、一冊分が書きあがると、推敲し原稿を版元へ送り、ゲラ刷りの校正を何度かして製本にする。製本をパックして宛名を書き、送り状をつけて宅配業者に渡す」までの一連の作業は、若い頃なら兎も角、高齢者には激務です。
私の場合は、原稿書きの段階から句読点の打ち方や送り仮名の付け方の初歩からの勉強で、個人あてのメール文と違って、書店から不特定多数の人たちの手に渡る書物だと思うと、読点一つ打つのに取ったり付けたりして一時間以上費やすこともしばしばでした
私の場合は、そんな苦労の末、書いた原稿のゲラ刷り校正を2度して(これも神経を使
いました)出来上がった製本を贈呈分として150冊出版社から送ってもらい、封筒に入れて500mほど歩いて郵便局に持っていくだけの作業でしたが、片肺のうえマスクをしてですから一度に30冊持つのが精々で途中で何回も立ち止まり、呼吸を整えて郵便局までを5回往復したのですが、5年前に自動車の免許を返納したことを後悔したのも今回がはじめてでした。
一冊の本を世に出すために腰や背中は曲がり視力は極度に衰え歩行には杖が必要になる体型になってしまいました。
秦 兄は何か月かに一度、私がしたことの何十倍もの苦労を何十年間ご夫妻でつづけているのですから 自然と頭が下がります。
しかし、何事も体験して見なければ分からないようでは困るのですが、戦争体験、原爆・原発体験も体験した人たちの体験談も語り部たちの高齢化で紙に書いたものや映像化されたものが遺るだけの「歴史の一頁」になろうとしています。
それだけ反戦・反核反対の気運が弱まり歴史がくり返されようとして、九条を中心に改憲問題が今夏の参院選の焦点になろうとしているのですから、恐ろしいことです。
この風潮に待ったをかけるためにも、改憲をするのは九条ではなく、選挙をする主体を国民でありながら国民扱いをされていない未成年者にも選挙権を与えて、「否認票」で政治家を選ぶ改革案が必要だと国民が知って世論に高めて、法制化する政治家を国会に送り込もうと 米寿近しの老骨が 体型を変えながら改革案を世に出したのです。
この改革案が実現するまで閻魔さんからお迎いがきても参上するわけにはいきません。早くても今夏の参院選は「赤ん坊も有権者」、次の衆院選で「否認票の一人二票制」が私の目標です。執念、信念がどれほどあるか試される時でもあります。「撃ち
てし止まむ」です。がんばります。
有り難うございました。  森下辰男

* 選挙の日、通したい候補よりも落としたい候補のあるのは誰しものジレンマ。但し選挙人が全員 通したい候補票(○)と落としたい候補票(×)が与えられるとすれば、結果的には多数党支持者の(×)票により少数野党は壊滅のおそれが算数的に露呈する。如何。

○ ご返辞
秦 兄   森下辰夫
早速の返信ありがとうございます。土曜日は久しぶりに靴を履いて街中へ出掛けて音楽仲間たちと飲食をしてきました。そんなことで返信が遅くなりました。
兄がご指摘のご心配の件については十分承知していますし、本文にも記しています。が、この場で改めて語るには相当量キーを叩かなければなりませんので政党とは何ですか。与党とは、野党とは、という本の内容の繰り返しに止めますが、それでも長くなりそうです。

何党であれ、政策や主張を共にする者同士が集まって意見を纏めて統一された政策の形成を図りながら政権を担当すること、あるいは政策決定過程に影響力を与えるために切磋琢磨しながら政策の実現を図る集団が政党であるはずです。政権党にならなければ如何なる良策も政策の実現を図ることはできないからです。

ひるがえって、いまの野党で政党のこの定義に該当する党がありましょうか。残念ですが見当たりません。野党同士が勢力争いで離合集散しながら泥のなすり合いをしているだけの無為無策の万年野党に期待するのは精のないことです。

いつの世論調査の支持率でも0.2%から精々5-6%では政権担当など夢のまた夢です。元々政権担当の意志などないのですから有権者は白けてしまいます。その結果が支持政党は特になし、分からないが40%を超えるのです。
有権者が野党に期待するのは、与党の言うこと為すことに只々反論するだけでなく、党として確たる政策や与党の政策決定過程に影響力を与えることです。
したがつて、それができない野党議員が否認票に反対したからと言って、宣なるかなと納得して再考の余地ありとする政治家サイドの考え方は主客転倒だと言わざるを得ません。主体はあくまでも国民有権者であって決して政治家ではないからです。その勘違いが歴代総理の中でワーストワンの人物に総理在任の最長期間保持者として日本憲政史に名を刻ましてしまったのです。

はっきり言って、只々与党議員に噛みついている限りでは辻元女史も山本太郎氏も福島みずほ女史も国会議員にはなれても総理大臣にはなれない器です。
否認票制度と重複比例代表制度とは相いれない制度ですから選挙区の有権者から見放された候補が重複比例代表制でゾンビのように生き返ること自体が選挙に対する冒涜であり有権者に対する裏切りであることを知るべきです。
一人か二人はこんな議員が居て物申さなければ与党の横暴はつづくと言うのであれば、その大役はあなた方でどうぞと日本共産党に任せておけばよいのです。
共産党は万年野党でよいし、またそうであるべきです。日本を北朝鮮や中国などのような国家体制にするなら別ですが、そうでなければ政権を目ざせなどと共産党にハッパをかけることは大方の国民が容認しないことは支持率を見れば分かることです。
しかし、こと否認票の実現に関しては、私は全国の選挙区から「赤ん坊も有権者」と「否認票の一人二票制の実現」を公約の切り札に候補者の擁立を共産党に進言して、悪魔に魂を売るファウスト博士のように改革案の実現を委ねてもよいとさえ考えています。

そうでなければ194頁の「国会乗っ取り物語」のようにシロウト議員たちによるゲリラ部隊の作戦行動です。
ひとたび否認票さえ出来てしまえば政権交代は国民の思いのままですし、政治家も襟を正して臨まなければ当選はできなくなります。ここで初めて政治家としての真価が問われるのです。3ばん議員は淘汰されますし、無為無策の候補は善良な人柄であっても否認票を回避することはできないでしょう。なぜなら、政治とは力関係から生まれるもので釈迦やキリストのような聖人は政治に不向きだからです。

是認票-否認票=得票数のプラマイ計算でプラスのいちばん多い者が当選するのですが、一人一票制とちがって候補者同士の得票数は僅差になるのは当然です。
歴代の総理を見ても田中角栄や小泉純一郎にしても否認票は相当数あったでしょうが、それ以上の是認票に値する政策や政見を持っていました。

辻元女史や山本太郎氏や福島みずほ女史が是認票-否認票=得票数のプラマイ計算の投票になれば生き残れるでしょうか。重複比例代表制度に頼らなければむずかしいでしょう。それは政治のコメンテーターではあってもクリエーターでないからです。否認票に耐えるにはクリエーターであらねばなりませんし、否認票はそんな政治家を議会に送り込むための改革制度だからです。
極論すれば、否認票に堪えられないような政治家(候補)は政治家として失格と見做してもよいので、私たち国民は、そんな政治家(候補)のことなど気にする必要は微塵もないのです。所詮、政治家とは国民のために政治手腕を発揮して「なんぼのもの」の公僕なのですから。
玉石混交の政治家(候補)の中から政治手腕のある人材を選出する切り札が否認票であることを有権者が理解しなければ、いまの自民独裁政権を倒す政党は生まれないでしょう。
否認票が実現したら全国で最も無風選挙区といわれる安倍議員の山口四区でも異変が起こるでしょう。

毎回の選挙で投票率は50%前後で、そのうち自民党の支持率は40%前後と思われます。100人の有権者の20人しか自民党に投票していないのですから50%の棄権常習者が否認票を実行すれば安倍議員も安泰ではなくなります。
自民党の中にも派閥があり半主流派の支持者も可なり居ますから、その人たちは否認票を安倍晋三議員に投ずるかもしれません。全国の選挙区でこんな選挙戦が展開するのですから政治に対する国民の関心は深まるでしょう。
問題はそんな自民党に対峙できる政党があるかということです。自民党が全国的に圧倒的多数で第一党になったのなら、それはそれで国民の多くが支持したのですから野党も国民も従うべきです。が100人のうちの20人の支持では野党の非力は非難されて当然です。

国民が強く望むのは否認票に耐えられる議員(候補)を議会に送り込むことだけで、そのために否認票の実現を目指すのです。ですから野党議員や幹部らの危惧していることに、なるほど再考の余地は有ろうかと議員と一緒になって案じるのではなく、否認票の標的にならないような議員たれ、と議員にハッパを掛けることが主権者である有権者のすることではないでしょうか。
中学生や高校生にも読んで貰えるように書いたので、ぜひ若者たちに読んでもらってこれらの改革案の実現に邁進してほしいものですが、SNSの普及で老人も若者もやたらとコメンテーターばかりが増えて一向にクリエーターがでてこないのが残念です。
私が懸念するのは今の野党の不甲斐なさです。いまの各野党をみていると野党連合を組めば与党に勝てると思い込んでいるようですが、共産党を仲間にする、しないでもめているレベルでは仮に政権を取ったとしても国民の満足するような政治は到底期待できないでしょう。政権を取る心配は先ずありませんが。
与党の政策批判は数人の野党 (例えば共産党の) 議員に糾弾を任せておけばよいものを、各野党がそのことに拘って執拗なので有権者から嫌われるのです。見方を変えれば有権者に訴えるポリシーが他に何もないのです。
野党が与党のご目付け役・ご意見番であることは必要です。しかし、それだけではSNSのツイッターで書き込みをして悦にいっている連中と何の変わりがありましょう。血税を食い物にする万年野党根性の歳費泥棒と言われても反論のしようもないでしょう。その程度の議員なら誰にでも勤まるので否認票を受けて当然だと思いますが如何でしょうか。

私たち有権者はあくまでも主権者として公僕の選出を自在にできて政治家に緊張感と不安感のプレッシャを掛け続けることです。決して公僕を甘やかしてはいけません。
自死制度であっても国民が切望する制度なら「肉を切らせて骨を斬る」心構えで公約の切り札にするような政党であり議員(候補)でなければ国民の心を鷲づかみにすることは到底できないでしょう。国民はそんな政治家を待ち望んでいるのです。この改革案はそんな国民に一つの指針を示して、腐敗した政治に明け暮れる堕落した政治家を議会から追放して政治を浄化するカンフル剤になるものです。

冗文になりました。兄が意見を言える議員や代表が居られるのなら政治家である前に一人の有権者の立場で否認票の意義を考えるように進言してください。
辻元女史は地元選挙民から熱いお灸をすえられて浪人になっても、未だに一人の有権者になり切って謙虚な考え方ができていないのではないでしょうか。今夏の参院選に重複比例代表制でカムバックはするかもしれませんが、「肉を切らせて骨を斬る」心構えで立民党を飛び出して女性中心の新政党を結成して私の提言する改革案を公約の切り札にする以外にガラスの天井を破ることはできないでしょう。
辻元女史がそこまで真剣になれば50%の棄権常習者も投票所に行くでしょうし汚名は挽回できるでしょう。蓮舫女史と新政党を結成して二人三脚で臨めばガラスの天井を破ることができるのです。
他の議員はビビッて誰も口にしない議員の自死制度だからです。「肉を切らせて骨を斬る」とはそう言うことなのです。おわります。

ビタミンCを常飲していますか。私は一度もワクチンを打たずにひたすらビタミンCを多用しています。うがいや手の消毒は女房がうるさいので適当にしていますが 郵便物や紙幣まで消毒している人が何人いるでしょうか。それらにウイルスは付かないとでも思っているのでしょうか。マスクを使い捨てにするのなら同様に、外出から帰るたびに直ぐに裸になって体や衣類をみんな洗っているのでしょうか。

お体お労りください。  森下辰男

* よく考えます。感謝。 秦生
2022 2/25

* 昨日、久々に井口哲郎さん(元・石川県大文学館館長・劇作家・県立小松高校等の校長先生)のお便りを頂いた。『湖の本 156』到着とはすれ違いと思われる。石川県往年の作家持澤清造を生涯敬愛し追尋し続けたやはり往年の芥川賞作家西村賢太にかかわる祈念の新聞記事が一緒に入っていた。井口さんは作家へのいわば慈愛の助け手であられた。二人の作家とは私はふれあいがなかった。

○ (前略 コロナでの) 閉じ籠りの糧に『吾輩は猫である』を引張り出して読んでいます巣。それを見たセガレが自分も好きだが娘ーー孫娘の愛読書だというのでちょっと驚きました。セガレは、今、学生時代にアルバイトをして買った「鴎外全集」を読んでいるといい、国語の教科書から、日本の小説が次々と姿を消していく、となげいていました。(セガレも孫娘も国語教師)
「猫」は、角川の日本近代文学大系本なので、松村達雄氏の細い注釈入りですが、私はそれにこだわらず、「ことばあそび」?を楽しんでいます。活字も小さいのであんまり頁は稼げませんが、時間に不足はないので、のんびりと字面を追っているような次第です。
随分長いご無沙汰だったと思いますが、その割に、長さを感じられないのは、机上に『湖の本』があり、本棚に『秦恒平選集』が欄でいるせいかも知れません。
雨水は過ぎても雪は雨に変りません。
世情も荒れ気味、寒さと病害、まだしばらく続きそうです。どうぞお二人には、お体、お心お大事にと願っています。
内容のないお便りです。近況報告まで。
二月二十一日      井口哲郎
秦 恒平様

* 胸に温か、な敦厚の筆致で、いつもながら 拝読 お便り 嬉しくてたまらない。
お大事に、お揃いで、ご養生と共にご老境をお慈しみまたお楽しみいだきますよう。もう、「湖の本」新刊も到着しただろう。
じつは私も漱石のわけても『吾輩は猫である』が一の好きで、読みたい読みたいとこの一年余、思い続けていた。礼の漱石ならではの装幀全集本なので、手に重いのが寝床読みにはしんどいかと、ついためらっていたが、井口先生三世代にならって読み始めましょう。
何とも謂えず 私には夏目漱石が懐かしいのである。受賞時の大きな記者会見で尊敬し好きな先輩は斗質問され間髪入れず「漱石、藤村、潤一郎」と答えて会場がどよめいた瞬間を忘れていない。比較的新しい小説『花方』に宗盛を出していたのも、『猫』の「後架先生」の謡いザマが面白くて好きで印象的だったから。

* 東工大卆の丸山君が長い熱いメールをくれて、加えてご家族の健勝のことも。問いかけの長文、一夜思案して返信しましょう。
2022 2/26

○ 秦さんへ
『秦恒平 湖(うみ)の本 156 老蠶作繭 私語の刻』
いつも本当にありがとうございます
新聞で初めて 秦さんのお写真と『猿の遠景』の記事 を拝見してからの事々が 繰り返し思い出されております  猿殿のお陰です 上野まで会いに行き 望遠鏡で見ました(博物館で望遠鏡を売っているのを知りました)
『勝田さん 会いましょう!』と元気をいただき 頑張っております
『日々散々の体で不自由しています』 はい 私もです
『面白半分にでも!』 そうですね 頑張ります
コロナまだまだのようです 「当面 身を守れるのはマスクしかない」ようです
秦さん くれぐれもお大切にされてください 勝田 拝

* 会いたいなあと思う人 人 人。幼稚園でも、国民学校・小学校でも友達が無かった、のに、今は、親しい,懐かしい、会いたい、逢いたい人たちが いっぱい。嬉しいことだ。

○ お知らせいたします。
携帯電話番号を変更しました。お手数をおかけいたしますが、ご訂正くださいますようお願いいたします。
昨夜、パソコンを乗っ取られ、詐欺被害に会い、携帯の番号も取られましたので、やむなく変更いたしました。現在パソコンは、すべて修理安全になりました。
お変わりなくお元気なことお祈りいたします。
詐欺に合うとは思ってもいませんでした。
一人は心細いものです。  司

*「一人」に成られた方が、年々に増える胸の痛さ。ひとしお「お大事に」といたわるのが堪える。それでも。「お大事に」

○ 「閑吟集」310、311番の解釈はそのまま「オイノセクスアリス」に繋がり、拡がっていきました。 野路

花籠に月を入れて 漏らさじこれを 曇らさじと もつが大事な  三一○

籠がな 籠がな 浮名もらさぬ籠がななう   三一一  閑吟集

* とても嬉しいお便りでした、「やそろく老」の身にも。

* 森下兄の 選挙投票「支持・不支持二票」制の提唱に関わって問うたのへ返信があった。当該箇所へけいじするのがよいと、「二月二十五日」私語へ添えました。
2022 2/27

○ 秦先生
ありがとうございます
仰る通り、あのように書いたことで 自分の中である程度整理できたように思います。
その上、先生からもご挨拶を頂けました。
元気が出るとかそういう事ではありませんが・・・本当にありがとうございます。今はそれしか言いようがありません。
忘れることは難しいかも知れませんが、忘れようと、自分の現在に感謝して過ごすこと(過ごそうとすること)はできそうな気がします。
妻はコロナ禍下の中学校で各方面苦労しています。でも、根っからの元気印で毎日学校に行っています。学校にはテレワークなど無いようです。
葵さん(=長女)は、部活動(吹奏楽部)の副部長をやっているので、部活動の色々な事務仕事を毎日こなしています。このコロナ禍で、練習日程やら公演日程やら調整が大変そうです。それでも相変わらず本は片時も離さず持ち歩いています。先日は、読みかけの
「しろばんば」が無い! と大騒ぎしていました。もうちっと勉強の方にも身を入れて欲しいと願ってはいるのですが。。
結(=次女)さんは、受験が終わって毎日だらだらしていますよ。中学最後の定期試験だと言うのに・・・。妻から、中学校教員として、今日も厳しくお叱りを受けていました(笑) 我が家の皆は、元気に笑顔で過ごしています。
お会いできる日を楽しみにしていますので、お元気にお過ごし下さい。 丸

* 東工大生活が実らせてくれた こういう行き交いは、私には栄養価に満たされた宝ものである。

○ hatakさん 湖の本お送りいただきありがとうございました。
・パッと開いたところが「結婚とは、なんでしょう。」
かつて生物の有性生殖、ペアリングというシステムに一人反旗を翻してやると 意気込み、学究に生涯を捧げると誓った私が、今や三歳児の父です。摩訶不思議。
・プーチンのウクライナ侵攻、コロナで延期していた日露学術交流がまたできな くなってしまいました。
以前hatakさんは、将来日本の南半分は中国に、北半分はロシアに占領されるかも、と書いておられましたが、こうなると現実味を帯びてきそうで怖いです。ウクライナと同じ論法でいけば、国後択捉のロシア系住民の保護のため平和維持軍を北海道に派兵するのでは、と余市出身の家内。ロシアがやるなら中国も、といって、台湾に侵攻するのでは、というのが私の懸念です。
・三歳児の尚平(なおひら)は一歳ごろから絵を描くことがありました。初期の作品?は只クレヨンの往復運動だったものが、そのうち色を使うことを憶え、一時水彩で堂本印象風のなにやらもわもわしたものを早描きする様になり、今はまた原始に戻って、洞窟壁画よりさらにシンプルな拙い線描きをしています。成長に伴い変化があって面白いです。絵本と音楽好きは相変わらずで、「音楽何が好き?」と尋ねると「バッハとラデツキー(行進曲)」と答えます。
私は来月で定年を迎えますが、そのまま所長続投、当分はつくばに住まいしそうです。筑波山と富士山の両方を臨める職場も悪くないと、このごろは思っています。
hatakさん、そろそろ花粉も来ていますね。どうぞ奥様共々お元気で。HP再開できますことを心待ちにしております。  maokat
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)
植物防疫研究部門 所長  技術士 植物医師

○ お元気ですか。
孫の世話で 先週から京都に来ています。
今、東福寺に来ました。風もさわやか、ひんやり。鴉にも分けたいです。尾張の鳶

* 通天橋を遠望の写真もついていた。羨ましい。
2022 2/28

○ お母様の歌 久しぶりに また よみました。
「大和」の歌が何首もあつて、もう二度とは行けない大和路の風向を思い出しております。「油坂」などという地名もいまとなつてはなつかしいものです。
祇園祭も一度は見たので、今も光景をしのぶことができます。ありがとうございます。
今も、買ったばかりで書庫に眠っていた部厚い本をとり出して読んでいます。野口武彦『江戸人の歴史意識』すばらしい内容でした。鈴木範久『内村鑑三の人と思想』勝れた本でした。辻邦生『トーマス・マン』泉谷康夫『興福寺』水原国博『川端康成と伊藤初代 初恋の眞実を追って』等々、キリがりませんので、ここらで止めます。
今も自転車に乗って買物に行ってます。大食漢です。 城児  文学家
○ 春も柔らかな気配、二月も逝きました。城南宮のしだれ梅も咲き初めました。近づく春。コルナ禍ももうしばらくの辛抱かと願います。
どうぞお身体 おいとい下さい。   京・河原町四条  ひさご寿司し

○ 『湖の本 156』
早速に共感しつつ拝見、いまなお古今のめいさくを繙き読書なさる姿勢に感銘をおぼえます。私は昨年難書『ヨブ記』の注解を刊行しましたが、改訂の機会に備えて勉強しています、加えて依頼された「旧約聖書における病いといやし」の講演にそなえ、文献読みに時間を費やしています。
体調を維持しつつ、書き続け、出版をつづける御姿勢に感服し、励まされます。永くご健筆を振るわれますように、ご夫妻の平安をお祈りいたします。
只今、ロシアのウクライナ侵攻を知りました。深く怒りつつ。 草々  並木

○ 温かな春が待たれます。
コロナ・オミクロン禍のなか、又、パソコンの不調の中、大変な情熱を以て、『湖の本』お贈りくださいますこと、感謝です。
どうぞ、ご無理なくお大切にお過ごし下さいませ!!  神戸市 澄  妻の親友

* 妻が 眼球を痛めている。新聞を、遊びの頁までいつも克明に見ているのは負担になろうと案じつつ傍観していた。私はもう久しく新聞は一切読まない。ニュースはテレビでおおよそは解る。目は、老耄、ますます大切にしないと。

* 村上開新堂さん の 何度頂いても見事に美しく豊富に詰め合わされた上等のクッキーを大きな一缶で頂戴した。まるで美術品。感謝感謝
2022 3/1

* お手紙お便りを嬉しく、沢山頂いた。
同志社田中励儀教授 なんとまあ 敗戦直後数年の、進駐軍がたくさんな、京都市街区の面白い写真集を下さる、なんとも。懐かしい。こやつたなあと、ひとしきり思いでの市外郊外を散策した。

* 上智大を退職の田島靖彦さんへ、関係各位による記念論文集を頂く。田島さんの最終講義「表現の自由とメディアはどこに向かうのか」も頂く。明日、読む。

* 縄手「今昔」の凱ちゃん、姉の「龍ちゃん」最期などを、懐かしい佳い筆で、悲しみを励ますように書き送ってきてくれた。ありがとう。私より先に逝ってしまうとは…

* 余は、明日に。
2022 3/1

*.順不同に、昨日お便りの有った方々、感謝。大阪松原市の岸田準二さん 茅ヶ崎市の吉川幹男さん、鎌倉市の橋本静一・美代子さん、京都同志社大の励儀さん、都二松学舎大の長島さん、静岡大学の小和田哲男さん、大阪茨木市の石毛直道さん、京都山科のあきとし 都の東村山の近藤聰さん、山梨県立文学館の中野和子さん、愛媛今治市の木村年孝さん、都の練馬区の持田晴美さん、神奈川近代文学館さん、東海学園大名古屋キャンパス図書館さん、埼玉所沢市の田島泰彦さん、千葉県松戸市の内藤昭一さん、作家の加賀乙彦さん 等々、有り難い激励などいろいろ頂く。佳い、綺麗な絵葉書のあるのも嬉しく。

* 作家で写真家の島尾伸三さん、マドレーヌ・スラビックさんのエッセイと共著の『ゴールデン(英字)』という金彩に溢れためずらかに綺麗な写真集を頂く。

* 沢山な有り難い感想に触れ、お礼の返事も差し上げたいが、いまぶん、「実の父」と組み合い続けていて、とても時間が足りない。
2022 3/2

○ 「湖の本 156」を拝受しました。しょぼつく眼で、「湖山夢に入る」に入ると 読み止すあたわず、平成一九年師走の日々の秦さんの探索の後を、よぼよぼながら必至に随いていきました。『生きたかりしに』と響きあって 深く感銘を受けました。
「創作」ではないとお書きですが、超一等の「文学」です。
近江の阿部周吉資料は、いまひとつの「阿部一族」譚のよう、阿部ふくさんを理解するには欠かせません ね。
後半もあわせて「老蚕作繭」に感嘆しています。老耄と向き合うべきと思いつつ漫然と日をすごしている当方は ただ。
秦さん、どうぞ御身お大切に、存分にお心のままに
書き続けてください、
と願うばかりです。
ご恵贈ありがとうございました。
二○二二年二月二十七日        敬  講談社役員
秦 恒平様

* ありがとう存じます。努めます。

○ 畜生塚 清経入水 以来 湖の本にずいぶんと教えられてまいりました 有難いことでした 厚くお礼を申し上げます
ご自愛の程 お祈り申し上げます   姫路市  志垣圭一

○ 本日 突然 何年振りか いや何十年振りに「湖の本」届きました。有難うございました。もう感謝通り越して驚き驚きです。
貴方に向けて文を書くなんて おこがましくも恥ずかしい限りですが あまりの懐かしさに負けました。
どうか いつまでも お元気で。
楽しみに拝読させていただきます。心からの御礼 迄。 半田拝  都・世田谷

○ 湖の本『老蚕作繭』ありがとうございました
大切な御本の中に名前をのせていただきました とてもとても うれしかったです ありがとうございました
暖かな春の日も多くなりましたが 天候不順の折 どうぞ
お身体 お大切に  ありがとうございました  群馬前橋市  宮崎弘子

○ 拝読中 柳生家との血縁云々との御文あり 列堂和尚の事は 柳生宗家の書中で読みました際 確か目が不自由だつたとの記述を覚えてをります 「子連れ狼」は この烈堂を烈堂として生かし 裏柳生といふ架空の組織を小説として描いたのでせう
まだ寒い日が續きます 御自愛御専一に 不備  寺田英視  前・文藝春秋専務

○ こんなにも頑張って生きておられるお姿を思い、 体を壊されるのではないかと心配しております。 私、(新居に)入居して一ヶ月 周りの風景も春夏秋冬と移り 体は日に日に弱って来てますが、成るべく自律しようと努め 又 日々の生活は修行と自分に言いきかせております。今でも天気のよい日はこの周りの散歩道をショッピングカー(四輪ついている)を杖がわりにして一周します。(十五分程) 時には二周することもあります。
まだまだコロナ収束しておりません どうか お体くれぐれもご大切になさって下さいませ。  滋賀県大津市  水谷葉子  戦後新制市立弥栄中学 理科の先生

○ 「三田文学編集部」 城西大学水田記念図書館  からも受領の来信。

○ 奈良県五條市の文学批評家永栄敬伸さんからも長文を有り難く頂いているが、、コピー機が巧く使えなくて。残念。
2022 3/2

* 信太周先生 障子透かす陽射しは春の茶会かな
坂村建先生
宗内敦さん 渡部芳紀さん 山中以都子さん 竹澤由美さん 持田鋼一郎さん
原山祐一さん 島野雅子さん
出田興生さん(一万円)戴く
立命館大学 山梨県立文学館 ノートルダム清心女子大学
三宅邦生さん 電話
2022 3/7

* 妻と散歩かたがた、郵便局から、頼まれていた藁谷敏晴さんに『親指のマリア』など、また読書家と聞く丸山宏司くんのお嬢ちゃんに文庫本など、送る。日和り明るくもう寒くなく、梅、桃、水仙、早咲きの桜など目も楽しみ、近くのローソンで米の美味いと以前に感じた握り飯など買い、ゆゆると帰ってきた。
2022 3/10

○ お元気ですか、みづうみ。
メールありがとうございます。音信不通状態を深刻に心配していましたので、メールを開いて一瞬幻視かと思ったくらいでした。「新しい作を脱稿」「仕事に狂って」書きまくっていらしたとわかり、すっかり安心して眉間のしわも寄らなくなり、喜んでいます。新作おめでとうございます。息をするように、狂うように、書き続ける。みづうみのその憑かれたともいえるお幸せを想い、祈りたい気持ちになります。
以前書いたかもしれませんが、曽野綾子さんがテレビで、「ヨブ記」は元々は現在のような、ヨブが報われて終わる結末ではなく、ヨブがすべてを失ったまま野垂れ死ぬ話であった、そのことを知り感動して聖書を勉強するきっかけになったと話されていました。
聖心女子大学キリスト教文化研究所が出版した『宗教文学の可能性』の中で、シスター鈴木秀秀子が遠藤周作とヨブ記について書いた「いのちの贈物」という文章があります。「ヨブ記」の読み方の一例としてご参考になればと思い、コピーしてみました。近いうちに郵送でお送りしますのでご興味がおありでしたらご一読ください。
ニュースが苦痛であるのは今に始まったことではありませんが、それでも長引くコロナ禍で精神が疲れているのか、今回のウクライナ戦争の勃発は思いのほかダメージの大きいものでした。しかも、昨日は東京大空襲の、今日は東日本大震災の記念日で、毎日陰々滅滅になっています。なるべくニュースは見ないことにして、映画、ドラマ、YouTubeの猫動画などに逃避しています。
最近印象深かったのは『コリーニ事件』というドイツ映画でした。ドイツは日本とは比較にならず戦争犯罪に向き合った国と認識していましたが、実際にはそんなことはなく、ナチス高官が戦後も権力の座に居続けましたし、この映画の描くドレーア法により、多数の許し難いナチスの戦争犯罪者が訴追を免れていたことも分りました。
こんな映画内容では、ニュース以上に人間の愚かさに落ちこみそうなものですが、ふしぎと正義のために奮い立つ気持ちが(気持ちだけですが)湧いてきます。脚本の上手さやマカロニウェスタンのヒーローだったフランコ・ネロが、年老いて、風格ある渋い魅力の俳優になったことにも感動して、良いものと出会う嬉しさが優りました。
それはきれいごとだ、現実を見ろ、とよく言われますが、そう語る人間たちは悪しき現実に適応するだけで絶対世界を救わない。理想を棄てない人間だけが世界を変えられる。人類の希望だと痛感します。
売れる映画も売れる本も売れる音楽も絵も経営のためのものであって、暇つぶし以外のなにものでもありません。やはり理想に向けて闘う姿勢の作品を友として生きたいと願っています。
益々「仕事に狂って」コワイコワイ作品も仕上げてくださいますように。懸命に読ませていただきます。ただ、どうか へとへとに疲れすぎないで。
お時間のあるときに「私語」お送りくださいましたら嬉しいです。 春は あけぼの

* 佳いメール、心励まされて、八十六爺もすこし胸を張った。
居住まいをしかと正して残り少ない余生を創り上げたいもの。
2022 3/11

* 立憲民主の福山哲郎君 ツイッターでの発言など物足りません
ウクライナ支援に関わるアメリカの腰の引け具合、米ロの,また戦線の拡大を恐れてでしょうが、其の理屈はやがての日米安保にも持ち出されて、ロシアの北方四島から北海道への侵攻、ほぼ必然かと観ていますが、その時は、ウクライナへとほぼ同様の逃げ腰でアメリカは逃げ出す恐れあり。
日本の「北の時代」ははやく江戸時代の「最上徳内」時代から物騒の気配でしたが、樺太を取り千島を取り、北方四島にロシア人口を優先的に増やそうとしている現ロシアの、久しい北海道への野望に、日本の政治は、国防は、日米同盟のさらなる緊密化等々は「恐るべき」足下の課題の筈。
ウクライナの二の舞を踏む恐れは いま世界中で日本が第一という認識で、しかと勉強し用意して要心して欲しい、高見の見物の時機では無いでしょう。 やそろく翁

* 福山君は大学の後輩 発言の素早さや着眼に期待してきた。
いま日本はまこと危険な下り坂にかかっていると覚悟し、よそ事もともあれ、我が事、国防の用意要心を忘れていては物騒きわまりない。前の大戦争でロシアのアジアへの参戦と侵攻ののけぞるほど速かったことなど、政治が、いま、忘れていては落第で済むまいぞ。
2022 3/13

* 鳶は春の空に似合うなあ 元気に鳴け
鴉は 次の仕事へもう吶喊しています。次の次も途中待機しています。今朝は、五時半に起きました。早めに寝てはやく起きると静かな午前が永く使えます。
敗戦直後の進駐軍時節に向こうの人のカラーで撮って置いたオキュパイド・ジャパン、京都市街の風俗写真集『戦後京都の「色」はアメリカにあった!』というのを楽しんでいます、なッつかしい !
明日は 結婚して63年目。三度目のワクチン接種で 無事是好日でありたしと願っています。
様々な読書を敢えて自身に強いるほど楽しんでいます。字が、書けないは始まってますが、幸いにまだ古文も漢文も読めています。洋語はきれいサッパリ見捨てています。和紙和字和綴じの、掌に軽い柔らかい五十巻近い『参考源平盛衰記』記事多彩で実に面白く、十巻本『水滸伝』にも浮き浮きしてます。
「京都」という美味が食えなくて、じつに悔しいが、記憶は、頑固なアタマに幸い満杯。
日々とても元気元気と謂えない疲れようですが、それはそれと、まだ切り替えが利きます。
鳶、おめえはまだ若いんだ。がんばりや。  かあかあ 春を待ちつつ
2022 3/13

○ やそろく様
ご結婚記念日 おめでとうございます! 仲良くお元気で今年も迎えられて 本当に良かったですね。お仕事も順調に続けておられて 何よりのお幸せだと思います。
お母様の短歌は 並々ならぬ才能と感じました。私は短歌には疎い人間ながら胸打たれました。この短歌集がひとつの小説のようにも感じられます。さすが親子だと思いました。
遺書のお歌は 今もあにうえ様の創作の源だと感じます。
今日はワクチンも済ませて
楽しいお祝いの1日となりますようにと願っています。 いもうとより
2022 3/14

高○ 拝啓 何かと落ち着かない日々ですが
先生にはいかがお過ごしでしょうか 先日の「老蚕作繭」も含め、毎回、ご恵送賜り ありがとうございます
以前戴きました、青春の歌集「少年前」は とても中高生の詠歌とは思えませんでした 「象徴とは無形の余情」であるという一句 なるほどと思った次第です
<355 ゆらゆらと雪解(ゆきげ)のけぶりぼる見えて光線(ひすじ)ななめに軒をかすめぬ> などは十代の少年の歌とは思えぬほど適確な叙景の中に何かを感じさせる一首でした
どうもありがとうございました   敬具  京・鷹峯  三谷憲正

* 「少年前」「少年」の昔の なにか懸命に生きていた歌を読んでいただけるのが、私は嬉しい。

○ お変わりなく おすごしですか。
花粉よけのめがねを購入しましたが、くしゃみをしています。  鞍馬画会 美沙

* 大学の頃の儘の 妻の親友 相変わり無い軽妙な近況の知らせ。何年かずつに開かれてきた鞍馬画会も、第49回と。京の街・町・山・川が瞼をぬらす。

○ 秦先生
本日、本の二箱 無事に届きました!
先ほど帰宅しましたが、葵さんが頂いた本の山と学校の宿題(数学)と吹奏楽部の譜面に囲まれていました(笑。。
本人、大喜びです!
が、吹奏楽の演奏会の本番前とレポートの提出前という時期が既に重なっている中、目の前に“餌?!”を垂らされたような状態で・・・ちょっと暫くは表紙だけをみて楽しみつつ 中身はお預けかも知れません。
にしても、自分で選んで買うことが無いような本ばかりなので、新しい世界が開けるのではないかと期待に胸膨らませています。
貴重な本の数々本当にありがとうございました
取り急ぎ受領ご報告とお礼まで。  丸

* 母夫人が小学校の先生であったかと。お母さんから読まれていいかも。生涯身のそばに置かれても立派な作や本を選んであげた。
2022 3/15

* 戦後六三制中学に、粟田小学校からの女生徒に「三節」と評判の「節子」が三人いた。中村、渡辺、安藤。その渡辺節子から「湖の本」へ礼状と極上の煎茶が届いた。おすましで、講堂のグランドピアノが弾けて、そういうのは当時人気悪く、男子も女子も遠巻きに意地悪だった。小学校の異ったわたしには縁もゆかりもない子だった、三年間に、高校も同じだったから六年間に口を利いたような覚えがないが中学では学級委員和していたから委員会議に顔を出していた。一年の頃、渡辺節子と同じ一組で、やはり学級委員だった中村時子という優等生がいて、短編ながら永井龍男先生にいたく賞められわたしの出世作になった『祇園の子』のヒロインを演じてくれた。評判の子だったが、当時祇園の此のならわしめいて、学業途中から先斗町へ舞子で退学していった。渡辺節子はいいトコのお嬢めいて済ましていたので皆が敬遠気味にいじめていたようだ、私は、よその組でもあ、結局中高六年無援の儘だった。当時の名簿住所録がみつかったので「湖の本」を二度三度ほど最近贈ってみたら、礼状が届いて恐縮したが、苗字が變ってないのにも何となく頷いていた。私のことは憶えているだろうと思った、なにしろわんまん生徒会長などつとめてヤカマシイ男だったのだから。中学で大きなピアノの弾ける女子は、渡辺と石塚公子のふたりだけ。石塚は、私の家の斜め向かいの子で、幼稚園へも園のバスで一緒に通ったが、強烈個性の子で、やはり短編に書き入れている。
わたしは物覚えが良く、この調子で目星を付ければハナシの種に成ってくれる友達は、男女とも何人も何人も覚えがある。おまけに、地理の上でも、祇園に甲部と乙部という嶮しい差別が在り、私の有済校も近隣の粟田校もかなりの範囲に被差別地区を抱えていた。けわしい人間劇はちいさいころから見知りも聞き知りもしていた。私を育てた「ハタラジオ店」は祇園町と被差別地区にはさまれた「総本山知恩院の門前通り古新二筋のうち、祇園町と細い抜け路地一本で背中を合わせの新門前通り中之町に在った。この新門前通りには、東大路に接した東寄り梅本町に京都美術クラブが在り、西の縄手(大和大路)に接した西之町には能の「京観世本家と京舞井上流家元」の屋敷が在り、真ん中の中之町は温和な住宅町だった。総じて外国人相手の美術骨董商の店が数多く、それぞれのウスンドウは幼かった少年以来青年までの私の「美術館」になっていた。ガラス窓に鼻の脂をつけると叱られるほど飽かず狩野派の繪や焼き物や仏像に魅入られ歩いた。
この調子で思い出を書けば幾夜も夜通し出来るだろう。
さきの「三節」の渡辺節子は蹴上の都ホテルから山科向きに日ノ岡へんから祇園石段下の弥栄中学まで、さらには九条東福寺や泉涌寺山寄りの日吉ヶ丘高校まで通っていた。中村節子の家は粟田山麓で三条大通りに面していた。安藤節子は知恩院下白川沿い様々に小売りの店々が並んだ古川町に間近く暮らしていた。三人とも「出来る」女生徒だった。

* 「湖の本」呈上本を送るのも、必ずしも読む人と見極めているのではない,昔の住所録が見つかれば、やれ懐かしと知った名前を選別したりしている。びっくりされるのも面白く,幸いに私が作家稼業を半世紀以上も続けてるのは、ま、少なくも小・中の同窓なら大概知られている、学年が幾らか逸れていても知られている。ワンマンを振り回してた「生徒会長」役は、なかなか今日にも有用に生きてて呉れる。
2022 3/15

○ さくらのつぼみが ふっくらと。
この所の暖かさ で、色付き始めました。
いつも湖の本、贈って頂きありがとうございます。かき菜ページから、楽しみに読ませて頂いております。
春を告げる魚、いかなごが魚屋さんの転倒に出始めました が近年の不漁が続き、品薄です。 ほんの少しですが、季節を味わいたいと佃煮に致しました。
召し上って頂くとうれしいです。くぎ児りも,少し ゆわらか目に仕上げております。
昔はこの時期になりますと あちことちのお台所から、くぎ煮を造るにおいが漂い、ああ! 春だなあ! と思ったものですが そんな風情も失くなりました。
世界の落ちつかないニュース、心を痛めます。 私など ライオンズクラブを通して少しのドネーションをする位の事しか出来ません。
心から 作倉の季節を楽める日々が来ることを祈るばかりです。
いつの間にか? 85才…
生き甲斐をみつけて、頑張りたいと思うこの頃です。
ペンを通して、世界平和のために 発信して下さいませ。
お元気を祈ります。  三月十六日    澄 (妻の久しい親友)

* 一読 ああ佳い手紙だなあと、それを感じ嘆賞したた。 過不足無く行き届いて 季節感美しく 人としての思いも豊かにしかも簡潔。
明治の昔には  書簡文指導の手本が何種もつくられ秦の祖父も買い求めて致す、私は子供の頃にときどき読んでみては「作りすぎやないか」などと口を曲げていた。
今日 いかなごの釘煮を頂いたこの方のお便りは、まことに綺麗にそしてたしかで、物書きとしてアタマを下げた、喜んで。感謝。

○ お元気ですか、みづうみ。
昨夜の地震大丈夫でしたか? こちらの家の中は何一つ落ちませんでしたが、東日本大震災を思い出しました。少し強く揺れると恐怖の記憶がよみがえるのでしょう。ヘタレのわたくしはとても怖かった。
今朝もニュースを観ましたが、福島原発への言及のないのが一番気になり、何か起きていると思っています。震度6強で何もないというほうが不自然。ウクライナの深刻さを憂慮していましたが、本邦も相変わらずの緊急事態下にあることを 大きな地震のたびに再認識させられます。
3回目の接種が無事にお済みで 何よりでした。
地震もウィルスもなかった頃の生活がただただ懐かしく思い出されますが、生物は、環境に適応していかなければなりません。
強い余震の可能性もありますので、転倒などなさいませんよう、くれぐれもお大事になさってください。ストレス解消に甘い物など召しあがってはいかがでしょう。チョコレート大好きです。みづうみはお酒のほうがよいかしら。最近いただきもののスコッチウィスキーのザ・マッカランを味見してみましたが、感動のおいしさでした。お値段聞いてびっくりでしたので当然といえば当然ですが、ウィスキーの素晴らしさに目覚めたといってもよいくらいです。自分では買いませんから、これきりの経験にはなりましょうけれど。フフ。   春は あけぼの

* 震源近い地域の原発を危惧危されているのが、的確、私も報道の無いのを訝っている。処理できぬままの莫大厖大量の危険物をほぼ放置状態にしているのでは無いか。活動的と見える震源海底の上京もとても気になる。とうほくと限らない東海も西海も南海も,海域近くに原発を抱えている。こわいことだ。
2022 3/17

○ メール嬉しく
次のお仕事、進んでいますか? 本当に感嘆、次々と新しいものが浮かんで奔出してくる、それは大いなる歓喜、幸せです。
わたしはとびあるき女かなあ?? 退屈な時期かと、わたし以上に思う女は世の中に大勢いますよ。新種のデルタクロン・コロナはオミクロンとデルタ両方の特質をそなえているとか!1918年のスペイン風邪の時はまだDNA解明もワクチン開発もなく、猛威を奮って、それでもニ、三年で終息していったのですが、さてコロナはどうなっていくのでしょう。
次に行きたい外国はと聞かれて、わたしはいつもロシアとドイツと答えていました。ロシアの教会、特にモスクワ周辺の黄金の環と言われる教会巡り。そしてドイツのロマネスク教会巡りです。勿論インドやイラン、チベットなどもいつか、と思っていますが。
いずれもいずれも現在は考えられません。・・やはりとびあるき女??
固い話ばかりになりそうですが、毎日報道されているウクライナの現状は悲しいことです。
読書もテレビの報道に気を取られて進みませんが、鴉が挙げられる「ファウスト」は惹かれます。「水滸伝」は講談本で少し齧った程度で、北方謙三氏が書いたものをシンガポール滞在の徒然に読んだことがあります。〈娘が何故か赤壁の賦の類の小説やらに興味があって・・)やはり遠い世界で、それなりに面白かったです。先日詠んだ芭蕉・・自分にスッと入ってくるのはやはり俳句より和歌の世界だと再認識しました。辻邦生氏の『西行伝』を初めて繙いています。待賢門院との関係を「ことあり」としてかなり書き進めていますが、わたしは幾らかの疑問も・・。小説なのであまり考えずにそのまま受け入れてしまいそうですが。
京都の娘は現在の会社を辞めて、たぶん六月から名古屋の会社に。娘とちょうど二歳になった孫との同居が始まることになります。
さまざまな思いに取り囲まれています。今週になって顔が腫れて・・何に反応したのか分かりませんが、少しずつ回復しています、情けない顔ですが、マスクして外出の今は少し慰めです。庭の水仙、クロッカス、寒アヤメ、椿。やがて桜も咲くでしょう。
くれぐれもお身体大切に、大切に。
花粉症は困りますが桜を楽しんで。 尾張の鳶
2022 3/20

○ 体重の減少が気にかかります。どうぞ、近くの信頼性ある病院か医師を決めて診てもらいますよう。食物がとれないと、いけません、点滴の処置も時々必要かと。
鴉がつかれはてたと書かれたのは初めてです。
くれぐれも大切に。取り急ぎ、まず何よりお身体に気をつけて。  尾張の鳶

* 三連休(の近年なんて多いことだ。)のあとで郵便は多かった。井口哲郎さん、勝田貞夫さん、岩淵宏子さん、白蓮寺さん、そして白鸚さんの今藤会案内、喜多会の春の能会案内、田島周語君の画展案内などいいお便りがみな封書で。
加えて、久しく尋ね尋ねて現住所が知れなかったのを同志社の田中教授に教えられ、何十年ぶりかに発信できた翻訳家の脇明子さんからも善い便りが返ってきた。お一人一人この場へお便りの儘記録しておきたいが、あまりに量が多い。繰り返し黙読を重ねて感謝するに止める。
脇さんには、私の絶大球愛読書パトリシア・マキリップの『イルスの竪琴』を贈って貰った。当時まだ若い院生ほどの方だったが、その日本語は安定して寬かに波打ち、物語の素晴らしさをこの上なく私の五体に染み渡らせた。この物語、現に今日ただ今も全三巻の最終巻を、みじんの飽きも慣れもなく懐かしく面白くしかも新鮮に感心して読みすすんでいる。何度読み返しているやら、数え切れない希有の本なのである、お礼が言いたくて告げたくて堪らなかった。
ようやく叶った。
脇さんからも嬉しそうなお返事が戻ってきてまたまた有り難かった。生涯にそうそうは出会え無い最良の出逢いの作であった、いや過去形には成るまい、まだ私に寿命があれば繰り返してまたまた読み継ぐだろう、それほど「モルゴンとレーデルル」とのリアルに不思議な物語に、私はストーリイを絶した「身内」の親愛を覚えている。幸せなことだと思う。
2022 3/22

○ いかがお過ごしですか。桜の季節楽しまれますように。 尾張の鳶

* 機械の文字通り混乱(半ばは私自身の混乱も)に難渋を極めながら 前半の要再校、後半の新入稿に悪戦苦闘し、へとへとに、へとっへとっに疲労困憊の日々でしたが、今朝、ともに印刷所へ送って、深い吐息の一息のまま、潰れるように寝入って、目覚めたら午后三時でした。ホオーッと安堵して、またすぐ創作の筆へ戻ります。もう体力は涸れ乾いていますが、幸いに気概は残ってるようです。
苦渋・苦闘の極疲労を慰安し激励してくれるのは、再読を始めた「水滸伝」魯智深の大酒・大暴れぶり、苦沙弥センセイの膝の上の「吾が猫」クンの述懐、魔法の塔上でのモルゴン青年と偉大なる者との謎の解けて行く出逢いをかたる「イルスの竪琴」終盤の感動、水戸藩が賢明に達成した「参考源平盛衰記」の多彩な異伝の採集、「史記列伝」を多彩に引っ張る異彩の策士達の唸ってしまう悪意の算術の展開、「フアウスト」の生き生きとした詩性、それに、以前に歌人岡井隆が私の歌を読み解きながら作者をアリョーシャめいて解読してくれてた「カラマゾフの兄弟」等々を、僅かずつ読みに読み継ぐ読書でした。ロベスピエールと「フーシェ」とのギロチンを挟んだ息を呑むような衝突場面もありました。
どうも私は、延々と「告白」するジャン・ジャック・ルソーという人は苦手です。しかし、地獄をへめぐり始めたダンテ「神曲」との初の出逢いは、すばらしいものになりそう、延々とつづくホメロスの「イリアス」にならぶ、いい体験ができそう。「ヨブ記」は、まこと文字通りに難儀ですが。
コロナ東京は相変わらずの日々多数の感染者で、出歩く気概を殺がれています。ここまで堪えて、浅はかに躓きたくなく。やれやれ、と慨嘆のみ。
わたしは、実は、ホメロスやダンテやゲーテやミルトンが楽しめるのに、今日のいわゆる「詩集」が読めない。定型の韻律をいわば強いられた歌集、句集なら性格に「うまい・へた」の良さ不味さが分かるのですが、詩の自在勝手な表現の妙がなかなか掴めない。荷風の『珊瑚集』 藤村 白秋、朔太郎ら、また靖の定型に近い散文詩等々 愛読できた詩人もむろんいますが。
先日京都の年嵩な詩人が、数百頁の本に上下段、自作の詩をちっちゃな活字で、全冊にみっしりと何の余白も無く窮屈に押し並べ組み込んだ「詩集」を送って呉れました。ナチスの虐殺を目の当たりにするようでした。やれやれ。
桜は この、人けのない下保谷の散歩で楽しみます。

* 山田あけみさんが親切にコピーして送って下さった或るシスターさんの「ヨブ記」を語られている長文に、感嘆・感銘、泪に目が濡れた。遠藤周作を語りながらの、それはそれはすばらしい神とヨブへの手引きであった。有り難いと手をあわすほどであった。心恥ずかしくもあった。何かしら大きく私の内深くでひびくようにものが動いた。斯く「読んだ、顔を伏せて感謝し感動した」体験は、永い人生でもかずあったワケでない。フアウストや失楽園の読みへももの静かに道を示された気がする。感謝。
2022 3/28

○ お元気ですか、みづうみ。
シスターの「ヨブ記」のお話、みづうみのお心に届くものでありましたこと大変嬉しく思います。私にとりましてもヨブ記の読み方が変わった一文でしたので、あるいはみづうみにもと考えました。
お父上を書かれましたと。とくにお父上はまったく想像もつかない方ですので、失礼ながら待望もしていたお作です。
戦争勃発のせいでコロナの話は影が薄くなりましたが、まだまだ大流行りです。どうかどうかご用心ください。私の母のように、ワクチン接種していても感染しますので。
昨日は近所の桜が満開になっていました。憂鬱な日々ですが、毎年めぐってくるこの季節は本当に生きる甲斐ある美しさです。 春は、あけぼの
2022 3/30

○ やそろくさま のどかなお便り有り難うございます。のんびり桜を見ながらお散歩されているご様子を想像しています。
猖獗(ショウケツ)という字を初めて知りました。知らないこといっぱいで80代を生きているいもうとですね。「風の竪琴ひき」も全く知らず、あとはタイトルは知っていても中身を読んだことなく 恥ずかしいです。
あにうえ様の頭の中はまるで図書館のよう! しかも未だに読み続けられているその「気力」には感動します。散歩をされるのもその 同じ「気力」なのでしょうかと考えているいもうとです。
やはりそれは小説を未だに書き続けておられる「精神力」から発しているのだと結論づけることにしました。どうぞ 長生きして いろんな風景を教えて下さいね。もうすぐ迪っちゃん(=姉)のお誕生日、楽しい日を過ごされますように。いもうとより

* 妹は、詩を書き詩集をもち、繪も描く。

○ パソコンのメール 受信できるのかな と思いつつ✉をしました。
コロナ騒ぎで、ほぼ自宅周り(花小金井)を彷徨くこの頃です
ほんまに 東京に住んでいるのかいな 、なんて …
マア コロナ騒ぎが落ち着いたらと 楽しみにしています。 御元気で…  千

* 中学での同窓、一年下。小学校はちがったが、高校も同じ。
私たちと同じほど東京郊外で暮らして若い家族に囲まれた「おばあちゃん」をしている、らしい。中学では、ソフトボールのスラッガーだったが、花のような美少女だった。高校では、わたしから茶の湯を習っていた。
2022 4/2

* 尾張の鳶、京の鰊蕎麦や阿闍梨餅など いろいろに沢山送って頂きました。よく食して、栄養失調を脱せよと。ありがとう、感謝感謝。
2022 4/3

◎ Re: 福山哲郎くん・辻元清美さん 日本の北があまりに危ない
目先の大事は当然としても、先、せいぜい一年半以内を凝視の、「列島と国民との安全」をこそ、より聡く早く大胆に考慮し、備えてください。
少なくも田沼意次の時代へまでさかのぼり、当時幕吏としても実学者としても探検家としても傑出していた「北世界人」「最上徳内」(蝦夷千島樺太そしてロシアへの正確な実見と他の誰よりも先だって「探索・接触を介し」て、日本の「北の時代」の扉を明瞭に最先駆者として押し開いていた人物。あのシーボルトが最も畏敬した日本人)などの懸命の勉強、ことに「ロシア」の、日本の北へ向けていた野心の歴史をも、より具体的に識ってて下さい。私の著『最上徳内 北の時代』や『親指のマリア 新井白石とシドッチ』などで、今日日本の問題の根を、近世へ遡りよく掘り下げ識りながら、今日近未来の日本の大事を思案し論策して下さい。 作家・元東工大教授・元日本ペンクラブ理事

○ 幾らかの気散じに、そして元気になってくだされば嬉しい限り。
阿闍梨餅は百万遍の女子寮にいた時、お店が近くで時折買いに行ったものです。
今日は(山科から尾張へ)帰ります。桜の季節ですが、浮かれ歩くのも少々疲れます。妙に静かな気持ちで帰ります。 尾張の鳶
2022 4/4

○  お元気ですか、みづうみ。
仕事に「狂って」いらっしゃるのでしょうか。それは素晴らしいこと。
数日のことでしたけれど、春爛漫の桜はコロナも戦争も脇に追いやるほど、わたくしをしあわせな気持ちにしてくれました。下手な写真もたくさん撮りました。
桜の夢から醒めれば、コロナは居座り、戦争は益々の惨状ですが、それでも誰の人生も続いていきます。桜は古来死を思わせるほど美しい花ですが、ふと正月明けすぐに出席した告別式を思い出しています。
まったく無宗教で執り行われた告別式は初めての経験でした。ご家族の立派なご挨拶もありそれは納得できるご葬儀ではありましたが、個人的にはやはり何か宗教的なものがあったほうがよいと感じました。宗教葬につきものの、意味のよくわからない誦経や退屈なお説教であっても、長い時間を重ねて人間が創り上げてきた死者を見送る儀式には、それが形骸化していても深い意義があったのだと気づきました。故人が無宗教の場合でも、何か宗教に代るものが必要だと思います。
音楽葬というのは時々ありますが、文学葬というのも悪くない考えだと思いつきました。故人が愛して生前に選んでいた文藝作品を、家族や友人に朗読してもらうというものです。特定の信仰がなくても、聖書の一節や、論語でも仏典でもバグワンでもいい。わたくしは『畜生塚』のあの一節を読んでもらおうかしら、他には『親指のマリア』の、『死なれて・死なせて』のあの部分等々考えていたら、何か葬儀のことを考えていると思えないほどわくわくして嬉しくなってきました。変でしょう。でも、こんな愛読者のいるみづうみは文学者冥利に尽きるのかもしれません。
今回のロシア侵攻は日本にも危機感と緊張感を与えていますが、もっと下々の庶民レベルでも大迷惑です。あれこれの値上がりも困りますし、飛行機はロシア上空を飛べないので大回りしなければなりませんし、日本からの航空荷物がヨーロッパに送れず、あちらからの荷物も届きません。
以前のニュースでロシアが海底ケーブルを切断するのではないかという懸念も報告されていました。もしそのような事態になればインターネットが大規模に遮断され西側経済は大混乱、滅茶苦茶になるでしょう。庶民の通信網も断たれたらどうなるのか。核兵器なみに恐ろしいことです。
プーチンが何を考えているのかわかりませんが、長く権力の座にある人間は、アルコールやギャンブル依存症のような権力中毒になると個人的な感想をもってきました。昔の新聞記事の切り抜きを整理していましたら、ある脳科学者の研究によると、権力はしばしば外傷と同様の機能障害を脳にもたらし、特に他人の視点で物事を見る能力が損なわれるというコラムの一節を見つけました。科学的にも証明されることのようで、なるほど権力で脳がイカれるという感想は正しいのだとわかりました。ロシアに限らず、世界中に権力によって脳を病む患者がたくさんいます。治療できるのは、まともなジャーナリズムと民主主義による選挙だけかもしれませんので、下々は良い薬になるべく頑張りましょう。
話題かわります。
あるパリずまい親しい友人の一家ですが、パリの娘一家全員コロナ感染しました。夫婦はワクチン三回接種済みでしたが、ワクチン接種対象外の四歳の子が、学校で集団感染したのが発端でした。十人くらいの生徒と教師が一日か二日の期間に一気に感染してそれぞれの家庭に感染を広げたようです。旦那さんは無症状、友人とお子は発熱しましたが、幸い全快しましたと。高齢者の感染なら簡単にはすまなかったかもしれません。こちらで聞いた知り合いの老母さん感染も、三回接種済みのヘルパーからでしたので、ワクチンは「」重症化を防ぐ意味しかない」とお考えいただき、どうかご用心くださいますように。コロナ慣れしてしまったせいか、ウクライナ情勢のせいか、以前ほど警戒していない現在の状況を心配しています。くれぐれもご自愛ください。
最後に一つ、今さらという質問させてください。『慈子』の中に出てくる「哀韻を調べた」の読み方です。「しらべた」と素直に読んできたのですが、ふと間違えかもと心配になりました。もし気が向かれましたら、教えていただけると幸いです。間違えていたら、今書いているものにルビの必要がありますので。申しわけございません。
「私語」の続きございましたら、いつでもお送りください。お待ちしています。
春は、あけぼの

* 逼塞していると、からっと青空へ窓をあけたように、こういお便りがことに嬉しい。

* 私は、現状、コロナに安心していいどんな状況改善があるとも思っていない。世間には油断が瀰漫しているが、考え違いと思っている。老人はことに体力疲弊、命の危険と心得ていた方が良い。
こういうざわざわとイヤな時節では、とても哀韻の「しらべ」の聴けるおりもないが、和漢の古典や詩歌そして歴史へ帰って行けばすぐにもあちこちでしみじみ聴くことができる。.

