* 茜屋珈琲。花びら餅でお茶一服、感謝。コーヒーもココアも最上。今年も宜敷く。
2010 1・6 100
* 祝いの七草粥、新春一の美味さ。
2010 1・7 100
* 小雨の中、六本木からけやき坂の方へ歩いて、「酒飯庖正」へ。
文藝春秋寺田さんの招待。うまい肴で酒をいただく。妻もご馳走をつぎつぎに注文して楽しんでいた。文学の話題、あれやこれやと静かに話しついで、満腹。保谷まで車で送って貰った。恐縮。雨はあかっていた。
2010 1・12 100
* 湖国竜王町、本場の鮒鮨を岡山の有元さんから有り難く頂戴した。美味しく戴きたい。有難う存じます。
2010 2・6 101
* 寒風の吹きすさぶ中、歯医者のあと、脚を青山までのばし、出来ていると連絡のあった「眼鏡」を受け取ってきた。この一週間、不十分な遠用眼鏡が一つしかなく、機械に向かうのも、本やノートや新聞を読むのにも、とても不便で閉口した。
新しい遠用、レンズだけ替えた仕事用、読書用、サングラスと、一度に四つ眼鏡を替えた。保谷眼鏡の近くで街履きのラフな靴を二足買った。
強い寒風、空は爽快な晴れ。ノッコノッコと歩いて行ってきた。
* 帰り、原宿駅前までタクシーをつかい、「南国酒家」で中華料理を楽しんだ。多年のうち、ときどき、この店をつかう。店の空気も気に入っているのだ、いいメニュで満足させる。紹興酒もよかった。大きい月餅を三つ買ってきた。
歯医者から、靴屋から、保谷眼鏡から、南国酒家から、帰宅まで、ずうっと校正をつづけていた。それにしても、冷えた。
2010 2・6 101
* 戴いた鮒鮨の旨いこと。鮒鮨と聞いただけで匂いに衝かれて身を退く人もあるだろうが、くさやが逸品のように、よく熟(な)れた鮒鮨は絶品、今日はそのままで酒の肴に、また、つゆ仕立てにして頂戴し、しんから満たされた。旨し。有り難し。
2010 2・7 101
* 鮒鮨をみな頂戴しました。
上等で、とびきり美味しかったですよ、吸い物にもしましたが、大方、わたしはそのまま酒の肴に戴きました。たっぷり卵も孕んでいまして、誇らしいほど旨かったです。竜王という歴史の匂いの深い土地で精製されていまして、近江の魂のような味わいでした。有難うございました。
十市皇女が父皇子に鮒のはらに密書を秘めて吉野へ送った上古なども思い出します。
有難うございました、珍味に酔いました。
日々、ますますお元気にと願いおります。私も、ま、なんとかやっております。大丈夫です。 秦 恒平
2010 2・11 101
☆ 鮒鮨 毅
楽しんでいただけて嬉しく存じます。味を確かめることなくネットで注文しましたので不安でしたが。
秦さんは何でも召し上がられるようなので、これからもちょくちょく気まぐれに思いつくままお届けしようと思います。
奥様ともどもお元気でいてください。
* 有難う存じます。
私は、或いはひどい偏食系であるのかも知れませんが、親の敵のように気持ち悪いのは、煮た、焼いた、揚げた茄子です。漬け物の茄子は少しもイヤでないのですが。
ま、概してほうれん草、人参・南瓜だの、体にいい野菜が苦手の子供でしたが、大人になってからは茄子、煮た人参のほかは、少しなら食べられるようになりました。果物はみな好きでしたが、赤茄子と歌にうたわれているトマトは、時に敬遠しました。時にはうまいと思いました。
概して今も煮魚は苦手ですが、鯛の兜煮など注文してでも食べますし、刺身はみな大好きで、白・赤・青、みな。近年はつい鮨になりますけれど、もともと、肉でも中華料理でも天麩羅も鰻も大好きでした。
このごろ胃の腑のために、やや脂分のものを控えるようになっていますが、間が空くと、つい出向きます。
飯も粥も好きです。
なにしろ戦時中に大いに飢えましたので、意地汚いなあと恥じ入りながら、川のゴモクのようにクイにひかれます。
幼稚園はあまり楽しまなかった方ですが、ことに給食が閉口で、おかずが茄子でも、食べきるまで独り解放して貰えませんでした。
家の向かいの女の子もバスで送り迎えの同じ幼稚園でしたが、その子は辣韮が嫌いで。で、給食に出るとポケットへ隠してくると聞いて、やるもんだと感心していました。煮た茄子はシマツにおえませんでした。
有元さんはどんなお好みですか。 お大切に。 秦 恒平
2011 2・12 101
* パッショネートなバレンタイン・チョコを亡き孫娘のお友達から戴いたのを、妻とわけ、妻の妹が創ってくれた「やす香人形」ともいっしょに、賞翫、感謝。
2010 2・14 101
* 大江戸線と半蔵門線とで表参道へ出て、メガネ屋へ。四つとも直しを受け取り、大通りの向かいで車を拾って根津美術館へ。「mixi」マイミクの「かめ」さんの日記に刺戟を受けていた。
すっかり新装。展示品を気づかってこの館の照明は暗い方だが、館自体は、さっぱりと明るくなった。すべてマッサラで気持ちがいい。庭園は少し手が入りすぎ、鬱蒼の感は明るんだけれど、足下の覚束なくなった老境には有り難いとも。ただいつも以上に、この根津美術館の庭は、不似合いに巨岩ないし石材をこれでもかと使い過ぎていて、ごつごつ感がきつい。茶室の配置はわるくないが、その美しさに自立性がやや乏しい。雨の日に傘などさしてめぐる方が心優しくなる。
展示は、流石に気が入っていて、みごとだった。陶磁の歴史的な受容が要領よく看てとれたし、応挙は別格に外しての、円山四条派の異才たちの繪も見応えした。多くは鑑蔵の滞りない茶道具たちが、松屋肩付を筆頭に、いつものように目を惹く。豪快な上古の青銅器も、ものすごい魅力。興奮してきて、腰を据えているとからだが参ってしまうと思い、流すように観終えて庭へ出ていった。
* 館のまえに「みやがわ」という天麩羅の店があり、目がけていたが時間が合わず、「YOKUMOKU」の前など歩いて通り抜け、地下鉄銀座線で銀座へ戻ろうとした。校正していて日本橋まで乗り越し、あげく、やはり銀座へ戻って松屋の「つな八」で、特上、職人まかせの天麩羅を頼んだ、これが当たった、「欲をいえば、もう一本あの伊勢海老をね。それなら満点だ」と笑ってきた。有楽町線での帰りは座れず、立ったまま、三好徹さんに戴いた文庫本を、坂本龍馬暗殺の新たな真犯人考証を、読み読み保谷まで。駅からのタクシーはすぐ拾えた。
* あれこれしているまに、もう日付が変わった。
2010 2・17 101
* 寒くて、戸外へは出そびれる。札幌の真岡哲夫さんから、美味清澄「一の蔵」を頂戴、折良くて、盃をぐいぐい傾ける。
2010 2・19 101
☆ 少し春 maokat
今週は仙台に出張しておりました。行きは順調でしたが、昨日帰る飛行機が千歳空港除雪待ちのため、上空で一時間近く旋回して、旭川へ降りるか、仙台へ戻るかというところでようやく着陸できました。
帰りがけに駅前の酒屋から宮城のお酒をお送りしておきました。味はわかりませんが、美味しそうな姿で選んでみました。
明後日から次の出張です。次の次の出張が終わると、今年度の出張も終わり。
三月になれば少し雪も溶けて暖かくなるので、土日にゆっくり実験もしたいと、それを楽しみに、会議に出歩いています。
* その旨い「一の蔵」を、荒削りな萩の大盃で、きゅーっ、きゅーっと引きながら原田甲斐を観ていました。肴は、焼き海苔。これがピタリ。
酒をやらないmaokatさん、お茶はたてていますか。自分のためだけでなく、人にもたててあげていますか。
先夜の夢に、珈琲カップで珈琲の盆手前が工夫できないかと、夢の中でやっさもっさしていました。
立礼だけでなく、畳の部屋の座卓での手前ができるといいのですが。出来てるか知らん、もう。 お元気で。いいお酒をほんとにありがとう。 hatak
* もう日付が変わる。
2010 2・20 101
* 疲れか肩凝りか、歯が浮いている。今日は歯医者の日。女先生の眼下で阿呆口をあいて、観念してくる。
* 絶好のお天気。これが嬉しい。
歯医者の帰り、妻とバスを一駅歩いて、真言宗の東福寺という徳川吉宗鷹狩りの膳所でもあったらしいお寺をのぞいてきた。それから「リオン」に寄り、ゆっくり昼食。食事もワインもデザートも旨かった。
江古田の銀行から、歌舞伎などの観劇料金をみな支払い済みにしてきた。三月、四月、楽しみ。
2010 2・23 101
* 小沢昭一さんの下さった『わた史発掘』はもう終盤へ来て、いっしょにまたまた「昭和」を生き重ねている。だいたい、わたしが国民学校に上がると、小沢さんは旧制の中学生。彼の場合、海軍の学校にいて「敗戦」というのもはさまってくる。しかしまあ少年時代に戦争を見知って体験してきたことでは、厚薄あれど重なり合う。
今もギンシャリの飯に恋いこがれる小沢さんが、「サツマイモはあの時代に、人間一生の摂取量を超過して頂戴いたしました。もうケッコウ。」とあるのがほろ苦い。
白米に麦がまじり、粟が混じり、稗もまじり、豆かすがまじり、南瓜が混じり、混ぜものの量がはるかに米を凌駕し、さらに芋の葉がまじった。国民の誰しも「食べられれば幸い」としなければならなかった。
サツマイモより、わたしの場合ジャガイモが主食であった。いまも、サツマイモはまだ受け容れやすいが、ジャガイモがまるごとで出ると、一瞬たじろぐ。
「モノが大事大切だから、紙切れ一枚折れ釘一本でも大切にしまっておくような、モノに偏執する暮らしになる。 いまでもガラクタをとって秘蔵しておく癖があ」ると小沢さんは語るが、全くわたしも同じ。「女房との間で、捨てなさいよ、捨てない、でモメル」のも、同じ。
