〇 新年おめでとうございます。お元気ですか、みづうみ。
寒いですが、晴れやかなお正月の青空が広がっています。日本の上には暗雲垂れ込めているとしても自然のこの青空はうしなわれないように、集団に埋没しない個人であること、自分であることの希望を棄てない意志を持ち続けようと思います。
みづうみにならい、今年も目の前の一行一行を大切に読んで、書いていきたいと願います。
みづうみの新しい一年の益々のお幸せをお祈りします。昨年に続いて年賀状送らせていただきましたが、お送りしたかったからですので そのままにご放念ください。
春は、あけぼの
2023 1/1
* 年賀状で住所録を確認して行く作業も、細かな字で疲れるが。なにと云うても基礎の作業で欠かせない。しかし疲れる。七・八割進んだか。元旦の用とは想えないのだが、先送りすると「重たいだけの残り荷物」になる。 八時 もう休みたい。
2023 1/1
* 妻と、ポストへ妻の賀状を投函に。私は猛歳久しく暮れ正月が過剰な「年賀状」に滅入ってしまうのを断乎と避けて、一枚も書かないと決めてきた。
ポストからの脚で、近くのひそと静かな「天神社」へ初詣で。
2023 1/2
〇 新しい歳 佳き歳でありますよう。 尾張の鳶
いかがお過ごしでしょうか。
体調、そして創作、全て全て順調であることを!
2023 1/2
* 元旦の年賀状、意匠のベスト5。今年も、京都の川浪春香さん「読書」作画が秀逸。四国の星合美弥子さんの梅花うさぎ、石川県能美の井口哲郎さん「ゐねむり」うさぎの絵と書、高麗屋白鸚丈の「迎春 立ちうさぎ」の絵 そして、絵ではないが、並ぶ人無い服部正実さんの大屋根瓦「鍾馗さん」の豪快な風貌。
東工大卒業生も、鷲津くん、菅さんら、変わりなく十人に余って嬉しく。
中学の友は、健在社会活動の西村テル(明男)さん、同期の渡辺節子さん、一年下の才媛八木一子さん、小学校ではお嫁候補だったとか「オッ師匠はん」の大益貞子がいた。
昨晩テレビの歌舞伎に出演していたの高麗屋松本幸四郎クンからも、歌人俵万智サンからも、丁寧にご挨拶が来ていた。
2023 1/3
* 正月三ケ日が過ぎようとして、はや疲労の極にある。なにをしたでもない、小説を読み返して先を窺い、また、年賀状から住所録へと。後者は目疲れがひどいが,必要な仕事。一般教育の教授を退任して、はや四半世紀に逼り、それでも親しい年賀状をくれる卒業生が十人に余るとは。わたしを覚えてて懐かしくも親しくも想っててくれるのだ、かつての私自身にそんな大教室・一般教育の先生は(専攻の三先生のほかに)無かった、年賀状を差し上げ続けもしなかった。「先生」と呼んで今も恋しいほどな方々は、やはり中高校の頃の先生方になる。決して忘れない。
2023 1/3
〇 素晴らしい晴天は 気持ちよいですが、半面、深層はイマイチ。老年期とはこんなものかな。歳並み(=やそ七の私より一歳若い)で、何処が悪い訳でもないけれど…
今、テレビで箱根駅伝を観ていますが、スポーツ好きの気持ちが若やぎます。
又 会える日が有れば良いね。
途中で用事が入り、出すのを忘れていましたゎ。 花小金井
2023 1.4
〇 ”詩は、分からない。 絵は、観るに難儀。”と。
詩、書き手自身どこまで分かっているか、現代詩の大いなる病いではないでしょうか。
絵は鴉の視力さえ良ければと、これは哀しく残念。
あの「浄瑠璃寺」の絵を今日送りました。実物に接したら弱点も含め容易に見抜く鴉を思うと、これはもう恐縮、文字通り恐れ恐く縮んでいます。絵の良し悪しはお許しあれ。
ニーチェの本は手元にあったもの。処世訓のようにも読めます。ニーチェを現時点では異なる見方も可能かもしれません。
さまざまに多忙だった一か月半、今は些か気落ちして、休養しています。コンピュータ
ーが不調ですので携帯の画面で書いています。
どうぞお身体大切に、大切に。まだまだ寒い日もあろうかと、風邪、インフルエンザ、
オミクロン全て撃退してください。 尾張の鳶
* ご健勝を願います。
永く此の日乗の巻頭を、写真で飾らせてもらったあの鳶の繪の『浄瑠璃寺』を戴けると謂うのか。あな、嬉し。有難し。
ツアラトゥストラ これぞ「詩」を味わうように、少しずつ日々に気を静め気ままに書き写しています。不思議と心に親しい「詩の表情」が懐かしいのです。訳本に頼みながら気ままに字句の端々は思うに任せながら。
2023 1/5
* 高城富子さんの作画『浄瑠璃寺夜色』を戴いた。まだ適切な額が手に入っていないが、所を得て、今私の此の仕事席から視線をかすかに左うえへ送ると、50センチほど先に所を得て実に美しく眺められる。以前は写真を、ホームページ巻頭に貰っていたが、ホーページが壊滅し、写真でも視られなくなっていた。嬉しく、有難く高城さんに感謝している。有難う。有難う。その左に、繪よりやや小さいが一枚の写真としては大きめな、南山城当尾の父方吉岡本家邸宅、国指定有形文化財の一部分を撮ったのが並べてある。浄瑠璃寺は、吉岡の謂わば菩提寺に同じい縁故の名刹。相い愛照らし合うて、誠に快く美しく二つが並んだ。思い屈する時など、視野の歓喜や励ましとなってくれよ、有難し。嬉し。
* 思えば思えば、私は、なにかにつけ、恩愛の多くに温かに恵まれているのだ。忘れては成るまい。
2023 1/6
* 夜前、十時半ごろに寝入ったか、二時頃まで頻回の手洗い立ちに閉口した、が、実に実に嬉しい夢も確かに観た。類いないまで嬉しかった、が、もう思い出せない。それでも好い。
今年も中川肇さん作成の「クレー」作を毎月主題画のカレンダーを戴いている。去年も、或いは一昨年も戴いていて、クレーに遠の遠かった私をみごとに「クレー漬け」に成された。
2023 1/7
* 白馬の節会 七草粥はひとしお好きな雑煮です、十五日の小豆粥も例年祝います、
キイの打ち損じがつづきます。 今日の体調は悪しきかぎりで、しんどさに「潰れ」つづけ、立ち歩みもママなりません。「生・活」途絶えそうですが、仕遺しどころか 仕掛かりの要も欲もたくさんあり、ます。
歩ける「脚ぢから」を喪っては、コロナが退散しても街へ出られない。つまり二度と会えない。もっとも、これが、と見喪うほどやせ細っています。きっかり30キロはへり、「貧相」を極めていますから。
不幸にして、好都合とも謂えますが、いま、わたしは気軽に撮って機械に移せるカメラもその技術/手順も無い。写真は私のいささかの趣味嗜好でしたのに、表現できない。 結局「楽しみ」は「読書」っきりです。好きな「食」の全部も失せて去りました。幸い鑑賞に足る繪や書や骨董類が身近に少しは残っています、書物にはこと欠きません、ことに和漢の古典には。それと、どう当たろうとも私から逃げて行かない「連れ合い」があり、それは「歴史」です。いつも頑強に、恰好に、老い衰えて行く私を待ち伏せて隠れない。
こう書いているうちも、体調は険悪の角を立て刺しこんで来ます。親しい話し相手は、「ツアラトゥストラ」です。毎朝晩に彼の「言う」のを聴き、為すのを見つめています。こんな友に出会うとは想ってこなかった。
お元気で。幸い、メールは、私独りで、読めるし送れます。怪我なさるなよ。
〇 みづうみのうれひもなみのゆくはてをたれまつとなく光るおほうみ 恒平
2023 1/7
〇 新年の翁へ
子供たちの家族もそれぞれに元気に過ごしているようです。孫四人が結婚し。そのうち二人が子供に恵まれました。まだ若い二人は大学生です。
昨日九皐会の新春能で。「翁」を観てまいりました。
秦様ご一家の泰平、安穏もご一緒に祈願する思いでした。
九皐会では毎年、順に若い先生方が勤められます。
脇能は「嵐山」で、こちらも、若い先生方の颯爽とした舞で、春を愛でさせていただきました。
年齢を重ねて、若い世代の方たちの精進ぶりを観ることができる幸せも感じました。やはり若い方たちは元気です。
あやかって、そろくの年なりに元気に。頂いたお歌のように 「心静かに ふたりして生きめ」と。
秦様ご夫妻も どうぞどうぞお身体大切にお過ごしくださいますように。
晴美 妻の親友
2023 1/9
〇 メールを読み、愕然茫然、言葉を失っています。
浄瑠璃寺夜色 所を得て 静かに傍にあって慰めとなれば、絵も、嬉しい。
仕掛かりの「要」も「欲」もたくさんもち続けてくだされ。
どうぞどうぞ願います。
どう「貧相」でも、現在の写真送ってください。
誰よりも日々憂慮されている迪子様のことを思いいます。 尾張の鳶
2023 1/10
* 鰻をよく食べたのに、手が出なくなった。脂っ気は好む方だったのに、顔をそむけるようになった。鰹出汁のスープのようなのを好んでいる。鳶がよく贈って下さった、南座わきの「鰊蕎麦」が懐かしい。鰊味それに相変わらず麵が、蕎麦が好い。
* 浄瑠璃寺夜色 すばらしく佳い。繪と同じほどの大きい写真で、お寺に近い当尾の、父方祖父の屋敷と並べて観ている。「秦恒平」以前の自分を感じられる。
2023 1/10
〇 秦さん
新年を迎えましたが、お元気でしょうか。連日の寒さは身に応えますが、ありがたい日の光をかみしめて日々を過ごしています。 中・高同窓 元 日立役員
◎ 親愛なる テルさん。
新年になりました。なにとかガンバリたいと願いながら、去年の残暑来の体疲労は加わる一方で、せいぜい努めて遣っていますが、疲弊は加わる一方、やせ細っています。
幸いに私の「読み/書き・読書と創作」の日々は「家の中」で可能ですので、仕事に引き摺って貰うよう努めながら、昨秋来は、奈良・平安交期の左道の怪事件を引き受けた今日現在の異様を書き継いでいます一方、新年には、現代の視野からの「或る往生傳」を日々に今日も書き継いでいます。
「湖の本」新刊も いま二冊並行していて、やがて発送また初校という荷を背負っています。実に疲労困憊の極にいますが、それが私の「残年」と覚悟しています。
小説だけでなく、或いはそっちへ転換しそうでもありますが、私の卒業した「有済」小学校の「有済」とは「如何」を、三條、粟田を含めた「京都」の問題として書き継いでいます。これは、テルさんにも、きっとお考えがあろうかとも。教わりたいことが幾らも在ります。
戴いていた師走初めのメールには、異存や異見はなく、私なりに漠と「世界」を眺めつつ、もはや私には残り少ない「日本」の見聞を、どう咀嚼するか、もう吐き出し吐き捨てて置くかと、思うばかりです。
少なくも今後の「日本」に軍事的緊急に兵事として応じる術など「無い」「あってはならない」「自滅を急ぐだけ」と思っています、だからこそ大事なのは必至・必死の適切を欠いては絶対ならない「外交」の智慧と能力だけしか無い、残っていないと、その点「幕末明治」の日本の志士や元勲たちの聡明な勇気が慕われます。坪谷善四郎という人が明治半ばに著していた、千頁を越す「明治歴史」上下巻には、それはそれは多くを学びました。
武器に、垂れ流しの金を使って戰争に備えるのでなく、金と知恵の一切を、聡明で勇気ある外交と果断、かつ堅実に賢い貿易とで、国土と国民の日本を護り抜いて貰いたい。そう祈るばかりでいます。
テルさん。お元気で。お元気で。若い人を励まして下さい。 秦 恒平
〇 お元気ですか、みづうみ。
「体調は険悪の角を立て刺しこんで来ます」というみづうみのお辛さに涙がでます。みづうみのご体調が「ふつう」である日が来てくれますようにとお祈りするばかりです。
みづうみも奥様も、まだ介護認定はお受けになっていらっしゃらないようにお見受けします。要支援や要介護認定を受けると、程度によりますが送迎つきデイサービスが利用でき、そこで運動指導を受け体操などする機会もあり、脚力を保つのに役立つかもしれません。入浴介助もあるので、ご自宅より転倒の心配なく広いお風呂に入れます。あるいはご自宅で一緒に体操してくれるサービスもありましょうか。ドクターの訪問診療、看護師の訪問看護、どちらも大変助かるものです。
高齢者介護の仕事に関わる人は当然ワクチン接種していますし、一般的社会人より厳重な感染対策をしています。それでも感染リスクゼロとはいえませんが、スーパーのような街中に比べれば安全です。なんとか色々なサービスを利用できるとよろしいのですが。
電話一本かけられないのが高齢者です。前にも書きましたが、建日子さんのすべき手続きかと思います。お頼みになりましたか。本当は頼まなくても気づいてほしいのですけれど。一日も早く介護認定を受けられて、行政の支援を利用なさってください。
みづうみより二歳年上の母は八十七歳のときには大腿骨骨折もありほとんどベッドの上で過ごしていました。今年の春に九十歳になりますが、何度も入院しながら、今も元気で、歩行距離は増えています。若いころから虚弱だった母を見ていると、人間の生命の底力を感じ驚くのです。みづうみのご体調がすぐれないのは高齢者の当たり前の状態です。みづうみと奥様は稀に見る高齢者ご夫妻で、頭脳明晰なままお仕事まで続けていらっしゃいます。ですから、行政サービスを上手にご利用いただき、その状態を長く続けていただきたいと願っています。「もういいよ」と思われても、高齢者の体調は浮き沈みの激しいもので、そう簡単に「もういいよ」はさせてもらえません。「まあだだよ」と青息吐息での山登りなのです。休み休みでよいのでこの登山を続けていただきたいと思います。フーフー言いながらあとからついていきますので。
みづうみのメールは相変わらずあけぼのには判じ物です。
>「有済」 読み解ける人は京都の人にもめったにいません。「書経」に獲た一語のようですが、「秦恒平」を論攷するには、通過の必要な、強硬な、根の「課題」の一つになります。解いてみますか。
私も、大人になるまで、まるで分からなかった、同じ学校を卒業した親も、先生がたもまるで識ってませんでした。
京都オンチのわたくしに「解いてみますか」とは! 即断即決で、無理です。『湖の本』以外では、みづうみの京都について勉強する糸口さえないというのが正直なところです。それで秦恒平論を書こうなどというのはあり得ない話なのは承知ですが、みづうみの京都を書ける人間が今の日本に一体何人いるとお思いでしょう。もしわたくしに役割りがあり、それを全うできるとしたら、みづうみの膨大な仕事のほんの一部についての資料を残すこと、「秦恒平」を読んで、書いてください、こういう文学者で人間です、といくつかの視点を残すことです。今は、京都に至る前に書いておくべきお江戸の「秦恒平」もあるかと、ただただ湖の本を読んで、勉強しているのです。
もし、デジタルデータがおありでしたら、みづうみが文庫本『少年』で使用されたプロフィール写真(自腹の秦恒平論に使えればと)、ずっと以前にホームページに掲載なさった当尾の吉岡家で撮影されたと思われる幼いみづうみと犬の写真(寂しい写真ともいえますが、大好きなので)がいただきたいと思います。実際の写真は勿論不要ですし、データがなければわざわざ作っていただく必要はありませんので、どうかご放念ください。
今日が佳い一日でありますように。 春は、あけぼの
* 「京都オンチ」とは情けない。
2023 1/11
〇 beliefめでとうございます。お変わりなく おすごしになられていますか。 現状維持もたいへんです。無理? ダイジョブと六割程のうごきをしても、後で、こたえています。 ドラマの背景に映っている京都のあちらこちらを みています。畑本の家が御所だったりして。 洋ものも。 この空と光の工合は砂漠のものではないとか。、 テレビもよく観ています。 うたがい深く、困りものです。 沙 高山寺の弓いる兎の絵葉書
* 洒落 な筆致で。 お元気でと念じます。懐かしい。
2023 1/13
* 近来に無かったほど朝寝した。出来た、とも。手洗いには夜中三度も起ったか、どうか。起きる都度努めて御茶で水分も補給するし、日によっては暗闇のなか手探りに「のど熱」薬、「乳酸系」腸薬「龍角散」を服して体調に資している。この数日、からだへアルコールは日に缶ビールせいぜい二本しか容れていない。「空腹」かんも覚えるように。しかし「食」欲に成らない。濃厚計の食はからだが忌避する。求めて好んでいつも呑みたいのは妻が「特製」の出汁スープ。これは、頗る美味い。二杯も欲しい。「米」の飯に食は全く湧かない。何故か。とんがった鍼のように米が堅い。粥にしてすら米が堅い。京都の頃の、東京へ来てからも、この十年も前までの「米」はこんな凶器めく堅さでなく、いわば餅・餅とむっくり柔らかだった。旗の父はそういう米の飯の大好きな人だった。御飯だけでも満足して(但し梅干しは絶対にノー)食していた。わたしもその白飯の温かなうま味は覚えている。昨今東京の米の「固さ」と謂ったら無い。寿司屋の握りにも固さがある。東京内侍、原産地の製米・精米の拙さなのではないか。
わたしはもともと魚がむしろ嫌い。「鰈」しか食べなかった。実はナマの魚も心中には危ぶむ記が抜けてない。
高級の「中華料理」を事に好むのは火が通っていると、前庭だけでも安堵しているから。上等のステーキ、牛肉、よく揚がった厚いとんかつ、鱧、鱈、蟹、海老、新鮮な牡蠣そして蛤やいい浅蜊など貝類などが好き。危ないモノには手は出さない。得体の知れない料理モノには手を出さないし、くさい香料物や濃いに原形をとどめてない判じ物も、ノー。
* 寿司は、なくなった元の銀座「きよ田」が極まっていた。相客もよかったが、大将がよかった。辻邦生さんが、中国への旅仲間として最初に連れて行ってくれた。妻ともよく行き、眞実寛げて美味いこころよいお店だった。一度、朝日子のお祝い日に連れて行ったら、後日、大きな出版社の親分株に、子連れで入る店で無いと𠮟られた、が。そういう斟酌はわたしはしないのである。じつは「沢口靖子」との縁を仲立ちしてくれたのは「きよ田」の大将。いま家に或る疊代の大きな靖子写真の大方は「きよ田」が声を掛け、送られてきたのだった。「きよ田」の想い出は尽きない。これに匹敵して想い出の懐かしいのは、バー「ベレ」だった、ここへも家族中で馴染んだ。じつに「ワケ知り」の気っぷの豊かに朗らかな聡いママだった。想い出は尽きない。巌谷大四さんが最初に連れて行って下さった、歌舞伎の半四郎たの、沢山の有名な漫画家だの、新聞記者だの、たくさん知り合った。
あーあ。朝から、こんな想い出話とは。朝起きの空腹感。あれれ九時過ぎ。
2023 1/16
〇 お元気ですか、みづうみ。
新年明けて、コロナ後の咳もなくなり体重も体調もなんとか復活しています。免疫が強化されてよかったと思うことにしました。自分のことよりみづみのご体調がいつも気がかりです。お仕事こそみづうみのご健康を支えるものですが、過剰になりすぎませんよう、ご無理のないようにと念じております。
それでも、みづうみの書かれたものは、未完であっても「詩」で、「花筐」に活きる美しい花や草や枝葉になります。たくさん読みたい。
現在の日本のドラマの低レベルは、国力の衰え、視聴者の劣化の表れ以外の何物でもないと思います。製作しようと思えば良いものを創れる人間はたくさんいるでしょうが、手間暇とお金がかかるわりには視聴率がとれないとスポンサーに左右される悪循環かと。手っ取り早くお金になることばかりが大事な社会になりました。
たとえば、イギリスで大評判だったドラマ「ライン・オブ・デューティー」など観て驚くのは、政治に忖度せず警察官の不正をテーマに出来る自由さ、複雑緻密な展開の脚本があり、膨大な難しい科白をこなす役者がそろい、このドラマを面白いと喜ぶ視聴者層が厚く、高視聴率、高評価であることです。今の日本のテレビ視聴者層ではついていけないと思うのです。
というのも複雑な話についていける視聴者層はとっくに日本のドラマを見限り、「ライン・オブ・デューティー」含めた自分の観たい海外ドラマや映画を、ネットフリックスやアマゾンプライム等で観ているから。
今のテレビの視聴率を決めているのは勧善懲悪のB級娯楽映画などを好む種類の人間ではないかと想像しています。ヒトラーが、プロパガンダを一番知的レベルの低い人間にあわせて発信したようなことが起きているのでしょう。
こんなことを書くと大衆蔑視と批判されるかもしれませんが、製作者が視聴者のレベルをこの程度と見くびった結果の「唖の娘」(=芹沢光治郎「死者との対話」より)の我が物顔と反論できます。
これは出版業界にもいえることで、本はどんどん読みやすく簡単に書かれるようになっていると指摘されています。このまま高い知的レベルの要求される本が、ドラマが、淘汰されていくとしたら、国力の衰退するのは当たり前ではないでしょうか。
幸い映画はまだドラマより希望がありますが、手近な画面でなく映画館の画面で鑑賞する観客の減少には歯止めがかかりそうにありません。
相変わらずの愚痴もどきおしゃべりをしました。国の惨状と運命を共にするのも、楽しもうと思えば楽しめるくらいのしたたかさで、今年を乗り切りたいものです。
みづうみの次のお仕事を心待ちにできる幸せをかみしめています。どうかお元気で毎日をお過ごしくださいますように。 春は、あけぼの
* 佳いメールだと拝読。全面、同感。こういう水準の若い人たちの「層」がぶあつくなってほしいと「切」に願う。
この方、前回戴いたメールで、自分は「京都オンチ」と書かれていて、あれれ、それでどうして「秦恒平」が読めるのと少し機嫌を損じていたが。今日のメールは佳い刺戟を得た。
2023 1/16
〇 クレーのカレンダー
今日クレーのカレンダー 頂きました! 有り難うございます!クレーはあの兄が大好きで、よく部屋に飾っていました。私も大好きですが、クレーは作品が多く、みっちゃんも好きになるようなのもいっぱい。カレンダーの裏にある中川肇さんの文章を読むと、これほどクレーの絵に深く出会えたことそのものが、やはり奇跡なような感じがします。そんな風に私も作品や画家に出会ってみたかったと羨ましくおもいました。(みっちゃんも読んだ?)
新しい年の1月になって、もう半月もたちましたね。コロナも老人の死亡者が多く、怖いですね! 1月1日に長女一家4人が3年振りにやってきましたが、マスクはそのまま、10分位で帰ってしまいました〜4人のうち2人が、去年コロナにかかりましたが、たいしたことはなかったようです。
私たち老人は、うんと気をつけましょうね!
カレンダーありがとう ! 私の部屋に掛けます! 丁度カレンダーが欲しかったの。有り難うございます。
どうか お二人とも くれぐれもお体大切にね〜 ルミ (妻の妹)
2023 1/17
〇 クレーのカレンダー
今日クレーのカレンダー 頂きました! 有り難うございます!クレーはあの兄が大好きで、よく部屋に飾っていました。私も大好きですが、クレーは作品が多く、みっちゃんも好きになるようなのもいっぱい。カレンダーの裏にある中川肇さんの文章を読むと、これほどクレーの絵に深く出会えたことそのものが、やはり奇跡なような感じがします。そんな風に私も作品や画家に出会ってみたかったと羨ましくおもいました。(みっちゃんも読んだ?)
新しい年の1月になって、もう半月もたちましたね。コロナも老人の死亡者が多く、怖いですね! 1月1日に長女一家4人が3年振りにやってきましたが、マスクはそのまま、10分位で帰ってしまいました〜4人のうち2人が、去年コロナにかかりましたが、たいしたことはなかったようです。
私たち老人は、うんと気をつけましょうね!
カレンダーありがとう ! 私の部屋に掛けます! 丁度カレンダーが欲しかったの。有り難うございます。
どうか お二人とも くれぐれもお体大切にね〜 ルミ (妻の妹)
2023 1/18
〇 フランスの、年金改革反対百万人規模のデモを、羨ましくニュースで観ています。いつからこんなおとなしい国民になったのでしょうね。日本人は。 春は、あけぼの
2023 1/20
* 吹上ちえ子さんの来信等に振れて書いた筈の日録・記事が消え失せている。ほかにも書いていたと思う、が、探索届かず、不可解にも不快。
記憶も鮮明に、書いたはずの記事が「消えてしまう」とは、いやほど繰り替えした体験ながら、アタマに来る。機械に悪意はない、私の操作ミスに相違ないのだが。財布を落としても諦めるが、「書いたもの」は「私そのもの」なのだから、我慢ならない。なにか私の粗忽があるのだ。
2023 1/21
〇 感謝 只今 湖の本、届きました、変わらず長い間続いていますね、楽しんで読ませ頂きます、近日は頭の方がふらついて一寸おかしくなったのかと? と思ったりしています。
21日土曜日には日吉ヶ丘(高校)へ、久し振り、雲岫会の初釜に行って来ました、懐かしい限りです、良い思い出です。花びら餅もおいしかったですよ。
まだしばらくは寒い日が続きます。お体を大切にお過ごし下さいませ。 華
* 「雲岫會」とは、私が日吉ヶ丘高校生だった二年生の昔、学校へ申し入れて創設し、一切の稽古も指導していた「茶道部」の名で、茶室に「雲岫」席と命名されていた。佳い茶室だった。「華」は、私の三年生時に一年生で入部、作法最初の割り稽古から点前左方その他私の師導を受けて、なかなか美しい行儀作法の部員だった。久しくも久しい今もお茶人。懐かしい。七十年の餘もむかしに出会い、卒業後も大人になっても、途絶えなく続いた親愛の後輩。私の通った京都幼稚園のごく近所住まいだった。茶名は、宗華。私は、宗遠。懐かしい。近年に夫君を亡くされ寂しい日々と。お元気で、達者に、どうか。
花びら餅は、我が家での叔母宗陽の絵画お正月初發釜にはきっと用いた佳い凶和菓子なのである、日吉ヶ丘茶道部の初釜も同じ老舗の花びら餅で祝っていた。
〇 本の『薔薇のなまえ』 手元にありましたので、今日午前、郵便局から送りました。明日には届くと思います。「拝借」ではなく、そのままお収めください。
今週は十年に一度の寒波とか。東京には既に霙や雪が舞っているとニュースが伝えています。ひたすら暖かくしてお過ごしください。そして太ってください。
改めてまた書きます。 尾張の鳶
* ありがとう、打てば響く深切な親切、感謝。
五十年の餘も昔になろう、京都博物館の南向かい、法住寺や三十三間堂の東で、なにであったか撮影されたりの仕事なかを見つけられて、初めて声をかけられ、以来これまた幾久しい読者と作者との幸せな知的親交がつづいてきた。すこし思索的に難儀なモンダイにぶつると、私から参考の意見や思索をひきだそうとすれば、応じて貰える人。京都の人で無いが京大出で京都の土地柄にも知識豊富、読者のひとりでもあり、何かと助勢願えて有難い友の一人。感謝。
映画「薔薇のなまえ」は何としても盤の傷が邪魔して最期の方が綺麗に見えぬまま途切れてしまう。どのような原作か、読みたくて、本がお手元にあるなら拝借をメールでたのんて゜、打って返しての親切、有難う存じます。到来が楽しみ。
2023 1/23
〇 本(咋)日、『湖の本』161 をいただきました。変わらぬご厚意に感謝します。また一つお仕事を成し遂げたことをお慶びします。拝見しました。いつもながらの感性、理性、文章力に感服いたします。
時事評論にはいつも同感です。幅広い読書に圧倒されます。
私は未だ、老後のゆとりにあずかれません。特に夏以降、毎月何らかの講演会がありました。準備と提出用講演原稿の作成に追われます。
この週末の土曜日には、オンラインによる同窓会主催講演+トークが待ち構えています。卒業生のうちの二人の右翼的な政治評論家と参議院議員には強い批判を述べる積りです。
老いの現実を悠々と背負いつつ歩みましょう。
平安をお祈りいたします。ありがとうございました。 浩
* 「湖の本 161」に有難い初来信。励まされます。
2023 1/24
* 尾張の鳶より、お願いした ウンベルト・エーコの大作 大長編咋『薔薇の名前』上下巻が早速に送り届けられた。薬の日本語がこなれていてとても読みやすく、やすやすと中へ入って行ける。映画は此の超大作から為ればよほど小さくつまみ出された場面と映像と思われる。大きな楽しみが一つまた、目の前に。感謝、感謝、感謝。
* 能美市の井口哲郎さん、久々のお便り下さる。が、「湖の本」新刊は届いていない感じ。静岡市の鳥井きよみさんからも、寒中お見舞いのお便り、感謝。しかし、こちらでも「湖の本」はまだ行ってないらしい。こんなことは珍しい。
とはいえ、京都市の華さん、練馬区の持田さん、都内並木教授からは「着」信あり。なにやら今回は、ややこしい。
2023 1/24
〇 ご本ありがとう。秦 兄
齢相応に身体は部品交換をしたい器官を各所に持ちながら、何とか今年も越年できて安堵しています。福盛、藤江、団、明さん、渡辺節子、中村(山口)節子らも元気に越年の由、賀状が届いています。
今夜から明日にかけて大雪との予報どおり、午前零時の今、雪は降り続いています。数年前までなら、朝一開門と同時に、圓通寺の庭の雪景色の写真を撮りに出掛けたのですが、今は僅か3分ほどの距離が億劫で その気になれません。
二冊目の世直し本も書きはじめたものの、網膜剥離の術後も左眼はほとんど機能せず、片目でキーの打ち損じなどが多く、中々捗りません。
打ち損じといえば、兄の「湖の本」の安倍晋三が安「部」晋三に化けていましたよ。
安倍が銃殺されたニュースを見た時、最初に脳裏をかすめた四字熟語は「因果応報」でした。
萩市にメール友が居ますが、安倍晋三の祖父の安倍寛は地元では聖人と崇められた人格者で、東条首相に退陣を迫り反戦平和主義を貫いた政治家であったとか。因果応報も母方の祖父である 岸信介のDNA遺伝子のためでしょう。
岸一族の被害者の一人、山上徹也の裁判が注目されます。
又 メールします。体を労わって下さい。 辰
* ナントナント。あの圓通寺ちかくの住まいとは、羨ましい。私が小説の中で寺院を印し商的に初めて描いた、描けたのは『畜生塚』であったと懐かしく想い出す。愛しい「町子」と、ふっとぷように市中から馳せていったのが、新聞記事に誘われての感動の「圓通寺」体験だった。「町子」は私の書いてきた数々のヒロインの中でも突出して読者に愛されたと思われる。その愛が後押しの力に成りわたしは「作家」への道を誠に幸運にシカモ早足に歩き出したのだった。圓通寺か……、懐かしい。
2023 125
〇 お元気ですか、みづうみ。
本日(24日)、「湖の本」161巻を無事頂戴しました。ありがとうございます。冒頭「歴史を読む」を読み始めて止まらなくなりそうなので、先にお礼をお伝えすることにします。
>日本は危ないなあと案じます。わたしの残年は知れています。あなたの晩年が平穏無事なことを本気で案じ、願っています。
歴史を誠実に読むどころか、都合よい部分だけ選び事実を歪めている言説の蔓延(はびこ)る日本の先行き、日本語と日本文学の存続にほとんど絶望しかけています。それでも諦めてはいけないのですが、わたくしが平均寿命までもし生きられるとしても、平穏無事のはずはないと感じています。この危うい日本で、日本語と運命を共にして終えることだけは決めていますが。
>俳句はむりですが、短歌は分かります。あなた、試みませんか、月に十首ほどでも。
表現のいろいろを大胆に試みて下さい。散文に拘泥していると、散文も崩れます。
根に詩歌のない小説はダメだと思っていますが、わたくしに短歌を創るセンスはまったくありません。現代短歌の良さというのもほとんどわかっていないのです。『愛、はるかに照せ』を読み、採り上げられている短歌より、みづうみの評のほうがはるかに優れた詩であると思ってきました。詠むなら和泉式部の歌のようでなければ……。そのような高みを目指すための勉強方法でもあれば是非お教えくださいますように。
『一筆呈上』を時々読み返しますが、三十年前、1992年の記述で、統一教会について <この、韓国製宗団の「原理」には無理を承知の「日本」への悪意が見える。>と書かれていました。数多の悪評にもかかわらずこの教団が三十年かけて益々勢力を拡大し、日本の政権中枢まで深く食い込んで国益を損ねている事実が、昨年の事件でやっと世間にも周知されてきました。彼らが日本への悪意のままに国民支配に手をかけている恐ろしさに背筋も凍ります。早い時期からみづうみには見えていた、その慧眼に敬服します。
コロナもインフルエンザも用心していますが、引きこもりのように在宅が多くなり、筋力の衰えが心配になってきました。家の中で体操するくらいではとても足りません。
明日は雪の予報です。寒さをしっかり防いで、どうかお大事にお過ごしください。発送作業のお疲れ早くとってくださいますように。 春は、あけぼの
* 三十年前の「統一教会」への懸念や批判は、平静にかつ気を入れて「歴史を読む」でいれば自然と掴めるころ。そのような批評や懸念を私はいくつかの他の史実や事象にでも十年、二十年、三十年以前に表明してきた例は在る。「サイバーテロ」「サイバーポリス」もその一例。その撒頃にはまだ「スマホ」とか謂った機械も出来てなかったが、必ずやいずれは誰よりも青少年の「内崩壊」をきたすにちがいなく、十分、二十分にすら警戒と予防措置が大事と発言していた。ペンクラブの理事会でも発言していたか、私の「曰く」を理解する理事が太刀がほぼゼロであった。「歴史の先が読めないのだ」と、呆れてモノがいえなかった。
2023 1/25
〇 今日(25日)は寒い日でしたが、三日月の美しい夜です。
八十七様 今日は、湖の本161号をお届け下さり 本当に有り難うございます! その後体調は如何でしょうか。毎日寒い日が続いているなかで 湖の本をよくぞ頑張って出されましたね。いつも本当に その意志の強さに驚いてばかりいます。
また先日は、中川肇氏の貴重なクレーのカレンダーを有り難うございました。ご自分で集められたクレーの絵をスケッチブックに貼って全集を作られたとは! そしてカレンダーも発行され それも今年で終わられるとは… 。
どうかくれぐれもコロナやインフルエンザには気をつけて、この寒い季節を乗り越えて下さいね。
最近は落ちた椿の花の絵を描いている いもうとより
* 美学藝術学を学んできながら、私、造型の能はまるでない。「絵を描く」「繪を先生に提出する」というのが、学校時代の「苦の種」だった。妻も、此の妹も、ことに「いもうと」の方はプロで通用の才能を作品として観せてくれる。詩集も出している。はやく亡くなった「おにいちゃん」保富康午も少年の昔から詩を書き、草創期のテレビ社会で制作者としても活躍していた。妻とは私、その頃に出会った。
コロナもあり、久しくも顔を見ない。元気に長命なされや「いもうと」よ。
2023 1/26
*弥栄中学へ入学の年に「理科」を習った、お若かった当時の佐々木葉子(現在・水谷)先生、「とらや」の羊羹に宇治茶も二袋も副えてお手紙下さる。あのお若かった方が九十六歳になられ、いまなお往年の生徒の「文筆」仕事をお励ましお心遣いして下さる。なんとい私は幸せ者か。
〇 *建日子小学校での担任・藤井敏子先生 *岩佐なをさんの「花束の視線」と題されたそれは美しいエッチング作とお手紙ヶ *東大大学院人文社会系研究家・文学部国文学研究科 *お茶の水女子大学図書館 *早稲田大学図書館 *慶應義塾大学「三田文学」編集室 *城西大學水田記念図書館*皇學館大学国文学研究室津 湖の本161壽陵の来信
2023 1/26
〇 秦さん
秦 恒平 湖の本 161 『 世をしら波に 行不苟容』を戴き誠にありがとうございます
いただくだけで 本当に恐縮です
「世をしら波に」
今年の 新生児医学会 は 三重大学のようです (第59回 日本周産期・新生児医学会学術集会)とありました (59年前の第1回が昭和39年でしたら私は医師免許3年目でした)
『世をしら波に』これからもなんべんも読ませて頂きます
「行不苟容」
晉書 巻四十五 劉毅傳 の中の(劉毅という軍人のようでした)
「毅方正亮直 介然不群 言不苟合 行不苟容」に辿り着きました
ここまでも、全部中国語のサイトで 解説も全部漢字で 往生しました 挙句 何気に日常のGoogleの検索サイトで探しましたら「不苟容」の説明があり
「みだりに人の気に入られるようなことはしない」とありました(平成21年の安藤文雄という人の文章の中です)日本語はいいなあと思いました
『行ひて苟も』容れず (行不苟容): これでよろしいでしょうか?
御礼 メール遅くなり 誠に申し訳けありません
先日頂いた
2023 1/26
〇 厳しい冷え込み思いのほか長引いています。東京も氷点下続きのようですが、いかがお過ごしでしょうか。
昨日 湖の本 161 届きました。ありがとうございます。
今夜もまた雪予報。
じっくり読む時間に恵まれたと思い、ゆっくり味わいます。
どうぞお身体お大事になさってください。 下関 碧
2023 1/27
〇 先生
『湖の本 161号』をご恵贈賜りありがとうございました。
御礼が遅くなりましたことをおわび申しあげます。
実は、昨年12月19日、ギリシア哲学のゼミのあと、眼が複視・焦点が合わなくなりさらには頭重、そして文字の読み書きが困難となりました。
眼科、内科、そして脳神経外科でCT,MRIで検査するも原因不明、脳神経内科でようやく原因が判明しました。
滑車神経麻痺によるビールショウスキー徴候(Bielschowsky sign)という いままでに聞いたことがないややこしい症状です。視線が水平より上の場合はほぼ今までと変わりなくPC画面は見られるのですが,視線を下に向けると文字の判読が困難となります。
脳神経内科のドクターは「治ります」と言ってくれているのが救いですが、回復
の目途はたちません。なんとかキーボード操作をしています。
妻は、「少し休めということ」だと言ってくれています。
また経過報告を申しあげます。先ずは御礼まで。 仁
* 切に願う。どうかどうか早くまた確かなご回復の成りますように。
2023 1/28
〇 紅梅が
大寒らしく寒波がきて雪が降り、袋田の滝も凍りました。全面凍結はしばらくなかったので観光地は悦んでいます。でも、すぐ溶けるのでしょう。
コロナ以外にも外出を躊躇する寒さですが お元気でしょうか?
珍しく私は今日は水戸に泊まっております。
間もなく二月、水戸では紅梅が咲いています。植物は確実に季節をとらえますね。 寒いですが お身体の調子が良いことを祈っております。 司
* 季節感に彩られた爽やかなお便りはひとしお嬉しい。袋田の滝は妻と、わざわざ、と言うか池袋駅でふと思い立って観にでかけた。瀧への入り口近い旅館で、大きな深い白木の浴槽にまんまんと湯を湛えた浴室を遣わせて貰ったのが素晴らしい想い出になっている。侘卓しん゛「温泉」を謂うときは、此の想い出につよく惹かれている。
2023 1/29
* 所澤の藤森佐貴子さん、「福岡県八女市の喜多屋「寒山水」を送らせていただきます。私はお酒につよくないのですが 隣で 美味しいと飲んでいるのをひとくちだけ 味見するのが 好きです。
「寒山水」は 父(国文学者 阪大名誉教授)のお供えにといただいて知りました。(ひとくち飲んだら 何口も飲んでしまいました ) 大輪の椿二輪の絵葉書に。
奥様と いっしょに 楽しんで あたたまっていただければと 思います」と。
たしかに たしかに超級に美味しい、グーな焼酎だった。
* 神戸の市川澄子さん 「神戸は珍しく10センチもの積雪で外出も叶わず 時を得て拝読させて頂き。今、春待ちです。お大切に。」 妻の親友
* 創作『花方』で馴染んだ瀬戸内「しまなみ海道 来島大橋全景」の絵葉書に今治市「波方」の木村年孝さん 「54頁に 読書がなぜたいせつなのか。めにとまり、心がゆさぶせれます、じっくりと熟読します。 今週は10年に一度という寒気が。瀬戸内も雪が降る予報です。お体 大切にお気をつけください。」
* 大阪府池田市の陶芸家 江口滉さん 「本を頂くたびに、私の手もとに届くまでには、執筆から……発送迄 秦さんの作業、というより ほとんど闘いではないかと。寒さが続きます。お身体大切におすごし下さい。不一」 有難いお言葉です。
* 喜多流シテ方 友枝昭世さん 茅ヶ崎市の吉川幹男さん ご厚志に感謝。そして
* 都・練馬区の宮本裕子さん 詳細に具体的に、細部にわたってのご感想 ご指摘 感謝に堪えません。
* 立命館大学、二松学舎大学、文教大学 「湖の本 161」受領の来信あり。
2023 1/30
〇 鴉 お変わりないですか、お元気ですか。 尾張の鳶
湖の本、 大学入学のこと、北沢氏のこと、など興味深く読みました。
日々忙しく 元気に過ごしています。
半月もしたら少し暖かくなり、春の気配を感じるでしょう。
大事に大事にお身体ご自愛くださるように。
2023 1/31
〇 今年岩波文庫から新しく出た「閑吟集」を拾い読みしています。
思い起こせば1982年に秦さんの「閑吟集 孤心と恋愛の歌謡」がNHKブックスとして書き下ろされ、それに引かれるように1989年に岩波文庫に「新訂閑吟集」が現れ
2007年には「湖の本」として秦さんの旧著が復刊されました。
その後ホームページ「秦恒平の文学と生活」の中でもしばしば取り上げられ「閑吟集」は馴染みの歌謡集となっていました。研究者ではないので気安く手が出せる本が有難いです。今度の岩波文庫版は現代語訳もついているので親しみやすい上に秦さんとの解釈の違いも楽しめます。
初めて全歌通して読みました。秦さんに教えてもらっていなかったらここまで楽しめなかっただろうと 感謝いたしております。
母が今月100歳の天寿を全うして身罷りました。
どうぞ尚一層お元気にお過ごし下さい。 都下 野路
2023 1/31
* 疲れ果てて、昼過ぎから床に就き、晩方まで寝入っていた。
天野さん、持田鋼一郎さんら、ありがたい郵便やメールを色々に頂戴していて、拝読。感謝。すべては明日にもう一度拝見。
2023 1/31
〇 大寒波に震えあがって蟄居中に『湖の本 161』が届きました。コロナ以降、外出の気力はもう寒さなしでもないのですが、魅力ある書物には、しょぼつく眼でもいまも反応します。
「世をしら波に」にすぐとびつき、<われ>を根に「歴史」として読んで下さった文章を愉しく懐かしさすらおぼえつつ。
<{あなたって、生きた小説ね」>は蓋し名言、「七十年むかし」以来(つまりはご誕生以来)の必然的に作家へと歩まれた軌跡が魅力的に浮かびあがってきます。
名編集者の奔走にはただただ感嘆、そして「十年むかし」に、今現在をまざまざと読みとっています。作家秦恒平氏ならではの先見の明というべきか。
先見の明といえば、ななんといっも「湖の本」のご創刊、そして今にいたるご継続ーーよくぞ最初の一歩を踏み出されたものよと、ご炯眼とご努力に改めて簡明をうけております。(今ならクラウドフアンデイング?)
どうぞ御身お大切に、これからも先を照らして下さい。
二〇二三年一月二十七日 敬
* かつて大看板「文藝誌」の編集長であった方、「読み手」として卓越の名声の方。「激励」と有難く戴いている。
〇 前略
弥栄小学校、私にも懐かしい小学校です。筑摩(書房) 京都出張
折に 山下とか清水房とかいった祇園の中の宿に泊まりましたが、そのすぐ近くに弥栄小学校があり、花街のどまん中ににある小学校、どんな子供たちが通うのだろうかと、いろいろ想像しておりました。秦様がその(小)中学校のご出身と知り、なるほどと感心した次第です。
今回もまた 秦様の幅広い共用と豊富な読書の量に圧倒されつつ 愉しく また興味深く読み進みました。東西の古典、茶道、能、華道、日本舞踊などに幼少のころから親炙されてこそ 教養というモノが見に付くのだと改めて思い知らされた次第です。
小林秀雄や江藤淳といった二十世紀後半のにほんを代表する批評家が秦様を髙く評価していた事も納得できます。
江戸の両替商は丁稚に金だけに触らせて育てたそうです。すると、十年たつと混ぜ物のある金貨と純生の金貨を触っただけで瞬時に区別出来るようになったといいます。古典的教養もそれと同じで幼い頃から触れていないとなかなか本当にみにつかないものたせと存じます。秦様はきさしく京都文化の伝統の純金に触れてお育ちになったから、今日の滲みでるような教養を身につけられたのだとつくづく感じ入ります。
また、源氏や新古今、谷崎などの世界に浸りつつ、一方で旺盛な政治的・社会的関心を示されているのにも、文学者はかくあめべきと、いつも教えられます。
ジンメル、マルクス・アウレリウスの引用も素晴らしいと存じます。
とにかく毎巻拝読するたびに大いに励まされます。今後の益々のご健筆、心からお祈り申し上げます。 草々 鋼 作家・歌人・評論家・編集者
〇 先生の旺盛な読書と社会への関心に、みずからの怠惰を反省することしきりです。なにとぞ、御自愛下さりますよう 敬具 西 九大名誉教授
〇 浦安の島野雅子さん 神奈川県知事からも来信。
〇 京・山科の詩人、あきとし・じゅんさん、めづらしい素晴らしい、梅味の「リキュール」を下さる。 美味い!! そして強烈。酔います。
〇 御礼 秦 恒平 様 「湖の本161 」 嬉しく拝受致しました。有り難う御座います。
時間の経つのはなんて速い、又 月が改まりました。今年もお互い何とか普通に時を過ごせますよう、希うしかありません。どうかご無事で、お筆が進みます様に。
「湖の本」 厚かましくも何処かで心待ちにしている自分がいました。
今回も又、いきなり魅力的な言葉の行列が。
「歴史を読む、書く」は多分人間だけの行為。 他人がそれを尊重するとは限らない〜。
大納得です。
「同志社美学 藝術学」。 校門奥に立つ「良心碑」の記述などなど。本当、「あかず懐かしい」事ばかり。
各章の頭に見えるお歌、凄いなあ。
見習いたいの次元じゃあありません。心に沁みて繰り返しよみふけってます。
どうか何時迄もお元気で、少しでもお食事が進みますように。 久 拝 先輩
* 短歌に、目を留めて貰えたのが心嬉しい。めったに無いこと。短歌こそがわが文藝の発端、自愛の創作であつた、少なくも高校時代には早くも。
〇 山瀬ひとみさん、新刊の自著『読者の仕事』を下さる。これは、私としても「読まずにおれない」一冊らしい。毅然とした文体で書き起こされ ためらいなく論旨が展開されていそう。小説も書ける人、だが。
〇 鎌倉七里ヶ浜の野村守美ん、というよりむかしのママ芦田「守美ちゃん」と呼びたい中・高の後輩、お見事な写真の技で、美しい海景、美しい小鳥たち の作を、額もともども贈って来て呉れました。感謝感謝。そして懐かしい。「ハタラジオ店」に初めてテレビが入って公開した頃、山のような路上の人だかりを分けて妹と、(あれは何の放映だったろう、力動山の「空手チョップ」だったか、阪神の若林投手、藤村三塁手、金田外野手や巨人の川上・青田選手らスラッガーの「阪神巨人戦」だったかも。大相撲だったかも。)觀に来たのを覚えている。
〇 冬籠りのさいちゅうですが、熱い御茶とやさしい甘味と愉しいご本をかたえに、心豊かに過しております。まことに有難うございました。極寒の砌 ますますご自愛くださいますようお祈りいたします。 さいたま市 松井由紀子
〇 読書の質の高さを示した「行不苟容 私語の刻」を面白く読んでいます。益々のご活躍を祈念。敬具 聖教新聞 原山祐一
〇 一冊を読み切れた事にまんぞくしています。んダんダというところが一杯の本があるなんて。
「まあだだよ」ですよ ほんとうに。 沙 同志社美学 一年後輩
2023 2/1
* 山瀬ひとみさん堂々の『読者の仕事』に驚嘆、その、わが初期作『慈子(あつこ)』評価にまさに驚嘆し感謝し、こうまで「読み」解かれて行くかと肌に粟立つものがある。「いい読者」はありがたく、また怕くもある。着物を一枚ずつ剥がれる心地。かつて原善クンや永栄啓伸さんらいろいろの読者が、批評家として読み解いてくれたが、山瀬さんのは、批評の評論の読解のと謂うレベルになく、「身内」からの同化と異化とからの痛いほどの「ラブレター」に思われる。ついに、こういう「秦恒平」の読み手が現れたかと、のけぞった。
2023 2/2
* 元・平凡社(太陽)の出田興生さん、手厚く「湖の本」へ応援して下さる。感謝。
〇 「湖の本 161」拝受 「歴史を読む」 私も子供のころを想い出しました。生まれた和歌山の家は戦災で焼かれ 7年近くの疎開生活でした。小学校からの友人は離ればなれで極く限られた人数でした。
昭和45年「秘色(ひそく)」に出会い それから早いモノで半西紀を過ぎました。永くご好誼を賜わり、本当に有難いことと感謝申上げて居りま どうかお揃いでお元気にお過ごしください。 和歌山市 三宅貞雄
〇 ご恵送 ありがとうございます。
今、半世紀ぶりに大學の定期試験を受けています。古い事は良く覚えているのに 新しい事は全く頭に入りません。ま、生きている証です。季節柄 お身体大切に
神戸市垂水区 e-old 道
〇 「世をしら波に 歴史を読む」の<七十年むかし、われの少年>から、<十年むかし また繰りかえすのか>を拝読し、あらためて先生の長寿の秘法をを学ばせて頂きました。
「気色のわるいこの現実とも、美しい静かなあれこれとも、ちゃんと向き合ういようと思うている」
逃げ腰にならず前を向いて歩きます。 京・山科 あきとしじゅん 詩人
〇 昭和女子大 日本文学科 「湖の本 161」受領の来信。
2023 2/2
〇 お元気ですか、みづうみ。
悩みに悩んだ題名『読者の仕事』に合格点をいただけるのなら、これほど光栄なことはありません。それだけでも書いた甲斐がありました。肝心の本文が、読むに値する内容に少しでも近づいていることを祈るのみです。お励ましいただいて本当にありがとうございます 今日も寒い一日でした。冷えると血圧も高くなりがちです。がんがん暖房のきいた部屋で、猫ちゃんズと楽しくお疲れを少しでも癒してお過ごしください。冬は、つとめて
* 寒く、身も、とかく心も冷えて元気でない。『薔薇の名前』『読者の仕事』『水滸伝』『源氏物語』『参考源平盛衰記』に心身を引っ張って貰っている。
2023 2/3
〇 前略 それにしましても、先生の倦むことない知的活動の源泉は、いったいいかなるものなのでしょうか。私も先生にあやかって励みたいと、「湖の本」をいただく度に思うのですが…… 殊の外寒い日が続きます。くれぐれもお身体 お大切に過ごされますように。不一 都下 国立市 恭
〇 松山大学図書館 受領来信
2023 2/4
* 読者の一人が。幻戯書房とかいうところから『読者の仕事』と題した部厚い論考本を出版された。この『読者の仕事』という表題は、「思索者」の名乗りと倶に、在来、創作/編集/出版/批評・鑑賞等の「文学論」に於いて大きく一つ欠け落ちていた分野・課題、是に挑んで(仕上がりの評価は是非されるとしても)実現された、文章力もきびきびした、「思索」の力作になっている。謂わばどくしゃが作者へ送るラブレターの一冊で在り、作者への揺さぶりでもあるか。
作者と読者との文學なのに、「読者の存在・論」まさしく「読者の仕事・論」の在来世に欠けていたのを、久しく私は訝しく感じてきた。それなりに手厳しい反響ないし無反響に迎えられるであろうけれど、山瀬ひとみさんの新著『読者の仕事』 私心無く、勇気ある思索の力作と見た。
2023 2/5
〇 立春が過ぎ、少~しだけ暖かくなりましたが、お変わりなくおすごしでいらっしゃいますか? 「湖の本」161を嬉しく拝受致しました。ありがとうございました。
69頁の井口哲郎様の、 _それにしても「私語の刻」にとりあげている諸氏の手紙の内容が濃いものの多いことにほとほと感銘しています。_ に、全く同感です。
117頁の終わり5行、122頁~123頁、
とりわけ印象深く拝読いたしました。ありがとうございました。
寒暖差の激しい日々、どうかご自愛くださいませ。 岐阜 都
○ 尊敬するのは肩書の不要な人間です。名前だけですべてを語るひと、数は少ないですが、たしかにいます。「秦恒平」もそんなビッグネームのお一人です。 都内 品
* みなさんが どう思われどう謂われましょうと、それはみな、皆さんのモノです。
2023 2/6
○ 今日は日本画の教室が終えて少しだけ軽くなった気分になり、椿の苗を買い求めて帰宅。寒さが和らぎコートも着ないで過ごしています。祖母の役割に「埋没」もしていませんが・・孫は三月には満三歳、すっかり人間、自己主張、反抗も一人前になったような。これまでに三回も保育園を変わりましたが新しい環境に順応してきました。
自分のことばかり書きました。 尾張の鳶
◎ 戴いたエーコ『薔薇の名前』愛読しています、大長編の「五日間」のようですが、「一日」「一日」が長編で。映画とも見合わせながら。
文学・文芸を廻って「作者の仕事」や「研究者の仕事」や「批評家の仕事」とならんで『読者の仕事』があり、これが意図・意識されていないのは欠落と感じてきました。谷崎や漱石の『こころ』や『源氏物語」『平家物語』『徒然草』『枕草子』等々を廻ってした仕事、あれらが、ただの感想や鑑賞でない、私自身をも表現の『読者の仕事』でした。
* 前のめりにグイグイと登って行く感じの時、アレが好い。あそこへ逼らねば。その爲には何か強い刺戟が欲しい
2023 2/7
* 久々 井口哲郎さんのお手紙を戴いた。老い老いの日々のご心労も察しられる。ご健勝で都、どう言句は月並みでも、そう願う、こころより。
寺田英視さん、山梨文学館の中野和子さんからもハガキ戴く。
* 久々 井口哲郎さんのお手紙を戴いた。老い老いの日々のご心労も察しられる。ご健勝でと、どう言句は月並みでも、そう願う、こころより。
前の、文藝春秋専務の寺田英視さん、山梨文学館の中野和子さんからもハガキ戴く。
2023 2/9
* 五時間余しか寝ていないが、五時半に床を起って二階、機械の前へ。いろいろと。
井口さんへ返信はしたが。メール・ボックスを明ける習い、持たれているか、ナ。
2023 2/10
* 先日『慈子』を所望され贈った京都の直木和子さん、高校の縁だろうとは想ったが記憶に無かった。今朝、礼状が届いて、懐かしく納得した。叔母の秦宗陽が、裏千家業躰金澤家での茶の湯稽古同輩だった東福寺内大機院主、わたしもよく識っていた直木宗幾さんの、二女と。あるいはフィクションながら『慈子』冒頭の大臺機院茶席や座敷を拝借しての叔母が社中らでの初釜場面などに、大事に登場して貰ってたか知れない、間違いないと想う。それだと、十分懇意であったはず、記憶はまだよく戻らないが、東福寺内の立派な塔頭あの大機院の「直木さん」となると、秦の叔母とはごく濃やかなお仲間うち、新門前へもよく話し込みに見えていたし、なんとも懐かしい。『慈子』を新ため読まなくては。
2023 2/10
○ わたくしは、もしかしたら、どこかで天才を羨んだかもしれません。天才というのは、キリスト教の主の祈りの文言の「我らを試みに引き給はざれ」の「試み」を課せられた人間のことでしょう。ニーチェの生涯を賭けたキリスト教との死闘、結局敗北しましたが、それでも世界を揺るがした壮絶な仕事と人生を思うと、発狂してくれて良かったとすら思います。
わたくしは、「試み」を与えられなかった凡人の幸いを思いつつ、そのなかで今生の自分に出来る仕事は「何か」と考え続けています。『読者の仕事』はそんな悪戦苦闘の一冊ですが、力に余ることをしていた不甲斐なさを悲しむだけです。
逸れますが、坂東玉三郎さんのある動画を思い出しました。「次に生まれ代わるとしたらまた坂東玉三郎になりたいですか」という質問に「皆さんに驚かれるのですが、私は生まれ代わりたいとは思いません」ときっぱり仰っていました。天才という世にも恐ろしい人生を生き切ったからもう繰り返さない、という決意でありましょうか。
死なない仕事を残せないわたくしのような凡人は、死んで無になるのは怖すぎるので「抱き柱」で安心したいし「来世」も「神の国」も信じたい。「倶會一処」も願いたい。悟りは遙かあなたです。 冬は、つとめて
* 目が霞んで。困る…。
〇 お元気ですか、みづうみ。
やはり雪が降り始めました。外出している方々には申しわけないのですが、暖かい室内から雪見をするのは大好きです。雪化粧とは良い言葉で、アスファルトとコンクリートの東京砂漠がそのときだけ美しくなります。でも、京都の雪景色なら遙かに静かで素晴らしいでしょうね。地唄舞の「雪」も思い出します。
傘を使う舞は、とても難しいのですけれど、東京でよく舞台にあがる「雪」の舞は、京都のお座敷のそれとは別ものに思います。 冬は、つとめて
2023 2/10
* 和歌山の三宅貞雄さん、電話を戴いて。私、歯無しの口で、たどたどしい談笑。
2023 2/13
* 昨日、森詠さん、今日、田中励儀さん、来信。それぞれに有難く。
2023 2/14
○ 秦先生 お加減いかがでしょうか。米津でございます。ご無沙汰いたしております。
今でも、先生の授業を懐かしく思い出します。読書は好きでしたが、文章を書くのは苦手だった私が、先生の授業ではあんなに懸命に文字を、思いを綴っていたこと。文字にしてみると、次々と書き記したい思いがあふれてきていたこと。私にとっては、青春の1ページでした。素敵な授業を、本当にありがとうございました。
先生からいただいた数々の言葉や思いを、今度は自分が子供たちに伝える番だと思い、今は、子育てを頑張っているところです。2度も大きな病気をしたのもあり、子供たちに伝えておくべきことを伝えておかなくては、という思いが強くなった気がしています。
また先生ともお話しする機会があると良いなと願っております。寒い日が続いておりますので、先生も、くれぐれもご自愛くださいませ。 米津(富松) 麻紀
◎ あなたの健康とお幸せを、いつもねがっています、爲我井さんのことも。三人で 善いお茶を飲みながら一時間でも話したいなあなどと。もう、わたしは、それほどの体力も残ってないのは口惜しいが。「読み・書き・読書と創作」は機械に向かってでできますので、まだがんばってますが。「機械クン」との付き合いが、日に日に容易でなくなり。少年來、「ラジオ屋」の父の店も継ぐどころで無い「機械バカ」が目下最低最悪にこんぐらかり、折角のホームページも見失ってしまいました。かつがつ、字を書き積んでいますが、いつ、アウトと機械クンに「絶縁」を宣告されるかとヒヤヒヤしています。
妙なこと謂いますが、現在あなたの「富松」さんという姓。
昭和十七年(一九四二)春に入学した国民学校(小学校のこと。前年末に真珠湾奇襲で戰争に。改称されました。)一年生で、入学早々机を並べたのが「富松弘江」さんでした、落着きもハキハキもある、すてきな少女でした。 もう一人「富松賢三」クンがいまして、大學までずうっと一緒の、凜凜しい美少年で、かつ軟式野球の惚れ惚れする三塁手、高校の頃「全国優勝」してきたカッコいい、成績も終始競い合ったヤツてした。かれは、今も私の「湖の本」を応援してくれてます。
つまりは私は「富松(米津)」姓がいつも懐かしくて、あなたのこともよく覚えているのです、ハハハ。萬一病気が在ればシカと気でも治し、元気に、「弓」をきりきり引くように凜々長生きして下さい。 また次巻出来たら差し上げます。古証文だけど東工大関連記事も入る予定です。 秦 恒平
* 「湖の本」をずうっと応援してくれている爲我井さんと米津さんは仲良しで、袴姿で弓矢など手に颯爽と見掛けたこともあった。教授室へも話し込みに何度も来て呉れ、びっくりする「研究」余話など聴かせて呉れた。
あの東工大教受を退任して、四半世紀になる。
○ お元気ですか、みづうみ。ご体調はいつもいつも気がかりです。重たい疲労と共にお過ごしになるお辛さを思うと涙がでます。同病ではありませんが、わたくしも周期的にめまいに悩みます。中高年の女によくあることながら、躰の芯が定まらない感じは不愉快としか言いようがなく、特効薬があるわけでもないのでやり過ごすしかありません。
少し明るい話題を。
昨日、◎◎さまからめずらかな原稿用紙を使ったご丁重なお手紙を頂戴しました。私信を他の方にお見せするのは失礼なことかもしれませんが、このお手紙は「私宛」というより、みづうみに宛てて書かれたもののようにも感じられ、あるいはみづうみに読まれることを考えられてのもののように思いましたので、書き写させていただきます。
■ 『読者の仕事』をいただきました。
贈り主の方に覚えなく、頁を繰ってみると『湖の本』という文字が見つかり、その「創刊の弁」の中に私の名前を発見し、あ、秦さんのご案内だったのだろうと納得しました。
このお作のような様式の作品は、初めて拝見しました。おことばを借りれば、文章の、「交響曲」にたどりついているのではないでしょうか。ただ、私には、その奥底に「湖の本」の音が沈んでいるように思えました。
「慈子」は、私にとってなつかしい作品です。この作品を読んで感動し、秦さんにファンレターを出しました。(作家へのファンレターは生涯この一通のみ)。ところが、実にご丁重なご返信が届いたのです。それから五十余年厚誼をいただいています。
山瀬様の「慈子」の「読み」について大変感銘を受けました。そこから他のお作や秦恒平に迫る書き様胸に響くものがありました。私は秦さんの「多年の読者」に過ぎません。ほとんどのお作を拝読しながら、ただ、「うん、ああ、なるほど、おおーー」と読み入っているだけです。しかし「ハンコ」をお造りしたのが縁になったのか、『秦恒平選集』の刊行に際して、その表題を書くことになりました。突然の、しかも電話で有無を言わせない口調の申入れでした。私はご覧の通りの悪筆ですので、趣味のハンコの書体でお応えしました。選集は完結したものの今だにそれでよかったのかという思いは消えていません。
話がそれました。
秦さんを「学匠文人」と呼ぶ人があるとか。ぴったりあてはまると思います。山瀬さんはその作品を見事に読み解いていらっしゃる。そしてそれは巾広い作家や作品に及んでいると思います。なるほど「読む」ことを「仕事」と銘じていらっしゃるだけの結果が、この御著に焼付けられていると思います。私には、スムーズに読みすすむことができず、中途半端な印象、それもいささか的はずれになっているかも知れませんが、一言受取りとお礼と思い一筆執めました。
ますますこのユニークな世界を究めるべくご精進くださることを願っています。
(悪筆、乱筆をお許しください)
* 初の「論著」に、何人もの論客や作家らの返信を得たらしく、励みになるでしょう。
想い出せば、輪宅の「私家版時代」闇雲にえらい先生方に送りつけた、その最初の折、志賀直哉 ほか四人の著名な作家、歌人、俳人の各お一人から、簡明なハガキでの受領返信があった。嬉しかった。
○ 明らかに褒めすぎなので割り引いて読まなくてはなりませんが、<奥底に「湖の本」の音が沈んでいるように思えました> のお言葉が本当にありがたく嬉しく光栄に思いました。書いて本にした甲斐がございました。井口さまのような、みづうみを敬愛なさる方々に見苦しいものをお見せすることなく、私心に汚れないで「読んで・書いて・考えて」いけたら幸せです。 持田鋼一郎さま、聖教新聞の原山祐一さまにもお葉書でありがたいお言葉頂戴いたしました。ご立派な方々に、こんなに早く読んでいただけましたのも「秦恒平」とその作品について書かせていただいているからであることを身に染みて感じます。少しでも「秦恒平」の「読者の仕事」が出来たのであれば本望です。
今日も寒い一日になりそうです。
春を夢見て、みづうみのことを想っています。 冬は、つとめて
2023 2/15
* なにということないメールを久しい友に送った、のへ、激励の返信が来た。そんなきはなかったのだが、元気が無く読めたらしい。 有難うよ。
○ 弱音を吐かないで
あなたらしくないよ。何時も気力はしっかりと持って
この齢になれば、運命は天に任せましょう。今の年齢ならそれしか無いのでは…
ただ寝たきりやホーム暮らしになるのは避けたいけどね。
6歳年上のお向かいのお婆ちゃんが、呼んでくれる娘家族と同居せずに、毎日出かける程の元気さで独り暮らしをしているのが良いお手本です。
会う機会が有れば良いね。
○ 何か元気が無いね まだまだ頑張って下さい。
年齢を意識するといやになるので、それは忘れて…
私はマア 歳なりの毎日です。
幸い医者通いをする程の故障も無く、淡々と過ごしてます。都内へ行く用事もなく、週 二回のデイサービスと近辺の散歩程度 。
娘家族と同居だから話相手には事欠かなく、これで良いかなと。頂いた湖の本を読んでいて、あなたの様子も良く判ります、という訳で元気にしています。あなたもお元気で何よりです。又… 花小金井 千
* ま、弱っては居るのかも。
2023 2/16
○ 「湖の本161」ありがたく うれしく読ませて戴きました。
「十年むかし また繰り返すのか」 自身と津波跡の「福島原発」損壊の難儀。当時テレビ映像が想い返され胸が痛くなりました。あの日はまだ会社勤めの身でした。
「私語の刻」 昨年の八月二十五日に 迪子奥様がおまごさんの「押村みゆ希」様をテレビの映像で御覧になられたとの記述にびっくりしました。
りっぱに社会人の年齢のみゆ希様ご本人が自発的に祖父母に早く連絡をとってくださるよう願っております 私も。みゆ希様にはやじい様おばあ様にお声を掛けて欲しいと思っております。
今回の「湖の本」あっと云う間に読み終えました。
小さな庭ですが 福寿草 ろう梅 白梅 乙女椿が咲き始めました。あと一ヶ月もすれば櫻の季節になります。
秦先生 呉々もむりをなさらずおしごとを楽しみながら毎日を後してください。
次回のご本を心待ちしております。いつもありがとう御座います 桐生 一江
* 桐生 はわたしの「作家」として講演や読書会とうとう、よく招かれ出掛けた懐かしいところ。読者も多かった。みなさん、お元気でと願う。
2023 2/17
○ 拝復 文業はさておきましても 医学書院編集者として秦さんの果たされた小児(新生児)医療推進のお仕事、誠にすばらしいものであったと 改めて感服しております。
公団開発のわが新興団地一郭に県立こども病院があり、通勤バスで患者母子と乗り合わせること度々、ご難儀拝する子供が無事に育つこと、当たり前のことではないと痛感いたしました。昨年、神戸市医療センター 中央市民病院隣に移転、おきまりの県と市中わるいにしては、いい事業だったと思ったことです。
秦さんほどではありませんが、私も夜間頻尿に悩まされて久しく、
厠何処せわしき夢や夏の月
などとたわぶれておりましたが、このところ「寒の月」にはこたえます。ために、このまま醒めることなきこともと覚悟、昼寝を日課にしております。心臓を患っていた叔母が、家で午きつねうどんを食して後、昼寝、そのまま96才で大往生。天ぷらうどんをふるまえばよかった いとこは笑っておりました。
コロナ禍 ややおさまったとの情報ですが、兵庫県は以前通り死者数は高止まりのままで落ち着きません。東京はいかがと。
お揃いでくれぐれもお大事にと念じております 草々 周 神戸大名誉教授 国文学
2023 2/17
○ お元気ですか、みづうみ。
今日は寒くても日差しのある一日で、なんとなくほっこりしました。少し遠出から帰宅したところです。ご体調いかがでしょう。
先日ご報告の後、天野敬子さまから、視力が極度に弱まり読むことが叶わなくなっているとのことですが、「それでも目次をみてつい、秦恒平氏の二作の読み込み、読み入れに目が行き、いま山瀬さんの<思索>を感銘深く追っています」とお手紙頂きました。
寺田英視さまは「貴著は正しく秦さんのリズールの手になるものだと納得しました。益々の御精讀を祈ります」と筆書きのお葉書、
紅書房の菊池洋子さまから「先生にとりまして、貴重なかつ大切な『読者』の存在を知り、心強く思っております。」とご丁寧なお手紙と室生犀星についての評論をお送り頂きました。
長年の「湖の本」の読者でいらした方々ですから、ある意味当然のことでございましょうが、「秦恒平」を書いていなければ 無名の物書きの一冊が皆さまに見向きもされなかったことは明らかです。わたくしの<力作に応じてもらえた>わけではありません。
皆さま方より少しは若い世代の読者の一人として「山瀬ひとみさん、秦恒平作品を益々しっかり読んでください」とバトンを渡された気分になっています。
みづうみは長い歳月を重ねて、真実の読者、素晴らしい支持者を得ていらしたのだと、あらためてご尊敬申し上げるばかりです。そして次世代に読者を繋いでいく責任を痛感しています。
今回のアンジェイ・ワイダについて書いた章をお読みいただければおわかりかと思いますが、道は険しいものです。
世界はワイダではなくスピルバーグの圧勝です。意志としての楽観を棄てることなく、淡々と着々と進んで行きたいと願っていますが。
どうかご無事に、お大切に、みづうみらしい毎日をお過ごしくださいますように。
山瀬 ひとみ
2023 2/18
* 尾張の鳶、昨日か一昨日か泉涌寺へ来ていると写真を呉れていたが、3センチ四方の写真を大きく為る手順を失念していて観られなかった。文面は無かった、機械的なややこしさで外出先では字が書けないのだろうと思っていた、わたしは、今、機械の画面へ字を書いていて、それ以外に電送のための字の書きようを識らない。
* 午近く、尾張の鳶、京都からか、家に帰ってからか、大きなダンボール箱に、京都の、好きな鰊蕎麦をはじめ、おやま、あらま、まだあるよと、沢山な京土産がマンパイに詰まっていた。食べて元気になれという鳶の見舞い、感謝に絶えず嬉しく頂戴した。午は「鰊蕎麦、ゼッタイ」と、午後一時を期して妻によういしてもらい、映画『トスカ』の詠唱と奇怪に展開の画面を観ていた。
鰊蕎麦、ことに京の蕎麦の風味最高、喜んでご馳走になった。一合余の名酒「久保田」も呑んでいた.尾張の鳶、ありがとう、ご馳走さん !