* 一つ異を唱えてしまうが、こと私に限つて「葬儀」も「墓」も無用と家族に言い聞かせてある。遺体はよく灰にして、ひとつかみ庭の「ネコ・ノコ・黒いマゴ」達の奥津城に同居のていに撒けと。他は、それとなく京都のゆかりの場所へそれとなく撒いて呉れと。位牌が欲しいなら、仏寺を頼まず、「秦恒平 宗遠」とだけ業者に注文し簡明に「刻」して貰うように、と。「私の墓」は、すべて自身の著書・著作以外に無いと。
2022 4/6

* ホームページが消失した儘なので、いま此処で何を書いていても誰にも読まれない。頼りなくもあるが、気楽勝手に文字通り「私語」出来ても居る。アドレスのある人とはメール出来るけれど、それも頻繁は遠慮がある。ま、籠居の孤独を是とも良しとも思って怪我無く日々を送り迎えするのがいいのだと思ったり。

* 石川・能美の井口哲郎さん、特製芳醇の蜂蜜を五合の余も入る瓶で送って下さる。何度も頂いて、私には欠かせない美味い健康食。有難うございます。お元気でご無事にと、切にいつも祈ります。
ああ、久しい親交だなあ。そういう方々が全国に、有り難い極みと思います。
2022 4/10

* 「湖の本 157」進行のための要初校・要再校等の郵便物を送り、能美市の井口哲郎さんへもお便りした。投函の序でに近くのローソンでちっちゃな洋酒、いろんな握り飯、三個、卵サンドイッチ、丼どん兵衛、乾電池、妻へのリポビタン等々、買って帰った.庶民感覚の気任せの買い物を気まぐれで楽しんだか。校正往来をひとまず遂げた気軽さで。

* 昨夜は。九大今西祐一郎名誉教授から「枕草子」読みに関わり頂いていたお手紙への返信のまに夜更けていた。床に就いて更に『ファウスト』『水滸伝』『参考源平盛衰記』を読み耽って、二時過ぎて寝た。目覚めたら七時。明るい夜明けがすっかり早くなった。食うや食わずの朝食して、自転車でポストへ、そしてローソンへ。
2022 4/11

* 連絡の途絶えている人が数多い。この時節では、心配の種になる。メールは即時性もあり便利だが、手紙やハガキに比して軽めに出し入れの風に傾いてきているのかも。見ない人も無意識のうちに増えているか知れない。
私の願いは ホームページの復旧とそのネット電送が可能になること、創作の進捗とならんで、それが希望の一。
2022 4/13

* 十一時、メール交換の機能の全体を機械上で事実として見失った。瞬時のことだった。
もう私には何がなにやら判断も推量も処置対応も分からない。
2022 4/14

* 亡き橋田二朗先生のお嬢さん有子さんから、柔らかな、京の初筍を頂戴。さっそく若布と煮たり、出汁の利いた筍飯に炊いたり、美味しくご馳走になった。食が進んだ、ありがたこと。
2022 4/16

* メールが読めなくて、案じていました。愛知のコロナ事情善いとは言えないのでは。用心して下さい。繪は、届いているのか、どう見るのかわからず浄瑠璃寺、確かめ得ていません。法界寺の如来さま いい写真が撮れたら送って下さい。山科から醍醐寺へ宇治川・平等院への道をもう一度通いたいと願っています。洛北円通寺、鞍馬、貴船へも。琵琶湖も観たいなあ。三十三間堂、京博、清閑寺、清水坂、六波羅蜜寺、建仁寺、花見小路、祇園さん、円山公園、知恩院、白川 キリが無くて泣けるなあ。もう一度で好いから帰りたいなあ。
鳶は、もしかして、
あの知恩院下の白川に架かった細い太い何本かの石橋のなかでも、やや幅のある「土居ノ内橋」を西へ渡り、小商店の居並ぶ「古川町」を挟んだ東山線までの粟田地区内「白川西界隈」の、そこを細く区切った「路筋や民家」に具体具象の印象や記憶が何か無いでしょうか。
さらに言えば、東山線を西側へ渡って西へ西へ、有済地区内の縄手(大和大路)まで広がり続いたいわゆる「三条寺裏、古名で謂う天部村」に具体具象の印象や記憶が何か無いでしょうか。あれば、ちいさなことでも聞かせて下さい。今謂う界隈の比較的詳細な古い地図などお持ちで現在ご不要なら、拝借できませんか。 わたしは、有済地区では最も南、祇園と背を接した(知恩院)新門前通り仲ノ町で育ちました。一筋北に同じく古門前通りが在り、この通りに背を接して三条大通りにまで、上に謂う寺浦・旧天部村がありました、わたしは、この三条寺裏地区を、学校時代を通じ状況まで殆ど足を踏み入れたことが無かったのです。
鳶は社会学的にこういう通称被差別地区に踏み込んで学術調査などしていたかと聞いた記憶がちらと残っていまして、助けて貰えるかなと希望を抱いているのです。

* 上に関わって尾張の鳶、重ねて来信あり。

* 晩年も煮詰まってきて、畢生と云うほどの仕事に取り組むなら、是れという主題を自覚的に少し吐露して、尾張の鳶さんと「京の闇」にかかわりメール往来。
脳裏にまずはスケッチを重ねたい。
2022 4/17

* また故障かと疑うほど、外からのメールが無い。いや、朝には一通来ていた。返事も送った。
自転車を楽しみ、湯に浸かり、夕食後に、「頼朝の十三人」を観て、そしてまた寝入っていた。八時半。マコが、機械に向き合う手居る私の腕に抱きつくように伸びあがって来る。
このところ読書で楽しんでいるのは、ル・グゥインの『ゲド戦記』第一巻。浴室へも持ち込んで。もう一冊は『水滸伝』。上等の読み物です。
コロナのあまりに永い逼塞も害になりさまざまな疲れが五体に寄せてくる。寒さがにわかに暑さへも動いて障りになっている。自転車で三十分か小一時間も走れていたのは有難い。脚腰のためにも過剰にならぬ程度に習慣化したい。
と、謂いつつ。眠気が波のように寄せている。
2022 4/25

 

○ 先日、キリスト教の復活祭のお祝いがありました。信者の少ない日本では影響のある行事ではありませんが、キリスト教圏の大切な祝日です。ロシアのプーチン大統領が、このイエスの復活を讃え喜ぶミサに参列している映像には、強烈な違和感を感じました。
みづうみが『死なれて・死なせて』のあとがきで、こう書いていました。
「 よく見るがいい、人を深く感動させてきた小説や演劇・映画のすべては、わたしの謂う「身内」を達成したか渇望したものだ。根源の主題は、愛や死のまだその奥にひそんだ、孤独からの脱却、真の「身内」への渇望だ。」
誰かの「真の身内」として生きたい、あるいはイエスの、釈迦の「身内」になりたいと願う、そんな願いすら抱かない権力者や無関心な人間たちが跋扈する世界とは、なんと恐ろしい場所でありましょうか。
相変わらずの在宅習慣のまま生活している私は、先日クリント・イーストウッド監督『ミリオンダラー・ベビー』を初めて観ました。アカデミー賞の有名な映画ですから、みづうみは既にご覧になっていらしたでしょう。期待していなかったのですが、まさに、みづうみの人生の一語ともいえる「身内」の達成を描いた映画でした。父を亡くした娘と、娘と絶縁している父の、血縁を超えた「真の身内」としか言いようのない深い結びつき。家族に愛されなかった娘が 遂に父の愛を得た結末に思わず落涙しました。伏線の効いた脚本も見事でした。

* 煩瑣な手順や作業をあえてして、「身内愛」の可不可にもがく『女坂 二』を書いておいた。
2022 4/26

* 私は 買ってもらった「携帯電話」の遣いようも未だに覚えられず、脚もとに投げ出したまま。「スマホ」とか謂う類いの機械の何一つも持たず、興味も関心も無く、その手の世間に氾濫しているという文や写真や繪の類いを見たことも見たくも無い。
辛うじて只今出来るのは、この故障がちな機械(パソコン)で創作し此の雑記に同じい「私語の刻」を仕事の合間に書き散らしているだけ。他人様のホームページその他の記事も全然目に触れない、そもそも技術的に観方も知らない。ああ逢いたいなと想う人がいても、病院通い以外、外出して人と会うこともこの数年まるで無く、人と電話で話すのも苦手で、掛けもしないし掛かっても来ない。「秦恒平・湖の本」刊行で触れ合うた心親しい読者の皆さんからお手紙を戴いたり御厚意を頂戴したりはあるが、お返事やお礼すらおおかた失礼している。
文字とおり「外」世界との「出入り」も「見聞き」も無し、まるまる「門を閉じた」生活をしている。どんな「噂」を秦恒平としてされているか、賞められようが悪聲を浴びていようが関知も関与もしない、まして愚痴な「噂ばなしのお相手」など持たない欲しくも無い。親しい友人、ああそれは幸せに、人さまよりあるいは大勢もてていて、孤りぽっちで暮らしてはいない。

* うらやまし 舞うて聲よきピーヒョロロ みそらに光る なむ阿弥陀佛
尾張の鳶、京山科へ翔んで 法界寺の御堂とお庭の風情を送ってきて呉れた。謝謝。

○ 拝観の人なく、静かな法界寺でした。扉を開けていただき阿弥陀様の前に座しました。堂内での撮影禁止で映像を送れないのが残念です。
2022 4/28

* 東工大を出て25年、50歳になりましたよと、管理職の上尾クン、懐かしい佳い便りを呉れた。心底嬉しい。ありがとう。
2022 4/29

* 奈良五條の永栄啓伸さん、論攷「秦恒平の基軸」「秦恒平の孤独 死生観一斑」を手紙添えて送ってきて下さった。まだ拝見していないが、永栄さんはずうっと継続して「秦恒平」を論じてこられている。感謝。                                                               * ロサンゼルスの池宮千代子さん、日本の桜が恋しかったと。                                                   * 豊中の安川美沙さん、綺麗な絵葉書で深切な便りを。                                                      * 五島美術館、「近代の日本画展」いつものように招待状戴く。恩田英明さん個人雑誌「アルファ」31号戴く。
2022 5/2

* チョコちゃん なによりなにより お元気が嬉しく それが大切です 平凡そうで 一島難しい 私達の トシ に なっしまいますと。
こちらの 東京の コロナ禍は すこし落ち着いていますが 油断ならず マスクは片時も 私など寝ているときも 外しませんし 外出は 自転車でポストへ走るときだけ。この下保谷界隈は 人出のすくない田舎 それでも 用心しています。 カタツムリのようですが、幸い 私の仕事は 読み 書き 読書 家で出来ます。
大事な人が 亡くなって行くのが 寂しいかぎりです。私より 六つも若い 幼なじみで妹弟子の 龍ちゃんも亡くなってしまいました。叔母の茶室へ お稽古に通っていた 殆どの人が 亡くなりました、 良っちゃんや 小畠さんは あまりに早すぎました。
良っちゃんを いまも しばしば想いだし懐かしみます。 仲良し姉さんでした 仲良し妹が 龍ちゃんでしたが。
叔母の稽古場 そして 京都は かぎりなく佳い思い出を呉れています。 チョコちゃんとも出会えました。自動車で 伊勢志摩へ連れて貰ったころの私には 自動車に乗るという それが希有の初体験でしたからね。龍ちゃんも 自動車を持つと いっとう先に私を乗せて 京都中を 東西南北 走って呉れました。私は全然の「自転車」愛用でした。
人懐かしい たくさんな想い出の中で 今も 呼吸しています。
日々仕事に励んでいます 疲労困憊もいとわず 書くべきを 書き続けています。迪子が よく応援してくれています、幸せなことです。
世界は ハチャメチャのていですが もう残り少ない日々を 心行く生き方で結びたいなあと願いつつ いま チョコちゃんの 笑顔と元気な声に 見入り聴き入りしています。
お大切に。   恒久平和を祈る  日本の コヘ 五月八日 朝
2022 5/8

* 健在なりや 案じ居り 感染者数むしろ漸増と 海外との水際を緩めると さらに増えるかも。 目前の難儀仕事を一つ二つと片付けて、まだまだ。視野滲んで 肩も頸も凝り凝りでも、「読み 書き 読書」は性に適って。心配は、歩けなくなるかも。
「湖」新刊は 二十五日前にも発送。次は、三、四ヶ月後 「強度に」手数の掛かった 凝り凝りの奇態な創作。更につぎつぎと 書き起こしつつ。崖の外へぶら下がってしがみついている風情。手を放したら 書けなくなったら、あの世へ落下のみ。
怪我無く元気に 日々を お過ごしあれ。

* もう、目もからだも 永く保たんなあと惘れている。それでも 二階の窓際にならべた四百冊近い文庫本専用書架のまえに座り込むと、時と疲れを忘れる。咋日は岩波文庫の『旧唐書倭国日本伝 宋史日本伝 元史日本伝』に捕まり、楽しんだ。
2022 5/10

○ 五月も半ば  お疲れから幾らか回復されたでしょうか。連休後、予測されたように感染者数が増えています。やはり気をつけなければなりません。早く早く終わって欲しい。
曇りがちな数日、紫外線の心配は少しやわらいで、庭の仕事はきりなくあります。芍薬の白い花、ばらが盛りです。
あと半月したら娘、孫との暮らしが始まります。
用事で中断、ごめんなさい、後で   尾張の鳶

* お庭の広そうなこと、花の沢山なこと。
我が家では東西に家二軒が棟をくっつけていても、東にテラスと西に細いみじかい射干が今満開の文字通り狭庭。細長ァくて上は土庭にした十数メートル鉄筋の書庫が東に場を占めている。西棟の戸外、曲がり角で先日から「大紫」が溢れるように豪勢に満開だったが、もう五月半ば。
2022 5/11

○ お元気ですか、
お元気でいらっしゃるかと心配で、それでもメールでご迷惑をおかけしてはいけないと自制しつつ、我慢できなくなって今日こそメールを書こうと思っていると、どういうわけかメールが届きます。テレパシーでしょうか。わたくしは、身近にコロナ感染の話を多く聞くようになっていますが、なんとか元気で過ごしていますので、ご安心ください。
遠い以前にすでに「私語の刻」でエシュロンのことを度々書いていらしたと思いますが、昨今公然化している機械環境での権力的な「言葉狩り」に対応対策している例が増えています。知っている人は対策しているが、知らない人は情報筒抜けということです。簡単に出来る安全対策を、LINEが周知徹底させていないのは大きな問題であろうと思います。善意に受け取れば、民間が犯罪抑止に協力しているのでしょうが、悪意にとれば国民監視システムの一端を担っているということにもなります。すでにここまで広く深くエシュロン的なサイバー網が張りめぐらされていることを思い知りました。ちなみにメールは、LINEよりもっと危ないそうです、が、真偽はわかりません。
まあ、事態がここまで来ているなら、見たいならお好きにと開き直るしかなさそう。むしろ、読まれるに値するメールを書くように努めるべきでしょうか。
咄変わりますが 最近嬉しいことは、ツバメが巣作りし始めたことです。ツバメを応援することはわたくしの趣味の一つ。今年の巣は心もち小ぶりなのが心配で、ヒナが多いと早い時期に壊れてしまいます。親鳥の可愛い黒い頭が巣から見えると、今年もどうか無事に卵が孵って全部のヒナが巣立ちしてくれることを祈るばかりです。
新作が次々期待できます由 嬉しく。ただし、良い走りのためにお身体はきちんとメンテナンスなさってくださいますように。  さみだれて
2022 5/11

▼ 先生 いつもお世話になっております。**です。
USBが届きました。データを確認してから作業を進行いたします。
何卒よろしくお願いいたします。 20:33

▼ 秦先生 関根さま
いつもお世話になっております。**です。
大変申し訳ございません。
セキュリティーの管理上、USBでのデータの入稿が禁止となっておりまして、こちらでテキストデータの取り出しができません。
一度、USBを関根さまのほうに返却をいたしますので、秦先生か関根様の方で、新たな媒体(DVD CDR スムースファイルなど)、送り直していただくように、何卒よろしくお願いいたします。
ご対応が不可能な場合、今後のこともございますので、
一度、秦先生のご自宅に自分が伺って、先生のパソコンから送信をしたいのですが、
今週末(土曜日 日曜日のどちらか)など伺っても大丈夫でしょうか?
ご確認のほど、よろしくお願いいたします。 23:19

* 村上様  仰天しています。 これまで出来ていた事なのにと。次回からはともあれ、今回はこのまま原稿を広げてもらえませんか。あるいはゅょ(凸版印刷株式会社の)関根さん、伊藤さんのお手元で、どうにか願えませんか。
「セキュリティーの管理上、USBでのデータの入稿が禁止となっておりまして、こちらでテキストデータの取り出しができません。」というようなことが、在来、無かったのに突如のことで、何がなにやら。

また、コロナ禍のこの三年来、感染を恐れて、昼夜となくマスクを外さない老夫婦の宅へは、息子でさえ、遠慮して貰っています、来客は迎え入れないで感染予防しています。関根さんと、何らか対策対処して下さい。三十数年、「選集」33巻も「湖の本」157巻も無事に続け、支払いでご迷惑かけたこともなく、凸版社長室へも、全冊寄贈し続けてきた希有の仕事です。
少なくも、今回は、伊藤さん関根さんと調整され、原稿をひらいて貰って下さい。「セキュリティの管理」に問題を生じるなかみは、「USBでのデータ」になっていません。原稿だけが入っているのです。 秦 0:15

▼ 秦先生
夜分のご連絡にて大変申し訳ございません。
USBの件、承知いたしました。
先走りした発言をいたしまして、申し訳ございませんでした。
明日、営業の関根とご確認をいたしましてご対応いたします。
ご不便ご面倒をお掛けしまして大変申し訳ございません。
何卒よろしくお願いいたします。 村上 0  27

* 関根さん 仰天しています。伊藤さんともお話し下さい。  秦恒平
* 「村上さん 仰天しています。 これまで出来ていた事なのにと。次回からはともあれ、今回はこのまま原稿を広げてもらえませんか。あるいは関根さん、伊藤さんのお手元で、どうにか願えませんか。
「セキュリティーの管理上、USBでのデータの入稿が禁止となっておりまして、こちらでテキストデータの取り出しができません。」というようなことが、在来、無かったのに、突如のことで、何がなにやら。久しく「営業」担当の何方からも聴いたことも無い故障申し出でで、納得行きません。

また、コロナ禍のこの三年来、感染を恐れて、昼夜となくマスクを外さない老夫婦の宅へは、息子でさえ、遠慮して貰っています、来客は迎え入れないで感染予防しています。
「営業」担当の関根さんと、何らか対策対処して下さい。
ここれほどのことは、「製作の方」からでなく、「営業」担当の方が、「社是」かのように「とうの昔に」私に伝えてられているはずです。突然に過ぎる。
三十数年、「選集」33巻も「湖の本」157巻も無事に続け、支払いでも一度もご迷惑かけたこともなく、凸版社長室へも、全冊寄贈し続けてきた希有の仕事です。
少なくも、今回は、伊藤さん関根さんと調整され、原稿をひらいて貰って下さい。「セキュリティの管理」に問題を生じるなかみは、今回此の「USBでのデータ」になっていません。入稿原稿だけが入っているのです。 秦」 0:35

▼ 秦先生
おはようございます。村上です。
USBの件につきまして、ダウンロードできるように手配をしております。
大変申し訳ございませんでした。
取り急ぎご連絡となります。
何卒よろしくお願いいたします。 今朝十二日の 九時

▼ 秦先生
お世話になります。
普段社員が使っているパソコンは社内ネットワークウイルス感染予防の為、USBは使用禁止になっております。
しかしながら製版工場ではネットワークに繋げていないパソコンがありそこでUSBからのデータの取り込みを行っています。その為、USBからデータを取り出す事が出来ます。
村上が勘違いをしたようです。
今後、このような事が無いようにいたします。
お騒がせし申し訳ございませんでした。
お詫びいたします。  (営業) 関根憲一

* 昨深来の「突発メール」に惘れた。幸い私は未だ機械前に居たので即座に対応できたが、今朝になってだと、全体に、仕事が遅れ遅れに停滞してしまったろう。
久しく久しい此の仕事で、こういうコトはかつて無かった。
異様なことが突として起きる、そんなとき、ガッと堪えて対応するもせぬも腹をくくって向き合うしか無い。

* 暫くぶりにガルッピのピアノを聴いている。心静かに呼吸して。逆上は何のタメにもならない。
2022 5/12

○ メール有難うございました。すぐに返信ができず申し訳ありません。
携帯電話の変更をしております。お知らせをしたかどうか不確かですので、改めてお知らせいたします。
、08093310179  に変更いたしました。
理由は、三月上旬、詐欺被害に会い、お金と共に情報が流失したことによります。
お手数をおかけいたしますがご訂正くださいますようお願いいたします。
いろいろありますが、素直に生きております。思い出と共に。 瀧

○ 昨日は失礼しました。なかなか器械に向きあって書くのが思うようにいきません。
暫く器械の調子が悪く、ネットに繋がらず、スマホからメールしていましたが、久し振りに何故か繋がりました!
疲労が蓄積しませんようにと痛切に願います。同時に本の発送やら多忙な時を過ごされているのではないかとも・・。
先日法界寺の写真を送りましたが、あの日は京都に行く途中に信楽に立ち寄りました。
もう半世紀以上もの昔、一度行ったことがあります。至る所、新緑に萌たち清々しいの一言でした。恭仁京や紫香楽京、儚い都だった。古代には古代の闇もあったでしょうが、そこにも新緑の光差す日もあっただろうと、とりとめなく思いました。
信楽から日野に向かう道をカーナビに従ったら、狭い山道の連続で、笠取や炭山の辺りを通ったようでした。法界寺は周囲の雰囲気とは離れて静かな佇まいです。長女をベビーカーに乗せて「彷徨っていた」自分を重ねて思うと、若さは苦しさでもあったよと、今でも些か? いえ、大いに自嘲気味になります。
阿弥陀仏、天女の絵など「模写」したいと思っています。
来週には京都に出かける予定です。山科のアパートから移転で、京都にこれまでのように頻繁に通うこともできなくなりますから、鴉が訪れたい場所を辿り歩いてみましょう。でも、あなたご自身が無理なさらず機を捉えて、是非是非実現なさって欲しいと切に思う。
今月末からは再び三世代の暮らしになります。仕事の量も増えるでしょう。どこまで元気にやっていけるか、自信はあまりありませんが・・。
早く鴉の作品が読みたいです。
元気に過ごしてください。
元気にしています。 尾張の鳶
2022 5/12

○ 秦恒平 先生 ご無沙汰しております。 善
このアドレスは生きており、そして最近は毎日開いておりますので、ヨカです。
永栄さんから届いたと思いますが、元気でやっております。
コロナも落ち着いてきた(?)かのようですので、いずれお目にかかれればと思います。

* 久々。おジイちゃんになっているのでは。
2022 5/15

* 雨。懐かしいネコ・ノコ母子、黒いマゴの奥津城間近に根ざして、隠れ蓑が天を仰いで大屋根まで枝葉を密に広げ、テラスを青々と美しい蔭で覆っている。
メールも無く郵便も来ず、さびさびとした日頃だが、「読み・書き・読書」は十二分に豊か、そして「撮って置き」の映画200以上、選抜きのクラシック演奏盤も100を越し手の届く處にある。古今亭「志ん生江戸物語」まである。六畳間の西半ばの壁き堅固に見栄えの作り付け書棚は、私三十三巻の『秦恒平選集』33巻も含んで、大事典の各種、敬愛の全集も数えれば八種に満たされてある。刊行半ばの「秦恒平・湖(うみ)の本」157巻も揃い、大小諸機械8台が働いている。秋艸道人筆『学規』 井泉水揮毫『花・風』の大字額、南洋の大豆鞘に一字ずつ書かれた『鴛鴦夢園 潤一郎 書』と夫妻のお写真、グルジアの旅で貰って帰った美しい巨角盃の吊りもの。朝日子が頭部を石膏自造の「顔」。妻の描いた亡き「やす香」ネコの娘「マコ」の小肖像。 そして

* 敬愛久しい医学書院金原一郎社長が、自身私の仕事席ヘまで持ってみえた「秦恒平君 社長 (ご自身の、そして自筆で=)写真一枚 お贈りします お受取下さい」と添えて下さった「温顔の自影」一葉。
これは、信じがたいまでの驚嘆だった。ほぼ岩波書店と同規模、医書の業界では抜きん出ていた「医学書院の金原社長」といえば業界でも著名、社内では「怖い極み」「(愚図と不届きを真っ向)怒鳴る社長」の代名詞で社員はみな兢兢・恐々の方であった。
私は、しかし在社十五年半、只の一度も怒鳴られも𠮟られもしなかった。側へ寄って行きもしなかった。ただもう、高度の医学・看護学の研究書・教科書の企画編集者としては文字通り「猛烈」に成果を積んで倦むを知らず、平社員の間から毎週一度「社長主宰の企画会議」に目次と筆者・監修者を具体的に用意の「出版企画」をひっさげ、ほぼ年柄年中出ずっぱり、社長・編集長の決定・認可で次から次へ企画を通していった。むろん専門の研究医家やナースに執筆依頼し、取材・製作・出版した。
企画書を持たずに平社員は出席できない企画会議だった。そして、そのうちには突如、筑摩書房の「太宰治賞」作家にも成った。社長は祝って授賞式にも出て下さり、他社の社長達に金原社長までが口々に「祝われ」て、見たことも無い大にこにこだったのが、今もしみじみと嬉しく、忘れられない。
医学になど全く無縁の美学芸術学で院を中退、妻と上京して、とにかくもと就職した医学書院だったが、手も出せない「医学」と「医家」という堅い高い壁がむしろ「幸い」し「向き」もして、医学看護学に敬意も好奇心も持って熱中気味に各界・各科の「先生」がたと付き合い信頼もして貰った。出しゃばらず、ただ手堅く企画・取材に携わって「企画会議」に企画書を出しつづけた。
手も届く間近い『金原社長』自筆添え書きの写真は、今もこの部屋の宝もの。社長はこの自影像を「告別」の用に撮られたのだった。葬式は無用と云われていた、私も同じ事をはっきり言うている、私のために葬儀は一切無用、墓も無用、雑然と謂わば雑然を極めたこの「六疊の仕事場」の何処へなり遺骨であれ遺灰であれ、小さく置いて欲しい。この部屋、あまりきちんと片付けたりしないで欲しい。それほど、此の書斎が私は居心地善く大好きなのである。妻と建日子のほかは入ってきて欲しくない。

* ひとつ付け加えねばならない、この暖かなほどものの溢れた書斎に、帝劇の舞台や楽屋へも招待してくれた沢口靖子の、清潔に美しい笑顔が、大小いろんな写真で、四方から私の仕事振りを見てくれている。ひょいとテレビへ初登場の日から、最良の日本の美女と愛して憚らない私であるよ。
2022 5/16

* 只今、尾張の鳶さんからの 京の、希望した界隈の精度の在る写真が、沢山送って貰えてあるのを
発見、感無量、深く深く感謝。感謝。さらにさらにあすから想像や記憶も効かせて、よくよく見入ってみる。鳶、ありがとう。鴉は、ボーゼンとしています。夢を見ます。
2022 5/20

* 尾張の鳶が、京都で、洛東の一部、地域を限って依頼した「写真」を、昨夜、たくさん電送して呉れた。私の「記憶をもとに地区を限定」したが、何というても六七十年も以前の、しかも孰れもほぼ一度として立ち入りも実見もしたことの無い見聞と想定による依頼で、珍しい驚きで、今日、写真に見入った。感謝、感謝。少年の昔に知り得ていた限りではいっそ草莽と貧寒が、開明の高層建築等に埋められたようなのに、感慨しきり。いわばそれが当然とも謂えよう。戦時下には、かつて鼻をつままれても見えないほど漆黒に包まれていた祇園町花見小路が、文字通り幅5メートルと無かった小路が、俄然強硬な人家取り毀しで四条大通りから三条大通りにまでブチ抜かれ、何らかの思慮配慮も加えられびっくりする高層建築が通り脇に建っていたのも記憶にあるのだ、まして爾後数十年である。
全く見知らなかった光景や建物や界隈に、やや息を呑む心地もした。
鳶さん、有難うと繰り返し言わずにおれない。
もとより、「書こう」というのである「仮構」の物語を。芯になるだけの人と物語とには「用意」がある。問題は、此の今の私の時間的な現況。ゆっくりはしてられない、体力能力の窶れに負けてられない。
2022 5/21

* 本の姿になった本は手にして傷めるに及ばず、各巻に一部抜きをキレイに断裁し整えて閉じてくれたのが毎度三部届いている。読み返しは気ままに、それでする。特に手洗いの便座で、用を足すよりも「湖の本」一部抜きを気ままに捲る。今朝は『オイノ・セクスアリス』上巻を持ち込んでしばらく、気ままに、読み返していた。
この三冊に成る長編が、私ひそかにも気に入っている。語り口、展開、深く迫ってくる新字の懐かしさが仮構されていて。すこうし読者の皆さんに「遠慮」もした遠慮の無い表現や描写や歌が満載もされている。部分的に「露骨」と読む人の有って防ぎようもないので、ま、自分勝手に気に入ってきた、が、あるときに旧友の「テルさん、西村明男君」が、「ハタくんの代表作は、『オイノ・セクスアリス』と冷やかしでもなくキッパリ告げてきて呉れた。中学以来敬愛してきたもと日立の重役君で、わるい冗談を言う人でない、じつに我が意をえて嬉しかった。体験の記憶があってでは全然無いフィクションに徹して書き通しただけに「世界」が身にしみ懐かしいのである。
今朝早くも、気ままに開いたほんの数頁を静かに独り読み返していた。妙な作者と笑われるか。
2022 5/23

○  ご連絡いただきありがとうございました。
発送作業、どうかご無理なさいませんように。痺れや痛みお辛いことと案じております。我慢なさらず、何か月もかけるくらいのおつもりでゆっくり作業をお進めくださいますように。本は少し入れ替えるだけでも、呪いたくなるくらい重いです。
お願いした『慈子』等はプレゼント用に手元に置きたいだけのワガママですので、どうかどうかお急ぎにならないでください。
新刊のんびりと楽しみに待っております。  あけぼの
2022 5/23

* 二日目の発送を、三時半頃に一休みとし明日もう一日で終える。「やそろく」夫婦とも疲労を溜めると先々へ障る、ゆっくり遣ろうと申し合わせている。第157巻を送っている。大勢でいろいろの「雑」誌ではない。「157巻」各巻を通して、「単行本」並みの分量と「秦恒平」独りの創作や著述で編み続け、創刊依頼36年間、途切れたことがない。読者は各界の各地に幸い散開していて、有難い。「創る」「書く」「出版刊行する、三つとも出来ねば「続く」ワケがない。真似したい人はたくさんいると漏れ聞いているが出来ている独りもしらない。
それも、もう何年続くか。本の中身に不自由しないが、夫婦して八十七歳へ歩んでいて、もう体力が限界へ来ており、手伝ってくれる同居の若い家族がない。今は破損して稼働していないが、あの東工大田中孝介君が目の前でまこと手早に仕上げてくれた魔法出来のようなホームページ『秦恒平の文学と生活』のようなのが「新建築」できたら「それで」ともと思うことはあるが、やはり電子文字で読む文章と、本の体裁も美しく備えた活字編集は「チガウ」なあと妻と苦笑し合うことではある。

* と言うてるところへ、もう、次の『湖の本 158』初校が届いた。微細なまでをかけて創った創作を巻頭に、部厚い初校ゲラ。このお置き路のパソコンのデスクトップには日々の日録のほかに、創り始めて書きかけの小説や記録が五つも轡を並べている。我ながら難という忙しいお爺さんか。『閑事』と二字、茶の家元の軸をさしあげた石川の懐かしい井口哲郎さんにわらわれているだろう。
2022 5/24

* 尾張の鳶  京都から、鰊蕎麦をたっぷり、それに吉富の和菓子を二種送って来てくれました。ありがとう、深謝感謝。 京都へしみじみ、帰りたい。しかし、暮らしの基盤が出来ていないので、私が希望の、書いて、出版して、送ってという仕事は、東京でしか出来ない。
2022 5/25

* 勝田貞夫さん、本到着の第一便。一緒に六義園の夕暮れを散策したなど想い出す。せめてもう一度会えるかなあ。
2022 5/25

◎ 自転車で横転とは!擦り傷?骨折など絶対いけません!
さまざまに思い複雑な鴉を遠くから見つめます。
今日は引っ越しで朝9時半に業者が来ます。今回は義弟の葬儀もあり、ゆっくり京都を廻ることはできませんでした。少し京都が遠くなるので 鰊蕎麦送りました。
一昨日は**のドキュメントを 映画館で見ました。感想は改めて。
くれぐれもお身体大事になさってください。一日で体重2キロ減など、わたしが引き受
けたいです!
まだまだ鴉には成し遂げたいことがあるのですから。 尾張の鳶
2022 5/26

* 義妹の琉美子、妻へメール、本が届いた、と。その歳で、夫婦して「ようやる」わねえと。褒められていると思うことに。

*京都古門前の、同い歳、幼なじみの踊りの「お師匠はん」からは朗らかな電話があった、十分ほども朗らかなおしゃべりを楽しんだ。欲しいモン 送る送ると言う。何が欲しいとも思いつかないほど、私に元気生気が無い。

* 或る一、二年配の男歌人さん、本の礼の手紙をくれ、付け加えて自分はもう歳で衰えたと。「あなたももう先は短いでしょう、日々お大事に」と。恐れ入りました。しかし、そういう気分になっているのも事実で。
2022 5/26

○ 「湖の本 157」いただきました。 浩 ciu
秦恒平様  加齢と付き合いつつのご苦労をなさりながら、読書も、書き物もしっかりなさる。同年の私は秦さんの気力に圧倒されます。どうやらパソコンが調子を戻したようで、何よりです。『湖の本』を62包をも、一冊一冊ラベル張りして宅配に渡す。大変なご努力ですね。頭が下がります。本日、1235部のうちの一冊の『湖の本』157 「父の敗戦 水流不競」 をいただきました。いつもながらのご厚意に御礼を申し上げます。ご苦労に謝しつつ、直ちに拝見しました。私にはそれしか能がありません。
ご実父に墓標をお建てになった。人生の大事なお仕事をすませましたね。お疲れ様でした。真面目に世界と政治を受け止めた。そして真面目な考察のレベルに閉じ込められた。そんな気がいたしました。同情に堪えません。人生はそれぞれに重い。
秦さんはご両親のよい面の素質を引き継がれたものです。今号を拝見しても、つくづくそう思います。賜物は最後まで生かすのみですね。体を労りつつ、最後まで作家魂を貫徹なさって下さい。
私は 私には荷が重すぎる仕事を幾つも背負わされてしまい、日々机に向かい苦労しています。しかしウクライナ情勢が気になり、勉強を止めてパソコンの前に座り、速報性の高い、主として英語でのニュース動画を幾つも見て時間を使い、くたびれてしまいます。愚かなり。
奥さまと共によい日々をお過ごし下さい。

* 心より感謝。 書き置いて、よかった。ゆるされたか、と。
2022 5/26

■ 「湖の本 157」 有難うございます。
口絵の お父様、本当によく似ていらっしゃいますね。
ようやく、お父様の事、お書きになれたのですね。
心して読ませていただきます。  深澤

■「湖の本」御送付有り難うございました。嬉しく頂戴致しました。又楽しみに拝読させて頂きます。 創刊以来の御継続 、敬服。時間の過ぎるのは何と速いこと、2桁号など今読み返し乍らさまざま懐かしく思い返しています。いえいえ、秦さんは 決してちゃらんぽらんなんかじゃありません。
158号以降も続けて読ませて頂きたく、ぜひとも宜しくお願いいたします。
心からの御礼まで。 半田 久 拝 (昭和32年同志社美学卒)

■ 秦 兄 「湖の本157号」ありがとうございます。  辰
災難は忘れた頃にやってくる諺通り半月ほど前の雨あがりに朝刊を取りに玄関に出て階段で滑って転倒し右側頭部や右肘の外傷のほか腰や臀部などを強打しましたが骨折はないようなので医者嫌いの私は野生動物並みに2階の自室でひたすら安静にしていますが外傷のカサブタは取れるまでに治ったものの打ち身による筋肉痛は一向に良くならず軽い咳ををしても胴回りの激痛で息が止まる思いをしています。
20代の右肺手術の後遺症で背骨がS字に変形して少し歩行すると左わき腹や腰が痛くなる持病はあるのですが今回はベッドで寝ると起き上がるのが億劫ゆえリクライニングの椅子で寝起きをして半月もの間おなじ姿勢のため寝たきりと同様で階下のトイレに行くときなど体を動かすと節々が痛みますが 湯船に浸かると痛みは随分と和らぎます。
お互いに齢相応の身体の衰えは避けようがなくても 一寸した不注意による災厄には十分に気を配りましょう。2022-5-27  洛北岩倉

* 怪我は翁媼には最たる禁物。

■ 秦 恒平 様
まぁ!、早速の御返信、驚愕通り越して感動でした。有り難うございます。 本当に嬉しい。 やあ、未だ信じられない気分です。
御著作や「湖の本」、ホームページなどを通して、ずっとずっと読み続け、愛読者の一人と勝手に思って来たのにとこんな交信が出来るなんて〜。 長生きはするものですね。
ほんと、ゲーテ(=秦にも親友 重森ゲーテ)を見送って、田原知佐子さん(=秦にも親友 映画女優原知佐子)にも先を越され、最近も後輩たち、歳下の面々の訃報ばかり耳にして落ち込む日々、久し振りに明るい気分を頂きました。
園頼三先生(=恩師 主任教授)の論文や、金田民夫先生の「美学者の旅日記」などなど、勿論私も一番身近で大切に置いてます。
園先生は一番早くに日本に「カンディンスキー」を紹介されたと教わっていたのでニューヨークに行った時は先ずMOMA美術館を訪ね、写真で見ていた絵とのサイズ、迫力のあまりの落差に驚き乍らそれを亡き先生に報告したものです。
金田先生は御上京の度ごと連絡を、我が家にも足をお運びいただきました。夏には宣教師の為に建てた母校の別荘に呼んでくださり、奥様ともよくご一緒させて頂いた事思い出してます。

「書き起こす気力」のお強さ。さもありなん、と敬服しつつ読ませて頂いてます。読後感などはおこがましくてとても言えませんが、「白くさえあれば
掌より小さな紙一枚の(裏)でも(愛おしむほど大事に)使い込む」。脱帽しかありません。
「湖の本」は、「一切呈上」と。お言葉に甘えさせて頂きます。なんて幸せな事。
有り難うございます。 ずっと、お元気で。 久拝

■ 湖の本157 贈呈いただきありがとうございます。
お父様の書き物の多さ、勤直さに感心しながらも、それを読まれている秦様のお気持ちを思いますと、なかなか前にも進まず、また離す事もならずで、お礼が遅くなりました。
「私語の刻」も、過ぎた日を思い出しながら、秦様の確固たるお考えに教えられ、納得したりしています。その時、時に、読ませて頂きたかったと贅沢に思ったりしています。
今日は午後から、所沢にできた角川武蔵野ミュージアムに顕が案内してくれるとのことで 「本の街」を見物してきます。マスクは2枚かけて。
迪子さんとも、お会いできる日が来ることをひたすら願っています。
御本発送のお疲れが早く癒えますように。ご健康を心よりお祈りしています。  晴美
2022 5/28

* 佐々木葉子先生 宇治極上の煎茶の缶を送ってきて下さった。ありがとうございます。
2022 5/28

■ 秦恒平先生 『湖の本』157号をご恵贈賜りありがとうございました。
「父の敗戦」を背筋を伸ばし襟を正して拝読いたしました。
『ニコマコス倫理学』の原典講読に取り組んでいます。
4度目の再発、入院手術ということになりやや気が重い状態です。
お体おいといくださいますようお祈り申しあげます。 篠崎仁

* お勉強の日々が より永く おからだの快復が より確かに速やかでありますことをご縁の深さを感謝に感謝しつつ 衷心祈りおります。

■ 秦さんへ  自転車「卒業」大賛成です 転倒は困ります くれぐれもお気をつけください(これ口癖です 本当に困りますので)
お父上のお写真 仰る通りです 六義園 思い出しております
e-old よろしくお願いします
疲れていても頑張るしかありません
昔から洋服もよれよれの方が好きでした 頑張ります 勝田貞夫拝

■ 秦 恒平様
「湖(うみ)の本 156 老□作繭 私語の刻」
「湖(うみ)の本 157 父の敗戦 水流不競」
をそれぞれ拝受しました。
HPの回復が待たれます。
メールは着信するだろうと勝手に推測して送信します。
天下世情ただならぬ情勢、くれぐれもご自愛ください。
令和4年5月28日  濵 靖夫拝 (妻の従兄)
2022 5/29

* 村上開新堂さん 宮中へ納められていると聞くクッキー満杯の一缶を下さる。
同志社美学先輩の半田久さん、これは美味い柔らかいと驚嘆の粽菓子を下さる。
2022 5/29

* 此の歳になると、案じている人の音信がが途絶えると、もしやと懼れてしまう。ハガキ一枚でもメールの一行でも届くとホッと息をつく。
2022 5/30

■ 「湖の本 157」りがとうございます。
生涯に二度しか会わなかった父親と息子のものがたり、を 優しい気持ちで読めました。存在した男がくっきりと生きています。同じように ものがたる息子も。「水流不競(私語の刻)」はまだ読めていません。  六割をめやすに何事も を心がけられず、くたびれています。
ピアノはボケ防止に、と息子が…。よく見えないのだけれど。 同志社美学 美沙

■ 「湖の本 157」りがとうございます。
(京の)東山も日毎に若葉が多く色付きに変りました。秦さんは変らずお元気でうれしく思って居ります。
早々にパラパラと拝読したりして なつかしく お会いしていわ!
やっとやっとの一人暮らし(=夫君逝去)をして居ります 頑張って居ります。先程 中出貴佐ちゃんよりtel有り(=秦から無事だろうかと様子を聞いていた。)お話をしていました。いつ迄もお元気でおすごしの事を念じて居ります。
色々と ありがとうございました。  京 今熊野  華

高校一年の頃 茶道部で、私からはじめて茶の湯の作法を教わっていた 久しい友だち。

■ 今日は  いつもありがとうございます。
早速頁をあけ 「父の敗戦」読み終わりまして  就寝前のひと時 筆を執りました
お父様の御写真 思わず 秦先生ご自身かと思ってしまいました。
出生いらい生活を共にしたことが無いにも拘わらず お父様と先生の考え方がそっくりなことにびっくりしています  もちろんお兄様の北澤さんも一緒ですね
(母にふれて書いた=)「湖山夢に入る」以後 次はお父様のことかな との予感がありました。
お母様はもちろんのことお父様もきっと先生のことを誇らしく思っていらっしゃったことでしょう 今となってはお話出来なくて残念で仕方ありませんが ご両親の良い面を受け継がれうらやましいです    私は 秦先生の自筆が大好きです・ そして奥様に戴きます文面にうっとりしています
まもなく梅雨の季節に入ります
お互 体調に気を配り つつがなく毎日を過ごせますよう願っております
令和四年五月二十五日 桐生 八十四歳姥

* 京都府知事西脇隆俊氏からは、「再選」されアタに「就任」したとアイサツがあった。 お頑張りやす。

* 午後もおそく、たくさんなお便りをいろいろ頂戴した。感謝。とても此処へ書き置けないほど。

■ 『湖の本』拝受
心身共に大変な折のお仕事(刊行の手間)だったのではないでしょうか。しかし「私語の刻」(巻末)で「恒平健在」を確認した思いです。
巻頭の写真は、正に「恒平」です。「父の敗戦」を拾い読みしたかぎり、そのうちなるものも、「恒平」につながること多し、の感を深くしました。知は父に、情は母に受けていらっしゃるように思います。「父の敗戦」は、のちにじっくり拝読します。
「水流不競」。ここでは割と新しい秦さんのニュースを知ることができました。言、文、何の衰えるところのないのに感動しています。その間のご健在を確認して、ほっとしています。ここにも私の軽い便りをとりあげてくださって恐縮です。また田中励儀さんのお名前も発見、変らぬお付合いと推察いたしております。
先日、西村賢太さんが亡くなりました。以前にお話したことがあったと思いますが、当地出身の藤澤清造がらみで知り合い、地元の新聞社の文芸誌に寄稿を介したり、文学館での講演を依頼したことがありました。謙虚で礼儀正しい青年でした。
西村さんの死を受けて、北国新聞や『本の雑誌』からコメントを求められましたが、寄稿を辞退申し上げました。  持っていた著書、書簡、雑誌など、西村さんに関するモノ一切、文学館に納めてしまっていました。 手がかりになる資料を全く持たずにコメントはムリでした。しかし、西村さんは、私にとってなつかしい作家のお一人ではありました。
家内 市役所に申し出たところ「支援2」と判定されました。  そういう状態になったかという思いを深くしています。五月八日九十歳になりました。妻の介護は問題ありません。
受取りを兼ねて。お二人、お大事にと願っています。
久々の雨で、少し気温は下りました。ここ数日来の高温も、わが家は寒いくらい(古い建物なので)でした。
五月二十八日   井口哲郎 (老哲=朱印) (前 石川近代文学館館長)
秦 恒平様   (さしあげてある「秦恒平200字用箋」で)

■ 「湖の本 157」りがとうございます。
「水流不競」をまず一気に拝読いたしました。福島みずほや共産党へのご批評まったく同感です。ただ共産党の政策には大なる疑問があります。
天皇の存在意義についてのご意見も代賛成。政治を超えた国民統合の象徴の存在は、独裁者の出現への最大のブレーキと存じます、そうあってこそ、と。
ご文章を拝読しつつ 文字通り「満身創痍」のお体でありながら、読處を通じ 眞・善・美への参入に没頭されるお姿に わが人生の手本を見出しております。草々
令和四年五月二十七日   筑波  鋼 (文人・歌人・編集者)

■ 「湖の本 157」りがとうございます。
「父の敗戦」拝読 たいへんなお父さんでしたね。しばし言葉がありませんでした。読みながら 小生の父親の「敗戦」を思いました。小生の父は売れない絵描きとして「戦争」にも行かずなんとか生きのびましたが、連れ合いの父、私の義父は満州国軍の軍人としてソ連軍にとらえられ、シベリアに抑留され、最期まで天皇の赤子を貫いた軍人でした。帰国後は、ほぼ廃人のように扱われ、苦労して亡くなりました。二人の父を思うと、辛いものがあります。
日本人にとって、あの戦争は何だったのか、いまさらながらに考えこんでしまいます。
とりわけウクライナ戦争に見るロシアの暴力性は、あれがソビエトのななれの果てと呆れかえってしまいます。人間は過去を振り返らないものなのでしょうか。ニュース見るだけでうんざりします。
いずれ私も二人の父について書くつもりです 不一  葉山

* どうか、心込めて、ぜひ、お書きに成りますよう。
2022 5/31

■ 「湖の本 157」ありがとうございます。夏の気配が濃くなてきました。
今、『生きたかりしに(下)』をもう少しで読み終わるところです。続いて『父の敗戦』を読みます。
一九四八以来、日吉ヶ丘高校に付属していた美術コースは、一九八○年に中京区銅駝中学校跡地に移り、銅駝美工として四十二年間が過ぎました。が、来年二○二三年四月には、下京区旧崇仁小学校跡地に移転して、市立美術工芸高校としてスタートすることになりました。これは戦前の美工の卒業生の悲願でした。橋田二朗せんせいがご健在だったら大変嬉ばれたことと思います。
これからは暑さに向かいます。一層ご自愛下さい。大阪池田市  江口滉

* こんな嬉しい喜ばしいお知らせに接しうるとは。のに、書き写しながら失神しそうに。

* 京・山科の詩人 あきとし じゅんさん 季節の色をお便りに添えながら さすがとおもう京の和菓子くず餅をくださる。ハガキの裏は木田泰彦軽妙の童画で六月「夏越の祓い」が愉しい。書き添えて「下鴨神社の御手洗祭もいいてすが 蚕の社の三柱鳥居を拝しての足つけ神事も趣きがありますね」も、サァスガァと手を拍った。嬉しく。

■ 「湖の本 157」りがとうございます。散歩の道すがら紫陽花の花の色にいささかの感慨をもよおす老いのこのごろです。
小生の3才のとき、父は戦死しました。父の存在を知らず育ってきましたが このとしになって。何かと堪(こた)えてきました。別便でこころばかりの京の和菓子をお贈りしましたので、ご賞味ください。時節柄 ご自愛ください。 あきとし じゅん

* 折口信夫の跡を確かにしてくださる石内徹さん、いつものようにご支援を戴く。畏れ入ります。

■ 前略 御免下さいませ、
いつも貴重な本をお送り頂き 有難うございます。とても嬉しく 読ませて頂いて
居ります。
京都の伝統的な祇園祭の鉾巡行がが 従来通り 一日も早く 到来する事を、心より念じて
居ります。   てる子  (弥栄中学で一年後輩の優等生)

* 「居ります」は畏まった物言い、それをきちんと改行して下げて甲斐あり書いてあり、これは教えられた心地。
2022 6/1

* 疲労困憊のママ、あの不幸な戦争へ『開戦まで』の内閣総理、陸海軍 天皇 そして米国側の 緊迫と迷走と開戦へ押し流された趨勢を映像で見ていて、ほとほと疲労を増した。またまた原爆へ、そして八月十五日、「日本の最も長かった」敗戦の一日を懺悔のように顧みねば済まなくなる。
戦争に負けて良かったとは思はねど
勝たなくて良かったとも思ふわびしさ  恒平
崎藤村の文学は好き。思想や哲学の本はあまり読んでいません。
幕末から明治にかけての美術工芸に関しては後になって興味が湧きました。ボストン美術館で川鍋暁斎などを知って驚いたり。わたしの知識など本当に薄っぺらなものです・・。
明治維新はと聞かれて、まず高台寺奥の山の墓地にある坂本龍馬の墓や黒谷の会津藩士の墓に思いが至りました。
中国の小説に関して・・『金瓶梅』昔FMラジオで聞いていました。エロティックな部もかなりあったと記憶しています。
鴉は『浮生六記』の感想を以前書かれていました。魯迅と妻許広平の書簡集『両地書』も気になります。現代中国のさまざまな試みある文学作品はありますが、不勉強であまり読んでいません。
娘たちと暮らし始めて 慣れるのにまだ時間がかかっています。疲れたら早く眠るように心がけています、が 二歳三か月のちびちゃんは「三歳児の反抗期」真っ最中、離乳食など以前できたことが、ほぼゼロに逆戻り、あらゆることに自己主張、見事なものです。言葉の進歩も驚き目を瞠るばかり。わたしたちも皆こうして成長してきたのだと改めて思います。
先週は教室の人たちとの展覧会もあり やや忙しい日々でした。
梅雨明けは例年 体調良くありませんので 怠け心を許して暮らします。
鴉、 へとへとにならずお過ごしください。次の作品にかかっていらっしゃるかと思いますが、へとへとは少しにして、楽しんで暮らしてください。  尾張の鳶
2022 6/1

■ とうとう六月に入りました。お元気ですか、みづうみ。
素敵なメールをいただき嬉しく、ありがとうございます。昨日はお願いしていた三冊も無事届きました。大切な方にまたプレゼントしたいと思います。御礼申し上げます。
「私は信仰者には成れないようですが」とみづうみの仰言っる意味はよくわかりませんが、「信仰者になれない」と考える人間のほうが、むしろ聖性への感受性が高いのではないかと思います。
戦後八年間のシベリア抑留の深い傷から生涯立ち直れなかった詩人の石原吉郎は、信仰が「危機に即応するようなかたちで人間を救うものではないことを痛切に教えられた場所こそシベリアであった」と書いて「教会は私にとっては、人間を平安にするところではなく、むしろ不安にする場所であった」「だまっている神の沈黙のおそろしさというものが、いわば、ぼくの信仰の内容」と語っていました。神を呪うというかたちも一つの崇高な宗教的人間のありようだと思います。
私をキリスト教に導いてくださった方々は、「神を呪う」「神の沈黙をおそれる」という深い経験と共に、聖なるものを求める信仰者であったように思います。私は自分が、みづうみのお父上に聖書を贈られた「ひろ子」さんのような素直な信仰心は持ち合わせていないなぁと思います。もちろん「ひろ子」さんの信仰のかたちを否定するつもりはまったくないのですが、「信じない」と明言するひとの中にも信仰は存在するかもしれません。神への道のりは本当に人それぞれです。

「何でも 訊いてください」とのお言葉をどう受け止めたらよいか戸惑います。みづうみは、わたくしにとって「神の沈黙」を感じさせます。これまで何かを訊いてお答えいただいたことは、殆どありませんでした。みづうみは「わかる人には言わなくてもわかる」とお考えです。ですから「わかる人」ではないわたくしは、困ったちゃんで、いつもわからないままです。答えを得られないのはたぶん問いが悪いから、力不足だから、それでしかたないと思っています。
「何でも」ではなく、ここまでなら答えますと線引きしていただいたほうが、みづうみにもご不快感を与えないと思います。
作者と同時代に、近くに生きている人間には本人から直接訊ける特典があり、それを活用しない手はないとしても、何かを訊くことは、それも目上の方に訊くことは大変失礼なことです。お怒り、失笑をかうものです。もし記者ならそれでも突き進むべきでしょうが、そこまで厚かましくはなれそうにありません。私は取材は出来ない人間でありましょう。
みづうみの作品を、自伝のような「私語」や大量のメール含めて、誤読して曲解して、みづうみをわからないままに終わると思います。ただ一つわかっているのは、「秦恒平」が生きる甲斐ある「問い」を私個人に与えてくれることだけです。 春は、あけぼの

* 以下に掲げられてあるお尋ねのほとんどは、残念のもうきわどく数えられる今の「やそろく爺」にき、公開に及ばない私的なことではあれ、堪えられないほぼ何もない。別途に、少しずつでも、答えて差し上げようと思っている。
私は、秦家に貰われ育ち始めて、そう間もない頃から「死」という「現実」に畏れかつ怯え、しばしば思い描いて声挙げて泣いたのを、今でもはっきり覚えている。八月十五夜、盆の頃に、親や叔母に連れられ五條松原坂の珍皇寺に、地獄の窯のあく日と教わりながら凄い人出に混じって詣り、大勢で綱を牽いては窯の蓋をあけようと鐘をつき、絶対に見たくない地獄絵をやはり怯えて観て帰ると、その晩は声を放って泣いた。寝間の暗い天井へ吹き上げるように泣いた、忘れていない。
自分を今も仏教徒ともクリスチャンとも到底思えない、のに、思念や想念の下地に執拗なまで神仏をたのみ口ずさむ思いのあることに自身呆れている。読書にもあらわれて、仏典も聖書も、バグワンも、数々の宗教的な書物にほぼ日常的に手を出している。いまも『失楽園』『神曲』『ヨブ記』『法華経』を日々のために身に引き寄せてある。『ゲド戦記』のようなファンタジー」でさえ一種の信仰書のように私は愛読している。が、そのためにお寺、お宮、教会等の人たちに接したい聴きたい記はないのである、一種の傲慢かと感じている。
2022 6/2

■ 五月二十六日に京都から移りました。
鴉の本が届いていました。写真のお父様は確かにあなたと間違えそうなほど似ています
が・・本を読み進めるにつれ監禁され身動きならぬ状況に追いやられた衝撃屈折と無念
の翳を思わずにはいられませんでした。家父長制と言っても今の若い人たちは分からな
いでしょうが、家というものの重さ、苦さはのしかかるように存在していました。世間
様とか恥の感覚とか、さまざまに縛られていました。わたしでさえ感じていました。

「実父ひさし・恒」と一緒に、しばらく泣いた。闘い抜き「生きたかりしに」と病床に
果てた「生母ふく」とは、私、泣かなかった、むしろ励まされた。
75ページのこの文章が鴉の思いが痛く痛く沁みます。

娘が同居することになり長久手に戻ってきたのです。昨日、娘は今度の会社に初出勤。孫も昨日から保育所に。暫くの間、慣らし保育で朝九時から十一時まで。迎えに行き午後を孫と過ごすのが目下の仕事です。一人になる時間は殆ど無い状態で、夜はもう疲れ
てしまいますが、孫の成長を見るのはかけがえない楽しみでもありますから・・。
京都の古本屋で『日本書学体系』という全集を見つけて、思わず買い求めてしまいまし
た。これからどれだけ掬い取れるものがあるかわかりませんが、楽しみです。
さすがに年齢相応に足腰の痛みやら関節の痛みも感じるようになりましたが 鳶は元気です。元気にしています。
2022 6/3

■ 前略 『湖の本 157』を拝受
いつかは、どんな形でか正対して表現なさるだろうと意亡していた作品を、今回「父の敗戦 虚幻焚身」としてはいどくでき嬉しゅうございました。
難儀な時代に難儀な家に長子として、シャイで まっすぐな 心 と 理を持って生まれた「実父・吉岡恒」氏は、ご起筆以降の年月に「おやじ殿」となり、いまやご実子の八十五翁に、ともに泣いてもらっています。 私も涙が滲み、同時に「吉岡恒」氏が、作家他恒平さんの実の父君であられることにこころがほっこりする思いも湧いてまいりました。希有なお父上(そしてお母上)です。
コロナもさることながら、現実の年月も身体に負荷をかけてきます。「水流不競」を読みながら、時にご案じ申しあげたりしています。どうぞ御身お大切に。
いつもながらのご厚誼に感謝申し上げます。
二○二二歳五月三十一日    敬   講談社役員

* 有難う存じます。 書いてよかったなと思わせて下さいました。實父も生母も感謝申し上げておりましょう。

* 所澤の藤森佐貴子さん 佳い和菓子を副えて、  秋田市の 志立正知さん、中野区の安井恭一さん、大阪府茨木市の石毛直道さん も お手紙を下さる。
山陽小野田市の歌人高崎淳子さん「今年の新茶は美味なのでお送りいたします」と 山口の「防長茶」を贈って下さる。
2022 6/3

◎ ある人に応えて。
下に引いたあなたの文言に沿って、少し、書きます。

▼ 作者と同時代に、近くに生きている人間には本人から直接訊ける特典があり、それを活用しない手はないとしても、何かを訊くことは、それも目上の方に訊くことは大変失礼なことです。お怒り、失笑をかうものです。もし記者ならそれでも突き進むべきでしょうが、そこまで厚かましくはなれそうにありません。私は取材は出来ない人間でありましょう。ただ一つわかっているのは、「秦恒平」が生きる甲斐ある「問い」を私個人に与えてくれることだけです。
とにかく今取りかかっている評論は、現代性のある着眼点であるという自負は少しだけあります。目の前の一行一行大事にして良いものを仕上げたいと願うばかりです。

◎ 文学評論には 作品論と作家論とが綜合して溶け合っている。異なる二つではあり得ない。評論と謂おうが評伝と謂おうが、それが「評者」の内に溶け合って精緻に発酵していなければ、偏見と独断と独善の高慢に陥ってしまう。あらゆる「取材(人・場所・時期)」への「詮索に同じい探索・精査・検討」の無い作品論・作家論は、評者の自己満足という「雑文」に過ぎないことを露表するのみです。その意味で、貴方が誠心誠意、自慢高慢を棄てて本当に立ち向かう覚悟なら、その仕事に「都合・勝手の土俵を設けて、独り相撲を興がるに過ぎなくなる過ち」を、真っ先の「覚悟」として確かと持たねば「お遊び」に終わるだけです。

一例、あのツワイクは、いわゆる「伝記作家」として卓越していましたが、いわゆる文学上の「作家論」者では「有りません」という遁げ道、抜け道の用意が出来ていたお見事な仕事師でした。
あなたは、こと文学作品と文学者とに区別など付けようもなしに自身の誠意と力を持ち合わさねばならない「仕事」をするのだと表明している。「これはします」「これはしません」などと自己都合の前提や言い訳の立ち得ない「しごと」に人生を賭すると言い出しているのです。立派です、為遂げて欲しい。

しかし秦恒平の「仕事」は少なくも、「作品・私語・日記・書翰の授受、戸籍と血縁、交際・交友の人間関係、信条や趣味」の量、嵩において 本人でさえ戦くほどです。あなたは、その万分の一も手に入れていない。
一例が、『罪はわが前に』を関連の作や論と倶に「評論」するとして、下支えた「材料、環境、人たち」をどう調査するかの手立ても足場ももってない。ここには「三姉妹」という秦恒平の人生で親や妻子ともならぶ存在がであり、その生き残った私と一歳差の一人がかろうじて京の一画に今も潜むように生きているのにも、何の接点も持っていない。私でさえ、辛うじて住所を聞き及んでいるだけ、しかし、上記作の「評論」で、その取材無しに何が語れるかと思う。「作の表現だけで論じる」のだとは、ただの遊戯的な自己満足に過ぎない。原善や永榮啓伸その他の論者の論もほとんど知らないでしょう、雑誌や研究會等でどんな特集が組まれ議論があったかも知らない。「取材はしない」と昂然と云う。それでは、誰がどうしてその「評論」を読んでくれるのか。

私は、少なくも上京・結婚以来の一切の受信書翰を保存していますが、もの凄い山です。そんなのは「評論」の何の役にも立たないと精査の手間をケチるのでは、あのツワイクの徹底した書翰収拾と精査からも、あまりにほど遠い。同じことが私自筆の日記帳や愛蔵の所持品にも云えるでしょう、そんなのは「作の評論とは無縁」という見解では、怠けた学生の卒論並みにも届かなくなる。完璧を期さない安価な「自称の文学評論家・研究者」をどれほど多く嗤ってきたことか、おそらくあなたも嗤ってきたはず。評論なので評伝でない、或いはその逆 などの言挙げは、ことが定まって、読まれてこそ決まるのですよ。