裏白の紙を、どうしてもわたしは捨てられない。紙箱でも、まして木箱など、とても捨てられない。有効に何につかっているよと反論できないでそれだから、家を狭く乱雑にすることになる。わかっているけど、やめられない。
2010 2・28 101
* 昼前に、岡山でご手配の、富山の鱒鮨を頂戴し、早速いただいた。肉の厚いおいしい鱒をご馳走になりました。有難う存じます。
☆ 遅くなりました。 毅 e-OLD 岡山
今日「高芳」から、11日にお届けするとの連絡がありました。
このたびの鱒寿司については次のようないきさつがありました。
もう30年程もまえ、みき書房から出ていた季刊雑誌を読み返していたら、26号に秦さんの「食と食器と中ソと日本」が載っていました。
同じ号に小島政二郎の連載「食いしん坊」があって読んでいたら、『・・・・好きなもので突然思い出したのは、四月か五月かになると、富山の鱒寿司だ。富山には痔の手術で永らく滞在したので、忘れずにいるが、桜橋という電車の停留所の近くにある高芳という店の鱒寿司がうまかった。鎌倉へ返ってきてからも、たびたび送って貰って愛用したので忘れずにいる・・・・』とあったので、つい出来心でお届けすることになった次第です。
2010 3・11 102
* 日比谷も銀座も快晴。泰明小学校の前の店で、珈琲にくつろぎ、銀座一丁目までゆるゆる歩行者天国の銀座をブラつき、それ以上の深追いはやめ、まだ日も高い内に有楽町線でストレートに保谷へ帰った。駅の外で、佳いショートケーキを買って帰った。
2010 3・14 102
* 三月歌舞伎座へ、二度目。
松嶋屋(我當・秀太郎・仁左衛門兄弟)・大和屋(玉三郎)の先代片岡仁左衛門、また守田勘弥の追善興行をぜひ応援し、もう最期になる現歌舞伎座での学友我當の舞台をしっかり観覚えておきたいと思って。
『女暫』の蒲冠者範頼、『道明寺』の判官代輝国。ことに輝国役は、仁左衛門の菅丞相を揚げ幕の向こうへ見送ってから、一人花道の引き込みで幕を締める。なかなかそういう役は観られない。有り難かった。
第一部の「加茂堤」は時節柄のはんなりした和事風所作が楽しめ、春の陽気。南禅寺の「山門」は、一目萬両のうららかな春爛漫。「女暫」は玉三郎の巴が美しく愛嬌があって、強い。
第三部の「道明寺」は仁左衛門の菅丞相が父先代の神品に迫って、花道でのひと筋の涙がすぐ傍で観る目に沁みた。いい役者になったなあ。
そして大喜利の「石橋」は、清々しく心を洗われる名品となり、父富十郎の薫陶よろしく幼い鷹之資の健気な凛々しい文殊菩薩の踊り、おみごと。幸四郎の寂昭法師、松緑と錦之助との軽妙なチャリ、みな、すこぶる上品。有り難かった。
* じつは第二部は「節約」し、その間に、銀座松屋の「つな八」で特選江戸前の天麩羅を、二合の酒で。これで、腹痛を追いやった。
それから地下鉄で浅草へ行き、好天のもと吾妻橋を歩いて向島へ渡り、タクシーを拾って、多年念願の「百花園」散策を楽しんだ。
梅は過ぎ、櫻は未だ。白木蓮や連翹や、そうそうスズランスイセンも咲いていて、人影もあまりなく、静かだった。満足した。花の好きな妻は、一つ一つメモもとりたげに、みんな植物の名札の附いている「親切」を大喜びしていた。
ちょっと物たりないのは、幾らも建った句碑の句に、いまひとつ唸らせる秀句の乏しかったこと。
園のすぐ近くに豆腐料理の店があるらしく看板をみたが、なにもかも他は今日は割愛して。
そしてまた木挽町へ戻って、ゆっくり「茜屋珈琲」で四十分ほど小憩ののち、第三部の劇場へ戻った。
第一部はど真ん中の通路際の「ち」で、手に取るように舞台の全景が満喫できた。第三部は、松嶋屋の配慮で花道そばの「と」席、絶好。満喫。
第一列の真ん中にいた馬場あき子さんを見つけ、幕間、座席に並んで話し込んできた。前回は、堀上謙夫人に見つけられた。歌舞伎座で、こういうことは、よく、ある。
2010 3・17 102
* 濾過しないで袋搾りの「梅の宿」は原酒の感じ、きゅーうっ、きゅーうっと漆の片口を傾け、小弁慶なみに、冷やで綺麗に飲み干して行く美味さ。仕事棚上げ。
チビチビ…なんてのは、ダメ。うまい酒ほど、痛切にきゅーうっと呑む。
昨日妻と出向いた百花園。あの静かさのなかで、こんな酒を瓢にでも持参なら、団子も肴も要らないなあ。
しかし、仕事が溜まってしまうなあ。
2010 3・18 102
* 大江戸線両国駅前に天麩羅の「天亀八」がある、そこはご自身所縁の店だと教えられ、じつはその店はわたしも飛び込みで一度入ったことがあり、江戸前の店らしく、構えも内もなかなかレトロなので、もう一度出掛けたい。銀座松屋の「つな八」では洗練されたタネで清々しいほどフレッシュな天麩羅を食わせてくれたし、対比もしたい。今は大阪春場所中で両国も閑散と静かだろうし、櫻には早いが、蔵前橋から上へ駒形橋や吾妻橋まで、川風を厭いさえしなければ。チャンコの「巴潟」もいい、が、近くに公園もあり、川船に乗りたければ国技館の前から乗り込める。
百花園へはもう少し季節が動いて、木の花や草花の種類も増えたり変わったりしてからがよく、その時は白髯や三囲(みめぐり)や、そうそう長命寺の桜餅もある、これはやがて櫻満開のころに賑わいすぎるほど賑わうだろう。
2010 3・19 102
* 理史君に戴いたのは、うまい焼酎、愛らかな焼酎だった。
2010 3・25 102
* やや白濁した中汲みの「梅の宿」は、べらぼうに旨い酒であった。惜しみ惜しみ飲んで、一升瓶の、底にもう一センチほど惜しんで残してある。
諫早の「太鼓山」、壱岐の「尋ね鳥」、すばらしい焼酎。愛づらかに旨い。よそサンの息子なのに、理史くん、わたしのため懸命に探して選んでくれたのだろう。嬉しい。
秦の父は、若いころ茶屋で道楽したと聞いてはいたが、酒は匂いにも参る下戸だった。母は遠慮しながら少しだけ、少しだけと言いつつ晩年はすすめれば坏の数をけっこう重ねた。叔母は嗜む程度で、それは妻も同じ。わたしは誰の血をうけてのことか、早くから酒の香に惹かれて、粕汁も大好きだった。粕汁でならば、苦手な大根や削った人参も食べている。
* 終日、いろんな方面で手を動かし続けていた。日付はもう変わっている。
2010 3・27 102
* 蕗の薹、たらの芽、椎茸、玉葱などを天麩羅で。
卒業生が富山の美酒を送ってきてくれたのと焼酎とで、気持ちいい夕食。
そのあと、三度に分けていた映画「ジュリア」に感動。ユダヤ人女性の最良の知性と意気とが、ことなる方向へ展開した二つの人生のなかで、生死をわけて激しく沸騰し悲劇を迎えて行く。深い愛を演じて見応えあるジェーン・フォンダとバネッサ・レッドグレーヴの競演は、アカデミー賞を競うに足りたちからある包容と抱擁の美しさ、敬意を覚えた。
こういう渾身の愛と人間とを描いて見せられると、安易で安直な吹けば飛ぶようなつくりものに奔走し、ひとかどの顔をしてしまう作り手にだけはなりたくないと思う。
2010 3・28 102
* 千葉の勝田さんに、千葉の落花生を戴いた。感謝。焼酎、日本酒、ウイスキー、ワイン、ビール。気の向くままに手をのばして好きな酒器で飲んでいる。大相撲で、焼海苔をたくさんお土産に貰ってくるのが、佳い酒の肴になる。
* 弥生尽。
2010 3・31 102
* 札幌の矢部玲子さんから、「観賞」に堪えるほどの蟹を頂戴した。矢部さんとは先日、法事で上京された折り、日比谷のクラブで歓談した。昨日は、「mixi」にコメントをもらっていた。今朝、それで手に取った自著のなかの後深草院二条に関する自論を読み返したりした。
2010 4・3 103
* 小雨。冷。
* 木挽町名残の歌舞伎座(三部)を、終日楽しみ、十一時半に帰宅。
木挽町名残の歌舞伎座 (写真割愛)
* 歌舞伎役者たち、出られる限りの全員が出勤。
第一部 すばらしい充実。
『御名残木挽闇争(おなごり・こびきのだんまり)』には、三津五郎の悪七兵衛景清が後刻、芝雀の典侍の局と左右奥からあらわれ、花道の引っ込みを大和屋が一人颯爽と。
開幕の引き落としで、武蔵国晴海が浜に俳優の舞台造営の柱立て。奉行職は市川染五郎が座頭格に悠々演じた工藤祐経。席はこの染高麗とまっすぐ「対面」という七列目の絶好位。彼祐経を親の敵とねらう、おきまり海老蔵の五郎、菊之助の十郎の花の赤衣裳を中央に、松緑の黒い秩父重忠、時蔵の華麗な小林舞鶴、孝太郎の大磯の虎、勘太郎の小林朝比奈、七之助の片貝姫、獅童の鬼王新左衛門ら、若き花形が盛大にならんで、歌舞伎座最期の趣向の「だんまり」を面白くも華やかおおらかに演じてくれた。見映えもおおらかに「闇争」のまえには所作も台詞もにぎわって、工藤家臣の團蔵演じる半沢民部も加わった。あざやかな顔見世で、満場やんや。上出来。
中幕は『熊谷陣屋』 熱演の吉右衛門演じる熊谷次郎直実に、御大富十郎がみごとな白毫弥陀六実は弥兵衛宗清を持ち前の工夫で明快に立派に観せ、花やかに位高く丈高い梅玉の義経と縦横上下に大きく対峙し、この大歌舞伎の格を弥栄に高くした。姿美しい魁春の藤の方、意気を秘めた歌昇の堤軍次、気格の友右衛門亀井六郎もみなそつなく所を占めて、とりわけさすが山城屋、藤十郎相模のわが子小次郎の首をみた動顛と悲しみの深さには泣かされた。播磨屋、山城屋、天王寺屋そして高砂屋、加賀屋、明石屋。この顔ぶれよ。
ここで昼食、名残の「吉兆」卯月之御料理。 三十分で食べきるのはいつものこと、惜しいし慌ただしいが。