そして、二階へ来て、奇怪前の倚子に向く前に、気に入りのソファに甘える気分で古詩を下ろした、忽ちに寝入った らしい。夢も見ない 快眠の、熟睡…。目覚めたら、もう夕方へ日の傾いた、五時!! この眠りもまた尾張の鳶から戴きものであった。ありがとう、感謝感謝。 あれもこれも、いろいろ。つぎつぎにご馳走になります!
それにしても心神「疲労」の深さにも、愕く。 五時四十分。
2023 2/19
○ やそしち様
お二人で栄養失調とのこと 驚いています! お願いですから 沢山しっかり食べて下さいね!
うちの娘は「薔薇の名前」が大好きで、日本語で2回読み イタリア語は読めないので英語で1回、 現在日本語でまた読んでます。
私は昔、映画を観て 本を読もうと頑張りましたが ギブアップ。
みっちゃんが読んでいると聞いて、もう一度映画を見たいと思っているダメ人間です。
私は足が弱ってきてウォーキングをしなさいと言われていますが、それがなかなか出来ず…やっぱり絵ばかり描いています。
「自分」という人間は、やりたいことしかなかなか出来ないですね~ いもうとより
* 妻の妹。おちついた「創作」者。本格に繪が描ける。顔を見ればたくさん話せるのに。このコロナほど長期に禍されたことは。真珠湾から原爆までに「張り合われ」ているとは。
2023 2/20
* 東大名誉教授久保田淳さん、新著『藤原俊成』吉川弘文館の人物叢書を頂戴した。帯にあるとおり「定家ら新古今歌人を育てた中世和歌の先導者!」そのもの、私も、子息定家や西行以上に親しみも関心ももってきた。感謝。
* 千葉の竹内清巳さんからも、懇切/親愛の親書と同人誌『陸(roku)』に寄稿の秦恒平論攷を戴いた。有難いこと。謂わば長谷川泉さんの後輩ないし門生といった方で、八十一歳、私もひさしい馴染みの学究。拝読します。篤く感謝。
○ 昨日荷物が届いたとロナもインフルエンザも遠慮して。 尾張の鳶
* 沢山な京土産も嬉しかった、「松葉」の鰊蕎麦も満喫しましたが、頻頻と京都へ出掛けられるのが、実に羨ましい。まっこと羨ましい。
○ 前略 それにしても世の中、本当に困ったものですね。人間は歴史を学ばないことが、よく分かりました。
人は反省しない、反省しても誤りを正そうとしない。そうやってずるずる生きていく。それが人生なのか、と、つくづく考えてしまいます。せめて、秦さんが、世の中へ鋭い警句を投げつけて下さるよう……小生も秦さんを見倣い、世の中に文句を言おうと思います。 詠 作家 ペンクラブ理事
2023 2/21
* 警句や文句でも、口での愚痴では何ともならない。文章で生きる者は、文章で伝えて闘わねば成らない。
のこと。喜んでいただけて良かった。
体重55キロとあり、一時より少し体重が増えたかと・・本当に大事なことですから少し安心しました。好きなもの、美味しいもの、できる限り召し上がってください。腹八分目など全く考えないで、好きなだけ九分目でも十分目でも完食でもお身体に差しさわりないように。
体重が14キロになった孫を連れての京都行きは、それなりに大変でした。昔初めてヨーロッパに行った時、次女が二歳半でしたか、おんぶに抱っこしての旅が一ヶ月半。帰国して一ヶ月は旅疲れで養生したのを思いだします。
京都は観光客で賑わっています。美術館などめぼしい展覧会も少ない二月ですが、外国人も日本人も驚くほど多かったです。ホテルなどもコロナ禍で観光客が少なかった時期にリノヴェーションが行われたり、新しいホテルが建てられたり、コロナ後の需要に応えているようです。
とり急ぎのメールでごめんなさい。
くれぐれもお身体大切に。
よく食べ、よく眠り、コロナもインフルエンザも遠慮して。 尾張の鳶
* 沢山な京土産も嬉しかった、「松葉」の鰊蕎麦も満喫しましたが、頻頻と京都へ出掛けられるのが、実に羨ましい。まっこと羨ましい。
○ 前略 それにしても世の中、本当に困ったものですね。人間は歴史を学ばないことが、よく分かりました。
人は反省しない、反省しても誤りを正そうとしない。そうやってずるずる生きていく。それが人生なのか、と、つくづく考えてしまいます。せめて、秦さんが、世の中へ鋭い警句を投げつけて下さるよう……小生も秦さんを見倣い、世の中に文句を言おうと思います。 詠 作家 ペンクラブ理事
* 警句や文句でも、口での愚痴では何ともならない。文章で生きる者は、文章で伝えて闘わねば成らない。
2023 2/21 この部分は原文で重複している
○ 秦先生 お返事ありがとうございます。
先生の「機械クン」は、以前からずっと使われている「彼」でしょうか。長らく使っているとおっしゃっていた気がします。そして、「ホームページ、見失われて」しまったのですね。私も探せなくて、残念に思っておりました。
暖かくなったら、ぜひ、先生と、「せがい」さんと、3人でお茶を一服、したいです。ご迷惑でなかったら、ぜひにと思っていますが、いかがでしょうか。
先生のお顔を見になら、どこへでも、馳せ参じます!
私と同じ「○○」という姓の素敵なご友人がお二人もいらっしゃるなんて! 少し誇らしいような、そんな心持になりました。「○○」は、夫の生家がある九州では珍しくない姓のようです。小学校の時にも同級生に何人も○○がいて、ややこしいので、苗字ではなく、名前で呼ばれていたそうです。
私は東京出身なので、○○は珍しいと思っていたのですが、あちらからすれば「◎◎」のほうがよほど珍しい苗字であったようです。確かに◎◎もあまり見ない姓ですよね。ルーツは愛知県にあるようです。
大人になってから病気には見舞われがちでしたが、それでも元気に過ごせていることを感謝しています。両親や周囲の人の助けがあって、子供たちもすくすく育って、働き続けられて、趣味のフルートも続けられて…。
「湖の本」次巻も楽しみにしております。
東工大は、とうとう「東工大という名前」ではなくなるようですね。なんと、私の実弟の出身校と合併するという話になり、お互い複雑な心境です。
最近 風の強い日が多く、実際より寒く感じますね。
お身体お大事に、温かくしてお過ごしくださいね。 ○○(◎◎) まき
* 嬉しいねえ、退官して二十八年、こうして東工大卒暁星が温かに声をかけて呉れる。久々に出会ったら両方でびっくりポンやろうなな。逢いたいな。
○ みづうみ お元気ですか。
前回の本は送り先も少なく、また反響も殆どありませんでした。それが本来の私の実力です。
今回の一冊に好運にもたくさんなご感想がいただけましたのは、何度も申しますが「秦恒平」効果ともいうべき現象にすぎません。皆さまから頂戴したすべての感想は「秦恒平」への敬意です。「湖の本」関連書籍への反響なだと肝に命じています。
建日子さまには本日ご送付させていただきました。目次だけでも目を通していただいて、みづうみを愛読して病膏肓に入る読者の存在を知っていただけましたら幸いです。
本日は三宅貞雄さまよりご丁寧なお礼状賜りました。「絵空事の愛、秦恒平『慈子』を読み進めているところです。」とあり、昭和六十年に『四度の瀧』をご出版なさったことなど書かれていました。あの一冊は、『秦恒平選集』全三十三巻と共に、大切に書棚に並べていますが、じつに美しい本でした。
夜になるとやはり冷えてまいります。どうか暖かくなさって、みづうみの「読み・書き・読書と創作」の生活をなさりつつ、ゆっくり「お憩み」もなさってくださいますように。
山瀬ひとみ
* 今回の『読者の仕事 私を創る』は、著作として十分に自立し自律した文章確かな論攷であり、つつましく、しかし自信を持たれていいと思う。落ち着いてこの「二」に次ぐ「三」を起てられますよう。
2023 2/22
○ 「昨今、何より小林秀雄や山本健吉のような怖れを感じる評論家のいないことに愕然とします」と同業某氏のメール。頷くしか、ない。不幸なことだ。
2023 2/22
○ 『湖の本』発送は肉体労働で根気仕事です。どうかごゆっくり、ご無理のないように少しずつなさってください。お願いいたします。
> 這ってでも歯医者へ
みづうみと奥様が介護認定を受けることが出来たら、便利な訪問歯科が使えるかもしれません。お役所への電話一本であらゆるサービスとつながりますが、その電話一本をしない限り支援がありません。連絡すればケアマネージャーさんが親切に動いてくれます。訪問歯科ですから、ご自宅で治療してもらえてこんな助かるものはありません。
歯は、嚥下機能にもかかわる重要なものです。高齢者の生命線と言っても過言ではありません。是非定期的な治療をお受けください。それがお嫌なら、タクシーで通院なさってください。歯科医院は、スーパーマーケットや郵便局より遙かに感染対策をしています。
> そして池袋ででも美味い食事がしたいです。
「美味い食事」は今は、ウーバーイーツという便利なものがあります。好みの食事を宅配してくれるサービスです。以前の出前サービスの規模を拡大したものとお考えください。名店は難しいかもしれませんが、鰻でもすき焼きでもイタリアンでもケーキでも和菓子でも何でも自宅に届きます。ただこれはネットで注文するので、みづうみにはやりにくいかもしれません。
以上の二つのことは 建日子さんなら一瞬で出来ます。必要なことは、奥様から建日子さんに電話一本をかけていただくことでしょうか。客観的にみれば、現在みづうみと奥様は困った高齢者夫婦が孤立無援に放置されている状況にあるといえます。
もう何度も申しましたが、あと百回でも申します。みづうみが長く「読み・書き・読書」生活を続けるためのツールとして、使えるものは何でも使っていただきたい。これまで払っていらした膨大な税金を、少しは回収なさったらいかがでしょう。
永栄さまのお手紙一部引用します。
「読んで、書いて、考えて」とあるように、愛と孤独について、深い洞察にみちた重量級の御本をありがとうございました。とりわけ、クリスチャンとしての立場から、ドイツ滞在体験などを通してバルラハの十字架像についての創作、また血脈の問題(お祖母さま、父さま、お母さまの家庭内の問題)から、お父さまからの暴力に耐えて愛情を示されたお母さまをキリストと感じられたことなど宗教にも言及され、さらにクンデラ「存在の耐えられない軽さ」に見る人間の絶望とそれを乗り越える愛の在り方への考察に感動いたしました。
また、豊富な読書に培われた広汎な知識と鋭い洞察力で、秦恒平「慈子」をくわしく読み解かれ(私は、ついて行くのに精一杯で、突き抜けての読解はできませんでした)、ドイツ体験後の自己を立て直す契機とされた「死なれて・死なせて」の身内観の把握など教わるところ多く、厚くお礼を申し上げます。また「何者にもなれなかった人間」とおっしゃっていますが、書くことの喜びと苦しみを知りながら書かずにいられない宿命を感じました。フランクルの「夜と霧」やシベリア抑留の石原吉郎の項もいのちと人間の尊厳というものを考えさせられました。
気恥ずかしいくらい持ち上げられていますが、私は褒め言葉よりも最後まできちんと読んでいただけましたことが何より有難く感謝でいっぱいです。これからも、アマチュア精神を貫いて筆を汚さず謙虚に地道に書いていけたらと念じます。
みづうみにご紹介いただいた方々は、とにかく素晴らしく読める「読者」です。
みづうみはよくご存知のことでありましょうが、「湖の本」の創設は、作品のみならず本物の「読者」を創り育てる大プロジェクトでもありました。文学史でも類を見ない独創的な「文学者の仕事」の達成でした。あけぼのはその「文学者の仕事」に「読者の仕事」で、命ある限り、ボケない限り、精一杯お応えしたいと願っています。
生身のあけぼのは確実に年齢を重ねているもう若くはない女です。今回の本で、少しでも若く、より佳い「あけぼの」になれていれば幸せなのですが…。 春は、あけぼの
2023 2/28
○ 年ふれば齢は老いぬ 然はあれど 花をし見れば物思ひもなし
八十路の滿一歳になって、古今集のこの歌が身近になりました。
秦文學に心よせながら齢を積んできました。そうして「みとす」という森安理文を師とする同人誌の後継「陸」に御処女作『淸經入水』に発する詞章ををつづりました。かつて拙稿「日本近代文学の風土」⑦「畿内」に「…京都の出身者は、与謝野鉄幹から佐々木茂索、竹内勝太郎など
戦後の真継伸彦、秦恒平、高橋たか子など数えるくらいだが、京都の文學風土の形成からいえば、森鷗外の『高瀬舟』、芥川龍之介の『羅生門』、川端康成の『古都』 三島由紀夫の『金閣寺』、あるいは異色なものとして野間宏の『暗い絵』など名作が、あがっていとまがない。」(『文学構造』おうふう)と記して、ことに秦文学を大切にしてきた自分でありました。
同封の(歌謡ー美しかれ、悲しかれ)を受納してくださいますよう祈念いたす次第であります。
まだ寒さが続きます。ご自愛ください。 竹内清巳 二月一七日
* 「陸 roku」28号 2023.1 が副い、竹内清巳さんの連載随筆『歌謡 美しかれ、悲しかれ 7』の「淸經」「半蔀」に、「1・起・秦恒平「淸經入水」小論」 「2・承・『淸經』の葛藤」 「3・転・秦恒平『花鏡』」 「4・結・「半蔀」色好み」 と論述されている。ありがとう存じます。
○ 「湖の本 160 161」ありがとうございました。
『或る折臂翁』 今こそ読んで欲しい小説です。
学童だけ記憶にある体験「大詔奉戴日と護国神社」を読ませていただき,小学生のころに感じていた重い空気がよみがえってくるようでした。
戦後の進歩的教育を、標榜していた新潟大学附属小学校にも、あの時代の匂いが残っていたように思います。
ロシアのウクライナ進攻を非難する日本人が この國が昔から民主主義国であるかのように振舞うのが不思議です。
「尊王と謂うも攘夷と謂うも佐幕と謂うも国内政権のとりあいにすぎなかったことは明治政権が露骨にあらわしていた」……なんだか今も変わっていないようです。
國の存在を賭するほどの「悪意の算術」を操るには知的蓄積が必須です。政権とりあい選挙ばかりを優先する世襲議員には難しそうです。
先生がずいぶん以前から、世襲問題についてかたっていらしたことを想いだしました。
コロナで、講義がリモートになり 四十数年間、通っていた学校から解放され私にはジンメルの言葉が沁みます
老人になって退屈と倦怠から守られているのは、ひょっとして高い精神的な関心を生きてきたからでしょうか。
それに、非生産的で島のようなところにあるという 音楽の内部に入ることが、ようやく許されたような氣がいたします。これまでは,折角のコンサートでも、音が聴けず,自分の中で自問自答を繰りかえしているわたしでした。
秦恒平のダブルフィクション……
その重層的な響きを支えているのは,奥様の名演奏であると、ずつと考えてまいりました。
『湖の本』愛読者の中で「先生の生活にはいつも奥様の存在があり、決して大げさには書いていらっしゃいませんか奥様と一体となって道を拓いていらした」とおっしゃる方に出あえて「我衣を得たり」と嬉しくなりました。
いよいよ三月でございます。 暖かになり
先生
奥様の お身体の調子がよくなりますようお祈りいたします 淸 美学者 前教授
* ふくよかに美味しく温かな 京の名菓 も下さった。日々、お大事に。大學を退任されてこそ、汪汪とと新たなお仕事もお続け下さい。
○ 駆け足の一月、二月で、三月もあっという間に去りそうです。
みづうみの認知症気味は、凡人のすこぶる冴えている状態でありましょう。
歯医者さんへはタクシーをお勧めします。久しぶりの下界ですから、用心なさってください。とにかく御身をいたわってお過ごしくださいますように。 春は、あけぼの
2023 3/1
○ みづうみ、お元気ですか。
毎年のことですが、二月は本当に逃げ足が早いです。
今日がひな祭りのことも忘れるところでした。わが家でお雛様を飾らなくなったのはいつからでしょう。以前にどこかのブログで「○○ちゃんは自分が一番のお姫さまじゃないと我慢できないのです」というコメントつきで、猫の○○ちゃんが女雛をバラバラに破壊して、雛壇のその場所に陣取っている写真が掲載されていました。たしかに雛飾りには猫の好奇心をかきたてる小さなものが沢山あります。わが家も同じことが起きそうで猫を言い訳にしていますが、ひな人形を飾って喜ぶ娘のいなくなった家で、あんな大変な出し入れをする気力体力が湧いてこないというのが真相です。
伝統行事は庶民レベルでこうやって先細っていくのかと、内心忸怩たるものがあります。文化は壊れやすいものと以前に三島由紀夫が語っていた対談を読んだ記憶がありますが、現在の住宅事情や夫婦共働きの時代に、座敷がぱあっと華やぐ昔ながらの雛段飾りも変化していくのだろうと思います。以前にみづうみに教えていただいた句
「細き灯に夜すがら雛の光かな 蕪村」
を思い出し、それがもはや喪われたものにならないことを願いますけれど。
昨日、小瀧英史さまより『読者の仕事』へのご丁重な長いお手紙を頂きました。
・思索者として、また読者として、そして母親としての覚悟の確かさと、深さのほ どを感じさせていただきました。
・「読者の仕事」が創作であることは、秦さんの「湖の本」の私語と読者からのメ ールや手紙を、対話かのように纏められた一冊が、すでに創作の新しい一つのジャ ンルを確立したいるのと同じい、あるいは新しい思索表現の地平を拓くものと思い ます。
等々のお言葉ありがたくうれしく頂戴しました。今回の本を刊行した時に、無名の、原稿用紙八百枚を越す長編を最後まできちんと読んでくださる方がいるとは正直予想していませんでした。ところが一気読みしてくださった方々すらいらして、本当に感謝でいっぱいで感動しています。(ただ私と同世代か上の世代の方ばかりにお送りしていますので、お若い方々に読まれるかどうかはわかりません)。すべては「秦恒平」と「湖の本」にあやかったことではありますが、それを含めて作者冥利につきました。「秦恒平」を知ることなしに、私は「読者」足り得なかったと思います。
寒さは残りますが、一日一日春が近づいています。花の春を迎えるためにも、どうかどうかお大切にお過ごしくださいますように。 春は、あけぼの
○ 春
いかがお過ごしてしょうか?
春の気配に思うことさまざま。思い切り動き回りたいという、例の鳶の衝動はまだ鬱屈したままです。家での仕事、家事育児とは言いません、頭の中で空回りしています。
コロナの三年余りで、何処かで失われたものが人それぞれにあるのを痛感します。
ウクライナのこと、トルコ、シリアのこと、日々丹念に報道を追っています。五万を超えた死者、想像を絶した状況です。以前訪れたネムルト遺跡も思い出します。
園芸種の可愛らしい薊、釣鐘にんじん、クロッカス、クリスマスローズ、それぞれに春を告げています。
日本の色についての本に加えて、中国の色を著した本を買いました。文化の豊かさ厚さを感じます。中国に関しての複雑な思いは脇に置いても。
花粉症が思いやられます。
低血糖もくれぐれも用心なさってお過ごしください。 尾張の鳶
2023 3/3
○ 秦 兄 一病息災ぐらいなら何よりです。自転車に乗って走れたら結構なことで羨ましい。
兄に比べて私の足腰はコロナ禍が始まった頃=兄のHPが途絶えた頃からですが、すっかり弱ってしまいました。正に急激に、です。運動不足です。自業自得です。強いスピリッツを飲む根性だけは健在です。
兄と違って 私は 新潮国語辞典(現代語・古語)昭和57年新装改訂版1刷と三省堂の新明解国語辞典第3版・昭和56年を40年間併用していましたが、昨年末から ネットのJapan Knowledge Personalを主に利用しています。ベッドには不向きですが、各方面の専門語も引けて重宝しています。
こんな近況です。お互いに山の神に感謝をして日々を愉しく過ごしましょう。
書き忘れるところでしたが、NHK-BS 3CH午後1時からの映画はやたら再放送ものが多すぎる。 達
* 健康体へ少しずつでもしっかり立ち直って下さい。私も,同じくと。
○ 花やはる 春やはなめく やまかはの 色はにほへど わが身よに古る 23 3 5
2023 3/5
○ この頃は何もしないのが一番で、日がながくなっても、焦らないでやり過ごせるほどですので、ピアノもめったに弾きません。ショパンを弾いている時、彼の天性の性悪を感じることがあるのです。モツアルトにもベートウベンにもなく、同じロマン派のシューマンにもないものです。 可笑しいでしょう? 柚
○ 春や春、なれど、霞たなびく眼、花粉症が今年ははげしく、みわたせば、すぎばやしばかりなり❗と、いうところで、今やうらめし、です。
楽しんだ、田舎の早春も、もうさよならです。
あしびも梅も水仙も花盛りです。
元来、弱い体質なので、トラブルは多いのですが、それでも、今まで頑張れたので、もういいかなとおもいます。 お元気にお仕事を。 那珂
* 京都 古門前の大益貞子が電話をくれた。電話で,美味く話すことが、下手。妻など、長電話の達人だが、わたしは、かかってきた電話に出るのも苦手。努めて居たむんしは電話での摂政は、著者とも、印刷所などの営業とも社内間の諸連絡や協議でも颯爽とソツなくやれたが、幼児のないただの「お電話」はマッタクの苦手。
2023 3/5
○ 秦さんへ メール うれしいです 元気をいただけます 「三月」をありがとうございます
こんなに「すぐ読める人」はそうはいないと思うと なんとも貴重なことで ありがたく恐縮です
來週は相撲です お彼岸もすぐです 春です
三浦梅園 豊後(「国東半島の山の中」)「温厚篤実 安分知足」だそうですが 知りたくなりました
自転車 本当にくれぐれも どうかくれぐれも
お怪我のないようにお気をつけください
コロナもまだまだ絶対に避けてください
hataさんにつけてもらった e-old が懐かしいです 勝田e-old 拝
* パソコンの出回るよりやや早い時期に、わたしは、この電子機器は、さきざき「老境へ歩む人」にこそ貴重だ自己表現を「継続」の恩恵となるに違いなないと、まさしく「e-old 」という一團の必然世に現れ出ると予測した。
勝田さんはわたしより1 2歳年長であられるが、ごく早い時期からメール交換など、発展してもっと「人」らしい「お付き合い」が始まったのだった、ペンクラブで知り合えた。なつかしい「むかし」話になるが、「いま」なお仲良くして戴いている。
「e-old 」はいまや「あたりまえ」に世に溢れている。
2023 3/6
* 初櫻の写真をもらった。懐かしく、よっく、覚えている。
○ ほんの少しの櫻を どうぞ。
授業で(修学院離宮)訪ねた事がありましたね。桂離宮より好き、と思いましたが 植栽の佳さだったのかも しれません。
少しずつ暖かになるのが、うれしいです。今、覚えているのは、その みどりばかりです。
うちの庭は土がコチコチ 草花は 葉ばかり立派です。
大変なく お元気に。 豊中市 沙
* 懐かしい往年、大学での若き日々を想い出させてくれる、たった一人の人、妻の仲間で傑出していて、以来久しくも久しくなつかしい文通が続いていて、心嬉しいばかり。
美術の講義では、京都市内で指折りの離宮や古社寺や、名品名画や名庭・名建築へ連れて戴けて、その現場で目を皿に講義を聴いた。
たしかに私も、桂離宮の、窮屈なほど巧緻な仕立てよりも、修学院離宮のはれやかに宏大な樹々の翠に心惹かれたし、そんなことも言い合っていたのだ。
教室やキャンパスを出て、市内・郊外での贅沢を極めた小人数での現地・現場授業の嬉しかった恩恵、忘れない。一緒だった友だちの懐かしさも、忘れない。
もう六十数年の昔になるが、こうして懐かしい佳い音信をかわせる人が、今も、たった一人でも有るこの幸せ、感謝に堪えない。
2023 3/9
○ おはようございます。秦恒平 様
懐かしいおたより、嬉しく拝受致しました。
再読三読して やっと秦さまの近況がどんなに大変か、よくわかりました。
そのようななか、これだけの長文をパソコンに打ち込むのは、さぞ難儀なことでしょう。
秦さまが「血縁」に、複雑な想い というか 拘りをお持ちなのを 以前から不思議に思っておりました。
今回のお便りを拝読しても いまだに不可解です。(尤も私などに解ってもらおうとはお考えではないでしょうが。)
私にとっては「血縁」は、法制度上の存在ですので、親しくも鬱陶しくもある人々です。「親等」には関係なく相手によります。
でも、「身内」については、何となく実感できるように思います。
私の「身内」は、60年昔に亡くなった たったひとりだけです。今のところ、これ以上「身内」は増えそうもありません。
この冬は寒暖の差が激しいですね。三月というのに今日の最高気温は20度とか・・・。
北国仙台でも三月末には桜の開花が予想されています。
憂春の季節ですが、秦さまにとっては、優しい春でありますように。
どうかこれからもお身体をお大切に、ご健筆をお祈りいたしております。 恵
* 血縁 身内 明快なほど「恵」言、わかります。
世の大方の人たちに「血縁」はうまれながらに最も「身近に実在していた」はず。私には此の世に生まれ落ちたもうそっこくのように一切「血縁」を欠いていた。喪失していた。私は自身の「子」を得る日まで「血縁」を識らなかった、持たなかった。欠いていた。「亡くていいや」と思いいたって「身内」という私に独自の發明、発見、現実が「創造」されていった。 この字句、 この認識で、足りているだろう。
2023 3/10
○ おたよりを拝読しながら、
その重さに沈黙してしまいました。言葉もありません。
「人」としての「血縁」は喪失していても、「生物」としての「血縁」は存在していたのですから、いっそう複雑錯綜混乱の想いでしたでしょう。
当時の幼い少年の心の内は、私などの乏しい想像力では到底思い至りそうもありません。ただただ 項垂れるばかりです。
昨日3・11は、あの大震災・大海嘯から12年目の日でした。各地で鎮魂の祈りが捧げられたり、さまざまな催しがありました。
震災の翌年から今日まで10年以上も お付き合いいただいている18人の「被災女性」とお会いして 雑談しました。
彼女たち全ては、家も田畑も墓も流され、なかには 配偶者や両親・義父母も亡くした女性もいます。
唯一彼女たちの救いは、皆さん お子さんたちが無事だったことです。
そんな彼女たちの多くが嘆いています。
* 「忘れない」って言うけど忘れたいし、忘れなければこれから生きていけない
* 祈念行事なんかしてほしくない
* 仲の良かった夫を亡くした人と、もともと不仲でDV夫を亡くした人では 震災 の意味が全く違うのに 一律に被災者扱いされるのはおかしい。
他には、「被災地区」に住んでいて そこでは住宅の再建が禁止されている元・住民と、「被災地区」に指定されないのに別の地域に住宅を再建した元・住民では、支援金がもらえるか、全く支援金がもらえないか、経済的な分断があります。その溝は深く根強く、人間関係を破壊してしまっています。
そんなこんなの3月11日(土)でした。 仙台 惠
* 生まの「聲」の険しい実感に胸寝を衝かれます。どうすればいいのか。何が出来るか。声を失う心地。
○ 秦さま ご無沙汰しております。お元気でしょうか。
先月末からメールのプロバイダーが停止して。メールだけでなく、ネットも見られなくなりました。
孤軍奮闘! 頑張ってみましたが、遅くまでやっているうちに、、、世の中までが嫌いになてきて、地球が爆発することまで妄想する最悪事態でした。
朝方4時頃、ふて寝しました。
もはや20年前のmacでは、何も出来なくなりました。
登久子さん(=夫人)が「新しいの買いなさいよ」の一声で、
すぐに秋葉原へ行き、Macを買いました。
macOS Catalina 10.15.7 という中古です。
これまでと同じ大きなモニターです。
O Sが2017年だそうです。
今日、5:30に真帆(=長女)が来て開通できました。
先ずは、お知らせまで 島尾伸三 (作家・写真家)
* ナンダか、笑ってしまった、身に覚えの同情…同感もいっぱいに。
一緒に旅もしたし、今日の祇園で、呑んで唄ったりもしたし。家へもよく来てもらったし。お父上の島尾さんも、著名の作家だった。奥さんも腕利きの写真家、娘の真穂ちゃんも早くから作家。
2023 3/12
○ お便りは 寂しく憂い内容ですが、お便りいただいたこと自体が私には嬉しく 思わず こうして即返信する次第です。
私もツイッターもブログも全くできません。老いるとは、こういうことなのですね。
秦さまのお便りを拝読すると、いつも しみじみいろんなことを考えさせられ、想わされます。
お眼がお疲れのところ、さらにお目汚しですみません。
ありがとうございました!
どうぞくれぐれもお大切に。 恵 仙台
2013 3/13
○ 恒平様 迪子様
ご結婚記念日おめでとうございます〓 64年目 お二人ともご病気を乗り越えてご無事な日々のなか 記念日を迎えられて 本当に良かったですね! お二人は学生時代とちっとも変わらず仲良しで 本当に良きご夫婦ですね。どうぞこれからもお元気で、お幸せな毎日を創造されて下さいね~ 心からのお祝いの気持ちを送ります! いもうと 琉
○ お二人様おめでとうございます!
心静かなお祝いの歌もご披露いただきありがとうございます。
六十四年前にお二人で慶びのご上京のお話を持って 祖父たちの家に訪ねて来て下さったこと、嬉しく思い出しています。
長男出産後の折で慶びも倍加した気分で、離れる寂しさも消えたのでした。
お互いに長い月日を無事過ごしてきた事喜びです。
教え、導かれたことの多さも改めて感謝しています。
お二人様の益々の充実した日々を祈っています。
何よりもお元気でいて下さることを。 晴
2023 3/14
○ 謹呈した方々からの『読者の仕事』への反応もそろそろ出尽くしたかなと思います。少なくともあと十冊くらいはどこかにお嫁入りさせて、早く次の仕事に集注したいと願っています。
二月の「私語の刻」を拝読しながら、みづうみのご体調の記載に途方に暮れる思いです。わたくしは手も足も出ず、ただ祈ることしかできません。みづうみは或る時から「祈る」ことをおやめになったと読みました。祈りほどこの世で役に立たないものはないのでしょうし、祈りとは他者のためでありながら 常に我執を免れません。
それでもお元気でとわたくしの祈ることをお許しくださいますように。みづうみからのお声が届かないのは、湖の本に取り組んでいらっしゃってためと信じています。
春の嬉しさは、花粉症の悩ましさを上回るはずですけれど、わたくしは朝からくしゃみを連発しているので、みづうみはもっと大変ではないかしらと想像しています。上野を思い出してクスン、グシュンとしました。 春は、あけぼの
* ながくメールが無かったので案じていた。幸い私は、もう久しく裳久しく花粉からはソツギョウできているが、体力の疲弊、疲労困憊は度がすぎていて、起きているより(生きているよりと書きかけた…)寝ている時間が多くなってしまっている。ただ、食は、少しずつでも回復して、十四日の池袋ではシッカリ肉と海鮮とを、いいものができインも、シッカリ呑み、かつ食していた。「空腹」を覚えている時も、何度か感触した。食へ、地震を誘い込めるようにと気働きしているが。此の疲労感はタダごとでない、かと懼れる。
* 幸いに脚はシッカリしている。自転車でポストと、ローソンへ、坂の道も走ってきた。多年の馴染みで、自転車は、跨がって、乗って、しまえばらくらく走れる。自転車は巧く揺らして乗る乗り物と躰が心得ている。、なにより脚の鍛えが利いていて呉れる。危ないのは乗り・降りの際。しっかり跨がり乗る際に姿勢が崩れ、自転車ごと横倒しに転倒するとアタマも腰も打つ。ヘルメットは常用すべし。
2023 3/16
○ 美味しく食事が出来たのは、まだまだ健康の証拠でしよう。
この年齢、食べる事に無関心になるのは 恐い事やしなあ。
コロナ騒ぎで外食を控えてましたが、久しぶりに息子が来てくれて、鰻を食べに行き、大満足でした。まだまだ食欲はしっかりとあります。
家に籠もらずに、短距離でも外気に触れて歩く事が大切かと思いますので、自分の為に、頑張って下さい
又… 花小金井 遠
2023 3/17
○ お元気でと、心底願ながら
少し外出なさったのは、春の始まりと感じております。嬉しいかぎりです。 白木蓮が満開です。
貴方の幸いは本当に嬉しいです。お仕事が進みますように。 那珂
○ お元気ですか、みづうみ。
今回の原稿を書きながら、ふと自分がこれまで小説を書きたいと思っていたことは大きな間違いだったかもしれないと感じました。
みづうみが、まだ海のモノでも山のモノでもなかった学生の角田光代さんに「小説家におなりなさい」と後押しなさったような、朝日子さんに大きなご期待をなさったような才能の芽が私にはありません。
自分が適しているとしたら小説ではない何かではないかと、遅まきながら感じていますし、実際気づくのが遅すぎたかもしれません。それはみづうみが一番ご存知のはずです。そして今回の一冊も みづうみの謂う所の「作品」足り得なかった。
これからも私の創作がしたいと、自分に残された時間の少ない中で悪あがきし続けることでしょう。人間は日々変化するものですから、将来また小説を書くとしても、たとえば文芸誌に掲載されるようなものは書けず、「詩劇」のような、あるいは「自省録」のような、まったく別ものの何かを書くように思います。勝算のない、虚しい試みでも、「試す」ことが「私を創る」と思って進む以外の道はなく、自分で望んで「選んだ不幸」です。(最後の章に書いていたような)
『ゲーテとの対話』のエッカーマンは<まるでゲーテに生き血を吸いつくされてしまったかのように>(訳者山下肇)結局読者以上のものにはなれませんでしたが、ゲーテを描いて、ゲーテの媒介者として、あれ以上の到達はないのですから、本望であったろうと勝手に想像しています。
みづうみには、みづうみのお望みのライフスタイルを貫いて、うんと長生きしていただきたいと切に切に祈ります。深刻な疲労困憊は、たとえば病院で定期的に点滴していただくなどで少しでも改善しないでしょうか。根底に栄養失調や加齢による貧血がおありのような気がしています。
今日は春の訪れに水をさすような 冷たい雨です。獣医の帰り道に、見事にたくさんの花が満開の白木蓮の木と出会いました。世界最古の花木といわれるその神々しいまでの姿に、しばし見惚れました。これから桜あり、ハナミズキありの花の春です。
どうか勤勉になりすぎずに お元気で、お元気に楽しみながらお過ごしくださいますように。 春は、あけぼの
2023 3/18
○ 元気にされてますか、 From篠
メールをありがとうございました。返信が遅くなったことをお詫び申し上げます。
文字が読めない厄介な “ビールショウスキー徴候”なるややこしい状態は、少しずつ良くなっています。先日の脳神経内科医の診察でも順調に回復との診断でした。
とはいえまだ小さい字を続けて読むのは難しく、「湖の本」を読み通すにはもう少し日数が必要な状態です。
ライフワークであるギリシア哲学原典講読も Greek English Lexicon の検索に難儀しています。
哲学科教授からは、今春より対面授業をとのメールを受けているのですが・・・
先ずは近況報告まで。 仁
* 私とほぼ同世代の筈、私の読者にはこういう方が、他にも何人もおいでになる。勉強はお互いに、気の励み、生きがいにも。御病気の力強い改善をよろこび、さらにさらに希望しよう。お大事に、お元気で。
2023 3/19
○ 尾張の鳶に。
今朝二十日は、五時に機械の前へ。 疲弊・疲労が甚だしく、昼間は寝潰れてしまうので、「朝早の午前」に仕事時間をかためてます。
「湖の本」 「162」は刷了、うまく纏まってます。週末には納品・発送。
「163}は初校了、再校出待ち。小説・掌説ないし拾遺を発表。「164」は入稿用意の「編集中」
歯は、下左奥に2、3本のほか、上下に歯無し。
三月十四日は結婚64年、實に久々に、歯科のアト、池袋へ出、佳い食事をしました。「読み・書き・読書と創作・勉強」の以外は、ヘトヘトの疲労困憊で「瀕死のサマ」に寝潰れています。
花見に出る「からだにちから」無く、辛うじて 此の田舎「下保谷」近隣で、よその農家の庭に咲いてそうなのを、躰が許せば 散策、眺める程度かナ。
脚力は大切に、機械で可能な限り鍛えています。よろよろが本来の自転車乗りは、脚だけで、らくらく「ポスト」ぐらいへは走れます、ヘルメットして。
食は、相変わらず極度に細く。それでも、時折微かに空腹を感じたりも。このところは、そんなところ。
戴いた『浄瑠璃寺夜色』を日夜、嘆賞、喜んでいます。 お元気でカアカア
2023 3/20
* 「文学館報」で、篠弘氏と樋口覺君の訃報に触れた。樋口君はもと医学書院に居て、三島由起夫のアトを追うように自刃死された村上一郎さんに私淑していたか、と、憶えている。私より一世代近く若かったが。纏まった仕事は何も識らない。ま、文壇ひとになっていたか。
篠さんは小学館に居て、人物日本史等の仕事や「短歌」座談会で付き合い、烈しく短歌論争したこともあった。編集者で、歌人でもあった。
訃報などめったに見ないのに、たまたま、今朝、郵便物の中で知った。時節が、又、ひとしきり昔へと後じさりした。
2023 3/21
◎ 繪の大きさに 知識も体験も無いのですが 大きな繪の意欲どおりに佳い例は、すくないのでは、と感じています。鳶の作では『浄瑠璃寺夜色』の徹到にやはり、私の感情が交じってとも謂えますけれど、視線を吸い取られる快感があります。
詩や文藝の話ではありますが、ゲーテが「大作へ走るな。完璧な小品を数重ねて、大作に到れ」と説いていたのを、モットモに感じることがあります。
ヘトヘトに疲れながら、しつこく日々努めて居ます。あたまのボケルのは防げませんが、脚は鍛えられます。歩けること、を多々大事に考えています。きのうは下保谷近隣の静かな花見に一時間半ほど杖ついて散策を楽しみました。家の階段やお宮の石段、まだ苦にならず、重めに設定して足踏み機械もまだ100回踏めます。しかし、脚の外は、ヘトヘトです。昨夜は、就寝前に「ムクミ止め」を服用して一夜苦しみました。からだの水分がトンデしまったように筋骨ばかりに躰カチカチになり、脚から痛み始めて困りました。水分と痛み止めとで、辛うじて遁れました。
バカなことばかり、やってます。カアカア
お元気で。気も躰も 若々しくいて下さい。 カンざぶろう
○ 菜種梅雨 メール嬉しく。
『浄瑠璃寺夜色』で、励ましてくださって、本当に嬉しいです。
実は今描いているものの一つは浄瑠璃寺で、構図もお手元のものとほぼ同じ。異なる点は、絹絵の20号乃至25号、本堂の後ろの夜空が画面の半分近くを占めています。建物は、一ミリ狂っても違和感が生じるので気を使います。今になっても絵絹の画面を綺麗に塗れないことに苛立ちます・・。
もう一枚は遺跡、油絵のようになりそうです。まだ終わりません。
絵の大きさに関しては、鴉の感想に、納得します。現状は、殊に展覧会、大きな、主要な公募展では、既に有名な人は別ですが、大きくなければ全く認められないのが実情でしょう。百号など小さすぎるというのです。
確かに大きな絵を描くには、大変なエネルギーも要ります。構図構築の丹念な工夫も、時には審査員の絵の傾向なども知っておく必要があったり。誰も誰も「世に出たい」挑戦したい・・!
いつのことでしたか、有名な日本画家の回顧展に行きました。その人の晩年、かなり高齢にも拘わらず200号、300号ほどの絵が何枚も何枚も飾られていました。何処となく地下街の広告ポスターの間を歩いている錯覚を抱きました。一枚の絵に込められる画家の思いがやはり、希薄にならざるを得ないのでしょうか。
ここ数日、孫が発熱してわたしたちも落ち着きませんでした。いろいろなことがストップ、です。確かに家事の負担は以前より増えましたが、何とか過ごしています。気兼ねなく動き回りたい思い、まだ具体的な「駆け引き」まで至っていませんが。
どうぞ日々大切に、元気に、夜ゆっくり眠れますように。花粉症は如何ですか。もう少しの辛抱ですね。 尾張の鳶
2023 3/23
○ 東山の 桜の花も盛りに成りました、
今日 湖の本(162)届きました、有り難う御座いました。日々頑張って過ごされてます様ですね、
今月18日には後輩が誘ってくれて 日吉ヶ丘(茶室)まで行って来ました。懐かしい山も、月日を経て以前よりは少し落ち着いた母校に変りました、
最近は体調がすぐれませんが お蔭様で少し元気を取り戻せた様です、
急に体力が落ちて何とも成りません 、困った事です、
明日から楽しみに拝読 致します。有り難う御座いました。 お元気で ! 華
* 華も、だれもかも、京都の友はみな七十年昔の、「高校生」の笑顔や声音でしか想い浮かばない。これ、「幸せ」と謂うべく。しかし夫君をなくされた方もあつて、胸を痛める。
○ 野路です 「湖の本」162を ありがとうございます。
近頃老眼が進んだせいで 小さい文字が読みづらいので助かります。
それでも芹沢光治良の「教祖様」の二段組を読んだりしています。亡くなった大江健三郎がどこかでこの本を褒めていたとか。懐かしく思います。
芹沢さんと秦さんは全く違った作風の作家ですのに どこか似ているように感じます。表現の仕方は違っていても 言葉にする前の 思い に共通性があれば読者の心には似たような孤独が響いてくるのかもしれません。
芹沢光治良は96歳で出直されたんですよね。
秦さんも天理教の唱える 天寿115歳を目指して頑張ってください。
(私は天理教信者ではありません。)
秦恒平さま
* 野路さん、ありがとう存じます。 芹沢さんでのご縁、久しくなりました。嬉しいことです。お元気で。
○ お元気ですか、みづうみ。
昨日湖の本を無事に頂戴しました。みづうみに申し上げるのを忘れていたかもしれませんが、ご本はビニール包みなしでも毎回とてもきれいに届いています。謹呈箋も お手間を考えるといつも申し訳なく思っていましたので、以後も不要とお考えいただきたく存じます。
今朝、<作家人生の「まえがき」>まで読了しました。デビュー前の若書きですのに、すでに大家にしか成りようのない凄みの文章を読ませていただきました。著作四作「まえがき・あとがき」がそれぞれ立派な独立した作品で、出発時点においてすらの、この文学的到達には 肌に粟立つものがあります。
これから「とめども波の」「洞然有聲」に入ります。この二作品は みづうみのレイタースタイルの名作のように直観します。
情けないと怒らないでいただきたいのですが、「洞然有聲」は「とうぜんゆうせい」と読んで間違いございませんか。奥深く静かでありながら聲を出すという意味に受け取ってよいものか? お教えくださいますか。
「とめども波の」の 最初の和歌三首 素晴らしいです。みづうみの名歌ベストいくつかに挙げたい。お母上からの歌人遺伝子が大輪の花を咲かせています。
もし誰かに似るのなら、容姿ではなく才能のほうが嬉しいと思うのは欲張りでしょうか。
昨日から 花冷えの雨です。どうかご体調くずされませんように。発送作業のお疲れでませんように。
毎回湖の本を心待ちにして、その期待の裏切られたことがない、そんな文学者は稀有です。 益々の高みにお上りください。 春は、あけぼの
* 作者へ出で立ち前の四冊「私家版本」への「まえがき・あとがき」を揃えてみた編成をご支持下さり、「ああ、よかった」と、嬉しく手を拍ちました。
「洞然有聲」は「とうぜんゆうせい」 志して惟うことある方々には、つねに胸深くにちからづよく響いている「聲」かと想われます。
歌三首に目をとめて戴け、幸せです。縁淡く死に別れていた生母の文藝を引き継げてますこと、母は喜んでいてくれましょうか。
◎ あかぬまの花冷えの雨もうつくしくわれの狭庭(さには)に木々とうたへる
○ やそしち兄上様
今日は雨の中 ご本が届きました! おめでとうございます!
本が出るたびに 本当によく頑張られるので 驚いてばかりいる妹です。
あとがきに書かれている兄上の体重は 48キロの私に近いですね!
でも 記憶力も書く力も素晴らしく、 感心するばかりです。
どうか無理せず お体大切に頑張ってくださいね。
88のお祝いまでに 太られますように~ いもうとより (妻の妹)
* 琉っちゃん、お元気に、心行くまで繪も詩もかきつづけてください。
「表現」 いっしょに励みましょう。やそしち、繪が描けませんがね。
* ソー、か。この冬至には「やそはち爺」になるか。
○ 今日午後、御本が届きました。発送作業、石のように重く感じられたとメールにあり、案じておりました。
お疲れでしょう。今はゆっくりゆったりなさってください。 尾張の鳶
* やはり、すこしでも「読んだ」便りがありがたい。やすんでられず、次の大きな仕事へもう踏み入って、前身がそこへ傾いていますよ。
2023 3/26
○ 秦恒平様 加齢現象との苦闘の中からお贈り下さった『湖の本』162 を、発送のご苦労をお掛けして何か申し訳ないとの思いとともに拝見しました。肉体は衰えても、筆の冴えは一向に衰えませんね。感嘆。
高校時代のご活躍はブリリアントとしか、言いようがありません。同じ時代を生きたのに、私の如き鈍才はまったく子どもだったと、自らを振り返り見ます。大学卒業後は父との約束で家業にしばらく就いてから学業の道を選ぶとともに、後戻りを不可能にすべく結婚、30代に入ってからも助手の給料では子どもたちに食べさせるものもなく苦闘しました。その後は学問的にも苦闘の連続で、昨年の『ヨブ記注解』の出版に及んでおります。
秦教授の東京工業大学のクラスにおける学生たちへの質問の数々は、よくポイントを突いておられる。学生たちとのやり取りの「妙」に感嘆しました。学生たちにはよい刺激になったでしょう。
お身体を労りつつ、長くご活躍ができますようにお祈りいたします。
ありがとうございました。 並木浩一 icu名誉教授 浩
2023 3/27
○ 秦 兄
差別語に関しては、書き物をしている上で、「呆け・痴呆症」から「老人・徘徊」も差別語では、という出版社の校正係から指摘され、窮屈になったなと感じたのが発端で、兄のいう被差別(同和、これからしてややこしい)という差別問題に当面します。
少年のむかし「三条うら」近辺に住まっていたので 幼少來 学校の先生や両親から、今でいう同和教育を受けていた関係で 私は「三条うら」(=大将軍神社の氏子)の悪ガキ達とは自然体で付き合っていたように思います。
そんなガキの頃の思い出話を一つ。
悪ガキの一人と大ゲンカをした時に、悪ガキが兄を連れてきてボコボコにされたので、この卑怯者と悪ガキを又ボコボコにしたのですが、翌日に悪ガキから仲直りの印にと言って大きな牛肉の塊を貰ったことがありました。
当時は公然と行なわれていた彼我の差別でしたが、大人も子供も食べ物に全神経が集中していた時代で、結婚適齢期でもなければ、子供同士が親しくしていても親たちは普段は気にも留めず何も言わなかったのは、生きることに精一杯の「戦時下・敗戦後」という特殊な時代だったからかもしれません。
今は「衣食足りた平和呆け」が総コメンテーターになって言いたい放題の無責任時代だけに差別発言も活発化しているかと思われますが、それも他人事で、わが身、わが家庭に関わる場合は、きれいごとを言っていられるか、自問自答しても現実に直面しなければ結論は出せないと思います。
孫でも居れば、父方の曽祖父は農林省の役人で大正七年に流行ったスペイン風邪で曽祖父と祖父は他界 からはじまり、生母方の大伯父たちは近衛兵の軍人たちで云々と、我が家や親族のルーツなど書き残す作業もしたかもしれませんが、息子と娘の代で我が家系は途絶えるとなると、そんな書き残しも詮ないことと する気も起りません。
しかし、差別問題に無関心ではないので 折に触れて語り合いましょう。
今日 から、文化庁が京都で業務をはじめます。地方政党の「京都党」の党首村山祥栄は上皇夫妻を京都御所へお帰り頂こうと言っていましたが、高齢になってからの移住は余程のことがない限り無理でしょう。皇室問題についても私見あり。
パソコンの件は私も機械音痴というより最近は面倒臭くなり 煩わしいことは避けているのですが、何かと便利な機器なので 少しずつ取り組んでいます。
明日は 娘と近くのドコモショップへ最新式の携帯電話を買いに行く予定です。 辰
* 要点を得て率直な感想がもらえ、教わることもあった。私の最晩年の大きな課題と化して現れるのが 京都の「差別被差別」を日本史の真相から汲み上げ、批評的に物語ることに成ろうかと、初動の姿勢にもう入っている気でいる。東山区新門前通りという、南側には(甲部…乙部 という苛酷な差別問題を内包している=)「祇園」という大きな遊郭を細い「抜けろーじ」只の二本で隔て、北寄りには、古門前通りが東西に厳しく隔ててその以北、三條大通りに到るまでの「寺裏・三條裏」といわれる相当に廣い往昔來の被差別地区が在る、浄土宗總本山知恩院の二筋の「(新・古)門前通り」が、實に大きな「遊郭」と「寺裏」とを南と北へ恰も拒むように「道」と謂える通路すら無しにガンと隔てていたのだ。
2023 3/28
* 弥栄中学での恩師、理科の佐々木(水谷)葉子先生、宇治の各種銘茶に選り抜きに虎屋の羊羹を副えて「湖の本 162」へお手紙を戴いた。教室へ入って見えた初対面、お若かった。教員の足りなかった敗戦後の京都だった、二十歳前後手あられたか。きびきびと大らかに「理科」を教えて下さった。
* 宮城まえ、村上開新堂主人の山本道子さん、特上のクッキーがみっしりの缶詰めにお手紙副えて下さる。久ーしぶりに昼御飯のお店「ドーカン」へ出掛ければ、山本産に逢えるはず。
* 妻の少女の頃からの友だち神戸の市川澄子さん、いいお便りを頂く。お城博士の静岡大小和田哲男教授からも。
2023 3/28
○ 尽きぬことの無い御作、御本、賜りました。ありがとうございます。
お身体の調子が優れられない日も多い中のご執筆、ただ感心し、感謝申し上げます。
桜も咲いていますが、天候も落ち着かず、お身体に障る事も多いと存じます。ご本発送のお疲れも残るのではと案じています。
迪子様ともに、お身体お愛いくださいますように。 晴 妻の久しい親友
○ 「湖の本 162」 『とめども波の 洞然有聲』 感謝
秦さん いつもいつも本当にありがとうございます さきにご本を楽しんでしまい 御礼遅れて申し訳ありません
秦さんに お会いできて 本当に良かったなあと 歳も久しく 改めて嬉しがっております 幾重にも厚く御礼申し上げます
一九六四年八月二十日 秦恒平 (筆名・菅原万佐)
(東京都北多摩郡保谷町山合二二七五 医学書院社宅)
「昭和39年」年号を思うといつも「一体わたしは何をしていたんだろう」と思っています
「昭和三十七年七月三十日、私はとつぜん小説を書きはじめた。」
(わたしは 国立秋田療養所で毎日患者さんにストマイの注射 でした)
「清經入水」をまた読みました あの「清經」は帰ってきてからどうしていたのだろうかと考えています(考えつきませんが)
「少女」もまた読みたいです 本郷は戦後も古い町並みで好きでした(空襲の際「東大」があるので避けられたと聞きました)
桜も過ぎ 年度も変わります
年は年ですが「元気笑顔 元気笑顔」は忘れないようにしたいです
お知恵をいただきたいです
コロナ相変わらず 減ったり増えたりしています まだまだ くれぐれもお気をつけください どうかお大切にされてください 勝田 chiba e-old 拝
* こういうお便りを頂戴するのを 生き甲斐と いうのだと感謝
堪えず。
* 明日朝には「湖の本 163 全」の再校ゲラが届く、と。息つくヒマ無く、次巻のための巻頭部の創作の仕上げもともども、休んでは居られず、やそしち爺、「生くべく」生きること続く。嗤われてもいようけれど。
2023 3/29
* 所澤の藤森佐貴子さん 、いつものように選りすぐりの珍しい名菓を戴く。
* 「湖の本 162」へお手紙等をいろいろに頂戴した。
井口哲郎さん、持田鋼一郎さん、烏頭尾精さん、水谷葉子さん、寺田英視さん、奥田義人さん、胡子文子さん、高木冨子さん、藤森左貴子さん、山本道子さん、出田興生さん、木村年孝さん、岸田準二さん、平山城児さん、小和田哲男さん、三田文学編集部さん、早稲田大学図書館さん、城西大水田記念図書館さん 等々 感謝
2023 3/30
* 講談社役員であった天野敬子さんから、間歇ながら實に言い尽くして嬉しい有難いお手紙があった。
京舞の家元井上八千代さんからは、新築新装成ったという歌舞練場での盛大溢美の都踊りを色々に編集した美しい書籍や図録やパンフ等々ともに八千代さんの手紙も。ふあっと噎せるように祇園の濃まやかに華麗な空気が下保谷も田舎の秦恒平をとり包んだ。ありがとう。
お手紙も、図録なども、明日、ゆっくりとまた拝読、拝見する。
* 水谷(むか、佐々木)葉子先生、お手紙に副えて宇治茶の三種と虎屋の羊羹を下さる。恐れ入ります。
* ロサンゼルスの池宮千代子さん、日本のお友達を介して、京都の名菓をとり揃え送っていただいた。チョコちゃん。恐縮、感謝。
* 此処までは書いたが、酔いつぶれたように寝入って夕食もとばして夜十時前まで、昏睡していた。もう、このまま寝入ってしまうことに。万事は、明朝から復帰。
いま「春は、あけぼの」さん親愛長文のメールが届いていた。拝読。おやすみ。
2023 3/31
○ 今年もなんとか目にできた満開の花の下、百六十二冊目の『湖の本』を拝受いたしました。
<「へとへと」の疲労の極>よりさらにおつらい日々の中から産み出して下さったこの本は、秦さんの文学的誕生(生まれついての?)から現在までの徒然が衒うことなく飾ることなく、しかしそこは作家の表現力で的確に描き出され、見事な編集技術もあって、読み手を引きつけて離しません。
ご夫妻ほどではないにしても、視力・体力、気力とみに衰えて読書意欲をすっかり失っていたのですが、御著が当方を一時覚醒させ、雨に降りこめられた花冷えの日々に目薬の力を借りながら拝読、心に染みました。私家版本「まえがき」貴重、菅原万左問題も氷解です。
ありかとうございました。
どうぞどうぞ御身おいとい下さり、そのうえで「趣味」を全うしてくださいますように。
二○二三年三月二十八日 敬 出版社役員 編集長
* ありがとう存じます。
○ 京の花は、 いちどきに咲き誇り、 都をどり開幕までもつかどうかと案じております。
先日は、湖の本162、 御恵送賜わり、誠にありがとうございます
此度、おきき及びと存じます 歌舞連場 再開場によせてでましたものを いくつか お送りさせていただきます。
祇園や、新門前、新橋など思いおこしていたたきましたら 幸いです。
四月開幕の今年のパンフレットも同封させていただきます
朝夕は 今だに ひんやりといたします、
お風邪など召しませぬように くれぐれも 御自愛下さいませ。
とり急ぎ 乱筆乱文 お許し下さいませ
秦 恒平様
御奥様 八千代 京舞井上流家元
* 我が家からは 小走りすれば二分とかからない知恩院新門前通り西之町に京観世・片山、京舞・井上のお家が在った、今も揺るぎなく在るが、我が父親の「ハタラジオ店」はとうに無く、西隣家が取り払われて視野が明るんでの昔ながらの我が旧家の写真が『選集』の何巻か原色口絵に入れてある。なにもかもが、懐かしい。
* 日本近代文学館、神奈川近代文学館、松山大学図書館からも「湖の本 162」受領の来信あり。
○ お元気ですか、みづうみ。お疲れで臥せっていらっしゃらないかと心配で心配で。やっぱり「疲労の極」でいらっしゃいました。少しでも美味しく何か召し上がっていただき、夢も見ずに眠っていただき、のんびりしていただきたいと願うものの、今、みづうみを支えているのが「書く」ことであれば、存分に書き続けてくださいと申し上げることしか出来ないのでしょうか。
今年はなんとなく満開の花見を逃しましたが、今日も美しく咲いている桜木に出会いました。花はそこに在るだけで世界を美しく変えます。風に吹かれてみづうみに舞い散って浮かぶ桜の花びらになれたらよいのに。 春は、あけぼの
2023 4/1
○ 秦先生 暖かい日が多くなってきましたね。
井の頭公園の桜も、風が吹くと散り桜となって舞っており、とてもきれいです。
「湖の本」をお送りいただき、ありがとうございます。今回は東工大の話題があるようですし、とても楽しみです。大切に拝読いたします。
さて、お身体のお加減はいかがでしょうか。
為我井さんと連絡を取り、お抹茶がいただける場所を探しているのですが、先生のお家からは遠い場所となってしまいそうです。
例えば銀座とか、東京とか、そのような場所ですと、遠いうえに人ごみとなってしまうことが心配です。
場所のご希望などはおありでしょうか。
また、時期は5月あたりはいかがでしょうか。
できるだけ先生にご無理がかからない形でお会いできたらと思っております。
どうぞよろしくお願い申し上げます。 麻紀 東工大卒
◎ メール感謝 昨年残暑来の ヒドい体調不良が歳ごえに加わり、そんな中で「読み・書き・読書と創作」の手は止めないで、過労とムリとで、ヘトヘトに潰れています。もう一と月も精魂込めれば 仕かかりの大仕事や中仕事にメドが立ってきましょう。天上からは、先だって逝った人たちが、しきりに「もういいかい」と招きますのを、懸命に、「まあだだよ」と断り続けています。
なんとか四月そして五月半ば過ぎまでは、堪えたいと思っています。そして出逢って 愉しくお喋りできますのを楽しみにしています。まだまだコロナも執拗に尾を引いています様子。要心して、医者のほかは出歩かないでおります。
以前には わりと見やすい「秦恒平のホームページ」を展開し日々発信して歓迎されてましたが、何か私の不器用から潰れてしまい、読者らからは、ぜひぜひ速く復活をと懇願されるのですが、生まれついての「機械バカ」で、お蔭で父の「ハタラジオ店」を継げず仕舞いでした。
東工大卒業の鷲津くんら男子が寄り寄り、詳細に、いろんな図式を送ってくれているのですが、猫に小判で、とてもとても「送ってもらっているアレコレ」を、どうにかして活かすテクが無く、何の工作も出来ないまま、詳細な助言が、むなしく立ち枯れています。具体的にそれを「どう、こう」と手が出せないで居ますよ、笑って下さい。
鷲津君等のプランを 念のためここに入れて送りたいと思っても、それが「出来ない」のですよ、なさけない。
お元気でお元気で。逢えます頃を楽しみに待ちます。 秦 センセイ
* 爛漫の花の春へ、健康に歩んで行きたい。疲労を抜かねば。
* 紅書房主の菊池さん。銀座から、いつものように瀟洒におしゃれな巧い洋菓子と手紙とを下さった。
○ 拝啓 落下きりの候となりました。
このたびは『湖の本 162』をお送り賜りまして恐れ入ります。此処より暑く御礼申し上げます。
「作家人生の<まえがき>」では、お若いときのお心の揺れ動きと、そのなかでも揺るぎないご決意がかいま見られます。 奥様のお言葉や眼力、凄いことです。
また、折々 先生のお心の育成(変な言い方ですみません)に、素敵な先生方との触れ合いを書いて頂き、なるほど、實のお母様とのご縁は密接でなかったかわりに、このような思いやりある教師の方々がどれだけ今の先生に多くのものを授けて下さったことかと感じ入っております。それにいたしましてもご記憶の慥かさにも感服です。
略 昨日、親類の画家の作品を觀に春の院展に行きました折、先生に心ばかりお疲れ休めの粗菓をみつくろって参りました。
季節の変わり目、ご自愛のほどお祈り申し上げます、 かしこ
三月三十一日 菊 拝
2023 4/2
○ ご無沙汰しております。新野(=東工大卒)です。いかがお過ごしでいらっしゃるでしょうか。「湖の本」ありがとうございました。拝読させていただいております。
ちょうど昨年の夏から秋にかけてくらいの時期のこと、先生が日々書を読み感じられたことに 自分が過ごした時間を思い出しながら 読ませていただいております。そして先生の生活の濃密さに圧倒されています。
「私語の刻」のホームページ電送を断念されたとありました。上手く表現できないのですが、紙媒体での良さ、「整った」文章の凄みを堪能させていただいております。そして何故だか 紙媒体の方が深く身体に入ってきます。
この違いが企業でITを活用する際の大きな手がかりになる気がしており、引き続き考えていきます。
お辛い時もあるご様子、どうかご自愛いただければと存じます。失礼致します。
聡
* 東工大教授を離れ、はや四半世紀になろうと。しかも今も、新野君、柳君、鷲津君、上尾君、丸山君ほか また爲我井さん、米津さんら、数えれば二十人に余る当時受講の卒業生諸君諸嬢からの音信や来駕がある。佳い触れ合いが今も有る。たった数年間で定年を理由に院教授へのお薦めも辞退し退任してきた、ごく短期間の付き合いだったのに。
喜ばしい、嬉しいことです。
○ ケアマネジャーとは
例えばデイサービスに行く為の申請の手続き等の手伝いをしてくれる現住所の地区に所在する事務所の人を指すのではないでしょうか。私は その手続きで電話をして、今、デイサービスに行っています。
* 頂くメールの中に「ケアマネ」体験らしき一語がときどき読めるので尋ねてみたら、上の返信があった、が。「今、デイサービスに行っています」とはどういう意味なんだろう。。
2023 4/3
○ 櫻日和 体調いかがでしょうか。せめて少しでも桜楽しめますように。
テレビで平安神宮の桜を映していました。
円山公園の桜にも出会いたかったです。 尾張の鳶
* 幸いに、下保谷を夫婦しての静かな散策や、歯科へ通って江古田二丁目の大櫻並木で、またテレビで、美しい力有る櫻の満開を眺め得ている。
* 「湖の本」へ、沢山の方また施設から受領の来信。城西国際大学院教授の岩淵宏子さん、石毛研究室の石毛直道さん、豊中市の安川美沙さん「今日は寒い日になりました。寒の戻り、花びえと。それでも櫻は、ほぼ満開で、もくれんや、こぶしには 緑の葉が、しっかり大きくなっていました。買い出しの途中で見られる樹々です。余りキョロキョロすると脚をとられそうなのですが。心がけて歩るくべき、なのでしょうね、外で陽に当って。」は、そうせよ、陽を受けて転ばぬように歩いてということだろう。聖教新聞の原山祐一さん、「ら・ロシュフコーの『箴言』に聴き、新宿河田町とそのさんばいの長さの北多摩保谷町の生活。「抜けろーじ」から、京都の小、中、高、同志社の先生方に発展し、東工大余話の”表現する力にあっとうされました。その議論が何故かいくつかのお身近の自死に…。まりあ・ピレシュのつよい演奏を私なりに思い起こし聴き入っています。敬具、御礼」と。島尾伸三さん、青田吉正さん、江口滉さん、宮崎弘子さん、そして書く大學や施設等々、もう書き写せない。感謝。
2023 4/3
○ お元気ですか、みづうみ。
最近の「私語」を拝読しますと、以前に比べ読書への言及が著しく減っているのがわかります。お仕事に必用な「読み」以外の「読書」はお目の負担が大きくなっていらしたと受けとめています。
加藤周一が、福永武彦の病床に見舞いに行くと、福永が年々楽しみの幅が狭まってきてと言いながらベッドの中でカセットテープの音楽を聴いていた、それが少しも悲しそうではなく、福永がそこからどれほど多くの悦びを得ていたのか誰にもわからないという内容の文章を書いていたことを思い出します。
みづうみの今の創作の喜びは燃 えあがる焔のようでありましょう。
ここ数年のみづうみの御歌の数々は、歌人秦恒平のさらなる深化で飛翔に感じています。胸うたれます。伊勢物語のような歌物語を読ませていただけたらなどと、妄想してしまいます。
わたくしは、今日一日みづうみがペンクラブに入会した年を探しながら見つけられず、ただただみづうみの文章に惹きこまれ読み耽って 作業中断しました。理事にご就任なさったのは1996年ということはわかっているのですけれど。
<佳いこと好いこと、楽しむことは「クスリ」>2022 9/4 です。
世界には「クスリ」が溢れているのですから、もっともっと楽しんでお過ごしください。そして毎日ご平安に、ご無事にとお祈りしています。 春は、あけぼの
2023 4/4
○ 「湖の本 162」 ありがとうございました。「懸想猿」「畜生塚」「齊王譜」「淸經入水』、いずれもなつかしく想い出され、また読み返してみたくなりました。
先生にはくれぐれもお身体お大切にお過ごし下さい。不一 国立市 恭一
* 神戸の芝田道さんからも。同じく神戸松蔭女子学院大学図書館、福島県立図書館、親鸞仏教センターからも。社会学の上野千鶴子さん、もと岩波「世界」の高本邦彦さん、そして、湘南二宮の高城由美子さんからも。 感謝。
2023 4/5
* 夕方も早い五時前に食事して、そのまま 八時前まで寝入っていた。風邪けの嚔や洟水が不快、なにも出来まい間々寝入ることに。世田谷区の土方洋一さんの懇切な来診に「慢性的な脱水状態なでは」「心して水分を御摂りになっては」と。多分に謂えていると私にもそんな予感も自覚もある。土方さん、合わせて、「今年は故郷の夜の四条大橋にお立ちになる折が繞ってくるようお祈りいたします」と。「四条河原町から加茂川をわたって八坂神社へ、さらに知恩院方へとぬける道は、私にとっても長年歩き慣れたなつかしい道のりです。 今年は三年ぶりに訪れたいとおもっております どうぞお元気で 四月二日」と。胸に波打ってくる。土方さん、ありがとう存じます。
2023 4/5
○ わが家は、近所の野鳥たちには何時でも清冽な水が飲める場所として知られて
いるようで、毎朝野鳥の声が目覚まし時計の換わりになっています。
年間を通じ来宅する常連は、キジバト、ヒヨドリ、メジロ、シジュウカラ、スズメたち。一度だけ来宅したアオジ、シロハラも含め今までに16種が訪れています。
特にキジバトはわが家を別荘と見なしているようで結構長時間休憩しています。
篠崎 仁
2023 4/6
○ 雨の日の櫻 元気ですか? 元気ですか? 繰り返し書いてしまう。
桜の季節もあっという間に過ぎそうです。桜を楽しまれましたか?