創作も評論・評伝も・根底は「取材力」でこそ、ごまかしようのない差が生まれる。はなから「取材」を自ら封じている論者の達成を だれが、どう信じられるのか 再考を願っておきます。「作者本人の口」に確かめてあるなどは、寝言に過ぎない、「作者」とは「うそ」を云い且つ書くことで勝負しているのですよ。外濠、内濠を埋めに埋めて本丸攻略に精がそそがれること、「評論」であり「評伝」であれそれが鉄の前提と覚悟して掛かられるのを奨めます。

* すこし云いすぎているかも知れないが、真面目に取り組もうという方なので、言を切しておく。
2022 6/5

◎From: hata <>
Sent: Monday, June 6, 2022 3:43 PM
To: m.ognatSubject: 元気にしていますか。案じています。 秦 生
* 小口に朝から酒と洋酒とを含んでいたのが利いて、いま、もう三時近くまで繰り返し寝入っていました。睡ければ寝て良いと、甘やかすのではなく我が身に赦しています。なるまま、あるままにむ努べきを務めればよいと。
* 玄関外、紅葉の根かた大葉子に白い小粒の珠のように花咲き、雨に濡れて「愛(うつく)し」く。大きな、ハート姿り青葉の豊かにひしめき重ねているのも美しく。慈雨の季としばし見入っていました。

■ 秦兄
リクライニング椅子での寝起きも4週間近くになりました。24時間、腰の角度を変えるだけの姿勢の生活も苦痛なものです。全身の筋肉が目に見えて衰えていくのが分かります。65kgの体重が50kgになりました。打撲箇所の内出血紫痕は消えましたが腰部を動かす度の激痛との正に闘病の日々が当分つづきそうです。それでも参院選を気にしながら休肝日なしにスピリッツだけは飲んでいます。

■ 先日、市川では激しく雹が降りました。講義の最中に雷鳴も轟き、帰宅する時には上がりました。
今日は、、録画しておいた「あの胸が岬のように遠かった」を観ました。永田和弘の著を原作にしたドキュメンタリードラマですが、ご覧になりましたか。永田と河野裕子の歌を、詠み直したくなりました。
(やそろくさんは、最近は作歌なさっていますか。「私語の刻」は、「湖の本」でしか読めないでしょうか。)
不安定な気候が続きますが、どうぞ体調を崩されませんように。 晴

* 亡き河野裕子は、斎藤史に継いで、最も優れた歌人と東工大の教室で推奨した私最も贔屓の歌人。永田は夫君。ドラマは観ないが、裕子歌集は書庫に愛蔵している。
わたしは、昔からそうだが「作歌」という施政からでなく歌は成るがママ、谷崎先生がいみじくも喝破されたように汗や涙や、まあ排泄物なみに流れ出染み出てくるのを書きとめるだけ。作り立てた歌にはどうも浸透力が無い気がする。「作」ではない「うた」であるからは「うたう」から「うた」と思っている、はや議論する気は無いが。
2022 6/8

■ 湖の本拝受、ありがとうございます。「父の敗戦」はすぐれた私小説作品として興味深く読ませていただきました。
「水流不競」(=ではなく、あとがき=私語の刻)の末尾「危ないぞ 危ないぞ」はいたずらに日本人の敵愾心をあおり、逆に一部の人たちを喜ばすだけではないでしょうか、心配です。
7月に久しぶりに京都へ行く予定です。秋には(=氏名あり読み取れず)のドキュメンタリーの上映を企画しています。  敬具   (テルさん=中高同窓)

* 「日本人」や「一部の人」の「心配」を遠眼鏡でただ推測しているよりも、此処は、「テルさん自身」の「危ない」のか「危なくなど無い」のかの「意見・考え・気構え」を明かして欲しいところ。インテリほど高みの見物で、自身の考えや意見は伏せている。私は、私の思いを可能な限り言いあらわし、それに、つとめて責任を持ちたい。テルさん、如何。
2022 6/10

* 高校時から私家版期までの筆名「菅原万佐」由来の一人当時樋口万佐子に、たまたま出てきた菅原万佐著『斎王譜』の端本(「斎王譜=慈子」のみを欠いた)を山科へ送ったところ、「宇治上茶」の礼があった。また国民学校いらい大学までの同窓冨松賢三クンから京の名だたる名菓二種を頂戴した。こういう付き合いが今も続けられる身の幸を眞実感謝する。富松君とはごくの近所育ち、貰った手紙には、家から家をつなぐ白川狸橋の名もあらわれ、たちまちに七十数年を翔んで遡れる。
2022 6/11

* 祇園甲部御茶屋の女将、弥栄中学の同級生橋本加壽子(かあちゃん)、まことに美味しい塩昆布を二種送って呉れた。(かあちゃん)の発音は「母ちゃん」とはぜんぜんちがう、まさしく祇園町ふう独特で、二倍三倍に懐かしい。それににしても昆布とは斯くも美味いモノかと感嘆。大阪の塩昆布のうま味は野性的男性的に強い。京都のは、「女文化」の優しい妙味。ホッと甘味も添い、鰹の匂いも添っていて。
2022 6/13

■ 長い長いご無沙汰と失礼を重ねてしまいました。秦さんの御本には私共どれだけ助けられ、枯れた川に水が流れていくような思いにさせて頂いたことも多くあったのに、突然にお礼やご挨拶を申し上げるのが不自然でもたもたしている中に八十代の坂を登る身になってしまい、夫婦揃って代わりばんこに病気になったり、ちと面倒なことが起こったりしてご挨拶を申し上げる機を失ったまま閉じこもってしまったという次第です。今更お詫びしても間に合いませんが、もうじきあちらの世界にいく身になり、周囲に古い卒業生など中心に「卒寿の祝い」など言ってくれますが、やはり歳というものは厳しく、八十代半ばからあちこちほころびが目立ちはじめ、ご無礼のまま日を過ごしてしまいました。今更お詫びを申し上げる立場ではありませんが、その間に頂いた貴重なご本にどれだけ助けられたか、普通の人だったら耐えられない試練を優雅に越えられるお姿に勇気を頂いたのが、遅きに失することも充分に意識しつつ、改めて御礼とお詫びと申し上げます。うかうかと過ごしている中に、私共いつの間にか九十代になってしまい、昔の卒業生達がやはり自分の人生を考えて、「卒寿の祝い」などしてくれますが、それは本当に有難く嬉しいことと思いつつ、自分の本音はやはり「ナニガメデタイ」のようです。夫は前立腺癌を知らずに長いこと放置していて自力排尿が出来ない身になり、私は不眠症がひどく、合わない入眠剤に歩行困難の日を送っていますが、周囲の皆さんの真摯の介護に残りの一日一日を大事に過ごすつもりです。急にこんなお詫びのハガキなど、失礼をお許しくださいますよう、お元気でと念じます。 高 史明  岡 百合子  作家

* ああ、いずれも同じ 秋の夕暮れがもう来ているということ。
2022 6/14

* 桜桃忌も間近く、私を文学の世界へ公に呼び入れてくれた太宰治文学賞から五十三年目を迎える。はや仙台の遠藤恵子さん、みごとな桜桃をっぷりと二パックも贈ってきて下さった。しみじみ嬉しく妻と戴く。和歌山の三宅貞雄さんもまみとに珍らかな装いの日本酒を下さり、謹んで端の両氏奈良の前へ祀った。
この歳とも成れば世間から遠のいて寂しい老境を歩んでいてもそれが普通なのかと思われるのに、私は幸せに賑わいも暖かみもあるありがたい老境を賜っている。感謝のほか無い。
2022 6/15

○ 澄んだ初夏の朝です。田を渡って風が入ってきます。早朝は東西南北、開けています。緑の風というのは本当ですね。裾に触れるアップルミントの香り、あなたに送りたいと思います。こんなところにおこしになればと思いつつ、お変わりなくお元気に、と祈っております。  司

○  鴉は元気に鳴いていた。安心しました。仕事ムリせず..ムリしないほうがムリかしら? とにかく元気であって欲しい。  尾張の鳶
2022 6/19

○ 昨日 記念の「桜桃忌」を 戴いた美しい「桜桃」で しみじみ迎えました。有難うございました。
今日 ふたりで、地元病院の診察受けました。 ふたりとも、まずまず健康体と。 わたくしは、しかし、栄養失調と。食欲が極端に乏しい、無い、のです。
旺盛なのは、読書欲。世界史的な名作・大作群に日々惹かれて深夜まで十冊ほども読み継ぎ読み耽ります。
「私語」しながらの「創作」にも、ヘトヘトに疲労しながら毎日組み付いています。
あなた、遠藤さんと 一度 ゆーうっくり、 しみじみ四方山話がしたかったなあ。よく知らない仙台の、それもつくり話ながら長編『風の奏で』で書いて置いた「仙台」が、私、好きなのですよ。懐かしくて。会社の春の争議さなかに東北大へ緊急に出張したこと。その「設立」に懸命に私も力を尽くし、「会員」の待遇で「招待」して頂いた「第一回日本新生児学会」も、仙台でした。そして、もう一度は妻と、ふらりと松島へまで遊びの旅でした。あのとき遠藤さんとは電話だけでした、残念。
京都へ帰る以外に妻とふたりで旅に出た記憶は、殆どあのほかに無いのです。
おしゃべりに落ちました。御免。日々、ますますお大事に。お元気で。  秦 恒平

* 遠藤恵子さんは、医学書院の十年ほどの後輩編集者。同じ社宅住まいでもあって、頼まれもして私たち家族の部屋で茶の湯点前の初歩を教えて上げてもいた、建日子の誕生で途切れたが。お歳暮に戴いたみごとに美しい「しらたま」の湯呑みで、いらい五十数年のお正月ごとに大福茶を戴いている。
遠藤さんもやがて退社されたらしい、後年には仙台の大学教授に、さらには近県の短期大学の学長まで務められ、退任後の今も社会活動されている。毎年のように仙台名品の多彩な蒲鉾を送って下さる。医学書院での佳い嬉しいご縁であった、喜んでいる。
私は人様との「ご縁」を概ね、よろこんで大切にしてきた、おかげで晩年をも温かに過ごして居れる。

■ 秦 恒平 様
北国のハズの仙台も、今日(20日)も真夏日でした。
ご丁寧なおたより、ありがとうございます。
食欲が無いのは、大変ですね。そんな時はどうしたらいいか、医学書院で編集以外にも学会設立にもご活躍なさった秦さまなら、重々ご存じのことと存じますが、それが実行できないということなのでしょう。  ただただご案じ申し上げるだけです。
私の方は、食欲は必要以上にありますが、様々な社会活動等の実行力が益々減退しています。あのデモにもこの集会にも行かなければ・・・と、思いながら 今日は雨だから、寒いから、暑すぎるからなどと自分に言い訳してしまいます。
秦さまとの 「ゆーうっくり しみじみ四方山話」 は、とうとう果たせずじまいになりました。
その代わり 「湖の本」を、ゆーうっくり しみじみ拝読致しております。
改めて厚く御礼申し上げます。  遠藤惠子

■ 桜桃忌の今日(昨日)は
父の日で、芸術至上主義文芸学会の理事会・総会・大会。コロナの為に二年間開けなかった総会は、会場での対面とオンラインのハイブリッド開催で、直前まであれこれ準備に追われましたが、竹内会長も馬渡先生もいらしてくださって、久しぶりにお話もできました。
私は渉外担当の理事で会務委員長も兼務、総会資料の作成、司会、諸々の連絡係も務めて少し疲れていたのか、田舎の父に電話をし、大河ドラマを観てひと眠りしたところです。
十一月の例会では発表もすることになりましたが、何について話すか考え中です。
やそろくさんも益々のご健筆をと祈っています。  深澤晴美

* もうすぐ、研究者として初の単著の成る人。お気張りやす。

○ 鴉は舞っていなかった 低血糖に見舞われ、あやうく回避、寝入っていました。日付代わる前に、これを。
鳶 大事に日々を過ごされよ。
鴉の仕事は多岐に踏入り、疲労。明治初年本『明治歴史』で、幕末から明治前夜への勉強を始めました。現下の日本を識るために必要と思い。
機械万全で無く 無用の苦慮や対応にも疲れますが。 おやすみ   カアカアカア

■ 鴉は参っていなかった 安心しました。仕事、大仕事一つ遂げたと。嬉しい限りです。幕末明治維新は史料も多いし興味尽きないでしょう。
お身体、大事に大切に、梅雨にも夏の暑さにも負けないように。 尾張の鳶

○ 人様と出逢うことはまったくなく籠居の日々ですが、仕事を介して、昔の人、新しい人、いろいろに沢山な人とメールや手紙を貰って話せます。けっこう賑やかです。出歩かないと脚が弱り切ってしまうのですが、出逢う相手は居ないのでね。
あなた歩けますか。わたしは、かなりアヤシい。
あなたに一番のおすすめは、想い出をたくさん「書く」ことです。あなたが「書ける」筆力の持ち主だとは、一作家として保証できるほど確信しています。
あなたの粟田小学校地区のこと、弥栄中のこと、お勤めのこと、ちょっと秘密のこと。恥ずかしがらずに、メールで送って呉れますように。
あの白川より西、東山線より東の、あの、お店通り「古川町」を挟んだ東がわ西がわの界隈について、たくさん想ってきたことがあるでしょう。たくさん、教えて欲しい。 湖

■ テレビのN響の演奏を聴きながら 半分寝てました。あなたはお元気で何より。
家族が居るので話相手には事欠かなく、淋しい思いも無いけれど… 先の読める晩年てイヤですね… マア 深く考えない 考えない ノンビリと いきましょう。
デイサービスで同年配の元気な人達を見ると刺激されます。
又会う機会があれば良いね。御元気で…   花小金井 千恵 (中・高で一年の後輩)
* 「湖の本 158」発送への所要体勢に成る時。今晩は心身をやすめるうちに、もう翌零時四五分。もう少し
2022 6/20

○ 秦恒平先生 梅雨の候になり季節の移りに驚いています。「湖の本 157」のご恵送恐縮しております。
お仕事振り!!
その表現力!!
圧倒されています。
ご父君の写真拝見 先生の事を想い出しています。
京都教育大美術科で、学生と日曜美術館での広田多津に出演されていたビデオでの事を懐かしく記憶して居ります。ありがとうございました。私の近況(絵葉書)同封致しました。 烏頭尾 精   画家 京教大名誉教授  京都日本画家協会顧問

* 恐れ入ります。
○ 拝復  『湖の本157 父の敗戦 水流不競』をご恵送いただき誠に有難うございました。生涯で三回だけ会われたという実父吉岡恒氏が書き残された大量の文書に、正面から向き合われた真摯な一篇から、変な言い方になりますが、爽やかさを感じました。「教育監督の上長の家が、「精神病院」までを利用し嗣子のはずの長男を「監禁」していた」事実は衝撃的です。しかし、そんな中で記された恒氏の文書の数々からは、敗戦後日本を生きた意識の高い社会人の心情が読み取れ、引きつけられて読みました。もちろん秦様が付された文章に導かれての理解です。ものを書くことへの意欲は父子で共通するものなのですね。
今年は,祇園祭が開催されるそうです。
江戸期以来の鷹山復活が話題となってます。 草々 田中励儀 同志社大学教授

* 閑雅に洒落た鉾の絵葉書で意を尽くして頂き、感謝、感謝。

○ 拝啓 (前略) 私の母が手術をしてその介護で慌ただしい状況が続いておりました。今回の『湖の本』で親への思
いを新たにしております。私も父に似てきており、なんとも言えない気持ちでおります。 本当にありがとうございました。敬具    府中 誠一  教育家

○ 梅雨の候お変りなきことをおよろこび申し上げます。
このたびは「湖の本 157父の敗戦」をお送り頂き厚く御礼申し上げます。
一日とてご一緒にお暮らしにならなかったお父上のご書簡がお手元にあり、それをご披露して下さるということ、驚くばかりです。秦先生のお父上はやはりふつうのお方ではなかったということをひしと感じております。お父上の生涯を綴る中に
父恋い」の匂いを嗅ぐことが出来ると申し上げましたら、ご否定されるかもしれませんが、何よりのご供養になっていると存じます。
貴重な一篇、有難うございました。くれぐれもご自愛下さいませ。お礼が遅くなり失礼申し上げました。かしこ  六月二十一日  紅書房 主

* 縁うすかりし実父への墓標、よき供養とおっしゃって下さる方々有り、ああそうかなあと、頭を下げています。

* 森下辰夫君 中学の頃の男女友人のことも含め、古川町界隈の様子や想い出を伝えて呉れた。いといと、有難し。
2022 6/23

○ 湖の本ありがとうございました。丁度その頃「秘色」を再読し始めた時でした。そしてその頃TVで太宰治の娘さんが出て居て話をしてゐました。何か御縁があるのですね。何か手紙の話もして居て川端康成の事など話をしてゐました。そしてTVで「corekiyoTo」番組で京都の庭の話もあり 美しい苔寺の庭を写してゐました。こんな風にこちらに居てもTVのおかげで美しいものをよく見られ そんなときは胸がドキドキする位いです。
桜の咲く頃京都を歩いてみたいと思ってプランをたてたのですが、お友達がコロナの事があるからまだ無理だと言われて中止しました。京都の河原町通り四条通りを歩きたくて夢にも見ますよ。何もかもがコロナをつけて来てちょっと不便です。
でも私の生活は割と楽しい毎日なんですよ。
今矢張りお茶の稽古は中止ですが その時の生徒さんが家にお手伝いに来て呉れてゐます。とてもよく気の付く人で助かってゐます。この人も京都生まれの韓国人「朴さん」と言ひます。うちでお茶のおけい古に来てゐた人でその上美人です。もう一人来て下さってゐます。週に一回づつです。͡此の人は、埼玉県の人で話好きで明るい人です。二人とも60歳台です。こうして私は一人暮らしですが毎日を退屈しないで楽しく暮らしてゐます。
梅雨のジメジメがあまり好きでないので、こちらは年中暑からず寒からずのよい天気なので気に入ってます。家もベッドルームが四つあったのですが二つをお茶室八畳に、そして水屋もあります。時々小人数でお茶を楽しんでゐます。
そうそう野球の「大谷君」も近くに住んでゐるらしく、一回マーケットで見かけましたが、かわいい人ですね。近くの日本のレストランにも来たらしく写真が一杯かざってあります。此の頃はおいしいおすし屋さんも出来たし 私は此方の気候が気に入ってます。
便箋が足りなくなりました。これみんな日本京都で買って来たものです。
今家の中の整理をしてゐます。よくまあこんなに物を買ったものだとアキレてゐます。友達が「これみんなお金よ」と言って二人で大笑いしました。そりゃ本当ですね。お蔭様で今もなを何とか生活してますので エデイにカンシャカンシャです。
ほんと お伊勢さんへ行きましたね。あの人は車の運転が好きだったのですが、こちらでもニューヨークやらずっと廻りました。アメリカ横断も二回しました。インデアナに居た頃です。
インデアナ500も見て来ましたよ。事故があって車が火を吹いて飛び上がるのですよ。モノスゴカッタです。次の年も行ったのですが無事故だったので皆今年はツマラナカッタと言ってました。びっくりしました、人間ってね、、、、
ま、こんな風の毎日です。体が丈夫なのかあまりお医者さんのお世話にもならず、お友達が皆アキレてゐます。
まあ多分秋頃にはお会い出来る事と思ってゐます。
どうぞよろしく
コーヘイちゃん
みち子さんへ
6月13日 ハッピーバースデーです。      チョコちゃんより

91歳の池宮千代子さん。河原町三条、朝日會舘脇 高瀬川沿いに住まいがあり、私がまだ大学生の頃、同居していたお姉さんの大谷良子さんが叔母のもとへお茶、お花を習いに通っていて、私と仲良しだった。それで池宮さん夫妻とも親しみ、池宮氏の運転で、私も誘われ四人で、伊勢志摩までもドライヴの旅をしたこともあった。自動車などまったく縁の無い私の日常だったので、まして仲良くドライブなど、とても珍しく、愉しかった。年齢で言えば私は、ま、半世代若い弟分、一方ではすでに宗遠と裏千家での茶名ももった厳格な茶の湯の師範でもあった。妻との出逢いや、上京就職して結婚というきもちなども早くこの姉妹には告げていた。

* 京都の森下君と、中学同窓のあの君この君との想い出や覚えの消息を好感して過ごした。なかな懐かしく善い往返であった。お互いの校友や想い出がかなり重なることにも喜びがあった。いい試みであった。
2022 6/24

* 能美市の井口哲郎さん、芳醇の蜂蜜を大きな瓶で下さる。こんなに元いつも驚いて頂戴しながら、いつとなく瓶が空いているから有難い。有難うございます。

* maokatn 名酒贈り下される。感謝。おもえば、沖縄の小島での研究暮らしから、北海道へ、そして関東へと。久しいなあ。
2022 6/24

* 森下辰夫君との、往年回顧の往復便を愉しんでいる。
2022 6/25

* あさ、早々に、高麗屋 松本白鸚さんから、季節の「朝顔」の籠を頂戴した。うれしく。今日からの送り作業前に「気合いをいれて」頂いた。感謝。もう、そろそろまた歌舞伎座へ行きたくなっていたところ。ご健勝をお祈りします。
2022 6/28

* もう久しく古典研究會編の「汲古」誌上に「黒河春村」の精緻に發明豊かな研究を連載されている浦野都志子さん、わたしが『遊仙窟』なんぞを覗いていた背中をポんと叩くように、面白い、興趣のそれも春村かかわりの「例言」「資料」など、お手紙副え「汲古』何冊も頂いた、これは恐縮。思わず首をすくめています。
2022 6/28

* 二日目の発送にかかる。読者、謹呈者には昨日送り出しているので気は軽い。今日明日は、大学と高校、施設。数は多い。
2022 6/29

○ 岡百合子さん 家妻へのお手紙
お手紙有難うございました。
最初 びっくり致しました。
私共 以前 北沢さん(=恒平の実兄恒彦)に大変お世話になったこともあり 私など学校の教員をずっとして居りましたが 修学旅行が奈良・京都方面と決まっていたような時期 夜になると生徒を放ったらかしにして「ほんやら洞」にかけつけ 大抵夜はそこにいらした北沢さんのお顔を見るとほっと安心するという時期がありました。
ですから 秦さんが太宰賞でデヴューなさって 北沢さんとご兄弟と知った時はびっくりし 何か深い因縁を感じたことでした。夫(=コ・サミョン氏 作家)も およそものを書く人間ではなかったのに 共産党で色々あった時 政治的言説ではどうしても表現出来ない苦しさの中で 考えもしなかった文学でその苦しさを表現しようとしました。党員と共に歩むことは覚悟の上だったのですが まさかものを書く人間になるとは思っていませんでしたので本当にびっくりしました。でも私は 自分で書くことは出来ませんが文学を「読む」ことだけは大好きだったので たちまち秦さんのファンになり 今までお書きになったものは多分大部分読ませて頂いて来たと思っています。ただ立派な感想を申し上げる力もなく まともにお礼を申し上げたこともなかったと思いますが いつも意識していて 息子の死を縁として仏教、本願寺とかが〇〇が出来 京都にうかがう機会が多くなった時期、東福寺や周辺のお寺をただウロウロして 秦さんのお書きになったものを後 追いしていた時期があったように思います。そして北沢さんもそうでしたが 稀有な生い立ちのお二人のことを知るにつけこれは普通のことではないと思って参りました。
でも私も筆不精で本質をとらえた感想を申し上げる力もない人間でしたので 結局通り一辺のお礼を申し上げることしか出来ず 失礼を重ねて来たという思いがいつも申し訳ないとばかり考えていたように思います。
でも時を経るに従って思いもしなかった「生みの父」「生みの母」のお話が出るようになって これは何だろうといつも思っていますが、本当に事実は小説より奇なりですね。ただ貧しい朝鮮人の子として貧乏や差別と斗って来た夫などと違い まさに小説の題材のような事実の洪水で、その中で溺れもせず 見事に斗ってご自分の世界を創られて来た秦さんに 単に尊敬というのではなく脅威のような存在と感じて来たことも事実です。
そしてその厳しい秦さんの生活に いつも奥様の存在があり 決して大げさには書いていらっしゃいませんでしたが 奥様と一体になって道を拓いていらしたということをいつも感じ、自分達の結婚を「結婚サギに合っちゃってー-」など冗談にまぎらわせながら不平を言っていた自分を反省したことでした。
基本的には優しく正しい方ですけれども 普通の人とは違う神経を持たれた秦さんと共に生き、普通の人間には出来ない、あの膨大な出版のお仕事を全面的にたすけられ 義理のお父様、お母様はじめ叔母様まで立派に見送られー-あまり表面にお出にはなりませんでしたが、そのご苦労は その一端しかわからない私にも想像のつくものでした。
でもこの度 直接奥様のお手紙を頂き、最初に見事な筆跡にびっくり致しましたが、全く無駄のない文面にも恐縮すると同時に ああやはりこういう方だったのだと納得いたしました。そして今はそういう自分が恥ずかしくなり どんなお返事を書いたらいいのかわからなくなっています。でもこんな素敵なお手紙を頂いたことに素直に感謝し これまでの至らぬ私共の対応をお詫びするしかないと思っています。
秦さんも歳をとられてご苦労が増えているようですが 私共も自分達では長生きしたいなどと思ったこともなかったと思いますのに うかうかと日々を過ごし 昨年の七月に気がつきましたら九十歳を迎えておりました。夫は私より半年下ですので今年の一月に九十歳になりました。
元々体は頑健な人でしたが 健康を余り意識せず生きて来たツケが来て 私が九十歳になったとたん白内障の目の手術で一週間入院しただけなのに 夜中、二時間おきにですが目薬をさしに病室を訪れる看護師さんの対応に親切にして頂いたのですが 不眠症の私は殆ど寝られず 退院したとたんに家の中でスッテンスッテンと転び 余りおかしいので病院で検査してイタダイタら足の力が衰えていて 軽いのですが脳梗塞を起こしてしまいました。それで介護保険のお世話になるようになったのですが、最初にいらした訪問看護師さんが 夫が 前立腺癌にかかっているのに気付かず放っていて 自力で排尿が出来なくなっているのを見つけて下さいました。
それを皮切りに夫も私も病人ということになり、夫は入院絶対嫌やというので 通いの看護師さんやヘルパーさんのお世話になっています。でも点滴とか消毒とか毎日あるので、毎日二、三人の人が出入りして 我が家は一寸した野戦病院のようになってしまいました。ですからもうどこへも出られず、夫は仕事をする気力も失い、ほこりをかぶったままのパソコンをよそに 毎日テレビなど見ています。歳をとるということがこういうことなのかと驚いている状況です。でも 今の所まだ呆けているという状況でもなく、必要な時にまともに受け答えをしているのですが もう二人とも耐用年数が切れているという自覚はあり ただ介護の方達が皆真摯な方達で心からの親切でよく面倒を見て下さっていることに感謝しつつ その方達のためにも残りの一日一日を大事に過ごそうと考えています。
秦さんも厳しい八十の坂を登られているのですね。大事にお体 年齢にあらがうことは大変ですが 少しでもお大事に奥様共に生き抜いて頂きたいと切に思います。
歩けなくなり 後見人についてくれた元大月書店の編集者が 同じ大磯の五分位離れた所に住んでいて 丁度 社長と意見が合わず会社を辞めて浪人生活をしていたので 五十台の独身女性ですが「任意後見人」になってくれて私共 実務的にうといヨロヨロ老人を助けてくれています。でも買い物も全部その人達にしてもらっているので、レターペーパーも切らしてしまって 申し上げたいことが次々あって長い文になってしまって このように見っともない手紙になってしまいました。まさか最初のお手紙が こういう無様なものになるとは思っていませんでしたが 書き直す気力がないのでお許しください、とても恥ずかしいのですが仕方ありません。
最後に お二人の生活の一日でも長く続きますことを心から念じて だらだらした便りの終わりにいたします。
本当に有難うございました。不順な天候の日々、政治の状況も落ち着きませんが お二人がそれらを乗り越えられることを信じているとだけ申し上げます。

* 妻へ戴いた岡さんのお手紙。私も、感謝。
2022 6/20

○ 舞いたい鳶
メールを戴いてから早や一週間、ごめんなさい。
今日、関東では40度に気温がと報じられています。梅雨らしき期間があまりに短く、今から夏の渇水が案じられます。余程気をつけて暮らさないといけませんね。
コロナも完全に心配ない状態にはなっていませんし・・マスクをして夏の外出はやはり大変です。家で快適な温度でお仕事をされますように。

「大学で明治維新や明治の歴史をベンキョウしましたか」とのメールですが、所謂受験勉強では現代史はほぼゼロですし、明治も後になって漸く真剣に向き合うことに・・大学では講義をとっていません。古代や中世は面白かったのですが。
坂本龍馬も桂小五郎も、伊藤博文も・・半ばフィクションで書かれたものでは魅力あっても本当はどうだったのかと考えてしまいます。政治の現実と言えば確かにそうですが。明治の北村透谷や樋口一葉、島崎藤村の文学は好き。思想や哲学の本はあまり読んでいません。
幕末から明治にかけての美術工芸に関しては後になって興味が湧きました。ボストン美術館で川鍋暁斎などを知って驚いたり。わたしの知識など本当に薄っぺらなものです・・。
明治維新はと聞かれて、まず高台寺奥の山の墓地にある坂本龍馬の墓や黒谷の会津藩士の墓に思いが至りました。
中国の小説に関して・・『金瓶梅』昔FMラジオで聞いていました。エロティックな部もかなりあったと記憶しています。
鴉は『浮生六記』の感想を以前書かれていました。魯迅と妻許広平の書簡集『両地書』も気になります。現代中国のさまざまな試みある文学作品はありますが、不勉強であまり読んでいません。
娘たちと暮らし始めて 慣れるのにまだ時間がかかっています。疲れたら早く眠るように心がけています、が 二歳三か月のちびちゃんは「三歳児の反抗期」真っ最中、離乳食など以前できたことが、ほぼゼロに逆戻り、あらゆることに自己主張、見事なものです。言葉の進歩も驚き目を瞠るばかり。わたしたちも皆こうして成長してきたのだと改めて思います。
先週は教室の人たちとの展覧会もあり やや忙しい日々でした。
梅雨明けは例年 体調良くありませんので 怠け心を許して暮らします。
鴉、 へとへとにならずお過ごしください。次の作品にかかっていらっしゃるかと思いますが、へとへとは少しにして、楽しんで暮らしてください。  尾張の鳶
2022 6/29

* 朝いちばんに、平成十八年ヘまで遡っての「汲古」第50号 浦野都志子さん(元・東大綜合図書館司書)の、「『遊仙窟』と黒河春村」に始まり、第73号、黒河春村『自著目録』と筆頭著録の『万葉集墨水鈔』について」を弱い目を皿にして読んだ。感服し、いろいろに興をそそられた。77号には「黒河春村著『節用集考』を巡って 附説『類字墨水鈔』と『碩鼠漫筆』」が、79号には「黒河春村編『古物語類字鈔』について」が、81号には「黒河春村の『尾張国解文』研究について」か相次いで発表されていて、その精緻に周到簡潔な言及論攷、そぞれにた痛くそそられる。さらに別紙を副えて、『遊仙窟』の読解鑑賞に必需の関連資料、春村の『遊仙窟類標』の「例言」を、コピーして送っていただいた。「因みに幸田露伴の『遊仙窟』は春村「例言」の換骨奪胎と推測しています
ともお手紙の中に添えてあった。痺れる有り難さよ。深謝感謝。「湖の本」で私が『遊仙窟』に好奇心ありと見て取られての、打って返すほどのご厚意であった。ベンキョウします。
2022 6/30

○ 御礼 e-old katsuta 千葉
『秦 恒平 湖(うみ)の本 158 よに逢坂 彬彬而樂』
ご恵送いただき大変ありがとうございます
彬彬而樂 そうありたいです
ほんとうにありがとうございます
されてください

*「コロナまだまだです くれぐれもお大切に」 これが重い現実。政府や都が浮かれ声で「コロナ解除」を言いだした来、わたくは、言下に「不可。必ず元へ戻ってしまう」と云いきっていた。どうみても、政府や都の「ノーテンキ」に慎重さが無かった。浮ついていた。また「万」感染へ戻ってしまわぬコトを祈りたい。安心におちつくには感染者数が日に「300」止まりになる頃と私は口にしていたが。
2022 7/1

○ 七月になりました。お見舞い有難うございます。
場所がら、それほどの暑さはありませんが、確かに暑い日々です。
ご自宅で涼しくゆったりとお過ごしかと思っております。
私はほぼ一日中、涼しい台所で水遊びをしております。

きれいな朝です。4時前にはあけぼの、5時ころからはうぐいすやホトトギスが、大声で鳴きだし、カラスも何処かへ。もうすぐ、隣の雉がかすれた尺八のような声でなきます。田舎の夏の朝です。よい夏を。   セシリア  和邇

○ お元気ですか、みづうみ。
早くも梅雨が明けて七月に入りましたが、この急激な暑さについていけません。お変わりなくお過ごしでしょうか。
六月二十三日 「最近の私です」ありがとうございました。すぐにお礼を申し上げたかったのですが、どうしようもない鬱気分に陥っていました。
原因は一つではありませんが、あえて言葉にすると、今の世界は二十世紀の愚行を繰り返そうとしている、日本社会は大失敗しようとしているという、どうにも否定し難い考えが頭から離れなかったせいです。きっかけはもうじき参議院選挙があるということかもしれません。コロナ感染者がまたじわじわと増えだしているとか、ウクライナの戦争が長期化しそうとか、中世に戻ったようなアメリカ最高裁の中絶権利の禁止判断とか、フランス選挙での極右、極左の大躍進とか、今現実に起きている色々なことの根底にある無気味な蠢き、世界は、日本は、近い将来むごたらしい場所になるのではないかと暗澹たる思いにとらわれていました。
周囲に大惨事が起きているわけでもないのに、必要のないことを想像して怖れる私は「暇人」のひと言で片づけられそうですが、暇人の存在が嘲笑されるような、無駄な時間の使い方が許されていない社会状況が きっと問題の根にあります。
常に効率を求められ、時間を無駄にしないことを求められ、一日の大半をデジタル環境にどっぷりつかり、大量に押し寄せてくるガラクタ情報でものを知っている気分になり、気晴らしの娯楽やたえまない新しい刺激にせわしなく目を動かし、いつも気が散っている現代人。
高齢者でもそうですから、とくにデジタル漬けが常態の日本の若い世代が心配でならないのです。生まれた時からデジタル機器に囲まれているZ世代の若者たちは映画や動画を倍速でみたり、セリフのない場面は飛ばしたり、先に結末を知ってから観るという習慣をもち、コスパならぬ「タイパがよい」行動をふつうにしている。それは人生で一度しか与えられない自分の時間をただ消費するだけ。世の中がどんどん加速して、振り落とされまいと必死な彼らは、LINEの人間関係や自分の知っている情報の「範囲の外」に出ようとはしない、というより出ることを「夢」見ない。現状に大きな不満がない。
もっと考えますと、親世代は若者に生きる甲斐ある「理想」を与え損ね、彼らの「言葉」を奪ってしまった。私にとっての理想は「文学」とも言いかえることができますが、日本だけでなく、世界的に若い世代で「長い文章や 過去の大作、名作、一冊の本」をじっくり読んで考える認知・忍耐力がなくなってきて、若者の記憶力、集中力、共感力の急速な低下の「報告」がいくつもあります。現代人は、静かな場所で丁寧に本を読み熟考する、かけがえのない習慣を失いつつあるらしいのです。

読書がなぜ大切なのか。それは読書が「恐ろしい世界への一つの抵抗の行為」だから。深く読んで内省し、物事を慎重に、批判的に聡明に処理・分析できなければ、他者への共感や異文化の多様性を尊重する人間の叡智は養われない。集団の思考・批判能力の低下は集団的良心の低下になり、結局民主主義は維持できない。
自分で考えることを外部に譲ってしまう集団が大多数になれば、大衆扇動はおこりやすくなる、というより現実にもう始まっている。無知、無関心な人間たちが「一部の人間の権力」を支え、彼らはいずれ「最悪のこと」をし始める。野蛮な世界はすぐそこに来ている。ハンナ・アーレントが警告していたように、無思考な人間が増えると、悪が、表面をおおうカビのように社会に広がってしまう。
というような考えが次々と頭をよぎり、迫りくるファシズムの予感に意気消沈して、早朝目覚めてしまってそのまま眠れなくなったりしていました。やっぱりわたくしは生粋の「暇人」なのです……。

今は何とか小康状態。理由は不明ですが、自分が、民主主義の理想が潰えるさまを見届ける役割 を与えられた世代の一人であることを、心ならずも受け入れ始めているのかもしれません。あるいは、みづうみのようなつよい叛逆者の足元に遠く及ばないので、せめてみづうみがあきらめていないうちはあきらめまいと、また思い直したから。生きている間は精一杯抵抗はするけれど、日本や人類が亡びるまで長生きしたくはないと願っています。

昨日老猫を検査のため病院に連れて行きましたが、恐ろしい暑さにくらくらし、さらに、覚悟していたとはいえ診察料金のあまりの高さにも目まいがしそうでした。最近「電力逼迫」情報が頻発していますが、「原発再稼働のための情報操作の一つか」と疑っている私は、ネコと自分の生存のためクーラーを使いまくっています。ちなみに、エアコンよりテレビのほうが電力を食うそうです。知りませんでした。テレビは、「節電」してくださいというのに、「テレビを消してください、紙の本を読みましょう」とは絶対いいません。ずるいです。私たちはよほど目をみひらいていないと「騙され」っぱなしです。

猛暑はまだ始まったばかり。どうか「猫ちゃんズ」と、みづうみお気に入りの書斎の中で快適に、涼しく、心ゆくお仕事の時間をお過ごしくださいますように。
熱中症にはくれぐれもご用心。 なつは夜

* 残りなく共鳴。こういう「視野」と『言葉』の生きた人に立候補して欲しいよ。立憲の福山クンや、共産の市田、穀田さんに推薦しようか。
2022 7/2

* ようやく昨夕あたりで都内へも「湖の本」が届いているようで。土日には手紙もとどかない。メールの使える方にはメールを頂戴したい。私、掌も指先も痺れて使いづらく、自筆の手紙も差し上げられないのです。

○ 本日、『湖の本』158 「よに逢坂 彬彬而楽」 をいただきました。このお歳でのご無事のご出版を慶祝いたします。大したものです。早速に拝見しました。後半で、「体」の言語化のことについて私が差し上げたメールが載っていて驚きました。私のメールにミスタッチがあったことも。よくやるんです。失礼しました。
ウクライナ侵略の暴挙を予見していたようなプーチンに対する辛い評価を数ヶ月も前になさっていた。脱帽です。実は私も彼の登場以来、将来なにかやらかすと警戒していました。
ウクライナ侵略の問題は一言で言えば、「法」の無視です。個々の人間を超える「法」の権威が成り立っていない。法の感覚もない。突き詰めれば、人間の感覚がない。だから、これほどまでに非人道的にロシアの権力は振舞える。人間の感覚を喪失する恐ろしさをあれだけ執拗に告発したドストエフスキーの国から、悪霊が現実の姿を取って現れた。日本も過去にはかなり人間の感覚を失っていたし、これからの日本が国家主義の悪霊にいつ全面的に捕らわれるか分からない。緊張して暮らしております。
お身体が維持されますように。ありがとうございました。 浩  icu名誉教授

◎ ぐったり バテてます。コロナもまた舞い戻りつつあるようで、動きもとれず。感染はぜひ避けたく。朝露を踏んでの散策どころか、もう久しくバスにも電車にも乗っていません。
楽しめるのは、読書だけ。読書慾は、旺盛。
もとは支那の本ですが 支那では完全に見失われて、日本でだけ、奈良、平安の昔から、風流な天皇さんにも愛読された『遊仙窟』というのを、今も読んでいました。濃厚な性愛を風雅な詩の応酬で仙境へ盛り上げて行く名品です。
「漢字」というのは一字一語が奥深く美しい。西洋語は めったに読みません。漢語・漢文には日々親しんでます。史記列傳 水滸伝 が面白く。
せいぜい 食べて 衰えきらぬようにしていますが。食欲が無い。ほっそりほっそりしています。 湖
2022 7/2

* 梅若万三郎家 ありがたい漬物を下さる。この時節、念入りの漬け物は極く貴重で、飯にも酒にも まことに嬉しい。
筑摩書房とのご縁いらい極親しい元編集者、新鮮な香気にはち切れそうに立派な桃を大きな箱に六顆も戴いた。桃、梨、枇杷、桜桃、西瓜、トマト 子供の頃を想い出しても懐かしい夏の美味。感謝。
紅書房主の菊池洋子さん、いつもながら、選りすぐりの洋菓子を下さる。食の進まない私には、ありがい佳い糖分になります。感謝。
2022 7/5

* 静岡大の小和田哲男教授、写真家・作家の島尾伸三さん、大阪高槻の旧姓八木(三好)一子さん、本の礼状。星野画廊の「大阪風景展」の一枚刷り作品集。頂戴。
八木さんもそう、八十過ぎて夫君を見送った夫人が、胸痛むほど多いのに驚く。
今もまた、久しぶりにメールくれた人も。
2022 7/5

○ 今日、湖の本 (158)受け取りました、有り難う、御座いました、ご無沙汰して居ります、長い間、機械を使わずに居りましたので、使い方を忘れてました。やっとです。時候柄、お大事に! 渋谷 華
○ メール有り難う、御座いました。変わらずお忙しそうで!
私は体力減退で ふらっとしてます。
湖の本、有り難う、御座いました。楽しんで読ませて頂いてます。
そろそろお祭り(=祇園会)で賑います。
私は一向に体力減退です。 渋谷 華

* 夫君を喪い寂しいですと嘆いてきていた。「やっとです」に泪が滲んで見える。同じ嘆きを何人に聞いてきたか。
この「華」は、高校生の顔しか 想い浮かばない。茶を点てて、柄杓の構えや扱いのきれいな一年生だった。わたしは三年生。茶道部を指揮して点前作法も諸道具のこともみな教えていた。校舎の一画に「雲岫」と呼ばれた佳い茶席を、校長室から「鍵」も預かって、気ままに、いつも、授業をサボってでも遣っていた。部員は増え、私の青春に男子の影はほとんど無かった。「女文化」ととなえ「身内」と説く「もらひ子」の心根は、京都東山に育って、遙かに遙かに、深い。国民学校で『百人一首』に親しんで短歌を創りはじめ、敗戦後に秦の祖父が旧蔵の小型な『選註 白楽天詩集 全』から七言古詩「新豊折臂翁」を識って愛読し、新制中学一年で与謝野晶子に教わって『源氏物語』を識りはじめ、三年生で、始めてお年玉で岩波文庫の先ず『徒然草』を、すぐ次いで『平家物語』を手に入れ、耽読した。『祇園の子』が短編の処女作となり、白楽天からは妻の励ましで『或る折臂翁』が、徒然草からは「菅原万佐」の名で長編『慈子 (齋王譜)』が、平家物語からは本名で受賞作『清経入水』が成った。ためらいの無い「一本道」だった、どの蔭にも「女子」の影が添っていた。男の影は、祖父(の蔵書)独り。メールを呉れた華さんも懐かしい「影」の一つ、云うまでない。
2022 7/6

* 羽生淸さん、京、鶴屋の夏菓子に添えてお手紙を戴く。

○ 『湖の本 156 157』 ありがとうございました。
「父の敗戦」の<鳩山首相に對する提言>は、今日の日本 そして明日の世界に向けて書かれているようでした。
「資本主義といヽ共産主義というも共に夫々人間が考え出したものであり、時代の変遷とヽもに絶対のものでありますまい、 双方ともに歴史の悠遠な流れから見れば短期間に生じた現像にすぎないと想います」
何故、いま、あたかも資本主義や自由主義に普遍性があるかのような物言いで争いを続けなければならないのか、夫や息子たちの命が奪われなけばならないのか 分かりません。

理りお父様 に対して
情のお母様
くろがねも巌も溶けて流れなむ
涙は火なり熱きものぞも   鏡

おふたりの愛の結晶
「あなたって 生きた小説ね」という
奥様の言葉がすべてを物語っているように感じました。
奥様という読者のために書かれた小説を 私も読ませていただける幸運に感謝しております。
「複雑多岐な人間関係のうち 一番複雑で且つ困難なのは結婚らしい、………ここには 人間の幸福と人間の束縛の両極が伏在している」
一番複雑で且つ困難な事業に成功された
おふたりにあやかりたいと思いましても……私は…
先生
の御長寿を心よりお祈り申しあげます。
奥様
羽生 清 (大学教授・美学)
秦 恒平先生

* 妻にくださった勲章と感謝して お手紙は 先日に戴いていた仙台の遠藤恵子学長のお便りと揃え 妻に手渡した。

○ 「湖の本 158」をありがとうございます。
万華鏡のような變化に油断無く緊張して読みました。わたくしのピアノは困ったことに昔より譜読みが出来るような… ホントかな。繪は、人にはただのキャンバスと絵具ですよね。
どうぞ お元気に。  沙   専攻の同窓 妻と同期

* 下関の大庭碧さん、涼しげな菓子を送って下さる。感謝。
2022 7/6

* 井口哲郎さん 持田鋼一郎さん あきとしじゆんさん 芝田道さん 吉岡幹男さんそして 松本白鸚さん さらに早稲田大学 上智大学 大東文化大学 皇學館大学 山梨県立文学館とうとうから「湖の本 158」受領の来信あり。
文面などぜひ記録しておきたいのだが、量も豊かで、視野はもう暗く疲れ切っているので、今日は見送っておく。いずれも様に感謝。
2022 7/7

○ ひさびさのくもりぞらですが、自室は30.5cで、当地(=石川能美市)特有のむし暑い日です。
『湖の本』いただきました。157をまだ十分読み切っていない所の158です。パソコン代りとはいえ、月刊雑誌並みの刊行は、そのお手数も大変だと、秦さんの『意』を強く感じとっています。
「父の敗戦」に続く「よに逢坂」、変らぬ熱筆?をじっくりとよませていただきます。
それにても「私語の刻」にとりあげている諸氏の手紙の内容が濃いものの蔽いことにほとほと感銘しています。これが私信か、と思われるものもあって、秦さんの厚い交友ぶりに深く思いいっています。ちょっと表現が足りませんが、高次元でのご交際を仰ぎ見ているような思いです。それで、読みごたえがあります。私には諸氏のように応じることは残念ながら叶いませんが、重く、ありがたま受止めることはできます。
地震のこと、お気にかけていただきありがとうございます。同じ石川県でも能登と加賀
地勢(ちょっと言葉の使い方が違うか)が違っていまして、テレビの報道でそれと確認するような状況です。ただ先日の地震の時は、テレビとスマホから大音が発せられて驚きました。当地は震度2でしたが。
頭も筆もモタモタです。みっともない文面でお許し下さい。お二人、おやすらかにと願っています。  七月三日   井口哲郎  (前の、石川近代文学館館長)
秦 恒平 様
(お望みで差し上げた 200字「秦恒平用箋」で。封緘の朱印は7/7「暑川」と。)

○ 拝啓
猛暑がようやく一段落いたしましたが、まだまだ暑い日がつづいております。
扨て、「湖の本一五八」昨日拝受、早速「彬彬而樂」に読み耽りました。
ルソー、ミルトン、マルクス、アウレリウス、聖書、ドストエフスキー、ホメロス、ソクラテス、 それに、源氏物語、平家物語をはじめとする日本文学の古典に毎日読み耽るお姿に、オルナガ・イ・ガセットの言う「精神の貴族」を思い起こします。八十六歳になってなお未踏の精神のさいこうほうを目指して歩み続けられるお姿は「お見事」という他ありません。それに加えて三日で一升の酒量、超人的です。
さらに、一四四頁の終りから一四五頁の半ばにかけての十一行、羨しいかぎりです。志だけでは無く、それを実現する資力まで、着々と準備されて来た秦様の人生は、「選ばれた者のじんせい」としか思えません。
私はこのところ 今年の年末に刊行予定の  翻訳の  校正に追われております。  この歳になっても読書 歌作 翻訳仕事をつづけることが出来るのが、孤独な生活の救いとなっております。秦様の「湖の本」が届くたびに、いろいろの方が居られるのだ、まったくの無償の行為に全精力をを賭けて生きておられる秦様の精神に過去史でも学べ、と自分を励ましております。今後も文字通り、ご指導の程、お願い申し上げます。
最後になりましたが、秦様の今後のますますのご健筆、ご健康、心からお祈りしております。また次巻を愉しみにしております。 敬具
七月五日      鋼   (作家、歌人、翻訳家)

* 読売新聞朝刊に長谷川櫂の選で採られた短歌二首の「囲み記事」が添えられていた。

* 「高齢者」神戸の芝田道さん 「この四月より社会人入学で神戸市外国語大学に通っています」と。社会学者の加藤秀俊さんの「九十才のラブレター」の中の「にんちゴッコ」を読んで、そういう年頃と思うと気が「落」になりました、「どうかお元気で!」とあって、同感した。「かつて通った喫茶ホワイト。74年間の営業の末に2年前にへいてんしました」と書き添えられた喫茶店窓際の写真ハガキでのお便りであった。

○ 半夏生で梅雨が明けると言われますが、ことしは宣言とは裏腹に戻り梅雨が気がかりです。折からの暑さ、いっそうのご自愛を念じております。本日 心ばかりの品を贈らせていただきました お口に合いましたらと幸です。
京・山科   あきとしじゅん   (詩人)

* あきとしさんのお便りにはいつもうれしい「おまけ」の京と季節の郵便絵葉書が入っていて、今回も「コンコンチキチン コンチキチン コンコン」と木田安彦令の軽妙な祇園祭り鉾の版画はしめ、杉本吉二郎描く懐かしい祇園「ろーじの風」の写真など数枚。この二枚をてもとに、残りを手を受けている妻にあげた。茅ヶ崎の吉川幹男さんからも、猛暑の見舞いに瀬戸内因島八景を描いた青木廣光の絵葉書を戴いた。感謝感謝。

* 梅若万三郎いえからは能のおさそい、高麗屋の松本白鸚さんからは十月歌舞喜佐へのおさそいがある。俳優座の岩崎加根子さんからも。感染コロナの方は果然 感染の勢いをこの日々倍々化していて、なんともハヤ。
今日午後には建日子が、車で、参議院選挙の期日前投票所へ運んで上げると。

* ここまで書き置いて、午前九時半。朝食に降りる。
2022 7/8

○ 暑いさなか ご本の発送の大変さを思うだに、嬉しさもさることながら、お体を案じています。ありがとうございました。お二人ともにお疲れはとれましたでしょうか?
御本のお礼と共に お見舞い申し上げます。
「メール」の文体は読み易く、珍しく一気に読ませていただきました。
私語の刻の「彬彬至樂」の意味が分からず、辞書で、 まさにまさにと。嬉しくなりました。 (秦 「彬」は、ふつう「文質彬彬」など、ならび揃ってあきらかに うつくしくあれと励ましている。「彬彬至樂」は心境「彬彬として」楽しむ意味になろうか。)れる)
選挙間近く。一票期日前投票します。女子高生の頃 政治をよく話し合った事思い出しました。
昨日、今日は少し過ごしやすいですが、また猛暑が戻ってくるようで、どうぞどうぞお二人共にお身体お大事にお過ごしくださいますように。  晴美  妻の久しい親友

● y君  自身を「写真」で表現するのは 毎年の年賀状に見るとおりに東工大生、卒業生の「共通した」ような甘い特徴で、少年の青年の昔から何十年、ええオッサンになっても変わらないね。ツイッターやフェィスブックの「存在」表現も「写真、写真」で、失語症のように 現代の日本語で、しかと伝えてくる「生命感」が、以前にも一度伝えたが、受け取れない。残念というより、頼りなく、心許なく、寂しいです。
この難しい日本と世界の現実や日々の生活から生まれた喜怒哀楽が、生きた「言葉」で訴えられてなない、訴えてこない。変わらないねえ。よほど現状に満ち足りて幸せなんだなと、よろこんでもいますけれど。 今もみな、そんなんかなあ。 秦サン

○ 秦先生 御本をいただいておきながら「ご挨拶」なく申し訳ありません。
湖の本、ありがとうございました。
先日、新座の方へ行く途中、先生のご自宅近くの大通りを抜けました。顔を見せようかとも思いましたが、既に夕刻であったため、またの機会にと、辞めてしまいました。まだコロナも納まりきっておりませんから、お顔を見に行くとしても、お外で少し話をする程度かもしれませんが、お顔を拝見するだけでも、良いかと思っております。
さて、
写真での自己報告に甘えているというご指摘は、耳が痛いばかりです。
80年代に始まったデジタル化というのは文章、画像、動画などすべてを単一の記録方法に置き換えた、という点で、画期的な技術で、それがCDやDVDといった簡易なメディア、ひいてはケータイ電話やスマホといった通信機器へ置き換わっていく流れを作り出しました。それは東工大生だけの共通した傾向ではなく、全世界的な情報発信の流れ、と言っても過言ではありません。
そうやって、逆に言葉に自信が持てなくなっている、ということでしょうか。
先生は東工大時代から、映像は確実な情報伝達手段ではなく、そこから伝えられるもの、伝わってくるものを言葉にし、自分の感じたこと、考えたことを明確にしなさい、と言われておりました。
その危惧が現実のものになっているということでしょう。
現代はあたかも写真が全てを語っているかのように錯覚してしまうようになっています。トランプ大統領の時代を「ポスト・トゥルースの時代」と呼んでいましたが、映像は真実ではありえないので、事実を装って、いくらでもうそをつくことができます。私達が言葉より写真を好んでしまうのも、あたかもそれが真実かのように装ってくれるからかもしれません。自分の思いを、事実で隠してしまいたい、と。
そういった意味でも、先生の言われるような生命感が発せられない、無意識的に抑圧されている、ということかもしれません。
現状に満ち足りて幸せだんだな、と また、厳しい言葉ですね。
息子を見ていまして、やはり同じように思います。今の状況に満足しているのか、と。
ただ、この「完成されたように見える世界」に生れ落ちてきた彼らに、反抗し、変革せよと言っても、それもなかなかに難しいのかな、と思います。
そういう私が、自分自身の仕事で手一杯になってしまっており、自分の感覚で生きている、という意識が薄らいでいますから。
正直、どうしたらいいのかわからないという感触です。
自分は必死に生きている、でも、世の中はよくならない。
まずは自分の周りだけでも楽しくしたい、そう思って、毎日頑張っていはいるんですが。
やはり、どこか甘えているんでしょうか。
からめとられてしまっていますか。
週末、もしかすると先生宅へピンポンするかもしれません。また、厳しいコメントをもらいにいきます。   新潟出張への新幹線にて   柳  (建築家)
2022 7/8

○ 私語の刻は、いつ、どの部分を読んでも、爽やかな迫力を感じ 勇気をもらう思いです。
今年の夏は殊のほか暑さが゛厳しそうです。
秦さんには、一時に較べずい分体重がへっておられるご様子、くれぐれもお身体大切に 不一   (ホテイアオイの写真ともに)  大阪 池田市   滉 (陶芸家)

* 愛媛今治市の元図書館長、木村年孝さん、京都市の染色家、玉村咏さん、東京大学大学院国文學研究室、三田文学編集部、神戸松蔭女子学院大学からも「湖の本 158」受領の来信。
2022 7/9

* 鍵盤(キイ)のまうしろ、大きな画面のました、目の真ん前に、「コンチキチン」と鉾の版画、京祇園の路地を描いた目にも胸にも記憶にも親しい「ろーじの風」の繪を並べて立てている。

* 何必館夫人の便りを貰っていた。胸のつまる不安で封を切ったが、幸い、無事に元気という便りだったので胸をなで下ろし。独り、施設に入っているが、頭の働きも言葉も対話に応じてごく機嫌も宜しく、と。安心せよとの気遣いもあろうけれど、あるいは胸を凍らせていたので有りがたい便りであった、感謝。
2022 7/9

* 機械前へくると、あきとしじゅんさんに戴いた絵葉書の、ことに祇園の露地奥を描いた絵葉書に静かに優しく励まされる。
その、あきとしじゅんさんに、京の伊織の懐かしい夏菓子を戴く。感謝に堪えない。

* 東工大の、柳君、新野君、顔を見せに来て呉れる。上げてあげられる場所が無く、玄関外で立ち話は失礼で気の毒であったが、懐かしく、嬉しく、しばらくあれこれと話した。元気そうなのは何よりであった。

○ 依怙地にも 鴉 がんばれ  尾張の鳶
如何お過ごしでしょうか
コロナ感染者数の増加で不安が繰り返されている今日この頃です。
今しがた選挙投票に行って戻りました。数日 雨や雷の空模様です。今も戸外は暗い空。
安倍氏殺害の衝撃的な事件があり、毀誉褒貶さまざまなことがあった彼も、殺されて、さすがに悼む声がほぼ全て。民主主義云々、非道な事件であることは言うまでもなく。選挙の趨勢にどんな影響があるでしょうか。
器械の不備、容量と保存対策を考えると 些か、いえ大いに反省するところあり、目下恐る恐る器械に向かっていますが、疲れました。鴉のご苦労には到底及びません。
『遊仙窟』名前だけは古典の注釈かどこかで読んだことがあるのですが・・中国には全く残っていないというのが注目ですね。
シンガポールの娘が 二年五か月ぶりに帰ってきます。仕事の都合で一週間もない滞在です。ホームシックでしょうか。
シンガ(ポール)の家族は 祖父祖母を始め十人の内八人がコロナに罹ったり・・重症にはなりませんでした・・今度はデング熱が流行っているとか。デング熱が感染はしないそうですが。
とにかく忙しさに負けず、鳶も 舞う努力をしていきます。
元気にこの夏をお過ごしください。強く強くそれを願っています。

* ありがとう。
2022 7/10

○ 秦先生
いつも、突然お邪魔して申し訳ありません。
うちの奥さんにも、新野くんにも
「手土産の一つでも」
と、言われましたが、
これまでも、これからも、失礼ながら、
そんなことを気にして先生のお話を聞きに行く訳ではありません。
学生時代から、
先生に話したくて、先生の話を聞きたくて、
先生の研究室にうかがっておりました。
そして、
それに見合う何かを先生に見せられるように、
それからというもの頑張ってきました。
今日も、その報告の続きです。
とても良い学生時代を送らせてもらっています。
いつまでも学生気分の抜けない奴だ、と 思われるかもしれませんが、
齢50を超えて、あの頃の先生の年齢に近づくにつれ、
丸くならずに、物事をしっかりと見て、
自分の思考と重ね合わせながら、創作していくということが、
どれほど大変なことか、ということを
周囲の同年代を見ながら、思わされます。
人の感性、思考は磨かなければ、すぐに鈍ってしまうということを、つくづく感じさせる日々です。

※ 先生が ペンクラブの堕落を嘆いていらっしゃったのが、思い出されます。

昨年からグループリーダー(昔で言う課長)になり、
自分のグループを持つようになったことで、
グループメンバーの特性や、より周囲との関係をとる立場になりました。
皆、自分で考えることを放棄し、会社の方針という実態のない「言葉」に価値基準を委ねてしまっています。
会社の言うことだけ聞いていれば何をやってもよく、
問題が起こらなければ良い、自分のやりたいことだけが出来ていれば良い、と、考える人ばかりです。
こういうのをエリート主義というような気もして、
先生に教えられた知識人とは似て非なるものと、
気持ち悪いです。
今日、
「先生は何年サラリーマンをやられていたのですか」と、質問させていただいたのは
そのような状況の中で、
大きな話としては、
サラリーマンをやっていると会社の論理にどうしても絡め取られてしまい
無力感を感じますし、
小さな話として、
普通の上司や部下といった人たちの多くがなんのポリシーもなく、
自分の幸せ(楽といいけても良い)のみを求めていきていることに直面し、無力感を感じることになります。
そういった社会にどれほどとどまっておられて、
かつ、そこから飛び出る力を養っていたのか、 ということを確認したかったからです。
先生も二足のワラジ時代もあるとはいえ
15年はサラリーマンをやられていたのか、と教えていただき、
私も24年目を迎えますが、何かを創る気力を萎えさせてはいけない、と、感じることが出来ました。
今回も、もしかすると私のある時代の節目に、
先生から言葉をもらったという瞬間になるのかもしれない、と思い、
お顔を見ておかねばと思った次第です。