八寸(鯛白子真子煮氷いんげん豆胡麻和え海老旨煮櫻すし一寸まめ) 造り(たい いか あしらい) 焼物(雉あゆ鰆南蛮漬け) 焚合(筍 ふき 粟ふ 蒲焼) 椀盛(油目 わかめ 木の芽) 御飯(白ごはん 香物) 果物(ゼリー寄せ) 歌舞伎座店
さて一部のキリが、また颯爽・清冽、上々出来の勘三郎親子が『連獅子』、満場を割る大喝采とはこれであった。勘太郎、七之助という梨園でも比類無い才能の兄弟が、父中村屋の鞭撻と薫陶を得て一分の隙もなく親獅子のまえで谷へ落とされ跳び上がり、歓喜の毛振りも目をみはる奮闘。床を践む足音も高く心地よく、微塵崩れず。つかう指先まで凛々と空を彫琢する気味のよさ。期待を裏切らぬ清颯の陽気に胸の底まで照らされ洗われた。感謝。
「茜屋珈琲」で一服し、すぐまた第二部の開場へ。真中央通路際、四列目という最上乗の席をもらって、身震いのする晴れやかさ。
そこで開幕は、これぞ当代一選りすぐりの顔ぶれで『寺子屋』。松王丸は当然の高麗屋、松本幸四郎の本役。これほどこの歌舞伎役者で当代に傑出した演劇俳優でもある人にうってつけの役はすくない、祖父吉右衛門・幸四郎、父白鸚の大きな基盤を践みながら稀代の彫刻家の如く役の藝を流暢に緻密に彫り起こして行く。「科」という動きも「白」という言葉も精妙で。その幸四郎に優るとも劣らぬ気魄で武部源蔵を演じるのが松嶋屋の片岡仁左衛門、四列目という間近真ん中から直視できる源蔵の眼光はおそろしいまで不安と覚悟に剣の如くかがやき、この松王武部の対決ほどこの四月名残の歌舞伎座で期待させたものはなく、期待に応えて名作の舞台は緊迫して爆発しそうであった。加えて中村屋勘三郎の武部妻戸浪、松王妻の千代は大和屋、坂東玉三郎の対峙である。この二人を凌ぐ人気の役者はいないのだ。さてこそ戸浪の気魄、千代の覚悟と悲しみ、打ち砕かれるように泣かされたのは、当たり前。
歌舞伎座最後の興行を藝術的に完成させた『寺子屋』に、しんそこ感謝した。
中幕の『三人吉三巴白浪』大川端庚申塚の場は、これは、ご愛敬で。なにしろ音羽屋尾上菊五郎のお嬢、播磨屋中村吉右衛門のお坊、そして成田屋市川團十郎のお坊吉三が出そろっての大顔合わせだ、木挽町に名残を惜しむ観客へこれはもう歌舞伎座が贈るサービスそのもの。
それにもいや優る美しい、真っ盛りの藤と松との大舞台を独り占めに懐かしく愛嬌の色気こぼるる優美の極致は、やはり山城屋、あの大名題の坂田藤十郎の『藤娘』が第二部を盛り上げて締めくくった。なんという美しい色気の役者か、舞台を圧倒する大きな大きな翠したたる松壽の大樹、その松をさらに凌ぐ沸きたつような藤波の美しさ。その大舞台をものともせず出入りして、そのつど替わる色香の女衣裳で、ものの二十歳とみえていささかの老優ともうかがわせない藤十郎には、以前の成駒屋鴈治郎、さらに前の花の扇雀時代の大活躍がしっかり裏打ちされてある。中村屋の『連獅子』とともに山城屋の『藤娘』は、いかに懐を痩せさせようがためらいなくわれわれ夫婦を四月歌舞伎座へ吸引する大の誘惑にほかならなかった。大満足で二部を観終えました。
そのまま予約しておいた劇場内の喫茶室「櫓」で休憩して、いよいよ第三部へ。
開幕は、いわば長老中村芝翫のための、黙阿弥作『実録先代萩』で。乳人浅岡を演じる御大成駒屋には孫、橋之助の末子宜生を浅岡一子千代松に、松嶋屋仁左衛門の孫、孝太郎の子千之助を幼君伊達亀千代に選抜し、老巧の名優とあどけない子役たちとが懸命の対照芝居を客に満喫させる演目。その舞台を堅牢確実に枠づくりを手伝うのが、大高麗屋の松本幸四郎の演じる、伊達の客老片倉小十郎。そのコンビネーションでなかなか味な心理劇に出来ている。舞台を華やかに、局たち、京屋の中村芝雀、立花屋の市村萬次郎、成駒屋の中村扇雀、松嶋屋の片岡孝太郎らがとりどりに江戸の櫻を籠にして幼君を慰めに顔を揃える。妻曰く、「芝翫、さすがね」と。その通りの舞台であった。
そしていよいよ名残の大歌舞伎大切りの大芝居が、ご存じ歌舞伎十八番の内でもとりわけ花も実もある河東節十寸見会御連中の『助六由縁江戸櫻』で。花川戸の助六実は曽我五郎は籤取らずの本命本役、病癒えてめでたい成田屋の市川團十郎、豪奢華麗で実のある花魁三浦屋揚巻は大和屋の坂東玉三郎、他に考えようもないこの上ない配役。豪華なこと歌舞伎の醍醐味の凝ったような美味しさで、江戸歌舞伎座の真実大喜利に「助六」と来て異をとなえる誰一人も無い。
この芝居は、『寺子屋』や『勧進帳』のような筋書きの生きた名作とちがい、美しくて面白くて見映えの名場面をスケッチとして次から次へ積み上げて行く。さてこそ勘三郎のような途方もないうま味と愛嬌の役者が通人として立ち現れ、助六や、音羽屋の御大、尾上菊五郎の演じる白酒売新兵衛実は兄曽我十郎の「股くぐり」を強いられる場面など、満場爆笑の喝采となる。登場人物の多いこと派手なこと、数えようがない中で片岡仁左衛門のくわんぺら門兵衛役もわれわれ観客にはすてきなサービスで。そんな中で、敵役の髭の意休実は伊賀平内左衛門の左団次・高島屋、一昨年にも平成十六年にも観ているが格段の充実・完成度でまことに美しいほど堂々と内面の大きい立派な意休であった。感じ入った。玉三郎のことなど、もう何にも云うことはない、揚巻やまた「吉田屋」の夕霧太夫を演じに生まれてきたような最良の美の化身。此を追うのが三浦屋の白玉を演じた中村福助やあの尾上菊之助になるだろう。実は端役の若手ながら傾城八重衣で舞台に並んでいた尾上松也も、底知れぬ美しさで成駒屋や音羽屋を追いかけるのではないかと予測しておく。このままでは勿体なく、もう少し「助六」舞台から呼び出しておくと、福山かつぎ寿吉の坂東三津五郎、朝顔仙平の中村歌六、五郎十郎の母曽我満江の中村東蔵、三浦屋女房お待つの片岡秀太郎、それに冒頭の「口上」を相務めた市川海老蔵など。
やんやの拍手喝采で、まこと名残惜しく惜しくわたしと妻との「歌舞伎座」体験は閉幕した。十時。三年後に新歌舞伎座が出来るという。オリンピックの四年間より一年短い直ぐだという声もするが、永くも感じる。気をつけ、慎重に長生きをはかるとするか。
* その足でタクシーを拾い日比谷の帝国ホテルへ。新年度の「ザ・クラブルーム」の会費を払い込んできた。ゆっくり、地下鉄と西武線で帰宅。
妻の誕生日も、かく、無事に。
2010 4・5 103
* 小雨、歯医者へ。櫻は随処に満開のまま残っているが、曇天下にやや薄暗い。「リオン」休み日のため、池袋のメトプラ八階へ中華料理を目指して。ところが行き慣れた店は無くなり、あとへバイキングの中華料理。バイキングと気付かず入って、仕方なしと腰を据え、しっかり満腹、紹興酒も。雨では何もかも仕方なく、帰宅。
2010 4・7 103
* あんまり寒くて。とても隅田川の川風を浴びる気がせず、鮨の「福音」に入った。八海山で、肴をいろいろ切ってもらい、鮨も六七貫握ってもらった。ぽおっとして機嫌良く店を出ると、直ぐ近くで餅菓子の問屋が特売の旗を出していたので、少しずつ買い、また新富町の駅構内のパン屋で食パンとラスクとを買って帰った。本は吉川幸次郎ら訳の『水滸伝』の文庫第一冊。惹きこまれて行く。
2010 4・16 103
* この二日、家では四国から頂戴した筍を、たっぷりご馳走になっている。妻の腕も働いたのだろうが筍そのものが旨く、筍飯にしたのがしんみり口に合う。今日病院へ弁当として持って行きたいと口にしたほど。
ただし旨い旨いと食べに食べるから、過ぎてしまう。よほどな、食いしん坊。しかし、食べ物が旨いのは幸せだ。
外食をねらい澄まして、しかも不味い食事になったとき、ひどく機嫌を損じてしまう。若いときなら食べ直せば好かったが、今ではすぐ満腹してしまうのでそんな真似ができない、悔しくていっそう機嫌が悪くなる。
2010 4・16 103
* 有元毅さんから、遙々、とびきり「醇之醇」の「御前酒」一升を頂戴した。むろん純米での大吟醸、嬉しい。
昨日、つい宣伝に載って買い注文を出しておいた北陸とびきりの大吟醸清酒が届いたが、アルコールを混ぜた味付けの酒。しまった、も、後の祭り。有元さんのご厚意がひとしお有り難い。感謝感謝。
それにしても「水滸伝」魯智深の呑みっぷりの盛大さはどうだ。
わたしは、あのようなガブ呑みはしません。ちびちび嘗めるなんて飲み方もしません。ただもう嘆称して呑みます。それほど、旨いと思う。
2010 4・22 103
* 快天。一仕事して。
江古田まで予約の歯医者に行く。待たされない。センセイと気兼ねなく気が合い、老夫婦して末娘に逢いにゆくような按配。
界隈、静かな住宅と、二、三軒の外からは門構えの居宅に見える小さなお寺。明るく新緑にいま溢れ、鉢の花を上手にたくさん咲かせた家もある。「歯医者の帰り」に撮った花の写真がたくさん機械に入っている。
バス通りの桜並木はすっかり爽やかな翠の葉に変わり、青空の白い雲が柔らかで。天気が良ければいつも遊びの気分で通える医者。もう何十年も。
帰路、例の途中下車して、レストラン「リオン」へ。シェフのいろいろに選んでくれる赤いワインで、旨いフレンチ。小粋なマリネのサーモン、純白に泡立てたジャガイモ味の旨いスープ。そして野菜を煮あしらった真鯛の主菜。珈琲と、デザートはいつものように自家製十種類ほどの菓子から二種切り出してくれる。
リオンで修業してきたシェフとも、若い店の人ともわれわれすっかり仲良しで。自宅の食事のように落ち着ける。値も高くなくて、いつも感心する。
2010 4・24 103