昨夜から朝方にかけて雨の音で目を覚まし、今日はまだ雨模様。風邪気味で倦怠感脱力感に浸されていましたが、今日は気力が湧いてきました。
こんな時思うのは残された時間をどのように捉えるか、様々な要素、周囲の人たちの生き方から「客観的に」自分の寿命を考えるか・・それとはまったく反対に、寧ろ唯々元気に百歳までは生きるのだと、些か誇大妄想に考えるか。
楽観的に生きたいけれど、それはわたしではないでしょう。
以前のメールに、鴉が「二度と逢えない」と書かれたことがありました。愕然と、凍り付いてしまった思いがわたしの中でさまざまな姿を顕し、形作っています。悲しいです、残酷です。毅然と生きていきたい・・これまでの日々もそうでした。
鴉、気分よく、できる限り軽快に、日々を過ごしてください。メールもください。
大切に 大切に 尾張の鳶
2023 4/7
○ 例年より早く咲いた櫻はあっという間に散り始めました。「湖の本 162」在りがたく拝受いたしまして、その中で「自転車」の章。私も車とは無縁ひたすら自転車に乗っていますので、大いに共感いたししました。
京都時代(=学生、教職とも京都大学時代か)は、大原鞍馬は朝飯前、行きの花脊峠や、大原を越えて途中峠までついつい行ってしまったことがありました。最遠の地は周山です。御礼まで一言申し上げます。 福岡市 祐 九州大名誉教授
* 結句の、「最遠の地は、周山」には、さすがに、のけぞった。ほとんど日本海沿いに同じい。京都市内から、自転車のペダルを編み続けて、だ。今西先生に、降参。
2023 4/8
○ このたびは 『湖の本 162』を賜わり有難うございます。
菜の花の黄色が
まばゆい頃となり
風が光っています。
先生、ご夫妻のご体調
案じて お手紙をと
ペンを執りましたが
ただただご回復を
祈るばかりで……
絵葉書を同封させていただきます。
画面にてお見舞申し上げます。 「来福」印
(別一枚はがき、には 墨で大書)
生きる力 人生は心の持ち方ひとつ
京…山科 じゅん 詩人 神戸大 名誉教授
* 「祐」先生 「じゅん」先生 知己の言 有難う御座います。こうして、わたくしは励まされ、立ち直り、思い返す。感謝。
* 橋田有子さん、二朗先生のお嬢さん、京の若筍を送って下さる。
2023 4/8
○ お元気ですか、みづうみ。 春は、あけぼの
昨日から探し続けているある資料が見つからず不貞腐れております。どうして資料は必用なものほど消えるのでしょう。自分のファイリング能力の欠如、記憶力の低下に愛想が尽きます。
とは言え、愛想尽かしばかりしていると人生暗いし自分が嫌いになるので、時々自分のことを励ます必要があります。わたくしを励ましてくれるような奇特なひとはいませんので、自分で自分を叱咤激励します。自分の能力以上のことをしているのは明らか。わたくしのは能力がない。でもそこで終われないとしがみつく。このあきらめの悪さというかバカさ加減は、良いか良くないかわかりませんが、もしかしたら一種の才能といえるかも。わたくしは、望んだことを諦めない性向があることに最近気がつきました。賢いひとならどこかで折り合いをつけるでしょうに、なぜかまだ諦めないぞと思ってしまいます。
たとえば、卑近な例ですが、周囲には日本の政治を諦めたというひとがたくさん。そういう人たちに腹が立ちます。日本の政治を見限ることと、あきらめることは違うと感じます。見限っても出来ることを探すことが、無駄でも選挙に行くという気概がなければ敗北が加速するだけですから、自分は毎回一票を投じます。
最近テレビやネットでもてはやされるアメリカ有名大学の先生がいます。彼が、若いひとが選挙に行く意味はない、人口比率を考えると若者が選挙に行っても投票結果に影響を与えないと発言していました。統計学の分析らしいのですが、若者が選挙に行く意味がないとの発言に驚愕! その先生の名誉のためにつけ加えると、選挙システムを世代別に変えればいいという解決案も提示はしていらしたのですが、彼には、若者って人間ではなく数なんでしょう。
この先生は、多数派にならなければ世界は変えられないという認識のようです。勉強が出来て頭脳明晰とされる大学の先生が、この程度の知性です。その一見論理的に話すエセ文化人をもてはやす世間とは、どこまで愚かしく流れているのか。
世界を変えてきたのは多数派ではなく、大抵一人の人間の信念と勇気であり、その一人と協働した少数の人間たちでした。彼らが命がけで挑んだ結果、世界が動いた。多数派は世界に動かされる側にしかならない。歴史を見れば天才に限らず、ふつうの人間が世界を変えた例もいくらも見つけられます。自分でも世界を変えられると妄想を抱いたオメデタイ人間だけが、世界を、民主社会を守るにことに貢献できると思うのです。
緒形貞子さんが「世界から戦争をなくすことはできると思いますか?」と問われて、「残念ながら、世界から戦争がなくなることはないでしょう。でも、戦争をなくすことができると本気で信じる人にしか、世界を変えることはできません」という発言をしていらした。
<一つ申しておきますが 御著述中にもしも 「秦恒平」という文字が「一度」現れたら、著者のあなたもその本も、「一度」ずつ疎まれ嫌われるものと思ってて下さい。>
みづうみのこのお言葉がもし事実としても、わたくしは次の「秦恒平」と角逐する天才の登場のために、自分が何とか今の潮目を変えてみようと思ってしまうのですよ。今回の『読者の仕事』もその心意気で書いたようなものです。自分の力で戦争をなくせると信じるほどの思い上がったバカですが、やすやすとあきらめたくない。
こんなことを書いているうちに元気が出てきたので、また探し物がんばります。
みづうみ、疲れながらも日々楽しんでくださいますように。 春は、あけぼの
わたくしの将来の構想のなかで、「秦恒平ホームページの復活」は是非実現させたいのです。その布石として、若い世代に今回の『読者の仕事 私を創る』をお渡しできたらと願っています。もちろん、もしみづうみがお許しくださるならのことです。たとえばホームページ復活を申し出てくださった兵庫大学の鷲津先生や桜小次郎氏にお送りしたいのですが、どう思われましょう。若者が投票に行っても結果は変わらない、若者は本を読まない、そんな未来をあきらめるようなことは罪に等しいので、何かしたいと思います。
* ありがとう。
2023 4/8
○ お元気ですか、みづうみ。
<生きた心地がしない>ご体調のごようす、何をどうすれば、少しでもみづうみがご健康でお気持ちも晴れるのかと、もどかしさのまま悶々としています。あけぼのの日々はみづうみのことを想い、すっかり湿っぽくなりました。
<幸い「要再校」本紙は送り終えてあり「湖の本 162」発送の用意はおおかた妻がして呉れてある。発送に必要な 宛名用紙か、もう五回分の用意はあるので「ガンバッテ」とハッパをかけられた。アリガト。>
奥さまなればこその最高のお励ましです。今のみづうみを支えるのは『湖の本』であることを知り尽くしていらっしゃいます。夫婦は同志であることが理想ですが、お二人はまさにそのような唯一無二の「身内」でいらっしゃる。
今のわたくしはみづうみに手が届きませんけれど、「秦恒平」の論攷に悪戦苦闘しながら必死に近づこうとしています。みづうみに、書き上げたものをお読みいただけますように、どうかどうか長生きしてお元気でいらしてくださいますようにと願いながら、「読んで・書いて・考えて」生きています。
「欲しい」資料が許されるなら「年譜」が一番頂戴したいモノです。文壇デビュー以後のもの、公開されていないみづうみの年譜が、もし存在すれば是非にと思います。
わたくしの願いは、何度も申し上げましたが、未来の読者のために、著作権継承者を奥さまと建日子さまお二人だけに限定して正式な書面にしていただきたいということ、また書かれたものすべてを正しく管理保管、場合によっては出版する遺著管理人を、ハンナ・アーレントのように元気なうちに早くから決めていただくことです。この遺著管理人は一人だけにする必用はなく、たとえばウェブ担当者、ホームページの管理人も含まれましょう。ホームページは日々変化する生き物ですから、内容が同一でも常時ネット環境にあわせてバージョンアップして対応する必用があるのです。引き受け手はいらっしゃるでしょ。
今回の「とめども波の」の「有済」の章を拝読し、背筋がぞくっとして凍りついてしまいました。東京山の手育ちで、このような「凄い」話の存在を身近に一度も経験することなく、本の中の他所事としてしか知らなかった自分を深く恥じます。自分の人生が変えられるような物凄さでした。「湖の本」だからこそ出版できたもので、現在の出版界では決して日の目を見ることのない話。この見て見ぬフリの臭い物に蓋をしてきた日本人の罪深さに慄いて恐怖を感じるのは、わたくしだけではないはずです。怖い、ひたすら怖い、酷い話でした。何がコワイと言って、自分を含めたふつうの無関心な人間ほど醜い恐ろしい怪物はいないと思い知らされました。悪は無関心な人間の為すものと。
次巻『或る往生傳』の中に潜んでいるだろうデーモンも、きっとわたくしを変えてしまうのだろうと思っています。それがどれほど凄まじくても受けとめる覚悟はあります。
みづうみの日々にご平安がありますように。素敵な一日をお過ごしくださいますように。 春は。あけぼの
* こういう方が在って、わたくしは文士として存在仕得ている。感謝の他ない。
* 江戸は「旅宿の境涯」と喝破したのは荻生徂徠だった。今日の東京もおおかた変更はされていない、多くの住人が「田舎」「本籍地」という根拠を地方に持ったまま、東京に、地所や住居をいわば「借りて」暮らしている。私のようにもはや戸籍上の本籍地をお国に返上してしまって何十年も何倍もの久しい者でも、根は「京都」と頑固に思い込んで断然変改しない。「旅宿の境涯」その通りですと居直ったままでいる。さもないと実感で生きていられないのだ。「東京都」さん、ゴメンナサイ。
ところで、上にご希望の、作家としても私人としてのも、「秦恒平年譜」は、もう自編は出来ない、そのヒマはない。ただ幸いに私は和歌山の三宅さんにお世話になった限定豪華本『四度の瀧』昭和六十年元旦刊行までの「年譜」は、その本にほぼ整ってある。そして、それ以降は私自身が「外向き」仕事を愛しい指揮して避けたので、文藝上野年譜は『湖の本」で、大略は確認できるはず。私事私行はてどによるが、およそ無いにおなじいいか、幸いに機械の「私語の刻」が具に書き置いているだろう。機械の雉は、強いても削除していないので、大方は機械に残って居ねだろう、板に保存した何かも有るかも知れぬ。 2023 4/10
○ 「湖の本 161」 「世をら波に」長谷川泉先生は、私の大恩人ですので、胸にしみました。「行ひて苟くも」 子規の「仰臥漫録」「病牀六尺」に通じるユーモアを感じます。これからも大いにきたいしてます。これから「湖の本 162」を拝読。元気にご活躍下さい。 弘前城の櫻 添えて 岩手 やまだ 芳紀 文學研究家
2023 4/11
○ 母の手術処置は終わり、縫合中に説明受けました。麻酔醒めても会えないので帰っていいですよといわれ、帰宅してから2時間、別段連絡もないので無事醒めたのだろうと思います。あとはセンモウや感染なくリハビリ順調に進むことを願うばかりです。
ご心配をおかけしました。ありがとうございます。
手術室に歩いて向かい、病室でも元気に話していたようで、先生も感心されてました。今日が93歳最終日。
病室から樹々の新緑、わずかに関門橋の端が見えるようです。海に面してはいないのですが。落ち着いて時間ができたら写真撮ってきます。
気長にお待ちください。お大事に。 下関 緑
◎ 私たち ケア・マネージを頼もうと思いましたが、現状では頼まれてくれそうにないと分かりました。
ただただ寝入りに寝入って、疲れを躱しています 二人ともに。呵々。笑い事では無いのですが。
ウンベルト・エーコという人の、ギチギチに中身の濃く詰まった大長編、映画にも成った『薔薇の名前』を、律儀に一字一行ずつ読み進んで、半分過ぎました。弱い視力をさらに痛めています、が。そして源氏物語を五、六行ずつしみじみと。じゅうにぶんにそれでたのしるのが此の名品のかがやきです。
○「やそしちよ」と 神も仏も呼びなさる 生返事して拗ねていますよ 歯無くはかなく
○ われは湖の子 さざなみも さわがぬ濱の まつ並木 煙も雲もはればれと なげの苫屋に光りさす われ待つ子らは無けれども
2023 4/11
○ ケアマネージャー 向けの説明ですが(かつた)
○ ケアマネジャーって何をする人?
ケアマネジャーは介護を必要としている人やその家族の相談に乗り、その人の身体の状況に応じて最適な介護サービスが受けられるように介護事業所や市区町村などと調整する専門職です。
{笑い事ではありません」ーー ありません 諦めずに何とかしましょう(かつた)}
介護サービスを利用したい人は まず自分の住んでいる市区町村の窓口で『要介護認定(支援も含む)』の申請をします。
{要介護の前段階に 要支援1 要支援2 があります 勝田は:脊柱管狭窄ー腰痛歩行困難で要支援2で1年後に要介護1になりました(かつた)}
ここで登場するのがケアマネジャーです。
市区町村からの依頼を受けて要介護認定申請者の自宅を訪問し、認定できるかどうかを調査・報告します。
その後審査が通り市区町村から『要介護認定』を受けると、
次に『ケアプランの作成』というステップに移ります。このケアプランの作成もケアマネジャーの仕事のひとつ。
ケアプランとは介護保険適用サービスを利用する際に必要な介護の計画書です。介護サービスを受ける方の身体の状態などを見てどんなサービスや支援が必要で課題は何かなどを把握し、ご家族とも相談しながら最適なケアプランを作成します。そのケアプランに沿って介護サービスが提供されます。
ケアマネジャーは 介護サービスを利用する方と、介護サービスを提供する介護事業所との間の重要なパイプ役 といった感じですね。だからこそ信頼関係を築くために誠意のある対応を心がけないと「あのケアマネは偉そう」なんてことにもなりかねません・・・
*{実際にケアマネージャーとうまく行かず 変えてもらうこともできます
秦さんのかなり厳しい病歴と現状や 奥様のも(かなりの入院歴と思いますが)現状を理解し 高齢者の{先}を考えれば ”調査”もしないという事はないと思うのですがーー
また ピントが違うかなと思いますが 先ずは諦めずにお願いします お役人は遠慮をすると こちらが損です (かつた)
ご無沙汰しております 実は1ヶ月ほど前に よろけ転んで頭をぶつけました 老人ホームの玄関だったので 病院受診になってしまい 病院としてもする事はするわけで何度か検査々々でまだ解除されておらず 厄介です 本人はやはり「ボケたな」と反省しておりますが 転んだ場所がまずかったなと諦めて普通にしています
「ウンベルト・エーコ」調べてみます
秦さん くれぐもお大切にされてください 高齢者にはコロナはまだまだです お気をつけください
またメールください 勝田e-old chiba
2023 4/11
○ やそしち兄上様
そちらのご様子 色々たいへんそうではありますが、文学の世界、美術の世界に助けられて ご無事に過ごされておられて ほっとしています。身体と精神、老年期は精神に支えられる人は幸せだなあと お二人のご様子を見て思います。
「薔薇の名前」は映画で見ただけですが、あとで、タイトルの意味は 何だったかなあと考えましたが、分からずじまいでいます。いつか教えて下さいね。
今描いている 石段に落ちて朽ちていく椿の花の絵を、添付してみます。3枚セットで描いていますが、まだどれも仕上がっていません。画像もよく見えるかどうか分からずお送りする失礼をお許し下さいね。 (妻の)いもうと 琉
* せっかくの繪、コッチの機械不調で見られず、残念。お元気で。
○ 秦 兄 兄の心境は痛いほどよく分かります。良いケアマネージャーが見つかりますように。私の体型もすっかり老人臭くなりました。
ベッドでの4~5時間以外は椅子に座ったきりの生活が数年間続いているので、足腰がすっかり萎えてしまいました。 幸いにも八歳年下の女房と独身娘が居てくれるので 私は自分の好きなことだけをしていればよいので 大変有難いことです。然しながら200ページほどになるはずの二冊目の本は 未だ30ページぐらいで止まったままです。
統一地方選も30~40%の低投票率に加えて無投票選挙区が多く、やはり私の選挙改革案を具体化して悪政者の一掃を、と気は急くのですが根気がなく、つい「読み止し」の本に手がのびてしまう有様です。これも老化の一現象かも。
いずれにしても、こうしてキーの打ち間違いを繰り返しながらも 兄と交信できることの有り難さを痛感しています。それほどこの頃は同年配の交信相手が激減してしまいました。誰もが わが身一つを持て余し、四苦八苦していて他人事までは気が回らなくなってしまったのでしょう。淋しいかぎりですが 自分だけはそうならないように努めたいものです。
兄も奥さんも大変でしょう。ほんとうに良いケアマネージャが見つかるように祈っています。こんな時、わが家でも息子の方は仕事の関係で身近に居ず、頼りになりませんが、娘が幸か不幸か独身のため親孝行をしてくれているので有難いことです。
お二人共十分ご自愛ください。 京 圓通寺 辰
* 辰兄、無事の日々と安全とを入ります。
* 疲労疲弊こそ、私の日常に強いられているのであり、加えて老耄も致し方なく、やすみやすみ生ているが、私には、幸いに気力、意欲、ことにまだ体力がすこしでも残って居て、妻との買いものでも「重い荷」を持ち帰れるし、ヘルメットをかぶり、要心して跨げさえすれば自転車は苦もなく小一時間でも走ってれる。幸い西東京下保谷は、閑散と静かなので。
* 欲しいのは妻の手助け。「嫁・姑・小姑}が難儀らしいのは、京で昔の「母・おば」とでも見てきたし、他にも多々内輪もめを聞いてはいたが、それでも「嫁」サンがいて呉れたらなと私自身は内心歎くことは有る。よく有る。ま、「家庭の健やかな無事の維持」は、ほとほと難しいしいことと、いかにも承知。
○ ハナミズキがもう咲いています。
「薔薇の名前」 大昔に映画館で見た気がします。たぶん読んではいないと。映像にかすかな記憶があります。荒野を二人が歩いてくる、といった感じの。何もかもが曖昧になっています。たいして困りもしませんが、肝心なことは抜け落ちて残っているのがその程度です。
友人が面白いからと貸してくれたミステリーがとんでもなく凄まじいもので、読み終えてホットしているところです。死ぬのは一人ぐらい、まともな方法でとか。
「このやさしき大地」という ミシシッピ川をくだる物語を読んでいます。
今日は、寒くて、まだダウンを着ています。家の中でも。
転ばないように。八十歳代は立っているだけで転ぶのだそう。 柚
* 四月ではあろうが、何日を生きているのか、しかと分かってない。頼りない。
2023 4/13
○ 今回の私の本を、母方所縁の地である長崎県立図書館に厚かましく送りましたところ、長崎県の郷土資料センターのほうにも一冊送ってほしいとの依頼が来て驚いています。長崎県関係者や、長崎県関連の内容の書籍を集めているようです。そこで、みづうみの『親指のマリア』も送らせていただこうと思っています。以前に湖の本で十組ほどいただいたことがありますので、これはと思う方に差し上げているのです。「山瀬ひとみ」は在野の「秦恒平文学の紹介者」でもあります。
さて、介護サービスの件ですが、私の母など、元気な子どもと同居であっても最初から要支援認定を受けることができましたし、その後<
要介護度がどんどん上がっていきました。介護保険とは、高齢者の寝たきり予防のシステムでもあるはずです。私の住む港区が東京でも有数の財政豊かな地区のせいで行き届いているのかもしれませんが、それでも保谷、西東京市が予算不足で高齢者への行政サービスを全くしないとは思えません。みづうみご夫妻が何も援助を受けられないとは思いにくいのです。
みづうみご夫妻は介護認定において非該当にあたると判断されてしまったのでしょうか。それは、自立している立派な高齢者と認められた、ある意味で理想的高齢者ライフスタイルではありますが、私としては上手に、日常生活に支障があることを大袈裟に強調していただきたかったです。
みづうみご夫妻が要支援認定すら受けられないとしても、地域包括支援センターに電話していただくと、さまざまな高齢者サービスはあるはずです。区の広報などご覧になったことはおありですか。
すべてダメであるなら、もう建日子さんの介入しかありません。息子さんから市に、こんな大変な状態ですと訴えて、何かの支援を受けるのです。高齢の親は、どうしても実際より大丈夫と言いがちなので、子どもから窮状を説明してもらう方法です。あるいは、建日子さん自らがご両親の日常生活のサポート体制を整えられることです。
みづうみご夫妻は、建日子さんに頼りになりたくないから、ここまで頑張っていらしたのでしょう。みづうみご自身は秦のご両親と叔母さまをお世話していらしたのに、息子さんにはそれを求めたくない。子どもを頼るようになると、安心してボケたり依頼心の塊のわがままになったり(母のことでもあり)の高齢者になるというのも一面の真実なので、期せずして建日子さんは親孝行なさっているという見方も可能かもしれませんが、あと何年この「見て見ぬふり」状態が続けられるでしょうか。介入が遅れれば遅れるほどご自身の負担も大きくなるので、建日子さんが将来後悔なさいませんようにと願っています。
辛口なことを書いてごめんなさい。
>あとあとを真剣に語らい合い肩の荷を下ろしたいとコッチは痛いほど本気で願ってたが、建日子も妻も、テンでその気が無くて「おハナシ」にならない。トーサンの好きにすればいいと。肩の荷は、情けなく、何一つ軽くはシテ貰えない。 >
わたくしには意味のわからない文面でございますが、著作権についてのことでしたら、早く手続きをなさってくださいますよう 切にお願い申し上げます。法律素人の申すことなのですが、とりあえずは、みづうみが日付記入、署名捺印、封をした書面にして奥さまと息子さんにお預けになればよろしいかと。さらに法的効力を求めるならば、専門家にご相談いただいて真剣にご検討いただきたく思います。
昨日の北朝鮮ミサイル・アラートには驚きました。ミサイルにではなく、そのやり方にです。憲法改正に向けての世論喚起の目的であったと推測しますが、そのために、ミサイルの軌道も落下位置も予測できず 迎撃など夢のまた夢の、日本の脆弱な国防レベルを白日の下にさらすのは愚策としか言いようがないと、軍事素人の私でさえ思いました。こんなことで日本大丈夫かと、ものすごく不機嫌になりました。
わが家の猫は緊急地震速報は大嫌いでうろうろするのに、このアラートはまったく無視していましたがなかなか賢い姫です。
一昨日は風が強くてよろけそうになるほどでした。足が弱い方は転倒したかもしれません。黄砂が飛んできているのも納得です。春の嵐は歓迎できません。どうかどうかご無事で、少しでもお元気にお過ごしくださいますように。
まったくの夢物語ですが、もしみづうみが 実在の誰かさんらしきかたちを借りた絵空事の何か、みづうみの心象風景で、一度でよいから、短くてよいから読ませていただきたいと。
それ以外にも「私語の刻」以前のみづうみの日記も、創作ノートも、将来的には書籍化していただきたいと思います。「読者は絶対に読みたい」でしょう。 春は、あけぼの
* むずかしいことを仰る。「刺戟して目覚めさせねば」と思われているのかも。感謝。
○ 秦 恒平君 姉名宛のお便り感動致しました。 嬉しい!。
「歯なく はかなく 」 締めの言葉 に 先ずは大笑い、センスあるなぁ。
どうか拗ねないで下さい。こちらも、有り体に言えばまずまず。 細かく言い出したらきりがない程 身体の不自由に見舞われる毎日です。まあこんな歳までよくぞ生き延びたものと呆れ返る気分。
「ギチギチに中身の濃く詰まった」読書、とても真似出来ないなあ。
そう言えば映画をよくご覧になっている様子、映画館で大きな画像に親しんだ気分が抜けなくて、家のTVの小さな画像で観るのは余程の時、歌舞伎座もしばし御無沙汰です。
読書も家の書棚の本の再読繰り返し、「田辺 元、野上弥生子往復書簡」など。最近の出版物は殆ど興味が持てません。湖の本 は 愉しみに拝読しています。 有り難う御座います。どうかお元気で続けて頂きます様に。 半田 美学藝術学の先輩
◎ 湖の本 楽しく、感慨深く、拝読致しました。
先ずは懐かしい名前の羅列、入学当時私にとっては聞きそめに等しい「美学」という学科の講義、夢中で聴き惚れたものでした。貴君の驚くほど細部の記憶、読み進む程に懐かしさ倍増、何度も読み返しています。
それにしても恐るべき記憶力ですね。とても「やそひち爺」とは思えない。
園(頼三)、金田(民夫)両教授、もうひとかた中川(一正)教授も。 懐かしい恩師です。土居次義先生の案内で、市内各寺各社の名作襖絵など様々鑑賞した事も「寶」のような思い出。
重森孝子さん他、「ハーちゃん」と呼ぶ「おっさん」だか「おばさん」も居ましたね。どうしておられるのか。
私同期の上村宏君も 兄上の文化勲章受賞前に旅立ってしまいました。
そうそうゲーテ君のお父上の名は 三玲(ミレー)様。
あの頃の京都、結構尖った街ででもありましたよね。「左翼に非ずんば人に非す」の時代。古都というよりは学者、学生の街という感じでもありました。フランス映画の二本立て、三本立てを愉しんだり。
旅立つ前にもう一度学生時代に戻らせて頂いた気分、嬉しいです。
御体調如何でしょう。御夫婦お揃い、本当に羨ましい。 とても貴重なことです。
どうか呉々も日々御大切に お元気でいらして下さい。 久 拝 専攻先輩
* とにもかくにも、気を確かに生き続けて創り続けてゆくまでのこと。いまさら世に出張って発言したり行動したりは出来ないし其の気は元々無い。成ろうならこの現在と、無限大の過去世からの種々「文化」の恵みを、老体の栄養に、よくよく味わい食したいまで。
2023 4/14
* つくづくと、政情、世情、現状、因循姑息、沈滞しつつ腐敗して行く感じに、滅入る。自身野言葉を持たずペーパーを頼ってボソボソとしか喋れない総理の、なにもかも「閣議決定」で強行もにげきりもしてのけね陰険総理。爆発物を投げつけて震えるタマではない。だれがこうしたか。我々国民である。日本国民は何処から観ても、逆立ちして見直しても、愚民である、私も含めて。社会党を徹底的に自壊してテンと恥じなかった土井たか子の愚行を私は憶えている。その愚を継いだ小娘党首主も輪を掛けてグレていた。野党の枯れ果てた民主政治なんて在るものか。今の野党は、われもわれも与党の内と思い込んでいる、いまや共産党すらも。
こんな今日に、こんな朝メールをもらうと、夢の世と想われ、もう一度寝入りたくなる。
○ 鯉のぼりの泳ぐ五月も間もなくですね。田舎はまだそういう風景がみられ、幸いです。お雛様を片付け、入れ替わりに五月人形の段飾りを作りました。夜見ると、武者飾りはちょっとこわいですね。
外出は疲れますが、読書も、続くとお疲れになるでしょう。
このところ運転ばかりの毎日を送っていましたが、かなり元気にしていました。
娘はコペンハーゲンに無事戻り、ホッとしています。
何があるかわからない時代になりましたね。
今日(=昨日)の雨は感謝です。黄砂が少しおさまりますね。
庭の躑躅、シャガ、スズランまで咲き出しました。
速い季節の移り方です。 誰にもわからない明日がきます。 明日もきっとみんな元気だと思います。 那珂
* きれいに洗った視野と視線が光って想われる。
2023 4/16
○ 秦先生 お返事大変遅くなりました。 新年度で仕事も変化があり、子供たちも学年が上がりと、何かと慌ただしい日々を送っています。
先生、無理なさらず、お身体お大事になさってください。何よりお身体第一です!
季節の変わり目は、体調を整えるのも難しいので、お元気なときにお会いできるのを楽しみにしております。また、5月頃にご連絡させていただきますね。為我井さんもとても楽しみにしていました。彼女にも久しく会っていないので、そちらもあわせて楽しみにしております。
くれぐれも、ご無理なさらず… 麻紀
○ いかがお過ごしでしょうか。桜を楽しむ余裕なく、肥後すみれの地面に散る花吹雪が一面の薄いピンクになったのが、今年の桜の日々でした。
孫の四十度の発熱が三回もあり、インフルエンザ。座薬も効果なく、抗生物質で漸く落ち着きました。仕事で抜けられない娘に代わって何とか切り抜けましたが、わたし自身もリンパ腺やら調子良いとは言えません。
長いメールを書きたいけれど、今はここまで。
どうぞ元気でありますように。 尾張の鳶
2023 4/17
* 気が沈んで、弱みになっている。それと分かっていて、躰の芯にちからなく、励みがない。すてきなメールでも来ればありがたいが。
2023 4/18
* 前夜寝がけに利尿薬・浮腫どめを服した。ほぼ正確に90分ごに尿意に起こされたが睡眠は妨げなかった。正六時に起床。
要は、機械の不都合に悩まされているのを、「いいさ、勝手にしろ」と放り投げてでも、したい、すべき、「創作」等の要事に向き合うだけ。沈みがちな気分を躱し躱し、出来ることを出来して、「天来の救援」を待つあるのみ。。
* 疲労のママに無何かと気ぜわしく、妻の用向きで厚生病院へ自転車で走ったり、「ホームページ」復旧切願にかかわるメール往来等の心労のまま、混乱したアタマで気分も作業も右往し左往し、頓首のていたらく、ただもうどう為すか成るのか見極めがつかない。ただただ疲れる。
* 神戸に教職の鷲津仁志君(東工大卒)が、五月連休を利して上京来宅、「すべて調整」しましょうと。 感謝も感激も天に昇る有り難さだが、神戸と下保谷と、この距離を思うと身が縮まる。息もつまり、身の置き所もないほど。しかしームページ復活すれば、それはそれは有難く嬉しい。ウーン。ウーム。
* 京、山科の石川万左子さん(菅原万左の一人)「神宗」特製の塩昆布二種二袋、戴く。かねがね、美味い「塩昆布」は京大阪だやなあと切に感じていただけに、思わず手に戴いて頭を下げた。感謝。
* 耄碌の自覚に拍車。何が何して何とやら、あたふたと脳裏杜撰。
2023 4/19
○ お大事に
17日のメールに「危機とも謂える不安を何としても凌ぎたいと願う日々」とあり、鴉と廸子様お二人のことが気に懸かります。いかがお過ごしでしょうか。
まだ四月というのに早や夏日とか。花粉症の時機こそ過ぎたにしても、これからの暑さが思いやられます。
こちらは漸く孫が保育園に通えるようになって、一息ついたところです。家事から解放されたいところですが、以前より多い家事をこなして、細切れの時間を紡ぎだしています。
器械に向かう時間が貴重です。
鴉に宛てて書いた自分のメールを読み返しています、相当な分量があり、よくぞこれだけ書いたとも半ば感想をもち、同時に意識して自分の一部を取り出すような「覚悟」もして書き続けてきたと改めて思いました。
それでも更に頑なに何処かで自分を守っている歯痒さのようなものに気づかされます。「まだまだ手の着いていない新しい意欲があるでしょう」というあなたの「挑発」? わたしに何ができるだろうかと考えます。
くれぐれもお身体大切に、大事に。春の日を楽しんでください。 尾張の鳶
* いまぶん、「楽しむ」という余裕がもてず、切羽詰まったような健康の不安を乗り切るしかない自身の立ちザマを意識しています。乗りきるしかない。
○ お元気ですか、みづうみ。
資料についてのお返事が遅くなり申し訳ございません。じつは、どこまでお預かりして良いものか悶々と悩んでいました。
その上で、みづうみがお探しになるのが大変にならない範囲でお借りすることが叶いますなら、
<日誌ノート><多年にわたる全「手帳」日誌 「原稿に類する書き置き>の中で
みづうみがホームページを始められた頃、1998年から、ペンクラブ電子文藝館をご退任2007年を経て、高村光太郎の掲載問題に至る2009年、そして2015年くらいまでが希望です。「全受来信」はお手紙のやりとりかと思いますが、これは今回はいりません。
本来は、「すべて」必用で、その「膨大」なものをお預かりして年代順に電子化やコピーするなどして正しく整理、管理すべきですが、その能力と体力があけぼのにはなく、気力だけでは出来ません。
将来的には、何が何でも秦恒平文学館を創り、膨大な資料をすべて維持管理して、後世の研究者たちに公開していく必用がありましょう。私が何より怖れているのは資料の散逸です。建日子さんに覚悟していただくしかないと、身勝手ながら祈るような気持ちです。
今回お願いした資料の量はどのくらいになりますでしょうか。私程度の書斎、書棚でも紙と本に溢れておりますので、場所の確保問題が最優先です。容量的に無理な場合は、少しずつお借りしてお戻ししてという方法を考えます。またお送りいただける場合には、必ず在宅していたいので、数日前にあらかじめ日程をお知らせいただければと思います。
モーツァルトの作品目録を作成したケッヘルがいなければ、モーツァルトの作品の多くが散逸していたと言われています。ケッヘルは大秀才でしたし、名家の出身でおそらく財力もありました。足元にも及ばぬわたくしですが、それでもあと十五歳若ければ秦恒平文学資料管理に、取り組むことが出来たかもしれません。今書いているものを仕上げるだけでも命がけで、今となっては無理です。お預かりした日誌、手帳等は可能な限りデータ化し、みづうみのご許可があればいずれ何かのかたちで、理想的には出版というかたちで公開も視野にいれたいと考えます。お忙しいみづうみではなく、管理者がする仕事としてです。
わたくしは、自分のやりたい、やるべき仕事がある日々を幸せだと思います。とくに何をしたいということのない人たちが。世間には案外たくさんいるようですので。
春らしい一日です。花も楽しみですが、新緑の清流に目の洗われる心地です。どうぞ佳き一日をお過ごしください。 春は、あけぼの
* 感謝を伝えますしか、いま気力、体力、奮発力がともすると不健康に萎えようとしている。宜しく無い。
○ 秦迪子 様
お世話になっております,鷲津です.
お言葉ありがとうございます.
いえいえ,秦先生には何十年もお世話になっておりますので,私に出来ることがあればというつもりであります.
貴重な情報ありがとうございます.状況が,大変良くわかりました.
対応策を考えましたので,5月までお待ちいただけますと幸いであります.
宜しくお願い申し上げます. 鷲津 神戸 大學教授 東工大院卒
* 嬉しい頼もしいことに、五月連休、はるばる我が家ヘまで見え、私のために「ホームページ」設営に力を貸しましょうと。感謝、感謝、感謝。
2023 4/20
○ お元気ですか、みづうみ。
みづうみは以前「現代詩」はよくわからない、「詩」には手を出さないと書いていらっしゃいませんでしたか? 驚いています。
昭和三十六年、二十代で素晴らしい詩を書いていらしたとは大発見。初めて知りました。秦青年は中原中也のような生粋の詩人でもいらした。本当にあらゆる文藝ジャンルを悠々と泳がれる。充分存じてはいましたが、あらためて畏れ入りました。新しい湖の本に、是非未発表の詩歌集をと願います。湧き出るように「今・此処」の詩もお書きください。
にしても、お疲れで 「日々」「行き着くところへ来ているのかなと覚悟しています。」とは。
わたくしは生きた心地がしません。自分が医者でないことをこれほど腹立たしく思ったことはありません。お願いですから、病院にいらしてください。そのお時間も惜しいと思われるかもしれませんし、とっくの昔に病院に行かないでと決めていらしたのも知っていますけれど、母は大病しても現代医学で度々乗り切っています。受診という選択肢もどうかもう一度お考えになってください。次のお仕事のためにも。
昨年より一か月も早くツバメが飛来しました。ヒナの誕生と巣立ちを今年も見守り、みづうみにご報告したいと思っています。 もう 夏は、よる ですね
2023 4/21
* 鷲津君ともメール交換あり。宿のこと気がかり。
2023 4/24
* 奈良五條市の永栄啓伸さん、まことに立派な大冊『秦恒平 愛と怨念の幻想』(和泉書院)上梓、早速、送って来て下さる。感謝に堪えない。即、御礼申し上げた。
原善氏の『秦恒平の文學 夢のまた夢』 山瀬ひとみ『読者の仕事』につぐ三冊目の「秦恒平論」である。
2023 4/25
○ お元気ですか、みづうみ。
永栄啓伸さまからは、本(山瀬ひとみ『読者の仕事』)をお送りした際のお手紙で「近く秦恒平についての本(=『秦恒平 愛と怨念の幻想』和泉書院)が出る予定です。お届けさせていただきます。」と書いていただいておりました。楽しみにお待ちしたいと思います。原善先生の本(=『秦恒平の文學 夢のまた夢』)は持っております。
この数日のみづうみからのメールを拝読し、深いお疲れを感じて心配しています。せめて三日くらい、何もしないで寝ている、ぼーっとお過ごしになることがお出来になればと思いますが、動いていないと倒れる自転車のように必死に漕いでいらっしゃる。そうせずにはいられない種族であることは重々承知していますが、一生に一度くらいは凡人の日常をご経験いただいてもよいのでは……。凡人とは何もしない一日を過ごす才能に恵まれた人間を云うのかもしれません。
今週末から大型連休です。コロナ蟄居の反動でどこもかしこも大変な人出になるでしょう。出歩かない方がよいようです。わたくしは毎年この時期に年末大掃除の代りをすることにしています。暖房も冷房も不要な過ごしやすい季節に、エアコン掃除ふくめて水回りなど少しだけ念入りに行います。そして最初の一日で疲労困憊して尻すぼみに終わるわけです。
みづうみのお休みは、鷲津、柳、両卒業生のご健闘が実を結び、みづうみのホームページの復活されますことを ひたすら念じ願っております。
みづうみ、無理にでもお休みになりますように。お元気でいらしてください。お願いです。 春は、あけぼの
2023 4/26
○ 問安をいただき、痛み入りました。この歳になれば、不自由の忍び方も共通するでしょう。お互いに最善の生き方ができますよう、平安をお祈りいたします。
ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』のページを繙いておられる由。恐れ入りました。
私は未読です。今後も読めそうにもありません。昨夏以来、論文の類いを二つ書き(研究が必要です)、二つの学術書の書評を書き、五つの講演を行いました。今年に入ってからは、ICU同窓会主催講演+トークがオンラインでありました。その講演の中で、ICUの卒業生で、日本の敗戦の意味を無にするような、一人の自民党議員(自民党女性局長と、大臣などを経験)と一人の政治評論家(安倍内閣の顧問でした)の無責任な言動を批判しました。そのような人々はICU在学中は口をつぐんで、周囲との対話を拒否していたようです。
今日はイザヤ書注解の第一分冊が送られてきました。感想を書き送ることが期待されています。絶え間なくこの種の本が届きます。なかなか自分の時間が持てません。しかし、気ぜわしいのは寝込んでいるよりはずっとマシでしょう。
ありがとうございました。 ICU教授
2023 4/27
○ 鴉、お大事に 御身大切に。
顕著なボケの不注意が「露呈」して来ました。 店仕舞いを急ぎますかね。…と書か
れていますが…ボケではありませんよ。
いいえ、店じまいを急がないで。 尾張の鳶
2023 4/28
○ 鴉、お大事に。お身、大切に。
顕著なボケの不注意が「露呈」して来ました。 店仕舞いを急ぎますかね。…と書かれていますが…ボケではありませんよ。
いいえ。店じまいを急がないで。 尾張の鳶
○ お元気ですか、みづうみ。
完璧を求めるみづうみには許し難い出来事であったのかもしれませんが、あけぼのは昔からその程度のミスはしょっちゅうでした。不注意が許されない職業は医療関係者くらいで、死ぬわけじゃありませんし、日にちのミスなどは本質的な問題ではないのでドンマイ。今回のようなミスは、みづうみのご視力の問題によるものでしょう。
ご提案ですが、もしみづうみがお嫌でなければあけぼのが校正のお手伝いをいたしましょうか。校閲する実力はありませんが、一般的な校正、誤変換などのミスを探す校正であれば少しお役に立てるかもしれません。毎月二件ほど議事録を読んで訂正していますが、新聞部出身者には負けていますので、エラそうなことは言えませんけれど。初校段階でも再校でも、ゲラをお送りいただければご対応できるのではないかと思います。
湖の本を読み続けたい読者のわがままと云えばそれまでですが、「店仕舞い」を急ぐより、書いていない他人の目で校正することが大切かと思います。今まで、編集者なしですべてお一人でやっていらしたこと自体が、超人的なことでした。
今日からゴールデンウイークですが、外出予定は一度だけでいつものように過ごします。湖の本の発送作業どうかごゆっくりと。ご無理なさいませんように。 春は、あけぼの
* 感謝に堪えません。
2023 4/29
* 望月太左衛さん、五月の節句に寄せた贈り物をいろいろに戴く。気働きのじつに美しいまで精緻な人、いつも感嘆、感謝。金澤でのお仕事から、棒茶に菓子も添えて。
2023 5/1
* 進上祝意 柳博通君 今日、お誕生日おめでとう。 きみらしく。はんなりと 堅実に。心身の健康を心より願います。 ハタ センセイ
* 今日 午過ぎに 神戸から 鷲津君が下保谷の我が家まで、機械(パソコン)環境を一新・創設すべく来て呉れます。感謝と恐懼にたえず。これにも柳君のはからいなど在ったろうことと、感謝しています。 秦 恒平
* 約束のあったとおり、昼過ぎには、わたしの{東工大教授}時代の卒業生、鷲津仁志君、わざわざに、神戸から、西東京市下保谷の我が家まではるばる訪れ呉れまして、此の、故障がちに危険極まった「機械環境の徹底改善ないし断然新設」を計って、この放埒乱雑の部屋で「作業」して呉れますと。
感謝に堪えない、息を詰めるほどの感謝と期待とで待望の午後を待つべく、機械席周辺をかつがつ片付けたが、イヤ、すさまじい部屋ではあるよ。
* にしても、今朝の機械作動で、なんと今朝の「私語」、無かったはずが無いのに全部失せて保存できていない。どうもこうもなく、首を傾げ、惘れ愕き歎くのほか無いとは。
2023 5/3
* 昨日についで今朝は十時過ぎ我が家へ再来訪、新機械「設置作業」を続けてくれる。午後の速くには、わが櫻小次郎こと東工大院卒建築家の柳君も訪れてくれ、嬉しい心強い時が持てた。感嘆の時がもてると。どうか私の、私たち夫婦に體疲労つのることなく、快い時間が懐かしく楽しめますように願っていた。
とにもかくにも、二人の元学生君らは、あれから四半世紀に増す社会人、鷲津君は大学教授、小次郎クンは竹中でベテランの大建築設計/施工者。わたしは、やそしち歳もの老作家。「めでたし」と、心より喜んで佳いだろう。
* とはいえ、新設機械での私専用ホ-ムページ「開設」「始動」には、相当な長時間がかかり、難しそうで、私には理解浸透とはゆかない。
ちゃん「仕上がりました」らしい、が「機械バカ」の私自身ではまだ指一本の試働も始動も出来ていないまま、
夕方になったので、そこで作業は終え、徒歩、三人で寿司の「和かな」まで。だが、私、ただもう疲労困憊と強硬な腰痛、背痛前傾で、杖つきながら前へ仆れかけること甚だしく、柳君の腕に掴まって、辛うじて転倒はせぬまま、「和かな」へ転げ込む。
歓談、そして酒肴。鷲津君は汽車の時間だろう先に見送り、柳君と二人、更に歓談のあと、タクシーをよんでもらい、帰宅、柳君は自転車で帰っていった、が、無事で有りますようにと、気の利かない祈りを「自転車での帰路」へ祈った。
* で、さて新しい機械クンへの順応は。 先行していた機械と新機械との連携は。
私、分かってない。指一本も付けられないほどの疲労。 明日に、明日以降に希望を持ちたい、この前機と今回設定設置の新機との無事の連繋が、ともあれ当座ゼッタイに必要。わたしに、それが励行、確認可能か。ただただ、なお不安。
今、十時過ぎ、休む。妻も、我が家には何十年希有の「来客」で体調をつよく崩し、床に就いている。
* じつに「大仕事」だった、「ただ傍観していただけなのに。疲れた。
2023 5/4
* さて新設定された大きな新しいコンピュータとの、佳い馴染みを、わたくしの衰えた頭脳と認知力とでどう、得られて行くのか。心配。
○ 鴉は いかがお過ごしでしょうか。
庭の薔薇が見事に咲いています。
連休後半の混雑も関係なく過ごしています。静かに、と書きたいところですが、三歳児(=孫ちゃん)相手ではそうもいきません。
さまざまなものを読み直しています。
お元気でありますよう、繰り返し繰り返し願っています。 尾張の鳶
○ 鷲津です. 昨日は,無事お帰りになられたと柳さんから聞きまして 安心いたしました.お寿司ありがとうございます.遠慮なく頂戴してしまいましたが,大変失礼いたしました.
奥様も,二日連続で伺ったため,お疲れになられたのではないかと拝察いたします.
お大事になさってください.
また出張の際に伺えますので,お困りの際はお教えください.読者ほか皆々様に新しい「私語の刻」が伝わりますよう,楽しみにしております. 鷲
取り急ぎ,失礼いたします.
* さて昨日2023/05/05 東工大卒の鷲津・柳両君に設定してもらった新しいパソコンが私の手で、順調に作動してくれるか。結果的には私の手に負えないまま神戸へ帰っている鷲津君に報告。その連繋で急遽連休中の東京の柳君が駆けつけてくれ、鷲津君との電話も加わりながら再度設定調整があり、柳君は、最後には作動/作業手順を二枚の紙に簡明に箇条書きして呉れた。それに従い柳君に教わりながら機械的に実習しその通りに機械が働き始めて呉れるのを確認、感謝感激の間々、懐かしい東工大時代など歓談、彼は運転の車で帰っていった。
* さて、一旦休息のアト、箇条書き通りに遣ってみて、扨て、なかなか自在とは往かなかった、立ち止まり立ち往生し、もう今晩はと断念し、疲れも加わっていたので寝入ると決めた。
さてさて私が「ハタラジオ店」の父を「継いであげられなかった」のは、ドダイ「失格」の私は絵に描いたほどの「機械ばか」と痛感せざるを得ない。
* ところがそこへ、一人の親しい読者友人がメールで、「ホームページが回復していて嬉しい」と。
エエッと仰天、しかし私が私の新しい機械画面を開いて認知する「能」が無い。遠くの読者が読めたとは、と、妻の機械で実見してもらうと、ナンと『秦恒平の文学と生活』なるホームページ、画面に「改善・復帰」していた、つまりは東工大卒業生生君らは、あッたり前に故障ホームページを回復改善してくれていて、当の使用者ボケた作家の「秦恒平」だけが、理解も技術も確保し得ていないダケだった。
情けないよ。そしてもう床に就き、五月五日今日只今は「お手上げ」のまま終えるとした。
此の記事は、「従來の舊機械画面」で在来の日録・私語のままである。
2023 5/5
〇 ホームページ復旧なさったのですね。おめでとうございます! 嬉しいです。
「疲労困憊」とはうかがっていましたが、それでも尚 お仕事に励まれているご様子 などうかがえて、少し安心いたしました。
昨日は、父八九歳の誕生日。父も母も、大きな病気もなく、好きなこともモノもあり、元気でいてくれるのは、娘として何よりの幸せです。七月ころには帰省もできればと思っています。
昨日今日と初夏のような陽気で、海に入って遊んでいる人さえいましたが、来週は三月並みの寒さに戻るとか。お体くれぐれもお大切になさってください。 市川
* さて、いまだ立ち往生、と謂うより私の「会得不全」ですんなり活躍して貰えない「新設定パソコン」に慣れ馴染み、世界・世間へ私の自力/自前で「私語の刻」が送り出せるようにならねば。
出来るかなあ。やってみる、遣りづける。それです。
* まだまだ、新機械への「移行には難問題」有り。舊機械でならすらら書ける文章が新機械では馴染まない。慣れないと謂うことだろうが、この舊機械は まだまだとても手離せない。それが分かった。
独りでは新機械をワンコース遂げることがなかなか出来なくて、妻にそばで支援/助言されながら、九時半、へとへと。もう階下へ「脱落」する。
2023 5/6
* 元東京大学綜合図書館司書をひさしくつとめられた浦また野都志子さん、連綿と研究を続けてこられた『黒河春村傳』の、古典研究会編誌「汲古」所載、「再考 その典拠資料」また同じく「『歴代残闕日記』について」さらには「書状研究会」機関誌所載の『伴信友宛黒河春村書状について』の精緻な論攷を頂戴した。さらにそれに副えて浦野さん、なんと九種の諸国名産のお菓子を多彩に頂戴した。東京三原堂の「最中」と「チョコレート」 北海道の「黒糖・くるみ・きな粉」 長野県の「市田柿・みすず氷飴」 富山県の「干菓子 薄氷」 京都の「丹波のそば」 島根県の「金ごまいわし」 静岡県の「釜揚しらす 御茶」 大阪の「にしん昆布」 と、もじどおり目を丸くして感謝、感謝。
コワイほどな硬球と、柔らかなゴムまりとを投げて戴いた感じ。
2023 5/7
〇 雨にアジサイのつぼみがふくらんできました。季節の移ろいが年ごとに早くなるようですが、先生も奥様も、お変わりなくお過ごしでいらっしゃいますか?
「湖の本」162、嬉しく拝受いたしました。ありがとうございました。
18頁の附記 ああ、ほんとうに、秦先生はすでにこのときから秦先生だったの
ですね。
東工大余話 大変面白く拝読しました。わけても、前半の設問への回答には興
味深いものがありました。
124頁から126頁にかけて。153頁から154頁にかけて。 最も印象深く拝
読いたしました。
コロナへの対応が明日から変わるそうですが、変わらず用心に越したことはないので
しょう。どうぞ、おふたりお体ご自愛くださいまして、佳い日々をお過ごしくださいますよう。 岐阜 都
2023 5/7
〇 秦先生 体調いかがでしょうか。久しぶりの来客を3日連続でしたので お疲れになったのではないでしょうか。ご無理なされぬようお願いします。
さて ホームページの更新いかがでしょうか。
5/6の記載が増えていますので 方法はなんとか分かっていただいたのではないか、と思っていますが、何かあれば連絡ください。 柳
* 新機械でのホームページ展開は、出来ていません。今。感じていること。
① 大画面がピカピカの真っ白で、眩しさに疲労し「失明」にちかく字が読みにくく。
② 四半世紀も「ひらかな」打ちで創作し、作文してきましたが、今度の機械は「ローマ字」打ち。これは、ひらかな漢字で日本語・日本文を発想・着想・推敲している者には致命的で、とても日本語日本文での小説家、随想家がつとまりません、英字を拾っているうちに日本語で日本文を創意発想表現しているのが、アタマの内から散乱してしまいます。「櫻小次郎」 と「書く」のに、「sakura kojirou』と書いて変換を要していては、創作の気味はあたまから失せます。「ひらかな打ち」に移転・変更したいが 出来ないのです。 で、相変わらず「舊機」しか使えていません。
「新機」に電源が通って画面が出るのに、永く懸かるのに愕いています。「舊機」だと素早く画面が出ますのに。
と、とても「新機械」ではホームページまで距離が遠く、もっぱら妻が気ままにひねくり回して新機械をいろいろに探索していますが、私は、ほぼ断念しています。
現状 そんなところで、結局は機械清明を案じながらも「舊機」にしがみついている有様です。 柳君と 歓談できたのが 何より嬉しい収穫でした。
舊機、ひらかな打ちで、以上「この程度の量を書く」のは造作も無い。
ところが同文同量を『新機』ローマ字打ちでなら、たいへんな長時間を要します。しかも日本文で書いて行きながらの創意と想像力の参加や駆使が全然効かない。文章での創作家として半分死んでしまう。 「安定したひらかな打ち」への設定変更が可能なら、つよくつよく望まれます。 上、報告と愚痴です、許して下さい。 お元気で。怪我無くお過ごしあれ。 秦恒平
〇 秦先生 「ひらがな打ち」にするのは簡単ですので、また週末にうかがいます。
背景色も変え、画面輝度も下げるようにしましょう。
取り急ぎ。
今日は、群馬県の温泉で有名な磯部にて「仕事」です。 小次
* 身辺雑然、仕事を見失っては困る。いっとう困るのは機械の中の書き物の行方不明。で、90度角に舊・新の二機を配し、さらに45度位置に、早くに買い置きで遣ってもいた小さな機械を廃して、其処へ「舊機に全保存内容」をコピー移転した。消失しては取り返しつかず、「新機」がまだ稼働していない今、此の「小機」への全容保管はともあれ用心良く安心できると。
〇 ホームページ そうですね。やはり、五月四日までで途絶えています。作業の手順も書いてもらっているという事でしたら、落ち着いてもう一度だけ試してみては。それでもダメなようでしたら、色々して下さった元教え子さんに電話で教えてもらいながら操作してみるというのはいかがでしょうか。(私も以前、遠隔操作サービスというのを業者にしてもらって助かりました。)
元教え子さんの方でも、更新されないので、心配しているのではと思います。
今日は、熱海も一日雨に煙っていました。
コロナは五類になりますが、どうぞお気を付けて。明日からまた、 市川
2023 5/8
〇 やそしち兄上様
人々の交流が再開され、 新しいパソコン設定中のご様子、おめでとうございます!いい学生さんたちに恵まれて 本当に良かったですね。人生の出会いは 本当に不思議なものだと思います。
それにしても、小学1年生から古事記を読まれ、唱歌にも 日本語の美に魅せられていた「頭脳」と「こころ」に驚いています。
ローマ字変換など もってのほか!ですよね。
迪っちゃんの心臓の方も 今は大丈夫だそうで ほっとしています。
猫ちゃんたちの 隙あらば… の様子にほのぼのしています。2匹でいつも行動しているらしいところも…。
どうかくれぐれもお体を大切になさって お二人で長生きして下さいね!
いもうとより
* ありがとう。琉っちゃんもお幸せに。 恒
2023 5/11
〇 秦様 昔の学生様に感謝。拍手。私語の刻 読ませていただくことができました。ありがとうございます。
あどけない朝日子さんのお父様を見上げている写真から 始まり、開くことができました。何か 世界に繋がった気がしています。時々の世間への思いなど、が聞けます。考えさせていただくことができます。感謝です。
私は最近は、スマホを自分の独りよがりで興味のあるものだけ開く程度で、パソコンも、あまり開くことがなくなっていますので、私のPCと付き合いが、調子が悪いせいだと存じますが、私語の刻も4月12日以前は3月18日。と途切れます。途切れることが多かったり、読み返すことができなかったりしますが、随分以前に戻り、令和3年3月31日まで読むことができます。
報告までです。私のPCのご機嫌がわるいせいかもしれません。
最終は東工大での「秦教授」のお写真です。
最近の天候不順にはご最深のご留意をくださいますように。
お身体お大切にお大切にを一番で、お二人共々お過ごしください。 晴美 妻の学友
〇 秦恒平 さま 「新機」パソコンとの格闘、なかなか大変そうですね。拝読しながら「私もそんなこと よくある、ある」と思わずニヤリとしていまいました。
懐かしい歌唱、私もつい小声で口ずさんでいます。私が子どもの頃は、川田正子とか安田祥子姉妹などが人気でした。また、ラジオで「歌のおばさん」をよく聞いていました。 大学生の頃になると、早朝のラジオでロシア語講座を受講したものです。ドストエフスキーを原文で読みたかったのですが、途中で挫折してしまいました。
秦さまの「近況」を読み進めるうちに、次々に60年~70年も昔の事どもが蘇ってきます。ちょうど72、73年昔 私は疎開で陸前高田の気仙町に住んでいました。
目の前には巨大な楠があり、山鳩の巣には綺麗な青く小さい卵が5,6コありました。その裏山には、春になると見事なカタクリの花の群落が広がっていました。
あの東日本大震災・大海嘯で集落は壊滅しましたが、山々は何とか無事だったことと思っています。
今日も仙台は雲一つない晴天です。定禅寺通りや青葉通りの欅の若葉が眩しい季節、仙台が最も美しい季節です。
この季節にG7科学技術相会議が仙台の温泉地・秋保で開催されます。秋保方面は警備が厳しいようなので、その方面には行かないようにしています。
秦さま、相変わらず血圧が高いですね。降圧剤はお使いにならないのでしょうか?
どうぞお大切にお過ごしください。 惠
〇 10日余り鴉の様子わからず、お元気かと案じていました。
新機で平仮名打ちができないと嘆かれて。 早く解決するといいですね。何気ないことが心理的に大きな影響を与えます。わたしは機械ではローマ字打ち、携帯では平仮名打ちですが、あまり戸惑いもなく使っています。
機械の平仮名打ちの問題は、簡単に解決できると思います。
連休も何事ない日常のまま終わりました。京都の、あまりの人出など報じられていましたが、今は少し落ちついたでしょうか。
明るい晩春の日々、くれぐれもお大事に、新機に向かい旺盛にお仕事が進みますように。
尾張の鳶
2023 5/12
* 夜中、手洗いに起とうとして烈しく転倒、疊一枚ほどのパネルヒーターに片身から烈しく衝突。バネルに突起なく出血等の怪我は無く済んだが、肩や背や腰に一味が残った。この前に、用あって倚子に起ち大きく傾いて転落した。アレは危なかったが、今回は痛みが来た。やれやれ。封筒入りの「湖の本」を75冊詰めたダンバール箱を二日にわたり何度も何度も持ち運びできる腕力のあるのも我ながら不思議だが、痛くはあるが脚腰が未だ効いているということか。
気がかりは、視力。テレビにでる文字の殆どが能く読めない。一歩一歩一歩と「往生」の路を辿っているのだ。
〇 鴉に パネル一枚ほどの大きなヒーターに激突とは! 軽い痛みで終わって欲しいですが、現在は如何ですか?痛みますか?
本を入れたダンボール箱を運ぶのは重すぎます。段ボールを玄関に置いて本75冊を順
次持って行って箱詰めはできませんか?些か差し出がましいけれど・・。
昨日メールを送った時、まだHPが復活したと確認していませんでした。迂闊な事です。気づいて漸くHPを久々に読みましたが、何だか不思議な感じがします。もう一度ゆっくり読み直します。
今、長いメールが書けません。改めて書きます。
くれぐれもくれぐれもお身体大事に。 尾張の鳶
* ちゃんと「返事」を書いて送った気なのに、それが無い。見つからない。機械の操作もあやふやに麻呂を歩むことに成ってきたか。
2023 5/13
〇 秦さんへ メール 5月5日?10日の分をもう読ませて頂き ほんとうにありがたく うれしいです
日本唱歌 旅 泊 大和田建樹 聴きました パソコンがすぐ歌ってくれました うれしく有難いです
* 「新機」君 馴染むには かなり お時間がかゝると思いますが うらやましいです 「ひらがな打ち」も近々できそうかと。
奥様の ご経過本当に何よりです
今日は続きを書いて…と思っていましたところ 午前中に『湖.(うみ)の本 163 或る往生傳 掌説・拾遺』が到着、戴きました いつもいつも本当に有難く 厚く御礼申し上げます
「ある往生傳」 道明律師 武時夫妻 妙丸 何遍も読ませていただきます
どのお経よりも スッキリしております
視力 かなり霞んできておりますが 気をつけております
コロナは実質 まだまだだと思います 警戒を解除せず気をつけます
秦さん くれぐれもお大切にされてください
私も 頑張ります 勝田 chiba e-old
* こういうお便りを 何より嬉しく頂戴している。 「湖の本 163」届いていると確認。幾つかお便りが戴けるだろう。
〇 秦先生
Cc;柳様 鷲津です
3つのことを実現できると,先生の作業環境は良くなると思います.
(1) 画面が明るい点
こちらは「輝度」を下げると見やすくなります.
パソコン本体の問題ではなく,モニターの設定の問題です.
添付のマニュアルの7ページ,「コントロールボタン」を
押しながら設定していきます.
丸1で電源を入れたあと(多分これは既に入ってる),
丸2でオンスクリーンディスプレイの設定画面(8ページ)を出し,
丸4,5のボタンで「Picture」「Brightness」の設定を選びます.
選ぶボタンは丸2の「OK」です.
Brightness が輝度なので,これを下げると,見やすくなります.
(2) カナ入力
カナ入力については,
https://www.fmworld.net/cs/azbyclub/qanavi/jsp/qacontents.jsp?PID=7110-9315
このページの「操作手順」に従って,Windows10 の操作手順に従って
カナ入力にします.
「スタート」ボタン→「ATOK」→「ATOKツール」、または「ATOK 20xxツール」の
順にクリック
「プロパティ(環境設定)」をクリック
「入力・変換」タブをクリック
「設定項目」欄にある「基本」をクリック
「入力」欄にある「カナ入力」をクリック
「OK」ボタンをクリック
ただ,これだとログインするときのパスワード ****** を入力できませんので,
これを消してしまいましょう.
(3) パソコンの起動時に、パスワードの入力を省略する
https://www.fmworld.net/cs/azbyclub/qanavi/jsp/qacontents.jsp?PID=0410-8766
パスワードを省略したいユーザーアカウントでサインイン ***** でサインイン.
「スタート」ボタン→「設定」の順にクリック
「アカウント」をクリック
「サインインオプション」をクリック
「MicrosoftアカウントにWindows Helloサインインを要求する」のスイッチが
「オン」になっている場合は、クリックして「オフ」に切り替え
(オフになってると思いますが,念のため)
「スタート」ボタンの右にある検索欄をクリック
入力欄に netplwiz と入力
「最も一致する検索結果」にある、人のアイコンが表示されている「netplwiz」
をクリック
パスワードの入力を省略したいユーザー ***** をクリック
「ユーザーがこのコンピューターを使うには、ユーザー名とパスワードの入力が
必要」をクリックし、チェックを外します。
最期の(3)は難しいかもです.
でも,お急ぎにならずに,
柳さんに来ていただくのが早いかなと思います.
宜しくお願い申し上げます.
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秦先生,
お世話になっております,鷲津です.
先日は結構なものをお送りいただきまして
大変恐縮です.新しい環境でも先生が創作を
続けられるようにならなければ意味がないと
思っておりますが,あまりお疲れになられても
いけないのではとも思います.
来週,柳さんに作業していただいて,
まだ難しければ,今月末に小職が参ります.
ちょっと長丁場になりますが,すみませんが,
宜しくお願いいたします. 鷲津
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* ちょっと私の手に負いかねる。よほど「機械環境」とはかけ離れた「心と神経」とで、わたしは暮らしているか。
ま、じりじりと地を這うように「必要なあれこれ」をかきあつめながら、試み、心見て前へのめって出るしか無いらしい。鷲津君、柳君を煩わして、もう何日が経っているか。それでも、まだ私にはとても「新機」は使えない。せめて「舊機」の日録だけでも「新機」に正確に移動して、そして書き継ぎたいのだが。痒いところへは東工大出の秀才たちの手も、届いてくれない。いやいや私の判りが悪い。まだ「新機」はいわゆる「役」には立っていない。
2023 5/15
〇 秦 兄 有り難く頂戴した『湖の本』第163巻の「私語の刻」を前に あれこれ思っている。何よりも 兄が心身ともに相当疲れていると強く感じている。第163号は令和4年(2022)10月1日からの日付けだが、毎日の日付のほうは令和五年(2023)になっているから。恐らく疲労困憊で原稿の読み直しが億劫になってできなかったのだろう。
兄の性格を知る読み手が、大分疲れていたのだな、私語の日誌だから許されるのでは、と思ってくれれば、それでよしとしよう。否、我々の齢になれば良しとすべきである。
兄の読者のなかには、兄夫妻の私生活にまで踏み込んで忠告や助言をされる方もおられるようだが、私は物書きの兄と「日本語の乱れ」について語り合いたい。
私は「老人」や「田舎」まで差別用語だと目くじらを立てる一方で、「半端ない」などと気色のわるい日本語独自の助詞・助動詞や活用形の文法を無視した物言いや、次々に乱造されるカタカナ表示の、それも省略された文字というより符丁に対して 不満を感じている一人である。一時期、差別語の規制に抗して断筆を宣言して話題になった筒井康隆は、兄の大学の一年先輩ではなかったか。
「つんぼ桟敷」や「めくら判」まで使用禁止ということは即、我が国の文芸や芸能を否定することであり、日本の古来からの精神文化をないがしろにする暴挙であり暴力である。
「めくら」を盲目・めしい・目の不自由な人などと言い換えてみても 所詮は言葉の綾に過ぎず、対象そのものには何の変化も生じない。身障者の私に言わせれば、おっかないものに触れるごとく健常者が気を遣うことのほうに、却って差別感を覚えて不愉快なほどである。ましてや英語で a blind personやthe blindと言われて何とも思わない者は相当おめでたい人物である。普通の感覚なら言葉遊びの具になっているようで 却って腹立たしく思うだろう。
そう言えば銃殺された元総理(=東条英機か、安倍総理か)も言葉遊びが大好きな御仁だった。美辞麗句を無闇やたらと並べ立てて、兵器を防衛装具などと言い換えては悦に入っていた。
精神文化より物質文明が先行する国や社会に明るい未来はない。合理性や利便性のみを追い求め、全てのモノの価値判断をカネで量る経済最優先の現代人が多く、そんな不合理・不条理で理不尽なことに対して平然と無関心でいられる恐ろしさ。これも精神文化の衰退のなせる業であろう。
VIPの護衛や文化財の修復に多大の税金と時間をかけている一方では、ウクライナをはじめ世界の各地で多くの一般人が殺され、貴重で再生不可な文化遺産が破壊されている。
為政者を殺せば極刑に処されるのに反して、為政者の仕掛けた戦争で殺人を多くするほど称賛される世界は正気の沙汰ではなく、狂気(これも差別語でNG)の沙汰そのものだ。仮想敵国を防衛予算を増やす口実にして、福利厚生費予算を削減する為政者に政治家の資格などはない。
兄も「悪意の算術」として外交の必要性を強調しているが、私も全く同感である。16世紀のイギリスの詩人で外交官でもあったヘンリー・ウォットンも「外交官とは、ウソをつくために海外に派遣される正直な人間」と言っている。
平和外交こそが今の日本にいちばん求められるものだ。日本にいちばん近い隣国は4キロも離れていないロシアである。北方四島を日本に返してもらえば軍事基地は作らず、漁業中心の経済事業活動を日ロ共同で展開しようと持ち掛けて 約束すれば北方四島の日本復帰も可能だろうに、(= これは、ロシアに向けて、かなり甘い。)あろうことか (防衛予算を大幅に増やし死の商人國アメリカから古手の武器を言い値で買わされて) 軍事大国を目指すなどと戯けたことをアメリカの雑誌社のインタービューで口走っているリーダーは、ここまでくれば日本はおろか世界中の恥さらしや物笑いどころか、亡国を謀る国賊ではないか。
平和外交を怠り、一皮?けば、中・ロ・北朝鮮と同じ穴のムジナである武器大国アメリカ一辺倒の日本の政権与党は勿論、野党各党も似たり寄ったりで党利や私欲オンリーで国民の代表としては失格者揃いばかり。
世界で唯一の原爆被爆国の広島で、核兵器や原発廃絶を広島所縁の岸田総理が各国のリーダーに説得するのが当然なのに、世界の軍事大国になるなどとは何事ぞ、と、ここまでは、改めて私が言わずとも大方が呆れ且つ憤慨して言ったり書いたりしているが、所詮はそこまで止まりで、然らばこうする、という結論部が全くない。
そんな政権に憤慨して選挙になれば少しは変わるかと言えば、ますます投票率は下るばかり。その結果は国民の支持率が20%程度で政権交代もなく、大方の国民の信任を得たと得意顔の一党独裁の長期政権が相変わらず持続するという有様。
イエスだけの是認票にノーの否認票を加えた一人二票投票制度の新設を提唱している私案に対して、有能な政治家が落とされて、泡沫候補者が当選するから否認票に反対と、政治家が全員反対するのは当然としても、国民有権者が未だに反対することが私には不思議に思えてならない。
そもそも選挙が誰のためにあるのか、言うまでもなく選挙は政治家や一部の特権階級のために行なうのではなく、主権者の国民に代って代表を選ぶために行なうものだ、ということがほとんどの国民は認識していない。
考えれば分かることだが、事ここに至っても投票率が一向に上がらないのは、投票に値する有能な政治家がいないからではないのか。それに反して、銃殺の標的になるような政治家が毎回当選して悪政を続けているからではないのか。リンカーンの「投票用紙は弾丸よりも強し」の至言通りの投票が行なわれていないからこそ銃殺されたり、未遂事件が起こるのではないのか。
有能な政治家が落とされるから否認票に反対という政治家を有能と思うのは有権者の自由だが、有能な政治家なら法に触れても赦すとなると話は別である。
今の日本の政界には政治屋はいても政治家はいない。良識の府といわれた参議院は今は有象無象の溜まり場であり、衆参二院制を廃して一院制にという声も頷ける。
コロナ禍がかくも長引いた原因も含めて総括して、今後の一助にと奮闘しているが 生きものの政治が相手だけに手強い。
そんな次第で、一定のペースを保って長年にわたり出版をつづけている兄に大いなる敬意と畏怖の念を抱いている。
兄夫妻には労わり合いと健康で楽しい日々を過ごされるよう心から祈っています。冗文を最後まで有り難う。 京 洛北岩倉 辰
* 堂々の見識と、大方共鳴してやまない。堅実に健康でありますように。
〇 秦先生 ご報告ありがとうございます。
人生は巻き込み、巻き込まれですよ。
私のとりとめのない話で先生を巻き込んできたように、私の人生はとうの昔に先生に巻き込まれてしまっているので、それで全うするのみです。
下記、先生からいただいた内容は 鷲津さんとは情報共有しております。
とても簡単なことですので、 私が作業すれば、すぐ終わります。
が、先生のお身体をさらにお疲れさせるのは、本意ではございませんので、まずは落ち着いてからにしましょう。私が行くとテンション高めてしまうので、お疲れ増進必至ですから!