※ (或る=)破棄報告時に
「破棄されたのは柳くんの魅力が落ちたからですよ」と、
笑いながらも真面目に言われたことは、その時の私を奮い立たせました。
感謝しかありません。

私の欲しい物事は、
先生にお世話になった学生たちの会を開き、
もう一度先生のお話をみんなで聞きたい、ということでしょうか。
今日もお伝えしましたが、
僕らが先生が学校にいた時の年齢に達するまでには、
その会を開きたいと考えております。
私は 先生の研究室に通っていた学生の中では、
先生の授業で「挨拶」を取り上げられることも稀でしたし、
先生のお気に入りと言われることもありませんでしたが、
最も厚かましく先生の研究室に長くいた自負はありますので、
そういう会を取り仕切ってもいいかな、と思っております。
つきましては、
彼らの 消息など をお教え願うことは可能でしょうか。
個人情報ということはありますが、
先生にお世話になった学生たちが、
先生の集まりに対して、とやかくいってくるとは思えませんし。
よろしくお願いします。  柳   (建築家)

* よく訪ねて下さり 嬉しかった、感謝感謝。上がって貰える場所が家中に無くて、恥ずかしながら、申し訳なく。ゆるされよ。
新野君も一緒でひとしおの喜びでした。 落ち着いて またまた話せますように。
いまのうちに、もしも、何か、欲しいと希望される物事あらば、言いつけてください。とにかくも、日々、躰はへとへとで暮らしていますが、さまざまに「私語」して表現する気概はのこっています。投げやりには生きて行けません。
柳君 柳君らしく、ガンバリや。 また逢いましょう。 博琴クン(=少年)のことも、聴かせて下さいね。
また花火の季節。 奥さんを、大切に。  秦 恒平

* 若々しさが いかに人間の抱いた「珠」であるかを また思わせてくれました。
ありがとう。

■ 鴉は 声も潰れて。 仕掛かりの作を、せめて遂げたく。なんとカアして。カアカア。

○ 声も潰れて、と書かれてあり、単に風邪の症状?精神のお疲れ? コロナでは絶対ありませんよう。仕掛りの作が遂げられますよう。そして次の新たな仕事への力をどうぞ溜めてください。お手伝いできることあれば申し付けてください。
食の進み具合、少しでも良い方向に。栄養摂ってください。
世の中は日本は安倍死去、選挙結果、憲法改正など立て続けに動いていくのでしょうか
。ウクライナのことも。これまであまり書いてきませんでしたが、日々強く意識して暮
らしています。
鴉の嘆きも怒りも伝わってきます。
繰り返しお身体最優先、大事に大事に。
秋になったら、たとい車椅子でも良いのです、お二人で京都に、夢を現に! 尾張の鳶

* この跡へ確かに記事を入れていたのだが、失せている。
2022 7/11

* たくさん、「湖の本 158」へ受領のおたよりを戴いている。それも記録したのに、消え失せている。

○ 「湖の本」一五八号とは驚きました。尾張ページの總覧を拝見して よくここまで 続けてこられたと つい はがきを書きたくなりました。
第五回太宰治文学賞は意識しているのですが…。 津村節子(=芥川賞作家  亡き夫君の吉村昭さんは台に貸す太宰賞作家)

* 元岩波「世界」高本邦彦さん 浦安市の島野雅子さん 草加市の白蓮寺開山石川恵念さん 都。中野区の安井恭一さん 神戸市の市川澄子さん 京・山科の今井てる子さん 所沢市の藤原正樹さん 鳴門教育大学 松山大学 文教大学 お茶の水女子大学 神奈川近代文学館 「湖の本 158」受領の来信あり。

* 上野千鶴子さん,故・色川大吉さんの追悼紙誌集を送らる。
2022 7/11

* 柳君 新野君と玄関先まで顔を見に来てくれた後、フェイスブックで、よほどひろびろと同窓諸君へ話かつ伝えて呉れていたらしく。恐縮。
2022 7/12

○ 『湖の本 158』嬉しく拝受、拝読たしました。こころからあつく御礼を申し上げます。
昨日午後から テレビは同じニュースばかり。今朝(七月九日)の新聞のあれほど大きな見出しは久しぶりのことでした。
これ迄なら真っ先に,先生のホームページを拝見し、おかんがえを聴きに伺うところですが、残念です。
むし暑い毎日です。どうぞお大切に奥様も。  岐阜  都

○ 先日は『湖の本 158』をお贈りいただき有難うございました。
先生の絶えない好奇心と衰えを見せぬ読書力、創作力には本当に驚きます。 今後とも無理をなさらないで(そういう訳にはいかないでしょうが)ご執筆をお続けくださいますように。
「黒谷」について20枚ほど書きました。先の論攷『基軸』に追加しようと考えてております。 『選集』33巻に達し、『湖の本』160巻に手が届く創作をもつ作家の全体像など、まだまだずっと先のことですが、少しずつでも書き増し書き継いでいきたいと思います。
ころな感染の再増加、猛暑(熱中症)へのご注意、階段の昇降など、どうか万全の軽快でお過ごしくださいますように。  奈良縣  永栄啓伸  (文學研究家)

○ 長い長い猛暑灯の連続にバテ気味のところに『湖の本 158』をいただきました。
「よに逢坂」は”女ごころの機微をメール文体を駆使して、この時代相の中に描き出されていて、<ほとほと参って>いらっしゃるどころか、創作を存分に愉しみそして読者を愉しませて下さっているのに感嘆いたしました。
「彬彬而樂 私語の刻」は、パソコンの不調や加齢からか<店じまい>の気配を時に漂わせながらも、日々を十全にお過ごしのご様子に、当方の先に迎えてしまった呆けや老いへの励ましをも勝手に感じとっています。
ありがとうございました。
これからが夏本番です。どうぞ御身お大切になさって下さい。
二○二二年七月八日    敬   講談社役員
秦 恒平 様
追伸 安部元首相の銃撃による死亡を先刻知りました。どうしてこのような國になってしまったのか。また「私語の刻」に読みとりたいと思います。

* 天理大学 立命館大学 の受領来信あり。

* 九州大学名誉教授で新版岩波文庫『源氏物語』の校訂者のお一人、今西祐一郎先生から、上田秋成による源氏言辞続編の一つ「手枕」での「疑問の表現」一カ所の提起を戴いた。なんとなく健闘もつきそうだけれど、私も一思案してみたい。
2022 7/12

* 23時過ぎて、今西祐一郎さんへ一先ずの返信をした。凄いほどの雨の音。
「アコ」の体調やや良くないか、吐き気味。
2022 7/12

○ いつでもお出かけください。
今日はまた涼しくなり、気持ちよく田舎の自然の中におります。山に帰らなかったのか鶯がよく鳴いていました。
自分のことはあまり考えなくなりました。歳のこともあまり考えていません。
面白いことが書いてありました。食べものは食べればまた食べたくなり、物は持てばもっと持ちたくなるのだそうです。
そうかもしれませんね。
食欲が無いのは、それなりの理由があるのでしょうが、奥様はお困りでしょう。
お元気で いらしてください。  司

* 朝起きて一番に見たメール。
2022 7/14

○ 鴉 お元気に
メール嬉しく、ありがとうございます。
朝早くお目覚めで、もう一眠りでしょうか。
昨日は湖の本、お母様の歌碑の事や大和での歌集を読み直していました。安楽寺を思い起こします。
お父様お母様の事を書き、次は何をお考えでしょうか。
明日シンガポールから娘が帰ってきます。コロナで往来が困難になり久しぶりの一週間の帰国です。
保谷の鴉、くれぐれもお身体大切に、ご自愛くださるよう。 尾張の鳶

○ (安楽寺のことなど 昨年霜月九日の 尾張の鳶メール部分)
一昨日、京都からの帰りに能登川で降りました。お寺への登り路は両側から樹木が覆いかぶさり暗いほどの道。女性一人で出かけるには・・と言われ、住職さんの気配もなく、表門らしきところから石段を下がると、道はそのまま集落の方に続いていました。墓に参ることなく帰ってきましたが、いずれ訪れたい。鴉に叱られそうですが、決して軽い興味ではありません。
お母様の女としての熱く烈しい生き方、不器用でもあり、人を傷つけることも、それでも誇り高い生涯だったと敬意を抱きます。そして何よりも・・あなたを産んでくださったこと。
この辺りの集落は現在も安楽寺と呼ばれています。駅への帰り道に歌碑に気づきました。
此の路やかの道なりし草笛を吹きて子犬と戯れしみち
「その歌碑の前で建日子と列んで写真が撮ってある。」とHPにありますので、鴉ご自身が行かれたのでしょうか。
この冬はエルニーニョの影響で寒くなるとか、まだまだ穏やかな秋の日で、コロナも落ち着いています。
どうぞ静穏な、そして精力的なお仕事の日々でありますように。元気に、なによりお身体大事に大事にお過ごしください。 尾張の鳶

* 有難う。ありがたい「身内びと」よ。

* 建日子との、大和へ、大阪へ、京都へ、そして近江へ。忘れも得ない長い親子旅であった。歌碑とも会った。生母の長女とも初めて逢った、能登川の母の生家前にも立った。 行っておけて良かった。

○ お元気ですか、みづうみ。
朝早いメールありがとうございました。じつは昨日みづうみにメールを書いていて、今日お送りするつもりでした。いつものように嬉しい一致です。
食欲がないのは絶対にいけません。ふらふらなのは食べないせいもおありかと思います。頑張ってでも食べていただきたい。
今年一月に、母がコロナの後遺症で嚥下機能が大きく落ちて食べられなくなってしまったのですが、「エンシュア」という病後や高齢者に欠かせない高カロリー飲料で乗り切りました。食事の好き嫌いの多い母ですが、この缶飲料は好きで飲んでくれましたので、味は悪くないはずです。市販されているのかどうかわかりませんが、病院で頼んだり薬局で買えるのではないかと思います。探すと、明治メイバランスという飲料も似たもののようです。母は現在ではきちんと食べられるように回復して元気ですが、今もこの飲料はよく飲んでいます。
もし「エンシュア」が手に入らなければ、飲む点滴といわれる「甘酒」はどうでしょう。真夏のゴルフのときにも冷やしてよく飲まれています。食べられないと、想像以上に身体にダメージがあり、一気に体力が落ちますから、とにかく何でもいいので、飲んで食べてカロリーをとってください。弱ってしまいます。お願いです。
相変わらずのお節介はこのへんにして、あけぼのの近況報告に。

最近朝からティシュを抱えながらくしゃみ連発しています。何かのアレルギー、花粉、あるいは世相への拒否反応かも。以下、昨日書いていたメールです。

誰も予想もしなかった大事件が起きて、予想通りの選挙結果が出て、師匠のお父上が日本を憂いつつひっそりと旅立ちました。心穏やかであることは所詮無理な話ですが、いつまで公的自由(ハンナ・アーレントが「自由とは公的自由のこと」であると書いています)を信じていられるかと思うこの頃です。アンジェイ・ワイダ監督が、ポーランドから民主社会の西欧に行くと、モノクロの世界が急に色彩豊かな世界になると感じたとどこかに書いていましたが、私たちは近い将来カラーからモノクロの世界を経験することになるのであろうかと慨嘆しています。

知りたいことがあって数日前からNHK出版新書『デジタルファシズム』堤未果著を読み始めたのですが、第一章はじまって早々に 冗談でも大袈裟でもなく目まいがしました。何かの本を読み幸福になることもありますが、「知ったが運の尽き」と思うこともあります。世の中「知らぬが仏」で生きたほうがしあわせなのは事実ですね。
新書ですから、多少の盛りこみはあると仮定しても、驚天動地でした。自分が無知であったこともおぞましいですが、この実体をきちんと伝え問題提起する日本の大手新聞やテレビはあったのか、なかったではないかと……。
日本は安全保障に関わる政府のシステムを、アメリカの民間企業アマゾンに任せていることを知りました。あのアマゾンに……。こんな国は世界でも珍しいそうですが、茫然自失です。少し引用しますと、こんな具合。

アマゾンのような企業が日本でデジタルビジネスをする際に、その企業に個人情報などを管理するデータ設備を日本に置く要求は、2020年1月1日に発効した「日米デジタル貿易協定」によって できなくなっている。
TPPから脱退したアメリカのために、日本が衆参院併せてわずか30時間以内に強引に通過させたこの協定について、果たしてどれほどの国民が知っているだろう?
GAFAのロビー活動の賜物であるこの協定に日本が署名した時、トランプ大統領は誇らしげにこうコメントしている。
「4兆ドル(440兆円)相当の日本デジタル市場を開放させた」
GAFAの高笑いが響き渡った瞬間であった。

まともな審議もなく決まったこの協定は「デジタルを通して私たち日本人の資産をアメリカのグローバル企業に際限なく売り渡す協定」なのだそうです。第一章からこの調子ですから、続いて策士中国の話も出てきたら途中で寝込みそうな気がしてきました。本の副題が「街も給与も米中の支配下に  この国を売っているのは誰だ╶─日本の資産と主権が消える」とあったのは本を売らんかなの宣伝だと思っていたのに、書かれているのは、出てくるわ出てくるわの「亡国のシナリオ」です。
日本初の「デジタル庁」は「今世紀最大級の巨大な権力と利権の館」になるらしいです。日本は、中国のような徹底したデジタル国民支配を目指しているのかもしれません。「このまま何もしなければ、私たち日本国民は、文字通り『誰一人取り残さず』搾取されてしまうだろう」「デジタルは『ファシズム』と組み合わさった時、最もその獰猛さを発揮する」とは、もう二十年以上昔に、みづうみが「サイバーボリスを警戒」していたことを思い出します。あの頃から、わかっているひとにはわかっていたことなのに、「便利な暮らしと引きかえに、いつの間にか選択肢を狭められてゆく方が、ずっとずっと恐ろしい」ことになっています。
読者のレビューに「絶望しかない」というのがありましたが、第一章途中ですでに私は打ちのめされています。改憲して現行憲法の基本的人権条項を丸々棄てようが、改憲せずにこのまま進もうが、行き先は同じこと。「日本は植民地を免れず、国民は搾取される奴隷になるしかない」らしい、と。
著者の堤氏は「テクノロジーの華やかさとスピードの裏でこの国に迫りくる危機と、同じ敵からかけがえのない宝物を守るために、動き出した世界の仲間たちから手渡された勇気と知恵を、心ある日本の人々に、一人でも多く伝えたいと思い、この本を書く決心をした」とのことで、よく読めば解決策も見えるのかもしれないと 微かに期待はするのですが、断末魔のあがきくらいにしかならないとも思えてしまいます。
あんまり意気消沈したまま終わりたくないので、「未来を選ぶ自由を決して手放さないと決めた世界中の仲間たちへ」の「あとがき」の文章を引用しておきます。

「おかしい」と口に出すたった一人の声が、多くの人が絶対に変えられないと思いこんでいることを変えるのだ。

この本は二十万部以上売れているそうなので、少なくとも二十万人のうちの何人かは起ち上がってくれることを切望します。私がこれから書こうとしていることは、まったく違う分野でありながら、この本とどこか共通する危機感があるもので、私は、秦恒平というたった一人の文学者の声が、日本文学と日本語表現の未来を変えるかもしれない、ということを書きたいのかもしれません。それにしても春はアケボノさんの力不足のことよ。みづうみの百分の一の頭脳と勉強でもあればよかったのにと思わぬ日はありません。
「六月の私語」を拝読しながら、みづうみのご体調の記述に一喜一憂していました。毎日たくさんお昼寝なさってください。何でも好きなものを召し上がってください。よく食べて楽しく少し飲んで、しっかり眠ってください。夏バテなさいませんように。
気の晴れるメールが書けなくてごめんなさい。  夏は、夜

* みえみえの、「今世紀・世界末史」をまさしく指摘してもらいました。謝謝。   2022 7/15

○ やそろく様 おたよりを嬉しく。 我が家は 何とか無事に過ごしていますが、いつ何が起きてもおかしくない年齢になっていることは確かです。自分でも 違う種類の生き物になっていくのかしらと思うほど、老人とは凄いものだと感じます。
どうかお二人も 無理せず コロナにも気をつけて、夏を乗り切って下さいね~ のらりくらりが一番ですね。 いもうとより
2022 7/15

○ 『よに逢坂 (女坂二)』 『アベラールとエロイーズ』の往復書簡を連想しながら読み 興味を覚えました。脱帽です。「やそろく老」の山坂、発展をお祈りします。御礼にて。  都・新宿区  祐

○ 今年になり体調を崩し入院したりしておりました。「湖の本」ありがとうございます。ジュース 送ってみました。ご笑納下さい。
季節柄 ご自愛下さいませ。  熊本県菊池郡   昌憲
2022 7/16

○ いかがお過ごしですか。コロナ感染者数はまだまだ油断できません。
三年ぶりに祇園会の山鉾巡行か行われました。が、京都には行けず、コロナ四回目の接種を受けました。
今回は腕が腫れて、まだ治りませんが、ワクチンの効果がある証と思うことにします。
先のメールで、お母様の歌集に触れましたが、その中に醍醐同和園で(=奉仕)と書かれた個所があり、今更ながら驚きました。此処は開所以来今も続いているのです。随心院と醍醐寺の中間地点やや西。地下鉄が通り周囲はかなり賑やかになりましたが、以前はバスだけが頼りの地域でした。
長いメールを書きたいけれど、今はここまで、
どうぞ元気に過ごされますよう。  尾張の鳶

* あれにもこれにもそれにもと、手を出さねば、向こうで黙ってて呉れないような「仕事」が、きつい手を伸ばして身に逼る。みな、すぐにも先へ先へ運びたいのだが、体調はまことしやかに宜しくない。「書き継ぎたい」と「寝入りたい」とに挟まれ、呻いている。四国の星合さん、大成さんから、特産の小豆島素麺や佳い出汁つき讃岐うどんをたっぷり頂戴した。上にも下にも歯の無い口の奥へ、佳い味の麺類は呑み込まれてくれる。感謝。
2022 7/20

○ 暑い盛り 暑さにも慣れてきましたが、涼しい部屋で読書三昧、楽しくなさっていらしゃるのでしょうか? 暑中お見舞いもうしあげます。
何故か一日が速く過ぎていくような気がいたします。如何ですか?
することは山ほどありますのに、できなくなりました。暑すぎるからと考えるようにしています。どうか愉しく飲み、楽しく召しあがってください。 那珂
2022 7/22

* 夢は少なかったが、寝起きの前辺りで、空港のホテルらしきで、アメリカへ帰って行くよっちゃん、ちょこちゃんと、見送るわれわれ夫婦との、お別れの朝の食事に日本風の「美味いラーメン」を四人ですすり合うた夢を見ていた。年長のよっちゃんは「もう亡くなっている」のは判っていたが、ナニ変わりない声音と笑顔とで、リーダー格を昔のまま元気に演じてくれていた。
夢と判ってながら見ていた少し胸の疼く夢だったが、「ラーメンで」というよっちゃんら姉妹の元気な提案に陽気に救われていた。しかし、よっちゃんはもういないと少なくも私には判っていた。ありありと判っていた。
2022 7/25

* 京舞の井上八千代さんから、お便りとお志の酒肴として美味最上のお漬け物を戴いた。八千代さんのお宅は、私の育った秦から、西向きにホンの百二、三十メートル、南流して新橋へそそぐ清い白川を跨いだ新門前通りの西之町にある。八千代さんのお父さんは京観世の家元片山九郎右衛門さん、お兄さんが私には大学専攻の先輩、観世流仕手方の片山慶次郎さん、此の八千代さんの初世井上八千代お祖母さんと、秦の、私の叔母茶の宗陽・花の玉月とは、古門前通り元町に校門を開いた市立有済小学校の、はるか昔の同級生だった。私等はみな、その久しい後輩で同窓。祇園甲部の芸妓舞子は一人のこらず井上流京舞を習って「都踊りはよーいやさあ」と花咲かせてきた。日本の文化はほんしつにおいて「女文化」と謂い切るわたくしもまたその土壌に育ってきた、たぶん、今も。

* 同じ京都でそれぞれに美学芸術学をまなんだ、私より一世代近くお若い羽生淸さんからも、お便りや、新潟の画家であられたお父上叔父上の画集などを頂戴した。派不参は、意匠の美学、模様や図案・装飾を語られる著作はそれ自体が美術のようである。
2022 7/26

○ 如何お過ごしでしょうか?
再び感染者数の急激な増加で、お家に籠られていらっしゃるかと思います。夏の暑熱を避けて体調にはくれぐれも留意なさってください。
お兄様、北沢恒彦氏のこと、同志社卒の友人に聞いたりしましたが、年代のズレもあり、直接的な良い情報は残念ながら得られませんでした。ネットで検索購入できる範囲で幾らかお役に立てそうなものを送ります。
べ平連に関係したことなどは鶴見俊輔氏などとの関連で調べられると思いますが、「實兄」という存在を鴉が語るという観点から、脇に置いておきます。
これまでHPに書かれた記述から、お母様に関して「階級を生きなおした」と恒彦氏が述べておられるのは、いかにも彼らしい述懐と思いました。戦後の時機を生き抜いた・・
十年遅かった私は「戦後の意味や重さ」を身をもって分かっていないと痛感します・・。
高校生での政治活動、そして起訴など耐えがたい重さと誇り。以後生涯にわたって影響し続けたと思います。かなり後々でも京都の高校での闘争は語られていました。京都を中心にした文学世界の本に幾らかの記載があったと記憶しているのですが、本を探し当てられません。
『遊仙窟』はまだ読んだことがありません。手元にあるのは漢詩を除いては『史記』『大唐西域記』くらいのもので、何故か『官場原形記』、これは清朝の時代を「勉強」していたので。
さまざまな事、テレビで報じられるさまざま。ウクライナ情勢もまだ不透明ですが、プーチンの思うままにはなって欲しくない。民主主義の在り方が問題を抱えていても、独裁国家体制が世界を占めていっては欲しくないからです。20世紀のナチの独裁国家、共産主義の国家・・そして21世紀の様相を凝視します。
鴉から「幕末」についてい問われて、不勉強を意識しました。今は半藤一利氏の『幕末史』を読んでいます。
もう一冊は『ホモサピエンス』の著者ユヴァル・ハラリの『21Lessons』21世紀の人類のための21の思考。
娘と孫が京都の暮らしをたたんで、同居を始めて二カ月。振り返ってみても時間が長く感じられます。保育園の送り迎えが仕事になりました。と言っても、車の運転をやめた私は補助的な役割にとどまっています。食事の支度は幾らか大変ですが、これも日常になりました。
およそ、同居、大家族がいいとは思わなかった私が、三世代家族の暮らしに。長い間、三十年近く三世代で暮らしてきた姉は、夫婦二人の生活に。妹は夫が五月に亡くなり独居に。
人生は思うようにはいかない、様々なことが勃発するものです。
コロナ感染者の数は恐ろしいほどですが、注意深く暮らしていくしかありません。
どうぞくれぐれもお身体大切に、重ね重ね願います。  尾張の鳶

* 近来受け取れた便りのなかでも最も生き生き呼吸まで聞こえて、励まされた。感謝。深く感謝。
2022 7/29

〇 「まあだだよ」「まあだだよ」お元気で 秦 恒平 さま
おはようございます。(午前4時 実は私はこれから寝るのですが。)
過日いただいたメール、プリントアウトして何度も読み返していました。「湖の本」の一節を読んでいるようで、とっても面白く拝読しました。
安倍晋三の国葬には、ただただあきれるばかりです。
秦さまもとっくにご覧になったと存じますが「朝日川柳」とすぐ隣の「かたえくぼ」が秀逸でしたね。(念のため切り抜きを添付します。)
私も「国葬って国がお仕舞いっていうことか」の気分です。とうとう というか いよいよ日本も終わりだなって思っていましたが、この川柳とかたえくぼを読んで、まだ希望が持てます。
このところコロナ感染者が急増しています。猛暑もこれから本番です。どうぞお気をつけてお過ごし下さい。
改めて暑中お見舞い申し上げます。  遠藤惠子 仙台市
(もと 大学学長  医学書院での後輩編集者 社宅で茶の湯作法を手ほどき。親友)

* 国葬とは 國のお葬式か…、呻くなあ。
2022 7/30

* 尾張の鳶、私の「兄恒彦」を書いておきたいという思い爲しに、甥の恒が編成した「父」を主題の本二冊を手に入れて送って下さった。感謝。
とにかく、識らない「兄」なのである。今から見ればほぼ同年の兄弟なのだが、鮮明に異なった人生をあゆんで、兄は、自死した。どう死んだのか知るよし無かったが息子の「恒」は躊躇いなく「首を吊って」と語っている。言葉を喪った。識らなかった故のショックがあるにしても、それに拘る気はない。理由があってか無くてか、兄は、江藤淳の自死の半年後に自ら首を吊っていたと。
生母を書き、実父を書いた。兄も書こうと決めている。母にも父にも幸いに私のもとに厖大と謂えるほど生な資料が在ったが、兄のことは、實はほとんど知れていない。それでも駆けるだろう、明らかに、短期間では在ったが兄晩年に、淡いが懐かしい兄と弟としての接点や折衝はあったし、それは、子供達も識らないままの一面に相違ない。どこまでその一面が表現できるか、遣ってみようと思う。
2022 7/30

*「恒彦」の関連本など、 尾張の鳶の親切で手に出来た、感謝。
この「兄」のこと、しかし、私には「理解が届くまい」かと思う。似た、感じがしない。懐かしがるほどの「つきあい」がなかったし、「理解の手づる」がみつけにくい。やってきたことが「互いに違いすぎる」のか。
書いたものを読んでも、文体もそうだけど、呼吸づかいがちがう。私に気をつかい気を配ってくれていたとよくわかっているけれど、呼吸している「世界」がちがう。「感覚」もちがう。知的に理解するのは不可能で無いが、いわば「女文化」の花がまったくこの兄には咲いていない。だから「懐かしさ」が湧いてこない。生母にも実父にも感じ得た「一体感」が湧いてこない。寂しい情緒でなく、淋しい無縁を覚えているのでは、と我が身を抓っている。
2022 8/6

〇 落ち着いたお声が、届いて、本当に安心いたしました。この五日あまり、メールボックスを開けてはため息ばかりで、心配しているほうも生きた心地がしませんでした。
我慢仕事をなさってらしたと伺い 呆れております。お具合悪いときは頑張らずに休んでいただきたいものです。文学の神さまが、みづうみに「まあだだよ」、もっと文学のためのお手伝いしなさいと仰っているということかもしれませんけれど、あまり心配させないでほしいのです。
でも、本当に嬉しく喜んでいます。メールありがとうございました。 なつは、夜

*「文學の神さまと」とは親交がありません。神頼みに逃げ込むのは、ね。
2022 8/6

〇 昨日メールを戴いていました。
煩雑な原稿処理など、その幾らかはわたしにも分かりますが、「今しがた、通過できました。」とあり、直後にメールを書いてくださっている・・。感謝。
もういいかいとしきりに呼ばれている気が・・そして「まあだだよ」とこれまでにも何度かメールに書かれているのを、わたしは間違った解釈こそしないものの、やはり言及してきませんでした。まあだだよと言い返せるうちはまだ大丈夫。鴉にはまだまだ残されているお仕事があるのです。わたしも言います「まあだだよ」

北沢氏に関して、鴉は全く理解が届くまいと感じ当惑されている。世界が違う、感覚も違う、女文化の欠如、懐かしさがわかない・・
北沢氏の本、わたしは全く読んでいないので、彼に関して述べようがないのですが・・。
(京都)大学で部落研に入り「挫折」した自分の経験から言えることは、筋金入りの活動家の人とどんなに話しても理解し合えなかったということです。
一番大事なことは階級の打破、経済的な問題の解決。宗教はアヘン。社会主義国の現状にある問題や矛盾は資本主義社会の悪影響によるもの、理想社会に至るプロセスに過ぎないと、中国の農業政策の失敗による飢饉餓死、ソ連のスターリンの粛清恐怖政治などには目を瞑り、際限なく彼らは「力説」しました。更に組織とか政党の中での個人の在り方など。いずれにも絶望的な「隔たり」を感じました。
北沢氏は高校生の時、既に確信に満ちた活動家で裁判にかけられた、彼にはその時点で他者の眼からも自分自身としても「立ち位置」が定まってしまったのだと思います。どんなに矛盾や困難を抱えても彼は責任感や義務感、そして身近にある人々との連帯感(活動から離れた場合には諸刃の剣になって強かに打撃を与えるものですが)の枠内で呼吸していたのかもしれません。連帯感や同志愛は孤独と背中合わせです。
生涯の長きに亘って一すじの道を歩んできたと自負できると同時に、プライベートでは孤独だったのでしょうか。彼にとっての家族・・。
自殺した知人、その人たちにとって家族は どんな意味をもっていたのか、理解できない場合も多いです。自殺という行為のその瞬間に何を感じ思っていたのか、死ぬ勇気? エネルギー? わたしにはあるでしょうか?

途中でごめんなさい、今はここでストップ 勝手なことをとりとめなく書いたかもしれません、
保谷の鴉  くれぐれも くれぐれも お身体大切に大切に 元気で   尾張の鳶

* 正直に言い切るが、私「やそろく」人生に、「鳶」さんの用いたような「批評」「言句」はゼロであった。こういうふうに批評できる心地・心事・言語を知らなかった。謂われている「活動者」ふうの誰一人とも事実出逢わず、識りもしなかった、例えば鶴見俊輔さんのような文筆の大先輩や、かつての労組での執行委員のような人達の他には。まっささきに想うべきは私自身が 甚だしい「現代のハンパもの」「我れ勝手な孤立者」であったのだ。

* どうだろう、生母や実父を「書いた」と同じ感触で、兄の生きて生活・活動していた「埒の外」からの視線と感想とで「私の兄」を書き綴っては。いま、そう思いついている。
2022 8/7

〇 昨日メールを戴いていました。
煩雑な原稿処理など、その幾らかはわたしにも分かりますが、「今しがた、通過できました。」とあり、直後にメールを書いてくださっている・・。感謝。
もういいかいとしきりに呼ばれている気が・・そして「まあだだよ」とこれまでにも何度かメールに書かれているのを、わたしは間違った解釈こそしないものの、やはり言及してきませんでした。まあだだよと言い返せるうちはまだ大丈夫。鴉にはまだまだ残されているお仕事があるのです。わたしも言います「まあだだよ」

北沢氏に関して、鴉は全く理解が届くまいと感じ当惑されている。世界が違う、感覚も違う、女文化の欠如、懐かしさがわかない・・
北沢氏の本、わたしは全く読んでいないので、彼に関して述べようがないのですが・・。
(京都)大学で部落研に入り「挫折」した自分の経験から言えることは、筋金入りの活動家の人とどんなに話しても理解し合えなかったということです。
一番大事なことは階級の打破、経済的な問題の解決。宗教はアヘン。社会主義国の現状にある問題や矛盾は資本主義社会の悪影響によるもの、理想社会に至るプロセスに過ぎないと、中国の農業政策の失敗による飢饉餓死、ソ連のスターリンの粛清恐怖政治などには目を瞑り、際限なく彼らは「力説」しました。更に組織とか政党の中での個人の在り方など。いずれにも絶望的な「隔たり」を感じました。
北沢氏は高校生の時、既に確信に満ちた活動家で裁判にかけられた、彼にはその時点で他者の眼からも自分自身としても「立ち位置」が定まってしまったのだと思います。どんなに矛盾や困難を抱えても彼は責任感や義務感、そして身近にある人々との連帯感(活動から離れた場合には諸刃の剣になって強かに打撃を与えるものですが)の枠内で呼吸していたのかもしれません。連帯感や同志愛は孤独と背中合わせです。
生涯の長きに亘って一すじの道を歩んできたと自負できると同時に、プライベートでは孤独だったのでしょうか。彼にとっての家族・・。
自殺した知人、その人たちにとって家族は どんな意味をもっていたのか、理解できない場合も多いです。自殺という行為のその瞬間に何を感じ思っていたのか、死ぬ勇気? エネルギー? わたしにはあるでしょうか?

途中でごめんなさい、今はここでストップ 勝手なことをとりとめなく書いたかもしれません、
保谷の鴉  くれぐれも くれぐれも お身体大切に大切に 元気で   尾張の鳶

* 正直に言い切るが、私「やそろく」人生に、「鳶」さんの用いたような「批評」「言句」はゼロであった。こういうふうに批評できる心地・心事・言語を知らなかった。謂われている「活動者」ふうの誰一人とも事実出逢わず、識りもしなかった、例えば鶴見俊輔さんのような文筆の大先輩や、かつての労組での執行委員のような人達の他には。まっささきに想うべきは私自身が 甚だしい「現代のハンパもの」「我れ勝手な孤立者」であったのだ。

* どうだろう、生母や実父を「書いた」と同じ感触で、兄の生きて生活・活動していた「埒の外」からの視線と感想とで「私の兄」を書き綴っては。いま、そう思いついている。
2022 8/7

* 「女文化」と無縁かのように兄「恒彦」を謂うていたが、概して謂えば間違いなく和歌にも物語にも絵巻にも歌舞伎にも寺社や風物や茶や花に遠い人であったけれど、明らかに一つ例外がある、京舞の井上流、それも今の三世井上「八千代さん」への、執着に近い熱情が履歴に記録されている。これには、実はびっくりした。来歴は知らない。八千代さんはいわぎ私には同じ新門前通りの「仲」と「西」の御近所同士で在り、同窓の後輩であり、親しい専攻先輩の妹であり、現に私「読者」の一人で在り、実は今日明日にもお宅へ届くであろう小堀遠州子孫の筆になる閑雅な「雪」「月」「花」歌軸三幅を進呈したばかり。とくべつの意味も無い、戴いた厚志へのお礼というよりも、床の間というものの無いわが家には掛けたくても掛けられない長軸なので、井上さんん家なら床の間は在る在ると、まあ持ち場所を替えさせて貰ったという気軽さ。お宅へ出向いて舞の稽古を眺めたり、公演があると遠路を出向いたり等はしたことはない。それを、だが兄恒彦は「していた」のである、コレには驚いた。舞の美妙や微妙のわかる生地のないあにに相違なく、おんなぶんかであるよりも女性で在る「井上八千代」にともあれ執心した時期があった、という事可。恒彦は、高校生で恋を知っていこう、履歴にも、風聞にも何人かの「女」に意を示していたのが読み取れる。八千代さんか、あの北澤と近所やった「秦ハン」とが実の兄弟と今は知っているかどうか、あるいは知ってビックリするのかも知れない。「ものがたり」になりそう。
2022 8/8

* 笛大鼓・小鼓太鼓、鳴物藝の名手、重要無形文化財、藝多大の韻話出て先生にもなった浅草の二世「望月太左衛」さん、ぱちぱちと火花の美しい例年の創り花火(光る音付きカード)も添え、同じく藝大の院も出て博士になった「令和の撫子」鳴物の技も颯爽の娘「安部真結」ちゃんの美しい写真も大きく添えて、例の元気ハツラツ太左衛ブシの女手紙ももちろん、「浅草の色々」を華やかにも清々しい大団扇涼しく、どっさり贈り届けて下さった。むかあし、テレビ番組で「初めてのお使い」を健気に演じてみせたあのちっちゃな「真結」がこんなに美しく立派に育ったかと、よそながら私も嬉しい嬉しい。りっ゜にお母さんの後「継ぐに違いない。
毎年のように永い間浅草の大花火を屋上で見せて貰っていた。ある年は妻も一緒に居間からも見せて貰った。東京で一に懐かしいのは「浅草」と私に強く思わせてくれたのが太佐衛さんだった、その太鼓、大鼓、小鼓、笛の音のみごとに力強いこと、圧倒の美韻としか謂えない。
出逢ったのはほぼ四十年以前の国立劇場でだった。端っこで太鼓をうった小柄な太左衛、二十歳過ぎたかどうか、の「大力量」に素人の私、一瞬で仰天感嘆、その後にすぐ機会に恵まれて、以來最も親しい若々しい敬愛の親友である。
ああ、もう一度浅草へ行きたいが。すきやきも、寿司も、天ぷらも「浅草」だ。泣けそうに懐かしいよ。令和四年日本語版の察し「吉原細見 歴史と文化探究編の」の懐かしさ。この一冊を手にすればあの吉原で何一つ迷わない。懐かしい。国立劇場編の大冊子日本音楽の流れ「打楽器」も多くが細かに目に見えて、実に有難い。

〇 秦先生 ご報告をさせて頂きます。
今年六月、国立劇場主催”打楽器”に出演させて頂きました。偶然ですが、真結も現代邦楽に出演しました。今から40年前、同様の企画があり、一観客としても、一共演者としてもとても感動した公演でした。その公演に時を経て出演でき、うれしかったです。
また今年の一月号として掲載されました「月刊日本橋」の記事をお目通し頂ければ幸いでございます。葭町芸妓のおひろ姐さん藝歴88年の会に関連して取材され本当はおひろ姐さんのページだったのですが、けがをされ、私はピンチヒッターで出ました そしてこの8月号のvoiceに真結が取材されましたので同封致しました。加えて「吉原再見」ですが 2018年に発足した江戸伝統文化推進燈紅塾の活動を続けています中で、地域の小冊子として出来上がりました。
いろいろありますが引き続きファイトで取り組みます。 望月太左衛

* まぎれもない、まさしくファイトの人よ!
2022 8/16

* 妻に聞くと、昨晩は七時にもう、私、寝入っていたと。朝かしらと目覚めても外は真っ暗、時計は九時と。変な時計だと思いつつまた寝入って目覚めて、時計は11時、しかし真っ暗なのだしとまた寝入って次は一時。バカみたい、とまた寝入って、なんと、亡き秦の母と高校の頃の村上正子と三人で、東京だか大阪だか大都会へ夢に旅していたからビックリした。なんぼ何でも朝だろうと目覚めてもまだ外は真っ暗、五時になってない。ママよと床を起って、二階へ来た。とんど十時間も寝入っていたのだ、少しはアタマすっきりしていて貰いたいが。珍しく空腹を感じている。
秦の母と高校時代の村上正子に接点は全く無い。村上は私の「短歌愛」に賛同しノート作りにまで手を貸してくれた今も懐かしい佳い友達だった。消息が知れていない。元気だといいが。
2022 8/17

* 六巻まで興趣に惹かれ読んできた『参考源平盛衰記』の続き、七から十巻を手もとへ出した。目録に、「丹波少将併謀反人被召捕事」から、「内大臣召兵事」此下舊有幽王褒姒烽火事今除之とあるが、除かずにおいて欲しかった。この書、巻之一から巻之世四十八まであり、その「引用書」は日本紀以降「通計一百四部」に及んで、通行本の岩波文庫『平家物語』上下巻の和漢混淆文とさま変わって、無数の異話異伝をはらんで往時の新聞記事かのように面白い。
古門前通りに根生いの骨董商林弥男氏が秦の叔母つるを介して「恒平ちゃんなら読まはりまっしゃろ」と、桐箱入り全冊をポンと呉れたもの。いま踊りの「おっ師匠はん」をしている同年の貞子実父だった。私の嫁にという話も内々にあったとやら、なん十年ものちにその超級の美形「おっ師匠はん」から笑い話として聞いた。如何にも、あったそうなことであった。世の中は、おもしろい。
2022 8/17

〇 残暑お見舞い申し上げます。
暑い夏に熱い思いが通じたのでしょうか、、、「二世望月太左衛 鼓樂 vol.8」が令和4年度(第77回)文化庁芸術祭参加公演に承認されました!!本日通知がきました。これまで2002年、2010年、2012年と参加し、10年ぶりの参加公演です。これも長きにわたる皆様の応援のおかげでございます。ありがとうございます。とても嬉しいです。ファイトでゆきます!
2022 8/18

〇 五山の送り火の中継を、久方ぶりにテレビで見ておりました。
お盆の行事も地方で様々ですが、生きて行く人にとってこそ意味あるものに思っております。なかなかいいものです。
生はすなわち使命、であれば、お若い頃のように細くおなりなら活力が湧いていらしゃるように思っております。恵まれ過ぎていらしゃるのかもしれませんが。
お元気に、お幸せな日々を祈っております。  那珂
2022 8/20

〇 母は八十代に入ってからは毎日、疲れた、体調が悪いと言い続けていますが、来年は九十歳です。高齢になると、最悪の体調のまま生活しなければならないという教科書のようで、「元気な高齢者というのは幻想」だとわかります。
みづうみの精神はお若く脳は益々お元気。素晴らしいことです。お仕事に埋もれながら、いつもお幸せでいらしてください。お元気ですか、みづうみ。  なつは 夜

〇  つみためしかたみの花のいろに出でてなつかしければ棄てぬばかりぞ

2022 8/20

〇 朝夕少しは涼風も吹くようになりました。迪子さまともにお変わりありませんでしょうか?
「千手」「敦盛」と観能の機会が最近にあり、「能の平家物語」のご本を再読しました。
このご本は、謡のお稽古が平家本の折にも常々、読ませていただいています。
太宰賞ご受章の「清経入水」の私家本を取り出して読み出しました。
頂戴しました折に読み、湖の本でも読ませていただいたと思っていましたが、今、全く違って読めます。
先ずは、昭和37年。38年と世に出され、頂きましたご本からと。
迪子さまが描かれた表紙絵のある 菅原万佐作の「懸想猿」・「畜生塚」と。「畜生塚」にはすでに「胡蝶」謡曲の話は出てきても、難しい、わからないと、すらっと、読み飛ばしていたのか、覚えもなく、残念です。

書棚に並んでいますご本。頂戴しましたご本もたくさん。
『修羅』の本の表紙の「十六」の面の美しいこと。その折々の事も思い出しながら、装丁も楽しみながら、読み継いでいきたいと。100歳の寿命と言われ、久しいですが、どれほどの時があるでしょうか?
世情はどちらを向いても、憂鬱な事柄ばかりですが、気候の変わり目でもありますので、お二人様にはどうぞお身体お大切に、を一番にお過ごしくださいますように。  晴美

* 妻の最も昔からの学友、親友。私も初対面は大学生の昔へさかのぼる。その頃この人は大阪で銀行勤めではなかったか。その後に、私たちの上京結婚とほぼ時を同じく上京されたかと。それにしても将来、謡曲や仕舞を習い、演能にまで体験を広げて行く人とは夢にも想像できなかった。まさしく、たいしたお人、賞讃と感嘆を惜しまない。
2022 8/20

* 梅原猛さん登場の夢を見たが、なにも思い出せない。梅原さんとは、思えば久しい仲らいであった。京都美大の学長になられた頃、学長室で、さて何と云うことないしょたいめんだった。以降亡くなるまで、ペンの理事・理事長などされていたあいだ私も理事として付き合った、また京都美術文化賞の選者として、日本画の石本さん、陶芸・彫刻の清水六兵衛さん、染織の三浦景生さんらも一緒によほど長期間お付き合いがあった。ま、つかず離れず親しんだお人、その勇ましく書かれるものを「猛然文学」と批評していた。

2022 8/21

〇 鴉、最悪の疲労困憊と。鳶は泣きます。
食べてください。痩せないで。栄養剤、点滴も考えて。
わたしは孫の発熱にこの一週間余安らいでいませんが、頑張っています。
どうぞ元気を出して。

* 少しずつ少しずつと。
幸いに「湖の本159」要再校ゲラも明日朝には郵送できるまで用意し、暫く避けていた酒も解禁。ま、避けていた方がよいのだろうが。
一つには上下に歯がない。食には大きな障り、だが安易には電車とバスとで歯科へ通えない。コロナは、なんら下火ではないのだから。
へとへとの「へと」という実感が初めてもてたよ、幸か不幸か。
2022 8/21

* 京舞家元へ呈上の「花」「月」「雪」一字に和歌一首を添えた長尺、小堀遠州系の筆になる三幅對が行き着いた。お舞台の床に掛けて戴けると。安堵した。ついに床の間の無い家に暮らし終えるわが家に死蔵しては、軸たちに気の毒と、気に掛けてきたのだ。たにもまだ軸物や茶道具がかなり有る。建日子にはそれらを見定める趣味も目も無い。それらの処分にもまだまだ頭が痛い。「道具」として生かしてやりたいのだ。

〇 今朝方も、和歌山ではおどろくような雨が降りましたようで、不順なことでございます。
先日は,久方ぶりの東京でのおさらへ会を終えて今日に取りましたら、思いもかけぬ御立派な贈り物 御礼も申さぬまま、山の日をはさんで、上高地へ出向いてしまいました。
まずは、月の季節、三幅並べて、舞台の床へ掛けさせていただこうと思います。心よりの感謝をこめて   井上八千代

* あの丈高い かつ簡明に美しい三幅が一つ床に並ぶまはさぞや閑雅にうつくしいことであろう。よいことをした。仲之町で茶の湯生け花の師匠だった叔母も、あの三幅が西之町の「八千代はん」の宅に婿入りしたと知れば満足してくれるだろう。よいことをした。、

〇 平家物語 三巻(新潮社刊)等 頂戴致しました。
ならびに「湖の本 能の平家物語」も ありがとうございます。
早速ご本選定から荷造り郵送手続きと、迪子様にも、ご厄介をおかけしました。
感謝申し上げます。
秦様のご厚意にこたえるように最速の配達でした。
楽しませていただきます。先ずは「大原御幸」からと。
どうぞお疲れが出ませぬように。お体のご回復を祈っています。 持田 晴美

* まっさきに おしまいの「大原御幸から」がおもしろい。謡曲のお稽古がそれへ懸かっているのだろう。八十六歳のお勉強に期待しよう。
2022 8/22

〇 素晴らしい 元気さに乾杯 気迫のメールです
晩年とは言い難いこんな老人が居るなんて タマゲタよ 昔の学友から来るメールはほぼ ホームに入る話かデイサービスの話で、力付ける返信を出すばかり ヤレヤレ
私も楽しみの為の外出の機会は、ほぼ無くなりました
マア若い家族に迷惑を掛けない晩年を過ごしたいたと願ってはいますが…
又… 花小金井   千繪
2022 8/27

〇 秦さん Re: 元気にされてますか
秦さんの「この数日」ほんとうにありがとうございます
特養老人ホームに出勤した時は大抵お年寄りたち一人一人と顔をあわせるようにしております このラウンド(見廻り約100名)を大事にして 少しでも穏やかに過ごしてもらいたいと願っています
私も車椅子なので目線の高さが同じで「幸い?」です
少しは話が通じる方達の中には「先生はいつも元気でいいねえ」と言ってくれますが素直に「ハイ頑張ってます」と答えています
そと面でもいいから元気にして居なければと思って頑張っています
入園して間もない方に「どうかゆっくりしてくださいね」と言ったら
「ゆっくりなんてしてられないよ」と叱られたりもします(今はぬり絵を手伝ったりして仲良く?なりました)本音で付き合えるのが何よりです 何ヶ月も返事もしなかった人がある日普通にニコーっとしてくれたりします ささやかな喜びです
・・くらいは 元気にしております
秦さんのメールが何よりです
「ジンメル」って何だ?! とオタオタして調べたりするのもうれしい事です
「煎茶」好きです とても上品にはできませんが一人用の急須で 濃い目に入れて・・にがみがいいです
「認知の混乱」 私は大分以前からです 認知症のテストは受けない方がいいと思ってます
四度目のワクチンもお済みで良かったです 私もしました(毎月PCRもやられています)かかっても軽くて済む」と言われていますが どうかくれぐれもお大切になさってください
又メール下さい  千葉  e-old 勝田 拝

* 朝いちばんの 心弾むメール。私より一歳ほどは長老ながら お医者様として有難いお仕事を、今も。想えば思えば、もう久しいお友達、身内のような読者のお一人。宏壮の六義園を夕暮れるまでゆるゆる楽しんだり、能を見たり、鰻を食べたり、川向こうの庭園を散策したり。軽妙に戯画も描かれたり、辛気くさいところの少しも無い方、私にも好い友達はあるんだな。
2022 8/28

〇 秦恒平様 残暑お見舞い申し上げます。
つつがなくお過ごしのことで何よりと思います。
朝の前茶は体調の維持に素晴らしい効果を持つでしょう。
私事。 私はこの三ヶ月間は書評、対談本の作成に追われました。
目下、「宗教と病ーー聖書的信仰の観点から」という11月に行われる、三人の講師による聖書講演会での講演の準備に追われています。9月、10月にも一つずつ日本基督教団の二つの教区の牧師たちの研修会での講演と討論があり、その準備も必要です。いまだに一日のゆとりのない生活です。
9月は武蔵野日赤での心臓の定期検査の後、都内に出ての講演です。
今日もよい一日をお過ごし下さい。お便り、ありがとうございました。
浩 国際基督教大学名誉教授

* 私にも 文字通り同じように駆け回り、書きまくり、本を出しまくりの時期が有った。よう働いたと思う。もうアレはでないは、別の仕方の仕事はできる。

〇 秦 恒平 様 8月28日 おはようございます。今朝の体重は? 26日の55.5kg には驚きました。半世紀ほど昔は、たしか70kg くらいはありましたよね?
(四半世紀の昔には優に86キロありましたね、 秦)
みゆ希さんとの思いがけないテレビでの出会い、さぞ嬉しく懐かしく驚かれたことでしょう! こういうこともあるのですね。
4回目のワクチン接種、無事に済まされたようですね。コロナ感染症もまだまだ収まる気配もありません。いずれ5回目も必要になるでしょう。
この夏は、仙台とは思えないほどの暑さでした。京都ほどではありませんが、東京並みでした。 やはり地球温暖化の影響でしょうか・・・。
8月も末になってようやく暑さも収まりホッとしています。秦さまは「生来の寒がり」だそうですが、私は「寒がりの暑がり」です。
仙台の冬は雪こそ多くはありませんが、蔵王下ろしの冷たい風が吹いてとっても寒いです。雪国秋田の友人に「仙台ってホントに寒いのね」といわれます。
どうぞ好い9月をお迎えください。9月になりましたら、笹かまぼこの「里の秋」も出回るようになるでしょう。  惠子

* 過不足ない適確なお便りに感じ入り感謝している。

* 掌も指先も鳴るほど痺れていて、とても自筆の手紙はどなたにも差し上げられない。ル・アドレスをよろしくばお預け下さい。
ナニとしても腹をくくってホームページの電送を回復したいもの。この超絶雑然の部屋へ人様を迎えるのは身が縮んで困惑当惑だが。建日子にそれが出来るのだろうか、機械の原状や現状までも奔逸混乱させられては堪らないのだが。

〇 あに・やそろく様
お元気でお過ごしのメール有り難うございます。ワクチンも無事に終わられ良かったですね。
お孫さんのみゆ希さんに「テレビ画面で」会われとのこと 凄いことが起きましたね。私はどんな小さなことでも嬉しい出来事は「奇跡」だと思います。大抵は小さな奇跡ですが これは大きな奇跡ですね!
どうぞますますお元気で お過ごし下さいね~  いもうとより  琉  妻の妹

* 時間の感覚が崩れ、いまも朝の五時ぐらいかと目覚めたら、今日の夕刻五時。こういう生きザマも面白く主悪のはヤケクソか。

〇 お元気ですか、みづうみ。わたくしは元気に過ごしています。
ワクチン四回目もお済みとのこと、何よりです。どうかコロナへの盾となってくれますように。
みゆ希さんとの思いがけない再会も喜んでいます。お元気とわかったのは素晴らしいことでした。
これからも タクシー利用はお勧めします。電車やバスより感染リスクはぐんと下がりますし、暑さ寒さを我慢しないで良いですし、案外時間もかからずらくな移動です。健康と安全にお金をかけることは浪費ではなく、自分を守る必要経費です。
> 「花筺 はなかたみ」。「私語の刻」とすこしちがう。いや、全然ちがう気がする。 秦恒平を騙った魑魅魍魎のつぶやきに近いか。
「花筺 はなかたみ」とはなんて素敵な名づけでしょう。そしてみづうみの魑魅魍魎のつぶやき、と伺えば、どうしても読みたくなります。みづうみのお書きになったものなら、たとえ買物メモでも読みたい、と以前にも書いたこと覚えていてくださるでしょうか。
今日は少し涼しく感じます。このまま秋がくればほっとしますが、さて、まだまだでしょうね。どうか、ご無事にこの夏を乗り切り、お元気にお仕事をお続けください。
なつは、よる

* タクシー利用の勧め、ありがたい。実行してみよう。

〇 元気にしています。
ゆらりゆらりですが、自分の足だけで歩けていますから。
まだ暑い日が続いています。暑いか、ひやひやするかしかなくて、今朝は冷たくて、身体じゅう冷えて、こういう時にギックリ腰になるかもしれないと熱い紅茶で温めました。今は汗をかいています。湿度が50%なので、31℃でも、過ごしやすいに違いないはずですよね。
見えないとうんと明るくして、本を読んでいます。
絵は6号程度のもの、
ピアノはBRAHMSの間奏曲、まるでため息のようです。ピレシュは自分の音を持っていますね。骨格のしっかりした人でした。
何かの手順を忘れて機械まで手順を忘れたみたいな感じで 変なところが動いてみたり、・・・   柚

* わたしもマリア・ジョアオ・ビレシュのピアノ曲を愛している。

* なかば夢中、ムキになっていろんなこを機械で試みていた、ナニの取り柄があったとも謂えないが。何人ものメールを受け取れたのも気の励みに成った。
2022 8/28

* マリア・ピレシュ、パッションのピアノで、モーツアルト、シューベルト、ショパン、そしてまたモーツアルトとシューマンと、を聴いている、適確、音色すばらしく鳴りわたる。ビレシュは、テレビでのピアノ指導番組も観て聴いていたことがある。表情のパチッとしたレディだった
柚さんは好きなブラームスでピレシュを聴いていると。ブラームスのレコードをいただいたことがあったな。

* 今日はいっそ小寒いほど冷える。天候不順。安穏を願う。

〇 秦先生 をありがとうございました。なんとか(!?)元気にしています。
先月の手術後約50日が経過、体調に色々と不都合はありますが、蟄居して怠惰な生活を送っている限りはさほど不便はありません。
秦先生の相変わらずの充実した毎日の生活を見習わねばと考えておりますが…
先日、TVでシルベスタ・スタローン『勝利への脱出』を見ました。彼の映画にはめずらしくエスプリのきいた展開でラストシーンがなんとも愉快でした。
今月に入ってから、新約聖書をギリシア語原典で少しずつ読んでいます。アッティカのギリシア語と比べると、聖書のコイネーのギリシア語はかなり平易です。クリスチャンでは無いのでノンビリ楽しく読んでいます。
ps. 添付の写真はキツネのカミソリ、今年はたくさん咲きました。 篠崎仁

* 述語のご様子如何と思っていた、落ち着いてられるようで嬉しい。「勝利への脱出」を私はシルベスタ・スタローンでなく、クリント・イーストウッドとしごしていたか知れない。たしかにスタローンであったと思う。なにかというと、イーストウッドにしてしまうのだ、私。
残念、添付の写真がうまく見出せない。

〇  読みましたよ、秦さん。
ジンメルなどと謂う名前、何年振り、いや何十年ぶりでしょうか。すっかり頭から消え去っていました。
凄いなあ、刺激的、目の覚めるお便りを頂きました。有り難うございます。
それにしても、よくそれだけバラエティ豊かに色んな映画を日々ご覧になっているのですね。それだけでも若々しいと言わざるを得ません。
「ならわしごと」「 障子の張り替え〜」、懐かしい言葉です。張るのは何とか頑張ってでも、その前に、桟を洗うのが大変だったこと、いやあ 思い出尽きないです。同年のよしみって、こう言うことなんでしょうか。
次々と友を見送る切なさも。
「心穏やかに、眠ければ寝る」なるほど〜。
「やそろく」、「骨皮筋衛門」も どこか楽しんでおられる風情で〜。
何故か解るような〜。 身に染みる同感 とでも言うのかな。
源氏物語、二十回近くもお読みなんですか?。凄い、さすが。
そう言えば、女性が綴ったあの、うよ曲折極めた難解な王朝物語、小説家の方たちの訳でいくらか身近になつたものの、どれも
「秦 恒平氏の純粋京都人の部分訳の複雑微妙、二重三重の悪意を込めた現代訳には到底及び難い」との亡き中村真一郎の説、読んだ記憶、はっきり。
コロナワクチン、私も4回済ませました。患者数増える一方で何処か緊張が緩んでいる気分ですね。
どうか呉々もお身体お大切に、迪子様にも宜しくお伝え下さいます様に。
半田 久拝 (専攻の先輩)

* 懐かしや。
2022 8/29

* 東隣の樋口家が家土地を売却して転居され、新たな地主家による新築がはじまるに就き、申し合わせ承引の手続きが必要と。幸い、東地境いのわが家の立てた塀は地所内のりに正しく沿っており問題なしとなった。が、屋根が東土地内へ入り込んでいると。わが家は旧樋口家が建築される以前から建っていて、爾来53年只一度もそんな問題の生じた事は無かった。
東西の隣家で不快な問題が起きるのは、ぜひ事前に防いで置きたい。そんな思いから、目覚めて、二階へ来た。東工大出の国交省m君や,同じく竹中工務店設計家のy君らの見解や智恵や助力を頼まねばならないことにならぬよう願いたい。
2022 8/30

〇 朝早く起きていらっしゃるのですね。驚きました。
ごめんなさい、メールをもっと小まめに、些細なことでも書くようにします。
四回目のワクチン接種も無事済まされたようで安心しました。
映画の話から「しまなみ」の静けさに触れていらっしゃる。瀬戸内海の静けさ穏やかさ・・瀬戸内海近くに住んだのも一つの幸せだったと、今になって気づいています。
タクシーで・・の可能性は関東周辺の旅でも、たとえば新横浜までタクシーを使い、「新幹線で京都まで」も考えられます。いずれにしても残暑の後、過ごしやすい時期を選んで、どうぞ思い切り楽しまれるように願っています。
お盆明けあたりから孫が夏風邪を引いて高熱を出し落ち着かない日々でした。コロナなどの検査をして陰性でホッとしたものの、繰り返す発熱。病気の時は本当に周囲も気力を保つのが大変です。漸く日常に戻りました。が、些か疲れて、無気力になっている自分に気づいています。
くれぐれも、くれぐれもお身体大切に 無事過ごされますように。  尾張の鳶

* 変わりなく、という現実が貴重な価値になる、それが老境。
2022 8/30

〇 **様  昨夜はご足労かけました。ホームページつくりは、断念し、現状の範囲で「執筆」「通信」等をつづけるだけで、もう晩年、「可し」と心決しました。
ぜんぶ ご放念 お忘れ下さい。  秦生
2022 9/1

〇 出版社から、「修正箇所が全体的、かつ多くあり、六校を出して確認する必要があると考えます。」と連絡がありました。
九月下旬からの後期が始まる前に帰省が出来ればとも思っておりましたが、もう一頑張りいたします。
今日は、少し涼しかったですね。
やそろく様、例年になく厳しかった夏の疲れが出ませんように。 澤

* 有難う。
この短文に「が」という濁音が六ヶ所も。
文章の印象を「雑に汚く」するのは、こういう「濁音」の「無神経な多用」 すこし心すれば避けうること。
川端先生の研究家なら、たとえメールにしても、自身の文も清明に美しくと常に心していて欲しいナ。
一流の批評・研究者は一流の文章を読ませましたよ。 やそろく翁

* 私自身及ばぬことながら、この「私語の刻」では「推敲」を考慮していると、いつか書いている。推敲もまこと勉強のうち、此処に書き放した雑文も「湖の本」へ移すときは気を入れて手直しているつもり。
2022 9/3