* で、あれも、これも、それも、片端から片づけていって、幸いまだ夕方の四時半。早起きは百文分ほども仕事のハカが行って、ま、今夜は早めに休もう、寐ようと。
いやいや、戴いた「醇乎醇」なる名酒がある。肴はあっさりと、静かに酌みたい。テレビは、ちっとも観たくない。
* いやあ、純米吟醸酒の旨かったことは。
2010 4・30 103
* 出来るといいがとぼんやり願っていた本の発送も、幸い順調に終えた。やれ、よしと小さな缶ビール一つで睡魔はわたしをたやすく占領し、機械の前でたわいなく舟を漕いでいた。一気に夏が来た暑さ。なんだい、これは。昼寝がいいようだ。
* 昼寝はしなかったが、夕食後にストンと九時まで寝た。少量のアルコールで、安堵して家では寝入れる。呑んだときは決して自転車で永くは走らない。寐られるときに寐ておくのは、いささか時間的に不規則な暮らしになりがちだが、それでも寐ないより好いように思っている。
お祖母さんの法事で帰られた「珠」さんが、諏訪のお酒を下さった。御柱祭だ。ありがとう。
2010 5・5 104
* 妻と厩橋を東岸にゆっくり徒渡りし、そのまま隅田堤を上へ、駒形橋の東詰めまで川を見たり船をみたり木々や草を見たりし、楽しんで散歩。今度は逆に西へ徒渡りして、橋畔の「麦とろ」で健康食。
ぶらぶらと雷門からひさご通りを抜け出て、言問通りからタクシーで鶯谷駅まで戻った。今日は隅田の橋をまた二つ歩いて渡ってきた。
2010 5・6 104
☆ この度は焼酎です。 吉備の人
天満屋を通じ、八千代伝酒造の「黄色い椿」をお届けします。ネットで検索したらこんな説明がありました。
『黄色い椿』という名は、先代の短歌集からとったそうです。
学徒出陣で、大陸の中国戦線に参戦した先代は、強烈な平和主義者で、短歌集で自らの戦争体験を語るなかに、
銃声たえ夏草繁る広西(カンシー)に黄色い椿を探していたり
という短歌があった。捜していた黄色い椿は、先代の中で平和の象徴であり、人への優しさや、思いやりだったのだろうと。
* 好いお話、ありがたいお話。嬉しいこと。
2010 5・21 104
* 昨日、吉備の人のご厚意で、いい味わいの焼酎「黄色い椿」二升を頂戴し、早速、小粋な蕎麦猪口で数杯戴いた。有難うございました。アタリのすっきりとうま味の焼酎である。
2010 5・23 104
* 三越裏の船橋屋で天麩羅を食べ、笹一を二合のみ、副都心線で帰ってきた。
副都心線を利用すると、保谷から池袋、新宿、渋谷へ一本で行ける。有楽町線をつかえば銀座、聖路加へひと筋、練馬から大江戸線に乗れば都内を一回りできる。保谷の交通の便は昔から見ると格別。
2010 5・26 104
* 車中「水滸伝」 蹴上のウェステイン都ホテルへ入る。
* ホテルで、ひとりでゆっくり夕食、いいメニュ、いいワイン。
このホテルは、ちょっと他にならぶ処のない程、南禅寺のみえる緑美しい東山から比叡山へかけての眺望がすこぶる大きくて好い。静かなレストランで、何人ものウエイトレスに親切にしてもらいながら、景色に目をやりやり、やっぱり「水滸伝」を読んでいた。スープがうまく、鯛の、カリっと焦げ目をつけたメインディッシュもなかなか。デザートもみんな平らげた。
2010 5・29 104
* 持参の背広に着替えておいて、十時に部屋をチェックアウト。車で出町の菩提寺へ走り、日盛りの墓参。人っ子ひとりいない墓地。念仏百遍、父や母や叔母とゆっくり話をし、また念仏し、よく育てて頂いたことへ遅ればせの感謝を。
庫裡で住職夫妻や前住の奥さんと暫く話してから、車で、河原町夷川のギャラリーへ。三浦景生展をゆっくり拝見。三浦さんに会いたかったが、午後見えるというのであきらめた。九十四歳の作品、磨きが掛かってどれもみな美しかった。陶染画とでも謂うか、三浦さんの世界は小さい素材に野菜を描き干支の動物を描きながら、夢のように大きい、美しい。欲しいと思う作がいくつもあったが、なかなか。手が出ない。
眼の法楽だけを静かに楽しんでから、歩いて銅駝校のまえからホテルフジタの一階、おちついた席で、トーストとコーヒー。トースト一枚だけ食べて。
このホテルもわたしは大好き。
2010 5・30 104
* 講演会場の都ホテルまで山上の坂道を歩いて戻ったのが、暑くて息切れして、手足がふるえるほど血圧が上がり気味。用心に持っていった降圧剤を、間隔を少しあけ、二錠のんだ。これがよく効いて回復。
* 瑞穂の間、満員。
京都女子大同窓会総会での講演は、一般にも開放。京都の学校友達や、また南山城から父方の親族が老若そろって何人も見えていたりして。
演題は「京ことばと日本と」
時間きっちり、予定していた話題もきっちりみな話し終えて、ま、無事に済んだ。大分笑ってももらったし、ま、これはわたしの話しやすい、また聴衆の九割九分老若のご婦人たちにも、聞きやすくて分かりやすい話題。
* 話し終えて、アトをひくのもちょっと気が重いので、すうっと抜け出るようにホテルを離れて、京都駅前の新都ホテルで一人おそい昼食をとり、予定の一時間早めに新幹線切符を替えてもらって、帰ってきた。
車中、ずうっと「水滸伝」。もう全十冊の第十冊目の半分まで来ていて、残り惜しくて堪らない。
2010 5・30 104
☆ ご機嫌は。 吉備の人
マスカットが出回るようになりました。
本来の味になるには今しばらくのようですが、天満屋を通じてほんの少しお届けします。
身辺多忙を極めておいでのただ今、どうぞお大事になさってください。
* ありがとう御座います。
2010 6・14 105
* 劇場の外へ出てもわたしの体調には元気のしずくもなく、ゆるゆると、よろよろと歩くのが苦痛だった。辛うじて「松川」まで来て体力も必要かと店が自慢の鰻を食べた。ビールも少し呑んだ
鰻の「松川」二階で、瓢の掛花入れの花があまり小気味よいので、写真に撮ると、店内の或る婦人客から「お花のお好きな人は長生きなさいますよ」と声を掛けられた。感謝。
そしてゆるゆると地下を歩いて副都心線を、小竹向原乗り替えで保谷まで帰ってきた。
* 吉備の国から宝玉のような「ますかっと」一房が丁寧に包まれて届いた。有元さん、有難う御座います。
2010 6・15 105
* 桜桃忌。山形の芦野さんより、すばらしい輝きの「桜桃」を、たっぷり祝って頂く。例年のお心入れ、嬉しく、心より御礼申し上げます。両親等の位牌の前にそなえ、一粒、おさがりを頂戴した。
2010 6・19 105
* 身の回りを少しでも寛げたいと紙の山へ手をつっこむが、狭苦しいモノの隅からあとからあとから現れ別の山をつくる。いやになる。桜桃を戴いて缶ビールをあけると、すうっと睡魔が来る。それでもまた片づけだし、目に見えてものが減ったとはいえないが、ごったのものが幾らか分類された。分類したのをどうまた片づけるのかが問題。
2010 6・19 105
* 心して御礼など申すべき先々へ、幾らもご無礼のまま打ちすぎているのを、身を縮めて気に懸けている。
* 向島長命寺に参拝の前に名物の「桜餅」を食ってきた。名物にうまいもの無しというが、いいえ、櫻葉の香も品よく添って絶佳と云おう。あまり美味く、もう一つ追加した。二つめの茶代は不要、ちゃんと引いてあったのも気持ちよかった。
くるりと裏へ、見番通りへまわって、長命寺、弘福寺に参拝。そこが遊郭向島の見番なのだろう墨堤会館の前を通って行く。お茶屋らしい家が幾つも目立ち、料亭なども。
長命寺とともにいささか憧れていた三圍神社にも参り、奥の庭もそぞろに歩いてきた。もう一度も二度もこのへんをもっと遊びの気分で散策してみたい。ちょっと、鮨を摘んでから、言問橋を西へ渡った。押上に建設中のスカイツリーが、どでかく太いこと、高いこと、いっそ立派な貫禄だ。それでもまだ三分の二ほどで、完成は再来年の春と、タクシーの運転手は教えてくれた。フーン‥。
2010 6・22 105
* 御礼を申し届けぬうち、桜桃を戴き尽くした。あまり嬉しくてなまなかの礼譲では気の澄まぬまま日を経ていたが。栃木のメロンもじつに美味かった。
今日は、幾つかの支払いなどを郵便局で済ませたい。
2010 6・25 105
* 雨に降られるかなあと半ば覚悟して街へ出歩きに行った。正直の処は歩くよりも目を通して読んでおきたいものを読み返していた。往きの西武で、ちょっと気がかりなトイレ入りしたが問題なく、同じ階の初めて知った小食堂で風変わりなメキシコ飯を食ってから、気の向くまま。
* さしもの隅田川本流では、永代橋、そして櫻橋、白髯橋、そして千住大橋を徒渡りし残しているだけ。もう慌てることはない、気儘に流れに沿うて時に蹣跚とした足どりと気儘な休みとで。今日のような降りそうで降らずに隅田川の曇り空、意外に暑過ぎもしなくて。ポロシャツ一枚の胸にタオルを入れていると汗が吸い取られて想像以上の効果。
それでも降られたくないと、早めに保谷へ。なんでも飯能の辺で土砂降りで電車が止まっていると聞き、駅で買い物などせず、一目散に待っていたタクシーに飛び乗った。家で冷えたビールと焼ギョウザが久しぶりに美味かった。
2010 6・29 105
* 京都の横井千恵子さんから、祇園萩月庵の、京煎餅を半畳もあるかいう大きな箱で、それはたくさん頂戴した。いろいろに焼いた二十種類に余るほど、その一種類ずつがたっぷり。京都の煎餅はこちらの草加のなどのように石のように堅くない。味も色も形もとりどりに優しい。ベリーマツチで、おおきに、ありがとサン。