「旧機」は先生仕様によくカスタマイズされていたので、新しい機器をその仕様になじませていくだけです。
あまり、早計に「廃物」扱いせずに、気楽にやっていきましょう。 櫻
〇 今日は予報どおりの暑さ、午後からはTシャツに着替えました。
湖の本お送りいただきありがとうございます。前回お礼が遅くなったので早めにお伝えしなくてはと思いながら、この時間になりました。
お身体の調子はいかがでしょうか。
この頃は暦どおりの季節感もなくなりました。花も実もどんどん早くつくようで追いつきません。
体内時計も混乱気味? どうぞくれぐれもお大事になさってください。
ありがとうございました。 下関 碧
〇 湖の本頂きました。ありがとうございます。
秦様の精力的なご執筆に感歎しています。
162号が3月。2か月も経たずしてのご出版。封を開けるのももどかしい思いで、読ませていただきました。
初めの「或る往生傳」に引きずり込まれて。
息がつけない気持がして、メールをしています。
また、時をおかずしてたくさんの読者に,送本なさいました お二人のご苦労をねぎらいたいと存じます。本当にいつもありがとうございます。まずは感謝のメールです。
充分お疲れを癒してくださいますように。 練馬区 晴美 妻の親友
* 半田 さま ケア・マネージを頼もうと思いましたが、私の現状では頼まれてくれそうにないと分かりました。
ただただ寝入りに寝入って、疲れを躱しています二人ともに。呵々。笑い事では無いのですが。
ウンベルト・エーコという人の、ギチギチに中身の濃く詰まった大長編、映画にも成った『薔薇の名前』を、律儀に一字一行ずつ読み進んで、三分の二過ぎました。弱い視力をさらに痛めています、愚かしく。歳久しく繰り返し読んできた源氏物語だと 文庫本の十行もただ読むだけで 情趣にみたされた感銘が得られますが。
家内は 難しそうな西洋史を読んでいます。
玄関に、幕末の岸連山描く 墨の、『遠望富士』の大横軸を架けてみました。先日までは、久保飛呂志が昭和初めの、堂々と游ぐ一尾の『鯉』大横軸を眺めていました。 気持が小さく竦んでいじけませんようにと。
◎ 「やそしちよ」と 神も仏も呼びなさる 生返事して拗ねていますよ
歯なく はかなく 秦生
〇 お元気で と願いつつ。
ホームページが更新されていました。これで時空を遡って遊べます。
良かったですね。
秦さんは何て幸せな方なのでしょう。
「湖の本163」をありがとうございます。
『或る往生傅』は創作者人生の結語の一つであると共に、読者への楽しい近況報告としてありがたかったで。『趙岐』のつづきと響き合いながら楽しめました。
幸田露伴の「幻談」「連環記」のような 随筆? 小説? 不分明な妙なる語りをお待ちしております。
弱みを見せながらも弱音を吐かない秦さんの 更なるご健康を信じます。
「湖の本163」の「往時渺茫」は令和四年(2022)十月一日で起こされていましたが、中の表記は全部2023年になっていて時空を超えた不思議を味わえました。
秦恒平様 武蔵野の 野路
◎ 篤く感謝し 露伴の『幻談』にお触れのこと さすがぁと。有難く そして恐れ入ります 秦生
* 疲れを払いのけることは出来ないが、寝入ることは出来る。目が覚めて、また生きて行く、そのほかは考えない。
2023 5/16
〇 秦さんへ
「或る往生傳」をまた読もうと思って
思わず 秦さんのメールを開いてしまいました
あれっ 「湖の本」だった と気づいたのですが
5月10日 血圧 174ー74(88)にも気づきました ところが
9日 血圧 174ー74(88)
8日 血圧 174ー74(88)
7日 血圧 174ー74(88)
6日 血圧 174ー74(88)
5日 血圧 174ー74(88)にも気づき これは と、ほっとしたり それにしても 10日の数字が気になります
秦さん くれぐれもお大切にされてください
コロナは決して終わってはいません
私も気をつけて頑張ります 勝田e-old chiba 拝
▼ 勝田さん ご心配懸けました。實は、血圧測定を ずーっとサボっていました。
いま、久々に測りました。 130 (62) 72 でした。血圧の異様は最近は気づいて居ませんでした。おそらく只今測定の此の数値前後が、在来の平均値だろうかと感じます。
ゴメンナサイ、ご心配懸けました。胸を張って元気元気とも威張れない昨今の疲労ではありますが。
勝田さんもどうぞ、お大事に御怪我の有りませんよう。
そろそろ、街へ一度 出歩いてみたくなっていますが、ま、池袋が限度でしょうか。
世界も日本も グダグダと心地よくない近況です、が それだけに精神衛生は大切にと心がけます。
よみ・かき・讀書と創作。ま、それしか出来ない不器用者なんですが、 ご一緒に 何かうまいもんを食べに出たいです。 秦 生
* 高麗屋さんから、幸四郎が昼夜にがんばる七月歌舞伎や、松たか子主演舞台の魅力的な案内が来ている。久々のこと、観に出たいなあと、懐かしいまでに、思ってしまう。
お医者さんである勝田さんの言われるように、例の感染症。まだ油断なるまいと私もやっぱり感じている。ウーン。
* 突き貫きづらい頑固な土塁に目の前を塞がれている感じに、いま、私、立ち往生している。まいった。
が、こういうお便りも貰えている。
〇 『湖の本 163』を拝受。漂う気配に魅かれて、しょぼつく眼ながらすぐに「或る往生傳」を読みました。円熟の秦文學の到達点ともいえる名品。何の事件が起こるわれでもないのに、武時の心の動きがうねりのように伝わり、道明律師の「命の逝くハテはただ一枚の壁」という「御物言い」に圧倒されました。その後の変らない武時にも。
体調のご不良を案じ申しあげていますが、今年一月二十七日に編成ったこの作品の微妙精緻で艶も力もある文を拝読していると、心配もふっとぶ気がいたします。
これから掌説・拾遺・私語の刻と、秦さんの背中を追いたいと存じますが、むどこまで叶うか。
拝受のお礼に加えて、「或る往生傳」の簡明をお伝えしたくて
取り急ぎ野いっぴつです。
どうぞ御身くれぐれもお大切になさって下さい。
二〇二三年五月十五日 敬
* 第一級の文藝誌編集長や文学出版局長を永く勤められた片のお手紙。なにを他に求めえようかと、「或る往生傳」を書いた思いを反芻しつつ嬉しく感謝申している。嬉しい。
〇 えご咲けり終の栖も三歳なる 杏牛
「湖の本」ご恵送頂き嬉しく早速拝読 「或る往生傳」並びに「拾遺」、一読又一読嬉しく拝読 拙聾老気鬱 独語爽快、感謝です 先生並びに御令閨伴々お大事に 多謝。 奥田杏牛 俳人
* 坂中学入学時、理科の佐々木(水谷)葉子先生、おてがみに副えて、 とらや西条の名歌、精撰の宇治茶を下さる。この先生より以前の遠い知己はとなると国民学校小学校のほんの数人あるかないかの友だちだけ。嬉しくも有難く、有難くも嬉しい。
〇 前略 巻頭の『或る往生傳』面白いでした。
小屋の外には雨が降っております。寒暖の差がお身体にしみるのではと、ふとおもいました。ご自愛下さい。 島尾伸三 作家/写真家 島尾敏雄先生子息
〇 「湖の本 163」をありがとうございました。遅れてお疲れがでましたでしょう。ご無事にやりすごされますように。どうぞお大切に。
友人に柚の樹をもらって、うれしかったのですが、隣に実生のグレープフルーツの樹、(といってもほんの背丈位)があるのですが、新しい柚の方にばかり蝶々が卵を生みつけるので まだしっかり居(根)付いていないのに、と雨の中でも監視しています。乱筆乱文おゆるしを。 豊中市 美沙 大学出の友
* 持田鋼一郎さん、小和田哲男さん、文教大学など、受領の来信有り。
* 今回の「湖の本」では何と云っても 『或る往生傳』が作家人生をしめくくる「結語」の一作とこころしていたこと。すぱっとそこを観てとっていただいた天野さんに感謝して敬礼する。嬉しかった。
2023 5/17
〇 お元気ですか、みづうみ。
三日前に「湖の本 第163巻『或る往生傳 掌説・拾遺』を頂戴いたしました。ありがとうございます。
『或る往生傳』読みました。
なんとさびしい、救いのない、恐ろしい話であろうと 暫し茫然としていました。そして西部邁氏のことを思い出しました。一心同体ともいうべき妻を癌で喪って、自殺するだろうと言われていたとおりに亡くなった。なぜか江藤淳氏ではなく、西部氏です。うまく説明できませんが、西部氏の「生きかたとしての死にかた」の苛烈さに、武時と通底するものを感じたのでしょう。
わたくしは、「自分を大いなるものの御手に委ねる」という「抱き柱」を信じていたい凡俗の一人であることを痛感しています。死後は「無い」のが真実としても、「抱き柱」を絵空事として抱いているほうが、「心安らかに死ねそうな気」がいたします。
今朝、再読して、どうにも救いがないけれど、それはわたくしのような凡俗にとっての受けとめかたであり、この一篇は、互いが互いにとってかけがえのなかったただ一人の「身内」夫婦の、愛の物語と読めばどうだろうと思い直しました。みづうみから「妻迪子」への遺書に等しいラブレターとして読めば、どんなにさびしくても、そこに一つの極楽往生世界もあり得るのかもしれません。読み終えて、迪子さまがみづうみより絶対に長生きしてくださいますようにという、ただそのことを願いました。
「ホームページ」の件ですが、その後如何でしょうか。
みづうみの更新作業が難しければ、旧機でみづうみが書かれたものをメールでお送りいただければ、私でも更新できるのではないでしょうか。もちろん、みづうみか東工大の有志にアクセス方法を教えていただくことが前提ですが、お手伝いは可能ではないかと想像していますので、ご要望がおありでしたらお知らせください。
ホームページ上「私語の刻」は2004年3月まで公開されていて、その後2012年6月までが欠落して、その後復活、2015年は1月だけが欠落、2月から復活して2016年3月まであり、その後また消えています。
データがおありになれば、戻すお手伝いは(ご指導があれば)可能と思います。
腕や肩や腰に転倒の後遺症はございませんか。発送作業の力仕事と共に、心配しております。しかも昨日から突然の暑さ、体調がおかしくなって当たり前です。
どうかお身体にやさしくしてあげてください。みづうみは、ご自身のお身体に特に厳しい方ですが、甘やかしてあげることも大事です。わたくしは、ため息ついて頭を抱えながら、毎日機械に向かい、ボチボチやっています。どうかお元気で。 春は、あけぼの
* 感謝。
2023 5/18
〇 秦先生 奥様 いつも「湖の本」をお贈りくたせさいまして 本当にありがとう御座います。近くのスーパーでレジのおばちゃんが、これおいしいヨとダックワーズを勧めてくれて、お茶うけに ! と思っていたら、別の店で 母の日用に ! と注文をとってくれた干菓子があって、今日届いた、あいにく取り扱い注意ですので送るのはちょっと無理ですヨと言われたのですが、私が勝手にプチプチを詰めて何とかなるだろう!?と決めて送らせて貰いました。もしかしてコナゴナに割れてたら、本当にごめんなさい。運を天にまかせて !
昨日は朝から一日肌寒い日でしたが、今日 御詠歌レッスンが終わって帰る頃には、暑くなってました。季節の変わり目、どうぞくれぐれもご自愛下さいませ、 かしこ
五月十日 静岡市 きよみ、
* いろいろに読者がいて下さり ご親切も戴いている。ありがたいこと。
〇 毎日、少しずつ御書(うみのほん)を拝読させて戴いております。
この私にとりまして何よりも貴重なりこ導きのほんと相なりました。お出会いのかないましたこと、大切に抱きめている所存でございます。 合掌
白蓮寺開山 恵念 埼玉 草加
〇 昨日 金澤で大きな會がありました。(終えて ほっとしました。)
心ばかりのおみやげと
浅草のおせんべいをお送りさせていただきます、 時節柄 どうぞお身体お大切になさって下さいませ 鳴り物(和楽器演奏)家元 望月太左衛
* 新作の長いのを押している、どうなるか。
* 大阪 池田市の陶藝作家 美しく色をおさえた青磁の皿五枚、箱書きの箱におさめて贈ってきていただいた。賛嘆と感謝にたえません。思えば久しくも親しいなからいで銘々の道を娃病んできました。いっそうの御健康とご名作を祈り待望します。
* 歴践、旅の写真家、近藤聰さん、お好みお心入れ地元の名酒一升で美々しく「湖の本 163」を祝って下さる。
妻の従妹後藤明子さん、みごとな丹精の「玉葱」を山りよう頂戴。野菜が苦手だった私も、秦家に「もらは」れた幼少來、玉葱、きゃべつ、葱、はすすんで食べた。
所澤の藤森佐貴子さん、どうすると毎度毎度こう珍しいお菓子がみつけられるものとびっくりしつつ、こんかいも、極上の煎茶に發お目見えの「花林糖}の二缶を頂戴した。
この、爺 婆 をみなさん励まして下さり、多謝深謝に堪えません。
* 大阪松原市の岸田準二さん、神戸市垂水区の芝田道さん、埼玉所澤の藤森佐貴子さん、いいお便りを戴く。
〇 先生の 書き続けられる そのえねるぎーの源泉は、一体どこにおありなのでしょうか。唯々アタマの下がるおもいです。生きづらい昨今、生きる楽しみを何に見出したらよいのでしょうか。迷うばかりです。
ようやく過ごしやすい陽気になってまいりました。先生には益々お建樹にお過ごしくださいますよう願っております。不一 都 国立市 安井恭一
〇 『湖の本 163』拝受。月刊にも逼る刊行、その筆力と労力に感じ入っています。先号のエッセイにも感銘しましたが、今回の『或る往生傳』は、秦さんならではの世界にしばし没入いたしました。
『私語の刻』の「二〇二三(二〇二二?)10/28の項で、二聲の呼びかけはしっかり読み取りました。耳の奥には、なつかしい声も聴こえています。ありがとうございます。
今日は、家内が週一回のデイサービスに出向いています。午前十時から午後三時まで。四月から始めたのですが、なかなか行きたがらないのをケアマネージャーに説得されてしぶしぶと行っています。ただ、四月末に高熱を出し、娘と嫁が病院那連れゆきました所、車の中での診断が四時間にも及び、結局「コロナ」と宣告され、家族一同が一週間に垂んとする外出禁止を喰いました。私はともかく子供たちには(全く病状なし)気の毒なことになりました。そのご、家内は食欲不振に陥り、主治医に願って五日間入院させました。
その後また前の生活に、家政夫擬きと相成っています。もうそれが普段の生活となり、たいした苦痛も感じませんが、時々ふと我に返って、自分は今、こうなんだと、大きく行きづくこともあります、秦さんの「井口さん 井口さん」はとてもなぐさめになります。
五月八日に九十一歳を迎えました。家内のケアマネージャーさんが、煎じつつ訪問の際に、「こんな九十一歳はみたことない」といってくれました。外見は元気なのだと思います。しかし、心はなにか満たされないものがどこかにあるようで、ふと不安感みたいなものがよぎったりするのですが、これからはそんな時、「井口さん 井口さん」というお声が勇気を与えてくれると思います。
秦さん御夫妻も、「いいお年」です。どうぞお大事にと祈っています。
五月十五日 井口哲郎(前・石川県立近代文学館館長 元・小松高校長先生) 秦 恒平 様
* お元気で 井口さん、どうかどうぞ お元気で 秦 生
2023 5/19
〇 お元気ですか、みづうみ。
日常的に体調に問題がおありのなかでまた新しい湖の本を送り出されたのですから、「元気は底をついてか」という状況は当然のことでございましょう。ご無理をしなければ出来ないことを、鋼の意志で成し遂げていらしたのです。
ゆっくり、しぶとく、もうしばらく、出来ればあと十年は「湖の本」をお続けください。「ホームページ」もどうか蘇生、活用なさってください。
「もういいよ」とは、ワガママなわたくしは、まだまだ申し上げられません。
春は、あけぼの
* 逃げて遁れられる先は、無い。
2023 5/20
〇 > 解決できる一つの方法は、「舊機で従來のまま日々に書いている」それを、「新機に転送・貼り付け」 または「usbを使って」「舊機の創作や記事の全部を、新機に、転送・貼り付け出来れば、その後は「新機」で書き継げばいい、それが有難い」のですが、その道も、手順方法も私には分からぬままなのです。質問もし依頼もしているのですが、依然 半歩も進まない。 秦
〇「書く」だけに徹するとお決めになったら如何でしょう。芸能人のブログなどは、原稿を書いて他の誰かが更新するかたちが多いと思います。そうなさったらいい。今さら新しい機械のあれこれをいじるのは時間の無駄です。読者は「新しい作品や文章」を文學/文藝として受け容れ読むことが喜びで、秦さんのパソコンスキルの上達は期待しません。
たとえば、毎日でも一週間に一度、一か月に一度でもかまいませんが、書かれたものをメールに貼り付けてお送りいただけましたら、当方でホームページの「私語の刻」を更新することは可能です。もちろん、秦さんか東工大卒の方にホームページ更新手続き、アクセスの仕方を教えていただかなくてはなりませんが、それは難しい作業とは思いません。
欠落部分の復旧も、データの「私語の刻」だけを拾っていただいて、USBなどにコピーしてお送りいただけましたら、こちらで実行します。是非ご検討ください。
今日は雨の予報ですが、もう梅雨入りかもしれません。湿度が高い季節はやっかいです。くれぐれもお大事にお過ごしください。 曙
* なにをどうすれば済むのか、私によく分かって居ない。
それよりも、当面は「湖の本 164」の初校をより正確にしとげて、新刊を送り出しつつ、次の{新刊 165」の構成、組み立てを思案したい。ホームページが如何にも難なく淸しく毎日に送り出せると確信出来るまでは「私語の刻」は「湖の本」新刊の後半部に公開して行けば済むこと。
2023 5/20
* 大冊『秦恒平 愛と怨念の幻想』の著者、永栄啓伸さん、地元五條の名品、名店「たなかの 柿の葉寿司 鯛/・鰹・鯖」をみっしり詰め合わせた一樽を贈ってくださった、じつに美味い、そして満腹。感謝感謝。
* 美学先輩の半田久さん、今日の名産といえる「竹の子ごはん」をこんもりと柔らかに煮て、下さる。竹の子、大好き、少年の昔が懐かしい。秦の母はいわばいろいろのまぜ御飯を炊く名人だった。父も、小姑の叔母も口うるさかったので、母は苦労したのだ。祖父鶴吉もともどもうちの大人たちはシンラツな批評家だった。四、五歳の「もらひ子」だったが、わたしもまた秦の大人たちを見つめるように批評していた。
2023 5/20
* 「舊」「新」二つの機械の現状を纏めてみる、と。
① 電源は繋がっているのに「舊/新」二機に連動の融通なく、「舊機」記事が「新機」に全然、移動・複写・貼付け・連動が効かない。「舊機内容」を接収すべき「新機」として働いていない。
② 「新機」画面を、老い衰えた視力に適した背景色にならず、眩しい。
③ 致命的には、「新機」で、どうしても「ひらがな打ち」が出来ない。「ローマ字打ち」では、微妙な発想や創意ですすむ「日本語での創作文章」が即座に創意に応じて打ち出せず、日本語での小説家、論攷者としては致命的な障害。
「ひらかな打ち」に確定的に「変更」したいが「方法」が分からない。
④ 根本の希望と実現とは「新機」での、在来のそれに同じい、乃至は「さらに有効で見映え」の「秦 恒平のホームページ」の「実現/」設定と設置であった。それ
在ってこその鷲津君好意での予期しなかった「新機」の搬入・導入、また使用者「秦」の希望・期待なのだが、今もって、それが、何も「駆使可能」には「実現出来ていない」のは、残念。
「新機」の、我が家・私の手もとにせっかくもたらされた「意義と必要」とが、未だ、なんら「駆使可能の設定」として「実現していない」のは、残念至極。
2023 5/21
* 午後、櫻君が来てくれて、新機 舊機の連絡、新画面の設定 等々して行ってくれた。一休みに夕食して、また機械の前へ来たが、まるで手も出ないほど手順や展開が分からない。われながら惘れてボーゼンと竦んでしまっている。やすむしかあるまい。
「舊機で」でこうして「字が書けて」いる、それだけで当座は足るのだ、暫く「理解」が浸潤するまで慌てふためくまい。
暫く新旧両機を心見てはみたが、「柳君の設定」がほとんど何も飲み込めてない事だけがハッキリした。柳クンにはらくらくと理解できていることが、背後から傍観していただけのわたしには、ほとんど何一つも「手順や判断として記憶できていない」のだ。「分かる人に判っていること」が、全てに馴染まず判れてない私には、ほとんど何もかもを「記憶」にすら残せてない。やれやれ。年貢の納めどきか…ナ。
〇 昨日は、「いつも通り」「急に」ご自宅へうかがい、ご迷惑をおかけしました。
「先生の執筆環境の再構築をする仲間」 良い表現 ですね。「執筆環境」というのはとても大事です。
昔、先生がご友人に土地を紹介されたのだけれど、小学校の横だったので声が障るだろうからお断りした、というお話を思い出しました。
先生は研究室(教授室)の机の向きにも気を遣われておられましたから、物事を言葉にする小説家という職業柄、周囲の環境というものがよく見えていて、繊細なのだと思います。
私の職業である建築設計はもしかすると、逆の方向性かもしれません。お施主さんの言葉を事物にする、自分の言葉を「カタチ」にする。
私が先生の能力で素晴らしいなぁ、と思うのは、時間の流れをイメージし、言葉に出来ることです。私には時間の流れを感じ取る能力が低いな、と学生の頃から思っています。
小説というのは、読む・ページをめくる、という常に時間を伴う藝術だと思いますし、先生の作品の、歴史を取り込む作風も、やはり時間を取り込んでいます。
私もそれが出来れば、もっと偉大な建築家になれたかもしれない! と思いますが、まぁ、それは無いものねだりですね。
さて、
昨日の作業は
1) 画面のまぶしさを抑える=輝度を抑える
2) 一太郎のウィンドウを作業しやすい穏やかな色にする
3) 古いパソコンから、新しいパソコンへのファイル移動を可能にする
4) かな入力を可能にする
でしたが、一応「完了」したと思います。
「ひらかな入力を可能にする」に関しては、ATOKという変換ソフトを、マイクロソフトのものに「替えた」ので、もしかすると今までの日本語変換と多少の違和感があるかもしれません。
その辺りは、機械が自分で覚えていくものなので、使っていけば、秦先生の漢字使いを機械が覚えていきます。違和感が抜けなければ、またATOKでの作業が出来るように、みんなで考えます!
最後に、帰り際に、素晴らしいお品をいただき、まことにありがとうございます。
高価なものであろうなぁ、と思いつつ、妻と話して、日常使いしようということにしました。良いものを日常で使うことがやはり大事な思い習いと思いますし、日々、先生を思うことも出来ますので、ご容赦ください。 櫻
* 人柄のいい、好い便りを貰いましたよ。嬉しく、感謝。
2023 5/22
〇 鴉へ メールを書くのが遅くなりました。ごめんなさい。昼前の僅かな時間ですけれど少し書きます。
へとへとの鴉、あなたが 何とか必死に頑張ってられる、いつも、わたくし鳶の念頭にはその姿があります。
今は 少しゆったりされていますか? 東京は気温の変化が激しいように思われますがいかがでしょうか。
このところ連日「G7」と「市川猿之助」のニュースが報じられています。「ウクライナ」の凄惨な様子もまだまだ終わりがみえません。いずれに関しても鴉にはさまざまな感想意見がおありでしょう。
徐々に外国への旅行も「フツー」になってきました。鳶は勿論行きたいと心逸ります・
・実現はまだ先の話ですが、そろそろ年齢や健康状態を考えに入れなければなりません。まだ元気なつもりですが。
改めて書きます。細切れのメールです。
* 『薔薇の名前』や映画『ダビンチコード」での「薔薇」のことなど、鳶の実感や見聞など教わりたいが。海外へ自在に独りで旅のできる鳶がうらやましいが、さて私も行きたいかとなると、億劫にするだろう。関心の強い一にも二にも私は「基督教社会」のフクザツ怪奇な矛盾やコワイ伝承に在る。教皇だの枢機卿だの僧院や修道院などにこもったような腐敗臭伝承や歴史に識りたい思いがある。根底にはいえす」への敬愛があればこそ、なのである。
2023 5/24
〇 秦先生 このごろの ご様子 お送りくださいましてありがとうございます。また、湖の本もお送りくださり、とても嬉しいです。お礼をお送りしたいと思いつつ、なかなかその時間がとれずにおりましたこと、ご心配をお掛けしてしまったのではないかと感じています。このところ、仕事も家も何もかも目まぐるしくて、ゆったりとした時間がとれずにいます。
近況の綴られている色々から、先生の日々のご様子が感じられて、まるでドキュメンタリー映画でも見ているような心持ちになりました。自分自身の生活を書き綴るには、こんなに豊かな言葉が出てくるだろうかと思い、自身は、慌ただしく過ごしすぎのような気がしています。
本当は、ひとつひとつの事柄を心に留め、言葉にしたり、考えたりしたいのです。そんな望みに反して あっという間にときが過ぎ去ってしまい、却って脳を使っていないと感じます。
言葉と思いに溢れていらっしゃる先生の暮らしは、理想でもあり、憧れでもあるのですよね。先生とお話しできるときまで、言葉を溜めておきたいと思います。
お身体いかがですか。暖かくなってきたとはいえ、雨が多く、時に寒い日もあるので、振り回されますよね。お大事になさってくださいね。
富松 (いつも、米津と書くべきか、富松と書くべきか悩みます)麻紀 東工大院卒
* 東工大で別れてきて四半世紀にもなり、その後「富松」さんとの結婚式にも招かれて祝辞を謹呈したり、こういう往来がしかと持続している「秦センセイ」の歓びは深くも大きいのです。教室や校内では、86キロもデブ姿を見せていたが、いまや、すこしもちなおして56キロ。会うたら縮こまったのにおどろくだろうなあ。米津さんと大の仲良し爲我井さんも、在学いらい途切れなく「湖の本」の嬉しい読者として心親しくあり続けている。
そして今も今もこんがらかった「ホームページ」の繕いには、男子卒の鷲津クンや柳クンらが我が家へ身を運んでまで応援助力して呉れている。わずか四年半だけ定年までつとめて「秦教授」の幸せは希有と謂えよう、嬉しい。
2023 5/24
〇 秦 恒平 様
迪子 様
ご丁寧なお葉書有り難う御座います。
嬉しく頂戴致しました。
少しでも何かお腹に入れて頂ければと、ほんのささやかな「姉」ごころです。
朝夕に楽しんで「よばれてます」のお言葉、益々うれしかつた、です。
「おもしろかりし」「よくぞきたりし」
見惚れるような御言葉、心に沁みました。
羨ましいなあ。 どうか どうか お2人揃ってお健やかに。 半田 拝 (美学先輩) 2023 5/24
〇 ご体調如何でいらっしゃいますか。
「湖の本 163」有難く頂戴しました。御文中秀逸歌合 小野小町の歌「わびぬれば」は僕も好きな歌で 周防内侍の「手枕」の歌と並べて両方とも女の方に軍配が上がるとみておりました。男が情けないですね。(彦根屏風の繪葉書に) 前・文藝春秋専務
〇 三、四月 沖縄に出掛けたり シンポジウムを開催したりしていました。
『湖の本』創刊なさってから三七年、既刊百六十三巻にもなるのですね。文士の魂に感服、敬服しております。奥様との久しく久しい二人旅、一と言に謂えば おもしろかりし(夫) よくぞきたりし(妻)の応答ににやりとなりました。 小生も連れ合いとの二人旅、すでに五十三年になりました。同じ心境です。もっとも連れ合いは、 よくぞがまんした…ということらしいですが。
小生も秦さんを見習い、(といっても及びもつかぬことですが)生きている間は、書き続けようと思っております。何を書くかについては、秦さんとは違うでしょうが、言いたいことを言い残す、それに尽きるかと思います。文士は書くべし、ですかね。
秦さんの益々の御健筆をお祈りします。
コロナ。第五類医に分類されたとはいえ、収まったわけではありません。以前より見えにくくなっただけでしょう。どうか、御身体にお気を付け下さい。私語を語り続けて下さい。樂しみにしています。とりあえず御礼まで。 詠 拝 作家 協会理事の
(森さん執筆の二編補掲載した雑誌「出版人・広告人」をも副えて)
〇 「湖の本 162 163」 ありがとうございました。
広島サミットと世間が騒がしいなか、「湖の本」の言葉が重く感じられます。
「『まると知りてのち、定まる有り、定まってのち能く静か、静かにして市画家にしてののち 能く安し、安くしてのち 能く慮る、慮ってのち 能く得る』。國にも、政治にも、我一人言いえて、違わない。二十一世紀の今にして、これらを超えた新たな哲学は何処に芽生えたのか」
何よりも戰争を止めること…
修身 齊家 治国 平天下
自分の身を修めて、はじめて家が、國がととのう…勝手なことをしている人たちが 天下を平定しようとしても 無理ということでしょうか。
「日米の協力 それは『おとぎ噺』に過ぎません」ですね。
なにが不沈空母なものか 原発を三基も撃てば日本列島は地獄ぞ」
『源氏物語』を読んで歌が心に残るように、「私語」のうちにぽつりぽつりと『うた』書き込まれて 境涯歌、述懐歌になっている…」
先生のお歌だけでなく 『湖の本』のさまざまな歌が 読む者の心の中で出合って、阿智らしい気付きが生まれます。
玩具店のかど足ばやに行き過ぎぬうつくしむ者のわれに失ければ
いうお母様の歌と
忘れじの行く末までは難ければ今日をかぎりの命ともがな
という高階貴子の歌
どちらも強い肉声が歌の「理」に支えられて、美しく聴かせる、
お母さまと
女房という仕事を選択して藤原貞子の母となった人に なにか通じるものがあるようなきがしてなりません、
そして奥様
先生の作品はオートフィクションというより、ダブルフィクション
先生に起こりえたであろうフィクョンが、奥さまに投影されることで深まる魅力… 、私が秦文学に心惹かれる所以でございます。
東工大生には「いそぎすぎるなよ」ではなく、「学生時代にこそ最良の相手に出会えるとき」と言ってあげた方がよかったのではなでしょうか。
ま 学生時代の出会いはひとつ間違えばセクハラ、パワハラになりかねず、コスパもターパも悪く、スマホ アブリできめるようになつてきているという話ですが。
先生
奥さま 暑かったり寒くなったり之今日このごろ
くれぐれもお身体大切におすごし下さいますように 羽生 大学教授 デザイン
* パソコンの文字が、よく見えない、ハダカ電球で画面を照らしている。もう、いよいよ…ダメか。郵便、日ごろよりも数多いが、読んで書き写すのは、もう無理か。
* 荒井千佐代という道の人の俳句集『黒鍵』送られてきた。俳句は古都に難しくて私は門外漢ながら、この一冊は出色のチカラに溢れていると読めた。句集では珍しい出会い。
2023 5/25
* 共産党京都の穀田恵二国会議員のたよりがあり、副えて、夫人の「こくたせいこ」さんによる家業の『染色夜話』なる出色のエッセイ集も戴いた。楽しませて戴く。合わせて、『京都府(共産)?一〇〇年のあゆみ』も。京都は府も市も、私の少年時代から共産党が健闘して議員を国会へよく送りだしてきた。高校での担任だった先生もそうであったかに、かすかに覚えているが、穀田さんに確かめ訊ねてみようか。ちょっと懐かしい。この察しに名が出てくるかも。ま、選挙権前から私は保守与党に心寄せたことは一度も無い。
2023 5/25
* 昼まえ、柳君が来て呉れ、新旧なー二台のパソコンに連絡をつけ、また「新機」「ひらかな打ちを」可能にするなど、大改革を為遂げて行ってくれた。画期的な自体へ私のパソコン世界は転移移動した。
〇 秦先生 鷲津です
本日,柳さんがかなり進めていただいたとのことを 伺いました.
差支えなければ,以前お伝えしておりましたように,明日28日の夕方頃に伺って良いでしょうか?
先生がお書き進められていることは良いのですが,
こちらのページに
http://hanaha-hannari.jp/aisatsu1.htm
まだ反映されていません.
そこまでの作業と,手順書を作りたいと思います.
私は明後日の月曜から水曜まで代々木で開催される学会で出張していますが,途中,いろいろ会合等ありますので,前日の明日に作業させていただけると大変助かります.
お疲れのところ大変すみませんが,宜しくお願い申し上げます.
* 鷲津君 今日柳君が 「新機と舊機との連繋」、そして、新機の「ひらかな打ち」を「可能」にして行って呉れました。 これに、よく慣れて行きたいと思います。
さて 私自身の「パソコンに寄せる最も大きな期待」は、かつては人も愕いてくれるほども可能で在った「ホームページ」の 「再建」です。
老齢を増すに従い、いずれ 『湖の本』刊行は 労作的に断念せざるを得ないでしょう。
その時、「読者ら」が「ぜひ存続を」と願って下さるのは、「ホームページ」機能を利しての、{作と文章}との{公開と、受発信」なのです。
その設定が 明夕着て頂けて可能になるようなら、 私ども老夫妻とも 實は日々「疲弊と困憊」を加えてはいますが、どうか鷲津君来駕を得まして、「ホームペ゜ージ」 の最も簡略な「顔」を再建設していただければ、嬉しいかぎりです。
ご都合のみ せめて早いめにもお知らせ下さい。 残念、遺憾にも、ほとほと、なにのお愛想 お構いもなりませんけれども。
けっして ご無理はなさいませんように。 秦 恒平
2023 5/27
* 夜前、よせばいいのに「浮腫みどめ」を服して寝たがさいご、ほぼ小一時間ごとに尿意に起こされ続けた、何度床を起ったか知れない、朝、正七時、みごとに体重が減っていた。
そんなことよりも 新旧のパソコンが連繋してまったく新環境を成している眼前ノ事実に感謝感動、柳君の好意と奮励に篤く感謝。
そして今夕には鷲津君がみえて、「ホームページ」を設定してくれると。なんたる幸せ、感謝に堪えない。吉祥寺住まいの柳君とは時折に接して来た東工大院を卒後の四半世紀だが、鷲尾君とはいらい初めての出会い。かれは私の「教授室」をいの一番に訪ね手呉れた学生君であった、が。幸せなヤツだなキミはと、しみじみ「やそしち歳」自身の顔を近くのちっちゃな鏡に眺める。マスクで隠しているが、歯は、左奥下に二本しか無く、モガモガとしか話せない。髪は、雪白、半分ほどは残って居る。
* 鷲津君が来てくれまして 見事に、ホームページが再開しました。バンザイ。
2023 5/28
* さてさて、昨日から鷲津君のおかげで、「ホームページが復旧」したらしく、つまりは此の「秦 恒平 私語の刻」が、そのまま世界中へ搬送/展開しているというコトらしい。逼塞していた間は、各巻『湖の本』後半部へ「文意・文面を正して」送り出していた。それが、日々原文のまま無際限に出て行くとなると、気配りが何倍にも増し必要になる。日々の書き放しをホームページから避け、このところの「湖の本」編集なりに「文意と分量」を調整しつつ「ホームページ」発信すべきか。
今日只今の現状だと、過去「超長大な日々の私語」が或いは「すべてそのまま公開」されている、ということ、らしい。是より、非の気味が気がかり。
* 書いている小説のためには機械クンとの「やっさもっさ」は、只の障害。取り組む順番を間違えてはならぬ。いま、疲労の極ヘトヘトの現状とどう向き合うか。今朝も五時半に目覚め十一時半まで六時間の後半を寝入っていた。午後も三時から五時、宵も、六時から七時半まで寝込んでいた。すこし熱気があるかどうか。油断はしていない気だが。
* 当座当面、手がけ片付け始末せねば済まぬ要は、無くしてある、書き継ぐべき創作のほかは。にも焦って心身疲弊せねば済まぬことは、機械の整備もなにとなし出来ていると感じるなら、なにも無いのだから、せいぜい読みたい本を読んで、疲れれば眠っていたらいいのだ。
2023 5/29
* 佳い「読者」とは、少なくも「辭典・辭書」をつねに重寶し、且つ二讀、三讀、くりかえし読んでくれる人と、むかしに「誰か」が謂うていた。自身に徴して「そのとおり」といまも確信している。
作家への出発が太宰治賞で認められ、新潮社の依頼で「新鋭書き下ろし長編」に『みごもりの湖』を書き始めたとき、担当編集者の池田さんは、まっさきに『新潮国語辞典』を我が家にただ黙然ともたらして呉れた。気持は、即、理解した。
以来、はるか半世紀の余におよんで、現に今も私の手にその『新潮国語辞典』は在る。表紙は手擦れに傷み、背はすべて、小口も、ガムテープで労られてある。
「辞典」を用いない「書き手」を私は尊重しない。手もとにも書庫にも、明治以来現代に及んで大小各種の「事典」「辞典」はまぎれなく五十種は愛蔵し愛用している。むかし老いの黒川創が「マサカァ」と私の書庫を実見し納得して帰ったのが想い出される。辞典も事典も、ただただそれらを手に「読書然」と「愛読」してきた。歴史的仮名遣いのためにはゼッタイに必要だった、容易に正しくは覚え切れていまいが。
いまも池田さんの呉れました手擦れに満身創痍めく『新潮国語辞典』は私の寶典。今も目の前の手もとに在る。
* 「ことば」は私ら書き手には「寶」である。宝は遣われる使い方使い道により値打ちが替わる。昨今は謂うなればコマーシャル時代、テレビからは肉声の宣伝がいやほど乱射されてくる。わたくしは、それらの実演上で「ナント スゴイ」と聞く売り言葉は信用しないと決めている。「現代」を説明し批評するに不快に大仰な「売り言葉」は、「ナント スゴイ」そして「ヤスイ」か。
2023 5/30
〇 『ほのほのと マスクの外は春になる 冷たい冬を知らぬくちびる』
若い友人が、短歌のこと、仕事や日々のことなど取材を受けたと聞き、昨夜はNHKの「響きあう歌 -コロナ禍 喪失と再生の物語」という番組を観ました。
コロナ禍の閉塞と喪失感の中で、かつてない「短歌ブーム」が起きているのだそうです。
SNSなどに続々と投稿されているというそれらの多くは、(素人の私から見ても)完成度は高くないように感じられましたが、詠まずにはいられなかった思いに打たれるものもありました。
ちょうど今朝の朝日新聞には、馬場あき子さん(お親しいとのお話、以前、お伺いしましたね)のインタビュー記事が、チャーミングな笑顔の写真と共に掲載されていました。
「さくら花幾春かけて老いゆかん 身に水流の音ひびくなり」―「現実には来年死ぬかもしれない。だけど、前にやることばっかりあって、やり残したこともいっぱいあって、いま死ぬとは思わないのよ。もっと面白いものはないかな、何をやったら面白くなるかな、と先を見ている」と。
「ホームページ」が復活できたのは、とても良かったです。
食欲も、少し復活なさるといいですね。 晴美 文学博士
* 有難う存じます。馬場あき子さんに触れて、初対面この方の懐かしいお付き合いを書き留めたのが、何故か、機械から忽として紛失。機械クンもほとほと疲れているか。
鷲津クンからも「念を入れる」べく来駕のメールをもらったが、ほとほと、私だけで無く妻もこのところ弱って寝入りがち、機を新ためてと、辞退した。
* 鷲津・柳両君親切の設定が、アタマに入りきらぬまま、手にもち確かに触れ得ぬまま、今日、疲労困憊の底で藻掻いていた。鷲津君のもたらして呉れた新鋭の大機が、勿体なく私ゆえに立ち往生を強いられている、可哀想に。しかし、しかし出来ないド壺に陥ち、健康を害して寝込んだり病んだり入院したりしては、此処へ来て生涯を棒に振りかねない。「機械バカ」で所詮は終えるのがメデタイのかも。
2023 5/30
* 昔の学生君たちの「好意と設定」を、このボケた「やそしち」がうまく使えないままに使い潰し毀して行く按配。情けないが、半ば以上もアキラメ、出来ること、出来なくては困ること、つまりは「読み・書き・讀書」よりも大事な『創作と私語』だけが「出来れば良し」としよう、「ホームページ」のカッコいい運営など所詮はムリのようだ、と。
大きな「新しい機械」は、その気になれば、珍しい「景色」や「見もの」などたくさん内蔵しているのを、暇つぶしの安息に眺めてようと。
「新・旧」機械のカッコいい「連携など」に色気を遣ってないで、「書きかけの小説など」を書き進めるのを「一」に、と。ソレが私本来の「毎日」と。
と、まあ、機械クンらを「駆使」など、諦めて。
2023 5/31
* 中国筋の歌人、高崎淳子ん、新茶を送って下さる。
2023 5/31
〇 ハ ッ ピ ー ニ ッ ポ ン ☆ 邦 楽 ネ ッ ト
☆2023/6/1 鼓楽庵メールマガジン
皆様こんにちは。
お元気ですか?
望月太左衛です。◎^-^)v
ここ東京は
5月、6月と
お祭の季節がやってきました!
浅草三社祭も
4年ぶりにいつものように
お祭が斎行されました。
私も山桜会として
例年通り
言問通り沿いの
五六五六会館横、
掛屋台にて3日間
祭囃子を奉納させていただきました。
途中、浅草5丁目の
魚誠さん前でも
6ヵ町連合、本社神輿渡御に
あわせて祭囃子を奉納させていただきました。
また同日、20日夕方から斎行されました
吉原神社例大祭にて
地元の子ども達と
祭囃子を奉納させていただきました。
この合間、私は象潟一丁目の御神輿を
担がせていただきました。
それも「花棒」
先頭の真ん中の一番長い棒です!
象一の皆様、ありがとうございました!!
御神輿を担ぐのも
10年ぶり位?
久しぶりです。
楽しかったです!!
御神輿最高!!
今も
この楽しかった三社祭の余韻は
町の中に残っていて
浅草のエネルギーが
明るくなったように感じます。
そのような中、
新しい稽古場を始めさせて頂くことと
なりました。
西浅草の一室、
ドアを開けると
フローリングの床に
一面に鏡がありました。
ダンスの稽古場です。
びっくりしました!
私は今年1月のメルマガに
『みんなで楽しくなる方法として
「宜鼓舞踊(よろこぶよう)」
を開始します!!
名前の通り、
皆が元気になるよう
鼓舞し、
皆が楽しく
喜ぶ踊りです。』
初夢のイメージのみの
根拠のない自信で
宣言しました。
そして、1月6日
シアターカイの踊り初めにて、
大阪の文楽囃子・
望月太明吉師匠に演奏していただき、
「雛鶴三番叟」を踊りました。
つづいて、
「トライ」公演のオーディションに参加し、
6月6日の本番に
宜鼓舞踊「花の道花の舞」として
参加させていただくことになりました。
この本番を控えた前の月、
この稽古場が授かりました!
奇跡です!!
言葉にすると現実化するということを聞きますが
本当にそうだと思います。
この稽古場の名前は、
「スタジオ カガミノマ」
とさせていただくことにいたしました。
能舞台には
「鏡の間」があり、
演者はそこで面をつけ、
役になります。
「揚幕」が上がり、
歌舞伎舞台の「花道」にあたる、
「橋掛かり」から舞台へ登場となります。
ここ
スタジオ カガミノマは、
自分を見つめ直し,
大きく明るい
ステージへ上がる方々の
集う場になるようにいたします。
オープンイベントとして、、、
◯6月2日(金)
午後6時〜
稽古場開き
・長唄 松の緑 立方 葭町久松
・長唄 越後獅子 立方 花柳佐多輔(天野一枝)
・長唄 松の翁 踊り 摩鳳
・御座敷踊り 立方 葭町八重 葭町久乃
・宜鼓舞踊 花の道花の舞 踊りの会有志
〈演奏〉
唄・杵屋栄喜代 / 葭町長作
三味線・望月太左衛 / 杵屋栄桜
囃子・望月太左衛社中
入場無料
☆新講座
◯6月14日(水)午後1時から2時
御座敷踊り教室
講師・葭町久松
内容・潮来出島
(月1回、次回は7月19日、8月30日)
月謝・5,000円
◯6月25日(日)午後2時から3時半
望月太左衛トークライブ
ゲスト・櫻川ぴん助
入場料・4,000円
☆アクセス
台東区西浅草3-2-7カーサ西浅草B102
国際通り、ビューホテルの並びの、
感応稲荷神社の角を曲がり、
1階がオオマエジムショ(自転車店)と、
西浅草調剤薬局の、
カーサ西浅草の地下1階です。
お時間ありましたら、
ぜひ、お立ち寄りください。
今後とも宜しく
お願い申し上げます。 望月太左衛
* こういう「太左衛世界」とも 秦は、もう半世紀近く親しんでいる。おかげでれ゛んきに体力の保った頃は 例年、花火も特等席で見せてもらえたが。帰りは大変だった、ゴロゴロ會舘の辺から満員の人の流れにまじり、いつも山手線上野の先まで歩いた。電車は超満員が常だったなあ。
2023 5/31
〇 やそしち兄上 私もだんだん体の衰えを実感し始めています。兄上の「体調」も よく分かってきました。私も一日に何度も寝入るようになっています。でも、兄上は「創作」や「読書」を楽しまれていて、素晴らしい!
最近 みっちゃん(=姉 恒平妻)の小さい肖像画を描き始めています。19歳のしっかりした表情の 迪子像。迪っちゃんが元気になるようにと思って描いていますが、いつ出来上がるか… まだ顔が似ていないです~
お兄さんたち どうか毎日頑張って下さいね~いもうとより 琉
* ありがとう。
〇 雨、雨
雨模様で部屋も暗い午後です。アジサイや樹々は潤いすぎるほど、でも たっぷりと喜ぶ様子。
東京も雨降りですね。如何お過ごしでしょうか。次のお仕事に向かわれているのでしょうか。
今日は作品展の搬入の日なのですが、明日の開催直前に替えてもらい、ホッとして、雨の通り過ぎるのを待つだけの午後になりました。とは言え、保育園に(お孫さんの=)迎えに行かなければなりませんが。線状降水帯が心配されます。
ずっと長いメールを書けませんでした。時間的な余裕も、同時に自分の何かが枯渇しそうで書けなかったことも一因でした。今それが解決されたわけではありませんが・・。
昨日は友人とランチを食べておしゃべりしましたが・・最終的に楽しむのは美味しいものを食べることと話が落ち着くのです!! 鴉には無縁になってしまった食べ物の道楽・・ささやかな彼女たちの暮らし。彼女たちは既に一人暮らしになって孤独や暇と格闘しています、闘っています。だからこそ生き方にやはり何かを求めたい、要求したい、何も言えませんが・・そうでないとわたしも虚しいのです。
描きたいもの、纏めたいもの、行きたい所、限りなく。ただの欲張りかもしれません。
今月はコロナワクチンの接種、検診などもあります。もう少しの間。、健康でありたいも
のです。
思い立って夏の京都・・祇園祭や地蔵盆にも行きたいと思っています。子供たちの姿を目に焼き付けたいのです。
アジサイの青が窓の外に迫るほどの勢いで咲いています。
鴉、 どうぞお身体大事に、さまざまなこと順調でありますように。 尾張の鳶
怪我無くと、それを琉賀居ます。お大事に。
* 鷲津クンのもたらし贈ってくれた「新機」が、「文藝/文章」の用よりも、広汎・宏大な「世界」の「視覚的な妙味」のゆえに私を惹きつけ始めている。楽しみが猛然と増している。「新・舊」機の間理連繋/連絡もわたくしなりのたどたどしい手順ながら、なんとか働いて見えかけている。私の、パソコン世界が多彩に色めいて働きかけている、のかも。「読み・書き・創作」は書き馴染んでいる「舊機」を頼み、「新機」には保存と好奇心の満足に遊戯感覚も交えて付き合ってもらう。
ホームページがどうなって、、どう動いているのか、實は私自身にも明晰には見えも理解も出来ていない。神戸住まいの鷲津君には「メール」で教わり、話し相手にもなって呉れる都下近隣の柳君には、ときおり顔を見せて貰えるとありがたい、妻にも私にも「疲労」の弱りの溜まっていないときに。病気を誘いかねない「疲労」クンや「疲労」サンの来訪は、「よく自身体調を見イ見イ」しつつ有難く嬉しく歓迎したい。
〇 お元気ですか、みづうみ。
台風も北朝鮮のミサイルもすりぬけて、三日前に「帰国」しましたが、疲れがなかなかとれずメールが遅くなりました。
帰国してみづうみの「私語の刻」が五月分も更新されていて大変嬉しく思います。東工大卒業生の柳さま、鷲津さまのご尽力に感謝感激です。
みづうみの人生の節目、節目に、ふしぎと必要な手助けがあるのは、みづうみの「武運」のようなものではないかと思います。武道の修行を極めていくと、しぜんに「武運」がついてくると読んだことがあります。
秦先生が困っているなら何とかしようと、かつての学生さんたちがごくしぜんに連携して行動なさったことに敬服します。「今此処」で自分にしかできないことがあることに気づかれ、義務感でも慈善でもなく、無理せず、気負うことなく動いてくださった。みづうみの生徒さんであったお二人も、卒業して社会で修行を重ねるうちに「いるべきときに、いるべきところにいて、なすべきことをなす」武道の極意を会得なさったのでありましょう。こんなことはめったにないのですが、わたくしは日本の将来に希望を感じました。
>なにを言われてたか、頼まれてたか、なにもかも混乱と不調のままに過ごしています。
わたくしがお願いしていたことは、いつからいつまで「文字コード委員会」に関わっていらしたかです。以前のメールです。
みづうみが「情報処理学会の文字コード委員会(通産省系)」に「ペンクラブ代表委員」として正式に参加なさったのは2001年ですが、それ以前 1998年から「文字コード委員会についての記述」がございます。「2001年からは第二ステージ」と表現していらしたのですが、実質的な みづうみの「文字コードに対する意見陳述等」は第二ステージ前に言い尽くされているようです。
2001年より前の委員会には、どのようなお立場で参加されていたのか、そして「2001年以後は」むしろ文字コード委員会への関わりがなくなっているようにお見受けします。
おそらく「ペンクラブ電子文藝館」のほうに傾注なさっていらしたため、「委員」を加藤弘一氏と交代したのかと推測していますが、「そのあたりの文字コード委員会との関わり」について、第一ステージと第二ステージがどう違うのか、最初から最後までの関わりかたをお教えいただけますでしょうか。
「私語の刻」の記載を読んでも このあたりが曖昧で(論文ではないので当然ですけれど)正確を欠いたことを「書きたくない」ので、お伺いした次第です。
もし思い出されましたら、お教えいただければ助かります。
蒸し暑いような、クーラーには少し早いような本降りの一日でした。みづうみのご体調心配しています。どうかご自愛専一に、頑張りすぎないでお仕事なさってください。
わたくしは一度も「頑張りすぎないで」と言われたことがない甘ちゃんですが……。
夏は、よる
〇 おほあめの 夜も日もこめて謂へるらし 世もひとも怺へかたみに生くと
* 真夜中かと寝呆けて起きて、晩の九時。大雨の音やまず、妻は、浴室に。夏は、よるのメールに、目もしろくろ。それでも生きてるンやなあ。
2023 6/2
〇 お見舞い有難うございます。
最近は、元気な方が倒れたり、亡くなったりしていまして、考えることは多くなりました。
私は小さい時から丈夫ではありませんが、不思議に普通に一人自由に暮らしております。
自然の中で 毎日雉さんや蜜蜂に挨拶しているせいでしょう。 那珂
〇 秦さん メール・「湖の本」162・163有難うございます。体調よろしくない状況で次々と見事に情報発信される恒平さんに いつものことながら感心しています。当方はちょっと元気がありません。とても「浩然また昂然」には程遠いです。
プーチンのウクライナ侵攻と日本の対米追従・軍備拡張に強く強く反発します。
テル
* 弥栄中学の同窓生には ひとしお逢いたい、「元気で」いて欲しい。西村のテルさん、團彦太郎、片岡我當、そして小学校から大學まで同じ道を歩いた富松賢三クン。
女性では、ちょうど今も着ている翠の軽やかなカーデイガンを編んで贈ってくれた渡辺節子、健在かな。祇園の料亭「浜作」女将の洋子ちゃん、元気なお祖母ちゃんで長生きしろよ。
2023 6/3
* 書庫へ入ってみた。……、かなしくなった。コレだけの蔵書、コレ程の蔵書が、私がいなくなれば、妻も建日子も、紙くず同然に処分するのだろうか、物語や小説はむしろ少なくも、価値ある、しかし読み手のチカラを本の方から逆に問うてくる書籍が総じて多い。甥の恒(黒川創)になら或いは読めて役立ちそうな本は多いが、建日子では向きがちがって手も出さない、出せない、だろう。この近年、公私立の図書館も、容易には受け容れもらっては呉れない。文學文藝の、前途ある若い学究や熱愛者と今は附き合いが無い。蔵書の少なさに泣いていそうな短大や地方大学は在りそうに想うのだが、見つけ合うツテがない。
* 午前の十一時五十分 希有の大著、ウンベルト・エーコ著作の前後巻『薔薇の名前』を熟読・耽読・読了した。初読みの大著として、この20年来希有の出会いであった。途中で故障・消失しているショーン・コネリー主演、ジャン・ジャック・アノー監督映画『薔薇の名前』をテレビで観た、残り惜しかったと告げると即座に「尾張の鳶」 東京創元社刊の上下二冊を贈ってきてくれた、なんという幸せか、読み終えて感謝感激に堪えない。わたしはこういう「幸せ」をどんなに沢山の友から戴いてきたことか。
残年の足りまいのを惜しみながらも、此の作、近いうちに繰り返して読むに違いない。
2023 6/5
〇 秦さん 何度か試みて、いま ようやくホームページらしきに辿り着きました。
ありがとうございます!
おめでとうございます!
わたくし、順調に回復していますが まとまった時間がとれなくて… 気にしてるせいか 秦さんの夢を見たりします。
今日の午後は晴れて テレビに映る関門海峡も穏やかでした。
明日からまた大雨予報です。 下関 碧
2023 6/5
〇 老境の杖を頼んでゆっくり歩いておられ。
作家の宿命に立ち向っておられる。
ご本を頂くたびに心が痛みます。
梅雨寒の日もあるかとおもいますので お気をつけてお過しください。
感謝 京 山科 あきとし じゅん 詩人
* 感謝。得手とは謂えませんけれど 「怺え」て 歩んで参ります。 秦 生
2023 6/5
* パソコン「新・舊」両機の連繋やホームページのことなど、可か不可か半端か、発信しているのかどうかなど、まるで判らない。鷲津君や柳君の目になにかしら相応に映じているのかしらん。
2023 6/5
* 「お二人(=夫妻)のお大事を願っています。」と結ばれた、ごく親しい方からのお便りがあり、一瞬、ドキッとした。「お大事になさって下さい」のお気持ちに相違ないが、この「物言い」としてのちがいは、微妙にあやうく。
2023 6/6
〇 秦恒平様 「湖の本」第百六十三巻を御恵贈賜りありがとうございます。
ご体調の万全でない中 「湖の本」発想のお手配をしてくださいますことも もったいないことと感謝申し上げます
村上開新堂は明年に百五十周年を迎えます イギリスの祝い菓子の代表的なものが ウェディングケーキだったのでしょう 弊店には「ウイデン」と呼ばれてきたフルーツケーキがあります ウェディングがうまく発音できす「ウイデン」になった いわば明治の日との訛と伝えられてきましたが 音も音数もかけ離れていると納得がいきませんでした ある日ふと weddinをフランス式に読むと「ウェダン」「ウェデン」に近く 「ウイデン」とも近いと閃きました 私の曾祖父がフランスの菓子職人から学んだフランス経由のイギリス菓子 そうした学習の路筋が見えてきて 初代の修業の一端を捉えたような気がします つまらぬとを書きまして失礼いたしました かしこ 山本
* いつも有難く嬉しく戴く村上開新堂大看板の「クツキー」の重い缶を掌に置いて、御当代の興深い述懐に、頬をゆるめた。有難う存じます。いよいよのご清栄を願います。明治維新、諸外国との宮廷、政府の「親近の場」に似合うかとして村上開新堂のフルーツケーキ「ウイデン」も誕生したと伺い聴いている。お店が、宮中に間近くのお壕外に在るのもわたくしは見知っている。山本さんとのお付き合いも久しい、何十年になるか。
2023 6/7
* 私・秦恒平の「ホームページ」は「何処に開いているのでしょうか」と、不審の問い合わせ、頻り。
實は、私にも判らない。東工大卒鷲津君、柳君の「苦辛」がどう活きて働いているのか、事実は、此の私の力不足、理解が、何処へも行き届かぬまま、事実上、設定が立ち枯れているらしい。両君の好意熱意と設定に、私自身が体力消耗で途中にヘバって、マイってしまったために、仕方なく半途に立ち往生しているのだと思う。困りました、が、私の至らなさであり、両君ゆえの現状ではありません。
秦の父は、今の私のいま年齢八七歳頃まで、京都市内で現職の「ラジオ・デンキ屋」さんだった。わたしには所詮は商売を継ぐ「電機」技術を理解もちからも無かったのだ、私はひたすらに「読む」人として成人し、秦の父は徹底して本など一冊も読まず、いつもラジオの腹を暴いては機械に触れていた。その点で、父の「もらひ子」恒平はツボにはまらなかった。
2023 6/7
〇 秦先生 CC. 鷲津様
やはりホームページへのアップロードが上手くいっていない様子ですね。
このメール「旧機で」書かれたのでしょうか、新機でしょうか。 (舊機です。秦)
どちらにしても、一つ一つ、やって行ければいいと思います。
多分、5段階くらいあります。
0) 旧機で文章を書き、旧機に保存されているファイルからコピペしてメールを送っている(現状)。
1) 旧機で文章を書いているけれど、ファイルは新機に保存されている。
(新パソコンライブラリというフォルダ内のファイルをいじっている)
2) 新機で旧機で書いたファイルを開けられる。
3) ホームページにアップロードするソフトを立ち上げられる。
4) ホームページにアップロードするソフトのaisatsuというファイルに文章をコピペし、
上書き保存することで、ホームページが更新される。
5) 新機でそのまま文章が書ける
といった感じでしょうか。
私が前回行った時に2まではマニュアルを作り、
先生にも実地で復習していただいた感じです。
鷲津さんが 3 以降のマニュアルを作ってくれた、というリレーでした。
先生の今の感覚はどこまで行っている、という印象でしょうか。
4 までやったつもりだが、ホームページが更新されてない?という感じですか? 柳
* ウーム。心神 ヘタばっていましたので、実感というのを持ち侘びてるんやなあ。
2023 6/9
〇 お元気ですか、みづうみ。
お元気でいらっしゃるのか、お目の具合は如何かしら、等々、とても案じております。
もし、メールを書いていただくことが叶いましたら、一行でよろしいのでご様子をお聞かせいただければ嬉しく存じます。
じめじめと蒸し暑いお天気です。どうかどうかお大事にお過ごしください。
奥さまとご一緒に百十二歳までも長生きなさってください。 夏は、よる
* このところ親身に親切なメールをどこからも貰えてなかったので、嬉しく読みました。『或る往生傳』の気味をこころよく酌んで下さっていて、これにも痛み入りながら、感謝感謝。
2023 6/9
◎ 日本唱歌詩 名品抄 38 (岩波文庫『日本唱歌集』を参照、秦が「抄」。)
○ 早春賦 吉丸 一昌 大正2・2
一 春は名のみの風の寒さや。
谷の鶯 歌は思へど
時にあらずと 聲も立てず。
時にあらずと 聲も立てず。
二 氷解け去り葦は角(つの)ぐむ。
さては時ぞと 思ふあやにく
今日もきのふも 雪の空。
今日もきのふも 雪の空。
三 春と聞かねば知らでありしを。
聞けば急(せ)かるる 胸の思ひを
いかにせよとの この頃か。
いかにせよとの この頃か。
* これぞ、これこそ、私の人生歌、「生歌」そのものであった。ただ季節とし ての「早春」ではなかった、若者の、青年の、奮い立つ蹶起、決志を励ましてく れる「みごと」としか謂えない美しい「声援・応援」歌と「青年の私」は聴き、 かつ、心して胸中に歌っていた。
学生時代からついに故郷「京都」を離れ「東京」で就職したの「早春」、社内新 聞から入社の思いを短く言えと求められたとき、なに躊躇うことなく、ただこの 「早春賦」一番の詩句を書き抜き、余の一言も加えなかった。まこと本意・本志・ 決意であった、会社も仕事も、組合も、上司も、同輩も心頭に波立てず、ただ私 は「此の先へ」のびてゆく吾が「春夏秋」をどう生きて行くか、今まだ「ときに あらず」の視野へ目を見開いて自身を正すほか何もなかった、ああ、いや、明確 に私はもう「希望」していた、「創作」「小説「文學・文藝」へ。だが「時にあ らず」と「聲」ひとつ立てなかった、新婚の「妻ひとり」の他の誰へも。そして 「翌60年初夏」から、時の「安保とうそう」を背に感じたまま、処女作『少女』 『或る説臂翁』へ踏み出したのだった。ありがたい、すばらしい、美しい唱歌の 『早春賦』であったと、感謝はいま「やそしち老」の胸にも篤い。
掛け替えの無い私さようの「早春賦」に、むろん黙したまま、永く心そえて下さ ったのは、当時いくつもの大學での講壇に立たれながらも、株式会社『醫學書院』 の「編集長(のちに、副社長・社長・相談役」)であった、もうすでに鷗外研究、 康成研究に「新生地」を開かれていた長谷川泉であったのは、間違いない。そし て私の入社受験、最期の「面接」をされた社主の、鬼よまむしよと恐れられた金 原一郎社長も、私在職の15年半、いやその後も亡くなるまで實に永きにわたっ てり、一社員に過ぎなかった私の「早春賦」に聞く耳を向けていて下さった。
* 「葬式」は反対だ、これは『告別写真だよ』と、「秦恒平君 社長」と日付も手書され、「写真一枚 お織りします お受け取り下さい」と書き添えられた、實に佳い、懐かしい上半身写真を、金原社長、或る日、突として私の当時一課長として勤めていた五階自席へまでお持ちになり、笑顔で手渡して下さった。そのお写真、いまも此の私書斎の一等間近に頂戴したまま大切に荘ってある。「拙い谷の鶯の声」をいまも聞いていてくださるだろう、長谷川先生も、もとより。
2023 6/11
〇 梅雨らしき日が続きます。如何お過ごしでしょうか。
『薔薇の名前』も『ダ・ヴィンチ・コード』も、映画だけ見ていては到底理解できないでしょう。ヨーロッパやアメリカの宗教文化世界で育った人なら、そのまま理解できるかも
しれませんが、教義のいろはさえ私たちは殆ど知らないのです。『薔薇の名前』の世界
は暗黒の中世の感があります。最近のヨーロッパ中世研究は必ずしも暗黒の中世とは限
らないと言います・・ブリューゲルの描く農民たちの絵に垣間見る如き陽気さ、強さ・
・それは鴉が指摘された日本の中世の楽しさ、人々の生き生きした営みでもありましょ
う。いささか宗教的傾向が強いことは見落とせませんが。
迷宮の図書館は・・何故かスペイン現代の小説家カルロス・ルイス・サフォンの『風の
影』と一連の小説を連想させます。「知の宝庫」とは、不可解なミステリーロード。
修道院の暗さ、不気味さと書けば誤解されかねませんが、一種の怖さも感じます。地下
の納骨堂など・・やはりいくら聖なる空間と言っても敬遠したい。不気味な冷たさを実
感したこともあります。その気持ちと矛盾しますが、再訪したい所の一つはスペインで
す。宗教裁判、アラブ・イスラム勢力との長年にわたる抗争、そして融合。更に第二次
大戦後も長く続いたフランコ政権の存在などあまりに暗い要素ですが・・それ故いっそ
うの光と影を感じるのでしょうか。
『ダ・ヴィンチ・コード』は注釈解説本なども出されています。マグダラのマリアの存
在、最後の晩餐の絵の解説など否応なく興味を掻き立てられます。映画では筋を追うこ
とさえ困難でした。
イタリアにフランスにまだまだ勁く誘われます。異端と決定された宗派、例えばカタリ
派のことなども考えたりします。凄まじくて耐えられませんが。
最終的には興味関心は強くてもキリスト教徒でないわたしには到底理解できない、と思
い定めることになるのでしょう。
自在に海外に旅行できる鳶ではありません。友人にはこの半年で二回ヨーロッパに旅行
した強者もいます。ロマネスクへの興味、個人でガイドを頼んでの旅とか!!ああ、と
わたしは悲鳴?をあげたいほど。一ユーロが150円に近い最近では心もとない財布を
嘆くことでしょう!!唯年齢を考えれば行きたい場所を厳選し計画する必要があります
。ただし現実にはまだ動けない・・。
朝のベル、ありがとう。ありがとう鴉。
梅雨に入って今日も雨 お身体ご自愛されますように。くれぐれもくれぐれも大切に
2023 6/12
* 「ま・あ」ずと目覚めて、ふと、空腹感。外は雨あがりか、冷いやりと。
中・高同窓、しかしほぼ何も関わり無く、口を利き合うた覚えもなく、中学での全校学級委員会で顔を見知っていた程度の渡辺節子が、この春さきにふっと送って来て呉れたなさしく手編み袖無し真緑の上着をやや肌寒い日には着て過ごしていた。組もいつも違ってたし、高卒以来の何十年いちどとしてであっていない、が、たまたま同窓会で編んでいた卒業生名簿に昔の儘のじゅうしょしめいをみつけ、出来合いの「湖の本』震撼を贈呈しておいたのだった、毛糸編み緑の袖無し上着はその返礼かのように贈られてきた。これも人生不思議哉と珍らしく、感謝して頂戴した。渡辺節子が、粟田小学校で「三節」の一人と呼ばれていたのは、いつともなく聞き知っていたし、安藤節子も中村節子も心親しくよく知り合っていた、「(お)澄まし」と、男子連によくいじめられていた渡辺節子とだけは何の折衝もなく、ただ、彼女が中学時代、ひとり、人のいない講堂で大きなピアノを弾いていたのは、たまたま見て聴いて覚えていた。
知る限り、講堂のそのピアノの弾ける女子が、もう一人、我が家の真向かいに育った石塚公子がいた。この「キミちゃん」とは、同じバスの送迎で、馬町(うままち)の上(かみ)、京都女子大付属のような「京都幼稚園」に通っていた。ちなみに、戦時にもまるで空襲されなかった京都市で、ただ一度不発の爆弾の真夜中に落ちたのが、此の京都幼稚園の庭であった。
2023 6/13
〇 秦さん
ホームページ おめでとうございます
お見事です バンザイです
ありがとうございます
約45×110cmに拡大しみた金色の
「方丈」に最敬礼をしました
「方丈」から「東工大工学部教授室」まで
膨大な「私語の刻」でした
元気を頂いております
実は私もパソコンの本体の器械を変えてみた
ところでまだまごまごしております
コロナゆるめずにおります
元気を出して頑張ります 千葉 勝田e-old 拝
* 嬉しいお便りながら、私めは、自身の「ホームページ」に自覚して「行き合えた」ことが一度も無く、つまりは夢うつつのように機械に向き合うています、やれやれ。
〇 お元気ですか、みづうみ。
「疲労の池に浮かんでいる」中、「私語の刻」お送りいただき申しわけなく、ありがとうございました。大切に読み続けます。
「ご要望の儘に。」の意味がよくわかりませんが、秦恒平研究サイトを起ち上げ、その質問についてのことであれば、ご信頼いただいたことを光栄に思いますが、「私語の刻」のご送付のことのみでも嬉しく喜んで頂戴いたしました。 夏は、よる
* 視力の衰弱甚だしく、困る。老境の通有と諦めていて佳いことではあるまいが。
2023 6/14
* 「谷崎潤一郎にかかわる著作や文献」を大きな箱で三箱、母港の国文科へ贈った。処置してくれるだろう。
2023 6/14
* 仙台の遠藤恵子さん、綺麗な箱に幾重にも満たされた「桜桃」を桜桃忌前に贈って下さる。54年前の1969,年桜桃忌の六月十九日に、小説『淸経入水』により「第五回太宰治文學賞」を受賞した。わたしは、本郷の医学書院に勤めていて、遠藤さんは若い同僚社員であった。保谷の社宅に暮らしていて、建日子の生まれる直前まで、私たちの部屋へきて茶の湯の作法を私に習ってもいた。久しいなあ。私が退社後、遠藤さんも退社されて、のちには仙台や近県で大学の教授また学長さんまで務められていた。
口あたりまろやかに美味しい桜桃を、たっぷりと。ありがとう。
2023 6/15
〇 お元気ですか、みづうみ。「疲労の池に浮かんでいる」中、「私語の刻」お送りいただき申しわけなく、ありがとうございました。「ご要望の儘に。」とは、秦恒平研究サイトを起ち上げについての質問にであれば、ご信頼いただいたことを光栄に思います、が、「私語の刻」ご送付のことのみでも嬉しく喜んで頂戴いたしました。 夏は、よる
* 私の「書いた」「語った」こと、つまりは「書くも語りもしていないこと」は、私のこの機械クンが確保し公開してくれている。そのかぎりに於いてどう論議なり活用なりされても、それは私がとかく言う事で無い。何かしら「建設的」であって欲しいとは願うモノの。
〇 ホームページは やはり読めないですが、お変わりないですか。
第三日曜の明後日は、父の日ですね。
父と先程電話で話しました。八九歳の父も八五歳の母も、幸い大きな病気もなくて元気ですが、時々気弱な事も言います。
七月には大阪の文学館で仕事もあり、その前にちょっと帰省、終ってから京都に二泊します。久しぶりの京都、宵山の前ですが、きっと観光客も多い事でしょう。今月末締め切りの仕事を幾つか抱えながら、どこへ行こうかと考えています。(やそしち様でしたら、どちらにいらっしゃるのでしょう)
この週末は、真夏並みの暑さとか。
食べやすいものを少しでも召し上がって、目を適度に休ませてください。
どうぞお元気で。 澤美
* 何事か異変に遭遇すれば、ためらわず「京都へ帰る」気でいる、その京都で早速にも行って見たいところ、とても一、二に絞れないが、先ずまちがいなく、知恩院した、白川ぞいに北へ向き、やがて東向きの小路を粟田口へ出て南向きに坂をのぼり、巨樹に掩われた青蓮院から巨大なお城の、知恩院の奥山をめぐって円山公園へ降りて散策、「祇園さん」八坂神社を西の大門石段上から石段下へ四条大通りをながめ、思いで多い歩道を花見小路西、北向き細い路地奥での中華「盛京亭」か、四条南側、縄手ちかいやはり南向き路地奥の割烹「千花」の贅を懐かしむ、か、すぐ西に目疾み地蔵さんにお参りし、劇場「南座」脇の「松葉」で鰊蕎麦を味わうでしょう。
それでなければ、
一散に泉涌寺下、即成院まで車で走り、下車。東へ居並ぶ幾つもの脇寺に添って坂道をのぼり、先ずは『慈子』と出会いの懐かしいかぎりの来迎院静寂のお庭で「憂き時と世」を忘れたい。
そして泉涌寺境内の砂を踏み、眼下の母校日吉ヶ丘高を懐かしみ西へ降り道、やがて大機院わきから洗玉湲を越えて「東福寺」宏壮の境内をもとおり歩いて「帰るのを忘れる」でしょう。
そして気を取り直し、七條東の静かな恩賜博物館の名品に堪能するでしょう。館の真向かいは「平氏の遺産」三十三間堂。
* 疲れきってか他に理由があってか、たしかに早く起こされはしたけれど、一仕事のあと、夜昼の判じも就かず、よくよく寝入ってはや午後三時、夜中かと思いながらふらふらで目覚め、此処、機械(パソコン)の前へ来ていた。
京祇園の橋本嘉壽子さん、弥栄中三年五組で一緒に卒業した女友だちから、京風の凝ったお菓子とも塩吹き「出汁の素」とも謂える『初霜』の珍味を戴く。ありがとう。此の「嘉ぁちゃん」は、健康の理由から一年上にいた人、幸いに、元気にひさしく「湖の本」にも最初から付き合ってもらっている。ますますお達者でいて下さいよ。
「この学年」女子では、嘉ぁちゃんと同じく最初っから読者でいてくれた中村節子さん、最近に翠の毛糸でジャケットを編んで呉れた渡辺節子さん、それに割烹「浜作」の大女将だった北村洋子ちゃんの四人が健在。有済小学校卒では「お嫁」候補だったと聞く、いまも踊りの「おっ師匠はん」の林貞子ちゃん、高卒では私筆名「菅原万佐」になって呉れたうち菅井チエ子さん、樋口万佐子さんが嬉しくも健在で、「湖の本」をいつも送り届けている。
2023 6/17
* 群馬の都沢志都子さん、めずらかなお菓子と、沢山な、冷やして呑む栄養ドリンク「カルタン100」を、持ち上げられないほど重々しく頂戴した。夏向きの躰が喜びます。
2023 6/18
* 機械の不安絶えない。
『秦恒平 湖(うみ)の本』の今後の続刊を近々にもどこかで(170巻あたりで)収束し、あとは「機械」の安定・確実な「ホームページ」『作家・秦恒平の文學と生活』で黄海を継続できればと願懸けている、が、不幸にして「ホームページ」の精確な建設が、いや『再建』が、東工大卒有志の好意と応援にかかわらず、確かとまだ起ち上がらない。この「難所」を何としても無事通過しないでは、「先途」が望めない。ぜひにも妙案が得たいところ。
い゛んのホームページ組み立ての何か記録らしきが在る気もしている。晴々と誇らかな『ホームページの顔』をしていたが。「顔」はもういい、実質『私語の刻』により「文學とせいかつ」とを発信しつづけたい。知恵がほしい。
2023 6/21
〇 お元気ですか、みづうみ。
お疲れはぬぐえないものと思いますが、身体も精神も機械も、奥さまも猫ちゃんズもご無事でしょうか。毎日そのことを想って過ごしております。
梅雨入りはいつからか夏入りになってしまいました。どうかどうかお大事にお過ごしくださいますように。 夏は、よる
* 「食べては、いる」気でいるが。此の雨気り重たさをやせ細った全身に被っている。誰しものことと、諦めて耐えている。たえる術は「読み・書き・讀書と仕事」に変わりない。願わくは私の此の「きかい・ばか」が幾らかでも改良されたいのだが、アキマヘンなあ。「ラジオ・電機屋のセガレ」で育ち、「国立東京工業大学教授」を定年退官していながら、「ホームページ」建設はおろか、勘弁にパソコンも日々難渋してまちもに扱えない。情けない。
2023 6/21
* 群馬対教授になっている岩崎宏英君ら数人のメールやハガキをもらっている。
今夜は、もう疲れている。明日に期して、なにごとも。
* と思うところへ御母上を急に亡くされた方のメールが届いているのを付けた。きゅうッと胸が縮み痛んだ、逝く方、遺る人たち、ただ黙祷を送ります。
〇 懐かしいニ作(「少女」「或る節臂翁」)届きました。夜読み直します。 尾張の鳶
2023 6/28
〇 いつも「湖の本」をお送り下さり、まことに有難うございます。
「或る折臂翁」読ませていただき、最後のところで血が凍る思いがいたしました。
また、年賀状ベスト5に選ばれたのは、身に余る光栄でした。
「やそしち翁」になられたそうで、おめでとうございます!