〇 秦先生 ありがとうございました。先日突然お伺いして以降、あっという間に時間が経ってしまい、大変失礼致しました。
この間、妻がコロナに感染したり、私も夏バテしてしまっていたり、それなのに新たなプロジェクトに入ったりと、なんだか慌ただしく日々を過ごしておりました(幸いごく軽症で、息子と私、同居の義母は感染せずに済みました)。
日々は慌ただしく過ぎるものの、それだけでは済ませられそうにない大きなことが起きているご時世です。特に今般のウクライナ侵攻のようなことが起きると、戦争的要素を欠いた「サブカルチャー的世界」でしか生きてこなかったことを痛感しております(もちろんそれ自体は良いことであったとしても、今更ながら それだけでやっていけない嫌な予感がしたということです)。以前帝国ホテルで先生かのお話を伺った際、文明と文化の話をされたと思うのですが、そのお話をどれだけ分かっていたのだろうと改めて思いました。
涼しくなってきましたが、季節に変わり目でもあります。何卒ご自愛いただければと存じます。   聡   東工大院卒

* もう四半世紀近くが過ぎて、の院生諸君諸嬢、社会の中堅に達している。結婚式ににも招かれて祝った何人もが、中には孫も抱いているだろうよ。わずか五六年間の学生と教授のあいだであったが、しかと表情も声音もセンスも記憶していて魔も話し合える人が,二十人ほども。願わくは私より健康に永く「生・活」して欲しい。

〇  お元気ですか。九月の始まりの「私語の刻」をお送りいただきありがとうございました。
>いま、何か、私、頼まれてましたか。
お願いしてたのは ※ 八月分の「私語の刻」をお送りいただきたい と。
さらに切なお願いがございます。 ※ 「私語の刻」で現在閲覧できるものは二〇一六年( 平成二八年) 三月末までと、二〇二一年三月二十一日から四月十六日途中までです。 現在読めない貴重な記録が何年分もあります。
私は現在「私語の刻」の文学史的位置づけを試みたいと一つの論考を書いているのですが、個人的に私がデータとして保存しているもので、ネット上に公開されていない空白部分の膨大な内容の中から「引用」しても信頼性を保証できません。紙の本でもなく、ネット空間にも見つけられなければ当然のことです。二〇一六年以降に、どれほどの作品「湖の本」「選集」を刊行されてきたことでしょう。それらについての作家ご自身の発言があるのに、何も「ない」のが現状です。
是非お願いしたいのは、パソコン専門家にこの空白部分について、まったく新しいウェブサイト起ち上げ、あるいはもっと気軽なブログのようなものでもよいので公開していただきたいということです。私語の「裁判記録部分」のように独立させていただいてもよいと思います。
〇 **様  昨夜はご足労かけました。ホームページつくりは、断念し、現状の範囲で「執筆」「通信」等をつづけるだけで、もう晩年、「可し」と心決しました。
ぜんぶ ご放念 お忘れ下さい。  秦生
この件について、ホームページ再生を断念されたものと理解しました。残念という言葉ではとても足りず、烈しい憤りすら感じてしまいます。
とにかく、パソコン不具合発生以前の「私語の刻」空白部分だけでも新しく公開していただくことはできないでしょうか。
秦恒平の「私語の刻」は自覚されている以上に、途方もなく重要な、文学史において初めての試みの、死なない仕事、偉大な作品なのです。消えていく仕事にしてはなりません。何卒ご再考いただけますようお願い申し上げます。
もしどうしてもそれがご無理な場合は、データのコピーを私にいただけないでしょうか。私が誰かに依頼して公開してもと考えます。それからその内容がご自身の作品であることの秦恒平のお墨付きのようなものをいただけたらとお願いします。データを建日子さんに託していただくのが適切なのかもしれません。
「私語の刻」は秦恒平に著作権の存するものなのは重々承知していますが、一度公開されたものは、読者をはじめとする「公共の財産」でもあります。どうか日本語と日本文学のために、この作業をどなたかにお願いしていただきたいと思います。どうかどうかお願いします。秦恒平としての義務とすら感じてしまいます。
心乱れたまま、取り急ぎ書いています。失礼なことを申していましたら、どうかお許しください。 このまま暑さが落ち着いて秋が早く訪れてくれますように。どうかどうかお元気でいらしてください。    山瀬 生

* 恐縮 感謝  秦生

*  私は 雑然と鳴り響く交響楽や協奏曲は遠慮し、ピアノかバイオリン、大方はピアノ曲を やや静かめに聴いてます。唄は 懐かしい昔の唱歌や童謡を聴くだけで、エライ歌い手の独唱や合唱は 文字通りに敬遠してしまいます。

〇 雑然と言わないで下さい。
音の重なり合うのが面白いです。例えばホルン,どこでどの様に全体と関わっているのか、バランスは。ソロの部分となれば、指揮者はどこまでかかわれるか、3人の奏者がある和音をつくるとき、どのようにお互いに関わっているのかとか。
しんどいことですね。
協奏曲も好きです。
何を考えているのかとか、想像しています。暑いのに。で、汗をかいている事も。
交響曲でも  聴き流せばいいものを。  通

■ 詩歌 唱歌 琴、三味線、鼓 謡曲は ともかく
いわゆる「音楽」とは 縁遠く、気ままに聴くほかは 音楽会など八十年一切無縁、テレビで観る(聴くは二の次)程度に、ことに西洋音楽とは縁遠いのです。「美学芸術学専攻」生が何だと、大叔父の同志社英文学教授に𠮟られたことがあるほど、ことに西洋音楽とは無縁なんです。指揮者という存在が何をしているのかもよく分からず、知らず、元気な恰好を面白く眺めてるだけ。 ま、 音盤で、ピアノやバイオリンや声楽を楽しみに聴くようになったから、我ながらエライもんと。お叱り下さるな。
そうそう、テレビの「駅ピアノ」は愛聴してますよ。「読み・書き・読書」人なんです、根から。
コロナの下火に期待しています。このままだと脚が使えなくなる。  お元気で。 湖

〇 このまえ 言おうとしたことは
タクシーでお出掛けください。美味しく口にするものに当たれば御の字ですし、同じ道を戻ったとしても、違う景色を楽しめると、いったことを書きました。はず。
音を消して交響曲や協奏曲の指揮者だけ見たら どうなるかな。今日も暑いです。 通

* 指揮者の真似は、子供の頃から、何度でもしたこと、あるね。
2022 9/5

〇 秦先生、
東隣家が解体されるとのこと。
インターネットの衛星写真の地図で秦先生の家の周り 確認しました。
確かに近いですね。
秦先生が心配されるのも理解できます。
「隣接の平屋」というのは、秦先生の家の平屋の部分を指していますね。
工事を隣地に越境してすることは 基本的は行わない、というのは
一般的なルールですので、秦先生の家の屋根の上を使用することは、
基本的には考えられないと思います。
ですので、
解体の挨拶に来た場合、
1)こちらの敷地に入らずに、作業をしてください
2)重機を入れての解体時に
秦先生住宅を破壊する可能性があるので、
〇 事前に現況写真を撮って、両者で事前確認する
のお願い2点をやってみてください。
こうしておけば、
壁にクラックひびが入った場合、対応してもらえると思います。
ただし、
あまり強く出て、以降、住みづらくなることも良くないので、
相手の様子を見てください。
門柱の件は、
写真で見る限りは、お互い独立して立っているようですし、
既に先方の門扉は倒れ掛かっていて、秦先生の家と逆側に傾いているようなので、
解体する時に秦先生の門柱が破壊されることは無いと思います。
業者が何かを確認するとか、説明したいということがあれば、
私が同席するのは問題ありませんので、お声がけいただければと思います。
出来れば、土曜日がいいですが。

添付は最近設計し竣工した建築です。
お見せしたいです。  櫻
追伸)残業は減りませんね。
秦先生のようにうまくサボらなければ!と思いながら
20年以上経ってしました。

* 感謝。

〇 秦先生 ご無沙汰をしております
下記の件、私の方で少し調べさせて頂きます。
なお、私の方で調べるのは、
「先生のご自宅及び隣家の敷地が”境界確定”をしているのか否か」
です。これは登記簿等を調べることで分かりますが、住所さえ分かれば日本全国何処の土地でもインターネットで把握可能です。
ちょっと状況を調べた上で改めてご連絡致します。
それほど時間はかかりませんので、明日中にはご連絡できるかと思います
取り急ぎご連絡いたします   〇

* 心強いこと。
2022 9/6

* 谷崎先生の松子奥さんとの愉快な夢をかなり長時間多彩にみていたが、キリの消えるように今しも失せて行く。それにしても夢の松子夫人、多彩に愉快にお茶目であった。それはあの、衆目、しとやかに優しい、雅の極みのようであられた人の「また一面」であろう、谷崎先生はその両面ゆえにあれほどあの三人目の奥さんを愛されたのであろうと、いまにしても、夢でまでも、私は理解し親愛して懐かしく想う。多くの忘れ得ぬ長上との出会いがあった。学校でも大学でも職場や勤務先ででも、そして作家としてはや半世紀を超えた経歴ででも。谷崎松子夫人との出逢いは、作家として世に出てまこと間もなく作品『蝶の皿』を介して成っていた。以降、亡くなれるまでの親交を、長勺の巻紙に流麗の艶で書いて戴いている數多の御状をはじめ、色々の(お手作りの見事にふかふかと美しい座布団など)頂き物が懐かしく明かしてくれている。それらを「どうしたものか」と、老い先無い今しも私は案じている。特に巻紙の書状はさながらの美術なのであるが。
2022 9/7

〇 秦先生
超級の忙しさ、、、 そうですね、この数年、会社の仕組み、もしくは社会の仕組みが、
何か大きく間違ってしまっているのではないか、と、感じています。
というのは、
忙しく働いても、
受注目標には届かない、とか、

納得のいく作品(=建築)が出来ない、とか、
どうやって目標を策定したのか、なんのために働いているのか、と感じるような瞬間が多いからです。ま、私が部下に全てを託すことが出来ない、自分の納得いくものをつくりたい、という思いが強すぎるのかもしれませんが。
この夏は、
本当は、父母を連れて、福島の山奥にある父の育った家を訪れ、孫たちに、昔話をしてもらおうと企画していたのですが、
コロナの第7波もあり、父母は外出は控えるということになってしまい、我々家族だけで福島へ行ってきました。 その写真を添付します。 子どもたちに、田舎での生活を想像してもらえたかな、と願っています。
先生の「夏」は、歴史と共にですね。
私は大学時代、秦先生と話すようになったことが、
自分がいかに時間感覚に乏しいか、ということを思い知らされるキッカケでした。
私が、建築をやるようになったのは、
自分自身に空間感覚はしっかりあると感じていたからだと思うのですが、時間感覚というものを意識していなかったのです。
ここで言う時間間隔というのは、
歴史観であったり、時の流れで事物が移ろうことに意識が疎いということです。
設計では意識しているのですが、これは50歳を過ぎた今でもどうにもなりませんね。
私は いま 体重82キロ。(=ウオオッ!! 秦は56キロ) 東工大の学生時代は62キロ。(=ウオオッ!! 秦教授は86キロ) 私も25年後には元に戻るのかな。 櫻

〇 鴉に  お元気ですか。書くこと進んでいますか。
コロナ感染者数、減少していますが、まだ日常には戻っていません。
長いメール書けなくてごめんなさい。元気にしています。
お身体に気をつけて、大事にお大事に。 尾張の鳶

* 尾張の鳶に
孫ちゃん 元気になりましたか 鳶は 慎重に飛翔されますよう。
鴉は フラフラですが、カカ、カカと悲鳴を吐きながら「読み・書き・読書」と「妄想」に耽っています。
「湖の本」刊行をもし断念したら、すぐにも「京都」へ帰り住みたい、が、鴉の「作家」としての生存・存在理由は いまや「湖の本」に結晶しているので、この仕事と心中するしか無いなあと覚悟 と謂うより 諦めて います。
今の希望は 脚が歩ける内に コロナ?鎮静を見澄まして とりあえず 歯医者へ、眼医者へ、 そして どこかで 最上等の牛肉で「すきやき」が食べたい。 まだ 油断は出来ません。
大混雑そのものの二階六疊間で、がっくり肩をおとしたままキイを叩き叩き、ピアノ曲を鳴らしています。「ま・あ」ず が訪れれば削り鰹をあげています。
ドストエフスキー と源氏物語「紅葉賀」と 参考源平盛衰記と 明治歴史とに とりわけ心酔しています。 旅がしたいなあ、未だあの世へでなく、この世で。
どこかに書いた気がしますが 新制中学一年生の音楽の教科書に 「オールド・ブラック・ジョー」の歌詞が出ていて、この歳若いわたしに「はやく天上へ来い」とは何事かと憤慨したのを忘れませんが、このごろでは、盛んに「はやく、おいで」と空から声が掛かるようで 呻きます。
元気出して、まだまだ、しかと勉強されまように。  かあかあ

* きみは、
作家 秦サンの世間では 櫻小次郎くん として活躍が期待されて居ます。 80キロは、想像もしなかったよ。 大櫻大次郎 と改名しなくちゃ。
疲れが酷くて しばしば うつぶせに参っていますが、立ち直っては 好き勝手を書いています。
西隣の一軒家が、バカげて山積みの 居残り「湖の本」の山で埋もれています。一切 目をつむって、一掃廃棄できるものなら 小洒落た洋館風の小家を建てるか、狭いながら庭に創るかしたいもんだと 夢見たりしてますが。厖大量の 重い本の紙包み(二部屋に充満)を、トラックででも引き受けて処分してくれる業者が無いもんですかねえ。やれやれ。家一軒が、まるまるムダに建っています。建日子がさきざき困惑するやろなあ。
休日など なにをして楽しんでますか。「読書の匂い」のしない建築家サンは。 ご家族とのお幸せ 願ってますよ。 ハタ センセイ
2022 9/7

〇 秦先生、 私の いま80キロは、想像していませんでしたが、実は父も157センチ、80キロでしたので、そういう遺伝子なのかもしれませんし、
秦先生に食の楽しみを教えていただいたせいかもしれませんよ。

西隣地の一軒家の「中身」の取り扱いですが、「家財処分業」という仕事があります。
昨年、義父が亡くなった時に多摩のマンションの家財道具の処分を一切合切お願いしました。
大量の本もということですが、処分するのももったいないですから、何かしら手を打ってから、が良いと思いますが。
また、多分木造住宅の解体は100万円くらいで出来るのではないか、とも思います。
私で良ければご相談に乗りますよ。建物に関することは好きなんで、全然、苦になりませんから。
櫻小次郎に「読書の匂い」がしない、というのは痛いところを突かれました。
最近は、もっぱら漫画が読書です。Monsterという浦沢直樹という漫画家の作品を読んでいます。
漫画とはいえ、「名前のない」「名前を呼ばれない」「自分を誰も知らない」「孤独」
というようなことがテーマとして浮き上がるストーリーで、かつて 先生の「顔」についての質問を思い出しながら読んでいます。
私を私として同定するのは誰かが私を呼んでくれること、と
問題提議があり、
私を知っている人がいなくなり、呼ばれなくなり、
私が私であることを知っているのが自分だけになってしまうこと、
そういう世界は自分にどう映るのか、
ということを考えさせられます。
休日は、
月に2-3回は新野君とテニスをやっています。
それ以外は庭いじりですね。この9月はちょうど庭のぶどうの収穫期になりました。添付写真が 家のぶどうです。
あとは気力のある時に久しい宿題の論文をまとめたり、義父の残したマンションのリフォーム設計をしたり、と  休んでる暇はないんですが、、、、
それでも、最近、私も疲れてしまいまして、土曜の午前はゆっくり休んでしまいます。
子どもが中高生になると、親も自由になりますね。   さくら

◎ Re: なるほど 櫻小次郎クンには マンガっぽい影が と
理解できました ただし そのまま行くと 「読み・書き」「言葉」能力が乾燥払底して ただの文盲爺に耄碌しかねないぞ。
いま、わたしの 『湖の本』の一角を占めつづけている「私語の刻」、櫻君 も、 漫画遍歴に帯同して 日々に、自身と現代とを語る「私語」を、ホンの少しずつのツイートでもいい、機械にそういう欄を設けて置いて、順序も秩序も無く、いわば子供さん達へ父の「言葉遺産」としてでも書き置いてはと勧めます。飾るも構えるも無い まさしく「私語の刻」をもってみては。設計の思索や感慨・感興も自然と漏れて出て、一歩塚の意味を成すでしょう。「仕事」にしては「いけない」のです、身内から漏れる片言隻語、それが「私語」「独り言」の妙です。 このメールも、私には「私語」なんです。 ハタさん

〇 コロナワクチンは副反応が大きく、モデルナでも ファイザーでも同じ作用でした。
タクシーでの温泉行は、まだなさらないのですか? いい案だと思いましたが。
季節の変わり目でもあり、お好きなことをなさっている毎日、何よりかと思います。
好きなことをできる人 それほど多くないとおもいます。
よい日々を祈っております。 那珂

◎ 温泉と謂うて   肝腎の具体的な行き先の 宿に なにひとつ予備知識が無く、車で現地に到着してみても、どうにもならないのです。泊まれて 温泉のある 宿の名前と、そこまでの地理や場所と予約が出来て無ければ お話にならない。その一切が目下の私には出来ない 出来ないママでは、ただ長距離をアテもなしにタクシーに乗るだけという、アホらしい道化になる。でしょう。
名案 有りますか 無いでしょう。やれやれ。  湖

* こんなやりとりが、目下の蟄居逼塞の日々に 甘露の味。感謝。
2022 9/8

* 仲秋の名月の今日(=昨日)一年ぶりに帰省いたしました。
曇り空で満月の見えないのは残念ですけれど。
秋の虫が鳴きしきってます。
再来週から、後期の授業。
(博士単著の=)念々校は来週初め こちらに届く予定、来月の刊行を目指します。
もうしばらく、お待ちくださいませ。夏のお疲れも早く取れますように。  澤

* 仲秋の名月の今日(=昨日)一年ぶりに帰省いたしました。
曇り空で満月の見えないのは残念ですけれど。
秋の虫が鳴きしきってます。
再来週から、後期の授業。
(博士単著の=)念々校は来週初め こちらに届く予定、来月の刊行を目指します。
もうしばらく、お待ちくださいませ。夏のお疲れも早く取れますように。  澤

* 初の著書。「念々校」という気の入れ方、わかる。よく、わかる。
私は、堅い出版社で、十五年半も永く編集製作者として 医学研究書を、人も驚くほど数多く仕上げてきた。本を創る手順も技術も十分持っていたから、出版社と付き合うより以前から、自身の著作を私家版本に創るのに、何の躊躇いもなかった、お金はかかったけれど。新進の一作家として筑摩書房からの初の小説集、初の評論集を相次いで出すまでに、私、私家版本を少なくも四冊創っていた、その一冊『齋王譜』が円地文子らにより新潮社へもたらされ、次の『清経入水』表題作が小林秀雄や中村光夫の推薦で筑摩書房の第五回太宰治文学賞に推されていて、受賞の知らせが突として一九六九桜桃忌の晩にわが家へ電報でもたらされた。留守居の妻は驚いた。私は会社の労使紛争で、一管理職として社に居残っていた。賞に応募していたたわけで無く、そんな賞の存在すら私は知らなかった。
そして、やがて筑摩書房から初の小説集『秘色』、初の評論集『花と風』が出版された、一気に大勢の先輩諸氏とのお付き合いが出来た。瀧井孝作、永井龍男は小説『廬山』をいち早く芥川賞候補に推して下さった。
太宰賞から半世紀の余も過ぎてきた。私は浩瀚の『撰集三十三巻』を創り、「秦恒平・湖の本」刊行は百六十巻を目前にしている。

* 瀧井孝作先生も、荻原井泉水先生も、「起一生二」と私のために書いて下さった。  一、起こせば、二、生まれる、と。
「澤」さん、入念の「起一」を祝し「生二」を期待する。
2022 9/11

〇 会津高原から   少しずつ秋めいてまいりましたが、その後秦様の食欲は戻られたでしょうか?
昨日から列車好きの夫のお供で、あれこれと列車を乗り継ぎ会津若松へ。今日は高原の方を走っています。
会津はお酒どこ何処。地元の方に今一番人気と薦められたお酒を送らせていただきました。駅にはお酒が一番美味しい駅と看板まで出ていました。明日火曜日には届くとの事です。
列車の窓から、ススキの穂が揺れ、コスモスの花、蕎麦の白い花々を楽しんでいます。空気もお届けしたい気分です。
迪子様のご健康も 秦様のご執筆の進まれます事をも願って。 晴  妻の親友

* 感謝。
2022 9/12

〇  お元気ですか、みづうみ。
暑さの盛りは過ぎたようで、夜は虫の声に秋の気配を感じています。先月の「私語」の編集作業をしながら、日常的なご不調の記述にあけぼのは心萎れそうになります。涼しさがみづうみのお身体にやさしい風となりますことを願うばかり。
ずっと昔どんな女性になりたいかと問われて、マーラーの交響曲第六番「悲劇的」の第三楽章のような女性と答えて、怪訝な顔をされたことがあります。
マーラー好きでもない限りすぐに音楽が浮かばないでしょうし、たとえ旋律が浮かんでもどんな女性か説明しようもない答えでした。みづうみの言葉をお借りすると、ファッシネーション、匂い立つような、そんな表現に近いかもしれませんが、この音楽はあけぼのの理想の女人のイメージです。(理想と現実のギャップは見ないことにしてください)

エリザベス女王崩御のニュースには少し驚きました。思っていたよりお早かった。六年程前、パリで、目の前を通る車列の車窓からにこやかに手を振るお姿を見ました。フィリップ殿下もご存命でした。白い帽子にコート姿でお顔の色つやもよく、お元気そうで、クイーンマザーのように百歳までは大丈夫と、勝手に想像していました。直前までご公務をなさっていらしたのですから、十二分に生き切った方でした。エリザベス女王を音楽で表現するとどうしても国歌のゴッド・セイブ・ザ・クイーンになってしまいます。

パリに行くと、ダイアナ妃が事故に遭ったトンネルもよく通ります。そのたびに、このような暗い場所でと胸が痛みます。エリザベス女王のように晴れやかに手を振っているべき方でした……。彼女はハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」のイメージでしょうか。モデルや女優級の美女は世の中にたくさんいますが、プリンセスの品格は彼女だけ。稀有な美しさは、おとぎ話のように一つの呪いであったのかもしれません。

一番困るのは音楽の聴こえない女人であること。胸のなかに響かせる自分のテーマソングは持っていた方がよいなと思っています。

みづうみ、お元気ですか。猫ちゃんズに毎日気前よく鰹節をあげるためにも、どうかどうかお元気でいらしてください。次回一五九巻も一六〇巻も読ませていただく日が待ち遠しく、でも諸々の作業は決して急いだりご無理なさいませんように。                                       秋は ゆふぐれ    2022 9/13

* ここまて生きてくると 「血縁」ということを時として深刻に思う。「実の父」と「生みの母」との血をうけた者の意味で有る。
朝日子 私の 一人娘  押村家に嫁いで、もう何十年 絶えて交渉無し
建日子 私の一人息子  作家劇作家映画作家として自立 健康
結婚せず ながく同棲中 子無し
押村みゆ希  私の孫 朝日子の次女 没交渉 姉(長女やす香、病死)現在何歳とも     覚えず、最期に生前の姉とひな祭りに来訪以後、もう久しく無音、住所その他     一切不明、今何歳とも、結婚したか、子があるかも不明
北澤 恒 作家黒川創 亡き実兄北澤恒彦の長男 生年月日不明 鎌倉市に在住か
結婚・家族も不明 相互に自著のやりとり程度の折衝 日常の交際無し
北澤街子 作家 亡き実兄北澤恒彦の長女 生年月日不明 京都市に在住か 日乗の交     際亡し

* いかに貧寒と侘びしく寂しい「血縁」かと 我ながら慨嘆し呆れる、が、一つにはむろん私に「問題」がある。「血縁」は頼めないという生まれながらの断念、拒絶に近い断念か有る。
京都の新門前で全く血縁ない「秦家」に育てられた幼少以来、「眞の家族」はと思い定めて、それは自分独りしか立てない小さな島に、いつしか二人で三人で、五人でも十人二十人倶にでも立てている、そういう愛した「身内」のことよ、と決して来た。「妻」がその一人だったのはいうまでもなく、中学いらい指折り数えて「身内」と心許せた人は、人生八十やがて七歳で、老若男女の十数指には優にあまるだろう、遺憾にもしかしその多くがすでに亡き人の数に入って、あの「オールド・ブラックジョー」を呼び招くように天上から「おいで」と誘っている。

* 繰り返すが、幸いに私には、自身の著作・著述を介して 多年に及んで親しみ愛し信じ合ったかななりの数の「身内」にほかならぬ人たちがある。私を昨日も今日も明日も力づけ生かしているのはただ「血縁」より以上に、常に「身内」の人との信愛‥親愛である。心底感謝している。いまからでも、なお、一人、二人、三人と出逢って得られないとも限らない。私が案じるのは、それよりも、私自身の「生きる」意欲、「自殺」という誘惑なである。
ことに理解の行き届かない、実兄北澤恒彦の自殺。
重病の養父を一つ家に寝かせていながら、遺書もなく、独り首を吊っていた。それほどに自身病んでいたのか、私には分からない、が、一両日前には東京の私に電話は呉れていて、妻が受けていた。死の当日には離別していた妻、三人の子の母親を久しぶりに呼び出して逢って別れて独り病父の家へ帰宅し、自決したのである。父恒彦の死をウイーンで報された次男北澤猛は、すぐ東京の私へ電話で報せてきた。
ところが、なんと、この若い甥の猛が、ウイーン暮らしで思慕していたという年長の女性の死を、追い慕うように「傷ましく」自殺したとは、事情通の京都のあ0有る人が私に伝えて呉れた。
妻の父は、妻の母の死を切に悼んで跡を追ったのである。
私人で作家でもあった妻の兄は、遺書らしきも遺さず、はたと急に死んだ。自死と謂う。
生涯を倶にすべくなかった、恒彦・恒平の生母阿部ふくも、病床で独り0自死したかと親しかったらしい若い神父が伝えている。
実父は、川崎市に老いて独り暮らしのある朝、近くに住む娘(私の異母妹)らに「死んでいる」と寂しく見出されていた。
葬儀に呼ばれ、一日として倶に暮らしたことものない次男の私は、恒彦や私を遂に父生家戸籍から「峻拒」した親族らから「弔辞」を強いられた。バカげていた。

* サテ私はどうこの生を完うできるか。批評家で詩人の林富士馬さんに、「ホンマ、小説を書くためにうまれてきたんだよ、秦さんは」とわらわれた昔を、いま、カラッとした気持で懐かしむ。
2022 9/13

* 持田晴美さん 旅先の会津若松から、地元自慢の美酒一升をドッカーンと贈って下さる。
* 仙台の遠藤恵子さん 仙台自慢の いろいろに像ちして美味い酒肴の蒲鉾をやはりドッサーンと贈って下さる。

* 有難う存じます。

* 音信無しにスナップ写真だけを送って呉れる人が有る。これは申し訳ないが、感嘆することが、まず、無い。人に見せるだけの値打ちの写真は、よほど美しいか珍しいか、で。ちょっとした庭先や戸外のスナップ写真は本人が楽しむものであろうよ。私へ下さるなら、片言隻句でも「言葉」を聴かせて欲しい。たしかに写真人間と言葉人間とは、「生き」のはかり方に差異がある。「私語」でいいのだ、「私語」でこそいいのだ、「言葉」が聴きたい。スナップ写真は所詮一人のお楽しみを出ない。
2022 9/13

〇 秦さま 嬉しいおたより、ありがとうございます。
ここ数年来、蒲鉾「里の秋」も意匠が変わったように感じます。
秦さま十三日 の日記、しんとした 身に染む思いで拝読いたしました。

安倍晋三が急逝してから、何かと忙しくしております。
立憲民主党の議員や宮城県知事に「国葬への不参加の表明」を依頼したり、「国葬反対」の集会やデモを実行したり等々です。
老いの身に 屋外で立っての集会は、キツいですが 何とか頑張っております。デモの方は勘弁してもらっていますが。

最近ショックだったのは、エリザベス二世の逝去でした。もう96歳でしたからいつ亡くなってもおかしくはないのですが、彼女の夫君フィリップ殿下は99歳までお元気でしたし、彼女のご母堂クイーンマザーは(たしか)102歳のご長命でしたから、エリザベス女王も100歳までは公務を全うされるような気がしていました。100歳を機にチャールズ皇太子に王位を譲るのでは・・・と。

仙台もまだまだ蒸し暑いです。
どうぞお身体をお大切に。   惠
2022 9/14

〇 秦 兄
兄からの8月27日付メールを受信後に メール専用パソコンが不具合になり失礼してしまいました。
しばらくのご無沙汰で、ご心配を掛けていますが、私も齢相応に生きていますのでご休心ください。齢相応とは言っても 比較する友は急激に少なくなり、年に一度の賀状も今年限りで失礼します、や メールの返信も途絶え勝ちになってきています。
道楽の音楽の会もマスク着用は呼吸困難のために 外出は控えて自室でBGMを聴きながら読書三昧の日々です。ジャンルは法哲学や分子生物学など、若い頃から親しんだものが中心で、今はラートブルフ著作集全11巻の法哲学を尾高・碧海の訳で読んでいます。
並行してコロナ禍に対する政府の対応に業を煮やしてメールに添付したような本を書き始めました。分子生物学の両巨星によるメガビタミン論を展開紹介したものですが、弥栄中の佐々木葉子先生や日吉ヶ丘高の福島武兵(=三尺=あだ名)先生が知ったら、どんな顔をするでしょう。三尺先生はまだ存命だろうか・・・・
福盛君は腎臓を病んで透析を受けはじめて、だいぶ経ちます。
9月19日はエリザベス女王陛下の国葬日ですが、同居の長女と私の誕生日でもあり、女房に何か祝膳料理をつくってもらって祝杯を挙げることにします。あと何度誕生日が迎えられるか。呼吸器官がアキレス腱の私の場合は、誤嚥性肺炎にさえ留意すれば百歳までは自信があるのですが、その意味からも人体の神秘について勉強のし直しです。十代の後半から二十代の後半までの10年間、人体のメカニズムほど精巧で神秘的なものはないということを痛感しました。
メールの交換で 互いの安否を確認しながら、残された日々を愉しく有益に生きましょう。  京 洛北  森下辰男

* 心嬉しく、大いに励まされる。お元気でと祈る。  私からは、どう送っていたか。

◎ 森下兄
私は、かつての86キロを55キロに減らし、食欲無く、蟄居を強いられたまま、ただただ「読み・書き・読書と創作」の日々で居ります。一種の逃避に他なりませんが、人間の「歴史」は、東西に宏大で、惜しみなく迎え入れてくれます。退屈と謂うことがなく、ただ、現代現実に背いている自覚に時に苦痛を感じます。
幸い、読者というかけがえ無い友人たちが、生涯のどの世代にも、学校時代にも、東京で作家生活を始めてからも、大勢有って、メールでの交流繁くとまで謂えませんが、有難く励まされます。とはいえ、同世代となると、殆どが老境に隠棲されています。オドロキ嘆くほどもはや故人多く。寂しいことです。
籠居逼塞の日々で私はひとり「私語の刻」を大事に培い続け、「生ける言葉」を見失わないように努めています。「私語の刻」こそ老境には妙薬です。
森下兄 お元気で。 昔話、また昔の友達の消息や現住所など教えて下さい。横井ちえこさんの引っ越し先を見失っています。福盛勉君は健常でしょうか。寮や園へ入られている方も増えているでしょうね。及ばずながら励ましたいと願います。
秋の足ははやく、やがて、冷え冷えとしてきましょう。この冬至にはわたしも「やそしち」爺になります。思えば永く生きてきました。
お元気にお大事に。 音楽はいつも楽しんでいます。    秦 恒平

* 読み返してみると数カ所の余も、熟語の同音異記、誤変換が混じっていた。これをしばしば遣っていることと思う。耄碌の内である。

◎ 何を していると思いますか  何もしていません  これは かなりキツイことです  何をしていますか

〇 ワクチンの副反応が続いています。普通にくらしております。

〇 夏ものを片付け始めています しはらくテレビをみていて、英国と日本の「国葬」の差を 孫と「評論」しあっていました。今、こちら、強い雨です。

* タイプの違いが見て取れる。抽象へ結ぶ 返辞。 現状を数える 返辞。「人」を書き分ける参考に。
2022 9/15

〇 秦様
ご丁寧なメールありがとうございました。お米処(=会津若松)なら、お酒も美味しいだろうと。失礼ながら、送らせていただきました。
お酒につられて、食欲もと。の気持ちばかりの物です。もっともっとたくさんの作品をお待ちしています。
頂いた平家物語のご本は少しづつ日課として読み繋いでいます。
それと秦さまの初期からの作品を順番に読み直しています。
若いときに読ませていただいていて、気づかなかった事に、作品の中で謡曲が重きを持っていること、がありました。「畜生塚」の中に胡蝶、羽衣と美しい謡が潜んでいました。
一日のお稽古の折に作品の謡を謡えることがうれしいです。少しは見えるものが、感じるものがありますように。
先月娘の幸子が盲腸の手術をするため、検査入院や手術の入院をしました。その際の質問に、いろいろ親の病歴など聞かれたとのこと。幸い何も心配するような遺伝的要素はないとのことでした。
それを聞きまして、フッと。私は生父の事は何も知らない。遺伝など考えたこともないことに気づきました。
実際 生後すぐに母の妹夫婦のもとへと。生家の家族は大連へと。
そして、生父は私が3歳ごろに病死をしています。
火葬の際に燃えている赤い火の前に立たされたことだけ目に残っていますが。
私に残してくれた健康があったのだと。今になって気づかされました。
季節の変わり目、どうぞどうぞ迪子さまともにお身体お大切にお過ごしくださいますように。 晴

* 多年謡曲の勉強が、こうしたお手紙の呼吸にもしかと生きている、そう感じる。勉強が生きてくる佳い例が見受けられ心強い。
2022 9/15

■ 豊中とは、どんな街ですか、平地ですか、山近い街ですか。
いちどだけ、もう何十年も前、それも夜遅くに、衝動的に、京の四条大橋からタクシーで豊中市まで 「ただ往復」したことがあります。もう、まっくらで、何も見えませんでした、が。いいんだ、いいんだと ただ頷いていました。昨夜のことのように想い出します。
せめてもう一度 夜の四条大橋に独り立ってみたい。 南座、東華菜館、西石垣、三條大橋への木屋町や縄手の明かり、まだまだの河原町通りの雑踏。そして東山の濃い蔭を負うて朱に映えた八坂神社と、石段下への四条の灯り。
いま、 同志社から東へ向いて河原町までは行かない 北側道のかげの 「出雲」という名の小さな古社を思いうかべながら、書き継ごうとしています、すこし怖いお話を。
元気で居て下さい。 いまもピレシュのピアノ聴きながら。 お元気で。

〇  怖い話待っています。
桑原武夫の住まいがあり、女子部の裏門のそばでした。中学生の秦さんを置いてみました。ついでに私もと思いましたが、駄目でした。 柚

* 判じ物にしても難解な返信よ。

* もう六十近い人が、はじめて女子大の教壇に立つと。
とほうもない知情意と時間との空費になるのでは。真摯に「習う」「学ぶ」のは老人にも必要だが、無差別に人に「教える」意義と必然など空しく、やがた失望落胆して果てる、それが常だ。
真剣に仕て残したい自身の主題があるなら、真っ向立ち向かえばいい。
とはいえ、其処に「生活費」という壁があり、若くも、中年、初老でもそれが普通だろう。要は、教える習うどころか、「金」に困る。
幸いに私は、意識し意図して、生涯備えてムダにハミ出た散財などせず、ただ自身の仕事に向き合った。妻に経済の苦労を掛けていたのは東京で就職結婚して数年間ほど。やがて生活費を大きくはみでた「私家版本」も立てつづけに数冊造って行けた。それは確実に大きく役にも立った。そのかわり、車も持たず、飛行機にも船にも乗らず、物見遊山もめったにはしなかった。金は、眞実遣うべく、まずはだから不必要に遣わなかつた。若い頃の給料は生活費として遣うしか無いが、賞与(ボーナス)というものは「無い」ときめ、すべて全額積み立て蓄えておいた。例外なかった。原稿料講演料出演料が入る頃も一切手はつけなかった、日々の生活費としては「一年分に足りる高」を年初に纏めて妻に渡した。むかし新門前の家では、母がよく「お金が無い」とまことに慎ましくも情けなくもそのつど父から渋々五十円、百円ずつまさに「貰って」いた。こういう暮らしは御免だと子供こころには母が気の毒だった。
東工大での教授収入も、ただ一円といえど、手を付けなかった、その必要が無かった。金のために自身の志と時間とを「無に」「痛める」のは、私にはただバカげていた、それだけのことだった。私たちに出任せの遊興費は無用だった、ただ街へ出たとき、これはと気に入ると妻に衣服や佳い持ち物を買って帰ることが、まま、あった。歌舞伎や外食も、妻とは何度でも度重ねてきた。それは贅沢な無駄遣いでなど無かった、当たり前であった。今も、そのように暮らしている。

* 雨脚が激しく屋根を踏み続けている。
2022 9/18

〇 台風  保谷では雨は如何でしょうか?
台風は明日午後、夜から火曜日朝まで注意。何事もなく過ぎたらと願っています。
この三連休、娘と孫が発熱して落ち着きません。
鴉は「読み・書き・読書」と「妄想」に耽っていらっしゃいますか?
「湖の本」刊行を継続する事と「京都」へ帰り住むことは、並立できない?
でも京都滞在は可能だろうと思います。
歯医者、眼医者へ行き、最上等の牛肉で「すきやき」が食べたいと。涙が出るほど切実、ささやかな鴉の願い。
旅がしたいねえ、未だあの世へでなく、この世で… これも切実な思いです。
雨が降りだしました。なかなか一人になる時間がありません。世界のさまざまな情報に留意しつつ、文章や絵の整理を進めています。
どうぞ元気に過ごしてください。くれぐれも、くれぐれも大事に 尾張の鳶

* 女の老境 思うより多忙なのだろう、家族が三世代に亘ればなおのこと。願うほどは気ままに行くまい。この鳶、なにかというと一羽で世界を翔んで囀っていたが。
{整理}とは。整理なとできる事で無く、何のタメの整理か。いまなお日々に新しい出逢いにこそ詩句をさぐり画境を楽しむがいいでしょう。
はからずも京都で、博物館前のホテルのロビーで、小学校以來の旧友と何やら仕事や打ち合わせのさなかに声を懸けられ出逢った鳶だ、わたしより一回り近く若い読者だった、もう四、五十年にもなる。
2022 9/19

〇 メール読み、驚き揺れる思いです。体重が54キロ台!わたしの分を分けてあげたい。
仕事にも障り、器械に向かうのが苦痛でしょうか? 横になって身体を休ませることは大切ですが、やはり鴉は書きたい人ですもの…。し残しているお仕事に お力を注いでください。
元気にしています、と書きたいけれど。娘が火曜日にコロナ陽性が判り、その夕方検査で私たちも陽性と。二歳半の孫だけは陰性でした。わたしは 発熱はなく、咳のみ、血中濃度も正常、注意して過ごしています。無理せす数日を過ごすつもりです。
お元気でありますように。  尾張の鳶

* 要心に要心して過ごさねば。
2022 9/21

* 右脚の痛みに苦慮しつつ湯を遣って、など、対応。そうはウマクいかない。結句は寝られるときに寝入っていよう、などと。幸いに心の苦痛と謂うほどの事は無く、ひししお体躯の痛さにヘキエキしている始末。しかし、夜中の悪夢には勘弁願いたいモノだ。

* 気に懸けながらついノビノビになているのに、手紙書きがある。メールの遣えない先、ことに井口哲郎さんへのご無沙汰を気に懸けている。高麗屋へのお願いなども、メールですむとはいえ、白鸚さんにも奥さんにも、また幸四郎君や奥さんにも手紙が書きたいのに、手のしびれがひどく、書字の自在が喪われている。余り見苦しいのも恥ずかしく、しかしご無沙汰の先サマへは気を遣っているのです。ごめんなさい。
メールも、いただいたのには、喜んで返信を差し上げるが、よほどの要で無い限り私からは差し控えさせて戴くと思い決めている。ご無礼、ご勘弁下さい。

ヶ入浴にはなにがしかの心身痛みへの効果があったと思って、読書を睡魔への出変えに、寝入ることにしたい。夢は観たくない。
2022 9/23

* 私人、知友のメールは払底し、ツイッターやフェイスブックを介して、福島みずほや有田芳生や、立憲の福山君や、維新の小沢一郎や、覚えきれないほど記事が届く。私宛に書いているわけで無い、書いてあることも人により、聴くに値するのも、ばからしいのもある。ピンとした日本語と、経緯を覚える例は、残念だが無い。内容にも井の尽くせて簡潔に要点を伝えて呉れるモノは滅多に無い。ジャーナリストのものが、やはり、知見に富むか。政治家は自己宣伝なみ。

* 私はこころして、メール不可能な知友には、せいぜい手紙を手書きしたい、書字が乱れても。せめては機械の文字を印刷して送りたいが、機械画面を院先へ連動させる筋道を忘却している、らしい。成功しない。教わるスベも見失っている。  今、「マ・ア」ズに「早朝食」を上げた、六時十五分。 私は、空腹感。幸いに、ありがたいことに 右脚の苦痛がごく軽微に落ち着いている。
2022 9/24

* 目覚めはしたが腹不穏のまま温めながら横になったま、校正など。何かしている方が不可いいから気を散ずることが出来、そしてやっともう十一時まえ、機械の前へ来た。「マ・ア」に鰹を遣って。さて、どう体違和を躱しながらすごすのか。佳いメールでも来ていると気が弾むだろうに、このところまた故障かと危ぶむほど、無音。
2022 9/26

〇 生きてます  みづうみ、お元気ですか。
長いメールを書きかけていたのですが、みづうみのご体調の、とくにお目の負担になるかもしれないし、どうしようか迷って中断していました。
案の定お加減すぐれないのですね。お送りいただきましたこの数日の私語を拝読して、本当に心配でなりません。
脚の痛みですが、あるいは骨折なさっているかもしれません。とくにお心当たりがなくてもしぜんにヒビが入っていたりすることも、高齢者にはあることです。これ以上悪くしないために、早めに病院にいらしてください。寝たきりになることを防ぐためです。もちろんタクシー通院を。
ご本の発送などの力仕事は当分おやめいただきたいです。
それから、「介護認定」をお二人でお受けください。電話一本で担当者が来訪してくれます。部屋が散らかっていたとしても、それは高齢世帯ではごく当たり前のことなのでまったく気になさる必要はありません。むしろ支援の必要性がわかってもらえます。
母の介護経験からも公的援助はどんどん利用すべきもの。地域によって内容は異なりますが、「要支援」を得られれば、買物や掃除、洗濯など家事の支援、配食サービス等が使えます。病院の付き添いを頼める場合もありましょう。
今までたくさんの税金を払っていらしたのですから、当然の権利です。どうか福祉を目いっぱい活用なさってください。そういう時期です。
明るいニュースは思いつきませんが、それでも幸せな毎日です。なぜなら みづうみと共に生きているから。「まあだだよ」 大事にお過ごしください。 秋は ゆふぐれ

* 心強いことです。ありがとう。

〇 日常、奥様とご一緒でお話し相手にもなっていたたけるのはお幸せなことだと思いました。
水引草が咲き、ヤブランが咲き、しゅうかいどうが咲き、ボケの実がなり、これはリカ-につけました。
秋分の日には、花束をつくり、東京都の大きな霊園にドライブしてきました。220キロ。
翌日は 静かに寝ていました。
みんなおなじです。  那珂
2022 9/26

〇 何とか一応元気です  恵  仙台
秦さま  佳いメールでなくて済みません。
凄絶な お身体とお心(頭脳?)との闘い、毎日 本当に大変ですね(月並みな言葉しか使えません)。
* 野党の不甲斐なさには、ほとほと呆れるばかりです。内閣の支持率は最低なのに 野党の支持率は上がっていないのですから。
私たち市民・国民が政治を見限ると、私たち国民自身が世界から見限られてしまうでしょう。そうならないためには、小さな小さな声でも忍耐強く上げ続けなければ、と頑張っています。
* たしかにプーチンは、バカですね。とてもKGB出身とは思えません。
でもロシアでは、これまで(動員命令が発動される前まで)は、ある程度支持されていましたよね。ロシアには、西欧の自由や民主主義は似合わないのでしょう。ゴルバチョフがロシアでは不人気だったように。ロシア(と言っても多種多様な民族がいますが)にとっては、自由や民主主義は無秩序と混乱をもたらすモノのようです。
これは、人ごととは思えません。大多数の日本人にとっても、実は自由や民主主義は似合わないのではないでしょうか?
西欧(主としてアングロサクソン)の人々が考え出した「個人」とか「自由」とか「権利」とか「民主主義」といった概念を 私たちは心から納得して受け入れているようには思えないのですが。
* 私は「一神教」は、全く信用していませんが、ありとあらゆるモノに神が宿っているという アニミズムのような考え方は、理解できます。それこそが宇宙そのものだからです。相対性原理と量子論を統合したような考え方なのではないか、と思います。
「仏」も神ではなく、仏=ガウタマ・シッダルータという方は、信頼できる方だと尊敬しています。もちろん、尊敬しているからといって、とうてい彼の悟りの境地には近づく術もありませんが。
秦さまは まだ87歳、もうひと踏ん張りもふた踏ん張りもして下さい。ご体調さぞお辛いでしょうが。

* かかる充実のメールを受け取れるを私は力ある身の幸と喜ぶ。理解も賛同も出来て、こんな際である、弱りがちな理知に良き鞭音を鳴らして戴いた、「日本人」の知性の傾向に触れても、私もまた漠として感触していたものを目覚めさせて貰えた気がする。有難い。昏睡へいっそ傾き沈んで行きたがる私に力或る鞭音を聞かせて貰えた。友よ。感謝。
自身の研究生活を生山も乗り越えながらその脚力を果ては大学運営や指導にまで伸ばして、さらに社会復帰し、広い世間に降りたって日々に改革と反省との日々を過ごされている。私と机を並べていた①医学書院の女子編集者であった人だ。「歩み」の確かさ力強さに敬服する。内心世界とともに「現代」「現実」との対話と闘いとがを強い脈拍のように感じ取れる。

〇 秦先生  お便り ありがとうございます。文章を拝見する限り、かなりご体調お悪いようにも思え 大変心配しておりますが。
一方でここまでご自身の日々のことを記載しておられていることの凄みを感じております。このご体調で『悪霊』や『源氏物語』を読まれるのですか。。
先生にお元気になっていただきたいです。柳や丸山を交え、また先生とお話しができる機会を楽しみにしております。
こんな世の中だからこそ、先生のような方にいていただかないと暗くなってしまいます。
私はと言えば、淡々と働いております。職場には明るい兆しも暗い予感も交錯しますが、そこでもがいて 何とか職業人生を過ごしています。 聰   東工大院卒

* 私が、きみたちを励ましているので、ない。私が励まされて、そして今しばしの残年、その足もとを、よし、この方向か、と照らして貰いたいのだよ。

〇 生きてください。
さまざまな身体の痛みに耐えていらっしゃる、できる限り回避する方策を見出せるよう。病院に行かない選択、同時に何か、在宅ケアなど頼めませんか? 地域のケアマネージァーに相談して。
先のメールで鴉は いかに永い生涯を、「旅」をしない、家のほか「よそ」を知らないで来たかに「思い当たり」.と書かれていますが、日本に限れば、わたしも同じ、飛び立ちかねる鳶です! 外国もまだまだ行きたいのです。お金だけはいつも無い、これは仕方がない…とボヤキ。
コロナ感染の「自宅待機」が昨日終わり、漸く食糧を買いに行きます。わたしは殆ど症状もなく、軽い咳だけだったとは、しぶとい鳶です。
今朝は、鴉の夢を見ました。
大事に大事にしてください。本当に気をつけて    尾張の鳶

* 何十年か昔、海外へ行きたければ「道案内しますよ」と声を掛けてくれたことがあった。「おし」で「つんぼ」の旅は気が重いし、どこであれ「海外の他国」にとくべつ気の動くハツラツ人間でなかった。読書世界の旅に、想像や創意「間に合わせ」つづけた。この方は「今」という制限無しに「歴史」「過去」への空想をすら許してくれたから。つまりは「ものぐさ」男なのであったのだ、永い生涯、呵々
2022 9/27

〇 「私語の刻」嬉しく拝受 ありがとうございます。
「いきてますが いきてますか」は、「生きてますが 活きてますか」でしょうか?
う~ん、厳しいなぁ・・・
おからだご不快のごようす、とても心配です。季節の変わり目、不順な天候も影響しているのでしょうか。どうかくれぐれもお大事になさってくださいませね。
奥様もどうぞお体ご自愛くださいますよう。
ありがとうございました。     都 拝

* 不快な痛みが広がらないようにと願っている。なんとか、近所を歩いてみたい。寝たきりになるのは困る。
2022 9/27

* 村上開新堂の山本道子さん、季節の「杏菓子」を下さる、お手紙も添えて。感謝。 2022 9/28

〇 お元気ですか、みづうみ。
今日の仕事は、家事諸々のぞいて、ゲラの再校作業ばかり。肩凝ります。
今日の音楽は、バッハ、ビル・エバンズのピアノ。ジャズも、静かなのは みんな好き。
今日のおやつは、ビーガン用のチョコレートカップ。乳製品不使用ながら、しっかりチョコレートで、低カロリーで 最近のお気に入り。
今日の言葉。『ゲーテとの対話』から
※ 私の本当の幸福は、詩的な瞑想と思索にあった。                ※…実は一人ひとりが自分を特殊な存在につくりあげなければならないのだ。
みづうみのお加減が 少しでも良くなりますように。ひとりごと  秋は ゆふぐれ
2022 9/29

〇 やそろく兄上様
先日はメール頂きながら、あまりにお辛いご様子で、何とお返事すれば良いかと悩んでいてそのままになってしまいました。きょうのメールでは お忙しかったとのこと、今はだいぶ体調も良くなられたようでほっとしています。
今年の12月には、87歳! ずっと現役でお仕事されていて素晴らしいですね! あまり無理をされずに、ずっと読んだり 書いたり 映画を観たりの生活を続けて下さい。
私も いつまでも応援出来るように頑張りますよ。 いもうとより (妻の妹)

〇 先にいただいたメールではご体調がすぐれないご様子でしたので、少し安心致しました。
最近会社は3ヶ月単位で動いており、先週は7-9月期の最後で、色々報告したりとバタバタとしておりました。
映画いいですね。しかし核戦争の凄い結末を見せるハナしなのですね。残念ながら、今次の戦争でも核使用の可能性が取り沙汰されてます。まだ終戦が見えない以上、その可能性を警戒しながら生きていかないといけないというのは、とても苦しい。自身もさることながら、子どもがいると別の気がかりな重い荷を背負っている気がします。
暗い話ばかりですみません。コロナが一旦収束しそうなのはよい兆候ですよね。少しずつ人と会う機会が出てきそうなのが数少ない救いになってます。 聰  東工大院卒

〇 金木犀が香りだし、庭に出るのも、道を歩くのも楽しみです。
このきつい残暑の中 新刊が出来ますとのこと、楽しみです。
送っていただきました平家物語、吉川英治の訳以来の原文をあたまに、そのお謡をお稽古するようにしています。りますでしょうか。
九月にはインドのバンガロールで、曾孫が生まれました。次男の長女の子供です。夫の赴任先で頑張ったようです。コロナ禍で、行き来が自由でないこともあり、出生に立ち会いたい、生後すぐの時を一緒に過ごしたいとの思いが強く、帰国出産はしなかったようです。LINEで生後6・7時間後に母子の写真を送ってくれて、驚きです。
嬉しいニュースなので遠慮なくお知らせさせていただきます。
ご本を発送されるまでのしばしの間でも 充分ご休養くださいますように。力仕事。どうぞお体にお気を付けていただきますように。
迪子様ともどもどうぞご無理なさらないようにお願いします。  晴
2022 10/2

〇 おはようございます。新刊の発送作業など、お一人(あるいは奥さまとお二人)で、なさるのですか? さぞかしシンドイことかとお察しします。
「渚にて」は、大好評の作品のようですが、私は残念ながらまだ観ていません。
プーチンは、「やけくそになって核兵器を使うのでは?」とか「シリアに亡命か?」とか「冬将軍の到来をまっている」等々の噂がありますね。
核汚染は、福島・宮城の私たちにとっては、身近な恐怖です。大熊町や双葉町からの避難者のかなりが仙台で暮らしています。そもそも仙台自体が女川原発50キロ圏内なのに、村井知事は、女川原発再稼働を認めたのです。私たち市民・県民が必死で「再稼働反対運動」をしましたのに・・・。
私たちは、どこぞの国から核兵器で攻撃されるかもしれない、という怖れより、つい隣町にある「原発事故の恐怖」が更にリアルです。
10月に入って急に涼しくなりました。庭の金木犀も薫っています。最近は晴天つづきで気持ちのいい朝です。
先月は宮城県美術館で「ポンペイ展」を楽しんできました。充実したとっても佳い美術展でした。
今月半ばからは「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」がありますので、ぜひ観に行く予定です。
秦さま、迪子さま共々
どうぞお身体をお大切に、さわやかな秋をお過ごしください。   恵
2022 10/2

〇  みづうみがお元気でないとは知りつつ、「お元気ですか」のご挨拶させていただきます。明日新刊が納品とうかがい、驚くというより、懼れを感じています。どんなにご体調すぐれなくても、「湖の本」の途切れることはありません。みづうみにとって仕事をしないことは呼吸しないことと同じなのでしょう。
今日はお願いばかりのメールになります。
※ 発送作業が、今のみづうみのお具合に影響しないはずがありません。ご発送には長い時間かけてください。一日数冊くらい、少しずつにしていただけますように。かえってやりにくいと叱られてしまうでしょうか。
※ 時々お送りいただいてはおりましたが、九月分の全部の私語の刻をお送りくださいませ。
※ 八月二十三日の、記載部分ですが、みづうみが誤解され批判にさらされる事態を招くことをおそれます。補足説明していただくか、部分的に削除していただけると嬉しいです。「* すこし躰をやすめ気味に、午前は少し寝入り、午後は韓国ドラマ『花郎(ファラン)』最終回を観、そのまま映画『フィラデルフィア』を観終えた。映画はトム・ハンクスがゲイの性関係からエイズにかかり、弁護士事務所を解雇されたのに抵抗の裁判劇で、デンゼル・ワシントンが弁護にあたっていた。あまり気味のいいものとは云いにくかった。」以下です。みづうみほど差別を憎んできた方はいらっしゃいませんのに、とても残念なことです。差し出たこととは承知していますが、ご再考いただきたくお願いいたします。
平年より気温は高いとのことですが、それでもかなり過ごしやすい季節になりました。暑さが過ぎるとすぐ寒くなるのが最近の日本なので、この短い秋をいっぱいに楽しみたいと思います。食欲の秋、読書の秋、映画の秋なら、手が届きます。栗ご飯とか大好きな栗のお菓子、柿や梨を食べ、色々な「湖の本」と「映画」で幸せに過ごそうと思います。
みづうみ、お願いですからお元気でいらしてください。  秋は ゆふぐれ
* 知己の言、感謝して反省します。
2022 10/3

* メールボックス開くと、世間からのいろんな声や報知が届いていて、殆どは無関係ないし無感動なものだが、そんなことも在るのか、起きているのかと惘れる思いに落ちることもある。が、あえてそのまま通過し、忘れるようにもしている。指一本の動かしようも無い。
2022 10/4

〇”九月の”メールをいただき 本当に有難うございます ”三日間の小憩”をどうされたのか考えてみましたがわかりません ちばのそれとは大違いだと気づき なさけない頭をボカボカしております
漢文は高校で少しだけ付き合ったのをおぼえています
「大学」: 詩云、緡蛮黄鳥、止于丘隅。子曰、於止、知其所止。可以人而不如鳥乎
意味を解説されても実践ならずお恥ずかしい限りです
『渚にて』見てみたいです
人間はなぜこんなになってしまったのでしょうか
視力低下 テレビ画面がぼやけてきました
パソコンの機械も通信もアウト寸前です(コロナからいまだに対応できていません)
コロナまだまだくれぐれもお気をつけください
どうかお大切にしてください  千葉  勝田e-old 拝

* お互いe-old で出遭って、久しく仲良くして戴いている。「友」という感覚での交際の少ない少年だった。口にはしないが好きかどうかで人と出会いまた離れてきた。しあわせなことに、『湖の本』や仕事のお蔭で作家として歩み始めて以降、「友」に多く恵まれ親しみ続けている。これは頑なな私の進歩と謂うもので在ったろう.勝田さん然り。懐かしいといつも思う友、またe-old  が、男性女性とも人に、近年は羨まれるほど多くなった。しみじみそれを有難いと思う。
2022 10/5

〇 十月。 今日、東京は肌寒いとか、風邪引きませんように、お身体休ませてくださいますように。
映画『渚にて』の核、放射能の「情景」を思い出します。焼津漁船の被曝、久保山さんの死は幼い昔ながら「身近に」感じて怖かった事、今も鮮明に記憶しています。
ロシア、北朝鮮など切迫した状況も。
思う事多い日常ながら 何とか暮らしています。
「湖の本」発送作業、ご無理なきように。 尾張の鳶

〇 寒い。ニュ-スでいわれたときは本当かと思いましたが、突然さむくなりましたね。当地はやはり東北寄りで、寒いです。広い木造家屋ですから、夏向きです。
余り食欲の秋にも関心が向かないようにお察しします。残念で心配ですが、そのうち風向きがかわるでしょうか? お風邪など引かれないように、祈っております。 那珂

* 寒がりで。寒さへ「立ち向かう」気まぐれも時に起こすけれど、寒いの、苦手。

* 十一時半になる。肩の荷を少し降ろして、こころよく寝に就こう
2022 10/5

〇 膝を意識して、以前の様には歩かず、歩数を減らしています。
関東地区に住まいする弥栄中の仲良しが、老人ホームに入居したので 手紙を出して下さいとのメールが娘さんよりあり、そんな年齢になったんだ、と、改めて高年齢を意識しています。
イヤですね… (ちなみにこの人、秦に一歳若い。)
デイサービスに週二度行くのが、私の、今の外出です。同世代と話せるのは、マア楽しい。東京は全国の集まり、関西人も何人かいて、話は弾みます。   又…  千恵

* 私には、人と会ってハナシを弾ませるという習いも望みもごく希薄。ハナシなど特別せずに済む方が懐かしく逢える気がするが。

* さ、寝入りに階下へ降りよう、部屋も床も 十分温めてある、着衣も手厚く選んである。
2022 10/6

* 此の四日、五日のうちに発送した呈上本の、到着を告げるメールが、まだ、ゼロというのが不審、どうやら宅急便からの発送が遅滞していたらしいと。
思うように事は運ばない、と謂うこと。やれやれ。

〇 秦先生 「湖の本」159 嬉しく拝受いたしました。
ありがとうございました。
端正な宛書の文字にしばしみとれました。
先生の勢いのあるお手とは また異なる味わいの美しさですね。
急な寒さ、どうかくれぐれもお体ご自愛くださいませ、先生も奥様も。
キュ-バ危機以来、とのバイデン大統領の言葉に、いよいよ「渚にて」が近くに、と・・・。  岐阜縣  以都  詩人

* おう。新刊到着のお知らせ、第一着。ありがとう。ペンクラブで仲良く、そして二人ともペンクラブから離れてきた。お元気に、また美しい詩をいろいろ読ませて下さい。
〇秦恒平様  本日、『湖の本』159 花筐 魚潜在淵 を いただきました。いつもながらのご厚情に感謝を申し上げます。熱心に拝見しました。
今年の世界の情況、日本、ご自身の情況考察を交えたご文章に引き込まれ、共感しつつ、忙しいにもかかわらず、ゆっくりと読んでしまいました。
ご自身の葬儀に関するご希望は理解できます。私もそうありたいとは願いますが、他方、キリスト者である私には、礼拝による生者と死者の交わりの時ととしての葬儀を避けることができません。躓きつつ、傷つきつつも、罪の赦しを祈りつつ歩んできた人生が人々に提示されるでしょう。このような人間を生かして下さった主への感謝が人々に伝達されることを願います。キリスト者には死はもっとも私的な事柄であるとともに、公的な意味を持っています。
『花筐』の中の「かなしきものを」が妙に心に残りました。
「ジィドには毒の昏い味がする」。そう思います。毒のない小説は物足りない。「カソリック」は「カトリック」とお書き下さいますよう。
今後も、「体調を維持しつつ、書き続け」て下さいますよう。
聖路加国際病院に出かけなくてよくなったようですね。今後は通院の気疲れが大分違うでしょう。私は幸か不幸か、武蔵野日赤の循環器科の主治医によって体調の変化を見張られています。有り難いことだと思いますが、心電図を取る日には何事もないことを願って、未だに緊張します。先月は無事にパスしました。ちょうど1年前には心臓にステントを入れて、窮地を脱しました。
ご夫妻のご健康をお祈りします。ありがとうございました。  浩  icu名誉教授
* いつもながら、お励まし下さる。ありがとう存じます。
2022 10/7