* 札幌の真岡さんから超特大のマスクメロンを戴いた。大きい。重い。二キロをはるかに超えていると。しばらく、その辺に転がしておいてから冷蔵するようにと「指示」がついています。ありがとう。
* 凍えるような血縁・親族の悪意。温かく溶かす身内の友の優情。
2010 7・2 106
* 竹西寛子さんから、高野の美味しい胡麻豆腐をたっぷり頂戴した。有難う御座います。お元気でしょうか。
* 高麗屋の松本幸四郎丈からは、今年も浴衣地を戴いた。心涼しく。感謝。感謝。
* 下関の孤城さんからは例の名酒「獺祭」を二本頂戴し、このところ日本酒に飢えていて、早速賞味、肴も揃っていて、有り難い。感謝します。
* アメリカから、湖の本代、二万円も送金されてきて、びっくり。なにか美味しいものを食べて下さいと。ビックリしてにっこり。
2010 7・3 106
☆ re: 特大メロンの御礼
秦 恒平様 ご連絡を差し上げようとぐずぐずしているうちに、先にメールを頂いてしまいました。
(略)
体調も、法廷の方も気になっております。
私はone by oneでしかものごとを進められないので、渦中にあっても芝居音楽美味を悠々と楽しんでおられる秦さんの精神力にただ驚くばかりです。
とりとめのないメールになってしまいましたが、ようやく懸案の論文が一つ片付いたので、少し気が楽になり、やっとご返信できました。
夜咄というより朝茶の時間になってしまいましたが、独服して、寝に帰ります。 maokat
* 特大のメロンに、お昼、恭しく庖丁を入れて、妻と二人で戴く。よく熟れて甘くて瑞々しくて。身に染みた。
* 横井さんの京煎餅で清酒「獺祭」を、ぐいぐい。そして「仕事」にも打ち込む。
2010 7・4 106
* 山形の日比野さんから、たくさん、立派な桜桃を贈って戴いた。ありがとう。
2010 7・4 106
* 昨晩遠く天童から贈って戴いた桜桃の美味さに絶句している。次から次、一気に食べてしまいそうで、あわてて、手の届かないところへ運んだ。糖分、豊富も豊富。ありがたい。力がつく。
2010 7・5 106
* 聖路加、二時予約の眼科へ、一時に入った。簡単な検査と診察も簡単。しかし三時半。診察券を落としてしまっていたが、支払いの時に届けられているのが分かった。
帰りに有楽町の帝劇モール「きく川」で盛大に鰻を食い、菊正を二合。もう梅雨も明けるか。疲労の底は深い。もう少し熟睡したい感じ。
2010 7・15 106
* いいお天気。ほんとうはカメラを持って晴れやかに出掛けたかったが、芯の疲れがまだ凝っている。
昨日眼科の外来に腰掛けた頃から、腹に激痛が来て脂汗がにじんだ。受付に訴えて処置を頼もうかな思いつつ、持ち合わせの漢方胃腸薬とバファリン一錠を含んでお茶を飲むか呑まぬうちに、ふうっと緩解してゆくのが分かり、やがて何でもなくなった。疲れであったろう。
三時間待った診察のあと、ことしは土用の鰻が足りないという報道を思い出して、帝劇モールの「きく川」で盛大に食って呑んで、なんでもなかった。
2010 7・16 106
* この暑さ。血糖値まずまず、便通良好。午前、歯医者に通う。出掛ける前から、家の中で汗みずく。
暑かろうと、家も外も同じ。出掛けるときは出掛け、出掛けたいなら元気に出掛ける。そういう夏にするより仕方ない。
* 積乱雲。底の抜けたような青空。照りつける日ざしに汗乾き、少年の昔の夏甦る。眩しくすすむ鉾巡幸。武徳会への水泳。疎開先赤土の山原での遊び。小川の狭い淀での水遊び。凄い夕立。行水の盥の縁をわたって行った青大将。あぜ道へ渠を跳び越えた目の前の蝮。降りしきる蝉の声。闇の底から夜空へふき上げる蛙の声。
* 「リオン」開店七年を祝ってシャンパンのサービス、ご祝儀をはずんでくる。オードブル、スープ、鴨の料理そしてワイン。美味しい。一昨日買って帰った服、七十四妻の白いパンツに華やかに似合っていた。
* 岡山のすばらしい葡萄 ピオーネ マスカット を頂戴した。淡いグリーンと濃い紫の大きな二房がシンとして箱に収まって。いつも思う、果物は光る珠のようだ。ありがとう存じます。まず、秦の父母と叔母との祭壇に。
2010 7・17 106
* 太左衛さんからお誘いがあって、行きますと返事。追っかけて「いま金澤にいます、すぐ帰ります」と。恐縮。
去年は草臥れ果てていて行けなかった。ことしは、花火のアトの帰りを急かず慌てず、浅草でゆっくりして、車が動いてくれるようになってから、上野か鶯谷を経て帰ってこようと思う。観音裏から鶯谷駅までの徒歩が暑くて遠くて腰が痛んで、いつも帰り道虫の息だつた。夜中に家に帰ればいいと思えばいい。
* 四年前は、やす香の送り火として花火を見上げ、泣いてきた。
それより前。卒業生の柳博通と彼女とを連れて行き、結婚へ、グイと、グズついていた二人の背中を押してやった。今では幸せにパパママしているが、忙しいのか、いっこうに無沙汰。
* わたしの浅草好きは、太左衛さんのおかげ。ながいあいだには、花火のあとさきに、一人ですきやきの「米久」や鮨の「高勢」にも馴染んできた。
* 早めに出て、やはり「高勢」でゆっくり一時間半、うまい酒とうまい肴。年に一回しか行かないような店だが花火の客ということで、顔なじみに覚えていてくれ、静かに親方と話し合える。
そして、金澤から急遽帰ってきてくれた太左衛さんと逢い、いつもの花火の席へ。しばらく立ち話していて、忙しい太左衛さんは次の用事の方へ。
2010 7・31 106
* 出掛ける日は、わたしは早くにバタバタ家を出ない。二三時間で出来るだけの「仕事」を一つ二つ三つぐらいしておいて、心おきなく出掛ける。
父のことを書いて前へ進め、スキャン原稿を二三校正し、「mixi」の日記を新たに送り出し。
日照りは相当であったが、風が吹いて意外にしのぎやすく。例の気になる帽子が頭上で日ざしを防いでくれる。かなり気になる帽子だが役に立つ。
*よほど今日は「米久」のすきやきが希望であったけれど、断念。
池袋西武の上の「築地植むら」で懐石と酒。読み物は、ずうっとマキリップ充実の第三部『風の竪琴師』に引きこまれつづけていた。
* 札幌の矢部さんから道南、奥尻島の雲丹を頂戴した。フランスの白ワインをあけ、一とパック、妻と楽しんだ。じつに美味い。こんなに美味しい生ま雲丹、いただいたことないわと妻、真実感嘆。ありがたいこと。二人とも雲丹大好きで、鮨屋でも欠かさない。そこそこの雲丹は出されるが、今夜のこんなうまい雲丹に出逢ったこと、無い。
2010 8・3 107
☆ 残暑お見舞いです。 吉備びと
心倣しか天が高くなったような気もしますが、秋を感じさせる風の音はまだありません。
デパ地下で、森田酒造萬年雪の荒走りに目がとまりました。
* 「萬年雪」の荒走り、か。涼しい。嬉しい。
2010 8・9 107
* 「萬年雪」の荒走りを三本頂戴し、すぐさま深々と味わった。有元さん、有難う存じます。
2010 8・9 107
* 茜屋珈琲でマスターと三人だけで小一時間歓談、休息。染五郎が本に書いていてすてきにオムライスの美味い店というのがどこか知れなかったのを、マスターに教わり初見参。
いやあ、あんなに美しい美味いオムレツは、生まれて初めて、美術品のようでしかもとろける卵味のすばらしいこと、讃嘆三嘆。歌舞伎役者の愛しているお店らしく、中村屋、成田屋、松嶋屋らの色紙などが入り口にずらり。ちょっと惜しんで、店の名前も場所も書かない。
そして銀座一丁目から折良く来た西武線へ直通の有楽町線で帰宅。楽しい夏休暇だった。満たされてきたので帝国ホテルのクラブは割愛した。
2010 8・11 107
* 萬年雪の荒走り
有元様 もう二本を頂戴してからの、御礼で、申し訳ないことですが、おいしく戴いております。有難う御座います。
夏の暑い最中に冷えたお酒はおいしいですね、名前も好いのでひとしお喜ばしく、頂戴して直ぐさま一本戴いてしまいました。有難う御座います。
お変わりなく、おそろいでご健勝のことと思います。わが家でも、老妻に頼り頼り、而もえらそうにモノ申しつけたりして落語のような夫婦をやっております。
楽しいことも、とても楽しからぬことも、ともども老境の景色とうけとめ、ま、半々、半々と呟きながら毎日を迎え送っております。ご放念下さいますように。
チョイト京都ぐらいまで行ってみたいとときどき思うのですが、熱中症も疲労も怪我もいけないと、つい慎重に。
億劫に引っ込まないようにしたいと願っています。
本もやはり読んでいますし、書く方も多すぎるほど書いてしまって居ります。
不徳ナレドモ孤デモナシと、せめて思って気を励ましています。 お大切になさって下さい。 秦 恒平
2010 8・13 107
* 栃木の渡邊さんから、みごとな大房を八つも箱で頂戴した。美味しい。有難う御座います。
2010 8・14 107
* 近くのレストランへ席を予約して六時にでかけ、夕食。満腹してかるく腹痛。なんのこっちや。この店はなかなか美味しい、が、このごろコース料理を通して食べると満腹が過ぎる。
ここへは孫のやす香も妹も一緒に来て、賑やかに談笑の記憶がまざまざと老祖父母にある。懐かしいが、いたましい。
妹の方は今年から大学に進む齢だが、噂にも、何も聞こえてこなくて、とても心配している。クラーク記念国際高校はもう卒業したであろう、心ゆく日々を送っていてくれるといい。親は親。たった独りのこされた孫娘に祖父母は、せいいっぱいのこともしてやりたい。消息が知りたい。
2010 8・17 107