こうなれば「くそ爺」まで、あと一息ですね。くれぐれもご自愛ください。
有難うございました。 京都 桂 服部
* 八七歳「やそしち」翁の気でいたが、いずれは「九十 くそ爺」と。ウーン。
〇 湖の本 第164巻 ありがとうございます。
今日の下関は昼前に 「物凄い」雷雨でした。
いまは晴れていますが遠雷が聞こえます。
今月の母わたきしは働きすぎ、頑張りすぎ〜午前に杏ジャムを作り、午後はドクダミと格闘〜で熱中症のようになり、点滴を受けました。これで三年連続ですが、時季が早すぎます。
東京も蒸し暑いのでしょう、早めに冷房使うなどご用心なさってください。
私語の刻 五月三十一日以降が表示されません。スマホだから読めないのか、何かまたトラブルかしら?と思いながら、こちらの宿題も果たせていないのでお知らせもせず過ごしていました。
「湖の本」届いたので、重いご病気ではないと安心しました。
どうぞくれぐれもお大事になさってください。 大庭
2023 6/29
* 「真夏」を実感しながら一夜寝て起きた。浮腫止めも効いたのだろう上腕の細いことは。
そして「六月」が果てる。歳の半ばが過ぎて行く、今日一日で。昨日親しい読者のお一人から励まされた、と想いたい、いま「八七歳 やそしち翁」でもやがて「九十歳 くそ爺」になる、「九十九歳 くそ臭い」まで生きてみろ、と。黙っていよう。
〇 月さま 花籠より
「おーい、おーい、元気ですかァ お声をきかせて下さい」
長期留守にし、帰宅した机に重ねられていた御本。慌てて開くと、不義理を重ねていた身を案じてくださるお言葉に 涙があふれました。
コロナ禍で長男家族が感染。
その影響は孫(次男)の長期後遺症に依るその間の休学。登校後、勉強が解らないプレッシャーに身体が悲鳴をあげ、医療へ。登校拒否で**の家の近くにある施設で半日学ぶ生活。夫婦共稼ぎに少しでも手助けにと、自宅を同居の三男に頼み、出掛けていました。
その間、三男も職場感染の煽りを受け、過剰勤務に。今年に入り「仕事辞めるかも」と。好きにしたら良いよと返事。それまでも5時前出勤、帰宅午後8時以降が20日以上の生活に、私が居ない負担が重なっていた様子。会社が休日を増やす配慮で、退職は回避。
戴いた御本に記載された「謹呈」の文字に連絡を怠っていた三男。無理を強いていたこともあり、留守を有難う、と。
私は少し…いや、大きく「横に」成長しました。5階までの階段が助けになるかどうか、怪しいところですが、これから軽くなるように心掛けたいと、思っています。
月様、奥様、時節柄どうかくれぐれもお身体おいとい下さいませ。有難う御座いました。
御本、これからゆっくり読ませていただきます。
取り敢えず、近況と御礼まで。 四国の 花籠拝
* コロナ禍がいかに険しく蔓延し燃えさかったかが察しられ、まだまだ油断成らないと此処三年半ほとんど保谷の外へ出ない私ら夫婦、まだマスクを手放さない。
「花籠に月をいれて」と閑吟集に親しみ名乗り合うていた人との實に久々の交信となった、喜びたい。
〇 湖の本164 昨日届きました。有難うございます。
お疲れは出ていませんか。
早速「私語の刻」のページを繰りましたら、最初に、復興の港町・気仙沼から戻って来たときのメールが。
まだほんの7か月前ですが、この半年、一年は、私にとって大きな転機となりました。 やそしち様にはどんな日々だったのか、164、拝読させていただきます。
今日は、今年一番の暑さだったとか。
夏空の熱海へ移動してきましたが、海開きを控えたビーチには、はや、ライフセーバーの監視台が設置されていました。
明日は六月尽。梅雨明け前で、天候も不順ですね。
くれぐれもお体をおいといくださいませ。 晴
* 晴々と、博士の研究に新天地が加わり広がりますよう。健康が一です。
2023 6/30
* この頃の「讀書」は従來の継続、全四十八巻の『参考源平盛衰記』第十九巻で、文覚の暴れぶり、頼朝の蹶起へと読み終え、第二十巻に入る。じつに躍動の「文献読み」、惹き込まれ湯に浸かりながらも赤ペンを手に読み継いでいる。全十冊の岩波文庫版『水滸伝』の講釈も「あまりに面白くて」湯に浸かりながらも読んでいる。多彩な「豪傑」たちの生彩そのものを呑みこむように。ついでのように、もう平安時代から今日まで日本でしか観られなくなっている唐代伝奇小説、張文成作『遊仙窟』の詩また詩のエロスを胸にいっぱい吸い込んでいる。朝鮮を「代表する」といわれる熱烈な鯉物語の『春香伝』も、もう片手に摑んでいる。
秋聲『あらくれ』 藤村『新生』そして『源氏物語』「少女」巻までも耽読。
この「弱りゆく視力」でいつまで「読み続け」られるかなあ。
* 途方もなく,限りもなく 睡い。気がつくと寝入っている。私、生きているのだろうか。
〇 六月盡
一昨日は烈しい雨に目覚めました。今日も夕方から雨空になるようです。
如何お過ごしでしょうか。今回の御本は 発送作業について書かれてなかったので、突然のプレゼントのように思われ 驚き 嬉しかったです。
『或る折臂翁』 これはもう 鴉 独自の世界だと再確認。小説冒頭の反戦、戦争忌避が強く記憶に残っていたのはわたし自身の感性に従っての読みに過ぎなかった。その後の戦中戦後の愛し合う二人の暮らし、そして「悪」を体現したかのような一人の男、ただしこの世の中にはこのような人はかなりいることも事実です。
微妙な言葉一つ一つの使われ方も、いつものように息を呑むほどに感じました。
終わり の凄惨は、鴉の「趣向」のようにも思われ‥こう書くと叱られそうですが、鏡花の世界に通じ、改めて強い衝撃に近いものでした。『慈子』の中のお利根さんも自害して最期を迎えましたね。それでは 鴉が自殺を考える人かというと、違う。
わたしは日常ではとても現実的、散文的な人間ですが、時に悲観的な人間で 自殺を考えたこともありました・・どうして自殺など考えるのかと鴉に問われたことがありました。人間とは 自分とは 何とも理解しがたいものです。
昼12時、書いている今、テレビでジョージアの駐日大使が出ています。ウクライナもジョージアもロシアとの深い因縁・・実際に旅したことで、ごく自然に状況を受け止め理解できるような気がします。ロシアとの国境近くまで行った時、このすぐ西には紛争地帯があるとは信じられないほど静かで美しかった自然がありました。
世の中はロシア・ウクライナの政情、潜水艇タイタン、市川猿之助などなど次から次へ慌ただしい。
空が暗くなって雨が降り出しそうです。
どうぞ元気に 美味しそうなものできる限り食べて、少しでも太って下さい。
東都の鴉 元気に 大切に。 尾張の鳶
* 佳い声を聴かせて呉れました 尾張の鳶よ。『或る折臂翁』にも、また、此の鴉にも懐かしく親しい「グルジア」のことも、胸を鳴らして響きました。
私も、ジョージア大使の話しているテレビ画面を聴いて、観て、いました。海外の旅経験の少ないからすでが、「グルジア」の人と自然と文化の懐かしさ、険しい国際環境の実感は、今なお痛いほど胸に心に溢れています。書けばかぎりなく書かずに済まないでしょう。親切で聰明で優しかった案内と通訳のエレーナさんも、叔父さんのように優しかったグルジア議会の代議士ノネシビリさんも、当時ソ連との険しい力関係の中で不幸に亡くなったと後に聴きました。ネシビリさんはいろんなめずらかな佳いお土産を呉れました。そのひとつは、掌に握り続けていないと、置けば中の飲み物が零れてしまう土製の酒杯、懸からす葉それを今も愛用しています。すばらしく大きな山羊か鹿かの美しい角も、満たされたワインでも酒でも飲み干さねば下に置けない。「グルジア」の人たちの歓待は、陽気で、どこか優美でさえあったなあ…。世界を飛びまわってきた「尾張の鳶」旅の豊富とは比べものになりませんが、一に懐かしいのはと挙げるなら、わたし「東都の鴉」は「グルジア(ジョージア)」と開けつつこたえながら変わらぬ「ソ連・ロシア」の非道さを悲しみます。
お元気で。 カン三郎
〇 大変御無沙汰して居ります、先日「湖の本164」ご送付頂き有難う御座いました。早速楽しんで読ませ頂いてます。
私の体調は、芳しくなく日々を送って居ります、独りの生活になって、やっとなれてきました。近頃は介護のお世話で一週に二回送り迎え付きで 能訓練に出かけております。今日も行ってきました。段々と老人の生活に成りました。
今月の17日は 日吉ヶ丘(=高校、私たちの母校)へ、後輩が迎えに来てくれまして、あの「雲岫」のお茶室(=高校生の頃、私が「茶道部』を創設し、作法の指導を続けていた校舎内の茶室)まで行って来ました。こんな日々を過ごして居ます。
これからまだ暫くうっとしい日々が続きます、体調に気を付けてお過ごし下さいます様に、 華子 (=秦より二年歳下の茶道部員。茶名・宗花 日吉ヶ丘茶道部「雲岫会」の久しい「その後」を委ねてきた。)
* わたしの、送迎バスで通った馬町坂の上の京都幼稚園まぢか、ほぼ真横に旧姓鳥羽華子の家は在った。幼稚園は京都女子大の付属だったろう。
気強く、どうか元気でと祈ります。
〇 秦先生 大変ご無沙汰をしております、丸山です
是非是非お会いしたいです。馳せ参じますので、よろしくお願い致します。
我が家の娘たちもそれぞれ頑張っていますので、そのご報告も是非。
また、ちょうど来週7月4日付で(省内)人事異動しますので、そのご報告にも良い機会かな、と。今回の異動は「もしかしたら、地方に行くかも・・」と思っていたので我が家も少しザワつきましたが、結果は同じ建物で100mほど動いただけ(フロアも同じ!)でした。
日程は櫻を通じて改めて調整させてください。
それではお会いできるのを楽しみにしています。 丸山
〇 秦先生 CC. 鷲津様、丸山様
こんにちは。 突然暑くなってきましたね。 私も就寝時にクーラーをつけ始めました。
暑苦しい私の相手は疲れますから、今はあまり無理せずに、7月まで待ちましょう。
7/9(日)もしくは7/16(日)の週末(土日)辺りにうかがいます。
次回は丸山くんにも声がけしておきます。
丸山くんの元気そうな顔をお届けしますね。 櫻
* 親切、痛み入ります。
2023 6/30
■ ああ 〇ちゃん お元気そうで
何よりです。何よりだ。 近々に顔が観られると。何よりです。 奥さんも お嬢ちゃんたちも、熱暑をまぢかに、健勝でと願いますよ。
わたしは、あいかわらず 機械クンとの 能の無い葛藤にも苦闘しながら
あるはあり あるはあれども あるほどは無いサイノーに 途惑ふ日々ぞよ 秦
* やれやれ。へと・へと。
* そんな私へ、高麗屋 二代目松本白鸚夫妻、涼しくも花やいで 朝顔の鉢植えを下さる。 嬉しく戴いて、目のとどく陽射し上に置いて楽しみ居ります。
* 中高同窓、久しくも久しく敬愛し親愛する「テルさん」こと西村明夫クン(元・日立の重役)、心入れの和風洋風多種多彩な私このみの菓子の大函を贈って呉れました。有難う。
敗戦後の、京都市立有済小学校いらい同年同歳で馴染んだ、古門前「林家」の養女の貞子ちゃん、もう久しく若柳だか花柳だかの踊りの「おっ師匠はん」、ひところ大人らの間ではわたしの「お嫁」候補だったと、本人が、超の老後に笑って教えてくれた美女からも、例の、わたしの好きな「鰻料理」を夏向きに送って来て呉れた。實を謂うと京都をはなれてこのかた一度も顔の合うたことがない、が、電話をかけてきてくれて、こえだけで昔の儘に賑やかに話すことは在る。いかにも小説の女主人公に創りやすい心親しい旧友である、『或る雲隠考』のなかへ化けて呉れている、純の創作で在るのは、謂うまでも無いが。
* やはり昨日今日に頂戴した東北住のやはり久しい唄友伊藤幸子さんからの名酒「鷲の尾」一升恰好の肴におっ師匠ハンの「鰻」料理を戴く。
2023 7/1
■ Re: **さん 御見舞いの言葉も胸にふさがり、半日を黙祷の儘読み書きの仕事に身を沈めていました。
そして夜は更けてきました、 ただただ近づく手術の平安をと願うばかりです、無事のご恢復を祈りながら、**さんだもの乗り切って下さると拳を堅く握っています。真夏という季の陽気がご回復へと手伝ってくれますように。
めずらかな好著をお頒け下さいますとか。うれしく御厚意に甘えます、ぜひ識りたい読みたい想いふかめたい主題です、願わくは邦訳されているといいがなあと、ちと、弱音も抱きながら。 ありがとう存じます。
「やそしち老」の足取りをつい愚痴っていますと、読者から「くそ爺」の境にすら三年もあるぞと、手痛い励ましのビンタを食いました。「くそ爺」の境涯や如何。散策そのまま、とぼとぼと、日々、歩いています。
**さん ご無事に回復され、一緒に歩きましょう。 秦 恒平 七月一日 夜に
2023 7/1
〇 先生、何度もメールを差し上げ申し訳ございません。
「有済」という名前が出ていたので、70年前を想い出し懐かしくなりました。
小学生の頃は「有済校」という名前が厭でした。近くの小学校は粟田、新道、清水と皆んなわかりやすい名前だったのに、「有済」だけが何となく古臭くてわけの分からない名前だったからです。
もう随分前になりますが、10名くらいで小学校の同級会をやった帰りに、廃校になっていた有済小学校に行ってみると、校舎の壁に校歌が書いてあったので
歌詞を読みながら全員で合唱しましたが、歌い終わって全員しばらく沈黙しました。今なら少しは歌詞の意味もわかりますが、「耐えて忍べば済す有り」という所は 全員ナスビ(茄子)を連想したそうです。
70年も前のことで記憶も定かではなく多分間違っていると思いますが、歌詞を
書いておきますので先生も是非お歌い下さい。
学びの窓に居並びて
心は清く身は強く
難きに耐えてたじろがず
励み励まん諸共に。
耐えて忍べば済有りと
校名負えりわが友よ
朽ちざ絶えざるその名尊びて
勤め果たさん諸共に 京 桂 服部正実
* やはり「有済校」のご縁でしたか。
前にも申し上げましたか、京都市東山区の有済学区、新門前通りの「ハタラジオ店」に育ちました私には、近くの、白川、狸橋を古門前の方へ渡ったすぐ先に、「紙函屋」さんと「お餅や」さんとの「服部さん」二軒(古西町か)が、子供心に印象に残っていまして、同じ「有済校」とを結ぶ縁に、親しく記憶してきました。ことに「お餅屋の服部さん」には、一学年上の「優等生・陽子さん」がおられ、卒業式には私の在校生「送辞」に卒業生「答辞」を読まれたり、後には、私叔母宗陽の「茶の湯稽古場」にお稽古に見えたりと、懐かしく忘れないでいるのですが、「有済」と関わっての「服部さん」は、他には存じません。
「耐えて偲べば済すあり」の「有済校」や「ともだち」や「地理」のことなど、『湖の本』のそう遠くない以前に、何度か何冊かに繰り返し書いたり触れたりしてきました。御覧戴いたかに存じます。
* この服部さん、私よりはお若く感じている。なにといっても、戦時「国民学校」 敗戦後「小学校」にかかわる同期生や間近な先輩後輩の記憶や話題には胸が鳴る。多くは亡くなったが、逢いたい、話したい友だちの名や顔が生き生き蘇る。有済小学校では健在の富松賢三君に会いたくて溜まらない。
そういえば、昨日「鰻」をはるばるご馳走に送って呉れた舞踊の「お師匠はん」林貞子ちゃんが、女生徒では今や數少ないかぎりの独り。東山線東入る袋町にその昔に暮らしていた横井川貴子さんがもう一人、「湖の本」での、ご縁。
* 故旧の名で 句の一つ載ったメールが届いていた。その通りならば懐かしいのであるが、ほどなく消えて失せている。判らん。
もはや、もう、なんにも判らん。風邪ひきか。泪ばかり目を塞ぐ。九時半。想い疲労感を腕に抱いて、本を読みながら、寝よう、か。
2023 7/2
〇 秦さん メール有難うございます。「湖の本」160、161、162、163、164と次々と出されて、ゆっくりと読ませていただいています。秦さんの「読み・書き・読書と創作」の力は信じられないほどですね。
おかげで愚鈍な私にも昔の京都の雰囲気・交友関係・街並みなどもよみがえり、楽しませてもらっています。
また秦さんの友人知己からの便りもすばらしいです。
奥さんともどもお体を大切にもうすぐの米寿も健やかに迎えましょう。 明夫
* 郵便がたくさん来ていた。それぞれに有難い熱いお便りで感動、仲にはお札まで籠められてあり恐縮した。関連して御著作も何人か頂戴した。講談社の天野敬子さん、文藝春秋の寺田英視さん、石川近代文学館の井口哲郎さん、東大教授の上野千鶴子さん、画家の善知鳥精さん、作家の後藤みな子さん、同志社車の田中励儀教授等々、懇切なご感想二十数通、激励戴いた。感謝。感謝。
2023 7/3
〇 恒平先生 お忙しいのに私のメールにわざわざお返事を頂き大恐縮です。
狸橋を古門前のほうに渡ったところの「二軒の服部さん」はしりませんが、橋の手前に確か平田という、私と同級生の豆腐屋さんがあったような気がします。
せんせいのお宅のあたりには、わたしの同級生もたくさんおりましたので、狸橋のあたりにはよく遊びに行きました。
谷口さんという美術商や、 東山通に出る手前の路地に山田君というのがおり、その東隣りの大塚医院がかかりつけでした。
先生は以前からあのあたりのことをよく書かれておられるので、そのたびに懐かしく思い出しておりました。
先生とは 何故か小学校、中学校、高校と同じなのが不思議なご縁ですね。
今、なにかそのあたりのことをお書きのようとも想われ、楽しみにしております。
コロナ禍と猛暑とが襲ってきます!
くれぐれもご自愛くださいますように。 京 桂 服部
* 知恩院下 古門前通りと新門前通りとを「結ぶ」「渡す」「繫ぐ」のが剛っつくてしかも瀟洒な、十メートルとない石橋が、白川を渡す『狸橋』だった。謂わば二つの門前通りの「臍」に相当した。
服部さんのメールに出る名も家や人もみな判って懐かしい。美術商の谷口さんはいわば我が家も属した「仲之町」の顔に相当して、敗戦後の暫くは寄留していた親類を含め同年以下数人の女の子が暮らしていた。同年の「薫ちゃん」は、私が生涯を通して一等力んで勉強や成績を張り合った海外から帰還か戦災に遭ってかの、ハイカラな女友だちだった。我が家とはやや斜めに三、四軒西に向き合うていた。そしてやがてはみな銘々の根の都市歳や街へと移転して行った。想い出せば何もかもキリが無い。
2023 7/4
〇 秦先生 おこころの籠もったお言葉をありがとうございます。
自覚症状はあまりないので、蟄居している限りは元気です。
上智大のゼミは、通学による「感染」がこわいので、オンラインで受講させて
もらうことにしました。
『ラファエロ アテネの学堂』、先ほど郵送いたしました。お楽しみいただけましたらさいわいです。
私のパソコンは立ち上がると先ずこの絵画のプラトン、アリストテレスが現れます。
古典ギリシア語を学びギリシア哲学原典を読み始めて16年余りが経過しました。いっこうに進歩しないのですが、ライフワーク的な道楽になっています。 篠崎仁
2023 7/4
〇 ネット環境の無い 徳島松茂の家ですが、昨年スマートフォンに買い替え、進化した機能に四苦八苦。まだまだ使い切れていないことに、歳だなあとしみじみ感じながら、帰宅後、どうにか「私語の刻」を落とし込む事に成功し、これからは松茂にいてもご様子にアクセス出来ることに胸を撫で下ろしています。
思えば、月様のホームページにお誘いを頂いたのが、26年前でした。
ネットに繋がる携帯電話では、大きくなっていく容量に接続できなくて、買ったパソコン。転居を機にインターネット生活が始まった事。懐かしく思い出しました。
天候不順に依る体調不良などにはくれぐれもご注意なされてくださいませね。
月様、奥様、くれぐれもお身体をおいといくだされますよう。 花籠
* 御顔を見た身との無い、のに、親類のような方々が日本中に。久しくも久しい読者と著者としての有難い「ご縁」に私はとり包まれている。作家なら誰でも、とは行かない。思いが繋がっていなくては、とても。
* いま機械前で手にとれているだけの来信を、私自身合点できるよう、ただ順不同に挙げさせて戴こうか。
川浪春香さん(京都市鳴滝) 井口哲郎さん(石川能美市) 上野千鶴子さん(都下武蔵野市) 山中以都子さん(岐阜県各務原市) 烏頭尾精さん(奈良縣明日香) 石毛直道さん(大阪府茨木市) 後藤みな子さん(北九州市) 寺田英視さん(埼玉県志木市) 安川美沙さん(大阪府豊中市) 勝田貞夫さん(千葉市) 浦野都志子さん(都・文京区) 原山祐一さん(都・新宿区) 小和田哲男さん(静岡市) 荒井千佐代さん(長崎市) 藤森佐貴子さん(埼玉県所沢市) 天野敬子さん(都・荒川区) 田中励儀さん(大阪府茨木市) 菊池洋子さん(都・豊島区) 岸田準二(大阪府松原市) 西村明夫さん(静岡県函南町) 島尾伸三さん(都・世田谷区) 江口滉さん(大阪府・池田市) 宮崎弘子さん(群馬県前橋市) 木村年孝さん(愛媛県今治市) 岩淵宏子さん(都・葛飾郡) 今西祐一郎さん(福岡市) 石内徹さん(千葉県長生郡) これらは、文字通り、たまたま「昨日今日」戴き手にした「個人」としての「郵便/葉書」に限っていて、これに 全国の「大學・高校・図書館等の施設」からも「受領」の来信が数々重なる。さらには、「メール」という親書が童謡に届く。
『秦 恒平・湖の本』を配送・配本の「大要」はこれで、ほぼ、看て取れる。
新刊から次回刊行までは、おおよそ三ヶ月から半ていどで数十年間実行してきた。
慎重に書き添えておくが、この『湖の本』ここ数年來、一切「販売していない」。「頒価」は無い。一冊の例外なく、すべて「呈上」つまり「謹呈」している。
もう著作で「お金儲け」し「遺産を残す」そんな「気も」「必要も」無くなっているから。願わくは、ただうち揃って現在「やそしち歳」の老夫婦が残年を安らかにと祈り願うだけである。
喜んでいるのは、時として美しい佳い写真や繪の葉書があって身辺に飾れること。いまも安川美沙さんから村上華岳みごとな『墨牡丹』 田中励儀さんから京都御所静寂の『紫宸殿前庭』 西村明夫さんからなつかしい建仁寺の俵屋宗達『風神雷神』等々、まぢかに始終目に入れている。
2023 7/5
* 今西祐一郎先生 到来の話題のこと、ですが。視界視野みな穏和な京都に育ちました者の、反射的な納得や理解を申しますと、
当該 思ひのこすことはあらじかし は、
けっこな (=強いて謂うまでもなく=) こっちゃ と私は 読み切ってしまいます。
老耄 日々疲労疲弊に困憊しています。残年の少なさを肌身に覚えます。 どうぞ、お大事にお過ごし下さい。
2023 7/5
〇 秦先生 7月10日頃とのお話いただきましたが、今週末は都合がつきませんので、
来週末、7月15日でいかがでしょうか。そうすれば、〇くんも顔を見せることが出来そうです。
作業的には、
再度、マニュアルを作って、私が実演し、
先生に実地訓練をしていただく、という流れかと思っており、
長時間を要するとは思っておりませんが、
先日うかがった時のように、
思ってもいないことがPCで起こっているかもしれませんので、多少の時間は必要と考えています。
7月15日で都合の悪い時間はありますでしょうか。 櫻
* 夏には幼少來強いつもりでしたが、
老耄 暑濕 疲労疲弊に困憊し、半ば寝込んでいます。予約の医科通いが辛くなりました。夫婦してフウフウ、気が滅入らぬようにと心して日々を過ごしています。したい、読みたい「仕事」と「讀書」とを「くすり」に 日々服している按配です。
わずか一週間先の しっかりした約束も、しづらいほど、メゲています。
幸い、「舊機」での「読み書きとメール」とは出来ていて、この「舊機からホームページ発信」さえ出来ればと、ダケ を、熱く念願しています。
よくは判りませんが、「新機」とは「連繋」しているようにも思います、が、私の今のアタマでは、「新機」は一応切り離しています。「文章を書く」それだけの私の仕事。複雑な機械作業は無用のわたくし。文章が滞りなく「書けて」「舊機から」「ホームページ発信」さえ出来れば、有難いのです。読者に「届け」て「読んで貰える文藝」の作家なので、ただ「簡明にそれ」を希望しています、が、私の自力では、その爲の「ホームページ設営」が不可能なのが情けなく遺憾です。
「新機」の方は、ただ宏大な機械世界の機能を、好きに楽しむだけにします、「舊機」では、「書き・読み仕事」が広範囲へ「発信」出来れば良しと。
心労・疲労で健康の腐蝕して行くのを、今、只恐れ、警戒しています。
櫻君も、折角、どうぞ日々大切に元気でいて下さい。ありがとう。ありがとう。 秦
* 京・山科の詩人 あきとし・じゅん さん、お見舞い下さる。
篠崎仁さん、野路さんからもお心入れのご挨拶やご本を戴いた。
2023 7/6
〇 秦先生 暑いですね。昼間は外に出ると、熱波にやられてしまいますので、
通院もお気を付けください。
> 幸い、「舊機」での「読み書きとメール」とは出来ていて、この「舊機」から「ホームページ発信」さえ出来ればと、ダケ を、熱く念願しています。
> お疲れのところ、言いづらいですが、、、「ホームページ発信」『ダケ』は<
「舊機」からでは不可能です。
この数年、ホームページの更新が出来なかったのは、「舊機」の内蔵しているソフトではインターネットにつながらないからです。
インターネットは、悪質なハッカーがいろいろと悪さをするので、セキュリティを高めるために、ソフトを常に更新しているからです。
そのために、鷲津さんが新機を導入しました。
新機と舊機は基本的には変わりません。
気力さえあれば、同様に使えるようになってます。
ですが、「新機」を最高レベルで活用する必要もありません。ただただ、「ホームページ発信の機械」と考えていただければと思います。
ある意味、ファックスみたいなものです。
その辺を、15日にうかがう時にお話させてください。
追加して、毎週私がご自宅にうかがって、
30分程度の作業としてホームページ発信する、ということも可能とは思っていますので、検討していきましょう。
それは、以前ご提案した卒業生チームで、「ホームページ更新だけ」お手伝いしますよ、とご提案したことと同じになりますが、あの時は、まだ新機・旧機のトライ前でしたから、状況は変化しており、再度考えても良い内容かと思います。
* 深甚の好意を寄せてもらい、感激/感謝に堪えない。思案を重ねたい。一つには、私にもう「残年」乏しく、健康な若い人たちを迎え入れてお付き合いできる「体力・健康」にも切実に「不安」があるので。現に今日も、曾て体験しない「熱中症」にも負けている。
〇 秦 恒平 君 湖の本「164号」ご送付有り難う御座いました。
体重が少しでもお戻りの様子、羨ましくも、ほっと安堵しています。
私事ですが、遅まきながら最近、眼の白内障手術を、暫く不自由な毎日でした。 普通でいる事の有難さ痛感です。
ツァラトゥストラ 呼び掛けてくる「声」に惹かれ、ただその「言うこと」を聴い ている〜。聴いて応じている自分の動悸を自覚している。
「狂うかな?、私も」
87年の歴史の積み重ね、なんという、私との違い。1年余分に生きながら、何を学んできたのかしら?、私。反省。
返信遅れてしまいました。眼が不自由で機械も手書きも手がつかず、読み書きを控えてました。とは言え皮肉な事に体調だけは近来には珍しく穏やかです。
活字は健康に害なんですかしら?。 そんな事を考えながら貴君の毎日を連想。
「健康な人は読書をしない」こんな結論は暴論ですかね(笑)。 どうかお元気で読み続け、書き続けて下さい。 御礼まで。 久 拝 大學での一年先輩姉
〇 七夕です。
咲き誇った紫陽花も 花を伐る時期になりました、来年の花芽がつくように。
数日来33,34度と真夏を感じる日が続いていますが、まだ梅雨は終わっていないとか。気密性の高い現在の住まいでは未だ冷房をつけていません。が、これは老人が気温を正確に敏感に感じ取れない、その状況ではないかなど・・ふと考えたりします。
御本の中で『詞花集』『千載集』の歌の批評を楽しんで読みました。わたしは凡そ批評することが苦手で、それは突き詰めると知識の欠如は勿論のこと、モノが見えていないのだと常に意識しています。
「何を見下ろして尾張の鳶は舞ってますか」と問われて、低空飛行もままならないと苦笑い、です。自分自身の行動を家族の都合に合わせて暮らしているからでしょうか。自分自身を閉じ込めているからでしょうか。
久し振りにイギリスの詩人ブレイクの詩集を取り出しました。日本語に訳されているのは十分ではありませんし、関連の本も新しいものはありません。全訳、或いは研究会などあればと思いますが。ローマ教皇選出を扱った本やロマネスク関連の本、そして大和古寺大観。いずれも対象が大きくて立ち止まりながらの日々です。
一番の問題は絵です。油絵だったら苦労しないで手軽に進めるかもしれない、描き始めるまでの準備があります。紙を、絹を貼る仕事、膠の管理など、今更ですが。そして勿論一番大事なのは何を描きたいのか、描こうとしているのかということです。沸き立つ思いは簡単にはいきません。才能も。 東都の鴉に厳しく叱られて当然です。
祇園祭の京都。そして浄瑠璃寺の九体阿弥陀仏修理完成記念の奈良博物館の特別展『聖地南山城』が明日から始まります。行きたい!!!です。
くれぐれもお身体大事に大切に
繰り返します 元気に夏を過ごされますように 鳶
〇 お元気ですか、みづうみ。
お悔やみのメールをいただきありがとうございました。
一番悲しかったのは、亡くなる前々日、母が、もうこの世界には帰って来てくれない橋を渡っている途上だとはっきり悟ったときでした。ほとんど意識がなかったので、聴いてくれていたかどうかわかりませんが、枕元で好きな音楽を流し、たくさんの思い出と感謝を伝えました。すべて母が創ってくれた娘だから、自分がこうして生きていると思います。
亡くなってからは、嘆く余裕はなくただただ事務手続きに追われていました。看取りから葬儀まで済ませ、かつて一度も経験したことのない深い疲労感で、口を開く元気もありませんでした。今日になってやっとみづうみにメールを書く気力が、なんとか。
まず、お礼が大変遅くなってしまいましたが、湖の本164巻を頂戴しています。ありがとうございました。私としたことが、毎日疲れ果てて まだ一行も読めておりません。これから、母にも届ける気持ちで読んでまいります。
何の親孝行もできませんでしたが、順番を守り、母を見送ることが出来たことに安堵しています。人生の一つの大きな区切りでした。
七月の京都は祇園祭の季節、みづうみはどれほど懐かしんでいらっしゃることでしょう。京都人の血肉のようなもの、東京人にはないものだと感じています。みづうみの愛する京都が永く永く続きますように。
わたくしは自分の日常生活を少しずつ取りもどしていきたいと。 夏は、よる
* 「ことば」と「おもひ」が どれほど日々の生きように大きくも重たい大切なモノかに、感じ入る。まさしくも、それは自分自身の「生きの根、生きの音」なのだと共感する。共感出来ることを喜ぶ。
* 「読み・書き・讀書と創作」は作家としてのてっそくであるとともに、その「公表」に到るまで、全責任は作家自身で取らねばならぬ。「人任せ」ではない、それがいかに難儀な「機械」での「発信」にしても。機械操作が難しいなら、その方法は棄てる、そういうこと。句読点やルビの一つにも作家は責任をもち、人頼みはしない。そういうこと。
〇 秦様 迪子様
お見舞いのメールありがとうございます。
暑さの中、ご本を贈呈送本いただき、恐縮しながらお礼の一言も、申し上げず大変失礼いたしました。申し訳ですが、1日の土曜日に浴衣会で、仕舞い「阿漕」謡は「碇潜」と年寄りの冷や水ながら参加していました。
謡の「碇潜」はいただきました『平家物語』のご本を読み返しながら。ありがとうございました。昨日木曜日やっとお礼の一言ハガキをポストに。ほんとうに失礼申し上げました。
秦様 迪子さま、どうぞこの暑さを上手く乗り越えてくださいますように。そして
益々のご執筆盛んをお祈りします。 練馬 晴美 妻の女学校いらいの親友
*ほぼ縁の無かったこの人に「ようきょく」の妙を奨めたのは、ほんとに良かった。
2023 7/7
* ペンクラブの委員会や理事会で出合うていた菱沼彬晁さん多年の御労苦からついに完譯されて、中国、陳彦の超大作、「文革」の頃をまこと刺激的に思いおこさせもする『主演女優』が掌に重い三巻に成り、函に入って贈られてきた。 おめでとうと「敬意・感謝」を送る。
2023 7/8
〇 マルコ・カルミナーティ『ラファエロ アテネの学堂』(西村書店、2015)
夙に有名なラファエロの傑作「アテネの学堂」一枚だけについて書かれた かなりマニアックな本です。
美術的な解説もさることながら、画面中央のプラトン、アリストテレスを囲む「56人」の「同定」がミステリックでもあり楽しい。多くの美術全集にも必ずこの言及は有りますが、本書のその探索のレヴェルは、類書には見られません。 篠崎 仁
* お手許に2冊ご所持の一冊を送って下さった。すばらしいラファエル超大作の興味深さは文字どおり巨大な深淵を覗く心地、ゆーうっくり楽しませて戴く、有難う御座います。
2023 7/8
* 「現代画家」というに最もふさわしいお独りの出店ひさおさんから、美しい・素晴らしい「ブックアート」を戴く。手にして重厚、開いて豪奢。どうどこに置こうかと、こんなと雑駁な家住まいしている私は恥じ入る。
2023 7/10
* 篠崎仁さんに頂戴した、「名画の秘密」シリーズ『ラファエロ アテネの學堂』マルコ・カルミナーティ著。まことに佳い 興味深い「名画の秘密」であった。遺憾にして もう私がバチカンのラフアエロ超大名作の前に立つことは有り得ない。じつに生けるが如き「アテネの學堂」に群集した「哲学」の徒らの息づかいや声音や感動までを天才ラファエロは眞実觀に充ち充ちて描ききっている。そんな仲に、わたくしもまた紛れ入っているかのように胸が躍っている。
* とは云え、この暑さと我れの疲弊は、これは何んたること。昏倒しかねない。
2023 7/11
* 昨日岩手の渡部芳紀さんを初めに、さいたま市の松井由紀子さん、浦安市の島野雅子さん、都・練馬区の持田晴美さん、都下・国立市の安井恭一さん、そして神奈川葉山町の森詠さんら、お送りした「湖の本」へ深切な励ましと感謝のそれぞれに佳いお手紙を下さっている。
2023 7/11
〇 秦先生 メール配信の不具合か、本メールを今日受信しました。(もしかすると、私が見逃がしていたかもしれません)
七夕の日に熱中症とは、 星に思いをといった情熱的な熱を感じることなら雰囲気良いですが、ただただ暑い、というのは本当に気をつけなければなりません。指がじんじん鳴るというのは、重い熱中症(水分不足)かと思われますから、水分補給をこまめに行ってください。
さて、15日の件、了解しました。私の予定表から「省き」ましょう。
ただ、度々お伝えしておりますが、拙宅は秦先生の家から15分の、それこそスープの冷めない距離ですから、秦先生の調子を確認することも兼ねて、電話でご連絡差し上げようかな、とも考えます。私個人は 週末はそれほど忙しい身ではありません。(なら、博士論文書けと言われそうですが) 先週末に庭の葡萄の手入れを終えましたので、今週末は時間が出来ましたし。
先生が自分で「読者へ手渡す」ことに責任一貫持ち、それが「湖の本」として続いてきたことは、私が先生に出会った1992年「冬祭り 全三巻」を発行していた先生56歳の頃から、私自身、理解しているつもりです。また、
「残年」も「体力・余力」ももう少ないと自覚しています。
もう、いつ「終える」か知れません。
だからこそ、自身で、責任をもって努めたいのです。」
と、いう気概も理解しているつもりです。
ただ、それが「「発信」「公開」は他に委ねるという道は行きません。」には直結しない、と考えています。
なぜなら、先生が著作を刊行されていたのは、編集者がおり、発行者がいる、出版という社会でのことでしたし、先生自身、医学書院時代はその編集者であった訳です。
先生は、自身著作のすべてをコントロールしていたとは思いますが、周辺に人が介在していなかったわけではない、と考えます。
(ホームページにも スキャン後未校正のものが多くあります)
ウェブの更新を待っている人がいます。
わずらわしい元学生だな、と思われるかと思いますが、
1991年10月56歳で東工大に着任した秦先生の年齢に あと4年と近づいてきた私が 私なりに大事に人間関係をしてきた その「最も大事な関係の一つ」である秦先生の残年も少ない今に対して、一期一会で向き合いたい、と考えていることも、ご理解いただければ、と思います。
教授室で先生から
「きら星のような太宰賞選考委員の皆さんも含め、私は人間関係は大切にしてきましたよ」と言われたこと、 とても強く憶えております。そういった言葉が私の血肉になっていると再認識することが多くあります。
「お仕着せ(=押し着せ)みたいですみません。
が、それは人間関係を大事にしていることになりませんよ、と、また云われてしまうかもしれませんね。
よろしくお願いします。 櫻
* 感謝 感謝 ありがとう 深切の実意 親身の言葉と胸に響いて入ります。 秦
* 「編集者」という他人手を介さないといわゆる「出版」という関所は、むかし、おそらく今も、通れなかった。確かに私自身関所を守る「代官」であり、また時機を越えては自身「義経」であった。然様の編集者介在の「出版」であれ、今日のようにパソコンでの自身「発信」の創作や著作であれ、「手渡し」また自身「発信」ギリギリの間際まで、著者は(誰元など広げはしませんが)、私は、「句読点」の一つにさえ、「ウツ・トル」「何処・此処・其処」の仕上げに「腐心・執着・苦慮」するのです、(たとえ後日に校正という機械があると判っていても、です。)
むかし原稿用紙で脱稿の時代の私の「原稿」の蜘蛛の巣の乱れのような「手入れ」の凄みは、一つには「嗤い草」ですら有ったでしょうが、「私」という作者・著者には原稿は呼吸遣い微妙な生きもので、よく活かせるのうりをくこそが「才能」と心得ていました、だから、今も最期の最後まで自身の文章・創作に執着して「、」「。」の位置や数にも気を遣うのです。「ソコ、の、トコロ」は安易に人任せし難いのです。一種の「アホウ」なんです、が。最後の「発信」まで自身納得の作業が出来る(らしい)『ホームベージ発信』に私がしつこく願いを託するのは、それ故です。
いつも 櫻くんに逢いたい、話したい、昔のように歓談したいと願ってます。金曜の治療の日ガ「無事」に通過できて、週末に顔が観られればとは,今も思っています。もとより家内の健康もとても無視できない「老耄夫婦」なんですが。 秦
2023 7/12
〇 メール嬉しく 御心使い嬉しく。
御本「名画の秘密」シリーズの 『ラファエロ アテネの學堂』マルコ・カルミナーティ著は 読んだことがありません。バチカン、殊にシスティーナ礼拝堂には圧倒されました。
セラミックに転写したフェイクですが、徳島の大塚美術館には、それこそ古今有名な絵画が並んで一日かかっても観終われないほどです。
関東はこのところ厳しい暑さですね。くれぐれもお身体第一になさってください。必要なお出かけの時は無理なさらず、タクシーをお使いください。大事に、大事に。
中村真一郎の ”この百年の小説” 新潮新書を久しぶりに読み返しています。若い人たちはどう読むのかなど、さまざまな感想があります。 尾張の鳶
2023 7/12
* 東大助教授室から日大教授へ移られた昔の、小児科馬場一雄先生と夢に逢っていた。
生涯にもし「二十人」と忘れられぬ大切な出会いを挙げるなら、医学書院時代の十五年半からは躊躇わず馬場一雄先生、そして、ご恩の金原一郎社長と碩学長谷川泉編集長(近代日本文学・詩人)にお出まし戴く。
* 京の、東福寺大機院育ちの直木和子さん、来信。南禅寺下河原町という佳いところに棲まわれている。京のどこの大きなお寺サンも、抱えた末寺の「次期住職」確保にご苦労と。なるほど。よそながら、ウーン…。唸りますなあ。東福寺などなど観光客では大行列だけれと。
2023 7/13
* 暑いというより「暑苦しく」五体にこたえます。 先日は 医者の帰りの熱暑に当たり 「熱中症」に潰されましたが、今日も同じ江古田の奥まで 妻の受診と往復を案じ、付き添って行きました。
今日は、暑いは暑くても 空は曇っていて助かりましたが、疲労困憊は,同じこと、ほとほと夫婦でフウフウのてい、帰宅してそのまま ノビ ました。目覚めたらお相撲は半ば過ぎてました。
柳君のご厚意はしみじみ嬉しく有難い、が、やはり「明日土曜日のご足労」を やすやすお迎えする気力・体力、みすみす我々に足りていません。状態 察してくださるよう、謝まって、お願いする次第です。
さいわい、こんな風に機械で字が書けますのは僥倖、ヘタバリながらも 必要な仕懸かりの「先」を、少しは「書き継げる」のがさいわいです。
二人して数えてめいめい「八十七の爺・婆」、 昔噺の絵本に紛れ入ってるようなよたよたの日々です。
ま、勝手な自己評価ですが 「気」だけが ややまだ確かなのかもとフンバッテます。
早く元気に 柳君の 顔見たし聲聴きたし、その好機のためにも 日々怪我なく、永くは病み伏さず在りたいと願っています。状況、お察し下さい。
日々、ご家族お揃いで元気元気に、お幸せに と祈ります。 七月十四日の夕方に 秦 恒平 迪子
〇 今日の天気予報では最高気温が三十一度、少し低めになりそう。それでも、くれぐれも大事をとって江古田奥までの往復を無事過ごされますように。緊急以外は用事は後になされ、、、
ラフファエル本の事、すまなく思います。ありがとう、ありがとう。無理しないよう。
藤村の”新生”はテーマそのものが深刻で、それを書いた作家藤村は凄いと息のみます。
秋聲、読み直してみます。
次女と孫が今日シンガポールに旅立ちました。朝早くリムジンに乗るため、わたしも睡眠不足。
宵々山の京都、 鴉の 恋しいという声が聞こえてきます。
お身体ご自愛ください。 尾張の鳶
* 京都の直木和子さんに次いで、早樫(今は、今井姓)てる子さんからも、祇園会 宵やまの匂いも賑わいも添えての便りをもらった。高校生の昔の顔しか知らない,覚えが亡い、それが懐かし
2023 7/14
* 昨晩來 無二無三に寝入っていて今朝の目覚めは近来例の無い八時前であった。からだが要求していたと思うしかない。柳君が親切の機械検討のための来訪も、このフウフしての疲れようではお相手もなるまいと辞退した。八十七年の夏体験で、連日30度越えどころか40どにもという狂熱に遭うなど想像だに出来なかった。天変かと呻く。
2023 7/15
〇 秦先生
本日、ご体調優れないとのことでご自宅への訪問は取り止めになったと柳から連絡を貰いました。
暑い日が続いております。お体第一ですので冷房効かせてゆっくりお過ごし
下さい。
ただ、お邪魔するのであればお持ちしようと思っていた桃がありますので、お昼過ぎにお届けにだけ寄らせて下さい。
ちょうど山梨の実家から箱で送られてきたところでして、(毎年のことですが)自宅で全部食べるには多いので少しだけですが貰って頂けると嬉しいです。
今日は、お昼ご飯を食べたら浪人生(!)の上の子(葵)を連れて先生のお家経由で柳家にお邪魔する予定です。
実は、葵は“建築系”の学科を目指して浪人中なので、柳先生(!)のご自宅見学と講話を聞かせようかな、と。ちょっと面白そうなイベント(?)ですよね。
そんな感じですので、先生のお家には13時半ごろ到着を予定しています。
呼び鈴は押させて頂きますが、もちろん無理に出てきて頂くことは全くありません。そのまま玄関先に袋をぶら下げておきますのでご都合が良い時に引き取って頂ければと思います。
黙って玄関先において来ようかとも思ったのですが、さすがに失礼と思い、事前にお知らせさせて頂きます。
この3連休は特に暑い日になりそうです。
桃でも食べて涼しくお過ごし頂ければと思いす。
それでは 丸山宏司
* 午過ぎ 丸山君が、美しく豊満、大きな「桃」の実を四顆を贈り届けに、娘の「葵ちゃん」と、柳博道君も同行して<玄関先まで見えた。応答の元気なく、妻が頂戴し、わたしは二課のまどから辛うじて顔だけ出し、ホンの少し応答して引き揚げてもらった。元気なら寒暖の時が楽しめたろうに。漸く機械前へ来てそう書いているのは,晩の八時半。熟睡で亡く不安定な浅い眠りへ嵌まり続けていた。
生気を5体から垂れ流したように、家のなかでもヨタヨタ、こょろひょろとものに掴まるように歩いている。幸いに「痛む」という徴候はない。瘠せて、むき出しの腕が擂り粉木ほどに細い。
* 文字通り、ヘバッテ、へたばっているまにも,次々と頂き物、妻が書き留めてくれていたのを見る。渡部芳紀さん念入りに恩手製の「甘酒」を堅固な二た瓶に満杯。山本道子さん村上開新堂極く詰めのクッキー缶、長田渚さん私の健康にと綺麗な缶の「野菜ジュース」の大函、信太周先生『稲庭うどん」たくさん、堀武昭さん見た目も美しい舶来「ぜりー」を綺麗な一函に。そして丸山君ご持参の「大桃」四顆、更に 午後には、南山城の地一〇の父方の従弟岩田孝一君が、稼業の「コーヒーまめ」を大きな箱に二包みにして,加えて「南山城」展が編纂の豪華ホン一冊に沿えていろいろ、かずかずのみなみやましろ案内のリーフなどを送って呉れました。「南山城」の「当尾」には、実父吉岡恒の生家が在り、ごく幼少の数年を私もその吉岡本家で両親を見知らぬまま素だった。この吉岡の「云え」が國の重要文化財に指定されたと教えてきてくれたのも、今日たくさんなコーヒー豆の送り主、岩田浩一くんだった。
〇 ご無沙汰しております
京都府 山城南部(南山城)の岩田孝一です
「湖の本」が届くたび 元気でおられるとおもっております
ありがとうございます
こちらの 元気でいるしるしにコーヒー豆を送ります。
先日、奈良国立博物館で開催の浄瑠璃寺躯体阿弥陀修理紀念 特別展 「聖地南山城」に行ってきました。
南山城がその地名の読みさえ広くは知られていない状況の中、「聖地南山城」を発信したいと博物館の研究員の方々が実に用意周到に準備を重ね、明治に浄瑠璃寺より流出した十二神将像(現在は東京国立博物館に五体、静嘉堂文庫美術館に七体収蔵)を浄瑠璃寺本尊薬師如来と140年振りに並べての展示を目玉とし、墾田永年私財法から太閤検地までの「中世荘園仏教の信仰空間」という言葉にしたくなるような場になっていました。
図録と併せて前にお送りした地図の最新版を同梱しました。
(前回のは裏表を?げて、笠置寺から東大寺(修正会が修二会となった道)、興福寺から笠置寺(貞慶上人と弥勒信仰の道)となっていたのですが、それを一枚にしたものを頂きました)
笠置寺の巨石群は孫悟空が「斉天大聖」と落書きした釈迦の指のようです。
今年も 暑い夏が始まりました お元気で
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 岩田 孝一
* 至れり尽くせりの深切な親切。私は幸せ者 ありがとう と、何とか元気な禮を云い送りたい。
だが、まだ、ふうッと目を閉じ目を閉じしてこれを書いている。
* 九時半。25度の冷房が「寒く」なってきた。階下へ退散し、戴いた「南山城」を寝床で楽しみたい。
〇 暑い最中にご本送っていただき大丈夫だったかしら、、鴉が何度も読まれた本、大事に読みます。 ありがとう、ありがとう。
今日は秋田の方が豪雨でしたが、明日からは猛暑。外出お控えに、ごろ寝読書、くれぐ
れもお身体大切に。 尾張の鳶
2023 7/15
〇 ご無沙汰しております
京都府 山城南部(南山城)の岩田孝一です
「湖の本」が届くたび 元気でおられるとおもっております
ありがとうございます
こちらの元気でいるしるしにコーヒー豆を送ります。
先日、奈良国立博物館で開催の浄瑠璃寺躯体阿弥陀修理紀念 特別展 「聖地南山城」
に行ってきました。
南山城がその地名の読みさえ広くは知られていない状況の中、
聖地南山城を発信したいと博物館の研究員の方々が実に用意周到に準備を重ね、
明治に浄瑠璃寺より流出した十二神将像(現在は東京国立博物館に五体、静嘉堂文庫美術館に七体収蔵)
を浄瑠璃寺本尊薬師如来と140年振りに並べての展示を目玉とし、
墾田永年私財法から太閤検地までの中世の荘園仏教の信仰空間という言葉にしたくなるような場になっていました。
図録と併せて前にお送りした地図の最新版を同梱しました。
(前回のは裏表を?げて、笠置寺から東大寺(修正会が修二会となった道)、
興福寺から笠置寺(貞慶上人と弥勒信仰の道)となっていたのですが、それを一枚にしたものを頂きました)
笠置寺の巨石群は孫悟空が「斉天大聖」と落書きした釈迦の指のようです。
今年も 暑い夏が始まりました お元気で
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
_/ 岩田 孝一
* 岩田孝一様 どうぞ日々お元気でと願います。
叔母様にも もう一目も二た目もお目にかかりたかった。
: 沢山 沢山 ありがとうございます。「コーヒー」も嬉しく 頂戴の『聖地 南山城』のいろいろも 衷心 楽しんでいます。
「当尾」への地理も いろいろの地図で 良く覚えた気がします。無数の仏様たちに御守り戴いている気が しみじみ します。
守叔父様にご案内いただいた岩船寺や浄瑠璃寺の想い出に合わせ 豊饒なまで仏様たちと出逢いました。深い信頼を自覚します。歩一歩 南山城へ帰って行きつつあるかと「安心」を得ています。
暑さに潰れぬよう気遣いながら 日々「読み・書き・讀書と創作」に根気よく励み、じつのところは 五体疲弊疲労に潰れそうですが、「南山城」の無数の佛様たちに励まして戴きながら もう少し もう少し 「まあだだよ」と 天上へお返辞しながらの日々 大事に致します。
あなたも、みなさまも、どうぞお達者で,日々の酷暑をお凌ぎ下さいますよう。 恒平 七月十六日
もう一度もう一度 当尾を訪ねたい、が、ムリかなあ…
2023 7/16
* 24時間の17、8時間を床に就いた暮らしとなっている。暑いなかで、ゾワゾワ、ゾクゾク寒けしたり、水洟をかみ続けたり。宜しくない。緊要の仕事としては、八部方書き進んでいる永い小説の推敲と進捗を一に手懸けている。この脱稿に望みをかけている。「湖の本 165」入稿を当然用意して居るが、これへ長い新作が宛て得れば気がいいのだ、が。
* メールのやりとり意欲か、意志か、が逓減しているのではないか。わたしも送らない、が、送ってくる人も減ったと思う。精神を細切れにまき散らすより、我独りの「ことば」「こころ」を養う姿勢へ戻れること、大事に思う。つまりは「私語の刻」をむしろ豊かに深めては、と。
2023 7/17
〇 拝啓 また今年も暑い季節がやってきました。先生はいかがお過ごしでしょうか。 当方大患後「安全運転」を心懸けながら,日々過ごしている次第です。
ところでこの間、いつもご丁寧に『湖の本』をご恵送いただき、ありがとうございます。
拝読していていつも思うのは、文学とは「説明」ではなく<表現>ダと謂うことを如実に示しておられる点です。
それは「ある往生傳」(百六十三巻)によく現れていました。 時間(時代)と場所(舞台)と人物をリアリスティックに描くことにより「説明」では到達しえない世界を表している貴重な作品。再度、拝読させて戴きます。お礼を申し上げます。敬具 京・鷹峯 三谷憲正 文藝批評家 名誉教授
〇 秦さん ごぶさた致し 申し訳けありません。
ホームページの五月の続きを 今日からか 今日かと確かめ乍ら 6月 7月となりました。
秦さん どうか どうか 呉々もお大切にされてください。 敬白
e-old 勝田 拝
山藤章二さん画の 秦さんと 腕を組んで秦さんを見上げてるお孫さんのお写真を 毎日拝見しております。 「秦さあーん!」 (か)
* 大學の研究室や図書館・施設等からも「湖の本」受領と謝辞の来信、各地から。
* 亡くなった播磨屋中村吉右衛門を「継ぐ」ように 甥、甥の子に当たる高麗屋松本幸四郎と息子染五郎が あらたに「鬼平犯科帳」を演りますと知らせてくれた。歌舞伎の世界でも群を抜いた親子とも美男子。愛らしかった金太郎クンが立派に染五郎に成りきっている。わたしは見にくい「やそしち爺」に老いぼれている。
〇 暑さお見舞い 毎年、同じことはないにしましても、暑すぎる毎日が続いておりますが、お変わりなくお過ごしのことと存じます。変わらずに、涼しい室内での読書三昧かと想像いたします。
先日、一日 少し曇った日に 都の霊園まで出掛けました。 また暑い日には泳ぐことにしております。 那珂
* 折も宜しく嬉しく、懐かしい声がさりげなく届いた。一滴の血縁も無いのが純に懐かしい。
2023 7/18
〇 秦さん ごめんなさい
7月21日にご返信を戴いたメール(2通とも)を見損なっておりました 何とも申し訳けありません(今迄は「さくら」という会社がメールアドレスを取り扱っていましたが 「cosmos」に変わりました 我々会員は 何もせず 今まで使っていたアドレスを自動で変換しているようです)
パソコンの機械もごじゃごじゃで何とか整理したいです
熱中症 恢復され何よりです 向後とも呉々もお気を付けください
高齢者は 数も程度も 半分位はやられている」そうです
「ホームページ発信」お待ちしております
狭い家の中で歩く訓練をしております
今年は朝顔がよく咲いてくれています
「ルーズベルトのベルトが切れて チャーチルちるちる・・・」あと忘れました
秦さん どうかくれぐれもお大切にされてください
コロナの報道 おかしいです chiba e-old 勝田拝
* 仕懸かりの「長編」を「読み返し」ていた一日。
今日水曜は生協の四合瓶が一本届くのを、待ちかね半分がた直ぐ呑んで、また読んで、寝入って。妻も不調で寝入っていること多く、ひとりテレビで気に入りの映画「雨あがる」を楽しんでいたが、後半の画面が愚茶に乱れ頽れて。で、この機械前へ戻って親しい「e-old勝田貞夫さん」のメールを読んだところ。
2023 7/19
〇 暑中お見舞い申し上げます。
祇園祭が真っ最中の京洛は暑さも一入ですが、どんな避暑対策で日々お過ごしですか。
七月は革命月でもあり、4日のアメリカ、9日のアルゼンチン、14日のフランスなど。それぞれの日に、ウエスタンやハワイアン、タンゴやシャンソンをレコードやCDで聴いた日も遠くなりました。
それでは「米寿」とやらを迎えた今は一体何をしているのか。
動作の度びのヨイショの掛け声と、ホッと一息の老人専用語だけでは余りにも芸がない。
「社会の出来事の原因は全て政治にあり、その責任は全て政治家にある」が私の持論です。
と言うことで、悪政者を一掃するためのノウハウ本と冷や汗を一緒に「かい」ております。
地球温暖化は加速します。くれぐれも健康にご留意のうえ、日々をお過ごしください。 2023-7-19 京 洛北 森下辰男
* じつは、どうしてるかなあと案じていた、案じながら、今日も長い「推敲」仕事のバックに、森下君自編の『昭和25-26年 戦後日本流行歌史 第5集』を低音で流していた。これが気の落着きを助けてくれ、森下君の思いも届いてくる。感謝。祝「米寿」 頑張ってよ。
〇 山百合 今日は東の窓から涼しい風が入って、ゼミも鳴き出して、こんな日もあるのね❗と、喜んでいます。と、途端に元気になって、水遊びを兼ねた拭き掃除などして、満足しております。
環境もすこしづつ変化していますが、それが常なのでしょう。
ご健康に留意なさって、お過ごしなら、嬉しく思います。 那珂
* 嬉しい知己の聲ごえが聞こえてくる有り難さよ。
2023 7/19
〇 秦先生 先日は、窓からのご対応ありがとうございました。
〇くんも、安心しておりました。彼は根が明るいので、お会いできて純粋に喜んでましたが、、、私は、ここ数か月「押しかけ」をしているので、お二方の体調にも少しは気づけるようになってきたようで、多少、心配しております。
奥様も暑い中、玄関先まで出て来ていただいて、申し訳ありません。
奥様、少しやせられたのではないか、と心配になりました。お体、十分にお気を付けください。
下記の「私語の刻」、より推敲をした上で、「ホームページ発信」しませんか。
先生が、メール送信するまでに十分に推敲していただき、私の方で、アップするということでも、また、先生が先日言われていたような
「今も最期の最後まで自身の文章・創作に執着して 「、」「。」の位置や数にも気を遣うのです。「ソコ、の、トコロ」は安易に人任せし難いのです。」を、実行できると思いますがいかがでしょう。ホームページに上げてから最終確認していただくことも出来ます。
さて、以下 の先生の 読みものへの考え方、及び漫画に対する考え方は、
面白いなぁ、と思いました。
私の兄は漫画はほぼ読みません。小説や現代詩を好んでいます。妻も漫画を読むくらいなら、文字を読みたい、と言っておりますし、息子:**も漫画を読むなら、本を読みたいと言っています。
私と娘:**は漫画好きなのです。娘は断言はしていないですが、デザイナーになりたいようです。娘は、文字が読めない頃から漫画を「見て」ストーリーを想像するのを実行していました。
多分、息子の方は そういうものは苦手です。彼は「わかる」ことが好きだからです。
「いい大人が漫画なぞを」と言われそうで、後ろめたさがありますが、多分、私は漫画で人を理解する術の一部を身に着けたかもしれないな、と思いました。
漫画でのキャラクターの表情や、仕草などは、それをどう表現するかといった作者の意図が現れます。多分、娘はそういうことを読み取っているようです。
想い=言葉を絵で表現するのは、
そこに何らかのフィルターや技法がからんでくるので、
文字が得意な方は、そこが許せないのではという気もします。
ただ、それがモノで表現する芸術の逃げられない道程であるし、面白いところかとも思います。
「言葉と物は一対一対応するはずがない。それがあたかも一対一対応しているかのように見せられる芸術家(建築家)が一流の建築家である、と考える」
と、学生時代、建築史研究の藤岡洋保先生がおしゃってました。
また古い話です。
ホームページへの発信の件、再度、ご検討お願いします。 櫻
* 学生くんだった櫻君も、満たされ充たされ確かな大人を、日々に生き進んでいる、と謂うことです。
* 「ホームページ」に関しては、「私自身が、私自身だけの手と理解とで発信できる、私自身のホームページ」を熱望・切望しているが、私の無技術ではゼッタイに叶わない。的確な技術背専門家を求めて依頼するしかないようだが、恰好のそんな深切で親切な技術者に、出逢えない。
以前には 實に有難い私専用のホームページを、目の前で文字通りにチャカチャカと創り上げてくれた東工大現役の院一年生の目の前での「早業」はすばらしかった
、が、以来四半世紀、尋ね当てることも出来ないのが現実。
私の現の機械にはあのときに「彼」が設計してくれた「秦恒平のホームページ」「案」とも「構式」とも謂えそうな「めざましい」記録が保存されている、が、私にはそれを活かす・理解する術が無い。
2023 7/22
〇 鴉に 何やらよく分からないような梅雨明けでしたが、夏本番でしょうか。今年は京都にも行けないまま、あまり外出もしないで日々が過ぎていきます。
夜十分にお休みになれないご様子、とても気に懸かります。お二人の暮らしに是非とも公共の介助が必要かと。それが実現できないのでしょうか。以前問い合わせをなさったか、定かでないのですが、改めて再度相談・申請をされた方が良いと思います。或いは民間のサポート体制を探すことも考えられます。どうぞどうぞ速やかに解決されますよう。
藤村の『新生』一部を読み終えました。これから「岸本」が日本に帰国する二部になります。鴉は『新生』に「しみじみと魅されてます。」と書かれていました。女のわたしはやはりどうしても岸本、つまり「藤村」を肯定できませんでした。「書く」ことの重さをどんなに考えても。節子はさぞや大変な生涯だったろうと思います。そのことと文学としての価値はまた別ですが、様々な面から考えることは必要です。今日的な問題でもあるはずですから。
繰り返し、眠れる時間にゆっくり身体を休めてください。眠れなくても横になっていることで幾らか休めます。眠ること、食べること、とてもとても大事です。
「近年では際立って長い小説をまだ書き継いで・・」とあり、「日々が滅入るほどシンドイ」とも。それでも「鴉は書く、それは生きている証」です。遠くからエールを送ります。 尾張の鳶
* 藤村への「しみじみ」は、かなりきつい批判をも籠めています。
藤村には「見る」「して見る」「見て見る」「聴いて見る」「書いて見る」等々の、よほど「くさみ」の表情や語調や態度が、「述懐」として臆面なく頻出することに、「やめてよ」とボヤキたくなる。
谷崎潤一郎が藤村「嫌い」を公言にちかく漏らし、、松子夫人と飲食の愉しみを交わした二度三度にも、谷崎先生の藤村に触れたソレへ、私は同感しつつ聴きも言い添えもして、同じ非難の感触を云い合い、同感し合ったのを覚えています。
私自身は、しかし、藤村の本領ににケチをつけるどころか、太宰賞受賞時の記者会見で「敬愛の作家は」と聴かれた際も言下に「藤村・漱石・潤一郎」と答えてどよめかせた本人です。
こと『新生』の姪「節子」に関わる藤村が「分がわるい」どころでないのは当然ですが、節子との事件そのことよりも、作品『新生』について謂うなら、藤村の「語り口」、それにくっついての述懐や文章表現の「くさみ」が、より厭わしいのです。が、しかし「コレ」は別の機会に云いましょう。
「若菜集」「破戒」「家」等々から、超大作「夜明け前」に到達した島崎藤村は、やはり果然として、大きい。文壇へ登場の先後もありますが、わたしが、漱石、潤一郎の上に,先に、「藤村」と挙げている気持には、やはり大きな尊敬が働いています。
藤村への「しみじみ」は、かなりきつい批判を籠めています。藤村には「見る」「して見る」「見て見る」「聴いて見る」「書いて見る」等々のよほどくさみの表情や語調や態度が臆面なく頻出することに、「やめてよ」とボヤキたくなる。谷崎潤一郎が藤村「嫌い」を公言にちかく漏らし、私の、松子夫人と飲食の愉しみを交わした二度三度にも、谷崎先生の藤村に触れたソレを聴いたし、奥さんも私も同じ感触を云い合い、同感し合ったのを覚えている。
私自身は藤村の本領ににケチをつけるどころか、受賞時の記者会見で「敬愛の作家は」と聴かれ言下に「藤村・漱石・潤一郎」と答えどよめかせた本人です。
こと『新生』に関しての藤村のはいわゆる「分がわるい」のは当然だが、わたしは節子事件そのものよりも、作品昨『新生』について謂うなら、藤村の「語り口」、それにくっついての述懐や文章表現の「くさみ」が、より厭わしい。が、コレは別の機会に云おう。「若菜集」「破戒」「家」等々から超大作「夜明け前」に到達した島崎藤村は、大きい。文壇への登場の先後もあるが、わたしが漱石、潤一郎の上に,先に藤村と挙げている気持には、やはり大きな尊敬が働いている。
2023 7/22
〇 お元気ですか、みづうみ。
母の遺した本の山を整理していて腰痛になり、やっと改善しつつあるところです。いつもながら、本と紙の重さにはため息がでます。
年々暑さ厳しく、この時期は誰でも生きているだけで消耗します。やはりみづうみのお疲れと、ご体調のすぐれぬご様子を案じております。ずっと心配していました。コロナも明らかに増えていて身近にも二度目の感染者の話を聞きます。この夏をどうにか乗り切ってご無事に秋を迎えてくださいますように。
先日、京都の羽生清先生からお手紙とご本をお送りいただきました。丁寧にお読みいただき感謝に堪えません。
<近代日本を作った文豪たちの作品には、すんなり入ってゆけない私ですが、秦文学には夢中になりました。>とのお言葉がありました。
クスリである「読み・書き・読書と創作」の日々を、存分に楽しんでいただいて、新しい長編の成りますことを切に切にお祈りしています。「文学」が、みづうみを選んだ のですからその導きのままに……。 夏は、よる
* 京の羽生さんの名が出ていた、懐かしい。もう一度逢いたいお一人。
2023 7/22
〇 あにうえ様
お二人とも体調大変お悪く、びっくりしています。私ももう少し体力があれば何かお手伝い出来るのですが…。でも何かきっといい方法があると思います。離れていても 私も色々お助けすることが出来る何かがあると思うので 考えてみますね。まずは「もっちゃん」に公的なことを手伝って貰えないでしょうか? どうか無理しないように気をつけながら、頑張って下さいね!ルミコ
2023 7/22
〇 メール嬉しく
島崎藤村『新生』の言い訳、弁解じみた語り口について批判、これは全く同じ感想をもちました。
お身体ご自愛ください。 尾張の鳶
〇 暑中お見舞い申しあげます。
蒸し暑いなか、お身体 とりわけ眼を酷使する「メール」をいただき 恐縮致しております。
太宰賞作家 秦恒平 の「幼少青年期の読書記録」には、やはり驚嘆感服です。(いつも感じているのですが、作家・秦恒平の作品は、作家・太宰治の作品よりはるかに深く優れていますね。
幼い日々 漢籍に埋もれて、さぞ楽しくワクワクする体験でしたでしょう。
私の方は、小学校3年生~中学2年頃まで、専ら海外文学の翻訳モノばかり読んでいました。そのせいで、いまだに翻訳調でない日本語に違和感を感じてしまいます。
キップリングの「ジャングルブック」「スコットの南極探検記」 スウェン・ヘディンの「さまよえる湖」等々に影響を受け、将来は探検家になりたいと、せっせと川遊びや山登りに励んだものです。
仙台も ようやく梅雨が明けました。
これから本格的な猛暑です。北国仙台でさえ猛暑です。まして京都や東京などは、耐えられない酷暑となるでしょう。
秦さま、どうかくれぐれもお大切に。ヘルパーさんでも何でもお願いして、体力を温存し酷暑を乗り切ってください。 恵子 社会学興教授 曾ての同僚
* こういう對話の出来る友の在る安心に、疲労も薄らぐ。
〇 お見舞いのお言葉をありがとうございます。入院まであと10日となりました。手術に向け体調調整に留意していますが、目下の所は異状なしです。時にこころが落ち込みますが、妻・娘たちが支えてくれています。
病院に持ち込むDVD、CDを選んでいます。アンゲロプロスの映画、ヴェルディのオペラ、バッハそしてMJQのジャズも。
ギリシア語CDは思案中・・・。
秦先生の次のお言葉、恐ろしいお言葉で案じています。
“それでわたしは夜中、「寝入る」よりは「起きたまま仕事」してしまう。夜はせいぜい「寝ない」ことにわたしは自身を慣らそうとしている。一昨夜は一睡もしなかった。昨夜は四時間も寝たか。幸いわたしには取り組んで前へ前へ運びたい「仕事」がある。そんな異様に過剰な暮らしは「生・活」と謂えない。賢いこととはとても謂えない。寿命を縮めている”
「寝ないことに自身を慣らそうとしている」などとんでもない。
どうぞもっと日々「怠惰」にお過ごしください。
私は、生きているだけでしあわせ・日々是好日、と自身に言い聞かせています。
p.s.『ラファエロ アテネの学堂』、ご送付申しあげましたが、包装が雑だったかなと案じています。無事届きましたでしょうか?