〇秋冷の候、という挨拶がぴったりくる季節になりました。仙台はきょうも一日中冷たい雨です。
「湖の本」159号、ありがとうございます。秋の夜長、ご本をゆっくり拝読します。
岸田政権は、国葬強行や統一教会問題を抱えながら いつまで持ちこたえられるのでしょう。(居座る気なら、党内に激震級の騒動が起きぬ限り平然と続くでしょうね。 秦)
野党がだらしない上、連合の姿勢もあやふやで、岸田政権がずるずる続くのでしょうか。
(ちっちゃな野党が幾つあっても政権批判や刺激の何の役にも立たず、同士討ちの滑稽劇を演じ続けるだけが「日本国の野党」。もし今、野党「協力」が成るなら、一致して叫ぶべき合言葉は「即時の国会解散…選挙」要求の筈。ケチにシミッタレては仲間割れに嵌まるのが彼等毎度の愚行、自民党はラクラクとタカを括って居れます。バカみたい。 秦)
別件ですが、私たち「共学教育の充実を求める会」では、過日 県教委に「県立高校すべての教職員にジェンダー平等研修を受けさせてほしい」旨の要望書を提出し、併せて宮城県文教警察委員会宛に同趣旨の陳情書を提出しました。要望書の方については、既に県教職員課長や高校教育課長と面談の上、「了解しました。適切に対処します」といういかにもお役所的・官僚答弁をもらいました。
それでは、本当に実施するかどうか怪しいので、県議会でも取り上げてもらうために文教警察委員会にも陳情書を提出した次第です。
文教警察委員会はまだこれからですので、今後の県の動向を注視しているところです。
また、女川原発再稼働阻止の活動や、「改めて国葬問題を検討する」活動などにも参加しています。
私の近況は以上の通りです。 (今日の人間社会には、気がつけば為し成すべき要望や要求は数え切れないほど、有って普通。 それだけに聡明に取捨して幾焦点かに引き絞らねば、要望や要求の段階で「事足れり」のような半端な自己満足を引き摺り、何も達成実現してないと謂ったところへ嵌まり込み兼ねない。市民活動という名目の散漫化しかねない盲点では。 秦 )
秦さまも迪子さまも、いかがお過ごしでしょうか。「湖の本」の荷造り・発送等々でお疲れのことでしょう。寒暖の差が激しい昨今、どうぞお身体をお大切にお過ごし下さい。
仙台:  惠

〇 「湖の本」159をいただきました。ありがとうございます。
秦さんの「体が衰えても意気軒昂」の姿が目に浮かびました。読み終わって中扉を眺めて紅葉狩りの気分のまま、果ては裏茶屋の落ち葉敷く飛石の上を歩く自分がいました。「花筐」のそれぞれの命が色のタペストリーのように甦って息づいていました。外出困難の折から眼福を堪能させていだきました。
「逢ふみのうみ」では、越前から擁されてきた男大迹王(おおど)の音が神世七代の中第五代の「意富斗能地神」(おほとのぢ)を思い出させ、越前出身の野路(のぢ)と結びつく幻想に誘われました。
全編は「まるでフーガの技法で配列」されたかのような高揚と余韻の連続で 今までにない不思議な読後感でした。
秦さんのご勉強、ご努力が私の励みにもなっています。どうぞ更なるご健筆を楽しみにいたしております。  野路

* 今回「湖の本 159 花筺 魚潜在淵」の前半は、よほど凝って創っていて、ダイジョブかな、通るかなと気に懸けていた。並木さんや野路さんほどの読み手に、ま、認めて貰えたらしく、ほっと息をついた。女の気持ちで女の言葉を、話し言葉や書き言葉を「創る」のは、むくつけき老耄の悪趣味かとも思うけれど、易しくはないのです。

* 到頭 間に合わず、一日先に井口さんのお手紙を戴いた。きっとこの夏場、お互いにしんどいことだろう、お手紙差し上げたいと思いつつ、新刊の本が先に届けばとガンバッた、が、一日違いで先にお手紙が届いた。やはり、よほど日々のご苦労が増しているようで胸が痛んだ。思えば、私の今夏も散々の疲弊・困憊であった、当分はまだ治まるまいと疲労感の重さを、これ一身で手に受けている。

* いまも保ちきれぬまま正午を挟んで二時前まで寝入っていた。妻の従弟の濱敏夫さんから届いた葉書が、名にしおう大観の富士、もう蒙の白雲から突と顕れた黒い霊峰富士の頂容、素晴らしいのに見入って、俯きがちな思いを励ましている。佳いものは佳いなあとと嬉しい。

* それにしても、なんと苦痛にけだるく力無いのだろう、夕食のすきやきも一片として食せなかった。青い紙に▼に包んだチース片を一つだけ食した。甘酒を少量呈されたが、吐き気がした。いま、七時過ぎ。せめて、ぐっすり寝入りたい。横になり、せめての「読書」だけがクスリめいて効く、か。
井口さんに返信したいが原稿用紙に手書きの根気がない。
「ホンヤラ堂」が写真集を。小さい頃の「恒」「猛」そして「北澤の兄の顔」も出ていたが。兄も、甥の猛までもすでに「自死して」此の世にいない。「そっちから、呼ばないで呉れよ もーいいかい などと」「まあだだよ」「まあだだよ」 だが、なんという疲労困憊の「グタグタ」か。
2022 10/8

〇 十三夜
秦さま 昨夜は、夜空も晴れ渡ってとっても綺麗な十三夜の月を見ることができました。
芋名月とも豆名月ともいうようですが、わが家ではいつも栗のお菓子をいただいています。
早速のご親切なコメント・ご助言、ありがとうございます。
特に「要望や要求の段階で「事足れり」のような半端な自己満足を引き摺り、何も達成実現してないと謂ったところへ嵌まり込み兼ねない。市民活動という名目の散漫化しかねない盲点では。」とのご指摘、いつも私たちが気にかけていることで、身に沁みます。これからも半端な自己満足に陥らないよう、一層頑張らなければ・・・と思います。
継続は力なり、を信じて粘り強く根気よく、しっかり結果・成果が得られるまで。
「野党と市民の共闘」については、私たち市民はガッカリさせられることばかりです。最終的な目標は同じハズですのに、共産党と一緒には共闘できないとか、何とか小異にこだわってなかなかうまくいきません。「安保法制廃止」の時に「市民と野党の共闘」体制を作った頃は、それでも一応上手くいっていたのですが。
その後、野党同士がギクシャクして、私たち市民はいらいらしているところです。そんなこんなで「市民と野党の共闘」は、もう崩れかけています。小異を捨てて大同につく、というのがこんなにも難しいものなのですね。
愚痴ばかりのメールで申し訳ありません。
私は、今から「湖の本」を楽しんで心安らかに就寝します。
夜はやはりすっかり寒くなりました。暖房がほしい季節ですね。
秦さま、迪子さまも お風邪など召しませんようお大切に。 仙台 恵子

* 人間がせいぜい強い弱い程度の分別で固まっていた太古はともかく、今は、バベルの塔が崩壊のまま、万人いれば「万」の別種の欲に駆られた自己主張で人間が混在している。 まず、どうしようも、ない。神はためらわれず「方舟」の世を心聡い少数のために爲し與えたまえ。

〇 みづうみ、お元気ですか。
昨日、159巻を無事に頂戴いたしました。ありがとうございます。毎回頂戴するばかりで、本当によろしいのでしょうか。申しわけない気持ちです。『花筐』読みたかったのです。繰り返し読むことで少しでもご恩返しになるとよいのですが。
たまたま、みづうみの「九月の私語」のなかで、ご自宅の大量の荷物等をどうするかという話題を拝読。
家財処分で全部廃棄などは絶対おやめくださいますように。
これは身勝手な読者わたくしの提案ですが、将来、建日子さんに、ご自宅を「秦恒平」文学館・文学資料館として保存、活用していただきたいと思います。
書斎もそのまま、蔵書も、可能なかぎりそのままです。本に埋もれてつぶれそうなお部屋があるとしたら、本好きはアドレナリン全開で胸がキュンとします。
谷崎松子夫人の見事な巻紙のお手紙なども是非展示していただきたいと思いますし(管理が大変と思われましたら、近代文学館に寄贈なさるという方法も。文学史的価値ある資料でございましょう)。
もし「湖の本」にまだ在庫などございましたら、来館者にも販売する場所にしていただけると嬉しいです。
大真面目に実現を願っていますので、どうかお笑いになりませんように。
急に肌寒くなりましたが、身体がまだ暑さの記憶を残していますので変な調子です。お風邪など召されませんように。 秋は ゆふぐれ

* わが家は、家屋にして「二軒」が左右に繋がっていて、隣家を買い取った西の家の階下は「湖の本」在庫で埋もれている。二階は使用しないでいる。是を取り毀し、現状をほぼ遺したままの東の家に西の家を繋ぐように簡素で堅固な洋風の建物が建たないかと、夢は観ていた。上記メールでの提案にほぼ一致している、但し建日子に任せられるかどうか。ありたけの蓄えをはたいても、これは私生涯の仕上げと思ってきたが、この今にも千切れそうな生命力・不健康ではと、残念至極。設計なら、東工大建築出の現役バリバリが力を貸してくれるだろうに、時機、既に遅いか。

〇 一昨日、御本が届きました。
今日は、娘の用事で京都に来ています。
東福寺北側から泉涌寺の方に歩き、来迎院で豊かな時を過ごしました。
昼過ぎから静かな雨です。お身体大切に大切に 尾張の鳶

* うらやましいを超えて、ヒガムほど。東福寺、そして泉涌寺の「来迎院」とは、強烈無比の刺激。『慈子』や「先生」「お利根さん」と過ごした昔が、山なす潮のように私を覆い尽くす。写真が何枚か添うてあるが、こと来迎院や泉涌寺・東福寺と鳴門、踏む足もとの砂利や地面の音やぬくみまで蘇ってくる。「尾張の鳶」はまだまだ元気に京都を飛び回りに行けるのだ、眞実、羨ましい。 想い出させてくれて、有難うよ。

〇 秦 兄  湖の本第159号ありがとう。同年生としてこころから敬意と感謝を表します。何事にもキリがあるので、半端な数字でなく200号を「必達」目標とまでは言いませんが、せめて努力目標にして健筆ねがいます。
同年生が何人、その「達成記念号」の読者として生き残っているか分かりませんが、その一人として精進・節制したいとおもいます。
趣味の音楽も他事にかまけて愉しむ時間がなく、「戦後流行歌史」の作成も数枚のCDで中断のままですが、BGMとしては聴いています。
当時の歌は、名の通り、引揚げ兵の「かえり船」にはじまり、菊池章子の絶唱「星の流れに」など世相を映し人を歌ったものを聴きながら当時をあれこれ思い出しています。
多感な敗戦後新制中学生の頃、ほんとうになつかしい。
(筆者が当時思いを寄せていた)石塚公子のピアノを聴いてみたいが、どこかで元気でいるだろうか。兄の今回の号に石塚をモデルにした短編とあるが、ぜひ読んでみたいものだ。
その石塚から最初にもらった本が シュトルムの短編「みずうみ」だった。いまから思えば石塚が結婚した「コンニャク」こと理科の伊藤先生からのプレゼントだったのでは、と思われてほろ苦い気持ちだが、その時は舞い上がって、この短編を原語のドイツ語で読もうと丸善で買った「対訳本」はボロボロながら未練がましく手もとに残っている。
この齢になって、世直しのために背中が丸くなるまでパソコンの前に四六時中すわっているので家人に嗤われているが、これも一種の呆け予防と心得ています。
お互いに体を労わり人生を全うしましょう。いつもありがとう。  森下辰男

* 佳いメールですねえ、しみじみと「旧友」という温かい熱い実感に包まれている。そして、なんと面白いことも読ませて貰ったなあ、あの「石塚公子」に「貰った本」の目の前最初が、シュトルムの『みづうみ』とは、こりゃどうじゃ。
同じ馬町の京都幼稚園へ毎日バスで通い合った石塚公子とは、吾が「ハタラジオ店」の目の前、幅七メートルも無かった道路のお向かい、長屋を二軒西へ、奥の深い屋根路地門の西真脇の家に育っていた。私からいえばずぶずぶの同い歳、恰好の幼な馴染みだった。対抗心のつよい女の子で、罵詈雑言でケンカもしたし、大声で覚えてる限りの歌など唱い合うて飽きない仲良しでもあった。ただ、あの家にピアノは無かった、のに、同じ弥栄中學に進んでの、他に人のいない大講堂で、独りグランドピアノを、ただ鳴らすのでなく、確かに曲らしく弾いていたのにはビックリ仰天した。
シュトルムの『みつうみ』にも、ま、仰天した、何故かなら私が自分のお金を財布から出し、本を、「岩波文庫」という本を河原町の大きな書店で、二、三度も通い何時間も掛けて「選んで」買ったのが、シュトルム作『みづうみ』であったから。一つにはあの当時「岩波文庫」に独特、背表紙に ☆ が入ってて ☆一つ の本は即ち、当時「十円」を意味していたのである、同じ年の内であっかも知れず間もなくに「十五円」に値上げされたのもよく覚えている、つまり、私・秦恒平は、金「十円也」の岩波文庫一冊を「生まれて初めて」中学生で、自分のお金で、買いました。、「書物を買う」という、生涯初の「ド大変な経験」をしたのだ、忘れもしない、しかもその『みづうみ』の縹渺としたロマンチックにも嬉しく心惹かれた、大いに満足したのだ。むろん記念に値する ☆ ひとつ「十円也」の昔々の岩波文庫『みづうみ』は、現在「やそろく」歳の私の文庫専用書架に保存されて在る。そして、無論とと云うていい、此の『みづうみ』なる、外国人『シュトルム』の筆で書かれた「岩波文庫」という「小説本」を、お向かい同い歳の石塚公子に吹聴し見せびらかしたのも当たり前であった。
その同じシュトルム作『みづうみ』を、京都在の友森下君は石塚公子に「貰っ」て、いまも懐かしく所蔵していると今日のメールに明記されある、何時にとも、状況も知れないけれど、これは「佳いハナシだよ」と驚嘆、「おもしろい」とも感じ入った。「書ける」なと、大いに頷けた、ま、「書きはしない」だろうが。
石塚公子を私が「小説に書いている」とも森下君は触れていた、覚えはあった、が、ハテとすぐは大もなかみも思い出せなかった、が、私の『選集』第十一巻に入ってた『羲(よ)っ子ちゃん』がそれで、これはもう現実の石塚公子とはかけ離れ、放埒なほどのフィクション作であった、ちょっと気をよくしたほど面白くは書けてましたけど。
石塚公子は、森下君のメールにある、当時「(糸)こんにゃく」とあだ名の、若い男先生同士でも生徒にもあまり買われてなかった理科の伊藤先生と「結婚」してたとは、よほど後々に漏れ聞いた、あり得そうな仲じゃわいと思い、それも忘れていた。伊藤先生はのちにどこかの「税関」とやらにお務めともかすかに聞いた、が,何も知らない。
2022 10/9

〇 「湖の本 159」有難うございました。
「花筐」は、もう何年も前に、腹案中の小説のタイトルとして伺った記憶があります。
読了してからメールをと思い、読み始めましたが、やはりなんだか落ち着かず、先にメールすることにいたしました。
早く読み終えてしまいたいような、読み終えるのが惜しいような。
「魚潜在淵 秦恒平・私語の刻」も、今年の二月から四月末まで。直近のものになってきましたね。こちらも楽しみです。
私の単著は、今月28日頃刊行予定だそうです。早くお目にかけられればと思っています。 10月になって、寒暖差が大きくなってまいりました。お風邪など召しませぬよう、お大事になさって下さい。ますますのご健筆をと願っています。  市川  はるみ

* 今少し 決まり文句でない發明な文面になりませんかねえ、川端康成研究で「単著」が成るほどの研究者ならば。

〇 御礼 湖の本 159 花筺 はなかたみ 魚潜在淵
ご恵送頂き 本当にありがとうございます 創刊 第百五十九巻 拝掌致しました
『花筺 照日の前 継体天皇』この絵を見つけたのでお送りしてみたくて(もうご覧になっているだろうなと思い乍ら)メールを作り出したのですが 絵と文とうまく乗らず 2通にしてみました (どうもメール造りが うまくいかなくなりました)
秦さんに 渋谷(能楽堂)へ連れってっていただき お能で「神様に出会えた」のを思い出しております
魚潜在淵 或在干渚 もやっと 詩経・小雅 鶴鳴 に辿り着きました やはり「大学」や「詩経」とも付き合ってみねばと思っております
寒くなってきました
この冬は コロナとインフルエンザが重なりそうで心配です
くれぐれもお大切にされてください  千葉 e-old  ドクトル勝田

* 映像は出て呉れれない。私、機械との付合いベタは亢進一途。残念。e-old勝田さんのメールはいつも往時の愉しかった出逢いや食事などを想い出させて戴ける。フレンドと謂う仲なんだなあと有難い。

* 昨日「尾張の鳶」が京都泉涌寺の来迎院から送ってくれた院の正門や建物や茶室やお部屋や回遊の前庭や 等々、スライド展開で一つ筆に食い入るように見入っている。もうあの庭先の縁に腰掛けて静かに静かに夢を観られないのか。先生の提案で、慈子のお手前で月明の茶会を楽しんだ昔昔があまりに懐かしくて、つらくなるほど。

* そうだなあ……。日々にあくせくして、なおまだ「此の先」へ何かをと喘ぐよりも、もういいではないか、それより、思い切り心地を解放して全善三十三巻もの『選集』作を静かに読み返し味わうがいい…と深い内心の要望が疼くようになってきた。心弱っているからか、天来の「もよおし」か。なにはあれ、もう一度「尾張の鳶」に、有難うと。
2022 10/10

* 往年の弥栄中で理科を習ったいま琵琶湖畔在の佐々木(水谷)葉子先生、美しくも見事な京菓子と甘酒とをお手紙も添えて下さる。有難う存じます。
「尾張の鳶」さんも京都から、見事な鰊の蕎麦を六食ぶん、ほかにも老舗の京菓子などを大きな箱にとりまとめ送って下さる。好物の京南座脇の「鰊蕎麦」で、食足らずのやせ細りに美味い「活」を入れて戴く。ありがとうよ「鳶」さん。

* 「湖の本 159」へ、石川県能美の井口哲郎さん、金澤の松田章一さん、埼玉県川越市の平山城児さん、懇篤の佳いお手紙下さる、有難うございます。明日にも繰り替えして拝読したい。

* まこと、滑稽も滑稽な私の粗忽で、妙齢の作家さんと勘違いして、西国の某縣勤めのエライらしきお方に「湖の本」を送り続けていたのが、お礼のお手紙を初めて戴き判明した。やるんだなあ、こういうトンマを、私は。御免なさい。
* 高麗屋の幸四郎が、師走の歌舞伎座へ誘ってきてくれましたが、いまのコロナのようすと私の体調では。残念、乗れないなあ。なにより歌舞伎座まで通えるだろうか、往復路をタクシーを使うしかないか。
もう一度、街を,銀座、浅草、上野そして博物館など、歩きたいがなあ。

〇 秦様
「湖の本」159号のご恵投、ありがとうございました。早速拝読しております。秦さまの日本古典文学に関するご造詣の深さに改めて敬意をいだき、感心しております。とにかく『源氏物語』を十回の余もお読みになっていることだけでも大変なことと存じます。またお若いころからたゆまず勉強を続けこられたことにも敬意を抱きます。私は筑摩書房時代、酒場通いの悪癖を身につけ、貴重な時間を無駄にしてしまったのを大いにいま悔いております。
マルクス・アウレリアスの『自省録』をお読みになっておられますが、わが愛読書ギッシングの『ヘンリー・ライクロフトの私記』にも登場、いつか読まなければと思っておりましたが、いい機会と思っております。
「ヨブ記」は『旧約聖書』の中で『コへレトの言葉』と並んで私の好きな章で、いまも時どき開きます。私はカトリック教徒ですが、ヨブの持つ信仰の強さはとても持てません。踏み絵をすぐ踏んでしまう人間です。
このほか秦様の御文章を読みながらいろいろのことを教えられ、また楽しんでおります。今後もよろしくご指導のほどを。
ナチの世のタンゴ切なくわが胸に響きてやまぬ深夜の酒亭
喜びも哀しみも淡くただ虚無の拡がる胸よ「薔薇のタンゴ」よ
失ひしもののみ多く人生(ひとよ)朽ち古きタンゴに胸を灼かるる
夜の酒肆に「小雨降る径」鳴りてゐつ湧きては消ゆる一人の記憶
茨城四街道    鋼 生

〇 京土産数々  有難う存じます。鰊蕎麦の美味 ひとしお、
名菓とお茶は 折をかえて楽しみに。こころより御礼。
やはり泥のように寝入ります、数時間また数時間。根気が腐ろうとしてるのか。なるべく気楽なことを、思いも、独り口にしつつも,狡く躱そうとするのですが。 結局横になり、すこし読み進んでは寝入ります。
いま、九時過ぎ、機械の前へ来ました。メールもなく。明日の要に備えておくだけで、寝ます 明日の体調に希望(のぞみ)を持って。
鳶  お元気で。高らかなピーヒョロロを聴かせて。  鴉カア
2022 10/11

* 昨日までのお手紙を読む。

〇 十月六日 能美 井口哲郎さん 前石川近代文学館館長 元小松高校校長先生より
いかがお過ごしでしょうか。お変りないことを願っています。
この所、全く無為な毎日を送っています。ただそれが当り前みたいになっていることに気づいた時,いささか怖い気持になります。
前にもお伝えしたと思いますが、家内の身の不自由さから、家事の負担が毎日の仕事です。この頃、思うことは、毎食の献立の、何と大変なことか、ということです。わけても二人の好みが異なるので、それをどう扱うか苦労します。
隣りに長男夫婦が住んでいますが、いざとなれば,何でも手伝ってくれるものの、長年の別生活で,毎日の「生活」にかかれることは、なかなか無理です。
まだハンドルは執れますので,買物にはことかきませんし、その運転をあやぶんで、娘(車で20 分ほど離れているが)が周一くらいに入浴の補助、日用品の買物,月一度の通院を助けてくれています。娘は、二人の子も巣立って、週に三、四回の仕事に出ている夫と二人暮し。夫の理解もあってうるさいくらい?手伝ってくれています。
九十歳になって、家事まもれになり、それが普通になってしまっているようでも、ふとそんな自分を省ることもあります。
最近の「作家」はあまり知らぬ人ばかり、その文章を読んでも、なんでこんな日本文を書くのだろうと、時宜に遅れている己れを忘れて,思ったりすることがあります。
本棚の目についた「草枕」を読み始めています。少年時に「『おい』と聲を掛けたが返事がないない。」いうところが好きで妙に気に入り漱石のものの中では好きな作品です。何ともとらえどころのない(私には)ところが、きを引きます。
秦さんのお作は、すべて机の横にありますので、それは十分に淋しさをまぎらわせてくれます。しかし、何を読んでも、何か気遅れをしてしまいます。事に向う姿勢の質が違うからだと卑下しています。
ご無沙汰のお詫びと思って筆をとりましたが,内容のない手紙になってしまいました。お二人のご無事を祈っています。
老いぬれば事ぞともなき秋晴れの
日の暮れゆくもをしまれにけり  潤一郎
十月四日            井口哲郎
秦 恒平様

* 泪のこぼれて拭えないお便りであった、親しみ合うてきた何十年もの虚空を想いがはせめぐって、そしてどうかご無事でと心底祈った。ご無沙汰を気にし気にしながら残暑に負けて疲弊の日々にも,もう少し少しでせめて「湖の本」が送れると励んでいた発送の前日か当日かに此のお手紙はいただいた。遅かりしと呻いた。
井口さんのお身近には息子さんや娘さんの温かな目や手が働いている。
私たちはどうなるのだろうと寒けがする。建日子には大事な同居人はいても、私たち両親には頼りに思い願える「嫁」はいない。押村高家の朝日子は数十年音信無い。
もうもう本気で「ケア」の頼めるという人との接触交渉が緊急の必要に成っている。

〇 何もかもむかしの秋のふかきかな  万太郎  (はがき表、住所印の脇へ)
「二月二十一日…秦さんへの手紙投函、二十六日、『湖の本』着」と日記にメモがありました。今回は、手紙は十月六日、『湖の本』は翌七日でした。「私語の刻」の濃い内容に比べて、私の手紙のなんと浅薄なことと毎日の生き方のちがい,頭に溜めたものの質の「ちがい」からくるものでしょう。
娘がいいました。「父は母の世話があるから元気なのだ」と。
秋です。いろんな展覧会が,各所で開かれています。当地ではいずれも観るに価するものばかりです。しかし、本年は出かける気持のうすらいでいるような現状です。お大切に。
(はがき表下に)昨日、今日と寒くエヤコンの「暖房」を押しました。私の日記はこの所ずっとメモばかり。食事(=の爲の)の記事が目立ちます、(本の=)受取まで
(朱印で) 寒露               石川県能美市  井口哲郎

* 井口さんとは「メール」は無い。自筆、それも「秦恒平 用箋」とある原稿用紙を所望され、近年のお手紙はそれで戴き、私もそれで。最も自身手書の指先がジンジン痺れて、うまく書けないのが、苦。私にはなくて成らない心温かな先人である。

〇 「湖の本」159巻を頂きました。ありがとうございます。
九十にしてまだ口にする雛あられ
というのを作りました。なぜかまだ元気で、天気のよい日は自転車をこいで買物にも行っております。
バンクシー楽書をしてもほめられて
女より車の好きなオニイさん
エンジンうならせどこへ行くやら
神主が手順あやまる夏祭
お粗末でした。 令和四年十月七日  平山城児  文藝批評家 元・立教大教授

* やや先輩、怕いほどな批評家だったが。
* 九七歳の文藝批評家 高田芳夫さん九月十五日にご逝去の報。

〇 拝呈  いつも『湖の本』穏恵贈頂き、ありがとうございます。
さてもっと早く気付くべきなのに全く失念していたことがあります。
実は私も月刊紙を作って身辺の友人に発送していました。近々のものをお送りすると倶に、、これからも送らせて頂こうと存じます。 お受け取り頂ければ 誠に幸甚に存じます。 敬具  十月七日  金沢市  松田章一  元・金沢大教授

* いつ頃の「発刊」であったか 12乃至20頁ほどに紙を畳まれた冊子「續左葉子(しょくさようし)通信」を出し始められ,その節すでに数冊戴いた。もう110号にもなっている。一種の文藝日誌である。松田さんとは同歳であったと思う。お元気でと願う。

〇 秦恒平 先生  湖の本159号、「花筐」をご恵贈賜りありがとうございました。
御礼が遅くなりましたことをお詫び申しあげます。
ガン治療薬の副作用で発熱を繰り返しパソコンもあまり触りませんでした。
湖の本158号110頁記載の『薔薇の行方』は、多分ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』と推察しております。この本はぜひご一読をお薦めしたく その理由等々情報提供をと準備していたのですが、上記のような事情で遅れております。追ってご送付いたします。
p.s. 添付写真は、この秋今までになく美しく咲いてくれた キツネノカミソリです。
キツネノカミソリはヒガンバナと同じヒガンバナ属(Lycoris)、早春に葉が伸び出し夏には枯れます。
この葉のかたちををカミソリにたとえたといいますが 余り似ているとは思えません。
秋になると茎だけが突然地上に現れつぼみをつける、この段階では ヒガンバナと見紛う姿です。開花して初めて見分けがつきます。   篠崎仁

* なにからつけ篠崎さんには教わってきた。きれいな風が吹きいるようで心地よく嬉しく。お大事になさって下さい。
2022 10/12

〇 如何お過ごしでしょうか。
一昨日のメール、お疲れの時に書いてくださった様子が窺われました。泥のように眠ってお疲れをいくらかでも和らげ、次の時間へ明日へ繋げてくださるよう。
三連休の京都への旅でしたが、今回は人の多い処は極力避けて「静かな京都」を楽しみました。
「今熊野」は半年の短い期間でしたが暮らしたこともあり、懐かしい地域です。
東福寺境内の北側を歩いて日吉ヶ丘高校の敷地に沿い、高校生の部活に興じる声に励まされながら雲龍院、泉涌寺に至りました。来迎院、この「静けさ」はいつも素晴らしいと感嘆します。同時に暗くなって帰宅する時には「慈子」は怖かったのではないかしらと思ったりします。緑に溢れて縁側でお茶をいただき・・鴉に羨ましがられるのは必定・・。本当に庫裡で微かな気配があるだけで、部屋も茶室も庭もひたすら静寂でした。
戒光寺は、目下屋根など修復中でシートが掛けられていました。ここは依然として拝観料も求められません蝋燭を買い求めて燭台に・・長い時間坐っていました。途中まで描いた釈迦如来像、その色彩を改めて実地に見たいと思ってきたのです。様々なことを思い祈りました。
最近意識している「京都トレイル」の道を辿って阿弥陀が峰から清閑寺まで行きたかったのですが、雨が降り始めたので諦めました。そして何故かこれまで行ったことのない将軍塚にも、次回は辿りたく。
世界のさまざまなこと、憂うことが多すぎます。
ともすれば日常に飽き、気力も衰えそうになりますが、鴉の努力気力を思えば、わたしなど甘すぎ、優柔不断、ただの怠け者。4回ワクチン接種を済ませてもコロナに感染して、幸い全くの無症状で、ハイブリッド感染。それでも注意して過ごしていきます。
どうぞお身体くれぐれも大事になさってください。気温の変化も極端な東京の昨今ですが、無理なさらず乗り切って下さい。    尾張の鳶

* 心身とも病む鴉に代わって、もとは京大生の尾張の鳶が、自身も想い出の京の空をしたしく舞ってくれる。羨ましく、有難し。
2022 10/13

〇 『湖の本 159 花筺 魚潜在淵()私語の刻』を拝受いたしました。
必ずし体調万全でいらっしゃらない
秦さんが送り出して下さった花々の種子、発芽をまつもの,既に発芽したもの、蕾のもの、咲きかかったもの! おぼろな視力で期ままにつまみ食い(読み)をさせていただいたい縷と、ていちょうな当方にも元気がでてきます。。
いつもありがとうございます。
コロナの終焉とその末をみたいものです。
どうぞお大切になさって下さい。 二〇二二年十月十日  講談社役員  敬

* 「花筺」へのの私の思いを適確に捕らえて戴けた。感謝。{}

〇 いつもいつも本当にありがとうございます。毎巻 楽しみにしております。「私語の刻」読み終えるのを惜しみつつ、拝読しています。教えられること多々です。
今治(いまばり 愛媛)ではコロナ感染者数がやっと下降に転じてきたようです。早く普通の日常生活にと,思います。不自由な生活、くれぐれもお体 大切に。早々
今治氏波方 木村年考  もと 市立図書館長

〇 常々精進なさってる あなたのこと お元気なこととお喜び申します。そして今回もまた、ご本ありがとうございました。
日課にしている散歩、ここ琵琶湖畔は樹木も秋色に包まれてきて、散策、らくに楽しめるようになりましたよ。年齢相応に躰は弱って来ましたし、右手指が動かしつらく、お箸もペンも使いつらくなり、時には自分に喝を容れている時もありますが。
奥様もお元気でしょうね  お二人くれぐれも お体を大事なさって下さいね。
ありがとうございました。  大津市雄琴 水谷葉子  弥栄中学の頃の理科の先生

〇 三日前の暑さが信じられない寒さです。今度は冷え切っています。
場所をかえ 眼鏡を換え 姿勢をかえて 一息に読ませていただきました。青から赤への變化、冬は暖色?
気をつけても切手がまっすぐに貼れなくて、ゴメンナサイ   美沙  美学同窓

〇 寒さのいささか荒っぽい訪れに戸惑っておりますが、今日は娘の手を借り堀ごたつを仕立てるつもりでおります。
秋の夜長をゆっくりと「花筺」を楽しませていただきましょう。豊かな刻をお贈りくださり心よりお礼孟子あげます。かしこ  十日 さいたま市  由紀子

〇 発想のご苦労を思い ただただ痛み入ります。
この五日に 信州大学図書館に恃まれて恥じての講演をしてきました。草稿をつくって行ったのですが長くなり、圧縮に四苦八苦してひたすら棒読みするだけになってしまいました。折角用意した図版も生かせませんでした。
秦さんは講演のときどのように構えていらっしゃるのか、聞いてから準備すべきだったと反省しています。早々    大田区   吉正  評論家

* おもわず笑ってしまった。講演は、話せる要点を個条にちっちゃくメモするだけ、聴衆の顔つきを見るほどの気分で、すこし散漫ぎみに、しかし脱線で時間を食われず話した方がいいのです。

〇 ともあれ、コロナはかからぬのが最良の策、ぜひくれぐれも穏用心下さい。
日本ペンクラブもようやく舊來の姿を取り戻しはじめた様子です。まずは安心できるかと。 御礼まで 不一   詠

* 後段 意味不明、わからない。ペンも協会も とうに無縁の気でいる。回避も払っていない。除名になって、少しも構わない。も

* 東大大学院国文学 早大戸山図書館 三田文学編集部  大東文化大がく日本文学會 皇學館大国文学 等々 『湖の本』受領の来信。
2022 10/13

〇 秋も少しずつ深まってゆく今頃ですが、如何お須越でしょうか。本日 湖の本159が届きました。いつもながらの精神力に敬服してます。
お会いしたいと、端末を調べましたが,今年六月十四日が最終受診日で,今後の予定がありませんでした。事情はわかりませんが、くれぐれも、どうぞ、御自愛下さい。
中央区明石町 聖路加病院 副院長  憲

* 恐縮です。 院内チャペルの美しい写真ハガキで。
糖尿美容の方は「完治」と解放され、泌尿器科へ啻利尿剤の処方箋を貰うだけの築地までの通院は、心身の負担も大きく、途中コロナ感染被害のおそれもあり、もう行かないときめてしまった。利尿剤は薬局でもお金を払えば買えるので。
しかし林田先生とは逢いたい。妻もお世話になった。わたくしももう何十年ものお付き合いである。

* 文春の元専務さん寺田さんの電話を『悪霊』読みの途中で受けて、数分、ひとりで喋っていた。顔の見えない電話は気を遣ってせいぜい喋ろうと務めてしまう。

* 餅岩波「世界」の高本邦彦さん、神戸市のE-OLD芝田道さん、大阪池田市の陶芸家江口滉さん、国立市の安井恭一さん、妻の従弟濱敏夫さん、二松学舎大図書館、文教大国語研究室、山梨県立文学館館長三枝昂之さん、城西大水田記念図書館とう、のらいしんまた受領来信あり。

* 二世望月太左衛さん、紀尾井ホールで芸術祭参加の『鼓樂』公演と。コロナに家中で罹ったというのを複数聞いていて、ことに第八波とインフルエンザ合併の歳末から春へ危ないという。外出は控え続けるしか無し。
2022 10/14

* 今日、思いがけず京山科日岡の渡辺節子さんから「手編み」という翠色毛糸のジャケットが贈られてきた。びっくり、恐縮。弥栄中学の同年、組は三年間とも違って何の接触もない女生徒だったが、たしか別の組で学級委員だったと思うし、わたしは二年生から生徒会を率いていたので「委員会」等では顔は合うていたはず、つづく日吉ヶ丘高校の三年間ではまったく接点も片言を躱した記憶も無くて、今日まで70年、消息だに識らなかった。なにかで往年「同期生の名簿」が送られてきてたのに便乗し、この夏、初めて「湖の本」を送ってみたのへ返信が来た。読んで貰えるのは何よりと、続けて送った、それへのごアイサツであるか、有難う。

前略  湖の本 私にまでお贈り頂き有難う御座居ます。 毎回なつかしい先生や友の名に昔を想い出しています。何故か あの頃の記憶ははっきりとしています。(いまはよく忘れますが
朝晩 冷え込んで参りました。
よい毛糸を見つけましたので 秦さんの御健康を念じながら 編みました。
ひとりで早起き 寒い朝に着て頂けたら嬉しいです。(お気にに召さない折は。ア・マ の寝床に強いて上げて下さい)御笑納下さい。
どうぞ御自愛下さいまして お元気でお過ごし下さいませ。   渡辺

* 弥栄中学の同じ学年で、講堂の大きなピアノの弾けた{二人だけ}の女生徒の一人であったと思う。

* 読者の方々、いろいろに頂戴物を送って下さり、なんのご挨拶も私自身ではしていないが、感謝市いたく恐縮もしている。
それでも「作家」に成り立ての頃、当時名高かった「蝦蟇センセイ」のたってのお薦めで東横女子短大の「おしゃべり」講師としてたか一年間だけ務めた時の女學生、卒業後暫くして故郷広島県の山手へ帰ってった、懐かしい吉原知子さん、土地の名産、色美しく皮まで甘いすばらしい大粒なマスカット幾房もを贈ってきて呉れたのは、ひとしお嬉しかった。まことに愛らしいいい気立ての女学生だった、忘れない。あれから50数年になるが、お互い歳のことは思うまいよ。

* 放送局のディレクターで、何度もお世話になり家族ぐるみ親しかった、今は亡い松井さんの奥さん、瀟洒な画家でもある由紀子夫人から、私の極端な「食足らず」を案じたように、、おうと聲も出たほど精撰された「葛湯」をたくさん頂戴した。感謝感謝。
大阪の久しい読者、河野能子さんからも、選りぬきの、いつも、美味軽妙京の名菓「穏池煎餅」を、嬉しくこの程も頂戴している。 ありがとうございます。
2022 10/15

* 私から出さないのだから、当然のようにメールボクスにメールは来ていない。
2022 10/16

* 何人かにどうあっても手紙を書かねばいけない、それも疲労感に繋がる。字が.書きたくないのだ、言葉は機械で書ける。いま、背の方でグレン・グールドがピアノを弾いている。思えば今日、創作をはじめ、校正も、私語そして各種の読書等も相当に量を積んでいた、疲れるのも自然か。九時半。階下へ降り、そのまま寝入ってもいいではないか。 2022 10/16

* 午まえ、ようやっと三通の手紙が書けた。キイを捺すのでなく手指で字を書くのは大変な気苦労。

〇 秦 恒平 様
今回も又「湖の本 159」ご送付有り難う御座いました。待ち侘びた気分で嬉しく拝受、拝読。学ぶ事、驚く事、懐かしい事、夢中で読み耽りました。
随所に国を憂う言葉の数々が〜、私が想像もしなかった貴君の一面を拝見した思いです。プーチンの暴挙なかなか治まりませんね。
幼い頃からの微細に至る記憶力にも驚愕です。
「逢ふみのうみ」 の K先生。
住所から察し、金田教授に違いないとは思うものの、私の中の先生とは、まるで別人。袴姿の先生なんて〜、どうしたってイメージ出来ません。 西洋美術史御専門だつた記憶、お能お謡をなさつていたとは思いもかけない 初耳 でした。 聡明で尊敬もしていた片山先輩とは 先生を交えてよく話し合ってはいたものの お能お謡の話は出なかったなあ、全く気が付かなかつたです。あの三山木のお宅に度々お伺いした時だって〜。 そんな雰囲気感じ なかったし。
全くの鈍感、馬鹿ですね、私。先生はやはり学生の個性を見て話題を選んでおられたのでしよう。
滋賀県野洲郡は私の母も生まれた場所、ひと駅隣の守山です。
戦争中には私も疎開で過ごしました。
野洲川は、夏休みなどいちばんの なごみ場所、思い出すだに大切な 望郷の河原です。
貴君の 詳細な歴史逸話を伺って興味満々、変わり果てたであろうあの 町並みを、久々一緒に歩いて欲しいなと思う歳下の従兄弟にも、つい最近先逝たれてしまいました。
胸踊るばかりの懐かしい話の数々、久し振りに記憶力を磨きました。
私事ばかり連ねて御免なさい。
どうか呉々もお元気でお過ごし下さいますように。
迪子様にもお宜しくお伝え頂くと嬉しいです。   やそはち婆 半田 久拝

* 書きがいが在って、嬉しく。
2022 10/17

* 昨日は、高麗屋 松本白鸚さん親書を頂戴。久しくお舞台が観られていない、ひとしお懐かしくも、また心寂しくも。御夫妻 幸四郎さんご夫妻 紀帆さん まつ子さん、また元気なお舞台でぜひぜひ再会したいもの。

〇 急にお寒くなって参りました。
先生御夫妻には、お体お元気でいらっしゃいますか。
先生のお力で家族の者がペンクラブの会員にしていただいて十五年になります。月日の経つのは早いもので、家内共々御礼申し上げます。
いつも頂く先生のご本の数々、大切に大切に読ませて戴いております。
『湖の本』には子供達のことも書いて頂き、重ね重ね懐かしく拝読させて戴いております。
吾々の仕事は、一舞台済むと、身も心もカラカラに渇いてしまいます。その時らに秦先生の御本のお言葉は「オアシスの水」のように読む者の心を潤してくれます。
恒平先生、迪子奥様の御健康とお幸せを祈っております。
秦 先生 机下   二代  白鸚 (鸚鵡自画 添えて)(いずれも高麗屋さん自署)

* 国立の安井恭一さん、神戸市の芝田道さん、所沢市の藤森佐貴子さん、聖教新聞社の原山裕一さん、大阪池田市の江口滉さん、都・練馬区の高本邦彦さん、横須賀市の濱敏夫さん、数々の頂き物があった。恐れ入ります。奈良女子大、神戸松蔭女子学院大、立命館大、神奈川県立文学館から「湖のほん」新刊受領の来信があった。

* 本日は 弥栄中学からの友の西村明男(テルオ)さん佳い便りに添えて、テルさんの親しい、私も面識の文藝春秋編集者岡崎満羲さんの『葉書に書いた人物スケッチ』という一冊も「進呈」と書き添えて、和菓子の一箱までも頂戴した。
〇 湖の本159号拝受。ありがとうございます。秦さんの筆力でむかしの記憶がたくさんよみ返り、うれしかったです。p103 渡辺節子さん中村時子さん(敏子さん)元気でおられるのはうれしいです。
p116 お説のようにプーチンの北海道侵攻はありうると思います。 日本はウクライナのように戦えるでしょうか。日本人の智恵と覚悟を問われるときです。その時、力になるのは ウソまみれでたよりにならない政府ではなく、75
年間「平和憲法」を守りきった市民の力と思います。
静岡 函南  西村明男  元・日立役員
* 建仁寺蔵の あの美しい 風神 雷神の絵葉書も有難く。岡崎氏の『葉書に書いた人物スケッチ」一冊「最近友人の出した本です。 進呈」と添えて。

* 奈良五條市の永栄啓伸さんの『秦恒平論』350を越す大著になると。恐縮しつつも感謝に堪えない。
千葉県の石内徹さん、毎度のように、手厚いお志を賜る。感謝。恐れ入ります。
岩淵宏子教授、天理大国文学会、松山大學、久留米大学等、受領の来信。

* 田島周吾クン、「日本画展」の案内。縦長の「八蝶 三毛猫図」葉書が,妙。

〇 お元気ですか、みづうみ。
ご体調いかがでしょうか。心配でなりません。
前のメールではご不快なことを書いたかもしれません。失礼はいつものことですけれど、猛省しておとなしくしていました。それでもあまりさびしくなかったのは、胸の内で毎日みづうみと話しているから。みづうみのお声が、小さな書斎の「湖の本」と「選集」でいっぱいの本棚のなかに生き生きと感じとられているから。
数日前に森林消防隊の映画を観ました。山火事に立ち向かうには、飛行機からの散水程度ではとても無理で、江戸時代の火消しのように、火災燃料となる木々を切り倒し、長い溝を掘り、迎え火をする、という人の手による方法しかないのは知っています。地形によって風向きや乾燥や気温など刻々と状況が変わる複雑な要因のため、一般の建物消防士よりもさらに危険な、命がけの仕事であることはわかります。いかにもアメリカ映画らしいアクションヒーローもののバリエーションの一つとして、山火事に立ち向かうエンタテインメント映画だと思って観始めて、予想通りの展開をしていたのに、突然の結末に唖然としました。えっ、全員殉職してしまうの、と……。
ただし、映画としてお勧めはいたしません。不出来とまでは言いませんが、事実に頼りすぎて真実を見失ったともいえます。ですが、一か所だけ「詩」を感じた場面がありました。
消防隊隊長が、テラスで友人に語る小さな体験談です。山で消火作業にあたっていた時、突然森から一匹の火だるまの熊が飛び出してきて、そのまま森の闇の中に走り去って行った。自分は今まであれほど美しいものを見たことがないと。
これは、おそらく脚本家が頭で考えたものではなく、消防士を取材していて実際に聞いたことではないかと思っています。思いつきで出てくるような話に思えなかった。そして、この映画は、この短い場面ただ一つで救われました。脚本家も監督もうまく表現したとは思いませんが、「あれほど美しいものは見たことがない」という言葉のなかに、後の殉職の運命を暗示したかったのでしょう。
火だるまの熊には、ヘミングウェイの『キリマンジェロの雪』の冒頭に書かれている、キリマンジェロの山頂近くで見つかった豹の凍死体と同じように、現実には何の意味もない、しかし詩人の魂を揺り動かさずにおかない何かがあります。凍りついた豹も、燃え上がる熊も、雪と炎のなかで最後にこのうえない美と一体化する、天翔ける詩人の魂の化身とも想えるのでした。
どうかお元気で、書き続けてくださいますように。   秋は、ゆふぐれ

* なかみの濃い「檄」を戴いた、と感謝。
〇 「湖(うみ)の本 159 花筐 はなかたみ 魚潜在淵」を拝受しました。
練馬光が丘病院の紹介で「国立国際医療研究センター病院消化器内科」に入院しESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)による施術を受け無事早期がんの撤去に成功しました。(入院期間8日間)
手術に使用する電気メスが、ペースメーカーの誤作動を引き起こす恐れがあり難易度の高い手術でした。胃全摘の秦さんからすれば取るに足らない事案でしょうが取り敢えずご報告まで。 令和4年10月18日  靖 (妻の従兄)

* ああ よかったよかった 安心しました
日本の医学技術 誇れるもの あるのですね。
靖さん
家内と駆け落ちのように京から東京へ奔っての「編集者」としての就職先が、本郷台 東大赤門脇の医学書院でした、ガチガチの研究書誌の出版社でした。1959年でした。 その入社した年のことでした、私の初任給は一万二千円の、初め三ヶ月は八割支給で一万円を割っていました、が、丁度その時機に、会社は、『脳腫瘍』という研究書を「決死の勇で」で出版しました、一冊がじつに「三万円」定価でした。「癌」、まして脳内の腫瘍・癌の研究や医療は、まさに肇まったばかり、業界でも「珍奇」がられるほどの分野、かつ高価でした。
けれど、その頃から日本の「癌」医学は進歩し深化して、私が編集担当した雑誌『胃と腸』には日本の癌研究の先頭をせりあう医師・研究者が集いました。日本の、ことに「胃がん」治療の成績は、世界的にも誇らしい水準に達し、関連の診断や治療機器も進歩に進歩しました。
「二期胃がんだね」と診断宣告されましたとき、私は動揺しませんでした。雑誌『胃と腸』体験から、大丈夫と強気に身構えることが出来ました、丁度10年前の診断で、胃全摘、結果は胆嚢も全摘しました。決して油断はならぬ大敵ですが、医学は、かなりにガンバッテ助けて呉れるようになりました。
よかったですね。予後を大切に、しっかり回復して下さい。よかった、よかった。  お大事に。  秦 恒平
(と、いいながら、現在、私は、極度に食がすすまず、体重86キロありましたのが、いま、中学生時代の56キロに減り、笹のように細く軽くなり、今夏の猛暑 残暑にひしがれて へとへとに疲労したままの毎日を揺れ揺れ過ごしています。医書の編集者でしたのに、病院や医療を受けるのが嫌いなのです、バカげていますが。 呵々

* 京都から、二歳若い女ともだちが、初期乳癌の手術を受けると言って来たのにも、乳癌診断と治療とは最も早期に進展した、結果安心できる処置だから動揺しないようにと励ました。
手術、無事に終えたと。「お乳がひとつ無くなりました」と云うのには、同情。

* いろいろ、あるなあ。
2022 10/18

〇 秋空   如何お過ごしでしょうか。
晴れ渡った青空に黄葉が目立つようになりました。青と黄、何やらウクライナの国旗も連想してしまいますが、此処は静かすぎるほど。
先日NHKの日曜美術館で、朝倉摂に関する番組を見ました。彼女が舞台美術の演出家だったのは昔から知っていましたが、それ以前に日本画画家だったと初めて知りました。時代の反映ですが、戦後の新しい日本画を求めての模索、最初は健康的な若い女たちの連作、続いてピカソの青の時代のような打ちひしがれた労働者や女たち。現在の日本画の中に僅かながら残存、或いは貴重な存在として在る画家の姿勢。
興味深く見て、さて自分のことを考えると・・やはり自然の風景や古い文物を描いているのです。人間は描きたいけれど・・。
今は思いっきり本を読んで楽しみたい。読んだ本の殆どを読み返す時間はもう残されていないのは確かだからと、ヘンな焦りもあります。
『花筐』は不思議な構成で、ポツポツと切れる感覚が面白く読み進めて、さて何も読み解けていないと嘆息にも似た思いに突き放されます。もう少し続けていくと異なった感覚、面白い展開が生まれそう。読み手にとっても。
「鳶は、鴉としゃべくりたいです。」
植木鉢に桜の苗が自然に生えてきました。地面に植えてあげたいのですが、既に全く余裕がありません、それでも何処かに地植えするでしょう。シュウメイギク、薔薇、様々な雑草など 皆 綺麗です。
お身体大切に、風邪引きませんように。  尾張の鳶

* ただただ羨ましいお暮らし、お身の周り。
私は、ただただ、疲労困憊の間々を懸命に、まさに命懸けにすり抜けようと足掻いている。86キロあった体重が、中学生並みの52、3キロいう現実。
2022 10/20

◎ お元気で都心より願いながら
心より親愛の テルさん
わたしは、疲弊の極 86キロもあった体重を 弥栄中学時期の52キロにまで減らし 笹のように細く揺れ動いてます。「食べられない」のです。「読み・書き・読書」と「私語の刻」はまだ保っていますけれど。 昨日・今朝の様子で、お察し下さい。
(略)
テルさん. 内閣は やっとこさ 寝言なみに 「防衛」 という事を口にし始めましたが、手の内は 空っぽ。私など 20年前から案じてきたことを やっとこさ。
何処の國でも「憲法」という「表札」は、惘れるほどリッパですが。「表札」は「表札」  イザの際には ただに無力であるか あの優れたワイマール憲法をただ「表札」の ヒトラー・ドイツのようにも成る。
「防衛」は必至です、が、「海に囲まれた」日本列島の「危うさ」は言語に絶しています。対馬、隠岐、佐渡、能登、淡路島、沖縄、小笠原等々の「島嶼」は素早く奪われて攻撃拠点化し、浸攻の潜水艦は、瀬戸内、大阪湾、紀伊水道、伊勢湾、東京湾の奥深くまで、「今日只今」でも浸入不可能では 無い。 武力で防ぐ防衛など、茶番にもならないでしょう。
いまこそは「外交」それも精度と確信にみちた私の所謂「悪意の算術」に拠らねばならぬとき、いま、日本の「外交力」は、その自覚や覚悟は、如何?
もう残り少ない吾々の世代は、壇ノ浦に「みるものはみた」と叫んで海中へ沈んだ平知盛を演じられても、子孫たちの「未来」や如何? 案じています。誰が眞に日本を「防衛」して呉れるのか。平和憲法」という立派な「表札」を眞の「防衛力」に生かす優れた「悪意の算術=外交」家たちの登場を切に待望しているのです。 ペリー来航から「明治維新」までには日本の「外交力」はいい「算術」役を果たしていました。井伊直弼、水戸烈公、徳川慶喜、勝安房、岩倉具視、大久保利通、伊藤博文、等々。  今の日本は???
「核」戦力を誇示のプーチン、習近平、北朝鮮らに立ちはだかられ、戦かざるを得ません。今や「防衛」は「戦力」では成るまいと。真剣無比な「悪意の算術=外交力」こそと。
テルさん。 こんなふうに思っています。 お元気で。   秦 生
2022 10/21

* 元気そうに振る舞っていながら、洋服ダンスの上の荷の一つを持って降ろそうと倚子に乗って、背伸びの瞬間にワケ判らず傾き、横倒しに閾と廊下へ背から顛落した。腰も背中も頸筋も、呻きもならぬほど痛かった。幸い厚着していたので外傷無く堪え得て、這うように床に就いて、寝た.倚子の上で大きく左へ全身の空に傾いた瞬間が怖かった。仰向きに「背か」らで、良かったのかも、だが怖くて、痛かった。廊下と閾の段差に当たったので、だんだんに腰骨に痛みが来ている。
「豫」のこころ用意が無く、いつものことと倚子に乗った。端っこに乗ったのだろう。

* そんなところへ、たまたま、懇切な「体調お見舞い」のメールを戴いた。感謝申します。

〇 一読者として 失礼をあえて、申し上げます。
ご体調不良のなかご返信いただきほんとうに申しわけなく思います。今朝届いた「二十日の私語」も、心配で嘆息しつつ拝読しました。
それにしても52キロとは! パリコレモデルにでも転職なさるおつもりでしょうか。いけません。ひとは、食べなければ、大変な勢いで衰えて命つきます。疲労困憊なさる一因は食べていらっしゃらないから。どうかご無理でも、必死に食べてください。
「まあだだよ」です。
おとりになる道は、二つだと思います。
湖の本160巻を無事に刊行するために何かの生活支援を受けるか、あるいは数日、数週間以内に入院するかです。当然、前者のほうがよいに決まっています。
市役所の電話番号まで知らせてくださった勝田(貞夫)さんは、ほんとうに行き届いてご親切な方です。それでも、少しも積極的に動かれないのは、すでに電話すらしんどくてその気力体力を失っておられるとしか言いようがありません。
ご夫妻は、八十六歳の今まで本当に自立していらして稀に見るご立派なご夫婦ですけれど、さすがに典型的な高齢者になりつつあるようです。高齢者は段階的ではなく、ドーン、またドーンと一気に身体的能力が落ちていきます。どんなにご不調でも、それでも高齢期は長く続いて人生は長いのですから、うまく対応していただきたいと切に切に願います。
他人がご家庭のなかにもの申しすのは、億劫で、イヤです。わたくしの母も毛嫌いして、大変でした。ですが、ケアマネさん、ヘルパーさんに頼らなければ、どうにもなりません。ドクターや看護師の訪問診療は 可能なら是非実行なさってください。薬も届けてくれるものですし、インフルエンザワクチンも自宅で接種可能です。便秘すれば、お浣腸も摘便も、必要なら入院手配もしてくれます。
しかし、介護申請をして認定を受けなければ、そのようなサービスは何一つ受けられませんし、受けられたとしても自費の高額負担になります。何のために長い間税金や介護保険料を支払っていらしたのでしょう。
このようなことを書いても、きっと何もなさらない。既に、ご自身で何とか出来る段階を「越えているから」です。今 ご夫妻に可能なことは たった一つ。建日子さんに助けを求めることで、電話一本、メール一本ですみます。
食事の世話や付き添いのような実質的な介護を頼むなら、建日子さんにもご都合がありましょう、が、お二人が一日も長く自立した生活を続けるための、事務的手続きを整えていただく「だけ」です。これは「生活支援」といい、広い意味の介護で、子どもがすべきこと 子どもにしか出来ないことです。たとえばわたくしが申請しても、血縁ではないので、役所では受付けてくれません。
建日子さんには頼りたくない、迷惑をかけたくない、という姿勢に 憤りすら感じます。
そのご配慮はもちろん愛情からなのですが、結局 別のかたちで建日子さんの迷惑となりましょう。
今は奥さまにも支援が必要な状況とお見受けしています。このままでは、いつ「お二人共倒れ」になってもおかしくありません。そうなれば一番困るのは 突然現実の重たい介護生活がふりかかる建日子さんで、迷惑を超えて 大迷惑になりましょう。放置すれば保護責任者遺棄の嫌疑をかけられる場合もあります。お名前に傷がつきましょう。
公的支援をためらっている場合でしょうか。今すぐ建日子さんに小迷惑をかけて、大迷惑を防いでいただきたいと思います。
たとえ、今回介護認定で要支援がもらえないとしても(最近とても認定が厳しくなりましたが)、ケアマネさんと繋がることで 次善の策が選べます。お風呂場や階段に手すりをつけることなども無料で出来ます。転倒骨折など本当にどうにもならない状況になる前に ぜひぜひ動いていただきたいのです。(さらにつけ加えますと、認定基準が厳し過ぎるので、介護認定の日は 実際よりも大袈裟に 身体的に衰弱し生活が困難であると訴えていただきたいです)。
このままの状況で人生「終えられるおつもり」かもしれません、が、現代人はそんな簡単に死なせてもらえないことをご存知でしょうか。生きているのがしんどい、「早くお迎えがこないか」の母の愚痴を何度聞いたことか。コロナの後遺症で嚥下機能が落ち、ものが食べられなくなった際には「看取り」を覚悟しましたが、現代医学で見事に復活。今はよれよれ状態でも すっかり元気なのです。
このまま建日子さんに頼らず、公的な生活支援も拒んでいらしたら、近い将来の「入院、施設入所」の選択肢しかありません。自立してご自宅で、「読み・書き・読書」を「続け」ていただくために、一日も早い「生活支援と適切な医療支援」が必要なのです。
建日子さんには、生活支援が必要になったこと、介護申請の手続きを手伝ってほしいことをお伝えいただき、「勝田さんに教えていただいた電話番号」をお知らせするだけのことです。今日、明日にも実行なさっていただきたいと思います。
失礼は承知のプンプンメールでした。これまでも さんざん失礼なこと申してきましたので、今さら礼節を守って何も言わない選択はございませんでした。 どうかお許しくださいますように。  一読者として

* 家内と息子とへも 伝えます。お気持ち、有難う御座います。感謝します。
幾ら軽くなっていると謂え、からだが空に傾いて墜ちるのは怖かった。背から平に墜ちたらしく、腕や脚に骨折が無く、良かった。寒くてゴワゴワ着ていたのも良かった。
2022 10/21

〇 今日は   ご無沙汰しております
あっと云う間に暗くなってしまう季節になり淋しい気がしております
十月七日 湖の本 159 頂戴いたしました
いつもありがとうございます ご連絡が遅くなり申し訳ございません
花筺 魚潜在淵 読み終りました
いつもぶれない切り口に拍手しております
朝早く起き ご自分でお茶を入れる姿を想像し とてもすごいことだと思い見習いたいです
迪子奥様をだいじになさる先生のやさしさが うらやましいです
体調が万全ではいとおっしゃりながら頑張れるなんてーーー
テレビも新聞も暗い報道が多く気が滅入ります 最近はユーチューブの動画にはまっております
和歌山のパンダ、尾瀬の歩荷さん、三才と七十六才の孫と祖父の会話 九十六才と三十一才の祖父と孫の食事の風景などに元気を頂いてます
まだまだ外出もまヽならず家族以外の方との会話も余り出来ません
車には乗れますが家族に心配掛けたくないので 遠出は出来ません。七十代までは関東のの道の駅巡りを楽しんでおりましたれど 今は近所の買物だけです
二女夫婦と男女の孫が仕事に出掛けると一人です
日増しに寒くなり年を重ねた身体には日常生活も大変ですね
秦先生 奥様におかれましても 呉れぐれも無理をなさらず 自壊の配本を心待ちにしている読者に勇気を与えてください
これからもよろしくお願い申し上げます
令和四年十月十八日    住吉一江 拝   群馬 桐生市
最近郵便物の配達が即手困ります 働き方威嚇も結構ですが どんどん
利用者が少なくなりますね