* 西武の「築地植むら」で食べ、日盛りを避けて避けて帰ってきた。東池袋のどら焼やで買ってきたのが、美味しい。
2010 8・26 107
* 街歩きは危ない。本を読むなら乗り物だ、遠くがいい。アタマにはいつも日光があり、華厳や中禅寺湖まで行って帰るのはしんどいが、できれば滝が一つ見たい、タクシーで往き帰りがきいて、元気なら東照宮の境内をあるくのもいい、但し日照りは御免蒙りたい。日光の瀧では竜頭や霧降がいいが、泊まる気はないので。夕食は浅草へ戻ってから「米久」の肉がいい。このところ、素麺の類の炭水化物で腹を膨らますより、少量でもうまい肉がいい。すっかり静かになり、どこもかしこもお色直しの済んだ浅草寺のライトアップを楽しんできた。熱中症は、まず無いだろう。
2010 8・31 107
☆ 待たれる秋 吉備人
秋の夜の酒とはいきませんが、李白という銘柄が目にとまり、その名に惹かれてお届けします。味は未詳ですが、涼風がたったら召し上がってみてください。蔵元が今日発送したと言いますから、明日あたり到着かと思います。
* ありがとう存じます。 挙頭望山月 低頭思故郷 静かに飲むべかりけりと少年の昔歌よむ人に教わりました。
2010 9・2 108
* 有元さんに頂戴した純米の「李白」一升、ちいさい瓶にうつしかえ、うつしかえ冷蔵庫で冷やして戴くと、李白の気分で有り難い極み。美味い。感謝。
2010 9・7 108
* 歯医者を出たときが土砂降りで。篠つく雨に傘が役立たず、ずぶ濡れ。道は川のように。かろうじて西武線の駅までタクシーにのった。駅のそばで、手もみのラーメンとギョウザを一皿。二人で千円におつりが。店内頭上からの冷房がきつく、濡れたからだが凍りそうだった。
電車では上巻「あとがき」の初校。小降りになっていた保谷駅からもタクシーを使った。
ロミー・シュナイダーのオーストリー皇妃シシーを観て、休息。
2010 9・8 108
* 朝、早々に愛知の人から、「氷室」という名酒を頂戴した。遙かな古代に思いはせながら、嬉しく頂戴します。
2010 9・12 108
* 栃木から新米を下さる。
印刷所は「下巻」の初校ゲラをもう組み上げてきた。
2010 9・16 108
* 休もうかと思ったが、やはり予約の歯医者へ出掛けた。往きは寒いほど、雲もあつく垂れ陰気だったのが、帰りはからっと秋晴れの明るさで。誰の心に似たのか秋空を澄んだ光が流れていた。
しばらくぶりに「リオン」で昼食、シェフの大サービスで、うまかった。満腹。気分の悪い日が続いたが、いい店で気分を変えて妻と問題点を見出し思い出し出し検討していくうちに、視野も展望も開けてくる。
2010 9・25 108
* 午前中を利し、少し気がかりな用事をグッと前へ進めておいた。午后はやめに出掛け、京都へ。
明朝十時 四半世紀選者を勤めてきた「京都美術文化賞」の受賞者記念展覧会のオープニング・テープカットに。折り返し無事帰ってきて、また用事をどんどん捗らせたい。
* 車中は、東京から京都まで、ほとんど身動ぎもせず車窓の景色をながめて、なにも読まず、水分もとらなかった。こんなことは、初めて。
* 五時に宿に入って、宿の食事はパス、一休みし時間を見計らって、烏丸から河原町までバスで。木屋町の「たん熊北店」に入り、とびきりの京料理をコースでたっぷり美味しく、食べてしまうのが惜しいほど多彩な料理をおしまいの「マル鍋(すっぽん)」から水菓子まで堪能した。ずうっと、若い気合いのいい板さんと話しながら。
この店でこらえ性なく食を奢ることで、何となく京都へ帰ってゆくシンドサをバランスしているのに気付く。故郷の京都市へ帰るのだものどんなに楽しまれることかと人は云うが、必ずしもそんなモノではなく、かなり気が重いのである。
「たん熊」の酒は「熊彦」をたっぷり、そのあと同じ木屋町の「すぎ」に寄り、ここではうまい鰈を焼いてもらって、高知の酒をすこし飲み、もうまっすぐ宿へ車で戻って、これはこの近日の必要上、自分の大昔の大学ノートの日記一冊を「調べ」てから、寐た。
2010 10・4 109
* 夜中に起き、本を読んでいた。七時に起き、なにやかや手間取ってから、かすかに朝食をとり、もうどこへという気にもならず、タクシーで出町、萩の寺常林寺へ。紅萩と白萩との大波うつ庭を通りぬけ、念仏、墓参。
九時半、文化博物館へ。
第二十三回京都美術文化賞、三人の受賞者展覧会のオープニング、選考委員代表梅原猛さんらのテープカツト。三人の内、田島征彦氏の展示は圧倒的なエネルギーで、堂々とおみごと。他は圧倒されて見るかげなく、選考委員の中から石本正さんらが賛助出品していたのも、楽吉左衛門氏の焼き物一点が面白かった他は、ま、それだけのものであった。今日は石本さんのヌードが汚く見えた。わたしの言い方をすれば「作品」がなかった。
* 神宮道の星野画廊へタクシーを走らせ、見たいと思ってきた絵をいくつもみせて貰った。高階秀爾さんのお嬢さんが画廊へ見えていて、星野さんと三人で暫く話し、失礼して、すぐまたタクシーでわたしは新門前へ。元の実家の隣の喫茶室でキリマンジャロをたててもらい、西之町の仕出し「菱岩」で、昨日の内に注文しておいた弁当二人分を受け取り、一路、新幹線で東京へ。
車中、ずうっと久間十義氏にもらった読み物を読み続け、西武池袋線のなかで読了した。四時に帰宅。妻は定例の診察を受けに近くの厚生病院へ行っていて留守だった。
* 「菱岩」の贅沢な弁当の、うまいこと。万歳楽の純米酒で、食べきれないほどのご馳走。
時間を惜しみに惜しんで京都から帰ってきた。
お天気に恵まれた京都で、東山も、加茂大橋からの北山も鴨川もきれいであったが、なぜか心は楽しまなかった。立派な作品に逢い、食べ物は奢り、ろくすっぽ言葉は用いないでさっさと東京へ帰ってきた。人寂しい町に、故郷に、京都はなっている。
2010 10・5 109
* 新橋へ出る直前に、有元さんお心入れの「御前酒で鯖寿司を」の贈りものが届いた。お酒と寿司と。このご馳走をお芝居に持参しないなんて。
早速お酒も小さめの瓶に移し、寿司には切りを入れて適した器に入れ直して。ひときれ早速頂戴した鯖のうまいこと、驚嘆。
2010 10・7 109
* 幕間に、妻と、御前酒を味わいながら、美味しい鯖寿司を嬉しく御馳走になった。吉備びと有元さん、有難う御座いました。
2010 10・7 109
* 有元様 御前酒と鯖寿司
錦秋歌舞伎を観に出かけようという朝に、頂戴しました。一瞬思案しまして、このご馳走を歌舞伎といっしょに戴く、それが一等似合うと思いつき、即座に食べやすく切りを入れ、器に入れ、むろん御前酒も酒器にわけまして、晴れやかな嬉しさのまま新橋演舞場へ出掛けました。いま東京の歌舞伎は、歌舞伎座にかわり、専ら演舞場で上演されています。
最初、仁左衛門の盛綱に、団十郎、我當、秀太郎、三津五郎、魁春、孝太郎らが競演で、子役の小四郎役もたいへん上手な、なかなか佳い「近江源氏先陣館」盛綱陣屋でした、少し泣きました。
そのあと長めの幕間があり、そこで有元さんお心入れをしみじみ美味しく頂戴しました。鯖の豪快に美味なこと、鮨飯のとびきりのうまみにも舌をまきました。そして、いつもながら御前酒は飛びきり美味。
妻と、大いに喜び楽しみました。ご馳走になりました、心より御礼申し上げます。
必ずしも楽しいことばかりではなく、へとへとになるイヤな要事に追いまくられているこの十日余りでしたが、まだまだもう暫く、なんとしてもシッカリ立ち向かうしかないことに奔命します。その間には、神戸まで卒業生の結婚式にも参ります。京都でもしたことのない日帰りを、神戸まででします。からだをいためてはならないし、時間は惜しまねばならないしと、賑やかで面白いとも思う十月を送り迎えております。
どうぞどうぞ、お大切になさって下さい。 有難う御座いました。 秦 恒平
☆ 御多忙の中わざわざのメール有り難う存じます。鯖寿司セットを美味しく召し上がってくださった由を、御前酒辻本店へ連絡しましたところ、関係者一同の励みになると喜んでおられました。
もう30年以上も前、評論集『花と風』を書店で見つけて以来 秦さんの著作を通じて新しい発見があり 大いに啓発されました。
それまで上っ面を撫でて過ぎていた作品や作家、例えば梁塵秘抄、閑吟集、谷崎潤一郎その他に触れ直すことが出来ました。
村上華岳を知って 心の世界が広がった思いでした。本当に有難いことです。息つく暇もない日々、どうぞお大切になさってください。 有元毅
2010 10・12 109
* 地下鉄でふたつめ、有楽町の帝劇モール鰻の静かな「きく川」で。うまいうな重、菊正二合。そしてモールで妻にちょいと面白い服をみつけて買い、一気に保谷へ帰ってきた。
ちょっと怪我をしている黒いマゴが留守をしてくれた。いい芝居、いい休息だった。
2010 10・20 109
*結局流れ寄るように久しぶりに柳通のレストラン「香味屋」へ。この店は、グラスワインをかなり盛大にサービスしてくれる。それもなかなか佳いワインを。鱸も、ヒレ肉も、デザートもうまかった。但し小雨の下を此の店から歩いてJR鶯谷駅へ戻るのがしんどかった。腰が痛くなり閉口した。幸い電車はみな坐れたので、たくさん本が読めた。
2010 10・25 109
* 久々に妻と近隣の寿司「和可奈」へ。鯛の兜煮や鰆の西京焼も食べて、お酒も美味しく三合も。帰って七時半、妻のピアノが隣の部屋で鳴っている。そうだ、少し落ち着いてピアノ曲など聴こうか。