◎ 篠崎様 ただただお心安らかにお身お大切にと、切に。
本性、私、幼来「怠惰」に暗みがち、沈みがち、遁れがちで。「気が多い」ことに委せがちに迷路へ「脱線」を重ねがちなのです。本性が「怠けもの」ナンですよ。目を見張る『ラファエル』画 むろん確かに頂戴し、その「おもしろさ」さらには「ふしぎに押し寄せる浪また浪」に嬉しく溺れそうでした。御礼申し遅れていましたか、ゴメンナサイ。ありがとう御座いました。秦恒平
2023 7/23
〇 秦様 迪子様 メールありがとうございます。秦様の 「私語の刻」を読めなくなっているパソコンに魅力なく、また開くたびに,パソコンの仕様が変わっている?ようで、開くこともせずに、日々を怠惰に過ごしていました。
転送していただいていたとも気付かず失礼いたしました。ありがとうございました。
秦様の執筆なさるお力にただただ敬意を払うのみです。そして、まだまだ読ませていただけることを 待ち望んでいます。
昨日も、湖の本の「能の平家物語」を差し上げた友人より「謡曲を習っていると、平家物語、源氏物語とより興味がそそられる」とお礼の言葉をいただいた事でした。改めて感謝しています。
この猛暑は年寄りを直撃しているようです。
迪子様もお具合悪そう、どうぞどうぞ無理を重ねられぬようにお願いします。
私ことですが、長男顕のツレの両親は 所沢に住んでいますが、4.、5年前から行政のサービスを利用しています。
父親の方は施設にお世話になっていますが、車椅子から、杖で歩行ができるほど、回復しているようです。また母親の方は、自宅に週2回掃除など雑用をしてくれるヘルパーが来て、またそのほかにリハビリーを自宅で施術してくれる人も。
ひどい腰痛を治しているとのこと。息子夫婦も安心しているようです。
どうぞどうぞ、西東京市に実情をお話しくださいますように。お願いします。
私たち は食欲が衰えることのないのが幸い?
なんとか猛暑をしのいでいます。 お二人ともにご無理をなさらないで、この夏を凌いでいただけますように。 晴美
2023 7/24
* 今朝のことだ。暗い寝室の 戸を細めにそっと明けて、
「コーヘイさん」
と、柔らかに「ひと声だけ」小声で呼ばれ、ふッと目ざめた。誰の立ち姿も戸ぎわに見えず、そうっと柔らかに「コーヘイさん」と呼んだ小声は、ごく穏和に、優しいほどの、しかし、たしかに「男の声」だった。誰とはかき消えたが、その小声、あるいは「兄・恒彦」のように感じられた。「生みの父母を倶に」しながら「一つ家に育った記憶」の断片も無いその「兄」であった」ならば、「北澤恒彦」ならば、夙に、「自ら死んで」いる。この日ごろ耳に聞く気の「もういいかい」の呼び声、「まあだだよ」と返辞していた、あれは「兄・恒彦」の誘いであったのか。判らない。濃い暗がりからまこと優しく呼ぶ「低聲」であったよ、「コーヘイさん」と。
亡き恒彦兄の生前に、数度とも顔を見合う機會はなかった、が、逢えば兄はわたくしを「秦」と苗字では謂わなかった、「恒平」という名前を呼んでくれていた、「さん」などとついてかは覚えないが。
何にしても、そんな夢のような、「夢に相違ない」朝早い四時台の目覚めであった。
* あれが「女の声」であったなら、いろいろに思い出せる人は、数人、いや十人でも想い浮かぶが、「女の聲」ではなかった。
男で、私をはっきり「コーヘイさん」と読んでくれた独りだけが、祇園石段下の市立弥栄中学に入学「一年二組」組で日ごろを倶にし成績を競いあった「つとむサン」粟田小学校から来た「田中勉君」であった。紛れもなかった秀才「つとむサン」は、同じ日吉ヶ丘高卒のあと志望の大學を外して、就職、いつかカナダに渡った。海外での詳細は知らないが、彼が帰国のおりは、二、三度ならず會っている。祇園の「千花」で食事したりもして、極くの畏友であった、が、いつしか海の向こうで、病気らしくもなく、ふわっと灯の消えたように亡くなったと伝え聞いた。
* 實兄の恒彦か、あの親友「ツトムさん」か。暗い寝室の戸ぎわから、影のまま立って「コーヘイさん」と柔らかに読んだ小声には、この二人しか想い及ばない。二人とも、とうに亡くなっている、それも、兄は自殺、「ツトムさん」もあるいは、と。
今朝、まだ床にいた私の名を呼びかけた、あの、「小ごゑ」忘れまい。
2023 7/25
〇 秦さん こちのパソコンが回復しているようなので発信してみます
実は昨日まで メールが動かず 郵メールにしました
介護サービスをご利用になり 少しでもお楽になればと思っております
このメールは多分うまく着信できそうに思います
勤務先の施設では 今だに インフルエンザとコロナを職員が持ち込ん困ります
秦さん どうかお大切にされてください 千葉 勝田拝
2023 7/25
〇 「湖の本 164」処女作貳編 興味深く拝読 ことに『或る節臂翁』に圧倒されました。密度の高い文章にはただ圧倒されました。戦前戦後を描いての眞実感にしびれました。 青田 作家 元中央公論編集者
〇 心より御礼申し上げます。秦先生の始筆書き下ろしの御作を拝読できありがたく存じました。また 私語の刻 先生の旺盛な執筆力に励まされております。炎暑が続きますがくれぐれもご自愛くださませ。
山梨文学館 中野和子拝
* まさしく文字通りの最初作であった、初の安保闘争に國の揺れたさなかに書き始めた日夜の緊張を熱く思い出す。
2023 7/25
〇 秦先生 Cc: 櫻様 鷲津です いかがお過ごしでしょうか.
考えてみますと,「87の手習」と書いてみると、ギョっといたします.
が,(このところ一連断続=)今回の「作業」は,これまで構築された方法に,「一手間加える」だけですので,手習というほど新しいことではないかと思います.
これまでの環境で書かれたファイルを 外のインターネットに出すために,(安全のため)一手間必要,ということです.時間にすると,30分から1時間,櫻さんに聞いていただくだけです.私の作業部分である,
セッティングはもう終わっています.
いやいや,87歳になられたからといって,ああそうですかと諦めてはいけないと思った次第であります.
もちろん,急にとは申しませんが,既に準備ができていること,30分から1時間のアドバイスで可能であること,お心のどこかに置いていただけますと幸いです.
引き続き,よろしくお願いいたします. 鷹津 神戸
* 遺憾にも、残年にも、戴く御厚意は嬉しいが、私に、謂われている「事態」の理解が出来ていないのです。
* 寝入っていた。首がガクと落ちたままともすると目を瞑っている。
2023 7/26
◎ 私・秦恒平の 幼少青年時・感慨を覚えた書物・作品たち(順不同)
〇『若きウエルテルの悩み』 ゲーテ 岩波文庫 梶川芳江より借覧
こういう人間関係や哀しみのあるということを、骨身に痛いほど痛感して、中学生は清酒なの炎の中へ移行して行くのが、怖かった。ゲーテ世界と思考との出逢いだった。『モンテクリスト伯』も「本」 「これも本」 はいと文庫本を手渡してくれた「姉さん」の、一言だった。確かに。誰よりも誰よりも慕わしくもまた聡い人であった「梶川芳江」は、三年生を卒業すると、ほぼそのまま少年の想いも及ばない「遠くはるかな別人生へ」と天女のように去って行ったのだ。
2023 7/27
* 神戸の信太周先生より文字通りに暑中みまいのお便り戴く。感謝。ポストまで出向いて戴いたかと恐縮し、ご老体を案じます。
2023 7/27
〇 暑いですね。 野路 生
今月は明日と31日と二回満月が見られますね。
太陽の光を和らげてくれる月光のように、この暑さも抑えてくれる冷房をお忘れなくお元気でお過ごし下さい。
大丈夫です。
* 手術など、ご健勝を願います。
2023 7/29
* 正午過ぎ、盛んに、午雷り 盛んに天駈けっている。
* 大阪高槻市の三好一子さん、スープの大きな重い一箱を戴く。懐かしい名前、白川の東に大きな、戦後は進駐軍が接収し役所のように出入りしていた邸宅八木家のお嬢で、中学高校の「一年下」に聞こえた優等生だった。同じ学年に早樫てる子さんがいて、八木さんと競う聞こえた優等生だった。「一學年下」の女子優等生というのは、目立つ存在で、幸か不幸か同学年女子には見当たらない、と謂うより観ようとしなかった。そういう独特の価値觀が「一学年違い」には在るのだった。
八木さんも早樫さんも、学校時代は校内委員会で同席する程度だった、ろくに口もきいてなかったろうに、七十年後のいま、二人とも「湖の本」のもう久しい読者。人生、不思議に有難い。めでたい。
〇 お元気ですか、みづうみ。
昨日は用事があり、長時間遠出しておりました。とにかく暑くてどうにかなりそうで消耗しました。暑熱ホームで山手線を待っていると、気分の悪くなった乗客対応のために電車が遅れるというアナウンスまでありました。
最近はマスクをしない人のほうが多いのですが、この暑さではマスクは耐え難い苦行です。私はしつこいマスク派ですが、さすがに外では時々外さないと耐えられませんでした。コロナが増えるのは当たり前のことです。今熱中症になるか、コロナになるかもという選択ですから。
長かった母の介護生活とコロナで、自分の楽しみのための外出というのはまったくしなくなり、外での遊び方を忘れているかもしれません。
みづうみの、帝国ホテルに二、三泊という案は素晴らしい気分転換になると思います。帝国ホテルからなら歌舞伎座も日生劇場も映画館も出光美術館も近いですし、良いレストランもたくさん。夏のホテルは涼しくて静かで極楽です。お部屋でのんびりもいいですね。猫ちゃんズのことを考えると一泊でも充分かもしれません。是非お揃いで実現していただきたいと思います。
熱中症や転倒のリスク回避のため、保谷から帝国ホテルまでの移動はドアツードアの予約タクシーがお勧めです。ただし、タクシーの中には不親切に暑いタクシーがあります。古いタイプの車体、高齢の運転手の場合は冷房が効いていないことがあるのでご注意ください。あるいは、建日子さんと水入らず、三人で宿泊なさる手もあるかと。京都に比べれば、ずっと簡単に実現できる休日プランです。
ただし、今は買物には最悪の時期です。少し歩いただけでくらくらします。電池、電球、カメラは型番がわかれば、猫砂等も、ネットで購入してみづうみのご自宅に配送手配することくらいは簡単に出来ますからお気軽にお申しつけください。
お元気で、どうかお大切になさって、書いて書いて「長生き」なさってください。 夏は、よる
2023 8/1
* 寝苦しい一夜であった。寝入る爲に疲れる、ほど。
そして、早起きしたら。
* 以下、いっつも元気満杯 大鼓の望月太左衛さん、花火のように気炎。
〇 夏は暑いに決まっています。
そこを涼しく過ごしてきた 穏やかな知恵が 日本にはたくさんあります!
例えば、
「雪輪」の柄の着物、浴衣を着る。 雪の結晶から作られた柄を着ることで、
冬、冷たい雪 をイメージして涼しくなります。
「風鈴」を下げる。 チリン、チリンと風が奏でる音を聞く。
「扇子」「団扇」であおぐ。手であおぐ風は、優しい風です。あおぐ手先を見ているだけでも涼しくなります。
「打ち水」をする。水をまくと気温が下がります。外を歩く方々への思いやりが嬉しいですね。
そして 「花火」
夜空に輝く火の花は 江戸時代から続く伝統文化です。
今年は4年ぶりに 隅田川花火大会が行われました。
前々日ぐらいから 浅草に人が集まってきました。昭和53年(1978)から始まった「隅田川花火大会」ですが、その前は「両国川開き花火」として 戦後から開催されていました
私は5歳まで浜町に居ましたので、両国川開きのことはよく覚えています。
花火の「ドン」いう音が あまりに大きく、こわくて、私は花火を見ることがなかなかできませんでした。
そんな花火の時ですが、
父のお仲間の方々がたくさん集まり、飲んだり食べたり、楽しそうでした。
いつも楽屋では怖そうな大人の方々が 嬉しそうに笑っている様子をみて、なかなか直接見ることができなかった花火ですが、私は、大好きになりました。
昭和36年(1961)の夏、両国川開き花火が終わると聞いた時、とても悲しい気持ちになりました。
ちょうど私の家が 浜町から四ツ谷に引っ越すことになり、その寂しさも遠くなってしまいました。
そして、両国川開きは「隅田川花火大会」として 昭和53年(1978)、復活しました。この嬉しい気持ちをもって、
私は花火をテーマにした 「火之華囃子」を昭和56年に創作しました。
大太鼓を和太鼓奏者の林英哲さんにお願いし、笛は望月太八さん、打楽器は西川啓光さん、木遣りは浅草象聲会の皆さんで 青山タワーホールにて初演しました。
のちに、浅草見番、金沢・市民芸術村、紀尾井小ホール、シアターカイなどで形を変えつつ、再演しました。
こんなに好きな花火ですが、今年は見ませんでした。
同時刻、国立劇場の日本舞踊協会東京支部日本舞踊公演に行きました。
偶然か、隅田川をテーマした作品が3作品もあり、皆、隅田川が好きなんだなあと思いました。
そして、京都でお世話になっている 林啓二先生御出演の「長唄 口寄せ巫女」を拝見しました。西川鯉之亟氏との息のあった演劇性の高い舞台で お客様は大満足の大拍手でした。 ちょうど午後7時過ぎ、今ごろ隅田川で花火が上がっている時間です。
ここ国立劇場の舞台の上でも 芸の花火があがっている! と思いました。
私はこれまで浅草で花火をよく見せていただきました。
これからは 花火のような楽しい明るい舞台を 創ってゆきたいと思います。
花火のように 分け隔てなく 多くの方々に見ていただけるようにします。
まずは、
西浅草、和のスタジオ・カガミノマから 始めます。そして九段・鶴めいホールと拡げてゆきます。小さな線香花火のような感じですが、たまにはねずみ花火のように弾けながら進んでゆき、打ち上げ花火のように 大きくなることを目指します!
今後とも応援の程 宜しくお願いいたします。 望月太左衛
* 太左衛さんに、私たちも、何度となく「浅草、隅田川の花火」 見せてもらったなあ。
2023 8/2
* 暑さにバテてか、メールも来ない、出しても居ない。ポツンと孤独。
2023 8/5
〇 秦さんへ
「太平洋戦争で戦局が悪化すると、当時枢密院議長だった鈴木貫太郎は、首相に推される。固辞したが、昭和天皇の大命により、やむなく第四十二代内閣総理大臣に就任、終戦工作に動く。広島、長崎に原子爆弾が落とされたとき、もはやここまでと、ポツダム宣言受諾の聖断を昭和天皇に仰いだのは貫太郎である。貫勘太郎の考えは、「天皇の名の下に起こった戦争を国民が納得するよう終わらせるには、天皇の聖断を賜るしかない」というものだった。
無謀な本土決戦を主張する軍部の強硬派を押さえ、日本を破滅から救い、戦争を終結に導いたのは貫太郎である。
八月十五日正午、天皇自身による終戦の詔勅がラジオ放送されると、勘太郎
は内閣を総辞職した。」
(「Chiba千葉チーバ」2019年10月3日初版 洋泉社
「日本を破滅から救った元関宿藩士の宰相」より)
秦さん
私は集団学童疎開(東北)を逃れて 暖かい南の温泉場にいました 土地の元気な子たちが川の隅に石を積んで水を溜め 泳いでいるのを眺めていました。
「天皇陛下の放送がある」と教えられて家に帰ったのを覚えております
こういう話を聞いてくれる人は だれもいなくなりました。お読みいただいてありがとうございます
秦さん ほんとにまだまだコロナが油断できません 諸々、くれぐれもお気をつけお大切にされてください 老人ホーム勤務も何とか頑張っております 千葉 勝田拝
* 敗戦=終戦の、あのカン照りに暑かった国民学校四年生八月夏休み中の「あの日」を、私も鮮明に記憶している。広島長崎が新式の大爆弾で壊滅したと報された日には、「これで、おしまい」と勘じた、その前に、小磯も鈴木も敗戦のための内閣総理と見えていた。「ご聖断」のラジオ放送も、隠居を母と借りていた大きな農家の前庭を、ただ両手ひろげて走り回りながら聞いた。「京都へ帰れる」と明るい希望を持った。
* もともと少年の私は、昭和十七年四月、真珠湾奇襲から半年して京都市立有済虚組学校に入学して間もない或る日、教員室の外に貼られた「世界地図」を友だちと眺めていた。地図には日本軍の戦果を示すらしい小さな日章旗があちこち刺してあった。それでも日本は「勝てへん」よ、「負けるよ」と私は口にして日本国の小さな「赤色」と比べアメリカの廣大な「緑色」を指さし見比べたその俊寛に通りかかった若い男先、生に、廊下の壁に叩きつける勢いで張り飛ばされていた。「しもた」と思いつつ「先生かて、よう地図観て見ィ」と思いながら、殴られから、ゆっくり起ち上がった。「シナ事変」は向こうが自壊し、「日露戰争」は幾つかの幸運に恵まれたとこの少学生はかなり耳や目で勉強していた。
2023 8/10
* 嵐峡めく山川ぞいの路で、なんと懐かしい、嬉しい、若々しいあの「姉さんと道ちゃん」が歓声を上げ倶に遊びたのしんでいる「夢」をみて、目ざめた。声が耳に残るまま、四時過ぎに床を離れてきた。「ねえさん」が「道ちゃん」を「迎え」にきていたかと、と思った。そうかも知れず、それならやがては、妹の「貞子ちゃん」もいっしょに「三姉妹」して「私を」迎えにきて呉れるか、とも。よしよし。それもよし。
2023 8/11
〇 秦 恒平 様 残暑お見舞い申し上げます。
仙台は、七夕も終わり ようやく静かな杜の都となりました。
でもすぐに月遅れのお盆です。帰省者がそろそろ増え始め、県外ナンバ-の車も多くなってきました。
秦さまの「幼少青年時・感慨を覚えた書物・作品たち」、感服納得 時に不服不審を覚えながら興味深く拝読致しております。
いろいろ考えさせられること多く、自分自身の幼少青年時はいかに単純素朴であったことかと改めて思い知らされました。当時は、自分ではかなり様々な書物作品に親しんでいたように思っていたのですが。
斎藤茂吉は、私も尊敬崇拝する歌人ですが 思い出すのは、彼の歌より「精神科医・一人の人間」としての奇行の数々です。
「患者を殴ってやろうかと、廊下の角で待ち伏せしていた」「トイレに行くのが面倒でバケツを持ち歩いていた」
「ウナギが好物だけど家族には分けてやらず、ひとり台所でうな丼を食べていた」等々
斎藤茂吉の次男・北杜夫氏の晩年に、米沢女子短大の馬場重行先生のご尽力で、「公開講座」にお招きしたのも懐かしい思い出です。
その当時、既に北杜夫氏は一人では動けずお嬢さまに付き添われておいででした。演台にもお嬢さま(と助手さん)と一緒でお話しは、お嬢さまの方が多かった記憶があります。山形(米沢)は、父君・斎藤茂吉のゆかりの地という理由で来て下さったのでした。
残暑の方が盛夏の暑さより、じっとり蒸し暑いですね。
どうぞお大切にお過ごしください。 仙台:遠藤惠子
(医学書院同僚 同じ社宅で茶の湯稽古 のち米沢女子短大の学長
* 会社の頃は、ごっつい眼鏡で大柄な後輩社員だったが、あるとき、ふと眼鏡を外してレンズでも拭いたか、その瞬時に見た美貌にビックリ仰天した想い出もなつかしい。会社の頃の人との、その後も親しいお付き合いは此の遠藤さん独りになっている。敬意と親愛とで懐かしみながらお付き合いを大事に思っている。
〇 台風 猛暑
猛暑が続きお疲れの日々かと察します。元気に過ごされるようにといつも願っています。
わたしの一日は一時間一時間がとても長く感じられ、疲労感が積もります。が、一週間、一ヶ月、一年は何と早く過ぎていってしまうと嘆きたい程です。この時間の感覚を今現在どう把握していくのか、今この時、此処を生ききっていない思い、不思議な焦燥感が湧いています。
以前から気に懸かっているのですが、鴉(=秦のこと)の小説の批評を纏められた永栄啓伸氏の著書のことがHPに書かれていました。鴉ご本人が既に読まれたのか、その後の様子は分かりません。もし目を通したとしたら、鴉ご自身がどの様な感想を抱かれたか・・。
本を買い求めようと思っています。
台風が接近しつつあり、このお盆休みも、交通渋滞もあまり関係なく静かに暮らします。
長いメールが書けません。
くれぐれも、くれぐれもお身体ご自愛くださるよう。 尾張の鳶
* 思えば久しくも久しい読者さんである、名乗りが煩わしいかと、わたくしが自身を「鴉」と、向こうを「鳶 尾張の鳶」と呼び慣れてきた。雪に塗れて枯れ枝に居た蕪村の繪が下敷きになったかも。「鳶も鴉も、ともに世界的に宜しくは思われてこなかった鳥です」と、鳶の方で認定してきたメールか手紙があった。
偶然の出逢いが、京都の博物館前、わたくしはなにか「撮影される」仕事の最中に声をかけられた。即、仲良くなってもう何十年か。忙しそうな「おばあちゃん」を務めているらしい。
よく書けて、よく描けて、詩集ももった京都大学出、ものの考え方にも廣く海外の見聞にも、教わることの多い「ありがたい友だち」で。
今も、手も届くほど間近に、「鳶」にせがんで「貰った」まこと美しい『浄瑠璃寺夜色』の繪が在る。浄瑠璃寺は、私実父方、わたくし生家でも在ったらしい南山城当尾の「吉岡家」と縁の濃いらしい名刹、その吉岡本家本宅の美しい黒白写真に、鳶の繪が並んでいる。疲れると眺めている。
2023 8/11
* 一つ判らない、この私が今も書いていた「私語の刻」の文章は、ひろく発信は不可能な、まさしく「私語」と想っているのだが、上の「鳶」のメールでは、なんだか「読めているらしく」も感じ取れる。「どう、なってんにゃ」
2023 8/11
〇 お元気ですか、秦先生。
これから書くことについては、秦先生からの何かお返事がいただければと願うものです。誰もが思っていても言葉に出来ず秦先生に直かおう窺いしやすいことではないので、あえて、蛮勇をふるって私が書きます。と申しましてもこれまで何度かお訊ねし、お願いもしてまいりましたことです。今回が本当に最後のお願いと思って書きます。
僭越は百も承知で、読者代表として申し上げることですが、著作権の相続者を、奥さまと建日子さまのみにしていただければと思います。今後の紛争を防ぐために朝日子さんとみゆ希さんには行かないようにしていただきたいのです。
「著作権相続」についてはネットで検索すればたくさん出てきます。手続き等については難しいものではなさそうです。少し引用します。
著作権の相続に、特別な申請手続きは不要
① 著作権は相続の対象になりますが、権利自体が自動的に付与されているものなので、相続する人が特別に申請する必要はなく、誰が引き継ぐかが決まった時点で著作権を自動的に引き継いでいることになります。引き継ぐ人が決まるまでは、相続人全員が著作権を共有している状態になります。
② 著作権を誰が引き継ぐかを、必ず遺産分割協議書に記載する特別な申請は必要ありませんが、誰が著作権を引き継ぐのかを第三者に証明できるようにしておく必要はあります。遺言書で引き継ぐ人が指定されていれば問題ありませんが、相続人全員で話し合いで決めた場合は、遺産分割協議書にきちんと明記しておきましょう。
③ 共有で引き継ぐ場合、文化庁に申請する著作権は複数の相続人で相続することも可能です。しかし、著作権の使用許可を判断する人が複数いると、判断に時間を要するためトラブルが起こりやすくなるという危険もあります。このような場合は、公にも権利関係を明確にしておくために、権利が移転したことを「文化庁へ登録」しておくことをオススメします。登録は、文化庁の「著作権登録制度」に従って行います。
著作権を相続させる文例
第〇条 遺言者 Aは、遺言者が有する下記著作物の著作権を、長男 Bに相続させる。
書名:〇〇〇〇
著作者の氏名:〇〇〇〇
ポイント
著作権には登録制度(文化庁_著作権登録制度)も設けられていますが、著作権の権利移転に、何か登録するといったことは必要ありません。
秦先生は充分ご存じのことですが、著作権には二種類あり、著作人格権は著者のみが保有します。著作者の一身に属する、著作者人格権は遺産相続の対象となりません。
著作者人格権とは、著作者の人格的利益の保護を図るための権利であり、具体的には以下の4つとなります。
公表権
氏名表示権
同一性保持権
名誉声望を害する方法での利用を禁止する権利
公表権は、公表するかどうかや公表方法などを決める権利です。
氏名表示権は、著作者の名前を表示するかどうかなどを決める権利です。
同一性保持権とは、著作物を無断で修正されない権利です。
名誉声望を害する方法での利用を禁止する権利とは、著作物が著作者の名誉を害するような方法で使用されることを禁止する権利です。
財産権としての著作権は相続対象者全員のものになります。簡単にいうと、印税を受け取るのは誰かということです。
印税については読者は無関係。未来の読者に深刻に影響するのは、秦恒平作品が読めなくなり二次利用して論じることも出来なくなることです。
秦先生の著作権含めての相続人のお三人の中で、おそらく一番長く生きるであろう「朝日子」さんの動きを非常に懸念しています。(一般的に女のほうが長生きです)朝日子さんが弟の建日子さんより長生きなさる場合、また建日子さんにお子さんがいない場合、著作権はいずれ「みゆ希」さんに行きます。
みゆ希さんについては何も知りませんが、亡くなられた「やす香」さんとは大きく違い、ご両親の影響が露骨に強いのではと思っています。
これまでの「私語の刻」記事と『逆らひてこそ、父』『かくのごとき、死』等を読んできて、私の思い続けてきたことは、朝日子さんの秦先生への強い愛の裏返しとしての壮絶な復讐が、いつか始まるだろうという恐怖です。
朝日子さんが著作権継承者となれば、秦恒平のあらゆる作品の出版や利用を拒否して、みゆ希さんとそのお子さん含めれば可能な、著作権の続く七十年の間に「秦恒平の作品」をことごとく世の中から抹殺できます。「殲滅作家」にすることが父親への最大の最も効果的な復讐になるからです。私の三文小説的発想と嗤われるかもしれませんが、戸籍まで改名して「朝日子」の名前を捨てたということは、それほどの覚悟だと思われます。前回の裁判など、ほんの手始めの復讐に他なりません。私は「凄惨な父と娘の悲喜劇」が長く続くだろうという、自分のこの見立てをほとんど「疑わない」のです。さらに朝日子さんがもし父親について、「虐待者であったという嘘」を書いた場合も、「秦恒平の作品」があれば秦先生の真実は伝わります。しかし「作品が抹殺されていれば」それは無理です。無実の汚名は晴らせません。
著作権相続についてはっきりさせておくことは、奥さまと建日子さんを不毛な相続争いから守ることにもなりましょう。遺産相続争いの泥沼はイヤというほど見聞きしてきました。そのために子どもを一人しかつくらなかったご夫婦を何組か知っています。何十年も争っている著名な画家一族の話もあります。
朝日子さんの場合は、復讐のために「金銭的な要求だけではなく、相続の遺留分として著作権を継承したい」と言い出すかもしれません。娘にその権利はあります。そしてうまく遺産分割協議がすんだあとに、私の懸念しているような事態になれば、また激しい争いになりましょうか。お金の問題なら遺留分として渡すという妥協もできるでしょうが、「著作権だけは決して朝日子さんに譲らず、」奥さまと建日子さんのお二人に「死守していただきたい」です。
奥さまと建日子さんが、朝日子さんとの「争い」に巻き込まれるほどお気の毒なことはありません。お二人は、残念ながら朝日子さんと闘うほど強くない。復讐の一念ほど人間を狂わせるものはありませんので。
私が、朝日子さんを悪く言い過ぎだと思われたら、お許しください。ですが、私はむしろ朝日子さんにある意味、同情、共感することも出来るから、このような失礼な、出過ぎたことを秦先生に書いているのです。
私は、どうしても朝日子さんに復讐を完遂させたくないのです。彼女に「悪」をなしてほしくありません。それは朝日子さんご自身を致命的に傷つけるでしょう。復讐がかない、快哉を叫んだあとは、どうなるか。人格の崩壊です。地獄です。復讐ほど人を不幸にするものはないでしょう。私は秦先生の愛した娘さんをそのような目に絶対遭わせたくありません。朝日子さんの復讐相手は本来なら「夫」であるはずですが、サイコパスの夫より父親のほうを遙かに愛していたのですから、こうなります。憎しみは形を変えた愛です。
奥さまと、建日子さんは、夫として、父としての「人間」秦恒平を第一に愛していらっしゃいますが、それ「だけ」では朝日子さんには勝てません。「文学者秦恒平作品を守る」という「読者の視座」も必要です。ですから、朝日子さんより強い秦先生に、今こそ著作権についてきちんと決め、「書面で遺言作成」していただければと願っています。この件について、すでに秦先生が対応済みでいらしたら、失礼の段どうかお許しください。
私が、秦先生の著作権や遺著管理についてのことを書くほど信用に値する人間ではないことは重々承知しています。
それでも、今まではっきりとした秦先生のご決断を伺ったことはありませんので、どうしてもお伺いしたくて、これが最後と思って書かせていただきました。もし秦先生が、ご自身の作品を抹殺される可能性があっても、朝日子さんに著作権を委ねるというご決断に至りましたら、それは秦先生のご決断として受けとめ、私は黙って引き下がります。
台風の予報もございます。台風のもたらす蒸し暑さがお身体にさわりませんように。世間は夏休みに入りますが、秦先生は休みなくお仕事に励まれていることでしょう。どうか心ゆくまで「読み・書き・読書」なさって、お気持ちだけでもいっぱいお元気でいらしてください。
長生きなさってください。 一読者が書きました。
* 呻いています。
2023 8/11
〇 嬉しい事
迪子さまから荷物が届いたとの通知のお知らせを読みましたあと、スマホで暑さを紛らわしていましたら、
Googleに、なんと「方丈」の二文字が浮かび上がってきました。
5月31日以前の毎日の「私語の刻」を読ませて「いただける」のです。「ずーっと遡れる」のです。夢中になつて。
なんと膨大な量でしょう!
迪子さんのお誕生日(四月)迄も。まだ、その以前へも遡れるようです。
パソコンでは、5月の連休で(東工大卒の)元学生さんが復活させてくださったと。その折には二、三は読めたのですが。迷子にしてしまい、その後、またまた読めなくなってしまったので、寂しかったのですが。
スマホに隠れていたとは?
パソコン、スマホと、かくれんぼ遊び[?] またこの先を見つけ無くては。
いつまでも続きそうな、世界的暑さ、くれぐれもご無理ないようにお過ごしください。 晴美
* サーテ。これがまた 私には何が何やら様子が理解出来なくて
2023 8/12
* 潤一郎夫人谷崎松子さん来訪と、「お茶」「談笑」の夢。「お迎え」に見えたかと感じながら、懐かしく。
私は、若い日のいっとき、編集者から、「秦さん、谷崎夫妻の隠し子なんですって」と私語(ささや)かれビックリした想い出がある。生前の谷崎先生にはお目にかかれなかった、が、松子夫人には亡くなる日までまこに懇意・親切を尽くして下さった。まこと「山のように想い出」がある。それすら、もう久しくなった、私は八十七歳。嗚呼。噫乎。 2023 8/13
* 華 案じています。元気にしてますか。
何を楽しみにしてますか。 手伝えることあれば云うてみてください。
お盆 そして大文字。京都へ帰りたい。家がなくなり 宿が無く。 電話で予約というにも慣れなくて。
坂を下るように 体調体力も 心許なくなりました、やれやれ。この、 やれやれ。安堵でなく 嘆息。やれやれ。
清閑寺への坂みちが懐かしくて成りません、もういちど あのお寺から遠い山を眺めたい。 ウシロ(背後)の高倉御陵の、深紅に燃えて風に騒ぐあの晩秋の紅葉、紅葉 紅葉の大揺れを もう一度 観たく 聴きたく。
華 お大事に。 恒平
* 老いて「独りになる」寂しい極みを懼れない人があろうか。
〇 メール頂き 有難う御座いました。この頃は、何も出来なくて、テレビを相手に過ごして居ます。体調も今一で、頭もボンヤリしています、食べるものも何とかです。
近頃は夕方に 時々 一人で東(清閑衒道)へ歩いています。こんな日々を過ごして居ます。
過ぎし大昔去の楽しかった事など思い出しながら! 華
* 機械画面、真まん中の真下に、文字通りに目の下に「紫宸殿前庭」の絵葉書が清々しく静まりかえっていて、どんなさわぐ想いも推し静めて呉れる。私の目と重いには「此処」が、独り静かに立てる、「やすの河原」。
2023 8/14
〇 秦恒平様
敗戦記念日に入った早暁にメールをいただいており、恐縮でした。
私は学童疎開期間は横浜市の西方の丘陵を一つ超えた、戸塚区の東端にある父の実家の農家におりました。横浜大空襲の黒煙と焼夷弾落下の恐ろしい光景を東に眺めたのが5月29日のことでした。
こちらは、敗戦後の刀狩りなどはありませんでした。敗戦後1週間も経つと、女性たちが派手な服を着て、駐留兵と仲良く歩いているという話しが伝わってきて、びっくりしました。日本人の「変わり身の早さ」と「体制への順応」を知った最初の体験でした。
数週間後、この家の長男(父の甥)が軍隊から帰還しましたが、軍隊でのことは何も語りませんでした。沈黙が不気味でした。横浜中心部、伊勢佐木町南側の、父の化粧品卸業の家の辺りは米軍の軽飛行機滑走路と変わりました。いまでも横浜市中の根岸の丘の西半分は将校たちの住まいに占領され、ゲートで遮られています。この根岸の丘を見上げる磯子の入り口に私たちは住み、父は化粧品の卸業を始めましたが、生活のために数年間、小さなプレス工場を開設していました。
私は先月、日本キリスト教団出版局からの依頼による『ヨブ記を読もう』の執筆の第1稿を送信しました。編集部の仕事が立て込んでいますので、この書き方の線で行くかどうかの検討は来月になるでしょう。来月はICU出身伝道献身者会での講演、「教養学部と伝道」を頼まれて、原稿作りに苦労しています。今日は贈られてきた詩集を読まなければなりません。
お元気でお過ごし下さいますよう。ありがとうございました。並木浩一
〇 秦先生 メ-ル嬉しく、心から、ありがとうございました。
暑とコロナで、お変わりなくお過ごしだろうかと案じていました。
「戦争はいったん始まると、終わらせるのは非常に難しい。だから、始めさせないことが大切だ。そのためには、政治家をしっかりと選ぶ必要がある」
今朝の新聞にありました。
「新しい戦前だ」と、少し前、誰かが言っていましたね。
お身体どうぞご自愛ください、先生も奥様も。 岐阜Y・ituko
〇 お元気で 野路
「或る折臂翁」の「積み重ねられたものの、もの言わぬさまに気押されるここちだった。」には 霊気を感じました。
科学一辺倒になりつつある世の中に言霊の響きが聞こえてくると「気押され」ながら包まれる温かさを感じます。
言葉が記号としての集積による意味を押しつけるのではなく、表される直前にある声なき声に圧倒されてしまいます。
よき供養になりました。ありがとうございます。
〇 秦さん 敗戦の日は広島忌、長崎忌と比べあまり意識しないできました。ただ終戦ではない、とのこだわりはあります。
それよりもお盆の御霊供をつくる日。今しがたお供えして 母が般若心経をあげています。お土産団子はもう少し後。
日本は「平和」だとも思っていません。どこかしらで争いがあり、貧富の差があり、差別が横行し、そんな状態を平和といえるのか。日本だけに争いがなくても平和とは言いたくない。
近畿に台風上陸、離れていても台風特有の風を感じます。被害少なければよいのですが。
まだ暑さのぶり返しはあるようですね、どうぞお大切にお過ごしください。
迪子さんもお大事に。 下関 緑
〇 秦さま 遺書のような e-mail を、いただきました。
書きかけのような文面で、続きが気になりました。
「戦争反対」とさえ書かなくなった世の中に、驚いています。島尾伸三 作家
〇 秦先生 おはようございます。メールを下さいまして、有難うございます。
終戦記念日という言葉をずっと聞いて育ってきましたので、戦争は終わったと思っておりました。が、戦争は終わっていないように感じます。
「刀狩り」のお話、ショックです。
「日本文化としての刀」が狩られたのだと思いました。
日本の音楽は、 隅に置かれていますが、狩られていません。
日本の音楽をもっと表にだして、日本文化再生のための道を進んでゆきます。
日本のためのみならず、地球の宝として、日本文化を世界の方々に楽しんでいただきたいです。
終戦記念日、決意を新たにさせていただきました。有難うございます。感謝申し上げます。
これからもご指導の程 宜しくお願い申し上げます。
末筆ながら、暑い毎日、 お身体ご自愛ください。
追伸 一昨日、ゆかたまつりを浅草公会堂和室にて いたしました。ツイッターにアップさせて頂きました。お目通しいただければ、幸いでございます。
伝統芸能教場鼓樂庵
ゆかたまつり今年で19回目です。
長唄囃子・鶴亀
一所懸命
演奏させていただきました!暑い夏より
熱い思いの舞台を
これからも
めざします!ファイト!
オー!!#和楽器 #囃子 #長唄#鶴亀 #浅草 pic.twitter.com/2QZWXsp5QC— 望月太左衛 (@tazae2) August 14, 2023
〇 秦恒平様 野路です。
暑いですね、と始めるのも暑苦しいですね。
日録をありがとうございました。
8月いっぱいは コロナ感染で変異した遺伝子の仕組みが乱配列なので、体調の壊れる人が多い、と誰かが言ってました。やり過ごせばそれなりの配列に収まってくれて 改善されるのでしょう。
そう言えば 石川淳選集の最終巻に「問と答」があって
「人生で最上の幸福は?」の返事が「知らぬ」
「人生で最大の不幸は?」の答えは「幸福をありがたがること」でした。
好きな英雄?に 暴君と答えた石川淳らしい喝破でした。
世界平和であって欲しいですが、「治に居て乱を忘れず」のはずが いつの間にか「治に居て乱を求める」のが人間の性かもしれません。
忙しいと休みたいと願うくせに、休みが続くと働きたくなるような習性の悪用でしょうか。
季節が前倒しになっていますので 秋の訪れも早いといいですね。
〇 頭で食べましょう
今、台風7号が通過中です。風と雨が時に強くなります。進路が気になって、嵯峨の渡月橋をジョギングしている人の映像を見ながら、窓をあけたり、閉めたり。昨夜の3時半ごろから何か吹き飛ばされるものが、あったかなと、耳をそばだてていました 。玄関ドアの隙間から雨が降りこみ、風で強く押し付けられた木戸が動かなくなり、ま、雨が止んだら、どうにかしょうと。摂氏40度の日がつづいて、また不要不急の外出は死ぬとか、家の中でも熱中症対策をとか、言われ放題です。
せっせと音楽をきいています。アルゲリッチでショパンを。アルゲリッチでしかないと、楽譜と演奏家、再現者の関係は、とか少しだけ考えました。結果、正調ルビンシュタイン(勝手に思っているだけ)で聞き直しました。
物忘れがひどく、毎日新しい事ばかりで、こなすのが大変です。 美沙
* 「對話」して下さり、嬉しく励まされます。 感謝 感謝
2023 8/15
〇 終戦の日 台風
今年の終戦記念日は台風台風の一日になってしまいました。そちらの空模様は如何でしたか。此処(=愛知長久手ほ)は暴風雨圏すれすれで、雨がひとしきり烈しく降り、風が吹き、の繰り返しです。今も強い雨の音がしています。
目が醒めて 朝4時頃に書かれたメールを読みました。鴉の求めた小説、そして作家の立ち位置を思います。『国民文学論』民主主義科学者協会・昭和29年とあるだけで既に十分に窺えます。昭和40年あたりでも尚その傾向のものはありました。
先に書きましたが中村真一郎の『この百年の小説』を興味深く読み継いでいます。その後の、この五十年の文学に関する批評を読みたいものですが。最近の若い人たちの書いたものは 何やら理解しがたいと・・仕方ないなあと嘆きつつ。
まだまだ暑さは続きそうです。くれぐれも、くれぐれも大事になさってください。
少しずつでも 書くようにします。 元気にしています。 尾張の鳶
* 鳶が鳴いてくれると、ほっこりする。
2023 8/16
〇 秦先生 ご無沙汰してしまっております。新野です。メール、ありがとうございます。
私はといえば、普通に仕事はしているものの、今ひとつ元気が出ない何だか冴えない日々が続いていました(妻、息子は元気にやっているようですが)。
先生が最後に書かれていた「これは『幸せな平和』と謂うものなのか」という述懐、自分なりによくわかります。そして相対的な状態として この国は決して悪い状況だとは言えないかもしれなくとも、先は何とも言えない不安が募ります。そんなところから来る気分の冴えなさなのかもしれません。
自分なりのやり方で何とか元気を取り戻し 先生とお話しできればと思っております。
暑い日が続いております。どうかお身体にはお気をつけていただければと存じます。ダラダラと失礼いたしました。 聡
〇 秦先生 メ-ル嬉しく、心から、ありがとうございました。
猛暑とコロナで、お変わりなくお過ごしだろうかと案じていました。
「戦争はいったん始まると、終わらせるのは非常に難しい。 だから、始めさせないことが大切だ。そのためには、政治家をしっかりと選ぶ必要がある」
今朝の新聞にありました。
「新しい戦前だ」と、少し前、誰かが言っていましたね。
お身体どうぞご自愛ください、先生も奥様も。 ya itu
* なにとしても、みなか、元気をしかし内蔵して日々を送り向かえること、それが「日本をも起たせる。幸い私には、信じがたいほど大勢の知己知友がある。アドレスさえあれば、おもいたつつど 声をかけたり、懸けられたりしつつ世路を踏み固められればと願うのだが。
そんな私が、ともすると弱く頽れそうに成ってしまうとは…
2023 8/17
* また払暁六時八分。宮澤明子のガルツピノソナタを聴いている。
だれが「宮澤明子」などいう人の「盤」を呉れたろう。
手の届く間近に、クラシツクの「盤」が六十枚あまりも在る。いった、どうして、「在る」のだろう。私自身はクラシック音楽の「盤」など自身で「買った」覚えは「三枚」と無い。その方面の買いものに気が有った覚えなど全く無い、とすると、何故「在る」か。人が呉れた、貰ったのほかに考えようか無いが、「誰に」などいう記憶は全然無い。かすかに「マドレデウス」か、ポルトガルと「ファド」の板を尾張の鳶が、一枚か二枚呉れたような記憶が薄れながら在る。他は、全然無い。志ん生や圓生の落語は自身で買った。「日本の唱歌集」も買った。が、クラシックのピアノやバイオリンの数十枚は、いつ、どうして、こう増えて溜まっているのか、サッパリ記憶が無い。もらい物と思うしか無い。感謝。
〇 沖縄から 届きますように
秦 恒平様 こんにちは。
初めてメールを差し上げます。 どうか届きますように。
いつも湖の本をお送りくださいまして、ありがとうございます。
沖縄県 名嘉みゆき
*届いてますよ 、ありがとう。
『湖の本』創刊の盧からの久しく久しい読者の方。「メールが通じる」ようになったとは、嬉しい。いろいろおハナシが出来る。手書きの郵便は、私の現在この「手」では、とうていムリになっていまする。まだ、ゆっくりでも パソコンのキイは打てる。何より交信の速いのも頼もしい。
2023 8/17
〇 秦さんへ ありがとうございます
こうしてすぐに 秦さんの “私語” が読めて 本当にうれしいです また是非読ませて下さい
秦さんのメールをよませていただき 自分でもなるべく面白がれるように暮らしていきたいと思っています
昨日はテレビで 京都の大文字の火を見ました やはり都の人はちがうなあと思いました
メールがうまく働いてくれるのを祈っています
秦さん どうかくれぐれもお大切にしてください 勤務の老人ホームではコロナ全く油断ができません chiba e-old 勝 拝
* 相原精次さん 新著『再考「鎌倉史」と征夷大将軍 「古代みちのく」と家持・文覚・頼朝』 いただく。私のいま仕懸かり中の創作とも、少しく触れ合う。今も必要会って愛読中の、水戸光圀編『参考源平盛衰記』でも少し前、盛んに文覚と頼朝との出逢いを愛読していた。
〇 こんにちは。 返信をありがとうございます。感激しておもわず「ひゃー」と声を出してしまいました。
湖の本のお礼をお伝えしたくて、何度かメールの送信を試みましたが送信できずにいました。よかった・・ほっとしています。
しかも、「メールで、いろいろ話しましょうね。」というお優しいお言葉・ありがとうございます。
昨日は、喫茶店で「湖の本」を拝読していて ダメもとで携帯電話からメールをしました。これからは、パソコンの方からメールしたいと思います。
沖縄は台風6号が去った後から、だいぶ涼しくなりました。暑い沖縄ですが、8月に入ると秋を感じます。
先週行った東京も、びっくりするくらいの日差しでした。
こういう気温では体調を整えることが大変かと思います。
少しでも涼しく、お元気にと願います。 名嘉
* よほどもよほど、もう、茫然とも耄然とも 心身が衰弱している。正気かなと吾から危ぶんでいたり。そういう境涯に入ってきていると謂うこと。さっき思ったり思案していたのを、直ぐ忘れ、思い出せない。やれやれ。
本が読めている。文も書けている。それにはげまされ、ホッともしている、が。
人づきあいということが、やはり大切で、しかし急速に減って来ている。メールにも、ついお返事を忘れてしまう。なにしろ、コロナで三年、外出らしいがいしゅつをしてないのだ。街が、怖ろしく遠い所なっている。
2023 8/18
〇 ご心配お掛けしましたが
元気で、忙しく仕事をしています。月末締め切りの原稿や、前期の学生のレポート一〇〇篇ほどの添削とコメント等に追われていました。
ようやく今日でそれらも一段落して、明後日二〇日には、土石流の被災地である伊豆山の復興花火も見てこようと思っています。
前例のない猛暑続きです。
食べやすいものを召し上がって、水分もこまめに補給なさって、くれぐれもご無理のないようになさってください。
* ごく親しい人、なのに、フッと苗字が出て来ない。こんなことが、水かさ増す「浸水」のように増えてきたなあ。
2023 8/19
〇 先日の著作権についてのメールは、お心を乱して深く傷つけるとは思いましたが、それでも懸念をどうしてもお伝えしたく、はっきり書きました。
お返事は相変わらずの判じ物で、やっぱり京都の人の「表現」が私にはさっぱりわからないのを痛感しています。「わかる人には言わなくてもわかる」そうですが、それは同じ土壌に育った人間どうしであればこそかと思います。江戸っ子には皆目わからないし、外国人にはもっとわからないでしょう。受けとめる人間がただ単にアホということもあり、私はアホとも申せますが。
「趣意はよく理会しています」は遠まわしの拒否かと。この件について、理会したが何もしない、著作権相続者を特定するような紙一枚で済む対処もなさるおつもりはない、成りゆきにまかせるということかと想像しています。秦恒平論については、将来書こうにも「書けなくされる可能性」のあることを覚悟しておきます。どうか、「まあだだよ」と、ギネスブックめざして思いきり長生きしてくださいますように。
一つ 書かせてください。
「秦恒平の作品」をご自身のもの、ご自身が自由に出来るもの と思われているかもしれません。ご自身が創り書かれてきたものですから、当然の常識です。でも、私は、世に出た秦恒平の作品は、作者・著者・筆者お一人のものではない、すべての人のもの、公共財産(パブリックドメイン)と考えています。秦恒平の仕事は、夏目漱石や谷崎潤一郎のように、「文学の神」の領域の「死なない仕事」ですから、わかっていながら死なせることは 罪悪です。
私はキリスト教に繋がっている人間ですので便宜的にも「神」という言葉を使いますが、「神」でも「日本語」でも「日本文学」でも「大いなる存在」でも何でもかまいません。聖書では「私を神の道具としてください」という言い方をしますが、とにかく「神」がご自身の道具となる秦恒平を選んで、実と義理のご両親や京都という土壌をお与えになって結実したのが「秦恒平文学」です。神の存在を知らしめるために、神の仕事を手伝うために、選ばれた存在です。神に選ばれた、神の試みにあった人と仕事なのです。神の試みの幸運と不運を生きる人間なのです。このような考え方は「抱き柱」の最たるもので、軽蔑されるでしょうか。
「神」の存在を信じていらしても、ご自身と関わるものとは思っておられないかもしれませんが、それでも「大いなる存在」は「感じていらした」のではないでしょうか。書いている時に、自分ではないものに憑かれているようにお感じになる瞬間がおありではありませんか。秦恒平の作品は、神が秦恒平という言葉の導管を通して完成させた金字塔です。ご自身の書かれたものの先行きはどうなってもよい、滅びてもしかたない、ご自身の手で自由に処分できると思われるのは、ある意味傲慢で怠慢、決して神の、天の、望んでいることではないと思います。
「秦恒平」はホント 腹の立つ方です。それでも、私の敬愛が揺らぐことはありません。ご不興承知で、作品を守るために言うべきことは言うのが読者の義務。あえて謂うならご家族さえも、常識の視点を変えて生きるほかありません。 優れた才能の周囲にもたらす「迷惑」は、もう「宿命」です。視点を変えることが出来れば、作品を生み出す現場に立ち会う至福があるのです。
さらに言うと、「神」から見れば、天才も凡人も同じで、かけがえのない存在でしょう。すべての人間は家族や友人だけのものでなく、神のもので、神から祝福されているものと言えます。
秦恒平は 要はふつうに眺めて、世間並の親ばかでもあります。そこが面白いし、それがいい。このまま親ばかでいらしてください。親ばか以上の親の仕事はありません。そして、ご自身の作品についても、もっともっと親ばか、我吾ばかになり、一心にお守りくださいますように。
まだまだ続く猛暑に耐えて、どうかお大事にお過ごしください。今日も一日明日も一日、一日一日 お幸せに。 一読者として
2023 8/20
〇 秦先生 鷲津です (=東工大院卒)
(24日にf伺えますがという来信への=)お返事ありがとうございます.
教え子としても,先生に最もしていただきたいことは {新作}を書かれることですので,是非お願いいたします.
お体だけは十分お気をつけください.
また,私としても(=機械機能の調整等)心残りですし,1時間ほどのやりとりでネットにアップロードすることが可能になりますので,
また 時々「○○日は伺えます,」ということを申し上げるかと思いますが,
よほどお気軽に受け止めていただけたらと思います.
まだまだ暑い日が続きますので ご自愛ください.
引き続き,宜しくお願い申し上げます. 神戸より
* 嬉しい励みの来信は、こうして「遠い他所からいつも親切に」届く。感謝。
2023 8/20
* 厚生病院の予約受診、諸データは申し分ない尋常を示していると。前回もそう謂われた、データは、健常と。
しかも、この疲弊は如何。病院から帰っても、いま、もう24時前。何一つもせず、寝入ったままであったよ。「違和」とは、コレを謂うのでは。
92最の、ロスの「チョコちゃん」から「100までも」と、87最の「コヘちゃん」を激励のレター呉れてくれる。アリガトさん。
このまま、明朝まで眠る、心やすく、よく眠りたい。朝には「明日」の「今日」が来る。
2023 8/21
〇 盛岡の南部美人
hatakさん
廸子様
大変ご無沙汰しております。つくばの眞岡です。
残暑が続いております。体調いかがでしょうか?
これならいけるかと、出張先の盛岡から南部美人お届けします。
近況をいくつかご報告します。
4月に二年間務めた研究所の所長を退き、執行役という役職に就きました。勤務地は変わらずつくばです。
5月に引っ越しを致しました。
新住所:茨城県牛久市
電話番号:(変更なし)
9月に東工大で講演をします。すずかけ台ですので、秦さんがお勤めだったキャンパスとは異なるかもしれませんが、楽しみにしています。
尚平は四歳八か月、道産子ですが暑さにも慣れて毎日プールに通っています。
お二人ともどうかお元気でお過ごしください。
早く涼しくなると良いですね。眞岡哲夫/Dr. Tetsuo Maoka
* ひさしい、お若い、親しい 心友、ますます良いお仕事をと願う。坊やとも奥さんとも おめにかかりたいが、わたくしはもう、動けんなあ。
「南部美人」戴けると。佳いですねえ。ありがとう。
2023 8/22
〇 晩夏 今日は曇りと雨の一日。夏の終わりを感じる日です。幾らかホッと安堵し、でもまだいざ生きめやもの心境からは程遠く。
世界各地の猛暑や山林火災、もともと暑さは極力避けたいので旅行は全く考えられませ
んでした、が秋十月には飛び出したい。一年に一度の海外、振り返るとシルクロードに行ったのが三十年前でした。あの頃に戻りたいなとつくづく思います。
鴉も若かった、精力的に仕事されてた。
まだ行ってみたい所は沢山ありますが、優先順位をつけて、さてどこまで実現しますやら。同時に余程でないと、其処に行ってさてどんなものに触れ出会うか、何を感じるか、かなり予測できてしまうのです。テレビで世界街歩きを見ていると特に感じます。鴉のように自分の場所を定位置にして存分に想像し創造していける人こそ、やはり天才なのです。鳶は実に凡人そのものです、ましてや最近は年齢それなりに記憶力低下、物忘れもします。気力だけは存続させたいけれど。
昨晩は夜中に目覚めたりしましたか?ぐっすり休めると、それだけで幸せですが・・。一日の始まりは出来る限り明るい気持ちで過ごしたいけれど。と書いて、用事を済ませていたらもう午後です。
今日はボヤキばかり書きました。ロシア・ウクライナの戦況、慶応が高校野球の甲子園で百三年ぶりに優勝したこと、ハワイやら世界各地の大規模な火災、その他その他、世の中は休みなく回っています。
少しでも元気であれ、少しでも陽気であれ、お仕事進みますように、
但し まあだだよ!!!
* ありがとう。いーいいメールです。
鴉はと謂えば、24時間の4時間起きて 20時間寝入っていたほど うつし心失せた按配でした。もっとも、今、鴉は妖怪変化とつきあっていますので、うつし心は、ある意味邪魔でもあって。 さて、成るか 成らないままか、 八・九割方書けているが、祟られているように 難渋苦渋のまま立ち往生しています。こういうとき,何としても体力が欲しいのですが。がくと首が前へ落ちたま、目が明かないありさまでいます。やれやれ。
保谷からタクシーをやとえば、恰好の「湯」があるという先を 知ってたら、みつけたら、教えて下さい。外国へは行けませんなあ。
お大事に。 鴉
2023 8/24
* 「八時字二十分」 両の眉尻を少し下げていた少年時の同級生の顔がよみがえる。三階の教室の窓から外へ出て、そのまま壁伝いに運動場まで這い降り、吾等の度肝を抜いたヤツ。元気に生きのびてるかなあ。
2023 8/27
〇 秦先生 お世話になります。
「湖の本165」の初校は本日発送、明日到着予定でお届けいたします。
よろしくお願いいたします。 凸版印刷
* 場面が動く、「日々」の顔つきも変わる。
〇 お元気ですか、 ご体調が突然上向きにということは想像しにくいのですが、それでも残暑厳しい毎日をご無事にお過ごしでありますようにと願っています。
何かの広告で、「自分を楽しんで」というコピーがありました。たしかに人生楽しんだもの勝ちです。
秦恒平は、わたくしの知る限りで 最も自分自身であることを楽しんでいるひとであり、自分が自分であるためにこれほど苦しみぬいてきたひともいないと、そんなことを思っています。それだけのことですが、メールを書いたことがなかったのでお伝えしました。
もし叶うなら、将来数ヵ月でもいいので 京都に住んでみたいなあと妄想します。お勧めの場所はどのあたりでしょう。京都の土地勘がまるでないので、まちがえそうです。友人たちはコロナ前から あまりの中国人観光客の多さと、中国資本に古い京町屋から新築豪華マンションまで大変な勢いで買い漁られている実態に嫌気がさし、京都の不動産を売り払ったそうですが……。
京都を京都として守ること益々難しくなっているのかもしれませんね。
気の晴れないこと書いてしまいましたが、もっとも京都らしい「京都」、日本らしい「日本」は秦恒平作品の中で生き続けるので心配無用です。
お元気でいらしてください。 白川
* 私は、ま、比較的に中国の古典を読んでいて十分な敬意も払っているが、中国人の根性を、容赦なく辛辣にも把握している気でいる。『十八史略』なども的を辛辣に射貫いて徹底して中国と中国人の本性や原像を剔抉しえた古典と愛読してきた。中国には孔孟や老荘の優れた哲学がありながら土足で蹴散らしても平気なド根性で万民は「歴史」を好き放題に塗りたくってきた。「理知」などお呼びで無い、徹底した「利致」「利害」そして現世謳歌の「福禄壽」本位で権勢の威嚇をほとんど無意味化してしまうほどの距離を巧みに確保し、「生・活」してきた、いざとなれば「理」は捨て「数」で抵抗した。世界へ散った華僑は「利己」に徹して中国の、支那と志那人の、ビカビカの利己主義者としてまさに「活躍」した。いまや「京都」など絶好の彼らの美味になっていよう。日本人のお行儀では、百パーセント食いつぶされて行く。汚染水を海へ流すなどむしろ古來海岸線の長い支那のお家芸だが、今は日本への「批判」という虚勢で、「利致」の妙を決めに懸かっている。
日本の政治など、逆立ちしても、ひっくり返るだけ。呵々、嗚呼。
2023 8/28
送信の記録を見ていると、私、お相手の氏名などを、まこと失礼にまちえていたりする。もうよほど人の道を脱線の気配。弱るなあ。
〇 九月が目前、相変わらずの暑さです。が、庭のセミの鳴き声は着実に変わっています。
晩夏の一日一日、お健やかであれ。自転車転ばれぬよう、居眠りして風邪ひかれぬよう。 尾張の鳶
2023 8/29
〇 お元気でしょうか。月末になり八月があっという間に過ぎてしまいました。メ-ルを頂いていたままで、失礼致しました。
小さい人がこの携帯を使っていたりして、失礼してしまいました。
お盆のあと少し疲れていました。
近くの友人がコロナにかかり、一緒に動いていた私も友人からは心配されましたが、陰性ながら 何故か調子がわるくなっておりました。
九月になれば、流石に暑さも収まることでしょう。
お元気に秋をお迎え下さいますよう。良い秋をお迎えくださいますよう。いろいろに宜しき機会がございますよう。 那珂
2023 8/30
* 早起きして真っ先に此の機械(パソコン)前へ来る、と、大きめの機械画面真下の真ん中に、御所、紫宸殿まえの淸寂そのものの広場、紛れもないこれぞ「京の都」の象徴が鎮まっている、私は朝まっさきに「其処へ帰る。
そして機械の下、左の端、に立ててあるのが、無色、閑雅な線だけで描かれた「高山寺」蔵の、飄々と弓を引いて「遊ぶ」二匹、いや二人と謂いたい「兎たち」の名高い「戯画」縦ての繪葉書。想わず笑んで觀る。此処、無色で佳い線だけでの雅境には、これぞ京も洛外の山紫水明が「歴史」のように秘めてある。
葉書の二枚、むろん戴きもの。はいけんしなおす。
「紫宸殿」のには、
拝復 このたびは研究室宛に谷崎潤一郎研究書数十冊をお送りいただき、誠に有難うございました。国文学科の図書として登録し、書庫に配置して容赦の閲覧に供します、以前にも春陽瞳版『鏡花全集』全15巻をご寄贈いただき、ご後輩に感謝しています。
私は3月に定年退職し、新しい生活に戸惑っているところです。数年前から京都御所(=大學に接して真南 秦)の一般公開が通年に変更されたので、散歩に出かけたりしています。 草々 田中励儀
とある。紫宸殿広場が一際に慕わしい。
* もう一枚の、高山寺藏「弓で遊ぶ兎たち」清雅に無色の「戯画」は、どなたから頂戴したろう。
新年おめでとう ございます。お変わりなくおすごしになられてますか。 現状維持もたいへんです。無理? ダイジョブと六割程の動きをしても、後で、こたえています。 ドラマの背景に映っている京都のあちらこちらをみています。旗本の家が京都御所だったりして。 洋ものも。この空と光りの工合は 砂漠のものではないとか。テレビもよく観ています、うたがい深く。困りものです。
『鳥獣戯画』の「空気」に暮らすような、同じ大學専攻での一つ年下、妻が同期の友だち、宛名も二人に書いてあり、「卯」の春の、洒落た「戯画」である。私は此の一年後輩が好きであった。 と、視線を上げると、この機械画面のうえの棚に、私が愛して惚れぬいた村上華岳の名品『墨牡丹』の絵葉書が。同題、私の出世作のひとつなった小説『墨牡丹』をよく「識ったひと」からだ、多分…と手に取った。やはり「兎」戯画を呉れていた彼女、コレは妻迪子へ宛てての「繪」ハガキ。
永栄啓伸の本(=『秦恒平 愛と怨念の幻想』)をお送り下さりありがとうございます。 読みました。
長谷寺に白いぼたんが咲いていたそうです。 今日は疲れ目。(泪ポロロの小さな戯画) うっかりころばないようにしましょうね。
* 名高い長谷の牡丹に触れ合うての繪葉書『墨牡丹』は、宛名に無い私へ、親愛の投げキスと戴いておく。。感謝。
2023 8/31
* 草加市の白蓮寺さん、懇篤のお便り戴く。
2023 8/31
* 同い歳ほどの知友にメールするのが、こわい。返信が無いととんでもない懸念や不安にたじろぐ。知れずにきた、これも「老境の現実よ。
2023 9/1
ハ ッ ピ ー ニ ッ ポ ン ☆ 邦 楽 ネ ッ ト
☆2023/9/1 鼓楽庵メールマガジン
皆様こんにちは。 9月の皆様こんにちは。お元気ですか? 望月太左衛です。
暑い8月のラスト、31日は満月でした。今年の1年のなかでは 最も地球から近い満月、最も大きく見える「スーパームーン」でした。
また、8月は2日と31日と 1ヵ月の間に2回満月となりました。この2回目の満月を「ブルームーン」と呼ぶそうです。2〜3年に1度しか見られないこの珍しい「ブルームーン」を見ると、幸運が訪れる!と言われているところもあるようです。
皆様は 御覧になりましたか。
私は「望月」の名前のため、ずっと「月」を追い求めてきました。
小さい頃、「月にはウサギが住んでいる」と言われて育ってきました。
そんな月に アポロ11号が初めて着陸しました。ウサギはいないとさびしい気持ちがしがっても、アームストロング船長の
「これは一人の人間にとって小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍」という言葉は、
中学生の私の「未来を照らすメッセージ」となりました。
そして、東京藝大に入学した私に、父からいわれたのは 「望月は満月だけれども、雲がかかっている。本来の月の姿が見えるようにしなくてはならない」
それから私の目標は、本当の「輝きがある明るい満月」のような「舞台」を作ることになりました。
その中で 「長唄・娘道成寺」の歌詞に
「我も五障の雲晴れて 真如の月を眺め明かさん」とあることを知りました。
「五障の雲」とは、女性が持つとされた五つの障害「女人五障」のことです。
この五障、自分の悪い部分をみるのはいやなことで、できたら見たくないことです。見たくないという気持ちが「月にかかる雲の正体」でした。
この 見たくないことを見ること!
雲をみても大丈夫。 その下には 輝く月 があるのですから。必ず「五障の雲は晴れ」ます。 女性でも大丈夫です。
お経の中でお釈迦様は「女人成仏」と説かれています。
そして、平塚らいてう著の『元始、女性は太陽であった』にも出会いました。
また、男性優位の邦楽、伝統芸能の世界の中でも 指導の先生方に 男女隔てなく私は御指導いただきました。
特に、私が25才位の頃、 能楽囃子・笛方の藤田大五郎先生(人間国宝)に、「女でも進め!!」と厳しく御指導いただいた時のことは 今でも心の支えになっています。
女性だから「できる」ことはあるはずと、創作をしたり、わかりやすく解説を入れたり、
明るく楽しい「舞台」をめざしています。
今後とも応援の程 宜しくお願いいたします。 望月太左衛 ・・・・・・
* 見事に励まされて立派な「九月の言葉」と、衰えがちな老耄・私は、快い叱正を戴いた。最良の我が若き女友だちよ。お元気で。
2023 9/2
〇 <疲れました、もちなおしたい。>とは、何をどうすればと、ただただ心配して、無力なことを痛感するばかりです。お疲れはただ年齢のゆえにと言い切れないのを理会しています、が、ご夫妻とも要支援か要介護のどれか介護認定が受けられないとは信じられませんし、日々、建日子さんらの温かなご配慮や公共の適切な日々支援があれば、秦さんの「読み・書き・読書・創作」の日々はまだまだ大丈夫、持ち直せます。奥さまもご負担が軽減されましょう。
七月十九日の「私語の刻」に次のような記載がありました。
* 今、この「私語」を、真夜中の一時半に書いている。床に就いても實に孤独に寂しく、とても寝付かれない。「やそしち爺」にもなり、まだ幼稚園前の昔に養なった「感じやすい」孤独感が生き存えているのだナ。絵本の「萬壽姫」や「阿若丸」に悲しみ歎きながら、わたしは、しかも「生まれながらに肉親を知らない、喪っている」という実感を、まるで「個性」のように見誤って蓄え育てていた、きた、のだ。結果、どうしても肉親、血縁に親しみ愛し愛される心の励みが私に無い。とてもさびしいけれども、無い。そのお蔭でわが子にも背き叛かれる。
眞の「みうち」は「世間の他人」から見つけるしか無いと、わたしは、「今日只今」でも実感している。「眞の身内」と心から愛した、血縁など無かった数少ない生涯の「人たち」を、いまも、どんなに恋しく慕い愛し親しんでいることか。だが、そのような人らの大方は、もう「天」にいて、そして呼び掛けてくれる。「行くよ」「もうすぐ行くよ」と黙語している、今も。
秦さんが「わが子に背き叛かれる」と嘆くお気持ちはいくらか承知していますし、それを悲しんでいますが、そもそも「親と子」関係は、スムーズでない人間関係を代表の一つでありましょう。夫婦なら別れて自由になるという選択が可能ですが、親子という血縁は逃れられず、元父親とか元長女、元長男などという関係には「決して」なれません。
先週驚いたことがありました。日経新聞日曜版の大きなコラムの中で芥川賞作家の金原ひとみさんが、「私と母は別の生き物」「今や母は視界に入って欲しくない虫でしかない」と書いていました。
私も中年過ぎてからは父を視界に入れないようにして生きてきましたが、さすがに「虫」とは思わなかったし、そのようなことはたとえ日記にでも絶対に書けなかった。
さらに驚いたことは、彼女のこのような文章に対し、賛同の意見が多く寄せられたことです。昨今の不倫発覚のような炎上はしないのです。昭和の時代だったら、かりにも親に対してそのようなことを、しかも日経新聞のような大新聞の目立つコラムに載せることが可能だったでしょうか。非難囂囂だったでしょう。
母親を公然と「虫」と断じることが可能になったことは、ある意味良い時代なのかもしれません。世の中にはそれだけ「毒親」が多い。(当然「毒子」もいるでしょうが、それは公然とはまだ書けない)。恐ろしい数の破綻した親子関係があるのです。良好な関係のほうが少ないのかもしれません。
金原ひとみさんの受賞作『蛇にピアス』を秦さんはたぶんお読みではないと思います。身体中痛くなるような凄まじい話でした。あまりの驚きに最後まで一気に読まされ、そしてその衝撃度で芥川賞にも繋がったと想像します。私の記憶では、身体のあちこちにピアスをしているヒロインが、最後は舌にピアスをして舌先を蛇のように割いていこうとするので、ぎゃっとしました。怖いので二度と読み返しませんが、二十歳そこそこでこのような作品が書ける背景を想えば、彼女の恐ろしい母娘関係が想像できます。そしてそれは彼女だけの特殊な経験でなく、世間にはよくある話なのです。
ピアスをするために身体に穴をあけるということは(おしゃれのための耳のピアスは例外として)、リストカットのような「自傷」行為なんですね。金原ひとみさんは、自身の身体を傷つけるように、作品のヒロインに自傷行為をさせたのだろうと思います。映画だけでなく、街中でも、過剰にピアスをつけている男女、広範囲に刺青をしている所謂その類の方々は、自傷行為であることに今さら気がついています。リストカットまでは出来なくても、心の痛みを自身の身体を痛めつけるピアスや刺青で代用している。身体の痛みのほうが心の痛みより遙かに耐えられるし、身体の痛みで心の痛みを一時でも忘れられる。彼や彼女が、いかに愛の薄い環境で、虐待やネグレクトで育ったのかと慄然とします。愛されて育った子がどうしてわざわざ自分の身体を痛めつけるでしょうか。
朝日子さん、建日子さんの書かれたものを一部しか知りません。ですが、お二人の書かれたものは「やさしい」と思います。虐待された人間には絶対書けないものです。充分お父さんの愛を受けられてきた証しです。秦さんにはそのことに誇りと喜びを感じていただきたいと願っています。<肉親、血縁に親しみ愛する励み>を充分果されていらした。だからこそ背き叛かれることもあるわけで、それも多かれ少なかれ、「親の一つの仕事」ではないかと、自分のことを省みつつ、考える日々です。
そして、秦さんご自身も、望むようなかたちではなかったにしても、実と義理と二た組のご両親からも、ご友人からも、じつは深く深く「愛されて」いらしたのだと思います。秦さんの作品を読んでそう感じます。
マザー・テレサは「隣人を愛するほうが、他人を愛するよりずっと難しい」と語っていました。夫婦や親子や兄弟姉妹である「隣人」は、もっとも愛の為し成しがたい関係と思えば、少し安心なさいますでしょうか。
どうかお疲れをためず、ご無理のない日々をお過ごしください。元気なお気持ちを「もちなおし」てくださいまいよう。 読者 また 友 の一人として
* 早足なら一分とかからなかったろう、狸橋のごつい石の闌干に顎を埋めて目の真下、伸ばせば手も届くかと想う白川の清流を、聴いて見つめて時を忘れている幼少であった、わたくしは。いま、そんな思い出にひちる心地で、読ませて戴いた。深く、感謝。
2023 9/3
〇 野路です
コロナの第9波が前回の拡散に迫っているようです。その上インフルエンザも流行し始めたとか。引きこもりはまだまだ続きそうです。
五木寛之さんの健康法は 足指を回すことだそうです。90才になられる先輩を見習って「末端に神は宿る」と思ってせっせと動かしましょう。
90才を越えている高橋巌さんや、栗田勇さんがお元気ですと励みになります。
高橋巌さんのシュタイナー翻訳は分かりやすい日本語で 有難い限りです。栗田勇さんの「芭蕉」も見事な大冊で勉強になります。
ピーター・アクロイドの「ブレイク伝」は知らなかったブレイクの人柄が伝わってきました。
当分、藤原定家にならって「紅旗征戎は吾事にあらず」と情報を遮断して読書三昧に耽ります。
秦恒平様
* コロナ、私は十分要心し、もうよかろうとは怠けないと決めている。
「足指を回す」か、これは見習って励行しようかな。感謝。
讀書やお勉強のはなしは、何方からうかがっても私を励まし。しかも、惹かれる。もう便器用はよそうなどと思わない。感謝。
〇 九月に入っても
暑さ、各地の風雨水害は酷く、身体も、気持ちも休まりません。
秦様、迪子さま 如何お過ごしでしたでしょうか?