* 「しみじみ」としたお便りです。感謝

〇 (京都 同志社校内クラーク記念館の色絵葉書に) 拝復 『湖の本159 花筺 魚潜在淵』をご恵送いただき、誠に有難うございました。 私も 里井陸郎先生(『謡曲百選』の著者)に感化されて、謡曲を卒論にとりあげる気でいたのですが、途中から泉鏡花に変更したのです。秦様と似た経緯があって、おもしろく思いました。「筒城宮」跡の碑は、同志社大学京田辺校地の敷地内にありますね。一般の歴史フアンは、受付で申し出なければならない。 戦後京都の写真集、楽しんでいただけたようでうれしく思いました。 まもなく時代祭です。 草々   田中励儀  同志社大名誉教授 国文学

* 懐かしいなあ、同志社。京都。帰りたいなあ、もう一度でいい、帰りたい。

* よく秦さん、なんで京大でなく同志社へ、と聞かれたものだ。あの当時の京都の高校でそこそこの生徒なら、皆が皆、「京大」受験に文字通り血道を上げ、教室の授業よりも「受験勉強」にカンカンだった、だが私は「受験勉強」というバカげたことに大事な青春を費消するのは断然イヤで、むしろ京都の歴史や自然や文化の堪能に時間を割き、茶の湯や短歌や和洋の読書を心底楽しんで過ごした。熱中した。当時「ハタ」が受験して京大を「すべる」と思う友達は一人も無かったろう、中学でも全校試験で首位をゆずったことはなかったし、高校生になって「三年共通試験」をされても、国語や社会科など一年生のころから三年生より上位の成績を取っていた。それでも私は茶道部のために茶室で助勢とたちに点前作法を教えたり、先生方お楽しみの短歌会に生徒の身で呼び込まれていたり、教室に居るより、間近い泉涌寺や東福寺に埋もれているか、市内や郊外の寺社や博物館にいる方が心底好きで気楽だった。のちのちの歌集『少年』や小説『秘色』『みごもりの湖』太宰賞の『清經入水』などはみな此の高校時代そして続く同志社時代に育んでいた。同志社へは「あたりまえ」に推薦され無試験入学したのであり、京都大学二敗って国立感覚に嵌まるのはハナから好まなかった、むろん受験もしなかった。実兄の北澤恒彦は三度筐体受験にすべっていたとか、彼の養家には京大生が下宿していたりして、かぶれて高校生で火炎瓶を投げたりし、有罪判決まで受けていた。「京大」にはその気が有りそうともわたしは横を向いていたのだった。むろん、受ければ良かった、入れば良かったなど後悔などしたことが無い。同じ大學の同じ専攻から妻までも私は得てきたのだ。

* 国文科の田中励儀教授から、時折り戴く「同志社」の写真はがきや、正門から真ん前、広やかな京都御苑淸寂の想い出など、飽かず懐かしい。私、西棟の書斎には、母校正門内の真の正面に立つ校祖新島襄先生の美しくも丈高い碑の言葉を、軸にして掛けてある。
一度は、書き置こうと思っていた「述懐」に時間をかけた。一仕事終えた程の気がする。
2022 10/22

* 横浜の相原精次さんに善いお手紙を戴いている、ここへ記録しておきたいが、疲れが、待てと言う。スキャンの機能があるのに、使い方を忘れている。同じような物忘れがアレコレ有る。ショがない。

* 東村山の写真家、近藤聰さんお葉書そしていつもの名酒一升をお送り下さる。時世というのか、フィルムカメラと「全て縁が切れ淋しい毎日」と。「デジタルの印刷写真はいまだになじめない」と。「マリオ・ジャコメッツイ」などに「心奮われていいます」と。

* 松田章一さん冊子「續左葉子」頂戴。
奈良の櫟原聰さん、新歌集頂戴。
潮出版 もう来年の「文化手帖」戴く。「手帖」用いなくなったなあ、昔は不可欠のモチモノだったが。一つにはパソコンの便利からか。ま、ウシロの名簿に時ら助けられる、住所など。
2022 10/27

〇 秦さん (メール)何とかつながりそうです 井口哲郎 (前・石川近代文学館長)

* と、メール着。ヨッシャ。

◎ 朗、朗、朗報
私の此の返信が無事届きますように(迷ように と誤記)
手筆 書字が出来にくく まことに困惑し ただただ「書く」日々は機械に頼っていますが、その機械クンにも𠮟られてばかりの老耄で往生しております。
この残暑と九月は、疲弊の極、日々に 天上より「もういいかい」と呼ばれ続け 生き(息)もかすかに「まあだだよ」と猶予を願いながら、瘠せに瘠せて  最低52キロにまでなりました。まったく絶食に同じく「食べられない」のでした。十月も末になって、やっと少しずつ食せるように。
「読み・書き・読書・創作」の日々はガンコに護っています。「モウイイカイ」が催しますのか、「まあだだよ」のうちに 湧くように「書いておきたい文章」たちに襲いかかられています。纏まりも無いままにも 仕方なく 「花筺」とゴマカシ気味に長短、ハンパでも「摘み溜め」ておきます。まさしく「私語」の日々に化しているのかと。
「花かたみ」という「籠」には、さまざまな「花の切れも、草の切れも、枝葉の折れ」も入り、少年の昔、大原女たちがアタマに笊をのせ、「花や番茶ぁ 野菜」を呼び売りに訪れ来た日々を懐かしむ事が出来ます。「花かたみ」 好きな日本語の一つです。
ごめんなさい、嬉しさに舞って 我が事ばかり。
お元気でおいでか、奥様のご容態は良くなられてかと、想う日々でした、メールが 書いて戴けなくても せめて受け取って戴ければ話せるのにと嘆いていました。 これ(私の返信)が 無事に届くか、届くと判るだけで宜しく、お知らせ下さい。
疲労困憊の疲弊の などという「言葉」を、痛いほどの実感で日々に感じ書いている現実に惘れますが しぶとく「まあだだよ」と呟き続けています。
井口さん 井口さん  日々お大切にお元気でいて下さいませ。    秦 恒平

* ラブレターのようにナッテしもたか。ま、待ちかねてましたので。返信がきちんと届きますか。書き・打ち損じ イッパイ。察してご判読下さい。
2022 10/28

〇 痛み和らいで  メール頂き有り難う、御座います、ご心配して頂きうれしいです、22日に退院しましたが、今一ふらっとして、ぼんやりとし過ごしてます。通院したりして、今日は、やっとこでさで食事を作りました。ぼつぼつ頑張って居ります。有り難う、御座いました。   華 京東山北日吉

* 七十余年、東京へ出るとき心づくしの眞を貰って別れていらい逢わない茶道部後輩
その頃のきりっとした美貌だけが眼にありあり、「左のお乳が無くなってしまいました」という知らせは哀れであった。予後を、大切に、気を変えて長生きするようにと励ましたい、が、久しい夫君を亡くされている。同じような方の多さにもおどろく。

* 深澤さん 初の単著『川端康成 新資料による探究』出来を祝う。
2022 10/29

〇 絶不調の九月十月でした 生きた心地しなかった 辛うじて食と体重が微かに戻ってきたかと。判りませんが 「読み・書き・読書・創作」は続けています。

前便で 鳶は なにやら「花筺 はなかたみ」のことを やもや謂うてましたが「花かたみ」とは、 鴉が少年のむかし 枚朝夕に 大原女がアタマに笊話を載せ、「花やあ 番茶ぁ」と売り歩きにきた あの笊と同意。気に入り目に付いた花や草や小枝や木の実などざっくり容れる「笊」を雅に謂うた女のモチモノです。「はこ」と打てば「筺」と出る。容れものです。雑然と気ままに気に入りを 摘んだり取ったり拾ったり容れて、中身に大小や種別の統一感は無用。その気楽さを愛した「花筺 花かたみ」です、そのように雑多に書いた文や作を投げ容れていたでしょう。 書き放したままの切れ端も拾って置いてやろうという「老境の遊び」と笑って下され。
2022 10/30

* 弥栄中學三年生のむかしの、西池先生がたもおいでで、盛大に群集しての楽しい夢をみた。学校生活として最良最高に楽しいいい時代だったなあ。三年担任の西池先生はむろん、一年の音楽小堀八重子先生、二年の英語給田みどり先生、国語の釜井春夫先生 図画・体操橋田二朗先生、理科の佐々木葉子先生、社会科の高城先生、数学の牛田先生、教頭の喜尾井先生、秦一郎先生、寺元慶二先生、
小学校でも高校でもこうは覚えていない、が、小学校の中西秀夫先生は私の作文力をしかと後押しし、卒業式では五年生送辞、六年生答辞を寄せて下さった。高校では国語科の歌人上島史朗先生により短歌人へと強力に背を押され、太平記への詳細な注釈を遂げられた碩学岡見一雄先生には源氏・枕なと古典の朗読と愛読に火を点けていただき、創作者への背をぐいと推して戴いた。三年担任の先生には、受験勉強は嫌いですというと、そかそかと即座に三年間の成績表を調べられ、これは無試験推薦に有り余るよ、推薦しようかと、ボボンと同志社へほとんど先生が即座に決めて仕舞われた。この先生は、我が家打ちの大人らの超絶不穏を聞かれたか、ふっと家に見え私話祇園円山へ誘い出して励まして下さった。今にしてしみじみ有難く思い起こされる。

「先生を慕う」とは「先生に励まされる」のと表裏の同義、そういう方との出会いがあったから永く満たされて歩いて来れたとは、決して忘れては成らない。

* 初の単著を出した深澤晴美さんから 今日の午、池袋で会いたいとメール、とてもそんな体調でなく、断った。寒けがきつい。一番の夢は、大きな温泉に五体を沈めて芯まで温まりたいと。温泉体験もほとんど無い私、妻と、四度の瀧を見に行った日の、瀧に近い宿の温泉が懐かしい。井口哲郎さんに教わって行った温泉もよかったが、今や石川県の山中は遠すぎる。熱海の地へは出向いたが、魚屋で盛大に海老や刺し身は食ったが、宿には泊まってないので「温泉」は知らないのだ。
2022 10/31

〇 「私語の刻」にございますさまざまな作の一節と秦先生の日常とをつづれ織りされたご文章「花筺」世界に惹き込まれております。そして一向に治まる気配のないウクライナの戦渦へのお言葉をかみしめております。  甲府市 和子拝

〇 先生の作品をゆっくり読ませていただくことを楽しみにしております。本当にありがとうございます。 府中市  誠

〇 お手紙、読み返しています。
お体の具合の悪いのは心配です。なにでもおいしそうに召しあがる秦さんが食欲不振とは何とも気になることです。「私語の刻」では気持が活かされても、体を保つことはできますまい。何とかその回復を祈ります。
私は身長こそ一六○センチをきってしまいましたが、体重五二から五四キロの行き来。この何十年も変りません。偏食なりに、身を保つ栄養が摂れているようです。ただ先日検査(エコー)を受けまして。頸動脈狭窄のうたがいあり、と診断されました。それに対する主治医のコメントは「ま、お年ですからね」でした。
秦さんにお手紙する度に、無為の毎日が反省させられるものの、日に数時間の読書ほかうつ手もありません。「私語の刻」を拝読しては、そこに気持のよりどころ(5字ボーテン)を見つけている次第です。
今日は快晴でした。夕方(昼に近い)散歩してきました。久々に赤トンボの群れ飛ぶのを眼にしました。お天気なら歩くものの、一時は二キロぐらいだったのに、この頃は四百メートルあまり、それでも三百メートルを過ぎると家内はへばって、私の腕にすがりつかないと歩けなくなります。これもいつまで続くことか、と思っています。
メールのこと、さき頃、秦さんのおことばがあって、パソコンを開いてみたのですが、送信トレイや受信トレイがゴチャゴチャらなっていて、いらいらして閉じてしまいました。今度こそトライしてみます。隣りに住む長男のヨメに頼んで整理してもらおうと(いつも頼っています)思います。
しかし立ち直ってもお伝えするような「ことがら」が何もなさそうです。いつものように秦さんのお話をおうかがいしたいと思っています。果してうまくできるか、自分でも努力してみます。
ますます寒くなります。その上にもお体をお大事にと願っています。食欲のない秦さんを前に奥様のお気持いかがと、このことも気になります。よろしくお伝えください。
十月二十六日十七時三十分    哲郎   (前・石川近代文学館館長)
秦 恒平様

* 28にちとあるお手紙は、メールアドレスを貰い、それに即返信した28日交信は遅れている。「朗報」を喜んだ私からの返信が読んで戴けているかどうかは判らないが、メールのこと、送った28日には届いているし、メールでの即の応答が31日の今日無いと云うことは受け取れていないらしい、ナ。
2022 10/31

〇 今日から十一月。毎日その日の「私語の刻」が読めたらというのが一番の願いです。今日も「みづうみ」の文章が書かれたと思うと、どんなに安心できることでしょう。
やりたいことややるべきことは色々ありますのに、出来ることはほんとうに少し。目の前のことで精一杯で、大したことは何もできないまま、今年も終わりが見えてきました。 これから寒くなってきますけれど、インフルエンザもコロナも決してみづうみに近づきませんように。どうかどうかお元気に。   秋は、ゆふぐれ

〇 ご本「能の平家物語
早速にお送りいただきありがとうございます。書庫から、取り出していただき郵便局へと、お手数をおかけしました。感謝します。
秦様の力作を謡、仕舞と一緒に稽古をしている、熱心な方たちに、ぜひ読んでもらいたいと、厚かましいお願い。早速聞き入れてくださり感謝です。
きっと平家物語の魅力に惹かれる事でしょう。
どうぞ秦様によろしくお礼お伝えください。
渡す前に、湖の本の写真の面の美しさに魅入っています。
先々週の土曜日に、古い友人(長男の幼稚園時代)を誘って「船弁慶」を観に行きました。友人は平家物語の屏風図絵を見るのが大好きだと聞きました。
「昔々のお話しなのに何か心の底にある悲しみが、湧き上がってきました。」とのハガキをもらいました。平家物語を通して良い話ができ、嬉しいです。  持美

〇 爽やかな秋らしい日が続き、食欲がもどりそうな気配はなによりです。自然界の力はおおきいですね。
いろんな木々が順に紅葉して、下の方から葉を落としていきます。シャラの紅葉が始まり、見とれています。近くの県立公園を散歩して銀杏とむかごを拾ってきました。このあとがひとしごとですが、秋らしい遊びです。
七千歩歩いていました。庭でおままごとをしております。
お元気でお過ごしください。   那珂
2022 11/1

〇 お元気ですか.感謝。十月分を無事に受け取りました。みづうみから「私語の刻」を送っていただけるのがこんなに嬉しいなんて! 本当にありがとうございます。
早速少し読ませていただき、「十月三日」のなかで気になる箇所がございました。

*『アストリッドとラファエル』という意気のいい連続刑事ドラマが終えた。アストリッドは天才的な力を持つ精神薄弱女性でラファエルは心優しい敏腕の女警視。いいコンビだった。続きは来年の五月からと。気の長いことだが、楽しみに待つとしよう。

「精神薄弱」は「現在使用禁止」の言葉です。医学的にも正しくありません。すぐに訂正がご無理でしたら、本になさる時やネット上に公開なさる時には、必ず「発達障害」等の表現に変えてくださいますように。まるで言葉狩りのようですが、被差別部落出身者にたいする○○という表現と同じで、やはり当事者と家族を傷つける言葉なので、不用意に使用すると みづうみが批判を受けることになってしまいます。
(秦 感謝すぐ訂正します。アタマが古くさいまま修正できて亡くて。
老耄とて言い訳には成りません。)
差別表現をうっかり使用しても、みづうみは差別を心底憎む人で それを創作の一つのテーマにしてきた方であることは「読者」なら誰でも知っています。反対に、差別用語を使わないだけで差別的、偽善的な人間は、私を含めて山のようにいると思いますが、公然とある言葉を使わないことから、差別的な社会を改善していくしか方法がないのでしかたありません。昨今、「つんぼ桟敷」「めくら判」も「片手落ち」も使えないのですから、まして「精神薄弱」は禁忌です。
相変わらずのお節介ではございますが、何卒お許しくださいますように。
(秦  感謝します。)
ここ数日ケイト・ブランシェット主演のエリザベス一世の歴史もの『エリザベス』『エリザベスゴールデンエイジ』二本を観て、『鎌倉殿の13人』も続けて観て、気分は晴れません。「権力者」であることは、人を殺す職業を選ぶことと同じだとしみじみ嫌悪を感じます。権力の座とは金輪際無縁でいたいと思います。幸いこの願いは簡単にかなえられていますが…。
わたくしは、世界を支える歴史の泡の、まともな庶民でありたいです。
湖の本、すでに160巻に手が届いていらっしゃるのですね。このお仕事が、あるいはみづうみの現在のご体調を支えているのかもしれません。とは申すものの あまり飛ばし過ぎずに、ごゆっくりお進めくださいますようにと願うばかりです。
さわやかな秋晴れの一日になりそうです。   秋は、ゆふぐれ

* いい読者を「身内」のようにも。有り難さ心強さ、はかり知れない。
2022 11/2

〇 お元気ですか。紅葉が進み 秋が深まっています。風邪ひかぬよう。お大事に。
花筐のこと、最初に上村松園の絵と能の花筐を思いました。寒くなります。 尾張の鳶

◎ 花筺 すこし長めの創作が進行中なのですよ。
疲労困憊という感覚と体調は抜け去ってくれません、無視して、すべき・したいをしています。すっかりお婆ちゃんと化しているかと想像しています。
コロナの感染者数が減るどころか増え続けてます。出歩けない間に脚が萎えてしまいそう。

宿を取らねばならない京都というのは、「ウソ」のようで。新幹線に乗れば済むというワケでなく、遠くなったなあと。
円通寺の縁側に腰掛け 比叡山がみたいなと想う。仏様の御顔と あちこちで再会したいなあと思う。保津川に雪の季節が来るなあとも。戦時疎開した旧南桑田郡樫田村字杉生(すぎおう)(いまは大阪府高槻市内とか。)の蛍と蛙の声に溢れた夏の夜、懐かしいかぎり。

坪谷善四郎という著者の千頁を越す『明治歴史』とドストエフスキー『悪霊』熱愛中。四書のうちの『中庸』そして『史記列伝』『水滸伝』も。「金瓶梅」読みたいと心がけています。

処方されている利尿剤のせいか、よろよろします。自転車には乗れなくなり、家の中で数回転倒転落、幸い異常は無いです。

「撮って置き」の映画を頻頻と観ています。昨日の『ドクトル・ジバゴ』が凄かった。ドラマでは『ドック』そしてやはり『鎌倉殿の13人』に注目しています。

文化勲章の松本白鸚に、幕末の秋石畫、見事に丈高い松の秀にちいさく鶴が降りて、空高く高くに小さな旭日という長軸を謹呈しました。京都の「ハタラジオ店」の昔に出逢っているのです。お父さん(初代白鸚)と一緒に「電池」などを買ってくれました。彼は少年でした。

ロダンの地獄の門を遠目に、上野の美術館前庭に ゆっくり腰掛けたいなとねがうのですが。  お元気で。  鴉 勘三郎
2022 11/4

* 寝起きても、食欲無く。紅書房の菊池洋子さん来信 劇団俳優座来信 京都新聞社来信。明日の用意だけして、このまま寝入りたい。六時半。
2022 11/4

〇 秦さん、こんにちは。
先日は湖の本を送ってくださりありがとうございました。すっかりご無沙汰してしまい申し訳ありません。
昨日今日と、秋らしく気持ちのいい日が続いていますね。
コロナも落ち着いてきたかと思いきや、また増加傾向のようで、これからはインフルエンザも流行る季節で、きりがない感じですね。
わたしは、先日とうとう50代に突入しました。東工大で学んでいた時代から、さらに倍の時間が経ったことになります。
50年を10倍すると500年で、500年前は室町時代ですが、完全に歴史上のもので、ある意味他人事という認識だった時代までの年月の、考えてみると10%を生きたのかと思うと、なんだか身近な感じがするようになったのは意外でした。
西暦の2000年余りも、以前思っていた悠久の長い年月などではなく、その時間を、人間はあっという間に駆け抜けてきたんだろうなというようにも感じます。小さいながらも物差しの1単位を生きて、いままでより時間の長さのイメージが掴みやすくなったかも知れません。
これから寒い日も多くなりそうですので、くれぐれもお体をご大切になさってください。
またお目にかかれる機会を楽しみにいたします。  敬彦

◎ 久々に聴く 上尾君のすすばらしい「直観」、とても嬉しく、繰り返し聴きまた読み返しました。 秦
私は、自称ですが「歴史屋」というほど「歴史」「時間」に心惹かれていろいろにモノ思いますが、上尾君の直観に、同じい感想をいつも持ちます。私の作風とも謂われます、一つの作に時を隔てた叙事や描写の現れることの多いのにも関わっているかと。「場」と「時」とは、精妙に関わり合う「生」の課題に思われます。
東工大で親しんだ若い友だちのパソコンで伝えられる「消息」が、おおかたはただ談笑のスナップ写真ばかりで、今日に、現代に、課題や疑念に突き刺さって行く「ことば・言葉」の読み取れないのに落胆していました。上尾君の健在に、とても励まされます。  ますます ご家族ともどもお元気に、お幸せにと祈ります。
ハタさんは、すっかりやせ細って、あの頃の86キロが52キロまで疲弊の底を這い回っている日々ですが、生き生きした「言葉」の探索と創作とは日々の要事です。

せめて、もう一度は、会いたいなあ。

〇 今朝 ブーニンというピアニストの「テレビ」放映に感動しました。
ピアニストというと、グレン・グールド一辺倒のように来ましたが、ブーニンの佳いピアノ曲をしみじみ耳近に聴きたくなりました。板で、どこかで、買える物でしょうか。
やはり「ピアノ」が断然好きです。それもピアノだけで聴きたい、オーケストラやコンチェルトは、未だ荷が重い。
演奏者によって、おなじ曲をおなじピアノなのに、まるで違う「音楽」が聴こえる、それに今頃、心惹かれています。
とても私は、今、元気と謂えません、疲弊し困憊の底を這っているような毎日ですが、「考えて、書く」仕事だけはしています。「もーいいかい」と天上から呼ばれる日々ですが、「まあだだよ」と返事しています。
感染はまだ下火とも言い切れないらしく。ご用心あって,お元気でと心より願っていますよ。
2022 11/6

* 上尾君の感想を読み返し、刺激も感じている。
2022 11/7

* 神戸市の信太周先生、例のあれこれと懇切のな手紙を頂戴。美味精到の稲庭うどんも戴いた。恐れ入ります。松原市の岸田準二さん、練馬区の持田晴美さんらも。
2022 11/7

〇 お元気ですか、みづうみ。メールありがとうございます。嬉しいです。安堵のあまりへなへなになりました。それにしましてもみづうみがお医者さまにいらしたことに驚いています。よほどお具合悪かったのではないかと案じていますが、顕著な異常がなかったことは何よりでございました。ご体調がなかなか戻らなくても、なんとかしのいでいただければと願っています。「八代集秀逸」の
* 朝ぼらけ有明の月と見るまでに 吉野の里に触れる白雪   坂上是則
この歌は、子ども時代のお気に入りで絶対に誰にもとらせない札でした。なつかしく。
取り急ぎ御礼お伝えします。立冬でしたね。お大事に。  冬は、つとめて
2022 11/8

* 私家版を創った初め 頒価はいれなかつた。医学書院の長谷川泉編集長は {次}には 必ず頒価を入れなさいと、最初の助言だった。
「本」として永い「寿命」を読書界に保てるのは、高価・廉価に拘わらず、「頒価」が付いていること。それが無いと、「古書」としても 「新本」としても、読者になろうとする人は、掴む手づる、寄りつく島が無い。
時を経て、若かった私にもそれが判った。次からは私家版とはいえ、躊躇わず「頒価」をいれた。「売ろう」「売れる」るという意味では無いのだ。
読者がぜひ手に入れたければ、お金を払えば手に入る。頒価がないと、著者に頭を下げて「貰いに行くハメ」になる。碩学長谷川泉の、一等最初の助言だった。
2022 11/8

◎ とびのこゑひさしく聴けぬおほぞらをあふぐからすは瘠せてはね打つ

〇 元気でゐてください。あらためて明日メール書きます。
もうお休みになられていらっしゃるでしょうね。お休みなさい。 尾張の鳶

◎ わたしは もう衰弱の極にいる。このまま体重50キロを割り込みそう。
それでも、つぎつぎに、いろいろ書いているよ。「花筺」も「わたしの徒然草」も「怪談」も「私語」も。
読書も、旺盛。 ドストエフスキーとトルストイ。源氏物語と参考源平盛衰記。 漢籍の古典や詩。
そして毎朝、日記の頭で 古典の「和歌」を「歌合わせ」のように「判」読を楽しんでます。
みな、生きているうちしか出来ないから。「もういいかい」の天からの誘いに、「マアダダヨ」と小声で言い続けています。 カアカア 鴉

〇 拝啓
季の推移早きことなかなか追いつくこと出来ません。コロナ禍収まらず、いかがお過ごしですか。湖の本、早くにいただきながらお礼言上出来ませず失礼いたしております。
下半身ct検査の筈が、肺に影りとの診断、観念しつつ再検査(コロナ感染者濃厚接触の報まで受けさんざんな日々でした)。肺ガン入院とうかがった先輩に、私も縣ガンセンターに通っていますと見舞状出したところ、私はガン病院有明病院との返書あり、こんな際にも位取りあるのかなど、やっと達観の境に居ります。
父上のご生涯まことに厳しく、ただ、戦時中 銀行をもたない理研コンツェルンは整理に追われたとの記事読んだことあり、父上の失職、必ずしも病気理由だけではなかったのかなど考えました。
「聖ヨハネ病院にて」など、なかでも「死の棘」は読み返すこと難渋しましたが、悲惨ななかにも 実家、親戚の手厚い援助あったことを知り、父上の場合いかがなりやなど思案しました。近時評判の「オートフィクション」が秦文學の骨格かなど、改めて味讀の楽しみ得たく、遅ればせながらお礼申し上げます。
十二年前の作ですが、
母葬るふるさとは早や秋しぐれ
いとこ達(連れ合いも含めて)も大方逝き郷里も遠くなりました。 「お届けは秋田の物」が口ぐせだった、ふるさと大使を務めた亡きいとこの言に従い 稲庭うどん少々お届けしました。奥様どうか、着到ご返書ご放念下さい。
思わず長く生き、ソ連の満州侵攻第一陣は、刑務所出所者で、正規軍到着まで乱暴の限り尽くしたとの記事、一身二世とか、近時、ロシアの軍事会社の刑務所での入隊勧誘のテレビ観て、このようなことかと合点がゆきました。
お揃いでお大事に    草々
11月1日       信太  (神戸大学名誉教授 国文学)
秦様 ご侍史

* わたくしの作風はおおむね「オートフィクション」に部類されるのかと、納得。
「蝶の皿」「廬山」「絵巻」などは異なるが。

〇 衰弱の極と、あまりの体重減少と。 涙がこみあげてきます。
そして、書き続けていらっしゃる鴉の精神、魂の強靭。
生きてこそ、そして今現在を、「まあだだよ」と。思い切り、悔いなどないよう、お互い生きたい。
かかりつけ医に相談なさって 栄養摂れるようなさってください、本当に、本当に。これは「尾張の鳶」の叫びです。

* 信太先生、「稲庭うどん」をたくさん下さる。

* 京都の羽生清さん、京の名菓とお手紙下さる。
2022 11/9

〇 喜怒哀楽の未だ発せざる、これを「中」と謂ひ、発してみな節に中(あた)る、これを「和」と謂ふ。「中」は、天下の「大本」なり。「和」は、天下の「達道」なり。
「中和」を致(きわ)めて天地位するなり、萬物、育するなり。  中庸
* 以前にも「感じ」て、引いてたかも知れない、四書のうち『中庸』の一至言と読む。
この『四書講義』上巻は大阪偉業館蔵版、明治廿六年二月十日の刊、三十壱年四月廿八日再版本で、秦の祖父鶴吉は三十歳、父長治郎誕生直前の本。それを令和四年の私が手にし眼にしている。本の綴じは、手にするつど端から崩れて行く、百数十年むかしの一冊、読み崩すまいか、読みたいか。読みたい。
「四書五經」と謂う。『中庸』は「四書」のうち。
今、もう一冊手に持っている『詩經講義』は「五經講義第二」本に当たっていて、私の久しく苦手として、どうも判らないで来た「詩」なる一字の大義が、学び識れるかと期待している。
すでに巻頭「凡例」の一に、
「詩」ニ六羲アリ 曰ク「風」 曰ク「賦」 曰ク「比」
曰ク「興」 曰ク「雅」 曰ク「頌」 是レ也
これ、 門外漢なりに、「短歌」を詠作し「俳句」を鑑賞する一人として、体験的・具象的に理会も納得も出来そうに思われる。「詩」とはと訊ねて、どの昨今の「詩人」らもこうは答えてくれなかった。
わたしは日本文化を早くから「花と風」に託して、説きかつ主張してきた。上の「六羲」と噛み合うている。そう思う。
東京山手の懐かしい庭園に「六義園」がある、忠臣蔵に絡んだかの将軍家御用人柳沢吉保の旧邸だ、名園の少ない東京では筆頭格の好環境、かつてはe-0ld勝田貞夫さんと夕暮れる迄しみじみ逍遥散策を楽しんだことがある。
また久々に行ってみたいなあ。勝田さんとも会いたいなあ。せめてもう一度。
2022 11/10

〇 『湖の本 一五九』ありがとうございました。
京都の朝夕も冷たくなり これから一等寒い「二月」に向って行くのかと思うと 身が ひきしまってまいります。
今年も残り二ヶ月を切ってしまいました。
大河ドラマ、「鎌倉殿の13人」もいよいよ大詰を迎えます。
「自在にも 大胆にも 積極的に古典は所有されていいと思うのである」という 先生のお言葉を励みに、古典や歴史を 私なりにいろいろ考えてまいりました。
中国に倣った律令制とは違う 現実に合わせた武家の法制度を作った北条泰時や 朝廷への反旗を促した政子北条氏の居た時代は 私にとっても興味深いものでした。
しかし 殺伐としていて、 そのうえ形を変えながら 今も似たような争いが繰りかえされている、この時代が好きになれません。
「平家物語」では、「それよりしてこそ 平家の子孫は永く絶えにけり」とありますが、貴人に嫁した女性たちが、 その後の有力者を産んでおり、今日の感覚では 子孫断絶とは言えなくなっているようにも思います
暦の上では はや冬となつてしまいました
先生
奥様 どうぞ くれぐれも お身体 大切に
おすごしくださいますように         羽生 淸   京都
秦 恒平 先生

* 京都にかかわって思案することの多い昨今、羽生さんのお便り、深く胸に落ちて懐かしい。
2022 11/10

* 「写真」を送って見える方のその3センチ弱四方のそれらは、私の機械では、技術足らずで大きくしては眺め得ない。やむなく、即、消去している。「写真」より「言葉」が有難い。同じ言葉でも人により表しようにより、異なる意味と世界とが見える。写真は、この「日乗」冒頭を飾った「桜花満開」のように圧倒的に美しいのが有難い。スナップというのは言葉通りに気宇も視野も小さくて励まされない。
2022 11/11

〇 お元気ですか。
最近読んだ本『テクノロジーが予測する未来』伊藤穣一について書いておきます。題名からしてチンプンカンプンであろうと思い、たしかにわからなかったのですが、面白かったし、何よりこの手の本にしては初めてですが、未来に希望の種を見つけました。
ブロックチェーンという言葉をご存知だと思いますが、現在ネット上に劇的な変化が起きようとしていることが描かれていました。
GAFAのような中央集権的な強大なプラットホームに支配されているWeb環境から、現在は分散的、非中央集権的Web3の世界に移行しつつあり、上手に舵取りすることで世界をより良く変えられるという内容です。
文化の面においては、アーティストが直接作品を「売る主体」になる可能性が語られていました。たしかに仮想通貨世界でのデジタルアート販売は盛んで、これは「湖の本」のデジタル版といえるかも。これまでネット上での頭の痛い問題であった内容の勝手な改ざんが不可能な、透明性のある発信が新しい技術により(しかも日本人の開発した)可能になったらしく、それはアート作品のWeb上の著作人格権を守ることに繋がるであろうと、私は理解しました。(文中に文学作品についての言及はなかったので、あくまで私の推測なのですが、仮想通貨の実現はこの技術なしには不可能でした)。また、この一連の技術革新では「直接民主制の実現も可能」です。新たな支配者をつくるのではなく、衆愚政治にも陥らずに、「真の民主化」に向けての機械環境を創っていこうと結ばれて、励まされました。
既存の権力の抵抗で、期待しすぎてもそんなうまくいくはずはないでしょうが、少なくとも、著作人格権が可能なだけでも、大進歩です。改ざんされる危険がなく、しかも多くのひとに共有されることが可能である媒体、これはまさに文学藝術の目指すことです。今後はWeb上で市場原理ではなく、「かたちのない価値」が評価される社会が可能になるとのことで、これは次世代への一つの希望ではないかと思いました。
色々な健康上のご不調は、みづうみだけでなくわたくしにも、これから顔を出すと思いますが、それが「生きているということ」のようです。どうか、うまくおつきあいください。長く永くご一緒したいと願っています。     冬は、つとめて
2022 11/11

〇 秦さんへ
『令和四年(二○二二)十一月十日 木』のメール 本当に有難うございます
「八代集」「四書」「六義」 勉強したいなぁと思っています 「六義」ってぇのもむずかしそうですね
この頃は歩行器を一本杖に変えて訓練してます 少しですが外へも出て見ますが 家の中とは大違いです 視力低下も困っていますが なんとか頑張っております
特別養護老人ホームの方は インフルエンザとコロナの予防注射も始まり 相変わらず戦闘態勢です 家族の面会もできず長期にわたり 現場は本当に困ります 大学から派遣されている若い医師たちが頑張ってくれて助けられています
やはり第八波はかなり心配です
どうかくれぐれもお大切にされて下さい
秦さん 六義園 また行きましょう    勝田拝
2022 11/12

* 下関の大庭碧さん、赤間の「雲丹と、外郎菓子をたくさん送って来て下さった。外郎は子供の頃より食べやすくて好き。ことに赤間の「雲丹」は是ピンサレが五倍も美味くなる。感謝、感謝。
2022 11/17

〇 お元気ですか? 先のメールでお酒は召し上がらないとのこと、大好きだったお酒が飲めないのはつらく残念でもあり、お身体がアルコールを望まないかとも、お寂しいと察します。
選集の『雲居寺跡』を読み進めています。218ページの「星夜空を衝くあの一本」と書かれた個所では雲竜院の庭で見た落雷した老立木を連想しました。九条頼嗣などそのつど辞書など調べて読んでいるとなかなか・・この著述を鴉は早い時期に書き、世界を構築されている!!!
菊谷・菊渓の地名も懐かしく読みました。昨夜ちょうど後白河法皇の番組を見ました。
清閑寺あたりから将軍塚、蹴上へ、比叡への足取りも改めて意識しました。京都トレイルの道も思い起こされます。
一週間後、シンガポールから四年ぶりに娘一家がやってきます。11月下旬から「冬休み」に入り新学期が一月、日本の正月元旦から始まります。学校では英語、中国語の授業なので日本語が殆ど話せなくなった孫たちにひたすら日本語を話すよう頼まれています。
今日からさまざまな準備を始めました。が、さて8人の食事やら 些か大変、娘たちはそれぞれに仕事があるので・・。わたしも幾らか年齢を意識しています、どこまで頑張れるかなと少し気に懸かっています。五週間の滞在です。
昨日、地球の人口が80億人に達したと。アフリカなど飢餓線上に生きている人たちの事、ウクライナのように戦争に苦しんでいる人たちの事、常に意識して暮らしています。
冬に向かう時期、オミクロン感染増加のニュース、とにかくお身体大切に大切に。
長いメールが書けなくてごめんなさい。  尾張の鳶

* 佳いメールが読めて良かった。このところメールも誰からも無く。ポツンとした気分だったが。ありがとう。羨ましいほどの賑やかさようで。
我が家は、読者の皆さんとの交流在って幸い生きのびている。それがなかったら、老夫婦とネコちゃんず、だけの、ひっそり閑。朝日子も建日子も、愛しい「孫」を「呉れない」仕舞い。寂しい。今日も、妻は、静岡市の女性読者と楽しそうに長電話していた。一度家へも見えたことのある、久しい人。
わたしは電話で楽しむというヘキが無い、向こうサンがご迷惑だろうと遠慮もするし、シャベリ下手。

* サ。階下へ。明日の労働のためにも、寝床へ。
2022 11/18

* 高麗屋の松本白鸚丈、文化勲章自祝の記念品を贈ってきた。
2022 11/19

◎ 【お知らせ】吉岡家主屋(=実父吉岡恒の生家。恒平も実父母を識らぬまま数歳まで預けられていた。)が、登録有形文化財となるそうです 南山城 岩田孝一・従弟
〇 to: 秦恒平 様
ご無沙汰しております 山城の岩田孝一です お元気でしょうか 「湖の本」新刊送っていただいてますこと ありがとうございます。
昨日の 文化庁の文化審議会の答申で
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/93791601.html
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/93791601_03.pdf
当尾の吉岡家主屋が
建築物 基準2 で登録されるよう答申がなされました
お知らせまで
また コーヒー豆送らせて貰います
追伸
昨年 内藤湖南の終焉の地である恭仁山荘のある木津川市内の 内藤湖南先生顕彰会の事務局を引き受けたのですが、
現在の関西大学恭仁山荘の周りの様子を確認しに行って 秦テルヲの作品の何点かが恭仁山荘のすぐ近くから見える情景を画いたものであること、一点には恭仁山荘の書庫であった白壁の蔵が画かれていた事に気づいて、過日 (今日・三條粟田口=)星野画廊を訪れた際に星野桂三氏にその地点の風景の写真を報告、過去の図録と突き合わせ
「これは間違いない、今もあるんやな」
と 喜んでいただけました。

* 当尾の実父生家、恒平祖父母の本家 の写真を一葉持っている。長い高い石垣が立派。幼い日の印象も比較的はっきり残っている。もう亡い叔父(父の異母弟)の家族が今は暮らしているはず、一度だけ叔父叔母存生の昔に訪れたことがある。文化財と言えば、ま、文化財らしい邸宅とは謂えよう。もう、とてもとても再訪はあるまい。
孝一君は比較的近くに暮らしていて、コーヒー豆の専門家。
2022 11/19

* 石川の井口哲郎さん、豪快な「山の芋」を六つも送って下さる。摺り下ろして,私、喜んで戴く、感謝。『湖の本 160』届いたろうか。

〇  お元気ですか、みづうみ。
湖の本百六十巻頂戴しました。ありがとうございます。とうとう百六十巻達成、本当におめでとうございます。
昨日は何十年ぶりかの高熱で朦朧とした一日でした。
まさかのコロナです。夫がどこかで感染し、濃厚接触者の私は、ちょうど二日目に症状がでました。二人ともワクチンはきちんと接種していましたが、ワクチンは万能ではないので 何度も罹患するひともいるとか。
今日は微熱に下がっていますが、まだ回復しそうになく疲労感の中を泳ぐように過ごしています。もう恐れるに足らない感染症のようにいわれていますが、とてもしんどい状態になりますので、みづうみは益々お気をつけてお過ごしください。早く元気になって記念の一冊を読ませていただきたいと願っています。
取り急ぎ御礼申し上げます。  秋は、ゆふぐれ

* 用心に用心しつつ用心す
2022 11/22

* 「湖の本 161」にながい「あとがき」を書いた。作家は他の作家をどれほど見知っているだろう。自身の視野をやや別角度から覗き観た。

〇 「湖の本160」をありがとうございます。
あとがきにあった「大学」の理より「静かという美しさ」の煌きの方が 私にはしっくりきました。  都下  野路

* 感謝。

〇 秦先生 湖の本#160 拝受しました。
頁をめくり、日々の活動を根気よく記録されているご様子に触れて、お前も負けずにやらねばと鼓舞されているようです。有難うございました。
ご案内を差し上げました今回の企画展「懐かしく、美しい明治の水彩」展の準備中、18、19の金曜日と土曜でそれまでの画廊展示作品を全て片付けて、代わりに水彩画60点ほどを陳列したのですが、若い頃と同じように全て一人でやり通したことが身体に跳ね返りました。土曜の夜から腰が痛くなり、日曜からは痛みが左足首の方へと移動。夜には寝られない痛みに苛まれました。
そういえば10月に作品の展示替えをした時にも同じようなことを経験していました。
騙しだまして、火曜日の展覧会オープンを迎えましたが、昨日の夜も痛みであまり寝られませんでした。家人からは筋トレをしていないからと諭され、これからは筋肉を鍛えなければと反省しています。
ほとんど客の来ない画廊でパソコンに向ってする仕事はこれまで通りに出来ます。来春発行予定の「星野画廊創業50年史」の原稿もボチボチ準備しています。
そろそろそちらにも今回の展覧会図録が届く頃かと存じます。ご笑覧ください。
奥様にもよろしくお伝えください。  平安神宮前  星野画廊

〇 湖の本 160 花筺はなかたみ2 臨谿而魚  ご恵送賜り誠に有難うございます  160号!おめでとうございます
パソコンで秦さんにお逢い出来て 20号くらいから本棚に並べて喜んでいたのを思い出します。
臨谿而漁 たににのぞんですなどる
中身はそれだけではない筈でむづかしいです
それだけさ と言われそうですがたのしいです
ゆっくり遊んでいたいです
遊んでください
コロナにもインフルエンザにも負けず 元気を出して頑張ります
くれぐれもお大切にされてください   千葉   e-old 勝田拝

* 感謝。

〇 秦恒平様  お元気のご様子で何よりと存じます。昨日、『湖の本160』をいただきました。変わらぬご厚意に感謝します。本日、仕事の前に拝見しました。
多くの方々との交わりの中で、充実したご生活を送っておられることをお慶びします。 秦さんの生活感慨、読者の方々の感想と生活報告ーーコ・サミョン夫人などーーを貴重な報知と受け止めて、感謝しております。
私は毎月、違ったテーマの講演を種々の団体から要求され、講演の原稿化などに追われて、忙しく生活しております。ありがとうございました。平安をお祈りします。
国際キリスト巨大学名誉教授  浩

〇 秦 兄  湖の本・第160巻おめでとう。そしてありがとう。
当方 元気にしています。 近況詳細は改めて後便で。 京・岩倉  辰

〇 秦 恒平 様  「湖(うみ)の本 160 花筐 はなかたみ 2 臨谿而漁」を拝受しました。
コロナ第8波で感染者が増えています。感染力は強いが重症化率は低いと言いますが、高齢者にとっては矢張り脅威です。くれぐれもご自愛のほどを!
令和4年11月23日 勤労感謝の日に  靖夫 拝   (妻の従兄)

〇 メール嬉しく
雨の朝 セントレア空港まで迎えに行って来ました。これから5週間、家族が増え 多忙の日々です。
元気です。安心あれ。鴉こそ、大事に、元気ですごしますように。
改めて書きます。  尾張の鳶
2022 11/23

〇 秦様 お身体の調子がお悪い中の力作、嬉しく拝読させていただいています。
また先日、頂戴いたしました平家物語のご本も少しづつですが、毎日読ませていただいています。注釈の丁寧な本をご選択、ご配慮いただきましたおかげで、身近く読ませていただいています。
謡本にも、気付かされることや、独吟の楽しみも増えました。嬉しく感謝申し上げます。
また先日は新たに、「湖の本」『能の平家物語』を賜りありがとうございました。お稽古仲間の方が、丁寧に読んでくれているようです。
寒暖の差が激しい昨日今日ですが、迪子さま共にお体お大事にお過ごしくださいますように。    持田晴美  妻の親友

* 花筺ご持参で玄関まで見えるというので、私が近所まで出て、路上失礼して帰って戴いた。

◎ コロナが「空気感染」へ大きく移行し、用心をと、報道も知人も知らせているときなので 対話と接触を辞退しました。読者たちの家庭でも、あっという間に家族が全員感染という例が重なってきています。
迪子も私も基礎病変があり、このところ疲労困憊していますので、あえて失礼致しました、お察し下さり、お許し願います。建日子の帰宅も 断っています。
来春までは用心に用心と、警戒しています。
お花筺を有難う御座いました。
くれぐれも慎重を極め日々ご用心下さいますよう。わたくしは「読み・書き・読書」に徹しています。ことに、今こそ「読書の秋」と。
2022 11/24

〇 拝復『湖の本』160 お送り賜り、まことありがとうございました。ずっと頂戴しておりながら、御礼も申し上げず、まことに怠惰の至り、おわび申し上げます。
巻頭近くの秋成にふれた御文章とてもなつかしく拝読し、また私の名も出して頂いているこしに、改めて感謝申し上げます。
思えば、秦さんや高田衛さん等の、熱狂的な秋成贔屓に導かれて、私は秋成研究を進めてきたのでした。感謝あるのみです。
コロナ再燃、どうぞご自愛専一に。 敬具  長島弘明  東京大学名誉教授

〇 拝復『湖の本』160拝受、恐縮に有難うございます。
親父が智恩院に縁が深く(元 仏教大学学長)、私は玉木里千代、里春姉妹健在のころは、いつも如月小路の「玉木」に泊っていました。また京都一中時代の友人が、白川界隈に住んでいた縁もあり、膳所裏にも知った飲み屋がありました。そんなことで,あの辺の地名だけでも懐しく をひろううに拝読しております。
来月一日久々(三ヶ月振り)に京都に参ります。
鳩居堂の娘の一人、元『毎日』今「淡交社」の山男の孫、元京都新聞の文化部長の忘年会で会って帰ります。
一九二六年生まれなので迷惑だけはかけないよう帰りの新幹線に乗るといつもホッとします。ひして小田原で降り、湯本で一服して、東京へ。
古典に親しまれる尊台にに敬服しております。  目白  稲垣 真美  作家

* せいぜい佳い老境をお怪我なくお楽しみありますように。

* 「九十を過ぎましたが、まだまだ元気で、自転車を走らせて買物にもいっております」と評論家の平山城児さん(元・立教大学教授)。お怪我有りませんよう。

〇 早大図書館、水田記念図書館、文教大国語研究室からも「受領」の来信。
2022 11/24

* 学校時代に、慕わしく深く感謝した「先生」方が十三人と私に聞いて、妻、「沈黙」。
何の過剰も加上もない、私には眞実で、心より今も喜び感謝している。実意のままに書きとめて置いた。読まれれば、どなたも頷いて下さるだろう。
有済国民学校・小学校で。  吉村先生、寺元先生、中西先生
弥栄中学で。  釜井先生、小堀先生、給田先生、高城先生、佐々木先生、西池先生、         橋田先生
日吉ヶ丘高校で。  上島先生 岡見先生
同志社大学・院で。  園先生、金田先生

〇 ご無沙汰しております。
昨日「湖の本」受け取りました。ありがとうございます。
ウニ届いててよかった、安心しました。
迪子さんはお元気ですか? お疲れでしょうか。
メイルは通じるのだと気づいて打っています。
先週土曜日に岩田孝一さんより吉岡家主屋の文化財登録のお知らせがありました。こういうとき、おめでとうございます、になるのでしょうか? 嬉しいお知らせですが、維持していかれるのは大変だろうなぁとも思います。
ちょうどその日、ずっと以前に印刷しておいた「生活と意見」を最初からじっくり読み始めたところでした。自分がちっとも勉強していない、何もわかってない、とあらためて感じます。
この夏にようやく「魅せられたる魂」を読んで友人たちにも薦め、いままたゆっくり再読しています。
他には「日本の歴史」第6巻 「能の平家物語」など。並行して読むのは苦手ですが、ときどき試してます。昨日は「風にそよぐ葦」 伊藤野枝集を買いました。
今回のご本、非常なお疲れのご様子ばかり、心配になります。いまは、少しは、快復なさってるでしょうか? 夏に向かうときに食欲のなかったのは相当にお身体にこたえたこととおもいます。
どうぞどうぞ、お薬と思って〜それも辛いでしょうけれど〜お口に入りそうなものは何でも召し上がってみてください。
くれぐれもお大切になさってください。お願いいたします。
迪子さんもどうぞお大事に。
来週から急に寒くなるそうです、お身体に障りませんように。 下関   大庭緑

* 真夜中と信じて寝入っていた。宵の八時だった。私の体感時計は狂っている。ほかにもあれこれ狂っているのだろう。老いを生きるある意味良薬を服しているのかも。

* 十時。もう、やすもう。
2022 11/25

〇 ありがとうございます!
1999年2月3日の項を読んでいました。『迷走』を送ってくださり、文字コード委員会の始まった頃です。
私からのメイル、スマホに変えたら件名表示が出来なくなりました。
読んで頂けてよかった。
私語の刻、ありがとうございました。
当尾の(吉岡本家の)写真は岩田さんのお知らせに 2枚添付してありました。有難いことです。
先ほど書きそびれましたが、前号に、脇明子さんとご連絡ついたのを読んで、とても嬉しく安心しました。
コロナはやはり感染力強いですね。私も気をつけます。どうぞくれぐれもお大事に。
ありがとうございました。   下関  緑

* 朝いちばんに、こころよいメールが読めて、思いも和んだ。感謝。
2022 11/26

* 「懐かしい先生方」十五人の思い出を書き上げた。こういう手土産を持参して「もういいかい」と天上から誘ってくる人らのもとへ帰って行く気だ。「まあだだよ」
2022 11/26

* 「懐かしい先生方」十五人の思い出を書き上げた。こういう手土産を持参して「もういいかい」と天上から誘ってくる人らのもとへ帰って行く気だ。「まあだだよ」
2022 11/26

〇 お元気ですか。近くの色付いた大きな楓を観ると、背景が全く違うけれど、古都京都 嵐山や東山の辺りが懐かしく、もう帰れないかも…
最晩年
ノンビリと過ごしています
大学生の独り息子がいる娘家族と同居なので話相手がいて淋しくはないですが、コロナ騒ぎ以降ご近所との立話も無くなりました。
今や週二度のマスクを掛けてのデイサービスが唯一他人と話す機会かな ヤレヤレ
お元気でお過ごし下さい。 又…  花小金井 千恵
2022 11/27

* このところ 頂戴モノ數有り、恐縮し感謝している。
なにともなく心賑はひためらはで文りがたく品もうれしく
かく老いてやそしち爺と婆の日々を人のおもひに励まされ生くよ
井口哲郎さん・みごとに丸い山芋  水谷葉子先生・とらやの羊羹  持田晴美さん・美しい手籠の盛り花  山本道子さん・帝も召すと聞くクッキー  富士も佐貴子さん・超珍味の鰻生姜  ロス暮らしの池宮千代子さん・京都出来の最中  鳥井きよみさん・静岡の蜜柑八キロも  井上八千代さん・超愛づらかな酒肴「ほたるこ」 大庭緑さん・赤間の雲丹と外郎と

卑しくて謂うのでない、「湖の本」にも「私語の刻」にも共感して下さり私たち老耄の日々懸命を激励してくださるお手紙であり頂き物なのであって、「市井の作家」として今も生き続け得ている「幸せな老い」よと、ただ嬉しいのである。

* 昨日もお便り・お手紙、たくさん、感謝。順序も無く。
大正大名誉教授岩淵宏子さん、大冊の新刊『(パンデミック)とフェミニズム』に副えて。 大學いらいの久しい心友・安川美沙さん、 「湖の本」 「今や、1冊の本以上の存在です。お元気にいらして下さい。(秋)をおとどけ」と、豊かに奥深い諏訪大社本宮の黄葉の写真に。 和歌山御坊市から久しいお一人・井領祥夫さん、ご不自由な手とパソコン300%でよんでいというしりょくとで、大きい原稿用紙に、「老いてますますお元気な文筆活動に励まされていることを一言申し上げ、お礼の言葉とさせて」と。哭く。
大阪池田市の陶芸家江口滉さん、「秦さんに触発されて、中公文庫日本歴史全26巻(古書)をまとめ買いして、本年六月から読みはじめ、今、七冊目鎌倉時代まできました。ほぼ毎月一冊のペースです。まるで小説を読むようにテンポ良く愉快です」と。にこッとなる.。 都下国立市の久しい安井恭一さん、「いくつなっても智の探究をお続けなさっているお姿には、本を頂く度に、かんぷくしております。私もあやかりたいと思っておりますが生来の怠け者、慚愧に堪えません」と。まあ、お気楽に。 奈良明日香の画人烏頭尾精さん、小作の写真葉書何葉も副えられ、「満九〇歳を迎え、残される時の少なさに日々切々の、感です」と。こころして創作する者には共通の感懐と。大和のまほろば殊に明日香の野や星穹を独特のを朦朧体で印象濃く描かれる。松園、松篁、淳之の「松伯美術館」から、また高麗屋松本幸四郎一党の公演案内も。神戸松蔭女子学院大学から受領の来信も。
さびしいことだが、「湖の本」創刊から36年余、久しい身内同然の方の訃報にも接しねば成らない。
2022 11/29

〇 お元気ですか みづうみ。ご心配いただきありがとうございました。
昨日でやっと隔離期間が終わりました。感染させる心配がなくなりほっとしています。
高熱で二日、熱がさがると今度は咳込んで 二日ほどはろくに眠れず、かなり体力消耗しました。 以前パリから持ち帰ったインフルエンザよりほんの少しましでしたが……。
初めての経験だったのは、ものの味が奇妙に変わったこと。コロナで味覚嗅覚がなくなるという話は聞きますが、そのバリエーションでしょう。しばらくは水を飲んでもうっすら塩味を感じました。食欲がなくて、なんとかラーメンでもと作りましたら塩辛くて食べられなかったのには驚きました。ラーメンの味が、まったく別ものになるのです。お蔭で、人生最低体重になりました。幸い味覚は復活していますが食欲はもどりません。
声を大にして申し上げます。感染しないのが一番です。
この冬、とにかくご用心ください。インフルエンザの流行と重なると、体力の落ちた方には危険だと思います。無症状、軽症のかたも多いというのに、自分が使い物にならない一週間を過ごしたのには がっかりでした。
寒くなりました。どうかご無事に、お元気に来月のお誕生日をお迎えくださいますように。 秋は ゆふぐれ
2022 11/29

* 九大名誉教授今西祐一郎さんからお手紙で、古來知られた小野小町の一首、文屋康秀に応じた一首
わびぬれば身を浮き草の根をたえて誘ふ水あらばいなむとぞ思ふ
の「読み・詠み」にふれ、お訊ねがあった。以下のようにお返事した。

◎ 逼塞の籠居に 飽き飽きしながら日々疲労困憊しています。
今西先生 どうぞ お大事にお元気にお過ごし下さいますよう。   秦恒平
現在、日録「私語の刻」毎朝の最初に,岩波文庫の『王朝秀歌選』の表記を借り、「前十五番歌合」「八代集秀逸」の和歌を、二首ずつ、私自身が「歌人」の目と思いとで「批評」しています。マルクス・アウレリウスやジンメルの「ことば」を掲げていた「続き」です。和歌の読める・詠める現代人はすくないので、趣向として通用しているかどうか、わかりませんが、だからこそと。

さて仰せの 康秀と応答の「小町の歌」は上の本には出ていませんけれど、従來、下記のように割り切っています。

わびぬれば身を浮き草の根をたえて誘ふ水あらばいなむとぞ思ふ

所詮 康秀の言い分絡みに小町歌の「根」は 本性「諧謔歌」であって、それ以上・以内でも、以下・以外でもない、と。
核心は、要は、「あらばいなむと」でしょうか。
「あらば」は、「あれば」と既認・受容の意向でなく、康秀の口から「縣見の誘い」明言を、冗談に類して小町からからかう程に慫慂し誘惑している、「どうせ口先のお誘いでしょうが」と。

本気で康秀が誘う水(=男・男性)であるならば、「いなむ=行ってあげますよ」  「けれど、要は口先のお誘いでしょう、なら、わたくしは遠い所へなど一緒に等行くもんですか」「いなむ=否む=くっついてなんか行かないわ」 と。

上の句に、まこと象徴的に「小町」という、所詮は男次第に「わび」た女の「性=生」の放縦と流浪とが「自認」されている、と、そんなふうに私は此の一首を読みまして,且つは、或いは小町を「批評」した誰か、男の、康秀自身かも、の「諷喩」一首かとまで読もうとしています。

お笑い下さい。  そして、くれぐれも日々お大切に。わたくしはただただ「読み・書き・読書」「創作」に余儀なく亦は幸いに日々没頭して疲労しています。
指先が痺れていまして、メールで、ご勘弁ください。
2022 11/30

井口さんから、私の送信していたメールは読めているとのメール来信、今日ただいま初めて、それが、確認できた。有難し。とりあえず返信してみた。順調に定着すれば、話し合い安くなるが。
2022 11/30

* 十二月 師走  冬至、日の、一年中で一等短い日には、八十七歳 やそしち爺となります。呵々

〇 「湖の本 160」有難うございました。
仙台(「仙台」が、私、好きなのですよ。」とありましたね。)に所用があり、足を伸ばして気仙沼まで出かけていて、お礼申し上げるのが遅くなりました。
復興の港町では、津波がこの高さまで来たといった文字がそこここに刻まれていました。
震災時に孤立した大島との間に橋が掛けられ、景観に配慮された防波堤も作られ、ぽっかりと空き地のまま残された場所もありましたが、歴史的価値のある古い建物が復元される一方で、斬新でお洒落なお店や会社・個人宅も建てられていました。
平日だからなのか、静かな町の青空がとても眩しく思えました。
明日から、はや師走。大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」もいよいよ大詰めですね。
コロナの第八波も心配ですが、どうぞお元気でお誕生日をお迎えください。 晴れ

〇  Re: 秦さん お変わりなく お元気でと願いながら。
メール拝受   尊敬する秦さんから「テルさん、如何」(湖の本160巻 P96)と問われたので、以下なるべく短く拙論を記します。
・ 侵略戦争は引き合わなくなった!!
他国を武力で攻め、領土を拡げ、人民を従わせて莫大な利益を得る、1次代前はこれが帝国主義国の常套手段でした。ところがある時期からこのパラダイムは変化しました。
変化の時期は第2次世界大戦後、平均的な世界の人々の意識が向上した事が大きいと思います。例えばアメリカのベトナム戦争・イラク戦争、アメリカ・ソ連のアフガン戦争、プーチンのウクライナ戦争いずれをとっても自国の兵・被侵略国の兵・人民を殺戮し、国土破壊の限りを尽くしても侵略した国に何の利益ももたらしていない事は明白です。
・ それでも戦争は起こる!!
割に合わない戦争ですが、時代遅れの指導者、行き過ぎたナショナリズム、大儲けを企む軍需産業など好戦勢力にに事欠かない国が戦いを仕掛ける現実を否定することはできません。秦さんの「危ないぞ 危ないぞ」は残念ながらもっともと思います。
仮に侵略戦争を仕掛けられたら当然国を挙げて戦うほかありません。また占領されたら不服従(ゼネラルストライキ・税金不払い・街頭アピールデモなど)が有効な抵抗になると思います。
・ 抑止力について
いま日本はプーチン的侵略に備えて、集団的自衛権・軍事予算の大幅増(5兆円→10兆円)・核兵器の共有化・敵基地攻撃能力の強化などに向かっているようです。
私はこの方向を助長する人たちに対して大変な不安感を抱いています。ずれも日本をまちがった方向に向かわせるものです。
・ 「核兵器禁止条約」について
湖の本160巻 P96の5行目(=氏名あり読み取れず)の氏名は「サーロー節子さん」です。添付「核兵器禁止条約とサーロー節子」をお読みいただければありがたいです。
核保有国とそれに迎合している国以外の大多数の国と国民は核兵器根絶を望んでいます。また国家がある限り存在する紛争(例えば領土問題)の解決手段を戦争に頼らない事を求めています。日本国憲法9条を「表札」や「抱き柱」にしたくありません。人類が存続するための必要な指標だと考えています。
・ 高みの見物ではない
秦兄が「自分の思いを可能な限り言い表し、それに責任持っておられること」はすばらしい事です。「防衛は戦力だけはでない」事も同感です。「この国を守る」人材と総合力・覚悟を日本人が持ち続けることがもっとも大切と思います。
今回秦さんのおかげで自分の考えをまとめられ大変よかったです。
ありがとうございます。お元気で!!
2022・11・30 西村明男 (中・高 親友 前・日立取締役)