2010 11・3 110
* 大満足で九時半に演舞場を出て、近くの中華料理の店で紹興酒を500ml。海鮮野菜のラーメンがうまかった。銀座から、幸い保谷まで座って帰れた。楽しい一日で、スッキリ。
2010 11・9 110
* 上野の街をしばらく歩いて。御徒町から帰路につく。網野善彦『中世の非人と遊女』、そして自著の下巻を読み読みする内に、うかと豊島園まで乗り逸れて、帰りが三十分ほど遅くなった。
清々しくお天気に恵まれて「秋」半日の行楽は穏やかに終えた。
留守の内に、岡山の有元毅さんお心づくしの「鮒寿司」を頂戴していた。有り難し。
2011 11・10 110
* 吉備の有元毅さんのいつもいつもの厚いご好意で頂戴した「鮒寿司」が、ひとしお美味くて、鮨「飯」の方にまで箸が走ったりして、昨夜はお酒が美味かった。「西東京市」の町興しにと篤志の人達がちからを合わせ醸造したという「西東京」なる純米吟醸酒が出来たとご近所の店が届けてくれたのを幸い、関西の鮒寿司と西東京の地酒を両の手に、舌鼓を打ちに打った。うまかった。
* で、夢見もよろしく、あわや寝過ごして。
2010 11・12 110
* 吉備の有元毅さんのいつもいつもの厚いご好意で頂戴した「鮒寿司」が、ひとしお美味くて、鮨「飯」の方にまで箸が走ったりして、昨夜はお酒が美味かった。「西東京市」の町興しにと篤志の人達がちからを合わせ醸造したという「西東京」なる純米吟醸酒が出来たとご近所の店が届けてくれたのを幸い、関西の鮒寿司と西東京の地酒を両の手に、舌鼓を打ちに打った。うまかった。
* で、夢見もよろしく、あわや寝過ごして。
* 急いで最寄りまでバスにのり、はるばる築地の聖路加病院へ、今日は、苦手な視野検査だけ。
視野検査というのは、だいの苦手。片目でにらむ小宇宙の電光チカチカを見つけてはボタンを押し続けるのだが、大嫌い。
なぜか、ウソのように今日は眼科外来が空いていた。幸いに、十一時予約で十一時二十分にはもう検査も済んで解放された。いつもだとこのあと診察まで待ちに待つのだが、診察は別の日に。
で、聖路加看護大学の前をゆっくり散策し、聖路加創立者の旧住館など外から眺め、さてわたしに行ける先は幾つも有った。ゴッホ展も、中堅画家たちの「二十一世の眼」展も、城景都個展も。ほかにも五つも六つも招状や案内をもらっているし、日本橋の、なんだか新しくできた「江戸」を売りの建物を見に行ってもいいし、その辺で江戸前の何か昼飯にしてもいいと。
しかし、何処へ行ってもモノより人が多そうで鬱陶しく、ちょっと贅沢になっても築地の足もとでと、寿司の「福音」の表戸をあけた。まだ店明き前ぐらいで、わたし一人が姿の好い奥方に歓迎され、カウンターを独り占め。酒だけは例の「八海山」を冷やでときめ、あとはなにもかも親方にお任せ。
つきだしに春菊と茸の酢和えが向付も粋に、口中すっきりと身に沁みうまい。
まず「はた」の刺身がめずらしく、肉あつであっさりと味豊か。八海山にピタリ。白絹を糸にしたような烏賊を、塩で、また酢橘とわさび醤油で。そして鯛。赤貝。昆布でしめた鯖のうまいこと。次から次へ。もう覚えてられない、みんなお委せ、眼をとじ酒坏を口にはこび、ゆっくり箸をつかい、口の重い親方と心地いい歓談、珍しく店が静か。
八海山の徳利をもう一つ替え、握りも親方に任せますよと。トロも、海老も、こはだもと、小気味いいタネを一貫ずつ、七つ、八つ、うまい酒を口に含んでじいっと目をとじているうち、出ましたね、食べてしまうのが惜しい、うに。美味いねえ。これで極上と感謝し、玉一切れで「あがり」にした。ああ、ありがたし。
* だいたい、このごろで何が口惜しいかと謂うと、せっかく店に入って食べた物の気に染まなかったとき。同じ一食なのにと悔やんでしまう。不機嫌になる。
量はなくていい、しみじみうまいものがいい。結局はよく選んだ店での寿司が、確実に無難。うまい。しつこくないのがいい。
* 「福音」ですっかり嬉しくなってしまい、もうどこへ遠乗りする気もなく、近くに、見知った甘味材料の卸屋へ寄り、手当たり次第に美味そうなのをいろいろ買いこみ、新富町から一路保谷へ。車中では今気に入りの角田博士の『日本の女性名』と、もう一冊は網野さんの『中世の非人と遊女』とを読み耽ってきた。保谷駅でもうすこし買い物しようと、パンのうまそうなのを何種類も仕入れ、車で帰宅。まだ二時過ぎという早さで、大得をした気持ち。
2010 11・12 110
* 元岩波、「世界」の高本さんから美味しそうな缶詰をたくさん頂戴した。すぐ一缶あけてもらい、卵と和えて、ビールを一本。美味いものは美味いのです。嬉しいことである。
2010 11・20 110
* 聖路加眼科へ二時に入り、診察は五分、終えて四時。もう夕景の感じに、隅田川永代橋も日比谷のホテルのクラブも諦めて、有楽町線で池袋へ戻った。
デパートの西武でこの帽子いいな、かぶっていいですかと老けた男店員に断ってかぶってみたところへ、わかい女店員が寄ってきて「ご婦人用ですが」と。エエッ。白髪の後期高齢爺が、「ご婦人用」の帽子をもっともらしい顔でかぶって見せたか! アタマに来た!!
で、断乎同じフロアの新装「たん熊北店」に入り、上乗の料理を注文、冷酒の「熊彦」で、ゆーぅっくり京料理に舌鼓。
魚がみな、刺身も焼き物も、汁も、うまかった。最後に出た、甘味の葛切りも美味かった。懐かしかった。読み終えていた『中世の非人と遊女』とを、もう一度じっくり最初から再検討し、これまた研究書のうま味をしみじみ味わうように読み耽った。
そうそう、出された箸のじつに細かったこと、その細さが繊細に調理された和食にじつに親切でピタリで、感心した。どの料理も箸の先でなんとも華奢にこまやかにいい味わいであった。
うまいこと快速準急に坐れて、すばやく保谷へ帰れた。うまいものを喰いうまい酒にあたると、こんなに機嫌がいいかと、チト浅ましかったが。
2010 11・25 110
* 好天。例によって網野さんの本に食いつきながら、西武デパートで遠足まえの例の小憩。
今日は、やっぱり千住大橋を渡りたいと決め、地図ももたないし、ままよと、駅前にタクシーのあるのを承知で鶯谷駅前を発、一気に南千住から「大橋」南詰めまで走った。運転手に少々北千住寄りの地理をならって置いて、下車。いきなり陸軍大将林銑十郎書の「八紘一宇」と大字の石碑に出会い、面食らう。
大橋は、貫禄の青いモダンな鉄橋で、真山歌舞伎「将軍江戸を去る」の木造橋とは、あたりまえだが、丸で様子が違った。案の定将軍慶喜ではなく、家康でもなく、もっぱら松尾芭蕉「奥の細道」の旅の起点である千住風情であった。併走して橋架の建造物があり隅田川の一望が難しいが、狭い眼下を漲り走る川浪は力強い。
もう一つ当地は、農産物等の集散地、賑わいの「やっちゃ場」の名残り著しく、旧街道ぞいに、昔のいろいろ商家の屋号や商標商品名などを手厚い木の札に書いて家の表に出してあるのが、一つ一つ興味深い。大橋の西際に古社があったり、旧街道に沿い軒高い浄土宗の寺があったりし、紅葉も、黄葉も、葉の落ちた大樹なども、如何にも晩秋だった。青空も白い雲も清らかで、めざした「大橋」だけがヤケに堂々と現代だった。
北千住らしい何か食べ物店がないかと捜したが見当たらず、「新富」といういい屋号の鮨店をみつけ、腰を据えることにした。築地の寿司のようには行かない、それならと、菊正二合で刺身と少し握ってもらったあと、大きな蟹一杯を、蟹酢で食べやすいよう包丁を入れてもらい、酒からビールに替え、ゆっくりゆっくり蟹に手を掛け手を掛け、罰当たりなほど貪食した。それでも脚までは食べられず、親方が保冷剤で親切に手土産にしてくれた。感謝。
それなら、もう帰ろうと、川浪うねる隅田川上流を歩くのはおやめにし、北千住駅から、JR線で日暮里経由、池袋へ。また本に読みふけって西武線ひばりヶ丘まで一駅乗り越した。
2010 11・30 110
* 今月以降、少し様態のかわった月日となるだろう、永かった裁判が一応結審され、「和解」勧告による折衝ヘ場面が移動しそうな按配。まだ原告の娘夫婦が和解勧告を「検討する」という段階で予断はできないが、わたしは、その心用意の元に代理人との相談を始めている。これももとより、容易ならぬことと思わねばならぬ。
* 終日、愉快になれぬ要事に奔走し没頭していた。外へ出ても、家に戻っても、気疲れした。
そんなとき、つい甘いものを食べる。
昨日、隅田河原でカルピスと一緒に食べようと保谷駅で買っていったクッキー包みが美味くて、今日家に帰ってから頻りに喰っていた。いろいろの豆の甘納豆のカンヅメも食べていた。何十年もしなかったコーヒーに砂糖というのも、この頃してしまう。低血糖に落ちこむと急いで口にする白砂糖の味をしめたのだ、いつのまにか。
* それでも幸い生きている。痩せないし、よほど疲れていてもお元気そうと言われる。いいことでもイヤなことでも真っ向からいつも組みついているからだろう。愚か者だ。
* 本を読みながら寝ていた。湯に漬かったまま寝ていた。機械の前で寝ていた。気が付けば日付が変わっている。
2010 12・1 111
* 「貝新」の貝、「大藤」の千枚漬を、川崎市から、京の北区から、頂戴。純米吟醸の「西東京」で、仕事を中断、夕方の一餐と願おう。と、いいながら手をのばし、林晃平さんの『浦島伝説の研究』を読み耽っていた。本には誘惑される。
2010 12・2 111