最近はパソコンもママならず、開けない日も多くて、失礼しています。ご無沙汰ゴメンなさい。
庭の隅で鷲羽ススキの穂[稲穂]が風に揺れています。穂も涼しげですが、鷲の羽のような葉がまた風情があります。
暑さの中の毎日のお炊事は避けて通りたいと言いつつ、二人(=ご夫婦)とも食欲はさほども衰えず、過ごしています。
帯状疱疹のワクチンの一回めを打ってきました。熱は出なかったのですが、何時迄も打った腕が痛いです。
これから、コロナ、インフルエンザとワクチン攻め?
謡曲のお稽古仲間のご夫婦も 最近コロナに罹り、油断がならない秋口ですが、どうぞお大切にお過ごしくださいますように。 練馬 晴美
* 季節はふしぎなほど確乎として動くが、表現のさまざまな巧みと意外さには「神秘」なほどの「才能」を覚える。
2023 9/6
* 早く起きたからと謂うて、仕事が出来るわけでない。
* 「湖の本」の用意に『隠沼(こもりぬ』という小説を読み返していた。ヒロインに濃やかに懐かしい想いが凝っていて、読み返すのがすこし辛く怕くなる。生けるヒロインと書かれている仮構のヒロインの、もう、とうにとうに両方に死なれ死なせている。ああ、そろそろ呼びに来たのかと思い、なぜか「まあだだよ」と応えにくい。場面と情感を切り接いだような作柄、私には稀か、珍しくもないか、咄嗟に判じられない、ただ懐かし「すぎる」自作だけになかなか読み返そうとしてこなかった。「龍ちゃん」の死は、現実にも作中でも痛過ぎるほど早過ぎた。
2023 9/7
〇 鴉こそ、元気であって欲しい。強く激しく願っています。
迪子様、いろいろ心砕いて食事の用意されているでしょう。どうぞ召し上がってください。 尾張の鳶
* はい、はい。 保谷の鴉
2023 9/9
〇 秦さんの記憶力の良さが伺えます。
私も(小倉珀人一首や著名歌などの=)初五に引かれた歌をつくってみます。
転ばれても骨折しなくて良かったですね。
私も自転車で転倒して膝、臂に滑り傷を残しましたが打撲のみで過ぎました。身体中の強ばりはしばらく取れませんでした。
ショックによる強ばりは鳩尾にそっと指頭をおき、10分ほどゆっくり呼吸をしているとふわっと緩む時があり、後遺症もなくなると聞いたことがあります。
不慮の出来事には「これで救われた」と思うようにしています。
ブッ潰れても遊んでいられる秦さんを手本にしています。 野路
* 私の遊ぶのは、ある手順にしたがい、出放題に歌を詠んだり、出任せをかいたりするので、街へ遊びに行くとか。パソコン・ゲームに遊びほうけるなどでは無い。知識や創作の世界には遊びはいくらでも見つかる。
〇 re 鴉 やーい 病むなかれ 虚しく眼を閉じるなかれ
「病院に拘束されて「時間」を喪うのが 何よりイヤでして。」と。
これは納得です。が、点滴で栄養補給の必要あれば逃げないで。とにかく作品を仕上げられるよう。
京都の「鰊蕎麦」を、今日ネットの楽天から送るよう注文しました。いつからかネットから送れるようになっていました。火曜日、水曜日あたりには届くと思います。
京都には今週末出かける予定ですが、お蕎麦は早い方が良いので。
「私の京都」に 一度でも、是非是非お帰りください。爽やかな秋はすぐそこです。 尾張の鳶
* 「鰊蕎麦」か。うれしいな。南座脇の「松葉」かな、れは出汁も鰊も蕎麦も薫りよく、京都の食べ物の一、二に好き。感謝。鳶はまだまだ世界へも飛び回れるのだ、お元気、何よりの天福。
〇 re ぶっ潰れて仕方なく遊んでます。
秦先生 以都
たくさんの「お歌」をありがとうございました。
本歌取というのでしょうか。本歌を凌ぐ出来栄えと感嘆しきりです。
お酒と恋の歌が多いような・・・。
まるで、話すように「歌」が流れ出るのですね。ほんと驚くばかり。
9月に入っても、暑さはかわらず、コロナもまた増えているようです。
お身体どうかご自愛くださいませ、先生も奥様も。
HPを拝見できるようになる日が早くくるといいのですが(5月30日までは拝見できます)
* 歌詠みに「酒と戀」ほど無責任に気楽な歌材はない。好き放題な法螺に、ちょっぴり真情を溶かし容れたり。うまく作ろうなどと思わぬこと。
2023 9/11
* 尾張の鳶さん、京都の大好きな鰊蕎麦たっぷり下さる。感謝かんしゃ。明朝からご馳走になる、楽しみ。ありがとう。
2023 9.12
* 大いに嬉しかったのは、京都から、久々、羽生淸さんのお手紙に副えて、「恋しいなあ」とちかごろ内心に願っていた、まさしく京菓子の名門鶴屋吉富の、なかでも大好きな「柚餅」をはじめ美しい京ならではの和菓子が詰め合わされて、頂戴したこと。さきに高木冨子さんからは「鰊蕎麦」をたっぷり戴いていたのへ、相次いで、宇治茶が取り合わせに活きる、美味満点の京の名菓をいろいろ戴いたのである、「口いやしい老い」の、胸もほっと熱くなった。くわえて、和菓子の味わいに、何十年も逢わない羽生さんは、お手紙で母校「同志社の匂い」もさも穏和に副えてくださる。感謝感謝。
2023 9/14
* 元気どころでなく
読み書きも苦渋、閉口 しています。小さい頃のアダナ、 ヘイコー でした。幼弱に帰るようです。 コーヘイ
2023 9/14
〇 酷暑の夏、いかがおすごしでございましたでしょうか
「湖の本 164」ありがとうございました。
ゆっくり読ませていただきました。
心が逸り、つい急いでしまった昔とは違う読み方ができるようになったと思います。
「少女」のラスト
「海老フライがポケットのなかでに押しこまれて、ぐちゃとつぶれるのを 私は 自分の掌に感じた、わあっと大声がでかけた、それこそ一目散にわたくは駆けだした。たちまち眼鏡が曇り、街の灯ばかりが冷たくきらめいた。」
自分の感覚より‥相手のそれを生々しく感じている瞬間が 私にもあった気がいたしますのは、小説を読んで知ったことでしょうか。
実人生と読書体験が混淆してくることに、年齢を重ねた者の特権があるように感じております。
「有る折臂翁」では、
「新憲法には、初樹も関心を持っていた。日本人の生まれかわろうとする理想を赤ん坊ほどにも無邪気にむきだしに提唱していた」
今日の世界をみておりますと、猜疑心が膨らんでまいりますが、それでもなお、赤ん坊のような無邪気さを忘れたくありません。
大学生のころからは六十年は経っているいま、
ニイチェに惹かれて「ツアラトゥストラ」に聴き続けていらっしゃる先生。 私も大学生のときに友人と共に呼んだ昔を想いだます。
往時渺茫……
「牧人はいなくて畜群だけだ!
誰もが平等だし また平等であることを望んでいる。それに同感できない者は、みずからすすんで精神病院に入る」
昔は 自分が牧人のように錯覚していたのですが、
今は、畜群であることを悟りました。
まだ暑い毎日でございます。
先生
くれぐれもお身体 大切に
奥様゛
お過ごし下さいますように 羽生清
* これほどのお手紙の戴けるだけでも「書いて良かった」と思う、しみじみと。
* 羽生さんはすぎらしい美術デザイナーでありまた永らく美術藝術系の大学教授をも定年過ぎてまでお勉めであった。私の若い後輩であった。保谷へ迄 会いに来て下さったこともある。感謝。
* もう一通、涼しく花やいだ桔梗の絵葉書に、
〇 ご丁寧なおたよりありがとうございます。
9月に入っても連日「真夏日」毎晩「熱帯夜」でしたが、ようやく昨日あたりから少し暑さもおさまってきて こちら仙台、庭の草むらでは秋の虫の声が聞こえるようになりました。
東京はまだまだ暑さが続きそうです。今は町田市に住む高校時代の友人は暑さで免疫力が弱ってコロナにかかってしまったようです。
旗さまご夫妻もくれぐれも油断せず
お気をつけて。 遠藤恵子
(元、会社での後輩。同じ社宅ずまい。後、仙台へ帰られ、大學教授や学長まで)
* 宮城野の丈高い桔梗の紫が似合う人であった。
2023 9/15
〇 心配でどうにかなりそうです。そのせいというわけではありませんが、持病のめまいで、朝から宙を浮いているような具合です。
なんとか今日一日をご無事にお過ごしくださいますように。
まだまだご一緒させてください 秋は、ゆふぐれ。
〇 尾張の鳶は、京都へ旅の謝仕を送ってきてくれてるらしいが、うまく画面に表わせない。 やれやれ。京都を眺めて心楽しむか、うらやましさにカンシャクを起こすか。
2023 9/15
◎ 此の、みづうみ 水涸れたように
出逢ったら、見違えてわからないと思いますよ。瘠せて、背は低く腰は折れて、歯は上にゼロ、下ノ左奥に2本しかありません。それは私はすでに平気ですが、疲弊し困憊して、しんどくて堪らないには、閉口です。
けれど。読む 創る は、変わりなく、むしろ旺盛です、吾ながら不思議。長編は、適切な好題もすでに得て、「脱稿」へ逼っています。
歯医者が、「總入れ歯」をつくりました、「慣れて下さい」と。
上下に押しこまれたら「痛い」ばかりか。唇も上下合わせられず、何もまともに喋れず、飲み食いなどとてもできず、これでは睡れもしない。
父医師以来の久しい付き合いで、父先生の死後は、いま中年の娘センセイが治療など。永いなじみの都合六十年近くを今も江古田の奥まで、保谷からバスや電車を次々乗り継いで片道に一時間余わざわざ通っている、が。
「生・活(話・会話・飲・食・呼吸・眠)」「ほぼ不能」の総入れ歯にただ「慣れて下さい」は無慚に過ぎ、いっそ「上、下に歯の無いまま」生涯終えてもいいかと慨嘆している。ひとしお、心神、異常だが、まだ生きてはいる。先は見えない。こごえで「まあだたよ」と、天國から招き呼んでくる「もういいかい」に返辞している、が。ま、報告すれば、そんな状況。ながなが蛇行するこの長い作との取り組みに、希望を抱いている。
2023 9/15
* 気が腐っていたので、処方の利尿薬は避け、常は避けている催眠の「リーゼ」を服して、それでも独り「零時過ぎ」てもキッチンで酒を飲みテレビの国際ニュースなど聴いてから、床に就いた。幸い手洗いへ起ったのは、一度。夜中にも要心のビタミンなど補強して、目ざめたのが曉暗の四時。猫「マ・ア」達の朝のトイレ用足し を脇で見、仏壇の秦の両親や亡き孫「やす香」そして我が家に歴代の愛猫たち「身内」らと静かに「話し合うて」から、此の二階へ来た。
「マ・ア」に削り鰹を遣り、私も一口含んでおいて、機械を開けた。
毀れたままの「ホームページ」が、結局東工大卒業生らの親切も行き届かぬまま、まだ復活できていない。それは大勢さんから「復旧か新設」を まま「懇願」され続けて居るの…だが。私には不可能。私も、「東工大の先生」時期から四半世紀が通過して来て、耄碌のすすむまま、所詮私にはもう「専用のホームページ」は「絶望」であるかの気配。
2023 9/16
〇 今 鷹ヶ峰(京都)光悦寺の庭にいます。人影なく、残暑は厳しい。実にひさびさの鷹ヶ峰です。
鴉は眠っていらっしゃるか? 尾張の鳶
* 尾張の鳶 お心入れの「鰊蕎麦」を満喫し終えたところへ、継いで「光悦寺」をシンにした、広やかに美しい京洛、おちこち山水の写真が届いていて、今、しみじみと懐かしく、羨ましく魅入られている。感謝。
* 「鳶」も「鴉」も 世界的世間では、たいてい悪役の側と笑いながら、久しくお互い「尾張の鳶、保谷の鴉」と謂い合うてきたが、この高木冨子さん、京都大學社会学を卒、西欧世界を廣く旅し続けて、洋画家(作の「浄瑠璃寺夜色」貰って、身近に今も、いつも。)詩人(佳い詩集も刊行)して優に足跡あり、しかも実に、本でも菓子でも鰊蕎麦でも、その他惜しみなく「もの呉るる友」である。メール交信で、世情・世界を語り合い、さまざまにわが作家の日々を励まし肥やしてもらい続けている。
おおむかし、京の三十三間堂のすぐ東、後白河・法住寺御所御陵のそばのホテルロビーを遣って、某社の「撮影付き・インタヒュー」を受けていた際に、初めて、「人の輪」から「声」をかけて呉れたのが「初対面」と成った。なつかしい。
以来「半世紀」も歩いて来た。感謝。
〇 鴉こそ、元気であって欲しい。強く激しく願っています。
迪子様、きっといろいろに心砕いてお食事の用意をされているでしょう。どうぞ、しっかり召し上がって 酷暑お疲れの脱けますように。。 鳶
2023 9/16
◎ 「幼少に聞き覚え唱った、妙な唄」を記憶の儘に、冒頭のみ。
〇 『人を恋ふる歌』 与謝野寛(晶子の夫) 作詞デ
妻をめとらば才たけて ああわれコレッジの奇才なく
眉目うるわしくなさけある バイロンハイネの熱なきも
友をえらばば書を読みて 石をいだきて野にうたふ
六分の侠気四分の熱 芭蕉のさびをよろこばず (他に幾番も)
* 才もなく眉目うるわしくもないが、「なさけ」はふかい方の「妻」と信頼してきた。
「書を読んで」書ける「友」には嬉しいことに、コト欠かない。
昨日も留守中、寺田英視さん(文藝春秋「文学界」等の編集者を経て「専務さん」まで)の新著『泣く男』が贈られて来ていた、倭建命にはじまり、大伴家持、有原業平、源三位頼政、木曾義仲、大楠公、豊太閤ら、さらに吉田松陰にまでも「男泣き」の系譜を「古典」からも論攷されている。いかにも「寺田さん」であるなあと、読み始めへの興味、はや溢れている。
この寺田英視という久しい「友」こそが、すでに「165巻を刊行」して、なおなお続く、世界にも稀な『秦恒平・湖の本』刊行を「可能」にと率先「凸版印刷株式会社」を紹介して下さった、それなしに「湖の本」がもう40年近くも途切れなく刊行しつづけられたワケが無い。「わが作家生涯」のかけがえない恩人であり久しい読者のお一人なのである。心して明記しておく。
2023 9/17
〇 14日から、台湾にきています。
川端康成をテーマにした「国際シンポジウム」の招待発表を無事に終え、明日の夜に帰国予定です。
空港で買えるような 甘いものか お茶か お酒でもお土産に、と思ってますが、何かご希望はございますか?
東京もまだまだ暑いようですね。
どうぞくれぐれも お体をお大切になさってください。
<私の母も新しい入れ歯を何度か調整し直し、「慣れるまでの辛抱」と言われて「何週間も痛み」をこらえたそうですが、「結局古い入れ歯に戻し」ました。
「合わない入れ歯は、無理」なさらない方がよいかもしれませんね。 日本晴
* 同感。
2023 9/18
〇 「みづうみ の涸れる 慘暑」とは、あんまりのこと。
それでも、どんなご体調でも、そこはかとないユーモアを感じさせる題名はさすがみづうみです。「自壊進行中」という造語も。
昨日は二通もメールをいただけて嬉しい一日でした。
みづうみに、歯医者さんに通う体力がおありで、喜んでいます。素晴らしいことです。母は寝たきりで隔週訪問歯科にお世話になるのが精一杯でした。残っていた自分の歯は一本か二本でしたか。入歯は使っても使わなくても、とにかく「飲んで、食べて」だけは頑張っていただきたいと思います。それが「いのち」に直結します。食べることは生きること。辰巳芳子さんがお父上の介護生活をもとに書かれた本『いのちを支えるスープ』がありますが、歯にやさしい「スープ」で必要な栄養をとっていただきたいです。
最近の「私語の刻」ありがたく頂戴しました。「アコ」ちゃんに噛まれたあとはその後如何ですか。知人の九十歳のお父上がご自宅の猫に噛まれて「入院」になりました。猫に限らず、人間ふくめた「動物の口内は細菌だらけ」なので、免疫力が弱っていると、噛み傷から病気になることもございます。もし治りが悪いようでしたらとにかくすぐ病院にいらしてください。生命にかかわる場合もありますので、早めのご対応を。
>>読む 創る は、変わりなくむしろ旺盛です、吾ながら不思議。長編は、適切な好題 を得て、「脱稿」へ逼っています。怖いよ。
私の一番「怖い」と思う秦恒平作品は『逆らひてこそ、父』と掌説群です。それ以上に怖いとしたら! 戦々恐々としつつ極上の文藝を楽しみにしています。
暑いといいつつ、少しその衰えを感じています。どうか心地よくお過ごしくださいますように。 秋は、ゆふぐれ
* 指先まで鳴るように痺れていて、機械に頼るほか、手筆で「書く」ことが出来ない。戴いたお便り等に手書きの「お礼」「お返事」が出来ない。心苦しくおわびする。機械(パソコン)でなら、視力の弱進こそ懼れているが、ま、こう御覧のように文は書ける。有難いこと。
* 左手の甲、人差し指根方のアコに咬まれた傷跡が執拗に痛く腫れて排膿もせず、執濃い。甲ががむっくり腫れ上がって痛む。やれやれ、難儀続き。人さし指の根元ふかく、親指の根までも腫れぼったい。キイを打つ右手でなく、これは助かっているが。
* 今日も、果てて行く。こし寝酒を含んで、寝よう。
2023 9/18
* アメリカでの同時多発核のテロが、風聞なりに予告されていたりする。私は映画『渚にて』の身も心も凍る「無人」世界への怯えを決して架空の空想とは感じて居ない。朝起きると一番に世界の「今と明日」に節に触れて知らせてる数々をアタマにいれるようにしにしている。以前は「世界の動き」になど関わらない市井で居たが、あのとき、「尾張の鳶」のメールに「世界事情」を日々の習いに注目していると在り、倣うように努めてきた。
〇 京都行き
九月も早や十九日。来週は秋らしい気候になるとか。それにしても異常な暑さ・・温暖化を通り越して沸騰化と叫ばれたことが確かな脅威として感じられます。
京都は、三連休で観光客に犇めいていました。が、「光悦寺」は萩の花が咲き静かそのものでした。絵を描きたいと思っているので 出町に行きました。橋から眺める北の山々、賀茂川、高野川の流れ、いずれも懐かしく沁み込んだ景色です。
ついでに豆大福を買おうと寄ったのですが、買い求める人の長い列! 到底待つことなど考えられなく、退散しました。それ以外は今回の京都では全く時間が取れませんでした。
PS さき頃の鴉の記述で「わたしに関すること」で少々ミスがあります、
文学部社会学科ではなく、史学科東洋史。 洋画家ではなくて描いているのは日本画です。 京大に入ったこと、これは必ずしも良かったと言いきれません。振り返って違う人生が、もっと素直に伸びていける人生があったのではないかと、確信に近い思いがあります。あまりに屈折した苦しい思いが今もあります。
自分のことばかり書いてしまいましたがごめんなさい。元気にしています。
くれぐれも、くれぐれもお身体ご自愛くださるよう。 尾張の鳶
* 「要領」を得た文面。それでいて「余裕」あるのが、高ぞらにピーヒョロロの、鳶。
* ここで時計は朝の六時半。ちと、机辺に用意、九谷焼「猪(私の干支)の小盃」に「黄桜」の辛口文字通りに「一献」。筆を、怖い「左道」の闇へはこぶ。
2023 9/20
〇 『湖の本164少女 』をご恵送いただき、誠に有難うございました ”始筆書き下ろしの「創作」”或る折臂翁を拝読、戦中・戦後にまたがる話の院櫂に惹かれました。初樹の父・弥繪・康岡それぞれの人格が゛心に迫り、崖が重要な役割を持つ構成と結末の急展開に驚かされました。白楽天詩からの発想にも独創性を感じました。秦さんの幼稚園生にして真珠湾攻撃を無謀と案じ、ぜったい「兵隊さん」になりたくなかったとの感覚は凄いと思いました。「不敬」「非国民」といった言葉が散見し、何の留保も無く自衛隊への好意的な論調が流通している昨今に危機感を持ちます。 励 名誉教授
* 此の、祖父鶴吉旧蔵、國分青厓閲 井土靈山選『選註 白楽天詩集』(明治四十三年八月四版)を手にした国民学校時期に巻中の七言古詩『新豊折臂翁』加えてに感動的に出会ったのが、加えて敢えて云えば「敗戦前に戦時疎開」していた丹波の山奥の借り住まいで、裏山深く独り登って見つけたある「崖」の誘いが、この、作家生活へ向かう第一筆処女作の「原点」となった。作家になってからも直ぐには世に出さなかった。期するあり、温存していた気がする。
いま此の様な「的確な読後感」を頂戴できたことを、生涯の喜びに数えたい。佳い「詩集」を遺して行ってくれた畏怖に値した秦鶴吉祖父に深く深く感謝している。秦家へ「もらひ子」された幼少はまことに幸福であった。
2023 9/22
〇 気温が30度で、涼しいと感じる今日の陽気です。
ご無沙汰が続いていますが、お話できるようなコトもなく、毎日「活きるため」に時間を過ごしているようなものです。
今思うことは「家事」というものは、完璧をもとめることが不可能だということです。この歳(=九十才前後)になつてこの体験、人生というものは何とも見通しのつかないものですね。
そういうわけで、全くさんぶんてきな毎日、暑さお見舞いに添える「こと」はありません。
秦さんご夫妻もお年ですから、充分なお心遣いをと願っています。 井口哲郎ほ
* 手指が頤使に委せえず、メールは出来てお返事も即座に可能だが、郵便葉書を頼むのは苦痛になって居る。メールにはすぐお返事を差し上げているが、手書きはご勘弁戴いている。
2023 9/22
〇 すすきが揺れるようになり、水引草も紅い実がつきました。薄紫のつるぼも可愛く畔に咲くようになりました。やっと涼しくなりましたが、お変わりなくお過ごしでしょうか? 那珂
* 秋の足取りは速い。やがて下保谷の閑散も秋色に彩られて行くだろうに、コロナはまだ世の中に低迷しているとは。
2023 9/25
* 井口さん、勝田さんはじめ。メール機能を機械から喪ったという方が増えてきて、心寂しい恐慌である。かくて、いよいよ、ジリジリと有効世間が狭まって行く。やれやれ。
有難くない。
いま、まだ早暁4:44。仕事にかかる。まず、「責了紙」へ匍匐前進。
2023 9/26
〇 すすきが揺れるようになり、水引草も紅い実がつきました。薄紫のつるぼも可愛く畔に咲くようになりました。やっと涼しくなりましたが、お変わりなくお過ごしでしょうか?
お元気そう、もみのついたままの、おこめ、(稲を生けた写真) とどいて、いなかの秋です。 那珂
〇 彼岸過ぎて 少し秋らしく、庭の彼岸花、萩、薔薇が季節を告げています。鴉はいかがお過ごしでしょうか。
この一週間ほど孫の風邪の発熱で慌ただしく過ごしています。 尾張の鳶
2023 9/26
〇 秦先生 メールをお送りいただきまして、
有難うございます。
お忙しい中、お心にかけていただきましたこと、
感謝申し上げます。
暑さもまだ残っています。
お身体ご自愛くださいますよう、
お願いいたします。
今後とも御指導の程
宜しくお願い申し上げます。 望月太左衛
* 太左衛さんとも久しい。国立劇場で「邦楽」演奏の大會があり、誘われて觀に聴きに出向いたなかで、和楽器を総動員した大合奏が壮絶、見た目一等左端前座に、背格好は小柄だが生気に満ちた望月太左衛が太鼓を打った、その演奏の満堂を満たして美しい勢いに私は魅了され、知人を介してであったか、賞賛の言葉を伝えた。
すると、日も措かず突如として太左衛さん、お礼にと、はるばる浅草から保谷の我が家前まで見え、沢山な蜆などいろんな手土産を手渡して行かれた。びっくり、恐縮した。
以来何十年に成ろうか、仲良くしてもらい、浅草の花火にも例年招いて貰っていた。飴の晩にはお母上の私室へ夫婦とも通されて雨中の大花火を嘆賞した。
私に「浅草の魅力を覚えさせてくれた人である。東京藝大院卒、今は同教授。同じ道を行く娘さんともともども大精力、日本中で活躍されている。
〇 お元気ですか、みづうみ。
湖の本のお仕事にお忙しいのではと拝察しています。お目の負担になってはいけないとメールを控えておりましたので、「私語の刻」九月二十六日を大変嬉しく拝読しました。ありがとうございます。
* 舊作『三輪山』を、良しと読み返した。いささかも手をぬいていないことに、安 堵もし喜んでいる、相次いで自愛作の一つ『隠沼』を読み返す。
舊作を アタマの働いている内に楽しんで読み返しておきたい。
丁寧な気の入った仕事をしていたと胸を撫でる。
私の本棚にはみづうみの作品が何段もぎっしり詰まっています。よくぞこれだけの質と量の作品を出版していらしたと感嘆し、壮観な眺めとしか言いようがございません。偉大なお仕事です。これからも読んで読み続けていきます。
わたくしは未だに小さな仕事一つ成し遂げていませんが、それでも自分の小さな仕事を見出して少しずつ歩んでいることは楽しくて幸せです。最近は少し体調復活し、誕生日も無事に迎えることが出来、元気にしています。とは言え、アホらしいトラブルも色々。平穏すぎるとボケるかもしれませんのでちょうどよいのかも。人間ストレスがないとノイローゼになるそうですし。
今年は誰も彼も暑さに疲れましたので、早く秋になりますよう願っています。どうかご無理のないよう、お元気なお仕事の日々をお過ごしください。 春は、あけぼの
2-23 9/27
〇 歯医者にはいらっしゃらなかったようですが、その後、ご加減はいかがですか。
台湾の空港では団体行動であまり時間がとれず、思うようなお土産が買えず、すみませんでした。
今日は、学園の創立一二五周年の式典があり、私も編集に加わった『創立一二五周年記念誌』も発刊されました。
少し肩の荷も軽くなりましたが、一一月に迫った硯友社文庫開館に向けて、図録の校正、展示室の準備等に気がせきます。
二九日は、芋名月。今年は、満月ですね。
ようやく少し涼しくなって参りましたが、気候のまだ定まらぬこの時期。
旗楽様もどうぞお体お大切になさってください。 fuk
2023 9/28
*鏡に顔が映ると、ビックリする。昨日独りで妻が出向いた歯医者さんも。、実は私の変貌「凄い変貌・変容」に心底ビックリしていますと妻につげたとか。顔もからだも手足も、外で出会っても秦先生と判らないでしょうと。体重が86から90キロに及んでいた私が、今は55から58キロでの下方に佇んでいて、顔は小さく瘠せて変貌甚だしく、身のこなしはヨロヨロと。田もなりに縮んでいて、その証拠に、家のあちこちにンマ歴己に柱や壁に敷設の点滅スイツチ、上が点灯、下は消灯となっていて、かつては上下お七随などなかった、のに、近来の私は九割方上のスイッチしか手に触れない。背丈の機能に何かしら矮小化が露われているらしい。中年前の女医さんのいつも文字通り目近に見ての感想には、何ひとつ言い返せない。
友人知人度くゃの皆さんとは、もう会うまいよと思う。老残か。ウーン。
2023 9/28
◎ 「幼少に聞き覚え唱った、妙な唄」を 記憶の儘に、 歌詞の一、二番のみ。
〇 『ローレライ』 近藤朔風 譯詞 ジルヘル作曲
三、 なじかは知らねど心わびて
昔の伝説(つたえ)はそぞろそろ身にしむ
寥(さび)しく暮れゆくラインの流れ
入り日に山々 あかく映ゆる
二、 美(うのわ)し乙女の巌頭(いわ)に立ちて
黄金(こがね)の櫛とり身の乱れを
梳きつつ口吟ぶ歌の声の
神怪(くすし)き魔力(ちから)に魂もまよふ
〇 敗戦後新制中學の一年、いや二年生の音楽教科書に載って居て、音楽の時間に音楽室で習った。まことにつまらん歌だと、譯詩の平凡にもイヤ気がした。なんで戦後日本の自主性・社会性・民主主義をと日々叱咤激励されるわりにはあまりアホらしいたわいない歌だとクサシていた。
ところが、である、その翌年の全学年より揃うて講堂での集会に、音楽の小堀八重子先生、嚴として、その全学集会で「ローレライ」を「独唱せよ」と。誰が。私が、である、マイッタ。音楽教室で、うちの組だけの音楽の時間なら、期末試験がわりに、みな、一人一人唱わされることはある、だが、ちがうのだ、それとは。京都市内でも人に知られた立派な大講堂の檀上で、先生のピアノ伴奏で「独りで唱え」と。「ローレライ」をと。講堂には、むろん全校生が倚子席にぎっしり。青くなり赤くなり、へどもどしたが、こういうときに断乎とニゲル気概と意気地がない。
じつを謂うと、同様の全校集会が前年のおなじ時期にもあり、そこで、やはり広い講堂の壇上真ん中でうたった上級生女子がいた。歌は、「春のうららの隅田川 上り下りの舟人は」という春の歌、唱った三年生女子は、一年下の私の、心から「姉さん」と思慕し敬愛していた「梶川芳江」だった、食い入るように舞台の「姉さん」を見つめ、美しい歌声を全身に体していた。その思い出があり、一年後に私に唱う役が与えられのにも、こりゃ困ったと閉口もしつつ、けれどあの卒業していった「姉さん」の「跡を継ぐ」のだからと、じわっと昨年を懐かしんだのである。あの聰明に優しかった「姉さん」も亡くなった。こんな妙チキリンな述懐を天井で微笑していることか。
それにしても『ローレライ』には歌詞も曲も馴染まなかった。以降も此の歌を口ずさむコとは絶えてなかった。だが、アレ、わが弥栄中学三年間の一のハイライトではあったなあ。とちりもせず、調子も外さずとにかく唱い終えたのだもの。
◎ めぐり逢ひていつも離れて酔ひもせでさだめと人の醒めしかなしみ
2023 9/29
〇 九月盡 来週後半あたりから気温が下がるとか。長い夏の酷暑でした。夏の疲れが残りませんように。今は「湖の本」のお仕事にかかられている頃でしょうか。
数日前から「湖の本109,154」、鴉の和歌の本を読み継いでいます。鴉の原点、その生来の資質に舌を巻く思いです。鳶は足元にも及びません。
「井口さん、勝田さんはじめ。メール機能を機械から喪ったという方が増えて」と書か
れてありますが、パソコンでなくても今やスマートホンでメールが可能ですから、是非
是非皆様と連絡し合って 世間を狭くなさらないようにと願っています。ちなみに鳶のメ
ールの半数以上はスマホからで、パソコンを立ちあげるまでもなく外にいても、京都などからでも簡単にメールの画面を開くことが出来ます。
今日は今年初めての柿を楽しみました。
明日から世の中は値上げラッシュとやら、これまで何回も値上げはあったのですから、今更の感もあります。昔は値上がり、そして賃上げも常の普通の事でしたが、「失われた三十年」も奇妙な時間でした。
外国に行くのに今ほど円安を厳しく感じるのも少々寂しい。いえ、大いに寂しい。
が、5日、旅に出ます。
秋の訪れを楽しまれますように。
美味しいものを探して楽しめますように。
お仕事充実されますように。 尾張の鳶
* 無事に、愉快に満ち足りた旅を なされよ。 鴉
2023 9/30
〇 今夜は中秋の満月、仙台・八木山のわが家のベランダからキレイに見えました。
中秋にちょうど満月になるのは、なかなか無いそうですね。
生前 母は、ススキや梨・ぶどう等々と共にお団子を「お月さま」にあげていたものです。
そんな風習も徐々に薄れ、わが家では専ら空を眺めるだけです。
お彼岸もとうに過ぎましたのに、今日の仙台は27.5℃ 汗ばむほどの暑さです。
東京はなんと30℃ 真夏日とか・・・。
ご体調管理が大変でしょう。
どうか、くれぐれもお大事にお過ごしください。 恵 元・同僚 大学教授・学長
* まん丸の耀くお月さまであったか。私はまるで地獄を覗き込んで唸っていた。書き上げて仕上げるより遁れようがない。
2023 9/30
〇 秦さんへ メール復活したようでです(自分へも通じました)
原因不明で何とも心許ないのですがうれしいです
秦さん 今後ともよろしくお願い申し上げます
秦さん コロナ・インフルエンザ 病院も老人ホームもまだまだ心配です くれぐれもお気をつけください。どうかお大切にされてください 転ばないでください
chiba e-old 勝田拝
* お話しのお相手が出来ますこと、何より喜ばしく安堵。
私、峡、時日をかけてきた書き下ろしの新作小説にメドをつけて、時日上脱稿へこぎ着けました。「私語の刻」も日々旺盛に書き継いでいます。
この師走「冬至」の米寿八十八に躓かぬよう木をつけて、外出無く、感染に身を護っています。中国の現代小説大長編『主演女優』 光圀の肝いりで水戸藩で編まれた四十数巻の和本『参考源平盛衰記も、中浜で楽しみ読み進みました。
疲労は烈しくも、構わずに、仕事の手は各種手を離さず努め続けています。
勝田さんの弥増しの日々ご健勝を切に願い祈ります。街で会い、うまいモンの食べられる日々の再来を想っています。
日々に機械に書いています「私語など」よみとっていただけるいいのですが。ホームページのフッス津を強くねがってはいますが、私の手では絶望で。
手段が無いもんですかねえ。 このところ真夜中、早暁に床を離れてくじごろまで仕事を押しています。昼間よりも打ち込んで書けるのですよ。昼間にポコリ ポコリ寝入っています。 お大事に。 耳寄りのおもしろいことあらば、お聞かせ下さいませ。 秦 生
* まだ八時半。それでも両の上瞼痛く重く、へとへと。尾張の鳶が、鴉の短歌を喜んで褒めてくれていた。おうおう。
すこし乱し書きにメモだけの書き留め歌を、とり留めとりまとめておこう、か。
2023 10/1
〇 秦さんへ 早速のメールを受信出来て嬉しい限りです
やはり秦さんのお話が読める事は何よりです へばり気味の体が元気を戻してくれそうです 今後ともよろしくお願い申し上げます
古いパソコンに 頼む頼む と言っています
秦さん 本当に有難うございます
どうかくれぐれもお大切にされてください 千葉 勝田拝
* 病状に負けて挫けぬ爲には、自覚 仕事を前へ前へ押すが最良と。
〇 お元気ですか 望月太左衛です。
風が秋の色に変わってきました。心にも少し冷たい風が吹いてきたような、、
そんな気持ちになる中、10月いっぱいで 国立劇場が閉場されます。
文楽公演は、9月が「さよなら公演」となりました。
千秋楽の日、第1部の「菅原伝授手習鑑」を拝見いたしました。
入場の時、観客にも「大入り袋」が配られました。そこで、涙が出てしまいました。
本当に閉場されるんだなと思いました。
そして、「車曳」から始まる、「菅原伝授手習鑑」三段目、四段目。57年間、計225回公演を行ってきた歴史の一区切りとして、文楽の皆様による熱演に次ぐ熱演の舞台の迫力に圧倒されつつ、また涙、、
文楽は太夫・三味線・人形の「三業(さんぎょう)」で成り立つ三位一体の技芸と言われています。
が、観客から見えない舞台下手の御簾内から文楽を支え続けてきたのが 文楽囃子の望月太明藏様御社中の皆様です。
なかでも開場当時から、今回の8・9月文楽公演まで、文楽公演のほとんどに参加され、今の文楽の囃子の奏法を確立されたのは望月太明吉師匠です。
今回も、太明吉師匠の思いのこもった囃子が 国立劇場に響き渡っていました。
* コロナ禍無く、わたくしも健康なら必ず聴きに観に国立劇場の最期を惜しみに出かけて到ろうに‥太左衛さんのお知らせで空気の色まで感じ取れた、感謝感謝。
2023 10/2
〇 すとんと涼しくなりました。昨夜はこの夏初めてクーラーなしで就寝しました。このまま秋が深まることを願うばかりです。
昨日はやっかいな栗の皮むきをして、この秋はじめての「栗ご飯」をつくりました。栗は大好きですが、以前、大量の栗をいただいて処理をしたら腱鞘炎になったことがあるので、栗ご飯は滅多にわが家の食卓には並びません。むいてある市販品を使えばらくですが、風味が全然ちがいます。
久しぶりに満足しました。
秋の炊き込みご飯王者の「松茸ご飯」はつくるのは簡単ですが、お値段が…。労力か財力かの選択が毎日の食卓にも見られるのが、面白いことです。
バブル時代には父親にカゴいっぱいの松茸がよく届いたという友人がいますが、今の日本ではそんな景気の良い話は聞きません。給食でしか食事が食べられませんとか、あなたのまわりにお腹をすかせている子どもがいますという、先進国とは信じ難い広告の流れる日が来るとは、あの時代の日本人は考えてもいなかったでしょう。
国家の落日の訪れは、早いなぁ。円安で、海外では買物も出来なくなっていますし。
みづうみは、次回「湖の本」に向けてお忙しくお過ごしのことと思います。
長編新作、本当に怖そうで、鬼気迫るモノを読ませていただくことになりそうです。
<体調を無視して生きています> <病状に負けて挫けぬ爲には、自覚 仕事を前へ前へ押すが最良と。> のお言葉を読みながら、みづうみはご自身の宿命の「文学」に「生かされている」ことを思います。
時々は、ほっこりなさってくださいね。 冬は、つとめて (早暁)
* 栗御飯 松茸御飯 もう久しくも久しく眺めたことも無い。我が家の食卓は、私が「食べない人」になってしまっているので、妻も張り合いないまま、ま、貧寒。
〇 今 成田空港に来ました。四年前トルコに旅して以来です。今夜のフライト、ツアーですので気楽です。
何処に行くのか書いていませんでした?! イランに行きます。昨今ロシアとの関連で気掛かりと言う人もいますが、、「遺跡」を見るのが楽しみです。
先のメールで 歌 のことをかきましたが、本のなかで 半抽象云々について書かれているのを反芻し、考えています。これは絵画の問題でもあるかと。
ご多忙な日々であるかと思いますが、お身体に気をつけて。
大切に大切に 尾張の鳶
* 私と、さまで 歳の差
と想っているが、旺盛に元気やナアと感嘆。
〇 いっせいに涼しくなり、しぜんは正直に秋を覚えていること、と感心いたします。当地茨城も朝は寒さを覚えます。
隣の蜜蜂は、あの暑さのなか、よく頑張っていましたが、毎日のように世話をした人に応えて、素晴らしいはちみつをつくりました。毎日、朝な夕な、見ていただけの私にも、思いがけなく蜂蜜が届きました。
蜂蜜は元気がでますね。 みんな元気な秋を迎えました。
お健やかにお過ごしくださいますように。 那加よし
* 蜂蜜か。アレは、甘いなあ。
2023 10/5
〇 書の夏もようやく過ぎ 富士にも初冠雪とか。
仕事部屋からは、さすがに雪までは認められませんが、夏には隠れていた富士も眺められるようになってまいりました。
秋の訪れとともに、後期の授業も始まりました。
「表現と創作」「日本の文学」の二つは、同じキャンパスの高校生も参加できるよう、高校の授業が終わった夕方に開講しています。
予告の上、毎回異なる短篇を取り上げ、先行文献の読みや問題点などを示した後、各自の感想・意見を書いて提出させ、翌週の授業時にそれらを紹介しつつ、新たな読みを探っていくといったスタイルです。
今期はそれぞれ三〇名程度ですが、遅い時間の設定にもかかわらず、昨年(或いは前期に)私の授業を取ったので今度は私の別の科目を取ってみた、ともかく読書が好きなので両方取った、創作を志している、といった熱心な学生(大学四年生から高校三年生まで混じっています)も多く、様々に面白い読みが出てきます。
今週は、それぞれ川端康成「骨拾い」・内田百閒「件」を取り上げましたが、意欲ある高校生の中には、並の大学生顔負けの生徒もいて驚かされます。期末課題のレポート(「表現と創作」の方は、創作も書かせます)は、全員に添削して講評も返すので少し手間はかかりますが、楽しみでもあります。
旗樂様、どうぞお体をお大切になさってください。
存分に創作も読書も出来ますようにと願っています。 春
* 時と所とを意欲的に満たされていて。賛成。けれど、先生。川端康成偏重でなく、ホメロスにも古事記にも、ゲーテにも和歌や謡曲にも、シェクスピアにも源氏・枕・平家・徒然草にも、バルザックやドストエフスキー、西鶴・近松・秋成にも胸を開いて下されや。
〇 お仕事とご不調の両輪での毎日、ひたすら漕いで漕いでいらしゃるお姿を思います。私もあと二十年先にはそうあれたらと願っています。百歳超えしそうだと、周囲から、からかい半分におどされております。こんなに体力がないのに。
本の整理をしていて気づいたのですが、わが家は場所を塞ぐやたらに重たい本が多いのです。とくに辞書類は古本屋が出来るくらい。日本語関係は当然ですが、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語までさまざまな辞書や文法書や参考書の山々。私は英語だけですが、家族が勤勉でやたら勉強した結果のようです。最近は字を大きく表示できる便利な電子辞書も、パソコンでググる方法もあり滅多に使わないのですが、それでも紙の辞書類は処分できません。先日も翻訳が納得できず、ドイツ語大辞典で単語を調べるようなことがありました。画集もミュージアムの分厚い本もあり、重すぎて宝の持ち腐れ状態を反省中です。
「生きながら お化けのように成って」とは!
是非「生きながらのお化け」さんにお目にかかりたいものです。仙人のようではと想像しながらにやにやします。でも、こちらのほうこそ老けたなぁと言われそうで、実はあまり姿をさらしたくない気持ちもあります。みづうみには若くあれと言われておりました。心が若い頃の未熟なままなのに、身体だけは年相応になっていきます。せいぜい加齢を面白がるくらいしか対抗手段をもちません。
みづうみ、お元気ですか。涼しくなってほっとしています。
どうかお元気で、楽しく文学生活なさいますように。 秋は、ゆふぐれ
2023 10/7
* 朝の、五時四十七分。私語と謂うよりも「朝のおしゃべり」を済ませた。
〇 秦さん メールありがとうございます。血圧も正常で体重もだいぶ回復されたようですね。小生も血圧は貴兄と同じくらい、体重は63Kgです。できるだけ運動と徒歩を欠かさないようにしています。米寿(来年4月)は目前ですが、90才を元気に迎えたいものです。
最近はむかし読んだ本を読み返しています。大江健三郎「救い主が殴られるまで」、大岡昇平「野火」、北杜夫「輝ける碧き空の下で」など。年を取って読書の習慣はありがたいです。 西村明男
* おなじ「讀書」と謂うも、ひとにより当然「向き」がちがう。大江、大岡、北など、ほとんどそでを擦ったかしか覚えが無い。大方、明治にデビューした紅露鴎藤聲また直哉・潤一郎・康成・由起夫らに接していた。海外作はロシアに大きく傾いていた・むしろ日本の平安鎌倉古典にめりこんでいた。海外文學は,何故か「姉さん 梶川芳江」を介して借覧がが多かった。恵山は私のためにどうやら讀書酢の同級生から借りて私へ回してくれていたように思う。
* いま晩の十時。昼前からずうっと寝入ってきた。よく寝た。
また明日に期待。焦らない。
2023 10/10
〇 おはようございます! 窓を開けると庭の金木犀のいい香りがただよってくる秋晴れの朝です。イヤなことも悩んでいることも吹き飛ばしてくれます。
最近、腹が立つことがいろいろありますが、最も怒りを覚えるのは、イスラエルのパレスチナに対する「報復」です。
もともとイスラエルが、勝手にパレスチナの地に入り込んできた上、「入植地」とやらをどんどん拡大し、約2000年間この地で平和に生活を営んできたパレスチナの人々を苦しめているのですもの。
ハマスこそ「報復」する権利があるのでは??
やっぱりアメリカ・欧米の支援がある方が「勝ち」ということなのですね・・・。
秋は夕暮れ、今夕もキレイな夕空でしょう。 恵 仙台
* 現代世界史のもっともややこしくもつれあって悲惨を強い合っている。私には遠い疎い國同士、判断に苦しむ。無用と思われる喧嘩なら、止めよと謂いたいが。判断が付かない。
2023 10/11
〇 昨日 九皐會の例会で『実盛』を観て参りました。(秦の=)「能の平家物語」をじっくり読み。又 頂きました平家六十四句実盛も。
演じました中所宣夫師も狂言の間語りも熱が入り見事でした。特に注釈の詳しい本をと選んで頂いたおかげです、ありがとうございました。
異常気象は老いの身に応えますが、どうぞどうぞお大切に。 持田晴美 (妻の親友)
* 多年 熱意のお稽古で いい境地へ歩み歩み寄られたこと、立派に素晴らしい。ひとつの、実(じつ)のある「生きる」であり、敬服。
2023 10/12
〇 そうですね!「死んで帰れ」なんて言う父親などいるもんですか。 仙台 恵
むしろ、家族・親族ならこう言うでしょう。
ああ、弟よ、君を泣く
君死にたまふことなかれ。
末に生まれし君なれば
親のなさけは勝りしも、
親は刃をにぎらせて
人を殺せと教えしや、
人を殺して死ねよとて
二十四までを育てしや。
戦中生まれの私でも、戦後しばらくは まだまだ戦歌が人の口に上っていましたが、ラジオから聞こえてくるのは、「リンゴの歌」等でした。
両親とも(特に父は)、戦争当初から「この戦争は絶対負ける」「日本が周辺諸国にとんだ迷惑をかけた報いだし、負けるべき戦争なんだ」と言っていたようです。
非国民と非難されそうですが、親族みんな同じ考えでした。父も召集されましたが、妻(私の母)には「必ず すぐ帰ってくるよ」と言って応召し、3ヶ月後には帰宅したようです。
外科医でしたので、うまく仮病を使ったとのことです。考えようによっては、国民皆が苦しんでいるのに、自分だけズルイ・卑怯かもしれませんが、戦後間もなくペニシリン・ショックを緩和する方法や患者さんの上手な手術で、たくさんの患者さんたちの命を救いました。当時は患者さんはわが家の縁先まで「戸板」で運ばれて来たものです。食事中の父が「これはすぐ手術しなければならないから、病院の方に連れて行け」と言いながら自転車で戸板上の患者さんに付き添って行ってしまった日のことも、よく覚えています。私が5歳くらいのことです。
私の戦争直後の思い出の一つです。
〇 おはようございます!
窓を開けると庭の金木犀のいい香りがただよってくる秋晴れの朝です。
イヤなことも悩んでいることも吹き飛ばしてくれます。
最近、腹が立つこといろいろありますが、最も怒りを覚えるのは、イスラエルのパレスチナに対する「報復」です。
もともとイスラエルが、勝手にパレスチナの地に入り込んできた上、「入植地」とやらをどんどん拡大し、
約2000年間この地で平和に生活を営んできたパレスチナの人々を苦しめているのですもの。
ハマスこそ「報復」する権利があるのでは??
やっぱりアメリカ・欧米の支援がある方が「勝ち」ということなのですね・・・。
秋は夕暮れ、今夕もキレイな夕空でしょう。 仙台 惠
* こういう「思い出」や「感想のいろいろ」を国民なればこそ蓄えて忘れまいと思う。
2023 10/14
* 帰って、おそい昼食して、寝入りぎわ、「川中さん」という女の人の電話と。
さて、誰。京都か、、ちがうか。読者か、学校で一緒だった後輩か、たぶん。
機嫌良く声を弾ませて話しているが、いつ、どこで知り合った人か。多分高校での茶道部で点前作法を教えていた二年後輩の部員だろうとは思って、とにかく機嫌良く声を弾ませ無連絡に受話器に向いて話していた。
とにかくも私にとかかってきた、川中さんと名乗っての懐かしげな電話なのだから、「みゆきさん」かなと精一杯応えていたが、判らないまま、「お元気で」と声を弾ませて電話は終えた。妻の曰わく、「かわなか・みゆき」は、有名な「歌手の名」と。なるほど、覚えている。では。
よろしい。私に当てて懐かしそうにかかってきた電話を喜びとする。思い出すかも知れない。
* なんとなく生きて行くのが心細く、寂しい。
ワケは私に判らず、京都で、ふっと自殺してしまったという、敬愛されていた市民活動家の実兄北澤恒彦が、「思われ」てならない。何で自殺であったのか。
2023 10/16
* 諸要での上京、今日午後になら立ち寄り、機械の調整と、「新機」への新設定もできますがと、関西からの、懐かしや、鷲津君(東工大院卒)の親切にあまえた。
2023 10/19
〇 小生の近況なのですが,秋の学会シーズンで旅ガラスとなっております.
9月は前半は細々とした用事ばかりだったのですが,後半は別府と福岡で大きな国際会議があり,外国の先生方を沢山お招きするセッションを開いたため,毎日ディスカッションと会食の連続でありました.
先生方とバスで阿蘇を廻ったのですが,九州の真ん中にあのような大きな山があることを初めて体感しました.まだまだ知らないことだらけです.
久しい交友の方たちもいて。「定年後」の話もしました.イスラエルの大学教授は大変環境が良いそうで,現役の先生が昼食を食べている横で,その恩師が,その横にそのまた恩師が,並んで食べているそうです.なんと平和な話でしょう,真に優れた研究者はと尋ねますと,「ノーミステイクであること」と。怖いような,なるほど優れた回答と思いました.
台湾の学会にも行きました.国立台湾大学は7番目の旧帝大だけあって,旧帝大の佇まいと南国風の木立の感じが,世界に二つとない景色を作っていると思いました.
国際学会での4年後に実行委員長を仰せつかりましてた、国内の学会でも実行委員長を仰せつかりまして来年,私の地元で開催します.今まで,沢山の良い経験,学術的な刺激を学会ではいただいてきましたので,その恩返しをする順番が来たのかなと思いました.
先週は,京都大学とカリフォルニア州立大学サンディエゴ校とのシンポジウムに何故か呼んでいただいて,交流しました.頭の良い人たちのディスカッションを聞いていると,出版社の一編集者に戻った,「科学のファン」のような気分になります.その意味で,楽しく過ごせました.
カリフォルニアでは,テスラの電気自動車にはじめて何度か乗ったのですが,ハードウェア(モーター,車体,電池など)は日本も負けてないのですが,ソフトウェアの作りこみは負けているかも,と思いました.情報科学研究にも携わっていますので,頑張らねばいけません.
今週は,ほぼ丸一週間,学会のイベントで東京に来ております.オンラインで様々な用事,学生指導など進められます。 いやはや,忙しいのですが,自分で決めて参加していることばかりなので,それほどストレスは感じません.
秦先生はもっとご自由かと思いますが, 季節の変わり目、ご自愛ください.
2023 10/19
〇 秦さんへ 盧山 もう一度 もう一度と 思い乍らきました
秦さん直々に 目の前に現れてくれた 劉 たちと 暮らしてみます
ホームページの復活 今迄うまく行かないものを そう簡単ではないと考えますが 何とかねばって
1. コロナの収束を待つ
2. 『適当な』プロをさがしておく
3. 新しい機械でも 使えるよう覚悟する
4. 息子さんに手助けして貰う 2.など
コロナなどなどくれぐれもお気をつけください 千葉も頑張ります
また機械がおかしいのですが送信します どうか着信しますように chiba e-old 勝田
* 励まされます。感謝
* 正直なところ、この機械(舊と新とのパソコン二機)をどう運用できるのか、頭痛がしてきた。
2023 10/22
〇 秦恒平先生 メールありがとうございます。秋らしい季節が続いてますが、いかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか(歌のお話をされているということは楽しくお過ごしのように拝察致しましたが。。)。
近況という程でもありませんが、昨日は柳君と午前に映画(アアルトというフィンランドの建築家のドキュメンタリー)を観て、午後はテニスをしました。
大学時代の友人は気楽でよいものだなと思いますし、大学時代に意識せず埋めた、埋めてもらった種が芽吹いているのだと思っております。先生からこうしてメールをいただけるのもこの中に含まれており、私の活力になっています。ありがとうございます。
朝晩が少しずつ冷えて来るようにもなりました。
何卒お身体ご自愛ください。 新野聡一郎
* 東工大には六十歳定年時代の最期の四、五年を教授として招聘されていた。新野君や柳君はその一年生入学からの付き合いになる。以来四半世紀を超えたこういう交友歴を他に聞いたことが無い。一つには私の「作家教授」という゛かかわったろう、私には大学出ノートを取らせるような「講義」の用意も気構えも無かった。「文學作家・芸術家」として「東工大生」に向き合うだけの用意を無遠慮に完遂し、それが未だに若いゆうじんたちとして、男女を問わず「秦先生」と声もかけてくれる、歓談の機会も得られる。型破りのただの作家きょうじゅで押し切り、それで何かしら為遂げるところがあった。私の幸せの顕著な一体現であったと感謝している。
機械の面倒を繰り返し我が家まで見に来てくれる神戸の鷲津君も、自転車でも往来できる吉祥寺の柳君も、国交省の丸山君も、みなあの昔の学生クンたち。みんな働き盛り、秦センセイは日々に老いている。
2023 10/23
〇 「方丈」復活 秦さんへ
ホームページ記事が「五月」につながり お喜び申し上げます 夢のようです
ご援助戴いた方々に 厚く厚く感謝の気持ちでいっぱいです
秦さん 本当に良かったですね
お月さまいくつ十三七つ 千葉 勝田拝
* 「まだ トシゃ 若いな」 いついつまでもお元気でと心よりお頼み申します。
* とは云え パソコンノ危険は不安定、私の技術は不出来そのもの、困惑の連鎖を繰るように、要ははや手当たり次第、機械仕事になってない。
2023 10/24
〇 合言葉のように、お元気ですか、みづうみ。
ごようすがわからず、心配している毎日です。どうかお変わりなく、「湖の本」新刊に向けてのお仕事中でありますことを切に願っていま
私は元気に過ごしておりますのでご安心ください。
先日、夜間に初めて動物救急病院を経験しました。高齢の猫にありがちで、腎臓に問題のあるわが家の猫が血尿になったためです。幸い膀胱炎ですみましたが、猫も老いてあちこちガタがくるのはしかたないのでしょうね。
深夜にもかかわらず動物救急病院は患犬、患猫というより大きな付き添いでいっぱい。ふつうの病院とちがい、夫婦で、夫婦と子どもでと、家族総出で待合室にいます。血相変えて大きなハスキー犬を抱きかかえてきている人もいました。今の日本でいかにペットが愛されているかがわかります。あるお坊さんが以前に、人間の葬儀で泣くひとは滅多にいませんが、ペットの場合は号泣するひとも珍しくないと語っていたことを思い出しました。
「私語の刻」九月分の編輯作業をしておりましたが、九月十五日分が二回記載されていました。同じ日付ながら内容がまったく違います。最初は単に日にちがずれただけかと思いましたが、その後も九月最後まできちんと日付正しく記載されているので、みづうみが二回十五日のことを書いたとしか思えません。長く作業をしていて日にちがずれていることはありましたが、必ず途中で訂正されていたので、今回のようなことは初めてでした。
そろそろ十月も終わりになります。もし、余裕がおありでいらしたら、十月分をご送付いただけますと幸いですけれど、決してご無理なさいませんように。
わが家のおばあさん猫は回復に向かいつつあり、一安心です。まあだだよと精一杯可愛がります。みづうみの猫ちゃんズ、どうかお健やかでありますように。噛まれたところは完治なさいましたでしょうか? 不具合があればすぐにご受診ください。
秋の深まっていく爽やかな季節です。少しずつみづうみのお疲れのとれますよう毎日お祈りしています。 秋は、ゆふぐれ
2023 10/30 31
〇 あっと言うのに十月も過ぎ気持のいい時期の10月ですが、明日はもう11月となります。お忙しくお過ごしでしたでしょうか? 私も、誘われたとは言え、本当に久方振りに、東京へ出ました。上野で展覧会を見てお茶をして、日帰りのはずでしたが、結局誘われて知人宅に一泊、久しぶりに三人で忙しくも充実もしていた昔を思い出しました。お互いお会いするのはいつも国外でした。そういう時代でした。
上野も綺麗になっていまして、新しい建物が出来ておりました。
お仕事、お忙しいでしょうか?
お体お大切になさって、いい日々を、そしてたまには外出をなさってくださいますように。来月もいいお天気と日常でございますように。お元気で。 那珂良
〇 鴉に 十一月になってしまいました。怒るほどに心配をおかけして・・本当に済まなく思います。鴉の体調にお変わりないことを強く強く願っています。
今日午前、湖の本が届きました。懐かしい作品が並んでいます。
孫の発熱で保育園は今週中は休みになったので、わたしは全く自由になりません。帰国後この一週間、幸いなことに足腰も元気ですが、旅行中の体調不良もありましたから緩やかに日常の暮らしに戻るように努めました。
三週間のイラン旅行はバスの走行距離五千二百キロに及ぶ「大旅行」でした。ツアーであるため、能率的で、世界遺産17か所をめぐりました。(面積は日本の4、5倍のイランです。)が、同時に人間関係やさまざまな制約もあり、改めて考えさせられることも多かったです。ペルセポリスなど古代に思いを馳せました。荒涼とした風景、巨大な岩の表情にいくつもの人や動物の形や声を聴きました。自然に無数に湧き上がってくるのです。その襞におのが事績を刻もうとした支配者の思いがよく伝わってきました。
イランではメール通信が出来ず、グーグルなども記事の内容を読めませんでした。カード決済不可能もアメリカの経済制裁の結果でしょう。様々な制約の中でイランがどのように動いているか・・道路の発達、大型のタンクローリー、トラックなどの流れ、ヨーロッパとの物流の活発に驚きました。
今は旅行のことより何より鴉の事が気掛かりです。どうぞ心強く持ち、生きて下され。鴉も鳶も「生きたいし、生きるつもり」!
長いメールが書けません、お許しあれ 尾張の鳶
〇 秦さんへ 「湖(うみ)の本 165 盧山 三輪山 隠沼」拝受致しました いつも本当にありがとうございます 165巻 にもなっているのですね
いつも「あとがき」から拝見します
人もおし吾も押すなる空ぐるまなにしに吾らかくもやまざる
今朝早く老人ホームから緊急電話があり出勤しました 静かなお別れをしました。「湖(うみ)の本 163」の『或る往生傳』で 侍の 武時 が不動寺の 道明律師 から
「お話をなさるがよい」…「わかりましたぞ」と言われ…「死んだアトに何ひとつ無い。」 「壁の向こうは一切無。何一つ無。…死後そのものが「無い」… と教えて戴いたのを感じております
「空ぐるま」考えています ぎっしり何かが詰まっているようにも思えます
秦さん 日々 どうかどうかお大事にしてください コロナ・インフルエンザ まだまだ呉々もお気をつけください よろける つまづく ぶつかる ころぶ も しっかりご注意ください 千葉 勝田拝
〇 秦恒平様 「湖の本」165をありがとうございます。
「廬山」を読んでいて「木隠れに、長江は春風を陽炎わせ悠々と天際を流れ去っていた。」のところで、以前テレビで観た揚子江の風景がそのままに浮かんできました。記憶のプールに溜まっている映像も思いがけないきっかけで呼び出されるものなのですね。
「隠沼」にハマってしまいました。 野路
* 嬉しく、ご感想頂戴しました。
「龍ちゃん」が嬉しがっていようナ。
〇 ごようすのわからないまま、みづうみのご無事を祈り、「湖の本」新刊のお仕事中であることを願っておりました。
昨夜ポストに いつもの黄色い封筒を見つけて、嬉しく嬉しく安堵いたしました。ありがとうございます。
165巻もの個人出版の偉業を 読者として同時代に体験できる幸せをかみしめています。
一冊の本を送り出す大変さは、自分のたかが二回の経験で思い知りました。
みづうみの、今のご体調のなかでの新刊ご出版は、文字通りの決死のご覚悟ではなかったかと拝察します。
どうかどうか、お疲れのままご無理なさいませんように。
次回新作『蛇行 或る左道變』を心待ちにしつつ、やっぱり毎日みづうみを心配して過ごすことでしょう。
名作『廬山』『三輪山』『隠沼』心静かに、魂の清まる思いで再読させていただきます。ありがとうございました。
2023 11/1
〇 秦恒平先生 「湖の本165」のご恵投ありがとうございました。今月も「私語の刻」から拝読しております。いろいろお体に不調が生じ、大変なことと存じます。それにもかかわらず、文学への情熱、敬服いたします。満身創痍の剣豪が難敵に立ち向かっている姿を連想いたします。これから小説を読み始めます。「廬山」懐かしいですね。ゆっくり拝読、次巻も楽しみにしております。 持田拝 作家
〇 愕然としています。どんな容態か、ただただ案じています。建日子さんの支えを期待するばかりです。緊急のヘルパーさんを頼むよう、今日中に役所に連絡してみてください。
せめて お留守居にも一日一度はしっかり栄養ある食事を。そして休むことも大切に。
どうぞこの状況を克服なさってと、切に願っています。 鳶
* つとめて静かな心で「時間」という不思議を、平和に平穏に先へ先へ見送り続けたいと。 2023-11- 2
2023 11/2
* 妻 順天堂病院への「紹介状」受け取る。愕いたことに、京都の森下君のご家庭でも我が家と同じく、奥さんの発病と手術沙汰になってると。
2023 11/3
〇『湖の本』165号 廬山 三輪山 隠沼 をいただきました。刊行のご苦労をお察しいたします。心象風景と現実が行き交う秦さん独自の手法を楽しみました。ありがとうございました。心身の無事をお祈り申し上げます ICU名誉教授 浩
〇 新刊が届いて、少しだけ安心していたのですが、迪子さまのご入院のことを伺い、本当に心配です。お慰めになるかどうかわかりませんが、八十七歳の頃の母も入院を繰り返していました。大きな手術にも耐え、コロナの時も看取りを覚悟しましたが、復活しました。老い衰えていた母ですが、人間の生命力と現代医学の力は驚くばかりです。
ご無事の退院を信じています。
迪子さまはみづうみの身体そのものですから、まだまだ頑張っていただかなくてはなりません。
迪子さまがお留守の間は、いつも以上にきちんと食事を召し上がり、ご無理なさらず、節制してお利口にしていらしてくださいね。
順天堂病院はお茶の水ですか? お見舞いが許可されている場合は、是非タクシーで往復なさってください。インフルエンザが猛威をふるっています。転倒の心配もあります。タクシーが安全です。
『或る往生傳』のように 次作『蛇行 或る左道變』にも恐ろしく凄まじい内容が感じられますが、
>人に知られず観られずの「書き仕事」なので、私も一つホンポーな小説を一つ叩き出すかなどと、ひとりでいばっています。 ホンポーな小説も是非是非読ませていただけますように。
気が弱っているみづうみに、カフカらしい言葉をプレゼントします。 あけぼの
ぼくは思うんだが、
ぼくらはそもそも、
自分を咬んだり刺したりする本だけを
読むべきではないだろうか。 フランツ・カフカ
〇 ありがとう。
2023 11/3
〇 秦 兄 お互いに心配ですね。
こんな心配事は、わが家だけでよいのに、兄宅も全く同じケースとは・・・貧乏所帯ですからグチり出せば際限がありませんが、ここ20年ほどは家族の誰もが無病息災で、こんな平穏無事な家庭生活が何時までも続いてほしいと願っていただけにショックです。
医術の進歩は認めますが、病人は減らずに増えつづけている事実。コロナ禍で医療関係や製薬会社の悪の部分を見せつけられて、「医は仁術」では決してなく「医は算術」だと、二作目のテーマにしているだけに複雑な心境ですが、いまは兄の言うように、お互いに無事を祈りましょう。ここは一番、大学卒業直後からの療養所生活中に学んだ、エミール・クーエの逆努力の法則「意志力と想像力が反目すれば想像力が勝つ。ゆえに物事は全てポジティブに考えて、全ては日々良くなっていると念じること」にしましょう。 洛北 森下 2023-11-4
2023 11/4
〇 秦先生 『湖の本 165号』をご恵贈いただきありがとうございました。いつもご高配を賜り、厚くお礼申し上げます。
「廬山」、『湖の本 6号』以来45年ぶりに深い感動を以て再読いたしました。
23年間、仏教について奈良康明先生にご指導をいただき、また永平寺で戒を受け仏教徒となることができました。その経験を踏まえ いま、あらためての「廬山」を読み終えて、大変さわやかな心持ちを得ました。
『薔薇の名前』は、邦訳の刊行後すぐに読み、映画もおもしろく見ました。
とはいえ、いまひとつ理解できないままでした。ギリシア哲学原典講読のゼミで、ギリシア哲学者荻野弘之先生に、アリストテレスの失われた『詩学第2巻』についての説明を受け『薔薇の名前』を8年前に再読、はじめて理解が深まった次第です。
またなぜ書名、タイトルが「薔薇の名前」なのかについて、詳しい解説を見つけましたのでご参考までに添付しました。
8月に思いもよらず30日余り入院・手術と言うこととなり、その後は ひたすら蟄居状態です。家にいる限りはなんとか元気に過ごしております。
退院後しばらくは、論理的思考が途切れ哲学書を読み進めるのにも苦労しましたが、ようやく最近はギリシア語の読解も取り組めるようになりました。
根気が続きませんが・・・。
p.s. 『薔薇の名前』の映画の中での「写本室」の情景が印象的でした。 篠崎仁
Tel. 047-412-0374
Jac.chiba-7343@jcom.home.ne.jp
2023 11/6
〇 湖の本 165」有難く頂戴しました 「三輪山」は特に懐かしさを嚙みしめながら再読しました この頃古典を読み返してゐて 「伊勢」「平家」「太平記」など 国語のリズムといふものに改めて耽溺してゐます
コロナは下火になつてきてゐますが インフルエンザは学童ではすでに流行期に入つてゐるやうです 奥様ともども御健勝をお祈り申し上げます
寺田 作家 元・文藝春秋専務
〇 秦先生 ご無沙汰いたしております。いかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。
湖の本もお送りいただき、ありがとうございました。
先生の精力的な執筆活動、私も先生の胆力を見習いたいと思いながら、気力を保つことの難しさを感じています。
このところのお天気には、体も追い付かず、私もなんとなくだるさを感じています。お天気のせいもあるのか、次男も小学校に行けない日々が続いていて、私も胸を痛めています。子供の笑顔が私自身の幸せなのだと実感する一方、その笑顔が曇ると私も傷ついてしまうのだと感じています。どうしてあげたらいいのか、毎日悩みながら過ごしています。
先生とお茶を、という約束がなかなか果たせずいますが、ぜひにと楽しみに待ち遠しく思っています。夏と冬に挟まれて、気持ちのいい季節がなくなってしまっていますが、爽やかに晴れた日にお会いしたいですね。
お身体、くれぐれもお大事にお過ごしくださいね。 麻紀 東工大院卒
* 麻紀 さん あなたの健康を そしてお幸せを 心底 願ってます。 私は 日々へとへとに疲弊しきったまま 我慢強く 生涯を賭した文藝 文筆 創作に絡みついています。 家の中も、まともに往来しかねるほどですが、 意識はまだ比較的ハッキリしていて、毎日を文筆に委ねて居れますが、もう外出の出歩きは、必用な病院通いしかできません。美味いものも食べに出られません、残念です。「湖の本」も 170j巻が ムリになるかと残念に思っています。
お若い日々を 大事に大切に健康に 生き抜かれますよう祈ります。 爲我以さんへも、お元気に、ますますの充実をと お伝え下さい。 秦 恒平
〇 本日歯科にお出かけと伺い、ご入院予定が延びた、差し迫って手術などの緊急のご容体ではないのかと少し安堵いたしました。それとも手術前の歯の治療でしょうか? とにかくお二人ともご無理なさらず、のんびりお過ごしください。何もしないことをも楽しんでお過ごしいただければと切望します。
「湖の本」いよいよご卒業のお報せ、「シャーないやないか」とは、みづうみのお決めになったことと。160巻以降は、いつかこの日が来ると覚悟していましたが、メールを読みながら万感迫りしばらく泣いていました。「偉大な」としか表現しようのない「お仕事」でした。同時代に読者であれたことは誇りです。美しい終わり方になりお喜び申し上げます。
さあ、「湖の本」を卒業して次の段階にご一緒させてください。「書き楽しんで」の毎日にお進みください。みづうみには、リタイアという言葉はありませんから。これからです。紙媒体でのお仕事はそれはそれとして、体力のご負担の少ないウェブでのお仕事があります。みづうみの言葉のように「電子の杖」があります。機械操作のあれこれについては、所詮素人の手に負えるものではありません。プロにお任せになり、どんどん書いて公開してくださいますように。<こんなヤツもいたなあと、覚えてて下さると光栄> とは、ご冗談もほどほどに。私のほうこそ、こんなバカがいたなあとお心の片隅にでも覚えていてくださることを願っています。秦恒平が日本文学史上のどれほどの巨星であるのか、文学を愛する人間にわからないはずがありません。「湖の本」の偉業については、誰も書かないなら私が書きます。(あらかじめ不出来なことはご承知おきください。)
みづうみにはお仕事という最高の「薬」がありますので、とことん服用なさってください。
みづうみのお気持ちが少しでも紛れたらと思い、一つ質問させてください。以前の「私語の刻」記載の中に次のようなのがありました。
情報処理学会のなかに文字コード標準化委員会が出来、ペンクラブ理事 会は、ペン代表という形はとらないが、井上ひさし副会長とわたしを委員 参加に指名し、情報の報告を求めると決定した。 1998 12・18 2
井上ひさし副会長はホームページを読む限りでは、この文字コード委員会にほとんど関わっていなかった印象ですが、会議等にはご参加なさったのでしょうか。あるいはみづうみを信頼しすべてを託されていたのか、それとも無関心だったのか、そのあたりお教えいただければ幸いです。必要なので。
もう一つお願いがあります。十月分の「私語の刻」お送りいただけましたら嬉しいです。みづうみにお願いできる状況にないことは重々承知です。鬼のような「私語」編集作業者でありますことお詫び申し上げます。
当然ですが、この質問とお願いについては、ご放念いただいてかまわないことです。あくまでみづうみのお気持ちが他のことに向けばと願ってのことですから、どうかご負担に思われず、ご無理なさらないでください。
昨日も今日も、十一月とは思えぬ陽気で時にクーラーを使っています。地球はどうなってしまうのか、いつまでこんな戦火が続くのか。
秦恒平文学の世界に入るときだけが心静かなときかもしれません。
お元気ですか、みづうみ。 冬は、つとめて
* 歯科医通いは余儀なく。歯が上下とも無いような現状を緩和のため。妻の場合、受診病院から他病院への紹介と診断や手術の依頼なので、向こう方の受け容れや日時の問い合わせが必用、その最初の受診日が、来週のげつようになったので、やや予約の日時へ余裕ができているというまで。その初受診次第でその後の手術の是非や日取りが見えてくる、らしい。じっとガマンして「待ち臨む」より無い。
2023 11/7
〇 秦恒平先生 「湖の本165」のご恵投ありがとうございました。今月も「私語の刻」から拝読しております。いろいろお体に不調が生じ、大変なことと存じます。それにもかかわらず、文学への情熱、敬服いたします。 満身創痍の剣豪が難敵に立ち向かっている姿を連想いたします。
これから小説を読み始めます。
「廬山」懐かしいですね。ゆっくり拝読することが楽しみです。
お体、くれぐれも御大事なさってください。次巻も楽しみにしております。 鋼 作家 編集者 歌人
2023 11/7
〇 恒平兄上様
みっちゃん(姉) 来週あたりご入院とのこと、きっとうまくいくと信じています。毎日お二人のご健康をお祈りしています!