* サイコーに嬉しい テルさんの行き届いての表明。胸を鳴らして読み且つ聴いた。
2022 12/1

* 午、高麗屋白鸚さんから歳暮の「鶏すーぷのラーメン」を戴く。時季で、なにかと頂戴モノあり、大益貞子さんの各種に調理の「鰻、京都の伊藤隆信さん、大柿と蜜柑をそれぞれに箱で。地元眼科の佐藤千里子先生、帝国ホテルの各種スープを。有難う存じます
* 住所録への転写記載も大仕事。亡くなった方も●を付して削除しないので、これはどなただっけという氏名もガンコに保存してあり補充して行き、凄まじい人数。幻のように「人生」が浮かび立つ、人様々の氏名と倶に。

* 私家版本四冊の各まえがき・あとがき を取りそろえ点検。私が、今書いてもおかしくない思惟と表明とがほぼ六十年前に則ち多剤省を受けて「作家」として世に出たより五年前にかなり正格かつ精確に既に書けている。 四冊の私家版本は實にこの五年の内に成っていた。いわば疾走の助走期だったと正確にに判る。とりまとめ老いて意味在りと信じる。

〇 謹啓
冬将軍の足音が近づいて参りました。
『海の本』160号を拝受致しました。毎号壱に有難うございます
表面的で浅い言説の流布する中で、身体感覚の或る深き一語一語に感銘しつつ拝読しております。
私の師導教授だった大岡信先生が 秦様の適確な御批評の言葉をさんびされていたことを思い出しています。
明日の日本海側は吹雪くとか。向寒のみぎり、御健やかな日々でありますよう切にお祈り申し上げます。
日頃の御礼の気持ちを同封致します。送料にも足りないかと思いますが御笑納頂けば幸いです。
また送付先の「新館153号」を削除頂きたくお願い申し上げます。謹白
十一月三十日   明治大学 西山春文    八千代市

* 懐かしい極みの大岡信さんの名まで添うて、有難い極みのお便りを頂戴。感謝。
2022 12/2

〇 下関駅9番プラットフォームより小門方面を臨む (14時頃)
秦さん  今日、下関駅近辺に出かけましたので、ふと思いついて写真撮りました。
9番フォームは専ら山陰本線上り列車が停まります。何十年も帰宅のおり眺めている風景。これまで安徳帝はおろか、あの先が小門だとも意識しないできました。
もっと近くまで行きたかったのですが、訪れたことのない場所、徒歩ではかなりの道のりがあるようでしたので諦めました。ゆっくり時間のとれるときに伊崎神社や小門まで行ってみようと思います。
図書館や博物館で調べたいのですが、方向も違い時間もあまりなく、すぐにはお役に立てなくて、すみません。
この駅も海沿いの駐車場も埋立地。古地図にあるように昔の下関駅は細江にありました。山陽ホテル(旧国鉄経営)に戦時中、母は高女を中退して勤めていました。
北九州市に住む姉が、小倉にも安徳天皇御陵墓あるよ、と言いますが、脱出伝説はやはり聞いたことがないそうです。小倉には門司・田ノ浦海岸に渡って逃れたのでしょうか。お尋ねの方角とは違いますが。
何かわかりましたらまたご連絡いたします。
どうぞお大事になさってください。    大庭緑
2022 12/4

* 岩波の「世界」に長編小説『最上徳内 北の時代』を連載させてくれた高本邦彦さん、お洒落にくみあわせて處観も周到に用意の「讃岐うどん」と「信州そば」を下さる。
和歌山のお久しい三宅邦雄さん珍しい銘柄の清酒二升下さる。写真家近藤聰さんにも「東村山」有難く頂戴した。
2022 12/4

〇 臨谿而漁 やっと ここまでたどり着きました
醉翁亭記 歐陽修
環滁皆山也。其西南諸峰、林壑尤美。望之蔚然而深秀者、琅琊也。山行六七里、漸聞水聲潺潺、而瀉出於兩峰之間者、釀泉也。峰回路轉、有亭翼然臨於泉上者、醉翁亭也。醉翁亭也。山之僧智仙也。名之者誰。太守自謂也。太守與客來飲於此、飲少輒醉、而年又最高、故自號曰醉翁也。醉翁之意不在酒、在乎山水之間也。山水之樂、得之心而寓之酒也。 若夫日出而林霏開、雲歸而巖穴暝、晦明變化者、山間之朝暮也。野芳發而幽香、佳木秀而繁陰、風霜高潔、水落而石出者、山間之四時也。朝而往、暮而歸、四時之景不同、而樂亦無窮也。 至於負者歌於途、行者休於樹、前者呼、後者應、傴僂提攜、往來而不絕者、滁人遊也。臨谿而漁、谿深而魚肥、釀泉為酒、泉香而酒洌、山肴野蔌、雜然而前陳者、太守宴也。宴酣之樂、非絲非竹、射者中、弈者勝、觥籌交錯、起坐而諠譁者、眾賓歡也、蒼顔白髮、頹然乎其間者、太守醉也。 已而夕陽在山、人影散亂、太守歸而賓客從也。樹林陰翳、鳴聲上下、遊人去而禽鳥樂也。然而禽鳥知山林之樂、而不知人之樂、人知從太守遊而樂、而不知太守之樂其樂也。醉能同其樂、醒能述以文者、太守也。太守謂誰。廬陵歐陽修也。
(私のパソコンのOSはMACマッキントッシュなので秦さんのWINDOUSにうまく伝わるかどうか心配です)(先ずはカナを振ろうと思っているのですがなかなかです)
〇 有亭翼然臨於泉上者、醉翁亭也。写真を見つけました お送りしてみます(どうも   パソコン不具合で心配です)
千葉も寒くなりました
コロナ・インフルエンザくれぐれもお気をつけください
転倒(特に”尻もち”)にもご注意ください
少しですが歩行練習をしています
「歩ける」というのは大変なことですね 敬白   千葉e-old 勝田拝
2022 12/4

〇 秦 恒平 様
この度、又々嬉しく、「湖の本」160号拝受致しました。
有り難うございます。
ずっと長く書き続けられるその御気力と御筆力には感動、敬服しかありません。
楽しみに 拝読させて頂きます。
取り急ぎ、心からの御礼まで。 半田 久拝 (専攻の先輩)

* 秦さんへ
〇 臨谿而漁   やっと ここまでたどり着きました
醉翁亭記 歐陽修
環滁皆山也。其西南諸峰、林壑尤美。望之蔚然而深秀者、琅琊也。山行六七里、漸聞水聲潺潺、而瀉出於兩峰之間者、釀泉也。峰回路轉、有亭翼然臨於泉上者、醉翁亭也。醉翁亭也。山之僧智仙也。名之者誰。太守自謂也。太守與客來飲於此、飲少輒醉、而年又最高、故自號曰醉翁也。醉翁之意不在酒、在乎山水之間也。山水之樂、得之心而寓之酒也。 若夫日出而林霏開、雲歸而巖穴暝、晦明變化者、山間之朝暮也。野芳發而幽香、佳木秀而繁陰、風霜高潔、水落而石出者、山間之四時也。朝而往、暮而歸、四時之景不同、而樂亦無窮也。 至於負者歌於途、行者休於樹、前者呼、後者應、傴僂提攜、往來而不絕者、滁人遊也。臨谿而漁、谿深而魚肥、釀泉為酒、泉香而酒洌、山肴野蔌、雜然而前陳者、太守宴也。宴酣之樂、非絲非竹、射者中、弈者勝、觥籌交錯、起坐而諠譁者、眾賓歡也、蒼顔白髮、頹然乎其間者、太守醉也。 已而夕陽在山、人影散亂、太守歸而賓客從也。樹林陰翳、鳴聲上下、遊人去而禽鳥樂也。然而禽鳥知山林之樂、而不知人之樂、人知從太守遊而樂、而不知太守之樂其樂也。醉能同其樂、醒能述以文者、太守也。太守謂誰。廬陵歐陽修也。
(私のパソコンのOSはMACマッキントッシュなので秦さんのWINDOUSにうまく伝わるかどうか心配です)(先ずはカナを振ろうと思っているのですがなかなかです)

有亭翼然臨於泉上者、醉翁亭也。写真を見つけました お送りしてみます(どうもパソコン不具合で心配です)
千葉も寒くなりました
コロナ・インフルエンザくれぐれもお気をつけください
転倒(特に”尻もち”)にもご注意ください
少しですが歩行練習をしています 歩ける」というのは大変なことですね 敬白
千葉e-old 勝田拝
* 素晴らしい。感服しました。
2022 12/5

〇 秦さん
今日、下関駅近辺に出かけましたので、ふと思いついて写真撮りました。9番フォームは専ら山陰本線上り列車が停まります。何十年も帰宅のおり眺めている風景。これまで安徳帝はおろか、あの先が小門だとも意識しないできました。
もっと近くまで行きたかったのですが、訪れたことのない場所、徒歩ではかなりの道のりがあるようでしたので諦めました。ゆっくり時間のとれるときに伊崎神社や小門まで行ってみようと思います。
図書館や博物館で調べたいのですが、方向も違い時間もあまりなく、すぐにはお役に立てなくて、すみません。
この駅も海沿いの駐車場も埋立地。古地図にあるように、昔の下関駅は細江にありました。山陽ホテル(旧国鉄経営)に戦時中、母は高女を中退して勤めていました。
北九州市に住む姉が、小倉にも安徳天皇御陵墓あるよ、と言いますが、脱出伝説はやはり聞いたことがないそうです。小倉には門司・田ノ浦海岸に渡って逃れたのでしょうか。お尋ねの方角とは違いますが。
何かわかりましたらまたご連絡いたします。
どうぞお大事になさってください。 緑

◎ 肌身に伝わってくる「現地感」が読み取れ、アタマも働かせながら読ませてもらいましたよ。
そちら(下関)は東京よりよほど温かでしょうか。疲れた老体に寒さはこたえますが、その真冬到来の「冬至」に、私、生まれてたらしい。
それでも少しずつ喪っていた体重も取り戻しつつあります。
あなた、どうぞお元気で。  やそしち爺
2022 12/6

〇 師走に入り、急に寒くなっています。
お元気ですか、みづうみ。咳はのこり、体重は戻らず、なかなか本調子にはなりませんが、しばらくの間の免疫が出来たことを良かったと思うことにします。
コロナで弱っている最中に湖の本第百六十巻をお送りいただき、肌が粟立つような、文学者の物凄い気迫を感じました。とくに最近の「私語の刻」には、みづうみの疲労感、ご体調不良が色濃く流れています。そんななかで本を刊行なさるとは、どれほどの精神力のなせる業でしょう。粛然としました。わたくしは、「読む」ことでほんの少しでもみづうみにお応えできればと、祈るような気持ちでいます。
美味しいものを見つけて、暖かくして、みづうみ八十七歳のお誕生月を楽しんでお過ごしくださいますように。コロナには絶対にNOといいましょう。  冬は、つとめて

〇 拝復『湖の本160花筺2 臨谿而魚』をご恵送いただき、有難うございました。八坂神社石段下の地理をとりあげられた「上田秋成の袋町」がとりわけ興味深く、鏡花「祇園物語」に「膳所裏」の表記があったことを思い出しました。今回その由来を教えていただけ、嬉しく存じます。 草々  田中励儀  (同志社大名誉教授・泉鏡花研究の泰斗)

* 宇治「塔の島の夜明け』の写真ハガキが美しく。

* 各大學からも受領の来信続く。
2022 12/7

* 古門前の大益に、かるいきもちで、ごく近所のもと有済小学校の見分に校門を入って観てきてくれないかと電話で頼んでおいた。とても期待できない、そもそも有済校はとうに「閉校」されているのだしと期待薄だった、のへ、どさっと、大きな袋にいっぱい記録や資料や沿革や写真などが送られてきた。しかと一見、百点満点にもう百点だせるほど、もう、こと「有済校」に関して知れる『全部』を手に入れた気さえする。
「オッ師匠はん」有難う。感謝、感謝、さらに感謝。
2022 12/7

* どうしても手書きが必要だと、今の私には罫のせまい便箋はむり、原稿用紙を使うしかなく、超早起きしたままキチンで、独り、やっと二通の手紙を自筆した。メールの利く方にはメール使用を許して頂きたく、またメールをなるべく御用いて頂きたい。

* 二通の郵便をポストへと、自転車を使おうとしたら、跨ぐに足が上がらないと判り愕然、余儀なく杖で歩き始めたが、腰の痛みは執拗で強硬、参った。それでもガマンして坂の緩い道をえらんで投函しに行った。帰路、苦痛に耐えて歩いてセームスに向かい、何の定見も無いでたとこ買いして、思ったより重い荷をさげ、脚腰の苦痛を懸命に耐え凌いで帰ってきた。やれやれ。思ってた以上に脚腰、ことに腰の痛みに挫けた。自転車が跨げない、脚が揚がらないのに、動揺した。
2022 12/8

〇 秦 先生。
いつもご本をお送りくださり、有難うございます。少しずつですが、読ませていただいております。
また、159号の「魚潜在淵」に弥栄中学美術部の西村先生のことをお書きになっておられたので、その当時のパンのことを想い出して、懐かしい思いで一杯になりました。
私は新門前通りにあった先生のお宅は知りませんが、何故か青いペンキを塗った窓の中に、「マツダランプ」と書かれたものがある光景が記憶に残っております。
それが先生のお宅だったかどうかは不明ですが、その横に細い「ぬけろーじ」があり、新橋通に出ると私の弥栄中学美術部の一年先輩だった堀 泰明氏の家がありました。
先日、堀氏と電話でお話した時に、先生のことを申し上げると、なんでも、先生の小説の挿絵を描いたことがある、とのことで驚きました。
来年は八十路に踏み入ることになるので、コロナの事もありなるべく外出を控えておりますが、中学生の昔にタイムトリップさせていただきました。
なんやかんやとおっしゃりながら、文章を書き、読書もたくさんなさっておられるので、このまま何時までもお元気で、と願っております。 京都 桂    服部正実

* いま、その「抜けろーじ」のことなど書いています。ご近所に「服部さん」という紙函・紙箱など商ってられる服部さん、お餅屋の服部さんがあったように記憶しているのだが。
2022 12/8

〇 寒い日も、穏やかな日も鴉は書く日々でしょうか。
これまでのメールを読み返して、どれほど多くの励まし、叱咤激励を頂いたかを噛み締めています。
どうぞくれぐれも大切に、大切に。
改めて書きます。  尾張の鳶

〇 秦 先生
私の高校(栃木高校)、早大の先輩が先代社長だった飯沼銘醸(株)の
純米大吟醸「杉並木」をご送付申しあげました。
社長曰わく、「日光の伏流水と厳選した栃木の米で仕込んだ自慢の酒」の由、
ご笑味いただけましたらさいわいです。
来年も良い年でありますように。   篠崎仁

* 努めて、日に二合ほどにと思いながら、多いときは五合ほど美味しく楽に行きます。
お酒の美味いうちは元気なんだと都合良く思うことにしています。
ましてお初の銘柄ですと、ついニコッとします。 篠崎様 感謝します。どうぞ 日々お元気においでで在りますように。秦 恒平
2022 12/9

* 天野敬子さんに 甘い枯露柿を、長ァい綱に編んだのを戴いた。それはそれは甘味
美味。四国今治の木村年孝さん、愛媛のじつに美味い、夏蜜柑ほど大きな蜜柑を大きな箱で送って下さる。果実は私の不健康を癒やしてくれる。
昼食の前後にやや酒を過ごして寝入り、三時に目覚めた。
2022 12/10

〇 アコ、マコ君たちは元保護猫から秦家の「こどもたち」に大出世をしました! 幸せな猫ちゃんズだこと。
大人だけで生活していると、微笑んでやさしい言葉をかけるという機会はなかなかありませんが、猫にかぎらず小さいひとたちがいると、毎日自分が「機嫌のよい人」になれます。幸せとはこういうことかもしれません。
失礼かとも思いましたが、湖の本、目立つ校正ミスと思われるものを忘れないうちにお伝えしておきます。
これまでの湖の本には見られなかった類のミスは、一にも二にもみづうみのご視力の問題かと思います。校正についてはみづうみ以外の方の確認が望ましいと思いますが、難しいでしょうか。

※160巻P7ですが「毎日新紛」夕刊 という記載がございます。調べてみたのですが新紛という媒体はなさそうで毎日新聞のことかと思うのですが、ご確認お願いいたします。

※159巻P145~146 2022 4/21記載、 P147 2022 4/24記載に、まったく同じ文章が重複しています。

再版のときのご参考まで。

お手製の毛布マントは暖かそうですね。くれぐれも足をひっかけて転倒なさいませんように。ところで要介護認定の手続きはなさいましたでしょうか。どうか一日も早く行政の支援をお使いくださいますように。おせっかい丸出しで申しわけありません。
お元気ですか、みづうみ。今日も猫ちゃんズと一緒に楽しい一日をお過ごしくださいますように。 冬は、つとめて

* ホームページを送り出しているとミカを警戒してよく読み返すが、それが不可となっているので、゛れににも即はよまれなないと、さながら「書きとめ」のメモ感覚になっているのですね、「湖の本」へ組み替え編成の折に直せるからと。よろしくない態度ですが。校閲は時には書き起こす以上に神経と時間を要するのを、自身へ勝手な言い訳にしています。
その一方では、「文章』としての精確さも美しさも気にかけ書いてはいるのですが。重複は、困るが、機械と延々組み討ちしているときに、あれこれ露呈するようです。
2022 12/10

* 朝一に 東工大卒、関西在住の鷲津君から、私のホームページ再建に関して、詳細複雑な「提案」が届いていた。「一読」すら私には難しいいろいろの手順を踏んで成るらしき提案で、なによりも、繰り返し読んで私が「分からねば」ならない。この老耄の機械バカにソレが出来るか、まだ何一つアタマに入っていない。鷲津君の好意がただただ有難いとのみ今は言える。その先は、まさに五里霧中です。しかし救いの手の如きの延びてきた最初ではある、感謝に堪えぬ。
ただ、ホームページを数人で共有共用というらしい趣旨は、よく聴いてみないと分からない。
2022 12/11

* 当尾の、(固有名詞の「忘れ」早さは凄いほど。認知低下を痛感させる。)コーイチ君から珈琲豆を沢山戴いた。
副えて、「國の有形文化財に指定」されたという本家吉岡邸写真(実父吉岡恒の生家。私も極く幼少來「両親非在」のまま預けられていて、此処から京都の秦家へ「もらひ子」に出されている。秦の母が受け取りに来た日を、かすかに少しく記憶している。)の大きに綺麗な数枚も色々と送られてきた。ふえーッとびっくりの大邸宅が高い石垣に囲われて田園のお城のよう。存在地に託して謂うんら城の名は、南山城とでも。
べつに、表裏して「奈良笠置歴史自然歩道マップ」が二枚も。この欄外の注意が、霞んだ目で読んで、怖い。絵馬でちっちゃく副えて、「道が荒れている時は引き返しましょう。ルート指定されていても点線(茶)の道は荒れていることがあります。」「マムシ、マダニ、ヤマビルに注意 ! 夏期は(5-10月)は、殊に長袖、長ズボン、上下スポーツタイツ水晶」とシロヌキのマムシ、マダニが漫画風に。怖や。が、視力さえあればこの写真地図は観て楽しめそう。
その余に、コレが眼目と謂うべきだろうが、吉岡菩提寺とも聞いた「浄瑠璃寺来年の一枚カレンダー」に「住職拝」とあり、
「今回のカレンダー」は 九体阿弥陀仏の中尊像の胎内に納められていて 明治期の修理の際にとりだされたとされている仏像(阿弥陀仏)版画です。
十二体一版の印仏(押す形式)と 百体一版の刷仏(刷る形式)があります。また年号の判る仏像版画で日本最古(長治二=一一〇五)とされています。
多くの人々が版画という形で阿弥陀さまの制作に関わったのだろうと推察しています。 浄瑠璃寺 住職  拝

* 深く 感謝 感謝。  父についても母についても 為せるまま書き成し終えていて、いまは、関わって何に拘泥も残していない。
2022 12/11

* 旺然として 私のホームページの復活を、私の東工大教授の頃の元学生諸君が既に数人して技術的な対応対策や加工に取り組んでくれている、何という有難いことか。ただ私の生来の機械バカと近来迫り来る認知度低下で、提案の技術上の本筋を理解しつつ間違いなく運用できるのか、不安も濃い。そこは辛抱良く、むしろ執濃く食いついて「なんかしたいものであります。関わってくれてる皆さんに、心より感謝しています。ワクワクはしています、判る、理解する、実際に出来る、というトコロへ私自身がなんとか歩み寄れねばお話にならないのだ。卒業生諸君は、みな高等な専門技術と理想をも以て動いてくれている。ありがとう。ありがとう。
2022 12/12

* 森詠さん、中川肇さん、神奈川県知事、中野和子さん、梅花女子大図書館、無味側女子大図書館等、「湖の本 160」受領の来信。
中川さんの容態を切に憂慮、平安を切に切に願い祈る。う。
「斎藤茂吉短歌文学賞」事務局より、受賞者「推薦」の依頼あり。

* 「湖の本 162」編成で、ここ数日、たいそうに「時間」組み合っている。
幸いワクチン出の故障は無かった、微かに左肩が凝るか。
2022 12/12

* ホームページの成り行きがとても気になる、のだが、私自身はなににどう手をつけるべきか、まだ何も頭に入って無くて自身に当惑する。横文字ばっかりと見える鷲津君からの最初の来信におちついて向き合うべき。いま、したい、している仕事の進行とも調整しなくては。
今朝は険しいまで指先が冷たい。妻は注射の左腕痛いと謂う。わたは、デモハリ方も首もこったかんじはある、が、これは昨日来、根をつめての機械仕事のせいもある。副作用風の違和は自覚していない、が肩こりは痛い。
2022 12/13

* 師走十四日 早暁二時半に、此処、二階書斎の機械前へ来た。
数日前より東工大卒で関西在住の一人から、深切そのもの、私・秦恒平の作家・文藝家・出版人としての日々の活動に関わって、新しい「ホームヘージ」を建設し、数人の東工大卒賛同者とその「ホームページ」を「共有協同・編集」してはと、提案があった。
機械化の詳細は私には理解しきれていない、が、上記提案への「お断り」を伝えるしかないと決意した。
私・秦恒平は、過去八十年の文藝愛かつ創作・編集行為を、實に、一貫多くの愛読者・支持者に支えられ見守られつつ終始「独立独歩」し、いささかもソレを逸れなかった。
一つには、前世紀末から二十年ほども大事に愛用していた「ホームページ」での表現行為は、多岐に亘りながら、要は機械的に大勢の人と「共有時空を持つ面白さ・気の励み」と謂うに尽きていた。
その「ホームページ」が破損し使用不可能と成り終えたときは落胆した。しかし、それにより「私の創作や出版」が傷ついたのでも不能化したのでもなかったことに、直ぐ気がついた。「ホームページ」という「世間へ開かれた窓」は閉ざされたが、そんな窓の内の書斎活動は、いささかも損なわれはしなかった。それどころか。
ここ数年の、160巻を越す「秦恒平・湖の本」出版や、33巻もの浩瀚「秦恒平選集」の出版も、久しく篤く熱い親しい「読者の支持と御厚意」とで全て順調に為しまた成し続け来れていた。
それら「作家活動」を通じ、私は「私語の刻」という創意と發明とが、「われ一人」で続けている日々の作家活動につねに「活力源」となっていること、著名な、業績を積んでこられた大編集者からも、深厚深甚の「読み手」と敬愛する怕いほどな読者からも、「秦さんの『私語の刻』は、特異でとても大事」な「秦恒平最大の『文藝・結実』に他ならない」と支持や激励を得てきました。私の創作であり作品である『私語の刻』は、「ホームページ」とは無関係に独立独行し、それどころか、書きっぱなしの「言い分」を「私語」として「ホ-ムページ」へ拡散するのはむしろ「危険」でした。明瞭に危険でした、十分推敲されていない文章を「文藝の徒」として、怱卒に無責任にただまき散らすことになるという実感を、はっきりと、強く得てきたのです。いま、ソレを噛みしめています。
近来の「湖の本」は、いつも後半に「私語の刻」を編成し、かなり好感されていますが、それらは凡てとにかくも「作家の推敲を経た文章・作品」として「著書の内容」を成しています。「ホームペーシ」で日々バラ播いていたものは、下手物だったのです、それは膚寒い実感になりました。
私は、ほんとうに生涯、独立独歩して成績を遺してきました。いわゆる「同人雑誌」経験は只一度も無く、「グループ」で文学・文藝は成るまい、自分はしないと考えて生きてきました。そしてその生涯ももう残年乏しく、それでも、天上からの「もういいかい」の呼び声にいつも「まあだだよ」と小声で返事してきました、が、「もういいよう」と答えて天上する時は、もはや間近い気がしています。大切な実感です。
今回の東工大卒数君の深切な「ご好意」嬉しい「お誘い」は、はっきりと「辞退、お断りする」と決心しました。どうか、汲み取って「共用・協同編集」の「ホームページ」への私、「作家としての秦恒平の参加」は「無い」と、ご理解・ご了承をねがい、呼び掛けて下さったご好意に心より新ためて感謝申します。2022 12 14 秦 恒平

* 晩の九時。早暁より以後、一睡もしなかった。おもに「湖の本 162」の「再校」に精出していた。
* 「協同ホーページ」発議の鷲津くん、柳くん 私の思いを諒解してくれた。
他に、考えを問うた中に、猛烈に、すくなくも「秦個人で運営のホームページ」は絶対に再開し堅持して、更に更に「展開すべし」と。

〇 みづうみ、お元気ですか。
みづうみのご意思は変わらないでしょうが、一度でよいのでわたくしの懇願を受け入れてくださらないでしょうか。
東工大卒業関係者からのお申し出を、どうしても何があってもお受けいただかなくてはならない理由をご説明します。すべては「秦恒平の過去と現在と未来の読者のため」です。整理している時間がないので思いつくまま取り急ぎわたくしの考えをお伝えします。

理由その一 現在ホームページで公開されている「私語の刻」「e-文庫」は少なくともネット上に保存してください。そのために「ホームページの再建は不可欠」です。
「私語の刻」は貴重な「時代の証言」です。たとえば「私語の刻」に書かれている」文字コード委員会、ペンクラブ電子文藝館創設」については、みづうみの書かれたもの以外の資料が世間に存在しません。秦恒平の目指したものを知らない人間が、世間の大半でありましょう。この経緯は、将来の日本文学の、日本文化のためになくてはならないものです。
この国はいずれ亡びるかもしれませんが、ネット上に公開されつづけるものは、海外からでも読まれます。
また「e文庫」についても、わたくしの作など真っ先に消えてかまわないものですが、みづうみが「選び」「招待」した作品は是非今のままネット上の公開を続けていただきたいのです。「現在のペンクラブ電子文藝館の惨状」をご存知でしょうか。みづうみが心血を注いだ「招待席」を消滅させています。もちろん作者名、作品名を検索すれば出てきますが、過去の埋もれた名作、問題作を読みたい読者にとっては、選ばれていない有象無象の中から名前も知らないものをどうやって見つけたらよいのでしょう。現在の会員と、みづうみの厳しい文学者の目で選んで招待した作品が、「仲良しクラブよろしくごちゃまぜ」なので、心ある読者は読むべき作品がわかりません。
私が憤るのは、「招待席を廃止したペンクラブの人間たちの、文学愛の欠如です。傲慢です。自分は招待席の作者たちと同列だと思い上がり、先人たちの仕事への敬意がない。彼らは、読者を甘く見ている。読者を自分たちより下のアホだと思っている。自分が読者には下の物書きだとは思わない。」 「e文庫」だけが、現在でもみづうみの選んだ良質な作品をネット上で読める「電子図書館」なのです!

理由その二 みづうみは「私語の刻」の真価を理解していません。過小評価しています。ひとは自分のことが案外わからないもの、とはいえ、あまりに残念です。

>書きっぱなしの「言い分」を「私語」として「ホ-ムページ」へ拡散するのは、むしろ「危険」行為でした。明瞭に危険でした、十分推敲されていない文章を「文藝の徒」として、怱卒に無責任にまき散らすことになるという実感を、はっきりと、強く得てきたのです。いま、ソレを噛みしめています。

みづうみのお言葉は間違ってはいません。みづうみが十分推敲された完全な作品を世に出したいという文学者としての願いは当然です。
しかし、「私語の刻」はこれまでのような文学作品ではありません。「私語の刻」は不完全なプロセスとしての、世界の誰も真似のできない「機械環境文藝」なのです。完成品として推敲された名文章が重要なのではなく、発信されたと同時に読む読者がいて、一文学者の完成に向けてのプロセスに共振していく過程に意味のある、これまでとはまったく違う新しいかたちの「文学」です。
映画監督であり、名演出家でもあったアンジェイ・ワイダの自伝の中にドストエフスキー「白痴」の舞台を演出した際の記述があります。部分的ですが引用させてください。

観客はできあがった芝居を観て私たちを評価するが、私たちはリハーサルのほうに価値があると思っている。結果ではなく道のりだ。観客の皆さま、私たちが事を究めていくその過程を見てくれませんか。退屈で不毛なことになるかもしれませんし、繰り返しばかりで見るのが苦痛になるかもしれません。これはリハーサルという名の未完成の見世物です。観客の皆さんの目の前だから、一つ格好いいところを見せてやろう、などと力む俳優が出てこないことを願っています。もしかしたら、あなた方観客がそこにおられることが原因で、何もかも台無しになってしまうかもしれません。でも私は、まさに今回このような方法がふさわしい、と考えています。私たちの羞恥心、照れ、自己防衛本能といったものを打ち破らなくてはならない、と思います。

リハーサルは見られるのが恥ずかしいかのように観客の目から隠れたところで行われるが、私たち演劇人にとっては忘れがたい強烈な経験となる。とすれば、リハーサルは観客にも興味深いものではないだろうか。舞台をつくりあげる過程そのものが、最終的な結果より重要ではないだろうか。

創造の現場で起こることを観客の目から何一つ隠さなかった。…中略…

朝夕、リハーサル室が満杯になるほど大勢詰めかけてくれたクラクフの観客は、私の問題意識を理解し、私たちの仕事に関心を持ってくれた。たくさんの手紙を受け取ったが、観客が私たちの生みの苦しみをいかに注意深く観察していたかを知ったのはそれらの手紙からだ。多くの手紙に共通して書かれていたのは、一つひとつの言葉、細部を実に辛抱強く真剣に検討しているのに驚いた、ということだった。公開リハーサルによって教えられることがいろいろあったのは疑いない。

観客の前でリハーサルを行なう目的は、芸術的な冒険を試したり、観客の反応をうかがったりすることではなかった。演出家たる者がその孤独な背中の後ろに巨大な観客があるのを感じないのであれば、この職業に就く資格はない。そもそも、観客に提示することができるのは完成した作品、すなわち仕事の結果であり、芸術家が歩む孤独な道筋ではない。

公開リハーサルによって私たちが得たものは何か。孤独になって初めて会得できるような、その人だけの内密の知識や経験といったものであるが、公開リハーサルは間違いなくその一つだ。かねてよりそう推測していたが、今では確信になった。この違いは大きい。それを経験するために、二七夜を費やす価値はあったのだ。
アンジェイ・ワイダ 『映画と祖国と人生と』 久山宏一、西野常夫、渡辺克義訳
「私語の刻」と舞台は違うものであることは重々承知していますが、みづうみの「私語の刻」は読者の読む、さながら舞台のリハーサルであり、秦恒平という芸術家の歩む孤独な道筋で、読者にとっては遠回りによってこそ得られる洞察であろうと思います。
みづうみの「私語の刻」なくして、読者、未来の読者は「湖の本」の一体何がわかるでしょう。
時代は大きな転換点にいます。すべての芸術は従来のものとかたちを変えていくだろうと思います。現代の芸術家は、おそらくこれまでのようなかたちで作品を発表するわけにはいかない場所にきている。現代音楽の旗手高橋悠二氏も「プロセス」としての音楽の時代の到来を語っていました。
作者には不完全な道筋と思えるものがじつは成長しつつある完全ではないかと、そう思うのです。

みづうみはわたくしが今年になって「私語」の一部のミスについて書き送ったことを気に病んでいらっしゃるのかもしれません。ここ数年の私語に、みづうみの視力の衰えから誤記等が増えてきているのは事実ですが、その細かいミスのなかにも、人間が老いていくことの真実を読みとり、読者はそれをも愛おしみながら共に生きるのです。衰えはみづうみだけのものではなく、わたくし 少なくとも現在公開されているみづうみのサイトは、リニューアルしたホームページでネット上に永く保存公開していただきたいのです。機械上のメンテナンスを続けながら、永のいのちを生きるべき偉大な仕事だからです。今のホームページのままでは技術的にも維持は不可能でしょう。そしてみづうみの機械が完全に破損する直前までの記録も絶対に公開していただきたいと願っています。
一読者の勝手な願望と思われるでしょうが、文学と縁の遠いがちな東工大の元学生たちが、業者に頼めば大変なお金も手間もかかる作業をしようとしてくださる、そのことの大きな意味をどうかご理解ください。損得ぬきのアマチュア=愛する人間だから出来ることです。みづうみへの敬愛なくして出来ることではございません。(みづうみは愛されることがお嫌いで、これまでもこのような申し出を数々お断りになっていらしたような印象があります。)

ものすごく急いで書いています。みづうみが正式にお断りにならないうちにと思うので、読み返さず送ります。
みづうみは世界に一つしかない素晴らしいご自身の文藝を自らの手で破壊しようとしています。間違っています。みづうみのご懸念を考慮したかたちで、新しいホームページ創設について、ご再考を切に切にお願い申し上げます。
いずれ此のみづうみの「私語の刻」については、きちんとした論攷を書きます。
冬は、つとめて

〇 メールが届いたことに、何より感激。この二週間、一日に何回もメールを確認してました。嬉しかった。
「共同編集のHP」とはどんなものか、計りかねますが、鴉のこれまでの一貫した姿勢から導かれる解答は分かります。
多くの人の目に触れる機会、鴉の声を伝える機会があると思えば、それわ手放すのも残念ですが。
HPと「私語の刻」の相違を思えば、作家として自然当然の姿勢。“終始独立独歩し、いささかもソレを逸れなかった。”のですから。

私の創作であり作品である『私語の刻』は、「ホームページ」とは無関係に独立独行し、それどころか、書きっぱなしの「言い分」を「私語」として「ホ-ムページ」へ拡散するのは、むしろ「危険」行為でした。明瞭に危険でした、十分推敲されていない文章を文藝の徒として、怱卒に無責任にまき散らすことになるという実感を、はっきりと、強く得てきたのです。いま、ソレを噛みしめています。”
“ 私は、ほんとうに生涯、独立独歩して成績を遺してきました。いわゆる「同人雑誌」経験は只一度も無く、「グループ」で文学・文藝は成るまい、自分はしないと考え、生きてきました。”
鳶は、その志、決意を尊びます。
それでも、それでも
“「もういいよう」と應えて天上する時はもう間近い気がしています。大切な実感です。”と読めば、泣きます。
携帯でメールを書いています。ヘンな文章があったらごめんなさい。
寒くなりました。お身体大切に大切に。  尾張の鳶

* ウーン。 もう今夜は睡ろう。
2022 12/14

〇  「湖の本 160}拝読しました。
厳しさと優しさの共存、目まぐるしいい程 様々な知識満載です。
「自省抄」 美学で学びながらこんなに深く読みもしなかった。
「真っ直ぐに歩む事で神に従う」 ほう ! 、深い言葉。
「辛抱のいい」読書。成る程 。
「風流の愉しめる性と才とを、生み・育ての親に感謝」 大納得です。
「奉安殿」 これも何十年ぶりに聞く言葉、この字を当てるのですか?。毎月8日にはあの扉が開いていて、御真影をこの眼で見てはばちが当たると 極度の緊張で頭を垂れた覚えです。同志社で(幼稚園から大學まで)下から学んだ同級生は「そんなもん 知らんわ」と。
勝手な事を書いてしまいました。
こんなに胸躍る程の感慨を頂いて、本当に心から感謝、有り難う御座い ます。
どうかくれぐれもお元気で。
ずっと書き続けて下さいね。 半田 久 拝 (大學の先輩)

* 感謝します。
2022 12/17

〇 秦先生、
メールありがとうございます。
返信遅れ申し訳ありません。
件名に感謝とありますが、
私は何もしておりませんので、気になさらず。

私はなんですかね、
いつまでも先生に「披露宴」で譬えていただいたような 人を巻き込む竜巻のようでいたい、
ということだと思います。
もしかすると台風の目には何もないのかもしれませんが(笑)。

先週15日(木)から、新型コロナにかかってしまい、3日間、発熱に困らされておりました。私は抗原検査キットにて、新型コロナ陽性を確認(会社へ報告要)。
やっと、昨日午後から、普通の生活が出来るようになってきました。
しかし順次、 家族3人とも体調を壊してしまいました。(家族は確認が不要のため、未確認)
息子はすぐに体調回復してしまい、妻も微熱まで下がりましたが、
最後に娘が体調崩したのが心配です。珠乃はワクチンを打っていないので、特に心配です。
でも、妻と一緒に療養出来ているので、子供の不安感も小さく出来ており、これはこれで良かったかな、と思っております。
こういう時、父親は何も役に立てないですね。
妻に言わせれば、「これまで何もしてこなかったのに、頼られるわけがない」ということです。
さて、
以下のお叱りのメール、ただただ正論にて、
「秦先生、その通りですよ。いう通りにしてあげなさい」と、言ってしまわんばかりです。
でも、違いますね。

また「愛されるのがお嫌いで」というくだり、
言い得て妙と思いつつ、そんなことはないなぁ、と感じました。
秦先生は、とても人間関係を大事にされる方ですし、
常に愛し、愛されることを是としてらっしゃると思います。
ただ愛されたい、と願わないということです。
「叶うは良し、叶いたがるは悪しし」ですね。
一方で
「生きているだから逃げては卑怯とぞ幸福を追わぬも卑怯のひとつ」ということですから、言葉上は自己矛盾がありますが、ヒトとしては矛盾しない生き方でありますよね。
また、
研究室を持たずに純粋に授業やお人柄で愛された教授は
少なくともあの頃には 秦先生以外いらっしゃらないのではないでしょうか。
秦先生は、我々に多くの知識と愛情を与えてくれましたし、
我々は、勝手に先生のことを愛していて、その状態がいいのだと思います。
なので、技術を持っている鷲津さんは自分が出来ることを秦先生にしてあげたい、と思った訳です。
ただ、それは秦先生の今の考えには乗ってこないものだった、
もしくはその考えに秦先生が乗る{とき}ではないと判断された、ということだと思います。
読者さんの言われることは、
確かに正論です。
創作過程を含めた芸術というものも当然ありうると思いますし、
そのようなものも多く見受けられるようになりました。
絵画や彫刻ではアーティストインレジデンスといって、
アーティストが滞在して作品を作り上げる過程そのものを見せる展示も普及してきました。
なので、正論です。
創作過程を記録保存すること、文学理解の上で重要です。
正論です。
しかし、
創作は 正論にて行われるものではない、と言えると思います。
創作意欲がどこから来てどこに向かっているのか、が、
その創作者にとっても最も大事なことですから。
つまり
過去(HP)は大事であるけれども、{今を生きていく秦先生自身}が最も大事ですので、
{今、を表す}ことに集中していただければと思います。

コロナさへ明ければ、
秦先生宅へうかがってPCを直すこと(多分新設PCへの移設)は造作ないことだと思いますから、
鷲津さんでも上尾さんでも、PCに詳しい人は多くいますからね、東工大卒には。
年末のご挨拶はコロナにかかってしまったこともあり、
ご遠慮させていただきます。すみません。
またの機会に。 桜 小次郎

* 嬉しく、有難うを云いながら繰り替えし読みましたよ。感謝。

* 終日機械に向き合っていると視力はゼロに近く、手もとも字も霞む。一日の機械仕事時間を割り振らねばいけないようだ。
2022 12/19

* あきとじゅんさん、井口哲郎さん、濱敏夫さん、白蓮寺さん、常林寺さん。来信。
* 高城由美子さん干し柿など、戴き物がいいろに。な、「湖の本」と「作家/秦」とへ親しんで下さってのこと。有難いことです。
2022 12/19

* 頂戴しているお酒で乾杯し、赤飯を祝う。はるばると歩いて来た。
這ったのでも駆けたのでもない。歩いて来た。並んで歩いていた筈のあまりに大勢の姿が、もう、ない。そして「まあだだかい」とも聞こえる。小声で、「まあだだよ」と返事している。「まあだだよ」

* 八十七歳の朝を、妻と、祝った。赤飯。そして小滝さんに頂いていた「松竹梅」特別大吟醸酒での乾盃がじつに美味かった。妻のいもうと、琉っちゃんからのお祝いも、一入嬉しく。
2022 12/21

* 昨日、神戸の信太周先生、お便りを頂いていた。

〇 前略   国民学校一、二年生ノコ路の思い出、戦地の兵隊さんのためにイナゴとりをしたりしたこと等々、国民学校門傍にあった「奉安殿」出校退校の度に帽子をとり敬礼した等今だに鮮明です。
憲法前文が空文化する時代、望む、来る年が穏やかであること念じております。
思いもよらぬ戦乱、ヤルタ(会談)、オデッサなどの報道に接する度、「戦艦ポチョムキン」見た頃のこと思い出します。それにしても内容がよく理解出来ず総天然色映画「石の花」また筋は分からぬながら色彩のあざやかさ等々、往時茫々です。(略)中学一年生の孫娘が(下に妹がいるにもかかわらず)、私の成年式までは生きていてなど、言ってよこします.無邪気なものです.草々     信太

〇  お元気ですか、みづうみ。
お誕生日おめでとうございます。わたくしは、とてもとても嬉しいです。寒いですが、日の光も暖かな佳い朝でした。みづうみの新しい一年の「読み・書き・読書」が益々豊饒でありますようにお祈り申し上げます。
わたくしの慌てて書いたメールを とびきりのエリートさん達、東工大卒業生の鷲津先生、桜小次郎さんにご転送いただきましたこと、恥ずかしさに穴があったら入りたいくらいです。
「秦先生」は東工大の土壌に素晴らしい文藝の種を蒔かれました。それが大きな樹木に成長して、みづうみの「問い」にまっすぐ答えていらっしゃる。このような若者たちをお育てになって、本当にお幸せな「元教授」だと思います。
鷲津先生も小次郎さんもそれぞれの個性が光ります。
鷲津先生の「アーカイバ」の話は初めて知りました。勉強になります。
また私語の刻コピペサイトも拝見しました。これは是非継続して完成させていただきたいサイトで、鷲津先生のご尽力に感謝いたします。「愛されることの嫌いな」に反応してくださった小次郎さんも面白いかたです。
以前心理学者の本で「自分が母親に愛されるのは当たり前と思っているひとのほうが、簡単にひとを愛せる」と書かれていました。言いかえれば、自分が愛されることが当たり前と思える人間のほうが、簡単に誰かに愛されることが出来るということでもありましょう。
みづうみには、おそらく、この「愛されることが当たり前」がおありにならなかった。実のお父さま、お母さま、そして秦家のご両親も、みづうみを深く愛していらしたでしょう。でも、それはみづうみに愛の安寧を与えてくれる性質のものではなかったのかもしれません。
「愛されることの嫌いな」は、大袈裟な表現でしたが、みづうみには他人の好意を瞬間的にはねつけてしまうことが時々おありのようにお見受けしてきました。
それは、不用意に愛を信じることで深く傷ついていらした幼少期のみづうみの名残のようなものだと思います。みづうみのお育ちになった環境を思うたびに痛ましく涙がでてしまう。
わたくしは、みづうみ以上のパソコン音痴だと思います。しかし苦手だといつまでも逃げていられない時代です。みづうみのサイトのために、わたくしの出来ることがあれば、卒業生の方々のご指導を仰いでいつでもお手伝いさせていただきます。お申しつけくださいますように。
>今後、何とかして、多くの内容を孕んだままの、以前の私のホームページが、単純に復活できるようにと 願い続けます。
わたくしもそのことばかり考えています。どうか卒業生の方々のご好意を受け入れていただき、ホームページの一日も早い復旧が実現しますように、切望いたします。
佳きお誕生日でありますように。お元気にお過ごしください。 冬は、つとめて

* ありがとう。それでもわたくしはまだ機械操作触れて書かれている 「鷲津先生の「アーカイバ」の話は初めて知りました。勉強になります。また私語の刻コピペサイトも拝見しました。これは是非継続して完成させていただきたいサイトで、鷲津先生のご尽力に感謝いたします。」が、何を、とう謂うてあるのか、「理解」出来ないでいるのです。やれやれ、です。。どこの、なを、私の手でどうすればいいのやら。、

* 岐阜県の詩人山中以都子さん、お祝いにおさ酒下さる。四国の星合美耶子さんからも行き届いたお祝いを戴いた。感謝。
2022 12/21

* 妻の妹の琉っちゃんから、手編みの襟巻きや、誕生日ワイの手紙を貰う。有難う。会いたいがなあ。

〇 あにうえ様 今日は87歳のお誕生日おめでとうございます! 良いお天気で、ポストまで行かれたとのこと、ほっとしています。いつも頑張っておられて、もう87歳になられたなんて改めて驚いてしまいます。
冬のお誕生日、私はあにうえ様のお母様のことを思いました。あの人形のお歌、「フランネルに…」で始まる短歌、母の悲しみが深く私の心に残っています。
メールも有り難うございました。お言葉に胸打たれました。「いもうとよ/病むなかれ/転ぶなかれ/胸の内でも/いつも好きな歌を唄いたまえ/こうへい あに」
私もいつも歌を忘れず、明日を創れる人間でありたいと頑張っていきたいと強く思いました。
どうぞくれぐれもお体大切に、87歳の一年も素晴らしい年を創って下さいね。
るみ いもうとより
2022 12/21

* 埼玉の吉田万由美さん、大きな花束をたっぷりと下さる。備前の金銀混じった日月の大壺に華やかに盛って、書庫の正面へ大きく飾った。感謝。感謝。花は美しい。
2022 12/23

* 早暁の冷えが書斎に満ちている。暖房が効くまでに時間がかかる。高城由美子さんにいただいた手織の温かな肩掛けと、これもどなたかに戴いた温かに篤い膝掛けで寒さを迎えている。
2022 12/24

〇 やそしち爺に
雪10センチほど降り積もり、八年ぶりとか。
シンガポールの孫たちは 朝から大騒ぎです。
以前のメールを読み返しています。
元気にお過ごしくださるように。   尾張の鳶
2022 12/24

◎ やそしち爺 は 危なかった
言語道断の あわや50を割る超低血糖に 全身顫動 失神しかけました。かつても体験していたのに 気づかず 妻が「低血糖」と気づいてくれて 即 白砂糖 で恢復させました。危なかった。
疲労 疲弊の 極のママに 懸命に仕事を続けて 明けの四時から ぶっ続けに夜まで先を追い続けたり、心神の違和は進行気味です。
それでも 乗り切って行きます。
こちらで「雪」は見ていません。お天気は晴れやかでした。花束や 花鉢など戴いて、「花」には心和んで美しさに感謝します。
「食」はか細く、酒量は増し、利尿剤で夜中に何度も起き 昼間はよろけます。
そんなことは気にせず 仕事を先へ追い続けています。困憊すれば寝て たくさん読みます。
都心へ出てみたいと思いますが、そんなバカはしません。用心一途の籠居に耐えています。
私語の刻に、ツアラトゥストラを「抄記」し始めました。ひさしく読みたくて、読めていなかった。最近の主な「読み」は 、源氏物語と カラマゾフと 参考源平盛衰記 です。映画は 好んで良く観ます。
籠居していると良質の蛋白質、脂肪に縁遠く、ついつい炭水化物漬けになります。「食べる好き」だったのが、「食べるイヤ」に成ってます。  近況 あらまし。
鳶は 元気に空高く いい声を送り届けて下さい。   カアカアカア

〇 秦さんへ  私も やそしち
冬至が過ぎて つたない暮らしにも まもなく日長がわかるようになりそうです
暖かくなったら「秦さんと京都へ」 いいですねえ
今日は高校駅伝で テレビに金閣寺が写りました 秦さんとぶらりと いいでしょうねぇ でも何より 秦さんちの前の通りを歩いてみたいです・・ねぇ
千葉のやそしち爺(二月までわたしも です)の頭の中はきっと暫く「京都」と
秦さんにつれて行っていただいた 鶯谷・浅草・渋谷・・「その日 あの日」で暮らせると喜んでおります
秦さん 『まだまだ書きたいので』
是非是非 書いてください 書いてください
秦さんとお逢いできた最初の「猿の遠景」をまた読みたくなりました
「コロナ」にがまんしながら私も頑張ります
いつも「元気」をいただき本当にありがとうございます
どうかくれぐれもお大切にされてください
私も転ばないように気をつけます   千葉 勝田拝

◎ 勝田さんと 京都。 想うだけでも、ほんわかと、いいナ。行きたいナ。
京都は 山紫水明だけでなく、フクザツにややこしい問題や場所を孕んだ土地柄です。その味わいを識った方は多く有りません。歩き甲斐のフクザツにある都市です。
勝田さんとなら 何処をどうあるいても安心です。行きたいナ。
潰れたように疲弊しています、疲れれば ますます 逃げるように仕事のピッチを速めるので 加速的に体調落ち込みます。悪循環ですね。蟄居 籠居の三年がコタエテ居ますかね。いけませんね。
勝田さんのこと想うと ふわッと懐かしくなります。美味い茶の一椀のようです。 あすは、予約の診察を受けに近くの病院へ出向きます、家内と。
お元気で いつまでも 「勝田さん」でいらして下さい。 一緒に、何か食べたいです。      後進の やそしち爺 秦生

〇 50を割りそうな超低血糖とは 驚きました。気づかれた奥様に感謝、感謝です。
鴉 生き抜く願いを貫いて
日々ひたすら 為し また 成してくだされ。
ピーヒョロヒョロ  今スーパーの売り場からメール、です。 尾張の鳶
2022 12/25

〇 やそしち様
お元気で誕生日をお迎えになられたことと思います。
原稿二つ(「川端康成没後五〇年/沖縄日本復帰五〇年―米国統治下時代における川端康成の沖縄行」「川端康成没後五十年に寄せて―各地の川端展のことなど」)を仕上げて、ばたばたと沖縄・宮古島へ行ってまいりました。
前日まで雨続きだったそうですが、「久しぶりにお天気になった。お日様を連れてきてくれた」と、島の人にも喜ばれました。二〇度を超す晴天に恵まれ、島から島へと渡り、本州にはない不思議な青さの海(東シナ海・太平洋)や、ざわわと強い風に靡くさとうきび畑等をたっぷりと見、土地の食べ物もしっかり食べてきました。
今年最後の授業をするために戻ってまいりましたが、こちらはクリスマス寒波。日本海側は大雪だそうですね。半袖の人も多く、泳いでいる人さえいた宮古島と同じ日本とは思えないくらいです。
コロナやお風邪など召しませぬよう、温かくしてお過ごしください。
ご健筆を心よりお祈りしています。 春実
2022 12/26

〇 よいお年を
クリスマス寒波では、名古屋に八年ぶり10センチの積雪。
ここ岐阜も、12,3センチほど積りました。
お変わりなくおすごしでしょうか?
やさしち歳のお誕生日おめでとうございました。
奥様から美しいお葉書をいただき感激して、恐縮しています。
ありがとうございました。
年末、さらに寒波襲来とか。先生も奥様もお体ご自愛くださいまして、どうぞ、よいお年をおむかえくだいませ。  都

〇 厳しい寒さが続いていますが、お変わりなくお過ごしでしょうか。
- 観世流の5年のカレンダーに私の師匠の遠藤喜久師の「土蜘蛛」が掲載されています。
何年も前に私が謡曲を習い始めたころでしょうか、矢来能楽堂で喜久師の舞台を観ていただき、「将来があると」お褒めの言葉をいただきました。真剣に能楽に取り組んでいる今の姿です。ありがたかった事、思い出して送らせていただきました。27日に届くとのことです。
今日は今年最後の私のお稽古は謡は「養老」仕舞は「海士 玉の段」でした。
励ましていただき、続けられていること感謝しています。
来年もお元気でご執筆くださいますように。
迪子様ともどもご自愛くださいませ。  晴美
2022 12/27

〇 寒い日も、穏やかな日も鴉は書く日々でしょうか。
これまでのメールを読み返して、どれほど多くの励まし、叱咤激励を頂いたかを噛み締めています。
どうぞくれぐれも大切に、大切に。
改めて書きます。 尾張の鳶
2022 12/28

〇 秦恒平さま
ご無沙汰しております。シアターナインスの今野です。
暮れのお忙しい時期かと思いますが、お変わりございませんでしょうか。
先だって白鸚へ頂戴致しましたお軸を
1月公演の歌舞伎座楽屋に掛けましたので
是非先生にご覧戴きたくお写真を添付致します。
白鸚はしばらく舞台を休演しておりましたが
一昨日の12月公演千穐楽に、口上を無事勤めることができました。
休養も充分に取りましたので、来月は充実の舞台をお目にかけられるかと思います。
寒さ厳しい折から、呉々もお身体をお大切に
どうぞよいおとしをお迎え下さい。
来年はどうか明るい話題が増えることを願いつつ。
2022/12/28
◇◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇
株式会社シアターナインス 今野博子(いまの)
〒106-0047 東京都港区南麻布 3-3-10
TEL:03-3455-7188 / FAX:03-3455-7145
e-mail: kouraiya@dream.com
◇◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇

* 私の久しく愛し正月を飾ってきた「吉祥松樹 旭日と双鶴」の長軸が、文化勲章のお祝いにさしあげた松本白鸚丈の新年の楽屋に美しく架けて戴けた、なんと嬉しいお目出度いことか。 感謝 感謝 幾久しくと。
* まさしく歳末のめでたい朗報を戴いた。
さきには、京舞の 井上八千代さんへ、「月 雪 花」字に小堀遠州和歌を副えた三本の長軸を貰って戴き、まさしく場を得て嬉しかった。
今回は高麗屋さんの楽屋の床に美々しく架けて戴いた。嬉しい仕儀に定まって、何より歳末の嘉治と成った。
治まるべきトコロへ物の美しく治まるほど目出度く嬉しいことは無い。感謝。
2022 12/28

〇 師走二十八日
先のメールでは低血糖の事が書かれてあり、今も案じています。どうぞ常に甘いものを身近に置かれて留意されますように。
思いがけない? ツァラトゥストラ に少し驚きました。どんなところに惹かれ、何故遠慮されていたのか。
ニ―チェに関しては詳しくはないのです。リルケやルー・サロメとの関わりからニーチエを視野に入れていた時期は早く、高校生の、生噛りの理解はあったと思います。
「有済」についての鴉の文章、深く心に留めました。形として烈しく表面に浮かび上がる差別もあれば、陰湿執拗に層を成す差別もありますが、敗戦後の小学校時期に鴉が目撃された女子同士の「追いかけ」も衝撃的、「有済」といういわば政治的な促しも、哀しく感じます。
今日娘の家族が、シンガポールに帰りました。八名の大所帯になって大騒動。孫たちは四年ぶりの日本帰国でした。小学校に三週間の「体験入学」も果たし、楽しんだようです。お正月を我が家だけ「早くに祝う」ことにして、年越し蕎麦やおせちも作りました。それで、明日から、わたしはノンビリを決め込もうと思っていますが・・。
とり急ぎメールです。   尾張の鳶

* 京大生として「社会学的に」京都を視野に入れていた「若い時期」を持った人、「有済」などもいろいろに「感じとれる」だろう尾張の鳶は、いい話し手にも聞き手にもなって呉れる。有難い。
2022 12/29

* 野沢利江さん、例年暮れの鴨鍋を送って下さる。元気でいて呉れますように。
2022 12/29

* 櫻小次郎クン、電話で、玄関外へ一品置いて置きましたと。めずらかな清酒一升。有難うよ、有難く。来年は、ぜひ、顔をあわせ談笑を楽しみたいと、約束。

〇 有り難うございます。あと二日になりました。悲しいことの多すぎた今年でしたが、新しい気持ちでまた歩みたいと思っています。
精一杯生きたように思います。
お変わりなく、お元気で新しい年をお迎え下さい。祈っております。 那珂
2022 12/29

〇 今年もあと僅か
なんと言えば良いのか
何か 寂しい気分です。あなたは如何。
体調は良く、同居の娘家族とよく話もして、特に気に掛かる事は何も無く、デイサービスは楽しく行っているけれど、独り部屋にいると 気分はうつです。
子供の頃は 着物を着て あんなに楽しかったお正月が来ると云うのに、とこぼしたりして…
これが晩年と云うのかヤレヤレ
あなたは文筆一途で、いい晩年でしょう。
又 オシャベリ出来ればいいね 又…     花小金井 恵

* 京都の中・高校の一つ下。茶道部では私に茶の湯の作法など習っていた。勉強も出来て、弥栄中学ではソソフトボール部のスラッガーだった。小学校は、私からは隣校の粟田校。三條大通りの家から白川に沿って東山線へ出、祇園石段下の弥栄中学へ通学していた。一度「書く」ことを勧めた。表現できる好い筆力も持っていた。
東京へいつ出てきたか、夫は大學図書館にお勤めだったが、子達も遺して壮年で亡くなった。
メールの交換は途切れ途切れにも続いてきたが、近年、「家には若い話し相手たちがいて会話にこと欠かず楽しい…」といつも書いて、弥栄中の昔からの女友達たちと「弥栄レディ=ヤレ」などと楽しそうに交流があったようだが。「家の中で話し相手にコト欠かない、寂しくない」とメールの決まり文句のようだった、が、それは、希望的な納得やろなあと察していた。世代と生・活とを異にした若い人たちとの蜜と熱の会話は、事実上「有りそうに無い」ものと私は思ってきた、殊にに家庭のなかでこそ気の「沈む」ものと察していた、むろん、そんなことを片端も告げはしてこなかったが。
今朝のメールは、ああ、と黙して肯くしか読みようのない沈んで重い字句だった。やはりなあ、夫婦、夫妻は、どう突き当たろうとも一緒がいいのだ。」と呼んできた「恵」のも一つ下のやはり高校茶道部に居た人も、昨日メールのあった遠い東北の読者も、夫に先立たれ「寂しい」人らであった、気の毒に。「話したければ、遠慮無くメールを呉れれば好い、話し相手になるよ」とそんな誰にも「やそしち」の私は云うている。
2022 12/30

* 一日に何度も、十度も超して思い出す人が有れば恋人なみか。保谷の眼科の佐藤千里子センセイを一日に数えれず思いだす。
もうずっと以前、診察を受けに通っていた或る日、わたしはひもを付けた眼鏡を掛けようとし、眼鏡のひもがアチコチ絡みついてうまく架けられないのを見て、千里子センセイ笑って、ヤッカイでしょう「その紐…」と、いかにも「分かってる」という笑顔だった、ったく同感だった。 で、以来毎日毎夜同じ紐の絡みにじれるつど千里子センセイの弁をと笑顔を思い出す。どんな人であれ、そんなに思い出しつづけてキリの無い人は他にいないなあと思う。なんで眼鏡に漬けた紐はこう絡みつくのだろう。久しく千里子センセイに合わないが、告げに行きたくなる。この女センセイ、分からないがもしかして私より高齢かもしれません。゛
暮れも押し詰まった大晦日の朝にこんなコト書き付けているとは、これが「平和・平穏」なんでしょうね。
2022 12/31

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