* 手土産に戴いて帰った近江の産、小粒の酒塩饅頭が頗るうまく、アトを引いて困るほど。うまいものは、ほんと、美味い。
2010 12・4 111
* 新潟の名酒「雪中梅」、また上州の葱を戴く。
2010 12・6 111
* 銀座三笠会館の「榛名」で、二時間、フランス料理とワインでゆっくりした。
婚約この方「五十三年」の思い出がある。
こまやかに気の入ったメニューで、胸にも腹にももたれず、デザートまで、なにもかも、すてきに美味かった。もうクラブに寄るまでもないと、銀座一丁目から帰路へ。雨にも降られなかった。竦むほども寒くなかった。
2010 12・7 111
* 寒くなると聞いていてしっかり用意して出たが、ナイキの運動靴をはいて、セーターの上にダウンでは暑いほどだった。普通の厚着の他に、薄いタイツの上に分厚い膝サポーターをつけ、腰もサポーターでがつちり締め、そのうえ腹の冷えをかばって小さいタオル二枚を金太郎さんの腹掛けのようにしているのだから。ま、それだから風邪もひきそうにな
く。もう終盤に近づいた隅田川の橋尽くしも上流では、白髯橋、中流で永代橋、下流では相生橋が残っているだけ。で、浅草裏、ひさご通りの例のすき焼き「米久」で「特」の肉を二人前平らげてきた。此処の酒は「櫻正宗」。肉の旨さは、云うまでもない。今日の本は、やはり文庫本の『中世の非人と遊女』で無数の朱線の上を三読めの今は黒いペンでさらに上から。まさしく「読み潰し」ているようなもの、とことん頭に入れてしまおうと、このところの読書では例になく熱中の度が我ながら凄い。
2010 12・9 111
* 広島の理史くん、よく選んだ名酒を二種、贈ってきてくれた。山口の孤城さんも美味い「獺祭」を。
2010 12・15 111
* 家でぼんやりしているのはいつもいやで、寒さの防備をしながらとにかく外へ出た。
* 先日来たときより上野公園は閑散としていた。よそへまわらず、上野駅構内で軽食して帰ろうかと思ったが、何が有ってかあの広い構内の店という店が改装していた。
ふとみると改札の外に目を引く店があったので出てみた。外見は綺麗でなくやや陰気であった。中へ入っても明るくも綺麗でもないが、よく観ると、中国の「茶館」の趣。しかも客という客が、同年配のほとんど男連れの客というのが希有で。店内のしつらえもさも茶館の風情で、太い朱の柱に佳い筆跡の詩句が書かれていたり。
後期高齢者男子専用の、まるでクラブ。こんな店が上野駅の改札のすぐ外にある。花彫の紹興酒をたっぷり注文し、ワケの分からない小皿ものを五つ六つ注文して、じつにのんびりと。食べ物はみなイマイチであったが、同年配の客が四人、五人、二人も三人と連れてきていて歓談に花が咲いているのは、奇妙に懐かしくて落ち着いた。わたしは男酒を、つまり男だけ差し向かいの酒などそう好かないが、仕事帰りというよりあきらかにみなもう「仕事上がり」の人さまが談笑している風情は、いっこう構わない。いい機嫌になったのはいいが、池袋下車の環状線を高田馬場駅まで乗り越し、西武線でもあわや乗り越しかけた。
2010 12・16 111
* わたしの掌説「鯛」をとくに選んで、或る会で朗読したという岸野有美子さん、例年のように富山の鱒寿司と烏賊墨の「黒漬け」を下さった。腹も老酒でも、いまは足りているのだけれど、せめて大好きな烏賊墨で日本酒をちと戴きたい。モリア・ピレシュの美しいピアノが、静に終わるまで待って階下へ。
2010 12・16 111
* 今年最後の歯医者さん。しっかり治療してもらった。ようやるなあと、娘よりうんと若い女先生に、敬礼。
帰りにしばらくぶりに「リオン」へ寄る。赤ワイン。サーモンのマリネにチーズ。泡立てたトマトの温スープ。青い茶の香りの温かいマッシュポテトを敷いて、煮て美味い鯛の上に青菜。妻は人参をたっぷり敷いて凝った豚肉の料理。二種のデザートに、コーヒー。妻は紅茶。ちょっと買い物、そしてお土産をもらって。大繁昌で、入れないお客も。わたしたちは、あやふく滑り込み、特別に席を作ってもらって、ゆっくりできた。
家に帰って、買い物してきた品のおつり分を貰いながら支払い忘れに気付いて、慌てて電話。新年までお笑いの借財。ま、ご愛嬌ということに。
2010 12・18 111
* 富山市の読者から、「よね田」の「福丸かぶら寿司」を戴いたのが、旨さに驚いている。蕪と魚と米糀殿絶妙のバランス、なによりも甘みも出た蕪の味よさ美味しさに感動し、すぐ店へ電話して正月用に注文。
昨日は山口県から戴いた菓子「生絹(すずし)豆子郎(とうしろう)」の美味にも感動して、お店に再注文。これはそう日保ちしないが、まさしくアト引く旨さに、降参。
老人夫婦があてどなく街へ出掛けて買い物は、ムリ。おいしいものは電話して届けてもらう。すこし贅沢だが、体の負担を思えば簡便に済んで有り難い。
2010 12・19 111
* 朝一番に、めで「鯛の浜焼」を戴いた。
2010 12・20 111
* 頂戴したお祝いの鯛と、赤飯とで、誕生日の前夜祭を妻と二人で。日本酒がうまい。
2010 12・20 111
* 国立劇場 太鼓うって本懐祝ふ高麗屋
* 仮名手本忠臣蔵の刃傷の場は、幸四郎が初役の高師直を演じて染五郎の塩冶判官に斬りつけられるまで、見応えのある舞台だった。斬りつけられて尤もであると思わせる師直であらねばと演じられていた、歌舞伎のクゥオリティを崩すことなく。さすが高麗屋。判官も懸命に堪えかつ爆発した。染五郎、若々しく力演。
判官切腹の場では、左団次の石堂右馬之丞が行儀正しく、情味があって真っ直ぐの存在感であった。此の後、友右衛門の原郷右衛門がやはり行儀正しくきちっと演じていた。それらがあって幸四郎の大星由良之助の腹芝居が生きる。
七段目は、こざっぱりと中身を刈り込んで、福助の妹お軽と染五郎の兄寺岡平右衛門の場に重点をおくことで、遊興由良之助の苦渋と意気とを引き立てた。
討ち入り本懐、そして花水橋で義士一同と乗馬左団次石堂右馬之丞との出会いで晴れやかに大団円。総じてそつなくこの通し狂言に手が入っていて、キビキビとことが運んだ。昨夜はあまり眠れてなかったのに、気を入れて芝居を存分楽しめたのは有り難かった。
幕間、高麗屋の女房殿に声かけられ、誕生日を言祝いでもらった。妻とも、三人で、いつもよりながく四方山のはなしに興じて、ひとしお寛ぎ楽しんだ。あの日生劇場での「カエサル」奮闘の記憶も生々しい高麗屋、お疲れが溜まらないように願う。染五郎丈が益々充実してお父さんの持ち役を一つ一つ我が物にして行くまで、長生きしたい物だ。
* 四時半にハネて、タクシーで日比谷のホテルへ。ためらわず地下の「なだ万」へ。ホテル創業百二十年記念の料理、これが出てくる料理の一つ一つ洩れ零れなくみな、美味かった。こういう食事が出来ると溜らなく嬉しい。酒は八海山に。
あと、クラブへ席を替えると、シャンパンで誕生日を祝ってくれた。シャパンのあとキープしてある七十八年もの林檎ブランデーのカルバドスと、バーボンのブラントンを少しずつ楽しんだ。もうおなかは十分足りていたが、此処のエスカルゴは口当たりがいいので、妻と二人で分けた。妻が、新しい酒を買ってくれた。手は付けずに置いてきた。
ゆっくり、電車を乗り継いで保谷駅につくと、やっと予報されていた雨が降り出し、しかしタクシーがすぐ間に合って濡れずに帰り着いた。黒いマゴが驚喜して迎えてくれた。
2010 12・21 111
* 吉備の人に、二た色特選の「御前酒」を頂戴し、加賀の人から名産の「棒茶と大福茶」を給わった。
共に私よりも年長の友であり、さかさごとで恐縮し、深く感謝申し上げます。
少し年若い方であるが、讃岐の人からも好物のうどんを三十食分も送って頂いた。年越しもできれば、正月も迎えられる。ありがとう存じます。
2010 12・22 111
* ちょうどいま、「龍勢」を一本、飲み干そうとしている。いい辛口で酔い心地に侠気のような活気がある。
この青年にいちばん望んでいたような勉強をしてくれていて、頬が嬉しく緩む。せいぜい、現代の選り抜きの「作品」に触れて欲しい。それと、彼らしい沈思と表現との時間も。
さもあろうか、彼が私に手紙を始めてくれたのは、中学へもまだかという頃だったろう。九大を出て、いい就職も果たして、大きくなっているわけだ。そして決意の新年が迫ってきた。視野にはご両親への孝行も組み入れられていると思われる。応援を惜しまない。
2010 12・24 111
* 七時に床を出た。この頃では早い方。寒い。機械の前へ来ても、なかなか煖房がきかない。スリッパの足の裏が痛いほど冷たい。下半身が冷えに冷え込む。頭にはシナの防寒帽をのせている。マウスを掴む右手用の手袋がないと、マウスが痛いほど冷たい。
はるばる電話で注文した山口の生絹(すずし)。抹茶と小豆の二本を朝飯に。口当たりよく品のいい甘みが嬉しい。
2010 12・28 111
* 桐生市の久しい読者から、葱で名高い下仁田の葱をたくさん給わった。ありがとう存じます。
☆ いつも湖の本ありがとうございます。
先生・迪子奥様 お変りございませんか。 私こと、
昨日(二十八日)午後五時まで会社で仕事をしておりました。
今朝主人と二人で下仁田まで葱を受け取りに行ってきました。
少しですがお送り致します。ご笑納下さい。
次回配本 心待ちにしております。
今後とも良きご指導の程お願い申し上げます。
平成二十二年十二月二十九日
秦 恒平様
迪子様 拝
2010 12・30 111