お留守番頑張って下さいね。猫ちゃんたちがいてくれて良かったです。何かお手伝いが必要なら、言って下さいね。
「湖の本」165に私のことや「おにいちゃん(故保と見康午・詩人 放送作家)」のこと書いてくださりびっくり!おにいちゃんも喜んでるでしょう。
「落ち椿」の絵を描いていると今までにない何か自由な気持ちになって、何か歌っているような気持ちがします。色彩も少し変わってきたような…
詩は書いてないですが、今は「風景は詩」だと感じられます。凄いなあ雨も風も嵐も! 月も! という感じです。
どうぞどうぞ 一生懸命生きていきましょう。
きっとみっちゃんは大丈夫ですよ。いもうと 琉より
2023 11/8
〇 秦先生
先日、新刊の「湖の本 165」が届きました
いつもありがとうございます
最近、色々と考えることがあり、ちょうど先生にメールをお出ししようとしていたので、受領のお礼も兼ねて、“挨拶”をさせて頂ければと思います。 ・
・と書き始めたのですが、 少々長文になってしまいましたので、別途ワードファイルに移して添付にてお送り致します。もし、ファイルの中身が見られない等ございましたその旨お知らせください。
それでは、引き続き見守っていて頂けると嬉しいです。
お体にお気をつけてお過ごしください。 宏司 東工大院卒 国交省
* 残念。読み取り出す術が、判らない。
2023 11/8
* 北九州の、著名な作家・後藤みな子さんから「一ページ一ページ読ませていただいています。こころを込めて」とお便りがあった。嬉しく頂戴した。
* 世田谷区の土方洋一さんからも過分のお便りを有難く頂いている。
〇 前略。御高著『湖の本』165 嬉しく拝領いたしました。
「廬山」「三輪山」「隠沼」、恥ずかしながら初読、いずれも感銘深く拝読いたしましたが、就中「廬山」一編、香気あふれる名品と存じます。この御作に比べれば、昨今の芥川賞受賞作などは皆薄っぺらく、文學の名に値しないものと感じられます。三作とも古典世界に深く根ざしているところも、古典研究者のひとりとして心に沁みるモノを覚えました。我が国の文學の伝統が未だ途絶えてはいないという心強さも与えていただきました。
お身体に触らぬ範囲で、これからも執筆をお続け下さいますよう。次回作を拝読する日を楽しみにしております。 十一月四日 土方洋一
* 力強いお励ましに、若かりし日の血のたぎちのような奮発を揺るがせて戴いた。感謝感謝。
* 桐生市の、久しく久しい懐かしい住吉一江さん、「秦先生 こんにちは」と、例の優しい毛筆長文のお便りも戴いている。ゆっくりと読みまた読む。
〇 11月9日
一昨日のメール、鴉らしい決意、作家の立ち位置を踏みしめていらっしゃる様子に安堵しました。皆様の状況にお変わりありませんか? とにかく何より何より息災で、お元気でありますように。
『左道變』その後の進捗はいかがでしょうか。鴉が最期の本は新作の小説であることと書かれるから、いっそ進まない方が延長して生きて下さる・・などつい不届き至極なことを思ってしまいます・・。
『京都南山城の仏像)』展が、東博で今月12日まであることはご存じでしたか? 浄瑠璃寺の九体阿弥陀修理完成記念の展覧会です。お身体に障ってはいけませんからお薦めできないでしょうが・・。東京は人出が多すぎます・・。
紅葉は急速に進んでいます。
イランでは39度の暑さに苦しんだりしました。
世界の苦しみや叫びを意識しつつ、日本の秋の中にいます。絵も文章もなかなか進みません。
どうぞくれぐれもお大切に 尾張の鳶
* 『左道變』はすで手を離て次巻巻頭に置きました。次の「新作」を構想・考察中です。
〇 みづうみ
ご体調にかかわらず、お元気ですか、みづうみ。
みづうみが「あけぼの」なり「私」なりをどう思っていらしたかは永遠にわからないことですが、私は「みづうみ」に選ばれたというより、自分が選んだのだと最近強く思うようになりました。みづうみに選ばれ愛された多くの方々(とくに女性)と異なる点はそこにあるのかもしれません。
出逢って以来みづうみと深く関わって生きてきましたし、これからもそのようにしか生きられないでしょう。「あけぼの」という絵空事だけでなく「私」のすべてかもしれません。
みづうみ、まだまだお元気に「読み・書き・読書・創作」をお続けください。 迪子さまもどうかご無事にお元気でおいででありますように。
これから元気のない猫を病院に連れて行きます。まあだだよ、と叱咤激励できるくらいの可愛い十七歳。いい子です。
さわやかなお天気ですね。少しでも晴れやかにお過ごしくださいますように。
あけぼの
* 信頼にそむかぬよう、「もういいよ」と引き取られるまで、落ち着いた「読み・書き・讀書と創作」の余生を努め勤めます。
心行く日々をお元気に「創出」「創作」されますように。
2023 11/9
* わが「老境」を記録する側面としても 在りがたい読者のお一人例として。
〇 お別れのご挨拶をした覚えはございません。みづうみのほうこそ<こんなヤツもいたなあと、覚えてて下さると光栄。>とお別れみたいなご挨拶書いていらしたではありませんか。プンプンします。しかも「あなた」と、よそよそしい他人事感たっぷりで……最悪の気分です。
奥さまのご入院前でご機嫌が悪いのでしょうか。
インスタントラーメンしか召し上がらないのなら、せめて賞味期限内の卵でも落としてくださいますように。
ヨーグルトやバナナやみかんなどは栄養がありラーメンより簡単手頃に食べられます。最近はコンビニ弁当も充実しておいしいと聞きます。
順天堂のような大きな病院内にはコンビニが併設されていて、昼休みはドクターやナースで繁盛しているはずです。是非お試しください。
生活の自立が出来ないのが高齢者ですから、素直に建日子さんにも助けを求めてください。
高齢の親は子どもに迷惑をかけるのが重要な努めの一つです。子育ての仕上げのようなものとご理解ください。子に迷惑かけたくないというのは、親の教育義務の放棄です。猫は可愛いがられるのが仕事ですが、親はたいてい猫ほど可愛くないというのが少し困りますが……。
わが家の老猫は、昨日の点滴で見違えるように元気になりました。 現代医学の力、獣医学の進歩も目覚ましいことに驚いています。
お留守番の間に、さびしさに飲み込まれませんよう、たとえばわたくしの質問とお願いにご対応頂けましたら幸いです。みづうみを休ませないイケナイ女になってやる、と少しばかりむくれておりますので。
みづうみ、どうかお大切に、お元気でありますように。
奥さまのご快復をお祈りしています。 冬は、つとめて
* すくなくも私の困惑のおおきい一つは、建日子の内縁とも外縁とも知れない、戸籍上のとも知れない、知らされてない或る「女優なみ」の女性と ぼコミュニーケートの無い現状に、助けて、手伝ってともとても頼みにくい、頼めない現実が、デンと居座っている。妻はそれでも對話会話できている、らしい。わたくしにはうまく折り合う時季も道もついてなく、向こうもそのようで、いわゆるわれわれの「お嫁さん」として妻の手助けには、従來久しく、ほぼ全く役に立って貰えていない。其の人の我が家へくるのは、正月の雑煮を二世代で祝い初詣でにもつきあってもらう、まさに「それだけ」と謂うに同じい。自然建日子とも、母親はしらず、父とすこという優しい関わりをもつ機會すらめったに無い、それが現実そのもの。「酒」の呑める人なので、私の気に入りの酒器二、三を、正月の機に手渡しに進上したようなことはあった、けれど。
* 生来、幼少來、成人來、私は運命かのよ雲丹所詮は「血縁」「肉親」との関わりの持てないヤツという不幸な自覚が育っている。実父母を夫妻として、また現実の親子として、一度も認知していない。一つ屋根に暮らした事実が無いのだ。実兄とも一つ屋根に暮らした記憶はゼロ、名乗り合うて出逢った最初は互いに五十歳ごろ、そして兄は突として自死した。可愛かった甥の一人も外国で自死した。実の父母も、友に暮らすことは無くて、二人とも自死に同然に亡くなったと聞いている。
そしていま、私は最愛した娘朝日子を現実に喪ったママに老境を歩んでいる。息子建日子とはしあわせというべし、ほそぼそと付き合いはあるが家庭と仮定という親愛の時季には恵まれていない。 わたくしが、血縁・肉親よりも生涯の歩みから見つけた触れ合う多「身内」「眞の身内」という哲学を編んで、戯曲の「心 わが愛」その他の著作に「身内」人を構築しつづけてきたこん゛んの催しは、そこに、「肉親、血縁」の愛を感じることの切ないほどの「乏しさ」ゆえであった。いわばわが「愛読者」をこそ「身内」と頼み願うのが何よりも自然で瓈難いのだ。詰まりは諦めたのだ、肉親や血縁は。
2023 11/11
〇 「鳶の実在が捉えにくく、遠く薄れかけています。」と鴉は書かれています。長い時間が流れています。
池袋駅前の喫茶店でコーヒーを飲んで、やがて帰ると言われて・・何かお身体の不具合を感じたのかもしれない・・けれど少しそっけない感じで・・デパートの売り場でかろうじて手に触れて別れました。 覚えていらっしゃいますか?あれから
何年が過ぎたでしょう・・。
鴉、あなたの淋しさに鳶は震える。
やけくそは要りませんが、十分注意なさって奮発し、もがき、行動をされることは必要かもしれません。。少なくとも今現在病床で動けない状況ではありません。心は京都が恋しくて、たまらなく恋しいのです。
「北澤恒彦(実兄)は何で自ら死んだのか。判らないのが辛いのです‥察しがつきますか。」
わたしに分かるはずがありません。分かると言ったら僭越です。彼は疲れた。あまりの疲労感無力感、徒労に崩れるしかなかった。社会の矛盾に向かって精一杯の抗議活動を行った高校生。その後も彼は真摯に忠実に生きようとした。あの頃社会主義は信奉するものに値していました。同時に露呈していくさまざまな惨い現実も見えてしまいます。
自分の選んだ道が正しかったのか、それさえ分からなくなります。最後に彼を支えられるとしたら何があったでしょうか。
鴉、分からなくても仕方がないです。彼は彼の人生を生ききった。あなたが「思い起こす」こと、それ自体が供養になると思います。
今月中に京都へ行く予定は目下ありませんが 松葉の鰊蕎麦は手配します。
「南座。祇園、縄手、そして八坂神社さん、舊弥栄中学。そして、いわゆる祇園の乙部。そして新門前、古門前、狸橋、白川、三条裏。私の京都はその以外では無い。」と言う鴉を鴉らしいなあと感心します。
祇園甲部ではなく乙部と言い切るのに更に感心しました。それは「京都の「差別・被差別」に繋がるが圧倒的な印象で、他は、実は無 そしてそれはいつも同じでしたが。」
「京都の、差別・被差別とは 「何」なんですか。」との問い。これも・・鴉にさえ掴めた気がしないのですから・・!
鳶なりの思い?・・人の心の中の闇であり悪に通じるもの。誰の心にもある醜いもの。わたしの中にもあるもの。不可解なもの、未知のもの、に対する警戒や嫌悪、それらを威嚇し排除する衝動。経済的格差や文化的伝統的な格差、様々なことが絡み合っているのは京都に限りません。今現在の世界は「差別被差別」で悲鳴を上げていると感じます。
京都の宿に関してはもっと楽観的に考えられると思います。今月は紅葉の時期で料金も高いと娘がぼやいていましたが、スマホやコンピューターの画面で「京都、ホテル」と引くだけでたくさん出てきます。文字が読みにくいようでしたらJTBのようなデスクで直接頼むことも可能かと。料金は当日支払えばいいですし、当日キャンセル可能なところも多いです。
鴉のメールを読みつつ、このメールを書きました。書き足りないこと多いのは承知しつつ、とりあえず送ります。
寒くなりました。くれぐれもお身体大切に、風邪引くな、インフル・コロナはお断り、です。元気に、元気に。尾張の鳶
* 有難う。
*ただただ疲れ切ってている。恒彦も恒で在ったろうか。 明日は妻の順天堂初診に付き合う。そのあとがどう展開するのか判らない。入院手術ともなれば、見舞いその他の往来にもただただ疲れる。過去にも在った体験だが、ろうれいという余儀ない追加が身観に堪えよう。疲れるだろう、妻も、私も。ケアを恃むことになるかも。
2023 11/12
* 書いたと記憶鮮明な文章が、日録から消失している。私の不器用か 機械の乱調か。いつもいつも私に歩は無いのだ、が。
戴いている書信等のぜひ記録したいと手懸けたものも、みな失せていたりする。あらたにする意気が失せてしまう。
せめてお名前を順序など無く。
相原精次さん。あたらしいお仕事と私の次巻巻頭即とが、微妙に歴史的に触れ合いそう。女真等の 宮本裕子さん。岩波「世界」のへんしゅうちょうだった高本邦彦さん、「廬山」久しぶりに読み返しました。初めて読んだ当時の感動が甦ってきました、しみじみと心に沁みます」など安井恭一さん。今回は巻頭の「廬山」「三輪山」「隠沼」三作のそれぞれに同様に触れて下さる方がの多かった。感謝。学生さんの昔から東大名誉教授までも久しく久しいお付き合いの長島弘明さんも。時間をかけてよむには今どきの若い作家らの作に全くあきたらないと。写真家の近藤聰さんは嬉しい名酒の一升びんまで副えて下さる。奈良女子大や神戸樟蔭女子大からも受領の来信。
画家松井由紀子さんもむかし夢中で読んだ作との再会を喜ばれ、むかしむかし娘朝日子と親しかった四国の糸川剛司君、世にも珍しい造りのワイン?その他沢山な贈りものを副えて「げんきにすごしています」と。お嬢ちゃんが同志社のヨットの選手で「朝子」ちゃんと。
九大名誉教授今西祐一郎先生、まことに心行くシカモ着眼にひびきのある新ろんこうとともに、お手紙戴く。東福寺大機院のお嬢さんだった直木和子さんも京のお菓子を副えて礼状を。そして聖教新聞社の原山祐一さん、それぞれに「心に沁みる思いで愛読再読」と。私語の刻での白楽天詩選にも反応され、皆々参と同じく私の老いと健康とにお心遣いを戴いた。京舞井上八千代さんのお便りも身に滲み嬉しく懐かしく。大阪池田市の陶芸家江口滉さん、今回は「湖の本」ならではの企画だったと喜ばれ、現在、閑吟集、梁塵秘抄を読み返していますと。久留米大学図書館からも謝辞を副えて受領の来信有り。
* ごく孤独に、つまり外向きに開け広げてない仕事をしてるのだが、「湖の本」継続166巻にも及んでいる刊行は、自ずとしんみり廣く濃く諸方へ浸透しつつあり、それに感謝しそれに励まされている。
2023 11/15
*「着想」とは、算数の分数で謂えば 「分子」かと。 「分母」を養い培うこと、「創作の母体で原義」かと思うけれど、七十年取ッ組んでも、みるから薄っぺらい吾が「分母」に呆れ、もうもう、保たないほど疲れた。何だか莫迦囃子でも踏んで遊び終えたくさえ。 老耄 謂うに堪えない。
* 「懸命に、元気に、洒落(しゃらく)にさえ遊び心も培いながら 創作続けて下さい。
視力を大切に。「見える」視力だけで無く、「観る」意思力も、と、涸れた「湖」の絶句です。
〇 鴉に
もう保たないほど疲れました、とあなたは書いている。”薄っぺらな吾”なんぞでないことは 鳶が保証します。
鴉、誰でも涸れることはあります。鳶など、涸れてばかりで何とか誤魔化したり、自分を励ましたりして生きておりますよ。
涸れたら、じっと待ってください。溢れてくる、その音に気付くまで。
これまで、鴉は間断なく仕事に打ち込んできました。多くの著作を産んできました。もっともっと評価されて然るべき作家です。誇り高く生きてください。
勿論時にゆらゆら、ふらふら気ままに放って。 尾張の鳶
* 泣き言を聴いてくれましたか。赤い顔で、謝謝。
* 今治の木村年孝さん、川崎市の森千尋さんら、善いお便りを戴いていた、が。私、疲労の度が強すぎる。午後から宵までほとんど寝入っていた。それしか凌ぎようが無い。妻の入院時が思い遣られる。疲れを取らねば。
* 今西祐一郎さんの、「東方學」146輯にまとまつた『片仮名版と平仮名版 江戸時代出版の一風景』を読み終えたいのに。
2023 11/16
〇 鴉に もう保たないほど疲れました、とあなたは書いている。”薄っぺらな吾”なんぞでないことは鳶が保証します。
鴉、誰でも涸れることはあります。鳶など涸れてばかりで何とか誤魔化したり、自分を励ましたりして生きておりますよ。
涸れたらじっと待ってください。溢れてくる、その音に気付くまで。
これまで鴉は間断なく仕事に打ち込んできました。多くの著作を産んできました。もっともっと評価されて然るべき作家です。誇り高く生きてください。
勿論 時にゆらゆら、ふらふら気ままに放って。
メール届いてすぐに書きたかったけれど。 尾張の鳶
* 鳶 有難う。久しい歳月の重みにも、こころから感謝している。
妻の体調の良かれとも、ひしと祈りながら。
2023 11/16 重複している
* なにも出来ない、しないまま、夜十時になろうと。午、尾張の鳶の送ってきて呉れました京都の鰊蕎麦をいただきました。寝られる限り、寝ていた。
明日は歯科に二人で出向く。疲れが加わらぬようにと願う。
2023 11/19
〇 おはようございます〓
午前中の暖かい日差しにほっとしています。
治療の方針など、お決まりになられたでしょうか?
何のお手伝いもできず
ただ良い道筋が開いて行く事のみ願っています。
余計なメールで、煩わしてごめんなさい。
ご主人様のご都合など、ご心配が多いと思いますが、若い時・フイアンセのときから迪子さんの身体一番、健康を考えておられた秦様ですから、この際沢山の不便、辛抱を耐えていただきたく思っています。お二人様の良い道すじを一緒に祈らせてください。 練馬 ☀
>
@> ・晴 さま
> ご親切なメールをありがとうございます!
> 心臓が歳で疲れて来たので打つのを休むのだと思う訳です。休んでいる心臓に鞭打つて働かせていいのかな、なんて思う訳です。
>琉(妹)がね、誰にもわからないのが寿命だから、わからない事を憶測しても無駄と。そうかもね > ミチコ〓琉。
* それでも無事を願う。
2023 11/19
* 歯医者通いの気も身も重い、所詮嵌まりようもない大きな總入れ歯など作られて、さて、どうするの。下はかつがつ辛うじて痛みながら嵌めても、上は、息をするだけで落ちてしまう。暫時停留しても話すははおろか、呼吸もフツーに出来ない。医師の技術がテンテ到っていないまま、いきなりごっつい入れ歯の模型らしきを造ってしまっている。「おはなし」にならないどころか、「歯ナシ」のままである。それでいて『総入れ歯』とはこんなもの、「慣れればいいでしょう」などと。そういばにしてほしいなどと云うたこともなく、つくるいじょうはそれで人間として、社会人として「生活 即ち尋常に 話す 喰う 見た目」への細心の配慮は歯科医師としての咲いて今の義務と技術で有らねばならぬ。つまりは現状、わたくに歯の使用も見映えもぜろのまま 入れ歯費用はもう請求され、妻は支払っている。妻にも常識不足の至らなさが露呈したのである。なにもかもキチンと事が収まって初めて金銭カンケイになるのだ。
* 不愉快極まる一日と成った。
〇 どのようにお過ごしでしょうか。
みづうみが少しでもお元気でありますよう願っています。
奥さまもご無事でありますように。 冬は、つとめ
* 少なくも今日は最悪だった。快く奨め、奨めかけている仕事もあり、なにもかも不調不服で葉無いが。
2023 11/20
〇 今日も素晴らしくいいお天気です。あちこち痛めながら、医者には脅かされながら世話をした庭には、まだ蜂がきて、見ていますと一生懸命に花粉をつついています。
今は田舎は菊がさかりです。
お疲れが溜まっていらっしゃるようで、心配致しますが、お出掛けになれない日々が続いた後遺症というものでしょうか?まだまだご活動なさるはずだと私は信じております。
一度、でかけてしまえば、また出掛けたくなるものだと思いますがいかがなものでしょう。
私は全ての役割を終えたように思っております。 那珂良
* 晩八時すぎ。グタッとしている。
* 生存が確認でき 欣喜と安心の到り、天地に感謝。お作(=グループ展への出品画)を見られないのが残念。ギャラリーの地図を眺め、目に見るように京都「市内」の賑わいを細々と想い浮かべました、忘れないあなたの風貌と声音も。
「創作」の続くのは 命にとり何よりの励ましです。お続けあれ、わたくしも。
日に日に弱って行くのを自覚しますが、そっちはカラダくんに託し、わたくしはココロくんを励まし、せいぜい仲良くしています。「同志社」と繋がる一縷は、もはやあなた独りかせいぜい二人になりました。
健康にご長命あれや祈ります。
あなたの感化で すっかりピアノの独奏曲が好きになりましたよ。
今日十一月二十一日から ちょうど一ヶ月の冬至で「やそはち翁」の米寿を迎えますが゛、もう二年すると「クソ(九十)爺」ですと。 呵々。
お元気でお元気で お怪我無くありますよう。
やそしち はた
2023 11/21
〇 お元気ですか みづうみのご不調も、奥さまをご心配なさる日々にも、心を痛めています。「お元気ですか」は健康状態の「お訊ね」ではなく、久しい合言葉として書いています、これからも「お元気ですか」の挨拶を続けます。
最近の「私語の刻」をお送りいただきありがとうございます。
ご様子が少しわかりますが、読めば読むほど落ちこむばかりです。みづうみが、「ひたすらに書いて」いらっしゃることは救いですが、またそこに無上のお幸せもおありだと信じています。ベートーベンのシンフォニーを聴くと、私ですら「負けてたまるか」と鼓舞されるように、疲れ果てながら這ってでも書くと仰言るのに励まされます。
もし私に「分母」があるとしたら「秦恒平」以外にはありません。
明日は勤労感謝の日とか。みづうみのお誕生日までひと月を切りました。どうかみづうみも迪子さまもご無事にお大切に「生来作家」の米寿のお祝いをお迎えくださいますように。
冬は、つとめて
* 正直なところを、真向にいま云うておくと、このところ私は しばしば、自死して逝った実兄北澤恒彦のことを思っている。兄、何故自死して逝ったろう。兄の子供達にも判るまい恒彦兄の「誕生」其のものに萌し根ざしていた「さびしさ」が私には感じられる、自分のモノとしても。
2023 11/22
◎ 来年正月には、「大きな出来ごと」が現実化すると見ていますが、囚われなく、「成るように成るを成し遂げたい」だけ。誰も、私から「私」は取り上げられないでしょう。
「湖の本」は刊行し続けるに「私自身の問題は何も無い」が、現在「扱いの業者」での「発送」が「不可能」になると、既に判っています。「発送」できない「本」を莫大に制作してたら、家が潰れますしね。「湖の本」は造れても、もう、読者に届けられなくなります。
いよいよ、納得のいく「ホームページ」を「確立」ないしはそれも「断念」かと。とても「自力」では出来ないので。
どうも、今今 此の私に「発信可能・実行のホームページ」なるモノが在るやら無いやら、私にいかにも自信の持てていない状況です。
「私語の刻」など「機械で読めてますよ」という人もいるようですが、なんとも 現状もワケも判レズにいます。
好きな「松葉」の鰊蕎麦が自分独りの手で無事「食べられるか」は、判りませんが、「食べられないワケ」は無かろと思ってます。。
とにかく、怪我無く 達者に そして意欲的に元気でいて下され。 鴉 カア
* 携帯電話を買って貰ってながら、「機械バカ」で、よう、遣えないままいますよ。
妻の入院手術をまぢかに控え、猫がふたり、私独り の留守くらしを 手さぐりで数日後から始めます。この「クソ(九十)爺」にまぢかい老境にも、あれこれと初体験が有るものです。 自転車も、もう危ないと、昨日、近くの病院までも乗り切れなくて、諦めました。
それでも、「めちゃに蛇行する新作の長い小説」を いま「初校」していますし、新たにも書き継ごうとしています。
寿命と仕事と、追っかけ合いです。ケケケ。
鳶さんや 元気に怪我無く お過ごしあれや。 鴉カア
〇 迪子様の入院手術は来週初めでしょうか。状況が分かりませんので、ただただ驚き、お二人のことを案じるばかり。
鴉の心もとないご様子、あれこれの初体験を楽観的に乗り越えられますように。自転車諦めて、タクシーを利用してください。迪子様もその方が安心です。
「機械バカ」は鳶も同じです。携帯取り扱い店か電気店に行って使い方を聞いてみてください。携帯で何ができるか、自分が何をしたいかなど告げれば良いと思います。サファリ
やSNSなど説明してもらえば利用も可能になるでしょう。
わたしは初めて腱鞘炎になりました。右手小指の辺りですが全く思い当たる原因なく、腫れ上がった右手。但しもう心配ないです。
寿命と仕事と、追っかけ合いと。どうぞ「今」を懸命に生きてくだされ。
ps 鰊のお蕎麦、自分で「湯掻いて」食べられますか?
2023 11/23
* 岩手の渡部芳紀教授、青森深浦の千年を超えた長命の世界一巨大な公孫樹の鳴り渡るような見事な「黄葉の写真」ハガキ下さる。「良く書き良く食べて、このイチョウのように,長生きして下さい」と。渡部さんも私とおっつカッツのお年でなかったか。感謝。そしてお大事に。
0 「酒を呑んで、ろくにたべようとせず」奥さんに困らせているご夫妻の冬日和を羨ましく存じます。
(米寿)を楽しんでください」と京都山科の馬場俊明さん。図書館学研究の大家、この方でなければとても書けまい、『「讀書の自由」を奪うのは誰か』(青弓社)を感じ入って拝見したばかり。「あきとし じゅん」の名では詩人。竹久夢二の絵葉書「雪」に。
〇 「おさわがせ老人で、なにもかも取扱注意を自分に云いきかせないと。血のめぐりが悪いらしいです。介護のサービスを使って、らしき場所に 手すりをつけてもらうことを、おすするします。ヘナヘナとくずれ折れても打ち身たらけ」と、妻と同学同年、豊中市の美沙さん。かおるように美しく描かれた
果物の繪ハガキに。逢いたいナと想うひと。
2023 11/27
〇 お元気ですか、みづうみ。
迪子さま、どうかどうか手術が無事にすみますよう、お元気に退院なさいますように。
みづうみを創っているのはお仕事ですので、少しでもお気持ちがそちらに向かいますように、「仕事関係」のお話させてください。みづうみは以前次のように書いていらっしゃいました。
* 潤一郎の『きのふけふ』を書庫にしまい込むのが勿体なくて、またあちこち読み返していた。「秦さんなら、任せます」と亡くなった榮夫さんにも恵美子夫人にもゆるしてもらっているので、一部を、「e-文藝館=湖(umi)」にぜひ戴こうと思うが、そして他にもいろんな方の作を戴きたいと機械の傍に候補作が沢山積んであるのだが、スキャンがなかなか出来ないでいる。「e-文藝館=湖(umi)」の名義と実務とを、わたしと一緒に効果的に「責任」編輯・「共同」管理して下さる人がないかなあと願っている。特色有る、内容の濃い電子文藝館にますます育って行くと思う、現に大きな大系をもう持っている。
2010 3・15 102
力不足と僭越は百も承知で、「e-文藝館=湖(umi)」の管理のお手伝いをさせていただけないでしょうか。適正なメンテナンスをしていないと、この貴重なデジタルライブラリーが電子空間に凍りついたままになってしまうのが、あまりに大きな文化的な損失だと憂いていました。何も出来ずに過ごしてきましたが、私が管理のお手伝いをしようという決心がつきました。
私の筆名で、「秦恒平文学研究サイトを開設」しようと計画しておりましたので、その中に「e-文藝館=湖(umi)」を収納し再現することが「可能」ではないかと考えました。機械いじりはみづうみより苦手ですが、苦手ゆえに自力でサイトの起ち上げも維持も考えません。百パーセントプロの手を借り、それに伴う費用も惜しみません。内容についてはみづうみのサイト内のものを一字一句変えずに、字の大きさ、背景などもそのままにして、秦恒平の創設したデジタルライブラリーを再現します。みづうみのホームページ以外にも、秦恒平のデジタル文学資料がネット空間に存在することを目指します。
もしみづうみがお望みなら、みづうみがお選びになりながら掲載出来なかった作品を取り込みます。
また、秦恒平についてのすぐれた著書、論文などの部屋も設け、そちらについては「山瀬ひとみ」の選択で、著作者の許可のあるものを掲載できればなどと、まあ妄想の段階ではありますが、色々と考えています。
現在のホームページの管理は「私語の刻」だけでも大変のようにお見受けしています。「e-文藝館=湖(umi)」は秦恒平の一つの偉大な機械環境文藝の創作です。管理者が不在で、万が一のアクシデントによる消失をおそれています。みづうみの心血を注がれた「日本ペンクラブ電子文藝館」の惨状をみるにつけ、現在真実価値あるデジタルライブラリーは「e-文藝館=湖(umi)」しかありません。
もちろん、みづうみのご希望でなければ、この件ご放念ください。もし、こんな人間でもまあいいかとお許しいただければ来年実行に移せるようにしたいと思っています。
自分の書く仕事と並行して、ウェブサイト上での秦恒平文学のデジタル資料の場を創れたら、少しでもみづうみにご恩返しができるような気がしました。お笑いください。
寒くなってまいりました。お一人での生活はより冷えて寒さをお感じになるかもしれません。どうか猫ちゃんズのパワーをお借りになって、乗り切ってくださいますように。
* 恐縮し,感謝している‥妻の無事退院を得て、すこしメール交歓でなりとお互いに話し合い話し合ってご一任できましたら、ありがたい、わたくしにとつてはメデタイことと想います。
2023 11/27
〇 あにへ お仕事に熱中されていたとのこと、安心しました。
階段から転げ落ちるとは大変でしたね! でも骨折なく良かったですね!
迪っちゃんの元気なご帰還を楽しみに、お留守の間は創作に励まれますようにと願っていますよ。但し、食事だけは、頑張って食べて下さいね! いもうとより
〇 階段から転落のこと拝読しました。その後のご容態について、緊急と判断してメールします。
「頚を打つ」のは、頭を打つより危険です。頭蓋骨は脳を守るために色々な防御がありますが、頚は神経の束が集まった無防備な場所です。人間の弱点と言ってもよい場所です。以前私が貧血で倒れ後頭部を強打して救急車というときに、医師から「頚じゃなくて良かったですね」と言われたことがあります。
頚を打つひとは案外多くて、階段から落下して頚を打ち、そのまま頚から下が動かなくなり寝たきりになった大学の先生を知っています。みづうみは痛みだけで身動きは出来ていらっしゃるようなので、それほどひどい状態ではないと思いますが、これからさまざまな場所、大切な手などに痺れなど症状が出てくるかもしれません。痛みも何とかすべきです。神経の束があるのですから。
迪子さまの入院日、明日? に付き添いでいらっしゃると思いますが、どうかそのついでに順天堂病院の整形外科の診察を受けてください。絶対に診察が必要な事態です。レントゲン等の検査で頚に影響が見つかるかもしれません。自然には治りません。順天堂での診察を進めるのは、大きな病院ですから、お近くの地元病院の整形外科よりまだ空いていると考えるからです。どこの病院も整形外科は待ち時間が長いのが常ですから、少しでもご負担のない診察をと思います。
迪子さまだけでなくみづうみの保険証も持参なさいますように。万が一みづうみまで入院という事態になっても迪子さまと同じなら、少し心強いでしょう。
申し上げるまでもございませんが、どんなにお金がかかっても往復タクシーをお使いください。
そもそも八十七歳のご夫婦が「電車で通院が無謀」でした。みづうみが介護状態にならないために、どうかどうかすぐに診察をお受けください。痛みが激しいようでしたら、今日にでも救急車を呼んでください。救急車は親切です。八十七歳で、転倒後の頚の痛みで動けないと電話すれば病院に運んでくれます。
これは今後のみづうみのQOLに関わる事態です。取り急ぎ 、緊急事態であるとお知らせしたく。 冬は、つとめて
* 頚 肩の痛みはややに増強している、が。
2023 11/27
〇 あにへ お仕事に熱中されていたとのこと、安心しました。
駅階段で転げ落ちたとは大変でしたね! でも骨折なく良かったです!
迪っちゃん(=姉 妻)の元気なご帰還を楽しみに、お留守の間は創作に励まれますようにと願っていますよ。但し、食事だけは、頑張って食べて下さいね! いもうとより
〇 鴉へ 階段を転げ落ちた?! 骨折の可能性はないかと心配します。鴉ご自身も整形の診察を受けますように。
明日から毎日お見舞いに行かれるでしょう。お二人とも無事に過ごすことを遠くから願っています。踏ん張ってください。そして、しっかり食べてください。お休みなさい。尾張の鳶
2023 11/28
〇 階段から転落のこと拝読しました。その後のご容態について、緊急と判断し、メールします。
頚を打つのは、頭を打つより危険です。頭蓋骨は脳を守るために色々な防御がありますが、頚は神経の束が集まった無防備な場所です。人間の弱点と言ってもよい場所です。以前私が貧血で倒れ後頭部を強打して救急車というときに、医師から「頚じゃなくて良かったですね」と言われたことがあります。
頚を打つひとは案外多くて、階段から落下して頚を打ち、そのまま頚から下が動かなくなり寝たきりになった大学の先生を知っています。みづうみは痛みだけで身動きは出来ていらっしゃるようなので、それほどひどい状態ではないと思いますが、これからさまざまな場所、大切な手などに痺れなど症状が出てくるかもしれません。痛みも何とかすべきです。神経の束があるのですから。
迪子さまの入院日、明日?に付き添いでいらっしゃると思いますが、どうかそのついでに順天堂病院の整形外科の診察を受けてください。絶対に診察が必要な事態です。レントゲン等の検査で頚に影響が見つかるかもしれません。自然には治りません。順天堂での診察を進めるのは、大きな病院ですから、お近くの地元病院の整形外科よりまだ空いていると考えるからです。どこの病院も整形外科は待ち時間が長いのが常ですから、少しでもご負担のない診察をと思います。迪子さまだけでなくみづうみの保険証も持参なさいますように。万が一みづうみまで入院という事態になっても迪子さまと同じなら、少し心強いでしょう。
申し上げるまでもございませんが、どんなにお金がかかっても往復タクシーをお使いください。そもそも八十七歳のご夫婦が「電車で通院」が無謀でした。みづうみが介護状態にならないために、どうかどうかすぐに診察をお受けください。痛みが激しいようでしたら、今日にでも救急車を呼んでください。救急車は親切です。八十七歳で、転倒後の頚の痛みで動けないと電話すれば病院に運んでくれます。
これは今後のみづうみのQOLに関わる事態です。取り急ぎ 、緊急事態であるとお知らせしたく。 冬は、つとめて
2023 11/28
* 疲労さらず、茫々と過ごす。お見舞いの書状も、頂き物多くも、茫漠として失礼。桐生の住吉さん、下仁田格別の葱いつものように下さる、目に鮮らし。
2023 12/6
○ メールなく、心配しています。迪子様の経過、鴉の心労、頸や肩の痛みなど、そして一人の留守居暮らし如何だったでしょうか。困難な時こそ、敢えて自分を信じ
て、強く疲労困憊したら、、ひたすら身体を休めて 尾張の鳶
○ お元気ですか 迪子さま、その後のご様子如何でしょう。ご快復基調でありますように。お留守番中、インスタントラーメンばかりの食生活ではないことを信じていますけれど、やはり心配で 心ばかりの栄養補給を送らせていただきます。常温保存が出来て、レンジで一分加熱するだけで食べられる各種野菜スープセットです。評判は良いのですが、お味がお好みでなかったら、薬だと思って召し上がっていただければ幸いです。迪子さまご退院後も当分お料理などご無理、お役に立つかと思いました。
みづうみの頸部分の痛みはおさまりましたか? 頸椎は本当に大事な場所です。少しでも違和感がありましたらご受診ください。
十二月は駆け足で過ぎていきます。みづうみのお誕生日も近づいてまいりました。ご無事に、ご一緒に佳い「米寿のお祝いがかないますよう」お祈り申し上げます。 冬は、つとめて
○ 秦 兄 その後、奥さんのご容態は如何ですか。
当方は先月8日にカテーテルによる施術で入院生活も10日程で退院できました。
新聞の「紅葉だより」欄を見て、友人と出掛けるまでになり ホッとしています。
兄宅も、どうか小難であってほしいと願っています。
お大事に。 京 洛北 森下辰男
* ありがとう。 家内、退院してきて呉れ、ホットしています。私自身の心身違和を治めねばと。苦痛とはないのですが、不調不安な私です。兄の活力に習いたい。
○ 秦さん ご無沙汰致しております
「いい話が出来たらなんとか格好だけでもつけて」と思っているのですが なんともなりません。
老人ホームのお年寄り達の コロナとインフルエンザの予防注射を終え 今のところ発病者もなくて ほっとしていますが 他の施設ではまだまだ コロナがおさまってくれず苦労をしております 人ごとではありません
なんとも始末がよくなくていつまで続くのか 残念です
私はやはり よろけ 物忘れ が一番困ります 余計な事がおきないように用心しております
「自分でボケたなんていっいるのはウソだ」と聞くことがありますが 「ウソ」です
秦さん どうかお大切に くれぐれも転ばないでください 勝田拝
* 私は本当に幸せ者、肉親の幸には恵まれなかったが、文筆のお蔭を介し,温かな労りやお声に恵まれている。感謝感謝。
2023 12/7
* 京都黒谷の宏大な山墓地のてっぺんに小さな三重の塔が建ち、その縁に腰掛けて学制の昔よく話した。そして求婚し婚約した。墓地の見事な紅葉を一と枝戴いて新門前の叔母宗陽の茶室に入り、ふたり向き合って茶の湯一席「婚約」の茶を喫み交わした。昭和三十二年師走十日のことだった。
* 二人で,夫婦自祝の夕食、迪子の遙かな学友市川澄子さんから祝って戴いた名酒「越乃寒梅」をすこし酌み交わした。
2023 12/10
○ みづうみ お元気ですか。
<ほとんど 生きた心地無く弱り切っています。><駅階段での転落は、こたえています。>とは、もう心配で心配で どうにかなりそうです。迪子さまとご一緒に入院なさってほしいくらいです。そうできませんか? 受診なさってください。
それがお嫌でしたら、とにかく、しっかり食べてよく寝てください。食べるとふしぎと元気が湧いてきます。こんなものが食べたいというご希望がございましたら、教えてくださいますか。見繕ってお送りします。
みづうみも迪子さまも、猫ちゃんズとご一緒にお元気に「米寿のお祝い」をなさってください。
わたくしは、病気はせずになんとか元気にしていますし、「書いて」いますのでご安心ください。 冬は、つとめて
2023 12/10
○ ご順調ですかか 暖かい日が続いたので、冬を忘れますが、凌ぎやすく良かったと思っております。
その後、お一人の生活にもお慣れになった頃かとも、ご退院になられた頃かとも、思っております。
安心なさっての、記念の日を、お迎えになられますことを、心から祈っております。
ご体調によりお気を配られて、お作品の増えますことを願っています。 那珂良
* 感謝。成るにまかせ,落ち着いて励もうとしていますよ。
*京
2023 12/12
○ ○ 昨日、迪子さまよりご丁寧なお礼状頂戴し驚きました。ご無事のご退院、心よりお祝い申し上げます。退院後のお疲れもおありでしょうに、しっかりした美しい筆跡でのお葉書いただき、恐縮に存じます。本当に安心いたしました。みづうみのお喜びもさぞやと拝察いたします。嬉しいお知らせでした。
<秦も近頃すっかり元気を無くしてパソコンの扱いも覚つかなく、思う様に仕事が進められぬ様子でくさっています> とのこと。本当に心配しています。どうか今のご体調に無理に抵抗なさらず、頑張りすぎずに、そろりそろりとお好きなことを楽しんでいただけますように。と申しましても、これが難しいのがみづうみの性分なのはわかっております。わかっていながら、お願いせずにはいられない私をお許しあれ。
最近テレビ視聴で観た映画で印象的だったのは『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』です。原作はブッカー賞を受賞したベストセラー『パイの物語』、監督がアン・リー、アカデミー最優秀監督賞、撮影賞等四部門で受賞している有名な映画なのでご存知かもしれません。経営していた動物園を畳んだ両親とともに、インドから新天地カナダをめざして航行中の貨物船が遭難。奇跡的にただ一人青年「パイ」が救命ボートで脱出したものの、そこには動物園にいたベンガルトラまで逃げ込んでいました。襲撃されないように悪戦苦闘しつつ、なんとかこの猛獣と折り合いをつけて、長い漂流生活からトラとともに生還するというストーリーです。青年は人間に助けられ、トラは野生に戻ります。現実ではあり得ない話でしょうが、幻想、寓話として、何か胸に迫る真実に届いている作品でした。
ボートはメキシコの浜辺に打ち上げられ、トラは振り向きもせずにパイから去りました。「パーカー(トラの名前)は私を友とは思っていなかった」「結局生きることは手放すことだ。一番切ないのは別れを言えずに終わることだ」「相棒はトラだが、こう言いたい。終わった。生き残ったな。君は命の恩人だ。愛してるよ、パーカー。永遠に忘れない。神のご加護を」
比類なき映像美はこれまで観た映画の五本の指には入るもので、感動しました。映画館の大画像で観られなかったことが残念です。大自然の、昼と夜、空と海、嵐と凪、動物の映像はまさに「詩」でした。人間はなぜか動物や魚のように美しくないこともふしぎです。そして、トラという決して人間に飼いならされることのない動物の孤高に魅せられました。野生で在ることのなんという祝福。息をのむ美しさに圧倒されました。不可能であっても、自分の魂だけは飼いならされたくないと、観終えたあとにしみじみ想いました。
みづうみは、人間の健康願望に飼いならされないだけ、とも思いつつ、お元気ですか、お元気でありますようにと、毎日お祈りしています。 冬は、つとめて
2023 12/13
○ 武蔵野の烏に 尾張の鳶
十二月と思えない暖かな雨の午前です。
鴉の体重が56キロとあるのが、気になっています。
冒頭に漢詩の文章が掲げられているのが、やはり小学生の頃から自然に身に着いたことと感じ入ります。つけ刃のような鳶の漢文ではないと痛感します。この思い、京大の昔、研究室の友人の家に皆で押しかけた時、その部屋に角川の大漢和辞典がきらきらと威厳を保つかのように並んでいたのを見た感想を思い起こします。
「日本人の『忠臣蔵』好きの心理も生理も病理ついても、云わない。主君の仇討ちだけの力学でも美学でも、なかろうよ。」と。実感として受け取ります。
昨日のメールで鴉は、わたしの状況の一端を鋭く感じ取っています。
「発揚の気概が書き物にも生き方にもいっこう表れてこないのは、何故かな。」
老化は言い訳にならないし、老化していますという気もないのです。改めて振り返るまでもなく 自分自身を束縛しているものに抗って進んでいないからです。
今年は春から イラン行きを意識して調べ物もしていました。十月ツアーでの三週間は微妙に疲れ、半ばで不調に見舞われ3キロ近く痩せました。
回復しました。大したことではないので全く心配要りません。
旅行が始まった二日目、パレスチナとイスラエルの戦闘が始まりましたが、不穏や危険を感じることはありませんでした。 イランは広すぎるので ツアーになりましたが、やはり体力気力あれば・・あると思っている鳶です・・個人で旅したい。今は休息期間です。
絵、やっとイランの遺跡8号の絵が一枚おわり、40号の絵は半ばでストップしています。
一月にはシンガポールから孫たちがやってきて日本の小学校で三学期を過ごします。中学に入る時に成績で「選別」されてしまうので、それ以前に少しでも日本の学校を経験させたいとか。悪戯盛りの三人の孫、わたしは食事を整え、日本語を教え・・さてどこまでできますやら。
ごめんなさい、自分のことばかり書いてしまいました。
「疲労しきったからだと、動きたがるあたまのどっちも,活かしたいが。」どちらも活かしてくだされ。
HPを創って下さる方、どなたか。工大卒の方の親切とお力とで、是非是非実現できますよう期して待ちたい,心から。
お蕎麦の他にリクエストあれば知らせてください。
くれぐれもお身体第一、お大切に。
元お気でいてください。 尾張の鳶
2023 12/15
○ メール頂き、有り難う御座いました。
今日は久しぶりに日吉ヶ丘(高校の茶室「雲岫」席)へ行って来ました。懐かしい限りです。
天候も良くて、美味しくお茶を頂いて来ました。少しは若返った様に思って・・? 帰ってきました。京都に居ればこそです。
いつまでもお元気で過ごされます様に! 華
* 雲岫席(京都市立日吉ヶ丘高校・母校に備わった「茶席」私が二年生で提議創部した茶道部の本拠)で 一碗の濃茶を分けて、頂ければどんなに嬉しいだろう、一気に「あの頃」へ駆け戻れそう。
日吉ヶ丘は青天だったでしょう,いつも晴々と懐かしい極みのわれらが母校。
華 元気出して しっかりと、残年余生をともども生き抜きましょう。
わたしは、よほどもう草臥れてますけれど、ガンバルよ。ガンバリや。 恒
手指痺れて、紙に字は書けない、が、メールは大丈夫。遠慮無しにいつなりと話しかけてくれると嬉しい。せいぜい返信します。 遠 (高校卒業の頃受けた,私の裏千家茶名は・宗遠)
* 高二のころ、私が学校と掛け合って創設かつ指導した「茶道部」の、「あと」を委ねた二年後輩の、華。、わたしは大学生の半ばまで日吉ヶ丘へ出向いて部の、また作法の指導をしていたが、十分信頼できる後輩鳥羽華子に茶道部「雲岫會」の一切を託して、やがて東京へ居も暮らしも移した。
いらい優に六十四年が過ぎて、いも鳥羽は茶道部と茶席との後見役をガシッと勤めてくれている。懐かしくも感謝に堪えない。元気でいて呉れるのも心強いが。ご主人を近年亡くされていて,胸痛む。
2023 12/16
○ 御返事頂き有り難う、御座いました。
お元気で何よりです、まだまだ頑張って下さいよ! 華子
* ごく遠方の人、読者、と、あまり得手ではないが「電話」で声が聴きたいと思っても,住所録に控えた住所まだしも、電話番語は大方通じない。妻のいわく、みなさん「ケイタイ」しようで、電話番号は替えてあるでしょうよ、と。私のように携帯電話も買って貰ってながら、まるきり使いようが解 ってない「機械バカ」には、電話という便利すら、使い道の絶えたキカイに過ぎなくなっている。教われば済むことだろう、教わるのもニガテで。
* 八時過ぎ。早い、が、もう…休もうかと思うのを、引き留めるモノがない。
2023 12/17
○ 米寿のお誕生日、おめでとうございます。
報道はされないだけで、相変わらずコロナと、さらにはインフルエンザもかなり流行しているようですので、引き続きどうかご用心を。
来年は新しい小説をまたお届けできるかと思います。建日子
* ありがとう.何よりです。健筆、願い祈ります。
○ 米寿のお誕生日おめでとうございます。心よりお慶び申し上げます。
さらに卒寿、白寿、その先へと、少しでもお元気に、すべてを楽しんでうんと長生きしてくださいますように。
まだみづうみに書かれていないたくさんの小説やエッセイが、早く世に出してほしいと願っているでしょう。
みづうみと奥さまご一緒の冬晴れの祝祭日です。お幸せに、お幸せに。 春は、あけぼの
2023 12/21
* 歳暮に、メールで送れる何人かの人に『埋み火 京の底冷えに』を、恥ずかしい誤植もコミで、送った。
* 此処へ、「令和五年のあとがき」として、書き写して置こう。
◎ 謹賀迎春 令和六年
埋み火 京の底冷えに 秦 恒平 作
「さ、歳を送りましょ、おあがり」
「有難うございます。ご馳走になります。
その年の稽古茶席、最期に埋み火の客は、新年には京都を離れ、もう稽古にかよってこれないという年上の人だった。そのYさんを叔母と鈎の手にはさんで、まだ高校生だった私は、水屋に近い席で年越し出前の天ぷらうどんを、わざと元気よくふうふうふいてするする食べた。
「除夜の鐘、もう成增やろ」
「もうさっきから鳴ってるよ」
「ーーー」
「大晦日の晩にはお炭点前をして、こうやってお茶点ててつごもりそばをいただいてから、あしたの朝の大福茶まで保つように、炉の炭を灰で埋み火にしとくのどすえ。そして一年中お世話になった火ィに、えらいご厄介さんどな、ありがとうございました言うてお礼をな」
叔母が喋っているまに私は紙釜敷の炭斗を水屋から取ってきた。釜を揚げ、火種を起こし炭も新たにつぎ添えて灰匙でこなもり灰を寄せながら、山なりに、赤く燃えた火を埋めて行く。叔母も、爐縁へ膝行して出たYさんも、私が灰を盛り切った所で思わず三方から炉に向かって静かにアタマを下げた。知恩院の鐘が響き、路地を足音賑やかに連れ立っておけら詣りへ抜けて行く若い声が通り過ぎる。私は時計を覗いた。
「新年ですよ」
するともうYさんは炉端からつっと退り、叔母の方へ両手をついた。
「明けましておめでとうございます。旧年は、一方ならず、お世話になりましてーーー。どうか先生、幾久しく、お達者に」と、そこまで言ってYさんは急に両手で顔を包んでしまった。
「はい、おめでとうさんどす。あんたさんも何処へお行きやしても、お大事にな」
叔母は立ち、ひょいと床の間に片足かけてさすがに器用に、井泉水書く四字の軸の裾を三分の一ほど巻きあげて、掛釘から外して来た。
「一陽来復や。なんにもようしてあげられなんだけど、荷物にもならへん。これ、お年玉に差し上げますよって。な」
「ま、いけませんそれは先生、お大事なものを。よう覚えて、一陽来復、決して忘れませんから」とYさんは涙の顔も手も一緒に慌てて横に振った。構わず叔母はするする巻き切って、押入から箱と有合せの紙を出して来ると目の前で無造作にくるんだ。Yさんは弱ったという顔で私を見た。
「おめでとうございます」
私は両手をついて叔母とYさん半々にお辞儀した。Yさんも丁寧に返礼した。
「叔母みたいなシブチンが呉れる言うのやしーーー、遠慮せんかてええですよ」
「まあ」
あははと叔母が真先に笑った。自分で貰い物をしたほどに、私の方が嬉しかった。
叔母は立ってもう結び柳を持ちながら私たちには初詣を勧めた。毎年私は必ずこの茶室から祇園町を抜けて八坂神社へ参り、さらに知恩院か清水まで歩くのだ。
「ね、一緒に行きましょ」
私が誘うとYさんは初々しいほど一瞬含羞んだ顔をした。そして白い顔がうなずいた。急いでジャムパーを取りに離家をでた。庭に月が照って、銀色に瓦屋根が濡れていた。
八坂神社は石段も甃の参道も晴やかな初詣の人渦を幾重にも巻きこんで、見上げる空まで揺れるような賑わいだった。厄除けのおけら火を細い縄のさきにうつして貰い、、赤い火の色をちいさくくるくる回して帰る人波に、占領軍の兵隊やMPも混じっていた。
拝殿まで容易に進めなかった。もみ合うなかで足を踏まれたかいやあと叫ぶ若い女声までが新年らしく陽気で、寝おびれた鳩が屋根から屋根へ人の頭の上を羽音高く渡ると、そこまでも燃え盛る神火の焔は微塵の火の粉をばんばん吹上げて松の梢を真黒く夜空に浮かばせる。私はYさんの手を牽き引っ張るように一歩一歩神前へ近づいた。鈴を鳴らす太い綱にいくつもの手が一斉に取りつく。私たちもやっと片手だけ綱に触れ、そして掌を合わせればたちまち横から後ろから押されてよろけた。
「ずいぶん熱心に拝まれますね。何を」
Yさんは私を見て笑顔でからかった。何ということもないのだ、「恰好だけです」と返辞して、一刻も早くそこを遁れないと賽銭箱の柵に押しつけられ、右にも左にも出られなくなる。おけら火の火勢をもうそこに轟っと浴びながら、からがら拝殿の東側から円山公園へ飛び出す、と、ごうんーーーと肚に響く知恩院の鐘だった。暗やみに夢見るようにいくつも火縄が舞っている。京の底冷えをついて公園を抜け、まだ東へ池を越えて、山の上の大釣鐘堂まで除夜の鐘撞きを見に行く人が沢山いる。
「行ってみますかーーー」
「 いいえ、此処で聴いていましょう。もう押し合うのは大変。ーーーあの辺、ね、撞いているのは。あ、凄いのーーー胸の底まで響くわ」
「ーーー」
「恒平さん、あなた寒くありません」
「寒い。脚に何かが噛みつくみたい」
「歩きましょ。じっとしてたら凍えてしまうわ」
「ね、清水さんまで行こうか」
「ーーー」
「あそこは人がぎょうさんお籠りしてはる。音羽の瀧に打たれてる人もあるし、舞台へ出ると」
「きれいーーー」
「きれい。今夜みたいに月があるとあの音羽の山の端がきらきら光って、まあるいの」
「行きましょ行きましょ」
Yさんは先に立つくらい元気に歩いた。真葛ケ原から二年坂、三年坂まで、さすがにめったに人とも出逢わない。たまにまだ正月の用意の終らない家の前だけ灯が洩れて、その辺り二、三軒の門松や〆飾りが行儀よくしんと目立つ。
「ね、恒平さん」
「はい」
「ーーー」
「何ですか。言うて下さい」
「ーーーお茶習って、よかったわ」
その年の秋はじめ、叔母は嵯峨の二尊院ちかくに茶席を借りて、「正午の茶事」を社中の希望者に稽古させた。Yさんはお点前など役はつかなかったが、わざと「客」として席半ばに座っていた叔母の隣で、神妙に叔母のする通り真似て濃茶を喫み、懐石を食べていた。濃い藍ねずみにしだれ柳と籬に菊の着物がよく似合っていた。ーーーこの人に、またあんな機会があるのだろうか、本当にこの人は、京都を離れて行くのかーーー。
高い石段の上に清水寺の勅使門は凜と影を浮かべ、きらきらと屋根が光る。かすかに落ちる遠い瀧の音に聴き耳立てて空を仰げば、いっそ花やかに月かげに白く濡れて、柔毛のように木々の影がふるえて見える。
つと手を取り合ってYさんと私は石段を上り、塔の横から本堂の方へ急いだ。遠目に舞台が鏡のように照って、何人もの先客が心なし凝っとたたずんでいる。御堂の奥は大きな燈明が昏い影を常闇の底から揺り動かし、お籠りの白衣の老人夫婦や祈祷を捧げる二十人足らずの人が、みな黙々とひとかたまりの濃い翳になって蹲踞って見えた。
今度はYさんの方が永く眼をとじて合掌していた。
「何、お願いしてたん」と、私はからかった。
「また、きっとお目にかかれますように」
「誰に」
「恒平さん、に」
照れて私はあはあは笑いながら、とっとと舞台へ一人で出て行った。何だ、何だ、一体これは何だ、夢か、絵空事か、お芝居か。私は涙を頬に伝わせ、擬宝珠のある欄干に痛いほど胸を押し当てて真昏な谷底を覗いた。音羽の瀧に灯が流れ、人だかりがしている。經か陀羅尼か、声高に唱えて細い樋口を落ちる瀧に肩を打たせている白鉢巻の老女を、Yさんは厳しい横顔で息をつめて見下ろしていた。姉さんーーと、そう私は心の中で呼んでいた。死んだらあかん、死んだらあかんよと呼んでいた。寒い寒い京の底冷えだった。
あれからーー三十五、六年。Yさんは去年の師走に、カリフォルニアで、子供さんもなくひっそりと亡くなっていた。妹という人からのしらせで知った。
埋み火は、もう開くすべもな。この冬も、また、京都は冷えるだろう。 (結)
2023 12/23
○ ひときわ寒い朝に
寒いパソコンの前で(『埋み火』)読みました。ご健在、頼もしく、安堵しました。お寺の板の間の冷たさや、京都の湿った寒さがよみがえります。
先日は京都の町で迷いました。時間や、体力の見当がうまく働いていないようです。
木犀の花が散るともみじが朱くなるというもみじも、葉を落としてしまいました。
目標、サフランの花を咲かせて、パエリャをつくること。丁寧に。
お大事にお過ごし下さいますように。 豊中 美沙
○ 秦先生 掌編小説「埋み火 京の底冷えに」嬉しく拝受、拝読いたしました。ありがとうございました。
最初の数行で忽ち作品世界に引き込まれてしまうのが、いつに変わらぬ秦作品の力、魅力だなあと、あらためて頷いたことでした。
昨日今日、京といわず、日本中が底冷えしていますが、どうぞ、風邪など召されぬようお大事になさってくださいませ。
白川郷など大変な積雪だとTVで騒いでいますが、当地も、今朝、今冬初めて5センチほどの雪が積もりました。
先生のHPは、十月二十日までは拝読できます。どうかして継続なされて下さいますよう。何方か手伝って戴けないでしょうかねえ。○
今年も一週間余りとなりました。いろいろなことがあり、先生のお考えをHPなどで知りたいなあ、と思うことも多いのですが・・。 I・YAMAN
○ やそはち兄上様
美しい短編小説を読ませて戴きました。
思いがけず、年の暮れのしみじみとした京の世界をのぞかせて頂きました。
まず思い浮かんだのは、初めて京都のお宅にお伺いした時のこと、叔母様のお茶室に通して頂いたと記憶しています。私は、高校の修学旅行の途中で、迪っちゃんと(真如堂の)恒子さん?と3人でお邪魔し、アルバムなどを拝見しましたね。
小説の最初の場面がお茶室だったので、思わず私自身も高校生になった気分で読ませて頂きました。
この落ち着かない最近の世相の中で読む京都の都市の暮れの様子は美しく、初々しい「恒平さん」の気持ちや、清水寺の鐘の音、お茶室の引き締まった空気や動作所作が一段と染み入りました。
また「一陽来復」という言葉も、今の世の中の希望であるようなそんな言葉に、新しい年への希望を抱きました。
どうぞこれからも美しい文章を書き続けて下さいね。元気を出して頑張って下さい! (妻の) いもうと 琉
○ 思いもかけない贈り物 ありがとうございます。
無事に満の米寿お迎え
おめでとうございます。
寒波の後はまた季節外れの暖かさになるようですね。
どうぞお大事に よい年をお迎えください。 下関 緑
○ 秦恒平さま お歳暮「埋み火 京の底冷えに」を拝読いたしました。ありがとうございます。
来年こそ、遊びに伺いたいです。
どうぞ、お元気に。 島尾伸三 作家
○ 秦 兄
奥さんの具合はいかがですか
先ずは満八十八歳の誕生日、おめでとう。
11月3日、奥さんの病院行の件で受信以来、返信がなく案じていますが、
『埋み火 京の底冷えに』を見て 特に異変もないようで安堵しています。
地球沸騰の近年ですが、流石にきのう、きょうの京の底冷えは堪えます。
互いに老体を労わりながら、佳い年末・年始を迎えましょう。 京岩倉・森下
○ 短篇明珠 拝読 一服の良茶を喫した気分です
今年も様々な御作を拝読し 旺盛な創作意欲に心を打たれました 「汝も励め」と鼓舞されて 奮発しなければならないと思ひを新たにしました
良いお年をお迎へくださいますやう念じてをります
寺田生 作家
○ hataさん
お歳暮の小説をありがとうございました。
京都のピンと張った冬の空気を感じることができました。数年前まで参加していた除夜の舞の厳かさを思い出し、失われつつある季節感を取り戻せた気がします。
凛としていたいと思いました。
ご無理のございませんように。
感謝いたします。 沖縄 名嘉
○ 冬至になりました。
ご退院、記念日、共にお祝いなさって、、、、と理解してよろしいのでしょうか?
お歳暮、いただく立場ではないと思いますが、ありがとうございます。
京の鳥辺野にはかなり広い実家の墓地があり、父がお寺さんによくしていました.力があったのでしょう。
狭い石段を登り始めると、狭い左に軍人の墓碑、右に庶民の墓地が広がっていました。
今は谷底まで開拓、最後はマンション形式の墓になっています。一人は そこに納まりました。
地学的には、京都の有名な露頭ですが、そこから二筋の水が落ちているだけの、音羽の滝がありましたが、、みのうの瀧になれていたこどもには、滝、という言葉は⁇ という感覚でした。
今は人任せ、私は関東。
下の男の子を連れて行った夏の暑い日、地元?のお年寄りに、あんたさんえらいねと褒められたことがありました。
古い、遠い記憶ですね。
冬至も過ぎました。
少し、少しと延びていく陽を、新しい年を、うつくしくお迎ええくださいませ。 那珂良
○ 秦様 年の暮れ。良い作品を読ませていただきました。ありがとうございます。
京の年明けに 身の引き締まる思いです。
寒さはこれからとか。どーぞどーぞお身体をおいといくださいますように。
迪子さまともに揃って 良い新年をお迎えくださいますように。 練馬 晴美
○ 「埋み火」有難うございました。
秦先生の文章を読ませていただいておりますと、いつも祇園のことが懐かしく想い出されます。
大和大路新橋の家で聴いた知恩院の除夜の鐘、おけらまいり、など先生とは7,8年後ですが、ほとんど同じ記憶が残っております。
今年ももう終わりますね。
世界が無茶苦茶になった一年でしたが、まだまだ続きそうです。
来年も何とかしっかり立っていたいと思います。
京 桂 服部正実
* 体調の違和すこぶる、變。六時半をまわったところだが、やすむ。
* 読者の方、メールアドレスとお名前さえ下れば、歳暮の掌編『埋み火 京の底冷えに』をお送りできます。
2023 12/24
* 来て好いはずのメールが来ていないと、先方の健康を案じてしまう。お互い様、健康でいたい。
2023 12/25
* 早く起きた。なにともなく夥しい量の「住所録」を整理していて、やがて早朝六時になろうと。凄いほどの量にも喫驚。
2023 12/26
○ 秦さんへ
◎ 謹賀迎春 令和六年
埋み火 京の底冷えに 秦 恒平 作
ありがとうございます
これからも体にあわせてゆっくりやります
新年もよろしくお願い申し上げます e-old 勝田貞夫 拝
* ゆるゆると 気は慥かにしっかり歩きましょう。秦
* と、言いつつ、グタグタに心身毀れているシンドさ。話にならない、睡眠へ逃げこむだけ。
2023 12/26
* 「不愉快」を我から我にぶちまけて、床を起って二階へ来てしまった。わたくしは、ケッコウ辛抱の利くタチではあるが不愉快は身に痛く感じるでもある。怺えられるだけのこと。しかし怺えきれない時も事もある。断って置くが「妻に」不愉快はめったに感じない。感じるのは不行儀に厚かましい「他人」にであり、顔も観たくない。そういう「他人」は、しかし、随分厚かましく、無遠慮に、さほど遠くない間近に出没するもの、そして恐らくはお互い様なのであろうよ。
* 八十八歳ともなると、怺えは「利く」が多いが、ガンと「利かぬ」ヒト、コト、モノもある。そしてもう残年すくない今しも、それら後者の不快に出遭い、不快なまま辛抱する不快は重ねたくない。遠ざけるか、遠ざかるか、したい。まして、それが「人と謂う他人」の場合は尚更。
2023 12/27
○ お作「埋み火」を
有難うございました。
米寿のお誕生日、気にかかりながらメールするのがためらわれていましたが、「寒い寒い京の底冷え」の空気が伝わってくるようなご健筆、嬉しく拝読いたしました。
大雪になる前の能登・金沢を旅して(「波の花」というのを、初めて見ました)、今は熱海です。
今日、当地のお酒をお送りいたしましたので、明日には届くかと思います。
どうぞ、お体をお大切に、佳いお年をお迎えください。 美晴
* こういうお便りが、身に沁みて嬉しい。お酒 だからではない。届く「おもひ」の熱さに心が火照る。
2023 12/27
* 「やかましい 喧しい」という批評・非難は「京都」では「かなり厳格」であった。言い争う少青年も大人達も「やかましい!」と相手を罵っていた。東京ではそういう場面にそうは出会さなかった、いや、「黙れ!」が、それか。しかし「やかましい」と「黙れ」とには微妙な差異が感じられた。継続と遮断。批評と拒絶。「京都」という社会は、なるべくは「ブチ毀し」にしない「先々への配慮」がある。「喧しい」だけのおヒトは嫌いだ。
* ときに「喧しい」メールを寄越す人が在る。つねは、そうでないのに、である。興奮が過ぎるのか、関心を牽くためか、ワケが判らないのか。「黙れ」とは、拒まないが。
2023 12/28
○ 廬山 三輪山の面影を心に住まわせて読み進み 隠沼に至る……まさに配列の妙です
今の時代 この年令でこそ味わえる讀書体験でした。
竜の子と傘寿の春をゆうらゆら)
二○二四年
佳いお年でありますよう
心よりお祈り申しあげます。 不一 羽生淸 美学者 元・大学教授
* 京の名菓「雲龍」で傘寿祝って戴く。もう一度、どうかして逢いたい人。
* 京都新聞では,例年、誕生日にその年齢カケル100円の寄付を望まれる。8800円也。事も新聞に其の旨名前が出たと報じてきた。
* 京都府文化功労賞受賞者の會にも案内が来ているが、失礼させて貰う。
○ 仕事納
昨夜は美しい満月で、夜中も光が家の奥まで届いていました。
暖かい年末、新年をごきげんよろしくお迎え下さい。 那珂良
* 国技館 案内書の武蔵屋「竹蔵」クンこと竹ちゃんからは、令和六年初場所、毎々の「蒙御免」の美しい番付が届いている。東方、横綱照ノ富士春雄 東方 おお驚く 大関豊昇龍智勝。ふたりとも「モンゴル」出身。あのやんちゃな横綱、妻が贔屓だった朝昇龍をついで来日した豊昇龍が,西とは謂え番付筆頭に「大関」で登場、妻は大喜び。私は、45回優勝というとほうもない大記録で引退の大々横綱白鵬のあとは、沈黙して眺めている。
2023 12/28